激戦マザーシップ
序、前哨戦
巧妙極まりないフォーリナーの戦略に引きずり回され、完全にペースを掴まれていたEDFだが。
状況が変わったのは、巨大生物が各地にわき出した開戦の日から丁度三ヶ月目。
三隻のマザーシップが、それぞれ同時に、侵攻を開始したのである。それも、一隻がEDF東京支部を。一隻がEDF総司令部を。そしてもう一隻が、ドイツベルリンにある欧州支部を。
それぞれ直線的に、狙って動き始めたのだった。
来たな。
その報告を聞いたとき、私はそう思った。
敵の準備が、整ったのだ。
EDFは迎撃を指示。極東支部は防衛線を構築。東京の入り口、町田でマザーシップを迎撃する手はずを整えた。
今回、マザーシップは本気で来ると見て良い。
直衛戦力も、おそらく相当な数を繰り出してくるはず。
その予想は、すぐに当たった。
「極東に向かっている敵マザーシップ、護衛に輸送船およそ七十隻を従えています!」
「七十か……」
簡単に迎撃できる数では無い。
文字通り、空に浮かぶ大艦隊だ。その戦闘能力は、おそらくEDFの艦隊数個分に余裕で匹敵するだろう。
幾つかの部隊が誘引を実行、しかし敵が直線的に東京支部を狙ってきていることに変わりは無い。
今までの巧みな機動戦略防御を全て捨て。
敵は出てきた。
つまり、この戦いが終わった後、中国、オーストラリアの巣穴を、一秒でも早く叩き潰さなければならない。
もう、間に合わないかも知れないが。
それでも、全てが無に帰すよりはマシだ。
「海上に艦隊展開! 敵の直衛戦力の分析、急ぎます!」
「マザーシップ、およそ十二時間後に町田に到着!」
「味方の兵力は」
「レンジャーチーム280、フェンサーチーム20、ウィングダイバーチーム31。 このほかに戦車隊、ネグリング自走ロケット砲、イプシロンレールガン、バゼラートとネレイド、砲兵隊、空軍、海軍第五艦隊、第七艦隊、第十二艦隊、第十四艦隊、いずれもスタンバイしています!」
文字通り、極東の全戦力である。
東京支部だけではない。ブルートフォース作戦の時以上の戦力が、彼方此方から集められたのだ。
全戦力を投入できるのは、ブルートフォース作戦での勝利と、東京巣穴の駆逐による結果だ。これでごく一部だけを静岡の四つ足の警戒に当てれば、残りの兵力を敵の首魁にぶつけることが出来る。
勝てる、とはいわない。
前回の大戦では、主力決戦でマザーシップが暴力的な火力を披露し、総本部は文字通り粉々に砕かれたのだから。
ブリーフィングを頼まれたので、戦闘経験がある弟が出る。
私も補助で、ついていった。
各チームのリーダーが、或いは立体映像で、或いは本人が。ブリーフィングには参加している。
作戦開始までに。マザーシップの能力を、可能な限り皆に伝えておかなければならないからだ。
まずは、データを転送。
EDFの極秘資料も、データには混じっている。今回は、公開の許可を得て、機密を皆に伝えるのだ。
「敵マザーシップは、七年前に撃墜する事に成功はしているが、その戦闘能力は他のフォーリナー兵器とは文字通り一線を画する存在だ。 搭載している兵器の量、何より火力、防御力。 いずれもが、侵略兵器の中核となるに相応しいだけのものをもっている」
侵略兵器か。
確かにその通りだが。
奴らの目的については、教える必要はないだろう。それに、人類には抵抗する権利だってある。
だからこそ、私と融合した彼奴は。
わざわざ、手を貸したのだから。
まずはジェノサイド砲の説明。
最大出力であれば水爆並みの破壊力を誇るビーム兵器。連射は流石に出来ないが、エネルギーの充填そのものは、かなり早い。
長大な砲だが。
今のEDFの兵器であれば、破壊はさほど難しくない。機体から下に向けられているこの兵器は、前大戦でのEDF総本部をはじめとする、数多の設備を破壊し。膨大な人命を奪ってきた、悪夢の存在だ。
幾つか、資料映像を見せる。
戦慄の声が漏れた。チームリーダーの中には、前大戦を生き抜いただけで、マザーシップとはやり合っていないものも多い。
ただ、噂には聞いていたのだろう。
前大戦の最後で。ストームリーダーが奴の撃破には成功はしたが。それでも、その凄まじい戦闘力の前に。極東の戦力は、全滅寸前にまで追い込まれた事実を。
「ジェノサイド砲を破壊すると、マザーシップは多くの場合形態を変える。 恐らくは、ジェノサイド砲と直結したシステムであろう、大気吸収口が外気に露出するからだ」
マザーシップは、銀色の球形戦艦だが。
その全体には、鱗状の構造が見られる。
実はこの鱗、全てが剥落し、空中でマザーシップを中心とした円運動を行いながら、攻撃を行う事が出来るのだ。
展開されるこの空中砲台は。
マザーシップ一隻当たり、およそ二百。
レーザーとプラズマの二種類を有しており、周囲にいる部隊に対して、四つ足の掃射砲以上の火力で、殲滅と殺戮を行う。
通称、第二形態。
戦闘形態とも、EDFでは呼ばれていた。
問題はもう一つある。
この形態になってから、マザーシップは逃げ出そうとする事が、今回の大戦では目立っている。
事実ストームチームだけではなく、何回か精鋭がマザーシップのジェノサイド砲撃破には成功しているのだが。
その場合、マザーシップは戦闘形態を取って周囲に破壊をばらまき。
あげくに、上空に逃れてしまう事が多かった。
これはオメガチームからも、ストライクフォースライトニングからも、同様の事例が報告されている。
そこで今回は。
衛星兵器の助けを借りる。
「今回は、マザーシップが来る位置が分かっている。 其処でノートゥングからの射撃を行い、上空に逃げようとした場合、力尽くで敵を押さえ込む。 その間に、味方で大気吸収口に攻撃を集中する。 勿論、周囲を飛行する砲台を破壊することも必要だ。 各チームは迫る飛行ドローンと、上空から攻撃してくる浮遊砲台を破壊する班に分かれて貰う事になる」
人員の編成を、弟が説明すると。
各チームは、顔を見合わせた。
質問が幾つか来る。砲台の射程は。攻撃能力は、実際にはどれほどか。移動速度は。
いずれも、弟は映像を交え、てきぱきと捌いていった。
「他に質問は」
弟の声に、しんと皆が黙り込む。
どれほど強力な相手に、戦いを挑むのか。皆、分かっているという事だろう。実際、此奴一機のためだけに。
前回の大戦では、EDF総司令部周辺に集まった、百万近い兵力が蹂躙され、壊滅にまで追い込まれたのだから。
マザーシップの実力は、まだまだこの程度では無い。
この戦闘形態から更に追い込まれると、奴はさらなる切り札を投入してくる。
その姿を、映像に見せる。
奴は機体の下部から、八本のジェノサイド砲を、放射状に展開するのだ。この形態は、前大戦の最後。
弟が肉弾戦をマザーシップに挑み。
そして、他の攻撃チームが全滅状態に陥る中、激烈な殴り合いの末にマザーシップがついにその底力を出した時。撮影された。
禍々しい姿だが。
真に恐ろしいのは、その戦闘力だ。
「ジェノサイド砲が八本……!?」
「しかも、通常時展開しているジェノサイド砲とは違い、ガトリングによる自衛機能まで備えている」
流石に青ざめる攻撃参加チームの面々。
無理もない。
桁外れの怪物だと言う事が、嫌でも伝わってくるからだ。このような怪物を本当に落とせたことが。
前大戦最後の奇蹟であり。
フォーリナーという存在の凄まじさを、物語っているかのようだった。
弟も前大戦の勝利は奇蹟だと、私に何度も騙っていた。此奴の前に、ギリギリにまで追い詰められて。
秀爺と谷山が間に合わなければ、紙一重の勝利にはつなげられなかったからである。
順番に、作戦を説明する。
まずは大兵力が展開している町田で、敵を迎え撃つ。
最初に行うのは、敵直衛戦力の殲滅。七十隻の輸送船に守られているという事は、千機程度のヘクトルは出てくるとみるべきだろう。勿論、相当数の巨大生物が、戦闘に加わってもおかしくない。
それ以上の数の飛行ドローンが出てくるのも、ほぼ確実だ。
マザーシップの広域シールドでは、流石にその全てを守りきるのは不可能。
故に最初は、ブルートフォース作戦と同じように、敵の主力を、ありったけの味方部隊で迎え撃つことになる。
大半の部隊は、この敵主力の撃滅が仕事だ。
ブルートフォース作戦で相当数を削ったとはいえ。
マザーシップが本気で直衛を展開すれば、これほどの兵力が周囲に現れる。それがどういう意味を持つか、この場の全員に理解して貰う必要がある。
マザーシップ六隻の内、今回は三隻を集中攻撃するが。
まだ三隻が大気圏内には残っているし。
何より、奴らが動き出したという事は。最悪の事態が、到来した可能性も高いのだ。一刻の猶予も、もはやなかった。
ストーム以外に、マザーシップに肉薄できるチームがどれだけいるかは分からないが。
とにかく、空中に展開されている広域シールドを抜ければ、至近。
作戦はシンプルだ。
衛星兵器ノートゥングが敵を抑えている間に、ジェノサイド砲を破壊し、浮遊砲台を破壊。そして最後に展開される最終戦闘形態のジェノサイド砲を全て撃破した後、大気吸収口に集中攻撃。
敵を撃沈する。
マザーシップの装甲は強力無比だが、大気吸収口は装甲が薄い。
ライサンダーなどの大火力火器で集中攻撃を掛ければ、内部に直接ダメージを通すことが出来る。
「敵の戦力は強力無比だ。 前大戦時とEDFが比較にならないほど力を増しているとはいっても、油断すれば負けるだろう。 全チームが、一者百殺の覚悟で当たって欲しい」
敬礼をかわすと、皆がそれに応える。
戦いは、既に始まっているのだ。
全体でのブリーフィングが終わった後、日高司令から通信が来る。
わざわざ直接連絡を入れてくると言うことは。
おそらく、ろくでもない事が起きていると言うことだろう。
「マザーシップは上陸後、輸送船から兵力を投下しつつ、此方にまっすぐ向かっているのだが、想定される兵力よりも、直衛がかなり多い」
「どれほどの数でしょうか」
「今の時点で、ヘクトル1450、飛行ドローンが3000という所だ」
それは、凄まじい。
今までに経験が無いほどの兵力だ。前大戦の北米決戦時でも、これほどの兵力が展開されていたかどうか。
既に各艦隊は攻撃を開始。
ファイターも桐川航空基地に集結し、飛行ドローンへの攻撃タイミングをはかっているということだった。
敵の戦力は。
此方が予想しているよりも、更に強大かも知れない。
更に言えば。
マザーシップが、前大戦の最終戦闘形態の先を用意していないとは言い切れない。全体的にバージョンアップしてきているのだ。最終戦闘形態の更に先の形態があったら、未知の相手に、全力で戦わなければならない。
勝てるのか。
どうにかしたいものだが。
弟が、ストームの皆を集める。
この作戦前に休暇を入れたので、全員ある程度リフレッシュはしていた。日高少尉も、怪我を治療し終えている。
だが、敵の兵力が兵力だ。
マザーシップに肉薄するまでに、一体どれだけの戦力が削られるのか。
あまり想像はしたくない。
今回は、兵士として。
増産された戦闘用第三世代クローンが、あらかた投入されるという話もある。つまりナナコと同じ、戦闘しか知らない境遇のクローン兵士達が、皆此処で命を散らしかねないという事だ。
「接敵まで半日ほどだ。 おそらく六時間ほど後からは、艦隊による長距離射撃が開始されるだろう。 それに伴って、飛行ドローンの大規模編隊も動き出す事は間違いなく、其処からは各地で小競り合いが行われる。 つまり、残り六時間は余裕がある。 各自、じっくり休憩して、鋭気を養うように」
「イエッサ!」
一旦、その場で解散となる。
弟には、少し迷いが見えた。あのことを、皆に話すべきなのだろうかと、思ったのだろう。
だが止めた。
話すべき時は、生き延びて。
マザーシップを撃墜した後だ。
此処で皆に話しても、迷いを増やすだけ。
「話すとしても、どうするつもりだ」
「……まずは香坂夫妻と、涼川、谷山には話しておこうと思う」
ジョンソンとエミリーについては、本人達も隠していない公認スパイだ。彼らには、状況を余程見てからで無いと、話す事は出来ないだろう。
新人達も、どうするべきか。
ここから先の話は、機密に抵触する。場合によっては、EDFに命を狙われる可能性さえある。
だから、信頼出来るメンバーにだけ。
確実に盗聴を防止できる空間で、話す必要があるだろう。
通信が入る。
戦局報道だ。
北米のEDF総本部では、カーキソンが陣頭指揮を執るらしい。完成した巨大移動要塞、X4を繰り出すそうだ。
このX4、前大戦で用いられたX3とは根本的に設計構造が異なる。
プロテウスの強化バージョンで、更に巨大な体躯と、長距離攻撃用のリニアキャノンを装備している。
ただし機動力が絶望的なので、総本部からは動かさないつもりのようだ。
また、X3は前大戦でマザーシップに敗れたが、今回は前線基地として、バージョンアップ版を用いる。
ストライクフォースライトニングの旗艦として用いている空中戦艦、X3改である。
カーキソンも今ではすっかり太ってしまったが。
前大戦では、北米でのゲリラ戦を指揮した前線の闘将だ。日高司令と同じく、本来は前線に立って、敵と殴り合いをする方が、性に合っているのだろう。
ドイツの方は、オメガチームを中心とした精鋭が、敵を迎え撃つ。
此方は更に改良を加えた零式レーザーを中心とした兵装で、速攻を狙うのだそうだ。オメガの隊長らしい、捨て身の作戦である。
此方には、ペイルチームも参加する。
ウィングダイバーの最精鋭部隊であり、最新式兵装も渡されている。
私も開発に参加したグングニルと呼ばれる超威力レーザーライフルも有しているため、ひょっとすると作戦が上手く行けば、此処が最初にマザーシップを落とすかも知れない。ペイルチームの隊長は、私がウィングダイバーをしていたころ、平の隊員をしていた。今はすっかり、ウィングダイバーの総元締めとして、最強の戦士に相応しい風格を備えている。
「姉貴、体の方は大丈夫か」
「ああ。 すこぶる調子は良い」
「そうか。 だが念のために、休んでいて貰えるか」
「そう、だな」
弟の心配ももっともだ。
寮に戻ると、弟がハンバーグを作り始める。残りの六時間。軽く料理をした後、カプセルで休むくらいはある。
黙々と、ハンバーグを二人で食べる。
良い牛肉を使っているだけあって、美味しかった。
フォーリナーの巨大生物は、人間以外の生物には、一切手を出さない。勿論砲撃に巻き込むことはあるが、主体的に家畜や畑を焼き払ったり、食い殺して廻ったりはしなかった。このため、今でも畜産や農業は、むしろ前大戦の前よりも、豊富な食糧の提供を約束しているほどである。
シャワーを浴びて出てくると、弟はもうカプセルで休んでいた。
私はベッドに転がると、そのまま寝ることにする。
後四時間ほどは眠れるし。
それで充分だ。
カプセルを使うまでも無い。体の奥底から、力があふれ出てくる。勿論それは無限では無いけれど。
いずれにしても、前とは違う。
医師に怒られ、体の限界と相談しながら戦っていた状態とは、根本的にコンディションが異なるのだ。
目が覚める。
丁度そろそろ、時間だ。
弟を起こすと、一緒に集合地点に。ヒドラの準備は万全。
間もなく、戦いが開始され。
もしも救援を呼ばれるとしても、すぐに出られる準備は、整っていた。
1、烈火
町田に刻一刻と迫り来るマザーシップ。
従えている直衛部隊には、4つの艦隊から猛攻を加えているが。雨霰と降り注ぐテンペスト巡航ミサイルも、奴らを削りきれてはいない。
スカウトチームが、続々と連絡を入れてくる。
「敵はいわゆる魚鱗陣を組んだまま、東京に向かっています!」
「魚鱗か……」
弟が呟く。
魚鱗というのは、文字通り魚の鱗に近い形状の突撃陣形だ。
いわゆるボタン戦争時代、地球では陣形などが意味を成さない時代もあったけれど。防御力が攻撃力に追いついた現在、再び陣形は意味を成すようになってきている。フォーリナーも、それを理解している。
敵の映像が出る。
文字通り、理路整然とした陣形だ。
これが宇宙人による、機械兵器群による陣形でなければ、軍事の教本に載るほどの出来である。
テンペストでヘクトルを吹き飛ばされ。
対空ミサイルで飛行ドローンをアウトレンジで撃墜されても。
敵は黙々と南下を続けている。
此奴らの根本的な戦略を考慮すると、恐らくは東京基地の撃滅が狙いではないだろう。本当の目的は、別にある。
だが、それは口にしない。
それに東京基地を、このままでは蹂躙されるのも事実。
町田で迎え撃ち、敵を撃滅するのだ。
戦局報道が来る。
どうやら、北米では敵主力との血戦が開始された。ほどなく、欧州でも、同じように戦いが始まる。
欧州では、四つ足が戦闘に加わっているそうだ。
オメガチームの実力なら負ける事は無いと思うが。かなり戦況が厳しい事に、間違いは無いだろう。
前線から連絡が来る。
ついに、敵と接触。
交戦開始。
最初は戦車隊が砲撃し、下がりながら敵を引きずり込む。
ストームの皆も、既に配置につく中、陣形が変化していくと、連絡。前線の部隊から、悲鳴が届いた。
「敵の一部が突出! このままでは、背後に回られます!」
「すぐに救援に向かう。 ストームチーム、早速で悪いが、頼めるだろうか」
「イエッサ」
弟が応えると、近場の部隊に声を掛ける。
そして、ビークルを駆って、前線へと躍り出る。
現時点では、敵の大部隊は、まだ山梨北部を通過中だ。少し前まで、対四つ足の前線基地を作っていた辺りである。
前線に出て、敵の誘引と撃破を行っていた部隊が、思った以上の速度で動いた敵に、包囲されつつある。
急いで救出しないと、マザーシップの砲撃範囲内に入ってしまう。
そうなれば、終わりだ。
最初に到着したのは、グレイプに乗っていた私と弟、ナナコ、涼川。バゼラートがそれに続いた。
バゼラートから、ジョンソンと黒沢が降りてくる。
エミリーと三川、原田と日高少尉は、最新鋭キャリバンでその後に到着。
少し遅れて、矢島が池口のネグリングに乗せて貰って到着。
続いて筅がきた。
ベガルタファイアナイトの機動にも、もう慣れっこの様子。移動はスムーズで、おそらく車が道路を行くより、多分早い。
香坂夫妻は最後だ。
誘引部隊の一部が、戦車隊と一緒にバックしながら、追いすがるヘクトルの部隊に、必死に射撃を浴びせている。
しかし、効果が薄い。
飛行ドローンも、相当数が迫っていた。
このままだと、追いつかれる。
「各自、攻撃を開始。 敵の出鼻を挫く」
「かなりの数の巨大生物もいます!」
「叩き潰せ」
輸送船がいるのだ。巨大生物を運んできていても、不思議では無い。
だが、此方もストームチームだけで来たのでは無い。
今回は、味方も数がいるのだ。
増援部隊のギガンテス戦車が、一斉に砲撃開始。敵の前衛に、火力の滝を浴びせた。爆裂するヘクトル。吹っ飛ぶ巨大生物。
包囲されかけていた戦力が、全力で後退してくるのを庇いつつ、射撃を継続。
飛行ドローンが来る。
黒沢がエメロードを構え、射撃開始。ネグリングも、ミサイルを連射しはじめた。山中で、辺りは木だらけ。視界が遮られるが、関係無い。矢島には高高度ミサイルを使わせて、敵の数を可能な限り削りながら、後退。取り残された部隊は。レーダーを確認しながら、敵を押さえ込む。
巨大生物が突貫してくる。
黒蟻と赤蟻が中心だが、勢いが凄まじい。飛び出した筅のベガルタが、火焔放射を浴びせる。森が燃え上がるかと思ったが、意外に大丈夫だ。全員で、ベガルタを支援。だが、迫り来る敵が少しばかり多い。
上空からバゼラートがミサイルを放つが、それでも防ぎきれない。
私が前に出る。
そして、ハンマーを振るって、飛びつこうとしてきた赤蟻数匹を吹っ飛ばした。吹っ飛んでも即死はしないが、それでも充分に足止めになる。
ブースター全開。
突貫。
今度は此方から突貫し、ハンマーを振るい、ディスラプターからの火力を全開にし、可能な限り敵を削る。
広域制圧を目的としているチームは、完全に飛行ドローンに注力させる。至近、ヘクトル。跳躍して、ガリア砲を叩き込む。爆裂する風を使って下がり、一旦後退。
味方の火力が、敵を押し返しはじめる。
包囲網さえ突破出来れば、それでいい。だが、敵が、そうはさせてくれない。
レンジャー部隊の一つが、悲鳴を上げた。
赤い影が、凄まじい勢いで、残像を残しながら飛行しているのが見えた。味方部隊の一つが、見る間に壊滅させられる。
強烈なビーム攻撃を叩き込んで、上空に戻ったそいつは。
見間違える訳がない。
「精鋭だ!」
なるほど、敵の中に、こんな奴まで混じっていたか。
それだけではない。
突入してくる巨大生物の中に、いる。
女王だ。
陸上まで女王が出てきた例はあまりない。今回の大戦に入ってからは、おそらく初めてだろう。
弟がオンリー通信を入れてくる。
「姉貴、女王を任せられるか。 俺は精鋭を叩く」
「良いだろう」
「くれぐれも無理はするなよ」
弟が、声を張り上げた。
張り上げながらも、ライサンダーを速射。我が物顔にまた急降下爆撃をしようとしていた精鋭に直撃させる。
ライサンダーの直撃を浴びても、空中で体勢を立て直す精鋭。
「全員、攻撃を前方に集中! 精鋭の対処は俺に任せろ!」
「イエッサ!」
弟はグレイプから飛び降りると、叫ぶ。
来いと。
私はそれを見届けると、無造作にハンマーを振るい、横から飛びついてきた赤蟻を吹っ飛ばして、遠くの地面に着弾させた。
さて、此方は。
無数の直衛を従えて進んでくる、あの女王を潰す。
味方部隊の後退よりも、敵の突撃の方が早い。
だが、それは好都合でもある。
「レンジャー11、戦闘に参加します!」
目的は、敵の誘引だからだ。それに今回は、味方の増援が、いくらでも期待出来る状況にある。
私、三川仙は。
あいつ、レタリウスがいないことを確認すると、MONSTERを構えた。
前方では、はじめ特務少佐が、もの凄い勢いで暴れ回っている。唖然とするほどの機動性で、敵の間をくぐり抜けてはハンマーを振るい、効率的に敵を吹っ飛ばしていた。今のところエミリーさんがずっとミラージュを撃って敵を牽制してくれているので、私が大物をMONSTERで射撃していけばいい。
近づいてくるヘクトルが一機。
MONSTERで射撃。しっかり狙って撃て。そう言われたことが、ようやく出来るようになり始めていた。
直撃。
大きく傾いだヘクトルに、味方の戦車隊が連携して攻撃を浴びせ、吹き飛ばす。
味方は後退を続けながら敵を確実に削り続けていた。
一人、取り残された兵士がいる。
矢島君が飛び出して、担ぐと。ブースターをふかして、こっちに飛んできた。まだ上手に制御は出来ていないけれど。
それでも、味方を助け出すことに成功。
私が乗っているグレイプの側面ドアから、中に放り込む。救護兵が中にはいて、処置をはじめてくれていた。
「助かりました!」
「困ったときはお互い様です!」
矢島君が振り返ると、ガリア砲をぶっ放す。
敵を特に狙ってはいないようだけれど。密集した敵の大軍だ。何処かには当たる。当たった黒蟻が消し飛んだ。
負けていられない。
ヘクトルが、また前線に出てくる。長距離砲を構えている奴だ。
慎重に狙う。
危険な相手だけれど。外してしまえば、それまでなのだ。
至近。
上空に、飛行ドローン。味方の火力網を抜けてきたのだ。私を射撃しようとするそいつは、完全に無視。
呼吸を整えると、ヘクトルを撃った。
上空の飛行ドローンが、吹き飛ぶ。
援護射撃を誰かがしてくれる。それを信じて、私は敵を撃った。援護してくれたのは、どうやらナナコちゃんだったらしいけれど。
軽く礼を言うに済ませて、すぐに次を狙う。ジェネレーターが、かなり損耗が大きくなってきている。だが気にしない。
戦いの後、整備すれば良い。
敵の進撃が、一瞬だけ鈍る。
何が起きたのかは、分かった。多分はじめ特務少佐だ。
「はじめ特務少佐、女王蟻と接敵!」
「ネグリング、支援!」
「イエッサ!」
池口さんと他のレンジャーが操作するネグリングが、ミサイルの雨を降らし続ける。敵はそれだけ動きを掣肘されるけれど。まだまだ数が圧倒的だ。やられてもやられても次から次に来る。
死を怖れていない。
いや多分違う。
これはきっと、何かの布石として。自分を活用すると、決めているからだ。きっと頭は良くても、心は単純。
だから全部のために、個を犠牲とすることを、何とも思わない。
どうしてだろう。
彼らにとって、地球での活動は。どうしてそれほど価値があることなのだろう。ただの領土欲なのだろうか。
あまり頭が良くない私だって、それは違うと分かる。
MONSTERを撃つ。
近づいてきたヘクトルが、頭を失う。だがまだ動いている。頭部をまるまる消し飛ばされても動いている様子は、恐怖を感じさせるには充分。
「精鋭が来る!」
誰かが叫ぶ。
火を噴きながら、赤い飛行ドローンが、此方に来る。だが、その横っ面を張り飛ばすように、閃光が直撃。
ばらばらに吹き飛びながら、精鋭が敵の中に落ちていった。
呼吸を整えているストームリーダーが、此方に来る。
ライサンダーの弾を再装填しながら。
かなりアーマーを削られたようだけれど。精鋭を一人で倒したのだ。未熟な兵士じゃ、百人がかりでも勝てそうにないと言われていた精鋭を。
ただし、ストームリーダーさえ、相応に消耗している。
相手の実力が、それだけに桁外れだった、という事だ。
「総員、敵に攻撃を続行しつつ後退!」
「イエッサ!」
女王が、向こうで。
頭を打ち砕かれるのが見えた。
一瞬の隙を突いて頭の上に乗ったはじめ特務少佐が、至近からディスラプターの熱線をうち込んだのだ。
ひとたまりもなく崩れ落ちる女王。
大勢は決したか。
だが敵は、まるで動じることもなく、此方に来る。火力の網で迎撃しながら、撤退を支援するストームチーム。
長い撤退戦が続く。
不意に、警告音。
これ以上やると、ジェネレーターが焼き付くというものだ。
「三川軍曹、一旦後方に」
「イエッサ!」
やるべき事はやった。みんな、可能な限りの事をしながら、敵を食い止めている。
一度戻ったベガルタがまたきた。上空から榴弾をばらまいた後、火炎放射器で敵を薙ぎ払う。
筅ちゃん、頑張ってるな。
そう呟くと、私は撤退するキャリバンにタンクデサンドして、後退。
その間も、戦況はバイザーから随時確認する。
戦闘が一段落したのは、基地に戻って、補給を受けて。ジェネレーターのメンテナンスをして貰ったころ。
包囲されかけていた味方は、撤退に成功したと戦況報告があった。
しかし、戦闘の規模が規模だ。死傷者が緒戦から百人以上出ている。この時代の戦死者は、人命が浪費されていた時代のものとは違う。
忸怩たるものを感じていたが。
周囲の兵士達が、噂しているのを聞いた。
「EDF、新人応募を、更に拡大するつもりらしいぜ。 ポスターも町中にばらまくって話だ」
「どういうことだ。 勝ってるはずだよなあ」
「わかんねえな。 本当に勝ってるのか?」
私も、分からなくなってくる。
ひょっとして、はじめ特務少佐は、何か知っているのだろうか。
敵の前衛部隊に、したたかに打撃を与え。
此方もそれなりの損害を被って。
撤退は成功。
弟が、私の所に来る。私はと言うと、戦闘後の恒例、バイタルチェックを受けていた。今まで以上の機動戦を展開していたからである。医師が不思議そうに眉をひそめているのが分かる。
「特に問題はありません。 ただ、無理はしないでください」
「分かっている」
白衣から着替えながら、病室を出て行く。
一緒に歩きながら、弟と軽く話をした。
「マザーシップの進軍はどうなっている」
「直衛を削られても関係無しだな。 一直線に此方に来ている」
「まずいぞ」
「ああ、勝利の美酒に酔う暇は無さそうだ」
敵の戦略から考えて、無意味な特攻作戦など行う意味がないのである。
これはほぼ間違いなく。もう敵には準備が整っている。だからEDFの戦力をある程度そげれば良いと考えていると見て良い。
つまり、マザーシップなんか。
敵にはもうどうでも良い、という事だ。
それなりにEDFの戦力さえ削れれば、それで良いと言うのだろう。
整列した皆の所に到着。
全員が、戦意を滾らせている。特に涼川は、まだまだ殺したりないと、顔に書いていた。獰猛な奴だけれど。
戦闘には、獰猛さが必要なのだ。
「いよいよ決戦だ。 前大戦の再現をするには、幾つか条件がある。 マザーシップの動きを止めること、直衛を引きはがすこと。 そしてストームチームの連携。 敵の火力の効果的な減衰。 以上だ」
全員が表情を引き締める。
そして、作戦の具体案が提示された。
すぐにビークルで移動開始。
涼川が運転しているグレイプには、弟と私、それに香坂夫妻だけが乗り込んでいる。通信遮断が行われていると、弟は説明してくれた。
「姉貴、話してくれるか」
「ああ。 このメンバーに、この環境ならいいだろう」
「ようやく、隠し事を止めてくれるんだな、特務少佐」
「ああ。 谷山にも話してやりたいが、彼奴は今頃ヘリ部隊の所だ。 いずれ機会を見て、だな」
盗聴の恐れはない。
そして、外に音も漏れない。
五月蠅い柊は、今部隊に同行はしているが、キャリバンに乗って、ジョンソンに取材中だ。
皆に、話しておく。
涼川は、あまり表情を変えなかった。
何があっても、あまりこの戦闘民族には関係無いだろう。相手が人間だろうと、殺戮する事に喜びを覚えるだけ。
そういう壊れた存在はいる。
そして英雄にもなるのだ。
ましてや、相手が巨大生物ならば。相手の正体がどのようなもので、何を目的にしているとしても、関係無い。
香坂夫妻も、じっと黙っていた。
なるほど、そういうことだったのか。
涼川が、話が終わると、舌打ちした。
「ありがとな、話してくれて。 ずっと隠しておくの、つらかったんじゃねえのか」
「私が知ったのもつい最近だ」
「……まさか、この間の大けがの時か」
「そうだ。 あの時、地下の彼奴と言われている存在と、融合してな。 一郎に近い身体能力を得た。 同時に、地下の彼奴の知識も流れ込んできた。 全てはまだ理解し切れてはいないがな」
ビークルが目的地に到着。
部隊が続々と展開を開始している。
作戦自体は、それほど目新しいものではない。ただし、敵に先手を打たれると、多少面倒かも知れない。
いずれにしても、今回の作戦は、一瞬での勝負。
どれだけ先手を取ったまま、攻勢を維持できるかの戦いになる。
「時に特務少佐、あんたのなかに、奴の意識は残っているのか?」
「ああ、眠っているがな」
「ならば言っておいてくれ。 巨大生物共は気にくわないが、あんたの事は恨んでは無いってな。 どうせあたしは平和な時代なんか性に合わん。 巨大生物共がいない世界でも、人間相手にドンパチやってただろうことは疑いないからな」
香坂夫妻は、最後まで何も言わなかった。
だが、きっと。
忸怩たる思いを、抱えていただろう。
いずれにしても、信頼出来る面子には、これからも少しずつ、情報を展開していく。そうすることで。
これから来るだろう最悪の事態に。
少しでも備えられる、耐性を作らなければならなかった。
2、決戦
マザーシップが予定地点に到達。
周辺に展開している敵戦力は、当初より二割ほど削られているが、その分味方の矢玉も減っている。
海軍は攻撃のタイミングを計って、巡航ミサイルでの攻撃を一旦停止。空軍もそれに併せて、空爆を止めた。
マザーシップも。
おそらく此方の目的を察知してか、一度停止した。
敵の前に布陣している部隊は、日高司令の指揮下で、いつでも攻撃に出られる。至近に東京基地があり、補給はいくらでも出来るが。
もしも突破された場合。
味方には、もう後がなくなることも意味していた。
少し前に、北米で開戦。
更に、間もなく欧州でも開戦すると報告がある。
固唾を皆が飲み込む中。
弟が、号令を発した。
「総員、攻撃を開始!」
「EDF! EDF!」
戦いが始まる。
どっとわき出したEDFの部隊に、敵が算を乱すのが分かった。そう、東京にあった巨大生物の巣穴は、既にEDFの手に落ちている。
その中に潜んでいたEDF部隊が、四ヶ所。マザーシップを包囲する形で、一気に地下から出現したのである。
周囲の巨大生物をフュージョンブラスターで薙ぎ払うと、戦車隊が躍り出て、壁を作る。周りは全て敵。
飛び出したレンジャーが、スナイパーライフルを乱射。
輸送船を叩き落とす。
更に、日高司令も、それと同時に全面攻撃を開始。
空軍も爆撃を再開。
海軍も、巡航ミサイルを、ありったけたたき込みはじめた。
混乱する敵と、綺麗に奇襲を成功させた味方。
マザーシップは微動だにしない。
満を持して、地底からストームが姿を見せる。場所は、マザーシップの至近。敵は、指呼の距離にある。
日高司令が叫んだ。
「まずはマザーシップの周辺の敵を排除しろ」
マザーシップの周囲に展開しているのは、直衛の中の直衛。
輸送船が二隻、ヘクトルが十。ただし飛行ドローンはかなりの多数。周囲は乱戦だが、味方はよく頑張っていて、敵を近づけさせていない。
ただし此方も、ストームチームと、少数の精鋭だけだ。
秀爺率いる数名のレンジャーが、その場を離れる。
少し離れた場所に陣取って、其処から狙撃戦に徹するのだ。地下に隠して置いたイプシロンが指揮車両となる。
ヘクトルが、此方に気付く。
輸送船をまず叩きたいところだが。ヘクトルが即応し、ガトリングを乱射しながら迫ってきたことで、そうも行かなくなった。
矢島が飛び出し、盾で弾丸を防ぐが。
流石にヘクトルのガトリング。一気に盾が削られていく。下がる矢島。急いで。矢島が叫ぶ中、弟がライサンダーで射撃。ヘクトルが大きく身をそらす。其処へ、新兵達の攻撃が集中。
ヘクトルが無数のロケットランチャーを浴びて、爆散。
近くのビルの上に、エミリーが陣取り、ミラージュを起動。
上空にいる飛行ドローンに向け、射撃を開始する。
ヘクトル数機が、周りから同時に迫る中。
マザーシップが、ジェノサイド砲を起動。
最後まで至近で敵の観測を続けていたスカウトチームが、もろに射程に入った。
「スカウト44! すぐに撤退を!」
「だ、駄目です! まにあ……」
閃光が、全てをかき消す。
スカウト44の通信が途絶した。
轟音が大地を揺るがし、飴細工のように溶かされたビルが、吹き飛ぶ。灼熱の風が吹き付けて来る中、私はブースターを吹かし、飛ぶ。ヘクトルのガトリングが此方を向くが、気にせず突貫。
至近からガリア砲を叩き込み、ヘクトルの腹に大穴を開けた。
更にスラスターをふかして、左。
爆裂。
一瞬前まで私がいた地点を、ヘクトルの長距離砲が抉る。アーマーへの負荷は最小限。横滑りしながら、更に飛んでくるガトリングの弾を、シールドではじき返す。
周囲の戦況は、乱戦も良い所だ。
奇襲を受けて混乱した敵も、すぐに体勢を立て直し、猛攻を味方に加えている。よく連携して戦っている味方だけれども。
ストームチームが敗れたら、かなり危ないかも知れない。
秀爺と、スナイパーチームが攻撃を開始。
まずは、ジェノサイド砲を狙う。
今戦っているマザーシップは、以前九州に上陸した機だ。その時にジェノサイド砲は破壊してやったのだけれど、とっくの昔に修復は完了している。破壊力は抜群。だが、秀爺と精鋭スナイパー部隊に任せる。
ヘクトルが、指揮車両になっているグレイプに迫る。
ガトリング起動。
速射砲で応戦しているグレイプに、数発のガトリング弾が炸裂。激しく揺らぐ。操縦しているジョンソンが、わずかにバックして位置取りを変えた。装甲車両はあくまで装甲車両。戦車では無い。最新鋭でも、いつまでもヘクトルのガトリングには耐えられない。
エミリーと一緒にビルの上に上がった三川の狙撃。MONSTERからの高出力エネルギービームが、ヘクトルを直撃。
かなり腕が上がってきている。
ヘクトルの半身の装甲が、一気に融解。其処へナナコがカスケードの射撃を浴びせて、破壊した。
敵中に猪突した涼川が、暴れ回っている。
数機のヘクトルを引きつけて、なおかつ互角に戦っているのだから凄まじい。
背中を向けた一機。
弟が、ライサンダーからの一撃。大きく揺らいだヘクトルに、グレイプが速射砲を集中。更に、上空で飛行ドローンを相手にしていたバゼラートから、誘導ミサイルがうち込まれ、ヘクトルの上半身が消し飛んだ。
「そろそろ輸送船を狙う。 涼川、もう少し前線を押し込め」
「イエッサ! ヒャッハア! 燃えろ燃えろ!」
凄まじい殴り合い。
そういえば、前大戦の最後。
マザーシップと、直衛の大部隊と。
EDF極東支部の最後の戦力を全て集結させ、戦ったときも。こんな風に、凄まじい乱戦だったか。
ジェノサイド砲に、イプシロンのレールガンから放たれた砲弾が突き刺さる。
マザーシップがまた一撃、ジェノサイド砲からのビームを地上に浴びせ。
凄まじい爆風が、町田の町並みを、一部溶かして消し去った。
爆圧と轟音も凄まじい。
「何て火力なの!? 勝てる訳がない……!」
オペレーターが悲鳴に近い声を上げる。
舌打ちした弟が、涼川が無理矢理開けた穴に突入し、輸送船にライサンダーの弾を叩き込む。
三発で、輸送船が火を噴き、爆裂。
更に、新人達が集中攻撃を浴びせ、ヘクトルが沈黙。
私も、弟にわずかに遅れ、輸送船を落としていた。
残りの輸送船は一隻だが。
意外なファインプレーを三川が見せる。ヘクトルの圧力が減ったところで、前に出て。ハッチを開いた所に、MONSTERから大出力ビームをうち込んだのである。丁度ヘクトルを投下しようとしていた輸送船は、誘爆に巻き込まれ、ヘクトルもろとも木っ端みじんになった。
「こ、こちら三川! 輸送船の撃墜……成功しました!」
「よし、無理はするな。 下がって、ジェネレーターを冷やせ」
「イエッサ!」
これで、敵の直衛輸送船はいなくなった。
残りのヘクトルを、掃討しながら、準備を待つ。秀爺による狙撃、二度目。機動しながらミサイルを叩き込み続けているネグリングと。ビルの屋上からミラージュで連射を続けてくれているエミリーのおかげで、飛行ドローンはかなり引きつけられている。
ヘクトルと近距離から殴り合ったせいで、味方の損害も決して小さくは無いが。
今の時点では、ほぼ作戦通りに、戦況は推移していた。
だが、輸送船とヘクトルを失っても、マザーシップは小揺るぎもしない。この浮かぶ要塞の戦闘力は、まだ一割も発揮されていないのだ。
最後に残っていたヘクトルを、私がガリア砲で怯ませ、更に弟がライサンダーで打ち抜いてとどめを刺す。
爆発するヘクトル。
更に、イプシロンから放たれたレールガンの弾が、ついにマザーシップのジェノサイド砲を貫く。
轟音。
巨塔の如き砲が、炎を噴き上げながら、亀裂が縦横に走る。
そして、炸裂した。
落ちてくる膨大な破片。
喚声が上がった。
「マザーシップのジェノサイド砲撃破! やった!」
「まだだ! まだ奴の戦闘力は、こんなものではないぞ!」
前大戦で、最後まで指揮をしていた日高司令は知っているのだ。
勿論、私も弟も。ストームチームのベテランも。
新兵達だって、マザーシップが戦闘態勢にさえ入っていないことは、知っている。
「マザーシップの逃走を防ぐため、上空にノートゥングを待機させろ。 いつでもスプライトフォールエネルギー砲を撃てるよう準備」
「イエッサ!」
「み、見ろ、マザーシップが!」
上擦った声が事態を知らせる。
レンジャーチームの誰かが、見たのだ。マザーシップの周囲に張られた鱗状の構造が剥落。
それぞれが浮遊砲台となり。
マザーシップの周囲を、旋回しはじめた事を。
戦闘態勢を、マザーシップが取ったのだ。
「総員、ここからが本番だ!」
弟が、声を張り上げた。
見る間に、周囲に凄まじい火力の滝が、降り注ぎはじめていた。
飛ぶ。
私は敵の火力の一部を、引きつける必要がある。
だからブースターを全開に、敢えて敵の射程内を飛び回る。次々着弾するエネルギービーム。アーマーは、今の私の実力でも、削られていく。
弟がライサンダーで射撃。
砲台を一つ、破壊する。
鱗状構造の砲台は、あくまで自立攻撃型ビットとでもいうべきもの。狙いは付けてくるが、単純な円運動をするため、動きは読みやすい。
ネグリングはそのまま、次々繰り出される飛行ドローンへの攻撃に注力。
エミリーのミラージュも。
残る全員は、二百に達する浮遊砲台の相手だ。
「此方レンジャー19、加勢する!」
「予定通りの地点から、狙撃を開始してくれ! 当然反撃が来る! アーマーが削りきられたら、良いから逃げろ!」
「イエッサ!」
味方部隊が、次々来る。
だが、マザーシップの火力は、熾烈を極める。ジェノサイド砲を失ったくらい、マザーシップには痛手でも何でもないのだ。
無差別にうち込まれる射撃が、見る間に辺りを疲弊させていく。
ふっとぶ味方。
通信に紛れ込む悲鳴。
周囲では押し気味に戦っていた味方も、あっという間に形勢が逆転してしまう。可能な限り早く浮遊砲台を潰さないと、戦いどころでは無くなる。
「犠牲を考えず、とにかく浮遊砲台を潰せ! 浮遊砲台そのものは脆い!」
射撃が集中し、次々浮遊砲台が破壊される。
しかし四列になって円運動している浮遊砲台は、何しろ200機。
弟はライサンダーを撃つ度に一機ずつ落としている。秀爺も、射撃の度に、一つずつ潰している。
だが、それでもだ。
手数が、とても足りないのである。
「此方レンジャー39! 被害甚大! 撤退支援こう!」
「こ、こんなの、勝てる訳が……!」
またオペレーターが泣き言をぼやく。
次々に浮遊砲台が落とされるが。
マザーシップはその間も旺盛に飛行ドローンを発進させている。元々、艦隊からの支援攻撃でかなり削られているとは言っても、空を覆い尽くすほどが随伴していたのだ。それに、更に加わるのだ。
辺りは、原始的な殴り合いといって良い光景。
叩き潰し、叩き潰される。
どちらが先に力尽きるかの、泥沼の殺しあいだ。
ネグリングの池口から通信。
「ネグリング中破! 池口、後退します」
「無理をするな。 以降はエメロードで火力支援を」
「イエッサ!」
「ストームチーム、通信妨害が酷くて、マザーシップの状態が分からない! 浮遊砲台の撃墜は順調か!?」
日高司令が、通信を入れてくる。
私はガリア砲をぶっ放し、浮遊砲台を叩き落としながら、通信に応える。
既に半数を潰したと。
ただし、まだまだマザーシップには戦力が残されている。弟が、叫ぶ。
「浮遊砲台に攻撃を集中! 飛行ドローンはヘリ部隊とエメロード、ミラージュの支援に任せろ!」
連れてきているスナイパー部隊も、殴り合いで次々離脱しているが。
それでも、確実に浮遊砲台を潰してくれている。
また、浮遊砲台を潰すことで、周辺戦域の戦況も好転しはじめているが。しかし、マザーシップは浮遊砲台を潰されながらも、無尽蔵の飛行ドローンを繰り出してくる。このままだと、数で押しきられる。
その時。
秀爺から通信が入る。
「強烈なのを行く」
「む、何か狙うのか」
弟の返事に。
秀爺は、実践で応えた。
飛行ドローンの発着ハッチに、レールガンの砲弾を直撃させたのだ。それも、飛行ドローンが発進する瞬間を狙って。
直撃。
爆裂がマザーシップの内部にまで及ぶのが分かった。
悲鳴に似た軋みをマザーシップがあげる。
今回の戦いが始まってから、最初の有効打かも知れない。一瞬だが、敵の攻勢が鈍る。全員が攻撃を集中する中、弟が突貫。
マザーシップの至近にまで迫ると、既に開いているマザーシップの大気吸収口に、連続でライサンダーの弾を撃ち込む。
しかも、弾が食い込んだ箇所は。
五十センチもずれていない。
射撃精度が高いとはいえ、長大なライサンダーの銃身で、ワンホールショットを決めるのは人間業では無い。
装甲が薄い大気吸収口に、大穴が空くのが見えたほどだ。
更にもう一発の弾丸が食い込むと、それは装甲を貫き、内部へと飛び込んだ。
爆裂。
ヘリ部隊が、ここぞとばかりに、ミサイルを叩き込む。
半数ほどのミサイルが、浮遊砲台を直撃。
特に谷山のバゼラートは恐るべき射撃効率を示し、一度に七機の浮遊砲台を爆裂四散させた。
更に谷山は、バゼラートを横滑りさせながら、浮遊砲台をヴァルチャーエネルギー砲でつるべ打ち。
見る間に、動きが鈍ったマザーシップの防備を、剥ぎ取っていく。
飛行ドローンが、させじと追いすがるが。
其処へ、池口と黒沢、他にも多数のレンジャーが放ったエメロードミサイルが、横殴りの掃射を浴びせる。
吹っ飛び、砕かれる飛行ドローン。
空に爆発が連鎖し。
一気に戦況が傾いた。
「マザーシップ中破!」
「やったあ!」
戦術士官が声を張り上げる。調子よく、オペレーターが応じる。本当に何というか、どうしようもない奴だ。
呆れて苦笑してしまう。
だが、まだ、予断は許さない。
マザーシップは全力を出していないのだ。
弟が必死にマザーシップの下から離れながら、叫ぶ。
「残った浮遊砲台を集中攻撃! マザーシップが、最終形態になるぞ!」
「イエッサ!」
マザーシップは、空へ逃れようとしない。
つまり、此処で決着を付けるつもりだ。
飛行ドローンが、周辺の戦域から集まってくる。ヘクトルと巨大生物は、血戦を続けている味方が食い止めてくれているが、こればかりはどうしようもない。
とにかく数が違いすぎる。
ファイターがいればどうにでもなるが、広域防御シールドに守られていて、近づけないのだ。
谷山のバゼラートが、限界を迎える。
容赦ない集中攻撃を浴びて、火を吹き始めた。不時着に移る。
私も、四方八方から射撃を浴びて、アーマーがかなり厳しい。
弟でさえだ。
原田が離脱。
ずっとロケットランチャーとスナイパーライフルで苦闘してくれていたが、至近に迫った飛行ドローンから、猛射を浴び、アーマーをやられたのだ。
走り回っていたグレイプも、損害が大きい。
そろそろイプシロンも危ないと、秀爺から通信。
キャリバンはずっと走り回っていた。流石に要塞と言われるだけあってまだまだ余裕があるが。安全圏になっている制圧した敵巣穴は、既に相当数の負傷者が担ぎ込まれている。巨大生物の侵入は許していないが、それもいつまでもつか。
マザーシップが、形状を変えはじめる。
下部から、八つの巨大砲が生える。これこそ、弟と限られた人間しか目撃していない、マザーシップの最終戦闘形態。
前大戦では、EDF総司令部を潰したときでさえ、戦闘形態にもならなかった。
EDFはそれだけ力を付けた。
だが、相手は。
なおもそれでも及ばないと錯覚させるほどの、圧倒的な存在。
「一つずつ、砲台を集中攻撃する!」
弟が、バイザーに攻撃目標を転送すると、ほぼ同時。
敵が、最後の猛攻に出た。
爆発が連鎖する。
巨大砲から放たれるガトリングは、ヘクトルの比では無い破壊力を示し、辺りを文字通り薙ぎ払っていく。
発狂しているかのようだと、後で弟が語っていたが。
それも頷ける凄まじさだ。
先以上の損害で、辺りが悲鳴を上げる中。最前線で戦っていた日高司令が、通信を入れてきた。
「可能な限りのレンジャー部隊を其方に送る!」
「前線はどうなるのですか!?」
「どうにか耐え抜いてみせる!」
巨大砲の強度は、それぞれがジェノサイド砲に勝とも劣らない。しかもこの圧倒的火力である。
時々、大威力のビームも放ってくる。
もはや町田は完全に焦土。
辺りにはビルの一つも無く。
破壊された兵器の残骸が至る所に散らばり、その上に血泥と灰が降り積もっていく。その中で、なおも戦いが続く。
巨大砲が、落ちる。
爆裂しながら、吹き飛ぶ。すぐに次に集中攻撃。
無数の飛行ドローン。
迎撃部隊も傷ついているが、必死の抵抗を続ける。エミリーが、通信を入れてきた。
「ミラージュが焼き付きそうよ」
「一旦下がれ」
「大丈夫?」
「何とかする」
弟とのやりとりを聞きながら、ブースターを吹かし、飛ぶ。
巨大砲に飛びつくと、直接ゼロ距離からガリア砲を叩き込む。全長百メートル近い巨大砲だが。
ガリア砲は、そもそもライサンダーをフェンサー向けに改良した強力な兵器だ。ゼロ距離からなら、一撃で装甲を抜ける。
二撃目で、巨大な亀裂。
だが、無数の飛行ドローンが集まってきたので、跳び離れる。
「とどめを!」
アーマーに損傷を受けながらも、私が叫び。
呼応したレンジャー部隊が、スティングレイからの弾幕を浴びせる。其処へ、ナナコがカスケードからミサイルを連射。数発目が、内部に潜り込んで、大爆発。
二つ目。
アーマーの損傷が酷いので、ジグザグに下がる。下がりながらも、ガリア砲を何度か放つ。狙っている三つ目の砲台に着弾。
煙を吹き始めた。
多数の飛行ドローン。
しかし割り込んできたファイアナイトが、コンバットバーナーで蹴散らす。更に榴弾砲を放ち、時間を稼いでくれる。
筅は戦闘時、驚くほど攻撃的になる。
特にベガルタに乗せると、普段の内気な言動が嘘のように、激しい攻撃を繰り返すので、皆驚く。
或いはスピード狂になるタイプかも知れない。
ファイアナイトが稼いでくれた時間を使い、指揮車両になっているグレイプRZの所まで戻った。
中に入って、アーマーを取り替える。
そろそろ、備蓄が厳しくなってきた。それに突入可能なのも、せいぜい後一回だろう。激しい戦闘で、味方の消耗も大きいのだ。
弟が、取り出したのは。
ノヴァバスター。
一撃必殺の、決戦用スナイパーライフルだ。もう一機の砲台を落としたら、ついに最終作戦に入ると言う事だ。
これを今回、四丁用意してきてある。
すぐに、弟が突入部隊の戦士達に渡す。
黒沢、ナナコ、日高少尉、ジョンソン。
前衛で大暴れしている涼川に、こういう仕事は向かない。空に向けてスタンピートをぶっ放しながら、楽しそうにしている涼川は。針の穴を通すような作業を、精密には出来ないのだ。
此処に、フェンサー部隊一チームの護衛が加わる。
勝負は、一瞬だ。
本当は原田にも渡す予定だったのだが、負傷して引き下がったから、代わりに日高少尉が入る。
レンジャーとして凡庸な彼女だが。
決めるときには決めると噂もされているし、弟も信頼しているようだ。
「マザーシップより飛行ドローン出撃、更に五十!」
「ヒャッハア! 楽しいなあ! でもそろそろ旦那、限界だぜ!」
前衛で、筅と一緒に敵と激しく戦い続けている涼川が、そんな事をいいだした。つまり、本当に状況がまずいという事だ。
無尽蔵とも言える飛行ドローンを繰り出してくるマザーシップに対し、此方には兵員にも矢弾にも限界がある。
極東の主力は、殆どがここに来ている。
空軍も海軍も、総力での支援を続行中だ。
つまり負けたら、後がない。
ブルートフォース作戦での勝ちを、一気に全てひっくり返されるほどの損害を受ける事になる。
三機目の砲台に、秀爺のイプシロンから、光弾が撃ち込まれた。
ついに爆発四散する、砲台。
だが、立て続けに放たれた殺戮の光が、辺りを薙ぎ払い、幾つものレンジャーチームが通信途絶。
ストームチームの至近にも着弾。
秀爺から、通信。
「イプシロン大破」
「無事か!?」
「ほのかが多少怪我をしたが、俺は平気だ。 これから、ライサンダーを使っての支援に移行する」
「すぐに片付ける」
弟の声が、俄然熱を浴びた。
残る全ての戦力に、弟が呼びかけた。
「これより、予定通りの作戦を決行する! 今の一撃で、マザーシップには巨大な死角が出来た! 其処より突撃し、奴を落とす!」
「EDF! EDF!」
爆発的な喚声が上がる。
無事だったフェンサーチームが来る。だが、無事と言っても、激戦と乱戦で相当消耗しているのは一目で分かった。
「私が突破口を作る」
「頼むぞ姉貴! 総員、好機は多くない! 全員で突撃し、あの異星からの悪魔を撃墜する!」
「EDFーっ!」
突撃が、開始される。
同時に、周辺の戦況でも、一気に味方が攻勢に出た。
3、一瞬の死線
一瞬の時間だったはずなのに。
とてもとても、長く感じた。
ナナコにとっては、生きてきた時間そのものが短い。生まれたときには、既に戦闘マシーン扱い。
教育だけ受けて、戦闘に放り出されて。
同じように作られた子達が何人も死んでいく中、戦って戦って。そして、やっと、自分を人として認めてくれる人に出会った。
嬉しかった。
その日は、一人で丸まって、泣いた。
嬉しくても涙が出るなんて、はじめて知った。
だから。
あの人。日高玲奈少尉を傷つけた巨大生物共は皆殺しだ。その元締めであるフォーリナーも。
みんな許さない。
最近ナナコが、鬼気迫る様子だと言う人は多いけれど。
考えて見れば、ナナコは戦闘目的で作られた強化クローン。一種の強化人間だ。それならば、怖れられるのは、ある意味当然。
日高少尉は、こんなナナコにも笑顔で話しかけてくれる。優しくしてくれる。
その度に胸が熱くなるけれど。
同時に、フォーリナーは皆殺しにしなくてはならないという使命感も、より強くなるのだった。
突撃開始。
喚声を挙げながら、皆走り出す。
迎え撃つ星の船。
降り注ぐ殺戮の光。
フェンサーチームが盾をかざして。いにしえのファランクスのように固まりながら、中核の突撃部隊を守る。
同時に、他の部隊は一斉に飛行ドローンと、マザーシップの砲台に攻撃。
敵も味方も。
次々に倒れていく。
EDFの力を見たか。
そう叫びながら、事切れた戦士が、すぐ隣にいた。
化け物共、宇宙に帰れ。
そう叫んだ戦士は、巨大砲台からの光に焼かれて、真っ黒焦げになって地面に叩き付けられて、ばらばらになった。
飛行ドローンが、次々に爆散。
強引に押し通る過程で少なからず被害を出しながらも。ついに、ストームリーダーが、ライサンダーを構える。
発射。
突き刺さる弾丸。マザーシップの大気吸収口が、炎を噴く。内部にまで、ダメージが通っている証拠だ。
最初に、ライサンダー以上に長大なノヴァバスターを構えたのは、黒沢軍曹。
放たれる、灼熱の光。しかし、途中に割り込んだ飛行ドローンに阻害されて、わずかに逸れる。
マザーシップの外壁を爆裂させ、かなり抉ったが。致命傷には遠い。
続けて、日高少尉が放つ。
これは、最初から大気吸収口を狙っていなかった。近づきつつあった巨大砲台を、撃ったのだ。
激戦で傷ついていた砲台が、激烈な熱に晒され、凄まじい光を放ちながら融解していく。ジョンソン大佐も、それに続く。
マザーシップが、大気吸収口を守ろうとして、カバーをせり出すが。
そのカバーそのものが。
ジョンソンの一撃で融解し、爆裂。
轟音で揺れるマザーシップ。
狙う。
飛行ドローンの動きも見ながら、引き金に指を掛ける。
横殴りの一撃。強烈な機動戦を続けながら、ガトリングで次々はじめ特務少佐が、飛行ドローンを落としているのだ。
側に、爆裂。
矢島軍曹が、盾で一撃を防いでくれていた。
ついに、最高の好機が来る。
飛行ドローンの群れに、涼川中佐がスタンピートから膨大なグレネードを叩き込み。一瞬で多数が消し飛んだのだ。
空白地帯が出来る。
引き金を引く。
躊躇う理由は、一つも無かった。
ノヴァバスターの激烈な熱が、マザーシップの大気吸収口に突き刺さった。
装甲を完全にぶち抜く。
そして、内部で滅茶苦茶に乱反射しながら、装甲の彼方此方を内側から破る。
マザーシップが、火を噴く。禍々しい銀色の体の彼方此方から。
巨大砲が、爆裂しながら落ちていく。
浮遊砲台が、コントロールを失って、ふらふらとさまよったあげく、他の浮遊砲台や飛行ドローンとぶつかり、爆散する。
飛行ドローンさえ、算を乱しはじめた。
分かる。
マザーシップのコントロールシステムが、今の一撃で、致命傷を受けたのだ。
「マザーシップ大破! コントロールを失った模様! 間もなく墜落します!」
「総員、マザーシップから出来るだけ離れろ!」
「ほんとにやった!」
オペレーターの声と、怒号が重なる。
早く逃げろ。出来るだけ遠くにだ。
EDFの連呼が重なる。
勝利に酔う兵士達の、ものだった。
マザーシップがぐらつき、高度を下げていく。風に流されるようにして、東に。部品や砲台をばらまきながら、高度が更に下がっていく。
ヘクトル数機が、その巨体に吹き飛ばされて、消し飛ぶ。
進路にいる味方部隊が、慌てて退避する。
大きなビル。
新しい東京のシンボルとして作られる途中だった、新都庁ビルだ。まだ誰も入っていない、建造過程のものだけれど。
其処へ、吸い込まれるように。
マザーシップは、飛び込んだ。
その瞬間。
おそらくマザーシップの内部にある動力炉が、破損したのだろう。
「バイザーの光量調整!」
慌てて、ストームリーダーの声に従う。光の次には、熱と爆風。必死に体を低くして、耐える。
耳がやられたかも知れない。
頭を振りながら、立ち上がる。日高少尉が、自分を庇って、瓦礫を押しのけていた。何か言っているけれど、聞こえない。きっと、大丈夫だったとか、平気、とか。聞いてくれているのだろう。
少しずつ、耳が回復してきた。
日高司令が。敬愛する日高少尉の父が、歓喜を言葉にして爆発させた。
「マザーシップ、撃墜! 極東での戦線は、我々の勝利だ!」
「EDF! EDF! うぉあああああああああーっ!」
兵士達が、一気に残りの敵を撃滅に掛かる。
だが、ナナコにも。
他のストームチーム隊員にも。とても、それに加わる余裕はなかった。
時計を見て、驚く。
突撃開始から、十分も経っていなかった。
ほんの一瞬の間に。
フォーリナーの、悪夢の飛行要塞は、この世から消えて。
じり貧になりつつあった味方は、一気に形勢逆転したのだ。
ストームリーダーが来る。
びっこを引いているのは、アーマーを最後の戦いで抜かれたからだろう。そういえば。ナナコが狙撃する瞬間。
此方を狙っていた飛行ドローンの赤点が消えた。
この人が、やってくれたのか。
最後の一撃を入れたのはナナコだけれど。
これは、きっとストームリーダーがいたからこそ、手に入れることが出来た勝利だったのだ。
そう素直に、ナナコは考える事が出来ていた。
弟と一緒に、戦闘終了後の会議に出る。
数日は療養休暇を貰っているが。
それでも、私と弟、それにジョンソンに関しては、ストームチームのリーダーおよびサブリーダーという事もある。
休みたいところだけれど、そうはいかなかった。
既に戦闘は終了。
戦果としては、勝利である。
マザーシップ撃墜後、巨大生物を回収して輸送船が逃げるが、その大半は追撃を行った海軍と空軍によって落とされた。ヘクトルと飛行ドローンも、熱狂的な攻撃を掛けるEDF隊員達によって、ほぼ全滅させられた。一部が静岡の敵橋頭堡に逃れたが、それだけだ。
ただし、味方の被害も大きかった。
特にビークル類の損害は尋常では無く。
また、敵飛行ドローンとの交戦によって、空軍の打撃も、決して小さくは無かった。今回は開戦以来最大規模の飛行ドローンの群れが、極東に来たからである。これらとの戦いで、流石にファイターも小さくない損害を強いられていた。
好ましい結果では無いなと、私は思う。
というのも、敵の戦略的な目的は、おそらくこれで達成されてしまっているからだ。多少の損害は、もう敵には惜しくないのである。
既に、遅かったかも知れない。
「北米、欧州でも、マザーシップの撃墜に成功しています」
「これで敵の戦力は半減だ。 諸君、敵は顔を青くしているに違いないぞ」
会議に参加しているカーキソンは、そう言って高笑いした。
ただ、オメガチームの隊長と、ストライクフォースライトニングの隊長は、あまり嬉しそうにしていない。
少し前に、弟が話したらしいのである。
敵の目的について、だ。
全てを話してはいないようだが。
弟が、挙手。
「すぐに残りの敵巣穴の攻略を。 手遅れになる可能性があります」
「手遅れとは、どういうことかね」
「マザーシップは、今まで巧妙な機動戦によって、中国とオーストラリアにある敵巣穴を守ってきました。 それが一転して、各地のEDF中枢を叩くべく、主力部隊の残りを結集させてきた。 これは明らかに、戦略を転換するのに足りる出来事があったと言うことです」
「同意です」
オメガチームの隊長が、彫りの深い顔で頷く。
戦闘だけを生き甲斐としていると噂の彼も。今回ばかりは、楽観するわけにはいかないのだろう。
ストライクフォースライトニングの隊長、エルムも、それに賛成と言った。
アメフトの大ファンである彼は、非常に恰幅が良いいわゆる威丈夫である。高い身体能力と、優れた戦術判断力で、アメフトの試合を妨げる全てを粉砕すると広言している男だ。
前大戦でも、北米での悲惨なゲリラ戦の中で活躍し、少ない武器弾薬を活用して、多くの局地戦を勝利に導いた。その結果、夥しい戦果を上げてきている。
見かけはハリウッド映画に出てくるような、四角い顔の特殊部隊のごつい隊長そのもの。
故にリアルムービーヒーローなどと言われる。
うちの弟もごついが、アジア系とは違う屈強さだ。
ストライクフォースライトニングはストームと同じ少数精鋭チームで、一人一人の実力も高い。
普段は殆ど会議で発言しない彼も。
弟から話を聞いて、まずいと感じているのだろう。
「巨大生物が、爆発的に増殖したか、或いはレタリウス以上の新種が出現したか、どちらかだと考えます。 いずれにしても、一刻の猶予もありません」
「しかし各地のEDFは、今回の戦いで、主力に大きな損害を受けました。 特にビークル類の損害は深刻で、多数の戦力は動員できません」
戦術士官が、冷静に指摘する。
実際に図を見せられるが、確かに酷い状況だ。勝ったから良いものの、今回の戦いが如何に大規模な博打だったのかがよく分かる。
「それでは、我々が先行します」
挙手したのは。
ウィングダイバーの精鋭部隊、ペイルチームの隊長。カリンだ。
カリンは日系の北米人であり、私が初代隊長だったペイルチームの、現在三代目の隊長となる。
小柄な女性だが、ペイルチームの隊長としては非常に優秀と呼び名も高く、各地の戦闘ではレタリウスの撃破にも貢献している。天敵であるレタリウスも倒している事から、彼女の実力は本物だと評判だ。
ちなみに私がペイルチームの指揮官だったころは、まだ平の隊員だったが。
その頃から、優秀さは折り紙付きだった。
ルックスに関しては平々凡々で、特に顔立ちは地味そのものな童顔だが、それが却って女性陣には受けが良いらしい。
何度か復興後に作られた女性雑誌で、インタビューが掲載されている。
ルックスに頼らず、能力で立身してきた女性の見本、というわけだ。
私の存在が周囲には露出していないと言う事もあるから、その分カリンは、メディアには丁度良い存在なのだろう。
「主力の到着までに、中国支部の部隊とともに、可能な限り敵を削り取ります」
「うむ……」
「それならば我等は、東南アジアの巣穴を攻略しておこう。 オーストラリアの巣穴は、東京巣穴の次に規模が大きいと聞いている。 攻略には一大決戦をする覚悟が必要だろうし、先に後顧の憂いは断つべきだ」
オメガの隊長、アシャダムが提案。
エルムもそれに乗った。
カーキソンは咳払いする。自分が主導権を握れていないことが、好ましくないと判断したのだろう。
だが、すぐにそれどころではなくなる。
中国支部から、緊急通信が来たのである。
「此方中国支部! 即刻救援を請う!」
「何があった!」
「監視していた敵巣穴から、圧倒的な数の巨大生物が出現! 既に四つの基地が通信途絶しています! この総司令部も、先ほどから敵の猛攻を受けており、支えきれません!」
「分かった、すぐに救援を急行させる」
どうやら、会議どころでは無さそうだ。
カーキソンが、すぐに手配をはじめる。
この辺りは、歴戦の指揮官だけはある。今回も北米でのマザーシップ迎撃戦で、X4に乗って最前線で指揮を執り、敵の大群を食い止め続けたという。この辺りは、老いても太っても、地獄の北米戦線で最後まで粘り強く抵抗を続けた闘将なだけはある。
まずペイルチームが、ヒドラによって、中国へ。また、近くにいる空軍部隊も、支援のため其方に向かう事になる。
機甲部隊も、体制を整え次第、すぐに。
またオメガチームと、ストライクフォースライトニングは、予定通り東南アジアの敵巣穴攻略だ。
後顧の憂いを断つためである。
ストームチームは、今回の戦いでの損害が大きい。
人的被害については、今負傷者全員が病院で治療を受けているが、これについては今の技術であれば、中国支部に向かうころには、戦闘可能なまでに回復できる。
問題はビークル類だ。
秀爺には続けてレールガンを任せたい所だが。
イプシロンは、今回の戦闘でほぼ破壊されてしまった。修繕は間に合わない。
バゼラートも大破。
更に、ネグリングは中破してしまっている。
これらを、中国の巣穴に行くまでに、修復するのはほぼ無理だろう。幸いベガルタファイアナイトとキャリバン、グレイプRZについては、どうにか小破で済んだ。次の戦いでも、活用できるはずだ。
会議が終わった後、日高司令と一緒に歩きながら、私から提案。
「ビークルの供給をお願いできますか。 出来ればすぐに」
「工場から出荷されたばかりのものを、優先的に廻せというのかね」
「そうです。 今回の中国での戦いは、おそらく地獄になります」
弟は黙っている。
それを見て、日高司令も、事の深刻さを理解したらしかった。
「極東はしばらく兵力の立て直しを優先する予定だ。 新型機は、出来れば各地の中核として廻したかったのだが」
「いや、それはおそらく、無理でしょう」
「……?」
「マザーシップを使い捨てにするほどの事態です。 おそらく中国での戦況は、一気に全世界に飛び火するとみています」
絶句した日高司令が、すぐに連絡を入れてくれる。
これで、どうにかビークルは都合がつくか。
ビークルの調達は日高司令に任せて、私は弟と一緒に病院に。香坂ほのかの容態を見に行ったのだ。
何しろ年だし、心配はしていたが。
しかし、病室に行くと、ほのかは平然としていた。弟が、他の患者を見に行くと言って、席を外す。
「大げさねえ。 少し前のはじめちゃんより、ずっと元気なくらいなのに」
「すみません。 すぐに次の戦闘に参加して貰えますか?」
私も、プライベートでは、香坂夫妻には敬語を使う。
色々思うところはあるけれど。
この二人には、やはり思うところがあるからだ。悪い意味ではなく。
「何か、とんでも無い事が起こったみたいねえ」
「ええ。 最悪の事態に発展した可能性があります。 すぐにでも、中国の巣穴に向かわないと、手遅れになる可能性が」
「分かったわ。 それでは、寝ている場合では無さそうね」
頷く。
老病の人間をすぐに戦場にかり出すのは、忸怩たる思いがあるけれど。今回は、本当の意味で、一秒を争うのだ。
弟が来る。
原田は、怪我もたいした事は無いそうだ。
他のメンバーは、急速医療で、怪我をどうにかする。いずれにしても、すぐにヒドラで現地に向かう事になる。
中国の支部からは、今も悲鳴が届き続けている。
各地から増援が向かっているが。あまり戦況は芳しくないと、連絡も来ているそうだ
「あ、あ。 此方小原。 極東支部の幹部に通信を入れている」
来たなと、私は思った。
それはあまりにも、遅すぎた話だった。
「すぐに東京支部司令部に来て欲しい。 とんでも無いものが発見された」
「分かった、すぐに行く」
いずれにしても、ヒドラが飛び立てるまで、まだ時間が掛かる。
東京支部は総力戦の結果、かなり酷く傷ついたのだ。修復系の工場は徹夜でフル稼働だし、病院も満杯。
更に言えば、市民も勝っているならシェルターから出せと、しつこく要望をあげてきている。
まだシェルターからは出られないと説明しても、納得してくれるものは少ない。
勝利が近づいてきたように、恐らくは皆に見えている。だから問題が噴出しているのだ。ヒドラでストームチームが先行するとしても、後方がこのままでは、一体どうなることか。更に言えば、小原の通信からは、悪い予感しかしない。
歩いていると、黒沢がきた。
敬礼の時間さえ惜しいという風情で話し始める。
ヒドラに積み込まれている物資が、明らかに少ないという。
「予定されていた武器が、まだ半分ほどしかありません。 このままでは、中国の戦線で満足に戦えません」
「前の戦いの混乱の影響だな」
「丸腰で敵と戦えというのですか。 出発を遅らせるべきです」
「そうはいかない。 理由については、すぐに話す」
黒沢は納得していない様子だったけれど。
だが、此処は黙って貰うしかない。
何もかも、歯車が軋んでいる。マザーシップを倒したことは、良い結果ばかりを生まなかった。
わかりきってはいたけれど。
皆が、浮ついてしまっているのだ。
司令部に到着。
青ざめた小原が、もう待っていた。他の幹部達は、露骨に不機嫌なものも目だった。先ほど呼び出されて中国の急報を知らされ、またいきなり会議なのだから当然だろう。
「小原博士、緊急のこととは、何かね」
「その前に、まず巨大生物の進化の速さの秘密について、説明しようかと思います。 今までは仮説に過ぎなかったのですが、どうやら巨大生物は全体が進化しているのではなく、女王が進化しているようなのです」
小原が、反論が出る前に、プロジェクターに映像を出す。
それには、複数の、巨大な抜け殻が映っていた。
「東京巣穴の深部で発見された抜け殻です。 調査したところ、驚くべき事が分かりました。 女王は脱皮する度に、変化を生じているようなのです」
「脱皮の度に、変化だと……!」
「良くは分かりませんが、戦闘を行っている巨大生物から、何かしらの形で情報をフィードバックされている可能性があります。 その情報を遺伝子なりに反映し、強化された巨大生物を産んでいるのでしょう」
「なんということだ。 それでは進化の凄まじい速度にも納得できる」
そうか。
この男。
無能だと思ってはいたが、ついに自力で、辿り着いたのか。
「進化を全体で行うのでは無く、中心となる個体。 この場合は女王ですが、其処へ集約することで、加速度的に行う。 これが、レタリウスをはじめとする新種を短時間で奴らが作り出した秘密でしょう」
「情報集約による進化の加速か……」
咳払いする小原。
彼は、更に続ける。
「これらの映像を見てください。 中国支部から届いたものです」
プロジェクターに映し出された映像には。
女王らしき影。
しかし、すぐにおかしい事に気付く。数が多すぎる。更に言えば、女王よりは、普通の黒蟻や赤蟻に近いサイズだ。
「東京巣穴から脱出した女王の映像です。 群馬で撮影されたものですが、見てください」
女王ではあるが。
しかし、これは。
遠影だから、見えにくい場所もある。だが、明らかに、女王とは、形状が違っている。これは、つまり。
「女王は別種に進化したとみるべきです。 中国支部を壊滅に追い込んでいる巨大生物は、従来のものではないと見るべきでは無いかと」
「由々しき事態だ……」
日高司令が、ようやく事の重要さを理解したようだった。
私も、これはそろそろ、彼奴の知識を、EDF幹部にも伝達するべきなのかも知れない。だが、まだ早いかも知れない。
公表のタイミングを間違うと。大変なことになるからだ。
日高司令は何度かハンカチで額を拭うと、此方に向き直る。
「ストームチーム、ありったけの物資を廻す。 中国支部に今すぐに向かい、現地の部隊と協力し、新種の迎撃を行って欲しい」
「イエッサ!」
幸いにも、日高司令が直接言えば、物資は来るだろう。
だが他の部隊は、それだけボトルネックに苦しめられることになる。
決して他はストームチームを良く想わないだろう。それに、私が下手に情報を公開でもしたら。
頭を振る。
ろくでもない想像は後だ。今は、ついに来てしまった敵との戦いに、備えなければならない。
敵がマザーシップ三隻を使い捨ててまで。守り抜いたものだ。
最悪の結末が近づきつつある事を、私は悟っていた。
4、飛蜂
翌日朝。
ヒドラの準備が整う。ネグリングとイプシロンは、修理が間に合わず、結局工場からおろしたての新品を廻して貰った。
弾薬類も充分。
問題は、届いている戦況が、明らかに良くないと言う事だ。
先行した部隊は、味方を救援するどころか、身を守るだけで精一杯だという。既に中国の支部は、半数が沈黙。
残りの半数も、必死の防戦を続けている状況だ。
このままだと、シェルターから、民衆を避難させる必要さえ生じてくる。
前大戦と違って、シェルターは極めて頑強。ちょっとやそっとの攻撃では、びくともしない作りになっている。
それでも、長期間巨大生物の攻撃を浴びれば。
いずれ隔壁も喰い破られ、中の人々は奴らの餌になる運命しか残されない。
そうなる前に、ヒドラによって編隊を組んで、安全が確保された地域に逃がすのだ。民衆を救えなければ、いずれ復興を行うにしても、そもそも基盤がなくなってしまうのである。
ヒドラが発進。
通信が入った。ペイルチームからだ。
弟は、今休憩中。
私が代わりに出る事にした。マザーシップ撃墜で、さしもの弟も、疲れているのだ。
「此方ペイルチーム隊長カリン。 北京支部到着。 ストームチームの状況は」
「此方ストームチーム、サブリーダー嵐はじめ。 其方の戦況は」
一瞬、カリンが黙った。
噂には聞いているが、カリンは私を良く想っていないらしい。というのも、カリンは典型的な努力派秀才で、訓練を重ね、地道に実力を磨いて、隊長の座にまで上り詰めたのだ。私はそれに対して、作られたスペシャル。
私は自分をスペシャルなどと思っていないが。カリンにとっては、あまり好ましい相手ではないらしい。
だが、仕事の最中だ。
会話については、問題なく行われる。
「今のところ、普通の巨大生物だけが相手だ。 問題なく撃破できている。 北京支部から、敵の戦線を、かなり押し返した」
「流石だな。 だが敵には新種が誕生している可能性がある。 歴戦のウィングダイバーチームであれば問題は無いと思うが、くれぐれも気をつけて欲しい」
「新種だと」
「そうだ。 東京の敵巣穴の調査を進めたところ、中国に逃れた女王が、かなり進化した固体だと言う事がわかった。 ひょっとすると、既に女王の時点で別種かも知れない」
カリンが考え込む。
まだ私が鍛えていたころは一兵卒だったカリンだけれど。今では立派な隊長だ。私に対して思うところがあっても、戦いでは頭を切り換えられる。
その筈だ。
「分かった。 十二分に注意して対処する」
「頼むぞ」
中国支部の防空圏に入る。
既に各地のEDFも動き始めているが、空軍はまだここまで来ていないようだ。東南アジアでは、二カ所の巣穴を撃破すべく、オメガチームとストライクフォースライトニングが出てきている。
二つのチームは、首尾良く巣穴が攻略できたら、すぐに中国に来てくれる予定である。
かつて世界最大の人口を誇った国。
雄大な地形と、広い土地。
しかし、見下ろしてみると、その傷跡の深さに、眉をひそめてしまう。
人類が味わった、初の天敵との大戦は、この国を世界最大の墓地へと変えてしまった。EDFの抵抗が止んでからは、殺戮は一方的なものとなり、短時間で億を超える人間が犠牲になった。
アフリカや中東でも似たような大量殺戮が起きたが。
この国では、それらの中でも、最悪最大の規模のものが発生して。多くの人々が、巨大生物に喰われたのだ。
だから今も、復興が進んでいない。
「此方日高大将。 ストームチーム、現状は」
「まずは北京支部を目指し、ペイルチームと合流します」
「うむ……」
日高司令の声にも、不安がある。
愛娘がストームチームにいるから、というのもあるだろうが。やはり、小原の研究成果が問題なのだろう。
不意に、通信が来る。
三島だ。
しかも、私と弟にだけである。
「元気してたー? 二人とも」
「忙しいのだが」
「ちょっと大変なことになってるわよ。 シドニー基地のスカウトが、正体不明の巨大生物と遭遇。 歴戦のチームだったのに、通信を最後に全滅したらしいわ」
「其方もか……!」
オーストラリアでも、何か新種が現れた可能性があると言う事か。
最悪の事態の上塗りである。
マザーシップと本気でやり合ったことで、各地の支部は甚大な被害を受け、勝ちはしたものの、すぐに大兵力を派遣できない。
これもおそらく敵の戦略の一環だ。
これだけの大戦力を使い捨てたのだ。一石で二羽三羽と鳥を落としに掛かるのは、当然だろう。
「此方、中国支部第四機甲チーム! 現在、北京近辺で戦闘中! 敵の数が多すぎて、対処できない! 支給援護を請う!」
「ペイルチームは?」
「現在、北京南部に現れた正体不明の敵と交戦中だ! もしも支援に来られるなら、すぐに来て欲しい!」
「行こうぜ、旦那」
涼川がせっつく。
確かに、もたついていると、救える命も救えなくなる。私も賛成だ。そう言うと、ジョンソンも寡黙に頷いた。
北京に急行すること自体には、あまり意味がない。
まずは、全域で戦っている中国支部の残存戦力をかき集め、敵巣穴への効果的な攻撃を模索することが急務だ。
ヒドラの進路を変えさせる。
通信を入れてきた部隊を捕捉。なるほど、かなりの数の敵に襲われている。敵は巨大生物だけだが、数が多い。それに対して、機甲部隊は戦車で引き撃ちをしているが、効果的に敵を倒せていない。
タンクデサンドして射撃している兵士達も、相当な弾薬を無駄にしていた。
「そのまま後退を続けてくれ。 我々で横腹を突く」
「頼む!」
ヒドラの横腹を開け。躍り出る影二つ。
さっそうと発進したのは、谷山が申請していた最新型バゼラートである。通称、パワード級。
極東に配備された最新鋭機だ。マザーシップ戦では整備が間に合わなかったが、今回のために整備班が徹夜で仕上げてくれたのである。ただし実戦でのデータが殆ど無い機体なので、自己責任で使ってくれとも言われていた。
更にもう一つは、ベガルタ。
短時間の飛翔能力があるベガルタファイアナイトだが、改良により更にパワーアップしている。
通称、炎の王。
ベガルタM3ファイアロードである。
互換性がある部品を装着、OSを入れ替える事で、パワーアップを実現したのだ。いずれ欧州などで戦っているファイアナイトも、全てファイアロードに変更される予定だそうである。
「いっけええっ!」
滑空飛行しながら、筅が叫ぶ。やはり、戦闘時は性格が変わる。特に最近は、その傾向が強くなってきた。
散弾砲の弾幕を叩き込み、敵の群れの横っ腹に致命的な打撃を加える。更に上空から、文字通り猛禽のごとく襲いかかった谷山のバゼラートが、ミサイルを乱射。引きちぎられた敵が、粉々に吹っ飛びながら散らばる。
更に、バゼラートから飛び降りたのは涼川だ。
スタンピートを、落下中に敵にお見舞いする。爆撃の嵐を浴びて、明らかに大混乱する敵の至近に、ヒドラが強引に着陸。
私が先陣で飛び出す。
敵に向け、まっすぐ行く私を援護するように、弟たちが攻撃を開始。
私は背後からの支援を受けながら、敵の群れにガトリングを乱射し突撃。更に距離が近づいてきたところで、ハンマーを振りかぶった。
猛攻を浴びながらも、敵も黙ってはいない。
前衛にいた赤蟻が蹴散らされると、その背後から多数の黒蟻と凶蟲が姿を見せる。飛来する膨大な酸と糸。
だが、踊り込んできたベガルタのコンバットバーナーが敵の群れを薙ぎ払い。
更に着地したヒドラから出撃したイプシロンによる精密射撃。それにネグリングのミサイルによる制圧が始まると、体勢を立て直すことが出来なくなった。
巨大生物が下がりはじめる。
追撃はしない。
此方の損害は軽微だが。相手にはアンノウンがいる可能性が高いのだ。
追撃を受けていた部隊が此方に来る。
ベガルタから降りてきた筅が、息を呑んだ。
手酷いやられようだったからだ。
配備されている兵器も、最新鋭とは言えない。ギガンテス戦車も、極東に配備されているものより一段階落ちる型式のものだ。
装甲も相当に溶かされていた。
EDF隊員達も、アーマーをかなり削られてしまっている。あのまま追撃を受けていたら、全滅していただろう。
「他に苦戦している部隊は」
「連絡が取れない部隊は幾つもある! 他の基地に救援に向かった部隊は、軒並み全滅かも知れない」
「よし、救援については我々に任せろ。 君達は北京基地に戻って、体勢を立て直せ」
「分かった。 救援、感謝する」
部隊が北京へと去る。
救援依頼がまた入ってきた。微弱だが、多分スカウトによるものだろう。
「此方スカウト4。 敵に包囲されていて、身動きが取れない。 洞窟に立てこもっているが、突破されるのは時間の問題……だ」
「此方ストーム。 座標を確認した。 すぐに向かう」
「感謝する。 できるだけ……急いでくれ」
此処から南だ。
バゼラートで先行してもらう。ビークルに分乗して発進。私は多少の酸を浴びた涼川に、アーマーを変えておくように提案。涼川は頷くと、聞き返してきた。
「特務少佐は平気か?」
「私は被弾していない」
「そうか。 あんたやっぱり、別物になってるな」
「……そうかも知れないな」
敵が間もなく捕捉される。
おそらくこの様子では、地上に五万近い数が出ているはずだ。中国の巨大生物の巣穴は、短時間で東京支部のものに匹敵する存在になったとみて良い。
日高司令に、状況を説明。
体制を立て直し次第、増援を送ると日高司令は約束してくれたが。オーストラリアの状況もまずいということを伝えると、口をつぐんだ。
シドニーには精鋭部隊がいる。
彼らが持ちこたえてくれることを祈るほか無い。
スカウトチームが包囲されている山地に到着。バゼラートが敵と戦いはじめている。其処へネグリングでまずミサイルを浴びせ、秀爺には大物を狙って貰う。包囲を敵が崩したところで、エミリーが三川と一緒にミラージュを起動。連射される誘導ビームが敵の足止めをしている間に、弟と私が突撃。
グレイプの速射砲と、上空に飛んだバゼラートからの散弾砲が、敵に制圧射撃を加える。群れている敵は、先ほどに比べると、大分数が少ない。ある程度攻撃を加えると、算を乱して逃げていった。
スカウト4は、半数を戦死させ、残りの全員も負傷していた。
歴戦のチームだろうに、酷い有様である。左腕を食いちぎられている隊員もいて、半死半生の状態だった。
「もう駄目かと思いました。 救援感謝します」
「負傷を癒やし次第、今度は此方を助けてくれ」
「イエッサ」
キャリバンに乗せ、退避させる。
キャリバンには護衛として、バゼラートにもついてもらった。運転は日高少尉だ。彼女が一番、キャリバンの操縦に手慣れている。
「帰路には気をつけろ。 制空権どころか、何処に敵がいるか分からない」
「イエッサ!」
元気よく敬礼すると、日高少尉が戻る。
この状態では、北京基地を残して、中国支部は全滅かも知れない。
今の部隊も、おそらく釣りのために、生かされていたのだろう。ようするに他の部隊を引きずり出して、叩くための餌だったのだ。
また救援依頼が入る。
北京基地の近くだ。きりがない。
他の地区から来た援軍も、敵の大群に度肝を抜かれているようだ。このままだと、二次災害になる可能性も高い。
グレイプで移動中に、日高司令と話して、決めておく。
多分巨大生物は、近いうちに決戦を挑んでくる。救援部隊は、北京に集結させる。救援活動に向かうのは、ストームとペイルチームだけに限定。
これならば、二次災害を防ぐことが出来る。
日高司令は難色を示したが、敵の規模を説明すると、納得はしてくれた。だが、釘を刺される。
「君達も負傷が癒えきっていない状態だ。 くれぐれも無理をしないよう努めてくれ」
通信が切れた。
空軍からも連絡。
無人偵察機が、幾つも消息を絶っているという。特に、陥落したという中国地区の基地を見に行った偵察機は、ほぼ生還していないと言う事だ。
何が起きている。
EDF司令部は、混乱に陥っていた。
また、敵に捕捉された部隊から、救援依頼が来ている。ペイルチームもずっと働きっぱなし。ストームが行くしか無い。
全員で、急行する。
隘路に逃げ込んだその部隊は、必死に火線を集中して、敵の浸透を防いでいたが。しかし明らかに敵の数が多すぎる。
少し遅れていたら、ひとたまりもなく全滅していたに違いなかった。
救援を感謝する部隊を北京に向かわせると、私はぼやいた。
中国支部の司令官は、一体何をやっている。
結局、北京基地に到着したのは、連続で二十三時間ほど戦った後だった。
敵は一部で海岸線にまで達していた。フォーリナーが投下した巨大生物が、独自に繁殖を開始したのでは無いかと言う説も上がっていたが、それを否定したのは小原だった。
「現地のチームからの報告によると、投下された巨大生物と、今回猛攻を加えてきている者達は、かなり様子が違っている。 やはり地下で進化を続けていた者達が、今になって出てきたとみるべきだろう」
「となると、やはり巣穴を叩くしかないか」
「そうなるな。 いずれにしても、急いで欲しい。 アンノウンが出ているのは、間違いが無い様子だ」
通信を切ると、弟と一緒に、北京基地の状態を確認する。
地区の司令部だけあって、設備はそれなりに揃っているが、何しろ状況が状況である。
文字通りの阿鼻叫喚。
病院は満タン。ヒドラを使って、負傷者を極東やロシアに順次輸送させているが。それでも、向こうも病院が満員なのは同じ。
巣穴の攻略やブルートフォース作戦、それにマザーシップとの戦いで、何処の支部も満身創痍なのだ。
新人達を先に休ませる。
合計で十二回戦い、三十七のチームを救助したが、もはや敵が何処まで来ていて、どれくらいの数なのかは、把握も出来ない有様である。
ペイルチームも戻ってきた。
ウィングダイバーの最精鋭だが、戦死者も出していた。無理もない。此方より早く来て、より激しい戦いの中にいたのだから。
中国支部の司令官に会いに行く。弟と私、それにペイルチームのカリンで。ジョンソンには、外で警戒に当たって貰う。
いつ、敵が来てもおかしくないからだ。
中国支部の司令官の事は、なかなか思い出すのに苦労する。
今まで幹部会議で何度か顔を合わせているが、特徴がない男で、戦歴も長いとは言えない。
一応中将だが、既に初老になっているこの男は、一種の老廃兵だ。他に居場所もなく、此処を住処にしているというのが正しい。
そもそも復興途上だった中国支部は窓際職場とさえ言われていて、殆どいない住民を守ると言うこともあるため、隊員のモチベーションは低い。中国が前大戦で徹底的に痛めつけられた後、殆どの住民はよその地区に去ったのだ。
その隙を突くようにして、今回の状況である。
司令部があるのは地下。
本来は地上の小さな本部施設を司令部にしていたのだが。状況の悪化を鑑みて、地下に司令部を移したのだ。
デスクについていた中将は、数日間寝ていないらしく、目の下に隈を造り、頭もはげ上がりそうなほどに疲弊していた。
此方を一瞥すると、書類に視線を移動させる。
もう、まともに頭が働いていないのは明白だった。
秘書官はまだ意識がはっきりしているようだったので、咳払いする。
「司令官はお疲れのようだ。 休んでいただけ」
「はあ、しかしまだ外では戦闘が」
「撤退支援は完了した。 無事だった部隊は救出した。 通信が無い部隊については、もう絶望と見るほか無い」
私の言葉に、カリンが冷酷な現実を付け加えた。
弟が咳払いすると、司令官に後は任せて眠るように言う。司令官はじっと弟を見ていたが、その場でデスクに突っ伏した。
限界が、来たと言うことだ。
「すぐに全員を交代で休ませろ。 ビークルは補修を急げ」
「巨大生物が来ると言う事ですか」
「来る。 それもアンノウンがだ。 他の基地を壊滅させた奴だとみて間違いない」
青ざめた秘書官が、すぐに司令官を引っ張っていった。
カリンを交えて、三人で協議する。
だが、そんな時間を、敵は与えてくれなかった。
司令部を出ると、すぐにジョンソンがきた。
「ストームリーダー。 極めてまずい。 南から、もの凄い数の敵が接近しつつある」
「ついに来たか。 ありったけのセントリーガンを出せ。 総力戦だ」
「それが、そんな暇さえ無さそうだ。 見ろ」
南を指さすジョンソン。
満月が空に浮かぶ中、それはもう見えていた。
周囲の兵士達も、ざわめきはじめている。他の基地から逃げてきたらしい兵士が、発狂したように叫んだ。
「彼奴らだ! 重慶基地を潰した奴らだ!」
どうやら、最悪の予想が、適中してしまったらしい。
「すぐに本部にこの映像を送れ! 我々は迎撃を試みる! 負傷者は地下へ移動させろ!」
弟が指示。
動ける人間は、すぐに来るようにとも。
私は基地のゲートにまで出ると、迫りつつあるそいつらを見上げる。
そう。
そいつらは、空を飛んでいた。
巨大生物は飛べない。女王のような例外もあるけれど、それはあくまで例外の中の例外。
だが、既にそれは過去の事となっていた。
空が黒くなるほどの数で飛び、此方に迫ってきているそいつらは。
「蜂だ……!」
誰かが叫ぶ。
そう。
オオスズメバチに酷似した、蜂の巨大生物だった。
「ついに飛行型巨大生物が誕生してしまったか……!」
通信の向こうで、小原が呻く。
そして、敵は容赦のない攻撃を、北京基地へ加えはじめていた。
空から飛んでくるのは、針だ。正確には、おそらく針状の形態を取った毒液。ヘリ以上の速度で飛び交いながら、飛行型巨大生物は、正確に無数の毒液を叩き込んでくる。破壊力は凶蟲の糸と同等以上。
その上昆虫の羽の可変性で、ホバリングまで可能にする。
これなら、元々人員も少ない他の基地や、救援に出ていた部隊が壊滅するわけだ。
激烈な戦闘が開始される。
そして、見る間に、死者がうなぎ登りに増えていった。
(続)
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