虎尾の上

 

序、悪夢の洞窟

 

既に辺りが相当暑くなってきている。地面に触ると、地熱の存在がはっきりと分かるほどだ。

旺盛に活動している巨大生物は。

可能な限り、EDF隊員を道連れにしていく気満々だ。私は全身が痛むのをはっきりと自覚しながらも、装備の残弾を確認していく。

盾は途中からきた増援が持っていた物資を分けて貰って、どうにかある。

ガトリングやハンマー、スピアは問題ない。

問題はアーマーだ。

七回にわたる敵の防御網突破戦によって、既に限界が近い。直線的に敵の女王を目指して来たから、なおさら疲弊は大きい。

ただでさえ、ストームチームの戦力は半減しているのだ。

先ほど、粘っていたジョンソンが、味方に守られながら撤退した。

今、私が立っている広場を確保する戦いで、敵の猛攻を浴びたのである。既に一緒に潜っていたレンジャーチームとフェンサーチームも、合計で七名の戦死者を出している。スカウトも、三名が戦死していた。

コンクリの打設作業を急がせる。

弟は、呼吸を整えながら、武装を確認していた。

既にかなり巣に深く潜ってきている。途中確保してきた拠点は、続いてきた部隊が制圧しているが、断続的な攻撃に晒されており、なかなか援軍が送れずにいる。なおかつ、二万五千に達する巨大生物が、東京巣穴を脱出し、輸送船によって何処かへ去ったことが分かっていて。

その動き次第では、地獄がこの世に顕現する。

一刻の猶予もない。

シールドマシンがきた。

かなり酷く傷ついている。このシールドマシンは、まさか崩落に巻き込まれた機体か。あれで壊れてはいなかったけれど。

運んできたレンジャーチームの隊員には、見覚えがある。

殆ど全滅してしまった、シールドマシンの操作チームの一人だ。

敬礼をかわす。

「このシールドマシンを、どうして」

「これに乗っていたのは、俺の弟でした。 仇を取らせていただきたく。 それにこれから行う事についても、聞いています。 是非、このシールドマシンで、やらせてください」

「……分かった」

掘り進める地点を指定。

スカウトの戦士は、頷くと。

弟の血に塗れたコックピットに入り、操作をはじめた。

固い岩盤を、シールドマシンが掘り始める。此処までどうにか連結されたベルトコンベアで、土が運ばれて行く。

黒沢が小走りで来た。

「まだ開けている通路から、敵影です。 対応を」

「任せとけ」

涼川が向かう。

弟がフュージョンブラスターの状態を確認。

私との、オンリー回線を開いてきた。

「勝負は一瞬だ。 おそらく此処の地下にいる女王は二匹。 どちらも、居留守で残っているという事は、多分女王としては年老いている個体と見て良いだろう。 一瞬で片付け、残っている卵を全滅させる」

「ああ、分かっている」

既に味方の損害は、二百名に達している。

奥の方では、涼川が楽しそうに笑いながら戦っている。激しい火線が、敵に向け飛んでいるのが見えた。レンジャーチームとフェンサーチームも、それに倣っていた。

あちらは、涼川に任せて置いて、問題ない。

シールドマシンが、一気に沈み込む。

崩落が起きたのだ。

前回と同じ。敵が意図的に穴を掘り進めていて、落とし穴にはまったのである。

土砂が崩れていく。

レーダーから見て、敵が一気に殺到してくるのが分かった。

弟が頷く。

そして、スカウトの戦士が、敬礼した。

轟音が、辺りを揺るがす。

床から、炎が噴き出すが。それも、長時間は続かない。

言うまでも無い。

シールドマシンに爆薬を仕掛けておいたのである。前回と同じ手は、通用しない。敵にそう何度も、裏はかかせない。

レーダーの赤点が、一気に消えるのが分かった。

この爆薬は、空爆の時などに用いるものと同一。巨大生物には十二分に効果がある。それに、下は密閉空間だ。

弟が、最初に飛び込む。次に私。

ストームチームの全員が、続いて、地下空間へと、飛び込んだ。数名のレンジャーが続く。

言うまでも無いが。

上がる手段はない。

一気に敵を皆殺しにする他、生還する方法はない。

だが下に女王がいることは確実である以上。これは特攻では無く。必殺の、決定打となる策なのだ。

着地。

まだ、アーマーはもつ。

中空にいる三川が、サンダースナイパーを構える。

「ライト!」

弟が叫び、レンジャー達が、辺りを照らす。

そして、その威容が、露わになった。

女王蟻だ。

全長六十メートル。背中には巨大なはね。

全身についている傷は、今の爆破の影響だろう。一匹は至近。もう一匹は、奧で此方を威嚇している。

「手前のは俺が倒す! 他の皆は、残党の排除と、奧のを頼むぞ!」

「イエッサ!」

飛び別れる。

手前の女王蟻が、腹部を持ち上げた。酸を発射する体勢に入ったのだ。

女王蟻と戦う時は。

懐に潜り込め。

これは、事前にブリーフィングで通達してある。弟も、それに倣う。フュージョンブラスターが、火を噴く。

敵が酸を放つより、一瞬早い。

殺戮の熱線が完全解放。

凄まじい火力が、至近から女王を打ち据える。今の爆発にもその強靱な装甲は耐え抜いていたが。

しかし、この決戦兵器の火力には、流石の女王も悲鳴を上げる。

オメガチームの零式レーザーにも耐えていたという話はあったが。今回はそれに加えて、空爆のダメージがあるのだ。

奧の女王が、酸をばらまきはじめる。

まるで噴水だ。

矢島が盾を構えて、皆を守る中。

私は酸をものともせず、突撃。

ブースターを全開。スラスターさえも補助として使い、敵との間合いを一挙にゼロにする。

かなり大きい女王蟻だ。

至近で見ると、今まで交戦した奴よりも、更に大きい。

これは或いは。

相当な老齢個体ではあるまいか。

顔面にハンマーを叩き込む。

悲鳴を上げた女王がのけぞる。更に一撃。だが、女王も黙っていない。巨大な顎で、噛みつき掛かってくる。

一瞬の差で、上に逃れるが。

振り上げてきた顎が掠り、吹っ飛ばされる。

何しろ桁外れの巨体だ。

わずかに掠るだけで、此方には充分以上な、致命傷になり得るのだ。アーマーは、一瞬で全損。

フェンサースーツも、アラートをはき出している。ダメージレベルレッド。もうもたない。そう機械が叫んでいるようだ。

だが、引くわけには行かない。

まだ、フュージョンブラスターの間合いまで、他メンバーが辿り着いていないのだ。

ガトリングをぶっ放しながら、敵との間合いを詰める。相手が腹部を持ち上げる隙を作らせない。

巨弾に全身を打ち据えられ。

悲鳴を上げながらも、女王はなおも躍りかかってくる。

周囲には、卵が見える。

本能から、必死の抵抗をしているのだ。

だがそれは、此方だって同じ事。

あの卵が全部孵りでもしたら。それだけ、多くの人々が、危険にさらされる。それだけは、避けなければならない。

間一髪、顎を避ける。

至近から、ハンマーを叩き込み、女王がわずかに身じろぐ。

後、二秒。

女王が、意外な行動に出たのは、その時だった。

前足を一本、薙ぎ払うように振るったのである。こんな動きを女王がしたのは、初めてだった。

対応しきれない。

女王との交戦経験が、却って徒となった。

もはや限界のブースターもスラスターも、機能は半減。

吹っ飛ばされた。

地面に叩き付けられ、バウンド。フェンサースーツが機能停止。骨が何本か、砕けるのが分かる。

更に、女王が、此方に顔を近づけてくる。かみ砕くつもりだ。だが、意識が薄れゆく中、私は勝利を確信した。

ナナコと黒沢が、同時にフュージョンブラスターの火力を全解放。

女王が、至近からの膨大な熱を浴びて、絶叫するのが見えた。赤蟻をも砕くハンマーの一撃に耐えていた女王も、この火力の前には、ひとたまりもない。

瞬時に、巨体が火だるまになる。

消し炭になり、倒れ伏す巨大な女王蟻。

弟が、駆け寄ってくるのが見えた。

 

意識が戻ったとき。

既に最深部には、増援部隊が駆けつけて、掃除を完遂させていた。

辺りにある巨大生物の卵は、全て砕かれて。スカウトが、調査を始めている。驚くのは、小原が直接来ている、という事だ。

担架に乗せられていると、私は気付く。

そうだ。

フュージョンブラスターの間合いに女王が入るまで、時間を稼いだのだ。全身の痛みは、少し和らいでいる。鎮痛剤でも入れられたか。

「はじめ特務少佐」

小原が気付いて、此方に来る。

ばつが悪そうに、私の側に来て、視線を背けた。

「すまない。 調査が不十分だった故、迷惑を掛けた」

「勝ちは勝ちだ。 それに、相手が人間並みの思考能力を持ち、優れた戦略と戦術を駆使してくると分かっただけで充分だろう」

「ああ。 此処での調査は無駄にしない。 必ず人類の勝利に貢献できるように、努力をする」

小原によると、既に掃討戦が始まっているという。

敵の抵抗はそれなりに激しいが、既に巣穴は中枢が落ちている上、各所が分断されている。

今度は、各個撃破されるのは、巨大生物の方だ。

駆除作業は順調に進んでいて。場合によっては、ガソリンを流し込んで火攻めにしたり、或いは水攻めにもしているそうである。

先ほどまでの組織的抵抗が止んだのなら。

おそらく、敵の反撃も、かなり弱まっているだろう。

小原が去り、弟が代わりにきた。

かなり手酷く傷を受けているのは、私と同じだ。

だが、弟は、まだ余裕がある。

「姉貴、悪いが先に病院に行っていてくれ。 俺は此処にしばらく残って、掃討戦の指揮を執る」

「無茶をするなよ」

「姉貴ほどじゃない。 決戦兵器も無いのに、あの大きな女王とやり合ったんだろう?」

分かっている。

今回、ディスラプターは持ち込まなかった。あれさえあれば、女王であれど一瞬であっただろうに。

敵を掃討する装備を優先したのだ。

その点は矢島も同じだった。

「医者は、あまり良くない状態だって言っていた。 培養槽行きだ。 出来るだけ、培養槽の中でゆっくりしてくれ」

「そうする。 どうも先から、意識が定まらなくてな」

「……俺も、今回は流石に培養槽で治療が必要だろう」

真正面から、女王とやりあったのは弟も同じなのだ。

設置された簡易エレベーターで、上層に。

スカウトは彼方此方に展開して、巣穴の内部成分を採取。また、巨大生物の死骸も確認して、連絡を取り合っているようだった。

時々、交戦の音が聞こえる。

夢うつつの内に、地上へ。

どうしたのだろう。全身が酷く寒い。何となくだけれど、今までに無いほど、酷い状態だというのは、分かった。

昔の思い出は、ろくなものじゃない。

嫌なことに、それがどんどん流れてくる。

弟と二人、訓練施設に入れられて。あらゆる銃火器の使い方を覚えさせられた。この頃から、弟と私の差は歴然だった。

弟は単純に強い。

私は、何が強くて、何が駄目か、見極めるのが上手い。

戦闘力は、弟に及ばない。

だからEDFが設立されて、ストームチームが作られたとき。弟は中核精鋭のリーダーとして、最前線に立ち。

私は苛烈を極めていく戦線の中で。新しい武器を使っては、毎度死にかけた。

何か、耳元で医者達が叫んでいる。

強心剤とか、心臓マッサージとか言っている。

ああ。

私の心臓、酷使してきたものな。

今日の戦いだって、並の人間だったら粉みじんになるような攻撃を貰ったのだ。あれは女王の覚悟の一撃だったのだろう。普通だったら動かないところを、無理矢理体を動かしたのだ。

子供達を守ろうとしたのだろうか。

巨大生物は駆逐し、絶滅させなければならないが。

それでも、今なら分かる。

奴らにも、心はある。

無茶な回復で、無理矢理体を治して、何度も戦場に立ってきて。散々殺して、殺されかけて。

その最後は、何だか惨めだ。

存在意義は。戦う事だけ。私なんて、そんなもの。

私が死んだって、悲しむ奴なんて、多分誰もいない。弟はきっと、内心で気付いていたはずだ。

弟の事を、私が。時々、疎ましいと感じていたことを。

どうやったって勝てない相手が、すぐ側にいて。自分より上の階級で。弟なのに、私が欲しいものを全て独占していて。

涼川が弟にラブコールを送っているのを見て、ドス黒い感情がこみ上げてきたことが、一度だけある。

あんな風な感情を送ってくる相手が、私にいたことがあったか。

私をモルモット代わりに遊ぶ三島のような奴はいたけれど、愛情を向けてきた奴なんて、いるか。

香坂夫妻は。

あの二人は、きっと疎遠な孫の代わりに、私と弟を扱っていただけだ。

ごぼりと、口から血が漏れた。

培養槽に入れられているのだと分かったけれど。意識がどうにも定まらない。どうやら超回復力の種が切れたらしい。私はこのまま。

多分、死ぬ。

自業自得だろう。

世界で唯一の弟さえ、時々疎ましいと思っていたような、どうしようもないほどに心が狭い私だ。

多くの命を奪ってきた。

誰かを救うためと言いながら。巨大生物の命を、それ以上に潰してきた。遠くが見える。私は、一体死んだら何処へ行くのだろう。

間違いなく地獄。

どうしてだろう。

地獄と思って、薄ら笑いが、浮かんだ。

 

1、限界の果て

 

ストームリーダーははじめ特務少佐の状態を聞くと、普段の彼からは考えられない事に、押し黙った。

私、エミリーが伝令になったのは。

たまたま、近くにいたから。

そして私が、はじめ特務少佐の、弟子の一人だったからだろう。

更に、一度離脱した後、体勢を立て直して巨大生物の巣に戻ったついででもあった。

本来だったら、戦死者が家族であっても、離脱は許されない。しかしこれは本部からの命令だ。

悪い意味での特例とも言えるけれど。

嵐はじめ特務少佐の実力と戦歴、戦果を考えると、本部が青くなるのも、分かる。ストームリーダーが呼ばれるのも、はじめ特務少佐がスーパーソルジャーレベルの戦士だからだ。

「エミリー、後は任せても良いか」

「OK。 お姉さんの所に、すぐに行ってあげてネ」

「分かっている」

すぐに、ストームリーダーは洞窟を出る。

後は掃討戦だ。私とジョンソンがいるし、香坂夫妻だっている。もう算を乱して逃げ惑うだけの巨大生物なんて、敵じゃあない。

駆逐するだけだ。

香坂夫妻から通信が来る。側で谷山も護衛しているはずなので、問題は無い。

「G4地点に廻ってくれるか」

「分かりました。 すぐに」

「ストームリーダーが心配か」

「当然よ。 彼はストームチームに欠かせないリーダーだわ。 それにはじめ特務少佐だって」

既に、巨大生物の死骸で、巣は埋まろうとしている。

容赦ない攻撃で分断され、各個撃破されていく巨大生物は。地の利をもはや喪失していた。

或いは此処は。

巨大生物を完全に駆逐した後は、地下コロニーとして活用できるかも知れない。

それはそれだ。今は、戦闘に集中する。

敵の残党が見えた。見えた途端に、サンダースナイパーから雷撃を叩き込む。洞窟の中で乱反射する雷撃が、巨大生物を貫き、見る間に焼き払っていった。

ウィングダイバーは、むしろ地底で強い。

そうささやかれているそうだが。

確かにそれは、事実の一つであった。

「此方、三川」

「セン、どうしたの?」

「通信先に負傷者がいます。 迷ってしまったようで、救助に向かいたいのですが」

「側に誰かいる?」

三川は、矢島と黒沢と応えてきた。

十体くらいの巨大生物なら大丈夫だろう。だが、一応念のため、ナナコに通信をつなげて、向かわせる。

ナナコは凄まじいまでに殺気立っている。

日高少尉が傷ついたからだ。

あの子にとって、親も同然の人間の負傷が。普段は抑えている感情を、爆発させたのだろう。

だから戦闘力も、数倍増しになっていた。

しばらく、無心で戦闘を続ける。

ジョンソンから、通信がきた。英語だ。それもオンリー回線。

「どう思う、ハジメ特務少佐の件」

「どうも何も、痛ましいことだわ。 彼女は多分今の時点で、フェンサーの第一人者だろうし、多くのフェンサーにデータがフィードバックもされているのよ」

「いや、そうじゃない。 どうも生き急いでいるように見えていてな」

ジョンソンは野心家だ。

野心家の持つスリルに惚れる女もいるというけれど、私はそうじゃない。ジョンソンは何というか、肌が合いそうにないのである。

「或いは好機かも知れん。 階級が実質同じでも、俺は結局ハジメ特務少佐の下という認識で、ストームでは扱われてきた。 だがハジメ特務少佐が此処で戦線離脱すれば、ナンバーツーは俺だ」

「聞かなかったことにしておくわ」

「お前は良いのか? 涼川は出世したのに、据え置きで」

良い訳がない。

私だって、ペイルチームに所属していた精鋭ウィングダイバーだ。戦歴だって、その辺りの特殊部隊に負けていない。

だが、このストームチームには、あまりにも強い戦士が多すぎるのだ。

涼川は話してみるととても面白い女だけれど。戦士としては、相手が上だと認めざるを得ない。単純な戦闘力だと、嵐姉弟に、近いレベルにまで到達している。

香坂夫妻は、文字通り怪物級のスナイパー。

歴史にも残るほどの、とんでもない使い手だ。

エミリーは、彼らに比べて、勝てるのか。

ジョンソンとの通信を切る。

悪魔の囁きを受けているように思えていた。ジョンソンは、野心を持って何が悪いと考える人間だ。

勿論組織をいたずらに乱すようなことはしない。

今は戦時で、余計な事を考えていれば死ぬからだ。

だが、それでも。自分の地位や待遇を求める。そういう人間はいるのだ。

また少数の敵がいたので、殲滅する。

ほぼ丸一日殲滅戦が続き、一万を超える巨大生物を駆除したと報告があった。最終的には味方の損害は、二百八十名ほどになりそうだとも。

ブルートフォース作戦に続く、完勝だ。

後はスカウトに任せて、残党を徹底的に倒し、その後は巣を封印するなり地底基地に改装するなり、好きにすれば良い。

敵はもはや分断され、数の利を生かせず、各個に潰されていくだけ。

上手く行っているのは良いことだけれど。

はじめ特務少佐のこともあるし、喜べない。

それに何より、巣から逃げていった二万を超える巨大生物は、何処へ行ったのか。中国の方へ輸送船は向かったとかいうけれど。

其方は前大戦で、人口の大半が失われた空白地帯だ。EDFの守備隊もいるが、いきなり敵が二万五千も増えたら、対処できないだろう。

香坂夫妻が、地底から引き上げると言う。

後はジョンソンに任せるそうだ。

ジョンソンは張り切って、完全な駆除を行ってみせると言っていた。彼の能力なら、無理ではないだろう。

洞窟を出る。

まっすぐ病院に向かったのは。

はじめ特務少佐が心配だったこともあるけれど。ジョンソンに言われたことが、ずっと引っかかっていたからだ。

つまりは、後ろめたかったのである。

そして、EDFの東京基地にある軍病院について。

面会謝絶と聞いて、流石に愕然とする。状態が著しく悪いと聞いてはいたけれど、まさか此処までとは。

現在の医療技術では、死んでさえいなければかなりの確率で治す事が出来る。ましてや、化け物並みの回復力を持つ嵐姉弟だ。

何処かで、死ぬはずが無いと、思っていた。

現在の医療で、面会謝絶というのは、昔で言う重体。死ぬ危険が大きい、という意味である。

呆然と立ち尽くしていると、土気色をした顔のストームリーダーが来る。

表情からして、何があったのかは明らかだ。

「はじめ特務少佐は」

「危険な状態だ。 これから、ある人物に会ってくる」

「一緒にいなくていいの?」

「姉貴を助けるための行動だ。 ……少し、一人にしてくれ」

ストームリーダーが、あんな表情をしているのは、はじめて見た。

世界で二人きりの姉弟。

二人が特殊な強化人間だという噂はあった。私がペーペーのヒラ兵士だったころには、聞いたことがあった。

あまりにも人間離れした実力を、はじめ特務少佐が見せるからである。更に、はじめ特務少佐が、自分より強い弟がいると聞いて、仲間内で顔を見合わせたのだ。

当時は強化クローンはもう珍しくなく、第三世代クローン兵士はかなりの数がEDFにいた。

だが、はじめ特務少佐の力量は、明らかにその常識を大きく逸脱していた。

だから、噂したのだ。

第一世代の強化クローンの、更に元になった最強のクローン兵士ではないかと。或いは、伝説のストーム1リーダーではないかという噂さえあった。

エミリーは、疑っている。

現在のストームリーダーが、かのストーム1リーダーでは無いかと。しかしそうなると、はじめ特務少佐は。

頭を振って、悪い思考を追い払う。

ストームチームには、待機命令が出ている。いずれにしても、即座に出かけなければならない戦場は、今の時点では存在しない。極東は制空権も抑えているし、不安要素の四つ足要塞も、今は押さえ込まれて動けない状態だ。

不安要素の中国に逃げた巨大生物も、今の時点では問題ない。

寮に戻ると、エミリーはウィスキーの瓶を開けた。

そして、悪い思考を追い払うように。

普段とはかけ離れた量の酒を、胃に流し込んだのだった。

 

忸怩たる思いを抱えたまま、ストームリーダー嵐一郎は、呼び出しに応じた。

場所は、地下。

EDFの、極秘地下施設の培養槽。

いわゆる地下の彼奴の前に、何名かの、極東EDF幹部が集まっていた。日高中将も、当然いる。

テレビ電話で、カーキソン元帥さえ参加している状態だ。

「ストームリーダーの姉が、危篤状態にある。 彼女は前大戦でも、ストーム1の常勝に貢献したスーパーソルジャーだ」

「確かに彼女が得がたい戦士だと言う事は知っている。 しかし、それが私をも呼び出す理由かね」

EDF最高司令官であるカーキソンはそんな冷酷なことを言うが。

しらけた視線を無数に浴びて黙り込む。彼は当然知る事だ。ストームチーム無ければ、とっくに人類は滅んでいたと。

ただし、誰もが、姉のことを心配しているのでは無い。

姉がいなくなった後の戦力低下。つまりストームチームの致命的な戦力低下による、人類の敗北への接近を怖れているのだ。

どういうわけか分からないが、姉は自己評価が低かった。

姉が背中を守ってくれているから。

ストームリーダー、嵐一郎は。最強の戦士として、フォーリナーに立ち向かい、勝利していくことが出来たのだ。

姉が試用品の武器に対して出すコメントはいちいち的確で。

マニュアルを見なくても、すぐに武器を使いこなすことが出来るほどだった。欠陥武器と最初されていたスタンピートやライサンダーが、実用品にまで引き上げられたのは、姉による実験が大きな意味を持っている。

今後もそれは、同じ筈だ。

フェンサーは、おそらく人類にとって、大きな力になる。

今はまだ鈍重で、その力の半分も使いこなせていないが。

毎回の戦闘で姉がフルに使いこなしていることで、データも蓄積されている。三島ももう少しデータがあれば、根本的なバージョンアップが可能だと言っていた。フェンサーが本格的に稼働できれば。

ウィングダイバーが実用化された時以上のブレークスルーが起きる。

フォーリナーだって、撃退に弾みがつくというものだ。

「それで、どうして此処に我々を」

「もう一つ良くない事がある。 僕もそろそろ寿命が尽きようとしている。 この星にきた時点で、そもそも君達で言う、老衰寸前の体を、ウルトラテクノロジーで無理矢理生かしていた状態だったからね。 其処で、僕は。 彼女に、自分の命を譲渡しようと考えている」

何を言っている。

此奴が、地球文明とはかけ離れた技術を持つ存在だとは知っているが。

いや、しかし。

此奴なら、可能なのかもしれない。

「そうすると、どうなるのかね」

「彼女は生きながらえる。 不死にはならないが、今までの激務で摩耗しきった体は、完全に再生し、多少強くもなるだろう」

「貴方は話によると、万年単位で生きていると聞いているが」

「空虚な人生だったよ。 だが、僕はこの星に来て、後悔はしていない。 そうそう、彼女は生き延びると同時に、僕の記憶を受け継ぐことになる」

なるほど、それが狙いか。

さっと青ざめる周囲。

此奴の力は、一個人が独占するにはあまりにも強大すぎるものだ。そもそも何故極東にいるのか。

それは前大戦末期に、EDFの総司令部が主力決戦に敗れ、マザーシップのジェノサイド砲によって消し飛ばされたからである。必死に脱出した一部の部隊が、制空権もない中太平洋を渡り、極東に逃れてきた。

その時、此奴も連れていた、というだけ。

それ以降、極東地下に、此奴はずっといた。

姉は生き延びることが出来るかも知れないが。

しかし、今後は下手をすると、EDFからさえ命を狙われることになるだろう。更に膨大な情報をいきなり頭に詰め込んで、人格に変化が生じる可能性も、決して小さくは無い。だが、それでもだ。

姉の体はもう限界だ。

分かる。

多分、延命だけなら、する事は可能だろう。しかし元々の体が、もはや取り返しがつかないほどに、疲弊してしまっているのである。

そんな状態で、生き続けることを、姉は望むだろうか。

いずれにしても、生き地獄以外の何物でも無い。

それならば、少しでも可能性がある方にかけたい。

何より、現実的な理由も一つある。

姉は、前々から、このどうしようもない戦争の原因を知りたがっていた。ちなみにストームリーダーである一郎さえ、真相は知らない。カーキソンは知っているという噂があるが、それも本当かどうか。

しばらく呻いていた周囲。

一気に天秤が、自分たちの安泰から、不安へと傾いたのだろう。

姉は相変わらず危篤状態で、もう長くないというのに、である。これが、地球人類という奴だ。

ストームリーダーが裏切ったら、人類は負ける。

そういう噂が、この世界にはある。

その噂が、姉の立場を悪くした。

実のところ、一郎は今までの軟禁を、さほど苦にはしていなかった。戦いさえ出来れば良いところがあったからだ。

寡黙で重厚というのは、周囲の勝手な評価。

一郎にとっては、戦闘こそが生き甲斐。性欲がないことも、そのいびつな生き甲斐に、拍車を掛けている理由の一つだろう。だから軟禁されていても、五感をリンクできる戦闘シミュレータに入って、多数の巨大生物とさえ戦っていれば、それで満足していた。

姉はそれをどう思っていたのか分からない。

いずれにしても、軟禁されている一郎を見て、不快に感じていたらしいことは、確かだった。

姉は、自分を。

人間として見て、大事に思ってくれていた。唯一の人間。

姉が色々複雑な思いを抱えていただろう事は分かる。姉の戦闘力は図抜けていたとはいえ、最後の最後まで一郎に及ばなかった。地位も、常に一郎より一歩後を行っていた。それで平然としていられるほど、姉は完璧超人ではない。

人間は悩むし、苦しみもする。

だからこそ、姉は。

より人間らしいのだと、一郎は思っていた。

故に助けたい。

「私は賛成します」

だから、一郎は挙手し、そう言った。

カーキソンが青ざめて、露骨に狼狽する。

「まて、そうなると。 最高の知性が、最強の肉体に同居することになる。 人間が勝てる相手では無くなる」

「心配しなくても、僕が入ったところで、別に彼女が最高の知性を得るわけではないし、最強の肉体にもならないよ。 其処の一郎の方が、僕が追加されて、フェンサースーツを着込んだ分をあわせても、まだ上だろうね」

「し、しかし」

「僕はね。 僕が持ち込んだ技術のせいで、死んでいった一郎とはじめの兄弟姉妹達の事にも、忸怩たる思いを抱えているんだ。 此処で、最後の我が儘くらいは、聞き届けてくれると嬉しいな」

「私も賛成だ」

日高司令が、頷いた。

娘が病院送りになって、一郎を恨んでいてもおかしくはない立場なのに。それでも、はっきり賛成と表明してくれた。

三名いる大将も、それで賛成に傾く。

カーキソンはしばし悩んでいたが。やがて。肺の息を絞り出すようにして、賛成と言ったのだった。

すぐに姉が運ばれてくる。

培養槽ごと。

培養槽から出してしまうと、もう永くは生きられない状態なのだ。培養槽に入れていても、生命維持が限界。

考えて見れば。

地下の此奴も、培養槽から出たところは見たことが無かった。

状態としては、似たようなものだったのかも知れない。

裸のままの姉は、呼吸器を付けられ、カテーテルを入れられて、気の毒でならなかった。

老化が酷い一郎が基準になっているから忘れられがちだけれど。年齢は妙齢なのだ。妙齢の女性が、こんな古狸どもに裸を見られて、嬉しいはずも無い。

培養槽が二つ、並んだ。

改めて、姉の隣の培養槽を見る。

地下の此奴。

正体を知らないこの存在は、見かけ人間にある程度は近い。しかしその姿は何処か昆虫に似ていなくもない。

手足は二本ずつだけれども。

何処かで、人と違う雰囲気が感じられるのだ。腰の辺りに巻き付けている布も、或いはひょっとして、体組織の一部だったのかも知れない。顔もマスクのようなものを付けているけれど。

それも、体組織の一部だったとしたら。

培養槽が泡立ちはじめる。

おおと、声が上がるのが分かった。地下の彼奴の体が溶けていく。そして、培養液と、完全に混じり合った。

てきぱきと作業が進められていく。

進めていくのは、地下の彼奴が身辺を世話させるために使っていたロボットだ。培養槽同士をつなぐと。

赤く染まった培養液が、姉の方に流れ込んでいく。

一気に培養液の透明度が下がり。

姉が身じろぎしたのが分かった。

ほどなく、培養槽の透明度が上がっていく。姉の体に、奴が溶けていくのだと、なんと無しに理解できていた。

どれほど、時間が経っただろう。

姉が目を開ける。

それで、理解する。

姉はもう、もとの存在ではないと。

姉ではあるのだけれど。

何処かが違ってしまっていると。

 

病院に移動して。

培養槽から出された姉は、しばし無言だった。ベッドの横についている一郎にも、話しかけてこない。

何処かをじっと見つめているようなその瞳には。

明らかに、今までの姉には無い、不可思議な光があった。

「そうか。 そういう、事だったのか」

不意に、姉が呟く。

そして、一郎の方を見た。白衣で身を包んでいる姉は。以前は培養槽から出ると、シャワーを浴びたがったものだが。

今は。そういった、人間らしい動作を、何処かに置き忘れてしまったかのようだった。

「一郎、お前には話しておく」

名前を呼ばれて、驚いた。

もう、姉では無いことは覚悟していたのに。苦笑いする姉。嵐はじめは、まだ存在しているらしい。

「案ずるな。 それよりも、盗聴に対する防御は完璧にしてくれるか」

「ああ、任せておけ。 それより、何だ」

「フォーリナーとは何者かだ。 そして奴らが何故、地球に侵略してくるかも。 彼奴と融合して、その知識と生命力を貰って、よく理解できた」

なるほど、それをずっと考えていたのか。

ようやく半身を起こす姉。

何だろう。

一郎は、知っていた。自分より強い人間は、地球にはいない事を。だからストームチームに所属するメンバーには、必ず目付役がいた。今回はジョンソンがそれにあたる。目付役の仕事は。

一郎が余計な事をするようなら、後ろから撃つこと。

だが、姉の雰囲気が、それをさせないような空間を、周囲に作っている。これは、何となく理解できる。

自分に近い実力者が、今ベッドの上にいるのだと。

失礼な話だが、姉でさえ、一郎にとっては、今までは守る対象だと内心で考えていたのだ。

それも今。

過去の話になった。

姉が話し出す。

今までの疑念が、一つずつ埋まっていくのが分かった。彼奴の正体についても。そして、何故地球に来たのかも。

どうしてフォーリナーが、わざわざこんな方法で、侵略をしてくるのかも。

そして、巨大生物が、何者なのかも。

「今の話は、他の奴にするべきではない。 もしもする場合は、私に相談しろ。 私の口から話す」

「ああ……」

なんということだ。

悪の侵略者から地球を守る正義の戦士。

そう思って戦っているEDFの隊員は多いと聞いている。彼らがこの真実を知ってしまったら。戦えるのだろうか。

分かってはいた。内心では、理解はしていたのだ。

しかし、悪と正義の戦いなどでは無い事は、これではっきりしてしまった。頭を振る。此処から行わなければならないのは、今までの地球で散々行われてきたこと。つまり、主観的な正義同士の殺し合いだ。

「姉貴、体は大丈夫か」

「そうだな、今日一日は休みたいが、明日からは出られる」

「早速だが、任務が入っている。 新人達も心配している。 出来れば、顔を出して欲しい」

「任せておけ」

頷くと、一郎は病室を出る。

完全防音を解除。

大きく嘆息すると。

一郎は、部下達と、ブリーフィングをするため、病院を後にした。

 

2、雷鳴剥落

 

極東がにわかに緊張を帯びた。

中国にて居座っていたマザーシップの一隻が、不意に極東へ進路を変えたからである。しかも飛行速度を徐々に上げ、翌朝の七時には、九州に上陸する事が確実となっていた。再度の九州上陸である。

前回と違う事は、東京にあった巨大生物の最大規模巣穴が無くなったという事。

中東、ロシアでの駆逐作戦も成功。大きな被害は出したが、巨大生物の巣穴は、これで東南アジア、中国をあわせての三カ所、オーストラリアを残すのみとなっている。更に言うと、ブルートフォース作戦で敵主力部隊を壊滅させたこともあって、各支部のEDFは俄然戦意を滾らせていた。

今回は敵の進行速度が速いため、大規模部隊では迎撃が出来ない。

九州支部の精鋭と、ストームチームのみでの迎撃作戦となる。

今回九州に来るのは、以前から極東がターゲットとしているナンバー4機ではないが。しかし、叩き落とすことに成功すれば、確実に味方は更に勢いづくだろう。

多くの敵をブルートフォース作戦で屠り、残りの敵巣穴は四つという段階まで追い詰めても。マザーシップ一隻で前大戦ではどれだけの被害が出たかという教訓もある。カーキソンも、今回の作戦で、成果を示して欲しいと言うのだった。

ヒドラから降りて、戦地を一瞥する。

今回は福岡の市街地で、マザーシップを迎撃する。既に巨大生物や飛行ドローンとの戦いで半壊状態であり、復旧の目処も立っていないが。

逆に言えば、それだけ何も気にせず戦えるという事も意味しているのだ。

ビークル類が勢揃いする。

池口のネグリング。香坂夫妻のイプシロン。この二機は、今回も戦闘の主力になる。

筅が乗っているベガルタ。そして、今回は頭に包帯を巻いたまま出てきている日高少尉は、後方で待機。

参加しているレンジャーチーム6つの支援が目的となる。乗っているのは、勿論キャリバンだ。

中心にあるのはグレイプ。

安定した性能と機動力で、いざというときに味方を支援しやすい。

少し後方に控えているのが、谷山のバゼラートだ。今回はバゼラートで出て貰ったが、これは飛行ドローンとの交戦が予定されるからである。

布陣が整ったのが、午前五時。

スカウトは、既に敵が九州上陸を果たしたことを、報告してきていた。

オンリー通信を、弟が入れてくる。

わずかに躊躇ったのは。

私が、以前と違っているから、だろうか。

違っているつもりはないけれど。人格に影響が出ていないといえば、嘘になるだろう。あれだけ膨大な知識と記憶が、脳に流れ込んだのだ。今でも時々、頭がちりちりと痛む。体の調子は、その一方ですこぶる良い。

スコップ一つで、巨大生物とやり合えそうな気さえする。

勿論気のせいだから、フェンサースーツで全力でブッ殺すが。

「姉貴、どう見る」

「牽制だろう」

「中国に去った、巨大生物を守るためのか」

「それ以外には考えられない。 ブルートフォース作戦で受けた痛手を、フォーリナーは回復できていない。 今此処で、マザーシップという切り札を切ってきたという事は、我々をそれだけ中国に近づけたくない、ということだ」

わかりきっていても。

兵力の問題で、中国のEDF支部を支援できないのは、どうしようもない。そもそも前回の大戦で、中国はあまりにも被害が大きかった。現在世界最大の無人地帯を複数抱えているのも、それが故だ。

中国の支部は規模も小さく、巣穴に対処する戦力も無い。

そればかりか、二万五千に達する、東京巣穴からきた巨大生物をどうにも出来ず、指をくわえて見ているだけだった。

スカウトが動きを観測はしているが、それもおっかなびっくり、だ。

戦力の不足が酷いので、こればかりは仕方が無い。

逃げ出さないだけ、よく頑張っていると、私は思う。

よくしたもので、北米にも現在、マザーシップが一機。ノルマンディー海岸の側にも、マザーシップが来ている。

いずれもEDFの精鋭を引きつけるための行動だ。

分かり易すぎるほどだが。

手の打ちようが無い所が、憎らしくもある。

「間もなく、マザーシップ、視界に入ります!」

「む……」

思わず、声が漏れる。

マザーシップは、いきなりジェノサイド砲を下に伸ばしている。あれは、此方の攻撃を、受けて立つと言う事か。

「全レンジャーチーム後退。 長距離射撃をしながら、まずジェノサイド砲を沈黙させる」

「イエッサ!」

前線に展開している、他のレンジャーチームが後退を開始。

マザーシップは進撃速度を露骨に落としたが。しかし、護衛らしい輸送船が、周囲に直衛戦力を配置しはじめる。

ヘクトルがざっと二十。

巨大生物、それも赤蟻が中心で、その二十倍という所か。

現状なら問題が無い戦力だが。

マザーシップは、想像を絶する数の飛行ドローンを艦載機として保有している。迂闊に突けば、飛行ドローンが大挙して姿を見せるのは、確実だ。

それに、もう一つの不安要素がある。

九州の司令長沼は、弟と犬猿の仲なのだ。ましてや准将待遇となっている今は、余計に不快感を募らせていることだろう。

援軍は期待出来ないと見て良い。

「敵、近づいてきます」

「秀爺、イプシロンでジェノサイド砲を集中攻撃。 他のチームは、指定した敵ヘクトルに、攻撃を開始」

「イエッサ!」

砲門が開かれる。

まず最初にジェノサイド砲に、秀爺のイプシロンからの射撃が突き刺さる。それが切っ掛けとなり、全部隊が同時に動き出した。

ベガルタが前進。

突進してくる赤蟻の群れに、火炎放射器の洗礼を浴びせる。動きが止まったところに、池口のネグリングより発射されたミサイルの雨が降り注ぐ。流石にこれには抗し得ず、赤蟻が吹っ飛ぶ。

他の部隊も、火力を集中して、敵の侵攻を防いでいた。敵の勢いが強いところは、谷山のバゼラートが、中空から支援。

ヘクトルが、前進を開始。

私が無言で、ガリア砲を叩き込み、先頭の一体が大きく体を反らす。そして体勢を立て直そうとした瞬間である。

ナナコが放ったカスケードからのミサイルの雨が、ヘクトルの全身に突き刺さっていた。

表情が、今までのナナコのものとは違う。

凄まじいまでの敵意と敵への殺意にみちみちていた。

「一匹駆除。 次行きます」

「張り切りすぎるなよ」

涼川がスタンピートを構えると、かなり上空に向けて、発射。

此方に来る赤蟻の群れの中に、全弾直撃。爆裂する赤蟻に、味方の火力が集中する。黒蟻に比べて足が遅い分、動きさえ止めてしまえば、赤蟻は射撃の的だ。

二機目のヘクトルが、来る。

手のガトリングが回転しているが、其処へ弟のライサンダーからの射撃が直撃。更に、味方レンジャー部隊の戦車からの砲撃がまともに入り、吹っ飛ぶ。

少しずつ、敵を押し返しはじめる。

だが、マザーシップが動いていない以上、こんな優位は、すぐにでも消し飛ぶ。

そしてその時は。

すぐにきた。

ジェノサイド砲を、マザーシップが起動したのである。

水爆並みの破壊力を持つ、超威力エネルギービームが、視界を漂白する。

福岡の街が、消滅していた。

瓦礫も、崩れかけた民家も。何もかもが、綺麗に消し飛んでいた。

唖然とした味方を、弟が叱咤。

「焦るな! まだ射程距離まで大分ある! 少しずつ下がりながら、敵を削れ!」

「敵、艦載機射出! 五十、六十、更に増えます!」

戦術士官が叫ぶ。

弟は、即座に黒沢とナナコに、エメロードに切り替えるよう指示。他のレンジャー部隊にも、対空攻撃をするように指示を飛ばした。

徐々に、下がりはじめる味方。

その分、敵が前進する。

黙々とガリア砲を放って、ヘクトルを一機ずつ血祭りにしていた私だが。

其処で、またしても戦況が代わる。

輸送船が、シールドベアラーを投下したのである。

 

マザーシップは一旦侵攻停止。

輸送船は悠々と、低空を滞空したまま、此方の出方を見ている。赤蟻とヘクトルは確実に侵攻を続けており、このままだと防衛線が押される一方だ。当然、展開しているレンジャーチームも、後退している。その分、敵が前進を続けていた。

どのみち福岡は焼け野原だが。

それでも、これ以上敵を好き勝手にさせるのはまずい。戦域を拡大すると、シェルターに対して守りをつけなければならなくなる。

現時点で、敵を守っているシールドベアラーは四機。涼川が、面倒くさそうに、私の方を見た。

「なあ、はじめ特務少佐。 あんたの雰囲気が違うのって、あたしの気のせいか?」

「そんな事は無い。 死の淵から帰ってきたからな」

「あんたにとって、三途の川なんぞ見慣れてると思ってたが」

香坂夫妻も、とっくの昔に、私が変わった事には気付いている。

皆、それなりに勘が鋭くて困る。

もっとも、私としては、それくらいのくせ者に囲まれている自覚はあったし、どうでもいい。

「私がシールドベアラーを潰してくる。 支援を頼めるか?」

「あたしが支援する」

涼川が出る。

涼川と私のコンビなら、まああの程度の敵に、遅れを取ることは無いだろう。弟が許可を出したので、突撃開始。

即座に、敵が反応。

同時に、数機のヘクトルが、此方に攻撃を開始。

長距離砲持ちがいる。

走りながら捌くのは大変だが。残念ながら、今回は味方の戦力が充分だ。

ヘクトルの横っ面を張り倒すようにして、バゼラートからのミサイルが直撃。傾いだところに、グレイプRZの速射砲が襲う。更に、新人達も攻撃を集中。見る間に長距離砲ヘクトルは、花火と化した。

突撃。

ガトリング持ちのヘクトルが反応するが、胸に大穴。

秀爺が、支援砲撃をしてくれたのだ。

だがこれはちょっと余計だったかも知れない。

艦載機の様子を見ながら、マザーシップのジェノサイド砲を叩いてくれていた秀爺だ。イプシロンを此方の支援に廻すと、当然ジェノサイド砲が落ちるまでの時間が余計に掛かる。

あれがそのままでいると。

事故が起きる可能性が、更に上がるのだ。

ジープに乗った涼川が、スタンピートをぶっ放し、グレネードの雨を敵の頭上へと降らせる。

爆発が連鎖する中を、突っ切る。

一機目のシールドベアラー。

私は至近距離からガリア砲を叩き込むと、地面にブースターを吹かしながら着地。旋回しつつブースターをふかして、すぐに次へと向かう。

体が軽い。

というよりも、今までよりも遙かに、柔軟かつ強靱に動く。

私は、知っている。

弟がフェンサースーツを着こなしたら、私より遙かに強力なフェンサーになると、噂が為されていたことを。

そういう下劣な噂を流している連中について、私は何も言わないが、色々知っている。

嵐一郎の姉は、コネだけでストームチームのナンバーツーをしている穀潰しだという噂があることは前々から知っていたし。

具体的に誰が噂の発生源かも、抑えている。

奴らのような連中は、地球の至る所にいる。

勿論EDFにも。

体に負担が掛かっていない。スムーズに、無茶な機動が出来る。そうか、弟がフェンサースーツを着ていたら、こんな風に動けるのか。

もしそうだとすれば。

私は、何だかおかしかった。

勿論、私には、弟以上の、新規に与えられた道具類を使いこなしてみせる才能がある。それに関しては、誰にも負けない。

だが、動いてみて、よく分かった。

弟に近い身体能力を持つという事が、どういう意味を秘めているか。

なるほど、これでは噂が流れるはずだ。

ストームリーダーが裏切ったら、人類は負けると。今、体を動かしてみて、ようやくその意味がよく分かった。

涼川が、ジープから支援砲撃。

更にネグリングのミサイルが降ってくる。

二機目のシールドベアラーの懐に飛び込む。

無数の赤蟻が飛びついてくるが、その寸前にハンマーを地面に叩き付け、吹き飛ばす。衝撃波は容赦なくシールドベアラーも襲い。その足の一本を、へし砕いていた。拉げ、傾ぐシールドベアラー。

横を通り抜けながら。

ガリア砲を叩き込み、その反動さえ生かして加速。

その時には、既に。

弟が、ライサンダーによる射撃を加えて。射線が空いた輸送機を一隻、落としていた。爆裂する輸送機の影に隠れるようにして、マザーシップのジェノサイド砲が、巨大な影を地面に落としているが。

煙幕をものともしない秀爺の一射が。

ついに、ジェノサイド砲を落とす。

爆裂する巨砲。

だが、これでいつマザーシップが戦闘形態を取っても、おかしくなくなった。

以前別の機体と二度交戦して分かったが、マザーシップは戦闘形態を取ることを、躊躇わなくなっている。

レンジャーチームはシールドベアラーがなくなった敵に集中攻撃を浴びせつつ、後退。これは弟の指示によるものだろう。

私と涼川は、三機目の撃破に急ぐ。

途中、珍しく。

涼川が、オンリー回線をつないできた。

「なあ、特務少佐。 何があったか、話してくれないのか」

「今はまだ無理だ。 弟が話しても良いと判断したときには、直接話す事にする」

「あたしはこの間中佐に昇進した。 立派な軍幹部だと思うんだがな」

「すまんな。 それでも駄目だ」

しばらく、無言が続く。

三機目の前には、二機のヘクトルが並び、多数の赤蟻。これ以上は進ませないと、強力なスクラムを組んでいる。

だが此処で、レンジャーチーム二つが、攻勢に出た。

二つとも後退を続けていた部隊だが、果敢にロケットランチャーを乱射しながら、突撃してくる。

赤蟻が一瞬だけ躊躇するその真ん中を。

私はハンマーを振りかざして躍りかかり、地面に叩き付け。

衝撃波の中を、無理矢理涼川が突破。スタンピートを、シールドベアラーに向け。走り抜けながら、グレネードを叩き込んでいた。

爆発に背中を押されるようにして、傷だらけのジープが飛び出す。

私は噛みついてきた赤蟻の頭を蹴飛ばしながらブースターで加速。旋回しつつ、至近からヘクトルの一機をガリア砲で撃ち抜き。着地しながら、牽制の一射。更にもう一機のヘクトルの、左腕に直撃。

動きを一瞬止めた二機に、弟のライサンダーからの射撃と、秀爺からの一撃が、それぞれ突き刺さる。

爆裂するヘクトル。

陣形を整える敵。

「旦那、最後のべアラーはどうする!? あれはちょっとばかり、マザーシップに近すぎるぜ?」

「戦果は充分だ。 一旦二人とも下がれ」

「イエッサ。 特務少佐、支援よろしく」

「任せておけ」

ジープは傷だらけ。しかも涼川はかなり分厚く敵に囲まれている。勿論自力で脱出できるだろうが、支援があった方が危険は下がる。

戦闘狂の涼川も。

それくらいの計算はしながら戦っているのだ。

そうでなければ、とっくに戦死していただろう。

レンジャーチームにも、止まっているマザーシップから距離を取らせる。戦闘形態を取られたら、この程度の戦力では、瞬く間に大損害が出るからだ。赤蟻の群れの先頭に、ガリア砲を叩き込んで牽制。

脱出する涼川を支援しながら、私も下がった。

敵は追撃してこない。

マザーシップも、損害分の飛行ドローンを補填すると、そのまま停止。大気吸収口も開く様子が無い。

持久戦の構えだ。

 

二時間ほどにらみ合う。

マザーシップも、麾下の戦力も動く様子が無い。長沼から連絡が来たのは、その時だった。

弟が非常に嫌そうに一瞬だけ眉をひそめたが。

しかし相手は少将だ。

連絡を受けないわけにはいかない。

「此方長沼。 マザーシップの撃退はどうなっている」

「現在膠着状態。 ジェノサイド砲は落としたが、敵が動きを見せない。 麾下の戦力も、動きを止めている」

「このままだと、其処に橋頭堡を確保されるのではないのかね」

「その可能性は低い。 敵はブルートフォース作戦での痛手から立ち直っていない。 この状況で戦線を広げるとは考えにくい」

もし、そんな程度の行動に出る相手なら。

とっくに撃沈できているだろう。

弟の表情が、そう語っていた。

「前回のマザーシップ九州侵攻でもそうだったが。 ストームチームの実力も落ちたのではないのかな」

さらりと、長沼が挑発的な事をいうが。

しかし、周辺にはレンジャーチーム6つのみ。同規模の戦力でも、四つ足の攻略さえ厳しいのに。

マザーシップを確実に撃墜なんて、出来るはずがない。

「ご冗談を。 敵がいつ動くかわからないので、通信を切ります」

「まちたまえ」

「まだ何か」

「この失態のことは、総司令部に報告しておく」

通信が切られた。

涼川が噛み煙草を地面に吐き捨てる。

「長沼の爺、言いたい放題だな。 いいのか、旦那。 勝手にさせておいて」

「感情で動いて、味方の命を危機にさらしては本末転倒だ。 確かに長沼少将については、私も思うところがあるがな」

「なんなら、麾下の戦力だけでも潰しとくか?」

「駄目だ。 見ろ」

私が会話に割って入り、顎でしゃくってみせる。

敵は、明らかにマザーシップを中心として布陣している。中央部にはシールドベアラー。あの陣形は、誘っている。

戦闘形態を取ったマザーシップの、射程範囲内に、だ。

何度かの戦闘で、今回地球に飛来したマザーシップのデータは取れている。これ以上近づくのは危険だ。

敵はただ動かない、それだけで。

ストームチームを引きつける事に成功している。そればかりか、各地の戦力も、マザーシップの動きを警戒して、動くに動けない。

長沼がしびれを切らしたらしい。

テンペストが飛来するが、マザーシップのシールドに弾かれる。赤蟻たちがわずかに身じろぎするが、それだけ。

敵には損害一つ無い。

 

結局、十四時間ほど、全く動きがない膠着が続いた。

仕方が無いのでアウトレンジ攻撃を続けたが、何しろ相手は赤蟻が中心だ。効果的な駆逐には到らず、そればかりか距離を取って攻撃することと、マザーシップがすぐ近くに控えている事で、レンジャーチームの戦士達は音を上げはじめる始末だった。

しかも、である。

長距離狙撃戦で、シールドベアラーの隙を突きながら赤蟻を駆逐していたのに。

お代わりといわんばかりに、輸送船がぼとぼと赤蟻を落としはじめるのを見て、ついにレンジャー32の隊長が、悲鳴を上げた。

「もう無理です!」

敵にも、長距離狙撃が何時でも出来るヘクトルがいて、しかもマザーシップの真下に控えているシールドベアラーに守られているのだ。

隙を見せれば、すかさず撃ってくる状況。

その中で、スナイパーライフルで、硬い赤蟻を少しずつ削っていたのに。輸送船が、減ったなら増やすと言わんばかりの行動に出たのだ。

うんざりした様子の涼川が、上空を見上げる。

既に空は真っ暗。

飛行ドローンはかなりの数が飛んでいるが、マザーシップを守る事には興味があっても、空襲を仕掛けてくる気は無いようだった。

レンジャーチームの隊長達全員と、弟が通信をつなぐ。

「これは明らかな、敵の恣意的な作戦だ」

「一体何が目的なんですか!」

ヒステリックな声を上げたのは、レンジャー19のリーダー。

前大戦を生き延びた戦士だが、まだ三十手前である。こういう若い戦士がリーダーをやっている場合、十中八九前大戦の生き残りと判断できる。

だからこそ、マザーシップの怖さは分かっているのだろう。

恐怖心が、精神的なスタミナを、これでもかと抉った結果。歴戦の戦士でも、これだけ我を忘れてしまっているのだ。

「マザーシップクラスの兵器の場合、いるだけで此方の戦力を大幅に掣肘できる。 戦略級の影響力を、広域に行使できるのだ」

「でも、一体何が目的で」

「時間稼ぎだ」

弟は断言。

この通信は、オープンにしている。多分長沼も聞いているはずだ。

弟が地図を出す。

今、中国と東南アジア、オーストラリア近辺に、EDFの戦力がかなり集中している。中東、ロシア、極東の敵巣穴攻略、何よりブルートフォース作戦の結果、EDFはかなりフォーリナーに対して優位に立ったからだ。

残る敵巣穴と、マザーシップを一息に叩きたい。

それがEDFの当面の目的。

完遂できれば、勝ちが確定するのだから、当然だろう。

しかしマザーシップは、前大戦で見せた圧倒的戦闘力もある。ストームチームとの戦いの記録は残っているが、それだけでも、本部に攻撃を躊躇わせるには充分。あまりにも桁外れの戦闘力を、マザーシップは持っているのだ。

それが六隻。

兵力分布を見せると、兵士達は納得したようだった。

「つまり、フォーリナーは巣穴に迫ろうとする戦力を、マザーシップの配置によって牽制している。 何をもくろんでいるかは分からないが……」

それなら、相手の思惑を崩すためにも、強攻すべきでは無いのか。

その意見は、当然出た。

しかし、弟は首を横に振る。

敵が布陣しているのは、正にマザーシップが戦闘形態を取ったとき、その攻撃範囲に含まれる地域なのだ。

無理に攻めこめば。

ストームチームがいても、全滅する。

かといって、各地にいるフォーリナーの戦力は、マザーシップだけでは無い。かなり減衰したとはいえ、各地にはまだまだ有力な敵の兵力が、多数駐屯しているのだ。

会議を解散。

再びにらみ合いに入る。

今頃日高司令は大わらわの筈だ。

兵力を集中して、力尽くでマザーシップを落とすか。

此処に兵力がいることを承知で、彼方此方の守備隊から兵を割き、中国で敵が守ろうとしている巣穴を叩くか。

或いは、単なる時間稼ぎにつきあうか。

だが、敵はおそらく、ストームチームの実力を知っている。此処からストームチームが離れた場合、即座に反撃に出てくる可能性が否定出来ない。

二交代での休憩を、弟が指示。

不満げながらも、皆が休みはじめる。

敵は微動だにせず、その場で布陣を崩さない。もはや焼け野原と化した福岡は、奴らの心地よい布団のようだ。

急に、敵に動きが見えたのは、夜半過ぎである。

異変を察知した私が起きて、スコープから敵陣を覗くと。

輸送船が、巨大生物を回収しはじめている。そればかりか、ヘクトルまでも。

飛行ドローンはそのまま。

撤退するつもりだな。弟が呟くと同時に、マザーシップが多数の浮遊砲台を展開。戦闘形態を維持したまま、輸送船を伴って、上空へ去った。

そのまま日本海へと移動する。

日高司令から、通信が来る。

「日本海に集結させようとしていた艦隊に向け、マザーシップが動き始めた。 何があったのだ」

「恐らくは、敵は時間稼ぎだけを目的に、マザーシップを動かしています」

「何だと。 すると、やはりあの多数の巨大生物が向かったという、中国の巣穴が目的地か」

「恐らくは」

現在、その件の巣穴の周囲には、シールドベアラーが多数展開しており、砲撃や巡航ミサイルでの攻撃は通用しないという。

しかし地上戦力で接近しようにも、マザーシップが動き回っていることで、多数の兵力を集結させられない。

オーストラリアでも、同じ事が起きていると言う。

私は腕組みすると、思考を巡らせる。

フォーリナーの目的は分かっている。地下の彼奴の記憶が、私の中で生きているからだ。其処から検索していくと、何か導き出せないか。

「敵が援軍を待っているという可能性は無いでしょうか」

「分からないとしか言いようが無い」

筅の質問に、弟はそう答えた。

そうとしか、応えられないだろう。

黒沢が、捕捉した。

「それならば、何かしら変化が起きることを知っていて、待っているというのは」

「……危険なのはそれだな」

必死に守ろうとしている巣穴。

何も無いとは、とても思えない。

日高司令から通信が来る。

一旦九州基地に向かい、其処で待機。敵マザーシップはウラジオストクに移動し、其処で停泊している。

また九州に来るかも知れない。攻撃の態勢を見せるつもりなら、迎撃して欲しい、と。

集まったチームに被害はでなかったが。

誰もが、釈然としない顔のまま、己の所属する基地へと戻っていった。

ストームチームもヒドラにビークルを格納すると、すぐに戻る事にする。帰路、矢島に聞かれた。

「はじめ特務少佐。 お体は平気ですか?」

「全く問題ない」

「良かった」

素朴な矢島は、心底から嬉しそうにする。

少し前まで、戦いのたびに死にそうになっている私を心配していたと、屈託無く言うので、苦笑いである。

ヒドラの中で、軽く仮眠を取り。

そして、北九州基地に到着後。寮でしっかり睡眠は取らせて貰った。

夢は見ない。

目をつぶっていると、ただ膨大な情報だけが、体の周囲を流れていくように、感じるばかりだった。

 

3、空白都市

 

一日だけ休日が出た後、ストームチームに仕事が来た。

東南アジアだ。ただし、今回は、前回戦った地域とは違う。より、旧中国に近い地域である。

この辺りは山岳地となっていて、前大戦時には、巨大生物に追われた多くの人々が、息をひそめて地獄が去るのを待った。

皮肉にも、中国を脱出するのを失敗した人々を食い殺すので忙しかったらしく、巨大生物は此処までは来ず。結局、弟がマザーシップを撃墜したこともあって、この辺りに逃げ込んでいた多くの人々が助かった。

その後、人々は彼方此方に去って行ったが。

助かったことに験を担いで、この辺りに定着した人々もいる。彼らを守るように、比較的大きめのEDF基地も作られ。

そして大戦前より発展した、希有な地域となっていたのだが。

それが禍してか、今回のフォーリナー襲来では、巨大生物が早くから攻め寄せ。彼方此方の激戦で手を回す余裕が無いEDFを尻目に、巨大生物が跳梁跋扈していた。

ストームチームが到着。

眼下に広がっているのは、広大な銀糸の海だ。

それほどに膨大な巣が、展開されているのである。街は文字通り、レタリウスが作り上げた銀の糸によって、覆い尽くされてしまっている。

住民は早期に脱出したが。

今回、これ以上敵の拠点を残しておくのも好ましくないという事で、攻撃が決まったのである。

しかし、大部隊は、活発に動いているマザーシップに備えるため、動かせない。

谷山の操るネレイドが、近くに着陸。

起伏の激しい地形だけれど。

激しい機動を前提としているベガルタも問題ない。

筅には、今回先陣を切って貰う。そのために、ベガルタの前面には、レタリウスの糸を弾く強靱な特殊シールドを装備しているのだ。

ヒドラからはイプシロンも降りてくるが。

一目見るなり、ほのかが通信を入れてくる。

「これは、イプシロンは役に立たないわねえ」

「そうですか。 それでは、ライサンダーでの狙撃をお願いします」

「矢島君を借りて良い?」

「どうぞ」

矢島が盾を持ち、香坂夫妻の側でガードする。

というのも、ライサンダーの射程は、ほぼレタリウスの糸と同じ程度。事故を防ぐためにも、必要な措置なのだ。

糸で守られた敵陣地の奧には、かなりの数の巨大生物もいる。

勿論大量の爆弾を降らせれば、レタリウスの駆除も難しくは無いが。今は、その火力が足りないのだ。

山の中の都市を占領したレタリウスを、少数部隊で撃破する。

勿論味方部隊などつかない。

勝っているはずなのに、この扱いである。ストームチームは小間使いだと黒沢がぼやいたことがあるが、私も同感だ。

筅がコックピットから顔を出して、見下ろしてくる。

「筅、いつでも行けます!」

「怖くは無いか?」

「大丈夫です!」

筅は度胸が突いてきた。

それに対してナナコはと言うと。涼川のバイクの助手席で、一秒でも早く巨大生物をブチ殺したいという目をしていた。

日高は気にしていないと言っていたのに。

そういえば、原田が以前、似たような事で悩んでいたのに。

皮肉な話だ。

原田が克服した今度は、ナナコが似たような事になるのだから。

池口と黒沢は、ジョンソンの指揮下に入り、敵の間合いギリギリから射撃を続ける。スティングレイロケットランチャーの破壊力は大きいし、何より射程はレタリウスよりかなり上だ。

三川とエミリーは、長距離からMONSTERで射撃。

ある程度敵を削った後、突撃。

空爆により敵の注意をそらしながら、ベガルタで路を作り、其処を一気にフュージョンブラスターで焼き払う。

作戦に必要な時間は五時間を計上している。

このうち四時間は、地道な狙撃戦。

残りは突撃が三十分。最後が掃討だ。

攻撃を開始。

まず、遠距離からカスケードロケットランチャーを連射。作業はナナコに任せる。涼川は今の時点では出番がない。山の上に陣取って、ぼんやり敵を見ているだけだ。カスケードは連射型で、一気に極点を貫くことが出来る。こういう重層的な敵陣を焼くには、うってつけだ。

事実、他のチームもレタリウスの陣地攻略に向いていると、レポートを出してきている。今回はリスクを減らすために、これである程度敵を削る事を、作戦の第一目標とする。後方には、ヒドラのすぐ側にネグリングも控えさせているが、これは巨大生物が大挙して現れたときの対策だ。

更に、ネレイドから、長距離ナパーム弾が撒かれる。

白い悪魔の蜘蛛の巣が、燃え上がりはじめた。

しばらくは、黙々と攻撃を続ける。

妙なことに気付いたのは、直後だった。

「なあ、旦那」

涼川も、気付いたらしい。

私も、同じ事だろうなとは思ったが、敢えて黙っていた。涼川が喋りたいのなら、そうさせてやりたいからだ。

「レーダーの敵反応が、妙に少なくないか?」

「確かに異様に少ないな」

「まさかと思うが、あの街、からっぽってこと無いよな」

いきなり、レタリウスの糸が着弾。

涼川のバイクの至近だ。

ナナコが無言で、カスケードからミサイルを発射。十発のミサイルが、隠れていたレタリウスと、至近を直撃。

吹っ飛んだ悪夢の蜘蛛が、ばらばらになって飛び散っていった。

いざというときに備えて、日高少尉にはマグマ砲も装備させている。これは、レタリウスの糸を焼き切るためだ。

何度かの検証の結果、さしものレタリウスの糸も、高温でなら焼き切れることが分かっている。

もっとも、今回はその出番は無かったが。

「地下に潜んでいる可能性もある。 当面は、作戦通りに行くぞ」

「アイアイ。 ただよ、此処の司令官って彼奴だろ? 前、マザーシップ落とせなかったからって、あたしら散々こき使ったデブ」

「そういうな。 東南アジアの戦況が、著しく悪かったのは事実なんだ」

「分かってるけれどよ、釈然としねーんだよ。 あのデブ、本当に司令官としての仕事してるんだろうな」

結論から言えば、してはいるだろう。

長沼の時よりも、涼川はずっと大きな不満を口にしている。何だか弟が愚痴っているのを見ているときのようで楽しい。

「少し前進」

弟が指示を出す。

出しながらも、ライサンダーで射撃。巣から移動しようとしていたレタリウスを打ち抜く。

側面、後方の警戒もしっかり続ける。

レタリウスが移動しながらの狙撃戦を得意としているのは、散々味わった、周知の事だから、だ。

「此方谷山。 ナパームを補給するために一旦戻る」

ネレイドが、前線から下がる。

何度かネレイドに向けても、レタリウスの糸は襲いかかっていたが。谷山はもう慣れたもので、間合いのギリギリからだったら、確実に避けられるようだ。

一時間経過。

駆除は順調に進行。

レタリウスの駆除数も、十を超えた。

不意に、この地区の司令官が、通信を入れてきたのは、その時だった。

「ストームチーム、駆除は順調かね」

「事前に提出した資料通りに。 何か急用でしょうか」

「いやね、作戦の進行過程を見ていて、うちのスタッフが変だって言い出してさ。 その街には、二千ほどの巨大生物が潜んでいる筈なんだよ」

流石に、周囲の全員が絶句する。

二千は流石に、手に負えない可能性が高いからだ。

地下などなら、一方向に戦場を限定すればどうにかなる。しかし此処は平野。囲まれてしまったら、手のうちようがないのである。

涼川がぎりぎりと歯を噛むのが分かった。

怒るのも当然である。

文字通り、ストームチームが全滅しかねない危機だったのだから。

「空爆支援も無しに、そんな大規模な敵の群れを、我々に押しつけていたんですか」

「悪い悪い。 分かったのは、此方でも最近なんだよ」

嘘だなと、私は判断。

彼奴と融合してから、分かるようになってきたのだ。人間が嘘をついているか、そうでないかくらいは。

思えば、彼奴も。

WW2直後から、ずっと人間と接し続けているのだ。

人間がどんな風に嘘をついて、エゴの塊となるのかは、熟知しているのだろう。私の中で彼奴は出しゃばることがないけれど。

こういう手助けは有り難い。

「君達の地域から来た、巨大生物二万五千の一部が、其処へ立ち寄ったのは事実だよ。 その後中国の巣穴に抜けたのだけれど、どうも数が合わないみたいでさ。 其処に立ち寄った後、永住したってスタッフは判断したみたいだけれど」

「戦術士官、解析を」

「イエッサ。 空爆支援を廻しますか」

「出来るなら」

多分、出来ないだろう。

アルテミスにしてもミッドナイトにしても、ブルートフォース作戦で多大な被害を受けたのだ。

アジア地区の戦力に到っては、敵を牽制することが前提。

航続距離の問題もあるし、おそらく此処までは空爆出来ない。

嘆息すると、弟は作戦続行と周囲に叫ぶ。

そして、私にオンリー回線を入れてきた。

「姉貴、これはおそらく、マザーシップと同じ時間稼ぎと見て良いだろうな。 一体奴らは何を狙っている。 狙っているもの次第では、極めて危険な結果が生まれるぞ」

「そうだな」

「宇宙から、奴らの援軍でも来るのか。 マザーシップが、今度は五十隻は来たりしてな」

「冗談でも止せ」

私はそう言うけれど。

どうにもおかしいのである。

宇宙からの援軍を待つくらいなら、大事な巨大生物を守って、宇宙に撤退すれば良いのだから。

奴らの目的を考えると。

背筋に、寒気が走るのが分かった。

これはひょっとすると。マザーシップを、可能な限り早く落として、巨大生物も確実に駆除するべきかも知れない。

いずれにしても、後三隻程度はマザーシップを落とさなければ、中国、東南アジア、オーストラリアの敵巣穴を攻略するのは困難だ。そして東南アジアの敵戦略拠点である此処も、可能なら落としておくべきである。

弟に、可能性については話す。

しばらく無言だった弟も。

やがて、後で総司令部に打診はしておくと言った。

受け入れられるかは、分からないと言うのだろう。

確かに、最悪の予想だからだ。

敵陣が確実に焼き払われ、後退していく。まるでゴーストタウンと化した街が、顔を覗かせはじめる。

フォーリナーからの鹵獲技術で急速復興した街は。

一瞬にして廃墟となり。

そしてまた、焼き払われようとしている。

黙々と続く掃討戦。弟が指示していく目標は、街の真ん中へ、直線的に進んでいた。黒沢が、小首をかしげる。

「ストームリーダー。 外堀から埋めていくのが、賢明かと思われるのですが」

「今回に関しては、敵が潜んでいる可能性が高い街の中央部を先に暴く。 そうしないと、後で敵大軍が姿を見せた場合、打撃が大きい」

「なるほど、了解しました」

「意見を言う事は良いことだ。 これからもどしどしと頼むぞ」

黒沢が敬礼する。

この男、EDFに対する疑念は大きいようだが。

弟への忠誠心は篤いようで、其処だけは安心して見ていられる。

街の中央部を、三時間ほどで確保。

敵の巣穴に相当するものは見当たらない。この町に、敵の大群は潜んでいないと、判断してよさそうだった。

弟が立ち上がる。

「筅軍曹」

「はいっ!」

「突撃を開始する! 少し早いが、前倒しで敵陣を焼き払うぞ!」

「イエッサ!」

ベガルタファイアナイトが、特製のシールドを手に立ち上がった。レタリウスの糸に対する特別製。

更に、コンバットバーナーも、何時でも稼働できる。

歩き始めるベガルタ。

その威容を前に、レタリウスも恐れを成したのか。一斉射撃を開始。無数の糸が、盾に襲いかかり、消耗させていく。

姿を見せたレタリウスを、秀爺と弟が狙撃。

ジョンソンが、新人達に攻撃させる。

エミリーは確実に敵に当てていくが。

三川はまだMONSTERを扱い切れておらず、かなり誤射が目だった。これに対しては、怒るつもりはない。

三川のPTSDの原因となったのが、そもそもレタリウスだ。

今回は三川の意思を尊重して前線に立たせているが、不調なようなら、即座に後方に下げるつもりだったのだから。

「キャリバン、前進します!」

「慎重に来い」

進みながら、日高少尉に弟が指示。

確実に敵の抵抗を払いのけながら進むベガルタM3ファイアナイト。ほどなく街に入る。辺りには、レタリウスの残骸が多数。

弟が武器を切り替え、フュージョンブラスターを起動。

私も、ディスラプターを起動。

敵を、一気に焼き払う。

掃討戦は、予定よりかなり早く完了した。空爆もしなかったから、街もある程度は無事なままだ。

ただし此処は。

スカウトで念入りに調べる必要があるだろう。

「此方ストームリーダー。 グエン司令、応答してください」

「此方グエン。 戦果はどうですかな」

「今、掃討作戦が終わりました。 敵の戦力はレタリウスのみ。 巨大生物は、最後まで姿を見せず」

「ほう……」

罠の可能性がある。

すぐにスカウトを送るようにと言い残すと。弟は、返事を待たずに、連絡を切った。

撤収。

弟が叫ぶと、敵の勢力が消えた街から、全員黙々と引き上げていく。ヒドラに乗り込んだころ、通信がきた。

日高司令からだ。

「任務が終わったばかりの所、悪いな」

「何がありました」

「其処から北上してくれ。 どうやらフォーリナーが、妙な地点に戦力を集結させはじめているらしい。 出鼻を挫いて欲しいのだ」

「妙とは」

香港だと、日高司令が言う。

香港。

前大戦の更に前。色々な理由から、屈指の港湾都市として、繁栄を誇った場所。ある種の独立国だった都市。

前大戦の末期に、三機もの四つ足が上陸。

私がその内の一機を撃破し、二機を中破させて時間を稼いだが。住民は逃がせたものの、街そのものは焦土と化した。

その後香港は放棄され、現在に到るまで復興の見込みは立っていない。

理由は幾つかあるが、フォーリナーからの鹵獲技術で海運も著しく進歩したことや、旧中国地域の無人化が大きい。

前大戦での爪痕が、香港を無人都市へと変えたのだ。

「分かりました、直ちに」

「連戦の疲弊があるとおもう。 無理だけはしないでくれ」

「イエッサ」

弟が通信を切る。

日高少尉が、口中でぼやいているのが聞こえた。

「お父様ってば、本当にストームチームをこき使ってるんだから。 後で一言言ってやらないと」

前線の勇者である日高司令も、娘の小言には勝てない。

多分、多少は、ストームチームへの扱いも、改善するかも知れない。

いずれにしても、此処から香港までは、ヒドラを飛ばしても多少時間が掛かる。弟が手を叩いて、周囲に休むよう指示した。

私は、フェンサースーツを脱ぐと、診察を受ける。

今までは、私を見る度にがみがみ文句を言っていた医師が。

診察を終えると、小首をかしげていた。

「バイタルに問題なし。 一体どんな治療を施したんですか」

「無理をしなくなっただけだ」

「それならば良いのですが」

疑念の目を、医師が向けてくる。

ヒドラ付きの医師は、事情を知らないのだから無理もない。それでも、念のために、現地到着まではカプセルで休む。

途中から、ファイターが護衛についてくれた。

逆に言うと。

途中までは。ファイターさえ、護衛に現れなかった。

 

4、総攻撃の前触れ

 

ヒドラから降りるころを見計らって、不意に連絡が来る。それも、EDF幹部会議招集のものだ。

一旦兵力展開は中止。

スカウトから来る情報を整理するように、涼川とエミリーに指示すると。私は弟とジョンソンと一緒に、ヒドラの奧の立体映像投影装置に向かう。此処からなら、立体映像だけを飛ばして、幹部会議に出られるのだ。

幹部会議は、もう始まっていた。

カーキソンが。かなりの上機嫌で、説明をしている。

「マザーシップへの総攻撃の準備は整った。 各支部は、ブルートフォース作戦勝利の余波を駆って、敵を叩き潰す準備を整えて欲しい。 狙うのは、当初の予定通りの三隻だ」

弟は黙っている。

私も、この作戦そのものは賛成だ。

問題は、である。

どうにも敵の動きがきな臭い。それよりも、中国とオーストラリアの巣穴を、先に攻略すべきでは無いのだろうか、と思うのだ。

ただし、それが不可能なことも分かっている。

マザーシップが巧みに戦略的な兵力集中を阻んでいるため、特に中国とオーストラリアの巣穴へは、攻撃が出来ない。大規模部隊を集結させられないのだ。

そしてこれらの巣穴は規模も大きく。少数精鋭を投入して、一撃離脱というわけにもいかないのである。

「作戦開始は、二週間後を予定している。 それまで、各自勢い衰えている敵を叩き、勝利のために布石を打って欲しい」

カーキソンは其処まで言うと、昇進人事を発表。

前評判通り、日高司令が大将に昇進した。

これで、名実共に、日高司令はEDFの最高幹部だ。今まで三人しかいなかった大将に、四人目として加わる事になる。

元帥は当面一人。

そして上級大将の階級はないから。日高司令が出世することがあれば、それはカーキソンが引退か戦死した場合だろう。

勿論、そんな事がないことを、祈るほか無いが。

会議が終了。

部屋から出ると、弟に、ジョンソンが言う。

「マザーシップの撃墜に成功すれば、ストームチームとしては二隻目になるな」

「ああ。 だがそれはいわゆる捕らぬ狸の皮算用だ。 簡単に落とせる相手では無いし、油断は出来ない」

「分かっている。 ただ、そうなった場合、皆に何をもって、EDFは報いるのだろう」

なるほど。

どうやらジョンソンの狙いは、その時期を見計らって独立部隊のボスとなることか。確かにマザーシップを撃墜すれば、戦況は更に好転する。フォーリナーを地球からたたき出す日も、ぐっと近づくだろう。

少なくとも、誰が見ても、それは確実だ。そのタイミングで独立部隊の指揮官になるのなら、かども立たない。

問題は、その先にある。

「しばらく、独立部隊の隊長になるのは諦めて欲しい」

「ハジメ特務少佐、どういう意味だ」

「中国とオーストラリアの敵巣穴が、どうにもきな臭い。 何かとんでも無い事が、起きようとしているような気がする」

「気がするとは、随分曖昧だな。 楽観するつもりはないし、確かにきな臭いことは俺も感じているが。 しかし、俺にとっては、独立精鋭部隊の指揮官になるのは、悲願なんだ」

ジョンソンの事情は、知っている。

この寡黙な軍人は、スラムの出身者だ。

最も平和で安定した時代が地球を覆っていた、前大戦の更に昔。ジョンソンの周囲にあったのは、理不尽だけだった。

世界が平和だと言っても、その全てが安定して、幸せというわけでもない。

退廃と堕落の街で、ジョンソンはろくでもない少年時代を送り。ろくな教育も受けられず、周囲の人間関係にも恵まれず。

EDFに入ったのも、喰うためだった。

だからジョンソンは、必死だった。

凄まじい戦いぶりが認められて、有名な部隊を転戦。オメガチームに入って、其処で戦い抜いて。終戦を迎えた。

ストームに来た時、ジョンソンは嬉しいと言っていたが。

表情に、笑顔はなかった。

彼にとって、感情は他人に見せるものではない。スラムでの長い地獄が、彼を寡黙な戦闘兵器に変えたのだ。

「分かっている。 少なくとも、巣穴を全て駆除するまでは待ってくれ。 ストームチームは、更に人員を拡張するつもりだ。 お前のような精鋭に抜けられると、困る」

「俺を高く買ってくれるのは嬉しいがな」

「戦況が完全に安定したら、俺からカーキソン元帥に独立部隊の創設を提案しよう。 ジョンソン大佐の経歴なら、ストームやオメガに並ぶ精鋭を任せることも、不可能では無いだろう」

弟が助け船を出す。

ジョンソンは驚いたように、弟を見て。

そして、絶対だぞと、付け加えた。

ヒドラを降りる。

香港には、各地からの増援部隊が集まっていた。輸送船だけで二十隻以上、ヘクトル百機という戦力だ。

流石に、ストームチームだけでの攻略は難しい。

巨大生物も、凶蟲、黒蟻、赤蟻と、一通り揃っている。数も、千以上と、相当なものだった。

廃墟となっている香港。

一角の港湾設備はまだ生きていたのだけれど。

敵の襲来とともに機能は凍結。

今では、敵が我が物顔に陣地を構築しており、これからの戦いで廃墟となるのは確実だった。

レンジャーチームが、現時点で12。

フェンサーチームとウィングダイバーチームがそれぞれ1つずつ。

後方には、ネグリング四機。

ギガンテス戦車も、続々揚陸していた。EDF海軍の輸送船が、極東から運びこんでくれたのだ。

かなり戦力としては大判振る舞いである。

それだけ、この間のブルートフォース作戦で、自信を付けたと言うことなのだろう。

既に敵も此方を認識している。

飛行ドローンも少数だがいるので、今回谷山にはバゼラートで出て貰う。

チームリーダー達が来たので、弟が軽く作戦を説明。

この辺りは何度も激戦区になった。

私も弟も、戦った経験がある。

だから、戦闘そのものは容易だし。作戦立案も、難しくは無かった。作戦も難しい事は特にない。

敵の攻撃を退けながら、前進。

輸送船を優先的に落とし、それが終わったら、集中攻撃で敵を確実に仕留めていけばいい。

おかしな事はあるけれど。

しかし、敵の戦力を削る事そのものには、問題は無いのだ。

マザーシップを撃墜する布石にもなる。

「待ってください、あれを!」

不意に、味方の一人が叫ぶ。

作戦説明中の弟も、私も、釣られて其方を見る。

敵が、撤退しはじめている。

追撃も何も無い。輸送船に兵を収容して、その場を飛び去っているのだ。馬鹿にされている。

ぽかんとして立ち尽くすチームリーダー達。

「野郎、巫山戯るなよ……!」

涼川が、流石に頭に来たらしく、地面に噛み煙草を吐き捨てていた。

 

とにかく、戦う前に敵がいなくなってしまったのでは、どうしようもない。

その上、マザーシップの周辺は、敵がガチガチに固めている。安易に攻撃は仕掛けられないし、その余裕も無い。

前大戦で、EDFは場当たり的な指揮を幾つかして。それで敗退した戦闘が、幾つもあった。

本部の罠。

本部は敵と通じている。

兵士達が、そう噂したのも無理はない。

集結していた部隊は解散。ストームチームも、一旦極東に戻る事になった。

数時間、ヒドラに揺られる。

「何をしに行ったのか、分かりませんね」

「いーじゃないか。 戦いはしなくてすんだんだしな」

黒沢に対して応じているのは矢島だ。

矢島は強くなりたいという意思を秘めているようだけれど。その一方で、戦いそのものを好んではいないようだ。

この辺りは、本来の性格がうかがえてほほえましい。

涼川は完全に怒り心頭。

怖がって、誰も近づかない。

私が近づいても、機嫌が悪そうにしていた。隣に座ると、不機嫌そうに、低い声を出す。

「一人にしていてくれないか」

「そういうな。 狭い機内だ」

「そうだけどよ」

「心配するな。 近いうちに大規模作戦がある。 その時には、思い切り戦えるさ」

じろりと、此方を見る涼川。

涼川はどうも、彼奴と融合した私に、この間から一歩引いて接している。警戒を崩していないのだ。

この辺り、実は人見知りなのでは無いかと思えてくる。

面倒見が良い涼川は、新人達にはいつも丁寧な指導をしているが。それでいて、同格の人間との交遊は、どうなのだろう。

ひょっとすると、人見知りなのを隠して、行動しているのだろうか。

だとすれば、EDF屈指のキリングマシンにも、可愛いところがあるものだ。

「なあ、あんた本当に、特務少佐なんだよな」

「そうだ。 この間の件で、多少人格に変化は起きたが、私は私だ」

「ならいいんだけどよ」

元々、厳密には私は、人と言うには無理がある存在だ。弟もそれは同じ。

生殖能力がないのは、恐らくは摂理故だろうとも思っている。生物種としてあまりにも強力な存在が野放図に増えたら、絶滅を招くだけだからだ。

元々人間ではないのだし。

今更、少し変わったところで、何だというのだろう。

カプセルに交代で入る。

新人達を先に入らせて、涼川は最後まで残っていた。疲れが殆ど無い私も、それにつきあう。

「あたしもなあ。 散々男を取っ替えてきたが、やっぱりベッドの上でよろしくやるより、戦闘のが楽しいんだよな。 そう言う意味で、あたしがまともな女じゃなくて、戦闘に特化した一種のイレギュラーだってのは分かってる。 だがな、あたしみたいなイレギュラーから見ても、旦那と今のあんたは普通じゃない。 だから旦那には惚れるし、あんたには、今脅威を感じてるよ」

「私はお前を傷つけたりはしない」

「分かってる。 わーってる。 そういう意味じゃないんだ。 何というか、自分たちの外敵、みたいな、な。 分かるだろ。 あたしの女の部分が、旦那の危険な部分に心を動かされるし。 一方で人間の部分が、あんたには危機感を刺激させられる。 死線をくぐってきたから、なおさら思うのさ。 今、あたしが側にいるのは、ひょっとしてでかい熊かライオンじゃないかってな」

自分より小柄な私に向かって、涼川はそんな事をいう。

余程に、鬱屈が溜まっているんだろう。

だから、言いたいように、させておいた。

「なあ、宇宙人共、何が楽しくてこんな事してるんだ。 黒沢のボーヤじゃなくたって気付く。 彼奴ら、地球で何をしたがっていやがる。 侵略じゃないだろ」

「さあな」

「……」

すっと、目を細める涼川。

今まで、同じ応対をしたときとは、違う気配があった。

これは或いは。

私が答えを得ている事に、きづいたか。

嘆息すると、弟を視線で指す。

もし知りたければ、弟に許可を得ろ。涼川は現在の地球でも、上位から数えた方が早いほどの使い手だ。仮に真相に辿り着いても、EDF本部がいきなり暗殺、というような手段にはでないだろう。

ただし、それもマザーシップを落とすまでの話。

勝利を確信した後、EDFが何をするかまでは、責任が持てない。

最後に、二人でカプセルに入る。

しばらくぼんやりしている内に、ヒドラが東京基地に到着。その場で、ストームチームは一時解散となる。

すぐに招集されるのは目に見えている。

マザーシップの嫌がらせの活発さは、今までの比では無い。すぐにストームチームが動かなければならない案件が出る筈だ。

そしてEDFが振り回されている内に。

敵は、準備を整え終えてしまう。

或いは、敵が動き出したときこそ。

準備が終わった、その時なのかも知れない。

 

部隊を解散させた後、弟とジョンソンと、涼川と香坂夫妻と会議に出て。その帰り道。

ジョンソンの所に、カーキソンから連絡が来る。

権力欲が強く、栄達したいと日頃から口にしているジョンソンだが。カーキソンとの連絡時は、それを弟にいちいち説明している。

この辺りは、ジョンソンというえぐみの強い男なりの。仁義の通し方なのかも知れなかった。

実際問題、仁義を通して行動している人間なんて、殆どいない。

そう言う意味で、ジョンソンという男は、筋が通っていて。故に公認スパイでありながら、弟は信頼してもいるのだ。

「俺たちは先に上がる」

「お休みなさい」

香坂夫妻が、先に行く。

涼川もエミリーとゲーセンにでも行くと言い残して、その場を後にした。わずかに寂しそうだったのは、何故だろう。

「定時連絡か」

「……そうだ。 どうやら公式の会議はブラフで、予定よりも遙かに近いうちに、マザーシップを攻撃する例の作戦を遂行するつもりらしい。 囮の部隊を使って引き寄せ、大規模戦力で一気に殲滅する、例の作戦だ。 味方にも兵力配置を悟らせず、実施するつもりらしいな」

「上手く行くと良いが」

「カーキソン元帥は、味方に裏切り者がいると考えているのかも知れない」

弟が腕組みする。

世界で唯一、「人間でありながら」マザーシップを落とした英雄。その弟でさえ、次は上手く行くか分からないと言うほどの相手。

勿論、前回の戦いの記録はある。

マザーシップが本気になれば、機体下部にある大気吸収口を開かざるを得なくなる。其処さえ叩けば、必ず倒せる。

ただしマザーシップは、戦闘形態の先に、さらなる最終戦闘形態を有している。

あれとは二度とやり合いたくない。

弟も、そう何度かぼやいたほどの相手だ。

「マザーシップを三隻動時に攻撃し、落とす。 上手く行けば、一気に勝利へ近づくが、問題は誘引と実際の戦闘プランだな」

「誘引に関しては問題ない。 おそらくマザーシップは、近々来る」

私の言葉に、弟は眉をひそめた。

ジョンソンが続きを促す。

私の予想は多分当たる。ただしその予想は、直後に絶望を伴うはずだ。奴らが大規模戦略兵器であるマザーシップを、わざわざ決戦に投入してくると言う事は。

その先にあるもの。

それにフォーリナーの正体と目的を鑑みれば。

明らかすぎるほどだからだ。

「迎撃作戦はどうするかだな」

「東京まで引き込んで、其処で叩くだけだ。 どうせ東京は再建しなければならないし、マザーシップを倒せば弾みもつく」

「……そうだな」

問題はその先。

奴らが目的を達成した後だ。

どう動くかが、まだ読めない。最悪の事態も、幾つか考えられる。

ジョンソンと別れ、二人で歩く。

寮に戻る途中、弟は言う。

「姉貴。 あのことは、まだ誰にも黙っていよう」

「判断はお前に任せる。 好きなようにするといい」

「……姉貴自身は、どう思う」

「香坂夫妻にはいずれ機会を見て。 お前の事を好いている涼川にも、いずれ話してやるべきだろうな」

これは、そもそも、EDFだけではない。

地球全土に関する問題。

フォーリナーには、最初から。地球を「侵略」する気など無い。かといって、友好条約など結ぶ気さえ無い。

連中にとって、この星は。

だから、彼奴は。

人間は、その領土を広げる過程で。多くの理不尽を、他の種族に強いてきた。それが淘汰で自然な事だというのなら。

今、人間は。

自分にされていることに、文句を言う資格は無い。

日高司令から通信。

「意見が聞きたい。 これより、本部がまた強化クローン兵士を増産する。 おそらく今度は、五千人規模になる予定だそうだ」

「かなり多いですね」

「投入時期は二ヶ月後。 マザーシップを落とせていれば、攻勢に弾みを付け。 マザーシップへの攻撃作戦が失敗していれば、味方を底支えするための戦力になるというもくろみだろう」

反対はしない。

この戦いで、命を賭けているのは。生き残るため。

最後の一線さえ越えなければ。

私は、人類のあがきを、止めようとは思わない。

弟は問題ないだろうと言った。

私は反対しなかった。

日高司令は頷くと、通信を切る。

空には、人類の罪業を嘲笑うようにして。満月が、明々と存在感を主張していた。

 

(続)