円盤飛来
序、激戦の中で
甲府、中央部。
四隻の円盤が、怪物。侵略性外来生物β。蜘蛛ににている奴を、次々際限なく落としていく。
兵士の一人が叫ぶ。
「際限がないぞ! このままだと怪物カーニバルだ!」
そういえば、カニバリズムとカーニバルの語源が同じとか言う説があったっけ。
そう思いながら、一華は。押されている戦線に、ニクスを向け。機関砲で薙ぎ払って行く。
そろそろ数百は倒したはずだ。
此処を何が何でも破壊し殺し尽くしたいらしい怪物どもだが。
村上三兄弟が暴れ回っているのと。
更には、フェンサーが壁になって頑張っている事。
速射砲を備えたグレイプが、予想以上に健闘している事もあって。
中々に浸透できずにいた。
やがて、怪物の供給が止まる。
そういえば、あの円盤。
テレポーションシップとか呼称されているらしいが。
一隻は途中から怪物を落とさなくなったな。
あれはなんでだろう。
いずれにしても、阿修羅のように暴れ狂っている村上三兄弟の長兄。壱野の様子は凄まじい。
兵士達も、若干引き気味だ。
「あれ本当に民間人か?」
「民間人にも出来る奴がいるもんだな……」
「円盤が行くぞ!」
「どうしようもない、行かせろ」
荒木軍曹が、悔しそうにいう兵士にそのまま言う。
荒木軍曹も相当悔しそうだが。実際問題、軽くデータを見た所。気化爆弾などの強烈な兵器を叩き込んでも撃墜には成功していない。
空対空ミサイルの飽和攻撃でも傷一つつかず。
対艦ミサイルの直撃でも同じく。
現時点では、核しかないだろうというという話になっているようだが。
まあそれは周囲に聞かせない方が良いだろう。
補給トラックと指揮戦闘車両になっているブラッカーを守りながら。迫る怪物を駆除し続ける。
今、円盤は根負けしたのか行ってしまったが。
それでも、別に撃墜をされることもないのだ。
何の痛手でもないのだろう。
怪物は明らかに消耗品として使われている。
殺戮の効率が悪いなら、余所からやる。
それくらいの感覚なのかも知れない。
ハンマーズも良い仕事をしてくれている。狙撃専門の部隊は、戦場ではあまりいい顔をされないと聞くが。
相手は怪物だ。
人間ではない。
それぞれが磨いてきた名人芸を存分に披露する時だ。
ただ、怪物もそれぞれ家やビルに潜んでいる狙撃兵には気づいている。
犠牲は、どうしても出ている様子だ。
それでもかなり犠牲を抑えつつ、怪物を駆除しつつ。
どうにか、市民の多くを逃がすことに成功する。
南に作った退路から、どんどん市民が逃れていく。
殆どはEDFの用意したシェルター。
或いは基地に逃げ込む様子だ。
世界中がこんな有様だ。
EDFの基地に保護を求めても、どうにもならないだろう。
何しろあれだけ重武装だった228基地が、ひとたまりもなかったのだから。
昼少し過ぎに、どうにか怪物の駆除が完了する。
味方も相当な被害を出したが。それでも、なんとかまだ継戦能力はあるとみて良いだろう。
ただ、ニクスはそろそろ限界だなと思う。
β型の怪物を倒した時に、何度か糸を喰らったのだが。
酸を帯びた糸だ。装甲に文字通り突き刺さる。
その度にガコンガツンと恐ろしい音がして。
思わずぞっとした。
集中砲火を浴びたら、ニクスも恐らくはひとたまりもないと思う。
犠牲覚悟で、あのβ型と戦闘をする際にはニクスには随伴歩兵が必須だろうなと、一華は思った。
ロケットランチャーが効かない程の装甲をもつニクスでこれだ。
今まで進歩を続けて来た人類の兵器とその装甲は何だったのだと思ってしまうが。
ともかく、気持ちを切り替える。
またボロボロの軍用救急車キャリバンが来る。
あれは動く要塞と呼ばれる程装甲が厚く。
実際さっき、β型の猛攻撃を浴びても耐え抜いた。
どんどん怪我人を運んで行ってくれている。
姉小路中佐が。敵の狙いはどうやら此処らしいと言う事を伝えてくれていて。
それで危険を承知で、どんどん前に出てきてくれている、と言う事なのだろう。
一華も一度ニクスを降りる。周囲を回って、状況を確認。
大きな円盤が近づいて来ているという話である。
補給のトラックはまだついてきている。
バックパック内部を確認して、予備弾薬が減っているのを確認後。
荒木軍曹に声を掛けて、バックパックへの予備弾倉の積み込みを手伝って貰った。
勿論わざわざ軍曹に声を掛けたのは、別の理由もある。
「敵はまだまだ仕掛けて来るッスよ。 一度此処から離れるって手は……」
「民間人の救助が終わっていない。 まだ此処で俺たちが踏ん張らないといけない」
「それはそうッスすけど」
「EDFは血なまぐさい戦いの末に、やっと地球から国家間の争いを無くした。 俺はそれがどれだけ尊い事か知っている。 EDFそのものは、クリーンな組織とは言い難い事も認める。 だからこそ俺たちは、命を張らなければならないんだ」
そうか。荒木軍曹は真面目な人だな。
そう思って、頷くと。もう一つ、別の話をしておく。
「東京の本部とはまだ連絡が途切れ途切れッスか?」
「ああ、そうなるな。 それがどうかしたか」
「此処に間もなく大型円盤が来るなら、手下が手間取っている此方に対して手の内を見せてくる可能性が高いッスよ。 戦略情報部にサポートを呼びかけるチャンスでは?」
「……なる程。 確かに先ほどの円盤も、根負けした様子で引いていったな。 そうなると、確かに何かしてくる可能性は高い。 分かった、俺の方から姉小路中佐に相談してみよう」
追加装甲も何とかつけるが。
これははっきりいって、ニクスが可哀想なくらい不格好な補修だ。
最悪の場合。負傷者を輸送するのには、ニクスも動員しなければならなくなる可能性は低くない。
負傷した兵士も、軽度の負傷なら戦闘を続行している状態なのだ。
甲府は文字通り壊滅状態だが。
それでも踏みとどまってくれている。
そうこうする内に、戦略情報部からの連絡が来た。姉小路中佐が、指揮車両から皆に流す。
「此方戦略情報部。 作戦をサポートします」
「ありがたい! それでこれからどうすればいい!」
「現在、もう至近まで大型円盤が迫っています。 しかも高度を下げている様子です」
「……!」
文字通り何をしてくるか分からない。
アンカーを散々落とし。
挙げ句の果てに円盤まで使って、甲府を怪物の跋扈する死の街にしようとした。
だがそれは失敗した。
更に苛烈な事を仕掛けて来る可能性が高いが。
それはさっき一華が告げたように、敵の手の内を知る事につながる。
誰かしらが、敵の手の内を見なければならないのである。
「総員散開! 更に大型の円盤が来る可能性が高い! 広域攻撃に備えて身を隠せ!」
「イエッサ!」
姉小路中佐が声を掛けて、無事な兵士は皆散る。
ニクスも後退し、大きなビルの影に隠れた。村上三兄弟も、それぞれ散った様子である。
ただ、民間人の避難がまだ終わりきっていない。
それについては、続行しなければならない。
怪物共の死体が彼方此方に散らばっている中、ショック状態になっている者や。手酷く負傷しているもの。
医師が蘇生をしている者なども目立つ。
病院からも、軽度の入院患者は地力で歩いての脱出を促されている様子だ。
渋滞は起きていないが。
それは生存者がそれだけ少ないと言う事だ。
どうやら北部も開いたらしく、其方からもどんどん避難させる。
今までは甲府の南から、長いルートを通じて逃げる事しか出来なかったため。
それで余計、手間暇が増えていたのである。
ともかく、脱出を支援する。
しかしながら。
その絶望的な光景は、間もなく訪れていた。
「お、おい、空を! 空を見ろ!」
小田一等兵が叫ぶ。
同時に、空になにかとんでも無いものが現れた。
文字通り、街のように大きい。
巨大な円形の何かである。
下部には若干、膨らんだような構造体が見えるが。
それ以外はフリスビーのように薄い円形をしていた。
いずれにしても、こんなもの浮かすことは、今の人間の技術では出来るわけがない。
「何処かの国の新兵器か!?」
「バカ抜かせ! こんなもの、今の人類には建造不可能だ! EDFや世界政府に対して反発しているゲリラだのには、特に無理だ!」
「何か出てくる!」
また、誰かが叫ぶ。
下部にハッチが複数存在している。
そこから、小型の。
怪物を落としている奴よりも、更に小型の円盤が出てくる。
怪物を落とす奴。テレポーションシップといったか。あれもそうだし。この巨大な都市ほどもある奴もそうなのだが。
黄金。下品すぎない程度の黄金色の装甲で、周囲を覆っているのだ。
あれが撃墜不可能の原因では無いのかと一華は思ったが。
ともかく、ニクスのカメラで撮影を続ける。
小型の円盤は、それこそ数百という数だ。それがどっと現れると。都市上空に展開していく。
最初は青かったそれは。
程なくして。全てが赤くなっていた。
まずい。
そう思った時には。
円盤から、レーザーと思われる光線が降り注ぎ。
まだ逃げ遅れている民間人を、容赦なく攻撃し始めていた。
「くそっ! 撃墜しろ!」
この場の指揮を任されている荒木軍曹が叫ぶ。攻撃を開始する。
小さいといっても、飛んでいる小さな奴は全長十メートルはある。ほぼ円盤といっていい形だが。
下部にレーザー砲台を備えているのが見えた。
対物ライフルが次々に命中し始める。
幸い、此奴は怪物を落とす奴と違って、落ちてくるようだが。
しかしながら、レーザーというのは光速で飛んでくるのだ。
避けようがない。
必死の交戦に対して。
次々に小型の円盤は叩き落とされながらも。それでも悲鳴を上げて逃げ惑う市民を、次々に襲っていった。
「此方戦略情報部。 分析を行いました。 現在大型円盤より出現しているものは、自律思考型のドローンと推察できます」
「ドローン」
要するに、無人機だ。
元々世界では、ラジコンから進歩したドローンが、どんどん活躍するようになってきていたのだが。
世界政府が10年くらい前に条約を締結。
戦争で使う攻撃用ドローンは、一切の使用を禁止した(偵察用ドローンは禁止されていない)。
ただテロリストとかはドローンを使って悪さをすることが多かったため。
EDFでも対ドローンの装備はそれなりにつけているようだが。
しかしながら、これはちょっとばかり数が多すぎるし。
何よりも、レーザー砲を搭載しているドローンなんて、テロリストに作る事が出来るわけがない。
「このドローンは、恐らく対人攻撃に特化しています。 危険です。 一機残らず撃墜してください」
「そうせざるを得ない! 対空砲か対空ミサイル、或いはニクスを回してくれ!」
「此方で今、兵員をかき集めている!」
荒木軍曹に、姉小路中佐が答えている様子だ。
話している間にも、一華はミサイルを全部ぶっ放した後、機関砲でドローンを撃墜しに掛かるが。
しかしながら斜角が足りない。
ニクスは頭上を攻撃できないのだ。
そのため、AFVが集まって来て、それぞれの頭上を相互カバー。
戦車砲も、普通にドローンに命中する。
兵士達も建物に身を潜めるか、或いはAFVに身を寄せて、其処から頭上を狙撃した。
流石に訓練が行き届いているEDF。
指示さえあれば、すぐに対応できる様子だ。
そのままドローンを次々に撃墜する。
だが、その一方でレーザーに貫かれて、命を落とす兵士もかなりいる様子である。
民間人も守りきれない。
「一華!」
「はいッス!」
「民間人を狙っているドローンを集中的に狙ってくれ! 上空の支援はする!」
「分かりましたッスよ。 でも、何だかこの状況、意図的にやらされている気がしませんッスか?」
ニクスを向き直らせると、民間人を襲って我が物顔に空を蹂躙しているドローンを機関砲で撃墜していく。
既に半数ほどのドローンが叩き落とされているが。
村上三兄弟の活躍凄まじく。
ポンポン砲で対空砲火しているグレイプや。
ハンマーズとか名乗った対物ライフル部隊よりも、更に多数を次々に落としていた。
ウィングダイバー部隊は必死に飛行しながらドローンと渡り合っているが、やはり死傷率が大きい。
この状況で味方を支援せずに。
何よりも、集まって良いのか。
ちょっと不安になるが。
ともかくやるしかない。
機関砲の弾を撃ち尽くす勢いで、ドローンを叩き落とす。
ドローンの装甲はそれなりにあるようだが、少なくとも対物ライフルの直撃を喰らえば落ちるようだ。
愛用のPCで即応でプログラムを組み。
無駄撃ちを可能な限り減らすように何とか工夫するが。
あくまで付け焼き刃でしかない。
三十機ほどが、今建物から逃げ出してきた民間人に襲いかかろうとしたので、ミサイルをぶっ放し、全機撃墜する。
EDFのファイターや攻撃機に比べるとゴミみたいな性能だが。
しかし数が数だ。
航空兵器はとにかく高額になる傾向が高く。
特にファイターは一機1億ドルと言われる代物である。
レーザーで攻撃してくる相手が、多数戦列を展開したら、近付くことは危険すぎて出来ないだろう。
かといって、ミサイルをそうたくさん搭載できる訳でも無い。
戦闘機というのは、あくまで人間との戦争に特化した兵器であって。
こういう非常識な数で攻めこんでくる、恐れも知らない相手と戦うものではないのである。
「此方姉小路中佐。 東西の戦線もどうにか敵の排除に成功した。 少し時間をもたせてくれれば、ニクスが応援に来る」
「おおっ!」
「あと少しだ、叩き落とせ!」
「また増援! ほぼ同数のドローンが投下されています!」
絶望的な声が上がる。
あのでっかい円盤も。テレポーションシップだとかと同様に、内部に転送のためのシステムをもっているのかも知れない。
そもそもものを転送する、なんて時点で現在の人類には手が届かないテクノロジーである。
小田一等兵が言った。
エイリアンだと。
その通りだろう。
こんな事が出来る地球の組織や国家は存在しない。
とくにこんなばかでかいものを建造して浮かせるとか、とてもではないけれども無理である。
「総力を挙げろ! 民間人の脱出は!」
「後二割という所です!」
「よし、避難を支援しろ! 命がけで皆、空に浮かぶドローンを叩き落とせ!」
荒木軍曹が吠える。
嫌な予感が更に増える。
このドローン、恐ろしいには恐ろしいが。怪物に比べると随分と生ぬるいように思えるのだ。
あのβ型は恐ろしい浸透能力を誇り、訓練された兵士達の中に飛び込んでは一瞬で死に至らしめてきた。
α型は突進能力が凄まじく、距離を詰められると戦車でもコンバットフレームでもどうにもならなかった。
此奴は、レーザーという恐ろしい兵器を搭載しているものの。
それ以上でも以下でもない。
ドローンの上に乗ると。それを蹴って跳躍する三城。跳躍と同時にランスを叩き込んで、撃墜する。
妙技が士気を上げるが。
しかし。次の瞬間。嫌な予感は現実になった。
村上三兄弟が動きを止める。
当然だろう。
空に浮かぶ巨大円盤が。第二陣のドローンもほぼ撃墜されたのを見て。ついに手の内を晒してきたのだ。
何やら、三角錐の巨大構造体が、下にせり出してくる。
村上三兄弟の一番上、壱野がライサンダーで何度かそれを狙撃するが。効いているようには見えない。
更に、その三角錐の先端部分に光が集まっていく。
「おいおい、あれは大砲じゃないのか!?」
「奴ら攻撃するつもりだぞ!」
「下がれ、下がれ!」
「情報収集を最優先してください」
冷酷極まりない戦略情報部の発言。だが、荒木軍曹は、その指示に従わなかった。
兵士達に叫ぶ。
「AFVは総力で後退! 兵士達は、可能な限りあの三角錐から離れろ! 一華、後退しつつ、射撃の様子を撮影しろ!」
「了解ッス」
「走れ、走れ!」
「待て待て待てっ!」
小田一等兵が必死に逃げながら叫ぶ。
同時に、緑色の球体が三つ、下に向けて放たれる。
それは嫌にゆっくりと地面に向かう。
まるで恐怖を煽るように。
着弾。
同時に、甲府の街の中央部に。
巨大な爆発が巻き起こり。
戦闘を続けていた兵士達の一割以上と、逃げ遅れた民間人千人以上が、それに巻き込まれていた。
1、プライマー
プライマーの襲撃から一日以上が経過した。
また、リー元帥がテレビ会議を招集する。
各地で激戦が繰り広げられていて。更に、テレビ会議に出た将官は減っていた。
昨日から、立て続けに将官の戦死が報告として入っている。
いずれも凄惨極まりない死に方をしている様子で。
リー元帥も、眉をひそめるしかなかった。
今、既に総司令部は地下に移してある。
バンカーバスターの直撃を受けてもびくともしない施設ではあるのだが。
それでも、この敵が相手だ。
まるで安心は出来なかった。
皆が揃った所で、報告を求める。
戦略情報部は、淡々と報告をしてきた。
「現在までに、41の基地が陥落。 EDFの兵士達の損害は、まだ詳しくは集計できていませんが、既に40万を超えていると判断して良いでしょう」
「たった一日でそれほどの損害を出したのか!?」
「そうなります」
「……続けてくれ」
リー元帥が青ざめながら、続きを促す。
今は叱責している場合では無い。
冷静に情報を聞き。
対応をしなければならない。
「日本に飛来した大型の円盤は、テレポーションアンカーを投下しながら東京に向かっていましたが。 猛烈な抵抗を続ける甲府にて降下。 戦闘を行いました。 貴重なデータと言えるかと思います」
「映像を見せてくれるかね」
「はい。 此方になります」
出現する大量のドローン。
これに対して果敢な対空戦闘を挑む兵士達。
特に三人、凄いのがいる。
またコンバットフレームも、的確な射撃を続けており。驚異的なキルレシオをたたき出している様子だ。
「あの兵士達は特殊部隊か?」
「調査中です。 それよりも、此方を見てください」
主砲を発射する巨大円盤。
その一撃は文字通り甲府の街を抉り。巨大なクレーターを作り出していた。
それで充分満足したのか。
巨大円盤は高度を上げ、更には数千のドローンを射出。ドローンは数百ごとに編隊を組み、日本中に散ったという。
「巨大円盤そのものは、東京上空に現在移動を続けています。 主砲と思われる攻撃兵器を展開されると、極めて危険です。 民間人の避難を最優先してください」
「分かった。 すぐに手配する」
千葉中将が、テレビ会議から消える。
まあそれはそうだろう。
東京を襲われている上に。
あんなものが攻撃してきたら、それこそ天文学的な被害が出る。
「戦略情報部、現在味方は状況対応だけで手一杯だ。 これからの道を示してほしい」
「幸い、切り札である「潜水母艦」三隻は深海への退避に成功しています。 まずはこの三隻を活用し、サブマリン艦隊とともに海中からの反撃を実施します」
「うむ……」
潜水母艦。
EDF設立と同時に建造が開始された、超巨大潜水艦の事である。
あらゆるデータや物資、遺伝子情報までもが積み込まれた現在のノアの方舟の一つであり。
三名しかいない上級大将は、このEDFの切り札の艦長と司令官を兼任している。
サイズはそれぞれが原子力空母以上もあり。
歴史上人類が運用した艦艇の中で、最大とも言える。
「問題はこの黄金の装甲です」
続いて、テレポーションシップへの攻撃の様子が写される。
現在、テレポーションアンカーは既に撃退方法が確立。勿論制空権がない場所での攻撃では被害を覚悟しなければならないが、無敵ではなくなっている。
それに対してテレポーションシップは、あらゆる攻撃を受けつけない。
「核の使用について、許可をお願いいたします。 海上にいる一隻に対して、バンカーバスターを使用します」
「戦術核を用いるのか!」
「もはや他に手段がありません。 気化爆弾による攻撃も通用しませんでした。 戦術核を試してみて、それで撃破出来ないようなら、もはや打つ手がないと判断して良いでしょう」
「……分かった。 ただし、情報が漏れないように慎重にな」
許可を出すリー元帥は、額の汗を何度もハンカチで拭わなければならなかった。
開戦からわずかな期間でこの被害。
敵があまりにも強大だと言う事もあるが。民間人への被害も、凄まじい拡大を見せていると。
各国のEDFから報告が来ている。
恐ろしい事だ。
EDFが設立される切っ掛けになった出来事を、リー元帥は知っている。
その出来事以来、狂ったように世界の統一と、軍備の拡充を続けて来た人類だが。
予想の最悪を極める事態が来てしまった。
ともかく、それでも出来る事はしなければならない。
不意に、個人通信が来る。
米国の指揮を執っているハズバンド中将からだった。
「よろしいですか、リー元帥」
「何か問題が発生したか」
「市民団体の一部が、EDFの表向きの総司令部に押しかけてきています。 各国のマスコミも混じっているようです」
「そうか。 では、そろそろ放送をしなければならないだろうな」
広報官に連絡を入れる。
米国でも被害は増えるばかりだ。
全国。
いや、全地球人に。
プライマーとの戦争を行う事の、覚悟を決めて貰わなければならない。
青ざめながらも、リー元帥は原稿を用意させる。
可能な限り勇壮に読んで、それで皆に奮起して貰わなければならなかった。
呆然とする兵士達の中で。瓦礫を押しのけて立ち上がる壱野。
丁度三城を庇って、それで埋まったのだが。
まあ、何とかなった。
側で、弐分が瓦礫を放り投げて姿を見せる。
甲府の中央部は。
文字通り消し飛んでしまっていた。
既にあの巨大な円盤はいない。
ドローンも、あの砲撃に多数が巻き込まれたようだが。まあ無人機だ。あの円盤にとっては、それこそどうでも良かったのだろう。
ニクスが来る。
ボロボロだった。
「無事ッスか、村上家の三兄弟」
「無事だ、凪一華」
「救助作業を手伝ってほしいッス。 こっちも手が足りなくて」
「分かった」
すぐに壱野は、指示を受けて出向く。
瓦礫に埋まって助けを求めるもの。
殺してくれと呻いている兵士。
凄惨な有様だ。
グレイプが文字通りひっくり返っていた。
どうやら、東西南北の戦線に散っていた甲府の部隊が集まって来て、何とか救助活動に参加してくれているらしい。
瓦礫を押しのけて、兵士を助けていく。
重機無しで瓦礫を押しのけ、一人で数人分の働きをする壱野と。パワードスケルトンをフル活用して、瓦礫をどけていく弐分。
二人の様子を見て、兵士達が勇気づけられ。
どんどん救助活動を進めていった。
三城は上空に飛んでは、被害を受けている場所と。瓦礫に埋まっている人をめざとく見つけて。すぐに一華に報告している。
多分その辺りにいるのだろう。
荒木軍曹の声が聞こえる。
「よし、対応してくれ。 戦友も民間人も、可能な限り救うぞ」
「分かりました」
「あの爆発の中、良く生き残ったな。 本当にタフな民間人だぜ。 村上流とか言ったか、それ全部の兵士に教えたら、生存率爆上がりじゃねえのか」
「……」
いや、短時間で身につけられるものでもないし。
何よりも、多分近代訓練を受けた兵士は、別の意味で強いはずだ。
そう告げようと思ったが。
壱野は黙っていた。
「それよりも荒木軍曹。 彼方の地区で救援を求めています」
「分かった。 無事だったブラッカーにアタッチメントをつけて、ブルドーザーとして用いる」
「すぐ手配します」
浅利一等兵が報告。指示を受けて、すぐに動いていた。
そうする間にも、指示を受けた場所の瓦礫に対応する。
壱野だけでは無理だと判断して、声を掛ける。弐分と一緒に、倒壊したビルをどんどん崩していく。
小柄な三城がフライトユニットを外し、瓦礫の隙間に潜り込むと。
埋まっていたウィングダイバーを引っ張り出して来た。
気を失っているが、命に別状があるかどうかまではちょっと分からない。
だから、そのまま来た軍医に任せる。
壊滅的な被害だ。
情報収集を最優先しろ、か。
戦略情報部とやらの冷酷な命令は、耳に残っている。
だが、あの主砲を攻略するには、確かに情報が必要だったのも事実だろう。
此処で死んだ人達は無駄にならないのかも知れない。
そしてそれが戦争なのだとしたら。
できるだけ早く。
プライマーとやらの顔面を粉砕して。戦いを終わらせなければならなかった。
丸一日救助作業を続ける。
多数の兵士を助けたが。
それ以上に亡骸を見つけることが多かった。
関東の端とは言え。
それなりに発展していた甲府の街は、たった二日の戦いで焼け野原と化してしまった。特に中央部はどうにもならない有様である。
昔は、弐分と一緒に、虐待の末に殆どなにも喋る事すら出来ない状態になっていた三城を連れて良く来たっけ。
三城は美容院代をけちったあの下衆に頭を丸刈りにされていたから、フードを被せてそれが目立たないようにして。
それで少しでも、三城が喜びそうな場所を回った。
だけれども、三城はむしろ壱野と弐分と、祖父と一緒にいる事が嬉しいらしいと気づいてからは。
むしろ人混みに連れ出すのは辞めたのだった。
髪がまともに伸びてからも、三城はどちらかというと寡黙な子だったが。
本当はどうだったのだろう。
心がまともに育っていれば。こんな事にはならなかったのだろうか。
「大兄、来て欲しい」
「分かった」
三城に呼ばれたので、すぐに出向く。
十数人の兵士が、ブルドーザーとともに倒壊仕掛けたビルの側で、救助作業をしていた。
西の方で戦っていた兵士達らしい。
フェンサーもいて。パワードスケルトンのパワーを生かして、救助作業を行っていたのだが。
ビルの様子が危うい。
「あれ、恐らく……」
「ああ、崩れる。 弐分、上を頼めるか」
「分かった、大兄」
そう言うと、弐分がブースターをふかして飛ぶ。
同時に、壱野がライサンダーを構えるのを見て、兵士達が手を止めた。
ライサンダーで、崩れかけているビルの一部を狙撃。どん、と空気に衝撃が走る。
同時に、大型パワードスケルトンのフルパワーを生かして、崩れかけていたビルにタックルを掛ける弐分。
力がどう掛かっているか、見抜いたから。
こうやって、先に崩すのだ。
力が掛かっている基点を崩した結果、ビルはその場で力尽きるように崩れ落ち。倒れ来る事はなかった。
埃がどっと来る。
これで、被害は抑えられたはずだ。
兵士達が呆然としていたが。
着地した弐分が率先して瓦礫をどかし始め。
壱野もそれに加わったのを見て、ひそひそ話し始める。
「あいつら、昨日鬼神みたいに暴れ回ってた民間人だよな」
「ああ、見た。 あんなつかいづらい狙撃銃を使って、敵を確殺してた。 何者なんだ一体……」
「よく分からないが、特殊部隊が民間人の格好をしているところを、戦闘に巻き込まれたらしい」
「なるほど、それなら納得だわ」
無視して、作業を続行。
かなりの人を助ける。
程なくして、どうやら戦闘が一段落したらしいベース231から支援部隊が来て。
後は引き継ぐという話になった。
東京では、あの大きな円盤が怪物とドローンを散々落とした後、やりたい放題の限りを尽くして満足したのか海上に消えたという。
東京にあるEDFの本部は当然大きな被害を出し。
大阪などの主要都市も、軒並み怪物による被害を受けたそうだ。
甲府ほど酷い状態では無い様子だが。
これは、本当に奇襲を受けてやりたい放題をされたという雰囲気だ。
一応、今のうちに聞いておく。
「弐分、決めたか」
「この様子では、仕方が無い。 分かっているよ、大兄」
「ああ、そうしてくれ」
「結局みんなでEDFになる。 でも、多分皆で行動はさせてくれる」
三城が言うには。
今回、三人での連携戦闘について、充分に見せたからだという。
恐らくだが、この三人での戦闘を許可してくれるのでは無いか、と楽観的な事をいう。
楽観は死を招く。
別にどこの軍学でも言っている事だが。
それについて言おうと思ったが、やめた。
嘆息していると、荒木軍曹が来た。
小田一等兵、浅利一等兵、相馬一等兵もいる。
この軍曹のチームが、とびきりの腕利きである事は、一緒に戦ってみて分かった。それに荒木軍曹の柔軟な思考。
指揮官としては、申し分ないものだった。
「姉小路中佐から指示を受けた。 お前達三人と凪一華を連れて、ベース231に行くようにと言うことだ。 そこで入隊手続きをしたい。 気持ちは決まっただろうか」
「はい。 俺たち三人、命を預けます」
「そうか、有り難い。 三人の活躍、新兵どころか一般兵百人に匹敵した。 俺から本部に掛け合い、最初から軍曹待遇で……要するに俺たちと同じ幹部候補での入隊を斡旋してみる。 多分その場合、行動のグリーンライトも得られるはずだ」
「分かりました。 感謝します」
三人で、頭を下げる。
さて、ここからが本番という所か。
いずれにしても、ベース231に無事にたどり着けるかも分からない。
東京も散々な有様だと言うし。
日本中が今頃滅茶苦茶だろう。
一華が壊れかけのコンバットフレームで来る。
大きめの車が来て、コンバットフレームはそれに乗せられた。
多分だけれども、軍用の移送車両だろう。
EDFでは空輸を中心に兵器を移動させると聞いていたが。
あのドローンが大量にばらまかれた直後だ。
制空権が怪しい場所を飛ぶよりも。地面を行く方が良いと判断したのかも知れない。何よりもこれに乗って移動すれば、最悪戦闘をその場で行えるからだ。
さっきひっくり返っていたグレイプも載せられていた。中に乗っていた兵士はまだ意識が戻らないらしい。
酷い話だが。
それを可能な限り食い止めなければならない。
人間が決して好きだとは言えない壱野だが。
今回、プライマーだとかがやらかした事は、はっきりいってそういう次元ではない。
道場に押しかけてきたチンピラ共は、千切っては投げる程度で許せる存在ではあったが。それこそ滅ぼすくらいの気持ちである。
大型の車の荷台に乗り、移動を開始。
「228基地から脱出できた兵士達は多く無い。 あれほどの兵士がいた基地だったのにな」
「……」
「総司令官からの演説があるそうだ。 聞いておくか」
「分かりました」
荒木軍曹も、あまりいい顔はしていない。
総司令官の演説なんて、今更何の役に立つかというのだろう。
マスコミに向けてもこの通信は行われるらしい。
なんでも、米国にあるEDFの総司令部にもマスコミが押しかけている状態で、それをどうにかしたいのだと思われた。
「此方、EDF総司令官リー元帥である。 現在、我々地球人全てはプライマーという存在から攻撃を受けている。 この攻撃は極めて計画的なもので、奴らは戦略基地、航空基地、それに大都市を真っ先に狙って来た。 攻撃は確実で確信的であり、如何に効率的に人間を殺し、抵抗能力を奪うか戦略を徹底的に知り尽くしている存在が行ったものだと断言して良いだろう」
まあ、その通りだろうなと思う。
荒木軍曹に話を聞いたが、228基地は近隣で最大の基地だったという。それを真っ先に叩いたのは、敵の戦略としては正しい。
甲府があれほど激しく抵抗したのは想定外だっただろうが。
逆に想定外だったからこそ、手の内を晒すような真似までして猛攻をかけてきたと言う事だ。
「プライマーとは何か。 37時間前、衛星軌道上に多数のプライマーのものである艦船が出現した。 それについては、後で天文学者が撮影したものを報道機関に公開する。 奴らは天文学者が撮影した画像を見れば分かるが、文字通り突如としてその場に出現し、そして周囲の人工衛星を破壊すると、そのまま地上へと降下し、殺戮の限りを尽くし始めた。 そのような事は、地球人には不可能である。 プライマーは、地球外文明人であると断言して良いだろう」
「やっぱそうだよなあ。 エイリアンだわ」
「まさかそんな……」
「いや、あらゆる全てが地球人にはできない事ばかりッスからね。 何にしても現在の地球人ではないのは確かッスよ」
小田一等兵と一華と浅利一等兵が口々に話をしている。
まあ、正直壱野にはどうでもいい。
叩き潰すだけなのだし。
「緒戦は敵にしてやられたことを認めざるを得ない。 だが、EDFは何度でも立ち上がる。 反撃を開始する。 なぜなら、我等はEDF(アースディフェンスフォース)だからだ。 我は弱き者の盾であり、無防備な一般市民の守人である。 EDFの兵士達に告げておく。 今、皆がいる場所が最前線であり、最終防衛線である。 破られ次第、君達の家族、守るべき市民、全てが蹂躙されると思ってほしい。 以上だ」
演説が終わる。
壱野は無言だったが。
弐分は大きな溜息が漏れたようだった。
「エイリアンか。 どうにもならないな……」
「小兄、怖いか?」
「怖いに決まってるだろ。 人間の理屈なんて通じる相手じゃ……まあ人間も大概理屈なんか通じないか」
「それでも小兄は、私の話はちゃんと聞いてくれる」
そう言われて、悪い気はしなかったのか。
弐分は黙り込んで、以降は愚痴を口にしなかった。
数時間ほど移動して、地上にちょっとだけ入り口が出ている基地に到着。
ここが、ベース231らしい。
入り口の中に入ると、一華に頼まれて箱を降ろす。
すごい性能のPCだと聞いているが。
この何にも執着が無さそうな一華がこれだけ大事そうにしているのである。
余程のものなのだろう。
それにコンバットフレームの起動がもたついている中。一華のコンバットフレームだけが速攻で起動したのを、壱野も228基地の戦闘で見た。
自分で組んだのだとしたら、確かに凄い。
そういえば小耳に挟んだが、ハッカー崩れとか言っていたっけ。
確か先輩もなんだか特別みたいな事をいっていたし、一華だけは違う経路で228基地に来たのだろう。色々な意味で。
基地のエレベーターで地下に。
兵士の部屋を少し見たが。部屋は雑魚寝部屋で、多数の二段ベットが設置されている。
一応男女それぞれの部屋には別れているが。それでも窮屈な感じだ。
この基地も、228基地ほど広くは無いが。それでも地下は極めて巨大に作られているようである。
これほど広大なスペースの基地ではあっても。
既に、相当な部屋が負傷者で埋まっていて。
地上の惨状がよく分かる。
ただこの基地は、攻撃対象にならなかったという事もある。まだ無事なニクスやブラッカーも複数存在している様子だ。
ただ、甲府の戦いに繰り出されただろうし、それ以外の場所に出向いたものもあるだろう。
とても安心など出来なかったが。
人間向きらしい大きさの通路を通り、部屋に通される。何もかも巨大なEDFの基地にも、こういう場所はあるということか。
荒木軍曹に、此処で待つように言われて。四人で待つ。これから、入隊手続きとやらをするのだろう。
一応、先に壱野の方から確認はしておく。
「皆、傷などはないか。 小さなものでもだ」
「私は平気ッスよ。 ずっとニクスの中にいましたし。 あ、最初に怪物に襲われた時に目回したけど、体にダメージはないッスね」
「俺は一応かすり傷が何カ所かにあるが、舐めとけば治るレベルだから問題ないかな」
「私も同じ」
弐分と三城は、どうやら壱野と同じくらいの状態か。
やがて、食事が来た。レーションでは無くて、ちゃんとしたものだったので安心する。紅茶も出た。
外は大変な状態だ。
一秒でも早く出無ければいけないだろうに。
程なくして、この基地の司令官らしい三浦中佐という人と、もう一人秘書官らしい人が来る。荒木軍曹も来ていた。
契約書を出された。
最初から軍曹待遇で入隊を四人とも求める事。
ただし、荒木軍曹のチームで一緒に活動する事。
それが記載されていた。
目付と言う事か。
荒木軍曹なら、得に問題はないと思う。荒木軍曹の方でも、相当に便宜を図ってくれたのだと思う。
支給される給金を見る。
これならば、道場を再建するのも夢では無いだろう。
入隊手続きをする。弐分も、三城も。この条件なら文句は無い様子だった。
問題は一華だが。
彼女は、ちらっと契約書を読んだだけで把握したらしい。
そして、特に金に興味は無い様子で、印を押していた。
これで入隊手続き完了だ。
三浦中佐が、早速咳払いする。
「早速で済まないが、四名には荒木軍曹のチームとともにそのまま任務に出て貰いたい」
頷く。
そうなるだろうとは思っていたからだ。
一眠りはそれからだろう。
任務の内容は、荒木軍曹が説明してくれた。
「先に巨大船から飛び去ったドローンは数千に達したが、その内の五百ほどが長野上空の街に飛来している。 これを撃破すべく、これからこの八名で動く」
「たった八人で大丈夫なのか。 コンバットフレームは出すとは言え……」
「すいません。 コンバットフレームに私のPCを積み込むので、その作業だけは手伝って貰えるッスか?」
「ああ、それは俺が手伝う」
壱野が言うと、少し心配そうに一華は眼鏡を曇らせたが。
まあ仕方が無いと思ったのだろう。
こくりと頷いた。
一華が酷使してきたコンバットフレームは整備行きの様子だ。その代わりに、ミサイルポッドと機関砲を装備した、同機種のコンバットフレームを出してくれるらしい。
また、対空戦と言う事もある。
ガトリングと盾だけで頑張って来ていた弐分には、対空戦にも使えるらしい大口径の火砲を。NICキャノンというらしいが。これを支給してくれるそうだ。弐分は近接戦用の武器がほしいと要求したが、次の戦いの戦果次第で考えてくれるらしい。
壱野と三城は今の時点はそのままで。
ドローン戦という事もある。荒木軍曹と麾下三名は、全員が対物ライフル装備で出るそうだ。
この他に、補給用のトラックも一緒に出してくれるという。コンバットフレームが息切れする可能性があるし。
五百のドローンとなると、それは弾薬切れが予想されるから、まあ当然と言えば当然だろう。
軽くミーティングをしてから、すぐに格納庫へ。
コンバットフレームニクスを指定されたので、そこにPCを積み込む。この程度の重さなら、パワードスケルトンも必要ないだろう。壱野が軽々と運んでいるのを見て、一華が呆れていた。
「何食ったらそんなにでかくてごつくなるんすか」
「鍛えているだけだ。 それにしても、一華軍曹。 もう少し鍛えた方が良いのではないのか」
「一華で良いッスよ。 元々私基礎体力が皆無だから、鍛えても無駄でしてね。 一応EDFで基礎訓練は受けたッすけど、格闘戦だの射撃戦だのは見込みゼロってお墨付きですわ」
「一月程度の訓練ならそういう風に言われてもおかしくは無い。 三城も最初はどちらかというと運動音痴だった」
まじかと、驚かされる。
ともかく言われた通りにニクスにPCを積み込むと、驚くべき手際で配線だの何だのを済ませる。
どうやら一度やったことは、二度目からはもはや絶対にミスしないらしい。
一種の記憶能力の持ち主らしく。
オツムの方がずば抜けて良いのもあるのだろう。そういえば的確な地下からの脱出時の指示といい。
異様に何もかも手際が良かったのを思い出す。
補給トラックを運転して、相馬一等兵と小田一等兵が来る。
「よう、すぐに出るけど大丈夫か?」
「問題ありません」
「しかし最初から軍曹待遇か。 俺はいずれ将軍になるつもりだから、スタート地点が軍曹なのは羨ましい」
何だかとんでも無い事をいっている気がしたが。
ともかく、これから出撃だ。
まずは街で殺戮を行っているだろうドローン共を一機残らず叩き潰し。反撃の狼煙とさせてもらう。
程なくして、荒木軍曹が来る。
弐分と三城は、既に正規兵の姿になっていた。
弐分は強力な装甲も兼ね備えた大型パワードスケルトンに身を包んでいる。228基地の地下で見たフェンサーと同じ姿だ。今後は正式にフェンサー、というわけだ。
三城は正規兵のウィングダイバーと同じ翼とフライトユニット。
二人に性能を軽く此処で試して貰うが。
動いて貰った感じでは、全く問題は無いそうである。
では、出撃すると荒木軍曹がいう。頷く。何の異論もない。
プライマーだかなんだか知らないが。容赦なく叩き潰す。
2、物言わぬ殺戮者
長野には先進的な工場などが存在していると聞いていたが。ドローンは、その工場の上空に展開しているようだった。
三城はそれを見上げて、確かに五百程度はいると判断していた。
住民は家の中で、出来るだけ身を隠すように指示が出ているらしい。
だが、転々と死体が散見される。
EDFの警告を聞かずに撃たれた者。
また、避難誘導をしようとトラックを出した市役所の人間。
必死に避難指示を続けていた警官。
警告を聞かずに、鼻で笑ってドローンに殺されたような阿呆はどうでもいいが。
責任感のある立派な人が殺されたのは、許しがたい。
ドローンはこの間見た時と、少し印象が違う。
その違和感を、一華が言葉にしてくれた。
「青いッスね」
「そういえば」
「此方戦略情報部。 少佐と言います。 荒木軍曹のチームですね」
「ああ、そうだ。 話は聞いている。 サポートを頼む」
戦略情報部。
なんだか凄そうな部署が出て来た。そういえば甲府での攻防戦でちらっと名前を聞いた気がする。そして少佐というと、軍では結構偉い人の筈である。
聞いた感じ、無機質な声だ。
殆ど声に感情を感じない。
「現在周辺を滞空しているドローンは、警備モードになっています。 この警備モードは、殺戮するべく人間を探し、周囲を警戒している状況です」
「なるほど。 俺たちに甲府で攻撃してきたときは」
「あれを戦闘モードと呼んでいます。 青い状態が警備モード。 戦闘モードになると赤く変わります」
なるほど。確かにあの時のドローンは赤かった。
全体が真っ赤、というのではなく。パーツの彼方此方が赤かったのだ。
今はその赤かったパーツが青くなっている。
「戦闘モードに切り替わる条件は三つです。 人間を発見する。 攻撃を受ける。 攻撃を受けた機体の周辺にいる。 以上です」
「なるほど。 それだと、少しずつ端から釣れるかもしれないッスね」
「恐らく全部を相手にするのは、コンバットフレームがいても厳しいでしょう。 貴方方の手腕に期待しています」
「了解した」
荒木軍曹が、通信を切る。
この辺りには、二チームの部隊が隠れていると説明を受ける。二つとも小規模な部隊で、ここに来てあまりのドローンの数に対応できなかったそうだ。
三城も聞いているのを確認しながら、荒木軍曹は続ける。
「二つの部隊は、工場地帯で必死に身を伏せている状況だ。 民間人だけでは無く、彼らも救助したい」
「分かりました」
「壱野軍曹。 君が少しずつ、釣ってほしい。 君の狙撃の腕については、確認させて貰っている」
「了解」
大兄が前に出ると、ゆっくり空を旋回している青いドローンの大軍の内。一機を一撃で叩き落とす。
このライサンダーという狙撃銃、本当に凄いなと、手をかざして見る。
それも、出来るだけ群れの端にいる機体を正確に狙い撃った。
十数機が反応した様子で、赤く変わるが。
それらが直線的に向かってくる事は無く、明らかに包囲するようにして此方に向かってきている。
「よし、叩き落として……」
「先の説明を聞いただろう。 引きつけてから撃て。 まだ少し遠い。 更に敵を連鎖反応させる可能性がある」
「そうか、確かにそうだな……」
逸りかけた小田一等兵を、荒木軍曹が制する。寡黙な相馬軍曹はそのまま。浅利一等兵は撃ちそうになっていたようで、慌てて銃口を上に向けていた。
ランスの様子を確認。
一応、この間のものと同じものだ。
まずは撃ってみたい所だが、これに関しては同じ型番のものが、同じ性能だと判断するしかない。
飛んでくるドローン。
レーザーを放とうとした瞬間、大兄の狙撃がその一機を撃墜。かなり派手に爆発して墜落する。
遠くで飛んでいるドローンは反応していない。
このくらいの距離があると、反応しないと言う事か。
「市民が家の中で恐怖の時間を過ごしている! 一秒でも早く片付けるぞ!」
「イエッサ!」
後方に回った一機は、小兄が即応。
そのまま貰った大口径砲を連射。凄い音がしたが、きちんと三発目で命中させる。弓の腕……というか射撃のセンスはやはり大兄が上か。
更に三城も飛ぶ。
新しいフライトユニットの調子も確認したいからだ。
動かしている状態では、それほど変わらない。ただ、空を飛んでいるという高揚感はある。
翼のような形状になっている格好良いユニットだから、だろうか。
ドローンの一機が止まる。
撃ってくるなと思ったので、即座にダッシュを駆使して空中を横滑りに移動して、ランスから熱量を叩き込む。
前よりも、かなり収束率が高いなと思った。
倉庫で埃を被っていたランスではなく、整備をされているものだから、かも知れない。
いずれにしても一撃確殺。
ドローンが派手に爆散する。
そのまま、皆で戦闘を開始。十数機のドローンは、後ろや上にも回り込んだが。全員で死角をカバーして、即座に全機撃墜した。
「よし、次行くぞ」
「了解」
荒木軍曹が指示を出すと、殆どノータイムで大兄が遠くの警備モードの一機を撃墜する。
また十数機が反応。
荒木軍曹が褒めてくれる。とにかく、士気を保つことに関して、荒木軍曹はやり方を徹底的に心得ている。
「いい腕だ。 ただ名人芸なのが惜しいな。 皆がこれくらい出来れば、戦況を変えられるのだが」
「……」
「私の方でも戦闘データを取っているので、後で何かフィードバックの方法を考えましょうか?」
「いや、一華軍曹は今は戦闘に専念してくれ。 そういう分析は後でいい」
次の群れも、大して変わらない。
むしろ、最初の武器のならしが終わった分、楽になっていると言えた。
何度も空中を起動しながら、ランスで立て続けに二機を撃墜。
着地したところをドローンが狙って来るが、大兄が即応して其奴を叩き落とす。
フライトユニットの弱点を知り尽くしている大兄だ。三城の動きにも、完璧に合わせてくれる。
そのままエネルギーチャージをしながら、ランスにパワーを充填。
ニクスの機関砲が、後ろに回り込もうとしていた三機を立て続けに撃墜。
更に、物陰から狙撃を狙っていたドローンを、小田一等兵が即応して叩き落としていた。
ムードメーカーだが腕は確かだ。
「あらよっと。 まあざっとこんなもんだぜ」
「流石ですね」
「あんたには及ばないさ。 ルーキー……というのは失礼か。 どう呼んだら良い」
「好きに呼んでくれて良いですよ」
大兄がそう言うと。
小田一等兵は少し考えた後に、順番に言った。
「じゃあ、長男が大将。 次男が中将。 長女が少将で。 ニクス乗りが参謀でいいか?」
「ちょっと面白いですね」
「なに、一人だけだったら大将と呼ぼうと思ってたんだが、四人チームだからな。 こんな感じでいいだろ?」
「俺はかまいません」
大兄がかまわないのなら。
三城もかまわない。
主体性が無いのではなくて。単純にそういう風な家族である、というだけだ。
少しあり方が古いかも知れないが。
三城はこれでいい。
むしろ、三城にとってはこれが家なので。
他の誰かに、ああだこうだと言われる筋合いはない。
更に次の釣り。
十数機が釣れる。
どんどん、敵の数を削り取って行く。
四度目の前に、荒木軍曹が補給、と声を上げ。
全員で、補給トラックから物資を補給。大兄と小兄が協力して、ニクスに弾丸を再装填していた。
「よし、これでいいだろう。 次い……待て」
荒木軍曹が、釣りをしようとした大兄を止める。
見ると、ドローンがいつの間にか、かなりの密度になっている。
あれは釣ったら、一斉に五十六十は来るとみて良いだろう。
「我々が次々撃墜したからか、それとも味方が発見されかかっているか……」
「両方かも知れないな。 いずれにしても、次は今までのようにはいかない。 気合いを入れてくれ」
「イエッサ!」
荒木軍曹の部下三人が一斉に声を張り上げる。
確かに、ここからが正念場だ。
大兄が一機を撃墜。
同時に、恐らく五十機以上が一斉に反応。此方へ飛来する。
これを叩き落とせば、最初の三回とあわせて百機近くを撃墜した事になる。
敵の二割をこの八人だけで蹴散らしたことになる訳だ。
だが。敵の数が数だ。五十機以上が一機に来るのは、流石に強烈な圧迫感がある。来る途中で大兄や荒木軍曹のチームが狙撃を繰り返して数機を撃墜したが。
それでも、一斉に襲いかかってくる。
ニクスの機関砲が連射連射。ミサイルも放つ。一気に敵を減らしていくが、それでも足りていない。
一華が飛び出すと、乱射されるレーザーの合間をかいくぐって飛ぶ。
少しでもこうやって、敵の気を引かないとまずい。
小兄も飛び出すと、大口径砲ではなくガトリングで敵を打ち据える。機動力が、こっちの方が殺されないからだなと一目で判断。
そのまま、敵の気を引きながら飛び続ける。
何回かレーザーが掠めて、ひやっとしたが。
多少傷がつくくらい、日常的な事だ。
別に驚くには値しない。そのまま飛びながら、隙を見て一機、二機と叩き落としていく。大兄の狙撃はどんどん加速していて。瞬く間に五機以上を叩き落としていた。
「流石っすねえ! 現在のシモヘイヘっすか?」
「良くは知らないが、北欧の狙撃の達人だったか」
「そうっスよ!」
「有難う、と言っておく」
一華と大兄が何だか良く知らない話をしている。
別にどうでもいい。
そのまま、敵の気を引き続けて、殲滅に注力。
今までに無い激しい交戦の末に、何とか五十数機のドローンを撃墜するが。逃げようが無いニクスはかなりダメージを受けていた。レーザーが、分厚い装甲をかなり傷つけている。
出力が凄いなと思って感心する。
レーザーというのは兵器としては格好が良いが、とにかく電力を滅茶苦茶に食うという弱点がある。
あの敵のドローンは十メートル以上はある大きなものだが。
空を縦横無尽に飛びながら、レーザーを好き放題放ってくると言うオーバーテクノロジーの塊だ。
エイリアンというのは、確かなのだろう。
確かに、ドローンの技術はかなり発展を進めているらしいが。
それでも地球人にこんなものは作れない。
「よし、被害確認。 補給を済ませろ」
「ライフルの弾がどんどん減っていくぜ。 敵を殺し尽くす事ができるかねえ」
「弾なら、地下の工場でどんどん増産している筈だ。 それに何処かの地下施設に大量に保管してあるという話もある」
「その施設は絶対にまもらねえといけねえな。 大将や中将なら兎も角、あんなのと素手でやり合えるかよ」
小田一等兵と浅利一等兵が楽しい会話をしているが。
その間に、三城は残心して気を整えておく。
別にミスティックパワーの類ではない。
単純に残心をすることで、戦闘モードと平常モードを切り替えているだけだ。
補給を済ませ。ニクスの応急処置をした後、荒木軍曹の指示で次を釣る。
また五十機以上が来る。
これは、大変な戦闘が続きそうだと思ったが。黙々と戦闘を続けた。
敵陣をかなり削り取った時点で、やっと戦線を進める。一華は無言で、コンバットフレームを進めた。
敵は更に密度を増している。次撃ったら八十機以上が来るだろうなと判断したが。補給トラックが来てくれているのが助かる。
最悪、ニクスのミサイルで容赦なく叩き落として、残敵も機関砲で削れば良い。
ニクスのOSについては解析したが。
既に一華の腕でも当てられるように、アプリに手を入れ始めている。
今日戻ったら、もっと改修を入れて。
そして改修の内容を戦略情報部に回して、他のニクスにも展開して貰うつもりだ。
このOSはとても良く出来ていると一華は思ったが。
それでも、そもそも二足歩行のシステムや、敵に乗っ取られないためのシークエンスやらで、相当にリソースを食ってしまったのだろう。
それに、まともにコンバットフレームとやりあえる敵がほぼ今までいなかったことも露骨に出て来ている。
ロケットランチャーの直撃にも耐える装甲と、戦車でも乱射を喰らえば危ない火器を装備し。
単騎でゲリラの籠もる街一つを制圧する怪物兵器だ。
敵がいなくて、進歩が遅れるのも仕方が無かったのかも知れない。
陣を進めたのは、工場の中程。
でっかいパイプが縦横無尽に走っていて、その手のマニアならよだれを流して喜びそうな場所である。
荒木軍曹が、無線で呼びかける。
「此方救援チーム。 ドルフィン、ラビット、それぞれ生存者がいたら応答されたし」
「此方ドルフィン。 今、君達を見ている。 工場の中に生存者多数。 だが上空にドローンがいて、とても逃げられる状況では無い。 方向は三時方向」
「此方ラビット。 入り組んだパイプの内側で身を潜めている。 この辺りにも、工場関係者が逃げ込んでいるが、恐怖で限界が近い者が多い。 救援を!」
どうやら兵士達は生きているらしい。
だが。この様子だと、戦闘はすぐにやれるかは微妙な所だろう。
敵は後半数を少し切ったくらいか。
だが、この様子だと、次からは八十機前後の敵との連戦になるとみて良い。最後は全部が一斉に来るかも知れない。
何より、もたついていたら。
敵の増援が現れる可能性すらあった。
「戦闘は可能か」
「上空にいるドローンの数が多い! 今、支援は厳しい。 民間人を巻き込んでしまう!」
「此方も同じく!」
「分かった、これから数を減らす。 同時に、合流してくれ。 弾薬の補給は出来るように手配はしてある」
荒木軍曹の言葉に、怯えの声が混じった。
兵士の声か。
それとも。
ともかく、やるしかない。
この辺りはパイプが入り組んではいるが、上空は開けていて、此方には有利な地形である。
パイプを踏みつぶさないようにニクスを歩かせるのに苦労したが。
まあそれはそれだ。
ともかく、かなり有利に戦える。この辺りは、荒木軍曹は非常によく戦場を見ているのだろう。
指示を受けて、壱野が敵を釣る。
八十機以上のドローンが一斉に反応。
だが、別の理由で、荒木軍曹が呻く。
「まずいな……」
数機が、どうやら工場内にいる人間に気付いた様子だ。あからさまに、工場の周囲を旋回し始めている。
数秒だけ考えた後。
荒木軍曹は指示。
「壱野軍曹。 工場の人間を狙っている戦闘モードのドローンを任せられるか」
「了解です」
「よし。 俺たちが主力を引きつけるぞ!」
まあ、仕方が無い。
そもそも民間人と孤立した部隊を救出しに来たのだ。やる他無いだろう。
そのまま射撃を開始。上空にいるドローンが、次々に火を噴いて爆散する。ミサイルも惜しんでいられない。
一度に十発程度のミサイルを放ち、それぞれが追尾してドローンを撃墜する。
ドローンそのものはそれほど速くないのだ。
問題は搭載している武器が速いという事と。
その圧倒的な数である。
戦闘機と戦わせたら、戦闘機が勝つに決まっている。
だが、ドローンの大軍を戦闘機が相手にしたら。
レーザーの飽和攻撃を食らって、逃げ回るので精一杯だろう。
近付いてくるまでに、ミサイルを撃ちきって可能な限り数を削り取り。更に機関砲で敵を減らす。
荒木軍曹のチームも。次男もちっこいのも、激しい銃撃で敵をどんどん撃墜しているが。
それでも主力とドローンが見なしたニクスにはどんどんレーザーが着弾するし。
ドローンは人間相手にも、高出力のレーザーを容赦なくぶっ放す。
ちっこいのが飛び回って気を反らしていなければ、もう死人が出ているだろう。
そんな中、冷静に工場近くを飛んでいるドローンを撃墜して回っている壱野は凄いと言える。
「工場付近のドローン、後二機」
「よし良いぞ! 更に攻撃続行!」
「クソッタレ! 数が多すぎるぜ!」
「世界中がこんな状況だ。 やるしかない!」
皆がかなりテンパっている中、黙々と狙撃を続ける相馬一等兵。
確かに出世を目指しているというのも分かる気がする。
EDFはたたき上げが出世しやすいシステムを取っているらしいし。
やがて閣下になれるのかも知れない。
いずれにしても、明らかに肝いりの荒木軍曹のチームにいるのだ。
元自衛隊か、EDFに入隊したのかは分からないが。
腕利きなのは確実なのだろう。
元特殊部隊員かも知れない。
ともかく今は。
敵を削り取ることだ。
程なくして、工場を狙っていたドローンは長男が撃墜し終える。長男はそのまま、攻撃モードのドローンにターゲットを移し。一射確殺で敵を仕留め始める。
程なくして、ミサイルは打ち切ったが八十を超えるドローンは全て撃墜完了。
残りは百五十から六十という所だ。
補給を済ませながら、荒木軍曹が連絡を入れる。
ドルフィンチームが、工場を出てくるのが見えた。どうやら狙撃銃を装備した部隊であるらしい。
だが、流石にこの数だとは思っていなかったのだろう。
「此方ドルフィン、救援感謝する。 これから其方に合流する」
「工場内の民間人は無事か」
「負傷者がいるが、どうにか生死に別状は無い。 ともかく、我々が加わった方が殲滅が速くなるはずだ」
「そうだな。 ラビットも何とか救援したい」
元々二個分隊だったらしいドルフィンは、二名が負傷していた。
その二名は、後方に下がらせる軍曹。六名狙撃手が増えただけでも、随分手数は増えるだろう。
そのまま、次を釣る。
また、八十機近くが飛来するが。今度は火力も増えている。ただ。荒木軍曹は冷静で、最後まで手を抜かなかった。
それに、だ。
八十機を撃墜した後、残り全てが、一斉に攻撃モードに切り替わる。
どうやら、ドローンには近くの部隊が攻撃を受けただけで。一斉に攻撃モードに切り替わるシステム。
戦略情報部が言っていた以外の、四つ目の攻撃モードに切り替わる条件がある様子だった。
ミサイルを打ち切っていなくて良かった。
まずいのは。あからさまにラビットが隠れている付近に対して、ドローンが集っている事である。
彼処に隠れても、民間人を守りきれないだろう。
「ラビット、救援に行く。 飛び出したりするな」
「わ、分かった! だがレーザーが凄まじく、パイプがいつまでももちそうにない!」
「対応する!」
荒木軍曹が叫ぶ。
壱野軍曹、三城軍曹、と。
それだけで意図を理解したらしく、長男はパイプ付近に集っているドローンに集中射撃を開始。
ちっこいのは飛び出すと、敵の真ん中を突っ切り。パイプ付近に集っているドローンの気を引きに行った。
そのまま、この場で足を止めて残りのドローンを迎撃する。
悲鳴を上げて、ドルフィンの一人が横転する。
レーザーがモロにアーマーに突き刺さり、腕を貫いたようだった。悲鳴を上げて転がっている兵士にとどめを放とうとするドローンを。荒木軍曹の一撃が打ち砕いていた。
「下劣な奴らだ。 小田一等兵!」
「分かってる!」
小田一等兵が負傷した兵士を引きずって、ニクスの影に隠れる。
よくもと、ドルフィン隊の兵士達が射撃を続けるが、頭に血が上っているのか明らかに命中率が墜ちている。
ニクスで補助するしかないか。
機関砲を惜しみなくぶっ放し、ドローンを次々に撃墜する。
あっと、声が上がる。
ドローンの一機が、工場に向けて特攻を仕掛けている。
そこへ、次男が武器を大口径砲に切り替え。ぶっ放す。
一発目は外れるが、二発目が直撃。
工場に特攻を掛ける寸前に。
ドローンは空中で、爆発四散していた。
いつの間にか、五百を超えるドローンが全滅。
凄まじい戦果だと言えた。
「クリア。 ラビットの救出を行う。 それと、民間人の救助のために、部隊を回してほしい」
「流石ですね。 日本にいる特務の中でも最強と謳われているだけの事はあります」
「……すぐに頼む」
ずっと戦闘をモニターしていたのだろう。
戦略情報部は、そんな風に褒め言葉を口にしたが。淡々としていて。とても感情がある人間だとは思えなかった。
はあと、大きな溜息が出る。
ともかく、冷や冷やした。レーザーが装甲を貫通していたら、まず助からなかったのだから。
ニクスから出て、うえっと声が出る。
ニクスの全体から、煙が上がっていた。
これは整備班の人達が怒るだろうなと思ったけれども。
そもそもこれから敵の増援が来るかも知れない。
世界中がこんな状況なのだ。
ともかくニクスの中に戻ると、自分で出来る範囲で、応急処置をしなければならなかった。
二時間ほどして、兵士がそれなりの数来る。
同時に、街で身を潜めていた市民の救助と。工場の修復を始めていた。
そのまま、荒木軍曹とともに。
初のEDF隊員となってからの初陣から帰還することになる。
無線を聞いたので、皆にも共有する。
「東京近辺に居座っている七機のテレポーションシップは、ずっと怪物を落とし続けていて、被害を抑え込むのに精一杯です!」
「何とか撃墜できないのか」
「トマホーク巡航ミサイルも効果がありません。 化学兵器の類もほぼ効果がないようです」
「核しかないのか……」
そうか、やはりそれほど状況が厳しいのか。
正直、言葉も無い。
だが、それでもやるしかないだろう。
とにかく、あの円盤を落とす方法を見つけない限り。
やりたい放題にやられ続けるだけだ。
基地に戻る。
すぐにニクスを整備に回す。整備班は、意外に嫌そうな顔はしなかった。
「無事に戻って来てくれただけで御の字ですよ。 この二日だけで、どれだけのニクスが破壊されたか……」
装甲を一部換えるだけで充分だと、整備班に言われて。
本当に頭が下がる思いだった。
だが、ともかく此処からもやっていくしかない。一華は夕食が用意されているとちっこいのに言われて(自分と背丈はあんまり変わらないのに、デカイ兄二人と比べてしまう)。
無言で、夕食にするかと思ったのだった。
3、どうにもならぬ戦闘
タンクを含めた部隊が、激しく攻撃を加えているが。まるで怖れる様子も無く、侵略生物αの大軍が迫ってきている。
此処は甲府の東端。
ともかく、しばらくはベース231を拠点に動くしかない。
それは理解した弐分だったが。
入隊翌日、早速早朝からかり出されていた。
侵略性外来生物α。通称α型。銀色と赤が混じっているかなりの規模の混成部隊だが。既に恐怖は兵士達に伝わっている。
噛みついた顎が、タンクに食い込んだ。
酸を浴びると、タンクでもクリームみたいに溶かされる。
その話を聞いて、怯えない兵士がいたら。
それはタダのアホだ。
はっきりいって、弐分だって怖いのである。
恐怖を忘れるな。
それは、祖父に言われた事だ。
だが、恐怖をコントロールしろ。
これも祖父に言われた事だ。
だから、恐怖を便利なセンサーのようなものだと判断し。それと上手につきあっていくしかない。
怖いものはたくさんある。
例えば大兄。
この世で一番怖い相手は誰かといえば。
昔は祖父だったが。今は大兄だ。
ぶっちゃけ、世界中の格闘家。例えば世界最強を噂されるヘビー級ボクシングのチャンプでも、大兄に勝てるかは怪しいと思っている。
村上流が強いのではない。
大兄が強いのである。
それに、大兄は何というか。道場が一番大事。次が家族。他の人間は比較的どうでもいい、というような冷酷な所がある。
勿論助けられる範囲にいる人間は救う。
それはそれ、これはこれ。
大兄が冷酷な事は、良く弐分も知っていた。
次に怖いのが怪物だ。
残虐性と悪意を兼ね備えたこの巨大虫たちは。
明らかに戦略を理解し、それに基づいて動いている。
しかも命を捨てることを何も躊躇しない。
その異質さが。全くという程、異世界の生物のようで。受けつけないものを感じさせられる。
だが、それでもやるしかない。
ブースターをふかして突貫すると、貰ったばかりの武器を試す。
一部の部隊で配備されているという、スピア。巨大な槍である。
ある部隊は、スラスターとこのスピアを使って、敵に決死の肉弾戦を挑み。ある紛争で、ゲリラに渡ったコンバットフレーム(ニクスの前の型式だそうだが)を三機も破壊したという。三城が興味を持った頃から調べはじめて、EDFに関する逸話はいくつか興味を持った。それで知っていたことだ。
突貫と同時に、スピアを繰り出す。
凄まじい破壊力で、文字通りα型が消し飛ぶ。
おおと、兵士達の間から声が上がった。圧倒的な力を見たからだ。
大兄も前に出ると、アサルトを乱射。このアサルトも、より火力が大きく、代わりに衝撃が大きいものを貰ったようだ。
威力は明らかに前のものよりも大きく。見る間に敵軍を削り取って行く。
更に三城。
上空から、α型の群れを急襲、ランスを叩き込んで一撃離脱。これでかなりの数の敵の注意を惹き。敵の前線を混乱させる。
三人が暴れている内に、混乱していた味方が戦列を立て直す。
更にそこに、一華が乗っているコンバットフレームが来て。機銃を乱射し始めると。怪物どもは目に見えて減り始めた。
「良し! そのまま敵を殲滅する!」
若干遅れたが、荒木軍曹。いや、実際には昨日の段階で、めざましい活躍を評価されて曹長に昇進したそうだが。ともかく荒木軍曹が、三人の部下とともに前線に出る。やはり新型のストークを支給されているようで、音が昨日までに使っていたアサルトよりも鋭くなっている。
「ご機嫌なアサルトだな!」
「油断するなよ。 防御力が上がったわけじゃない。 酸を喰らうと死ぬぞ」
「分かってる!」
浅利一等兵とのやりとりも相変わらずだ。
機動戦でランスを次々に叩き込みながら、一撃離脱していく弐分。
味方からのフレンドリファイヤも怖いが。
α型は相当に頭に来ているらしく、酸を集中放火してくる。
右、左、左、右、右。回避しつつ、時々盾も展開して防ぐ。
その間に、タンクも含む味方が、減りつつある敵の群れに集中的に火力を投射。
間もなく、敵は静かになった。
「被害はほとんどなし。 驚異的な戦果です」
「より激しい戦闘が行われている地点や重要地点に回してくれ。 少しでも戦況をよくしておきたい」
「荒木軍曹、本気ですか」
「本気だ。 この四人とのチームであれば、師団規模の敵とも戦闘が出来ると俺は判断している」
それは流石に買いかぶりすぎだと思うが。
荒木軍曹の言葉には、実績が伴っていると戦略情報部は判断したのか。
それとも、別の理由からか。
すぐに提案してくれた。
「現在、神奈川にテレポーションシップが三隻停泊。 それらが周辺地域に対しての大きな脅威になっています」
「東京のEDF本部がひっきりなしに攻撃を受けている原因か」
「そうです。 近くには多数のドローンが停泊しており、空軍は接近できません。 人工衛星は現在複数が行動不能になっており、映像をリアルタイムで空撮する事も出来ず、かなり厳しい状況です。 無人のドローンを飛ばして撮影も試みましたが、プライマーは全てに対応し撃墜しています」
「分かった。 可能な限り接近を試みる」
すぐに補給車とキャリバンが来て、兵士達はわらわらと散って行く。
基本的に近代軍はそれぞれが細かい単位で分割されていて。場合によっては人単位で動かして部隊編成をする。
世界規模の軍隊であるEDFもそれは同じらしい。
日本の戦国時代などでは、それこそ村単位で何人だか兵士を出して。それを地区単位でまとめて編成していたようなものだった。だから「専業兵士」は殆ど存在しておらず。逆に村が凶猛な戦闘単位にもなっていた。
今はそういう意味で、全てが違っている。
「現地にスカウトのチームが幾つか展開していますが、いずれも怪物の数が多く、接近を諦めています。 可能な限り接近し、テレポーションシップのデータを取ってください」
「了解した」
「やれやれ。 軍曹、なんでまたそんな厳しい任務を貰うんだよ」
「俺たちがやらなければ、大勢死ぬ。 神奈川は今西半分が殆どプライマーの占領下にあると言っても良い。 大勢の難民が出ていて、しかもまだ隠れ潜んでいる者だって少なくはない」
小田原の辺りは特に酷いらしく、かなりの人数が地下街に立てこもっているが、救援も厳しい状況だと荒木軍曹は言う。
ならば、助けに行かなければならないか。
ニクスを載せる大型車両が来たので、それにニクスが乗り込む。補給トラックも乗り込んだのを見て。
そのトラックの荷台に、七人で乗り込んだ。
操縦については、ニクスのPCから一華がやってくれるらしい。
無線という程の距離でもないし。
今は事故を起こす可能性もないだろう。
とにかく、東京を囲むように停泊しているテレポーションシップをどうしないと、未曾有の被害が出る可能性が高い。
今の時点でテレポーションシップを撃墜する方法が無いというのが厳しい。だからこそ、情報を取らなければならない。
「一つ気になってる事があるんスよねえ」
一華がニクス内からトラックを運転しながら言う。
昨日紅茶を飲んでいる間に聞かされたのだが。一華は何でも十五で大学院を出た俊英らしい。
やたら頭脳活動を出来ると思ったら、それくらいは頭が良かった、と言う事だ。自動車免許くらい、余裕で一発合格なのだろう。
ニクスの操縦ライセンスをもっている兵士はあまり多くないらしい。それを考えれば納得ではあった。
「俺も気になってるぜ。 プライマーとやらが何者なのか、とかな。 エイリアンなのは確定だとして、何がしたくて攻めてきたのとか、わからねえ。 別に地球型惑星なんてのは幾らでもあるって聞いたんだがなあ」
「ああ、それはもう考える材料がないのでちょっと横に置くとして。 前に下から狙ったときに、テレポーションシップ、高度を落としたッスよ。 覚えているッスか?」
「ああ、俺が狙ったときだな。 怪物を落としてくるハッチが鬱陶しいと思って、ライサンダーで狙撃したが……」
「そうそう。 そしてそれが着弾した後、怪物を落とさなくなったんスよあの円盤」
荒木軍曹が、じっと聞いている。
小田一等兵が何か軽口を叩こうとしたが。
荒木軍曹の表情を見て、止めたようだった。
「続けてくれるか?」
「あの金色の装甲は無敵でも、装甲の内側はそうでもないんじゃないっスかねえ。 私としては、下からの攻撃に賭けてみたい所なんですけども」
「問題点がある。 下はもっとも守りが堅い。 膨大な怪物をどうにかしなければならない」
その通りだ。
弐分もそう思う。
多分人類でもかなり強い方にはいる大兄だって、怪物の酸をまともにくらったら死ぬと思う。
現状、EDFのアーマーは対人用の装備であって。
あの怪物が吐く酸などは必死に研究がされているようだが。まだ対策は出来ていないようだ。
当然だろう。
一日二日でそんな根本的な問題、対策できるわけがないのだから。
だから、戦術でカバーするしかない。
旧軍も、高射砲を水平に撃つ事で。チハに代表される低火力の対歩兵戦車ではほぼ撃破不可能だった(一応撃破例はあるにはある)M4等の米軍戦車を撃破した例がある。
今回も同じだ。
とにかくあらゆる兵器が通用しない相手なら、とにかく何でも試してみるしかない。
「いずれにしても今回は威力偵察だ。 EDFに入隊してばかりですまないが、過酷な任務ばかりさせる」
「いえ。 此方としては望むところです」
大兄がそう言ったので、小田一等兵が肩をすくめた。
この人は皮肉屋で不満屋だが、それでも腕は確かだ。ただ、なんというか、何もかも面倒なのだろう。
程なく、大型車両が停止。
日本は道路が非常に整備されている事で有名で、こういう車両も通行が比較的容易に出来るが。
それでも主要道路のかなり多くが、大混乱の末に大量の車が停止したままになったりしている。
それだけ、プライマーによるファーストアタックが強烈だった、と言う事だ。
市民は大都市を逃れて地方都市や軍基地に逃れているが。
これによって経済は大混乱。
何とか稼働している大都市も、いつプライマーが来てもおかしくないと言う事で、避難訓練を徹底しているとか。
いずれにしても、国道などの大きな道路を通ることは出来ず。
小田原近辺で、スカウトと合流したときには、四時間ほど経過していた。その間、避難民をかなりの数見かけた。
スカウトチームは軽装備の偵察部隊だ。もっていてもアサルトライフルくらい。ジープかバイクで機動力を上げているのが普通。EDFのスカウトは有能な事で有名らしいが、ここまで条件が悪いと流石に厳しいだろう。
まずは話を聞く。
「現在小田原に二隻、秦野に一隻のテレポーションシップが停泊していて、連日三百から五百程度の怪物を投下している様子です。 それらの大半は東京に侵攻して、東京のEDF本部の部隊と交戦していますが。 二百ほどが常に残って、小田原の街を我が物顔に闊歩しています。 特に市民が逃げ込んだ地下街の入り口付近をです」
「テレポーションアンカーは」
「まだドローンが来る前に何本か落とされたようですが、決死の覚悟で小田原に駐屯していた部隊がへし折りました。 ただそれで継戦能力を失ってしまい、後退して現在は静岡の基地に合流……言葉を飾っても仕方が無いですね。 わずかな生き残りが静岡の基地に再編されたという事です」
「そうか。 ともかく、俺たちで小田原の街の制圧を行ってみる」
スカウトのうち、一チームだけに加わって貰い。残りはそのまま、無線での通信を維持して貰う。
荒木軍曹は、皆を見回した。ニクスに乗っている一華は直接見られないとしても。
「市民の生活が怪物どものせいで麻痺状態になっている。 そして兵士は今の状況下では、幾らでも必要だ。 俺たちが働く事で、少しでも状況を改善する」
「せめてタンクが数両はほしいッスね……」
「それはもう諦めろ。 小田原に常時駐屯している敵の数は二百程度という話だ。 様子を見ながら、テレポーションシップへの接近を狙う」
地図を荒木軍曹が出す。
小田原はかの後北条氏が本拠をおいていた堅牢の地。
あの戦国屈指の名城小田原城があった土地だ。
小田原城は内部に都市を有する日本では珍しい要塞で。後に豊臣秀吉が大阪城を作るまでは、日本最大最強の要塞だった。
現在では遺跡が一部しか残っていないが。
テレポーションシップはそんな遺跡はほぼ無視し。
小田原の市街地の上空に陣取っているという。
「市街地のインフラは破壊され尽くしているが、それでもまだ市民が閉じ込められている場所が幾つもある。 少なくとも、この辺りまで戦線を拡げたい」
「拡げたところで、維持は厳しいのでは?」
「それを何とかするのが俺たちの仕事だ」
「……無茶をまあ」
一華がぼやく。
実の所、弐分も同じ意見だ。
もう一機コンバットフレームがいれば話はだいぶ変わるのだろうが。
流石に本部にコネがある荒木軍曹でも、そこまでの厚遇は得られなかったようである。
ともかく、前線に展開する。
そろそろ夕方だ。
「夕方から夜にかけて、巨大生物は多少動きが鈍るそうだ。 その特徴を生かして、大きな戦果を上げている部隊も存在しているらしい」
「夜戦ですか。 かなり難しいと聞いていますが」
「ウィングダイバーの精鋭だそうだ。 いずれにしても、夜には多少動きが鈍ることは確定している。 敵も夜に、大規模な攻勢には初日のファーストアタック以降は出ていない」
無言で、大兄がライサンダーを担ぎ直す。
既に数十のα型が、市街地に貼り付いているのが見えてきていた。
「外側の群れから潰して行くぞ」
「イエッサ!」
まずは、一つ目の群れに仕掛ける。
最初に大兄がライサンダーで一匹を射貫く。
流石の腕前だ。
夜だろうが、当ててから放っている。
大兄はああいうが、当ててから放つというのは達人の妙技で。まだ弐分はその段階に達していない。
弓矢の技量に関しては、三城にも劣ると思っている。
今の時点では、パワーでまっすぐ飛ぶようにしているだけで。
正直、技量に関しては大兄が弓では図抜けている。
更に、もう一射。
α型が消し飛ぶ。
音も無く、行動を開始するα型。そのまま、わっと扇形に拡がって、此方を包みに掛かる。
スカウトはその場で、接近してきた相手に対応するようにと、荒木軍曹に言われている。
弐分は、三城とともに動く。
正面の敵はコンバットフレームに任せる。
左は弐分が。
右は三城が足を止める。
二百と言っても。まずは数十の群れに仕掛け。
それを更に三分割すれば、この人数でもそれほど対処は難しくない。
猛然と突貫し、スラスターをふかしてα型の前に出ると、スピアを叩き込む。命中。凄まじい衝撃が。α型を正面から押し潰すようにして砕いていた。
更にジグザグに移動しながら、一撃。更に一撃。
家やブロック塀に引っ掛からないようにしながら、スピアでα型を貫く。
程なく正面に回った敵の掃討が終わったのか、大兄の狙撃がこっちに届くようになる。α型は十字砲火に晒され。それでも果敢に向かってくるが、程なく殲滅された。
すぐにコンバットフレームの所に戻る。
補給トラックに、スピアの整備装置がある。まあ研磨するものだが。スピアを突っ込んで、後は処理を任せる。
三城も戻って来ていた。
「よし、最初の群れは駆除完了だ。 次に取りかかる」
「あ、鮮やかですね……」
「戦闘に特化した部隊だからだ。 スカウトの事前偵察があってこそ、力を生かせる」
そういって、荒木軍曹はスカウトチームへのリスペクトも忘れない。
この辺りは、やはり兵を指揮するための勉強を常に欠かしていないのだろう。
大した物だなあと思いながら。
弐分はコンバットフレームの弾薬補給も手伝う。
まだミサイルは消費していない様子だ。
ミサイルが高い武器なのは、弐分だって知っている。
ましてや小型とは言え誘導ミサイルとなれば、それは当然高い事だろう。
「次は彼方にいます。 群れの規模は七十ほどです。 今通信が入りましたが、位置は変わっていないようです」
「他の群れや、テレポーションシップの動きは」
「それも変化がありません」
「よし、駆逐する」
コンバットフレームとともに、移動する。補給トラックをのせた大型車両は、スカウトに荒木軍曹が任せた。
小田一等兵がぼやく。
「景気よく今の時点では勝ててるな。 だがこのまま上手く行くとは思えねえ」
「それについては同感だ」
浅利一等兵もそう応じる。
弐分も同感である。
相手は明らかに知性を持っている。今の襲撃だって、普通に察知したはずだ。だとすると、大きな罠とかを展開してきてもおかしくない。
足を止める大兄。
「どうした、壱野軍曹」
「悪意です。 近づいて来ています」
「!」
弐分も感じ取った。かなりの数だ。
三城も感じたようである。
「下がれ。 可能な限りの速度でだ。 スカウトチームは、そのまま補給物資ごと全速力で退避しろ」
「は、はい」
「敵はどこから来る」
「恐らく地下でしょうね」
退がりながら、大兄が言う。相馬一等兵が、ぼそりと言った。
そういえば、初日。
228基地でも、敵は地下に直接攻めこんできた、と。
荒木軍曹も覚えていたのだろう。
そして恐らくだが。
地下で生きている市民達は、エサ。
獲物を釣るためのエサとみて良い。
そのために多少のα型がやられても、敵は気にもしないのだろう。α型はそれを不満に思っていないのか、それとも元々全体で一つの生物なのか。
蟻という生物については、資料をくれたので弐分も見てみた。
女王を筆頭に、メスだけで構成された不可思議な生物。何種類かの個体が存在していて、分業もする。
戦闘特化の個体や、巣穴の入り口を守るためだけの個体もいるという。
確かに、地球上に広まっていないのが不思議なくらいの生物だ。
わっと、周囲を塞ぐようにして、百体以上のα型が地面から湧き出してくる。すぐに下がって良かった。
此奴らは地下に潜んでスカウトの目さえも欺き。
恐らくは奇襲をしかけてきた部隊に、逆に奇襲を仕掛けるために待っていたとみていい。
もう陽が落ちかけているが。
α型の中に、かなり赤い奴が混ざっている。
「撃て! 近づけさせるな!」
すぐに弐分が前に出る。三城も飛ぶ。
コンバットフレームを中心に、少しずつ退がりながら敵を捌く。
前に出ようとする正面の敵をコンバットフレームの機銃でなぎ倒しながら。やはり包囲しようと動こうとするα型の戦法を、三城と一緒に叩く。
予想より規模が大きいのは想定の範囲内だ。
だから、最初から決めて動いている。
スピアで次々α型を貫くが。怖れる様子も無く、酸をどんどん放ってくる。避け損ねたら、このフェンサーのスーツでもかなり危ないだろう。
時々かなりきわどいのが来るので、盾で防ぐ。
この盾は戦車の装甲以上の性能のようで。
酸で一撃でやられることもない。
七匹を打ち砕いた瞬間、赤いのが至近に躍り出る。
わっと、凄い勢いだ。
だが、その横っ面を吹き飛ばすように、大兄の狙撃が来る。
凄い精度だなと思いながら。感謝しつつ次の蟻を貫く。
激しい戦いが続いた後。
周囲は静かになった。
三城は片腕を押さえていた。どうやら、敵に擦って弾き飛ばされたらしい。
何しろ11メートルの巨体だ。それだけでも、かなりダメージが来る。
だが、問題ないと三城はいう。
荒木軍曹は、少し考えてから。一旦後退を指示した。
「一日五百落としているとなれば、これくらいの伏兵を出すのは容易いだろうな。 まだいる可能性も高い。 一旦補給地点まで戻るぞ」
「分かったぜ。 夜に奇襲を受けるのはぞっとしないよな」
「そうだな。 まずは一度下がって様子を見よう。 スカウト部隊の安全も確保したい」
一番危ないのは、一度退いたスカウトチームが襲われる事だ。
そう荒木軍曹は言い、補給トラックと大型牽引車の位置までさがる。
合流すると、スカウトチームはほっとした様子だったが。
まだ安心するのは早いだろう。
油断なく周囲を見回す大兄に警戒は任せて、三城の傷を診る。
「軽い打ち身だな」
「受け身は取ったのに」
「あの大きさの相手だ。 生きているだけで可とするべきだ」
「分かった。 小兄、少しいたい」
ああ、包帯を少しきつく締めすぎたか。
手早くまき直す。
後から道場に来た三城が、村上流をやりたいと言い出したのは。道場に来て一年後。髪が伸び始めて、学校に通い始めて。
それで、村上家に馴染み始めた頃だったか。
物心ついた頃には村上流をやっていた大兄と弐分とは、だいぶスタートラインが違ったから、怪我も多く。
ぶきっちょな大兄の代わりに、祖父や弐分がこうして良く手当をしたものだった。
「手慣れているな」
「生傷が絶えませんでしたので」
「継戦は可能か、三城軍曹」
「問題ない」
頷くと、荒木軍曹は補給を済ませてから、また前進することを指示。
まだ伏兵がいるかも知れないが。
それも蹴散らして通り。可能な限りテレポーションシップに接近するだけだと、言うのだった。
確かに敵のデータがあまりにも足りない。
それならば、あらゆる方法を試してみるしかないのも事実だった。
4、苦戦EDF
地下に移動したEDF総本部では、多数のオペレーターが必死に世界各地の戦況を分析していた。
戦略情報部も似たような作業をしているが。
それはそれだ。
この総本部には、巨大なスパコンと同時に、EDFでも生え抜きの精鋭が揃っている。
その精鋭の中には、あり得ないくらい若い人員も多い。
そういった人員の出所を、リー元帥は知っている。
だから、できる限り総本部の規模は小さくし。
周辺に人員を分けたいと思っていた。
この位置が敵に知られ襲撃されたら、多分総本部の人間は一人も生きてはいられまい。
勿論そうしないように最大限の努力はする。
それに、総本部は地下に建設した極秘の地下鉄で、移動も可能になっている。一度見つかっただけでは、全滅はしない。
ただそれも時間の問題だ。
若い俊英達。
それも訳ありの子達。
見ていると、リー元帥は心が痛む。
米軍でキャリアを着実に積み重ね。ろくでもない政治闘争にも巻き込まれながらEDFの創設にも関わり。
散々血を見ながらやっと人類の悲願である世界統一を成し遂げた。
その時に流れた血の量は尋常では無い。
リー元帥は地獄に落ちるだろうと自分を評していたが。
それはそれ。
自分に、他人をつきあわせるつもりはなかった。
「アフリカからの映像です。 戦略情報部から、注意すべきだとして情報が送られてきました」
「コンソールに回してくれ」
「はい」
オペレーターに言われたので、手元のコンソールで確認する。
アフリカは特にEDFの支部が少なく、今回の襲撃で敵の処理が間に合っていない。
EDFの支部が多い地域ですらも、自衛で手一杯の状況だ。
守りが薄い所から崩されるのは、必然だとは言えた。
そんな状況下で、アフリカでは。
多数のα型が、地面を掘り返しているようだった。
それだけではない。それ以上の数のβ型が、その周囲に展開して警戒している。
そして八隻に達するテレポーションシップが周囲に展開し。二千を超えるドローンが制空権を抑えていた。
「衛星からの画像です。 何か良くない事をしているのは確定でしょう。 戦略情報部は、核を使うべきだと提言してきています」
「巡航ミサイルにドローンは的確に反応する。 かといって、アフリカに大規模部隊を出す余力はあるまい」
「それは、分かっていますが……」
「やむを得ない。 切り札を一つ切る。 衛星砲撃を試すように、戦略情報部に指示してくれ」
衛星砲撃。
EDFが保有している軍事衛星の幾つかに搭載されている、衛星高度からの超高出力レーザーによる砲撃である。
現時点までで人間に使った事はない。
天候不順だと、レーザーの宿命で火力が落ちてしまうのだが。
幸い、今現地は非常に天候が良いようだ。
スプライトフォールと呼ばれる型式と。バルジレーザーと呼ばれる型式があるのだが。
一点集中で火力を投下するバルジレーザーは、EDF本部の肝いり。
スプライトフォールの方は、戦略情報部にいる「マッドサイエンティスト」とずばり呼ばれている謎の女科学者が独自に開発したものだ。
彼女も色々と後ろ暗い経歴があるのだが。
多分リー元帥は、墓まで持っていく事になるだろう。
今回は広域に大火力を降らせるスプライトフォールを用いる。
ただでさえアフリカでは、既に一般市民への被害が一千万を超えているという話が上がって来ている。
このまま放棄することだけは許されない。
「作戦実施、可能です」
「よし、スプライトフォール発射しろ。 集中射撃で、可能な限り敵に痛打を浴びせた後、軍事衛星は反撃を避ける為に移動させろ」
「分かりました。 射撃まで3……2……1……」
ファイア。
声を掛けると同時に、オペレーター数名が座標を指示。
一斉に、空から破壊の槍が大量に降り注いだ。
制空権を取っているドローンをまとめて貫いた光の槍は。濛々たる爆破により生じた煙を貫通すると、地面に降り注ぐ。
そして、何やら穴を掘っていた大量のα型を、その場で蒸し焼きにして殺し尽くし。
周囲の地面を溶岩化するほどの高熱を叩き込んでいた。
ちなみに、テレポーションシップには通じないことが確認されている。
狙うのは、あくまでα型である。
「目標に直撃。 現地にいたα型の80%以上を消滅せしめた模様!」
「すぐに軍事衛星を退避させろ」
「分かりました。 ……溶岩化した地面が、どんどん沈下しています。 α型は、想定以上の深度まで、穴を掘っていたようです」
「厄介だな……」
α型β型どちらも、怪物は地面に潜って奇襲をしてくることが報告されている。
今のもどういう目的で穴を掘っていたのかは知らないが。
ろくな目的ではないだろう。
もしもα型の性質が蟻と同じだとすると。
巣を作って、繁殖するつもりだったのかも知れない。
もしそうだったら、手に負えない事態になる。
「今後も、怪物の密度が高い地域では注意を怠るな。 それと、今の攻撃をした地点も、観察を続行せよ」
「イエッサ!」
「……その場しのぎが精一杯か」
リー元帥が呻く。
EDFはリー元帥が演説したとおり、緒戦でしてやられた。
そして今も、反撃をまともにこなせていない。
このまま行けば、撃墜不能なテレポーションシップにやりたい放題やられた挙げ句に。怪物の数に押し潰されるだろう。
今、戦略情報部と。EDFのオーバーテクノロジーを一手に担う先進科学研が連携して、黄金の装甲を貫ける新兵器を開発しているそうだが。
開発まで五ヶ月。試作機が出来るまで同期間。
試作機が出来ても、かなり鈍重なものになるのは確定で。テレポーションシップを落とせるとは限らないと、戦略情報部からは悲しい知らせも来ていた。
明確にEDFは押されている。
これについては、認めなければならない事だった。
(続)
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