アースイーター襲来
序、失われる空
かろうじて北京基地に逃げ帰ったけれど。
敵巣穴への攻撃どころでは無くなった事だけが、確かな実感としてあった。新種の兵器が、一度に三つも投入され。その内の一つは、危険度が尋常では無い。マザーシップよりも、桁外れの存在だと、明らかだった。
すぐに本部に連絡を入れる。
日高司令も、青ざめている様子だった。
「世界中至る所で、同様の兵器が確認されている。 蜂の攻撃で疲弊したEDFの基地を、直接狙ってきている場所もあるようだ。 戦略上の要所ばかり、確実に抑えに来ている」
今のところ、あの新型兵器が現れた地点だけでも、世界中のあらゆる所が表示されてしまっている。
能力も分からない凶悪兵器。
更に艦載機も、今までの飛行ドローンとは性質が違う。対地攻撃に特化した、攻撃機に近い存在だ。
すぐにバイザーからデータを送る。
本部としても解析を急いでいるようだが、間に合うのか。
間に合ったところで、どうにかなるのか。
弟がきた。
「姉貴、ビークル類の損害が深刻だ。 スカウトにも、あれが現れたらすぐ撤退するように指示を出したが……」
「問題があるのか」
「ああ。 強烈な通信妨害がある。 間違いなくあの新型兵器によるものと見て良いだろうな。 流石にEDFの通信網を傍受まではされていないようだが」
今まで、EDFは各地で緊密な連携を取り、戦略面でも戦術面でも上を行く相手に、かろうじて戦闘を継続してきたとも言える。
それがこの状況である。
あの浮かぶ壁のような兵器は。
空を奪うだけではなく。EDFの耳も奪っていったと見るべきなのかも知れない。
本部から、戦術士官が連絡を入れてくる。
「以降、敵の新型を、アースイーターと呼称します」
「それで、どう対抗する」
「現在検討中です」
それだけのために通信を入れてきたのか。
怒鳴りたくなったが、戦術士官に罪は無い。なにしろ、マザーシップを遙かに超えるとんでもない最終兵器の登場だ。あれが地球全土を覆ったとき、完全に戦況は敵のコントロール下に落ちる。
そうなれば人類は。
完全に制御された状況で、永遠に巨大生物と殺し合わされる、戦闘奴隷に転落だ。
相変わらず北京基地の司令官は意識を手放したまま。
此処を放置して、撤退する事も出来ない。どうにか近くのシェルターからは退避作戦が始まったが。
それも、まだまだ途上なのだ。
巨大生物が現れた場合、対処するのは。間違いなく、傷ついているストームで。しかも、あのアースイーターが、現れる可能性が高いのである。
「姉貴、悪い知らせだ」
「何だ」
「救援予定のシェルターの直上に、多数の飛行ドローンが襲来した。 ヒドラが近づけないと報告を受けている」
舌打ち。
確実に領域を広げているアースイーター。案の定、シェルターの上部に出現した例も報告されていて、脱出が絶望視されている場所もあるという。
アースイーターには、ジェノサイド砲に似た強力なレーザー兵器が装着されている場合もあるとかで、もはやシェルターに潜んだ人々は逃げるすべも無い。
EDFは反撃作戦を準備していると言うが。
それも、何処まで機能するか。
ダイソン球という概念がある。
恒星などを丸ごと覆うことで、そのエネルギーの全てを利用するという技術。SFなどでは古くから考えられていて、恒星のエネルギーを無駄なく使うにはこれが最適だとも言われていた。
敵は、地球で同じ事をしようとしている。
逆に言えば。
それくらいは容易に出来る文明の持ち主という事だ。
まだ補修が中途なビークルをかり出して、現地に向かう。途中、日高司令と、小原博士が、通信を入れてきた。
「気をつけて欲しい。 各地でアースイーターが出現している。 交戦した部隊の報告によると、君達のデータ同様、相当数の艦載機を収容しているようだ。 空にマザーシップを敷き詰めるようなものだという調査結果さえ出ている」
「フォーリナーの文明規模がこれほどとは……」
肩を落とした様子で、小原博士が嘆く。
小原も、この間、私が真相を話した場にはいた。だから予想は出来ていたはずだ。この程度の事は、敵がやってきてもおかしくないことは。
人間だって、凶暴な動物は隔離して管理する。
ある程度の知能があっても、それは同じ事だ。
アースイーターは、地球という危険地帯を覆う檻。その中で、戦闘目的の実験だけが、延々と行われる事になる。
地下の彼奴は、それを許せないと考えた。
正義感が強かったからだろうか。
否。彼は、おそらく。
いや、推察しても仕方が無い。とにかく今は。人類は彼の手で奇跡的に足並みをそろえる事が出来て、ある程度の技術も手に入れている。フォーリナーを前大戦で撃退後は、その技術の一部も獲得した。
手持ちのカードは、あるのだ。
その範囲内で、やっていくしかない。
飛行ドローンの群れを確認。
空軍の支援は全く期待出来ない。各地に蜂の群れが出現している上、アースイーターから出現した攻撃機型の艦載機が、EDFの地上部隊に甚大な損害を与えている。今のところファイターが善戦しているが、その優位もいつまで保つか。
アースイーターに覆われた地域では、もはやファイターは活動できないも同じ。
それに、フォーリナーから見れば、ファイターは小賢しい蠅。いずれ、叩き落とすための準備くらいはしてくるはずだ。
現地到着。
弟が、指揮を開始。
「池口軍曹」
「はいっ」
最優先で修復させたネグリングは、既に所定の位置についている。
ネグリングの側には、ミラージュを装備させたエミリーと三川。この誘導兵器を中心として、今回は作戦を行う。
弟が指示をしていくが。やはり嫌な予感はしているようだ。
フォーリナーの目的を鑑みるに、わざわざ旧型の飛行ドローンを出してくるわけが無い。これは罠か、アースイーター到着までの抑え。
いずれにしても、待機しているヒドラでピストン輸送を行うには、ドローンを撃滅するしかないのだ。
秀爺には、ハーキュリーを持って、近くのビルに潜んで貰う。
というのも、イプシロンの損害が酷く、今回は使えないのが一つ。もう一つは、飛行ドローン相手にイプシロンを用いるのは、過剰という事もあるからだ。
弟もハーキュリーを装備。
新人達全員にも持たせる。
傑作量産銃であるハーキュリーは、使いやすく威力が大きい、今後EDFで主力となる事が確実の品である。
流石に本部も、なりふり構っていられなくなったのだろう。
この間のヒドラで、大量に送ってきた。
北京基地で籠城している他の部隊にも、行き渡っている。多少はこれで、戦況が楽になるかも知れない。
「ネグリングとウィングダイバーを守りつつ、確実に敵を撃破する」
「質問です、ストームリーダー」
黒沢が挙手。
理論派の黒沢は、周囲を見回して、疑念を口にする。
「わざわざ此処を選んだ理由は何故ですか」
側には高架がある。
この辺りも、まだ復旧が進んでいない地域。高速道路を作る計画が持ち上がっていたのだが、二度目の飛来を果たしたフォーリナーにより、中止されてしまったのだ。射線が遮られると、黒沢は考えたのだろう。
しかし、逆に言えば。
敵の射線も、遮られるのだ。
「飛行ドローンだけで、敵が済むとは考えられない。 それが理由だ」
「なるほど、納得しました」
「他に質問は」
少し悩んだ末に、原田が挙手。
平々凡々な青年は。ここのところ、苛烈な任務で悩むことも多かったようだが。今日も疲れが溜まっているのが見て取れる。
「どれくらい、時間を稼げば良いのでしょうか」
「ヒドラを守りつつ、十二時間半という所だ。 今回、十二機のヒドラが来てくれることになっている。 このヒドラでピストン輸送を行えば、シェルターに避難している八万ほどの人々を救出できる」
「十二時間半……」
私は、実際にはもっと長くなりそうだなと思った。
敵の飛行ドローンについては、すぐに排除できるだろう。だがあの攻撃機型とアースイーター、それにワープする輸送船が現れた場合、対処が出来るかは極めて微妙になる。全員を、救出は出来ないかも知れない。
他に質問は。
弟が見回すが、他には無い。
三川を、日高少尉が元気づけているのが見えた。こんな戦況でも、日高少尉は笑顔を絶やさず、周りを元気づけている。
良い事だ。
得がたい人材である。
全員が配置についたのを見届けると、弟がハーキュリーで、最初の一射。一射確殺の言葉通り、撃墜した。
飛行ドローンが此方に気付く。
だが、敵に主導権は渡さない。
一斉攻撃開始。
ネグリングから放たれた誘導ミサイルと、ミラージュの誘導ビームが、次々に飛行ドローンに襲いかかる。
動きを止めたもの、此方に来ようとするものには、ハーキュリーからの容赦ない射撃。新人達は流石に一射確殺とはいかないが、弟や秀爺、ジョンソンの射撃は違う。他とは段違いの精度で、確実に飛行ドローンを潰して行く。
数もさほど多くは無い。
だが、このままで済むはずが無いと、私は確信していた。
時々此方に飛んでくる飛行ドローンを、スピアで叩き落としながら、状況を念入りに観察する。
やがて、敵の飛行ドローンは消滅。
レーダーからも敵反応は消えた。
「此方ヒドラ。 これよりシェルターの救援作業に入る」
「急いでくれ」
弟も、察しているはずだ。
すぐにヒドラに来て貰う。シェルターに隠れ潜んでいた人達を救出開始。長い隠遁生活で疲れている人も多いようで、医療物資も不足しそうだったと、中の代表者に文句を言われた。
中にある使えそうな物資も、ヒドラから出てきたフォークリフトや重機を使って、運び出していく。
今後、衣料品や食糧は、どれだけあっても足りない。
内部で最後の警備をするべく護衛に当たっていたEDFの部隊も出てきた。そのまま、避難民と一緒に、次のシェルターに移るらしい。
元々この最終護衛部隊は、あまり戦闘力も高くなく、装備も劣悪。
最後の事態が来たとき、最終脱出経路から民間人が逃げ出す時間を稼ぐだけの任務しかない。後はシェルター内の治安維持。
どちらにしても、精鋭がする仕事では無いので、練度が低かったり、或いは問題がある人員が配置されることが多い。
日高少尉やナナコも其方に最初回されていたようだが。
それは関西方面での戦線が錯綜していたためだ。
護衛部隊の隊長が来る。
敬礼をかわして、今後の事について話す。ヒドラの第一陣が出立。すぐに第二陣が来る。十二機用意されているヒドラは、六機ずつ順番で人員の輸送を行っていくのだが。中途の制空権も、いつまで守れるか分からないのだ。
「新しい敵兵器も出てきたとかで、シェルターの人々も不安になっていました。 名高いストームに救援に来ていただいて、本当に心強いです」
「有り難う。 だが今は、安全圏にあるシェルターに、急いで避難することだけを考えて欲しい」
「イエッサ!」
敬礼をかわすと、隊長はすぐに避難民の誘導に戻る。
第二陣のヒドラがきた。
小走りで来たのはナナコだ。表情が乏しいナナコだが。急いでいる様子から、ろくでもない事が起きたのは明白である。
オンリー回線をつないでくる。
スカウトより先に見つけたという事は。
それだけ距離が近いと言うことだ。
「南部にいるアースイーターから、攻撃機多数が発艦。 此方に向かっている様子です」
「来たな。 迎撃する」
ヒドラにとって、攻撃機は天敵だ。
襲われたら、間違いなく落とされる。中途で確実に仕留めないと危ない。すぐに全員に声を掛ける。
「敵が此方に向かっているが、全て我々で叩き落とす。 避難を急いで欲しい」
「えっ!?」
「急いで欲しい。 我々も、避難が早く済む方が、それだけ全力で戦える」
護衛部隊の隊長に、避難誘導を急がせる。
避難民を不安にさせないようにすることは、彼らの仕事だ。此方の仕事は、向かってくる敵を、殲滅すること。
幸い、敵攻撃機は、射程距離がそれほど長くない。
途中で防衛線を張って、全て叩き落とせば、充分だ。
だが、勿論。敵はそれだけでは、済ませてはくれないだろう。
弟と一緒に急ぐ。
この辺りの街は、何度かの戦いで、ズタズタに傷ついているが。それでも遮蔽になるビルは存在している。
攻撃機のデータを取る良い機会でもある。
前回の戦いでは、ろくにデータが取れなかったのだ。全世界で苦しい戦いをしている味方のためにも。
此処で、踏ん張らないと行けない。
弟が、全員と通信をつないだ。
「この辺りで良いな。 ビークルを展開。 此処にいる全員でつるべ打ちして、敵を叩き落とす。 池口はあの辺りに。 秀爺、狙撃ポイントは確保できそうか」
池口は後方に。
グレイプは今回、北京基地から少し古いものを引っ張り出してきている。耐久力には期待出来ないが、無いよりはマシだ。それよりもキャリバンを横にして、それを壁にする。ネグリングは少し後方。
廃ビルに、エミリーが上がる。
三川は判断が難しいだろうと言う事で、矢島とセットで。矢島は高高度強襲ミサイルを撃ちながら、敵が近づいてきたら盾で味方を守る。エミリーと三川はミラージュで援護。谷山は後方でバゼラートに乗り、防衛網を突破してきた攻撃機を潰す。
敵攻撃機が、編隊を組んで迫り来る。
私はガリア砲を。
レンジャー部隊はハーキュリーを構え。
射程距離に入った瞬間。
攻撃を開始した。
先頭の攻撃機が消し飛ぶ。だが、敵が予想以上に早く、射撃を開始する。連射されるビームは凄まじい射撃密度で、確実にキャリバンの装甲を削り取っていく。敵の射程距離が、予想より広い。
ネグリングがミサイルを発射。
ミラージュも攻撃を開始。
攻撃機は、破壊されることを怖れない。次々、落とされながらも、突っ込んでくる。大威力の狙撃ライフルであるハーキュリーの弾を浴びると流石に落ちるが、数が数だ。しかも、相手は後方に下がれないことを承知の上で、確実に此方を削りに来ている。
私も射撃精度が上がっていて、ガリア砲での射撃はまず外さない。
だが、場合によっては盾で皆を守らなければならず。攻撃の速度は、著しく落ちざるを得ない。
「此方谷山」
通信が来る。
悪い予感しかしない。
「攻撃機の一部が、迂回して此方に向かってきています。 迎撃に向かいます」
「どうにかなりそうか」
「どうにかしますよ」
これで、最終防衛ラインは切られた。というよりも、明らかに此方に精神的圧迫を加えるための陽動だ。
その証拠に、前からの圧力が倍加する。
一機、低空飛行で猛射を抜けてくる。
放たれる高密度ビームが、キャリバンの側面を直撃。見る間に強力な装甲を引きはがしていく。
赤熱するほどの凄まじさだ。
私が即応して、ガリア砲で叩き落とすが。
まずい。
誰が言わなくても分かる。此奴の火力は、飛行ドローンの比では無い。このままでは、あまり長い時間は保たない。
戦術士官から、通信が入る。
「ストームチームが交戦中のアースイーター、勢力を拡大中。 全世界で同様に、アースイーターの支配地域が拡大を続けています」
小原と日高司令の呻きが聞こえた。
敵攻撃機を、とりあえず見える範囲内では全て片付けた。呼吸を整えながら、キャリバンからアーマーを取り出させる。
原田が手際よく動いていて、感心した。
「黒沢、日高少尉、此方を!」
「感謝します」
黒沢が、いそいそとアーマーを変える。その間もナナコは、望遠レンズを覗き込んで、敵の動きを観察していた。
通信が断続的に入ってくる。
東南アジアの敵巣穴を潰したオメガチームは、一旦欧州に帰還。ストライクフォースライトニングも、同じように北米に一度戻った。
それだけアースイーターが広範囲に出現していて、本来の防衛範囲をカバーできないからだ。
各地で蜂との戦闘で疲弊したEDFは、アースイーターの猛攻に、体勢を立て直せずにいる。
「奴らの文明規模は、この間確認したとおり、天の川銀河を支配するに相応しい代物なのだな。 このアースイーターは惑星規模の兵器。 このようなものを運用すると言う事は、神に等しい存在だと言う事だ」
「何か、対抗策はありそうか」
「ない」
日高司令に、小原が即答。
それはそうだろう。
私だって、このようなものとの戦いで、どうしていいのか分からない。ただ、日高司令は、取り乱してはいなかった。
「苦しい戦況だが、少しずつ勝機を探っていくしかない。 ストームチーム、交戦した相手のデータを送ってくれ。 確実に弱点を探し出し、フィードバックする。 やがて、敵を滅ぼすための作戦案は、必ず立てる」
「イエッサ」
弟は、短く。
それだけ応えた。
敵を観察していたナナコが、警告してくる。
「第二波、来ます」
「迎撃する」
弟が即応。
今度は、アースイーターから飛び立った敵は、かなりの広範囲に散らばって、此方に向かってくる。
包囲しつつ、後方に廻るそぶりを見せて、圧迫を掛けるつもりだろう。
谷山は側面にいる敵部隊との交戦で手一杯らしく、通信を入れてこない。
ヒドラは。
後方の状態を確認するも、まだ避難は半分も終わっていない。これでも、ペースを上げてはくれているのだろうが。
急いでくれと、何度も心中でぼやいた。
敵が射程距離に入る。
一斉攻撃を開始するも、ネグリングでの射撃効率が著しく落ちる。ミラージュも同様だ。それに対して、敵は先以上の数。
圧倒的な猛攻が、此方の戦力を、見る間に削り取っていく。
勿論弟の射撃精度は尋常では無く、片端から敵を落としていく。秀爺はそれ以上の速度で、敵を潰して行く。
対空戦が苦手な涼川も、時間さえ掛ければ敵を落としてみせる。
だが、敵の攻撃と火力は、それ以上だ。
「キャリバン、もう保ちません!」
日高少尉が、悲鳴を上げた。
後方の避難は、まだ終わっていない。
此方がやるしか無い事を分かった上で、敵は悠々と圧力を掛けてきている。多少の戦力が削られる事なんて、意にも介していない。
あの巨大なアースイーターは、六角形の一ブロックが、計測によると一辺150メートル。
それに様々な攻撃兵器が満載され。
一部には攻撃機などを搭載したハッチブロックも確認されている。
秀爺が通信を入れてきた。
「ハッチを狙ってみたい。 少し皆に任せて良いか」
「頼みます」
無言で私が前に出る。秀爺はライサンダーに切り替えると言う事だから、余計時間を稼がなくてはならない。
ブースターを吹かし、突貫。時間を稼ぐためだ。当然私に敵の火力が集中してくるが、それは機動戦で動き回りながら、攪乱を実施。
それでも。
正確無比な攻撃は、此方の装甲を容赦なく削っていく。
弟が援護射撃してくれるが、なお難しい。巨大生物の群れに飛び込むより、きついかも知れない。
空が光り。
至近で爆裂。一度や二度では無い。
アースイーターの大砲の、射程距離に入ったのだ。
だが、それは好都合。隙を見ながら、攻撃機にガリア砲を叩き込む。爆裂する攻撃機の煙幕を盾にしながら、立ち回り続ける。
冷静にアーマーのダメージを確認しながら、周囲を走り周り。
その時がきた。
秀爺のライサンダーの射撃が。ハッチから飛び出した瞬間の攻撃機を貫いたのである。
爆裂すると同時に、アースイーターのハッチブロックに、大きなダメージが入るのが、遠くからも見えた。
更にもう一撃。
火を噴きながら、ハッチブロックが爆裂していく。
おそらく、中に格納されていた攻撃機に、引火したのだ。
砕けながら落ちていくアースイーター。
しかし、破砕したのは、一ブロックだけだ。
更に、もう一つのハッチを、同様にして落とす。敵攻撃機が、明らかに混乱しているのが分かった。
「なるほどな」
「秀爺、何か分かったか」
「アースイーターそのものはバリアを張っているとみて良いが、攻撃機能を守る事は出来ていない様子だ。 つまりアースイーターのバリアは、マザーシップのそれや、シールドベアラーよりも性能が低い。 試してみることがまだある」
秀爺の射撃。
アースイーターに鈴なりになっている大砲が、次々に爆裂四散。
なるほど、あれならば、充分にたたき落とせるというのか。
「敵の勢い、半減しました」
「よし……」
ナナコの言葉に、私は機動戦を続けながら、思わず呟く。
つまり敵は強力無比な大規模艦隊だが、一隻一隻の性能は、マザーシップよりも遙かに落ちる。
敵が新規攻撃機の射出を停止。
この隙に、残敵を全てたたき落とす。私もガリア砲で、目につく敵の大砲を落としながら、下がった。
まだまだ、やれる。
アーマーを取り替えさせる。私自身も、フェンサースーツのアーマーを取り替え。キャリバンのアーマーも張り替えさせた。
呼吸を整えながら、状況を確認。
まだ矢玉は尽きていない。
「ヒドラ第四編隊発進!」
「避難を急いでくれ。 此方も敵を食い止めるのに限界がある」
「イエッサ!」
後方部隊も、頑張ってくれている。
ガリア砲を冷やしながら、私は弟と、オンリー回線を開いた。
「どう思う」
「アースイーターは、まだ慣らし運転の段階だな。 まだまだ敵の戦力は未知数だとみて良いだろう」
「思い切った攻撃に出てきたものだ」
「ああ。 姉貴も気をつけてくれ。 ここから先、敵の攻撃は、更に苛烈になると見て良いだろう」
新人達を休ませる弟。
自身は前に出ると、ハーキュリーで、アースイーターの構造物を片っ端から叩き落としはじめた。
大砲はどれもこれも、やはり破壊可能だ。
ただ敵の装甲板そのものには、まるで歯が立たない。秀爺も同様にしてライサンダーで叩いているが、装甲には傷一つ付けられなかった。
装甲の性能に関しては、マザーシップより上か。
私も途中から、ガリア砲で参戦。
射程内の敵構造物を、全て剥ぎ取ってしまう。これで多少は、戦いがやりやすくなるはずだ。
二時間ほどは、何も無し。
いきなり状況が変わったのは、その後である。
不意に、アースイーターが消滅したのだ。代わりに、空から、無傷のアースイーターが落ちてくる。
空を覆っていく、無傷の大砲と発着ハッチ。
涼川が呻いていた。
「おいおい、お代わりかよ」
「空間移動する輸送船と同じ原理だろうな」
仕切り直し。
また、激しい防御戦の開始だ。しかし、今度は先ほどまでとは違う。ハッチが開いた瞬間、秀爺が即応。ハッチごと、攻撃機を爆砕。粉砕されて落ちていく敵ハッチ。しかし、敵も黙っていない。
秀爺が伏せていた辺りに、射撃が集中。
爆裂が連鎖する。
私と弟が、冷静に攻撃機と、大砲を粉砕しつつ、秀爺に通信を入れる。しばしの沈黙の後、秀爺が返信してきた。
「大砲をまず削いでくれ。 今ので、敵の大砲の射程距離は分かった」
「それより、無事か」
「アーマーは全損したがな。 すぐにアーマーの張り直しに向かう。 時間を稼いでくれるか」
「任せろ」
戦いが、苛烈さを増していく。
第三波を退けて、アースイーターのハッチを叩き落として。攻撃機を全て粉砕して。疲労困憊しているところに、更にお代わりが来る。
文字通り、無限大の物量。
乾いた笑いが漏れてきた。
「此方ヒドラ。 民間人の避難は完了した! ストームチームも、撤退して欲しい!」
「ようやくか」
「苦しい戦いだったと思う。 貴殿らの敢闘に敬意を表する!」
弟が、撤退と叫んだ。
下がりながらも、アースイーターの大砲は全て叩き落としていく。如何に際限の無い物量を敵が有しているとしても。
少しでも破壊しておけば、必ず味方が有利になる筈だ。
そう、信じて。
1、撤退継続
北京基地にどうにか逃げ帰るが。
味方の損傷は、増えるばかりだ。一旦極東に下がらせたペイルチームも、人員の補充が出来る見込みがない。
それだけではなかった。
アースイーターは、我が物顔に、各地の基地上空に出現。
既に十五を超えるEDF基地が、アースイーターによって飲まれ、粉砕されてしまった。
火力が凄まじい。
物量が凄まじい。
倒しても倒しても代わりが来る。
これでは、如何に要塞砲や対空砲を多数備えている基地であっても、ひとたまりもない。しかもアースイーターの中には、小型化したジェノサイド砲を装備しているものまで存在している。
それらが発射されてしまうと、もはやなすすべがないようだ。
北京基地に戻った途端、私と弟、ジョンソンに声が掛かる。
幹部会議だ。
もうボロボロの司令部ビル。何度かの蜂による猛攻を修繕できていないのだから当然である。地上部分は半ば放棄。地下の施設を使って、ホログラムによって会議に参加する。狭苦しい倉庫のような部屋で、大柄な弟とジョンソンは、入るときに窮屈そうにしていた。
会議が始まるが。
カーキソンをはじめとして、首脳部は皆顔を青ざめさせていた。
大混乱しているEDF首脳部だが。まだ兵力をかき集めれば、反攻作戦そのものは可能だ。
問題は、マザーシップ戦での打撃から立ち直る余裕を、敵がくれないことにある。
各地の基地の地下にある工場はフル活動していて、新規の弾薬や兵器は、どんどん投入されてきている。
これらの工場は、殆どの場合無人化されていて、人員の損耗は心配しなくても良いのだが。
問題は、基地ごと工場が潰されてしまうようなケースだ。
事実、かなり規模が大きかったハワイ基地でさえ、ひとたまりも無かったのである。
「アースイーターは、一度出現すると、どれだけの物量を投入しても、その地点を死守するようだ。 そして、少しずつ連結を増やして、確実に支配地域を広げていく」
私達が交戦した相手なども、データに出てきた。
バイザーに表示される交戦データは、それぞれ本部の解析班が、次の戦いに役立てているのである。
そして、アースイーターの拡大も、図に示される。
露骨に、世界中に拡がりはじめている。
「まるで機械で出来た伝染病だな」
カーキソンが吐き捨てる。
ジョークを言っている様子は無い。本気で不愉快になっているのが、声からも明らかだ。せっかくここまで戻した形勢を、瞬時に逆転されたのだから、当然だろう。
「アースイーターの出現と同時に、マザーシップも活動を活性化。 四つ足を多数投下しているだけではなく、ヘクトルも各地に投入しています。 まだ未確認ですが、その中には新型も混じっているようです」
「残りのマザーシップは三隻だな」
「はい。 しかしアースイーターをどうにかしないかぎり、マザーシップに大兵力を投入するのは厳しいかと」
現実的に言ったのは、EDFでも日高司令を含め、四人しかいない大将の一人。参謀長マルレインだ。
マルレインは前大戦で欧州戦線のナンバーツーだった人物で、欧州が壊滅する中、生き延びて指揮を続けていたという点では、北米のカーキソンににた経歴である。というよりも、今のEDF最高幹部は、だいたいそう言う経歴の者で占められている。
マルレインはカーキソンと違い、大戦の後も太らなかった。
フォーリナーからの鹵獲技術でステージ3の癌を克服。何度かの大病にも屈せず、勤務を続けている、苦労人でもある。そのためか、やせこけた長身の彼は、目の下にいつも隈を作っている。
日高司令が挙手。
大将になったのはつい先日。だからか、皆に対して、多少口調がえらそうになっていた。威厳を作るための工夫だろう。
「奴らが神に等しい存在だろうが、諦めるわけにはいかない。 幸い、攻撃も通用する事が分かっている。 ストームチームの交戦データによると、脆い部分であれば、撃墜することも可能だ」
「問題は敵の物量だが、崩すための作戦は」
冷静に言うのは、マルレインである。
現在、全力で敵を解析中と、日高司令が応じた。
ため息が漏れる。
誰もが分かっているのだ。
このまま殴り合えば、力尽きるのは人類だと言う事は。
最高幹部の全員は、この間私が真相を告げた。フォーリナーは、文字通り天の川銀河の支配者なのである。
その気になれば、この地球を一瞬で消滅させる武力を投入することも出来る。奴らにしてみれば、戦況をコントロールするために必要な戦力を投入しているだけで、それ以上でも以下でもない。
挙手したのは、もう一人の大将。
EDF最高幹部の紅一点と言っては聞こえは良いが、実際には既に老婆になっているヘンツィン大将である。
彼女も他と似たような経歴で、中央アジアで巨大生物との消耗戦に勝ち抜き、生き延びた。
非情に狷介な性格の彼女を見ていると、ほのかが如何に温厚な人なのか、よく分かって面白い。
「負けを認めるわけではありませんが、総司令部の移動について協議は進めておきましょう」
「少し早いのでは」
「マザーシップとアースイーターの同時攻撃を浴びた場合、総司令部でも落とされますよ」
苦言を言おうとするカーキソンに、ヘンツィンは冷静に告げる。
口をつぐむカーキソン。
ただ、これは誰かが言わなければならないことだった。
元々、EDFは前回の大戦の反省を踏まえ、泥沼化した場合に備えて、司令部機能を分散している。
なおかつ、総司令部が落とされた場合に備えて、多数のサテライトオフィスを作っているのだ。
その中には大深度地下に存在するものもある。
一度や二度主力決戦で敗れたとしても、屈しない。そのための準備は、整えてある。確かに、もうそろそろ、考えておかなければならない時期だ。
前大戦の悲惨さを考えると、まだこれからというのが全員の一致した見解。
前大戦では、ゴミのように各地の軍勢がフォーリナーによって蹴散らされていく中、絶望的な戦いが続いていたのだから。
今回は、少なくとも戦いが成立しているのである。
「ストームチーム、オメガチーム、ストライクフォースライトニング」
カーキソンが、皆を見回した。
そして、死刑宣告にも思える事をいう。
「君達には、アースイーターと可能な限り戦い、データを集めて欲しい。 絶望的な戦いだが、必ず勝機はあると、私は信じている」
会議が終わると、外に出る。
ジョンソンは何も言わなかった。
彼の悲願であった、四つ目の最精鋭チームの創設。
それが夢と消えた、という事もあるだろう。各地での戦況が泥沼化する中、はっきりいってEDFに、新規チームの創設などしている余裕は無い。現状の精鋭でさえ、維持するのが困難なのだ。
文字通り、アースイータは、ジョンソンにとっては不倶戴天の敵だ。
スラムに生まれ、過酷な人生を送ってきたジョンソンにとって、自分の部隊の設立は夢だっただろうに。
私は咳払いして、ジョンソンを見た。
「ジョンソン」
「何か」
「貴殿の苦悩は分かる。 だが、今は戦いに勝つことを考えよう」
「言われなくてもそうするさ。 あの天井の蓋を、一つ残らず叩き落としてやる」
凄まじい闘気が、ジョンソンの目に宿るのが分かる。
それでいい。
新人達をカプセルを使って休ませ、私は弟と一緒に周囲を見て廻る。地下の工場では、急ピッチで修復が進んでいるが、ビークル類はまだ全部が動ける状態には無い。幾つかあるグレイプは旧式ばかり。
いっそのこと、グレイプの火力は捨てて、キャリバンに統一する手もある。
皆、士気が著しく落ちているが。
「英雄」であるストームチームのリーダーである弟が姿を見せると、精気を取り戻す。握手を求められたり、敬礼されたりもする。私は側で、影のように歩く。弟に対する強い嫉妬を感じる事もあるけれど。
今は、それどころではない。
弟の力と。前大戦の英雄であり、今の大戦でもマザーシップを落とした実績を持つ弟の栄光が。皆の勇気を引き出すためには、必要なのだ。
見回りを終えると、涼川が文句を言いにきた。
「旦那、コンバットブーツの代わりくれ」
「良いのが無いのか?」
「ああ」
涼川は戦闘を第一の喜びとしているが、コンバットブーツにはこだわりがあるらしい。この辺りは、個人の嗜好によるものなので、あまり苦言も言えない。ちなみに現在は、コンバットブーツは一種類だけでは無く、様々なアレンジタイプがある。デザインについては、自分でする事も出来る。
工場へ様子を見に行く。
リソースを、全て弾丸の生成と、破壊されたビークルの修理に廻している状態だ。涼川のコンバットブーツは、以前レタリウスに駄目にされて以降、ずっと適当に廻された支給品を使っているらしく。そろそろ新しいのが欲しいのだとか。
コンバットブーツの備蓄を確認。
見せるが、涼川は首を横に振った。
自分でデザインしたお気に入りが良いと言うのである。この辺り、こだわりというものは、私にはよく分からない。
弟も、涼川のこだわりに、文句を言うつもりはないようだ。
「分かった、作成ツールを使って良い。 ただ、工場のリソースをそれだけ喰うから、急いでくれ」
「ああ、分かってる。 愛してるぜ、旦那」
「ありがとう。 次の戦いで、高い戦果を期待するぞ」
地下の工場から出る。
北京基地はズタボロだが、此処を守れば守るほど、中国の敵巣穴を叩ける好機が巡ってくる。
「私は少しカプセルで休む」
「ああ。 今のうちに休んでおいてくれ。 俺はもう少し、巡回してから休む」
「無理はするなよ」
「お互いにな」
弟と別れると、カプセルがある区画に。
私が姿を見せると、荒くれの隊員も敬礼してくるから面白い。籠城戦の後で、私に対する見方が露骨に変わったのだが。この辺りは、まだまだ人間も捨てたものではないとも思うし。業が深いとも思う。
カプセルに入って、しばらくぼんやり。
アースイーターと、これから戦うのは確実だ。
戦えば戦うほど、弱点も見いだせる。
しかし、上の段階の兵器を出してきたという事は。敵が何かしらの目的を持っているのも確実。
戦略上の目的は既に達成していて。
後は戦況のコントロールをするためだけに、一段階上の兵器を出してきたというのなら、どうなのだろう。
目が覚める。
四時間ほど、カプセルで眠っていた。このカプセルでの四時間睡眠は、二日間眠ったのに匹敵する回復を促す。
あくびして目を擦り、しばらく辺りを見回す。
すっかり夜になっていた。
腹が減ったので、食堂に。
食堂をはじめとする中核施設は、地下に作られている。地下はまだ無事な施設が多いけれど、それでも彼方此方ガタが来ている。
基本的に、動き回るときはフェンサースーツだ。オートメーションで作られる適当な食事を選ぶと、机に運んで口に入れる。口の部分が開けられる機能が、此処では嬉しい。
隣に座ったのは、原田だ。
「今起きたのか」
「はい、疲れが溜まっていまして」
「もう少し休んでいてもいいぞ」
「いえ、矢島の訓練につきあいます。 彼奴、難易度インフェルノで鍛えていて、はじめ特務少佐やストームリーダーの役に立つんだって張り切ってて。 俺、自分も見習いたいんです」
それは良い心がけだ。
原田はよほど腹が減っていたのか、おいしくもないカレーを三杯も食べると、シミュレーションルームへ消えていった。
外に出ると、通信がきた。
私が起きるのを、見計らったようなタイミングだ。弟ももう起きているらしくて、すぐに回線をつないできた。
「此方日高。 ストームチーム、任務を頼みたい」
「何なりと」
「前回、救出活動を行ったシェルター近辺のアースイーターが拡大を続けている。 これを叩いて、出来るだけデータを取って欲しい。 その隙に、可能な限り中国地区シェルターからの救援と、物資の北京基地への搬入を行う」
なるほど、飴と鞭か。
アースイーターとの戦いという苛烈な任務と同時に、此方に対する支援も表明するというわけだ。
巨大生物は、今の時点では動きを見せていないと言うし、ストームチームだけでどうにかなるか。
通信を切った後、弟と話し合う。
グレイプRZは修復の見込みが立っていない。
そうなるとやはり攻撃機が出てきたときのことを考えて、キャリバンを二両か。キャリバンにも、アーマーを可能な限り積んでいった方が良いだろう。
念のため、汎用性が高い兵器を、幾つか積んでいく。
すぐに戦地に向かう。
地上車両で、すぐに行けるほど。アースイーターは、近くに迫ってきているという事だ。キャリバンで移動中、日高少尉が聞いてくる。
「アースイーターって、どういう目的で作られたんでしょうね……」
「さあな。 惑星を制圧する兵器にしては、あまりにも大げさすぎる。 本来は環境調整用の機械に、自衛機能を搭載したように思える」
「テラフォーミングって奴ですか?」
「そうだ」
そもそも、アースイーターは、敵が惑星地表にいることを前提とした兵器だ。それも動きを見ている限り、定点の占領が主任務に思える。敵が動き回る場合を想定していないし、無理矢理元々とは違う機能を積み込んだ感触が強いのだ。
つまり、アースイーターは。
兵器では無いものを、兵器化したと言うことである。
その辺りに、弱点があるかも知れない。
ただ、専門家はそれくらい分かっている筈だ。私の中にいる彼奴も、これについてはコメントしない。
アンフェアになるからだろう。
現場に到着。
此方で削ったアースイーターは、まっさらになったまま。まずは状況を観察。大砲を削って、敵が艦載機を出そうとしたら、一気にハッチを叩く。それで問題は無いだろう。
ただ、敵が本気を出しているとは、まだまだ思えない。
どんな新兵器を出してくるか分からない現状、油断は禁物だ。
全員が位置につくのを確認。
レンジャーには全員にハーキュリーが行き渡っているが、弟と秀爺はライサンダーだ。これはハッチを狙うためである。
それだけではない。
一部、不可思議なパネルがある。
赤い球体状になっているもので、周囲には露骨に多数の大砲がある。あれはひょっとすると、コントロールパネルかも知れない。
大砲に対して、ハーキュリーで攻撃を開始。
複数種類ある大砲は、ハーキュリーの直撃で落ちてこないものもある。レーザーを放ってくるタイプと、プラズマ弾を撃ち込んでくる種類があり。他にも何種類かが、見て取れた。
ハッチが開きはじめる。
弟と秀爺が即応。
ハッチから出てきた攻撃機もろとも、ライサンダーで打ち抜く。即座に打ち抜かれたハッチが、爆裂四散。
大砲が反撃してくるが。
冷静に、確実に敵を削っていく。今の時点では優勢だが。
しかし、何しろ相手は物量が物量だ。それに、ハッチを潰されたくらいで、黙ってくれるだろうか。
懸念は即座に適中する。
ふいに、アースイーターが多数消え失せる。
そして、お代わりが、空から降りてきた。大砲の駆除からやり直しだ。ハッチも幾つか見受けられる。
降りてくる最中に、射撃は既に開始。
大砲の中でも、大きめの奴を、優先して潰す。レーザー砲台は、アーマーで充分に耐え抜けるからだ。
ハッチはまだ開かない。
というよりも、だ。
嫌な予感がする。
ハッチの一つが開いた。弟が速射して、ライサンダーの弾丸を叩き込むが、弾かれる。愕然とした。今までのハッチと耐久力が違う。
よく見ると、ハッチから。
何か巨大な円盤状の物体が覗いていた。
それは、這い出すようにして、銀色の三本の触手を振るう。ハッチから自らを引きずり出しながら、地面へとダイブ。
禍々しい姿のそれは。
見る間に、長大な三本の触手を足のようにして、立ち上がった。
「何だアレは!」
映像を見ていたらしい日高司令が叫ぶ。
戦術士官が調べているが、明らかにアンノウンだ。立て続けに三種類の新型を繰り出しただけでは無く、更に新型を出してくるか。
文字通りの大盤振る舞いである。
見た感じ、あの触手で地面に立てるとは思えない。つまり円盤状の部分が反重力で浮いているという事だ。
という事は。
「あの足はおそらく攻撃兵器だ!」
叫ぶよりも、敵が動くのが早い。
触手についている無数の球体から、膨大なレーザーを放ってきたのである。凄まじいなどと言う次元の火力では無い。
バリケードにしていたキャリバン。今回の戦闘で新しく投入したものが、一瞬にしてアーマー全損。
愕然としながら、下がる。
下がりつつ円盤部分に火力を集中するが、中々壊れない。あの部分だけで、ヘクトルよりも頑強か。
バック。
弟が叫ぶ。
全員で火力を集中。敵の大砲も勿論射撃を続けてくる状態だ。一瞬にして、形勢逆転である。
キャリバンに日高少尉が飛び乗り、一気に後退。
無事な方の、新型キャリバンでかろうじて敵のレーザーを凌ぎながら、円盤に攻撃を集中。
動きが速い。
三本の触手を動かしながら、あっという間に迫ってくる。
悪路なんて関係無い。反重力で浮いているのだから、当然だろう。
触手の一本を持ち上げる。
先端部分が槍のようになっているのに気付いて、叫ぶ。散開。
降り下ろされた触手が、旧型キャリバンを貫通。
爆裂四散。
乗っていた日高少尉は。
呻きながら、残骸から這い出してくる。
日高司令が、呻く。
「何という戦闘力だ! ヘクトルの比では無いぞ!」
それでも、火力を集中させていけば。
円盤部分が、火を吹き始めた。更に秀爺の射撃が直撃。ついに内側から爆裂し、地面に破片が降り注ぐ。
だが。
敵のハッチから、同様の戦闘兵器が出現する。
ハッチを塞ぐように出てくる上、極めて頑強だから、同時破壊が通用しない。しかも、あの三つ足が暴れている間に、攻撃機が次々にハッチから発進してくるでは無いか。
「欧州でも同様の機体が出現したと報告がありました。 北米でもです」
「新型を撃破しろ。 データが欲しい」
「あたしに一体は任せろ」
涼川が飛び出す。
スタンピートを叩き込みながら、前進。相手もレーザーを放ってくるが、涼川の動きは流石で、建物の残骸などを利用しながら、確実に接近していく。
その間に、もう一体に、私が飛び込む。
至近に、触手を降り下ろしてくる三つ足。
旧型とは言え、キャリバンを一発で粉砕した槍の一撃だ。まともに食らえば、アーマー全損から、フェンサースーツの一発粉砕まで持って行かれてしまうだろう。しかも、レーザーの強烈さ。
明らかにヘクトルよりも格上の機体である。
味方が必死にスナイパーライフルで叩いてくれているが、攻撃機も群がっている状況。ある程度は、此方でどうにかしなければならない。
跳躍。
円盤状の部分から、強烈なプラズマ弾まで放ってくる。
爆裂したプラズマが、崩れかけていたビルを粉砕し、倒壊させた。
凄まじい。
ヘクトルは人型。
これは頭上からの攻撃を得意とし、地上戦力に対する圧殺が目的の一つであったのだろうが。
この新型は、そのコンセプトを更に洗練したものだとも言える。
地球人類を制圧し、戦況をコントロールするために、より強力に作り上げられた機体。勿論天の川銀河の支配者にとっては、この程度は泥人形をこねるよりも、簡単な技術の集積なのだろうが。
ガリア砲を放ちながら、必死に敵の注意を引く。
炸裂したライサンダーの弾丸が、どうにか二機目の円盤部分を砕く。涼川が担当している三機目に攻撃が集中しはじめた矢先。
頭上に回り込んでいた攻撃機が、旋回しながら、私にシャワーのようなエネルギービームの乱射をくれた。
一気にアーマーがレッドにまで削られる。
必死に下がりながら、ガリア砲で攻撃機を叩き落とす。だが、敵の攻撃範囲はまだまだ此処でもだ。
アースイーターの大砲から、無数のレーザーが降ってきて。
キャリバンにどうにか逃げ込んだときには、アーマーは全損していた。
慌てて付け替える。
これはまずい。
今までとは、戦況が違いすぎる。
キャリバンを飛び出す。
「敵の新型を、これよりディロイと呼称します。 現在全世界で、三百機近くが確認されており、アースイーターの制圧地域で、猛威を振るっている模様です」
「なるほど、そう言う戦略か」
私はぼやく。
つまり、敵はアースイーターという絶対防衛兼制圧圏を作り上げ、それを押し広げていくことで、戦況をコントロールする戦略に切り替えたという事だ。
今まで人類とまともにやり合ってくれていたのは、おそらく銀河系を支配するルールや条約に従った、一種の縛りだったのだろう。
今後は危険生物に対する駆除兼制圧という目的で、文字通り今までとは桁外れの戦力と、圧倒的制圧力を誇る上位兵器群を繰り出してくると言うわけだ。
三機目のディロイが、秀爺の狙撃で粉砕されるのが見えたが。
敵攻撃機部隊はまだ十数機が残っているし、アースイータの大砲もしかり。攻撃が集中する中、ハッチが開いて、更にディロイが追加される。
また二機。
乾いた笑いしか漏れない。
「近づけさせるな」
弟が、遠くにいる奴に、射撃を集中。
近くに来た奴には、呼吸を整えている涼川と、私が当たる。
「涼川、一旦アーマーを変えろ。 私が前衛に出る」
「応。 任せるぜ」
遠くにいる奴を皆が叩き落とすまでは、私が支えなければならない。
何しろ、ディロイの頑強さと来たら、おそらくヘクトルの数倍だ。円盤部分はヘクトルよりもかなり小さいが、その分防御機能を集約しているのだろう。
ガリア砲をぶっ放し、触手に直撃させるが。
チェーン状の構造になっている上、柔軟性が常識外だ。それに触手は粉砕しても、すぐにくっつくようである。
多少切られても平気。
原生生物か。私は口中で毒づくけれど。考えて見ればフォーリナーは、常に全力の戦略で相手をしてきた。
円盤部分を徹底的に破壊して機能停止に追い込まないと倒せない。ディロイの凄まじさは、戦えば戦うほど、分かる。
エミリーがMONSTERのエネルギービームを直撃させるが。
それでもディロイの装甲は貫けない。
しかし、流石に赤熱。
其処に秀爺がピンホールショットを叩き込み、爆裂し散させた。四機目。攻撃機も、その時にはあらかた片付いていたが。
しかし、である。
「此方池口! もうネグリングが保ちません!」
「潮時だな。 本部、ディロイのデータはとる事が出来たし、アースイーターについてもだ。 そろそろ撤退したいが、良いだろうか」
「許可する! 生きて帰ってくれ!」
日高司令の声は沈痛だ。
神に等しい相手。
それを相手に、真正面からやり合わなければならない苦悩。日高司令は司令官としては無能かも知れないが。
人間味はある。
それを、私は知っていた。
まだまだ追加される攻撃機。バゼラートから発射されたミサイルとヴァルチャーエネルギー砲が、次々攻撃機を貫く。
私が引きつけていたディロイに、戻ってきた涼川がスタンピートからグレネードの雨を降らせた。
流石に体を軋ませるディロイ。
足がねじれて、凄まじい格好になるディロイは。足で体を支えているのでは無く、円盤が反重力で浮いているのだと、見るだけで分かる恐ろしさだ。
「スタンピートでもおちねーか」
涼川が吐き捨てた。
弟が飛び出すと、フュージョンブラスターをぶっ放し、円盤部分を焼き切る。流石にこの火力の前には、ディロイもひとたまりもない。
円盤が打ち砕かれ、粉砕されて落ちていく。
「試してみたいことがある」
秀爺が言う。
もう少し時間を稼いで欲しいという。
頷くと、私はガリア砲で、小うるさくつきまとってくる攻撃機を叩き落としたが。キャリバンの損耗が酷く、このままでは先ほどの旧型と同じ運命をたどる。
秀爺の射撃が。
遠くにある、赤い球体状のアースイーターに突き刺さる。
悲鳴のような音が聞こえた。
更にもう一撃。
四発のライサンダー弾丸が食い込むと、赤い球体の色が消える。そして、爆裂しながら、落ちていった。
周囲の数ブロックに渡るアースイーターも、それに巻き込まれ、砲台を砕かれ。残骸をばらまきながら溶けるように消えていく。
「なるほど、あれはおそらく管理ブロックだな」
弟が、周囲に分かり易く言う。
要するに、これだけの規模の大艦隊だ。ブロックごとに、管理するアースイーターが必要になるのだろう。
そしてそれは、非情に繊細な管理が必要になるため、シールドさえ張れない。
いや、あるいは。
流石にそれ以上は考えないことにする。どうせすぐにお代わりが来る。
攻撃機は全部撃墜して、データも取った。アースイーターの大砲も、手近なものは根こそぎ片付けた。
これで充分だ。
ビークルに分乗して、撤退。
わずかな時間の戦いなのに。皆、アーマーを手酷く損傷していた。
本部に通信を入れる。
アースイーターに、弱点を発見。コア部分を破壊すれば、周囲の数ブロックを巻き込んで破壊できる。
しかし破壊できる物量は限定的。
なおかつ、すぐにお代わりが来る。
おそらく敵は、管理ブロックを並列させることによって、安定性を実現しているのだろう。
日高司令は、解析させるというと。
疲れ切った声で、一旦戻るように指示を出してきた。
北京基地に辿り着く。
ビークル類の凄惨な有様を見て、他の兵士達も呻いていた。戦死者は出していないのだけが幸いだ。
新人達を休ませる。
戦局報道が行われて。多くの兵士達が、耳を傾けていた。最近はテレビなんて使わない。バイザーで、直接報道は見る事が出来る。だから兵士達が重要な戦局報道時は、足を止めたり、壁により掛かって一服している光景が見られる。
「EDFは、空を奪おうとしている敵をアースイーターと呼称。 このアースイーターによって、既に多数の基地が陥落。 大きな被害が出ているようです」
「空を覆うなんて、金が掛かったやり方だなあ」
「ばっかやろテメー。 戦争ってのは、金が掛かるんだよ」
軽口を叩いている兵士達だが。
笑顔は殆ど見られない。
陥落した基地のリストが出てくるが、その中には彼らの友人や兄弟がいてもおかしくないからだ。
何より、である。
知っているのだろう。アースイーターの制圧地域は、決して取り戻せないと。ストームチームでさえ、奪還に成功していないのだ。
もはやこれから地球人類は、空を奪われ。
どんどん追い込まれていくしか、路がない。
絶望するには、充分だ。
「アースイーターは確実に数を増やし、支配地域を広げています。 アースイーターには強力な砲撃機能がついており、近づくことは自殺行為です。 決して近づかないようにしてください」
「そうもいかねえだろ」
兵士達が、疲れ切った声で、ぼやきあっていた。
EDF総司令部は、アースイータの破壊を宣言していて。いずれ大規模攻撃を予定していると明言しているのだ。
つまるところ。
これから多数の兵士が。ストームチームでも苦戦する相手に、絶望的な攻撃をさせられるという事だ。
通信が来る。
三島からだ。
「ハーイ。 戦況はどうかしらー」
「絶賛苦戦中だ。 全滅していないのが不思議なくらいでな」
「あらそう」
平然とした返しには、苦笑さえ漏れない。
弟は通信を切ると、新人達を休ませて。自身はジープを引っ張り出して、周囲の巡回に向かった。私はそのまま、三島との通信を継続する。
私の予想では。
そろそろ極東に戻れと指示が出てくるはずだ。
極東に戻るときのために。橋頭堡となっているこの北京基地を守るため。後続部隊に引き継げるデータを、集めておくつもりなのだろう。
「それで、何用だ」
「貴方たちがデータを送ってきた敵の新型輸送船だけれど。 世界各地で出現していてね」
それはそうだろう。
空間を好き放題飛び回る強力な新型だ。
戦況が悪い地域に、一気に大量の巨大生物やヘクトル。場合によっては、あのディロイを運んでくる事は間違いない。
「で、空間転移のパターンを見つけてね。 落とせるかも知れない」
「何……」
「近々、貴方たちに命令が来る筈よ」
それは、久方に聞く良いニュースだ。
更に三島は言う。
「総司令部から聞かされたけれど、フォーリナーの正体」
「これ、機密通信だろうな」
「ええ。 それにしても、とんでもない相手と地球人類はやりあうことになったものね」
「本来は、あり得ない事だったようなのだがな。 フォーリナーの方でも、状況が状況、という事だ」
現状打開派のフォーリナーの焦りは、分からないでもない。
国家破綻や経済破綻とは、次元が違う危機なのだ。
文字通り、種族が滅ぶかどうかの瀬戸際。滅びを素直に受け入れることが出来る人間なんてそうはいないように。
長く繁栄し。
天の川銀河を平和に安定させてきたフォリナの衰退を、喜ぶ者は多くないという事だ。
勿論彼らの行動は、人間から見れば許されざる事だが。
しかし、である。
彼らの視線から見れば、特定動物による実験も同じ。地球人類も、同様の行為は、散々繰り返してきたのである。
面白いからという理由で、虎とライオンを殺し合わせたり。
楽しいからという理由で、アメリカリョコウバトを絶滅させ。
見かけが気持ち悪いという理由で、湖にいる無害なユスリカを大量殺戮した。これらは全て、歴史上で人類がやってきたこと。
動物実験などでは無い。
快楽のために、他の種族を殺戮する事を、人間は厭わないのである。
ましてや必要な動物実験を、躊躇うだろうか。
さらなる人類の上位種族から。
同じ事を、今度は人類がさせられているという事を考えると。あまり、人類の正義を主張できないのも事実だった。
「フェンサースーツの改良も、ある程度進んだわ。 矢島君に、データは転送しておくからね。 少しは前よりは動けるのでは無いかしら」
「感謝する」
「後、人員の追加はいいの?」
「現状、何処の部隊も人材が足りなくて苦労しているだろう。 うちは新人も育って来ているし、他でなら隊長クラスをしている者が何名もいる。 これ以上、精鋭を寄越せとは言えないさ。 かといって、今更新人を入れても、死なせるだけだ」
通信を切る。
三島も冗談めかしていたが。彼奴は何を考えているか、よく分からないところがある。
彼奴はもしかすると。
この状況を、楽しんでいるのかも知れなかった。
弟が戻ってきたときには、新人達は休憩を終えていた。弟が、途中で通信を入れてきたから、知っている。
アースイーターの支配地域では、相当数のディロイがいる。
歩き回るのでは無く、地面で足を縮めて、畳むようにして休んでいるようだ。此方の襲撃に備えて、エネルギーを温存していると見て良いだろう。
コアブロックについても、調査してきたそうだ。
百前後のブロックに一つ、コアブロックは存在しているようだが。先ほどの破壊映像を確認する限り、コアブロックを破壊しても、アースイータ全てが沈黙するわけでは無い。沈黙するのは周囲の数ブロックだけ。
破壊によって、恐らくはスタンドアロン制御に移行するか。
もしくは、別のコアブロックに、制御を即時移行させるのだろう。
やはり、弟の方には、先に命令が行っていた。
「明日の0400に、ヒドラが迎えに来る。 それに乗って、一旦極東に戻る事になる」
三島の言ったとおりだ。
それまでは休憩と言う事で、全員が基地内に散っていく。
矢島がトレーニングをするという事で、私はつきあうことにした。原田も、トレーニングをしたいらしい。
他の新人達は、休ませる。
一人だけ。日高少尉だけは、怪我をしてもたたきのめされても平気な様子だったので、トレーニングに参加させた。体力がもともと桁外れなのだろう。
皆の中心となっている日高少尉だが、戦士としての力量は並程度なのだ。鍛えておいて、損は無い。
まだ生きているシミュレーション設備だが。
使っている兵士は殆どいなかった。
矢島と原田、日高少尉が入ったところで、支援用のビークルを幾つか入れる。難易度はインフェルノに設定。
黒蟻数百に囲まれた状態から、スタートだ。
矢島の動きが、話通りかなり良くなっている。スムーズにブースターとスラスターを使えている印象だ。
しばらく戦いは継続したが、結局負け。
アドバイスをしてから、次に。
四セットほど戦ったが。
結局勝つことはできなかった。出てきた矢島が、悔しそうに呟く。
「数十だったら、どうにかなるんだけどなあ」
シミュレーションの勝利条件は幾つかある。三人はそこそこに息が合った連携を見せているが、物量に押し負けてしまう。
実際の戦場のように、先輩がいるわけではないのだ。
「でも、今までより、ずっと敵を倒せていたよ」
「そうですね。 次こそは」
「もう今日はここまでだ。 寝ろ」
日高少尉はまだまだ元気な様子だが。
明日以降は、また厳しい戦いになるのは確実なのだ。私は三人を促し、休ませた。私も、休まなければならなかった。
2、虚無からの強襲
時間通りにきたヒドラで、一度極東に戻る。
北京基地は心配だが、最悪の場合には逃げられるように、準備も整えておいた。中国にある二つの敵巣穴を潰すためにも、北京基地の補給能力は必須なのだ。
機内で、アースイータとの戦況を確認。
他のチームが集めたデータも閲覧する。
どうやらコアの破壊はストームが一番乗りのようだ。それ以降は、他のチームも、コアは積極的に狙っているようだが。
しかし、まだアースイーターから、支配地域を奪還できたチームは出ていない。倒しても倒しても、お代わりが来るから、である。
地球を覆い尽くせる物量を用意するくらい、フォーリナーには朝飯前。
それを考えると。追加戦力の投入なんて、屁でも無いのだろう。
「次の戦いでは、コアを積極的に狙うが。 コアだけ破壊しても、いずれ力尽きるのは此方だな」
ストームチームのベテランを集めて、弟が軽く話をする。
ジョンソンはずっと黙っている。秀爺も、こういう場では、あまり積極的に発言はしない。
ほのかも、夫が何か言うまでは、黙っていることが多かった。
積極的に喋るのは、涼川とエミリーである。今回も、涼川が最初に口を開く。
「極東に戻るって事は、何か新しい任務か?」
「そうだ。 あの空間転移する輸送船の移動パターンが分かったらしい。 撃破を求められている」
「でも、あれ手強いわよ。 大きいし、頑丈だし」
エミリーが不安そうに言う。
陽気な彼女でも、今回の相手は、流石に不安を想起されるのだろう。好き勝手に空間を移動し、膨大な巨大生物をばらまいてくる相手なのだ。
「露出した内部には打撃も通る。 それに戦力をばらまいている間は、動きも止まる」
その間に、叩き落とせば良い。
今、弟と秀爺がライサンダーを使っているが。
この次の戦いからは。ナナコにも、ライサンダーを持たせることに決めたと、弟は言う。ナナコは戦闘特化の第三世代クローンだが。他の同種に比べて、著しく戦闘経験が豊富かつ多彩になっていて、戦闘力の上昇が著しいという。
現在、失った戦力を補うため、急ピッチで戦闘目的の第三世代クローン兵士が量産されているが。
ナナコの戦闘経験はいずれ睡眠学習か何かで抽出されて、他のクローン兵士に移植されるかも知れない。
「今のナナコなら、ライサンダーを問題なく扱えるはずだ。 大威力火器は、得意としているようだからな」
「いいのか、軍曹にそこまで危険な火器を渡して」
「構わない」
ジョンソンの苦言に、弟は即答。
口をつぐんだジョンソンに、更に言う。
「新人達は、近いうちに全員少尉になってもらう。 日高少尉に関しては、中尉に昇進して貰うつもりだ」
「実力的には、充分だな」
涼川が言うとおり、歴戦に次ぐ歴戦で鍛え抜かれて、もう彼らは新人ではない。充分な技量を備えている。
だが、流石に此処にいる世界最強クラスの猛者達に比べると、多少心許ない。ジョンソンは、更に言う。
「この機に、新人を引き受けるべきだと思うが」
「儂は反対だ」
不意に発言した秀爺に、皆が驚く。
秀爺は咳払いをするでも無く。蕩々と言う。
「これ以上部隊規模を拡大すると、身動きが取れなくなる。 今までも新人達を死なせずに鍛えられたのも、部隊規模が小さかったからだ。 今後は各人の能力向上と、武装の強化を図るべきだろうな」
「秀爺の意見に俺も賛成だ」
「……」
ジョンソンはそれ以上、何も言わなかった。
ヒドラが東京基地に着く。
久々の東京基地だ。着陸後、数時間は休憩とする。その間に私は弟とジョンソン、秀爺と涼川と一緒に、東京基地の司令部に出向く。
ヒドラで見せられていたが。
東海地方の一部、北陸の一部にアースイーターが飛来している。それに伴って、敵の攻勢が増している。
極東も、以前同様の苦戦に逆戻りだ。
巣穴を潰して、優勢になったと思ったのに。
これほど一瞬で戦況をひっくり返されるなんて。極東支部の幹部の顔には、そう書かれていた。
戦術士官が、データを持ってくる。
明日の夕刻。
アースイータの近辺に停泊している、新型輸送船に攻撃を仕掛ける。そのための、データだ。
会議で戦況を話し合い。
その後解散。
弟と一緒に、秀爺に夕食に誘われた。此処の寮は、ほのかの私物である料理道具が置いてあるから、時々夕食を振る舞ってくれる。
ナナコと日高少尉を誘う。
今回は鴨鍋だ。
しばらく味が染みた鴨肉を楽しむが。不意に、秀爺が言う。
「儂はああ言ったが、第三世代の戦闘特化クローン兵士なら、部隊に入れても良いかもしれないとは思う」
「確かに、それなら先ほどの発言での問題もクリアできますね」
「一郎。 はじめ。 どう思う」
「そうですね……」
少し考え込む弟。
私は咳払いすると、先に言う。
「現状で、味方の手が足りないのは事実です。 しかし、第三世代の戦闘特化クローン兵士は、ナナコを見るまでも無く、高い戦闘力を持っています。 他の部隊に、一人でも多く配備するべきでは」
「そうだな。 此方にはスペシャリストが既に足りている。 だが、もう一人か二人なら、兵力は多くても良いかもしれない」
「あなた」
「ん……」
ほのかに言われて、秀爺が席を外す。
寮の奧にあるメンテナンス装置に向かったのだ。メンテナンスと言っても機械用のものではない。
老齢の兵士用に、バイタルを確認し、調整する装置が用意されているのである。
現在、老齢の兵士は結構いる。その大半は、前回の大戦での生き残りだが。秀爺はその典型例だ。
フォーリナーからの鹵獲技術で老衰や老病の類から、人類は解放されたが。
それでも、時々メンテナンスをしないと危ない。
重度の末期癌になると、流石にどうにもならないからだ。
鴨鍋を食べ終えると、寮を後にする。
弟はそのまま帰ったが、私はシミュレーションルームへ。矢島と原田に頼まれていたのである。
今日も二時間だけ、二人の特訓を見る。
前よりも、戦果も挙がっている。二人とも、確実に強くなってきている。矢島のフェンサースーツの性能が向上したのが大きい部分はあるが。それ以上に、原田がじわじわと確実に強くなってきているのだ。
これは、ひょっとすると。
二人とも、近いうちに、相当な手練れに化けるかも知れない。
訓練を見ながら、私は思う。
ひょっとして。二人を守りながらでは無く。二人がベテランの側で支えられる腕に、近いうちになるかも知れない。
そうなれば、或いは。
まあ、過大な禁物は厳禁だ。
楽観が出来る状態には、とてもないのだから。
翌日。
ヒドラで現地に急行。マザーシップに焼き払われた町田の街に、敵の新型輸送船が滞空している。それを迎撃に行くのだ。
こんなに極東支部の近くまで、輸送船が出向いてきているのだ。
相手が如何に此方を馬鹿にしていて。しかも、それでいて油断していないかは明らかだ。挑発に乗って出てきたところを、全力で叩き潰すつもりなのは明白である。現在、EDFの極東支部が蜂の対応で彼方此方に部隊を派遣せざるを得ず、消耗したビークル類の整備もままならない状況を、完全に把握しているのだ。
ストームチームの戦闘力も、奴らは把握している。
だから、一隻だけ新型輸送船が停泊していて。
ただ此方を待っているのを見て。流石に苛立ちに私は舌打ちしていた。
「はじめ特務少佐」
ナナコに袖を掴まれたので、振り向くと。
レンジャー部隊が援護に来ていた。ただし一つだけである。人員は二十名。中には二人、ナナコと同年代に見える子供が交じっていた。
二人とも、間違いなく。第三世代の戦闘特化クローンだろう。
装備はそこそこで、アサルトライフルを中心に、スティングレイを持ってきている。レンジャーの標準装備だ。
「レンジャー11、支援に来ました」
「よし。 敵の能力は未知数だ。 我々と連携して、バイザーに転送したデータを参考に、冷静に戦って欲しい」
「イエッサ!」
先行していた弟が戻ってくる。
弟によると、周辺の地形は焼け野原のまま。中には、残り火が燻っている箇所まであるという。
敵輸送船は、やはりかなり大きい。
上空三百メートルほどに浮かんでいる奴は、多分此方を把握している。近づいてきたところで、構造を展開。一気に反撃を開始するつもりなのだろう。
弟が、レンジャー11の隊長も交え、軽くおさらいをする。
作戦自体は、事前に決めているのだ。
「今回、敵はかなりの大群を投下してくる可能性がある。 勿論処理は可能な限りの最速で行うが。 間に合わなくなる可能性がある」
「あの新型輸送船は、それほどの性能なのですか」
「一瞬で戦況を変えるほどだ」
実際には、其処までかは分からない。
今回叩き落とすことで、性能をしっかり把握する。相手の新型はいずれも強力無比だが。
それでも、人類は、簡単には奴隷になどなってはやらないのだ。
所定の配置につく。
レンジャー11の隊長が、私に声を掛けてきた。
「随分と密集しますね」
「すぐに分かる」
囮の涼川が、ジープに乗って近づく。涼川がまず、一発。ジープに積んでいる迫撃砲を、新型輸送船に叩き込む。
爆裂に、小揺るぎもしない。
無理もない。通常の輸送船だって、グラインドバスターでも無い限り、装甲は貫通できないのだ。
輸送船が展開を開始。
ドーナツ状の内部構造物が露出。
巨大生物が投下されると同時に、ジョンソンが飛び出す。
輸送船が投下したのは、黒蟻だが。その数が、生半可では無い。瞬時に辺りが、真っ赤になるかと思われたが。
ジョンソンが抱えているのはフュージョンブラスターだ。放出された膨大な熱量が、一気に黒蟻の群れに叩き付けられ、焼き尽くしていく。
だが。
蟻が、次から次へと投下され続ける。
「アサルトで支援!」
レンジャー11が、一旦照射を止めたジョンソンの支援に入る。大量の黒蟻が突進して来る中、下がりながら敵に弾幕を浴びせていく。
その間、弟は敵に信号発信器入りの弾丸を、叩き込む。
ライサンダーの弾丸も、秀爺とナナコが、数発打ち込み終えていた。
煙が流石に出ている。
携行式艦砲の火力は流石だ。不意に、虚空に消え去る敵輸送船。後に残るは、百を軽く超える黒蟻の群れ。
ジョンソンが零式レーザーを起動。近づく蟻を、見る間に薙ぎ払う。
レンジャー11の支援も的確で、確実に敵を打ち抜いていく。
だが。
また、虚空に輸送船。
しかも、今度は二隻同時。
一隻は先ほどダメージを与えた機体。もう一機は、新しい機体だ。すぐに展開を開始する敵輸送船。
だが、その瞬間。
先ほどダメージを与えていた輸送船が、固まる。
そして、爆裂した。
敵が出てくる位置を読み切っていたのだ。先ほどの発信器により、どう移動したかはすぐに分かった。
三発のライサンダー弾丸を同時に浴びれば、流石にひとたまりも無い。
炎上しながら落ちてくる敵新型輸送船。
弟は、凶蟲をばらばらと落としはじめた新しい方に、攻撃を集中。通信装置入りの弾を叩き込む事も忘れない。
しかし、である。
地面に直撃し、爆裂した輸送船から、大量の黒蟻がわき出してくる。
凶蟲も、一気に此方へ間合いを詰め始めた。
瞬時に包囲される。
涼川がジープで飛び出し、迫撃砲を凶蟲の鼻先に叩き込み。更にスタンピートを敵の群れの中にぶち込む。
煙幕が張れないうちに、私が突貫。
ハンマーを振るって、敵を粉砕し、吹き飛ばす。
後方にいる部隊は、支援射撃を続行。ネグリングは誘導ミサイルで、敵の群れを打ち据え続けた。
敵新型輸送船が、移動しない。
ライサンダーの弾を浴びながらもその場に留まり、ぼとぼとぼとぼと、大量の凶蟲を叩き落としていく。
百。
二百。
三百。
レンジャーチームが、悲鳴を上げる。
「何て数だ!」
「元を断つ」
相手が空間転移を止めたことを悟った秀爺が、イプシロンに飛び込み、一撃を叩き込む。二隻目、轟沈。
爆裂し、凶蟲の残骸をばらまきながら、落ちていく。
だが。
敵の猛攻は、それでは終わらなかった。
今度は一度に三隻同時だ。
「秀爺、輸送船を任せても構わないか。 俺は通信弾だけ叩き込む」
「任せろ」
私は、やりとりを聞きながら、前線で暴れ狂う。
私が少しでも削れば、皆の負担が減るのだ。
至近に飛び降りたのは、エミリーだ。一撃離脱で、確実に凶蟲を打ち倒して行く。三川は後方から、ミラージュで支援。
溢れるばかりの巨大生物を、迎え撃つ。
「ヒャッハア! 好き勝手に暴れ放題だぜ!」
ジープで走り周りながら、涼川はスタンピートでグレネードを撒き続けた。本当に楽しそうで、苦笑いが零れてしまう。
新しい三隻の輸送船は。
黒蟻、赤蟻、凶蟲を、それぞれ大量にばらまきはじめる。
このままでは、町田は巨大生物に覆い尽くされる。
一隻目が、轟沈するのが見えた。
赤蟻が突進してくる。火力を集中して押さえ込むが、黒蟻と凶蟲が、その隙に後ろに回り込んでくる。
赤蟻は装甲を利用して。
黒蟻と凶蟲は機動力で。
包囲を確実に縮めてくるのだ。
乱戦が続く。
レンジャー11の隊員が、次々にキャリバンに運び込まれる。筅のベガルタも既に前衛に出てコンバットバーナーを振り回しているが、的確な機動戦を行ってくる凶蟲と黒蟻は、明らかに以前より動きがよい。
此奴らも、進化を続けていると言うことか。
上空。
バゼラートがきた。ミサイルを叩き込み、地上にいる凶蟲を吹き飛ばす。だが、輸送船のドーナツ状構造の上から姿を見せた凶蟲が、一斉に糸を放出。
ガツン、ガツンと鈍い音。
数が数だ。避けきれない。
谷山が、通信を入れてくる。
「距離を取ります。 武運を」
二隻目の輸送船を落とす。
しかしその時には。既に五百を超える敵が、此方を包囲していた。しかし、である。
今度は四隻、同時に輸送船が出現。
流石に絶句する此方だが。嘲笑うように、巨大生物を回収すると。元から何もいなかったかのように消え失せた。
破壊された五隻の新型輸送船の残骸も、徹底的に打ち砕かれていて、見る影も無い。これはひょっとして。
破壊されるとき、テクノロジーや資源を渡さないように、内側から自壊するのか。
フェンサースーツの状態を確認。
アーマーは七割方削られていたが、まだ動く。輸送船の側に歩み寄っていくと、弟が通信を入れてきた。
「姉貴、気をつけろ」
「ああ、分かっている」
すぐ側に立つ。
残骸はまだ煙を上げている。全長は百五十メートル以上という所か。空間転送機能は、何処についているのだろう。破壊された部分に装備されていたのだろうか。その可能性が高そうだ。
装甲部分は無事なところが多い。
特に外殻部分は、ほぼ原形をとどめていた。
この新型が、どれだけ頑強かという良い証拠だ。今までの輸送船は、イプシロンのレールガンを叩き込んでやれば大体一発で落ちたのに。この新型は、ライサンダーの集中砲火にさえ耐える。
元々の頑強さが、尋常ではないのである。内部構造でさえ、その例外ではない。
反射的に、ハンマーを構えたのは。
まだ生きている機能に気付いたからだ。カメラのようなものがついている。此方を見ていると判断したので、その場で叩き潰した。
ため息が漏れる。
壊さずに、残すべきだっただろうか。
いずれにしても、ストームをおびき出して、戦力を測るためだけ。そして新型との性能比を確認するためだけに、奴らが仕掛けてきたことが、これではっきりした。
奴らは、これでどれだけの新型を投入すれば、ストームを押さえ込めるか理解したはずだ。今後の戦略は、更に厳しいものとなっていくだろう。
すぐに、回収部隊とスカウトが来たが。
彼らも、おそらく気付いているのだろう。あまりもう、長い間は、戦線を維持できないと。
だからか、作業は何処か、投げやりに見えた。
3、青の巨神
文字通り、休む暇も無い。
すぐにまた出撃命令がきた。今度は静岡だ。出ざるを得ない。また新型輸送船が出現している。
その上、奴らを護衛しているのは、見た事も無い青いヘクトルだった。
ヘクトルは白銀色の装甲をしているが、スカウトが確認した奴らは、青い装甲に身を包んでいる。
ただ、これは完全な新型では無い。
少し前に、欧州で存在が確認されているという。
ヒドラから降りて、状況を確認。
四足が陣取っている地域から、二十キロほど北。既に廃墟と化している地域に、奴らは居座っている。
巨大生物の姿は無し。
バイザーにデータが転送されてくる。
欧州で、レンジャー一チームが交戦したときの映像だ。交戦したチームは、通常のヘクトルを四機も潰しているベテランだったのに。
青いヘクトルには、歯が立たなかった。
壊滅的な打撃を受けて、撤退。
その過程が、克明に記録されていた。
「青い装甲は、一種のシールドと考えられます。 シールドベアラーほど強固ではありませんが、かなりの攻撃に耐え抜きます。 それだけではありません」
他の映像も出てくる。
今までヘクトルが装備している兵器では無い。新しいものを装備している機体が目立つという。
一つは粒子砲。
凄まじい火力を誇り、近接戦闘を挑んだギガンテス戦車を瞬時に粉砕している。
形状は蟹のはさみに似ているが、其処から放たれる膨大な粒子は、凄まじい熱量をまき散らし。
辺りを一瞬にして融解させるほど強烈だ。
更に、盾を装備した機体もいる。
盾は菱形に展開するシールドだ。これに関しては、形状変化は出来ないようだが、シールドベアラーの展開するドーム状のシールドと、強度に関してはほぼ一致している。ただセンサーを搭載することは出来なかったのだろう。敵味方関係無しに攻撃を防ぐ、壁としか機能していない様子だ。
現状で、青いヘクトルは四機。
敵との戦闘が混沌になっている今。
この四機が、そして輸送船に格納されているさらなる機体が。静岡南部に居座っている四足と合流することは、大変に好ましくない。
それだけではない。
スカウトの報告によると、静岡南部の四足は、どうも装甲強化が施されはじめているというのだ。
グラインドバスターも通じないかも知れない。
勿論こうしている間も、EDFの技術陣は、必死に新兵器の開発をしてくれてはいるが。
フォーリナーが大量に投入してきた、上級の兵器群の戦闘力は文字通り圧倒的。とても対抗するまでには到らないのが現状である。
ビークルの展開が完了。
まだ修理中のグレイプRZの代わりに、今回は少し型がふるいグレイプを持ってきている。
ギガンテス戦車が欲しいと申請したのだが。
工場は何処も、戦闘で打撃を受けたビークル類の修理で大わらわだ。ヒドラの修理を行っている工場もあり、ストームだけ特別扱いしろなどとは言えない。中衛に控えているベガルタファイアロードを一瞥する。
最新鋭機体のあれなら、青いヘクトルともやり合えるとは思う。
しかしながら、敵は数が圧倒的だ。
いきなりガチンコでの勝負を挑ませるのは、自殺行為だろう。
攻撃開始。
指示が飛ぶ。
全員が長距離射撃武器を構え、一斉に弾丸を放った。
その内大半が、青いヘクトルを直撃する。ライサンダーの弾丸三発、ガリア砲の弾丸一発が中には含まれていたのに。
ヘクトルは全身をよじらせただけ。破壊するには、とうてい到らない。
四機のヘクトルが、此方に向けて歩き出す。
事前の打ち合わせ通り、秀爺がイプシロンに乗り込む。私は涼川と一緒に、最前線に躍り出た。
敵輸送船が開きはじめる。
まず狙うのはあれからだ。次から次へと増援が来る可能性も高いが、彼奴を放置しておくと、好き勝手に敵を増やされる。
それだけは、なんとしても阻止しなければならない。
装甲が展開しはじめたところを、レールガンの弾丸が直撃。だが、それでも新型輸送船は落ちない。その間に、青ヘクトルは、どんどん近づいてくる。
今いる四機が装備しているのは、長距離砲とガトリングだ。粒子砲を持った機体はいない。
だが、それでも。
危険性に、何ら変わりは無い。
「おらあっ!」
涼川がカスケードロケットランチャーを構え、ぶっ放す。
先頭の青ヘクトルに全弾直撃。しかし、即座に反撃が来て、乗っているジープが横転、吹っ飛ばされる。
あの程度でどうにかなるタマでは無い。
私はブースターをふかして加速。
跳躍すると、至近距離から、ガリア砲を叩き込む。先頭のヘクトルは流石に傷ついていたからか、それで弾が内部に貫通し、爆裂した。
青い装甲が、瞬時に色を失い、消える。
砕けて倒れていくヘクトルは、今まで戦って来た機体と、同じように見えた。
スラスターを吹かし、左右にステップしながら下がる。三機の青ヘクトルが、ガトリングを乱射してきたからだ。
数発を貰うが、アーマーでどうにか耐え抜く。弟たちの援護射撃もある。
涼川が物陰に隠れると、カスケードロケットランチャーで射撃開始。しかし、敵は此処で、新型輸送船から、青ヘクトルを投下してきた。
しかも、二機同時に、である。
これで、五機に増えた。
舌打ちしながらも、攻撃を集中。
三発もレールガンの射撃を浴びながら、まだ新型輸送船は落ちない。何という頑強さか。だが、舌打ちしている暇さえ、敵は与えてくれない。
ガトリングの弾が、雨霰と来る。
長距離砲を、味方に向けさせるわけにはいかない。
ガトリングの弾をある程度喰らうことを覚悟しながら、機動戦を行って、敵を引きつけていくほか無いのが厳しいが。
だが、それ以上に厳しい事がある。
敵がストームを解析し。
なおかつ、その存在を引きつけるために、このような作戦をしているのが、明白だと言う事だ。
おそらくオメガやストライクフォースライトニングも、今頃似たような敵の攻撃に晒されているだろう。
二機目のヘクトルを撃破すると同時に、新型輸送船が落ちる。
五発ものレールガンの弾丸を浴びた上に、弟のライサンダーが傷口にクリーンヒットしたのである。
これで、どうにかヘクトルが増えるのは防げるか。
いや、奴らは空間を好き勝手に渡ってくることが出来るのだ。
何時でも何処でも、油断することなど出来るはずがない。
至近。
足を振り上げた青ヘクトル。
必死に逃れ、踏みつぶされるのを避ける。だが、踏みつぶすと同時に、ヘクトルはガトリングを乱射。数発の直撃を貰う。
そろそろ、アーマーがもたない。
不意に、複数のミサイルが、ヘクトルの動きを止める。後方に配置して、いざというときの予備戦力としていた池口が、ネグリングから誘導ミサイルを放ったのだ。更に其処へ、三川が放ったらしいMONSTERの射撃が直撃。
三機目のヘクトルは大きく揺らぐが。
それでも倒れない。
だが、私が、ガリア砲を接射する時間は、整った。
青い装甲の隙間。
先ほど、涼川がカスケードからミサイルを多数叩き込んだ地点を狙う。ぶっ放し、直撃。貫通した弾丸が、ヘクトルの向こうに抜けるのが分かった。
三機目のヘクトルが、落ちる。
しかし、新型輸送船から、また一機が投下。
しかもそいつは、片手に盾を持っている。報告にあった、盾を持っているヘクトル。問題は、展開しているシールドの大きさ。
菱形のシールドは、ヘクトルの半身を覆うほどだ。狙う向きによっては、完全に姿が隠れてしまう。
此奴が、二機の青ヘクトルを庇うように、前に出てくる。
更に輸送船が一機を投下。
此方も、盾持だ。
「こちらレンジャー11! 救援に来た!」
「レンジャー11、支援攻撃を行って欲しい。 あの盾を持ったヘクトルが見えるか」
「何だアレは……!」
「無理をしない範囲で、あれの注意をそらして欲しい! 後は此方でどうにかする!」
レンジャー部隊が、敵の斜め後ろに展開。射撃を開始する。
盾持ちのヘクトルが反応。下がって、傷ついている青ヘクトルを守りに入るが、そうはさせない。
上空。ローター音。
バゼラートが、一気に間合いを詰めた。
ミサイルを乱射し、ヘクトルの動きを止める。
ベガルタも躍り出る。
散弾砲を乱射しながら突貫。至近距離から、タックルを浴びせかけた。揺らいだその瞬間、割って入った私が、ガリア砲をうち込む。
更に、飛び込んできた涼川も、スタンピートからグレネードの雨を降らせる。爆裂が連鎖。
元々傷ついていた一機が、それで傾ぐ。普通のヘクトルだったら破壊できているところだが、青い装甲は伊達では無い。
だが、味方だって、伊達では無い。
私の一撃が入った傷を、秀爺の狙撃が、正確無比に貫通した。
吹っ飛ぶ青ヘクトル。
爆裂が、側にいた一機を傷つける。だが、その煙を打ち払うように、三機の青ヘクトルが、ガトリングを乱射してくる。
レンジャー11が、もろにそれを浴びた。
悲鳴が此処まで届く。
「無理をするな! アーマーが危険なら引け!」
返事無し。
私は突貫。一緒に、ベガルタファイアロードも突進。
ガトリングを乱射している一機に突撃。至近から、ガリア砲をぶち込む。一歩分、青ヘクトルが吹っ飛ぶが。しかし、破壊できない。
ゼロ距離からの攻撃でも駄目か。
ファイアロードが、至近から散弾砲を浴びせる。振り返ったヘクトルが、此方も至近から、ファイアロードにガトリングを浴びせる。凄まじい殴り合いの末、左腕を吹っ飛ばされるファイアロード。
しかし、青ヘクトルも爆裂四散。
更に増援を投入しようとする新型輸送船。
しかし、装甲を開いた瞬間。
バゼラートのミサイルが乱射され、直撃。更に弟のライサンダーの弾と、秀爺が飛び乗ったイプシロンの弾丸が、同一箇所にピンホールショット。傷ついたドーナツ状構造に、深い穴が空いた。つまり、それでも落ちない。
其処に。
更に、もう一発ピンホールショット。
音が消え。
爆裂した。
新型輸送船が落ちる。
原田が放った、ハーキュリーの狙撃弾だった。
本人が、信じられないという顔をしている。
残りは、二機の青ヘクトル。両方とも盾を持っている。レンジャー11から、通信。
「こちら、レンジャー11。 まだ、動けます。 気を引くので、急いで……」
「無理をするな!」
「あれは明らかなアンノウンでしょう! 今倒して、データを取らないと、大きな被害が出ます!」
レンジャー11からの射撃が無数に、盾青ヘクトルに集中。鬱陶しそうに、二機が振り返りながら、ガトリングを回転させる。
その頭上。
直上に、私が躍り出る。
ガリア砲をぶっ放し、頭を真上から撃ち下ろす。
ガコンと、凄まじい音がして。ヘクトルの体が沈む。装甲が凄まじいから、衝撃を逃がしきれないのだ。
なるほど、真上からの攻撃が、有効か。
だが、もう一機が、ガトリングを振り回し、放ってくる。
私も避けきれず、吹っ飛ばされた。
更に上空のバゼラートも、二発貰う。最新鋭とはいえ、装甲にも限界がある。火を噴きながら、高度を落としていくバゼラート。
片腕を失っているファイアロードが突貫し、タックルを浴びせなければ、落とされていただろう。
攻撃が、集中される。
凄まじい殴り合いが続いた。
レンジャー11は四名を失い、残りも全てが負傷していた。キャリバンを繰って、日高少尉が急いで東京基地に運んでいく。
かくいう私も、アーマーは全損。
フェンサースーツにもダメージが大きい。私自身も、久々に酷い疲労を感じていた。
ヒドラが来て、傷ついたビークルを収納していく。池口が、忸怩たる顔をしていた。今回の戦いで、ネグリングの制圧能力に露骨な問題が出てきたからだ。青ヘクトルもそうだが、新型の強力な装甲には、今までのネグリングの火力では対抗できない。
池口の存在意義だった制圧火力が発揮できないとなると。
今後の戦いでは、かなり厳しくなる。
弟が、負傷者の状態をチェック。大金星を挙げた原田も、負傷していた。最後の一機のガトリング弾が、アーマーを瞬時で溶かしきり、ダメージを通したのだ。幸い命に別状はないが、今は医師の診察を受けさせている。
私も診察を受ける。
ベガルタはダメージが甚大。せっかくの新型なのに、それでもあの状況だ。通常のヘクトルだったらゴミのように引き裂けただろうに。青ヘクトルが相手だと、せいぜい二体を相手にするのがやっとだ。
惨状を見て、弟は舌打ち。
ヒドラの病室から出てきた私は、腕組みした。
「荒れているな」
「荒れずにいられるか。 こんな小規模作戦で、あれだけ勇敢に戦ってくれた味方にまで、死者を出してしまったんだぞ」
レンジャー11の隊長は、生き延びたが意識不明。
彼処で彼らが踏みとどまってくれなければ、被害はもっと大きくなったはずだ。応えることは出来た。しかし、それでも。この損害は、見ていて忸怩たるものを覚える。その気持ちは、嫌と言うほど分かる。
不意に、三島が空気を読まない通信を入れてくる。
「戦勝ご苦労様ー。 データは早速貰ったわ。 ちょっとあの青いのの相手は今までの装備じゃきつそうねえ」
「わかりきったことを言うな」
黙り込んでいる弟に変わって、私が代わりに応える。
弟が本気で機嫌が悪いときは、私以外には極端に無口になる。香坂夫妻には、愚痴を言うこともある。
「ちょっとまずい事が分かったかも知れないのよねえ」
「……なんだ」
「アースイーターの分布を見て」
画像が転送されてくる。
現在、アースイーターがどれだけ拡がっているか、だ。世界中の至る所にアースイーターは領土を広げており、EDFはそのいずれも、破壊できずにいる。何度か行われた作戦も、悉く失敗。
物量が違いすぎるのだ。
「此処を見て欲しいのだけれど。 中国にある二つの巣穴を、アースイーターは防御していないの。 それなのに、オーストラリアの巣穴は、防御している」
「……!」
「無理をしてでも、オーストラリアの巣穴に対する攻撃を検討するべきかも知れないわよー。 得体が知れないアンノウンがいるって話だし」
三島が通信を切る。
そうか、しまった。私が呟くのを、弟は冷静に見ていた。
アースイーターが現れてから、敵の戦略が変わったことは分かっていた。端々の戦略については理解が及んでいた。しかし、その根本的意図が読めなかったが。これで、読むことが出来た。
おそらく敵は、オーストラリアにいる何者かの大規模繁殖を行っている。
EDFを一息に叩き潰すために。
EDFの継戦能力を奪った後は、戦況を完全にコントロール下に起き、人間という種族と、そのアンノウンの殺し合いを泥沼化させるつもりだ。勿論、相手に都合が良い範囲で。
はじめて敵の戦略を読んだが。
頭に来るのは、それを理解できても、どうしようもない、という事だろう。
オーストラリアは既に半分以上がアースイーターに覆われていて、巣穴があるのはその中心。
もっと小規模なアースイーターでも、ストームを追い返すほどの戦闘力を持っているのだ。
多分、EDFの全戦力を投入しても、返り討ちに遭う。
戦略面で、敵は常に上を行っている。
戦略を理解したとしても、相手の隙を突くすべが無い。
詰め将棋に似ているかも知れない。相手がどう動くか分かっていても、此方にはもはや、なすすべが無いのだ。
もしも、術があるとしたら。
「アースイーターを破壊するしかないのか」
「どうやって」
「分からない。 ただ、もしも逆転の好機があるとすれば、まずアースイーターをどうにかしなければ」
もう遅いだろう。
敵の戦略は、確実に進行している。ストームや他の精鋭に嫌がらせをしているのも。わざと中国の巨大生物の巣に隙を作って、攻撃を誘っているのも。何もかも、分かった上での布石だ。
しかも蜂による全世界の損害を考えると、叩ける巨大生物の巣は叩かなければならない。
叩けば当然更に損害は増える。
それを分かった上で、敵はわざと攻撃できるように放置しているのだ。
敵の戦略手腕は、全く衰えていない。
一度東京基地に戻る。
部下達を休ませた後、弟と一緒に司令部に。
日高司令に、今の考えを話しておく。
流石に前線の猛将も、それを聞いて口をつぐむばかりだった。
「もはや、なすすべが……」
「貴方がそれでは、部下の士気に関わります。 敵の戦略を崩すには、大本になっているアースイーターをどうにかするしかありません。 何か、対抗策を全力で練るように、研究班を総動員してください」
「そうだな。 それしか、人類が生き残る術は無さそうだ」
日高司令が、小原に通信を入れる。
これから小原は徹夜が続くだろう。ただし、希望もある。EDFの科学陣は有能だと言う事だ。
武器の改良についても、今全力で取り組んでくれているはず。
敵の新型は、今までのEDFの兵器では、相手するのが厳しい。弾丸だけでも、どうにかして改良しなければならなかった。
全ての用事が済んだ後は、寮に戻って休む。
無言で私はカプセルに入って、其処でしばらく無心に過ごした。
詰め将棋は容赦なく進行している。
敵の戦略を崩す手段が、今のところ無い。もしもEDFが完敗した場合。人類はフォーリナーが満足できる進化を果たすまで、延々と戦闘用奴隷としての生活をする事になる。その後はどうなるだろう。
技術は大いに進歩したが。
人類そのものは変わっていない。
宇宙にいる他の種族に認められるだろうか。もし認められなければ、やはり太陽系からさえ出られないかも知れない。
人類は。
結局、この星から出られない器なのだろうか。
地下の彼奴は、どうしてこんな種族に手を貸した。分かっている。憐憫からだ。憐憫を不快に感じるのは簡単だが。
私は一旦ネガティブな思考を切る。
今は、生き延びることが最優先。
そして、勝つためには。勝つための切り札であるストームが、どうやって今後戦っていくか。考えていなければならなかった。
(続)
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