魔王蜘蛛出陣
序、凶蟲
北京基地に、すぐに移動して欲しい。
ストームにカーキソンから、直接指示が来た。元帥から直接連絡が来るのは、とても珍しい事だ。
私は疑問に思ったが、しかし弟は黙々と準備を始める。
北京基地と言えば、敵の無事な巣穴の一つがある近く。そして、もはや中国地区に残った、人類の最後の砦でもあるのだ。
近くとは言っても、二千キロ近くある。
ただし、アースイーターが各地を覆いつつある今、露骨にほったらかしにされている、明らかな餌だ。
此方の攻撃を誘い、損害を増やす目的なのは明白。
しかも現状のEDFでは、その誘いに乗る外の手が無い。真に恐ろしい戦略とは、選択肢を削り取り、奪っていくものなのだ。
東京基地から、ヒドラで移動する。
同じように、北京基地に移動する部隊が幾つかあるという。その一つは、ペイルチームだそうだ。
再編成が終わったのかと一瞬思ったが。
違う。
第三世代の戦闘用クローンを加えて、今回はかなり早いが実戦訓練だそうだ。つまり、再編成の途上である。
ベテランの多くが抜けた上、戦闘特化とは言え実戦配備されたばかりの第三世代クローンを連れて、戦場に出なければならない。
カリンも苦労が絶えないな。
私は、私を敵視しているウィングダイバーに、同情していた。
ヒドラは巡航速度ギリギリで急ぐ。まだ北京基地は落ちていないが、それもいつまでもつか分からないからだ。
制空権も、最近は著しく怪しくなってきている。
ファイターは各地で奮戦しているが、何しろ現れる敵空軍戦力が著しく多いのだ。今の時点ではファイターの力を超えるものは出てきていないが、それもいつまで続くことか。
黒沢に、ほのかが狙撃について色々教えている。
そういえば、観測手としては、ほのかは黒沢と秀爺、どちらについているのだろう。まあ、秀爺の実力は素で相当高い。黒沢に今はついて、狙撃術をレクチュアしているのかも知れない。
原田はと言うと、スタンピートを抱えたまま、ヒドラの隅に座り込んでいる。
涼川に言われたらしい。
爆発物に、慣れろと。
それで徹底的に爆発物と一緒に生活する事を選んだそうだ。頭が痛くなる話だが、本人達は大まじめである。
北京基地が見えてきた。
前回に比べて、更に傷が増えている。何度か蜂の攻撃を受けていると聞いているから、それが理由だろう。
着陸。
他に何機かヒドラが来ている。武器弾薬を、周囲に下ろしている機体もいた。純粋に輸送のためだけに来たという訳か。
しかし、この武器弾薬は。
予想よりも、かなり多い。
また、降りて来る中には、ビークルの整備班の姿もあった。おそらくあれは、専任のチームだ。
ベガルタが下ろされてくる。
世界的にはまだ主力となっているM2ではない。どれもM3タイプである。
本部は此処で、総力戦を行うつもりだろうか。
ヒドラから降りた皆が、並ぶ中。
すぐに本部から指示が来た。
「これより君達には、敵への路を作る幾つかの作戦に従事して貰う」
路か。
説明されるまでも無く、何のことかは分かった。中国にある二つの敵巣穴の内一つ。北部にある巣穴だ。
今の時点では、現地までの制空権さえ確保されていない。
衛星兵器を叩き込んだとしても、スカウトが現地まで行くことが極めて難しく、そもそも効果が確認できない状態なのだ。
バイザーに表示される何カ所かのポイント。
敵がかなりの密度を持つ陣を敷いて、待っているのが分かった。露骨に巣を見せびらかしながら、此方の戦力を削る事も徹底的に行うつもりだ。
勿論蜂も多数いる。
攻撃機も。
海上には幾つかの艦隊が展開しているが、いずれもアースイーターによる第十二艦隊撃滅を警戒して、密度薄く広域に散らばっている。つまり、其処を蜂や攻撃機が狙う可能性が大きい。
支援砲撃が何処まで続くかは、かなり微妙と言わざるを得ないだろう。
基地の隅の空軍スペースに、ファイターが来る。アルテミスも。此処を直接の拠点として、敵をたたくつもりか。
しかも念を入れて、すぐに格納庫の地下スペースに移るという状況だ。
周囲の状況が極めて危険で、青ヘクトルも多数いる。奴らによる長距離狙撃が懸念されるのだろう。
ストームチームに来た最初の指示は。
近くの街に陣取っている、敵高空戦力の撃滅。飛行ドローンをはじめとして、数百機に達する高空戦力が、此方への攻撃を行おうと牙を研いでいるというのだ。
地図を見ると、以前シェルターからの救出任務を実施した場所だ。
なるほど、そんな近くまで、敵は我が物顔に出張ってきているという事か。北京基地を離れてそう時間は経っていなかったのに。下手をすると、また救援任務が飛び込んできていたのだろうか。
否。
敵にしてみれば、希望をちらつかせる必要がある。
この北京基地は、おそらく敢えて残されている。敵が時々行って来た攻撃は、殲滅のためのものではないだろう。
私達がいたころは、多分殲滅が目的だった。
しかし今は。
「作戦開始のタイミングは任せる、出来るだけ早くして欲しい」
「随分とおおざっぱですね」
「周囲の敵戦力が増える一方だからだ。 君達による敵高空戦力の撃滅を切っ掛けに、全体的な作戦開始時間を調整する」
通信が切れた。
日高司令も大変だ。極東の戦闘も地獄だというのに。
ヒドラが来て、ばらばらと人員が出てくる。あれは確か、親城准将の部隊か。それも、レンジャーが六個部隊もいる。
なるほど、戦況を加味して、わざわざ兵力を追加してくれたのか。四足を撃破して多少余裕が出来たとは言え、今も山梨戦線は地獄で、余裕なんて欠片もありはしないというのに。
日高司令は無能かも知れないが。
誇り高く、勇敢な人物だと言う事だけは確かだ。
壁から上がって、周辺の戦況を確認。香坂夫妻は、黒沢を連れて、壁の周囲を見て廻るべく出た。
しばらく観察を実施した後、基地責任者とも話す。
司令官は既に更迭されていた。意識が無い状態が続いていたのだから、当然だろう。代わりに指揮を執っているのは、少し前に少将から昇進したばかりの中将。エッケマルクである。
エッケマルクは旧中国出身のドイツ系ハーフで、かなりの長身である。四角い顎の厳つい顔立ちだが、意外とフランクな性格で、兵士達からは話すとと面白いおっさんとして慕われている。
彼は本部からの信頼があるとは聞いていた。
だからこの局面に、中将として派遣されてきた、という事なのだろう。
戻ってきた秀爺が、幾つかの点で、敵が伏せていると話す。いずれも、事前には無い情報ばかり。
「基地の周囲に伏せている敵の戦力が、予想よりもかなり大きいとみるべきでしょうな」
「なるほど、まずは基地周辺の敵の掃除から、というわけだな」
豪快に、何が面白いのか、エッケマルクが笑う。
彼はなんと今回、乗騎であるプロテウスの新型を持ち込んでいるという。日高司令ほどでは無いが、戦場の勇者として知られるとは聞いていた。なるほど、前線に出て、兵士達の士気を挙げるつもりというわけだ。
それ自体は否定しない。
むしろ心配なのは、敵側の反応だ。プロテウスといえども、青ヘクトル多数に集中攻撃を浴びたら、危ないような気がする。
「猪突だけは避けてください」
「ああ、分かっている。 君達の活躍、期待している」
作戦に関するグリーンライトを渡してくれるという。
弟は嘆息すると、司令部を出た。
今までに無いほどバックアップ体制が充実しているこの状況。要するに本部は、此処で可能な限りの戦力を投入し、一気に蜂の元を断つつもりなのだろう。上手く行くようなら、東南アジアとの境にある巣も、同様にして叩くつもりと言う所か。
いずれにしても、此処からは、いつも以上に厳しい連戦が続くことになる。ストームへの負担は、尋常では無く大きいはずだ。
部下達を集めると、弟はすぐに出撃命令を出した。まず当初の目的は、敵の高空戦力殲滅。
これによって、多少味方空軍の負担を減らす。
その後は、状況を見ながら、敵巣穴への直線的な攻撃経路の確保。
最終的に、敵巣穴への突入、殲滅となる。
それを話すと、皆押し黙る。
当然の話だ。此処まで一緒に戦って来ているメンバーだ。新人達も、他の部隊では充分にベテランとして通じる実力を身につけているし、相当な修羅場をくぐった。だから皆分かるのである。
如何に困難な任務か、がだ。
ビークル類の最終整備を済ませると、すぐに弟は北京基地を出る。
最初のターゲットは、元から狙っていた敵高空戦力では無い。秀爺が発見した、斥候らしい敵部隊だ。
ただし、いきなりまっすぐ行くのでは無い。
敵の側をわざと通過するように見せかけて、いきなり反転、叩くのである。そうして、潜んでいた凶蟲二十匹ほどに奇襲を浴びせ、一息に葬った。
味方の被害は無し。
続けて、行き先の駄賃代わりに、何カ所かで伏せている敵に奇襲を掛け、殲滅しながら進んでいく。
目的地点に到達するまでに、大小七回の戦闘を実施。
合計して八十匹以上の巨大生物を葬った。いつも行っている戦闘に比べれば、この程度、容易い話である。
多少グレイプRZが酸を浴びたので、アーマーを張り直させる。
今回は物資が豊富にある。この程度の備えはしていても良いだろう。
他の味方部隊も、動き始めた様子だ。基地周辺にいる幾つかの有力な敵戦力に、一斉攻撃を開始。
要塞砲も全力で使用しはじめたようで、此処まで轟音が届く。
敵高空戦力は、動かない。
基地周辺では、青ヘクトルを含むかなりの敵兵が、激しく戦っているのに。つまり、誘い込んで叩くための囮と言う事だ。
オンリー回線で、弟につなぐ。
「一郎、やはりこれは罠だな。 もう少し敵の兵力を削いでから、この戦力を叩くべきだと思うが」
「いや、一気に叩いてしまおう」
「お前らしくも無い強引なやり方だな」
「今回は後方の戦力も充実しているし、それに姉貴が言うとおり、敵は大規模な増援を出してくると見て良い。 だから此処でもたつかずに、敵の有力な戦力は、一刻も早く潰してしまうべきだ」
なるほど、確かにそうかも知れない。
秀爺が、通信を割り込ませてくる。
「精鋭がいるぞ」
慌てて顔を上げた。
空を舞う敵は、飛行ドローンを中心に三百ほど。うち二百が飛行ドローン、残りが攻撃機という編成だ。
何処に赤い精鋭がいるのか。しかし、秀爺が嘘をつくとは思えない。
座標を指定されて、其方を見ると、なるほど。廃ビルの影に、地面すれすれを滞空している赤い影。
彼奴がいると言うことは、どうやら簡単に戦いは終わりそうにない。
「池口軍曹」
「はいっ!」
「攻撃を開始。 敵航空部隊に、ネグリングが焼け付くまでミサイルを撃ち込め」
「分かりました!」
香坂夫妻は、黒沢と一緒に、精鋭との戦闘に集中して貰う。
他の面子は、全員が敵空軍への攻撃に集中。陸上戦力全員にハーキュリーとエメロードを行き渡らせる。最後尾にベガルタ。これはネグリングの直衛。その上に、バゼラート。これも同じだ。
今回持ち込んでいるエメロードは、ようやく試験運用が終わった最新型だ。今までよりもミサイルの威力が向上し、射出速度も、連射性能も上がっている。
更に、エミリーと三川にも、最新型のミラージュが渡されている。
今までのものよりもプラズマジェネレーターへの負担が大きいが。その代わり、敵への殲滅効率が、著しく増している。
ネグリングがミサイルを放つと同時に。
全員も、攻撃攻撃を展開。
空に無数の爆発が拡がった。
敵も即応。
爆発から逃れた多数の敵が、殺到してくる。私と矢島は、此処からは盾を用いてのガード。味方がハーキュリーとエメロード、ミラージュで敵を押さえ込みながら、ネグリングで壊滅させるのを待つ。
無数のエネルギービームが飛んでくる。
飛行ドローンも攻撃機もばたばた落ちていくが、火力もまた凄まじい。何より、敵は死を怖れる必要が無い。
一機、低空で突っ込んできた。
私は無言でガリア砲に切り替え、打ち抜く。
だが、二機、三機と続けてくる。攻撃機は飛行ドローンに比べて速度も重量も大きい。体当たりを浴びたら、かなり危ない。
キャリバンとグレイプに据え付けられているセントリーガンが咆哮し、一機を落とす。私もガリア砲で。
しかし、一機が。
砲火を抜けて、突っ込んできた。
矢島が、もたつきながらも、ガリア砲に切り替える。敵が、エネルギー砲をチャージしているのが見える。
私は間に合わない。
敵が特攻してきたら、損害は馬鹿にならない。
矢島は、一瞬の硬直の後。
ガリア砲を、撃ちはなった。
直撃。
至近だったとは言え、攻撃機を撃墜。ほっと一息つく暇も無い。まだまだ、敵は多数残っているのだ。
レーザーとエネルギービームが降り注ぐ。
消耗戦になるのは、覚悟の上だ。
ダメージを意に介さず、戦いを続行。三川がキャリバンに戻る。アーマーの負荷が、事前に話していた許容値を超えたのだ。
代わりに日高少尉が出てきて、ハーキュリーで一射。
見事に、攻撃機を落として見せた。
ジョンソンに射撃の手ほどきを受けていると聞いているが、大したものだ。皆、長足の進歩を遂げている。
原田はどうか。
自己主張せず、黙々とエメロードで敵を落とし続けている。となりでは涼川が、ロケットランチャーで敵を落とし続ける離れ業を見せているが。流石に其処までは、期待しては気の毒だろう。
遠くで、敵精鋭が激しい戦闘をしているのが見えた。
爆発。
イプシロンが、破壊された様子だ。
一瞬ひやりとしたが、精鋭も落ちる。ふらつくように空を舞った後、地面に激突し、爆裂した。
通信が入る。
「イプシロンがやられた。 だが此方は全員無事だ」
「精鋭を相手にイプシロン大破だけなら充分だ。 此方も間もなく片がつく」
火力に物を言わせて、最後の一機を叩き落とす。
状況終了。他の部隊とも連絡を取る。苦戦している部隊が幾つかある。此方も無傷とは行かないが、支援をしていく必要があった。
夜中まで散発的な戦闘は続いた。
結果、北京基地周辺の敵は殲滅完了。味方の損害は、無視はできないが、其処まで悲惨では無い。
相当数の敵残骸が、北京基地に運び込まれる。
地下工場で解体し、武器弾薬に加工するのだ。
負傷者もかなり出ている。ストームチームは全員が無事だが、他の部隊はそうもいかない。
私と弟とジョンソンだけが、会議に参加。
後のメンバーは、先に休ませた。
「さすがはストームチーム。 噂以上の活躍だ」
満面の笑みを浮かべているのはエッケマルクである。しかし、笑顔は非常に不気味で、チェシャ猫のそれをおもわせた。
昔、笑顔は攻撃の合図だったという話があるが。
この男の笑顔を見ていると、それも頷ける。
「これで、基地周辺の敵は一掃できた。 後はスカウトを展開して、配置を確認、効率よく殲滅して敵本拠への路を作る。 その後、敵の巣穴を叩く」
言うのは簡単だ。
実施するのは大変である。北京基地の周辺だけでもこれである。事実上敵の手に落ちている中国地区だ。一体何処に、どれだけの敵がいるか、知れたものではないのである。
勿論、彼方此方にアースイーターもいる。
これは避けていくしか無い。
挙手したのは、カリンだ。負傷から立ち直ったばかりとはいえ、戦場での活躍は控えめだという。
部隊が文字通りの新兵ばかりなのだ。
これは致し方が無い。
「目標地点との中間地点に、敵のかなり大きなコロニーがあると聞いています。 凶蟲を中心とした、一大戦力だとか」
「耳が早いな。 最低でも二千ほどの凶蟲が、衛星写真から確認されている」
「最低二千……!」
流石に皆が顔を見合わせる。
長距離を跳躍する上に、ショットガンのように運動エネルギーが大きい糸を放ってくる凶蟲は。
巨大生物の中では一番脆いという弱点もあるが、数が揃ったときの戦闘能力は、尋常ではない。
それが二千。しかも、航空写真からの判別だ。実際には三千いてもおかしくは無いだろう。文字通り一大戦力だ。
本来なら、航空機で一気に焼き払うべき存在だが。
しかし、今回は制空権も怪しく、テンペストによる支援砲撃も、何処まで続けられるか分からない。
しかも、この数だ。
放置していて背後でも襲われたら、目も当てられない地獄絵図になる。叩くしか無いだろう。
「分かりました。 此方で先行して、引き撃ちします。 おびき寄せたところを、各個撃破していただきたく」
「有り難いが、ペイルチームはかなりの損害を受けていると聞いている。 大丈夫なのか、カリン大佐」
「大丈夫です。 むしろこういう場面で無いと、我々は役立てない」
蜂の登場によって、ウィングダイバーはその戦略的価値を著しく低下させた。
蜂が現れたら、もう空軍かレンジャーに任せるしか無い。巨大生物に対する高い戦闘力を見込まれていたのに。実際には、もはや相当な制約が、戦闘には課せられてしまっている。
勝利の女神となるには、あまりにも過酷な現実が邪魔をしているのだ。
「無理だけはするな」
「分かっている」
私が釘を刺すが。不機嫌そうに、カリンは返すばかり。
これはかなり危ないかも知れない。
会議が終わった後、すぐに解散。全員を休憩させる。病院はこれから、更に過酷になって行くだろう。
そして今回、豊富な物資が集められたとはいっても。
味方の戦力には限りがある。可能な限り効率的に、敵をたたいていかなければ、後が続かなくなる。
ペイルチームを失うわけにはいかない。
かといって、カリンは私の話など聞かないだろう。弟が言うしか無いかも知れない。
こんな状況でも、人間は団結など出来ずにいる。
明日は、さらなる地獄が到来することが、確実だった。
1、凶蟲大侵攻
破壊されたイプシロンの同型機が、幸い供与されたので。次の日の作戦も、問題なく行う事が出来た。
目的地点は、北京基地から西に五百キロほど。
そろそろ艦隊による支援射撃も難しい位置である。距離的にはどうということはないのだけれど、途中にアースイーターが多数いるのだ。勿論現在の巡航ミサイルは、敵を避けて行くくらいの知恵はあるけれど。
敵も当然、ミサイルを察知する程度の知恵はあるのだ。
ヒドラで現地に行く途中、カリンも含めて、ブリーフィングする。
「今回の作戦は、敵をおびき出しながらの引き撃ちとなる」
ペイルチームも、今回の作戦用に、キャリバンを供与されている。陸の要塞と呼ばれるキャリバンなら、生半可な攻撃ではびくともしない。
しかし今回は敵の数が数だ。
最悪の場合、ヒドラで負傷者を脱出させ。残りメンバーは、地獄の包囲から突破せざるを得なくなるだろう。
スカウトが、既に六チーム、周辺に展開。
敵凶蟲は、円形の陣形を組んで、広域に分布しているという。
数は、事前の話とは、大きく違っていた。
「おそらく、地下に隠れている連中もいたと見て良い。 敵の数は、四千五百に達するそうだ」
「よ、四千……!?」
「撃滅しなければならない」
それに加えて、良くないニュースである。
北京基地に、南部から敵の部隊が接近している。青ヘクトルを含む強力な部隊で、ペイルチームとストームチーム以外は、かかりっきりになると言う事だった。おそらく、ストームとペイルが出たのを見計らったのか、それとも此方の動きを読んだのか。
畜生。
呻いたのは、カリンだ。
「此処は引くべきかも知れないぞ」
「いや、此処で敵をたたいておかなければ、さらなる増強が行われる。 蜂もいない今、叩く好機だ」
わざと蜂を配置していないのだ。
私はそう言おうと思ったが。誰もが分かっている事なのだし、敢えて言うのも良くないとも思ったので、黙っていた。
現地に到着。
ヒドラは下がらせる。北京基地の戦況はかなり激しいようだ。陥落することはないだろうが、いずれにしても、此方に兵力的な支援が来る事は無いとみて良いだろう。
カリンの焦りも分かる。
だが、此処でカリンを死なせるわけには行かない。世界でも屈指のウィングダイバーなのだ。
人類が劣勢に明確になり始めていて。
敵が戦略を崩さず進めている状況で。
これ以上、味方を失うわけにはいかないのである。
弟が、カリンに幾つか話をする。弟の話なら、カリンは聞く。とにかく、無理はしないように、弟は言い聞かせて。
カリンも不満そうではあったけれど、納得はしてくれた。
全員、配置につく。
流石に五千近い数の敵だ。一息に殲滅するのは不可能である。無理を承知で、海軍にミサイル攻撃の支援を頼むしか無い。
先に、谷山が支援の指示。
幾つかの艦隊が、テンペストを発射してくれた。着弾までしばらく掛かる。それだけ、内陸に来ているのである。アースイーターによる邪魔もある。
テンペストの第一群が、来る。
予定では二十発ほどの筈だったが。やはり迎撃されたのだろう。十発にまで、数を減らしていた。
降り注ぐミサイル。
爆裂が連鎖し、凶蟲どもが消し飛ぶ。百匹以上が一度に吹っ飛ばされる有様は、凄まじいものがあった。
同時に、敵が動き出す。
スカウトが、連絡を入れてきた。
「数百匹が、群れを離れています! それも、何群も!」
「側面後方に廻るつもりだ。 総員、後退!」
後は、ペイルチームを援護しながら、引き撃ちを続行。敵の数はとんでもないが、作戦そのものは単純。
その筈、だった。
ペイルチームから、通信が来る。
「敵の圧力が凄まじい! 一斉に襲ってくる!」
「無理はするな、すぐに引け! 火力支援は此方で行う!」
「分かっているが、敵の動きが速くて、後方も……!」
まずい。
敵はその暴力的な数を、生かして動いてきている。これは殲滅作戦どころでは無いかも知れない。
まだ、イプシロンの射程には入らない。
ネグリングは更に先だ。
ネレイドが飛び出す。ベガルタもだ。
弟が、ヒドラに通信。
「敵の真ん中に降りて貰うかも知れない。 上空で待機を続けてくれ」
「イエッサ!」
全軍、敵の群れに突入開始。
見る間に見えてきた。
文字通り、地面を埋め尽くすほどの数だ。必死に広域攻撃武器を乱射しているペイルチームだが、敵の接近が想像以上に早い。数が多すぎて、制圧できていないのだ。
前衛に躍り出たナナコが、フュージョンブラスターを起動。
至近の敵を、まとめて焼き払う。
更にジョンソンが、零式レーザーで同じように敵を焼き払うが。焼き払われた屍を踏み越えて、次々に凶蟲が来る。
地面が見えないほどの数だ。
「負傷者を下げろ!」
突貫した弟が、フュージョンブラスターで敵を薙ぎ払うが、この超火力でも、とても足りない。
私が突撃。
ハンマーを振るって、敵をまとめて吹き飛ばす。
だが、飛んでくる糸の数があまりにも非常識すぎる。機動戦を行い続けるが、これではとてももたない。
敵は四千五百を、広域に展開しているのではない。
攻撃が始まった瞬間。
一気に密集陣形に切り替えてきたのだ。
ネレイドがナパームを放ち、彼方此方に炎の弾幕を作る。機関砲を放って、凶蟲の群れを薙ぎ払う。
ベガルタが、ウィングダイバーを庇って前に。コンバットバーナーと散弾砲で、敵を撃つ。
最後尾にいるキャリバンには涼川がタンクデサンドしていて、スタンピートからグレネードの雨を敵に降らせている。一度に多数の敵を爆破しているが。
しかし、百や二百の損害など、敵は気にもしない。
バック。
弟が叫ぶ。包み込まれたら、一瞬で全滅だ。キャリバンにタンクデサンドし、ラビットジャンプで必死に引き撃ちするウィングダイバー達を見ながら、射撃を続ける。最後尾の私は、ハンマーを振るいながら、弟に通信をいれる。
「まずいぞ、ヒドラは」
「もう少し後方だ!」
「テンペスト、支援第二波来ます!」
筅の声。
降り注ぐ巡航ミサイルが、密集した敵に襲いかかる。爆裂し、吹っ飛ぶ敵の足や胴体、頭部。
大量の鮮血がぶちまけられる。
おぞましい光景だが。
目をそらしていたら、一瞬で糸玉だ。
取り残されたウィングダイバーを発見。かっさらうようにして、掴んで下がる。意識がないが、命だけはある。
キャリバンに押し込むと、再び最後尾に躍り出る。
倒し、下がり、倒し、下がり。
後方に敵が出現と聞いて、やはりかと呻く。数百の群れが、本隊を離脱したと聞いた時点で、わかりきっていた事態だ。
飛んでくる糸で、視界が真っ白になりそうだ。
だが、私は跳ぶ。
ハンマーを振るう。
ヒドラが見えた。ヒドラにも、多数の蜘蛛が集っている。ナナコがジョンソンと一緒に、フュージョンブラスターで焼き払っているが、それもいつまでもつか。味方を次々収納させるヒドラ。
機体側面で爆発。
蜘蛛の糸は、高い運動エネルギーを持っている。連続して集中攻撃が見舞われれば、ヒドラだって落ちる。
「ヒドラ、ダメージ大! 撤退急いで!」
悲鳴に近い声が聞こえる。
ベガルタが、必死に敵を薙ぎ払いながら来た。筅が最後だ。ネレイドがナパームをばらまき、敵を蹴散らす。
私もハンマーを振るって、敵を薙ぎ払うが。全身にもう糸が巻き付いていて、何処がどうして動いているのか、よく分からなかった。
下部ハッチが閉じはじめる。
私もかろうじて飛び込むが、多数の凶蟲が、ヒドラにとりついたままだ。上昇開始。ネレイドの機関砲が、集まってくる凶蟲どもを薙ぎ払うが、ヒドラにとりついている奴らまではどうにもできない。
上昇しながら、カリンが言う。
酷い負傷をしていた。味方を庇いながら、最後尾で戦っていたからだ。戦死者も出したが、それでもペイルチームが全滅を避けたのは、カリンがいたからである。
「ハッチを開けろ。 我々で、ヒドラについている蜘蛛共を殲滅する」
「しかし、その傷で」
「このままだと、この機は落ちるぞ!」
確かにその通りだ。
私も、すぐにアーマーを張り替えようと思ったが。今更気付く。フェンサースーツそのものが、もうとっくに限界だ。
新しいフェンサースーツ。叫ぶが、先ほどまでの乱戦で、機内も修羅場だ。蜘蛛糸も飛び込んでいたし、凶蟲の死骸もある。中に飛び込んできた奴がいたのだ。
とにかく、下部ハッチが開けられる。
いきなり、凶蟲が飛び込んでくるが、冷静に弟が処置。アサルトで蜂の巣にする。無事だったペイルチームのメンバーと、三川とエミリーが、次々飛び出す。機体の外部にとりついている凶蟲を、全て叩き落としていく。
一人、迎撃してきた凶蟲に落とされるのが見えた。
アーマーを貫通されて即死だ。
くるくると廻って落ちていく。
どうしようもできない。
下部ハッチに出た弟が、アサルトを乱射。片っ端から下にいる凶蟲を薙ぎ払っていく。更にネレイドがナパームを撒くと、流石に閉口したか、凶蟲が下がりはじめる。かなりの数を倒したが、それでも味方の損害も大きい。
第四射のテンペストが来たが。
密度を再び薄くした敵陣に着弾。今までほどの効果は見込めなかった。更に、凶蟲どもは、此方に損害を充分与えたと判断したのだろう。分散して、アースイーターの方へと去って行った。
一旦ヒドラを着地させる。
スカウトからの連絡によると、まだ数百匹が、周囲に残っているという。此奴らだけでも、撃破しておかなければならない。
肉塊になったウィングダイバーの亡骸が、地面にあった。
まだナナコと同じくらいの年に見える。第三世代の戦闘特化クローンだったのは明らかだ。顔も分からないほど、悲惨な血肉の塊になっていた。
カリンが来る。
口を引き結んでいて、必死に言葉を抑えているのがよく分かった。
周囲に展開していた残存戦力を撃滅。
最終的に、敵の二割以上を削り取り、なおかつ居座っていた凶蟲は撃退には成功した。しかしペイルチームは七名を失い、大半が負傷。
北京基地に戻ると、其方も悲惨な状態だった。
煙が彼方此方から上がっている。
どうにか襲撃してきた敵部隊は撃退できたようだが。味方の損害も、相当に大きかったという事だ。
司令部に出ると、エッケマルクも負傷していた。
「敵にディロイがいてなあ」
他人事のように、エッケマルクは笑っている。プロテウスで殴り合いを行って、叩き潰したが。
奴のレーザーが、エッケマルクのいたコックピットに飛び込んできたのだとか。
「其方も大変だったそうだな。 だが、実はなあ。 まだ終わりじゃあ無いんだ」
「どういうこと、でしょうか」
「多分アースイーターを経由したんだろうな。 君らが倒し切れなかった凶蟲が、大挙して北京基地に迫っている」
数は三千を超えているという事だ。
疲弊した北京基地の防衛能力だけでは厳しいと、エッケマルクは言う。
つまり、第二幕開始と言う事である。
すぐに防衛壁の上に、味方を集める。案の定海軍は、アースイーターが繰り出してきた攻撃機と交戦中で、テンペストは撃てないという。無事だったビークル類を確認し、展開。要塞砲も、準備させた。
ネレイドは、先に出る。
護衛のファイターを連れて、可能な限り、ここに来る蜘蛛を削ると言う事だ。
城壁の上に、ベガルタも出る。筅のファイアロードはかなりダメージが深刻だが、他にもベガルタはいる。連携すれば、大丈夫だろう。
カリンは出てくる。
病院で、応急処置だけ受けてきたのだろう。
「状況は」
「先ほど撃退した敵部隊と連携して、凶蟲がくる。 ざっと三千。 青ヘクトルが敵には混じっているそうだ」
「愉快すぎて、言葉も出ないな」
隣に、カリンが立つ。
作戦については、先に話してある。だから、今更ブリーフィングも無い。
「先はすまなかった。 部下を助けてくれた事に、礼を言っていなかった」
「困ったときはお互い様だ」
「……私も、前に助けられたのにな。 どうしても貴方には素直になる事が出来ない」
敵が見え始める。
とんでも無い数だ。だが、まともに陥落させるつもりはないのかも知れない。徹底的に北京基地の戦力を痛めつけて、此方の攻勢を削ぐつもりなのだろう。餌として見せびらかしている巣にも。
簡単には近寄らせないという事だ。
要塞砲が動き始める。
轟音と共に、大威力のレールキャノンが発射。青ヘクトルを直撃。しかし、青ヘクトルは、それでも倒れない。
だが、私がガリア砲をたたき込み。
それが、青ヘクトルの胸の中央。要塞砲が直撃した場所を打ち抜くと、それがとどめとなった。
倒れる青ヘクトル。
爆裂。
開戦の合図となる。
一斉に襲いかかってくる凶蟲。
今日の夜は長くなりそうだなと、私は思った。
2、孤立
丸二日の戦闘で、どうにか凶蟲の大部隊を撃破。しかし、北京基地の損害も、洒落にならないものとなっていた。
エッケマルクは本部に増援を頼んでいるが、来るかどうか。
海上での戦闘も散発的に続いているし、今後は更に厳しくなるだろう。しかも、ろくでもない事態が、更に続く。
沿岸部の補給基地が、敵新型輸送船に急襲されたのである。
即座に護衛部隊は指示を受けて撤退。その結果、物資の多くが敵中に取り残されたまま。ストームチームは、即時の奪回を命令されて、動く事になった。
放置すれば、また北京基地が孤立することになる。
そうなれば、敵巣穴の攻略どころではなくなるのだ。
現地に到着。
極東に戻れるのはいつになる事か。北京基地から進むどころか、敵の巧妙な戦略に振り回されてばかり。
そしてオーストラリアにいる本命は、確実に今も、力を付けているのだ。
敵の輸送船はいずれもが新型。
かなりの数の黒蟻と凶蟲が、既に展開している。問題は、今回は大威力火器で、倉庫を傷つけるなと言う指令が出ていることだ。
勿論、火薬類は厳重に保管されている。
しかしそれでも、引火の恐れが無いとはいえないのだ。
故に、以前三島が開発したビーコンを輸送船にうち込んだ後、狙撃戦で敵を撃破する事になる。
そして近づいてくる敵は、可能な限りの短時間で撃滅。
作戦は以上だ。
戦いは淡々と始まり、淡々と続く。
多数の飛行ドローンもいるが、特に問題も無い。輸送船が二機落ちた時点で、もう三機現れるが。
今回は味方の支援戦力もいる。
親城准将が部隊を連れて来ていて、大体の黒蟻と凶蟲は引きつけてくれていたので、輸送船の撃破に専念することが出来た。
四隻目を落としたところで、敵が撤退開始。
あっというまに引き上げる。巨大生物もそれに合わせて、影も形も無くなった。
「クリア。 だが、釈然としないな」
涼川が不機嫌そうに言う。
この間の凶蟲の群れと戦ったときは、本当に楽しそうにしていたのに。今回は、敵に戦意が露骨に無かったのが、気に入らないのだろう。何より爆発物の使用が禁じられていたので、余計ストレスが溜まっていた、という事もあるに違いない。
すぐにスカウトが、倉庫を確認。
幸い、武器弾薬は無事だ。
中には、ベガルタファイアロード用の火器や、換装部品もある。最前線はもはや世界中に拡がっているから、こういった最新鋭兵器の部品も、彼方此方にとっちらかってしまっているのだ。
「ヒドラですぐに北京基地に輸送します」
「制空権がいつまであるか分からない。 すぐに取りかかって欲しい」
「イエッサ!」
スカウトが、ヒドラを使って、物資の輸送を開始。
調査を続けていた親城准将が戻ってくる。皆の前だから、硬い口調だ。
「良くないことが分かった」
「何か問題が」
「此方だ。 来て欲しい」
言われるまま、弟と一緒についていく。
たしかに、それはどうしようも無い状況と言わざるを得なかった。この基地は港湾施設の一種だが。
一部の基礎が、砕かれているのだ。
巨大生物たちが、よってたかって破壊したのだろう。酸を散々浴びせられて、いつ崩れてもおかしくない状況だ。
もうこの施設は使えない。
だから敵は、あっさり引いたのだ。やはり連中は、ただでは引いてくれない。港湾施設が使えない状態になったからこそ、誘引が終わった時点で、さっさと引く選択を採ったのである。
勿論修復すれば使えるが。今のEDFにその力は無いし。大半が地下シェルターに潜んでいる人々に、危険を冒して出てこいと強制することも不可能だ。
親城准将が嘆息する。
「敵の方が相も変わらず戦略的な手腕が数段上だ。 前大戦でも、人類は本当に勝つことができたのが、奇蹟も同然だった」
彼には、真相は知らされていない。
前大戦から良くしてくれている彼に真相を話す事が出来ないのは、とてもつらいことなのだけれど。
ほいほい誰にでも、話せることでは無い。
心苦しい。
北京基地へと戻る。周辺から敵を排除した事に代わりは無いので、急ピッチに修復は進んでいる。
だが、誰もの顔が暗い。
少し前に、三千超の巨大生物に襲撃されたこともある。いつ、アレを超える戦力が襲ってきてもおかしくないし、なによりアースイーターが来たらひとたまりも無いと、皆知っているのだ。
怒号が聞こえた。
殺気だった兵士が、喧嘩しているのだ。
弟がすぐに出向く。喧嘩しているのは、赤毛の白色人種の大男と、黒色人種の細い男だった。細いと言っても軍で訓練されているから、筋肉質である。
喧嘩の理由は、些細な事だった。
ただ、肩がぶつかったとか、そう言う内容である。弟が姿を見せても、二人はとっくみあいをやめない。
喧嘩では無い。
とっくみあいだ。
普段だったら、気性が荒い軍人達は、周囲でやんややんやとはやし立てたりするのだが。この状況である。誰もが無視していた。
弟が介入。
ひょいと赤毛を掴みあげると、地面にバックブリーカー。
それを見て、かなり顔に痣を作っていた黒人が流石に黙り込んだ。
「ス、ストームリーダー」
「二人とも頭を冷やせ。 すぐに高ストレス解消モードで、カプセルに入れ」
「しかし、哨戒任務が」
私がスケジュールを確認すると、確かに入っているが、それはもうよい。私と弟が、代わりに出る。
そう聞くと、申し訳なさそうに、二人とも視線を背けた。
「良いんだ。 余裕がある者が、代わりにやればいい。 私も弟も、今は過分な地位を貰っているが、戦っている点では君達と対等のつもりだ」
「すみません、ストームサブリーダー」
「すぐに休め。 それも仕事のうちだ」
二人が消える。
流石に、申し訳ないと思ったのだろう。凶蟲の襲撃でも、私と弟は、圧倒的大群に対して一歩も引かず、多大な戦果を上げたのだから。
原田が来る。
ジープの運転をさせて欲しいというのである。矢島も。何かの役に立てるかも知れないと。
「良いだろう。 ただし哨戒任務は、休憩を削ってのものとなるぞ」
「イエッサ!」
原田がすぐにジープを引っ張り出してくる。基地の正門から、出撃。周囲には回収し切れていない凶蟲の死骸が点々としている。パワーがある軍用ジープだ。多少の瓦礫はものともしない。
不発弾が多数ある状況だが。
ジープに掛けられているアーマーは強力で、生半可な爆弾なら、一発二発は耐え抜ける。それを分かっていても、ひやりとする場面は多い。
不発弾を見つけた。
スピアをうち込んで、爆破処理する。
基地は既に、かなり後方になっていた。この辺りには街があったのだが、もはや残骸すらまばら。
作り直すとしたら、一からになるだろう。
「工場のラインが焼け付きそうだと、さっき民間協力者がぼやいていました」
「まだしばらく無理をして貰う事になるだろう。 大変だが、仕方が無い。 それよりも、周囲に警戒を続けろ」
「イエッサ」
街の絶対防空圏を抜ける。
敵の偵察部隊といつ鉢合わせてもおかしくない。通信も、以前に比べて、かなり悪くなっている。
アースイーターの影響だ。
不意に、通信が飛び込んでくる。
「此方スカウト3!」
「どうした」
「巨大生物です! 北京基地に向かっています! 前回の、凶蟲の群れが、増援を引き連れて戻ってきたようです! 数は二千を超えています!」
また、二千以上か。
しかも、である。
ろくでもない報告が、更に続く。
「凶蟲の中に、ひときわ巨大な個体がいます! あれは、報告にあった蜘蛛王かと思われます! しかも、三体です!」
「蜘蛛王が三体だと!」
「間違いありません!」
「すぐに距離を取れ。 奴の攻撃能力は、戦車を瞬時にスクラップにするほどのものだ」
スカウト3が、慌ただしく敵部隊と距離を取るのが分かった。
どうやらこれは、任務延長で確定だろう。
ジープを繰って、敵部隊に接近する。敵は空爆を警戒して、広範囲に散らばりながら、此方に迫っている様子だ。つまりスカウトが確認した数は、氷山の一角である可能性が高い。
小高い丘に出る。
其処から、望遠レンズで敵陣を確認。
凶蟲が多数。
報告通り、まっすぐ北京基地へと向かっている。
まだまだ此方の戦力を削るつもりと言うわけだ。ただ、報告にあった蜘蛛王の姿はない。これは、ひょっとすると。
再び、通信が入る。
スカウト3ではない。別方面に展開している、スカウト5からだ。
内容はスカウト3と近い。巨大な凶蟲を確認というものだ。ひょっとすると、此方を幻惑でもするつもりなのか、或いは。
実際には、三体以上の蜘蛛王がいるのか。
すぐに撤退するよう指示。
代わりに、谷山を呼び出す。
「すぐにネレイドで出てきて欲しい。 ファイターも護衛に出して貰った方が良いだろうな」
「分かりました。 それにしても、蜘蛛王が前線に出てくるとは」
「前大戦では、お前が撃破一番乗りだったか」
「いえいえ、アシストがあっての事ですよ」
前大戦でも、足を広げると全長八十メートルに達する蜘蛛王は交戦の記録が殆ど無い。私と弟は何度か戦ったが、とにかく手強い相手だった。
巨大生物の生態はまだ不明な部分が多い。
女王蟻がメスで、蜘蛛王がオスだという説もあるのだけれど。それが本当かどうかは、分かっていない。
ただ、蜘蛛王が圧倒的な攻撃能力を持つ怪物である事は事実。しかも巨体の上に身軽で、凶蟲同様に軽々と跳躍。数百メートルを音も無く、一瞬で詰めてくる。その上放ってくる糸の凶悪さは、凶蟲を束にしたよりも凄まじいほどだ。凶蟲と違って装甲も強固で、多少の対戦車ロケットランチャー程度の直撃では、びくともしない。
前大戦よりも、更に手強いとみて良いだろう相手。
敵の動きを見ながら、ジープで下がる。途中、先発隊らしい凶蟲の群れを発見。背後から近づいて、ハンマーで一撃。吹っ飛んだ連中を、弟がアサルトでとどめを刺す。音が大きいため、迫撃砲は使わない。
十匹ほどの小集団は、これで撃滅できた。
スカウトと連携を取りながら、基地へと撤退する。この様子だと、北京基地まで到達するまで、二時間ほど。
兵士達の不安と恐怖は、この様子では間もなくピークに達するだろう。
ネレイドが数機、編隊を組んで出てくる。ファイターも護衛についてくれている。
敵の高空戦力を、前回の戦いで壊滅させたけれど。
中国地区は既に敵の掌握下にある。その上アースイーターが彼方此方にいるのだ。五月蠅いと感じたら、すぐにでも迎撃部隊を出してきてもおかしくない。
ネレイドが、重機関銃で攻撃を開始。
凶蟲の軍勢を駆除しはじめる。低空飛行を避けているのは、相手の数が数だからだ。攻撃が開始されると、やはり凶蟲が、一斉に動き始める。
スカウトは、既に基地に戻っているはずだ。
此方も、急いで戻った方が良いだろう。
途中で、何度か斥候の敵部隊を片付けながら、基地へ急ぐ。
出来るだけ急いで、準備は整えなければならない。
基地に戻ると、更に兵士達が殺気立っていた。
隅っこで頭を抱えて、ぶつぶつ言っている兵士。PTSDに掛かってしまったのかも知れない。
病院は負傷者で満員状態。
急速医療で治してはいるけれど。それにも限界がある。
基地のダメージも、回復しきっていない状況。ネレイド部隊が出て行ったが、どれだけ敵の数を削れるかどうか。
エッケマルクが来る。
軽く幹部を集めて話をするが。幹部の中には、疲労で顔を青くしている者も、少なくなかった。
「早期での発見を今は喜ぶべきだろう。 だが、敵も旺盛な戦意だ。 少しは休めばいいものを」
皮肉混じりに、エッケマルクが言うが。
彼にしても、疲労の色は隠せない。皮肉屋である陣頭の猛将は、スカウトと、私と弟がまとめた敵の進行状況と、おおよその戦力を見て、高笑いした。
「また、馬鹿馬鹿しいほどの数だな」
「もう、攻略作戦は諦めるべきでは」
挙手したのは、准将の一人、グエン=サム。東南アジア地区から援軍として来た、レンジャー部隊を率いている人物だ。
親城准将とは口も利かない。
かなりの堅物らしく、軍人同士でなれ合うのは良くないと、考えた末での行動らしい。部下達からも怖がられていて、鬼のグエンと呼ばれているのを、何度か見かけた。
「今まではどうにか迎撃できていますが、ストームがいてさえ、なおもこの戦況なのですよ。 敵の巣穴に接近するのがそもそも無謀ですし、大軍が接近した所で、周囲から包囲攻撃を受けて壊滅でもしたら」
「オーストラリアの巣穴を叩く戦力が残らない、か」
「そうだ」
弟に、肩肘を張って接するグエン准将。
准将以上の人間は、全体的な戦線の様子が知らされている。だからオーストラリアが超危険地帯だと、幹部は皆知っている。
だが、此処で撤退するのは、敵の高空戦力。つまり蜂が、多数生産され続ける事を、傍観するも同じだ。
蜂による被害は世界中で拡がり続けている。
幸い、今では対策も少しずつ出来るようになってきてはいるが。脅威である事に、代わりは無い。
今の時点で、新たな巣が確認されている様子は無いが。
それでも、叩けるときに、叩かなければならないことに、代わりは無いのだ。
いずれにしても、今は迎撃だ。
配置が決められて、幹部が解散。
既に厭戦気分が広まりはじめている。幹部でさえこれだ。末端の兵士達が、殺気立つのも無理はない。
銃撃の音。
外壁に上がってみると、もう凶蟲の姿が点々と見え始めていた。
早すぎる。
セントリーガンは既に稼働して、敵に対する攻撃を開始している。ばらばらと上がってくるストームチーム。
筅と谷山だけはいない。二人とも、ネレイドで出ているからだ。
「話は聞いていると思うが、凶蟲がまた来る。 先以上の規模で、三体の蜘蛛王が混じっている」
「ハ、上等だぜ」
凶暴に笑っている涼川が、スタンピートを取り出す。
だが、弟が、咳払いした。
「しばらくは狙撃戦に徹して欲しい。 敵の狙いは、この基地の疲弊を狙うことだとみて良いだろう」
「本当にそうだろうか」
ジョンソンが呟く。
そういえば。
巨大生物がこのように使い捨て同然の特攻を仕掛けてきたことが、確か前にもあったような気がする。
その時の、奴らの狙いは。
ふと、思い当たる事があるが、黙り込む。いずれにしても、今は此処を、死守する必要があるのだから。
総員戦闘開始。
他のチームも、外壁の上に来る。
おのおのスナイパーライフルを構え、射撃開始。凶蟲は一度に百メートル以上を、音も無く跳躍して来るのだ。下手に近づけると、一気に外壁を飛び越えられ、基地内に侵入される。
勿論その時に備えて、基地内にも多数の兵士が残っているが。
それは、外壁に全戦力を集められないことも意味していた。
私は迫撃砲を持ち出すと、敵陣に叩き込みはじめる。
まだ敵陣の密度は薄く、効果は小さいが。今の時点では、確実に敵を削る事が肝要なのだ。
射撃戦を行いながら、バイザーを使って、三島に連絡を入れる。
彼奴は確か、今回の作戦の肝となる、衛星兵器からの射撃管制を預かっているはずだ。
「三島、少し調べて欲しい事がある」
「どうしたのー? 今、四徹の最中なのだけど。 いくらはじめちゃんでも、用件次第じゃ、流石に怒るわよー?」
「はじめちゃん言うな。 気になる事がある。 衛星兵器の照準は、既に敵の巣穴に合わせているな?」
「そうだけれど、何」
全力で、射撃をぶち込んで欲しい。
そう言うと、流石に三島も押し黙った。
弟も驚いて、此方を見る。ハーキュリーの装填を続けながら、バイザーに通信を入れてくる。
「どういうことだ、姉貴」
「敵のやり口を考えると、どうもおかしい。 ひょっとすると、敵の主力、といっても蜂どもの主力だが、とっくの昔に東南アジアとの境にある巣に移ったのでは無いかと思ってな」
そうなれば、此処にEDFの大戦力を引きつければ引きつけるほど、敵にとっては有利になる。
その攻勢戦力を消耗させれば、なおさらだ。
ジョンソンの疑念は、確かにもっともだ。巨大生物は、基本的に極めて戦略的に動くのである。
どうもこの攻撃には無駄が多いと感じていた。
奴らが、わざわざ無駄など作ると言う事は。
残される結論は、意図的にやっている、だ。
問題はその意図だった訳だが。もしそれが、大規模陽動だったとしたら。
そもそも敵の根本戦略は、オーストラリアの本命を培養することだ。フォリナ内の現状打開派にとって、夢とも希望ともなる最高の肉体。それがどういうものなのかは分からないが、それ以外の巨大生物は完全に贄となると見て良い。
北京基地西の敵巣穴は。
最も効率よく活用されて。
既に捨てられていると、みるべきなのではあるまいか。
「おそらく敵は、此方の戦力を削ぎつつ、攻撃の隙を見せてくるはずだ。 だが、此方が先手を打てば」
「なるほど、考えたわねえ」
「やってもらえるか」
カーキソンに直接言う事も考えたのだが、此方が恐らくは早い。
実験として敵巣穴に大火力戦略爆撃をすることは、損にはならないはず。カーキソンも、納得するはずだ。
三島はこれから対応すると言い残すと、通信を切る。
外壁の下に現れる凶蟲が、少しずつ、だが確実に増えている。陽動だからと言って、手は抜かないと言っているかのようだ。
ハーキュリーで、立て続けに黒沢と秀爺が、凶蟲を撃ち抜く。
ほのかは秀爺の観測手を続け。黒沢はそれを聞きながら、参考にしつつ射撃をしているようである。
流石に秀爺ほどの腕前では無いが。
黒沢の狙撃が、確実に上手くなっているのが見て取れる。
「此方谷山」
「どうした、何か起きたか」
「処理しきれないほどの大群が、其方に向かっています。 総力戦の体勢を。 テンペストは先ほどから要請して叩き込んではいますが、これでは埒があきませんね」
「分かった。 どうにかする」
矢島。
呼ぶと、矢島は顔を上げる。
「私がこれから、敵陣に切り込む。 お前は私が暴れている以外の地域に、迫撃砲を撃ち込み続けろ」
「俺も、出たいです」
「今は我慢しろ。 お前が機動戦をやるのはまだ早い。 もう少し私の動きを見て、学習しろ」
今回は本格的な見稽古だ。
頷くと、矢島が迫撃砲を構える。私は外壁を飛び降りると、ブースターを全開。飛んでくる凶蟲の糸を左右にステップして避けながら、ハンマーを振るい上げた。
3、王到来
間断なく続く敵の攻撃。
飛来する糸。
アーマーで防げると言っても、限界がある。集中攻撃を浴びると、瞬時にアーマーが全損して、即死するケースもある。
だから皆必死。
しかし、敵は死を怖れず、確実に、着実に攻めてくる。糸が外壁も、激しく傷つけてくる。相当な運動エネルギーを内包しているのだ。外壁でも、ダメージは、決して小さくはないのである。
味方が疲弊する中、敵の数は衰える様子も無い。いわゆる波状攻撃を繰り返しながら、戦力を呼び集めているのだ。
ネレイドが戻ってくる。
弾薬を使い尽くしたのだろう。弾薬を補給したら、すぐに再出撃だ。既に涼川も、スタンピートをぶっ放して、攻撃に加わっている。
凶蟲は意図的に、ストームチームがいる地点以外に猛攻を加え。
私や弟、涼川などのベテランが向かうと、さっと引いて、別地点での攻勢を始める。完全に振り回されているのが分かっていても、どうにも出来ない。
ヒドラが来る。
本部が慌てて寄越した増援部隊だろう。しかも、中間の補給地点が少し前に潰されたため、遠距離を無理矢理飛んできたことになる。
到着できて良かったと喜ぶべきか。
それとも、敵がわざと通したと考えるべきか。
「蜘蛛王が来たぞ!」
誰かが叫ぶ。
私が現地に向かうと。確かに、その巨体は、圧倒的な威容を見せつけていた。
足を広げると、八十メートルを超える化け物。しかも、それは前大戦のデータ。今見えている蜘蛛王は、更にそれ以上に大きい。
おそらく足を広げると、幅が百二十メートルに達するはずだ。
その巨体、地球上に存在した、あらゆる生物を軽々と凌いでいる。怪物の中の怪物である。
ネレイドは絨毯爆撃をしているが、それでもとても敵を削りきれない。
蜘蛛王はむしろ、爆撃など意に介さないという風情で、悠々と進んできていた。しかも、三匹以上いると、報告も受けているのだ。
一旦外壁の上に退避。
アーマーの替えを装備。迫撃砲を外し、ディスラプターに変える。ガトリングは。どうするべきか。
少し悩んだ後、まだテスト段階の、新型ガトリングを試すことにする。
今は実験を行うには最適の状況だ。
秀爺の所に行く。丁度、三人は動くところだった。
「行くぞ」
「はい、あなた」
秀爺が腰を上げる。ほのかは、笑顔を保ったまま、一緒に歩き出す。こういう所も、長年連れ添った老夫婦らしく、息はぴったりだ。
手にしているのはライサンダー。黒沢が、バイザーを直す。
「先ほど香坂夫妻と話しました。 僕が周囲の敵を撃ちます。 香坂夫妻は、あの蜘蛛王の相手に専念するとか」
「分かった。 前衛は私が務める」
「……お願いします」
黒沢がぺこりと一礼。
外壁の上に柊が上がってきている。膨大な凶蟲との戦闘を、怖れている様子も無く撮影していた。
「此方北京基地。 EDFは中国地区にある敵巣穴を叩くために攻撃部隊を集めていますが、それを事前察知したらしいフォーリナーの猛攻に晒され続けています。 敵の中には、全長五十メートル、足を広げると百メートルを超える怪物が複数いる模様です。 EDFは善戦していますが、敵の凶暴な戦略と数の前に、中々血路を開けずにいるのが現状のようです」
戦況報道としては、別に文句は無い。
柊は淡々としていて、自分の感情を入れず報道をしている。其処は、正直、生半可なジャーナリストでは真似できない、立派なところだ。
だが、気分を逆なでするようなことも、平気で言う。
「全世界に拡がったアースイーターは、地球上で激しい砲撃を繰り返しており、支配下に取り残されてしまったシェルターも多数あります。 激しい通信妨害が行われており、取り残されたシェルターの安否は絶望視されています。 現状、全世界にあるシェルターの半分が、既に絶望的な状態だとさえ言われています」
外壁を、飛び降りる。
迎え撃とうとした凶蟲の群れにガトリングを浴びせる。反動が強烈で、非常にピーキーな代物だ。新型はいつもこう。必ず、何かしら大きい欠点がある。
ブースターを吹かし、突貫。
敵陣に切り込むと、ハンマーを振るって、衝撃波で敵を叩き潰しはじめる。吹っ飛ぶ敵には目もくれず、スラスターとブースターを全力で吹かし続け、敵に対して殺戮の雨霰を降らせる。
巨大蜘蛛、通称蜘蛛王が、此方に反応。
まるで大砲のように、膨大な、極太の糸を一気に放ってきた。
貰えば、このフェンサースーツでも一撃貫通しかねない。着弾した地点が、砲撃にでも晒されたような轟音を上げる。
蜘蛛王の顔面に、秀爺の狙撃が着弾。
複眼の一つに直撃して、弾かれる。アーマーにダメージが吸収されたのだ。周囲の凶蟲に、黒沢が無差別射撃を加えはじめる。
蜘蛛王が、秀爺に向き直ろうとするが。
間合いを詰めた私が、側頭部をハンマーで張り倒す。流石に巨体が、揺らぐ中。私はブースターで上空に逃れ、ガトリングで掃射。無数の弾が蜘蛛王に直撃するが、その程度ではダメージにもならない。
鬱陶しそうに、蜘蛛王が跳躍。
直上に、凄まじい勢いで跳んだ。
スラスターをふかして逃れるが。
蜘蛛王はそのまま体をくの字に曲げ、四方八方に、膨大な蜘蛛糸をまき散らしたのである。
外壁上にも、多数着弾。
爆発が、何カ所かで上がる。秀爺は、無事か。
ライサンダーの射撃。
蜘蛛王の顔面に、もう一撃。空中で体勢を崩した巨体に、スラスターを吹かしながら、ガトリングを浴びせ続ける。
足を広げ、ゆっくり落下しながら、蜘蛛王はまた膨大な糸を発射。再び、外壁上が、阿鼻叫喚に包まれる。
セントリーガンも、かなりの数が、二度の砲撃で吹き飛ばされた。
基地内から、ネグリングがミサイルをうち込み続けているが。直撃もしているが、まるで効いている様子が無い。
確実に進み来る蜘蛛王。着地した奴の上に躍り出ると、私は、ディスラプターを起動。押さえつけるように、灼熱を浴びせかけた。
流石に蜘蛛王も、これは危ないと感じたのだろう。
身を揺すって、私を吹っ飛ばす。足の一本が振るわれて、私を直撃。吹っ飛ばされ、外壁に叩き付けられる。
だが、その時。
三射、いずれも完全に同じ位置を。
秀爺が、ライサンダーで狙撃。今度こそ、携行式艦砲と言われるライサンダーの弾丸が、巨大なる蜘蛛の王の顔面を、貫いていた。
凄まじい音。
それが蜘蛛王の悲鳴だと、壁に叩き付けられて、立ち上がろうとしていた私は、随分長い間気付けなかった。
更にとどめの一撃。
蜘蛛王の顔面が半ば砕け、白濁した体液がぶちまけられる。
流石に轟沈する蜘蛛王。
これで、どうにか一匹か。
「はじめ特務少佐、急いで上に!」
上で、矢島が援護してくれている。まだ生きているブースターを吹かし、浮上。外壁の上に逃れると、周りを見回す。
思わず、大きく嘆息した。
辺りは地獄絵図だ。
二度の砲撃だけで、かなりの味方が死傷した。担架で運ばれて行く中には親城准将の姿もあった。
外壁から落ちた兵士は、なぶり殺しの目にあったようである。
助ける余裕は無かった。
私自身も、蜘蛛王の足の直撃を受けた。すぐに病院に向かわされる。
病院で検査すると、アーマーは瞬間全損。スーツもやられていて、体にもかなりのダメージが出ていた。
弟が通信を入れてくる。
「少し前に、俺が蜘蛛王を一匹潰した。 姉貴は無事か?」
「無事では無いが、何とか生きている。 お前は相変わらずの腕だな」
「運が良かった。 筅が気を引いてくれたところを、至近からフュージョンブラスターで焼き払った。 谷山も一匹潰したそうだ。 相性が良いネレイドでも、かなり危なかったらしい」
現に、一緒に戦っていたネレイド一機は、撃墜されたらしい。
勿論、操縦者は戦死。凶蟲の海に投げ出されて、助かるはずもない。
「後は俺がどうにかする。 姉貴は休んでいてくれ」
「お前こそ、無理だけはするな」
「分かっているさ」
通信が切れる。
弟も、敵の群れの中に飛び込んで、暴れ回っているらしい。主力である三体の蜘蛛王を失った敵も、攻撃の手を休めない。
治療が終わる。
骨は折れていないが、回復カプセルに入った方が良いと言われたので、そうする。カプセルに入って、酸素濃度を上げた急速回復モードに設定。其処でしばらく、うつらうつらとさせて貰う。
ぼんやりしながらも、通信は聞く。
やはり、四匹目の蜘蛛王が現れたという。
涼川が今度はスタンピートを浴びせかけ、爆殺。原田もかなり良い活躍をしたと、涼川は喜んでいた。
外壁の一部の守りが破られ、凶蟲が侵入。
内部に残っていた部隊が応戦、全滅させた。同じ事が二度起きる。配置されているセントリーガンも、既に全滅状態。
敵が引き上げはじめたという報告が何度かあったが、それはいずれも早とちりだった。敵の波状攻撃が、続いているだけだ。
そして、最悪の凶報が来る。
無理矢理修理して前線に出ていたプロテウスが大破。
膨大な凶蟲の攻撃を浴びた結果だ。
操縦していたエッケマルク中将は生死不明。起きようかと思ったが、医師がカプセルの外からロックを掛けていて、出られなかった。
弟がいるのだ。
味方は負けない。信じて、待つことにする。
呼吸を整えながら、外壁の下にある死体の山を見つめる。
ようやく敵が撤退したのは、攻勢開始から丸二日。敵は数千の死体を残していったけれど。味方も、相当数が戦死した。外壁も何度も破られて、かなり危ないところまで押し込まれた。
はやめにはじめ特務少佐と香坂夫妻が蜘蛛王を倒さなければ、北京基地は陥落した可能性が高い。
運転は得意だけれど。
まだまだ腕前が良いとは言えない私は、こういうときはあまり役に立てない。側で戦っていたジョンソンさんが、零式レーザーの様子を確認しながら、私を一瞥した。
「日高少尉。 一度戻って、休んでこい」
「でも、また敵が来るかもしれないです」
「いや、それはない」
ジョンソンさんは明言。
今までに撃退した敵の数を考えると、これ以上の攻勢を掛けてくる可能性は低いというのだ。
確かに長時間での戦闘で、二千いや三千以上の凶蟲を倒したはず。昨日までの戦闘を考えると、もう敵の損害は、五千か六千以上に達しているはずだ。
ジョンソンさんに言われたとおり、病院に向かう。体力には自信があるのだけれど、流石に疲れが溜まっているのが分かった。
回復カプセルから出てきたばかりのはじめ特務少佐とばったり。
頷き合うと、診察を受けた。
診察の結果、軽く回復カプセルに入れば大丈夫と言われたので、そうする。しばらくぼんやりしている。何だか眠くなってきたので、そのまま無心に眠る。
目が覚めると。
既に、七時間以上が経過していた。
無理もない。カプセルで無理矢理眠りながら、ずっと徹夜を続けていたも同然なのだから。
起き出して、軽く診察を受ける。
すっきりはしていたけれど。数日は無理をしないようにと、医師に言われた。
辺りは地獄絵図だ。
病院内では、手足を失った人をサイボーグ化したり。血だらけの手袋を、バケツに捨てたりしている。
物資は足りている。
病院は規模拡張と、搬入された機材で、どうにか平気。酷い状態の患者は、ヒドラが引き取って、極東の東京基地に移されていった。
一時期、エッケマルク中将が戦死したと噂が流れていたけれど。
先ほど、すれ違った。
重傷を受けたらしいのだけれど。元々私以上に頑丈な人らしく、今はもう平然と歩き回っているようである。
たくさんの人が死んだ。
それ以上の凶蟲も。
でも、戦いには勝った。これから、敵の巣を攻めるとなると、先ほどまでの戦いで出た以上の死者が出る。
絶望が胸の奥に、黒い染みになっているのが分かる。
兵士達の噂話が聞こえてくる。
「グエン准将、戦死したらしいぜ」
「ああ、聞いてる。 四匹目の蜘蛛王との戦いの最中、流れ弾に当たったんだろ?」
「しかも逃げようとして、背中からだってんだから救えないな……」
そういえば。
話には聞いていた。東南アジア地区から来ていたグエン准将が、なくなったというのだけれど。
彼はこの戦いに反対していて、撤退するべきだと言っていたのだとか。
そんな彼が戦死したのだ。良くない噂も、きっと流れるはず。私はげんなりするというよりも、悲しくなって、その場を離れた。
その時、である。
地面が揺れる。
あまり長い揺れではなかったし。長時間も続かなかったけれど。周囲の兵士達は、思わず立ち上がったようだった。
地震ではないなと、私は判断。
同時に、連絡が来る。ストームチーム、集合せよというものだ。
すぐに、外壁の上に出る。
辺りは死体だらけ。流石にもう味方の死体は袋に入れられて運ばれているけれど。凶蟲の死体は、まだ残っていた。
外壁にへばりつくように死んでいる凶蟲もいる。
平然としているベテランと。もう真っ青で、すぐにでも吐きそうな他メンバーの対比が目立つ。
ただ、敵を怖れているメンバーは、いない。
それは私が、肌で分かる。
「朗報がある」
ストームリーダーが咳払いして、内容を伝えてくれる。
先ほどの揺れと、それは関係していた。
「此処から西にある敵巣穴を、先ほど攻撃した。 衛星兵器ノートゥングからの戦略爆撃だ」
「地底にある敵の巣を、ですか?」
「そうだ。 それで分かったことがある」
衛星写真が、バイザーに転送されてくる。
流石に強烈な一撃を受けたのだ。敵が出てきて防衛体制に入るとか、或いはシールドベアラーとかが出てくるとか。何かアクションがあるだろうに。全く、それらしいものがないのである。
更に周辺写真も出る。
かなり解像度は粗いが。しかし、真っ先に、ナナコが優れた視力を使って、看破した。
「これは、攻撃の前には、無人というか無蟲だったのではありませんか?」
「そう言うことだ。 我々は空っぽの敵の巣穴に踊らされ、兵力を集中させられていた、という事になる」
「全く、巫山戯た事をしてくれやがる」
ぞくりとするほど低い声で。
隣で、涼川さんが笑っていた。凶暴なそのほほえみを見て、怖がらない人なんてきっといないだろう。
「なあ旦那。 今すぐ敵をブッ殺しに行きたい」
「すぐに機会が来るから、少し待て」
「本当だな?」
「ああ。 いずれにしても、この基地からはもう撤退する。 おそらく敵は、東南アジア地区との境にある巣にほぼ全てが移動したとみて良い。 北京基地へ執拗に続けられた攻撃は、おそらくそれを悟らせないためのフェイクだ。 元々通信妨害で、敵の様子はよく分からなかった状態が続いていた。 その隙を突かれたとみて良い」
荷物をまとめ、撤退に備えろ。
解散。
ストームリーダーが言うと、全員がどっと疲れた顔で、外壁を降りはじめた。おそらくこの基地は、放棄することになるのだろう。
この基地は元々、北京西にある敵の巣穴。それも、蜂がたくさんいる事が確実視されていた巣穴を攻略するために、必死に守られてきたものなのだ。今は補給線も伸びきっているし、敵があっさり「餌」の巣穴を放棄した時点で、戦略的価値もなくなった。近隣のシェルターも、もう退避が済んでいる。
これで、中国地区は事実上陥落である。北京基地には、犠牲を出してまで守る意味がなくなったからだ。
いにしえの時代だったら、それでも守る意味があったかも知れないが。今は人類の人口が二十億を切り、宇宙人との総力戦をしている時代である。しかも戦略でも戦術でも、敵は人類の上を行っている。
合理的に判断しなければ、勝てない。
合理的に判断したって、勝てない相手なのだ。感傷を先に出していて、どうにか出来る相手ではないくらい、頭が悪い私にだって分かる。
今回だって、戦略面で結局敵の手玉に取られて、追い込まれてしまっているではないか。
次は、東南アジア地区に移るのかな。そう思って、ヒドラに向かうと、ナナコが側に来た。
一緒に歩いて、私の顔を見上げているときだけ。敵への殺意もない。子供らしい、可愛い子になる。
「日高少尉、次の戦いは、多分また極東だと思います」
「どこからか聞いたの?」
「そうではないんですけれど。 東南アジア地区に戦力を再配備するとなると、かなり時間が掛かりますから、ストームチームの出番はきっとその後です。 それよりも、極東にも出現しはじめているアースイーターを相手に、実験的な撃破作戦をするって聞いていましたので」
そういえば、そんな話も聞いた。
しかしこの子は、幼い頃から、戦闘に頭が特化しているのだなと、思い知らされる。基本的に何もかもが、戦闘を中心に廻っているのだ。
そうなると、次は噂に聞く岐阜か。
あの作戦は、親城准将が提案して、実施に移すと聞いていたのだけれど。肝心の准将が、今回の戦いで酷い負傷をした。すぐに復帰出来るか分からない状態だ。それに、アースイーターと本気で殴り合うなんて、ぞっとしない。
ヒドラの側にある宿舎に入る。ストームチームは殿軍だ。他の部隊が全て撤退してから引き上げる。
重機がフル活動して、電子機器から発電機まで取り出して、ヒドラに積み込んでいる。本当に何もかも、持っていくのだ。無駄にする物資など、ひとかけらもない。当然のことだろう。
地上部分は最終的に爆破処理もするらしい。
敵の巣穴化したら面倒だし、当然の話だった。
それにしても、アースイーターの恐ろしさは、一体どれほどか。勝てる気がしないというのは、あれのことだ。
マザーシップでさえどうにか戦えた。最終戦闘形態に入ったときは本当にもう駄目かと思ったけれど、それでも勝ちの目は見えていた。
しかし、アースイーターはそれとも次元違いの存在だ。
ストームリーダーは、見ていて確かに圧倒的に強いけれど。
あの人でさえ、勝てないのでは無いのだろうか。
「日高少尉も、怖いんですか?」
隣に座っているナナコが見上げてくる。
それは当然怖い。
でも、私は。
出来るだけ笑顔でいると、決めている。みんなが力を得られると、分かっているからだ。
「それは、怖いよ」
「良かった。 怖いのは、ナナコだけかと思っていました」
むしろ其方の方が意外だ。
ピストン輸送で、ヒドラが兵員も物資も、根こそぎ北京基地から運び出していく。念のため、もう一発衛星兵器からの戦略爆撃を敵の巣に仕掛けたようだけれど。やはり地下深くまで焼き払っても、相手は無人だと分かるばかりだったようだ。
東南アジアの境にある巣穴も、そうやって焼けないのか。
しかし、敵は当然備えているようで。東南アジアとの境にある巣穴の近くには、シールドベアラーが配備されはじめているという。
つまり叩くためには、シールドベアラーをどうにかしなければならないし。
最悪の場合、敵がアースイーターを繰り出してくる可能性もある。
ストームリーダーが来る。
設備がすっからかんになった北京基地は、もう殆ど人員もいない。殉職した隊員の亡骸は、郊外の墓に埋めた後、速乾性のコンクリで封印された。
「そろそろ出る。 ヒドラに移れ」
「イエッサ」
他のみんなは、もうヒドラに乗っていた。
最後の最後で、ストームチームのヒドラが離陸する。それを待っていたかのように、巨大生物の群れが姿を見せる。
爆破処理されることを知っているのだろう。
遠巻きにしていた。
ヘクトルが出てきて、砲撃を加えはじめる。
北京基地が爆裂。
崩れ落ちて、二度と使えなくなる。
嗚呼。
嘆きが漏れた。これで中国地区は。前大戦に続いて今回の大戦でも、完全に陥落した事になる。
オーストラリア地区も陥落寸前だけれど。
それより早い。
そしてこれは、極東が最前線になった事も意味する。中国地区にある巨大生物の巣穴を叩かない限り、もはや東南アジア地区も、風前の灯火。
中央アジア地区も、危ないかも知れない。
護衛についているファイターが、せめて反撃していこうかと聞いてくるが。日高司令、父は駄目だと言った。
「もはや君達に長時間の継戦能力は無い。 急いで撤退する事だけを考えて欲しい」
「……イエッサ」
「次の戦いで、口惜しさはぶつけてくれ。 今回の屈辱を、私も忘れない」
私は、悔しいとは思わなかった。
敵の戦略に踊らされ、ただ多くの人と物資を失っただけの戦いのことは、悔しくは無い。ただ、悲しかった。
4、喰らうモノの力
ヒドラは岐阜のアースイーターに最も近い、琵琶湖基地に泊まった。
琵琶湖基地は元々それほど大規模では無く、大阪基地のサテライト支部という意味合いが強かったのだけれど。
前大戦では最後まで交戦を続けていた基地で、マザーシップとストームチームの殴り合いの際、此処から出た部隊が敵の一部を食い止め、決戦の勝利にわずかながら貢献している。
そう言う意味もあって、名誉な基地だ。
故にサテライト基地でありながら、指揮官には経験豊富な人物が当てられている。今回も、集結しつつある戦力を見事に統率して、隙無くまとめていた。
出来る人物だなと、黒沢兵司は思う。
ここのところ、自分以外のメンバーが、何か秘密を共有した空気があった。それはつまり、柊と自分がつるんでいて。なおかつジョンソン大佐とも裏で情報を共有していることが、ばれているという事だ。
しかし、だからなんだというのか。
おそらく秘密は、フォーリナーという存在について。
そしてある程度、もう推察は出来ている。
奴らは単純な侵略宇宙人などではなく、何かしらの目的で地球に来ている。多分人間と交戦することそのものが、目的であろう。
推察できたのは、他でもない。
今まで得られたデータを分析する機会があったからだ。柊が提供してくれたデータを独自に解析して、その結果を出したのである。
戦いは、毎日続いているわけではない。
時間は、時々生じる。
最近は香坂夫妻に連れられて、食事に誘われることもあって。時間が取られて煩わしいと思う事もあったが。
それでも、調査の時間そのものは、確保できていた。
ストームリーダーははじめ特務少佐とジョンソン大佐と一緒に、幹部会議に出る。その間。黒沢は香坂夫妻に連れられて、ジープで偵察に出る事になった。
秀爺と呼ばれている香坂秀夫氏は、ライサンダースナイパーライフルを持つ事を許されている、世界屈指の狙撃手の一人。黒沢もハーキュリーを渡されているが、ライサンダーはその三倍近い破壊力を持つ、携行式艦砲とさえ言われる圧倒的な代物。使いこなせば、ハーキュリーよりもより強い。何度か黒沢も実戦で触らせて貰ったが、使いこなすのはまだまだ無理だ。
運転をしているのは、香坂ほのか。
これまた、世界有数の観測手。
数字により独自の高速観測補助をこなし、夫婦で連携して高密度高精度の狙撃をこなす。やり方は習ったけれど、とんでもない名人芸だ。機械で出来たスナイパーでも、此処まで上手くは行かないだろう。
岐阜近くに到着。
望遠レンズで覗く。
アースイーターはまだそれほど拡がっていないが、それでも二キロ四方ほどの空を覆っている。
極東には、現在八カ所アースイーターが展開しているのだが。
その中で、最小規模のものだ。
「砲台の位置を確認」
「イエッサ」
言われるままに、見て覚える。
記憶力が良い黒沢は、この程度の記憶は、すんなりこなすことも出来る。勿論バイザーには記憶機能もついているので、後で記憶とすりあわせもする。そうしないと、間違いはどうしでも出るからだ。
ジープで廻りながら、確認。
今の時点でディロイはいないけれど。航空機がかなりの数巡回している。あれは多分、新型の攻撃機だろう。
今の時点でEDFは、飛行ビークルと名付けることを予定している様子だ。飛行ドローンと区別するためだろう。
迂闊に攻撃すれば、即座に反撃してくる。
手を出せないのが口惜しい。
しばらく周囲を回って観察を行った後、引き上げた。琵琶湖基地では、既にストームリーダーが待っていた。
全員でヒドラに移動。
作戦のブリーフィングが行われる。
「このヒドラが、今後はストームの専用機となる」
最初に、それが告げられた。
なるほど、以前から話は出ていた。ようやく、実行に移されるというわけだ。黒沢からしてみれば、どうして今までそうしなかったのか、不思議でならない。世の中はもっと合理的に動くべきである。
作戦について、詳細が告げられる。
今回は敵地に突入するストームチームを、幾つかのレンジャーチームが支援する。アースイーターは破壊してもお代わりが来る事が幾つもの戦場で確認されており、それがどれだけで根負けするか、つまり破壊しきれるか、今回は測る。
当然、ディロイや攻撃機の猛攻に晒されることになる。
故にスナイパー部隊を周辺に配置。
なおかつネグリングを十両以上配置して、支援砲撃に努める。また、砲兵隊も、出てきている様子だ。
水平射撃で、敵の砲台を狙うのである。
とにかく、ストームチームは、敵と真正面からやり合う。こればかりは、ストームチームにしか出来ない。
幸い、ビークル類は整備も完璧。
物資も北京基地や、周辺補給基地に備蓄していたものが廻されてきていて、ある程度は豊富だ。
そして今回から、幾つかのバージョンアップも行われる。
まず配備されるバイク。
大型バイクはサイドカーになっており、武装も据え付けられている。最新のモデルは、以前より更に頑強で、スピードも出る。
渡されるスティングレイロケットランチャーも、今回からM99と呼ばれるタイプに変更。
更に火力が上がり、連射も効く強力なものだ。
ネグリングに加えて、グレイプも改装された。速射砲に誘導機能がつき、かなりおおざっぱな狙撃でも当てられるようになっている。
全体的な改良強化が行われているという事だ。
「狙撃武器を中心に、全員でアースイーターに集中攻撃を行う。 ディロイには、精鋭で集中攻撃を加える」
具体的には、はじめ特務少佐、涼川中佐、それに香坂夫妻。
ストームリーダーはハーキュリーを使って、マルチに対応。主に攻撃機の撃破に注力することになる。
後のメンバーは、アースイーターへの攻撃。
順序についても、指示が出る。
まず敵コアを叩く。その次がハッチ。最後に、多数ついている砲台。この順番を守る事によって、効率よく敵を破壊できる。
敵コアを破壊できれば、周りのブロックを一緒に粉砕できるのも、大きい。
ただ、敵は物量を圧倒的に投入してくる。戦えば当然消耗は大きくなっていく。継戦能力を考えると、キャリバンを中心にやっていくしかない。
しかし、此処で新しい作戦が試される。
挙手したのは谷山。少し前に、彼も中佐になった。世界最強のヘリパイロットと名高い彼は、今回は地上戦を担当するという。
そして、彼が持ち出したのは、通称電磁プリズン。
強力な防御シールドを発生させる兵器である。ただし、制約が大きい。いうまでもなくシールドベアラーを解析して造り出されたものだが、あれほどの圧倒的な防御力はないし、しかも壁のようにシールドを張るのが限界だ。
「今回は、私がこの電磁プリズンの管理を担当します」
「ヘリで出ないんですか?」
「アースイーター相手には相性が悪いですからね」
無邪気に聞く日高少尉に、笑いながら応える谷山中佐。黒沢は、面白くもないと、心中で呟く。
柊が会議の様子をずっと取材していた。
此奴と組んだのは、失敗だったかも知れない。
作戦が、開始されたのは、早朝。
ストームチームのビークル類が陣形を組んで出撃。今回は、琵琶湖基地にあったギガンテス戦車がその中にいる。本当はタイタンをと言う声もあったのだけれど、流石にそれは許可されなかった。
ギガンテスに乗っているのは谷山中佐だ。
黒沢は、いつものようにキャリバンで出撃。隣には、香坂夫妻が座っている。
昨晩は、考えをまとめようと思ったのだけれど。二人にすき焼きに誘われて、ついていった。
とても美味しいすき焼きで、つい食べ過ぎてしまったのは不覚だ。人に弱みなど、見せたくはないのに。
レンジャーチーム7つが、遅れて出撃。
更に補助として、フェンサーチームとウィングダイバーチームも出る。フェンサーチームはいざというときに、盾を並べて負傷者を庇う。ウィングダイバーチームは遠距離からミラージュを用いて、攻撃機の動きを鈍らせる。
レンジャーチームは、救援用に予備のキャリバンを管理するほか、スナイパーライフルで攻撃機を狙撃。
狙えるところにある砲台も落とす。
勿論、敵が巨大生物を繰り出してきた場合の対処も担当する事になる。
ギガンテス戦車十二両、キャリバン二十両、ネグリング五両、イプシロン八両も、続々と琵琶湖基地を出撃。
基地の殆ど全戦力だ。
基地司令官は、指揮車両であるタイタンに乗って、最前衛に出てきている。タイタンだったら滅多な攻撃には倒されないし、広域攻撃も出来るからだ。動きが鈍い特大の戦車も、指揮車両としては使いやすい。
「間もなく攻撃範囲に入ります」
「一旦停止。 狙撃班、イプシロンに」
「イエッサ」
グレイプを出て、イプシロンに移る。
イプシロンを用いるのは香坂夫妻。黒沢はタンクデサンドして、ハーキュリーで小物を狙う。
すぐに、射撃戦が開始された。
グレイプにタンクデサンドしているストームリーダーが、突入を命令。同時に、目につく砲台を打ち始めた。
すぐにアースイーターも反撃開始するが。開始七秒で、コアブロックがイプシロンのレールガンから放たれた高速弾の直撃を貰う。更に其処へ、はじめ特務少佐の新型ガリア砲の弾がとどめを刺す。
爆裂。
膨大な破片が降り注いでくる。
更に二つ目のコアを狙うが、攻撃機が来る。
ばらばらと出てきた皆が、車両と並行に走りながら射撃。アースイーターの中心部に移動しながら、射撃戦を続ける。
規模としては小さいはずなのに。
砲撃が凄まじい。アーマーが削られていくのが、目に見えて分かる。黒沢も幾つもの敵砲台を撃ちおとすけれど。
とても手が足りない。
中心部に到達。ギガンテスを飛び出した谷山中佐が、電磁プリズンを展開。幾つかの装置から、壁状のシールドが浮き上がる。これで、多少は砲撃を緩和できるはず。
二つ目のコアが叩き落とされたのは、直後。
流石に早い。
香坂ほのかは、ずっと数字を呟き続けている。幾つかのルールがあり、黒沢への指示も含まれている。
数字に合わせて狙いを付け、射撃。
攻撃機は、遠距離からのミラージュと、アースイーターの外側に展開しているレンジャーチームが次々落としてくれている。後は頭上に来る奴を、即座に迎撃して、叩き落としてやればいい。
ハッチが開く。
ディロイが来る。
しかし、させない。
レールガンの弾が開いたハッチを直撃し、同時にガリア砲とライサンダーの巨弾が飛び込む。
ライサンダーを使っているのは、ジョンソン大佐だ。
出ようとした攻撃機が、ハッチごと爆裂。
「そろそろだな」
ストームリーダーが呟いてから、五秒もしないうちに。一旦、何も最初からいなかったかのように、アースイーターが消え失せ。
そして空の向こうから、代わりが来る。
即座にコアに集中攻撃が行われ、その中の数ブロックが粉砕されるが。しかし、お代わりは次から次へと来る。
此処からは、持久戦だ。
地面に投下されたディロイが、レーザーの束を放ちながら、迫ってくる。
無言で零式レーザーを機動したジョンソン大佐。それに、今回フュージョンブラスターを渡されている日高少尉。
二人の大火力攻撃が集中し、さしものディロイも苦しそうに身を捻る。
其処へ、突貫したはじめ特務少佐が、下をくぐり抜けながらディスラプターの火力を浴びせる。
ついに爆裂し、ふっとぶディロイ。
ハッチも傷ついていて、イプシロンからの射撃で、粉々に消し飛んでいた。
ストームリーダーは、可能な限りの速度で、誤射もほぼせず。確実に敵を落としながら、なおも言う。
「次が来るぞ、備えろ」
攻撃機は、増える一方。
アースイーターの外側に展開している部隊がつるべ打ちにしているはずなのに、次から次へと現れる高空戦力。
そしてアースイーターは。
何度破壊されても。
どれだけ砲台を壊されても。
平然と、次を投入してくる。絶対に、一度確保した地域は、渡さないと言うかのように。
破壊した後、お代わりが来るまでのタイムラグを利用して、スカウトが突貫。破壊された破片などを回収して、すぐに脱出するが。しかし攻撃機が増えてきていて、それも難しくなってきている。
外部の狙撃チームは良くやってくれているが。
攻撃機は、広域に散らばって、攻撃を展開。
被害は増える一方だ。
「また次が来ます!」
黒沢は、警告も兼ねて叫んでいた。
既に電磁プリズンも、怒濤の猛攻で相当に傷ついている。管理は丁寧に谷山中佐がやってくれているが、それも限界が近い。
筅のベガルタも、射撃を繰り返して相当数の敵を落としてくれているが。元々、ファイアロードは対空戦に向いていない。
電磁プリズンがなければ、もうとっくに限界を超えている。
「そろそろ引き上げ時では」
「……そう、だな」
バイザー越しに通信を入れると、ストームリーダーは言葉を濁す。
既に敵は増援を投入してくること七回。
破壊したコアの数は三十四。撃墜したアースイーターブロックの数は、二百と五十を超えている。
にもかかわらず、全く動じることもなく。気にする事もない敵の圧倒的な力は、既に証明されているとも言えた。
「次の増援を撃破し次第撤退する」
ストームリーダーの言葉に、少しほっとしてしまう。
それならば、ラストスパートだ。敵も損害は相当に出しているのだ。此処で打撃を与えておくことに、決して損は無い。
将来の勝利に、大きな布石となる筈だ。
そう言い聞かせる。
本当かどうかは分からない。星を覆うほどの相手だ。此処で多少破壊したところで、何になるだろう。
そう考えている自分も、確かにいるのだ。
コアが打ち抜かれ、破壊されたアースイーターが落ちてくる。砲台を破壊し、ハッチを打ち抜く。
攻撃機まで、手が回らない。
レーザーが浴びせられ、ついに電磁プリズンが吹き飛んだ。
此処までだ。
「撤退!」
陣形を組んだまま、整然とストームチームが下がる。下がりながらも、イプシロンが射撃し、コアを落としていくのは流石だ。香坂夫妻が、世界最高クラスのスナイパーだと、黒沢にも一目瞭然である。
アースイーターの攻撃圏から逃れる。だが、まだ攻撃機が追ってくる。支援部隊と合流、一目散に後退開始。
支援狙撃部隊も、かなりの損害を受けていた。電磁プリズンも展開されていたのだが、それでも、である。
下がりながらスナイパーライフルで猛攻を加え、攻撃機を全て叩き落としてしまう。
それから、帰路につく。
アースイーターは、再び完璧に元の勢力を維持。
結局、サンプルは入手できたが。アースイーターへの攻撃作戦は、失敗に終わった。
琵琶湖基地に逃げ帰ってきて、それから損害を確認。
私はストームチーム最後尾のキャリバンにタンクデサンドして盾を構えていた。矢島もとなりで同じようにしていた。
それで被害を減らすことは出来たけれど。
勝敗を覆すことは出来なかった。
「はじめ特務少佐、おけがはありませんか?」
キャリバンの下から、池口が声を掛けてくる。此奴は結局無事だった。なんだかんだで、怪我が少ない奴である。
三川とエミリーはどちらも負傷して、病院に。まあ、重傷では無いから、今日中に出てこられるだろう。
味方はさんさんたる有様だ。
電磁プリズンが破壊されたときには、かなりの被害が出ていたし。その後の砲撃で、相当にビークル類の破損も出ていた。
基地司令官は最後尾に残って撤退を支援したので、帰還は最後。
アースイーターは威圧的に攻撃機を侍らせて、次に来たら叩き潰すと脅しているかのようだった。
合計八回のお代わりをさせたのは、今回が初めてだが。
逆に言えばアースイーターは、八回全損しても、代わりを出す事を躊躇わないという事も意味している。
日高司令から連絡が来る。
最近はアースイーターによる通信妨害のせいで、声が聞き取りづらくなることも多かった。
「作戦内容は見たが、残念だった。 この件について、これから会議を行う。 すぐに出て欲しい」
「イエッサ」
弟と一緒に、琵琶湖基地の司令部に。
黒沢が憮然とした様子で、アースイーターを見つめていた。彼奴にも、そろそろ真相を話してやるころか。
ただ、問題は柊だ。
柊に安易に情報を流さないというのなら。ジョンソンとエミリーも含めて、話をしてやりたいところだ。
黒沢は何というか、生き急いでいる様に見える。
私としても、それは痛々しいと思えた。
司令部に入ると、殆どの幹部がボイスオンリーである。准将が一人いない。遅刻では無いなと、私は思った。
案の定、彼のいた基地が巨大生物と攻撃機の攻撃を受け、壊滅。戦死したと知らされる。極東でも、被害は加速度的に大きくなってきていた。
会議に出ているのも、極東の面子だけ。
カーキソンが出るような総会議は、もうしばらく開けないかも知れない。北米の戦況も、著しく悪いと聞いている。
日高司令が、話し始めた。
「アースイーター攻略作戦が失敗に終わったことは皆も聞いていることと思う。 八回にわたって完全破壊したにもかかわらず、増援を投入してきた。 まともに殴り合って、倒せる相手ではないとはっきりした」
「何しろ地球を覆うほどの相手です。 真正面からやり合っても、力尽きるのは目に見えています」
補足したのは、彼の参謀だ。
嘆息が漏れる。今回の作戦で、アースイーターを撃滅できれば、他の地点でも、と誰もが考えていたのだ。
気持ちは良く分かるが。
相手の戦略を考えると、アースイーターによって制圧した地域を抑えるのは、絶対なのだろう。
「小原博士、どう思う」
「幾つかのデータを確認しました。 今回の戦いで、サンプルをスカウトが相当量持ち帰ってくれたので、研究が進んでいます。 ええと、それによると、ですな。 どうやらアースイーターは、極端に並列化した管理をしているようなのです」
「並列化管理というと」
「管理が複数階層になっているのではなく、中心点があって、其処から命令を出していると見て良いはずです」
要するに、だ。
小隊長の役割を果たすコアがある。そのコアはたくさんあるが、どれも同格。そして、小隊長の上が、いきなり元帥という訳だ。
「つまり、総合管理をしている何かがあると」
「そう考えて間違いないかと思います。 ただし、もう少し調べた上で、結論を出すつもりですが」
つまり、それさえ叩けば、まとめて破壊できるという事か。
しかしそれがどのような姿をしているのか。
どのようなサイズなのか。
何しろ星を覆うほどの大規模艦隊。それこそ、月ほどのサイズがあっても、全く不思議ではない。
それにしても、敵がこのような欠陥システムを使っているのも、条約などが関係しているのだろう。
強力すぎる兵器は持ち込めないのだ。
勿論、相手が本気になって此方を全滅させようとしたら、もはやなすすべがない。しかし、アースイーターに関しては、一縷の希望が出てきた。
問題は、そこでは無い。
「オーストラリアはどうなっていますか」
「今の時点では、防備を固めている。 敵の動きは見えていない」
ならば良いのだが。
しかし、もうそろそろ時間切れになってもおかしくない。
嫌な予感が、膨らむのを、私は感じていた。
会議が終わって、部下達を解散させて、休ませて。
私が一休みして、そして。
その報告が来た。
来るべくして、来た。
カプセルを開けて、私があくびをしていると、弟が血相を変えてくる。それを見て、私は時が来たことを悟っていた。
「姉貴」
「どうした」
「シドニー基地が壊滅した。 どうにか脱出できた一部を除き、全滅状態という事だ」
彼処には精鋭が詰めていたはずだ。ファイターも相当数がいたと聞いている。
それが、一晩で全滅。
いよいよ、来たと見るべきだろう。
「敵の姿は確認されているか」
「今解析中らしいが、何でも蜥蜴のような姿をしているとか」
「蜥蜴……」
今まで、巨大生物は昆虫型が主体だった。
なぜなら、フォリナの先祖が、昆虫に近い生物だったからである。
地球で巨大生物が進化を重ねた結果、蜂やレタリウスのような地球の昆虫に似た姿になったのも、それが理由。
しかし、今回は蜥蜴。
昆虫から爬虫類というのは、あまりにも突飛な進化だ。一体何が起きた。そして、最大限に嫌な予感がする。
すぐにEDF総司令部も動くはずだ。
だが、敵はもはや、オーストラリアを守備する必要もない。後は戦況をコントロールするために、今までに無い苛烈な攻撃を仕掛けてきてもおかしくは無い。
早速、通信が来る。
山梨の北部に、敵旧型輸送船が出現。多数の巨大生物を投下しはじめたという。
撃破して欲しいと言う命令を受けて、ヒドラに向かう。
通信によると、案の定。フォーリナーは各地で、極めて大胆な攻勢に出始めている。これはおそらく、予定の品が完成したと見て良い。
北欧神話の最終戦争ラグナロクでは、開始時に角笛が吹き鳴らされるという。
勿論そんなものは聞こえない。
しかし、アラーム音と、各地での戦闘開始の報告は。終末の角笛に等しいのでは無いかと、私は思った。
「姉貴、今はやれることをやろう」
促され、ヒドラに乗り込む。
琵琶湖基地を離れ、アースイーターを迂回して、ヒドラで山梨に向かう。
もはや、希望は尽きたのだろうか。
中国地区に続いて、オーストラリア地区も陥落。
そして極東でも。
今までに無い激しい戦闘が開始されようとしていることを、私は悟っていた。
(続)
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