神竜到来

 

序、神の獣

 

東京基地の近場に現れた黒蟻の群れを、撃退した直後のことだった。丁度他の部隊が出払っていて、ストームチームが出るしか無かったのだ。

大した数では無かったのだが、シェルターの入り口近くまで迫っていたこと。防衛用の無人兵器では手に余ることが、ストームチームが呼ばれた要因で。さっさと片付けて、帰還しようとする時に、それが起きた。

緊急通信が入る。

丁度、ストームとは逆方向に出撃しているチームからだった。

「此方レンジャー14! ストームチーム、救援を要請する!」

「近場に他のチームはいないのか。 此方は距離が遠い」

「多分あなた方でないと対処できない!」

悲鳴。

ノイズ。

何か、とんでも無い存在が、レンジャー14の担当戦域に現れたとみて良いだろう。残敵を掃討中の涼川達を呼び戻す。

更に、日高司令にも通信を入れる。

「レンジャー14は、現在地下通路に籠城中だ。 近隣の部隊にも、救援を要請してあるのだが」

「我々も向かいます」

「そうしてくれ。 君達の戦域は」

「既に敵の掃討は完了しています」

念のため、まだ訓練中の部隊を、巡回に向かわせるという。

ビークル類でコンボイを組んで、現地に急ぐ。ドラゴンの一部隊が姿を見せているという話もある。

急がないと、レンジャー14は全滅するかも知れない。

途中で、レンジャー7と合流。

更に、レンジャー18とも合流した。どちらも戦闘で多少消耗をしていたが、戦闘続行には支障がない。

どちらのチームも、キャリバンとグレイプを有している。グレイプは最近火力不足で救急車代わりにしか用いていないが、それでも無いよりはマシ。ドラゴンの火力には、盾としても使える。

北海道の基地から救助して連れ帰ったレンジャー、ヤソコは、今病院で治療中だ。重度のPTSDを受けてしまっていて、戦線に復帰は出来るか分からない。どちらにしても、最悪の場合、シェルターの警備に廻って貰う。それでも構わない。今はシェルターの警備にさえ、人手が足りないのだから。

現地まで、およそ一時間。

完全に籠城に入ったレンジャー14は、現時点ではまだ通信が取れている。

数名を失い、半数近くが行動不能だそうだ。ドラゴンに襲われたと言っているのだが、どうも要領を得ない部分がある。

「とんでもなくでかいドラゴンに、火を吐かれた。 一瞬で部隊が壊滅して、後は逃げるしか無かった」

「まさか、ドラゴンの女王か」

「可能性はある」

しかし、ドラゴンの女王などと言ったら、フォーリナーにとっては最重要保護戦力の筈だが。

どうして前線に投入してくる。

一緒に前線に移動しているチームに、重々警戒するように指示。また、東京基地にも、いざというときの火力支援を要請した。

敵の小部隊を叩くために出ている他のレンジャーチームには、一旦撤退させる。

どんな事故が起きるか、分かったものではないからである。

東京さえ確保し切れていない今のEDFは、もはやどんなミスも許されない。兵士一人が死ぬ事は、それだけ大きな意味を有しているのだ。

前線に到着。

飛び出した谷山が、電磁プリズンを展開。

上空には、ドラゴンの群れ、一個部隊。多少消耗しているようだから、一個部隊弱と言う所か。

攻撃開始。

弟が指揮を執り、ストームチームを中心に、上空への攻撃が開始される。

ドラゴンはすぐに反応。

火力投射をしてくるが、電磁プリズンが喰い破られる前に、上空に放たれたネグリングのミサイルとエメロードの小型ミサイル群、秀爺や弟の精密狙撃を浴びて、半数近くを失っていた。

死骸を残して、姿を消すドラゴンの群れ。

追い払ったと見て良いだろう。

「すぐにレンジャー14の救助を」

「此方です!」

同行していたレンジャー7の兵士が手を振って来る。

一番近い私が出向くと、予想をし得ない光景が広がっていた。

地面が、一度溶かされている。

アスファルトの地面が、完全に拉げているのだ。これは数千度の熱量を浴びせられたとしか思えない。

コンクリの建物が、溶けて歪んでいる。

中の鉄骨までやられていると見て良い。

アーマーに守られたとはいえ、死体を見つけるが。どれも見るに堪えない酷い代物だった。

しかも、焼かれた範囲が、相当な広範囲に及んでいるのだ。

「皆、来てくれ!」

私が声を張り上げる。

池口がオート操縦で、キャリバンを此方に牽引してきてくれた。レンジャー14が籠城している地下鉄の入り口のバリケードを、ハンマーで粉砕する。何度か潰して、ようやく中には入れるようになった。

籠城していた兵士達は、ようやく来た助けを見ても、青ざめたままだ。

「や、奴は」

「今の時点では見かけないな。 一度逃げたのだろう」

いや、逃げたというのはおかしいか。

瞬時にレンジャーの一部隊を壊滅させるほどの相手だ。巨大生物としては、確かに女王、王クラスの存在だとみて良い。

「負傷者を」

混乱しているらしい生存者達の尋問は後だ。

負傷者を引っ張り出して、キャリバンに。一人は左腕を殆ど炭化させられてしまっていた。

今の時代は、クローン技術を駆使して、元に戻せる。

だが、直すときに激痛が伴う。

いずれにしても、この状況は、命にも関わる。キャリバンに負傷者を詰め込むと、レンジャー7を護衛に付けて、レンジャー14を撤退させる。

本部にすぐ連絡を入れると、日高司令は呻いた。

「ドラゴンの女王、だと」

「攻撃の様子から確認する限り、生半可な相手ではないでしょう。 レーダーに捕捉は出来ませんか」

「すぐに戦術士官に探らせる。 出来るだけ急いで基地に戻って欲しい」

「イエッサ」

とりあえず、遭遇は避けられたとみるべきなのか。

レンジャー18の兵士達が不安そうにしている。ドラゴンは東京基地の周囲にも散発的な出現をしており、彼らも戦闘経験を積んでいるはずだが。このアスファルトの状況を見て、穏やかではいられないのだろう。

ドラゴンは確かに建物を破壊するほどの火球を放ってくるが、それでもこれほどの温度を出すことは出来ない。

火力で言うと、ドラゴンよりも更に桁外れだ。

単独で、ドラゴンの群れが集中投射してくる火力を実現できる存在。つまり、此奴は。生物として単体で、駆逐艦を瞬殺出来る代物なのだ。

帰路の真ん中ほどまで、来た時。

戦術士官から警告が来る。

「ストームチーム、注意してください」

「どうした」

「ドラゴンの女王と思われる存在が接近しています。 警戒してください」

「来たか。 散開!」

さっと、全員がコンボイを解除して散開。

上空に、すぐにそれは姿を見せた。

全長は、かるく百メートルを超えている。しかも、翼の大きさは、その倍以上だ。蜘蛛王が小さく見えてくるほどの巨体。

緑色の体色を持つドラゴンと違い、全身は漆黒。

凄まじい殺意を放ちながら、此方へと迫ってくる。

秀爺がイプシロンからの射撃を直撃させる。更に弟が、ナナコと一緒に、ライサンダーの弾をぶち込む。

しかし、巨大ドラゴンは、意にも介していない様子だ。

その装甲は、生半可なヘクトルでは刃が立たないほどという事か。

巨大ドラゴンが、炎を吐く。

辺りが、薙ぎ払われる。

しかし、交戦するつもりは無い様子で、そのまま遠ざかっていく。それぞれ、先に建物の側や、高架橋の下に展開していて助かった。いずれも傘にしたものは、黒く溶け、拉げてしまっていた。

「全員無事か!?」

「こちらレンジャー18! 全員無事です!」

「よし、急いで戻るぞ」

弟が皆をまとめる。

キャリバンの一両は、もろに炎を浴びて、装甲がやられてしまっていた。キャリバンでさえ、瞬間的にこうなるという事は。

確かに、アーマーが瞬時に全損してもおかしくは無い。

すぐに東京基地へと戻る。

あの生物と戦うには、対策が必要だ。

 

1、神竜との戦い

 

東京基地に戻ると、すぐに司令部に呼ばれた。

ビークル類を格納庫に入れたその足で、すぐに司令部に。勿論、議題はあの巨大なドラゴンに対する作戦だ。

日高司令を一とする幹部は既に揃っている。

第五艦隊の司令官も、現在東京湾から出て巡航中のデスピナ艦橋から、立体映像で参加していた。

「レンジャー14が初遭遇した巨大ドラゴンは、全長122メートル、翼長280メートル。 採取されたデータから考えて、吐く炎の温度は摂氏5200℃に達するものと思われます」

「殆ど太陽の表面並みだな」

「勿論、これは広域展開したときの温度です。 他のドラゴンのようにプラズマ化した火球にして放てば、その温度は二十万度に達するかと」

「そのような攻撃、もはや生物の域では無いな」

日高司令がぼやく。

もはや生物として滅茶苦茶だが、フォーリナーの技術を考えると、これくらいの魔獣が登場してもなんら驚くことは無い。

更に此奴の表皮に展開されているアーマーは、イプシロンの攻撃にも耐え抜いた。

ノヴァバスターでも、仕留めきれるかは微妙な所だろう。

「この巨大なドラゴンを、これよりグレーター・ワイルドドラゴンと呼称します」

戦術士官が、命名。

いや、どうせ科学陣が、既に命名はしていたのだろう。その名前については、別に異存はない。

「要塞砲を直撃させてやれば、流石に殺せると思うが」

「あの巨体ながら、移動速度は通常のドラゴンとさほど変わりません。 要塞砲を当てるのは、難しいかと」

「何か手は無いか」

「動きを止めるにしても、あの巨体です。 なおかつ、パワーも凄まじい。 この映像を見てください」

立体投影される映像。あの巨大ドラゴンが、飛翔しながら大型のビルを粉砕している様子だ。

体当たりで、ビルくらいなら容易に破壊することが出来るほどのパワー。

どう対応したものか。

おびき出すことは、出来る。

ストームチームに、フォーリナーは強い関心を示している。ストームチームが敵の掃討作業をしていれば、確実に姿を見せる。

問題はその後だ。

小原博士が生きていたらと一瞬私は考えたけれど。いや、あの博士は、こういうことでは役に立たなかったかも知れない。

咳払いの音。

そういえば、今日は。EDFの誇るマッドサイエンティスト、三島徳子が会議に参加していたのだった。

「あの巨体の動きを止めれば良いんですね」

「三島君、何か妙案が?」

「大きいとは言っても所詮生物。 勿論巨大生物の高性能さは私も熟知していますが、ならばこそ、落とし穴も作る事が出来ます」

具体的には、餌を使うという。

餌と言っても、巨大生物の好む餌などは無い。連中は人間を喰らうが、あれは別に食糧としているわけでは無い。情報を得るための行動だ。

地下の彼奴と融合して、よく分かった。

巨大生物は、大気中の物質から、栄養を得ることが出来ている。地下に何年も平然と籠もっていた理由が、其処にある。

ドラゴンもその点は同じ筈だ。

つまり、ストームチームそのものを、餌として使うのだという。

幾つかの手順を説明された。危険はあるが、あのドラゴンを野放しにする方が危険だろう。

ならば、試す価値はある。

「どうでしょう、日高司令」

「分かった、良いだろう。 ストームチーム、頼めるか」

「問題ありません」

「よし。 支援のため、私もプロテウスで出る」

すぐに会議は畳まれ、作戦が開始される。この風通しの良さだけは、日高司令の良いところだろうか。

ストームチームは、すぐに出撃。

まず向かう先は、池袋だ。

その辺りに、黒蟻の群れが現れている。本当は今日、別のチームが処理する筈の部隊だったのだが。

今回はストームチームが敵をおびき寄せるために、敢えて交戦する。

既に焼け野原になっている池袋で、黒蟻がかなりの数好き勝手をしているのを目視。本来はネレイドを出したいところだが、今回は巨大なドラゴンをおびき寄せるのである。ヘリは使わない方が良いだろう。

ネグリングで、遠距離から射撃。

黒蟻は即座に反応して、散らばりながら此方に迫ってくる。しかも、ビルの影や地中から、次々に姿を見せる。

最初は百程度の数を想定していたのだが。

これは、見かけよりもずっと多いとみて良いだろう。

しかも散らばって迫ってくるので、広域制圧火器が効果を示しづらい。下がりながら、ネグリングでの射撃を続けて、可能な限り数を減らすしかない。キャリバンの上にタンクデサンドした弟が、確実にハーキュリーで敵を仕留めていく。黒蟻は以前より移動速度が上がっていて、此方のビークルに追いつきそうな勢いだ。

谷山が戦車砲をうち込み、数匹を吹き飛ばすが。

やはり効率が悪い。散らばって追ってくる敵の内、左右に回り込んだ連中は、曲がり角にさしかかるのを待っているとみて良い。

それに、である。

殲滅が遅れれば、巨大ドラゴンとの交戦が始まった際に、罠を張る余裕が無くなる。

弟が、判断した。

「反転迎撃。 一気に敵を駆逐する」

「イエッサ!」

ビークル類が全てブレーキ。黒蟻が、さっと包囲網を縮めてくる。

私が先頭に立って飛び出し、ハンマーを振るって前方の敵を粉砕。零式レーザーを起動したジョンソンが、それに続いた。

焼き払い、吹き飛ばし。

敵が逃げ出しはじめるまで、ひたすらに叩く。

十分ほどの死闘で、戦闘は終了。

半数ほどの死体を残して、黒蟻は撤退していったが。

此方も損害は決して小さくなかった。

特にネグリングが、要領よく立ち回ったにもかかわらず、かなり酸を浴びている。前線で攻撃を受け止めていたギガンテスもである。

別の場所にふせていた筅が、心配して通信を入れてきた。

「此方筅。 まだ状況は整いませんか?」

「もう少し待て」

「実は、問題が発生しています。 赤蟻の集団が、其方に向かっているのを、偶然捕捉しました。 私、出た方がよくありませんか?」

「良いからふせていろ」

今度は赤蟻か。

ストームチーム以外の戦力が来たら、袋だたきにするつもりだったのだろう。相変わらず狡猾な連中である。

すぐにビークル類の応急処置。

敵は此方がストームチームだと言う事は理解しているはずだ。つまりあの巨大ドラゴンがほぼ間違いなく来る。

問題は、いつ来るか。

来たタイミングで、罠を発動しなければならない。

赤蟻の群れが見えてきた。

まずネグリングで射撃を浴びせ、その後は準備しておいたセントリーガンで削りながら、火力投射。

涼川と原田がスタンピートを浴びせ、それでも火力の網を抜けてきた相手を、アサルトで打ち据える。

百を超える赤蟻が、全力で突進してくる。

一部は、セントリーガンの防衛網を蹴散らして、ギガンテスに突進してきた。重量五十トンを超えるギガンテスが、突進を浴びて少し下がるが。それでも、横並びにしたビークルの火力は敵を上回る。私はキャリバンの上に立ってガリア砲を放ち続けるだけで良かった。機動戦にまでは持ち込まなくて大丈夫だ。

隣では、エミリーがサンダースナイパーからエネルギービームを乱射している。地面を這いながら進む稲妻状のエネルギーは、赤蟻をしこたま傷つけていた。

「闘牛士の気分ネ」

「油断だけはするなよ」

「OK」

エミリーも、ここのところ苛烈な戦いが続くせいか、無口になりがちだ。三川は更に負傷が多い。

だから時々話しかけて、大火力を実現できる二人を、勇気づけなくてはならない。

赤蟻の群れを処理完了。

まだ、巨大ドラゴンは姿を見せない。

応急処置をその場で済ませる。今の時点で、池口が軽傷。ネグリングに赤蟻が体当たりして、ひっくり返されたのだ。なおネグリングは、一旦合流したベガルタによって、起こされている。後は矢島が一度赤蟻に噛まれて振り回されているが、それだけだ。アーマーをちょっと削られたくらいである。

まだまだ、全員が戦闘続行可能だ。

「次に行くぞ」

弟の指示も、若干の精彩を欠く。

次は麻布だ。

近くで凶蟲の群れが目撃されている。これを叩く。それに伴って、筅にも移動して貰う。

彼女が、今回の罠の肝だ。

ベガルタが前線で盾にならないのは大きいのだけれど。それを補ってあまりあるほど、重要な役割を、果たして貰わなければならないのである。

麻布に移動。

途中、黒蟻の小集団を見つけたので、強襲して殲滅。

敵を少しでも削っておくことは重要だ。この小集団も、集まれば他のレンジャーチームにとって、大きな脅威となるのだから。

麻布に着くまでに、そうやって、七度の小規模戦闘を経験。

東京近郊でこれだ。

いや、むしろ東京近郊には、今敵の部隊が、目だって集まってきているのかも知れない。戦闘経験を欲しがっているフォーリナーだ。他の場所には押さえだけおいて、激戦区にむしろ嬉々として巨大生物を集めているのだろう。

到着後、凶蟲の群れを確認。

本部に通信を入れるが。まだ巨大ドラゴンは、姿を見せていないという。まあ、それならば。池袋に続いて、麻布の敵も掃討するだけだ。

 

夕刻。

麻布の敵は掃討完了したが、巨大ドラゴンは姿を見せない。涼川などは、まだかよと吐き捨てて、露骨に機嫌が悪くなってきていた。

凶蟲の群れは火力が大きく、接近前に叩かなければならない分、他の巨大生物よりも厄介だ。しかも非常に機動力が大きいので、油断も一切出来ない。

五十匹ほどいた群れを片付けた後、それでも損害が出た。

キャリバンから、不満げにジョンソンが出てくる。

戦いの最後で、流れ弾を喰らったのである。応急処置を終えて、もう大丈夫と言う事だが。

積み込んできているアーマーが、そろそろ限界である。

弟にオンリー回線をつなぐ。

「おい、まだやるつもりか」

「もう三十分だけ待って、それでも姿を見せなければ、一度撤退する」

「それが妥当だな」

「無意味にならなかったことだけは幸いだ」

作戦としては、大いに意味があった。

今回叩いた敵は、他のチームが大きな損害を出すことを覚悟しなければならない規模の群ればかり。

それを犠牲無しで潰したのだから。

噛み煙草を口に放り込む涼川。

原田はスタンピートの弾丸装填を練習している。流石に体の一部と言って良いほど使いこなしている涼川に比べると、充填速度でもかなり差があるからだ。少しでも練習するのは良い事である。

黒沢は香坂夫妻の側で、狙撃のアドバイスを熱心に受けている。

元々素質はあった奴だ。

世界最高のスナイパー夫妻に教わることで、更に技量は伸ばせるだろう。

既に東京は焼け野原。東京基地だけは構造物が残っているが、それ以外の地区は歴戦に続く歴戦で、殆ど建物が破壊され、何も残っていない。

この辺りから巨大生物は一掃したけれど。

しかしまた巨大生物が進出してきたとき。止める方法は存在しないのだ。

「此方筅」

「どうした」

「どうやら現れたようです」

「警戒態勢! 奴が来るぞ!」

全員が、さっと警戒態勢に入る。

既にこの辺りで交戦するシミュレーションも実施済み。ビークル類もろとも、高架の残骸や、ビルの影に逃げ込む。破壊されていても、充分に盾に出来る構造物は存在しているのだ。

上空に、姿を見せる巨影。

間違いない。奴だ。

そして奴は、ストームチームにめがけ、遠距離からプラズマ火球をうち込んでくる。数発が、至近に着弾。爆裂。

着弾地点には、赤黒く溶岩が泡立つ、クレーターが作られていた。

流石にやばい。

直撃を喰らったら、アーマーごと蒸発だ。

一度ドラゴンは此方の真上を通り過ぎると、旋回を開始する。

だが、其処が狙うところだ。

「筅!」

指示が飛んだ瞬間である。

巨大竜の目前に、火力の滝が出来る。砲兵隊による、キャノン砲の一斉射撃である。わざわざ戦場から離れたところに、筅を待機させたのはこのためだ。

現在、配備されているキャノン砲は、クラスター弾より格段に口径が大きく、破壊力が段違いである。

流石にそれに突っ込む勇気は巨大ドラゴンにもないらしく、翼を広げて急停止する。

其処へ。

新型の兵器が炸裂した。

以前から実戦投入はされていたが、まだ実験兵器に過ぎなかった、ウィングダイバーの最大火力。

グングニル。

MONSTERシリーズを更に発展強化させた超高出力収束ビーム砲である。火力は、現時点で小型の要塞砲にも匹敵する。

放った後は、長時間身動きが取れなかったグングニルだが。

何度かの実戦投入を経て、ついに配備が始まった。ストームチームでも、正式に配備された。

流石に正式配備品は、試作品とは火力が違う。

ドラゴンを直撃したエミリーと三川のグングニルは、流石の巨大ドラゴンもたじろかせることに成功する。

更に其処へ、残ったメンバーで集中射撃を浴びせる。

巨大ドラゴンが、反撃に転じようとした瞬間。

要塞砲が、その体に直撃していた。

今までの攻撃は、全て巨大ドラゴンの動きを止めるための布石。そして、この一撃こそ、本命だ。

流石に、特大口径の要塞砲をまともに浴びて、ドラゴンが絶叫。

地面へと墜落していく。

「よし……!」

弟が、わずかに興奮を湛えて言うが。油断はしていない。

即座に全員、近接武器へ換装。プラズマジェネレーターが焼き付きかけているウィングダイバー二人は、すぐに後方へ退避。

地面に直撃した巨大ドラゴンは、動きを止めたが。

死んでいるかは分からない。谷山が戦車砲を、容赦なく倒れている巨大ドラゴンの腹に叩き込む。一撃、二撃。

煙が晴れてくる。

そして、驚くべき光景が、其処に広がっていた。

腹に穴が開いていない。

つまり、アーマーはまだ健在と言う事だ。

跳ね起きたドラゴンが、横殴りに炎を放ってくる。

その場に飛び込んできたベガルタ。

盾になって、炎を受け止めるが。AXの圧倒的な装甲を持ってしても、巨大ドラゴンの炎は凄まじい貫通力を示した。数歩下がったベガルタAX。筅が、悲鳴に近い声を漏らした。

「一撃でアーマーを抜かれました! もう一度は耐えられません!」

「突貫!」

弟が叫ぶ。

谷山の戦車が、突進しながら戦車砲を連射。まだかろうじて動いているグレイプも、速射砲でそれに倣う。

歩兵は全員フュージョンブラスターで。

私と矢島は、ディスラプターで。

敵との距離を詰めながら、大火力での熱量攻撃を叩き込む。

だが、ドラゴンは緩慢ながら立ち上がると、大きく息を吸い込む。また、ブレスで薙ぎ払うつもりか。

真っ先に敵に突入したのは、谷山のギガンテス。

ゼロ距離からの戦車砲を、一撃。

だが、弾かれる。

現在の戦車砲は、あのヘクトルでさえ、無事に喰らえば只では済まないのに。それでも、至近からの一撃が、弾かれた。

慌てず、第二撃。

鈍い音がしたのは、ギガンテスを五月蠅そうに巨大ドラゴンが踏みつけたからだ。履帯を高速回転させ、脱出しようとする谷山だが。更に体重を掛けて、巨大ドラゴンがギガンテスを踏みつける。

其処へ、要塞砲の第二射が、巨大ドラゴンの左脇腹を直撃。

大きく傾ぐ巨大ドラゴン。

しかし、アーマーが抜かれる気配は無い。

迫る全員が、大火力の射撃を浴びせ続けているのに。なおも、敵アーマーは健在だ。これは、万事休すか。

ならば、伝承に頼るしかないか。

私が、跳ぶ。

そして、ドラゴンの口にめがけて、驀進する。

ドラゴンが息を吸い終える。

奴も見るはずだ。私の姿を。

ディスラプターを、残りの火力全てを込めて、起動。

灼熱が、ドラゴンの口の奥に。光のランスとなって、叩き込まれる。

絶叫したドラゴンの口の中で、放とうとしていた火球が爆裂するのが分かった。飛び退こうとするが、間に合わない。

吹っ飛ばされる。

地面に叩き付けられた私は、身を起こそうとして、それを見た。

舞い上がったドラゴンが。口から煙を上げながらも。人間の言葉を喋ったのである。

「やるな。 どうやら我等が神と一つになるための、最高の競争相手という話は、嘘では無さそうだ」

「貴様、人語を解するのか」

「少なくとも日本語は流ちょうに話す事が出来るつもりだ。 いずれにしても、このまま戦闘を続けると命を落としかねん。 同胞に今の戦闘経験は届け済みだが、この身はまだ滅びを許さぬ状態。 今死ぬわけには行かぬ」

小さな火球を、目の前に叩き込んでくる。

爆裂。

煙幕が作られ。その隙に、巨体は飛び去っていった。

呼吸を整えながら、立ち上がろうとして失敗する。最後に浴びた爆発で、かなり体の方がやられてしまっている。

三川が駆け寄ってくる。

「無理をなさらず、はじめ特務中佐」

「問題ないと言いたいが。 肩を貸してくれるか」

「はい」

肩を貸してもらって、キャリバンまで歩く。

日高司令は、今の結果に愕然としているようだった。

「要塞砲を二発浴び、グングニル二発に、それにフュージョンブラスターとディスラプターの集中砲火を受けても、なおも倒れなかったというのか。 その上、人語を解して、喋っただと」

「喋ることは兎も角、奴のアーマーは既に限界でした。 そしてあれほどのアーマー、短時間で張り直すことは不可能でしょう。 当分は姿を見せないはずです」

「それはそうかも知れないが、次に現れたときの対処策がない」

「それよりも、気になることを言っていたわねえ」

不意に、三島が、通信に割り込んできた。

三島が苦手な弟が、好きなように喋らせる。

「神と一つになるって、要するに自分たちがどうなるか、分かっているという事よね、あのデカブツ」

「そう見て間違いないだろう」

「なるほど、それで知能があるのに、こんな事を続けていることの納得がいったわ。 彼奴らにとって、進化を続けて、フォリナ現状打開派の肉体になる事は、一種の宗教と言う訳よ」

そうなると、其処を崩すのも難しいか。

知性がある生物だったら、説得してどうにか出来る可能性もあると、考えている学者もいた。

しかし敵が一種の宗教に基づいて動いているとなると、難しい。

その上連中の宗教は、ある意味正しいのだ。この銀河系において最も神に近しい存在と、融合できる。

その事実に代わりは無いのである。

家畜は人間に飼われて繁栄する路を選んだが、巨大生物もそれと同じ。其処を理論で崩すのは、不可能に近い。

三島が日高司令に、次にグレーターワイルドドラゴンが現れたときの対策については、自分が考えると言っている。まあ、それについてはどうにかしてはくれるだろう。三島は頭がいかれてはいるが、技術力には定評がある。

とにかく、戦いは終わった。

損害を確認。

私はキャリバンの中で、休みながら、バイザーに流れる情報を、漠然と見ていた。

悲鳴が聞こえる。三川の声だ。

「筅ちゃんが!」

ベガルタから、筅が引っ張り出される。

コックピットが超高温になっていたとかで、ぐったりしていた。AXが試作機である故の事故だ。先ほどの攻撃を受けた際の影響だろう。

筅はぐったりしているが、意識はある。キャリバンに運び込んで、民間の協力者に手当を任せる。

命に別状はないと確認は出来たが、あまりのんびりも出来ないだろう。

ギガンテスは半壊状態。

ビークル類は、どれも少なからず傷ついていた。

ヒドラに迎えに来て貰い、後は空路で戻る事にする。夜になると、巨大生物が行動を止めるのは、前から代わらない。

ヒドラで帰路につく途中、凶報が入る。

戦術士官は、淡々と状況を読み上げた。

「太平洋上で、第八艦隊がブレインと交戦。 ブレインはアースイーターを大量に呼び出し、結果五千を超える攻撃機が出現、途中から海上移動可能なヘクトルの部隊も加勢した模様です。 第八艦隊は善戦しましたが、戦闘を継続できなくなり、壊滅的な打撃を受け撤退。 旗艦は撃沈、司令官は戦死。 参戦したX3改は殿軍として残り、通信が途絶しています」

第八艦隊は、継戦能力を残していた三つの艦隊の内一つ。

それが壊滅的な打撃を受けたという事は。

一層、EDFの受けた損害が、深刻になったことを意味している。

第八艦隊の残存戦力は、かろうじて秩序を保ちながら、此方に向かっているという。戦闘のデータを此方に引き渡すこと。

それに、合流して反撃することが目的だろう。

ブレインを一度逃してしまったことは、そう考えると本当に痛い。

今は、ただやるべき事を、一つずつこなしていくことしか出来ないのが、とてつもなく口惜しかった。

 

太平洋上で、第八艦隊の残存戦力と合流した第五艦隊が、東京基地に戻ってきたのは。巨大ドラゴンとストームチームが交戦してから、三日後のことだった。

第八艦隊は、開戦時に四十三隻の戦力を有していたが。戦闘終了後には、十七隻にまで撃ち減らされていた。旗艦である大型強襲揚陸艦ブルーオアシスは事前情報通り撃沈を確認。艦隊司令官であるハドゥン中将も、旗艦と運命をともにしていた。

空母エイブラハムが無事なのは僥倖。

艦載機も、まだ三十機ほどが無事だ。

しかし、戦力が大幅に失われたのも事実。殆どの艦は即時での戦闘が不可能で、ドッグでの大規模修理が必要になるという。

そして最悪なことに。

X3改および、ストライクフォースライトニングの消息は、掴めていない。

最後尾に残って撤退を支援した戦艦ハリウッドの乗員によると、X3改は敵攻撃機を撃墜しながら、北米の方へ逃れたという。

今、北米は通信が一切出来ない状況だ。

其方で上手く身を隠し、機体の修復に当たってくれていることを祈るほかないだろう。

ストームチームの方でも、東京基地近郊の巨大生物を撃破して廻っていたが。

連日のように、戦闘の負荷が上がっている。

敵の数が、露骨に増えてきているのだ。

極東中の巨大生物が、東京に集まってきているとみて良い。勿論ヘクトルやディロイも、姿を見せるようになってきている。

六回の小規模戦闘を経て、基地に戻った私は。

デスピナ艦長でもある第五艦隊司令官に会うべく、東京基地のドッグへと向かった。弟には、会議に出て貰う。私は元々デスピナ艦長とも友人だし、情報を集めて欲しいと弟に言われたのだ。

案の定、ドッグは修羅場になっていた。

第五艦隊は海上に停泊して。

ドッグの機能全てが、第八艦隊の残存戦力の修復に当たっている。

働いているのは、殆どがパワードスーツを身につけた、民間の協力者だ。いずれもが、シェルターで協力者を仰いだ結果、集まった人員だろう。幸い、現状で専門技術はあまり必要ない。

パワードスーツの操作も、技術的な話も。

バイザーがだいたい情報を表示してくれるので、その通りにやっていけば良いのである。

空母エイブラハムは、かなり手酷くやられていた。これは本来は一月は修理に掛かる損害だが。今は非常時だ。

可能な限り早く、無理矢理にでも動かせるようにするのだろう。

駆逐艦やフリゲートも、酷く傷ついている。

一部の艦船は、いわゆる共食い装備に用いる様子だ。既に陸上にあげられ、解体作業が始まっている。

デスピナ艦長は、ドッグの一角にいた。

私が姿を見せると、少しだけ嬉しそうにする。ここのところ支援任務ばかりで、華々しく戦えないと嘆いていたから。少しでも鬱憤が解消できる話し相手が来れば、それはそれで嬉しいものらしい。

「第八艦隊の生き残りに、話が聞きたい」

「大体の話は、私が聞いているが」

「そうか」

話の流れについては、既に聞いている。

太平洋上に出現したブレインに対し、まずはX3改で攻撃を実施。隙を突いて、少し離れた場所に展開した第八艦隊が、一斉攻撃を敢行したという。

しかし、である。

一個艦隊の火力を浴びても、ブレインは墜ちなかった。

勿論。此方で送ったデータに基づいて、冠状構造に対する攻撃を実施したのだ。艦砲による精密射撃も行った。

しかしその殆ど全てが、アースイーターに防がれた。

アースイーターを叩きながらの攻撃も行い、何発か命中弾も入れたという。しかし、ブレインを落とすには到らなかった。

X3改の主砲が、一度弱点部分を直撃している。

それでも墜ちなかったのである。どれだけブレインが頑強か、それがはっきり思い知らされた形になる。

そうこうするうちに、アースイーターから際限なく出撃してくる攻撃機と、設置されている大砲による射撃が、第八艦隊を消耗させていった。最終的に、旗艦が撃沈されたのを切っ掛けに、撤退が決まった。

これらの情報については、既に受け取っている。

だが私としては、それ以外に何か有用なものがないか、知りたいのである。

「そうか。 それだけ勝利への意気込みが強いのだな」

「それもある」

ブレインが何を考えているかは、この間の邂逅でよく分かった。

そしてその思考は、フォリナ現状打開派と、殆ど一致しているとみて良いだろう。だから、それについてはもう良い。次に話しても、多分相手の考えを変えさせることは出来ないと思うし、何より互いに正義があると分かっただけだからだ。

だが、それ以上に。

ブレインはどういうわけか、隙のようなものを多く見せている気がするのだ。

「此方だ。 来て欲しい」

艦長に案内されたのは。

湾岸地区にある病院だ。

東京基地は敷地面積が広く、その中に幾つか病院がある。いずれもが地下シェルターにつながっている状況だが。現在は、手軽に診察が受けられる休息用カプセルが出回っている事もあり、病院に入っているのは傷病軍人が殆どである。

一室に案内される。

非常に筋肉質な、男臭い軍人が、ベッドに横になっていた。頭に包帯を巻いている。

「戦艦ハリウッドの艦長、ジョナサン=バーター准将だ。 准将、こちら、嵐はじめ特務中佐」

「おお、名高いストームチームの勝利の女神か」

「そんな風に私は呼ばれているのか」

「この男がそう呼んでいるのだろう。 私は聞いたことがない」

苦笑しながら、デスピナ艦長が、席を外してくれる。

軽く話した後、ベッドの脇に椅子を準備して貰い、其処に座る。筋肉質な大男であるにも関わらず。男は私のファンだとか言うので、辟易してしまった。

「是非サインをくれ」

「貴殿と私は、階級が同格だろう」

「それでもくれ」

「分かった分かった。 それでは、引き替えに。 先のブレイン戦での話を、可能な限り聞かせて欲しい」

交換条件としては、これで妥当だろうか。

ジョナサンは頷くと、何でも話すと言ってくれた。

順番に、聞いていく。

戦闘の経緯について、流石に戦艦の艦長だ。主力となって攻撃を行っていただけあって、詳しく知っている。

ただし、デスピナ艦長もプロだ。

目新しい情報は、これといって出てこない。それだけ、しっかり聴取が行われたという事である。

だが、一つだけ、気になることがあった。

「X3改の主砲が命中した直後だが、一瞬だけ全ての敵が動きを止めたように見えたな」

「冠状構造にか」

「そうだ。 それにこれは私見だが、君達との戦闘でついたダメージは、回復していないようにも思えた」

「……なるほど」

データを確認する。

確かに交戦開始時から、傷はそのまま残っているし。それが戦闘中、修復しているようには見えない。

ひょっとすると、これは。

ブレインの装甲はあまりにも強力すぎるため、修復が不可能なのか。

しかし、敵は無数のアースイーターを召喚し続ける事が出来る。恐らくは地球の大気圏外に展開しているものを、次々に呼び寄せているだけだろうが。それでも、その攻防に関する能力は圧倒的だ。

どうすれば、崩せる。

ジョナサン艦長と握手をした後、ドッグを離れ、歩きながら三島と通信回線を開く。三島はかなり忙しいようだったが。私の通信であればと、すぐに受けてくれた。

「何か分かったことがある?」

「データを送る。 解析を進めてくれ。 欧州にも廻して欲しい」

「難しいけれど、どうにかするわ」

「頼むぞ」

第八艦隊は、文字通り命を賭けて、敵の情報を集めてくれた。

無駄には出来ない。

この情報は、文字通り地獄に垂らされた一筋の糸だ。カンダタのように、無為に切ってしまうようなことを、してはならなかった。

 

2、滅びの包囲

 

アフリカから、インド洋を旅し、どうにか極東にまで逃れてきた第十二艦隊の残存戦力が、第五艦隊との合流を求めてきた。

途中、敵の分厚い包囲を抜けられず、長時間立ち往生していたのだという。戦力は駆逐艦とフリゲートを中心に、巡洋艦も一隻だけ含める合計八隻。文字通りの敗残兵であり、艦隊としてはさほどの規模では無いが、見捨てるわけにも行かない。

何より、護衛している客船を改装した輸送船八隻に、貴重な空軍のファイター数機と、避難の民間人を二万五千ほども乗せている。その中には国連の要人も乗っており、救援は必須だった。

それと、時を同じくして。

敵を攻撃に出ていたレンジャー9から、救援要請が来ていた。

膨大な数の敵に攻撃を受けているというのである。現在ビークルを全て喪失し、追撃を振り切ることが出来ないと言う。

悪い事に、東京基地の主戦力は、東に姿を見せているドラゴンの群れに対応するため、身動きが取れない。

プロテウスも既に出撃できる状態だが。

結局、レンジャーチームの一部隊だけを戦友に、ストームチームが出るしか無かった。ビークル類も、キャリバンが二機、グレイプが二機、一緒に出撃するレンジャー13に与えられただけである。

劣悪な戦力。

それに対して、敵の戦力は、三千とも四千とも事前に報告を受けており、なおかつ、蜂がいることが分かっている。

まともにやりあって勝てる戦力では無い。

生存者を救出し、包囲を貫いて撤退するしかなかった。

専用機で、近くまで出向く。

戦場になったのは厚木の少し先。神奈川の中心部だ。この辺りも以前はビル街があったのだが。

今は既に、廃墟が延々と続く焼け野原である。

崩れ落ちた高架の近くに、ヒドラを停める。現時点で敵は確認できないが、いつ襲撃をかけられてもおかしくない。

敵は巨大生物がほぼ勢揃い。

赤蟻黒蟻凶蟲に、蜂。更に未確認だが、女王と思われる大型個体もいるということだった。

戦って勝てる相手ではない。

すぐにヒドラから出て、陣地を展開。危険を承知で、ジープを四方に出す。

レンジャー部隊を率いているのは、以前から四度ほどストームチームと共同戦線をしたことがある中佐で、前大戦でも何度か共闘している。

彼は戦闘力は高いのだが、皮肉屋であり。

いつも周囲の文句ばかり言っている。

「有馬中佐、此方で偵察の二チームを出す。 其方でも二チームを出して貰えるか」

「イエッサ。 ジープを使って良いですか」

「もちろんだ。 敵が姿を見せても、絶対に手を出さないように」

「了解、と」

有馬中佐は、強化クローンの兵士に操縦させて、さっと出て行く。

私はと言うと、周囲に通信装置をばらまいて、状況確認。どうもレンジャー9からの通信が、とても弱いのだ。

「此方、レンジャー9。 黒蟻およそ二十に攻撃を受けている。 現在は持ちこたえているが、かなり厳しい戦況だ」

「すぐに救援が向かう。 現在の損害は」

「四名がやられ、残りも負傷している。 急いでくれ」

通信を切ると、弟が谷山に指示。

何処にいるか割り出せというのだ。

というのも、周囲のレーダーが酷く乱されていて、味方の位置がどうにも掴めないのである。

電波を攪乱する例の物質が撒かれているのは間違いない。

ヒドラを中心に、急いで防御陣地を構築する。

後ろには崩れかけたビル。黒沢にセメント弾を撃ち込ませ、補強し、即興の壁に。ビークル類を並べ、更に電磁プリズンも張る。

キャリバン三両は、いつでも出られるように待機している。

当然全ての機体には、セントリーガンを配備済みである。

「見つけました。 11時の方角。 此方です」

「よし、すぐに出る。 姉貴、殿軍を頼めるか」

「任せろ」

どうせ罠に決まっている。

三千だか四千だかの敵が、姿を見せないのは不信に過ぎる。明らかにレンジャー9を餌に、ストームチームを釣っているのだ。

それだけではない。

恐らくは、このタイミングで都合良く姿を見せたドラゴンも。それにインド洋をはるばる逃れてきた第十二艦隊も。

此方の戦力を削ぎ。

効率よく戦闘データを取るために、用意されたお膳立ての材料だとみるべきだろう。広域戦略でも、フォーリナーはEDFの上をずっと行っている。前からそうだし、今でもそうだ。

弟が操縦するキャリバンで、レンジャー9が待っている戦場へ急ぐ。

見えてきた。

高架の残骸を盾にしながら、必死に応戦しているレンジャー9。今の時点では敵は大した数では無いが。

レンジャー9の消耗が悲惨だ。

ジープの類まで消耗し尽くしていて、装備もアサルトのみ。これでは、長時間は持ちこたえられない。

一緒に来た日高中尉が、ひょいとキャリバンのサイドドアから顔を出すと、舌なめずりしながらハーキュリーをぶっ放す。

針の穴を通すコントロールで、速射ながら黒蟻を即殺。

レンジャー9が、此方に気付く。

「ストームチーム! 来てくれたか!」

相手との間に、滑り込ませるように、ドリフトさせながらキャリバンを走り込ませる。私は同時に、敵に対してガトリングをぶっ放し、一気に打ち据える。だが、敵は予想通り、地平の果てから、どっと姿を見せた。

数は、数百どころでは無い。

「やはり来たな……!」

「此方レンジャー13!」

「敵を発見したか」

「ええ、それももの凄い数です」

相手にせず、すぐに本隊に合流せよ。

弟はそう言うと、キャリバンをオート操縦に変更。タンクデサンドすると、アサルトAF100をぶっ放し、辺りの黒蟻を私のガトリングと合わせて瞬時に制圧した。民間協力者がキャリバンから飛び出してきた。すぐに負傷者しかいないレンジャー9を、キャリバンに収容。

敵の数は圧倒的だ。

できる限り、即座にヒドラに戻って、撤退しないと危ない。

だが。

キャリバンで下がる途上に、悠々と姿を見せる蜂の群れ。

これも百や二百では無い。それも、キャリバンを追い越して、まっすぐヒドラへと向かって行くでは無いか。

空を抑える気だ。

勿論、残してきた防御陣地は、既に攻撃を開始している。

ミラージュによる誘導エネルギービームと、エメロードの小型ミサイル、それにネグリングのミサイル。それぞれが一斉に放たれ、蜂の群れを押さえ込みに掛かる。

しかし、蜂の数が、あまりにも非常識すぎる。

私も最後尾に残り、ブースターを使って下がりながら、上空にガトリングの弾を撒く。弟も、AF100で、片っ端から蜂を落としに掛かるが、とても手が足りない。

必死に、レンジャー13が、先ほど構築した防御陣地に逃げ込んでくるのが見えるが。電磁プリズンは、今にも破られそうな状態だ。後ろにだけは回り込まれずに済みそうだが、周囲は十重二十重というも生やさしい敵の海。

更に、落としても落としても湧いてくる蜂に、頭を抑えられ、ヒドラも出撃が出来なくなっている。

最後尾の私が、防御陣に飛び込むが。

既に最外壁に配置しているキャリバンは、蜂の針で、山嵐のような姿になっていた。セントリーガンも既に沈黙させられている。

そして、地平の果てからは。

悠々と言わんばかりに、膨大な数の巨大生物が押し寄せてくる。

以前北京基地近郊で、数千に達する凶蟲と戦ったが。その時に、勝るとも劣らない、凄まじい数だ。

「おいおい、旦那。 こりゃあ、ちいとまずいんじゃねーのか?」

「蜂を集中的に狙え。 涼川、近づいてくる巨大生物を抑えてくれるか」

「やってはみるが、全方位は無理だぞ」

電磁プリズンが、崩壊する。

それだけ、とんでも無い数の針を浴びたのだ。

一斉に、蜂の群れが、距離を詰めてきた。

勿論応戦するが、見る間に味方の負傷が酷くなっていく。キャリバンからも、あまりにも危険すぎて、出られない状況だ。

谷山が電磁プリズンを張り直すが、それもいつまで保つかわからない。

対空攻撃は相当苛烈にやっているのに。

また、電磁プリズンが喰い破られる。蜂はまだ、二百を超える数がゆうに健在。弟は、厳しい決断をするしかなかった。

「やむを得ん。 全員、ヒドラに飛び込め。 無理矢理上空に逃れる!」

「しかし、それではヒドラがもたないぞ」

「蜂と戦いながら、撤退戦をする」

無茶苦茶だ。

しかし、他に選択肢がない。

ヒドラのローターが回転を開始。ビークルを一機ずつヒドラに収納していくが、どれも針だらけで、痛々しいほどの悲惨さだ。ベガルタAXが盾になって、上空に火力の束を振らせているが、それでも倒し切れる数では無い。ベガルタにも、見る間に無数の針が突き刺さっていく。

「急いでください!」

ジープが擱座。

悲鳴を上げて飛び出した兵士が、針を浴びて串刺しになる。アーマーが生きているとは言え、もう戦わせられる傷では無い。味方に引きずられていく兵士を、更に狙う蜂を、私が叩き落とす。

蜂は、落とされても落とされても、次から次に来る。

谷山が、周囲にガードポストを設置。少しは、これで楽になったか。ヒドラのサイドドアはわざと開けたままにする。

既に、雲霞の如き敵大軍勢は、至近にまで迫っていた。

私が矢島と一緒に、ベガルタAXを最後まで支援。機動戦を行いながら、蜂をスピアで叩き落とす。

これ以上の交戦を諦めた谷山と原田が。針だらけになっているジープを無理矢理操縦して、ヒドラに飛び込んだのが最後。

タラップをバックしながら、ベガルタAXが入り口を塞ぐようにして、ヒドラに乗り込む。私と矢島も、ガトリングで蜂を落としながら、それに続くが。消耗が激しすぎる。

ヒドラが、浮き始めるが。

蜂の猛攻は続く。

左右のサイドドアを開けて、両側から群がってくる蜂を叩き落としつつ、浮上。しかし、膨大な蜘蛛糸が飛んでくる。

一気に距離を詰めてきた凶蟲どもが、一斉に放ってきたのだ。

がつん、がつんと、ヒドラの外壁が凄まじい音を立てる。蜂はローターにも群がって、攻撃を続行。

容赦も呵責もない。

「東京基地へ急げ! 町田を超えれば、支援砲撃を受けられる!」

ガードポストの効果があっても、ヒドラの消耗が酷い。

其処まで保つか。

更に言えば、巨大生物も、追いすがってきている。蜂の攻撃が酷くて、ヒドラがあまり速くも高くも飛べないことを、熟知しているかのようだ。

「全員、サイドドアに! 敵を迎撃続行する!」

弟が声を張り上げる。

流石に自爆の危険があるから、誘導ミサイルの類は使えないが。全員にアサルトとショットガンは行き渡っている。

少しずつ速度を上げて行くヒドラのサイドドアに陣取ると、周囲を飛び回りながら攻撃を続けてくる蜂を迎撃。しかし、数が多すぎる。ヒドラの内部にも、次々と針が飛び込んでくる。

中には、ヒドラに飛び込んでこようとする蜂さえもいる。

「敵の群れ、追撃してきています! これ以上、速度を上げられません!」

ヒドラの機長が、悲鳴に近い報告をしてくる。

私はブースターをふかして飛び出すと、ヒドラの背に。ローターに巻き込まれたら即死だ。気をつけないと行けないが。この速度だったら、まだ振り落とされず、何とか闘える。

上に回り込んでいた蜂どもが、私を見て、一斉に針を放ってくる。この風の中では、いちいち避けられない。盾で塞ぎながら、ガトリングで確実に叩き落としていく。被弾して態勢を崩し、ローターに突っ込んで、バラバラになる蜂。ぶちまけられる死骸と体液。舌打ちしたのは、ローターへのダメージが酷くなるからだ。

蜂の巡航速度は、ヒドラと同等以上。

追撃は容赦なく続き、ローターが火を吹き始める。

私を真似して上がって来た矢島。多少ふらついているが、ヒドラの背で、しっかり踏ん張って見せた。

「加勢します!」

「気をつけろ。 敵の攻撃を防いでいる余裕は無いぞ」

「イエッサ!」

息を合わせると、辺りに火力をばらまく。

ガトリングで薙ぎ払い、少しでも蜂の数を減らす。対空銃座も一応ついているが、蜂の数が多すぎる。

ついに、高度が落ち始める。

速度も。

町田までは、まだ距離がある。

「不時着に備えろ」

弟が、淡々と、皆に注意を促した。

幸い、蜂の数は減ってきている。更に、解放したままのサイドドアから、飛び出しのはバゼラート。

蜂の群れにミサイルを叩き込み、一機に数を減らす。蹴散らされた蜂が、火だるまになったまま、次々墜ちていった。

「谷山、残敵を集中攻撃できる位置まで追い込め」

「お任せを!」

谷山が如何に神がかったヘリの操縦技術を持っていても、蜂の群れの相手は分が悪い。だから、支援しなければならない。

私達が、ガトリングで、谷山を狙う蜂を叩き落とす。

谷山はそれに助けられながら、蜂をサイドドアから狙える位置へと追い込んでいく。連携しながら、落ち行くヒドラの上で戦う。

ほどなく。

蜂の殲滅に成功。敵に新手がいるかも知れないが、まだ周囲には、姿を見せていない。

「町田まで飛べそうか」

「ダメージ甚大! 出来ればすぐにでも着地したいところです」

「敵の本隊が、追いついてくる時間は」

「およそ一時間」

黒沢が、即座に計算を済ませる。

弟は、決断した。

「よし、ならばこの場で着地。 此方で時間を稼いでいる間に、ヒドラを可能な限り修復しろ」

「し、しかし敵の数は」

「打って出て、ゲリラ戦で対応する」

簡単に言う。

しかし、それ以外に手がないのも事実だった。

 

不時着する前に、着地することができた。どうにか、と言う状態だ。焼け野原だから、何処にでも着陸できたのが、この場合は有り難かった。

これほどの戦況でも、柊が平然とカメラを廻しているのは恐れ入った。ただ、正直、奴に構っている余裕は無い。

この近辺は、何処か。

ヒドラから降りると、敵の警戒に当たる。

すぐに整備班がヒドラの上に上がり、ローターの修復を開始。煙を噴いているローターのダメージは、遠目にも酷い。

同時に、機動戦に用いるビークルも修復。

まだ敵に蜂がいるかも知れないが、関係無い。

ネレイドに出て貰う。

「谷山、分かっていると思うが、極めて危険な任務だ。 蜂の群れが現れた場合、くれぐれも無理をするな」

「分かっていますよ」

先に、谷山が行く。

主にナパームをばらまくことで、敵の進撃速度を遅らせ、数も削るのだ。

その間に、アーマーの張り直しが済んだビークルを、順番に出撃させていく。

蜂以外の巨大生物は、ほぼ無傷の状態。

蜂だって、どれだけいるか分からない。まだまだ相当数が温存されていてもおかしくはないだろう。

それに比べて此方は、先ほどの戦闘で、レンジャー9の人員は救助できたものの、レンジャー13は重傷者を四人出している。更に、ジープは全て失ってしまった。

キャリバンとグレイプで、引き撃ちをするしかない。

そのキャリバンも、ハリネズミかヤマアラシという状況だ。セントリーガンを据え付けて、準備完了。

私はキャリバンにタンクデサンドする。涼川と原田はグレイプに。

他のメンバーは、キャリバンのサイドドアから顔を出して射撃をしたり、それぞれに分乗したりして戦う事になる。

エミリーと三川だけは、ラビットジャンプを駆使しての引き撃ちが出来るから、ビークルに乗っての戦闘は考慮しなくても問題ない。

後、香坂夫妻と黒沢は、イプシロンで同じ事を行う。

私はフェンサースーツの状態を確認。まだ戦闘は出来る。最悪の場合、敵の群れに突入して機動戦を行う必要があるので、アーマーは多めに貼って貰ったが。それでも、気休めだろう。

あの数の敵だ。

真正面から戦ったら、それこそひとたまりもない。

後は、黒沢に確認する。

「この辺りは」

「大和市と横浜市の間くらいですね。 もう少しで、谷山さんが接敵する筈です」

谷山なら、敵の足止めを上手にやってくれるはずだが。しかし、敵も蜂をまだ残している可能性が高い。

順次、キャリバンとグレイプが出撃する。最後尾に、ベガルタAXもいる。

弟だけは、ギガンテスを使ったが。これは最悪の場合、最後尾で盾にするためだ。なお、弟は戦車の操縦もかなり出来る。ヘリは谷山には及ばないが、ギガンテスだったら多分ストームチームの誰よりも上手に操れるはずだ。

車列を組んで、敵の群れに。

レンジャー13からも、七名が参加してくれている。彼らを死なせないためにも。戦闘は、慎重に行わなければならない。

谷山から通信。

「敵、三波に別れ、進撃中。 片っ端からナパームを撒いて削っていますが、これはかなり厳しいですね」

「もっとも此方に近いのは」

「バイザーにデータを送りますが、多分北から接近している凶蟲のグループです」

「よし、ではまずそいつらからだ」

勿論、全滅させるのは無理だ。鼻面に集中攻撃を浴びせて、一撃離脱。向きを変え、北上。間もなく、見えてくる。

凶蟲がぽんぽんと飛びながら、此方へと迫ってきている。

数は二千近いとみて間違いないだろう。

向こうも、此方に気付く。

一旦車列を停止。弟の攻撃合図を待つ。

凶蟲は、距離を詰めることを一切怖れない。跳躍を繰り返しながら、突入してくる。そして、間合いに入った瞬間。弟が、叫ぶ。

「よし、攻撃開始!」

「ヒャッハア! 待ってたぜぇ!」

涼川と原田が、スタンピートからグレネードを雨霰とばらまく。

爆裂で敵前衛が消し飛ぶ中、早々に弟は後退を指示。オートに設定したギガンテスの上に上がると、ギガンテスにも主砲で射撃させつつ、自身もAF100で敵の群れを制圧に掛かる。

更に、皆の盾となったベガルタが、コンバットバーナーで敵を牽制しつつ、ミサイルを連射。次々敵を吹き飛ばす。

やはり敵の戦意は旺盛で、爆破されようが焼かれようが、全く意に介さず迫ってくる。さあ、見せろ。お前達の戦いを。お前達の戦闘能力を。そうすれば、同胞皆が強くなる。そして、我等は神と一つになる。

頭に、響く。

これはきっと、幻聴では無い。

あの巨大ドラゴン、グレーターワイルドドラゴンと会話したとき、悟った。此奴らのこの意思も知性もあるにも関わらず、自分を全く顧みることなく、全てを周囲に捧げることが出来るこの行動。

それは、神と一つになると、信じているからだ。

宗教は最強最悪の精神的な麻薬だが。

宇宙に出ても、その法則には何ら変わりが無い、という事なのだ。

ガトリングで弾をばらまきながら、下がる下がる。敵はかなりの速度で追ってくるが、それでも対処は出来る。

レンジャー13のメンバーも、頑張ってくれている。有馬中佐も、ハーキュリーでなかなかのエイミングを見せて、敵を確実に打ち抜いてくれていた。流石に、あの地獄を生き抜いた男の事はある。

敵の群れを、一旦引きはがす。

谷山と連絡して、周囲の状況を確認。

一度ヒドラに戻り、補給を済ませてまた出撃した谷山によると、現在三波に別れた敵の群れは、谷山の攪乱によって進撃速度を遅らせているが、それでも確実にヒドラへと迫っているという。

しかも悪い事に、南から来ている部隊には、蜂も混じっているというのだ。

次は、南が近い。

叩かないと、また蜂にダイレクトにヒドラが攻撃されることになる。そうなると不時着どころか、多分撃墜されるだろう。

有馬の声が聞こえる。

「思い出すな、こういうときにはあの時の事を。 前の戦いの際に、敵に包囲されてな」

「む……」

弟が、反応を示す。

私がいなかったときのことだろうか。前の大戦では、私と弟は、一緒の戦場にいないことが多かった。

有馬は、部下達に蕩々と話している。

「あの時は、英雄がいたから助かった。 たった一人で、敵の群れを蹴散らしたんだ」

「何度も聞きましたよ隊長。 例のストーム1リーダーでしょ? でもあの人って、確かその後マザーシップとの戦いで、行方不明だって聞いています」

「ああ、そうだな」

一兵卒は、普通は知らされていない。

あの戦いの後、弟が生き延びたことを。

当時のストーム1リーダーと、現在のストームリーダーは、別の人間だと、多くの兵士達は信じているのだ。

だから、最近は、兵士達が歌っている。

「マザーシップの撃墜に−、英雄一人で成功すー。 その後の消息不明だが−。 きーみはかならず舞い戻るー」

弟の事だ。

なお、有馬は弟が生きている事を知っている。だから、兵士達にそれを言えず、歯がゆい顔をしていた。

次の敵集団と接触。

今度は赤蟻と黒蟻が主体だが、問題は空に蜂の群れがいる事。数は百を超えている。ネレイドの支援は受けられないし、通すわけにも行かない。

厳しい戦いになるが、やりきるほかない。

「エミリー、三川、私の後ろに」

「OK。 盾でのガード、頼むわよ」

二人が、キャリバンに飛び乗ってくる。後ろは矢島に固めて貰い、盾をかざす。

また、下がりながら、敵への攻撃開始。

蜂は容赦なく、まずはビークルを針塗れにするべく、集中攻撃を仕掛けてきた。

 

何度かの戦闘を経て、かろうじて時間を稼ぐことは出来たが。

全員が手酷く負傷し。

ビークル類もそれぞれが大きな損傷を受けて。

そして、ようやくヒドラの側にまで辿り着く。まだ、谷山は戻ってきていない。ネレイドで、極限まで時間を稼いでくれるつもりなのだ。

通信もまばらだが、それでも。ヒドラの強力な通信装置で、悲惨な状況が分かってきた。

また、基地が一つ、フォーリナーに潰された。

抵抗を続けていた基地だからだろう。生き延びた面子は、地下に潜ったと信じたいが。少なくとも基地は、多数の攻撃機に襲撃され、その機能を失った。

「EDF総司令部は、現在地下にその場を移して、抵抗を続けています。 戦闘での損害は多大ですが、まだEDFは組織的抵抗を諦めていません。 アースイーターへの攻撃に向け、準備は行われています」

「絶対嘘です、そんなのっ! もうみんなやられちゃって、どうにもできなくて、まけてみんな死ぬのをまつだけなんです!」

ヒステリックな声が入る。

おそらく、戦術士官ではなく、あの調子が良いオペレーターだろう。

少し前に聞いたが、同期の子がいた基地が潰されたのだという。確か欧州の、ギリシャにあった基地だ。

基地の人員はどうなったかわからない。

少なくとも、基地は四千とも五千ともいわれる巨大生物に飲み込まれ、消滅した。それ以来、精神が相当不安定になっている様子だ。

更に言えば、オペレーターは会議にも出席できていない。

心が弱い彼女なら。

まあ、今の戦況で、勝ち目がないと判断するのも仕方が無いだろう。

オペレーターのヒステリックな声が聞こえなくなる。多分戦術士官が黙らせて、別の部屋に連れて行ったのだろう。

当然の措置だ。

あんな声を聞かされ続ければ、士気だって落ちる。

弟は嘆息すると、まだ作業をしているスタッフに叫ぶ。

「修復は?」

「もう少しです! あと少しで、東京基地まで飛べるようになります!」

「敵反応! 西からです!」

ナナコが叫ぶ。

釣られてみると、確かにかなりの数。しかし、谷山の報告には無い。そうなると、別働隊か。

主力の三部隊が押さえ込まれている間に。あの少数部隊だけが、ヒドラに迫っていたという事になる。

ヒドラが傷ついていて。

それを叩けば、此方が全滅だと、分かっていて。あの別働隊が組織されたと見て良いだろう。

弟が、防御陣を組めと叫ぶ。

ベガルタが前に出て、その隣にギガンテスが。

横付けされたキャリバンの上に、急いでセントリーガンが配置される。そして、先の戦いで酷く傷ついたネグリングも、ヒドラから出てきた。

「ヒドラには絶対に近づかせるな! 迎撃開始!」

どっと殺到してくる巨大生物の群れ。

ガトリングで薙ぎ払いながら、ふと私は疑問に思う。巨大生物の中に、女王らしき奴はいたか。

まさか。

いや、考えすぎだろう。

敵の勢いは凄まじく、油断すると瞬時に突破されかねない。

私は唇を噛むと。

その猛撃に耐え抜くべく、気合いを入れ直した。

 

3、海上強襲

 

ヒドラは、殆ど不時着同然で、東京基地のポートに着陸した。文字通り、さんざんな戦いだった。

サイドドアを開けるのも、苦労する。

拉げて歪んでしまっていたからだ。

当然の話である。

どうにか修理が終わって、町田を少し過ぎた辺りで、ここぞとばかりに仕掛けてきたドラゴンから攻撃を受けたのだ。

即応したが、追い払うまでに、墜落寸前の打撃を受けた。

幸い、神奈川の敵集団は此方への追撃を停止していたから、その場で着陸。修復して、どうにかここまで来たのだが。

それも二度の破壊に対する応急処置。

完全には行かなかったのである。

消火班が来て、火を噴いているエンジンに泡を掛け始める。けが人も、順番に中から搬送される。

けが人の中には、ストームチームをずっと診てくれていた医師もいる。

ドラゴンに襲撃された際、ヒドラの外壁に貼られていたアーマーがついに限界を超えた。そして火球が一つ、窓を破ってヒドラの内部に飛び込んだのである。

死者は出なかったが、医師は爆裂の余波を浴びて、吹っ飛ばされ。壁に叩き付けられていた。

ストームチームの専用機がこれだ。他のヒドラも悲惨な戦況下で苦闘を続けているのは分かっているが。最精鋭の専用機がこのような目に会っているのでは、もはや何が起きても不思議では無い。

口惜しくて、地面を蹴りつけるほかなかった。

珍しく、結果報告より先に休むように、日高司令から連絡が来る。部下達を先に休ませるが、その理由はすぐに分かった。

休憩後、通信が来る。

カプセルから出たばかりの私は、思わず唖然としていた。

また、アルゴである。

それも、横浜に上陸。多数の巨大生物と、数隻の輸送船を左右に侍らせ、東京へ進撃を開始したというのだ。

アルゴが複数いたことに驚きは無い。フォーリナーの技術力なら、いても不思議ではないから、である。

前回アルゴと対戦したときの、苦い思い出がよみがえる。

ストームチームは、奴との戦いで、ほぼ壊滅状態にまで追い込まれたのだ。

幸い、今回は戦闘データがある。

流石にストームチームだけにやらせるとは思わないが。

すぐに、弟と一緒に司令部に顔を出す。司令部では、日高司令とどうにか帰還が間に合ったデスピナ艦長をはじめとする幹部が揃っていたが。その面子は、前回の会議よりも、更に減っていた。

大阪、旭川の両基地が陥落した後である。

既に両基地は抵抗を諦め、地下に潜った。連絡も、取れない状態になっている。指揮官が会議に出てこないのは、当然だろう。

ストームチームの幹部が揃うと、すぐに会議が始まる。

映像が出るが。

其処には、飛行形態では無く。人型のアルゴが映し出されていた。

「第五艦隊の遠距離砲撃により、アルゴと護衛の部隊にダメージを与える事に成功はしている。 これは前回の、ストームチームによる交戦記録からの成果だ。 敵は横浜に上陸したと言うよりも、我等の手で陸に追い込んだと言って良い。 ただし今はドラゴンの群れによる散発的な攻撃が第五艦隊に行われており、支援は難しい」

「其処で君達に、アルゴの周辺戦力を撃破して貰いたい」

「アルゴそのものはよろしいのですか」

弟の問いに、日高司令は問題ないと言った。

前回の反省を生かし、今回は砲兵隊の装備に改良を加えているという。ストームチームはアルゴの護衛をしている輸送船を追い払い、攻撃機部隊と、ヘクトルを叩いて欲しいと言う事だった。

アルゴの人型形態の戦闘力は非常に高いが。

一定距離を保ちながら、その護衛だけを追い払うのであれば、どうにかなるか。

すぐに作戦が開始される。

ヒドラが大破している状態だ。ビークル類も損傷が酷い。幸いベガルタはすぐに動かせるので、これとキャリバン、イプシロンを中心に戦う事になる。ネグリングはヒドラと同等の損害を受けていて、今回は工廠でお休みだ。

ジープを何台か出して貰ったので、ビークルに乗りきれない者はそれを使ってすぐに出る。

通信を、弟が入れてきた。

「大丈夫か」

「私はな。 他のメンバーに気を配ってやれ」

「そうじゃあない。 様子がおかしかったぞ。 まさか、敵の声が聞こえるようになっているんじゃないだろうな」

図星を突いてくる。

流石に血を分けた唯一の存在だ。

ため息を一つつくと、その通りだと応える。

「だが、今更だ。 敵に対して慈悲を掛けることは無いから、安心しろ」

「安心できるか。 相手がただの殺戮と破壊だけを行うクリーチャーなら、殺しても精神にダメージが行くことは無いだろう。 相手が宗教まで持っている高度な知性の持ち主で、人間と同レベルの思考が出来、なおかつ信念のために戦っていることがはっきりしたんじゃないのか。 そんな相手の声を聞きながら戦っていたら、もたないぞ」

分かっている。

思わず、大声を出していた。

驚いた様子で、ナナコと三川が此方を見る。

咳払いすると、目を閉じて、腕組みした。

「なあ一郎。 前からそれは分かっていたことだろう。 人間を遙かに上回る精密極まりない戦略行動、一糸乱れぬ戦術展開。 連中には知性があるし、下手をすると人間以上に優れていると。 ブレインと接触し、ドラゴンが喋るのを聞いても、それが裏付けられただけだ」

「その通りだ。 だが姉貴、最近悪い夢も見るようになったんだろう。 俺が提案した第三の案だって、俺たちが犠牲になるようなものだ。 報われる未来なんて」

「良いんだよ。 どうせ私もお前も、散々相手を殺してきたんだ。 地獄とやらに墜ちるならそれも仕方が無いし、お前が一緒ならいいさ」

通信を切る。

弟が言うまでも無い。

今更PTSDになったり、敵を殺すことで精神にダメージを受けたりはしない。しかし、敵が喋るのを聞けば、それなりに心にも傷もつく。

体は、如何に不老に等しいと言っても。

心はそうじゃあない。

現地に到着。

先に展開していた一部隊が、敬礼をしてくる。親城准将指揮下の、レンジャー三個部隊だった。

周囲に人がいるから、親城准将は多少口調が硬い。

「指揮下に入る」

「状況を知らせてくれますか」

「現在、敵攻撃機と交戦中。 敵には大型輸送船二機が健在。 青ヘクトルが何機か、護衛として進軍中。 幸いディロイの姿はなし」

もう、視界に奴、アルゴの人型形態が入っている。しかも、全身から、少なからず煙を上げているようだ。

第五艦隊からの猛攻で、相当なダメージを受けたという事である。

EDFの底力は、まだまだある。

一度見た相手なら、そう簡単に遅れを取ることは無い。

「アルゴの掃射砲は強力だ。 中距離を保ちながら、護衛の敵戦力を殲滅する。 イプシロンは輸送船に攻撃を集中! ベガルタは火力を温存しながら、敵の攻撃から味方を守れ!」

「イエッサ!」

弟の指示で、全員が散る。

空から来る無数の攻撃機。ヘクトルは攻撃範囲に入っていないから、まずは彼奴らからつるべ打ちだ。

ネグリングを中心に、後退しながらミサイルの雨を浴びせる。スナイパーライフルでも、最近はストームチームの新人達も、十二分に攻撃機を落とせるようになってきている。一緒に戦っているレンジャー部隊の面々は其処まではやれていないが、それでもひとかたまりになって下がりながら、確実に敵を始末していく。

皆の中心にあるギガンテスとグレイプには、既に谷山がガードポストを設置済みだ。これで、普段より格段に生存率が上がっている。大量生産をして、他の部隊にも配置すれば、更に生存力が上がるはずだ。

だが、敵も物量が凄まじい。

倒しても倒しても、次々に来る。

輸送船への攻撃も続行されているが、それでもだ。一隻目の輸送船が爆沈すると、どうやらアルゴは此方に対する戦術を変えるべきだと判断したらしかった。

主砲を持ち上げはじめる。

遠距離で、東京基地を狙うつもりだ。

同時に、攻撃機とヘクトルが、一気に前進してくる。無理矢理にでも、消耗戦に持ち込むつもりか。

「砲兵隊は何をしている」

弟が、バイザーに通信を入れているが。

まだ準備が整っていないのか。

敵との距離が縮まってくる。このまま放置しておくと、アルゴは東京基地に、主砲をうち込みかねない。

攻撃機の圧力も、凄まじい。

正直、アルゴに関わっている余裕が無い。

その時だった。

アルゴに、特大のエネルギービームが直撃、大爆発を引き起こす。射線上の攻撃機も、根こそぎ吹き飛ぶほどのものだった。

更に、カノン砲からの砲撃支援。

アルゴの全身に、灼熱の花が咲く。巨体が、露骨に揺らぐ。

「EDF! EDF!」

レンジャーチームの兵士達が、喚声を挙げるのが分かった。

砲兵隊は到着した。遅れたのには、何かしらのトラブルがあったのだろう。

しかし、どうにか間に合ったという事だ。

今の極太エネルギービーム、おそらくX3改などに装備されているという主砲クラスの火力があった。

要塞砲を外して、運んできたのだろう。

それで時間が掛かったという事か。

煙を上げながらも、アルゴはまだ健在。

しかし、二隻目の輸送船が撃墜されると。戦況は逆転した。砲兵隊からの対空クラスター弾支援もあり、攻撃機が横殴りの射撃で撃墜されていく。そうなると残りは青ヘクトルだが、元々の数がそれほど多くないのだ。

「エミリー!」

「OK!」

前回の戦闘で、巨大ドラゴンは殺しきれなかったが。

それでも、改良を更に加えた決戦兵器、グングニルを、エミリーと三川が構える。今度は、一撃で仕留めてみせる。

気迫が、二人の目にはあった。

私も負けてはいられない。

迫ってくるヘクトルが、ガトリングを回転させはじめている。私はブースターをふかして至近に。

ゼロ距離からガリア砲を叩き込んで、吹き飛ばした。

このガリア砲も、少し前からバージョンが上がって、火力が向上している。一撃とはいかないが、傷ついた青ヘクトルなら、この通りゼロ距離射撃でどうにでも出来る。

倒れたヘクトルが爆裂。

射線が確保される。

しかし、意外な速度で進んできていたアルゴが。全身から煙を上げながらも、掃射砲の射程内に、此方を捕らえていたのである。

圧倒的な火力が、降り注ぎはじめる。

バック。

弟が叫ぶが、間に合わず吹っ飛ばされる者が出る。キャリバンの一機が、瞬時に粉砕された。

相変わらず凄まじい。

盾を構えて負傷者を庇いながら、エミリーに叫ぶ。

「グングニルはまだか!」

「もう少しよ、耐えて!」

流石に要塞砲を連射するのは厳しい。あの大火力だ。多分動力も考えると、プロテウス並みの規模になる筈。

盾が、見る間に消耗していく。

矢島も、冷や汗を流しながら、耐えているのが分かった。

砲兵隊が、攻撃機の殲滅を完了。

ヘクトルも、既に全機が沈黙。

下がりながら、皆がアルゴに攻撃を集中するが、まだまだ倒れない。掃射砲の反撃が凄まじい。そればかりか、前に交戦したときよりも、移動速度が尋常では無く向上しているでは無いか。

「行けるわ!」

エミリーが叫ぶ。

弟が、ファイアと叫ぶ。

二条の、必殺の光の槍が、空を走る。

そして、アルゴの胸に、突き刺さっていた。

爆裂。

先ほどの特大エネルギー砲並みの火力だ。個人の携行火器で、これほどの破壊力を実現できるとは。

更に、とどめとばかりに、砲兵隊がアルゴにカノン砲を連射。砲弾の大半が、アルゴの巨体に吸い込まれ、装甲を喰い破った。

全身の装甲を破られたアルゴが、軋みを挙げながら、それでもまだ倒れない。私は盾を放り捨てると、ガリア砲をうち込む。

グングニルが直撃した地点に、更に一撃。

其処へイプシロンからの射撃が、容赦なくもう一撃を加える。

大型ミサイルが飛んでいくのが見えた。

プロミネンスか。

見ると、涼川だ。

必死に逃れようとするアルゴだが、既に火力の大半を失っている状況。カノン砲によるもう一射が、足を砕いたことが決定打になった。

狙い違わず。

巨大ミサイルが、アルゴの胸の傷を直撃。

直後。

その場に、光の柱が出現していた。

 

プロテウスが来る。

地上車両に主砲を搭載していると思ったのだが。どうやら、プロテウスが背負う形であったらしい。

日高司令が、通信を入れていた。

「遅れてすまない。 途中、敵の部隊と交戦していてな」

「敵別働隊が!?」

「ああ。 敵も流石によくやる。 後は、此方で処理しておく。 一番犠牲を出している君達は、先に戻って治療を受けてくれ」

誰も、文句は言わない。

というのも、プロテウスも相当に傷ついていたからだ。砲兵隊を守りながら、敵を蹴散らし、それであの地点まで辿り着いたのなら。かなり無理をしたのだろう。それならば、遅れるのも仕方が無かった。

もっとも、総合的な作戦指揮に問題があったのは否めない。

矢島が、手酷くやられていた。

左手の手首から先を吹き飛ばされている。戻ったらクローン医療だ。もっとも、矢島も以前に経験しているだろうが、あれは回復するときが一番痛い。キャリバンに収容された矢島が、包帯に撒かれた手首を見せてくる。

「やられてしまいました」

「レンジャーチームの死者は、三名で済んだ。 お前がよくやってくれたからだ」

「でも、三名亡くなったのは事実です」

「そうだな」

だが、死んだ三名は、矢島を恨んではいないだろう。

東京基地に戻る。

アルゴの残骸が、プロテウスとタイタンによって、牽引されてくる。上半身と下半身が泣き別れになった鉄の巨神は。それそのものが、先進テクノロジーの塊だ。分解すれば味方のために役立つ。

私も医者で、軽く治療を受けるが。

医師は、首を横に振った。

「ほぼ回復しています。 ですが、念のためにカプセルで休んでください」

彼は、普段の主治医では無い。

だから、私の異常な快復力。地下の彼奴と融合したことで得たそれを、不可思議なものだとしか思えないのだろう。

医師に言われたとおり、カプセルで休む。

ぼんやりしていると、また悪夢を見た。

アシャダムとオメガチームが、情け容赦のない攻撃に晒されている。部隊が標準的に装備している零式レーザーで反撃しているが、敵の数が圧倒的すぎるのだ。

「くそっ! 下がるな、下がるな!」

傷だらけになりながらも、アシャダムは必死に敵を撃退し続けている。

だが、無数の攻撃機とディロイ、それに撃墜しても撃墜しても湧いてくるアースイータが、確実にオメガチームの戦力を削り取っていくのだ。

ついに、アシャダム一人になる。

周りを囲まれる。

逃れる事は、できない。

一斉攻撃に、さしものオメガチーム最強の戦士も、吹っ飛ばされる。立ち上がろうとしたところを、ヘクトルに踏まれた。

「ち、畜生……っ!」

「此処までのようですね。 それに、充分にデータは取れました」

この声は。

ブレインだ。

「貴方も典型的な地球人。 戦いが大好きで、相手を殺すのが好きで好きでたまらないのだから、この死に方は本望でしょう。 我々としても、無抵抗の非暴力者を殺すような悪魔ではありたくない。 戦いを望む者からデータを取りたいのです。 貴方はその理想型ですね。 楽しんでいただけたようですし、何よりです」

「巫山戯んな、このブリキ人形っ!」

アシャダムが、必死の反撃。

まだ手にしていた零式レーザーで、踏んでいるヘクトルを射撃、爆破。

だが、その爆風の直撃を受けて、動かなくなる。

ヘクトルがガトリングをぶっ放し、アシャダムにとどめを刺した。

目が覚める。

病院から帰って、寮のカプセルで寝ていたのだ。それを思い出して、何度か深呼吸した。

冷や汗を、全身に掻いていた。シャワーを浴びながら、これは正夢じゃないだろうなと、高鳴る心臓を抑えながら思う。

今頃、ドイツではオメガチームが、攻撃の準備をしている。

第八艦隊を壊滅させたブレインだ。恐らくは、今頃欧州に向かっているはず。幾らオメガチームでも、極めて勝ち目が薄い相手だ。極東と同じくらいの戦力をまだ保持しているだろう欧州のEDFでも、総力で挑んで勝てるかどうか。いや、総力で挑んで、やっと勝ちの目がわずかに見える、程度の相手でしかない。

服を着ると、フェンサースーツを身につけることもせず。

寮の床に転がると、バイザーを付ける。

オメガチームにつながるだろうかと、漠然と操作。既に欧州はかなりつながりにくくなっているが。

意外にも、アシャダムにつながった。

オメガチームとは、殆ど交流がない。

アシャダムは昔から良く言えば孤高、悪く言えば協調性に欠ける男で。前大戦の頃から、話した事は殆ど無い。

「どうした。 あんたが俺にかけてくるとは、珍しいな」

「お前こそ、話したのはひょっとしてはじめてかも知れない」

「そうだったか。 まあ俺も、社交的な方では無いからな」

会話が続かないが。

しかし、それは前からだ。

少し悩んだが、状況を聞く。案の定、現在ブレインがドイツ上空に来ているという。しかも、ベルリンでは無い。

わざわざ攻撃可能な範囲に来ているとかで、オメガチームは欧州の全戦力をかき集めて、対処に乗り出すそうだ。

「必ず叩き落としてやる」

「気をつけろ。 第八艦隊の火力でも、落としきれなかった相手だ」

「分かってるさ」

通信を切られた。

まさか、夢の中でお前が殺されるのを見たなどとは言えない。

ため息をつくと、弟の様子をうかがう。

弟は。

台所で、食事を作っていた。

「香坂夫妻を呼んである。 またどうせ、すぐに厳しい任務がある。 皆でゆっくり食事をしておこう」

「ああ、そうだな」

「どうした。 誰と通話していた」

「アシャダムだ」

珍しいなと弟が言ったので。

そうだなとだけまた答える。

弟が準備してきたのは、たらちり鍋だ。とはいっても、取れたての鱈ではない。冷凍して保存されていたものだ。

香坂夫妻は、すぐに来た。

ナナコを連れている。黒沢も、一緒にいた。

他のメンバーと違って、孤独でいやすい二人だ。香坂夫妻としても、放ってはおけないのだろう。

ましてや、黒沢は、最近弟子として、スキルを仕込んでいるのだから。

六人で、鍋をしばし囲む。

アルゴが来たのは、わざわざ言うまでも無い。ブレインが欧州に対して攻撃を行い、データを取るため、横やりを防ぐ目的だろう。

欧州は間もなく、苛烈な攻撃に晒される。

そして極東も、横やりを防ぐために、アルゴ以上の戦力が投入されるはずだ。マザーシップが来る可能性もある。

「良い鱈だ。 最近の冷凍技術は大したものだ」

秀爺とほのかだけは、料理の味が分かるようだった。

この辺りは、歴戦の貫禄が故だろう。

いずれ、こういう老人になりたいけれど。それは、叶わぬ夢だ。

食べ終えたころ。

戦術士官から、通信が入る。

「静岡に、フォーリナーの大部隊が結集していると報告がありました。 ほぼ間違いなく、東京基地への攻撃を企てていると思われます」

「大部隊か。 数は」

「分かっているだけでも、新型輸送船が十隻。 ディロイ二十四、青ヘクトル二百七十、攻撃機が二千から三千。 巨大生物は、二万八千に達するようです」

「笑えてくるほどの数だな」

押し寄せられたら、極東の最後の要である、東京基地もひとたまりも無い。

第五艦隊と協力し、総力で迎撃するしかないだろう。

鍋を片付けると、解散とする。

私は鍋の香りが残ったままの部屋で、ぼんやりと天井を見つめる。ナナコはどうしたのだろうと思って通信を入れると。北海道基地で救出したヤソコの様子を見に行ったらしい。まあ、他人事では無いだろうから、当然か。

PTSDが酷くて、ヤソコは戦場に戻せそうにない。

そうなると、地下シェルターの警備係か。それも良いだろう。第三世代の戦闘用クローンといっても、全員が戦いに向いているわけじゃあない。生ものである以上、怪我だってするし、心もあるのだから。

ドアをノックされる。

柊だ。

まさか、この寮を知っていたとは思わなかった。うんざりする私に、柊は完全に作り込んだ笑顔を向けてきた。

「素顔のまま話すのは、ひょっとして初めてですか」

「さてな」

「もう、最後が近いようですし、取材を念入りにさせて貰えませんか? ストームリーダーも合わせて」

「……どうする」

後ろにいる弟に声を掛ける。

一郎は、別に構わないと言った。

 

4、決戦の前触れ

 

そういえば、四つ足に何度も制圧された静岡南部だけれど。

敵が制圧している地域に、此方から攻撃を仕掛けたのは、これがはじめてかも知れない。東京基地は、動かせる全戦力を投入。更に海上からも、第五艦隊が、可能な限りの支援を約束してくれていた。

日高司令には説明はしてある。

これが、欧州に対する増援を防ぐための、敵の戦略的布石であると言う事は。

日高司令も理解していると答えた。

しかし、これを叩かないと。敵による最終包囲攻撃に、おそらく耐えることは出来ないだろうと言うのである。

此処に集まっている敵戦力は、おそらくその一部。

今、壊滅させてやれば。少しでも、戦況は楽になる。

最前衛はストームチーム。

装備も、可能な限り良いものを準備されていた。ガリア砲は、最新鋭の試作型を渡されている。しかも、名前もガリア砲では無い。

35ミリバトルキャノン。

つまり、正式名さえまだついていない試作兵器だ。ベガルタAXと同じである。

今回、東京基地は出し惜しみ無しだ。半壊状態のビークルまで全機を出撃させてきている。

ベガルタも、二十機を超えていた。

その中には、大戦初期で殆どが破壊されてしまったM2タイプに、武器だけ強力なものを搭載し、無理矢理近代化改修したものもあった。しかも大半が、無理矢理修理工場から引っ張り出してきたような機体ばかり。

此方は満身創痍なのに。

敵は気合い充分。

ストームチームのビークルでさえ、状況は似たかよったかなのだ。

一応、事前に作戦は決めてある。

完全に上手く行けば、どうにかなるかも知れないが。

敵の方が戦略的にも戦術的にも優れていることを考えると。上手く行くかは、極めて微妙な所だろう。

「まともにやりあったら、勝負にならんな」

ぼそりと呟く。

敵は此方の接近に気付いていない。突出したストームチームが、敵の至近に近づいているのだが。

まあ、あれほどの規模だ。

集結を優先して、此方への攻撃など放置しているのかも知れなかった。

「そろそろ作戦開始の時間だ。 各自、装備の最終チェックを」

「アイアイ」

弟の声に、やる気なさげに涼川が答える。

もう、誰もが。

内心では諦めているのかも知れない。だが、自己満足のために、最後まで戦おうとしている。

まだ、勝機はある。

言葉ではそれが分かっていても。

誰も、信じていない。

バトルキャノンの動作を確認。

これならば行ける。

「初撃で、可能な限り大物を削る」

弟が、そう指示。

それぞれが、狙いを付けた。

攻撃開始。

本部からの、指令が飛ぶと同時に。私は、最新鋭兵器のバトルキャノンで、一番近くにいる青ヘクトルを狙い撃つ。

一撃で、大きく拉げた。

これは凄い。ガリア砲の数倍の破壊力だ。しかし反動も凄まじい。何度も使っていると、腕が馬鹿になりそうだ。

輸送船が、貫通されて、爆裂する。

ディロイが、消し飛ぶ。

合計四機の青ヘクトルと、二機のディロイ。更に一隻の輸送船が、初撃で撃墜。

全員がタンクデサンドして、後退開始。

エミリーのグングニルが、ディロイを一撃で潰したのが大きい。三川はヘクトルを狙ったのだが、これも一撃だった。

敵の新兵器が出てきたときは、とても対抗できる代物では無かったけれど。ストームチームや他の精鋭の苦闘もあり。ついに対抗できる大形兵器は、開発に成功しはじめている。

惜しむらくは、それを利用できる人間が、もはや致命的に不足しているという所だろうか。

ウィングダイバー二人はプラズマジェネレーターの回復を待っている。他の面子も、大形兵器を打ち終わった状態だ。戦える筈がない。

怒濤のごとく接近してくる敵。

ビークルを全速力でバックさせながらも、反撃。矢島のバトルキャノンの砲弾が、攻撃しようと腕を上げたヘクトルの上半身を消し飛ばす。バックしながら、ベガルタのリボルバーカノンが敵を薙ぎ払う。ネグリングのミサイルが、多数の敵を同時に消し飛ばす。

巨大生物の群れには、涼川と原田が、スタンピートからグレネードを見舞う。蜂の数が少ない。ドラゴンもいない。

だから、空を怖れるのは、攻撃機だけで良い。

それでも、敵の数は圧倒的。

無数の弾が飛んでくる。事前に張ってあるガードポストでも、見る間にビークルの装甲が削られていくのが分かる。

もう少し下がれば、味方とのクロスファイヤーポイントだ。

だがそれも、どれだけ効果があるか。正直、分からないとしか言えない。

味方の待ち伏せ地点に到着。

入れ替わるようにして前に出る二機のプロテウス。一機は背中に、要塞砲を背負っていた。

「これでもくらえ、宇宙人共!」

ぶっ放される主砲が、地面を抉り、直線上にいた敵の群れをまとめて蒸発させる。日高司令のプロテウスに装備された要塞砲は、だがそれでしばらくは撃てない。代わりに、もう一機のプロテウス。

病院から出てきたばかりで、まだ点滴をぶら下げているエッケマルクのプロテウスが、敵に暴力的な火力を振るいはじめた。

敵の先頭部隊が、文字通り消し飛ぶが。

しかし、後から後から敵は押し寄せてくる。すぐに前線は接触。

血みどろの殺し合いが始まる。

ストームチームは最前線に踏みとどまると、大物を中心に狙いながら攻撃を続行。姿を見せるヘクトルやディロイを、片端から片付けていく。

更に此処へ、第五艦隊から、支援攻撃が開始される。

敵の群れの中に、巡航ミサイルが次々着弾。片端から吹き飛ばしはじめた。

敵の第二波出現。

戦術士官が、声を張り上げる。

今以上の数。

今交戦している敵の群れだって、まだ全滅はしていないのである。その上、敵は気力も充分。

少しずつ、前線が押し返されはじめる。

ストームチームがどれだけ頑張っても。

プロテウスが、如何に隔絶した破壊力を発揮しても。

数の暴力には、どうしようもない。

二時間ほどの戦闘の後。

どうにか、両軍は一度距離を取って、再布陣した。

分かってはいるが、損害が酷い。

味方の被害は、予想を三割以上上回っていた。奮戦していたベガルタ部隊は、殆どが中破以上の損害を受けている。最前線に立ち続けていたAXも、である。

敵の大型兵器は、ストームチームの射程に入る度に潰してきたが、それでも数が多すぎる。巨大生物の相手だけでも、相当な負担を他のチームにかけているのである。幸い、敵の輸送船の損害は既に四隻。更に二隻が煙を噴いている。秀爺の魔的な狙撃で、悉くが大ダメージを受けたのだ。他のチームの攻撃も多少は着弾したが、殆どは秀爺が落としたのである。

敵の損害も予想以上だが。

これ以上続けると、味方が最終決戦の際に、戦える体力がなくなる。

第五艦隊から通信が来た。

「これより、ありったけのテンペストを敵部隊に叩き込む。 その隙に、東京基地へ撤退されたし」

「分かった。 敵には予想以上の損害を与えたのだ。 それで良しとしよう。 貴官らも、無事に帰還せよ」

「最大限の努力をする」

第五艦隊からの通信がきれた。

味方が後退を開始。テンペストを浴びた敵は動きを止めるが、どうやら静岡での集結にはもうこだわらない様子だった。

東京基地の周囲に、敵が布陣しはじめる。

どうやら、東京基地でも、敵との攻城戦を行わなければならないらしい。極東最大の基地の周辺は、既に敵の海も同然。

地下シェルターの入り口も、東京基地の内部にあるもの以外は、全て閉鎖だ。

敵の数は増える一方。

先ほどの戦いで、五千を超える敵を葬ったが。各地から集まりつつある敵の数は、合計すると既に十万に達しているという話もある。そして各個撃破で躓いた今、東京基地が囲まれるのを防ぐすべは無い。

欧州での戦況次第では、すぐにでも攻めこんでくるだろう。

そして、敵の群れの中には、ドラゴンも蜂も、既に確認されていた。

外壁に上がる。

敵しか見えない。

地面が見えない。

これは、終わりの時が来たらしいと、私は悟った。

隣に弟が上がってくる。

「どうやら、間違いなく最後の時が来たらしいな」

「ああ。 だが、まだ勝機はある」

あのおしゃべりな六角柱、ブレインは。

必ず、ここに来る。

それならば、その時に。

そして、欧州での戦況次第だが、奴にはまだまだダメージが蓄積しているはず。今度こそ、確実に落としてやる。

敵の群れは気力充分。

それに対して、此方は既に満身創痍。

補給のため、港湾施設に入った第五艦隊も、すぐに出撃していく。戦闘できるか怪しい艦艇も、根こそぎ引き連れて。

既に総力戦は、始まっているのだ。

そして、私は拳を握る。

勝った後の事を考えると、怖くもなる。

だが、やらなければならない。

弟に促され、一度寮に戻る。敵はまだ、総攻撃には出ていない。時間は、まだわずかだけ、残されているとはいえた。

 

(続)