審判の日

 

序、それぞれの戦いの始まり

 

やっと自宅に戻ってきた。自宅と言ってもいるのは自分だけ。

一ヶ月、みっちり絞られて。くたくただった。基礎体力なんてゼロに等しいのに。

うんざりして、ソファにごろんと転がる。だけれども、埃が舞う。一月使っていなかったのだ。

ある意味当然と言えた。

家は使わないとあっと言う間に痛むという。分かりやすい実例だ。

疲れているけれども。頑張ってまずは自分のPCを触る。

性能は超一級。

金はある。

だから、それを使って惜しみなく性能を上げたチューン機。現在自作のPCは趣味の世界になっているが。

その趣味の極限を極めたのが、これだ。

立ち上げると、何とかきちんと動いてくれる。

EDFに接収された後、返してくれたという話ではあったのだけれども。

動いてくれたので、安心した。

凪一華はハッカーである。

両親は、どっちも今何しているかさえも知らない。よく分からないけれど、あまり良い仕事をしていなかった様子だ。祖父母は話しさえしてくれなかったし、生きているかも分からない。ただ、少なくとも。

もう戻ってくる事はないようだった。

両親を名乗る人間が姿を見せた事があったが、おっかない弁護士が出て来て即座に追い払ったのをよく覚えている。

金だけはあった。

これは幼い頃に曾祖母が残してくれたもので。曾祖母は、一華を指名して遺産を分配した。

それもあって、十五の頃には一人で暮らしていて。

曾祖母がなくなった十六の時には、もう事実上大人としての生活をしていた。

祖父母が弁護士を手配したのも、曾祖母の指示らしい。

まあそれもそうだろう。

ろくでもない連中が集まってくるのは、分かりきっていたのだから。

頭は一華が自覚するほどに兎に角良かった。

これはIQとかの問題で、である。

だから。学校の勉強なんてばからしくてやっていられなかったし。周囲の生徒と話をあわせるのも馬鹿馬鹿しかった。小学校の勉強なんて、一月で全て把握したほどだ。周囲の生徒があまりにも幼稚すぎて、会話も成立しなかった。

実際、飛び級制度が世界政府が樹立した結果導入され。

十五の時には大学院を卒業をしていた一華にとっては、同級生なんてどうでもいい存在に過ぎなかった。

勿論同級生も一華を知らない。

というか、一番長くても一ヶ月程度しか一緒に過ごさなかったのだ。それに何よりも、飛び級で三段飛ばしに来た相手である。不愉快に思っても、良い意味で興味を持つ奴なんていなかったのだろう。

対等な友人がいれば、少しは性格が歪まずに済んだのかも知れない。

だが、案の定。

天才らしく、一華は歪みに歪んだ。

金を自分で扱うようになると、その歪みは加速した。

一華はやり過ぎた。

いわゆる株取引などで、元々の資産をどんどん増やした。

これは才覚があったから、なのかも知れない。

元々六億ほどの資産があった一華だが。自分で組んだシステムで、株式などの取引を用いてあっというまに資産を爆増させた。その資産は、曾祖母が目を剥くほどの額になった。

若くして二百億の資産を得た一華は、更なる悪さをした。21世紀になってから設立され。国連に代わって世界の中枢となった世界政府とともに半ば無理矢理地球を統一し。反発を買いながらも、東西の新冷戦も各地の独裁政権による圧政も無理矢理解決したEDF(アースディフェンスフォース)という地球規模組織に興味を持った。

そして金に物を言わせてチューンし凄まじいスペックに改造したPCを用いて。

ガチガチにプロキシサーバを介してハッキングを行い。

なんとファイヤーウォールを突破して、EDFの内部資料にアクセスする事に成功したのである。

EDFの全てが分かった訳では無かったが。

各国の。世界の99%の富を独占すると言われる1%の人間が結託し。EDFという組織を作った事が、その資料から何となく分かった。

そして、これは凄いと思って興奮したが。

それが運の尽きだった。

翌日には、EDFの特務班が一華の家を特定し。

そのまま踏み込んできたのである。

頭は良かったかも知れないが、運動がからっきしの一華には、逃げるどころではなかった。

それに幾ら頭が良いといっても、EDFという組織は一華と同列かそれ以上の俊英が揃っているのである。勝ち目は無かった。

そもそも一華は運動音痴で。ド近眼の上、眼鏡を掛けていないとろくに目の前も見えない程なのである。

慌てて眼鏡を落としてしまい、眼鏡眼鏡とやっている所を文字通り赤子の手を捻るように拘束され。

EDFの本部に連れて行かれた。

元々ひ弱な一華である。殺されるのだろうかと、覚悟はしていたけれど。

不思議と死は怖くなかった。

両親がいないことが当たり前だったことや。

祖父母も疎遠で。曾祖母だってもう半死人だったことから。一華は死が生活と近かったのかも知れない。

いずれにしても、何も守るものもなかったし。

そのままやったことを全て正直に白状した結果。

面白そうだと判断されたのか。

訓練を受けさせられた。

EDFの兵士は、パワードスケルトンと呼ばれる強化外骨格を用いている。いわゆるパワードスーツというやつだ。SFに出てくる奴ほどごつくはなく、普段は軍服に溶け込んで見えない。

これを更に強化し、全身が文字通り兵器となっているフェンサーと呼ばれる兵種もいるらしいが。

通常の兵士もこの強化外骨格を用いる事で、男女関係無く銃を持ち、反動に耐えられるらしい。

ともかく簡易のパワードスケルトンをつけさせられ。

基礎となる軍事訓練と講義を受けさせられた。

どうやら、EDFの幹部待遇として、将来を約束されたらしい。

EDFのファイヤーウォールを突破したのは一華が初めてだったらしく。

それで上層部が興味を持ったのだそうだ。

その後は、幾つかの書類にハンコを押す事を強要され。

最低限の基礎体力をつけられ。そして、研修として。山梨にあるEDFの基地。昔は自衛隊の基地で。富士山麓で演習を行う際の基点となっていた基地に指定の日時に向かうように指示された。

幹部候補であっても、最初は研修から。

そういう事らしい。

何でも、EDFでは未来の幹部候補を昔から育成していて。そういう幹部候補でも、最初は軍曹待遇で現場にてたたき上げとして仕込むらしい。

一華も研修が終わったら軍曹扱いとして、主に支援任務を行う「エアレイダー」と呼ばれる兵種としての扱いを受けるそうだ。

それにしても、EDFの規模は異常だ。

米軍を中心に各地の軍をまとめあげ。其処に全世界のテクノロジーを結集して、更に狂ったように兵力強化を行っている。

現時点で兵力は一千万とも言われていて。

各地のゲリラを文字通り蹂躙してEDFの圧倒的強さを見せつける事になった人型ロボット兵器、コンバットフレームですら。これから一華が研修で向かう基地に十数機も配備されているそうだ。

この兵器一機だけで、ロケットランチャーなどで武装したゲリラを街ごと制圧するという。一体何から地球を守るのかと、反対団体が声高に叫ぶのも納得と言える。

PCを落とす。

これから、準備をする。

EDF所属になった後は、このPCも備品として使って良いという事になっている。

悪さをしたら次は無いと脅されているし。しかもこの脅しが本当に実行されることも確定だった。

EDFが潰した犯罪組織や独裁国家は百や二百ではないのである。

何から地球を守るのか。

そう市民団体が反発する程過激な組織であり。

その圧倒的な戦力も。強権的な姿勢も。地球を統一するという偉業に成功はしたものの。

一華のようなひねくれ者から見ても、眉をひそめる程のものだった。

いずれにしても士官候補生としてこれからEDFに所属し。

軍の無線などを管理し。更に戦場のコントロールなどを任される事になる。

軍曹から開始とはいえ、すぐに士官待遇になるだろう。

それだけの権限が与えられるのだ。

そしてEDFが支給するものよりハイスペックのPCが一華の手元にあるから。それを使って良いと言われた。

強権的だが、柔軟な組織ではある。

噂によると、EDFの中でもかなり特殊な部署である「戦略情報部」に将来は所属してほしいと思われているようだが。

そんな所でやっていけるか、一華は分からなかった。

いずれにしても荷造りをする。冷蔵庫の中にあるものも全部廃棄。

幸いというべきか。食事は殆ど出前で取っていたものだから、冷蔵庫の中はほぼ空っぽだった。

娯楽用のものは、全て郵送して銀行の貸倉庫に入れてしまう。

娯楽はあまり好きでは無い。なんというか、心に余裕がないというか。一華の心はどこか歪んでいるからか、娯楽の入る隙間がないのだった。

それでも、祖父母が用意した玩具の類はとってあった。

それも、孤独故かも知れない。

全ての準備が終わると、伸びをする。

一華はEDFに連絡を入れて、梱包を済ませた自分のPCを基地に入れる手続きをする。

訓練の際に、EDFの保有するAFV……戦闘用車両のうち、実戦で使いそうにもないものも含めて、だいたいの操縦は出来るようになっている。

だから、最悪の場合はコンバットフレームに乗って戦うかも知れないが。

そもそも、もはやEDFが戦う相手なんてなんにもいない。

宇宙人とでも戦うのかな。そう、一華は自嘲していた。

 

村上家の朝は早い。

長男である村上壱野。この寂れた道場の、現在の主である。

現在二十代の半ばにもう少しで手が掛かる。背の高い、筋肉質の男性だ。顔はいかついと言われることの方が多く。愛想もないので、周囲に女っ気はあまり無かった。

起きて来て、伸びをする。

壱野はすっかり人が来なくなった貧乏道場を守るために、何とか頑張って色々なアルバイトをしつつ。

数人だけいる門下生に稽古をつけている、師範だった。

そもそも村上流なんて小さな古武術道場。

興味を持つ人間なんて、物好きしかいない。

たまに古武術というものに漫画とかから興味を持って見に来る奴がいたけれど。

それも、地味な上過酷な修練を見ると興味を無くすのか。

すぐにいなくなってしまうのだった。

起きだすと、顔を洗い。

家事を進める。

弟の村上弐分(にぶ)が起きてくる。

朝が弱い弐分だが、幼少期からちゃんと訓練をしているからだろう。

それでも五時にはきちんと起きてくる。

あくびをしながら、一緒に家事をする。

三人分の生活を回すのはそれなりに大変なのである。

今日は本当は当番ではないのだが料理を始める弐分を横目に、洗濯をさっさと済ませてしまう。大柄な弐分は、高校で空手部だとかに誘われた程にガタイが良い。ただ、実際に組み討ちをすると現在でも壱野の方が強い。

弐分は全体的にマニュアル通りに体を動かすのが得意で、試合などに関しては強い。

ただ、実戦に関しては間違いなく壱野の方が上だ。

性格もどちらかと言えば温厚だが。壱野以上に長身でごついので、女子はおそれて近寄ってこないようだった。

そんな弐分の趣味は料理だったりするのだが。それも多分村上家の中でしか知られていないだろう。

道着はこまめに洗濯しないと、あっと言う間に悪臭が染みつく。

勿論道着は消耗品だが。

それでも、しっかり洗っておくのが重要なのだ。

先祖は苦労した。

この土地の少し北に、村上家は古くは戦国大名として存在した。

戦国最強の武田信玄の若き日の好敵手として戦い。

二度もあの武田信玄を打ち破った。

村上義清。

それが先祖の名前だ。

武田家が滅んだ後、村上家も離散。一部は大名になったようだが。ここの三人兄弟の先祖は結局没落した。

良く経緯は分からない。

戦国時代は、木っ端旗本として過ごしていたようだ。

道場を始めたのも、その頃からだったのだろう。

武田信玄を破った名将の子孫、というのをウリにしていた時期もあったようだが。

別に珍しい武術を使うわけでもなんでもなかったので。

それほど知名度は高くなかったようである。

結局武田信玄が本拠にしていたこの甲府に落ち着いて。

江戸時代を旗本として過ごし。

明治維新の後は道場を開いて。

黙々とやっている。

祖父の代にはそれなりにしっかりやれていたのだけれども。

父がとんでもないろくでなしだった。

資産と信用を非行の限りでとかした挙げ句に、地元のチンピラと喧嘩になり。刺されて死んだ。

父が死んだ時には村上流の道場は既に素寒貧になっており。

もはやどうしようもない状態になっていた。

祖父がどうにか、潰れるのだけは阻止してくれたが。

それも限界。

壱野が成人した頃に、祖父は死んだ。

家事が一通り終わる。

末の妹がまだ起きてこないが。それについてはまあ仕方が無い。

ただ、弐分が聞いてくる。

「壱兄。 三城(みしろ)は?」

「まだ寝てる。 この間のコンテストで疲れたんだろう。 少しは休ませてやれ」

「まあ、今度のバイトもあいつの縁だもんな」

「そういうことだ」

そう言っていると、二階から足音。

十六になったばかりの末の妹、三城である。

うすらデカイ兄二人と真反対に、とにかく背が低い。ただ、道場でしっかり鍛えこまれた娘だ。

小学生の時、頭一つ大きい地元の不良中学生を喧嘩でねじ伏せた事があり。

その頃から豆戦車とか言われていたそうだ。

なお、流石に小学生女子に負けてプライドをズタズタにされたからか。その中学生は不良生徒を集めて村上流道場に押し寄せたのだが。

壱野と弐分で、全員を伸すのに五分と掛からなかった。

あくびをしている三城は、ごついばかりの兄二人と違って、それなりに整った顔をしているが。

昔から貧乏道場の娘と言われて来たからか、いや別の理由からだろう。非常に表情が硬い。

特に笑顔は全く浮かべるところを見た事が、ある時までなかった。

その上親父の行状が行状だったこともあり。実は壱野と弐分と母親が違う。

年が壱野とは八歳も離れている事もある。殆ど父親と娘のような関係だった。

「おはよう、大兄少兄。 起きるの遅れた」

「いいんだよ。 バイトの種も持って来てくれたしな」

「ごめん」

三城は小柄だが、とにかく空間把握能力がずば抜けている上に、身体能力が優れている。

何年か前から、EDFが民間に対するアピールとして、「若年航空飛行ショー」(通称大会)というのをやっている。

EDFで採用している兵科。殆どオーパーツと呼ばれるフライトユニットを用いて立体的に戦う「ウィングダイバー」の候補生を募集する過程もあって。軍用からデチューンしたフライトユニットを用いた飛行パフォーマンスをするコンテストを行っているのだ。

それに三城が少し前に東海地区戦で優勝。今度全国の大会に出ることになった。

その前に、近場のEDFの基地で、民間との交流会がある。

そこで、飛行ショーを披露してくれないか、と声が掛かったのだ。勿論バイト代は出すと。

三城はこれを受けた。

道場の経営が火の車であり。

道場を守るために定職にも就けずに苦労している兄二人のバイト先としても有望だと判断したからである。EDFも、兄二人のバイトの受付を快く受けてくれた。

道場は出来れば守って欲しいが、最悪の場合は捨てても良い。

そう祖父は言ったのだが。

壱野は見て来ている。

道場を守るために、血を吐くような努力をした祖父の姿を。

祖父は実質上あのろくでなしと違って親としての役割も果たしてくれた。

だから、道場はなんとしても守りたかった。

それに、である。

実は三城がEDFに入るのなら、それは歓迎だとも壱野は思っている。

というのも、「若年航空飛行ショー」で見たのである。

全く笑う事がない三城が。

屈託のない笑みを浮かべて、飛んでいる様子を。

他の選手とは段違いの難しい飛行テクニックを披露する様子も凄いと思ったが。

それよりも何よりも。

普段は全く笑顔と無縁の三城が、笑っているのが嬉しかったのだ。

EDFという組織にはあまり良い評判がない。

地元でも、あれは世界に独裁を敷くつもりの組織だと、声高に罵っている人達もいる。

だけれども、妹の笑顔を見せてくれた。

それだけで、壱野には充分だった。

家事を分担して終えると。

すぐに朝練に掛かる。

今日も上二人はバイト。どっちも力仕事が入っているし。

三城は高校がある。

「今日はそれぞれ、一通りやったらそれで切り上げよう。 では、まずは弓から」

「おう」

「応!」

三城は小柄な割りに声が低く、見かけと雰囲気が合わないと良く言われるが。

それがこういうかけ声の時には、逆に有利になる。

三城の声を聞くと、朝練の気合いが入るというものだ。

並んで庭の的を射る。

それから、軽く体を動かして。組み手をする。

組み手といっても、木剣を用いるもので。鎧を着た相手に対して戦う事を想定した武術である。江戸時代に発展した竹刀剣術とは別系統のもので。かなり激しいこともあって、門下生になろうと見学に来ても、腰が引けてしまうものが多い。

弓に関しては、壱野は多分弓道か何かの競技でも全世界の最上位に食い込める自信はある。

壱野が愛用しているのは戦国時代の製法で作られた大弓で、いわゆる七人張りと呼ばれているものだ。

此奴で矢を放つと、距離次第では相手の鎧を貫通して中の人間を即死させられる。

ただ鎌倉時代はともかく、時代が降った戦国時代などは足軽が主力になった事もある。こんな剛弓を使う者は希だったようだが。

そんなものを今使っているのだ。珍しいと言われる事は多い。

一通りの朝練を終えた後、解散、と声を掛ける。

さて、三日後だ。新しいバイトは。

近くのEDF基地。そこでイベントだとかが行われる。

壱野は車両誘導。弐分は物資の運搬。軍用物資の運搬だけあって、パワードスケルトンという一種のパワードスーツを使うようだが。これは使うだけなら、それほど苦労せずに扱えるものらしい。

そして最後に航空ショーを三城を含める何人かが行う。

このバイトだけで、他のバイト一週間分以上が稼げる。

来年からは自分もバイトする。

そう三城が言っている程、懐が寂しいのだ。

何とか、こういう機会に稼いで行かなければならなかった。

解散した後、近くの倉庫にバイトに出かける壱野。

貫禄があると言われる壱野は。

地元で、不良グループを五分で畳んだという噂が一人歩きしている事もある。

あまり柄が良くない倉庫バイトの連中も、パワハラをしてくる事は無かった。

それに、その気になれば一瞬で殺せる相手に対して。

別に不愉快になる事がないのも事実だった。

 

1、228基地燃ゆ

 

村上家の三人が、連れだって向かう。別にバイトだし、普段着である。三城は引き取った直後などは「親」が原因で(美容院代がもったいないからとバリカンを掛けていたそうだ)丸刈りみたいな酷い頭をしていたのだが。今はセミロングにまで髪を伸ばしている。

村上流の訓練に邪魔にならないなら伸ばせ。そう祖父にいわれて、言われた通りにしているのだ。

その先にあるのは、EDFのベース228である。

このベースの番号は、よく分からないけれど用途別につけられているらしい。具体的な法則性はしらない。

分かっているのは、この基地が以前は自衛隊の基地で。

それがEDFに統合されたときに、大改造されたという事である。

なんでも地下は迷宮同然で、凄まじい規模だそうであり。

そして周辺には、恐ろしい程厳重な守りが敷かれている。

手をかざして見るが、ヘリや航空機が離着陸も出来そうなほど広く作られているだけではない。

コンバットフレームがその異様を見せている。

コンバットフレームは、アニメに出てくるような十何メートルもあるロボットではないけれども。

それでも人間を圧倒する巨大な背丈を持ち。

ロケットランチャー程度ではどこから撃たれてもびくともしない装甲。

二足歩行の逆関節の足回り。

更にブースターシステムで落とし穴などにも柔軟に対応が出来る上。

戦車にも通じる強力な機関砲を装備し、ミサイルポッドや強力な制圧用グレネードなどでも武装できる、圧倒的な兵器である。

これ単独でゲリラが跋扈する都市を一つ制圧出来ると言われるEDFの顔とも言える兵器であり。

しかもこのコンバットフレームが、十数機も威圧的に周辺に対して壁を作っている。

それだけではない。

M1エイブラムスをベースとし。各国の戦車の技術を統合して作りあげられた最新鋭戦車、ブラッカーが多数基地には整然と並んでいる。

この基地は、昔富士山麓での演習のために兵力を集めるため使われていたという経緯があるが。

EDFに接収されてからも、その規模は全く衰えるどころか。

拡張工事で、更に拡げられている有様だ。

基地に入ろうとするときに、周囲で市民団体とやらがプラカードを掲げて何か騒いでいるのが見えたが。

その中に、以前叩き伏せた不良がいるのを見つけて。

壱野は真顔になり。

不良は青ざめて、さっと視線を逸らしていた。

「大兄、どうした」

「以前道場に押しかけてきたのがいた」

「ああ。 なんだか知らないけれど、活動家してるとか自慢してるって聞いた」

「そうか」

落ちるところまで落ちたんだな。

そう思ったが、どうでもいい。

三城に負けて。更に全員掛かりで村上家に手も足も出なかった。

それ以降、街の不良グループは小学生に負けたとかで文字通りの物笑いの種となり。

解散に追い込まれたと聞いている。

その後は悲惨だ。

薬に手を出して逮捕されたり。

暴力事件を起こして逮捕されたり。

少年院に送られて、そのまま刑務所にも送られたり。

ヤクザになろうにも、あまりにも情けない武勇伝があるからか。笑いものにされて相手にされなかったらしい。

そんな連中の一人が行き着いたのが、活動家か。

EDFは確かに強権的に世界を無理矢理統一したが。

それによって随分と助かった人がいるのも事実だ。

酷い紛争は幾つもあったそうだし。

EDFから流出したコンバットフレームがゲリラの手に渡った事もあったのだとか。

それでもEDFは短期間で世界をまとめあげ。

経済の流通もスムーズにし。

何よりも経済の格差を目に見えて小さくしてくれた。

恐らく金持ち達は、EDFを設立するのに相当に消耗したのだろう。

今では物価はとても下がり。

給金は上がっていて。

とても生活はしやすくなっているのも事実だ。

確かに血塗られた歴史が、まだ歴史が浅いEDFにあるのも事実だが。

それでも、EDFの兵士達のモチベはとても高いと聞いている。

基地に入る。

もう一人、バイトが呼ばれている様子だ。

三城より少し年上そうだが、何だか大きな荷物を手押し車で持ち込んでいる女だ。容姿はそれほど悪くないのに、自分で整える気が無いらしい。髪の毛もショートにしていて手入れ優先なのが分かる。服も地味。度の強い眼鏡を掛けていて、此方を見て一瞬びくりとしたようだった。

一旦、バイトの四人は地下に行くようにと指示を受ける。

基地の広い敷地の中を歩き。

地下への通路へ入る。

車両用の通路、というのを途中で見たが。

まるで中から飛行機が出てこられそうな広さと。

それに、滑ったら下まで転げ落ちそうな斜度で。

流石に壱野も無言になった。

エレベーターはあるにはあるが、業務用のものだ。

無骨なエレベーターであり。多分戦車とかを載せる事もあるのだろう。工場にあるエレベーターも無骨なものだが。

それでも何というか、ちょっと居心地が悪い。

案内をしてくれたのはなんとか伍長と言っていたが。

若干日本語が怪しかった。

基地にいた兵士は多国籍のようだった。

EDFは意図的に、多国籍の人員を基地に配置するようにしているそうで。

言葉の問題を解決するために、翻訳アプリを入れたスマホを全員に配っているのだそうである。

いずれにしてもなんとか伍長は怪しいながらも日本語が使えたので。

困る事は無かった。

三城が、もう一人の女に話しかけている。

寡黙で笑顔の一つも浮かべない三城だが、意外とぐいぐい人間関係は行く事を壱野は知っている。

幼い頃、家に来たときからそうだったっけ。

父親が余所で作った子供。母親は失踪し、居場所もなくなった。

祖父が見かねて引き取ってきて、腹違いの妹だと聞いて。頭が真っ赤になった。

親父よりとっくに強くなっていた壱野は、祖父が制止しなければ親父を殺していただろう。

だが、制止され。三城が泣いているのを見て、冷静になった。

その日以来、あのクソ親父は家に近寄らなくなり。

やがてアル中で狂って誰彼かまわず喧嘩を売り、逆上した不良に刺されて死んだのだ。

死んだ時は借金塗れで。所持金は17円だったとか聞く。

すぐに法的措置を色々執ったからよかったけれども。

下手をすれば、道場を失うところだった。

祖父が道場を守ってくれたが。

その代わり、資産は殆どなくなってしまった。

壱野も弐分もあまり人付き合いが得意ではないと、何となく悟ったのだろうか。

無理をして、三城は他人と交流をしていくようになったようで。

今も、話をしている。

「ほー、三人兄弟。 今時珍しいっすねえ」

「貴方は一人っ子?」

「そうっすよ。 てか、他の三人が兄弟だったとは」

「このバイトの事を知っていたの?」

そうだと、眼鏡の女は言う。

名前は凪一華というそうだ。

なんでも今回軍用無線とかの管理をするとか。車両のメンテナンスをするとかで。エンジニアとして来ているそうである。

それはまた、バイトとしては格が違う仕事になる訳だ。

元々金払いが良い事で知られているEDFだけれども。

それでも、こういう人材をバイトで雇えるのは凄い。

或いはあくまでバイトで慣らして。

今後は本職として就職して貰うのかも知れない。

いや、此処の場合は入隊か。

「ええと。 三城さんは最後の航空ショー?」

「そう。 これでも地区大会で優勝したから」

「ああ、そういえば何だかそういう子が来るって聞いてましたわ。 なんでもプロのウイングダイバーでも難しい高等飛行技術をバンバン決めるって話題になってるとか」

「道場で色々鍛えてるから出来るだけ」

三城はそう淡々と言うが。

それでも一応会話は通じているのが面白い。

いずれにしても、一華という娘と、壱野ははっきり言って水と油に思える。向こうは露骨にこっちを怖がっているし、会話はしなくても別に良いだろう。

やがてエレベーターが地下につく。

そのまま倉庫という場所に案内されたが。

倉庫どころか。

天井まで、明らかに二十メートルはある。

これは一体、何を格納する場所なのか。

物資も山と積まれている。

確かに、全世界の軍隊を統合したと言うだけの事はある。

物資が殆ど無尽蔵である米軍を中核としたらしいとは聞いているが。逆に言うと、物資不足に泣かされ続けた自衛隊がこれを見たら、感涙を流すのではあるまいか。

着替えをする場所があったので、支給された物資をその場で身につける。

壱野と一華は、それぞれパワードスケルトンを。これは簡易版のもので、筋力がなくても重いモノを持ち上げたり、歩くときの体力消耗を抑えるものだ。

三城はフライトユニットを。

飛行するためのシステムで、エネルギー関連の仕組みがブラックボックスらしい。

ドローンの技術が発展した今でも、軍事マニアがどうして飛んでいるか分からないと口にしているらしく。

今回利用する軍用ではないフライトユニットでも、軽々と人を数十メートル以上は浮き上がらせ。

更に色々な補助装置の助けもあって、墜落を避けるようにブーストが働く。

今三城が身につけているのは民間用のものなので、機械の翼を思わせる軍用のものとは違い。ガスバーナーを二つ並べたように不格好だが。格好は兎も角、性能として最低限のものはあるようだ。

弐分はごついパワードスケルトンを身につける。壱野や一華が身につけたものとは別物のごつさだ。

これを装備した兵士はフェンサーと呼ばれ。EDFの広報でも重火器を振り回している姿が強調されている。

元々からだが大きい弐分だが、更に体がごつくなったように見えた。

警備員らしい気の良さそうな男性が来る。

年齢は、壱野と同じくらいに見えた。

まず、自己紹介を軽くする。

その後、それぞれの役割を説明して貰った。まあ、既に聞いている話ではあるのだけれども。

制服を見ても、EDFの人間ではないらしい。

民間企業と色々提携しているという話は聞いている。

そういう提携企業から来ている人なのだろう。

「すごく体がしっかりしていると思ったら、道場の息子さんなのか。 車両の誘導の後、EDFの士官さんに話をしてみたら? 多分、すぐに入隊手続きをしてくれると思うよ」

「申し訳ないのですが、道場がありますので」

「そうか、人には色々守るものがあるもんな。 僕は気楽に警備員をやっているだけだから、そういうのは格好いいと思うよ」

まあ、感じは悪くない人だ。

だが。次の瞬間。

怖気が、全身に走った。

弐分も同じらしい。

周囲を見回す。少し遅れて、三城も違和感に気づいたようだった。

「どうしたの? 移動するよ?」

「どうしたんすか?」

「凄く強い悪意を感じる。 それもとんでも無い数」

「へ? 悪意?」

三城が言う通り、とんでもない数だ。

しかも、人間のものとは多分違う。もっと純粋な殺意。野生の動物のような。それも、熊なんかよりももっと強大な何か。

まずいな。

そう思うが、先輩はこっちの話が聞こえていないのか。

違和感も分からないのだろう。

こっちに来て、とのんきに歩き始めていた。

基地内に放送が響き渡る。

「怪物だ! でかい! とんでもなくでかいぞ! ぎゃああああああっ!」

絶叫が響く。

驚いて転びそうになった一華を、即座に三城が支える。押しぐるまも、倒れないようにしたようだが。

かなり踏ん張った様子からして、結構重かったのだろう。特に荷物が。

「怪物だと……」

「大丈夫大丈夫。 気にしなくて良いよ」

「え?」

「君達は知らないだろ? 軍人ってのは悪ふざけが大好きでさ。 こういう悪ふざけをしょっちゅうしてるんだ」

今の断末魔。

以前、テレビ局の企画だとかで道場破りに来たにやついたプロ格闘家だとかいう大男を締め落としたときに。

顔を真っ赤にして、絞り出した声の。

更にその先のものに聞こえた。

テレビ局側の人間としては、そのプロ格闘家が今時道場なんかやってる人間を叩き伏せる図を撮りたかったらしいが。青ざめて逃げ帰っていったのを覚えている。

絶対にあれは、演技では無い。

倉庫の戸を先輩が開ける。

戸といっても、二十メートルはある部屋の戸だ。

それこそ、十数メートルはある巨大なものである。

一度、倉庫の電気が明滅した。

軍用基地は、強力な発電機と。それ以上に強力な安定させるためのシステムを組んでいる筈。

こんな事が起きるのは、絶対普通じゃあない。

部屋の外を、戦車が行く。

それだけじゃない。

兵士が。

武装したEDFの兵士達が、血相を変えて進んでいく。

殆どは、アサルトライフルを斜め下に向けて走っていくEDFの歩兵。確かEDFではレンジャーと呼んでいるのか。そういった歩兵達だったが。

中には、弐分が着込んでいるパワードスケルトンの、更にごつそうなのを着込んでいる兵士もいた。

あれがフェンサーだろうか。

いずれにしても、ただごとではないのは確かだった。

基地内放送も、阿鼻叫喚の有様だ。

「報告しろ! どうなっている!」

「食われた! ジョージが食われた!」

「それでは分からん! 何が起きているか、具体的に説明……」

ぶつんと放送が切れる。

先輩はそんな有様の中、広すぎる通路を行く。

この通路も、さっきの倉庫同様にとんでもない広さだ。戦車が数台、並んで走れるのだから当然だろう。

「明らかに何か起きているかと思います。 軍人の誰かに保護を求めるべきでは」

「心配性だなあ。 多分イベントだよ」

「いや、どう考えてもおかしいッスよ……」

一華がぼやく。

とにかく、最悪の場合はこの先輩と一華を守らないといけないだろう。

怪物というのが何者か分からないが。

こんな重武装の軍基地に攻めてきて、大混乱に陥れるような存在だ。

熊なんか、こんな基地に入り込んだら秒で襤褸ぞうきんである。百匹来ようと結果は同じだ。

アラートが鳴り始めた。

更に停電。一瞬だけで復帰したが、はっきりいってただごとではない。

ライトをつければ大丈夫、とか先輩が言い出したので。

なんだか力が抜けそうになる。

大丈夫だろうか、この人は。

何というか、本当に怖い目にあった事が一度もないのではあるまいか。

壱野は当然ある。

祖父は本人も格闘家で、仕合の時は凄まじい殺気を放った。

一番最初に仕合をしたのは小学校高学年になってからだが。

その殺気を浴びて、全身がすくみ上がるのを感じた。

今でも、全盛期の祖父には勝てるか分からない。

世の中には怖い者が幾らでもいるし。

そういう存在を怖いと思う事は恥でも何でも無い。

恐怖は必要な感情で。

これが麻痺したら人間は死ぬ。

それを祖父に何度も言われている。

今、明確にびりびりと来ているこの感覚は。絶対に誤解では無い。この基地は、どんどん死地に近付いている。

「コンバットフレームが来たよ。 あぶないよー」

通路を横切った先輩が、手を振っている。

奧から歩いて来たのは、両手に機銃を装備した。EDFを代表する重武装兵器、コンバットフレーム。

此奴が出てくると言う事は、いよいよ危ないと言う事なのだろう。

逆関節だが、歩いている様子は非常にスムーズで、機体が左右に揺れる様子も無い。SNS等で驚異的な技術だと声が上がっているが、それも頷ける。更にコンバットフレームは跳躍やブースターをふかしての滞空が出来るらしく。その戦闘能力の高さは、文字通り歴史を変えた。

問題は製造コストで、戦車よりも更に高く、戦闘機並みらしい。

現在EDFには、F35ライトニングの後継機であるファイターと呼ばれる戦闘機が配備されているが。

これとだいたいコンバットフレーム。ニクスというそうだが。ニクスの製造コストが同じくらいなのだとか。

「本当に何かあったのかなあ。 とりあえず、僕は自分の仕事をするだけだよ」

「いや、先輩。 これは明らかに異常事態です」

「そんな心配しなくてもいいよ。 この場所が……」

そんな事をいいながら、先輩が足を止める。

どうやら、仕事をする倉庫らしい。

だが、その瞬間。

壱野と弐分は、同時に動いていた。

躍りかかって、先輩を抱えて飛び退く。

突き飛ばしたら、自分が死んでいただろう。幸い大人の男を抱えて飛び退くくらいの身体能力はある。

同時にぎゃあっとか悲鳴を上げる一華をひょいと抱えて、逆方向に弐分が飛び退く。三城はフライトユニットをふかして、ふわっとその場を避けていた。

開いた倉庫のドアの奥から突貫してきたのは、全長11メートルはある謎の生物だった。

全身は銀色で、体は三節に別れ。頭、胸、腹だろうか。足は六本。顔には、ペンチのような凶悪な顎があり。頭には二本の何か突起のようなものがある。

それが、車もかくやという速度で、先輩を喰らおうと突貫したのだ。

此奴が、噂の怪物だろう。

「た、助けて、助けてえっ!」

失神している一華はいい。

騒いでいる先輩の方が問題だ。

獲物を捕らえ損なったと判断した怪物が、非常に敏捷に壁に這い上がると、そこで振り返って此方に狙いを定め直す。

良く武術家が熊にも勝てるとか豪語するケースがあるが。

あれは大嘘だ。

人間は武器を持ってやっと動物とやりあえる。

熊どころか、人間の身体能力は同じ霊長類でも、体が一回り小さいヒヒ類と同程度しかない。

壱野のように鍛えていてもそれは同じである。

また、突進してくる。それだけじゃない。倉庫の奥に、同様の怪物が何体かいて。既に命をなくした人間を貪り喰っているようだった。

恐らく、倉庫で働いていた人間だろう。

どうする。

そう思った瞬間だった。

「撃て! 撃てっ!」

鋭い声が響く。

同時に、銃撃の乱射が、怪物を打ち据えた。

このサイズの怪物に、見た所アサルトライフルだが。効くのかと不安になったが、ちゃんと効く。

凄まじい火力投射に晒された怪物が、走り来た数人のEDF兵士の銃撃で、激しく痙攣するようにふるえる。

全身の装甲のようなものが剥がれるのが見えたが。

それが一定のラインに到達すると、弾丸が致命的な部分に入り込んだのだろう。

怪物は鋭い悲鳴を上げて、体液をまき散らしながら地面に転がった。

更に、部屋の奥にいた怪物どもが、走り来た軍人達に向き直るが。

四人の軍人達は相当な手練れらしく、腰を据えて一息に斉射を浴びせ。一体ずつ確実に倒して行く。

数体の巨大な怪物にまるで臆していない。

EDFの軍人については良くない噂がマスコミを中心に流されているが。実態は違うのか、それともこの軍人達が違うのか。

目を回している一華を引きずって、距離を取る。先輩は、壁にへたり込んで漏らしていた。仕方が無い。それに。あれなら邪魔にもならないだろう。

最後の一匹が、激しい銃撃を浴びて死ぬ。

銃のマガジンを切り替えながら、厳しい表情のEDF軍人が、声を掛けて来た。

「無事か」

「はい。 なんとか」

「誰だ此奴ら」

「今日イベントがあって、それでバイトをやとっただろう。 確か四人だと聞いているから、その四人だとみていい。 もう一人は制服からして警備会社の人間だろう。 つまり全員民間人だ」

じっと、見られる。

リーダーらしい一人が名乗る。

「俺は荒木軍曹。 今、基地は正体不明の怪物に襲撃を受けている。 ともかくここは危険だ。 守ってやると言いたいが……そうもいくまい。 お前達にも戦って貰う。 幸い、其方にはフライトユニットとパワードスケルトンがあるようだ。 いないよりはましだろう」

荒木軍曹と名乗った人物は。

部下三人から、非常に頼りにされているように見えた。

それに、さっきの手だれた戦い方。或いは特殊部隊の隊員かも知れない。

頷くと、立ち上がる。

軍用武器を使った事はない。

だが、戦いそのものは、未経験では無かった。村上家三人全員が、それは同じだ。

目を回していた一華が飛び起きる。

そして、怪物の死体と。

その奥に散らばっている人間だったものを見て、うえと呟いていた。

夢では無かったと思い知ったのだろう。

悲しい話だが。

 

2、地獄と化した地下

 

びっくりして、それで気絶してしまったが。何とか目を覚まして過酷な現実を凪一華は受け入れた。

荒木軍曹が、小走りに行く。

一華が手押し車を転がしてついていくのを見て、部下の一人が声を掛けて来た。

「ようひょろっちい姉ちゃん。 あんたひょっとして、前にEDFのMPが捕まえた……」

「ああ、その通りッス」

「今回からバイトで顔を出して貰って、それ以降は少しずつ幹部候補の訓練を受けていくんだって? 大変だな」

「貴方は?」

小田一等兵だと名乗られる。

一等兵か。

EDFの階級は、一華が知る限りこのようになっている。

二等兵から始まり、一等兵、兵長、伍長、軍曹、曹長。ここまでが兵士だ。

士官は少尉、中尉、大尉の尉官から上がそう呼ばれる。少佐、中佐、大佐の佐官は権限が大きい。大佐くらいになると、基地司令官や、地区司令官になる事もある。そして将軍。将軍になると万人以上の兵士の命を預かる。准将、少将、中将、大将、上級大将。そして一番偉いのが元帥。

確か日本の総司令官が中将であるように、一応まだ現在も連邦構成国家として存在している単位の地域司令官は中将になるそうだ。日本では千葉という中将がいる。これが大陸軍の司令官になると大将となり。EDFの最高司令官が元帥。元帥は一人だけしか原則いないらしい。上級大将は何やら特別職だそうだ。

EDFの軍制度は色々と過去のものと異なっていると講義でならった。

特に将来の幹部候補が軍曹から開始するのは普通の軍ではまずない事例らしく、EDF独特のものだそうだ。

普通の軍では、士官候補は少尉くらいから開始して、兵士とは違うスタートラインになるらしいのだが。

EDFでは色々な軍の腐敗を参考に、それを繰り返さないようにとまずは兵士と同じラインから幹部候補を育成し。最終的に幹部になってもらう。

そういう仕組みを採用しているという。

またこの仕組みは、優秀な兵卒を抜擢する目的もあるらしく。敢えて士官候補の階級を下げる事で兵士からのたたき上げを抜擢しやすくしているそうだ。

つまりこの軍曹は幹部待遇の可能性がある。

そうなると、この四人は特殊部隊の可能性も高かった。

「いずれ軍曹待遇でEDFに入って、それで無線やら後方支援やらをするんだろ? いきなり実戦とはついてなかったな。 それでビークルはだいたい扱えるのか?」

「まあだいたい。 コンバットフレームも乗れるッスよ」

「それは頼もしい。 うちのチームは軍曹が乗れるぜ」

「それはそれは」

確か、一般兵の中にもライセンス持ちがいて、EDFの軍用車両や戦闘兵器。総合してビークルというのだが。ビークルを乗りこなせる者がいるらしい。

そんな中でもコンバットフレーム持ちはエリート教育を受けているそうだが。

正直、一華にはあまり実感は無かった。

いずれにしても分かっているのは。

あの荒木という軍曹は、そのエリート教育をバリバリに受けていると言う事なのだろう。

走るのは苦手どころではないのだが。

それでもパワードスケルトンの補助があるのでどうにかなる。

小走りで、手押し車とともにアラートの赤い光が点滅する基地の中を走る。

途中で、ばったり武装した数名の兵士と出会う。

「荒木軍曹!」

「そちらは無事か、ダン軍曹」

「ああ、なんとか。 これからは一緒に行動しよう」

「分かっている。 エレベーターは無事か?」

首を横に振るダンという軍曹。

見た所、ベトナム系か。

米軍との統合の時に相当に揉めたらしいと言う話は聞いているが。

EDFはそうでなくても血なまぐさいエピソードがてんこ盛りだ。

無理矢理地球を統一したも同じなのだから、それは当然だろう。

捕虜を虐殺するような事はしなかったものの。

メキシコなどでは、そのまま元米軍が主体になった部隊が大挙侵攻しコカイン畑を全て焼き払い、抵抗するマフィアやその私兵とかした連中を根こそぎ薙ぎ払ったと聞いている。

現地のマスコミはEDFによる虐殺行為と抗議したが。

メキシコがマフィアに牛耳られ、地獄も同然の様相だったことは知れ渡っていたから。

世間での反応は、非常に冷たかった。

「ならば武器庫だ。 それと、出来るだけ無事な兵士を集めたい」

「考える事は同じだな。 其方に行くと武器庫があるが、最新鋭のは全て持ち出された後だぞ」

「分かっている。 其方にいる民間人にも自衛して貰う必要がある」

「……そういえば、民間人を呼ぶ予定だったな。 それほどの事態だ。 やむを得ないだろう」

このダンという軍曹もエリート候補か。よく分からない。

今回は民間人に対してのアピールイベントという事もあって、EDF側も不測の事態に備えていたのだろう。

そのまま小走りで行く。

後ろからついてくる、さっきごっつい「大兄」と呼ばれている男に助けられた警備員のおっさんが、一番息を切らしていた。

当然警備会社の人間だし、パワードスケルトンを身につけていないだろうから当然だろう。

不意に、大兄だの小兄だの呼ばれていた、ごつい二人が足を止め。

無表情なフライトユニットを身につけた子も一瞬後れてそれに続く。

「どうした!」

「います、数匹」

「何っ」

どっと、いきなり壁が崩れて、前から飛び出してくる。

今度は手押し車を倒しそうになることもなく、慌ててその場で止まる。

きゃあっとか警備員の先輩が可愛い悲鳴を上げたので、ちょっと呆れた。

こっちはそんな可愛い悲鳴出せないっての。

即応する十名程度の軍人。

恐らく、先に声を掛けられていたのが大きいのだろう。

壁に開いた。

この壁だって、なんちゃら合金の筈だが。それをぶち抜いて来た怪物どもが。アサルトの乱射で次々に倒される。

仲間が倒されても怯む事がない巨大な怪物が、不意に尻を持ち上げる。

そして、何かを噴射した。

兵士の一人が、もろにそれを喰らう。

噴射されたそれの勢いは凄まじく、尻餅をつく兵士だが。

見る間に全身のアーマーが溶けて行くのが分かった。勿論、体ごとだ。

「さ、酸だ! これは酸だっ!」

「結城二等兵!」

「だ、だめです! ぎゃああああっ!」

凄惨な死に方をする結城という兵士。

その場で仲間が凄惨に倒れたが、それでもまだ無言で射撃をする兵士達。

やがて最後の一体が倒れると、荒木軍曹が呻く。

「あの化け物は、酸を吐き出すのか……」

「蟻に似てるっスね……」

「あり?」

「ギアナ高地とか各地の孤立した洞窟とかにいるマニアックな生物ッスよ。 昆虫とか言う種族で、三億年くらい前には地球中で栄えていたそうです。 節足動物の一種で、本来は完成度が凄く高い生物らしいんすけどねえ。 生物の歴史ってのは残酷で、優秀でも生き残れるとは限らないんすよ。 地球史上最強を誇った恐竜が滅びたみたいに。 運が絡むっス」

蟻も、蟻酸(ぎさん)と呼ばれる酸を噴き出して、戦闘時には用いる。

だが、実際の蟻はこのくらいだと、指先で小ささを示してみせると。

軍曹は呻く。

「なるほど、博識だな。 だがこのサイズ差だ。 同じ生物とは思えない。 それに酸にも対策している筈のEDFの複合アーマーがこの有様だ。 喰らったら戦車でもどうなるか……」

「本来の蟻酸は、金属とかを溶かす能力はないはずッスね」

「講釈は助かる。 ともかく、あの液体を受けるな。 ……すまん、結城二等兵、此処に置いていくぞ。 今は弔う余裕が無い。 君の勇戦に最大の敬意を払う」

敬礼をする兵士達。

こんな悲惨な死に様は、戦争経験者の彼らでも、滅多に見ないのだろう。

そのまま、走り出す。

切り替えは流石だ。

というか、軍で訓練を受けた様子も無い三人兄弟。こいつらも、殆ど動じている様子が無い。

自分と同年代に思える三城といったか。

あまり背が高くない、ウイングダイバー向けに思える小柄な体格の女の子だが。

この子も動じているようには見えなかった。

それに、今の敵の襲撃察知。

何者だ此奴ら。

道場だのを今時やっているとか聞いたが、それ一体どんな道場なんだと思ったが。ともかく今はそれどころじゃない。

手押し車で押している愛用のPCは、はっきりいって命より大事だ。

それに此奴を何かビークルに乗せて起動させれば、軍用無線とアクセス出来る。

「止まれ!」

全員で止まる。

巨大な扉だ。此処が武器庫か。

「います。 銃声も」

「……仲間が戦闘中だな。 よし。 開けるぞ」

「分かりました。 覚悟を決めます」

荒木軍曹の部下の一人が、深呼吸している。

まあそうだろう。

こんな状況で、落ち着いていられる軍曹二人がおかしいのだ。

巨大なドアが開く。

同時に、銃声が耳に飛び込んできたので、思わず伏せた。

部屋はどうやら武器庫らしいのだが、内部で兵士数名が、巨大な怪物十数体に追い詰められている。

壁にも天井にも、巨体で自由自在で這い回る怪物。

あのフットワークの軽さは一体何だ。

既に数名がやられているようで、兵士達は発狂状態だった。

「死ね、怪物! 死ね、死ねっ!」

「オープンファイアっ! 撃て撃て!」

アサルトを速射する軍曹達。見事な連携を隊ごとに見せていて、瞬く間に敵の数を減らしていく。

不意に、フライトユニットで三城と名乗った子が飛ぶ。

天井近くまで浮き上がると、天井に逆さにぶら下がって酸を発射しようとしていた怪物の顔面に蹴りをかます……というか、足場にしたのか。そのまま、横滑りに高速機動して気を引く。

いきなり視界を塞がれてターゲットを切り替えた怪物だが。

それが決定的な隙になった。

軍曹達が、即座に対応。

怪物を蜂の巣にした。

その場が静かになる。今のファインプレーがなければ、更に死人が増えていただろう。凄い勇気だなと、一華は感心した。

「みんなやられた……俺たちだけだ生き残りは」

「ここにいた警備会社の人間は」

「……」

兵士達が視線を向ける先には。

モザイクでも掛かりそうな悲惨な死に様の警備会社の者達。

ため息をつくと。荒木軍曹が、周囲を見回した。

「此処が武器庫だ。 まず壱野と言ったな。 お前だ。 小田一等兵、悪いが的を並べてくれるか」

「へいへい。 時間がないけど仕方が無いねえ」

「……」

ガタイがいい壱野とかいう長男だ。

少し悩んだ末に、軍曹がアサルトを取りだす。

確かストークとかいうアサルトだ。

EDFで開発されたアサルトで、かなりの高性能だが。人間相手には高火力過ぎると批判もあるものだ。

反動も凄まじく、パワードスケルトン無しではとても使えたものではない。

このため、ゲリラなどが鹵獲しても、使えないと廃棄してしまうと聞いたことがある。

実際。あの怪物どもを倒していた軍曹の武器はストークだ。それを考えると、確かに火力過剰と言える。

全長十メートルを超える節足動物の装甲をぶち抜くのだ。

カラシニコフやM16といった世界的に有名なアサルトが。過去の品になるのも納得で。

EDFの兵士に支給されている複合装甲アーマーでも、まともに喰らうと数発で戦闘不能になるらしい。

「銃の使い方を教えてやる。 浅利一等兵、周囲の警戒を。 相馬一等兵は負傷者の様子を見てくれ」

「分かりました」

「ダン軍曹、すまないな。 民間人に武器を渡す。 非常事態だ。 緊急措置としたい」

「分かった。 荒木軍曹の言う通りだ。 今は一人でも戦える人間がほしい」

さっき深呼吸をしていたのは浅利一等兵か。最後の荒木軍曹の部下は相馬というらしい。

ストークを渡される壱野。

そのまま腰だめに構えて、撃ち方を教わる。

数発撃ってから、一旦構えを変えて。次からは的に命中させてみせる。瞠目する荒木軍曹。

「筋が良いぞ。 競技で銃を扱ったことがあるのか」

「いえ、弓矢なら。 仕組みは違いますが、癖を覚えれば当ててから放つだけです」

「よく分からない理屈が、これは……。 どうだ、こっちは使えるか」

大型のスナイパーライフル。

講義で教わった。

EDFでは何種類かのスナイパーライフルを戦闘用に作っているらしいのだが。その中の一つ。

なんと巡航ミサイル並みの弾速が出ると言う、大型スナイパーライフル。その巨大さは、人間の背丈以上もある。

そんな巨大なスナイパーライフルの名前はライサンダー。

同じように渡されて、使うように指示を受け。

今度は二発目で的に当てて見せるごっつい長男。

なんだこいつら。映画に出てくる特殊部隊のヒーローか何かか。覚えがいい一華だって、銃については教官が時間が掛かると言ったのに。

呆れながらも、周囲を見回して。

恐らく初期型の。

古いコンバットフレームを見つけて、一華はよしっと声を上げる。

コンバットフレームの新型はだいたいどれもさっき外に出たようだけれども。

あれなら使える。

それにだ。

アレに接続して、ある程度の弾薬なども持って行ける。

バックパックを人間同様に背負うことで、輸送をする事もコンバットフレームは出来るのだ。

その悪路踏破性の高さからも。

ゲリラやテロリスト、マフィアなどの鎮圧用として開発されたこの兵器は。

いずれEDFの顔となる事を期待されているようだ。

「よし。 はっきりいって新兵より余程使えるようだな。 次、弐分」

「オス!」

「大型パワードスケルトンはフェンサーとほぼ同じく動けるはずだ。 まずはこれを使って見てくれ」

「分かりました」

次男は長男以上にガタイが良いが、どちらかというとおっとりした雰囲気だ。

長男は何というか、それこそ戦国時代にいてもおかしくないような野性味のある顔をしているが。

次男は流石に現代人っぽい。

ただ、それも凄まじい暴れ馬で知られるフェンサー用のガトリングを、腰だめして殆ど正確に当てて見せるのをみて、軍曹は瞠目した。

「いいな。 かなり癖がある上に、強烈な負荷が掛かるものなのだが」

「俺は筋力だけはあるので……」

「そういうものでもないのだが。 体の制御がしっかりしているから、だろうか。 今はガトリングしか用意できない。 それで何とかやってくれ」

そういって、もう1丁のガトリングを渡す。

フェンサーはその巨大なパワーで、武装を二刀流するのが普通だが。もう片手には盾を持つ事が多い。

盾は銃弾どころか、角度次第では戦車砲すら弾き返す代物で。

よくフェンサーが歩く戦車と言われるのも、それが故だ。

更に、大型パワードスケルトンには機動力を補う機能がついている。

ぼんやり立ち尽くしている先輩に、一華は声を掛ける。

「先輩。 あのニクスに弾薬を可能な限り詰め込むので、手伝ってほしいッス。 後、其処に予備の制服があるので、ささっと影で着替えてしまってはどうッスか?」

「え、う、うん。 君はその、あの訓練をしなくていいのかい?」

「私は銃なんて新兵以下しか使えないので……あのニクスには乗れるから、それで充分しょ」

「あ、ああそうだね……」

ダン軍曹がこっちに気づいて声を掛けて来たので、事情を説明する。

荒木軍曹は一華の事を知っていたようだが。この人は知らないようだった。

まあEDFの内部でも色々あるのだろう。

ただ、旧式とは言え。

コンバットフレームに乗れるというのは、頼もしく感じたのだろう。

「分かった、それならば頼む。 後、何なら彼処にあるものを使ってくれ」

「!」

これは、いいものが残っている。

先に先輩と協力してニクスのバックパックに予備の弾薬を出来るだけ詰め込む。弾薬と言ってもかなり重いのだが。パワードスケルトンの助けがある。一華でも何とかなる。

横目で見ると。フェンサーの機能である前方向に進むためのブースター。横方向へ移動するためのスラスターを、あのごっつい兄弟の次男が使いこなしているのが見えた。すぐに使えるものでもないのだが。あれはなんというか、とんでもない拾い物だろう。

ニクス型コンバットフレームは足に幾つかの機能があり。手を触れて認証をすると前面装甲の一部が開いて乗り込める。

乗り込むのは何度か講義でやった。一度やった事はすぐに出来る。

ニクスに乗ると、自前のPCを操縦席においてニクスの動力源に接続。OSを起動。更にはニクスのOSと接続する。

この辺りは、伊達にEDFのファイヤーウォールを突破していない。

本来は起動シークエンスだの何だのがあるのだが。

軍用無線を使って良いというライセンスを利用し。そこからOSを起動させるのだ。

やがてニクスが起動したので。一華は一旦嘆息した。

これで持ち込んだ愛用のPCが無駄にならずに済む。

こいつだけで、ぶっちゃけ高級車が買える代物なのである。

「すごいね、本当にコンバットフレームに乗れるのかい」

「此奴の武装はミサイルと近距離用の火炎放射器だけなので、基本的に出番は最後の壁ッスよ。 これから絶対に戦闘になるから、これの後ろから絶対にでないようにしてくださいっす」

「分かったよ、そうする……」

「それと……」

ニクスを動かす。若干新型に比べると鈍重だが、どうにでもなる。

そのままニクスのアームを利用して、さっきダン軍曹に指示されたものを棚から引っ張り出す。

セントリーガン。

自動式攻撃兵器である。

基地などに設置される自動防衛装置で、一度敵と認識した存在を攻撃する性能を備えている。

何種類かあるが、此処に置いてあるのは機銃を備えたタイプだ。

機銃と言っても重機関銃並み。

弾についても、基本的に何セットかマガジンが内蔵されているのが普通である。取りだし取り付けも簡単だ。講義で実際にやってみたし、出来る。ただ、一華が一発で全部出来るようになるのを見て、講義をしている士官は苦虫を噛み潰していたが。

ただし移動能力は無い。

しかしながら砲身を旋回させて自動攻撃をする機能を有しているので、充分に自衛は出来るはずだ。

すぐに回線をつなげて、さっきの怪物を敵として認識させる。

逆に、人間は敵の認識から解除させた。

忙しく操作しているうちに。三城というあの末っ子がウィングダイバー用の装備を渡されていた。

ウィングダイバーはフライトユニットを用いて飛行する事が出来る兵種だが。

特徴として、実弾兵器を用いないことにある。

あの大容量のエネルギータンクを兼ねているフライトユニットが、武器庫なのだ。

このため、渡される武器はフライトユニットと連結していて。

其処からエネルギー供給を受ける。

主にレーザー兵器や、高圧電流を放出する兵器がメインで。中には強力な熱で敵を灼ききるものもあるという。

ウィングダイバーのこの非実弾兵器は脅威で。

ある紛争では、まともに喰らったテクニカルが一発で文字通り溶けたという話があるほどだ。

いくら改造トラックとは言え、車をまるまる一台溶かすほどの火力である。

ゲリラからは飛ぶ悪魔と呼ばれて怖れられたらしい。

まあもう、今は状況が落ち着いて、ゲリラはいないが。

渡されたのは、ランスと呼ばれる熱を収束させて放つ兵器のようだ。

やはり度胸が元から尋常では無いのか。

軍曹に言われた通り、難なく使いこなして見せる。

また熱を前方に放出するレイピアと呼ばれる武器も渡されたが。ランスの方が良い様子だ。

後はと、一つだけ残っていた電撃放出武器を渡される。

サンダーボウガンだったか。

これもまた凶悪で、ゲリラが持ち出した旧式の戦車を一発で黙らせたという話がある。

勿論対電装甲とか、色々やっていただろうに。

それだけの高出力の電気が出るわけだ。

これらの事からも、EDFの過剰武装がどうのと反対する市民団体が出るわけだが。

少なくとも一華は、今の時点では捕まったけれども。EDFは嫌いではなかった。

「よし、三人とも下手な新兵よりも使えるな。 もう一人は……」

「凪一華ッス。 コンバットフレーム、いつでもいけるッスよ」

「そうか。 それなら、もう充分だな。 コンバットフレームの操縦の講義も受けているのか」

「ばっちり。 評価はAA」

頷く荒木軍曹。

これで、どうにか戦力は整ったか。

荒木軍曹は手を叩くと、皆を見回した。

「エレベーターがやられている以上、地上には徒歩で行くしか無い。 恐らくこの様子だと、まだまだ大量の怪物が基地内にいるはずで、孤立して戦っている仲間もいるはずだ」

既に一華は監視カメラを確認して、彼方此方の様子を見ている。

そして、伝える。

「A1からA3区画は化け物だらけッスね……生き残りはもういないと思うッス」

「監視カメラに接続したのか」

「非常事態だし、軍用無線から入っただけッスよ」

「……そうか。 他は」

すぐに撤退路を割り出す。

呆れたようにダン軍曹は見ていたが。

それよりも、荒木軍曹はかなり冷静な様子だった。

この人は、ひょっとするとだが。

総司令部の肝いりなのかも知れない。

将来の最高幹部候補として、士官候補の軍曹の中でも、何名か肝いりの精鋭がいると聞いている。

この人がその可能性は、高いだろう。

「B2からC6へ抜ける通路は今の時点では怪物の姿はないッスね。 後途中のE7に数名、B9に数名、立てこもっている兵士がいるようですわ」

「分かった。 彼らを救助しつつ、地上に上がる。 俺が此処からは指揮を執る。 ダン軍曹、サポートを頼む」

「分かった。 俺たちはコンバットフレームの随伴歩兵として行動する。 足下の俺たちを焼かないように気を付けてくれよ」

有り難い話だ。

今救助した数名も、ダン軍曹の指揮下に入って貰う。

再編成を済ませると、すぐに弾薬庫を出る。此処も安全じゃない。

基地を次々に制圧している怪物は、どうも知能があるようだ。恐らくだが、確実に基地を一箇所ずつ制圧して回っているのだろう。

ならば、ここの制圧に失敗したと悟れば来る。

その前に、此処を離れなければならなかった。

 

3、地上は遠い

 

壱野は知っている。

戦国時代の事だ。

今では異説もあるらしいのだが。ポルトガル経由で火縄銃。正確には先込め式マスケット銃が日本に伝わった。

あっと言う間に銃は日本で広まったが。

これを使いこなすまでにはかなりの時間が必要になった。

最終的には。かの関ヶ原の戦いで、世界の銃の二割が使われたとか言う話もあるそうだが。

それまでに日本人は、銃に慣れたのだ。

逆に言うと、銃に慣れる事が出来た。

今、壱野は銃を。ストークというアサルトライフルを手にして、重みを感じている。背中には長大なスナイパーライフルもある。

これを使えば、人外の存在と戦える。

同時に、簡単に人を殺せる。

あの、道場に押しかけてきた馬鹿な不良どものような連中がコレをもったら、とんでも無い事になる。

それはすぐに分かって、流石に冷や汗が出る。

長男として背負っているものが、壱野は重い。

弐分だって、道場を回すのには協力してくれたけれども。

それでも、長男として道場を守るのは。それを祖父からたくされたのは。

壱野だった。

まだ、基地の電気系統は生きているらしい。

赤い警告の光がずっと明滅しているが。

今の時点で、すぐ近くに悪意はない。

ただ、地上は恐らく地獄だ。

上では凄まじい悪意が、次々に押し寄せている。

この様子だと、プラカードを掲げていた「市民団体」は真っ先にエジキだっただろうなと思い。

ちょっと複雑な気分になった。

ついてくるコンバットフレーム。

あの一華という女。

会話を少し耳に入れる限り、かなり色々やっているらしい。

どちらかといえば悪人よりの人間だと思うが。

それでも今は協力するしかない。

気が重いが、進む。

進みながらも、軍曹は地上に無線を入れようと四苦八苦しているようだった。

コンバットフレーム。ニクスというそうだが。其処から声がする。

「地上の無線は大混乱で、多分地下からは呼びかけても無駄ッスよ。 それより警戒をした方がいいと思うっす」

「そうか、そうかもな。 ナビを頼めるか」

「次の部屋に……っと。 次の部屋に怪物が迫ってるッス。 しかもお味方が逃げ込んで、それに気付けていない」

「分かった、走れ!」

兵士達がEDF!と叫びながら走る。

とにかくこれがかけ声としては良いらしく。EDFと叫びながら戦っている様子が動画に良く上がっていて。

たまに三城が話題にしていたっけ。

かけ声で士気を挙げるのはずっと古くから軍隊ではやっていたことだ。

日本でもえいえいおうなどが有名だが。

EDFでは、EDFという自分達の略称そのものをかけ声にしているというわけだ。

或いはとても分かりやすい上にかけ声にもしやすいと言う事で、EDFという名称を選んだのかも知れない。

こういう単純な事が士気を挙げる。

村上流の軍学に記載があるとか、祖父が言っていたな。

そう壱野は思い出し、黙々と走る。

少しコンバットフレームが遅れているが、彼方には随伴歩兵、それも手練れの者達がいる。

それよりも、一人でも多く救う必要がある。

大きなドアを、荒木軍曹が開ける。

同時に、内部の壁がぶち抜かれていた。

地面にへたばっていた兵士達。

多分怪物に襲われてこの部屋に逃げ込んだ者達が、飛び起きるのが見えた。

同時に、襲いかかろうとする怪物達に、荒木軍曹が先頭になって銃を放つ。

即座に壱野も動く。

酸を放とうとした怪物から集中的に撃ち抜く。どうやら結構いいアサルトを貰ったらしい。

乱射されるアサルトでの、敵への殺傷効率がとても高い。

同時にブースターで飛び出した弐分が、兵士の一人の前に横滑りするようにしてガトリングをぶっ放す。

怪物の規模は十数匹。

さっきまでよりもかなり多いが。

それは或いは、彼方此方の部屋を殺戮して周り、合流してきたのかも知れない。

乱射する。見ると、人の血らしいものを口につけている個体も目だった。怒りが燃え上がる。

そのまま激しい乱射を浴びせて、次々に撃ち倒す。

蟻とか一華が言っていたか。

なんでもいい。

倒すだけだ。

天井近くに、一匹が逃れるが。

冷静に飛んだ三城が、そのまま渡されていたランスという武器で叩き落とす。

後方でも戦闘音。

後ろ歩きでニクスが部屋に入ってくる。頭を抱えて、部屋に飛び込んでくる先輩。ニクスが火炎放射器で後方を薙ぎ払い。随伴歩兵のダン軍曹の部隊が銃撃を続けている所から見て。

恐らく後方からも来たのだろう。

「まだ来る!」

「!」

どうやら、銃声を聞いて集まってきたのだろう。

壁に開いた穴から、更に数十の蟻が姿を見せる。

ニクスが前に出るのと入れ違いに、壱野は後方に。弐分と三城も続く。

コンバットフレームの火力は、今一瞬だけ見たが、確かに桁外れだ。ロケットランチャーの直撃を受けてもびくともしないと聞いているが、納得である。火力もこれでは、ゲリラなどでは手も足も出ないだろう。

盛大に後方で怪物焼きが始まる中。

怯む事もなく突っ込んできていた敵の残党数体に、速射を浴びせて黙らせる。

怪物を撃つとやはり装甲が剥がれていき、やがて倒れる。

それに違いはないようだ。

あの装甲は、ある一線を越えると致命打が入る。

そう学習できた。

まだ後方から来る。

やはり彼方此方の部屋で殺戮を済ませた怪物が、どんどん集まって来ているということだろう。

だが逆に言えば。

それだけ此処で敵を引きつけて倒せば。

助かる人も増える可能性が高い、と言う事だ。

荒木軍曹のチームも加わって、部屋に押し寄せる敵を次々となぎ倒す。

荒木軍曹は、どんどん褒めてくれる。

「素晴らしい集弾率だ。 此処を出たら上官を紹介する。 すぐに軍に入るべきだろう」

「ありがとうございます。 ですが俺には道場が」

「分かっている。 だが、考えてくれ。 お前達の力は、この怪物どもと戦うには絶対に必要だ」

「此方片づいたッス!」

ニクスの方から、一華の声。

こっちももう少しだ。

酸を撃とうとする奴を、弐分と三城と分担して、それぞれ各個撃破する。

結城二等兵の悲惨な死に様は目の前で見た。

手の届く範囲外では仕方が無い。しかし守れる範囲内では、二度とやらせるか。

そのまま、激しい銃撃を浴びせ続け。最後の一匹を黙らせる。ダン軍曹はロケットランチャーをもっていて。それで怪物に痛打を浴びせていた様子だ。

へたり込んでいた兵士を、荒木軍曹が助け起こす。

「襲われて、俺たち以外みんな死んだ……」

「お前達だけでも助かって良かった。 今、生存者を集めて基地からの脱出を図っているところだ。 皆、協力してほしい」

「分かった……」

虚脱状態の兵士達だが、武装はしている。この場合、少しでも戦力がほしい。

そのまま、一華がナビゲートしてくる。

荒木軍曹は非常に柔軟で。

的確なナビゲートだと、それも褒めていた。恐らく今までの戦闘で信頼したのだろう。

「よし、この扉を開けて、その次の部屋を抜ければ、地上までもう少しだ」

通路を歩きながら、鼓舞するようにそう荒木軍曹は言う。

辛いだろうに。

自分の部下はともかく、戦友がたくさん死んでいるのである。

それで、此処まで鉄の心を保てるのは凄いなと、壱野は思う。

見た所まだ二十代で、自分と殆ど年も変わらないだろうに。戦場に出ると、こうも変わるのか。

悪意。感じ取る。

叫んでいた。

「来る!」

もう、さっき合流した兵士以外の全員が即応してくれる。

前の壁が吹っ飛ばされ、わっと怪物が出てくる。

規模は今までで最大だろう。

ニクスが前に出て、火焔放射で壁を作る。こんな閉所だが。空気は大丈夫だろうかと心配になるが。

考えて見ればこの巨大な基地だ。

ちょっと焼いたくらいでは問題は無い筈。

それだけじゃない。

ニクスに貼り付いていた自動砲座が展開され。

一斉に怪物を撃ち始めた。

数が数だ。

応戦する兵士達の火力も上がっているが、それでも攻撃してくる怪物は多い。

だが、ニクスを最大の脅威と認識しているのか。

酸を喰らったのは、ニクスだけだった。

苛烈だが短い戦闘の末に、怪物は全滅する。

凄まじい死臭だ。

流石に三城が眉をひそめた。

「平気か」

「大兄、私は平気」

「そうか」

周囲を見ると、口を押さえている兵士もいる。

ニクスは今の戦闘で相当なダメージを受けたようだが、まだ大丈夫か。少なくとも、酸で中にいる一華がやられてはいないようだ。

「この先の部屋の通路に何人か逃げ込んできているっすね。 それを私らもろとも一網打尽にするつもりだったのやもしれないッス」

「そうか。 怪物は少なくとも知能を備えているようだな。 厄介な相手だが、兎も角進むぞ。 足を止めていたら敵に思考する余裕を与える」

荒木軍曹が、点呼して。全員無事である事を確認。

先輩は頭を抱えてふるえていたが。

こればかりは。流石に仕方が無いだろう。

警備会社といっても、モニタを見ている人が大半。

不審者に対策するのは警官か、或いはそういう特殊訓練を受けた人だと聞いている。

この人は明らかに前者だ。

「ちっ。 子供だって勇敢に戦ってるのによ……」

「そういうな。 彼はイベントで呼ばれただけだ。 それにバイトに来ているという事は、最低でもあの子は高校生だろう。 小柄なダイバーは多いし、もっと年上かも知れないぞ」

小田という兵士に、浅利という兵士が諭している。相馬という兵士は極めて寡黙で、楽を出来るだけしたい性格のようだ。かといって、腕は良い様子なので。荒木軍曹は何も文句をいうつもりは無い様子だ。

急ぐ。

ニクスが旧式という事もある。足が遅くて、どうしても随伴歩兵はあわせなければならない。

何よりも前後左右、それどころか上下。どこからいつ怪物が襲ってくるか知れたものではない。

気配を探る。

ずっと昔から、やってきた事だ。

道場主というと、変なのに絡まれることが多かった。祖父から習って、悪意や殺気の感じ方は教わった。

それでも祖父の技量には全く届いていない。

出来るだけ急ぎながら進む。荒木軍曹が緊張をほぐすためか話しかけてくる。

「クリアリングは出来ているようだな」

「俺のいた道場は古武術でしたので、戦い方の基礎は一通り師に習っています」

「そういう事か。 古武術は総合的な戦闘をするものだと聞いたが、そんな事まで教えるんだな」

「うちは元々負けた家の流れを汲んでいる古武術です。 それで余計先祖は悔しかったんでしょう」

兵士達は皆ヘルメットにゴーグルをつけていて、それで通信をしたりレーダーで敵を確認できたりしているようだ。

だが、多分あの怪物はまだ敵性勢力として認識されていないのか。

奇襲をたびたび受けているようである。

レーダーの性能が問題なのか。

AIのアップデートが問題なのか。

そこまでは分からないが。

いずれにしても、早々に改善しないとまずいのではないかと壱野は思う。

「止まれ。 この扉の向こうに大きな部屋がある。 もしも敵の大軍が待ち構えていたら総力戦になる」

「……」

いや、この先にはいないな。

壱野はそう感じたが、口には出さない。

もしも外れたら、信頼が一気に失われるし、何より命だって幾つも散るだろう。

黙っている。

兵士達が構える中、荒木軍曹が扉を開ける。

巨大な扉が音も無く開き。

絶叫しながら突撃した数名。特に小田一等兵は、拍子抜けしたように周囲を見回していた。

小さなバラックやアパートのようなものまである。

基地の中にこんなものが建つほど巨大な空間が確保されていると言う事だ。

この辺りの土建業が、基地のリフォーム作業で凄く儲かったという話は聞いていたのだけれども。

確かにこれほどの工事だったのなら、儲かっただろう。

こんな部屋がわんさかとあるのだから。

「運が良かった。 だがもう一つ大きな部屋がある。 其処を抜けないと、地上への直通路にはいけない」

そうだ。

そして上から強烈な悪意を感じられると言う事は。

恐らく、敵が待ち伏せているとしたら。

其処だ。

 

凄い斜度の坂を上がる。三城は時々フライトユニットを使って、距離を稼ぐ。

EDF主催の大会に出たときから、フライトユニットは使っている。

エネルギー管理が色々と大変な装備で、空中で苛烈に動くとあっと言う間に枯渇する。

その後は緊急チャージという状態になるのだが。

この状態のフライトユニットは破損しない限り使用者の安全な着地だけを考えて動くために、全く操作できなくなる。初期のフライトユニットで事故が多発したためらしい。

つまりまともに動けなくなることで。

如何に落下と機動を上手に組み合わせるかが、それぞれの腕となる。

空間把握能力に優れている。

そういう風に、三城は兄たちに言われて来た。

弓の腕前も格闘戦闘も筋肉は当然、技量面で兄たちの足下にも及ばない。

家事はできたが、それは虐待を受けていた前の家でやらされていたからである。

祖父に言われて、兄たちと一緒に村上流を習い始めて。

それで何も出来ないなあと思って、いつも劣等感に苛まれていたのだけれども。

大兄が気分転換にともってきた大会のチラシが、全てを変えた。

フライトユニットの練習は、今や申請すれば学校でも出来るようになっている。

空を飛ぶときに、全力を発揮できる。それを理解したとき、笑顔さえ浮かんだ。

虐待で消えた笑顔が戻って来た。

だから、フライトユニットは好きだ。大兄も小兄も道場を回すのに精一杯。なら、EDFに入って稼いで、道場の運営資金に変えたい。それがいつの間にか夢になっていた。EDFのウイングダイバーは精鋭と聞いている。だったらお給金だって良い筈だからだ。

戦いで人を殺すかも知れないとは思ったが。それについては。覚悟は出来ていた。

心は凍っている。

父親を名乗る生物は野獣同然だった。母親を名乗る生き物は性欲の権化だった。

祖父が二人を追い払って、村上家に来て。やっと人間に三城はなる事が出来たのだと言える。

だから、フライトユニットの訓練は散々やったし。

才能があるらしいと悟ってからは、更に修練を加速させるようになった。

さっき、実戦もこなしたが。

驚くほど綺麗に連携が出来た。

大兄と小兄と一緒なら、何にでも勝てる。そういう自信が今はある。

坂を上がる。先頭を行く。最悪の場合、奇襲を受けたときにおとりになる為だ。

ビークル用だという事だが。確かにニクスはゆっくりではあるがきちんと上がれている様子だ。人型の歩行システムの進歩は凄いと思う。

先の部屋に戦車が放置されていた。最強と名高いM1エイブラムスをベースに各地の戦車の特徴を取り入れて開発されたとかいうブラッカーである。ただ最新鋭機では無い様子だ。状況からして当然だろう。ニクスと同じだ。新しいのはみんな誰かが乗っていった、という事である。

それにダン軍曹が乗り込む。同時に、先輩も乗せた。民間人を登らせるのは厳しいと判断したのだろうが、正しいと思う。それに戦車の中なら、非戦闘員の先輩も守りやすいだろう。

なお、この戦車は一人で動かせるらしい。MBTといえば三人四人で動かすものだったらしいのに。これもまた凄い事だと思う。EDFは本当に世界の技術を結集して作られたのだとよく分かる。

三城はくすんと、鼻をすする。臭いがぷんぷんする。

上の方にさっきの怪物がたくさんいる。今までに無いほどの数だとみて良いだろう。

平らな道に出る。

兵士が何人かいる。此処まで逃げてきたが、立ち往生している、という雰囲気である。

三城を見て不可思議そうにしたが。

すぐに荒木軍曹が追いついてきたので、安心したようだ。戦車とコンバットフレームも一緒である。なおさら安心感は強いのかも知れない。

「地上との連絡がとれない。 此処を強行突破して、地上に抜けるぞ」

「しかし、向こうの部屋に多数の怪物がいるようなのです」

「分かっている。 もう音が聞こえている。 奴らも隠すつもりすらないようだ」

「此処を通らないと、後続からどんどん怪物が来るッスよ多分ね」

ニクスから聞こえてきた声に、兵士達も覚悟を決めた様子だ。

もうこの基地は駄目だ。

誰に言われなくてもそれは分かっている。

荒木軍曹が、皆に備えるように指示。そして、巨大な扉を開けていた。

其処にあったのは、地獄絵図。

とはいっても、今までのように大量の屍を怪物が貪り喰うような有様ではなく。

戸が開くのを待っていた怪物の群れが、一斉に襲いかかってくる様子だった。

初手でニクスがミサイルをありったけたたき込み、部屋の中を徹底的に爆破する。更にロケットランチャーを担いでいた兵士達も。それに戦車も主砲が火を噴く。凄まじい火力だが、それでも怪物達は抜けてくる。そこに、兵士達が必死に乱射を浴びせる。

一人、酸をもろに浴びる。

途中で加わった兵士の一人だ。

その兵士の名前を叫びながら、荒木軍曹が必死に銃を撃つ。

飛び出した三城は、敵の上を飛び越しつつ、ランスを一撃。

怪物を一匹仕留め。更に雷撃武器に切り替えると、自由落下しながら怪物の背中に浴びせかける。

火力が凄まじいウイングダイバーの武器だが。

味方の流れ弾。

怪物の反撃。

どちらも最大限警戒しなければならない。勿論飛行しつつの攻撃は、猛烈にフライトユニットのエネルギーを消耗する。

ニクスが片膝をつく。

酸を浴びすぎたのだ。だが、怪物が半減。更に減っていく中、数体が向き直って、酸を浴びせてくる。

跳躍と同時に、横に高速回避。

ダッシュ機能といって、フライトユニットには軍用民間用関係無く備わっている機能だ。

瞬間的に飛行速度を上げるのだが、当然エネルギーを大量に消耗する。

歩兵のように重装甲のアーマーを着込めない状態だが。

これによって被弾率を劇的に下げる。

ただし、紛争などに出たあまり技量が良くないウイングダイバーは、狙撃兵などのエジキになって倒れた者もいるらしい。

基本は飛行では無くて、跳躍。

それを意識しながら、怪物の注意を引きつける。

感覚でこのフライトユニットのエネルギー量は分かっている。今は攻撃に回すエネルギーがない。

怪物はもう殆ど残っていないが、最後の一匹が酸を放出する体制に入る。

其処を、横殴りにランスで焼き切る。

同時に、フライトユニットが緊急チャージ状態になる。

殺気。

振り返ると、着地した状態を待っていたのだろう。

天井に、更に一匹。

だが、心配はしていない。

その天井の怪物が、逆さにぶら下がったまま酸を放とうとした瞬間。

大兄の放った狙撃銃の弾が、怪物を貫き。

一撃で沈黙させていた。

戦車砲並みの轟音がしたが、凄い狙撃銃だ。

周囲に悪意は無し。

基本的に十秒くらい緊急チャージには掛かるのだけれども。フライトユニットはどうにか無事。

味方の被害を確認。

二人、戦死したようだった。

二人だけで済んだ、と言うべきかも知れない。

どちらも、途中で戦列に加わった兵士だった。

それに他の人を庇って酸を受けたニクスも限界の様子だ。中に乗ったあの一華というあんまり動きが速そうでは無い子は大丈夫だろうか。

「凪一華! 大丈夫か!」

「今、歩行システムを応急処置してるッスよ。 どうにかいけそうッス。 ただもう被弾は許されないッスねコレ……」

「旧式とはいえ、ロケランの攻撃にびくともしないコンバットフレームだぞ。 それを数発で此処まで……」

「今はそれらは後だ。 浦上兵長、大浦二等兵、いずれカタキはとる。 遺体を残していく事を許してくれ」

敬礼をして、兵士達の死を悼む。

そもそも、二目と見られない酷い死に様だ。

戦場での死に様は悲惨だと決まっているが。

此処まで悲惨に殺されるほどの事を、この兵士達はしたのだろうか。

だが、気持ちは切り替える。

ともかく。これで地上に脱出できるという。

だが、地上は更に凄まじい悪意が充ち満ちている状態だ。多分、良くても大乱戦。悪いと既に蹂躙されているだろう。

それは口にしない。

ただ。大兄も少兄も、既に黙り込んでいる。

ここからが本番だと言う事は、分かっているのかも知れない。

大型の盾が、部屋の隅にあった。

これも旧式装備だが、フェンサー用のものらしい。

大型パワードスケルトンなら装備は可能の様子だ。

無言で小兄は手に取る。

今までの戦闘で、怪物どもの攻撃は喰らったら必殺だと理解したのだと思う。

ニクスが動き始める。

ニクスに搭載している応急処置機能が働いたのだろう。

だが煙が出ている。

相当無理して動かしているのは確定だ。

それに、地上に出てしまえば、火炎放射器は恐らく射程の都合上役には立たないとみて良いだろう。

此処からは地力でどうにかするしかない。

ドアが開く。

光が見えた。

地上だ。誰かが呟くが。

既に銃声が聞こえてきている。

荒木軍曹が、励ますようにいう。

「この基地の戦力は師団規模のものだ。 あの怪物が何者だろうが、ちょっとやそっとの数では陥落しない。 味方と合流して、本体の指揮下に入り、その後に地下の怪物を掃討する!」

それが楽観的なことは、恐らく荒木軍曹自身が一番よく分かっているだろう。

だが、味方を鼓舞するためには必要なものだ。

既に三城も、数十に達する屍と。

三人の兵士が、無惨に死ぬ有様を目にした。

絶対に許せない。

「先行して、仮に外の状況が良くないようなら敵の気を引きます」

「助かる。 総員続け。 まずは入り口の安全を確保する!

荒木軍曹にいうと、凄まじい斜度の坂を上がり続ける。

ビークル用にこの斜度にしているらしいが、これは気を付けないと転げ落ちて即死だろうなと思う。

特に老人には優しくない坂だ。

そのままフライトユニットのエネルギー量を感覚で掴みながら行く。

どんどん、戦場の音が近付いてくる。

戦車砲の音。

恐らくはニクスの機関砲の音。

兵士達の怒号。

怪物のうごめく音。

いずれもが、相当数だったが。

怪物の数は、尋常では無い事が確定だった。

 

4、破滅の日

 

天文学者達が、呆然としたのは当然だろう。

衛星軌道上に、数百にも達する不可思議なものが、突然出現したのだ。

今まで存在した前兆すらなかった。

すぐにEDFに彼らは連絡を入れ。

そして、その直後。

人工衛星に依存している幾つものシステムが、世界中でダウンしていた。

それらによる破壊行為。

何しろ撮影すら出来る程だ。

何か悪意をもつものが、衛星軌道上に現れたのは確定だった。

それは間髪入れず、すぐに地上へと降下を開始。しかも、世界中に散り始めた。

それも、的確に。

核兵器を保有しているEDF基地の、上空に降りはじめたのである。

やがて、地上に光が降り注ぎ。

幾つかのEDF基地が、文字通りこの世から消滅した。

文字通り。

人類が圧倒的な暴虐を振るい。

地球を好き勝手にしてきた時代の。

終焉を告げる、悪夢の日の始まりだった。

大型の飛行体が十。

小型の飛行体が多数。

多数の小型飛行体は、そのまま世界中に散り始める。それらは漏斗状の形状をしていて、黄金の装甲に包まれ。

世界の主要都市に向けて、我が物顔に進み始めていた。

大型の飛行体は、平べったい円盤の姿をしていたが。

文字通り空とぶ都市とでもいう規模で。

その凄まじさは、目撃した人間を圧倒した。

大型の飛行体も、それぞれ移動を開始する。

その中の一つは、日本へと向かっていたのだった。

当然、各地のEDF空軍がスクランブルを掛ける。

だが、戦闘機からの呼びかけに。黄金の飛行体が答える事は無く。

そもそも攻撃を受けたこともある。

EDFは間もなく、各地の空軍に攻撃を指示。

まずは空対空ミサイルでの遠隔攻撃が、飽和攻撃となって小型大型関係無く飛行体に叩き込まれたが。

それはダメージを与えるどころか。

装甲に傷一つ、つける事はかなわなかった。

敵と思われる飛行体に接近した戦闘機は今度は機銃に切り替える。相手は鈍足。当てる事は難しくはない。当てる事は。

だがミサイルが通じない相手だ。

機銃でダメージなんか入るわけがない。

機銃も駄目となると、戦闘機隊は引き上げるしかない。

無敵を誇ったF35の、更に後継機がである。

この時点でEDFは衝撃を受けたが。更に衝撃を受ける事になる。

円盤が、各地で膨大な怪物を投下し始めた。

それは空軍の基地や。

戦略基地。

そして大都市に。

容赦なく降り注ぎ始めたのである。

即座に阿鼻叫喚の地獄が始まる。

この日。

人類は地球の支配権を手放し。

新しく来た何者かに、それを奪い取られることになったのだった。

 

EDF総司令官であるリー元帥は、米軍で総司令官を務めたこともあり。各地のEDFによる半ば強引な世界統一事業を、現実逃避せずやり遂げた人物である。

各地の反社会勢力や、テロリストやゲリラの生き残りには蛇蝎のように恨まれているようだが。

そいつらがやってきた事を考えれば、当然の行動を取っただけで。

むしろ誰かがいつかはやらなかった事だとも言える。

命を狙われたことも二度や三度ではないので、常に防弾チョッキを身につけているという話もあるリー元帥は。

既に白髪の目立つ老人であるが。それでも唯一存在する元帥に相応しい指揮能力を未だに保持していた。

全世界一斉攻撃。

それを受けて、各地の大将級、中将級の将軍をテレビ会議で招集。

決断は早かった。

更に、ある特務を帯びている上級大将三人には、即座に動いて貰う。秘書官を総動員して、十五分でそれを終わらせる。

幸い、最重要任務を帯びている上級大将三人は。

使命を果たすことが出来た。

以降は、緊密な連携を取りながら、対処をする事になるだろう。

十数年前。

ある発見があった。

それは秘匿されつつも、各地の有力者に知らされ。そしてEDFが設立されることになった。

まずは歴史的快挙ともいわれる米軍とロシア軍の提携。

中国軍、更に欧州の各国軍がこれに加わり。

日本、印度、アジア各国も次々に加わった。

あれよあれよというまにEDFが設立され。

多少最初は動きに齟齬があったものの。それでも、各地の紛争を迅速に解決し。独裁国家を短期間で滅ぼし、各地の反社会勢力やマフィア、テロリストを一掃していった。

そして世界政府が誕生した。

その一連の流れを、リー元帥は見ている。

更にリー元帥は知っている。

何故に、それほどに急いだのか。

エゴイストな金持ち共が大慌てで連携を決め、EDFと世界政府の設立に助力をしたのか。

それは。発見されたものが。

この日の到来を予告していたからだ。

だから、迅速にマニュアルに沿って動く事が出来たのだ。

席に着いて、テレビ会議を始める。

既に、核攻撃能力を持つ基地の幾つかが沈黙。出る筈だった将軍の何名かが、消息不明になっていた。

「皆に伝えなければならない。 我々は攻撃を受けている」

「一体相手は何者なのです!」

日本を統括している千葉中将が声を張り上げる。

それに対して、会議に参加を許されている戦略情報部。EDFの頭脳とも言える部署の士官。

通称「少佐」が淡々と説明した。

AIではないかという噂もあるほど正体が分からない人物だが。

実際には素性をリー元帥は知っている。

「各地の天文学者から連絡がありました。 この攻撃をして来ている者達は、突然にして衛星軌道上に出現しています。 その後周辺の人工衛星を何らかの攻撃で破壊。 その後は、地上に降下を開始しました。 全て一連の流れは、様々な媒体にて撮影を行っております」

「なんだと!」

「つまり彼らは地球外文明人。 要するにエイリアンか、もしくはその操作する戦闘兵器群と想定されます」

「確かに、あまりにもオーバーテクノロジー過ぎる上に物量が多すぎる。 各地に奴らが投下している怪物も、とても地球の生き物とは思えない」

現在、各地の基地が攻撃を受けており、既に50を超える基地が陥落。それどころか、各地の主要都市では、怪物が民間人を襲いはじめている。

EDFとしては、発表をし。

文字通り総力戦体制を整えなければならない。

ここしばらくは、世界規模での戦争もなかった。

人類は経済にだけ集中していればよかったのだが。

それもついに終わる時が来てしまった、と言う事だ。

「これより敵性勢力の名をプライマーと設定します。 現在プライマーには複数のチャンネルから交渉を試みていますが、一切返事がありません。 それどころか、意図的に此方を無視している節すらあります」

「問答無用の侵略か……」

「とにかく敵の保有兵器、保有戦力、あらゆるデータが足りん。 各地のEDFは予備役を招集し、身を守るところから初めてくれ。 陸軍も空軍も海軍も全てを動員体制に移行し、これより戦闘を開始する」

「サー、イエッサー!」

通信を切る。

そして、元帥は大きく嘆息していた。

そのまま、少佐との会話は続ける。

「総司令部も攻撃を受ける可能性があります。 即座に地下施設へと移動を開始してください」

「分かっている。 大型の飛行体が用いた兵器の火力は20メガトンに達するという事だったな」

「はい。 流石の総司令部も、地下施設でなければ持ち堪えられないでしょう」

「分かった……」

リー元帥は、基地に即座に指示を出し。

全指揮機能の地下への移行。

それに、出来るだけ全ての基地の戦力を動かせるようにと、指示も出した。

総力戦は数年は行えるだけの物資を蓄えてある。

弾薬も食糧も。

だが、数年も耐えられないかも知れない。

凄まじい規模での全世界同時攻撃。

これのために備えて来たというのに、なんという有様か。

部下が来たので、頷いて一緒に地下へと移動する。

エレベーターで、秘書をしているカスター准将に聞かれる。

「マスコミが情報を求めてきています」

「すぐに記者会見を行う。 残念だが、EDFだけでは世界を守りきるのは不可能だろう」

「……そうなると」

「これから恐らく、大規模な徴兵。 それに兵器の生産に対する仕事の切り替え。 物資の供出などを行って貰う事になるだろうな。 歴史上、侵略を受けた民がどれだけ悲惨な目にあうかは、皆も知っていると思う。 それを避ける為だ。 これほどの用意周到な攻撃、敵はそもそも植民地化どころか、人類を皆殺しにするつもりかも知れないがな」

皆が青ざめる中。

リー元帥は手を的確に周囲に指示していく。

これが。

この戦いが。

人生最後の仕事になるだろう。

それをリー元帥も、理解していた。

 

(続)