迫る奈落の口

 

序、籠城

 

完全に包囲された北京基地は、もはや陸の孤島と同じだった。

救援部隊が来るまで、此処に閉じ込められた部隊に、脱出のすべは無い。周囲は見渡すばかりの巨大生物の海。

そして、もはや空までも、敵の手に落ちているのだ。

どうにか外壁部分は守ったため、敵の侵入は防いでいるが。

敵は上空から、散発的な攻撃を続けてきている。

飛行型巨大生物。

オオスズメバチに酷似した姿を持つ、アンノウン。新種である。

奴らはヘリ以上の機動性を持ち、なおかつ移動速度に関しても、時速800キロ以上を平気でたたき出す。

攻撃の際放つ毒針は、液体にもかかわらず圧力が凄まじく、アーマーを付けている兵士も吹っ飛ばされる事が確認されていた。

大きさは黒蟻や赤蟻、凶蟲と同じ十メートル程度なのだけが救いか。

迎撃で被害を出しながらも、地上部隊はエメロードによる射撃を中心に、敵を射すくめる。しかしミサイルが直撃しても、奴らは簡単には死なない。

文字通りの化け物だ。

「此方谷山。 バゼラートを出すのは自殺行為だ。 しばらくはセントリーガンを配置しながら、基地の外に群がっている巨大生物共を牽制する」

「頼むぞ」

弟が通信を切る。

私も弟も、既に満身創痍。手当たり次第に降らされる毒針の雨の中、必死に戦っている兵士達が、見る間に倒されていく。

このままでは、外にいる巨大生物の群れがなだれ込んでくるのも、時間の問題だ。

ヒドラにも、蜂どもは群がっている。

飛び立つのは不可能、とヒドラのパイロットが悲鳴を上げてきている。彼を責めるのは無理だ。

このままでは。

各地のシェルターも、巨大生物の餌食になるのが、時間の問題である。

AF100で正確な射撃を続けながら、弟は敵の断続的な攻撃を撃退。私も高高度ミサイルを乱射して、どうにか敵を叩き落とし続けるけれど。

味方の損害が、あまりにも大きい。

当然の話だ。

生きた戦闘ヘリを相手にしているのも、同じなのだから。

地上戦力の天敵とも言える戦闘ヘリを、まさか生物で安価に大量に製造してくるなんて。ただ飛ぶだけの敵では無い。

これは、現在地上戦力が主力となっているEDFの、弱点を的確に突いてきたとも言えるだろう。

しかも、それだけではない。

通信が入ってくる。

中央アジアや東南アジアにも、蜂が飛来しはじめているというのだ。

飛行機並みの速度で飛び回り、巡航距離も長いのだ。当然のように、世界中に拡散しはじめるだろう。

マザーシップを、敵が使い捨てるのも道理だ。

まさか、これほどの性能を持つアンノウンが誕生していたなんて。そして、オーストラリアでも、正体不明のアンノウンが誕生した可能性が高いのだ。

サンプルを送るどころでは無い。

本格的な援軍が来るまでは、そもそも生き残ること自体が、出来るかどうか、怪しいところだ。

弟と一緒に、かなりの数の蜂を撃墜。

第三波攻撃までは、なんとか退けた。蜂が一旦引いたのを見て、弟が負傷者を地下へ運ばせる。

しかし、地下施設も。

基地の内部に、巨大生物が乗り込んできたらおしまいだ。

救援にあわせて突出、反撃開始と言う事も、出来そうにない。

特に被害が大きいのは、ペイルチームである。

装甲が薄いウィングダイバーと言う事が徒になっている。その上敵は可変性が高い飛行を自在にこなすのだ。

戦闘機ほどではないにしても、戦闘ヘリ並みの動きと、ある意味それ以上の火力。

空からの攻撃で優位を得ることに特化したウィングダイバーにしてみれば、レタリウス以上の強敵だ。

負傷者の中に、カリンがいた。

アーマーを抜かれて、呻きながら担架で運ばれて行く。

舌打ちした弟。

此処の秘書官が来る。

「無事な戦力はどれほどか」

「既に地下は満杯で、無事な戦力がどれだけいるかは分かりません。 蜂共の攻撃は、要塞砲にまでダメージを与えておりまして……」

この北京基地にも、ヘクトルに備えた大威力要塞砲は据え付けられているし。巨大生物に備えて、エメロードの固定砲台もある。

しかしそれらをもってしても。

敵の数が多すぎて、とても耐えられない。

弾薬の備蓄も見せてもらう。

誘導ミサイルは、自動工場で急ピッチの製造をしている。幸い材料はいくらでもある。ヘクトルにしても飛行ドローンにしても、残骸は散々落としていったからだ。これらを材料にして、エメロードなどに搭載する自動追尾式誘導ミサイルは作られる。

ただ、製造が、消費に追いつかない。

北京基地の弾薬も、かなり残りは心許ない状態だ。

「司令官はどうしている」

「意識が戻りません」

「そうか」

秘書官に当たり散らしても、仕方が無い。

私が弟をしゃくって、壁際に。

傷ついたまま、壁にへたり込んでいる兵士の姿が目だった。巨大生物と直接戦っていたチームは悲惨だ。確かに壁の上からと言う位置的優位はある。しかし、蜂は彼らにも、容赦なく毒針の雨を降らせていたのだ。

しかも、地球の雀蜂と同様。

その威圧的な羽の音は、嫌と言うほど響き渡る。

ノイローゼやPTSDを発症する兵士も、出始めていた。

良くないニュースが重なる。

日高司令からだ。

「東南アジアに残っていた巣穴の攻略には成功した。 しかし、此方は今、蜂の襲来で身動きがとれん。 中国南部の巣穴も攻略が予定されていたが、其方は見送りだ」

「蜂は、中国の巣穴から出現したものですか」

「それ以外には考えられないな。 しかも、調査によると、二つある巣穴の両方から、蜂が多数噴出している」

ぞっとする話だ。

海を渡った蜂の群れは、当然極東にも来ている。

ロシア、中央アジア、東南アジア、極東。既に多数飛来している蜂の群れが、EDFをパニックに陥れているのだ。

「此方は、北京基地ごと、このままでは全滅します。 一刻も早く、空軍の援軍をお願いいたします」

「分かっている。 今、手配中だ」

通信を終える。

ため息をつく弟。

アーマーの備蓄も残り少ない。後何回、敵の攻撃に耐えられるだろう。しかも、既に味方を守りながら、敵中突破する余力は残されていない。

壁に上がって、北京基地を包囲している敵を観察する。

数は万に達している。

大半は赤蟻と黒蟻、それに凶蟲だが。

彼らの後ろに、悠然と蜂の群れがいる。飛んでいないときは、当然のように地面に張り付いている。

かなりの数を倒して、辺りの地面を死体で埋めてやったが。

巨大生物共は、怯む様子も無い。

此方の疲弊と損害が大きいことを、冷静に見やっているのだろう。このままでは、陥落は時間の問題だ。

「なあ、姉貴」

「どうした」

「後何回、支えられると思う」

「せいぜい二回だな」

蜂の群れも、かなり数が多い。

毎回全部がヒットアンドアウェイを仕掛けてくるのだ。その度に多くの兵士が死傷する。いつまでも、敵の攻勢を防げない。

援軍が来ないと。

流石に、どうにもならない状態だ。

黒沢が来る。

彼はほろ苦い表情を浮かべていた。

「病院から、もう満員だと連絡が。 急速医療を駆使していますが、それでもとても追いつかないそうです」

「……分かった」

いずれにしても、次からは治療さえ受けられない兵士達で、この基地は埋まることになるだろう。

既に地獄は、地上に顕現していると言えた。

休憩の時間など、敵がくれる訳が無い。

蜂が動き出す。

一斉に飛び立つと、此方に来る。

その様子は、まるで空が黒い影に覆い尽くされていくよう。大きさそのものは、黒蟻と変わらないのに。

それが自在に空を飛ぶと言うだけで、こうも恐ろしいものだったのか。

当然の話だが。

連携して、巨大生物たちも動き出す。

基地に据え付けられているセントリーガンが迎撃を開始するが、とてもではないが数が足りない。

ネグリングは格納庫から出せば、あっという間に蜂に集られて破壊されてしまう。

池口のネグリングはからくも破壊を免れたが。

北京基地の他のネグリングは、そうやって粉みじんにされてしまっていた。

勿論、単独の蜂はそれほどの脅威では無い。

強いとは言っても、戦闘ヘリと同じ程度なのだ。今の時代は、戦闘ヘリに対する戦術など、いくらでもある。

問題は、敵の数。

戦闘ヘリが数千という兵力で攻めてきた場合、どうすれば対処できるというのか。

死闘の末、どうにか次の攻撃も撃退に成功。

しかし、もはや、味方にまともに戦える力はない。ストームチームも、負傷者が増えている。

その中で。

打つ手は、どんどん削られていくのだった。

 

1、殲滅からの退避

 

動けるチームのリーダーを集める。

今、ストームチームでさえ負傷者が出ている状況だ。まともに戦える兵士がどれだけいるかは、確認する必要がある。

各地からきた援軍も、酷い有様だ。

とてもではないが、長期戦には耐え抜けない。

各地のEDFも、蜂の対処に大わらわである。

援軍を送るにも、戦況が混乱していて、まとまった数は出せない状況だ。まとまった数が出せなければ、蜂に制空権を奪われている中国地区に、援軍など送る事が出来ない。送っても、送るだけ敵に殺されるだけだ。

弟が声を掛けて、集まった無事な戦力は。

なんと、五十人にも満たなかった。

ビークル類も酷い有様で、戦車も殆ど残っていない。セントリーガンも、稼働の限界が近い機体が多かった。

悲惨な状況だが。

カリンは怪我を押して、出てきている。

既にペイルチームも三割近くが戦死して、動ける面子は殆ど残っていないのに、だ。

「ストームリーダー。 援軍については、何か聞いていませんか」

「今、各地のEDFが必死に調整してるそうだ。 具体的にいつどんな援軍が来るかは、分からない」

「次の攻撃が来たら、支えきれません!」

悲鳴に近い声を、カリンがあげる。

無理もない。

この状況下で、冷静を保てる人間が、一体どれだけいるというのか。青ざめているリーダー達の顔を見回しながら、弟が言う。

「泣き言を言っても始まらない。 どうにか、この状況を打破する方法を考えなくてはならない」

「地下に潜るというのはどうでしょう」

冗談めかして言ったのは、此処に増援として来たフェンサー隊の隊長の一人。まだ若い戦士で、恐らくは前大戦末期に加わった義勇兵の生き残りだろう。

弟は、冗談めかした、絶望を含んだ言葉にも、冷静に応じる。

「此処の地下は、長時間の攻撃には耐えられない。 潜っても追い詰められて皆殺しにされるだけだ」

「かといって、このままでは、もう敵の攻撃を防げませんよ」

基地の外を見れば。

そこにいるのは、巨大生物の群れ。

それも、数え切れないほどの。

蜂も何度かの襲撃でかなりの数を落としてやったが、それでもまだまだたくさん残っている。

奴らは知っているのだ。

もうこの辺りは、奴らの領土。

後はこの北京基地さえ落とせば、完全に土地を掌握できると。だから攻撃は、凄まじい苛烈さを含んでいた。

セントリーガンはどれも焼き付くほどまで稼働していて、これ以上酷使すると多分壊れる。

世界最強を謳われるストームチームがいても。

この圧倒的な兵力と。それに、高空戦力を抑えられているという状況を覆すのは極めて難しい。

ヒドラは四機。

ピストン輸送すれば、負傷者を逃がすことは出来るけれど。

そもそも蜂が、ヒドラを見逃してくれるはずが無い。

途中で叩き落とされるのが関の山だ。

私が挙手すると。

全員の視線が集中した。私の暴れぶりは、彼らにも印象深い、という事を祈りたい。少なくとも、ストームチームのサブリーダーに相応しい戦闘力は、見せているはずだ。

「時間を稼ぐ方法はある」

「時間を稼いでどうするんですか?」

カリンの声には、冷たい反発が籠もっていた。

援軍など来るはずも無い。

そういう絶望が、皆の心を覆っている。だから、薬物に手を出そうとする隊員も出始めている。

酒を浴びるように飲んで、倒れてしまっているものもいる。

彼らを責めることは、出来ない。

「援軍は来る。 だが、次の戦いに耐えられないようなら、恐らくは間に合わない」

「しかし、次の攻撃を、どう耐えるんですか」

「私と弟が主力になって、打って出る」

周囲が、しんとした。

もう一度、咳払いしてから、説明する。

「蜂さえ潰してしまえば、敵の戦力は大幅に低下する。 理由は分かっていると思うが、高空戦力を消せるからだ。 敵は万に近い、いや万を超える数が周囲にいるが、蜂の数は八百程度。 奴らに絞れば、撃滅は可能かも知れない」

「しかし、どうやって」

「レクイエム砲だ」

北京基地にもそうだが、何処の基地にも機甲師団の主力として、重戦車タイタンが配備されている。

此処北京基地でも、どうにかタイタンは生き残っていた。

これを用いる。

タイタンの主砲は、通称レクイエム砲。直撃するまでにレクイエムを奏でられると言うほど、弾速が遅い。

ただし破壊力は折り紙付きで、直撃すれば大概の相手は木っ端みじんだ。

しかし少し前の戦いで、四足には通用しなかったという報告もある。いずれにしても、使いづらい兵器なのだ。

作戦を私が提案。

弟が腕組みした。

「なるほどな。 今のはじめ特務少佐の実力であれば、長時間巨大生物の群れを引きつけ、攪乱することが出来る。 その間に、敵の高空戦力に、致命打を与えるのか」

「そうだ。 その後、ヒドラでピストン輸送を掛けて、此処を脱出する。 その後、体勢を立て直して、再度攻撃を行う」

既に、幾つものシェルターが、脱出不可能な状態になっている。

容易に巨大生物の侵入を許す造りでは無いが、何年も籠城するのは不可能に近いだろう。ならば、やるしかない。

作戦に反対の者は。

弟が見回すが、いない。私に反発しているカリンでさえ、この状況を打破できるなら、藁にもすがりたいと考えているのだろう。

そのカリンが、挙手。

「私も攪乱に参加します」

「無理だ。 死ぬぞ」

「私はこれでもペイルチームの隊長だ。 如何に元上官とは言え、貴方に遅れは取らないし、負傷くらいは経験と歴戦でカバーしてみせる」

「……分かった。 ただし、無理だけはしないように」

弟が私に噛みつくカリンをたしなめ、会議を終える。

現在、此処の司令官は疲弊が祟って昏倒しており、弟が事実上の指揮官になっている。それに何より、最強の噂も高いストームリーダーだ。弟の活躍は今までの籠城戦でも多数の兵士が目撃しており、つるべ打ちで蜂を叩き落としていく様子を見て、喚声も挙げていた。

弟の指揮に、皆はしたがってくれる。

それだけが、救いだ。

多分カリンは、単純な好意を弟に抱いている可能性が高い。見ていれば、その辺りは分かる。

だから、話を素直に聞くという理由もあるだろう。

これより実行する作戦は、内容的には簡単だ。

現在、蜂どもはまとまって、基地近くの丘陵で休んでいる。此処にレクイエム砲を叩き込む。

同時に私が基地から突出して、巨大生物共に全力での肉弾攻撃を実行。

混乱している間に、残った兵士達全員で、蜂を狙って狙撃を行う。私の支援は弟とカリンだけ。

ストームチームの新兵達も。

涼川も秀爺もジョンソンも。エミリーも谷山も。

皆全員が、蜂に対する攻撃に注力する。

上手く行けば、巨大生物が体勢を立て直す前に、蜂を殲滅できる。そうなれば私と弟、後は涼川だけで、巨大生物をかなりの時間攪乱し、食い止められる。

その間にヒドラを飛ばして、負傷者を後送。

出来れば増援も、作った時間の間に呼び込む。此処を放棄せずに済めば、それが最上なのだから。

タイタンが、兵器倉庫から出てくる。

操作は秀爺に任せる。

タイタンに関しては、操縦の経験もあるという。どうしようもない駄作兵器だと、いつもぼやいていたが。ただ、レクイエム砲を敵の群れに直撃させられるかと聞いたら、確実にやってみせると言っていた。

池口のネグリングも酷い損傷を受けているが、応急処置をして、引っ張り出す。

谷山は、砲兵隊と連絡をしているが。此処までの長距離射撃は難しいそうだ。テンペストなら打ち込めるかも知れないと言う事だが。それも、精密な誘導をするには、かかりっきりになる。

基地外壁の上に筅はベガルタを操作して上がって貰う。

近づく蜂を、コンバットバーナーで焼き尽くすためだ。

ストームチームの皆も、既に大なり小なり負傷しているが。それでも、此処でやりきらなければ、全滅が待つだけ。

戦わなければ。死ぬのだ。

作戦開始は、間もなく。

秀爺が、GOサインを求めてきた。

私は基地外壁の上に出ると、見渡すばかりの巨大生物の群れを見て、フェンサースーツの中で目を細めていた。

あの中に、飛び込むのだ。

ぞっとしない。

時計を合わせる。

弟が、作戦開始を指示。開始時刻は、三分後。隣に、カリンがきた。負傷はしているが、世界でもトップクラスのウィングダイバーだ。エミリーでさえ及ばないと正直に言っているほどの使い手。

だが、負傷は、どうひいき目に見ても、酷い。

自尊心のために、これほどの戦士を死なせるわけには行かない。

「分かっているだろうが、支援を中心に動いてくれ」

「元上官とはいえ、私を侮りすぎだ。 確かに貴様は世界最強のフェンサーだが、それでも私にも誇りがある」

「今は生きることを優先しろ。 戦況はこれから更に悪くなる。 優秀な戦士は一人でも必要だ」

「……何を知っている、貴様」

カリンは相変わらずとげとげしい。

ただし、時計を見て、舌打ち。

時間が来たのだ。

秀爺が、砲塔を動かす。そして、次の攻撃に備えて休んでいる蜂の群れに向けて、レクイエム砲をうち込んだ。

砲弾が、ゆっくり飛んでいくのが見える。

確かに着弾までに、レクイエムを歌い上げることが可能だろう。そして、終わったときには。

炸裂。

轟音が丘に轟く。一撃で、百匹以上の蜂が爆裂四散した。更に其処へ、生き残った全員が、スナイパーライフル、長距離射撃用のロケットランチャーで攻撃を開始する。爆発が連鎖する中、一斉に巨大生物が反応するが。

彼らの頭上には、私が躍り出ていた。

「死ね」

降り下ろしたハンマーが、周囲の巨大生物を吹き飛ばす。

殺す必要は必ずしも無い。

徹底的に攪乱して、動きを止めるだけで良い。

同時に残ったセントリーガンが全て稼働。更に、私の少し後ろに飛び込んだカリンが、周囲に制圧射撃を開始した。

私は、飛ぶ。

ハンマーを振り回し、その地面への直撃する圧力さえ利用して、軌道を変える。肉体が痛む感触は無い。

殺戮し、移動し、また殺戮。

スピアで敵を串刺しにし、像を残して跳躍。上空から、迫撃砲で辺りを爆撃。着地と同時にハンマーを振るう。

混乱していた敵が、体勢を立て直そうとするが。

其処へ、秀爺がレクイエム砲弾を直撃させる。

吹き飛ぶ敵が、小さな山のように見えた。

味方は、頑張っているか。

蜂は空中で体勢を立て直そうとしているが、無数のエメロードミサイルが弾幕となり、敵を次々襲う。動きを止めたところに、涼川が確実にロケットランチャーの射撃を命中させる。

スナイパーライフルは駄目なのに。

爆発物なら、長距離射撃でも、完璧だ。

赤い閃光が、基地の外壁の上から迸り、巨大生物を焼き払う。

ジョンソンの零式レーザーだ。

混乱する敵を追い込むように、ネグリングがミサイルを乱射。降り注いだミサイルが、蜂も、黒蟻も、赤蟻も、凶蟲も、手当たり次第に吹き飛ばす。

乱戦が続く中、私も酸を浴びる。

どれだけ完璧に、冷静に動いても、どうしてもこの敵密度だ。攻撃は浴びてしまう。それでも、逃れるわけにはいかない。

手当たり次第にハンマーを振るって敵を薙ぎ払いながら、まだか。そろそろか。呟く。

ヒドラが、飛び立つのが見えた。

させるかと、追いすがろうとする蜂の群れ。だが、其処はもう、弟の射界。速射に優れた実力を発揮するハーキュリーで、蜂の群れをつるべ打ちにしていく。

ヒドラが、安全圏に逃れる。

そろそろ、良いころだろう。

「カリン、引くぞ!」

返事が無い。

地面で倒れたカリンを、巨大生物が囲んでいる。どうやら傷口が開いた所を、赤蟻に噛まれ、振り回されて、地面に叩き付けられたらしい。

突貫。

カリンを掴むと、ブースターをふかして、上空に逃れる。

追いすがろうとする巨大生物に、迫撃砲を連射。吹き飛ばし、逃れるが。一度、赤蟻の牙が掠った。

激しく揺れる。

アーマーも瞬時に全損した。

だが、上空には逃れた。蜂の数も、相当に減ってきている。気をつけながら、基地外壁に着地。

弟が、ハーキュリーで蜂を落としながら、此方に来る。

「流石だな。 見事な首尾だった」

「其方の戦果は」

「蜂の内七割は落とした。 これなら、かなり時間を稼げる」

「そう、だな」

負傷者を満載して此処を離れたヒドラが、戻ってくるまでの所要時間は、六時間と推定されている。

その時援軍を連れてきてくれるか。

過大な期待は禁物だ。通信は入ってきている。彼方此方に飛来した蜂が、大きな被害を与えていると。

極東も、既に全域が蜂の攻撃を受けている。

奴らは太平洋を渡り、北米にまで進出しているという報告さえあったのだ。極東が攻撃を受けるのは当然と言えた。

北京基地を包囲していた巨大生物は、大きな被害を出したが。体勢を立て直し、再び包囲を組み直す。

私が幾ら暴れても、単独で一万を潰すのは無理だ。

今のも奇襲だから上手く行ったのであって、何度も同じ手は通じるはずが無い。

カリンを引き受けにきたペイルチームのウィングダイバーに敬礼される。見たことが無い戦士だが、私がペイルチームにいたのは随分前だ。知らなくても当然である。

担架で運ばれて行くカリン。

ウィングダイバーは、敬礼した。

「姉を助けていただき、有り難うございました」

「カリンの妹か」

「正確には、義理の妹です。 私も第三世代のクローンで、カリンさんの家でお世話になっていました。 戦場では厳しいですけれど、家ではとても優しい良い姉なんです。 嫌いにならないでください」

「ああ、分かっている」

人の心は複雑怪奇だ。

人としてあまり永く生きていない私も、それはよく分かっていた。

 

ヒドラが戻ってくる。巨大生物は相変わらず包囲を崩していない上、蜂はまだ二百以上が健在。

北京基地に降り立つヒドラは、かなり慎重に飛行しているように見えた。

四機のヒドラが、北京基地を脱出したが。

戻ってきたのは三機である。

すぐに飛び出してきた医療スタッフが、病院から負傷者を引き受けていく。代わりに、補給物資を持ってきてくれた。

人員は。

そう聞くと、首を横に振られる。

やはり世界の全域で蜂が出ており、EDFは対応に大わらわだという。今の時点で、ファイターが撃墜されるほどの戦闘力は発揮していないが、それでも攻撃ヘリの大群が敵に加わったようなものだ。

人員に、余裕が出る筈もない。

とりあえず、これで病院がパンク寸前、という状況は避けられた。ただ、各地に孤立したシェルターがある状況、この北京基地の人員が足りず、陥落寸前と言う事は変わっていない。

ヒドラが戻っていく。

基地の外壁に上がり、敵の様子を見て廻っている私に、弟が歩み寄ってきた。

「姉貴、敵に隙は」

「わざと隙を作っているようにしか見えないな。 今度私が単騎で突出したら、おそらく包まれて袋だたきだろう」

前回の奇襲でも、アーマーは限界まで削られた。

手練れの中の手練れであるカリンがついていながら、一瞬でも油断したら、ジエンドだっただろう。

せめて空爆があれば。

谷山が腰をかがめて、セントリーガンの様子を確認している。

側には筅もいて、谷山の話を聞いているようだった。

二人で歩み寄ると、谷山は顔を上げる。

「どうしました、二人で」

「見回りをしていただけだ。 其方は何か進展が無いか」

「何もありませんね。 敵の総攻撃も、支えられてあと一回と言う所でしょう」

急速医療を駆使して、軽傷者は病院から出てきているが、それでも基地を守れる人員は百名を超えていない。

もはやこの地区は、完全に敵の手に落ちたと行って良い。

東南アジア地区にも、相当数の敵が飛来しているらしく、攻勢に転じるどころではないと通信も入っていた。

高速で飛び回り、地上攻撃に特化した巨大生物の出現。

更に、オーストラリアの戦況も不安だ。

一刻も早くこの地区にある敵の巣穴を撃破しなければならないのに。

それどころでは無いのが、何とも悲しいところである。

筅が顔を上げる。

青ざめている彼女が、指さした。

「ストームリーダー! あれを……!」

言われるまでも無い。

見れば、一目で分かる。

蜂がおよそ数百、飛来した。これで敵の高空戦力は復活だ。どのような手段を用いたかは分からないが。

呼び寄せたのは、火を見るより明らかである。

しかも前回の失敗に懲りてか、蜂は数カ所に分散して着地。オオスズメバチに似た飛行型巨大生物は、他と同様、優れた知能を持っているのは確実だった。

更に、である。

「此方ヒドラ。 北京基地の寸前で、飛行型巨大生物の群れを発見! 此方の飛行経路を塞ぐようにして滞空しています!」

「ファイターは?」

「現在空対空ミサイルで攻撃中ですが、数が多く!」

なるほど、敵も本腰を入れてきたと言うことだ。

ピストン輸送など、させないという事だろう。

病院に連絡。できるだけ、処置を急いで欲しいと指示。医師が露骨な不快感を示す。彼らだって、不眠不休で働いているのだ。

通信を切ると、またリーダーを集めて会議にする。

今度はカリンがいない。

隊長が負傷している上、ペイルチームは現状隊員の半数を死傷し失っているのだ。もはや精鋭としては機能しない。

ましてや、ウィングダイバーにとって天敵どころか、戦える相手では無い蜂が多数いる状況だ。

ウィングダイバーは固定砲台にするしか無いのである。

「ヒドラによる補給路が敵によって断たれた。 更に蜂の増援が加わっている。 敵の戦力は、叩く前以上に増えているとみて良いだろう」

「そんな、どうすれば」

「慌てるな。 時間が稼げた分、病院から復帰している味方も増えている。 ヒドラが新品のセントリーガンも補給してくれたし、まだもつ」

弟が不安がる味方にそう言うけれど。

実際には。それほど簡単な問題ではない。敵側は此方の反撃が激しいことを見て、本腰を入れてきている。

ヒドラからまた通信が入る。

蜂の群れとファイターが交戦を続けており、まだまだ此方には来られないという。そうなると、もはや陸路を逃げるしかないかもしれない。ただし、味方には多数の負傷者がいる。包囲している鉄壁の敵陣を突破して、長距離を逃げるのは、極めて難しいのが現状だ。

やはり、今は耐え抜いて、時間を稼ぐしか無い。

空路は完全に塞がれたわけではないからだ。

谷山が来る。

どうやら、第五艦隊が日本海に到着。テンペストによる援護射撃の準備を整えてくれたらしい。

厳しい戦況で、よくやってくれたとしか言いようが無い。

テンペストで精密射撃をするのは不可能に近いけれど。

やるしかないのだ。

「空爆課の兵士は!?」

誰も挙手しない。

そうなると、谷山と筅だけで、ミサイルを誘導する他ないという事になる。

不幸か幸運か、ミサイル誘導用のレーザー装置はある。二カ所にいる蜂を殲滅するだけで、戦況はかなり変わるはずだが。

問題は、今回は敵も奇襲に備えている、という事だ。

蜂は現在、十カ所以上に分散していて、数も800に達している。

テンペストの爆撃で、二カ所をつぶせたとしても。

残り九割近くは、一斉に此方へと反撃を開始する計算だ。そうなると、他の巨大生物に対する押さえのためにも、テンペストは使う必要がある。私が機動戦を仕掛けて、どうにか出来る状態では無い。

テンペストで巨大生物を抑え。全員で、蜂を攻撃して。

それで、どうにか、敵と渡り合える。

逆に言えば。

それが上手く行かなければ、一気に敵大群に飲み込まれ、終わりだ。

「ウィングダイバーと、フェンサーは組んで欲しい。 ウィングダイバーは今回の戦いで、全員が固定砲台として活動して貰う」

顔を見合わせるウィングダイバー達。

しかし、彼女らが活躍できるのは、空中では無い。今回の戦いでは、それ以上の機動力を持つ飛行型巨大生物が多数いる。

最強のウィングダイバーチームであるペイルチームでさえ、空中戦では歯が立たなかったのだ。

それ以下の実力しか無い者達で、どうこうできる筈も無い。

作戦が決まる。

今度も、作戦はシンプルだ。すぐに動き出す。

谷山と筅が誘導装置を構え、テンペストの発射指示を願う。筅は口をぎゅっと結んで、緊張しているのが一目で分かった。

蜂は一カ所で五十か六十程度が固まり、それぞれが分散している。

秀爺も、タイタンを動かしてくれる。

これで、三カ所を首尾良く撃滅できたとして。残り全ての蜂が、攻撃と同時に一斉に来るだろう。

全員に、対空戦の準備をさせる。

テンペストミサイルが飛来。

デスピナから発射されたものとみて良いだろう。見る間に敵に迫り、地面で休んでいる蜂の群れの中に着弾した。

爆裂。

筅が誘導したミサイルは、わずかに外れた。群れの全てを殲滅できなかった。

タイタンのレクイエム砲は直撃。

この辺りは、経験の差だろう。

「空爆を続けろ!」

弟が筅を叱咤。

残りの全員は、一斉に空に舞い上がった蜂共へ、集中攻撃を開始。ウィングダイバー部隊は全員がミラージュを装備し、それぞれが蜂へ誘導ビームを放ち続ける。わずかに動きが止まったところを、スナイパーライフルで狙撃。

蜂が貫かれ、体液をばらまきながら落ちていく。

巨大生物用に作られたスナイパーライフルは、流石の破壊力だ。それに、空を飛ぶことで、強度を犠牲にしてもいるのだろう。蜂は見てくれこそ恐ろしいが、黒蟻よりは若干脆いようだった。冷静に敵を観察すれば、それくらいは分かる。エメロードは基本的に、相手の動きを止める兵器。黒蟻だって、小型ミサイル一発では死なないのだ。

先制攻撃成功。

それでも、先とは違う。

降り注ぐテンペストの中、巨大生物が殺到してくる。

外壁の上で、涼川がスタンピートを敵に降らせているが、それもいつまでもつか。それに、対空砲火の網を縫って、蜂が来る。セントリーガンが咆哮するが、それでも落としきれない。

ウィングダイバーの側にいるフェンサー達が盾を構えるが、数が足りない。

降り注ぐ毒針。

悲鳴が上がる。

吹き飛ばされるウィングダイバーが出始める。

ネグリングは巨大生物の相手で手一杯。谷山と筅は、ミサイル誘導で身動きが取れない。弟は確実に、他の誰よりも高い射撃精度で敵を落としているが。

それでも、落としきれる数では無い。

大きな犠牲が出る。

わかりきっていても、どうしようもない。弟は単独で他の数十人分の活躍を見せているが、それでも限界がある。

私もガトリングで敵を次々落とすが。

蜂の群れは等距離を保ちながら、効果的に毒針を浴びせてくる。これにやられる兵士は、数多い。

既にタイタンはハリネズミのような有様。

毒液が固まったものとはいえ、蟻の酸や凶蟲の糸と同様、近代兵器にダメージを与えられる能力があるのだ。

「秀爺、まだ行けるか!?」

「ダメージが蓄積してきているが、何とかなる。 蜂は」

「まだ半数以上が健在だ!」

不意に、轟音が降ってくる。

ヒドラだ。六機編隊で、強行突入を仕掛けてくる。ファイター四機が護衛についていた。

発射される、ファイターの空対空ミサイル。

中途で拡散して、蜂の群れに炸裂する。数十匹が瞬時に爆散。死体がばらばらと、雨のように降ってきた。

蜂の群れを押し潰すように、ヒドラが北京基地に無理矢理着陸。

蜂が攻撃を続行しようとするが、ファイターが更にとどめの空対空ミサイルを叩き込み、残党に致命打を浴びせた。

ここぞとばかりに、攻撃を強化する味方を支援するように。

ヒドラの横腹が空き、増援の部隊が姿を見せる。

「ストームチーム、これよりレンジャー部隊12個が支援作戦を開始する! よく持ちこたえてくれた!」

「助かる! まず蜂を潰してくれ! それから周囲の敵部隊に反撃を行う!」

「イエッサ!」

現れた新手は、ネグリングも有していた。

ここぞとばかりに空へ向けて放たれるミサイルが、次々に蜂を落としていく。ファイターの制空力は流石で、ネグリングに負けず、残った蜂を確実に駆除していった。

形勢逆転。

しかし、ヒドラを見ると、かなり損傷が酷い。おそらく蜂の群れを無理矢理突っ切って、ここまで来たのだろう。

此処までと判断したのか。

蜂の群れが、撤退を開始。弟が基地外壁に上がって来て、ハーキュリーを連射。数匹を落としたが、それで最後だった。

巨大生物たちは包囲を続けたまま。まだまだ、敵が有利だと、分かっているのだろう。

すぐに医療チームが展開。

重度の負傷者を運び出し始める。倒れている兵士達の救護も開始していた。

倒れているメンバーの中に、黒沢がいた。

対空戦を続けていたのだが。途中で、蜂の猛攻を浴びたのである。アーマーが破られていた。

意識はあるが、かなり負傷が酷い。

「すみません、やられました」

「少しだけ余裕が出来た。 今は休め」

「そうさせて貰います」

黒沢が、基地内の病院に運ばれて行く。

池口が、ネグリングの前でため息をついている。

毒針が溶けて、液体になり始めているのだが。

機体の彼方此方に酷い損傷がある。これは根本的な補修や、部品の取り替えが必要になるだろう。

谷山が来る。

「良い知らせと、悪い知らせが」

「悪い知らせから頼む」

「テンペストが品切れです。 第五艦隊が、蜂の群れと遭遇。 現在交戦中だとかで、支援の余裕が無いとか」

デスピナの戦闘力を持ってしても、いきなり世界中に拡散を開始した蜂の相手は厳しい、ということか。

もっとも、デスピナは艦載機として、多数のファイターを積んでいる。

簡単に沈められるとは思えない。

「良い知らせは」

「バゼラートは無事です。 蜂が戻ってくるまで、周辺の巨大生物を徹底的に叩き潰してきます」

「そうだな、頼む」

敬礼すると、谷山がすぐに格納庫に隠したままのバゼラートの所に向かう。

筅も同じように、ベガルタの所へ戻った。

負傷者を救助しながらも、すぐに攻勢に出る。

今のうちに。

敵はできる限り、削り取らなければならないのだ。

 

2、水辺の蜂

 

二日ほどの掃討戦で、どうにか北京周辺から巨大生物を追い払う事が出来た。

相性が最悪のバゼラートと、ようやく活躍の場が出てきたベガルタファイアロードの戦闘力を持って、北京基地周辺の巨大生物に猛攻を開始。涼川を中心にした味方戦力も効果的に敵を削った。

二度の攻撃で、敵も状況に利あらずと判断したのだろう。

一旦退避して、少なくとも北京基地の周囲から姿を消す。

大海の中の孤島に等しいが。

それでも、この基地だけは、守り抜いたのだ。

問題はこれからである。

敵はこの機会に一気に戦線を押し上げるつもりなのだろう。世界中に蜂を拡散させ、フォーリナーの機械兵団と協力して、EDFに苦戦を強いている。北米でもアフリカでも蜂の出現は確認されており、それと同時にフォーリナーの輸送船も多数の巨大生物を投下。既に安全地帯は無くなり、各地のEDFは等しい乱戦の中にいた。

ようやく押し上げてきた前線が。

たった数日で、地獄の混戦へと逆戻りしてしまったのである。

敵はこの時点で、既にマザーシップ三機を失った分の成果を得ているとも言えた。

基地の状況を見て廻る。

どうにか籠城を成功させたけれど。次の大規模攻撃があった場合、耐えられるかは分からない。

弟はとりあえず、スカウトと一緒に周辺の偵察。

谷山はバゼラートを飛ばして、辺りの偵察中だ。無人の偵察機も、可能な限り飛ばしている。

敵が集まっている地点があれば叩きたいし。

何より、敵の巣へ逆撃も行っておきたい。

中国支部の管轄にある巨大生物の巣は二つ。一つはこの基地から西に二千キロほど行ったところにある。

もう一つは、東南アジア支部の管轄地域と被るところにあって、此処からはかなり遠い。

今まで猛攻をかけて来た敵は、北京基地近郊の巣からきたと見て良いだろう。

日高少尉がきた。

「はじめ特務少佐、今お時間よろしいですか?」

「どうした。 敵でも見つけたか」

「いえ、そうではなくて」

困り果てた様子の日高少尉を見て、大体分かった。柊だ。

こんな所までヒドラに乗って一緒についてきている彼奴は、文字通りスッポンのようなしつこさで、取材を続けてきている。

既に彼奴のいる会社の人間達でさえ、シェルターの中で暮らしているのに。

どれだけ、取材に命を賭けているというのか。

ただ、勇気だけは認める。

北京基地での戦闘でも、殆ど全滅の危機を味わうことになった。柊は泣き言を言いもしなかったし、ヒドラに閉じこもって逃げるようなことも無かった。

また、此奴の報道内容を見たが、一応それなりに中立的な立場を維持している。

勝っているときは素直にそう報じているし。

味方の被害も、過大にも過小にも報告していない。

そういえば、此奴はどんな恐怖に直面しても、顔を歪めることも無い。何処か、致命的に壊れているのかも知れなかった。

「少し取材を良いですか」

「手短にな」

「有り難うございます。 あまりこういうことを言うのは柄ではありませんが、ストームチームの活躍は、シェルターに避難している人々の中でも希望になっています。 その中でも、ストームリーダーと貴方は、チームの主軸となる存在。 貴方に関する取材は、皆の希望を引き出すためにも有効です」

それは、嘘だな。

私は反射的に悟る。

此奴は何というか、本当のことを言っていない。

ただ、此奴の取材がある程度平等だというのは事実だ。黒沢に粉を掛けて余計な事を探り出そうとしているのも、また事実だが。記者として、きちんと仕事もしている。

それならば、応えてやるのも、悪くない。

幾つか取材をされる。

最近の戦況について、どう思うか。そう聞かれたので、素直に応える。

「味方は明らかに戦略面でフォーリナーに遅れを取っている。 敵はマザーシップ三機を使い捨てても大丈夫だと判断したから使い捨てた。 結果が、今の蜂による猛攻だ」

「EDFは無能だという噂もあるようですが、どう思われますか」

「正直な話、過去に存在した何処の軍隊と比べても、EDFが腐敗して無能な組織だとは感じない。 他に比べて特に酷いと言うことは無いだろう。 問題があるとすれば、敵があまりにも強力で、有能で、なおかつ悪辣と言う事だ」

柊はメモを取る。

眼鏡を直したこの女は。典型的な「出来る女」だ。スーツでしっかり身を固め、髪型や化粧までも完璧にこなしている。それによって、仕事をする自分というものを、作ってきている。

一礼すると、柊は戻っていった。

日高少尉が、大きく肩を落とした。

年齢的にはあまり変わらないだろうに。見ていると、日高少尉はとにかく子供っぽい。ナナコをはじめとして、後輩達に慕われるようなリーダーシップとカリスマは備えているが。それと大人っぽいことは、別の問題だ。

「はじめ特務少佐は、敵に勝てると思いますか?」

「分からないとしか応えられない。 何しろ、フォーリナーはまだまだ本気を出していないからだ」

「え……」

「敵は一石で二羽どころか、三羽も四羽も狙ってくるはずだ。 今後はどんどん戦況が厳しくなると見て良いだろうな」

青ざめる日高少尉。

だが、これくらい言っておかないと、今後の戦況悪化には耐えられないはずだ。

弟が戻ってきた。

涼川が運転するジープに乗って、矢島と原田も連れている。ジープには迫撃砲がついていたが、使った形跡は無い。

ぼろぼろの外壁ゲートを開けて、基地内に。

すぐに私を見つけて、外壁に上がって来た。もともと、それほど広大な基地ではないのだ。

「姉貴、敵が集結している地点を見つけた」

「そうか。 どれほどだ」

「巨大生物が黒蟻を中心にざっと六千から七千。 赤蟻と凶蟲もいる。 その中に、蜂が千という所だな。 無人化した都市の水路に沿って、点々と穴を掘って、その中に入り込んでいる。 水辺を好む奴ららしい行動だ」

小原が言っていたことがある。

巨大生物は水を好むと。

しかしながら、奴らは水の無い地下でも、長時間過ごしていたという事実もある。それに私の知識の中にも。

巨大生物は、水を必要とする存在だとはされていない。

一体何をもくろんでいる。

「集結している敵を先にたたけば、北京基地周辺にはかなり余裕が出来る。 幾つかのシェルターの人員を救助も出来るだろう」

「ヒドラの準備は」

「現在、十機ほどを動かせる。 ファイターも護衛に付けるとすると、数日以内に作戦を成功させないと厳しいな」

ならば、行けるか。

基地を守るための戦力として、他のチームは全て残す。

急速医療を行った黒沢が、四日ほどで退院してきたが。しかし、体に負担も掛かっているし、前線に立たせない方が良いか。

弟の足をちらりと見る。

「大丈夫だ。 足の方はもう問題も無い」

「敵の数が数だ。 支援砲撃は必須だが、大丈夫か」

「其方についても、日高司令と帰る途中に話を通しておいた。 ミッドナイトを要請してある。 バンカーバスターの準備は整っている」

作戦について、軽く協議。

なるほど、蜂さえどうにか引きつけられればどうにかなるか。流石のミッドナイトも、蜂の群れに襲われるとかなり厳しい。

奴らは充分に航空機を撃墜できる能力を持っているのだ。

ならば、ストームで、蜂の大群をどうにかすれば良いだけのことだ。

数日の猶予が出来たため、何とかビークル類の補修は終わっている。秀爺には、今回イプシロンでは無く、タイタンを使って貰う。

レクイエム砲による殲滅能力を、今回の戦いの肝とするためだ。

今回は機動戦である。

秀爺には最強の固定砲台になって貰うし。

私は蜂では無くて、地上の巨大生物だけを相手にする。

全員を整列させると、ビークルに分乗。

目的地へと、出立した。

途中。谷山と、通信をつなぐ。弟を交えて話しておくべきだと思ったからだ。フォーリナーの正体と、その目的について。

落ち着いた反応を示した他の面子と違って。

谷山は、露骨に驚いたようだった。

音声は一旦停止して、バイザーについているチャット機能を使う。脳波を読み取って文章変換してくれる優れものだ。勿論通信は周囲を遮断できる。

弟はずっと黙り込んでいる。

この真相についての話の際。立ち会うことはするけれど、いつも弟は、余計な事を一切言わなかった。

「それは、本当ですか」

「意外だな。 飄々としたお前の事だ。 もっと平然としていると思ったが」

「平然としていられませんよ。 まさか、そのような理由で、この星が戦火にさらされていたなんて」

「別に驚くことではないさ」

地球人類は、この星の内部でさえ。今フォーリナーがやっているのと、同じレベルの行動を、散々繰り返してきた。

フォーリナーの文明レベルは、地球人より遙かに進んでいるが。

地下の彼奴の記憶を得た今なら分かる。

知的生命体の精神なんて、あまり変わらないものなのだ。例え銀河系の半分以上を版図に収めたとしても、である。

「それにしても、新人達には話しましたか、その内容」

「まだだが」

「出来るだけ急いで話した方が良いと思います。 今後は戦況が苛烈になりますし、恐らくは戦死者だって出るでしょう。 真相を知らずに死んだら、死んでも死にきれない筈ですから」

そんなものなのか。

だが、無作為に、皆に知らせるわけにはいかない。

柊や黒沢には、喋ったら何をするか分からない。

ナナコもそれは同じだ。

総司令部には、知らせるべきなのだろうか。カーキソンをはじめとする幹部達には、教えておくべきなのか。

弟が口を開く。

「不安なことが一つある」

「何ですか、ストームリーダー」

「真相が分かった場合の、姉貴の安否だ」

「ストームリーダー姉の?」

その言い方は止めろと言おうとしたが、黙る。

弟が、随分と真面目な雰囲気で、話しているからだ。

「俺も七年の平和で、この星の歴史は学んだ。 人間はどちらかと言えば愚かしい生き物だと、今では分かる。 地下の彼奴のおかげで、人類は団結できたが、それも真相が分かったとき、維持できるか不安だ。 それどころか、一部の馬鹿共が、人類のために戦って来た姉貴を、殺そうとするかも知れない。 奴らと系列を同じとする者だから、という理由でな」

「……なるほど」

「そういう理由もあって、あまり話をおおっぴらにはできん。 ただ今度、筅と原田、三川と矢島と日高少尉には、話しておこうと思う。 総司令部には、時期を見て、話しておく事にする」

「分かりました。 リーダーの言う事も最もです。 ただ、彼らがわざわざこの星に住む我々を選んだ理由が、救われませんね」

「戦争なんてそんなものだ。 むしろ資源の収奪や、奴隷化が目的では無いだけ、マシと見るべきなのかも知れないな」

通信を切る。

全員が布陣を完了した。

敵は河川敷に沿って、点々と布陣している。現在進行形で、続々と集結をしている様子だ。

おそらく、敵は。

巣穴で、旺盛に繁殖している。

新しく生まれ出てきた巨大生物を、次々に繰り出しているとみて良いだろう。

いずれにしても、巣穴は叩かなければならない。

蜂の戦闘力は、他の巨大生物とは一線を画するものだ。どうしても地上戦力が主力になっているEDFにとっては、やりづらい相手であることに間違いは無い。ファイターは各地で奮戦してくれているが、それでも空軍の数には限りがあるし。何より、ファイターはとても高級な戦闘機なのである。100対1の戦力差をひっくり返せる戦闘機というだけあって、部品もパイロットもどちらも一級品を使っているのだ。

「作戦は分かっているな。 秀爺によるレクイエム砲の射撃が開始されると同時に、作戦開始だ」

「イエッサ!」

私は弟の作戦支持を聞きながら、グレイプを降りる。

今回は圧倒的な敵の数をどうにかしなければならないが。作戦自体はそれほど複雑なものではない。

筅がベガルタのコックピットを開ける。

レーザー誘導装置を使って、テンペストの着弾指示を開始。

バゼラートに乗ったままの谷山も、同じ事をしている。難しいヘリの操縦をしながら、正確な着弾指示をこなす谷山は、流石だ。

テンペストが飛来するのと。

遙か後方に控えているタイタンのレクイエム砲が発射されるのは、少しタイミングがずれていたが。

着弾は、非情なまでに正確だった。

直撃。

群れていた敵が、木っ端みじんに消し飛ぶ。同時三カ所。

一斉に此方に気付いた巨大生物の大群が、殺到してくる。数千の群れとなると、その迫力は圧巻だ。

「バック!」

弟の声が響き渡る。

引き撃ちする経路も、事前に説明してある。最終的に向かうのは、軍が改装した地下鉄の出口だ。

軍用車両も入れるように、入り口が拡張されている。

既に確認して、防火シャッターが生きている事も把握済み。入り口にあったバリケードも除去してある。

私は筅と一緒に最後尾。

散弾砲とコンバットバーナーを駆使して敵を焼き払う筅の戦いぶりは、既にエースパイロットの名にふさわしいものだ。私も機動戦を駆使して、敵を薙ぎ払いながら、確実に下がる。

問題は、殺到してくる蜂共だ。

中央後方から、バゼラートがミサイルを乱射して、蜂を可能な限り叩き落とすが、それではとても足りない。

キャリバンにタンクデサンドした原田と日高少尉とナナコが、エメロードでミサイルを連射して、確実に蜂を落とす。

オート操縦にしているキャリバンはそれでいい。

黒沢には、今回はグレイプRZの操縦を任せている。部隊の最前列、つまり一番敵から離れているネグリングに、敵を近づけさせてはならない。だからミサイルの撃ちもらしを、積極的に速射砲で叩かせる。

弟とジョンソンと涼川は、グレイプRZにタンクデサンド。

まずハーキュリーで弟が蜂を撃ちおとし。

ジョンソンは火力の網を抜けてきた相手を、零式レーザーで焼いていく。更に、涼川は、スタンピートで追いすがってくる敵を爆破。

機動戦を担当するエミリーと三川は、敵の動きを見ながらミラージュを起動。誘導ビームで、蜂だけを狙う。

そう。

狙いは蜂だけだ。最後尾の私と筅、上空にいる谷山と、対空戦が苦手な涼川だけは地上の巨大生物を狙わせるが、他は全員が蜂を主体的に倒す。

再び、秀爺のレクイエム砲が射撃。

弾速が極めて遅いが、何しろ秀爺とほのかだ。敵の動きを読み切った上で、最大限敵が集中しているところに、確実に着弾させていく。

蜂は私とベガルタも狙ってくるけれど。

それは出来るだけ気にしないようにして、他メンバーに任せる。敵をある程度引きつけるのも、私と筅の役割だ。

確実に下がっていく我々に業を煮やしたか。

敵が陣形を変える。

赤蟻を前面に出し、ファランクスのように一斉突撃を開始したのだ。黒蟻と凶蟲が、左右に分かれ、赤蟻の対処に手間取る此方を、左右から挟む算段だ。

蜂もそれを見て、一斉突撃を開始。

火力の網で、露骨に抑えきれなくなる。

無数の針が、私にもベガルタにも降り注ぐ。赤蟻の数と勢いは凄まじく、此奴らを抑えるだけで精一杯だ。

涼川も敵を潰して牽制してくれるが、それでも火力が足りない。

だが。

左右に回り込もうとしていた黒蟻と凶蟲が、テンペストの直撃を受けて、百匹以上一瞬で消し飛んだ。

谷山のファインプレーだ。

乱戦だろうに、ヘリを操作しながら、敵の動きを先読みして、対処したことになる。

更に赤蟻の群れの中に、レクイエム砲が着弾。

流石に頑強な赤蟻も。

レクイエム砲の直撃を受けてしまうと、ひとたまりも無い。

敵突撃陣が崩壊。

だが、敵の数はとにかく圧倒的だ。すぐに陣形を再編して、突撃を再開する。グレイプは既に蜂によって指呼の距離に捕らえられていて、毒針が降り注ぎ続けていた。車体へのダメージが、見る間に蓄積しているのが分かる。

間に合うか。

ひやりとさせられる。

キャリバンと、グレイプが交代。

二つの車両がすれ違う瞬間、弟とジョンソンが、キャリバンに飛び乗る。新人達は少しもたつきながらも、グレイプに移った。それを見届けてから、涼川がキャリバンに飛びついて、移った。

敵の一部が、何度も側面に回り込もうとするが。

その度に、秀爺と谷山が即応。

的確なテンペストでの支援を要請して、確実に着弾させる。撃ち漏らしは、涼川が確実に消し飛ばした。

ベガルタに乗ったままの筅が、呻く。

「すごい……!」

「彼奴は世界最強のヘリ使いだ。 今回は後退しながらのミサイル射撃という、彼奴にとっては比較的楽な任務だからな。 片手間に戦況を見て、テンペストをうち込むくらいは、朝飯前というわけだ」

私が付け加えると、筅はもう一度、凄いと言った。

だが、冗談を言っている余裕も無い。

ベガルタのダメージも、そろそろイエローゾーンを突破。私は機動戦でとって返しては敵を蹴散らし、また逃げると繰り返しているが。その度にアーマーも消耗していく。いつまでも無事ではいられないだろう。

橋を渡る。

河川敷を抜ける。

敵が群れている川は真っ黒で。ここで平和なときは、人々が暮らしていたとは、とても思えない。

ただし、巨大生物が汚染したわけでは、必ずしも無いだろう。

放棄された工場や。

誰もいなくなった街から垂れ流される汚染物質で、川が汚れているのだ。一体いつになったら綺麗になるかは、分からない。フォーリナーが完全に地球からいなくなったら、その技術を用いて汚染を浄化したいものだ。

至近。

蜂が低空で来て、針を放ってきた。

即座にベガルタのコンバットバーナーが焼き尽くすが、針が私のスーツを直撃した。避けきれるものではなかったのだ。

一気にアーマーの損傷が、極限に。

あと少し喰らったら、フェンサースーツのダメージも、レッドに達するだろう。機械に破損が出始める頃合いだ。

ネグリングが、地下鉄入り口に到着。

「急いで!」

ぼーっとしている事が多い池口も、必死に声をからして皆を招く。それだけ、迫っている敵の数が、圧倒的なのだ。

グレイプが飛び込む。

キャリバンが射撃している間に、ネグリングも。ベガルタと私が来たのを見て、ありったけのミサイルをうち込んで、バゼラートが全力で離脱。

ベガルタが逃げ込むと、弟がグレイプをバックさせる。嫌な音がした。

攻撃に晒され続けたグレイプの車輪が一つ吹っ飛んで、擱座したのだ。

位置的にまずい。シャッターが閉められなくなる。

私がブースターを全開にして、グレイプを押し込む。ベガルタがコンバットバーナーの残りを全て放射して、必死に敵を押さえ込んだが。

それでも、蜂の群れから、膨大な針を浴びることに変わりは無い。

擱座したグレイプを、無理矢理押し込む。

ベガルタも、飛び込んだ。

シャッターを閉める。巨大生物が数匹飛び込んでくるが、新人達が猛射を浴びせて、薙ぎ払う。

シャッターをしめさせないと、飛び込んでくる赤蟻。

挟まる。

がつんがつんと顎を鳴らす赤蟻。十メートルの巨体だ。至近で見ると、顎の大きさは凄まじい。

ジョンソンが零式レーザーを浴びせて、文字通り赤蟻を両断。シャッターが閉まった。

外から凄まじい攻撃音が響き続ける。

「奧へ急げ!」

三川とエミリーから、離脱完了と通信が来ると同時に。筅が、通信装置を手に取った。通信相手は、デスピナの艦長だ。

筅は何度か、シャッターの側で立ちはだかっているベガルタと通信装置を交互に見たけれど。

決意したように言う。

「予定通りの位置に来ました! やってくださいっ!」

「よし! 全員、できるだけ地下に!」

ベガルタに飛び込むと、筅は擱座したグレイプを無理矢理押して、奧へ。

私はフェンサースーツを解除。

ダメージが限界に来ていたからだ。

地上に、テンペストの雨が降り注いだのが、揺れで分かった。天井からアスベストと埃が降ってくる。

更に、ミッドナイトから通信がきた。

「此方ホーク1! さすがはストームチームだ! 予定通り、蜂を引きつけていてくれたな! これから爆撃を開始する! バンカーバスター、クラスター弾、ありったけ投下!」

「此方ファイターα! 蜂の残党を確認! ミッドナイトの護衛がてらに、全て片付けておく! 空対空ミサイル発射!」

轟音。

造りが悪い地下鉄が保つか不安なほどの揺れ。

しばらく続く破壊と殺戮の余波。

黙り込んで、待つしか無い。

通信が、入る。

「此方秀爺」

「戦果は」

「地上にいた巨大生物は壊滅。 地下で潜んでいた連中も、ミッドナイトの爆撃で一掃された。 敵は逃走を開始したから、レクイエム砲で可能な限り削っておく」

「良し!」

思わず、声が出てしまった。勝ちが確定したからだ。

弟が損害を周囲に確認させる。シャッターは完全に歪んでしまっていて、ベガルタで押し広げないと開けられなかった。

辺りは焼け野原だ。

多数のテンペストが着弾し、ミッドナイトが爆撃したのだから当然だろう。

残党が少し残っているので、ネグリングからミサイルを放って、片付けさせる。元々放棄されていた街だったけれど。

今回の戦いで、完全に壊滅してしまった。

ただし、巨大生物数千を一緒に排除できたのだ。生き延びた蜂百匹ほども、算を乱して逃げていった。

ろくでもない戦況が続いていたが。

久々の完全勝利だ。

ヒドラに来て貰う。ビークル類を回収するが、意外なことに。秀爺とほのかが乗っていたタイタンが、かなり傷ついていた。

蜂の一部に纏わり付かれていたのだという。

「何故言ってくれなかった」

「状況から考えて、勝ちは確定していたからな。 それにタイタンの装甲なら、耐えられる自信もあった」

弟にそう答える秀爺だが。

何だか嫌な予感がする。

真相を知って、何か戦いへの心向きが変わったのではあるまいか。

全員の負傷は、先ほどに確認している。

今回は、全員負傷は軽微。

北京基地に戻って、多少療養すれば、すぐに治る。急速医療を使えば、一日少しで充分だろう。

谷山が通信を入れてきた。

「あまり残りの時間は多くないと思います。 北京基地に戻ったら、是非上層部も交えて、限定された人員に情報公開を」

「ふむ。 一郎、どうする」

「そうだな。 姉貴はどうしたい」

「せめて一緒に戦うメンバーとは情報を共有したいな」

北京基地に到着。

途中、妙な通信が入ってきた。

「ハワイ基地から連絡です。 敵の襲撃を受けている。 丸呑みにされる。 急いで退避を命令して欲しい、との事」

「丸呑み……?」

ハワイ基地は、シドニーから相当に離れている。

新種の巨大生物が、人間を飲み込むほどのサイズだったとして。それが精鋭が集まっているシドニーを無視して、いきなりハワイに行くだろうか。

とてつもなく嫌な予感がする。

「ビークルの整備を急げ。 負傷者は病院に。 全員、カプセルに直行。 出来るだけ、休みを取るように」

弟がてきぱきと指示。

私が通信をその間受けるが。日高司令も、小首をかしげながら通信してきた。

「大勝利、ご苦労だった。 流石だな。 だが、すぐに任務をして貰う事になる。 ハワイ基地が少し前に通信途絶した。 何か、とんでもない事が起きたようだ」

「ハワイ基地から脱出できた人員はどうなりました」

「今、第七艦隊が迎えに出ている。 第七艦隊で聴取を行う予定だ。 通信妨害が発生していて、現地の設備が無事かもよく分からない。 しかしハワイ基地には、強力な対空兵備があったのだが」

海から渡って来たのなら、途中艦隊が気付くはず。

何かがいきなり、突然ハワイ基地に出現したとでもいうのだろうか。

弟が来る。

話しておくのなら、いまだろうか。

「日高司令。 カーキソン元帥をはじめ、EDFの最高幹部を集めて貰えますか。 通信網につないで貰うだけで結構です。 ただし、セキュリティは最高レベルで」

「何か、重要なことがわかったのかね」

「地下の彼奴の知識を、この機会に公開します。 おそらく、知っておくべきだろうと思いましたから」

先ほど、戦いの前にあげた新人達も、通信に含める。

流石にただ事では無い状況だと気付いたのだろう。

小原も、通信に加わってくる。まあ、正直な話色々思うところはある相手だが。聞く権利くらいはあるだろう。

カーキソンが通信に入ってくる。

私は弟と一緒に、北京支部の司令部ビルに移動。セキュリティが完璧に施されているから、盗聴の恐れは無い。

全員が揃った。

筅や三川も、通信に加わっている。

カーキソンの許可が出たら、ジョンソンやエミリーにも教えてやるのも良いだろう。ただし、柊はどうするべきか悩む。

下手に情報を拡散されると。

弟が危惧していた事態が、来るかも知れないからだ。

「地下の彼は秘密主義だった。 彼が何者だったのかは、実のところ私も良くは知らないのだ」

カーキソンが言う。

鵜呑みには出来ないが。

フォーリナーが攻めてくる前は、北米の秘密施設に、地下の彼が収容されていたのは事実である。米軍から情報がEDFに譲渡されなかったのなら、或いはそれも事実かも知れない。

地下の彼奴の尽力は大きかった。

WW2後の混乱も最小限にすみ、予想された東西陣営の対立もすぐに収まった。各地での紛争も混乱は小さく、人間の坩堝と化していた地域も、押さえ込みに成功している。

カーキソンも、地下の彼奴が地球に来た時は、まだ生まれていなかったのだ。

歴史の中に、地下の彼奴はいた。

EDF総司令官が知らないと言うのなら。今、全てを話しておくのも、良いだろう。

「話して貰おうか」

「分かりました。 私も地下の彼奴の記憶を全て引き出せているわけでは無いのですが、話しましょう」

私が真相について語り出すと。

周囲の全てが黙り込んだ。

私の中に溶け込んだ、地下の彼奴の意識が表に出てくる。それと同時に、私の口調は、敬語から普段周囲に接している硬い物へと変化していった。

 

3、星渡るもの

 

天の川銀河。

地球人類が生息する太陽系も含まれる銀河である。恒星だけでも億を遙かに超える数が存在し、その中には生物が発生する条件を整えた星も多々あった。それらには、当然のように多数の知的生命体が発生して。その一部が、宇宙へと進出した。

光速の壁を突破する事に成功した一握りの種族は、やがて銀河系全域に拡がり。偉大な文明を築いた。

彼らの名は、本来は発音できないのだが。地球風に調整していえば、フォリナ。

彼らの言葉で、土より生まれしものを意味した。

そう、フォーリナーという呼び方は。彼らの本来の名前に似た、当て字だったのである。反発した英語圏では、ラベジャーという呼び方が用いられたという経緯も、少し面白くある。

「フォリナの原型となった生物は、地球における昆虫類によく似た、キチン質に近い物質で外骨格を作った存在だった。 地球の昆虫とは違い、肺呼吸を行うように進化したことで、彼らは巨大化に成功。 高い知識と文明を得るまでに繁栄したが、人類と違って一億年近く掛けて文明にまで辿り着いたようだ。 文明に辿り着いてからは、進化は著しく早かったようだが」

黙々と、説明を続けていく私。

途方も無い話だが。

フォーリナーの技術を考えると、あながち笑い飛ばすことは出来ない。

やがて、彼らは宇宙に進出。天の川銀河で、最初に超高速航行を実現した種族となった。フォリナの国家は各地の種族と友好条約を締結。銀河系全域に拡がる、巨大な星間連合体の盟主となった。

繁栄は長い間続いた。

彼らは理知的な種族であり、多くの異星人と問題なく友好関係を作り上げることに成功していった。

だからこそ、多くの星でフォリナの到来は歓迎されたし。

彼らの技術援助で、宇宙に出る事が出来た種族も、多数あったのだ。

だが、どのような種族でも。

繁栄には、限界が訪れる。

「フォリナは古い種族だ。 文明を作り上げてから、およそ七億年ものあいだ継続して繁栄を続けたが。 それによって、種族そのものの生命力に、限界を迎えてしまった」

どのような生物でも。

生物である以上、存在には限界がある。

単純な形状の生物ならばそれでもいい。

しかし、彼らはあまりにも、複雑な形状を保ってしまった。

故に、限界が来る。

地球の生物でいう遺伝子に近いもので彼らは体を形作っていた。ウルトラテクノロジーによる調整を加え続けて、状況に応じて様々な種類へと自らを変化させ。あらゆる環境に適応してきたが。

それでも、限界はあったのだ。

何しろ七億年。

地球でも、三十億年以上元の形状を保っている超原始的な細菌などは存在しているが。流石に高度な知的文明を持つ生物となると、そうもいかなくなってくる。

気がつくと、彼らは。

種としての斜陽を迎えた、老いた種族となっていた。

既に天の川銀河におけるフォリナの重要性は、誰もが認めるところとなっていた。平和主義者である彼らも、滅びを全員が受け入れられるわけでは無かった。彼らは主に、二つの派閥に別れることとなった。

まず一つが、現状容認派、とでも言うべき存在。

現状容認派は、種としての寿命が来たことを認め、素直に後続の知的生命体に、保有している知識と文明を譲渡し、静かに滅びを待とうという種族。

彼らは元々繁栄を謳歌した種族なのだから、後続に席を譲るべきだという主張の元、緩やかで静かな滅びを、自然のまま望んだ。

もう一つは。

現状打開派。

現状打開派は主に巨大な機械化文明によって自らの意識と文明を保存。種そのものを若返らせて、捲土重来を測ろう、という派閥だった。

そしてこの後者は。

巨大なマスターコンピュータに、種そのものの若返りを図らせる方法を、計測させたのである。

「種そのものの若返り、だと」

「そうだ。 そして彼らが考えた方法が。 一度原始的な状態にまで種族の肉体を戻し、より強靱に進化を促進させ。 新しく作られた肉体へ、現在の知能を移植する、というものだった」

「まさか……」

さすがは科学者と言うべきか。

小原はもう気付いたようだった。

話を続けていく。

二つの派閥は戦争さえ起こさなかったけれど。現状容認派の反発に対して、種としての繁栄を望む現状打開派は研究を促進。

フォリナの統治による安定を望む多くの種族も、それに協力した。事実フォリナが消滅したら、天の川銀河は平穏を失い、カオスに陥ることが確実だったからである。それだけ、完璧な技術と成熟した知的文明を持ったフォリナは、宇宙全域にとって重要な存在だった、という事だ。

やがて転機が訪れる。

数百億に達する恒星系をチェックした結果、現状打開派の、恒星系より更に大きいコンピュータが、ある結論を出したのである。

「若々しい肉体を作り上げることは簡単だ。 しかし、より強靱に進化させるには、元からあるデータ内でのコントロールでは駄目だ。 実験も兼ねて、同等に近い戦闘力を持つ種族と相争わせ、別種の良さを取り込んで進化させる必要がある」

そう。

それこそが。

「そうして、我等は選ばれた。 天の川銀河でも辺境にあるこの地球第三惑星に生息する、一種危険隔離知性体、地球人類が」

「一種危険隔離知性体? どういう意味かね」

「天の川銀河には、独善的で他の種族を害することを何ら厭わず、攻撃を行い絶滅させることも辞さない知性生物を、危険隔離知性体と呼称する慣例があり、優れた技術を持つ星間文明監視艦隊が監視を行っている。 我等地球人類はその中でも特に危険な第一種として、彼らには警戒されているのだ」

「何だと……」

流石に全員が絶句する。通信の向こうにいても、青ざめている様子が、ありありと理解できた。

咳払いすると、私は続けた。

「巨大生物が高い知性を持つのは当たり前だ。 彼らは極限まで原始に戻された、フォリナの原型となった生物なのだから。 そしてフォーリナーが地球に来たのは、彼らを地球人類を争わせ、強靱に進化させるためだ。 最高の知性を乗せるに相応しい、強い肉体の持ち主として」

「ならば、何故奴らは、我々に過剰な攻撃を行おうとする!」

カーキソンが吼える。

彼には言う事が山ほどあるだろう。

北米は前大戦で文字通り壊滅した。国土の大半は焼き払われ、住民の半数以上も巨大生物に殺された。

マザーシップの手によってニューヨークは消滅。

世界最強を誇った北米の軍も、EDFと同じように、敵の手によって全滅寸前にまで追い込まれたのである。

「思い出して欲しい。 最初フォーリナーは、巨大生物を投下するだけだった。 機械兵器群が戦闘に加わったのは、どうしてだっただろうか」

「……ひょっとして、状況のコントロールのためか」

小原が指摘する。

その通りだ。

現状打開派。正確には、現状打開派のマスターコンピュータが地球に派遣してきた完全機械化された小規模状況コントロール艦隊は。当初、巨大生物と地球人類の戦いを、高みの見物だけするつもりだった、らしい。

地下の彼奴の話によると、そうだ。

しかし、地球人類には、イレギュラーが加わっていた。

他でもない。地下の彼奴である。

彼が五十年以上掛けて地球の足並みを揃えさせ。「最低限の」技術を地球人類に与えていたことが、巨大生物にとって徒となった。

地球人類は大きな損害を出しながらも、ストーム1をはじめとする精鋭の活躍によって、投下される巨大生物に進化促進以上の、大きな打撃を与えていったのだ。

混乱から立ち直った現状打開派の端末。すなわちマザーシップは、状況に介入することを決意した。

「現状打開派は、一旦地球人類の組織的な抵抗力を奪い、過剰な戦闘力を持つ個体を撃滅して、巨大生物と人間が互角の殺し合いを行う環境に、地球を置こうとしたらしい。 その結果の、マザーシップによる各地の大規模攻撃が行われた」

「なんという……」

「だが、巨大生物は各地にネストを作成し、地球人類との戦闘で蓄えた戦闘経験反映による進化をはじめた。 状況をコントロール出来なくなったものの、それで一次攻撃は成功したと判断したのだろう。 端末が潰されたこともあり、一度現状打開派は地球でのコントロール掌握を断念。 一度、距離を取って、進化を見守る事にした」

そして七年と少しが過ぎた。

進化が充分に行われたと判断した現状打開派は、前回よりも大規模な艦隊をもって、地球に戻ってきた。

目的は、新種に巨大生物を進化させること。

そして、その新種を、収穫することだ。

巨大生物を殺しすぎる地球人類に対しても、ある程度のダメージを与え、今度こそ状況のコントロールを行う事も、目的としているのだろう。

故に今回。

彼らは最初から、機械兵器群を投入。

EDFに対して、本気での戦略的掣肘を行う事を、厭わなくなったのだ。

「一つ、質問があります」

筅が発言する。

そうそうたる面子の中で、最初に発言したのは、少し勇気がいることだ。カーキソンは黙っている。

発言を許可するという意味だと、私は取った。

「何だ、筅軍曹」

「そ、その。 地下の人というのは……何者なのですか」

「現状容認派の一人、だろうか」

「その通りだ、小原博士」

大きなため息が聞こえた。

現状容認派のフォリナには、この件を良しとしない者がいたのだ。如何に第一種危険隔離知性体といえども、これでは戦闘を目的とした家畜にするようなもの。知性体に対して行う行為では無い。

そう判断した一派は。

地球に代表である、地下の彼奴を送り込んだ。

それがロズウェル事件と、昔は呼ばれた出来事につながった。

米国政府に接触した地下の彼は、状況を説明。各国の首脳部に、このままでは地球人類は戦闘目的の家畜にされるという事実を伝えた。

そして本来は禁止されている、未開惑星への文化介入を行ったのである。

「そういうことか。 それで、大規模な介入は出来なかったのか」

「どういうことかね、小原博士」

状況が理解し切れていないらしい日高司令が聞くと、小原は少し悩んだ上で、分かり易く話し始める。

既に、何が起きて、このようなことになっているのか。小原は理解しているようだった。

「今までの状態から鑑みるに、我々は天の川銀河を支配している高度知性体から見れば、地球で言う特定動物のようなものだ。 ライオンか虎のように、ある程度の知能を持つ危険な存在だと言えば分かりやすいだろうか。 だから、力を削ぐための一定駆除は認められる。 しかし、虎やライオンに、強力な文明による産物を与え、人間に抵抗する力を与える事は、認められるだろうか」

「確かに……」

小原の説明は分かり易い。

事実、その通りだ。

一方で、現状打開派による攻撃も、過剰になりつつある。状況のコントロール以上の攻撃だと判断された場合。

地球に来ているような、調査とコントロールを目的とした小規模部隊では無く。

本当に戦闘を目的とした強力な宇宙艦隊が、彼らを捕縛するために現れるだろう。

「結論から言えば、地球人類は絶滅させられることは無い」

「……嬉しすぎて涙が出る結論だな」

カーキソンの声はキレそうだった。

分かる。大いに分かる。

宇宙に冠たる文明から、お前達はライオンと同じような危険生物だから。自分たちの絶滅を回避するための、戦闘相手になっていろ。

そう言われて、納得できるだろうか。

もっとも、地下の彼奴による介入が無ければ、地球人類は同胞同士で、延々と無意味極まりない殺し合いを続けていたことだろう。

これが、フォーリナーが地球に攻めこんできた理由。

そして、今戦いが続いている、理由だ。

 

通信を切る。

北京基地で、これからの戦闘に備えなければならないという現実は変わらない。この戦いに勝つ方法は、事実上無い事も、明らかだ。

戦っても、勝てない。

敵が地球を征服する方法なんて、それこそいくらでもある。

最悪の場合、惑星破壊兵器を用いて、地球を木っ端みじんに消し飛ばしてしまえばいいのだから。

地球人類は、勝てないのだ。

だから、私は事実を伝えるべきでは無いと思ったし。

それに、トチ狂った奴が、侵略者の片割れとして、私を狙うことだって考えられた。それだって、出来れば嫌だった。

地球人を殺すのは、あまり良い気分はしない。

私も弟も。地球人に戦闘用の生物兵器として作られたも同然だけれど。香坂夫妻のように、それでも受け入れてくれた人達だっているのだ。疎遠な孫達の代わりだとしても、である。

筅が来る。

ベガルタに乗っているときは、自信も見せるようになったけれど。

流石に今回の話はショックだったのだろう。

「その、はじめ特務少佐」

「すぐに次の任務は来る。 今のうちに、気持ちの整理をしておけ」

「……はい」

肩を落として、休みに行く筅。

止めるつもりは無い。

もしも、この戦いが終わるときが来るとしたら。それは、可能性が一つしか無い。だが、今の時点では。

頭を振って、自分も休憩するべく、カプセルのある所へ向かう。派手にやられている北京基地だが、半地下の休憩スペースは無事だ。階段を下りて、長い通路を行く。電力が安定していないので、明かりは

途中、涼川が待っていた。廊下に背中を預けた涼川は。足を止めた私に、言う。

「言ったんだな、あのこと」

「ああ。 おそらく状況のコントロールのために、これからフォーリナーは今までの比では無い攻撃を加えてくるはずだ。 通信途絶したハワイ基地は、その先駆けのように思えてならない」

「上等じゃねーか。 勝ち目があるかないかなんて、戦う理由にはならねーんだよ」

「そうだな。 だが、お前のように考えられる人間は、そう多くは無いんだ」

カプセルで休むというと、涼川は何も言わず、私を見送った。

結局、休めたのはほんの三時間。

すぐに叩き起こされる。

カプセルにきた通信は、無慈悲極まりないものだった。

「スカウトが、巨大生物の巣らしきものを確認。 攻撃経路を確保するため、北京近郊にいる敵の輸送船の撃滅をお願いします」

「……」

返事を待たず、戦術士官からの連絡は切れる。各地で甚大な被害を出しつつも、どうやらEDFは、敵の巣に対する大規模攻撃をもくろんでいるらしい。

きっとそのもくろみは上手く行かない。

だが、それでも。

最善を目指すために、ストームは動かなければならなかった。

 

4、殲滅

 

補修が終わったビークルを引っ張り出し、ストームチームは北京基地を出立。

現在各地で空軍と蜂の戦いが本格化しており、近距離の戦闘でヒドラを出す事はあまり推奨されていない。

ヒドラは頑強な輸送機だが。

蜂の群れに集中攻撃を浴びた場合、落下しないとは限らないのだ。

幸い、北京基地に到着した援軍が、物資を補給し、守りを固めてくれている。蜂との戦いは初期こそ大きな被害を出したが、今の時点で少数の相手なら、どうにか対抗戦術が出来つつある。今の時点では、スカウトが周辺に出て奇襲を警戒しているため、北京基地がいきなり多数の蜂に襲われる可能性は無い。しかもこの間の戦いで、周辺にいた巨大生物に致命打を与えた事もあって、敵は攻勢には出てこない可能性が高い。あくまで、巨大生物は、だが。

物資そのものは、撃破した敵から豊富に採取できているので、心配がない。問題は、加工する時間がないと言う事だ。

工場はどこもラインが焼き付きそうなほどの稼働をしているようだが。

多分、それでも足りないはずだ。

山地に入る。

悪路をものともしない戦闘車両だが、それでもイプシロンは苦労しながら進んでいた。タイタンよりは此方が良いと、秀爺がぼやいているのが聞こえる。やはり鈍足過ぎるタイタンは、あまり乗りたいものではないらしい。

敵が、見えてくる。

山地に二隻、輸送船がいる。周辺には黒蟻が少数。

ヘクトルもいない。

一体、何をもくろんで、このような少数兵力を配置しているのか。

「罠の可能性が高いな」

「ならば瞬殺してさっさと帰るべきだ」

弟の言葉に、私はグレイプを降りながら応える。

少し悩んでいたが、弟もそれに同意した。

作戦も何も無い。

相手の数は少なく、これならば正面からたたきつぶせる。

黒蟻たちは此方に気付いておらず、山の斜面を警戒している。だが、それも。私が突貫して、ハンマーを振るって、蹴散らしに掛かる。

更に撃ち漏らしは、涼川が片付ける。スタンピートから降らされるグレネードの雨は暴力的な破壊力を見せつけ、黒蟻の群れを根こそぎ蹴散らしていった。

反撃に出る暇も無く。

黒蟻の群れが壊滅していく中。

突貫した弟が。輸送船の下に到着。一隻目をライサンダーで無造作に叩き落とす。二隻目は、そもそも秀爺のイプシロンの射線に入っていた。

二隻の輸送船が、火を噴きながら落ちていくのを見ながら。

私はガトリングの弾丸を、最後の黒蟻の群れに叩き込んでいた。

殆どのメンバーは、手出しする必要さえなし。ベガルタに乗った筅に到っては、近くで戦況を見ていただけだった。

「クリア」

「よし、すぐに引き上げるぞ」

「此方スカウト9!」

不意に、通信が飛び込んでくる。

嫌な予感が、どんどん大きくなる。

「スカウト9、どうした」

弟が言うが、相手は生唾を飲み込んでいるのか、中々話し出さない。

すぐに確認。スカウト9は、この近くにいる偵察部隊だ。山中にいる輸送船と黒蟻を発見したのも彼らである。

「地球が……丸呑みにされています」

「何だと」

私が即座に、日高司令にも通信をつなぐ。スカウト9の位置についても連絡。即座に、極東支部の戦術オペレータが解析を開始した。

意味が分からないことを、報告してくるような連中では無い。

スカウト9は、優秀な偵察部隊だ。

「どうした、スカウト9」

日高司令が代わりに出る。

スカウト9は、もう一度、同じ報告を繰り返した。明らかに、地球が飲み込まれていると言っている。

「幾らフォーリナーでも無理だ。 奴らは土でも持ち帰るつもりか?」

「こ、攻撃してきます! 退避!」

悲鳴と爆音。

尋常な状況では無い。

「日高司令。 我々が近くにいます。 救援に向かっても良いですか」

「許可する。 くれぐれも気をつけて欲しい」

だが。

直後に、救援どころでは無くなる。

いきなり、それは起きた。虚空に、不意にそれが出現したのである。

それは平べったい円形をした今までの輸送船とは違っていた。流線型をしていて、シャープな印象を受ける船だった。

愕然とする皆の前で、それが変形していく。

そして、無数の赤蟻と黒蟻を、ばらまきはじめたのである。

「な……何が起きた!?」

声を張り上げたのはジョンソンだ。普段冷静なジョンソンが、完全に取り乱している。

変形した輸送船は、外殻を全て取り払うようにして、形状を変化。内部を露出させた。露出したドーナツ状の内部からは、無数の巨大生物が投下されている。

確実に、今まで何もいなかった。

つまり、あれは。

「新型だな。 しかも投下量を見ろ」

今までの輸送船とは、倍以上の巨大生物が投下されている。

一気に、周囲が蟻だらけになっていく。撤退どころでは無いし、救援も無理だ。

「攻撃開始!」

弟が声を張り上げる。

ベガルタが最初に飛び出した。敵の頭上に散弾砲を叩き込み、更にコンバットバーナーで制圧に掛かる。

更に、弟が敵の露出している内部に、ライサンダーの弾を叩き込む。

しかし、である。

硬い。

今までの輸送船とは、防御力も段違いという事か。

一段階上の装備を出してきた。

そう判断するほかない。フォリナの現状打開派無人艦隊は、おそらく作戦を、今回で完遂するつもりなのだ。

EDFの抵抗が思いの外激しいと判断したのだ。

故に、巨大生物が進化を完遂するまでに。

状況コントロールを完全にするため、装備として一段上のものを出してきた、とみるべきだろう。

「新型輸送船が、各地に出現しています。 巨大生物の輸送量が多く、多数の巨大生物が一気に浸透しているようです」

「なんということだ……!」

日高司令が呻く声が聞こえる。

通信の向こうは、今頃修羅場になっているはずだ。

マザーシップとの戦いで大きな損害を受け、回復しきっていないところに蜂による大規模攻撃。

更に、それに対抗する準備を整えたら、これだ。

巨大生物をばらまき終えると、輸送船がまた、出てきたときと同じように消える。今まで、其処には何もいなかったかのように。何も残らなかった。

後退しながら、膨大な数の巨大生物を押さえ込む。

だが。

敵の猛攻は、これに留まらなかった。

「スカウト9の報告にあった地点を、衛星画像で解析。 ……これは、至る所に、未知の飛行物体が存在しています。 あまりにも巨大です。 ハワイ近海も映像が出ました」

バイザーに、情報が転送されてくる。

山中の複雑な地形を、下がりながら射撃するのは簡単では無い。ネグリングからミサイルが射出され、追いすがる巨大生物を吹き飛ばすが。

また先ほどの新型輸送船が現れ、今度は蜂をばらまきはじめる。

敵の数は、増える一方だ。

楽勝な任務が。

一転して、地獄へと変わる。

「何だこれは!」

映像を見て、ジョンソンがまた叫ぶ。

私も、グレイプにタンクデサンドして、ガトリングで引き撃ちしながら、見る。

其処には、あまりにもおぞましい光景が映り込んでいたのである。

空に、天井が出来ている。

そう評するほかない光景だ。

そして、それは。

すぐに、ここにも来た。

何も無かったはずの虚空に、それが現れ。そして落ちてくるようにして、地面に向かってくる。

六角形の、板状の何か。

それが連結して、空を端から塞いでいくのだ。

なるほど。

確かに、地球が丸呑みにされている。どうしてかそう冷静に、私は判断していた。地下にいる彼奴は、これが来る事を、予想していた。それが唐突に分かった。意識が私の中に溶けているからだろう。

「敵、処理しきれません!」

筅が悲鳴を上げる。

ベガルタファイアロードの火力を持ってしても、敵を抑えきれない。蜂の数も多いからだ。

また輸送船は、ぱっと消えて失せる。

こんなのは、流石に反則だ。

元々、地球にはそれほど強力な兵器を持ち込めないはず。それなのに、このような兵器を持ち込んでいるという事は。

或いは、条約違反を覚悟の上で、短期決戦に出たのかも知れない。

それとも、条約による上限の兵器を出してきたのだろうか。

どちらにしても、敵はもう完全に本気だ。

これ以上のEDFの反撃を、徹底的に叩き潰すつもりだと見て良いだろう。

ただ、分からない事がある。

敵の緻密な戦略は、今までEDFの兵力を的確に押さえ込んできた。今回の蜂の出現にしても、犠牲以上の成果となっている筈だ。

それなのに、どうして、急に本気を出すことに決めたのか。

或いは、オーストラリアの巣穴から出現したという、新種が原因か。

分からないが、いずれにしても。

このままだと、EDFは負ける。

負けるのだ。

不意に、空に踊り込んでくるバゼラート。ミサイルを放って、一気に多数の蜂を叩き落とす。

谷山のバゼラートパワードだ。流石の火力である。更にヴァルチャー砲を連射して、蜂の群れを串刺しにする。

だが、蜂の数は多い。

必死に下がりながら、エメロードと、飛び回りながらミラージュを放つエミリーと三川が、押さえ込んでくれているが。

ベガルタはダメージが見る間に蓄積して行く。

蟻が追いついてきた。

酸を浴びせかけてくる。

追いすがる度に蹴散らすが、それどころではない。空を覆っていく壁は、その下部に多数の砲台を備えていることが、見て取れるからだ。

山の凄まじい起伏をどうにか克服しながら、バック。

私も追いすがる相手をガトリングで蹴散らし続けるが。しかし、敵はまだまだ、奥の手を隠していた。

「何だありゃあ……!」

涼川が空を仰ぐ。

空を塞いでいく六角形の中に、ハッチらしきものがあるのだ。それが開くと同時に、なにやら敵が其処から投下される。

それは飛行ドローンと違って、EDFの戦闘機に形状が似ている。

そして、動きも、である。

重力を無視しながら、編隊を組んで斜めに下降してくるそれ。レーザーを放ってくる。しかも、地上に向けて、正確無比の。

グレイプの装甲が、瞬時に溶けていくのが分かった。

まずい。

此奴は、飛行ドローンと違う。

対地攻撃に特化した、敵の高空兵器だ。蜂が戦闘ヘリだとすれば、これは攻撃機の色彩が強い。

「ストームチーム、撤退に全力を注げ! 今は敵の解析が先だ!」

「イエッサ!」

弟が叫ぶが、その声は半ばやけくそだった。

ライサンダーから弾丸を叩き込めば、高空兵器は落ちる。一撃で撃墜は可能だ。

しかし、敵は明らかに地上戦を意識した動きで、エネルギービームの束を叩き込んでくる。

必死にバックするグレイプは、もはや満身創痍だ。

「殿になります!」

日高少尉が指揮するキャリバンが、最後尾に。

当然高空兵器からの猛攻を浴びるが、さすがはキャリバン。耐え抜いてみせる。その間に、全軍必死に後退して、どうにか空覆う敵の射程範囲から逃れる事だけは成功した。しかし、キャリバンはフロント硝子も装甲も、溶けかかっていた。

オートで操縦していたから良かったが。

操縦士がついていたら、多分死んでいただろう。

「此方エミリー」

「どうした」

「仙と一緒に後退中だけれど、蜂に捕捉されたみたいなの。 レーダーがかなり危険だわ」

「逃げろ。 退路は確保する」

まだ追いすがってくる巨大生物。下がりながら筅が削ってくれているが、それでも相当な数だ。

歯を食いしばって、落とし続ける。

バゼラートが、ウィングダイバーの撤退支援に向かってくれたが。無事に逃げ切れるかどうか。攻撃してくる高空兵器も、まだかなり残っている。

木々を盾にしながら撤退。

北京基地に連絡を入れる。臨戦態勢を取れと。

山を抜けた。

巨大生物は、其処でストップ。

バゼラートもきた。もういっそのことと、エミリーと三川を乗せて、それで飛んできたのだが。

しかし、機体は凄惨な有様だ。

蜂に絡まれて、無数の針を浴びせられたのが、一目瞭然だった。

「一気に三種類の新型かよ! 大判振る舞いじゃねーか、クソッタレが!」

涼川がグレイプの側面ドアを蹴飛ばすと、外れてしまった。涼川が怪力なのでは無い。浴びせられた高空兵器のレーザーが、あまりにも凄まじかったのだ。アーマーは全損状態。走っているのが不思議なくらいである。

このグレイプはもう駄目だろう。

今の時点で敵は追撃してきていないが、それもいつまでもつか。

すぐに弟は、見たデータを送る。スカウト9は、逃げ切れただろうか。かなり、戦況は厳しいだろう。

ある程度の空を覆ったあの訳が分からない敵兵器も、今は姿を見せない。だが、あの辺りの山は、もはや奪回不可能な敵の領土になったとみて良い。更に言えば、あの程度で、敵が満足するとは思えない。

通信を終えた弟がきた。

疲弊しきった皆に、説明をはじめる。

「どうやら、世界中であの新型が姿を見せているようだ。 特にアフリカが悲惨な状況らしい。 アフリカ支部は撤退を想定した動きまではじめているとか」

「そんな! EDFは民間人を見捨てるつもりですか!?」

悲痛な叫びを上げる筅。

日高少尉も、むっとした様子である。

「流石にそれは無いが、短期間で敵を撃破する方法を考えなければ。 いずれ、そうなっても不思議では無いな」

「いずれ閉じ込められた人々は、狭い中で自滅するか、巨大生物の餌になるか、どちらかしか選べなくなりますね」

黒沢が言うとおり、最悪の状況だ。

敵は立体的に、動きを封じる策に出た。あの天井を塞いでいる兵器、下手をすると、地球全てを覆い尽くすつもりかも知れない。もしそうなったら、航空機など、何の役にも立たなくなる。

つまり、前回の大戦と、同じ状況の到来だ。

一旦北京基地に戻るが、このままだとまずい。あの好き勝手に空間を渡る輸送船によって、敵は文字通り無制限の増援を繰り出すことも出来る。

このままでは。

EDFどころか、地球は壊滅までまっしぐらだ。

そしてその先には。数をコントロールされた人類が、延々と巨大生物と殺し合わされる状況が来る。

地下の彼奴は、尊厳を失ってはならないと、常に考えていた。

融合した今だから分かる。

彼奴はこの状況を想定していて。しかし、それでも人類を守りたいと考えていたと。可能な限り人類に技術供与したのも、それが故だ。

「さて、どうする」

独りごちる私は。

キャリバンに牽引されるグレイプを見た。味方の損害は甚大だ。このまま行くと、EDFは近いうちに、継戦能力を失うだろう。

もし、逆転の機会があるとすれば。

腕組みして、考え込む。

まだ、私は諦めていない。

周りが、そうであるように。涼川は平然としているし、弟だってやりきると顔に書いている。

私一人では、きっと諦めていただろう。

苦笑すると。

私は、どうにかして敵に逆転するべく、考えを巡らせはじめていた。

 

(続)