逃避行の開始

 

序、地下から地上へ

 

村上壱野が兵士達と、ベース228の地上に出ると。

其処は掛け値無しに。本物の地獄だった。

擱座したり撃破された多数の戦車。どれもこれもが、奇襲を受けて戦闘をし。力負けしてやられたのが見て取れる。中には兵士が乗り込もうとしたところをやられてしまったものもあるようだ。更に言えば、砲弾でやられたのではなく。周囲には多数の怪物の死骸が散らばっていて。戦車はどれもこれもが原型を留めないほど溶かされ酷い姿になっていた。戦車マニアが見たら泣くかも知れない。

動けないコンバットフレーム数機。中には、酸でどろどろにとかされてしまっているものもある。

あの圧倒的戦闘力を持つコンバットフレームが。

ニクスの強さは、地下で見たばかりだ。中隊単位の正規兵でやっと相手に出来る兵器であり。それがこうも。

しかも今も、戦車の一つに怪物が集り。

寄って集って酸を浴びせかけていた。

「装甲が融解してる! ぎゃああああああっ!」

戦車が。

あの最強戦車エイブラムスの後継機ブラッカーの装甲が。現在進行形で、文字通りバターのように溶かされていた。勿論中にいる兵士は即死だろう。助ける余裕もなにもあったものではない。

それだけじゃない。

空には円形……いや平べったい漏斗型とでもいうべきか。少し先頭部分が飛び出した平べったい飛行体が、十数機飛んでいるのが見えた。

「空飛ぶ円盤……!?」

「怪物に仲間が襲われている! 救援するぞ!」

「イエッサ!」

唖然とする兵士を叱咤し、荒木軍曹が叫ぶ。そして、率先してアサルトライフルで怪物を撃ち始める。

一華のコンバットフレームとダン軍曹のブラッカーが遅れて上がってくる。

そして、冷静に一華が周囲にいう。

「ニクスのバックパックに予備の弾丸があるッス! 使ってほしいッスよ」

「助かる!」

「私はこれから新しい使えそうなニクスを探すので、これは放棄するのでよろしく。 その前に……!」

ニクスが一斉に、ミサイルポッドのミサイルを全弾射出。

基地の地上に群がって、兵士達と抗戦していた怪物を片っ端から吹き飛ばしていた。

流石にあのサイズの外骨格生物でも、ミサイルは効くのか。

まあ、そうだろうなとは思う。

力尽きたように、ニクスが膝を折る。

そして一華がもたもた壊れかけのニクスから降りて来て、手押し車で押していたらしい大きな箱をよいしょよいしょと取りだす。

あれだけ的確な無線での指示をしてくれた一華だ。

すぐに兵士が一人、駆け寄って助ける。

「これ、サスペンサーはついているけど、出来れば落とさないようにしてほしいッス。 軍用PC以上の高性能なんで、お値段もお察しですので」

「分かったが、君は一体……」

「EDF相手にバカやらかしたハッカー気取りの末路ッスよ。 あのニクス、誰も乗り込んでいないようだし、使うッスよ」

一機、静止しているニクスがいる。どうやってか、アレに誰も乗っていないと知ったのだろう。

壱野には分からないが、兎も角周囲とともに、まだ戦闘中の味方を助ける。

混乱から立ち直った味方兵士も反撃を開始。此方に集まりながら、怪物を攻撃し、少しずつ撃破していった。

幸い、ニクスは怪物どもの攻撃も受けていない様子だ。

一華はあまり動きが速くないので、壱野の方でも支援する。ニクスの方に行こうとする怪物を駆除する。

もう、ストークというこのアサルトのコツは掴んだ。

弾は一発だって無駄にしない。

当ててから放つ。

弓と同じだ。

その間に。

既にブースターとスラスターの挙動を掴んだのか。

上空に浮かび上がった弐分が、ガトリングで怪物の群れをそのまま撃ち払っていた。

兵士達がおおと叫ぶ。

それと同時に、生き残っていた兵士達が勇気づけられ、抗戦を更に苛烈にする。

怪物達が押され始める。

戦車に集っていた怪物達も、間もなく駆除された。

ニクスを操作し始める一華を横目に、荒木軍曹が無線を周囲に入れる。

地上に出れば、流石に無線は通じると思ったのだろう。

「此方荒木軍曹! 地下より生存者をまとめて脱出してきた! 誰か士官はいるか! 尉官は誰か生きているか!?」

「荒木軍曹!」

走り寄ってきたのは、兵士の一人だ。

顔は煤だらけ。哀しみと恐怖と敗北感でくしゃくしゃになっていた。

周囲は血の海だ。

怪物はもうほぼ掃討が終わり始めているが。コンバットフレームは数機が今、起動するための準備中のようである。

つまり、地下から出ていったコンバットフレームはやられてしまい。

外で並べられていたコンバットフレームを動かすために四苦八苦しているということか。

移動中に一華に、コンバットフレームについては色々聞かされた。

ニクスの足があまり速くないので、護衛しながらそういう話を聞いたのだ。

今後役立つかも知れないとも思った。

それで、聞いたという側面もある。

少し一匹が遠いので、そのままライサンダーで撃ち抜く。こっちも同じだ。衝撃は強烈だが、パワードスケルトンの補助もある。当ててから放つ。それに代わりは無い。文字通り吹っ飛ぶ。どうやら、あまりにもダメージが大きいと、体の表面が剥がれるというプロセスはなく。一撃であのように消し飛ぶようだ。

周囲を見回す。

生きている怪物はいなかった。少なくとも、視界の中には。

「最後の一匹を撃破! ざまあみやがれっ!」

小田一等兵がガッツポーズを取るが。

駄目だ。

まだ周囲は悪意まみれだ。つまり怪物はそこら中にいる、という事である。

そういえば、市民団体は。

いた方を見る。プラカードやらが散乱し、血の海肉の山。彼らの運命は明らかだった。

しかもあの怪物、車並みのスピードで走り回るのだ。それも立体的に。

逃げる事など、とてもできなかっただろう。

「何があった!」

「とんでもない数の怪物に襲われました! 指揮を執っていた少尉は真っ先に怪物に食われて戦死。 戦闘で殆どの戦車とコンバットフレームも……」

「くそっ! 司令官は!」

「司令室で指揮をとっておいでです! さっき全コンバットフレームの起動コードが承認されたのは、それで……」

司令室が何処にあるかは分からないが、多分地上ではないだろう。

そうなると、死を覚悟で残った、と言う事か。

「あの円盤は何だ!」

「分かりません。 怪物の飛来と同時に姿を見せました」

「分からない事だらけだ。 総司令部はどう言っている!」

「連絡が取れません。 彼方此方の基地が攻撃されているらしいと無線が飛び交っているようですが……恐らく総司令部との基地局が潰されたのだと思います」

荒木軍曹は悪態をつくと。

声を掛けて、兵士達を集める。

師団規模の戦力がいるという筈のこの基地だが。

集まって来た兵士は、百人もいるかいないか。

これで全てか。文字通り全滅状態だなと、壱野は思う。何とか戦闘を耐え抜いたブラッカー数台も集まるが、継戦能力はあまり残っていないように思えた。

「ダン軍曹」

「はい、司令官」

「私の方で集めたデータを渡す。 君はそれをもって、東京にあるEDFの日本本部に向かってくれ。 基地局がやられていて連絡は取れないから、こうやって直に情報を運ぶしかない。 少しでも役に立つはずだ。 ここで起きた事のうち、私が記録できた戦闘の経過や敵の種類や動きなどを全てデータ化してある。 ブラッカーの搭載PCに送るから、必ず守ってくれ」

「分かりました」

妥当な判断だろう。

この基地はまだ安全とは程遠い。

更に一華が言う。

「地下での戦闘で、私もデータを集めたッスよ。 それも渡すッス」

「ありがたい。 君のナビゲートは本当に頼りになった」

「いえ……」

「データ受領完了。 それでは皆、武運を祈る!」

ダン軍曹と、数名の部下がブラッカーに乗り込む。

あの様子だと、先輩も一緒に行くのだろう。そのまま、全速力でダン軍曹は基地を離れていった。

悔しくない筈が無い。

それでも、伝令としての役割を果たすべく、行動したのだ。

荒木軍曹は点呼を取っている。

「122名だけか。 ブラッカーは八両、起動中のニクスが四機……」

「いや、今もう一機ニクスが起動したっスよ。 緊急時なので、すまないけれど使わせて貰うッス」

「本部の承認コードは……いや、聞くだけ野暮だったな。 分かった、戦力として宛てにしている。 壊れかけのニクスのバックパックに予備の弾薬があるから、皆弾薬を補給しろ。 壱野」

呼ばれたので、はいと答える。

そうすると、荒木軍曹は険しい顔のままいう。

「何度かお前と弐分、それに三城。 お前達三人は、敵の接近を察知してくれたな。 今はどうだ」

「周囲に凄まじい数の悪意が満ちています。 ダン軍曹が突破出来ることを祈るしかありません」

「……基地に可能な限り引きつけることで、援護とするしかないだろう。 司令官も、脱出できそうならお願いします」

「一応試みてはみる。 此処から地上への専用路はあるにはある。 だが、最後まで私は指揮を執らなければならない。 最高責任者だからな」

責任感のある人だ。

兵士達の手当を進めさせる中。

上空に躍り上がって、何度か周囲を確認していた三城が。

降り立つと同時に、荒木軍曹にいう。

「来た。 彼方から。 数は四百はいる」

「そうか。 地下から俺たちを追ってくる奴らもいるだろう。 皆、総力戦態勢を取れ!」

「イエッサ!」

兵士達のうち、無事に動けそうなのは百人もいないだろう。

それでも、ブラッカーは向き直り、最前列で壁を作る。

ニクス四機はまだ起動シークエンスの途中。

本来は、それだけ起動に時間が掛かるのか。

或いは、緊急で承認コードを出したから、時間が掛かっているのかも知れない。

山の方で、もこもこと地面が盛り上がったかと思うと。

わっと、凄まじい数の怪物が現れる。

地中に潜っていたのか。

あり得ない話では無い。

道中で「蟻」とやらの生態を一華に聞かされた。

地中に巨大な巣を作り、分業をする生物だという。

種族としての特徴は、繁殖するときにしかオスは出現しないらしく。

基本的にメスしかいない種族であるらしい。

何だか変わった種族だが。

三億年前からいる種族なのだそうだから、人間如き新参にそんなこといわれる筋合いはないと相手はいうだろう。

それに似ているだけで、アレが蟻かどうかも分からない。

「来るぞ! 火力投射をして、足を止め、其処を打ち据えろ!」

ブラッカーが砲弾を連射し、次々に炸裂する。残りの弾を惜しまずに使っている様子である。

そのまま速射し続け、数を減らすが。

何しろあの巨体。

速度は自動車以上。

接近までに、五十も減らせなかった。

そのまま接敵する。

だが、今度は一華が最新式のコンバットフレームに乗っているというのが違った。

「ニクスの前には出るなよ!」

荒木軍曹が警告を出してくるが。

その理由が即座に分かる。

両手に装備されている強力な機銃、いやもはや機関砲が火を噴く。レンジに入ったからだろう。その火力は文字通りとんでもない。

そもそもゲリラやテロリストを威圧するために人型にしているという話だが。

黒を基本に塗装されているこのニクスは。

あまりにも戦闘力が高すぎる。

市民団体がギャアギャア喚いていたのも道理だなと、目の前で見てそれを理解出来た。

凄まじい火力が、怪物の群れを襲う。

奇襲を受けたのでなければ、これほどの凄まじい戦力を発揮できた、と言う事か。

猛射で文字通り見る間に削り取られていく怪物の大群。其処に、荒木軍曹が声を掛け、歩兵達が一斉に射撃を浴びせかける。

接近されたら終わり。

更に、だ。

先に、壱野が言ったことは伝えてある。

尻を持ち上げたら、酸を放ってくる。

頭を低くしたら、突貫してくる。

これらの動作をした怪物を、優先的に撃て。

兵士達はヘルメットとバイザーで情報をリンクしているらしく。一斉に火力を投射して、怪物の大軍を一気に駆逐していく。

壱野も次々怪物を仕留めていくが。

不意に悪意を感じた。

「更に敵。 今度は彼方から。 数はおよそ600」

「増えてやがる! まさかあの怪物、増えるんじゃないだろうな!」

「昔そんなSFを読んだことがある」

寡黙な相馬一等兵が、小田一等兵に答える。

何でも宇宙旅行で、倉庫に紛れ込んだ鼠が増殖し、食糧を全て食べてしまうのだとか。

いずれにしても、ダン軍曹の突破した方向からではなかったのが救いか。

「殲滅を急げ! 敵の接近を許せば、それだけ被害が増える!」

「タンクは新たな敵への火力投射を開始する!」

「よし、ニクスも其方に回ってくれ! 残りの怪物は俺たちだけで処理する!」

「無理はしないでくださいッスよ!」

ニクスが、最初に見た黄色い塗装の機体よりずっと敏捷に動いて、新しい敵に向き直る。

残った敵は百前後と言う所か。

ロケットランチャーを装備している兵士達が、立て続けに攻撃を浴びせ。

其処にアサルトとスナイパーライフルの弾が叩き込まれる。

百前後まで撃ち減らされた怪物だが、怖れている様子が一切無い。

その巨体で突貫してくる様子に、尻込みする兵士もいるが。

最前列に弐分がいて。

ガトリングで凄まじい猛射を続けている。

民間人だと一目で分かるのだろう。

ならば、負けているわけにはいかない。

そう、戦意を皆たぎらせているようだった。

ニクスが猛射を始める音が聞こえる。つまり、もう一方の敵もそれだけ近付いていると言う事だ。

「五十名は向こうの戦線に回れ!」

「イエッサ!」

「急いで残りも片付けるぞ!」

無言で壱野はマガジンを変える。さっき即席の訓練で教わり。また一華が地下から持ち出した物資で補給は受けている。

ストークでまだ来る怪物の群れを薙ぎ払い続けるが。

残り十五という所か。

ヴーと凄まじい音を立てて射撃を続けていた弐分のガトリングが止まる。放熱と、自動でのリロードを開始したのだ。

蟻が酸をたたき込みに掛かるが、即座に盾を展開。

最初は小型の盾だったのだが。展開すると、人間を覆ってあまりある巨大なものへと切り替わる。

変形機構つきか。

変形機構がつくと、当然の事ながら脆くなるのだが。

それでも、酸を防ぐには充分だった様子だ。

そのまま、更に三十人ほどが向こうの戦線に加わり。

残った面子で、怪物の群れを滅多打ちにする。

最後の一体を倒すと、休む暇も無くもう一つの戦線に。

ニクスとブラッカーが必死に敵を食い止めてくれていたが、もう至近にまで迫られている。

だが、怪物共の頭上から、不意に熱の塊が叩き込まれ。

数匹が鋭い悲鳴の後、砕け散った。

三城が上空に躍り上がって、ランスを叩き込んだのだ。そのまま怪物の一匹の背中に乗ると。また蹴って浮き上がる。

十数体の怪物が気を取られて、怪物の群れが乱れる中。

リロードを終えた弐分が、ブースターを使って敵に接近し。

ガトリングを雨霰と、横殴りに浴びせかける。

火力はニクスの機銃と殆ど変わらない。

凄まじい勢いで、怪物をなぎ倒す。

機転を利かせた荒木軍曹が、十字砲火に持ち込んで、怪物の群れを斜めに挟むようにして火力投射。

負けじとブラッカーも、残弾を使い尽くす勢いで敵に火力を投射し続ける。

だが、怪物もまるで恐怖を知らないようにそのまま殺到。

先頭のブラッカーに、酸を立て続けに浴びせかけた。

「脱出しろ! 脱出の支援!」

悲鳴を上げながら、ブラッカーの後方から脱出する兵士。溶けるブラッカー。兵士が転がり逃げるが、それを笑う奴なんて誰もいない。

そのまま、何とか敵を抑え込むが。

ニクスも酸を浴び。

無傷とはいかなかった。

呼吸を整えながら。荒木軍曹がこれで終わりかと周囲を見回す。

だが、終わりでは無い。

上空。

移動して行く無数の円盤。

それに伴って、大量の何か。塔、だろうか。

先端部分に赤紫の結晶体がついた、塔のようなものが大量に飛んでいるのが見えた。

あれは何だ。ミサイルのように投擲されているように見えるが。

そして、今までで最大の敵が姿を見せる。

軽く千を超えているとみて良い。

しかも二方向から、同時に出現である。司令官が叫ぶ。

「ニクス隊、まだか!」

「起動シークエンス、最終フェーズ完了! これよりニクス隊、敵を掃討する!」

「よしっ!」

誰かが叫ぶ。

同時に、四機のニクスが起動。

荒木軍曹が叫ぶ。

「北方向からの敵を食い止めてくれ! こちらは俺たちで処理する!」

「了解した! コンバットフレームの火力、見せつけてやる!」

四機のニクスが、機銃。更にミサイルポットから、圧倒的な火力を迫り来る怪物の大軍に叩き付ける。

一機で街を制圧する兵器である。

その戦闘力は凄まじく、怪物を近づけもしなかった。

またたくまに北方面の怪物は全滅。更に、抑え込んでいたこちら側にもニクスは加勢。斜めから火力投射を行い、一気に敵を殲滅する。

三度の立て続けの戦闘で、六名が戦死。だが、やられ放題だった今までとは、雲泥の成果だろう。

問題は、これで終わりとは思えない事だ。

壱野は武器を整え直すと。

気づいた。

あの飛んでいる塔が。

此方に向かっている。

 

1、地獄から来た塔

 

「ニクスに乗った兵士、逃げろ!」

「え? あ、ああっ! うぎゃああああああっ!」

三城の目の前で。

大兄が警告して、それで事態に気づきはしたが。どうしようもない光景が繰り広げられた。

今、圧倒的火力で怪物の大軍を文字通り蹂躙したニクスが。

空から、巡航ミサイルのごとく飛来した塔によって、文字通り串刺しにされたのである。

同時に爆発四散。

中にいる兵士が、生きている筈も無い。

更に立て続けに四本が来る。

一華が乗っているニクスは、不意にバックジャンプをする。兵士達も、わっと散った。

ニクスにもブースターがついていて、ジャンプや飛行が出来ることは移動中に見たし知っていたが。

普通、ニクスは火力と装甲で勝負するのが基本らしく。

更に、今圧倒的火力での勝利に酔っていたこともあるのだろう。

文字通り、為す術もなかった。

三機が続けて爆散。

爆弾でも簡単に砕けないようにされている筈の基地に。

軽々と突き刺さった塔。

まるで、神話に出てくる槍だ。

着地する一華のニクス。回避に成功したのだ。

反応が遅れていたら、これも爆発四散は免れなかっただろう。

「くそっ! 一体何に、どうやって攻撃されているんだ!」

荒木軍曹が呻く。

ミサイルだったら爆発していただろうが、それもない。

それどころか、更に最悪の事が起き始める。

塔の先端にある赤紫の部分が輝くと。怪物が、何も無い虚空からわらわらとわき始めたのである。

即応したのは大兄小兄のみ。

兵士達は、悲鳴を上げて逃げ腰になり。

残っているブラッカーは、呆然として、対応が遅れた。

数は幸い、先ほどまでの千とかそういう規模じゃない。

だが、それでも至近にいきなり怪物の群れが現れたのだ。荒木軍曹が来るまでの恐怖を思い出したのか、完全に逃げ腰になった兵士達に、怪物が襲いかかる。

たちまち数人が酸を浴び、悲鳴を上げながら無惨な最後を遂げる。

着地した一華が、火力投射を開始。何とか怪物を薙ぎ払い始めるが、それまでに十人以上が命を落とした様子だ。

荒木軍曹が必死に戦列を立て直して、塔のようなナニカから距離を取りつつ、戦線を再構築する。

ブラッカーも慌てて後退して、火力投射を開始。

だが、今の攻撃で、古い方の。地下から脱出する際に使ったニクスも、全損してしまったようだった。

「くそっ! 何が起こっている!」

「今連絡が入ってきた。 情報が錯綜しているが、フランスのマルセイユ基地が千体の怪物に攻撃を受けているという事だ。 東京大阪でも、怪物が姿を見せているという話もある。 あの塔のようなものも、世界中で目撃されているという話だ」

「それは分かった。 一体攻撃してきている相手はなんだ!」

「本部と連絡がつかない、今は対処に専念してくれ!」

次々に現れる怪物、文字通りきりが無い。

可能性があるとすれば。

三城は飛ぶ。

エネルギーがかなりギリギリになるが、やってみる価値はある。

五本落ちてきた塔のうち、一本。

怪物は、どうも塔そのものから出ているのでは無く。

先端部分にある赤紫の結晶体の周囲に出現しているように見えるのだ。

だったら。

ランスを思い切り叩き込む。

文字通り、テクニカルくらいなら一発で溶かす強烈な熱量の一点投射である。

放つとき、凄まじい光で一瞬目の前が見えなくなる。

ランスを渡されたとき、同時にヘルムとバイザーも渡された。

その意味がよく分かった。

ランスの一撃が塔の先端部に叩き込まれ、爆破。

同時に、塔そのものが、まるでそれが基点だったかのように。爆発し、崩壊していった。

見ると全体が節で構成されている。

これそのものが攻撃兵器ではなく。

或いは本来は、怪物を呼ぶためのものなのかも知れない。

「おおっ!」

「塔を破壊!」

「あの赤紫に光る部分か。 よし、スナイパーライフルをもつ者は、あの部分を集中的に狙え! 他の者は迫る怪物を徹底的に叩き、狙撃部隊を支援! それと、ウィングダイバーに当てるなよ!」

「イエッサ!」

大丈夫。

大兄が支援してくれる。

それだけでも、三城の心はかなり楽になる。

着地と同時に、エネルギーチャージ。

今のでかなりフライトユニットがエネルギーを消耗した。怪物は塔を破壊した三城を狙おうとしてくるが。

側に降り立った小兄が、ガトリングで薙ぎ払って近付かせない。

フライトユニットについては、二人に説明してある。

大会に出る前に練習して。その時に特性は知ったからだ。

だから、今はエネルギーを使い切ったと理解してくれているのだ。

「三城、いけそうか」

「後四秒まって。 ランスにエネルギーをチャージしてから、あの塔を潰す」

「よし、任せる。 大兄! あっちの塔は三城がやる! 別のを頼む!」

「分かった!」

三人兄弟の連携を見せる時だ。

四秒きっかりで、フライトユニットのエネルギーと、ランスのパワーのチャージが終わる。

そのまま飛ぶ。

そして、塔の先端を目指す。

ランスの射程は分かっている。

熱投射兵器の宿命だ。

距離が開くと、火力ががた落ちしてしまう。

これについては、原理はいわれなくても三城にだって分かる。

学校の勉強はそれほど得意ではないけれども。

戦闘に関する事だけは、本当に大まじめにやってきたのだ。

道場は三城の全てだ。

家族と言える人達がいて。

人間になれた場所。

道場は古流の武術を教える場所で。

それだったら、古流の武術に関しては全てを注ぎ込むのが三城の生き方だった。

今だって、村上流で習った事を実戦で活用しているに過ぎない。

三城にとっては。

村上流が何よりも大事。

一番なのだ。

飛来する三城を見て、怪物達が明らかに迎撃の態勢を取るが。

ニクスの機銃が、怪物共をまとめて薙ぎ払った。

どうやら、頼れる人は他にもいるらしい。

ランスを叩き込む。さっきのは当たり所が良かったらしい。一発では無理。だが、二発目がとどめになる。

塔が爆散し、倒壊する。

同時に、大兄の狙撃銃が、塔をもう一本打ち砕いていた。

「よしっ! 後二本だ!」

小田という兵士が景気よく叫ぶ。

部隊に必要とされるムードメーカーなのだろう。海外の映画だったら、昔で言う所の「面白黒人枠」とでもいうべきポジションか。

ゆっくり落下しながら、ランスにエネルギーをチャージ。

更にもう一本を抑え込みたいが。恐ろしい速度で、怪物が先回りしているのが見えた。ランスであっちを焼くか。

だが、その怪物を、どうやら荒木軍曹が叩き伏せてくれる。

この人も、頼りになるな。

そう思いながら、着地。

歩きながら、残りのうち、片方を見据える。

負けじとスナイパー部隊が、もう片方の塔を乱射していて、もう少しで破壊出来そうなのである。

「此方は私がやる」

「よし頼むぞ三城。 怪物の数も減ってきているが、油断はするな! 全員で支援を続けろ!」

「イエッサぁ!」

兵士達も、血しぶきを浴びて興奮しているのか。

声に明らかに、興奮が混じってきている。

こういうのを見ると、人間はやはり戦闘を喜ぶ生物なのだなと分かる。

跳ぶ。

そして、一気に塔の先端に距離を詰める。

怪物が多数出現するが、それはニクスの圧倒的火力が抑え込んでくれる。酸を放とうとする暇すら与えなかった。

ランスが塔を打ち砕くと同時に、味方のスナイパー部隊がもう一本の塔を粉砕。

基地に、一瞬だけ静寂が戻った。

着地。

そして、気づく。

今までとは比較にならない程の危険が、迫っていると。

「まずい。 基地の敷地から、即座に脱出を!」

「なんだと……分かった! 皆、急げ! ブラッカー後退! 皆走れ!」

「何なんだよ! 走ってばっかりだな!」

「あの三人の勘は頼りになる! 四の五のいわず走れ!」

小田一等兵に、浅利一等兵が諭す。

兵士達も、荒木軍曹が声を掛けたからだろう。

わっと、基地の敷地から逃げ出す。

勿論、全力で三城も逃げる。

基地の敷地はかなり広いが。恐らく悪意が集中するのは中心部とみて良い。あっと気づいたときには。

もう、その破滅的な光景は始まっていた。

恐らく、百を超える塔が、基地に降り注いだのである。

そしてその全てが、怪物を呼ぶのは確定だった。

「基地を放棄する! ただちに全員撤退せよ!」

「司令官!」

「私を助けている暇があったら、君達だけでも逃げろ! 此処での情報を、他の基地に伝えろ! 頼むぞ! 特に塔の壊し方や怪物の習性は、少しでも他の兵士に周知する必要がある! 私は私で脱出を試みる! 何、簡単にやられはしない!」

塔から、怪物が溢れ始める。

もはや限界だ。

全力で逃げる。

勿論、バラバラに逃げたらおしまいだ。

殿軍にブラッカーが残り。追撃してくる多数の怪物を皆で打ち据えながら、確実に基地から離れる。

殿軍には三城も協力する。

怪物の頭上を飛びながら、時々ランスを浴びせ。おちょくるように怪物の背中に乗ると、それを蹴ってまた跳躍。

時々至近を怪物の酸が掠めてひやりとするが。

それで味方が助かるなら安いものだ。

ベース228はこうして陥落した。

師団規模の戦力を基地と同時に失ったのだろうEDFは。

山まで逃げ込むと、もう怪物は追ってこなかった。知能があるのは分かっていた。戦略目標である基地の完全制圧を目的としたのは明らかだった。

少し遅れて三城が合流する。

疲れきった兵士達。

動いているのが不思議なブラッカー三台。生き残った戦車はこれだけだ。228基地に入ったときには、あんなに整然と並んでいたのに。

ブラッカーの後部を開け、バイクを取りだす荒木軍曹。備品として、ついているものらしかった。

「ケン兵長」

「イエッサ!」

「偵察を頼む。 我々はこのまま、山道を北上し、長野にあるベース231を目指す。 追撃はまだ何とかできるが、待ち伏せは察知が難しいだろう。 他にも二人、志願できるか」

手を上げた兵士が二人いる。

それなりに、手練れのようだった。

「よし、三人で一組になって先行してくれ。 途中で甲府の街に寄る事になるだろうし、ひょっとしたら其処で味方と合流できるかも知れない。 とにかく、食事を今のうちにすませろ。 排泄もな。 その後、出来るだけ急いで動く。 基地を制圧した怪物どもが、追ってくる可能性は否定出来ない」

頷くと、それぞれが携帯しているレーションを食べ始める。

レーションか。

まずいという話は聞いたことがあるが、荒木軍曹に渡されたものは飲むゼリーのような感じで。

口に入れてみると、それほどまずいとは感じなかった。

それに恐ろしく甘い。

栄養を取り入れると同時に。

食欲が失せるような甘みで誤魔化す。

そういう食べ物らしい。

この甘みは、多分長持ちするための工夫なのだろうなとも思ったが。

今はそれどころではなかった。

負傷した兵士の手当もする。

三城は周囲を見て回り、負傷している兵士が多いのにため息をつく。手足を失っている兵士もいた。

負傷がひどい兵士は、ブラッカーに乗って貰う事になる。

いわゆる兵員輸送車ほどではないが、ブラッカーはダン軍曹が先輩を乗せていたように。兵士を乗せることも出来るのだ。

食事、排泄の終了を荒木軍曹が確認。

それで、休憩は終わりだ。

点呼も取ると、そのまま北上を開始する。

この辺りは山道が続くが、ブラッカーは苦にもしていない様子である。

なんでもEDF合併前に最後に自衛隊が開発したMBTである10式戦車の技術も取り込んでいるらしく、軽量化にも成功し。悪路踏破能力も高いそうだ。

全員が息を呑む中、荒木軍曹に言って先行する。

山を越えた辺りで、悪意を感じる。

待ち伏せか。

一旦周囲を見回す。

どうしても最短路を通るなら、谷になっている部分を行く必要があるが。

あれでは、モロに左右からの挟み撃ちを受ける。

一番行軍しては行けない場所だ。

迂回するべきだが。

味方の体力がかなり厳しい状況にある。

基地を襲った敵が回り込んできているとはあまり考えにくい。

基地を制圧するのに注力した可能性が高いし。

更に別の戦力とみるべきだろう。

何しろ、あの塔。

あれを落とせば、バンバン怪物が出てくるのだ。

待ち伏せに、別の部隊を配置することくらいは、難しくもないとみて良いだろう。

戻って、荒木軍曹に伝える。

荒木軍曹は、疲れ切った顔で、そうかと呻いた。

ケン兵長達も戻って来ていたが。彼らを襲わなかったと言う事は。つまり本隊をもって牙を研ぐ程度の知能が敵にあると言う事である。

「待ち伏せの可能性か。 確かにこの辺りの地図を確認したが、出来るだけ通りたくない場所ではあるな」

「迂回するべき」

「私も賛成ッスね。 さっきの怪物と同じのが出てくるとは限りませんし」

「……だが、突破するしかないだろう。 迂回している余力は無いし、今計算したのだが、迂回路を通るとあの基地からの追撃部隊に横腹をつかれる可能性が出てくる」

荒木軍曹の言葉も正論だ。

そして、こういう場合は言うことを聞くしか無いだろう。

だが、荒木軍曹も、物わかりが良い方だった。

「ならば、その待ち伏せを突破して進む。 甲府に着けば一旦は一息をつける可能性が高い。 それまでに、進めるだけ進むんだ。 それに、その怪物共が甲府を襲う可能性だってある」

「おいおい、敵中突破を敢えてするのかよ。 みんなボロボロなんだぜ軍曹」

「分かっている。 だが、あの怪物の戦闘力を見ただろう。 熊が街に出る、等とは意味が違うぞ。 しかも大勢で奴らは行動する。 とにかく、可能な限り駆除はしなければならない」

「確かにその通りだけれどよ……」

ニクスのバックパックから、弾薬を補給するように荒木軍曹が指示。

皆で移動しながら、弾薬を補給する。

谷が見えてきた。

そこで、漸く本部への無線が通じたようだった。

「此方日本本部。 ベース228、無事か」

「此方ベース228所属、荒木軍曹」

「生存者か! ベース228はどうなっている!」

「残念ながら陥落した。 生存者は109名、今ブラッカー三両とニクス一機とともに、甲府に向かっている。 基地司令官は脱出すると言っていたが、脱出は確認できていない」

本部に連絡を取れたのなら話は早い。

だが、もう谷は目の前だ。

凄まじい殺意。

そして、土の中から。怪物が、一斉に姿を見せていた。

ボロボロのブラッカーとニクスが前に出る。ニクスは前の戦いでミサイルを使い尽くしたと言っていた。

機銃についてはまだかなり余裕があるらしいが。

しかし、現れた怪物は赤く。

基地を襲った銀色の怪物とは姿は同じでも、違う事が一目で分かった。

「怪物の攻撃を受けた。 撃退後、連絡をする」

「荒木軍曹、甲府の街も……いや世界全土が今攻撃を受けている状態だ。 可能な限り、甲府の街へ降りて、救援部隊と合流してほしい」

「……分かった。 聞きたいことは山ほどあるが、後にする」

通信を切る。

小田一等兵がぼやいていた。

「救援がほしいのは俺たちなんだよなあ」

「いや、この状況だと……世界中がこんな有様なのかも知れない」

「最悪だな」

「俺たちは軍人だ。 非常によく働いてくれてはいるが、それでもまず民間人を家に帰してやらなければならない」

荒木軍曹が言うと。

家なんて残っているのかねえと、心ないことを小田一等兵が言う。

まあ、悪意がないことは分かっている。

地雷を踏んだのも同然だが。

この人はさっきから、悪態をつきつつも頑張って戦っているし、腕だって悪くはないのである。

だから、文句をいう気にはなれなかった。

ともかく、赤い怪物だ。

皆で火力を集中投射して防いでいるが、やはり崖の入り口という立地が悪い。

崖の上からも、崖の中からも現れて襲ってくる。

これが崖の中に入ってから襲われたら最悪だったが。

足を止めているのを見て、恐らく待ち伏せに気づかれたと判断したのだろう。出て来てくれたのは幸運だった。

問題なのは、赤い怪物の装甲だ。

戦車砲を弾くのを見て、兵士が瞠目する。

「おいおい、なんだよあの怪物! 本当に生き物か!?」

「人間や戦車を一瞬で溶かす酸を出す怪物の時点で、生物かどうかは疑わしい! それはこの赤い奴も同じだ! 弾は当たっている! 倒れるまで撃て!」

その通りだ。

大兄が狙撃銃に切り替えて撃つが、それなら一撃で確殺できるようだ。体に大穴を開けた赤い怪物が吹っ飛ぶ。

それだけあの狙撃銃が、とんでも無いと言うことだろう。

下がりながら撃て。そう指示する荒木軍曹。

怪物は足が遅く、何より酸を噴出しないようだが。

その代わり、目に見えて銀の怪物よりも顎が鋭く。噛まれたら戦車ですらひねり潰されそうなのが一目で分かった。

「駄目だ、死なない!」

「攻撃を集中しろ! コンバットフレーム!」

「分かってるッスよ! 前に出てくる敵から足を止めてるッス!」

「我々だけで襲われるよりなんぼもマシだ! それに此奴らが市街を襲った時の民間人への被害を考えて、此処で倒せて幸運だと判断するんだ!」

荒木軍曹は、兵士を鼓舞するのがうまいな。

そう思いながら、低空で跳びつつ。三城はランスを立て続けに赤い怪物に叩き込む。

足があまり速くない様子だし、動きそのものは酸を出さないだけで黒い怪物と同じである。

銀色の奴と比べて遅いと言っても、車と同じくらいの速度は出るようだが。いずれにしても、どっちも一般人が襲われた場合、逃げ切るのは無理だろう。

これでも武術は兄者達に及ばなくても。

空間把握力についてだけは自信だってある。

地面に可能な限り降りてフライトユニットの消耗を抑え込みながら、至近まで迫った怪物をランスで消し飛ばす。

テクニカルを一瞬で溶解させる火力の前には、流石に赤い怪物もひとたまりもないようである。

また、戦車は元々徹甲弾ではなく榴弾砲を積んでいたようで。

それで装甲を貫けないのもあるのかも知れない。

業を煮やしたか、更に赤い怪物が姿を見せる。

一陣が敵を追い詰めて、二陣で殲滅する構えだったのだろうけれども。

焦って先に出て来た時点で負けだ。

コンバットフレームが弾薬を使い切る勢いで敵を抑え込み。

其処に兵士達皆が、熱狂的に火力を叩き込む。

突貫してくる赤い怪物達は、どれもこれも足を止められる。

一匹が戦車にかぶりついた。

世界最強を誇るエイブラムスをベースにした複合装甲がミシミシ言っているのを見て兵士達が恐怖の声を上げるが。

それが最後だった。

小兄のガトリングが、怪物を滅多打ちにして、首から下が消し飛ぶ。

頭も半分以上それで消し飛んだが。

ブラッカーには赤い怪物の顎が突き刺さったままだった。

正面装甲に、である。戦車のもっとも分厚い装甲にだ。

あらゆる戦車の主砲を、余程の近距離以外なら弾き返すブラッカーが。恐ろしい事だった。

「こ、こちらブラッカー……ぶ、無事です。 全員……無事です」

「すまないが、ベース228の方から追撃が来る可能性がある。 そのまま、この谷を突破するぞ」

一瞥されたが、もう悪意は感じない。

此処に待ち伏せしていた怪物は、一掃された様子だ。

こくりと頷いて、それを伝える。

荒木軍曹も、それを理解してくれた。

「よし、急げ! 甲府まではもう少しだ! 其処で友軍と合流できる!」

 

2、殺戮に関係無し

 

甲府の街に降りる途中の小さな街で、一個小隊と合流する。弐分はたったこれだけかと思ったが。

口には出さない。

弐分は寡黙でいつも温和に笑顔を浮かべているが。

それは灼熱のような何もかも焼き尽くす炎を抱えている兄貴と。

鬱屈してやっと最近生き甲斐を見つけた妹の間に挟まって。

そうしていた方が良いと、自分で判断したからだ。

自分の体を、思った通りに動かす事だけは出来る。

パワーだってあるが、別にパワーだけなら弐分より上の人間なんてそれこそ幾らでもいる。

それに笑顔を浮かべていても、怖いと言われることはあっても。

喜ばれることは滅多になかった。

学校では、とにかく怖がって誰も近寄ってこなかったし。

道場を支えるためにバイトを始めてからも、それは同じである。

むしろ。影で殺人者の笑みだとか。

肉食獣の笑みだとか。

そういう風に言われているのを、何度となく聞いた。

人間は見かけで相手を判断する。

特に顔は重要で。

顔が気持ち悪いとか言われると、もうその人間に人権がなくなることを、弐分は良く知っていた。

以前、そういうレッテルを貼られた同級生が虐められているのを見て。

虐めの首魁と取り巻きを軽く捻ったことがある。

死なないどころか、骨も折らないように細心の注意を払ったが。

以降。確かに虐めはやんだが。

クラス全員から、文字通り猛獣を見る目で見られるようになった。

村上家に押しかけた不良数十人が五分で畳まれたという噂は彼らも聞いていたのだろう。

それが噂でも何でも無く。

その気になったら、素手でクラス全員を殺せる化け物が側にいると、やっと認識出来たのかも知れない。

マイナスにレッテルを貼った相手はどれだけでも虐待していいし。

言う事を否定しても良い。

平均的な人間の醜い思考を弐分はそこで知ったし。

以降、何も人間には期待しなくなった。

ともかくだ。

話だけは聞いておく。

「市民はどうにか自主避難しました。 しかし……」

「ああ、分かっている」

軍曹と、合流してきた一個小隊三十人。だが、兵士達は新しい戦闘用車両の類ももっておらず。せいぜい弾薬を補給できる小型の補給トラックを連れているだけだった。それだけでもマシかも知れない。

そして、弐分の産まれ育った小さな街には。

既に、怪物が跋扈していた。

それも見た事も無い奴だ。

さっきまで戦っていた、一華が「蟻に似ている」といった怪物は体が三節に別れていたが。

今度のは体が前後の二節に別れており。

足が八本もある。

そして、跳躍している。

足を拡げると多分十数メートルはあるだろう巨体が軽々と、である。

ニクスから声が聞こえる。

「甲府からは救援要請が来っぱなしッスね。 此処はまだマシな方で、増援は来ないと判断した方が良いかと思うッス」

「一華。 前の怪物について外見が似た生物を知っていたな。 あれに似た生物を知らないか」

「ちょっと待ってください……ああ、これか。 ええと、蜘蛛という生物が似ているッスね」

「蜘蛛?」

聞いた事がない生物だ。

一華によると、これもやはり隔離された環境などに生き残っているレアな生物だそうである。ただし生物としての完成度は非常に高いそうだ。

やはり節足動物で、主に「巣」を張って其処に掛かる獲物を捕食するタイプと、走り回って獲物を探すタイプに分かれるという。

あの飛び跳ねているのは、後者に似ているそうだ。

「蜘蛛もまた、昆虫と同じく世界中にいないのがおかしいようなスペックの生物ッスよ」

「実際の大きさは」

「一番大きいのだと三十pを超えるッスね」

「そんなにでかいのか! あれはでかすぎて感覚がおかしくなるが、それはそれでおっかねえ……」

ムードメーカーの小田一等兵が最初に反応してくれる。

それで、他の兵士達も気を落ち着けることが出来るようだった。

荒木軍曹が数秒考えてから、皆を見回した。

「ブラッカーは破損が激しい。 負傷者とともに、先に北にあるベース231へと向かってほしい。 救援部隊が来たルートをそのまま通って行けば、襲撃を受けないはずだ」

「イエッサ!」

「我々はこれから此処の敵を殲滅し、甲府に出向いて、敵を掃討する」

「……分かりました。 軍曹、手を貸してください」

そもそも、此処の掃討任務は出向いてきた一個小隊三十人の仕事だった筈だ。七分隊と支援二名の。

それが出来る数には、弐分には思えない。

弾が補給できたのは大きい。

ニクスも、急いでミサイルと機関砲の弾を補給しているようだった。

すぐに弐分は、三城と一緒に前に出る。

この強化パワードスケルトン。

ブースターとスラスターの組み合わせで、凄いスピードを出せる。

スピードを出す合間に、どうしても「隙」が生じるから、調子に乗って敵に突っ込むことは出来ないが。

近接戦闘用の武器があれば或いは。

だが、ともかくだ。

今はまず、この産まれ育った街を奪回しないといけない。

ロクな人間が住んでいなくても。

守るべき場所は此処にあるのだ。

「大兄! 小兄!」

三城の声。

道場が、と言っている。

道場に多数の怪物が集っているという。

一瞬で、頭が燃え上がっていた。

「掃討する」

「分かった」

「冷静になれ! 相手は未知の生物で、あの跳躍能力を持っている! 何をしてくるか分からないぞ!」

軍曹の声が鋭い。

大兄も何も言わない。それで、ふっと頭が静かになる。

この嫌になる程冷静な頭は。

弐分も、あまり自分で好きではないのだが。しかし、命を拾ったのかも知れない。

兵士達もそれぞれ配置につく。

新しく来た兵士達はショットガンを手にしており、前衛に出る。

そこから少し後ろにアサルトライフル持ちが展開。最後尾に、大兄をはじめとしたスナイパー部隊が展開する。

怪物はとっくに此方に気付いているようだが。

我が物顔で街を飛び回っている。

獲物が隠れていないか探しているのだろう。

まだ逃げ遅れている人がいたら。

被害がどんどん増える可能性が高い。

「よし、攻撃開始! スナイパー部隊、一体ずつ潰せ! 寄ってきたら、下がりながら処理する!」

軍曹が声を掛けると。

全員が一斉に動く。

EDFも厳しい訓練をしているのだ。

特にゲリラ相手の市街戦については、念入りな訓練をしていると聞く。

だが、相手はゲリラでは無く、正規兵の籠もる基地を正面から粉砕するような怪物の群れだ。

生物かすら怪しい。

そういうマニュアル通りの動きが、徒にならないか少し心配になるが。

ともかくやるしかない。

初撃が着弾。

どうやら、今までの怪物の中で一番柔らかい様子だ。

大兄の攻撃が直撃した怪物は一撃で消し飛んだし。

他の対物ライフルも、怪物に目だって効いている。

そして、百を超える怪物が。

一斉に此方に向き直り。

一度に数十メートル、いや百メートル以上も跳躍しながら、迫ってくる。

まるで鳥のような速度だ。

「立体的に俊敏に動くのか! 跳躍している様子から分かってはいたが……!」

「下がった方が良いぜ軍曹! ちょっと普通じゃねえ!」

「そうだな! 総員、下がりながら攻撃を続行!」

戦車を行かせたのは失敗だったのかも知れない。

そう思いながら、もう至近に来た一匹をガトリングで粉々にする。

だが、次の瞬間。

最大限の悪寒を覚えて、ブースターで下がる。

同時に、地面に大量のナニカが突き刺さった。

それが糸で。

アスファルトを溶かしているのを見て、ぞっとした。

こいつも酸を使うのか。

それも、戦車も壊すような、だ。

「糸を飛ばしてくるぞ!」

「まずい、建物を盾にするのは恐らく通じない! 各自そのまま後退しろ!」

「殿は引き受けます。 攻撃を集中してください!」

「ロケットランチャー、最前衛の二人を支援しろ!」

軍曹の声と同時に、ロケットランチャーを構えた者達が前に出て、一斉にぶっ放す。

これはショットガンは厳しいと判断したのだろう。

武装を切り替えた様子だ。

だが、八本足の姿。

恐怖を誘う姿に加え、凄まじい跳躍力である。

見る間に浸透してくる有様は、兵士達の判断力を鈍らせる。

軍曹自身が空中で一匹を爆殺したが。

明後日の方向に飛ぶロケットランチャーも多い。

中には、ただ家に着弾するだけのものもあった。

兵士達の真ん中に怪物が飛び降りる。前衛をガン無視したのだ。こいつも尻から糸を出すようだ。それも、酸を含んだ。

叫びながら、アサルトで滅多打ちにする兵士達。どうにか倒すが、次々怪物は兵士達の中に飛び降りる。

弐分は動き回って、三城と一緒にかなりの数の怪物を引きつけるが。

それはそれとして、かなりの数は無視して兵士達の間に浸透する。

断末魔の悲鳴が上がる。

糸を大量に至近から浴びた兵士が、二目と見られないほどの悲惨な有様になった様子である。

更に糸を連射しようとする怪物に、絶叫しながら兵士が銃弾を浴びせかける。

フレンドリファイヤが起きかねない。

恐慌状態になっている兵士達。

軍曹が叫んで的確に指示を出しているが、これはとてもではないが制圧は簡単にはいかない。

右、射撃。左、射撃。左、左、後退して糸をかわす。

意識しながら動いて、次々に怪物をガトリングでバラバラに砕く。やはりかなり柔らかい。

三城も無言で飛び回って敵をランスで焼き払っているが。

途中で中距離戦が出来る電撃兵器に切り替える。

それで、後方の味方を支援し始めた。

大兄は眉一つ動かさず、アサルトとスナイパーを使い分けで、次々と怪物を仕留め、被害を減らしているが。

やはり凄まじい浸透能力を持つ怪物だ。

どうしても被害は抑えきれない。

考えを改める。

これは、戦車は相性最悪だ。

退避させておいて、正解だっただろう。

二時間ほどの激闘の末に、ようやく怪物の全てを撃退する。

兵士十二人が犠牲になった。

その中には、あのベース228からやっとの事で逃げ出してきた兵士三名も含まれていた。

戦争はこういうものだ。

そうだと分かっていても、やりきれた話ではなかった。

「くそっ! 何という怪物だ!」

「負傷者の手当を急いだ方が良いでしょう、軍曹」

「分かっている。 皆、負傷者の手当を」

負傷者、か。

酸を帯びた糸。それも尋常ではない酸だ。

指を失うくらいならまだ良い方。

喰らったら、腕をまともに吹き飛ばされた兵士もいる。

それでも死んでいないだけマシ。

文字通り、糸をあびてバラバラになってしまった兵士達もいる。死んだ兵士の大半は、あまりにもむごたらしい有様だ。

ニクスも射程距離に入った怪物は、的確に処理してくれたし。ロケラン部隊が出始めてからは、すぐにミサイルで射撃し、空中から機動作戦を仕掛けてくる怪物を次々倒してくれた。

十二人に被害を抑える事が出来た、と言う方が的確だろう。

補給を済ませるようにと軍曹が言うと。

本部から無線が入る。弐分も、ガトリングの弾を補給しながら、話を横で聞いていた。

「軍曹。 戦況はどうか」

「現在地の敵は制圧。 だが被害が大きい」

「……先に君達が遭遇した生物を色に関係無く「侵略性外来生物α」。 今君達が遭遇した怪物を「侵略性外来生物β」と呼称する事になった」

「名前などどうでもいい。 そもそも我々は何と戦っている」

本部は分からない、と答えた。

分からないとはどういうことかと、兵士達を代表するように軍曹が声を荒げる。

当たり前だ。

軍基地を真正面から物量でひねり潰すような怪物だ。

大きさは恐竜並みで。

しかもあの凄まじい酸、顎の力、実際の恐竜よりも強いとみて良いだろう。

「分かっているのは、君達が破壊に成功した光の塔と、更に円盤から怪物が出現していると言う事だ。 円盤は二種類存在していて、小さい方は既に見ているかも知れない。 大きい円盤は都市ほどもあり、巨大なものが日本海から其方を通過するように東京に向かっている」

「何だと……一体どこの国の兵器だ!」

「現在EDFに対して敵対したことがある独裁国家の関係者や、ゲリラやテロリストを調査している。 またEDF内部での造反行動を目論んだことがある人物などを調査しているが……」

「分からないのか」

本部の人間に対等の口を利いている。

軍曹というのはあまり階級が高くないと聞いていたが。

この荒木軍曹という人は、恐らくは何か理由があるのだろう。

いずれにしても、恐ろしい事を告げられる。

「先に甲府で怪物を降らせた円盤の一つが、そちらに向かっている。 恐らく追加が来るだろう。 戦闘に備えてほしい」

「分かった。 すぐに戦闘に備える!」

「円盤に対しては、空軍が攻撃したが、ミサイルも機銃もまるで通用しなかった。 今、色々な武器を試しているが、効果はいずれも生じていない。 撃墜は考えなくていいから、投下される怪物を撃滅してくれ」

「……」

通信が切れる。

先の戦いで十二人が倒れ、負傷者も含めると増援がまるごといなくなったのに等しい損害を受けている。

此処に追加か。

そして、その円盤とやらが見えてくる。基地でも見た奴と同じ。

漏斗状の形状をしている、黄金の平べったい船だ。

脳天気な民間放送もニクスの方から聞こえてきた。

「これ、本当なの? コホン。 ええ、ニュースです。 現在、世界中にて「UFO?」が目撃されているようです。 UFOからは「モンスター」が投下されており、人を襲うという事です。 それぞれ皆さん、「モンスター」に近付かないようにしてください」

「これ、大手のマスコミの最新放送ッスよ。 この様子じゃ、こんな有様でもマスコミは役に立ちそうに無いっスね」

「彼奴らが役立たずなのは昔からだ。 皆、再展開! あの円盤は怪物を投下するという話だ! 備えろ!」

今度は、戦闘経験がある。

ニクスが前に出たのは、円盤が比較的近くに。遠くで見るとゆっくりに思えたが、それは野球場で投手の放ったボールが遅く見えるのと同じ現象。実際にはかなりの速度で迫ってきているのが分かったからだ。

そして、低空に円盤が降りると。

下部のハッチが開く。

そして、ぼとぼとと凄まじい勢いで、先の「侵略性なんとかβ」という怪物を落とし始めた。

だが、今度は此方の対応が早い。

「散る前に集中砲火! 徹底的に火力を投射しろ!」

「うおおっ!」

兵士達が散開して、円盤の周囲に散ると、落下してきた怪物を滅多打ちにし始める。

円盤は恐らく百を超える怪物を落とす。だが。それら全てを、動き出す前に処理しきる勢いだ。

兵士達がマガジンを切り替えた瞬間、今度はニクスの機関砲が火を噴く。

怪物が文字通り細切れになる。

だが、それでも逃れる怪物がいるが。

大兄のスナイパーと、機動しながら移動して、弐分が仕留める。遠くに飛んだ奴は、三城の放った雷撃銃を喰らって。激しい痙攣の後爆ぜ割れた。

円盤はその場で滞空している。

ニクスが試しにとミサイルと機関砲を叩き込んだが、確かにびくともしていない。

それにしてもどうやって浮いているのか。

ガスとかを噴射している様子は無い。

推進機関も存在していない。

弐分も聞いた事があるが、飛ぶというのは非常にデリケートな技術で。

鳥などは、体を極限まで軽くし。体の中をスカスカにして、やっと飛ぶ事に成功しているそうである。

小さな生物などには、比較的容易に飛ぶものがいるが。

体が重くなればなる程、飛ぶ事は難しくなっていく。

道場が心配だが。

ともかく、今はこの円盤に好きかってさせないことが大事だ。

徹底的に、落ちてくる敵をたたき伏せる。

大兄が前に出ると、スナイパーライフルを叩き込む。

落ちてくる途中の怪物を何匹か、仕留める。

そうすると、高度を下げる円盤。どういうことか。

高度を下げたところで、大して変わらないだろうに。

「此方壱野」

「どうした」

「もう少し接近してみて良いでしょうか。 試したい事があります」

「……分かった。 皆、民間人を支援。 戦闘の様子を見ていただろうが、彼奴は多分誰よりも強い。 支援しろ!」

そのまま、突貫していく大兄。

弐分は無言で支援のガトリング斉射を続ける。

マガジンを変え終わった兵士達も、そのまま射撃を再開。

凄まじい勢いで降りてくる怪物を、次々なぎ倒す。だが、勢いが凄まじく、円盤の下には怪物の死骸の山が出来ていった。

そんな中、突貫した大兄が、円盤の下部にスナイパーライフルを叩き込む。

すると、ふと怪物の投下が止まる。

そして、ハッチが閉じる。

円盤が飛行して、そのまま飛び去る。怪物はまだ健在だ。皆で射撃を浴びせて、駆除するしかない。

行くのは、見送るしかなかった。

「凄い臭いだな……」

最後の怪物を仕留めた後、浅利一等兵がぼやく。

弐分は、此処を任せて良いかと聞くと。良いと言ってくれた。

道場がある事は話してある。

すぐに、大兄と三城と一緒に、道場の方へ向かう。

そして、嘆息するしかなかった。

無茶苦茶だ。

あの怪物達が、寄って集って糸を浴びせたのだろう。建物が原型を留めていない。

毎朝訓練をしていた庭も、酸を含んだ糸まみれだ。

倉庫も駄目だ。

先祖の宝物があった倉庫なのだが、何もかもが踏みにじられている。無事だった桐の箱をとり。大兄が開けて刀を取りだす。

いわゆる人斬り包丁である。

残ったのは、これだけ。

三城が、祖父母の位牌をもってきた。これをもっていくのが精一杯だろう。

頭を下げる。

何もできなかった。

この街は好きでも何でもなかったが。それでも道場だけは守りたかった。

大兄が肩を叩く。

泣くわけにはいかない。

それにだ。

大兄の目に、凄まじい怒りが宿っているのが見えた。あのろくでなしのクズ親父を殺し掛けた時と同じ目だ。

そして今度は、大兄は手加減なんて一切するつもりはないだろう。

怪物を落としている連中がどこの何者かは知らないが。

其奴らは。恐らく後悔する事になる。

此処に修羅が誕生した。その修羅は、奴らを駆逐するまで多分指一本になっても動き続けるのだろうから。

荒木軍曹が来た。

「甲府に向かう。 この街は怪物がいなくなった。 今は、それだけでしかない。 次に来たら守る事も出来ない。 お前達は民間人だ。 少なくとも、一度安全な場所に届けなければならない」

「……分かりました」

「此処が道場か。 ……言葉も無い」

「いずれ、この報いは受けさせてやります」

荒木軍曹はしばし黙っていたが。

大兄と。弐分と三城を順番に見て言った。

「今、世界中がこうなっている。 今無線で聞いたが、甲府も防戦一方の様子で大きな被害が出ているそうだ。 EDFに志願しろ。 お前達三人なら即座に歓迎する。 世界中をこうしないために、強い戦士が一人でも必要だ」

「……」

「気持ちの整理が必要だろう。 甲府までは指呼の距離だ。 皆と合流してくれ」

大兄を見る。

基本的に、祖父が死んでから。村上家は大兄の考えで廻って来た。

大兄は、弐分にも三城にも、何かを強制すると言う事はなかった。

「俺は志願する。 守るべきものはなくなった。 お前達はどうする。 嫌だと言う場合は、止めはしない」

「私はやる」

三城は即座に言った。

元々ウィングダイバーになって、道場の運営費用を稼ぎたいと思っていたようなのだ。

抵抗はないのかもしれない。

「俺は……少し考えさせてほしい」

「分かった。 だが、あまり時間はない。 甲府でも戦闘がある様子だ。 それが終わるまでに、決めてくれ」

大兄が、まるで昔からの相棒のように巨大な狙撃銃を担ぎ直し、皆の所に向かった。

人斬り包丁は弐分が持っていく事にする。何、そもそも大型パワードスケルトンには収納スペースがあって、其処に入れるくらいなら問題ない。

懐に位牌を入れる三城。

もう、道場はどうにもならない。

それならば、此処に留まることは出来ないし。

もはや、此処からは。

再建をどうするかを、考えなければならなかった。

 

3、悪夢の波状攻撃

 

一華が甲府に到着したのは、翌日の朝だった。

出来るだけ急ぎたかったらしいのだが。合流して点呼を取った所で無線が入ったのだ。

一旦甲府での戦闘が停止したと。

夜間の行軍は、相手の正体が分からないこともあるから危険だ。

故に、明日の朝一番から行動を開始し。

そのまま甲府に向かってほしいと。

どうやらEDFも相当に混乱しているらしい。

ただ、ダン軍曹は無事に東京のEDF本部に到着できたそうで。それだけは良かったと言える。

基地で得たデータを届けられたのだ。

少しは役に立つ筈である。

その間、色々な情報が入ってきていた。

「あの円盤は、明らかに質量以上の怪物を投下している。 故に、物質を転送しているとみて良いだろう。 戦略情報部からの通達で、以降敵の物質転送技術をテレポーションと呼称。 あの光る塔をテレポーションアンカー、円盤をテレポーションシップと呼称する事となった」

「呼称はいい。 敵は一体何なのか、まだ分からないのか」

「残念ながらまったく分からない。 敵の名前はプライマーと呼称するようにする事になったようだ」

「プライマーという事は、既存の国家や組織ではないと言う事か」

無線を聞き流しながら、一華は皆の様子を見る。

ニクスのモニタを通じても、青ざめているのが分かる。

甲府の街には。

既に数本のその「テレポーションアンカー」が突き刺さっているのが見えたのだ。

ベース228で、巡航ミサイルのようにアンカーが飛んでいるのが見えたが。

あんな感じで、世界中にアンカーが打ち込まれたのだろう。

そして怪物を放つと言う事は。

ミサイルなどよりも、余程甚大な被害を出し続ける、ということだ。

此処はまだ良い。

日本などは、EDFの基地がかなり密集している。

だが、元途上国で。EDFに対して反発するような事をしていた国や地域は、恐らく対応が遅れるはずだ。

もしもアンカーを早々に叩き折れなかった場合。

初期消火に失敗すれば、怪物がそこら中にあふれかえる事になるとみて良い。

そして誰かがぼやいていたが。

怪物が繁殖でも始めたら。

それこそ手に負えない事態になるだろう。

ブラッカーが四台。いや、荒木軍曹の言葉によると四両か。まあともかく四両くる。

更に、兵士達も一小隊ほど来た。

現在、甲府の全域で戦闘が行われているらしい。装甲車も来たが、殆ど救急車扱いのようだった。

補給トラックに乗せていた負傷者を、其方で引き受けてくれるらしい。

軍曹が敬礼して、部隊と合流する。

「これより戦闘に参加する」

「有り難い。 我々の担当地域だけでも、あの三本のアンカーが稼働している」

「出現している怪物は」

「現在はα型だ。 それでも、昨日は民間人を避難させるだけで相当な犠牲を出したし、まだ逃げ出せずに地下街に籠もっている民間人も大勢いる。 今日またアンカーが動き出したら、どれだけの被害が出るか……」

青ざめる士官。

ブラッカー四両がいても、どうにもならなかったのだろうと察することが出来る。ベース228などは、あれほどの規模の戦力がいても、どうにもならなかったのだ。戦車程度では、どうにもならないのは仕方が無いと言える。

補給トラックと装甲車を後方に控えさせる。

何でも近場にある無事な基地のうち、ベース240は負傷者ですし詰め状態。

どうにか稼働しているベース255と231に、今負傷した兵士や民間人を輸送している最中だそうだ。今目指しているのがベース231だから、荒木軍曹の判断は正しかったと言える。

どういうわけかEDFには地下施設が多くあり(考えて見れば、ベース228も広大な地下施設を有していた)。

そういう場所で、かなりの民間人を引き受ける事が出来るそうである。

一華は怪しい臭いをぷんぷん感じると思ったが。

今はそれどころじゃない。

幸い、補給も受けたし、装甲も補給トラックに着いてきてくれたエンジニアと一緒に補強し直した。

持ち出せたニクスは此奴だけだけれども、それでも何とかするしかない。

荒木軍曹が指揮を任されるのを見て、一華はやはり肝いりなんだなと確信するが。

それはそれとして。ともかく作戦をきちんと聞いておかないとまずい。

「よし。 まずは手前のアンカーから攻撃。 同時に多数のα型が現れる可能性が高い」

「追加でアンカーが来る可能性もあるッスよ」

「何……」

「事実だ。 昨日もベース228で、それによってニクス四機が一瞬で破壊された」

軽く話をすると、此処の担当兵士が青ざめる。

それはそうだろう。

昨日は戦車がいて守りで手一杯だったのだ。多くの仲間も失っただろう。

それなのに、追加がなんぼでもくると聞いたら、ショックを受けるのは当たり前の筈だ。

いずれにしても、戦闘はしなければならない。

今日もアンカーが降ってこないことを祈るしかない。

「よし、攻撃開始! スナイパー部隊。 手前のアンカーから叩き潰せ!」

「了解!」

「イエッサ!」

最初の一撃を叩き込んだのは壱野というあの村上三人兄弟の長男だ。

ごついだけかと思っていたが、昨日から目つきがヤバイ。

道場が潰されたらしいと兵士達が話しているのを聞いたが。

それにしても、凄まじい怒りだ。

こりゃ、ちょっと相手に微塵も容赦はしないだろうなと思ったが。ともかく怒らせないようにしようとも思う。

ライサンダーの一撃が突き刺さると同時に、次々に対物スナイパーライフルの弾丸が一番手前のアンカーに突き刺さる。

赤紫の部分が光り、やはりあの銀色の怪物が出現し始めるが。

数匹出現すると同時に、アンカーが粉砕され。

バラバラになって砕け散る。

だが、同時に残り二本のアンカーから、どっと怪物が現れ。そして、此方へ進撃を開始していた。

「可能な限り急いで怪物の出現元を断つ! 長距離狙撃部隊はそのままアンカーに攻撃を続行! ニクスとブラッカーは前に出て壁になれ! 皆、α型を食い止めろ!」

同時に、ニクスを進める。

あの最初に破壊したアンカーのかなり近くに地下街への入り口があり、それで兵士達は手をこまねいていたのだ。

当然中には市民が大勢潜んでいる。

つまり、前線を彼処まで進めなければならない。

文字通り翼で風を切り裂いて、三城というあのちっこい子が飛ぶ。

それに弐分というあのごっつい次男が続く。

ニクスとブラッカーがそれに続いて前進しながら、突貫してくる怪物に猛射を叩き込む。

ミサイルのオートロック機能の技術が未熟だな。

そう思いながら、一華はミサイルを最初に撃ち、敵の出鼻を挫くと。

後は機関砲を乱射しながら前に出る。

可能な限り、敵を減らさなければならない。

幸い、α型の怪物はこれで充分に対応できる。それは、昨日のうちに知っている。

左右に旋回しながら、怪物の足を止めながら前に出る。怪物の上に出た三城が、団地や背が高いビルを上手に利用して、立体的に怪物に仕掛けている。

酸を放つ怪物もいるが、絶対に味方どうしでの誤爆はしない様子だ。

これは何というか、怪物は目が良いのかも知れない。

二つ目のアンカーを粉砕。すぐに三つ目に掛かる。

ライサンダーの火力は流石だ。

だが、あれは誰にでも使える銃じゃない。

対物ライフルを担いでいる兵士達も、一撃ごとに戦車砲みたいな音がするので、瞠目している様子だ。

ブラッカーが更に進み、戦車砲を叩き込む。

榴弾砲では駄目だ。

徹甲弾で、次々に怪物を仕留めているが。

それでも怪物は全く怖れる様子が無い。

あるいは、怖れるという概念がないのか。

恐怖を意図的に殺しているのかも知れない。

「相手の動きに注意! 尻を持ち上げたら酸を放ってくる! 酸を喰らったら戦車でもやられるぞ! 気を付けろ!」

「分かっています」

軍曹が注意を促し、相馬一等兵が淡々と答える。

小田一等兵は昨日からロケットランチャーに切り替えて、次々と敵に当てている。どうやら爆発武器の方が得意らしい。

ともかく敵を押し返しながら、アンカーを粉砕していく。三つ目のアンカーが砕ける。同時に、敵の供給が途切れ。更に前線を進める事が出来はじめる。だが、軍曹は慎重だ。

「まずは怪物を駆逐することに専念! 民間人の救助を急げ!」

「分かりました!」

「……」

嫌な予感がする。

何だか敵の抵抗が弱いように思うのだ。

そういえば、デカイ円盤が此方に向かっているとか言う話がなかったか。

無線を聞いてみると、嫌な情報がたくさん飛び込んでくる。

東京も大阪も、円盤がどんどん怪物を落としていて、現地のEDFは対応に手一杯。フランスマルセイユ基地に押し寄せた怪物は撃退に成功したものの、現地の戦力は半数以上を失ったそうである。

巨大な円盤は彼方此方にアンカーをばらまきながら東京に迫っているとかいう話であり。

此処の上空を通過する事はほぼ確定だそうだ。

「荒木軍曹、良いッスか」

「どうした」

「無線を聞くと、でっかい円盤がこの近くの上空を行くそうッスよ。 そうなると……」

「そうだな。 確かに昨日の二の舞は避けたい。 同じ作戦でやられるようでは軍人失格だ」

怪物の掃討はほぼ完了。

ブラッカーが多少酸を浴びたが、兵士への被害は抑える事が出来た。

それで可とするべきだろう。

ブラッカーを散らせ、いつでも動けるようにと指示をする軍曹。

不審そうにするブラッカーだが。

兵士達は急いで地下街のバリケードをこじ開け、内部に潜んでいた民間人達を救助に掛かる。

そして、それを見越していたのか。

或いはそれを待っていたかのように。

上空から、アンカーが降り来たのである。

それで戦車が粉砕されるような事は無かったが。

文字通り、救助作業のど真ん中に、アンカーは落ちてきて。それで潰された民間人の肉片が、周囲に飛び散った。

勿論、間髪入れずに怪物が降りてくる。

阿鼻叫喚の地獄絵図が、周囲に展開される。

「くそっ! 怪物を処理! アンカーの破壊を急げ! 危険だがアサルトで怪物にインファイトで集中攻撃を浴びせろ! 民間人には絶対当てるな!」

「イエッサ!」

一華は即座に、ニクスをバックジャンプさせる。

ニクスの機能を利用しての行動だ。

歩行部分に負荷を掛けるが、これは仕方が無い。後ろにいる兵士を踏みつぶさないように、警告を出してからジャンプもした。

そのまま、機関砲をアンカーの上部、赤紫の部分に叩き込む。

そして、可能な限りの速度でへし折った。

更に、二本のアンカーが降ってくる。

あからさまに、此方の行動を見透かしているかのような攻撃だ。

怪物に、短時間で凄まじい数の民間人が殺される。何とか被害を減らすべく奮闘した兵士達も、インファイトを挑んだことで被害をどうしても増やす事になった。

そんな中、殆ど同時に遠方に投下されたアンカー二本がへし折れる。

壱野と三城が、それぞれ最速で動いて。

壱野はライサンダーによる狙撃二発で。

三城は近距離からランスを連続で叩き込んで、へし折ったのだ。

ただ、怪物が投下されている事に違いは無い。

更に、バリケードから直接怪物が酸を叩き込んだ事で、地下から出ようと殺到していた民間人がモロにそれをくらい。

恐らく、短時間で百人以上が命を落としていた。

失態も何もない。

此処まで狡猾な戦術を取るという事は。

敵が何者かは分からないが、確実に知能があり。

人間と同レベルの悪意をもっている、と言う事だ。

地雷は、殺さない程度の爆発を起こし、相手の足などを奪う。

これによって、相手を治療させるという手間をかけさせ。

相手側のリソースを割く事が出来るのだ。

地雷がベストセラー兵器になったのは、そういう悪意の結果。相手を如何に効率よく傷つけるかに特化したから。

強烈な悪意は人間の専売特許だと一華は思っていたが。

少なくとも、この攻撃をして来ている奴らは、同レベルの悪意をもっているらしい。

他の入り口のバリケードを撤去して、すぐに脱出するように軍曹が指示。

更に、数は少ないとは言え、新たに来た怪物の駆除もしなければならない。

乱戦の中、一華は無言でニクスの機関砲を撃ち放ち続け。

避難民を敢えて狙ってこようとする怪物の足を止め続けた。

短いが激しい戦いの後、何とか状況は収束する。

兵士達にも十人以上の死者が出ていた。

民間人も百五十人以上の死者が出ていたが。甲府は昨日からの断続的な攻撃で、全域が壊滅状態らしく。

救出できた人々は、決して多く無かった。

「此処にいるのは民間人だぞ! 基地を攻撃するならともかく!」

「なんだか規模はともかく、一昔前のテロリストみてえなやり口だな。 でも人間のテロリストが出来る事だとも思えないがよ」

「人間でなければなんだというんだ」

「エイリアンだろ。 こんなこと、出来る国家なんか存在しねえよ」

浅利一等兵と小田一等兵が言い争いをしているが。相馬一等兵に咳払いされて黙る。不謹慎だと感じたのだろう。

EDFから来た救急車両、キャリバンが重症の民間人を連れて行く。かろうじて確保できている細い退路から、幾つかのベースに連れて行くのだ。グレイプ装甲車両も同じく。民間人も救出できたのなら、誰でも兎に角救出しなければならない。

荒木軍曹はしばし天を仰いでいた。

流石に、此処まで綺麗に敵に裏を掻かれるとは思わなかったのだろう。

その後に鮮やかに対処したとはいえ。

それでもやられたのは事実なのだ。

「誰が黒幕かはしらないが、必ず捕まえて報いは受けさせてやるぞ……」

その荒木軍曹の言葉を聞いて、流石に一華も口をつぐむ。

死に恐怖したことはない。

ただ。強い怒りは、何度も昨日今日で見ている。

道場をやられた村上兄弟。特に壱野や。今の荒木軍曹もそうだ。

そういえば。

一華は怒ったことがあまり無い気がする。

死に対して鈍感であるように。一華には、生に対しても鈍感な所があるのかも知れない。

ともかくだ。

通信が入ったので、荒木軍曹につなぐ。

「荒木軍曹、甲府全域の指揮を執っている人からの連絡ッスよ」

「分かった、つないでくれ」

「此方姉小路中佐。 荒木軍曹、其方の戦線は一段落したと聞いている。 抑えの部隊だけおいて、支援を頼みたい」

「此方も負傷者多数だ。 それほど酷い状態なのか」

アンカーが次々に落ちてきていて、処理出来ない状態だという。

しかもアンカーから出て来ているのは、β型の怪物だそうだ。

それだけではない。

「大型の円盤が近付いているという話もある。 可能な限り、少なくとも甲府に展開している軍を一段落させたい。 可能な限りすぐに支援に来てくれるか」

「……分かった。 すぐに其方に行く」

指定されたのは市街の中央だ。

東西南北のうち、南の地区は今何とか怪物を黙らせたが、他の地域は押さえ込みが精一杯。

特に中央部は、北東西から来る怪物もあって、手に負えない状況だそうである。

しかも今までは、南がこの状態だったから、包囲されているも同然の有様だったようだ。

プライマーは最初に、甲府の辺縁。東西南北を囲むようにアンカーを落として非戦闘員を中央部に追い立て。

それからインフラを潰して逃げ場を奪ったようである。

つまり、どうなるか理解した上で、順番に皆殺しにするための手を打ったという事である。

むしろEDFは甲府のそんな状況で善戦していると言えるだろう。

だが、それも過去の話になりつつある。

「君達の後から増援部隊を手配してある。 彼らも協力してくれるはずだ」

「いずれにしても、現在の状況が厳しい事は分かった。 すぐに其方に向かう」

「頼むぞ」

荒木軍曹は、何度か首を横に振った後、手を叩いて皆の注目を集める。

後方では救助任務が急ピッチで進んでいるが。

もう、それは任せるしかないという様子だ。

「最悪の事態に備えて、三十名を残して市街中央部に出向く。 ブラッカー、ニクス、いけるか」

「此方ブラッカー。 四両とも戦闘続行は可能。 ただし装甲に酸を受けている。 長時間の戦闘は厳しい」

「此方ニクス。 今、補給を済ませて何とかいけるッスよ。 装甲は追加装甲で誤魔化したッス」

「分かった。 ニクスは指揮車両の役割をしてくれ。 俺のチームが指揮を執りやすいようニクスの随伴歩兵に入る。 他の皆は、それぞれブラッカーの随伴歩兵として行動してくれ」

すぐに皆をまとめ上げる。気持ちを切り替える。

どちらも流石だ。

先に、様子を見てくると。三城が言う。荒木軍曹は、向こうの指揮官に渡してほしいと、無線のコードを告げる。頷くと、三城はひゅんと飛んで行った。

すぐに戦車が動き出す。

一瞬だけ、後ろを見た。

血の海の中、恐らく民間からも動員されて協力しているだろう医療関係者が。必死に助かりそうもない人の蘇生作業をしているのが見えた。

 

三城は見た。

また、アンカーが降ってくる。何とか応戦しているコンバットフレームは、限界のように見えた。

兵士達が随伴歩兵をしている。

少し後ろに装甲車と、指揮車両らしい戦車がいるが、いずれも相当に疲弊しているようで。

怪我をしたまま戦っている兵士も多かった。

β型の怪物がアンカーからぼとぼとと落ちてくる。

アンカーの破壊情報は、既に他の兵士達にも伝わっている様子だ。コンバットフレームが、必死にアンカーの先端を攻撃。破壊するが。β型の怪物が、獰猛に兵士達に襲いかかる。

その頭上から、今度は三城が襲いかかった。

ランスでβ型の怪物の背中を貫く。

怪物は悲鳴を上げる。

そのまま、不意に降りて来た一華に反応するβ型を、兵士達とコンバットフーレムが必死に撃つ。

味方のフレンドリファイヤに巻き込まれないように浮き上がるが。

何本も恐ろしい酸つきの糸が掠めた。

一発でも擦っていたら、多分一生ものの傷が出来るだろう。

だが、それでも今度は降下しつつ、更に一匹を仕留め。更にもう一匹を焼き切る。

兵士達が叫ぶ。

「ウィングダイバーだ!」

「甲府には来ていないと聞いたが、援軍か!?」

「いや、あれは……民間用のフライトユニット!?」

混乱の中、凄まじいコンバットフレームの火力が、ついに最後のβ型を吹き飛ばす。

射撃停止。

叫ぶ指揮官の声。

さっき無線越しに聞こえていた姉小路中佐のものだ。

転々と散らばっているβ型の怪物。

その中の一匹が死んだふりをしていたので、そのままランスで消し飛ばす。不意打ちを狙っていたβ型が消し飛んで、兵士達が瞠目した。

殺しには、もう慣れたようだった。

相手が人間ではないという事もある。

それに、両親からは完全に穀潰しとして扱われたし。

村上流道場に入ってからも、しばらくはメンタルケアだのいうお医者に通わされて。

髪が伸びるまでは、ずっと兄者達や祖父以外からは奇異の目で見られた。

そしてやっと外に出るようになってからも。

訳ありとして学校では距離を置かれたし。

勉強についていくのも大変だった。

貧乏道場のガキと言われた事もある。

だから、周囲に対する不審はずっと強かった。

タチの悪い中学生の不良が、多分からかうつもりで路を塞いでケラケラ笑ったときに。ついにその不審が堪忍袋の緒をブチ切った。

そいつをぶん投げて、もう何人か襲ってきたのも同じように容赦なく村上流の武術を振るった。

家に戻ったときに、祖父に凄く怒られたのを覚えている。

でも、それは両親がお荷物に対してするのではなくて。

三城のためにやってくれるのが分かったから。怒られるのは甘んじて受けた。祖父が大好きだったのもある。

そういう理由だから。

多分人でも、殺しても特に感慨はないだろうなと、三城は思う。

歩いて行くと、姉小路中佐は瞠目した。

「先行してきた、きました。 此方、荒木軍曹から受け取ったコード」

「分かった。 しかし君は民間協力者か?」

「今のところはそう。 ベース228に来ている所を襲われて成り行きで戦っている。 荒木軍曹にはEDFに入れと勧誘を受けている、います」

「……そうだろうな」

姉小路中佐は、口ひげを蓄えたダンディーなおっさんだったが。

そもそも佐官は普通前線に出ないと聞いている。

周囲にいる部隊は百名ほどの様子だが、半数以上が負傷している様子だ。甲府を昨晩守るだけで、相当な被害を出したのだろう。

「敵は何が何でも甲府にいる人間を殺戮するつもりだ。 君も少し手伝ってくれるか」

「了解」

「有り難い。 今見せてもらったフライトのテクニック、生半可なウィングダイバーよりも余程上だ。 頼りになりそうだ」

それだけ褒めてくれると。

姉小路中佐は、荒木軍曹と話し始める。

荒木軍曹は、四十人ほどの兵士とともに、此方に急いでいる様子である。

だが、上を見上げる。

殺気だ。

「次が来る」

「何っ!」

「その子の言葉は信用できる。 姉小路中佐、備えてくれ」

「……分かった。 総員、戦闘用意!」

さっと全員が散る。

やはり、昨日の戦闘で塔に潰された人や兵器がかなりいたのだろう。

塔が降ってくる。

さて、荒木軍曹が来るまで、後何本来るのだろう。

塔が地面に突き刺さる。人的被害は幸いないが。その代わり、やっと去年、利権ですったもんだした挙げ句ようやく動き始めたリニアの線路が一瞬で粉砕されていた。

さっき上空から見たが、甲府の主要な道路やインフラは、片っ端から塔に潰されているようである。

本当に皆殺しにするつもりなんだと、ある意味感心してしまった。

この辺り、三城は。

何処か壊れているのかも知れない。

コンバットフレームが機関砲を放つ前に、塔の先端にフルパワーのランスを叩き込む。

この熱収束兵器の間合いは、既に何度かの戦いで理解した。

塔の先端部分の赤紫の結晶が案外脆い事も、である。

一撃目を叩き込み、更に結晶部分を蹴って離れつつ。第二撃を入れる。それで、塔は崩壊する。

おおと、叫び声が上がる。

兵士達の士気が露骨にあがったようだし。何より、数匹のβ型しか出現を許さなかったようだ。

これなら、負傷者も出まい。

右にダッシュの技術を生かして避ける。

β型が最大の脅威と見なしたのか、三城を狙って糸を放ってきたのだ。それを、立て続けのダッシュで回避。

地面に着地しつつ、何度か跳躍して勢いを殺す。

横殴りの乱射で、β型の怪物は全て駆逐されたようだ。

更に戦車とニクスが来るのが見える。

有り難いと、姉小路中佐がいうが。

また上空から来る。

それを見て、姉小路中佐は顔色を変えていた。

「アレは市民が避難している公民館の方だ!」

「先行する」

「分かった、だが無理をするな!」

「……! また来る!」

逃げろ。そう叫んだが、間に合わない。

先走って走り出した兵士達を嘲笑うようにして、塔がモロに地面に突き刺さる。

勿論助かるわけがない。

一瞬で粉々だ。

畜生。そう叫びながら、兵士達がわきだすβ型にアサルトの乱射を浴びせる。声が上擦っている。この様子だと、相当に厳しい戦闘を昨日から強いられ続けているとみて良いだろう。

「此方は我々と荒木軍曹の部隊でどうにかする! 君は悪いが、先に落ちた方をどうにかしてくれ! アンカーだけ破壊してくれればそれでいい! β型は手強い! 無理だけはするな!」

「分かった」

無言で飛ぶ。

正確には、高高度のジャンプを繰り返して、現場に急ぐ。

この悪意のある攻撃。

まるで、嬲っているようだなと思った。

あの中学生に絡まれて、撃退してから。三城は豆戦車とか言われるようになって、周囲の男子も怖がって近付かなくなったが。

学校では、弱者は嬲り者にしていいとかいう変な暗黙の了解がある様子で。

虐めはされる方が悪いとかいう理屈が、公然と広まっていた。

醜悪な理論だと思ったが。

スクールカーストとかいうのか。それが当たり前になっているようだったので。学校は行けと言われているから行っているだけ。小学校から嫌いだったし。高校の今でも嫌いである。

そして、そういう学校に満ちている悪意に。

この攻撃はそっくりだ。

そう、三城は思う。

見えてくる。アンカーだ。

β型数十匹が、既に転送されているようだった。このままにすると、更に現れる事だろう。

猛禽のように、猛然とアンカーに突貫する。

エネルギー管理がギリギリだが、何とかなる。

ランスの二撃で先端部分を破壊すると、着地。β型の気を引きながら、そのまま荒木軍曹達の方向へ誘導する。食いつきが悪いと思うたびに、ランスでβ型を吹き飛ばし、引きつける。

脅威と認識させると、集中攻撃してくる。

それは理解出来たからだ。

コンバットフレームと戦車が見えてきた。

そのまま、敢えて上に跳ぶ。

β型が、その場で止まった瞬間。二機のコンバットフレームと、四両の戦車が。一斉に攻撃。

市民を殺戮するために地球に降り立った怪物達の半数を一機に屠り去り。

更に、残りもあまり長い時間を掛けずに殲滅された。

 

4、執拗なる攻撃は続く

 

β型を駆除し終えると、アンカーによる攻撃は一旦止まる。

壱野はこの戦いでも、六体のβ型を立て続けに仕留めた。このライサンダーという狙撃銃、非常に手になじむ。だがまだ火力が足りないと感じる。今は、銃身を冷やし。弾丸を再装填する作業を黙々と行った。

この機にと、姉小路中佐は甲府の北、東、西にそれぞれ部隊を分けて行かせた。もう此処は増援頼みという事だろう。ブラッカーは北の戦線に随伴歩兵とともに向かう。恐らくだが、北にあるベースへの直通路を作る為だろう。今は南に確保したルートに、やっと民間人を逃がしている状況なのだ。

荒木軍曹は、行けとは言わない。

ならば、残るだけだ。

ただ、荒木軍曹は、姉小路中佐に指示を仰いでいたが。

「俺たちも行こうか、姉小路中佐」

「いや、敵の狙いは恐らくだがこの甲府中央部だ。 増援と合流して、此処で敵を迎え撃つ。 ともかく北を突破して、一人でも多く民間人を逃す。 手を貸してほしい」

「姉小路中佐!」

煤だらけの顔の兵士が来る。

敬礼をかわすと、彼は説明をする。

「戦略情報部から連絡が来ました! 例の撃墜不可能な小型円盤が向かってきています!」

「アンカーは破壊出来るが、円盤はどうにもならん。 どうやら本気でこの辺りを更地にするつもりのようだな」

「それだけではありません。 大型円盤も、此処に迫っているようです。 間もなく頭上を通過すると言う事です」

「……っ」

姉小路中佐が呻く。

同時に、周囲に着地する、無数の人影。

見た事がある。

EDFの精鋭として名高いウィングダイバーだ。

「ウィングダイバー、24小隊。 現着しました。 全員D(ドラグーンランス)兵装です」

「有り難い。 他には」

「対物ライフルを装備したハンマーズ狙撃小隊、更には大口径携行砲を装備したフェンサー部隊が此方に向かっています。 グレイプ四機、ブラッカー二機も来ています」

「そうか。 それなら、何とかなるかも知れないな」

ウィングダイバーのEDF正規部隊は、皆高給取りだと聞いている。

フライトユニットの性能をフルに生かすために体重制限を厳しく行っているとか何とかで。生活からして大変らしい。

翼も非常に格好良いが。

これはエリート部隊で、それ故に見栄えを良くする必要があるからだろう。

程なくして、グレイプが来る。EDFの装甲車で、いわゆるポンポン砲といわれる速射砲を搭載している。今までの戦闘で、β型にもα型にも通用する事は確認できているそうである。

まだ開戦二日目だが。

世界中でEDFは苛烈に抵抗し。

なんだか分からない侵略者のデータを現地で血と引き替えに集めているのだなと思い。壱野も頭が下がる。

グレイプは兵員輸送車だ。

ばらばらと降りて来たのがハンマーズだろう。

青い戦闘服に身を包んでいる。

「ハンマーズ第二小隊現着!」

「よし、すぐに戦闘態勢に入ってくれ。 周囲の建物は好きに使ってくれてかまわない」

「了解! 各自展開!」

ばらばらと散って行く兵士達。

対物ライフルを装備していると言う事は狙撃兵部隊だろうし、建物に散るのは合理的だと言える。

更に、グレイプから降りて来た重装甲の兵士達。

小型ではあるが、228基地でも似たような人達を見た。

片手に盾。もう片手に巨大な砲を抱えている、大型パワードスケルトン装備の兵士達。フェンサーである。

「フェンサー26小隊、現着」

「よし、皆の壁になるべく展開してほしい。 十機ほどの円盤が向かってきている。 怪物を落としてくるのは確定だろう」

「了解した。 相手は化け物だ、慎重にいかないといけないな……」

フェンサーの盾が、α型の酸に耐えるのを見た。確かに壁として活躍はしてくれるだろう。

だが、見た感じ弐分ほど高度な機動戦が出来そうにはみえなかった。

救急車も来る。EDFのキャリバン救護車両だ。大きくて、多数を一度に収容できそうである。

そして、徒歩で逃げている民間人のうち、老人や怪我人、病人などを積んで南に逃げていく。

この様子だと、まだ北は厳しい状態なのだろう。

「来やがった! 円盤だ!」

「……っ!」

ライサンダーの整備は終わった。壱野もアサルトライフルに切り替える。

荒木軍曹が声を張り上げた。

「恐らく、此方を囲むようにして怪物を落としてくるはずだ! 円盤を撃墜する手段が残念ながらまだ分からない! 民間人を守りながら、怪物を駆逐する!」

「応!」

「この場の指揮は荒木軍曹、君に任せる。 私は全域の指揮を執りながら、民間人を逃がすべく部隊を動かす」

「了解した、姉小路中佐」

円盤が下部のハッチを開く。

ぼとぼとと、凄まじい数の怪物が現れ始める。

ハッチの中は赤く輝いていて、禍々しいことこの上ない。

まるで魔界につながるゲートだ。

もう一度、試してみるか。

ライサンダーの狙撃を、一撃叩き込んでみる。赤い部分に着弾。見えた。明らかに、激しい火花が散った。

だが、同時に円盤が降下を開始。射撃のラインから、ハッチ内部を守る。

舌打ちする。他の円盤も同様に降下を開始。

落とされた怪物は、β型のようだった。

グレイプが速射砲を乱射。二両のブラッカー、更にはニクスともう一機のコンバットフレームも同じように猛射を開始する。

円盤はボトボトと怪物を落とし続けていて。際限がないが。

どういうわけかさっき内部に一発叩き込んだ円盤だけは、怪物を落とすのをやめていた。

β型が迫ってくる。猛射を怖れている様子も無い。

前衛のフェンサー達が壁になる中、壱野は狙撃を決めていく。

攻撃態勢に入ったβ型から射貫いていく。

それは三城も弐分も同じだ。

やはり尻から攻撃を放つのはα型と同じだが。

複数の殺傷力を持つ糸を放ってくると言う点で。

体は脆くとも、より殺傷力は高いと言えるだろう。

やがて、じりじりと包囲網が狭まってくる。此処にいる兵士の数は限られている。民間人を逃がしきれない。

ばたばたと、民間人が倒れていく。むしろ軍人より、民間人を集中的に狙っているようにさえ見えた。

「くそっ! 民間人を守れ!」

「キャリバンが!」

こんな中でも、装甲を生かして突貫してきたキャリバンを、β型が狙いにいく。

猛然とβ型に頭上から襲いかかった三城が、立て続けに数匹を焼き切る。

それを見たウィングダイバーの部隊が、負けじとβ型の殲滅を急ぐが。ドラグーンランスといったか。

三城が渡されているランスよりも更に熱戦の収束効率が高い様子で。

威力は大きいものの、撃つときの反動も大きく。

更には、当てるのも難しい様子だ。

外しているのを時々見る。

ボロボロになりながらも、キャリバンは糸を突っ切って突貫し、その場に止まる。

そして怪我人を収容しようとしている。

「援護しろ!」

荒木軍曹が叫び、壱野も弐分も其方に向かって必死に援護を続けるが、とても全員は助けられない。

怪我人を数人載せると、キャリバンはその場を離れる。

倒れたままの民間人にβ型が覆い被さると、バリバリと凄まじい音を立てて喰らい始めた。

地獄絵図が、現出している。

それはしばらく、止まりそうにもない。

 

(続)