頭脳との邂逅

 

序、竜の壁

 

小原博士が最後の通信を入れてきた場所は、東京基地に戻ると、すでに特定されていた。

岐阜の中心部。

幾つかの街があったそこは、今はクレーターによって抉られ。周囲にアースイーターが展開し。

そのクレーターの中に、ブレインは潜んでいた。

どうしてそんな場所にブレインが来ているかはよく分からないけれど。

分かっているのは、ブレインを叩く事が、人類が生き延びることにつながる、という事だ。

奴隷化され、戦うためだけに生かされるのか。

それとも、アースイーターを叩き潰し、人類が地球上における覇権を回復するのか。それだけが、この戦いの用件だった。

すぐに攻撃部隊が編成される。

本部は、ストームチームを支援するべく、可能な限りの部隊を出した。殆どは、碌な訓練も受けていない強化クローンの戦士だけれど。彼らだけでも、いないよりはマシだ。一応の身体能力はあるし、武器の使い方も分かる。

逆に言えば。

もう、守りにつかせる部隊以外には。

そのような人員しか出せないという事も示していた。

大阪基地に続いて、東京基地がいつ陥落してもおかしくは無い。

今の時点で、第五艦隊と連携して、なんとか敵を撃退し続けてはいるけれど。いつまでそれももつか。

第五艦隊には、各地の戦いから逃れてきた敗残兵が合流はしているが。

それでも、兵力はとてもではないが。充分などとはいえなかった。

既に放棄された岐阜基地へ到着。

幾つかあったサテライト基地の一つで、規模はそれほどではないけれど。ヒドラ三機に分乗してきた、ストームチームと、レンジャーチーム三つ、フェンサーチーム一つ、ウィングダイバーチーム一つが、拠点にするには充分だ。

この百名弱の人員で。

ブレインを守る強固な壁を崩し。

なおかつ、ブレインに肉薄しなければならない。

私がヒドラを出ると。

先に到着していたヒドラに乗っていたレンジャー部隊の隊長を任されている、親城准将が此方に来るところだった。

結局、階級的に、並んでしまった。

何だか馬鹿な話である。親城准将は軽く周囲の状況を、一緒に歩きながら説明。兵士達の訓練があまりにも足りていなくて、死にに行かせるようなものだと、彼は嘆いていた。

「敵の姿は」

「既に確認されています」

バイザーに、データを転送してくる。

それによると、黒蟻と赤蟻、それに凶蟲がかなり強固な防壁を構築している。数は二千を超えている。

前回、小原博士が囮にした部隊も、命からがら岐阜の基地跡地に逃れてきていて。

彼らに情報を確認したので、精度は高いという。

親城は、相変わらず私と弟には態度が丁寧だ。ただし、他に人がいない空間に限るのだが。

「で、そいつらは」

「私が指揮下に入れて面倒を見ます」

「……それしかないか」

確かに、他に方法もない。

ろくでもない戦力で敵との苦闘を続けた親城准将は信頼出来る。少なくとも、簡単に戦いを投げ出すようなことは無い。

敵の後方には、ドラゴンがかなりの数控えている事も分かっている。

このままもたついていたら、合流されることになるだろう。

速攻をかけるしかない。

或いは、味方を囮にして、ストームチームだけで突入するという作戦もあるが。しかし、小原博士がこれを使った後だ。

当然敵は対策をしていると見て良いだろう。

いずれにしても、敵は、此方が攻撃を準備していることは掴んでいるはず。一刻も早く動いた方が良い。

弟が来た。

ジョンソンも交えて、軽く話をする事にする。

作戦の概要はそう難しいものではない。

敵の配置から考えて、正面から攻撃をするしかない。最初に凶蟲に対して攻撃を仕掛けて、後は下がりながら対処。

基地の近くまで引きずり込んだ後は、セントリーガンと味方の十字砲火で、敵を排除する。

問題は敵の数だ。

出来れば空爆を依頼したいくらいなのだが。

ドラゴンが来る事がほぼ確実な上、第五艦隊の戦力は可能な限り温存したい。この程度の敵は、自力で処理したい所だった。

幾つか打ち合わせをした後、出撃する。

なお、合流した小原博士の護衛部隊も、味方に加わって貰う。

先頭に立つのはベガルタAX。これに、本部が出してくれた虎の子のファイアナイト三機が加わる。

新兵ばかりの部隊だが。

指揮官と、流石にこのベガルタを操作する人員だけはベテランだ。

これに加えて、ネグリングが二機。

どちらも池口が使っている最新型よりは型式が落ちるけれど、相応の火力投射が出来る。

問題はドラゴンが現れた場合。

この、ほぼ確実にドラゴンが現れる事が。今回の課題だ。

山中に布陣している敵が見えてきた。

此方を視認しているのに、動こうとしない。戦闘開始の合図があるまで、攻撃を控えているのだろう。

ならば、一気に叩かせて貰う。

「ネグリング部隊、攻撃開始!」

最後尾についているネグリング部隊に指示が飛ぶ。

ミサイルが一斉に撃ち放たれ、敵部隊へと襲いかかった。私は矢島と一緒に最前衛にいて、火力投射を見守る。

まずまずの状況。

最初の一撃で、布陣していた凶蟲の群れに、ほぼ完璧にミサイルの群れが直撃。更に此処へ、最前衛の少し後ろにいる涼川と原田が、スタンピートを連続して叩き込んだ。

吹っ飛ぶ凶蟲の残骸。

足や胴体の欠片が、此方まで飛んでくる。

当然、敵も黙っていない。

即座に反撃を開始。

膨大な蜘蛛糸を放ち。跳躍しながら、此方へと迫ってくる。

すぐに味方は後退開始。

後退しながら、敵に火力を投射。制圧射撃を続けた。他の巨大生物が、確実に側面と後ろに回り込んでくるからだ。

案の定、左翼にいた谷山が、連絡を入れてくる。

「赤蟻の群れが移動開始。 これは後方に回り込んでくるつもりですねえ」

「足止めは」

「問題なし」

左翼方面で、巨大な爆発が巻き起こる。

事前に谷山が仕掛けておいた爆弾が、一斉に爆発したのである。赤蟻の群れを瞬時に全滅させるほどのものではないが、敵の足止めをするには充分。

更に、右翼方面から回り込んできていた黒蟻も、動きが止まる。

此方は、筅がしかけておいたセントリーガンの陣地に引っかかったのだ。勿論長時間は足止めできないが、少しでも動きが止まれば充分。

反転。

一斉反撃開始。

ベガルタを先頭に、凶蟲の群れへと突入する。可能な限り短時間で此奴らを殲滅しないと、勝機そのものが失せるのだ。

ベガルタAXは、膨大な蜘蛛糸をくらいながらも、自らが盾にもなって突入。コンバットバーナーとリボルバーカノンで、敵を薙ぎ払っていく。ファイアナイトはそれに続き、敵の群れに火力の滝を降らせた。

新兵達は。

親城准将が、よく統率している。

彼らの名前をきちんと覚えて、呼びながら細かく指示を出している様子だ。良く出来た指揮官である。

赤蟻が、爆炎を突破して、姿を見せる。

早い。

無理矢理に突破してきたのもあるだろう。何より赤蟻が、相当に強靱になってきている事もある。

凶蟲に猛攻を加える此方に、側面から強襲を仕掛けてくる赤蟻。

だがそこには、フュージョンブラスターを装備したジョンソンとナナコが待ち構えていた。

爆弾の火力で傷ついた赤蟻の群れを、圧倒的な熱量が迎え撃つ。

勿論二人で全ては食い止めきれないが。

時間はこれで稼げる。

凶蟲の群れが、撤退を開始。

全軍が雪崩を打って赤蟻の群れへと、今度は集中攻撃を開始した。

しかし敵も、容易に各個撃破は許してくれない。

迂回した黒蟻の群れが、凶蟲と合流。今度は真正面から、連携しての猛撃に転じたのである。

ベガルタ四機でかろうじて支えながら、赤蟻の群れへの攻撃を続行。

噛みつかれ、振り回される味方兵士を、私がスピアを赤蟻に叩き込んで救助。吹っ飛ばされた彼は、味方によって、キャリバンに運び込まれていた。

敵の消耗はかなり早いが。

それでも、戦っている敵は、全体の六割ほど。

残りは防御陣地の構築を実行して、全く身動きしない。

此方の別働隊を気にしているのか。

消耗したところで、集中攻撃を掛けてくるつもりなのか。

理由は分からないが。全軍を一度に投入してこないのは、好機だ。敵の戦闘中の部隊をまず壊滅させた後、各個撃破すれば良い。

だが。戦いが続くうちに、妙なことに気付く。

敵は丁度赤蟻と、黒蟻凶蟲の二部隊に別れて、交互に攻撃をしてくる。これは或いは、古い時代の歩兵戦のやり方か。

しかも、消耗している敵味方をじっとうかがうように。

最初から動かなかった四割は、その場に留まっているのだ。

これは、或いは。

ひょっとして、ブレインが間近で、人類と巨大生物の戦闘を観察しているのか。それが故に、わざと戦いを長引くように仕向けている。

ハンマーで群がる赤蟻を吹き飛ばしながら、私は弟に通信を入れる。

真横から組み付いてきた赤蟻を、盾ではじき返し。そいつが、矢島の振るったハンマーで吹っ飛ばされるのを、横目で見ながら、今の考えを伝えた。

「もしそうだとすると、かなりまずいぞ」

「ああ。 その場合、奴は余裕を持って此方を観察し、必要がなくなったら、この場を離れるか、全滅させるべくドラゴンを投入してくるだろう」

「やはり、親城准将に囮を担当して貰うか」

「いや、それはまずい」

というのも、敵の四割が何があっても対応できるよう、じっと待っている。

更に、ドラゴンがほぼ確実に近場に潜んでいる。

もしも囮作戦を使った場合。

ストームチームは、膨大なドラゴンを相手にしなければなるし。囮も、絶え間ない攻撃に揉み潰されていくだろう。

どちらも全滅する結果しかない。

「何か、裏を掻く手は思いつかないか」

「ないな。 此方に余剰戦力があるなら話は別だが」

不意に、敵の圧力が強くなる。

此方が相談していることを見抜かれたか。

お前達は、ただ戦っていればいい。

戦い、戦い続けて。

我等の未来の糧となれ。

そう言われている気がして、苛立ちが募る。一旦通信を切ると、押し寄せてくる赤蟻の群れに集中。

ハンマーを振るって少しでも相手の足を止め。

後は、味方の集中射撃に任せる。

赤蟻が引くと、今度は逆側から、凶蟲と黒蟻の集団が集中攻撃を仕掛けてくる。黒蟻が囮になって、凶蟲が陣の真ん中に飛び込んでくるのは非常に厄介だ。ビークルを直接狙われる。

事実、池口が上手に立ち回っているネグリングは兎も角。他二機のネグリングはかなり糸を浴びて、制圧火力の投射が出来なくなりつつあった。

「一度後退するべきでは」

「此処を抜けなきゃ、敵の頭にご対面とはいかないんだろ?」

「し、しかし」

「びびんな! てめー、気合いを入れろ!」

原田が、涼川に叱咤されている。

まあ、頭のネジが完全に飛んでいる涼川と、まともで常識的な原田では、物事に対する認識が違って当然か。

不意に黒蟻と凶蟲が下がり。

今度は赤蟻が攻勢に転じる。

いつの間にか。

戦況は、敵のコントロール下に落ちつつある。まずいなと私は思ったけれど、逆転の手立てが見つからない。

此処で、敵の反転攻撃を逆手に取って、逆に強襲を仕掛けるのも手の一つなのだが。しかし、敵には控えている主力と、何より高みの見物をほぼ確実にしているドラゴンがいる。どう対処したものか。

原田が、通信を入れてくる。

「すみません、はじめ特務中佐。 あの、思いついた事があります」

「妙案か?」

「は、はい。 危険ですけれど」

話を聞く。

確かに、面白い案だ。涼川も納得していると聞く。たしかに左右から往復びんたを浴び続け、消耗するだけの戦いは。

涼川が一番好まないだろう。

弟が、話に割り込んできた。

「良いだろう。 次の攻勢のタイミングで仕掛ける」

「イエッサ!」

 

生唾を飲み込む。

不機嫌な涼川中佐。それに前にいる無数の赤蟻。どちらも怖い。だけれども、状況を打開するには、他に手は無い。

「原田ぁ」

「はい、涼川中佐」

「外したらブッ殺すからな」

分かっている。

爆発物の扱いについては、この人に散々仕込まれて、ある程度は慣れてきたけれど。それでもシミュレーションでは時々誤爆する。

ナナコや日高中尉が加わってくれたシミュレーションでは、この間なんと難易度インフェルノを初攻略。生き延びたのは日高中尉だけだったけれど。勝ったのは初めてだったので、本当に嬉しかった。

ジープの上で、スタンピートを構える。

既に装填が終わっているものが二つ。涼川中佐が外すことはあり得ない。もうすぐ大佐に昇進するらしい彼女は。ジープを自動操縦に切り替えると、獣のような目で、敵の動きを見ていた。

彼女ほどの使い手になると。

ある程度、戦況が読めるらしい。

今、赤蟻が後退して、黒蟻が攻撃に出てきている。

カウントダウンをし始める涼川中佐。

生唾を飲み込む。

カウントがゼロになった瞬間、戦況が代わった。

黒蟻が引き始め、赤蟻が反転迎撃を開始しようとした瞬間。ありったけの火力を、赤蟻の群れの鼻面に、自分と涼川中佐のスタンピートで、叩き込んだのだ。

それも、四つのスタンピートから、立て続けに、である。

凄まじい火力で爆裂が連鎖。

広域制圧兵器のスタンピートが、四連射である。しかも、敵陣の真正面。流石に赤蟻も、正面を火力の壁に覆われて、身動きが取れなくなる。

その瞬間だった。

「チャージ!」

ストームリーダーが、声を張り上げる。

全員が一丸となって、前方で壁を作っていた敵の残り四割に、突入開始。動きが止まった赤蟻は、出遅れる。

更に、下がりかけていた黒蟻と凶蟲も、である。

遅れたら、敵に食いつかれる。

最前衛に、ベガルタが躍り出る。残った火力を、悉く敵陣に叩き付ける。自分はジープの上で、必死にスタンピートの装填。やはり涼川中佐ほど上手にはやれない。ジープは微速後退。

これから、最後尾で。

敵の鼻面を叩き続けなければならないのだ。

味方の主力が、敵と接触。

あたるを幸いに叩きはじめる。

敵は思いも寄らない大規模攻勢に混乱したが、それも一瞬。半数近くが構築していた強力な陣を生かして、迎撃に掛かってくる。

しかし、その時。

敵陣を横殴りに、爆撃が貫いた。

ここぞというタイミングまで温存していた、クラスター弾。砲兵隊による支援射撃だ。今回、少数の砲兵が、ヒドラに乗って来てくれていたのである。吹っ飛ぶ敵の群れの中を、強引に突破。

遅れたり、脱落したりしそうになる兵士を、キャリバンに押し込む味方を支援。

ついに、敵陣を抜けた。

後方から追いすがってくる敵に、スタンピートからのグレネードを雨霰と見舞う。連鎖する爆裂の前に、流石の巨大生物も足を止める。

砲兵隊が合流してきた。

孤立している状態では、ドラゴンに襲われたらひとたまりもない。ネグリングは後方に向けて、火力投射を続行。

一機が既に満身創痍で、そろそろ休ませないと危ない。

しかし、補修の知識がある兵士は、殆どいなかった。

目的地は、後五キロほど。

不意に、通信に割り込んでくる緊迫した声。

「ドラゴンだ!」

「やはり来たな」

坂の下から追いすがってくる敵を、可能な限り足止めしろと、ストームリーダーから直々に言われる。

これから味方は、ドラゴンとの戦いに手一杯になる。多くの戦死者も出す事になるだろう。

「焦るな。 普通の兵士より、ずっと早くやれてる」

低く沈んだ声の涼川中佐が、自分の倍くらいの速さで、スタンピートの装填を済ませている。

そして発射。

敵の群れが消し飛ぶ。

恐れを知らず、坂を上がってくる敵を、ジープで翻弄。

味方の主力部隊には近づけさせない。

ふと、近くに大岩を見つけた。根元を、スティングレイで爆破。

転がりはじめた大岩が、巨大生物を巻き込みながら、土砂崩れを起こす。舌なめずりした涼川中佐は。混乱する敵に火力の雨を浴びせながら、言った。

「良くやった。 お前、成長してきたな」

「あ、ありがとうございます」

「もうちっとで、一人前だ。 励めよ」

またもう一発、涼川中佐がスタンピートを叩き込む。敵の足止めで精一杯。二千ともなると、真正面からやり合うことを考えてしまうと、その瞬間に死ぬ。

涼川中佐は、文字通り一騎当千の怪物的兵士だけれど。

それでも、出来ない事は出来ないと割り切っている雰囲気がある。

だから、無茶はしない。

自分たちにとっての後方、陣にとっての前方で、ドラゴンとの死闘が続いている。此方には、今の時点ではドラゴンは来ない。

地の利を生かして、必死に時間を稼ぐ。

ただ、それだけを、こなし続けた。

 

1、魔の頭脳

 

ドラゴンが次から次へと来る。

上空からの火力投射を行った後、地上へ舞い降りてきて、食い殺しに。いちいち撃退しながらも、確実に進む。

敵の堅陣を突破した後も、損害は小さくなかったが。

五部隊目のドラゴンが現れてからは、流石に味方の疲弊が、酷くなり始めていた。

あと少しなのだけれど。

その少しが、届かない。

私は、最前線でずっと戦い。ドラゴンを蹴散らし続けてはいるが、味方の数が、見る間に目減りしているのが分かった。

「ストームリーダー!」

親城准将が叫ぶ。

そろそろ限界だというのだろう。

分かっている。

私も機動戦でスピアを放ち、次々敵を串刺しにしながら、それでも味方が食いちぎられるのを止めきれない。

ナナコもジョンソンも、フュージョンブラスターを振り回して、次々ドラゴンを焼き払っているし。

日高中尉は、異常なほど向上したエイミングをフルに活用して、次々ドラゴンをハーキュリーで叩き落としている。

ウィングダイバー隊は、上空へミラージュをひたすらに連射。

ドラゴンを足止めさえできればいい。

キルカウントが一番高いのは、多分秀爺だろう。空を舞うドラゴンを一射確殺していく手腕は、凄まじいを通りこして魔的でさえあった。

弟は前線で、味方を守り敵を倒し、鬼神の活躍を続けているが。

これだけの精鋭英雄が揃ってもなお。

敵の力は、その上を行っているのだ。

既に電磁プリズンは使い切り、ガードポストも限界をとっくに越えている。キャリバンはどれも傷ついていて。中は負傷者ですし詰めだ。

「どうやら、見えてきたらしい! もう一歩だ!」

「本当ですな」

「どのみち、ブレインを倒さなければ、生きては帰れない! 踏ん張れ!」

弟が声を張り上げた。

私も、それらしいものを視認。

クレーターの中に、何かいる。ディロイ二機。青ヘクトル四機。それに、周囲には、攻撃機多数。

あれは、間違いない。

あの塔のような姿は。最後に、小原が送ってきた通信にあった。

「間違いない。 彼奴がブレインだ!」

「一旦戦況を立て直す! 周囲に群れているドラゴンを殲滅後、少し下がって隊形を組み直すぞ!」

弟の指示で、味方が俄然精気を取り戻した。

ドラゴンの群れも、何度嬲っても立て直してくる此方に、流石に鼻白んだのか。何より、一射確殺してくる秀爺の狙撃に辟易したのか。下がりはじめた。

体勢を立て直すべく、合流。

涼川と原田も追いついてきた。二人とも満身創痍。ジープは、動いている方が不思議なくらい傷ついていた。

戦死者は十六名。

小原博士の護衛部隊を加えても、百十七名しかいなかった攻撃班で、この損害である。既に撤退を考えなければならない状況だが。

後方の敵は追撃を断念しており、なおかつ前にいるのは、戦乱の首魁であるブレインだ。此処で引く選択肢は、ない。

戦闘可能な人員を、弟が見繕う。

ストームチームは、全員が戦闘に参加する。涼川と原田は流石に負傷が酷いので、補助に廻るが。

谷山はギガンテスで、支援を中心に。

ベガルタは四機のうち、二機が疲弊が酷いので、敵の奇襲部隊を警戒して残す。勿論、筅が使うAXは、攻撃の主力となるので、先頭に立って貰う。武器の補給に関しては、連れてきていた補給車から、どうにかすませることが出来た。

負傷者は、キャリバンで休んで貰う。

こうして、どうにか戦えそうな人員が、三十七名残った。

戦死者が一割を超えている時点で、このような状態になるのは自明の理。一割死ぬというのは、そう言うことなのだ。

ブレインは、大きい。

確かに、鉄の塔というのが相応しいサイズだ。その周辺にいるディロイとヘクトルは、どうにか先に処理してしまわなければならない。

親城准将は、支援部隊の指揮を執って貰う。

負傷者も多いし、熟練者の冷静な指揮が必要だ。ただでさえ、いつ奇襲されてもおかしくないのだから。

まずは、攻撃機から始末する。

幸い周囲にアースイーターはいない。ならば、増援がぼろぼろわき出す恐れもない。集中攻撃で、叩くだけだ。

まず、砲兵隊が、対空クラスター弾を発射。

同時にネグリングから、一斉にミサイルを投射する。攻撃機が見る間に爆裂していくが。妙だと私は思った。

ブレインは、当然此方の肉薄に気付いている筈。

どうしてこの程度の護衛しか侍らせていない。奴はアースイーターどころか、全ての兵器を統括し、巨大生物共さえ自在に操作できるはず。

此方に迫る攻撃機を、ハーキュリーで叩き落としていく。

近距離での射撃戦になると、最近図抜けているのは日高中尉だ。キルカウントが凄まじく、ベテラン勢なみの数値をたたき出す。ジョンソンやエミリーの数値を超えることはざらだ。

ヘクトルが動き出すのが見えた。

ディロイも。

それを想定していたから、攻撃機を先に叩いたのだ。既に火力の雨を浴びて半減している攻撃機は、味方部隊に任せる。

攻撃の主体を、ディロイとヘクトルに移行。

私が矢島と一緒に、ヘクトルの一機に突入。青ヘクトルだが、巨大生物の支援がない一機だけなら、どうにでもなる。

幸い、味方の火力が、今回出し惜しみ無しなのが大きい。

ヘクトルは見る間に傷ついていく。ダメージを受けている装甲に、ガリア砲を連続して叩き込む。

向こうもガトリングで応戦してくるが、手数が此方の方が多い。

一機が爆裂。

二機目も、私がゼロ距離からガリア砲を叩き込んで、仕留めた。残り二機は、傷つきながらも、味方の遠距離砲火に反応。其方に向かう。

クレーターの底から、ディロイがプラズマ砲を放ってきている。

あれが面倒だ。

しかもクレーターの底に、今気付いたが、未起動のシールドベアラーがいる。アレがシールドを展開すると、かなり大変なことになる。

攻撃機は既に四半減。

ヘクトルも、もう戦闘力を残していない。

ならば、ディロイをさっさと叩くのが吉だろう。

「援護してくれ。 ディロイを集中攻撃する」

「分かった。 秀爺、支援を頼めるか」

「任せろ」

弟にオンリー回線をつなぐ。

そうすると、弟は香坂夫妻にも回線をつないだ。この辺りは、同意が取れているし。何より、香坂夫妻は、家族に一番近い間柄だ。

イプシロンが前進。

クレーターの縁から、底を覗き込む。

私と矢島も、クレーターの縁に陣取ると。反動を抑えるため、スーツの踵から、杭を地面に打ち込んだ。

機能としてある、固定砲台化。

使う事は滅多にないが。今回はその使うときだ。

ディロイに対して、長距離から精密射撃を浴びせる。イプシロンの射撃と同時に、だ。矢島の射撃も命中。

ベガルタの遠距離射撃が、残ったヘクトルを沈めるのが、視界の隅に見えた。

ディロイは反応。

足が長い新型だ。かなり頑強で、今の集中攻撃でも仕留めきれなかった。もう一機は、通常型ディロイだが。早めに仕留めないと、更に被害が出る可能性が高い。

それに、シールドベアラーが、今の攻撃に反応。

シールドを展開して、ディロイを守りに掛かる。精密射撃で叩くのは、厳しいか。弟に通信を入れる。

「敵がシールドベアラーを繰り出した」

「クレーターの底に突入するつもりか」

「そうだ。 全員で突入するのは望ましくない。 私と矢島、香坂夫妻だけで突入する」

「気をつけろ」

分かっている。

だが、ディロイの火力を考える限り、放置する方が危険だ。秀爺に声を掛けると、イプシロンとともに突入開始。

一気にクレーターの壁を滑り降り、ディロイに迫る。

ディロイがプラズマ弾を連射してくるが、左右にスラスターを駆使して回避。スキーでもするように、滑る。

シールドを抜けた。

ガリア砲を、ぶっ放す。

ディロイの円盤に直撃。距離が近いから、さっきより更にダメージが大きい。煙を吹き始めるディロイの円盤。

しかし、足からレーザーを放ってくる。

元々、先ほどまでの戦いで、相当に消耗している状況だ。それこそ、一瞬で勝負を付けないと、アーマーが溶ける。

レーザーで激しく消耗しながら、ディスラプターを起動。

矢島と一緒に、円盤に熱量の地獄を叩き付ける。

もがくようにディロイが暴れるが、ほどなく熱量に屈した。円盤が融解し、爆裂。瓦礫が降り注いでくる。

もう一機のディロイは、イプシロンと仁義なき殴り合いの最中。

其処に、横からガリア砲を連続して叩き込んでやる。

私がガリア砲をうち込んで、装甲を拉げさせた所に。

レーザーで視界が遮られているだろうに、秀爺がレールガンの弾丸を直撃させた。相変わらず非常識な腕前である。

流石に、これにはディロイもひとたまりもない。

崩壊するディロイの円盤。

矢島が、シールドベアラーに執拗にスピアを叩き込み。逃げる前に、破壊した。

「よし、此方はクリア。 其方は」

「此方も、今片付いた」

これで、残るは。

クレーターの底から、百メートルほどの高さに浮かんでいる、ブレインだけだ。

見上げる。

間近で見ると、あまりの巨大さに、呆れてしまう。高さはおそらく、三百五十メートルから八十メートルという所。

巨大な鉄の塔という風情の姿。

ただし円柱では無く六角形。これはアースイーターと連結するためだろう。

そして上部には、冠状の構造物がある。

「クレーターから一旦脱出を。 其処では、ジェノサイド砲を喰らった場合、全滅してしまう」

「分かった。 秀爺、行けるか」

「問題ない」

イプシロンと一緒に、クレーターの縁を上がる。

かなり傾斜が険しいが、元々ブースターとスラスターがあるフェンサースーツには問題ない。

イプシロンも、悪路での運用が想定されている機種だ。

この程度の坂なら、踏破は可能だ。ただしかなり難しい。直線的に抜けるのではなく、傾斜を緩やかにするため、斜めに登らないといけない。

脱出まで、五分ほど。

一旦クレーターの外に出ると。弟が、本部に通信を入れていた。

「ブレインに到達。 護衛の部隊を排除完了」

「よし、よし……!」

日高司令が、声を上擦らせている。

無理もない。

勝ち目がゼロと判断されていたこの戦い。誰もが、内心では絶望していたのだ。それが、小原博士の命を賭けた行動で、敵の首魁を特定でき。そしてストームチームの実力で、その懐にまで飛び込むことが出来たのだ。

「破壊できれば言うことは無いが、データも出来るだけ取って欲しい。 もし破壊できなかったとき、次につなげるためだ。 あらゆる兵器を叩き込み、そのデータを詳細に記録してくれ」

「イエッサ」

弟は通信を切ると、準備を整えた皆に告げた。

総員攻撃開始。

遠距離武器に切り替え、あの鉄の巨塔を、徹底的に叩き潰せ。

誰にも、躊躇う理由なんてない。

レンジャーはスナイパーライフルで。ウィングダイバーはMONSTERで。フェンサーはガリア砲で。

弟が、それぞれ狙う箇所を指示。

上から下まで、まんべんなく攻撃の対象に含める。

砲兵隊もスタンバイ。

合図と同時に、一斉攻撃を開始。

無数の弾丸とミサイルが発射され、ブレインに襲いかかる。一瞬おいて。炸裂する、光と炎の花。

轟音が此処まで届いたときには。

ブレインの周囲は、破壊に埋め尽くされていた。

第一射、完了。

バイザーに映り込んだままのブレイン。状況を解析中と、戦術士官が通信を入れてくる。嫌な予感がする。

「ブレインにダメージ無し」

「装甲が厚いとは考えられていたが、これほどか」

「第二射準備」

弟が指示を出す。

ブレインはゆっくり回転し続けている。攻撃を続けていけば、いずれダメージが通る場所も、発見できるはず。

楽観では無い。

あのマザーシップでさえ、弱点はあるのだ。

見た感じ武装を有していないブレインといえど、同じ事。それに地下の彼奴の記憶をたどる限り。

地球人の武器で傷つけられないような兵器は、条約の関係で持ち込めないはずだ。

第二射の攻撃が、ブレインの全体を覆う。

弟が目を細めた。

「姉貴、見ろ」

弟が言うまま、視線を移す。

上部。ブレインの冠状構造の所に、一部亀裂が出来ている。もしもダメージが通るなら、彼処か。

兵士達が、絶望する前に、弟が声を張り上げた。

「ブレインの弱点は、おそらく上部構造体だ。 全員、狙いを付けろ」

「随分狙いにくいところだな、オイ」

苛立ちを込めて、涼川が言う。

私だってそれは分かっている。上部の冠状の構造は、そり返しのようになっている。見たところ、全てに打撃が通るわけでも無さそうだし。何度も射撃を浴びせて、状態を見ていくしかない。

第三射。

今度は。ブレインの上半分に射撃が集中。

不意に、その瞬間。

私の周囲の景色が、切り替わった。

 

宇宙空間のように、何も無い黒の世界。

星の海。

私はフェンサースーツではなく。その下に着込んでいる軍服のまま。上も下も分からない空間に、立ち尽くしていた。

何だこれは。

他の皆も、この幻覚を見ているのか。

誰もいない。

声を掛けるが、反応がない。いや、むしろこれは。

「解析完了。 リンク接続」

不意に、頭の中に直接声が響く。

これは、何の声だ。

まさか。

顔を上げると、おそらくその予想は当たった。目の前に、不可思議極まりない物体が浮かんでいたのである。

中心に光の塊があり、それに無数の線が延びている。いや、それは触手というか、流れというか。

なにやらよく分からない、形容しようがない存在だ。

だが、正体は。即座に理解する事が出来た。

此奴こそが。

「貴様が、ブレインだな」

「反応確認。 いかにも私がブレインです」

「無人機械の分際で、私だと」

「簡易の自我が与えられています。 それに、人類とは一度、きちんと話をしておきたかったのです」

声には怒りも、揶揄もない。

ただ、興味だけがあるのが分かった。

此奴は、接触してきた軍部隊を。ただ、コミュニケーションを取る相手とだけ見ている。いや、まさかとは思うが。

「楽しんでいただけていますか」

「何……?」

「あなた方の文明は、あなた方が巨大生物と呼ぶ進化促進生体から確認しています。 あなた方の文明は、殺戮と生殖、集団内での利権確保のみで構成されている。 特に殺戮と生殖の割合がとても強い」

直球で来る。

やはり、そう言う理解でいたのか。

地下の彼奴の意識が流れ込んできてから、何となく分かってはいた。此奴らが、地球人を選んだのは、銀河系で調査した知性体の中でももっとも獰猛で排他的だから。だが、それだけが理由では無かったという事だ。

つまり此奴らは。

地球人が合意の上で。この戦いを楽しんでいると考えている。

なるほど、それなら全てのつじつまが合う。

前から、うすうす危惧はしていたのだ。

此奴らは、地球人と同意の上で、肉体を新しく創造するために戦っていると考えているのではないかと。

「貴方の思考からは、静かな拒絶を感じます。 これからも良き関係を築いていきたいと考えているのですが」

「大きな誤解がある」

「ほう?」

「地球人は、貴様らの到来を喜んでいない」

黙り込む光の塊。

これは、予想外の反応だと言わんばかりだ。

「それは表層意識の話でしょう」

「表層意識、だと?」

「地球人の文明に、こういう思想があります。 宇宙人が攻めてくれば、人類は団結することが出来るのに、と。 事実我々が攻めこむのが確実になる前は、あなた方は敵を求めて、血で血を洗う殺し合いを続けていた。 それこそ、住処としているこの星が、破壊され尽くされるのを前提とした兵器さえ開発して。 それが、我々が到来したことで、あなた方は無駄を堂々と間引き、なおかつ団結してようやく知的生命体の文明らしくなることもできた」

知的生命体の文明か。

銀河系全域にまで拡がった、最古の宇宙種族。フォリナからみれば、確かに地球人類の文明など、稚拙も稚拙、それこそ幼児の書いた落書きに等しいものなのだろう。そして此奴らは、地球人類の文明を、最大限尊重している。

戦いを好み、他者から略奪し、弱者を蹂躙し、欲望を押しつける。

それにある程度合った形で、合意の上で自分たちの新しい未来を作ろうとしている。

呆れた話だが。はっきりわかった。

フォリナの現状打開派は。

地球人よりも、遙かに紳士的で。

それが故に、今の絶望的状況が、到来しているという事だ。

「ましてや、あなた方は自分たちの基準でだけ相手の全存在を認識するような文明の持ち主だ。 このままでは、この星よりろくに領を広げる事さえ出来ずに、滅びてしまったでしょうに。 我等の到来を歓迎していないというのは、理解できない事です」

「お前は正しいと私も思う」

「ならば何故?」

「人類とは、面倒な生き物なんだ」

やはり、相手は理解できない。

ただ、少しずつ、分かってきたことがある。

「ふむ、なるほど。 人類に矛盾が多いことは、文明を吸収解析するうちに、私も理解はしていました。 この件については、結論は出ないかと思いますので、保留しましょう」

「勝手な奴だな」

「時間が余りありませんので。 今も、銀河の秩序を保っているフォリナは、衰退に向かっているのです。 新しい肉体の到着を待っている民は、20兆に達しています」

勝手な奴だと、もう一度私は思ったけれど。

しかしこれは好機だ。

ブレインと直接対話することで、此奴らの弱点も見いだせる可能性が高い。上手くすれば、この場でお帰り願える可能性もある。

「丁度貴方に声を掛けたのは、提案があるからです」

「何だ」

「貴方と弟。 ストームリーダーとあなた方が呼んでいる存在は、明らかに異文明の手が加わった強化生命体ですね。 明らかに地球人類のスペックを超越している様子からも明らかです」

まあ、ばれていて当然か。

それで、どうだというのか。

「あまりに存在がいびつで、片や老化が通常の倍。 片や一切成長できない。 そればかりか、子孫を残す事も出来ない」

「ああ、その通りだが、それがどうかしたか」

「此方に来ませんか? 勿論、地球人類と戦えなどとは言いません。 地球人類とは、これからも良き関係を構築したいからです。 あなた方に改良を施して、子孫を残せるように調整しましょう。 望むならば、可能な限りの長寿処置も施しましょう」

やはり、そう来たか。

子孫が残せないのは、私と弟の、共通した悲しみの一つ。私達は作られたとき、邪魔な要素は一切排除された節があるけれど。多分これに関しては、技術力の不足か、或いは無理矢理作り上げられた生命か。

そのどちらかが理由だろう。

「見返りは求めません。 どうですか」

「断る」

「ほう? 貴方に損は無い取引だと考えたのですが」

「皆を裏切る事は出来ない」

例え、この後。

ほぼ確実に英雄の座を追われ。迫害の後、孤独に死ぬとしてもですか。

そう、容赦なく、ブレインは追い打ちを掛けてくる。

確かにその通りだ。

戦いに勝った後の事を考える。勿論勝てる可能性は極小だが。負けたときには死ぬだけだから関係無い。私も弟も、戦闘奴隷にされるくらいなら、戦って戦って戦い抜いて、死ぬ事を選ぶ。

それで、勝った後。

私と弟は。ほぼ確実に粛正されるだろう。

危険すぎるからだ。

地球人類は、自分たちこそ万物の霊長だと、古くから考えている。だから自分たちの基準を世界最高のものだと錯覚しているし、それに基づいて敵を殺戮することをなんら躊躇うことがない。

フォーリナーを首尾良く地球からたたき出したら、どうなるか。

邪魔者は、排除されるだけだ。

事実、前回の大戦が終わった後。またフォーリナーが攻めてくるのは確実と言われているにも関わらず。

私は閑職に追い込まれ。

弟に到っては、事実上軟禁も同然の扱いを受けていた。

かといって、フォーリナーの次に、地球人類と戦うのも、あまりぞっとする事ではない。ストームチームの皆と殺し合うなんて、嫌だ。

それにしてもブレインの奴。

地球人を、存外に良く知っているじゃないか。

だからこそ、戦いは苛烈で、容赦なく。

そして一片の希望も無い代物になっているのだろう。

「なるほど、残念です。 また次に会うときには、気が変わっていると良いのですが」

「私と弟など、お前から見れば塵芥も同然だろう。 何をそんなにこだわっている」

「いいえ。 私達の新しい肉体の進化には、あなた方姉弟の凄まじい戦いぶりが、大きく影響しています。 データを見る度に、感動していますよ」

我に返る。

クレーターの縁に立っていた。

第三射攻撃を浴びたブレインが、煙を上げている。

周囲が、此方に気付いている様子は無い。弟と、オンリー回線をつないだ。

「お前の所には来たか」

「何の話だ」

「そうか。 ブレインから、お前と一緒に人類を裏切らないかって勧誘を受けた。 断ったがな」

「……今は、戦闘を続行しよう」

頷く。

弟は分かっている筈だ。その提案が、私と弟にとって、一笑に付せないという事が。

奴が言っていたことは、事実だ。

地球人類が、戦いが終わった後。我々姉弟に感謝などする筈がない。ほぼ確実に、邪魔者はもういらないとばかりに、排除に掛かってくるはずだ。

それに私にも、弟にも、生殖能力がない。

子孫を作る事は出来ないし。

何より、戦いが終わった後は。何も出来ることなど、ないのだ。

奴らは、その状態に、意味を作ってやろうと言ってきた。

それを断るのは。正直、私も苦労した。

勿論、提案に乗ることはなかっただろう。だけれど、笑い飛ばしたり、はねのけたり出来る話では無かった。

論理的に考えて見れば。

私にも弟にも。提案に乗る方が、利があるのだから。

ブレインのダメージを、ほのかが計測している。やはり上部構造体に、亀裂が入っている様子だ。

しかし、冠状構造の全てが脆いわけではないらしい。

攻撃でびくともしない地点も多い。

ほのかが、通信を入れてくる。

「なるほどね。 冠状の構造の下部。 少し色が違う地点に、攻撃が通っているようだわ」

「つまりそれが、脆い場所と言う事か」

「おそらく放熱のための構造でしょう。 スーパーコンピューターのようだから、内部に籠もった熱を排出しなければならないのは、自明の理でしょうね」

「よし、第四射準備!」

ほのかが指定してきた地点に、狙いを付ける。

しかし、である。

次の瞬間。レーダーが真っ赤に染まる。時間切れらしい。

空から、アースイーターが降り注いでくる。そして、ブレインと連結を開始した。舌打ちして、弟がまずはアースイーターの排除を指示。コアを叩き、ハッチを潰す。幸い、まだまだ火力は充分にある。

相手の体勢が整う前に、アースイーターを一気に叩く。

コアへの集中攻撃で、周囲のアースイーターが爆散。粉々になりながら、クレーターの中に落ちていく。

しかし、次から次へと、アースイーターが降りてくる。

砲台も多数ついているのが見えた。

一瞬の隙を突いて、砲撃するしかない。

ライサンダーを構えていた秀爺が、イプシロンに歩き出す。それにほのかが続いた。

「行くぞ」

「はい」

視線を一瞬だけ送られる。

意味は、分かった。

弟もだ。

弱点は分かった。それならば、最大火力のイプシロンのレールガンで、集中狙撃を浴びせればいい。

親城准将が来る。

アースイーターを見つめて、彼は声を出来るだけ抑えながら言った。周囲も聞いているから、敬語では無い。

「敵の大部隊が迫っている。 数は三千を超えている」

「三千……抑えきれる数ではありませんね」

「できるだけ急げ。 無理なら残念ながら、脱出を」

「分かりました」

私は弟と頷く。

狙うは、ブレインの側にいるアースイーターの連結を実行しているコア。息を合わせて、ストームチームの全員で、斉射。

爆裂。

一瞬だけ、空が見える。

絶え間なく降り注いでくるアースイーターの隙間。

それを見逃すほど、秀爺はスナイパーとしての腕を、鈍らせていない。

射撃。

動きに癖があるレールガンの弾が。

まるで吸い込まれるように。

さきほど、ほのかが指定してきた位置に。着弾していた。

ブレインの冠状構造に、露骨に分かるほどの亀裂が入るのが見えた。同時に、ぴたりとアースイーターの動きが止まる。

「ブレイン、中破した模様!」

「やった!」

戦術士官の声さえ、上擦る。

調子が良い臆病者のオペレーターも、それに乗っかったようだった。だが。私は舌打ちする。

声が聞こえたからだ。

「ふむ、此処で破壊されるわけにはいきませんね。 まだデータが充分に集まりきっていない」

「待て。 戦いなら、今此処で、いくらでもしてやる」

「あなた方は確かに魅力的な素材ですが、他にも戦術データを取りたい存在はいるのです」

ブレインが、浮き上がる。

そして、空へと見る間に消えていく。

射線は、アースイーターに、全て遮られていた。

心底から悔しそうに、日高司令が嘆いた。

「逃がしたか……」

「だが、収穫はありました。 相手の弱点と、それに。 彼奴はおそらく、戦いがもっとも見られる場所に現れると考えて良いでしょう」

「何……どういうことか」

「後で説明します」

弟が、声を張り上げる。

撤退。

アースイーターと三千を超える巨大生物を同時に相手など出来ない。包囲を敷かれる前に。さっさと撤退する。

キャリバンとベガルタを先頭に。ストームチームが最後尾になり、撤退。

アースイーターは逃げる此方には興味が無い様子だ。巨大生物も、途中まで形式的には追撃してきたが。それだけだった。

ドラゴンが現れていたら、もう戦力が三分の一になっている現状、逃げ切れなかったかも知れない。

私は理解していた。

ブレインは、わざと此方を逃がした。

データを取る。

ただ、それだけのために、である。

敵の手のひらの上にいることを今更ながらに思い出して。私は、あまり良い気分にはなれなかった。

 

2、強襲と強襲

 

基地にまで到着。

急いで負傷者を、ヒドラ内部の設備に移して治療。しかしそれでも手が足りないので、ヒドラに積み込んだキャリバンの中でも治療を続けなければならないほどだった。すぐに編隊を組んだまま、無人となっている基地を離れる。

巨大生物が気を変えて、いつ襲ってくるか分からないから、である。

いや、正確にはブレインが、か。

複雑な経路で帰還するので、東京基地までは六時間も掛かった。行きよりも更に複雑な経路を通る必要があり、途中で二度も変えたからである。

速度を落として、低空で行かなければならない場所もあった。

ドラゴンがそれだけ活発に動き回っていて。

彼方此方の空を、我が物顔に占拠しているという理由もある。

敵は戦況のコントロールに、完全に成功。

此方は、敵が意図している範囲内でしか、もう動けないのかも知れない。しかし、それでもだ。

まだまだ諦めるわけにはいかない。

ブレインは、ほぼ確実に、データが取れる地点に現れる。

それに、打撃も通る。

何よりブレインは精密機器だ。

攻撃を受けている間に、思わぬ損害になる可能性も高い。あのおしゃべりな鉄の塔は、興味がとても強いようだった。

科学陣の技術を上手く使えば、おびき出すことも出来る可能性が高かった。

東京基地に到着。

此処でさえ、安心は出来ない現状だ。すぐにヒドラは地下の格納庫に移され、其処から病院に、けが人が搬送される。

手足を失っている者も多い。

もたついていたら、助からなくなる。

部下を多く失った親城准将も、状況を見に行くと言って、病院に。

原田と涼川は、応急処置を済ませた後。病院で見て貰う事になった。そしてストームチームの面々は、全員が休息をしっかり取るようにと、また医者に説教された。

弟とジョンソンを連れだって、私は司令部に。

話が終わったら、すぐに休めと、角を生やした医者に怒られたけれど。こればかりは、仕方が無い。

日高司令は、待っていた。

現在、通信が取れる全ての部隊に、通信を入れて。

欧州は中心となっているベルリン基地さえ通信が出来ないが、幾つかの基地はまだ健在で、今回線がつながっている。オメガチームのリーダーであるアシャダムも、通信に加わってくれていた。

彼がまだ健在だというのは、心強いことだ。

ただ、オメガチームは人員の損耗が酷いようで、連戦でどれだけ犠牲を出しているかよく分かる。

彼ほどの強者が、声に疲れを隠せないのだから。その消耗のひどさがうかがえる。

北米は既に全ての基地から通信が途絶しているが、なんと移動中のX3改と通信をつなぐことが出来ていた。

連絡に出たのは、言うまでも無くストライクフォースライトニング隊長、エルムである。北米は今、フォーリナーによるモグラ叩きを受けているが。ゲリラ戦を粘り強くカーキソン元帥が行っており。エルムはその手足となって、最強の特殊部隊の一つ、ストライクフォースライトニングとともに戦いを続行していた。

他にも、かろうじて生き延びている幾つかの基地と連絡が取れる。

昔日とは比べようもないが。

まだEDFは屈していないのだ。

日高司令が、今回の会議の経緯を説明する。一番興味を示したのは、エルムだった。

「ブレインが、戦闘が行われている地点に、積極的に姿を見せる可能性が高い、だと」

「恐らくはデータを収集するためだ。 奴らの目的を考えれば、一番近くで、新鮮なデータを取りたいと考えるのが自然だろう」

「案外阿呆な奴らだな。 これは好機かも知れん」

オメガチームや、ストライクフォースライトニング。それにストームチームを囮にして、奇襲を仕掛ける。

それでひょっとすれば。ブレインを撃沈できるかも知れない。

誰もが、同じ認識を共有したはずだ。

だが私は少し危ないとも思う。

ブレインは、ストームチームの総力射撃三回を喰らって、ちょっとひびが入ったくらいのダメージしか受けなかった。

特大の火力を準備して。

それを直撃させたとして。

本当に、ダメージが入るのだろうか。

しかし、敵は条約という鎖に縛られている。あまりにも強力な兵器は、持ち込むことが出来ないはずだ。

希望は、浮かんでは消える。

アシャダムが、最初に言う。

「よし、此方は精鋭を招集する。 まだ生き延びて戦ってるチームの中にも、腕が立つ奴はいるからな。 そいつらに零式レーザーやノヴァバスターを渡して、一瞬でブレインを丸焼きにしてやる」

「此方では、第八艦隊の残存部隊を招集中だ。 ゲリラ戦で敵を叩いていたが、X3改を囮に、ブレインを直接攻撃する方が良さそうだな」

エルムも嬉しそうだ。

おそらく二人とも、辟易していたのだろう。全く先が見えない戦況と、絶望しかない戦力差に。

だが、勝負の行方は、これで分からなくなった。

実際問題、敵が満足するだけ戦ってやれば良いと言う条件については、つかみ所がなさ過ぎる。

ブレインを撃破して、敵を追い返した方が良いという方が、遙かに分かり易いのだ。

他の部隊とも、情報の連携を行っておく。

現状で、まともに戦闘を行えているのは、極東と欧州だけ。その極東も、既に無事なのは三基地だけ。欧州も似たような状況で、ベルリン基地は何カ所かに出現したアースイーターの電波妨害で通信途絶。ただ、長く伸びた地下通路を使って、人員と情報のやりとりはしており、頑強に抵抗していることが分かっている。

各地のシェルターについての情報も共有。

悲惨な状態は、何処も変わっていない。

極東に、避難民を逃がしたいと言ってくる地区も前には多かったのだけれど。今は。輸送船など浮かべていたら、瞬く間にドラゴンの餌食になってしまう。

苦しいが、耐えて欲しい。

そう言って廻ることしか出来ないと、アフリカ地区でゲリラ戦を続けているマズダ少将は苦しげに言うのだった。

マサイ族出身の彼は優れた戦士だが、それでも最近は苦闘が続いているせいか、めっきり老け込んでいる。

今回得られた希望についても、自分には関係無いと、自虐的でさえあった。

誰もが、心折れかけている。

このままでは、勝てる戦いも勝てなくなる。

ただ、アシャダムとエルムがまだやる気を捨てていないことだけは救いだ。彼らを主軸に、抵抗を続けていくしかない。

会議が終わった後、医師に捕まって、カプセルに放り込まれた。

強制睡眠で、無理矢理にじっくり休まされる。

夢は、見なかった。

 

起き出して、シャワーを浴びる。

それで気付いたのだが、シャワーの湯が温い。それだけエネルギーが、節約されているという事だ。

体を拭いて、着替えて。

ぼんやりと、空を見上げながら、バイザーを付ける。

この辺りは、もう職業病だろう。

ざっと戦況を確認。

九州の福岡基地。体勢を立て直した長沼指揮下の部隊が、敵を撃退。ただし、福岡基地を死守するのが精一杯。

旭川基地。

かなりの損害を受けながら、戦闘を続行。

各地の残存戦力が集まっており、粘り強い抵抗を続けてはいるが。負傷者が多く、病院がパンク状態。

近隣のシェルターも、不満が爆発寸前だという。

皆、等しく苦しい状態だ。

不意に、通信が入ってきた。日高中尉からだ。

「はじめ特務少佐」

「どうした」

「久々に訓練を見て貰えないですか」

「良いだろう」

気分転換にはよい。

原田と矢島、池口と三川。それに日高中尉と、ナナコ。

いつものシミュレーションで鍛えているメンバーが勢揃いしていた。少し前に、難易度インフェルノのミッションを攻略したと、彼らは息巻いていたが。

さて、どんなものか。

難易度は当然インフェルノに設定。

今回は防衛ミッション。シェルターの入り口を、ドラゴンやヘクトルも含む敵の猛攻から、支えるというものだ。

しばらく戦況を見るが。

日高中尉を中心にまとまっていた前回とは、戦況がだいぶ違う。

リーダーになる人間がいない。

日高中尉は、壊れてからと言うものの、最前線でとにかく敵を殺す事しか考えなくなった。

リーダー不在になったのだ。

しかし、彼らは戦闘経験を積んで、言われなくても自然に役割をこなせるようになってきている。

全体的な戦力は上がっているが。

これでは、少しまずいかも知れない。

ミッションは攻略完了。

だがこの程度のシミュレーションミッションなど、現実の敵に比べれば児戯に等しい。それは、皆も分かっている筈だ。

全員が出てきたところで、皆を見回す。

「日高中尉」

「はい」

「戦闘力は著しく向上したな。 だが、皆をまとめる事を忘れてしまったようだな」

「はあ、まあ。 戦っている方が楽しいですし」

皆が一様に、前はこんなではなかったと、顔に書いている。

特にナナコは悲しそうだった。

しかし、日高中尉は、平然としている。此奴はおそらく、涼川と同じ、キリングマシーンへの路をたどりつつある。

そして一兵士としては、悪い事では無いのだ。

事実涼川は、恐ろしいほどの戦果を上げてきている。奴は頭のネジを外したことで、人類の救世主の一人となったのである。

実際ストームチームの涼川と言えば、何処でも怖れられるほどの存在だ。

「敵をより効率よく殺したいか」

「それは当然ですっ! もっともっと殺したい!」

「……」

特に原田は、完全に真っ青になっていた。

日高中尉を、ナナコの次くらいに慕っていたからだろう。ナナコはもう、死んだ魚のような目で、変わり果てた日高中尉を見ているのだった。

「ならば、皆の中心だったことを少しで良いから思い出せ。 それで、更に効率が上がるはずだ」

「ええー?」

「より多く殺したいならそうしろ」

「分かりましたー」

口をとがらせ、日高中尉は下がる。

それでいい。

前大戦で頭のネジが外れた直後の涼川も、こうだった。今の涼川は、後進育成の重要性を理解しているし、集団戦術の強みも把握している。だから、以前よりも更に強い。ただ涼川の場合は、それを教えてくれる人間が他にいなかった。

だから、気付くまで、随分時間が掛かってしまったのだ。

今は私がいる。

故に、教えておくと効率が良い。

そして、実例を見せるのが、なお良い。

ジョンソンと連絡を取る。日高中尉に教育をしたいというと、ジョンソンは面倒くさそうに、構わないと言った。

彼は特殊部隊設立の夢が絶たれてから、若干自棄になっているが。それでも、仕事はしてくれている。今回も、私が意見を通したことを、喜んではくれたようだ。

「お前達、私と入るぞ。 次は日高中尉は、外で戦況を見るように」

「はじめ特務中佐がシミュレーションに加わってくれるんですか」

「そうだ。 指揮は私が執る」

日高中尉に分かるように、ステータスを調整。現状の日高中尉と同じレベルにまで低下させる。

シミュレーションを開始。

敵を全滅させるまでの所要時間は。バラバラに戦っていたときの半分を切った。この程度は余技だ。何より戦闘参加した全員が、納得した顔をしている。

日高中尉は、ほおと呟いていた。

「見ての通りだ。 半分の時間で今の敵を殺せたのだ。 残り半分で、更に敵をたくさん殺す事が出来る」

「すごいです!」

「そう思ったら、皆の中心であったことを思い出せ。 そうすれば、効率が上がる」

これで、充分だろう。

次の戦いでは、さらなる戦果が期待出来る。

 

埼玉の浦和に、敵の大型輸送船が出現。

現在、東京基地に難民を輸送しているシェルターの一つが側にある。放置しておくと危険だと、日高司令が判断した。

大型輸送船は、蜂とドラゴンを投下している。

数はそれぞれ、ドラゴンが一個部隊、蜂が二百から三百。放置しておけば、更に数が増えるのは確実。

しかも、現在東京基地が使える大型要塞砲の射程から、微妙に外れている。その上放棄されたビル街すれすれに滞空しており、挑発が露骨すぎるほどである。

幸い、前の戦闘から、二日の時間があったから、休憩だけは出来た。ビークル類の調整も、済ませている。

ただ今回は、増援無し。

他のチームの消耗が激しいこと。ビークル類の損害は決して小さくないこと。これらを修理するために、電力を限界まで使っていること。

何より、ブレイン攻撃のための戦力を、編成していることが、その理由になる。

親城准将は、自分が支援に出ると言ってくれた。

第五艦隊も、支援砲撃をしたいと申し出てくれたが。

日高司令が、反対したのだ。

ストームチームに負担を掛けるのは心苦しいが。今は、それ以外のチームのダメージが大きすぎる。

せめて強化クローンの生産を進めて、最後にブレインを落とすときの戦力を残しておきたい、と。

事実欧州では、その準備を進めている。

残った基地から、強化クローンと、歴戦の人員を集めて、ブレインが来るように激しい戦闘を実施中だそうだ。

同じように、集結しつつある第八艦隊と合流したストライクフォースライトニングも、敵の小部隊を片っ端から潰して廻り、ブレインが来るように誘導しているとか。彼らの実力なら、安心とまでは言えないが。

人類は、反撃のための、準備を着々と進めているのだ。

第五艦隊は東京基地の港湾設備に入って、修復と補給を続行中。空軍も、整備を続けている。

牙を研いでくれているのだ。

それならば、その間の時間は。戦闘力面で余裕がある、ストームチームがこなすほかない。

幸い今回は、現在展開している部隊だけで考えれば、今まで交戦してきた相手に比べて、随分と少ない。

ヒドラで現地近くに到着。

ビークル類を下ろして、状況確認。

双眼鏡を下ろしたほのかが、あまり良くないと言った。

「これは困ったわ」

弟が、続きを促す。

ほのかによると、敵が既に、廃棄されたビル街に完全に溶け込んでいるという。殲滅するつもりなら、全てビル街を焼き払うくらいの覚悟が必要だと、彼女は言うのだった。

浦和は東京に近い。

町田同様、全て焼き払ってしまうのは、あまりにも損害が大きい。

町田の時は、マザーシップとの戦闘で必要だったし、何より巨大生物との激戦で、既に焼け野原だった。

浦和は、まだ少し修復するだけで、使えるのだ。

蜂はビル街の間を低空飛行。

ドラゴンはビル街の合間に張り付き、此方が攻めこんだ来た時に対応するべく、牙を研いでいる。

これでは、敵によるゲリラ戦も同じ。

これでレタリウスが出てきていたら最悪だったが。幸い、それだけはなかった。

弟が腕組みして悩む。

私が見かねて、通信をオンリー回線で入れる。

「かまわん。 焼き払ってしまおう」

「しかしだな、あれだけの規模のビル街だ。 再建するまでに、一体どれだけの資材と財産を消耗するか。 日高司令も何というか分からないぞ」

「ゲリラ戦でどれだけ消耗が酷いか、お前も分かっている筈だ。 此方はストームチーム一つ。 相手は三百を軽く超えている。 それもドラゴンが混じっている状況だ。 下手をすると、半数以上戦死するぞ」

流石にその事実を告げると、弟も口をつぐむ。

大きく嘆息すると、弟は言った。

「まずは輸送船を落とす。 輸送船に攻撃を加えながら、敵の出方を見る」

イプシロンの照準をセット。

ネグリングも。

攻撃開始。火力投射に対して、敵は動かない。輸送船はぴったりと殻を閉じ、それ以上は何も反応を見せなかった。

グラインドバスターでもあれば、撃墜は可能だろう。

しかしあれは。

空軍でも、専用の攻撃機にしか搭載できないのだ。

かといって、敵にドラゴンと蜂がいる現状、攻撃機を出すのは自殺行為だ。瞬時に嬲られて、撃墜されるのがオチ。

舌打ちした弟が、本部に通信を入れた。

しばらく、やりとりを続ける弟。

通信を切ったときには、敵に対する怒りを、顔中に湛えていた。

「仕方が無い。 街ごと焼き払う。 池口少尉、ネグリングで、ドラゴンと蜂に火力投射開始」

「分かりましたー!」

池口が、ネグリングを起動。ミサイルを乱射しはじめる。

見る間に、今までかろうじて無事だった浦和の街が、焼け野原になって行った。

流石に溜まらず飛び出してくるドラゴンと蜂の群れ。

輸送船も、倒された分を補充するべく、口を開ける。攻撃目標を転換。イプシロンで、口を開けた輸送船を狙撃。瞬時に一隻を叩き落とし、残り二機はつるべ打ちにされるとたまらないと判断したか、空間転移で逃げ去った。

ドラゴンと蜂の群れが、雲霞のごとく押し寄せてくる。

下がりながら、陣形を保って、迎撃開始。

ドラゴンが少ないとは言え、蜂の数が多い。ネグリングで中途に撃墜していくが、それでも近接距離まで来られるのは避けられない。

電磁プリズンを展開後、対空戦に移行。

波状攻撃を仕掛けてくる相手と、激烈な肉弾戦を続ける。さっと引くドラゴン。代わりに蜂が、纏わり付いて主力となる。

ハーキュリーとエメロードで迎撃。

当たりさえすれば、一旦地面に降りてくる。其処を、谷山に任せているギガンテスの主砲で消し飛ばす。

辺りに配置したセントリーガンはフル稼働だが。

敵も既に学習を進めている。セントリーガンを優先的に攻撃してくるようにもなっていて、そろそろ自走式を開発しなければならないかも知れない。

敵はヒットアンドアウェイを繰り返し、ビル街を確実に壊されながらも、まるで屈する様子が無い。

それどころか。

ビル街を壊すことが最初から想定済みだったかのように、じりじりと戦闘区域を変えて行っている。

挑発しているのか。

いや、そうなのだろう。

不意に、後方に輸送船が出現。空間転移で、戻ってきたのだ。

それに合わせて、敵も一斉に反転迎撃。戦いは一気に激化した。この数でも、敵が緻密な戦術を駆使して攻めてくれば、相応の苦戦は避けられない。

輸送船の一隻を、集中攻撃で撃墜。

だがその間に肉薄してきたドラゴンに、電磁プリズンを喰い破られる。

一気に乱戦に持ち込まれた。

 

どうにか敵を撃破して、帰還。

とはいっても、全滅はさせられなかった。形勢不利とみた敵は撤退を開始。此方の損害も大きく、追撃どころでは無かった。

ネグリングは大破にまで追い込まれている。

元々遠距離火力制圧が目的になっているビークルだ。集中攻撃を浴びてしまうと、どうしようもない。

数日は工廠の世話になるほかないだろう。

ベガルタAXも、全身から煙を上げている。ドラゴンの攻撃から、皆を庇い続けたのだし、無理もない。

キャリバンには、矢島と三川が入って、治療を受けている。

日高中尉は、前ほど勝手には動かなかったけれど。

それでも、あれだけの猛攻だ。

負傷者が出るのは、避けられない。

ただ、敵を追い払う事が出来たのは事実。浦和の街は、焼け野原になってしまったが、シェルターは救う事も出来た。

すぐにヒドラが来る。

浦和のシェルターの代表者は、もう限界だと訴えていた。しかし、東京の地下も、人員をいくらでも受け入れられる訳では無い。

現状で、浦和のシェルターは定員を二割ほど上回っている。引き受けられるのは、その定員余剰分だけだ。

この余剰分は、各地のシェルターから、死ぬ思いで逃げてきた人々だ。

シェルター内には、自給設備は整っているし、医療設備もある。ガンも克服できている現在、人員さえ過剰ではなければ、大概は助かる。本当だったら、平均寿命だって、130歳まで向上している筈なのだ。

ヒドラで、難民がピストン輸送されていくが。

傷ついているストームチームを見る難民達の目は冷たかった。

「やっと来やがった」

「今まで何をしてやがったんだ」

「俺たちを見捨てて、遊んでやがったんだろ」

難民達は、色々な国の言葉で、そんな事をいう。フェンサースーツの翻訳機能で、嫌でも分かってしまう。だが、責める気にはなれない。

彼らは、閉鎖空間で地獄の恐怖と戦っていたのだ。

いつシェルターが喰い破られるかも分からない恐怖。

外に出れば死ぬ。

中はすし詰め。

地獄の環境下で、誰もがおかしくなるのは充分だ。だから、おぞましいほどの罵倒が飛び出すのも、無理はない。

それでも、怒りを目に湛えて、原田が前に出ようとする。

私が肩を掴んで止めた。

「放っておけ」

「でも、はじめ特務中佐」

「いいんだ。 私は気にしていないし。 慣れている」

そういうと、原田はうつむいて、顔をくしゃくしゃにした。

気が弱くて、戦闘適正も高くないこの男は。やはり戦士には向いていないのかも知れない。これだけ強くなった今も、それは同じだ。

私は。

もう何処かで、諦めているのだろうか。

ブレインが言ったことはもっともだ。負ければ死ぬし、勝ってもどうせ碌な事にはならない。

英雄として祭り上げられるのはほんのちょっとの間だけ。

ヒドラが、難民を輸送していく。

俺たちも運んでくれ。

そうヒステリックに叫ぶ男を。シェルターの防備についているEDF部隊が、引きずっていった。

人殺し。

そいつは、シェルターに連れ戻されるとき。

そう叫んでいた。

作業が終わった後、本部から連絡が来る。日高司令は、やはり罪悪感をとても強く感じているようだった。

「すまなかった。 増援部隊を出さないと決定した私のせいで、苦労を増やしたな」

「うるさい無能」

ぼそりと呟いたのは。

日高中尉だ。

聞こえないようにして、だったが。私の耳には届いていた。

親子関係が上手く行っていないことは理解していたけれど。此処まで露骨な批判が出たのは初めてだ。

元々他人の悪口を言う事は殆ど無い娘であったから、私も少し驚いた。

ただ。今の日高中尉の場合。

おそらく。より多く殺せる機会を作らなかったことで、父を批判しているのだろう。

「浦和の街は残念だった。 だが、死者を出さなかったことは素晴らしい。 出来るだけ急いで戻ってくれ。 君達の消耗も小さくないはずだ」

「イエッサ」

弟が無言で、ヒドラに乗るように、皆を促す。

既にピストン輸送は完了。数万の人間が、東京地下シェルターへと移されていった。かなりの人数が東京地下シェルターへ移ったが。まだ余剰はある。各地のシェルターの内、まだ経路が確保されている場所からは、どんどん人員が集められている。

東京基地に到着した時は、既に真夜中。

そのまま会議に出て。

休んだのは、明け方近く。

珍しく、それからは夢を見た。

既に地球の全ての地上が、フォーリナーに制圧され。

巨大生物に促されて、人類は武器を渡されて。一定の場所で、巨大生物と殺し合いをさせられる。

ブレインからは、声が響いている。

「今回の目標キル数は2000です。 2000を殺し次第、貴方たちはシェルターに戻ります。 此方の戦術についても事前に連絡したとおり。 創意工夫して、苦難を乗り切ってください」

不満たらたらの人々。

しかし、巨大生物は、本気で殺しに来る。

殺戮と暴虐が吹き荒れる中。

最初に引っ張り出された人達は、見る間に皆殺しにされてしまった。

もうEDF何て存在していない。

「次の人々」

容赦なく、ブレインが告げる。

老人や子供も、銃を持たされて、戦場に引きずり出される。

全員が戦闘目的の奴隷なのだ。

「まだ目標の一割にも達していませんよ。 頑張らないと、このシェルターは全滅してしまいますよ」

煽っているかのような、ブレインの声。

また、戦いが始まる。

巨大生物と戦える武器があっても、此処にいる人々は素人なのだ。見る間に殺戮と暴虐の餌食になってしまう。

結局、ブレインが満足するまでに。

万を超える人が犠牲になった。

「よろしい。 では次の作戦が来るまで、繁殖と休養に励んでください。 不足している物資は提供します」

シェルターの周囲には。

無数のヘクトルやディロイ。四足までいる。

物資はコンテナに詰められているが。

食糧として用意されているものの中には。巨大生物の餌となって、タンパク質にまで分解された人肉も混じっているのだ。

逆らったら、シェルターごと焼き払われる。

だから、誰も文句を言うことはできない。

ブレインは、別のシェルターに移動。

「適切な数まで繁殖したようで、結構なことです。 これより、作戦を開始します」

悲鳴を上げる人々。

もはや、人類は。戦闘用家畜へと墜ちていた。

ふと、光景が切り替わる。

今度は、別の世界だ。

どういうわけか、EDFがフォーリナーを地球からたたき出した世界。私は銃を突きつけられ。手錠を掛けられて歩いている。

周りには、群衆。

「裏切り者だ!」

「何が英雄だ! 出来レースで敵と戦っていたくせに!」

「EDF本部は敵と通じていた! 全員殺せ!」

銃を持っているのは、EDFではない。

国連軍だ。

空を見上げる。

戦争が終わった後、EDFは国連軍によって解体された。元々フォーリナーとほとんど相打ちになるような形で、壊滅していたのだ。スポンサーとなる各国や、国連がイエスと言わなければ。再建など叶うはずもない。

その後は悲惨だった。

もっともらしい証拠がでっち上げられて。EDFの幹部は全員が処刑された。必死のゲリラ戦を生き延びたカーキソン元帥も。極東を守り抜いた日高大将も。その中には含まれていた。

弟も。

世界最強を噂された弟も。

群衆には、銃を向けなかった。

そして私は捕らえられて。今、公開処刑の場に連れて行かれている。

石が飛んできた。

投げたのは子供だ。頭に直撃した。

その場に倒れた私を、乱暴に引きずり起こす兵士達。

「さっさと立てよ、化け物」

「休んでるんじゃねえよ、英雄様」

散々暴力を振るわれて、私の体はすっかり弱り切っている。もう、抵抗する力も残っていない。

台に乗せられる。

どうやら、絞首刑では無く、銃殺刑のようだ。

私の罪が読み上げられていった。

フォーリナーと通じ、地球の大半を焼け野原にした元凶。悪魔の化身。死刑以外にはなし。

ああそうか。

やはり、こうなったか。

私は台の上にある柱にくくりつけられる。

普通猿ぐつわや目隠しがされるものなのだけれど。私の場合は、その必要もないと、判断されたようだった。

悪魔の化身だから。

殺して良い。

人間の理屈らしいと、私は苦笑した。

そのまま、無数の弾丸が、私の体に食い込む。だけれど、死にきれない。血を吐いてうつむく私を見て、皆が嘲笑う。

まだ生きてやがる。

さっさと死ねよ、見苦しい。

弟は、こんな罵声を浴びながら、死んだのだろうか。

そう思うと。

何だかとても悲しかった。

 

寮のカプセル内で目が覚める。

最悪の夢を見た。そしてその夢は、どちらもおそらく、将来ありうる光景だ。私が負けた場合と勝った場合。

他の未来は、あるのだろうか。

たとえば、私が人間になる未来。

自分が人間では無いことくらいは、私だって分かっている。生殖能力だってないし、何より下手をすると寿命でさえも。

地下の彼奴と融合したことで、それは更に顕著になった。

弟に戦闘能力で及ばないとしても。

おそらく存在としては、もう弟以上に、化け物となってしまっている。

カプセルから這い出して、シャワーを浴びる。もの凄く冷たい水を敢えて浴びて、頭をさっぱりさせようと思ったのだけれど、上手く行かない。

ぼんやりと、空を見上げる。

未来とはなんだろう。

むしろ頭が悪い方が、私は幸せだったのでは無いだろうか。戦いそのものは続ける。しかし、ブレインも指摘していたことは、事実だ。

私に未来なんてものはない。

敵に勝った所で、先に待っているのは迫害と粛正だけ。

生きるには、どうしたら良いのだろう。

シャワーから出て、フェンサースーツを着込んでいると、弟が来る。

「うなされていたようだな」

「珍しく悪夢を見た」

「将来のことか?」

「お見通しだな。 ろくでもない未来の夢を見たよ。 フォーリナーに戦闘奴隷にされた人間達の末路。 フォーリナーに勝った後、粛正される私とお前」

弟が、無言でハムエッグを作り始めた。

とはいっても、どちらも合成品だ。物資はある。だが、殆どは合成によって作られている。

それだけ、人工淡白の作成技術が上がっているのだ。

「フォーリナーにつこうなどとは思わんが。 確かにこのまま戦いを続けても、我々には二つの路しか無いな」

「少し考えたが、もう一つだけ路があるかも知れない」

「……聞こうか」

弟が口にしたのは。

確かに、第三の手段とも言えた。

しかしそれは。

口をつぐむ私に。弟は、ハムエッグを食べるよう進めた。

「俺も前から考えてはいた。 確かに、このまま敵に勝利しても、俺たちに待っているのは破滅の未来だけだ。 この方法なら、恐らくはそれを回避できる」

「そう、だな」

「すまんな。 俺は頭が悪いから、これくらいしか思いつかん」

「いや、それで充分だ。 それに……」

私は正直な所。

戦場が好きだし。それ以外の所で、生きようとは思わなかった。

 

3、回転木馬

 

連日の戦闘が続く中。

北海道の旭川基地から、緊急連絡が来た。

基地周辺に、八隻に達する新型輸送船が飛来。空軍には撃退する能力もなく、なすすべなく投下される巨大生物を見守るばかりだという。

大阪基地を壊滅させ。

福岡基地を追い込んだフォーリナーだ。苦戦を続けている北海道の基地にも、此処で大きな打撃を与えるつもりなのだろう。

支援部隊は例のごとくストームチームのみ。

近くまではヒドラを飛ばせるが。既に北陸も東北も、敵の手に落ちている。そういえば秀爺の息子達も、東北にあるシェルターで、防衛部隊になっているそうだ。

シェルターさえ喰い破られていなければ、生きているだろう。

今は、ただ北海道へ急ぐほか無い。

ヒドラで複雑な経路をたどりつつ、北海道へ。

東京基地にも散発的な攻撃があるが、それは留守居の部隊にどうにかしてもらうしかない。日高司令も、連日プロテウスで前線に出ている状況だ。ストームチームだけが過重労働をしているわけではないのである。

八時間ほどを掛けて、北海道に到着。

旭川基地の周辺をゆっくり廻っている新型輸送船を視認。巨大生物は既に完全に包囲を整えている。

「八隻のわりには、巨大生物が少ないですね」

黒沢が双眼鏡から顔を上げる。

続いてほのかが、意見を述べてくれた。

「敵に蜂がいるわ。 数は百五十ほど」

「厄介だな」

ドラゴンがいないだけマシではあるけれど。確かに、高空戦力がいることは、厄介極まりない。

旭川基地との通信は上手く行かない。

少し前に、ドラゴンがバイザーのネットワークを封じる物質を吐いていたが。恐らくはそれと同じ現象だろう。

周囲から、状況を観察。

旭川基地は、一旦敵との交戦をした後、籠城戦に切り替えたらしい。巨大生物は包囲した旭川基地を散発的に攻撃はしているが、現時点で陥落させるつもりは無い様子だ。おそらく、此方から援軍が出る事を、想定していると見て良いだろう。

どう戦況を切り替えてくる。

偵察に出ていた涼川が、面倒くさそうに言う。

「基地の周辺には、凶蟲と黒蟻がたんまりだぜ。 あれは基地と共同戦線を張らないと、駆除は難しいな」

「さて、問題は此処からどうするか、だが」

包囲突破の定石は、一点集中。

敵の一カ所を突き崩すことが基本となる。

だがフォーリナーは、今までの戦闘で、人類側の対処手段を学んできている筈。どうしてこの程度の戦力で、包囲を見せびらかしているのかが気になる。

やはり、戦闘経験を蓄積させるためとみるべきだろう。

だが、旭川基地がこのままでは危ないのも事実だ。

レーダーに反応。

味方だ。

一応警戒態勢を取る中、ジープで姿を見せたのは、レンジャーの一部隊。

敬礼してきたのは、ナナコと同じくらいの年格好の子供。間違いなく、強化クローンの戦士だろう。

「ストームチームですね」

「そうだ。 お前達は」

「旭川基地所属の、レンジャー4です。 既に通信が不能になっている状況ですので、直接来ました」

まず、現状について聞かされる。

現在旭川基地は、200名ほどの戦闘要員を有しているが、その内の半数以上が負傷者。実際に戦えるのは、80名程度だという。

更にビークル類もかなり損傷が酷く、特にベガルタは連戦で殆どが破壊されてしまっているそうだ。

まだ旭川基地は、戦力を残している方だが。

それでも、疲弊は此処まで酷くなっている、という事である。他の地区の基地が、どのような有様かは、正直想像もしたくない。

「お前達は、どうやって来た」

「緊急脱出用の地下通路があります。 其処から来ました」

「どうする?」

弟に判断を促す。

基地と連携して、内外から包囲を突き崩すか。

それとも、基地と合流して、敵を撃退するか。

正直な話、敵が包囲から、一気にストームへの攻撃に切り替えてきた場合、かなり厳しい戦況になる。

敵の数は千を超えている。

更に、膨大な増援を投入できることが、ほぼ確実だ。

それならば、いっそ基地を捨てて、東京基地に合流するという選択肢もあるが。此処は幾つかの重要な工場があり、転送装置が機能しなくなる可能性がある現状。安易に放棄も出来ない。

弟が決断する。

「よし、基地の戦力と合流するぞ。 ベガルタはその通路を通れるか」

「問題ありません」

「総員急げ」

すぐに行動開始。

相手に蜂がいる以上、ヘリは持って行けない。だから、谷山は不平満々でギガンテスに乗り込む。

このギガンテスにしても最新型のものなのだが。

谷山は、やはりヘリの方が好きなようだった。

民家の駐車場にしか思えない場所を、レンジャー4の兵士達が操作すると、地下へ通じる道路が現れる。

全員で入り込み、急ぐ。

ベガルタはぎりぎり通ることが出来た。これはおそらく、大戦開始前から用意されていた通路なのだろう。

ただし、通路には明かりがなく。

足下が不安定だ。

「周辺のシェルターはどうなっている」

「東京基地がかなり引き受けてくれたので、状態は改善されています。 ただし、それでも、不満を出す人は多いようです」

「そうか、そうだろうな」

薄暗い通路だ。

会話は、わんわんと反響する。

意外にすぐ、通路は終わった。旭川基地の内部に出る。

其処は、想像よりも、遙かに酷い状態だった。

外壁はほぼ半壊状態。基地内の構造物は、あらかたやられてしまっている。倉庫や滑走路も潰されていて、とても戦える状況には見えない。

基地司令官が来る。

秀爺と知り合いらしい。軽く敬礼を交わした後、髭もじゃの老人である司令官は、面白くも無さそうに言った。

「支援感謝する、ストームチーム」

「さっそくですが、この状況は」

「少し前に青ヘクトルとディロイに攻撃を受けましてな。 要塞砲でどうにか撃退はしましたが、戦力の過半を失いました」

どうしてそれを先に言わない。

私はレンジャー4の戦士を見たが。彼は申し訳なさそうにうつむくばかりだった。

そうか、そういうことか。

この司令官。

ストームチームに、敵を全て押しつけるつもりか。

ざっと見るが、基地内の戦力は八十名も残っているとは思えない。活用できそうなのは、壊れかけの外壁と、かろうじて生きている人員くらい。

老司令官はとても戦えそうには見えない。

「戦闘要員を集めて貰えますか」

「お前達、集まれ」

唖然とする。

司令官が手を叩いて集まってきたのは、殆どが子供ばかり。つまり強化クローンしか、兵士が生き延びていないと言う事か。

確か、旭川基地には、そこそこの規模の強化クローン生産設備があったはず。

まさかとは思うが。

「強化クローンにのみ戦わせているのですか」

「そうなる」

「貴方は……」

「今は人間が生き延びることが最重要案件だ。 それなら、人間以外の存在を、どれだけ活用するかが重要だろう?」

とっさに手が出そうになったが、弟に制止された。

EDF内にも、こういう輩がいる事は分かっている。だが、それでも、である。戦力としては、カウントしなければならないのだ。

他のメンバーも、かなり腹を立てているようだ。

涼川は香坂夫妻と連れだって、壁の上に。ジョンソンはエミリーを手招きすると、別方向へ。

この男と、一緒にいたくは無いのだろう。

オンリー回線を、弟が開いてきた。

「姉貴、状況が悪い。 下手をすると、勝った後も、背中から撃たれかねん」

「どうする」

「まずは敵を退ける。 だが、補給も支援も期待出来そうにないな」

いっそ、此処を見捨てるか。

いや、そういうわけにはいかない。

旭川は重要な戦略拠点の一つ。そして、この有様を見て、状況が間違っている事が理解できた。

敵は包囲して、殲滅するつもりでは無い。

充分に痛めつけた旭川基地を、押さえ込むだけのつもりだったのだ。

勿論ストームが横やりを入れてくることも想定していたのだろう。だからこんな過剰な戦力を準備していた。

あわよくば、戦闘経験を、更に積み重ねるために。

無能な味方に、有能な敵。

両側に敵を作ると、流石にストームでも厳しい。

外壁の上に出る。

辺りに散らばっているのは、セントリーガンの残骸。谷山が司令官に、物資の供給を求めているが。司令官は拒否したようだった。

「守りに必要だって、今がその時だろうに」

珍しく谷山が激高している。

気持ちは分からないでもない。私だって、同じ状況になったら、腹を立てることだろう。

弟が外壁の周囲を見回った後、作戦を立てる。

かなり危険な作戦だが、他に方法は無い。

 

基地のゲートを開けて、私と矢島。ジープに乗った涼川と原田が出る。

巨大生物が、一斉に反応。

どっと押し寄せてくる中。連中の眼前に、涼川と原田が連続して放ったスタンピートのグレネード弾が、雨霰と降り注いだ。

苛烈な爆発。

吹っ飛ぶ巨大生物の手足。

煙を突き破って、蜂の群れが躍り出てくる。

その中、上空に躍り出たのがベガルタ。

ブースターを生かして、跳んだのだ。

放たれるミサイルとリボルバーカノン。蜂の群れが薙ぎ払われ、吹っ飛ぶ。その間に私と矢島。それに涼川と原田のジープは、混乱する敵を突破。

更に、敵中で、私と矢島。涼川と原田のグループで、別れる。

「ヒャッハア! 周りは全部敵だ! 楽しいなあ!」

ここぞとばかりに、スタンピートでグレネードをぶちまける涼川。原田はもう師匠の狂態には慣れたようで、黙々と火力武器を使って敵を叩いている。

私と矢島は機動戦。

スピアを使って確実に敵を叩きながら、時々ガトリングに切り替え、敵を薙ぐ。

そして、基地に近づく相手は、ベガルタが対処。

火力に物を言わせて、巨大生物を牽制。

そして、輸送船が動き始めた矢先。

弟が動いた。

弟だけでは無い。香坂夫妻に黒沢。それにMONSTERを装備したエミリーと三川。零式レーザーを手にしたジョンソンと、ハーキュリーを渡されている日高中尉。そして、外壁の上に無理矢理ギガンテスを上げて、射撃戦に移行した谷山。そして、ライサンダーを少し前から渡されているナナコ。

その全員で、一斉に同じ輸送船を狙撃したのである。

流石にひとたまりもなく、爆裂四散する新型輸送船。

巨大生物が基地に対処しようとするが、それは私と矢島、涼川と原田が許さない。

勿論囲まれてしまえば一瞬でおしまいだ。

敵の数が数だから、糸も喰らうし、酸も浴びる。

消耗が激しくなっていく中、二隻目の輸送船が撃沈。更に三隻目が、その後を追った。

輸送船がゆっくり回転しながら、増援を投入しはじめる。増援は、一斉に此方に迫ってくる。

火力を駆使し。

機動力を駆使し。

必死に包囲を作らせないように敵を牽制しながら、射撃を続行。

ヘクトルやディロイがいたら、一気に基地を落とされていたかも知れない。しかしそれも、今の状況なら。

だが。

敵はやられっぱなしでいてくれるほど、甘くは無かった。

四隻目の輸送船が墜ちた瞬間である。

基地の外壁の一部が、消し飛んだ。

ヘクトルやディロイが潜んでいたのかと思ったが、違った。元々構造が脆くなっていた所に、黒蟻や凶蟲が、地道に攻撃を続けたのだ。

ここぞとばかりに、蜂が基地へと強襲を掛ける。

傷つきながらも必死に戦う強化クローンの兵士達が、見る間に針の餌食になって行く。

此処で、池口が動く。

今まで温存していたネグリングで射撃を開始、蜂の群れを叩き落としに掛かる。だが、外壁に開いた穴の存在は大きい。

此方で幾ら引きつけても、敵は次々に基地へとなだれ込んでいく。

ベガルタは、全方位から攻撃を仕掛けてくる敵の対処で手一杯。

もたない。

「生き延びている兵士は、外壁の上に! ストームと合流しろ!」

「その命令は却下。 持ち場を死守」

冷酷な命令が出される。

基地司令官だ。

強化クローンの兵士達は、基本的に人間には逆らえない。その場で立ち止まり、敵に見る間に串刺しにされ、酸を浴びて溶かされ、噛みつかれて引きちぎられ。糸で吹っ飛ばされて、壁に叩き付けられて、動かなくなる。

五隻目。

六隻目。

輸送船が墜落していくが。巨大生物の猛攻は止まらない。

二カ所目。外壁が、崩落。

池口のネグリングが、蜂を全て処理完了。外壁の上で、黒蟻と凶蟲へ攻撃を切り替えるが。

敵は既に、戦略上の目的を達していた。

七隻目の輸送船が墜ちると、敵は撤退を開始。

残されたのは、既に用を為さない基地。強化クローンの兵士達は、その場で死守することを命じられて、殆ど生き残ることが出来なかった。

基地に戻る。

首が引きちぎられて、地面に転がっている兵士の亡骸。さっき、基地の外へ、連絡をしてきた兵士だ。最近は生体識別で、すぐに相手の素性が分かるのである。首はぐちゃぐちゃに潰れて、壁の染みになっていた。

へたり込んで、泣いている兵士。

感情が希薄な強化クローンなのに。それほど、怖かったという事だ。

地下から、のうのうと司令官が出てくる。

此奴はともかく。流石に周囲にいる兵士は、ばつが悪そうにしていたのだけが救いか。

「敵の撃退、お疲れ様です」

「……」

流石に、弟もキレそうになったようだが。

今度は私が止める。

周囲を見回す限り、生きているのは、泣いている兵士だけだ。此処に残してはいけないだろう。

「もうこの有様では、旭川基地の防衛は不可能でしょう。 後は入り口を封鎖して、地下に潜ることとします。 大阪基地のように」

「本部には、そう伝えておきます」

「よしなに」

白々しく敬礼をかわす。

シェルターに籠もるために、邪魔者を処理する必要があった。そう、顔には書かれていた。

ナナコが手を貸して、泣いている兵士を立たせる。

見かけもよく似ている。私の遺伝子を使っているというのなら、なおさらだろう。東京基地へ連れて行く。状況を見て、ストームチームで面倒を見るかも知れない。まあ、その辺りは弟の判断次第だ。

弟が、本部に連絡を入れる。

旭川基地も、これで事実上陥落だ。福岡が墜ちるのも、そう時間が掛からないだろう。

日高司令は、状況を聞くと、肩を落としたようだった。

「そうか、分かった。 出来るだけ急いで戻ってきて欲しい」

「敵の巧妙な作戦の前に、救出が叶わず、申し訳ありません」

「いや、この状況下だ。 もう、旭川は陥落していたのだ。 君達の責任では無い」

状況から考えて、敵は既に戦略的目的を達成していた。

その上でもてあそばれたのだ。

これから、更に戦況は悪くなる。

だが、一縷の希望だけは見えた。

弟が提案してくれた例の方法なら。或いは。

ヒドラが出る。

また、すぐに戦いにかり出されることがわかりきっているからか。私はもう、何も喋る気にはならなかった。

 

(続)