ただ其処にある死闘

 

序、ブレイン猛攻

 

次々に東京基地を塞ぐようにして降りてくるアースイーター。六角形の敵宇宙船。それを片端から、叩き落とす。ただひたすら、無心のまま落としていく。

アースイーターに制圧された地域は、奪還できていない。

今まで、ただの一度もだ。

兵士達の顔に恐怖が浮かぶ。東京基地を丸ごと飲み込もうとする最強の敵。そして、敵の首魁も、既に姿を見せている。

第八艦隊を壊滅させ。

欧州では、最精鋭の一つオメガチームをも退け。

そして各地の反攻作戦を蹂躙してきた、最強の敵。そしてその首魁。予定通りの時間に来たのは、もはや小細工など弄する必要もないからだろう。

コアさえ潰せば、周囲のアースイーターごと爆破できる。

だが、そのコアにしても、ライサンダーの一撃二撃では埒があかない。データを効率的に取れる最後の敵に対して。

ブレインは、もはや容赦も遠慮も、するつもりは無い様子だ。

地上部分の指揮は、ストームチームが担当している。

既に東京基地の周囲からの攻撃は考えない。其方にはありったけのセントリーガンを配置して、地雷を置いて。時間稼ぎだけをする。

東京基地の外壁の内側にいる敵だけを、ひたすらに狙う。

もはや、それ以外に、取れる手はないのだ。

どれだけ激しく迎撃しても、

対空砲火を総動員しても。

相手は、今まで幾多のEDF基地を蹂躙してきたのだ。手が足りない。コアが破壊されても、無事なアースイーターもちらほら出始める。そういったアースイーターにも、下向きの制圧用砲台は装備されている。

間もなく。空が見えなくなる。

敵が、戦闘態勢を整えたのだ。

舌打ちする。

完全に空を塞がれた。兵士達がどよめく中、通信を入れてくるのは日高司令だ。

「最後の時が来た。 君達の目の前にいるブレインこそ、敵の首魁。 アースイーターという大艦隊を従える旗艦であり、最強の空中要塞だ。 空を塞ぐ敵にして、EDFをもっとも追い詰めてきた、最強の敵。 奴を倒さなければ、人類は空を失う事になる」

空を失う、か。

私は、もう大半の人類が、地下のシェルターに籠もっていて、其処で息をひそめていることを知っている。

とっくの昔に人類は、空を見る力をなくしているのだ。

だが、EDFだけは、まだ抵抗を続けている。

各国の政府も、もはや禄に機能していない中。EDFだけが、必死に戦い続けているのだ。

そして敵は。

それを喜んでいる。

「我々に残された力は少なく、敵の力は圧倒的だ。 だが、我々はやらなければならない」

日高司令の声は悲壮だ。

勝てる筈がないのに。それでも、戦いに部下を駆り立てなければならないからだ。無能な司令官と陰口をたたかれながらも、事実その通りであっても。

責任を最後まで放り出さなかった事だけは、立派に司令官として褒められる事をしている日高司令である。

そして、演説も、それなりに立派だった。

「なぜなら我々はEDFだからだ。 EDFは撤退する事はあっても、敵に背中を見せて逃げる事はない。 我々が敗れれば、地下にいる百万を超える無辜の民が、敵の餌食になる事を思い出せ。 我々は、逃げるわけにはいかないのだ」

総員、攻撃を開始せよ。

それが、合図となる。

アースイーターと、激烈な射撃戦が開始された。対空砲火群が敵の射撃を迎え撃つ。全ての残存戦力が、アースイーターのコアを狙って、射撃を行う。敵の砲台の中には、ジェノサイド砲らしきものもある。かなりの巨大さで、これをまともに受けてしまうと、おそらく地下まで貫通されてしまう。

「ジェノサイド砲は絶対に撃たせるな!」

「敵の砲撃が激しすぎます!」

言われるまでも無い。

バトルキャノンで、私もコアを撃ち抜くが。その度に新手が降りてきて、ブレインの周囲の隙間を塞いでしまう。

その一瞬で、弟と秀爺が名人芸とも言える射撃を叩き込んでいるが。

何しろ、X3改の主砲直撃にさえ耐え抜いたブレインだ。ちょっとやそっとの攻撃で、落とせるはずがない。

敵の射撃は凄まじい。

何度も至近距離で爆発が生じる。

吹っ飛ばされた黒沢が立ち上がり、ハーキュリーで敵砲台を落とす。コアと連動していないアースイーターも、砲台が全てやられたとみるや、すぐに新手と交代するのだからタチが悪い。

バイザーに、味方の被害状況が飛び込んでくる。

あまり、状況は良いとは言えない。

今回は、チームごとに分けるのでは無く、混成部隊を組むようにしている。フェンサーチームは盾を使って、上空からの射撃をガード。ウィングダイバーとレンジャーが、狙撃武器でアースイーターを狙い撃つ。

中央部分のブロックは、完全にストームチームのみが担当。

既に対空砲火群は、稼働限界に近い。

砲兵隊も頑張ってくれているが、何しろ直上にある砲台群だ。倒しても倒してもお代わりが来るこの現状、どうしようもない。

ブレインの声は。

今の時点では聞こえない。

まだまだ、敵に切り札を使うのは早すぎる。

イプシロンは、倉庫の一つを盾にして、其処から射撃を叩き込む。コアを潰すのは、弟と私の役割。

イプシロンに乗っている秀爺が、その大火力を利用して、ブレインに穴を穿つ。どんなに堅牢な要塞でも、必ず破壊できる。ましてや敵は、条約に縛られていて、あまりにも強力な兵器は持ち込めないのだ。絶対にブレインにも弱点はある。

第五艦隊から通信。

私は黙々と、コアを落としながら聞く。対応は、弟がする。

「アースイーターの護衛に、攻撃機の大軍が向かっている! 対空ミサイルで叩き落としてはいるが、対応しきれない」

「分かった。 どうにかする」

「頼むぞ」

既に、ハッチから発進した攻撃機によって、各部隊に少なからず被害が出ているのだ。今更お代わりが来たくらいで、どうとも思わない。

涼川が、スティングレイロケットランチャーを連射して、その度に敵の砲台を破壊しながら、ぼやく。

その隣で、原田も涼川ほどでは無いにしても、見事な射撃を披露していた。ロケットランチャーの誘導は、とても難しいのだが。涼川と実戦をこなしにこなしたのだ。これくらい出来るようになるのは、当然とも言えるか。

「なあ、特務中佐」

「どうした」

ベガルタがミサイルポットから、ミサイルを打ち上げる。砲台を次々と爆破していくが、アースイーターはその度に次を追加してくる。

コアが破壊されて、アースイーターが消えて。

ブレインが露出した瞬間に、また秀爺が、完璧なタイミングで狙撃。ブラストメナス電磁投射砲の弾が、露骨に大きくなってきているブレインの傷を直撃する。次のアースイーターが来る前に、私もバトルキャノンから弾を撃ち込む。弟も、攻撃機を叩き落としながら、一発、ライサンダーの弾を叩き込んでいた。

「あのデカブツ、自分だけであたしらに勝てるとでも思ってんのかな」

「それは、そうだろう」

「は、舐めてくれるぜ」

正確には、情報を取るには、もうアースイーターだけで充分という所だろうか。奴にとっては、重要なのは新しい肉体の取得。巨大生物に戦闘で得られた経験を流し込んで、進化させること。

精神がリンクしている巨大生物たちは、戦いが行われれば行われるほど、情報を相互交換して、強くなって行く。

そしてブレインが統率制御。

最終的に、ブレインは今銀河系で最も神に近しい存在、フォリナの新しい肉体を造り出すのだ。

至近に着弾。

シールドでガードするが、アースイーターからの射撃が露骨に激しくなってきている。イプシロンもネグリングも。既に壊れてしまったギガンテスを利用して砲台を持ち上げたギガンテスも。グレイプもキャリバンも、良く砲撃に耐えているけれど。いつ壊されてもおかしくない。

また攻撃機が来る。

他の部隊が、外壁近くでかなり落としてくれていると思いたいのだが。日高中尉が即応。ハーキュリーでつるべ打ちに叩き落とす。

撃ち漏らしをナナコが処理。

再び、アースイーターにだけ集中する。

また、コアを粉砕。爆裂するアースイーターの隙間が見える。

総攻撃。

弟が叫び、全員でブレインに一斉射撃。隙間が塞がれる十数秒の間に、総力での攻撃を叩き込んだ。

その中には、三川とエミリーのグングニルによる射撃も含まれていた。

だが、ブレインが、痛打を浴びた形跡は無い。

一個艦隊の火力。

オメガチームの装備する、零式レーザーによる集中砲火。

機動要塞X3改の主砲による一撃。

そして、ストームチームの総力による攻撃。

これだけ受けても、いまだ墜ちぬ鉄壁の城塞。マザーシップよりも、格上の。圧倒的すぎる化け物だ。

敵の攻撃が、いよいよ激しくなり始める。

吹っ飛ばされた矢島を、キャリバンに放り込む。アーマーを付け替えて、応急処置。急げ。

中にいる民間協力者に叫ぶ。

こんな戦況でも。

キャリバンとグレイプには、自分たちも出ると言って聞かなかった、民間の協力者が乗ってくれているのだ。

彼らも命がけだ。

「基地の外にいる巨大生物共は」

「今の時点では動きなし! 増援が現れる様子もありません!」

「よし……」

弟が、ライサンダーの弾丸を装填しながら、上を見る。

何か狙っている。

私は、その邪魔をするものを、防ぐ。それだけだ。

「皆、聞いて欲しい」

弟が、他の隊員達全員へと通信を入れる。

オープン回線での通信だから、傍受されるのも時間の問題だろう。しかし、それでも弟は、通信する意味があると判断したのだ。

だから私は、好きにさせる。

「これより、ストームチームで、ブレインに総攻撃を行う。 今の時点で、敵は本気では無い。 此方を舐めきっている。 だから、その隙を突く。 これより皆に指定したタイミングで、アースイーターを攻撃して欲しい」

「イエッサ!」

複数の声が連鎖する。

爆撃のような攻撃が雨霰と降り注ぐ中だ。爆発は連鎖し、基地内の構造物は次々灰燼と帰して行く。

最後まで残った東京基地も。

暴力的な戦力差の前には、なすすべがない。

しかし、その中で、此処まで生き延びてきたEDF隊員は、良く耐えてくれる。弟に対する信頼感もあるだろう。

勿論、愚痴も聞こえてくる。

「こんなの、耐えられるわけがねえ! 早くしろよ、クソッタレ!」

「時計の針にさっさと進めとか考えたの、学生時代以来だぜ。 くそっ! もう耐えられねえよ! アーマーがもたねえ!」

「意識をそらすな! エイミングが疎かになっているぞ!」

びしりとした声。

親城准将が、愚痴を宣う兵士達に、活を入れたのだ。

確かにエイミングが疎かになれば、それだけ敵の火力が上がる。どれだけ敵がアースイーターを投入してきても。

一度に、面に繰り出せる数には、限界がある。

相手に兵力の逐次投入を強いてしまえば、理論上は勝てる。逆にそれさえなしえなければ、もはや勝てる理屈もない。

もう少しだ。

バトルキャノンで、砲台を叩き潰し。

ブースターを使って機動して、敵の砲撃を避けながら。

私は頭の中で、カウントを進める。

レーザーがフェンサースーツを直撃。アーマーを容赦なく削っていく。地上の対空砲火群も、そろそろ限界が近い。多数が砲撃で打ち砕かれ、既に用を為さないものも多い。ストームチームのビークル類だって、いつまでもはもたない。

カウントが、終わる。

終わるまでの時間が、永遠にも感じられた。

次の瞬間。

東京基地上空にいたアースイーターが、一瞬にして、全て粉砕される。

全てのコアが、同時に打ち抜かれ。それ以外の箇所の砲台も、全てが同時攻撃で粉砕されたのである。

今のこのとき。

弟が指定した通りに、各員が攻撃を加えて。一瞬だけ、空に空白地帯を造り、ブレインを丸裸にしたのである。

そして。

続けての弟の叫び。

撃て。

東京基地にある、砲兵も含む全ての火力が、一斉にブレインに攻撃。あらゆる火砲が、ブレインの上部構造体を直撃した。

爆発が連鎖し、火の雨が降ってくる。

今の攻撃には、残っていた東京基地の小型テンペストまでも含まれていた。これで、無事ならば。

もはや打つ手がない。

固唾を飲んで、状況を見守る。

ほどなく、見えてくる。ブレインの上部構造体が、半ば以上、消し飛んでいた。

「ほう、やりますね。 素晴らしい」

声が聞こえる。

ブレインだ。間違いなく、ブレインが、私に語りかけてきている。他のメンバーは、様子を見る限り、声が聞こえていない。

目を細めた私が、煙の中、浮かんでいるブレインを見つめる。

そして、ある光景を確認。

弟に、オンリー回線で連絡を入れた。

これで、仮説が裏付けられた。

「蓄積していたダメージも、これで限界に達しました。 これはそろそろ、本気を出さなければならないでしょうね」

「茶番はもういい」

「ふむ?」

「お前の構造体、破壊したところで何ら影響は無いな。 装甲で最初スーパーコンピューターに類するものを守っていると考えていたが、破損部分を確認する限り、内部は全て均一だ」

くつくつと、ブレインが笑う。

此奴は、やはり。

「効率よく戦闘経験を引き出すために。 わざとベンチマークに類するものを出してきた、ということだったんだな」

「良くおわかりで」

「本当の貴様は何処にいる」

「いいえ、少し考えが間違っています。 確かに戦闘経験を効率よく得るためにベンチマークは用意しましたが。 貴方がデコイと考えているものは、正真正銘のブレインで間違いありませんよ」

どういうことだ。

弟は、こう言っていた。

人類の戦闘経験を効率よく引きずり出し、巨大生物に情報を反映して進化を促すのであれば。

恐らくは、あのブレインは囮だと。

しかし、敵の本体は、そう遠くにはいないはずだとも。

確かにブレインを囮に情報を集めたら、すぐにでも回収したい筈なのだから。

だがブレインは違うという。

混乱する私に。

奴は、更に絶望的な事実を告げてくる。

「これはね、我々にとってもバロメーターなんですよ」

「バロメーターだと」

「著しく頑丈に作り上げたブレインを、あなた方が破壊しきる時こそ、戦闘経験の蓄積が充分だと判断できる時。 つまりあなた方は、生き残ろうと思うのなら。 あなた方がアースイーターと呼ぶ惑星環境調整装置群の攻撃をかわしながら、バロメーターとなるこのベンチマークを、破壊しきらなければならない」

所詮、手のひらの上という訳か。

弟が、静かに。深い怒りを込めて、会話を遮った。

「撃て」

私の様子から、ブレインにろくでもない事を聞かされていることを悟ったのだろう。もう一撃、総力を集めた火力が、ブレインに直撃する。

EDFの兵士達は、喚声を挙げた。

更に、露骨なほど確実に。ブレインの上部構造体が、消し飛んだからである。更に装甲そのものにも、ひびが入り始めている。

「やったぞ! 中破しやがった!」

「あれだけ壊したんだ! 精密機器が、まともに動くはずがない! 俺たちの勝利だ!」

「EDF! EDF!」

戦慄する私の前で。ブレインは、更におぞましい事実を告げてくる。

それはきっと。

私を追い詰めることで。地球最強の戦士である弟の全力を引き出すことが出来るから、だろう。

「まだまだこれからです。 もっともっと。 あなた方が大好きな殺戮本能を、私に向けてきてください。 暴力と支配と拒絶を、私にぶつけてくるのです。 そうすればそうするほど、進化に適した情報がより早く集まります。 もたもたしていると、ジェノサイド砲が、シェルターに届いてしまいますよ」

「くそっ!」

「姉貴、もういい! そいつの言う事を聞くな!」

いつの間にか。

空には、アースイーターが戻っていた。喚声が、ぴたりと止む。

その気になれば、何時でも補充など出来る。ブレインが、高笑いする様子が、目に浮かぶようだった。

 

1、激戦の中で

 

病院の中も、地獄絵図だ。

運び込まれてくる負傷者。

軽傷者には応急処置だけ済ませて、すぐに戦場に送り出さなければならない。私、ヤソコは。

殺気だって走り回る看護師達の間を抜けながら。促されて、医師の所に出向いていた。PTSDを押さえ込む方法があると言うのだ。

今でも、軍服を着ているだけでも怖いのに。

敵を見たら、小便を漏らしてしまいそうなのに。

「重傷者!」

「培養槽の準備急げ!」

「上は激戦が続いてる! 軽傷者は、すぐに手当をして出せ! 重傷者は生命維持だけしたら後回しだ!」

怒号が飛び交う中、診察室に。

冷酷そうな目をした初老の医師は。豊富な口ひげを揺らしながら、私に冷酷な宣告をした。

「これから戦って貰う」

「でも、PTSDが……」

「無理に直す」

小さな悲鳴が口の中で漏れた。

確かに、戦うと決めた兵士達と一緒に、シェルターを出た。怖いし、もう何もかもどうでもいいと思いながらも、どこかで手をさしのべてくれた人達が死んでいくのを見てはいられないと考えたからだ。

それに何より、もうシェルターの中に、居場所もないと思ったからだ。

だけれども。まさか、こんな乱暴な真似をするとは思わなかった。

結局、シェルターを出て、戦場に出向くことを決めたのは。兵助少尉という人と、後数人。

私と一緒に、ストームチームの手伝いをするという。つまり、最激戦区に、いきなり放り込まれるという事だ。

武器は、扱える。

体の調整も、済ませてある。これでも戦闘だけを目的に造り出されたクローン兵士だ。戦いのことだけは、何とかなる。

心だけがどうにもならない。

初老の医師は、続ける。

「PTSDというのはな。 恐怖の感情が、脳を圧迫している状態だ。 それを弱めてやれば良い」

「でも、それには確か、大きな負担が」

「覚悟の上だ。 負けたらみんなジェノサイド砲でドカンだ。 俺の弟もな、前大戦のニューヨーク総司令部と一緒に木っ端みじんにされた。 今は、無理をしてでも何かをしなければならないんだよ」

医師が看護師に用意させたのは。

何かの催眠装置だろうか。

ベッドに横にされて、お椀のような機械をかぶせられる。正直震えが止まらないけれど、医師は知ったことではないと言う様子だ。

強烈な刺激が、目の奧に直接叩き込まれる。

何度も悲鳴を上げてのけぞる。

しばらくして、機械が外された。全身にぐっしょり、汗を掻いていた。これは、きっと記憶を無理矢理、強烈な刺激で上書きしたのだろう。確かに恐怖は消えたけれど。凄まじい疲労感に、全身が包まれていた。

「行ってこい」

まるで野良犬でも追い払うように。

医師に、診察室を追い出される。いくらでも、診なければならない患者がいるからだろうけれど。

人間にぞんざいに扱われる事に、私は慣れていた。

心が、以前に比べてぐっと静かにはなったけれど。無理矢理心を直したのだから、やはり無理が出来ている様子だ。

バイザーを付けるときに、立ちくらみ。

頭が酷く痛む。

いや、これはひょっとすると。恐怖が、痛みに切り替わったのかも知れない。だとしたら、ずっと痛みに襲われ続けるのか。

それは、悲しい事だと、私は思った。

「治療は終わったか」

「イエッサ」

「七番地下通路に集合。 其処から地上に出て、ストームチームの指揮下に入る」

指揮を執るのは、兵助少尉だ。

戦う事を望んだ者の中で、最高位階級なのだから当然だろう。下士官に分類される少尉だけれど。

私は一等兵だし、他の人もあまり階級は高くない。階級が高くても、戦えない人は、みんなシェルターに残った。

病院を出ると、其処はもう剥き出しのコンクリのトンネル。

彼方此方に隔壁があって、通路がつながっている。上からは時々、凄い音がしているけれど。

あれはきっと、戦闘が続いているからだろう。

武器を渡される。

シェルターで抱えていたAF99に加えて、基本のスティングレイ。最新鋭のMFではないけれど、M99型だから、相当な高性能品だ。

「こんな高性能兵器、貰ってしまって良いんですか」

「私物にするわけじゃあない。 あくまで軍からの支給品だ」

「それはそうですけれど」

「どうせ長くは生きられそうにないしな。 せいぜい良い武器を渡して貰いたいって言ったら、くれたんだよ」

自嘲的な兵助少尉。

それを聞くと、他の兵士達は、みんな口をつぐんだ。

地下トンネルを歩く。途中、小型のジープで移動。エンジン音が、剥き出しのコンクリが延々と続くトンネルでは嫌に響く。

外に出たら、すぐに戦闘だと、兵助少尉は言う。

私はバイザーで、戦況を確認しようと思ったけれど、上手く行かない。アースイーターによる妨害だと、年配の軍人が言う。

年配だけど軍曹だから、多分最近軍に応募したのだろう。多分五十は超えているだろうに。しかも、強化クローンだとはとても思えない。

「俺は近畿の方で戦っていたんだが、アースーイーターが出てくると、通信が駄目になってな」

「良く生き残れたな」

「生き残っただと? 馬鹿を抜かせ」

老人が顎をしゃくる。

そして、見えた。顔の左半分が、ごっそりなくなった跡がある。急速医療で治したのだろうけれど。

これでは、きっと脳みそが露出しかねない状態だったはずだ。

「俺の部隊はジェノサイド砲でドカン、生き残った俺はこの有様だ。 もう、人間としては死んだも同然なんだよ。 覚悟は決めておけよ。 トンネル出た途端に、俺みたいになるかも知れないぜ」

「じいさん、ならなんでシェルターから出てきたんだよ」

「息子のかたきを取りたいんでね」

「……」

それ以上は、誰も何も言わなかった。

みんな今の状況だ。似たような悲惨な背景を抱えている。私だって、それくらいは分かっている。

隔壁を開けると、音が露骨に大きくなる。

もうすぐ、戦場だ。ジープから降りて、整列。もう、誰も無駄口をきかない。バイザーを付けて、調整。

ようやく、ストームチームと通信がつながった。

「天田兵助少尉以下五名、指揮下に加わります。 武装はAF99とスティングレイMF99が全員に行き渡っています」

「現在、アースイーターとの総力戦中。 注意せよ」

「イエッサ!」

声は渋くて落ち着いたおじさんのものだ。

多分ストームリーダーだろう。

駆け足で、トンネルを飛び出す。ストームチームとの相対位置は分かっているから、すぐに左に向き直る。

そして、呻いた。

とんでも無い密度のビームが、地上に降り注ぎ続けている。

こんなの、どうにか出来る訳がない。だけれど、他の人は、すぐに空に向けて、ロケットランチャーをぶっ放しはじめる。五発まで連射できる上、転送装置で弾を補充できるこのロケットランチャーは。AFシリーズのアサルトライフルと並んで、レンジャーにとっては基本装備だ。

スナイパーライフルが欲しい。

ハーキュリーとは言わないにしても、MF100くらいのものはほしい。

目の前で、コアが破壊される。爆裂の中、ストームチームのイプシロンが、冷静極まりない射撃。

ブレインに着弾するけれど。

すぐに射撃できる隙間は消えて。アースイーターが、穴を塞いでしまう。

走りながら射撃。

ストームチームの所まで走れ。

兵助少尉の指示が飛び、全員で走る。やはりお爺さんは少し遅れたけれど。ただし射撃の腕は確かで、確実にロケットランチャーで、砲台を吹き飛ばしている。私も全弾撃ち尽くすまでの間に、少しずつコツは掴んでいった。

前にいた一人が、吹っ飛ばされる。

プラズマ弾が、至近に直撃したのだ。もはやコンクリで固められた東京基地の地面さえ、穴だらけになっている。

アーマーはもったが、さい先が悪すぎる。私はスティングレイで砲台を破壊しながら、走る。その間もレーザーが何度か体に突き刺さった。アーマーは見る間に、削り取られていく。

急げ、急げ。

兵助少尉が促している。私は激しい爆圧に背中を叩かれながらも、走る。

見えてきた。グレイプがいる。負傷者を、丁度サイドドアから中に収納している様子だ。応急処置だけ、グレイプの中でやってしまうのだろう。

グレイプの側に飛び込むと、其処から空に向けて射撃を続ける。

見覚えがある人が、ひたすら空に向けてライサンダーを撃っていた。私と同じ、戦闘用強化クローンのナナコさん。

長大なライサンダーをよくも使いこなせているものだ。凄い。

声を掛けようかと思って、やめる。

今はそれどころじゃない。

よく見ると、この人だって煤だらけだ。戦闘は苛烈さを増す一方。軽く敬礼して、すぐに本格的な戦闘に入る。

ストームチームの皆は、桁外れに射撃も上手い。一緒に加わった人達も、みんな神業めいたストームチームメンバーの射撃を見て、目を剥いていた。

少しずつ、痛みが消えてくる。

バイザーを付けて、情報を整理しながら、戦闘続行。

この人達の役に立てるなら。

そう思うと、痛みも和らぐ。

 

地下シェルターからの増援が加わった。増援と言ってもささやかな数で、標準一チームにさえ満たない。

私はそれを横目で見る。増援の内一人には見覚えがあった。北海道基地から引き取って、此方に連れて来たヤソコだ。

ナナコが、オンリー回線を開いてくる。

「はじめ特務中佐、良かったと、喜ぶべきなのでしょうか。 きっとヤソコも、他の人達も、無茶な治療をして、前線に出てきたんだと思います」

「今は考えるな。 戦闘に集中しろ」

「イエッサ」

回線が切られる。

一応、位置を少しずらす。大きめが来た時に、盾で防げるように、だ。見れば強化クローンでは無い兵士も混じっている。そればかりか、中には老人までいるではないか。サポートしてやらないと、戦闘は厳しいだろう。

弟は、必死に戦術の練り直しをしている。

先ほどの総攻撃で仕留められなかったのだ。同じような状態を作るにしても、敵は簡単にはさせてくれないだろう。

更に、悪い通信。

バイザーに、戦術士官の声が飛び込んできた。

「第五艦隊より通信です」

「何だ。 問題か」

「マザーシップが速度を上げ、此方に接近中。 このままだと数時間以内に接触します」

呻く。

この状態で、マザーシップまで相手にしていては、勝ち目はない。すぐに本部も動き出したが、間に合うか。

第五艦隊は今、支援攻撃で手一杯だ。攻撃機を対空ミサイルで減らし、温存していた空軍も全て繰り出して、敵の圧力を可能な限り削り取ってくれている。これ以上第五艦隊に負担を掛けると、一気に戦線が崩壊する可能性がある。

「何か対抗できる戦力はないか」

「検索中です」

グレイプが、至近で。大きめの砲台からの攻撃を浴びて、中破。

かろうじて自走は出来る様子だが、一旦下げるしかない。飛び込んだナナコが、物資類を外に急いで出すと、操縦をオートで設定。地下トンネルへの入り口へと向かわせる。その途中でかなりの攻撃も浴びるが、何とか耐え抜いた。

次のグレイプは、来ないかも知れない。

地下の工場は焼け付きそうな勢いでラインを動かして、兵器も弾薬も作成してくれている。

グレイプを修理する暇があったら、弾薬を作るのが、今の優先事項だ。

バトルキャノンで、手近な砲台を掃討完了。

弟もそれを悟り、一斉射撃の体勢に入る。ヤソコ達に、バイザーを通じて指示も出していた。

全員で射撃して、コアを粉砕。

爆散したアースイーター。その隙間を縫って、ブレインにうち込む。ダメージは、確実に蓄積している。それが見える。

しかし、ブレインは、まるで攻撃の手を休めない。

「検索完了。 ノートゥングが、軌道上に。 丁度マザーシップの侵攻路上空に停泊しています」

「まだノートゥングが無事なのか!」

「しかし、ノートゥングは今、通信途絶状態。 中途にあるEDFの衛星がマザーシップに破壊され、連絡が出来ない状態です」

「どうにか出来ないのか。 ノートゥングの主砲であれば、或いはマザーシップを打ち抜けるかも知れない!」

私は無言のまま、三島に通信をつなぐ。

此奴ならどうにか出来るかと思ったが、しかし駄目だと答えが返ってくる。

「本部の衛星をハッキングするとなると、此処のスパコンじゃ力不足よ。 ましてや中継衛星も潰されているとなるとね」

「万事休すか」

「! ノートゥング起動!」

三島の言葉を否定するように。戦術士官の声が興奮を帯びる。普段は鉄仮面とまで揶揄される戦術士官が、こんなに声に興奮を含ませているのは、はじめて聞いた。

アースイーターが降りてくる。

ブレインへの射線が閉ざされた。消耗が大きくなっていく中、またやり直しだ。しかし、気付く。

明らかに、アースイーターの質が落ちている。

これはひょっとして、予備として準備していた精鋭アースイーターが、底をついたのか。フェンサースーツの中で、舌なめずり。

弟も、気付いたようだった。

「此処が踏ん張り所だ! 敵の質が落ち始めた! 各員、総攻撃を続行!」

「ノートゥングの出力上昇! マザーシップ、シールド展開を確認! ノートゥングの動力炉、臨界出力!」

「よし、今だ! 行けっ!」

日高司令も興奮して、おそらくデスクを叩いたのだろう。どんと音がした。オペレーターが、興奮して何か叫んでいるのが聞こえるが、聞き取れない。

アースイーターのハッチから、ディロイが顔を見せるが、させない。

私がその場でバトルキャノンを叩き込み、更にジョンソンが温存していたノヴァバスターの1丁で打ち抜く。

ハッチから出る事も出来ず、爆砕されるディロイ。

コアが一瞬で多数破砕され、再び青空が上に。

ブレインに、基地全体からの対空砲火が、再び叩き込まれる。無敵を誇った下部の装甲にも、ついに亀裂が走った。

「マザーシップのシールド、ノートゥングからの砲撃を防御! ノートゥング、炉心融解!」

「だめか……!?」

「いえ、これは」

遠くで、閃光が瞬くのが見えた。

マザーシップのシールドを、ノートゥングが沈黙するのと引き替えに貫通。そして、マザーシップを、瞬時に粉砕したのだ。

「マザーシップ撃破を確認! ノートゥングも爆発四散しましたが、マザーシップも消滅した模様! 付近の敵部隊も、まとめて消し飛びました!」

「やった! 俺たちは、俺たちは勝った! 勝ったぞー!」

「EDF! EDF!」

ブレインも、沈黙。

対空砲火を容赦なく叩き込まれながらも、動きを一切見せない。機能を停止したのか。しかし、嫌な予感がする。

そういえば此奴が連れていたというアルゴはどこに行った。

まさかとは思うが。

此奴はまだまだ、本気を全く出していないのではないのか。

衝撃が、基地全体に走る。

外壁に何かとんでもないものが直撃したのだ。基地が揺れる。そして同時に。ブレインの声が、脳裏に響く。

「お見事。 どうやら、あなた方の奮戦のおかげで、予想よりも遙かに早く、目標が達成できそうです」

「貴様……」

「これは投入するか迷っていたのですが、あなた方なら問題は無さそうです。 これよりアルゴも戦線に投入します。 さあ、存分に楽しんでください」

ブレインは言うだけ言って、通信を切る。

今の砲撃は、ひょっとして。

「スカウトより通信! 攻撃をしてきたのは、ブレインの護衛をしていたアルゴの模様!」

「被害は!」

「外壁の一部、G5エリアが破られました! 貫通です! 付近の部隊に、多大な被害が出ています!」

「くそ、アルゴに対抗できる戦力など残っていない! 巨大生物が外壁を越えたら、終わりだぞ!」

日高司令は余程興奮しているのか、まずい事をそのまま喋ってしまっている。戦術士官も、相当に慌てているのだろう。

弟は冷静だ。

無言のまま、ブレインへの砲撃を続けている。

秀爺も。

しかし、周囲が影に閉ざされる。何かが、来る。

「何だアレ……!」

矢島が、うめき声を上げた。

私も、バトルキャノンをブレインに叩き込んでから。それを見て、愕然とした。

アースイーターが降りてくる。

それも、先ほどまでとは、武装密度がまるで違う。先まで戦っていたアースイーターも、相当に強力な武装をしていたが。これは根本的に別物だ。今まで見たことが無い、超大型の砲台も多数装備されている。

愕然とするストームチーム。

また、アルゴからの砲撃。外壁が吹っ飛ばされたのだろう。基地が激しく揺れる。へたり込むヤソコの腕を取る。

かくいう私も、一瞬動きを止めてしまったが。

まだ、体は五体満足。弾もある。

戦いを止める理由には、ならない。

「今まで、何処の戦域でも確認されていないアースイーターです! 武装も全くデータにありません!」

「先ほどまでとも更に格が違うアースイーターか! ブレインを守る最終親衛隊とでもいうのか!」

「もうやだ! もう無理!」

「此方ストームリーダー、聞いて欲しい」

不意に。

恐怖に彩られる通信に。弟が、冷静極まりない声で、冷や水をぶっかけた。しんとなる通信。

弟は、ライサンダーで大型の砲台を一つ打ち抜きながら、言う。

「あのようなアースイーターが、そう多くあるとも思えない。 敵は本気になったが、つまりそれだけ追い詰められているという事だ。 外壁は破られたが、まだ巨大生物に侵入は許していない。 我々はまだ、負けていない」

空気が、張り詰める。

そうだ。あれさえ叩き潰せば。

兵士達が、上空へ攻撃開始。親衛隊アースイーターの火力は圧倒的だ。しかし、味方も完全に覚悟を決めた。

壮絶な殴り合いが始まる。

「……試作型プロテウスを出せ」

「まだ、調整中ですが」

「かまわん。 私が操縦する」

「ならば私が砲手を務めようか」

これはエッケマルクの声か。

なるほど、どちらもプロテウスの操縦には慣れている。破られた外壁は二カ所。まだ巨大生物は攻撃してきていないが、プロテウスがいれば、或いは。

更に、通信が入る。

「アルゴは、此方に任せて貰おうか」

この声は。

少し通信が遠いが、間違いない。生きていてくれたのか。

「これより機動要塞X3改、戦線に突入する! 東京基地に攻撃を行うアルゴを叩き潰し、ブレイン撃破に弾みを付ける!」

ストライクフォースライトニング隊長、エルム。

前大戦では最後まで決戦には間に合わなかった。だが、今回は間に合ってくれたか。そして地上での戦闘を想定したX4ではなく、空中での戦闘を主眼に置いたX3改であれば、アルゴとも互角以上に渡り合えるかも知れない。

「生きていてくれたか、ストライクフォースライトニング!」

「危ないところだったが、どうにか戦線を離脱できたのだ。 九州の福岡基地で補給を受けて、直接此処に来た。 君達を嫌っている基地司令官から、伝言だ。 これでこの間の借りは返したからな、だそうだ」

「ストームチーム、何のことだ」

「奴は正直では無い。 という事ですよ」

嵐のように降り注ぎはじめる、親衛隊アースイーターからの砲撃。

生き残っている攻撃機も、容赦のない砲撃支援をはじめる。だが、もはや怖れる事はない。

アルゴは押さえ込んだ。

そして、破損した外壁にも、命を賭けた日高司令とエッケマルクが、立ちふさがってくれている。

不安要素は、消えたのだ。

 

2、EDFの意地

 

機動要塞X3は、元々マザーシップとの戦闘を主眼に構築された、大型飛行兵器である。前大戦ではマザーシップに刃が立たなかったが、改良と改造を加え、現在ではマザーシップとの直接戦闘が出来るまでではないにしても、四足歩行要塞を叩き潰すくらいの実力は有している。

ましてやX3改は。

北米最強のストライクフォースライトニングの旗艦としてチューンが加えられ、数多の敵を葬ってきた。

第八艦隊とともにブレインを攻撃した際には、敵を倒しきれず、撤退する事になったが。それ以外で、敵に負けたことは一度もない。

最強のスタッフが乗り込んだ、最強の戦艦。

それがX3改なのだ。

「アルゴ確認! 市谷上空にて、主砲をEDF東京基地に向けています!」

「まずは挨拶代わりだ。 ぶち込んでやれ!」

「イエッサ!」

エルムは、武者震いをした。アルゴとの交戦記録は、EDFの中でもそれほど多くは無い。

ストームチームが二機を葬っているが、その際にも多大な被害を出している。他には、北米での一機撃破記録があるが、これはゲリラ戦で長い時間を掛けてダメージを与え、大きな被害を出しながら倒したものだ。

だが、今回は違う。

支援もなく。

敵には支援がいくらでもある状態で、叩き潰さなければならない。

空中で砲撃態勢を取っていたアルゴが。

此方に向き直る前に、X3改の主砲が叩き込まれる。空を蹂躙し、迸ったエネルギービームが、アルゴの装甲を直撃した。

爆発が巻き起こり、此方まで衝撃波が届く。

アルゴの近くにいた敵攻撃機が、衝撃波で消し飛ぶ。だが、体勢を立て直したアルゴは、此方に向けて、対空迎撃を開始。多数の攻撃機も、向かってくる。

「敵掃射砲多数! 射撃開始!」

「攻撃機およそ500! 此方に接近しています!」

オペレータの報告は正確で、間違えようがない。

指揮シートに座ったエルムは、いつでも肉弾戦が出来るように、武装したままだ。手元にはAF100と、スティングレイMFロケットランチャー。レンジャーとしては、最高レベルの、そして基本の装備。

格納庫で待機しているチームメイト達にも、ようやく情報が共有されたベガルタファイアロードとバスターロードが間に合っている。九州基地で製造されたばかりのおろしたてだ。

まずは、アルゴを空中から地面へと叩き落とす。

勿論、戦艦の形態のまま、撃破してしまうのもありだろう。だが、其処まで上手く行くとは、流石に自信家のエルムでも考えてはいなかった。

「ザコには構うな! 主砲をアルゴに叩き込む!」

「イエッサ!」

敵へと距離を詰めながら、ひたすら殴り合いに興じる。

敵の掃射砲は無視。

迫り来る攻撃機のみを迎撃砲火で叩き落としながら、主砲をまた発射。極太のエネルギービームが、立ちふさがろうとする攻撃機をまとめて薙ぎ払い、アルゴに直撃。アルゴの装甲が、赤熱しているのが見えた。

マザーシップに比べて、実に脆い。

おそらく飛行ドローンや攻撃機の、究極型の兵器として作り上げたのだろう。故に、対処は出来る。火力は大きいが、防御力の貧弱さが、その根拠だ。

アルゴが主砲を放ってくる。

装甲は此方の方が脆い。しかし、アルゴの主砲はあまりにも狙いが分かり易すぎる。最高のスタッフが揃っているX3改なら、主砲の照準からあらかじめ身をそらすことは難しくない。

ただし掃射砲はどうにも出来ない。

攻撃機を叩き落としながら、更に接近。

主砲充填完了。

砲手が言うが、発射は待たせる。アルゴが、指呼の距離にまで迫る。迎撃砲火が苛烈さを増し、此方の装甲も、更に削られていく。

だが、チキンレースは慣れっこだ。

アルゴが、主砲を放ってくる。

至近を掠めた。

装甲が一気に抉られる。激しくX3改が揺動。一瞬停電。だが、エルムが慌てないから、スタッフも動揺しない。

さあ、今だ。

立ち上がり、叫ぶ。

「放て!」

「主砲発射!」

三発目の主砲が。

文字通りのゼロ距離から、アルゴを打ち抜く。

わずかな抵抗の後、アルゴの装甲を貫通。必死に舵取りをして、爆発するアルゴから、軌道をそらす。

爆発が、機体を激しく叩くが。

しかし、X3改は耐え抜いた。

喚声が上がった。

「アルゴ撃沈!」

「よし。 だが油断するな!」

嫌な予感。

歴戦をくぐり抜けてきたエルムは、どうにも落ち着かない感触を味わったとき。それを嫌な予感として判断している。

回避運動の準備。

叫ぶと、スタッフがすぐに頭を切り換え、準備に取りかかる。

「右舷後方より、強力なエネルギー反応!」

「回避だ!」

強力なエネルギービームが、機体を掠める。

エンジンの一つが爆裂し、沈黙。舌打ちしたエルムは、敵の存在を確認させた。

地上。

人型形態になったアルゴが、対空砲撃をしてきたのだ。一機だけではなく、二機来ていたというのか。

これは、好機だ。

此奴を潰せば、ストームチームに戦果が並ぶ。それに、敵がこれだけの戦力を投入しているという事は。叩き潰してしまえば、ストームチームの負担も、ぐっと減ることになる。それだけ恩が売れるという事だ。

「高度を下げながら、アルゴに集中攻撃! 旋回して、攻撃開始だ!」

「イエッサ!」

まだ、エネルギーも主砲ももつ。

今のでエンジンを一つやられたが、それくらいはどうと言うことも無い。このX3改は、何度も何度も撃墜されかけながらも。圧倒的な敵との戦闘で生き残り続けた、不沈艦なのだ。

泥臭く戦うのが、北米のEDF。

それはカーキソンが総司令官になったときからそうで。その時以降、ずっと続いている伝統だ。

また多数の攻撃機が纏わり付いてくる。

アルゴへ一直線に進みながら、攻撃機を叩き落とす。しかし、今度は少しばかり、数が多すぎる。

主砲を放つ。

人型アルゴに直撃。巨体を揺らがせるが、まだ撃沈には到らない。

「アーマー損傷率増加! まもなく、イエローゾーンを越えます!」

「カトンボどもが……!」

「隊長、空中の敵は、X3改に任せよう」

不意に、通信が来る。

エルムを入れて、四名だけの実戦スタッフ。その一人からだ。

「ふむ、だが下は敵の海だぞ」

「ファイアロードが三機いる。 俺たちで隊長を護衛する」

「だから、気にしなくていいわよん」

「そう言うことだ」

バスターロードの火力で、アルゴを叩き潰し。

空中の敵戦力は、X3改で、全力で押さえ込む。なるほど、それも確かに手だ。

「ベガルタに乗って出る」

「正気ですか、エルム准将!」

「大まじめだ」

副長に、指揮を任せると。

自身は、格納庫に。

其処では、長い戦いをともに歩んできた戦友達が、既に準備万端の状態で待っていた。

「背中は任せるぞ」

「イエッサ!」

声が重なる。

頷くと、エルムはパラシュートの状態を確認する。問題なし。

「エルム准将、ベガルタM3バスターロード改、出る! ハッチ開放!」

仲間達も、全員が名乗りを上げる。

そして、X3改の下部ハッチが、解放された。

空中に躍り出たベガルタ四機。

ファイアロード三機が、周囲に群がるカトンボ共を、片端から叩き落とす中。エルムは火力特化のバスターロードの操縦桿を握り。

全火力を、解放。

圧倒的な破壊の雨を、アルゴへと叩き込む。

アルゴが混乱しているのが分かる。空中にいるX3改に対応すべきなのか、パラシュートで落下してきているベガルタ四機に対応すべきなのか。

しかし、X3改が二度目の主砲を放って、アルゴの左腕主砲を粉砕したことが決め手となった。

アルゴが、X3改に、集中攻撃を開始する。

だが、それが命取りだ。

「パラシュート解除! ブースターで地上近くにて、着地衝撃を緩和する!」

パラシュートを放り捨てると、ブースターで加速。

纏わり付いてくる攻撃機共を仲間に任せ、リボルバーロケットカノンと拡散榴弾砲の火力を、悉くアルゴにのみ叩き付ける。

見る間にアルゴの負荷が上がっていくのが、目に見えて分かった。

「アルゴ、主砲を此方に向けています!」

「散開! 回避!」

ブースターを生かし、回避に掛かるが。

敵主砲の精度は高く、空中戦特化では無いベガルタでは避けきれない。

それでも、どうにかかわす。

しかし掠めたことで、一気にアーマーを持って行かれた。

舌打ち。

ロケットカノンの火力を集中し、アルゴを後ずさりさせる。下では、考えたくも無いほどの巨大生物が、此方が墜ちてくるのを待っている。だが、それでもだ。怖れる事はない。ブレインとガチンコの勝負をしているストームチームに比べれば、この程度の負荷。何でもない。

敵からの掃射砲。

更に、チームメイトが処理しきれない攻撃機からの容赦ない射撃。

何度も、バスターロードに直撃弾。

これは、もたないか。

だが、もたせる。

着地。

三機のファイアロードが、周囲の巨大生物をコンバットバーナーで薙ぎ払う中、全速力で進みながら、ロケット砲を連射連射連射。爆裂したアルゴの装甲が、軋んでいるのが此処からも見える。

X3改に通信。

「上空の攻撃機だけを倒せ。 後は此方でどうにかする!」

「ご武運を!」

アルゴが、片膝をつく。

それでも主砲で、此方を狙ってくる。

チキンレースか。

いいだろう。大好物だ。

残った火力を、全てアルゴに叩き付ける。アルゴも主砲にエネルギーを充填。全身が崩壊していく中。

それでも、主砲を向けてくる有様は、流石だ。

だが、負けてやるつもりはない。

アルゴの主砲が放たれる。砲身に、光が集まっていく。

だが、雄叫びを上げながら、エルムが放った拡散榴弾砲の弾が。アルゴの全身を打ち据え、ついに力尽きたアルゴが、その場で消し飛んだ。

衝撃波が、此処まで叩き付けられる。

呼吸を整えながら、味方の状態を確認。

全員生きているが、既に満身創痍だ。

「よし、東京基地まで下がりながら、途中のザコ共を薙ぎ払う!」

「其処で補給ですね」

「分かってるじゃないか。 補給を受けて、アーマーを張り替えたら、即座に再出撃だ!」

上空では、X3改が圧倒的な数の攻撃機に対して、反撃に出ている。

周りにはおぞましいまでの数の巨大生物。ヘクトル。ディロイ。

だが、負ける気はしない。

このチームは無敵だと、エルムは知っていた。

 

「アルゴ二機目、撃沈! ストライクフォースライトニングがやってくれました!」

「流石だな……。 我々も出るぞ!」

東京基地の床を割って、姿を見せる巨体。

BMX10プロテウスγ改。

プロテウスの最終強化形態。今まで、ストームチームから提供されていたベガルタファイアロードのデータをフィードバックし、全体を圧倒的なまでに強化した機体である。完成さえしていれば、この機体だけで数万の巨大生物を相手取ることさえ、想定されていたが。

残念ながら、完成までには致命的なまでに時間が足りなかった。

今の能力は、動かせることを前提にしたものだけ。だから、本来の三割程度の性能しか発揮できない。

それでも。

ないよりはまし。

指揮シートに着いた日高司令は。砲手になったエッケマルクを一瞥だけする。

壊された外壁は二カ所。

そして、報告を受けている。周囲の巨大生物が、進撃を開始していると。

一カ所の外壁は、ベガルタファイアロード三機、バスターロード三機が引き受けてくれる。

もう一カ所は。

このプロテウスで、絶対死守しなければならない。

「移動開始!」

ベガルタの倍以上ある巨体が、歩き始める。

あまり早くは無いが、外壁の外側には、多数の地雷が仕掛けられ、セントリーガンの縦深陣も構築されている。

到着には間に合うはずだ。

破壊された外壁が見えてきた。上空にいるアースイーターも攻撃してくるが、意に介さず進む。

装甲だけは、想定通りのものが積まれている。

マザーシップのジェノサイド砲にさえ耐え抜くことを想定しているのだ。多少の砲撃くらい、どうにでもなる。

外壁は酷く抉られて、周囲の防御装置も全滅している。

切れ目に入り込むと、そのまま外に。

おぞましい。

あまりにも圧倒的な数の巨大生物が、外にはいた。爆発が連鎖しているのは、地雷を踏んでいるから。

勿論気にせず、巨大生物共は進撃してくる。

「攻撃、開始!」

「攻撃開始します!」

戦術士官が、いつも通り淡々と言う。

彼女はいつも冷静だが。実際には、悲しみも苦しみもする。だが、心が壊れてしまったのだ。

前の大戦で恋人は巨大生物に食い殺され。

家族もみな、命を落とした。

自分は灰色の人間ですと、一度言われたことがある。その悲しみ、日高司令にも、よく分かる。

エッケマルクは対して陽気極まりない。

プロテウスの主力装備であるバスターカノンで、敵を攻撃開始。凄まじい大口径砲であるバスターカノンは、連射機能も有している。

爆発が巻き起こり。

一撃ごとに、巨大生物が多数消し飛んでいく。

大喜びしながら攻撃を続けるエッケマルク。だが、早くもアラート音。

「バスターカノンの温度上昇! 冷却機能が、動作していません!」

「私が見てきます!」

オペレーターが立ち上がると、はしごを上がって機関室に。舌打ちすると、エッケマルクは、今度はミサイルに切り替えた。

誘導ミサイルも、プロテウスの強力な武装だ。エメロードの極大型とでも言うべき装備で、敵を容赦なく追尾して破壊する。どのみち、蜂やドラゴンには此方の方が有効だ。ミサイルが、連射されはじめる。

オペレーターから報告。

「冷却機能のバルブが、壊れています! すぐに取り替えます!」

「急いでくれ」

「敵、上空に多数接近!」

ドラゴンの群れだ。

火球を乱射してくる。

勿論ミサイルで迎撃するが、それでもプロテウスに直撃。最強を誇るプロテウスのアーマーでも、無敵ではないし、無限でもない。

ドラゴンの群れに狙いを絞ったエッケマルクが、ミサイルを連射。

一群をわずか数分で撃滅するが、敵の数はその程度では無い。次から次へと、新手。

ついに地雷を喰い破った巨大生物の群れが、突進してくる。

冷却機能は、まだ回復しないのか。

不意に、上空。

突進してきたのは、ホエールだ。海軍からの支援機か。

地面を薙ぎ払っていくホエールの機関砲。勿論ドラゴンが食いつくが、それはエッケマルクが即応。ミサイルで狙っているドラゴンを撃ちおとし、支援を成し遂げる。ホエールが、旋回して、再びミサイルと大口径砲を連射。巨大生物を吹き飛ばした。

「支援感謝する!」

「冷却バルブ、もう少しで修理できます!」

オペレーターの声が、生き生きしている。

そういえば此奴は、確か。どちらかと言えば、工場の方で技師をしたかったとか言っていたことを聞いた。

勿論オペレータの方がより好きだったのだろう。

だが、結局の所、実際に務めてみれば、特性はなかった。だから、いつからか。技師の方に、心が傾いていたのかも知れない。

「海軍より通信! ヒドラが二機、此方に向かっています!」

「援軍か」

「はい! 通信によると、これは!」

一機は、東南アジアのチーム。

東南アジアでは、ストームチームが各地で転戦。大きな戦果を上げ、現地のチームを随分と救助した。

その救助されたチームが中心となって。

今、援軍となっている、ということか。

そしてもう一機は。

各地の残存戦力を経由して、補給をしながら、はるばる欧州から来てくれた。

実に心強い。

「オメガチームです!」

「無事でいてくれたか」

「此方第五艦隊。 空軍を出し、ヒドラを護衛する! 君達の元へ、必ず無傷で届けさせる!」

「頼むぞ!」

バルブ交換が終わったと、オペレータの声。

バスターカノンを連射しはじめるエッケマルク。巨大生物が一機に押し戻されていく。勿論反撃してくるが、プロテウスは鉄の巨神。まだまだ、屈しない。屈してはならないのである。

いくらでも来い。

それで、ストームチームの負担を減らせるなら。

私は鬼となって、此処に立ちふさがってやる。

ヘクトルとディロイが多数、迫ってきているのが見える。だが、このプロテウスγなら。

地雷はもう全て、巨大生物に駆逐された。だから、問題ない。

プロテウスは前進を開始。

東京基地には。

巨大生物を、近づけさせない。

 

3、最後の戦いの土地

 

敵が現れて、人類はとても喜んでいる。

そう、相手が理解している事は分かっていた。それは違うと相手に伝えたけれど。しかし、ブレインは。

実際に多くの人間を分析して、そう言っているのだ。

私は、人間でさえない。

弟も。

そして奴が言う事も、正しいとはわかっている。実際に人間の文化が、暴力と性と権力闘争で構成されているのは、間違いの無い事実なのだから。

人間は、フォーリナーの脅威が迫るまで、団結することさえ出来なかった。

私も。

弟も。

フォーリナーが来るのがもう少し遅れていたら、どんな風に処理されていたか、分からない。

結局の所。

何のために戦っているのか。

私にも、良く分からないと言うのが、現実なのだろうか。守りたいものはあるけれど、それが地球や、人類かと言われると、小首をかしげてしまう事もある。人類が奴隷化されるのは見ていられないけれど。助けた人類は、絶対に私と弟を裏切る。それもほぼ、確定なのだ。

確かに、秀爺のように、私や弟を、家族として扱ってくれた人はいる。

谷山も、私をいつもおちょくってはいるけれど、人間として認めてはくれている。

でも、絶対的多数の人々は、どうなのか。

弟は、何も言わない。

不満を抱えていても、人々には優しく接する。それがどうしてなのか、それだけが。私に分からない弟の心。

弟は、どうなのだろう。

私が、苦悩を抱えていることは、理解してくれているのだろうか。人々は、戦いが終わった後、ブレインが言うように、きっと私と弟を排斥する。それはもう間違いの無い事実だろう。

すぐに、またフォーリナーが攻めてくる可能性がある場合でも。

弟は軟禁され。

私は閑職に押し込まれ続けていた。

それが、もうフォーリナーが来ないとなれば。

頭を振る。

雑念を追い払って、目の前の現実と戦う。

圧倒的火力で爆撃に等しい攻撃をしてくる親衛隊アースイーター。必死の抵抗をするストームチームを、叩き潰しに来ている。いや、ストームチームの全力を、ぶつけてこいと言っているのだろう。

戦闘データを取るために。

乗ってやらなければならないのが口惜しい。

だが、それでも。

やらなければ、生き残ることは出来ないのだ。

「正直な話だけどよ」

膨大な敵砲台を叩き落としながら、隣で涼川が言う。

此奴でさえ、既に何度もアーマーを変えにキャリバンに戻った。型落ちのキャリバンは、もう何機もスクラップにされた。

援軍に来てくれた兵士達も、必死に頑張ってくれているけれど。

一人は既に重傷を受けて脱落。

ヤソコがナナコと一緒に、必死の対空射撃を続行。それも、いつまで保つかわからない。

「あんたはまだ幸せな方だと思うぜ、特務中佐」

「何のことだ」

バトルキャノンで、大型砲台を射撃。

一撃では墜ちてこない。

超高出力のレーザーを放ってくる危険な砲台だ。アレを残しておくと、被害がとんでもない事になる。

現に先も、矢島が一撃でアーマーを全損させられた。

今、キャリバンで応急手当をしている。そのキャリバンも、いつまでもつか。

涼川が、スティングレイを連射。

全弾を大型砲台に命中させ、破壊。流石の精度だ。スナイパーライフルの扱いは不得手でも、ロケットランチャーを使わせたら、EDF一だろう。

「悩める余裕があるんだからよ」

「そんなものか」

「あたしも最初はそうだったけどよ、大体の奴は悩む余裕も無く、戦場じゃ小便と涙垂れ流しながら戦ってんだよ。 おっと、二時の奴」

即応した私が、プラズマ砲を放とうとしていた砲台を、バトルキャノンで叩き落とす。今度のアースイーターは、コアがやたら頑丈で、中々墜ちてこないのだ。その上、コアを打ち抜いても、健在な砲台が非常に多い。全てがスタンドアロン制御されている、危険なアースイーターなのだ。

しかも、ブレインの周囲を、ゆっくり回転しながら移動している。

この攻撃的な特徴、今までに類を見ない。

幸いと言うべきか、破壊すると、お代わりは来ない。

問題は、破壊までの手間と、敵の攻撃能力が、尋常では無いと言うことだ。

至近に、プラズマ弾が連続して着弾。

イプシロンがやられた。

秀爺が、破壊されたイプシロンから出てくる。ほのかも。黒沢も傷だらけで、呼吸を整えながら、秀爺に肩を貸していた。

「悪いが、儂らは狙撃位置を移す。 此処は頼むぞ」

「大丈夫ですか」

「負傷なんぞかまっとる暇は無い」

二人が、ジープを使って移動していく。

弟は止めない。黒沢は少し悩んだ後、二人の後を追っていった。

狙撃手として、何か思うところがあるのかも知れない。ブレインを主体で叩くのでは無く。

この親衛隊アースイーターを、主体になって潰すつもりか。

至近に着弾。

とっさにシールドで防ぐが、涼川が吹っ飛ばされる。まだ残っていた建物に叩き付けられ、背中からずり落ちる。その建物も、今の衝撃で崩れた。

原田が駆け寄る。

その原田も、頭から血を流していた。

ウィングダイバー二人は、ずっとMONSTERで上空の砲台を攻撃しているが。被弾を抑えきれない。

特に三川は、既に血だらけ。

筅のベガルタAXの影に隠れて、射撃を続けてくれているが。

二人とも、いつまで保つかわからない。

ベガルタにしても、同じなのだ。

「かなりの数の砲台を削った。 もう一息だ!」

弟が声を張り上げるが。

味方の損害が大きすぎる。

外では、ストライクフォースライトニングが奮戦してくれているようだが、それでもアースイーターまでには手が回らない。

既に味方の火力も、明らかに劣勢。

それに対して、敵は士気が存在しない。淡々と此方の力を極限まで引っ張り出し、戦術データを取ることだけを考えている。

破壊されることさえ、厭わない。

此処が最後の狩り場だから、だろうか。そうだろう。何よりもブレインはAI。死など怖れる理由がない。目的を果たすことだけが、その全てだ。

死んでたまるか。

そう自分に言い聞かせて、気迫を絞り出す。

気力を、奮い立たせる。

また、至近に着弾。

それだけではない。レーザーも、数発が、フェンサースーツに直撃。呻いたのは、アーマーが貫通されて。

レーザーが、腕を貫いたからだ。

それでも、バトルキャノンで、砲台を叩き落とす。

気付いたのは、池口だ。

ネグリングを飛び出すと、肩を貸してくれる。キャリバンに入ると、スーツを解除。既に血は滴るほどに流れ落ちていた。

痛みは、それほどない。

傷も、骨を上手に避けていたが。それでも傷口は炭化していて、ダメージは甚大だった。

すぐに応急処置をして貰う。

外では爆発音が連鎖的に響いている。このキャリバンも、いつまでもつか。要塞救急車などという呼び方まである機種なのに。

鎮痛剤を投与。

テーピングを済ませ、回復が促進される薬も入れる。

少しからだが重く感じる。

こういうとき、古い時代の軍隊では、覚醒剤などの薬物が用いられることがあったと聞いているけれど。

今の時代、それは禁じられている。

後の消耗が大きすぎるからだ。

EDFは元々人員が多くない。防御能力が昔に比べて著しく向上したこともあり、人員は使い捨てにはされない。

それだけは、今。

有り難く感じた。

キャリバンを飛び出す。アーマーを張り替えたから、まだしばらく戦える。しかしフェンサースーツのダメージは蓄積する一方で、既にアラートが幾つか連動したバイザーに点灯している。

これだけ激しく戦ったのだ。

当然とも言える。

キャリバンから飛び出すと同時に、バトルキャノンをぶっ放し。先ほど此方を貫いてくれた大型砲台を打ち抜く。

爆発して吹き飛んだ大型砲台。

緑色の、巨大な鉛筆に似たそれが、無数に生えているアースイーターが来る。レーザーを放ちまくっているという事は、下にいる部隊を好き勝手襲っているという事だろう。これ以上、やらせてたまるか。

「矢島!」

「はい、特務中佐!」

「あのアースイーターの、大型砲台を全て落とすぞ!」

「イエッサ!」

弟は何も言わない。

そのまま、支援攻撃に移ってくれる。キャリバンから、涼川が復帰してきた。とはいっても、応急処置だけ済ませての復帰だ。額には包帯を巻いたままである。

バトルキャノンで、一つずつ砲台を片付けていく。

流石に、二発のバトルキャノン弾を喰らってしまうと、大型砲台でもひとたまりもない。だが、大型砲台が、目標としているアースイーターには、二十を超える数がついているのだ。此方に来るまでに、全てを撃墜しきれるか。

横殴りに叩き付けられたライサンダーの弾が、大型砲台を直撃。爆破。

秀爺か。

しかし、あの位置は。

今更に気付いた。三人が、どういう意図で、狙撃地点を移したのか。そして今までの戦闘で、どれだけ味方の被害を減らしてくれたのか。

思わず飛び出しそうになるが、しかし今は。

バトルキャノンで敵を撃ち抜くのが先だ。

 

老人の意地という奴を発揮して、今陣取った位置から、狙撃を続ける。

此処は、敵を一番効率よく狙える場所。少し前まで対空兵器が置かれていて。今は破壊されて、瓦礫になっていて。

つまり、身を隠せない。

だが、狙撃には好都合。

ライサンダーの弾を、ほのかの指示で黙々と撃ち続ける。黒沢がこれにつきあったのは意外だ。

何度か、ストームリーダーの所に戻るように言ったのだけれど。

若造は、聞く耳を持たなかった。

ほのかはもう、黒沢の火力も計算に入れて、狙撃の指示をしてくる。何度も何度も至近に着弾。

しかし、その度に、黒沢に持ち込んだアーマーを張り替えさせる。

それにも限界があるのが分かる。

「4,5,2,77,12,28」

黒沢が、ほのかの指示を聞いて、愕然と顔を上げた。

分かったのだろう。

後28手で詰む。

敵の大型砲台密集地帯が、頭上を通り過ぎる。しかし、此処での狙撃を続けているから、他の部隊への被害を、極限まで減らせているのだ。もし此処から逃れた場合、かろうじて戦っている他ストームチームの面々が、圧倒的なレーザーの嵐に晒される。

詰みの瞬間まで、老人二人が此処で頑張ることで。

他のストームチームメンバーは、助かるのだ。

射撃。

大型砲台は、三発のライサンダー弾を撃ち込むことで、破壊できる。

携行用艦砲と言われるライサンダーでそれだ。バトルキャノンでも二発が必要になる。たかが砲台に、どれだけの防御性能を積み込んでいるのか。

だが、それでも、破壊は出来る。

黒沢は、逃げない。

もうすぐ、あの大型砲台の群れが、射程に此方を捕らえるのに。

射撃。

大型砲台を撃破。装填をしながら、告げる。

「最後だ。 早う逃げろ」

「嫌です」

「頑固な奴だ」

「僕はすれた人間です。 自分がどうして生まれたのか知りたいとずっと思ってきたし、生きる意味も欲しいと思ってきました。 それでいながら、勝手な行動をして、一時期はストームチームにひびも入れかけました」

射撃。砲台撃破。

後11手。

ほのかも逃げる気は無い様子だ。

どいつもこいつも、仕方が無い奴らだ。

「それでも、僕はここでやって行けた。 だから、最後は駒として、皆を守りたい」

「そうか、だがそれでもお前さんは生きなきゃいかん」

「どうしてですか」

「儂らと違って、若者だからだ。 儂らは仲が良いとは言えないが、子供もいるし孫も出来た。 人間としての責務はきちんと果たした。 だからお前さんも、同じように責務を果たしてから、そんな事はいえ」

もう一撃。

巨大砲台が墜ちる。

後8手。

着実に迫ってくる砲台の群れ。

だが、全く恐ろしいとは感じない。それに、悩みも多くて、いつも未来のことを悲観していて。

傷だらけになっても戦い続けている嵐姉弟を助けられるのなら。これくらいの恐怖、何でもない。

黒沢は逃げない。

「どうした、早く行け」

「……その命令だけは聞けません」

「仕方が無い奴だ」

もう、説得している時間もない。

巨大砲台を射撃。一発では墜ちない。射程距離に入ってくるまでに、もう一つは巨大砲台を落とせる。

そうすれば、ストームチームへの負荷も減る。

悔いはない。

最後の一射。これで詰んだが。その代わり、嵐姉弟の射撃で、残りのアースイーターは駆除できる目処が立った。これでブレインに、とどめの一撃を届かせることが出来る筈だ。

巨大砲台が光り始める。

明らかに此方を狙っている。

「母さん。 地獄に行ったら、まず何をしようか」

「そうですねえ。 閻魔様に頼んで、観光旅行でもして見ましょうか。 どうせ色々な地獄に行かされるのでしょうし、それくらいの気分でいたいです」

「それもそうだ。 儂らが殺した蟻や蜘蛛もたくさんいるだろう。 手強い奴も多かったし、せめて地獄では仲良くしたいものだ」

「本当にね。 彼らの事情を考えると、無責任に恨む事ばかりも出来ませんからね」

からからと笑いあう。

だが。

その時。

横殴りに叩き付けられた射撃が、今レーザーを発射しようとしていた巨大砲台を打ち砕く。

スナイパーライフルによる射撃。

それも、十人以上によるものだ。

通信が来る。

「まだ死なれては困りますよ、師匠」

「赤沢か。 東北の地下に籠もっていると聞いたが」

再びの射撃。明らかに、巨大砲台を狙っている。確実に潰されていく巨大砲台。

ほのかが射撃指示を出してくる。

詰みが遠のいた。

この援軍は、想定していなかった。赤沢は、東北の基地に出向していたとき、鍛えたスナイパーの一人。

東北での戦線で大きな戦果を上げていたが、戦況悪化に伴って、地下に潜った。それ以来、話は聞いていなかったのだが。

「巨大生物が東京基地に集まっていく過程で、幾つかの基地の上に陣取っていた巨大生物がいなくなったんです。 だからヒドラを引っ張り出して、増援として来ました。 同じように、彼方此方から増援が来る筈です」

「そうか」

「師匠達夫婦の料理をまた食べたい。 だから、まだ死なないでください」

ほのかの指示に基づいて、黒沢と二人、射撃を開始。

ひょっとしたら、これは。

捨て石にならなくても、勝てるかも知れない。

 

東南アジアからかき集められた増援が、ヒドラで到着。

第五艦隊からの支援を受けながら、アースイーターの攻撃を受けている東京基地に、無理矢理なだれ込んだ。

兵力は百名程度だが、今の状況では、非常に貴重な百名だ。

更に、東北からも、低空飛行でヒドラが基地に飛び込んできた。此方は三十名ほど。ただし並の三十名では無い。

十名以上が秀爺の弟子のスナイパー達だ。そのほかも、皆名が知られた精鋭ばかり。

報告を聞き終えた弟が、頷く。

スナイパー達は、捨て石として移動した秀爺の支援に廻ったらしい。そして、アースイーターの火力が落ち始めている今。この増援の到来は、非常に大きい。

だが、基地の外に群れている敵の数はなおも圧倒的。

そして敵はこの状況でも。

まだまだ、いくらでも増援を呼び出せる状況にある。勝ったなどとは、口が裂けても言えない。

盾をかざして、爆発を凌ぐ。

やられた腕が酷く痛むが、それでもどうにかするしかない。バトルキャノンで反撃。確実に、アースイーターの砲台を削り取っていく。

ハッチが開いた。

攻撃機が出撃してくる。だが、アースイーターはかなり数を減らしている。その上、秀爺の弟子達がまとめて駆けつけてくれたのだ。砲台はいっそ、其方に任せてしまって良いかもしれない。

キャリバンに走り寄ると、誘導ミサイル系の武装を取り出す。

大破したネグリングから這い出してきた池口に、一つは渡す。原田にはどうしようかと思ったが、やめておいた。

日高中尉に渡すと。

彼女は口をとがらせる。

「ええ、エメロードですか?」

「攻撃機に対応する人員が必要なんだ」

「私が使います」

挙手したのは、ナナコだ。

だが、今ナナコは、ライサンダーで確実な射撃が出来る数少ないメンバーである。少し悩むが、不意に袖を掴む手があった。

「私が、やり、ます」

「お前は」

煤だらけの、小柄な強化クローン兵。

ヤソコだ。

他の、地下シェルターから来た戦士達は、全員がもう病院送りになっている中。必死の奮戦を続けて、まだ残っている。

だが、もう傷だらけ。

確かにこの状況だと、それが良いかもしれない。

「よし、二人でエメロードを使い、足止めに徹しろ。 近づく奴は、残りのメンバーで射撃し叩き落とせ」

「イエッサ!」

私は、アラートが多数点滅しているフェンサースーツを無理矢理駆って、再びアースイーターへの攻撃に戻る。

キャリバンから出てきた涼川が、隣に並んだ。

向こうでは弟が、一騎当千の暴れぶりを見せて、ライサンダーで可能な限りの敵を叩き落としまくっている。

「よう、まだやれるか?」

「どうにか」

「最終的には、旦那とあの腐れ脳みその一騎打ちになりそうだな」

「そう、だな」

涼川は案外鋭いところがある。

私だって、分かっている。

このまま戦いが推移して、ブレインがそのままでいる筈がない。徹底的にデータを搾り取るために、極限まで此方の戦力を痛めつけに来るだろう。

攻撃機が来る。

日高中尉が即応し、ハーキュリーで叩き落とす。

丁度背中合わせに立ったヤソコと池口が、エメロードで次々攻撃機を落としているが。それでも、他の戦線で、被害が拡大するのは止められない。

軽傷者は、病院からすぐに復帰してくるだろうけれど。

アースイーターの火力が相手では、そうも言ってはいられない。

だが、ついに弟がやる。

コアを叩き落とし、ブレインへの射線を確保。

そして、ブレインも。

増援のアースイーターを投入してこない。やはりこの親衛隊アースイーター、そうそう多くは用意できないのか。

既に罅だらけのブレインに、弟が容赦なく、ライサンダーの一撃を入れはじめた。その射撃も、確実に罅に傷に食い込んでいく。

煙を吹き出すブレイン。

アースイーターの反撃も必死なものだが。

それでも、弟は止められない。

止めようとする一撃は、私は涼川が食い止める。

ハッチをまたアースイーターが開けるが。おそらく秀爺やその弟子達の射撃が、一斉に集中。

出ようとしていたディロイごと、ハッチを瞬時に爆散させた。

これでアースイーターの群れに残ったコアは存在せず。

ハッチも、全て失った。

後は大型砲台を中心に、かなりの数の砲台が残っているが、それでもこの戦況は、決定的に此方に傾いたと言える。

今の時点では、だ。

弟が一瞬躊躇したが、開戦前に渡された弾を使うのは止めたようだ。やはり弟も察しているのだろう。

まだブレインに余力が充分にあること。つまり、此方の戦闘データを、まだまだ搾り取る気である事は。

「今のうちに負傷者を下げろ。 残りはアースイータの反撃を抑えつつ、ブレインに総攻撃開始!」

「よっしゃあ!」

涼川が取り出したプロミネンス。超大型ミサイルを発射する、携行火器としては桁外れの代物だ。

ぶっ放されたプロミネンスのミサイルが、ブレインに容赦なく着弾する。

ジョンソンも温存していた最後のノヴァバスターを投入。亀裂が、更に大きく、激しく拡がるブレイン。

エミリーがグングニルをぶっ放す。

それが、決め手になった。

ブレインの亀裂から向こう側に、エネルギービームが抜けるのが分かった。ブレインの堅牢極まりない構造に、ついに貫通弾が通ったのだ。

残っていたアースイーターが、まとめて爆散する。

ブレインに致命打が通ったのは、誰の目にも明らか。

喚声が上がった。

「やったぞ! 力尽きやがった!」

「……」

私は呼吸を整えながら、バトルキャノンを下ろす。

そして、三川に、エミリーにも告げる。

「グングニルの充填を」

「え……」

「でも、あれじゃあいくら何でも、耐えられないわよ」

多分、ブレインはまだ満足していない。今のアースイーター爆破は、状況をリセットするためではないのか。

奴の目的は、地球の征服では無いし、人類の抹殺でもない。

それを考えれば、アースイーターでさえ、奴にとってはそう大事なものではない。大事なのは、ただ。

戦闘経験を蓄積し、巨大生物進化にとって、重要なデータを揃える事だけ。

自身でさえ。

捨て駒に過ぎないブレインにとって。

護衛のアースイーターなど、文字通り塵芥に過ぎない筈だ。

案の定。

周囲が、真っ暗になる。

また、何かが降りてくる。

全員が絶句する。

その中、唯一戦術士官だけが、状況を分析し、伝えることが出来ていた。

「また何かが落下してきます!」

オペレーターが喚くのでは無いかと思ったが。

外壁部分で、今プロテウスと一緒に戦っている筈だ。多分、状況を聞いて取り乱す余裕も無いのだろう。

戦闘音が聞こえる。

日高司令の所では、まだ押し寄せる敵の群れと、戦闘が続いている証拠だ。ブレインは、まだ諦めていない。

「素晴らしい」

ブレインの声。

かすれているようで。歓喜に満ちているようで。

とてもAIとは思えない、生々しい感情が溢れていた。

此奴にとって、歓喜は目的を果たすことが出来る事によって、生じるのかも知れない。しかし、そうなると。

「後一歩と言う事か……!?」

「間もなく、必要なデータが揃います。 あなた方の残虐性と暴力性は、天の川銀河に新しい秩序を造り出す。 いずれあなた方は、フォリナの歴史の未来を変えた存在として、大いなる敬意を払われることになるでしょう。 もう少しです。 もう少しあなた方の残忍な暴力を、振るい続けてください。 私が破壊されるまで、後ほんのわずかですよ」

頭の中で、声がきんきんと反響した。

声に、抑揚がなくなっているのだ。

降りてくるそれが、見え始めた。

内臓が、固まったような、六角柱。形状はブレインに似ているが、赤黒く、大きさもまちまち。

しかも、今までと違い。

東京基地だけでは無く、その周辺。

東京そのものを覆い尽くすほどの広域に、降りてきているようだ。

背筋がぞくりとする。

これは、おそらく親衛隊アースイーターとさえ何かが違っている。一種の生体兵器とさえ感じ取れる。

あらゆる意味で。

地球人類と、全身全霊をかけ、殴り合いをするためだけに作られた、何かとてつもなく禍々しい存在。

いにしえの時代。

予言者と呼ばれる存在は、此奴の到来を幻視して。

恐怖の大王やら、悪魔やらと、誤認したのではあるまいか。

歓喜の笑い声が、爆発した。

禍々しい六角柱の群れ。

強いていうなら、最終攻撃アースイーターとでもいうべきものが、戦闘行動を開始した。

下部にある穴から、強烈な稲妻状のビームを放つ。

無数のドラゴンが、穴から放出されはじめる。

優勢に進めていた戦況が。

また、一気にひっくり返された

 

4、終焉の日

 

デスピナに直撃弾。

第五艦隊の旗艦は、既に彼方此方から煙を上げていた。総力戦を続ける中、無数の蜂とドラゴンと交戦。

多数の艦を失いながらも、ストームチームへの被害が減るように、必死に敵を引きつけ続けてきたのだが。

最終攻撃アースイーターが現れた瞬間。

今までの犠牲が笑い話になるような損害が、全艦に拡がりつつあった。

艦が揺れる。

「第三ミサイル射出口沈黙!」

「甲板に着弾! このままだと、ファイターが離着陸出来なくなります!」

開戦時、まだ疲弊が激しい艦も含めて、五十隻後半を数えていたこの艦隊も。既に半数を切りつつある。

そして対空砲火も、空軍部隊による反撃も減りつつある現状。

敵は更に勢いを増し、デスピナへの攻撃を強化していた。

中島艦長は、思わず軍帽を掴んでいた。

床にたたきつけそうになるが、かろうじてこらえる。ここまで来たのに。これで、終わりなのか。

必死に戦って来た皆の苦労は、全て踏みにじられてしまうのか。

奮戦を続けてきたホエールから通信。

このままでは、撃墜されるというのだ。

新しい最終攻撃型アースイーターから放たれる稲妻は苛烈。その分構造は脆く、何処かに当たれば確実に効くし、撃墜爆破も難しくないが。数が多い上、何より捨て身の攻撃を仕掛けてきている。

かなり大きいのが来る。

モニターに映り込んだそいつは、エネルギーを充填しながら、デスピナの真上を目指している。

あの主砲の直撃を喰らったら。

満身創痍のデスピナは、陥落する。

「主砲は! テンペストは!」

「装填が間に合いません! テンペストは、まだ工場から転送されてきていません!」

乗員の脱出を命じようと思い。

しかし、中島提督は踏みとどまった。

此処で少しでも敵を引きつければ、それだけストームチームが有利になるのである。オメガチームが到着する時間さえ稼げば、東京基地の戦況は、変わる可能性もある。まだ、逃げる訳にはいかない。

この命など。

地球からフォーリナーをたたき出せるのなら、惜しくは無い。

家族を戦いで失ったとき。

復讐を誓った。

フォーリナーの目的を知ったとき。

その理不尽さに憤慨もした。

今はただ。

未来が欲しい。ストームチームが勝てば、地球人類には、バラ色の未来が来るとまでは思わない。

フォーリナーの襲来があるまでの地球は、楽園でも平和でもなかった。多くの民族が好き勝手に争い、各地では悲惨な紛争が起き。フォーリナーでさえ鼻白むような残虐な行為さえ、彼方此方で行われていた。

それでも。人類は、自立自存はしていたのだ。

奴隷になど、なってたまるか。

それが、誇りとなって。意地となって。中島の身を支えていた。

モニターに映る最終攻撃型アースイーターが、更に巨大さを増していく。それだけ接近しているという事だ。

「最後まで、戦闘中の空軍を対空ミサイルで支援」

「イエッサ!」

空軍も、対空ミサイルで支援さえすれば、ドラゴンと互角に戦えるのだ。巨大最終攻撃型アースイーターが、下部に光を集め始めるのが見えるが、気にしない。サイロからミサイルを放ち続け、戦う空軍のために支援を続行する。

直上を、取られる。

主砲が発射される寸前。中島は、見た。

巨大最終攻撃型アースイーターの側面に、艦砲が着弾。爆破四散するのを。

「此方第十六艦隊! 各地の残存戦力を引き連れ、最終決戦の地に参上した!」

通信が入る。

おおと、思わず中島は呟いていた。

陸上でも、各地からの増援が続々到着している。おそらくそれは、ブレインが意図的に監視を緩くして、データを得るためにかき集めているのだろうけれど。

少なくともこの戦線では。

デスピナは、それによって救われた。

「第五艦隊は疲弊が酷い! すぐに合流し、ストームチームの支援を行って欲しい!」

「了解した! 支援にもってこいの部隊も連れて来ている! すぐにヒドラを出す。 空軍は、東京基地までの到着をエスコートして欲しい!」

「任せろ!」

ドラゴンと交戦中のファイター部隊が、何機か護衛任務に移る。

第十六艦隊および、合流した残存戦力は三十隻ほどだが。それでも、今の状況を考えると、文字通り渡りに船だ。

オメガチームも、もう間もなく到着する。

東京基地の戦況は絶望的だが。

向こうでも、対空砲火が最終攻撃型アースイーターを次々に落としている。

まだ、ストームチームは健在で。

そして、ブレインを相手に、必死の戦いをしているのだ。

中島は軍帽をかぶり直すと、味方の士気を挙げるべく、叫ぶ。

「時間を稼ぐぞ! 支援さえ続ければ、必ずストームチームが路を作ってくれる!」

「EDF! EDF!」

兵士達も。その叫びに答えてくれた。

 

奴らは不死身か。

外壁に張り付いたまま、無限とも思える敵の物量を捌き続けていた日高司令は、ストームチームの凄まじい戦いぶりに、舌を巻いていた。

東南アジア地区から来た部隊の合流と。東北地区から来てくれたスナイパー部隊の加勢があったとは言え。

あれほどの凄まじい火力を受けながら、まだ戦いを止めていない。

状況が分からないのは、本当に口惜しい。

しかし、今は。

此方は此方で、やるべき事をするだけだ。

戦っている敵の一部が、吹っ飛ぶ。

此方に来るのが見えるのは、ストライクフォースライトニングのベガルタ四機。満身創痍だが、それでもまだ交戦能力を失っていない。

だが、相当数の巨大生物に纏わり付かれている。救援が必要だろう。

「エッケマルク中将!」

「任せろ」

エッケマルクが、支援のミサイルを巨大生物に叩き込む。その隙を突いて、かなりの数の蜂に針を浴びせられるが、友軍を救うためだ。

支援を受けた四機のベガルタが此方に来る。

地雷原がない場所を指定して、誘導。

蜂をミサイルで散らしながら、どうにか合流を果たす。既にプロテウスもズタズタ。最新鋭機でも、この数の敵を捌くのは無理があるし、何よりこれは性能を落として無理矢理出している機体なのだ。

「此方ストライクフォースライトニング。 支援感謝する」

「此方こそ、君達がアルゴを落としてくれなければ、既に詰んでいた。 感謝してもしきれない」

早速ですまないがと、エルム准将が切り出す。

ストームチームの支援をしたいというのだ。

しかしそれには、ベガルタが傷つきすぎている。まず、外壁の内側に退避して貰う。其処にある工廠で、応急処置をして貰う事になる。

説明をすると、まどろっこしいという。

だが、武装もかなり失っている用だし、そのまま出るのは自殺行為だ。

戦術士官が言う。

「武装がまだ付けられていないベガルタバスターロードとファイアロードが、それぞれ二機ずついます。 今のエルム准将達が乗っている機体の武装を移し替えれば、或いはそのまま使えるかも知れません」

「工廠に手配できるか」

「すぐに」

エルム准将達には、工廠に向かって貰う。

背後は最終攻撃型アースイーターによる爆撃で地獄だが。流石に北米最強のストライクフォースライトニング。全く怯むことなく、猛火の中に突入していった。

オメガチームも近づいてきているし、行けるかも知れない。

しかし、振り返ることは出来ていない。

あまりにも恐ろしいのだ。

ストームチームが必死に戦っている、ブレイン麾下の最精鋭が、どれほどの存在か。実際に見て確かめる勇気がない。

勿論最終攻撃型アースイーターは目前にもいる。しかし、東京基地の方に降りてきたのは、密度が桁外れだ。

「ドラゴンの群れが接近しています!」

「迎撃せよ!」

群れとなって突っ込んでくるドラゴン。弾幕で迎撃するが、火球の嵐がプロテウスを襲う。

既に限界近くまで削られているアーマーが。

危険域まで、一気に行った。

そろそろ、駄目か。

最悪の場合は、敵中で自爆する。そうすることで少しでも多くの敵を道連れにして、ストームチームへの敵到達を防ぐ。

無能な司令官だった。

今だって、それに変わりはない。

せめて、最後に出来る事は、それくらいだ。

地球の未来を託した戦士達の足を、散々に引っ張ってしまった無能な自分に出来る、最後の償いである。

「皆、最後にやる事は分かっているな。 覚悟を決めて欲しい」

「イエッサ!」

オペレーターが真っ青になっているのを見て、ため息。

この子は、とうとう最後まで、一人前の戦士にはなれなかったか。

バイザーから、オンリー回線を開く。

いざというときは、逃げて構わない。

そう告げるが。

オペレーターは、青ざめたまま、首を横に振った。

死にたくは無いけれど。逃げたくも無い。そういうのだった。

ならば、出来るだけの努力はしよう。最後の最後まで、あがけるだけあがくのだ。そうすることで、死を無駄なものにはしない。地球を救った勇者になるのでは無くて。地球の未来を切り開く、道路の礎になれれば、それでいいのだ。

また一機、低空からヒドラが来る。

かなりの数の蜂に纏わり付かれている。迷わず支援を実施。プロテウスの機体の彼方此方が、ついに破損しはじめるが、気にしない。

ヒドラが、外壁近くに軟着陸。

何処の部隊だろうか。

「無事か。 すぐに外壁の内側へ」

「支援感謝する」

「何処の部隊だ」

返答された部隊は、聞いたこともない。恐らくは総司令部直属の、ゲリラ戦を行う部隊なのだろう。

ヒドラから出てきた面子を見て、驚かされる。

その中の一人は。

EDFに所属する人間なら、知らないはずもない男だった。

「カーキソン元帥!」

「ノートゥングの操作は誰がやったと思っている。 地下でゲリラ戦を続けていたが、戦況を見ていても立ってもいられなくなってな」

ヒドラから出てくるのは、少し古いが、それでも前線で戦えるベガルタ。いずれも凄まじい傷と埃にまみれていて、乗っているのが歴戦の勇者達だとうかがえた。

「プロテウスを落とさせるな! 断固死守!」

カーキソン自身もベガルタに乗り込むと、迫り来る敵の大軍団に立ちふさがる。

そうか、まだまだやれるのか。

それが分かると、気力がわき上がってくる。

まだ、自爆せずとも、良さそうだ。

自分は無能で、無力だけれど。

敵の首魁と交戦中のストームチームの盾になることは出来る。支援をすることなら、出来る。

それならば、支援に全てを掛ける。

「オペレーター!」

「はい!」

「危険だが、プロテウスのアーマーの再貼り付けを頼めるか。 外の主要なパーツだけでかまわない」

「やってみます!」

強力なベガルタが六機も来てくれた状態だ。今こそが、好機。

まだまだ意気衰えない敵の群れ。

戦いは、ようやくこれで、ほんの少しだけ味方に傾いたか。そう、日高司令は感じていた。

 

(続)