怪生物咆哮

 

序、アフリカの大地

 

アフリカ。

人類発祥の地でありながら。特に欧州が伸張してから、地獄となった土地。20世紀には大乱戦が各地で起き。

そしてEDFがどうにか無理矢理軍事力でまとめて、やっと静かになった場所。

其処に、輸送機で村上壱野は、弟と妹、それに一華とともに到着していた。

アフリカの西端。

まだEDFが交戦を続けている地域である。

今は交戦地域ではそろそろ春になる時期だが、もうかなり暖かいと感じる。

見渡すとかなりの規模の海軍が来ていて。ピストン輸送で民間人を何処かに運んでいるようだった。

兵も集まっているが。敗残兵が目立つ。

アフリカでの大苦戦は壱野も聞いている。

殆ど壊滅状態だという話だ。

千葉中将から、アフリカからの撤退作戦支援をしてほしいと言われて。すぐに此方に来た。

今回は、かなり特殊な作戦を行うと言うことで。

一華のコンバットフレームの火力に頼る事は出来ないだろう。

その代わり、先進技術研から、新しいのりものが供与されていた。

一華が早速、その動かし具合を試している。

デプスクロウラー。

洞窟内などを主な戦場として開発された、小型の戦闘兵器である。

搭載している火器はニクスのと同じ重火器だが。かなりニクスより小型であり、四足歩行型になっている。

この足回りが非常に独特な作りで。

恐らくはα型の体を解析して作りあげたのだろう。

壁や天井などを這い回ることが出来る様子だ。

その代わりといっては何だが。

操縦席が、その度に角度を変えるとか、そういう工夫は為されていないので。

とにかく操縦性は劣悪極まりなく。

一華は口を尖らせて文句を言っていた。

最近はずっと梟を頭に載せている。

気に入ったのだろう。

「壱野少尉−。 これ、使いづらいッスよ。 手を入れても良いッスか?」

「ニクスも弄っていたんだろう。 好きにしてくれ」

「分かりましたッスよ。 もう、なんで先進技術研はガワは良いのを作るのに、操作関係はポンコツなんだか……」

ぶちぶち言いながらも、なんだかんだで楽しそうだ。

ともかくカタカタPCを操作し始めるが。

周囲は荒んだ様子の敗残兵が多く。

マイペースな一華は完全に浮いていた。

そんな中、ベース911と呼ばれている此処の湾岸側に、巨大な何かが浮上してくる。

おおと、声が上がっていた。

「潜水母艦だ!」

「来るとは聞いていたが、来たのか……!」

「随分と大きいな」

兵士達が口々に話している。

圧倒的な巨大さだ。空母より大きいかも知れない。

今、かなりの数の揚陸艇が大口を開けてどんどん避難民を収容しているが。それらが小人に見えるサイズである。

全体的に長四角で、マッコウクジラを思わせる形だ。

その他に、多数のサブマリンが周囲に浮上しているのが見えた。そういえばサブマリンは、世界政府が出来る前は日本のが最高の技術を誇っていたとか。今でもその伝手で、EDFの主力サブマリンは、日本の企業が作っているらしい。

そうなると、あの潜水母艦も。

日本企業が、関わっているのかも知れなかった。

これらについては荒木軍曹から聞いたのだが。

それ以上は知らない。

基地の司令官にまずは挨拶をしにいく。

基地司令官はおらず。

代わりに、中将クラスの人間がいた。

敬礼をする。

もの凄い向かい傷がある、屈強な黒人男性の軍人だ。背丈も二メートル以上ありそうである。

壱野から見ても、頭一つ大きい。

恐らく、人間としてフルスペックを発揮できる最大級の肉体だろうなと、壱野は素直に相手を称賛していた。

EDFの人間なら誰でも知っている。アフリカの獅子こと、タール中将だ。

タール中将は地獄のアフリカで連戦を続けている猛将である。

こんな戦況で、心折れずに頑張っているだけでも凄まじい。アフリカ担当の大将は、既に病院で療養中で、現場復帰の見込みもないと聞いている。つまり事実上、アフリカにおける軍の最高責任者である。

「タール中将だ。 君が千葉中将肝いりの村上班のリーダーだな」

「村上壱野です。 よろしくお願いします」

「うむ。 早速で悪いが、作戦にうちでも最精鋭の部隊を貸し出す。 現在、アフリカはかなり状況が厳しいことは聞いていると思う。 死なせてくれるなよ」

「分かりました」

軽く説明を受ける。

現在アフリカでは、怪物が何やら洞窟をつくって其所にかなりの数が入り込んでいるという。

怪物が繁殖し始めているのかも知れない。

もしそうなら、文字通り最悪の事態になる。

最初の頃は、怪物が穴を掘り始めたのを確認して。EDFが軍事衛星からの砲撃で消し飛ばしていたらしいのだが。

最近はその余裕も無くなり。

マザーシップなどが警戒して防御に来ている事もあり。

敵の好き放題を、どうしても阻止できなくなってきているという。

そんな状況が続いた結果。

なんと、この基地からそう遠くない場所に怪物が住み着いた穴があるというのだ。

それが怪物の拠点になっているとか。

このような状態だ。

スカウトで内部を調査する事も出来ず。送り込んだ無人機は一機も生還せず。情報もろくにえられていないらしい。

「現在、残った兵力で生存した民間人を救助しつつ、必死に前線を支えている状態だが、とても足りない。 時間を作る必要がある。 君達はこの洞窟を叩き、敵の注意を惹いてほしい」

「分かりました」

「可能なら全滅させてくれても良いが。 例のエイリアン。 コロニストと命名されたようだが……奴ららしき存在が洞窟の近辺にてスカウトに目撃もされている。 充分に気を付けてほしい」

「はっ」

その後、洞窟の場所、敵の場所など、細かい情報を受けとる。

基地内で一緒に戦う部隊と合流。

フェンサー部隊、ウィングダイバー部隊、レンジャー部隊。それぞれ二分隊ずつである。

いずれも精鋭中の精鋭ということだ。

厳しい戦況の中、兵を割いてくれたと言う事だ。期待には応えなければならないだろう。

特にウィングダイバー部隊。

実弾兵器を使わないウィングダイバー部隊は、デプスクロウラーで補給物資を運び込まざるを得ない閉所では、かなり頼る事になる。

連携を緊密にしなければならなかった。

そして、兵士が殺気だって行き交っている基地を出る。

どこで難民の車列が襲われた。

何処の基地で、難民が何十万人地下で潜んでいる。

そういう話が聞こえてきていて。

胸が痛んだ。

アフリカは既に陥落しつつある。

それでもわずかな基地に踏みとどまり。猛攻を必死に凌いでいるEDFは、よくやっている方だ。

EDFの設立前だったら、文字通りひとたまりもなかっただろう。

これでもまだ状況はマシな方。

それが事実だった。

大型車両は用意して貰ったが、ボロボロだ。交戦の中無理矢理走らせたようで、彼方此方にモロに酸を喰らった様子もある。

政治的な駆け引きの結果なのか。こんな激戦区なのに、最新鋭の機体は送られていないようである。

赤い一華のニクスを載せると。

兵士達が、羨ましそうに見た。

ぼそぼそと話しているのが聞こえる。

「俺たちが使っているコンバットフレームよりずっと新しいぜ」

「それだけ重要な作戦だってEDFも判断したんだろ。 この大陸が蹂躙されているはじめの頃は、結構兵力を送ってきたもんな」

「それが今はテレポーションシップを落とした部隊とは言え、これだけの規模だけか」

「ただ、この間降りて来たエイリアン共を大量に倒したとも聞いてる。 それに多少でも時間を稼げれば、万人単位で人が助かる」

本部への不満も大きい様子だ。

流石にこの状況で内紛とか始めるほど頭が花畑ではないようだが。

それでも結構つらいだろうなと思う。

壱野はずっと、スナイパーライフルを構えたまま周囲を見ている。

散発的に戦闘が起きているようで。

大量の悪意が散ったり表れたりしている。

これは、本当にタール中将の負担は大きいだろう。

現地近くで、止める。

今回、載せている車両はニクスと補給トラック、それに地底探索用のデプスクロウラー。デプスクロウラーと接続する小型の輸送コンテナだけだ。

輸送コンテナには電波中継器などが詰め込まれていて、弾薬だけを運ぶための箱ではないし。

今、一華は話しかけるなと言ってきている。

全力でデプスクロウラー用の戦闘サポートアプリを組んでいるらしい。

デプスクロウラーを少し動かした後の渋面を考えると。

そのままだと相当にまずいのだろう。

既にPCはデプスクロウラーに移し替えているし。

陽動のための戦闘を行っている部隊も、支援を常に欲しがっているほど戦況が良くない。

もたついている時間はない。

すぐに展開して貰う。

洞窟周辺には、数百程度のα型とβ型がいるが、伏兵はいないようだ。

あのエイリアン。

コロニストと命名されたらしい連中の姿もない。

入り口を爆破しても無意味だ。

内部から掘り返してすぐに出てくる。

人間の場合、落盤は死と同意味だが。

怪物達には、それこそ何の意味もない。

地面に潜って奇襲をしてきたり。強化されている地下基地の外壁を喰い破って侵入してくるような連中である。

まずは、あの怪物どもを蹴散らす必要があるだろう。

輸送トラック内から、ロケットランチャーを取りだす。

本来ロケットランチャーは一発撃ったら終わり、程度の兵器なのだが。

今回持ち込んでいるEDFで改良したホーネットミサイルは、小型のミサイルを再装填してどんどん使う事が出来る。

再装填も簡単にカートリッジを詰め込むだけなので。

その場で誰でも出来るほどだ。

「一華曹長、まだしばらくかかるか」

「まだまだッスね」

「了解。 なら俺たちだけで片付ける。 総員、展開開始」

六個分隊を、それぞれ配置。

弐分と三城には、敵を見下ろす地点に、それぞれ別れて展開して貰う。

不安そうな兵士達を励ますためにも。此処は壱野達だけでどうにかしなければならないだろう。

「合図をし次第攻撃開始。 それぞれ指示を出すので、聞き逃さず対応してほしい」

「イエッサ」

「し、しかし入り口だけでこの数となると……」

「この数を此処で仕留めてしまえば、他の戦線がそれだけ有利になる」

兵士達は最精鋭と言う事だが。

恐らくは、生き延びてきただけの兵士達だ。

他の戦線で、文字通りの蹂躙を何度も経験しているのだろう。

他の国や地域だったら。滑稽なほど気位が高いウィングダイバーもいるのに。それなのに明らかに腰が引けている。

なおさら、壱野達が暴れて見せないと駄目だな。

そう判断した。

「弐分、三城。 俺が仕掛けると同時に行ってくれ」

「大兄、了解」

「分かった」

「いくぞ」

ロケットランチャーをぶっ放す。

狙うはβ型の群れだ。移動しながら、三発立て続けに放つ。カートリッジは使う度に輩出され。すぐに次を装填して放つ。砲身が多少は熱くなるが、別にどうでもいい。

爆発が三連続し、もっとも密集していたβ型の群れが吹き飛ぶ。

火力はそこそこだな。

そう思いながら、今度は愛用のライサンダーを背中から抜き、射撃を開始。移動しながら岩陰をぬって射撃をしていく。

どこから撃たれたか分からずに、一瞬混乱する怪物達の頭上から、三城が襲いかかり。

レイピアで焼き切って、一撃離脱。

三城に反応した怪物達の背後に躍りかかった弐分が、スピアで次々怪物を貫く。

更に其処へ、狙撃を決めて赤いα型から優先して始末していく。

怪物の群れが、誰に対応するかで混乱した瞬間、壱野は指示を出す。

「チーム1、2、攻撃開始。 攻撃開始後、前進して盾を展開。 チーム3と4は前進して敵を攪乱。 チーム5と6はそのままの位置から、射撃を続行。」

チーム1および2はウィングダイバー。チーム3と4はフェンサー。5と6はレンジャーの部隊である。

流石に練度は高く。

何より一方的に怪物が奇襲を受けて混乱しているのは初めて見たのかも知れない。

勝ちに乗った軍は勢いを得る。

一個小隊程度の戦力でも、それは同じである。

それでも反撃しようとする敵は、壱野が狙撃して潰す。

一華がニクスで支援してくれればもう少しはマシなのだが。

まあ、この場合はやむを得ないだろう。

一時間ほどの戦闘が続き。

それが終わった頃には、洞窟の入り口にいた敵は綺麗に消滅していた。

弐分も三城も息を切らしていない。

流石に精鋭だとタール中将が貸してくれただけはある。

いざ兵士としての気迫を取り戻すと。

皆、それぞれ立派に活躍してくれた。

「損害を報告してほしい」

「ダイバー隊、負傷者二名」

「レンジャー隊は負傷者ありません」

「フェンサー隊、負傷はありませんが。 シールドがかなり傷ついています」

「よし、ダイバー隊の負傷者は各自手当てして、外で見張りをしてくれ。 もしも敵の援軍が現れるようなら、連絡を入れてすぐに撤退してくれ。 フェンサー隊は予備の盾に切り替えて、弾薬を補給。 レンジャー隊はショットガンに装備を持ち替えてくれ」

弐分と三城はそれぞれ無傷。

ただ、三城は最近の戦闘でも結構生傷レベルなら受ける事が多く。この間のコロニストとの初戦闘でも、かなり手傷を受けていた。

治療が必要なほどの傷では無いのだが。

少し心配になる。

三城はあまり男に興味が無さそうだが。

誰かに惚れたときに。傷が引け目になるかも知れない。

今の時点では残るような傷は無いので、それだけが救いだが。

ウィングダイバーの生存性は、もう少し高めても良いだろうにと思う。

ウィングダイバーには、それぞれ爆発しないタイプの武器を選択して貰う。

それで、やっと一華が来る。

デプスクロウラーと、物資搬送用のコンテナを運んできているが。確かにデプスクロウラーは以前とは別物に機敏に動いているようだった。

「なんとか応急処置は済ませたッスよ。 とにかく酷いOSで、本当に大変だったッスけどね」

「それで戦闘は出来そうか」

「なんとか」

「分かった。 それでは、すぐに洞窟内を確認する。 入った瞬間、四方八方から敵に襲われる可能性も否定出来ない。 皆、気合いを入れてほしい」

先ほどの完全勝利で、兵士達は気迫を取り戻している。

荒木軍曹ほどうまくはやれないが。

それでも戦闘を率先してみせ。

敵を圧倒する様子を見せることで、皆の心を燃え上がらせることは可能だ。

それをやって見せた。

恐らくだが、敵陣に果敢に斬り込む戦国武将などは。

こういう効果を狙ってやっていたのだろう。

リスクは激甚だっただろうが。

それでも、兵士は後ろで偉そうにしているだけの奴に指示されるよりも。命がけで出て来て戦う指揮官と一緒に戦いたいだろう。

近代戦になると、狙撃手の出現によってそれはあまり現実的ではなくなってきたが。

それでも、現時点でプライマーを相手にするなら。

充分に有効な戦闘方法ではある。

洞窟の入り口付近は、それほど広くも狭くもない。

コロニストだかのエイリアンが入るには充分だなと、壱野は判断。

すぐにサンプルの画像を本部に送る。

本部からは、戦略情報部の少佐がでた。

未だに名前も名乗らない。

何でも「少佐」という名前のAIだという噂もあるとかで。

そんな噂が流れるのも納得である。

「入り口近辺の画像、確認しました。 電波中継器を撒きながら、内部へと進行してください」

「了解した」

そのまま前進。

兵士達が、ひそひそ話している。

「床が硬いな。 掘り返して作った洞窟とは思えねえ。 アスファルトで舗装されているみたいだ」

「ああ。 天井も高い。 俺たちの基地みたいだな……」

「全周囲を警戒してほしい。 この広さだと、いつどこから……下から敵が来る可能性もある」

今の時点では、周囲に殺気は感じない。

だが、それでもこれは、いつ襲われても不思議では無いだろう。

ライトも最小限に抑えている。

ライトをあんまり派手につけていると、居場所を敵に教えるようなものだからだ。

だが、途中からその恐れもなくなった。

洞窟内に光るコケのようなものが植え付けられている。

一度、皆にライトを切らせる。

「映像確認しました。 光を放つ動物や植物は地球上でもかなり確認されていますが、これは既存の品種のどれとも違います」

「サンプル取っておくッスよ」

「ありがとう。 とても助かります」

一華が付属しているアームを利用して、地面やら光る何かやらをサンプルとして保管している。

殺気。どうやら、出迎えが来たらしい。

「来るぞ。 総員戦闘準備!」

入り口付近の味方がやられたことは、分かっているのかも知れない。

怪物が、かなりの数姿を見せる。α型、β型、かなりの数が混成部隊として押し寄せてくるが。

幸い此処は死地ではない。そのまま、火力を展開して。正面から迎え撃った。

 

1、洞窟の奧へ

 

洞窟内はかなり複雑な地形になっていて、どうしてこんな風に掘ったのか、あまりよく分からなかった。

だが。少しずつマップを作りつつ。

電波中継器を撒き。

更にたまに現れる怪物を撃退しながら進んでいく。

少しずつ負傷者がでる。

これは仕方が無い事だ。

ただ、ウィングダイバー隊の雷撃武器が相当な効果を示し。

中空から雷撃を浴びせているうちに、皆で滅多打ちにする事で。かなり余裕を持って怪物を駆除する事が出来ていた。

ここまでは、だ。

「分岐Cは行き止まりだ。 先の分岐まで戻る」

「マップ作成中ッスけど。 これはまた、なかなか。 立体的に交差している道も多いし、方眼紙に書いていた時代だったら目を回していた人も多いと思うッスね」

「何の話だ」

「古いゲームの話ッスよ」

一華はそのゲームをそこそこ遊びこんでいた事がある。

さいころを使って人間が全部計算しながらゲームをやっていた時代があった。

後にそれはTRPGというものへと変わっていくのだが。

これを全自動でやれないかと考えた者達がいた。

そしてプログラムを組んで作ったのが、いわゆるRPGのご先祖様だ。

だが、ここでゲームは分岐した。

実際に作られてみると。何か不思議な魅力がそれにはやどり。

以降TRPGとは全く別のものとして、進化していくことになる。

そんなRPGの大先祖というべきゲームだ。

一華も昔は興味があって、やってみたのだ。

近年はその始祖たるシリーズは残念ながら迷走の末に絶えてしまったが。

流れを汲むゲームは、今でも多数存在していて。

方眼紙を使ったマッピングを擬似的に出来るシリーズまであるなど。

なかなかに、ゲームの歴史上重要な存在ではある。

だから、昔面白くなって、歩いたマップをそのまま立体的に保存出来るプログラムを組んだのである。

そして今。

更に洗練したそれを、実地で使っているというわけだ。

なおEDFでもお手製のこのプログラムは興味を持ったらしく。

提供を求められたので、気前よく譲った。

作るのは興味があるのだが。

ぶっちゃけ、独占しようとは思わないのである。

移動を続けながら、時々電波中継器を撒く。

これで、より内部の様子を鮮明に外に伝える事が出来る。

撒くといっても、地面に小型の電波中継器を埋め込んでしまうので、いちいち破壊される事もないだろう。

少しずつ、確実に洞窟探検を進めていく。

デプスクロウラーも最初はとにかく酷い踏破性で困り果てていたのだが。

今はどうにか、慣れてきていた。

「止まれ。 いるぞ」

壱野隊長が手を横に。

うっすらと明るい中、浮かび上がってくる巨大な人型。

塹壕のような地形の中を、歩いているそれは。

あの巨大なエイリアンに間違いなかった。

「エ、エイリアンだ……!」

精鋭の筈の兵士が、恐怖の声を上げる。

それはそうだろう。

既に中華では千体以上が降下し、連日数は増え続けていると聞いている。

日本でも、今日降下が確認されたそうだ。

現在日本では、東海地方と中部地方を中心に。特に陥落した228基地を敵は拠点として運用しているようで。

其処から様々な怪物が、連日周辺地区に姿を見せている。

コロニストもついに甲府に姿を見せた様子で。

現地のEDFが、必死に兵を動員して倒したようだが。それでもやはり大きな被害を出したようだ。

コロニストとは出来るだけまともに戦うなと戦略情報部からお達しがでているようなのだけれども。

あの姿を見て。

人に似すぎていると動揺する兵士は後を絶たないようで。

中々冷静な対応はできないようだった。

「映像をもう少しお願いします。 気づかれないように、何をしているか撮影してください」

その戦略情報部の少佐が、冷静な声で。AIめいた指示を出してくる。

正直反発は一華も感じるが。

今はデプスクロウラーに搭載されている暗視カメラも利用して、撮影した映像を。電波中継器ごしに送る。

「どうやら巡回しているようですね。 仕留められますか村上班」

「……何とか出来るとは思う」

「分かりました。 やってしまってください」

「了解した」

はあ、やるのか。

気が重いが、やむを得ない。

壱野隊長から指示が来る。

「俺が右端の一体をやる。 弐分、頭を正確に貫けるか」

「やってみる」

「分かった。 ならば右から二体目を。 三城、その左隣を。 一華は他の兵士達と一緒に少し後退して、怪物が援軍に来た時に備えてくれ」

「了解ッス」

デプスクロウラーがかさかさと機敏にさがるのを見て、兵士達も動揺しながらもさがってくれる。

盾を構えるフェンサー達。

怖れていても、きちんと役割を果たすのは立派だ。

GO。

声が掛かると同時に、殆ど完璧な連携で村上家三兄弟が動き。

三城がふわりと、闇の中の梟のように一体の頭を焼き切ると同時に。

弐分がもう一体の頭を、ブースターを利用して肉薄し、スピアで串刺しにする。

更に隊長の狙撃が、もう一体の頭を完全に消し飛ばしたが。

奧から、更に数体のコロニストが現れる。

塹壕の中を歩いていたのだ。

こういう風に、奥行きがあっても不思議では無い。

「射撃開始!」

声が掛かると同時に、一斉に射撃が開始される。奧から出て来たコロニストは、瞬く間に挽肉になったが。

その死体を盾にするようにして、更に次々にコロニストが出てくる。

村上家の三兄弟が最前線で大暴れをはじめ。

更にデプスクロウラーは移動し、塹壕の中に入り込んでガトリングを。ニクスの機銃と同等の火力がでるガトリングで敵を撃ち据え始めるが。

コロニストは次々味方が倒されても、怖れる様子も無い。それどころか、積極的に味方の死体を盾にして、少しずつ前線を押し上げてくる始末だ。

「ガトリング、死体に阻まれて効果薄いッス!」

「ショットガン、同じく!」

「……下がった方が良いな。 一華、皆のバイザーにナビゲートを。 迎え撃ちやすい場所まで後退する」

「了解ッス」

すぐに皆に指示を出して、さがらせる。デプスクロウラーも、コロニストがもつオートエイムつきアサルトライフルとか言う反則武器の巨大な光の弾を何発も喰らいつつも、どうにか装甲がもってくれた。

そのまま、さがる。

弐分が最後尾に残りながら戦っているが、盾がガコンガコン凄い音を立てている。

それでもしっかり最後尾で生き延びている辺り、被弾を最小限にしているのだろう。

少し狭い坑道に入って、其処で反撃を開始。

ウィングダイバー隊が、弐分が戻って来たタイミングで、一斉に雷撃を叩き込む。

1列にしか入れないことが徒になり、コロニストは押し入ろうとした一体が手足を雷撃でもがれ。更に頭を壱野の一撃で吹っ飛ばされたのを見て。

味方の死体を盾にしながら、その場で威嚇射撃をする事に終始し始める。

死を怖れないのと、無駄に死ぬのは別。

敵はその区別が出来ている。

やがて銃撃音は止まった。

雷撃銃が厄介で。このままだと先に進めないと判断したのだろう。

少し距離を取り、だが冷静に伺っているようだ。

「もう一度押し出せませんか」

「……不可能だ。 どうやら援軍を呼ばれたようだ」

戦略情報部の少佐に、そう隊長が答える。

確かに、デプスクロウラーの集音マイクに、凄い音がし始めている。

殺気だのなんだのは関係無い。

そんなのまったく分からない一華でも、まずいと一発で理解出来る。

とんでもない数の怪物が、押し寄せようとしている。

「一華、後方に回り込まれる可能性は」

「最低でも二つ前の分岐点まで戻らないと、挟み撃ちにされるッスよ!」

「此処までだな。 退却の許可を。 このままだと全滅どころか、外で控えている負傷者までやられる!」

「可能な限り敵に被害を与えてから撤退してください」

好き放題いいやがって。

兵士の誰かが悪態をつく。

いずれにしても、後退だ。

そもそも弐分は、複数体のコロニストから猛攻を喰らって、盾がかなりダメージを受けているはず。

それでも、壱野は冷静に指示を出した。

「チーム1、最後尾で盾を展開しつつ後退。 チーム3は雷撃銃をひたすらに放て。 チーム4は三城曹長と一緒に先行、一華曹長のナビに従って敵が回り込む可能性がある地点を確保せよ」

「イエッサ!」

「他部隊は、一華曹長と一緒に後方へ急げ。 此処で俺と弐分曹長は、最後尾の援護を続ける」

全員が動く。

三城がひゅんと飛んで行くのを見て。他のウィングダイバーが瞠目する。

ここまでだ。

敵にこれだけの被害を出させ。洞窟内にもこれだけ侵入できた。

一キロ近く洞窟内に侵入しているのだ。これで今回は充分過ぎる。威力偵察で、他の部隊がこれをやっていたら確定で全滅していただろう。

デプスクロウラーを急がせる。

兵士達が必死の形相でついてくる。

立体的な地形もあるから、這い上がったりしなければならない。最後尾はバイザーの様子で見ているが。

よく戦って、狭い中押し寄せてくるα型β型を、食い止めているようだ。

「くっ、盾がもうもたない!」

「よし、さがってくれ」

「すまない!」

「充分活躍してくれた。 命は大事にして、次の戦いでも活躍してくれ」

そういいつつ、一射確殺していく壱野。

流石と言う他無い。

怪物達も、通路を埋め尽くす勢いで押し寄せているが。やはりウィングダイバー隊の雷撃銃が想像以上の効果を発揮し。辺り一面を電撃が蹂躙しつつ、怪物を次々になぎ倒している様子だ。

死体をかき分けて進んでこようとするコロニストども。

手近な死体を盾にして無理に進んでくるが。銃撃のためには手を出さなければならない。

その手を確実に撃ち抜かれて、相当に頭に来たのか。

吠えようとしたところを、いきなり跳躍して更に横に動いた弐分が頭を消し飛ばす。

それを見て、コロニストは侮りがたしと判断したか。

怪物に集中攻撃を指示でもしたようで。

自分達は距離を取って、様子見に徹している様子だ。

「バイザーで確認する限り、コロニストは数十はいるッスよ。 とてもではないですけど、この戦力では」

「分かっている。 三城、分岐点は確保できたか」

「出来た。 今の時点では怪物もいない」

「よし、一華も急げ。 その地点に怪物が来ても、三城が分かる」

そう言われてもなあ。

困惑しつつ、兎に角急ぐ。

必死に逃げる中、兵士達が脱落しそうになるが。転んだ奴を、他の兵士が助け起こしている。

また敗走か。

情けないが。後方では阿修羅のように化け物二人が暴れ回っている。

その奮闘を無駄には出来ない。

合流地点に到着。

兵士達は、息を切らして必死の様子だ。

「大兄、まだ逃げられそうに無い?」

「次の坂が山場だな」

「行こうか」

「いや、そこで背後からの奇襲に備えてくれ」

三城がむっとした様子で口を閉じるが。

三城を信頼しているから、の行動だ。

それも分かっているようで。悔しそうにしている様子が案外可愛いものである。他のウィングダイバー達は気を張っているようだが。

一華から声を掛けておく。

「うちの曹長達、敵がいるか分かるんすよ。 今は休んでおいた方が良いッスね」

「確かに、敵の接近を確実に察知していたな」

「ウィングダイバーの一部に脳波誘導兵器とか言うのをつかうエスパーめいたのがいると聞いているが、その類か?」

「いや、よく分からないんすけど……殺気とか察知してるらしいッスね」

困惑する兵士達だが。

いずれにしても、今までの実績がある。馬鹿にするわけにも行かないのだろう。ともかく、休みはじめる。

此処を抜かれると、文字通り撤退どころですら無くなる。

気が利いた兵士は負傷者の手当を開始。

更に、三城は最初の戦闘で脱落したウィングダイバー二人に来て貰い。手当を手伝って貰った。戦闘は無理でも、重傷者の後送くらいは出来る筈。フェンサーに手伝って貰い、コンテナから出した追加装甲で、デプスクロウラーのダメージも補強する。

かなりダメージが酷い。

やはり装甲は、こんな所で戦う戦闘車両であるということもあってかなり脆いか。

ただでさえ、あのコロニストのインチキアサルトライフルは、ブラッカーの装甲を短時間で破壊するのだ。

この地底用のポンコツでは、そんなに長い時間は耐えられなくても仕方が無い。

「よし、坂を何とか抜けた! 最後尾は俺たち二人で守る! 皆、走れ!」

「わ、分かりました!」

「我々は電撃銃で支援します!」

「いや、我々がいることで敵は進軍速度を遅らせている! 今のうちに後方の部隊と合流してくれ!」

ウィングダイバー隊に指示を出しながら、壱野と弐分はさがってくるようだ。

この様子だと、まだ一波乱あるか。

その予想は当たる。

「来る」

「やれやれ。 怪物ッスか? それともコロニスト?」

「怪物。 αもβも」

「その子の予想は当たるッスよ! 全員、戦闘準備!」

こりゃ死ぬかも知れないな。

そう思いながらも、一華はデプスクロウラーで前に出る。

どっと、怪物共が闇の中から押し出してくる。

赤いα型が前衛に。その後ろに銀のα型と、それにβ型が続いている。

ガトリングでα型の足を止めつつ、総員の攻撃を浴びせる。とにかく、足を止めるしかない。

やはり装甲に次々酸が着弾する。

酸だけでは無く酵素が強烈らしいが、ともかく装甲がみるみるやられていくのが分かる。兵士の絶叫も聞こえる。盾が限界を迎えて、盾ごと腕を持って行かれたフェンサーのようだ。

悪いがかまっている余裕は無い。

敵に突撃していく三城。レイピアで中空から強襲しつつ焼き払う。

凄まじい数の敵を短時間で焼き切るが、当然怪物が殺到する。

飛び退くが、避けきれるものじゃない。

ダッシュを駆使して酸の雨をかいくぐり、更に壁を蹴って立体的に飛ぶ様子を見て他のウィングダイバーが驚きの声を上げるが。

それでも、怪物の何体かは正確に狙いを定めている。

一華が射撃して、其奴らを吹き飛ばすが。

その瞬間、赤いα型に真横から食いつかれていた。

みしみしと装甲が悲鳴を上げる。

ダイバーの一人が雷撃銃でなんとかそいつを焼き殺したが、当然デプスクロウラーにもダメージが来る。これは継戦は無理だ。

そこに、どっと最前衛で戦っていた二人がなだれ込んでくる。

「ここまでだ、退くぞ」

「ぴ、PC取りだすの手伝って貰えます?」

「分かった。 時間は稼ぐから、フェンサー、誰か頼む」

デプスクロウラーは放棄だな。

そう思いながら、デプスクロウラーのOSと接続していたPCをシャットダウン。

今の衝撃で、がつんと体をぶつけて痛い。ただでさえ操作性劣悪で、尻が砕けそうなクッションのデプスクロウラーなのである。

ましてやモヤシの一華だ。

負傷し腕を失ったフェンサーが、仲間に肩を借りながら、必死に逃れている。

コロニストに追いつかれたらおしまいだ。

何とかPCを抱えてデプスクロウラーを降りると。コンテナを外す。これはいざという時、押しぐるまに出来る。

PCを詰め込む。かなり弾薬も電波中継器も詰め込んでいたし、それらは使用した。結果として隙間はあるのでサスペンサー代わりにもなる。

涙が出るほど有り難い話である。

そのまま、全力で逃走を開始。

しかし足が遅いのを見かねたか。フェンサーの一人にコンテナに載せられ。そのまま、洞窟を走り出た。

ニクスにPCを積み替える。

既にキャリバンは来ていて、負傷者を乗せていくが。まだ全員は脱出してきていない。

フェンサーの一人が、手伝ってくれた。

何となく悟ったのだろう。

こいつで、操作性が本来劣悪なデプスクロウラーを機敏に動かしていた事は。

ニクスに積み込むと、後は慣れたものだ。

体が痛いし多少頭がくらくらするが、それでも頑張る他無い。

ニクス起動。

シークエンスとか全部無視だ。

そのまま、洞窟の入り口に立ちはだかると。兵士達が安堵の声を上げる。

「ニクスいけるッスよ。 早く洞窟から脱出を!」

「分かっている。 今、コロニストが追いついてきた。 任せてしまうぞ」

「了解ッス!」

兵士達が我先に出てくる。

腹の近くを弾が掠めたらしく大出血しているウィングダイバーを三城が抱えていた。

キャリバンに負傷者を次々搭載。

最後に残っていたレンジャーが飛び出してきて。

そして壱野と弐分が、射撃しつつさがってくるのを見て。前に出る。

射撃開始。

ニクスの機銃の圧倒的火力が、しつこく追撃してきた怪物達を一斉に撃ち据える。

コンテナからアサルトを取りだした壱野が、指示を出し。半分程度の無事な兵士達が、一斉に全包囲からの攻撃を開始。

怪物は見る間に蜂の巣になり。

出てくるだけ、死んで行くだけになった。

更にコロニストも出てくるが、最初の数体が瞬時に挽肉になったのを見て。後続は流石にまずいと判断したのだろう。機銃だけしか搭載していないが、そのぶん火力も上がっている赤いニクスだ。それがゼロ距離からの射撃となれば、どうなるか。

そしてあまり目が良いとはいえないコロニストだ。暗い中から明るい所へいきなりでれば、それは一瞬視界も狂う。

ガア、ガアと鳴くコロニスト。

そして、怪物も。

ぴたりと止まると。以降は、出てこなくなり。洞窟の奧へと戻っていった。

兵士の一人がへたり込むのが見えた。

漏らしている兵士もいるようだが、それを一華は責めたり馬鹿にしたりは出来なかった。

「い、いきのびた……」

「お、おい。 お前のキルカウント……見た事も無い数字でてるぞ……」

「む、夢中だったし……」

「ハハハ……」

こりゃ、みんな病院でメンタルケアとか受けないと駄目だな。

そう。一華は思った。

頭に載せている梟ドローンの重みが心地良い。

ただ、体中痛かったし。

頭も痛かった。

戦略情報部の少佐から通信が来る。

相変わらず無機質で。文字通り全滅しかけた事なんて、どうでも良さそうな雰囲気だった。

確かにこりゃAI言われるわと。

どちらかと言えば自分だってあまり優しいとは言えないと分かっている一華だって、呆れていた。

「戦績を確認しました。 コロニスト22体撃破、α型合計922、β型246撃破となります。 この地点にこれ以上の数がいることが確認でき、洞窟の途中までの構造も解析できました。 威力偵察としては充分でしょう」

「……本隊をすぐに送り込むのか」

「いえ、此処を攻略するのには準備が入ります。 それよりも、重要な事が先ほど判明しました」

「重要な事?」

だんだん壱野が苛立って来ているのが分かる。

流石にこの状況で、のんきな話をしている場合かというのだろう。

だが、相手は至ってマイペースだった。

「新たな怪物が日本にて確認されました。 全長は七十メートルに達し、今までの怪物とは全く違うことから、新たな分類として「怪生物」と呼称します。 この怪生物はエルギヌスと命名されました。 現在はまだ各地に被害を出しておらず、甲府の山の中で静かにしていますが。 いざ交戦が開始されると、何が起きるか分かりません。 心の隅に留めておいてください」

「……了解した」

全長七十メートルか。

恐竜でも、確か一番大きいので三十メートル前後だと聞いた事がある。いわゆる雷竜である。

地上生物で七十メートルというと、次元違いのサイズだ。

恐竜が子供に見えてくる大きさである。

以降はタール中将の指示に従ってほしいと言う事だったので、分かったと言って壱野は通信を切る。

通信機を握りつぶしそうな勢いだったので、兵士達があからさまに怯えた。

あの阿修羅もびっくりの暴れぶりもある。

それは、兵士達も怯えるだろう。

「撤収だ。 負傷の状況をまとめてほしい」

「重傷者四名、負傷者十二名。 重傷者は当面戦線復帰は出来ないと思います」

「分かった。 すまない。 もっと的確な指示を出せていれば、被害を減らせただろうに」

「いや、貴方以外の指揮官だったら、全滅していたでしょう。 感謝しています。 また、いつか一緒に戦いましょう」

「分かった。 一旦ベースまでは一緒に戻ろう。 後はそれからだ」

壱野がてきぱきと撤収の指示をしていく。

皆がそれに、黙々と従う。

威力偵察としての仕事は存分にできた。

だが、洞窟の敵を一掃とまではいかなかった。

各地で陽動にでていた兵力も、後退を開始した様子である。

何とか時間は稼げた。

だが、それだけだった。

 

2、絶望の戦線

 

大兄が後方から支援してくれる。

だから、躊躇無く突貫できる。

三城が飛ぶ。

それを狙って来るコロニストの頭が、文字通り消し飛んだ。

そのままランスを叩き込み。

収束された熱量が、テレポーションアンカーの上部を文字通り消し飛ばした。

そのまま空中で無理矢理回転して、更にダッシュで後方にさがる。

此方を見上げているコロニストと視線が合った瞬間。

ランスでそれの頭を焼き潰し。

そしてその反動さえ利用して、更にさがる。

他のウィングダイバーに、何やったらそんな動きが出来るのかと最近聞かれるようになってきたが。

単に数をこなしているからだ。

あの襲撃の日からずっと実戦でフライトユニットを使い続けていたし。

それに三城は、空間把握能力に優れている。

大兄にも小兄にもそれを褒められて。

更にフライトユニットを使うことでそれを証明できて。

唯一、他人に自慢できる事が出来た。

村上流の稽古でも。単純に筋力差とか体格差とか関係無く。兄達にはなにも及ばないと思ってずっと苦しい思いをしていたし。

勉強だってそんなに出来る方でもなかった。

両親はどっちもクズ。

兄達とは母も違う。

何もかもがコンプレックスだった中で。

フライトユニットを使って舞う事が出来るのは、兄達に真似できない唯一の事であり。

誇りにもなった。

だからそれでいい。

それを最高まで伸ばしたい。

そう思って、三城は戦っている。

戦闘そのものが楽しい訳ではないが。

フライトユニットで戦う事は楽しくはあった。

あの洞窟での戦闘から一月。

まだアフリカでの戦闘を続けている。

今は、強襲揚陸艦で敵が支配している地域への威力偵察及び。敵戦力の引きつけがメインだ。

この近くにまだ避難民がいるシェルターがあって。

そこから輸送部隊が避難民を助け出す時間を稼ぐ。

そういう意味もある。

護衛につけて貰った部隊は二分隊だけ。

コロニストが世界中で増え続け。

日本でも既に三百体を超えているらしい。

EDFも急ピッチでニクスやタンクの装甲を刷新しているが、それよりもコロニストによる攻撃の方がダメージが大きい。

そんな中で、反撃をきちんとこなし。

敵と戦えている部隊はあまり多く無い様子で。

タール中将は必死に千葉中将に掛け合って。

村上班を、アフリカでの各地での時間稼ぎに動員しているのだった。

さがりながら、三城は電撃銃に切り替え。

ゆっくり自由落下でフライトユニットのエネルギーをチャージしつつ。

目立つ動きをする怪物を撃ち抜いていく。

コロニストは既に全て沈黙。

少なくとも、今へし折ったアンカーの周囲にいる奴は、である。

そのまま後方に飛びつつ、味方の中にまで戻る。

ニクスが射撃を続けていたが。それがぴたりと止んだ。

本当に無駄弾を出さないなあと感心しつつ。

着地。

「よし、少し休憩。 休憩後、奧にいるテレポーションシップを狙う」

「イエッサ!」

兵士達も士気が高い。

洞窟での苛烈な戦闘を生き延びた兵士達が、大兄や小兄の活躍ぶりを吹聴し。

とにかく劣勢な戦闘しか出来ていないアフリカ戦線に、希望をもたらした英雄として。

タール中将も、その噂が流れるのを後押しした様子だ。

このため、アフリカの戦線に出て来ている兵士達は。大兄の指揮下での戦闘と聞くと、喜び勇む。

普通だったらよそ者がどうのと反発するところだが。

それだけ戦況が悪いのだと、三城にも分かる。

食事などを挟んで休憩をした後、山間地を進む。

こういった山間部に、プライマーは容赦なくテレポーションアンカーを降らせていったが。

それは怪物が大量に湧いて拠点にしやすい、というだけではなく。

山に人間が逃げ込めないようにする、という意味もあるのだと最近は何となく分かってきた。

それでいて、人間以外の生物にはあまり興味が無い様子で。

ヤギが平然と草を怪物の側で食べていたりする。

家畜などは容赦なく食い散らかしていく怪物だが。

野生の生物には、殆どなんの興味も無いようだというのは。既に周知されているようだった。

山間部を進む。

ニクスは足回りをどれだけ改善しても、高低差をどうしても苦手としている様子であり。一華が時々愚痴を言っている。

一華があれだけ弄っているニクスですらそうなのだ。

他の機体は、さぞや大変だろうなと思う。

程なくして、見えてくる。

テレポーションシップの周囲に、四体のコロニストがいて。

大量のα型が、周囲を巡回していた。

すぐにハンドサインがでたので、三城は頷く。

釣りだ。

こう言うときは、だいたい小兄と一緒に動く。

また、兵士達もそれぞれ配置を換え。

大兄が、無線で連絡してくる。

「よし。 仕掛けてくれ」

「分かった」

「おう」

飛び出すと同時に高く舞い上がる。

そして、小兄と一緒にタイミングを合わせて。

コロニストをそれぞれ確殺。

更にもう一体を、大兄が狙撃で頭を消し飛ばしていた。

怪物がわっと、至近にいる小兄と三城に襲いかかってくる。それでいい。そのまま、バックジャンプして距離を取りつつ、雷撃銃で狙っていく。

味方三体を一瞬で失ったコロニストが、怒りにまかせて銃を乱射してくる。

この銃の狙いが正確極まりないので、毎回冷や冷やする。今も、翼を掠めて。激しく弾き飛ばされた。

だが、それでも空中で体勢を立て直し、必死に墜落を避ける。

墜落したら即死確定だ。

フライトユニットが地面への激突は避けてくれるが。

怪物に袋だたきにされて即死は免れない。

更に追撃の射撃が来るので、必死にダッシュを駆使して何度か避ける。コロニストは追ってくる。

巨体だから、鈍重そうでも歩幅が広い。だから、人間なんかよりずっと足が速い。

ガアガアと鳴いている。

それを聞いて、ぴたりと怪物達が追撃を止める。

援軍を呼んだ可能性もあるが。

しかしながら、その瞬間。

最後のコロニストの頭を、大兄のライサンダー2による狙撃が正確に決まり。撃ち抜いていた。

横倒しにコロニストがなると。後は、怪物達は四方に散って暴れ始めるのだが。

そこを少し小高い所から、一華のニクスが制圧射撃に掛かる。

小兄が攪乱しつつ敵の浸透を遅くしているところに。

他の兵士達も射撃を浴びせて、徹底的に撃ち抜いていく。

三城も反撃を開始。

さっき弾が掠めて、頭が多少くらくらするが。そんなことは言っていられない。

ランスに切り替えると、着地と同時に目立つ動きをしている怪物を狩る。

跳躍して。何度か複雑に飛んで怪物の酸を避ける。

一応、肌が露出していない部分は酸や光学兵器に対しての防御を仕込んでくれてはいるけれども。

それでも、コロニストの銃の弾をくらうとひとたまりもないし。

酸だって出来るだけ浴びないようにと周知されている。

怪物が混乱しつつ、四方の何処に反撃しようかと攻めあぐねている間に。

大兄が突貫し。

アサルトで敵を蹴散らしながら驀進。

高度を下げていたテレポーションシップの下部に潜り込むと、ライサンダー2をたたき込み、撃墜。

そのまま、下を走り抜けて。後方に爆発の光を背負っていた。

かなりの数の怪物が今の爆発に巻き込まれたが。

それでも戦闘を続行する事だけは流石だ。

最後の一体を一華の射撃が仕留めて、作戦は終了。

今日の戦闘だけで、テレポーションアンカー四本、テレポーションシップ2隻を落とした。

戦果としては充分だろう。

此処はかなり他の部隊が攻めあぐねていたという話だ。

敵がまた飛来して、拠点を構築するにしても。それだけの兵力を余所から持ってこなければならない。

そしてどれだけの物量が存在するとしても。

ここに敵をまた連れてくるには。

その物量から兵を割かなければならない。

少しでも戦況をよくするために、こうやって被害を与える。

大兄は、そうやって味方に諭し。

戦闘前に、少しでも戦意を上げようと苦労しているようだった。

全員がそろう。

どうしても負傷者は出る。今日はキャリバンも来ていないので、そのまま大型移動用車両で戻る。

一度強襲揚陸艦まで戻り、戦果を報告。

見ると、酷い格好をした難民達が。

完全に死んだ目で、次々にアフリカを離れているのが見えた。

この辺りでパルチザンのように抵抗を続けていたEDFの残存部隊も。

この辺りは。放棄すると決めたのだ。

無理に維持しても、大きな被害が出続けるだけ。

誰も守れない。

そして、それはきっとアフリカだけではすまない。

それは、三城にも分かっていた。

「よくやってくれた。 少ない兵力で……」

「負傷者の治療をお願いします。 それと、苦戦している戦線があったら救援に出向きましょう」

「つくづく助かる。 二時間ほど休憩してから、次の戦線への救援を頼みたい」

「分かりました」

現地に来ている中佐もにっこりである。

まさか二分隊だけの増援で、テレポーションアンカー四本に、テレポーションシップ2隻を落としてくるとは思っていなかったのだろう。負傷者は出したが、死者も出していない。

この中佐は、まだ大兄の評判を信じていなかったようだ。

大兄はめざとい。

「三城、すぐにフライトユニットの調整をしてくれ。 それと一応、念のために治療も受けてくるんだ」

「分かった」

「休憩時間を削る事になるが、すまないな」

「問題ない」

一華も、ニクスをメカニックに預けて。自身もアプリの調整をしているようだ。

やはり高低差のある地点を歩くときに、課題が大きいと判断しているのだろう。

大変だなと思いつつ、病院船に。

病院船は三隻来ているが、難民用のものは満員状態。

兵士達を見ているものも、状況はあまり良くなかった。

まずフライトユニットを交換。

翼部分を確認すると、ごっそり抉られていた。

戦慄する。

軽くて極めて強力なセラミックで作られている翼が、擦っただけでこれだけやられたのか。

すぐに翼部分は新しいのに換えて。

そのまま、医師に診てもらう。

最近は医師はどんどん戦場に連れてこられている様子で。

町医者までも来ていると言う話がある。

脳震盪について軽く調べられたが。

問題は無いといわれた。

「戦闘時のデータを見せてくれるかね」

「はい。 バイザーのデータは此方です」

「……無茶な動きをしているなあ。 これだと、内臓とかがおかしくなりかねないぞ」

「もう半年、こんな風に飛んでいるので平気です」

そういうと、医師は渋面を作ったが。

それについて、もう追求はしなかった。

すぐに大兄の所に戻る。

そうすると、補給トラックとニクスだけになっていた。

「現地への救援任務だ。 そのまま直に足で行け、ということのようだ」

「あんなに褒めていたのに……」

「あの大型車両も、無制限にある訳では無い。 他の戦線に出向いて、兵力を送ったり負傷者を回収してきたりもしている。 俺たちだけが専用で使うわけにはいかないさ」

「……」

一ヶ月間の戦闘で、随分たくさんコロニストを殺した。

恐怖も怒りも無い様子だったが。

それでも、会話を他としていたり。

何か無駄話らしいのをしている様子を、影から見ていると確認できた。

戦闘特化で洗脳されているのは確定の要なのだけれども。

それでも心までない、というわけでは無い様子である。

何度か、市民団体が交渉に出向こうとしてEDFに止められたが。

それでも鼻息荒く交渉に無理矢理出かけた連中もいて。

そういった者達は、コロニストに容赦なく皆殺しにされた。

プライマーとの交渉の試みはずっと続けられているが。

コロニストは何というか、戦闘特化に仕込まれている兵士のように思う。

人間は見たら殺せ。

そういう風に、考えているようにしか思えなかった。

補給トラックの荷台で、大兄にこれから向かう場所の戦況を聞く。

「後方に四本テレポーションアンカーがあるらしく、兵士達は怪物を抑えるのに手一杯の様子だ。 俺と一華で戦線を抑える。 二人でアンカーを折ってきてほしい」

「分かった。 アンカーを折るのは私がやる」

「なら俺は攪乱だな。 問題はコロニストだが……」

「スカウトの話によると、アンカーを守っているコロニストはいないようだ。 前線にそのかわり数体が出て来ていて、兵士達に大きな被害が出ているらしい」

溜息を一華がついた。

また、厄介な場所に派遣されたなと思ったのだろう。

だが、此処より酷い場所に派遣されたことは何度もあったし。

それで戦果を上げても来た。

信頼がある、と良い風に捉える事も出来る。

なお、大兄はアフリカの戦線をそろそろ離れると昨日話をしてきた。

日本でエルギヌスの討伐作戦が進行しているそうだ。

どうやら、エルギヌスが動き出し。案の定大きな被害が出ている様子で。

コロニストとどうにか戦闘を続けている戦線が、崩されかねない状況らしい。

更にエルギヌスは、日本だけでは無く、他の地域でも複数個体が目撃され始めているらしく。

出来るだけ早く、討伐実績を作りたいらしかった。

戦線に到着。入れ替わりに、キャリバンが複数台走っていく。

これは酷い状況の様子だ。

大兄が、すぐにアサルトの状態を確認。小兄は、三城に言う。

「よし、気合いを入れて行くぞ。 下の方は俺に任せろ。 出来るだけ迅速に、テレポーションアンカーを折ってくれ」

「分かった」

そのまま、二手に分かれる。

補給トラックの荷台で、ずっとクラゲのドローンを触っていた。

ぬいぐるみなんて殆どもっていなかったのだが。

愛でている奴の気持ちが分かった気がする。

ドローンなので、色々機能はあるようだが。

あまり興味は無くて、膝の上において撫でているだけで多少リラックス出来る。

本物のクラゲだったら刺されて大変だが。

そんな事はしないので、かなり助かるというのが実情だ。

戦略情報部の少佐は冷酷な事ばかりいうので三城は嫌いなのだけれど。

クラゲを戦略情報部が送ってくれたのなら、それだけは感謝したいところだ。

そのまま、小兄と一緒に、最高速で飛ぶ。

見えてきた。

テレポーションアンカーの周囲に、確かにコロニストはいない。

いずれにしても、敵の殲滅は考えなくて良い。

着地すると、小兄と軽くミーティングをする。どの順番にアンカーを折るか、という話だ。

途中でコロニストが姿を見せた場合の話もする。

最悪の場合には、離脱しなければならないだろう。いずれにしても、一瞬で勝負を決める。

それで合意。

大兄は口を出してこなかった。バイザーを経由して話を聞いている筈だから。何か問題があればいってくるだろうが。

問題は無かったのだろう。

「ではいく」

「よし、行くぞっ!」

跳躍。最初に、出来るだけ高度を稼ぐ。エネルギーの消耗を抑えるために、である。

そのまま、最高度から最初のアンカーを狙う。

高さは速度に変えられる。

あんまり速度が上がりすぎると、危険すぎることもあってフライトユニットがブレーキを掛けてくるが。

それについては、既に案配を理解している。

体で速度がどれだけ出ているかは把握できるので。

気にする必要はない。

アンカーを強襲。

赤紫に光る結晶を粉砕して、そのまま着地。怪物達は度肝を抜かれた様子だが、反応する前に跳躍し、ダッシュを駆使して飛んできた酸を避ける。

更には、後方では阿鼻叫喚。

小兄が、大暴れしてテレポーションアンカーの守備をしていた怪物を蹂躙しているのだ。

そのまま、2本目を砕く。

恐らくバイザーで、画像を見ている兵士がいるのだろう。

わっと、喚声が上がっているのが分かった。

「すげえぞ! 噂の村上班だ!」

「一瞬で二本アンカーをやりやがった!」

少しでも、勇気を与えられるなら。三城にも、いる意味がある。

そのまま、3本目に取りかかる。

だが、3本目のアンカーに、怪物がわっと群がって登ってくる。ランスの特性を悟ったか。だったら。

そのまま、横にずれて、雷撃銃を浴びかける。

雷撃銃にしてもランスにしても、火力は最初に戦闘を行った時よりずっと強化されている。

大兄のライサンダー2だって、今は最初にもったときより火力がかなり上がっている様子であり。

量産が計画されているという話なのだから。

実験的に作られた、強力なプロトタイプ兵器を回されている可能性もある。

雷撃銃を浴びせかけられ続けた、3本目のアンカーが砕ける。更に、喚声は大きくなったようだ。

着地。

小走りに走りながら、加速。

怪物が集まってくるが。酸を放ってくる前に跳躍し、更に加速して飛ぶ。何度か体を捻って、意図的にわかりにくい機動で飛ぶ。それで、敵も狙いを絞れなくなる。

最後の一本。

だが、コロニストが不意にぬっと木陰から姿を見せる。

柔軟に状況を切り替える。

コロニストが奇襲を仕掛けて来る可能性は予定していた。

その場合は。

コロニストに、真っ正面から迫る。アサルトライフルで迎撃に掛かろうとするコロニストだが。

ランスの間合いに入る方が早い。

首を焼き切る。

後方にどっと吹っ飛ばされるコロニストの、鮮血をまき散らす死骸を蹴りながら、跳躍。

追いついてきた怪物達が、酸を浴びせようとするが。既に間合いの外だ。

その間に、ジャンプブースターで飛んだ小兄が。フルパワーでスピアを叩き込み。4本目のテレポーションアンカーをへし折っていた。

「よし。 そのまま、来るのに使ったルートで帰還してくれ」

「分かった」

「予定と違うが、いいのか」

「今のコロニストは尖兵だ。 後方から八体続いている。 そのまま行くと、連中ともろに鉢合わせする」

それは、まずいな。

上空に出ると、そのまま高度を速度に換え、一気に来た道を戻る。途中、電撃銃で怪物を可能な限り焼く。

小兄も、盾で時々酸を防ぎながら、戻ってくる。

あの様子だと冷や冷やだろう。

酸で防げるといっても、限度があるのだから。

幸い、アンカーを守っていた怪物はそれほど数が多く無い。退避しながら、いわゆる引き撃ちで数を削って行く。

山を抜けた所で、タンク四両が待っていて。

追いかけてきた怪物に斉射を浴びせる。怪物はそれでも退くことをしなかったが。更に兵士達が一斉射撃を周囲から浴びせて、削りきることに成功した。タンクはかなり酸を浴びたようだが。開戦当時のように、クリームみたいに溶かされる事も無かった。

勝った。だが、少し疲れた。

「……弐分。 三城を連れて一旦さがれ。 此処は俺と一華だけで充分だ」

「分かった。 大兄も無理をしないでくれよ」

「問題ない。 後方からの兵力供給が途切れた。 コロニストが来る可能性があるが、それも何とか出来るだろう」

「まだやれる……」

呟くが、小兄にいいから、と言われた。

そういえば。

村上流の稽古を始めた時。無理をしすぎると祖父に時々言われる事があったっけ。

そういうときは、大兄は此処までといい。小兄はいいから、と言った。

ともかく、キャリバンに収容して貰う。

そして、思い切り甘い錠剤を渡された。

「短期間で運動量が凄まじすぎる。 体重が減るほどだ」

「……」

「それに加えてかなり頭も酷使している。 意図的に糖分を取った方がいいだろう」

そのまま、小兄は前線に戻っていった。

しばらくは横になっているようにと言われたので。フライトユニットを外し。ぬれタオルを被って横になって休む。

なんだかやっぱり足手まといになっているのかなあ。

そう思うと悔しいけれど。

今は。昔のように。

言われたまま、休むしかなかった。

数時間ほど休んだ後。何とか動けるようになったので、キャリバンをでる。

大兄が戻って来ていた。

一華のニクスは、ボロボロだった。

相当苛烈な戦闘をこなしてきたのは明らかだった。

「今日は引き上げる。 敵の殲滅には成功した」

「殲滅には成功したッスすけどねえ」

「一華、それ以上は言うな」

「……へいへい」

小兄の言葉に、不満を零していた一華が黙る。

あの機動力の高いニクスがボロボロだ。余程酷い戦闘だったのだろう。たくさん人が死んだのも確定だろうなと思って、憂鬱になる。

この一月。今までの五ヶ月同様、たくさんたくさん人が死ぬのをみた。

大兄が指揮を執る部隊は、驚異的な生還率を誇ったが。

それでも舐めて掛かって言う事を聞かない兵士とかが、時々あっと言う間に死んだ。

他の部隊の救援をしたときなんかは。

本当に、既にたくさん人が死んでいる状況や。人が目の前で無能な指揮で死ぬのを見た。

人材がどんどん削り取られている。

責任感があって、真面目な人間から先に死んでいる。

そうぼやいている兵士の愚痴を何度も聞いたが。

それは本当らしい。

有能な指揮官は、どんどん過酷な戦闘に投入され。

精神を病んでしまう事も多いようだった。

「今日は戻るぞ。 2箇所の戦線を潰した事で、敵の進行速度がぐっと遅くなった。 難民の救助は上手く行きそうだという話だ。 他に酷い戦線があるから、急いで片付けてほしいらしい」

「日本に戻るって話なのに、忙しいッスね」

「戻る前に、一番厳しい場所をどうにかしたいんだろうタール中将は」

「……」

一華が呆れている。

だが、大兄は。タール中将の気持ちが分かるようだった。

帰路はヘリで行く。途中、無線で通信が入ってきた。

エルギヌスが各地で戦線を喰い破って暴れているようである。米国では、タンク二十両が手も足も出せずに蹴散らされたという話だ。

七十メートルの巨体だけでは無い。

口から高出力の雷撃を放つ他。見かけからは信じられないほど俊敏に動くそうで。バックステップやサイドステップまでこなすそうである。更に太くて長い尻尾をもっており。それを十全に活用してくるそうだ。

「エルギヌスの脅威は、各地で拡がるばかりです。 行動範囲や原理はまだ情報が足りない事もあってよく分かっておらず、気ままに暴れているだけのようにも見えます。 ただ、都市にも平然と踏み行ってくるため、早急に対処しないと、いつ致命的な被害が出るか分かりません」

「厄介な相手だ。 砲弾に耐えるとは……何か対策はないのか」

「現在、開発がようやく終わろうとしている電磁崩壊砲が戦線に投入される予定がなされています。 通称EMC。 まずは試験的に、日本にて二両が使われる予定ですが……とにかく急ピッチで作ったので、試運転もろくにこなせていません」

「やれやれ、ぶっつけ本番か……」

千葉中将と、戦略情報部の少佐が話をしている。

無線を切ると、舌打ちする大兄。

「時々俺たちにもとんでもない外れ兵器が渡されるが、どうも他の戦線でも状況は同じようだな」

「とはいっても、戦車砲が全く通じない相手ッスよ。 話によると、大規模空爆にも耐えるそうっスね。 それこそテレポーションシップを無理矢理落とした時のようにバンカーバスターでも使うしかないッスよ。 EMCは今原理をちらっとみたッスけど、陽電子を対消滅させて熱量に換えて、そのまま敵にぶつける兵器みたいだし……カタログスペック通りの威力になれば、山を溶かす火力が出る筈。 やってみる意味はあるッス」

「そうかも知れないが、そんなもの、まともに動くのか?」

「……」

苦笑いする一華。まあお察しと言う事なのだろう。

まもなく、ヘリはベースに到着。今日はそのまま休んでほしいとタール中将から指示があったので。そうさせてもらう。

この様子だと、大兄は日本に戻る頃には中尉どのだな。

そう思ったが。

今は、とにかくそれを祝う余裕もなく。

ただ。ベッドで疲れを癒やすことしか出来なかった。

一ヶ月分の疲れが、どっときた感じがある。

同級生達と比べれば、体力にはそれなりの自信があるつもりだったのだけれども。

それでも、やはり限界はあるようだった。

 

3、エルギヌス咆哮

 

日本に戻ってきた。

東京のEDF本部に出向くと、早速大兄が千葉中将に呼ばれていた。多分勲章を受けるのだろう。

数限りない敵を屠ってきたのだ。

中尉への昇進も確定だろうとみていた。

弐分はそのまま、与えられた部屋で待つ。

そうすると、久々に。

荒木軍曹が来た。三人の部下も一緒だ。

「おう、久しぶりだな弐分」

「お久しぶりです」

立ち上がって敬礼する。

何でもこの間大尉に昇進したらしい。

これは良い事ではあるのだが。

戦況がそれだけ良くない、と言う事も意味している。

EDFの人員消耗が激しく、どんどん生き残った人員が出世していっているのだ。将官も次々戦死しているらしいし。弐分だって目の前で佐官が戦死するのを何度も見た。

もしも、EDFの損耗が此処まで激しくなかったら。

或いは、まだ軍曹は、少尉くらいかもしれなかった。

「またごっつくなったな。 プロレスラーとかでもやってけそうだな」

「俺はあまり最初から結果が決まっているものには興味はありません」

「まあ、あれはショーだからな」

小田軍曹がからからと笑う。

そう。この人も軍曹に昇進したそうだ。軍曹か。実際の階級とは全く関係ない呼び方をしあうメンバー。

ある意味、不思議な光景ではある。

「アフリカでは大活躍だったそうだな。 幾つもの戦線で大きな功績を挙げたと聞いている」

「ありがとうございます」

「兄貴や妹、一華はどうした」

「皆、それぞれ別の部屋です。 大兄は今勲章とか昇進人事を受けに行っています」

そうか、と荒木軍曹は言う。

そして、咳払いした。

画像を見せてくれる。

巨大な車体に、パラボナアンテナのようなものがついたもの。全体的に何かでコーティングされている。

これが。EMCだという。

「一両1億ドルだから、戦闘機と同じくらいの価値がある戦闘車両だ。 コンバットフレームの最新鋭機体と同じくらいだな。 ただ開発費が嵩んでいるから、実際にはそんなにたくさんは造られないかも知れない」

「これは、強そうですね」

「今は問題だらけだそうだ。 何とか足回りは動くようになったが、肝心の主砲が不安定で、何度も事故を起こしているらしい。 エルギヌスの被害が拡大する一方という事もあって、本部も投入を焦っているようだが……」

相変わらずの事情通だ。

軍曹は嘆息すると、画像を閉じた。

そして、話をしてくれる。

「近々、大規模なエルギヌスの討伐作戦を実施する。 それにこのEMCを投入する事になるだろう」

「しかし、問題だらけだと」

「そうだ。 俺たちは後詰めだ。 お前達も近場で怪物の掃討作戦に参加して貰うが、これは実質的に後詰めと考えてくれ」

一気に緊張が走る。

タンクの攻撃が通らないような相手だ。

EMCとやらも急造品で、まともに動いてくれる可能性はあまり高くない。

これは、今までで一番厳しい戦いになる可能性が高いな。

そう。弐分は確信していた。

 

中尉に昇進した大兄を迎えて。そのまま、移動を開始する。

東京基地は、周辺にプライマーの戦力がいない事もあって、現時点では安全地帯である。

田舎から東京への人口流入が更に進んでいると言うことで。

逆疎開とでも言うべき事が起きている。

日本も、何カ所もプライマーに好きかってされている場所が出て来ているし。

何よりエルギヌスは開戦当初のテレポーションシップ同様、文字通りどうにもならない相手である。

無尽蔵に思える戦力を抱えていた米国のEDFすら手に負えないと頭を抱えているという話で。

それを考慮すれば。

少しでも安全そうな場所に越して来たがるのも、道理なのかも知れなかった。

途中で一分隊と合流する。

相手はα型五十程度。

一分隊は、いずれもベテランの兵士ばかりだ。大兄と敬礼をして。戦歴は聞いているとだけ言った。

そのまま、無人の街に入り込んで来ているα型を駆除に掛かる。

数はどうっということもない。

更に、一分隊の兵士達は皆慣れている。

流石に、一分隊とは言え。この規模の敵を相手にするべく回されてきた兵士達である。

大兄も何も言う必要はなく。

弐分も飛ばしすぎるなと言われたほどだった。

そのまま、街に入り込んでいた五十ほどのα型を特に問題なく攻撃し、殲滅完了する。

周囲を改めて見直すと。

無人になった街は。

綺麗なようで、恐ろしい程に寂れているのが分かった。

家は使わなくなると、あっと言う間に痛むという話がある。

街もそうなんだな。

そう思って、慄然とする。

大兄が皆に指示を出す。

「移動する」

「うん? どういうことだ」

「……大型の敵と戦いやすい場所へ移動する」

「?」

一緒に回されてきた分隊長は分かっていない様子だ。

恐らく、エルギヌスが来る可能性については考慮していないのだろう。エルギヌスの方は、タンク十両以上、三個中隊、更に新開発のEMCが二両出る事になっている。

ぶっちゃけ、それを突破して此処にピンポイントで来る可能性は極めて低い。それが普通の考えだ。

だが、大兄は感じているのだろう。弐分もわかり始めてきた。殺気が接近している。それも、今までに無いレベルの、とんでもない奴がだ。

広めの公園に出る。

ここなら、かなり安心して戦えるか。

三城とも頷きあう。

「もし奴が来たら、正面には絶対に回るな。 コンバットフレームですら、正面を相手取るのは厳しいだろう」

「さっきから何の話だ、村上班」

「エルギヌスだ」

「いや、今攻撃作戦が行われていると聞いたが……」

ヘリが飛んでいく。

EDFの攻撃ヘリ、エウロスだ。

非常に強力な戦闘ヘリで、米軍のAH64アパッチロングボウの後継型に当たる。最強と名高かったアパッチロングボウだが、携行火器の発達によりだいぶ戦場での評価は下がっていたのが実情だ。

だがEDFはそれを強化して、やはりゲリラ戦をメインに据えて様々な武装を追加し、更に強力な兵器へと生まれ変わらせた。

今ではすっかりエウロスは、歩兵にとっての畏怖の対象に戻っている。装備している機関砲だって、攻撃機のそれに火力は劣らない。

だが、エウロスは弾薬を使い果たしている様子だ。それだけじゃない。装甲も相当に強力なのに、傷ついているようだった。

更に、無線が来る。悪い予感は当たるものだ。

「此方K6! 作戦は失敗! ターゲットは逃走!」

「一体EMCは何をしていた!」

「出力が上がらず、攻撃すら出来なかった模様!」

「何をやっているのか!」

千葉中将の怒号が入るが、まあそれはそうだろう。だが、見切り発車で出したのも問題だと思う。

いずれにしても、此方に来るなこれは。

そう思いながら、急いで三城とともに前に出る。

ニクスに乗っている一華が、ぼやくのが聞こえた。

「こりゃ、どうにもならないっすよ……」

「分かっている! ともかく、主力が来るまで時間を稼ぐ!」

今、K6作戦とやらに参加していた戦力や。後詰めで控えていた戦力が此方に集中し始めているはずだ。

タンク20両を米国で蹂躙したエルギヌスの話は既に共有されているはずで、最低でもそれ以上の戦力は周囲に集結しているはず。

ここで時間を稼いで、少しでもダメージを与えるしかない。

見えた。

とんでもない巨体だ。

文字通りビルより大きい。全長七十メートルと言う事だが。恐竜に形状は似ている。蜥蜴型だが、足は下に出ていて。小さいが体のバランスを取るのに使っているだろう前足がある。

口から高出力の雷撃を放つという話だ。

「散開! 後方側面に回りつつ、攻撃を続けろ!」

「で、でかすぎる! 今までの怪物の比じゃないぞ!」

広場で散開。

鬱陶しそうに歩いて来るエルギヌスに、周囲から攻撃を浴びせかける。兵士達はロケットランチャーを補給車から取りだしてきており、それを浴びせかけた。

言う間でも無く、ロケットランチャーの火力は通常生物なんて即殺の代物だ。恐竜だって例外では無い。

そんな当たり前の事が、α型の怪物が現れてから当たり前ではなくなったが。

それにしても、エルギヌスは十数発のロケットランチャーを当てられても、痒そうにすらしていない。

ライサンダー2を順番に体の彼方此方に叩き込んでいく大兄。

至近に迫った三城がレイピアの熱量を叩き込む。

だが、いずれもそれほど効いているようには見えない。

それどころか、唸りながらエルギヌスは体を揺すり。一歩踏み出しただけで、地震のような揺れと地鳴りが周囲を襲う。

小さな建物が倒壊する。

ニクスが一番大きいと思ったのか、体勢を低くすると突貫を始めるエルギヌス。

全長七十メートルが、明らかに時速百キロ以上で突貫してくるその凄まじさは、筆舌に尽くしがたい。

ニクスは必死に跳んで避けるが、擦るだけで吹っ飛んだ。

中空でブースターをふかしているが、あれは不時着できれば良い方か。

弐分も接近すると、スピアを叩き込むが。

文字通り弾き返される。振り返ると、前足を地面に叩き付けるエルギヌス。

目にライサンダー2の弾丸が叩き込まれるが。

それですら、痛痒に感じている様子が無い。

体を反らせるエルギヌス。一目で、何かをやってくる予備動作だと分かる。大ぶりの予備動作を使っても平気なくらい、強い生物ということでもある。

「散れっ!」

大兄が叫び。

次の瞬間、雷撃が広場を。更にその先にあった幾つかの人がいなくなったビルを蹂躙していた。

電撃の範囲にあった地面が、ビルが、真っ赤になって融解していく。冗談じゃない。こんなもの、喰らったら人間なんて消し炭も残らない。

分隊の兵士達は完全に戦意を喪失しているが。

それはもう、仕方が無い。

死なせるよりはマシだ。

「それぞれ出来るだけ別方向に散れ! エルギヌスの相手は俺たちが続ける!」

「大兄!」

「!」

指示を出していた大兄に向き直ったエルギヌスが、踏み込みながら突き上げるように頭を振るう。

遠くから見るとゆっくりに見えるが、はっきりいって擦っただけで人間なんてお空の星だろう。

大兄はかろうじて回避したようだが。それでもこんなのの相手を長時間は続けられない。流石に、いくら何でも限度がある。

「どうやらエルギヌスの逃走進路上に部隊がいるようです」

「とっくに交戦中だ!」

淡々と言う戦略情報部の少佐に、千葉中将が激高。血管が切れないか心配になって来た。それにしてもこのマイペースぶり。

本当にAIなのではあるまいか。

三城がエルギヌスの背中に着地しつつ、、再びレイピアの超高熱を押しつけるが。

見た。

熱量で少し皮膚がダメージを受けていたが。それが、見る間に再生していく。

そういうことか。此奴は非常識なレベルの再生能力を持っている。コロニストと同じレベルかは分からないが。

少なくとも砲弾などで攻撃しても無駄だと言う事だ。

程なくして、戦車部隊が来る。だが、蹂躙されるのは目に見えていた。

「此方ブルリーダー、攻撃を開始する!」

十両の戦車が、攻撃を開始。

だが二十両で蹂躙されたのだ。倒せる訳がない。次々にエルギヌスの体に戦車砲が直撃し。爆裂して皮膚の一部に傷を穿つ。随行していた歩兵達も一斉にスナイパーライフルやロケットランチャーでそれにならう。鬱陶しそうに振り返ったエルギヌスが。随伴歩兵ごと戦車部隊を敵認識したようだった。

「まずい、逃げろ!」

大兄が叫ぶが、もう遅い。

時速百キロ以上で突貫を開始するエルギヌス。それだけで、何もかもが終わりだ。

重量にして五十トンを超えるブラッカー戦車が、玩具みたいに宙に舞った。兵士達は、必死に逃げようとしたが。進路にいた兵士は塵も残らなかった。

エルギヌスは五月蠅いゴミ虫がと言わんばかりに吠え猛ると。そのまま、のしのしと消えていく。

ビルも途中にあるものは、邪魔だといわんばかりにへし折って行った。

少し遅れて、荒木軍曹のチームが来る。キャリバンを多数連れていたのは、この事態を予想していたのだろう。

「くそっ! やはりどうにもならないか……!」

「あんな化け物、どうやって倒せば良いんだよ!」

「核以外の兵器は通用しそうにもないな」

「いや、核すら通用するかも怪しい」

どうも荒木軍曹のチームは、K6作戦に参加していたらしい。ならば結果はお察しだ。

生存者を救出していく。

一瞬の蹂躙だけで、三十人以上が見るも無惨な屍になり。四両の戦車が中にいた兵士ごと粉々にされていた。

一華はニクスから救出される。

PCは無事だったようだが。

一華は目を回していて。キャリバンに収容される。

弐分も、盾が砕けかけていた。

至近で何度か戦闘をしたが、軽く擦っただけでこれである。

ただし、全くの無意味だった訳では無い。

「一つ、分かった事があります」

「うむ?」

「エルギヌスとの戦闘時に見ました。 凄まじい勢いで傷が再生しています。 それが奴の不死身の要因かと」

「なるほど、コロニストも凄まじい再生力をもっていると聞いている。 あの巨大さとはいえ、いくら何でも不自然過ぎる生命力もそれが理由か……」

荒木軍曹に説明すると。千葉中将が聞いていたらしく、納得する。

いずれにしてもはっきりしたことがある。

豆鉄砲での攻撃は無意味だ。

「此方でもバイザーの戦闘画像を解析しました。 確かに凄まじい高速で傷が回復しています」

「対策はありそうか」

「……EMCの完成を急ぎます。 十両程度のEMCで一斉攻撃を浴びせ続ければ、恐らく倒す事が出来るはずです」

そうか、そうなるとしばらくは耐えなければならないと言う事か。

更に、戦略情報部の少佐はいう。

「どうやらエルギヌスは気ままに動き回ってはいるものの、縄張りをそれぞれ有しているようです。 周囲の様子を確認しながら、不自然に引き返す様子が確認されています」

「縄張りか。 その内部からは、退避するしかなさそうだな……」

「恐らくプライマーは、その習性も理解した上でエルギヌスを各地に複数解き放ったのでしょう。 結果として、幾つもの重要基地がエルギヌスの縄張りに入ってしまっていますし、日本では首都圏の一部がエルギヌスに常に蹂躙される危険が生じています」

「分かった。 此方からも掛け合って、EMCの完成を急がせる。 K6作戦の失態は二度と繰り返させん」

大兄が来る。

かなりすすけていたが、それでも目だった傷は無い様子だった。

一番酷いのはニクスの有様だ。

赤いニクスは、根本的なチューンのし直しが必要になるだろう。

一華がまだ目を覚まさないと言う事もある。

いずれにしても、これはしばらくは駄目だ。

初めての、完全敗北かも知れない。

流石に特撮に出てくる怪獣を相手に、人間では無力なのだと思い知らされてしまったが。

だが、それでも。

次に出会った時は、簡単に負けてやるつもりはない。

「大兄」

「ああ、対抗戦術を考えておこう。 何かしら、奴に効く攻撃手段を見つけた方が良いだろうな」

「奴は傷を凄まじい速度で回復する。 ならば、回復が追いつかないダメージを与え続ければ勝機はある」

「……そうだな。 荒木軍曹と相談しておこう」

戦車砲ですら、涼しい顔をする怪物だ。

つまり、戦車砲以上の火力を、一点集中で当てていかなければならない、と言う事になるだろう。

一度、基地に戻る。

誰も、こっぴどく負けた事を揶揄する奴はいなかった。

むしろ、あの少人数で一定時間持ち堪えた。

それを、何人かに凄いと言われた。

しかし、負けは負けだ。

次に負けないために。

今は、この悔しさを、忘れないようにしなければならなかった。

 

一華が目を覚ましたのは、戦闘の翌日だった。

まあ気を失っていたのもあるのだが。

ここのところ激しい戦闘が続いていて、単純に疲れていたらしい。

点滴を打たれて。

それで退院させられて、復帰した。

今は病院がどこも大変な事になっている。EDF関係者は優遇されるようだが、それを良く想っていない市民も多いらしい。医師達も、その待遇は必要だと判断しつつも、あまり良くは想っていないらしかった。

弐分が見た所。

人間はどうにか無理矢理まとめられているという所で。

結局の所、今でもいつこの世界政府とEDFによる体勢が瓦解してもおかしくはないのだろう。

事実、プライマーが攻めこんできたのに乗じて。

プライマーに従属して、世界政府から独立しようと発言した輩も少なからずいたらしい。

そういう連中は、プライマーに瞬く間に蹂躙されて現実を思い知る間もなく地獄に落ちたようだが。

まあそういうことなのだと思う。

一華が戻って来たので、四人でミーティングをする。

早速、一華が愚痴を言う。

「PCが無事で何よりッスよ。 最新鋭のニクスが壊れて多分大目玉ッスけど」

「今確認したが、同型機はまだ少数しか配備されていないらしい。 その代わり、多少機動力が落ちるが、装甲が強化され、ミサイルと先の機体と同等以上の機銃を装備した新鋭機を配備するそうだ」

「はー。 それは有り難いっスけど。 何にしても、戦闘力がちょっとくらい上がった程度だと、あのデカブツには手も足も出ないッスよ」

「それも分かっている。 軽く小耳に挟んだが、EMCの配備を急ぎ。 EMCの大量投入で一気にエルギヌスを屠る計画のようだ」

EMCは一両一億ドルという事で。

戦闘機と同等くらいの価値がある兵器だ。

それが十両程度で倒せるなら、まあ安い方なのだろう。

問題なのは各地でエイリアン、つまりあのコロニストの猛攻が原因で。市民の生活が脅かされている事だが。

要するに、EDFに予算を掛ければ掛ける程。

ただでさえ命の危険にさらされている市民に、更なる負担を掛けることになる。

市民の不満が爆発するのが早いか。

EDFが壊滅するのが早いか。

まあ、EDFが壊滅したら、市民も皆蹂躙される。

それは、分かりきったことだ。

三城がぼそりと言う。

「レイピアで焼いたとき、皮膚がかなりえぐれたけれど、すぐに塞がっていくのが見えた」

「ああ、それについては俺も見た。 やはり攻撃そのものは有効だ。 ただしタンクの砲弾程度では役に立たないようだがな」

「人がいない場所なら、バンカーバスターでも叩き込むのが一番では?」

「周囲数十キロが、当面人が住めなくなる。 完全な荒野にエルギヌスを誘き寄せればそれも手かも知れないがな……」

一華の過激な提案に、大兄が応じる。

いずれにしても、村上班も休んではいられない。

大兄が通信を受けて、しばらく話をしていた。

どうやら、次の任務らしい。

一華が復帰したという話を聞いて、すぐに任務が来たようだ。ニクスはちなみに現地合流だそうである。

「最新鋭の武器を提供してくれるのは有り難いッスけど。 どうも色々と武器を試す実験台にされているようなんスよねえ」

「それについては事実だろうな。 歴史上遭遇例がない天敵との戦闘だ。 EDFとしては、あらゆる武器を試してみたいのだろう」

「エースチームとして認識してくれるのは有り難いんですけれどねえ」

「そう不平ばかりいうな。 他の部隊はもっと悲惨な境遇だ。 うちは実績を上げているから、新型も供与される。 その内当たりを引く可能性だって高い」

そう大兄が諭すと。

一華は頭を掻きながら、頷いて納得したようだ。

梟のドローンが側で一華を見ている。

こいつ、AIを搭載しているようだけれど。時々それ以上の何か不可思議なものを感じるのだが。

気のせいだろうか。

「ともかく、でるぞ。 これから中国の沿岸部にて大規模な作戦を行う。 ニクス複数が参加するコロニストとの戦闘だ。 都市に向けて侵攻しているコロニストを迎撃する事になる」

コロニストは中華に大量に降下しており、既に数は二千を超えていると聞いているが。

こういう大規模な消耗戦を敢えて何度も行う事で、EDFの対応力がどれくらい残っているかを試しているのでは無いか、と荒木軍曹が言っていた。

次の戦いでは、対応力を見せつける必要がある。

それで、敵の動きを少しでも阻害できるなら安いものだ。

ただ、敵はあからさまに戦略を知っている。

もしも、それを読んだ上で更に何かの手を打ってくるなら。

確かに、村上班のようなエースチームがいる方が良いのかも知れなかった。

基地内を移動しながら、そういえばと大兄が思い出したようにいった。

「次の戦いで生還したら、三人とも少尉に昇進だそうだ。 覚えておいてほしい」

「分かった。 大兄はまだ大尉にはならないのか?」

「まだしばらくは無理だな。 この間の戦いでは、敵の足止めが精一杯だった」

「……大兄がもっと大きな部隊を率いれば……或いは上層部にもっと口出しを出来る立場ならば、こんなに戦況は悪くないと思うんだけどな」

買いかぶりすぎだ。

そう、一刀両断されて苦笑する。

うちの長男で、頼りになる家長は。

自分の武術に対して、誇りを持っていても。

決して自分を無敵とは考えない。

だからこそに、こうも強いのだろう。自慢の兄貴だった。

 

4、激戦の合間に

 

河野美知留はウィングダイバーのエースチームであるスプリガンに所属している。とにかく此処はドライな組織だった。

女性だけの部隊と言う事で、最初は派閥を作ったりだの、変なローカルルールでぎっちぎちだとかだの。

そういう陰湿な人間関係を覚悟していた。

それでも、自分で生き死にを決める事が出来るし。

何よりも、理不尽な組織ではないのが良かった。

実際に所属してみると、女子同士の派閥だのカーストだのは皆無。ジャンヌ隊長の下、他は全てが実力主義で回るという、女子の組織としては異例の場所だった。

意外に居心地が良い場所である。

常に最前線に放り込まれる事と。

実力主義が容赦が無い事を除けば、だが。

今日も戦死者が出た。

新入り……とはいっても新兵ではない。他の隊から来た、それなりに戦歴もあるウィングダイバーだったのだが。

戦闘の途中で、モロに酸をくらい。

下半身がまるごと持って行かれて、そのままおだぶつだった。

もう、悲惨な死に様は見慣れてしまった。

更に、頻繁に入る夜戦。

怪物は夜に動きが鈍る。

それを利用して、夜の闇を飛ぶ。

サイレンサーを使って、怪物を一方的に蹂躙していくのは楽しいが。

フレンドリファイヤも当然起きるし。

怪物だって、完全にねむっているかすらも怪しい。

それに何より、昼夜逆転の生活は非常に厳しい。

それを思い知らされる。

若い体ですら、かなりきついと思わされるのである。

ウィングダイバーそのものが、まだ設立されてからあまり時間がなく。隊員もそれほど年齢を重ねていない人物ばかりだが。

戦闘が長期化すれば、その内「引退年齢」が出てくるのでは無いのか。

そう感じていた。

ともかく、一人戦死して。

戦闘そのものには勝利し。輸送ヘリで基地に戻る。

基地に戻る途中は、無言になる事が多い。

一応、周囲の兵士の名前は知っているが。ジャンヌ隊長はなれ合いはするなと厳しい言葉を言ってきているし。

何よりも作戦指示はいつも的確だ。

誰もぐうの音も出ない。

陰口をたたこうにも、女子の派閥も出来ていない状態で。

ある意味、理想的な女子チームの管理のやり方を知っているのかも知れなかった。

溜息が漏れる。

周囲の兵士達も疲れきっている。

EDFはどんどん押されている。

あのエースチームの村上班も、エルギヌスには時間稼ぎが精一杯だったらしいという話が流れてきていて。

彼奴らあのエルギヌスと交戦して生還したのかという驚きとともに。

苦戦してザマア見ろという、陰惨な気持ちも浮かぶのだった。

基地に到着すると、整列。

ジャンヌ隊長から、指示を受けた。

「各自八時間休憩。 その間に六時間は睡眠を取るように」

「フーアー!」

「それでは解散。 装備は整備班に預けておけ。 それと、装備を換えたいものは七時間後に私の所に来るように」

解散の言葉と同時に、皆散って行く。

これでは男と恋愛ごっこどころでは無い。

また、スプリガンはただでさえ悪魔小隊とか怖れられていて。

周りの兵士が、露骨に距離を取っているのも分かる。

それくらいしないと舐められて色々面倒なのだというのも分かるのだが。

それにしても、ジャンヌ隊長は徹底しすぎているのではないかと思う。

いずれにしても面倒だし。シャワーを浴びて寝る。

今、午前二時だ。

シャワールームは文字通りガラガラ。

隣で、誰か泣いているのが聞こえた。

まあ無理もない。

スプリガンからは、戦死で抜けるのが八割。

残り二割は、精神を病んで抜けていく。

ジャンヌ隊長の当たりがきついのではない。人間関係が理不尽なのではない。

戦闘が厳しすぎるのだ。

そして、今はEDF隊員みんながそういう目に会っている。

スプリガンから抜けた後は、恐らく支援任務に就くのだろうが。

それでも、戦闘からは逃れられない。

その内、徴兵で無理矢理兵隊を集めるのでは無いかと言う話が出て来始めているのだけれども。

それを笑えないほど、今の戦況は厳しいのだ。

シャワーを浴び終えた後、寝る。

誰が泣いていたかなんて、どうでもいい。

古参の隊員ですら、あっと言う間に死ぬのだ。明日、美知留が生きている保証なんてどこにもない。

兎に角寝て、体力を戻す。

娯楽なんて、余裕は一切無かった。

起きだした後、顔を洗って。歯を磨いて。うまくもない食事を取って。それで、すぐに準備をする。

時間通りに集合。バイザーで顔が隠れているから、昨日泣いていたのが誰かは分からない。

「今日はこれより中国の沿岸部に移動し、作戦行動に参加する。 コンバットフレーム数機が参戦する大規模なものだ。 あの村上班とも共同作戦となる」

「中国沿岸部というと、相手はコロニストですか?」

「コロニストだけで五十を超えているそうだ。 怪物も相当数がいるらしい」

副隊長がそう聞いて。うんざりする答えが返ってくるが。

それでも、精鋭部隊。

スプリガンが戦う事で、周囲の兵士は少しでも勇気づけられる。それなら、やるしかないのである。

「それと、補充の人員は来ない。 ウィングダイバーは損耗が激しく、もう補充はなく、戦死したり除隊したらそれだけ兵員が減ると考えてほしい」

「……」

「以上だ。 恐れを抱かず勇猛に舞え。 われらは空の歩兵にて、最強の部隊である事を忘れるな!」

「フーアー!」

かけ声とともに、兵員輸送車に乗り込む。

隣の兵士は名前は知っているが、それしか分からない。

とにかく無駄話をする心の余裕も無いし。

戦闘が開始された直後は、嫌みを言ったりする余裕もあったが。

今ではすっかりそれも消え失せた。

自分の技量が高いから生き残っているのでは無い。

単に運が良いから今生きている。

それを思い知らされている美知留は。

もはや、他人の命を気にしたり。

自分がお洒落どころではない事を、嘆く余裕すらなかった。

 

(続)