悪夢の盾
序、特攻作戦
ヒドラで移動しながら、弟と作戦を詰める。山梨にある最終防衛ラインへ接近しているヘクトルの軍勢。それに、山中で孤立して、どうにか敵の攻撃を支えているプロテウス。ヘクトルの数も多いのだけれど、巨大生物もかなりの数が向かっており、危険すぎて放置は出来ない状況だ。
四足が動き出すのは、時間の問題。
各地の部隊を集結させるのは、時間的に無理。
この短時間でプロテウスに乗っている司令部を救出し、なおかつヘクトルの群れを押し返す。
味方の戦力は、どうにかヘクトルを支えるだけの数はいる。
問題は、正体不明の敵だ。
戦術士官が、通信を入れてくる。
映像ファイル付きだ。
「敵に制圧された地域から、映像が送られてきました。 味方機甲部隊を大敗させたシールドを発生させる敵の情報です」
「ふむ……」
映像を見ると、不可思議な物体が映っていた。
形状には塔に近い。
それに放射状に三つの足がついていて、ゆっくり移動する。周囲に展開している淡い光の壁は。
恐らくは、マザーシップを守っているものと同じ、シールドだ。
強度については、無敵では無いことは分かっている。
実際大気圏内への突入を図るマザーシップも、二隻は大威力の攻撃で撃沈できているのだから。
しかし、ベガルタや空爆では突破は難しい。
それもまた、事実だった。
歩兵に渡されている武器では、いずれも突破不可能とみて良いだろう。
「ストームチーム、此方に向かっていると聞いた」
日高司令の声。
前ほど、疲弊は酷くない様だが。焦燥は、相変わらず声に含まれていた。
「ご無事ですか」
「まだプロテウスの弾薬は尽きていないからな。 ヘクトルの数機程度なら、どうにでもなる」
戦闘音が聞こえる。
恐らくは、敵の斥候と接触したのだろう。
中破しているとは言え、プロテウスはプロテウス。
問題は逃げ込んだ山中の制空権が、味方にないこと。ヘクトルの大群がいる上空には、当然多数の飛行ドローンがいて、ファイターと死闘を繰り広げている。ヘリが飛び込むのは、危険すぎる。
「移動は可能ですか」
「可能だが、ヘクトルの群れが最終防衛ラインとの間にいる。 これを突破するのは、かなり厳しい」
「分かりました。 其処を私達がどうにかしましょう」
「気をつけて欲しい。 例のシールド発生兵器が、かなりの数作戦地域に展開している」
北米の総司令部も、混乱しているらしい。
とりあえずシールドベアラーと名前を付けることにはしたようなのだが。まだ有効策は、編み出せていないという。
ストームチームの作戦の中には。
このシールドベアラー撃破も、含まれるという事だ。
通信を切る。
私は腕組みすると、オンリー回線を弟の間に開く。
「どうする」
「そうだな。 情報をまず分析する。 ただ、有効な手として真っ先に思いつくのは、肉弾攻撃だろうな」
「やはりそれか」
映像を見る限り、シールドベアラーとやらは、マイペースに歩いて、シールドを展開している。
そのシールドが、触れるもの全てを焼き切っているかというと、そうではない。
草や建物、石などは、別に弾かれることもなく、そのまま通過しているのだ。おそらくシールドベアラーが通さないのは、直接的な危険を有するもの。
高速で飛来する大質量物体や、爆発物。
「戦術士官。 あるだけの情報を廻してくれるか」
「此方になります」
弟の通信に、戦術士官が即座に反応。
戦闘のデータや、情報の資料を全て廻してきた。
間もなく、ヒドラが最終防衛ラインに到達。傷ついたベガルタ数機と、戦闘に参加していたらしいギガンテスも、其処で待機していた。レンジャー部隊も、あまり状態は良くない。
何度かヘクトルの波状攻撃を受けたと見て良いだろう。
最終防衛ラインを構築していたのは、以前浜松基地で会った老准将だった。弟と敬礼をかわすと、老准将は言う。
「よく来てくれましたな」
「何、困ったときはお互い様です」
「そうかそうか」
何度も頷く。
近年は、ボケ防止の技術も進んでいるが。この老准将は、ボケ防止医療を受けているのだろうか、心配になる。
ざっと布陣の状況を見せてもらう。
ヒドラから出したビークル類は、すぐに整備を頼みたいが。
前線に出ているベガルタや戦車でさえ修理が間に合っていないのだ。整備班の手が回るとは、思えない。
最低でも、バゼラートの修理を頼みたいところだが。
それも難しいかも知れない。
「あのシールドを発生させる歩行マシンをどうにかしないと、この戦線が破られるのも時間の問題でしょうな」
「うむ、うむ」
「我々が突入して、撃破します。 支援を頼んでもよろしいか」
老准将は、弟の顔をじっとみた。
やがて、ため息をつく。
呆け老人のフリをしていただけなのかと思ったけれど。やはり、どうにも危なっかしい言動だ。
「大丈夫、だろうか」
「支援攻撃だけは、旺盛に行ってください」
「うむ……」
弟に手招きされる。
突入部隊は、私。矢島。それに弟と涼川。
このうち、シールドベアラーを叩くのは、私と矢島だ。このほかに、慌てて寄越されたフェンサー部隊数名が、突入に参加する。
ざっと経歴などを確認するが。
戦歴もまちまちで、この間の房総半島での大規模防衛戦に参加しているという共通点しかない。
フェンサーは極東で試験運用が始まった兵種。
まだ世界的には普及もしていない。
いずれは、レンジャーに変わる陸上の主力として本格的に運用するという声もあるようだが。
私が着ているフェンサースーツならともかく。今、矢島達が着せられている第一世代の量産型では、巨大生物に蹂躙されるのが目に見えていた。
幸いにも、というべきか。
彼らには、盾が支給されている。これを使えば、ある程度シールドベアラーの撃破作戦にも、目処が立つ。
グレイプRZの速射砲は、結局修理が間に合わなかった。
今、最終防衛ラインに、敵の先発隊ヘクトルおよそ三十、シールドベアラー三機が接近している。
これをまず叩き。
それで味方の防衛に、弾みを付けるのが、最初だ。
麓にある小さな街は、避難が済んでいるけれど。
これから粉々になってしまうことは、ほぼ間違いが無いだろう。心が痛む話だが、敵は容赦も遠慮もしてはくれないのである。
グレイプとキャリバンに分乗して乗り込む。
ぞっとしないというのは、このことだ。筅は念のために、キャリバンにもグレイプにも、セントリーガンを据え付けた。
敵は街の制圧行動に入っていて、今のところ戦力を散らしている。
叩くなら、今だ。
シールドベアラーと名付けられた敵の歩行型マシンが、ショッピングモールの真ん中に、堂々と居座っている。
シールドは。
発生していた。周囲には、ヘクトルの護衛はない。ただし、これに攻撃を掛ければ、即座に町中に散っているヘクトルが、反応することだろう。
シャッターが降り。
野良猫も野良犬もいない、音のしない商店街。
まずは、私が。
それに、矢島と、フェンサー数名が続いた。
「まず最初に、奴らのシールドを突破出来るかを、確認する」
「ぞっとしないなあ……」
矢島が、素直な恐怖を、声に含ませた。
シールドベアラーは移動中、周囲を傷つけていない。つまり攻撃兵器以外は、破壊しないシールドを張っている、という事だ。
しかも、敵の攻撃は透過する。
極めて都合が良いシールドだが。慌てて分析を進めている戦術士官は、小原博士と一緒に仮説を立てていた。
「このシールド発生装置は、防衛用の兵器を搭載していません。 それはおそらく、搭載できなかった、のだと思われます。 攻撃の種別を一瞬で判別するには、多種多様なセンサーを、極めて精密に働かせる必要があります。 大規模なスタンドアロンシステムを稼働させるには、シールドベアラーは小型すぎるのです。 同じようなシールドはマザーシップや四足要塞が展開していますが、調査によると、シールド発生装置はシールドベアラーよりもかなり大型になっています」
「つまり、此処まで小型化するので精一杯だと言う事だ。 おそらく、徒歩で通り抜けてくる存在を弾くほどの精度はない」
そうは言われても。
最初に実験するのは、我々だ。
幸いにもと言うべきか、シールドベアラーはまだ極東にしか出現していない。今のうちに対策を練ることが出切れば、世界中に出現した際に、戦術を立てやすくなる。特攻作戦の意味は、大きい。
矢島が、前に進み出た。
「お、おれが、行きます」
「いいのか」
「お、おれ。 前の戦いでも、役に立てなくて。 せっかく適合者になって、こんなかっこいいスーツも貰ったのに。 だ、だから、せめてはじめ特務少佐の役に立てれば」
「無理は、するな」
敵のシールドに弾かれたら、どうなるかは全く見当がつかない。
爆破されるかも知れない。
「ディスラプターは接射しろ。 それで、一瞬で破壊できるはずだ」
「イエッサ!」
他のフェンサー達は散って、固唾を飲んで状況を見守る。
既に秀爺は、近くの山に陣取って、ヘクトルの群れを射界に収め済みだ。弟やジョンソンも、敵との戦闘をすぐに開始できる体制を整えている。秀爺の側には、壊れたままのイプシロン。
これは狙撃用に使うのでは無い。
攻撃を受けたとき、最後の盾にするためだ。
矢島が、踏み出す。
シールドに、触れる。
むしろあまりにも簡単に、シールドを通り抜けることが、出来た。
やった。
通信の向こうで、状況を見ていたオペレーターが、そんな歓喜の声を上げた。少しもたつきながらも、矢島がディスラプターを起動。熱線の洗礼が、歩行するだけのシールド発生装置に、真下から襲いかかる。三本の足を持つ不格好な塔は、瞬時に炎上。一瞬後には、爆発四散した。
シールドが、消し飛ぶ。
喚声が上がった。
「よし、この方法でなら、人類はシールドを突破出来るぞ!」
傷ついたプロテウスの中で、日高司令が喜んでいる。
だが、それは。
シールドベアラーが出現する度に、誰かしらが特攻を掛けなければならない事も、意味していた。
町中にいたヘクトルが、早速反応。
戦闘が、開始された。
ヘクトル数機を従えたシールドベアラーが、此方に来る。シールドに守られていないヘクトルは、弟と秀爺が、アウトレンジから一方的に叩いていた。更に、ここに来て、ようやく間に合った空軍が、爆撃を始める。
シールドベアラーのシールドが、突然巨大に膨らんだ。
膨らんだシールドは、風船のような可変性を見せながらも、その守りは文字通り鉄壁。空爆を寄せ付けさえしない。
「空軍め、無駄なことを。 爆撃は要請したときにだけして貰いたいものだ」
「彼らにも面子があるんだろう。 やらせておけ」
フェンサー部隊の隊長に、私が返す。
近づいてくるシールドベアラーと数機のヘクトルは、当然無事だ。私はフェンサー部隊に、指示を飛ばす。
「今度は私が突入する。 お前達はシールドを構えて、敵の注意を引きつけろ。 一瞬でシールドベアラーを叩き潰してから、反撃に出る」
「イエッサ!」
盾を構えたフェンサー部隊が飛び出す。
ヘクトルが即応。
ガトリングが回転をはじめる。フェンサースーツの機能が劣ると言っても、盾の性能についてはそのままのはず。
緊張の一瞬。
レンジャーのアーマーを瞬時に溶かしてしまう凶悪なガトリングが咆哮し、凄まじい光弾の雨が降り注いでくる。
並べられた盾が、その嵐のような攻撃を受け止めるが。
四方八方にはじき返される光の殺意は。しかしながら、フェンサー部隊を、確実に後退させていく。
「負荷増大! 長くは支えきれません!」
悲鳴を上げるフェンサー部隊。
しかしその時には、私は既に、シールドベアラーの至近に迫っていた。三本足の下に、潜り込む。
そして、直上に。
ガリア砲を、ぶっ放した。
完全なる守りを誇る悪魔の塔がその底から頂上までを貫かれ、瞬時に爆散する。殆ど同時に、秀爺の狙撃が、ヘクトルの胸を直撃。
叫びながら突貫した矢島が、光の弾を数発浴びながらも、ディスラプターを起動。
一瞬動きが止まったヘクトルを、瞬時に融解させた。同時に私も、もう一発ガリア砲を叩き込んで、ヘクトルの上半身を消し飛ばす。
下がろうとするヘクトル数機に、山の上の防衛線から、戦車部隊が攻撃。
見る間に血祭りに上げた。
戦車砲でも、一撃では流石にヘクトルは黙らない。だが今回、一機ずつを集中砲撃して欲しいと、事前に指示している。前線との距離がある事、敵が散っていることが理由だ。数十機のギガンテス戦車の主砲が一度に炸裂すれば、流石にヘクトルもひとたまりもない。前大戦のギガンテス戦車だったら、或いは結果も違ったかも知れないが。前大戦で散々ヘクトルのデータを蓄積し、戦えるように改良を重ねたのが、今EDFに配備されているギガンテスなのだ。
「フェンサー部隊、損害を報告!」
「シールド負荷、イエロー! もう一回攻撃に耐えるのが精一杯です!」
「此方、矢島。 アーマーに亀裂。 フェンサースーツ、ダメージレッド」
矢島のフェンサースーツは、黒煙を上げていた。
無理もない。ディスラプターを用いたとは言え、数機のヘクトルに集中砲火を浴びたのだ。耐えただけ立派だ。
「見事だった、矢島。 一旦下がれ」
「ガリア砲は、使えます。 まだ、戦わせて、ください」
「……最後尾につけ」
既に、町中が戦闘状態だ。
そして川岸には、ヘクトル七機と、かなり大型のシールドベアラーがいる。あれを叩かないと、敵の集結を許し、反撃の機会を与えることになる。
既に長距離砲を保有しているヘクトルは、秀爺と弟が叩き潰していて。
町中に散っているヘクトルは、山上からの戦車部隊の攻撃で、次々と沈黙している。
だが、シールドベアラーが健在である以上、敵には容易に反撃の機会が訪れる。事実、敵はゆっくりと後退しながら、シールドベアラーに向けて集まりはじめていた。
「突入する。 支援しろ」
「イエッサ!」
作戦は、それほど難しいものではない。
迎え撃ってくる敵の攻撃を、フェンサーが盾で防ぎながら、アタッカーが突入。シールドベアラーを焼き尽くす。
後は、四方八方から、集中攻撃を浴びせれば、それでおしまいだ。
「涼川、其方の状況は」
「山の上からの支援のおかげで、大分優勢だぜ。 手を貸せってか?」
「ああ、頼む」
シールドベアラーに近いヘクトルから、潰して貰う。
その作業は、ジョンソンとエミリーに任せる。秀爺も、狙撃で確実にヘクトルを消してくれているが。それでも、川岸にいる敵の主力にはまだ手が届いていない。
川岸の敵は、微動だにしない。
味方が削り取られていることなど、どうでもいいとでもいうかのようだ。
或いは巨大生物では無いから、かも知れない。
無人兵器が、相互にかばい合うことを、私は見たことが無かった。巨大生物の場合、ヘクトルや飛行ドローンが、盾になることは何度か見たのだが。
たまに飛行ドローンが狙撃の射線に入り込んでくる事はあるが。あれは偶然だろうと判断している。
「矢島、お前はそこの商業ビルに昇れ」
「はい、それで、どうすれば」
「シールドベアラーにガリア砲をうち込め。 瞬間で、シールドが巨大化するはずだ」
これも実験の一つ。
シールドがふくれあがる瞬間、触れていても大丈夫かどうか、確認する必要がある。
ガトリングヘクトルが、撤退しながら、此方を見据える。シールド。叫ぶと私は、ブースターを噴かし、跳躍。
ヘクトルの顔面にスピアを叩き込み、身をそらさせる。
ガトリングの砲火がまきちらされ、四方八方を滅茶苦茶に傷つけていくが。返す刀で、背中からガリア砲を叩き込み、大穴を開けると、倒れ込み、爆発四散。着地と同時に、舌打ち。
今の流れ弾をもらって、私のアーマーもかなり削られた。
川岸にいるヘクトル部隊が、武器を構える。
おののくフェンサー部隊。
「七体もいる! 特務少佐、突入して大丈夫なのか」
「勝負は一瞬になる。 全員、ディスラプターを装備! 狙う相手は、それぞれ私が指定する」
バイザーに、データを送る。
手前にいる四体は、フェンサー達に任せる。ガリア砲がシールドを打ちすえた瞬間、ディスラプターをぶっ放せば、瞬時に溶かす事が可能なはずだ。
奧にいる三体が問題だが。
それについては、連携をする。
最終防衛ラインにいる戦車隊に通信。
まだ町中にいるヘクトルとは、涼川達が掃討戦をしてくれている。すぐには、此方に攻撃も届かないはず。
「私が、一瞬でシールドベアラーを葬る。 タイミングを合わせて、奧にいる三体のヘクトルを、集中攻撃して欲しい」
「分かった! 武運を!」
「EDF!」
EDFという合いの手は便利だ。
言いやすいし、こうやって使う事も出来る。本部としても、推奨されている。
総司令部を無能呼ばわりして嫌う兵士も多いけれど。
このかけ声だけは、皆に好評だ。
土手になっている敵陣へ、近づく。ヘクトルは既に武器を構えていて、いつ突入してきても、攻撃を浴びせる体勢を整えていた。
カウント。
狙いは、正確では無くてもいい。
確実に撃てと、矢島には伝えてある。
それよりも、シールドがふくれあがる瞬間の方が、不安だ。本当にシールドを抜けても、大丈夫なのか。
二度、通り抜けることには成功しているが。
それでも、それまでは静かにしていたシールドだ。ふくれあがる瞬間に入り込むのは、ぞっとしない。
カウントを読み終える。
「GO!」
ブースターを全開に、飛び出す。
シールドが、ぐっと広がったのが分かった。ガリア砲による攻撃が、シールドベアラーが展開している悪夢の防壁を、直撃したのだ。
瞬間。
体の中を、何か気持ち悪いものが通り抜けるのを感じたが。
しかし、無視して、全力で突入。
シールドを、抜ける。
成功。
はじき返されることも、吹っ飛ばされることもなかった。やはりこのシールドが防ぐことが出来る兵器は、かなり限られる。爆撃や砲撃でなければ。或いは近接戦闘武器ならば、通すかも知れない。
ディスラプターがぶっ放され、前衛四体のヘクトルが、瞬時に火だるまになる。
その横を通り抜けながら、私はガリア砲を起動。シールドベアラーに接射。他より大きいシールドベアラーだが、所詮は輸送機。
中央部分に大穴を開けられて、無事で済む筈もない。
悪夢の壁を造り出す輸送機が、爆裂四散。
同時に、最終防衛ラインから、ギガンテス戦車達が一斉射撃。ヘクトルの残りのうち、二機を瞬時に爆砕する。
しかし、一機は。
既にガトリング射撃の準備を終え。
砲撃にも耐え抜いていた。
シールドを構えるが、既に遅い。
乱射された光の弾が、私とフェンサー部隊を打ち据える。吹っ飛ぶフェンサー部隊の戦士達が見える。私のシールドも、瞬時にダメージがレッドを超え、砕けるのが分かった。アーマーも、削られていく中、ガリア砲をぶっ放す。
ヘクトルの左腕が消し飛ぶ。
しかし、右腕に装備されたガトリングが、回転開始。
もう、ガリア砲は、撃てない。
他のフェンサー達も、既に半死半生の状態。ギガンテスも次の斉射まで、十秒以上掛かる。
私は、ブースターを噴かし、飛ぶ。
ヘクトルの顔面に、何度もスピアをぶち込む。至近距離からのスピアだ。カメラを破壊するには充分。
だが、振るわれた腕を避けるのが、精一杯。
着地。
フェンサースーツが、ダメージ負荷限界と、アラートを鳴らしていた。
その時、である。
ヘクトルの脇腹を、砲撃が掠めた。掠めただけで、ヘクトルの体に、小さくない穴が空く。
矢島か。
ガリア砲を、今の一瞬で、狙って撃ったのか。
舌なめずりすると、私は。
叫んだ。
「今だ! 残った武器を全て叩き込め!」
一瞬だけ、動きを止めたヘクトルを、周囲のフェンサー達が撃つ。
残ったディスラプターの火力を全開に。
火だるまになったヘクトルが溶け落ちていく中、私は呼吸を整え、立ち上がっていた。
「損害を、報告しろ」
フェンサー部隊は、かろうじて全員無事だが。
皆、既にアーマーは消失。装備の大半も破壊されていた。フェンサースーツも、稼働しているのが不思議な状態だ。
まだ街では戦闘が続いている。
ほぼ無防備まで削られたこの状態でいるのは好ましくない。フェンサーの中には、今の一撃で吹っ飛ばされて、意識がない者もいる。
すぐに救援要請。
私はどうにかできるとしても、他の者達は、このままでは死ぬ。
戦地をむりやり突っ切ってきたのは、キャリバンだ。飛び出してきた日高軍曹が、うんしょうんしょと、フェンサーをキャリバンに運び込みはじめる。まだ動ける者には、自分から乗り込んで貰う。
「はじめ特務少佐も、早く」
「ああ。 すぐに、乗る」
一瞬、動きを止めたのは。
何だか嫌な感触があったからだ。
ひょっとして今の戦いで。内臓を痛めたかも知れない。
だが、勿論周囲には見せない。
戦いは続いていて。弱みを見せる事は、好ましくないからだ。
1、山の邪神
街の殲滅作戦が終わって、一旦兵を引く。
アウトレンジからの攻撃に加えて、一体ずつの集中攻撃だ。前の大敗を埋めるほどでは無いにしても、それなりの成果は出す事が出来た。街に展開していたヘクトルは全滅。此方に向かっていた敵の増援も、一時足を止めていると、スカウトから連絡が来ていた。恐らくは、シールドベアラーが破壊されたことを把握したためだろう。足並みを揃えて、大兵力での制圧行動に出るつもりか、或いは。
いずれにしても、時間は稼ぐことが出来た。
ただ、大きな問題が生じていた。
撤退作戦に移ろうとしたプロテウス移動司令部から、通信が入ったのである。
「輸送船四隻が確認された。 山中にシールドベアラーを投下していった模様だ」
「すぐにその場から移動を」
「それが、退路を塞ぐようにして、巨大生物の群れが展開している。 その上、シールドベアラーの護衛付きでな」
なるほど、立て続けの突破作戦を図らなければならない、という事か。
最終防衛ラインを構築していた戦車部隊は動かせない。今の戦いでの疲弊が酷いフェンサー隊も、出来ればこの作戦には参加しない方が良いだろう。
他の地域からの援軍は間に合わない。
時間を稼ぐことが出来たといっても、敵のヘクトル部隊が迫っているのは事実なのだ。そしてシールドベアラーは、足が遅いと言っても、確実に此方に迫ってきている。
制空権を完全に把握できていない現状。
ヒドラを用いて、無理矢理プロテウスを輸送する手も使えない。
結局、ストームチームが敵の軍勢に穴を開けて、プロテウスの退路を作るしかないのだ。
いずれにしても、シールドベアラーを撃破する必要がある。
矢島と、私。
それにストームチームだけで、作戦に対応する。
「プロテウスは一旦放棄するべきでは」
そう言ったのは、ナナコだ。
だが、弟は、ナナコの意見を却下した。
「今、世界中で戦況が悪化している。 極東のシンボルともなっているプロテウスが、戦いに敗れ放棄されたとなれば、あまり兵士達の士気に良い影響を与えない」
「しかし、中破したプロテウスの救援のため、大きな被害を出しては本末転倒に思えます」
正論だが。
しかし、人間の社会は、正論だけでは動かないのだ。
幸いにも、一両だけ、ビークルを貸し出してくれた。おんぼろのキャリバンと、速射砲が使えないグレイプだけでは心許なかった状況だ。今回貸し出してくれたのは、少し型式が古いネグリング自走ロケット砲。
型式が古いといっても、旧時代のMLRSなどよりも余程高い制圧力を持っている。シールドベアラーさえ潰せば、多少の巨大生物くらいは、どうにでもなる。
即座に移動開始。
キャリバンに乗り込むと、弟がオンリー回線を開いた。
「姉貴、やられただろう」
「ああ。 少し体の中を痛めた様子だ」
「いけるか?」
「どうにかする」
フェンサースーツについても、応急処置は済ませてある。アーマーを重ねて、次の戦いに備える。
幸い今度の相手はヘクトルでは無いから、多少は平気。
シールドベアラーさえ破壊できれば、後はいつものように、皆で片付ければ良いだけである。
幸い、まだ敵の数は殲滅可能なレベルだと報告もある。
レンジャーの一部隊くらいは割きたいところだったのだけれど。最終防衛ラインに迫っている敵の数、先ほどのシールドベアラー撃破の戦術についての検証作業などを考えると、とても割ける兵力はない。
戦術士官が、連絡を入れてくる。
「シールドベアラーの撃破映像、各国支部に送信。 解析を進めて貰っています」
「それだけではないな。 何があった」
「世界各国で、シールドベアラーが出現しはじめています。 今まで成果を上げてきた空爆による制圧が、上手く行かなくなりつつあります」
まあ、そうだろうな。
おそらくシールドベアラーが出現する切っ掛けになったのは、グラインドバスターだろう。
四足さえ葬った、強力な特化型爆弾。
実際戦場に投入され、輸送船を次々に落としているとも聞いている。
フォーリナーの適応速度は速い。
弟の言う事を、そのまま当てはめるなら。
人類の文明規模を、フォーリナーが判断修正したのだ。其処で、シールドベアラーという新型を、投入してきた。
「出来るだけ、今回もデータを取得してください。 シールドベアラーに対する戦術の構築は急務です」
「分かっている」
弟が通信を切る。
グレイプは悪路をものともしない。
昔作られた、今は殆ど整備もされていない県道を行く。途中倒木や落石があっても、そのまま蹴散らして行けるほどだ。
キャリバンも後に続く。
ネレイドに乗っている谷山が、嘆く。上空を抑えてくれている谷山だけれど。シールドベアラーの防御は、空爆を防ぎ抜くのだ。ネレイドの攻撃だって、通用しない。
「これでは、私に出来る事が限られていますね」
「シールドベアラーさえ潰してしまえば、お前の独壇場だ」
「そうだと良いんですが」
少し後ろに、ベガルタM3ファイアナイト。
ダメージが少し蓄積しているが、まだ行ける。今回は巨大生物が敵の主力になるので、活躍できるはず。
筅は先ほどから、ずっと黙りこくっている。
黒沢でさえ、時々周囲の新兵と話しているのに。ベガルタのコックピットで一人になっていると言っても、リンクバイザーで周囲と通信は出来るのだ。
作戦地点が、見えてきた。
山の斜面に、巨大生物が集まっている。穴を掘り返しているのを見て、呻く。これは、一刻も早くバンカーバスターを叩き込む必要があるだろう。
更にその周囲に、シールドベアラーが四機。
いずれも、既にシールドを展開して、巨大生物を護衛していた。
これだけみても、フォーリナーにとって、巨大生物はペットやら使い捨ての道具やらではないことが分かる。
手厚い保護。
強いていうならば、その言葉が正しい。
「此方小原。 シールドベアラーについて、情報を転送して貰った。 既に解析を開始している」
小原が通信を入れてくる。
部隊が展開。
秀爺が、狙撃地点を探しに、ジョンソンとほのかをつれて、ふらっと山の中に入っていった。
焦りは禁物だ。
見ると、少し開けた場所を占領する様にして、巨大生物が群れている。
小川が見えた。
巨大生物は、水を好む。事実黒蟻の中には、水に口を付けて、飲んでいる者も見受けられる。
地球は水の星だから、フォーリナーが侵略してきた。
そんな事をいう輩も昔はいたが、今は明確に否定されている。宇宙的に見ても、水が豊富な惑星なんて、珍しくもないのだ。
私はと言うと、突入地点を探して、崖上を徘徊する。
斥候らしい巨大生物がいるので、時々処理。弟が側についてくれているので、心配はない。
矢島はキャリバンに残してきた。
作戦開始まで、休んで貰うつもりだ。
「はじめ特務少佐。 戦ってみて、どう思った」
「どう、とは」
「シールドベアラーの投入は、あまりにもタイミングが良すぎる。 何故にあのようなものを、このタイミングで投入してきたのだろう」
「地球側の抵抗が、予想以上に激しいから、ではないだろうか」
現状、EDFはフォーリナーに対して、互角以上の戦闘を展開している。少し押されてはいる地域もあるけれど、前回の大戦と比べれば、天地の差だ。
巨大生物に対しても、空軍やウィングダイバーが持っているアドバンテージが大きい。戦車やヘリでさえも、以前の戦いとは、根本的に別物なのだ。
大戦を経て、人類は武器を変えた。
かって人類を殺すために特化していた武器は。
フォーリナーを殺すためのものに変わった。
この変化が、人類にとっての、一番大きなブレークスルーだろう。十倍の兵力を揃えて再侵攻してきたフォーリナーだが。
戦闘を五分に保たれているのは、それが理由だ。
少なくとも、表向きはそう判断できる。
「確かにそうだが、何か妙だと思わないか。 幾らフォーリナーでも、そうも簡単に新兵器を開発できるとは思えない」
「最初から有していたと考えれば、不思議では無い」
「つまりフォーリナーは、本気を出していなかったという事だろうか」
「あくまで私見だが」
小原は黙る。
相手の実力は、どれだけ高く見積もってもおかしくは無い。何しろ、星の海を渡って地球に来たほどの侵略者なのだ。
攻撃開始に、丁度良い地点を発見。
敵は黒蟻が主体だが、赤蟻もかなりの数がいる。凶蟲も、少数ながら確認できた。
正面から攻撃するのは分が悪い。
「複雑な地形だから、引き撃ちが出来ないな」
「立体的な地形は、奴らの独壇場だ。 攻め方としては、どうする」
「一方向から敵を削りつつ、引きつける。 その間に姉貴と矢島が、シールドベアラーを潰して行く」
「……時間がない。 いい手がある」
弟に提案するが、一端は却下される。
危険だ、というのである。
だが、危険は承知の上だ。今はむしろ、時間がない。プロテウスには既に連絡を入れていて、此方に向かって貰っている。ヘクトルが時々来ると言っていたし、想像以上に状況は悪い。
最終防衛ラインに合流さえ出来れば。
後は、ある程度どうにでもなる部分はある。シールドベアラーについても、攻略は可能だと、目星はついているのだ。
「今は時間がない。 此処にヘクトルが出現したら、手に負えなくなるぞ」
「しかし、姉貴。 大丈夫か」
「どうにかする」
「……分かった。 無理だけはするな」
弟の心配ももっともだ。
私のバイタルデータは、弟も見ているのだから。
すぐにそれぞれが配置につく。
作戦開始まで、わずか。敵はまだ、此方には気付いていない。
巨大生物は、音には案外鈍感だ。
故に、気付かれない。
最初に気付いたのは、赤蟻だったけれど。それも、私が目標地点に到達したときに、ようやく、だった。
私は。
ネレイドに乗って、シールドベアラーの真上に移動。
其処から飛び降りたのだ。
既に途中で、ガリア砲の充填は済ませている。
シールドを抜ける。
落ちる程度の速度では、反応しないと言うことも分かった。これも貴重なデータになる事だろう。
シールドを抜けた瞬間、真下にガリア砲をぶっ放す。
吹っ飛んだシールドベアラー。
巨大生物たちが、一斉に反応した。だが着地した私は、ブースターを全開に走る。後ろから、膨大な酸が飛んでくるが。何しろ不意打ちを掛けたのだ。その全てが、私に殺到するわけではない。
更に、である。
飛来したスティングレイロケットランチャーの弾幕。それにエメロードから撃ち出された小型ミサイルの群れが、巨大生物共に襲いかかる。
少し離れた岡に布陣した新兵達の部隊が、攻撃を開始。
更に、姿を見せたファイアナイトが、榴弾砲を撃ち込む。
巨大生物たちが混乱する中を、一気に私は逃れ出た。
これで、一つ。
あと三つだが。シールドベアラーは、即座の反応をした。
ドーム状のシールドが、巨大化する。
巨大生物、全てを守るように。
はじき返されるミサイル。アサルトも。火炎放射器の熱さえも、防ぎ抜かれる。下がるファイアナイトの足下を抜けた私は、振り返り。可変性の高い敵シールドに、少し呆れた。
何だこれは。
「都合良くバリアー出しやがって!」
涼川が通信に入り込んでくる。
シールドベアラーはシールドを大きくしたり小さくしたりして、的確に此方の攻撃を防いでくる。
涼川はそのせいで近づけない。
爆発物にとって、シールドベアラーの防御は天敵に等しい。幾ら涼川でも、撃った瞬間シールドが接触したら、自爆からは逃れられないのだ。
「MONSTER効果無し!」
エミリーが呻く。
下がりながら敵を引きつけようとするが、巨大生物共はシールドから出ようとしない。凶蟲が前衛に出てくると、糸を次々はなってくる。射程内に完全に入っているため、ファイアナイトが見る間に消耗していくのが分かった。
此処で、私が動きを変える。
反転して、突貫。
ぎゅっと、シールドベアラーが、シールドを縮める。巨大生物共が、周囲に対して展開して、あらゆる方向を守りに入る。
だが。
それこそ、待っていた瞬間だ。
シールドの麓。
集中的な爆撃を仕掛けて、煙幕を作る。
即座に煙幕を突き破って、凶蟲が糸の弾幕を放ってくるけれど。
其処を貫いても、誰もいない。
私はその時。
既に、上空に躍り出ていた。
凶蟲が気付く。糸を放ってくるが、此方もシールドを使って、弾く。無理矢理飛びつく様にして距離をゼロにすると、至近からガリア砲を、シールドベアラーに叩き込む。爆裂。シールドが消え去る。
着地。
また、ブースターをふかして、逃げる。
分かる。
見る間に体の負担が大きくなっていく。
残り二機のシールドベアラーが、ぐっとシールドを巨大化させるが、その時。降下したネレイドが、シールドの内側に潜り込んだ。そして、機関砲をシールドベアラーに叩き込む。
瞬時に爆裂するシールドベアラー。
だが、谷山も無事では済まない。
低高度まで降りてきていた谷山を、巨大生物が集中砲火。凶蟲の糸が多数叩き付けられ、酸も浴びせかけられる。
ネレイドの負荷が、見る間に上がっていくのが見えた。だが、かろうじて、撃墜寸前に逃れた。
ファイアナイトが前進。
榴弾砲を浴びせかける。
新人達も、崖上のスペースを利用して、一方的な攻撃を続けるが。シールドベアラーの可変性が高いシールドが、必ずしも有効打を作らない。それどころか、一部の巨大生物は、崖の隙間を通って、新人達に肉薄。
即応したジョンソンとエミリーが対応するが、数が多い。
前線が混乱する中。
私もハンマーを振り回してその場に留まり、群がってくる巨大生物を片端から打ち砕く。後ろに回ろうとした赤蟻を、秀爺の狙撃が貫いた。秀爺は山中で一人、確実な仕事をしてくれる。
更に、ネグリングが攻撃を開始。
池口に任せておいたネグリングは、完璧なタイミングで砲火をうち込みはじめた。敵の群れが、見る間に飛来するミサイルによって、吹き飛ばされていく。形勢は、逆転した。だが。
不意に、脇腹に鋭い痛み。
いや、脇腹と言うよりも。
これはもっと、体の奥深くだ。
しかし、これでお膳立ては整った。敵の大半が引きつけられている隙に、涼川と矢島が、最後のシールドベアラーに特攻。
涼川が、嫌いだと言っていたフュージョンブラスターで敵を焼き払いながら、矢島の路を作る。
そして矢島が、ガリア砲で。
最後のシールドベアラーを、打ち砕いていた。
守りがなくなったことを知ると、巨大生物は脱兎のごとく逃げ出す。追う余裕は無い。敵は静岡の、四足が制圧している地域へ逃げていった。あの辺りに、敵が巣を作り始めても、此方にはどうにも出来ない。
呼吸を整える。
片膝を突きそうになるが、耐え抜く。此処で、弱みを見せるわけには、いかないのだ。
「姉貴、無事か」
「アーマーは限界だが、どうにかな」
「後は俺がやっておく。 休め」
「そうさせて、もらうか」
キャリバンが来た。
敵の残党を薙ぎ払っているファイアナイトを横目に、乗り込む。
操縦していたのは日高だ。
新人の何名かが、負傷している。ナナコが、特に酷くやられている様だった。意識がない。赤蟻に噛みつかれ、振り回されて地面に叩き付けられたという。バイタルは安定しているが、まだ目を覚まさない。
日高は穏やかでは無いだろうに。運転していて、泣き言一つ漏らしていない。
黒沢も派手に酸を浴びていた。アーマーが限界値近い。赤蟻からナナコを救うために、至近からアサルトで敵を撃ち続け、その間敵の攻撃を浴びていたというのだ。
原田もかなり打撃を受けている。
アサルトライフルを失ってしまっていた。浸透しようとする敵の群れに立ちふさがり、アサルトが酸でやられてしまうまで、戦い抜いたのだ。
最後の敵の反撃が、それだけ新人達に肉薄した、という事である。
「死者が出なくて、何より、だ」
アーマーを解除。
フェンサースーツも。
横になって、バイタルの確認。どうやら、やはり内臓に、かなり大きな負担が掛かっているようだ。
ジョンソンが入ってくる。
黙々と、自分で治療を進めている私を横に、新人達の状態を確認。かくいうジョンソンも、アーマーは限界寸前。
新人達を庇いながら、全力で戦闘を続けていたのだから、当然だろう。
「プロテウスが向かっている。 合流し次第、山梨の最終防衛ラインに戻る」
「キャリバンの防御は、ファイアナイトにやって貰う感じか」
「そうなるな。 ネレイドは先に戻す。 プロテウスは武装を使い尽くして、ほぼ無力な状況だ。 帰路で敵に襲われたら、どうにもならん」
涼川が来る。
肩を貸して歩いている。肩を貸されているのは、矢島だ。フェンサースーツは、半壊していた。
「おう、此奴のフェンサースーツ脱がすの、手伝ってくれや。 解除機能までやられちまっててな」
「派手にやられたな」
「あんたほどじゃないさ。 無理しやがって」
怒られる。
涼川に無理をするなと言われたのは、実は初めてだ。
負傷者の収容が終わると、そのまま撤退。グレイプには秀爺夫妻と、無事だった者達が乗る。
キャリバンはおんぼろだが、戦闘での被害も受けなかった。どうにかなるだろう。
大きな足音が近づいてくる。
多分プロテウスだ。と思ったら、窓からその姿が見えた。鳥が吃驚して逃げていく。そして近くで見ると、その悲惨な姿が、よく分かった。
左腕は失われている。
武装の大半は、消し炭も同じ。装甲の殆どは焼け焦げ、彼方此方から内部の機械類まで露出していた。
ベガルタM2の部隊を率いて、ヘクトルの大軍勢を迎え撃ったときから、今まで。ずっと補修も修繕もしていなかったのだから、当然か。
最後尾で撤退支援を行い、最後まで味方のために命を張り続けたのだ。これだけのダメージで済んだのなら、まだマシなのかも知れない。
日高司令が通信を入れてくる。
「すまない。 非常な苦労を掛けた。 その上、シールドベアラーの撃破にまで成功したとは。 君達には感謝の言葉もない」
「今は兎も角、体勢を立て直しましょう。 此方も被害甚大で、死者が出なかったことが奇蹟のような有様です」
「うむ……」
弟は出来るだけ声を抑えているが。
内心は穏やかでは無いはずだ。
確保した撤退路を急ぐ。
途中、飛行ドローンが何度か姿を見せたが、いずれも秀爺が即応して、瞬時に撃墜した。
最終防衛ラインに到着したのは、夕刻。
既に整備班も到着していたので、プロテウスは任せられる。簡易宿舎には、休息用のカプセルと、医療班も来ていた。
すぐに診てもらう。
やはり、相当な負担が掛かっていた様だ。
幾つか治療薬を処方して貰った。その後、寝るように言われる。もう戦うなとは言われなかった。
それならば、休めるときに、出来るだけ休めというのだろう。
弟に任せてしまうのは心苦しいが。
いつ敵が侵攻をまた始めるか分からない状況は続いている。
しかしそれでも、とにかく眠るように言われた。自分でも無理が掛かっていることは分かっているし、言葉に甘えて眠ることにする。
確かに、体の負荷が、限界近い。内臓のダメージも、露骨に体への負担となっていた。話によると幾つかの臓器が相当にやられているらしい。あまりにも激しく動きすぎたのが、原因だそうだ。
途中、目が覚めるが。
起きようとして、全身に走った激痛で愕然とした。
多分、ようやく本来のあるべき痛みが、来たのだろう。
もう一度ベッドに横になると、ぼんやり天井を見つめる。まだ、戦いが始まってから、一月も経っていない。
これで此処まで傷ついてしまっているというのは。
前回の大戦と、あまり変わらない。
何だか悲しいなと、私は思った。
2、奈落への道筋
翌朝、ベッドに載ったまま、ヒドラに担ぎ込まれる。
ナナコはもう目を覚ましたようだが。他の負傷者は、まだ完治とは言いがたい様子だ。
「移動と言う事は、次の作戦か」
「ああ」
リンクバイザーのオンリー回線で、弟と話をする。
話を聞くと、先送りにされていた東京の巨大生物巣穴に、ついに攻撃を仕掛けるらしい。そうなると、次も激戦になる。
「日高司令は」
「多少の負傷はしていたが、すでに東京に戻った様だな。 プロテウスは一旦東京基地にヒドラで運び、其処でオーバーホールするそうだ。 その代わり、最終防衛ラインには、戦力を多めに廻すとか」
「場当たり的な指揮だな」
「やむをえんさ」
フォーリナーの対応が、早すぎるのだ。
七年間の準備が、無駄になるような、新兵器の投入。特に今回のシールドベアラーは、戦場の歴史を変えかねない兵器である。
地上でEDFと交戦している巨大生物の数も増える一方。
マザーシップに随伴して地球に来た輸送船が落としているのだから、当然だ。
今は、まだ互角だが。
その優位は、すぐにでも覆されかねない。シールドベアラーは、下手をすると空軍を無力化しかねないほどの、危険な兵器なのだ。
最新鋭戦闘機ファイターの登場によって、EDFは前大戦と違って、制空権を手に入れた。これにより、フォーリナーに対する優位を手に入れたと思ったのに。その優位は、既に揺らぎつつある。
ウィングダイバーが、あっという間に巨大生物に対する優位を失った経緯と、それはよく似ていた。
東京支部に到着。
途中、一眠りだけは出来た。疲れはまだ取れていないし、体の痛みも酷いが、動かざるを得ない。
EDF本部に顔を出す。
医者は良い顔をしなかったが、これでも私は特務少佐だ。大佐と同格の扱いを受ける、幹部の一人。
重要な作戦には、顔を出さないわけにはいかない。
ただし、フェンサースーツの着用は認められなかった。懐かしいEDFの軍服を着る。念のためにアーマーも付けて、本部ビルに出向いた。
司令部は、慌ただしく動いていた。
既に戻っていた日高司令は、包帯を頭に巻いたままデスクについていた。敬礼して、軽く話をした後、作戦会議に。
戦術士官が、スクリーンに現在の戦況を、まず投影した。
かなり戦線が拡大しているのが分かった。関東全域が、既に戦場になっている。赤蟻も既に多く姿を見せていて、戦線は飛び火する一方だ。最重要地点では精鋭が敵を撃退しているが。
敵の集中速度が速く、レンジャーチームが敵の大群に飲み込まれる事件も、何度となく起きている様子である。
「現時点では五分以上の戦況を保ってはいます。 しかし静岡に出現したシールドベアラーはすぐに世界中で姿を見せ始め、各地のEDFでは対応に躍起です。 ストームチームの攻略データをすぐに配布はしましたが、確実に再現できるかどうかは難しい所でしょう」
シールドベアラーの脅威は、単純にシールドが頑強、という事に留まらない。
シールドの可変性もあるが、移動式の中型マシンが、敵に随伴できるという点にある。複数体が来た場合、面制圧が極めて困難になるのだ。
「全世界の戦況は」
「表示します」
日高の指示で、今度はオペレーターが動く。
まだ若い娘で、どうにも落ち着きがない。臆病で、時々戦況の説明に、私情が入る事があった。
兵士達の間では、チキンオペレーターと揶揄されている有様である。
言い方は厳しいが、私も適正がないと思う。
「以前報道がありましたが、北米、欧州、極東、それにいち早く巨大生物の巣を排除した南米近辺は優位を保っています。 アフリカ、中東はかろうじて互角。 苦戦しているのは、東南アジアとオーストラリアです」
「オーストラリアは、まずいな」
既に、半分近くが失陥している。
元々オーストラリアは、前大戦で敵が大規模な基地を構えた地域である。早々に陥落した事もあって、前大戦の最後に、EDFの部隊が上陸したほどだった。
そしてその時は。
地下に潜った巨大生物を、発見できなかった。
思えば勢力を殆ど保ったまま、巨大生物は地下に潜ったのだ。一体今頃、どれだけ増えていることか。
ただ、オーストラリアはシドニー近辺に強力な基地を構えていて、その辺りの戦力は極めて安定している。
簡単には敵の浸透も許してはいない。
さらに、である。
朗報も、あるにはあった。
「北米、アフリカで、それぞれ巨大生物の巣の駆除作戦が実施されました。 北米は新型の地底攻略マシンを投入。 被害は出したものの、巣穴の駆除に成功。 中にいた女王四体、蜘蛛王二体の駆逐にも成功したそうです」
「さすがはストライクフォースライトニングだな」
周囲の声に、安堵が籠もる。
極東でも、機甲師団が敗退するという大きな事件があったばかりである。朗報があるのは、良いことだ。
「アフリカですが」
オメガチームは、これで三つ目の巣の攻略となる。
欧州の巣の時も被害を出し、人員を補充して出向いたはずだが。戦術士官の口調は、明るいとは言いがたかった。
「攻略にはどうにか成功しましたが、相当な被害を出しました。 近辺の巨大生物の駆逐作戦でも大きな損害を出し、アフリカのEDF支部はすぐには立て直せない状態に陥っています。 オメガチームも、大半の戦力を喪失したという事です」
どよめきが漏れる。
どうやら、アフリカの巣穴は、予想を遙かに超える戦力を有していたらしいのだ。中には女王だけで六体。蜘蛛王も五体。
実に三万近い巨大生物が、ひしめいてもいたそうなのである。
流石のオメガチームも、これには容易には勝てなかったか。無理もない話だ。私が挙手して、質問する。
「隊長は無事か」
「どうにか帰還しています。 しかし、歴戦の隊員も何名か鬼籍に入っており、しばらくは立て直しが必要になる、とのことです。 巣は駆逐しましたが、アフリカの戦線は無理をした事もあり、兵力の立て直しに掛かる事が予定されています。 しばらく、アフリカの敵を駆逐する事は出来ないでしょう」
ため息が漏れる。
オメガチームは、各地の巣穴を攻略する切り札として期待されていた。事実、三つ目の巣穴の攻略にも成功した。
しかし、今後は同じようにはいかないだろう。此処で巣穴の駆除策戦は、事実上の躓きを見せてしまった。
各地の戦線が表示される。
北米の戦線も、かなり広がっていた。
前大戦では、北米の西海岸はほぼ全滅という大きな被害を受けた。ニューヨークに到っては文字通り消滅。
現在も、マザーシップから出現した四足が数機、海岸線に駐留して、攻略の橋頭堡を作っている。
北米支部はカーキソンが直接指揮を執って迎撃を行っているが、簡単には撃退は出来ないだろう。
「マザーシップの動きは」
「一隻が極東に向かっていますが、他は海上や、人口密集地域から離れた地点にいます」
「何をしているのだろうか」
「分かりませんが、調査作業のようなことをしているらしいと、スカウトから報告が来ています」
調査、か。
巨大生物が、フォーリナーにとって非常に重要な存在である事は、分かっていた。
だがそれにしても妙だ。
前回の大戦で、奴らは散々地球を調査したはず。今更、何が必要だというのだろうか。
苦戦している地域についても、説明を受ける。
東南アジアも、前大戦で大きな被害を受けた。人口の大半は失われ、今でも復興が成し遂げられていない。
其処へフォーリナーの襲撃を受けたのである。幾つかの支部が必死の抵抗を続けているが、劣勢は覆せていない。巨大生物の巣穴が多いのも、劣勢が継続している理由の一つだ。
一通り戦況の確認が終わった。
全体的に、まだ破滅的な状況では無い。しかし、可能な限り迅速に、状況の改善を図りたいところだ。
「ストームチーム」
日高司令から声を掛けられて、私は。
弟と、ジョンソンとともに立ち上がる。
「以前小原博士から提案があった、東京巣穴の攻略作戦に向かって欲しい。 今度は以前よりも準備を整えてある。 多少は、危険も緩和できるはずだ」
危険が緩和できるとはとうてい思えないが。
いずれにしても、必要な作戦だ。
実に七万を超える巨大生物がいる巣穴である。一度で無理な攻略をするのでは、一体どれだけの被害が出るか分からない。
きちんと巣穴の全容を把握するためにも。
今回の作戦は、必要なのだ。
「一日後、作戦を開始する。 それまでに、突入する巣穴の近辺での制圧作戦を行っておく。 君達はレンジャーチーム2、フェンサーチーム1、スカウトチーム1とともに、目的地点への到達を行って欲しい」
「イエッサ!」
会議が、解散になる。
一日余暇が出来たのは嬉しい。
だが、私は病院に直行。弟も、病院に呼ばれていた。激務が祟って、バイタルの状態が良くないと言う事だ。
病院に出向くと、すぐに白衣に着替えさせられる。三島が来て、色々調べていった。フェンサースーツのデータも回収していく。
「できる限り急いで、データのフィードバックをしてくれ。 他のフェンサーが、移動砲台に過ぎない状態は、可能な限り改善したい」
「分かってるわよ。 私達も突貫作業でやってるんだから」
「頼む」
矢島の苦労を見ていると、本当に気の毒でならないのだ。
後は、医師に釘を刺されて、眠った。点滴も入れられたけれど。目が覚めたときには、外されていた。
これでも快復力には自信があるのだ。
バイタルもかなり回復はしていた。だが医師は、出来ればもう一日は眠らせたいと言う。せっかくの休みだが、仕方が無い。
弟は、作戦の細部を詰めるのに、忙しい。
私は白衣を着たままベッドでバイザーを付けて、ブリーフィングに参加した。ちなみに隣のベッドでは、同じような状態のナナコが。全く同じようにして、バイザーを付けてブリーフィングに参加している。
「今回の作戦の骨子は、この地点まで潜ることだ。 此処でスカウトチームが、探査用の器具を設置して、強化コンクリートで固定作業を行う」
地図が表示されるが。
実に深い。おそらく、深度は七百メートルを更に超えるだろう。
地底も、三千から六千メートル以上潜るとマントルに突入する。この近辺では、およそ五千メートル以上潜ると、マントルになる。
ただ、熱の問題もある。
おそらく巨大生物の女王や王は、二千メートル付近の深度にいると、推察はされていた。その位置を、確定させ。
なおかつ、東京の地下に我が物顔に広がっている巣穴の全容を解明するのが、今回の目的だ。
黒沢が慎重論を口にする。
私も、実のところ同じ意見だ。ただ、今回はあくまで中間地点までの到達が目的で、敵の殲滅が目的では無い。
広域に拡がっている敵の巣は。
逆に言えば、密度も薄いのだ。
一カ所に兵力の全てが集中しているわけではない。
ただし、不安要素も大きい。味方のチームはそれぞれが二十名編成の、標準チームである。
現在各地の戦闘で、死傷者が続出している事もあって、チーム編成については可変。戦闘の際には、複数チームがまとめられ、四十名や五十名の大型チームが編成されることもある。
だが今回は、基本的な編成の二十名チームが四つ。特にスカウトは戦闘力が高いチームでは決してない。これをストームが、護衛しながら戦う事になる。
「ストームも入れて百名弱。 兵力が足りますか?」
「前回の失敗を考慮し、拠点をコンクリでガチガチに堅めながら進む。 それについても装備を得ている」
更に、フェンサーチームの援護もある。
フェンサーには、主にシールドを用いて、防御壁を構築してもらう。幾つかの大きめの空間を経由して、目的地まで潜れば。
後はスカウトによる敷設作業を終えて、帰還。
理論上は不可能な任務では無い。あくまで、理論上では、だが。
各チームのリーダーも、ブリーフィングには参加して貰う。とはいっても、一次会議が終わってからだ。
レンジャー4は、再編成されたチームであると、資料に出ている。少し前にレンジャー4は敵の大群に飲み込まれ、メンバーの大半が戦死。その中には、チームリーダーも含まれていた。殆どの兵は、損耗が激しい他のチームから来た者達で、PTSDを煩っていても不思議では無い。
レンジャー9は、新設部隊。ベテランは隊長の一人だけで、後は短期プログラムを終えた新兵達。それをいきなりこんな作戦に参加させるのかと思ったが。考えて見れば、今は人手不足が酷いのだ。
ようやくかき集めた兵力の中に、新兵ばかりの部隊が混じっていた。その方が、現実の表現には正しいのだろう。
ただ、新兵の中には、ナナコと同じ戦闘特化強化クローンが一人混じっている。
二千名ほど生産されて、各地の基地に配備されたと言うから、新兵の中にいてもおかしくはない。
データを見ると、男の子だ。
フェンサー1は、そこそこの精鋭が揃っている。今回は敵陣突破を目的としていないし、防御と戦線維持を目的としている。装備については、全員にシールドを持って貰う。後は同士討ちを避け、足を止めての殴り合いを想定して、ガトリング。とりあえず、これでいいだろう。
スカウトは、以前と同じ。スカウト6だ。
今回はアサルトの他に、大規模なコンクリ配布装置、敵の巣穴の構造を測るための中継装置をそれぞれ持ち込む。コンクリ配布装置はかなり大がかりな装備である。更に、重機もある。
多脚型のブルドーザーで、北米戦線でこの間巣穴に投入されたものの、前世代機になる。地中を潜って、立体的に工事を行う事を想定している。自衛用の兵器はついていないため、護衛が必要だが。
医師が来た。
ブリーフィングは弟に任せて、寝るようにと言われたので、そうする。重要な話は全て済ませてあるので、もう良いと言えばもう良い。
バイザーを外して、寝る。
作戦開始まで、あと半日ほどある。今のうちに休んでおくのも、重要だ。
あくびをしながら、ふらりと病室を出て。
シャワーを浴びて、フェンサースーツを着込む。くれぐれも無理をしないようにと、医師に言われているけれど。
今回ばかりは、そうもいかない。
直前まで休んでいたし、多分ある程度は大丈夫だろう。
他のチームメンバーと合流し、移動開始。
作戦開始地点は、前回巨大生物どもの巣穴に潜ったのと、同じ地点だ。此処から、現在判明している地底七百メートルの、大型空洞を目指して潜る。
ビークル類は今回役に立たないので、全員が徒歩。
秀爺とほのかについては、最後尾にフェンサーチームと一緒に残って、指揮を担当して貰う事になる。
本領がスナイパーであるし、地底での混戦に、年老いた二人は向かない。
フェンサー1リーダーは、当初最後尾と聞いて、不満そうにしたが。今回の作戦では最後尾を守り、退路を作ることが最も重要と聞いて、納得はしてくれた。
入り口付近に、斥候らしい巨大生物が少しいたが。
弟が軽く散らすと、すぐに逃げていった。とはいっても、前回の状況を考えると、単に此方を引き込もうとしているだけ。そして損害を減らすための行動だ。
入り口付近は、前回とほぼ同じ状況。
広域にまず地上付近を探索。
辺りにある敵の出入りに使っている穴を確認。
やはり、数カ所が存在していた。このままだと背後を塞がれる可能性が大きい。まず速乾コンクリートで、これらの穴を塞ぐ。
そして地下鉄の廃路に、セントリーガンを多数設置。
自動迎撃モードに設定。これで、どれだけ敵が大回りして攻めこんできても、簡単に退路は塞がれない。
最初の空洞に、まずストームが入る。
敵影は無し。
コンクリで塞がれた穴は、以前と同じままだ。スカウトを招き入れて、奧へ侵攻する穴以外は、全て丁寧に舗装してしまう。レーダーには、既に敵影がある。此方の出方を、うかがっていると見て良いだろう。
「舗装作業、終了しました」
「よし、次だ」
前回は、この先にある空洞まで行くのが精一杯だった。
まずフェンサー部隊に、この地点を確保して貰う。場合によっては、奧の空洞に援軍として来て貰うが、それはまだ後の話だ。
曲がりくねった洞窟を、地下へと降りていく。
通信の中継装置はまだ生きているから、東京支部との通信は、密接にリンクが確保できている。
「ストームチーム、入り口付近は確保できたか」
「今の時点では問題なし。 敵の抵抗も、まだ激しくはない」
「前回のこともある。 気をつけて進んでくれ」
「イエッサ」
日高司令はと言うと、今重戦車であるタイタンに乗って、前線で指揮を執っているという。
通常の戦車の倍以上の巨体を誇るタイタンは、指揮車両として開発されていて、面制圧に関しては生半可なベガルタにも劣らない。ただし機動性が極めて劣悪で、現状では戦闘指揮にしか使えないとも言われていた。
とにかく、現時点では。
地上の安全は、確保は出来ている。
第二の空洞に到達。
弟が、手招きしてくる。涼川と私が壁に沿って歩き、空洞を確認すると、いる。
かなりの数だ。
それも、今回は凶蟲がいない。黒蟻と、何より多数の赤蟻が、空洞にひしめいていた。
「こりゃ、最初から骨が折れそうだな」
涼川はそう言いつつも、楽しそうだ。
幸いにもと言うべきか、今回は後方支援の体制がしっかり出来ている。地上に控えているレンジャー部隊二つも、何時でも突入できる状況だ。フェンサー1はしっかり退路を守ってくれているし、不安は今の時点では、ない。
スカウト6の隊長に、少し下がるように指示。
一応中途の経路も舗装はしてきているが。喰い破られた時のことを考えて、途中にジョンソン達を残しておく。
敵の密集地帯に、涼川がDNG9を放り込み。
そして爆発と同時に、弟がアサルトを敵陣にうち込みはじめた。爆裂して、吹っ飛ぶ巨大生物の群れ。
狭い地底空間だから、なおさら爆発は威力を増す。本来なら落盤の危険もあるが、巨大生物がガチガチに固めているため、それも平気だ。
私もガトリングを敵陣に浴びせかけ、殲滅作業を進める。
時々涼川が放り込むDNGが、圧倒的な破壊効率を示し、敵を次々蹂躙していくのが分かったが。
ほどなく、敵は姿を見せなくなる。
正面突撃では無理と判断したのだろう。
まず私と弟が入り。
入り口付近を、ジョンソンとエミリーが固める。秀爺に通信を入れるが、今の時点で、其方に問題は無いという。
谷山が、新人数名と、空間に入ってきた。
セントリーガンを配置しているのは、奇襲に備えるためだ。慎重すぎるほどの行動だが、前回の苦戦を考えると、これくらいは当然である。
ここからが、本番だ。
ストームチーム全員が空洞に入ったころから、スカウトが舗装作業を開始。
天井も床も、コンクリで固めていく。
空気が悪くなってくるが、それについても対策がされている。排気装置が、既に持ち込まれているのだ。
敵は今の時点では、仕掛けてこない。
戦力から考えて、怖れているはずがない。何かしらのチャンスを狙っていると見て良いだろう。
奧へ通じている穴は数カ所。
順番に潜ることにする。涼川に残って貰うのは、最悪の場合、ヴォルカニックナパームで塞いで貰うためだ。
弟は、地上の戦力と密接に通信をしている。
今の時点では問題が無いことを把握しておかなければならないからだ。
「舗装終了しました!」
「よし……!」
次だ。
穴の一つへ、私が先頭になって入り込む。
中継装置による測量で、ある程度のマップは出来てはいるが。小さな通路の詳細までは、把握できていないのが実情だ。
ただし、いま進んでいる穴が、一番更に奧の空洞へ通じている可能性が高い。
だが。
先端部分が、露骨な土砂崩れで塞がれていた。
巨大生物が嘲笑っているかのようである。勿論、この土砂を押しのけて、奇襲を仕掛けてくる可能性もある。
慎重に下がる。
次の穴だ。
一つずつ、可能性を潰して行く。
広い空間に戻ると、レンジャー9が来ていた。どうして新人ばかりのレンジャー9を先に入れたのか。いぶかしいが、どうやら弟がオンリー回線で教えてくれたところに寄ると、ここの指揮官が、日高司令にコネがあるくせ者で、どうしても実績を作りたいのだという。
「ボーイスカウト集団をこんな所に入れるなよ」
噛み煙草を吐き捨てると、涼川はぼやく。
涼川も佐官で、レンジャー9の指揮官とは同格だ。だから相手も、涼川を過剰に敵視しているようだった。
ましてやレンジャー9の指揮官は、前大戦を生き残った、珍しい女性レンジャーだ。既に三十路近いが、自分の判断力には自信もあるのだろう。涼川には、複雑な思いを抱いているに違いない。
幸い、弟が率先して釘を刺し、この地点の死守に指示をまとめた。
無意味に兵を展開したら、死ぬ。
それくらいは、誰でも分かる事だからだ。
「敵が攻撃してきた場合、反撃しても構いませんね」
「構わないが、この空間からは絶対に出るな。 確実に死ぬぞ」
「分かっています」
弟の口調はむしろ柔らかいが。
レンジャー9の指揮官が、納得している様には見えない。これは何かあるかも知れない。
次の穴の偵察を済ませる。
此方も塞がれていた。或いは、何処かの落盤を崩さないとならなくなる可能性がある。他の穴も、調査する必要がある。此処を落とされると危険すぎるので、涼川は残した方が良い。レンジャー9の隊長と喧嘩しない様に釘を刺してから、次へ行く。
順番に調査を進めていく。
容赦なく時間が過ぎていくが。敵の動きは、今の時点でもない。一体何をもくろんでいるのか。
四つ目の穴に入り込む。
かなり短い通路で、すぐに次の空洞につながっていた。表示されている地図とは、違う空洞だ。
これは電波妨害を起こす物質を用いて、意図的に混乱させているのか。
嫌な予感がする。
中には敵はいないけれど。立体的に表示されるマップを見る限り、どうにもおかしい。目的地の空洞と、あまりにも近すぎるのだ。
「どう思う?」
側にいる弟と、スカウト6の隊長に聞いてみる。
スカウト6隊長は、暗視装置を使って、空洞を念入りに確認している。中継装置を撒くことも忘れない。
「中央部が、大きな穴状の空洞になっています。 おそらく、目的地とつながっているかと」
「巨大な縦穴か」
待ち伏せに絶好の地点だ。
しかもこの場所、四方八方に穴が開けている。
今の時点で、敵影は確認できないが。
だがレーダーには、先ほどからずっと此方をうかがっている巨大生物の姿がある。しかもこの空洞を突破しない限り、先へは進めないのである。
「エミリーに頼もう」
弟は少し悩んだ後、エミリーを此方に呼ぶ。
同時に、前の空間の、邪魔な通路を全て塞ぐようにも指示。スカウト6隊長は戻って、作業を始めた。
危険な偵察任務だが、他の誰にも頼めない。
せめて三川が復帰していたら、ツーマンセルで多少は負担を減らせたのかも知れないけれど。
「私も行く。 ブースターとスラスターを用いて、短時間の飛行は可能だ。 この縦穴くらいなら、脱出は出来る」
「無理だけはするな」
「分かっているさ」
この、空洞を覗く入り口は、なんとしても死守する必要がある。ジョンソンにも来て貰う。
ジョンソンはナナコと黒沢を連れていた。
私が聞くと、ジョンソンはこともなげに応えた。
「ナナコも連れてきたのか」
「今の時点で、うちのチームで一番戦闘力が高いのは、ベテランを除くと此奴だ。 あと、矢島。 お前はシールドを用いて、ストームリーダーを守れ」
奧から申し訳なさそうに顔を出したのは、矢島である。
なるほど、この地点を一種の中継地点として、死守するわけだ。
念のため、コンクリの敷設工事を続けて貰う。この通路の途中を塞がれると致命的だ。前回の攻略戦で、同じ手を使われて、死ぬ思いを味わった。
出来れば、この空洞も、完全にコンクリで固めたいくらいだが。
危険が大きすぎる。
エミリーが、嘆息する私の肩を叩く。
この陽気な北米出身のウィングダイバーは、今日は洞窟内で乱反射するサンダースナイパーを持ち込んでいた。
多数の雷撃に似たビームを放ち、乱反射するそれが敵を焼き払う強力な武器である。洞窟内での制圧力は、今までに幾つかの部隊が絶大だと報告してきている。ただしウィングダイバーが最前線に出なければならないという欠点もまた有していた。
まず、エミリーが、空間内に降りる。
ゆっくり縦穴を下降していく姿は、すぐに見えなくなった。
通信を入れてくる。
「ワオ、周囲は真っ暗よ。 底はまだ見えないわ」
「OK。 私も続く」
「もう少し待って」
プラズマジェネレーターで落下速度を落としながら、エミリーがゆっくり地底へと降りていく。
ライトも付けているはずだから、奇襲は受けづらいと思うが。
周囲のレーダーから、敵の反応は消えていない。隣では、ナナコが、油断なくスティングレイを構えている。
「オーケー、底についたわ」
「状況は」
「あまりよくないわねえ。 底に降りるまでに、かなりの数の横穴があったし。 それにこれは、底にも複数の横穴があるわよ。 多分何処の穴も、手ぐすね引いて巨大生物が待っているとみて良さそうね」
「まるで迷宮だな」
蟻の巣は、基本的に一本の縦穴から分岐していくけれど。その過程で枝分かれもする。そして枝の端々に、植物で言う葉のように小さな育児室が作られる。
縦穴はそもそも、人間が行き来できるように、作られていない。
現在のアーマーなら、一気に飛び降りることは可能だが、今度は上がれなくなる。地獄行きの一本道だ。
今回スカウトが持ち込んでいる重機を用いれば、回収は可能だが。
しかし敵も壁を縦に這い上がることが出来るのだ。途中で酸を浴びて、破壊されるのが目に見えている。
一度エミリーが戻ってきた。可能な限り撮影したデータを、司令部に送る。そこで立体マップを作成して貰う。
敵はまだ仕掛けてこない。
タイミングを見計らっているのだ。それ以外には、考えられない。
「コンクリ弾をうち込んで一つずつ通路をつぶせないか」
「多分横穴開けて出てくると思うわよ」
此処は、先ほどまでの空間とは状況が違う。
敵はおそらく、此方を誘い込む目的で、これだけ大規模な縦穴を作ってきているのだ。
しかしながら、敵の包囲を怖れていても、どうにもならない。
更に言うと。
今この空間を覗いている横穴からも、上方向にかなり縦穴は伸びているのだ。天井も塞いでおいた方が良いだろう。
迂回は出来ないだろうか。
そう言う意見も出たが、弟が却下。この複雑極まりない構造の巣で、下手に迂回ルートを作っていたら、確実に迷う。
何より、敵は文字通り手ぐすね引いて待っているのだ。此方が下手な動きを見せれば、即座に圧倒的大軍勢で仕掛けてくるだろう。
「地獄の縦穴だな」
私がぼやくと、エミリーが苦笑いした。
3、強行突破作戦
よくない通信が来る。
地上で戦闘中の、司令部からだ。
「ヘクトルの大部隊が、静岡北部の戦線に接触。 現在激しく戦闘中だ。 シールドベアラーはまだ姿を見せていないが、このままだと大きな被害が出る」
「増援部隊はどうなっていますか」
「現在、派遣を検討中だが。 そうなると、東京での戦闘がかなり厳しいものとなるだろうな。 君達も、急いで攻略を済ませて欲しい」
どうやら、もう急ぐほかないようだった。
何度かエミリーには、縦穴を上下に行き来して貰い、マップは仕上げた。しかし途中に無数にある横穴から、膨大な敵が出てくるのは、ほぼ止める事が出来ないだろう。もしやるとしたら。
完全な隠密作戦か、それとも。
「細い通路がある」
弟が、マップの一角を指す。
頼りない出っ張りが、穴の底へ続いていた。幅は二メートルもない。
確かに其処からなら、歩いて地下へと降りられる、かも知れない。
しかし敵の猛攻に晒されることはほぼ確定だ。
弟と私、それにエミリーで地下へと降りる。
そして一気に横穴を調査。幾つかある横穴の中で、有望そうなものが一つある。其処を強引に突破出来れば。
「危険です。 命の保証が出来かねます」
黒沢が眼鏡にわずかに手をやった。
私だってそれくらいは分かっているが。しかし、東京での戦線に問題が出ると、退路が脅かされる。
他に、方法がないのだ。
「せめて、私も」
スカウト6リーダーが挙手したが、首を横に振る。
誰も、庇っている余裕が、ここから先は無い。時間も、ないのだ。
作戦開始。
エミリーと一緒に、暗い穴の底へと降りていく。
既にスカウトから、中継装置の使い方は聞いているが。これを持っていくだけで、かなりの手間になる。
弟はと言うと、ロープを引っかけて、途中まで降り。
一旦其処で手を離して落下距離を減らす。
そうすることで、アーマーで充分に緩和できるからだ。
穴の底へ、着地。
ひんやりとした空気が、周囲に充満していた。そして、殺気が、至る所から此方に向いているのが分かる。
いる。
動くのを、待っている。
それも相当な数が、だ。
弟が着地。周囲を睥睨した。とっくの昔に、弟も気付いている。
「まずはあの穴から、だな」
出来る事なら、敵の数を可能な限り減らしたいけれど。そうもいかないだろう。おそらく、撤退戦は地獄になる。
秀爺から、通信。
「よくない情報だ」
「何があった」
「地上の戦線が近づいてきている。 タイタンが展開している地区から少し離れた地域に、相当数の巨大生物が沸いた様子だ。 レンジャー部隊は撤退を開始。 南下を開始した巨大生物は、千を超えている。 二千を超えるかも知れない」
「千以上、か」
なるほど、いっそのこと、地上から回り込んで迎撃に来るか。
すぐに、地上に展開したままのレンジャー4に、最初のホールへ入る様指示。其処はレンジャー4に任せて、代わりにフェンサー部隊が、突入口の方へと展開して貰う。其処で、敵を確実に防ぎ抜いて貰うためだ。
まず、最初の穴。
敵はおそらく、徹底的に引きずり込んでから迎撃をするつもりだ。だが、此処からは、それを逆利用する。
陽気なエミリーさえ、何も言わない。
深く、深く。
穴を降っていく。
暑くなってきた。地底が暑いのは知識としてはあった。当然のことだ。
地球の深部はドロドロの溶岩で、更にその奧は超高温。溶岩は対流していて、地上はそれによって大陸さえ移動している。
結局の所、地球は熱い星なのだ。
ほんの少しの薄皮が冷えているに過ぎないのである。
曲がりくねった穴を抜けると、空洞に出るが。マップを見ると、かなり外れている。どうやら此処は違ったか。空洞はかなり広く、相当数の巨大生物がいる。此方に気付いているかどうかは、見た目では分からないが。
多分気付いているだろう。
仕掛けたら、即座に全てが反応して、反撃してくるはずだ。
次を試す。
時間が過ぎる中、エミリーがバイザーで通信を入れてくる。
「手分けする?」
「しかし、流石にこの数だ。 分散はまずい」
「そうね。 でも、正直な話、地上がかなりきな臭い状況ヨ?」
巨大生物の大群の続報が、先ほど入ってきた。
タイタンによる面制圧砲撃が開始され、それなりの数が沈黙したが、しかしなおも千を超える数が進撃中だという。タイタンは制圧地域から動けず、幾らかのベガルタが機動戦を行っているが、数が多すぎて食い止めるのは難しいそうだ。
二つ目の穴を潜ると、小さな空洞に出た。
此処も、外れか。
時間ばかりが過ぎていく。しかし、三つ目の空洞で、どうやら当たりを引いた。更に奥深くへ伸びている縦穴。
此処だ。間違いない。
「此方小原。 君達の、目的地点到達を確認した。 中継装置を散布して、すぐにその場から離れて欲しい」
「分かった。 エミリー、頼めるか。 退路は確保する」
「OK」
退路と言っても、この通路に入るものだけだが。
空洞には、巨大な橋ににた出っ張りがある。その下には、すり鉢状の空間。四方八方に、横穴。これは、此処で待ち伏せられたら、大軍でも全滅しかねない。
エミリーが、音もなく着地。
敷設を開始。
同時に、敵が動き始めた。
レーダーが瞬時に真っ赤になる。四方八方から、巨大生物が此方に向かって動き始めたのだ。
「算定不能。 凄まじい数だぞ」
「エミリー、急げ!」
「もう少し」
冷静にエミリーは装置を展開。
ドリルで自動的に埋まっていく中継装置。一つ目。二つ目。
横穴の一つから、蟻が姿を見せる。雄叫び。獰猛なまでの数が、怒濤のごとく、空洞に乱入してきた。
エミリーに、見る間に迫っていく。
まだか。
声を掛けるが、エミリーは作業を続けている。弟がスティングレイをぶっ放し、先頭集団を吹き飛ばすが。
此方にも、巨大生物共は向かっているのだ。
勿論、退路にも、である。
「此方ジョンソン。 敵が空洞に溢れはじめた! 数は千を超える!」
「迎撃を開始」
「此方ほのか。 どうやら地上も、そろそろ敵が来るようよ」
完全に囲まれた。
エミリーが、コンクリ弾を地面に叩き込む。これで、どうにか中継装置の固定が出来た。一気に周囲のマップがクリアになる。
赤蟻が、エミリーに向け突進。
ほんの紙一重の差で。
エミリーが飛んだ。わずかに掠めたが、空中で体勢を立て直そうとする。そのエミリーを狙う凶蟲。弟がスティングレイから、ロケット弾をうち込む。爆破。しかし、猛毒と高い運動エネルギーを秘めた糸が、エミリーを掠めていた。
此方に来るエミリー。
あまり、余裕は無い様子だ。
「アーマーがかなり削られたわ。 ダメージゾーンイエロー」
「急いでこい。 退路もかなり怪しい」
弟がアサルトをうち込み続ける。膨大な糸と酸が飛んできたので、シールドを私が展開して、跳ね返す。巨大生物に丸ごと返る。悲鳴が上がるが、シールドだっていつまでもはもたない。
穴にエミリーが飛び込んでくる。
バックバックバック。
弟が叫びながら、撤退を開始。
皮肉な話だが。中継装置で、周辺マップがクリアになって、よく分かる。此処以外にも、下のすり鉢空間への通路はあった。それも、幾つも、である。
狭い中でロケットランチャーをぶっ放す弟。
私も誤爆は怖れていない。
吹っ飛んだ巨大生物の死骸が、敵の視界を防ぐ。ガトリングをぶっ放し、更にそれに追い打ち。
時々反撃が飛んでくるが、今の時点ではどうにでもなる。回避し、アーマーで受け止め。浸透を防ぎながら下がる。
エミリーが、退路に向けてサンダースナイパーの雷撃を放つ。乱反射しながら飛ぶエネルギービームが、巨大生物を貫き、焼き払っていく。じりじりと、下がる。エミリーも、サンダースナイパーを連射しては、プラズマジェネレーターを冷却。その間は弟か、私が血路を開く役を肩代わり。
通路を、抜ける。
縦穴に到着。辺りはまるで、巨大生物の展覧会場だ。
後方から来る巨大生物だって馬鹿にならないのに。縦穴を抜けるのは、文字通り翼があっても難しい。
遙か上の方で、光が瞬いている。
ジョンソン達が、敵に向けて反撃しているのだ。
「此方ストームリーダー。 これより縦穴を上に逃れる」
「此方ジョンソン、了解。 敵の数が多すぎる。 減る様子も無い」
「どうにか突破する」
「正気か」
まず、エミリーが飛び出す。敵は一旦無視して上昇。ジョンソン達と合流。
その後、複数の敵を同時ロックオンし、一気に殲滅するミラージュで、敵の殲滅に掛かるのだ。
エース格にしか渡されていないミラージュだが、破壊力は絶大。
見る間に、空から光の矢が降り注ぎはじめる。こういう環境でのミラージュは、まさに最強の兵器だ。
しかし、である。
それでも、数が多すぎることに、変わりはない。
「此方ほのか。 地上に敵が到達。 セントリーガンの迎撃網を突破し、フェンサー部隊が対応中」
「持ちこたえてくれ」
「此方涼川」
嫌な予感がする。
涼川から連絡が来たと言うことは。ろくでもない事が起きたと見て良いだろう。
「さっきからコンクリで舗装した一角から、がりがり音がするんだが」
「スカウトに補填させろ」
「もうやってるが、ひょっとすると喰い破られるぜ」
速乾式の強化コンクリートを無理矢理喰い破りに来たとなると、敵は本気だ。
前後の敵を弟と分担してたたく私達だが、アーマーがいつまでも保つわけでもない。敵はそれに対して、文字通り無尽蔵と言って良い物量を投入してきている。
「行くぞ!」
わずかな隙を見て、弟が飛び出す。
走りながらロケットランチャーを乱射。近くにいる敵を爆破しながら、らせん状に上へ伸びている、細い通路に飛び込む。
そして走る。
「姉貴は、一旦上に。 エミリー達と一緒に支援してくれ」
「いや、私もお前と走る」
「何かあったか」
「ブースターの調子が悪い。 多分上まで飛べない」
弟が呻く。
乱戦の中で、糸が掠ったのだ。幸い、武器類は全て無事。上も下も右も左も、全て敵。ミラージュの援護があるが、見る間にアーマーが削られていく。赤蟻が来た。壁を垂直に飛び降りるようにして、襲いかかってくる。
真上にガリア砲をぶっ放し、赤蟻を消し飛ばすが。
それだけ、遅れる。
ブースターは死んでいるが、スラスターは生きている。盾を使って敵の攻撃をはじき返すのも、限界近い。
アサルトを乱射しながら、弟が舌打ち。
前の方に、かなりの数が集まっている。あれを力尽くで突破するのは、無理かも知れない。
エミリーの放っている光が、次々敵を打ち抜いているが。
それでも、敵の数が、あまりにもあまりにも多すぎるのだ。
「ストームリーダー、まだか」
「今、半分という所だ」
「光が目視できた」
ジョンソンが言うと、おそらく零式レーザーをうち込んできたのだろう。
一息に、辺りにいた巨大生物が、赤い熱線に焼き払われた。今のうち。二人、全力で走る。
だが、追いすがってくる巨大生物ども。特に数十匹の赤蟻が、態勢を低くして、壁を垂直に這い上がってくる。
其処へ、ロケットランチャーから、正確無比な一撃が着弾。
如何に頑強な赤蟻でも、壁を昇っているときに、ロケットランチャーからの一撃を受けてはひとたまりもない。
吹っ飛び、ばらばらと落ちていく。
死なないだろう。
しかし、下から上がり直しだ。
危機はまだまだ続く。
至近。
音もなく近づいてきていた凶蟲が、糸をぶち込んできた。
弟が即応し、アサルトで蜂の巣にするが。
二人とも、盛大に糸を浴びた。舌打ちして、アーマーの状態が、レッドになっている事を確認すると。乾いた笑いが漏れる。
「これは、上までたどり着けるかわからんな」
「諦めるな」
私の弱音に、弟が厳しく言う。
確かにその通り。この程度の苦境、二人は散々乗り切ってきたのだ。追いすがってくる敵を、上から来る敵を、迎撃。
撃ちおとし、払いのけ、走る。
ついにアーマーが切れた。
弟は、まだ少し余裕があるが、私は厳しい。ジョンソン達が支援してくれているが、間に合うか。
もう少し。
見えてきた。後縦穴の壁を一周すれば、一息付ける。しかし、下からもの凄い数の巨大生物の気配がある。
文字通り、面をそのまま全て埋め尽くす数で、一気に蹂躙しようというのだろう。
追いつかれたら、終わりだ。
真後ろに来ていた赤蟻を、ガリア砲で吹っ飛ばす。ガリア砲の負荷もうなぎ登り。そろそろクールダウンさせないと、壊れてしまうかも知れない。
更に言えば。
現在、地上側の出口を、完全に塞がれてしまっているのだ。その上下手をすると、途中の通路を、横から喰い破られる可能性さえ出てきている。
ついに、指呼の距離。
だが、下から迫っている敵の大群が、もう見えるほどだ。
弟が、先に飛び込む。
私は。
スラスターのエネルギーが、此処で切れてしまう。
体力も、もう限界だ。
だが、それでも。
無理矢理に、横穴に飛び込む。鈍重なフェンサースーツのエネルギーが、此処で切れた。ジョンソンが、腕を引いて、奧に。数人で弾幕を展開して、入り口に分厚く密集している敵に乱打を浴びせる。浴びせながら下がる。
フェンサースーツを解除。
呼吸を整えながら、DNG9を受け取る。
「下がれ!」
全員下がったところに、凶悪な手榴弾のピンを抜いて、放り投げた。
密集していた巨大生物たちが、根こそぎ吹っ飛ばされる。爆風は此方も容赦なく襲い、破片が皮膚を切り裂いた。
右の鼓膜をやられたらしく、音がよく聞こえない。
「下がれ! 急いで!」
前線を下げる。
敵は追いすがってこようとするが、数が却って邪魔になって、一度にたくさんは入ってこられない。其処を、時々手榴弾を転がしてやり、効果的に爆殺。何度か同じ事をすると、追撃速度が目だって落ちた。
その代わり、赤蟻が主体になって、傲然と進んでくる。
火力を集中して一体ずつ潰して行くが、何しろ頑強な赤蟻だ。此方が下がる分、相手も前線をあげてくる。
DNG9手榴弾でも、殺しきれない。
私を抱えると、弟が走り出す。此処は任せる。そう言って。
前の空間にまで戻る。
スカウトが、必死になってコンクリの敷設作業を続けていた。どうにか、まだ喰い破られてはいないようだ。
秀爺達の方は。
「涼川、此方はもう大丈夫だ。 秀爺達の方を手伝いに行ってくれるか」
「分かった。 死ぬなよ」
傷だらけの私を見て、涼川も。それだけ言うと、すぐに飛び出していった。
エミリーが代わりに前に出て、敵に向けてサンダースナイパーの雷撃を連続して叩き付ける。
さしもの赤蟻も怯んだところに、集中射撃を浴びせて、潰す。元々狭苦しい穴だ。一匹が崩れると、どんどんなし崩しに潰れていく。
其処へ、ナナコがDNG9を放り入れる。
悲鳴が上がった。赤蟻の頭部が吹っ飛んで、此方に飛んできた。
私は呼吸を整えながら立ち上がろうとしたが、上手く行かない。思った以上に、ダメージが大きいらしい。
「はじめ特務少佐! 無理はしないでください!」
「無念だ」
この程度で動けなくなるなんて。
内臓のダメージが、かなり体を拘束しているのが分かる。痛みが酷いのでは無い。体が、単純に動かないのだ。
入り口から押し入ろうとしている巨大生物たちが、一旦下がる。
だが、油断せず、エミリーが雷撃を連射して、穴の奥の方まで焼き払う。乱反射する稲妻が、敵の群れを焼いていくのが分かる。
だが、エミリーのプラズマジェネレーターも、焼き付きそうだ。
「すぐに次が来る! 体勢を立て直せ!」
ジョンソンが叫び、DNG9を持ってこさせる。
入り口の方はどうなっている。私は顔を上げてもう一度立ち上がろうとしたが、無理矢理横にされ、酸素吸入器を口に当てられた。流石に此処まで酷い状態ではない。抗議しようと思ったが。
体が動かないので、実は此方の予想より、状態が悪いのかも知れない。
「ヴォルカニックナパームは」
「入り口の敵を焼くので精一杯です」
「セントリーガンは」
「入り口に全て配置してしまっています! それでも敵を防ぐのが精一杯で」
誰もが、分かっている。
入り口と此処の空洞。どちらかに押し入られたら、その時点で全滅確定だ。ストームリーダーがいてもどうにもならない。
暴力的な数の差と、地の利。
どちらもが敵に備わっているのだ。例え地球最強の男がいても、どうにもならない。
奧から、また敵が押し寄せてくる気配。
また赤蟻を前衛に押し立てて、無理矢理の突破を測ろうというのだろう。
谷山が来た。
「ストームリーダー、状況改善の手が」
「何か案があるか」
「空爆と砲撃」
「……そう、だな」
話を聞いていて、私にもすぐにぴんと来た。念のために、この空間は放棄した方が良いだろう。
弟が、すぐに声を張り上げた。
「総員、入り口付近の空洞まで撤退! 最後尾は俺とジョンソン、エミリーが務める!」
「ナナコも残ります」
「好きにしろ」
ジョンソンが舌打ちした。
子供の兵士を見る彼の目は、とても厳しい。確か西欧では、子供を戦わせることは最大の恥という考え方があったはず。
強化クローンで、生半可な大人の戦士より強い事は、ジョンソンも認めている。だから、先ほど縦穴の防衛線で連れてきた。
しかし、この決死の撤退支援に、子供を使うのは、どうしても気分が悪いのだろう。
黒沢と日高軍曹が、担架の前後を担いで走り出す。
私の内臓のダメージは、其処まで酷かったのか。敵の第二波を凌いだら、一気に最初の空洞まで戻るつもりらしいが。上手く行くだろうか。
スカウト達は、既に先に行かせた。
レンジャー部隊は二つとも残りたいと言うが。あまり多く残っても、邪魔になるだけだ。それよりも、セントリーガンを多数配置しても守りきれない入り口の方を、対処するべきだ。
ましてやレンジャー9は練度に著しく問題がある。
今も、入り口から時々顔を覗かせる巨大生物に、まだ若い者が多い新兵達は、すくみ上がっているではないか。
「レンジャーの部隊は飾りではありません。 参戦させてください」
「間もなく、入り口の敵が総崩れになる。 その時こそ、追撃戦で力を発揮してくれるか」
「それは一体いつですか!」
ヒステリックに、レンジャー9リーダーが、弟に突っかかるのが、運ばれて行く途中で見えた。
まだ戦闘が断続的に続いている中、味方と一緒に、曲がりくねった洞窟を退避していく。途中、筅が話しかけてきた。
「お医者様に言われていました。 絶対に無理はさせないようにって。 普通の人だったら、とっくに悶絶してるくらいの痛みだって」
「この程度の傷で、私も弱くなったものだ」
「ごめんなさい。 私達が、もっと強かったから、こんなに無理はさせなかったのに」
筅が泣いているのが分かる。
何故だ。
むしろ、私は自分が弱くなったことを嘆きたいのに。
最初の空洞に到着。
セントリーガンが放射状に並べられ、その外側に盾を構えたフェンサー部隊。レンジャー4と秀爺、涼川、残りの新兵達が、半包囲の状態から敵に乱射を浴びせているが、何しろ数が多すぎる。
フェンサーの防壁が崩れたら、一瞬でなだれ込まれて、ジエンドだ。
動きがよい敵は、片っ端から秀爺が仕留めてくれているけれど。負傷者が、次々出ているのが分かる。
「フェンサー1−8、シールド損傷! 下がります!」
「フェンサー1−4、こっちももうもたない! 撤退許可を請う!」
「撤退って、何処に逃げろって言うんだよ……」
フェンサー1リーダーがぼやく。
谷山が、不意に、此方に手を振ってきた。
「揺れが来ます! 備えて!」
どしんと、もの凄い揺れが連続してきた。
巨大生物たちが動揺するが。それは此方も同じだ。弟が最後尾になって、この部屋まで撤退してきた。これで、全戦力がこの部屋に集まったことになる。
また、強烈な揺れ。
「な、何が!?」
「分からないか」
動揺する様子の日高に、説明しようとすると、黒沢が代わりに言ってくれた。
筅は黙って、天井を見ている。
崩落だけを心配している様だ。コンクリで固めているし、滅多な事では崩れない。だから、大胆な策に出られたのである。
「砲兵隊と空軍に、おそらくこの近辺への無差別攻撃を指示したんでしょう」
群れている巨大生物共は、これで壊滅的な打撃を受けた。
勿論近くの街も同じような被害だが。大多数の巨大生物に蹂躙されている時点で壊滅だ。砲撃を躊躇う理由はない。
一気に、入り口からの敵の圧力が薄れる。
そして、恐らくは、だが。
奧の敵も、これ以上は損傷を誘えないと判断したのだろう。まるで潮が引く様にして、逃げていった。
後は、入り口から外に出て、残った敵を掃討する。
その過程でかなりの数の負傷者が出たが。
死者を出すことだけは、避けられた。
池口と日高が、キャリバンを二両使って、負傷者をピストン輸送しはじめた。
作戦は、成功。
死者も出なかった。
ただし全員が満身創痍だ。敵を空爆と砲撃で蹴散らしたとは言っても、それでもまだ外には数百がひしめいていたのだ。其処を負傷した弟を中心とした戦力で蹴散らしたのである。
手足を失ったレンジャーもいた。
何名かのフェンサーは、意識不明の重体である。もっとも、現在は、重体でも適切に治療を施せば、ほぼ助かる。
途中で、小原から通信が入る。
「大変な作戦だったと聞いている。 よくぞ生還してくれた」
「……」
飛びかかって首を絞めてやりたいところだが、我慢。
実際問題、奴はこの場にはいないし。病院に運ばれている途中の私は、立ち上がる事も出来ない有様なのだ。
「すぐに治療を受けて、休憩して欲しい。 今回の作戦が成功した事で、東京地下の巨大生物巣穴の全容が把握できた。 やはり予想していた地点に女王はいる。 女王は二ないし三。 かなり少ないが、おそらくこれは、数を増やすことに特化した個体だからだろうと思われる」
そうだといいのだが。
専門家とはいえ、小原の知識はどうにも曖昧なところがある。もっとも、私だって、戦って来た巨大生物のことを、どれだけ知っているかと言われれば。たいして分からないのだ。彼だけを責めるのも、酷だろう。
「特にはじめ特務少佐、貴方の負傷は酷いと聞いている。 すぐに医療チームを編成して、対応に当たる予定だ」
不要と言いたいが、逆らえない。
或いは、弟が手配したのかも知れなかった。
東京全域での作戦は終了。
今日も戦線は一進一退。何しろ東京の地下に、七万を超える巨大生物がひしめいているのだ。戦線を簡単には進められない。東京支部に地下から強襲を仕掛けてくる可能性さえある。
それに、だ。
静岡の戦線も心配である。ヘクトルの大部隊を、少しでも削らないと。どうせ近いうちに、ストームに迎撃作戦の指示が来るだろう。
気がつくと。
培養槽に、裸のまま浮かされていた。
以前はそういえば、こんな風に培養槽で治療を受けることも多かったか。特に前大戦の初期は、多かった。
私も弟も、戦い方がよく分からなかったし。何より、自分が何処までやれるのか、よく把握はしていなかった。
だから、怪我も、今より更に多かった。
ただ当時は、今よりずっと頑丈だった様に思える。私も、弟も、である。
ぼんやりしていると、弟の声が聞こえてくる。
培養槽の前に、立っているらしかった。医療チームも、周囲で忙しく動き回っている。
「根本的治療で、内臓の状態は好転したらしい。 だが、次の戦いでは、控えに廻って貰う。 頼む」
「……」
弟は、時々言う。
私になら、背中を預けられると。
無理がたたって、私がついに倒れた今。これ以上の疲弊を重ねて、戦死なんて事になったら。
不思議と、私は怖くない。
だが、分かるのだ。弟が悲しむことは。
世界で唯一、境遇を共有できる、血を分けた姉弟。
戦闘だけを目的に造り出されて。この悪魔が攻めこんできた煉獄で戦っていけるのも。弟がいるから。
「分かった。 だから、そう悲しむな」
言いたいけれど。
培養槽の中では、言えない。
一日、このまま過ごして貰う。
そう、弟の声が、聞こえた。
(続)
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