灼熱地獄の東京
序、切られる戦端
膨大な数の巨大生物がひしめいている。
ありとあらゆる種類がいて。その全てが、こう考えている。戦いを好む種族がいて良かったと。
相手が同意した上で。
戦う事が出来る。
データを取ることが出来る。
そして昇華した体は、やがて神と一つになる。おお、それはなんと幸運なことなのだろう。相手も戦いを喜び、自分たちも神へと近づいていくのだ。
だから、早く早く早く。
自分たちと戦え。
私は東京基地の外壁から、敵のおぞましいほどの大軍勢を見下ろしながら、その声を聞いていた。
「姉貴、此処にいたか」
弟が上がってくる。
外にいる敵は、まだ壁から一定距離を置いて、じっと待っている状態だ。欧州の戦況が分からないうちは、手を出すなと日高司令にも言われている。
というよりも、出来るだけ手は出すなとも。
まだビークル類の大半が修理中で、それは主力となっているプロテウスやホエールでも例外ではないのだ。
「何か進展が」
「欧州からの通信が途絶えた。 少し前の情報を解析する限り、どうやらドイツ上空のブレインに仕掛けて、それ以降のようだな。 以降のことを話し合う。 作戦会議に出てくれるか」
「そうか……」
生き延びてくれていると信じたいが。
極東もこの状況。
そして欧州が陥落したとなると。嬉々として、ブレインが此方に来ることだろう。撃墜する最大のチャンス。
オメガチームが、簡単に破れるはずがない。
必ず手傷を負わせているはずだ。
促されて、外壁を降りる。外には蜂やドラゴンもいる。迂闊に仕掛けると、対空能力が著しく減殺されている現状、一気に東京基地は潰されかねない。
地下にある司令部に出向く。
顔が土気色をした日高司令が、腕組みをしたまま待っていた。
ジョンソンはもうとっくに来ていて、テーブルの一角に座っている。日高司令は、すっかり精気が失せた目で言う。
「来たか……」
「作戦については」
「君達に、一任する」
「総司令官がそれではいけません」
弟が言うが。
日高司令は、もはやこれ以上、戦い続ける勇気が残っていないようだった。いや、それはない。
少し、ストレスでおかしくなっているだけだ。
欧州からの通信が途絶したことが原因だろう。これでもはや極東しか、EDFのまとまった戦力はない。
欧州にいた第十六艦隊も、どうしているか分からない状況だ。
この状況で、平静でいられる私や弟の方が、むしろどうかしているのだろう。
他の指揮官達も、皆青ざめていた。
日高司令は立ち上がると、頭を振る。
「もはや、手など何も無い。 あの膨大な軍勢を相手に戦うのは、怖くは無いのかね」
「前大戦では、もっと絶望的な状況だったではありませんか」
「……」
「少しお休みを」
頷くと、日高司令は少しおぼつかない足取りで、会議室を出て行った。
咳払いすると、三島がしらけた様子で言う。
「それで、何か妙案は?」
「あるにはある」
「聞かせてくれるかしら」
「現在、この周辺は、我々にとっては全てが基地と同じだ。 それを最大限に利用する」
しばらく理解できないでいたようだが。
やがて三島は、頭を振る。
正気と聞かれたので、頷いた。
弟が具体案を示す。
私も少し驚いた。此処まで大胆な策に出てくるとは、思わなかったからだ。
「機動戦そのものは、我々だけで行う」
「尋常じゃなく厳しい作戦よ。 それに」
「危険は承知の上だ。 東京基地から急いで指示も出して欲しい。 他に名案があるなら提案してくれ」
誰も、挙手はしない。
弟だって、こんな危険な作戦、絶対に採りたくは無いだろう。だが、もう他に手がないのである。
「やろう。 他に妙案がないなら、やるしかない」
そう言ってくれたのは、親城准将だ。
もう数名しか残っていない極東地区幹部は。皆、顔を見合わせるばかりであった。
作戦内容が内容なので、実行までは少し時間も掛かる。実務面は、親城准将をはじめとする何名かが動いてくれた。
日高司令はその間に、カプセルで休んできた。
日高司令が戻ってきたとき、会議室に残っていたのは、私と弟、ジョンソンだけ。親城准将をはじめとする数名は、実務のために。
他の面々はなんやかやの理由を付けて、会議室を出て行った。
今更逃げようとしても、逃げられる場所なんてありはしないのに。
相手に言葉が通じることは分かったが。降伏など受け入れてはくれないことは、既に確定済みなのだ。
戻ってきた日高司令に、状況を説明。
作戦の内容を聞いて、流石に日高司令も顔を青ざめさせたが。他に方法も無い以上、これでやっていくしかない。
「君達なら問題は無いと思うが。 くれぐれも、気をつけてくれ」
「はい。 ただ、全面的なバックアップをお願いいたします」
「それは任せて欲しい。 作戦の内容が内容だから、プロテウスは使えないな」
「プロテウスは基地の守りに。 基地への攻撃は、此方で可能な限り緩和しますが、それでも敵が押し寄せるのは防げないでしょうから」
頷くと、日高司令も、会議室を出てくる。
三島が通信を入れてきた。
「データを送るわ」
「作戦を開始できそうなのは、どれくらい後だ」
「補強工事なんかを今急ピッチでやっているから、その後になるわね。 第五艦隊との連携については、貴方たちがやってよ」
「それは大丈夫だ」
弟が立ち上がる。
そして、弟に促されたので、会議室を一緒に出た。
棟を出た後、ヒドラの前に、ストームチームの面々が集められる。ヒドラの中は空っぽ。中の人員は基地の工廠や病院、他の手が足りない場所に、全員が出向いている。専用機となっていたこのヒドラも、激戦に次ぐ激戦でぼろぼろだ。
整列した皆に、作戦内容を通達。
涼川は非常に楽しそうにしていたが。
後、日高中尉もわくわくを抑えきれない様子だったが。
他の面々は、皆苛烈すぎる作戦内容に、青ざめていた。
「分かっているだろうが、この作戦では、一歩のミスも許されない。 故に前線での戦闘は、ストームチームだけで行う」
「本当に、大丈夫、なのですか」
「理論上はな。 東京基地の全面バックアップもある。 だが、良くても三日三晩連続での戦闘になる。 物資については豊富に用意してくれているから、問題は無いが。 踏みとどまらなければならない場面がかなりある。 各自、気をつけてくれ」
一度解散となった。
何度か、基地の外で大きな音。
小競り合いがあったのだろう。本格的な戦闘には発展しなかったようだし、放っておく。極東最大の規模を誇った東京基地も、既に人もまばらだ。地下の工場はラインが焼け付きそうなペースで作業をしているが、それでも何もかも、時間が足りなさすぎるのだ。
翌日、ストームチームのビークル類は全て修復が完了。
また、それ以外のチームにも、ようやくロールアウトしたベガルタファイアロードとバスターロードが支給されはじめたようだ。ただし、現状では、とても大量生産などは不可能だが。
それでも、ファイアロードの制圧力は貴重だし。
スペックを見る限り、バスターロードの火力は、ディロイ数機と互角に渡り合えるほどのものだ。
ただ、人員が足りない。
シェルター地下に移された強化クローンの生産設備からも、あまり多くの補充人員が上がって来ていない。
何しろ、現在東京基地地下のシェルターには、百万を超える民間人が収容されているのだ。
彼らの保護と管理だけで、精一杯なのである。戦闘要員を最大のペースで生産するなんて事は難しい。
今回は、基地での戦闘という地の利があるが。
それでも、果たしてやりきれるかどうか。
寮でぼんやりしていると、弟がひょいと部屋を覗き込んできた。
「姉貴、来て欲しい」
「どうした」
「準備が整った。 戦いの方じゃなくて、その後のな」
腰を上げて、バイザーを手に取る。
内容を確認する。
なるほど、準備してくれたのは、恐らくは三島だろう。忙しい中、手を割いて良くやってくれたものだ。
これで、後は戦うだけだ。
もう失うものはない。
後ろには決して有能とは言いがたい味方。
前には、考えるのも馬鹿馬鹿しいほどの敵戦力が、手ぐすねを引いて待っている。
1、決戦開始
作戦開始まで、間もなく。
逃げてもどうしようもない状況で。敵は降伏など受け入れるはずもないとわかりきっていたからか。
絶望的な状況にもかかわらず。
それでも、逃亡者はいなかった。
敵が対話のチャンネルを開けていたら、降伏する者は出ていただろう。だが、私も日高中尉や三川から聞かされたのだが。兵士達の間にも、噂が流れているそうだ。フォーリナーは、好戦的な人間と戦うために地球に来て。戦いだけを目的としていると。
それでは、降伏しても、戦わされるだけ。
結局生き延びることは、出来ない。
生きたければ戦い抜け。
それ以外には、ない。
この噂を流したのは誰だろうと思ったけれど。EDF幹部は一枚岩では無いし、誰かが愛人にでも寝物語したのが拡がったのかも知れない。いずれにしても、今更それが拡がったところで、どうにもならないし。
防いでも、意味もないことだった。
「全員、時計を合わせろ」
「イエッサ!」
作戦は極めて緻密で、それでいながら行き当たりばったりに状況を処理することが要求される。
はっきりしているのは。
此処で敵をある程度散らして、少なくとも東京基地周辺から追い払わなければ。ブレインとの決戦を行う状況さえ、作る事が出来ないという事だ。人類はフォーリナー、つまりフォリナ現状打開派の戦闘用奴隷とされ、彼らが満足するまで、永遠に戦い続けることになる。
それは、滅びと何が違っているだろう。
作戦開始まで、五分。
谷山が戻ってくる。ハンドサイン。準備万端という合図だ。
暗い中、全員が緊張しているのが分かる。
無茶な任務に何度も何度も従事して、それぞれが地獄をくぐってきた猛者達ではあっても。
その中でも最大級の作戦にかり出されたのだ。
私だって、これほどまでに危険で無茶な任務にかり出された例はあまり多くない。ないとは言えないのが悲しいところだ。
弟が、ハンドサイン。
突入準備。
そして、ほどなく。
合図が発生した。
大爆発。
そして、光が差し込んでくる。その光に向けて、全員で突撃する。
先ほどまで潜んでいたのは、東京中に張り巡らされた地下シェルターの一角。其処に、ストームチームは潜んでいたのだ。塞いでいた入り口の一つをパージしたのである。
以前もマザーシップ攻略戦などで同じような作戦を用いたが。
今回は、シェルターに民間人が多数いると言うことが違っている。勿論民間人のいるスペースは隔壁で厳重に閉じているが。
一歩でも間違えれば、巨大生物が地下になだれ込み、収拾がつかなくなる。
躍り出た外で、あらん限りの大火力火器を、全方位にぶっ放す。流石に敵が如何に此方の上を行っても、こればかりは予想できない。
私はスタンピートを立て続けにぶっ放す涼川達を横目に、バトルキャノンをぶっ放して、ヘクトルを瞬殺した。飛び出してきたイプシロンが、即座に一撃を放ち、見えた輸送船に直撃弾。更に其処へ、遅れて来たエミリーが、ノータイムでグングニルをうち込む。輸送船が爆沈するのが見えた。
まずは、輸送船を一隻つぶせた。
ネグリングも、ミサイルを連続してうち込む。敵の群れの中で、誘導ミサイルが異常なほどの効果を上げた。一発撃ち込めば、数匹の敵が連鎖的に吹き飛ぶのだ。
周囲の敵は、まだ混乱から立ち直れていない。だが、数が数。その上密度が密度だ。攻撃の際はその密度が莫大な戦果を上げることにつながったが、防御となると、一瞬で押し潰されてしまう。
手当たり次第に薙ぎ払った後、即座に後退。
ベガルタAXが最後尾になって、穴の中に戻りはじめると。当然、敵が追撃してくる。追いついてくる敵を、穴の中で後退しながら薙ぎ払う。ベガルタを主力にしているから、狭い穴の中で、追撃してくる敵を撃破していくのは難しくない。
そして、巨大生物共は思い知る。
追撃してきた赤蟻を中心とした巨大生物たちが見たのは、重層的に構築された、セントリーガンの縦深陣。
そしてその先には、ストームチームの容赦ない迎撃砲火が待っているのだ。
赤蟻の群れが、瞬時に撃退され。逆に、今度は死体を蹴散らしながら、穴の入り口近くまで押し戻す。
まさかこの状況で押し返してくるとは思わなかっただろう巨大生物たちの死体を、ギガンテスとベガルタで押しやりながら、思う存分撃退した。
また、敵が反撃に出てくるが、つきあわずに下がる。
そして押し込んできた敵が、また縦深陣に引っかかり、多大な犠牲を出す。
しかし、それも二回までだ。
敵がぴたりと動きを止める。
おそらく、ディロイかヘクトルで、穴そのものを攻撃に掛かってくる。だが、それも計算済みである。
既に、攻撃のタイミングは指定してあるのだ。
「コンクリ弾!」
涼川が、スティングレイを構える。
黒沢がコンクリ弾を準備しながら、私は時計を確認。
予定通りの時間に、揺れが来た。
第五艦隊からの支援砲撃である。穴の周囲にいる敵を、これで一気に蹴散らしてしまう。ずずん、ずずんと、凄い音。最高火力のテンペストミサイルが何発も着弾しているのだから、当然だろう。
当然、ディロイだろうがひとたまりもない。
その隙に、コンクリ弾で穴を封鎖。
更に、その前に涼川が事前に指定しておいたポイントを打ち抜いて、穴そのものを崩落させる。
崩落した穴をコンクリで固めて、第一次攻撃は成功。
ゲリラ戦の見本のような結果に終わった。敵は相当な損害を出し、此方は被害皆無。だが、分かっている。
初撃だから、こうも上手く行ったのだ。
弟が、本部に通信を入れた。
「此方ストームチーム」
「司令部だ。 戦果は確認させて貰った」
「第二段階に入ります」
「頼むぞ」
同じ手が通じるほど、敵は甘くもなければ、頭も悪くない。輸送船を撃墜し、千を超える敵をこの攻撃だけで葬ったが。
同じ手を使えば、即座に対策されるだろう。
だから、それを逆に利用させて貰う。
最後の戦いだから、どんな手でも使う。窮鼠は猫を噛む。この場合、鼠と猫どころか、蟻と恐竜くらいの力の差があるが。
それでも、反撃の方法は、あるのだ。
次の攻撃地点に移動。
念のため、民間人は深く深く地下に潜って貰い、何重もの隔壁でガードはしているが。それでも巨大生物が喰い破って地下に入ってきたら、何が起きても不思議では無い。元々地下は、連中にとってのホームグラウンドなのだから。
弟が、オンリー回線をつないでくる。
「姉貴、どうした。 今日は妙に無口だな」
「案ずるな。 別に問題があるわけではない」
「それは分かっているが。 何かあったら言ってくれ」
「分かっているさ」
ビークル類の移動も、今の時点では問題なし。
また、先ほどの攻撃地点も確認しているが、崩落した上にコンクリで固められた進入路を突破することを、敵は諦めた様子だ。
いや、或いは。
次の攻撃のタイミングで、ストームチームを潰すつもりなのかも知れない。
そうとも限らない。
次の攻撃を、むしろ楽しみに待っているという可能性もある。対策をするのは、豊富な戦闘経験を積むため、か。
移動完了。
点呼を取った後、時計を合わせる。
第五艦隊にも通信を入れて、攻撃のタイミングを調整。
次の攻撃は。
東京基地、外壁のすぐ側。しかも、シェルターの出口でさえない。地下下水道をビークルで無理矢理通り抜けて、封鎖され巨大生物も見向きもしないどぶ川から、ストームチームはカッパよろしく姿を見せたのである。
そして、耐水防御をパージすると。
外壁の側で、攻撃の準備をしていた巨大生物に、ありったけの火力を叩き付けた。
それに合わせて、外壁の上から、味方部隊も一斉攻撃開始。
ストームチームは東京基地の正面ゲートに突入。ゲートはこのタイミングで開かれている。当然敵も殺到してくるが、分厚い強化コンクリートの壁に加えて、味方部隊の援護射撃がある。
簡単には抜かせない。
背後や頭上を気にしなくても良い上、第五艦隊からのテンペストの援護もある。密集して迫ろうとする敵が何度かテンペストの直撃で消し飛ぶと、ぴたりと動きを止める。代わりに蜂とドラゴンが、数にものをいわせて、中空からの攻撃に出ようとした。
其処へ、砲兵隊が、東京基地の内部から対空クラスター弾の弾幕を浴びせる。
混乱したところに、地上の敵を気にしなくて良くなったストームチームからも、十字砲火で歓迎。
適当に敵を削ったところで、正面ゲートから基地内に逃げ込む。
これで、第二段階も上手く行った。
そのまま外壁に上がって、しばらくドラゴンと蜂の相手をする。敵は数が数だ。今のストームチームの攻撃で全体的にある程度配置を散らしているとはいえ、基地の部隊だけでの相手は厳しい。
射撃を続行。
しばらく、無心に戦い続ける。
敵がそろそろ、本気で総攻撃に出ようとするタイミングを見計らう。敵の攻撃は苛烈だが、まだまだ本気ではない。蜂とドラゴンを中心に、対空砲火を中心に防備を固めた東京基地に、確実にダメージを与えに来ているが。敵の数は十万以上。ストームチームが多少削った程度では、痛手にもなっていない。
そればかりか、敵の地上部隊は、強化コンクリートの外壁を、真正面から破りに来ている。
凶蟲もドラゴンも蜂も、外壁の上にいる迎撃部隊を無視して、壁に攻撃をしてきている有様だ。
もしも外壁を一カ所でも破られたら。
東京基地は終わりだと、知っているのである。
そして如何に分厚くアーマーを積み、強化コンクリートで固めても。アーマーが破られてしまえば、攻撃には長くは耐えられないとも。
勿論、その過程で。
嫌がらせと言わんばかりに、外壁の上にも、容赦のない攻撃を叩き込んでくる。
ストームチームは基地の彼方此方を駆け回りながら、不利になっている部隊を支援。次の段階に移動するべく、タイミングを待つ。
しかし、である。
敵は数による手数を、生かしてきている。
基地に対して飽和攻撃を続けながら、一部がおかしな動きを見せ始めたのである。ディロイ十機以上が、横に並んで前進を開始。周囲には、その十倍以上のヘクトルの姿もあった。青ヘクトルばかりではないという事が、今回の敵が如何に本気かを、端的に示している。
アレに近づかれたらまずい。
もう少しで、準備が整うのだ。
対処のために、ストームチームが移動。
第五艦隊は、少し前から、直接攻めこんできたドラゴンの対処もしなくてはならず、投射できる火力が明らかに衰えてきている。味方砲兵隊も、補給を済ませ、銃身を冷やさなければならないから、攻撃の間隙は出来る。
並んで迫ってくるディロイが、プラズマ砲を乱射しはじめた。
端から集中攻撃で潰して行くが、敵の波状攻撃の背後には、更にディロイの横列編隊が見えている。
間断ない攻撃を加えることで、此方の抵抗力を削ぐ気だ。
三川のグングニルが、ディロイ一機を撃砕する。
私と矢島のバトルキャノンが、迫るヘクトルを確実に仕留めていく。
だが、大物に手を掛けている間に、巨大生物は苛烈な攻撃をその分強めてくるのだ。味方部隊の被害も、うなぎ登りに上がっていく。
「よし、準備が整った!」
日高司令の声。
殆ど間を置かず。
敵の主力部隊後方。敵のど真ん中に、プロテウス二機が。
それぞれ背中を合わせて立つようにして、出現。そして、その火力を全開にして、敵を薙ぎ払いはじめたのだ。
流石にこれは予想していなかったようで、敵が混乱する中。
正面ゲートを開け、総攻撃に掛かる。
混乱から立ち直った敵が、反撃に出ようとしたタイミングで、味方砲兵隊が総力での攻撃を開始。
基地の要塞砲も、全てが同時稼働。
全火力を投入しての反撃が開始される。
だが、敵の数はなおも圧倒的。
プロテウスのいきなりの出現と猛攻に一時は戸惑ったが、すぐに対策してくる。此方の出撃部隊を、ヘクトルとディロイが中心に押さえ込みながら、敵中にいるプロテウスには、ドラゴンと蜂を中心とする戦力で反撃。
さしもの頑強なプロテウスも、見る間に防御が削られていくのが分かる。
とどめとばかりに、黒蟻と赤蟻が、プロテウスに群がっていく。
私は、敬礼した。
有り難う、今まで。
前線に出てくるお前に、どれだけ助けられたか分からない。バトルキャノンでヘクトルを打ち砕きながら、合図を出す。
全軍が、再び正面ゲートから撤退を開始。どのみち、真正面からの戦いでは、そう長くはもたないのだ。
敵の海の中に孤立するプロテウス。
もはや、敵に飲み込まれ。崩壊は時間の問題だと思われた瞬間。
自動操縦で動かされ。
中にありったけの爆薬を積んでいたプロテウスが。二機とも、自爆した。
キノコ雲が上がる。
爆風は、近くに群れていたドラゴンと蜂を根こそぎ焼き払い。翼を折って地面へと叩き付ける。
混乱する敵に、一斉反撃開始。
まだまだ敵の数は圧倒的だが。その出鼻くらいは、挫くことが出来た。
一旦戦闘が落ち着いたので、外壁の中に引き上げる。
ストームチームの負傷は、思ったほど酷くは無い。ネグリングが中破していること、三川が軽傷を受けている事くらいである。全員がアーマーの耐久内で、戦闘でのダメージを抑えることが出来たのだ。
他のチームも、相応の打撃は受けているけれど。まだまだ戦闘そのものは続行可能。
第五艦隊は、ドラゴンの群れと散発的に戦闘中。敵は第五艦隊を抑えるために、ドラゴンを矢継ぎ早に投入し、動きを塞いでいる様子だ。
司令部に呼ばれたので、弟とジョンソンと一緒に出向く。
とはいっても、この東京基地にも、散発的な攻撃がある状態だ。のんびり会議などやってはいられないし。休めるときに休まないと危ないが。
会議室に入る。
エッケマルクが来ていた。最近はずっと前線に出ていて、会議で直接顔を合わせるのは久しぶりだ。
彼の愛騎は先ほど爆散してしまった。日高司令のも。
実はまだ一機プロテウスはいるのだが、調整中の機体で、いきなり戦闘に出すのは厳しい。
出すとしても、本当に最後の最後だろう。
「敵の損害は八千を超えると報告があった。 相当な打撃を与えてやったし、撃破した中には多数のドラゴンと蜂がいるのが大きい。 だが、敵の主力はまだまだ戦闘続行可能で、ディロイもヘクトルも多数が健在だ」
「次はどうするか、だな」
エッケマルクが腕組みする。
わかりきったことだが。何しろ敵と味方の戦力差はあまりにも圧倒的だ。守勢に出た瞬間、此方は蹂躙され、終わる。
初撃については、だいたい予定通りに進んだ。現時点では、損害比率も敵の方が大きい。しかし弾薬の消耗などを考えると、必ずしも味方が敵を圧倒しているとは言いがたい部分もある。
外壁の消耗も、実はかなり大きいのだ。
このまま敵が攻撃を続行し。外壁のアーマーが破られでもしたら、その瞬間に勝負がついてしまう。
十万弱の巨大生物をどうにかして追い払わない限り、ブレインを迎え撃つどころではないのだ。
「では、予定通り、しばらくは蜂とドラゴンを中心に攻撃。 敵の高空戦力をある程度削り次第、温存していた空軍を出す」
これで会議は終了。
私は弟に促され、一旦カプセルで休む事にした。三十分だけでも、休めるときに休まないと、危ないのだ。
無言で休憩だけこなし。
次の戦いのためだけに休む。
機械じみているのは昔からだ。だが、どうしてだろうか。少し前に、弟が「準備」を見せてくれたおかげで、少しだけ気分は楽になった。あれ以降弟も気を遣ってくれるし、少し嬉しい。
カプセルから出て、軽くシャワーを浴びて、リフレッシュ。
随分楽になった。
再び、前線に出る。外壁の修復は急ピッチに進められているが、工場で生産されたアーマーにも限界がある。
いつまでも敵の猛攻を支えてはいられないだろう。
敵がおかしな動きを見せていると、スカウトが連絡を入れてくる。とはいっても、あまり遠くまでは、スカウトも出られる状況では無い。
現時点では、敵は外壁から少し距離を取ってくれているが。
それも、いつまた寄せてくるか分からないのだ。
「敵が輸送船を中心に、前進を開始しています。 前線にいる部隊と合流するつもりかも知れません」
「更に増援を繰り出すつもりか」
「分かりませんが、敵の中にはシールドベアラーやレタリウスも混じっているようです」
「分かった。 捕捉される前に戻ってきてくれ」
通信を切る。
弟は少し考え込んでいたが。出ようと一言だけ。
確かに、敵の策が東京基地に直撃するよりも、ストームチームを狙ってきた方が、被害が小さくなる。
正面ゲートから出る。
ネグリングで、主に蜂とドラゴンを狙い撃ちしながら、少しだけ前進。敵は間合いを計りながら、此方をじっと見ている。
蜂とドラゴンも狙われると面倒だと考えたのか、低空に降りて、他の敵と見分けがつかなくなる。
少々面倒だが。
敵が消極的になっている、今が好機だ。
正面ゲートを出てすぐの地点で、敵に大火力火器を連射する。しばらくは、その場で無心に攻撃を続ける。
勿論、敵が反撃に出てくる可能性も高い。
さて、敵は何を狙っている。
それが分かったのは、五分後。一旦基地に戻ろうかと、私が考えはじめた、その瞬間だった。
第五艦隊から、通信が来る。
「海上に、攻撃機を含む大規模部隊出現! 東京基地を、海上を迂回して直接狙っている模様!」
「迎撃は可能か」
「数が多すぎる! 東京基地への浸透は、おそらく避けられない!」
そして、此方でも、敵が動く。
真正面にじっとしていた敵の大軍勢が、一斉に。今までは遊びだと言わんばかりに、動き始めたのである。
凄まじい圧力。
無言のまま後退。
東京基地に飛び込むと、正面ゲートを閉じる。全火力で敵を迎撃開始するが、支えるだけでやっとだ。
後方では、第五艦隊を突破した敵の高空戦力が、基地に迫っている。
あの大規模航空部隊に基地の上空を抑えられたら。
それだけではない。
戦闘中も、敵の観察を続けてくれているスカウトから入電。此方に移動中の輸送船が、何かを投下しているというのである。
「あれは、女王蟻です! 蜘蛛王もいます!」
なるほど、読めた。
前面正面攻撃と、背後からの攻撃。これらはおそらく、牽制のためのものにすぎない。これらでストームチームの動きを止め、本命の主力部隊が、これから来るというわけだ。そして第五艦隊は、敵の高空戦力の相手で手一杯。
雑兵の大軍勢で足を止め。
疲弊したところに、大物を投入して、一瞬に此方の息の根を止めるつもりだ。手数で圧倒的に勝っているから、出来る事。
そして、出来る事を、敵も躊躇わないという事だ。
味方の損害が、増していく。
外壁の負荷も。
セントリーガンが、次々と凶蟲が放った糸に吹っ飛ばされる。上空から来るドラゴンの火球が、味方を直撃。アーマーを貫かれた味方兵士が、火だるまになって、外壁の内側に墜ちていった。
グレネード弾をばらまきながら、涼川が叫ぶ。
楽しいなあ。
敵の群れをハーキュリーで貫きながら、日高中尉が喜ぶ。
嬉しいなあ。
二人は、もはや人間の業そのもの。
前線まで、敵のシールドベアラーが来た。一方此方のシールド強化装備であるガードポストは、そろそろ限界が近い。
外壁に、敵がとりつく。
とりついた端から落としていくが、敵は空にもいる。壁を垂直に上がってくる黒蟻に、全力で対応は出来ない。
これは、まずい。
壁の上での白兵戦になったら、終わりだ。数の差が出て、瞬時に蹂躙されてしまう。蜂が、無数の針を振らせてくる。ドラゴンが、爆撃のような火球をばらまいてくる。ストームチームや砲兵は対応できるが。ドラゴンは特に、生半可な兵士では、どうしようもない。
外壁の上に、何かが上がってくる。
これは。
ベガルタバスターロードか。
ファイアロードもいる。
ついに、完成した第一陣を、本部が繰り出したことになる。圧倒的な火力を振るい、正面にいる敵を薙ぎ払う最新鋭ベガルタ。
幾らかだけ、敵の勢いが鈍る。
負けてはいられないと、ベガルタAXも、もてる火力を総動員し、敵を片端から打ち抜く。ほんのわずかだけ、正面からの圧力が弱まる。
私は黙々と、今までずっと大物だけを打ち抜いてきたが。
好機だ。
ガトリングに切り替え、群がる敵を制圧に取りかかった。
敵が多大な被害にもかかわらず、押し寄せてくる。後方からの高空戦力が、迫っているから。
それだけではない。
敵の前線の後ろには、女王や王を含む、本命の戦力が控えているからだ。
勿論基地からもテンペストを撃てるだけ撃っているが、それでも抑えきれる戦力ではない。
わずかに持ち直した戦況を。
更に敵がひっくり返す。
とうとう、第五艦隊の対空砲火を抜けて、航空部隊が基地上空へと来たのである。攻撃機を中心とした部隊が、基地の対空砲火をまず踏みつぶしに掛かる。外壁で必死の抵抗を続けている部隊にも、上空から襲いかかる。
見る間に、味方の負荷が上昇していくのが分かった。
「ありったけの火力を動員しろ!」
日高司令が叫ぶが、そんな事はとうにやっている。
正面からの敵も、勢いを増す。
圧力が、強まる。
要塞砲の一つが爆裂。沈黙した。発射の瞬間、砲身に蜂が飛び込んだらしい。おそらく狙っての自爆だろう。
セントリーガンも、次々潰されていく。
針に貫かれ、火だるまにされ。味方の兵士も、見る間に目減りしていくのが分かった。
当然、ストームチームへの損害も増す。
最初に敵の砲火に掛かったのは、エミリーだった。
敵にミラージュを連射して、高空部隊に対処していたから、狙われたのかも知れない。気がつくと、攻撃機が神風を仕掛けてきたのだ。
攻撃機は至近でエミリーが爆破したが、吹っ飛ばされる。
守る暇も無かった。
キャリバンに詰め込まれ、病院に送られるエミリーだが。そのキャリバンも既に満身創痍だ。
基地の地上部分は放棄して、地下を使って抵抗するしかないかも知れない。
いや、それはまずい。
そうなると、おそらくこの基地の戦略的価値そのものが、著しく減殺する。
「ディロイの群れ、接近! 多数です!」
スカウトが声を張り上げる。
ディロイだけではない。
前衛を赤蟻の群れが固め、その後ろにはヘクトル。そして更に後ろに、本命の女王蟻と蜘蛛王。
更には、蜂の女王までいるではないか。
敵の主戦力が到着したのだ。
私はガトリングを捨てると、スピアを換装する。
「姉貴、行く気か」
「ああ。 援護を頼むぞ」
やるしかない。
女王と蜘蛛王。更に蜂の女王を、私が単独で潰す。ディロイとヘクトルは、弟たちに任せる。
誰かが、蜂に背中から串刺しにされた。
黒沢だ。
まだ生きているが、すぐに病院に運ばれる。イプシロンももう、集中攻撃を浴びて、長くは保たない。
せっかく来てくれたベガルタ部隊も、いつまで持つ事か。
躊躇している時間は、ない。
「俺が、背中を守ります!」
矢島が叫ぶ。
頷くと私は、ハンマーを振りかざして、敵の群れの中へと、外壁から飛び降りていた。
姉貴が敵陣に飛び込んで行く。
私は。ストームリーダーとしての責務を果たさなければならない。可能な限り姉貴の負担を減らし、最悪の場合は救援に出向くのだ。
姉貴を死なせるわけには行かない。
誰だって死なせるわけには行かないが。これは唯一の肉親に対する偽りのない感情だ。
ジョンソンが、舌打ちしながら零式レーザーを放り捨てる。
愛用して来た銃だが。流石に無茶な使用が祟って、ついに壊れたらしい。代わりにフュージョンブラスターを構え、手近な敵をまとめて薙ぎ払っていく。
秀爺が、通信を直接入れてきた。
「蜘蛛王だけは儂が何とかする」
「イプシロンは限界に見えますが、大丈夫ですか」
「任せろ」
ならば、蜘蛛王は良いだろう。
秀爺がああいったのだ。絶対にどうにかしてくれる。
更に、チャージを終えた三川が叫ぶ。
「グングニル、行けます!」
「よし、狙うは蜂の女王だ! 当てろ!」
「イエッサ!」
三川が、一瞬の照準の後。
蜂の女王に、グングニルを叩き込んだ。
収束したエネルギービームが、女王蜂の装甲を直撃。おそらくクローンかなにかで培養された個体だろうが、強烈な負荷に悲鳴を上げながら身をよじる。私はそれに合わせて、ライサンダーを連射。
姉貴の負担を、少しでも減らさなければならないのだ。
ジョンソンが、フュージョンブラスターを捨て、次のに持ち変える。
涼川と原田が片っ端から巨大生物を薙ぎ払ってくれているが、それでも手数が足りないのだ。
姉貴が、女王蟻の側にまで到着。
ハンマーで巨大生物を蹴散らしながらだが、長くは保たないだろう。女王蟻も、腹部を持ち上げて、酸をばらまきはじめている。その量は圧倒的で、まるで噴水か何かのようだ。
ジョンソンが今度はノヴァバスターを持ち出し、邪魔をしようとしたディロイに超高出力ビームを叩き込む。動きを止めたディロイに、ナナコがライサンダーの一撃。ノヴァバスターで破られた装甲部分を、見事にピンホールショット。爆破沈黙させる。
日高中尉は、前よりは少し周囲を見るようになって。味方を攻撃しようとした蜂を、ハーキュリーで片端から撃ちおとしてくれている。
姉貴が、女王蟻と戦いはじめる。
ハンマーを叩き込み、ディスラプターで敵を焼く。
だが、女王も明らかに性能が強化されている。
姉貴の猛攻に、怯まず反撃。
死闘の周囲は、誰もいないかのように、むしろ静かでさえあった。矢島が、姉貴に近づけないように、最後の壁になっているからだ。
イプシロンが、隣で爆発。
ついに負荷に耐えきれなくなったのだ。秀爺が、イプシロンから出てきた。ほのかに肩を貸している。
「やったぞ」
見ると。
蜘蛛王が頭を打ち抜かれ、地面に倒れ伏していた。
イプシロンを失いながらも、やってくれたのだ。
すぐに次を用意して貰う。ついでに負傷も回復した方が良いだろう。秀爺には、一旦下がって貰う。
私は、ライサンダーで。
めぼしい敵を、片端から打ち抜く。
今、倒すべきは女王蜂。かなり弱っているが、撃ち出してくる針の凄まじさは、姉貴でもまともにくらったらどうにもならない。
味方部隊も、敵の猛攻を必死に凌ぐのが精一杯。
此処で敵の大物をどうにか出来なければ、負ける。
ナナコが、側に駆け寄ってきた。
ライサンダーを構える。
今のこの子なら、出来るかも知れない。
「先に女王蜂を」
「イエッサ!」
多くを語らずとも、意図は通じる。
狙うは一瞬。
場所は指定するまでもない。先ほど、グングニルが直撃した場所。ネグリングが焼き付きそうだと、池口が悲鳴を上げているが、頑張ってもう少し支えろとだけ伝える。谷山は彼方此方にセントリーガンを配置し、電磁プリズンを設置し、ガードポストを動かすので精一杯。
此方にまで、手を回す余裕が無い。
ならば、私とナナコでやるしかない。
ナナコが、ライサンダーで、女王蜂を撃つ。
その一瞬後。
私も、引き金を引いた。
完全なピンホールショット。グングニルがダメージを与えた女王蜂の装甲に、ナナコの一撃が入る。
相手が飛んでいる状態にもかかわらず、である。
狙いも完璧。
そして完璧だったが故に。
その弾丸がはじけきる前に。
私の弾丸が、後ろから、更にそれを後押しした。
アーマーが、瞬時に抜けた。
女王蜂が、凄まじい悲鳴を上げた。腹部が、大きく欠損している。文字通り今のライサンダー二連射で、消し飛んだからだ。
一人でライサンダー二丁では、こうはいかない。
他の兵士達が、女王蜂のアーマーが潰れた事に気付いたのだろう。狙撃を実施。もはや普通の狙撃銃でも防げない。女王蜂の体中が穴だらけになり、鮮血をばらまきながら、死の体現者は墜ちていった。
そして時をおかずして。
姉貴も、ついに女王蟻の頭を、粉砕していた。
敵が主力を潰されて、流石に下がりはじめる。呼吸を整えながら、ライサンダーを連射。めぼしい敵を潰しておく。
矢島が、姉貴に肩を貸して、戻ってきた。
敵の海を渡り。
女王蟻まで倒したのだ。
無事で済む筈がない。
敵の高空部隊も、一度後退。
しかし、東京基地は既に陥落寸前。此処で無理をしなくても、後は押していくだけで大丈夫だと判断したのだろう。
ベガルタAXが、全体から酷い煙を上げている。
降りてきた筅が、辺りの惨状を見て、息を呑んだようだった。
ナナコにしてからも、背中から派手に出血している。どうやら、蜂の針を自力で引き抜いて、そのまま狙撃を行ったらしい。
前のめりに倒れそうになるナナコを、私は支えた。ナナコはここのところ、無理ばかりする。姉貴の血が入った強化クローンだから、だろうか。
「次の攻撃に備えろ! 負傷者を病院に!」
さて、敵はどれだけ時間をくれるか。
既に、敵と味方の損害比率は逆転している。敵は今までに一万以上を失っているが、それでもまだまだ意気軒昂。
それに比べて此方は、ストームチームの戦力さえ半減。
ビークル類も、壊滅状態だ。
第五艦隊も、先ほどのドラゴンとの戦いで、大きな被害を出したという。既に、東京基地は満身創痍。
大物を二匹や三匹潰したくらいでは。
戦況は、有利になどならないのだ。
「ストームリーダー」
顔を上げると、其処には原田がいた。
激戦の間に被ったらしい煤で、顔が真っ黒だ。
「少しお休みください。 此処は俺がやっておきます」
「お前こそ休め。 涼川と一緒に戦って、大変だっただろう」
「いえ、俺は……まだ余裕がありますから」
部下に気を遣われてはおしまいか。
頭を振って、カプセルに向かう。少しでも休む事で、次の戦いを、わずかなりでも勝利に近づけなければならないのだから。
2、血がにじむ日
カプセルから出る。
女王蟻を倒したところまでは覚えている。その後は意識がもうろうとしていた。確か矢島に群がっていた敵を蹴散らして。それから、おぼつかない足取りで、弟の所まで戻ったような気がする。
多分、その後、倒れたのだ。
周りを見回す。
病院だ。周囲は地獄絵図。気が触れてしまったらしい若い戦士を、看護師達が引っ張っていくのが見えた。
「アハハハハ! 糸、糸に巻かれて死ぬんだよォ! 空見ろ! 何て性能の敵だ! あんなのに勝てる訳がない! アハハハハ、アハハハハハハハ!」
女性戦士は、まだ戦っているつもりなのだろう。もう周囲を、正確には認識できていないようだった。
少し、体が重い。
まだ回復しきっていないか。だが、それでも、状況は確認しなければならないだろう。
戦況は。
敵は一度後退。
主力を失ったからか。ある程度、此方の戦力を削ったからか。分からないけれど、既に損害比率は逆転している。敵は一万二千程度を今までの戦闘で失ったようだが、此方は死者だけでも一割半を超えている状況だ。まともに戦える人数は、東京基地が包囲される前の、二割という所だろうか。
他のメンバーは。
エミリーが重傷。現在、急速医療にて回復中。ナナコや黒沢も。主に、蜂の針による攻撃の結果だった。
香坂夫妻も負傷している。だが二人は、そこまで酷い状態ではない。
負傷者の多くは、蜂によるもの。
そういえば、敵の主力は蜂だった。
ドラゴンもいたが、かなり少なかった気がする。まだ温存しているとみて良いのだろう。
弟から通信が来る。
「姉貴、今起きたか」
「ああ、其方は」
「俺は負傷もしなかったし、少し休んだから平気だ」
話ながら、時間を確認。
戦いから、丸一日経っている。その間、敵は待ってくれたという事か。より多くの戦闘経験を、絞るためだろう。
まだまだ、戦闘経験を搾り取れる。
そのためなら、多少自分たちが死のうが、とうでもいい。
奴らの意識には触れた。
連中は本気で考えている。この戦いで進化すれば神と一つになると。ならば、恐れる事は、何も無いのだろう。
地球でも似た状態で、狂信者達が命を捨てた戦いをした。地球上の何処でも、繰り返されてきた事だ。
そして地球では宗教に過ぎなかったが。
巨大生物の場合、本当に実在する神に極めて近しい存在と。本当に一体化することが出来ると言う点でも。
その狂気と重みは、段違いだった。
弟と合流。
皆の負傷が酷いと、弟は嘆く。基本弟は私と自分を呼ぶが。気分が高ぶったときは、俺と言う。
「俺は結局、運が良いだけなのかも知れない。 ナナコは負傷しながらも、動く相手に見事なピンホールショットを決めて見せた。 あれは、明らかに歴戦で鍛え抜かれて出来た事だ。 俺はどうだ。 元々の性能で押しているだけではないか。 それに精神も弱い。 まだ俺は悩んでいる」
「お前が指示した通りにナナコは動いただけだ。 お前が世界最強の戦士であることは、私が保証する」
「……そうか」
「ああ、そうだ」
地下病院を出て、呻く。
辺りは修復も進んでいない。負傷者を救助し、ビークルを工廠に運び込むだけで、精一杯だったという事だ。
しかも此方には、増援の宛てなどないのに。
敵はそれこそ、まだまだいくらでも援軍を呼び集めることが出来る。それどころか、本命のブレインとアースイーターさえ、まだ姿を見せていないのである。
外壁に上がる。
此方も酷い有様だ。辺りには血痕がかなり残っているし、巨大生物の死体も片付けきれていない。
外を確認。
そこそこの距離を取って、巨大生物共が布陣している。
数は少しは減ったようだ。だが、まだまだ一瞬でこの基地を飲み込む程度はいる。外壁の上に上がってきた者がいる。
三島だ。
巨大生物を見ても全く怖れていない様子だけは流石だ。此奴も、涼川や日高中尉と別の方向ではあるが、頭のネジが外れてしまった人間の一人だから、不思議では無いかも知れないが。
「どう、元気にしている?」
「馬鹿な事を聞くな。 調子が良いわけがない」
私が毒づくと、弟が咳払いした。本題に入れと促しているのだ。
ノートゥングと、通信が不安定になってきていると、三島は言った。
そういえば、EDFの切り札の一つとして活躍してきたノートゥングは、衛星軌道上でマザーシップとの追いかけっこをしながら、各地での戦闘に戦略爆撃で支援をしてくれていた。
通信が不安定になっていると言うことは。
「総司令部が、いよいよ危ないという事か」
「地下に場所を移してゲリラ戦をしているらしいのだけれど、それ以上は何も分かっていないのですもの。 ドラゴンや他の巨大生物が、通信阻害する物質を吐くようになっているのは貴方たちも知っているでしょう。 それによるものか、或いは総司令部が潰されたのか、どちらかは分からないけれど」
現時点で、通信が出来る基地は、ついにゼロになったとも、三島は言う。
九州の福岡基地も、ついに通信が出来なくなったそうだ。
潰されたのか、通信阻害物質によるものか。或いは、此処と九州の間にあるアースイーターによる通信妨害か。
いずれにしても、もはや九州は絶望的。
既に、東京基地は、完全に孤立したことになる。
敵はわざわざ距離を取って、包囲を維持しているが。それは、東京基地から可能な限り、戦闘経験を搾り取るため。今の三島の話で、その仮説が裏付けられた。現状を考える限り、巨大生物共は、東京基地を瞬時に蹂躙できるのだから。
「味方の状態は」
「過労死寸前で、工廠のスタッフが頑張ってくれているけれど、ビークル類は修復がやっとねえ。 海軍もかなり厳しい状況だし、後一回、総攻撃を支えられたら御の字という所かしら」
「病院は」
「其方は専門外だから知らないけれど、復帰出来る兵士はどれほどいるのかしらね。 貴方たちの所のメンバーは、急速医療で意地でも復帰させるって話らしいけれど」
此処はヴァルハラか。
北欧神話の天国。其処では死ぬことが無い戦士達が、世界の終末の日まで、延々と殺し合いを行うと言う。
EDFは、いや人類は、前大戦で医療技術を大幅に進歩させた。
今では、死んでさえいなければ、大概の怪我は治す事が出来る。
つまりEDFの戦士達は。
死ぬ事さえ、滅多な事では許されないと言うことでは無いか。
北欧神話のヴァルハラは、この光景を何らかの形で見た過去の人間が、書き残したものではないのか。
そんな妄想さえ、一瞬抱いてしまった。
逃げ出したいと思った事は、正直な所、何度かある。それでも、私はその心をねじ伏せてきた。
だが、今は。
もはや、天を仰ぐしかない。
「なあ、三島」
「どうしたの、はじめちゃん」
「何か勝てる方法は思いつくか」
「ブレインを叩くしかないでしょうね。 それにはどうしてでも、次の戦いには耐えて貰わないといけないわ」
欧州を通信途絶に追い込んだブレインである。
もし次の獲物を見つけるとしたら、東京基地以外にない。
三島の言うとおりだ。
まだ、休む事は。許されない。
三島が外壁を降りていくと、弟が嘆息する。
「姉貴、大丈夫か」
「お前こそ。 逃げ出したいと思ったのでは無いのか」
「そんな事、何度も思ったさ。 だが、他の人間も、市民も、見捨てるわけにはいかないだろう。 おかしな話だ。 私も姉貴も、人間ではないというのにな」
「幼い頃の洗脳の結果か、それとも」
唯一、私と弟を、人間扱いしてくれた、あの人の影響か。
首を振って雑念を追い払うと、カプセルで休むことにする。まだ、巨大生物は仕掛けてこないだろう。
仕掛けてくるまでは、休んでおいた方が良い。外壁を私が降りはじめると、弟もついてきた。
どうにか、ストームチームの戦備は整った。
負傷者も急速医療で無理矢理治して、前線に出られるようにはなったが。全員が、かなり寿命を縮めたはずだ。
無理をすれば、当然それに応じた副作用がある。
今更、声高に言うまでも無い話である。
「敵の状況は」
「援軍を更に呼び集めている模様。 特に大形兵器が増えているようです」
戦術士官は、弟の質問に、淡々と答える。
巨大生物だけなら、次の攻撃も支えられるかも知れないが。大形兵器は、どうにか削らないと厳しいか。
温存していた試作型プロテウスは、まだ出せるようにはならないという。
敵がいつまで待ってくれるか、だが。
しかし、増援をかき集めているとなると、そう長くは待ってくれないだろう。ある程度不十分な状況でも、やるしかない。
弟が、会議から戻ってきた。
もう会議をしても仕方がないという事か。ここ数日は、殆ど行われなかった会議だ。規模も縮小されていて、弟と日高司令、デスピナの艦長くらいしか参加しなかった。ジョンソンは参加したさそうにしていたが。弟に休めと言われて、カプセルでしぶしぶ休んでいた。
彼にしても、連戦での疲弊が、溜まっている状態だったのだ。
それに総攻撃は仕掛けてきていないといっても、連日小競り合いは起きている。その度にストームチームはかり出されていて、数日小康状態が続いていても、じっくり休むと言うわけにはいかなかった。
弟が、皆を見回す。
「また、地下を使って、奇襲を仕掛ける」
「大物狙いか」
「そうだ。 後は、この地点を叩く」
弟が指示した地点。
完全に焼け野原になった一角に、ドラゴンが張り付いている。確かに、ドラゴンの群れを叩いて削り取れば、敵の戦力をかなり目減りさせることが出来る。
巨大生物も増援を加えて、ここ数日で再び十万近くにまでふくれあがっているようだし、ストームチームで削らなければ、陥落は目前だ。
三島はああ言っていたが。
多分次の攻撃にも、東京基地は耐え抜けないだろう。
ドラゴンは何カ所かに分散しているが、その一角。千数百を超える数が休んでいる場所を狙う。
そこにいるドラゴンだけでも叩ければ。
随分と、基地への圧力は減らせるはずだ。
すぐに移動開始。
東京基地の地下から、シェルターを通って、戦地に。幸い、前回の戦いで、逆撃してきた敵が、シェルターになだれ込む事態は避けられた。今もシェルターの人々は、不安に身を縮めているが。危険にさらして申し訳ないとは思う。
しかし、東京の地下が丸ごとシェルターになっている現状。
そして、人類の存亡が掛かっている現在。
彼らにも、ある程度の危険を、肩代わりして貰わなければならないのだ。
移動していくストームチームを見て、EDFの名を連呼する民もいるけれど。明らかに、不満げな視線をぶつけてくる人間もいる。
グレイプに乗った柊が、それを撮影しているのを見て、私は呆れた。
「もういいんだぞ。 届ける相手だっていないだろう」
「いいえ、それは違うわ」
「どういうことだ」
「この戦いは、きっと勝てる。 貴方たちがいる限り。 私は報道に携わる人間として、可能な限り中立的にものを見ようとは考えているけれど。 それでも、これだけは貴方たちをずっと見てきた私の嘘偽りない感想よ」
ああそうかい。
思わず、心中で毒づいていた。
柊がそんな風に考えていたとは思わなかった。此奴のせいでチーム内が分裂の危機を迎えたことさえあったのに。
シェルターを抜け、無人地帯に入る。後ろで隔壁が閉まる音。
しばらく、放棄された地下鉄を進む。この辺りも監視システムと、いざというときは爆破できるように仕掛けられた爆弾の巣だ。
そして、それらの間を抜けて。
何重にも隔壁で封鎖された、地下鉄の駅に出た。
位置を確認。
「フュージョンブラスター装備」
事前にブリーフィングで決めているが。それでも、弟が最終確認を兼ねて、全員に言う。
今回の攻撃は、速さの勝負だ。
ドラゴンを飛び立たせてはならない。一瞬で敵陣を蹂躙し、それで勝負を決めてしまうのである。
攻撃する角度についても、全員が決めている。
ドラゴンを飛ばせたら終わりなのだから、当然だろう。
私と矢島は、ディスラプターを装備。
既にフェンサースーツは、全員が大戦開始時の私くらいは使えるように、改良が加えられているけれど。
それも、もう遅いかも知れない。
矢島はそれ以上に使いこなせる。多分現時点では、私の次に手慣れたフェンサースーツ使いだ。
訛りが抜けない木訥な男も。
歴戦で鍛え抜かれて、此処まで成長したという事である。
今では、助けられることさえある。
「時計を合わせろ」
緊張の一瞬。
谷山が、入り口をパージする準備を終えた。
そして、辺りにも、崩落させるための爆発物が仕掛けられている。つまり今回は、此処からは戻らない。
別地点を経由して、東京基地に戻るのだ。
敵を出来るだけ混乱させるための措置である。
勿論ただの瓦礫にしては、其処から巨大生物に侵入される。後続のスカウトが、セメント弾で崩落した跡地を内側から固めるのである。
弟が、攻撃開始を指示。
入り口をパージ。
引火して、周囲全てが吹き飛ぶのでは無いかと、私は一瞬だけ、ひやりとした。だが、谷山がそんなドジを踏むはずがない。
全員一丸となって、飛び出す。
煙が晴れるのを、待ってはいられない。
レーダーが頼りだ。
フュージョンブラスターで、周囲のドラゴンをまとめて焼き払う。使い切ったフュージョンブラスターは、そのままグレイプの中に放り投げる。
跳び上がろうとするドラゴンが見えたが、そのまま薙ぎ払う。
私と矢島のディスラプターも、極限まで強化されている。ドラゴンを殲滅するには、充分だった。
一瞬の勝負。
だが、やはり完全には上手く行かない。十を超えるドラゴンが離脱に成功。しかし、跳び上がったドラゴンを、即座にライサンダーに切り替えた秀爺が叩き落とす。黒沢とナナコ、弟もそれに続く。
少しひやりとさせられたが、これで第一波は成功。
次だ。
ギガンテスに飛び乗った谷山が、主砲を乱射しながら進み始める。敵の一角を強行突破して、次の地点に向かうのだ。当然、敵は今の攻撃を察知して、総攻撃を仕掛けてくる。敵が殺到してくる前に、敵の包囲を崩して、抜ける。
殿軍は私。
突破支援は矢島に任せた。
主力のベガルタAXは真ん中に。あらゆる状況に対応し、主力となって敵を叩き潰す。
弟が、AF100の圧倒的火力を駆使して、周囲の敵を薙ぎ払う。涼川と原田が、大火力火器で、敵をまとめて爆砕する。
グレイプの上に陣取ったエミリーが、ミラージュで四方の敵を片っ端から貫く。
そして三川はグングニルを装備。身近にいた敵を、確実に貫く。ディロイが一機、三川に打ち抜かれて、瞬時に粉砕される。
此処まで腕を上げていたか。
ウィングダイバーのプラズマジェネレーターも強化されて、グングニルの消耗にも耐え抜けるようになった。連続使用は流石に厳しいが、少し時間をおけば大丈夫だ。敵の群れを強引に突破しながら進む。揉み込むように集まってくる敵を、グレネードの雨が迎え撃つ。
勿論、反撃も凄まじい。
見る間にグレイプもギガンテスも、アーマーが消耗していく。
ネグリングが確実にミサイルをばらまき、敵を削る。
ヘクトル。至近まで、いつのまにか迫っていた。私がバトルキャノンで吹き飛ばす。だが、影にもう一機。
ガトリングを持ち上げているのが見えた。既に発射可能な態勢である。
しかし、此処はナナコが即応。
ライサンダーの弾を、ヘクトルに叩き込む。
のけぞったヘクトルを、私がバトルキャノンでとどめ。しかし、敵の包囲は、見る間に苛烈になっている。
酸の雨を浴びるようだ。
「目標地点まで、後一キロ!」
「余裕だな!」
弟の軽口も、精彩を欠く。
何しろ現地に到着しても、まず入り口をパージしなければならない。スカウトが先にシェルターを通って準備をしてくれている予定だが、それも上手く行くかどうか。
空。
蜂とドラゴンが姿を見せる。
しかし、此処で予定通りに、東京基地が対空クラスター弾で支援開始。蜂の群れが、横殴りの対空クラスター弾を浴びて、次々爆散。追いすがってくるドラゴンの群れは、私が火球をどうにか盾で防ぎ。エミリーがミラージュで足を止め。必死の反撃で、叩き落としていく。
ベガルタの攻撃も効果的だ。垂直発射されるミサイルの群れが、ドラゴンの群れを容赦なく叩き落とす。
しかし、数が多すぎる。
火球が次々にビークルに着弾。
キャリバンも、グレイプも、限界が近い。ベガルタが何度か庇う。しかし、ベガルタの装甲だって、無限ではないのだ。
グレイプの速射砲が吹き飛ぶ。
キャリバンに積んでいたセントリーガンが、全て沈黙した。
イプシロンが咆哮し、立ちはだかろうとしたヘクトルを吹き飛ばす。ギガンテスがヘクトルの残骸を押しのけながら走るが、その装甲も、そろそろ限界近いかも知れない。前を塞ごうとする敵は、矢島がハンマーで蹴散らしてくれているが。矢島だって、いつまでもつか。
舌打ちして、盾を放り捨てる。
限界に達したのだ。
ブースターで加速しながら、グレイプの側に。サイドドアを開けて貰い、盾を受け取る。盾を装備しながら、振り返り、ディスラプターを起動。追いついてきていた巨大生物共を、薙ぎ払う。
しかし、敵は薙ぎ払われても叩き潰されても、次々に姿を見せる。
ちくりと、頭に痛み。
彼らの歓喜が伝わってくるのだ。
戦ってくれる。
戦いの経験だ。
俺たちはこれで、更に進化できる。そして神へと近づける。神と一つになった時、我々は宇宙を統べる存在の、肉となる。
栄光の種族の、さらなる繁栄の、礎となる事が出来るのだ。
狂信者と、彼らを笑い飛ばせるだろうか。いや、人間の宗教よりも、この方がずっと実利的で。
それが故に恐ろしい。
池口が、通信を入れてくる。
「ミサイル使い切りました! 転送装置による補給まで、少し掛かります!」
「ネグリングはオート走行に移行。 タンクデサンドし、攻撃続行」
「イエッサ!」
池口がネグリングの上に這い上がると、エメロードでの支援を開始。
最新型エメロードの火力は圧倒的で、誘導式小型ミサイルの群れが次々に敵を打ち砕いていく。
だが、焼け石に水。
程なく、筅からも同様の通信。此方はもうすぐ弾切れだが、絶望的な状態に代わりは無い。
最強のベガルタAXも、弾切れには勝てない。しかもこの機体は、様々なピーキーな仕様を盛り込んだ結果、転送装置による補給は出来なくなっているのだ。
近づく敵をコンバットバーナーで焼き払い、リボルバーカノンで周囲に群がる敵を吹き飛ばしながらも。
ベガルタの疲弊は、もう限界が近いと分かる。
あと少しだ。
だが、ディロイが二機、追いすがってくる。バトルキャノンを浴びせるが、装甲を強化しているタイプだ。一撃では沈まない。
プラズマ砲が、容赦なく撃ち放たれる。
グレイプが、中破。
側面ドアが壊れ、吹っ飛んだ。
顔を出した柊が、追いすがってくるディロイを撮影している。此奴は、何処まで命知らずなのか。
一機目は、その直後、私が打ち抜く。
だが、二機目は。
秀爺のイプシロンからレールガンの弾を浴びて。それでもなお壊れず、プラズマ弾を放ってきた。
イプシロンの砲塔が大破。
中途から折れて、吹き飛んだ。
まだ車体は動いているが。これではもう戦えない。
「秀爺、無事か」
弟の前に、私が叫んでいた。
車体の上にいる黒沢は、無事だ。ハーキュリーで、追いすがってくる蜂を叩き落としている。
香坂夫妻は、返事がない。
不安が、胸をよぎる。
だが、間もなく、通信が帰ってきた。
「無事だ。 ただ、アーマーが破られた。 ほのかも怪我をした」
「もう少しです。 頑張ってください」
「ああ、何とかする」
通信の後、気付く。
オンリー回線でつないでいなかった。
日高中尉が、くすくす笑っているのが分かった。
「お爺さんを心配する、お孫さんの気分ですか?」
「うるさい」
「いいなあ。 うちは親があんなですから」
「日高司令は、あれはあれで頑張っている。 お前もいずれ、分かるようになるさ」
現地、到着。
スカウトが手を振っているのが見えた。どうやらパージは成功したらしい。
だが、巨大生物が穴を囲んで、苛烈な攻撃を仕掛けている。スカウトは元々装備も劣悪だ。長くは保たない。
ギガンテスが、敵中に突っ込む。主砲をゼロ距離で浴びせて、敵の群れを蹴散らすが。同時に反撃を喰らって、擱座。ただ、横に逸れて、退路を塞がなかった辺りは、流石谷山だ。
谷山が飛び出し、壊れかけのイプシロンに飛び乗る。
矢島が退路を必死に確保しているのが見える。盾をかざして巨大生物共の攻撃を凌いでくれている。
イプシロンが、穴に飛び込む。
グレイプも。
ネグリングがそれに続き、ベガルタが最後尾で来る。既に破損寸前まで追い込まれているが、AXはまだ壊すわけにはいかない。ドラゴンが放ってきた火球を、私が盾ではじき返す。
吹っ飛ばされそうになったが、踏みとどまる。
私のアーマーも、限界近い。
「急いで!」
スカウトチームが叫んでいる。バックで移動しながら、ベガルタが穴に。矢島も穴に入った。
私もそれに続く。だが、穴に入った瞬間。
飛び込んできた赤蟻に噛まれた。
しまった。
そう思った時には、もう遅い。
一瞬のことだ。ナナコが冷静にAF100で赤蟻を蜂の巣にして、私は吹っ飛ばされ、地面に叩き付ける。
だが、この隙に。
敵が穴になだれ込んでくる。
爆破の準備は出来ていても、一度は敵を押さえ込まないといけないのだ。そうしないと、味方まで爆破に巻き込んでしまう。
ナナコが飛び出すが、襟首を掴んで引き戻す。
死にたがっている節があるナナコだが。
死なせるわけにはいかない。
その時。
機転を利かせたのは、池口だった。
壊れかけのネグリングに、谷山から受け取っていたらしい爆弾を仕掛けると、オートで敵に突進させたのである。
流石に面食らった敵の真ん中で、ネグリングが爆発。
周囲の敵を、瞬時に焼き払った。
射撃を集中して、追いついてきていた敵を掃討。至近まで迫られていたが、どうにか片付ける事には成功。
押し返して、それから下がる。
入り口部分を、スカウトが爆破。殆ど、首の皮一枚だった。
弟が点呼。
全員いる。
だが、全員負傷してもいた。
辺りを、スカウトがセメント弾で固めはじめる。崩落したからと言って、油断は出来ないのだ。
ベガルタは何とか自力歩行が出来るが、グレイプは壊れる寸前。イプシロンもかなり状態が厳しい。
キャリバンは、何とかぎりぎりで耐え抜いていた。
どうにか動ける弟と私はナナコと一緒に、スカウトがここまで持ってきてくれたジープに乗る。
他のメンバーは、全員キャリバンに。
戻る途中に、応急処置を済ませて貰う。
私は、赤蟻に噛まれたけれど。
アーマーはぎりぎり保った。怪我はない。
弟が、オンリー回線で、通信を入れてきた。
「最後に少しひやりとしたが、どうにか上手く行ったな」
「ああ。 すまなかった。 私がドジを踏むとはな」
「何、あの程度は仕方が無い。 本部から通信があったが、敵の大半を此方が引きつけたおかげで、かなりの数を遠距離砲撃で削る事が出来たようだ。 一旦戻って、東京基地の戦力と合流するぞ」
これで、どうにか一息をつく事が出来るか。
行き同様、シェルターを通って東京基地に戻る。
戻った時には、東京基地でも、状況が一段落していた。ありったけのテンペストを敵に叩き込み、相当数の損害を出させることに成功。高空戦力も攻撃してきたが、此方は温存していた対空火器で、迎撃に成功した。
先の戦いで陥落寸前まで追い込まれたが。
敵の損害は今回の戦いで二万に迫り、それに対して、此方はビークルが少々。勿論弾薬類の消耗があるが、今回は完勝と言って良いだろう。
持ち直したのだ。
だが、敵はまだ主力さえ姿を見せていない。
喜ぶのは、あまりにも早すぎると言えた。
それに、二万を削ったと言っても、敵の数はまだまだ八万。これが空前の戦力であり、東京基地を包囲していることに代わりは無いのである。
基地に戻った私達を、日高司令が出迎える。
だが、素直には、喜べなかった。
3、最後の日の前触れ
東京基地に、どうにか辿り着いた偵察機。
勿論無人機だが、それが恐ろしいものを撮影していた。
中国地区に出ていた無人機が持ち帰った映像には、見間違えるはずもない代物がはっきり残っていた。
ブレイン。
しかも、護衛として、アルゴを連れている。周囲には、攻撃機が多数。しかも移動経路は、まっすぐ東京基地に向けて、である。
ついに来たのだ。
中途での迎撃は、もはや出来る状態には無い。
しかもブレインが来ているという事は、欧州の戦況が絶望的である事も、同時に意味していた。
このままだと、ブレインは日本海を横断して、そのまま新潟に上陸。そして東京へ来るが、もはや止める手段はない。
東京基地の上空まで来たブレインを、総力で迎撃するしかないのだ。
移動速度からして、ブレインが到着するのは明日。
二日ほど、敵の攻撃が無い日が続いたが。
それは、東京基地がもはや逃げる事が出来ないこと。
そして恐らくは敵が、東京基地との戦闘データを、ブレインの間近で取りたいと考えたことが要因だろう。
更に。悪い報告はそれだけでは無い。
太平洋上に展開していた偵察機が、悪い情報をほぼ同時に持ち帰ったのだ。
接近しているのは、ブレインだけではない。
マザーシップもだ。
どうやら、北米でモグラ叩きをしていた敵戦力の中の一機らしい。護衛戦力は連れていないが、何しろマザーシップである。そんなものは必要ないと言う判断なのだろう。まあ、確かにマザーシップを迎撃できる戦力は、現在の地球には残っていない。アルゴはサイズこそ互角でも、所詮廉価版のマザーシップ。
その戦闘力は、攻防ともに備え、文字通り母艦としての機能も備えたマザーシップの方が上だ。
私は、カプセルから出たばかりで、ぼんやりしていた。
最高深度での回復を行うモードを使ったのだ。こうなることはわかりきっていたし、今まで溜まっていた疲れを取ろうと思ったのである。
だが、この状況を知った以上、動かないわけにはいかない。弟は先に出ていたので、ストームチームの集まる場所。
今はもう活用しようが無い、専用のヒドラの所に出向いた。
ビークルを積み込むこともなく、空っぽになっているヒドラは、ストームチームのたまり場となっている。
こういうなれ合いが嫌いそうなジョンソンさえ。
もうどうしようもないからだろう。一角の椅子に座って、バイザーで情報を検索している有様だ。
前に聞いたことがあるが、古典文学を読んでいるらしい。
スラム出身のジョンソンだから、なのかも知れない。彼は必死に背伸びして、可能な限りの出世を求めてきた人間なのだ。だから准将にまで上り詰めたが、しかしまだ彼の夢である、自分の好きに出来る組織は作られていない。
シミュレーションを行っていたらしい原田達が来る。今日は涼川が指導をしていたらしく、若者達を先導して歩いていた。
当然彼らも、情報は既に察知していた様子である。
「ブレインに、アルゴ、ついでにマザーシップまでご到着か」
楽しそうに涼川が言う。
原田が、冷静にそれに返した。
「もう、自分たちしか残っていないって事でしょうか」
「だからなんだよ」
「いえ……」
「むしろあたしは嬉しいぜ。 ぶっ潰しにわざわざ足を運ばなくても良いんだからよ」
そこまで前向きだと羨ましい。
前回の戦いで全破損したネグリングは、新しいものを提供して貰った。突貫工事で、他のビークル類も修理が済んでいる。
しかし、現状のストームチームの戦力では。マザーシップ一機を撃退するのも、実情は難しい。
そして、敵のかつてない戦力である。
迎撃に作戦など、練りようがない。
日高司令から、バイザーに通信が入る。
全EDF兵士に当てたものだ。まあ、このタイミングである。何を放送するかは、だいたい予想がつくが。
「既に諸君らも聞いていると思うが、最後の日が近づいている。 敵の首魁であるブレインに加え、アルゴ、更にマザーシップが、この東京基地に迫っている。 しかも東京基地の周辺は、八万に達する巨大生物が分厚い包囲を敷いており、更にその外側にも敵の包囲がある事が分かっている。 海上も似たような状況だ。 もう逃げる場所は、地球上の何処にもない」
全くの事実だ。
だから、私は何も言わない。
「今生き延びている戦士達には、事実を言おうと思う。 フォーリナーは、地球に資源を求めてきたのでは無い。 彼らは、地球に銀河系一凶暴で、戦闘を好む生物である我々がいる事を突き止めてやってきた。 彼らは進化のために戦いを望んでいる。 だからこそ、我々のいる地球に、はるばるやってきたのだ。 其処までが、今までの調査で分かっている」
フォリナ現状打開派とか、彼らが銀河系の支配者である事は、流石に日高司令もいわない。
言っても意味がないことだからだ。
「彼らは、人類を絶滅させる気は無い。 しかし、もしも我々が敗れた場合、地球人類は彼らの戦闘用奴隷として、彼らが満足するまで、彼らの管理下で、巨大生物との殺し合いを続けさせられることになる。 勿論、非戦闘員も含めた全員がだ。 そんな事を許してはならない、例え相手が此方の力を遙かに上回っているとしてもだ」
演説は、おそらくその場で考えたものではないだろう。
日高司令は、指揮官としては無能だ。
だが前線の勇者としては優れている。或いは、ひょっとするとだが。ずっと古い時代に生まれていれば、英雄として名前を残せる人間だったのかも知れない。指揮官としては無能でも、確かに人の心を掴めるものは持っているからだ。
「敵が到着するのは明日。 そして、包囲している巨大生物が、今日攻撃してくる可能性は少ない。 工廠などのメンバーも含め、今日は可能な限り自由時間を作るように。 思い残すことなく、明日は全ての力を出し切り、侵略者を地球から叩きだそう」
通信は、それで終わった。
工廠は、正直休みを取るのが厳しいだろう。弾薬もビークルの修復も、時間が幾らあっても足りない位なのだ。
ただ、今は、工廠に民間の希望協力者が相当数入っている。
上手く仕事を割り振れば、休みを取れるかも知れない。
「旦那、ゲーセン行こうぜ。 エミリーも」
「良いだろう」
弟は、涼川と一緒にレクリエーション施設に行った。
ゲームセンターと言うほどの規模では無いが、シミュレーションマシンで、似たような事は出来る。
日高中尉が、後輩達に声を掛けている。
「一旦休憩した後、シミュレーションをやっておこう」
「イエッサ!」
連れだって、彼らもヒドラを出て行く。今回は珍しく、筅も一緒に行くようだった。日高中尉が、本来やるべき事を思い出したのは良いことだ。
ジョンソンは一人で、ふらりとヒドラを出た。多分カプセルで、思う存分寝るつもりなのだろう。
或いはお気に入りの場所で、本でも読むつもりなのかも知れない。
谷山はというと、家族に通信を入れるつもりらしい。
香坂夫妻も同じ。
不仲な子供達だと言うが。もしも通信が出来るのなら、しておきたいだろう。家族水入らずの時を過ごしたいのかも知れない。
私は。
一人で、ぶらりとヒドラを出る。
今日は一人で、静かに過ごしたい。だが、外では、腕組みして、柊が待っていた。
「はじめ特務中佐」
「何だ、もう取材しても仕方が無いだろう」
「最後の戦い、私もついていきます。 邪魔にはならないようにするので」
「……好きにしろ」
最後まで、報道を続けるつもりか。
ブレインの間近で。
敵との最後の戦いで、ストームチームが散っていく様子を、撮影するつもりなのか。或いは、勝利の瞬間を、撮るつもりなのか。此奴の話では、勝つのはストームチームらしいのだから、それもありかも知れない。
工廠を出る。
外壁の上に上がろうかと思ったが、止める。
寮に戻るのも芸がない。
ふと思い出したことがあったので、病院に向かうことにした。
病院では、急速医療で、負傷者を無理矢理回復させている最中だった。
青ざめている兵士が目立つ。
急速医療は、体に負担を掛ける。それをカプセルの回復効果で無理矢理抑えているのだから、どうしても無理が出てくる。
今日は、フェンサースーツは身につけないで、歩いてみようと思った。
だから、周りは私を、嵐はじめ特務中佐だとは思わないようだった。ストームチームの面々は私の事を知っているけれど。一般の兵士は、そうではないのだ。
兵士は、私を第三世代の戦闘クローンと思っているものもいるようで。ぞんざいな視線を向けてくる奴もいたけれど。
放っておく。
どうせ、この姿で。
いや、そもそも私が外を歩ける時間は。もうそう長くは無いのだから。
病院の奧。
弟が準備してくれた、例のものがあった。三島とも話し合って、信頼出来る医師と、隠蔽できる準備も済ませてある。
その場所に出向くと、私はぼんやりと。
薄明かりの中に浮かび上がる、それを見つめる。
ブレインが言ったとおりだ。
英雄なんて、すぐに必要とされなくなる。
ましてや、地球人にとって。それ以外の存在なんて、塵芥に等しい。だが、私は死にたくない。
弟も、死なせたくない。
生物として中途半端でも。
子孫を作る事が出来なくても。
それでも、死にたくは無い。生きたいのだ。
これは恥ずかしい事なのだろうか。
部屋を出る。
しばらくぼんやりとしながら、辺りを歩き回る。バイザーに連絡が来る。香坂夫妻からだった。
「此方の用事は済んだ。 飯にしないか」
「分かりました。 其方に向かいます」
指定されたのは、香坂夫妻の寮ではない。
その手前にある空き地だ。
大きめの鍋が準備されている。そして、シミュレーションを終えた若者達も、集まってきていた。
ジョンソンや谷山、涼川とエミリーもいる。
弟はと言うと、既に準備に加わっていた。
「一度、ストームチーム全員で、飯にしておきたかった」
弟はそう言う。
まあ、最後の晩餐だ。これも良いだろう。
鍋はすぐに出来た。大きすぎる鍋だから、全員に充分な量が行き渡る。熱いできたての鍋は、やはり美味しい。
立食みたいな形になったが。
これもまた、面白い昼食の形だ。
温かくて、おなかに染み渡る。
酒も出た。
だけれど、私はあまり酒が好きでは無い。ジョンソンはがぶがぶ飲んでいたし、エミリーも平気。
日高中尉も飲んでいたが。
私は、酒が皆に渡りはじめると、隅に移って、後はわいわいやる皆を見つめることにした。
出来るだけ、死なせたくない。
こう考えることは、不遜なのだろうか。
私は、結局の所、仲間の輪に入ると言う行動が苦手だ。
それでも。
一緒に戦って来た者達も。
そうで無い者達も。
出来れば、死なせたくは無かった。
晩餐が終わる。
皆が引き上げていくのを見送ると、私は改めて気付く。久しぶりに、フェンサースーツを着ないで、ずっと過ごしていたのだと。
先に寮に戻った弟。
私は、ぼんやりと。宴の後を見つめていた。
バイザーが鳴っている。
今日は出来れば戦闘を避けたいのだが。それでも、軍人だ。呼び出しがあれば出なければならない。
可能性が小さいとは言え、敵が攻め寄せてきたら、対応もしなければならない。
バイザーをつけ、通信を受ける。
「こちらはじめ特務中佐」
「私よ」
「何だ、三島か。 何か新しいことでも起きたのか」
この時点で、敵の襲撃の可能性は消えた。嘆息して、側のベンチに腰掛ける。周囲には、まだ宴の残り香がある。
ドラゴンか何かが、いきなり防空圏を突破してくる可能性もある以上。
此処も安全とは言いがたいが。それでも、今はリラックスできていた。
データを見る限り、弟にも同時に通信が行っている。まあ、これは当然のことだろう。
「先ほど、欧州からのデータが届いたわ」
「オメガチームか」
「いいえ、作戦参加した生き残りのチームからよ。 オメガチームは消息不明。 作戦は、失敗したの」
まあ、ブレインが此方に向かっている時点で、それは分かっていたことだ。
三島によると、送られてきたデータを分析した結果、ある事が分かったと言う。他にも、色々有益なデータが取れたとも。
「まず、この戦いで裏付けられたけれど、ブレインは装甲を修復する能力を持っていないようよ。 オメガチームの攻撃を浴びた後のと、衛星から撮影したデータを確認したのだけれど、ダメージに回復が見られないわ」
「そうか。 僥倖ではあるな」
「三島、続けてくれるか」
弟が、発言。
ただ、声が少し曇っている。或いは、風呂にでも入っているのかも知れない。
「そして、此処が重要なのだけれど」
戦闘データを確認する限り。
ブレインは、ある特殊な波長の電波を、常に出しているという。これが何を意味するのかは分からない。
だが、中和する事は出来る。
中和する事で、一瞬なりと、相手に隙を作る事が出来るはずだ。
そう、三島は言った。
もっとも、それは希望的観測に過ぎない。
「ライサンダーの弾の一つに、電波を中和するカスタマイズをしておくわ。 ここぞという時に使って」
「ありがとう。 助かる」
弟はそう言う。
そして、私は。なるほど、そうだろうなと思った。
結局世界は弟を選ぶ。
だが、それでいい。弟の方が戦闘力は高いのだし、チームリーダーとしての実績も、何よりマザーシップ撃墜の立役者でもあるのだから。
三島の計測によると、ブレインの到着は明日の朝八時半。
同時に敵の総攻撃が開始されるという。
ブレインは、東京基地上空に、直接乗り込んでくる可能性が極めて高い。もはや人類が組織的抵抗をしているのが、東京基地をはじめとする、わずかな場所しかないからだ。そして此処で負ければ。
人類は、戦闘用奴隷への運命をたどる。
通信を終えると、私は寮へ戻ることにする。
まだ時間は幾分かある。
せっかく、フェンサースーツを着ないで、ひとときを過ごしているのだ。色々と、やっておいても損は無い。
シミュレーションルームへ向かったのは、何となく。
いつも涼川が遊んでいるゲームはどんなものだろうと、思ったから。
出向くと、涼川がいた。
酒が入っているが、私を見ると、意図は察したようだった。
「んー? 遊ぶか?」
「ああ、今日は少しだけつきあおう」
他のメンバーとも、少しは話したり、遊んだりしておきたい。
残った一日は。戦い以外のことに、使いたかった。
4、最後の始まり
油断することも。
容赦することも。
そして、逡巡することもない。
東京基地上空に到達したブレインが、降下を開始。当然のように、周囲には多数のアースイーターを侍らせていた。
地球を丸呑みにすると評されていたアースイーターだが。
ついに、東京基地を、直接丸呑みに掛かって来たことになる。
戦いは、極めてシンプルだ。
敵の火力に押し潰される前に、ブレインを仕留める。それ以上でも以下でもない。可能な限り短時間で仕留める必要があるから、あらゆる火器が、ストームチームの所に集められていた。
ブレインは、語りかけてこない。
以前喋ったことで、充分と判断しているのだろう。
アースイーターを確認した戦術士官が、声を張り上げる。
「これは、通常確認されているアースイーターと、武装がかなり違っています。 装備されている砲台が相当に多く、ハッチもかなり配置されている模様です」
「攻撃順序は打ち合わせの通りだ。 まずはコアを叩き、次にハッチ。 最後に、砲台を叩く」
「砲台の数が多く、相当な犠牲が予想されます」
「それでも、やるしかない」
日高司令の声も、緊張に彩られている。
確かに見上げるアースイーターは。普段戦っているよりも、何割も砲台が多く配置されているようだった。
特殊なアースイーターなのかも知れない。ブレインの周囲を守る、直属精鋭という訳だろうか。
報告にあったアルゴと、マザーシップは今の時点で姿を見せていない。
此奴らが、同時に攻撃を仕掛けてきたら、もはや手の打ちようが無い。
そう言う意味でも、戦いは速攻にならざるを得ない。
「此方、第五艦隊」
デスピナから、通信が来る。
東京湾から、洋上に展開している第五艦隊は。今回、もっとも厳しい支援任務を行う事になる。
敵の高空支援を防ぎつつ、アースイーターをまたいだり迂回する形でテンペストを放ち、東京基地を包囲している巨大生物を牽制しなければならない。そして今まで温存していた空軍機を全て使い、あらゆる手を使って敵の妨害と味方の支援を行うのだ。
「支援が必要な場合は、随時声を掛けて欲しい。 分かっているとは思うが、此方にもアースイーターが姿を見せ始めている。 あまり長くは保たない。 速攻で勝負を決めてしまってくれるか」
「支援、感謝する」
デスピナの支援がなければ、そもそも今回の戦闘は成立し得ない。
アースイーターのコアが、降りてくるのが見えた。
日高司令が、声を張り上げる。
攻撃、開始。
地下の研究施設で、三島徳子は、天井を見上げた。
分厚い土と、コンクリの壁に阻まれた向こうで。
戦いが、開始された。
敵はあまりにも圧倒的。それに対して、味方は命限りある人間。力の差は絶望というのも生やさしいほどの代物。
敵には援軍がいくらでも期待出来るのに。
味方には、増援部隊の一つも無い。
各地のEDFは既に全滅にも等しく。
地下のシェルターに閉じ込められた人々は、身を寄せ合っている。勿論、全滅させられてしまっているシェルターも、少なくは無いだろう。
前大戦で、七分の一にされた地球の人口は。今回の大戦が開始するときには、二十億前後までは回復したが。
今回の大戦で、どう楽観的に見ても、十億を超えるとは思えない数にまで、撃ち減らされてしまっている。
「三島博士」
「何?」
研究員の一人が声を掛けてくるので、其方に。
照明がかなり暗くなっている。基地の発電能力を、全て戦闘につぎ込んでいるからだ。ただ、研究用のスパコンだけは、電力を確保している。
「これを見てください」
見せられたもの。それは。
少しの逡巡の後、分析を命じる。ひょっとすると、これは。
もしもこのデータが正しいとすると、一つ大きな勘違いをしていたのかも知れない。すぐに裏付けを取らないと危ないだろう。
「すぐに解析を。 この解析に、スパコンの全ての出力を廻して」
「イエッサ」
研究班が動く。
これは、小原博士の置き土産だ。
もしもこの解析を成功させれば。
ストームチームが包まれている絶望を、ほんのわずかだけでも、改善出来る可能性がある。
しかし、惜しむらくは、どうしてこれを半日前に気付けなかったのか。
もう少し早く気付いていれば。
ストームチームの状況を、もっと開戦当初から改善出来ていたのに。
短期決戦が主眼に置かれているけれど。
負けるなら、どうせ何をやっても無駄だし。
勝つならおそらく長引くだろうと、徳子は考えていた。それならば。最後の切り札になるかも知れない。
ただでさえ、手札が足りない状況なのだ。
切り札を作る事が出来れば。
この世で唯一徳子が好きな男であるストームリーダーにも、感謝されるかも知れない。そう思うと、全身がぞくぞくした。
そして、気付く。
こんな時でも、エゴを優先させる人類だからこそ。フォーリナーに選ばれてしまったのだとも。
全くもって救いようがない話だ。
地下シェルターに移されたヤソコは、アサルトライフルAF99を抱え込んで、ぼんやりと隅に座っていた。
北海道の旭川基地を守っていたヤソコは、強化クローン兵士の一人。ストームチームに救出され。酷薄な現地司令官には任せておけないと、此方に連れてこられたけれど。PTSDが酷くて、未だに役に立てずにいる。
PTSDの治療中だったのだが。もはや激戦地区になる事が確定の東京基地の病院には置いておけないと、地下シェルターの病院に移されて。
そして今は、治療の合間にでもいいからと、こうして護衛任務に就いている。
あの悲惨な戦いで。
たった一人だけ、生き残った。
元々、意識が目覚めてから、殆ど時間もなかった。自分が何者かもしっかり把握する前に、戦場にかり出されて。
絶対に逆らえないようにされている司令官に、酷い事を散々いわれて。
あげく、使い捨ての駒として。使い捨てられた。
ストームチームが来ても、どうにもならなかった。無茶な防衛作戦をさせられて、ストームチームが来た時には。仲間はみんな食い殺された後だった。
今だって。
周囲の怯える人達は、ヤソコを良い目では見ていない。
それどころか。
強化クローンの兵士と、普通の人間の兵士の間にも、大きな溝がある。特に大戦が始まってから急ピッチで生産されたクローン兵士達は、殆ど使い捨てとしか見ていられない節も多かった。
逆らえないように作られているのが、余計に悲しい。
今も、兵士達が、ヤソコを無視するように話をしている。
「聞いたか。 マザーシップがこっちに向かってるそうだ」
「ブレインだけじゃなくてマザーシップもか。 勝てる訳がねえよ」
「もう、人間は負けるのかなあ」
「そうなったら、どうなるんだろうな。 フォーリナーの家畜にされるって噂もあるけれど、ぞっとしねえな」
話をしているのは、どちらも傷病兵だ。
あまりにも怪我が酷すぎて、一応体は回復したが、あらゆる面でガタが来すぎてしまっている人達。
彼らは軽口を叩いているけれど。
その口調の奧には、どうしようもない絶望が、色濃く存在していた。
不意に、通信が来る。
膝を抱えたまま、聞く。
通信で喋っているのは、日高司令だ。
「現在、ブレインおよび、直属のアースイーターとの交戦中。 ストームチームは奮戦しているが、苦戦は免れない。 ひょっとすると、君達にも協力を仰ぐかも知れない」
協力、か。
シェルターの警護に廻された兵士は、重度のPTSDを煩ったり、負傷が酷かったりして、もう戦えないと判断された兵士ばかり。
そんな兵士にまで協力を要請するなんて。
もう、これは本当に駄目なのかも知れないと、ヤソコは思った。
軍服を着込むだけで、震えが止まらないほどなのだ。銃を持って、敵と戦うなんて、出来そうにない。
「俺は行くぞ」
のそりと、奥から出てくる兵士。
大柄で、熊みたいな体で。どうして此方に回されたのかは、よく分からない人。周囲の兵士達は、何故此奴が此処にと、時々噂をしていた。
「少しでも、役に立てるかも知れん」
「上官殺しの兵助が、向こうに出て行ったら、また上官を殺すんじゃねえか?」
揶揄の言葉が、どこからか飛んでくる。
だが男は無視して、シェルター出口の方へと歩いて行った。
いたたまれなくなって、ヤソコは、シェルターの奥の方へ行く。
人々が、身を寄せ合っている。
悲惨な戦争から必死に逃れてきて。EDFが敵をやっつけてくれるのを待っていた。その代わりに、EDFに対する物資の供給も、人員の供給だって惜しまなかった。前大戦の前は、人類は酷く内輪もめしていたと言うけれど。今回の大戦では、人々はそんな事をする余裕も無かった。
一致団結しても、勝てない。
どうしようもない現実が、此処にあった。
「軍人さん」
声を掛けられる。
年老いた夫婦が、此方をすがるように見ていた。
「勝てるのかね」
「ごめんなさい。 分かりません」
「そうかい。 でも、ストームチームが上で戦っているんだろう」
ストームチームがいても、勝てるとは思えない。
それがヤソコの本音だ。
だが、其処まで言うほど、墜ちてはいなかった。
「息子も孫も、フォーリナーの巨大生物に喰われて死んでしまったよ。 これで勝てなかったら、何のために生まれてきたのか、分からんよ」
「……」
いたたまれない。
他の人達だって、みんな似たような境遇だろう。
でも、ヤソコにはどうしようもない。
今だって、軍服を着て、銃を持っているだけで。恐怖がよみがえってくる。至近距離で仲間が喰われる恐怖が。
最奧まで来た。
この辺りは研究区画だ。
もう秩序はないに等しく。見回りをしている兵士も、特定のルートを巡回しているような事もない。
ヤソコも、誰かに咎められることは無かった。
其処は、強化クローン達を生産する設備。軍属ならもう誰でも入る事が出来る。まだ作られている途中の、ヤソコの妹たち弟たちが、ガラス瓶の中に浮かんでいる。
まだ、戦うつもりなのだと、これを見れば分かる。
日高司令は、地上での決戦に敗れたら、籠城するつもりなのだろう。そして強化クローン兵士を量産して、いずれ地上に打って出るつもりなのか。
そんなの、上手く行くはずも無い。
フォーリナーが、完全に頭を抑えた後。シェルターを放っておくとは思えないからだ。
ふらふらと、その場を離れる。
上で、ストームチームがまだ戦っているのは分かっている。
だけれども。
ヤソコは、迷走するのを分かった上で。辺りを徘徊するのを、止められなかった。
まるで、死を目前とした家畜のようだと、周囲が見たら評したかも知れない。事実ヤソコもその通りだと、思った。
地上付近まで出る。
戦いたいと言う兵士が、数名いた。
年老いた人や、怪我が酷すぎて現役を離れた人。それに、まだPTSDが回復していない様子の人もいる。
此処の指揮をしている人は、北海道の地区司令官よりは優しそうだけれど。
それでも、ヤソコのことは良く想っていないようだった。
「上では、ストームチームが必死に戦ってるんだろ! 出してくれよ!」
「まだ本部の指示が出ていない」
「本部なんか……」
「分かってくれ。 人間は個人で戦っても、大した力は出せない。 本部には私だって思うところがあるが、それでも協調しないとフォーリナーには勝てないんだ」
勝てる訳がない。
ヤソコは、口中でだけ呟くと。
隅で、膝を抱えて座り込む。
いっそジェノサイド砲が此処に直撃して、シェルターを喰い破って一瞬でみんな蒸発したら、楽になるのかも知れないのに。
言い争う皆を見ながら。
ヤソコは、漠然と。そんな事を考えていた。
ふと、思い出す。
手をさしのべてくれた人の事を。同じ強化クローンで、ストームチームに所属している先輩。
あの人も死ぬんだろう。
そう思うと、たまらなく悲しくなったけれど。
もうどうすることも、ヤソコには出来なかった。
(続)
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