五ヶ月後の転機

 

序、撃墜は一回だけ

 

海上に出たテレポーションシップが、閃光に包まれた。

そのまま、黄金の装甲も意味を為さず。高度を落としていき。

海上付近で爆裂。

やがて、粉々になったまま、沈んでいくのだった。

映像を見せられて、リー元帥は無言だった。

「海上に出たテレポーションシップにバンカーバスターを用いました。 それによる撃墜の画像が以上です。 人類の技術で、テレポーションシップの撃墜は可能だと証明されました」

「……」

「ただ、残念ながら黄金の装甲は回収出来ませんでした。 まだしばらく、対テレポーションシップの戦術は検討が必要となるでしょう」

「そうか、やむを得ないな」

戦略情報部の「少佐」からの映像を見て。

そうコメントするしかリー元帥には出来なかった。

大きく嘆息する。

開戦から、五ヶ月が経過した。

戦闘は断続的に続いているが、撃墜がほぼ不可能なテレポーションシップに対してどの軍も無力。

敵はやりたい放題に怪物を投下し続け。

各地で被害が拡大する一方だった。

既に人類の二割があの世に。

EDFの戦力も、四割以上が失われていた。

やられっぱなしと言う訳では無い。

先進技術研と呼ばれる部署で、怪物の酸を解析。それが王水に近い強烈な代物である事は判明している。

更に酸だけでは無く、強烈な酵素が加わる事により。金属だけでは無く生物をも溶かす事も。

これにより、兵士達のボディアーマーは改善された。

レーザー対策も進んでいる。

今まではレーザーには為す術がなかったが。ボディーアーマーの改善と同時に、レーザー対策がなされ始め。

戦車も対空戦闘車両も、それぞれ装甲が刷新されつつある。

怪物に対する戦術の解析も進んだ。

だが、それらの成果がある一方で。

失われた戦力は、あまりにも大きかったのである。

何より大きいのは、核攻撃能力が失われつつある事で。

既に、今のような方法でテレポーションシップを無理矢理に撃墜する事も、不可能になりつつあった。

どうしようもない。

各地の戦況図を見る。

アフリカは真っ赤。中央アジアも酷い。

いずれもが、プライマーにより蹂躙された結果である。

赤いのは、既に制空権も取られ、地上部隊も近づけない地域だ。

南米は比較的マシ。

これは、北米から援軍が出ているからで。

どうにか戦線を維持することは出来ている。

どうにか、だが。

日本や北米、ロシアや中華、欧州にも赤い地域は存在している。

今、必死に武器の増産と、弾薬の製造。

更には人員の確保を行っているが。

戦況の好転はとても無理だろう。

何か、ブレイクスルーが起きなければ。

とてもではないが、逆転どころでは無い。

少なくとも、テレポーションシップを撃墜できるようにならないと、今後の戦況の改善はまず見込めないとみて良いだろう。

今、戦略情報部が総力を挙げて敵を分析していると言う事だが。

それもどこまでやれるか。

少し休むとオペレーター達に言い残して、自室に。

随分前に死別した妻の写真を見る。

リー元帥は二十年以上前に妻と死別してからずっと独身だ。

というよりも。

妻とは別に仲が良いわけでもなかった。

死後に調べがついたのだが、妻には愛人がいた。それもいわゆるホストで、金持ちの女をターゲットにし、背後にマフィアがついているような下衆だった。妻はそれに入れ込んでいて、貯金を相当に使い込んでいたことも判明していた。

クズホストが財産の分与とかを要求してくるようだったら裁判沙汰だったが。相手が悪いと判断したのか、その阿呆はさっさと手を引いた。少し前の作戦で、バックにいたマフィアがEDFによって殲滅されていたのも理由だったかも知れない。まあこれについては偶然の結果ではあったのだが。

それから、リー元帥は結婚に対する興味を失った。

地獄に落ちたら、妻もいるんだろうな。

そう思うと、うんざりする。

周囲はそんなリー元帥の真意を知らず。

再婚のそぶりがない様子を見て、愛妻家だと思い込んでいるようだが。

五ヶ月で人類は二割を失った。

それは人口だけでは無い。生産力も、経済力も。

二割以上を失って、そろそろまともに社会が動かなくなる事を意味している。

リー元帥に出来たのは、各地での作戦指揮だけ。

それも、上手くは行かなかった。

なんとか人員を各地に展開し。

かろうじて人々を守ろうと努力はしてきたが。

それ以上は。

出来ずにいたのが事実だった。

 

荒木軍曹。正確には荒木曹長は、雪が降り出したのを見てうんざりしていた。

戦況は悪化の一途を辿っている。

日本中を転戦して、怪物と戦い続けた。

村上三兄弟と凪一華(が繰るビークル、特にニクス)の戦闘力は瞠目するもので、正直どこの特殊部隊と比べても遜色がないどころか。

間違いなくアジア最強。いや世界最強かも知れない精鋭と今は化している。他にも各地で、幾つかの精鋭部隊が成果を上げているが。それでも、この四人には比べられないだろうと、荒木軍曹は考えていた。

その戦闘力を買われて、日本中を転戦している荒木軍曹だが。

どうにもならないと、思い始めていた。

半年近く戦い。戦況は好転の兆しもない。

小田原の戦いで、テレポーションシップの至近まで迫ったが。

大量の怪物が伏兵として現れ。結局撤退せざるを得なかった。テレポーションシップは、ずっと小田原、千葉、それに群馬に居座り続けており。

東京を包囲しながら、連日ハラスメント攻撃を繰り返している。

この結果、東京は完全に孤立し。

海路から必死に物資を送ってはいるものの。

EDFの消耗は大きくなるばかりで。

EDFとしては、もはや悲鳴を上げはじめている状況だった。

幸い、現時点で敵の巨大円盤は、日本への再上陸をしていない。

それだけでかなりマシなのかも知れないが。

それでも、テレポーションシップを落とせないのでは状況は変わらない。

噂によると、対テレポーションシップの武装を積んだ新型機が開発されたらしいが。

鈍重な動きしか出来ず。

最初に作られた第一陣は接近前にドローンの大軍から雨霰とレーザーを浴びせられ。撃墜されてしまったという。

また、その武装。フーリガン砲というそうだが。

そのフーリガン砲そのものにも欠陥が見つかっており。

完成まで、まだ時間が掛かるのは確定だそうである。

今日も出向く。

今日は、大阪の近辺での戦闘。

大量のα型が出張ってきている。大阪のEDF部隊から、駆除に協力して欲しいと言う話を受けてわざわざ空路で来たのだ。

そして、たった八人で。

三隻のテレポーションシップが居座る、大阪郊外。

大阪から逃れた民間人を狙うように現れたテレポーションシップから来るだろう怪物を処理してほしいと無理難題を言われて。

ここに来ていた。

恐らく数百、下手をすると千以上は来る。

アーマーは改良された。

酸で即死と言う事はなくなった。

ニクスの装甲も同じく。

ただ、流石に一部隊にニクスを二機以上配備することはできないと上層部は判断しているのか。

一機でも充分な戦果を上げられると判断しているのか。

配備の要請は、毎回拒否されていたが。

少し前にダン軍曹と話をしたが。

向こうも似たような状態のそうだ。

部下達は既に全員が入れ替わったそうで。新兵を毎回戦闘で死なせると愚痴を言っていた。

ダン軍曹だって、荒木軍曹と同じで、肝いりの一人。

未来のEDFを担う精鋭の一人なのに。

それがこんな愚痴を言っているのである。

人類の二割を失い。

EDFの四割が失われ。

兵器も生産が追いつかず。プライマーの攻撃は苛烈になる一方。

これを考えると。

真面目に前線に立っている兵士が、どれだけタフガイであっても。精神を病んでいくのは、無理もない事なのかも知れなかった。

「民間人の配置を確認してきました」

先に出ていた村上壱野軍曹が戻ってくる。

この五ヶ月で、キルカウントは千を軽く超えている。特にドローンの撃破数記録は、更新される一方だ。

ニクスは流石に配備されないが、それぞれの武器はどんどん新しいものが配備されていて。

更には、この壱野を指揮官に。

村上家の三兄弟と、凪一華を独立部隊にという声も上がっていた。

そうなると、目付役だった荒木軍曹は、今後は連携して戦う事に成るだろう。

苛烈な戦いぶりと。

人間離れした戦績が。

壱野をはじめとする四人に、短時間で総司令部の信頼を付与し始めていると言える。

「やはり三隻のテレポーションシップが囲むようにしています。 これから怪物を落とし始めるとして、やはりテレポーションシップを叩き落とさないと甚大な被害が出るのは確定でしょう」

「はあ。 五ヶ月戦ったが、俺たちのアーマーや武器以外何にもよくなりやしねえ。 俺のダチも何人も死んじまった。 あの腐れシップが、どれだけ怪物倒しても次から次へと運んで来やがる」

小田兵長がぼやく。

一等兵から昇進したのだ。

浅利一等兵と、相馬一等兵も。既に兵長に昇進している。

それだけ活躍がめざましいからである。

本来だったら部隊の規模を拡大する所だが。

荒木軍曹は、特務部隊として四人が一番動きやすいとして。部隊の拡大を断り続けていた。

いずれ更に出世するとしても、この四人のチームである事に代わりは無いだろう。

ただ相馬兵長は、いずれ将軍になりたいと言っていた。

いずれ、独立を申し出て来るかも知れないが。ただそれは、当分先の話になるだろうが。

「新兵器は全滅したそうですね。 しかも欠陥も見つかっているとか」

「そのようだ。 それなのに、いわゆる大本営発表ばかりなされている」

「……」

浅利兵長が嘆く。相馬兵長は、無言のままだった。

ともかく、対応はしなければならない。

「嘆いていても仕方が無い。 ともかく、それぞれのテレポーションシップに兵員を配置して、落とされる怪物に対応する。 幸い奴らは決まった周期を移動している。 奴らが根負けするまで怪物を倒し続ける」

「……」

「どうした、壱野」

「実は、昨日夢を見ましてね。 変な夢でした。 俺はもっとずっと後にEDFに無理矢理徴兵されて、もっと酷い状況下で戦って。 EDFも壊滅して、世界中が核汚染されている状況で。 生き残ったわずかな人間と、敵の母艦のようなものに挑んだんです」

なんだそれは。

小首を傾げたくなったが。

壱野は更に言う。

「先進科学研のプロフェッサーと呼ばれる主任だった人物とともに、敵の母艦らしいものに攻撃を仕掛けました。 そしてその戦いの前に、約束しました。 今から四年半ほど後……2027年の六月に、ベース251で「また」会おうと」

「なんだそれ。 やたら具体的だな大将」

「俺はほとんど夢はみないのですが、それでも妙に明晰だったので覚えています」

「……」

壱野には、新しいライサンダーが渡されている。

ライサンダー2。

壱野が散々データを取ってくれたことで、完成した改良型。

更に火力が上がった超級のライフルだ。とにかく火力が凄まじい事もあって、パワードスケルトンで補助されている兵士でも使える人間は希、という代物だが。

その火力は文字通り艦載砲に比肩するレベル。

少し荒木軍曹は考え込む。

今の未来は、あり得る話だ。

一度だけ、テレポーションシップの撃墜には成功したという。

ただしそれはバンカーバスターを用いて、海上で。

バンカーバスターは、地下施設を粉砕するための核兵器である。昔は精々数百メートルだったが、今は千メートルの地下施設を粉砕することが可能だ。

戦略基地が多く破壊され。身を守るのに必死になっている現在。

そんなものをテレポーションシップに使い続ける訳にはいかないし。

何より人口密集地で使ったら、それこそ市民に甚大な損害が出る。

つまり、やるしかないのだ。

荒木軍曹は決める。

「よし。 決めた。 作戦変更だ」

「軍曹?」

「このままだと人類は負ける。 特にテレポーションシップをどうにかしない限り、負けは確定と言って良い。 小田兵長が言う通り、次から次へと敵を運んでくるし、幾ら倒してもきりが無い。 ならば、今日その戦況をひっくり返す。 テレポーションシップを叩き落とし、怪物の物量で人類を圧殺する奴らの戦略を瓦解させてやる」

破滅の未来。

戦い続けて来て、荒木軍曹はそれに気付けていなかった。

戦うので精一杯だったからだ。

今、明晰無の話をされて。

それを思い出せた。

心から余裕がなくなっていた。

それは、とてもではないが褒められる事ではないだろう。

「戦略情報部、聞いているか。 荒木だ。 作戦のサポートを頼みたい」

「此方戦略情報部。 作戦とは」

「テレポーションシップをこの場で撃墜する」

「まさか。 どうやって」

心当たりはある。

テレポーションシップは下からの攻撃を嫌う。

それに、以前凪一華に指摘されたが。

下から攻撃を受けた後、怪物を落とさなくなったり。

此方の射線を遮るように、高度を落とす行動も取った。

それを指摘すると、戦略情報部の「少佐」。例の、巨大船からの砲撃の時、情報収集を最優先しろと言ってきた冷酷な女は言う。

「可能性はありますが、勝算は殆どありません。 怪物によって守られた中、開いたハッチに大威力の狙撃を入れるのは……」

「うちにはそれが出来る奴がいる。 そして、改良されたライサンダー2の火力であれば、或いは……」

「少佐、此方からも頼む」

声を掛けて来たのは、千葉中将だ。

東京は五ヶ月必死の戦闘を続けてきて、兵員の多くを失っている。

兵士達には厭戦気分が蔓延していて。

病院はパンク寸前だ。

三方向から東京を囲んでいるテレポーションシップを叩き落とさない限り。

日本の経済は死ぬ。

それに、EDFが崩されれば。

まだ一千万人以上が脱出できていない東京は。

完全に孤立することになる。

それだけは、ゆるしてはならないことだった。

「分かりました。 それでは、荒木チームの戦力を鑑みて、作戦を立てます。 村上弐分軍曹、村上三城軍曹は、それぞれ一隻ずつテレポーションシップの下部に貼り付き、投下される怪物を撃滅してください」

「了解しました」

「了解」

三城は相変わらず口調が硬いが、昔からこうらしい。

今では誰も気にしない。

それに、別に口調は硬くても、失礼では無い。

いつも礼は欠かさないし。

むしろ、こういうものだと皆は受け入れていた。それに話は丁寧に聞く方で。年齢からすると驚異的だと荒木軍曹はいつも思う。

いい年の人間でも、感情にまかせてわめき散らす輩はいる。

そういう連中とは、一線を画している。

それだけでも、充分過ぎる程だ。

「残りメンバーは、狙撃を行う村上壱野軍曹を支援。 狙うのは、南に位置するテレポーションシップです。 それをもし撃墜できたら、他のテレポーションシップから投下されている怪物を抑えているメンバーの支援に、即座に向かってください」

「よし。 今日、戦況を変える」

「荒木軍曹……武運を此方でも祈る」

まあ曹長なのだが、それは指摘しても仕方が無い。

もうそれについてはいい。

深呼吸をすると、皆を見回す。

この面子なら出来る。

いや、この面子でしか出来ない。

だから、まずは最初の一歩をこの面子で踏み出す。

それが、必須だった。

 

1、転機

 

村上壱野は夢と荒木軍曹に言った。

だが、どうもおかしいのだ。

あれは夢と言うにはあまりにも明晰すぎた。

それに、である。

弐分と三城を連れて逃げ回り。

シェルターを転々とし。

やがて無理矢理に徴兵されて兵士に成り。戦う内に武勲をたて。そしてEDFの残党が最後にかき集めた部隊に、皆と一緒に参加し。

膨大な犠牲を出しながらも、敵母船。あの巨大円盤ではなかったと思うものの下部にある赤い部分に一撃を叩き込んだ。それまでに弐分も三城も殺された。だから、目の前が真っ赤になるような怒りとともに、一撃を叩き込んだのだ。

そこまで、記憶があるのだ。

おかしくでもなったのか。

よく分からないが、ともかくだ。

これからの作戦は、絶対に弐分も三城も参加させなければならない。そうして少しでも戦闘経験を積ませなければ、また死なせてしまうだろう。

一華のコンバットフレームを軸に、近寄ってくる怪物は全て蹂躙する。他の二隻から落とされる怪物は、弐分と三城が相手をする。

この辺りには、五千を超える民間人が避難していて。

もしテレポーションシップから怪物が投下されたら、逃げ道もなく皆殺しにされるだろう。

そして奴らは、民間人をあからさまにエサにして、EDFを釣っている。

被害が出るのを承知で来るのを誘っているのだ。

そうして兵力を削って行く。

五ヶ月、それを繰り返し。

EDFは各地の戦力を消耗し続けて来た。

今でも、通信が入ってくる。

アウトポスト48という基地が、苛烈な攻撃に晒されているようだ。

陥落寸前のようで、逃げろという声さえ聞こえてきている。

もはやこれは、どうしようもないなと思ったが。

壱野には、何もできない。

出来るのは。

これから、改良型のライサンダーで。

あのテレポーションシップを叩き落とす事だけだ。

そして幸いと言うべきか。

EDFが半壊状態で。毎回こうやって釣って出てくる戦力が減っていることを敵も知っているのだろう。

明らかに舐め腐って、かなり高度を取ったままテレポーションシップは浮いている。

考えて見れば、あんな高さから落とされて平気な怪物も相当に狂っているのだが。

今は、それを気にしている場合では無い。

荒木軍曹が、声を掛けた。

GO。

作戦開始だ。

八名の班が、三方向に分かれる。

弐分はスピアと盾を装備したガチンコ用の武装。

三城は幾つか試した後、雑魚の殲滅に向いていると判断したレイピアという武器を持ち込んでいる。

初日にランスの方が良いと判断して持ち出さなかった武器だが。

怪物の群れを焼き切るには此方の方が良いと判断したらしい。

最近は、敵の数が多いときは、此方を持ち出すことが多かった。

近接戦闘を挑む事になるのだが。

三城はそれをまるでおそれておらず。

他のウィングダイバーを瞠目させているようだった。

移動を開始。

既に勝ちでも確信しているのか、舐め腐った様子でテレポーションシップが怪物を投下し始める。

放置すれば、此奴らによって五千以上の民間人が食い散らかされることになる。

それは絶対に許さない。

突貫。速度を上げる。

ニクスの機銃が火を噴く。

これも火力が上がっていて、以前以上の効率で怪物を駆除して行くが。改良があまりにも遅すぎたと言えるかも知れない。

怪物をどんどん蹴散らしていくが。

各地はそれでも追いつかなくなっている。

だが、テレポーションシップをたたき落とせるなら。

話は変わってくるはずだ。

怪物の処理は、荒木軍曹達と、一華に任せる。

弐分と三城は、単騎で相当数の怪物を相手にしている。流石の二人でも、長くはもたないだろう。

走りながら、ライサンダーを向ける。

凄まじい銃撃音が周囲でしているが、一華による銃撃と。

最新鋭のストークを渡されている荒木軍曹達の銃撃によるものだ。

当てる。

そして、放つ。

弓と同じ。

このライサンダー2だって、既に射撃場で試した。試した以上は、外すことはない。

ましてや弓矢の極意と同じ。

当ててから、放っているのだから。

弾丸が、バカみたいに開いたままのテレポーションシップのハッチの内側。赤く輝いている部分にモロに突き刺さる。

次の瞬間、怪物の投下が止まるのが、露骨に見えた。それだけではなく、炎を噴くのも。

更に、もう一撃を叩き込む。

次の瞬間。

無敵を誇ったテレポーションシップが。

文字通り、内側から破裂するようにして、爆発していた。

「おおっ……!」

「墜落してくる! 怪物をつぶしながら後退!」

寡黙な相馬兵長が思わず感嘆の声を上げ。荒木軍曹が即座に指示を出す。

走って距離を取るが、背後でかなり大きな爆発。

だが。テレポーションシップは内側から爆発したにもかかわらず、原型を留めていた。黄金の装甲も。

やはり内側からの攻撃では、どうにもならなかったか。

「一華。 予想が大当たりだったな」

「いや、ライサンダー2の火力がなければ多分撃墜は無理だったッスね。 とにかく、次行くッスよ!」

さっと確認。

今のところ、弐分は全然平気の様子だ。

三城が装甲が薄い分危ない。だが、荒木軍曹は意外な指示を出す。

「一華、壱野。 二人は三城の所へ行って支援。 俺たちは弐分を支援に回る」

「イエッサ!」

「了解。 じゃあ行くッスよ「大将」」

「まあなんでもいい。 走るぞ!」

ストークに持ち換える。これも対怪物用に弾丸をチューンした最新モデルだ。どんどん使って、データを還元した方が良いだろう。

走りながら、三城が引きつけつつ殲滅している怪物共を撃つ。

爆発音は三城も聞いているだろう。

少し上空に高く上がると、雷撃銃に切り替えて、怪物を上空から焼き始める。

そこに、横方向から射撃を叩き込む。一華の射撃も凄まじい。

斜め上からの攻撃と、真正面からの攻撃に晒された怪物は、一瞬反応が遅れ。即座に数十が叩き潰された。

テレポーションシップは高度を下げ始めるが、そうなんども同じ手を食うか。

全力で突貫。

同時にそれを見た三城も、高度を下げて一息に速度を上げる。

高さは速度に変えられる、だったか。

猛禽のように猛襲してくる三城を見て、怪物の何体かが反応が遅れ。

それを少し後ろからついてくる一華のニクスの機銃が粉砕する。

瞬時に百体以上はいた怪物の半数以上が粉砕され。

残りも大混乱する中。

滑り込むようにして、そのど真ん中に踊り込んだ壱野は。

ハッチに、さっきよりも近距離でライサンダー2の火力を叩き込んでいた。

一瞬、音が止み。

更に当たり所も悪かった……此方にとっては良かったのだろう。

一撃で、テレポーションシップが爆裂する。

同時に、走ってその場から退避。

二隻目が、そのまま墜落を開始していた。

走りながら、テレポーションシップが墜落するにもかかわらず、此方を殺そうとしてくる怪物どもに射撃。

一華のニクスが後方にぽん、と飛んで。更に着地の衝撃を利用して、更に飛ぶ。

どうやら、ジャンプを連続して繰り返しながら、弐分と軍曹達の方へ先に向かったようである。

墜落してきたテレポーションシップが、抗戦を続けようとしていた怪物達を押し潰しながら墜落。

爆裂四散していた。

「おおおっ!」

千葉中将が、感嘆の声を上げているのが無線で聞こえる。

EDF隊員に支給されるヘルメットには、無線とデータリンク機能がついている。壱野も今はこれを被っているが。

実は右耳はわざと開けて貰っている。

これについては弐分と三城も同じ。

周囲の悪意を察知しにくくなるからだ。

戦果を出しているので、我が儘は聞いて貰えている。

そして我が儘を言う分。

その分の戦果は上げているのだ。

残敵を掃討後、三隻目だ。

三隻目は危機を悟ったか、大量の怪物を落とし始める。なるほど、対応できないほどの怪物をまき散らした後、逃げるつもりか。

そうはさせるか。

データリンクを使って、一華に通信。

そのまま壱野はライサンダー2の狙撃を続けて、わんさかいる怪物を次々貫く。

火力が火力だ。

怪物くらいなら、数匹まとめて撃ち抜く事が出来る。

更に三城がレイピアに切り替えて突貫。

多数の怪物を、低空飛行で焼き払いに掛かる。

レイピアといっても良く知られる刺突剣ではない。

ランスなどと同じ熱兵器で、熱を雑に周囲に放射する兵器だ。この雑に放射する特性が、近寄った怪物をまとめて焼き払うのに非常に適している。

今度は、怪物の中に無理矢理分け入ったのは一華のニクス。

酸は当然散々浴びせられるが。

ニクスの装甲は、開戦時と違って対酸コーティングで相当に強化されている。

最前線で暴れ回っている一華のニクスはなおさらだ。

耐え抜くと。上空、かなり低空に降りて来ているテレポーションシップのハッチ内に。ニクスの機銃が容赦なく叩き込まれていた。

テレポーションシップが爆裂する。

退避。

荒木軍曹の声が聞こえる中。

大混乱する怪物を弐分と三城が抑え込んでいる。壱野も狙撃をその場で続け、怪物を徹底的に叩く。

墜落したテレポーションシップが炸裂。

大量の怪物を巻き込みながら、その場に閃光と爆音をまき散らしていた。

「やったぞ……!」

千葉中将が感嘆の声を上げる。

それだけではない。

背後から、喚声が聞こえる。

この様子だと、EDFの日本本部、東京基地でも作戦の様子はモニタしていたのかも知れない。

ここに希望が生じた。

それならば。皆が歓喜の声を上げるのも、それは当然なのかも知れなかった。

戦略情報部の少佐が、声を掛けて来る。

「流石ですね。 めざましい戦果を上げていることは知っていましたが、貴方方の事は覚えておきます。 黄金の装甲を回収し、テレポーションシップの構造も調べられるでしょう」

「ボーナスも弾んでくれよな、少佐どの」

「その程度なら当然出しましょう。 世界中に今回の戦闘のデータを送信します。 これで、戦局を変えられます」

小田兵長が軽口を叩く。それに対して、少佐も楽観的に答える。そんなに甘い相手でもないと思うが。それでも、勝ちは勝ちだ。

民間人も、戦闘の様子は見ていたのだろう。

それに知っている筈だ。

今まで、円盤には文字通りEDFでも為す術がなかったと。

それが、今ひっくり返った。

避難所から出て来た民間人達が、歓喜の声を上げている。

EDF。EDF。

決して歓迎されてきた訳でも無く。

血なまぐさい戦闘の末に、世界を無理矢理統一したという批判もあったEDFだという事だが。

それでも、今は。

確実に力無き民を守り。

恐るべき敵を撃ち倒した。

それに、間違いは無かった。

 

大阪の基地に戻る。

実は、三城はこの雰囲気が苦手だ。

人がたくさんいる場所は、どうにも好きになれないのである。

特に大阪の人達は距離が近いというか。なんだかそういう所も少し苦手だったが。だが、今回は状況が状況だ。渋面を作るわけにはいかなかった。

大阪の基地では、基地司令官をしていたいかにも浪速のおじさんという雰囲気の筒井大佐が、諸手を挙げて歓迎してくれた。

最後にかなり無理な突撃をしたニクスは即座に整備班に回されたが。

それ以外では、とっておきだという良い肉まで出してくれた。

既に大阪の街の機能を、大阪のベースに移転する計画がどんどん進行しているという話である。

それもあって、内部は賑やかに見えた。

「ようやってくれた! 本当に助かったわ!」

「光栄です。 ただ、できる限りすぐに次の戦線に向かわないと」

「いや、それについては辞令が出ているようやで」

「!」

辞令、か。

すぐに見せてもらう。

一華が側にあるPCを操作して、全員分の辞令を見せてくれた。

「ええと何々。 今回の作戦の成果を鑑みて、荒木曹長は少尉に昇進。 また、村上壱野軍曹は曹長に昇進とする。 村上壱野曹長は、村上弐分軍曹、村上三城軍曹、凪一華曹長とともに、今後特務部隊として行動して貰う事となる」

「そうか。 これで俺は目付から外れる事になりそうだな」

「いえ、荒木軍曹とは今後も彼方此方で連携して戦闘することになるでしょう」

大兄が、そう敬礼したので。三城もそれに習う。小兄も同じく。

それよりも、ちょっと気になる事がある。

整備班から連絡。ニクスの修理は、三時間ほど掛かるそうだ。その間に、仮眠を入れるようにと大兄から言われるが。

その前に聞いておく事があった。

「大兄。 さっきの夢の話」

「ああ、それがどうかしたか」

「その記憶、私にはない」

「……そうか。 理由はよく分からない。 ただ、その作戦の時、最後まで立っていたのは俺と、先進科学研のプロフェッサーだけだった」

そもそも、その巨大な敵の船に接近するだけで、多大な被害を出したという。

EDFは残党を全て引っ張り出して突撃したようだが。その過程で弐分も三城も倒れたということらしい。

そうか。

それは、とても悔しく思う。

「大兄のそれ、本当に夢なのか」

「何とも言えない」

「……先進科学研とやらと連絡はとれないのか」

「少し興味があって調べて貰ったが、どうやら戦略情報部などと並ぶEDF内でも特別な独立部署らしい。 いずれにしても、夢だの何だので、連絡は取れないだろう」

それもそうか。

ただ、四年半くらい後にベース251で会おうという約束。

それが気になった。

ベース251について調べて見たが、関東の辺縁にある基地で。

今の時点では敵から攻撃を受けていない。

東京などの大型基地からも離れている場所で。

恐らくは最後まで生き残りそうな基地の一つである。

それが、どうにも偶然だとは思えないのだ。

ともかく仮眠しろと言われたので、頷いて戻る。武器の整備のほうも、整備班がやってくれる。

問題は無い。

フライトユニットを外す。

今の服装は露出がやたら多いが。これは可能な限り重さを減らし。更にはフライトユニットとかに布を巻き込まないようにするためらしい。

髪の毛も長さを一定以下にしろというお達しがあるが。

三城の髪は最初からそこまで長くなかったので。

今以上に伸ばさなければ、それで大丈夫だ。

ベッドでしばらくぼんやりする。

何も考えないようにして、目を閉じてベッドに身をゆだねる。

それだけで、多少はマシになる。

一時間ほど、仮眠はとれただろうか。

ともかく一眠りしたので。

後は起きだし。

次の作戦について、説明を受けた。

以降は、千葉中将から直接指示を受けるらしい。

基本的に大兄が指揮官となって四人チームで活動し。

各地で厳しい戦況にある戦場に投入される事になるそうだ。

それもいい。

荒木軍曹のチームは四人に戻るそうだが。

その代わりコンバットフレームが支給されるという事だし。戦力的に不足はないだろう。

増員があるかも知れない。

ただ、増員は過酷な任務に初っぱなから晒されるだろうなと思った。

「少し急ぎの任務だ。 埼玉で、大型の団地に怪物が進行している。 其処へ急行し、怪物の駆除を行ってほしい」

「分かりました。 移動は陸路ですか」

「いや、今回は状況が急ぎだ。 何とか確保できている空路から急いで貰う」

空挺作戦か。

ニクスはそのまま持って行けると言う事で、それなりに大きな軍用輸送機を使うらしいが。

大丈夫なのか、少し不安になった。

そう思ったが、基地の外に出ると、それが迎えに来ていた。

かなり大きな飛行機だ。

垂直離着陸が出来るという事で、VTOL機になるのか、いや、プロペラがあるから、ヘリコプターの一種なのか。

何でも旧ロシアの大型輸送機を改良したものらしく。コンバットフレームなどを含む部隊を輸送するときだけに使われているらしい。そう、一華が説明してくれたので、こくこくと頷く。

「末っ子ちゃんは反応が素直で可愛いッスねえ」

「年は貴方と変わらない」

「ハハハ、確かにそうなんスけどね」

一華は一華で、あまり良い人生を送っていないのもよく分かる。

だから、それ以上は言わなかった。

ニクスを積み込むと、早速大型輸送機が移動を開始する。

荒木軍曹が送りに出てくれたので、敬礼。

少尉になっても、相変わらず少数チームで最前線に出るつもりらしい。

まあ、今の時代、出世も何もないだろう。

軍人と言う言葉を最大限好意的に解釈できる、荒木軍曹らしい発想なのかも知れなかった。

流石に輸送機は、民間のものとちがって離陸時にかなり揺れる。

この五ヶ月の間に、一華はPCを更に魔改造したらしく。そこから得られる情報を、此方にも分配してくれるようになった。

正確にはゴーグルに表示されたり。無線が聞けたりする。

「千葉中将だ。 現在、作戦予定地ではウィングダイバーの少数部隊が戦闘を開始しているが、敵を食い止めるのに精一杯の様子だ。 東京を攻撃するだけでは無く、埼玉方面にまで出張ってきている怪物の群れを撃滅し。 出来れば東京を囲んでいるテレポーションシップを狙ってほしい」

「分かりました。 カウンターアタックということですね」

「そうなる。 東京基地からも、敵を陽動するための部隊を出す」

テレポーションシップを叩き落としてから、三時間程度でこれか。流石にEDFもダメージがかなり大きくても、それでも動きが速い。

むしろ、テレポーションシップが無敵ではなくなったことで。

一気に士気が上がったのかも知れない。

輸送機は相当なスピードで飛び、小型の基地にて降り立つ。

流石に酔いはしなかったが。

途中でかなり揺れたので、閉口させられた。

「今後、欧州に出張ってもらうかも知れない」

「欧州?」

「欧州では日本とは比較にならない程苦戦しているようでな。 君達の戦歴を見て、現地の司令官が興味を持ったようだ。 覚えておいてくれ」

「分かりました」

日本と比較にならない程苦戦、か。

それならアフリカの方がまだ妥当だと思うのだが。

その辺りは、よく分からなかった。

其処からは、基地から出してくれた大型車で現地に向かう。

現地では、ウィングダイバー部隊が苦戦しているはずだ。

あまりもたついてはいられなかった。

 

2、反撃開始と

 

埼玉には巨大な団地があると聞いていたが、確かに連なる長城のようだ。今、人々が必死に逃げ惑っているのが見える。

怪物は自分達を見せつけて、EDFの出動を促し。

そして戦力を削る事に終始している。

怪物共の先にテレポーションシップがいる。

以前。神奈川にいる三隻はついに落とせなかったが、今回は前と状況が違う。東京の基地からも陽動部隊を出してくれると聞く。

ここで、一気に東京周辺の状況を変えたい。

そう、千葉中将は言っていた。

一華は頭を掻く。ニクスの中だから、バイザーはつけているがヘルムは時々外している。

本来は褒められた行動ではないのだが。なんというか、ヘルムは圧迫感が嫌なのだ。

それにしても。千葉中将は少し欲をかきすぎではないのかと思う。

いずれにしても、悪意を察知する村上三兄弟の能力は、此処でも役に立つだろう。

こんな地盤が柔そうな土地。怪物が地面の下から奇襲してくるのは、当然だろうから。

ともかく、前進を続ける。

荒木軍曹がいてくれれば、もう少し周囲の部隊も話を聞いてくれそうだが。

それについては。諦めるしか無さそうだ。

村上家の長男が、戦線に突入。ストークで敵を蹴散らし始める。他二人も最前列で暴れ始めた。

α型の群れが、多数展開しているが。そもそもウィングダイバーはここ最近の戦いで怪物との戦いを叩き込まれている。

見えている敵との戦線を維持するだけなら余裕だった様子で。

それが、気を大きくさせているようだ。

「少数部隊と言う事は特務か? いずれにしても随分若いな」

「特にウィングダイバーはルーキーとは思えない良い動きだ。 ニクスも期待している」

それはどうも。

そう思いながら、前に出る。

奇襲を受けたときに、最前列にいて攻撃を受け止めるのは。フェンサーとニクスの役割である。

平地での戦闘とかになると、タンクや更に強力なタイタンという超巨大戦車が戦列を作るのだが。

今のEDFに、そんな余力があるかどうか。

「それで指揮官殿。 悪意はどうッスか」

「大量に彼方此方に潜んでいるな。 民間人を皆殺しにするつもりなら簡単だった筈だ」

「まあ、そうでしょうね。 じゃあ私が最前列になるんで、ニクスでも耐えられないような数が来たら対応頼むッスよ」

「分かっている」

ウィングダイバー隊の隊長は軍曹という事もあり。ルーキーと侮りながらも、村上家の長男の話は聞く。

五ヶ月一緒に戦って、どうしても肌が合わないと感じる村上家の長男だが。

その戦闘力と。

戦闘に対する勘については、一華も信頼はしていた。

人間的に信頼出来るか、尊敬できるかはまた別の問題だ。

「進軍ルートはこの順番だ。 ニクスを中心、最前列がウィングダイバー隊。 怪物が必ず地中から出てくるから、その度に後退してニクスの火力支援で敵を屠る。 俺と弐分は遊撃で支援に回る」

「α型など我々の敵ではない。 我々だけで蹴散らして見せる」

「恐らく今まで出て来ていたのは、兵を釣るためのわずかなおとりだ。 とてもではないが対処できない数が絶対に出てくる」

「どうして言い切れる」

やはり反発するウィングダイバー隊だが。

それなら、少し進軍して証明してみせると話をすると。

相手が階級が上だと言う事もあるのだろう。

だまり、そして分かった、と従ってくれた。

ウィングダイバー隊はエリートだ。

元々空を舞う事が出来るという時点で、人間はとても気が大きくなる傾向があると聞いたことがある。

特に最強と言われるウィングダイバー隊のエリート、「スプリガン」に至っては。

元々可愛らしい妖精では無い「スプリガン」の名を冠しているとは言え。あれは妖精ではなく悪魔だと兵士達に言われる程、怖れられている。

屍の山を積み上げて、其処に自分達の誇りを作っている。

それがウィングダイバーの精鋭達だ。

ただし、ウィングダイバー皆がそういう精鋭なわけではない。

今此処で戦っている連中は、新兵よりマシ、という程度だなと。一華は手厳しく判断していたが。

それでも、この戦局で生き延びているだけで充分だろう。

「よし、まずは指定の地点まで移動する。 行軍開始」

「分かった、やむを得ない。 移動する!」

巨大団地の間を縫うようにして、移動開始する。

村上家の長男が手を横にやったので、止めて戦闘態勢。同時に、ウィングダイバー達と一緒に飛んでいたちっこいのが、不意に動きを止めた。空中でそのまま留まり、様子見をしている。

あれは、悪意とやらを察した目だ。

「どうした、臆したか!」

「隊長!」

「っ!」

言葉通りに。

地面から、今までとは比較にならない数のα型が現れる。

さがれ。

叫びながら、村上家の長男がストークをぶっ放し。

次男がスピアと盾を手に、ジグザグに機動しながら突貫する。

また、上空から、猛禽のようにちっこいのが襲いかかり。レイピアでまたたくまにα型の先頭部隊を焼き払う。

それでも、周囲から回り込むようにして襲いかかってくるα型。

流石に事態を理解したのか、無理矢理バックしてくるウィングダイバー隊。それを庇いながら、ニクスが前に出て。周囲を正確に、五ヶ月かけて練り上げた自作の支援アプリの手も借りて弾を無駄にしないように撃ち抜く。

百どころではない数のα型だが。

途中から随伴歩兵に徹したウィングダイバー隊の助けもある。

何より。的確に敵をたたいてくれた村上家の長男次男と。敵の気を引いてくれたちっこいの、三城の活躍もあって。

それで、被害はゼロに抑え込む事が出来た。

「総員、弾薬とダメージ確認」

「こ、此方ウィングダイバー隊。 問題なし……」

「よし、進む。 指定通り進む間に、何名か、これらの団地に出向いて、避難を指示してくれ。 怪物はその気になったらすぐにでも人を襲うはずだ。 民間人は苦しいが自主避難をしてもらう」

「わ、分かった……」

さっきの規模の群れ。

如何にウィングダイバーとはいえ、数人程度では手に負えなかっただろうと理解したのだろう。

隊長も態度を改めていた。

そのまま、予定通り進軍し。

団地の住民に話をして、すぐに戻って来たウィングダイバーと合流。

また、村上家長男が手を横に。

出てくると言う事だ。

いや、まだ出てこない。だが、訝しんだウィングダイバーの隊長が何か言いかけた瞬間。

待ち伏せを察知されたと判断したのだろう。

地面から、大量のβ型が出現する。

それを見て、ウィングダイバー隊が絶句する。

「ど、どうして分かる!」

「強さへの自信からだろう。 殺気がダダ漏れなのでな」

「……」

「とにかく殲滅する! 手強いぞ!」

既に三城と弐分は襲いかかっている。壱野もそのまま、苛烈な銃撃を加え始める。

そろそろ気づいているだろうか。

村上家の三兄弟、殆ど無駄弾を出していないのだ。まあ一華もだが。これは腕よりも組んだアプリの支援のたまものだ。

ウィングダイバー隊も、α型と違って猛烈な攻撃力を持つβ型に、果敢に立ち向かっていくが。

β型が高い浸透力を持ち、背後に簡単に回ってくることを。今までの戦闘で知っているようだった。

敵の数は先ほどでは無いが。

β型の殺傷力はα型を数段上回る。

その一方で装甲はかなり劣る事もあって。

不意打ちを察知されて、敵が先に手札を切った時点で勝負はついていた。

ニクスの機銃を撃つのを止める。

周囲には、大量の死骸が積み重なっていた。

「一名負傷……」

「以降、負傷者は団地への連絡をメインに動いてくれ」

「まだ私は戦える!」

「今は兵士が一人でも多く必要だ。 怪我を治して、次の戦いでも活躍してくれ」

そう淡々と壱野が言うが。

はっきりいって、感情がこもっていないので、機械的だ。

補給トラックを遠隔操作で呼んで、弐分に協力して貰ってニクスの弾薬を補給する。

壱野自身もマガジンを交換。

マシンガン並みの装弾数を誇るストークだが。

それでも、マガジンを交換しないと継戦は出来ないし。

持ち込めるマガジンにも限界はある。

補給を済ませると、トラックを後退させる。既に団地からは、わらわらと民間人が逃げ始めている。

「大兄」

「ああ、怪物が移動しているようだな」

「お前達、エスパーか何かか」

「日頃から感覚を研いでいるだけだ。 別にミスティックパワーの類ではない」

すぐに移動を開始する。

走れ、と壱野が言うので、不満たらたらではありつつも、ウィングダイバー隊も移動を開始。

その過程で、指定された団地に。さっき負傷したウィングダイバーが向かう。

一華には、どう敵が移動しているのか分からないので。

今度、その殺気とやらの解析方法を聞きたいところだった。

不意に三城がぐんと速度を上げて前に出る。

着地と同時に、わんさかα型が姿を見せる。

それも赤い奴だ。

あの榴弾とは言え戦車砲を弾き返した様子は、今も覚えている。それも数がかなり多い。この攻撃、EDFの兵士達を釣り。包囲して皆殺しにするために、戦略的に怪物達は動いていたとみて良いだろう。

「さがりつつ攻撃」

「分かったッス」

「さがりつつ、だと!」

「別働隊が更に来ている。 このままの位置に留まると挟み撃ちにされるぞ」

なんなんだと顔に書きながらも、突貫してくる赤いα型に対して中空から射撃を続けるウィングダイバー隊。

装備している武器はマグブラスターという遠距離レーザー兵器だが。

かなり火力は高い反面、距離によるダメージ減衰が大きく。また、エネルギーのチャージを頻繁にしなければならないそうだ。

射撃の腕はまあまあである。

村上三兄弟がおかしすぎるだけで。

充分に及第点だ。

確かに兵士として及第点の人間を、無為に失う訳にはいかないだろう。村上家長男の判断は間違っていない。

ニクスで猛射を浴びせて動きを止めながら、片っ端から敵を射貫く。

特に弐分のスピアは凄まじい破壊力を見せて、ニクスの猛射をかいくぐってきた赤いα型を確殺している。

相性が最高の敵、と言う訳か。

いずれにしても、スピアによる戦法は有効かも知れない。いずれ何処かで、上層部にでも話しても良いかも知れなかった。

「左側から来る」

「!」

「一華、正面はもう弐分と三城に任せろ。 其方を頼む」

「了解ッス」

左に回り込んだと思い込んだのだろう。

敵β型が、わんさかと地面から現れる。

だが、その現れた出鼻を挫いたのは、ニクスからの猛射だった。地面から出てくるや否や猛射に晒され。多数のβ型が地面に半ば埋まったまま死に。跳ぼうとしたり糸を放とうとした瞬間に、壱野の正確無比な射撃に撃ち抜かれ。

一瞬遅れたとは言え、ウィングダイバー隊が撃ち抜いていく。

程なくして、赤いα型の殲滅が終わった弐分と三城も加わり。挟撃するどころか挟撃されたβ型の群れは。

得意の浸透力も火力も生かせず。

屍をさらすことになった。

だが、数が数だ。

また、一名負傷者が出る。腕を押さえている様子が痛々しい。骨が見える程、厳しい傷のようだった。

「後方にさがってくれ。 後は我々でやる」

「まだやれる……!」

「次の戦いで活躍する事を考えてくれ。 今日のキルカウントを考えれば充分過ぎる活躍の筈だ」

「……分かった」

そのまま、一人が後退する。

また総合的な火力は減ったが、それで焦っている様子が無い。

まったく人間離れしているなあと一華は呆れたが。

勿論口に出すつもりはない。

またウィングダイバー隊は団地に回って貰う。

壱野が呟く。

「まずいな……」

「どうしたッスか」

「敵が一箇所に集まり始めている。 奇襲が通じないと判断したのだろう」

「はー。 あのガタイと火力で、頭まで回るんだから面倒ッスねえ」

三城がこくりと頷くと、一人先行する。

少し遅れて弐分が続く。

すぐにニクスの補給をして、それで続く。

ニクスも被弾しているが。

最初の頃と違って、対応した装甲はしている。余程の数に襲われない限りは、大丈夫だ。

壱野がウィングダイバー隊に指示を出している。

どうやら団地全域に避難指示を回すようにとの事のようだ。

ともかく、実績があるので従うウィングダイバー隊。

戻って来た頃には、一番大きい団地の前に出ていた。

丁度団地が、広場を囲むような。カッコの形になっている地形である。なるほど、これはいわゆる死地か。

「どれくらいいるッスか?」

「ざっと千二百というところか」

「何っ!」

「これから三城が中に踏み込み、即座に退いてくる。 敵が出てくるから、さがりながら迎撃する。 間違ってもあの中には入るな」

千二百か。

怪物を毎日テレポーションシップからわんさか投下していると言う事だし。それらの一部をちまちま溜めていたのだろう。

無線が入るので、通信を皆にも共有する。

たまに、士気を挙げるために戦略情報部が、いい戦況について報告がてらに無線を流してくるのだ。

「朗報です。 テレポーションシップの新たな撃墜報告が入りました。 ニューヨークで一隻、ロンドンで二隻のテレポーションシップを撃墜。 ニューヨークに居座っていたテレポーションシップは撤退、更にはロンドン周辺は安全が確保されました。 各地でテレポーションシップへの攻撃が開始され、更に撃墜数は増える模様です」

「残念ながら、その程度でどうにか出来る相手では無い。 すぐに敵は次の手を打ってくるぞ」

「その通りでしょう。 ですが、今は敵の数を可能な限り削り取り、怪物の供給を絶って逆に敵を孤立させてください」

「よかろう。 此方でも大規模な反撃作戦を開始する。 その間、敵の動きを正確に把握し報告し続けてくれ」

やりとりをしていたのは千葉中将か。

ともかく、どうやら村上三兄弟の様子を見る限り。

来るようだった。

団地が、傾いたかのように見えた。

とんでも無い数の怪物が、一気に死地に出現したのである。

踏み込んだのが三城だけということもあり。

恐らく、見抜かれておちょくられたと即座に判断したのだろう。

死地だけでは無い。

その外側にも出現する。

だからニクスを後退させていたのか。

レーダーの集計を見るが、確かに敵の数は千二百ほど。

いずれにしても、戦闘開始だ。

三城がふわりと浮くようにして、後退してくる。

その隙間をぬうように。

死地になっているマンションの隙間から出現する大量の怪物を、片っ端からニクスで撃ち抜く。

凄まじい密度で押し寄せてくるから、撃破効率も凄まじい。さがりながら機銃を放つだけで。

文字通り。撃てば当たる状態になっていた。

青ざめたウィングダイバー隊が、悲鳴に近い声を上げる。

「何て数だ!」

「ここでこれだけの数を始末できれば、後方にいる部隊が楽になる。 敵は団地を立体的に移動してくる。 β型を最優先して、空中から狙撃してくれ」

「わ、分かった!」

「弐分、可能な限り敵を攪乱! 三城もだ!」

二人は答えない。

何しろ、敵の数が数だ。更に増援もあるかも知れないのである。

ニクスはミサイルも全弾発射。

彼方此方にミサイルが炸裂して、地面を吹き飛ばす。

怪物もその度に吹き飛ばすが。

敵は怖れる様子も無く、後退する此方に凄まじい勢いで迫ってくる。

β型が最前衛で跳んでくるが。

次々に空中で叩き落とされて、文字通り地面に叩き付けられていく。

壱野の狙撃と。

ニクスのOSに追加したサポートシステムのおかげである。

ミサイルを撃ち尽くした。

そのままさがりつつ、機銃で打ち据える。

このさがるのが、ニクスはとにかくやりづらい。

ニクスの歩行システムの開発には相当な金が掛かったという話だが。

残念ながら欠陥品だ。

手を入れたいところだが。

連日戦闘だ。

はっきりいって、そんな余裕は無い。

先進技術研とやらで、どうにかしてほしいものだが。

それもはっきりいって、望み薄だろう。

今は兵士のアーマーや、支給される銃や弾などの。基礎的な兵器の供給の方が重要であり。

ある程度怪物に最初から対抗できるニクスの改良は後回しになる筈だ。

何ブロックか後退した頃には。

足の速度の差が出て、β型はあらかた殲滅が完了する。

だが、距離が開いたことで、赤いα型が戦列を作り、その後方からβ型が酸を放ちはじめる。

ニクスで赤いα型を撃ち据えるが、やられることをまったく怖れていない。

そういえば、古い時代の戦列歩兵もこんな感じで、やられても前進しろと命令されていたのだったか。

古典的な戦い方だが。

それができる装甲と火力があるのだ。

もっとも対抗が難しい戦法と言える。

しかも相手は数が数だ。

やむを得ない。

切り札を使うか。

セントリーガンは持ち出しを許されている。

そして、先ほど団地の中に、複数個を設置してきたのだ。千二百体が出現する直前に、ちょちょいと、である。

それを遠隔で起動させる。

一瞬にして、背後から機銃の猛射を喰らう事になったα型の戦列陣が瓦解。真後ろから猛攻を貰ったα型が、次々に悲鳴を上げながら爆ぜ散る。

それに気づいた赤いα型が後方からの攻撃かと振り返ろうとするが、接近した弐分と。狙撃を確実に決める壱野が敵陣の変化を許さない。

更に、ニクスも弾を撃ち尽くす勢いで猛射を浴びせる。

「もう数ブロック後退するつもりだったのだがな」

「まあ、戦場はアドリブッスよ」

「ともかくこれで被害は出さずに済みそうだ。 ウィングダイバー隊、銀色のα型を中心に狙撃。 ただし、追撃もするな」

「わ、分かった!」

赤いα型の前衛が崩れる。

セントリーガンが弾を撃ち尽くした頃には、既に蹂躙された前衛にニクスが踏入り。

混乱するα型の群れに対して、殲滅を目的とした猛射を浴びせる状態になっていた。

更に先行していた三城が、団地の上空から急降下攻撃を繰り返し。その度にレイピアでα型をごっそり焼き切っていく。

激しい戦いは二時間ほど続いたが。

それでも、何とか殲滅は完了していた。

「まだ悪意はあるッスか?」

「人のものはな。 人はいるだけで悪意が生じる」

「……怪物は」

「まだ少しいる。 補給を済ませてくれ。 すぐにいかないと、逃げられる可能性があるから、仕留めてしまう」

ニクスの装甲が、イエローのアラートを出している。

なんだかんだで乱戦になったのだ。

酸は何度も浴びた。蜘蛛の糸だって喰らっている。

まあ、それでもまだ継戦は可能か。

ウィングダイバー隊は、休憩したいと行ってきたが。壱野はそれを許さなかった。

「先に残った団地を軽く見回って、逃げ遅れた者がいないか見て来てくれ。 ……いや、全域は無理だな。 そこと、そこ。 その辺りの団地を頼む」

「どういうことだ」

「死地の向こう側に敵の残党が潜んでいる。 数は二百という所だ。 連中との戦闘に巻き込まれる可能性がある民間人をなくしたい」

「……分かった。 さっきから話が悉く当たっている。 信頼せざるをえまい」

なんだか少し悔しそうだが。

まあそれもそうだろうか。

経歴的にはウィングダイバー隊の方が上だと思いたいのだろう。

そして、このタイミングで。

リー元帥。

EDF総司令官の演説があった。

「前線での攻勢が始まった。 EDF隊員諸君の、粘り強い戦闘のおかげだ。 此処で、最終目標について話をしておこうと思う。 敵の円盤の中に、巨大なものが発見されている。 各地に何度か飛来しているそれは、テレポーションシップとは比較にならない巨体を誇り、戦闘力も桁外れだ。 だが、テレポーションシップの撃墜が可能になり、戦術も確立された今。 その撃墜を視野に入れるべきだと思う」

なるほど。

確かに士気は上がっている。

此処でその話をするのはありだろう。

「この圧倒的質量を誇る巨大母船は、マザーシップと命名された。 そしてこのマザーシップは、現在10隻が確認されている」

「10隻だと……」

ウィングダイバー隊の隊長の声がおののいている。

見た事があるのだろう。

東京上空にも飛来したという話だし、見ていてもおかしくは無い。

一華も正直驚いている。

あれが、10隻いるのか。

「マザーシップの撃沈が、EDFの最終目標となる! 奴らを地球からたたき出すためにも、各自の奮闘を期待する!」

「よう、大将達。 聞いてたか?」

小田兵長からの個人通信が来たので回す。

まだ少し、避難には時間が掛かるだろう。

話は聞く。

それに、正直休みたいのは一華も同じだからだ。村上家の三兄弟がおかしいだけで、一華もウィングダイバー隊に同意したいくらいである。

「あんなのが10隻もいるってな」

「空軍でも、あんなものを10隻も落とせるかどうか……」

「落とせるかではない。 落とさないと人類は終わりだ」

浅利兵長に対して、荒木軍曹が静かな声で事実を告げる。

その通りである。

「いずれにしても、黄金の装甲をどうにかしないと話にもならないッスね。 ドローンを大量にばらまくから、空軍も近寄れないッス」

「やはり地上からしかないだろうな。 だが問題はあの主砲だ」

「変なのはそれ何スよねえ。 何であのタイミングで主砲なんか出したのか。 ドローンを主砲の砲撃の後、数千隻もばらまいたらしいじゃないッスか。 だったら、我々にそれをけしかけてくれば、多分なんとか出来たのに」

一華は思うのだ。

プライマーは、恐らく戦争の経験については、地球人より劣る存在だ。

確かに戦術は使いこなしてくるし。人間を効率よく殺戮する方法も模索してくる。

だが、その割りには妙な点が目立つのである。

とくにダメージを受けると、すぐに退く。

テレポーションシップもそうだ。

もしそうだとすると。

案外、下からの攻撃は、ありかもしれない。

補給が終わる。

更に、必要な避難勧告も終わった。

互いに武運をと、村上家長男が荒木軍曹に告げると。

戦闘を再開する。

ウィングダイバーチームは、負傷者を下げて、更に人数が減っているが。

それでも、死なせるよりはマシだ。

此処で負傷した経験も生かして、次の戦場で更に頑張ってほしい所である。

「近辺に感じる悪意は最後だ。 最後を片付ける」

「大兄、相手側は決死で挑んでくる」

「そうだろうな。 皆、油断だけはするな」

GO。

声が掛かる。前に出る。

そして、地面からどっと湧き出した赤いα型との。

この団地での、最後の戦闘が開始された。

 

3、東京解放

 

EDFの東京本部から、兵力が出る。

東京へハラスメント攻撃を仕掛けていた怪物への、殲滅作戦の部隊だ。

それと同時に、埼玉から千葉へと移動を開始。

壱野は、黙々と大型の牽引車に乗って。ストークの手入れを行う。

弐分は何も言わない。

或いは、少し疲れたのかも知れない。

「大兄」

「どうした、三城」

「一華は疲れてると思う。 移動完了まで寝て貰っていたら」

「そうだな。 ねむっていて良いぞ」

一華はしばし黙っていたが。

やがて、少し不快そうに言う。

「有り難いっすけど、見透かした風にいうのはちょっと不愉快ッスよ」

「それはごめん」

「まあ良いッスよ。 確かに疲れたのは事実。 ただ、ウィングダイバー隊が全員生還出来て良かったッスね」

「ああ、それはその通りだ」

負傷者は出たが、ウィングダイバー隊は全員生還出来た。

規模的には合計して千八百には達した敵との戦闘で、だ。

充分過ぎる戦果である。

隊長は。壱野に礼を言っていた。

三城などは、うちの隊に入らないかと勧誘を受けていたほどである。

首を無言で横に振られて、隊長は落胆していたようだが。

「千葉にいるのは三隻だったッスね。 まあさっさと蹴散らして戻るのが一番ッスよ」

「蹴散らすか。 昨日まではどうにもならない相手だったのにな」

「……」

一華はニクスのコックピットでねむってしまったのか。

もう、それ以降は何も言わなかった。

後から来た医療班や整備班にニクスは任せていたし。

特にメカニック気質はないし。

興味が無い事は、どうでもいい性格なのかも知れない。

いずれにしても、今回の余波を駆って一気に東京の封鎖を解除する。

それが東京本部の方針だ。

世界最大のメトロポリスの一つがこうも脅かされている状況である。

一刻も早い対策が必要なのは事実で。

戦術が確立されたのなら、さっさと行うのが最適。

当然の話である。

それにしても、あの巨大な円盤。

都市ほどもあるあれは、マザーシップというのか。

あれが10隻。

恐ろしい話である。

壱野だって恐ろしいと感じる。当たり前だ。あの砲撃の火力、生きていたのが不思議なくらいである。

それに、嫌な夢にはまだ皆に話していない事があるのだ。

戦闘で追い詰められたEDFは、全面核攻撃を実施。

多数の円盤が落とされ。

地上も激しく汚染された。

それだけじゃない。

火の玉になって落ちてくる、巨大な影。

あのマザーシップも、核には耐えられなかったのではあるまいか。

そして地面に落ちて、都市もろとも爆発四散した。

何もかもが終わった。

そんな光景を、夢に見たのである。どうにも、それが体験した事のように思えてならないのだ。

千葉に到着する。

既に、東京方面から怪物への攻撃が開始されているという。ニクスもかなりの数が出ているが、それでも相応に苦戦している様子だ。

タンク十両、歩兵一個中隊と合流する。

指揮官は、木曽という中佐だった。ずっと東京方面で、苦闘を続けていた人物であるらしい。

「よく来てくれたな村上班。 あの荒木班とともにテレポーションシップを落として反撃のきっかけを作ってくれたこと、感謝しているぞ」

「ありがとうございます。 それで作戦は」

「これよりあの3隻に仕掛ける」

3隻のテレポーションシップは、ひっきりなしに怪物を落としている様子である。

なるほど、危機を察してフル稼働している、というわけだ。

「攻撃は君達に任せたい。 頼めるだろうか」

「何とかやってみせましょう」

「有り難い話だ。 今、荒木班は大阪方面でのテレポーションシップ撃退任務の前線指揮を取っている。 此方は彼に頼む」

「久しぶりだな」

ニクスが一機来て。

それから降りて来たのは、ダン軍曹だった。

今では少尉らしい。

荒木軍曹とわかれて東京の本部に到着した後。ずっと東京の戦線で戦い続けていて、出世したらしかった。

ただ、部下の顔ぶれは皆変わっている。

何が起きたのかは、敢えて指摘することもないだろう。

敬礼すると、ダン軍曹は破顔する。

ベトナム系らしいとは知っていたが。

ベトナムは、どこの国にも所属せず。圧倒的な独立力を誇った国家だ。

あの世界帝国元の軍勢も、陸路でつながっているにもかかわらず退けている。

ある意味、世界でも屈指の戦闘民族と言っても良いだろう。

「俺が前線で指揮を執る。 木曽中佐は全域の指揮となる」

「分かりました」

「うむ。 君達は早速だが、あの1隻を落としてほしい。 最大限の支援はさせて貰う」

「……」

目を細めて、向こうの様子を確認。

現在、タンクが砲撃を加え。

更に狙撃兵とロケットランチャーの部隊が、投下される怪物を駆除し続けているが。悪意がかなり感じられる。

あの1隻は後回しの方が良いかも知れないと思ったが。

だが。此処を喰い破れば弾みがつくか。

「分かりました。 ただし攻撃のルートは此方で決めてもよろしいですか」

「ああ、かまわない。 此方は支援に徹する」

「有難うございます」

一華に起きて貰い。

装備の確認を済ませる。

セントリーガンも持ち込んでいるが。今回は恐らく必要になるはずだ。

軽く作戦を話す。

今、熱烈に攻撃を続けているタンクの部隊に、敵を接近させるとまずい。

そして、敵は相当な伏兵を隠していて。その伏兵は先の戦いのように地下を移動する事が出来る。

恐らく真正面から馬鹿正直に仕掛けたら、囲まれて袋だたきにされるし。

何よりもタンクで攻撃を仕掛けている本隊が危険にさらされる。

此処がやられると、他の戦線も士気がだだ下がりするだろうし。

それにだ。

テレポーションシップの撃墜は、偶然だったと思われる可能性もある。

そうなると、士気に対するダメージは大きいだろう。

やりとげなければならない。

作戦を告げる。

というか、作戦と言う程のものでもなく、ただの進軍路だ。

そうすることで、敵の攻撃を誘引して、確実に片付けて行く。

最終的にテレポーションシップを落とすのは。

今回は、弐分だ。

 

進軍開始。

テレポーションシップのハッチ内部は、ある程度の火力があれば粉砕でき。粉砕を行えれば、それで落とせる。

それは前の戦いで証明された。

ライサンダーでは足りなかった火力だが。

ライサンダー2ならいける。

ただ、敵もそう何度も好き勝手はさせてはくれないだろう。

そこで、大火力と、機動力を両立する弐分の出番というわけだ。

ただ、それはあくまで最後。

まずは、セオリー通りに行く。

進軍開始。

いつも通り前衛は三城。続いて弐分。

ニクスと大兄がついてくるが。

ほどなくして、わざとらしく足を止める。そして、高く跳躍すると、足下に向けて三城が光の球を放っていた。

プラズマキャノン。

圧縮した物質の熱量を上げることでプラズマ化し。

その超熱量を叩き付けることで、その場を融解、粉砕する兵器だ。

更に強力なものが現在開発されているらしいが。今回は、これもまた、テレポーションシップの二隻目を狙えるようなら狙う。

先ほど、木曽中佐に持ち込んでいる兵器のリストを見せてもらったとき。

真っ先に大兄が選んだ武器だ。

モロに居場所を見抜かれたと悟った怪物達が出てくるが。

それに対して、ダン軍曹の指示で、一斉にタンクが砲撃を実施。徹甲弾の火力は凄まじく。更に性能が上げられている事もある。

次々に怪物が消し飛んでいく。

ましてや脆いβ型ならなおさらである。

其処に、更に上空から三城がプラズマキャノンを叩き込む。

文字通り粉々に引きちぎれて吹き飛ぶβ型。

可哀想とは思わない。

此奴にバラバラにされたり、貪り喰われたりした兵士や民間人は弐分だって見ている。

そのまま突貫し、スピアで貫く。抵抗が止むまで、それほど時間は掛からない。

「そのままの位置で射撃を」

「よし。 伏兵の存在は想定内だ。 そのまま進んでくれ」

「イエッサ!」

進軍を再開。

今回はニクスが出るまでも無かった。

また、変な方向に移動していくが。これは、伏兵として動こうとしている怪物の悪意を読んで先回りしているだけだ。

ただ、今の二回の攻撃で分かったが。

三城のフライトユニットは、二回のプラズマキャノンの攻撃で緊急チャージに入ってしまうようである。

そうなると、二回目の攻撃は避けた方が良いだろう。

今回は対応できたが。

二度目は無理だ。

足を止める。

それを見て、ダン少尉も右手を挙げたようだった。

また、上空からプラズマキャノンを叩き込む三城。

なんでわかったんだと言わんばかりに、α型の群れが姿を見せる。

勿論、即座につるべ打ちだ。見る間に減っていくが、一部は此方に突貫してくる。

躍り出て、スピアで貫く。更に猛禽のように降ってきた三城が、着地すると同時に、何度か軽く跳ねて後方に。

一華のニクスが射撃を開始し。

機銃で一気に残りのα型を仕留めた。

「掃討完了。 次に向かう」

「て、敵の伏兵が見えているのか!?」

「あのチームには武術の達人がいてな。 悪意を察知できるようだ。 俺の国にもそういう達人が昔はいたらしいんだが、今はもうさっぱりだな。 武術はスポーツ化したか、或いは見世物になっている」

「そういうものなんですね……」

ダン少尉と部下の声が無線を通じて聞こえる。

そのまま移動。次々と、突出してきた部隊がいたら囲んでやろうと動いていた怪物の群れを叩いていく。

だが。それらを叩いた後。

敵が一気に大胆な行動に出た。

無線が入る。木曽中佐からだ。

「此方木曽。 東京方面の部隊から連絡だ。 東京方面の部隊と交戦していた巨大生物が一斉に反転し、此方に向かっている。 数はおよそ数千。 東京方面の部隊も追撃をかけているが、ニクスや歩兵では追い切れない。 大半が此方に来るとみて良い」

「なるほど、そう来たか……」

一華が呟く。

大兄は少し考え込んだが、やがて顔を上げる。

「一旦伏兵を片付けた後、1隻だけテレポーションシップを撃墜して、其方に合流します」

「分かった、それで敵を迎え撃つ」

「それでは急ぎます。 火力投射、お願いします」

「任せろ」

速度を上げる。

もう一群、敵の伏兵が伏せている。それは弐分にも感じ取れる。

ニクスが少し置いていかれているかと思ったが、ひょいと跳躍して、距離を詰めてくる。ただ着地後は、少し動きが鈍るようだ。

その跳躍の反動を利用して、連続移動という事も出来るらしいのだが。

ニクスへの負担が大きい上、元々あまり推奨されていない使い方らしい。

一華のPCが色々小細工して、可能にしているのだろう。

三城がプラズマキャノンを叩き込もうとするが、敵から今度は出てくる。

そして、テレポーションシップの方へ後退を開始した。何が何でもこれだけは守るというつもりか。

拠点を守れば支援があるというのは分かるが。

残念だが、今回は先を取らせて貰う。

弐分は加速。

全速でブースターとスラスターを駆使すれば、ウィングダイバーよりも速く動く事が出来る。

コレが出来るフェンサーはあまり多く無いらしいのだが。

体の使い方に習熟している弐分は、出来る。

出来るから、使う。

直前に、火力支援で敵テレポーションシップの1隻の真下は、がら空きになっている。

そこに飛び込むと、上空に。

つまりテレポーションシップのハッチに向けて、NICキャノンを叩き込む。

一発、二発、三発。

五発目で、爆裂四散。

大量の怪物が向かってくる。装備を切り替えるが、その時間がとても長く感じ取れる。

だが、間に合う。

スピアと盾に切り替えると、そのまま落ちてくるテレポーションシップを回避するように。

怪物を間に挟むようにして、高速でバックする。

少しでも遅れていたら、多分下敷きになって爆発に巻き込まれていただろう。

怪物達は巻き込まれるのも気にしない様子で、爆発に突っ込んでくる。

悪意は感じるが。

これは、ひょっとすると。

統率個体がいて。

それが指示を出しているのか。

知性があると思っていたが、この様子ではそうとは思えないのだ。或いは個体個体には感情がないのだろうか。

だが、怪物達の様子を見る限り、今まで統率個体はいない。最後の一体まで同じように交戦してくる。

だとすれば、指示を出しているのは何処か別にいるのか。

其奴の悪意が、怪物達に伝染しているのではないのか。

考えながら、爆風を盾で防ぎ。

更に飛び出してくる怪物どもを、片っ端からスピアで貫く。

酸が飛んでくるが、爆発を背にしていても分かる。

盾で防ぎ、さがりつつ敵を引きつける。

横にそれると同時に、ニクスの斉射が入り、怪物を背後から機銃の弾が容赦なく貫いていく。

更に大兄の狙撃で、文字通り赤いα型が消し飛ぶのが見えた。

三城のプラズマキャノンも炸裂し、残っていた怪物が根こそぎになる。

すぐに手を振って、大兄が移動を指示。頷くと、味方本軍に合流。

木曽中佐は指揮車両らしいブラッカーから上半身を出して、手を振っていた。

「よくやってくれた! また1隻テレポーションシップを落としたな!」

「まだ2隻います。 それに敵の本隊が迫っています」

「分かっている。 此方にも、援軍を呼んだ」

「増援を出す余裕がありましたか」

いや、かなり無理をして増援を出したらしい。

此方の戦線がこのままだと壊滅する。そう判断した様子だ。

まあその通りである。

流石に数千となると、ニクス二機ではどうにもならないだろう。

上空から輸送機が来る。

投下されてきたのは、ウィングダイバーのチームだ。輸送機から、フライトユニットでそのまま降りてくる。

普通は、人間をこういう風には運ばない。EDFでも、以前何度かウィングダイバーが飛行機やヘリから地上で降りてくるのを弐分は見た事がある。

かなりの使い手だなと、弐分は即座に見抜いた。

一個小隊はいるが。

いずれも生え抜きの精鋭の様子だ。

「スプリガン隊、現着。 任務を連続でこなすのは久々だ。 ただ装備は対怪物用のままだぞ」

「ありがたい。 君達が来ていると聞いて、すぐに来て貰った」

「怪物の大部隊が迫っているそうだな。 確かにこの戦力では厳しい」

「それに夜戦開けなんですけど……」

あくびをしている隊員がいる。

かなり出来るようだが、軍人としての態度はあまり良くない様子である。

まあ、その辺りは腕でカバーしてくれれば別に良いんだろう。

「ダン少尉、指揮は任せる。 私は現在、敵主力を追撃中の部隊の指揮を確認する」

「分かりました。 他にも此方に来られそうな部隊を集めてくれ。 敵の到着まで、まだ三十分ほどはある。 砲兵隊の要請を頼めるなら、最優先でやってくれ」

「了解です」

此処で持ち堪えれば、敵の師団規模の部隊を一気に灰燼に帰す事が出来る。

大兄が、弐分と三城を見た。

「支援する。 前線で、少し敵の気を引いて貰えるか」

「数千を相手にか!?」

「いや、面白そうだな。 我々もやろう」

スプリガンの指揮官が乗ってくる。

敵の進撃速度を遅らせれば、後方からの挟み撃ちで一気に粉砕できる。逆に、敵の進撃速度が加速すれば、この戦力では壊滅は免れないだろう。

敵の陣形を伸ばしたり、或いは一部を引きつければ、各個撃破に持ち込む事が出来る可能性が上がる。

それを考えれば、やる価値はある。

「分かった、大兄。 行ってくる」

「苺大福用意して」

「分かっている」

三城は難しい課題を出されたとき、好物の苺大福を要求する事がある。

それで、大兄は時々ストックを確保していたっけ。ただ、こんな状況だ。苺大福がまだ生産されているかは分からないが。

 

小兄が、凄まじい勢いで加速してすっ飛んでいった。

ブースターとスラスターを組み合わせての機動。

あれを見て、喚声を挙げる兵士も多い。

一部の精鋭以外に、出来る兵士は多く無いらしい。

小兄はどうも自己評価が低いらしいけれど。大兄は誰よりも頼りにしていることを三城は知っている。

だから、羨ましいと思う。

誰かは、別にいい。

大兄や小兄から、もっと頼りにされたいとは思う。

道場がなくなってしまった今。

道場を再建した後は。

三人で静かに暮らしていきたい。

最近は、少しずつ一華と話すことも増えてきたが。

まだ、仲間だとかは思えなかった。

「ほう。 忌々しいシップを落としたチームの一人と聞くが、噂以上に出来るようだな」

「ジャンヌ隊長」

「ああ、分かっている。 フェンサーには負けるな。 行くぞスプリガン! 夜戦でなくても、その実力は怪物などとは比較にならない事を示せ!」

「フーアー!」

全員が飛翔を開始。それにあわせて、三城は飛んで行く。

みんな出来るな。

そう思っていると。

不意に無線に入り込んで来た隊員がいる。

「あんた東海地方の大会で優勝かっさらった子でしょ」

「貴方は」

河野美知留軍曹、と言われる。年齢は同じ。中国四国地方の大会での優勝者だそうだ。

軍曹クラスが指揮下に入って跳んでいると言う事は。

このスプリガンという部隊、噂通りの精鋭らしい。ジャンヌという隊長は、恐らく尉官だろう。

名乗ると、ふふっと笑われる。

どうやら中国地方の大会で優勝したらしく。

それでスプリガンにスカウトされたそうだ。

結構綺麗な子だ。

だが、あまり他人の顔には興味が無い。

とくに三城は、血縁上の両親とかいう獣から、毎日醜い気持ち悪い邪魔汚いと言われて育った。

幼い頃に毎日そう言われたから。髪が伸びてから、大兄と小兄や。周囲の男子がルックスを褒めてきても。

それについてはあまり頭に入らない。

他人の美醜はある程度判断がつくが。

自分の顔は、まるでぽっかり空洞が出来たように。認識出来ない。

これについては他人に話していない。

一応化粧などについては覚え始めているが。それでもマネキンか何かを飾っているようにしか思っていない。

「そっか、あんたもEDFに入ってたんだ。 大会で叩き伏せてやろうと思ってたのになあ」

「貴方はどうしてEDFに」

「私は最初アイドルになろうと思ってたんだけどね。 大会の後スカウトされて、自分なりに調べて見たら最悪。 反社が事務所のバックにいたり、スポンサーの金がものを言ったり、枕営業強要されたり、売れてきたらブラック企業も真っ青の仕事させられたりとかね。 親の死に目にも会えないのが当たり前、なんて世界でしょ。 ちやほやの代償が大きすぎるのよ、馬鹿馬鹿しい」

そうらしい、とは聞いている。

テレビ業界は衰退の一途を辿っているが、まあそれも当然だろう。

だからか。

確かに好待遇で迎えてくれるなら、EDFの方が良いかも知れない。

世界は人を食う怪物で満ちている。

それだったらアイドルなんか続けるよりも、いっそ兵士になって自分の命を自分で管理した方がマシか。

三城もテレビアイドルなんて、殆ど知らない。

今では動画の実況者の方が余程若い子は知っているし、社会的な影響力もあるのが実情だ。

それに対してひたすらテレビ業界は攻撃を繰り返しているが。誰も相手にもしていない。

河野軍曹の判断は、賢明だと言える。

「そう。 ただ、戦場では無駄な争いは避けるべき」

「そうね。 ただあんた派手な功績を幾つも立ててるでしょ」

「……指揮官が有能だっただけ」

「ふん、謙虚なつもり? いずれ化けの皮引っぺがしてやるわ」

敵意剥き出しか。

別にどうでも良い。

そもそも、三城には剥がすような化けの皮なんて存在していない。

自分でも知っている。

薄っぺらい人間であることを。

そもそも後で調べたが、幼児期に人間は人格形成でもっとも重要な時期を迎えるという話だ。

その時期、三城は虚無だった。

だから、薄っぺらな人間になった。

それだけだ。

大兄や小兄も、どこか歪んでいると自嘲している事があるが。

三城よりはマシだろう。

「無駄話はその辺にしろ。 各自散開。 数が数だ。 装備が刷新されているといっても、酸を直撃で浴びれば手足くらいは失うぞ、 各自気合いを入れろ」

「フーアー!」

「村上三城軍曹といったな。 貴様は多分我々と連携しての戦闘は無理だろう。 先行して暴れているフェンサーと連携しろ」

「分かりました」

着地と同時に地面を踏みしめ。

一気に加速して跳躍する。

空気抵抗を最小限にして、飛行速度を上げる技だ。

フライトユニットのパワーを最大限に生かす飛び方で、最速で相手に接近する必要がある場合に使う。

ただし、戦闘時に一撃離脱が精一杯になるので、あまり多用はしたくない。

おっと、後ろで声が上がるのが聞こえた。

そして、怪物の群れが見えてくる。

左右に激しく動きながら、スピアを叩き込んで離脱。それを繰り返している小兄。

数千に達する怪物は流石に壮観。

だが、ベース228を襲った怪物の群れの、三倍という規模か。

それがかなり疎密を乱しながら進んできている。

これなら、更に攪乱してやれば。

勝機は生じる。

「小兄」

「来たか。 俺が開けた空白にレイピアをねじ込んでくれ」

「分かった。 後ろから一個小隊の腕利きウィングダイバーも来る」

「ならば、周辺は彼女らに任せる」

小兄が動きを変える。

そのまま突貫すると、連続でスピアを叩き込み、敢えて隙を作る。

殺到してくる怪物だが。

それであからさまに隙が出来る。

そこに飛び込むと、レイピアで多数の怪物をまとめて焼き払った。

勿論相手の数が数だ。足を止めたら秒で殺される。

そのまま小兄が離脱。

バックジャンプする三城。ダッシュを駆使して、雨霰と飛んでくる酸を避けながら、冷静に相手の動きを見る。

やはり怪物はかなり隊列を乱されているが、それでもやはり前進を優先している。

そのため、前衛と中衛で混雑して、相当数の怪物が紛れている。

距離を取ると、武器を変えて、着地。フライトユニットの負担を減らす。

小兄は暴れるまま。

どうやら少し遅れてスプリガンが到着したらしい。

更に怪物達が、動きを乱す。

跳躍と同時に、プラズマキャノンを放つ。

大兄みたいに、当ててから放つ、なんて事は出来ないが。

密集地点に叩き込む程度はお手の物だ。

吹っ飛ぶ怪物の群れ。一発で二十匹は消し飛んだ。

周囲のスプリガンがおおっと声を上げる。戦意を刺激されたらしく、敵の前衛を激しく攪乱し始める。

だが、この数だ。

相手が冷静さを取り戻したら、小兄と三城もろともひとたまりもない。

だから、攪乱を主軸に、暴れ続ける。

程なくして、ダン軍曹改め少尉から、連絡が来る。

「よし、後退してくれ。 砲兵隊が間に合った。 敵がかなりの密度になっているのが非常に丁度良い。 そのまま、ゆっくり後退して、敵を引きつけ続けてくれ」

「了解」

「スプリガン、了解。 もっと攪乱してもいいんだぞ」

「いや、砲兵隊への指示が難しくなる。 後退を」

後退を開始。

好き放題やられてそのまま帰せるかと、赤いα型が前衛に出てどっと押し出してくる。

弄ぶように高い技量のスプリガン隊各員が翻弄しているが。

その中で、見えた。

河野というあの隊員を狙って、酸を放とうとしているα型がいる。

即時で狙撃。

周囲のα型やβ型もろとも吹っ飛ぶ怪物。

河野という隊員は気づいていなかったようだが、別に気づいていなくても、どうでもいい。

恩を売ろうなどと思っていない。

「よし、砲兵隊の支援開始! 同時に全速でさがってくれ!」

ダン少尉の指示と同時に。

空から巨大な砲弾が多数降り注ぐのが見えた。

怪物が無視して前進を続ける中。

まともに降り注いだ砲弾は、一撃一撃が数十の怪物を消し飛ばしていた。

密集した中にモロに喰らった怪物は、大量に数を減らす。

そのまま、全速力で飛んで敵を引きはがす。

追跡してきた怪物を迎撃したのは、整然としたブラッカー八両とニクス二機による放火。更に兵士達も、一斉に射撃を開始する。

前衛だけ突出していた怪物の足が止まる。時々前に出ようとしたり側面に回ろうとするのもいたが。

それは大兄が確実に一射確殺した。

更に、今の混乱で敵後衛に味方が追いついたらしい。

挟撃の体制が整った様子だ。

「よし、怪物をそのまま殲滅し、テレポーションシップの下に迫る! 千葉を怪物どもの魔の手から解放し、更には東京も同じく解放するぞ!」

喚声が上がる。

テレポーションシップが叩き落とされてから、立て続けの勝利。

ずっと敵のハラスメント攻撃で同僚を殺され続けた兵士達にとっては、ついに念願の反撃開始というわけだ。

それでも反撃を続ける怪物達だが、徐々に戦線が押し込まれ。そこにとどめとなる二度目の砲兵隊の広域攻撃が炸裂する。

遠くで見ると、凄まじい爆発が連鎖していて、とてもではないが近付きたいとは思わなかった。

「よし、行くぞ。 次は三城、お前がそのプラズマキャノンで落とせ」

「分かった」

「いきがいいな」

「貴方方の活躍も見せてもらった。 弟と妹の支援、感謝する」

ジャンヌという気位が高そうな隊長は、ふっと笑う。

後は、残り二隻のテレポーションシップを逃がさず叩き落とせば終わりだ。

一隻目。

一華のニクスが肉薄し、落ちてくる怪物を根こそぎにしているところに飛び込み。体を捻って上空にプラズマキャノンを叩き込む。

モロにハッチ内に直撃したプラズマ弾が、テレポーションシップを粉砕。爆裂して落ちてきて。まだ生きている少数の怪物を巻き込みながら地上で炸裂していた。

最後の一隻は、同時に仕掛けたダン少尉の部隊が肉薄。

ニクスの機銃で叩き落とす。此方はブラッカーで飽和攻撃を浴びせ。その隙にダン少尉がニクスで接近。叩き落とすのに成功したようだった。

怪物の殲滅が間もなく終わる。

「よくやってくれた!」

千葉中将から、感激すら混じった感謝の言葉が無線に届いた。

これで、東京は陸路で周辺に物流も人も通す事が出来る。

何より、五ヶ月ぶりに千葉、埼玉周辺の安心が確保されたのである。

更に小田原や群馬に停泊していたテレポーションシップが、形勢不利を悟って海上に移動を開始したらしい。東京は、解放されたのだ。

EDFによる大きな勝利。

それは、間違いなかった。

 

4、暗雲

 

東京の基地に入る一華。

実は初めてではない。

ハッカーやって捕まった時、連れてこられたのがこの巨大基地だ。内部には百を超えるニクス。更に整備工場。弾薬の生産工場があり。

不慣れな様子の労働者が、多数働いている。

此処は更に拡張をしているらしく。

最悪の場合は、五十万以上の人間を収容できる基地へと変えるらしかった。

メカニックにニクスを預ける。中のPCには絶対に触るなと念押ししてから、一眠りしたいと長男に告げるが。

長男は、咳払いした。

「まあ式典だなんだは俺が出ておくからいい。 ただ、新しい任務が入っているから、共有しておく」

「新しい任務?」

「欧州にマザーシップが飛来した。 フランスの上空で我が物顔に居座っている様子だ」「!」

確か10隻いるマザーシップは、各国で狼藉の限りを尽くした後、海上に逃れたという話だった。

攻撃の隙が無く、各国ともに手をこまねいていたが。

欧州にこのタイミングで。

連続でテレポーションシップが叩き落とされている状況で。

姿を見せた。

罠の臭いしかしない。

「戦略情報部からじきじきのご指名だ。 荒木軍曹の部隊も参加する」

「恐らくこれ、撃墜が狙いではないッスよ」

「そうだろうな。 少しでもデータがほしいんだろう」

「最悪の場合、逃げるべく覚悟を決めておいた方が良いッスね……」

一応、釘は刺しておく。

さて、一華はどうするか。

単独で逃げても、逃亡兵となるだけ。逃亡すれば降格どころか、下手すると軍法会議送りである。

そして一華は立場がかなり危うい。

それを考えると、迂闊に逃げる訳にはいかなかった。

ともかく、ベッドに直行。

しばし眠りを貪る。

どんだけ暴れても平気な顔をしている村上家の三兄弟と違って、こっちは基礎体力もないのである。

五ヶ月戦う過程で、散々走り回ったり色々したが。

パワードスケルトンの支援があってもへとへとなのだ。

基礎体力が本当にないのである。

勘弁してほしいと思って、へばっていた。

目を覚ますと、時間らしい。

ちっこいの。いや、その呼び名は自分の中でも止めるか。三城が呼びに来ていた。

まだ制空権が確保できている空路を使って、欧州に向かうそうだ。呼びに来てくれた。

なお、苺大福は確保できたらしい。

ん、と言って渡してくるので。

有り難くいただくことにした。

結構いいお店の苺大福らしいが。

これが最後の食べる機会になるかもしれない。

人類は既に人口の2割を失っている。

今後、産業はどんどん潰れていくだろう。この時点ですら厳しいのだ。どうみても、まだまだプライマーは本気を出していない。

今後連中が本気を出してきたら。

この程度のダメージで、人類が済むとはとても思えないのである。

それにだ。

戦略情報部からの無線を聞くと、テレポーションシップは増えている。

どうやら衛星軌道上に時々出現しているらしく。それが追加されてどんどん降下しているそうだ。

さっき状況を確認したが、インドで2隻、中国で3隻、ロシアで1隻、米国で4隻が新たに撃墜されているようだが。

そんな程度では、敵は蚊に刺されたくらいにもダメージなんて受けていないだろう。

「んー、美味しいッスね」

「だけれど、店じまいするって話だった」

「そうだろうッスね。 ……行くッスよ」

「ん」

そのまま、飛行場に向かう。地上部分も、東京基地は流石の規模だ。かなり多数のファイターや、輸送機が待機していた。

この間移動するのに使ったのと同じ輸送機で、欧州まで一気に行くらしい。

補給無しで欧州まで行けるというのだから、たいしたものだ。ただ航路は、色々複雑に行くそうだが。

これは制空権を確保できている地域が限られているので、仕方が無いのだろう。

プライマーは、あからさまに戦略を理解しているし。

それを最大限活用して戦っている。

わざわざ見せびらかすようにマザーシップが出て来たのだ。

無意味に出て来た筈が無い。

一応、警告しておくか。

飛行機に乗ると、皆に無線で話す。個人回線を使っているが、聞かれていても不思議ではない。

ハッカーとして史上発EDFのファイヤーウォールを破った一華だが。

EDFの技術力は、一華以上なのだ。

「村上三兄弟、全員話しておくッスよ」

「何か問題が起きたか」

「次の作戦、プライマーが何か仕掛けて来る可能性が高いッス。 充分に……用心するべきッスね」

「分かった。 荒木軍曹、もう少尉だな。 相談して、念には念を入れて作戦に当たる」

こくりと頷く。

ニクスを見上げた。これが生命線だ。

荒木軍曹の部隊も来ると言うから、ニクスが二機いる事になる。

ただ、ニクス二機程度でマザーシップとやりあうのは流石に無謀だろう。

やはり捨て石なんだなと、判断する他無かった。

 

(続)