血戦四足要塞
序、絶望の魔獣
静岡の海岸線からSOS通信が届いたのは。房総の敵軍勢を撃退している最中のことだったと、弟が言う。
静岡のEDF部隊は損害を避けるために後退。
民間人の避難だけを行うと、援軍の到来を待つべく、敵からの距離を取った。
ヒドラが急ぐ。静岡の浜松基地まで、全速力である。
新人達は疲れ切っているが、こればかりはどうしようもない。ヒドラは大型輸送機だが、巡航速度は時速980キロを超える。流石に超音速とは行かないが、この辺りも、やはりフォーリナーからの鹵獲技術を採用している。このサイズの大型輸送ヘリでは、考えられない速度である。
具体的にはよく分からないのだけれど。概要だけは知っている。
フォーリナーの飛行ドローンが使っている、一種の反重力浮遊装置を用いて、飛行の負担を軽減、加速へ力を振り分けられる様にしているそうだ。この装置はほかのビークルも用いていて、今までの航空力学に縛られた形状とは全く違う飛行機類を作るのにも成功している。
一例がホエールだ。
ホエールはずんぐりした形状で、本来だったら空に浮き上がることさえ出来ない。浮き上がることが出来ても、燃料を膨大に消費する。
「嵐特務少佐」
話しかけてきたのは、筅だ。
巨大なヒドラの格納庫でも、ベガルタを格納するのは少し窮屈になる。ベガルタファイアナイトはかなり修復が進んでいるが、静岡に着くまでには間に合わないだろう。
一方でグレイプRZは、もう前線に投入できると言われている。
大規模な修復チームが、突貫作業で仕上げてくれたのだ。
房総からは、今頃ヒドラが次々に部隊を送り戻している筈。
皆疲れているのは同じだけれど。筅は特に疲弊が酷い様に見えた。
「戦いは、いつまで続くんでしょうか」
「マザーシップを全て叩き落とすまでは終わらないだろうな」
「……どうして、こんな戦争になったんでしょう」
理不尽な侵略を今、地球は受けているわけだが。
地球人は必ずしも、この経験と無縁ではない。
たとえば大航海時代、武力に物を言わせて西欧の人間達は、それこそ暴虐の限りを世界中で尽くした。
その侵略は、理不尽というレベルでは無かった。
現地の住民を奴隷以下の存在に落として虐殺の限りを尽くし、徹底的な略奪の末、絶望と破滅のどん底に叩き落とした。
今フォーリナーから受けている侵略は、その時のものより更に酷いが。
「ストームのサブリーダーである嵐特務少佐は、何か知りませんか」
「知らない。 知っていても、口外できる様な問題では無いな」
「そうですか……」
嘘は言っていない。
彼奴が地下にいて。多くの干渉を世界にして。それでようやく人類が足並みを揃え、EDFを設立できて。フォーリナーの攻撃に対して、かろうじて耐え抜いたのは事実だ。それについては、知っている。
だがフォーリナーの正体や具体的な目的、彼奴が何者で、どうしてフォーリナーの襲撃を予知できたのかについては分からない。
いずれ聞く事があるかも知れないが。
少なくともそれは、当分先になるだろう。
静岡が見えてきた。
流石にこの巡航速度であれば、房総から静岡まではすぐだ。ヒドラは自衛能力も備えていて、飛行ドローン相手であれば、簡単には撃墜もされない。
前大戦で浜松城は文字通り灰燼と帰し、今でも再建はされていない。
それは大阪城も同じだ。
EDFの浜松基地は今の時点では健在だが。見た感じでは、既に相当数の飛行ドローンが、周辺を荒らし回っているようである。
EDFの部隊が住民の救助をいち早く済ませたから、多少は戦いやすいか。
元々この辺りは要塞都市と言われていて、災害にも相当に強い場所だったとは聞いている。
そのアドバンテージもあって、民も避難がしやすかったのだろう。
「九時方向、飛行ドローン3!」
「迎撃は、ファイターに任せます」
意に介さない様に、ヒドラが降下を開始。
基地の滑走路に着地したころには、既に来ていたファイターが、飛行ドローンを叩き落としていた。
三体くらいの飛行ドローンなんて、ファイターの敵にはならない。ただし、今の時点では、だ。
前大戦でも、フォーリナーは新手の兵器を次々に繰り出してきた。
ファイターの攻撃が通用しない新型も、いずれ出てくるかも知れない。その時に備えて、改良を施し続けないとならないだろう。
ヒドラが着地すると、すぐにビークルを出撃させる。
辺りは非常にものものしいが、地上部分にビークルはほぼ出ていない。四足はまだ動いていないようなのだけれど、それは橋頭堡確保のためだろう。ただ、四足が背中に装備している二連砲を動かしはじめたら、一発で都市が消し飛ぶ。あれの破壊力は、マザーシップのジェノサイドキャノンと同等なのだ。
勿論、この浜松基地だって、ひとたまりもないだろう。
ヒドラを最後に弟が出てくる。基地司令官が来たので、敬礼。かなり髭が白い、もう武器も持てそうにない老人だった。
「今は時間がありませんでな。 この場でブリーフィングを行いたいが、よろしいか」
「分かりました」
相手がストームだからか。
准将の階級章を付けている老人は、物腰が柔らかかった。
ただこれは、浜松基地が、中部の司令部から見て枝葉の場所に過ぎないから、かも知れない。基地の規模は小さく、准将が指揮官でも不思議なくらいだ。大佐が指揮官として入っていても、不思議では無かったかも知れない。
中部司令部は、多分今頃、四足撃退のための戦力をかき集めているはずだ。
「ストームチームには、まずは露払いをしていただきたくてな。 四足の側に、敵が前線基地を作っておる。 これをたたいていただきたい」
「ふむ……」
バイザーに、情報が出てくる。
なるほど、レタリウスによる堅固な基地だ。問題は露骨なほどに、巨大生物の数が多いという事だろう。
分厚くレタリウスに守られた網の中。
かなり大きな穴が、姿を見せている。巨大生物がそのままでは、繁殖をはじめかねない。いずれにしても、攻撃をしなければならないだろう。
「制空権の確保はしていただけますか」
「分かった。 それくらいなら手配しよう」
「お願いします」
弟は一礼すると、皆を整列させる。
作戦については、いつもと同じだが。今回は時間がない。また、巨大生物の巣穴を叩くにしても、ヘクトルが邪魔をしに現れる可能性が高い。
「谷山、我等が射線を確保したら、ネレイドからバンカーバスターを。 今回はコンクリで塞がないで、内部も調査する」
「繁殖の可能性を考慮、ですか」
「そうだ。 短時間で女王が出現するとは思えないが、念には念を入れる」
そのためには、短時間での作戦遂行が第一だ。
そうなると、フュージョンブラスターによる一撃必殺。前回かなり危なかった、あの作戦でいくしかないか。
ただ、今回は作戦に変更を加えるという。
弟も、フュージョンブラスターを、2丁持って出るというのだ。
危険だなと私は思ったけれど。
確かにそれが良いかもしれないと思い直す。私は同じ武器で出撃だ。
「幸い、輸送船が運んできた巨大生物は、一カ所に集中している。 敵の増援で警戒する必要があるのは、ヘクトルと飛行ドローン。 このうち飛行ドローンに関しては、中部基地のファイターに任せれば問題ない」
「質問が一つ」
黒沢が挙手。
弟が頷くと、わずかに眼鏡のずれを直す。
「もしも四足が支援に現れたら、どうしますか」
「その場合は後退する」
「……判断が早いですね」
「まずその可能性はないとは思うがな。 彼奴はフォーリナーの兵器の中でも、別格の存在だ。 倒すには相応の準備がいる。 行き当たりばったりの作戦では、損害を増やすだけだ」
誰もそれに反論はしない。
確かに前大戦で何機かは撃破して、その戦術についても確立はされているが。それでも、生半可な戦力で、相手に出来る兵器では無い。
全長も今回確認されている奴は二百メートルと、他のフォーリナー兵器とは規格外のサイズだ。
戦う事を慎重になるのは、決して臆病なことでは無い。
むしろ無闇に突入するのは、命を無駄にするだけのことだ。
そう弟がとくと、みなしんとした。特に新人達は、青ざめている。
誰もが分かっているのだ。
そんな怪物と、これから戦わなければならない。そしてストームがやらなければ、大きな大きな被害を出すのだ。
すぐにビークルに分乗して、出る。
谷山は今回はネレイドに乗って出撃。対空戦を考慮しなくて良いと言う、弟の言葉を信用しての選択だ。
一応、念のために聞いてみる。
「サテライトブラスターは使用許可が下りているか?」
「いいえ。 あれは本当に、試験運用代わりだったようですね、ストームリーダー姉」
「その呼び方はやめい。 いずれにしても、一瞬で勝負を付けなければ、死人が出るな」
私としても、かなりしんどい。
特殊アーマーで身を包んで、盾を用いて弟と涼川の支援をする。他のメンバーは、全員が中から遠距離を保って、敵に支援砲撃。
近づいてくる、銀糸の敵陣。
規模は、かなり大きい。
レタリウスの数は、四十を超えていると見て良さそうだ。そして、更に悪条件がある事が分かった。
グレイプを降りた弟が舌打ちする。
地面にまで、レタリウスの糸が張られている。つまり強烈な鳥もちと同じだ。要するに考え無しに突入すれば、足を取られることになる。
まず、地面を焼き払って、レタリウスの糸を排除しなければならないと言うわけだ。
これは厄介だ。
私が呟くと、となりで黒沢が呻く。
「フォーリナーの巨大生物は、知能があるとしか思えません。 それも、人類よりも優れた」
「一説によると、フォーリナーというのは巨大生物の集合的意識だそうだ。 私は支持していない説だが」
「なるほど、あれだけの文明は、巨大生物が作り上げたものだと。 そうなると、誰も見ていない筈のフォーリナーは、誰もの目の前にいたと言うことになりますね」
「そうなるな」
このまま、遠距離での攻撃を開始。
一旦敵陣に攻撃を浴びせて、反応を見る。分厚く張られた銀糸の陣地の奧から、今の時点では敵は出てこない。
イプシロンの砲撃が、銀糸の間を縫って、巧妙に隠れていたレタリウスを打ち抜く。
吹っ飛んだレタリウスは、バラバラになりながら、味方の糸にひっついて散らばった。おぞましい光景だが。
死んだ同胞の肉に、レタリウスは見向きもしない。
私もガリア砲で、射撃を開始。
新兵達にも、ロケットランチャーで、攻撃を開始させた。
一枚、二枚。
確実に、敵の防御を剥いでいく。間もなく、ネレイドが来た。長距離から、ナパームを撒きはじめる。
地面の糸を焼き払うのが目的だ。
かなりしぶとく地面に食いついていた糸だけれど。
流石に特殊ガソリンの炎には抗し得ないはずだ。突入路さえ確保できれば、それでいい。スカウトから連絡が入ったのは、直後のことだった。
「ヘクトルおよそ二十、其方に接近しています!」
「四足が運んできたか、或いは一緒に来た連中だな」
弟のライサンダーが、また敵を一匹撃ち抜く。
さて、地面の様子はどうか。そろそろ炎も収まってきたし、突撃するならば、今だろう。
弟が指示を出す。
「ようやく出番だな」
前はいやだと言っていたけれど。
それでも、他に扱える人員がいないのだ。涼川がフュージョンブラスターを両手に持ち、前に進み出る。
今回は弟も同様の装備だ。
更に、ジョンソンも、同じようにフュージョンブラスターを両手に持って、進み出る。新人達の指揮は、エミリーに任せての前線進出。更に私も盾を構えて、突入の瞬間を待った。
「全員、突入を援護! 火力を集中!」
新人達が、エミリーの指示で、一番手近な巣に集中攻撃を開始する。
同時に、全員で、突撃。
殆ど間を置かず、わっと巨大生物が、銀糸の陣地から躍り出てきた。相当な数だ。これは、かなり酷い戦いになるな。
ハンマーを振りかぶって跳躍しながら、私はそう思った。
1、四足進撃
結局、二時間ほどで、勝負はついた。
息を整えながら、涼川が辺りを見回す。既に敵の残党は無し。焼き払われた銀糸の陣地は、さながら地獄。ビル街もすすけていて、悪夢がそのまま人間の街を覆ったかの様だった。
街の真ん中には、大穴が空いている。
バンカーバスターで粉々にした、敵の掘っていた穴だ。既にスカウトが来ていて、内部を調査している。
どうやらこれから繁殖しようとしていたところらしい。ただ、未然に防ぐことは出来ていた様だった。
黒蟻のいずれかが女王に変異するのか、或いは輸送船が女王を運んでくるのかは分からないが。
増援に向かっていたヘクトルは、途中で停止。
間に合わないと判断したのだろう。そのまま、四足が橋頭堡として確保している地域へと、後退していった。
通信が入る。
三島からだ。
試験運用していたフェンサー隊が、本格的に動き出すという事だ。前回の房総での戦いでも、試験運用フェンサー隊が活動していて、それなりの戦果を上げていた。被害も大きかったが、どうにか実用の目処がついたらしい。
私がストックしていた矢島も、其方の方で動いていたのだけれど。いよいよ、こっちに来るとの事だ。
まだフェンサースーツは未検証の部分が大きく、特に普通の人間の身体能力で何処まで使いこなせるかは大きな課題になっていた。せっかくストックしていた矢島も、そう言う意味ではフル稼働できていなかったのだが。
恐らくは、次の戦いから、一緒に戦線に加わってくれる筈だと言う事だった。
ただ、流石に四足との戦いには間に合わないだろう。
それに、フェンサースーツをいきなり使いこなせるとは思えない。しばらくはガリア砲を渡して、中距離から敵を狙撃する作業に掛かって貰うかも知れない。そのガリア砲も、敵に当たるかどうかとなると、かなり問題が多い。私はそれなりに当てられているが、普通の人間の身体能力では、やはりかなり無理がある。
しばらくフェンサー隊は、苦労を重ねることだろう。
弟が来た。
「六時間ほど余裕が出来た。 皆を休憩させよう」
「四足は動きを見せていないのか」
「後続の部隊を呼び集めているようだな。 確保した橋頭堡を使って、勢力を出来るだけ広げるつもりなのだろう」
面倒な事をする。
いずれにしても、攻撃準備が整わなければ、ただの特攻になってしまう。今回はグラインドバスターによる一挙撃破が目的とは言え、四足の前に無意味に立ちふさがることは、すなわち死を意味する。
それは私や弟でも、同じ事だ。
弟が全員を呼び集め、六時間の休憩を指示。
近くに前線基地がある。
カプセルも用意されているので、其処で休む事となった。
勿論、いきなり四足が砲撃してくる可能性もあるけれど。もともと四足が背中に装備している二連砲は、長距離兵器だ。この位置だと近すぎて、恐らくは狙っては来ないだろう。もし狙ってきた場合は、運が悪いと思って諦めるしか無い。
一旦前線基地に移動。
珍しく秀爺が、弟に話しかけていた。
「リーダー。 四足と正面からやりあうなら、儂に考えがある」
「何か策が?」
「ああ。 以前は試せなかったのだが」
秀爺は、前大戦での四足戦で、大きな役割を果たしている。最初に交戦したとき、四足は文字通り鉄の魔獣であって、撃破などどうやってすればいいのか、想像も出来ない相手だった。
犠牲ばかりを増やしていく中。
弟が大きな犠牲を出しながらも、肉弾攻撃を敢行し、敵の撃破を果たしたのだ。
その際に香坂夫妻は、大きな戦果を上げることに成功している。
話す内容を聞く限り、確かに試しても良さそうな戦術だ。
後の事は弟に任せて、私は一旦カプセルで休む。二時間ほどの休憩で、充分に体力を回復は出来る。
回復できないのは体のダメージ。
やはり、カプセルから出ると、バイタルに問題があると、レポートが幾つか表示されていた。
フェンサースーツを着込んで、外に出ると。
弟が炊き出しをしていた。
軍用にレーションは勿論支給されているのだが。今回は、民間の協力要員が、ある程度の食材を持ち込んできていたのだ。
弟の密かな趣味は、料理である。
外で行うのは珍しい。ここのところ戦いが続いていたし、たまにはこういうのも良いだろう。
時間もないし、それほど複雑な料理は作らない。
ざっと炒飯と卵をベースにしたスープ、それにサラダを作っておしまいだ。
量もそれほど多くは無いが。
ストームチームに行き渡るには充分だった。
長机を一つ占領して、ストームチームで食事にする。フェンサースーツは口の部分を開けて、食事を取ることが出来るように、少し前から改良されている。だから、私も、一緒に食事にする事が出来ていた。
「おお、腕を上げましたね」
「そうだな」
谷山がそんな事をいう。
奴の話によると、以前食べたときは、とても食えたものではなかったそうである。ただし七年前の、終戦間近の話らしいから、まあそれはさもありなんとしか言いようが無い。元々弟は、軟禁状態での気分転換にと、料理をはじめたのだ。私も最初の頃は、弟が決して料理が上手では無かった事を、よく知っている。
ちなみに私は、料理は苦手なので、食べるの専門だ。私の料理当番の時は、大体出来合いで済ませてしまっている。
勿論、弟が料理上手と言っても、プロほどでは無い。
香坂ほのかが、幾つかアドバイスをしていたので、弟が頷いてメモを取っていた。もっと上手になりたいという意欲は、良いことだ。
しばらく黙々と食事。
皆が食べ終えるのを見終わると、弟はカプセルに入って休むべく、テントの方に戻っていった。
私はと言うと、医師に呼ばれて、診察を受ける。
バイタルについてはもう仕方が無いと、半ば諦めているけれど。医師は脅かすようなことをいった。
「このままだと、内臓が機能不全を起こす可能性があります」
「そこまで柔じゃない」
「ええ、そうでしょう。 ですが、それも今はです。 このまま連戦を重ねて、それこそ自分が盾になって皆を守る様なことばかり続けていたら、どうなるか分かりませんよ」
苦笑いしたけれど。
結局の所、医師の言うとおりなのだろう。
診察を終えると、皆の所に戻る。
ナナコが一人でぽつんと立っていた。房総の戦いで有能さを見せてくれたこの娘は、妙に日高軍曹になついているようで。社交的な日高軍曹が誰かと話しているときは、寂しそうに突っ立っていることが多かった。
「どうした」
「いえ、料理を作る事が出来たらと思いまして」
「弟に教わるか?」
「よろしいのですか」
別に構わない。
それに、何かを教えるというのは、楽しい作業だ。そう告げると、ナナコは頷いていた。
或いは、先ほど日高軍曹が、おいしいおいしいと人一倍平らげていたから、かも知れないが。
私も少しでも体を休めるべく、皆をみて回った後は、もう一度カプセルに入っておく。
休めるうちに、少しでも。
ただでさえ、今後はいつ休む事が出来るか、分からないのだから。
黒沢一等兵に声を掛けられたので、言われるまま筅はついていく。
何か良くない探り事をしていることは、何となく筅も勘付いてはいた。ストームリーダーにも、はじめ特務少佐にも釘を刺されていたのに。黒沢は引く気が無いようだった。
ついていった先には、以前見かけた記者がいた。
確か従軍記者の柊だ。
現在、EDFは専属契約のニュースを抱えているが、これはあまり評判が良くない。というのも、EDFに都合が良いニュースしか流さないとよく言われているからである。故に、市民の間からも、EDFニュースは当てにするなと陰口をたたかれているそうだ。
一方で、専属契約していない一部の情報企業は、それなりにEDFの裏情報をすっぱ抜いたりする。
不満に対処するために、ある程度こういったすっぱ抜き記事を、国連もEDFも容認しているのは、皮肉と言うほか無いだろう。
「彼女が筅一等兵。 最近はストームに配備されたベガルタM3ファイアナイトの専属パイロットをしています」
「柊です。 よろしく」
握手を交わす。
それにしても、完璧なほどの作り笑いだ。営業スマイルで、本心を丁寧に隠している。
彼女とは何度か少しだけ話した事がある。だから、わざわざ黒沢に紹介されなくても、此方は知っている筈だが。
それでも多分、取材するのは初めてだろうから、礼儀を守っているのだと、私は判断した。
幾つかの取材をされる。受け答えは別に悩むようなものでもなかった。
出身だとか好きなものだとか。
だが、不意に、質問が切り込んできたものとなる。
「フォーリナーについて、どう思いますか?」
「ええと、それは」
「何者だと貴方は考えていますか?」
筅としても、それは知りたい事だけれど。記者はあくまで営業スマイルを崩していない。ひょっとしてこれは。
筅が何かを知っていると、思っているのか。
残念だけれど、何も知らない。
巨大生物とはかなりの回数交戦してきたし。飛行ドローンもヘクトルも間近で見た。怖いとは思ったけれど、中身がどうとかにまでは、やはり考えが及ばない。というよりも、だ。
そんな事を考えていたら死ぬと、何度か戦場に立ってみて、よく理解できたのだ。
たとえばストームリーダーや嵐特務少佐、他の熟練兵の様な怪物じみた使い手達なら、悩む暇もあるのかも知れない。
だけれども。
強化クローンとはいえ、筅はあの人達とは力の差がありすぎる。
悩んでいたら死ぬ。
それは初陣の時から、散々に思い知らされている事だ。
「あの、黒沢一等兵?」
「特に他意はありませんよ。 思うところを応えて貰えれば」
「……強いていうなら」
正面で戦って見て感じたのは、極めて効率的に動いている、という事だ。多分だけれども、組織戦の手腕に関しては、地球人類を明らかに超えている。昔はどうだったか分からないけれど、少なくとも現在、フォーリナーは戦略的な行動をするし、戦術的にも人間より先に行っている様に見える。
ストームリーダーをはじめとする常識外の精鋭達がいるから、人類はどうにか戦えているけれど。
そうでなければ、とっくに。
そう、前大戦の時点で。人類は、フォーリナーに絶滅させられていたのでは無いかと思うのだ。
ただ分かるのはそれだけだ。
人類に対する圧倒的な殺意と敵意を感じるのは事実だけれど。彼らの事情とか、侵略の理由とかは分からない。
或いは、人間が先に手を出したから、という事であっても、不思議では無いように思える。EDFの背後事情が妙にきな臭いことは、筅だって理解はしているのだ。
それらを全て正直に話す気は無いけれど。とりあえず、適当に誤魔化しながら、四苦八苦して応える。
記者は満足はしていなかった様だけれど。
黒沢に礼を言って、他のEDF隊員の所へ、話しに行った。
記者に偏見はないけれど。
あの人は苦手だ。もの凄い勢いで食いついてくる、毒蛇みたいな印象がある。黒沢に、ため息を付きながら、聞いてみる。
「黒沢一等兵、どうしてあの人とつるんでいるんですか?」
「僕も知りたいんですよ。 この戦争の裏の事情と、フォーリナーが何者かという根本的な事をね」
「……」
「貴方もそうですが、僕は地球人類が造り出した戦闘生物兵器の一種です。 でも不幸にというべきか幸運にと言うべきか、感情を持っている。 あのナナコでさえそうです」
後輩として入ってきた愛くるしいナナコのことを思うと、確かに胸が痛い。
EDFが試験的に投入した、戦闘目的だけの強化クローン。家庭の生活も知らず、目を覚ましてから戦う事だけを教え込まれて、戦場に送られてきた可哀想な子。日高軍曹を随分と慕っているようで、それだけが救いに思えてくる。
「だったら、この腐った運命を作った輩が何者か、知りたいと思いませんか。 ただ叩き殺すだけでは、気が晴れませんしね。 せめて僕は、奴らが何者か知った上で、戦って、納得して死にたいんです。 それが生物兵器として作られても、人権は与えられて人間として生きている、僕の矜恃です」
そうか。
黒沢は冷静で知的なイメージがあったけれど。
そんなに激しい所があったのか。
何だか考えさせられる。漠然と生きてきて、地球のためにと思ってEDFに入った筅とは、根本的に違う。
みんなも、こんな風に色々考えているのだろうか。
「何か分かったら、知らせてください。 気が向いたらで構いませんので」
「……はい」
ストームチームであげてきた戦果は、ほかの部隊とは比較にならない。
四足を首尾良く倒せたら、池口も合わせて、皆で軍曹になる事が決まっている。その後は昇進試験を受けて、尉官になる事も出来るかも知れない。
家への仕送りも、増やせる。
今は避難をしているだろう家族のことを思い出す。あまり長い事は一緒にいなかったけれど。
それでも優しくしてくれた、大事な家族だ。
黒沢は違ったのだろうか。
四足との血戦は、刻一刻と近づいている。
戦闘開始予定時刻の三十分前から、ブリーフィングを行う。弟が主導してのもので、私は側で見ているだけだ。
以前救出した記者がなにやら新兵達の間を嗅ぎ廻っていた様だけれど、私にはあまり関係がない。
あの記者は、そういえば。
ブリーフィングを取材はせずに、そのまま帰って行った。理由はよく分からないけれど、まあそれは私にはどうでも良いことだった。
各自のバイザーに、まず四足のデータを送信。
これはEDFから公式に配布されているデータよりも、さらに突っ込んだものだ。直接交戦した私や弟が精査しているので、当然だろう。
「四足は全長二百メートル強の大型歩行要塞。 前大戦ではこの怪物の装甲を貫く手段がなく、弱点を見つけるまではあらゆる攻撃が無効化された。 核でさえ例外ではなかった」
戦術核を用いた攻撃が行われたのは、北米戦線での事だ。
上陸して猛威を振るっていた四足の一機に対して、残っていたICBMを用いて、戦術核弾頭を叩き込んだのである。
この作戦が行われた時期、既にEDFは半壊状態で、指揮系統もまともに機能していなかった。
後々批判されたこの愚策は。
結局、四足が戦術核にも耐えるという事実のみを、残しただけだった。
「結局の所、四足を倒すのには、当時は此処を狙うしかなかった」
指定したのは、四足の、人間で言えば頭部の下辺りにあるハッチ。
此処から四足は、飛行ドローン、巨大生物、ヘクトルなどの直衛戦力を、無尽蔵に投下してくる。
しかも四足は前面に強力なシールドを張っており、体の下部には強力な掃射砲が多数装備されている。つまり直衛戦力を叩き潰しながら接近し、掃射砲を根こそぎ潰した上で、人間より遙かに早く進む四足に側面および後方から近づいて、ハッチへ攻撃を叩き込まなければならないのだ。
流石にハッチの内部に大威力の攻撃を叩き込まれれば、四足とてひとたまりもない。
事実弟はこの方法で二機。
私は一機を、撃破している。
「関節部分を狙うのは、戦術的には有効では無いのですか?」
「それなら試した」
不意に渋い声がしたので、皆が振り返る。
腕組みしたままの秀爺だ。
対戦時、ライサンダーを渡されていた秀爺は、長距離から二十発近い弾丸を、同じ左後ろ足の関節部分に叩き込んだ。
それでも倒れなかったのだ。
「地雷などによる足止めも効果がありませんか」
「ないな。 四足は後に解析したところによると、一種の反重力装置によって体のバランスを保っている。 極端な地形などでは、足跡に偏りがある。 噂によると、北米戦線では大威力の地雷を用いたり、落とし穴まで使ったそうだが、いずれもが効果を示さなかったそうだ」
黒沢が呻く。
この四足で最大の脅威は、防御力では無い。
背中に装備している、二連長距離砲だ。水爆並みの破壊力を持つ長距離攻撃を、無尽蔵に放つことができる。
此奴のせいで、極東の主要都市は、前大戦で壊滅する事になった。
「今回は、EDFの技術力も進歩している。 戦術爆撃機ミッドナイトを用いて、グラインドバスターにより、四足を一挙に葬る」
その間ストームは、浜松基地から支援に出るレンジャー6、10、それにウィングダイバー13とともに、足止めの作戦を行う。
現時点で、四足が確保している橋頭堡近辺には、50隻の輸送船、300を超えるヘクトルがおり、これらに迂闊に手出しは出来ない。
今回は、四足だけを狙う。
四足を放置すると、EDFの基地が、一瞬で灰燼に帰する可能性もある。それどころか、二連砲による射撃が、シェルターに直撃でもしたら最悪だ。万単位の市民が、一瞬で命を落とす事になるのである。
「足止めと言われますが、具体的な策は」
「四足の動きを見ながら、奴が投下した直衛戦力を排除。 更に掃射砲も、できる限り片付ける」
「ミッドナイトによる爆撃が、通じなかった場合は」
「その時は私が奴を葬る」
黒沢の質問に、私が答える。
まあ、その時は。私だけでは無く、弟にも手伝ってもらうが。
以前の大戦では、空軍による援護もなく、味方の戦力も枯渇しかけていた。私も弟も、悲惨な負傷を抱え、劣悪なアーマーを着込んで、戦わざるを得なかった。その時とは、状況が根本的に違う。
今回は涼川や秀爺、谷山も側にいる。ジョンソンやエミリーも、心強い戦力だ。
勿論新人達も育って来ているし、簡単に負ける事はない。
緊急通信が入った。
ついに、四足が動き始めた、という事だった。
「最後に。 絶対に、四足の前には出るな。 奴は動きが鈍いように見えて、人間よりは遙かに早く移動する。 奴に踏みつぶされると、アーマーなんぞ役に立たない」
「イエッサ!」
作戦地点へ移動する。
修理が終わったばかりのグレイプRZは、日高軍曹に運転して貰う。
今の時点で、四足はほぼ予定通りに動いている。関東地方を射程範囲に捕らえるべく、まずは山梨へ向かうというのは、推察されていたとおりだ。
EDFの予測は当たらないことの方が多いが。
今回は適中した。
移動速度も、予想通りである。これは前大戦のデータと、今回スカウトが観測した四足の動きから、割り出した数値である。
此処からは機動戦だ。
見えてきた。
四足は、体高だけで五十メートル近くある。
つまり、生半可なビルよりも、遙かに大きいという事だ。直衛についているヘクトルは、今の時点では六機。だが戦闘が開始されれば、更に増えることは、間違いない。
数が少ないのは、此方を釣るための餌だ。
しかしそれについても、今回は対策を練ってある。
「海上にて、第六、第九艦隊が配備完了!」
「敵橋頭堡を牽制する! 支援砲撃開始!」
敵の主力部隊は、これより雨霰と降り注ぐ砲弾の対処に追われることになる。勿論空軍戦力が向こうに向かえば、思うつぼだ。
そして、四足自体は。
ストームが肉薄して足止めする。
「こちら香坂夫妻。 イプシロン、配置につきました」
「よし、以降は判断を任せる」
「イエッサ」
香坂ほのかが、通信を切る。
これより敵は、最強の狙撃手により、一方的に叩かれることになる。
更に中空からは、谷山が通信を入れてくる。今回は飛行ドローンが多数迎撃に出てくる事が想定されるので、バゼラートでの出撃だ。つまり対空戦に、桐川から来るファイター部隊とともに、対処して貰う事になる。
「降車!」
弟が指示。
グレイプRZから、皆が降りる。
新兵達の指揮は、いつものようにジョンソンにして貰う。私と弟は、涼川と一緒に敵との近距離戦だ。中距離から新兵達が支援。
エミリーはさっそくプラズマジェネレーターをふかして、大きく敵側面へと回り込む。
更に、レンジャーチーム2つ、ウィングダイバーチーム1つが、配置についた。
四足が足を止める。
しかしそれも一瞬のこと。また、すぐに。ヘクトルを従え、我が物顔に歩き始める。
「前面のシールドが、以前より更に強力になっているな」
「いずれにしても関係無い。 セオリー通りに行くぞ」
「どっちにしろ、木偶人形共をぶっ潰せばいいんだろ? さっさとやらせてくれよ」
「もう少し近づいてからだ」
戦意が疼いて仕方が無いらしい涼川を、弟がやんわりとたしなめた。
涼川はまるで中学生の様な食欲を発揮して、さっき三杯もおかわりをしていたが。しかし戦場での暴れっぷりを見る限り、三杯でよく足りるなと、感心してしまう。むしろ小食なのかも知れない。
ヘクトルの一機が、長距離砲を持ち上げる。
しかしその瞬間。
その胸部に、大穴が空いていた。
秀爺からの支援砲撃だ。流石に正確極まりない。
「攻撃開始!」
弟が叫ぶと同時に、私はブースターを全開に、地を蹴った。
中距離から、弟がライサンダーで支援してくれる。涼川はU−MAXを使って、グレネードを敵の足下へと、ドカドカ放り込みはじめた。
直衛ヘクトルのガトリングが、回転をはじめる。だが、それより先に、ブースターをふかして跳躍した私が、至近距離からガリア砲を突きつける方が早い。
発射。
至近距離からの一撃だ。
流石にヘクトルでも、ひとたまりもない。
胸から尾てい骨の辺りに抜けた弾丸が、ヘクトルの巨体を、瞬時に打ち砕いていた。
続いて、右旋回しながら、ガトリングを放つ。
丁度弟のライサンダーを受けて揺らいでいたヘクトルが、乱射を浴びて、下手なダンスを踊る。更にとどめとなった涼川のグレネードが、頭部を砕く。
爆裂して吹っ飛ぶ。
瞬時に三機のヘクトルを失っても、敵は全く動じない。
機械だから、当然かも知れないが。
着地した私は、盾をかざしながら、スラスターで横移動。生き残ったヘクトルが、ガトリングを叩き込んできたのだ。地面が盛大に吹っ飛び、盾への負荷も大きい。更に近づいてくる四足が、増援を続々と繰り出してくる。
「ヘクトル、4、5、7! 更に増えます!」
「相変わらず、どうやって格納しているのやらよく分からん構造だな」
戦術士官の声に、私はぼやく。
四足とともに行進を開始するヘクトル。
それだけではない。
ハッチから続々と出撃してくるのは、飛行ドローンの大群だ。即応した谷山がミサイルを叩き込むが、全部倒せるはずもない。
「ミッドナイト到着まで、十分。 なんとしても耐え抜いてください!」
戦術士官が、勝手な事をいう。
此方としては想定の範囲内だが。しかし、わらわら出てくる敵の数は、想定を遙かに超えていた。
既に二十機以上のヘクトルが、まるで王の周囲を固める近衛の様に、進んできている。
飛行ドローンは、二百機を超えていた。
弟のライサンダーを浴びたヘクトルの顔面近くまで浮上し、ガトリングを叩き込む。乱打を浴びたヘクトルが爆裂四散。爆発を突き破って更に飛び、旋回しながらガリア砲をぶっ放す。
丁度四足から出撃しようとしていたばかりのヘクトルを直撃。
爆裂して、四足が傾いた。
わずかに時間は稼げたか。
スラスターをふかしたのは、斜め後方にいたヘクトルが、恐るべき正確さで狙っているのに気付いたから。
無理矢理地面に着地すると、ブースターを使って加速。長距離榴弾砲の着弾点から逃れる。
しかし、爆風まではどうにもならない。
フェンサースーツの負荷が、上がっている。
2、怪物の進軍
前衛でストームリーダー達化け物の様な使い手三人が暴れているとはいえ。
それでも、此方に敵はたくさん来る。
流石にヘクトルは来ないけれど、飛行ドローンは山盛りたくさんだ。
池口吉野は、旧式キャリバンから顔を出して、あまりの数に呻いていた。この間の房総半島での戦いでは、味方がもっともっとずっとたくさんいたけれど。今回は、味方があまり多くないのだ。
ジョンソンさんは、とても大柄な黒人士官。
屈強な肉体の持ち主で、見かけ通りの高い戦闘力の持ち主だ。今回も新型のアサルトライフルを自ら撃ち放ちながら、指示を出してくる。
「池口、キャリバンから降りて掃射にくわわれ。 ナナコ、お前はスティングレイで敵を確実に落とせ」
「イエッサ!」
つまり、ナナコちゃんの支援に入れと言う事だ。
渡されているAF20の安全装置を外すと、中空にうち込む。光の弾を放つAF20は反動が小さくて、とにかく扱いやすい。弾の威力も、今まで使っていたAF14とは比較にならない。
飛行ドローンが、踊る様にして機動を乱す。弾丸が直撃したのだ。動きが止まったところに乱射を浴びせると、爆裂。
一機目。
だが、敵はとにかくたくさんだ。
ふらふら飛びながら、此方にレーザーを放ってくる。次々敵を落としているジョンソンさんが、舌打ちした。
「数が多いな。 エミリー、其方は」
「支援は続けてるわよ?」
「更に続けてくれ」
「他のレンジャー隊が苦戦しているの。 其方は自分たちでできる限りどうにかしてネ」
空に、無数の光が走っているのが見えた。
しかもその光は、自動追尾で飛行ドローンを襲っているのだ。確かウィングダイバーに支給された、非常に強力な多数追尾殲滅兵器だ。名前は覚えていないけれど。他の参戦部隊は、かなり対空攻撃が軽減されていること疑いない。
「日高、グレイプRZで支援」
「イエッサ!」
最近部隊に加わった日高軍曹が、グレイプに飛び込むと、速射砲を撃ち込みはじめる。
この人は何というか、とても面倒見が良くて、皆に自然に慕われる。お父さんは無能とか色々悪口を言われている様だけれど。
この人の悪い話は、聞いたことがない。速射砲が直撃すれば、飛行ドローンもひとたまりもない。巨大生物は一撃とはいかないらしいけれど、それでも。空を飛んでいるという事は、それだけ防備にハンデが加わるのだ。例え異星の技術を使っているとしても。
レーザーが飛んできて、思わず体を庇った。
アーマーで軽減されたけれど、直撃だ。歯を食いしばって、中空にAF20を乱射。弾をばらまいているうちに、数機が止まる。止まったところに乱打を浴びせる。また落とす。慌てず、ゆっくり落としていく。
だが、敵の数が増える。
どんどん増える。
落とす以上に。確実に、敵は増えていく。
更に、四足が、露骨に近づいてきているのが見えた。
辺りには飛行ドローンの残骸が多数散らばっているが、そんなのはお構いなしという風情だ。
見るとジョンソンさんも、かなり被弾している。
「前線を下げる。 グレイプRZとキャリバンに乗れ」
「イエッサ!」
遠くの方で、飛行ドローンの群れを引きつけてくれている筅ちゃんのベガルタM3が見えた。
だが、構っている余裕は無い。
おんぼろキャリバンに乗り込む。一緒に乗り込んできた黒沢さんが、手際よくアーマーを変えていた。
バックして、距離を取る。
それで分かったが、迫ってくる四足の威圧感が、あまりにも凄まじい。巨大ビルがそのまま、動いて此方に来るかのようだ。あんなのに肉弾攻撃を挑んで、倒したのか。伝説のストーム1リーダーは。
途中二回くらい、飛行ドローンの残骸をはねたけど、どうでもいいことだ。飛行ドローンはいたいと思わないだろうし、キャリバンもおんぼろとはいえそれくらいのダメージではびくともしない。
「君は意外と雑な性格ですね」
「そう?」
見ると、グレイプの上にジョンソンさんが上がって、アサルトを乱射している。前線を下げながらも、敵の数を削る努力を怠らないという事だ。
凄い衝撃が来た。
「池口、もう少し速度を上げろ」
「今の、なんですか!?」
「掃射砲だ」
これが。
四足の下にたくさんついているという、おっかない砲台。威力も、飛行ドローンのレーザーとは比べものにならない。
「ラベジャー共の四足とは、俺も北米戦線でやりあった。 あれにどれだけの仲間がやられたことか」
ジョンソンさんが、英語で呻いている。
多分、本当に気分が悪いからだろう。ラベジャーというのは、フォーリナーの向こうでの呼び方だというのは聞いたことがある。
英語については、バイザーが翻訳してくれるので問題ない。
ようやく少し四足を引き離して、全員降車。私も慌ててアーマーをつけ直した。
さっき以上の飛行ドローンがいる。時間は。まだ十分どころか、五分程度しか経過していない。それなのに、こんなに前線が下がったのか。
「このままだと、いずれ空軍の支援無しで、あいつらとやり合うことも出てくる。 覚悟は決めておけ」
ジョンソンさんの声は据わっていて。
ドスが利いていた。それはきっと、地獄を生き抜いた男のすごみだろうと思った。
「レンジャー6、後退! 敵の掃射砲により、数名負傷! 飛行ドローンの猛攻により、戦線が崩されつつあります!」
「レンジャー10と合流し、体勢を立て直せ! 負傷者は戦線から下げろ」
「イエッサ!」
キャリバンが行き交っているのが分かる。
ジョンソンの指示で、多分日高が運転しているのだろう。そうなるとグレイプはオートパイロットか。
ヘクトル十機目。私はブースターで突進。飛んでくるガトリングの弾を左右にスラスターで避けながら、至近。跳躍し、腹を蹴って頭上に。頭から、ガリア砲を叩き込んでやる。
脳天から股下に抜けた弾が、ヘクトルを沈黙させた。
着地。
呼吸を整えながら、四足を見る。
此方のダメージも大きい。
だが四足はと言うと、まだまだ平気。次々と、ヘクトルと飛行ドローンを繰り出してきている。あの中に、一体どれだけの敵を蓄えているのか。ヘクトルは此方で引き受けているが、飛行ドローンはもう捌ききれない。
ウィングダイバー13から、支えきれないと悲鳴まじりの通信が来た。
ミッドナイトの到着まで、まだ少しある。
更に、ろくでもない通信。
「此方ミッドナイト。 到着が数分遅れる」
「何があった」
「進路に飛行ドローン多数。 現在ファイターが交戦し排除中だが、進路を変えなければならない」
「ちっ……」
おそらく、此方で処理しきれなかった飛行ドローンが合流し、制空権を奪ったのだろう。
ガトリングとガリア砲の再装填を待つ私の後ろで、ヘクトルが砲を振りかざす。
エネルギーが充填された砲を、私に向けてくるが、放っておく。結果は見えているからだ。
ヘクトルの側面を、イプシロンの砲撃がぶち抜いて、爆裂。
再装填が終わる。残骸になり吹っ飛んだヘクトルを、私は一瞥もしない。機械でも、周囲全てを把握できているわけではないのだ。
ただ、私は、倒れた相手に、レクイエム代わりの悪態をつく。
「馬鹿が」
また、向こうから数機のヘクトルが歩いて来る。次の相手は、あれだ。掃射砲も、出来るだけ片付けておかなければならない。
向き直る。敵戦力は先とほぼ同等。そろそろアーマーの替えが欲しい所だ。弟が、通信を入れてくる。
「姉貴、もう俺たちで倒すか」
「いや、もう少し様子を見よう」
ガリア砲で、先頭の一機を狙撃。
頭が吹っ飛んだヘクトルは、それでも歩いて来る。其処へ弟が、ライサンダーの弾丸を二発、立て続けにうち込む。
ライサンダーを2丁持っているから、出来る技だ。
流石にライサンダーの弾を二発、それも同じ場所に叩き込まれて、ヘクトルもひとたまりもない。爆発して吹っ飛ぶが、すぐに次が前に出てくる。同胞の亡骸を、容赦なく踏みにじりながら。
四足は既に、側面である。
戦いながら移動して、正面を避けたのだ。新兵達にも教えたとおり、四足の正面には絶対に立っては行けない。
四足正面は武器の類が確かに少ない。
しかし、その巨体と重量が、充分な武器になるのだ。
その上重量は、移動の邪魔にならないと来ている。超科学は魔法と変わらないという話があるが、その見本の様な光景だ。
掃射砲が届きはじめる。
前の戦いでも、あれには随分手を焼いた。
「これから俺が掃射砲の処理を行う。 姉貴、ヘクトルを抑えてくれ」
オンリーの回線を切る。
涼川はと言うと、とても楽しそうにさっきからU−MAXでグレネードを叩き込み続けている。
爆発物を扱わせると、涼川の右に出る者は無い。
好きなように暴れさせておけば良い。それで涼川は、最大の破壊力を発揮する。
掃射砲の射程に入ったので、スラスターをふかして、立ち位置を調整。先ほどから、射程のぎりぎりに出たり入ったりしながら、敵の攻撃を誘いつつ、ヘクトルを叩いているのだ。
飛行ドローンは、味方部隊に向かった奴は放っておく。
それ以外は谷山とエミリーに任せる。
ガリア砲をうち込み、長距離砲を持っていたヘクトルに直撃させる。その瞬間、ヘクトルが射撃。
弾は明後日の方向へ飛んでいく。ヘクトルに対して使える戦術の一つだが、実行できる人間はあまり多くない。卓越した判断力と狙撃技術がともに備わらないといけないからだ。実のところ、私も毎回は成功しない。
「さて、そろそろだな」
距離を取りながらの時間稼ぎも、此処までだ。
今までは上手く行っているが。ミッドナイトが、到着しないことを想定して、此処からは動かなければならない。
その時、である。
不意に、四足の腹部。見覚えがない位置に、掃射砲がせり上がってきた。
「涼川」
「あん? おっと、あぶね。 下がるか」
涼川も、声を掛けるだけで、意図を理解してくれた。
しかし、下がらせないと言わんばかりに、掃射砲がレーザーをうち込んでくる。射程は。明らかに、此方の行動範囲をカバーしていた。
スラスターを噴かし、盾でガードしながらさがる。
しかし、ここぞとばかりに、ヘクトル数機が、攻撃を集中してくる。盾が凄まじい負荷に悲鳴を上げる中、ガリア砲をうち込む。
ヘクトル一機を粉砕。
しかし、レーザーのダメージで、盾がオーバーヒート。弟がライサンダーから弾丸を叩き込むが、飛行ドローンが不意に数機、射線に割り込んできて、弾を受け止めて爆発する。
それだけではない。
不意に、四足が向きを変える。
今まで右斜め後ろについていたのに、側面になる形で。しかも、側面には、今の長射程レーザーが、数機ついている。死角になっていて、見えなかったのだ。明らかに、意図的な行動である。
「ちいとまずいみたいだな!」
涼川の声に応える余力も無く、全力で走る。
ビルの影に逃げ込むが、レーザーは容赦なく追ってくる。周囲にいる部隊にも、慌てて指示を飛ばした。
「敵が長射程のレーザー掃射砲を出してきた! 距離を取れ!」
「わ、分かりました! 後退します!」
盾を見て、舌打ち。
これはもう使えない。弟も距離を取りつつ、掃射砲を打ち抜いているが。今ライサンダーで砲撃して潰したものを除いて、四機が稼働している。しかも一機は、明らかに上空を狙える。しかもそれに限って、弟の射線から外れている有様だ。
ミッドナイトに、敵の向きと、射撃角度について連絡。
方向転換をするため、更に数分が遅れると連絡があった。
盾を放り捨てると、ずしんともの凄い音。
涼川がビルの影から時々顔を出してU−MAXをうち込んでいるが、ヘクトルは容赦なく近づいてくる。
「火力がたんねーな。 噂のジェノサイドガンがあればなあ」
「噂に過ぎない武器だ」
「わーってるよ。 どうする、もっと戦線下げるか」
掃射砲からのレーザーが、至近の壁を直撃。
赤熱したコンクリートを見て、口笛を吹く涼川。おもしろがっているのだ。
位置を取り直したらしい秀爺からの支援狙撃で、ヘクトルが一機消し飛ぶ。だが、四足はまだまだこれからと言わんばかりに、追加のヘクトルを出してくる。
掃射砲も凄まじい稼働を示していて、殆どレーザーが雨の様に此方に降り注いできていた。これでは迂闊に近づけないが。
一瞬だけ顔を出すと、私はガリア砲をうち込み、掃射砲を一つぶちぬいて黙らせた。だが、である。ヘクトルの接近が早い。しかもヘクトル共は、此方が隠れているビル以外に射撃を浴びせ、射角を確保していた。逃がさないという意思表示だ。
「こちらウィングダイバー13! 敵との交戦で損傷率大きく、撤退を希望!」
「こちらレンジャー10! 同じく損害大きく! 援軍をこう!」
「ちっ、なさけねーなあ」
涼川がぼやく。
また一機、ヘクトルが秀爺の狙撃で破壊される。弟も、掃射砲を一つ打ち抜くが。四足がまた向きを変えはじめる。ミッドナイトにはリアルタイムで四足の向きがリンクされているから、大丈夫だとは思うが。しかしこれは厄介だ。
ヘクトルが一機、大口径砲を此方に向けてきた。
とうとう隠れているビルを吹き飛ばし、此方を一網打尽にするつもりだ。少し離れた位置にいる弟が、大口径砲ヘクトルを打ち抜いて、爆破するが。次の瞬間、その死角にいたヘクトルが、両手の巨砲を撃ち込んでくる。
ビルが倒壊。
濛々たる煙を斬り破る勢いで、射撃が此方に飛んでくる。
涼川と二人、下がりながら射撃。
辺りは既に、隠れる場所もない。何発か、大威力の射撃が、フェンサースーツを掠める。涼川が下がりながら、U−MAXをうち込む。
その時。
私は却って、前に出ていた。
アーマーの防御能力は、そろそろ限界に近い。フェンサースーツも、負荷が間もなくイエローに達する。
だから、こそだ。
弟も意図を察してくれる筈。私はガトリングを回転させるヘクトルに、接近。ブースターを全力でふかし、飛ぶ。掃射砲が。私を狙っていた奴が、一つ弟の援護射撃で吹っ飛ぶ。秀爺の狙撃で、ヘクトルの上半身が消し飛ぶ。
ガトリングを発射しようとしていたヘクトルの真上に跳んだ私が。
真下に、ガリア砲を叩き込んだ。
脳天から足下へ弾が抜け、ヘクトルが糸が切れたマリオネットの様に倒れ、爆裂。ブースターで地面に加速し、着地。ハンマーを振りかぶると、一体の足を掬う。体勢を崩したところに、涼川のU−MAXのグレネードが着弾。爆破で、傾いだヘクトルが地面と接吻した。
至近。
真後ろに、今の猛攻を耐え抜いたヘクトル。
射撃などせず、腕を振るってくる。
スラスターをふかすが、掠った。それだけで、吹っ飛ばされる。空中でどうにか体勢を立て直すが、アーマーは根こそぎ持って行かれた。
「此方ミッドナイト! よく持ちこたえてくれた! まもなく戦線に突入! ファイターαβγ、支援頼む!」
ミサイルが多数飛来、飛行ドローンを根こそぎ吹き飛ばした。
上空にわずかに顔を向けたヘクトルの横面を、弟のライサンダーから放たれた砲撃が直撃し、吹き飛ばす。ヘクトルがよろめいたところに、涼川が長距離からにもかかわらず、的確にU−MAXのグレネードを直撃させた。
上半身が綺麗に吹っ飛んだヘクトルが、隣にいた奴に持たれる様にして倒れかかる。其処へ、秀爺の狙撃が完璧なタイミングで炸裂。まとめて粉々に消し飛ばす。
直衛のヘクトルが、いなくなる。
まだ、支援のヘクトルを出そうとする四足だが。
既に遅い。
「総員、集中攻撃! 攻勢に出て、残余を狩れ!」
「イエッサ!」
味方が、最後の気力をふるって、反転攻勢に出る。
私も、掃射砲の射撃を浴び、フェンサースーツのダメージが見る間に限界に向かっていくが、それでも攻勢に出た。
ガリア砲で、ぶち抜く。掃射砲が粉々になって落ちる。
ミッドナイトが見えてきた。三機のファイターも。
ファイターはずんぐりした機体をしているが、頑強で動きも速い。1対百の兵力差でも、制空権を維持というコンセプトで作られただけに、生半可な数の飛行ドローンは寄せ付けないのだ。
四足の、二連砲が動き出す。
最後の一撃をとでもいうのだろうか。
「悪あがきを……!」
「いや、あたしに任せな」
煤だらけの涼川が、前に出てくる。
そして数秒だけ狙いを定めると、U−MAXからグレネードを撃ち放つ。
曲線を描いて、グレネード弾が飛ぶ。
これの扱いについて、涼川の右に出る戦士などいない。
見事。
二連砲の筒に入り込んだグレネードが、一瞬だけ、四足の動きを止めた。勿論頑強な四足だ。あの程度で壊れるほど柔ではないが、機械にパニックを起こさせるには、充分な、異常すぎる精密狙撃だったのだ。
そして、四足が再び動き出したときには。
その掃射砲は丸裸に剥ぎ取られ。
周囲には、EDF隊員が殺到して、投下したばかりのヘクトルをよってたかって叩き潰し。
上空では。
ミッドナイトが、新型バンカーバスターである、グラインドバスターを投下していたのだった。
わずかに動いて直撃を避けようとする四足を。
情け容赦なく、異常なほどの精密さで直撃したグラインドバスターは。かって戦術核にも耐え抜いた装甲を貫通し、内部で気化爆弾並みの爆発を起こした。
閃光。
轟音。
世界から、一瞬だけ。
音も光も、消えたかと思えた。
だが、再び音も光も戻り。
世界が動き出す。
内側からずたずたにされた四足は、格納していたらしい大量のヘクトルや飛行ドローンもろとも、全体の装甲から煙を噴き上げつつ、その動きを止めた。
おそらく、反重力による姿勢制御装置も破壊されたのだろう。
右に、傾きはじめる。
「退避!」
弟が叫んで、レンジャー部隊を避難させる。
傾きは徐々に大きくなり。そしてほどなく、膨大な瓦礫を吹き飛ばしながら。以前の戦闘では、極東の戦力の大半を容赦なく踏みつぶしていった怪物は、地面との抱擁を余儀なくされたのだった。
「四足歩行要塞、沈黙! 勝利です!」
「うぉおおおおおおおおーっ!」
「EDF! EDF!」
喚声が爆発する。
立ち尽くす私は、息を整えながら、だが思う。
敵の動きは、やはり鈍い。
グラインドバスターも、本当に今後効き続けるか分からない。勝ったと思うには、まだ早すぎると。
すぐに調査部隊が、戦場に到着。
敵の残骸を回収していく。四足は、おそらく重機として開発されたらしい、大型のベガルタが数機がかりでトラックに運び、持っていった。東京基地に運び込み、解体して分析するのだろう。
エミリーが側に着地。
私と並んで立っている弟に、状況を説明しはじめた。
今回の戦いでは、死者は十名を超えなかったという。
「以前あれだけの被害を出した四足要塞を相手に、画期的戦果よ。 ただ、悪い知らせが、一つ」
「嫌な予感がするが」
「もう一機、四足要塞が先ほど上陸したらしいわ。 しかもヘクトルの大部隊がいる静岡によ」
「おかわり、というわけではなさそうだな」
橋頭堡は橋頭堡として確保しておく、という事か。
その上、また四足が来たと言うことは、簡単に攻撃はできない。房総での迎撃戦並の戦力を集中し、相当な被害を出す事を覚悟しなければならないだろう。四足は直衛を従えて進撃するとき、最大の実力を発揮するのだ。
日高司令から通信が来る。
「勝報を受け取った。 さすがはストームチームだ。 今の時点で敵の動きはない。 出来るだけ今のうちに休んでおいてもらえるか」
「そうさせて貰います」
「幾つか、各地のEDF部隊から対処が難しいと報告がある案件がある。 君達に対応して貰う事になるかも知れない」
日高司令の宣告はもっともであり。
そして、静岡に敵の大部隊が居座っている以上、いつストームに撃破命令が来てもおかしくないという事実も物語っていた。
一度基地に戻る。
全員ぼろぼろになっていた。特にエミリーは、左腕に包帯を巻いている。さもありなん。有利な位置を確保していたとはいえ、ずっと殲滅火器を撃ち続けていたのだ。近寄られた場合、対処が難しかったことは、容易に想像できる。
弟が、皆を見回した。
負傷よりも、疲弊が酷い者が多い。特にレンジャーチームを助けて廻っていた筅は、ぐったりして、顔も上げられないようだった。
「敵は今のところ、動きを見せていない。 静岡の一角は占拠されたままだが、膠着状態に落ちたと見て良い。 敵が動けば連絡が来る。 今のうちに、休んで貰いたい。 医療チームに、診断も受けるように」
「イエッサ」
数時間だけ自由時間が与えられるが、涼川でさえグレイプの中で座るやいなやに落ちてしまったほどだ。
一時間ほどグレイプを走らせる。それも、私が運転した。
ベガルタは弟が。秀爺夫妻は、イプシロンをオート操縦にして、眠っているようだった。
日高軍曹だけは少し事情が特殊だ。
彼女はまだ余力があると言う事で、レンジャーチーム、ウィングダイバーチームの負傷者をピストン輸送する作業に加わって貰っている。ぼろぼろのキャリバンだが、機能だけは低くないのだ。
いずれにしても、浜松基地に戻り、其処で休む事になる。
弟が、オンリー回線で話しかけてきた。
疲れているのは、弟も同じ。星の船を落とした弟であっても、体力には限界があるのだから。
「姉貴、一つ気付いたことがある」
「どうした」
「今回、途中で四足が新型の武器を出してきただろう。 やはり彼奴らは、此方に合わせて戦っていると思う」
「……そうか」
以前、一度だけ、弟に言われたことがある。
フォーリナーは、人類の文明規模に合わせた軍を出してきて、戦っているように思えると。
そして一度兵器のバージョンアップが行われると。
それは即座に、全体に波及するのだ。
この事に関しては、私もそう肌で感じてはいる。だが、巨大生物は全て同じ種類の生物では無いのだろうかという疑念と同じ。確固たる証拠はない。それに、あったとしても、口にするつもりは無い。
本部が信用できないのなんて、昔からだ。
何もそれは、自分たちだけが考えていることでは無い。
ジョンソンが、少し前から、言っている。
黒沢が、余計な事を嗅ぎ廻っていると。場合によっては、口を塞がなければならなくなるとも。
そんな事はしたくないし。ジョンソンにもするなとは言ってある。
確かに機密にハッキングしたりしなければ、黒沢を殺す理由にはならない。本部から目付役として派遣されているジョンソンにも、そんな事はさせない。黒沢を選んだのには理由があるし、ある程度行動も見逃せとも。
ジョンソンだって、本部に無償の忠義を誓っているわけではない。
いずれ、真相には、誰かが近づかなければならないのだ。
浜松基地が見えてきた。そのまま、全ビークルに指示を出して。待機しているヒドラへと直行。
ヒドラにビークルごと乗り込むと、全員を起こした。
弟が、皆に指示を出すのを横目に。私は、あくびをしている皆と一緒に並んだ。
「制空権は確保できている。 すぐに東京基地に向かう。 向こうで休憩とする」
「イエッサ!」
「道中はする事もないので、しっかり休んでおくこと。 私も休むことにする」
新兵達、筅、黒沢、池口を呼ぶ。前に出た三人に、辞令を発行。
今日から三人は軍曹だ。
こなした戦闘、倒した敵の数。いずれもが、軍曹になるに相応しいからである。此処に三川と原田がいないのは、本当に惜しい。
だが、東京基地に、もう矢島が来ていて。そして原田も間もなく復帰出来るという事なので。二人もすぐに、軍曹になる事が出来るだろう。
ヒドラが出る。
臨戦態勢のままの浜松基地を離れる。
兵士達が敬礼している。私は部隊の皆と一緒に、敬礼に応えた。
3、機甲兵二人
最初、私がデータを集めて。
それから試験部隊が創設され。そして、そのデータを元に、本番運用が始まる。流れとしては、ウィングダイバーと同じ。
フェンサーは、そうやって作られた兵科だ。
私は弟よりも戦闘力が劣るけれど。新しい武器を使いこなすことに関してだけは、負けてはいない。
それに関しては、前大戦のころから、変わっていない強みだ。
ヒドラが東京基地に着くころには、皆がカプセルに入り終えて、それなりにリフレッシュしていた。
此処から更に、自由時間を丸一日取る。
とはいっても、現在巨大生物と一進一退を繰り返している関東全域では、開いている店もない。
疲れも溜まっているし、更に言えばいつ緊急出動が掛かるかも分からない状態だ。
弟が、特に新人達には、念を押しておく。
「診察をしっかり受けた後は、休んでおく様に」
「イエッサ!」
「よし、一旦解散」
全員が、ぞろぞろと散っていく。
香坂夫妻が、最後まで残っていた。
「はじめちゃん、一郎ちゃん」
四人だけの時は、そんな風にほのかは私達姉弟を呼ぶ。香坂ほのかにとって、私達は、孫の様な年であり。
何より、実際の孫達と疎遠なこともあって、世話を焼きたい存在らしかった。
「後で猪鍋を作るから、是非来てちょうだい」
「おお、馳走になります!」
弟が珍しく、嬉しげに破顔した。
二人はもともとマタギだったのだ。この手の猟師に伝わる料理に関しては、絶品だ。たまにこうして、今までも振る舞ってくれた。
ただそれが本部に危険視された。ストーム1リーダーと仲良くしているというのは、それだけで警戒を呼ぶ事だったのだ。
故に二人は東北の支部に飛ばされて。
其処で新兵の訓練を、続けていたのだ。
ちなみに東北の支部では、彼らが育てたスナイパーが何名もいる。あの数字による観測指示と狙撃も、受け継がれている様子だ。流石にこの老練な夫婦ほどに使いこなせる者達は、中々にいないようだが。
二人と別れると、司令部に。
その後は、病院だ。
まず司令部で、日高司令に状況を話し。其処で軽くブリーフィング。その後は、矢島を引き取る。
矢島は試験運用されていたフェンサー部隊にずっと出向していたので。此処からようやく合流。まあ、生き残りさえすれば、すぐに他の新人達に追いつくだろう。
後は病院で、原田を引き取る。
バイオプラントで負傷を穴埋めして、既に退院できると太鼓判も押されているという事なので、ようやくだ。
そして、三川の様子も見に行く必要がある。
全て終わると、半日は潰れるだろう。その後は香坂夫妻の所でゆっくり出来るとよいのだけれど。
まずは司令部に。
行く途中、プロテウスがメンテナンスを受けているのを見た。相当に傷が増えている。まあ、歴戦を重ねているのだし、当然だろう。日高司令はこれを移動司令部としても、東京支部の最強戦力としても連日活用している。東京で巨大生物と一進一退の攻防を繰り広げている情報は見ているが。今のところ、流石にプロテウスが出た地区では、必ず勝利しているようだ。
司令部ビルに入って、日高司令のオフィスに。
日高司令も、かなり疲れきっている様子だった。
「少人数での四つ足の撃破、見事だった。 情報が届いているかも知れないが、イギリスでも同じように四つ足の撃破に成功している。 あちらでは、オメガチームが主体となったが」
「さすがはオメガですね」
「ああ。 ただ、極東ではすぐ次の四足が現れたが。 イギリスでは、一旦敵の攻勢が止まったそうだ。 この機にオメガには、アフリカの巨大生物の巣穴を攻略して貰う」
転戦が続いているオメガだが。その戦歴はストームに次ぎ、実験的に強力な兵器を最優先で廻されているだけあって、流石の強さだ。
オメガチームの隊長は、中東の出身。あの彫りの深い顔は、印象に残る。ただ彼は色々と出身に恵まれておらず、我々姉弟以上に目の奧に強い渇きを宿しているのが、とても悲しい。
北米の巣穴も、ストライクフォースライトニングが、これから攻略するそうだ。
どちらも成功すれば、残る巣穴は八つ。
中東、印度、オーストラリア、旧ロシア、旧中国に二つ、そして日本と、東南アジア。
このうち脅威度が大きいのが、日本のものと、オーストラリアのものとなる。
特にオーストラリアでは現地部隊が押されており、出来るだけ早くの攻略をと、現地の司令官が悲鳴を上げているそうだ。
少なくとも、四足が上陸したあげく、今でも敵の猛攻に晒され続けている極東から、ストームが離れる事はないだろう。
「静岡の四足を攻略する作戦については、いつになる予定ですか」
「房総での戦闘以降、マザーシップが太平洋側で睨みを利かせていてな。 しばらくは大兵力を動かせないだろう。 状況を変えるとしたら、君達による東京の敵巣穴攻略をおいて他にない」
「分かりました。 出来るだけ急いで、二次攻略作戦を」
「うむ」
敬礼して、オフィスを出る。
私は一言も喋らなかった。この辺りは、下手に口を出すと、しゃしゃりでる事になる。リーダーを弟に任せているのだし、それで良いのだ。
「姉貴、どう思う」
「そうだな。 フォーリナーの動きは、相変わらず的確だ。 以前ほど本部は無能では無いが、それでもやはり相手の方が一枚上手に思えるな」
「どうする、彼奴に会っていくか」
「いや、いい。 今日は用事を済ませたら、猪鍋を食べて休もう。 医師にがみがみ言われている状態だ」
弟は私よりはましだけれど。
それでも、老化が普通の人間の倍というマイナス要素は変わっていないのだ。
一階に、矢島はいた。
矢島は果敢な戦闘ぶりとは裏腹に、大きくて素朴な青年だ。体格に関してはジョンソンに匹敵するか、それ以上。いわゆる、気は優しくて力持ち、というタイプである。喋るときに強いなまりがあり、純真な人柄をそれが後押ししていた。
「お久しぶりです、はじめ特務大尉」
「今は特務少佐だ」
「失礼しましたっ! 矢島一等兵、フェンサー部隊からただいま着任いたしました」
「私がストームリーダーだ。 以降よろしく頼む」
弟ががっしりと矢島と握手を交わした。私も、フェンサースーツのまま、握手する。これで、このチームにはフェンサーが二人。
今日は顔見せだけだ。矢島には自由時間を告げる。
故郷の弟と妹に、手紙を書くのだと矢島は嬉しそうにしていた。何でも矢島は、新潟から出てきているとかで。大家族の長男であるらしい。何よりも、家族思いなのは、結構なことだ。
東京支部の病院へ行く。
病院は増設されて、プレハブが二棟増えていた。戦時にはこうやって、すぐに増設できるように手配されているのだ。
今、東京地区の市民は、シェルターに移っている。
シェルターの中にも病院があり、市民は其方で治療を受けて貰う事になっているのだけれど。
巨大生物が出現した直後に大けがをした市民の中には、まだ基地の中の病院から離れられない者もいる。
今回の戦闘では、今の時点でシェルターが破られたという報告はない。
勿論巨大生物がシェルターを狙ってきたという報告はあるが。いずれも現地部隊の尽力で、撃退に成功している状況だ。
増設されている棟に、三川は移されていた。
今治療中という事だけれど。面会は大丈夫だった。ただ、医師が側についていたが。
白衣を着て、ベッドに横たわっている三川は。
弟と私に気付くと、本当に申し訳なさそうにした。
「あ、すみません……」
もともと大人しかった三川は、前の一件以来、更に萎縮してしまったかのようだ。気の毒だけれども、PTSDは治療できる。
治療後は、出来るだけ復帰して欲しい。
「今は治療に専念しろ。 その後は頼むぞ」
「ストームリーダー」
「分かっている」
急かす様な言葉は厳禁と、医師にも言われているのだ。
病室を出た後、医師に状況を聞く。もうそろそろ、投薬を止めても良いころだそうだ。その後リハビリをして、状況を見て原隊復帰をして貰う事になるそうである。
三川は優秀なウィングダイバーになる素質がある。
訓練の時に私はそう見込んだ。
そして今、優秀な戦士は一人でも多く必要なのだ。
三川は医師に任せる。
原田は、既に退院して、病院の待合室で待っていた。原田は元々矢島ほど筋肉質では無くて、入院で更に痩せた様だった。
待合室で敬礼して、原隊復帰の意思を確認。
是非戻りたいと原田は言ってくれた。
弟は嬉しいと言うと、原田の肩を叩いた。
宿舎に戻ると、香坂夫妻が猪鍋をもう準備し終えていた。
東北の弟子の一人が、冷凍した猪肉を送ってくれていたのだという。たまに飛行ドローンは来るが、まだ東北は激戦地区では無い。余暇を見て、猪狩りをする余裕くらいはあるというわけだ。
ただ、四人水入らずだと思ったのだが。
ナナコがいる。
恐縮した体で座っているナナコは。
そもそもこういう席に出るのは、初めてらしかった。
テーブルのコンロに火を付けて、鍋を温めはじめる。香坂家の鍋にはルールがあり、ほのかが良いと言うまでは誰も手を付けてはならない。秀爺もそれに対して、口を出す事はない。
むっつりと黙り込んでいる秀爺だが。
ほのかが良いと言うと、おもむろに箸を鍋に入れた。
皆で肉や野菜を分けて食べ始める。
「うむ、美味しいな」
「食用の豚では無くて、どうして猪を」
「増えすぎると山が荒れる。 だから、時々駆除をする」
ナナコの問いに、必要なだけ秀爺が応える。社交的なほのかと、この老スナイパーは性格的にも対極的だ。
一通り肉を食べ終えると、追加を投入。
「まだまだあるから、どんどん食べていってね」
「いただきます」
「その……」
「遠慮はいらん。 どうせ夫婦では食べ切れん」
遠慮している様子のナナコに、秀爺が言う。
困っているナナコだが。何度かほのかが助け船を入れて、肉を取り分けてやったりしていた。
ナナコを引き取ることにしたのは、弟だ。
強化クローンとして。戦場に投入することだけを想定して、突貫で作られた戦士がかなりいると聞いている。
極東だけでは無く、全世界のEDFで、合計で二千人ほど。
遺伝子データはやはり私をサンプルにして、優秀な戦果を上げた男性戦士の遺伝子と組み合わせ、大量生産したそうだ。
現在似た様な境遇の子が七名、オメガチームに。14名が、ストライクフォースライトニングに。
ライトニングの隊長は知っているが、荒々しいようでいて面倒見の良い男だ。子供達の面倒も、しっかりみてくれているだろう。
一方オメガの隊長はと言うと、多分部下の教育にも面倒を見ることにも興味が無い。
一戦士として戦い抜くことだけが彼の本分だ。
少し心配だが、何人も優秀な戦士がオメガにはいる。きっと、悪い様にはならないだろう。
極東支部でも、各地の支部に、何名かずつナナコと同じような子が配備されているらしい。
ただ、あまり受けは善くない様子だ。戦闘力は高くて周囲から信頼されているという事なのだけれど。
昔から、極東にはそういう悪い風潮があったのも事実。
今に始まった事では無いし。
これからも、容易には消えないだろう。
いずれにしても、ナナコの技量については、実戦で確認している。今のところ不安はないし。
足りないところは、チームで補っていけば良い。
「ところで一郎」
「はい」
「まだ増員はするのか」
「状況を見て決める予定です。 バックアップスタッフについても、三島が統括しているだけでは不安ですし、或いはオペレーターを専任で入れるかも」
ナナコが驚いた様に、弟と秀爺のやりとりをみている。
プライベートでは、秀爺は弟を名前で呼び。弟も、秀爺に対して、敬語で接している。この関係は、不遜では無い。
とても温かいものだと、私は思っている。
「さ、もっと食べて。 大きくなるのよ」
「そうだな。 私の様に、育たないという事はないらしいと聞いている。 遠慮無く喰って、モデルより大きくなれ」
「……」
困惑しながらも、ナナコは食事を続けて。
昼過ぎに、鍋は解散になった。
弟はまだ少し作業があると言うので、任せて私は宿舎に戻る。
後はシャワーを浴びて、睡眠薬を飲んで眠ることにする。医師に散々がみがみ言われているのだ。
休んでおくに越したことはない。
いざ横になると、やはり疲れが溜まっていたらしく。
睡眠薬は、飲む必要もなかった。こてんと、そのまま落ちてしまう。目が覚めると、夜中。
少し、体が軽くなった気がした。
弟も隣の部屋で眠っているらしい。バイザーを確認して、戦況を見ておく。
静岡にいる敵は、まだ動いていない。
だが戦力は確実に増強されており、いずれ山梨へ進撃を開始するだろう。その際は、迎え撃つしかない。
九州、近畿は散発的な攻撃を受けており、交戦中。
北海道でも、上陸したヘクトルの部隊と、現地の機甲師団が交戦していた。
一つ、ストームへの攻略指示が来ている場所がある。
北海道のある谷川で、輸送船が停泊しているというのだ。谷川の地形を利用しており、上空からの攻撃は受け付けない。凶蟲を今のところ投下し続けていて、地下に潜る恐れはないそうだが。
いずれにしても、現地の部隊はお手上げだ。地形を上手く利用しての低空からの防御は、確かに攻略しづらい。
日高軍曹から、メールが入っていた。
今日はゆっくり休めて、大変有意義でした。筅ちゃんとも一杯お話しできて、とても楽しかったです。
そんな事が書かれている。
初々しくて結構なことだ。
今度こそ、睡眠薬が必要かもしれない。
体を少しでも回復させるために。私は睡眠薬を飲んで、また数時間、無理矢理眠った。
ヒドラで戦地に飛ぶ。
今の時点では極東戦域だけだが。いずれヒドラを使って、海外の戦場で戦う必要も生じる可能性があった。
いずれにしても、まだオメガやストライクフォースライトニングと共同するほどの作戦はない。
各地で大規模な戦いは起きている様だが。
EDFが決定的な敗北をしたという報告も、なかった。
現地近くの基地に到着。
司令官に挨拶した後、すぐに現場に。長く続く谷川に、相当数の巨大生物がいる。
爆撃はしているが、埒があかないそうである。現時点で数百匹は凶蟲がいて、放っておくと転戦している基地の部隊が、奇襲を受ける可能性もあるとか。
今の時点で、確認されている輸送船は二隻。
しかも地面すれすれに浮いており、川の両岸から狙撃するのは難しい。ハッチが非常に低い位置にあるためだ。
或いは出来るかも知れないが。
今回は戦力を生かして、そうするべきではないと、弟は判断した。
「涼川」
「あいよ」
「下流のこの地点に布陣。 敵を攻撃しながら、浸透を防いでくれ」
「イエッサ」
ジョンソンとエミリーは、谷川の両岸上に位置。新人達を連れて、涼川の上に回り込もうとする敵をたたく。
谷山はネレイドで、上空から全域を支援。
そして私と弟は。矢島を連れて、上流から敵を押し込む。
秀爺達は、今回はネレイドから、狙撃をして貰う。
揺れるヘリからの狙撃だが。
二人なら、なんら問題は無い。今までも、似た様なミッションで、幾つもの実績を残しているのだ。
「今回、本命のアタッカーは旦那か。 あたしは敵をできる限り引きつければいいんだよな」
「可能なら殲滅してくれ」
「了解、と」
躊躇なく大威力の爆発物を持ち出す涼川。
ただ今回は、狭い場所で戦う。それなら、当然の判断だ。
右側の谷上には、筅のベガルタファイアナイトと、念のためのキャリバンが待機。川には大きめの鉄橋があり、それを利用して救助を行う。
左側の谷上には、グレイプRZが待機。
戦闘に備えて、ジョンソンとエミリーも。其方にいて貰う。他の新人達も、皆此方に配置だ。
ファイアナイトの戦闘力を考慮すると、妥当な布陣である。
全員が配置につくのを見届けると、谷川に降りる。今回は、弟はアサルトにスティングレイというオーソドックスな装備。
矢島は、シールドにガトリング。スピアにハンマーと、私が使っているものと、あまりかわらない。
今回は他のフェンサーがどれだけ動けるのか、確認する意味もある。
谷川に降りて、少しして。
下流の部隊が、交戦を開始した。
「此処からは速攻だ」
「はい!」
矢島もフェンサースーツを着ているから、声がかなり籠もる。
敵が一気に下流へと動き始めたのを確認。私はブースターを噴かし、前に出る。矢島は、ついてくるけれど。あまり速くは無い。
一隻目の輸送船が見えてきた。ハッチは開いたままだ。
凶蟲がかなりの数、周囲にいる。散らせ。私は叫ぶと、ガリア砲に切り替える。弟と矢島が、後ろから援護射撃をしてきてくれている。ガトリングの射撃音が追って来る中、私は輸送船の下に飛び込み、ガリア砲をぶっ放していた。
至近からの、ガリア砲である。
輸送船はひとたまりもない。ハッチの内側から、外殻を貫通して、弾は外へ抜けた。
急いでスラスターを噴かし、バック。慌てて盾をかざしたのは、真右から、凶蟲が糸を叩き付けてきたからである。はじき返しはしたが、直撃を喰らっていたら、かなり危なかったかもしれない。
殲滅はどうなっている。
弟は的確に敵を削っているが。
ガトリングを、矢島は上手く動かせていない。輸送船の爆発に巻き込まれ、相当数の凶蟲が消し飛ぶ。当然、下流に殺到している部隊も、気付いたはずだ。
掃討戦に参加。スピアを使って敵を刺し貫きながら、辺りの凶蟲を駆逐。
下流にいる涼川から通信が入った。
「こっちに、スゲエ数の蜘蛛が来てる! 急いで輸送船を落として貰えるか? あたしは良いが、新人達が死ぬぞ」
「分かっている」
ベガルタファイアナイトが奮戦している様だが、確かに数百が一度に殺到したら、ひとたまりもないだろう。
敵がこれほど大胆な攻勢に出ることは、想定してはいたが。
矢島の動きが予想以上に鈍い。
だが、矢島が下手だとは思えない。おそらく、技術がフィードバックされているフェンサースーツの問題だ。
「矢島、急げるか」
「オス! ま、任せてください!」
周囲の敵を、弟と私で殲滅。
私と弟で数十の凶蟲を片付ける間に。矢島はガトリングに振り回され、三匹しか凶蟲を倒せなかった。
今は、怒る必要もないし、意味もない。
むしろ、これくらい動ける、というのを把握しておければ充分だ。最初から、まともに戦える方がおかしいのだから。
下流へ急ぐ。其方にいる輸送船を落としておかないと、涼川達が圧殺されてしまう。
その時、通信が入る。
「ストームリーダー」
「どうした」
「上流より機影。 これは輸送船ね。 おそらく二隻はいるわ」
支援のため来たとみるべきだろうか、或いは。
いずれにしても、これはまずい。矢島はブースターを使っているが、弟が走るのと大して速度は変わらない。
「先行する」
矢島のことは任せて、私は速度を上げた。
下流の方にいる輸送船が、間もなく見えてくる。上流の方にいたもう一隻が落とされていることには、既に気付いているらしい。旺盛に凶蟲を落として、此方に向けて反撃の体勢を取りつつあった。
まっすぐ、其処へ突っ込む。
殲滅が遅れれば、今度は此方が挟み撃ちにされるのだ。
既に下流で敵を受け止めている部隊の戦闘音が聞こえてきている。相当な激しさで、あまり長くは持ちこたえられないだろう。
凶蟲が一斉に糸を放つ。
盾ではじき返しながら、私は跳躍。
ハンマーを振りかぶって、地面に叩き付けた。
谷川の細かい石が、盛大に吹き上がる。
石がそれぞれ殺傷力の高い殺戮の塊となって、凶蟲たちを真下から撃ち据える。だが、谷川の左右に陣取った凶蟲にまでは届かない。
四方八方から飛んでくる糸は。
容赦なくアーマーを削り取っていった。
叫びながら私は、更に前に。
至近。
真正面に凶蟲。糸を放つ寸前。
スピアを叩き込む。頑強とは言えない凶蟲が至近からのスピアで串刺しになる。凶蟲の顔面を蹴って、飛ぶ。
上に、輸送船。
ガリア砲を叩き込み、着地。
爆裂を背に、振り返りつつ、盾を構えるが。
既に容赦なくアーマーは削られていた。
「後続は断った」
「サンキュ。 無理しただろ」
「多少は、な」
ガトリングを振り回し、以降は乱打戦に持ち込む。
弟たちが追いついてきたことで、輸送船の護衛をしていた凶蟲たちは、程なく殲滅。更に弟は態勢を低くしたまま、走り抜けていく。
矢島が追いついてきた。
「どうしてそんなに速く動けるんですか」
「その質問は逆に返したい。 私はフェンサースーツでの機動戦を、散々データとして送っているはずだ」
弟を追う。
アーマーの消耗が手酷い。急いで下流の部隊と合流して、上流から追撃してくる敵を迎え撃ちたい。
そうしないと色々まずい。
今度は弟が前衛になり、アサルトで敵集団の後尾を叩きはじめた。数体が振り返ろうとするが、其処へ崖上に上がった私が、ガトリングの猛射を浴びせる。
敵が追いついてくるまでに、可能な限り、敵を減らす。
さもないと、敵の大群に、飲み込まれることになる。
「緊急事態です」
不意に、通信が割り込んできた。
東京支部からだ。戦術士官が、淡々と情報を読み上げている。
「ヘクトル二百機が、海上より関東へ接近中。 港湾地帯に迫っています」
「迎撃部隊は」
「同時に、静岡から、四つ足要塞が投下したヘクトルの部隊が、山梨へ向け進軍を開始したため、一部が向かっています。 数は、ほぼ同数」
なるほど、片側は引き受けないといけないか。
おそらく接敵が早いのは静岡戦線とみた。東京基地から出ているベガルタの部隊が、迎撃に向かうだろう。
矢島がやっと崖上に上がってきた。
よく観察すると、何となく分かってくる。
このフェンサースーツには、機動戦を想定した装備が投入されていない。固定砲台として動く様に機能が制限されている。勿論ブースターもスラスターもあるのだけれど。それらは、あくまで移動用のものだ。
上空のネレイドが、見えてきた。
ガトリングで敵を掃討しながら、秀爺達に通信を入れる。
「其方はどうだ」
「もう終わる。 だが、消耗が大きい」
「……まずいな」
この戦いも、楽にはこなせそうには無い。
振り返る。
今度は此方の番だと言わんばかりに。輸送船二隻が、ほぼ同数の凶蟲を従えて。迫りつつあった。
ヒドラに、直接戦場に来て貰う。
基地まで戻っている時間的余裕が無いと判断したからだ。港湾地帯に展開している迎撃部隊は、房総に集った戦力のごく一部。元々あれは決戦のために、相当無理をして各地から裂いた戦力だったのだ。
ヒドラは輸送ヘリだが、故に平らな場所であったら、大体着地できるのが強みだ。
降りてきたスタッフが、此方の消耗ぶりを見て驚く。
「一体何と戦ったんですか」
「凶蟲と輸送船。 凶蟲は合計700を超えていた」
「そ、そんなに」
すぐにヒドラに、ビークルを乗せる。
戦地へそのまま向かって貰うのだけれど。その途中で、通信が、幾つも入ってきた。
まず静岡に向かったベガルタM2の部隊だが、接敵。
空軍の支援も受けながら、ヘクトルの部隊と交戦を開始。前衛を蹴散らしつつある。巨大生物もかなりの数が出てきているようだが、それでも優位は動いていない。
嫌な予感がする。
整備班に、ビークルを修理して貰う。
戦地に着くまで、可能な限り、だ。
その間に、矢島のフェンサースーツを調査。やはり、相当な機能が、オミットされていた。
「これは、正式採用されているフェンサースーツか?」
「はい。 この間の戦いでも、これで皆、固定砲台として戦ったんです」
そう言うことか。
すぐに三島に連絡を入れて、確認。三島はそれがどうしたのと言わんばかりの口調で、返してきた。
「言ってなかったっけ?」
「知るか。 どうして此処まで機能をオミットしている」
「使い切れないから」
「……何!?」
平然と三島は言う。
今までも何名かの優秀な兵士に実験させたらしいのだが。機動戦を想定した機能については、それこそ精鋭の中の精鋭でないと、そもそも作動させることが命に関わるというのだ。
「処理しなければならない情報が多すぎるの。 もしやるとしたら、バイザーの機能を拡張して、脳波を直接受信し、それで動くくらいはしないとね。 そうそう、中の人間も耐えられないから、アーマーを着用もさせないと」
「出来ないのか」
「今開発中だけれど、まだ二ヶ月はかかるわよ」
何てことだ。
ウィングダイバーの実用化でも、似た様な苦労があったけれど。私が使うことが前提になっていたフェンサースーツから、此処まで機能がオミットされていたとは。
しかし、矢島を責めることは出来ない。
そもそも、弟ほどでは無いけれど。強化クローンの中でも特別製の私だからこそ、使いこなせていた、という部分はあったのだろう。
弟が来た。
矢島を一旦下がらせる。彼に責任はない。
「三島の通信は聞いた。 これは、少しまずいかも知れないな」
「いや、活用法はある。 固定砲台としての運用をすれば良い」
たとえば、高高度強襲ミサイル。
あれは元々、フェンサーを固定砲台として用いるための武装だ。考えて見れば、おかしかったのである。
どうして本部が、あれの試用を急げと促してきていたのか。
矢島には、次の戦いで、用いて貰おう。
「皆、負傷の様子は」
「人員の損耗は幸いない。 ただ問題は、ビークルだな」
キャリバンが特に酷い。
元々だましだまし使っていたおんぼろだ。多分次の戦いで、敵の攻撃を浴びたら、それで終わりだろう。
ヒドラが南下している。戦地まで
皆には交代でカプセルに入って貰うが。私は弟と、決めておかなければならないことが、幾つもあった。
整備は突貫でやって貰う。
ヒドラの人員には、既に噂が流れているらしい。ストームチームを輸送するときは激務になると。
それは全くの事実なので、彼らには申し訳がなかった。
戦況報道が来た。
「各地で、激しい戦闘が続いています。 優勢なのは南米、極東、北米、欧州。 一方、オーストラリア、東南アジアでは、苦戦が続いています。 アフリカと中東では、互角の戦況ですが、ほどなくEDFは、アフリカの巨大生物を駆逐する大規模作戦に出ると宣言しています。 いずれにしても、各地での戦闘で消耗は大きく、新兵の大々的募集が掛けられている現状、余裕があるとは言えないでしょう」
全くその通りだ。
これについては、EDFの御用新聞では無くて、中立を標榜している新聞社の報道を聞いている。
「中々的確だな」
「それより姉貴、体の方は、大丈夫か」
「今の時点ではどうにかな」
「少し休んでいてくれ。 後は俺がどうにかしておく」
頷くと、女子達の部屋に入る。
最初にカプセルに入った組は、もう出てきている。ベガルタで大活躍した筅は、だいぶそれでさっぱりしたようだった。
「あ、はじめ特務少佐」
「どうした」
「あの、ヘクトルと戦えるベガルタはありませんか? M2タイプでも、重武装の型があると聞いているのですけど」
「あるにはあるが、まだ配備は難しい」
それに、池口用に、何かビークルを見繕ってやりたい。
いつも支援で良い仕事をしているのだ。何かしらを見繕うことで、更に戦力を伸ばしておきたいのだ。
フェンサースーツを解除。
アーマーも外して、カプセルにもぞもぞと入り込む。
あれほど寝た後だ。
疲れが溜まる前に、寝て休んでおきたい。そうすれば、多少は体の負担も、緩和されるはずである。
港湾地帯での戦闘が始まる。
長距離砲を装備したヘクトルばかり、山の様に押し寄せてくる。味方の迎撃部隊も長距離兵器が中心になる中。ストームは、狙撃を秀爺のイプシロンに。高空戦力をバゼラートの谷山に任せて。
後は近接戦を挑んでいた。
ただし、矢島だけは高高度強襲ミサイルを装備させて、後方支援だ。フェンサースーツでの機動戦前提の装備が整うまでは、こうして固定砲台になってもらうしかない。シミュレーションでガリア砲も扱わせたが、此方も命中率が高いとは言いがたい。
念のため、もう一つ装備も渡してある。
ディスラプター。
フェンサー用に開発改良された、一種の近接戦闘用決戦兵器。レンジャーのフュージョンブラスターに等しい運用を想定された武器である。いざというときは、接近した敵をこれで焼き払え。
そう矢島には指示してある。
実際の破壊力はそうフュージョンブラスターに劣るものではなく、継戦能力こそないが、ヘクトルだったら簡単になぎ倒せる。
矢島の放つミサイルが、次々ヘクトルに着弾するのを横目に、私はスラスターをふかして横移動。
ガトリングをぶち込みつつ、時々ガリア砲を入れる。
弟は近くの倉庫の屋上に陣取って、其処からライサンダーでの狙撃を継続。側には、エミリーもいて、MONSTERでの狙撃を行って貰う。
敵を効果的に削り続けていた。
今回、ベガルタは後方待機。いざというとき、前線に乱入してきたヘクトルと戦って貰う。
逆にグレイプRZは、涼川を乗せて、彼方此方を疾走。
涼川は楽しそうにスタンピートで、至近距離からヘクトルを爆破して廻っていた。勿論ヘクトルからの反撃も山の様に飛んできているけれど。見事なドライビングテクニックで、全てかわしている。
池口に任せておいて、正解だったか。
中距離には、ジョンソンと新人達が位置して、主にスティングレイで攻撃を続けている。
戦況は順調に推移。
ストームだけでは、これだけの大群を抑えきれない。味方の支援部隊が、かなりの数いる事が大きい。
間もなく、四割ほどの戦力を喪失したヘクトルの部隊は、撤退を開始。
味方もそれなりの被害を出しており、追撃の余裕は無かった。後は海上に展開している第五艦隊に任せる。
敵の撤退と同時に、秀爺から連絡が来た。
「イプシロンに被弾。 幸い此方は無事だが、次の戦いまでに修理が間に合うかはわからん」
「分かった。 無事で何よりだ」
「此方も被弾」
谷山からだ。
見ると、バゼラートが火を噴いている。着地はしたが、かなり手酷い打撃を受けていた。谷山ほどの名手でも、失敗することがあるのか。
ヘクトルの長距離砲が掠ったのは、一目で分かる。
まあ、今回の敵は、物量が相応だった。谷山ほどの達人でも、完勝は難しかった、そういうことだ。
味方の戦車、自走ロケット砲、イプシロンにも、損害がかなり出ていた。
ストームが前線にもう少し早く到着していれば、どうにかなっただろうか。いや、そうもいくまい。
幸い、長距離戦主体だったため、人員被害は最小限だったのが救いだ。ただ、これから整備班は、寝る暇も無いだろうが。
バゼラートから谷山が降りてくる。
話しかけようとした私に。真っ青になった日高軍曹が、駆け寄ってきた。
「は、はじめ特務少佐!」
「どうした?」
「父から通信です! 急用だと……」
何だろう。
バイザーを専用回線に切り替える。すぐに、惨状が飛び込んできていた。映像付きの連絡だったのだ。
戦闘が行われた、静岡北部平原地帯の映像である。
破壊されたベガルタM2の残骸から、煙が上がっている。
対して、ヘクトルの部隊は、半数以上が健在。
まさか。
あのベガルタの部隊には、エース級のパイロットも少なからず搭乗していたのだ。
もう一度、結果を確認する。
ベガルタM2による、ヘクトル迎撃部隊が壊滅。
指揮を執っていた極東司令部プロテウスは、中破していた。
山梨戦線は、完敗である。今の時点で四足は動いていないが、ベガルタによる機甲部隊の壊滅は、大きな衝撃を、EDFに与えていた。
慌てて、弟も此方に来る。
おろおろしている日高は、此方に来たエミリーに任せる。キャリバンが走り回っている音が、妙に遠くに聞こえた。
弟が、日高中将との通信確保に成功。
日高中将の声は、疲れ果てていた。
「ストーム、チームか」
「何がありました」
「敵の新型だ。 正体は解析中だが、空爆もベガルタの攻撃も、ことごとくを防ぎ抜いた」
いくら何でも、そんな馬鹿な。
三脚の移動マシンで、それほど素早くはないそうなのだけれど。ドーム状のシールドを展開することが出来、それで此方の攻撃全てを防ぎ抜いたのだという。
プロテウスは殿軍となって、敗走する味方を支援。
敵を相当数は破壊したが、中破し、今はどうにか逃げ延びて、山中にて孤立しているという。
このプロテウスが孤立すると言う事は。
極東司令部が、敵の中に取り残されているという事に等しい。
「日高中将はご無事ですか」
「今はどうにか。 すぐに、山梨へと来て貰えるか。 今最終防衛ラインを構築している所だが、心許ない」
「分かりました。 直ちに向かいます」
もしもヘクトルが山梨までのラインを確保したら、その時点で四足が動き出す。
そして四足が山梨に到達したら。
関東は、今度こそ消滅する。東京支部も、無事では済まないだろう。
舌打ちすると、弟は叫ぶ。
「すぐに総員ヒドラに乗れ! 山梨に向かう!」
イプシロンもバゼラートも、次の戦いには間に合わないだろう。グレイプRZも、整備が間に合うかどうか。
その上敵には正体不明の新型。
連戦に等しい状況。
更に、エース級のパイロットが乗ったベガルタでも、歯が立たなかった相手。
条件があまりにも酷すぎる。フォーリナーは物量を生かすことを全く躊躇わない。分かってはいるけれど。
此処までの悪条件が、まさかこんな開戦から間もない時期に来るとは。
ヒドラは戦場の隅で待ってくれていた。
煙を上げているイプシロンは、牽引用のギガンテス改良型が、ヒドラに引っ張り込んでくれる。
山梨で作られているという防衛ラインには、整備班くらい来ているだろう。秀爺夫妻は。探すと、いた。
確かに無事だ。
「これは困ったわねえ」
ほのかが、目を細めてイプシロンを見やる。
しかし、意外に秀爺は落ち着いていた。
「何、山での戦闘は儂らの独壇場だ。 敵を一匹たりとて生かしてはかえさん」
「あなた、それはそうですけれど。 ただ、孤立しているプロテウスが心配だわ」
「まずはその救出から、だな」
グレイプRZが来る。
車上に乗っていた涼川が、不愉快そうにしている。というのも、最後の最後で、ヘクトルの長距離砲を至近から喰らったそうなのだ。
アーマーは耐え抜いた。
グレイプRZも。
しかし、速射砲が機能不全を起こしているという。
最悪だ。
まだ涼川は、急な移動の理由を知らない。弟が説明すると、唖然としていた。
「なんだと」
「おそらく、次の戦いでは、山中で正体不明の相手に、肉弾戦を挑む事になる」
「上等だぜと言いたいが、正直洒落にならんな」
「プロテウスの撤退支援もおまけ付きだ」
噛み煙草を吐き捨てる涼川。
ヒドラの発進準備が整う。
今日は最悪の状態での連戦が続いているが。最後に本命が残っていたことになる。
全員を整列させると、弟は咳払いした。
「少し前に入ってきた情報だ。 静岡北部で、ヘクトルの大部隊に味方ベガルタ部隊が大敗。 指揮を執っていたプロテウスは中破。 幸い司令部は今だ健在だが、山中にて孤立し、撤退支援を待っている。 これよりストームは日高司令を救出するために、山梨に飛ぶ。 事は一刻を争う。 遅れれば日高司令は命を落とす事になるだろう」
「……っ!」
口を押さえた日高軍曹が痛々しい。
普段は社交的で明るいだけに。落ち込みも激しいのが分かった。
「見ての通り、味方はビークルをほぼ活用できない。 敵には正体不明の新型がいる事が分かっていて、おそらくそれと山中で近距離肉弾戦をする事になる。 勿論我々が前衛に立つが、支援も重要になる。 新兵諸君も、今まで以上の奮闘を期待する」
ヒドラに乗り込む。
慌ただしく、巨大な輸送ヘリが動き始めた。
今、EDFの科学班はてんやわんやの筈だ。すぐには流石に敵の正体を分析しきれないだろう。
最悪のアンノウンとの、近距離戦。
かってない悪夢が、迫ろうとしている。私は、これは四足とはじめてやり合ったとき以来だなと、心中で呟いていた。
(続)
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