ブルートフォース作戦

 

序、精鋭

 

圧倒的な性能を誇る、強化飛行ドローン。赤い事以外にはこれと言った特徴が見いだせないが、その性能は桁外れだ。

浜松基地のすぐ西にまで、そいつらは既に飛来していた。

全部で七機だが。

その七機の戦闘力は、生半可な飛行ドローン百機以上に軽々匹敵するのである。

既に無人地帯とかしている市街地の上空を、精鋭部隊は飛行している。もう、あちらは、ストームチームが来ている事に、気付いているようだった。

一機が、高く飛んでいる。

残り六機は、円運動を実行。つまり仕掛けてきたら、一斉に攻撃を行える体勢を取っている、という事だ。

秀爺から連絡が来て、私は頷く。

「つまり、迂闊に仕掛けることは、死を招くと言う事だな」

「そうだ。 しかも見たところ、前より動きがスムーズだな。 初撃は当てて見せるが、次からは当たるかどうか分からんぞ」

「了解。 さて、と」

今回、ビークルは全て置いてきている。

市街地の地形を生かして、敵を強襲するつもりだったのだが。敵は明らかに、仕掛けてくるのを待っている。

特に一番上空を飛んでいる一機。

一回り大きいそいつは、明らかに指揮官機だ。実力も並外れていると見て良いだろう。

耐久力もそうたいした事は無い飛行ドローンと、精鋭は、まるで性能が別物だ。安価な飛行兵器が飛行ドローンだとすれば。精鋭は金に糸目を付けずに作り上げられた、決戦兵器。

今、二手に分かれて、相手の様子を見ているが。

今の時点では、仕掛けては来ていない。今回派遣されているレンジャーチーム、レンジャー16は、スナイパーの精鋭部隊として知られている。彼らも、相手の動きを見て、生唾を飲んでいるようだった。

「何だあれ。 他の飛行ドローンとは、別物過ぎる」

「迂闊に声を出すな。 勘付かれたらおしまいだ。 精鋭は、攻撃能力も凄まじいって聞いているぞ」

声を殺して、側でレンジャー16の二人が話している。

弟と秀爺の方はレンジャー16のメンバーが三人いる。

普通は20名編成になる事が多いレンジャーチームだが。レンジャー16の中の、腕利きだけが今回呼ばれて来ているのだ。

黒沢とジョンソンは、今回は万が一を考えて残してきている。戦力は、どうにか補填は出来ている、だろうか。

「仕掛けるか」

「まだだ。 もう少し、動きを観察する」

「別に構わないが、動き出したら私では当てる自信があまりない。 仕掛けるなら、初撃だけだな」

接近してきたら、ディスラプターで焼き尽くしてやるだけだが。

そんな下手を踏むだろうか。

しばらく無言で、円運動を続ける敵機を見つめる。

ほどなく、その内の一機が、不意に動きを乱した。地上近くまで降りてきて、周囲を観察すると、円運動に戻る。

なるほど、わざと隙を作って、撃ってこいと誘っているわけだ。

今の時点で、此方も狙いは定めているが、まだ相手に存在は悟らせていない。やるならば、今しか無い。

「仕掛けましょう」

「まだだ」

レンジャー16のスナイパーが、声を上擦らせて聞いてくるが、却下。

一度の戦場で、七機も精鋭が現れた例は、あまり多くない。前大戦の末期、敵が物量作戦を躊躇わなくなってからも、此処までの状況はそうそう多くは無かった。

ほどなく、弟が攻撃の指示を出してくる。

「頭数を減らすことを第一に考える。 それに如何に動きが速いと言っても、粒子式追尾兵器ほどではない」

ライサンダーを用いて、弟と秀爺が狙撃。

同時にエミリーが、ミラージュをうち込む。矢島は盾を使って、エミリーの援護。後のメンバーは、一機ずつ攻撃を集中。

確実に、敵を叩き潰す。

作戦としては悪くないと思う。

問題は、敵がそれに乗ってくるか、だが。

全員のバイザーに、データを送信。

最初に狙う相手を決める。指揮官機は最後だ。耐久力がどれだけあるか知れたものではないし、まだ性能も読めないからだ。

秒読みを開始。

また、誘うようにして、一機が降りてくる。

その一機の真横に私が飛び出すと、ディスラプターの火力を全開にした。

土手っ腹に直撃。

灼熱のエネルギービームが、敵精鋭のシールドを見る間に削り取っていく。斜め上に跳躍して仕掛けたのは。敵を無人のビルに叩き付けて、灼熱のエネルギービームとサンドイッチにするためだ。

スラスターを吹かし、逃れる。

無数のエネルギービームが、私がいた地点を串刺しにしていた。

流石に対応が早い。

ディスラプターでも削りきれなかった精鋭が、中空に戻ろうとするが、其処は秀爺が許さない。

融解しかけた装甲に、ライサンダーの巨弾が叩き込まれる。

艦砲にも匹敵するライサンダーの破壊力だが。

しかしなお、精鋭は破壊されない。吹っ飛ばされつつも、空中で体制を整えに掛かる。前大戦の精鋭よりも、主に装甲面が、著しくパワーアップしているようだ。

スナイパーチームが、集中攻撃開始。

敵も円運動を維持したまま。

此方に、エネルギービームの雨霰を降らせはじめていた。

しかも、最初に攻撃した私だけを狙うのではない。

全員を、まんべんなく攻撃するという、冷静さである。盾を構えながら下がるが、エネルギービームの火力が凄まじい。

一撃ごとに、盾が見る間に熱くなるのが分かる。

ミラージュは既に起動して、敵を連続して打ち据えているが。ほんのわずかに敵を揺らがせる程度の効果しか、示していない。

「何て性能だ……!」

スナイパーチームの一人が、恐怖の声を上げた。

無理もない。

ヘクトル以上の頑強さを誇る怪物が、コンパクトに固められ、宙に浮いているのだから。誰が恐怖の声を上げることを、たしなめられるだろう。

中空で、爆発。

秀爺が、ライサンダーで、最初の一機を打ち抜いたのだ。しかも、最初に融解させた装甲の、ライサンダー弾丸が抉った箇所を、もう一撃したのである。

流石という他ない。

一機減った精鋭だが、まるで動じている様子が無い。

むしろ、火力は衰える様子も無かった。

ここに来ているスナイパーチームは有能で、さっきから射撃を確実に敵に当てていっている。

それでも、まるで敵が爆散する気配がない。

むしろビームが一撃ごとに、無人化している民家を貫き、ビルを粉砕してくる。マザーシップに搭載されている無人砲台並か、それ以上の火力だ。

しかも先ので挑発は終えたと判断したのか。

もう精鋭は、地上近くまで降りてこない。

ただ中空から、大火力攻撃を繰り返してくるだけである。

「此方矢島! 負荷増大!」

矢島の悲鳴を咎められない。

ガリア砲を精鋭に叩き込む。一発や二発では、埒があかない。

日高軍曹もナナコも、原田も池口も。勿論筅も三川も。みな良い仕事をしている。

むしろよく頑張っているのに。

相手の性能が、桁外れすぎるのだ。

ようやく、二機目が火を吹き始めた。弟と秀爺が、殆ど同時にライサンダーをうち込み、激しく吹っ飛ばされる二機目。

空中で体制を整えようとするが、止まった瞬間を狙って、スナイパーチームが一斉射撃。

踊るように空中で揺れた精鋭が、流石に耐えきれず、爆散。

これで、二機目だ。

敵がわずかに陣形を変える。

円運動の機動を小さくする。

降らせてくるビームの火力は変わらない。このまま、押し切れるか。そう思った、瞬間だった。

いきなり全機が軌道を変えた。

一気に加速すると、それぞれが此方に飛んできたのである。

ビームを乱射しながら、地上すれすれにまで降りてきて、更に上空に戻る。らせん状に回転したかと思うと、急降下に急上昇。

無人機ならではの、無茶な動きだ。

乱射されるビームも、さきまでとはまるで桁外れ。

動きも速すぎる。

悲鳴が上がった。

「こちらレンジャー16−4、アーマー負荷限界!」

「下がれ、撤退支援する」

「イエッサ!」

「此方原田!」

原田もか。

しかし、原田の場合、少し違った。

「お、俺、いや自分が囮になります! 動きが止まったところを、集中攻撃してください!」

「無茶だ、死ぬぞ」

「しかし!」

「死に急ぐな。 ミラージュの追撃で、時々動きは止まる! 其処を狙い撃て!」

弟が見本を見せる。

ライサンダーの弾丸を喰らえば、精鋭でも大きく吹っ飛ぶ。体勢を立て直す際に、隙も出来る。

少しずつ、敵にもダメージが蓄積してきている。

私は移動しつつ、隙を見て。敵が来た瞬間、飛び出し。ディスラプターを叩き込む。今度は真上から。しかも、敵は傷ついている。

地面に押しつけられた敵に、熱線を集中。

爆裂。

一機は屠った。だが着地と同時に、降り注いできたビームが、アーマーを容赦なく抉り取っていった。

不意に、敵が上空に逃れる。

そして、海上へと向きを変え、去って行った。

静岡にいる四足との合流は避けられたが。

これは、此方のデータを、取られるだけ取られたと見て良いだろう。三機は撃破したが、それだけだ。

敵にとって、大した損害では無い。

舌打ちすると、弟は通信を本部に入れる。

「此方ストームリーダー。 精鋭三機を撃墜。 残りは海上へ逃走」

「そうか。 三機を落とし、静岡の敵大部隊との合流を阻止してくれただけでも良しとしよう。 君達はすぐにでも浜松基地に待機しているヒドラに乗り、山梨の最終防衛ラインへ移動して欲しい。 ブルートフォース作戦のための下準備だ」

「イエッサ」

郊外に待機させていたビークルへ急ぐ。

やはり手強い相手だった。今後は作戦を考え直さないとならないだろう。途中、新兵達が、小声で会話しているのが、嫌でも耳に入ってくる。

「何あれ、硬いなんてもんじゃないよ。 あんなの、ベテランがいないときに襲われたら、ひとたまりもない」

「敵の精鋭と言うだけのことはあります」

話しているのは、池口とナナコだ。

楽天的な日高軍曹と違って、池口はいい加減な所もあるが、敵に対する恐怖は素直に口にする方だった。

ビークルで移動する途中も、新人達は青ざめていた。

四足やマザーシップ以外にも、フォーリナーには難敵がいる事を、思い知らされたから、だろう。

この様子では、蟻の女王や蜘蛛王と戦う事になったら、腰が引けてしまうのではないだろうか。

浜松基地に到着。

ビークルの修理はほぼ完了している。突貫で仕上げてくれたのだ。

また、山梨の最終防衛ラインには、専門の工兵部隊が到着。ビークル類の修理を行ってくれているということだった。

弟から申請したことが通ったのだ。

もっとも、本部としてもそれが正しいと考えたから、だろう。勿論日高軍曹の名を、弟は口にしてはいない。

浜松で、黒沢とジョンソンと合流。

ジョンソンはまだ足の負傷が癒えていないので、次の大規模作戦では、ビークルの中からの指揮に徹する。

ヒドラに乗り込み、移動の準備を整えながら、軽くブリーフィングを行うが。皆、緊張を隠せていない。

あのような強力な敵と戦った直後だ。

無理もない。

「次の作戦では、極東にいる主力がほぼ集結する。 この間の赤蟻掃討作戦で、関東地方の敵に対する備えに余裕が出来たこともある」

弟が最初にそういうが、これは嘘だ。

敵はまだまだ各地に強力な戦力を残しており、貼り付けている味方を動かす事は出来ない。

東京支部は相当な無理をして、兵力をかき集めたのだ。

なお、修繕が終わったプロテウスも、今回は指揮車両として、戦場に投入される。プロテウスの火力は心強いので、単純にこれは有り難かった。

今回の大規模決戦での目的は、半ば失陥したも同然の静岡東部を奪回することもある。そうすることで、山梨に貼り付けている大規模部隊を、各地に廻す事が出来るのだ。いずれにしても、首都圏をうかがっている四足をどうにかしなければ、戦略上の優位は確保できない。

つまり、どう転んだところで。

敵との主力決戦は、しなければならないのだ。

幾つか、開示できる情報については、ブリーフィングで説明を行う。

今回は5つのエリアに分散して、主力決戦を行う。静岡の東部はエリア2と呼称される。いずれも目的は、集結している敵の部隊に致命傷を与え、マザーシップへの守りを剥ぎ取ることにある。

つまり、マザーシップ攻撃への前段階だ。

動員される兵力は、5つのエリアを総合して三万五千。今回の作戦には、EDFの総兵力の一割以上が動員されることになる。

極東支部は、各地からきた援軍も併せ、およそ五千。

レンジャーチームだけでも二百という、大部隊編成だ。海軍と空軍も、これに全面的に協力する。

この規模は。

以前の、房総半島でのヘクトル大部隊撃退に用いられた戦力を凌駕する。

参加するビークルも多い。ギガンテス戦車だけでも、大小様々が二百両。戦闘ヘリ二十五、ネグリング三十。イプシロン二十、グレイプが三百。キャリバンも、百五十両が後方に待機する。

ベガルタも欲しい所だが、以前の戦闘で、極東にいたベガルタはほぼ全滅している。今回はストームチームのファイアナイトだけが前線に出る事になる。

また、海上に展開する艦隊は四つ。

この四つから、巡航ミサイルとクラスター弾による砲撃を行い、敵の殲滅に弾みを付ける予定だ。

艦隊には第五艦隊の要塞空母デスピナもいる。デスピナからは、可能な限りのファイターと攻撃機が発着する。ホエールも参戦する。

勿論、敵が黙っている訳がない。

これから攻略する静岡東部には、分かっているだけでもヘクトルが八百機以上確認されている。

集結されると、どれだけの被害を出すか分からない。

しかも敵には、多数のシールドベアラーもいる。その上、相当数の巨大生物も、確認されているのだ。

今回に関しては、総力戦である。

「衛星兵器の使用許可は出ていますか?」

「いや、今回については許可は出ないそうだ」

「そうですか。 少しは戦況が楽になるかと思ったのですが」

谷山が残念そうに言う。

以前の房総半島での戦いで、衛星兵器ノートゥングからの大威力戦略砲撃が戦闘の帰趨を決めたから、残念がるのも無理はない。

黒沢が質問してきた。

「敵の現時点での戦力配置は、どうなっていますか」

「前衛にヘクトルの防衛網が散らかっていて、まんべんなくシールドベアラーが配備されている。 図にするとこうだ」

命がけでスカウトが入手してきたデータが展開される。

これだけ緻密な図。

きっと、被害も出したことだろう。

シールドベアラーがいる以上、おそらく空爆は決定打にならない。要所要所で精鋭が突撃して、シールドベアラーを破壊しなければならない。

当然ヘクトルや巨大生物の猛攻に晒される。

やるのは、ストームチームの仕事だ。

「この作戦は、ブルートフォース作戦と呼称されることが決まっている。 作戦開始に伴い、昇進人事を発表する」

まず、日高軍曹を少尉に。

これに関しては、今までの戦歴が他の新兵よりかなり上だという事、戦場で発揮しているリーダーシップや折衝能力を評価している。

戦闘面では凡庸な日高軍曹だが。

他の新兵達をまとめ上げて、皆に頼られている様子は、将来の幹部候補と言うに相応しい。

他の新兵達の上に立とうとして空回りするようなこともない。

自然に慕われる魅力がある、という事なのだろう。

また、三川と原田、それにナナコも、軍曹に昇進。

三川と原田に関しては、負傷での中途離脱を埋めるだけの活躍はした、という判断である。

まだ三川については、少し危なっかしい所があるけれど。

それでも、この間の赤蟻殲滅作戦でも、精鋭との戦闘でも。いずれも敵から逃げるようなことは無く、誤射もしていない。

ナナコに関しては、いうまでもない。

実戦での活躍が、他の新兵より一枚抜けている。

射撃精度も冷静な判断も、著しく優れていて、敵を怖れる様子も無い。他の新兵と同じく、軍曹で問題ないだろう。

あと、近いうちに黒沢と池口と筅に、少尉の昇格試験を受けさせたいところだ。

人事を発表するが、嬉しそうにしている者はいない。

日高軍曹改め少尉は、別に権力に興味が無さそうだし。

他の新兵達も、給料が増える、くらいにしか思っていないようだ。

いずれにしても、精鋭部隊ストームでは、本来指揮官級の地位にある人間が、一兵卒として戦わなければならない。

地位が上がったところで、やる事に変わりは無い。

ちなみに私や弟の地位は、当面据え置きだ。

特に弟の場合、特務大佐ともなると、少将待遇。つまり、地方支部の指揮官クラスと同じ権限が備わる。

一特殊部隊の長に、そこまでの待遇はいくら何でも過剰だ。

かといって、弟は前線から離れてしまうと、力が発揮できない。以前昇進人事を受けたら断ることにしていると、弟は私に言っていた。

多分、今も気は変わっていないだろう。

浜松から、迂回して山梨へヒドラで移動。他にも、別の部隊を運んできているらしいヒドラの姿があった。

山梨の最終防衛ラインに到着。

既に修理が完了したプロテウスが来ている。修理が完了しただけでは無く、武装を追加して、バージョンアップも果たしているようだ。

ヒドラがひっきりなしに行き来して、何カ所かにある兵力集中地点に戦力を集めている。静岡での戦闘は長く続いたが。

これで終わりにしたいものだと、日高司令は言っていた。

これに関しては、私も同感である。

ヒドラが着陸する。

前線基地はかなりダメージを受けていた。この間の赤蟻殲滅作戦の際、敵の大部隊による猛攻を受けたとは聞いていたが、本当に酷い有様だ。

元からの防衛部隊は、疲弊が酷く、今回の作戦には参加できないという。

確かに、彼方此方に破壊されたビークルの残骸が目だった。

ヒドラから降りると、新兵を整列させる。弟が声を張り上げた。

「作戦開始は、明朝五時。 それまで、各自休憩するように」

「イエッサ!」

「では解散」

私は、解散が終わると、すぐに診療所へ直行。

医師の診察を受けた。バイタルはどうにか安定しているが、それも今回の戦いでどう転ぶか分からない。

敵は相当数の兵力を集結させているが。

まだまだ、援軍が集まっているという情報もあるのだ。

特に飛行ドローンが凄まじいという。

現時点だけで二千機以上が確認されているとかで、味方空軍も、総力戦の体勢に入っている。

医師の診察が終わると、ヒドラに戻る。

ベッドを使って寝ることにしたのだ。しばらくぼんやりしていると、睡眠薬を医師が処方してくれた。

少しでも良いから、寝ろ。

そう言われていることは分かっている。

頷くと、睡眠薬を口にして、無理矢理眠ることにした。

カプセルは使わない。

自然に眠るのが、結局の所、一番体に負担を掛けないからである。

間もなく、戦いが始まる。

だがこの程度の規模の戦いなら、嫌と言うほどくぐり抜けてきた。今更、緊張は、しなかった。

 

1、猛攻ブルートフォース

 

既に、廃墟と化した街には、集結した部隊が展開していた。

EDFの制度では、基本的に基地ごと、場合によっては司令部単位ごとに、レンジャーチームなどのチームは番号を振り分けられる。

だから東京支部のレンジャー9と、九州支部のレンジャー9は、別の組織になるわけだ。

大規模な会戦に発展する場合、作戦に参加するチームに関しても、同じような番号振り分けが行われる。

ストームなどの特殊部隊に関してだけは例外。

ただし、これに関しては、前大戦が終わった後の話だ。

前大戦では、ストームは1チームでは無かったし、多くの人員が補強されては、片端から散っていった。

最終戦ではとにかく悲惨で、今ストームを構成している主力メンバー以外の殆どが、戦死した。

レンジャーチームが点呼している。

今回、レンジャーチームは1から202まで番号が割り振られた。

参戦するウィングダイバーチーム16、フェンサーチーム13についても、同じように番号が振り分けられている。

房総半島での防衛戦でも同じような番号割り振りが行われているが。

つまり、それだけ戦闘が大規模で、激しくなるという事だ。

ストームチームは、最前衛の少し後ろ。

ベガルタファイアナイトが敵を見据える肩に、弟は乗っている。構えているのはライサンダーである。

少し離れた後ろに、池口のネグリング。

その更に少し後ろに、秀爺のイプシロンが待機。

敵の前衛部隊、ヘクトル60機ほど。まずは戦車部隊による砲撃を浴びせ、その後接近戦でシールドベアラーを撃破する。

その後、空爆で接近するヘクトルを牽制。

もし四足が前に出てくるようなら、集中攻撃を浴びせる。勿論、グラインドバスターも、攻撃機は装備しているのだ。

「近づいてくるな」

「あれはほんの一部だ。 後方には千機以上のヘクトルがいるって話だぜ」

「ぞっとしねえなあ」

周りのレンジャーが話しているのが聞こえる。

不安ももっともだ。私はガリア砲の準備を確認すると、弟に通信を入れる。

「攻撃合図はまだか」

「まだだ。 どうも前衛のヘクトル部隊の後方に、相当数のヘクトルが接近しているらしい。 此方の総攻撃を見抜いたという事だろう」

「それならば、なおさら各個撃破するべきだろうに」

「空軍が揉めているのだろう」

空軍はシールドベアラー出現以降、肩身が狭い思いをしている。

ついに出現した敵精鋭の手により、ファイターが撃墜されるという事件も起きているようで、名誉回復のため躍起なのだろう。

程なく、連絡が来る。

まず空軍の攻撃機が、敵の前衛に空爆。打撃を受けたところに、総攻撃をするように、という事だ。

作戦が少し違う。

それに、こんな戦いの序盤で、そのように弾薬を浪費してしまって、構わないものなのか。

不安が募るが、弟が咳払いした。

ほどなく、アルテミスの編隊が来る。護衛のファイター数機も見えた。

ヘクトルが上空に向き直るが、その時には。

既に無数のクラスター弾が、敵に投下されていた。

爆裂。

轟音。

凄まじい熱に晒されたヘクトルが、悲鳴のような軋みを挙げる。中には今の爆撃で、木っ端みじんに消し飛んだ機体もあるようだ。

更に、第二波が容赦のない爆撃を浴びせていく。

レンジャー部隊が、喚声を挙げた。

「EDFの力を見たか!」

「ざまあみろ、木偶人形ども!」

「空爆万歳だぜ!」

脳天気に喜んでいるレンジャー達に冷や水をぶっかけるように。

今の爆撃を生き延びたヘクトルが、炎をものともせず、前進を開始する。戦車隊が、攻撃を開始。

弟も、声を張り上げた。

「各自、長距離攻撃開始! 可能な限り、ヘクトルを集中攻撃して、各個撃破しろ!」

今まで、防衛ラインに張り付いていた鬱憤を晴らすように、熱狂的な攻撃を仕掛ける戦車隊を横目に。

ガリア砲を叩き込みながら、私はここからが大変だなと、内心ぼやいていた。

 

戦線が開かれて、すぐに戦況は変わる。

半壊状態にまで痛めつけられたヘクトルの部隊を支援するように、すぐにシールドベアラーが姿を見せたのである。

可変式のシールドが、砲撃もスナイパーライフルでの一撃も防ぎ抜く。更に、である。

「巨大生物出現!」

スカウトが声を張り上げる。

黒蟻が中心だが、赤蟻も相当な数がいる。遠目に見ても、二千はくだらないだろう。シールドベアラーがいる以上、非常な苦戦は免れない。

ジョンソンが観測し、指示を出してきた。

「これより指示する地点の敵を集中攻撃。 ストームリーダー、指示するシールドベアラーの撃破に向かって欲しい」

「任せろ」

ベガルタから飛び降りると、弟が走り出す。

勿論、私もそれに続いた。

敵との距離が、見る間に縮まっていく。レンジャー部隊も、フェンサー部隊も、ウィングダイバー部隊も。

喚声を挙げながら、敵との距離を詰めていった。

「突撃! GOGOGO!」

日高司令の声がバイザーに轟く。

プロテウスも、前進を開始。発射された無数のミサイルが空を突き抜けて、敵陣に降り注ぐ。

流石の破壊力だ。大型ミサイルが直撃したヘクトルは大きく傾ぎ、味方の集中砲火を浴びて爆散していく。

だが、敵はシールドベアラーに守られながら、傲然と前進を開始。

見る間に前線が接触した。

肉弾戦が始まる。

ハンマーを振るって、巨大生物を吹き飛ばしながら、弟の路を作る。後ろは既に阿鼻叫喚。一瞬でも早く、路を作らないと、それだけ多くの被害が出る。

目の前に飛び込んできた赤蟻をハンマーで吹き飛ばすと、通信が来る。

「ヘクトルの大部隊、飛行ドローン部隊、ともに接近! 飛行ドローン部隊は、数百に達しています!」

「主力のお出迎えだな」

「シールドベアラーを急いで倒してください! 前線がもちません!」

レンジャー部隊の悲鳴が上がる。

威勢良く突入はしてみたが、何しろ敵の数が数だ。その上、今回の戦いが初めてという新兵も多いのである。

弟が、飛び出す。

そして、シールドベアラーに、ライサンダーから至近距離の砲撃を浴びせていた。

爆裂する悪夢の塔。

まずは一つ。

シールドが消えたことで、敵の空白地点が出来る。其処へ戦車隊が集中砲撃を浴びせ、一気に敵を制圧していく。

ヘクトルが、ガトリングから猛射して、足下のEDF隊員を薙ぎはらうなか、盾を構えて突進。

ヘクトルのガトリングを無理矢理にはじき飛ばしながら、突撃。

二つ目のシールドベアラーに肉薄。ガリア砲を至近からぶっ放し、打ち砕いた。これで、二つ目。

乱戦が続く。

敵のシールドが消えた地点に、集中攻撃を行い、一気に敵を制圧していくが。しかし、シールドベアラーは次から次へ来る。

六機目のシールドベアラーを潰したころ。

敵の主力が、前衛と接触した。

無論空軍は、飛行ドローンの対処に大わらわ。三十機以上のファイターが出撃して、飛行ドローンと交戦。かなりの速度で殲滅しているが、それでも間に合わないほどのとんでもない数だ。

前線が、入り乱れていく。

戦車隊もヘクトルによる猛攻を受けているのが、通信で分かった。

「此方タンク4! 被害甚大、一旦後退する!」

「応急措置班、対処を急げ!」

「後方に敵! 巨大生物が中心です! 数は数百!」

「ネグリング部隊、弾幕を浴びせろ! ウィングダイバー隊が急行して、押さえ込め!」

乱戦が加速していく。

既に前衛は、ヘクトルの大軍と総力戦の真っ最中である。其処へ幾つかのグループに別れた敵が、側面後方から波状攻撃を行って来ている。

その都度迎撃はしているが。

何しろ、敵の方が総兵力は大きいのだ。

敵の群れのなかを突っ切り、目についたヘクトルに、ブースターを吹かせて躍りかかる。至近からガリア砲をぶち込んで、腹に大穴を開けてやる。穴を抜けて、更に加速。後ろで爆発するのを完全に放置して、シールドベアラーの至近に。

ガリア砲で、消し飛ばす。

呼吸を整える。

空は無数の飛行ドローンで真っ黒だ。

当然、此方にも攻撃が飛んでくる。

前は巨大生物の大軍勢とヘクトルの群れで、まるで壁のよう。この兵力では、少し足りなかったかも知れない。

「此方レンジャー14、包囲されている!」

「此方ストーム、救援に向かう」

「頼む!」

猪突したレンジャー部隊の一つが、敵に囲まれて、袋だたきにされているのが見えた。

弟がライサンダーを連射しながら突貫。私はハンマーを振るって、それに続いた。ジョンソンが、通信を入れてくる。

「離れろ。 支援砲撃を入れる」

「ん」

スラスターで横っ飛び。

前にいた巨大生物の群れに、スティングレイの弾幕が直撃。連鎖する爆発が、敵を容赦なく吹き飛ばす。しかし、それに耐え抜いた赤蟻が、雄叫びを上げて突貫してくる。其処へ私が再度飛びかかり、ハンマーで殴り潰した。

ぐしゃぐしゃに潰れた赤蟻が、飛散する。

先行していた弟が、アサルトを乱射しながら、救助した部隊に後退を促している。舌打ち。

戦いが始まってからまだ少ししか経っていないのに。

これは完全に、敵の術中に落ちていると見て良い。数を生かしての、大規模殲滅戦。敵がもくろんでいたのは、それ以上でも以下でもない。

数に物を言わせて叩き潰すのは、立派な戦略だ。

敵は兵力を逐次投入すると見せて、乱戦状態を継続。その間に主力を呼び集めて、総力戦に無理矢理持ち込んだのだ。

やはり、単純な駆け引きの面では、敵が一枚上手か。

上空で、ファイターが落とされるのが見えた。

この大乱戦だ。

無理もない。一対百の戦いでも互角以上に戦えるという事をコンセプトにしているファイターでも、何しろ敵がこの数だ。

「空爆は!」

「出来る訳が無い! 空を見ろ!」

兵士達が絶叫しているのが分かった。

更に、敵が出現。

もう包囲も何も必要ない。ヘクトルの大部隊は、まるで狩りをするかのように、真正面から悠然と、戦略的意図を隠す気も無く進んできていた。

圧倒的大軍で、正面から小細工無しに叩き潰す。それが一番危険が少ない。奇策をこねくり回すのでは無く、数にものをいわせた正統派戦略が、一番勝率が高い。

戦略の基本はそれだ。

敵は戦略を理解している。

味方が、崩れつつある。

戦車部隊も、近距離でのゼロ距離砲撃戦、移動しながらの長距離砲撃を応酬していく中で、次々と撃破されていた。

ネグリングの部隊にまで、砲撃が及びはじめている。

「ストームリーダー、一旦距離を取るべきでは」

「いや、シールドベアラーを潰さないと、一方的な戦いになる。 涼川」

「へいへい」

爆裂。シールドベアラーが一機、吹っ飛ぶのが見えた。

今回の戦いでは、最初から乱戦になるのがわかりきっていた。だから新人達は中距離からの支援に限定。

私と弟、エミリーと涼川が、シールドベアラーを潰して廻ることに決めていた。

涼川も先ほどから、既に六機のシールドベアラーを潰している。私が十一機、弟が八機。エミリーが十六機。

これは機動力の問題だ。

「涼川、シールドベアラーは無視して、敵を引きつけて貰えるか。 私も同じ作業に入る」

「いいけど、どうすんだよ。 前線喰い破られるぞ」

「エミリー。 シールドベアラーの各個撃破にだけ集中してくれるか」

「良いけど、効率が却って悪くならない?」

弟が通信を入れて、図を見せてくる。

なるほど、そう言うことか。

「ならば私も、敵を引きつける。 ジョンソン! 味方の誘導を頼めるか!」

「イエッサ」

味方が、一斉に動き始める。突貫したエミリーが、シールドベアラーの至近に潜り込むと、閃光を浴びせた。

レイピアと呼ばれる、ウィングダイバー用の近距離武器だ。

元々ヒットアンドアウェイを主体とするウィングダイバーの近距離武器だけあって、破壊力は絶大。一瞬でシールドベアラーをたいまつへと換える。

涼川が、味方部隊が放置していったジープに乗ると、スタンピートをぶっ放しはじめた。炸裂するグレネードの雨。

敵が、これ以上好き勝手をさせるかと、涼川に集まりはじめる。

其処へ、ジョンソンが、味方へ指示。

火力を集中させ、追撃を仕掛けようとした黒蟻数十匹を、ロケットランチャーとエメロードの弾幕で、一息に粉砕した。

その間も、弟は細かい指示を出し。

そして、ついにお膳立てが整った。

「制圧攻撃機アルテミス、これより戦場に突入する!」

「馬鹿な、シールドベアラーがいるし、ドローンの餌食に……」

日高司令が口をつぐむ。

気付いたのだろう。

シールドベアラーが、殆ど護衛の役を果たせていないことに。

敵が集中しているのは、涼川がいる方面。一方シールドベアラーは、ぽつんと孤独に突っ立っている機体が多い。

ヘクトルも、守れていない。

意図的に造り出した火力の粗と密で、敵を分断するのに成功したのだ。

更に、シールドベアラーは足が遅い。火力の粗にともなって移動するヘクトルに、ついていけなくなったのである。

更に上空での戦闘でも、ファイターを意図的に偏らせることで、制圧空域に、路を作ったのだ。

その道を通って乱入したアルテミスが。

地上に、クラスター弾の雨霰をばらまいていた。

爆裂。

ヘクトル十機以上が、瞬時に木っ端みじんになる。

巨大生物も、空に舞いあげられ、粉々に吹き飛んでいった。

瞬時に敵の一部が瓦解。

喚声を挙げながら、味方が反撃に出る。勿論、孤立したシールドベアラーにも躍りかかり、よってたかって爆破していく。

形勢が逆転した。

上空のドローンにも、地上部隊から攻撃を開始。エメロードは対空攻撃も可能なのだ。無数の小型ミサイルが飛行ドローンに襲いかかり、次々爆破していく。傾いた形勢は、簡単には戻せない。

その、はずだった。

攻勢に出たレンジャーチームが、横殴りの射撃を浴びて、吹っ飛ぶ。

長距離からの砲撃だ。

劣勢になったフォーリナーの部隊が、体勢を立て直し、合流しはじめる先には。無傷の、まるで鉄の壁のような、ヘクトルの壁が立ちふさがっていた。

「敵の新手です!」

「調子に乗りすぎたな」

弟が、ぼそりと、悔しさを含ませて言う。

まだまだ敵の戦力は、それだけ残っているという事だ。

しかもシールドベアラーも多数いる。飛行ドローンも、劣勢の味方を救うべく、大挙して戦場に乱入してきていた。

アルテミスの一部が、退路を塞がれて。

地上に強制着陸する。必死に地面を走って逃れるが、擱座する機体も多かった。

ジョンソンが味方の再編成を進める中、陣形を立て直す。

此方に向かってくる敵の戦力は、おそらく本隊。

隙が無い陣形で、中距離射撃の間合いに此方を引きずり込み、圧倒的優位を保ったまま砲撃を仕掛け続けている。

戦車隊が割り込んで、わずかに時間を作る。

負傷者を後送しながら、長距離攻撃で敵を圧迫。シールドベアラーの防御範囲から逃れた敵を、優先的に打ち抜きながら、距離を詰めていく。

前線に、プロテウスが躍り出てきた。

「宇宙人共! 鉄の巨神の力、見せてやる!」

無茶は承知の上なのだろう。

プロテウスなら、多少の攻撃を受けるくらい、どうにでもなる。味方と連携して火力の網を作りながら、再編成の時間を稼ぐ。

敵は此方の損害を見て取っているのだろう。

気にさえせず、ゆうゆうと陣を勧めてくる。敵の中には、多数の巨大生物も、混じっているのが見て取れた。

横殴りの射撃を浴びたヘクトルが、頭を吹き飛ばされる。

秀爺らのイプシロンが、間合いに入り込んだ敵を撃ち始めたのだ。

わずかに、敵の陣形が崩れる。

其処へ、突入を開始。

先陣を切ったのは、膨大な粒子砲の直撃を浴びつつも、不動の体勢を保っているプロテウスだ。

日高司令は、やはりこういう作戦の方が、得意なのかも知れない。

 

入り乱れての乱戦が続く。

敵本隊と本格的に戦い始めてからも、なおもその凄まじい殺し合いは、終わる気配も見えなかった。

弟がライサンダーでゼロ距離射撃。シールドベアラーを吹き飛ばす。

巨大生物がよってたかって酸を浴びせてこようとするが、飛び込んできたバゼラートが、ミサイルを叩き込んで蹴散らす。

谷山だ。

先ほどからひっきりなしに砲撃支援をしてくれているが。

それでも、敵が多すぎて、どうにもならない状況だ。

「此方谷山、補給のため下がります」

「了解!」

「此方三川! 味方が苦戦しています!」

新人達はジョンソンと一緒に、グレイプRZを中心に戦っているが、とっくのむかしに乱戦に巻き込まれている。

今のところ敵に対処は出来ているが。

長距離砲はもう喰らっているようで、負傷してはキャリバンからはいだし、また負傷してキャリバンに戻る繰り返しの様子だ。

此方だって、限界が近い。

ハンマーを振るって、敵をどれだけ吹き飛ばしただろう。

大地を埋め尽くす敵は。

いなくなる気配もない。

上空の飛行ドローンに向けて、ずっとミラージュを叩き込み続けていた三川が通信してくるくらいだ。

かなり、後方はまずいのかも知れない。

「近距離装備に切り替えろ。 前線は此方でどうにかする!」

「此方ホエール!」

今度は何だ。

ゼロ距離射撃で、また一機シールドベアラーを叩き潰す。

前衛は一進一退。

体勢を立て直した敵味方は、完全に互角の攻防を続けているが。スカウトからは、ひっきりなしに敵増援の報告が上がっている。主に関東からなだれ込んできている巨大生物が、増援の主だ。

途中高空戦力でかなりの数を削っているが、それでも戦場に乱入してくる。

奴らは、自動車以上の速度で、走り回るのである。

「支援を続けてきたが、そろそろ装甲がもたない!」

「応急処置でしのげないか」

「厳しいかも知れない! おそらく、後一回。 敵に強襲を仕掛けられれば、それで良い方だろう」

なるほど。

敵の狙いは、おそらくそれだ。

無尽蔵とも言える飛行ドローンを投入してきているのは、空軍の消耗を狙っての事。事実半数近くのアルテミスとミッドナイトが、既に航行不能に陥っている。

ファイターもありったけの数が対応しているが、それでも手がとても足りないのだ。

弟が、通信を入れる。

「デスピナ、応答して欲しい」

「此方、デスピナ艦長だ」

「現在の戦況図は見ているか」

「もちろんだ。 敵の密度が高い地点に、巡航ミサイルを撃ち込み続けている」

主に今デスピナが狙っているのは、敵の前線後方。

そうすることで、少しでも敵の増援を防いでいるのだ。現状、凸陣の味方と、凹陣の敵が、均衡を崩せないでいる。

敵は空軍の消耗を狙ってじり貧に陥らせるつもりだし。

味方は、決定的な攻撃に、出られずにいる状況だ。

涼川がスタンピートで、一度に数十の巨大生物を爆破したが、噛みついてきた赤蟻に、ジープを横転させられる。至近から赤蟻にアサルトの弾を浴びせて、舌打ちしているのが見えた。

そろそろ、味方の戦力は消耗がきつい。

戦車隊の損耗は、一割を超えている。レンジャー部隊もだ。フェンサー部隊は盾の消耗が厳しく、そろそろ危険。

空軍が満足に動けないから。

陸軍も、消耗が酷くなってきているのだ。

敵の戦略に、味方が押されているのである。

「対空ミサイルはどれだけ残っている」

「地上支援はいいのか」

「構わない。 対空ミサイルを、艦隊全てで、ありったけ敵に叩き込んで欲しい」

「知らないぞ。 大丈夫なんだな」

デスピナ艦長が、通信を切る。

狙いは読めたが、少しばかり戦況が厳しくなる。弟が、声を張り上げた。

「陣形を再編する! 各自バイザーに転送した地点に向け動け!」

「イエッサ!」

味方が下がりはじめる。

ギガンテス戦車が、ヘクトルに踏みにじられて、爆散するのが見えた。ネグリングは既にミサイルを撃ち尽くしそうな勢いで、支援をし続けているが。シールドベアラーが半減している現状でも、かなり戦況は厳しい。

「姉貴、シールドベアラーを全滅させる。 エミリーも、頼めるか」

「ワオ、相変わらず無茶を言うわね」

「……医者にまた怒られるな」

私は舌打ちすると。

アーマーの状態がよろしくないことを理解した上で、敵に突入する。

 

矢島がシールドで敵を押し返し、更にガリア砲で吹っ飛ばす。

乱戦が続く中、矢島は確実に、敵の突入を防いでくれていた。近づく相手は、片っ端からナナコが射すくめてくれる。

乱戦の中、グレイプの速射砲も、確実に敵を撃ち続けてくれていた。

三川仙は、ようやく任せて貰ったミラージュから、忸怩たる思いで武器を切り替える。味方ウィングダイバー隊は、危険を承知で巨大生物たちの中に飛び込み、果敢に戦っているのに。

自分は中距離、長距離の武器を中心で。

安全な場所から、敵を撃っているように思えてならなかったのだ。

グレイプに併走している原田が、警告の声を飛ばしてくる。

「三時方向にヘクトル! 味方を狙っている!」

「三川!」

ジョンソン中佐の声。

切り替えた武器は、MONSTER。ウィングダイバーに支給されている、強力な狙撃武器だ。

狙いを定める。

ヘクトルはガトリングを回転させて、今巨大生物の群れを射すくめているレンジャー隊を撃とうとしていた。

焦るな。

怖がるな。

恐怖を飲み込む。

そして、撃つ。

MONSTERの大火力が解放されて、一気にヘクトルを打ち抜いた。数秒の抵抗の後、熱線に装甲を焼かれたヘクトルが、爆裂四散。多分、今までの戦闘で、相当に消耗が溜まっていたのだろう。

呼吸を整えながら、もらったお薬を。錠剤を飲む。水がなくても飲めるお薬だ。

PTSDは回復したけれど。戦場の恐怖で、またぶり返す恐れがある。

だから中距離から長距離で、可能な限り戦うように。

そう、お医者様に言われて、お薬だってもらった。

強化クローンが何名もいるストームで、あまり多くない普通の人間。他にも普通の人間はいるけれど。

勇気があったり、強かったり。

三川は、どうしてこんな強い部隊にいるのか、分からない。

ジョンソンが、声を張り上げる。

「少し下がる! 味方の支援を続けろ!」

「イエッサ!」

「三川、大物を確実に狙っていけ!」

「い、イエッサ!」

充電されたMONSTERを構える。一射ごとに大量のエネルギーを消耗するこの武器は、大物を射すくめるには最高だけれど。外してしまうと、悲惨極まりない。スコープを覗いて、ヘクトルを探す。赤蟻を見つける。味方を噛んで、振り回している。躊躇無く、撃つ。

赤蟻が吹っ飛んで、味方が中空に放り出された。

しまったと思ったけれど。

もう、時間は戻らない。あれは、他の味方に任せるべきだった。

バックするグレイプに飛び乗る。呼吸を整えながら、呟く。落ち着け。此処には、彼奴は、いない。

彼奴は、あの蜘蛛の化け物は。

こういう移動する戦場には、ついてこられないからだ。

「味方が押されていますね」

「いや、そろそろ来るころだ」

ナナコに、ジョンソンが淡々と応える。

次の瞬間だった。

飛来した膨大なミサイルが、中空で一斉に炸裂。爆散して、多数の飛行ドローンを、瞬時に花火に変えたのである。

更に第二波。

飛行ドローンが、見る間に消し飛んでいく。

地上では、味方が押されているのが見える。

戦車隊の消耗も激しいし、プロテウスも装甲が見る間に抉り取られている。しかし、ストームリーダー達最精鋭が踏みとどまって、敵の浸透を防いでいる。

しかし、だ。

三川にも見える。

敵が増えている。

増援が、今まで削られていた巡航ミサイルの雨を気にせず集まりはじめているのである。前線の負荷が、見る間に増していくのが、目に見えて分かりはじめた。

いつの間にか凸字陣と凹字陣の対決が。

横一線の陣同士がぶつかっている。

シールドベアラーは既に全滅したようだけれど。このまま押されれば、中央突破される。

多数のヘクトルが、一斉に長距離砲を放った。

あっと思った時には、至近に着弾。

必死に伏せたが、原田は直撃を貰ったはずだ。見ると、かなり遠くに転がっていた。必死に立ち上がろうとする原田。だが、敵は更に、長距離砲撃を、続ける体勢に入っている。

再び、空に無数の花火が咲く。

飛行ドローンが、気付いたときには。

綺麗に、消え去っていた。

「此方空軍! 地上部隊、よく持ちこたえてくれた! しかも敵が密集している上、シールドベアラーがいない! これより、敵陣に、破壊と殺戮の雨をお見舞いしてやる!」

「あ……」

やっと、三川にも分かった。

これが、狙いだったのか。

残っていた空軍の飛行機が、ありったけ飛んでくる。わずかに残った飛行ドローンを、ファイターが蹴散らす。そればかりか、ファイターまで対地ミサイルを放って、敵陣に猛攻を加えはじめる。

ロケット砲。大威力砲。機関砲。

飛来した大型攻撃機ホエールが、空の要塞の名に恥じない多彩な武器で、敵陣を打ち据える。

更にミッドナイトとアルテミスが、膨大な爆弾とクラスター弾を投下。

爆発が連鎖。

吹っ飛ぶ敵の破片。巨大生物もヘクトルも、粉みじんになった。

一気に、敵勢力を示す赤が、レーダーから消えていく。

まだ残っている巨大生物が、敗走を開始した。ヘクトルは敗走しようとせず、その場に踏みとどまる。

巨大生物を守ろうとしているんだ。

それが、何となく分かった。

「よし、今だ! 敵の残党を叩き潰せ! 決定的な打撃を、敵に与えろ!」

「スカウトより通信! 集結しつつあった巨大生物が、静岡、エリア2戦場から離れていきます! 形勢不利とみた模様!」

「このまま、敵を叩き潰せ! 敗走する敵は構わなくて良い! この戦場にいる敵主力は、生かして返すな!」

日高司令が、残ったありったけのミサイルを、プロテウスから放つ。

兵士達は勝利を確信し、EDFの名を叫びながら、敵に突進していった。

そんな中。

私がしたのは、原田軍曹の所に降りたって、肩を貸して、グレイプの所へ行くことだった。

「俺は良いから、一匹でも多く、敵を打ち抜いてくれよ」

「もう、私は、充分殺しましたから」

既に、形勢は完全に決まっている。

ありったけの爆弾を降らされた敵は、文字通り壊滅状態。ストームリーダーをはじめとする前線の勇者達が、逃げ腰になった巨大生物と、必死に立ちふさがろうとするヘクトルを、根こそぎ叩き潰して廻っている。

追撃戦も始まっていた。

ネグリングが前進し、バラバラに逃げる敵にミサイルの雨を降らせはじめている。この様子だと、逃げ腰になった巨大生物も、半分も残らないだろう。

グレイプに原田を収容。

自分は外に出ると、熱狂的な追撃戦をする味方を、茫洋と見つめた。

勝ったのだ。

多分、開戦以来、此処まで画期的な大規模勝利は初めてだろう。

通信が入ってくる。

他のエリアでも、EDFは快勝。エリア3に到っては、援護のために出てきた四足歩行要塞を撃破までしたという。

三川は周囲を見た。

味方の死体。

敵の残骸。

既に荒野と化している静岡の東を、埋め尽くす命無き塊の群れ。

どうして、皆嬉しいのだろう。

味方だって、こんなに死んだ。

仕返しをしたかったからだろうか。確かに、敵を殺せば、仇は討てるかも知れないけれど。

とてもではないが、三川は嬉しいとは、思えなかった。

 

2、三度地底へ

 

私が自軍の陣地に戻ると、既に祝杯が挙げられていた。

特務少佐と、声を掛けてきたのは原田だ。ほろ苦い表情である。

「勝利、したんですよね」

「ああ」

傷だらけの原田は、酒を飲む気にはなれないようだった。

私には、何となく、その理由が分かる。

確かに決定的な勝利だが。

完勝とは言いがたかったからである。

四時間にわたる追撃戦で、ブルートフォース作戦は終了。エリア2の戦闘に参加したヘクトルと飛行ドローンは、その全てを撃破。推定される参加した巨大生物およそ一万一千の内、八千以上の撃破にも成功した。

エリア2の戦闘に参加した人員の内、戦死者とMIAは合計で四百七十三名。これは決して少ないとは言えない数だ。この戦死者の中には、エリア2の戦闘には直接参加しなかったスカウトも多く含まれている。

また、ビークル類の破損も多い。

特に戦闘に参加した攻撃機の半数近くが撃墜ないし行動不能に陥っていて、空軍の体勢を立て直すには、時間が掛かりそうだった。

静岡の東部はほぼ奪回に成功。

ただし、体勢を立て直した敵が四足周辺に展開。

大きな被害を出していたEDFには、堅固な守りを固めたこれを追撃する余裕は無く。結局、橋頭堡としての四足を打ち倒すことは出来なかった。

ブルートフォース作戦は成功したが。

完勝とはいかず。

敵の戦力を多く削り取ることのみに留まった。

5エリアの戦闘で、EDFの合計戦死者は千九百七十名に達し、ビークル類の破損も相当数に昇る。

完勝とは言えないし。

今後の戦況が楽になるとも断言は出来なかったけれど。

ただ、これでマザーシップの周囲を固めている戦力の大半を敵が喪失したのは、事実だった。

既に戦場となった地域には、回収部隊が展開。

巨大生物、ヘクトル、飛行ドローンの残骸を集め始めている。同時にスカウトも散らばって、味方の亡骸を回収しはじめていた。

死体袋に入れられた亡骸が、運ばれて行く。

殆どは悲惨な有様で、肉塊と化しているものは珍しくもない。

内臓が飛び出しているとか。

顔が潰れている、程度の死体は。むしろ、状態が良い方だ。アーマーが切れてしまうと、もう敵の猛攻に、人体では耐え抜けないのだ。

かくいう私も、フェンサースーツは既に限界が近い。

祝杯の挙げられるパーティ会場を離れる。

医師に、こっぴどくしかられるのを、覚悟しなければならなかった。

「姉貴、状態は」

「良くないな」

今回は総力戦だった事もあって、久々に全力を出した。

その結果、もう全身が酷く痛んでいる。多分体中で内出血している筈だ。あれだけの機動戦を行い、多数の巨大生物を殺して。シールドベアラーもヘクトルも破壊したからである。

「後は俺がやっておく。 姉貴は、ゆっくり休んでくれ」

「ああ、そうさせてもらう。 新人共は」

「原田は祝賀パーティに軽く出た後、病院に行かせる。 後はジョンソンもだな。 他のメンバーは、特に怪我もしてない。 涼川は元気すぎるほどだ」

全く、涼川については、心配さえしなくてよいほどだ。

一体どうすれば、あれだけ頑丈になるのか、理解できない。

パーティ会場を抜けると、野戦病院が拡大されている。野戦病院といっても、テントやプレハブだけではない。フォーリナーからの鹵獲技術を使って、相当人数を一度に治療できる設備を、短時間で作れるのだ。

医師も看護師も、かなりの数が働いている。

其処は、まだ戦闘が継続しているような有様。いや、むしろ、此処からが本番かも知れない。

てんやわんやだ。

フェンサースーツを解除すると、医師の所に行く。

此処では無理と判断された状態の患者が、次々とヒドラで、東京支部などの設備が整った軍病院に運ばれて行っている。

キャリバンはフル稼働中。

負傷者がまだ、かなり取り残されているのだ。ブルートフォース作戦は、極東に限っても、主戦場であるエリア2、静岡東だけで行われたのでは無い。各地で敵を観測し、状態を味方に伝え続けたスカウトや、主力以外の敵と戦っていた部隊も少なくはなかったのだ。それらの部隊にも、戦死者、負傷者は多いのである。

そういえば、日高少尉はパーティに参加せず、しばらくはキャリバンで負傷者の救助に当たるとか、バイザーの通信で言ってきていた。

わいわいと騒ぐ声が、パーティ会場から聞こえるが。

私にも弟にも、関係がないこと。

弟は今頃、後処理で忙しい。

私はこれから、医者にしかられる時間が待っている。

医者には、案の定。散々絞られた。白衣に着替えて検査を受けると、バイタルが凄まじい低下を示していた。

肌は内出血で青く鬱血しているし。

気がついてみれば、呼吸も苦しいような気がする。

「貴方一人で、一体何人分戦ったんですか。 どうして他の人間に、負担を分担できないのですか!」

医師は角を生やしそうな勢いだった。

酸素吸入器を当てられて、点滴までされる。

そこまで酷い状態だったのかと、自分でもむしろ驚いてしまった。

しばらく医師は何名かで相談していたが、培養槽へは放り込まないことで、意見を一致させたらしい。

ただし、絶対安静と言われた。

どのみち数日は、ストームは動かない。

しばらくは今回戦闘に参加しなかったチームが、敵の追撃戦を行う。特に関東全域に散らばっていた巨大生物は、今回で半減した。東京の巣穴にいる巨大生物どもも、いい加減相当に数を減らしているはずだ。如何に女王が中にいるといっても、そこまで簡単に巨大生物は増えないのである。

追撃戦が一段落してから、ストームが手強い抵抗を続けている敵をたたくことになる。

眠るように言われて、従う。

軍病院でも、兵士達には楽天的なものが多い。

パーティに参加できなくて残念だとか、敵を何匹殺したとか、楽しそうに話している声は。

寝込んでいる私の所にも、届いていた。

楽しそうだなと思うけれど。

羨ましいとは思わない。

むしろ、これからが心配でならない。今回の件で、確かに地球上に展開しているフォーリナーは、相当な打撃を受けた。EDFも打撃を受けたが、それ以上の決定的な損害を受けたのだ。

四足が展開した長距離掃射砲や。

満を持して姿を見せた精鋭。

それに何より、レタリウスやシールドベアラー。

これらのことを考えると。

フォーリナーは、まだ本気を出していないとしか、思えないのだ。

睡眠薬が効いて、しばらくすると眠っていた。バイザーを付けて、状況を確認。関東全域で戦闘が行われて、EDFは一気に優位に立っている。敵が守りに入ったのは明白である。

これは、攻め時だと、EDFが判断するのは、間違いない所だろう。

通信が入る。

弟からだ。

「姉貴、目が覚めたか」

「ああ。 次の作戦か」

「そうだ。 いよいよ、東京巣穴の攻略作戦に入る事に決まった。 ストライクフォースライトニングが、ロシアの敵巣穴を。 オメガチームを中心としたチームが、中東の巣穴を攻略しに掛かる事も決まっている」

なるほど、根本的な対策か。ストライクフォースライトニングを北米から出すくらいだ。EDFは本気とみて良いだろう。

もしもこれらの作戦が上手く行けば、敵の巣穴は半減以下。残りは中国、東南アジアの三つと、インド、オーストラリア。

マザーシップ攻略に、弾みを付けることが出来る。

ただ、かなり数を減らしているといっても、何しろ東京巣穴は最大規模。敵の数は、まだ数万に達しているはず。

作戦について、良いものはあるのだろうか。

「二度の作戦で、敵の戦力は確認できているはずだ。 何かしらの秘策はあるのか」

「女王の位置は判明している。 女王を叩いた後、残った巨大生物を分断し、各個撃破するつもりらしい」

「上手く行くのか」

「やってみるしかないな」

何とも頼りない答えだ。

医師が頭に角を生やして様子を見ていたので、適当に話を終えて、通信を切る。

栄養の点滴を足された。

医師ががみがみいう。謝りながら、回復の状態を自分でも確認。

肌に浮かんでいる内出血は治まってきているが、どうにも体がだるい。それだけ内臓に負担が掛かっているという事だ。

普通の人間だったら、何ヶ月もかかる回復が。現在のフォーリナーの鹵獲技術から得られた最新治療でも、一週間は掛かる回復が。

無理矢理に、超短時間で行われている。

これも、私の中に流れている。地下の彼奴が持ち込んだ、不可解な遺伝子の力だろう。強すぎる回復力。

その分、私の寿命は。

味けのない病院食を食べさせられる。しばらくすると、見舞いがきた。戦闘で世話になったという兵士達だ。

彼らは一様に礼を述べてきたけれど。

私には、素直に応えることが出来なかった。結局多くの被害を出したことに変わりは無いし。

それに、弟のように、無傷ともいかなかった。

毎度戦闘の度に大けがをして、人外の快復力で無理矢理直して。それで戦っているだけ。こういうとき、思う。私は弟と違って、きっと英雄では無い。だから感謝の言葉を受けると、忸怩たるものがある。

それに、ある程度の規模の戦いまでなら、味方を守りながら戦えるが。

ブルートフォース作戦規模になってくると、もう誰も守る余裕は無い。

ヘクトルを倒し、巨大生物を薙ぎ払い、シールドベアラーを打ち砕いて、荒れ狂っていただけ。

誰も、守れなんてしなかった。

昔も今も、それは同じ。

だから、ありがとうと言われると。むしろ、心が締め付けられるのだ。

翌日、バイタルの改善が見えたという事で、点滴を外された。

バイザーを付けて戦況を見る。各地で攻勢に出ているEDFは、勝利を続けている。被害も出ているが、それでも明確に有利と言える状態だ。

今のところ、ストームに出番は無い。

 

関東全域での駆逐作戦が軌道に乗り、少なくとも現時点で、東京からの駆逐は完遂した。

ただし東京地下には、今だ世界最大の巨大生物の巣がある事実には変わりが無い。ブルートフォース作戦をはじめとする戦いで、相当数の駆除には成功したが。フォーリナーが運んできた巨大生物もいる。

現時点で、まだ四万を超える数が、地下にいる。

その推定が、為されていた。

医師がにらむ中、退院した私も、幹部会議に参加する。

ブルートフォース作戦が終わってから四日。

戦いは、次の局面に入りつつあった。

会議で、日高が立ち上がり、拳を振り上げる。

ブルートフォース作戦で、プロテウスを中破させながらも、前線で阿修羅のごとく暴れ狂った日高は、ついに大将へ昇進という話が出ている。EDFでも三人しかいない大将に、四人目が登場することとなる。

勿論、それを良く想わない者もいるだろう。

だが、私としては、歓迎だ。

動きやすくなるからである。

「いよいよ、極東にとって、のど元に突きつけられた剣となっている、巨大生物の巣を叩く」

身じろぎしたのは、つい昨日大佐に昇進したジョンソンだ。

長年の活躍が認められ、ついに大佐昇進である。ただし、これ以上ストームでの出世は無理だろうとも言われていた。

ストライクフォースライトニングの現隊長は、弟と同じく准将待遇の特務中佐。寡黙なジョンソンが、実際には非常に強い名誉欲を持つ事を、私は知っている。

その内、自分の隊を持ちたいと言い出すかも知れない。

弟は、それも良いだろうと言っている。

ストーム、オメガ、ストライクフォースライトニングに次ぐ、四つ目の最強チーム。地球にとって、その出現は心強くはあるだろう。

事実、ジョンソンは涼川や秀爺と比べても、戦闘力に遜色がない。良いことというのは分かっているのだが。

どうにも嫌な予感がする。

「ストームチームには、前二回、危険な任務に従事して貰った。 三度目の今回も、危険な作戦の先駆けとなって貰いたい。 敵の女王の位置は判明した。 其処までの最短通路を、なんとしても押し通すのだ」

各地の巨大生物を駆逐したことで、相当数の兵力を集結することが可能になったと、日高司令は言う。

ブルートフォース作戦ほどでは無いが。

およそ四千のレンジャーとウィングダイバー、フェンサーチームを集められるという。

四千対四万。

巨大生物を各個撃破できるなら、この数の差にも、勝利は生まれるかも知れない。

だが今までの巨大生物の巣穴攻略作戦では、例外なく大きな被害を出している。しかもEDFの目算は、外れる事も多い。

五万以上の敵が出てくると、見るべきでは無いだろうか。

しかも敵には地の利がある。

各個撃破されるのは、果たして巨大生物なのだろうか。

小原博士がきた。

中佐待遇になり、今回から会議に参加している涼川と秀爺が、あまり良い視線を向けない。二人とも、小原に対する不満は日頃から口にしているのだ。二人とも徹底的な現場主義者だから、というのもあるだろう。

「敵の巣穴についての解析は進んでいる。 君達が戦闘している間も、スーパーコンピュータによっての解析を進めていたのだ。 その結果、敵の巣についての、詳細な地図も、ほぼできあがった」

立体的に表示される、巨大な巣は。

地底およそ三千五百メートルまで続いている。

その辺りは、地殻の性質によってはマントルになっている。当然凄まじい地熱で、熱くなっているだろう。

「今まで撃破した巨大生物の巣を調査確認した所、幾つか面白い事が分かった。 奴らは水と同時に、地熱も好むのだ。 ひょっとすると、繁殖に地熱を利用しているのかも知れない。 今までにも提唱された異端の説だが、この状況を鑑み得るに可能性はある」

「ほう……?」

「まだ研究資料が少ないので、何とも言えない。 だが、どちらにしても、長時間を掛けての解析を行った結果、編み出されたこの地図は信頼して良い。 ストームチームが地底に進撃するサポートを、各部隊にして貰い。 最深部にいる女王を撃破したあとは、卵を焼き払い。 以降は、敵を各個にたたく」

確かに、入念な準備の結果。

だが、本当に上手く行くのだろうか。

前二回の努力を無駄にはしたくない。それは私にもある気持ちだ。しかし。

不安要素が、多すぎる。

幾つかの地点を中間拠点にして、敵の攻撃を叩き潰しながら、地下へと進撃する。具体的なルートについても説明。前回と同じルートを使い、時に大威力の重機を用いて、縦穴さえ掘り、一気に敵の巣穴を蹂躙する。

「もう少し、兵力を動員できないだろうか」

挙手したのは、弟だ。

ストームチームのリーダーは、滅多な事では会議で発言しない。そういう説が定着していることもあり。周りはわずかにざわめいた。

「ストームリーダー、四千の味方では不足か」

「二度の攻略戦で、この巣穴が並ならぬ要塞だと言う事はわかっているはず。 できれば、ブルートフォース作戦と同規模の戦力を揃えたい」

「……ふむ」

「前二回とは、状況が違う。 敵の戦力は関東全域で守りに入っていて、巣穴の兵力そのものも削り取られている。 後方を取られることや、敵が積極的に反撃に出てくることは、ないとは言えないが、可能性は小さい」

そう言ったのは、日高司令の参謀をしている少将だ。禿頭だが、まだ若く、三十代である。

髪が元々薄いこともあって、いっそのこと威圧感を出すために、禿頭にしているそうだ。見かけでも相手を上回る事を目指す。

実際の軍人よりは、政治闘争の段階に入ってしまっている計算が見えて、気の毒に感じる。

ちなみに彼の軍人としての能力は。

できれば、別の職について欲しいと、私と弟は、時々話題にする。

典型的な、前大戦を生き残っただけの男である。此奴が参謀をするくらいなら、親城辺りが参謀をしてくれた方が、ずっとよい。

問題は親城准将に、その気が全く見られないことだ。

「今が好機というのは事実だ。 敵が再度力を蓄える前に、最大戦力である東京の地下巣穴を撃滅したい」

そう述べたのは、日高司令である。

気持ちは分かる。

実際、東京の地下に巣穴があると言う事は。EDF極東司令部が、いつ地下から襲われてもおかしくないということなのだ。

それに、関東には多数のシェルターもある。

これらシェルターは頑強に作られているが。巨大生物の巣穴が伸びてきて、本気で地下から攻撃されたら、破られるかも知れない。

そう怖れている住民は、決して少なくない。

「可能な限りの兵力を、更に集める。 ストームチーム、攻略に全力を尽くして欲しい」

妥協案で、日高司令が、会議を占めた。

私は席を立つと、ストームチームの皆と一緒に、ヒドラへと歩く。ヒドラには、いつでも出撃できるように、ビークル類が積み込まれていて。場合によっては、内部で改修もされるのだ。

今回はビークル類を持ち込めない。

勿論戦略的に活用する重機は幾つか地下へ持ち込むが、それはあくまで戦闘用のものではない。

逆に言えば。

歴戦で傷ついているビークル類に、大幅な改修を加えられる事も意味している。

イプシロンは火力を上げる改修が行われる。今まではMD4とよばれる型式だったのだが、幾つかのパーツを近代化改修してバージョンを上げ、ブラストと呼ばれる型式へ換える。

このブラストは凄まじい火力を持つ実験機体で、秀爺の実力でならフルに生かせると期待されていた。

ベガルタファイアナイトも、改装が始まっている。

これについては、二回の根本的改装を行い、バージョンを上げることが決定している。だから次は少し武装が増すだけだが。

その次は、新鋭の最新機に生まれ変わるはずだ。

このほかに、日高少尉が欲しがっていた、最新鋭のキャリバンが配備される。

もはや戦闘用救急車というだけではない。圧倒的な装甲を誇る、陸の要塞だ。鉄の亀などという呼び名もあるほどである。もっとも、亀と違って、きちんと速度も出る。多少は足回りが遅いが、相応の実力を持つ機体だ。

これも後方支援の四名が頑張ってくれているからだ。

秀爺がイプシロンを見上げて、面白そうだと言う。ほのかは黙っている。彼女は実際に使ってみるまで、感想を言う気は無いのだろう。

日高少尉は、新型キャリバンのカタログを見て、きゃっきゃっと喜んでいる。

いずれにしても、今回の地底攻略戦で、敵巣穴への攻撃は最後にしたいものだ。

弟が皆を集めて、咳払いした。

「次はおそらく、今までで一番厳しい地底攻略戦になる。 我々は群れなす巨大生物を薙ぎ払いながら、地底の最深部で手ぐすね引いている女王を倒さなければならない」

女王のデータが、全員に送信される。

女王蟻。

全長はおよそ六十メートル。背中に羽があり、短距離ながら飛ぶことが出来る数少ない巨大生物だ。

四足に比べれば小さいし、戦闘力も抑えめだが。

それでも巨大生物としては、蜘蛛王と並ぶ最強の存在である。

データが少ないので、シミュレーションでは戦闘が出来ない。私や弟は交戦経験があるが、地上に出てきた女王を、EDFが倒した例は数件しか無いのだ。このため、シミュレーションのデータを作るには、情報が足りないのである。

勿論今回の大戦が始まってから、地底での戦闘が何度か起きているが。

それでも、バイザーなどから取得できるデータでは、戦闘用のシミュレーションを作るには、足りていない。

「此奴が少なくとも、二匹いる。 現在東京の地下にある巨大生物の巣の敵勢力は半減していて、討つ好機ではあるが。 逆に言うと、巣穴にいる巨大生物は、まだ半分が残っている。 敵の抵抗は、相当に凄まじいものになることが予想される」

ストームチームは、前二回の戦いで通った道筋を使って、敵巣穴の最深部へと潜る。

この際、敵の激しい抵抗があると思われる箇所に関しては、幾つかの重機を用いて、ショートカットルートを作る。

コンクリで壁を固めながら、敵の襲撃を一方向に限定。

一気に深部へと、直線的に潜ることになる。

口で言うと簡単だが。

重機の作業中、それを護衛しなければならないし。

敵は地の利を生かして、あらゆる罠を使ってくるはずだ。油断など、微塵も出来るわけがない。

幾つかの注意事項を話した後、解散とする。

作戦決行は明日。

前二回の地底攻略戦も悲惨極まりなかったが。

今回は、おそらく数日は地下から出てこられない上に、前二回とは比較にならないほどの、敵の抵抗がある筈だ。

弟と一緒に、香坂夫妻の寮に行く。

今日は四人だけで、ほのかが作ってくれたすき焼きを食べることにした。これも、東北支部の香坂夫妻の弟子が、送ってくれた材料で作ったものだ。

贅沢かもしれない。

しかし、これから赴くのは地獄だ。

少しだけでも。

贅沢は、させて欲しかった。

 

3、奈落への縦穴

 

敵巣穴の周囲に展開した戦力は、壮観でさえあった。

ブルートフォース作戦の戦力が、ほぼ再現されたほどの数。弟が言ったことで、日高司令がさらに可能な限り集めてくれたのである。

此処で巣穴を叩くことに成功すれば。

極東支部が受けている圧力は、一気に減る。

静岡に上陸している四足も、ブルートフォース作戦以降は守勢に回っていて、ヘクトルの部隊も動きを見せていない。

巣穴を叩くならば。

今をおいて、他にないのだ。

今回はいわゆるシールドマシンを護衛しながら、地下に潜る。

古い時代のシールドマシンは、一日辺り数メートル進めば良い方という鈍重な代物だったが。

フォーリナーの鹵獲技術で強化されている、現在のシールドマシンは、地下方向に限定すればそれより遙かに早く進むことも出来るし、柔軟性も高い。

入り口付近の斥候に攻撃を浴びせて、追い払い。

最初の広間。次の広間へと進む。

その時点では、ほぼ敵影は無し。

前回の戦いでうち込んだ速乾コンクリートも、そのままにされていた。問題は、此処からである。

曲がりくねった通路を抜けると。

其処に拡がっているのは、前回地獄を見せられた。悪夢の縦穴だ。

勿論、敵は手ぐすね引いて待っている。大群がいる証拠に、レーダーは真っ赤に染まっていた。

此処を力尽くで占拠していたら、おそらく味方の被害はどれだけあっても足りないほどだろう。

そこで、此処から通路を少し戻り。

シールドマシンで、直線的に穴を掘るのだ。

スカウトチームが作業を開始。

まずは速乾性コンクリートを除去。これについては、特殊な薬剤を使った後、砕く。激しい破砕音が響く中、ストームチームは、敵が仕掛けてきたときに備えて、通路の前後を塞ぐ。

拠点となる広間については、既に味方がかなりの数入って、守備を開始している。

敵がコンクリを喰い破って側面攻撃をしてきたとしても。

生半可な数では、返り討ちだ。

「今の時点では、敵影無し」

「我らに恐れをなしたか!」

調子が良いことをほざいているのは、日高司令の参謀だ。

ため息も出ない。

奧まで引きずり込んで、地の利を生かして一斉反撃。

敵がもくろんでいる手は明らかだけれども。

分からない奴には分からない。

それに、巨大生物は高度な戦略に基づいて、緻密な戦術を使う。シールドマシンを、集中攻撃してくる可能性は、決して低くない。

コンクリをスカウトが剥がしおえた。

シールドマシンを投入。縦穴を掘り始める。このまま掘り進めていくと、敵の通路にはぶつからず、一気に下の空間。

以前エミリーが中継装置を敷設した、あの奈落の底へと直行できる。

周囲は相変わらず、真っ赤になるほど敵が蠢いている。

じっと此方の戦術を観察して、どう反撃するかをうかがっていると判断して良いだろう。

シールド装置が回転をはじめ、膨大な土が出始める。

土については、ベルトコンベアで最初は外へと出す。最終的には、出した土は全てこの巣穴を埋め立てるのに使うのだけれど。

それはいずれにしても、フォーリナーを地球からたたき出してから、になるだろう。

円筒状のシールドマシンがまっすぐ掘り進めていく縦穴。

スカウトチームが先攻し、途中で降りられるように、足場を幾つも設置していく。縦穴の壁には、即座にコンクリを敷設。

側面からの、敵の奇襲を防ぐのだ。

今の時点では、上手く行っているが。どこまで上手く行くか。

シールドマシンが、止まる。

此処で一旦方向転換。今度は縦方向から、横方向へと掘り進めるのだ。そうすることで、以前エミリーが中継装置を敷設した空間へと、横からつなげる事が出来る。

縦方向からつなげると、味方はどうしても一方通行になるし、待ち構えている敵の真ん中に飛び出すことになる。

敵は立体的に動けるのに対し、此方は著しく動きが制限される。

故に、横方向から広間につなげる事で、不利を緩和するのだ。

ベルトコンベアから運び出される土を横目に、弟が縦穴を降りはじめる。私も、それに続く。

途中にある足場は、階段状になっていて、コンクリも打設されている。最深部では円筒形のシールドマシンが、じゃんじゃん土をはき出して。

それを、ベルトコンベアが自動的に、上へと送り出していた。

フォーリナーは嫌いだが。鹵獲技術は凄い。

平和的な交流がもてれば、どれだけ地球に有用だったのだろう。

いや、それは駄目か。

きっと地球内での利権争いが激化して、更に悲惨な状態が到来したかも知れない。どちらにしても。

待っているのは、地獄だけだったか。

横向きに進むシールドマシンを管理しているスカウトが、敬礼してきた。

周囲では、コンクリ工事で大忙しだ。シールドマシンは直径四メートルほど、長さは八メートルほど。

寸胴の蛇みたいな形状だが。

かなり柔軟に動いて、掘り進む速度も中々だ。

「間もなく、広間に抜けます」

「敵の攻撃が予想される。 気をつけろ」

「イエッサ!」

涼川とジョンソンが最初に。黒沢、原田、三川と降りてくる。

今回も秀爺は、後方で指揮担当。

ナナコが担いで降りてきたのは、フュージョンブラスターだ。全部で七本ある。女王蟻と蜘蛛王対策に、多めに持ってきたのである。ジョンソンが一本を。弟が一本を受け取る。弟は、AF100も受け取っていた。

ナナコが注文していたAF100が、ついに届いたのである。

最新最強のアサルト。

この火力があれば、生半可な数など、蹴散らすのは難しくない。

シールドマシンの速度が、鈍化する。

巨大生物の巣は、爆発にも耐える強靱な構造をしている。何かしらの分泌物で、壁を固めているのだ。

しばらくの抵抗の後。

壁が崩れた。

シールドマシンが、全速力でバックする。

飛び出した私と弟が見たのは、どっとなだれ込んでくる巨大生物の群れだ。

「スカウトは下がれ! 此処で敵を掃討後、再び作業に当たって貰う!」

「イエッサ!」

「此方ほのか。 後方にも敵が襲来よ。 残しておいた通路から、大挙して現れたわ」

やはり、予想通り来たか。

私がシールドを構え、蜘蛛糸を防ぐ。凶蟲と黒蟻が、ざっと数百。複数ある通路から、一気になだれ込んできている。

涼川がDNG9を放り込み、爆発でまとめて数十匹を殺傷。

其処へ、皆でアサルトの猛射を浴びせる。私は盾を構えたまま、しばらく防備に徹する。

矢島がきた。

矢島も盾を構えて、これで二枚。簡単には抜かせない。

弟がDNG9のピンを抜きながら、ほのかへと言う。投げたDNG9は、容赦なく敵の密集地点で爆発。涼川ほど巧みでは無いが、弟も爆発物の扱いに関してはワールドレコード級なのだ。

「対処は出来そうか」

「今回は味方も数がいるから、どうにかなりそうよ」

「……よし、其方は任せる」

弟が叫び、AF100から、光弾を敵にばらまいた。

流石最新技術のアサルトライフル。放たれる光弾は凄まじい威力で、見る間に敵を薙ぎ払っていく。

炸裂した光弾が、巨大生物のアーマーを溶かしていくのが、分かるほどだ。

粉々に砕け、吹っ飛ぶ黒蟻。

明らかに敵が怯む。

通路に入ってきていた敵を追いだし、前進。わっと周囲から襲いかかってくる巨大生物だが、完璧にタイミングを見計らって、涼川がDNG9を放り込む。

かえって爆発に自ら飛び込むことになった巨大生物は、多くが一瞬で消し飛んだ。

一進一退の攻防を続けながら、後方の状態を時々確認する。シールドには激しい攻撃が飛んでくるが、味方の火力の方が大きい。

間もなく、前方は静かになった。

敵が引いたのだ。

だが、そのまま引くとは思えない。案の定、後方での戦闘は断続的に続いている。スカウトも、通路を固定するべく、急いでコンクリの打設を進めていた。

「皆、消耗は」

「日高、被弾」

日高少尉が片手をあげた。

アーマーがかなり削られている。弟はそれを一瞥すると、次は後方支援に徹するようにと指示。

苦笑い混じりで、日高少尉は頷いた。

かなり広い空間に出る。

地図を確認。

此処から、更に真下に掘り進む。

念のため、通信中継装置を敷設。コンクリを撒いて、壁を固める。周囲はまだまだ、敵の気配塗れ。時々、広間に通じている通路から、敵の気配もある。

「幾つかの通路に、ナパームぶち込むか?」

「無駄な攻撃は控えろ。 通路は全てコンクリ弾で封印。 スカウトチーム、急いでくれ」

「イエッサ!」

今の時点では、順調。

続々と、後方から支援部隊も来る。断続的に続いている戦闘も、さほど大規模では無いし、押し返すことも難しくない。

秀爺が、広間に来た時には。

既にシールドマシンが、直下へと穴掘りをはじめている所だった。

秀爺が、私と弟の間に、オンリー通信を入れてくる。

「これで三割程度か?」

「何か不安点がありますか?」

「嫌な予感がするんだよ。 明らかに敵は、手を抜いていやがる。 何処かで大きな落とし穴が仕掛けられていても、不思議では無い。 気をつけろ」

どん、と凄い揺れが来る。

どうやら、悪い予感が的中したらしい。

見ると、シールドマシンが大規模崩落に巻き込まれて、埋まっていた。阿鼻叫喚である。

「救出班、生き埋めになったスカウトを救出しろ!」

「急げ! 急げ!」

やられた。

私は、状況を見て、すぐに理解した。

明らかに不自然な空洞がある。巨大生物の巣穴は、基本的に電波を吸収する素材で壁をコーティングしているのだが。それを前提として、マップを作っていたのだ。

此方の認識を逆手に取られた。

相手は、ただの穴を掘ることで。穴を掘り進めてくるシールドマシンを迎撃したのだ。いきなり穴があるとはマップからも考えていなかった此方は、見事に罠にはまったのである。

穴を急いで掘り返すが、そうしていると、赤い点が近づいてくる。

下からだ。

「救出を急げ! 来るぞ!」

これは、シールドマシンの復旧どころでは無いな。

私は舌打ちするが、もう遅い。

赤蟻の群れが、土を蹴散らすようにして、姿を見せる。此奴らにとって、柔らかい土なんて、水も同じ。そのまま進める程度の障害でしかないのだ。

生き埋めになったスカウトチームは絶望だ。

至近距離から姿を見せた敵に、パニックになる味方。

唯一冷静な私と弟が、AF100とガトリングで、大火力の射撃を浴びせかける。柔らかい泥から必死に飛び出してきたスカウトの生存者を庇いながら、原田がAF20で射撃に加わった。

赤蟻が射すくめられながらも、無理矢理に前進してくる。

下がるしかない。

鶴翼に陣形を組み直し、水際殲滅の容量で、赤蟻を十字砲火に誘い込むまで、少なくない犠牲が出た。

赤蟻の群れをどうにか撃砕した後は。

シールドマシンのあった場所に、大きな穴が空いていた。

すぐに別のスカウトチームを呼ぶ。

勿論救助作業も再開させるが。

助かる人間は、出なかった。

 

拠点となった広間に、新しいシールドマシンを運び込む。

断続的に戦闘が続いているが。少なくとも前回の攻略戦のように、地上を介して背後に回られるような無様だけは、今のところ晒していない。

コンクリを打設して、縦穴を固定して。

簡易エレベーターを作って、下に降りる。

下には、相当数の赤蟻の死骸。

膨大な土砂。

それに窒息死したり、下で待ち構えていた赤蟻に食いちぎられたスカウトチームの亡骸が散見された。

今は、弔いの言葉を掛ける余裕も無い。落ちたシールドマシンは壊れてはいなかったが、運転手の血で操縦席は真っ赤。運転手は落ちてアーマーを全損したところを、赤蟻に引きちぎられたらしかった。

三川が口を押さえている。これが戦場だと分かっていても、どうしてもこみ上げてくるものがあるのだろう。

私は平気だ。弟も。

死体の山なら、見慣れている。

弟が通信を小原に入れた。

「此方ストームリーダー。 小原博士、どう思う」

「一杯食わされたとしか言いようが無い。 巨大生物は戦術を駆使することは知っていたが、これほどまでの事をしてくるとは」

「偶然では無いな。 侵攻計画に、修正を加えるほか無い」

今までは、敵の巣穴の空隙。

つまり、敵の通路がない空間を通って、直線的に敵の巣穴の最深部を目指していた。だがこれほどの短時間で敵が対応してきたという事は、おそらくこのままでの侵攻は無理だろう。

犠牲は大きくなるが、やるしかない。

「シールドマシンを使うのは最小限だ。 敵の巣穴の最短距離を通って、女王蟻の所まで行く」

「しかしそれは、敵の最も激しい抵抗を受ける事になるぞ」

懸念を示したのは日高司令だが。

弟はそれを一蹴。

やれやれと、私は肩をすくめた。

「女王を潰した後は、敵を各個撃破する目的もある。 一つずつ広間を制圧し、その度に余計な通路への出口はコンクリ弾で塞ぐ。 そうして最深部まで、確実に前進していくしかない」

「やむをえんか」

「しかし、当初の計画を安易に変えるのは」

「このまま最短距離で行こうとすると、おそらく同様の事故が何度となく起きる事になるし、下手をすると広間ごと崩落する。 そうなった場合、損害は計り知れん」

反論しようとした参謀を、弟が一蹴。

日高司令が、弟の案を受け入れた。

参謀が、歯ぎしりしているのが見えるようだ。何だか気の毒な男である。戦場に個人的な感情を持ち込むのは、感心しない。

ましてや、政治闘争を戦場に持ち込めば。

待っているのは惨敗だけだ。

少しずつ、司令部を地下へ下ろしていく。その度に通信中継装置を敷設するが。此処からは、迷路を見ながら、進まなければならない。

今の時点では、事前に産出された情報と、ほぼ敵の巣穴は一致している。

不要な通路をコンクリで固めて、次へ。

通路を進んでいきながら、安全を確実に確保。広間に出る度に、戦いが起きる。敵はいわゆる遅滞戦術を行いながら、反撃の好機を待っているように見えた。

 

4、四面楚歌

 

顔を上げた弟が、私を見る。

私も、すぐに気付いた。

この場所はまずい。

通路を私が前衛で、弟がその次で。涼川が最後尾で。ストームチームが陣形を作って、進んでいた。

そして、此処に出た。

マップ上では、ただの曲がり角だったのに。

其処は実際には、七つもの通路が交差する、超がつくほどの交差路だったのだ。

スカウトチームはかなり後ろにいる。コンクリの打設で手間取っているのだ。かなり複雑な通路になっていて、起伏も激しかったからである。

「まずい、引けっ!」

弟が叫ぶと同時に、レーダーが真っ赤に染まる。

そして、後方の天井がいきなり崩落。

閉じ込められた。

「ストームチーム! どうした!」

日高司令が通信を入れて来るが、声が遠い。

それだけじゃあない。後方で指揮を執っている香坂夫妻からも、緊急連絡が来ているのが分かった。

巣穴全域で、巨大生物が、一斉反撃を開始したのだ。

幾つかの広間を制圧しながら前進していたが、敵の巣穴を完全に潰すときに備えて。幾つかの通路は残していた。

勿論セントリーガンを配備して、厳重に守りを固めていたけれど。

その守りをぶち抜きかねない数で、敵が反撃を開始したというのである。

それだけじゃあない。

後方が土砂で埋もれた事で分かったが、下がりつつも追い詰められた通路は、極めて不安定だ。

大威力の火器は使えない。

まずい。

盾を構えて必死に敵の突撃を阻止しながらも、私は見る。もはや物量などと言う次元では無い。

完全に、自分たちごとストームチームを生き埋めにするつもりで、敵が迫ってきているのだと。

弟が必死にAF100を乱射。

涼川が舌打ちして、アサルトに切り替えた。この状況で、爆発物は使えないからである。巨大生物は無茶苦茶な勢いで、此方に迫り続けている。このままだと、食い殺されるどころか、押し潰される。

隣に並んで盾を構えていた矢島が、吹っ飛ばされる。

筅や日高は、単独戦力としてはもともと心許ない。

ジョンソンが零式レーザーで敵を焼き払っているが、それでも足りない。最悪なのは、明らかに空気が薄くなってきているのが、分かる事だ。

「ストームチーム、移動しろ! その場はまずい! 敵に包囲される!」

「とっくに包囲されている!」

「何っ!? 諦めるな、すぐに増援を向かわせる!」

悲鳴が聞こえた。

盾の上を飛んだ凶蟲の糸が、日高少尉を吹っ飛ばしたのだ。凄まじい運動エネルギーを秘めている悪魔の糸は、至近からうち込まれれば、バズーカで撃たれるのと同じ。吹っ飛んだ日高少尉は、壁に叩き付けられ、ずり落ちる。意識は明らかに手放してしまっている。

「この……!」

ナナコが抱えたのは、火炎放射器。

通称マグマ砲。フォーリナーの鹵獲技術を用いた大火力火炎放射器だ。文字通り、マグマのような熱量で、前方を焼き払う。

噴き出された火炎竜が、敵を焼き尽くしていくが。

分かる。これは悪手だ。

見る間に酸素がなくなっていく。

普段冷静な分、ナナコは自分にとって一番大事な人間が傷つくと言う事は、それだけ我を忘れるという意味も秘めていた。いや、感情が育ちつつある今だからこそ、なおさらなのだろう。覚えは、私にもある。

弟が、バックパックから、ガスマスクを引っ張り出す。酸素ボンベと一体化しているタイプの装備だ。今回の地底侵攻に際して、全員に配備されている。

「全員、ボンベを付けろ! 時間は稼ぐ!」

下がる余地は、もう殆ど無い。

その上、赤蟻が突進してきて、矢島が吹っ飛ばされる。弟が即座に蜂の巣にするが、盾に掛かる負荷が単純に倍加。

更に、戦術士官から、ろくでもない連絡が来る。

「東京の留守居部隊から入電! かつてない規模で、巨大生物が巣穴から噴出!」

「場所は何処だ!」

「栃木の山奥です! 既に周囲の民家からの避難は完了しているようですが、数はおよそ二万五千!」

「に……二万五千!?」

絶句する原田。池口も青ざめている。

エミリーが雷撃を敵に連射して、乱反射する光が巨大生物共を焼き払う。だが戦意旺盛な敵は、次々に突進してくる。

心が折れかける部下達を、弟が叱咤。

「つまり、この巣穴の敵は、此方への攻撃を諦めたという事だ! どういうつもりかは知らんが、敵は此処に留守居だけを残して、他へ移動すると決めたらしい! つまり此処を凌げば、勝てるぞ!」

そう言うことだ。

だが、私の体に、今までに無い負荷が掛かっているのも事実。盾はとっくに限界を超えている。

スピアに切り替え、間近に迫る敵を、何度となく打ち据える。

心を振り絞った皆が、一斉射撃。突撃してくる敵と、均衡しかける。酸素ボンベが、もうあまり長くはもたない。

前に飛び出したのは、筅だ。

黒沢が、手を伸ばすが、遅い。

筅がぶっ放したのは、フュージョンブラスター。

女王戦に備えて温存していた、決戦兵器。その一つ。

白熱する殺戮光が、迫りつつあった巨大生物を、一気に押し返していく。文字通り溶けながらも、巨大生物は、何を考えてか。

味方の死骸を踏みにじり、進んでくる。

酸欠なんて、此奴らには、関係がないのだ。

「ストームチーム、もう少しだ、増援が行く! 持ちこたえろ!」

「ハッ、増援なんぞ、期待してねえんだよ!」

涼川が飛び出すと、アサルトを乱射。筅に飛びかかろうとしていた赤蟻が、蜂の巣になって吹っ飛ぶ。

ただし、代償も大きい。

無数の凶蟲が乱射した糸が、もはや盾もない此方を、滅多打ちに打ち据えたのだ。全員が酷い打撃を喰らって、吹っ飛ばされる。

私は、立ち上がる。

アーマーは限界近い。

「黒沢、まだ起きているな」

「何とか」

「少しだけ、時間を稼ぐ。 フュージョンブラスターを惜しまず使って、敵を焼き払え」

「正気ですか! それでは、女王蟻が」

女王蟻くらい、それも二匹程度なら、どうにでもなる。

敵は主力をこの巣から逃そうとしていると見て良い。それならば、おそらく。この巣を取り仕切っていた最強の敵は、既に脱出済みだ。

そしてフォーリナーも、すぐにそれを察知するはず。

戦術士官からの通信が入ったのは、その時だ。

「栃木に輸送船が多数飛来! 防空網を無理矢理突破してきた模様です! 巨大生物を回収しています! 回収している巨大生物の中には、全長六十メートルを超える者もいる模様! 巨大生物は、卵をくわえている個体が、多数観測されています!」

女王蟻も、脱出していたか。

いや、全てが脱出したとは思えない。巨大生物にとって、もっとも価値がある戦力を、脱出させたのだろう。

ブースターを吹かし、前に出る。

弟が後ろから援護してくれるのが分かった。

ハンマーを振るって、一心不乱に敵を叩き潰し続ける。赤蟻を吹っ飛ばし、叩き潰し、押し潰す。

蜘蛛には、もはや崩落を怖れず、至近でハンマーを振るい、まとめて粉々に。

全身の肉が押し潰される感覚。

骨が軋む。

内出血。

内臓が、酷く痛む。

少しは回復してきたのに。これはまた、培養槽行きだな。自嘲しながらも、私は。立ち上がった黒沢が、フュージョンブラスターを此方に向けるのを見た。

スラスターを使って、飛び退く。

殺戮の閃光が。

最後の突撃をもくろんでいた集団を、一気に焼き払っていた。

後ろで、大きな物音。

シールドマシンだ。ばらばらと飛び出してきたのは、スカウトだけではない。フェンサー部隊もである。

「加勢します、ストームチーム!」

残っていた敵戦力に、数にものをいわせて、味方が躍りかかっていく。

呼吸を整えながら、どうにか倒れるのだけは防ぐ。スカウトが、周囲にコンクリを打設しはじめるのを横目に、叫ぶ。

「負傷者は!」

「日高少尉が、目を覚ましません!」

ナナコが泣きそうな声を上げた。

まあ、あれだけ激しく叩き付けられたのだ。無理もない。

ただ、死にはしないだろうと、私は冷静に考えていた。アーマーは直前まで生きていたし、その程度で死ぬほど、人間はヤワでは無い。問題は日高司令が取り乱すかも知れないが。

前線には、あまり関係がない。

少し遅れて、医療班も来る。

彼らが日高少尉を診察したところ、どうにか生きている。が、病院行きだ。回復までどこまで掛かるか、正直分からない。

全員が負傷している。

不死身の怪物と怖れられる涼川までもが、だ。

私は、シールドマシンの側にまで自力で歩いて行くと、其処で壁にへたり込んだ。見ると、皆も、立っているのがやっとだ。

「すぐに替えのアーマーを。 他の箇所での戦況は」

「乱戦が続いています。 しかし、どうにか互角にまで持ち直しました。 増援部隊が多数地下に入っていて、敵を押し返しています」

「制圧地域からは絶対に出るな。 敵の撤退に釣られると、死ぬぞ」

「分かっています……」

秀爺から通信が入る。

全戦域での、敵の撃退に成功したという事だった。ただし、味方の損害も小さくない。今の戦いだけで、百人近くが死んだという。

弟が、コンクリの打設を見届けると、周囲に言う。

「先に進む。 今、この巣穴はこれ以上もないほど弱体している。 落とす好機だ」

「行きます」

最初に手を挙げたのはナナコだ。

唇を噛んで、もの凄い殺意を目に込めている。今まで散々敵を殺してきただろうに、日高少尉が目の前であのような目に会ったのが、よほど腹に据えかねたらしい。

ジョンソンも挙手。

負傷しているが、まだ動けるという。

涼川も当然。

更に、矢島が、手を挙げた。黒沢も、まだ進めるという。

エミリーはジェネレーターが壊れたという事で、一度引く。先ほどの戦いで、あまりにも大威力火器を乱射しすぎたのだ。三川は、残るという。青ざめているが、負傷も浅く、まだ戦えるという。

原田と筅、池口は此処で一旦撤退。

秀爺と合流して、後方の支援に当たるという。

「我々が同行します!」

代わりに声を張り上げたのは、増援として来てくれたレンジャーチームと、フェンサーチームだ。

彼らは今、敵の残党を狩るのに、確かな力になった。

それに、ここから先は、おそらく巣の最深部。

傷ついた今のストームチームだけでは、どうにもならないだろう。支援戦力が必要となる。

進撃の体勢を整える。

あと少しで、この地獄の、最深部に達するはずだ。

「はぐれないように、一丸となって行動して欲しい。 ここから先は、敵の巣の最奥だ」

「イエッサ!」

行動開始。

弟が、通信を入れてくる。オンリー回線である。

「姉貴、大丈夫か」

「どうにか。 お前は」

「全身が内出血だらけだ。 内臓も多分やられているな。 多分この巣穴を出たら、二人仲良く培養槽行きだろう」

苦笑い。

アーマーを変えても、フェンサースーツの負荷までは減らない。

「巨大生物共は、何をもくろんでいると思う。 他の巣と違って、どうして此処では、女王を脱出させた」

「さあな。 だが、嫌な予感がする。 しかも、今までで感じたもので、最大級の嫌な予感だ」

「……まずは、此処の留守居共を片付ける事からだな」

通信を切る。

周囲は確実に熱くなってきている。

この熱は、地獄そのもの。

異説によると、この熱によって、巨大生物は繁殖しているとさえいうではないか。忌々しい熱である。

日高司令が、通信を入れてきた。

「娘が負傷したと聞いたが、君達のおかげで戦死を免れたとも言える。 すまない」

「日高司令、今は感情を切り替えてください。 あと少しで、女王のいる最深部に到着します。 冷静な指揮を」

「うむ……」

確実に、最深部へと。

時々現れる敵の防衛線は、踏みつぶして進む。

私も弟も、体が限界近い。その上、切り札のフュージョンブラスターは、半減してしまっている。

やれることはやれる。

しかし、その後は。

私はいつまで生きていられるのだろう。

死は、いつもそばにあったけれど。

前の戦いの末期と、同じ臭いがするような気がする。いつ自分が死んでもおかしくない臭い。

その臭いは。

七年の時を経て。

また、身近なものとなりつつあった。

弟が足を止める。舌打ちしたのが分かった。

迷路も同然の空間が現れたからである。既にスパコンがたたき出した地図とは、似ても似つかない。若干慌てた様子で、小原が通信を入れてきた。

「此方小原。 再計算をする。 少し待て」

「いや、ここまで来ればもう間近だ。 シールドマシンを使って、一気に敵への路を作る」

「危険だ、そんな」

「秘策がある」

私は、鼻を鳴らす。

周囲の戦士達が。敵の首魁との対面を前にして、武者震いするのが分かった。

 

(続)