EDFの光
序、滅び呼ぶもの
立ち上がる。
何度目のことだろうか。至近に着弾した敵の稲妻状のビームが、辺りを吹き飛ばした。もう、アーマーは全損。
フェンサースーツも、殆ど崩壊状態。
全身も、ズタズタ。
それでも、どうしてだろう。私は、立ち上がる。
お前は、戦うために作られた。
多くの兄弟姉妹の屍の上で、私は弟と、それを聞かされた。いや、勿論そんな事はなかったのだろうけれど。
起きた出来事は、間違いなくそれだ。
見上げる。
まだまだ、無数に浮かぶ最終攻撃アースイーター。
禍々しい内臓を思わせる、六角柱の巨大飛行物体。下部にある口から稲妻状のビームを放ち。
もはや崩壊状態にあるブレインを、守ろうとさえしていない。
「姉貴!」
声がする。弟だ。
バイザーがもう壊れてしまっていて、直接会話するしかない。
「何とか生きている」
「そうか。 もう俺にも、周囲に構う余裕が無い。 何とか、生き延びてくれ。 頼むぞ」
「そうだな」
周囲は。
ジョンソンは先ほどエミリーを庇って、その結果大けがをし、今は倒れている。血だまりが出来ていて、バイザーが死んでいる現状、生きているかどうかも分からない。
その助けられたエミリーは三川と一緒に、近くのまだ倒壊していない倉庫の影に。腹を押さえているのは、相当な傷を受けたからだろう。
原田と涼川は。
涼川は、キャリバンに寄りかかったまま、動かない。生きてはいるようだが、もう戦える状態にない。
もっとも激しく戦い、敵を殺しまくったのだ。これ以上の体の酷使は無理だろう。
原田は。
見回すが、いない。キャリバンも大破しているし、酷い有様だ。多分その辺りに倒れてはいるのだろう。
ベガルタAXはまだ戦っている。
その側には、池口とナナコ。ヤソコもまだ無事。
日高中尉は。
近くの倉庫の上で、射撃を続けている。まだまだ戦える様子だ。若いというのは、羨ましい事だ。
多分彼奴は、涼川の後継者になる。
弟は。
まるで不死身の魔神のように立ち尽くし、二丁のライサンダーで、交互に射撃を続けている。
近づくアースイーターを破壊し。
ブレインに射撃し。
涼川の予言は当たったなと、私は自嘲する。もうすぐ、戦えるのは、弟だけになりそうだ。
フェンサースーツを捨てる。
倒れているジョンソンの側へと歩く。全身が酷くいたい。回復能力が追いつかないほどのダメージを受けているのだ。
ジョンソンが呻いた。
ジョンソンを引きずっていく。相当な長身だから重いけれど、このままにしておいたら死んでしまうだろう。
「放っておけ……」
「そうはいかない。 お前には、後でやって貰いたい事があるからな。 恩の一つは明確に売っておきたい」
「……? 良く、分からないが」
トンネルの入り口。
この辺りの散々砲撃されていて、滅茶苦茶な有様だ。数名のレンジャーがまだ立てこもって、戦っているが。彼らも満身創痍。それだけアースイーターからの攻撃が凄まじいのである。
原田がいた。
「ジョンソンを頼む」
「はじめ特務中佐は」
「弟一人を戦わせてはおけないんでな」
見ると、ジープも中破してしまっている。あれでは、病院までジョンソンを運べるかどうか。
とにかく、負傷者を任せると。
私は、アースイーターへと向き直る。武器は、まだある。
ジョンソンが使っていたハーキュリーだ。全身が酷く痛む。アーマーもやられている今、もはや一撃喰らっただけで、即死である。
それでも、まだ戦う。
射撃。
最終攻撃アースイーターは脆い。ハーキュリーでも、かなりの打撃を与える事が出来る。元々傷ついていたアースイーターが、爆散。
二射目。
同じようにして、傷ついていたアースイーターを屠る。
側にいたレンジャー達が、勇気づけられたようで、射撃を続行。呼吸を整えながら、フェンサースーツの予備が欲しいと思った。
地下から来るのは、キャリバンのサイレン。
まだ、無事な機体がいたのか。
もう一射。
今度はかなり大きいアースイーターという事もあって、落とせない。最終攻撃アースイーターは大きさもまちまちで、脆いと言ってもハーキュリーでは簡単には墜ちてこない。狙いを付けて、もう一度。
大きな傷がつき、縦横に罅。
もう一撃くらいで墜ちるか。しかし、である。
振り返る。
レンジャー達が、息を呑んだのが分かった。
至近にドラゴン。どうやら、第五艦隊の作ってくれている防御網を抜けて、ここまで来た個体らしい。
噛みついてくる。
狙いは、私だ。
アーマーがない今、もはや助かるすべは無い。しかも、ハーキュリーは、今丁度撃った所なのだ。
死んだな。
冷静にそう考えた瞬間である。
キャリバンが、ドラゴンの横っ腹に突っ込んでいた。
そのまま、ドラゴンを押しながら、近くの建物にまで突進する。私はハーキュリーの引き金を引いて、抵抗するドラゴンの頭を打ち抜いていた。
だが、ドラゴンも、最後のあがきに、火球を放ってくる。
吹っ飛ばされ、地面に叩き付けられた。
意識が飛びかける。
だが、キャリバンのサイドドアを開けて、此方に来る奴を見て。少し驚いていた。
柊だ。
重そうに運んでいるのは、トランクケース。いや、アレはおそらく、予備のフェンサースーツだろう。
「特務中佐、無事では無さそうですね」
「……どういう、風の、吹き回しだ」
「貴方たちが負けたら、もう取材も出来なくなる。 どうやらかなり危ないみたいですし、私にも出来る事をしただけです」
キャリバンがバックしてくる。
民間スタッフが出てきて、私を収容。アーマーを吹き付けるが、かなり量が少ない。これはもう、殆ど在庫がないのだろう。生きているEDF戦士は多くないし、何より病院も満員。
それだけ戦闘が激しく行われ。
在庫として蓄えられていたアーマーも、消耗したという事だ。
怪我は酷いと言われたが。
まだ動けるし、治療は拒否。
フェンサースーツを纏う。武装は、先ほど捨てたところにまだある。だから、スーツを着るだけでいい。
バイザーもフェンサースーツに付帯しているから、これで通信もまた出来るようになった。
徹底的に痛めつけられている体そのものは、どうしようもないが。
「無茶です! もうストームリーダーと、健在なメンバーに任せなさい!」
「私は、彼奴の姉だ。 力は彼奴に及ばないかも知れないけれど。 それでも、最後まで、姉らしくはいさせてくれ」
スタッフの手を振り切ると。
私はキャリバンを出た。そしてブースターをふかして、先ほどの戦場に向かう。
まだ、日高中尉は戦っているが。
ベガルタがまずい。武装がつき掛けているようだ。
バイザーを動かして、三島を呼び出すが、出ない。何しろ最終攻撃アースイータの火力は強烈だ。それに電波障害も酷い。
これでは、通信が出来なくても、おかしくない。
武装を拾う。バトルキャノンはまだ動く。
弟を狙っていたアースイーターを打ち抜く。
「姉貴、もう下がれ」
「ドラゴンが、防空網を突破しはじめている。 気をつけろ」
「何……」
「ブレインはまだ壊れないか」
弟は、此方を振り返りもしない。
最終攻撃アースイーターは、ブレインを防御していないから、見える。既に元の三分の一以下にまで削り取られたブレインだが。
まだ空中に浮いている。
彼奴を破壊しきらないと、多分敵の攻撃は止まらない。
「エミリー!」
叫ぶ。
三川が、代わりに通信を入れてきた。
「エミリー中佐、意識がありません! さっきから、ずっと怪我を押して戦い続けて、それで」
「ならばお前が代わりにやれ!」
三川が、グングニルを構える。
しかし、プラズマジェネレーターがもう破損寸前の有様だ。もう一発撃ったら、もうもたないだろう。
私はその間、バトルキャノンでアースイーターを撃ち抜く。
小型の最終攻撃アースイーターなら一撃で墜ちてくるけれど。数が多すぎる上に、ずっと動き回っている。
心なしか、だが。
東京基地の外側からも、集まってきているように思えてならない。
いや、気のせいではないはずだ。その証拠に、上から降りてきてもいないのに。落としても落としても、レーダーから赤点が消えないのである。
三川が、グングニルをぶっ放す。
ブレインに直撃。貫通して、複数の罅から閃光を迸らせる。
かなり巨大な塊が剥落し、墜ちていく。半減したと見て良いが。それでもまだ、ブレインは浮いている。
どれだけ頑丈なのか。
一気に、レーダーの赤点が増える。
最終攻撃アースイーターだけではない。多分これは、ドラゴンの群れが、防空網を突破して来たのだ。
まずい。今の状態でドラゴンの群れにまともに襲われると、もう対抗手段がない。
幸い、百匹単位での群れではないようだけれど。
それでも、今はもう、ドラゴンと戦う力が残っていないのだ。
見える。
上空を舞う、終焉の竜が。
「どうやら、このアースイーターでも物足りないようですから、更に増援を投入しますよ」
ブレインの嬉しそうな声。
此奴は、本当に。人間のような奴だと、私は思った。
弟に、無数の火球が降り注ぐのが見えた。
超人的機動でかわしているが、それでも限界がある。着弾する。その間に、私はガトリングに切り替えてドラゴン共を落とすが、落としきれるはずもない。
三川が、悲痛な声を上げた。
「ジェネレーター、破損!」
大破しながらもまだ動いていたキャリバンが、ついに壊れる。吹っ飛びはしないが、駆動系がやられて、身動きできなくなった様子だ。
必死に盾になるベガルタも、装甲がもうもたない。
万事休すか。
閃光が、空に向かって走ったのは、その時だった。
舞い降りたのは、翼を装備した戦士。ウィングダイバー。それもこの武装は。ウィングダイバーの最新鋭武器の一つ、イズナ。それに、MONSTERやグングニルを装備している者もいる。
「ペイルチーム!」
「遅れました。 しかし、以降は、ドラゴンは此方で引き受けます!」
まだ残存戦力がいたのか。
戦況が混迷した頃から、所在が分からなくなっていたが。おそらく世界各地で、悲惨な戦闘を続行していたのだろう。
以前は私に反発することも多かったカリンも。
姿が見える。
立派に隊長をやっていたと言うことだろう。
新しいキャリバンが来る。
牽引しているのは、ベガルタの武装か。先ほどの、柊が使っていたキャリバンらしい。どうやらジョンソンを病院に届けた後、武装を持って戻ってきたという事か。
ドラゴンの群れが、圧倒的な火力で、駆逐されていく。
ペイルチームの最新鋭装備の火力は凄まじい。弟に苛烈な攻撃を加えていたドラゴンの群れが、消え去るまで、ほとんど時間が掛からない。
しかし、新手は次々に湧いてくる。
三川が、新しいプラズマジェネレーターを受け取っているのが見えた。これで、三川は満身創痍だが、まだ戦える。
ペイルチームが乗って来たヒドラから、キャリバンが出てくる。これで二両目。壊れてしまったキャリバンから装備を移し、更に防御陣を組む。涼川を収容し、奥の方に倒れていた矢島も。
此方に来るのは、ギガンテス戦車か。
乗っているのは、谷山だ。
今回の作戦では、全体の火力支援指揮をしていたのだが。もう、此処に集中して注力した方が早いと判断したのだろう。
戦車から顔を出す谷山。
「もう一息ですね」
「何を、脳天気な……」
「いえ、もう勝ちは確定しましたよ。 ほら」
谷山の後方。
赤いレーザーが閃き、次々とアースイーターが爆裂している。あれは、間違いない。オメガチームの、零式レーザー。
あれはオメガチーム以外には、ほぼ配備されていないはず。
あの数がいると言うことは、間違いない。生き残りのオメガチームが、ついに到着したという事だ。
ブレインの周囲から、見る間に護衛の敵が消えていく。
弟のライサンダーの弾が、ブレインの傷を確実に増やしていく。また、大きな傷が出来、ブレインの欠片が崩落する。
行けるかも知れない。
私は最後の気力を振り絞ることにした。此処を、乗り切りさえすれば。
「空を!」
だが。
その瞬間。希望がまたしても、踏みにじられた。
辺りが闇夜と見間違うばかりの状況になるほどの数。最終攻撃アースイーターが、空より舞い降りはじめたのだ。
ブレインが高笑いしているのが、聞こえるかのようだ。
希望などどうでもいい。
ただ、データを搾り取れるだけ搾り取りたい。
冷徹なAIの思考が。
圧倒的物量となって。湿った恐怖を、辺りにばらまきはじめていた。
1、へし折られぬもの
顔を上げると。
其処は地獄だった。
キャリバンの中で意識が戻る。矢島久助は、最終攻撃アースイーターの一撃で吹き飛ばされたことを思い出し、戦況を確認しようとしたけれど。
窓から見える外の光景は、目を覆うような有様だった。
外は、まるで闇夜。
それほどの数、あの最終攻撃アースイーターが来ているのだ。
降り注ぐ稲妻状のビームは、まるで雷雨に突入したかのよう。無理矢理起きようとして、気付く。
全身が、痛い。
いや、ようやく気付いたと言うべきか。もう、戦える状態にないと。
見える。
まだはじめ特務中佐が戦っている。
ストームリーダーは立ち尽くし。まるで不死身の魔神のように、敵を倒し続けている。涼川さんは。
いない。
おそらくオメガチームらしい戦士達が、空に無数のレーザーを放っている。それで最終攻撃アースイーターを次々打ち倒している。だが、その数があまりにも超絶的過ぎるのだ。まるで、空の星が全て降りてきたかのような数。
揺れが、酷い。
東京基地そのものが、凄まじい揺れに襲われていると見て良い。
もう、基地も、保たないかも知れない。
「鎮痛剤を、お願いできますか」
側にいる民間協力者の医師が、死ぬ気かと言う。
そのつもりだと答える。
死なせたくない。
一人前の戦士にしてくれた人達を。
谷山さんの戦車が、射撃を繰り返して、最終攻撃アースイーターを次々落としているけれど。
数がもの凄すぎて、とても捌ききれない。
とてもではないが、このキャリバンも、長く保つとは思えなかった。
「俺はフェンサーです。 外に出れば、少しは戦況を良く出来ます」
「どうしても、やる気なんだね」
「命に代えても」
「分かった。 しかし、死ぬのでは無くて、生きて戻ってくるんだ。 その約束が出来なければ、鎮痛剤はうてない」
約束すると答える。
そして、フェンサースーツを身に纏うと。無理矢理体を動かして、キャリバンを飛び出した。
辺りは地獄絵図。
もう東京基地は欠片も残っていない。コンクリと、砕かれた建造物があるだけ。前に皆で食事にした香坂夫妻の寮や、その前の広場も、もう残っていない。
砲兵隊は既に機能停止。
対空砲火は全滅。
必死の抵抗を続けているのは、多分ストームチームと、此処に集ってくれた最後の精鋭達だけだ。
オメガチームの隊長が、声をからして叱咤している。
「踏みとどまれ! 欧州の二の舞にはさせるな!」
「イエッサ!」
無数のレーザーが空に伸びる。
しかし爆破されると、最終攻撃アースイーターは、それだけ集まってくるようだ。倒しても倒しても、きりが無い。
はじめ特務中佐の側に行く。
側に行って分かった。
彼女も、もう限界をとっくに越えている。多分フェンサースーツを脱いだら、見るも無惨な有様の筈だ。
小柄で、黙っていれば可愛い女の子にも見えるのに。
戦闘目的で作られたからって。こんな悲惨な戦場の最前線で、どうして此処まで酷い目にあわなければならないのか。
「俺も……」
「一つだけ、出来る事がある」
はじめ特務中佐は、此方を見ない。
ひょっとすると、もう動く力もないのかも知れない。それなのに、バトルキャノンをぶっ放して、最終攻撃アースイーターを叩き落とし続けている。
周囲で戦っているペイルチームも、最新鋭の装備で、群がってくるドラゴンを叩き、最終攻撃アースイーターを削り取っているが。
相手の数が多すぎる。
降り注ぐ稲妻が、一撃ごとに、此方の残った力を削いでいくのだ。
「ブレインはもう残り一割もない。 あれを精密に砕けるのは、多分秀爺か弟だけ。 秀爺は支援に徹しているから無理。 私は、弟を攻撃しようとしているアースイーターを先から叩いている。 お前は、弟の射線を遮ろうとするアースイーターだけ潰してくれるか」
「イエッサ!」
すぐに、言われたまま動く。
分かっている。
はじめ特務中佐だって、誰かが守らなければ、死んでしまう。今度こそ、本当に死んでしまうはずだ。
あの不死身の涼川さんでさえ、リタイアしている戦場なのだ。
そういえば、キャリバンの上に仁王立ちして、高笑いしながら戦っているのは日高中尉。あんな変わり果てた姿になって。
どちらも、痛々しい。
頭を振ると、決める。
一刻も早く、この戦場を。この地獄を終わらせると。
バトルキャノンをぶっ放し、ストームリーダーの射線を塞ごうとしていたアースイーターを叩き潰す。
その隙間を、確実にストームリーダーが撃って。ブレインに着弾させる。
ブレインがまた、大きく削り取られた。
エミリーさんは、私を守るときに、こんな事をいつも言っていた。
いつかセンが、私を逆に守ってね。
北米の女性らしい豊満な肉体と健康な色気を持っているあの人は、私とは全く別の生き物に見えて。同じ人間の雌だとは思えなかった。
いつも一緒に行動して。
技やスキルを見せてもらって。
少しは成長してきたけれど。
こんな場所で、やはり足が震えてしまうことは避けられない。エミリーさんは、酷い怪我を負ってリタイヤして、今病院にいる。
新しいプラズマジェネレーターを貰った今。
ストームリーダーの役に立てるのは、私だけだ。
よく、ブレインを狙う。
グングニルは途方もない火力を持つ兵器だけれど、とにかく一度撃つと充填まで時間が著しく掛かる。
側に舞い降りてきたのは、カリンさん。
現在世界最強のウィングダイバーだ。はじめ特務中佐の孫弟子に当たるそうだけれど、いつもいけ好かない相手だと文句を言っていた。
「頼みがある」
「な、なんでしょうか」
「そろそろ支えきれない。 グングニルを外さず、ブレインに当ててくれ」
愕然とした。
この人は戦士としての誇りを持つ、最強のウィングダイバーの一人。そんな人が、こんな事をいいに来るのだ。
どれだけ戦況が厳しいか。
今、必死に装備を換装しているベガルタAXの影で震えながら、私は何をしているのか。
次に当てれば。
或いは、ブレインを落とせるかも知れない。
至近。
ドラゴンが舞い降りてくるが、カリンさんが即応。手にしているイズナで、瞬時に焼き払った。
吹っ飛んだドラゴンだが、数匹が立て続けに来る。
精鋭、ペイルチームでも、次々来るドラゴンと、最終攻撃アースイーターの連携には、もうどうしようもなくなりつつある。
第五艦隊は、相当数の敵を引きつけてくれているはず。
これでも、かなりマシな状態の筈だ。
長くは第五艦隊ももたない。
やらなければ、ならない。
グングニルを構える。
知っている。北欧神話の主神が持つ、一射確殺の槍。これを受けて倒れない存在なんて、いないはず。
私は、極限まで、エネルギー収束を絞る。
壊れてしまっても関係無い。一撃でブレインを打ち抜き、破壊するのだ。
側に来るドラゴンを、次々カリンさんが倒してくれるけれど。それもいつまで保つかわからない。
至近に火球が着弾。
ベガルタの装備換装が終了したのは、その時だった。
周囲に武装をフルにうち込み、一気に敵を薙ぎ払う筅ちゃん。その瞬間。ブレインが、いやに大きく見えた。
撃て。
そう、エミリーさんが言っているような気がした。
狙いは完璧。
息を止める。
時間も止まるような気がした。今なら、針の穴でも通せる気がする。
引き金に指を掛けて。
撃ち放つ。
グングニルの、収束エネルギービームが、空間を驀進。そして、ブレインを。
ブレインに。
直撃した。
次の瞬間、自分が吹っ飛ばされたことに気付く。ああ、そうか。ドラゴンの火球にやられたのか。
当たった。
でも、もうほんのちょっと長く当たっていれば、きっとブレインを壊せていたはず。この世から、何ら残す事もなく。
それだけが、少しだけ口惜しい。
原田啓介は、影に隠れて戦況を見ながら、千載一遇の好機を狙っていた。
涼川さんはこう言ったのだ。
「多分、最後の一撃を入れるのは旦那だ。 お前は欲を掻かないで、確実にその道を作ることだけを考えろ」
近くに、戦車が来る。
この状況でも上手に立ち回り、周囲のアースイーターを次々落としている谷山さんだ。戦車に乗せて貰う。
担いでいるのは、プロミネンス。
此奴を、もう一回ブレインに叩き込んでやれば。絶対に、落とせる。落とせなくても、後はストームリーダーが、何とかしてくれる。
谷山さんが、バイザーに通信を入れてきた。
ストームチーム宛のものだ。
「勝てると断言したのに、すみません。 だが、手は打ちました」
谷山さんのことだ。
何かしらの根拠があって、そう言っているのだろう。ヘリの達人で、空爆のタイミングを見極める事に関しても素晴らしい。戦略級の状況で、どれだけ谷山さんに助けられたか、分からない。
プロミネンスのロックオン、完了。
あまり速度はでないけれど。
超特大の威力を持つロケットを、撃ち放つ。
どうだ、いけ。
当たれ。
必死に念じる。
敵はブレインを防御することを、考えていない。この状況だったら。少し前に、三川のグングニルも直撃した。
今やブレインは、虚空に浮く小さな塊に過ぎない。
あれさえ破壊しきれば、勝ちだという話なのだ。これで、絶対に、根本的に破壊しきることが出来る。
谷山さんが舌打ち。
一匹、ドラゴンが射線に割り込む。
戦車砲をうち込む谷山さん。直撃。ドラゴンが吹っ飛ぶ。しかし、その影にもう一匹。原田もスティングレイを取り出して、うち込むけれど。爆発が収まったとき。更に一匹が、プロミネンスのミサイルに噛みついていた。
万事休す。
ふらふらと態勢を崩すプロミネンス。しかしそれでも、ドラゴンを引きずって、ブレインの至近へ。
そこで、爆発した。
ブレインを、確実に巻き込んだ。
やった。
思わず安堵の声が漏れるけれど。煙が晴れてきたとき、見えてきたのは、真っ黒い球体。愕然とする。
あまり大きくは無いけれど。
あれは、きっとブレインのコアだ。
今の爆発で、コアだけが残ったのだろう。そう言う意味では、無駄にはならなかったけれど。
本当に口惜しい。後一歩、ほんの少しだったのに。
ドラゴンの群れが殺到してくる。
谷山さんが上手に戦車を動かして、味方チームの方に逃れるけれど、間に合わない。追いすがってくる一匹を、谷山さんが戦車砲で吹き飛ばす。しかし、ペイルチームもオメガチームも、此方を守りきれない。
火球が複数、戦車を直撃する。
涼川さん。
俺は、路は作りました。
戦車から吹っ飛ばされながら。そう、原田は思っていた。
エメロードが壊れそうになるまで連射を続けながら、池口吉野は思う。こんな時まで、マイペースな自分が、少し疎ましいと。
援軍として来てくれたヤソコちゃんと背中合わせに立ち、エメロードから小型誘導ミサイルを連射し続けて。随分と味方を支援してきたけれど。
ネグリングが壊れる前と同じ。いつも、支援しか出来ない。
特性を見いだされて、それで随分みんなを助けられた。
それは誇りともなっている。
でも、どうしてなのだろう。皆がこれほど傷つけられて。敵も散々殺しまくって。血の雨が辺りに降っているのに。
どうして自分は、こうもマイペースなのだろう。
谷山さんが、通信を入れてくる。
「池口少尉。 君にやって欲しい事があります」
「何でしょう」
マイペースに答えると。
バイザーを通じて、あるものが引き渡された。
それは、一斉艦砲射撃の、コントロール。タイミングは谷山さんが見極めるそうだけれど、支援砲撃の狙いについては、渡すという。
戦慄する。
どうして、自分に。
しかし、すぐに分かる。ネグリングをずっと使って来たのだ。支援砲撃の狙いに関しては、ひょっとすると筅ちゃんよりも、自分の方が習熟しているかも知れない。
「マイペースな君だからこそ、感情に優先せず、淡々とこなせる。 そう信じていますからね」
「分かりました。 やってみます」
エメロードを下ろす。
ヤソコちゃんは、黙々とミサイル射撃を続けている。私はバイザーをセットし直すと、狙うべき地点を見極めた。
次々来る最終攻撃アースイーター。
ドラゴンの群れ。
狙うべきは、どちらか。
不意に、見えてくる。
ネグリングで射撃しているとき、いつも不意に見えるような感覚があった。敵の集中する場所。狙うべきポイント。
それを見極めて、ネグリングをうち込むことで。
予想以上の成果を上げることが、出来るようになっていた。
いつの間にか、身についた事だ。
谷山さんが、戦車を飛び降りると、多分最後だろうガードポストを設置しはじめる。そして自身は、ペイルチームが乗って来たヒドラに入る。そして引っ張り出してきたのは、バゼラート。
捨て身で、ドラゴンの注意を引くつもりだ。
それならば、やる事は一つ。
バイザーを通じて、攻撃ポイントを指定。第五艦隊が、困惑した声を上げた。
「其処には何も……」
「攻撃を開始してください」
「分かりました。 速射砲、射撃準備!」
頭の中で、カウントする。
オメガチームの零式レーザーが、辺りの最終攻撃アースイーターを薙ぎ払う。ペイルチームの放つ閃光が、ドラゴンの群れを駆逐する。
其処へ、新手の最終攻撃アースイーターが姿を見せる。
そう。
私の、狙った通りの地点だ。
現れた瞬間、おそらく最後の支援砲撃となる、艦砲射撃が集中。瞬時に、十隻以上の最終攻撃アースイーターを粉砕爆破した。
敵の空白地帯が出来る。
勿論、この瞬間を逃すストームリーダーではない。
何か特殊な弾を装填して、撃った。よく分からないが、それで周囲の砲撃が、一瞬だけ。確実に止まった。
そして、谷山さんも。
特殊なレーザーサイトを用いて、ブレインのコアを照射している。攻撃支援用のポインターだ。
今まで、必死の支援を続けていたはじめ特務中佐が。
筅ちゃんのベガルタが、全ての武器を、ブレインコアに向ける。
日高中尉も。そして遠くで支援してくれていた、香坂夫妻や、黒沢君も。きっと、狙っている筈だ。
誰よりも、ストームリーダーが、その中心にいる。
私は。
その時、コンクリのクレーターの中に転がって、ぼんやりその光景を見ていた。
アースイーターが吹っ飛ばされたとき。
私も、ドラゴンからの砲撃で、吹っ飛ばされたのだ。
「オールウェポン、ファイア!」
閃光が、空に向けて走る。
私の薄れた意識の中。それだけが、はっきり見えた。
2、終わりの時
此方に歩いて来るのは、アシャダムだ。
オメガチームのリーダー。そして、立体映像で話した事はあるけれど。面と向かって話した事は、殆ど無い。
オメガチームの総力。
グングニル数発も含む、ペイルチームの総火力。
そして残っていた、ストームチームの火力を、悉くブレインに叩き付けたのだ。そして、大きな傷が出来たところを。
弟が、ピンホールショットした。
これで倒せなければ。
終わりだ。
「嵐はじめ特務中佐だな。 直接会うのは、これで二回目か」
「ああ」
バトルキャノンを捨てる。
もう酷く壊れて、撃てそうにない。
見上げた先にあるのは。
完全崩壊したブレイン。そして、今、崩れ落ちようとしているブレインのコア。これで、終わった。
その筈だ。
だが、弟は、まだライサンダーを下ろしていない。
それを見て、アシャダムも、零式レーザーを空に向けた。
私は。
無言のまま、前に歩く。そして、地面に転がっていた。先ほどまで、原田が使っていたスティングレイを拾い上げる。
弟の隣に並ぶ。
カリンと、アシャダムも。
傷だらけの体を引きずって、其処まで来ていた。
「まだ、なのか」
「分からん」
煙が晴れていく。
そして、ブレインのコアが、完全に砕けて、地面に降り始めた。
終わったのか。
少なくとも、最終攻撃アースイーターは、攻撃を停止している。これで終わっていないなら。
後は、何を撃てば良いのか。
何となく、それが分かった。
コアが割れた後、露出したそれは。恐らくは、非常に小さな。コアの中心点。虫ほどの大きさしかない。
周囲は。
殆ど誰も立っていない。
かくいう私も、実はもう全身の感覚が殆ど無い。
痛いというのを完全に通り越してしまって、体が生きているのか死んでいるのかさえ、よく分からない。
何故、虫ほどしかないコアの中心が見えているのかも。
正直、よく分からなかった。
「何も、ないな」
カリンがそういう。
周囲を見回すと。もはや東京基地の構造物は、何も残っていない。コンクリの地面は彼方此方がクレーターだらけ。地下への直撃弾が、この様子だと一つや二つ、ある筈だ。戦闘補助要員にも、多数の死者が出ているだろう。
弟でさえ、精根尽き果てて、立っているのがやっと。
私に到っては、このまま立ち往生しても、おかしくない。カリンやアシャダムも、傷が酷い。
きっと無理して、此処まで駆けつけてくれたのだろう。
空に、影。
あれは。
舞い降りたそれと、舞うような光が融合する。
以前交戦した、グレーター・ワイルドドラゴン。グングニル二発を含む一斉攻撃にも耐え抜いた、怪物の中の怪物。
奴はゆっくり翼を畳むと。
もう戦う余力も無い此方に、語りかけてくる。
「素晴らしい。 これで、この星でするべき事は終わった。 我が主フォリナ現状打開派は、実験の全行程を完了。 進化した肉体を手に入れ、そして天の川銀河にまた億年単位での平穏と安定を取り戻すだろう」
勝手な事を。
カリンが呟く。
アシャダムは銃を向けているが、何も動かない。もう、意識が途切れそうなのかも知れない。
ブレインが、あのドラゴンを乗っ取ったのは、一目で分かった。
そしてドラゴンも、乗っ取りを受け入れた。
「これだけ好き勝手をしておいて、無事で済むと思っているのか」
弟が、それだけ言う。
ブレインは。
なにも、それには答えない。きっと会話に、何ら結果がもたらされないこと。この場での合意は、絶対にあり得ない事を理解しているからだろう。
「技術と資源は、この星に多数もたらした。 今は、それで身を休め、宇宙に進出するべく種族を進化させると良いだろう」
「何を好き勝手な!」
カリンが、グングニルを叩き込もうとするが。
発射できない。
愕然とした彼女の上空から、降りてくるものは。
今までとは比較にならないほどのサイズの宇宙船。アースイーターが芥子粒に見えるほどの、とんでもない巨大宇宙船だった。一隻で、東京都よりも大きいかも知れない。
分かる。
これはおそらく、奴らにとっての、本当の戦闘兵器。
これまで用いていた実験用兵器など、フォリナにとっては、それこそ蚤かダニのようなもの。
おそらく、世界中に此奴らが今頃現れて。
そして、実験の成果とやらを、つまり巨大生物を回収していることだろう。人間との戦闘でのデータで、奴らは極限まで進化した。そして滅びつつある肉体に苦しめられていたフォリナを、救うのだ。
力が、抜けそうになる。
全ては、此奴の思うがままに、運んでしまったという事だ。
弟も舌打ち。
ライサンダーの発射機構も、多分一瞬でハッキングされたのだろう。ライサンダーを放り捨てると、まだ前に進もうとする。
ドラゴンは、微動だにしない。
無数のビームが、巨大宇宙船から、周囲に投射されている。それに吸い込まれて、宇宙船に飲み込まれていく巨大生物たち。
攻撃機は動きを停止。そのまま墜落して、爆発する。
ディロイもアースイーターも、ヘクトルも。その場で立ち尽くしたまま、ただのがらくたと化したようだった。
光に包まれてドラゴンも浮上していく。
殴りかかろうとしていた弟の肩に、私は手を置いた。
それだけで、全身がばらばらになりそうなほどの努力が必要だった。
「もうよせ」
「巫山戯るな。 あれだけ好き勝手をさせて、許せというのか」
「次に勝つ」
はっとした様子で、弟は私を見る。
そして、ようやく気付いたようだった。
周囲が、もはや焼け野原以外の何物でも無いことに。
巨大宇宙船が、浮上していく。
なんと為しに理解できる。もはや地球に、巨大生物は存在しない。人間から戦闘データを吸い取れるだけ吸い取って、帰って行ったのだ。
EDFは、負けたのか。
負けたのだろう。
しかし、戦略的目的は果たした。フォーリナーと巨大生物を、地球から追い出す事が、出来たのだから。
しばらく立ち尽くしていた弟は。
バイザーを操作して、通信をはじめた。
「此方、ストームリーダー」
「聞こえている。 日高大将だ」
「ブレインの撃破に成功。 奴らは宇宙に帰った」
「そのようだな。 奴らが巨大宇宙船で、巨大生物を吸い上げていくのを、今私も確認した所だ」
救助の部隊を行かせる。
それだけいうと。
日高司令は、通信を切った。
ぼんやりと立ち尽くしている弟は、気付いたのかも知れない。私がついに、力尽きて倒れたことに。
姉貴。
そう叫ぶのが、何処か遠くのことのように聞こえた。
ベガルタの武器を換装して。
すぐに戦場に戻ったストライクフォースライトニングは。多数の最終攻撃アースイーターを相手に、獅子奮迅の戦闘を続けていたが。
それが故に、終わりに気付くのも早かった。
降りてきた、全長数十キロはありそうな、巨大すぎる宇宙船。SF映画の戦艦でさえ、あそこまで桁外れなものは少ないだろうに。現実は、どれだけ凄まじいのか。
巨大生物が、空に吸い上げられていく。
大破したプロテウスに、群がっていた蟻たちも、攻撃を止め。空に向かう光に、身を任せていた。
「ちょっと、どういうことなの」
ゲイのチームメイトが、不信の声を上げる。エルムには、すぐに事情が分かった。どうやら、負けたらしい。いや、勝ったとも言えるか。
奴らが求めている進化の段階に必要なデータが、揃ったのだろう。
ストームチームが、ブレインを破壊し尽くしたのだ。だがそれは。敵が大満足して帰って行ったことも意味している。
あの巨大宇宙船に、一発ぶち込んでやりたい。
しかし、空に向けてロケットカノンを放とうとして、マシントラブル。撃てないのだ。どうやら、瞬時に攻撃行動を無効化されたらしい。どの武器を試してみても同じ。コックピットを開けて、空に向けてAF100もスティングレイMFも撃とうとしてみたが、駄目だった。
舌打ちする。
これが、本来の技術力格差だ。
連中は、地球人でもどうにか出来る技術を持ってきて「くれていた」のだ。その気になれば、武器さえ撃たせてくれない。それが、銀河系を支配する超種族と、地球の中でさえ内紛を繰り返し、差別と憎悪をぶつけ合ってきた地球人類の差だ。
ストームリーダーは、今頃奴らに有り難い聖典でも聞かされているのだろうか。そして吐き捨てているだろう。
クソ喰らえと。
乾いた笑いが漏れてくる。
地球上でも、圧倒的な武力で、弱者を蹂躙するような蛮行は、散々行われてきた。その殆どは、欲得尽くのゲスの手によって為された。
しかし、今終わったそれは。
種族の命運を賭けた行動で。地球人の理屈にも配慮して。なおかつ、戦後には、復興のための技術や資源までも置いていくというもの。
遙かに紳士的で、道徳的な行為である事は疑いない。
それなのに、どうしてこうも腹が立つのか。一方的に理屈を押しつけられたのなら、まだ怒ることも出来るだろう。
奴らは地球人の理屈に合わせて。なおかつ地球人が抵抗できる兵器を揃えて。そして自分の目的が達成された後は、復興のためのお膳立てまでして、帰って行ったのだ。それが余計に腹が立つ。
宇宙船が、空の向こうに消えた。
震える手で、バイザーに触れる。
「此方、東京基地に増援として来たストライクフォースライトニング! 敵性勢力、地球から消滅! ただし、東京基地の被害は甚大! 第五艦隊も、大半が海の藻屑だ! すぐに、動ける地球人は支援に来い!」
「准将、お怒りですね」
「当たり前だ!」
何の罪も無い部下に怒鳴り散らすと、エルムは更に叫ぶ。
救援が来ないと、死者が増える。
戦闘は終わった。軽傷者は後回しにして、すぐに重傷者を収容しろ。今の技術なら、死にさえしなければどうにでもなる。
叫んでいて、自分でむなしくさえなった。
その技術が、奴らからもたらされたことを思うと、反吐が出そうになる。
頼らなければ、多数の人が死ぬ事も考えると。手段など選んではいられない。放って置いて死ぬ人が出るくらいなら、悪魔の手でも借りるしかない。それが本当に口惜しい。
放置すれば、ストームチームからも死者は出る。
結局、敵の技術に頼るほか、路は無いのだ。
これ以上報われない戦いがあるだろうか。
結局、最後まで地球人は。フォーリナー共の手のひらの上で、転がされていたのだ。遙か彼方の星から、此処まで軍勢を送り込めると言うだけでも、相当な差。ましてや、銀河系を支配している種族ともなれば。
この程度の差は、当然と言う事か。
頭で理解できるのと、納得できるのは別。歴戦を重ねたエルムでさえ、それは同じ事だ。
ベガルタを動かして、プロテウスの方へ。
周囲には、まだ無事なベガルタがいる。特にカーキソン元帥の乗ったベガルタは、ゲリラ戦の達人らしく、全く新しい傷を受けていなかった。
あれだけの攻撃に晒されたというのに、大したものだ。
カーキソン元帥は、全体の指揮を執ると言い残して、すぐに東京基地の中枢に向かった。後を任されたエルムは、プロテウスの状態を確認。
搭乗員はあらかた無事。だが、日高司令は、大破したときにしたたか壁に体をぶつけたらしく、吐血していた。
膝を折って倒れかけているプロテウスを、ベガルタ数機がかりで寝かせて。中の人間達を、非常ハッチから救い出す。
キャリバンが来た。
どれも旧式で、戦闘には耐えられないものばかりだ。
穴だらけの東京基地を走り回って、生存者を救出していく。手足だけや、首だけになってしまった者も。拾い集めていく。
地下のシェルターにいた者達にも、当然被害が出ていたようだ。
あれだけの苛烈な砲撃だ。
東京基地の頑強な守りでも、どうにも出来なかっただろう。
「最終的に、今回の作戦に参加した人員は海軍、空軍も併せ、千五百六十七名。 その内、八百七十名が戦死した模様です。 死者はもう少し増えるかも知れません。 民間人協力者および、民間人の死者は、二万に登る模様」
部下の報告に、そうかとだけ答える。
ストームリーダーは。
無事だという話だけれど、エルムは聞かされている。彼奴は、今回の一件が終わったら、姿を消すつもりらしいと。
分からないでもない。
英雄として、ストームリーダーがなしえたことは、あまりにも大きすぎる。各国政府も、前回の件でさえ、ストームリーダーを恐怖し、必要以上に警戒していたのだ。一度ならず二度までも世界を救った英雄は、もはや人間の枠組みから外れてしまっている。普通の人間が、ストームリーダーを敵と認識するまで。そう時間は掛からないだろう。
ストームチームからは、死者は無し。
ただし、ストームリーダー以外の全員が、重傷を負っていた。特に副リーダーの、ストームリーダーの姉。嵐はじめは、極めて危険な状態だそうだ。
俺は、結局ストームリーダーを超えられなかったな。
エルムはそう自嘲したけれど。
それで良かったのかも知れないと、思い直す。
絶望は。
今や、ストームリーダーの眼前に、巨大な闇として、拡がっているはずだから。
今、此処でストームリーダーを暗殺しろという指令が来てもおかしくない。
嘆息すると、エルムはベガルタを使って、救助活動に移る。
まだ動ける軍人は稀少だ。
手はいくらでもいる。
オメガチームの生存者をまとめると、アシャダムは病院に向かおうという部下の提案を拒否。
ヒドラに乗り込むと、自室に入った。
何だこの結末は。
ウィスキーの瓶を開ける。体中が痛いが、放置しておく。どうせカプセルに入って体を休めた後、適当に診察を受ける。
敵の残党さえ、多分もういないだろう今。
戦いしか出来ないアシャダムの未来は、明るいとは思えなかった。英雄として持ち上げられるだろうが。それはそれだ。
古参の部下も、殆ど生き残ることは出来なかった。
今回の大戦で、欧州はほぼ全滅状態だ。北米や極東もそれは同じ。世界の人口は、十億を切ったかも知れない。
今回の大戦が始まるまで。
アシャダムの待遇は、決して悪くなかった。
しかし、今になって分かった。ストームリーダーをいざというときに押さえ込むため。アシャダムという、人間であり、その枠組みで最強の戦士である存在が、必要だったのだと。
拳をデスクに叩き付ける。
今後はおそらく、アシャダムも不要な存在の仲間入りだ。
それに何より、敵に好き勝手をさせた上に、勝ち逃げされたのが気にくわない。しばらく無心で飲んでいると、バイザーが鳴った。
医師からだ。
このヒドラにも、専任の医師はいる。
「何だ」
「すぐに医務室に来てください」
「俺は死ぬような怪我はしていない。 どうせ後でどうにでもなるんだろう? 部下を優先してくれ」
「貴方の怪我の話ではありません」
だったら何だ。
アルコールの勢いもあって、アシャダムが凄むが。医者は一歩も引かなかった。
おそらく、柄が悪い兵士達の対応で慣れているからだろう。
「ストームリーダーからです」
「……分かった。 すぐに行く」
ストームチームが壊滅状態になっているのは、アシャダムだって知っている。あの激戦の中、最初から最後まで戦い続けていたのだ。
ストームチームの苦闘には、本当に頭が下がるし。
オメガチームが到着した時、彼処までブレインが削られていたのも、ストームチームのおかげ。
不快な話だが、敵は正直な話。
ストームチームがあれだけ戦わなければ、そもそも地球から出ていかなかっただろう。あの巨大宇宙船の性能。マザーシップなど、芥子粒に思えるほどの代物だった。相手が本気になれば、地球など二秒で粉みじんに出来たのだと、よく分かった。
戦える相手では、そもそもなかった。
戦わされていたのだ。
それでも、敵を満足させて、追い返すことが出来たのは。EDFの苦闘の成果。特に、ストームチームの活躍は大きい。
アシャダムも、ストームチームには感謝している。
だから、話があるなら、出向かないといけないだろう。
これでも、仁義や信義は持ち合わせているつもりだ。戦闘だけしか生き甲斐がないアシャダムだからこそ。
大事にしたいものもあるのだ。
医務室に出向く。まだヒドラは発進していない。どうやら東京基地地下の医療設備だけでは足りないらしく、駆けつけたヒドラの医療設備は、どれもフル活用されているようだった。
多分欧州には、この様子では当面戻れないだろう。
世界各地との通信は復活している。
アースイーターがまるごといなくなったのだから、当然だろう。あんなもの、敵巨大宇宙船から見たら、艦載機の一部程度に過ぎなかったに違いない。
「ストームリーダーは」
無言で、医師が専用の通信設備を顎でしゃくる。
周囲はけが人の手当で、修羅場だ。痛い痛いという悲鳴や、駆け回る医療スタッフの喧噪の中。
酒臭いアシャダムは。例え英雄でも、いい顔をされなかった。
「此方オメガチームリーダー」
「先ほどは助かった」
「姉君は無事か?」
「あまり良くない状態だ。 知っての通り、姉は超快復力を備えているが、それでも当面は目を覚ますことはないだろうな。 ひょっとしたら、もう目を覚ますことはないかも知れないと、医師には言われている」
そうだろう。
ストームリーダーが別れる前に少し言っていたが。ストームリーダーが戦うためのお膳立てを整えるために、必死に嵐はじめは奮闘していたという。ストームリーダーに向く攻撃を悉く自分ではねのけ、盾になった。
だから、戦いが終わって。その場で倒れるほどのダメージを受けていたのだ。
「一つ、頼み事がある」
「何だ。 大概の話なら聞くぞ」
「これから、オンリー回線を開いて欲しい。 キーを転送するから、受け取ってくれ」
キーと来たか。
勿論、快諾する。
アシャダムのバイザーは、幹部用の最高機密が盛り込まれたものだ。生半可なハッキング程度ではびくともしない。
内部のデータは若干雑に扱ってはいるが。それでも、現状のEDFの最新機密が詰め込まれたデバイスなのだ。
キーは極めて単純なもので、番号をそのまま入れてある。
暗号化もされていて、アシャダムの専用キーでないと解除できない。これは何かと聞き返すと、ドアのセキュリティキーだと言われた。
それで、何となくぴんと来る。
「あんた、シェルターにでも籠もるつもりか」
「場所は言えないが、おおむねそうだ。 私は兎も角、姉貴がそもそも、もう限界だってのは分かっていた。 今後地球人が、フォーリナーの襲撃に備えなくても良くなったときに、姉貴に何をするかは知れている。 私は自分を守り抜く自信があるが、姉貴まで守りきれるかは分からないからな」
同じキーが、ストームチームの幹部にも、渡されるようになっていると言う。
シェルターの場所も、分散して情報を教えているそうだ。
非常に厳重だが。
まあ、立場を考えれば、仕方が無い事だろう。むしろ、ストームリーダーには、同情してしまう。
「オメガチームリーダー。 これからどうするつもりだ」
「EDFに残るさ。 俺には戦い以外に出来る事はないし、傭兵にでもなったら、敵を殺しすぎて、地球の復興に支障をきたす」
「そうか。 それが良いかもしれないな」
「あんたが起きて生きられる世界が、早く来ることを祈る。 地球人が少しは進歩してくれると良いんだがな」
通信を切る。
あまり長く通信していると、余計な連中に嗅ぎつけられる可能性もある。これでいいのだ。
医師に五月蠅く言われたので、診察を受ける。
「よくありませんな」
「末期癌でもなければ大丈夫だろう、今の技術なら」
「その末期癌です。 正確には、その前段階です。 これから、しばらく治療に専念していただきます」
舌打ち。
本当だったら面倒だ。実際、アシャダムも体を無理矢理治しながら、前線に立ち続けたのだ。無理がたたったのである。実際、急速医療で体を治しながら戦った人間が、重度の病に冒された例も報告されているそうだ。
今の技術なら、癌も余程酷い状態でなければ克服できる。むしろ運が良かったと想って、諦めるべきなのかも知れない。
いずれにしても、しばらくは出来る事もない。
アシャダムは、言われるまま医務室に移ると。これからの治療について説明する医師の話を適当に聞き流すことにした。
どうせ総指揮はカーキソンが執るのだ。
実戦部隊の出番は、もう無い。
戦いが終わって。
キャリバンの中から、全てを撮影していた柊一歌は、愛用のカメラを下ろしていた。ストームチームから散々嫌われながら、時には罅さえいれかけながらも。正しい情報のために、取材を続けてきた。
そして、最後まで戦いにつきあい。
できる限りの情報を集めたのである。
嫌われることはむしろ勲章。
正しい情報を得ることだけが、ジャーナリストの本分。
そう考えて、柊は今までずっと動いてきた。
勿論、良心が痛んだこともある。
嵐姉弟が、案外孤独で真面目な性格をしていることや、戦いに悩んでいることも分かったし。
彼らが意外に、人間らしい感情を持ち合わせていて。生半可な姉弟よりも、強い信頼関係を持っている事。
嵐はじめが、自分より優れた弟にコンプレックスを感じながらも。誰よりも大事な肉親とも考えている事。
そんな事が分かると。ストーカー同然の密着取材を続けてきたことが、何だかむなしく感じる事もあった。
だが、それ以上に、正確な情報が大事だと思ったから。この非人間的な作業も、続けられたのである。
最後の戦いも、ばっちり収めることが出来た。
ストームチームは病院に収容されるか、何処かに去ってしまった。多分これから、色々忙しいのだろう。戦いが終わったことは確認できたし、柊としても、密着取材は此処までだ。
東京基地は更地になってしまったが。
地下空間はかなりの部分が無事。砲撃が貫通した場所もあったが、それはあくまで一部。多くの死者は出したようだけれど。彼方此方にある居住スペースはあらかた無事で、柊が借り受けている場所も大丈夫だった。
腰を落ち着けて、情報の精査に入る。
しかし確認してみると、あの巨大宇宙船や。
ドラゴンが語っていたことは、いっさいカメラには残っていなかった。言っていたことは覚えているけれど。ひょっとすると、宇宙人が余計な配慮をしたのかも知れなかった。
ストームチームの戦いぶりは、映像に残す事が出来た。
それで、今は満足するべきなのかも知れない。
型落ちのキャリバンが、大勢地下から出てきた。負傷者を運んでいく。柊は邪魔だと言われて、キャリバンを追い出された。まあ、戦闘が終わったのなら、それも当然か。辺りには不発弾もあるだろうから、アーマーはまだ外せないが。
ストームチームの面々は、もういない。
ストームリーダーが、倒れたはじめ特務中佐と一緒に、地下へ消えるのは見た。他のメンバーの内、無事だったのは日高中尉くらい。彼女はキャリバンで来た面々に、何処に誰が倒れていて、どれくらい怪我していると、適切に説明していた。
破壊され尽くした、東京基地を撮影して廻る。
通信状態が、非常にクリアになっている。多分各地の地下シェルターも、今頃戦勝に沸いているはずだ。
戦勝か。
それどころか、実際は敵が満足したので帰って行っただけ。
地球人類は、戦闘奴隷化を免れたけれど。
戦争が終わり、宇宙人の脅威がなくなった今。きっと地球は、以前と同じ。多数の民族が、仁義なき殺し合いを続ける混乱の坩堝に逆戻りしていくことだろう。
少し休んでから、地上に戻る。
休んだ間に、かなり片付けが進んでいた。特にもう死体や重傷者は、何処にも見当たらない。最優先で処理を進めたのだろう。ただし、戦闘兵器の類も、殆ど原型をとどめているものがない。
戦っていた辺りに来ると、ストームチームがずっと使い続けてきた兵器の残骸が見受けられた。
敵をたくさん倒してきたイプシロンも。
制圧火力として活躍してきたネグリングも。
あのアースイーターとの戦いで、文字通り粉みじん。殆ど残骸も残っておらず、無惨極まりなかった。
撮影を続けていると、ジープで誰かが来る。
手酷く負傷した、日高司令だ。直接取材をした事はないけれど。ストームチームが話しているのは、何度か見た。負傷を押して、ジープで現場に来たらしい。仕事熱心な事である。
運転しているのは、誰だろう。
まだ若い娘だが、彼女も頭に包帯をしている。
「司令、もう戻りましょうよう」
「馬鹿を言うな。 司令が健在な姿を見せれば、それだけ勇気づけられる兵士もいる」
「それはそうでしょうけれど」
黙礼して、ジープの側を通り過ぎる。
日高司令は無能なことに定評があったが、不思議と兵士達からは嫌われてはいなかった。勿論毛嫌いしている者もいた。娘の日高中尉などはその典型だろう。
こういった正しい行動を、負傷を押して執る事が出来る。
その辺りが、嫌われない要因なのだろう。
やるべき事のためには、手段を選ばなかった私とは、真逆の人間だな。そう、柊は思って、苦笑いした。
通信が劇的に改善している。
編集長とも、連絡が取れる。ずっとシェルターに閉じこもって、生きた心地がしなかったらしい。
「そうか、地球から宇宙人は去ったのか」
「これからは、また人間の歴史が戻ってきます」
「それが良いことかは別として、とにかく今はご苦労様。 データを編集して、特番に備えておいてくれ」
通信を切ると、嘆息する。
平和なんて、きっと長続きしない。或いはあの宇宙人共、放っておけば地球人は内紛の末に自滅すると考えているのかも知れない。ましてや今は、明らかに地球人の手に余る技術や、膨大な物資を敵が残したのだ。
人口は昔の十分の一になってしまったが。
それでも、人間は変わらない。すぐに爆発的に増えて、どうせろくでもない争いをまた始めることだろう。
EDFは、どうなるのだろう。
あれだけ引っかき回しておいて、おかしな話だが。
私は、せめて。
あの最後まで戦い抜いた姉弟が、少しは報われると良いなと思った。
3、それからの刻
呼び出しに、目を擦りながら起き出す。
あくびをして、バイザーを手にする。EDFの幹部になっても、こればかりは、どうしようもない。
生理的な反応を抑える技術は著しく進歩した。
今では、カプセルベットが標準的に各家庭で使われている。私が使っているのも、それだ。
これを使っていると、寝ている間にヘルスチェックもしてくれるし、簡単な病気は即座に治してくれる。癌も早期に発見が可能だ。何よりベッドなどより遙かに寝心地が良いし、一日の睡眠時間を二時間程度に抑えても、体に無理が出ない。
平均寿命は百三十五歳に達するだろうとも言われているが。
あの戦いから七年。
まだまだ、そんな平均寿命が実現するには、遠い。
軍服に着替えて、外に。
ジープが寮のドアに横付けする。運転しているのは。はじめ特務中佐にそっくりに成長した、ナナコだ。背も少し伸びたけれど、私よりはだいぶ小さい。
「日高大佐、行きましょう」
「相変わらず早いねえ」
「すぐ近くに住んでいますから」
此奴も、今や中佐。
それぞれ准将になってから引退した涼川さんや香坂夫妻、それに谷山さん達は、今は中々会う事もない。
あの激しい戦いの日々は。
夢だったようにさえ思えてくる。
ジョンソン中将は、今やEDFの地区司令官だが。此方は此方で、どうにも毎日が退屈で仕方が無いようだ。
エミリーさんはカリンさんの次に、ペイルチームのリーダーになって。今はもう准将。退役しないで、ばりばり現役で活躍している。
「今のうちに、目を覚ましてください」
「はいはい」
ジープを走らせながら、ナナコは言う。
昔は、変わり果てた私に、いちいち悲しそうにしていたのに。最近は、もう慣れたらしい。
どうやら旧ストームチーム若手メンバーは、私をリーダーとした一派閥としてみなされているらしく。
戦場での凄まじい活躍もあって、私が多分次のストームリーダーだろうとも、噂されているようだった。
ストームリーダーか。
正直、あれから腕を上げた今でも、あの人と。それに嵐はじめ特務中佐には、勝てる気がしない。
二人とも、戦闘が終わった後、何処ともなく消えた。
はじめ特務中佐は酷い負傷をしていたのに。無事なのか、とても不安だ。
復興してきた街を、ジープで行く。
今や車には全てにオート操縦機能がついていて、事故が起きそうになると、自動で停止する仕組みが取り入れられている。このため、交通事故による死者は、一年半前の停電の時を境に、全世界で起きていない。
町並みは少しずつ拡がっていて、世界最大の集約型超巨大都市は、徐々に姿を取り戻しつつある。
その中心からわずかに外れたところに。
EDF東京基地。
極東総司令部は存在しているのだ。
入り口の検問で、身分証を見せる。身分証には、ストームチーム所属のあかし。私が現状ナンバーツーであるストームチームは。現在のナンバーワンである親城中将がそろそろ引退するという話もあって、事実上私がチームを仕切っている。
現在のメンバーは二十五名。
いずれも世界中から選び抜かれた精鋭で。
またいつ攻めてくるかも知れない(とされている)フォーリナーに備えて、訓練を続けていた。
入り口から奥に入ると、以前より遙かに近代化した東京基地の光景が目に飛び込んでくる。
メタリックな色彩もあるけれど。自然なビルも幾つかある。
それらの全てが、以前とは比較にならない強化装甲で守られていて。自動防空システムは、現在でも空に目を光らせている。
軌道衛星上には、フォーリナーの迎撃のための、キラー衛星が多数。
現在。
地球人は。
フォーリナーが、もう攻めてこない事を、知らないのだ。
本部に到着。
父と顔を合わせるのは正直気にくわないが、仕方が無い。ちなみに父は大将のまま。総司令官であるカーキソン元帥が現役なので、これは仕方が無いだろう。ただし次の元帥は、父だろうとも言われていたが。
敬礼して、会議室に。
親城中将は既に来ていた。軽く話すが、やはり衰えが酷いようだ。超人達に混じって、いい年なのに無理を続けたからである。
「君は円熟しているな」
「アンチエイジングナノマシンを入れていますから」
「そうか」
特に否定もしない親城准将。
現在、アンチエイジングは簡単にできる。私は実年齢が二十代後半に入っているけれど、これを使って年齢を二十歳にずっと保っているのだ。そうすることで、戦闘力と頭のさえを維持する。
理由は簡単だ。
EDFが世界の敵認定されたときに、備えるためである。
父が来た。
もう随分長い事、家には戻っていない。父は私を一瞬だけ見たが、それだけだ。
咳払いすると、話し始める。
「復興作業が進むにつれて、物資の提供を求める声が大きくなってきている。 フォーリナーの恐怖が薄れているから、だろう」
何を茶番を。
もうフォーリナーは、攻めてこない。
彼らは、地球上でするべき事を、全てしていったのだ。だが、その後の事を考えて、EDF総司令部は、最後の戦いについて、ねつ造した。
爆発四散したブレイン。
破壊されたアースイーター。
マザーシップは巨大生物を回収すると、空に去って行った。
奴らはこう思ったに違いない。割に合わないと。
我々は、最後まで激しい抵抗を続けることで、勝つことができた。多くの犠牲を。あまりにも多くの犠牲を出したが。勝ったのだ。
その宣伝文句を見た時、私は考えた奴を殺すべきだと思った。
あの戦いで、どれだけはじめ特務中佐が、絶望したか。寡黙な中に、どれだけの怒りを、ストームリーダーが抱えていたか。
私は正直、戦いで頭がおかしくなった。それは認めるが。
二人が本当に人間らしい人間で。ずっと苦悩しながら戦っていたか、良く知っている。涼川さんも、それを思って。黙って探すのを止めたのだ。
「我々としても、市民と対立するのは避けたい。 できる限りの物資を渡していくつもりではあるが。 しかし、敵の再来の可能性がある以上、ある程度の軍備拡張は必要だ」
「そこで、提案が」
挙手したのは。
小原博士の跡を継いで、EDF科学陣のトップに収まった三島徳子。此奴もアンチエイジングナノマシンを使っているが。問題は、十代半ばにまで容姿を戻していることだ。実際はその倍も年を取っているくせに。
物理的に若作りが出来る今。
見かけと実年齢は、一致しない。
「現在、衛星軌道上のキラー衛星は絶対防空圏を構築していますが、早い段階で月に進出を進めるべきかと思います。 月の資源を有効活用して、EDFと市民の対立を緩和すべきかと」
「具体案を出してくれるか」
「此方になります」
手際よく用意されたレポート。
ざっと目を通すが、悪くない。また、幾つかの彗星についても捕獲して、資源衛星化する計画もあるようだ。
「分かった。 良い計画に思える。 各国首脳に提案してみよう」
次と、指示を出す父。
寿退職した「元」戦術士官がこの職場を抜けてから、新しい秘書代わりの人材には、これといった者が出ていない。
今の秘書官も有能とは言いがたく。私も、しらけた目で、あまり仕事が出来る方では無い秘書官を見ていた。
幾つかの問題が処理された後、私達に話が回ってくる。
「親城中将、ストームチームに一つこなして欲しい仕事がある」
「何なりと」
「月探査チームを護衛して貰いたい。 前回の大戦では、マザーシップが攻撃前に、月に集結した。 フォーリナーの何かしらの防衛設備や、残していった機械類がいてもおかしくは無い。 月探査チームも、君達の護衛であれば、納得するだろう」
「分かりました」
粛々と従う親城中将。
会議が終わる。私とナナコに、もう引退間際の中将は、面白くも無さそうに言う。
「退屈が顔に出ていたぞ」
「すみません。 実際に退屈だったもので」
「君は相変わらずだな。 まだ父君を許す気にはならないのか」
「戦場で散々苦労しましたからね」
心が狭くなった事は分かっている。
会議に真面目に臨んでいるナナコを見ると、昔はこうだったのかもしれないとも思う。だが、壊れてしまったのは仕方が無い事だ。
鹵獲技術によって、月はとても身近な場所になった。以前よりも遙かに簡単に、出向くことが出来るようになったのだ。
ただし、絶対防空圏の外側なので、あくまで軍か、探査チームくらいしかいかない。それも、フォーリナーの遺失物があるかも知れないと言う、調査が目的となっている。
アーマーが進歩したおかげで、昔のようなごつい宇宙服は必要なくなり。
今では、かなりスマートな宇宙服で、船外活動が可能だ。
探査チームが船から出て行くのを見ると。
私は久々に結集した、あの頃一緒に戦ったメンバーを、一瞥だけした。
三川は少し前に結婚したが、寿退職はせず、未だにストームチームに残っている。子供を産む気は無いらしく、ただし遺伝子情報を提供して、作ってもらった子供を育てているそうだ。
これは子供を産む事によって、産休を取らなければならないから、らしい。
激しい戦いを経て、三川も何だか変わった気がする。
或いは、私と同じように壊れたのかも知れない。最終決戦で大けがをして、意識が戻るまで時間が掛かったが。
その間に何か見たのかも知れない。本人が語らないので、どうとも判断はつかないが。
矢島は、今やフェンサースーツの大家。
あの戦いから三世代ほど強化されたフェンサースーツの試験にいずれも関わり、最新鋭品を毎回貰って使いこなしている。
私が見たところ、まだまだはじめ特務中佐ほどではないけれど。
今では、世界最強のフェンサースーツ使いとして、疑う者はない。
最近は引退して猟師に戻った香坂夫妻の所に、黒沢と一緒に出向いては、料理を振る舞ってもらっているそうだ。
原田は色々な部隊で、教導をしている。
これが非常に評判が良い。
実戦ではどうしてもパッとしないところが目だった原田だったけれど。自分で四苦八苦しながら色々とコツを掴んでいったことが、後進の育成に役立っている様子だ。実際、ストームチームの新人達も、原田をとても慕っている。
池口はというと、誘導兵器の開発に協力。
ネグリングの後継機種を毎回操っては、そのアドバイスをしている様子だ。実戦からは離れていたが、今回は最新鋭の誘導ミサイル兵器を船に乗せてきたので、彼女に任せている。
黒沢は彼方此方を出向して、各地のチームでのブレインを勤め上げてきた。
緻密な整理された頭脳は、何処の部隊でも重宝されたけれど。頑なにスナイパーとしての自分を貫き。戦いの際以外では、一切汚い手を使わなかったという。それを聞いて、ストームチームの最初の頃の黒沢を思い出して、驚いた私だけれど。
結局黒沢がストームチームに戻ってきて、もっと驚かされた。
筅が乗っているベガルタM5を見上げる。
ベガルタAXをベースに改良を進めた次世代型の、更に次世代タイプ。
巨大生物など、もはや紙くずのように引き裂ける圧倒的な力を持ち。自由自在に空を飛び回ることも可能な、最新鋭兵器だ。
筅が蓄積してきた戦闘データが、次世代型構築の要になったのは、言うまでも無い。
本人は相変わらず控え目な性格で、思った事もあまり口にすることはないけれど。戦闘での猛々しい有様は健在。
ベガルタに乗ると人が変わるという評判は、相変わらずだ。
これに十一名の新人が加わって。
周囲を、油断なく警戒して見張る。
私の補助役に収まっているナナコが、先行して探索隊の障害がないか確認していたが。フォーリナーが戻ってくるはずもない状況。正直、茶番以外の何物でもない。
すぐにナナコは戻ってきた。
「敵性勢力はなし」
「探索隊」
「分かっています」
促すと、すぐに探索をはじめる科学者共。正直、此奴らのおもりは、面倒でならないけれど。
万が一もある。
よりによって、ストームチームが失態を晒すわけにも行かない。私は退屈を感じながらも油断はしていなかった。
探索が終わるまで、六時間ほど。
結局最後まで何も無かったけれど。
それでいい。
私達は、暇で良いのだ。
地球に戻ってきた後、シャワーを浴びる。
さっぱりしたけれど。
今の時代。その気になれば、カプセルに入るだけでかなりのリフレッシュが出来る。人間の脳の解析は進んでいて。しかも、あの地獄のシェルターでの生活が、それを促進もしたのだ。
谷山さんから通信が来る。
此奴は、ストームリーダーとはじめ特務中佐が何処に消えたか、知っていると私はにらんでいる。
勿論教えてはくれない。
頭が壊れている今の私には、言えないと思っているのだろう。
「日高大佐、今暇があるかな」
「はあ、問題ありませんが」
「注意して欲しい」
不意に、谷山の声が沈んだ。
谷山によると、国連が主体になって、EDFとは別の軍組織が再建される予定だという。
対フォーリナーの武器で統一されていた今までの防衛軍組織とは違う。対人兵器を中心とした、旧来のものだそうだ。
これはつまり。
EDFから、主権を奪い返す前段階と見て良いだろう。
「暗殺があるとすれば、真っ先に狙われるのは君達です。 気をつけて欲しい」
「分かっていますよ」
実はもう、何度か襲撃未遂はあったのだ。
その度に丁重にお帰り願っているが。
ストームリーダーとはじめ特務中佐は正しかったのである。こうなることが目に見えていたから、姿を隠したのだ。
「フォーリナーについて、真相はEDF上層にしか知られていないはずですが」
「誰かが情報を漏らしたのか、それともハッキングによるものか。 いずれにしても、これから厳しい局面が来るでしょうね」
言われるまでも無い。
通信を切る。あまり長く話していると、それが傍受される可能性もあるからだ。嘆息すると、私は思う。
はじめ特務中佐。ストームリーダー。
貴方達は今、何処で何をしていますか。
地球は、フォーリナーとの戦いが終わった後。たった数年で、また元の木阿弥になろうとしています。
同一種族同士での差別、利権の争い、殺し合い。
銀河系一排他的で、凶暴で残虐な種族の本領発揮というわけです。
貴方達がいたところで、どうにもならないことは分かっています。はっきりいって、混乱が加速した可能性さえあるでしょう。
しかし、それでも。
いて欲しかった。
バイザーを出して、装着。横になって、ニュースを確認する。
各地で復興が進む反面、やはり色々な問題が噴出しはじめている。フォーリナーとの戦いの際は、それでも無理矢理押さえ込むしかなかった問題が、押さえ込めなくなってきているのだ。
このままだと、近いうちに。
紛争が発生する。
地球上には、また対人用の武器が溢れ。やがて、大国同士が仁義なき殺し合いをはじめるようになるだろう。
ひょっとすると、だが。
放っておけば地球人が滅んでしまうのは確実だから。フォーリナーは、急いで収穫に来たのかも知れない。
乾いた笑いが漏れてくる。
フォーリナーに、地球からいなくなってもらった今も。
地獄は、決してこの世から遠のいていない。
また、呼び出しが鳴る。
今度は、父からだ。
「招集だ。 急いで欲しい」
どうせ、ろくでもない用事だろう。小さくあくびをすると、適当に受け答えだけをして、私は軍服を着込んだ。
どうせ地獄がずっと続くのなら。
せめて、自分の力で、地獄を打ち払っていきたい。
そう、私は思うのだった。
エピローグ、護星の戦士
少しずつ、意識が覚醒していくのが分かった。
此処は。
覚えている。
最後の戦いが終わった後、籠もった最終シェルターだ。フォーリナーとの戦いが長期化するときに備えて、開発が進められていた、超長期冷凍睡眠装置。
そして、私が目覚める時は。
このシェルターが開くときと、知っている。
二重三重の偽装が施された此処は、知っている者がそもそも殆どいない。開けるためのパスワードでさえ、複数に分割して、信頼出来る人間に託したのだ。しかも、一つでも失われると、開かない。
内側からは開けられるけれど。
正直な話、開ける気は最初から無い。
眠っていられるなら。世界の終わりまで、眠っているつもりだった。それが、目が覚めたという事は。
このシェルターに、侵入を試みている者がいて。
そして、間もなく入ってくる、という事だ。
物理的な破壊が試みられた場合、このシェルターに接続されている核融合炉が爆発するようになっている。
これを作ったのは、国連の要人の一人。
絶対に助かりたいし、虫に食われるのも嫌だ。
そういって、地下シェルターの更に最深部に。こんな仕掛けを作ったのだ。勿論本人がいないということは、どういう結末に終わったかは明らか。避難の途中に、巨大生物に食われたのである。
そして此処だけが残った。
小原博士の置き土産のデータから、偶然存在を知った三島が。シェルターを用意して欲しいと言う弟に、これを準備して渡したのだ。他にも小原博士の置き土産は、色々と地味な形で最終決戦で役立っていたそうだが。具体的にどのように役だっていたのか、私は良く知らない。
カプセルが開く。
ぼんやりと霞が掛かった頭を振って、まずはバイザーを身につける。時計を確認すると、眠りについてから、百七十年が経過していた。
そうなると、ここに来ようとしているのは、宇宙人かも知れない。勿論、此方を確実に殺すためという可能性もあるが。
シェルターの外には、警告の一文もある。
状況から考えて、多分相手は、正面からパスワードを解除して、入ってこようとしている。もし手段を選ばず殺すつもりなら、核融合炉を爆破するはずだ。もっとも、たかが二人を殺すために、其処までするとは思えないが。
念のため、側にあるAF100を手に取る。
銃弾について確認。此処にも小さな弾薬庫はあるし、しばらく戦うだけの備蓄は充分にある。
弟は。
隣のカプセルを見て。
私は愕然としていた。
カラだ。
誰も入っていない。そんな馬鹿な。最後の戦いの時、酷く傷ついた私を、弟は引きずって。このシェルターに連れて来たではないか。
まさか、彼奴。
私だけをシェルターに残して、出て行ったのか。
酷く自分が動揺しているのが分かった。弟が、こんな事をするなんて。彼奴は一体、どこに行ってしまったのだろう。
慌ててカプセルから出て、転びかける。周囲は非常用電源で照らされていて、お世辞にも明るいとは言いがたい。
まだ体は本調子じゃない。
頭を振って、混乱を何とか押さえ込もうとする。体は、大丈夫だ。鈍っていない。馬鹿が金と技術の粋をつぎ込んで作ったこれは、冬眠なんて生やさしい状態ではなくて。体だけを完全に凍結させて、その瞬間を保存し。必要に応じて、生きた状態で解凍する、ウルトラテクノロジーだ。
何とか立ち上がる。
体の方は、完全に治っている。多分強制睡眠モードに入る前に、カプセルが完全回復にまで持ち込んだのだろう。
辺りを見回して、状況を整理していく。
武装についても確認する。
深呼吸して、やがて落ち着きを取り戻すと。するべき事が、全て自分の中でまとめられていた。
この狭い場所で、いきなりフェンサースーツで戦うのは、あまり好ましくない。まずはアーマーを重ねて、簡単には死なないようにする。このシェルターは三層式で、この睡眠フロアの上は、広いホール。その更に上に、入り口でもあり、敵を防ぐための壁でもあるフロントフロアがある。
階段を上がって、ホールに。
まだ敵の姿はない。
広いと言っても、高さも奥行きもそうはない。
入り口への通路は一本だが。これは、敵を可能な限り、途中の武装で削り取るためのものだ。
最悪の事態に備えた脱出口もある。
だが、入り口が抑えられている現状。
其処も、塞がれていると見るのが自然だろう。
入り口にまで来た。
外からは、正規の手段での解放が試みられているようだ。勿論、だからといって、友好的な勢力が入り込んでくるとは限らない。
AF100を構えて、私は様子をうかがう。
バイザーに警告が来た。
あと五分ほどで、入り口が開放されるという。
舌打ちすると、私は最終チェックを行う。装備はいずれもが問題なし。もっとも、百七十年も経過した世界だ。
AF100なんて、オモチャ同然のゴミと化している可能性も高かったが。
敵対勢力に捕まったら、どうなるのだろう。
勿論自爆用の小型爆弾ぐらいは用意がある。陵辱されるくらいだったら、その前に木っ端みじんになって死ぬ。
ただ、弟と会えないのは少し悲しい。
ほどなく。
光が、差し込みはじめた。
おかしな話だ。
此処は大深度地下。どうして、光などが、差し込んでくるのか。
「開きました!」
「救世主殿は!」
何が救世主か。
声色は複数。喋っている内容からして、宗教関係者か。何だか、馬鹿馬鹿しい話だ。本物の神と一番近い相手と、一番激しく戦い。
結果吸い尽くされるだけ吸い尽くされて。
守るべきものも禄に守れなかった残骸品を求めてやってきたのは、宗教関係者だというのか。
縄ばしごが下ろされて。
降りてくる粗末な格好の人影複数。
動きからして、明らかに素人だ。武器も碌なものを持っていない。何だアレは。旧時代のライフルか何かか。
分析結果が、バイザーに入る。
危険度E以下。
全部まとめて、巨大生物、黒蟻一匹にも値せず。
ため息をつくと、私は進み出る。
「何だお前達は」
「貴方は……」
「その見慣れぬ格好! 救世主様に違いない!」
「私は救世主などではないが」
舌打ちする私に。
シェルターに入ってきた粗末な格好の連中は、まるで蛙のように這いつくばってひれ伏した。
シェルターから出て、真っ先に驚かされたのは。
辺りが草原になっていると言うことだ。
ただし、外は通信状態が明らかにおかしい。通信設備が、ないのかも知れない。
此処は東京の筈。
しかし、GPSも反応しないし、周囲のレーダーも様子がおかしかった。
一体、何が起きた。
粗末な衣服を着込んだ連中は、救世主様と私を崇めるけれど、具体的な事は何も分からない様子だ。
頭を掻くと、バイザーに蓄えられているデータを活用して、周囲の状態を順番に調べていく。
温湿度は問題なし。
歩いて行くと、海に出た。極めて美しい海だ。汚染されている様子も無いし、此奴らを脅かすような怪物だっていない。
一体此奴らは、何を怖れているのか。
ふと気付くが。
拡がっている自然は、あくまで平穏で。破壊の跡があまり見受けられない。文明の残骸に、植物が根を張ったという雰囲気は見受けられない。何かしらのカタストロフが起きてこうなったとは、思えないのだ。
戦争なり、異文明の侵略なりで、人類が滅んだのでは無いのか。
神の所に案内したいというので、私はついていく。
東京は、名残もない。
辺りにあるのは、極めて原始的な家屋ばかり。文明と呼べるものも、殆ど残っていないようだ。
ただし、貧しい生活をしている者達は、極めて健康に見える。
辺りにある自然も脅かされていることもなく。人間は、自然と極めて自然な協力関係を作り上げているようにしか思えない。
何が此奴らを、駆り立てているのか。
神だという存在の所に連れて行かれる。
石を積み上げた、粗末な祭壇。
ピラミッドのような巨大さはなく、かといって精緻なギリシャの古代神殿のような空気の良さもない。
ただ、其処にあったものは。
私を驚かせるに、充分だった。
間違いない。
祭壇に安置されているそれは。
弟のヘルメットだ。
「姉貴、来たか」
「お前……」
声は聞こえる。
そしてその声は。どうやら、祭壇の下に格納されている。この辺りに拡がった、生体コンピュータからのもののようだった。
弟を神と崇める連中には、外に出て貰う。
そして、話を聞かせて貰う事とした。
一体世界に何をしたのか。人類は、どうしてしまったのか。
弟は、こともなげに、いう。
「人類は、宇宙に出るのを急いだ。 そして多くの犠牲を出しながらも、フォリナが文明人と認めるランクまで技術力を伸ばした。 その結果、フォリナと第二の遭遇を果たしたのだ。 今から七十年ほど前だな。 そして約束通り、フォリナに厚遇されて、一定の地位を銀河系で獲得。 今は七つほどの星系に拡がって、人口も二百億少しまで増えている」
「では、此処の有様は何だ」
「此処はな、地球を出て行くのを嫌がった連中の子孫達が暮らしている場所だ。 地球は現在、非常に重要な保護区域とかしていて、フォリナが管理している。 此処にいる人類は、言うならば昔でエコロジストと称した連中だ。 そして彼らは、いつ外にいる神々、フォリナのことだな。 フォリナが怒って、功徳が足りない自分を殺戮しようとするかも知れないと、怯えている」
愕然とする。
たったの七十年で、地球に残った人類は此処まで退化したのか。
確かに、昔のSF予想図などで、こういった光景はあった。自然との共存を目指した人類の未来図という奴である。
此処にいる此奴らは、自然との理想的な共存を果たすことで、脅威を忘れた。
いや、違う。
普段ないからこそ、圧倒的な脅威を、むしろ神威として恐れるようになったのだろう。そして、弟は。
フォリナと、取引をしたのだという。
自身のデータをくれてやる代わりに。半永久的に生きられる肉体と。そして、この地区の管理権を手に入れたというのだ。
言葉が、出ない。
弟の意図が、分かってしまったからだ。
このやり方なら、地球を完璧なまでに守れる。それだけじゃあない。
ずっと苦悩し続けていた私を。
より完璧な形で。苦悩から解放される。
私を傷つける奴も、戦わせようとする奴も。もはや、この世界にはいない。そして銀河系を支配するフォリナに楯突いてまで、この星に侵略を仕掛ける存在だって、現れる事はない。
私は、ただ主体性の無い恐怖に怯える連中を。
何もせず。見下し続ければ良い。
昔、私がされた事を、そのままやり返せる。
そして極限まで弱体化した此奴らには、もはや私を害することは出来ない。特にフェンサースーツを装備した場合。
此奴らを皆殺しにすることだって、私には容易だ。
「そうか、この環境を作るために、お前は」
「俺は、姉貴が苦しんでいる様子を見るのが、悲しかった。 どれだけ戦っても報われることなく、傷ついても苦しんでも、人類という存在は俺も姉貴も認めない。 英雄として評価はするが、その後には排斥するだけ。 わかりきっていた事実から目を背けられず、ただすり減っていく姉貴の様子が、ただ悲しかった」
弟は。
だからストームリーダーは。
本当の意味での、護星の存在となった。
そしてもはや、私は。この星では誰にも脅かされることはない。更に言えば。地下の彼奴との融合を果たした私には、事実上の寿命だってない。
もう私は。
気分次第で地球にいる人類を皆殺しにすることだって出来る。
私がそうしたいと願えば、躊躇なく弟は、その手助けをするだろう。
頭を振る。
そして、私は。
顔を上げた。
「お前も、私同様。 病んでいたのだな」
「否定はしない」
当然だろう。
あれだけの数を殺し、味方も殺しに殺され。毎日戦いに戦い抜いたのだから。
実のところ、ストームチームベテラン勢は、全員が弟の協力をしてくれたという。ジョンソンやエミリーまでもが、だ。
日高司令も、である。
百年ほど掛けて、地球人類が地球にこだわる必要がなくなると。
雌伏の必要もなくなった。
後は大きな恩を売りつけてやったフォリナに、取引を迫るだけ。相手は勿論、大乗気であったという。
弟の戦闘データを取ることが出来れば。
新しい肉体が老いたときにも。また新しい進化した肉体を、造り出す事が出来るのだから。
しばらく、一人にしてくれ。
そう言い残すと、私は神殿を。変わり果てた弟の所を出た。
文字通りの神となった弟は、もう人間とは言いがたい。人間としての肉体は、地下の生体コンピュータのコアとなっている上、もはや何が何だか分からないスペックの戦闘力を得ているようだ。
私のためにやってくれたと言うことは、分かっている。
それはとても嬉しいし。弟の事は今でも唯一の肉親だと思っている。
それなのに。
どうしても。昔の弟と、同じように考える事は出来なかった。
結局の所、護星の戦士とは、何だったのだろう。
歩いて行くと、石像がある。弟の信者共に聞くと、なるほど、納得がいった。これは涼川ににている。此方は谷山。
これは香坂夫妻だ。とても仲が睦まじそう。
一騎当千の猛者達。
旧ストームチームの面々もいる。死んだ奴もいるし、最後まで生き延びた奴もいる。懐かしいと思いながら、私は歩く。
山の上まで歩くと、絶景が見えた。
完璧に管理された山林。
其処は、まさに至玉の芸術。
そして、同時に。
冥界でもあった。
腰を下ろすと、私は信者共が持ってきた食糧を口に入れる。頭に来るほどうまい。これが、自然の味か。
もう、世界は守る必要さえない。
だが、しかし。
弟は、その世界を作るために、途方もない犠牲を払った。きっと、苦しいだろう。現在進行形で。
地球人類が、恩を忘れない種族だったら。弟はこんな事をしなくても良かったのだ。だが、守るべき人々が、どういう性質を持っているか、弟は知っていた。
だから雌伏に移ってからは。この計画を進めて。そして自分の全てを犠牲にして。計画を遂行した。
地球を出て行った人類は、今や大繁栄を遂げているだろうが。
もはや我々には、関係がないことだ。
そして私には、もはや弟を、どうしてやることも出来ない。
EDFという歓喜の声が。私達が戦い抜いた後、一体何年響き渡っただろう。多分、何ヶ月もなかったはずだ。
石像には、若き戦士達のものもある。
彼らは尊敬されなかった。
だからこその結果なのだろう。
ごろんと転がると、私は空を見上げる。もはや脅かされることもなく。穏やかな空気が取り戻された世界。
「あーおいちきゅうをまもるためー、いーでーえーふのしゅつどうだー」
子供が歌っている。
そうか。この歌は、きっと弟が残したのだろう。
「きらめくしょうりのいなびかりー。 うちゅーじんどもやっつけろー」
意味も分からず。
何が過去にあったかも知らず。
無邪気に歌う子供達。みんな粗末な格好をして、完璧な管理をされて。平穏な中、生きていく者達。
私に害を為す事は、絶対に出来ない。
涙が出てきた。
私は結局、最後まで。
世界がどうあろうとも。
戦士であることに、代わりは無さそうだった。
英雄が、排斥されずに生きていく世界というものは、こうも悲しく、むなしいものなのか。
涙を擦ると、体を起こす。
今はせめて、こうなってしまった世界を少しでも見て廻り。そして今後、何をするか、考えよう。
そして、私は。
無駄に有り余った時間を、どう活用するか。
少しでも、考えて行かなければならなかった。
(地球防衛軍4二次創作、2025絶滅螺旋、完)
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