旋回する悪夢
序、迫る蟲の群れ
山梨にある防衛ラインに、北部および西部から敵が迫っていると連絡。此処を抜かれると、四つ足が高所に陣取り、関東へと砲撃を行う事が可能になる。今までは、南部だけを警戒していれば良かったのに。
現在、東海地方に陣取ったアースイーターが、制空権を強奪。
無数の輸送船が、巨大生物を彼方此方にばらまいており、それらに対する作戦行動で、EDFは疲弊を癒やす暇も無かった。
ストームチームにも、当然攻撃の指示は来る。
長野県から西進してくる巨大生物の群れが特に数が多く、しかもシールドベアラーの護衛付き。
これを撃破して来いと言うのが、今回の作戦だ。
青いヘクトルの軍団と戦って二日と経っていない。
敵は戦闘を継続的に実行しながら、確実にEDFの力を削いでいる。要所に展開したアースイーターは各地の基地を潰した後は、じわじわと勢力を拡大。シェルターの中には、脱出できず、アースイーターの中に取り残されてしまったものもある。安否は分からないが、ジェノサイド砲も装備しているアースイーターのただ中に取り残されてしまって、救助は難しい。
生存も、絶望視されていた。
ヒドラで現地に急行。
戦場辺りは高地で、夏も涼しい。避暑には丁度良い環境なのだが、巨大生物がいるのではどうしようもない。
敵の中には多数の蜂も含まれていて、放置する訳にはいかない。
現地に到着する途上。
北米に一旦引き上げたペイルチームのその後について聞かされた。
戦術士官は、淡々と言う。
「ペイルチームは、一旦再編成に入りました。 リーダーの負傷もそうですが、人員の大部分を飛行型巨大生物との戦いで死傷したのが理由です」
「そうか……」
ウィングダイバーの最精鋭も、相性が悪い蜂ではどうにもならなかった。ましてや相手がアンノウンだったのだから、仕方が無い部分もある。
蜂との戦闘は各地で激化しており、少しずつ弱点も洗い出されはじめてはいるが。黒蟻より若干低い程度の装甲は、充分に強固。
攻撃ヘリが数百同時に襲って来るも同様のこの敵相手には、地上軍中心のEDFは、どうしても苦戦を隠せなかった。
事前に展開していたスカウトから連絡が来る。
敵はゆっくり西から東へと移動を続行。
黒蟻と赤蟻がそれぞれ二百ほど。そして蜂が、その後方。三百ほどが、控えているようだった。
シールドベアラーは、蟻を守るようにして、歩き続けている。
巨大生物は、鈍足のシールドベアラーにあわせて、機動しているように見える。そうスカウトは連絡してきていた。
ヒドラの機内で、全員にメディカルチェックを受けさせる。
連戦の疲弊もある。
誰の体に病魔が巣くっていてもおかしくは無いし。
何より、負傷が致命傷につながる事も、否定は出来ないのだ。だから、慎重すぎるほどに、診察する。
医師は一応、全員に合格をくれたが。
あまりいい顔をしなかった。
同じヒドラに乗ることはほぼない。だから同じ軍医に掛かることは滅多に無い。それなのに、反応は似ている。
どのヒドラも、凄まじい過重労働の中にいる。勿論蜂による全世界の苛烈な攻撃が行われている上、制空権がかなり怪しくなっている今。撃墜されるヒドラも出てきている。
ヒドラは浮かぶ基地という風情の、強力な大型輸送ヘリだが。
それでも、落ちるときは落ちる。
ストームチームは夥しい戦果を上げている反面、覚悟を決めてヒドラに乗っている軍医の間では有名な存在だそうで、滅茶苦茶な過重労働の中、いつも全員が怪我をしたり酷い労働の末に戻ってくる。
誰もが思うそうだ。
此奴らは、いつか死ぬ。
昔と違って、医療技術は著しく進歩している。処置さえすれば、手足が無くなったくらいでは、内臓が一つ二つ欠けたくらいでは、人はまず死なない。
だからこそ、医師は色々と思うところがあるのだろう。
ヒドラから出て、全員整列。ブリーフィングする。
シールドベアラーへの対抗策は分かっている。一撃離脱して、破壊。問題は分厚く巨大生物が周りを固めている事。
特に後衛にいる蜂が厄介だ。
一旦先に行かせて、後方から奇襲を仕掛けるのが一番だが。しかし斥候の黒蟻がかなりの数周囲を徘徊しており、簡単にはいきそうにない。
それに、このまま放置していると。
また兵力増強をはじめた山梨の防衛ラインに、敵が接触する。ただでさえ南部からの圧力がまた強くなってきているのに。打撃を受けることは、好ましくない。最悪、奇襲にさえつながる。
真正面からやるしか無い。
木々が生い茂る山中での機動戦だ。
戦いが激しくなるのは、目に見えていた。
展開が終わると、連絡が来る。
レンジャーチームとウィングダイバーチームが一つずつ、支援に来てくれるという。有り難い話だ。
敵の数があまりにも多い。一部でも引き受けてくれると助かる。
ただし、支援に来るまで二時間近く掛かるとも。
広域に展開している敵を、そろそろ放置するのが好ましくない状況だ。途中で、増援として戦場に乱入して貰うのが好ましいか。
シールドベアラーは三機。
此奴らを先に破壊する。
タイミングを決め、そして不意に動く。
突貫したはじめ特務少佐。
敵が反応する寸前に。全員での一斉攻撃を開始する。
私、池口吉野のポジションは、いつも通り最後衛。ただし蜂の攻撃を警戒して、みんなとそれほど離れずにいる。
ネグリング自走ロケット砲から一斉にミサイルを放ち。
それが着弾すると同時に特務少佐が敵陣に突っ込む。全員でその支援だ。涼川中佐は相変わらず高笑いしながら、スタンピートを敵陣に叩き込んでいて。見る間に森が炎上していく。
更に其処へ、バゼラートのミサイルと、ウィングダイバー二人のミラージュ。それに黒沢君と原田君のエメロードから放たれたミサイルが直撃。
黒蟻達が、一気に吹っ飛ぶ。
だけれど、敵はおぞましいほど冷静。
隊形を崩さず、はじめ特務少佐を包み込みつつ、ばらばらに散らばって一斉に此方に向かってきた。
「散って来やがったな」
「蜂、浮上! 来ます!」
日高先輩が叫ぶ。
予定通り、全軍攻撃を続けながら後退。しかし、動きにくい山の中。どうしても、敵の方が足が速い。
ましてや蜂は、ヘリ並みの速度で飛べるのだ。
包囲に掛かってくる敵を、射撃して撃退しながら、必死に下がる。私は蜂だけを狙えと言われている。だから、必死にミサイルを撃ち続けるけれど。何しろ蜂の数が数。どうしても防衛網を抜かれる。
ストームリーダーが蜂を次々に落としてくれるけれど。
それでも、どうしても限界がある。
至近。
蜂が来て、毒針を大量にはなってきた。必死にネグリングをバックさせて、直撃は避けるけれど。
それでも、装甲が厚いとは言えないネグリングのダメージが、確実に積み重なっていく。
向こうで、一機目のシールドベアラーが潰される。
突入したはじめ特務少佐が、至近からガリア砲をうち込んだのだ。勿論集中攻撃を受けている。支援もしなければならない。
しかし、敵は此方を包囲しつつ、大胆に攻撃を仕掛けてきている。
このまま削れる。
そう判断しているのか、或いは。
「北部に、新たな敵部隊出現」
近くにいるスカウトが連絡をしてくる。
どうやら数百規模の巨大生物が、長野の北部に出現して、そこから急速に南下しているらしい。
明らかに、ストームチームの動きを見てのものだ。
ストームリーダーが、アサルトで近寄る黒蟻を薙ぎ払いながら、通信を入れる。前衛で暴れているベガルタと涼川さんでも、そろそろ抑えきれなくなってきている。それだけ敵の攻撃が苛烈なのだ。
「レンジャー4,ウィングダイバー9」
「此方レンジャー4」
「此方ウィングダイバー9。 どうしました、ストームチーム」
「敵の別働隊が、急速に山梨の防衛ラインに接近中。 貴官らはその足止めを行って欲しい」
イエッサ。それだけ言うと、二部隊は此方から離れていく。
ハンマーを振るって敵部隊を叩きながら下がっていたはじめ特務少佐が、キャリバンに飛び込む。
アーマーを変えるのだろう。
キャリバンに据え付けられているセントリーガンは稼働しっぱなしだ。蜂に囲まれないように巧妙に立ち回っているバゼラートも、そろそろミサイルが尽きる。蜂は波状攻撃を繰り返しながら、確実に此方の隙を狙ってくる。
また、ネグリングの至近に一匹。
だが今度は、香坂夫妻が即応してくれた。
ハーキュリーの弾を浴びて、撃墜される蜂。
冷や汗が流れる。
敵の攻撃は苛烈を極める。もし取り残されたら、即死確定だ。
飛び出したジョンソンさんが、零式レーザーで敵の密集地帯を瞬時に焼き払う。それでも、敵が散らばっている分、効果は薄い。
また、スカウトから連絡が来る。
「黒蟻およそ二百、ストームチームの戦闘地域に接近!」
「増援か」
キャリバンから出てきたはじめ特務少佐が、また敵に突っ込む。
シールドベアラーを狙って、一直線に。
アースイーターが現れてから、敵が其処から無限に沸いてきているのでは無いかと、錯覚してしまう。
この間聞かされた、敵の話は。
正直頭があまり良くない私には、よく分からないところも多かったけれど。
分かるのは、敵があまりにも巨大で、強大だと言う事。
怖いのも事実。
でも、戦わないと。殺されるか、殺されなくても奴隷にされてしまう。
異音。
バックしようとしたら、大きな岩に引っかかったらしい。何度か試みるけれど、上手く抜けられない。
味方はどんどん下がってくる。
「池口、どうした。 擱座か」
「いえ、その。 岩に引っかかって」
「少し進んで、ルートを変えろ」
そうか。でも、その分味方の後退が遅れる。必死に前進して、前にいるキャリバンに衝突しそうになる。
でも、冷静に日高先輩がキャリバンの機動をずらしてくれて、衝突は避けることが出来た。
さっきと同じルートは避けて、バック。
その間も、ミサイルは放ち続けた。
「一部の敵が戦域を離脱! 南部から山梨の防衛網を目指しています!」
「谷山、対応します」
戦況がめまぐるしく代わる。
蜂は一旦後ろに下がって、攻撃の好機を狙っている様子。その間も、凶蟲や黒蟻が、果敢に攻めこんでくる。
撃退し続けるけれど、きりが無い。
どっと迫ってきた黒蟻が、一斉に酸を浴びせてきた。キャリバンがかなり危ない。ベガルタも、もう相当に危険なはずだ。
でも、ストームが負けたら。
山梨が一気に敵の大攻勢に晒される。南部が危ない今、此処で引いたら、山梨は落ちて。関東全域が危険になる。
不意に、敵が攻撃を止める。
一旦味方も、後退を停止。
大挙して、敵が移動しはじめた。それも、北部に向かって、だ。
「敵、レンジャー4、ウィングダイバー9を狙っていると思われます!」
「弱点を全力で突く。 巨大生物らしいいやらしさだ」
日高先輩の冷静な声に、ストームリーダーはそれ以上に冷静に応えていた。蜂の群れが、もの凄い勢いで北に飛んでいく。他の巨大生物は散開しながら、めいめい山梨の戦線を狙って動き始める。
巨大生物を疎かにすれば。
二つのチームが、蜂の大群の猛攻を受ける。
三つ目のシールドベアラーが破壊されるのが見えたけれど。
今更その程度で、戦局は変わらない。
ましてや今、空軍は他の地域の支援で手一杯だ。
「涼川、筅、三川」
「ああ、任せとけ。 こっちはあたしらで対処する。 筅はそのまま暴れてろ! 三川、お前は自己判断だ! ミラージュで敵を足止めしながら、レーダーをよく見て、敵から距離は適切に取れ!」
はじめ特務少佐も、此方に残る。
ストームリーダーは、敵の別働隊と交戦中のレンジャーチームとウィングダイバーチームに、警告を出すと。
其方に合流すべく、残りの全員を北上させる。
蜂の足は速いけれど。
レンジャー4とウィングダイバー9が冷静に南下しながら戦えば、完全に包囲される前に、合流は出来る筈だ。
機動戦を仕掛けてくる敵との、激烈な戦いが一段落したのは、夕方だった。
敵はこれ以上の戦いを続けても突破は無理と考えたのだと思う。ある程度戦った後、何の未練もないように、引き上げていった。
敵の支配地域である、アースイーターの下に。
追撃は出来ない。
あのアースイーターと戦うのは、とても無理。何か対策がされていないと、兵力を失うだけ。
それは、私にも、嫌と言うほど分かっていた。
何より、味方の状態が限界だ。
ネグリングはぼろぼろだ。
ずっと一緒に頑張って来た愛騎だけれど。分かっている。今のままの火力だと、力不足。
青いヘクトルや、あの恐ろしい三本足の敵には、とてもかなわない。巨大生物だって、一発では倒せるか怪しいのだ。たくさんミサイルを連続して放ち、高い誘導性能を持っていると言っても。限界がある。
ヒドラに戻ると、みんな疲れ切っていた。
この間片腕を失ったベガルタは、応急処置で頑張っていたけれど。ヒドラに格納されるときは、アーマーも全損して、機体の損傷がかなり酷かった。このままだと、破壊されかねない。
筅ちゃんが降りてくるので、声を掛ける。
ちっちゃくて可愛い筅ちゃんは大好きだ。
ただ、ベガルタに乗っているときは、いつもと人が変わったように、乱暴になっているけれど。
「筅ちゃん、大丈夫?」
「はい、私は……。 こんなに強いベガルタを貰っているのに、活躍できなくて、とても心苦しいです」
「筅ちゃんは活躍してるよ。 私は、ね」
ネグリングの火力不足は深刻だ。
ただでさえ、ストームはよい装備を廻して貰っている。このベガルタにしてもそうだし、空で戦っているバゼラートもそう。
武器類だって、最新鋭のものが廻ってきている。他のチームが、時々口惜しそうにしていることだって、知っている。
ストームは精鋭だけれど。
新人の実力は、それほど凄いわけじゃ無い。
そんな事は分かっている。
だから、ネグリングの新型が貰えるなんて、私は思っていない。今のネグリングをどう活用するか、もっと考えて行きたい。
修理班の人達が、忙しく走り回っている。
殆どがオートメーション化されていても。
やはり人力が必要になるのも、こういった場所での約束なのだ。
「ネグリングに故障発見!」
「ああ、戦闘で蜂の攻撃喰らってたからな」
思わず、其方を見てしまう。
私がもっと上手に操作できていたら、避けられたのだろうか。悲しくて悔しくて、首を縮めてしまう。
夕食にして、寝て休んでいる間に、ヒドラは一旦東京基地に帰還。
一緒に戦った二つのチームも、同じヒドラで帰還した。やっぱりというかなんというか、二つのチームの方が損害が大きい。
東京基地につくと、すぐに病院に搬送されていく人もいた。
もっと早く、私が敵をたくさんやっつけていたら、あの人達も怪我をしなくて済んだのだろうか。
そう思うと、つらい。
東京に着くと、解散になる。
その前に、ストームリーダーが、声を掛けてきた。
「新型のネグリングが来るが、操作して貰えるか」
「え……」
「まだ実戦配備されていない機体だ。 クラスター弾を発射する仕組みを採用していて、一気に四十の敵を同時に攻撃できる。 ネグリングの操作に慣れてきた池口軍曹には、丁度良いと思うのだが」
「分かりました」
願っても無い好機の筈なのに。
私はどうしても、喜べなかった。
もっとこれで活躍できると喜ぶべきなのに。
どうしても、足を引っ張ってしまうと、心の何処かで思ってしまっていた。
1、隘路と狙撃
世界中の戦況が、悪くなっていることが、肌で分かる。
特にオーストラリアは、半分以上がアースイーターに覆われて、もはや手出し不可能な状況。
今更、どんな兵器を使ったところで、状況をひっくり返す事は不可能だ。前大戦の末期、核が使われたけれど。四足さえ斃す事が出来なかったのだ。アースイーターを、どうして核程度で沈めることが出来ようか。
「はじめ特務少佐」
「何だ」
声を掛けられたので、顔を上げる。
ストームのメンバーでは無い。まだ若い男性兵士だ。何処かで見覚えがあると思ったら。思い出した。
親城准将の息子だ。
ただし血がつながった息子では無い。
親城准将も、第三世代のクローンを養子として引き取っている。その養子である。ただ戦争開始前に配備されたクローンなので、成人男性の姿をしているが。
「父がお呼びです」
「分かった。 すぐに行く」
親城准将は、確か何度かの戦いで、彼方此方の戦地を点々としているはず。確か最近、東南アジアから戻ってきたはずだ。
いつも悲惨な戦場で頑張っているが。残念ながら、兵士達の評判は、あまり良くない。個人としては親父殿として慕われているけれど。
指揮能力に関しては、正直それほどでもないのだ。
もっとも、EDFの上級指揮官には、本職の軍人では無かった者も多い。
これは前大戦を生き抜いた兵士達が、多く上級指揮官になっているからだ。彼らは個人の戦闘については習熟しているし、粘り強い戦いも出来る。しかし、上級指揮官は、それとは全く戦い方が違ってくる。
故に、EDFは、二律背反に今も悩まされている。
歴戦の指揮官達を冷遇も出来ない。
専門職をいきなり彼らの上に配置するのも、難しい。
かといって、専門的な能力を持つ指揮官がいなければ、軍としての機能はしづらい。苦労が絶えないだろうなと、私は内心で同情していた。
弟にも声が掛かっていたらしく、途中で顔を合わせることになった。
東京基地は、若干閑散としている。
ビークル類はあらかた出払っているし、前線で活躍し続けたプロテウスも、最近は基地から出ていない。
それに何より。
戦死者が、確実に増えているのだ。
横目に見たのは、短縮訓練を受けている兵士達。中には、多く第三世代の戦闘クローンが混ざっている。
大人と子供が一緒に訓練しているように見えるけれど。
身体能力で、戦闘向けクローンが上なので、非常にちぐはぐな光景に見えていた。これでは、訓練担当もやりづらいだろう。
親城は、ヘリポートにいた。
ズタズタに傷ついたバゼラートが、牽引車両に運ばれて行く。ストームに配備されたパワードでは無い。
何処かの戦場で、蜂にでもやられたのだろう。
「良く来てくれた」
プライベートでは敬語を使ってくる親城だが、今日は周囲に人がいるから、硬い口調だ。敬礼をして、応じる。
軽く歩きながら、話す。
「今度、オーストラリアのアースイーターへの攻撃作戦が計画されている」
「!」
なるほど。
それを掴んだから、わざわざ教えてくれたのか。
周囲は騒がしく、おそらく聞き取られてはいないが。肘を小突いて、通信をオンリーモードにする。バイザーで、以降は会話する。
「上手く行くと思いますか?」
「正直、かなり厳しいでしょうね」
弟は素直にそう言う。
私も同意見だ。
そもそもオーストラリアに展開しているアースイーターは、地球に今いるものでは最大規模。大陸の半分を覆うほどの代物だ。
多少の部隊を投入しても、返り討ちにされるのは目に見えている。
しかし、である。
オーストラリアの敵巣穴を叩かないと、致命的な事態が来る可能性が高い。
実は私が、少し前に、上層部にこの件を具申した。
カーキソンは聞いているか不安だったが。
恐らくは、意見を聞いていた。
そう言うことなのだろう。
だが、攻撃をしたところで、成功するとはとても思えないのも事実だ。親城も、それを心配しているのだろう。
「極東からも、かなりの戦力が派遣されます」
「いや、自殺行為でしょう。 アースイーターに対する、有効な作戦を編みだしてからでないと」
「同意です。 其処で、我々による、岐阜に展開しているアースイーターの攻撃作戦を提案しようと思っています」
今、東海地方に展開しているアースイーターは、岐阜を中心としている。確かに其処を撃滅できれば。
大きな前進になる筈だ。
作戦が上手く行くかは分からないが。
アースイーターとは戦って、少しでもデータを集めなければならないのである。
「敵を撃墜した後、残骸をスカウトの回収班で調査すれば良いのですが、それも時間を稼がないと難しい。 ストームチームでやるしか無いでしょう」
「厳しい……」
私は素直な感想を漏らす。
はっきりいって、どのチームがやっても、現状アースイーターを撃滅するのは不可能だろう。物量が違う上に、敵は戦略として、奪った土地を維持することを決めている節がある。多少の攻撃をしたところで、際限なくお代わりが来るだけだ。それに強力な艦載機が、迎撃に現れる。
勿論輸送船も、黙ってはいないだろう。
「無理ですか」
「姉貴、やろう」
「……」
弟にそう言われてしまうと、他に手立ても無い以上、反論も出来ない。
頷くと、親城は通信を切った。この様子だと、他の将官クラスには、既に同意が取れているとみて良い。
親城は年齢もあって、彼らのまとめ役もしている。
ストームリーダーである弟と違って、反発もされていない。おそらく作戦案は、通ることだろう。
親城と別れて、一旦寮に戻る。
いつまで休めるか分からない。無言で、ベットで膝を抱えていると、何もかもがむなしくなってきた。
勝ち目が無い戦い。
絶対的な戦略的不利。
覆しようが無い劣勢。
都合良く敵を皆殺しに出来る兵器なんて存在し得ない。例えEDFがマザーシップ級の兵器を手にしていても、この戦いには勝ちようが無い。
弟がハンバーグを作って持ってきたので、食べる。
「姉貴、体は大丈夫か」
「あいにくだが、以前と違って著しく健康だ。 お前こそ、老化が加速したりはしていないか」
「一応、今のところは大丈夫だ」
向かい合って、テーブルについて食事にする。
しばらく、無言で過ごす。
弟が、やがて先に口を開いた。
「姉貴の中にいる奴は、何ていっているんだ」
「アースイーターについてか」
「そうだ」
「彼奴もな、万能じゃあ無い。 それに地球にあまりにもテクノロジーを落としすぎると、条約違反となる可能性がある。 そもそもかなりの危険を冒して地球に潜り込んで、テクノロジーの供与をしている状況だ。 現状容認派……としては、動きづらいところもあるのだろう」
どうにも、彼奴の正体については、掴みづらい。
記憶の大半は理解したが、どうもその部分については、ブロックが掛かっているようなのだ。
まだ彼奴は、隠している事がある。
いや、フォーリナーについては、隠し事はしていないだろう。彼奴自身のことで、分からない事が、幾つかあるくらいだ。
連絡が来る。
どうやらやっとグレイプの代替機が来た。前と同じRZだ。
性能は言う事も無い機体である。後は、苛烈を極める戦況に、いつまで耐えられるかどうか。
そして、同時に通信が来る。
山梨の北部に、敵が陣地を作っている。レタリウスが確認されており、一刻も早い駆除をしてほしいと。
確かに、制空権が怪しくなっている現状、レタリウスが陣地を構築したら、面倒な事態が到来する。
見逃すわけには行かなかった。
ハンバーグの残りをさっと食べ終えると、二人揃って寮を出る。
ヒドラはもう準備されていた。おろしたてのグレイプもいる。
慌てて新人達は戻ってきたが。一番最初にヒドラに来ていたのが、柊というのは笑えない。
此奴の嗅覚は化け物並みか。
従軍記者としての地位も確保しているし、追い出すわけにも行かない。とにかく、面倒な奴に見込まれたものだった。
ベガルタを一瞥。
一応処置は終わっている。今回の戦いでも、活躍はして貰いたいところだが。問題は三川だ。
レタリウスがいると聞いて、さっと青ざめる。
PTSDがぶり返す可能性もある。今回は最後衛で頑張って貰うしか無いだろう。本人が望んでも、前線に出すのは好ましい事では無い。
レンジャー4も、今回は作戦に同行する。
それだけ、本部が今回の作戦を、重視していると言う事だ。
ヒドラで現地まで時間もそう掛からない。
現地は起伏が多い山地で、レタリウスは十五体が確認されている。幸い、まだそれほど強固な陣地は張っていない。
問題は蜂が敵にいることだ。
おそらくアースイーターの支配地域から、此方に出てきたものだろう。山の斜面に張り付いて、容赦なく周囲を警戒している。
敵の攻略不可能な基地として。
アースイーターは、この場にいなくても、その存在感を見せつけてくる。
全員が展開。
まずは谷底にいる二匹を処理しなければならない。敵は既に巣を張っており、簡単には攻撃できない。
だから、やる事は一つだ。
「私が囮になる」
アーマーを対レタリウス用のものに切り替えると、前に出る。
そして、谷に、躊躇無く飛び込んだ。
かなりの数の黒蟻がいる。これも報告を受けていたものとは、別の部隊だろう。アースイーターの支配地域から来た連中だ。
四方八方からの攻撃を受けながらも、私は黙々と。
己の任務を、こなし続けた。
際限なく現れる敵の増援を削り続けて、結局夕方近くまで、攻略には時間が掛かってしまった。
レタリウスは全て駆除したが、ある程度時間を稼いだと判断したのだろう。蜂も黒蟻も、戦線を離脱。
アースイーターの方へと引き上げていく。
追撃できないのが口惜しい。アースイーターを下手に刺激すると、艦載機やディロイがお出迎えだ。彼奴らの戦闘力は、片手間にどうにかできる代物では無い。はっきりいって、今のアースイーターは、巨大生物の巣と同様の機能を持っている。そして、巨大生物の巣と違い、高い自衛能力と、何より制空権を握っている。
アースイーターに、より高い高度からの空爆は、何度も試みられている。
しかしその全てが失敗。
アースイーターの上部は、圧倒的な耐久精度を誇っているのだ。戦術核並みの火力を持つ兵器も当然試されたが、勿論無傷。
テンペストによる集中射撃も、同様の結果を招いていた。
拡大し、世界中の何処にでも現れ、どれだけ壊しても再生する巨大生物の巣。その危険性が、改めて確認される事態となっていた。
疲労感に包まれたまま、戻る。
おそらく敵の四足も、間もなく動き始める筈だ。武装も強化しているだろうし、青ヘクトルも搭載しているに違いない。
前と同じようには行かない。
そして、その時は。
すぐに来た。
「静岡に四足歩行要塞が上陸! マザーシップが投下したものと思われます! 元々いた四足歩行要塞が、ヘクトルを従え北上を開始!」
来た。
四足の移動速度から考えて、山梨の防衛ラインに接触するのは明日。撃退するなら、即座に準備を整えなければならない。
しかもアースイーターが睨みを利かせている現状、あまり多くの兵は割けない。
山梨の防衛ラインに、ヒドラは着陸。
極東の司令部が、慌てて連絡を入れてきた。
日高司令は、かなり焦っているようだった。
「ストームチーム、迎撃作戦のために兵力を集める。 可能な限り、撃破を試みて欲しい」
「空軍は支援に来られそうですか」
「それが……」
岐阜、北陸、いずれのアースイーターからも、多数の蜂が出現。近場にあるEDFの基地に猛攻を加えているという。
ファイターはその全てが、対策に出払っている。
詰まるところ、陸上部隊と。海軍のテンペストによる支援だけで、四足を撃滅しなければならない、という事だ。
しかも、敵の装甲が相当に強化されているのは、既にスカウトが確認済み。
グラインドバスターも、通用はしないだろう。
つまり、肉弾攻撃を仕掛けて、倒すしかないと言う事だ。
山梨の防衛ラインに集まっている戦力を一瞥。
やるなら。
この戦力を、活用するしか無い。
此処に立てこもっても、四足の火力には対抗できない。それならば、全軍で出撃し、撃破を試みるのみである。
弟と軽く話す。
すぐに合意は得られた。増援はレンジャー4個部隊程度しか来られない。此処にいる戦力も、以前とは比較にならないほど少ない。集結は続けているが、それでもだ。昔日とは、戦況が根本的に違うのである。
撃破するなら、短期決戦しかない。
幸いフェンサー部隊がいる。また、先ほど連絡したところ、海軍の二個艦隊が、支援攻撃を約束もしてくれている。
この火力を利用し、短時間で敵を潰す。
グラインドバスターが通じない以上、方法は一つだ。至近から掃射砲を全て潰し、下部のハッチに大威力攻撃を叩き込む。
かなり難しいが。
しかし、出来なくはない。弟も私も、前大戦では成功させている。
作戦は決まった。
日高司令に許可を取った後、山梨の防衛ラインの兵士達を集める。彼らは一様に、緊張していた。
「今回は、四足を正面から迎撃する。 貴官らには、敵の主力になるヘクトル部隊を引きつけて貰いたい」
幸い、まだ幾らかのギガンテス戦車がある。
長距離戦で敵の部隊を引きはがすのであれば、無理なく出来るだろう。
問題は、これが。
単なる時間稼ぎだと、わかりきっていること。
私の推測通り、敵はオーストラリアのアンノウン繁殖に全力投球しているとみて良い。そのため、世界中で嫌がらせの攻撃を仕掛け続けている。
しかもその攻撃は、放置すれば致命傷につながりかねない。
あまりにもタチが悪い戦略だ。
敵の物量も、無限ではない。
そういって皆を励ましてきたが、その理屈も揺らぎつつある。アースイーターの登場によって、もはや敵の物量は、事実上の無限と化したからだ。
いつまで戦えるのか。
分からない。
「敵との接近戦は、ストームが行う。 必ず敵を撃破する」
「イエッサ!」
後は、直衛として敵が繰り出してくるヘクトルと、飛行ドローンさえどうにか出来れば、勝機はある。
しかし、勝った所で、敵には大したダメージは無い。
それに比べて、此方は。負ければ、もう後が無い状態なのだ。
支援の部隊が来る。
その一つは、親城准将が率いている精鋭だった。これはいい。
作戦を弟が説明した後、敬礼する。
「親城准将。 陽動部隊の指揮を頼みます」
「引き受けた。 ストームは安心して、敵四足との戦闘に集中して欲しい」
指揮能力は兎も角、部下達からの人望厚い親城だ。おそらく、此処にいる兵士達も、みな最後まで逃げずに戦い抜くだろう。
綱渡りの戦いだが。
どうにか、向こうは見えた。
しかし、渡りきっても。延々と綱が続いている恐怖に、変わりは無いのだった。
真相を知っていても。
敵の狙いが分かっていても。
どうにもならない、この現実。
私は皆と離れて物陰に行くと、バリケードに、拳を一発くれた。そうでもしないと、絶望は晴れなかった。
かろうじて、皆が小さな希望にすがっているのが、見ていて痛々しくてならない。
まだまだ、地獄はその片鱗さえ見せていない。
2、死闘再び
悠然と迫り来る四足。
スカウトも、報告してきている。明らかに上部の装甲が強化されていると。
元々空軍の支援は期待出来ない状況。グラインドバスターは試すだけ時間と労力の無駄だろう。
既に作戦は開始している。百機以上いたヘクトルは、陽動攻撃によって彼方此方に分散。現在、時間稼ぎに徹しているEDF部隊との戦闘を繰り返している状況だ。
日高司令も、プロテウスで駆けつけると言っていたが。間に合うかどうか。間に合ったところで、どれだけの戦果を出せるか、分からない。
いずれにしても、此処までの作戦は順調。
四足と、ストームの、タイマンに近い状況に持ち込むことは出来た。
四足の周囲にいるヘクトルは四機。
うち二機が、この間交戦した青いヘクトルだ。
しかも手には、おそらく報告があったと思われる、粒子砲を装備している。集中砲火で、一気に仕留めるしか無い。
私がガリア砲を構えると、弟も頷く。
イプシロンも、既に敵に狙いを付けていた。
斉射。
弟の声と同時に。ライサンダー二丁、MONSTER二丁、ガリア砲二門、更にイプシロンからの砲撃が、先頭にいた青ヘクトルに集中。全てが胸の中央に炸裂した。
流石に頑強な青ヘクトルも、これにはひとたまりも無い。
爆裂四散。
しかしながら、もう一機の青ヘクトルが、即応。飛び出した私がシールドを展開。だが、放たれた高出力ビーム砲が、一瞬にして私を吹っ飛ばしていた。
シールドも、瞬時に破損。
愕然とする。
これが、件の粒子砲の破壊力か。蟹のはさみのような形状をしたその砲は、今までとは桁外れの兵器とみるべきだろう。
幸い、キャリバンに、予備は積んできているが。凄まじいしびれが手にある。半身を起こしながら、ガリア砲の狙いを付ける。後ろにいる通常ヘクトルも、攻撃を開始すべく、砲を持ち上げていた。
突貫する涼川。
一瞬だけ、敵が気をそらした瞬間、第二射。
今度は、矢島のガリア砲が外れた。大きく傾ぐ青ヘクトル。だが、其処へキャリバンから飛び出した日高少尉が、渡されているハーキュリーで射撃。
平凡な腕だった日高だが。
一撃は見事命中。
致命打寸前まで追い込まれていた青ヘクトルが、腰砕けになり、倒れながら爆裂。突貫した涼川が、高笑いしながら、グレネードを残り二機のヘクトルに、たたき込みはじめた。
時間は、驚くほど無いとみて良い。
「掃射砲への射撃開始! ヘクトルは涼川に任せろ!」
全員が散開。
四足への猛攻を開始する。
圧倒的な火力の滝を浴びる四足とヘクトル二機。だが、ヘクトルはともかく、四足は小揺るぎもしない。四足が、早速新しいヘクトルを投下。次々現れるヘクトルが、その程度の火力が何だと言わんばかりに、前進してくる。
空軍の支援が得られないのが、大きい。
艦隊も、引きつけられているヘクトルに対する攻撃で手一杯。
そんな中、弟が突貫。
路を無理矢理、私とジョンソンが作る。路を塞ごうとしたヘクトルには、ベガルタがタックルを浴びせて、無理矢理進路から引きはがした。
四足の弱点は。
機体下部にあるハッチだ。
此処ばかりは、装甲をどれだけ強化しようとも、どうしようもない。どれだけ強力な装甲を作っても。
内部から攻撃されてしまえば、どうにもならないものなのだ。
四足が向きを変える。
驚くほど動きは速く、旋回半径は小さい。
まだ無傷の掃射砲が多数見える。それが一斉に攻撃を開始。舌打ちして、弟がハーキュリーを連射しながら後退。
しかも、四足は飛行ドローンを多数ハッチからはき出しはじめる。
まずい。
これでは近づけない。
飛行ドローンの数も相当に多い。ネグリングがミサイルを多数連射しはじめる。空中で炸裂して、一気に多数の飛行ドローンを撃墜する事が出来るが。それでもミサイルの火力そのものは、それほど大きくは無い。
飛行ドローンの群れを一気に叩き伏せるには充分だが。
ヘクトルはどうにもならない。
余った飛行ドローンを、必死にバゼラートが防ぐ。
既に十機近くまで増えているヘクトルは。
火力にものを言わせながら、迫ってくる。
押し返すのが精一杯か。
弟が、冷静に攻撃対象を指示。
だが、ガトリングと長距離砲を装備したヘクトルばかりでは無い。青ヘクトル同様の、粒子砲を装備した機体まで出てくる。
それに、ガトリングも、決して劣悪な兵器では無い。
至近で撃たれると、一気に装甲を持って行かれることに変わりは無いのだ。今までのヘクトルも、充分に脅威になることに、変わりは無いのである。
以前の四足とは。
搭載している戦力も違う。
数も多いし、装備も更新されている。
アースイーターだけでは無い。
今までの兵器も、充分以上に凶悪な存在なのだと。戦っていると、思い知らされる。それが更に強化されているのだから、たまったものではない。
ヘクトルが三機、立て続けに爆発。
攻撃を集中した結果だ。
幸い、通常のヘクトルは、青ヘクトルほどの凄まじい頑強さは無い。再び、弟が突貫。同時に皆で火力を集中。MONSTERのエネルギービームが、一機のヘクトルを融解させる。
阻もうとするヘクトルの至近から、飛び込んだ私がガリア砲を叩き込んで、胸に大穴を開けてやる。
倒れ、爆発するヘクトル。
しかし、四足が冷静に掃射砲を放ってくる。
膨大な火力の網が、弾幕を作り上げて、此方が近づくのを防ぐ。
だが。
その時には。此方も既に準備を整え終えていた。
影から飛び出したナナコが、フュージョンブラスターを起動。超高温の熱線が、横殴りに、掃射砲を薙ぎ払う。
爆裂が連鎖。
流石に四足の装甲は抜けないが、それでも弾幕がかき消える。
勿論敵も黙っていない。ヘクトルがナナコを踏みつぶしに掛かるが、ベガルタが飛び込んで、至近から散弾砲をうち込み、蜂の巣にした。爆裂するヘクトルから庇うように、飛び込んだベガルタが破片と熱を引き受ける。
四足が旋回しようとする。
しかし、その時には。
弟が、四足の足下に潜り込んでいた。
そして、フュージョンブラスターを起動させる。
ハッチに直接、圧倒的な熱量が叩き込まれる。掃射砲で必死の抵抗を試みる四足だが、しかし。
ハッチから投下されようとしていたヘクトルが、誘爆したのが決め手となった。
「退避!」
弟が叫び、全員が四足から離れる。
痙攣するように、全身を震わせる四足。
その装甲が、内側から何度も爆発する。四足の主力兵器である二連大威力キャノンが内側からの爆発で無惨な姿になる。
四足が、足を折る。
崩れ落ちる巨体が、側にいたヘクトルを巻き添えにする。
軋みながら、爆発しながら、崩れていく巨体。
爆裂。
キノコ雲が上がる。
苛烈なまでの熱が吹き付け、至近で戦っていた飛行ドローンを多数巻き込んだ。ヘクトルは耐え抜くが、もはや四足無しでは、耐え抜ける戦況では無い。
悪夢のような灼熱が収まった。
残りのヘクトルを、全員で集中攻撃し、一気に打ち倒す。
最後のヘクトルを葬ったとき。
横倒しになった敵の要塞が、煙を上げながら、其処にあった。
だが、全員。
限界近くまで、傷ついていた。攻撃を受け続けたキャリバンも、機体から煙を上げている。倒れているのは原田だ。
息はしているが、意識が無い。
ベガルタの損傷も酷い。最後まで、ヘクトルと殴り合いをしていたのだから、当然だろう。
弟が、損害を確認するように、周囲に叫んでいる。
私も、アーマーは全損。
フェンサースーツのダメージも、ほぼ限界近かった。
よくしたもので、矢島も似たようなものである。何度か味方に降り注ごうとしたガトリングを、シールドで防いで。
それで、味方の死者はどうにか出ずに済んだ。
「畜生、無理な作戦だったな」
ぼやく涼川。
黒沢が倒れているヘクトルの残骸を一瞥。眼鏡を直しながら言う。
「相当に強化されていますね。 これでは他の陽動部隊が心配です」
「つまり休む暇はないと言う事だ。 負傷者を全員ヒドラに後送。 軽傷者は、装備を変えて、苦戦中の他の部隊を救援に向かうぞ」
「イエッサ……」
げっそりした様子で、日高少尉がいう。元気な彼女でさえこうなのだ。他の隊員の疲弊は、言わずとも知れた。
ヘクトルは撤退を開始したという話だが、少なくとも青ヘクトルは此処で潰しておかないと。後でどれだけの損害が出るか分からない。
通常のヘクトルも強化されていることが分かったほどなのである。
まだ、戦いは終わっていないのだ。
かなりの被害は出したが。
四足は、どうにか撃破に成功した。
陽動に出た部隊も被害は出したが、海軍との連携もあって、致命傷はどうにか食い止めることが出来た。
山梨の防衛ラインまで一度後退。
一時期は静岡の南端まで追い詰めた敵の防衛ラインなのに。
今では、四足の再攻略作戦さえ、目処が立たない状況だ。東南アジアの巣穴を潰したときに、一緒に叩いておくべきだったかも知れないが。それはもう、いわゆる後の祭りという奴だった。
日高司令が、通信を入れてくる。
「無理な作戦を頼んでしまって、済まなかったな」
「ビークルの損害が小さくありません。 出来るだけ、急いで修復をしてください」
「分かっている……」
日高司令が明言を避ける。
今でも、各地で色々な部隊が、蜂の大群を相手に苦戦しているのだ。巨大生物も、アースイーターを拠点にヒットアンドアウェイを繰り返してきていて、この間の山中での戦いのように、蜂もそれに連携している。
EDFの戦線は縮小する一方だ。
更に、通信妨害の恐怖もある。
アースイーターの支配地域では、通信がほぼ完全に遮断されている。既にアースイーターから逃れられず、封じ込められてしまったシェルターもある。そういったシェルターとは連絡が取れない状況だ。
全滅してしまったシェルターもあるのでは。
そうささやかれてもいる。
それは噂では無いだろう。おそらく、敵によってジェノサイド砲を叩き込まれ、装甲を貫かれて中の人間を丸焼きにされてしまったシェルターも、ある筈だ。
絶滅はさせない。
巨大生物の進化促進のために、人間は必要なのだから。
だが、間引きはする。
それが、フォーリナーの戦略。
これ以上、好き勝手にさせるわけにはいかないのに。対抗するための手段が無いのが、口惜しい。
東京基地に移動。
大活躍はしたが、自身も意識不明の状態に陥った原田は早速病院へ。
私も、激烈な戦闘の結果か、疲労が強く出ていた。医師に休むように言われたので、そうする。
ただでさえ、休息をしないと弟にがみがみ言われるのだ。
カプセルに入って、ぼんやりしていると。
呼び出し音が聞こえる。
五時間ほど眠ったか。体のリフレッシュは充分なところである。カプセルを這い出して、呼び出し音を立てているバイザーを付けて、スイッチを入れる。
呼び出してきていたのは、日高司令だった。
「急に呼び出して済まないな」
「今度は何処での戦いですか」
「北海道だ。 アースイータがとうとう北海道にまで出現してな。 しかも偵察に行ったスカウトが一チーム、孤立しているという報告がある」
頷くと、着替える。
外では、既に弟が待っていた。
問題は負傷者達だ。
原田は命には別状が無いが、数日は絶対安静と言われている。また、今回の戦いには、三川も連れて行かないようにと、医師に言われていた。PTSDの検診をするというのだ。今のところ問題は出ていないが、PTSDは再発する可能性がどうしても出てくる。現在でも、回復手段はあっても、再発を完全に防ぐ方法はない。
更に言うと、ベガルタファイアロードも、今回はフルメンテナンスをする。
ヒドラの中にいる整備員達が、全体を徹底的にメンテナンスすると言う事だ。無理な使い方をしてきたのだし、仕方が無い。
ヘクトルと肉弾戦をし。
多数の蟻と戦い。
そして、連戦に次ぐ連戦だ。筅は今では、すっかりエースパイロットの一角。他の部隊でも、充分にやっていける。
しかし、今回は、そのメインウェポンであるベガルタを封じられた形になる。
敵の狙い通りだなと、私は舌打ちする。
敵はとにかく、此方が対処せざるを得ない攻撃を繰り返すことで、消耗させることを目的とした作戦を矢継ぎ早に繰り出している。
損害などどうでもいい。
文字通り無限に近い物量を誇るアースイーターが前線に投入されたことで、敵は単純な平押しが可能になったからだ。
アースイーターの支配地域は小揺るぎもしないし。
更に敵は、人類の戦力を効果的に削るカードを、いくらでも有している。EDFが継戦能力を無くしたら、奴らは本格的に、人類を戦闘奴隷化していくことだろう。
皮肉な話だが。
家畜は、野生の状況から比べて、著しく繁栄している。
地下の彼奴の情報を鑑みるに、人類は現在宇宙での特定動物扱いだが。フォーリナーに戦闘用奴隷として管理され、ある程度年月が経過したら。宇宙への進出権を、認められるかも知れない。
今の人類よりも、遙かに優れた文明と、精神的な進歩を得た上で。
しかし、それは。
少なくとも、フォーリナーが決める事では無い。
現時点では、まだ人類は抗戦の意思を捨てていない。もし、人類が、フォーリナーを神として考え。
全面降伏するのであれば、私も戦いの意思を捨てるしか無くなるだろう。
そうはさせない。
させてはならないのだ。
ヒドラが北海道に向かう途中。秀爺が、不意に言い出す。
弟と私に、オンリー回線でつないできて、その内部での会話だ。
「黒沢を儂に預けろ」
「もう、かなりの腕前だと思いますが」
「いや、黒沢は見ていて感じたが、スナイパーとしての素質がある。 今はまだ一人前の兵士程度だ。 儂がしっかり仕込んでやる」
「……お願いします」
確かに、そろそろそれぞれの長所を伸ばしていく事を、考えるべき時期だ。
自力でエースになった筅のように、誰もがなれるわけではない。ベテランそれぞれが、自分が得意とする技を、仕込んでいく時期に来たのかも知れない。
弟が、黒沢の所に話しに行く。
私はそれを見届けると。自分が鍛えるなら、矢島と原田かなと、ぼんやり思った。
3、連戦
ストームチームが姿を見せるのを、待っていたかのようだった。
北海道の渓谷に閉じ込められたスカウトの前後に展開していたヘクトル六機。装備が劣悪なスカウトでは手が出せず、谷間に潜んでいた彼らを、餌として使ったのは明白である。ストームが現れた途端に、お代わりとして、青ヘクトル八機が出現したのである。
スカウトが、悲鳴に近い通信を入れてくる。
「此方スカウト19! 周囲に新型ヘクトル多数! とてもではありませんが、突破出来ません! 一刻も早い救助を!」
「今ストームチームが向かう。 諦めるなスカウト19!」
日高司令が、必死に部下達を激励するが。
此方も普段より劣った戦力で、強大極まりない青ヘクトルを相手にしなければならないのである。
筅を連れて、先に谷山がバゼラートで出る。
今回、バゼラートで敵を攻撃しながら、三陸沖に展開している第九艦隊より、テンペストで支援をして貰う。
その爆撃地点指定を、筅にさせるのだ。
秀爺の話を聞いた谷山が、面白そうだと言って、筅を引き受けたのである。世界でもトップクラスのヘリパイロットである谷山だけれど。空爆支援の手腕も、世界でも上から数える方が早い実力だ。
筅をみっちり仕込めば。
加速度的に悪くなっていく戦況を、少しでも覆す、希望の星になる可能性も高い。
普段は大人しい筅は、今回も少しあたふたとしていた。
秀爺は、事前の話通り、黒沢を連れてイプシロンで何処かに消える。弟が細かく作戦指示をしていたから、後で陣取る位置については聞かされるのだろう。
ネグリングは少し後方に。
装甲を慌てて補修したキャリバンをバリケード兼指揮車両として使用。今回は消耗戦が想定されるので、谷に降りる機体はキャリバンだけだ。それに、負傷者も出ているスカウト19を、まず回収しなければならない。
前衛で飛び出すのは、涼川。
彼女はジープに迫撃砲を積んで、一人で飛び出す。谷の前後を包囲されている状況だ。片方を抑えて、もう片方を殲滅するのが、セオリーとなる。片方を片付けたら、早々に脱出だ。
青ヘクトルだけは、片付けておきたいけれど。
どうせ敵は、それだけではすまないだろう。
以前、低空飛行する敵輸送船と戦った地域と非常に近い。谷底には美しい川が流れているけれど。
今其処は、青ヘクトルとヘクトルの混成部隊が、無慈悲に蹂躙していた。
スカウト19は既に四名を戦死させ、重傷者八名。谷の一角に固まって、既に身動きが取れない。
青ヘクトルは彼らを嬲るようにして。
粒子砲を向けたまま、一定距離を保ち続けていた。
その横っ面に、涼川がカスケードで、多数のミサイルを叩き込む。直撃したミサイルが、流石の青ヘクトルも後ずさりさせる。
「こっちは任せて貰うぜ!」
高笑いしながら、涼川が猛攻を開始。
彼女一人に、其方は任せてしまって良いだろう。キャリバンで、戦場に飛び込む。タンクデサンドしていた弟が、フュージョンブラスターを取り出し、熱線を敵に浴びせる。一機のヘクトルが瞬時に炎上。
更にもう一機が、ジョンソンの零式レーザーに焼き払われた。
青ヘクトルが、攻撃を開始するが。
盾になるように横付けしたキャリバンが、ガトリングの弾を防ぎ抜く。側面ドアを開けた日高が、すぐにレンジャー19に乗るよう指示。負傷者を、中に無理矢理押し込みはじめる。
「近くにヒドラが来ています! 其処まで耐えてください!」
「救援感謝します!」
まだ若いレンジャー19の司令官は、そう言って自身もキャリバンに飛び込んだ。キャリバンが、谷の少し緩い傾斜を、無理矢理上がっていく。悪路の走破能力は、実に素晴らしい。若干鈍重なところがあるキャリバンだが、元々こういう運用も想定されている。走破能力に関しては、折り紙付きだ。
谷の上に陣取ったエミリーが、MONSTERを起動。
一機の青ヘクトルが、胸の中央に、直撃を貰ったが、ちょっと傾ぐだけ。しかし、私が同時に、至近からガリア砲を叩き込むと、流石に装甲も吹っ飛ぶ。その穴に、遠くに潜んでいる秀爺が、イプシロンからの射撃を直撃させた。
爆裂する青ヘクトル。
一機に攻勢に出ようとするが、バイザーのレーダーに反応。周囲が一気に赤く染まる。
「此方谷山。 黒蟻多数出現。 伏せていた模様」
「押さえ込め」
「イエッサ!」
テンペストが、すぐに飛んでくる。
崖の周囲にいた黒蟻が、連鎖する爆発に巻き込まれて、次々と消し飛ぶ。更にバゼラートの射撃が、容赦なく黒蟻を削る。
しかし。
敵も黙っていない。
青ヘクトルの一機が、此方の猛攻に耐えながらも、ガトリングでバゼラートを射撃。撃っても撃っても、ヘクトルは怯まない。
回避運動をするバゼラートだけれど、数発を貰う。
高度を下げるが、今度は黒蟻が集ってくる。敵も、谷山のバゼラートの対処法は、把握していると見て良い。
ストームは、少しばかり暴れすぎたのだ。
突貫しながら、ディスラプターを起動。
ガトリング砲から弾丸の雨を放っているヘクトルに、至近から熱線の束を浴びせる。青ヘクトルも、これを至近から浴びてしまうと、ひとたまりも無い。しばらく抵抗した後、吹っ飛び、粉々になる。
下がりながら、確実に敵の数を削る。
矢島も同じように、ディスラプターを起動。熱線で相手の動きを止めた瞬間、秀爺からの狙撃らしいライサンダーの弾が、青ヘクトルを直撃。敵を木っ端みじんにした。
敵の反撃も凄まじい。
ジョンソンが、プラズマ砲の射撃を避けきれず、吹っ飛ばされる。
エミリーが黒蟻に捕捉され、飛んだところをガトリングで狙い撃ちされた。一発が掠るのが、此処からも見えた。
キャリバンが、戻ってくる。
負傷者をヒドラに預けて、支援をするつもりなのだろう。
キャリバンの上部には、セントリーガンが据え付けられていて、既に起動していた。キャリバンに群がろうとする黒蟻が、たちまち蜂の巣になる。
更に、池口が、ネグリングからのミサイルを、雨霰と降らせはじめる。黒蟻の群れが、次々吹っ飛んでいった。
乱戦に、予想通りなる。
多分、明日も明後日も、同じような任務にかり出されるはずだ。負傷は絶えず、疲弊は続き。
やがて、ストームさえ、身動きが取れなくなっていく。
弟が再びフュージョンブラスターを機動して、迫っている青ヘクトルに熱線を浴びせかける。
たまらず下がる青ヘクトル。
一気に谷を駆け下りたキャリバンに、乗るよう弟が指示。
アーマーが危険域に入っていたジョンソンが最初に。こんな時でも、的確な回避を続けていた弟が、タンクデサンド。矢島も、盾を構えて、弟を守る構えに入った。
私は最後尾に残る。
「涼川中佐、ストームリーダー姉。 敵を追撃させて、集まったところをテンペストで叩きます」
「その呼び方は止めろ。 まあいい。 涼川、もう良いぞ! 下がれ!」
「あん? 何だよ、これから良い所なのによ!」
腹いせに、スタンピートの雨を敵に降らせながら、ジープで下がってくる涼川。キャリバンに敵のプラズマ砲が直撃。爆裂に車体が揺れるが、頑強な機体だ。どうにか耐え抜く。しかし、今ので側面ドアが砕かれて、開かなくなったようだ。
黒蟻の群れが、撤退を開始。
充分な時間を稼いだと判断したのだろう。
青ヘクトルの群れも、動きを止めた。此方の動きを読んだものと、判断していい。だが、長距離から、相変わらずプラズマ砲を、叩き込んでくる。その旺盛な攻撃は、多少距離を置いても、とまらない。
そういえば。
先ほど、狙撃はイプシロンとライサンダーからあった。
まさか片方は黒沢か。
青ヘクトルの頭上に、テンペストが降り注ぐ。流石に大型巡航ミサイルが直撃しては、頑強極まりない青ヘクトルでも、ひとたまりも無い。
消し飛ぶ青ヘクトル。
敵の追撃が、止んだ。
だが、青ヘクトルの長距離砲で、皆著しく傷ついていた。涼川がここのところ使っていたジープも、最後の追撃戦でプラズマ砲の直撃を浴び。ヒドラに辿り着いたところで、力尽きた。
車輪が車体から外れて、転がっていく。
ため息をつく涼川。
「逃げるのは性にあわねーんだがな」
「味方は救助できた」
「そうだけどよ、旦那。 せっかくだから、全滅させてやろうぜ」
「そうもいかない。 気付いていると思うが、敵の狙いは此方を消耗させる事だ。 谷には観測装置を撒いてある。 後は第九艦隊に」
通信が入る。
しかも、緊急の奴だ。
連絡に出る。第九艦隊からだった。
「此方第九艦隊! 敵新型攻撃機に襲われている! 対処は出来るが、テンペストによる援護はもう出来そうにない!」
「此方は既に撤退作戦を完了した。 これから札幌基地に引き上げる予定だ」
「その件だが、良くない情報がある」
通信に割り込んできたのは、日高司令。
という事は、続けての任務か。
「北海道に出現したアースイーターから、青ヘクトルが十機以上出現。 先ほど君達が交戦した敵部隊と合流するべく、南下を開始した。 連戦になってしまってすまないが、谷に陣取った青ヘクトルを撃滅して、合流を阻止して欲しい」
「イエッサ……」
腹立ち紛れに、私は地面を蹴りつけていた。
救助任務からの、殲滅任務への移行。
今の戦いでも、味方は無傷と行かなかった。敵の増援部隊には、札幌基地から要塞砲を浴びせて戦力を削ってくれるという事だが。谷の敵を撃滅した後は、当然此奴らとも戦わなければならないだろう。
ヒドラに収容したスカウト19は酷い負傷をしている者が多く、当然手足を失っている者もいた。
彼らを戦わせる訳にはいかない。
ジープは新しいものがあったが。
フュージョンブラスターの代わりは無い。ディスラプターも、基地に戻らないと、充電は出来ない。
私は黙々と、装備を変える。
その時、イプシロンが戻ってきた。イプシロンを操縦しているのはほのかだ。砲手となっているのは、黒沢である。
なるほど、今回は秀爺がライサンダーを持ち、イプシロンを黒沢が扱っていたのか。
秀爺が、イプシロンから降りてくる。
「第二戦をやるらしいな」
「おそらく第三戦もあるでしょう。 補給を済ませたら、ヒドラは一旦退避させます」
「うむ……」
秀爺が、黒沢は覚えが早いと言って、褒めていた。
香坂夫妻が使う、数字による狙撃術も、概念をすぐ理解したという。ただし、まだ使いこなせてはいないようだ。故に、狙撃には妙に時間が掛かっていたのか。
キャリバンのアーマーを張り替えるが。
側面ドアまでは直せない。左側の側面ドアはこれで使用不能。次は右側だけしか使えない。
問題はバゼラートだ。
次の戦いでは使えないと、谷山が言う。
仕方が無いので、ヒドラに積まれていたネレイドを引っ張り出す。対地攻撃には圧倒的な戦闘力を発揮する機体だが。反面敵の空軍戦力には著しく脆い。此方での支援が必要になる。
ネレイドを発進させる谷山。
筅も連れて行くのは。火器管制に集中させるためらしい。そういえば筅は、戦闘では大味な攻撃が目立つ。その辺りを、克服させるのが目的なのだろう。確かに隣に誰かが乗っていたら、乱暴な戦い方は出来ない。
弾薬を補給したところで、ヒドラを離れる。
ご武運をと言い残し。
ヒドラは離陸して、基地に戻っていった。補給を済ませたら、また来るという話だが。それまでに、谷の敵を殲滅しなければならない。
どうやら今日も。
夜中までは、戦闘が続く。
それを覚悟しなければならなかった。
まず基地に着いたところで、シャワーを浴びる。
しばらく無心に湯を浴びて、心に溜まった泥を洗い流した。冗談じゃあ無いと何度も呟く。
敵の意図が分かっていても。
それで腹が立つことばかりは、どうしても止められないのだ。
谷の敵を殲滅するのも、かなり消耗。
更にとって返して。札幌基地と交戦中の青ヘクトルを、背後から強襲。撃滅して、今日の任務は終わった。
札幌基地のシャワーを借りて、今湯を浴びているわけだけれど。
青ヘクトルの猛攻で、札幌基地もダメージを受けていた。挟撃自体は成功したけれど、兵士達は不安がっている。
シャワーから出ると。
女兵士達が、不安そうに話しているのが聞こえたのだ。
青ヘクトルと戦うのは、初めてだったのだろう。
普通のヘクトルだけでも恐ろしいのに。頑強で攻撃力も高い。彼奴ら、何なのよ。そんな声が聞こえる。
元々ヘクトルは、柔軟性が高く、頭上から攻撃してくる難敵だ。人類がどうしても実用性は無いと判断していた人型戦闘ロボットを、フォーリナーは恐るべき存在として繰り出してきた。その戦闘力は登場当初は一個中隊を余裕で凌駕し。今でも、兵士達に恐怖を抱かせるには、充分なレベル。更にそれがパワーアップしたのである。
怖れるのも、無理はなかった。
ギリシャ神話の名高い英雄を名に用いるだけのことはある敵なのである。
札幌基地を歩きながら、被害の状況を確認。
要塞砲は無事だが、外壁にかなりのダメージを受けている。このままだと、札幌基地は危ないかも知れない。
今日黒蟻の大群と交戦したが、あれはおそらく北海道に現れたアースイーターから出現した戦力だとみて良いだろう。青ヘクトルだけでは無く、黒蟻も自在に出せると言う事だ。
敵の輸送船が空間移動能力を有しているのは分かっている。
そこで、ふと気付いた。
まさかとは思うが。
アースイーターに、内部の物資を自在に移動できる能力が備わっていないだろうか。もしそうだとすると、世界中に存在するアースイーターはそれぞれが、輸送という観点でも連結していることになる。
頭を掻き回す。
勝てる目が、考えるほど見つからなくなっていく。
深呼吸すると、フェンサースーツを解除。
生身のまま、周囲を歩くことにする。
夜風に当たる方が、健康的だ。肌も冷えるし、少しは考えもまとまる。流石に北海道は涼しい。
今は、誰とも話したくない。
目が覚めると、病院のベットだった。部屋を出ると、矢島が待っていた。
「良かった。 原田、もう歩けるんだな」
「ああ。 そっちはどうだ」
「今日も酷い戦いだったよ」
嘆く矢島の言葉には、相変わらず変な訛りが入っていて、苦笑いしてしまう。体の方は、そこそこに良い。
勿論、昔だったら、絶対安静だろう。
今は医療技術が、著しく進歩している。死にさえしなければ、だいたいの場合は助かるのだ。
負傷が多い原田だからこそ。
医療のありがたみは良く知っていたし。
故に、死はどういうものなのだろうとも、思う事が多かった。
札幌基地にいること。戦いが連続していることを、矢島が歩きながら話してくれる。軍病院を出てから、まっすぐに向かったのは戦闘シミュレーションルーム。誰も使っている兵士はいないので、さっそく矢島と訓練をする事が出来た。
最近は日高少尉も、訓練に加わってくれることが多い。
まずは二人で一セット。
軽く肩慣らしに、黒蟻の群れ少数と戦う。難易度はノーマルという所だ。
最初から難易度インフェルノでやりたいと矢島は言ったけれど。病み上がりだからと言って、まずは少数の敵から戦う事にした。
この数なら、勝てる。
体が戦い方をしっかり覚えている。
アサルトで近づく敵を確実に牽制しつつ、群れの中にスティングレイロケットランチャーを叩き込む。
矢島は敵の攻撃を確実に防ぎながら、隙を見てスピアを叩き込む。
間もなく、勝利。
まあ、この難易度なら当然だろう。他のレンジャーチームでも、充分に出来る事だ。問題は、自分がいるのが、世界最強と名高いストームだという事である。
敵の数を、少しずつ増やしていく。四回目の戦いが終わったとき。筅と日高少尉が来た。日高少尉は兎も角、筅は珍しい。
「珍しいな。 どうして此処に」
「谷山さんに、ビークル以外での戦い方も身につけろって言われて」
とりあえず、四人で訓練をはじめる。
筅が渡されているのは、リムペットガン。敵に付着し、爆発するタイプの火器だ。使い方は難しいが、最悪の場合は爆発を解除も出来る。そうすることで、誤爆を防ぐことが出来るのだ。
後方から戦術的に戦うには、これが良いと渡されたのだとか。
ビークルは無し。
敵の数は、少し減らす。まずは肩慣らしからだ。矢島はとにかくたくさんの敵と戦いたがるけれど。
勝てない戦いを続けるよりは。
まずは勝てる戦いの経験を積んでいった方が良いと、原田は思うのである。
無心にしばらく戦いながら、難度を少しずつ上げていく。日高少尉も、戦っているのを見ると、確実に強くなってきている。
今までは、原田も日高少尉も、戦闘力はどういっても並。
ストームチームの超人的なベテラン達とは、どうしても戦闘力には天地の開きがあった。少しでも、それを埋めたいと思って、頑張って来た。
日高少尉は、確実に成果が出ている。
原田は。
自分はどうなのだろうと、思った。
難易度をインフェルノに上げる。
激しい戦いの中、連携しながら必死に敵と戦う。しかし数百を超える敵が相手では、どうにもならない。
なぶり殺しにされて終わり。
ベテランが一人でもいれば、話は違うのだろうけれど。
一旦休憩を入れる。
牛乳を日高少尉が買ってきてくれたので、皆で飲み干す。幸い、今の時代。物資だけは、いくらでもある。
シェルターにも、内部で生産工場を抱えている場所が珍しくない。
勿論それだけではない。発展途上国や、再生が遅れていた地域のシェルターは、今とても苦しい状況にある筈だ。
「みんな強くなってるね。 羨ましいなあ」
日高少尉が、笑いながら言う。
確かに矢島の進歩は文字通りの長足だ。この素朴な、方言がどうしても抜けない青年は。フェンサースーツを確実に使いこなしつつある。
文字通り残像を造りながら前線で暴れ狂っているはじめ特務少佐には、どうしても比べられないけれど。
それでも、多分今なら、どこのフェンサー部隊にいても恥ずかしくないほどの実力があるはずだ。
筅も今は、誰もが認めるベガルタ乗り。
いつも筅の勇敢を通り越して獰猛な活躍には、助けられている。
日高少尉はみんなの中心だ。
あの狷介な黒沢でさえ、日高中尉には信頼を寄せているのが、見ていて分かるのだ。
自分は、違う。
何も得意なものがない。
今のシミュレーションでも、撃破数が一番少ない。筅でさえ、冷静にリムペットガンを駆使して、敵を的確に仕留めているのに。
訓練が一段落した後、解散。
カプセルで休む事にする。まだ病み上がりなのだ。少し多めに休憩を取らないと、また医師に怒られる。
その間に、寝ていた間に行われた戦いのデータを見る。
思わず呻いていた。
谷間で、青ヘクトル多数と、近接から殴り合い。
更に黒蟻多数のお代わり。
ついでに、砲撃支援は途中で受けられなくなり。更には敵の増援、青ヘクトル多数と、札幌基地と連携して戦闘。
命が幾つあっても足りないとは、このことだ。
何も考えずに、一旦寝る。
目が覚めてから、食堂に。無心に食事をしていると、涼川中佐が、声を掛けてきた。
「おう、原田」
「あ、はい。 何ですか中佐」
「お前の面倒を見ろって旦那がな。 今は待機状態だから、シミュレーションルームが開いてるだろ。 飯が終わったら、来い」
「分かりました」
急いで美味しくも無いカレーを、腹に流し込む。
シミュレーションルームに行くと、涼川中佐が、準備を終えて待っていた。難易度はいきなりインフェルノである。
そして武器指定をされる。
「え、こんな強力な火器を使うんですか!?」
渡されたのは、スタンピートである。
涼川中佐がいつも愛用している、グレネードを多数ばらまく制圧兵器。元々、単独歩兵での面制圧をというコンセプトで作り上げられた兵器で、作られた当初は失敗作だと判断されていたらしい。
しかしはじめ特務少佐が、扱いは難しいが使いこなせば最強だと明言。
数々の名武器を試験運用してきた彼女の言葉もあって、前線に投入。精鋭部隊が扱うことで、大きな戦果を上げてきたという。
「お前、特徴が無いんだよ。 マルチに活躍できる奴なら、ナナコとか黒沢とかいるからな。 しかも巨大生物に対して敵意剥き出しのナナコや、冷静に判断が出来る黒沢とは、お前はだいぶ違う。 お前も分かってるとおりな」
ぐうの音も出ない。
だが、この人が他人に気を遣うというのも、おかしな話だ。それに、ストームリーダーに言われたとは言え。貴重な休憩時間を費やしてくれているのだ。
「最初は誤爆しても良いから、じゃんじゃん撃ってみな。 半分くらいはあたしが潰してやるからよ」
「は、はあ」
シミュレーション開始。
展開は、涼川中佐が言ったとおりになる。押し寄せる敵の群れを、大威力火器で薙ぎ払う中佐。
ジープを繰って、的確に敵の間を縫い、捕まらない。
最初のシミュレーションでは、殆ど役に立てなかった。だが、涼川中佐は怒らない。スタンピートを誤爆しなかったからだろうか。
「もう少し、斜め上に向けて撃て。 そうすりゃ良く届く。 いっそ、バイザーで弾道計算するのもありだろうな」
「な、なるほど」
「その辺りは、黒沢にでも聞くか、あの三島のタコにでも相談しろ」
この人が、三島さんと犬猿の仲であることは、原田でさえ知っている。
それでも、こういうことを言うという事は。
最低限の連携をしなければ死ぬこと。それに、三島さんを嫌っていても、能力は認めている事がよく分かる。
次の戦いでは、ぐっと難易度を落とし、アサルトとスタンピートのみの装備で、戦場に一人放り込まれる。
敵が十匹程度でも、慣れないスタンピートではかなり苦戦した。どうにか勝つことができたけれど。涼川中佐は難しい顔をしていた。
「進歩が遅いな」
「すみません」
「数をこなせ。 どうにも光るところはあるように思えるからな。 ある程度出来るようになったら、また見てやる」
旦那とゲームセンターにでも行くと言って、涼川中佐はシミュレーションルームを出て行った。
言われたとおり。
原田は夕方近くまで、大威力火器を色々試しながら、シミュレーションを続けた。
4、トラウマ
札幌基地で、また任務を受ける。
今度の戦場は北陸だ。
北陸の中心である新潟基地のすぐ横に、敵が侵攻を開始。青ヘクトルを含む集団で、苦戦中だという。
幸い、ベガルタの整備は完了。
グレイプも、どうにか整備班が間に合わせてくれた。
北海道基地も大変な状況だが。二カ所、アースイーターが陣取っていることで、東海地方と北陸の苦労は並大抵では無い。
すぐに支援を行わないと、かなり危ないのは、理屈として分かる。
ヒドラで移動。
移動している間、弟が、正式に言う。
「これから、新人達の内、何名かはベテランと出来るだけ行動を共にして貰う。 それぞれが、かなり腕を上げてきたからだ。 皆が完全に独り立ちしたと判断した時点で、新人を更に入れて、チームを拡張する」
戦況は、更に厳しくなる。
それ故の処置だと、弟は締めた。
黒沢は香坂夫妻。矢島は私。筅は谷山。三川はエミリー。原田は涼川。そしてジョンソンの下に、日高少尉がつく。
ナナコは元々能力が高いので大丈夫。現状、新人達の中では戦闘力だけを見れば間違いなくトップだ。
池口はというと、多少性格にムラがあるが、マイペースなので問題なし。ネグリングを操作する技量についても問題を感じないので、そのままで大丈夫だろう。必要な場合は、弟が直接面倒を見る。
新人を入れると聞いて、挙手したのは黒沢だ。
「やはり戦闘特化の第三世代クローンですか?」
「まだ何とも言えない。 戦況がこれから更に悪くなっていくのは、皆も肌で感じていると思う。 或いは壊滅した部隊の敗残兵を引き取るかも知れないし、完全に新規で入隊した兵かも知れない。 いずれにしても、あまり大人数は入らないだろう」
弟はそうすらすら応える。
ジョンソンは黙り込んでいる。一度ジョンソンは秀爺を見たが、それだけだ。秀爺も、口を挟まなかった。
今回は弟が具体案を提示しているから、かも知れない。
反対意見は。
弟が皆を見回すが、誰も何も言わない。
元々、ストームはオメガは兎も角、支援要員なども考えるとストライクフォースライトニングよりも更に少人数のチームだ。少数精鋭と言えば聞こえは良いが、実際には扱いがそれだけ腫れ物、という事である。
反逆したら人類滅亡確定とさえ言われる弟に、それだけカーキソンは警戒しているのである。
後方支援の人員も、更に増やす予定だと、弟は付け加える。
これについては、専用機のヒドラを配置する予定になっていると言う。
今まで、戦況に応じて、様々なヒドラを用いてきた。だが、確かに専用機があれば、それだけ動きやすくもなる。
反対意見は、結局出なかった。
戦場に到着。
一旦新潟基地のヘリポートに着地。
其処でビークル類を下ろして、司令官に会う。此処の司令官は、精悍な顔立ちの少将で、弟の事にも敵意を剥き出しにはしていなかった。九州基地では司令官の長沼少将が弟と犬猿の仲で、随分やりづらかった事を思うと、有り難い。
外壁に向けて歩きながら、軽くブリーフィングをする。
そして、外壁から外を見て、呻いた。
既にかなりの数の青ヘクトルが来ている。その背後の、既に敵に制圧されている無人都市には、レタリウスが巣を張り始めているでは無いか。
青ヘクトルの大半は盾を持っていて、それで要塞砲を防いでいるらしい。基地司令官は、アレを見てどう思うかと聞いてくる。
「堅固ですね」
「青ヘクトルは、我々で引き受けます。 後方のレタリウスの駆逐を、お願いします」
階級が下の弟に、そう下手に出ながら、司令官は言う。
今までも、空爆などはしているが。青ヘクトルが邪魔をして、どうにも上手く行かなかったのだという。
幸い、敵が今まで繰り出してきていた飛行ドローンと攻撃機は、今までの戦闘で、対空砲火に重点を置いて追い払ったという。
つまり、敵の高空戦力については、警戒しなくても良いと言うことだ。
ビークルを見て廻っていた谷山が、挙手する。
「あの最新鋭ブルートを借りても良いですか」
そう言って谷山が指さしたのは。
おそらく新潟基地に配属されたばかりだろう重制圧戦闘ヘリコプター、HU04ブルートSA9。
強力なドーントレス重機関砲を装備した、浮かぶ要塞である。
操縦は谷山がして、筅が銃座を管理すれば問題ないという事だろう。
「あれは……」
「谷山は世界最強のヘリパイロットです。 確実な成果を上げられます」
「……分かりました。 良いでしょう」
少し残念そうに、基地司令官は肩を落とした。
おそらく基地の主力兵器として、期待していたものなのだろう。それを援軍として来てくれた、名高いストームとは言え。いきなり使われるのは、あまり気分が良くない、ということか。
作戦については簡単。
要塞砲で青ヘクトルを引きつけている間に、レタリウスを駆逐。
それだけだ。
問題があるとすれば、三川か。
三川は案の定、青ざめている。PTSDになった原因であるレタリウスとの交戦。医師は出来るだけ避けた方が良いと言っている。
以前にも、何度か遭遇戦ではあった。
しかし今回は、多数のレタリウスと、真正面からやり合うことになる。不安そうに一瞥するエミリー。
だが、三川は、首を横に振って、言った。
やりますと。
要塞から出て、移動。
今回は棚卸しされたばかりのRZに不具合が見つかったため、貸し出された旧型のグレイプを指揮車両とする。ただしキャリバンが、その前衛について、盾になる。
修復は終わっているので、大丈夫だ。
問題は青ヘクトルが、此方に殺到してきた場合。
挟撃を避けるためにも、スカウトの二個部隊を、アースイーター近辺に派遣して貰っている。
彼らによる連絡を定時で受けながら、挟撃を避けるために、速攻でレタリウスを片付ける。出来れば返す刀で、青ヘクトルも全滅させる。
作戦は、既に決まっている。
しかし、である。
敵の背後に回り込んでみて、状況が予想よりも遙かに悪い事が分かった。
ディロイがいるのだ。
要塞の死角に、上手に入っている。どうやってここまで来たのかはよく分からないけれど、とにかくいる以上、対処しなければならない。
レタリウスはおよそ三十。今、せっせと巣を張っている状態。レタリウスだけなら、速攻を仕掛ければ、すぐにでも焼き払える。
しかしまさか随伴歩兵に、こんな強力な機体を用意してくるとは。
幸い、他の巨大生物は見かけない。
しかし、この町の地下部分や、死角に潜んでいる可能性も、否定出来なかった。
その上現在、支援できる艦隊は海上にいない。
「一旦作戦を中止しますか?」
黒沢が聞いてくるが、拒否。
やるなら、瞬殺で勝負を決めるほか無い。
「速攻だ。 私が彼奴を潰す。 その間、皆でレタリウスを徹底的に駆除」
私は前に出ると、ディスラプターの状態を確認。
可能な限り速攻で近寄って、ディスラプターを叩き込めば、ディロイといえどもひとたまりもない。
速攻で敵を倒しきれるか。倒されるか。
その勝負だ。
問題は、私が特攻して、ディスラプターを叩き込んで、ディロイを倒した後。ほぼ間違いなく、レタリウスによる集中攻撃を浴びる。一瞬でレタリウスも全滅させなければ、私は糸玉にされて死ぬ。
エミリーが、心配そうに見ているのは、私と三川両方。
三川は平気そうにしているが。
しかし、分かる。無理をしているのが。
動けないのなら、まだ良い。
フレンドリファイアをしてしまったら、間違いなく三川はもう立ち直れなくなるだろうし、この戦いそのものも負ける。
だが、弟は。
開戦に踏み切った。
全員が配置についているのを確認後、私は敵の配置を見て、遮蔽物を利用しながら、ディロイへ近づいていく。
弟が、オンリー回線で通信を入れてきた。
「姉貴、頼むぞ」
「ああ。 レタリウスの集中攻撃を浴びるとかなり危ない。 其方でも、しっかり敵の駆除をしてくれよ」
「ディロイのいる位置へ、狙撃を出来るレタリウスについては、既に割り出しが完了している。 姉貴がディロイを倒した瞬間に、全部つぶせる」
そうか、流石だ。
だがおそらく、問題はその先になるだろう。
レタリウスも反撃してくるのだ。
既に敵の巣が張られている位置もある。敵が黙ってやられてくれると考えるほど、弟も私も、頭の中が花畑では無い。
ディロイの至近にまで到達。
ディスラプターの火力は、ディロイに使い切ってしまう。使い切れば、補充はできなくなる。
後は盾を構えて、全力で後退。以降はガリア砲で支援をする事になる。
この時のために、ディスラプターは一双を準備してきた。二倍の火力で、敵を瞬殺するためだ。
ディロイはどうも休憩時は、地面に伏せているようだ。円盤が地面にくっつき、まるで蜘蛛が座り込んでいるかのようにみえる。
近くで見ると、円盤には複雑な機構も付いている。
前面にあるのは主砲だろうか。プラズマ弾を撃ち込んでくる例が今まで何度かあった。ヘクトルの保有している長距離砲と、これ自体は同じ機構のようだけれど。ただし円盤の内部に格納しているだけあって、火力はヘクトルが持ち歩いているものよりも、数段大きいようだが。
或いは、反重力は、発生させるときある程度のエネルギーを消耗するのかも知れない。
私にはよく分からない。
ディロイの折りたたまれている足には、強烈なレーザー兵器を発生させると見える、球体状の機構が多数ついている。
バイザーでこれらを至近で確認するのは、恐らくは初めてだ。
三島辺りに渡して、解析させれば。
或いは、弱点が見えるかも知れない。
「よし、射程距離に入った」
「カウントに入るぞ」
「任せろ」
弟が、10から徐々にカウントを減らしていく。
ディロイは動かない。
或いは此奴は、索敵能力があまり高くない機体なのかも知れない。だが、それでも。カウントがゼロになり、私が飛び出すと、畳んでいた足を一気に伸ばそうとした。
させない。
ディスラプターの火力を全力で展開。
瞬時に、圧倒的な熱量を、ディロイ円盤に叩き込んでいた。灼熱を浴びせられながら、踊るように廻るディロイ。足がねじれて、凄まじい格好である。断末魔なのか、足からレーザーを大量に浴びせかけてくる。アーマーが、見る間に削られていく。
爆発。
ディロイの円盤が熱量に負け、融解。
足も砕けて、ばらばらと降り注いで来た。
アーマーは全損。
そればかりか、フェンサースーツも、レッドにまでダメージが行っていた。スーツは熱を逃がしきれず、内部は灼熱。
普通の人間だったら、即死だったかも知れない。
パージして、熱量を逃がす。
全身がほてるように熱い。トランク大にまで圧縮されたフェンサースーツが、高熱危険とアラートを出していた。これはもう、着ることは出来ないだろう。
つまり、生身で。
此処から逃れなければならない。
既に戦闘は開始されている。此処を狙えるレタリウスは、全滅したようだが。だが敵は、まだ多数が残っているのだ。
最低限の護身用に準備してきた武器さえ無い。
素手で、此処から脱出する必要があるのだ。
軍服の上からアーマーを付けているが、レタリウスの糸にやられたらアウトである。弟が、通信を入れてくる。バイザーだけは無事だが、これでは敵の大まかな位置しか分からない。
「姉貴、無事か」
「アーマーが全損、スーツもやられた。 今、素手でいる」
「まずいな」
弟によると、レタリウスが複雑に動き始めているという。
安全な脱出経路は、今の時点で確保できないという事だった。既に激しい戦いが始まっていて、青ヘクトルも、新潟基地と交戦を開始している。それによる流れ弾が、飛んでくるかも知れない。
「今、脱出経路を確保する。 出来るだけ動くな」
「分かった。 任せる」
瓦礫の影に隠れる。
今の状態では、黒蟻一匹倒せない。
トランク状のフェンサースーツは自己修復モードに入ったが、当分使う事は無理だろう。ダメージが酷すぎて、ブースターもスラスターも使い物にならない。ガリア砲も、使えるかどうか。
勿論盾も役に立たないだろう。
周囲は、意外に静かだ。
大火力火器がたまに炸裂する音がするが、それ以外は狙撃戦に徹しているから、だろう。身を潜めて、静かに展開の推移を待つ。
怖くないと言えば、嘘だ。
だけれど、これでも散々悲惨な戦況を経験してきた。恐怖は制御できる。身を伏せて、じっと待つ内に。
最悪の事態が来た。
レタリウスだ。
瓦礫の向こう側にいる。巣を破壊されて、逃れたのか。或いは、狙撃のための移動をしているのか。
いずれにしても、至近距離。
声を出すだけで、見つかる。
息を殺して、待つ。
相手も、同じように、気配を出来るだけ消して移動しているようだが。
不意に、レタリウスが動く。
瓦礫の上に上がると、糸を吐く。狙いは、私じゃ無い。誰かを狙っての攻撃だが。外れた。
反撃が来る。
おそらく秀爺だろう。ライサンダーの狙撃一発で、レタリウスが大きくのけぞる。
そしてもう一撃。
誰かが放ったハーキュリーの弾丸が、レタリウスに着弾。
血をばらまきながら、レタリウスが吹っ飛び、地面に力なく倒れた。
呼吸を整える。
通信が入った。
「よし、退路を確保した。 姉貴、戻ってきてくれ」
「今のは」
「三川が囮になった」
そうか。そうだったのか。
私はトランクをひっつかむと、態勢を低くして走る。周囲ではまだ戦いが続いている。この機を逃したら、逃げる事さえ出来なくなる可能性が高い。
瓦礫の影を経由しながら、逃れる。
至近。
蜘蛛糸が着弾。
レタリウスがまだ潜んでいたか。かろうじて直撃は避けたが、冷や汗が出る。瓦礫に潜んで、やり過ごす。相手は飛び出す瞬間を、狙ってきているはずだ。迂闊に動く事が出来ない。
せっかく脱出経路が確保できたと思ったのに。流石に其処までは甘くないか。
不意に飛び出してきたのは、キャリバンである。
蜘蛛糸が飛んでくるが、流石にキャリバンの分厚い装甲は貫けない。盾になって蜘蛛糸を防ぐと、反対側の扉を開ける。日高だ。
「はじめ特務少佐、急いでください!」
キャリバンに飛び込む。
強烈な吸着力を持つ蜘蛛糸を、無理矢理引きはがすようにして、キャリバンが発進。それで気付く。
レタリウス攻略時に使う、蜘蛛糸を弾くタイプのアーマーを張っているのか。
何度か帰路で蜘蛛糸の射撃を浴びるが、キャリバンは耐え抜く。
本陣に逃げ込んだとき、やっとほっとできた。
既に狙撃により、レタリウスも大半が片付いていたが。まだ戦闘は散発的に続いている。レタリウスを片付けても、まだ青ヘクトルが残っている。フェンサースーツの替えが欲しいと、周囲を探す。
こっちに駆け寄ってきたのは、三川だ。
「はじめ特務少佐、無事でしたか!?」
「ああ。 どうにかな」
よく勇気を絞ったものだ。
或いは、これで。ようやく三川は、レタリウスに対するPTSDを、克服できたのかも知れない。
ほどなく、レタリウスの掃討が完了。
まだ新潟基地と交戦中の青ヘクトルがいる。これを背後から奇襲して、殲滅すれば、戦いは終わりだ。
青ヘクトルは既に要塞砲で打撃を受けていたこともあり、背後からの奇襲を仕掛けて、どうにか撃滅することが出来た。
新潟基地の損害はそれなりに大きい。
つまり、青ヘクトルは。EDF基地とまともにやり合えるほどの戦闘力があると言う事だ。
基地内部に戻ってみると、破壊された砲台が幾つか、煙を上げていた。死者も出ていた様子だ。
建物も、幾つか瓦礫になっている。
担架に乗せられた負傷者が、運ばれて行く。殺気だった医療関係者が、怒号を張り上げていた。
替えのフェンサースーツに着替えていた私も、手伝う。
崩された建物に潰された生存者の救助に当たる。重機も動いているが、やはりこういうときにものをいうのは、最終的には人力になる部分がある。幸い、センサーという便利なものもある。
何人かの負傷者を救助。
医療チームに引き渡す。今は、死にさえしなければ、大体は助けることも出来るから、それだけが救いか。
救助作業が一段落。
損害を見て廻っていた弟が、此方に来た。
「姉貴、具合はどうだ」
「私は問題ない。 しかしこれでは、身動きが取れないな」
「全くだ」
アースイーターが出現してから、フォーリナーの戦略の悪辣さに、磨きが掛かっている。しかも、奴らの最終目的は、下手をするともう達成されてしまっている可能性も高いかもしれない。
後は、戦況をコントロールすることだけが目的。
不安要素だけを取り除くための、余技。
今の戦況は、その結果、造り出された可能性も高い。
「近々中国にある敵巣穴を攻撃する作戦が決まったと、先ほど三島から連絡があった」
「彼奴からか?」
「衛星兵器を試すそうだ」
大げさな話だが、しかし地中の相手に、どれだけの効果があるものか。巣の周囲に展開している随伴戦力は、一機に殲滅できるだろうが。
ただ、スカウトが、妙な報告をしてきているという。
巨大生物の巣が、ビルほどもある構造物になっているというのだ。
そういえば、中国の巣にいる巨大生物は、蜂によく似ている。蜂の巣になっているのかもしれない。
日高司令から通信。
東京基地に戻るようにと言う指示が来た。
負傷者の救助もほぼ完了したし、もうこれ以上此処にいても仕方が無い。物資も足りなくなっていた所だ。さっさと戻る事にする。
ヒドラに乗ると、三川が少しだけ、機嫌がよさそうにしていた。
PTSDを克服できたからだろう。
良いことだ。
三川は今まで、爆弾を抱えていたも同じだった。しかし土壇場で勇気を振り絞ることで、どうにかそれを克服することが出来たのだ。
勿論荒療治であり、失敗する可能性も高かったが。
しかし、三川自身が技量を上げ。
レタリウスが放った糸を回避できるほどにまで力を付けて。歴戦を重ねて、ついに此処まで上り詰めた。
それは努力の賜であり。
とても尊い事だと、私も思うのだ。
ヒドラはまっすぐ東京基地に戻るのでは無く、若干東側に迂回して、空路を行くことになる。アースイーターの支配地域を避けるためだ。
もはやアースイーターは。
出現したら、手の打ちようが無い存在に、なりつつあった。
東京基地に戻った後、弟と一緒に、幹部会議に出る。
ボイスオンリーの参加者が多くなっている。アースイーターの出現によって、通信妨害が酷くなっているためだ。
そして、幹部からも、欠ける者が出始めていた。
少し前に、EDF海軍の第十二艦隊が壊滅した。アースイーターが直上に出現し、逃げ切れなかったのだ。
指揮官をしていたシャウット少将は戦死。
剛胆な男だった。旗艦と運命をともにした事がカーキソンの口から直接皆に伝えられると、嘆息が漏れた。
少将以上の戦死者が出ることは、もはや規定の未来だった。
各地で基地が陥落しているのだ。
既に准将も六名戦死している。これから高級士官も、次々に戦死していくことになるだろう。
第十二艦隊の残存戦力は、第八艦隊に合流。
以降は、遊撃作戦を行う事になる。
海路も、次々寸断されている。
スエズ運河も少し前に、アースイーターに制圧された。パナマ運河はまだ無事だが、それもいつまでもつか。
「これ以上、敵の好き勝手にはさせられん。 効果的に戦力を削ぐためにも、中国地区の敵巣穴を叩く」
カーキソンはそう声を張り上げるが。
此処にいる全員が分かっている。
それは敵の想定内の行動だと。
戦力を削ぐために、わざわざ見せびらかすように、巣穴を露出させているのだ。大軍が集結したところで、アースイーターにでも襲われたら、もはや手の打ちようも無くなる。しかし、それでもやらざるを得ない。
各地で四足が出現し、暴れ回っている報告もある。
南米では、二機の四足が連携して各地で攻撃を繰り返しており、多大な被害が出ていた。一機はストライクフォースライトニングが倒したが、もう一機はリオデジャネイロに居座り、青ヘクトル多数を従え、我が物顔に振る舞っている。
しかも四足は護衛として蜂を多数従えており、飛行ドローンや攻撃機も四足の周囲に展開。
少数精鋭での接近肉弾攻撃も、難しくなってきていた。
カーキソンが不機嫌そうに、小原博士に話を振る。
「小原博士。 アースイーターの解析は」
「現在回収した残骸から、解析を進めています。 幾つか分かってきたことがあります」
小原博士は、目の下に大きな隈を作っていた。連日徹夜で研究を進めているのだろう。無能と揶揄されることも多い小原だけれど、兵士達がこの姿を見たら、口をつぐむことは間違いない。
無能だとしても。決して無為に日々は過ごしていないのだ。
「どうもアースイータは、単位ごとの戦力として独立している様子です。 少なくとも、より大きな単位に、小さな単位から通信を送っている様子はありません」
「つまり、どういうことだ」
「ウイルスなどで一網打尽にすることは不可能だと言う事です」
また、コアブロックを破壊することで、小単位をまとめて破壊することも出来るが、破壊できるのは周囲数ブロックのみ。
他のアースイーターには何ら悪影響も出ない。
もしも、アースイーターを倒すのであれば、無限とも言える物量の攻撃に耐えながら、倒し続けるしか、現状では手立てが無い。
「上位単位に何かしらの手段で攻撃は出来ないのか」
「今、解析中です。 そもそも一種のクラウド化をしているのか、何かしらの主体的な統率者が存在するのかも、よく分からない状態です」
「おのれ……」
カーキソンが眉間に皺を寄せて、拳をデスクに叩き付けた。
日高司令が、咳払いをする。
「小原博士、解析を進めてくれ。 小原博士のチーム以外のEDF科学班は、兵器の強化に専念して欲しい。 敵の上位兵器の解析も進めて、それに通じる武器を作り上げるのが急務だ。 現状では、敵の新型に対して、著しく大きな被害を出してしまう」
「分かりました。 可能な限り急ぎます」
会議が終わる。
今の時点では、有効打も無い。悪い報告ばかりが上がってくる。
この東京基地も、いつまで無事でいられるかどうか。
近隣のシェルターでも、不安の声が上がっているらしい。フォーリナーが降伏を受け入れてくれるなら、そうしたいという者達まで出始めているようだ。
そんな事を受け入れてくれる相手なら、どれだけ楽か。
相手にしてみれば、此方は猛獣も同じ。
戦闘用奴隷以外の用途は見いださないだろうし、数も徹底的にコントロールされるはず。つまり家畜と変わりない。
地下の彼奴は。
そんな状況に人類が置かれるのを、良しとしなかったから、手を貸してくれた。それなのに、その助力を無碍にするのか。
弟が来た。
「姉貴、良くない知らせがある」
「またか。 もう良い知らせの方が少ないな」
「そういうな。 どうやら海上にて、マザーシップとは違う敵の大型飛行兵器が確認されたらしい。 ほんのわずかな時間だけ確認されたようだが、油断できない新型だと考えて間違いないだろう」
もはや何でもありか。
オーストラリアはまだ陥落を免れているが、それも時間の問題。
EDFに残された時間は少ない。
「今のうちに休んでおいてくれ」
「姉貴はどうする」
「原田や矢島のトレーニングにつきあう」
地下の彼奴と融合してから、やはり体調は不自然なほどにいい。というよりも、私はおそらく、もう。
人間ではなくなっているのだろう。
元々人間かと言われれば、かなり怪しいところがあった。だが、最近の体調を考えると、なおさらである。
この状態の私より、更に戦闘力が上なのだから、弟には恐れ入るばかりだが。
少なくとも体力については、今は私の方がありそうだ。
「無理はするな」
「お互いにな」
ひらひらと手を振ると、私はトレーニングルームに向かう。
もう新人と呼べない部下達を、少しでも鍛えるために。生存率を上げるための、ささやかなあがきだ。
(続)
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