総司令部炎上

 

序、正面決戦

 

かろうじて、間に合った。ストームチームを乗せたヒドラが、東京基地に滑り込む。ヘリポートから出ると、丁度日高司令が操縦するプロテウスが、前線に向かうところだった。ヒドラで移動途中で、話は聞いているし、ブリーフィングも済ませている。敵の襲撃を受けなかったのは幸いだけれど。

それも、これから始まるだろう戦いのことを考えると、何ら慰めにはならない。

幸いにも、ここしばらくの戦いで、ビークル類は休ませていたから、戦闘では全力で活躍させることが出来る。

次々に出撃していく東京基地の戦力。

今回は、残された東京基地の全戦力で、敵を迎え撃つことになる。

数度のドラゴンによる襲撃で相当に戦力を減らしているが。これでも、地区のメイン基地だ。

まだ、四足を迎撃できる戦力は残っていると信じたい。

更に、山梨戦線の戦力も、全てを投入することが決まっている。南下して、敵の背後を襲うのだ。

「以前マザーシップを迎撃した町田を最終防衛線とし、四足歩行要塞と随伴歩兵の戦力を撃滅する。 静岡にいる敵を排除することで、東京基地へ掛かるプレッシャーを減らす」

日高司令はそう説明しているが。

正直な話、私にはそう簡単な話だとは思えない。敵にしてみれば、ドラゴンを実戦投入した以上、他の戦力は全てが補助だ。アースイーターによる絶対防衛能力と、ドラゴンによる絶対攻撃能力を手に入れた以上、四足も、恐らくはマザーシップさえも、ただの補助戦力に過ぎない筈。

戦況コントロールの一環。

そうだとしか思えなかった。

だから、敵は静岡の拠点を失ったところで、痛痒は覚えないだろう。

何なら、アースイーターを繰り出せば良いだけのことなのだから。

「防衛線は、既に敵と接触している。 ストームチームは、南から敵の横腹を突き、四足を撃破して欲しい」

それが、ヒドラで移動中、ブリーフィングで言われたこと。

今回、レンジャーやウィングダイバーなど、直接支援してくれる部隊はいない。

敵の戦力を前線で引き受けるから、その隙を突いて、ストームチーム単独で四足を潰せ。

そういう作戦なのだ。

勿論厳しい事は確かだが。今の東京基地には、敵の主力を引き受けるだけで精一杯で、支援任務に割く兵力が存在しないのも事実。

あまり多くを求めるわけにはいかない。

それに、第五艦隊が、今回の任務には参加してくれる。デスピナからの支援火力は、とても頼りになるはずだ。

すぐにビークルで前線に出る。幸いにもと言うべきか、今回敵にはドラゴンの姿がない。それだけは救いだ。

ヒドラで移動中、全員カプセルで休んで、英気を養ってもいる。

戦いそのものは、出来る。

「作戦はシンプルだ。 一撃離脱。 敵の掃射砲を潰し、機体下部にあるハッチに突貫して、フュージョンブラスターで一撃を叩き込み、破壊する」

弟が説明。

しかし、同じ方法で、敵は一度破れている。そう簡単にやらせてくれるものかどうか。

懸念はあるが、他に方法がない。

キャリバンの上に座って、様子を見る。既に、前線では、火線が応酬されている。最前線に出たプロテウスが、敵陣に圧倒的火力を投射。しかし、シールドベアラーが出てきたことで、混戦に持ち込まれているようだ。

前線の状態が、リアルタイムで入ってくる。

これを見て、私は唸った。

味方はよく頑張っている。静岡から来た巨大生物の群れと、ヘクトルの軍勢。飛行ドローンに、攻撃機。ディロイも数機いる。強力な敵部隊を相手に、よく頑張っている。しかし、その分、味方は損害を受ける。

「此方デスピナ。 味方への支援攻撃を開始する」

バイザーから通信が来る。

テンペストによる砲撃で、敵の戦力を削ぐ。同時に、ストームチームが悠々と前進してくる四足を叩くための陽動もする。

目的地点に到着。

以前、町田でマザーシップを迎え撃ったときに用いた地下空間だ。地下鉄の入り口から入る。

前回の戦いでジェノサイド砲の直撃がこの近くにあり、入り口がまるまる塞がれた。だから、まずは入り口を再度開くところからだ。

「どいてな」

涼川が、DNG9のピンを引き抜いて、数個転がす。

爆発。

瓦礫が消し飛ぶ。

轟音と共に煙が上がるが、前線ではそれ以上の凄まじい戦闘が行われている状況。戦車砲も乱射されているし、この程度では気付かれない。

入り口はかなり崩落が進んでいる。

まず谷山が入って、セメント弾を用いて固定。地下巣穴を攻略した際に用いたものと同じだ。

ただ、セメントを生産していた工場の存在する基地が、既に沈黙している。セメント工場はまだ自動で動いているようだが、それもいつまで敵が見逃してくれるか。

作業が済むまで、三十分ほど。

入り口を作ったところで、ビークルで内部に乗り込む。最後に、入り口を外側から偽装して終わり。といっても、布をかぶせるだけだ。

念のため、セントリーガンを数個設置していく。

巨大生物が来たらすぐに反応し、なおかつ敵が来たことも知らせてくれるのだ。

中に入ると、前回の戦闘の際に、天井も床もコンクリで固定されたためか、かなり環境が安定していた。

地下を驀進する。

巨大生物がいなくなった今、此処はもはや敵のホームグラウンドでは無い。天井も高く、キャリバンやギガンテスも、問題なく進むことが出来ていた。

ギガンテスは、谷山が借りたものだ。今回も彼は、テクニカルに戦って貰う。最後尾には、ベガルタに乗った筅。時々後方を警戒しながら、ついてくる。

戦術士官が連絡を入れてくる。

幸い、今回地下は此方のホームグラウンドになっている。通信には不自由しない。

「ストームリーダー。 四足が方向を変えました」

「出る穴を調整する」

マップは完全に整備されているため、迷う恐れは無い。バイザーとリンクしているし、所々に通信強化用のアンテナが植え込まれている。此方としては、指定通りに行けば良い。私はキャリバンにタンクデサンドしたまま、武器の状態を確認しているだけで良かった。

筅が、不意に声を掛けてきた。

バイザーでの、オンリー回線である。

「あの、はじめ特務少佐」

「どうした」

「少し前から、気になっていたことがあるんです。 巨大生物の知能が高いのは、以前の説明で納得がいく説明を受けたんですけれど。 彼らは、ひょっとして、言葉の類を使っているんじゃないでしょうか」

「どうしてそう思う」

筅は少し黙った後、付け加える。

どうも、妙だというのだ。

「彼らはあまりにも進化が早いし、何より我々より凄い組織戦を行って来ます。 でも、言葉もない生物に、彼処までの連携は無理だと思うんです」

「だが、言葉を使って通信するだけでも、無理だろう」

「ひょっとして、相手も我々のバイザーと同じようなものを使っているんじゃ無いかなって……あくまで同じようなもの、ですけど」

それについては、確か研究が行われているはずだ。

幾つかの説があるのだが。確かに巨大生物は、何かしらの高度リンク機能を持っているとするのが定説になっている。

つまり一匹が見た情報は。

他にも即座に伝達され。

そして、全ての巨大生物が、それについて学習する、と言うわけだ。

「色々な説があるが、全ては仮説の域を超えていない。 だが、通信を邪魔したり、コミュニケーションを取ろうという試みは、全て失敗している」

「……ええと、それで、何ですけれど」

筅はまだ何か言いたいことがあるようで、続けている。

まあ、今はただ移動しているだけの時間だ。それならば、聞いておいても、別に良いだろう。

私はストームチームのサブリーダーというポジションだ。

相談役は、引き受けることも出来る。

私が如何に戦闘マシーンでも。話を聞くくらいは、出来るのだ。

「少し前に聞きましたけれど、アースイーターは、その。 一つの頂点と、無数の艦隊によって構成されていると聞きました。 ひょっとして、巨大生物も、同じ仕組みなんじゃないでしょうか」

「巨大生物の女王や王を殺したところで、動きが止まるという報告は無いが」

「いえ、その。 アースイーターを操作している存在と、連携しているのでは無いのかな……って」

なるほど、それは面白い発想だ。

だが、少しばかり都合が良すぎるかも知れない。其処まで集約したシステムになると、トラブルが起きたときに、色々と対策が取れない可能性もある。

しかし、である。

何かのヒントになるかもしれない。

三島と連絡し、今の話を伝える。三島は通信の向こうで、唸っていた。

「確かに面白い案だけれど」

「巨大生物に、何かしらの情報集約者がいるという説は前からあったはずだ。 そういえば、マザーシップが落ちた直後、巨大生物は不意に攻撃を停止したという話もあったな」

「大半は輸送船が運び去り、残りが地中に潜ったから、風説の域を超えていないけれど、そうよー?」

「もしも当時はマザーシップにその集約システムがあったとすれば、或いは」

しばらく考え込んでいた三島だが。

巨大生物の死骸を調査した結果を閲覧してみると言って、通信を切った。

そろそろ、地下トンネルを抜けるタイミングだ。

弟に通信を入れる。

「四足は」

「予定より若干北にずれたが、そろそろこの辺りを通りかかる。 出て後背から強襲を掛けるぞ」

「短期決戦だな」

「ああ」

作戦は、既に決めてある。

アタッカーは弟とナナコ。他のメンバーは、全員が支援役だ。

他の敵を抑えるのは、私と涼川、それに筅。

他のメンバーは、四つ足の掃射砲を撃滅する。弟とナナコには、フュージョンブラスターをそれぞれ二本ずつ持たせている。どちらも新型で、火力が敵に全て解放されれば、四つ足だってたたきつぶせるはずだ。

「デスピナ艦長。 此方ストームチーム。 指定座標に、ありったけの火力を叩き込んで欲しい」

「よし、ただしこれ一度だけだ」

「何かトラブルか」

「此方にドラゴンの群れが向かっている。 全艦隊で対空攻撃にこれから切り替える」

これは、まずいかも知れない。

前線はかろうじて第五艦隊の支援砲撃で持ちこたえている状況だ。四足を仕留め損なったら、味方は全滅する。

だが、この程度のプレッシャーは、今に始まった事では無い。

やるだけだ。

「テンペスト着弾と同時に、入り口をパージ! 総員、突入に備えろ!」

「テンペスト、来ました!」

「よし、突撃だ!」

入り口をギガンテスの砲撃で内側から吹き飛ばし、突入開始。

一瞬の光転。

それが収まると、周囲は焼け野原。辺りには傷ついた青ヘクトル数機と、巨大生物の残骸や死骸の山。

テンペストにより、一瞬の戦力空白が作られたのだ。

突入する。

四足は即座に気付いて、反撃に出てきた。

掃射砲の雨霰の中、総員で四足を仕留めるべく攻撃を開始した。

 

デスピナは全長千メートルを超える、EDFの決戦兵器の一つである。要塞空母という名称であるが、多数の巡航ミサイルや対空兵器を装備しており、充分に戦艦としても機能する。

現在、各艦隊の生き残りである四十隻ほどの艦が周囲に展開。

デスピナを中心に、対空鱗形陣を展開していた。

艦長である中島中将は、少し前に中将に昇進したばかり。実はこの名字は、ある理由から身内にも教えていない。幾つかの偽名を使っており、友人達にさえ、本名は知らせていないのだ。

昔、軍属になる前は、名字を知っている身内も勿論いたが。

彼らは前大戦で、全員が鬼籍に入ってしまった。両親も子供達も、例外はいない。

第五艦隊の司令官でもある彼は、接近しつつあるドラゴンの群れを、レーダー上だけでなく。

艦橋の超強化硝子越しに、肉眼でも視認していた。

「総員、対空戦闘用意!」

「対空ミサイル、ロックオン! 全艦攻撃開始!」

鱗形陣を組んだ大規模艦隊が、一斉にドラゴンの群れに攻撃を開始。現在、レーダーには七つの敵の群れが映し出されていて、それが全て等距離から迫ってきている。

ミサイルが連射される。

狙いは一群ずつ。殆どの艦はオートメーション化されており、ドラゴンにとりつかれると非常に面倒だ。

其処で残りの群れには、一種の足止めを撒く。

足止めと言っても、それぞれが小型の爆弾で、突入した敵を充分に足止めできる。一種の対空機雷だ。ドラゴンとの交戦で、連中が空を飛んでいる際、思っての他にデリケートである事は、ストームチームが調べてくれていた。

無数のミサイルが、ドラゴンの群れに着弾。爆裂する火球が、艦橋からも見える。見る間に赤点が消えていく。

「第一群、殲滅完了!」

「第二群へ攻撃を開始」

今の時点では順調だ。

足止めされた敵に、順番に攻撃を集中していく。だが、第二群を殲滅した直後。不意に、鱗形陣の外側にいた駆逐艦が爆裂。

大破し、炎上しはじめたのである。

「何が起きた!」

「長距離からの空爆です!」

続けて、その内側にいたフリゲートが爆発、今度はそのまま轟沈する。

ドラゴンの群れでは無い、何者かの仕業か。

いや、違う。映像を解析していたオペレーターが叫ぶ。

「ドラゴン第七群からの攻撃です! 見てください!」

映像が、拡大される。

それによると、百匹近いドラゴンの群れが、同時に火球を放っている。しかも、狙いは全てが同一地点。

着弾した火球は、駆逐艦の装甲を一撃で貫通。フリゲートに到っては、撃沈までさせたということだ。

呻く。

「第七群へ攻撃を集中!」

無駄だろうと、中島は判断。

直後、デスピナの装甲看板に、直撃。今度は第六群のドラゴン共が、集中砲火を放ったのだ。

煙が上がっている。

装甲はどうにか無事だが、あれを破られたら、内部に格納されているファイターは全滅だ。航空部隊が、戦闘させろと通信を入れてくるが、もう少し待つよう指示。敵を対空砲火で、確実に減らしていく。

此処で攻撃を全部隊同時に絞ると、おそらくは対空砲火が甘くなった隙を突いて、敵が強行突撃を仕掛けてくる。そうなると、とりつかれた小型艦は爆沈する事になる。

しかも相手は生物。

フレアの類は通用しない。先ほどの火球も、バルカンが対応していたが、落とすには到らなかった。

また、火球が来る。

甲板に直撃。一気にダメージが蓄積した。狙いも正確極まりなく、ダメージゾーンがイエローを示している。

「敵の群れは」

「後三群が残っています!」

「新たな敵出現! ドラゴンです! 数は、およそ四百!」

しかも今度は、まとまって突っ込んでくると言う。

強烈な揺れ。

敵の砲撃が、また甲板に直撃したのだ。対空ミサイルが敵の群れを殲滅しているが、それも次の群れには対応できるのか。

既に甲板のダメージは、レッドになっている。次に直撃したら、甲板内の航空部隊は全滅だ。

「敵第五群、第六群、離れていきます! 新手と合流する模様!」

「密集隊形で突入してくるぞ! 全艦、総力戦用意!」

中島は冷や汗を拭いながら、甲板に工兵を出す。アーマーを甲板に追加投入して、少しでも良いから凌ぐのだ。

敵は案の定、海面すれすれまで高度を落とすと、密集隊形で突入を開始。

陣形を半月型に変えながら、第五艦隊が迎え撃ちに掛かる。ミサイルを雨霰と叩き付けるが。

しかし、敵の数が多すぎる。

駆逐艦が爆沈。突入しながらも、敵が密集砲撃をしてくるのだ。巡洋艦大破。煙を上げながら、必死に回避運動。敵が錐を揉み込むようにして、第五艦隊中枢へ、猛攻を掛けてくる。

デスピナ側面が、ついにがら空きになる。

其処へ、密集火球が、連続して着弾。カメラの幾つかが沈黙。中島は思わず、帽子を下げていた。

「敵部隊、防空火力を突破……」

「敵側面に、攻撃! 対空クラスター弾です!」

ということは、地上の砲兵隊か。

思わず身を乗り出した中島は見る。対空クラスター弾の横撃を受けた敵の群れが、明らかに機動を乱している。

勝機だ。

全艦、攻撃。防御から攻撃へ切り替えろ。

ありったけの対空ミサイルが放たれる。空軍をここぞと発進させ、一気に空対空ミサイルの雨を敵に放たせる。ドラゴンの群れはしばし混乱したが、やがて体勢を整えると、南の空へ去って行った。

すぐに被害を確認させる。

駆逐艦四、巡洋艦二大破。駆逐艦二隻とフリゲートが一隻撃沈。

ファイター二機が中破。

損害は、最小限に抑えることが出来た。

「陸の戦況は」

「四足の撃破完了。 現在、敵の追撃を行っているという事です」

「そうか……」

さすがは嵐姉弟だ。

酒は飲めないが、今度何かしらの形で今日の戦いに報いよう。そう、中島は思った。

 

1、行くも下がるも地獄

 

静岡にいた敵はどうにか潰した。山梨に展開していた部隊と東京基地の戦力で存分に敵を殲滅し、東京基地へ帰還。

悲報が続く中の、久々の勝報だ。

何より、静岡に陣取っていた敵の大規模部隊が、ついに消滅したのである。もっとも、もはやEDFが抑えている地域は、基地とその周辺のわずかな土地に過ぎないが。それでも、勝利は勝利。

問題は、ストームチームには、その勝利を喜ぶ時間もない、という事だが。

それに勝利と言っても、短期決戦で四足に挑んだのだ。無事に済むはずもない。原田と黒沢が掃射砲による攻撃で重傷を負い、病院に直行。キャリバンは大破。結局弟のフュージョンブラスターが四足を打ち倒したが。その後のヘクトルによる攻撃で、ナナコも吹き飛ばされ、地面に叩き付けられて、病院行き。

エミリーとジョンソンも負傷して、無事なメンバーは半数ほどしかいなかった。

今は医療技術で急速回復が出来るが、それも無理矢理体を治しているのと同じ。続けていれば、いずれ無理も出る。

皆、寿命を削りながら戦っているのだ。

そう思うと、心苦しい。

東京基地に帰還し、カプセルに入って休んで。

五時間ほどして目覚めて、バイタルチェックの状態を見ていると、すぐにバイザーに通信があった。

司令部に来て欲しい、というのである。

何かあったと言うのは、即座に分かった。

弟を一とする他ストームチームベテラン勢はもう司令部に出向いているらしい。ならば、後は私が行けば良いだけか。

フェンサースーツを着込むと、司令部に。

途中、基地の様子を見たが、かなり酷い。ビークル類の損害は、四足との戦いで、相当なレベルに登った様子だ。人員もかなり減っている。戦死者も出たし、病院は大忙しだろう。

基地の防空設備もボロボロだ。

また、戻ってきた艦隊を見たが、かなり痛めつけられている。ストームチームが四足を仕留めた直後、敵の大攻勢があったとかで。砲兵隊からの対空支援がなければ、かなり危なかったという。

敵は、此方を痛めつける目的で、兵力を出してきた。

確かに勝ちはしたが。

これだけ痛めつけられているのを見ると、素直には喜べない。

それに、勝ったといえど、敵が失ったのは、敵から見てほんのわずかな戦力。似たような戦いが後何回かあれば、東京基地は落ちる。

滑走路には、既に航空機の姿はない。

皆格納庫にしまわれているのだ。

他の基地。特に私も見たが、浜松基地などでは、ドラゴンは攻撃機を率先して狙っていた。

敵はビークルを優先して破壊しに来る。もはや基地内であっても、油断できる状況ではないのだ。

勝報に素直に喜んでいる兵士達も、おそらく一晩経ったからだろう。皆、不安そうにしていた。

もはや新兵を訓練する余裕も無いという事からか。

少し前に見られた、一般人と戦闘タイプの第三世代クローンの兵士達が、混じってジョギングしている光景も。

もう辺りでは見られない。

いつ敵の攻撃があるか分からない現状。

もはや、地上で訓練など出来ない、という事なのだろう。

司令部を見て驚く。

地上部分がなくなっている。

そういえば、ドラゴンが密集しての火力投射をしてくると聞いている。今のところ、ストームチームでの戦闘中にそれを見た事はないが。東京基地でも、やられたということなのだろう。

司令部の建物が、となりの、しかも地下部分に移動していることを知って、黙々と足を運ぶ。

気が重い。

おそらく総司令部も、そろそろ地下への移動を検討するはずだからだ。

エレベータを使って、地下に。

電力が露骨に不安定になっている。電力系がやられていると言うよりも、おそらく東京基地の地下工場に全力投入しているのだろう。

武器の生産に、弾薬の増産。

何よりアーマーの生産。

そして、医療設備の安定化。

こういう所の電力のクオリティが落ちるのは、仕方が無い事だ。

司令部に出る。

また、幹部が減っていた。カーキソンもボイスオンリーで参加しているが。中将も少将も、ぐっと減っている。

席にいた日高司令は、かなり疲弊が酷いらしく、髪も乱れていたし、目の下に隈も出来ていた。

「はじめ特務少佐、席に着いてくれ。 重要な話がある」

「すぐに始めてください」

「うむ。 まず、現在の戦況だが」

戦術士官が、机上に立体映像を映し出す。

既に世界の七割近くが赤くなっている。中東地区は陥落寸前。中央アジア地区は、七割近くが落ちている。東南アジアは、巨大生物の巣穴を攻撃するべく、兵力が集められ、かろうじて耐えているが。それでもかなり厳しい状況だ。

アフリカ、南米も、六割近くが敵の手に落ち。

頑強に抵抗している極東、欧州、北米も、既に三割以上が、敵の手に落ちていた。

「それで、会議を開いた目的は」

毒づいたのはマルレイン大将である。欧州で歴戦を重ねたゲリラ戦の雄も、今回の戦況は、こたえているようだ。

咳払いすると、ヘンツィン大将が、目配せする。

ボイスオンリーだが、参加してくれているのは、エルム。ストライクフォースライトニングの隊長だ。

オーストラリアの敵巣穴を確認しに行ってくれていた。ずっと生還は厳しいと考えていたのだが。

無事だったのか。

本当に良かったと、私は胸をなで下ろしていた。

「オーストラリアで、ドラゴンが繁殖したとみられる巣穴を確認しました。 その結果、幾つかの予想が裏付けられました」

「具体的には、どういうことかね」

「もぬけの空になっています。 もはや敵は、巨大生物を培養する必要がないと判断しているという事です」

小原が代わりに言う。

彼は疲れ切っているようだが。今までの情報を集めた結果、ある事が分かったと言う。

「どうやらアースイーターは、極端な並列化をしている兵器だと言うことが分かってきましたが。 幾つかの情報の結果、どうも巨大生物も、それに準じて管理されているようなのです」

「つまり、どういうことか」

「おそらく、宇宙空間に管理者はいません。 以前の戦いでは、マザーシップが管理者となっていたようなのですが。 恐らくは、アースイーターの集中管理システムが、巨大生物も管理していると見て良いでしょう」

つまり、それさえ叩き潰せば。

一気に、逆転勝利が出来る可能性が高い。

そう言うことだ。

考えて見れば。前大戦にしてみても、マザーシップを落としたからといって、EDFは既に継戦能力をなくしていた。あのままフォーリナーが戦い続けていたら、地球人は殴り負けていただろう。

皆が顔を見合わせる。

つまり、勝機が見えてきた、という事だ。

「しかし、管理システムというのがどういうものかは、分かっていないのだろう」

「アースイーターの集中管理システム、仮にブレインと呼びましょうか。 そのブレインですが、恐らくは途方もない演算能力を要求されるはずです。 マザーシップと同等か、それ以上のサイズがある存在とみて良いでしょうね。 それに、アースイーターと連結している可能性も高い。 すぐに残っている衛星を総動員して、アースイーターを撮影してください。 其処から、割り出せるかも知れません」

カーキソンが、立ち上がったようだ。

悲報続き、絶望的な戦況についての報道ばかりが続いていた状況だ。誰もが勇み立つのは、当たり前だろう。

私だって、ようやく来たかと思ったくらいである。

「すぐに衛星の情報を解析! 後は、不審な巨大物体がないか、残っている探索能力をフル活用して、すぐに調査を行え!」

「イエッサ!」

通信が切れる。

日高司令は、嘆息すると。今度は極東についての会議を行うと言う。

極東の幹部は、著しく減っている。デスピナの艦長を除くと、参加できる中将はいないし、少将も前回の会議の半分になっていた。

「実は、東京支部の地下に、東京の巨大生物巣穴をつなげる計画がある。 今、急ピッチに行われている」

「シェルターとして活用するのですか?」

「察しが良いな。 その通りだ」

今、各地のシェルターは、人員過多による物資の不足に苦しんでいる。生産設備はあるのだけれど、逃げてきた人員が多すぎて、供給が追いついていないのだ。

其処で、敵が作って放棄した東京巣穴を利用して、そのままシェルターにする。

勿論敵の残党に急襲されては困るから、使うのは一部だけだ。だが、封鎖するのは各地に通じていた連絡通路。

敵が居住空間、繁殖空間としていた地下空間はまるまる利用する。

最悪の事態に備えてセントリーガンや隔壁は完備するほか、工場からの物資供給も行う。ただ、これについては、どうしても兵士達の物資を優先するが。

何にしても、病院設備も劣悪なシェルターにいるよりは、東京基地のすぐ地下に移った方が良い。

更に、東京基地近郊のシェルターも、この地下空間とつなげてしまう案も出ているという。

「ストームチームは、退路を確保して欲しい。 ヒドラとコンボイで避難民をピストン輸送するが、敵の攻撃があった場合の損害は計り知れない。 其処で、退路に存在する敵をたたいて欲しいのだ」

「イエッサ。 すぐにでも取りかかります」

「頼むぞ」

この作戦の本当の目的は。

兵士として徴用できる人員を増やすためだ。

東京基地近郊のシェルターでも、現在EDFへ参加したい人員を募っていると聞いている。

各地の孤立同然の状況に置かれているシェルターにいる人々に関しては、それどころではない。

だが、この人員を活用できるとなると。

人類は、更に粘り強く動けるかも知れない。

良くしたもので、既に殲滅した敵巣穴を、各地のEDFや政府も、シェルターとして活用しているそうだ。

司令部を出る。

太陽がまぶしい。

立ちくらみしそうだと言うと、涼川が笑った。

「あたしもだ」

「お前もか」

普段頑丈極まりない涼川が、こんな事をいうのである。

限界は近い。

この戦いも。あまりにも長期化した場合、人類は疲弊から力尽きてしまうかも知れない。

 

出撃。

一緒にレンジャー部隊を一つだけ付けて貰った。それ以外の人員は、東京基地と周辺の防御だけで精一杯だそうである。

神奈川、千葉辺りのシェルターについては、問題ない。

問題は関東北部のシェルターだ。

この辺りは、大戦初期から、かなりの人員を引き受けてきている。各地区から、極東は安全だという噂を聞いた避難民が、流れ込んできたのだ。それだけではなく、アースイーターが現れてからは、極東の別地域からさえ、避難民が流入している。劣悪な環境下で、苦しんでいる避難民は数多い。

今は巨大生物による侵食が進んでおり、各シェルターとも連絡もろくに取れない状況。

以前、カルト教団に制圧されて、隔壁を開けてしまい。全滅したシェルターの悲劇が報道されたが。

シェルターの適正人員の200パーセントを超えてしまっている場所もある。そのようなシェルターでは他人事ではない。いつ集団ヒステリーが起きて、もっと酷い悲劇に発展しても、不思議では無いのだ。

ストームチームとしても、この作戦は難事だ。

ア−スイーターの支配下に置かれていないシェルターだけを救出するにしても。退路の確保は、かなり大変な作業になる。

巨大生物といっても、黒蟻や赤蟻だけではない。

ドラゴンも、当然含まれるのだ。

目標になっているシェルターは四つ。

これから関東北部の山を這い回り、退路を確保しなければならない。確保した退路は、ヒドラとコンボイを通して、ピストン輸送。その輸送を邪魔しないためにも、ストームチームはずっと戦い続けなければならないのだ。

もはやろくに敵の配置も分からない山中に踏み込む。

早速、黒蟻の小集団を発見。即座に攻撃を集中して片付ける。

一緒に来ているレンジャーチームには、ジープで分散して偵察に当たって貰っている。敵を見つけても、絶対に手を出さないようにと告げてあるが。それでも、敵に先制攻撃を貰う可能性もある。

幸い舗装道路は残っているし、今のジープなら、山中を走り回るのは決して難しくはない。

山中を進みながら、小集団と遭遇する度に排除。

敵は殆ど移動せず。

制圧した地域に陣取るだけで、繁殖もしていない様子だ。これは、どういうことなのだろう。殺してくれと言っているようなものだが。

とにかく、丸一日動き回り、七回の戦闘をこなした。

その度に五六匹の巨大生物と遭遇。

全ての群れを撃滅。

嫌な予感がする。筅が、通信を入れてくる。

「ひょっとして、敵は此方を誘い込もうとしているのでは」

「可能性は否定出来ないな。 ストームリーダー、どう思う」

全員が聞いている通信だから、弟はリーダーと私も呼ぶ。弟はしばらく考え込んだ後に、だが前進を続けると言った。

偵察に出ていたレンジャー部隊とも連携して、後方にある程度の安全圏は確保。

レタリウスはいない。

このまま上手く行けば、最初のシェルターには、明日には到達できるが。しかし、案の定、そうはいかなかった。

偵察に出ていたレンジャー部隊の一支隊が、慌てて戻ってくる。

「ドラゴンです!」

「総員、戦闘準備!」

弟が立ち上がり、指示を出すと同時に。

バイザーのレーダーが真っ赤に染まった。やはり敵は、誘い込んできていたとみるべきだろう。

どっと殺到してくるドラゴンの一部隊。

数は当然百体だ。

対空砲火を浴びせ、足止めしたところを狙い撃ちに掛かる。池口の最新鋭ネグリングの猛火を浴びて怯んだドラゴンをつるべ打ちするが。

しかし、別のレンジャー部隊支隊が戻ってくる。

北部から、黒蟻と赤蟻の部隊が迫っている。此方も、かなりの数だ。

やはり、こうなるか。

ドラゴンがいる限り、ヘリは使い物にならない。ベガルタに飛び込んだ筅が、時間稼ぎのために北上するが、ドラゴンがその間に突入してくる。対空砲火を無理矢理突破しての強行攻撃だ。

しかも、更に二隊のドラゴンが、東西から出現。

間を置かず、猛攻を掛けてくる。

谷山の電磁プリズンが、見る間に消耗。

やはり、此奴らを相手に、被害を減らす方法は無い。キャリバンに火球が集中し、見る間に中破。

ミラージュを連射していた三川が、吹っ飛ばされる。

地面に叩き付けられた三川を庇って、私が飛び込む。食いついてきたドラゴンを盾で防ぐが、かなりの距離を吹っ飛ばされる。ガリア砲で、カウンターの一撃。頭部を吹っ飛ばされたドラゴンが、横転しながら砕け散った。

ネグリングが、大破する。

第五艦隊から報告があった、集中砲火を浴びたのだ。殆ど一瞬の出来事だった。壊れたネグリングから飛び出してきた池口を庇って、ナナコが飛び出す。フュージョンブラスターを起動して、迫ってくる敵を焼き払うが。

しかし、火球をもろに浴びる。

アーマーが溶かされたのが分かった。

膝から崩れ落ちるナナコは、体から煙を上げていた。

「ナナコちゃん!」

飛び出した日高少尉が、ぐったりしているナナコをキャリバンに引っ張り込む。怒濤の猛攻がその間も続き、見る間にビークルが消耗していった。

どうにか、ドラゴンどもを撃破したが。

間を置かず、筅が抑えていた黒蟻と赤蟻が、凶蟲もつれて殺到してくる。

ようやくここで、砲兵隊の支援が間に合った。

大威力キャノン砲が、東京基地から放たれ。巨大生物の群れを直撃。敵の多数を吹き飛ばした。

ここぞとばかりに攻勢を掛けるが。

敵を蹴散らした後、ストームチームは既に、満身創痍だった。

 

時間がない。

とにかく確保した退路を使って、山中にあるシェルターに接触。

隔壁を開けて、中に入ると。むっとした臭いが漂ってきた。空気の清浄化さえ、上手く行っていない状況だ。

中は案の定、極めて不衛生な状況。

最優先したこのシェルターは、人員が適正の三百%を超えてしまっているのだから、当然だろう。

他の地区のシェルターの状況が、どれだけ悲惨なのか、考えるのも恐ろしい。通信も孤立してしまっては、恐怖が蔓延して、人々が狂気と集団ヒステリーに陥るのも、無理はないと私でさえ思う。

敵と戦っているEDF隊員も、PTSDで苦しむ者も多い。戦死の恐怖も、間近にある。

しかし、多数の知らない人間と閉鎖空間に閉じ込められる恐怖だって、それに勝とも劣らないだろう。

すぐにヒドラを使って、弱っている人から順番に運び出す。

中で暴力事件や略奪を起こした人間は、簡易牢に入れられていた。彼らも連れ出して、東京基地で預かる。

裁判に掛けて、適正な罪を受けさせるためだ。

集団ヒステリーで暴行を加えられた可能性もある。此処で裁くのではなく、冷静な環境で処置した方がいい。

中にいた警備部隊の隊員は、髭も伸び放題で、目も血走っていた。弟が報告を受けるが、辟易していた。

「精神を病みかけているな」

「あんな環境では無理はない」

「東京基地の地下に移って貰ったとして、その後は大丈夫なのかと、執拗に聞かれたよ」

どうやら此処の隊員は、自分たちは脱出して、後は平和に暮らせると勘違いしてしまっていたらしい。

東京基地の地下に作るシェルターの方は、百五十万の人員を収容できる。

東京基地は、人員も減ってしまっているので。

インフラについても、問題ない。

ピストン輸送を開始。

一緒に行けないと聞いた隊員は発狂しそうになったので、やむなく人員を交代させる。ヒドラで代わりの人員に来て貰ったが、いずれもPTSDが回復していない傷病兵ばかりだった。

どこも窮状には変わりない。

キャリバンに収容した三川とナナコ、それに池口の様子を見る。

ナナコが特に重傷だ。火傷が酷い。

ヒドラに収納して貰って、一旦東京基地の病院へ。応急処置では、おそらくどうにもならないだろう。幸い、コンボイと一緒に来たネグリングを支給して貰ったが、それもいつまた壊れるか。

途中、退路で敵を見たという報告を受ける度に、ストームは急行。

敵部隊を排除しては、シェルターに戻った。

二日で、七機のヒドラがピストン輸送をし、五万近い避難民を輸送。二万四千の避難民には、このシェルターに残って貰う。

隔壁を閉鎖。

二日間、殆ど休む事は出来なかった。

だが、この北にあるシェルターは、更に悲惨な状態だと聞いている。幸い、ナナコはすぐに治療がはじめられて、一週間もすれば復帰出来ると報告が来た。

専用機のヒドラに収納していたキャリバンとネグリングも、動かせる状態にまでは、回復した。

次のシェルターだ。

誰も不平は言わないが。

誰の目にも、疲弊が色濃く出ていた。

 

山の中に、赤蟻が多数陣取っている。

そのすぐ側に、シェルターがある。もしもシェルター内で何かが起きたら、大事故につながりかねない。

シェルター内と通信が取れない。

近くにアースイーターがいるから、というのもあるだろうが、何か嫌な予感がする。作戦を急いで欲しいと、日高司令からも通信があった。

「まずはネレイドで蹴散らします。 残党の処理をお願いします」

谷山がそう言って、ネレイドで出る。

谷山も連日の任務で、相当に疲弊しているらしい。歴戦のヘリパイロットも、あのような状態のシェルターを見ては、平静ではいられないと言うことだ。

私は。

一応は、平気だ。

だが、忸怩たる思いもある。

アースイーターを落とせば勝てる。その希望が示されてから、更に作戦が過酷になったような気もしている。

地下の彼奴の意識は、まだ私の中にもある。知識も。

だからこそ、余計に焦燥は募るのだ。

ネレイドが現れると、赤蟻は上を向く。機関砲が赤蟻の群れを蹴散らしはじめる。今の時点で、ドラゴンはいないが。

しかし、赤蟻は動じる様子も無い。

すぐにその時が来る。レーダーが真っ赤に染まる。偵察に出ていたレンジャー部隊が、急を告げてきた。

「ドラゴンです! 数は二百から三百!」

「やり過ごせ。 交戦は考えなくても良い」

「イエッサ!」

谷山がすぐに此方に戻ってくる。赤蟻は平然とその様子を見ていた。ドラゴンが来たら、連携をして戦闘するつもりなのだろう。

巡航速度、時速八百キロ。

実際には音速も超える空の悪魔共が、すぐに姿を見せる。ネグリングが先制のミサイルを浴びせかけるが。

同時に、赤蟻の群れが大攻勢に出た。

殆ど間を置かず、ドラゴンの群れも攻撃を開始。

着地したネレイドから飛び出した谷山が、電磁プリズンを展開。最前衛に立ちふさがったベガルタが、コンバットバーナーで炎の壁を作る。

しかし、である。

爆裂とともに、ベガルタファイアロードが、数歩下がる。

駆逐艦を吹き飛ばしたという、ドラゴンによる精密集中砲火だ。電磁プリズンの防壁を一撃貫通し、ベガルタを瞬時に中破に追い込んだのだ。

必死にミサイルを投射し続けるネグリングにも、火力が集中しはじめる。

「赤蟻は任せろ」

涼川が飛び出して、原田と一緒にスタンピートからグレネードをばらまきはじめるが。赤蟻は押さえ込めても、ドラゴンはどうにもならない。

対空砲火をくぐり抜けたドラゴンが、突進してくる。

防ぎきれない。

谷山が展開したセントリーガンの防壁を文字通り蹴散らし、ドラゴンが来る。弟とジョンソンがフュージョンブラスターで薙ぎ払う。しかし、光と熱の壁を突き抜けて、ドラゴンが躍りかかってきた。

最後の防壁である私と矢島が、盾ではじき返すが。

それも四度まで。

噛まれた。

盾を吹っ飛ばしたドラゴンが、私に噛みついたのだ。

振り回され、地面に叩き付けられる。だが同時に私も、ハンマーでドラゴンを吹っ飛ばしていた。

激しく地面に叩き付けられた私は。

酷い痛みを感じながらも、ダメージをチェック。

アーマーが全壊。

スーツも、ダメージが、レッドに達していた。

立ち上がりつつ、ディスラプターを起動。キャリバンに集っていたドラゴンを焼き払う。咆哮するグレイプRZの速射砲。イプシロンもネグリングも、酷い煙を上げていた。

砲兵隊の支援が来る。

ようやくだ。

対空クラスター弾が、ドラゴンの群れに直撃。勢いを減じたドラゴンに、まだどうにか攻撃能力を残していたネグリングから、ミサイルが叩き付けられ。敵がさっと逃走に移る。

視界の隅。

弟が、地面に倒れているのが見えた。

立ち上がろうとして、何度か失敗。駆け寄ったエミリーも、頭から血を流している。肩から背中に掛けて酷い火傷。三川は、意識をなくして倒れている、

辺りは、爆撃を受けたような有様。

ストームチームは。

全員が負傷。

偵察に出ていたレンジャーチームが戻ってくる。彼らも、惨状に息を呑んでいた。

「救助支援、お願いします!」

キャリバンとグレイプRZに皆を運び込む日高少尉。

そういう彼女も、アーマーを集中砲火で抜かれ、EDFの戦闘服を焦がしてしまっている。怪我もしているはずだ。

慌てて救助に掛かるレンジャーチームだが。

彼らも連日の過酷な任務で、酷く疲弊しているのが見て取れた。

キャリバンに私も運び込まれる。

すぐにバイタルをチェック。

死ぬほどでは無い。三川や弟を優先。弟は意識こそあるが、左半身を手酷く痛めつけられていた。

ドラゴンの火球を浴び、噛まれて振り回されたのだ。

「す、すぐにヒドラを呼びます」

レンジャーの一人がバイザーから、ストームの専用機を呼ぶ。中にはもう少しましな設備がある。

ベガルタはそういえば、どうなった。

何気なしに外を見ると。

戦場で活躍し続けたベガルタM3ファイアロードは、無惨な姿になっていた。電磁プリズンを喰い破った精密集中砲火の煽りを喰らったのである。しかも、その後の戦闘で、ドラゴンの怒濤の攻撃に対し、前衛に立ち防ぎ続けたのだ。

機体はもう動かないだろう。

コックピットから引っ張り出された筅は、意識が無い様子だ。

重機を使って、ヒドラにベガルタが引っ張り込まれていくのを見ると、悲しくてならない。

キャリバンも、ヒドラに。

内部の医療設備を使って、診察が始まる。

「いくら何でも、こんな任務は酷い」

専任の、初老の医師が呻いている。

だが、彼にだって分かっている筈だ。もはやEDFは大半の戦力を失ってしまっている。極東には、ストームチームくらいしか、ドラゴンに対して戦闘を行える者がいないのだ。

他のヒドラも到着。

横たえられたまま、治療を受けながら。

バイザーを使って、救助の様子を確認。

隔壁を開いて、シェルター内部に踏み込んだ隊員達が。巨大生物が占領していることを覚悟もしていただろうに、悲鳴を上げていた。

「何だこれは!」

映像が入ってくる。

内部は血の海だ。

どうやら、避難民同士の間で、抗争があったらしい。EDFの留守部隊もいたのだが、彼らでも抑えきれないほどの規模だった様子だ。

このシェルターには、元々八万の収容人数に対して、二十二万の人員が詰め込まれていた。その過密な状態が、集団ヒステリーを加速させることは想像が出来ていたが。生き残った難民達が、皆目を血走らせていて。

救助に来た部隊に、噛みつきかねない形相をしていた。

通信施設が破壊されている様子が、バイザーに映る。

すぐに工兵が入る。機械類は、何処にでもいくらでもある訳では無い。見た感触では、物理的に破壊されているから、現在の技術力なら復旧は可能だ。

EDFの留守居部隊が発見される。

隅っこの辺りで、武器を構えて目を血走らせ、震えている所を救助された。なるほど、途方もない数の暴力に晒されたというわけだ。閉鎖空間で、いつ外での戦闘が終わるか分からない状況。

訓練を受けていても、こうなるか。

声を張り上げる、突入部隊の隊長。

「救助に来ました」

返答は、獣のような咆哮。

流石に青ざめる隊長だが。それでも、救助作業ははじめた。血の臭いと、死肉の山の中で。

辺りは死体の山。おそらく、抗争で二万人以上の死者が出ているだろうと、内部機能を復旧させたスカウトが報告してくる。

無力化ガスを投入、興奮している避難民達を黙らせると。

ロボットや重機も使って、避難民や死体を運び出し始める。死体はシェルターの外に埋葬して、上からコンクリで固めるのだ。

作業は急ぐ必要がある。

ストームチームの戦力は四半減。ドラゴンが戻ってきたら、手に負えない可能性が高いのだ。

負傷者から運び出す。

子供の負傷者が特に酷い。

完全におかしくなった避難民が、殺した人間の肉を食べた形跡もあると、突入部隊の隊長が告げてきた。

「地獄絵図です」

「……救助を、急いでくれ」

弟と隊長のやりとりも、平静を欠く。弟も今、私とは違う部屋で治療を受けながら、この映像を見ている。バイザーを通じて、やりとりが分かったからだ。

おそらく、地獄では無いと、私は思う。

もはや、多くのシェルターで、この状況は普遍化しているはずだ。何処にでもあるものは、もう地獄とは呼べないだろう。

いつの間にか眠っていた。

起きたときに、負傷者の救助と、難民の沈静化が終わったことを告げられた。

時間は六時間が経過している。

だが、これから二三日を掛けて、ピストン輸送するのだ。ヒドラは二十機が準備されたが、多くは旧式で、だましだまし使っている機体も多かった。

カプセルを這い出る。カプセルに入れられていたことさえ、気付かなかった。体が非常に重い。

カプセルを見ると、夢を見ないように高回復モードにされていた。

他の隊員達は。

外に出ると、日高少尉が膝を抱えていた。

やりとりを聞いていたのだろう。気丈で明るい彼女も、押し黙っていた。

「怪我は平気か、少尉」

「特務少佐は平気ですか」

「私は、そうだな。 もう少し休んだら、戦闘にも出られる」

「私もです」

膝を抱えたまま、日高少尉は受け答えする。

泣いているのか。

私は、知っている。人間は極限状態でおかしくなると。前大戦末期の戦場で、いくらでも見てきた。

頭のネジが外れてしまった人間を。

だから、呻くことはあっても。

絶望はもうしない。

「絶望したのか」

「人って、おかしくなるんですね。 こんなに簡単に」

「守る意味がないと思うか」

「そうは思わないです。 でも、心が折れそうです」

日高少尉の自嘲が、空に流れる。

弟が、カプセル室から出てきた。包帯を左腕に巻いている。高回復モードでも、まだ治りきらないか。

治りきらないだろう。

こんな近距離なのに。日高少尉がいるからだろう。オンリー回線を開いてくる。

「姉貴、起きたか」

「ああ。 今、状況を確認している所だ」

「しばらく、部隊の指揮を任せたい。 医師に、もう少し休めと言われてな。 何、数時間だ。 頼めるか」

「頼まれるさ」

頷き合うと、弟は部屋に戻っていく。

現状を確認。

負傷者のうち、エミリーが特に酷い。急速医療でどうにかするが、数日は絶対に動かすなと、医師が角を生やしている。

他のメンバーも、明日は戦闘を控えた方が良いだろうとも。

だが。

本部から、血を吐くような命令が来た。

「体制が整い次第、西にいる敵部隊を撃破して、退路を確保して欲しい。 連絡が途絶えがちになっているシェルターが一つある」

「作戦遂行は明後日になります」

「それでかまわない。 無理は承知だ。 君達を今、失うわけにはいかない」

通信を切る。

まだ、この調子で、戦わなければならないだろう。

撤退作業の様子を確認。ピストン輸送で、現在六割ほどは救助完了。あのような事件が起きた後だが。定員の人員は、シェルターに残すようだ。

普通だったら、全員を退避させるところだが。

もはや、人類に、安心できる場所など何処にもない。東京基地だって、いつアースイータが攻めこんでくるか分からない状況なのだ。

この作業だって、無駄かも知れない。

東京基地にジェノサイド砲を連続して叩き込まれて、黙らされたら。後は、広大な地下空間だって、敵の狩り場と化すかも知れないからだ。

そもそも。

抗戦が、もはや無駄な可能性だってある。

隊員を集める。

皆の疲弊が酷い。これから西にいる凶蟲を倒すと告げてから、一日休むようにと指示。

無言のまま散っていく部下達。

戦いは無情だ。

 

2、鳥籠の餌

 

撤退作業が「上手く行く」。四ヶ所のシェルターからの救助作業が無事に完了。早速東京支部では、救助した避難民の中から、隊員に志願するものを募集しているようだ。それが目的の一つだったのだから、当然だろう。

だが、返事は芳しくないらしい。

四ヶ所のシェルターのうち、二カ所で殺し合いを含む大きなトラブルが起きており。全てのシェルターで、厭戦気分が蔓延していたのだから、無理もない話である。そして、休憩をカプセルで無理矢理取って。

負傷者を急速医療で無理に復帰させて。

ストームチームは転戦を続け。ビークル類もだましだまし使いながら、何とか連戦を、死者なく乗り切った。

そして、次の命令が来る。

東海地区の一角。愛知県の中央部。

地区のイメージシンボルとして建てられた、八十五階建ての高層建築がある。ビルそのものが複合施設となっており、シェルターとしても機能している此処が、避難を求めてきている。

事情は他と同じ。

過剰すぎる収容人員に、内部が耐えきれなくなったのだ。ましてや、東海地区は既に放棄されているも同然の状況。残存戦力は全て東京基地に逃れ、悲鳴が上がるのも無理はなかっただろう。

更に言うと。

このビルでは、本部にとって重要な設備が地下にある。

強化クローンの生産設備である。

現状、戦力が全くと言って足りないEDFにとって。放棄したとは言え、このビルの制圧と解放は、急務だと言えた。

ようやく大規模避難計画が終わり、戦力も少しは集まってきたこともあり。

今回は、レンジャーチームだけでは無く、ウィングダイバーチームの一部隊も投入されることが決まっている。

「適正な数の」凶蟲が相手なら、確かにウィングダイバーは、圧倒的な破壊力を発揮できる。

ヒドラがこのビルの屋上に着地。

流石に三百メートルを超える高度は、見下ろすと壮観だ。アーマーがあるから飛び降りても死なないが。それでも、風が強いこと。

ビルの外壁はダメージが酷い。

そしてヒドラが着陸するや否や、複数の敵輸送船が、周囲に出現する。

やはり、そう来たか。

「狙撃戦用意!」

弟が声を張り上げる。

一緒に来たレンジャー部隊は、屋上の扉を解錠。内部に入って、状況を確認に向かった。ジェノサイド砲でも喰らわない限り、簡単には崩壊しない作りになっているとはいっても、内部の人間の精神が保つかは別問題。

それは彼らも、ここしばらくのシェルター解放戦で思い知らされているだろう。

ビルの下には、我が物顔の凶蟲共。

そして、輸送船からはき出される、飛行ドローンと、攻撃機の群れ。ただ、蜂もドラゴンもいないのは幸いだ。

筅はセントリーガンを周囲に設置開始。

ヒドラから、直接谷山がバゼラートで出る。

ベガルタは今回使えない。

前回の戦いによるダメージが大きすぎて、フルメンテナンスの最中だ。筅はセントリーガンをありったけ配置した後は、谷山が引き継いだ電子プリズンを撒きはじめる。すぐに、狙撃戦が開始された。

大きな的は、今回涼川と原田に任せる。

空間転移する輸送船といえども、高速で移動し廻るわけではない。

大威力火器を渡している二人なら、ゆっくり狙っても、確実に落とす事が出来るだろう。問題は、はき出される艦載機だ。

セントリーガンが咆哮。

迫り来る敵飛行兵器を迎撃開始。スナイパーライフルは、全員にハーキュリーが行き渡っている。

涼川と原田はカスケードロケットランチャーで、四隻いる輸送船を順番に集中攻撃。輸送船からはき出される敵兵器も、火力の雨を、ビルの屋上に投入しはじめる。電磁プリズンが消耗していく中。

私はガリア砲を起動して、敵を一機ずつ落としていく。

近寄ろうと旋回する飛行ドローンより、攻撃機を優先。

ただ、輸送船がかなり硬い。

新型と言う事もあるが、涼川が呻く。今、原田と涼川が全弾命中をさせたのだが、まだ少し傷を付けた程度だ。

「落とすのにかなり掛かるぞ」

「かまわん。 その間、敵艦載機を近づけるな」

「私が支援に廻ろうか」

「いや、艦載機の対処を続けて欲しい」

弟にそう言われると、戦場での事だ。従わざるを得ない。

黒沢と香坂夫妻が、凄い勢いで、ハーキュリーで敵を落としていっている。黒沢は覚えも飲み込みもいい。かなりの速さで、狙撃のコツを学習している様子だ。今も立て続けに、四機の攻撃機を落としてみせる。ハーキュリーの性能があるとは言え、流石である。

ビル内部に突入した部隊から、連絡。

「内部で、争った形跡があります。 物資の奪い合いをした模様。 避難民の死者も、確認しました」

「負傷者は」

「かなりの数です。 やはり閉鎖空間でおかしくなって、外に無理矢理出ようとした人間がいたようです。 指揮系統も麻痺して、通信設備の奪い合いも起きていたようですね」

「救助をはじめてくれ」

弟の声は、あくまで淡々としている。

そして応えながらも、ハーキュリーで次々敵を落としてみせる。

不意に、視界に赤い影。

像を残して、ビルの影に潜り込んだ。

あれは、精鋭か。

「気をつけろ、精鋭がいるぞ!」

私が叫ぶと同時に、敵輸送機が、一隻爆沈する。

黙々と、涼川と原田が、二機目の対処に取りかかった。

精鋭の放つビームは、桁外れの破壊力だ。接射されると、電磁プリズンは一瞬で崩壊する。

支援を受けながら飛び回って攻撃を続けていた谷山が、通信を入れてきた。

「私が精鋭に対処します」

「無理はするなよ。 ファイターも撃墜するような相手だ」

「あなた方の支援があれば大丈夫ですよ」

まるで獲物を狙う隼のように、剽悍な動きでバゼラートが精鋭をおう。

勿論単独での相手はかなり厳しい。

私は無言で、バゼラートを狙う攻撃機を叩き落とす。敵攻撃機は、輸送船から際限なくはき出されてきている。

 

三隻目の輸送船を撃沈したころには、陽が沈みかけていた。

電磁プリズンはもうもたない。

三度張り直したのだが、在庫がつきた。もともとかなり稀少な兵器で、再装填にも大変な手間が掛かるのだ。

電磁プリズンが崩壊。

一気に、敵の火力が、集中してきたが。

いきなりヒドラから、修理途中のベガルタが飛び出す。盾にしてください。筅が、通信に叫んできた。

「全員、残った輸送船に集中攻撃! その後、敵攻撃機を落とす!」

「味方の支援はまだかよ!」

涼川がぼやくが、もはやそれどころではない。

幸い敵は数を減らしている。もう少しで、一気に壊滅に追いやることも。

ぞくりとした。

至近。

電磁プリズンの崩壊を待っていたらしい精鋭が、姿を見せる。ベガルタを、赤い機体から放たれたビームが直撃。一瞬の抵抗の後、ベガルタは大破炎上。緊急脱出装置で、筅が排出されるが。

燃え上がったベガルタM3ファイアロードは、全ての役割を果たしたかのように、その場で崩壊した。

直後。

横殴りのミサイルが、精鋭を直撃。精鋭が粉々に消し飛ぶ。

煙を上げながら、バゼラートが姿を見せる。谷山が、死闘を制したのだ。

「無事ですか」

「筅!」

抱き起こすが、筅は応えない。

無言で日高少尉が抱えて、ヒドラに運び込む。そのヒドラも、残った敵攻撃機の猛攻で、見る間に傷ついていく。

輸送機が、爆沈。

攻撃機に対する攻撃にシフト。飛行ドローンは少し前に全滅。後は、攻撃機だけだが、まだ三十機以上が残っている。

不意に、下から迸る光。

十字砲火を浴びた攻撃機が、爆裂し、四散。

どうやら、ようやく援軍が来たらしい。

「ストームチーム、待たせたな! これより、巨大生物の駆除を開始する! ストームチームの援護も開始せよ!」

「イエッサ!」

声を張り上げる複数チーム。

どうやら本部は。ウィングダイバーの一部隊だけではなく、可能な限りの戦力を、このビルに投入してくれたらしい。

地上でも、凶蟲の群れが敗走を開始。

ウィングダイバーチームが、一気に追撃。数が元々それほど多くない凶蟲を、草でも刈るように打ち倒して行く。

数さえ適切なら、この通りだ。

秀爺が、最後の攻撃機を撃滅。

ビルの周囲から、敵影は消えた。

呼吸を整えながら、被害状況を確認。ベガルタはもう駄目だ。バゼラートも乱戦の中、敵の猛攻を浴びている。根本的な修理が必要になる。

かなりの数の負傷者が、屋上に上がってきた。

第一陣として、この専用機ヒドラで、東京基地に輸送して欲しいというのである。栄養状態が最悪な乳幼児や、やせこけた母親の姿が痛々しい。

すぐに医療スタッフが呼ばれる。

酷い怪我をした人員が連れ出された。内部で抗争があったという話だし、医療設備も足りていないのだろう。

目を背ける池口。

今回彼女は、慣れないハーキュリーで、必死に敵と戦っていた。命中弾は多くなかったけれど、六機の攻撃機を撃墜に成功。

一人、ナナコと同年代の女の子が乗ってくる。

EDFの制服を着ているという事は、第三世代の戦闘クローンか。いや、違う。即座に私は看破していた。

戦闘クローンにしては、動きが遅すぎるのだ。

「ストームチームの指揮官は誰ですの?」

「良いから、ヒドラに乗りなさい。 今は時間がありません」

医療スタッフに背中を押され、女の子がヒドラに詰め込まれる。

大破したベガルタは、残していくことに決まった。回収する余裕も無い。筅が意識を取り戻したら、なんといえば良いだろう。

ヒドラが発進。

内部は避難民でぎゅうぎゅう詰めだ。アースイーターの支配地域を抜けていくから、航路が複雑になる。

東京基地近郊のシェルターでも、受け入れ準備が急ピッチに進んでいた。無理に人員を積んだから、このヒドラには五百人ほどの避難民が詰め込まれている。そして、医療設備は、戻るまで使えない。

深刻な身体的被害を受けている人が、複数いるのだ。

医療設備は、彼らを優先である。

廊下に座る。

医療スタッフは大わらわだ。私はと言うと、軽く診察をした後、放置された。隣に座っている日高少尉は、相当に参っているようで、一言も喋らない。ジョンソンが来て、連れて行く。

訓練がこういうときには良いだろう。

そう、長身の黒人士官は言っていた。

私は再び一人になる。周囲は大勢の人が行き交っているのに。忙しい弟も遠くだから、何だか一人というのが相応しい。

不意に、上から声が。

「貴方がストームリーダー?」

顔を上げると、さっきの子供だ。改めて見ると、金髪の巻き毛で、とても育ちが良いと一目で分かる。

欧州の、財閥の子息か何かか。

「いや、私はサブリーダーだ」

「そうなると、はじめ特務少佐ですのね」

「そうだ」

一般人に知られているとは意外だった。

咳払いすると、名刺を出される。やはり欧州の巨大な武器製造コンテルン、フラップバースト社の令嬢だ。とはいっても、跡取りという訳では無い様子だが。

カトリーヌ=フラップという立派な名前も持ち合わせている様子だ。

「ご両親は」

「社を絶やさないために、両親は欧州に残り、わたくしも含めて、子供達を各地の地区に飛ばしましたの。 わたくしはこうして極東に来ていたのですわ」

「そうか。 大変だな」

まだ幼いだろうし、親から離されて色々心細いだろう。

ましてやこのご時世だ。

財閥の令嬢である事なんて、なんら役になど立たない。金でさえ、あまり多くの意味がない状態なのだ。

「それで、何用だ」

「ストームチームの補助要員に入れてくださいまし。 これでもわたくし、一通りの訓練を受けていますの」

「……そうかそうか」

「本当ですのよ!」

呆れた私に気付いたか、キャンキャン吼える子供。

ため息をつくと、弟に通信。任せることにする。

現在、四名いる補助要員は、全員が後方支援要員だ。オペレーターくらいなら、いても良いかもしれないが。

そうなると、ヒドラに住み込みになる。

弟が来て、女の子を連れて行く。流石に、本物の令嬢となると、邪険にも出来ない。

それにしても、だ。

機内を見て廻るが、環境は最悪だ。

避難民達はおそらく、洗濯もろくに出来なかったのだろう。垢だらけの服を着て、やせこけて。虚ろな目で、何も無い空を見ている。

低空飛行しているヒドラは、いつ巨大生物に発見されたり、攻撃機や飛行ドローンに襲われてもおかしくない。

彼らは本能的に知っているのかもしれない。

いつ死んでも、おかしくないと。

異臭も酷い。

腐敗というのでは無くて、死の臭いだ。医師が、ばたばたと走り回っている。深刻な状況の患者が、多数いるのだろう。

急ぐことは出来ない。

これでも最高速度なのだ。このストームチームの専用機になっているヒドラで負傷者を輸送している状況だ。他がどれほど悲惨な状況で輸送しているのかは、あまり考えたくも無い。

パイロットの負担も悲惨だろう。

複雑な航路を、ピストン輸送しなければならないのだから。

不意に、こつんと後頭部に感触。

後ろに涼川がいて、紙パックのコーヒーを当てていた。

「よう。 無事かい」

「いいや。 はっきり言って、良くないな」

廊下で並んで立ち、フェンサースーツの口の部分を開けて、コーヒーを飲む。すぐ側で、獣のように吼えている男がいたけれど、医師が来て鎮痛剤を打ち、連れて行った。医師は力仕事だなと、苦笑する。

涼川は気が短そうだけれど、気にもしていない。

それを聞くと、涼川は顔色も変えずに応えた。

「野戦陣地じゃ、となりで盛ったおっさん同士でヤったりしてたからなあ。 あの程度、気にもならねーよ」

「お前も大概に図太いな」

「特務少佐もな」

涼川には言っていないが、弟をついに特務大佐にするという話が出てきている。特務だと二階級上と同格だから、事実上の少将待遇である。

そして私とジョンソンは、特務中佐。

准将待遇である。

准将待遇がサブリーダーのチームなんて、聞いたこともない。特殊部隊としても、あまりにも異常だ。

現在の戦況が、それだけ無茶だと言う事を、よく示してもいる。

ちなみに、軍曹達は全員少尉に昇進させる。

日高少尉は、中尉にする予定だ。

全員の階級を上げたからと言って、何になるのだろうと言う部分もあるけれど。本部としては、多分これくらいしか、報いる手段がないのだろうと、私は見ていた。日高司令も、苦しいところだろう。

「戦争が終わったら、何がしたい」

「旦那と結婚」

「そうだな。 彼奴も身を固めるのがそろそろよいころだろう」

「何だ、認めてくれるのか」

本人次第だと、軽くスルー。

残念そうに舌打ちすると、涼川は行ってしまった。

不意に、通信が入ったのが、直後である。私と弟だけに、オンリー回線でつないでいる。通信の主は三島だ。

「重要なことが分かったわ。 他に誰もいない所に行ってくれる?」

「少し待っていろ」

悩んだ末、私はトイレに移動。

全て塞がっていたので、舌打ちすると、カプセルに入って、遮音モードに切り替えた。三島はそれをじっと待っていてくれた。

「重要なこととは」

「以前小原博士も話していた仮説、地球上に、ブレインとでも呼ぶべきアースイーターの制御システムがいることが、ほぼ確実になったわ。 まだ姿は捉えられていないけれど、移動したログについては、ある程度抑えられたわよ」

「僥倖とみるべきか?」

「恐らくは。 データを見せても仕方が無いから、ざっと説明するけれど。 どうやら巨大生物も含めた独自のネットワークが構成されていてその中心が常時微速移動している様子なの」

マザーシップではおそらく無いだろうと、三島は言う。

現在三隻いるマザーシップは、全てが位置を確認されている。その位置とは、一致しないという。

ブレインらしきものは、今の時点ではアースイーターに守られているが。

時々、アースイータがいない地点にも移動しているというのだ。

その時こそ、破壊と攻撃の好機だ。

三島がそう言う。

此奴は色々狂っているが、科学者としての手腕は満点だ。おそらく正しいとみて良いだろう。

既に、小原博士が、実際の状況を確認するべく動いているという。

今までブレインらしき存在が通った場所を調査して、監視カメラなどに映像が残されていないか、調べているそうだ。

希望が出てきた。

三島がそういうのを聞いて、末期なのだなと私は思った。此奴はいつも頭がおかしい言動で、私や弟に絡んできていたのに。こんな真面目な話ばかりしていて、どうにも余裕が無くなると、人間はおかしくなるらしい。

東京基地に到着。

避難民を下ろす。

ヒドラ内で消毒液が撒かれているのは、それだけシェルターが不衛生だった、ということである。

続々と来るヒドラ。

どの機体も、無理矢理避難民を詰め込んでいるから、悲惨な有様だ。負傷者の多くは、すぐに病院へ。

残りは、近郊の地下シェルターへ移動していく。

巨大生物の巣穴をそのまま利用した、シェルターに、である。

弟が来て、顎をしゃくる。

「先ほどのお嬢さんだがな」

「どうする」

「雇うつもりだ。 日高司令が、好きなようにさせてやれ、とのことだ。 何でもあのシェルタービルでも、皆が苦労する中気丈に振る舞って、本部との通信で随分と活躍したらしくてな」

英才教育が生きる場合は多くないが。

あの令嬢については、そうではなかった、ということか。

ため息が零れる。

まあ、前線に出ないのなら、別に構わないだろう。ただしストームのヒドラは、いつ墜落してもおかしくない。

弟は、そのまま工場に直行。

ベガルタが完全破壊されたのだ。代替機を何かしら見繕わないと、ストームチームの戦力は激減する。

私はと言うと、筅の所へ。

病院に収容された筅の容態を聞く。一応命に別状は無いが、無理がたたっている。ナナコやエミリー同様、しばらくは動かせないという。

ため息が零れる。

戦力は、減る一方だ。

戦況報道が来た。いずれも、ろくでもない戦況を伝えるものばかり。ドラゴンになすすべなくEDFが敗退を続けている事。シェルターでの暴動が深刻化しているが、外に出ても生き延びるすべは無いこと。

その後は、シェルターで生き延びる知恵と工夫について、報道があった。

「現在、各地のシェルターには、動力炉と工場が備え付けられており、物資は限りがあるとは言え生産が可能です。 皆で分け合って、苦境を凌いでください。 EDFは苦戦していますが、現在も戦闘を続行しており、勝報も少ないながらあります。 敵の司令部に対する、大胆な攻撃も予定している様子です」

私はバイザーを外すと、頭を振って、寮に向かう。

その大胆な攻撃とやらに、ストームチームが動員されるのは確実だ。やらなければ行けないことは分かっているが。

やはり、憂鬱な気分は、晴らしようがなかった。

 

3、侵攻する巨影

 

突如、大胆な攻勢があった。

東京基地に、ドラゴンの群れが向かってきたのである。第五艦隊が備え、海上にて陣形を展開。

更に対空砲火も準備。

しかし、ドラゴンの群れは、不意に途中で向きを変え。

そして、何ら備えがない地点に、突如敵輸送船が出現した。勿論、新型である。

新型輸送船から投下されたのは、ディロイと青ヘクトル数機。それが、東京基地近郊のこと。

勿論近くにはシェルターもある。

現在、幾つかのシェルターと物資の輸送を行っているヒドラが、このままでは攻撃に晒される。

分からないのは、どうしていわゆる「中入り」に属する、危険な作戦に出てきたか、という事だ。

ヒドラには、一旦デスピナに向かって貰う。

其方にも医療設備はあるし、航空基地として機能するからだ。

東京基地の戦力であれば、敵の迎撃は難しくない。しかし、対空砲火のギリギリの範囲内でドラゴンの群れが睨みを利かせている。

此奴らの狙いは何だ。

既に各地の基地は孤立状態。

毎日のように、基地が蹂躙されたという通信が来る。敵にしてみれば、今更危険な作戦なんぞ、実行する意味がない。

思い当たる事はないか。

地下の彼奴は、何か知っていないか。

必死に考える私の肩を、弟が叩いた。出撃だというのだ。

 

如何にディロイといえど、大した数でないし、味方の支援もある。

砲兵隊からの援護射撃を受けて、弱ったところをガリア砲とライサンダーで打ち抜いて、仕留める。

かなり長大な足を持つ、新型らしいディロイだったが。随伴歩兵もおらず、支援戦力も少ない。

これならば、大した脅威では無い。

戦闘は二時間ほどで終了。

負傷者も出なかった。アウトレンジからの攻撃で一方的に削り取ったのだから、当然だろう。

敵の撃滅を確認した所で、通信を本部に入れる。

「ドラゴンの群れは」

「現在、仙台の近辺を飛行中。 東京基地に来襲する様子はありません」

「……何をもくろんでいる」

「分かりません」

戦術士官の返事はすげない。いずれにしても、基地に帰投。

ヒドラも、東京基地へ帰還させる。工場はフル稼働中で、シェルター用の設備を作り続けている状況。

今の時点で、東京基地への攻撃を許すわけにはいかない。

しかし、である。

数時間後、またしても、似たような事態が起きる。

敵新型輸送船が、シェルター入り口の直上に出現。いきなりディロイを投下したのである。

シェルターは隔壁を閉鎖。

防衛部隊は慌てて内部に避難。ストームチームが撃破に向かったが。ディロイは動きが鈍く。撃破まで時間は掛からなかった。

どういうことか、これは。

そして、二時間後。

またしても、輸送船出現。今度は、東京基地の直上だ。そしてディロイを、投下していった。

東京基地には、まだベガルタもいるし、プロテウスが現状二機いる。日高司令のと、エッケマルクの乗騎だ。二機のプロテウスが出なくても、各地から逃れてきた戦力もいるし、集中砲火ですぐにディロイは撃破された。

数時間おきの攻撃。

いずれも、ストームチームや、現地の部隊で対処は可能だが。これでは休憩も出来ないし、何よりヒドラがシェルターに人員を輸送できない。しかも輸送船は、近距離ではなく長距離の空間転移を繰り返しているようで、それぞれが別の機体のようだった。

日高司令が、幹部会議をすると、通信を入れてくる。

まあ、自然な流れだろう。

敵の戦力から考えて、全力で東京基地やヒドラによる輸送網を攻撃することは難しくない。

何しろ、現時点で、地球上の七割以上が敵の制圧下にあると言っても良い有様なのだから。

それなのに、何故こんな回りくどい手を使ってくる。

「何かの大規模攻撃の前触れという可能性は」

「いや、精神的に疲弊させる事が目的では」

色々な意見が出る。

私は基地に戻るグレイプの車上で、腕組みして話を聞いていた。三人の脱落者を出している今のストームチームは、どちらにしても全力を出せる状況にはない。

だが、突然にして。

疑問は氷解することになった。

「EDF総司令部より連絡です!」

「何か起きたか」

「北米に、四つ足歩行要塞上陸! マザーシップおよび、アースイーターより出現したものと思われます! 問題はその数で、五機同時です」

「五機……!」

四つ足は今でこそ撃破可能な敵となっているが、それでも五機同時。単独で言えば、ディロイなどよりも遙かに強大な存在で、輸送機としての機能も有している。それが同時に五機。

三機残っているマザーシップから、時々投下されていると聞いていたが。

戦力が極限まで削り取られた今の北米に、迎撃する力は残っていないだろう。

「総司令部は、決戦要塞X4を投入。 X3改を旗艦としているストライクフォースライトニングも出撃するとの事です」

X4は実際に戦果を上げている大型人型兵器で、身長は七十メートル以上と、文字通り鉄の巨神だ。

強力なリニアキャノンを主力兵装としており、マザーシップとの戦闘も想定している。四足が二機や三機なら、撃退は出来る筈。

だが、五機が相手になってしまうと、どうなのか。

「極東支部からも、援軍を出しますか」

「東京基地上空に、輸送機出現! 青ヘクトルを投下してきます!」

「即座に迎撃しろ!」

なるほど、これか。

恐らくは敵は、総司令部を潰すための作戦に入ったと言うことだろう。敵にしてみればどうでもいい規模の戦力を、此方にとってはアキレス腱になる輸送路や基地に直接投下することで、足止め。

その間に、大規模戦力を投入して、最大戦力を有する北米支部を叩くと。

敵の目的は、戦況のコントロールの筈だが。

しかしそうなると、或いは。北米支部が残っていると、敵にとって逆転を許す可能性があると、判断されているのかも知れない。

そう、日高司令達は結論したが。

妙な違和感がある。

本当に、そうなのか。

確かに、短期的な戦略という観点で言えば、日高司令の結論は間違っていないだろう。しかし、連中は常に長期的戦略を主眼に置き、戦術を展開してきた。

既に敵は戦略的な最終目標を達成している。ドラゴンの巣穴が空になっていたことからも、それは確実。

各地のEDFも徹底的に叩き潰され、もはや反攻作戦はのぞむべくもない。

ブレインが存在するとして、それを撃滅するだけの戦力を用意したとして。今までの敵の動きからして、本当にそれを許すのか。

いや、おかしい。

もしも敵がその気になれば、アースイーターをまだ残っている主要都市に投入すればいいだけのこと。

ドラゴンを多数投入することで、更に戦闘経験を積ませることが目的なのか。

敵の目的は、そもそも、滅びかけている自らの肉体を刷新すること。この星で作り上げた新しい肉体に、老いた生物としての肉体を捨て、頭脳と知性を移植して、新しい時代を作り上げること。

ならば、作戦に無駄はない筈。

どうして今更、総司令部に対する攻撃などを行う。

「どうした姉貴、悩んでいるようだが」

「まだ結論が出ないが、どうにも敵の動きがおかしい」

弟が通信を入れてきたから、説明する。聞き終えると、弟は押し黙った。確かに、違和感があるのだろう。

悔しい話だが。

戦術家としては、弟は私より上。

戦略家としても、私と同等以上だ。

しばらく考え込んだ後、弟は結論する。

「誰かに妙だ。 日高司令とカーキソン元帥には、一応告げておこう」

「ん……」

通信をはじめる弟を横目に、私は地下の彼奴の知識を照合する。

自分でも、結論は出したい。何か、途方もない陥穽に、足を突っ込んでいるような気がしてならないからだ。

五機もの四足歩行要塞となると、流石にフォーリナーとしても使い捨てには出来ないはずの戦力。

ドラゴンの攻撃で壊滅させたEDFに、今更何をしようとしているのか。

結論には、まだ至る事が出来ない。

 

自機の指揮シートに座ったまま、エルムは漠然と思考を巡らせていた。硬い軍用のシートに、殺風景で照明が抑えられたX3改のコックピット兼指揮ルーム。天井も高いとは言えず、勿論大好きなアメフトの試合を見ることも出来ない。

異国の神像のように口を引き結んだまま、エルムは無謀な出撃だなと思っていた。

防衛ラインを構築しようにも、もはやそれだけの戦力がない。

結論として、全戦力で打って出て、敵を各個撃破する他なかった。カーキソンが自ら決戦要塞X4に搭乗して出撃するのを横目に、X3改に乗り込んだエルムは、内心ではうんざりしていた。

エルムはリアルムービーヒーローなどと言われるEDFの英雄の一人だが。実際には、単にアメフトが好きなだけ。アメフトの試合を邪魔したフォーリナー、北米ではラベジャーと呼ばれる連中にぶち切れて、EDFに入隊。そのまま戦場に身を置いているという、他の人間には言いづらい経歴を持っている。

たまたまとんでも無い次元での戦闘適正の持ち主で、他人に本心を明かさない無口な性格から。

タフで無敵な、映画のヒーローを思わせると、多くのカリスマを集めた。

前大戦で、北米にあったEDF総司令部が壊滅した際、命を拾ったのも偶然、任務で其処を離れていたから。

その場にいて、何が出来ただろうかと思うと、今でもエルムは冷や汗が流れる。

「隊長、間もなく敵の防衛圏内に入ります」

オペレーターの言葉に、無言で頷く。

X3改は大型の輸送機に近い形状をした戦闘兵器。内部にはヒドラ並みの輸送能力がありながら、強力な主砲を搭載。防空用に、ガトリング、ミサイルポット、レーザーなど、相当量の武器を積み込んでいる。

文字通り、移動する司令部として活躍する。

ストライクフォースライトニングは、戦闘メンバーが四名だけという非常に珍しい部隊で。殆どのメンバーは、後方支援部隊となる。

流石に、あのストームリーダーには勝てないが。

しかしエルムの実力はそれに近いし。なおかつ、ともに戦い抜いてきた三人の実力は、エルムにそう劣らない。

敵前衛部隊が見え始めた。

膨大な数のヘクトルとシールドベアラー。それに無数の飛行ドローンに攻撃機。

既に各地の基地は壊滅状態で、真正面から受け止めるのは、とうてい無理な戦力だ。X3改は一旦動きを止めると、X4の到着を待つ。エルムとしても、流石にあの膨大な敵戦力を真正面から食い止めるのは、不可能だと判断した。

通信が来る。

科学者の一人、三島からだ。

「此方EDF科学陣三島徳子。 ストライクフォースライトニングの隊長、エルム氏で良いかしら」

「ああ」

「事前の要請通り、ノートゥングは既にスタンバイOK。 これより敵の主力部隊に、攻撃を開始するわよ」

「別に構わないが、敵陣には多数のシールドベアラーがいる。 効果は見込めないぞ」

分かっていると、三島は言う。

なるほど、そう言うことか。

「後退。 敵の追撃を誘う」

「イエッサ!」

「誘導ミサイル発射!」

ミサイルポットから、大型の対ヘクトルミサイルが発射される。敵は流石に数が多いだけあって、全てを新型の青いヘクトルでは揃えられなかった様子だ。爆裂が連鎖して、かなりの数のヘクトルが消し飛んだ。

追撃してくる敵軍。

X3改は後退。昔、この形状の機体では考えられなかったが。今のEDFの技術であれば、ホバリングもそのままでのバックも自由自在。

今の時点では、武勇を見せる機会はない。

ただ、モニタに映り込む敵が、追いすがってくる様子を見つめるしかない。時々指示を出すが、殆どの迎撃はオートで行われる。敵攻撃機が、X3改が搭載しているレーザー兵器で次々落とされていくが。当然エネルギーは使えば消耗する。敵の数は膨大だ。X3改だけでは、捌ききれる訳がない。

「敵、追撃速度を落とします! シールドベアラーから引き離せません!」

小賢しいと思ったが、それも狙いの一つ。

再び誘導ミサイルをうち込んで、ヘクトル数機を木っ端みじんに吹き飛ばす。面倒くさそうに反撃に出る敵。

三度ほど同じやりとりを繰り返した所で。

今回の作戦のために編成していた、突撃部隊が、不意に姿を見せる。東京基地で使われた戦術と同じ。以前から作られていた地下通路を利用して、敵の至近に肉薄したのである。

シールドベアラーへの攻撃開始。同時に、X3改も、一気に反転攻撃。敵に火力の雨を降らせる。

勿論敵も黙っていない。

猛撃の中、反撃も凄まじい。

X3改はプロテウスの倍以上のアーマーを用いている浮かぶ要塞だが、それでも限界はある。ヘクトルにより砲撃され、攻撃機により射撃され、見る間に装甲が削り取られていく。

冷や汗。

X4は間に合うはずだが、大丈夫か。

敵の増援。シールドベアラーが多数いる。艦隊を組んでいる敵の四足から、現れ出でたものに間違いない。

突撃部隊も消耗が激しい。

一旦撤退する突撃部隊を守るように、X3改は敵に立ちふさがり、アーマーの消耗に肝を冷やしながら、敵との殴り合いを続けた。

「アーマー、間もなくレッドゾーンに突入します!」

まだか。

焦りがせり上がってくるが、黙っている。エルムが黙っていることで、多くの兵士が勇気づけられる事を、経験的に知っているからだ。

不意に、世界が漂白される。

連鎖する爆発。

シールドベアラーさえ、その光の前には消し飛んだ。

あまりにも暴力的な破壊力。

そして、レーダーから、ごっそり敵の姿が消えていた。その中には、四足歩行要塞も含まれていた。

X4に搭載されている、特大威力のリニアキャノン。

通称ソーの槌が炸裂したのである。

さすがはEDFの最終兵器。今まで温存していた決戦兵器だけあって、その破壊力は途方もない。

連射できないことが玉に瑕だが。

「今のうちに敵と距離を取れ」

「イエッサ」

X3改が下がる。

近くの平野に降りると、すぐにアーマーを張り替えさせる。膨大なアーマーを使用しているだけあって、替えに使う分はそう多くは積み込めない。二度、張り替えたら限界が来てしまう。

遠くで、ノートゥングからの爆撃が行われている。

敵の大戦力に、戦略級の火力が投射された。混乱する敵部隊が、また蹂躙され、消滅する。

昔、人類の最大火力は、核だったが。

フォーリナーのジェノサイドキャノンを目の当たりにし。マザーシップからそれを回収して研究した結果。

既に、それ以上の破壊力を造り出す事には、成功しているのだ。

X4が前進。

二射目の、大威力リニアキャノンが敵に撃ち込まれる。シールドベアラーが束になって防ごうとするが、どうにもならない。

複数のシールドごと敵を貫通した光の槍が、四足の二機目を融解、爆裂させていた。

グラインドバスターさえ防ぎ抜いた強力な装甲でも、ひとたまりもない。このX3改にも強力な主砲が搭載されているが、それでさえこの火力の前には、オモチャも同然に思えてしまう。

これなら、勝てる。

周囲が色めきだつが、エルムは知っている。

前回の北米決戦で、X3は当初、敵を存分に蹴散らした。

嫌な予感がする。

アーマーの張り替えが完了。再び浮上しはじめるX3改。エルムは、景気よく敵を葬っているカーキソンのX4に、通信を入れた。

「此方ストライクフォースライトニング」

「どうした、エルム。 何かの罠か」

「間違いなく。 すぐに撤退を」

「……そうだな」

カーキソンは、前大戦の際、総司令官ではなかった。長く続いた地獄の北米ゲリラ戦を指揮して、生き延びた男だ。

危険を察知する能力も高いし、逃げる際には、恥も外聞も捨てることが出来る。

幸い、北米東海岸から上陸してきた敵部隊は壊滅状態だ。今の状態なら、逃げる事は、決して恥ではない。

しかし、である。

フォーリナーは、EDFの勝ち逃げを、許してはくれなかった。

X4からの通信が、突如途切れる。

強烈な通信妨害に間違いなかった。一瞬、アースイーターかと思ったが、違う。X4に随伴している部隊から、連絡が来た。

「中空から攻撃! 大威力のエネルギービームです!」

「マザーシップか!?」

「違います! しかし敵の全長は、およそ三百メートルに達する模様!」

そのような巨大兵器が。

いや、まて。

確か海軍が、飛行する巨大な兵器を目撃したという報告があったはず。まさか、四足は全て囮で、こっちが本命か。

EDFの総司令部のもてる限りの全戦力を見極めるために。これだけの数の戦力を、使い捨てたのか。

「X4は上空への攻撃に対応していません! 支援求む!」

「此処からでは間に合わない! X4を廃棄して逃げろ!」

X4が、倒れたと通信。

元々、大威力の攻撃を浴びると、倒れるように設計されている。これは威力を無理に受け止めてダメージを倍増させないようにするためだ。倒れる際には。柔道などの受け身を研究して、ダメージを最小限にするようにも。

リニアキャノンがやられたと、悲痛な通信が来る。

なるほど、どうやら此処までらしい。ノートゥングも、もたついているとマザーシップにやられる。

味方部隊に守られて、どうにか逃げたらしいカーキソン元帥から、連絡が来た。

「口惜しいが、これまでのようだ。 勢力を盛り返した敵部隊が総司令部に迫っている」

「すぐに、総司令部移動の準備を」

「そのつもりだ。 だが、現在、ブレイン撃滅の準備を進めている極東を支援するためにも、このまま好き勝手をさせられん」

四足は、君の手で潰せ。

あの空飛ぶ巨大戦艦については、移動経路と情報を此方で確認すると吐き捨てて、カーキソンは通信を切った。

X4は放棄。

撃沈も同然の状況だ。

青ざめているクルー達。エルムは、前進を指示。

「に、逃げないんですか!?」

「逃げるのは、あのいけ好かない四足どもをぶっ潰してからだ。 あの二連ビームキャノンを喰らったら、どのシェルターの隔壁だってもたん。 お前のお袋や息子が、丸焼きにされるのを目の前で見たいか」

俄然、クルー達が勇気を振り絞る。

最新鋭ベガルタに乗ったままの戦闘メンバーが、出撃は何時でも出来ると通信を入れてきた。

彼らとなら。

そしてこのX3改となら。

四足三機程度なら、どうにでもなる。

「先頭の四足に攻撃を集中しつつ、下部のハッチを開放。 私と戦闘メンバーで、残りの四足を片付ける。 X3改のスタッフは、北米最強の古強者だと私は信じている。 四足如きに遅れは取らない!」

「イエッサ!」

突撃開始。

まだ残っている敵部隊が、体勢を立て直すまでに叩き潰す。

X4を潰した敵巨大戦艦は、どうやら極東へ飛び去ったようだ。そうなると、極東の残存戦力も、見極めるつもりだとみて良いだろう。

いや、本当にそうか。

奴らは何かしら、別の目的を持っているのでは無いのか。どうもこの攻撃は不自然だ。ドラゴンに北米が壊滅させられたとき、どうして奴らは主力による猛攻を総司令部に仕掛けてこなかった。

指揮シートを離れると、愛用の銃を手に取る。

味方のベガルタ三機が敵を引きつけている間に足下に潜り込み、ハッチに攻撃。それでつぶせる。

ストームチームにいる嵐はじめほどではないが、此方も四足との戦闘経験はかなり積んでいるし、撃沈もしている。

戦術が研究された今では、奴らなど敵では無い。

X3改のハッチが開く。

巨大戦艦だか何だか知らんが、ストームチームとの戦闘を行えば、それが運のつきだ。精々今のうちに勝ち誇っていろ。

吐き捨てると、エルムは、中空に身を躍らせた。

アーマーで、着地のダメージを吸収。愛銃AF100を振り回すと、敵の群れに、突入を開始する。

さて、次にアメフトの試合が見られるのは、いつかな。

まずはチームを再建するところからだ。殆どの有力選手は鬼籍に入ってしまった。生き残った面子も、今はシェルターから出られない。

背負っているフュージョンブラスターを引き抜き、間近に迫ったヘクトルを焼き払う。

着地したベガルタ三機が、怒濤の猛攻で、道を切り開いてくれる。

迎撃態勢に入った四足の足下に飛び込むと、掃射砲をまとめて焼き払い。そして、ハッチにAF100から光の嵐をぶち込んだ。

爆裂する四足。

ざっとこんなものだ。

倒れる巨体から逃れつつ、次の獲物を狙うが。そいつは、X3改の主砲をゼロ距離で浴びて、横倒しに。

最後の一機は、残存勢力をまとめながら、後退開始。

周囲を固めている戦力が分厚く、特攻するのは危険だ。南米から元々海を迂回して、東海岸に上陸してきた機体である。既に壊滅状態にした南米に、一度戻るのだろう。

銃を下ろすと、舌打ち。

どうやら、此処までらしい。

X3改は無事だが、味方は壊滅状態。敵の攻撃部隊も壊滅させたが、北米地区の全戦力は、今回の戦いで事実上消滅したと言って良い。X4も失い、もはや総司令部は、次の攻撃には耐え抜けないだろう。

此処からは、前大戦と同じく、ゲリラ戦だ。

各地の放棄された基地によって補給をしながら、敵との戦いを続けていくことになる。かなりしんどいが。それでも、絶望はしていない。

敵の正体については、カーキソンから聞かされている。その目的についても。

不快な話だが、連中にとっては切実なことだというのも理解できている。同情はしないが。

エルムにとっては、ならば人類が絶滅させられることはないし。連中はいずれ出て行く方が重要だ。

其処まで生き残れば、またアメフトの試合が見られるのだ。

それまで、可能な限りフォーリナー共を叩き潰してブチ殺し、楽しみにアメフトの試合が再開されるのを待てば良い。

とんでもない脳天気さだと自分でも思うが。

エルムは、そう言う自分については、あるていど割り切っていたし。そういう頭のネジが外れている所が、今まで生き延びられた秘訣だとも思っている。だから、今更考えを変える気は無かった。

「やはり、巨大戦艦は極東に向かっている模様です。 総司令部は、巨大戦艦をアルゴと命名する模様」

とことんどうでもいい。

だが、アルゴの語源については分かる。確かギリシャ神話に出てくる、英雄達が乗り込んだ船だ。ストームチームが戦う相手としては、丁度良いだろう。

顔色を変えず、ストームチームのいる方に敬礼。

後は、退却をするべく。エルムは降りてきたX3改に、乗り込んだのだった。

 

4、迫る英雄船

 

X4撃沈。カーキソン元帥は、総司令部からの機能移動を開始。北米の総司令部は、既に余剰戦力無し。

この報告が来たとき、そうかと私は思った。北米の壊滅は、EDFに入ってから二度目。前大戦の末期では、集結した百万の兵力がマザーシップに蹴散らされ、その殆どが生き残れなかったが。

それに比べると、今回の戦いでは、双方壊滅という形に終わっただけで、マシかも知れない。

しかしフォーリナーにしてみれば、攻撃に投入したのは、ほんの一部隊。

EDFにとっては、決戦要塞だ。

その差は歴然である。

ストームチームも、敵の散発的な、しかし深刻な攻撃に、ずっと対処し続けていた。まだ無事なシェルターのすぐ側に、赤蟻が大挙して押し寄せたのである。しかも連中が穴を掘り始め、シェルターへの攻撃を露骨に画策しているという事で、すぐに出ざるを得なくなった。

もう他の支部では、シェルターの対応を諦めているが。

極東では、中途半端に戦力が残っている以上、そうも行かない。幾つかのシェルターの惨状を見た後では、なおさらだ。

イプシロンとネグリングから火力を投射し、更にスタンピートを一とする大威力火器で敵を牽制。

其処へ突入し、キャリバンを盾にしながらグレイプの速射砲で射撃。更に、アサルトで敵の足止めをしながら、頭上から火力の滝を浴びせて、赤蟻の群れを撃破。

どうにか敵を追い払い、新型輸送船が現れたところを、ノヴァバスターを叩き込んで撃墜。

敵にはもうお代わりの戦力を落とさせなかった。

ノヴァバスターは燃費の悪さから人気がない兵器だが、こういう使い方なら有用だ。ナナコとエミリーも、どうにか復帰の目処が立った。

問題は、此方に迫り来る、アルゴとやら。

どうやら奴は、横浜近辺に上陸をするつもりらしい。東京支部からは残り少ない戦力をかき集め、総力戦を挑むと通達があった。勿論、矢面に立つのは、ストームチームだ。

私は黙々と、残敵の掃討を終える。

日高少尉が、げんなりした様子で戻ってきた。

「シェルターの人達が、シェルターを放棄したいって言っています」

「無理だと応えろ」

私が即答したが。首を振る日高少尉。

分かってはいるのだろう。今の状況で、シェルターからの人員ピストン輸送が不可能なことは。

ストームチームは連戦で疲弊の極み。

しかも今は、アルゴという強大な高空戦力が此方に向かってきている。おそらく相当数の空軍戦力も引き連れているはずだ。

民間人を守る事は出来ても。

助ける余裕は無い。

自分の身の回りのことは、民間人でやってもらうしかないのだ。

東京基地に戻る。念のために、隔壁には外から厳重にロックを掛けておいた。これで内部で無茶な事が起きても、外に出ることは出来ないだろう。内部にいる防衛部隊の隊長には、今は極めて危険だから、絶対に外に出ないよう、改めて釘を刺しておいた。

グレイプを操縦しながら、弟がオンリー回線を開いてくる。

「姉貴、朗報だ。 最新鋭のベガルタを、本部が廻してくれる」

「それは良いことだが。 まさか噂に聞く、対ドラゴン仕様か」

「そうだ。 通称バスターロード。 ベガルタM3の最終決戦形態になるらしい」

バスターロード。

噂では聞いていた。ドラゴン対策を施した、ベガルタの最新鋭。ファイアロードに更に改良を加え、ドラゴンの群れを一機で相手に出来るコンセプトで作られたと言う。ただし極めて贅沢な仕様であり、おそらく今回ロールアウトされるのが最初の一機になる筈だ。そして工場がフル稼働している現状、データをバックしなければ、量産には移れないだろう。

文字通りのワンオフ機。

筅に扱わせる事になるだろうが。文字通り、世界のトップエースの一人として、戦って貰う事になる。

戦歴から言えば当然だが。

あの臆病で気弱で、自分の思ったことも言えない筅がトップエースとして扱われる事になるかと思うと、ちょっとおかしかった。

流石に、日高司令も、今までの傷だらけになって戦って来たストームの戦歴を見て、悪いと思ったのだろう。

火器の類も、優先的に廻してきてくれている。

もっとも、今は生き残っている隊員が少なくなり。一人ずつに、結果として良い武器を渡せている、という事情もあるのだが。

「それにしても、敵の目的だが、どういうことだ」

「それだが、一つ仮説を立ててみた」

「聞かせてくれ」

「ひょっとして奴らは、帰るための準備を始めたのではないのだろうか」

押し黙った私に、弟は更につげる。

内容を聞く限り、矛盾は無い。

だが、それは。

「最悪の場合、本部がどんな判断をするか分からない。 互いに、気をつけておこう」

「……そう、だな」

どんな愚かな行動でもするのが人間だ。

前大戦でも、子供を囮にして、逃げる親の姿を見た事がある。巨大生物に貪り喰われる息子を、放置して逃げた親だっていた。

それが人間だと、私は実際に見て知っている。あの経験の前には、どんな言葉を重ねても、無意味だ。

「次の戦いには、備えよう。 そして、フォーリナーが地球を出て行った後は」

弟の次の言葉は、聞かないことにしたかったが。

だが、もはや、他に手はないのかも知れない。

東京基地へ急ぐ。

いずれにしても、襲い来るアルゴを潰さない限り、未来はない。戦いが終わった後の事は、その次にでも、考えれば良かった。

 

(続)