終わりゆく人類文明

 

序、極秘作戦

 

東京基地に戻るやいなや、私だけが日高司令に呼ばれた。娘がおかしくなっている事について聞かれるのかと思ったのだが。内容は違っていた。

連れて行かれたのは、東京基地の地下司令部。

其処で日高司令は待っていた。

「良く来てくれたな、嵐はじめ特務少佐。 いや、間もなく中佐だな」

「恐縮ですが、特務中佐と言えば准将待遇。 本当に良いのですね」

「ああ、構わない。 今、東京基地の幹部として活動している人間は、全員が賛成している事だ」

そうはいうが、これが敗戦確定したからの大盤振る舞いである事は、誰に言われなくても分かる。

もう、皆自棄になっているのだ。

護衛の人員も少ない。

地下のあまり電力が足りていなさそうなエレベーターを使って、降りる。行く先は、大深度に作られている、研究設備だ。

現在、東京基地は、地下シェルターと構造を接続するべく、急ピッチで動いている。戦闘人員以外の全員が、作業をしていると言っても良い。

地下シェルターの最深部には、強化クローンの製造装置が運び込まれ、戦力補充のため、フル回転で稼働している。

地下へ移動した医療設備も、けが人を可能な限りの速度で、現状復帰させるべく必死だ。

今や東京基地は。

地上よりも地下の方が、賑やかになっている。

かっての地下鉄や構造物も、全て利用されている。各地のシェルターからの人員輸送も続けられていて、今や極東だけではなく。人類にとって最後の砦に、東京基地はなりつつあった。

そんな地下の一角に、研究設備がある。作られている事は知っていたが、足を踏み入れるのは初めてだ。

無能を揶揄されるEDF上層部だが、一方科学陣の能力を疑う者はいない。事実、私と融合した地下の彼奴の助力があったとはいえ、それを形にした能力は高い。小原博士のように、必ずしも有能とは言いがたい人材もいるけれど。実務をしている科学者達は、皆優秀だ。

研究施設は、かなり広い。

実際のデスクスペースはこじんまりしているようなのだけれど、奧の兵器研究スペースは、逆にだだっぴろい。

奧に鎮座しているのが、噂に聞くベガルタM3の最終形態、バスターロードだろう。ドラゴンの群れを単独で相手に出来るコンセプトだという。此処で最終試験が上手く行けば、筅が使う事になる。

その後、設計図を各地に輸送し、反撃の鏑矢となる予定だが。

その日が来るか、それについては全く分からない。

白衣の研究士官に敬礼しながら、日高司令について歩く。案内されたのは、研究施設の奥の奥。

其処は照明が薄暗く保たれていて。

そして、小原博士と、三島が待っていた。

「小原博士、例のものを」

「此方です」

小原が出してきたのは、立体映像投射装置。

なるほど、例のものというのは、データか。

映像が、浮かび上がる。

それはあまり趣味が良いとは言えない代物だった。

頭部である。

黒蟻、赤蟻。凶蟲。レタリウス。蜂。ドラゴン。

今までEDFが血を吐きながら倒してきた巨大生物たちの頭部を、立体的に分析し。なおかつ、縦に割った断面図。

蟻たちの頭部に関しては、神経節が表示されているが。

知ってはいるのだが、やはり本来の昆虫のものよりもずっと大きくて。脳と言われれば、そうだと納得してしまいそうなほど。

また、ドラゴンに関しては。

かなり大きな脳が、頭の中に詰まっている。

これに関しては、蜥蜴に似ていることもある。別に不思議では無い。頭蓋骨に守られた脳は、かなり容積も大きい。

更に、それぞれの巨大生物ごとに、複数種類が並べられている。

「これが、どうかしましたか」

「うむ。 以前から仮説が上がっていたが、巨大生物はそれぞれが緊密な連携を取るために、何かしらのネットワークを構築している。 色々な説があったが、やはりオカルト的なものではなく、科学的な何かが、それに影響している。 そして巨大生物同士が絶対に共食いをしないことや、フォーリナーの兵器との緊密な連携をする事から考えても、確実に奴らには知性もある」

其処で、頭部を徹底的に分析したという。

なるほど。

その結果が出た、と言う訳か。

そしておそらく今回呼ばれたのは。むしろ私よりも、地下の彼奴の助力が必要になる、という事なのだろう。

「神経のこの部分。 どうやら、ある種の電磁波を出しているようなのです。 その帯域は、ある一定のパターンで変化し続けていて、暗号も同然。 故に今までは、どうしてもキャッチ出来ませんでした」

「キャッチ出来たのですか」

「出来たには出来たが」

分析結果が表示される。

それは波のように動いていて、ゆったりと変化し続けてもいる。なるほど、呼ばれた訳だ。

暗号解読をしてほしい、という事なのだろう。

二重の暗号。

それも、変動パターンはキャッチ出来ても、此方が察知したと分かれば、確実にパターンを変えてくるはずだ。

奴らの脳には、それが出来る能力が備わっている。

もっとも、特別に凄いというわけではないだろう。

人間の脳も、各種の感覚器官が捕らえた情報を、高速で分析して、様々に変換しているのだから。

意図せずに本能的にやっている、ということだ。

地下の彼奴の意識とリンクする。

呼び出すのに苦労したが。出して見ると、奴はしばらく暗号の波を見てから、理解したようだった。

「ふむ……」

「何か分かりそうか」

「分かるも何も」

奴らはこう言っている。

おそらく、情報網を察知された。切り替えるべし。

以降は、ダミーを流す。

小原博士が、大きく嘆息する。

以前察知された情報でこれだ。今は更に別種のやり方で、情報をやりとりしているに違いがない。

やはり此処でも、フォーリナーは一枚上手を行っている。

こういった情報戦などで、此方に尻尾を掴ませる気は無い、ということだ。よくあるSF映画などで、人類の英知が醜いエイリアンを撃退するが。星の海を渡って来ている超文明の持ち主が、それくらい対策していないはずもない。

「だが、今回はこれで、敵に迫る事は出来た。 今の分析結果を、調査班に廻しておく」

「無益だと思うが」

「今までのデータも出す。 何か有益な情報はないか」

見せられる波形。

ざっと見てみるが、いずれもが、作戦行動時の内容ばかり。後退。前進。攻撃開始。撤退。そんなものばかりだ。

いずれにしても、役に立つ情報はなかった。

無言で三川が、データを切り替える。

これはと聞くまでもない。

ドラゴンの頭部。

しかもこの様子だと、ごく最近に殺したものだろう。スカウトが回収してくるのも、命がけだった筈だ。

「ドラゴンについてですが」

三島が、話を切り替える。

小原博士が説明しないという事は。此奴の独自研究、という事だろう。専門は兵器開発の筈だが。

或いは、他のチームがまとめた情報からなのか。

それとも、もう専門がどうのと言っていられないほど、忙しいのかも知れない。確かに最近は、殆ど此奴はちょっかいを出しに来ない。

「おそらく、情報を並列で共有しています。 戦闘経験値を蓄積するのが目的なのでしょう」

「ウィルスの類は無駄だぞ」

並列化したデータに、バグやウィルスを流し込んで、一網打尽。SF映画などである手段だが。

そんなものは、ドラゴンの頭脳のフィルターで弾かれておしまいだ。

見かけは原始的な生物でも。

強力なアーマーで武装し。王水に近い凶悪な酸を放出し。

重火器に等しい火力を実現する。

そんな生物に、人間の常識なんぞ通用しない。見かけよりも、遙かに優れた技術が搭載された存在なのだ。

まあ、当然だろう。

フォリナの現状打開派にとっては、未来を切り開くための肉体なのだから。それくらいのスペックは搭載していて当然である。

「いえ、蓄積した情報を取り出せれば、或いは此奴らが必要なデータを得られたかどうかと言う判断が可能かと思います」

「……なるほど」

「どうでしょう。 この死体を見る限り、現状はどれほどですか」

地下の彼奴は、じっとドラゴンの脳を観察しているが。

しかし、奴も結論は出せなかった。

流石に、脳の状態を見ただけで、蓄積している情報量を把握するのは、厳しいという事なのだろう。

首を横に振る私を見て。

流石に、三島は。

いや、日高司令も、肩を落としていた。

「流石にそう容易には行かんか」

「この脳は、ニューロンとは別の仕組みで、情報を蓄積して分析に役立てているようなのです。 その仕組みだけでも分かりませんか」

「無理です」

「……」

残念そうに、小原博士が肩を落とした。

だが、幾つか前進したこともある。一気に核心に迫る事が出来なくても、これで我慢してもらうほかない。

地上に出るまでの間。

日高司令は無言だった。

 

地上に出てから、通信がある。

戦術士官からだ。

「欧州司令部との連絡が途絶しました。 もはやあちらでの戦況が、どうなっているか全く分からない状況です」

「陥落したか」

「いえ、周辺の状況を見る限り、アースイーターによる電波妨害の可能性が高いかと思われます」

「本当だろうか」

明言は、戦術士官でさえ避けた。

私は嘆息すると、久方ぶりの寮に戻る。弟は黙々と豚カツを揚げていた。物資だけは豊富にあるから、気にしなくて良い。

「姉貴、何かあったか」

「欧州の件以外は、研究が進展していないと言う事を目撃しただけだ」

「そうか。 そうだろうな」

ブレインの足跡については、かなりの所まで迫っているようだが。実際にそれを目撃し、捕捉するまでは、どうにも言えない状況だ。

ドラゴンの知識蓄積に関しては、今までの地球での戦闘経験が蓄積されていくだけでも、相当なものになるはずだ。

しかし、それも後どれだけ耐えれば良いのか。

地下の彼奴でさえ、これについては分からない様子だし。私としても、どう応えて良いものか。

「出来たぞ」

「食べてもいいか」

「ああ」

弟との間では、殆ど会話は必要ない。

黙々と、ただ情報をやりとりするだけ。

机につくと、ナプキンを付ける。二人でいるときだけは、残っている習慣だ。昔、一人だけ、まともな教官がいた。その人は、嵐姉弟に、人間らしい思考をあげたいと考えたようで、こういうことをさせた。

殆どあの人に教えられた習慣は、二人の中でさえ残っていないけれど。戦乱の中で命を落としたあの人のためにも。二人でいるときは、こういう行動をしているのだ。

豚カツは温かくて良く出来ていた。最初の頃はあまり美味しくなかったのだが。今食べている豚カツは、お店のものほどではないにしても、そこそこ美味しい。

黙々と豚カツを食べ終えると、寮の奧にあるカプセルで休む事にする。弟は、皆の訓練を付けに行くつもりの様子だ。

思い詰めている奴も多い。

日高少尉が壊れてからというものの、皆の気鬱は増すばかりのようだ。黒沢は平然としているが、それも内心ではどう思っているか。

しばらく、無心に休む。

少しでも、傷を回復させなければならない。

心の負担も、軽減しなくてはならない。

目が覚めて、カプセルから出ると、即座に通信が来た。或いは、休みを終えるのを、待っていたか。

次の任務だ。

わかりきっていたが。過酷な内容である。

神奈川の瓦礫と化した港湾地帯に、敵輸送船が出現。新型輸送船である。しかも、ディロイを多数投下しているというのだ。

ヘクトルでは無くディロイ。

しかもそれが多数と来たか。

勿論内容は分かりきっている。

「このままだと東京基地が直接脅かされる。 すぐに撃破してもらいたい」

「イエッサ」

弟に通信を入れる。

そうすると、一つだけ朗報があった。

「姉貴、ベガルタの新型がようやく配備されたぞ」

「バスターロードか」

「そうだ。 最終調整が終わって、とうとう実戦投入だ」

今回のバスターロードは、ドラゴンの群れと戦う事を主眼に置いて設計されている。ディロイの群れが相手だとしても、ひけは取らない、筈だ。

流石に相手がディロイの群れと言うこともあって、今回は幾つかのチームも支援として配置される。

だがそれでも兵力が足りないのが、目に見えていた。

ベガルタがどれだけやれるか。

前評判通りに活躍できるのか。

それとも。

ヒドラに向かう。途中で涼川と合流。どうも調子が良くないエミリーと一緒に、軽くジープでドライブして気を紛らわせていたらしい。

幸い物資だけは余っているので、偵察という名目なら、こういうことも許されている。息抜きをしている兵士は、他にもいる。私も、あまり目くじらを立てようとは思わない。涼川のジープの後部座席に乗る。側には、威圧的な銃座が、空を向いて配置されていた。

「やっと新型のベガルタが来たって?」

「耳が早いな。 そうだ」

「でも敵はディロイの群れなんだろ? 輸送船がディロイまで運べるって言うのは、ぞっとしねえよなあ」

「そう、だな」

勿論作戦には、輸送船の撃墜も含まれている。

ドラゴンが現れる可能性も高い。奴らへどんどん蓄積されている戦闘経験は、そのままフォーリナー。いや、フォリナ現状打開派にとっては、未来の希望になるからだ。多少ドラゴンを削られたとしても、そのこと自体にかわりはない。

ヘリポートで、みなと合流。

日高少尉は、非常に嬉しそうだった。敵がディロイの群れと聞いて、なおさらの様子である。

まもなく中尉に昇進することが確定のこの娘は。

もう、取り返しがつかない所で、壊れてしまっていた。

点呼を取った後、ヒドラの中に。

バスターロードは、あった。

壊れてしまったファイアロードの代わりに。

大きさはそれほど変わらない。

しかし装備している兵器のものものしさが、以前とは比較にならないほどだ。一つ、当初の報告とは違っている事もある。

配備しに来た士官が、説明してくれる。

「これは高性能の試作機で、これで実戦経験を取った後に、ダウングレード版として量産するのがバスターロードとなります。 バスターロードそのものは、多少機動力を落とし、対ドラゴン戦をも含めた、ベガルタ最強の重火力型になる予定です」

「そうなると、此奴はなんと呼べばいい」

「コードナンバーはAXです」

「ふむ……」

AXか。

近距離戦でのコンバットバーナーだけでは無い。遠距離戦を含めた兵器を、合計四種類も装備している。

これで機動力と防御力を維持しているのだから、如何に強力な試作機として作られたか、と言う話だ。

そういえば地下の兵器実験場で見たものとも、少し形状が違っている。

あれはダウングレード版として落とし込んだバスターロードか。

早速士官が、筅にマニュアルを渡している。

覚えが良い筅は、すぐに内容を飲み込んで行っている様子だ。

「少しは戦力差が埋まりそうだな」

隣に来た弟が、ほんの少しだけ嬉しそうにしていた。

 

1、機獣軍団

 

かつて異国からの艦隊が到来もした、一大港湾地帯。

しかし其処は既に廃墟となり。

うち捨てられた倉庫群の間に、数機のディロイが鎮座している。上空にいるのは、新型輸送船。

双眼鏡を覗いていたほのかが、いつも通りのんびりといった。

「おかしいわねえ」

「どうした」

「ディロイの足が短いの。 ひょっとすると、輸送船では運べるディロイに限界があるのかも知れないわ」

私はフェンサースーツの調整をして、遠くを確認。

ちょっとみた感触ではさっぱり分からないのだけれど。ほのかがそういうのならば、そうなのだろう。

優れた視力と観察力を持つほのかは。

最強のスナイパーを支える、最強の観測手だ。

彼女の言葉には、千金の重みがある。

現時点で確認される敵戦力は、ディロイ6、大型輸送船が3。大型輸送船は、すぐに撃破してしまった方が良いだろう。

ただ、確実に空間転移を駆使してくる。

最初にビーコン弾を撃ち込まなければならないが。

その後、確実に反応するディロイを、手前から潰して行く。

もしも、足が短いタイプとなると。

ダウングレード版かも知れない。

強力な装甲を持つディロイは厄介な相手だが。ダウングレード版なら、多少は与しやすい可能性もあった。

過大な期待は禁物だが。

弟が、先行した部隊に指示を出している。一旦後退して、ストームと合流。

その後は、敵を一機ずつ集中攻撃。

まあ、基本的な作戦だ。

ましてや、敵がこれから増援を投入してくるのは確実なのである。

「筅軍曹」

「はいっ」

「ベガルタバスターロード改め、試作ベガルタAXの性能試験をしておきたい。 まずは遠距離攻撃からだ」

攻撃指示を、弟が筅に指定。

筅がベガルタを一歩前に出す。機動力は若干ファイアロードより劣るか。しかし、動きそのものは軽やかで。

前大戦で、歩く棺桶と評されていた、ベガルタM1とは比較にもならない。

あれは本当に、火力だけはあったが。操縦が極めて難しく、殆ど扱える代物ではなかった。

ベガルタに装備されている砲が狙いを定める。

発射。

一斉に、ディロイが反応する。その内の一機が、円盤状部分から盛大に煙を上げ、大きく傾いだ。

事前にほのかが言っていた通りだ。

かなり足が短い。

それに、装甲も甘いようだ。ベガルタが装備している最新鋭砲とはいえ、彼処までのダメージを与えられたのが、その証拠である。

「戦闘開始。 手前のディロイから、順番に撃破する。 フェンサー部隊はシールドを構えて、敵のプラズマ砲とレーザーから味方を守れ」

その間に、ストームチームと、レンジャーチーム二つ、ウィングダイバーチームで敵を葬る。

一機目のディロイが、更にベガルタの砲撃を浴び、爆散。

なかなかの火力だ。

流石にコスト度外視で作成された試作機というだけのことはある。ディロイの一機が、プラズマ砲を発射。

「回避しますか」

「いや、直撃を受けろ。 耐久試験をしておこう」

「イエッサ!」

筅はその場に留まり、味方の盾となって、敢えてディロイのプラズマ砲を直撃させる。

しかし、煙が晴れると。

ベガルタは、多少アーマーを削られながらも、殆ど無傷のまま、其処に立っていた。

喚声が上がる。

これは予想以上の性能だ。

ひょっとすると、行けるかも知れない。

私はガリア砲をぶっ放し、一機ずつ集中攻撃を浴びせていく。ライサンダーの弾が集中し、煙を上げはじめた一機が。

まず、私のガリア砲によって、消し飛んだ。

これで二機。

戦況は、必ずしも不利では無い。

少しずつ、味方は前進を開始する。

 

「筅軍曹、調子は」

「問題ありません!」

ベガルタM3AXをもらって、私は、出来るだけ上擦った声を抑えるように、努力しなければならなかった。

凄い機体だ。

装備している武器を、順番に試すように、言われた。

ストームリーダーは、これだけ戦況が悪化しても冷静だ。きっとだからこそ、このような末期戦でも、心を壊さずに、指揮を続けていけるのだろう。

ベガルタのコックピッドで、私は表示され続ける無数の情報に目を通し続ける。この機体、性能は凄いけれど、あまりにもピーキーだ。一秒ごとに飛び込んでくる情報と操作要求が、多すぎる。

今まで培った経験と。

ベガルタ乗りとして磨いてきた力を、フルに動員しなければ、これは動かせないし。如何に絶望的な戦況で、多くのEDF戦士が鬼籍に入ったからと言っても、私なんかが扱って良いという事にはならない。

「筅軍曹、次の攻撃目標を指定する」

「イエッサ!」

ストームリーダーの言うまま、次の敵をロックオン。

基本ベガルタは、左右対称に武器を持つ。多くの場合コンバットバーナーを両手に、砲を肩に。

しかしこの機体の場合は、両手両肩、全てに違う武器を搭載している。

コンバットバーナーとリボルバーカノンを両手に。打ち上げ式のミサイルに、そして大威力大口径の主砲を両肩に。

つまり、それだけテクニカルに戦う事を要求されるのだ。

足が短いディロイが、レーザーとプラズマ弾を撃ち込みながら、近づいてくる。味方の猛攻で一機ずつ潰されているけれど。敵は盾を構えてスクラムを組んでいるフェンサー部隊や、倉庫に隠れて狙撃戦を仕掛けているレンジャー部隊には興味が無い様子。ひたすら、ストームチームを狙ってきている。

私は、盾にならなければならない。

プラズマ弾が飛んできたので、機体で受け止める。

衝撃が来る。

頑丈だったファイアロードよりも、更に強力。

余裕を持って受け止めると、肩の主砲を発射。傷ついていたとはいえ、ディロイの円盤を貫通、爆破炎上させた。

砕けて瓦礫になるディロイ。

喚声が上がる。

「おっしゃあ! すげえなオイ!」

「上手く行きすぎる」

喜んでいた涼川さんに、ストームリーダーが釘を刺した。

確かに、私もそう思う。

足が短いディロイは性能が微妙で、決して味方部隊でも倒せない相手ではない。もはや東京基地で息をひそめているEDF極東の戦力だけれど。このベガルタが量産されれば、或いは。

物資だけはある。

まだ生きている基地と工場に、この設計図を送る事が出来れば。

数が減っても、ディロイは旺盛な攻撃意欲を捨てない。

機械なのだ。

恐怖も絶望もないのだろう。

プラズマ弾を喰らって、倉庫に隠れていたレンジャーが吹っ飛ぶのが見えた。負傷者が、キャリバンに運ばれて行く。

最近は日高少尉はもうキャリバンを操作していない。

この間頭のネジが飛んでから、明らかに戦闘能力が格段に向上して、むしろ前線で敵を倒すことが多くなった。キルカウントが凄まじいので、その方が却って被害が減るのだ。前は、怪我したら、日高少尉が必ず飛んできてくれた。それがとても頼もしかった。

主砲をうち込む。

巨大な薬莢を排出しながら、直撃を確認。

またディロイが一機沈む。

敵新型輸送船が、不意に消える。何処かへ移動したのでは無く、逃げたのだと、ビーコンの反応から分かったけれど。

しかし、嫌な予感がする。

「残りを急いで片付ける! 全員、火力を集中!」

「イエッサ!」

ストームリーダーが叫ぶ。

きっと、同じように、嫌な予感を感じたのだろう。

フェンサー部隊も攻撃に転じ、ハンドキャノンを雨霰と残ったディロイに浴びせる。最近はやっと味方フェンサーも、ある程度機動戦が出来るようになってきた。フェンサースーツの技術が、向上したのだ。

彼らを支援するべく、私はどんどんベガルタを前に出す。

敵がレーザーを至近からうち込んでくると、味方が一気に倒されてしまう可能性が大きい。

リボルバーカノンを乱射しながら、敵に接近。

相手も、此方を危険な存在と認識。

レーザーを此方に集中してくる。

アーマーが削られていくけれど。味方が死ぬよりずっとマシ。主砲を叩き込んで、ついに最後の一機を黙らせる。

薬莢が排出される音を聞きながら、私はため息をついた。

これで、一段落か。

「筅軍曹、一旦ヒドラに戻り、補給を受けろ」

「イエッサ! 直ちに!」

高機動ベガルタの完成形だったファイアロードほどでは無いけれど、このAXも高い機動力を持つ。

ブースターを吹かし、もはや廃墟となっている港湾地区を飛び越えていくと。

レンジャー部隊やフェンサー部隊が、喚声を挙げながら手を振っているのが見えた。勝利に貢献して、味方を守る事が出来たのだ。

目を細めて、感謝を素直に受け取ることにする。

ヒドラに到着。

中に滑り込ませると、すぐにコックピットから出た。

「補給を急いでください。 アーマーの張り替えも」

「味方は勝ったと聞きましたが」

「きっとあれは、おびき寄せるための餌です。 あまりにも弱すぎました」

「分かりました。 即座に」

少し前に、スタッフに加わってくれたカトリーヌちゃんが、パワードスーツを使って、力仕事をこなしているのが見えた。

彼女は器用で、スタッフに教えられながら、見る間に技量を伸ばしている。

もう、皆もその努力と頑張りを認めて、カトリーヌちゃんを邪魔者扱いはしていない様子だ。

少しだけ、カプセルで仮眠を取ることにする。

バイザーに通信が入った。

ストームリーダーからだ。

「可能な限りすぐに戻ってこい。 新手が来る可能性が極めて高い」

「分かりました。 カプセルから、出来るだけ急いで出ます」

「悪いな」

味方の損害は軽微。

だが、もたついていると。

きっと、それは過去の話になる。

十五分だけカプセルで休んだ後、すぐにベガルタの所に戻る。

分厚いアーマーも補充完了。

武器類の再装填も完了していた。

壊れていないのだから、メンテナンスがすぐ終わるのは当然か。私はすぐにコックピットに乗り込むと、出る。

フラグを振って、整備長が出撃を周囲に知らせる。

さっとスタッフが散る。

整備スタッフもアーマーを付けるのが普通だけれど、それでも何をしても死なないというわけではない。

ベガルタに踏まれたら、大けがではすまないのだ。それほど大型では無い戦闘マシンとはいえ、である。

移動しながら、弾薬の状況、燃料の状況、いずれをも確認。

味方は後退しながら、油断なく敵の襲撃を警戒している様子だ。そして、港湾地区から撤退を完了しようとした瞬間。

奴らが来た。

空に、無数の六角形が姿を見せる。

アースイーターだ。

「来たな……!」

ジョンソン大佐が、皆に警告する意味もあるのだろう。

敢えて口に出して、そう言った。

アースイーターの輸送能力は、輸送船とは比較にもならない。以前出撃が報告されていた、足が長い強力なディロイも投下してくるはずだ。そしてストームチームは、敵と可能な限り激しく戦うようにと指示されている。

ある程度、戦っていかなければならない。

ストームリーダーが、逃げ腰になる味方チームを叱咤。

ストームチームはアースイーターとも戦い慣れているけれど。味方チームは、そうでは無い。

「レンジャーチーム、フェンサーチームは、アースイーターに攻撃を開始! コアをまず狙い、その後は砲台を叩け」

「し、しかし」

「此処で少しでも敵をたたけば、他地域の味方がそれだけ有利になる! コアはつぶせるし、砲台は見かけよりずっと脆い! 艦載機やディロイは此方に任せろ!」

前線に急ぐ。

艦載機やディロイが、すぐに出撃し始めた様子だ。青ヘクトルも、投下されている様子である。

相手は戦闘経験を欲しがっている。

そのうち、ドラゴンが姿を見せるかも知れない。

急がないと、味方が大勢死ぬ。

敵の一部が見えた。上空に展開しているアースイーターの砲台が、さっそくレーザーを放ちはじめている。

リボルバーカノンを連射して、見える範囲の砲台を、片っ端から落としていく。

勿論反撃が来る。

可能な限り無視。

まずは前線に出て、味方の支援だ。移動中、駄賃に叩いていける砲台は叩くけれど。前線に辿り着くのが最優先。

味方が見えてきた。

ディロイも。

ハッチを既に香坂夫妻と黒沢軍曹が破壊したようだけれど。それでも既に三機のディロイと、七機の青ヘクトルがいる。

味方は上空のアースイーターに掛かりっきり。

味方に渡されている武器の威力も、青ヘクトルが現れたころより遙かに改善しているけれど。

それでも、敵が強い事に代わりは無い。

爆裂、味方が吹っ飛ぶ。

悲鳴を上げながら飛んでいく味方が、地面でバウンドするのが見えた。

最前線に飛び込む。

青ヘクトルが、今ガトリングを放とうとしていた。其処に割り込むと、主砲を至近から叩き込む。

一撃で、装甲が拉げる。

其処へおそらく、はじめ特務少佐の放ったガリア砲弾が直撃。青ヘクトルが、爆沈炎上した。

だが、敵も此方に、火力を集中してくる。

ブースターを吹かし、上空に。

出来るだけ注意を引くためだ。リボルバーカノンを乱射乱射乱射。青ヘクトルが、見る間に消耗していく。しかし、此方のアーマーも、六体の青ヘクトルと、更にディロイ三機を相手にしていれば、もたない。

戦術士官から通信が来る。

「スカウトより通信! ドラゴンの一部隊が出現! 此方に向かっています!」

「接敵までの時間は」

「およそ三十分ほどです」

「充分だ」

ストームリーダーの淡々とした受け答えが、本当に心強い。

敵の懐に飛び込む。

既にはじめ特務少佐やストームリーダーの猛撃を浴びてダメージを受けていた青ヘクトルに、コンバットバーナーの火力を叩き込む。リボルバーカノンを、至近から浴びせる。下手なダンスを激しく舞う青ヘクトルを。

文字通り、紙くずのように引き裂く。

膝から腰砕けになる青ヘクトルは無視。次に、主砲を叩き込む。

爆発さえ盾にしながら、移動。敵に近づく。

殴り合いをするため。

そうすることで、可能な限り、みんなの被害を減らすのだ。

みんなはいう。

筅はベガルタに乗ると、性格が変わる。

それは、理解している。でも、それ以上に私は。みんなを守るために、戦いたい。そしてみんなを守るというのは。

敵を殺すと言う事なのだ。

火力を集中して、敵を片っ端から薙ぎ払う。

谷山さんが電磁プリズンを展開。更に多数のセントリーガンを配置して、レンジャーとフェンサーが拠点にする場所を構築。

キャリバンや他ビークルもその中に逃げ込むと、敵への火力投射に集中。

既に敵は半減。

はじめ特務少佐も、私と同じように最前線に出ては、ディロイを次々に叩き潰していた。最後のディロイが、集中攻撃を受けて沈む。香坂夫妻の、イプシロンからの射撃がとどめになった。

砕けて落ちていく円盤。

最後の青ヘクトルは盾を持っているタイプだったけれど。

私はアーマーの残りを横目に、突入。

タックルを浴びせて、揺るがせると。

至近から、主砲を叩き込み、爆破した。

「筅軍曹、損害は」

「コンバットバーナーとリボルバーカノンはまだ半分ほど残っています」

「よし、密集隊形を維持したまま後退。 間もなくドラゴンと接触する。 此奴らを叩いてから、味方基地へ帰還するぞ」

キャリバンがヒドラに戻っていくのが見えた。

負傷者で一杯なのだろう。

ストームチームだって、全員が無事だとは思えない。

アースイーターは、まだ健在。かなり砲台を叩き、ハッチは全て潰しているけれど、それでも断続的に味方に攻撃がある。

タンクデサンドした味方が撤退開始。

私は最後尾に残って、アースイーターの砲台を叩きながら下がる。程なく、レーダーが真っ赤に染まった。

ドラゴンだ。

見た感じ、三部隊はいる。

奴らは今や、どんな機械兵器よりも、EDFの戦士達に怖れられている。だが、ストームリーダーの声が、彼らを落ち着かせる。

「よし、建物の影に隠れて、まずは火力投射を乗り切れ。 その後、空に攻撃を、アサルトかショットガンで撒け。 飛行中のドラゴンは、弾が当たりさえすれば怯む。 最初の一撃さえ耐え抜けば、勝機はあるぞ」

「イエッサ!」

谷山さんが、電磁プリズンを張り直す。

更に強力に。

きっと、今まで温存していた全ての分だろう。私もその内側に入ると、急速接近する敵の反応を見て、生唾を飲み込む。

ドラゴンが、ついに空に姿を見せる。

接近してくる奴らは、終焉の使者そのものだ。

火球の雨が降り注ぐ。

分厚く張られた電磁プリズンが、見る間に消耗していくのが分かった。私は充分に敵を引きつけると、ミサイルを発射。数匹を撃墜。更に近づいてくる敵に向けて、リボルバーカノンを乱射。

何匹かは落とすけれど。

それが何だと言わんばかりに、敵が突入してきた。

電磁プリズンが、三百匹分のドラゴンの火球を浴びて、崩壊。

味方も反撃を開始するけれど。

見る間に被害が増えていく。

ストームリーダーの冷静な指揮がなければ、一瞬で全滅してしまったかも知れない。私はドラゴンの火球を散々浴びながらも、最前線でコンバットバーナーとリボルバーカノンを駆使。

敵を片端から、撃墜し続けた。

 

戦いは、夕刻まで続いた。

ヒドラまで撤退。味方の死者も相応の数に上った。私はベガルタで最後尾を守りつつ、撤退。結局、ヒドラに乗ったのは、最後だった。

東京基地へ急ぐ。

他のチームを乗せたヒドラも、急いでいた。

もはや絶対防空圏がない現状。何処にいても、安全では無い。

東京基地の地下病院だって、ジェノサイド砲を喰らえば危ないかもしれないのだ。敵地に等しい場所で、のんびりはしていられない。

日高少尉は、今回の戦いで二十七匹のドラゴンを撃墜。キルカウントは、今回の戦場限定で、ジョンソンさんを超えた。

結局ドラゴンは七部隊が出現。

二百ほどを失った後、これで充分といわんばかりに撤退していった。

味方ビークル類も酷く傷ついている。

ただし、ネグリングは無事だ。

池口さんが、非常に冷静に立ち回って、ドラゴンの集中攻撃を避けたのである。

ただ、負傷者も多い。

ナナコちゃんはかなり酷い火傷を受けていて、今診察を受けたあと、カプセルで休んでいる。エミリーさんはドラゴンに噛まれた。三川さんも。

二人とも、即座にその場でストームリーダーが救出したけれど。

プラズマジェネレーターはかみ砕かれてしまって、すぐに戦場を離脱した。今も、カプセルで休んでいる様子だ。

ドラゴンは、ウィングダイバーには相性が悪すぎる。二人は味方の支援を受けながら良く戦っていたけれど、ドラゴンだけは現時点ではどうにもならない。早急に戦術を練らないと危険だろう

コックピットから降りると、ハンガーの隅にあるベンチに移動。そこでぼんやりと、天井を見上げた。

脳を使いすぎて、鼻血が出そうだ。

膨大な情報を処理しなければならない。

それを集中力で無理矢理こなしていたから、反動が凄まじい。チョコを口に入れるけれど、それでも足りていない。

気付くと、肩に手を置かれていた。

はじめ特務少佐だ。

「カプセルで休め」

「は、はい」

「見事な活躍だった。 次も頼めるか」

「出来るだけ、やってみます」

みんなは守れたけれど。

しかし、初陣のAXにも、かなり無理をさせてしまった。特に最後のドラゴン戦では、アーマーがかなり危険な所までいった。

言われるまま、カプセルに入る。

フェンサースーツを解除すると、はじめ特務少佐も、隣のカプセルに入った。

フェンサースーツを脱ぐと、はじめ特務少佐は思いの外小さい。

私と同年代にさえ思えてくる。

でも、以前話は聞かされた。この人は、年を取ることが出来ない特異体質なのだと。ストームリーダーは逆に、倍の速度で年を取っていく体質。

そして、二人とも。

子供を作る事が出来ない体なのだ。

はじめ特務少佐の方は、遺伝子情報を解析して、第三世代の戦闘クローンに反映されている。ナナコちゃんがはじめ特務少佐にどことなく似ているのは、それが理由だ。いつも鬼神のように戦って、みんなの被害を私よりずっと減らしてくれているはじめ特務少佐だけれど。

人としても生物としてもいびつで。

今後も、人並みの幸せなんて、得られそうにない。

私だって、それは同じだけれど。

何だか可哀想に思える事も、時々あった。

気がつくと、基地に着いていた。

カプセルから出ると、まずは医師に診察を受ける。敵と直接戦ったわけではないのだけれど、医師は渋い顔をした。

「脳への負担が極めて大きいようだね。 今後、できるだけ連続戦闘は避けなさい」

「はい」

「生返事はしないように。 新型ベガルタは確かに圧倒的に凄い機体のようだけれど、それだけ負担も大きい。 下手な使い方をすると、廃人になるよ」

きっと、それは脅しでは無い。

でも、私は。

みんなを守れるなら、それも仕方が無いと思った。

その後、地下の研究施設に呼ばれる。一緒に来てくれたはじめ特務少佐は、既にフェンサースーツを着直していた。

大深度地下で、軽くミーティングをする。

データを見て、白衣の研究者達は、皆喜んでくれているようだった。

「新型ベガルタのデータは、かなりとる事が出来たな。 このデータで新型のバスターロードと、ファイアロードのバージョンアップが出来る」

「すぐに取りかかってくれ。 できれば、数機を戦場に投入したい」

「此奴が百機もいれば戦況を一機にひっくり返せるのだが、現状ではそれも望めないな」

私は、何も喋ることが出来なかった。

ただ、時々意見を求められては、しどろもどろに応えるだけだった。

ようやくミーティングから解放されて、地上に出ると。

空は曇っていて、いつ雨が降ってもおかしく無さそうだ。

いつ、次の戦いが来てもおかしくない。

私は、シミュレーションで訓練する同期達を横目に。与えられている寮で、寝ることにした。

少尉の辞任を受けたのは、その日の夕方。

まったく自覚はないけれど。

とうとうこれで、私も下士官になったらしかった。

 

2、襲来蹂躙

 

少しだけ眠っていた私は。

弟にコールを鳴らされて、カプセルから這い出した。

ここ数日で、大小二十二回の戦闘に参加。多くの敵を葬ったが、その分味方が負傷もした。

少しは休めるかと思ったのだが。

そうもいかないらしい。

カプセルの外で、おぼつかない指先で、フェンサースーツを着込むと。今度は、弟が直接通信を入れてきた。

「姉貴、すまんな」

「お前こそ、寝ているのか」

「大丈夫だ。 ある程度要領よくやっている」

「そうか」

寮を出る。

まだ真夜中だ。

昔は、夜を知らない街として、東京は世界最大のメトロポリスとしての威容を世界中に見せつけていたが。

しかし、今は。

東京どころか、もはやメトロポリスそのものが世界にない。

東京地下のシェルターには、人が増える一方。更に拡張するという話さえ出てきているほどだ。

少し前とは、地上と地下の生活者が逆転してしまっている。そして地上を制圧したフォーリナーは。

更に、戦いを求めている。

エレベーターに乗って、地下へ。

会議室に出向くと。最初に見えたのは、やつれきった小原博士だった。

「きたか、はじめ特務中佐」

「!」

そうか、ついに正式任命か。

これで私は准将待遇の特務中佐。准将が二人いる特殊部隊なんて聞いたこともないけれど、それが事実である。

弟も、そうなると特務大佐か。

これはますます、戦いが終わった後の地位が危ない。英雄が一瞬で座を奪われて、粛正される例なんて、歴史上枚挙に暇がないのだから。

デスピナ艦長と、親城准将。他にも見知った顔が幾つかあるけれど、それくらいだ。既に本部とは通信が取れなくなっているし、欧州も然り。

会議に参加している人数は、ぐっと減っていた。

「それでは、さっそく会議を始める。 小原博士、説明を」

「はい。 どうやら、ログの解析の結果、ブレインがいる場所を数カ所にまで絞り込めた模様です。 これから探査に向かいます」

おおと、周囲から声が上がる。

小原博士は数日ろくに寝ていない様子で、それが大変痛々しかったが。ついに成果を上げたのだ。

すぐに護衛の部隊が編成される。

どうやら現時点で、ブレインは極東にいるらしい。

幾つかある候補地点のそれぞれ一角に大きなクレーターがあるのだが、其処に潜んでいる可能性が高いそうだ。

他にも何カ所かに候補がある。

近い所から順番に廻る予定だと、小原博士は言った。

「これはおそらく、必死の隠密任務となる。 敵にとっては、戦闘経験を積むための交戦は大歓迎の筈だが、ブレインを叩かれることは死活問題だ。 だから狙いが察知されたら、きっと激しい攻撃を受けるだろう」

しかしそれでもやらなければならないと、小原博士は周囲を見回した。

この男は無能だと言われていて、事実その通りの部分もあるが。少なくとも、EDFの一員として、勇気と責任感だけは欠かしていなかった。

「我々が護衛につきましょうか」

「いや、君達は敵の注意を引きつける意味でも、別にやって欲しい事がある」

そう言って、日高司令が出してきたのは、映像。

九州のものだ。

福岡基地には、今九州からの敗残兵が全て集結している。近隣地方の戦力は皆大阪基地に逃れたのだけれども。それが故に、敗残兵は決して多くない。

今、その福岡基地が。

波状攻撃を受けている。

敵は福岡基地の戦力をある程度削って、自立的な行動が出来なくする目的があるのだろう。勿論、戦闘経験を積む意図もあるはずだ。

「敵はドラゴンが五隊から七隊。 福岡の長沼少将は必死に防戦しているが、そろそろ限界だと連絡が来ている。 其処で君達には、支援に向かって欲しい」

「分かりました。 すぐにでも」

「長沼少将と君達には、浅からぬ因縁がある事は分かっている。 だが、九州を失陥することは、今大きな損失になる」

失陥か。

実際には、もう極東でさえ、福岡、大阪、東京、それに旭川の四基地しかまともに機能していない。

しかも外に出て兵力を展開できるのは、東京基地のみ。

地下で必死に第三世代戦闘クローンを生産しているが、それでも一日に何百人も作れるわけではないし。

連日の戦闘で消耗していく人員の方が、遙かに多いのが実情だ。

弟は不満の色も顔に出さず、黙々と作戦に従った。

実際問題、以前出た情報。

敵を蓄積戦闘経験で満足させるか、首魁を叩くか。

その両方を、満たすための行動でもある。

ヒドラに歩きながら、全員に招集。ベガルタAXも、既に戦える準備は整っている。他のビークル類も、既に揃っている。

問題は相手がドラゴンという事だが。

それも、基地の防空能力と連携すれば、どうにかなるはずだ。

そう、現地に到着するまでは、私も思っていた。

複雑な経路を経て、ヒドラで九州に到着した頃には、早朝。そして、基地のヘリポートに着陸。

ヒドラを地下格納庫へ移動させながら、基地を見回して愕然とした。

まるで焼け野原だ。

防空兵器類は全滅状態。ビークルも、無事なものは殆どいない。彼方此方に焼け焦げたビークルの残骸。

ドラゴンの死骸も散らばっている。

これさえ片付けられないほど、戦況が悪いというのか。

「これは、まずいな」

一応外壁は生きているし、人員の反応もある。ヒドラの着陸に迅速に対応できたのがその証拠だ。

しかし、この有様は。

すぐに地下のヒドラから、ビークル類を全発進。

谷山が、応急措置として、電磁プリズンを展開した。すぐに地下の倉庫にアクセスし、在庫を調べるが、つながらないと谷山が嘆く。

電力設備は生きているけれど。

外壁は半壊状態で、赤蟻や黒蟻が、いつ侵入してきてもおかしくない。

外壁に上がってみる。

セントリーガンの残骸が点々としている。要塞砲は破壊されていて、もはや機能を残していなかった。

弟が、舌打ち。

滅多に無い事だ。

「どうした」

「長沼少将が通信に出ない」

「こっちです!」

手を振っている筅。

見ると、通信設備がやられている。しかも、である。

妙な物質が、付着している。

これは通信妨害を引き起こすものか。ドラゴンがこんなものを吐いて、通信を阻害したのだろうか。

少なくとも、今まで必ず通信できていた、バイザーのネットワークが潰されているのは事実である。

今、地上にいるメンバー同士では通信が出来ているが。

地下に逃げ込んでいる基地要員とは、連絡が取れない。生きているのは、間違いないのだと思うが。

「復旧はさせられるか」

「やってみます」

「ちょっといいか」

通信に割り込んでくる声。

秀爺だ。

言われるまま、私は外壁にまた上がる。一角で、双眼鏡を構えていた秀爺が、顎をしゃくった。

フェンサースーツの視覚情報を調整。

そして、思わず呻く。

地平の向こうで、ドラゴンが此方をじっと見ている。首を伸ばして、地面に張り付いたまま。

数は数百。

おそらく、福岡基地を攻撃し続けていた集団だ。

今の時点で、周囲にアースイーターはいないが。あの数が押し寄せてきたら、防ぎきれるかは分からない。

ジープが外壁下に来た。

乗っているのは、長沼と、数名のレンジャーだ。バイザーのネットワークがやられていて、地下に避難しているメンバーと、地上で通信が出来ないのは、知っていたのだろう。

弟と白々しく敬礼をかわす。

ようやく、通信に長沼が入ってくる。

「遅かったな、ストームチーム。 連日派手に活躍していると言うことでは無いか。 それに特務中佐から大佐に昇進するそうだな」

「いえ、先ほど昇進しました」

「ふん……」

相変わらず、心が狭い言動だ。

生きている設備などを確認。

現時点で、百八十名ほどの人員が、地下に籠もって戦いを続けている。病院も生きているし、地下シェルターの備蓄は充分だという。

問題は士気だ。

この様子だと、再三ドラゴンに猛攻を受けたのだろう。その度に死者も出し、やがて地下に籠もらざるを得なくなった。

地下に蓄えられている兵器類について、確認。

弾薬類はある。

ビークルについても、キャリバンはまだ七両生きている。ギガンテスも最新型が一両。ベガルタも、ファイアナイトがいる。

ネグリングとイプシロンは在庫無し。

敵に集中的に狙われて、速攻で破壊されてしまったのだとか。

軽く話してみて、よく分かった。

ドラゴンは戦力を削ぐためだけに攻撃をしてきている。この基地を陥落させる気は無く、適当に痛めつけながら、戦闘経験を積むことだけが目的なのだろう。非常に残虐な行動だが、しかし敵にしてみれば、理にかなっている。

「分かりました。 ドラゴンはどうにか此方で追い払います」

「あの数を、君達だけでか」

「支援をお願いいたします。 一チームか二チーム。 ありったけのビークルとともに、出して貰えますか。 後防御兵器として、電磁プリズンは提供できますか」

「何とかやってみる。 しかし、兵は一チームしか出さないぞ」

敵の攻撃を受けたときに、守りきる事さえ出来なくなる。

そう、口惜しそうに長沼は言った。

前だったら、きっと。

自分たちだけでどうにか出来るとか、お前達などいらないだとか、そんな事をいったのだろう。

しかし今は、もはや見栄を張る余裕さえ無いのが実情だ。

長沼は弟を嫌い抜いているし。

弟も、長沼には一線を引いて接している。

だが。

相性が良い奴だけを仲間と呼んで、そいつとだけ「友情」を築いていれば、何でも解決できるような世界は、此処では無い。

相性が悪い奴とも。憎い奴とでさえも。

共同戦線を張っていかなければ、どうにもならない。それが現状なのだ。

私が咳払いすると、長沼は此方を見る。

私も今や准将待遇。

少将である長沼も、私を無碍には扱えない。

「よろしいですか、長沼少将」

「何かね、嵐特務中佐」

「弟も嵐なので、はじめで構いません。 おそらく敵は、このまま戦力を削るためだけに、波状攻撃を続けてきます。 地下に引きこもれば、何かしらの引っ張り出すための攻撃に切り替えてくるでしょう。 たとえば、近場のシェルターに攻撃を加えるとか」

「な……」

青ざめる長沼。

もう一度咳払いすると、私は言う。

「増援二部隊をお願いします。 出来れば三部隊。 その代わり、敵を追い払って見せます」

「……」

長沼は、彼方此方に視線を移した。

福岡基地の惨状はあまりにも度が過ぎている。このままでは、ドラゴンの群れになぶり殺しにされるだけだ。

やがて長沼は。

屈辱に顔を歪ませながら、言った。

「分かった。 ただし、私も出る」

 

現状で確認されるドラゴンは五部隊。

しかし、更に増援が加わる可能性も、決して低くは無い。ビークル類は地下に逃げ込めるようにしているが、それも敵の攻撃の苛烈さを考えると、どこまで通用するかどうか。

作戦は簡単。

敵を引きずり込んで叩く。以上だ。

まず、ネグリングで、伏せている敵にミサイルを放つ。

十発のミサイルが敵に向けて飛び、途中でそれぞれが分裂。一斉に敵に襲いかかるのが見えた。

まだかろうじて生きている基地のレーダー機能で、敵の被害を確認。

確かにごっそり減るが。

同時に、全ての敵が舞い上がり。一斉に基地へと向かってきた。

ネグリングの第二射までに、確実に基地に到着される。池口に、ネグリングを地下に引っ込めさせる。

以降は、キャリバンを操縦して貰う。

代わりに、ベガルタAXのミサイルポットから、直上へ無数のミサイルが発射された。レンジャー部隊も一斉にエメロードからミサイルを発射。私も、高高度強襲ミサイルを全火力解放。

多数のミサイルが、弾幕を作る。

しかし、ドラゴンが、それを突破。

基地の上空に、躍り出ていた。

火球の雨が、隕石のように降り注ぐ中。

弟が。声を張り上げた。

「よし、来たぞ! 攻撃開始!」

基地の外壁内側に張り付いていたレンジャー達が、一斉に上空へショットガンの弾をばらまく。

ショットガンと言っても、これはバッファロー型と呼ばれる大口径大威力のもので、しかも最新鋭のタイプだ。最新鋭型は九州基地にも十丁しかおいていなかった。これを中心に、広範囲に弾をばらまくタイプの重火器で、基地の上空に攻めこんできたドラゴンを、一斉に十字砲火にて薙ぎ払う。

火力を解放しようとしたドラゴンが、十字砲火に焼かれ、ばたばたと落ちてくる。

しかし、敵もそれで黙るほど柔ではない。

すぐに体制を整えると、反撃を開始。

火力の滝を、基地の内部に降らせてきた。

外壁上に残っていたセントリーガンも。

かろうじてまだ無事だった構造物も。

悉くが、焼き払われ、潰されていく。反撃の砲火を浴びながら、ドラゴンは確実に数を減らしていくが。

戦意は衰えない。

死ぬ事など、全く怖れていないのだ。

今回ストームチームのレンジャーは、ライサンダーでは無く、全員がハーキュリーを持って出撃している。ライサンダーに比べて連射速度が高く、ドラゴンにはこれで充分だったからだ。だがそれが裏目に出た。

火力が足りていない。

ジョンソンが呻く。

ドラゴンは短期間で進化している。ハーキュリーを浴びても、落ちてこない個体が出てきているのだ。

しかも、十字砲火から踏みとどまると、確実に一カ所ずつ攻撃を集中してきている。構造物がほとんどやられてしまっているのも痛い。

電磁プリズンが消耗しきったら。

後は、一方的な展開になる。

筅が、出撃した。ベガルタAXが威容を見せると、必死の射撃戦をしている兵士達が歓声を上げる。

ミサイルポットから放たれたミサイルが、ドラゴンを次々爆破撃墜。更にリボルバーカノンが、群れを薙ぎ払う。

ドラゴンが攻撃を集中してくるが、少しくらいなら平気。

以前、電磁プリズンごとベガルタファイアロードを沈黙させた、一斉火力放出にも、耐え抜いてみせる。

だが、それでも限界がある。

「可能な限り敵を落とせ」

ベガルタAXに火力が集中している今が好機だ。

弟が叫び。皆が気迫を奮い立たせる。

凄まじい殴り合いの末、ドラゴンの群れが、ついに撤退開始。どうにか、第一波は凌いだ。

敵は半減したが。

味方の戦力消耗も大きい。

弟が辺りを見回り、損害を確認。死者は思ったほど多くは無い。だが、基地内の遮蔽物はほぼやられてしまっている。それにこれでは、先ほどと同じ手は二度と使えないだろう。高速で学習しているドラゴン共だ。しかも、情報を全個体で共有している可能性が高いのである。

弟の指示で、ベガルタAXがヒドラに運び込まれる。

スタッフに、弟が叫ぶ。

「アーマーの張り替えを急げ。 すぐに出撃する」

「イエッサ!」

敵が半減している今が好機だ。

敵は一旦撤退した後、近くの街の残骸に降り立ち、翼を休めている。

半減した敵だけれど。

増援は放っておけばすぐにでも現れる筈だ。今、叩いておかなければ。全てが無駄になってしまう。

先ほど選抜したレンジャーの三チームにも、出撃準備をして貰う。死者と負傷者は出したが、それでもかなりの数が健在だ。

長沼は青ざめたまま無言。

弟の判断が正しいことを、理解しているからだろう。そして恐らくは、弟を一とする、ストームチームの凄まじい戦いぶりを久々に目の当たりにしたから、というのもあるだろう。

一時間で、出撃準備を整える。

今回はビークル類も全て出す。ただしドラゴン相手に相性が悪いヘリは、ヒドラの中で静かにしていて貰う。

谷山にはギガンテスを操作して貰い、指揮車両となって貰う予定だ。

基地にある健在なキャリバンは全て出す。

他ビークル類も、レンジャーチームに分散して渡す。少しでも、兵士達の生存率を上げるためだ。

福岡基地の地下にも、工場はある。

物資そのものは、転送装置が生きているため、補給は出来る。

ならば、今は出し惜しみをする場合ではない。

出撃。移動しながら、レンジャー部隊にはエメロードからミサイルを乱射して貰う。ネグリングからも、ミサイルを連続投射。

休憩していたドラゴンが、舞い上がる。

先に半減させてやったが。

やはり、どこからか増援が加わっている。予想よりも、二割から三割、数が増えているのが見て取れた。

それでも、今度は此方が攻勢に出る番だ。

まだかろうじて生きている基地の防衛火力も支援に廻させる。

電磁プリズンを展開。

数少ない残りの電磁プリズンは、もう焼き付きそうだが。最後まで、頑張って貰う。

ドラゴンが、火力の網を突破し、突入してきた。

そして目の前で、不意に左右に分かれる。そして旋回しながら、機動戦を仕掛けてきた。一瞬慌てるレンジャー達を尻目に、一部隊は基地に突入。

上空から、火力を集中しはじめる。

長沼が叫ぶ。

「地下シェルターを叩くつもりだ!」

百体以上のドラゴンが、火力を集中したとき。駆逐艦を一撃で大破にまで追い込む。それは今まで、何度も目撃されている戦術だ。

何度も攻撃を浴びせられたら、基地の装甲だって貫通される。そうなれば、病院や負傷者、逃げ込んできている民間人が、鏖殺。

救う術はない。

「エメロード部隊、基地上空へ攻撃。 敵の火力を削れ」

「貴様!」

「戻ってもどうにもなりません。 それよりも、上空へ集中してください!」

食ってかかる長沼に、弟がぴしゃりと言った。

電磁プリズンが、崩壊する。

同時に、ドラゴン共が殺到してきた。

もはや戦いは大混乱の内にある。

だが、ゆえに、一気に決着を付けられる状況が到来したとも言える。弟は冷静に迎撃を指示。

噛みついてくるドラゴンを、優先的に撃破。

噛みつかれた兵士を無理に助けに行くのでは無く。噛みついたドラゴンが、一瞬動きを止める隙に、狙撃を集中。

舞い上がっても慌てない。

ドラゴンは舞い上がってから、移動するまでにまた一瞬空中で停止する。其処を打ち抜けば良い。

落ちてきた兵士を、キャリバンから飛び出した救護要員が救出して廻るが。

それさえ、ドラゴンは容赦なく狙ってくる。

しかし、ある一点で、味方の火力が、敵を上回った。後は殲滅へと移行。基地上空へ回り込んでいた敵へ、火力を向け。やがて、全てのドラゴンを撃墜完了した。

どうにか勝つことはできた。

だが味方の被害も甚大。

すぐにキャリバンを基地に戻す。地下への入り口は激しくやられていて、装甲板は大穴が空き、拉げていた。

ベガルタも使って、どうにか装甲板を動かすが。

内部から、煙が派手に立ち上る。

「すぐに状態を確認しろ!」

長沼がヒステリックに叫び、兵士達が飛び込んで行く。

私も消火装置を片手に続いた。

内部は灼熱地獄。

隔壁もかなりやられていた。床には大穴が開いている。ドラゴンの炎が、かなり奧まで貫通していたことは明白だ。

人間が逃げ込んでいるブロックや、病院設備は。

確認するが、かなりの被害が出ている。隔壁を貫通した炎が、内部に飛び込んだのだ。負傷者が出ている。死者だけは、出ていないが。設備が彼方此方、やられている。それだけではない。

「発電設備がやられています!」

「復旧急げ!」

「工場のラインも、一部が停止状態! 非常用電源に切り替わっていますが、機器そのものにも損傷が」

どうにか敵は撃退できたが。

しかしドラゴンどもは、既に基地をどう潰せば良いか、学習している。今回の敵部隊は、全滅することを前提として、此方に損害を与えることだけを念頭に動いていたとみるべきだろう。

長沼が、拳を壁に叩き付ける。

「復旧用の機材が足りない。 まだ生きているサテライト基地の工場から取り寄せる事は出来るが、時間がない」

「時間は我々でどうにかします」

「ちっ……」

今回、敵を追い払う事が出来たのも、ストームチームの助力あってのこと。

そして、今回の勝利で。九州を放棄して、大阪基地へ脱出するという選択肢も生じた。これ以上は、抗戦は不可能と判断する事も出来る。

しかしそうなると、可能な限り民間人を救助しなければならない。

東京基地のヒドラも、全てが無事なわけではない。

作戦のたびに傷つくこともあるし、撃墜される機もある。九州からピストン輸送で、どれだけ人員を運び込めるか。

顔を真っ赤にして考えていた長沼は。

吐き捨てた。

「踏みとどまる」

「分かりました。 それならば、復旧の時間を稼ぎます」

「……そうしてくれ」

それ以降、長沼は、此方を見なかった。

嫌い抜いているストームチームに頼り切らなければ、生き残ることさえ出来ない。彼のように、プライドが先に生きているような人間にとっては、何よりの屈辱の筈だ。

弟はそれを理解している。

私も、それが分かっているから、何も言わない。

確かに長沼は弟を嫌い抜いているし、弟だって長沼を良く想っていない。しかし、それでも協調してやっていかなければ。

戦いには、負けるのだ。

ヒドラ内の機材でビークル類を補修する。

敵の襲撃が、これで終わるとは思えない。恐らくは、もう一回以上、敵の部隊による攻撃がある筈だ。

それはわざわざ口に出さなくても。

私も、弟も分かっていた。

 

3、光の迷宮

 

ジープで偵察に出ていた涼川が戻ってくる。

長崎の方に、敵の拠点を見つけたのだという。逆に言えば、それさえ分からないほど、福岡基地は逼迫していたことになる。

原田と一緒に出ていた涼川は、傷ついたジープを一蹴りする。

軽く敵とじゃれてきたのだと、彼女は言った。

「敵はディロイが四ないし五、大型輸送船が三。 それでこれが問題なんだが、シールドベアラーが七体いる」

「いつものように破壊するだけだ」

「いや、そうじゃねーんだ」

ジョンソンに、ひらひらと手を振って涼川が面倒くさげに応じた。ただのシールドベアラーでは無い、という事か。

原田が映像を展開する。

バイザーに記録されていた映像は、確かに想像を絶するものだった。

シールドベアラーが、何重にも巨大な壁を作っているのだ。

壁同士が重なりあい、訳が分からない複合構造を作り上げている。これは危険すぎて、爆発物は使いようが無い。

幸い、シールドベアラーは移動しないタイプのようだが。

此処を拠点にドラゴンが九州全域を襲撃していたのは、間違いないだろう。九州において、アースイーターの脅威は、さほどでもないのだ。

逆に言えば。

これを叩いておけば、かなり時間が稼げる。

九州地区のEDFが勢力を盛り返せば、フォーリナーもそれだけ戦力を割かなければならなくなる。

制圧のためではなく。

戦闘経験を積み重ねるために、だ。

勿論長沼にはそれだけ苦労して貰う事になるけれど。それくらいは、どうにかしてもらわなければ、此方としても困る所だ。

「他の戦力は」

「シールドベアラーに守られて、黒蟻がざっと三百。 後は飛行ドローンが百前後という所だな」

「ドラゴンはいないのか」

「今までは、福岡基地に張り付いている奴らだけで充分だった、という事だろう。 つまり、放っておくと新手が来る」

弟の説明に、皆が黙り込んだ。

少し考え込んでから、弟が福岡基地に連絡を入れる。

どうやら、此処を叩けば、時間が稼げる。

そう弟は説明したようだけれど。長沼は、援軍は出せないと言った。確かにこの間の戦いで、大きな被害が出た。

しかし、一部隊でも支援があれば、全然状況は違うものになるのである。

私が代わる。

弟が直接話すよりも、向こうは多少気分が違うはずだ。

「敵拠点を叩くことで、時間を多く稼げます。 しかしストームチームの戦力も無限ではない。 今までドラゴンにやられた仲間の仇を討ちたいという戦士はいませんか。 彼らから、チームを編成していただけませんか」

「感情論で動いても戦いは勝てない」

「今、引きこもっていたら、時間も消え失せます。 時間を稼ぐために、勇気ある決断を期待しています」

「……」

通信を切る。

発破を掛けたし。これで大丈夫だとは思う。

問題は、実際に攻撃を仕掛ける際だ。速攻をかけなければ、多分敵の増援として、ドラゴンがわんさか現れる。

速攻で敵の基地を蹂躙し、破壊し尽くし。

その後、何も痕跡を残さず逃げる。

そうするしか、この戦いでの路は無い。

しかし、速攻をかけるには厳しい条件が、あまりにも揃いすぎている。せめて、もう少し手数があれば。

ビークルで車列を組み、まずは現地に向かう。

ヒドラで行かないのは、途中かなりの数の敵がいるからだ。廃墟となっている九州北部には、もはや我が物顔に、巨大生物が群れている。涼川のジープも、偵察途中の何度かの交戦で、ダメージを受けたのだ。

途中の黒蟻や赤蟻、蜂の群れを排除しながら進む。

群れが大きい場合は避ける。

ストームチームでさえ、手当たり次第に戦っていたら、進めない状況だ。もう、人類は制空権も制海権も。

そして、地上にいる権利さえ、失っているとも言えた。

「此方小原」

小原博士より通信が入る。

弟が応じていたが。小原博士は、どうやら妙に声が冷ややかだった。これは或いは。死を覚悟しているのかも知れない。

「第一予想地点は空振りだった。 現在、第二予想地点へ移動中」

「無理はなさらぬように」

「護衛として特殊部隊がついてきてくれている。 生半可な敵に襲われても、死ぬ事はないはずだ」

そうだろうか。

東京基地の残り少ない戦力で、特殊部隊などと。それに小原博士は、フォーリナーの研究はしていても、戦略や戦術には疎いところがある。

そして本人も、それを自覚している。

敵の群れを発見。

鎧柚一触に蹴散らす。

すぐに進みながら、通信を再度入れた。

「時に小原博士、現在の位置は」

「今、愛知県を北上している。 第二目標は小牧山だ。 それを抜けた後、岐阜に入って、本命の地点に当たる」

「いざというときは、恥も外聞も捨てて逃げるように。 貴方はまだEDFに必要な存在です」

「ありがとう。 無能と言われる私だが、そんな風に言って貰えると嬉しいよ。 例え社交辞令でもな」

通信が切られた。

そろそろ、目的地だ。

福岡基地はあれきり黙り。これは増援は来ないと判断した方が良いだろう。仕方が無い。長沼の判断も、間違ってはいないのだ。

丘の上に出て、長崎を見下ろす。

なるほど、これは凄まじい堅陣だ。

正確なシールドベアラーの位置を特定。かなり散らばって配置されている上、展開されているシールドが、それぞれをかばい合うように張られている。

黒沢が、すぐに敵陣をまとめ上げてくれた。

「どの位置から攻めこんでも、迎撃可能な堅陣です。 これはおそらく、まともに攻め落とすには千の兵士が必要になると思います」

「だが、一チームで行わなければならない」

弟が作戦案を出す。

作戦の内容そのものは、非常にシンプルなものだ。

まず涼川と原田が、ネグリングと一緒に行動。

遠距離から、ネグリングで火力投射を行う。

その隙に、三川とエミリーがツーマンセルで敵中に飛び込み、シールドベアラーを破壊。更に混乱に乗じて、ジープで残りのメンバーも突入し、敵を蹴散らす。

今回は対空戦闘を想定して、バゼラートで谷山が出る。

つまり高空支援が可能だ。

更にジープでの突入を支援するべく、ベガルタAXも。一応、高速で突っ込まなければ、ベガルタがシールドにはじき返されることはないと分かっている。

三カ所からの同時攻撃。

失敗すれば、当然全滅だが。

今のストームチームの練度は、文字通り世界最強。このチームならば、やれるはずだ。そう、弟は力説した。

香坂夫妻はバゼラートに同乗。

上空から、敵部隊をしらみつぶしにする。

一方、今回黒沢はイプシロンを任せる。そして突入班と一緒に行動。これは潜んでいるディロイに、ゼロ距離射撃を浴びせるためだ。

谷山が、イプシロンに不可思議な装置を貼り付けている。

電磁プリズンに似ているが、違うようだ。

「これはガードポスト。 簡易シールドを発生させ、アーマーを増強します。 簡単なセンサーがついていて、敵味方を識別可能です」

「これは助かる。 新兵器か」

「ええ。 今回が試運転です。 データをすぐにでも欲しいと、本部が」

げんなりする事をいわれた。

私が少し見てみるが、見た感じ嫌な雰囲気は無い。とりあえず、私は最前衛で戦う。それで、例えこのガードポストが駄目でも、致命打は避けられるだろう。

突入に伴い。時計を合わせる。

今回、戦場と相性が悪い涼川、原田師弟は、迎撃担当だ。

ネグリングに引っ張られて来た黒蟻や飛行ドローンを叩く。バゼラートと香坂夫妻もそれに準じる。

後は、如何に素早くディロイをつぶせるかが、作戦成功の鍵になっている。

いきなり通信が入る。

後方に機影。

ベガルタファイアナイトだ。

それだけではない。前回の戦いにも参戦したレンジャーチームが、ジープに分乗して展開している。

「長沼少将より、勝手に行く奴は好きにしろと言われました。 味方の仇を取るためにも、勝利を掴むためにも。 同行させてください」

敬礼したのは、壮年の中佐だった。

こうして、二十名の戦士が。突撃作戦に加わった。

 

突撃開始。

正確には、まずはネグリングでの火力投射が開始される。

勿論降り注ぐミサイルは、シールドに塞がれて霧散してしまうが。敵は一斉に反応。数百に達する黒蟻が、何処に隠れていたのか湧きだし、一斉にネグリングに向かう。それだけではない。

飛行ドローンも、わんさか姿を見せた。

火力投射しながら、ネグリングが後退。

涼川が心底楽しそうに、火力をばらまいている。多分世界で、スタンピートを使わせて此奴の右に出る者はいないだろう。

ネグリングが敵を引きつけているのを確認後。

突入を開始する。

ベガルタファイアナイトを中心とするレンジャーチームには、一つのシールドベアラーを担当して貰う。

突入開始。

イプシロンを中心に、敵中に突貫する。ウィングダイバー二人はまだだ。敵の配置がばらけてからの攻撃になる。

シールドを抜け、更に奧に。

敵が迎撃を開始。かなりの数が残っている。ディロイが機動し、プラズマ砲を放ってくるが、私と矢島が揃って盾を構え、はじき返す。

そして、敵との距離をゼロにしたイプシロンが、ブラストメナス電磁投射砲、つまり最新鋭レールガンを全力でうち込んでいた。

流石にゼロ距離からの一撃である。

頑強なディロイも、凄まじい勢いで円盤をのけぞらせる。

更に矢島がガリア砲を速射。

拉げた装甲が、火花を吹き。ディロイが吹き飛んだ。

これで、まずは一機。

左右にアサルトの火力を撒きながら、弟が叫ぶ。GOGOGO。突撃。敵を蹴散らしながら、一気に陣の奧へ。

最初のシールドベアラー発見。

私が至近からガリア砲を叩き込み、潰す。しかし、快進撃は其処までだ。

シールドの向こうに伸び上がったディロイが、レーザーを放ってくる。散開するが、奴の狙いはイプシロン。

ガードポストの支援があっても、見る間に装甲が削られていくのが分かる。

私が突貫するが、足の槍を降り下ろしてくる。近づけない。

だが、すっと影のように忍び寄った者がいる。

日高中尉だ。

そのまま彼女は、ディロイの真下からフュージョンブラスターを起動。悲鳴のような音を上げながらのたうち回る機械の怪物が反撃に出る前に、私が跳んでいた。

円盤に、至近からガリア砲を叩き込む。

更に、拉げた装甲に。

今の隙に距離を詰めたイプシロンが、ゼロ距離射撃を叩き込んでいた。

これで、二機目。

しかし、かなり皆アーマーをやられた。

騒ぎを聞きつけて、黒蟻も集まってきている。まだまだ、敵陣は小揺るぎもしない。だが、それは想定の範囲内。

上空では、バゼラートが飛行ドローンの大半を引きつけてくれてもいる。

黒蟻の大半は、池口と涼川原田組が、対処もしてくれている。

陣地の最深部に引きこもっている輸送船さえどうにかすれば。

勝機はある。

負傷者をキャリバンに。

ベガルタが盾になってくれる。多数の黒蟻をコンバットバーナーで焼き払うベガルタを背に、突貫。

二機目のシールドベアラーが見えた。

とっさに飛び退いたのは、勘。

真横から抉るようにして飛んできたのは、ディロイの足槍。

事前の情報にない機体だ。

倉庫に潜んでいたらしい。大きいのに、このような小賢しい手まで使うか。矢島がガリア砲を叩き込むが、一発では撃ち抜けない。

イプシロンが砲口を向けようとするが。

まるで歩くように、真上に回り込まれる。

その間に、レーザーをばらまかれ、全員のアーマーを、容赦なく削り取られていった。しかもシールドの境界ギリギリを移動するため、此方の攻撃が、どうにも上手に効果を示さない。

「ディロイ、もう一機接近!」

「ちっ、流石に厳しいな」

ジョンソンが零式レーザーで、ディロイを焼き払うが。

しかし、叩き潰したときには、更に損害は増えていた。私がシールドベアラーを潰して、これで二機目。

突入したレンジャーチームは、まだシールドベアラーにたどり着けていない。しかしベガルタファイアナイトを中心に、よく頑張ってくれている。

彼らはかなりの数の敵を引きつけてくれている。

頑張りを、無駄には出来ない。

応急処置を済ませると、突入。

ディロイはレンジャーチームを完全に無視し、此方に集まりはじめている。多くは足が短いタイプだが、中にはそうでない機体もいる。

この環境だ。

複雑に重なりあったシールドの中では、どちらにしても手強い。

「此方エミリー」

「どうした」

「敵の別働隊を発見。 おそらく、巣の外に展開していた者達が、呼び寄せられたのよ」

「種類と数は」

黒蟻、およそ三百五十。

普段だったら相手に出来ない数ではないが。

しかし、今は厳しい。

弟が、迫る黒蟻をアサルトで薙ぎ払いながら、エミリーに応える。

「すまないが、迎撃に当たってくれるか」

「OK。 ただし突入作戦は出来なくなるわよ」

「それは此方でどうにかする」

元々黒蟻だけの部隊なら、ウィングダイバー隊で押さえ込める。エミリーは当然、三川も、今は充分に熟達した技量の持ち主だ。

悪意に満ちた光の壁を、進む。

またシールドベアラーを発見。しかし、涼川達が引きつけている黒蟻の一部が、此方に戻ってきている。

それに前方では、黒蟻の群れが、シールドベアラーの周囲に展開。

文字通り手ぐすねを引いて、此方を待ち構えに掛かっていた。

ディロイは激しい戦いであらかた潰したが。

その分、此方の疲弊も酷い。

このままでは、敵の群れに押し潰される。

ナナコが飛び出す。

誰も止める暇が無かった。

彼女はフュージョンブラスターを抱えたまま、黒蟻の中に突入していく。勿論、容赦なく黒蟻は迎撃に掛かってくる。

冷静に動いたのは、矢島だった。

私は大量の黒蟻の群れを押さえ込むのに手一杯。

普段はナナコを守る事を考えてくれる日高中尉も、敵の群れとの交戦中で、身動きが取れずにいる。

そんな中。

ハンマーを振り回して、黒蟻の群れを吹っ飛ばし。

盾をかざして、ナナコを守る。

その中を音もなく進んだナナコが、ついにシールドベアラーを焼き払う。同時に、レンジャーチームも、シールドベアラーを撃破してくれた。

これで、一気に光の壁が消える。

上空から降りてきたバゼラートが、掃射で黒蟻を撃滅。更に、シールドが消えたことで、ネグリングからの火力支援も届いた。辺りの黒蟻が、爆裂に吹き飛ばされ、消し飛ばされる。

ナナコは。

倒れている。無理な突撃だったのだ。

私はようやく辺りの黒蟻を撃滅。必死に盾を構えて、ナナコを守っている矢島の側に飛び込むと、ディスラプターを起動。

黒蟻どもを薙ぎ払った。

その間に、弟はもう一機のシールドベアラーを撃滅。

更に、射程に入った大型輸送船を攻撃開始。敵輸送船は、此方の攻撃に対処しきれず、撃沈。二隻が立て続けに沈んだことで、形勢は確定した。

黒蟻の増援が途切れ。

戦況がぐんと楽になった。

意識がないナナコを、キャリバンに矢島が運び込む。

無茶をして。

呻く声が聞こえた。

だがナナコの無茶がなければ、この堅陣は突破出来なかった。味方が満身創痍の中、まだ生き残っているディロイが此方に来る。

しかし、イプシロンのレールキャノン砲弾が直撃。

更に、皆での攻撃が集中して、此方に近づくことさえ出来ず撃破された。そして最後の一機のシールドベアラーは。

舞い降りたエミリーと三川によって、粉砕。

エミリーの通信に、弟が応える。

「ごめんなさい、遅れたわ」

「いや、充分だ。 良くやってくれた」

「其方の損害は」

「全員が満身創痍だが、とくにナナコが酷いな。 それに、敵の増援が集まってくる可能性が高い。 残敵を掃討後、ヒドラに戻る」

残った黒蟻は、撤退に転じるが。

追撃の余裕は無い。

まだ向かってくる飛行ドローンや、少数残っているディロイを片付ける事くらいしか、此方に出来ることはなかった。

それに、黒蟻が逃げたのは、おそらく他の部隊と合流するため。

この地点の敵拠点は潰して、九州地区は体勢を立て直す時間を得られたけれど。敵は全体的に見れば、全く打撃など受けていないのである。

レンジャーチームも戻ってくる。

激戦で、ベガルタファイアナイトは酷く傷ついていた。

戦死者も数名出ている。

だが、敵拠点を潰し。そして、時間を作る事が出来たのは、事実だった。

ヒドラの内部で応急処置をしながら、福岡基地に戻る。

辺りの敵戦力は、やはり合流を開始している様子だ。福岡基地には、また攻撃があるだろう。

それも、遠くない未来に。

防ぎきれるのか。

分からない。

少なくとも、ストームチームに出来たのは。今、時間を稼ぐこと。それだけだった。

 

4、瓦解する希望

 

ヒドラに乗って、東京基地に戻る寸前のことだった。

小原博士からの通信が来る。

恐怖と興奮で、声が上擦っていた。おそらく全EDF部隊に対しての通信だとみて良いだろう。

受信できたのは、奇蹟に近い。

途中、様々な通信設備を経由して、ストームチームの所に届いたのだろう。しかし、通信そのものは、かなり途切れがちだった。

「見つけたぞ、間違いない。 ブレインだ」

本命とされていた場所に。

どうやら、本当にブレインが存在していたらしい。勿論その周辺には、膨大な敵戦力がいるはずだ。

無事で済むとは、とても思えなかった。

「データを送る。 まずは画像」

バイザーに、彼方此方破損しているデータが来る。

それは鉄の巨塔とでも言うべき存在だった。

アースイーターと連結することが前提となっている事が分かる、六角形の構造。見たところ、武装はついていないが。

しかしこの装甲の厚さはどうか。

おそらく、この巨体には、身を守るための装備は無い。だからこそに、とことんまで分厚く装甲を纏うことで、攻撃に対処するのだろう。そしてアースイーターと連結することで、攻撃もこなせるというわけだ。

高さはおそらく二百メートルから三百メートル。

これほどの巨体がどうして今まで見つからなかったのか。或いは上空からだと、アースイーターと区別が付きにくいのかもしれない。

「続いて位置。 三島博士、ログの解析を進めてくれ。 逃げられた場合、居場所の特定が容易になる」

通信で、不特定多数に話しているというのに。

小原博士の言葉は、どこか不思議だった。

この時。

死を覚悟しているのだろうと、私は察知していたが。それはすぐに、現実のものとなった。

爆発音。

「敵が来る。 発見されるのは時間の問題だと分かっていたが、どうやら逃げ切れそうにない」

再び爆発。

通信が、途切れ途切れになる。

此処と小原博士の場所は、それこそ数百キロ以上離れている。救援など、出来る筈もない。

「通信を切って。 特殊部隊と連携して、潜伏を考えてください」

「彼らはもういない」

「何……」

「実は、ブレインのいる場所に到達するために、囮になってくれたのだ。 此処には、私一人で潜入した」

そうか、それでか。

慣れないシープを運転して、敵に見つかることも覚悟して。

特殊部隊は、どうして小原を一人で行かせてしまったのか。目を離した隙に、勝手に行ってしまったのだろうか。

弟に言われるまでも無く、すぐに本部に照会する。

同行した特殊部隊のデータを見て愕然とした。殆どが普通の兵士ばかりの、名ばかりの特殊部隊ではないか。しかも兵士達の経歴を見る限り、訓練もろくにこなしていない。兵士のするべき事や、民間人を守るべき心構えも、身につけていないのは確実だ。彼らは、小原博士が無理に出て行ったとき、右往左往しか出来なかったのだろう。

通信を入れて、連絡を取る。

彼らは案の定、敵との交戦で手一杯。必死に逃げているようだが、小原博士を助けるどころか、身を守るので精一杯の様子だ。

小原博士も恐らくは。

彼らは囮以上にはならないと悟り、こんな行動に出たのだろう。

弟に手短に状況を伝える。

弟は、舌打ちすると、壁に拳を叩き付けた。

小原の通信が入る。

明らかに声に、致命傷を受けたとしか思えないノイズが混じっていた。

「嵐姉弟はいるか」

「此処にいる」

「頼むぞ。 必ずブレインを破壊してくれ。 奴らが戦略的な用件を満たす条件が、まだ具体的な数値が分からない以上、全人類が奴隷化されて、戦闘のためだけに生かされる可能性が高い。 そんな未来は、まっぴらごめんだ。 ブレインを破壊すれば、必ず奴らは撤退する」

そんな保証は無い。

実際、ブレインが来る前から、フォーリナーは活動を続けていたのだ。アースイーターを倒したところで、奴らが帰還する保証など、ない。

しかし、敢えて否定しない。

何となく分かった。

小原は、今までの事を、ずっと気に病んでいた。自分の無能のせいで、多くのEDF戦士を死なせてしまった。

いつか必ず、贖罪をしたいと思っていたのだろう。

命を賭けて戦い。

敵から逃げなかったという点で。

彼も、立派なEDFの戦士だ。

大きなノイズが走り、通信が途切れた。

踏みつぶされたか、食い殺されたか。

どちらにしても、以降、小原博士からの通信は、入る事がなかった。断末魔も、死の寸前の悲鳴も。

聞こえることはなかった。

 

大阪基地に到着。

一度大阪基地に寄ったのは、緊急救援依頼を受けたからだ。無数の蜂を含む、大規模な巨大生物の群れに攻撃を受けている。

大阪基地が、このままでは全滅する。

そう、悲鳴混じりの通信は告げていた。

大阪基地は、地下に大規模シェルターを抱えていて、今は近隣の住民もかなりの数を受け入れている。

此処を失陥することは、許されないのだ。

だから、本部に指示を仰ぎ。無理矢理救援に向かったのである。

状況は決して良くない。

しかし、それでもやらなければならない。

無理に敵中に突入し、着陸。

辺りは地獄絵図だ。乱戦の中、外壁を乗り越えた巨大生物が次々侵入してきている。基地の彼方此方には、炎上し喰い破られた攻撃機やヘリの残骸。交戦はまだ続いているが、もう保ちそうにない。

戦場に飛び込む。

最初に飛び出したのは、谷山が操作するギガンテス。更に、ベガルタAXが続く。ベガルタのコンバットバーナーで、敵を鎧柚一触に薙ぎ払う。黒蟻や赤蟻なら、これで一気に蹴散らすことが出来る。

ただし、相手の数が適正なら、だ。

少なくとも、突入路は確保。

後ろから続いた弟とジョンソンが、フュージョンブラスターで敵を焼き払う。

交戦中の味方を庇いながら、ギガンテスから飛び出した谷山が、電磁プリズンを展開。空には無数の蜂が舞っていて、明らかに黒蟻や赤蟻を避けながら、針の投射をして来ている。

巨大生物同士は、共食いは当然のこと、同士討ちもしないのだ。

味方は、九州での戦いでの負傷が癒えていない。

だが、それでも、戦意は滾るようだった。

さっき目が覚めたばかりのナナコが、敵の密集地点に、スティングレイのロケット砲弾を直撃させる。

瞬時に十体以上の黒蟻が消し飛んだのを見て、私は口笛を吹き。

ハンマーを振りかぶって。敵中に突入した。

少し遅れて、矢島がついてくる。

フェンサースーツの機能向上もあるのだろう。此奴も最近は、少しずつ機動戦の技量が向上してきている。

「ストームチームが来たぞ!」

「敵を押し返せ!」

追い込まれていた味方の兵士達も、気力を取り戻す。

巨大生物たちは、外壁を越えて次から次へと来るが。私は弟に通信を入れながら、跳躍。外壁の上に上がると、ハンマーで次から次へと来る敵を、水際で叩き続ける。勿論蜂の攻撃も集中するが。

その蜂に、ベガルタからのミサイルが集中的に襲いかかった。

中空に衝撃波が走り。

蜂の群れが、瞬時に消し飛ぶ。

勿論全てが落ちるわけでは無いが、上空からの圧力が、これで一気に減る。外壁を死守しろ。弟が指示。

涼川と原田も、外壁の上にきた。

外壁の内部にいる敵は、弟とジョンソン、ナナコが掃討戦を敢行。上空に蜂へは、エミリーと三川が、ミラージュでの火力投射。

更に荒れ狂う鬼神と化したベガルタAXが、多数の傷を負いながらも、手当たり次第に巨大生物を踏み砕き、焼き払う。

形勢不利とみたのか、敵が一旦引き始める。

いや、外壁の外には、まだわんさかと敵が群れている。あれと合流して、再び総攻撃に出るのは間違いない。

気になるのは、ヘクトルやディロイ、攻撃機がいない事だ。

ドラゴンも今の時点ではいない。

敵が引き始めたチャンスを生かして、基地内の敵を掃討。

最後に出てきたネグリングが、ミサイルを乱射開始。蜂の群れを、集中攻撃する。蜂はほんの少しでも、減らしておかないと行けない。

城壁の上に、香坂夫妻が上がって来た。

ハーキュリーを手にしている秀爺が、ほのかの観測支援で射撃開始。

少し遅れて上がって来た黒沢も。ハーキュリーを手に、射撃を開始した。

私は高高度強襲ミサイルに切り替えると、敵の群れにミサイルの雨を降らせる。弟にオンリー回線で通信を送りながら、促した。

「敵は混乱から立ち直っていない。 今のうちに体勢を立て直せ」

「基地司令官が戦死した。 迎撃に出ていた部隊も、壊滅状態だ。 今、生きている最高位の軍人を探している」

「急げ」

敵は圧倒的な数で、基地を包囲している。

涼川が原田と一緒にスタンピートからグレネードを敵陣に叩き込んでいるが、それでも数が多すぎて、目に見えるほどは削れないのだ。

とにかく、今は蜂を集中的に狙う。

そうすれば、バゼラートが出られる。

外壁上に上がって来た谷山が、ありったけのセントリーガンを設置していく。基地の人間が出してくれたものだそうだ。

基地の要塞砲や迎撃火器は、あらかた駄目。

しばらくは、基地の人間と一緒に、凌ぐしかない。

どうにか持ちこたえている極東でさえこれだ。陥落した地区は、一体どのような思いで、民間人が耐えているのか。

忸怩たる思いもある。

だが、今は。

手元にある破滅から、皆を守らなければならない。

弟から通信。

他には聞かせられない状況だ。

「指揮系統の再編成を進めているが、おそらく四チーム程度しか生き延びていないな」

確か、大阪基地には前に、ストームにいた奴がいるはずだが。

話を聞くが。彼は東南アジア戦線に出向いて今では行方が知れないと言う。舌打ち。彼奴がいれば、此処まで敵に好き勝手はさせなかったものを。

「本部の増援は、期待出来そうにないな」

「シェルターを封印して、大阪基地を放棄するしかない。 この人数では、もはやどうしようもない」

「本部に指示を仰いでくれるか。 どうやら、敵がまた攻勢に出るつもりのようでな」

「分かった。 俺もすぐに其方に向かう」

敵が体勢を立て直し、一丸になって向かってくる。

此方もありったけのグレネードをばらまいて応戦した後、私と矢島が、外壁から飛び降りる。

そして膨大な火力で迎撃してくる敵に。

ハンマーを振りかざして、突進した。

自分でも、どうやって加速しているのか、よく分からない。

それほど、私の動きは、キレが上がっていた。

矢島も、私ほどでは無いにしても。かなり動けるようになっていた。

敵の突進速度を私が鈍らせ、その上に大火力のグレネードをばらまく。外壁の上では、フュージョンブラスターが待ち構えている。一気に敵を焼き払い、寄せ付けない。

大阪基地は。

ストームチームが入った事で、難攻不落とまではいかなくても。

簡単に落とせる場所では無くなった。

 

六時間ほどの戦いで、四回敵を迎撃。その度に撃退はしたが、そろそろ限界が見え始めていた。

本部からは、増援を送る余裕は無いと連絡が来ている。

そればかりか、ブレインを撃破するための作戦を準備しているから、其方に参加するべく、移動しろとさえ言ってきていた。

大阪基地はどうする。

日高司令は、敵の攻撃が一段落した状態で、撤退しろと、中々言い出さなかった。

或いは、日高司令も。絶望的すぎる戦況に、心を折られかけているのかもしれない。

現時点で、大きな被害を出したものの、まだまだ大阪基地を充分に蹂躙できる敵の群れが、基地の外で攻撃のタイミングをうかがっている。

基地で生き残っていた最高位士官。

幸島中佐が、戦況を見ていた弟と私に、敬礼してきた。

「嵐特務大佐、嵐特務中佐」

「どうした」

「我々大阪基地の生き残りは、市民とともにシェルターに籠もります。 合計九十七名がシェルターに籠もれば、簡単には陥落しません」

口をつぐんだ弟に。

まだ若い幸島は、破顔した。

「ストームチームは本当によく助けてくれました。 大阪基地は、増援がなければ、あのまま全滅していたでしょう。 混乱を立て直す暇さえもなく、です。 貴方たちは、私達に考える時間をくれた。 それだけで充分です」

「……必ずフォーリナーを地球からたたき出す。 それまで、希望を捨てずに、地下で耐えてくれるか。 無茶だけはするな」

「約束します」

弟の言葉に、幸島は敬礼。

私達も、敬礼を返した。

大阪基地の残存戦力が、シェルターに全ビークルごと潜る。入り口を念入りに封鎖。これで、ジェノサイド砲の直撃でも受けない限り、破られることはない筈だ。しかも大阪基地のシェルターは、東京基地ほどではないにしても、かなりの大深度。ジェノサイド砲で入り口を破られても、簡単に全滅はしないだろう。

それを見届けてから、ヒドラに。

そのまま上昇。蜂の群れもかなりいたが、ヒドラには構う気が無い様子だった。

東へ向かう。

命を賭けて小原が見つけてくれたブレインを、叩くために。

九州、大阪と、連続しての死闘。全員が、座るとそのまま落ちてしまうほどに疲れ果てていた。

弟が、本部に経緯を伝える。

日高司令は、すまないと言った。

そしてもう一度、時間をおいてから、血を吐くように付け加える。

「私が無能で、本当に済まない」

戦いが更に過酷さを増していく。

人類の希望は刻一刻と失われていく中。

ただ、敵の圧力だけが、圧倒的に強くなって行くのだった。

 

(続)