赤の津波
序、遠い日の思い出
最初の記憶は。こうやって、培養槽の中に浮かんでいたこと。
私の実際の年齢は。
普通に人間として生きてきて。新兵になった連中と、あまり変わらない。違うのは、戦闘に特化した遺伝子を、弟とともにもらった事。
特化しているから、強い。
当たり前の話だ。
ただし、体のバランスは、奇蹟の上に成り立っている。元々、無理な遺伝子を、体に埋め込んだのだ。
だから生き残ることが出来たのは、私と弟だけ。そして弟は、ストーム1リーダーとして、世界を救い。
私は。
弟のお膳立てをした。
任されたのは、新しい兵器の実験。実地試験。
ろくでもない武器ばかり、実戦で試してきた気がする。ウィングダイバーも、最初は私が試験運用をした。
私は結局の所、何なのだろう。
意識が、覚醒しはじめる。
体につながれているコードが煩わしい。培養液の水位が下がっていくのが分かった。口に当てられた呼吸器を外す。目を擦って、生臭い培養液を払う。
少しずつ、思い出しはじめる。
滅茶苦茶にダメージを受けて、培養槽に突っ込まれたのだ。勿論全裸だが、幼児体型なんぞ晒したところで別に恥ずかしくもない。それに、こうやって治療されるのは、慣れていた。
腕を吹っ飛ばされたときも。
足の踝から先を引きちぎられたときも。
こうやって、根本治療されたのだ。
培養槽がせり上がって、外に出る。多少ふらつくが、これで少しはマシになったはずだ。白衣を貰ったが、そのままシャワールームに直行。べたつく培養液を洗い流すと、すぐに服を着て、バイタルの状態を確認。
内臓は回復しているが。
前より回復速度が遅い。
バイザーを付けると、幾つかのメールが来ていた。
新人達の何名かが、ジョンソンに銃火器の扱いについて、講義を受けているとかある。なるほど、実戦で覚えるだけではなく、せっかくの休日を使って座学をしている訳だ。特に筅と日高が熱心だという。
一方でナナコは、EDFの武器リストを見て、欲しいものを申請しているという。
特に、AF100に興味を示しているそうだ。
AF100はまだ量産に到っていない新型アサルト。強力な制圧力と射程が、次世代アサルトライフル候補として注目されている。フォーリナーからの鹵獲技術もふんだんに用いており、弟も前大戦の末期で使っていた。
ただ、これはまだ生産がラインに乗っておらず、少数しか生産されていない。
弟が、バイザーに通信を入れてきた。
「姉貴、調子はどうだ」
「まあまあだ」
「此方は一つ朗報がある」
ネグリング自走ロケット砲の新型を、配備して貰えるらしい。これで秀爺のレールガンによる長距離狙撃と、制圧射撃を同時に運用できる。
配備するのは池口に。
元々池口は、優秀なビークル使いになる素養があった。ただし若干性格が雑なところがあるので、ネグリングは最適だ。
キャリバンも出来れば最新型が欲しいのだが。
戦況が苦しい現状だ。流石に、其処までは要求できないだろう。
多少、体は軽くなっているが。
まだ全快とは言いがたい。
次の戦いは、後方に下がって貰う。弟には、そう言われた。今回ばかりはやむを得ないと、私も思うが。
しかし、戦況が、それを許してくれるのか。
ヒドラにすぐ移動する。
軍服のまま来た私を出迎えたのは。ヒドラに乗り込んでいた、三島だった。此奴が直接来ているのは、珍しい。
「あらあ。 よかった、流石に復活が早いわ」
「まだ本調子じゃない。 次の戦いは、出ないようにとも弟に言われている」
「……」
三島が、目を細める。
そういえば、聞いたことがある。
此奴は確か、前大戦で家族を失っている。それ自体は、別に珍しい事でもなんでもない。世界の人口が七分の一になったほどなのだ。
三島が失った家族の中には、弟もいるとか。
それでだろうか。私が弟の事を口にすると、目を細めたりするのは。
纏わり付かれるのも面倒だ。さっさとその場を離れる。三島は追ってこなかった。
軽くメディカルチェックを受ける。ヒドラに同乗している医師には、弟同様次の戦いには出ないようにと言われているが。
それも戦況次第だ。
ストームが投入されるのは、厳しい戦場ばかりである。しかも、現状を鑑みるに、優秀なベテランの力があって、どうにか死者が出るのを防いでいる。最強の戦士は弟だが、私だって、その一翼を担っていたはず。
「メディカルチェックではバイタルに問題は出ていません。 驚異的な回復力ですが、恐らくはからだそのものにも大きな負担が掛かっています。 前大戦の時のデータを見ましたが、同じ状態ですね」
「次の戦いは後方で指揮を執るとして。 その次からは出られそうか」
「何とも言えませんが。 ただ、前大戦の時の、似たようにして何度も何度も培養槽を出入りして、死にかけてはまた無理矢理直してと言う行為を繰り返した結果、おそらく貴方の体は内部から無茶が掛かりすぎています。 七年の時を経ても、その無茶は埋まりきっていなかった」
医師の表情は厳しい。
本当なら、二度と戦いには出したくない。
そう言っているかの様子だった。
「恐らくは、ストームリーダーもそうでしょうね。 ただ彼は、貴方以上の戦闘特化型のようだし、それでどうにかしているのでしょう。 しかし、それでも無理が出ているとしか思えない」
常人の倍速での老化。
それが頭に浮かぶが、追い払う。
弟は、私の誇りだ。
時々悔しくもなるけれど。
弟がいることを、いつも嬉しくなることに、変わりはないのだ。
確かに時々、嫉妬で胸が苦しくなることもある。弟の方が、何もかも優れているのでは無いかと考えてしまうときもある。
しかし私の方が、兵器の試用については上だ。だから、前の大戦でも、あれだけの武器を実用化に移すことが出来た。
私が欠点と長所を洗い出し、使えると判断した武器を。
弟は使いこなして、フォーリナー共を叩き潰してきたのだ。
「出来れば本部に掛け合ってください。 ただでさえ、ストームチームは、過酷すぎる労働をしているのですから」
医師は、そう言う。
私は特務少佐。大佐と同格の発言権と地位を持っている。だから、ストームを休ませろと、主張することは出来る。
だがその分、普通の人間が、過酷な任務に投入されて。
当然のように、死者も出す。
ただでさえ三十万しか人員がいないEDFだ。無理矢理新兵を鍛えて、予備役を呼び戻しても、限界がある。
急いでマザーシップを撃墜するしか、路は無いのかも知れない。
弟が来た。
私はと言うと、丁度ベッドに腰掛けて、たまには本でも読もうかと思っていたところだ。静岡戦線に出向く間、少しだけ無駄な時間がある。その間に、前から読みたいと思っていた電子書籍を、バイザーに写して、ぼんやり過ごそうと考えていた。
「姉貴、体は大丈夫だな」
「ああ、どうにかな」
「次の戦いでは、ジョンソンと交代してくれ。 新人達の指揮を執って欲しい」
「分かっている。 任せてくれ」
後方に下がるとなると、それが一番良いだろう。
ただ、機動戦が出来るメンバーがいなくなる。それについては、エミリーに代わりに前に出て貰うという。
確かに多少形態は違うが、機動戦という点では、ウィングダイバーは適任だ。
弟が戻る。
医務室で一人、ぽつんと電子書籍をバイザーで読みつつ、戦況を確認。
静岡戦線は一進一退。どうにか間に合った援軍と協力して、迫り来るヘクトルの大群を押し返している。
幾つか、ストームに対応して欲しい案件があると言う。
それを片付けたら。
私も、フェンサースーツを着込んで、前線に復帰だ。
ストームリーダーが、普段から無口なことは知っている。でも、筅には、何となく分かる。
普段より、若干不安そうにしていると。
きっとはじめ特務少佐の事だ。
多分、世界で唯一、本当の意味で頼りにしている家族。はじめ特務少佐は、いつも厳しい口調だけれど。雑談しているとき、ストームリーダーのことになると、少しだけ嬉しそうにする。
ストームリーダーも同じ。
前に、一度話してくれた事がある。
姉貴が試用して、問題点を洗い出してくれたおかげで、使えるようになった武器が。使わない方が良いと判断できた武器が。たくさんあると。
あまり露骨にそうだとは見せないけれど。
二人は、きっと姉弟としては、理想的な関係にあるのだ。
ヒドラで移動中に、皆が呼ばれる。
ストームリーダーの表情は、今日も厳しい。
意を決して、筅は話しかけてみる。
「ストームリーダー」
既にブリーフィングは終わっているからか。ストームリーダーは、無言のまま、顔を上げた。
「はじめ特務少佐に、負担が大きく掛かっていると思います。 私達が、少しは、その、負担を軽減できたらなあと思うんです」
「お前達はやれる範囲で、よくやっている。 お前やナナコは特に成長も早い。 ベガルタファイアナイトの操縦も、問題なくこなせている」
「……」
そうなのだけれど。
しかし、不安なのだ。このままでは、はじめ特務少佐は。
口をつぐんでいると、ストームリーダーは言う。
「古い話になるが、前大戦で俺とはじめ特務少佐は、基本的に違う戦場にいた。 違う大陸で戦う事も多かった。 だから、いつも聞かされたし、聞かせていたはずだ。 怪我をしたという話ばかりをな」
前大戦では、劣悪な性能のアーマーもあって、EDFの隊員はそれこそ草でも刈る様に、フォーリナーになぎ倒されていったという。
そんな中、二人もやはり。
無事ではすまなかった、ということなのだろう。
「俺もあの時に比べて体が弱くなったが、はじめ特務少佐は俺以上に衰えている気がするのだ。 だから、だろう。 はじめ特務少佐は、いつも焦っている」
何となく、理由は分かる。
この人達は、おそらく最初の世代の強化クローンだ。人間離れした動きも、そしてどこか人間性に欠ける言動も。
自分の同類だとすぐに分かった。そして前大戦での英雄で、現在のストームのトップとサブリーダーをするほどの人材だと言う事からも。消去法で、そういう結論が出てくる。
だが、それが。
感情がないという結論には、結びつかない。
「お前達にやって欲しいのは、はじめ特務少佐が、体を張ってまで守ろうと思わなくて良いほど、腕を上げることだ」
「分かりました。 必ず」
「うむ……」
はじめて、ストームリーダーが、わずかに表情を和らげた。
ヒドラが間もなく、山梨の最終防衛ラインに着く。静岡との県境では、まだ激しい戦闘が継続されている。
通信が来た。
ストームリーダーの表情が険しくなる。
どうやら、早速ハードな仕事が、舞い込んできた様子だ。
「全員、着陸後、すぐに展開する準備を」
「何があったんだ、旦那」
「シールドベアラーを駆除しに出たレンジャーチームが、ヘクトルの軍勢に包囲された」
なるほど、今度は救助戦か。
幸い、東京支部でのメンテナンスのおかげで、ビークル類は全てが稼働可能。更に池口には、新型のネグリング自走ロケット砲も配備されている。これなら、勝てる。と、思いたい所だ。
新しい噛み煙草の包み紙を剥きながら、涼川がいう。
「なあ旦那。 今回は新人達は、全部特務少佐に任せるんだろ」
「ああ。 だが、何しろ急行することになるだろう。 戦闘は乱戦になる可能性が高い」
「あたしは望むところだがな」
「分かっている。 無理はさせないさ」
ストームリーダーはそういうが。
乱戦では何が起こるか分からない。
ベガルタファイアナイトなんて過分な装備を貰っていて何なのだけれど。筅は、もっともっと強くなりたいと、願いはじめていた。
1、鉄の網
阿鼻叫喚の惨状が、通信から伝わってくる。
シールドベアラーに攻撃を仕掛けたレンジャー11が、十機を超えるヘクトルに包囲されたのである。
文字通り、あっという間。
シールドベアラーを撃破する事には成功したが、その後、殆ど完璧というタイミングで、周囲から包囲網を形成したヘクトルによって、押し包まれたのだ。そして包囲網を縮めながら、容赦なくヘクトルは攻撃を仕掛けてきている。
こういうときは、一カ所を集中攻撃することで、包囲網の突破を狙うのが鉄則なのだけれど。
ヘクトルの部隊は長距離砲とガトリングをそれぞれ装備した機体でバランスよく構成されていて、下がろうとすれば後ろから、突破しようとすれば前から、弾幕を浴びせかけてくる。
二度の突破作戦は失敗。
しかも、救助に出ようとした空軍は、近くに現れた飛行ドローンの大部隊に足止めを喰らっており、動ける状態にはなかった。
容赦なく長距離砲の雨を浴びるレンジャー11は、見る間に消耗している。助けてくれ。助けてくれ。
絶望的な悲鳴が、バイザーに届いていた。
もたついている暇は無い。
しかもヘクトルは、最終防衛ラインの戦車隊の射程を完璧に把握していて、その外側から包囲攻撃を仕掛けてきていた。最終防衛ラインに対しては、六十機を超えるヘクトルが、シールドベアラーとともに睨みを利かせており、とてもではないが、増援を出せる状態にはない。
辺りの街は、既に焦土だ。
だから、グレイプとキャリバンに分乗して戦場に急行しながらも、道を遮られることはない。
元々グレイプにしてもキャリバンにしても。
前大戦の教訓を生かして、足回りは極めて強力だ。アスファルトの上でないと走れないような、旧時代のタイヤとは違う。
フェンサースーツを既に着込んだ私に、弟は言う。
「姉貴は今回、ガリア砲と高高度強襲ミサイルでの長距離射撃。 それに新人達の指揮に廻ってくれ」
「分かっている」
口惜しいが、培養槽に突っ込まれるほどのダメージを受けたばかりだ。
内臓の状態も好転したとは言え、万全とは言えない。これから数日は、この調子で我慢しなければならないだろう。
「救援はまだか!」
「レンジャー11、今其方に向かっている。 此方ストームチーム」
「ストームチームか! 此方レンジャー11サブリーダー! 一秒でも早く救援に来てくれ!」
「隊長はどうした」
既に戦死したと、サブリーダーは言う。
生き残りは分かっているだけで七名。二十名のレンジャー11は、文字通り網に捕らえられた小魚と化しつつある。
「敵は長距離と近距離の反復攻撃を繰り返し、此方をなぶり殺しにする気だ! 急いで来てくれ!」
「間もなく到着する」
イプシロンが足を止めた。
射線から、全ビークルを外す。
イプシロンの側に、ネグリングも停車。少し進んでから、キャリバンも停車させた。私が降車すると、矢島、黒沢、原田、ナナコと、操縦していた日高が降りてくる。
ジョンソンは弟とエミリー、それに涼川と一緒に前線に。
秀爺夫妻はイプシロン。池口はネグリング。
そしてネレイドを任せている谷山は上空だ。筅も、ベガルタにのって、前線に向かって貰っている。
「全員、スナイパーライフル構え。 矢島、お前は高高度ミサイル」
「イエッサ!」
めいめい、武器を構える。
今回は誤爆の危険を防ぐため、ロケットランチャーの類は使わない。その代わり、全員にスナイパーライフルを装備して貰い、ヘクトルを長距離から狙い撃つ。問題はヘクトルも長距離砲を装備していること。
そして近辺に、敵部隊が多数いるということだ。
「味方部隊の回収は、グレイプに任せる」
まずは、長距離砲ヘクトルを潰す。
一体の敵を捕捉。
バイザーを通じて、狙う相手を指定。ガリア砲を構えると、私は全員に、攻撃開始を指示した。
ガリア砲をぶっ放す。
かなりの衝撃が、体幹に来た。
これは、まだまだ本調子とはいかないなと、私は自嘲。そのまま、攻撃を続けさせる。
新兵を指揮してみて、分かる事がある。
ナナコと黒沢は、とにかく堅実な攻撃を続けている。ヘクトルの胴を狙っているのが、その証拠。日高はむらっ気が多くて、大物狙い。ヘクトルの頭を撃ちに行っている。気持ちは分かるが、ヘクトルの頭は、人間と違って絶対的な急所では無い。
原田は足を狙って確実な撃破を試みているが。
ヘクトルの足は、腕と同じで柔軟性が高い。ちょっとやそっとの攻撃で沈むほど柔ではない。
一機目が沈黙。
ネグリングが誘導ミサイルの雨を降らせはじめていて、直後に秀爺もイプシロンでの長距離射撃を開始した。
ヘクトルの包囲網に穴が空く。
其処へ、弟たちが、グレイプで突っ込む。
グレイプを操縦しているのはジョンソンだ。速射砲を乱射しながら、ヘクトルの包囲網を強行突破。
動きが日高や池口の時とかなり違って、荒々しい。
ジョンソンの運転を見るのは初めてだが、なるほど。或いは車を運転させると、スピード狂になるタイプかも知れない。
「味方負傷者回収開始。 支援続行」
「イエッサ」
弟と短く会話しながら、私は二発目のガリア砲をうち込む。
距離が遠いから、ゼロ距離からの射撃の様に、一撃必殺とは行かない。此方に向き直ったヘクトルが、長距離砲を向けてきているのが分かった。
ターゲットを切り替えさせる。
スナイパーライフルといっても、旧時代の対人間を想定しているものとは、根本的に破壊力が違う。
ヘクトルは既にミサイルを大量に浴びて傷ついており、更に其処へ、私の放ったガリア砲弾が直撃。
胸から火を噴き上げながら。
横転し、爆散した。
そろそろ、敵は包囲網を崩し、戦術を切り替えてくるはずだ。弟たちはよくやっているが、後何名が救えるか。
「此方ほのか」
「どうした」
ガトリングの射撃音が響く。
弟たちが、前線での救助作業を続けながら、通信を入れてきている証拠だ。ヘクトルは数機を失いながらも、包囲網を崩そうとはしていない。
嫌な予感がする。
「後方よりヘクトル接近。 数は4」
「此方池口! 同じくヘクトル7を発見!」
「やはりこう来たか……!」
弟が呻く。
つまりヘクトルの部隊は、最初から撒き餌漁をしていた、ということだ。そして狙いは、おそらくストームチーム。
向こうとしても、此方は狙って潰しておきたい相手となりつつある、ということなのだろう。
「救助作業はまだ掛かるか」
「ああ」
「危険はあるが、集結するしかないな。 全員、キャリバンに乗車。 ナナコ、私とタンクデサンド」
「イエッサ!」
射撃精度が一番高いナナコをキャリバンに乗せ、私と一緒に狙撃しながら前線に出る。イプシロンとネグリングも、同じように前進を開始。包囲されることはもう仕方が無い。包囲された状態で散っていたら、文字通り各個撃破の餌だ。
「後二名」
弟の声に、ガトリングの射撃音が被さる。
ふとその瞬間。イプシロンから放たれた光弾が、ヘクトルを貫き、一撃爆殺。おおと、皆から声が上がった。走りながらあのイプシロンで、狙撃を成功させるとは。さすがは秀爺である。
ヘクトルが、見る間に近づいてくる。
ガトリングを回転させているのが分かった。もう、そんな距離か。タイミングを合わせて、私とナナコ、同時に射撃。
胸に大穴を開けたヘクトルが、傾ぎながらも、まだ倒れない。
ガトリングの弾を、浴びせかけてくる。
キャリバンがジグザグに走る中、私も盾を展開。ガトリングの弾をはじき返す。側頭部から、ヘクトルが吹き飛ばされる。今度こそ爆発四散したヘクトル。
ビルの上を飛び回っていた、エミリーによる狙撃だ。
グレイプの横に付ける。
まだ包囲を構成しているヘクトルは、十四機。更に後方からは、接近するヘクトルが、更に増えていた。
ネレイドが旋回しながら機関砲を浴びせているが。
まだまだ、ヘクトルは充分元気に動き回っている。弟が、呻く負傷者を担いで、此方に来た。
負傷者は、左足を失っていた。
「私が出ようか?」
「不要だ。 それよりも、包囲を突破することが優先だ。 日高軍曹、負傷者の治療」
「イエッサ!」
キャリバンとグレイプを忙しく行き来する日高。
迫るヘクトルには、降車してきた新兵達が、アサルトに切り替えて猛射を浴びせる。私も距離が近くなってきたから、ガリア砲が充分以上の破壊力を示せる。矢島にも、ガリア砲に切り替えさせた。
問題はネグリングだ。
近すぎて、敵に効果的な射撃が出来ない。射界が広い分、其処から逸脱してしまうのだ。
ジョンソンが此方に来る。
負傷者二名を、同時に担いでいた。一人は意識がなく、もう一人は脇腹から内臓をぶら下げていた。
「生命反応は」
「この二人でラストだ」
「遺体を回収は、出来そうにないな」
それに、である。
既にヘクトルの包囲網は完成している。その上、包囲網の外側から、敵の増援部隊が更に接近しているのが見えた。
文字通り、二重三重の包囲を構築するつもりだ。
「旦那ぁ、どうするよ」
「決まっている。 後方を一点突破。 殿軍は私が務める。 前衛は涼川、頼んでも構わないか」
「オッケ! 任せとけ!」
車列を組んだまま、発進。
ヘクトルが逃がすかと言わんばかりに、一斉射撃を開始した。私はネグリングに飛び乗ると、盾をかざしてガード。筅がファイアナイトを後ろ歩きさせながら、榴弾砲を連射。弾幕を造るが、そんなものは関係無いと言わんばかりに、ヘクトルが四方八方から猛射を浴びせてくる。
後方にも、十機以上がいる。
まもなく、凶暴な虎ばさみが閉じようとしている。
先行したネレイドが、ガトリングの対空砲火を浴びながらも、見事な機動で回避。ミサイルを叩き込んで、わずかにヘクトルの壁を歪ませる。其処へ、秀爺がまた、走りながら一撃確殺。一機のヘクトルを塵芥に変えた。
弟が最後尾のキャリバンから顔を出すと、ライサンダーで射撃。ヘクトルがガトリングを吹き飛ばされ、軋みながら此方を見る。憎悪に満ちている様に、思えた。
距離が近くなってくる。キャリバンの上に仁王立ちしている涼川が、構えたのは。カスケードロケットランチャー。
十発以上のミサイルを連続して放つ、強力な兵器だ。
しかもこれは、単独の相手に集中運用することを想定している兵器。
「オラア! 消し飛べ!」
楽しそうな涼川。
連射されたミサイルが、容赦なくヘクトルの一機を集中爆破。爆破の最中も動くから、全弾命中させるのは至難の業なのに。さすがは涼川。全く苦にしないで、全弾を命中させ、爆破に成功。
先頭のネグリングが、包囲を突破。
だが、追いついてきたヘクトルが、ガトリングを浴びせ続けてくる。
キャリバンが被弾。
それも、何度も。
おんぼろのキャリバンは、アーマーが既に限界近い。
長距離砲の射撃も、追いすがってくる。
グレイプが包囲網を抜ける。続けて、イプシロンも。
最後に立ちはだかったのは、ベガルタ。
更に、反転バックしたイプシロンの上に、涼川が飛び乗って、仁王立ち。ベガルタが後ろ歩きを開始しながら、ありったけの榴弾砲を叩き込む。イプシロンも、確実に追ってくるヘクトルを、一機ずつ叩く。
キャリバンから降りた弟と、エミリーが、同じように立ちはだかる。もう少し行けば、キャリバンを最終防衛ラインに届けられる。そこに行けば半死半生の救出した兵士達も、どうにかなる。
私は飛び降りて、殿軍に加勢しようと思ったが。
止められた。
「はじめ特務少佐は、撤退部隊に残ってください」
「む……」
池口に、ぴしゃりと言われる。
そのまま、進撃してくるヘクトルに猛射を浴びせている部隊の後方に、ネグリングが陣取る。ありったけのミサイルを、うち込んでいくつもりだろう。
「キャリバンを守って」
「分かった。 お前も、無理はするなよ」
「はい、大丈夫です。 雑な性格の私でも、この子はしっかりサポートしてくれますから」
ネグリングのオート照準機能は強力だ。
この距離なら、全力での支援砲撃を続行できる。
ネレイドから、警告が来る。
「更にヘクトルが来ている。 急いで下がらないと、包まれる」
悩んでいる暇は無い。
敵の追撃速度を遅らせている弟たちに、負担を掛けるわけにはいかない。
一撃だけ、ガリア砲を放つ。
一機、ヘクトルが爆裂四散。
それで満足して、私は下がることにした。
夕刻。
弟たちが戻ってきた。
イプシロンとベガルタは半壊状態。筅は弟に担がれていた。
最後に、コックピットにガトリングの砲弾が飛び込んだのだという。アーマーを付けていなかったらミンチになっていた所だ。アーマーがあっても爆風に張り倒されて、気絶するのは避けられなかったが。
十機ほどのヘクトルを撃破したところで、弟たちは撤退。
結局、最終防衛ラインにまでは追撃してこず、ヘクトル達は一旦撤退していった。
弟も負傷していた。
アーマーが限界になるまで戦ったのだ。無理もない話である。
「姉貴、状況は」
「おかげさまで、私は何ともない。 レンジャー11の連中は、三名だけが軽傷。 残りは東京支部の医療施設行きだな」
「そうか」
ほろ苦い表情を、弟が浮かべる。
シールドベアラーを二機破壊したレンジャー11だが、その代償は非常に大きかった。20名のチームのうち、死者12名。
かろうじて救助出来たのは8名のみ。
更に、イプシロンは走っているのが不思議なほどのダメージを受け。ベガルタファイアナイトは、根本的なメンテナンスが必要だ。
キャリバンも、もう駄目だろう。
帰路で、何度もヘクトルのガトリングを喰らった。その上、二度も長距離砲を至近に受けたのだ。
外壁を確認するが、もうスクラップ同然。
アーマーをかぶせて誤魔化してきたが、それも限界だ。駆動系は無事だが、危険すぎてもう次の戦いでは使えないと見て良い。
新しい型式のキャリバンを回せて貰えれば良いのだが。本部に其処までの余裕があるかどうか。
日高軍曹が来る。
頭に包帯を巻いているのは、帰路。
キャリバンを運転しているとき、喰らった砲弾が。運転席に飛び込んだからだ。砲弾は内部で乱反射。キャリバンは複層構造で運転席と兵士や負傷者を収納する後部が隔離されているが、それが却って徒となった。アーマーは瞬時に溶け、残りのダメージで左目に傷。ただ、視力が失われる様なことはなく、すぐに前線復帰出来るそうだ。
「ストームリーダー!」
「日高軍曹、負傷しながらキャリバンを繰って、よくぞ安全地帯まで逃れてくれた。 見事な活躍だったと、上層部に報告しておく」
「ありがとうございます! それよりも、ですね」
日高軍曹は、あまり地位に興味が無いのだろうか。
弟を連れて、最終防衛ラインの奧へ行く。私もついていったが、なるほど。
かなりのビークルが並べられているが、どれもこれもがスクラップ寸前だ。専門のメンテナンスチームが来ているのだが、それでも修復が間に合っていないのである。
「これ、修理できたら、きっと戦力になります。 ストームリーダーの権限で、もっと多くのメンテナンスチームを廻して貰えないでしょうか」
「そう、だな」
弟は、苦笑していた。
勿論出来る範囲では動く。
だが、ストームチームのリーダーというのは。極めてデリケートな立場だ。上層部は、弟が世界を救った英雄であり。フォーリナーについたら、手に負えない化け物だと知っている。
だからこそ、扱いは腫れ物となる。
発言権はある。だが、弟は、それを今までずっと抑えてきた。だからこそ、上層部は弟を本気で掣肘しようとは考えなかった。
兵器であるからこそ。上との摩擦を抑えられる。
ただでさえ、有能とは言えないEDFだ。弟が我を通して、上層部との軋轢をこれ以上増したら、まともに動かなくなる。
そう、弟は考えているのだ。
ゆえに、どんな無茶な任務でも、受ける。今回の任務にしても、空軍の支援付きで、十個くらいのレンジャーチームをビークルに乗せて出す様なものだ。それだけ、他のチームの負荷が軽減されていると信じて。
今はやっていくしかない。
日高軍曹が前線の治療所に戻っていく。筅が心配なのだろう。
入れ違いにナナコが来た。ナナコは負傷していない。むしろ、すぐに戦いたいという顔をしていた。
訓練を見てやることにする。
少なくとも、今日の戦闘では。
皆が気を遣ってくれたからか。私の負担は、増えなかった。
一晩、山梨の最前線で過ごす。
寝る前に、ブリーフィングをやったが。
静岡の東半分は、既にフォーリナーの手に落ちているという事が、確認できたくらいだった。
これでも、オーストラリアよりはましかもしれない。大陸の半分がフォーリナーの手に落ち、シールドベアラーの出現以降は、短期間での奪還だって望めない状態が続いているのだから。
私は前線を見回る。
フェンサースーツは着けていないが、アーマーを付けているから、いきなり流れ弾を喰らっても死ぬ事はない。見たところ、ヘクトルは戦車隊の射程外に展開して、此方の出方をうかがっている。巨大生物は、今の時点では、攻撃に参加してきていない。まだ、前線が安定していないとみているのかも知れない。
奴らは高い知性と、すぐれた戦術判断力を有している。それくらいはこなしても、驚くことはない。
筅は少し前に目を覚ました。
今の時点では、容体は安定している。二日もすれば、前線に復帰出来るとは言われていた。
問題はビークル類だ。
明日いきなり任務が来たら、どうにもならない可能性が高い。
弟が、通信を入れてくる。
「なあ、姉貴」
「どうした」
「俺はもう少し、我が儘になった方が良いのだろうか。 日高軍曹の発言も、もっともだと思った。 俺は特務中佐で、待遇は准将と同じ。 この権限を使えば、前線にもっと戦力を廻す事も、可能なんだよな」
「迷いがあるんだな」
弟は、完璧超人では無い。
その決断は、常にあっていたわけではない。もしもそうだったら、今頃無傷で戦い抜いていることだろう。
私も腕を失ったり足の踝から先を失ったり、指を何度も失ったりしたけれど。
弟だって、それと大差ない傷を、何度も受けて来ている。
弟が無敵の超人ではないことの証明だ。
見回りを続けたが、問題になりそうな事はない。ビークルの修復作業を続けている音は夜中まで続いていると聞いているが、私だって万能じゃあない。工学系の知識はないし、壊れたビークルは直せない。つまり、手伝うことは出来ない。
此処にいても、仕方が無い。
カプセルもあるので、それに入って休むことにした。
不意に、人影が現れる。
以前救出した、従軍記者だ。柊とか言ったか。
「お久しぶりですね、ストームチームのサブリーダー」
「何だ、私はこれから寝るつもりなのだが」
「ええ、存じています。 負傷が癒えきっていないという話ですものね。 少しだけで構いませんので、インタビューに答えて貰えませんか」
「……」
纏わり付かれても迷惑だ。
この女、昔の表現で言うならスッポンのような奴だ。ここぞと言うときに食いついてきて、絶対に離さない。
「分かった、良いだろう。 何だ」
「フェンサースーツを着込んでいない貴方と話すのは初めてですね。 むしろその方が、力を発揮できるのでは」
「そうかも知れないが、フェンサースーツの試用も兼ねているんでな。 前線の兵士達の苦労を考えると、そうも行かない」
「意外ですね。 貴方の様な超人的な使い手は、下々の苦労なんてゴミとも思っていないとみていたのですが」
喧嘩を売っているのか此奴は。
確かに私は、此奴が言う様な、普通の人間ではないけれど。かといって、彼らを下々だなんて思わない。
私が不快感を覚えているのを敏感に悟っているはずなのに。柊は、全く動じていない。或いは、不快にさせるのが、最初から目的なのか。
「今日も敵の包囲を突っ切って、敵に囲まれたレンジャーチームを救出したという事ですが、感想は」
「敵の戦術がますます巧妙になっていると感じるな。 今回敵に包囲されたレンジャー11にしても、決して未熟な隊長に率いられた練度が低い部隊では無かった。 事実我々も、彼らを撒き餌にして誘い出され、包囲された」
「本当に、彼らは宇宙人なのでしょうか」
すっと私が目を細めても。
此奴は、動じる様子が無い。
「宇宙人がヘクトルに乗っているか否かで言えばノーだな。 私は弟と一緒に、数え切れないほどのヘクトルを破壊してきたが。 あれは無人兵器だと断言できる」
「いいえ、フォーリナーの存在そのものに、私は疑念を抱いています」
「存在しないものが、今これだけ地球を蹂躙しているというのか」
「そうではありません。 妙だとは思いませんか。 あまりにも地球の昆虫に似すぎている巨大生物に、此方の技術に合わせたかのように繰り出される巨大兵器群。 本気で人類を滅ぼすつもりなら、もっとやり方はある筈。 フォーリナーという存在は、本当は」
地球人の誰かが、造り出したものなのではないのか。
流石に、その発言には、私は同意できない。
事実フォーリナーの物量は、地球上の物資では実現できないものばかりだ。マザーシップ一つをとってもそう。
破壊されたフォーリナーの兵器を転用して、どれだけの物資が地球にもたらされたか、分からないほどなのだ。
「おそらくそれはノーだろう。 技術的にも物量でも、フォーリナーは明らかに地球由来のものではない」
「ふむ、分かりました。 インタビュー有り難うございます」
「……」
柊はあっさり引き下がる。
それにしても、極めてクリティカルな問題に踏み込んできたものだ。おそらく彼奴が言っていたのは、EDF本部とフォーリナーが結託している、という説に、更に踏み込んだ内容だろう。
説としては、実は見た事がある。
ある科学者が、前大戦が終わった直後にぶち上げたものだ。もっとも、あらゆる点で検証が足りず、論文はあまり広く注目されなかったが。
その科学者の名前は。
三島徳子。
私をいじくり廻して遊んでいる、あの変態である。
小さくあくびをすると、バイザーを付ける。通信先は、弟だ。
「聞いていたな」
「ああ。 あの記者、あまり踏み込みすぎると、いずれ消されかねん。 黒沢や筅にも粉を掛けている様子だし、一度実戦に連れて行くか」
「それも、手か」
あの記者は、あまり覚えていないが。以前私がフェンサースーツで戦闘した時、救助したことがあると言う。
それなら、戦場の恐ろしさは理解しているはずなのに。何だか、恐怖を知らないと言うより、無謀に思えて仕方が無かった。
今日は、これで休む事にする。
いつ呼び出されるかも分からないのだ。カプセルに入ると、強引に意識を閉じて、眠って休む事にした。
2、停泊強襲
ヒドラで数時間飛んで、到着したのはユーラシア大陸、東アジア地区の一角。大戦前は複数の国家が存在したのだけれど。激減した人口もあって、今は東アジア地区として、ひとまとめにされている。
現地のEDFから連絡があったのだ。
マザーシップが、海岸線に飛来。複数の輸送船が護衛についているが、ヘクトルは無し。現地の部隊では戦力不足で、落とす事が出来ないと。
確かに攻撃の好機だが。
目的が気になるところだ。どうして、マザーシップが、わざわざ単独で飛来して、ろくな護衛もなく調査活動に励んでいるのか。
地球に六隻いるマザーシップの中で、現在捕捉中のこの機体は、便宜的にナンバー6と言われている。
日本を通り過ぎた後、ユーラシアで暴れ回っているのはナンバー4。北米近海にて、攻撃兵器を熱心に繰り出しているのはナンバー2。現在スカンジナビア半島で停泊し、まるで昔から居座っていたかのように我が物顔のがナンバー5。現状で攻撃目標となっているのはこの三隻だが。
それ以外のマザーシップが、こうも容易く攻撃のターゲットとなって出てきたのには、何か訳がありそうだと、感じてしまう。
現地の基地からは、グレイプにのって移動。
修理中のビークル類はおいてきた。使えるのは、グレイプとネグリング、それにネレイドとバゼラートだけだ。これだけでは移動がしづらいと言う事で、現地のEDFから、型式が古いグレイプを借りてはいる。
戦場に到着。
砂浜だが、一種の盆地だ。
辺りは小高い丘になっていて、其処だけが砂浜になって海に接している、隔離された不思議な土地。
「いるな」
近くにビークル類を停め、偵察に出た弟が戻ってきた。
私も出向く。
体の調子は大分良いが。これは、前線に出ざるを得ないと、戦場を見て即座に判断した。何とも、奇妙な配置で、敵が布陣しているのだ。
砂浜の真ん中には、マザーシップ。
二百メートルほどの高度を保って浮いている。ジェノサイド砲は展開していない。奴の下部には空気を吸収するジェネレーターがあるのだけれど。それも閉じていた。
何をしているのだろう。
気になって、観察を続ける。
砂浜には、四隻の輸送船。これがどうしたことか、もの凄く低い位置に滞空している。まるで、地面に着陸しかねないほど。
周囲には巨大生物がかなりいるが。
正直、ストームチームだけでも、殲滅は可能な数だ。
現地のEDFからも、レンジャーチームが来ているが。必要はないかも知れない。
「此方、レンジャー8。 作戦の指示を願いたい」
「此方ストームリーダー。 レンジャー8は、指定の位置に布陣。 其処からスナイパーライフルで、巨大生物を狙撃。 敵を引きつけて貰えるか」
「了解したが、それほど離れる必要があるのか」
「マザーシップは今、戦闘態勢を取っていない。 戦闘態勢を取られると、其処でもかなりギリギリになる。 敵の浮遊砲台に狙い撃ちにされて、粉々にされてしまうぞ」
弟の言葉に流石に黙った現地のレンジャー8が、言われたとおりに布陣。それでいい。下手に動かれるよりは、敵の一部を引きつけてくれた方が、まだマシだ。
周囲には、かなりの数の飛行ビークルもいるが。
これらも、ストームチームだけで、対処可能な戦力だ。
「それにしても、何を調べているのだろう」
「そうだな」
私の疑念に、弟も腕組みする。
いずれにしても、ジェノサイド砲を敵が持ち出したときに備える必要がある。
「秀爺、レンジャー8と一緒に、狙撃班に廻ってくれ。 遠くから、飛行ビークルと、巨大生物を狙撃し、減らして欲しい」
「イエッサ」
秀爺が、支給されているバイクに、ほのかと一緒に乗って、レンジャー8の所に向かう。丘の上からは輸送船が邪魔になって狙撃がしづらいが、飛行ビークルをレンジャー8に対処させ、巨大生物を秀爺が狙い撃てば問題ない。
今回秀爺には、ライサンダーと、量産型狙撃銃の傑作とされるハーキュリーを手渡している。
ハーキュリーは汎用性が高いスナイパーライフルで、ライサンダーより威力が落ちるが、速射に優れている。小型の敵には、ライサンダー以上の殲滅力を発揮する。ましてや、名手である秀爺がこれを持つのだ。頼もしい。
「秀爺が敵に攻撃を開始したら、敵の様子を見ながら突入する。 輸送船を全て落としたあと、マザーシップがジェノサイド砲を繰り出すか、戦闘形態になったら、これをジェノサイド砲か、もしくは下部の大気吸収口に叩き込む」
そういって、弟が出したのは。
通称ノヴァバスター。
一撃必殺を前提に造り出された大型ライフルで、フォーリナーの技術を用いて完成した。名前の通り、核融合が如き熱量を引き出す、最強ランクのレーザーライフルだが。一撃で銃身が融解してしまうので、文字通り一回しか使えない。
「黒沢軍曹、お前に任せる」
「イエッサ」
「他のメンバーは、私の班と、はじめ特務少佐の班に分かれて貰う。 それぞれの班が狙う相手は転送する」
メンバーを振り分ける弟。
なるほど、総攻撃を仕掛けて、一瞬で敵陣を潰す作戦か。
アーマーを着せられた柊が、じっと邪魔をせずに側で見ている。メモを時々取っているが。この女は、戦場を怖れてはいないようだ。
ちなみに池口と谷山はこの場にはいない。
池口は前線少し後方で、ネグリングに乗り込んでいる。レンジャー8に向かう敵に、自走ロケット砲から誘導ミサイルを叩き込む為だ。
配置を見てから、谷山はバゼラートに乗り、同じ程度の位置に移動。
これはネグリングの護衛と、飛行ドローンが散ったときの処理に当たるため。ファイターほどの殲滅力はないが、バゼラートなら十二分に飛行ドローンに対応できる。
「此方香坂。 配置についた」
「よし、狙撃をはじめてくれ」
秀爺が、敵に狙撃を開始する。
反応した飛行ドローンが、巨大生物もろとも、砂浜を離れはじめる。
マザーシップには動き無し。
まもなく、ネグリングが攻撃を開始。降り注ぐロケット砲弾が、巨大生物の群れの中に着弾。次々に、木っ端みじんにしていく。
敵の数は、さほど多くもない。
レンジャー8の練度はさほど高くもないが、一応指示通り、スナイパーライフルで敵を撃ち続けている。秀爺もいるし、今の時点で、敵の半数以上は、其方へと引きつけられている。
問題は、これからだ。
私の班には、涼川が割り振られている。涼川はいつものように爆発物を両手に持ち、敵を皆殺しにすることしか考えていない装備だ。他の新人達も、皆私の班。筅も今回は、ベガルタがいないので、此方。
「特務少佐、敵はあたしが皆殺しにする。 あんたは至近距離から、ガリア砲で敵をぶち抜くことだけ考えてくれ。 戦闘指揮も任せてくれていいか?」
「ああ」
「矢島、お前は特務少佐の援護だ。 ガトリングで、特務少佐の方に行った敵をブッ殺せ」
「わ、分かりました」
涼川の好きなようにさせる。
それで構わないと思ったし。皆、私に無理をさせないよう、気を遣ってくれているのは分かるのだ。
弟はジョンソンとエミリーだけを連れる。
高い戦闘力を持つベテラン二人だ。何ら問題は無い。
「さて、そろそろ良いころだな。 全部まとめてブッちらばしてやるか」
涼川が腰を上げる。
砂浜に残っている敵は、半分を切った。殆どは、レンジャー8と、正確極まりない狙撃を続ける秀爺に向かっている。
突撃。
弟が声を掛けると、全員が一斉に砂浜に躍り出る。
アサルトを乱射する原田。凶蟲が反応して、此方に向き直るが。
奴が最後に見たのは、多分爆発の閃光だろう。
容赦なくスタンピートから無数のグレネードを叩き込んだ涼川が、笑いながら走っている。
「ヒャッハア! きたねー花火だなオイ!」
爆炎を突っ切って、走る。
弟たちも、既に第一の輸送船直下に到達。私もブースターをふかして、皆の援護を受けながら、最初の輸送船直下に到着していた。
ガリア砲で、躊躇なく狙撃。
殆ど同時に。
二隻の輸送船が落ちる。
更に、三隻目と四隻目に向かう。少し遅れてついてきている黒沢は、心配げに時々上を見ているが。
これは、マザーシップが戦闘態勢を取ったときに備えるため、だろう。
巨大生物たちは大混乱していて、レンジャー8を攻撃に向かった奴らも戻ろうとしているが、そうはさせじとバゼラートも攻撃開始。飛行ドローンも身動きが取れないまま、次々落ちて行っている。
勝てる。
奇襲は成功だ。
そう、誰もが思うところだろう。
だが私は油断しない。
マザーシップが上に浮かんでいる以上、何が起きても、不思議では無いのだから。
三隻目に到達。
ガリア砲をぶっ放し、即座に離れる。
残党排除は他の皆に任せて、距離を取った。さて、どうでるか。爆裂する輸送船が、遠くもない地面に激突し、粉々に。ガリア砲は接射に限るなと思い、振り返りつつ、スピアを放つ。
飛びかかってきた蜘蛛を串刺しにして、嘆息。
出来るだけ、機動戦はするな。
そう弟にも言われているが。この機動戦のデータが他のフェンサー達にフィードバックされていると思うと、忸怩たる思いもある。
この辺り、私はいわゆる労働中毒なのだろうか。
あり得る話だ。
弟も、直後に輸送船を撃沈。さて、マザーシップだが、どう出るか。
新人達は、敵を駆逐している。
正確に言うと、涼川が殆どを潰しているので、その残りを新人達が片付けている。どうひいき目に見ても、新人達が、他のレンジャー部隊より優れているわけでもない。優秀なのは、ナナコと黒沢くらい。筅はエアレイダーだし、レンジャーとしての性能は誰も期待していない。他は精々、水準という所だ。
ただ、この短期間で水準のレンジャー並みになってきているのだから、大したものかも知れない。
後方支援で丘に残った筅が、エメロードのミサイルを連射しているのが、此処からも見える。
既に飛行ドローンは周囲にはおらず。右往左往する巨大生物の駆逐に、エメロードはその殲滅力を発揮している。
後は、散っている巨大生物の各個撃破だが。
これは、わざわざ私が出るまでも無い。歩きながら、時々目につく奴を、スピアで貫くだけで良かった。
「姉貴、下がるぞ」
「ん……」
言われるまでも無い。
砂浜の巨大生物の駆逐が終わった時点で、皆に撤退を指示。此処でマザーシップが戦闘形態になったら、ノヴァバスターによる攻撃を浴びせるにしても、リスクが大きいからだ。どういうわけか、マザーシップは艦載機を発進させてさえこない。
一体何を考えている。
「はじめ特務少佐」
黒沢が手招きしている。
何かを見つけたか。
呼ばれて出向いてみると、輸送船の残骸から、何かを取り出している。
見るとそれは、砂のサンプルらしい。しかも、シリコンでパックしている。わざわざ低空に停泊して、砂など採取していたのか。
なんのために。
分からないが、いずれにしても、長居は無用。
砂浜から戻る新兵達。弟もジョンソンも、エミリーも涼川も。油断なく上を見据えながら、バック。
マザーシップは動かない。
とにかく、直下からは逃れた。叩くにしても、今の時点では、方法がない。大気吸収口も閉じているし、広域シールドを展開している以上、遠距離からの巡航ミサイルも無力なのだ。
「此方谷山。 飛行ドローンの殲滅完了」
「此方池口! 巨大生物は、駆逐しました」
「よし、少し離れて待機。 出来れば弾丸の補給も受けておけ」
「イエッサ!」
レンジャー8は、そのままの位置で待機。
秀爺達には、敵を監視していてもらう。
敵の思惑が未知数である以上、下手に仕掛けるのはまずい。生半可な相手なら兎も角、マザーシップが来ているのだ。
全員が、砂浜から離れた。
不意に、その時に変化が起こる。
いきなり、マザーシップが、戦闘態勢に入ったのである。
マザーシップの周囲に展開する浮遊砲台。弟が、即座に反応し、ライサンダーで一つを撃墜。
だが、六角形の、銀の鱗は。二百を超えるのだ。
「総員、浮遊砲台を攻撃開始!」
「丘の向こうへ逃げ込め!」
もはや、先ほどまでの余裕は無い。
降り注ぐ殺戮の光。
爆裂する地面。
離れるのがもう少し遅れていたら、何名か死者が出ていただろう。
ガリア砲をうち込み、砲台を撃墜。スナイパーライフルを持ってきている新人達には、攻撃目標を指示。一つずつ潰させる。
至近で爆裂。
レーザーが降り注ぎ、容赦なく皆のアーマーを削り取っていく。
「大気吸収口、開きません!」
「相手が本気では無い証拠だ。 そのまま攻撃を続行!」
「イエッサ!」
秀爺も即応。
広域シールドの内側に来るべく、移動を開始。ネグリングは砲弾を撃ち尽くしているらしく、慌てて補給に走ったと連絡あり。バゼラートは、間もなく姿を見せた。
補給を済ませた様で、ミサイルを放ちはじめる。
十ほど、浮遊砲台を撃墜した時、気付く。
マザーシップが、高度を上げつつある。
逃げる気か。
「可能な限り砲台を削れ」
冷静に弟が指示を飛ばし、浮遊砲台を落としていく。
しかし、間もなく。
マザーシップは、高高度へ逃れた。
レーダーを見る限り、五千メートルほどの高度まで浮き上がった後、旧中国へと去ったようである。
アジア支部の中将が、連絡を入れてくる。
「マザーシップの反応が消えた。 撃墜したのかね」
「いえ、損傷は与えましたが、逃がしました。 周辺に展開していた敵は全滅させています。 すぐにスカウトを寄越してください。 不可解な行動が目立ちました。 調査の必要があるかと」
弟が言うが。
アジア支部の司令官は、口惜しそうに応える。
「今、此方に余剰戦力はないんだ。 レンジャー部隊を一つ裂くだけで、本当に大変だったのだ」
「ならば、我等で敵の強力な部隊を、幾つか潰していきましょう。 その間に、調査チームの派遣を願います」
「分かった。 そうしよう」
アジア支部の中将は、太った男で、いつも話ながら額の汗を拭っていた。多分今も、通話先でそうしているのだろう。
間もなく、補給を終えたネグリングが来る。
グレイプも。
やりとりを見つめていた柊が、また何か、メモを書き加えていた。
一旦、ハノイ基地に寄り、ヒドラに格納されているビークル類を確認。
まだイプシロンは動かせそうにない。弟は腕組みして唸る。何しろ、アジア支部の中将が指定してきたのは。
案の定というかなんというか。
レタリウスの大群によって守られている都市部の奪回作戦だったから、である。
見せられる。
東南アジアは前大戦で根こそぎに巨大生物にやられたが、その後復興した都市が幾つかある。その殆どが、EDFの基地の側に作られたと言うのが、何とも言えない無情を醸し出している。
今、レタリウスに占領されているのは、そんな街の一つだ。
「君達のチームは、レタリウスの駆除でも定評があると聞いている。 我が部隊もレタリウスを空爆で焼き払ってはいるのだが、とても手が足りない状態でね」
よく太った中将は、そんな風に、申し訳なさげに言うのだった。
今、世界中でレタリウスは大きな脅威になっているが。戦力に欠ける支部では、このように我が物顔に振る舞わせてしまう所も多い。
ちなみに東京では、どうにか駆逐作業が成功した。
問題は関東全域に散らばってしまっている巨大生物の駆除が、とてもではないが達成できないことにあるのだが。
それは世界中、どこも似たようなものだ。
「しかたねーな。 またあれでやるのか」
不満そうに、涼川が言う。
他に方法がない。
少数部隊で突入し、一気にフュージョンブラスターで薙ぎ払う。
幸い、今回敵陣には、凶蟲が少しいるだけ。支援部隊は、最小限で問題ない。私は今回、ディスラプターとシールドでの支援。矢島も同様の装備だ。
現地に移動しながら、弟が、黒沢と話している。
黒沢は、やはり先ほどの、敵輸送船から採取されたものが、気になっているようだった。
「ストームリーダー、どう思われますか」
「可能性は幾つかあるが、いわゆるテラフォーミングを行う下準備かもしれないな」
「しかし、それなら前回の大戦に、調査は出来ていたはずです。 どうして今更、わざわざ少数の護衛を伴って」
「それはスカウトに任せるしかないだろう。 いずれにしても、今は次の任務に集中するように」
弟は会話を切る。
この辺りは、温暖湿潤な気候。昔は、ジャングルが、この地域にあった国中に拡がっていたという。
幾つかの戦いで、そのジャングルは、もはや過去の存在になり。
復興が進んでいない東南アジアでは、放置された荒野と、雨ばかり降る土地だけが残っている。
幾つかの大都市は、復旧が進まぬまま廃墟になって、うち捨てられ。
今は、巨大生物が、遊び場としていた。
復興が進んでいた世界でも、七年では限界もある。特に、人口が激減した地域に関しては、復興も遅れていた。
二年前から、ようやく復興が始まったという都市は。
グレイプを止め、降りてみると。
既に、銀の糸によって、堅く守られていた。レタリウスはこんな所でも、我が物顔に繁殖している。
これも、おかしな話だ。
世界の十二カ所にて、巣穴が発見されたが。その巣穴どうしで、どうやって情報を交換したのか。
世界中から、レタリウスの出現は報告されている。
東京の巣穴から現れただけでは無いのだ。
こういうレタリウスに占拠された地域のうち、四つを攻略して欲しいと言われている。東京支部の日高司令には許可を取っている。とはいえ、四つもの敵陣を連続して攻略していくのは、流石にぞっとしない。
だが、現地の部隊に、借りを作るという意味もある。
それに、戦力に劣る地域の支援が、少しでも出来れば。
「レタリウスはおよそ三十。 凶蟲が三百という所だな」
その程度のレタリウスの陣なら、今までに幾度となく攻略してきたが、何が起こるか分からないのが戦場だ。
谷山が、此方に来る。
「ストームリーダー。 砲撃の支援は期待出来そうにないですね」
「そうだろうな。 手が足りず、我々についでに一仕事という感覚で、頼んでくるほどだ」
「これでは、使い走りも良い所では」
「苦戦している地域を、少しでも有利に出来れば、全体のためにもなる。 此処で我等がレタリウスを蹴散らしておけば、現地のレンジャーチームも、少しは動きやすくなるだろう」
正論を言う弟に、谷山は肩をすくめた。
幸い、ネグリングは既に待機している。新兵達も、攻撃の準備を整えていた。
蜘蛛糸対策をした、若干防備に欠けるアーマーを装備すると。
私と矢島が前衛に。
フュージョンブラスターを両手に持った涼川とジョンソン。それに弟が、突撃を開始した。
3、盆暗の苦悩
完全に足下を見られた感じだったな。
そう、帰路のヒドラで、弟はぼやいていた。
結局、四つの敵陣攻略だけではすまなかった。マザーシップの撃沈に失敗したのだから、もう少し働いて欲しい。
そう太った中将は恥ずかしげもなくいい、ストームをこき使ったのだ。
幸い、弾丸だけは補充してくれたが。
結局四日間で、七つの戦場を転戦。決して楽でもない戦いを続け、負傷も重ねながら、どうにか東南アジア支部を離れる事だけは出来たのだった。
原田がげっそりした感じで、座りこんで床を見つめている。
ナナコが目の前で黒蟻の酸を盛大に浴びた。
アーマーのおかげで無事だったが。自分の張った弾幕が薄かったからだと、真面目に悩んでいるらしい。
ナナコは気にもしていないのに。難儀な話だ。
朗報もある。
東京支部から、三川が退院したと連絡を受けている。
ストームチームへの復帰の意思も、見せているそうだ。これで、ウィングダイバーを二人、同時に動かせる。ツーマンセルになれば、それだけ出来る事も増えるのだ。
整備班の活躍で、ベガルタファイアナイトは復旧。以降の戦場では動かせる。
しかし東京支部に戻ったら、早速大規模任務の話がある。
せっかく治ったベガルタだが。
下手をすると、すぐに壊してしまうことになるかも知れない。
ヒドラで数時間移動している間、カプセルで眠れることだけが救いである。幸いと言うべきか、何というか。
私のバイタルはかなり改善してきていて、少しずつ動く量を増やしても良いと、医師にも言われていた。
東京支部に到着。
早速ブリーフィングに出る事になる。新人達は、その場で解散。半日だけ、休暇を与えると、私は弟と一緒に、本部のビルに出向いた。
ストームリーダーとはじめ特務少佐が、ジョンソン中佐と一緒に本部に出向いていく。アジア支部で随分武勲を重ねたのに。ストームリーダーは准将待遇でもあるのに。まるで使い走りだ。
忸怩たる思いはある。
原田啓介は、情けないと思った。
今日の、朝の戦いだってそうだ。ナナコが長距離支援をしていて、自分はその護衛。戦闘特化の強化クローンであるナナコが強いのは当たり前。小さな女の子にしか見えなくても、大柄で長身な自分より、よほど多くの敵を撃破してきている。だから、その動きを、最大限に生かせるようにしないといけないのに。
いざ敵に接近された際、反応が遅れて。
結果、ナナコに、アーマーがなければ即死するような打撃を通してしまった。
本当に、後悔してもしきれない失態だった。
途中離脱して、戻ってきても。皆が地位が上がっていて、自分は何も変わっていなくて。今回の戦いの結果、軍曹になるとは辞令を受けているけれど。他のみんなは、きっと自分より早く、少尉に昇進する。
地位について、それほど執着はない。
執着があるのではなくて、同期において行かれているようで、不安なのだ。
「原田君。 せっかくだから、何か食べに行きましょうか」
「ん、兵司か」
顔を上げると、黒沢だった。
立ち上がり、ヒドラを出る。
にっこにこの日高軍曹がいる。年下の新兵達に世話をするのが嬉しいらしく、このアイドル裸足の容姿を持つ先輩は、何かと世話を焼いてくれる。筅とナナコもいるので、結局皆で行動だ。
矢島と池口がいない。
話によると、池口はネグリングを任されてから、必死に勉強しているという。ネグリングに名前まで付けてかわいがっているらしく、何だか変なスイッチでも入ったのだろう。今日も勉強で、自室に閉じこもっているのだとか。
矢島はトレーニングルームに直行。
難易度インフェルノ仕様で、フェンサースーツの訓練を必死にしているらしい。まあ、分からないでもない。
二人は仕方が無い。いるメンバーだけで、食事に行く。
東京支部の中には、食堂が幾つかある。
何処も戦闘を想定しているため、相当量の食事が出るのが特徴だ。確か食堂の幾つかは、一般人にも開放しているが。
今の戦時下である。一般人は、基地には近寄らない。
避難してきた人達が短期間基地にいたが、彼らもシェルターにもう移った。
日高軍曹はおごってくれると言ったけれど、流石にそれは断る。少尉になってからおごってほしいというと、なるほどと頷かれた。
日高軍曹はビークルに強い適正がある。
あまりレンジャーとしての腕が良い方では無いけれど。
それでも、原田よりはマシだ。誤射はしないし、いざというときに、肝が据わっているからだ。
皆、注文を終えて、席に着く。
筅は見かけ通り大変に小食。
一方ナナコは、育ち盛りだからか、カレーを大盛りで頼んでいた。軍関係の食堂だから、大盛りで頼むと、もの凄い量が出てくる。しかし、平然と食べ始めている。ここしばらく、レーションしか食べていなかったからか。残しそうもない勢いで、おなかに消えていく。
「はあ、よく食べるもんだな」
「原田君、何だか今日は元気がなかったね。 最後の失敗のこと?」
日高軍曹が、ナナコと同じくらい食べながら、不意に聞いてくる。
あまりにも直球だったので、むせかけた。ちなみに原田は、うどんのついた定食にしている。
「ナナコちゃんは気にもしていないよ。 誰だって失敗くらいするんだし、気にしない方がいいよ」
「でも、一歩間違えば、死んでいました」
「それが戦場だよ。 ストームリーダーだって、誤射を時々してるの知ってる?」
だけれども。
桁外れに強いストームリーダーやはじめ特務少佐は、失敗をしてもそれ以上の成果を上げている。
自分は、どうなのだろう。
確かに、ストームチームに所属してから、充分な戦果を上げている。敵を倒した数も、既に五十を超えた。
だがそれは、前線で大暴れしている涼川少佐や、ストームリーダー、はじめ特務少佐があっての成果なのだ。
いたたまれなくなって、席を立とうとするけれど。
黒沢がぴしゃりと言った。
「見たところ、君は誤射も少ないし、失敗だってそう多くもない。 もう少し、自信を持つべきではないのですか」
「そうはいうけどね……」
「まず、この食事はきちんと食べよう。 物資だって、いつまで潤沢にあるか分からないんだし」
笑顔のまま、そんなシビアなことを、日高軍曹はいった。
いつも太陽みたいに笑っていても。
この人も、現役で戦っている軍人なんだって、こういうときに思い知らされる。
皆で食事を終えた後、ふらりと原田はシミュレーションルームへ向かった。
体を鍛えるよりも。
度胸を付けたかったのである。
矢島が丁度出てくる所だったので、黙礼する。矢島は大柄で、喋るときに言葉になまりが出る。
原田と同じく、一等兵の矢島は。同じタイミングで、軍曹に昇進することが、決まっていた。
順当なところだろう。
「原田さんも、丁度訓練かぁ」
「ああ。 どうにか、度胸を付けたくて」
「お互い頑張ろう」
独自のなまりが、矢島の口調には混じっている。
多分出身地の問題なのだろう。
訓練結果を見せてもらう。難易度インフェルノの訓練に十三回挑み、一度もクリアは出来ていない。
難易度インフェルノは、大戦末期。味方も殆どいない状態で、敵の大群と戦わざるを得なかったEDFの戦場を再現したものだ。ストームリーダーやはじめ特務少佐は軽々こなしているが、これは当然だろう。
あの人達が前線で、敵の大半を引き受けているから、皆生きているのだ。
そうでなければ、とっくにストームの新人達は、半分以上が死んでいるはずだ。
この四日だけでも、散々に戦った。
「難易度を落として見たら?」
「いいや、それは出来ない」
「どうしてだ」
「はじめ特務少佐が、毎回戦ってる敵は、こんなもんじゃねえ。 少しでも手助けできるようになるには、此奴らくらいはどうにかしねえとなんねえからな」
少し休んだ後、また同じ条件でシミュレーションに挑むという。
悩んだ後、原田も。
インフェルノに難易度を設定し、シミュレーションに入る。
そうして、思い知らされる。
あの人達が生き延びた戦場が、どれほどの地獄だったのかを。
六セットこなして、生き残ることは一度も出来なかった。敵の動きは俊敏で、此方の隙を絶対に見逃さない。
あっという間に取り囲まれ、袋だたきにされるなんて当たり前。
何処に隠れても、確実に見つけ出してきて、酸をうち込んでくる。
隠れる場所なんて、そもそもない。
味方の戦力は常に少数。明らかに、子供としか思えない戦士もいる。
それに対して、敵は大地を埋め尽くすような数。その数をフルに生かして、情けも容赦もなく、襲いかかってくるのだ。
シミュレーションから出ると、へとへとになっていた。
また矢島がシミュレーションをはじめている。
宿舎に戻ることにした原田は、精が出るなと思った。これ以上やったら、心が折れるような気がした。
一晩眠って。
翌朝、集合すると。三上が戻ってきていた。
まだウィングダイバーのスーツは身につけていないが、PTSDを克服できたのだろう。ストームリーダーが、わかりきっていることを、淡々と言った。
「これより、三川一等兵が戦線復帰する」
「ご迷惑を掛けました。 これからまた、戦場で皆を援護させていただきます」
敬礼する三川は、多少すっきりした様子だった。
きっちりPTSDを克服して戻ってきたのである。誰が彼女を責めるだろうか。原田だって、負傷で中途離脱していた身だ。三川の苦労は多少なりと分かる。
問題は、すぐに任務が入っている、という事である。
ヒドラに移動して、その途中。バイザーを付けて、任務について説明を受ける。恐ろしい任務だと言う事が、すぐにわかった。
「現在、静岡の戦線を援護する目的か、神奈川の鎌倉近辺に、途方もない数の赤蟻が集結している。 これを誘い込み、撃破する」
空軍、砲兵隊の支援があるが。
それでも、敵の数が千を超えると聞いて、戦慄した。
ただでさえ頑強な赤蟻が、千以上。
前大戦でも赤い津波と怖れられた赤蟻の群れは。その圧倒的な頑強さを武器にして、面を瞬く間に飲み込んでいったと聞いている。
何度も赤蟻とは戦ったが。
アサルトの弾丸では、中々倒れてくれない。スティングレイロケットランチャーの直撃を受けても、耐え抜く。
文字通り、赤い戦車のような怪物だ。
ストームチームに話が回ってくるわけである。
今回は、本部もかなり気合いを入れている。レンジャーチーム4つ、フェンサーチーム2つが戦場にて既に待機。ウィングダイバーチームも一つが、支援に廻ってくれるという事だ。
現地に向かう。
拡がっている砂浜に、既に味方部隊が展開していた。一部は狙撃兵として、少し離れた場所にいる。
フェンサーチームの中には、矢島の見知った人間もいる様子だ。
ヒドラが離陸する。
代わりに、上空に何機かのネレイドが姿を見せる。上空からも、赤蟻を叩き潰すのが目的だろう。
「現状の敵の配置は」
「一部が既に此方に向かっているようです」
ストームリーダーが、スカウトと話をしている。
いずれにしても、今の段階では、原田に出来る事はない。渡されているアサルトの状態を確認。
幸い、今回はベガルタファイアナイトの修繕が間に合っている。
砂浜には、同じように修理が間に合ったネグリングとイプシロンもいて、心強い。最悪の状況に備えて、数台のキャリバンも待機していた。味方のグレイプも、潮風に吹かれながら、海岸線に停車している。
ここのところ、東南アジアでの劣悪な環境での戦闘が続いて、辟易していたが。
今回、ストームチームは総力を展開することに成功している。はじめ特務少佐も、そろそろ前線に戻れるはずだし、心強い。
「間もなく接敵する!」
ストームリーダーが、声を張り上げた。
三川は今回、後方での支援専門で、ここに来ている。渡されている武器も、長距離狙撃用のものだ。
まだ技量が足りなくて、長距離から複数の敵をロックオンし、一気に排除できるミラージュは渡されていないらしい。味方への誤射だけはするなと、念押しされてはいた。
「来たぞ!」
砂浜に散らばっている戦士達が、そのおぞましい光景に、等しく呻いた。
赤い。
赤い壁が、迫ってくる。
必死に引き撃ちしながら、此方へ敵を誘導しているレンジャー9。赤蟻は黒蟻に比べると動きが鈍いが、それでも人間より早い。レンジャー9はEDF支給のジープを用いて引き撃ちをしているが、それでもギリギリだ。
「もう少し引きつけろ」
「狙撃部隊、構え!」
扇状に拡がる、砂浜の部隊。
やがて、全ての部隊の射程に入った瞬間。ストームリーダーが、叫んだ。
「攻撃開始!」
敵の前衛部隊に、圧倒的な数の弾が叩き付けられる。
ネグリングのミサイルが連射され、イプシロンも光弾を撃ち出す。グレイプの速射砲が唸る。
レンジャー部隊も、射撃を開始。
スティングレイロケットランチャーも、エメロードミサイルも、次々射出される中。原田も、腰だめして、アサルトライフルから弾丸をうち込む。
フェンサー部隊も攻撃を開始。最初は高高度強襲ミサイルを放ったが、すぐにガリア砲に切り替える。
火力の乱打を浴びながらも、赤蟻は突き進んでくる。
見る間に、前線が此方に近づいてくる様子は、恐怖さえ感じた。
囮のレンジャー9が、必死に味方部隊の中に逃げ込む。涼川少佐が前に出ると、スタンピートをぶっ放す。
吹っ飛んだ赤蟻の群れだが。
中空でもがく様にして、体勢を立て直そうとしている。
耐え抜いた個体が、多数いるのだ。
戦慄するほどの堅さ。
それでも、火力の網に捕らえられてしまうと、流石の赤蟻も無敵では無い。次々に爆裂し始める。
敵の前衛らしい数十匹は、間もなく片付いた。
呼吸を整えながら、マガジンを交換する。
レンジャー部隊の中には、マガジンを交換することも忘れて、青ざめているだけの者も、少なくなかった。
「こちら谷山」
「どうした」
「敵の第二波接近。 というよりも、集結していた赤蟻が全て同時に動き出した。 それも、包囲する動きを見せている」
「……接敵までに、可能な限り削ってくれ」
谷山さんが、イエッサとだけ応えると、通信を切る。
ストームリーダーが、声を張り上げた。
「スナイパーチーム、すぐに他のレンジャー部隊と合流! 敵は包囲を敷き始めている、そのままだと孤立して全滅するぞ」
「分かりました。 すぐに其方に向かいます」
「おいおい、まずいんじゃないのか」
「ヒドラに来て貰って、撤退する方が……」
味方のレンジャー達が、動揺しはじめているのが分かった。
唇を噛む。
原田だって怖い。
だが、分かったことがある。誰かがやらなければ、別の誰かが殺されるのだ。
確かに東南アジアで、悲惨な戦いを連続してやらされた。現地のレンジャーチームが、壊滅寸前になる所を、二度救助もした。
それで分かったことがある。
誰も、此処では助けてなんかくれない。誰かが踏みとどまらないと、みんな殺されるのだ。
「お、おい……!」
誰かが、恐怖の声を上げる。
山から、真っ赤な絨毯が迫ってくるのだ。
それだけではない。
海からも来る。
巨大生物は、海の中を歩くことを苦にしない。それは分かっていても、流石におぞましい。
「海の方は少数だな。 私が引き受ける」
「無理はするな」
「分かっている」
進み出たのは、はじめ特務少佐だ。
海から来る赤蟻の数は、ざっと五十。山から来る奴は、軽く見積もっても数百。更に包囲網が、狭まってくる。
「谷山、敵主力に砲撃を。 此方は、包囲網を一角ずつ破る。 集中攻撃を開始するぞ」
「イ、イエッサ!」
射撃が、開始される。
迫り来る東の丘の赤蟻。逃げ来るスナイパーチームを狙っている。その鼻先に、叩き込まれる弾丸の嵐。
流石に、凄まじい集弾。先頭集団が消し飛ぶ。だが、赤蟻の頑強さは凄まじい。EDFの武器が進歩しても、変わる事はない。
バック。
たまらず、レンジャーチームの誰かが叫ぶ。
しかし、ストームリーダーは、即座にそれをやめさせた。
「陣形を崩した人間から死ぬぞ! 余計な事を考えず、撃ち続けろ!」
ネグリングが、早くも弾切れする。
飛び出してきた池口が、支援要請。上空にいるヒドラが、弾丸のパックを落としてくる。弾丸そのものが入っているわけではない。ミサイルそのものは、基地から転送してくる。重要部分の消耗品パーツを変えることで、誤射を避けるのだ。
その間も、黙々とイプシロンは射撃を続行。
見る間に、前衛が近づいてくる。
赤蟻の死骸が吹っ飛んで、此方まで飛んできた。海岸線で、荒れ狂っているはじめ特務少佐。五十体の赤蟻を相手に、一歩も引かない。
スナイパーチームの一人が噛みつかれた。
悲鳴を上げ、振り回されるスナイパー。冷静にライサンダーの引き金を引いたストームリーダーが、噛みついていた赤蟻を潰す。
山の方に、クラスター弾の爆撃。
多くの赤蟻が消し飛ぶが、とてもではないが全ては倒しきれない。吹っ飛んだ赤蟻の中には、アーマーに致命打が行かなかったらしく、平然と南下してくる者も珍しくは無い。
「隊列を整えろ! 此処からは乱打戦になる! アーマーはすぐには破れん! 一度や二度噛まれた程度で諦めるな!」
ストームリーダーが叫ぶ。
至近まで迫られたが、それでもネグリングの補給が間に合った。連射されるミサイルが、迫る赤蟻たちに炸裂。
銃口を揃えて、敵を迎え撃つ味方チーム。
平然と、迫り来る赤い絨毯。
上空のネレイドが、猛射を浴びせるが、数が多すぎる。とてもではないが、処理し切れない。
ついに、前線が接触した。
盾を構えて防ぎに掛かるフェンサーチームだが、圧力が違いすぎる。押し返せたのは最初だけ。二回目からは、強烈なチャージに、明らかに吹っ飛ばされそうになる者が多数出た。
ガリア砲をうち込んでいる矢島。
数匹を今までに打ち倒しているが、とてもではないが、敵の勢いは止められない。
噛まれる味方が、出始める。
見事な機動で、襲いかかってくる赤蟻を倒しながら、敵を打ち抜いていくストームリーダー。笑いながら、敵の上にグレネードの雨を降らせ続ける涼川がいなかったら、もうとっくに、味方は全滅していただろう。
上空に浮き上がったエミリー少佐が、閃光を放つグレネードを投擲。他のウイングダイバーも、必死にジャンプを繰り返しながら、敵に射撃を浴びせている。三川も、それに習っていた。
爆裂した赤蟻が、赤い花火と化す。
ウィングダイバーにも支給されている爆発物。確か、エネルギーをそのまま固めて、投擲する武器だ。
原田は、余計な事は考えない。
ひたすら連射連射。マガジンを取り替える。至近、赤蟻。噛みつこうとする顔面に、連射を浴びせる。乱戦の中を猪突してきたらしく、それで限界を迎えたらしい赤蟻は、悲鳴を上げながら頭を消し飛ばされ、その場に崩れ伏す。
呼吸を整える。
怖い。怖くない筈がない。
此奴らに食い殺された民間人は、どれだけいるか数も知れないのだ。
原田は、一応第三世代のクローンだ。だが戦闘目的のクローンでは無い。確か労働を目的として生産され、各家庭に補助として配備された。
貧しい家には、原田の様な労働タイプクローンが、多く送られた。彼らはこの疲弊した世界を立て直す目的を背負って、貧しい家々に降り立ったのだ。
原田もそう思っていた。
だが、貧しい家族は、むしろ原田を、好きなように生きて良いと言った。
だから、生活のために。
収入がよいEDFを選んだ。
今、原田の家族は、シェルターにいる。此処で少しでも赤蟻を殺しておかないと、今度は誰かの家族が回り回って餌にされる。
そんな事は、許してはならない。
叫びながら、また一匹に、連射を浴びせる。
味方のレンジャーに食いついていたそいつは、悲鳴を上げて爆散。地面に叩き付けられた負傷者が、這うようにしてキャリバンに逃げ込もうとするが。背中から、また新しい一匹が、態勢を低くして襲いかかる。
踏みつぶされる。
踏みつぶしたのは、ベガルタだった。ベガルタは火焔放射で赤蟻を薙ぎ払いつつも、目立つ赤蟻を、踏みつぶしたり、殴ったりもしていた。
筅が、こんな激しい戦い方をするとは、思わなかった。
同じクローンでも、戦闘タイプと労働タイプの差だろうか。
味方の爆撃機が来て、敵の中に爆弾を落としていく。それで、ようやく敵の勢いが、削られはじめた。
それでも、一時間以上、戦闘は続いた。
呼吸を整え、どうにか生き延びたことを、原田は悟る。
辺りは阿鼻叫喚。キャリバンも、赤蟻に噛みつかれて、装甲に痛々しい傷を残している機体が、幾つもあった。
すぐに、負傷者を後送しはじめる。
負傷者の中には、黒沢と、ジョンソンもいた。
黒沢は戦闘時、敵の攻撃に対応しきれなくなり、噛みつかれて振り回され、地面に思い切り叩き付けられた。砂浜でなければ、首が折れていたことだろう。
ジョンソンは、前衛で味方を救うために奮戦。
激しい戦いの末、ついに赤蟻に噛まれ、瞬殺したものの放り上げられ、二十メートル以上を落下。
アーマーが限界値に達し、足を折った。
今の技術なら、数日で復帰出来るはずだが、それでもキャリバンで後送される。
当然、死者も出ていた。
ストームチームにはいないが、味方は満身創痍。更に言うと、敵はまだ、幾らか残っている。
いや、幾らか、どころでは無い。
「此方スカウト! 山が真っ赤に染まるほどの数が、そっちに向かっている! 撤退した方が良いかもしれない!」
「谷山、ありったけの空爆と砲撃を敵にうち込め。 此処にいる赤蟻を全て潰せば、かなり味方は有利になる」
「本気ですか、リーダー」
「本気だ」
ストームリーダーは無傷だが、それでも決して戦況は良くない。まだ敵は何割かが健在なのに対し、味方は包囲網さえ喰い破りはしたが、多くの死傷者を出しているのだ。
今のうちにアーマーを換えるよう、負傷者達に指示するストームリーダー。
はじめ特務少佐は、無言で前に出る。
涼川少佐も、ジープに乗り込んだ。
最初と同じ要領で、引き撃ちをするつもりだ。だが、最初と敵の物量が違いすぎる。生唾を飲み込んでしまう。
さっきだって、あれほどの数が攻めこんできたのだ。
新しいキャリバンが来る。
先ほどの負傷者達を、運び終えて。傷ついていたものは、もう無理だと判断して、別のに換えたのだ。
筅が飛び出すと、セントリーガンを砂浜に敷設しはじめる。
先ほど、谷山さんが指示して、砂浜にヒドラから投下させたのだ。無言でセントリーガンを敷設していく筅。
遠くで、爆発が始まっている。
交戦しているのだ。
セントリーガンも、あるだけマシという状況。それでも、戦力が減っている今、ないよりはある方がずっといい。
「き、来たぞ……」
恐怖に声を上擦らせる味方のレンジャー達。
先ほどではないが、山を赤く染めながら、第三波の赤蟻が来る。ジープで下がりながら、涼川少佐がスタンピートを乱射している様子が分かる。それで相当数が吹っ飛ばされているが、なお足りない。
上空に、ミッドナイトとアルテミスが来る。
空爆していくが。
それでも、赤蟻の大半は無事だ。
砲兵隊が、クラスター弾を雨霰と降らせはじめるが。
なおも赤蟻は、多数の勢力を保ったまま、此方へと来る。ネレイドが攻撃を開始。機関砲が容赦なく赤蟻を撃ちすくめていくが。
敵の数は、まだまだ圧倒的多数。
ベガルタに再度乗った筅が前に出て、榴弾砲を連射しはじめる。
全て撃ち尽くす勢いだ。
矢島をはじめとして、フェンサー部隊は全員が高高度強襲ミサイルを発射。レンジャーの小隊も、各自エメロードとスティングレイをうち込みはじめる。
敵が次々砕けるのが分かるが。
それでも、敵は圧倒的大多数だ。
はじめ特務少佐が飛び出す。
涼川少佐が、スタンピートをぶっ放しながら、ジープで味方の陣地に飛び込んできた。セントリーガンが稼働開始。ネグリングはとっくに、敵にミサイルの雨を降らせ続けている。イプシロンも、敵を一射確殺している。
それでも、敵は止まらない。
赤蟻の群れが、弾丸の雨霰を気にもせず、突っ込んできた。
再び、阿鼻叫喚が、辺りに巻き起こった。
戦闘は、夕方近くまで続いた。
呼吸を整える。
一度、原田も噛まれた。
噛まれながらも、赤蟻の顔に射撃を浴びせ続け、根負けした相手が死んだ。それだけだ。
損害は更に増えた。
しかし、海岸は敵の死骸で、真っ赤に染まっていた。
後で聞いたところによると。
赤蟻の死骸は、千五百を数えたという。
想定よりも五割も多かった。
これは、当初集まっていた赤蟻に、更に後から敵が合流してきたため、らしい。いずれにしても、EDFに入ってから、本部の目算は当てにならないと知った。だから、驚きもしないし、怒ることもなかった。
砂浜に、座り込む。
ナナコは側で、立ち尽くしている。じっと見つめている先にあるのは、既にものいわぬ亡骸になった赤蟻の頭部だ。
頭部だけで、人間よりも、ずっと大きい。
おぞましい。
「おーい、お前らー。 無事か−?」
涼川少佐が来たので、体制を整えて、敬礼。
涼川少佐も、戦闘の最中に噛まれていた。今日はこの時のためにアサルトを持ってきていたと、後で笑いながら話していた。勿論、噛まれながらもアサルトで打ち抜いて、赤蟻を倒したのだ。
「無事です」
「そっか。 黒沢とジョンソンも、病院で手当を続けてる。 まあ、次の戦いには間に合うだろう」
「……」
煉獄と言うべきなのだろうか。
此処はこの世と地獄の中間。
無数の赤い死骸が、それを物語っているように思えてならなかった。
はじめ特務少佐は、向こうでストームリーダーと話している。
今日、敵の群れの中で、ずっとハンマーを振るっていた特務少佐は。相当数の赤蟻の足止めをして、味方が敵を倒す隙を作ってくれた。それだけで、どれだけの味方が助かったか分からない。
涼川少佐が、他の皆の所に行く。
筅が乗っていたベガルタも、傷だらけ。せっかく無傷の状態で戻ってきたけれど、メンテがまた必要になるだろう。
ネグリングも一カ所噛まれていた。イプシロンも、何カ所か。
総力戦だった。
入り乱れての、悲惨な戦いだったのだ。
バイザーにアナウンスが来る。
味方の戦死者は、最終的に二十名を超えたという。レンジャーチームが主だが、フェンサーチームにもウィングダイバーチームにも死者は出ていた。死者はいずれも酷い有様で、とても見てはいられない肉塊にされてしまっていた。
敵もバラバラだけれど。
あまりにも、悲惨すぎると、原田は思う。
スカウトが来ている。
死体の回収部隊も。
回収しているのは、赤蟻の死体だ。死体の表皮などから、アーマーの材料を作るのである。特に赤蟻の死骸は、強力なアーマーの材料になるとかで、回収部隊は大喜びで拾い集めていく。
だから彼らは、スカベンジャーなどと言われて、味方からも嫌われているそうだ。
ストームリーダーが来る。
「全員、ヒドラに乗り込め。 東京支部に帰還する」
「イエッサ!」
「今回は酷い戦いだったが、皆心身をしっかり休めておけ」
ストームリーダーは卓越した身体能力を発揮して、乱戦の間も一度も噛まれなかったようだ。この辺りは、凄まじいとしか言いようが無い。
黙々と、ヒドラに乗り込む。
ふと気付く。
三川が、青ざめたまま立ち尽くしていた。
いきなりこんなハードな戦場に投入されてしまったのだ。無理もない。何か声を掛けようかと思ったが、本人から身を翻して、ヒドラに乗り込んでいった。
傷ついたビークルを格納するヒドラ。
また、これに乗ると、戦わなければならない。
煉獄への船。
足が竦むのが分かった。
それでも、どうにか気力を振り絞って、ヒドラに乗り込む。先に、病院から搬送されてきていた、黒沢とジョンソン中佐も、乗り込んでいた。
ジョンソン中佐は、既に歩ける様子だ。
黒沢はベッドで、手当を無言で受けている。包帯でくるまれている有様が、少しばかり痛々しい。
「原田一等兵、お前も診察を受けろ」
「イエッサ」
ストームリーダーに言われて、診察を受ける。
医師は、軽く幾つかの質問をした後、言った。
「赤蟻との戦いの後、PTSDを煩う兵士は少なくありませんでな。 もしも何か過剰な恐怖を感じたりするようであれば、すぐに言ってください。 戦場で戦っている際にPTSDが発症すると、周りに迷惑を掛けることになります」
「わかりました」
「厳しい戦いが続きますし、何しろストームチームはいつもつらい戦いの最中にいると聞いています。 無理はせずに、すぐに不安があったら言うようにしてください」
頷くと、診察を終える。
後は何もする気力が沸かなかった。
ヒドラの中は広く、ぼんやりと座っていても、充分に空きがある。隣に座ったナナコが、黙々とレーションを口にしていた。特に何か用事があるわけでもなく、空いているから座った、という感じだ。
レーションを差し出される。
チョコレートと栄養剤がミックスされたタイプだ。食べ過ぎないように、意図的にまずくされているタイプである。
受け取ると、口に入れる。
「原田一等兵は、疲れているように見受けられますが」
「ああ、疲れているよ。 食事が終わったら、カプセルに入るつもりだ」
「……」
小首をかしげるナナコ。
戦闘タイプと、そうで無いクローンの差だろう。此奴だって散々怖い目にあってきただろうに。
不思議なもので、此奴は戦闘に対する恐怖はまるで無いようなのに。孤独は怖くて仕方が無いようなのが面白い。日高軍曹に捨てられでもしたら、多分普通の子供みたいにわんわん泣くだろう。
席を立つと、男子用のカプセルルームに。
既にカプセルを利用している影もあった。多分矢島だろう。矢島は今日、今までの戦いの中で、一番活躍していた。ガリア砲はきちんと当てていたし、ガトリングだって敵の制圧に役立っていた。
自分は、役立てているのだろうか。
カプセルに入ると、ストレス解消モードにセット。
このモードだと、多少はストレスを和らげることが出来る。リラクゼーション用の、様々な工夫をしてくれるからだ。
ぼんやりしている内に眠っていて。
そして、起こされた。
東京支部に、ヒドラが到着したのだ。
「半日間、待機とする。 解散」
ストームリーダーも疲れているのだろう。解散をすると、はじめ特務少佐と一緒に、寮に直行したようだった。
他の面々も、それぞれ休むべく、寮へと向かう。黒沢とジョンソン中佐は、軍病院に搬送されていった。
ぼんやりと立ち尽くしている原田は。
何だか皆に取り残されているような気がして。今更ながら、恐怖が足下から這い上がってくるのを、感じていた。
一人、皆と違う動きをしている者がいた。
矢島だ。
「矢島、お前また……」
「ああ、訓練に行く。 少しずつ、動かせるようになってきたんだ。 それで、はじめ特務少佐が、どれだけピーキーな装備を使いこなせていたのか、よく分かってきた。 使いこなせれば、はじめ特務少佐みたいに戦えるとも思う。 だから、訓練する」
「俺……は」
訛りまみれの言葉で言う矢島だけれど。
どうしてだろう。此処まで強く意思をもてるのは、本当に羨ましい。此方はいつ死ぬかも分からない戦況に怯えきって、立ち尽くすばかりなのに。
「俺も、少し訓練する」
「そうかあ。 心強いなあ」
「……俺なんか足手まといだろ」
「そんな事無いって。 誤射だってしないし、敵にもきちんと当ててる。 動きだって、最初にあったときより、ずっといい」
本気なのかは分からないけれど。
矢島は、そんな事をいった。
4、総力戦へ
赤蟻との激烈な戦いを終えて、休む暇も無かった。新兵達には声は掛けなかったし、教えもしなかったが。
本部から、緊急ですぐ来るように通達があったのだ。
だから心配させないように、寮へ向かうフリをして、途中で緊急用の通路に入った。松葉杖のジョンソンも、途中で合流する。
「涼川は中佐に昇格だそうだ」
「まあ、倒している数ならワールドレコードを争えるからな。 当然だろう」
弟とジョンソンは、歩きながらそんな事を話している。
私は。
また帰り道のヒドラで、医師にがみがみ言われて。正直戦闘よりも、それで疲れた。更に言えば、これからろくでもない事が知らされると、わかりきっている。
本部のビルに到着。
会議室についたのは、早い方だった。日高司令はいない。デスピナの艦長が先に来ていたが、これはホログラフだ。つまり、ホログラフ発生装置のある部屋に来る暇も無いほど、皆忙しいという事である。
ストームチームだけが忙しいわけではない。
「ストームチーム、東南アジアで十以上の戦場を連戦し、その悉くで勝利してきたそうだな」
デスピナの艦長は野太い声の、見るからに威厳ある提督である。
前大戦を生き抜いたこの男は、重厚な人柄から人望も篤い。前大戦で左腕を失い、義手を使っているのだけれど。敢えて義手だと分かるように見せている事で、威圧感を作るなど、少ししたたかな所もある。
弟とはあまり接点がないのだけれど、私とは何度か共同戦線を張ったこともあって、一応の交遊がある。わずかだけだが。
まあ、たまに個人的に飲みに行ったりする仲だ。ただし私は酒がだめなので、いつもジュースだけ口にしている。
ちなみにデスピナ艦長も酒にはかなり弱くて、あっという間に伸びてしまう。ある意味、見かけとは一致しない弱点である。いかにもな海の男が酒に弱いというのは、不思議な話だ。
「優れた部下達に恵まれ、運も良かっただけだ。 ビークルはどれも手酷くやられたし、戦いはきわどい場面も多かった」
「それでも見事な戦いぶりだ。 この間の戦いで壊滅状態にまで陥ったオメガチームや、元々北米を縄張りにして他での戦闘経験が浅いストライクフォースライトニングと比べても、今や君達が頭一つ抜けている」
「そうだと良いが……」
弟の懸念は、間もなく当たる。
何名かの幹部が入ってくると、戦術士官が部屋にきた。間もなく、日高司令のホログラフと、殆ど同時にカーキソン元帥のホログラフが会議室に現れた。
「良いニュースと、悪いニュースがある。 まず悪いニュースだが、前大戦でも大きな被害を出した赤い飛行ドローンが姿を見せた。 極東に数機が向かっている」
「精鋭か……!」
何名かの中将が、戦慄に声を震わせた。
精鋭。
赤い飛行ドローン。見かけはただの赤い飛行ドローンだが、その戦闘力は生半可な代物では無い。尋常では無い火力に機動力、防御力を兼ね備え、圧倒的な殲滅力で飛行ドローンの撃墜になれた多くの戦士を屠ってきた難敵だ。
倒せない相手では、ない。
ストームチームでも、前大戦を通じて三十六機を撃墜している。そのうち、弟が五機、私が四機。残りは秀爺の戦果だ。
ちなみに秀爺は、精鋭を倒した数では、ワールドレコードの持ち主である。飛行ドローンに関しても同じ。此方は桁一つ違うが。冗談のような戦果を上げているから、秀爺にはいまだ引退の声が掛からないのだ。
ストームチームに香坂夫妻あり。
おそらく、二人は世界最強の老夫婦だろう。
「性能は明らかに前大戦の精鋭を凌いでおり、迂闊に手が出せない。 下手をすると、ファイターを凌いでいる可能性もある」
「なるほど、それでストームチームに撃墜を命じると」
「そうなる。 君達なら、必ずや良いデータを取ってきてくれるはずだ」
期待の目が集まる。
確かに、普通の部隊に任せるには危険すぎる相手だ。
咳払いすると、日高司令が続きを促す。
「良いニュースとは」
「欧州、北米、アフリカ、南米、これらの巨大生物の巣穴を潰したことで、ようやく体勢を整え直すことに成功した。 近いうちに、フォーリナーが戦力を集めている箇所に、各支部の総力を挙げて、攻撃を行う計画だ。 名付けてブルートフォース作戦。 この作戦でマザーシップの直衛戦力を半減させ、一気に奴らを叩き落とす!」
おおと、声が上がる。
悪辣な戦術と巧緻を極める戦略を駆使するフォーリナーに対し、どうにかここまで持ってくることに成功したか。
極東でも戦線は決して安定していない。
たとえば、この間の赤蟻の群れだが。アレは明らかに陽動だった。静岡にいる敵の大部隊が、その間に山梨の最終防衛ラインに猛攻を加え、陥落寸前まで追い詰めていたことが分かったからだ。
幸い増援が間に合ったが、次の攻撃に間に合うかは分からない。
タチが悪いことに、敵の精鋭は、静岡に向かっている。
四足と合流されると極めて危険だ。合流の前に叩かなければならない。
地図が表示される。
戦力を再編成したオメガチームと、ストライクフォースライトニング、ストームチームは、それぞれ別の戦域を担当する。
ストームチームの主戦場は静岡だ。
四足まで迫れるかは分からないが。山梨の戦線が危険である以上、此処に集結している敵をこれ以上野放しには出来ない。
他の二つの戦域では、兵力を多めに出して対応。
一気に敵主力を屠り去ることを、作戦の目的としていた。
地下の彼奴は。
ボイスオンリーで会議に参加しているが、ずっと黙っていた。
此奴には聞きたいことが幾つもある。そろそろ、全て話して貰いたいところだ。
「今までは押しつ押されつの戦況だったが、それも此処までだ。 一気に敵を叩き潰し、フォーリナーを地球からたたき出す!」
景気の良いことを言う。
私は、高揚に陶酔するカーキソンの禿頭を見ながら、そう思った。
会議が終わって、部屋を出る。
歩きながら、弟に目配せ。本部ビルを出てからは、ジョンソンとも別れた。今日はもう戻って休むようにと言うと、寡黙な黒人士官は頷いて、寮に戻っていった。
それを見届けてから、弟と、オンリー回線を開いた。
「どう思う?」
「この辺りで、総攻撃を仕掛けるのは、確かに手だ。 どうにもフォーリナーには、まだまだ手札が多数残っているように思えてならない。 余力がある内に、敵の勢力を可能な限り削ぎ、巨大生物を駆逐するのは、戦略としては間違っていない」
「そうだな……」
「いずれにしても、次の相手はあの精鋭ドローンだ。 油断だけはするなよ」
何か、とてつもなく嫌な予感がする。
巨大な蜂の巣を、突こうとしていないだろうか。
私は、まだ本調子では無い。赤蟻の群れと戦った後も、やはり体の不調を感じた。出来るだけ早く休んだ方が良い。
寮に戻ると、シャワーを浴びて、さっさと眠る。
新人達には、過酷な相手になる。
疲れを残しておくと、死者を出す可能性も上がる。ただでさえ不調が続いているのだ。これ以上、無様はさらせない。
目を閉じると、無理矢理にでも眠ることにした。
疲れた。
しかし、何度も何度も倒れるわけにはいかない。この地球の未来を担う若者達を、死なせるわけには行かないのだ。
それにしても、地下の彼奴だ。
そろそろ、本格的に、何を知っているのか、問い詰めておきたい。
今度の大規模攻撃作戦が終わったら。
そのタイミングで、話を聞きに行こう。
私は、薄れ行く意識のなかで、そう考えていた。
(続)
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