泥沼に照る光
序、死闘英雄船
EDF総司令部の切り札、X4を撃沈した巨大戦艦が、此方に向かっている。第五艦隊は偵察に徹し、敵の戦力を測りつつ、陸上戦力と共同しての挟撃に徹する。つまり、敵の主力は、EDF東京基地の戦力で迎え撃たなければならない。
各地の支部から、もはや援軍を出す余裕が無い現状。
極東地区の、それも関東近辺、東海近辺の戦力。それも敗残兵も含めた、で。マザーシップと同規模の浮遊戦艦を迎え撃たなければならない。笑いがこみ上げてくるほど、EDFの状況は悪かった。
私は、武器の最終チェックを、今のうちに済ませておくことにした。
矢島が来る。
「どうした」
「特務少佐、敵は高速で空を移動する戦艦と聞いています。 フェンサーが何の役に立てるのか、不安です」
「本来だったら、フェンサーは陸上兵力の域を超えない存在だ。 それなのに、このような任務にもかり出されている。 そもそも、戦力が足りなさすぎて、EDFはあらゆる意味でおかしいのだ」
笑えるだろう。
私がそう言うけれど。矢島は、にこりともしなかった。
此奴はまだ諦めていない。弟や私に対する圧倒的な信頼感が、此奴の心を、つなぎ止めているのだ。
筅は今回、バゼラートに谷山と一緒に乗り、高空支援を行う。
東京支部に残っている数少ないヘリ部隊も、今回は総動員、されるはずだったのだが。ドラゴンが六部隊ほど、東から東京基地をうかがう位置に滞空している。迎撃部隊の戦力は、削らざるを得ない状況だった。
敵をたたくために、主力として期待されているのは、香坂夫妻と黒沢が操作するイプシロン。
大火力のレールガンで、敵を一気に打ち抜くのが、目的だが。
確かに香坂夫妻なら当てられるとは信じている。しかし、当たったところで、通用するかどうか。
「此方、第五艦隊。 陸上部隊、通信どうぞ」
「此方、最前衛ストームチーム。 第五艦隊、感度良好だ。 其方の状況は」
「敵巨大戦艦を確認。 様々なデータを照合したが、全長は314メートル。 左右に巨大な主砲があり、おそらく四足と火力は同等かそれ以上と見て良いだろう。 更に、周辺に艦載機多数。 全て攻撃機だ。 二百から三百はいる」
「まだ手は出すな」
第五艦隊は、貴重な支援戦力だ。下手な手出しをして、壊滅されては困る。
壊滅した他の艦隊から、一隻二隻と、極東東京基地に逃れてきている艦もいる。現在、三つほどの艦隊に残存戦力はまとまっており、その戦力は地上部隊と相互連携すれば、まだまだ活用可能だ。
それにしても、敵は。多数の攻撃機を従えている、空中機動艦隊という所か。
対して東京基地の戦力は、もはや千名を超えていない。しかもその内、戦闘員は三百人弱。
負傷者も多く、後方支援要員も多数いる。
山梨戦線の戦力を合流させて、これしか残っていないのだ。
もはや、大規模な攻撃には、耐え抜けない。
最前衛のストームチームは、既に瓦礫の山と化している横浜の街に陣を構え。そして、めいめいの表情で、敵の到来を待ち受けていた。
最前衛は私と矢島。
間もなく、敵が来る。
意外に敵の動きは、ゆっくりに見えた。何しろ巨大な戦艦だ。形状は、どちらかと言えば平たい。
機体の左右には、第五艦隊が言っていた通りに、一双の巨大な砲台。確かにあれの破壊力は、四足が装備している大威力砲に近いだろう。
上空から攻撃してくる四足。
確かに、厄介な相手だ。
周囲を分厚く固めている攻撃機の群れ。私は、弟に通信を入れる。
「よし、攻撃を開始」
「ネグリング、集中砲撃開始。 砲兵隊、支援を頼む」
ミサイルが、ネグリングから発射されるのが見える。私はそれを見届けると、自身もガリア砲をぶっ放した。
狙いは、巨大戦艦の鼻先だ。
突き上げられるようにして、巨大戦艦が、若干体を傾ける。これは、ひょっとして、シールド装置を装備していないのか。
可能性としては、ありうる。
マザーシップは母艦としての機能があるから、強力な防御が必要になる。四足は地上で安定して歩いて来るから、前面を守るシールドを装備できる。
しかし彼奴は空中だ。
攻撃機が一斉に動き出す。
無数のエネルギービームが降り注いでくるが、もとより承知の上。廃墟となっている横浜を戦場に選んだのはそのためだ。
攻撃機に、アウトレンジから無数のミサイルが降り注ぐ。対空クラスター弾も攻撃を開始。
勿論一瞬で撃滅するには到らないが、それでも、敵大規模艦隊に、相応の被害を与えることには成功。
しかし、そのまま、味方に有利なまま、戦況は推移しなかった。
アルゴの下部から、無数のレーザー光線が放たれる。四足と同じ規模の敵なら、掃射砲は備えていて当然だ。
爆発を伴う強力なプラズマ弾も。
私と矢島のいる位置にも、攻撃が集中してきた。
火力は想像以上に大きい。瓦礫を盾にしながら、矢島に下がるよう指示。下がりながら、ガリア砲を、同じ地点に叩き込んでいく。攻撃機は味方が押さえ込んでくれているが、それも優位はすぐに消えた。
敵の一部が、艦隊から離れ。
高速で、後方に回り込みはじめたのである。
勿論、此方は二カ所の敵を同時に相手にする余裕は無い。
更に、第五艦隊から通信。
敵の別働隊を発見。まっすぐ第五艦隊に向かっているというのだ。数は数百。やはり攻撃機だという。
「対処のため、かかりっきりになる。 武運を祈る」
「其方もだ」
見る間にアーマーが消耗していく中。
不思議と、私の心は、とても静かだった。
攻撃機だけでは無い。アルゴも、主砲を放ちはじめる。後方で、大爆発が起きたのが分かった。
戦術士官が、声を張り上げる。
「市ヶ谷にて、大規模爆発を確認!」
「威力規模は」
「推定二十メガトン!」
まずい。
直撃を何度か受けると、東京基地は木っ端みじんだ。今までと違い、本気で潰しに来ている。
主砲を放とうとした所に、ガリア砲を叩き込んでやる。
再び射線がずれ、虚空にアルゴの主砲がぶっ放された。あの角度なら、飛んでいくうちに、大気中で摩擦にあって消滅するはずだ。しかし、連射速度が凄まじい。
攻撃機が一斉に、此方に来る。
ネグリングも味方の狙撃も機能しているが、それでも数が多すぎるのだ。下がる下がる。下がりながら、巨大戦艦に攻撃をする。
弟たちが伏せている地点に到着。
弟が、バイザーに通信を入れてくる。
「かなり空中では動きが軽い様に見えるな」
「主砲発射の直前に、一撃を叩き込む事で、射線をずらせる」
「よし……」
弟がライサンダーを取り出す。
他のメンバーには、対空支援だけを指示。後方にいる味方部隊も、それに準じた作戦を採る。
攻撃機だけは引き受けて貰う。
私と矢島と。涼川と原田と。
それに香坂夫妻と黒沢だけで、あの巨大戦艦を、落とす。
戦っていると、敵のスペックが、少しずつ分かってくる。装甲そのものは頑強だが、運動エネルギーをぶつけられることには脆い。
ひょっとして。
あれは二連砲を装着しているだけで、実際には戦闘兵器ではないのかも知れない。或いは、宇宙空間での運用を想定していて、実体兵器による攻撃は、最初から想定していない可能性もある。
ライサンダーの弾が直撃。
更にイプシロンから放たれた巨弾も。
上を向く巨大戦艦。砲塔はその度に角度を調整しようとしているが、撃とうとする度に射撃が直撃するため、大威力の火砲を全力では展開できていない。
掃射砲からのエネルギービームは、雨のように降り注いで来ているが。
それについては、もはや殴り合いだ。
どちらかが力尽きるまでの勝負。瓦礫の山が次々吹き飛ばされていくが。アーマーは、まだもつ。
キャリバンにも、積み込んできてある。
「攻撃機、上空に出現! 迎撃します!」
ついに、後方の部隊の上にも、攻撃機が現れる。
もはやそれほど多くもない味方だ。早めにあの巨大戦艦を叩き潰さないと、更に大きな被害が出るだろう。
「狙う。 少しだけ、敵に対する狙撃を控えろ」
秀爺が、オンリー回線で通信を入れてきた。
ひょっとして。
いや、神業を使って見せてもおかしくない。弟が声を張り上げ、一瞬だけ攻撃機に対する迎撃にシフト。
その間に機体を立て直したアルゴが、また主砲を、此方に向けて放とうとし。
砲身に、見事レールガンの弾丸が飛び込んだ。
左側の主砲が、内部から爆裂し、消し飛ぶ。
流石の巨体も、これではひとたまりがないだろう。喚声が上がるが、私はまだ楽観視は出来ない。
プラズマが、至近に着弾。
盾をかざして防ぐが、ダメージは決して小さくない。再び攻撃開始。敵の主砲は、まだ一つが残っているのだ。
煙を上げながらも、まだ空に健在な巨体からは、無数のエネルギービームとプラズマ弾が降り注いでくる。
大きめのビルの残骸に隠してあるキャリバンに飛び込むと、アーマーを変え。
対空への攻撃を続けながら、敵を観察する。
巨大戦艦が、あれ一隻だとは思えない。フォーリナーのことだ。まだ多数が、世界中にいてもおかしくない。
それならば、此処で可能な限りデータを取らなければ、危ない。
カスケードから放たれたロケットランチャーが、連続して巨体にぶつかる。爆裂が連鎖するが。
巨体はまだまだ、余裕がある。
涼川が舌打ちした。
「ちっ、デカブツが。 落ちてきやしねえ」
「いや、ちょっとまってください」
不意に、原田が言う。
原田が指さしたのは、先ほどから私が何度となく突き上げている、敵の鼻先。丁度先頭部分。
「あそこ、アーマーが弱っていませんか?」
「そっかあ? あたしにはわからねえけど」
「試してみよう」
弟が速射。
原田が言った、敵の先端部分に、見事ライサンダーの弾を叩き込んでみせる。そして、それが、予想外の効果をもたらした。
装甲が、明らかにダメージを受けているのが、遠目にも分かったのだ。
どうやら相手の装甲、見かけよりも脆いのかも知れない。勿論ライサンダーの弾を多少喰らった程度ではびくともしないが、マザーシップや四足に比べると、かなり装甲が甘い。これならば、或いは。
全員が、集中攻撃を開始。
明らかに、敵の機動が鈍りはじめる。
煙が上がる。
勿論その間も、反撃は凄まじい。矢島の盾が限界を超え、放棄。代わりを取りに、キャリバンに。
ジョンソンが同じように、キャリバンへ戻った直後、至近が爆裂。プラズマの直撃だ。しかも連鎖して、此方に迫ってくる。
ナナコが、狙われている。
復帰したばかりのナナコを抱えて、日高少尉が飛び退いた。一瞬の差で、間に合う。
日高少尉は、そのままハーキュリーを速射。空にいた攻撃機を、叩き落としてみせる。腕が確実に上がっている。
病み上がりのエミリーは、三川と一緒に後方でずっとミラージュを撃っていたが。通信を入れてくる。
MONSTERに切り替えて良いかと。
なるほど、一気に勝負を付けるつもりか。
雨霰と降り注ぐ掃射砲が、見る間に瓦礫を削っている状況だ。このままもたついていれば、弱点を見つけたとは言え、やられるのはこっちである。
弟がライサンダーをぶっ放しながら、通信。
「許可する」
「OK。 じゃあ、ぶっ放すわよ」
二本の光線が、空を走る。
それは狙い違わず、巨大戦艦アルゴの鼻先を直撃。主砲を撃とうとしていたアルゴの前面装甲が、ついに拉げ、吹き飛んでいた。
煙を上げながら、アルゴが高度を落としていく。
やったか。
いや、敵の損害は、まだ撃墜されるほどではない。それが高度を下げているという事は、明らかに目的がある。
「アルゴが変形しています!」
後続の部隊が、動揺しているのが通信で分かった。
攻撃機の群れも、次から次に現れている。第五艦隊も、大多数の攻撃機を引きつけてくれているが、それで手一杯。何処かが崩されれば、あっという間に崩壊は他の部隊へも連鎖する。
地面に着地したアルゴは、その形状を変えていた。
手足らしき形状のものが出来ている。
砲は腕に。
足らしきものは地面をしっかりと踏みしめ。胴体には、巨大な火砲が多数見えていた。
これは。
まさか、巨大なヘクトルか。
頭部は存在しないが、形状はヘクトルに近い。
「アルゴ、人型に変形」
「何という巨大さだ……!」
動揺の声が、ネットワーク内に走る。
元々全長三百メートルを超える浮遊戦艦だったのである。それが形状を変え、人型になれば。
当然、三百メートルの人型になる。
「おいおい、デカイにもほどがあるんじゃないのか」
ジョンソンが呻く。
一歩ずつ踏み出してくるその足下が、巨大な爆発のような粉塵を巻き上げているのが分かる。
元々浮遊のために費やしていたエネルギーを、全て戦闘のために費やすべく、形状を変えたとみるのが自然だろう。
つまり、ここからが、アルゴの本気というわけだ。
「プロテウスだって二十メートル代だぞ! 十倍以上負けてる!」
「漫画のロボットでも、あれよりはでかくないんじゃないのか!?」
「あれより大きなロボットの出てくる作品もある」
ぼそりと、誰かが呟いた。
見ると、黒沢だ。此奴、真面目極まりない顔をしていて、実は漫画好きか。まあ、それは良い。
アルゴ人型形態は、威圧的に地面を吹き飛ばしながら、歩き来ている。
「攻撃を集中! あれだけ大きければ、狙いを外すことは無い! これ以上進ませるな!」
虚脱から立ち直った弟が指示を飛ばす。
ただ、それでも危ない事は確かだ。全員がビークルに分乗。私はキャリバンにタンクデサンドし、ガリア砲をぶっ放す。
表面で、弾かれるのが見える。
地面に降りて、飛行のためのエネルギーを、防御にも回しはじめたのか。いや、違う。恐らくは反重力を、斥力として用いている。
見ると、大威力の攻撃に反応して、それをいちいち弾いている。舌打ちした弟が、ライサンダーの銃身を下げた。
私にオンリー回線で通信を入れてくる。
「まずいな。 あの様子だと、大威力火器は通用しないぞ」
「ハーキュリーは防いでいない。 つまり、小威力火器の破壊を積み重ねて、撃破するしかない」
「……姉貴、ガリア砲で、絶え間なく敵を撃ち続けてくれるか」
「良いだろう。 その間に、他の面々で、射撃を続けるんだな」
弟が頷く。
敵が攻撃を開始。先までとは、火力が桁外れだ。瓦礫が見る間に消し飛んで、辺りが更地になって行く。
バック。
弟が叫び、前線を下げる。攻撃機も、アルゴが本気を出したのに触発されたか、攻撃を激しくし始めていた。
空軍も砲兵隊も、敵攻撃機への対応で手一杯だ。
アルゴは悠々と歩を進めながら、辺りに破壊と殺戮の嵐をばらまいている。此方の反撃も届いてはいるが、大威力レールガンも、本来は東京基地に据え付けられているが、今回の戦いのために動力ごと持ち出された要塞砲も、ことごとく通じていない。
無念そうな日高司令の声。
弟が、それに毅然と応える。
「空爆は駄目か……!?」
「東京基地が蹂躙される前に仕留めます。 陣形を変えて、攻撃機の排除に集中してください」
「君達だけでやれるのか」
「やります」
矢島に指示して、交互にガリア砲を浴びせる。
時々至近弾が来てアーマーがごっそり削られるが、今はそれよりも、敵のデータを集める方が重要だ。
やはり敵は、大威力の攻撃に的を絞って、反重力防壁を展開している。しかし、広域には、その防壁は展開できないらしい。頭と足下を私と秀爺のイプシロンが同時に撃ったとき、足下の方を庇った。
つまり、である。
バゼラートで支援攻撃をしている谷山に連絡。谷山は指示を聞くと、頷いて、一旦ヒドラに戻っていった。
その間も、ストームチームは後退。
その分、火力にものを言わせながら、アルゴが前進してくる。既に灰燼と化している横浜を、更に踏みにじりながら。
守るべきものなんて、とっくになくなっちまったよ。
そう嘆いた同僚が、前いた。
私には元々守るものなんて弟しかなかったけれど。他の人にはたくさんあるって、戦いながら、少しずつ知っていった。
香坂夫妻に良くして貰って、それは特に思い知らされた。
必死に新しく作り上げてきた守るべきものが。
また蹂躙され、踏み砕かれていく。
少しずつ、攻撃が洗練されていく。
イプシロンから放たれたレールガン弾が敵の腹に射撃。直後に、その周囲を避けて、全員で一斉攻撃。イプシロンの射撃間隔は、それほど短くない。
だが、アーマーは特性上、全体を守る。
あの巨大ロボットも、同じである以上。こうやって、火力を浴びせかけ続ければ、確実に倒せる。問題は斥力防御だが。それも、この攻撃で、突破出来る。
不意に、ネレイドが、アルゴの上空に。谷山だ。攻撃機による危険を度外視して、ネレイドに切り替えたか。
ありったけのナパームを降らせる。
アルゴの全身が、盛大に燃え上がる。
アルゴが五月蠅いとばかりに、巨大な腕を振り回す。砲が変化したものだ。紙一重で避けると、ネレイドが重機関銃を浴びせながら後退。燃えさかるナパームの赤い禍々しい炎が、見る間にアルゴをむしばんでいくのが分かった。
「横浜を抜けました! 東京基地に、後二キロほどで、敵の効力射が届きます!」
「勝負を掛けるぞ」
弟が、声を張り上げる。
皆が、最後の力を振り絞る。
既にどのビークルも半壊状態。ずっと使い続けていたネグリングもイプシロンも、攻撃機やアルゴの掃射砲を浴びて、スクラップ寸前。
全員のアーマーも、もういつ破れてもおかしくない。
それでも、此処で最後の勝負をかける事に、誰も異存を唱えない。
何より、アルゴも全身から煙を上げている。
やるか、やられるかだ。
後退の足を止め、ありったけの火力を浴びせる。敵もそれに応えるように、ありったけの火力を降らせてきた。
盾をかざした矢島が吹っ飛ばされる。
キャリバンが火力に押されて横転。炎上しはじめた。
私は燃えさかるキャリバンの上に立ったまま、ガリア砲を放つ。
敵の左腕が落ちる。
悲鳴を上げながら、敵が大威力砲を放とうとする。だが、其処へ。ネレイドが躍りかかる。機関砲を乱射しながら、至近を通過。爆裂するアルゴの装甲。内部の機械類が剥き出しになる。
だが、アルゴも必死に腕を振るう。
わずかに掠った腕の一撃が、ネレイドを瞬時に大破させた。吹っ飛ばされ、墜落していくネレイド。
むき出した内部を狙え。
弟が叫ぶ。
皆で、それに従う。
ジョンソンが持ち出したノヴァバスターが、アルゴの内臓を直撃。巨体が揺らぐ。だが、反撃でジョンソンが吹っ飛ばされる。
私の方にも、巨大な光弾が飛んでくる。
それが、中途で撃墜された。
既に破壊されたイプシロンから降りていた秀爺が、神業で撃ちおとしたのだ。信じがたい手腕。
だが、その神業。
無駄にはしない。
残った全エネルギーを使って、前方へ飛ぶ。降り注いでくる、最後のアルゴの攻撃。アーマーが瞬時に溶けた。警告のアラート音が凄まじい。
弟が放ったライサンダーの弾が、ついにアルゴの右腕を粉砕する。砕けた橋が落ちるように、現実感がない動きで、アルゴの腕が墜落していき、地面で爆裂。
叫びながら、私は。
武器をディスラプターに切り替えた。
悲鳴が聞こえる。
誰かが吹き飛ばされ。
誰かがそれを庇って。
焼け野原の中で立ち尽くし、或いは倒れふし。
私はその全てを背中に。
ついに、アルゴを至近に捕らえた。
ディスラプター起動。全ての火力を、アルゴの剥き出しになった内部に、叩き込んでやる。
悲鳴を上げたのを、確かに聞いた気がした。
アルゴが、全長三百メートルのたいまつと化す。
とどめと言うべきだろう。
恐らくは、秀爺が放った一撃が、アルゴの足を砕いていた。横転したアルゴは、もはや身を守る腕もなく。
既に蹂躙し尽くした横浜の焦土に、その身を接吻させて。
そして、私は。その爆発に、巻き込まれていた。
1、無限連鎖の山
目を覚ますと、ベッドだった。
あの爆発で、死ななかったのか。とことん運が良いというか、悪いというか。隣のベッドには、弟が寝ていた。
弟は、もう意識を戻していたが。
左腕がない。
これは、再移植だろう。今だと二日くらいで馴染むが、その間は激痛に苛まれることになる。
私も人の事は言えない。
少しずつ体を動かして分かったが、左足のふくらはぎがごっそりなくなっている。これも、補填しなければ戦えない。
「筅と日高少尉、矢島はカプセル行きだ。 急速医療で、復帰させるそうだ」
「うちから死者は」
「出なかった。 ただし、ジョンソンがまだ意識を取り戻していない。 二十メートルも吹っ飛ばされて、剥き出しになっていた鉄骨に串刺しになったからな」
それは、普通だったら即死だ。
EDFはフォーリナーの技術を取り入れて、多くの力を得た。今の時代、死にさえしなければ、だいたい体は元に戻る。
だが。
アルゴとの戦いで、ストームチームは半壊した。
一週間以上は、まともに戦えないだろう。
「無事な奴は」
「今動けるのは、三川と香坂夫妻、原田と涼川だけだな」
「他は皆、我々と似たような感じか」
「そうだ」
池口はネグリングから脱出できず、半分押し潰された状態で救助された。酷い痛みに苦しんで、病室でうんうん唸っているそうだ。
少しずつ、話を聞く。
アルゴを撃墜したものの、多数の攻撃機との勝負を挑まされた東京基地の戦力は半減以下。既に、大規模攻撃作戦を実行できる人員が残っていないという。
欧州でも似たような戦いがあった。
ノルマンディーから、四機の四足を含む大軍が上陸したのである。因縁の土地から上陸してきた敵に対し、欧州支部はオメガチームを主力に戦った。どうにか敵を撃滅を果たしたが、味方も壊滅。
幾つかの基地を既に放棄して、守に徹しているそうだ。
医師に呼ばれたので、手術室に出向く。
何度もやっている、クローンした体のパーツを、接合する手術だ。手術そのものはそれほど時間が掛からないのだが、問題はその後。馴染むまで、とにかく痛いのである。
気がついていなかったが、左耳も半分ほど。右手二の腕も、かなりの肉が持って行かれていた。
あの爆発に巻き込まれたのだ。
その程度で済めば僥倖だっただろう。
麻酔を使って、手術をして。そして気がつけば、手術終わり。それからはしばらく、地獄の痛みを味わうことになる。
バイザーを付けて、地下病院を歩く。
カプセルに入れられている三人はまだ意識が戻らないらしいし、面会しても仕方が無い。涼川の所に行ったら、奴は笑いながら言うのだった。
左足を、吹っ飛ばされたと。
既に手術は終えているそうだが、笑いながら足が痛くて仕方が無いと涼川は言う。これはひょっとして。涼川も、既に精神の均衡を崩しはじめている。元々涼川は頭のネジが外れがちの所があったが。
それでも、少し様子がおかしいなと、私は思った。
病院を出る。
雨が降っていた。それも、かなりの大雨である。
日高司令から通信が来る。
「手術を終えたと聞いた。 苦しいとは思うのだが、可能な限り早く、ストームリーダーと一緒に、会議に出て欲しい」
「また何か、問題が?」
「神奈川県近郊の山地にあるシェルターに、敵が攻撃を集中してきている。 六機のシールドベアラーで周辺を固め、多くの巨大生物が、シェルターの周囲を掘り進んでいるようだ」
罠だな。
私は即座に判断。
或いは、アルゴとの戦いで、どれだけの戦力を東京基地が残しているか、見るための攻撃だろう。
シェルターはもつ。
そう冷然と突き放すべきかも知れない。
しかし問題があると、日高司令が言う。
「敵がかなり露骨な攻撃をしていて、しかもシェルター側が、その状況を知っているのだ」
「つまり、内部で暴動なりカルトなりの凶行が起きかねないと」
「その通りだ」
呻く。
カルトが内部を制圧し、隔壁を解放。全滅してしまったシェルターのことが、脳裏に浮かぶ。
そして巨大生物は、露骨な攻撃を陽動としているが。
しかし、陽動だからと言って、愚かな行動に出た人類を、見逃したりはしないだろう。
その上、今攻撃を受けているシェルターは、八万人の収容人数に対して、十九万人を収容してしまっているという。
以前はEDFの制圧圏内にあったのだが。
この間のアルゴとの戦闘で、防衛線を下げざるを得ず。救助の手を伸ばすことも出来ず。結果、このような事態になったのだとか。
しかも、である。
フォーリナーは、此方の通信が届いているか届いていないかの状況を、把握しているとしか思えない。
なおかつ、ギリギリ救援部隊を出せるシェルターを、わざわざ狙ってきているとしか考えられない。
指摘すると、日高司令は、分かっていると、押し殺した声で言った。
「君達が壊滅状態に陥ってから、何度かの攻撃があってな。 いずれもが、このような、勢力圏外ぎりぎりの地点でのものだった。 それらでは、大きな損害を出しながら、別のチームが対処した。 私も無能だが、これがフォーリナーによる陽動作戦だと言う事くらいはわかる。 しかし、それだからこそ、ストームチーム健在を示すことは、大きな意味があると思う」
今の状態で、健在、か。
いずれにしても、命令には逆らえない。病院に戻ると、弟を連れ出す。医師には怖い顔で、まだ筅や日高少尉、矢島は戦いには出せないと言われた。ジョンソンも、今回は戦いに出せない。
少ない戦力で、やりくりするしかない。
今後は更に制約が増える事を思うと、うんざりしてしまうが。他に、もはや手段はなかった。
神奈川北部にある山地に、ストームチームが専用機で到着。
幸い、好き勝手なことをしている巨大生物の中に、ドラゴンはいない。ヘクトルや攻撃機などの、機械化戦力も見受けられなかった。
ただ、事前情報通り、シールドベアラーが六機。
奴らに守られながら、赤蟻、黒蟻、凶蟲が相当数、見せつけるように、シェルター入り口に攻撃を続行している。
なだれ込まれたら、シェルターは全滅だ。
中にいるEDFの部隊は、一チームだけ。それも、PTSDなどの治療中であったり、年老いて身体能力が低下して、前線から外れている者達などで編成されている部隊なのである。
今回は、流石に戦力低下しているストームチームにだけ任せるのは忍びないと思ったのだろう。
フェンサーチーム三つ、ウィングダイバーチーム1つが参戦している。
敵の編成から考えて、これならばどうにかなる。
しかし、敵はわざわざどうにかなる戦力で、此方の出方をうかがっているとも言える。おそらく欧州でも、今頃同じような事が行われているだろう。
北米では、少し前に、更に大胆な攻撃を、敵が仕掛けてきた。
既に半ば放棄されていた総司令部の上空に、マザーシップが到来したのである。しかもジェノサイド砲を総司令部にうち込んだあげく、四足歩行要塞まで投下してきた。もはや抵抗する能力もない総司令部は、これで陥落した。
前大戦と違って、消滅したわけでは無い。ただ、これが戦いの区切りになった。
カーキソン元帥は、総司令部の機能を、既に別に移している。今回の陥落は、想定済みの結果で、基地に残っていたのは、無人の迎撃システムだけだった。とはいっても、EDF最大の拠点が落ちたのは事実。
北米はこれから、前大戦と同じ、長いゲリラ戦に徹するしかない状況が来た。極東も、その状態に、近くなりつつある。
後方を見る。
ビークル類はいない。
前回の戦い、アルゴとの死闘の中で、ストームチームに渡されていたビークルは、大半がやられてしまった。
残っているのは、バゼラートとブルートのヘリ二機だけ。
キャリバンとグレイプは、なんとか支給して貰った。
しかしネグリングとイプシロンは、まだ間に合っていない。東京基地の工場はフル回転しているが、それでも、である。
人数が減ったチームの再統合が進んでおり、その過程で放出されるビークルもあるが。しかし、残っているビークルは旧型ばかりで、最前線に投入するのは、厳しい代物だ。
ベガルタの最新型と一緒に、キャリバンとグレイプ、ネグリングとイプシロンは渡して貰う予定だが。
それもいつになる事か。
敵は既にかなり地面を掘り進んでおり、その周辺にシールドベアラーが。まずはシールドベアラーをできる限り短時間で潰し、それ以降に巨大生物を排除することになる。かといって、六機を同時攻撃しても、味方の戦力が手薄になる。各個撃破の好餌になるだけだ。
そこで、まず私と弟が、敵に突入する。
シールドベアラーをなんとしても、私達で撃破。
その後、おびき出された敵を、本隊にて迎撃、壊滅させる。
毎度の無茶な作戦だが、今回は敵に空軍がいない。少なくとも、今の時点では、である。それならば、或いは。
「攻撃開始!」
弟が、声を張り上げる。
ちなみに私も弟も、肉を移植した後遺症で、まだ全身が酷く痛む。筅、矢島、日高少尉は、まだベットに移された状態で、前線復帰は無理とも言われている。幸い、敵の攻撃は間隔が開き始めている。
戦況のコントロールに成功したと判断しているのだとすれば。
敵が次に何をしてくるかも、見当がつくのだが。
無言で、私は突貫。
ブースターを全力でふかす。少しいつもよりも、加速がいい。これは三島が、データをスーツにフィードバックしてくれたか。
無言のまま、黒蟻どもが守っているシールドベアラーに突貫。
振りかぶったハンマーを、フルスイングで叩き付ける。
横っ腹を殴り飛ばされたシールドベアラーが傾き、さらなるスピアの一撃を受けて、大破炎上。
シールドが消える。
後方は任せる。
いつもより更に機嫌が悪い涼川が、原田と一緒に大火力での攻撃を開始している。手伝う必要はない。
更にもう一機へ。
赤蟻がスクラムを組んで防ごうとするが、跳躍。
上空から、躍りかかるようにして、シールドベアラーに特攻。黒蟻が酸を飛ばしてくるが、気にしない。
アーマーを多少削られてもいい。
今は、シールドベアラーを、一瞬でも早く潰すこと。それに、攻撃を貰ってみて分かったが、これはアーマーの性能が、少し上がっているか。
ハンマーで、地面を吹っ飛ばして、巨大生物どもを蹴散らし。
更に返す刀で、今の一撃でぐらついているシールドベアラーに、至近からガリア砲を叩き込んでやる。
これで、二機目。
弟も、フュージョンブラスターで敵を薙ぎ払いながら、特攻を続けている。既に一機のシールドベアラーを撃破。もう一機を潰しに向かっている様子だ。
私も、無理矢理敵の群れを突破。三機目に向かう。
ノルマはそれぞれ三機。
本当は満身創痍だけれど、フォーリナーにストームチーム健在を見せつけるには、これくらいで丁度良いだろう。
三機目のシールドベアラー視認。
周囲に、凶蟲が分厚く壁を作っている。後方は涼川が大火力で薙ぎ払っていて、混乱状態。乱戦になっているようだが、構っている余裕は無い。
飛んでくる無数の蜘蛛糸を強引に突破。
流石に前より若干良いアーマーといえど、かなりの消耗。突入しながら、ハンマーを振るい、敵を右に左に蹴散らすが。
そろそろ限界だと、警告音が鳴り続けている。
体の痛みも、倍加したようだった。
シールドに飛び込む。
至近から、ガリア砲をぶっ放し、シールドベアラーを撃破。辺りにスピアを叩き込みながら、包囲網を突破。上空にブースターをふかして上がり、敵の様子を確認。
弟も、三機目のシールドベアラーを撃破。
これで、敵は丸裸になった。
味方は。
予定通り、進んでいる。
盾を揃えて前進したフェンサーが敵の攻撃を防ぎながら、その後ろからストームチームが攻撃。
ウィングダイバーは敵を攪乱しながら、ヒットアンドアウェイ。
昔で言うと、ファランクスを思わせる状況だ。味方のフェンサー部隊も、武装こそ不揃いだが、耐久力にものを言わせて、敵を押し返している。
敵の数さえ、狂っていなければ。
EDFは戦えるのだ。
ほどなく、敵が撤退を開始。アースイーターがかなり近い事もあり、追撃する余裕は無い。敵に引っ張り出された感触だが、どうにも他に手がなかったのだ。
被害も最小限に抑えることが出来た。
見回すと、敵の被害が予想外に小さい。シールドベアラーを潰された後、撤退をはじめるのも早かったが。
それ以上に、そもそも戦うつもりが無かったとしか思えない。
ストームチームは健在だ。
見せつけてやったが。それも相手はどう取っているか。ならばさらなる大戦力を投入すると考えるか、或いは。
シェルターの周囲を、速乾性コンクリートで補強しているスカウトを横目に、ヒドラに戻る。
今回は比較的楽な戦いだったが。
それでも、原田が軽い手傷を受けていた。大火力で敵を薙ぎ払っている間に接近してきた黒蟻に、酸を浴びたのである。その場でサブウェポンのアサルトで打ち倒したが、酸でのダメージは深刻で、アーマーを抜かれていた。
既に手当を受けており、酸の除去も済んでいるが。今日は安静にさせろと、医師には言われている。
スーツのメンテナンスを技術者達に任せる。
ヒドラの操縦スタッフに混じって、カトリーヌが働いている。どうやら筋力補助用の部分パワードスーツを着けて、力仕事も手伝っている様子だ。フェンサースーツを例に出すまでもなく、この手のパワードスーツは、とっくに実用化されている。
勿論一種の下働きだが。
カトリーヌは、文句一つ言っていない。元々本人が希望してはじめたことだ。それに、今は民間協力者でさえありがたい状況。
人間が死にすぎて、手が足りないのだ。
既にEDFの人員は三万を切っているという噂もある。ドラゴンが現れた日に戦力の八割が失われたが、それ以降も大規模な攻撃が続き、戦闘要員はすり減らされる一方なのだ。戦場に投入されている第三世代の強化クローンも、とても数が足りない。熟練兵が一人死ぬと、それだけ戦線が後退するのである。
幸い、強化クローンの登場によって、ド素人に武器だけ持たせて地獄の戦場に送り込むような、前大戦末期の惨状は減った。
しかし戦況が悲惨なことに代わりは無い。
このままでは、各地の基地の側にあるシェルター内にいる非戦闘員を無理矢理徴用して、兵隊に仕立てて、巨大生物と戦わせる日が来る。
それも、あまり遠くない未来に、だ。
後の処理はスカウトに任せて、一旦ヒドラに戻る。しばらくゆっくりしていると、次の作戦司令が来た。
「苦しい戦いが続いているところすまない。 いよいよ、東南アジアの巨大生物の巣に、攻撃を仕掛ける」
まだそんな事をいっているのか。
一瞬そう言い返し掛けたが。しかしながら、蜂の被害が深刻である現状、巣を破壊しておく事は決して損では無い。
それに東南アジア地区に集結させている戦力を、他に分散させることで、多少は戦況の改善も期待出来る。
今、EDFは死に体だが。
それでも、まだ勝利への執念を捨てていない。その事だけは、立派だと私も思う。
通信は私だけでは無く、弟にも行っている。
「衛星兵器による直接攻撃を行うべきでしょう」
「敵の巣穴の周囲にシールドベアラーが多数確認されている。 これを排除しない限り、大威力の砲撃は効果が薄い」
位置を考える限り、第五艦隊からの支援砲撃は期待出来ないとみて良い。
かといって、砲兵隊をそこまで内陸に行かせることは、今の状況では文字通り自殺行為だ。ドラゴンに捕捉され、瞬く間に丸焼きにされてしまうだろう。
つまり、少数精鋭での特攻を仕掛け。
シールドベアラーを排除。
その後、衛星兵器で大威力砲撃を実施し、敵の巣穴を爆砕する。以上が作戦の骨子となるわけだ。
出来ないとは言わないが。
問題は、巣から確実に現れる蜂の排除である。
実際に現物を見た私から言わせると、あの様子では軽く数千の蜂が周囲にいるはず。巣の中には、更に多くがいると見て良いだろう。
しかも蜂は巡航速度だけではなく巡航距離も凄まじく、太平洋を平気で超える。もたついていると、周囲にいる蜂がわんさか集まってくる。
ビークル類について確認。
支給を約束されていたベガルタについては、現在工場で最終調整中だという。このベガルタはドラゴンの群れを一機で相手にすることを想定している仕様のため、頑強でありながらかなりデリケートでもある。
幾つかの不具合が現時点で見つかっており、改善し次第戦場に投入するそうだ。
イプシロンについては、まもなく最新鋭のものが支給される。
ただこれは、東京基地の守りについていた機体。今までの戦闘で使用者が鬼籍に入ったため、ストームチームに廻ってきたものだ。
ネグリングも同じく、東京基地の防衛戦力。
いずれも、有効活用して欲しいと、念を押された。
東京基地に到着。
案の定、もう少しで入り口を破られるところだったと、シェルターは相当にごねているそうだ。
人員を避難させる余裕はあまりないと告げているが、それなら自分たちで勝手に逃げると言い出しているそうで、手に負えないらしい。
だが、シェルター内の人員過密を考えると、彼らの怒りもよく分かる。
とにかく、ヒドラで過剰人員の輸送をはじめることに決めたそうだが。敵はいったい、いつまでまってくれるものか。
日高司令には、作戦開始には、重傷者の復帰が絶対条件だと、弟が告げ。
それは入れられた。
矢島は少し前に目を覚ました。筅も。
しかし強化クローンではなく、普通の人間である日高少尉は。まだ、目を覚まさない。
夢を見た。
あまり有能では無いと、揶揄される父。
コネを使って成り上がったという噂は、いつでも聞いていた。戦争が始まる前、まだ小学生だった私は。
もうその頃には、うっすらと父に反発を覚えていた気がする。
EDFとかいうよく分からない部隊に入って、忙しい忙しいと母を放置して。家庭を顧みず、仕事に逃げた。
やがて戦争が始まって、更に揶揄は酷くなった。
本部は敵と通じている。
日高司令は、敵の手先だ。
実際に聞いた噂話である。私は、どうしてだろう。それを聞いても、内心ではそうかも知れないとさえ考えていた。
EDFに入って、父の仕事ぶりを見て。
やはり、噂は事実無根ではなかったのだと知った。ストームチームに入ってからは、なおさら父の軍人としての無能さが、肌で分かるようになった。勇敢で、前線で常に戦っているが、指揮官としては有能とは言いがたい。
だが、その事で。
ストームチームの仲間達が、私を責めることは無かった。
ストームリーダーは渋くて格好いいおじさんだけれど。私を、むしろ良く褒めてくれた。お前がみんなをまとめてくれるから、戦いやすい。
はじめ特務少佐は、普段はずっとフェンサースーツを着込んでいて、中身があんなにちっちゃいとは思わなかった。実際に香坂夫妻に呼ばれて、食事を一緒にしてみると。あまり考えを口にはしないけれど。芯が通っていて、強くて。それでも完璧では無くて、色々悩んだり苦しんでいたりする人なのだとも分かった。
ジョンソンさんは、とても野心的。
いずれ自分の部隊を持ちたい。その時には、お前を副司令官にしてやる。そう言われた。訓練の時だ。
私は平々凡々な軍人。
狙撃もあんまり上手じゃないし、格闘技なんて出来ない。運転はちょっとは出来るけれど、逆に言えば軍人じゃなくても、それくらいは出来る。
みんなの中心になるって事が、それだけ評価されるのは、どうしてなのかよく分からない。
父が、そうであったのだと。
最近は気付いて。
そして内心嫌っていた父に自分がそっくりだと言う事にも、今更気付いて。
私は、どこかで、うんざりしていたのかも知れない。
戦いが酷くなっていく一方の中。死んでいく友達も、多くなった。同期の誰が死んだって連絡が、毎日来る。葬式なんて、する暇も無い。
仲間だって、散々傷つく。
優しくても可愛くても、敵は容赦なんてしてくれない。だって、敵だって必死なのだから。滅びたくなくて、こんな無茶をしているから。だからこそ手なんて抜けないし、此方に同情している余裕だってないんだろう。
目を開けると。
病院のベッドに寝かされていた。
今までの浮遊感は何だろう。まさか噂に聞く回復用の培養槽に入れられていたのか。あれは要人などを急速回復させるために使うと聞いていたけれど。
少しずつ、頭が働き始める。
何のことは無い。
もう、使う人が殆ど死んでしまって、私のような役立たずにも使える機会が廻ってきた。それだけだ。
身を起こそうとして、失敗。
三回目で、やっと体を起こすことが出来た。
看護師がすぐに飛んできて、状況を聞かされる。筅ちゃんや矢島君も同じように酷い怪我をしたらしいのだけれど、もう目覚めているとか。
貴方が最後ですよ。
そう言われた。
父は当然見舞いに来なかったという。通信で時々声を聞いたけれど。無理もないなと思った。疲れが全身に溜まっているのがよく分かる声だったし、何より私を特別扱いなんて出来ないだろう。
黒沢君が来る。
にこりと笑みを向けるけれど、黒沢君は表情一つ変えない。相変わらず無愛想なままだ。香坂夫妻に鍛えられて、ぐんぐん軍人としては立派になっているようだけれど、人間としては相変わらず寡黙で、殆ど周囲と交流もしない。
「もう回復は終わったようですね」
「アルゴはやっつけたの?」
「どうにか。 あの戦いで味方のビークル類は全滅状態。 しかも、これから東南アジアに、蜂の巣を叩きに行く予定です」
珍しく、黒沢君が良く喋る。
そういえば、大けがをする前。ナナコちゃんが酷い怪我をしたり。周り中が酷い事になったりしていて。
私は随分泣いていたような気がするけれど。
今はどうしてだろう。
妙に、体がすっきりしていた。頭の方もクリアになっている。
「検査をした後、すぐに出て貰います。 敵の攻撃がいつあるか分からない状態で、東南アジア地区に大戦力をいつまでも貼り付けられない、ということですので」
「大丈夫、歩けるよ」
ベッドから降りる。
やはりそうだ。体が慣れてきているからだろうか。軽く感じる。
さっきは体を起こすのにも苦労したけれど。
それはエンジンが掛かっていなかったからだろう。ギアが入ってきた今は。前よりも、体を動かせるほどだ。
矢島君と原田君が待っていた。
一緒に訓練場に行って、シミュレーションをする。そして、驚かれた。
「あれ、少尉、こんなに強かったですか!?」
最初の戦いが終わった後、驚かれる。
今回の敵の殲滅率は、私が四割強。大威力火器を持っていた原田君より上だった。コツを掴んだみたいだと応えて、もう一セット。
今度は難易度を上げる。
何度か戦って見るが、やっぱり体が軽い。ビークルをシミュレーションで操作もしてみたけれど。
非常に軽やかに動かせる。
矢島君が挙手する。
「ナナコを連れてきて、難易度インフェルノやってみましょう。 今回なら、勝てるかも知れません」
「ん、いいけど」
不思議だ。
あれほど内心嫌だったのに。
戦いが、嫌ではなくなっていた。
それでやっと私は気付いた。
心が壊れてきているのだと。
何かされたとか、埋め込まれたとか、そういうのではないだろう。
人間は負荷が続くと、全体を守るために、何処かを壊すのだと聞いている。私の場合は、戦いに関する倫理観がそうだったのだろう。
いずれにしても、今後生き残るためには、良いことだ。
それからも何とかシミュレーションをした。驚くほど、冷静に戦闘で立ち回る事が出来た。至近に敵が来ても平気。即応できる。
誰かが襲われそうになっても、対応は冷静に行える。そして皮肉な事に、冷静に対応することで、却って被害を減らすことが出来るのだった。
シミュレーションが終わって。
にこにこしている私を見て、原田君と矢島君が困惑しているのが分かった。
でも、彼らをこれでもっと守る事が出来ると思うと。
先輩として誇らしいし。
もっともっとがんばれるとも思った。
2、魔塔破壊作戦
もはや安全と言える土地などない中。
ドラゴンに見つからないよう、ヒドラは出来るだけ低空飛行で行く。
現地では十チームほどの戦闘部隊と合流できるという。支援戦力も、以前ストームチームで制圧した基地から、砲撃を加えてくれるという事だ。対空クラスター弾も、かなり運び込んできているという。
逆に言うと。
たったの十チームで、敵の巣を落とせ、という事でもある。
これでせめてオメガやストライクフォースライトニングが加わってくれれば話は違うのだけれど。
どちらも現在、居場所がよく分からない。
北米は既に泥沼状態で、総司令部は転々としながらゲリラ戦を行っている。だが遠慮も呵責も必要ないフォーリナーは、各地の基地だけでは無く、人間の文明やその残骸を片っ端から押し潰しているようで、その内北米は更地になるのでは無いかと揶揄されていた。そして、それはおそらく、そう遠い未来ではないし。
事実、フォーリナーには、それをするだけの物量があるのだ。
カーキソンにとってむしろゲリラ戦は十八番だが、それもいつまで続けられるか。
高官の中には行方不明になった者も多く、戦死したかどうかさえ分からない状況が続いていた。
基地に到着。
不自然なくらいに、ダメージがない。
敵が残った戦力を誘い込むためにそうしているのは、明白なくらいだった。機械などでも、壊れやすい部分を故意に作って置くことで、ダメージがあった場合に其処へ集中させることが出来る。
戦況コントロールの一環だろう。
そして、人類には。
そうと分かっていても、相手の掌で踊るしかないというジレンマがある。戦略の恐ろしさは、実に此処にある。
弟と、復帰したばかりのジョンソンと一緒に、チームリーダー達の前に出る。これから、会議を行うのだ。
ざっと見回すが。
あまり有名なチームはいない。
殆どが、どうにかかき集められたという風情のメンバーだ。というよりも、今やEDFは、十チームの攻撃班をかき集めるだけで、精一杯の実力しかないというべきなのだろう。悲しい話だが。
「まず、現状を」
無言で立ち上がったのは、基地指揮官。
東南アジア地区の司令官でもある。少し前に先代の司令官が戦死した。嫌な奴だったが、それなりの能力はある男だったし、最後まで責任を放棄せずに戦い、死んだと言う。馬は合わなかったが、立派な男であったことに違いは無いのだろう。少なくとも、責任放棄は最後までしなかったのだから。
新しい指揮官はまだ若い男で、少し不安になった。
階級も准将だという。
おそらく、ほぼ間違いなく、前大戦の末期に戦闘に加わった義勇兵で。今回の戦いで、泥沼化する戦闘の中、運良く生き延びて。それで准将にまでなったとみるべきだろう。まだ三十前半だと思われるこの男は。
能力で出世したと勘違いしているのか。
それとも何処か壊れてしまっているのか。
異様に明るく振る舞っていた。
「はい! 現状では、敵の巣穴の位置は移動していません! 内部にいる蜂ほか巨大生物の数は、推定でも十万をくだらないと思われます!」
「十万を相手に、この数でやり合うのかよ」
誰かがぼやく。
敵の物量はほぼ無限に等しい。
その状況下で、まともに敵とやり合うことの意味を、此処にいる全員が悟っていた。
幸い今回は、衛星兵器の支援がある。
それに、敵は案外、殆ど巣を空にしているかも知れない。オーストラリアでのストライクフォースライトニングの報告を聞く限り、敵はもう戦力を増やす必要性を感じていないようなのだから。
巣穴周囲のシールドベアラーを、まずは夜陰に乗じて処理。
二十機ほどが確認されている。これらを片付けた後、衛星兵器ノートゥングで砲撃を実施。
巣穴を破壊する。
以上が作戦の骨子だ。
後は細かい部分での調整が必要になる。
巣から出てきた敵は、衛星兵器で一掃する事になっているが、おそらくそれでも数千以上の敵に攻撃を受けるとみて良い。
「基地からは、可能な限りの支援を行います!」
顔を見合わせる指揮官達。
この壊れている准将は、終始嬉しそうで。それに噛みつく人間も出るのではあるまいかと私は思ったけれど。
誰も、其処までの無粋はしなかった。
というよりも、もはや生還を、みな諦めているのかも知れない。ストームチームが作戦に参加していると言っても、他のチームまで守れる訳では無いのだから。
作戦は深夜に行う。
一旦解散。
私は一人、以前ストームチームで落としたこの近辺を見て廻る。基地としてしっかり整備されているが。人員は少ない。
かなり無人化を進めていて。
単純なメンテナンス用のロボットによって、機械類も整備しているようだ。
脱走兵が出ているのかも知れない。
少し調べて見るが、流石にそれはなかった。ただ、兵士達の士気は著しく低いようで、時々ある蜂の襲撃でも、積極的に戦おうとする兵士はあまり多くないそうだ。
無理もない。
責めるのは、酷だろう。
外壁の上から、手をかざして、蜂の巣がある方を見る。
あの巨大な構造物は、流石に此処からは確認できない。敵の姿も、今のところはない。敵の巣を破壊することで、戦況が好転するとしても、ほんのわずかだ。むなしい戦いになりそうである。
不意に、弟が通信を入れてくる。
「姉貴」
「どうした、問題か」
「どうも日高少尉の様子がおかしいな。 頭のネジが飛んだ様子だ。 ふさぎ込んでいたのに、妙に明るくなっている」
「……そうか」
あれだけ、色々目の前であったのだ。
壊れてしまうのも、仕方が無いと言える。そっとしておいてやれと言うと、弟はそうかとだけ応えて、通信を切った。
PTSDは直しようがあるが、変わってしまった人格については流石にどうしようもない。
現時点では、周囲とも以前同様よくやっている。
良き先輩である以上、今は口出しする理由もない。ならば、変わってしまった人格を。冷酷なようだが、利用するしかないだろう。
結局新型ベガルタは間に合わなかったが。
ただ、イプシロンとネグリングは間に合った。
しかもイプシロンは、最新鋭のタイプである。火力は今までのものより更に大きく、自衛用の機銃も強力になっている。ネグリングは前回同様、同時に四十発のミサイルを放ち、一気に敵を制圧できる強力な型式だ。
夕方、出撃。
ヒドラに乗って、現地近くの山林に移動。
敵が移動するルートや、多く潜んでいる箇所に関しては、監視の無人機を使って、基地司令官が調べてくれていた。
ヒドラから出て、他の部隊と連絡を取りながら、少しずつ敵陣への距離を詰めていく。
シールドベアラーは。
いる。
事前の話どおり、シールドベアラーは二十機ほど。護衛の蜂がいるが、数はそれほど多くない。各個撃破していけば、伝令を飛ばされることは無いだろう。
もっとも、以前からの説が、最近裏付けられている。巨大生物は、何かしらの方法で、情報を共有している。
だから斥候を処理していっても。
きっと、敵には気付かれてしまう。
故に作戦は速攻が肝要だ。
一チームごとに、理論上のノルマは二機だが。そう上手くは行かないだろう。山中に点々としているシールドベアラーには、かなり分厚く巨大生物に守られているものもある。更に攻撃チームの中には、蜂を苦手としているウィングダイバーチームもいる。しばし敵状況を観察した後、弟は他チームに通信を入れた。攻撃のプランについて、説明したのだ。
ほどなく、合意が得られる。
弟が、皆に向き直った。
「うちで五機のシールドベアラーを担当する」
「思ったより少ないな」
「ああ。 だから、更に増える可能性がある。 心して欲しい」
まあ、そうなるのが自然だろう。
20時丁度。月が雲に隠れはじめている。そのタイミングで、攻撃を開始する。弟が周囲に指示。
時計を合わせる。
他のチームと連携しての、一斉攻撃が肝要だ。
月が、雲に隠れはじめる。
思ったよりも、雲が薄い。だが、かなり視界は悪くなってきた。全員がスターライトスコープを付ける。
私と矢島のフェンサースーツには、最初からその機能がある。
「攻撃開始」
極めて淡々と、指示が飛んだ。
一斉攻撃が開始される。
全方位から同時に開始された攻撃で、見る間に一機、二機とシールドベアラーが破壊されていく。
悲惨な戦闘が世界中で行われているが。
故に、隊長クラスの人間は、だいたいシールドベアラーとの交戦や破壊くらいは経験している。
舞い上がる蜂。
しかし、少し離れた所に陣取った秀爺と黒沢が、次々即応して叩き落とす。
私も単独で闇夜を進み。
一つ、二つと、シールドベアラーを潰して行く。
半数ほどを処理したところで、状況を確認。残り半分はどれも攻撃しづらい所にあるものばかりだが。
攻撃チームをまとめて、対応して貰う。
だが、そろそろ、敵の巣も、攻撃に反応するころだ。
ビル以上に巨大な球体の彼方此方には穴が開いており、其処から蜂が出入りしている様子が、此処からも見える。とっくに気付いている可能性もあるし、単に夜中で動きが鈍っているのかも知れない。
いずれにしても、もたついている時間はない。
残り五機になったところで、チームの一つから通信が来た。
「此方レンジャー2! 攻撃目標のシールドベアラーが、移動を開始しました! 巣に向かっています!」
「よし、一旦離れてくれ」
弟が、私に短く、頼むとだけ言う。
それだけで充分だ。
ブースターを加速。既に、空には蜂が舞い上がりはじめている。衛星兵器からの攻撃も、既にカウントが開始される中。
ウィングダイバーチームは事前の指示通り、出来るだけ音を殺して低空飛行し、巣の根元に到着していた。
新兵器を設置すると、即座に退避。
ウィングダイバーのジェネレーターを利用して起動する、一種の高威力爆弾。通称エンドオブアースである。
最悪のタイミングで、通信が来る。
「此方三島」
「トラブルか」
「ええ。 ノートゥングの進路に、マザーシップが接近。 一旦退避させるわ」
「エンドオブアースでやるしかなさそうだな」
エンドオブアースは、時間を掛けてゆっくり焼き切っていくタイプの兵器で、衛星からの砲撃のような爆発力が無い。
主に敵の足止めにと開発されたものだが。
意外な破壊力が発揮された例が幾つかあり、今回の作戦で採用されたのだ。既に巣から舞い上がっている蜂の数は、百を軽く超えている。
黒沢も秀爺も、処理できなくなりつつあった。
「レンジャー部隊、エメロードによる攻撃開始! 攻撃チームはそれぞれまとまりながら後退!」
「イエッサ!」
私は、通信を耳に挟みながら、シールドベアラーに追いつく。
ガリア砲を至近から叩き込み、爆破粉砕すると、そのまま撤退に掛かる。
エンドオブアースが起動。
三つ設置されたエンドオブアースが、圧倒的な熱量を、蜂の巣に至近から叩き込みはじめる。
まるで太陽が、蜂の巣の根元に出来たかのようだ。
蜂の巣を構成している土が赤熱していくのが見えた。木材が、瞬時に燃え上がっていくのが分かる。
あれは、予想以上に効果が大きいかも知れない。
今頃、あの球体の内部は、蒸し焼きの筈だ。
一気に飛び出してくる、膨大な数の蜂。
赤熱した敵の巣が、崩落を開始。ノートゥングによる支援砲撃があれば、もっと楽だったろうに。
バック。
弟が叫ぶ。
ジープに乗った味方部隊が、撤退を開始するが、敵の方が早い。谷山のバゼラートから放たれたミサイルが、敵の先頭部隊を襲うが、数が多すぎる。
もう少し下がれば、味方基地からの対空砲撃支援があるのだが。
まだ其処までには距離がある。
私も下がりながら、時々スピアで至近に来た蜂を叩き落とすが。蜂がぶちまけてくる毒液の針が、何度もアーマーを直撃する。
ジープに据え付けられている機関砲が咆哮しているのが見える。
矢島も盾をかざして、味方を守っているが。蜂の数は増える一方。通信に、悲鳴が混じりはじめた。
「もうもたない! 支援砲撃はまだか!」
轟音。
スターライトスコープを通して、蜂の巣が崩落していくのが見えた。根元部分が融解して、重量に耐えられなくなったのだ。
蜂がぼろぼろ落ちていくのが見える。
全て死骸だ。内部から脱出できなかった蜂は、エンドオブアースの熱量に焼かれて、即死したのである。
これは、ノートゥングによる支援砲撃が無理になった事を差し引いても、意外な戦果かも知れない。
敵の増援は断たれた。
私も激しい砲撃に晒されながら、ブースターとスラスターを駆使して、逃げる。左右にステップするように飛びながら、蜂の攻撃をかわしつつ、隙を見てスピアを叩き込む。所定地点まで、もう少し。
ジープの一台が、攻撃に耐えられず、横転。
数人のレンジャーに、見る間に蜂が集る。
私が割って入ると、上空にガトリングをぶっ放す。数発の針が直撃。アーマーが限界値近い。
体の痛みも、酷くなってきている。
融合部が回復する前に、酷使しているからだ。
「もう少しで支援地点だ、下がれ!」
「い、イエッサ! 支援感謝します!」
アサルトとショットガンを中空にばらまきながら、必死にレンジャーチームが下がる。蜂は後から後から来るが、増援そのものは断たれた。見ると、蜂の巣は完全に崩落しかけていて、見るも無惨な姿になっている。これは、上手く利用すれば。アースイーターやもっと大型の兵器を相手に活用が可能かも知れない。
吹っ飛ばされた。
蜂の群れに攻撃されて、ついにアーマーが限界値を超えたのだ。
盾をかざしながら、下がる。
スーツがもつか。
不意に飛び出してきたのは、数人の味方。日高少尉と、矢島。それに原田だ。原田が上空にスタンピートをばらまいて、蜂を牽制。日高少尉が、驚くほど精度が上がった攻撃を空にばらまき、矢島が盾で此方の攻撃を防ぐ。
「急いでください、はじめ特務少佐!」
「ん……」
まさか、此奴らに助けられる日が来るとは。
だが、リソースを割いてまで、成長に助力してきたのだ。この日が来たのは、実に嬉しい事でもある。
わずかな時間を利用して、支援砲撃地点に逃げ込む。
味方基地が、攻撃を開始。
対空クラスター弾で、蜂の群れに特大の火力を叩き付けはじめた。
ここぞとばかりに、味方の全部隊も反撃を開始する。今まで温存していたネグリングも攻撃を開始。敵の数を見る間に減らしていく。
火力の十字砲火を浴びた蜂の群れが、混乱の中、次々に落ちていった。
キャリバンに入ると、アーマーを変える。スーツの状態を確認。まだ戦えるが、問題は私の方だ。
バイタルがアラートを出してきている。
「姉貴、此処はもう大丈夫だ。 ヒドラまで戻って、治療を受けてくれ」
「分かった」
「後は任せておけ」
秀爺の声。
キャリバンから見ると、もう蜂の数は半減している。巣穴の方も、完全崩落が近い。あれならば。
しかし、である。
まだ、これで戦いが終わったわけではないのだ。
カプセルで数時間ほど休む。
医師に散々怒られた後、体のダメージを緩和する薬剤を入れられた。本当は、戦闘続行なんてとんでも無いと言う表情である。
攻撃チームも、負傷者を多く出していた。戦死者も、当然相応の数が出ている。攻撃参加したストーム以外の二百二十名余の中で、戦死は十二名。負傷者は五十三名。
この六十五名を除いて、チームを七つに再編成する。
崩れ落ちた敵巣穴には、今の時点で敵の気配はない。
しかし、事前に聞かされている。
あれは氷山の一角だ。
巨大生物は、元々地底に巣穴を作る生物である。あれは蜂としての性質が表に出ただけで、実際は本体とも言える場所は、地下にある。
事実、偵察に出てくれた谷山が、上空から測定した結果。
東京巣穴ほどでは無いが、それに近い規模のものが、地下にある事が分かっている。
しかも、地下に入れば、出てくるのは蜂だけではないだろう。
蟻も凶蟲も、歓迎してくるはずだ。
かといって、巣穴を放置していれば、すぐにでも再建されるだろう。
マンパワーを出来るだけ消耗せず。
巣穴の奧にいる、女王を撃滅しなければならないのだ。
今まで、どの巣穴攻略作戦でも。二千名以上の人員が投入されている。今回はその十分の一以下。
それで攻略しなければならないのだ。
もはや、EDFにはそれだけの残存戦力しかいないのである。
「此方三島」
三島が通信を入れてくる。
どうやら、マザーシップが距離を取ったらしい。ノートゥングを、巣穴の上空へ移動させているそうだ。
空軍がいれば、ありったけのバンカーバスターをうち込ませるところだが。
今や世界中の何処でも、空軍は壊滅状態。
第五艦隊にいる支援部隊も、ここまで来るのはリスクが大きすぎる。地上部隊だけで、やらなければならないのである。
ウィングダイバーチームが戻ってくる。
エンドオブアースの除去が完了した。予想通り、確かに巣穴のあった地点には、巨大な内部空洞があるという。
中には膨大な敵の反応。
ただ入り口付近には、敵の姿はないのだとか。
先ほどのエンドオブアースの熱量を喰らって、泡を食って奧へ逃げ込んだのか。
或いは。
元々、この巣穴には、それほどの戦力を残していないか。
ドラゴンの巣を確認してきたストライクフォースライトニングが言うように、敵はもう巨大生物の繁殖の必要性を認めていない。
ならば、こんな巣は、戦略上の誘引地点としてしか見ていない。
おびき寄せられたあげく。
兵力を消耗するために攻撃しなければならないEDFの苦境を思うと、歯がゆくさえなってくる。
「全員、巣から離れて。 これよりノートゥングからの、戦略砲撃を行います」
「総員巣から離れろ!」
さて、これでどれだけ敵の巣の中にいる巨大生物を削れるか。
空の彼方から降り注いだ光の柱が、地面を融解させ、爆裂させる。
安全距離からぼんやりと、私はそれを見つめていた。
3、修羅の穴
ノートゥングの砲撃で、大穴が開いた。
日高少尉が、舌なめずりして、うきうきしながら敵の様子を見ている。穴の奧にいたらしい敵は、今の時点では出てこない。
基地から持ってきた重機で、エレベーターを設置。一番下まで降りてから、通信装置をうち込んで、敵の居場所を測定。
女王を倒すのが、作戦の目的だと言う事だった。
日高少尉は、少しおかしくなってしまった。
相変わらず私には優しい。
だけれど、敵を殺すとき。以前は憂いがあったのに。今では、嬉々としている。何だか人が変わったようだ。
「ナナコちゃん」
顔を上げると、池口さんだ。
ネグリングは地底に持って行けない。その代わり、移動基地として、一種のブルドーザーを使う。
そのブルドーザーを操縦するという。
以前の地底攻略戦でも見かけた、天井も壁も這い回れる奴だ。
もっとも戦闘能力はないし、ごっつい見かけと裏腹に耐久力も高くない。敵の罠に掛かると、崩落もする。
命がけの操縦。
いつもと同じだ。
「おけがは大丈夫?」
「私は問題ありません」
「何だか悲しそうだね」
小首を捻る。
一応悲しいという気持ちはあるけれど。今、それを感じていたのだろうか。
そうかも知れない。
日高少尉が変わってしまったことは、確かにずっと心に引っかかっている。とても優しい人なのに。
何だか今は、心に鬼が住んでいるようだから。
「作戦は、決まりましたか?」
「うん。 兵力も足りないし、一丸になって潜って、女王をやっつけるんだって」
エレベーターの設置が終わったという声が聞こえる。
物資だけは、ある。
だから、設置も早かった。
すぐに皆と合流。
ストームリーダーは相変わらず仏頂面で、愛想の一つも無い。以前香坂夫妻の所に食事に誘われたときは、笑顔で談笑もしていたけれど。戦場では、感情を見せないようにしているのかも知れなかった。
「今までに無く厳しい任務だ。 心して欲しい。 内部にはエレベータを使って、キャリバンも下ろす。 流石にヒドラは不可能だが、ピストン輸送で、基地にあるキャリバンは全て地下に下ろす予定だ」
作戦は、簡単。
コンクリで床壁を固めながら、全員一丸となって、地下に降りていく。
途中にいる敵は全て排除。
女王を倒したら、脱出。
後は巣穴の状況を確認後、通信装置を設置。それを頼りにノートゥングから戦略砲撃をうち込み続ける。
時間は掛かるが。
これで、巣穴の内部にいる巨大生物は、殲滅できる。
実際に内部状況を確認しないと、ノートゥングでの砲撃で、敵が残る可能性が小さくないのだ。
無人の偵察機などを入れる手もあるけれど。
やはり内部は、電波遮断が酷く、奧までいけないという。
キャリバンと、指揮車両代わりの重機を中心に陣形を組んで、奧へ。
最深部では、女王に遭遇する可能性が高い。東京基地から逃れ、蜂を産みだした奴だ。非常に危険な生物だと、通信に入ってきた小原博士は、繰り返し強調していた。
確かに、そうだろう。
でも、ドラゴンが世界中で暴れている今。きっとフォーリナーにとっては、その危険な生物さえ、捨て駒。
可能な限り敵を減らすために、捨て駒にも食いつかなければならない今の状況。私には、好ましいとは思えなかった。
でも、かといって。
他に手があるかと言われれば、いいえとしか応えられない。
少しでも有利な地点で敵をたたいて、戦力差を削るしかないのである。
七機のキャリバンが来た。
私に声が掛かる。ストームリーダーと、はじめ特務少佐と。ジョンソン大佐と、それに何人かのレンジャーの人と一緒に、キャリバンを護衛しながら地下へ降りていく。
辺りは一度溶けて冷え固まった、黒い土で、不気味だ。
最深部まで降りると、クレーター上にえぐれていた。
プラズマ化した土が、爆発した跡。
辺りに点々としているのは、吹き飛んだ巨大生物の亡骸。もう原型も残っていない。油断なく銃を構えるストームリーダー。
索敵を開始する、他のレンジャー。
通信装置が埋め込まれる。
「現時点で、敵影無し」
「よし、味方戦力を投入。 急げ」
エレベーターが上がっていく。
一度に、キャリバン一両と、十名ほどしか運んでこれないから、ピストン輸送が必要だ。時間は掛かるけれど、仕方が無い。
以前の攻略作戦で、巣穴の内部を測量する技術は、格段に進歩した。
東京巣穴での戦いでは、苦しい思いをした記憶ばかりだけれど。無駄では無かったのだと思うと、ほっとする。
でも、作戦自体が無駄な可能性が高いと思うと、それはそれで悲しいけれど。
続々と周囲に部隊が展開。
既に地面はコンクリが敷設されて、下からの奇襲については、警戒が必要なくなっていた。
空を見上げれば、星空が見える。
いつの間にか、曇りだった空は、快晴になっていた。
「ストームチーム、これを見てください」
レンジャーの一人が来る。
先ほどの戦いで、ジープが横転して。はじめ特務少佐に助けられた人だ。
バイザーに通信されてきたデータを見る。
驚いたのは、巣穴の構造が、蟻のものとは完全に違っている、ということ。内部は何というか、階層構造とでもいうべき状況になっている。
「巣穴の構造そのものは、シンプル極まりないな」
「だけれど、これだと要所要所で、大規模な敵と交戦が強いられますね。 分断も難しい」
主に三層の大空間が縦につながっていて。
それらを突破しないと、最深部にはたどり着けない構造だ。
敵の数は、幸い一万五千ほど。
いや、幸いと言うべきなのか、これは。
「明らかに陽動です。 もう敵は、此処を繁殖場として、活用してさえいないでしょう」
断言するレンジャー。
撤退するべきだと、顔には書かれている。
しかし、一万五千の敵を閉じ込め、殲滅する好機でもあるのだ。更に、此処さえ潰せば。東南アジアの一カ所に集めている戦力と物資を、極東なり欧州なり、まだ戦闘が継続できている地域に、集める事も出来る。
だから、やらなければならない。
「アースイーターの中枢については、研究が進められている。 それを叩くためにも、今は少しでも敵味方の戦力差を埋めなければならない。 皆、苦しいとは思うが、力を貸して欲しい」
先ほどの戦いでも、数え切れないほどの蜂を倒したストームリーダーにそう言われ、頭を下げられてしまうと、レンジャー達も何も言えない。
間もなく、戦力が揃う。
四方八方からの襲撃を避けるために、コンクリ弾で通路が塞がれる。一カ所だけ残した通路から、順番に下へ降りていく。
壁を床を天井を、コンクリ弾で塗装しながら。
攻略には三日はかかる。
巣穴の規模から考えて、それが最低限の数値だ。キャリバンがあるのは、ある意味有り難い。
通信装置をうち込みながら、深部へ。
予想されていたデータと、ほぼ提示されたものは間違いない。
小原博士は無能だという声もあるらしっけれど。
こういう実務能力を見ると、決してそうは言えないのだろうと、私は思った。
レーダーの赤点が近づいてくる。
不意に、通路の向こうから、蜂が姿を見せる。しかし、この通路だ。飛び回ることは難しい。
私が即応して、アサルトで叩き落とす。
次から次へ来るけれど。
やはり蜂は動きが鈍い。穴の中では、本来の性能が発揮できないのだ。勿論時々反撃はしてくるけれど。巣穴の中では、自由に飛び回れない。
これなら、一方的にたたきつぶせる。
「前衛は私だけで大丈夫です。 戦力を温存してください」
「油断だけはするな」
「イエッサ」
後方で、コンクリの敷設が行われる中。
私は腰だめして、アサルトで敵を叩き落としていく。蜂は天井も床も歩いて迫ってくるが、数が増えても同じ事。
アサルトの弾倉を取り替えて、次のものに。
銃身が熱くなってきたので、別のアサルトに。
物資だけは、気にしなくても大丈夫。黙々と、敵を排除していく。
味方の支援射撃が加わった。
日高少尉だ。
「少し押し込むよ」
やはり、側で見ると、違和感が大きい。日高少尉は、明らかに戦いを楽しんでいるし、強くなったことを喜んでいる。
この間死にそうなほどの酷い怪我をして。
それで頭をうったのかも知れない。
戦いをしているうちに、人が変わってしまう場合があると、私は聞いているけれど。日高少尉は、きっとその実例なのだろう。
前方の敵を排除完了。
かなりの数を、被害なく仕留めた。蜂は毒針も放ってきたけれど、一発も貰っていない。でも、こんな楽な戦いばかりでは済まないはずだ。
舗装したコンクリ床を、キャリバンが来る。
悪路もものともしない要塞救急車だ。奥の方は通れるだけの広さが足りるか不安だけれど、それでも今の時点では、指揮車両として充分機能している。
涼川中佐が来る。
「うぃーっす。 あたしに交代だ。 お前達は、後ろの警戒」
「分かりました」
「原田ぁ。 持ってきたか?」
「はい、今」
原田さんが背負っているのは、何だかよく分からない銃火器だ。ひょっとして、此処からの戦いで、活躍するものだろうか。
少し下がって、護衛任務に戻る。
前方で時々戦闘音がするけれど。
今の時点で、味方は苦戦していない。
隣を歩いている日高少尉が、言う。
「何だかね、戦いが楽しくなって来ちゃったよ」
「そう、ですか」
「ナナコちゃんは戦い好き?」
「あまり好きではありません」
昔は、好きも嫌いもなかったのだけれど。今は、そうはっきり言える。おかしくなってしまった日高少尉を見てからは、なおさらだ。
残念と、日高少尉は笑顔で言う。
きっと日高少尉が、私を嫌うことはないとは思うけれど。ただ、目の奧に狂気があることは、どうしても否定出来なかった。
そろそろ、大きな空間に出るころだ。
不意に、前から大きな爆発音。
どうやら、敵の反撃が始まったらしかった。
日高少尉と前に出ると、其処は崖のようになっていた。
前には空洞があって、無数の凶蟲が群れている。何という数だろうと、愕然とする。一万五千の敵というと、巣穴では確かに多くは無いけれど。このような空間にひしめかれると、その威容に圧倒される。
「敵にロケットランチャーをうち込み、下がりながら敵を撃滅! 通路に引き込んで戦え!」
「イエッサ!」
部隊が下がりはじめる。
後方に部隊から通信。やはりコンクリの一部に、攻撃があると言う。酸を盛大に浴びせているようだとも。
私が、指摘する。
「このままでは、前後が塞がれます」
「ウィングダイバー部隊」
「はい」
ウィングダイバーの隊長が、通信に出る。
彼女たちが戻る。ひょっとして、敵が作った突破口に、さっき巣穴を崩したエンドオブアースを仕掛けるつもりか。
確かに効果的な戦術だとは思うけれど。
しかし、帰路は大丈夫なのだろうか。
不安になる私だけれど。
凶蟲がもの凄い数、ひしめくようにして迫ってくる。蜂と違って、凶蟲や蟻にとっては、こういう場所での戦闘こそが十八番だ。迫ってくる勢いが違う。フュージョンブラスターで焼き払いはじめるけれど、きりが無い。
負傷者も出始める。
糸まみれになったレンジャーを引っ張って、キャリバンに押し込む。
ヒドラからついてきてくれていた救急スタッフが、内部で治療をしてくれている。任せて、戦場に。
日高少尉が、満面の笑みを浮かべながら、敵を殺し続けている。
何だか、戦闘そのものに喜びを感じる、古代の戦士みたいだ。
「ナナコちゃん、手を貸して!」
池口さんが叫んでいる。
後ろの方からだ。
どうやら、キャリバンが擱座したらしい。コンクリで固めているはずなのに、どうしてだろう。
嫌な予感がする。
後方から、ウィングダイバーが戻ってくる。
エンドオブアースで、出てくる敵が瞬時に焼き払われていることを喜んでいたけれど。これで、後ろは塞がれてしまった。
それに、である。
不意に、キャリバンが沈み込む。
皆が動揺する中、私はキャリバンの側面ドアを開けて。中の人員を引っ張り出して、脱出させた。
池口さんの操縦している重機が、キャリバンを掴んで、引っ張り上げるけれど。
其処には、大穴が出来ていた。
当然のように顔を出す凶蟲。周囲がパニックになる中、私はアサルトを叩き込む。どういうことだ。
「ひょっとして敵は、コンクリを短時間で破る方法を手に入れたのか!?」
「迎撃だ! 散らばるなよ! 迷子になったら死ぬぞ!」
怒号が、地底にこだまする中。
乱戦が続く。
前からは敵の大軍団。そして側面から、強襲を仕掛けてきた敵。後方はエンドオブアースで塞いでいるとしても。危地に違いない。
飛び出してきた黒沢さんが、コンクリ弾を穴に連続して叩き込み、塞ぐ。
しかし、今度は壁の横が崩れて、巨大生物が姿を見せる。膨大な酸がキャリバンに浴びせられた。
射撃を集中して浴びせ、追い払う。
これは、まずいかも知れない。
「前方の敵、増える一方です!」
「また側面から急襲! このままでは、全滅します!」
悲鳴と恐怖が、周囲にはこだましていたけれど。
その中で、笑いながら戦っている日高少尉は。いつもの優しい彼女ではなく。鬼が宿っているかのようだった。
飛び出したエミリーさんと三川さんが、前方にサンダースナイパーを乱射。
密集していた凶蟲の大群が、一気に焼き払われる。更に、はじめ特務少佐が、ブースターをふかして、突っ込んでいった。
「前方突破! 隊列を乱さず、敵が現れたら即応しろ!」
私はその場に留まって、迫る敵をたたき続ける。
戦死者も、負傷者も。
見る間に増えていった。
広い空間に出る。
広間の真ん中で、足を縮めて死んでいるのは、蜘蛛王だ。巨体の彼方此方には、凄惨な傷があった。
突入したはじめ特務少佐とストームリーダーが、猛攻を加えて打ち倒したのである。蜘蛛王は二体。流石の二人も、真正面から相手にするのは厳しかっただろう。原田さんと涼川中佐が支援攻撃して、ジョンソン大佐も零式レーザーで撃っていた。糸を放射しようとする度に香坂夫妻が先手を打ち、動きも封じていた。
連携での、集中攻撃での撃破である。
通路は一旦放棄。
見張りとして私と、日高少尉が立つ。他の人達は一度通路に降りて、円陣をキャリバンで組み、負傷者の救助に当たっていた。
敵の第一陣は撃滅したけれど。
あと二つ、大規模な敵部隊が下に控えている筈だ。
日高少尉は上機嫌。
「楽しかったねー!」
「同意できません」
「そう?」
気を悪くした様子も無い。
ただ、日高少尉が完全におかしくなっていることは、周りの人達も気付いているようで。池口さんは悲しそうにしているし。三川さんは、出来るだけ会話を避けているようだった。
「怪我はしなかった?」
「アーマーに守られて無事です」
「私はちょっと怪我しちゃった」
にこにこのまま、日高少尉が、包帯を巻かれた左手を見せてくれる。
応急処置だけだ。こういう場所だから。
しかし、戦闘力が落ちた様子は無い。
おかしくなってから、日高少尉は確実に強くなった。今なら、私とも互角以上に戦えるかも知れない。
でも、その分、色々なものをなくしてしまった。
ストームリーダーから通信。
数時間休憩してから、進軍するという。
大広間には、多数の通信装置が撒かれている。下の広間には、推定三千から四千の巨大生物がいるとかで、次の戦いも、激戦になる事は避けられない。
死者は先ほどの戦いで、十人以上出た。
負傷者の中でも、重傷者は、先ほどはじめ特務少佐が護衛についたキャリバンで、地上に戻した。
代わりに、基地から増援を連れてきたけれど。
彼らは各地から集められた精鋭では無いし、見るからに能力も低い。ただし、武装の新しいものを持ってきてくれた事だけは僥倖か。
ストームチームと、各チームのリーダーが集められる。
私は一番外側で、話だけを聞いていた。
谷山さんが提案。
「馬鹿正直に戦っていたら、女王の所に辿り着く前に、力尽きるのが関の山です」
「何か名案があるのか」
「次の広間に通じているこの路ですが、途中に爆弾を仕掛けます。 あとセントリーガンも」
敵に仕掛けて、ただ逃げる。セントリーガンで敵の追撃速度を鈍らせる。
攻撃部隊が逃げ込み終えたら、爆弾を起爆。
密閉空間と言う事もある。
敵は瞬時に全滅。
楽して勝つことができる。
問題は、そんなに簡単にいくとは思えないことだ。
先ほども、コンクリの壁が、いとも簡単に破られた。あれはどういう仕組みだったのか考えないと、多分退路を塞がれる。
それを、私ではなくて、はじめ特務少佐が指摘する。
黒沢さんが挙手。
「それはおそらくですが、この巣の材質の問題かと思われます」
「材質?」
黒沢さんが、データを見せてくる。
私も、みんなも、それに集中した。データは巣の壁や床を覆っている、鱗状の土の塊。それに、敵にコンクリで固めた床が破られたときのデータだ。
「少し調べて見ましたが、敵は酸を掛けてきたわけでは無く、無理矢理穴を作ってきたように見えました。 この巣はおそらく、強酸を含んだ物質が、大量に含まれているのだと思われます」
「つまり、強アルカリのコンクリが中和されていると」
「見かけ通りの強度は維持できていない、とみるべきでしょう」
そうなると、より分厚くコンクリを敷く必要がある。
逆に言えば、それで対策は可能だ。問題は、敵がその時間を、恐らくは許してはくれないことだろう。
「爆破作戦については、私が行きます。 ナナコ君、護衛についてくれ」
「分かりました」
「奇襲はどう防ぐ」
「何、敵が側面に廻る暇も作らなければ問題なし。 先ほど運び込まれた、これを使用します」
ぽんと谷山さんが叩いたのは、バイク。
サイドカー付きの、とても早そうな奴だ。護衛用の機銃もついている。
他に有効な作戦もない。
少し悩んだあと、ストームリーダーは許可をくれた。
「あーあ、楽しそうだなあ」
「お前、ネジが良い感じで外れてきたな」
涼川中佐まで、日高少尉に呆れていた。
だけれど、多分同類だろう涼川中佐は、何処か楽しそうでもあった。
爆弾を敷設して。
セントリーガンをおいてまわって。
そして通路の最深部。
奧にはたくさんの黒蟻と凶蟲。数は予想通り、数千はくだらないと見て良いだろう。リムペットガンを、谷山さんが取り出す。
此方が指定したタイミングで爆破できる強力な火器だ。
「ナナコ君は、随分短い間に人間らしくなったね」
爆弾を設置終えると、谷山さんはいう。
小首をかしげた私に、自覚はないかも知れないけれどと、付け加えた。
「谷山さんは、今の日高少尉をどう思われますか」
「良くない傾向だねえ。 何だか、涼川君を見ているようだよ」
「涼川中佐ですか?」
「あの子もね、前大戦の最初の頃は、怖がって泣いてたり、痛い痛いって苦しんでたり、本当に大変な中戦っていたんだよ。 戦闘特性が高かったから生き残れたけれど。 で、いつの間にか、壊れていたのさ。 あの子は元々、ちょっと眉毛が太い、何処にでもいる可愛い女の子だったんだよ」
リムペットガンによる、攻撃準備完了。
起爆。
広間にいる巨大生物が、一斉に消し飛ぶ。
バイクを起動。敵が追ってくるのを横目に、撤退を開始。凄まじい勢いで追撃してくる敵を、セントリーガンが薙ぎ払う。
「君は逆に、どんどん人間らしくなってきているね」
「でも、それは」
「良い事だよ。 戦争が終わったら、どうなるか考えてごらん。 僕や涼川君みたいな戦闘でしか居場所がない人間が、この七年どういう扱いを受けていたと思う。 君ははじめ特務少佐と違ってこれから成長もするみたいだし、人生を謳歌することを考えなきゃあだめだよ」
バイクが一気に加速。
どんな悪路もものともしない。サイドカーから時々後ろを確認するけれど、黒蟻も凶蟲も、凄まじい速度で追いかけてくる。
酸が飛んでくる。
アーマーで防ぎきれるけれど、冷や冷やする。
バイクが、破損してもおかしくは無いのだ。
一気に、通路を抜ける。
バイクが、中空に飛んだ。
少し落ち始めて。爆弾の爆風が、突き抜ける位置よりバイクが低くなってから。谷山さんは、爆弾を起動させた。
ごっと、凄い音。
少し遅れて、もの凄い数の巨大生物の死骸が、辺りに降り注いだ。
凄惨な光景。
前はなんとも思わなかったのに。むしろ今は、酷い景色だと思った。
焼け焦げた通路から、追撃を掛けてくる巨大生物を、長時間かけて排除。広い空間で、狭い通路から出てくる敵を迎撃するという地の利があるのが大きい。被害は殆どでない。十字砲火を集中して、敵を確実に仕留めていく。
先ほどは通路を四方八方から抜いて攻撃してきた巨大生物だが。
流石に自分たちで作った構造物の中枢部分を破壊するのは嫌なのか、或いは別の理由からか。
立体的に攻撃はしてこない。
彼方此方にある別の通路は、コンクリで塞いで、見張りの人間がついている。
時々其方も敵が突破しに来るが、その度に対応。少人数で、効率の良い撃破を続けていく。
戦っていて、流石だと思う。
ストームリーダーは強いだけでなくて、指揮能力も高い。だけれども、だからみんなから怖がられている。
この人が裏切ったら、人類は滅亡確定なんて噂があるらしいけれど。
私には、こんなに人間のために尽くしてくれている人に、どうしてそんな酷い噂を流せるのか、どうしても理解できない。
敵の攻撃が止む。
ストームリーダーとはじめ特務少佐を先頭に。突撃開始。
通路の途中にいる敵を排除しながら、焼け焦げた通路を抜ける。きゃっきゃっと黄色い声。
日高少尉だ。
凄まじいキルカウントを、先ほどからたたき出している。
勿論ストームリーダーや他ベテラン勢には及ばないけれど。今日殺した数で言えば、明らかに私より上だ。
アサルトで確実に蜂を排除しながら、奧へ。
通路を抜けて、広間に出る。
広間にいた敵は、殆どいなくなっていた。それでも、通路の前後左右に張り付いて、迎撃に出てくる。
はじめ特務少佐が突入。
ブースターを吹かし、盾をかざして一気に突破すると、振り返りざまにガトリングを放ち、通路の左右に張り付いていた敵を打ち抜く。
それを見届けてから、ストームリーダーが先頭に突入。
周囲の敵を、一気に片付けていった。
ストームリーダーが、アサルトを乱射しながら、はじめ特務少佐と会話している。もう、広間にいる敵はまばらだ。
「やはり此処の敵は時間稼ぎだけが目的だな」
「戦力も、敵が予想する範囲内で割かれているはずだ。 それに此処を落としても、EDFは東南アジア地区に貼り付けていた戦力を、撤退せざるを得ない。 敵には戦略的に見て得しかない」
「わかりきっていても、腹が立つことだ」
蜂も、この狭い中では、その全戦力を発揮できない。
間もなく、敵は沈黙した。
ストームリーダーが指示して、全兵力が、この広間に集まる。蜂の巣にある、格子状の構造が一角にある。
卵や蛹があったら、全て破壊しなければならないけれど。
調査すると、やはりもぬけの殻。
幼虫どころか、蛹の欠片すら残されていない。
「事前に運び出したな」
忌々しげに、はじめ特務少佐が言う。
その間に、他のチームは偵察実施。奧へ通じている路を確認して。不要なものは、コンクリで塞いでしまう。
自分たちが来た道については、見張りを立てる。
ストームチームでなくても、この状況下。簡単には突破出来ない。だから、少数の見張りがいれば、大丈夫だ。
「下に強力な熱源反応! おそらく、女王です」
レンジャーの一人が、顔を上げる。
つまり、この下を排除すれば、このおぞましい戦いも終わる。いっそ床を抜いたらどうだろうと私は思ったけれど。
ストームリーダーは、思ったよりも、正攻法を指示した。
妙なトリックを駆使するよりも、まっとうな戦術を用いるのが、一番勝ちやすい。それは私も分かっている。
谷山さんが、私に頷く。
私は、自分から、ストームリーダーに言う。
「私が谷山中佐と偵察に向かいます」
「よし。 その間に、全員アーマーの切り替えと、弾倉の確認。 敵は明らかに捨て石だが、侮ると死ぬぞ。 全員、気を引き締めろ」
「イエッサ!」
戦力は更に目減りしたけれど。戦死者はぐっと少ない。
ひょっとすると、この少人数で。
本当に、蜂の巣を落とせるかも知れなかった。
4、殺戮の女王と
敵の抵抗は、軽微だった。
通路を抜けた先には、今までで一番広い空間。そして空間の壁にも床にも、ぎっしりと格子状の構造。
中には、ざっと見たところ。
卵も蛹もない。
餌にされた人達の残骸が詰まっているような事もない。
此処は生産設備としての役割を、もう終えたのだ。
暗闇用の拡大スコープを使っていた谷山さんが、私を手招き。使うように言う。
「ナナコ君、見えますか」
「はい。 大きい、ですね」
「少し前に小原博士が言っていた通りですね。 巨大生物は、そのものが進化したのでは無く、女王が進化していると」
暗闇の向こうに蹲っているのは。
およそ全長五十メートルから、六十メートル。他の蜂の五倍以上の長さがある、途方もない巨大な蜂。
以前目撃した女王蟻とは姿が違う。
あれが女王に間違いない。
直衛についている部下は、殆ど見当たらない。
谷山さんは、すぐに戻るように、私を促した。
「そういえば、どうして筅さんを伴わなかったんですか」
「あの子は支援専門の弟子ですよ。 戦闘力はどうしても問題があるし、今回は君の方が適任ですからね」
「そうなんですか」
「そうです。 だからその分、次の戦いでは、空爆指示のコツについて、しっかりレクチャーするつもりです」
バイクで戻る。
敵が気付いているかいないかは、よく分からなかった。ただ、気付いていたとしても。もう、どうにもならないだろう。
詰みだ。
そしてあの女王は。自分が役割を終えた事を理解して、少しでも時間を稼ぐためだけに、命を捨てる気でいる。
それが機械的な事なのか。
或いは何かしらの意思があるのかは分からない。
気付く。
いつのまにか、巨大生物に対する燃えさかるような敵意が消えてしまっている。日高少尉を傷つけた巨大生物が、あれほど嫌いだったのに。
今では、女王蜂に、同情さえし始めている自分がいる。
谷山さんが、報告をはじめる。
「奧には女王だけです」
「更に敵が潜んでいる可能性は」
「ありませんね。 少なくとも、救援できる近距離に、敵は潜んでいないでしょう」
「そうか。 ならば無茶をする必要も、犠牲を出す意味もないな。 速攻でなおかつ確実に片付ける」
ストームリーダーが、指示。
涼川さんに、爆発物での支援。前衛にははじめ特務少佐が出て、ストームリーダーは中距離から攻撃担当。
間合いに入り次第、ディスラプターとフュージョンブラスターで焼き払う。
ジョンソンさんと日高少尉は控え。
他のメンバーは、全員が穴の入り口出口に控え。更にセントリーガンを多数配置して、奇襲に備える。
これで、勝てる筈だ。
ストームリーダーはそう言ったし、私もそう思う。
巣について送られてきたデータを調べている小原博士が、聞いてくる。
「ストームリーダー。 この巣は作戦終了後に、ノートゥングで焼き払う。 だからその前に、一つ、データを持ち帰って欲しい」
「壁や床のデータや、映像データは既に送られているでしょう。 何を必要としているのですか」
「女王の体内にある卵についてだ。 もしも採取できるようなら、採取して欲しい」
今までの戦闘でも、女王蟻の死骸から、卵は採取されていないらしいのである。
巣の奧にいた女王蟻の死骸は木っ端みじんだし、外に出てきている連中は、卵を産み尽くしてから出てきているらしく、死骸の残骸を調べても、卵は見つかっていないというのだ。
もし見つかったらと、ストームリーダーは念を押してから、作戦を開始する。
私は、谷山さんと一緒に、通路の出口を固める役だ。敵の別働隊がまだいて、通路の途中から攻めこんできた場合にも、これで対処できる。
奧で、ちかちかと光が瞬き始めた。
女王蜂はとんでも無い巨大な針をばらまいているらしい。はじめ特務少佐が機動戦で攪乱しているが、一発一発の針が、長さ十メートルもありそうだ。あれはまともに喰らったら、即死である。アーマーなんて、ひとたまりもないだろう。
ただし、やはり狭い空間である事。
支援が充実している事が大きい。
ひっきりなしに、確実に着弾してくる涼川中佐のロケットランチャー弾が、確実に女王の飛行と攻撃を阻害し。
適切な距離に陣取ったストームリーダーが、フュージョンブラスターを起動。
灼熱のエネルギービームが、女王蜂を一気に焼き尽くしていく。
更にはじめ特務少佐が振り返って、ディスラプターを起動。それでもしばらく、もがきながら女王は耐えていた。
しかし、それも限界が来る。
灼熱の殺意に晒された女王のアーマーが崩壊。その体が、爆散。
燃え滓が。辺りに散らばる。
敵性反応は、これで消えた。
腹部の辺りの死骸は、何処へ飛んだか、私が確認していた。探し出す。内臓なども、ほとんど生の状態では残っていなかったけれど。
バイザーから蜂の卵管と産卵についてネットにつないで調査。割り出した形状などから、残骸を発見した。
ストームリーダーを呼ぶ。
二人で調べたけれど。卵らしきものは、やはり入っていなかった。
「今頃奴らの卵や幼虫は、移動式巣穴とでも呼ぶべきアースイーターの中だろうな」
ストームリーダーが、わざと周囲に聞こえるように言った。
そして、撤収を命じた。
巣穴から出て、すぐに基地へ。
巣穴での作業は、スカウトと谷山さんに任せた。ノートゥングで焼きやすいように、上下を抜ける縦穴を作るのである。プラスチック爆弾で蜂の巣の中央部分を抜く。敵の妨害がない今は、それほど難しくない事だった。
来ているヒドラに全ての物資。装甲や発電機までも詰め込んで、ピストン輸送を開始。最初に輸送するのは、人員だ。今や戦闘要員そのものこそが、EDFの至宝だと言う事は、私も知っている。
そして、東南アジア地区はこれで事実上放棄。
残っている基地も、多分長くは敵の攻撃に対処できないだろう。
輸送の準備が始まる中、日高少尉が来た。
凄く機嫌が良さそうだ。
「ナナコちゃん、頑張ったね」
「はい。 日高少尉も」
「私は中尉に昇進するって決まったよ。 多分他のみんなも、少尉になると思う。 ナナコちゃんもね」
そうか、私も下士官か。
確か試験を受けなければならないはずだけれど。多分それは簡易で済ませるのだろう。それにストームチームのみんなは、きっとそんなの受けなくても、充分な戦歴を積み上げている筈だ。
ベテラン勢も、みんな昇進だという。
ストームリーダーは少将待遇の、特務大佐に。
ジョンソンさんは准将に。はじめ特務少佐は、特務中佐に。となると、少将が指揮官で、准将のナンバーツーが二人いる特殊部隊になる。あまりにも異常な部隊だ。歴史でも例がないのではあるまいか。
確かにストームチームは、人類史上最強の特殊部隊だと思うけれど。
いびつだと、私は思う。
涼川中佐や香坂夫妻、エミリーさんや谷山さんも、みんな大佐に昇進するという。これもおかしい。
みんな、特殊部隊のリーダーを務められる階級だ。
少し悩んだけれど、すぐに疑問は氷解。もうEDFは負けている。だから、少しでも士気を保つために、階級の大判振る舞いをしているというわけだ。
首を振る。
もう、負けを認めていると同然の状況。
今後、勝ちに転じるには、どれだけの逆転要素を掴まなければならないのか。
ストームリーダーに緊急通信が来る。
何だろう。
東京基地が壊滅したのだろうか。もしそうなら、帰る場所もなくなってしまったことになるが。
ストームリーダーが顔を上げると、手を叩いて皆の視線を集めた。
「これから、重要な情報を共有する」
バイザーに、特殊な回線チャンネルが指定された。此処にいるメンバーだけで、閲覧できる回線だ。
内容は、ブレイン。
アースイーターの中枢とみなされる存在についてだ。
「必死の研究の結果、一つ重大なことが分かった。 フォーリナーの行動が、明らかに変わってきている。 完全に人類の抵抗を粉砕し、戦況をコントロールしたと判断していると見て良いだろう」
その証拠が、ここ最近の戦いだ。
一気呵成に攻め立てれば、フォーリナーはもうとっくに人類を滅ぼせているはずだ。だが、ドラゴンが世界中に攻撃を開始した日、EDFの戦力が八割を失ってからは、不意に攻撃が鈍化した。
以降は様子を見るように、支配地域をゆっくり広げている。シェルターへの攻撃も、積極的にはしていないようだ。勿論、戦略的意図がある場合を除いて。
問題は此処からだ。
フォーリナーにとっての最終目標が、新しく強靱な肉体の創造である事は既に分かっている。
ドラゴンが間違いなくそれだ。
ならば、奴らは何故まだ、地球人類への攻撃を加えている。
仮設が、此処で出てくる。
奴らは今の時点で、ドラゴンがまだ充分な戦闘経験を積んでいないと判断している。故に、強力な部隊に対してちょっかいを加えて、出方を見ている。そしてその動きを観察し、ドラゴンに反映しているのでは無いのか。
もし、敵が満足しきれば。
宇宙に返す事も可能なのでは無いか。
皆が顔を見合わせる。
これは、希望が見えてきたかも知れない。要するに、徹底的な抗戦を続ければ、充分なデータを得る事が出来たと判断したフォーリナーが、引く可能性が高いのである。
状況が、その仮説を後押ししている。
更に、である。
ブレインの居場所についても、絞り込みが進んでいる。これを叩いてしまえば、或いは、それより更に早く、敵を追い出せるかも知れない。
「小原博士は、これからブレインの足跡を徹底的に洗い出すそうだ。 ストームチームは、これから厳しくなるのは分かるのだが。 敵に対して交戦を続け、ドラゴンの経験を蓄積するような激しい戦闘をして欲しい、とのことだ」
「何だかわからねーが、要するに敵をブッ殺してブッ殺してブッ殺しまくれば良いんだな」
涼川さんが、とても獰猛な笑みを浮かべる。
はじめ特務少佐が、ため息をついた。
「結局、我々は戦う事でしか、存在を証明できず。 そして戦う事でしか、敵と対話することさえ出来ないんだな」
「これで戦える大義名分が出来ました。 私は嬉しいです」
日高少尉は嬉しそうにしているけれど。
私は、そんな気分にはなれなかった。
ヒドラで、東京基地に引き上げる。これからどんな無茶な作戦に繰り出されるか分からないけれど。
きっと、戦いが終わるまでに。
私は生きていないだろうな。
そんな予感が、確かにあった。
(続)
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