蹂躙空隙

 

序、飛来

 

まだ寝ぼけ眼の筅を無理矢理ヒドラに乗せて。それが最後。

中部地方の基地に、まず向かって欲しいと、先ほど連絡があった。京都に展開しているフォーリナーの輸送船が、巨大生物を投下しはじめたというのである。大阪基地の戦力だけでは、攻撃すれば大きな被害が出る。

ストームチームが長崎より帰還すると聞いて、大阪支部がぜひにもと、到来を求めたのだった。

此方としては断る理由はない。

ただ前回の戦いで、歩兵戦闘車グレイプを二両失ってしまった。しかも一両は最新型のRZ。幸いRZは中破で済んだが、しばらく動かせない。旧式グレイプは完全にスクラップで、此方はもう駄目だ。

勿論RZはヒドラに乗せているが、修理はまだ済んでいない。ヒドラで輸送中に応急処置はするが、戦闘には耐えられないだろう。

「まるで使い走りですね」

「敵の戦力も無限では無い。 此処で削っておけば、必ず後々に有利になる」

「それはそうでしょうが」

黒沢の発言に、弟が答える。黒沢の返事を聞く限り、納得がいっているようには見えないが。

私はと言うと、涼川に絡まれていた。

「なあ、次の宿舎は、あたしと旦那を一緒にしてくれよ」

「それは難しいな」

「何だよ、あたしと旦那、姉公認の仲だろ?」

「知らん」

実際、弟に、性欲があるのかどうか、私は知らない。

涼川の好意は露骨すぎるほどなのだが。弟が興味を見せたことはあまりない。私はというと、多分性欲そのものがない。

生物として強靱に作られすぎたからだ。

人間とは比較にならない回復力。

並外れた筋力、常識外の思考速度。

いずれもが、地下にいる彼奴が持ち込んだ、よく分からない遺伝子を、両親の遺伝子に組み合わせた結果。

私と弟だけは生き残ることが出来たけれど。

他の兄弟姉妹は、皆命を落とした。

皆の命を背負っているから、とても強いけれど。

その反面、私も弟も。

おそらく、生物としては、子孫を残す事が出来ないはずだ。

「ちえーっ。 なんだかんだでほとんど一緒にいられないしなあ。 まああたしも戦闘が出来れば満足だけどよ」

「次も激しい戦いになる。 それで我慢してくれ」

「へいへい」

兵営の恋なんて言葉もあるらしいけれど。

私はどうにも、ぴんと来ないのだった。

なお、私や弟の子孫については、EDFが厳しく目を光らせていた時期もあった。だが研究結果で、弟の精子には、卵子を受精させる能力がないことが分かっている。多分、人間とは、遺伝子レベルでずれてしまっているのだ。

私の卵子についても、多分同じ。

弟が女に興味を見せないのも、それが故だろう。私も、いろんな男を見てきたけれど、興味は全く持てなかった。

ヒドラが飛び立って数時間。

夜明けが、ヘリの窓から見えた。今のうちに休んでおくよう、新人達には指示。私も壁に背中を預けたまま、少し眠る。

うとうとしているうちに、大阪基地に到着。

既に大阪基地では、臨戦態勢が整っていた。

着地したヒドラから出ると、基地司令官が向こうから来た。弟が敬礼をかわし、ビークルについて聞く。

キャリバンが。

それも旧式のものが一機だけ空いているという。他は全て出払っているという返事だった。

九州と同じだ。

此処も少し前から、全域が飛行ドローンの攻撃に晒されているのである。しかも一部は避難が遅れている人々に襲いかかっており、EDFとしても放置は絶対に出来ない状況だとか。

ヒドラから、順番に兵器を下ろしていく。

司令官が行った後、弟が咳払いした。

「窮状に嘘は無さそうだ。 全員、すぐに出る準備を」

「ルートはどうする」

私の疑念に、弟はバイザーに地図を表示させる。

現時点で、かなりの数の飛行ドローンが南下している。数は三百を超えている。彼方此方に出払っているファイターでは、手が足りない状況だ。

この飛行ドローンを、まず叩く。

ただし、それは弟とエミリーだけで良いと言う。

「姉貴は他のメンバーを連れて、京都地区に急行して欲しい。 巨大生物が地面に潜って、繁殖でもはじめたら一大事だ。 可能な限り殲滅を早めてくれ。 俺は北上しながら、飛行ドローンを叩きつつ、京都地区に向かう」

「分かった。 任せろ」

グレイプRZは、修理班に廻す。

キャリバンの操縦は池口に任せて、私は後部座席から乗り込んだ。ジョンソンや黒沢もそれに続く。

イプシロンに乗り込んだ香坂ほのかから、通信が来た。

「今、情報が入ってきたのだけれど」

「どうした」

「京都地区の担当部隊、苦戦しているようよ。 急ぎましょう」

「池口、出してくれ」

すぐに発進するキャリバン。

若干筅より運転が荒い。筅も、ファイアナイトを起動させ、すぐに後を追って発進した。

幾つかの有料道路を経由しながら、京都に向かう。

途中、飛行ドローンによる攻撃の跡が、彼方此方に見て取れた。

道路がかなり傷つけられている。

建物も。

巨大生物と違って、どうしても飛行ドローンは足が速い。民間人が逃げる上から、レーザーを降らせてくる。

前大戦の時は、民間人に逃げる時間を稼ぐアーマーが支給されていなかったから、とにかく悲惨だった。

今は状況が違うから、空襲による被害はかなり減っているはずだ。

それでも、死者が出ることは避けられないだろう。

制空権は、確保できているとは言え。

その間を縫う様にして、無数の飛行ドローンが暴れているのは事実。

ファイターは確かに、飛行ドローンに対しては、圧倒的という次元での優位を確保した。今回の戦いで、飛行ドローンと戦い始めてから、優位が正しかったことは証明されている。しかし、それでも。

数の暴力を、敵は有効に生かしていて。

それが故に、被害が出ることは避けられなかった。

弟から通信が来た。

「飛行ドローンと交戦開始。 情報より数が多い。 味方レンジャー部隊が交戦中のため、これを支援する」

「頼む」

「味方には旧ストームの本田がいる。 勝つことは難しく無さそうだ」

「本田がいるのか」

そういえば、大阪支部に異動したのだった。

本田は大戦後にストームに配属されたメンバーの一人で、この間のストームの一旦解散に伴って、大阪に移った。大阪支部での中核戦士として、活躍を期待されたのである。

ストームでは珍しい、多弁でとにかく明るい男で、周りを笑わせるのが大好きな性格をしていた。

寡黙な弟を笑わせようといつも苦労していたが。

結局本田の冗談で、弟が笑っているのを見たことが無い。

部隊解散の時に、ついに弟を笑わせられなかったのが心残りだと、本田は言っていた。

いずれにしても、高い戦闘力を持つ本田がいるなら、問題ない。

「現地に急いでくれ」

運転席の池口に、声を掛ける。

キャリバンが速度を上げた。

 

京都駅上空に、数隻の輸送船が停泊している。時々ハッチを開けては、黒蟻を投下しているようだ。

展開したレンジャー部隊が、長距離からのスティングレイの射撃によって、黒蟻を落とされる矢先から爆破しているが。それでも、とても手が足りているようには思えない。確実に、黒蟻は増え続けている。

戦場に、乱入する。

キャリバンから真っ先に飛び出した涼川が、もはや何の遠慮も無く、スタンピートをぶっ放す。

今、丁度攻撃態勢に入ろうとしていた黒蟻の群れが。

民家数軒もろとも、吹っ飛ばされる。

ビルが倒壊し、凄まじい土煙が上がる中を、涼川は舌なめずりしながら、アサルトを乱射して突撃。

ジョンソンが、周囲に冷静に指示を出した。

「涼川少佐を援護」

ファイアナイトが跳躍。

苦戦している味方レンジャー部隊の前に躍り出ると、敵に火炎放射器の洗礼を浴びせた。一気に形勢が逆転する。

私はキャリバンを飛び出すと。無事だった大型ビルの屋上まで、スラスターをふかして上がる。

少し遅れているイプシロンの代わりに、輸送船を落としておく必要があるだろう。

輸送船の一隻が、下部ハッチを開けた。

昨日から引き続き装備しているガリア砲を、ハッチに向ける。これは大威力の、レンジャーで言うライサンダーに相当する長距離射撃武器を目指して開発された兵器だが。何度か使って見た感触では、とにかく扱いづらい。

妙な慣性がついているし、放つとどうしても射線が定まらない。

文字通りのじゃじゃ馬だ。

だが何度か使っているうちに、コツは掴んだ。今回もぶっ放した第一射は。容赦なく輸送船の内部に飛び込んで、爆発を引き起こした。

更に第二射。

輸送船が、内側から吹き飛ぶ様にして、爆発した。

「下は任せる。 輸送船は此方で落とす」

ジョンソンに指示を出すと、私はスラスターをふかして、移動。別のビルの屋上に立つと、ガリア砲の薬莢を捨てた。破壊力が大きいだけあって、薬莢のサイズも凄まじい。拳大ほどもある。

輸送船の二隻目を射程に捕捉。

だが、その時である。

上空から、更に二隻の輸送船が降りてくるのが見えた。

それだけではない。

四方から、輸送船が集まってくる。

どうやら、簡単には勝てそうにないらしい。周囲に集結しつつある輸送船からは、黒蟻が先に倍加する勢いで、投下されはじめていた。

「慌てるな。 輸送船は私が一隻ずつ落とす。 お前達は、レンジャーチームと合流し、黒蟻の掃討に努めろ」

ガリア砲をうち込む。

二隻目の輸送船が火を噴き、炸裂した。爆発の中に、蟻の粉々になった破片が混じっており、地上に金属片と一緒に降り注ぐ。

蟻共が、徐々に地上部隊では処理できない数になってきているが。

其処で、此方にも援軍が来る。

閃光が、三隻目の輸送船を貫く。角度が少し浅くて、外壁に直撃。しかし、頑強を誇る輸送船の外壁でさえ、大きく抉った。

イプシロンだ。

秀爺達が、狙撃地点を確保したらしい。

大きく揺らいだ輸送船の傷に、ガリア砲を連続で叩き込む。

三発目で、輸送船の内側から火が出た。

そのまま爆裂し、地上に落ちていく。

スラスターをふかして、移動。次に狙うのは、先ほどから黒蟻を最も多く落としている輸送船だ。

星の海を渡りながら、あの蟻共を培養していたと思うと、反吐が出る。

ビルが爆裂。

慌ててスラスターをふかして、隣のビルに移動。

「悪い。 巻き込み掛けた」

「気にするな」

「そう言ってくれると助かるぜ」

涼川の攻撃で、ビルが倒壊したのか。

まあ、どうにかなるから、別に良い。ギリギリ、スラスターでの移動が間に合うが。しかし、其処は周囲に大量の黒蟻が群がっていた。

膨大な酸が、着地と同時に飛んでくる。

アーマーで防ぐが、見る間に負荷が上がっていくのが分かった。舌打ちすると、跳躍。ブースターを使って、高度を上げる。

そして空中でガリア砲を構えると、今正にハッチを開けた四隻目に、至近距離から叩き込んでいた。

至近からの一撃である。

貫通した弾丸が、輸送船を滅茶苦茶に内側から破壊したのが、よく分かった。

連鎖する爆発の中。

怨嗟の声にも聞こえる軋りを挙げながら、輸送船が落ちていく。落ちていく輸送船を蹴って、ブースターをふかす。

別のビルに着地。

背後で、巨大な爆発が巻き起こった。輸送船が、黒蟻を多数巻き込んで、爆発したのである。

予想より、かなり数が多い。

だが、この時、少し遅れていた谷山が追いついてきた。飛行ドローンを警戒して、慎重にコースを選びながら飛んできていたのだ。

谷山のネレイドから放たれたミサイルが、群がる巨大生物を打ち砕く。

吹っ飛んだ巨大生物の死骸を蹴散らす様に、重機関銃が咆哮し、更に敵の損害を増やしていった。

上空にいる輸送船が、戦況不利とみたか。

戦術を切り替えてくる。

「飛行ドローン飛来! 数、およそ六十!」

「ジョンソン、谷山の支援、頼めるか!?」

「任せろ!」

戦況が加速していく。

京都近辺での死闘は、しばらく終わりそうにもない。

 

1、普通の人達

 

日高玲奈は、父に言われて京都に来ていた。EDFの隊員としては経験がまだ浅く、一年と少しだけ。

父は七光りと言われるのを避けるため、人事を極めて公平に行った。だから、玲奈の階級は、まだ軍曹だ。

少し前までは東京にいたのだけれど。

転戦を重ねているうちに辞令が来て、此方に異動となった。まだ慣れない部隊での初任務がこれなのだから、本当に運がない。

EDFの階級は、二等兵から始まる。実戦を経験するか、三ヶ月たつと一等兵。その上が軍曹。軍曹からは条件が特殊で、次は少尉になるのだけれど。軍曹から尉官、尉官から佐官、佐官から将官になるのに、それぞれ試験を受ける必要がある。

軍曹の上は少尉、中尉、大尉と続き。少佐、中佐、大佐。将官は少し階級が特殊で、准将、少将、中将、大将と、階級が四つ。

最高階位の元帥は、今の時点でEDF総司令官のカーキソンしか存在しない。

今、玲奈が所属するレンジャー31は、京都近辺にある大型シェルターの護衛に当たっている。

フォーリナーの襲撃以降、大都市の近辺には、必ず既定の条件を満たしたシェルターが作られることになっている。

これは義務として規定されていて、外殻の強度や、内部の構造などに、様々な条件が設定されている。

旧時代にもこの手のシェルターはあったらしいのだけれど。

フォーリナーの前にはいずれも無力だった。

今の時代は技術が上がり、現時点では一つのシェルターも、巨大生物に足を踏み入らせていない。

入り口付近のブロックは特に厳重な造りで。

内部とは独立した構造になっており。巨大生物が乱入したとしても、奧にいる人々は守れる構造になっている。

入り口付近には、医療チームもいて。

今も忙しく働き続けていた。

またキャリバンが来る。

その度に、緊張する。アサルトを持つ手に、汗がにじむ。

巨大生物に追われている可能性があるからだ。或いは、飛行ドローンか。今回は、その後者だった。

設置されている大型セントリーガンが咆哮し、中空にいる飛行ドローンへ射撃。

レンジャー31の指揮をしている猿沼中佐が、叫ぶ。

「飛行ドローン4機を確認! 叩き落とせ!」

「イエッサ!」

腰だめして、十人のレンジャーが一斉にアサルトライフルを放つ。勿論、玲奈もその中に入っている。

現在のアサルトライフルは、対人用を想定していた旧時代のものとは根本的に違う。射程距離も長いし、何より弾丸の威力が大きい。象撃ち用の銃に装填していたものと同等か、それ以上だ。

乱射を浴びた飛行ドローン4機は、瞬く間に爆発。火を噴きながら、墜落していった。

「EDFの力を見たか、クソ宇宙人!」

同僚の軍曹が、声を上擦らせながら言った。

軍曹と言っても、実戦経験がたいしてないことでは、玲奈と変わりが無い。前大戦の参加者は殆どが中尉以上になっていて、軍曹と言うだけで、つい最近まで実戦を知らなかったという意味になる。

アサルトライフルの弾倉を確認。弾を再装填すると、周囲の警戒を再開。

逃げ遅れた民間人や、負傷した同僚が運ばれてくる頻度が減ってくるのと反比例するように。敵の襲撃が頻度を増しはじめている。

幸い、今の時点では、対処は難しくない。

撃ち方や、狙い方。

いずれも飛行ドローンについては、EDFが対抗戦術を徹底的に研究した兵器だ。だからこの人数で、余裕を持って対処できる。

ただし、相手の数が多い。

油断は出来ない。

「巨大生物が来るかも知れない! 各自哨戒に当たれ!」

「イエッサ!」

猿沼の指示で、フォーマンセルを編成して、周囲の巡回をはじめる同僚達。

少し躊躇った後、猿沼は咳払いすると、日高に声を掛けてきた。

「日高軍曹」

「イエッサ!」

「シェルター内部の状況を確認してきて欲しい。 今の時点で異常は報告されていないが、念のためだ」

「はい。 直ちに」

アサルトの安全装置を起動すると、玲奈は奧へ。

父は今でも、東京でプロテウスに乗って、巨大生物と戦っている筈。中将ほどの高級軍人がそんな事をしているのだ。EDFの人手不足が如何に深刻かは、軍曹に過ぎない玲奈にだって分かる。

幾つかのブロックに分けられ、頑丈に作られているシェルターの内部は、簡易ながら小さな町だ。

その気になれば、一年くらいは此処で生活できる設備も整っている。

ただし、少し埃っぽい。

これは作られてから、今日までは使われていなかったからだろう。

内部では、反応が両極端に分かれていた。

老人達は落ち着いている。

平然と茶飲み話をしている者達さえいた。与えられている小型の家屋に入って、其処の掃除をしている者達さえ見かけられた。

一方、殺気立っているのは若い人達だ。

玲奈に声を掛けてきたのは。

きっと、あまり良い仕事をしていない人だろう。見るからに、カタギでは無い。復興直後はこういう人達は殆ど見かけなかったけれど。最近は、ちょくちょく街で、姿を見るようになっていた。

「EDF隊員のねえちゃんよう。 戦況はどうなんだ」

「近畿地方全域で、戦闘が行われています。 先ほど、ストームチームが、近辺に到着し、敵の主力部隊と戦いはじめました」

「おい、それは本当だろうな」

「ストームが来たって!? 勝てるんじゃないか」

周囲がざわつきはじめた。

舌打ちすると、カタギでは無さそうな人はそそくさと姿を隠す。きっとこの状況に乗じて、火事場泥棒の類をするつもりだったのだろう。

ストームの名前は、一般人にさえ知れ渡っている。

絶望の星船を撃沈した、世界最強のチーム。文字通り、人類最強の勇者達を有する、英雄部隊。

星船を落とした英雄については安否が分からないと言うことだけれども。今でもその名声は名高い。東京でも凄まじい活躍をしていて、他のレンジャーチーム十個分以上の功績を軽く挙げているとか聞いている。

皆が安心しているのを見て、玲奈も胸をなで下ろした。

父は身内人事と言われるのを避けて、わざわざ玲奈を近畿地方に配属にした。此処の司令官は父の意向もあって、玲奈を一兵卒として扱っているし、今まで優遇されたことは一度もない。

無能とは言われているけれど。

厳しい責任感のある父なのだ。

「日高軍曹、すぐに入り口まで戻ってこい」

「イエッサ」

何かあったらしい。

アサルトライフルを担ぎ直すと、入り口へ急ぐ。幾つかのゲートを抜けて、入り口に出ると。

哨戒から戻ってきた部隊が、慌ただしく周囲に指示を出していた。

「一旦ゲートを閉鎖する! 急いで!」

「何があったんですか」

「ストームチームが戦っている京都西地区に、巨大生物数百匹が向かっている! 近くのレンジャー部隊では手が出ない戦力だ! このままだと、シェルターの近辺を掠める!」

「何ですって!?」

確かに、それは冗談では済まない状況だ。

すぐに避難用シェルターのゲートが下ろされる。

これより先、避難民は大阪基地へ向かって貰う事になる。もっとも、殆どの避難は完了している。

問題になるのは、逃げ遅れた人達だ。

此処のシェルター近辺にはいないと信じたい。いる場合は、幾つかあるキャリバンに乗せて、大阪基地に向かって貰う事になる。

「大阪基地に、支援は求められませんか」

「今、機甲部隊も含めて、殆どの戦力が出払っている状態だ! このシェルターに廻す増援はない!」

猿沼の声は、緊張からか、いつもより更に荒々しい。

元々体育会系のノリの男だ。仲間内からは、ゴリラと呼ばれている。勿論、温厚で心優しい本来のゴリラの意味では無い。

「お前達も、すぐにシェルターに入れ。 我々が、シェルターを守る、最後の砦になる!」

促されるまま、シェルターに。

此処のゲートは、ヘクトルが来ても、簡単に破られることはない。四つ足が来た時以外は、不安視する必要はない。

巨大生物が数百体がかりで酸を掛けても、一時間やそこらで溶けることはない。

仮にゲートを破られても、内部の構造は、簡単には巨大生物の浸透を許さない。

だが、それでも。

奧に逃げ込んで、非常用電灯がつくと、緊張した。

「日高軍曹、避難民を落ち着かせてこい」

猿沼に言われて、頷くしかなかった。

さっき安心して貰ったのに。

がっかりしてしまう。

ストームチームなら、巨大生物の数百くらいは、どうにでもなる筈だけれど。それでも、普通のレンジャーチームはそうではない。

レンジャー31は20名の人員と、通常の武装を持つごく当たり前のレンジャーチーム。ビークルにしても、旧式のグレイプとキャリバンしか支給されていない。

猿沼が、モニターにがなり立てているのが見えた。

基地に援軍を頼んでいるのだろう。しかし、本人が言ったとおり、現在は援軍どころでは無いのが実情の筈。

到来する増援など、期待出来るはずもなかった。

そうこうするうちに、不安そうな人達が、此方に来る。

元々玲奈は、軍の広報部隊に入らないかと言われていたことがある。何だかよく分からないが、顔立ちが安心できるらしい。

女性兵士は珍しくもないこのご時世である。そう言って貰えるのは嬉しいけれど。今回はそれが徒となって。戦士としてではなくて、こういった役目ばかり押しつけられている気がする。

ただし、みんなが不安なことは、玲奈にだって分かる。

一年ちょっと前までは、玲奈だって高校に通っていた、普通の学生だったのだから。

EDFに入った年齢は、むしろ遅いくらいなのである。

何名か、おばあさんが来た。

「ちょっと隊員さん、大丈夫なのかい?」

「このシェルターは、巨大生物の数百匹くらいが相手だったら、びくともしません。 ヘクトルの攻撃にだって耐えられますよ」

「本当かね……」

顔を見合わせるおばあさん達。

彼女らは知っているのだろう。

前大戦でも、シェルターはあった。しかしそれらは、ことごとくが巨大な墓穴と化してしまった。

生半可な防御ゲートでは、巨大生物の酸さえ防げなかったからだ。

入り口をこじ開けられると、もはや巨大生物からは、逃れる事さえ出来ず。

逃げ場もない中で、貪り喰われるしか無い地獄絵図がこの世に現出することになったのだ。

そうやって全滅したシェルターは幾つもあった。

皮肉な話だけれど。

金持ちが自分だけ逃げ込んだシェルターは、殆ど全てが、その手の運命をたどった。EDFの指示に従って避難した人達は、山奥や洞窟で糊口を凌ぎ、それでどうにか助かったのである。

世界の人口が七分の一になった地獄の戦争。

強化クローンとしてではなく、人間として生を受けた八歳以上の者達は、皆それを経験している。

勿論玲奈も、その一人だ。

少し背が低い同僚が来た。

強化クローンの兵士だ。名前はナナコという。

何でも軍が投入した第三世代のクローン兵士の一人らしい。身体能力はずば抜けていて、猿沼には嫌われていたが、皆が戦闘面では頼りにしていた。ただ無表情でいつもつまらなそうにしている上、口数も少ないので、仲間内からはあまり好ましく思われていなかった。戦闘マシーンと揶揄する声もあった。

まともに会話するのは、玲奈くらいである。

そもそも名前自体が、安直だ。

大阪支部で実験的に作られた戦闘目的だけのクローン戦士だという噂もあるけれど。それも頷ける。

非常に幼い顔立ちをしていて、中学生低学年くらいにしか見えない。EDFは大丈夫なのかと、時々不安そうに同僚が話すのも、無理はないかも知れない。子供まで戦場に投入された前大戦末期の悪夢は、共通の知識なのだ。

「日高軍曹。 子供が一人、ゲートの内側で保護されました」

「えっと?」

少し悩んだ後、意味を理解する。

慌ててそちらに行ってみると。熊のぬいぐるみを抱きしめた子供が、兵士達の間で所在なさげにしていた。

「さっさと連れて行け」

高圧的な猿沼の声。

首をすくめた玲奈が、子供の手を引っ張る。

「行こう。 此処は危ないから」

「おばあちゃんが、まだいないの」

「……!」

「今日の朝、ふらって家を出て行って、それで見つからないうちに避難の指示が来て、アーマーもつけていないの」

背筋に、悪寒が走った。

多分認知症なのだろうけれど。この状況で外をふらふらしていて、助かるとはとても思えない。

「大丈夫、おばあちゃんは探してあげるからね」

「本当?」

「うん。 だからシェルターの奧で、大人しくしていてね」

まずい事は分かっている。

だから、子供を奧に連れて行って、家族に引き渡すと。祖母の情報について確認。写真などを得て、情報を照合。

確かに、シェルター内にはいない。

外にいるとしたら、急ぎ保護しないとならないだろう。

状況が混乱している。

こういった見逃しが出るのも、仕方が無い事だったかも知れない。

猿沼に相談する。

声を荒げた猿沼だけれど。ナナコが挙手した。

「何なら、私一人で外に出ます。 新兵が一人死んだくらいなら、シェルターの防衛には問題をきたさないはずです」

「勝手な事をほざくな!」

「事は一刻を争います。 幸い生体データを得ました。 監視カメラの情報を確認すれば、大まかな場所は分かるはずです。 保護に動けば、十五分ほどで何とかなります」

「巨大生物数百匹が、この近くを通るんだぞ!」

EDFは敵に後ろを見せない。

市民のために、盾になる。

それが、EDFの誇りでは無かったのか。

とうとうとナナコが述べると、皆が驚いた様に、彼女を見つめた。普段は一切自己主張せず、戦闘マシーンと揶揄されても何も言わないのに。まさかこのような正論を述べるとは、誰も思わなかったのだろう。

「ゲートを開けてくれ、隊長」

挙手したのは、年かさの中尉だ。

前回の大戦経験者である。大戦末期に参加した義勇兵で、そのままなし崩しにEDFにいるらしい。

「お、おい、お前」

「大塚だ。 副長の名前くらい、いい加減覚えて貰えるか、猿沼リーダー」

「……っ」

「私も、手伝います」

玲奈が挙手すると、猿沼は舌打ちした。

周囲に、猿沼の味方をするレンジャーはいない。ゲートが開けられた。三十分だけだぞと、釘を刺される。

キャリバンは駄目だ。

頑丈だが、巨大生物から自衛できない。おんぼろのグレイプを発進させる。操縦は、ナナコがする事になった。

「他にも逃げ遅れた奴がいるかも知れない。 気をつけろ」

「後方、七時方向。 敵影三」

「さっそくか……!」

側面ドアを開けると、ナナコがスティングレイを構え、ぶっ放す。

流石に強化クローン兵士である。狙いは正確無比。一撃で、後方をふらふら追尾してきていた飛行ドローンに直撃させる。

爆発しながら、体勢を崩し、落ちていく飛行ドローン。

だが残り二機は、それで猛然と追撃を仕掛けてきた。ジグザグにグレイプを走らせながら、大塚が舌打ち。

「しっかり捕まっていろ! 日高、ナビを!」

「はいっ! 次を左です!」

バイザーに映る生体反応をチェック。

止まってと叫んだのは、家の中に生体反応がある事に気付いたからだ。アサルトをぶっ放しているナナコを横目に、民家に飛び込む。ドアを叩いても、反応がない。仕方が無いので、アサルトを数発うち込んで、蝶番を破壊。中に飛び込む。

寝込んでいたらしい男性を発見。

肩を貸して、一緒にグレイプに乗り込む。咳き込んでいる男性は顔色が悪い。生体反応も、弱っているようだった。

全ての民家を廻ったわけではない。

こういう取りこぼしも、まだいるかも知れない。

巨大生物が掠ると思われる地区は、この出撃に際して、確認して起きたい。飛行ドローンなら兎も角、人間を的確にかぎつける巨大生物は、老人だろうが病人だろうが、容赦はしてくれないのだ。

グレイプを発進させる。

後方で爆発。ナナコが一機を撃墜したのだ。しかし、敵はおそらく、援軍を呼んだのだろう。更に数機が、此方に集まってきていた。

生体反応を捕捉。

くだんのおばあさんに違いない。

グレイプを急がせる。途中でまた一人、逃げ遅れたらしい人を発見。グレイプに乗せる。その間もずっと、集まってくる飛行ドローンに、ナナコは射撃を続行。

グレイプが揺れる。

飛行ドローンのレーザーが、直撃したのだ。

「くそ、おんぼろが」

大塚が吐き捨てる。

まだダメージはイエローゾーン。この程度では止まらないけれど、何しろ古いグレイプだ。いつ機嫌を損ねて、エンストするか分からない。

「最悪の場合は、走ることになる。 覚悟は決めておけよ」

「イエッサ」

「後方より、更に二機」

「踏ん張ってくれ、新人!」

アクセルを踏み込む大塚。

遠くに、巨大生物の反応を捕捉。今の時点で此方に来る様子は無いけれど、それでも戦慄する。

この間まで、東京で、巨大生物の群れと一進一退の攻防を繰り広げてきた。

目の前で、黒蟻の酸にやられて、左腕を失った同僚も見た。食いつかれて振り回されて、地面に叩き付けられて。それ以降目を覚ましていない同僚もいる。蜘蛛の糸に撒かれて、PTSDになった同僚も。

死んでいないだけ、まだ運が良い。

そう言われる様な、地獄だった。

北上している巨大生物の群れの中には、黒蟻だけではなく、赤い蟻もいる。重装甲を誇り、面制圧を目的とする、強力な品種だ。

周辺に、生体反応はない。

おばあさんを発見。腰の曲がった小さなおばあさんは、自分がどうしてそこにいるかも、分かっていないようだった。

「お孫さんが探していました。 いきましょう」

「ああ、そうかい。 でも今日は、隣の大野さんと、お茶の約束がねえ」

「調べて見ます。 ……大野さんは、シェルターに避難されています。 そちらで会えますよ」

「そうかいそうかい」

危機感がないおばあさんを、グレイプに乗せる。

もう一度、広域探査。

避難しきれていない民間人はいない。少なくとも、生体反応は、確認できなかった。

「終わりです、戻ってください!」

「よし来た!」

Uターンすると、グレイプを発車させる大塚。

アサルトを断続的に射撃していたナナコが、呻く。外を確認。既に飛行ドローンは、十機を超えていた。

急がないと、此奴らが巨大生物を呼び寄せるかも知れない。

グレイプが全速力で急ぐ。

大塚の運転は乱暴だけれど、止まっていなければ被弾は著しく少ない。しかし、右側面のドアを開けて射撃をしているナナコを警戒してか、左側にドローンは回り込んで、其方から中距離射撃を延々としてくる。

ナビを続ける玲奈だが。

次の曲がり角が危ない。もしやられると、数人を守りながら、シェルターまで走らなければならなくなる。

時間も、もうあまりない。

「残ります。 飛行ドローンを片付けてから、シェルターに」

「馬鹿を言わないで」

「しかし、このままでは共倒れです」

「死ぬ気でしょ、ナナコちゃん」

指摘すると、ナナコは口をつぐむ。

無表情なナナコだけれど。一瞬だけ、銃を持つ手に、力がこもった様だった。

左側面ドアを開けると、玲奈も顔を出す。其処からアサルトをつるべ打ち。数機の飛行ドローンに、弾丸が直撃。傷ついていた一機は、そのまま致命打を受けたらしく、爆発四散。

爆発の隙に、グレイプが曲がり角を抜ける。

もう少し。

だが、その時。

怖れていたことが起きた。

「赤蟻接近! 十体以上!」

しかも、前に無理矢理、飛行ドローンが割り込んでくる。ナナコが射撃するが間に合わない。

グレイプと、正面衝突。

内部で盛大にエアバッグが炸裂した。

もう少し、なのに。

必死に救助した人達を連れて、大破したグレイプを這い出す。ナナコが最後尾に立って、上空の飛行ドローンに連射を浴びせる。数機が爆発するが、それでも敵の攻撃意欲は旺盛だ。

幸い。グレイプの中にいる間に、助けた人達にはアーマーを着て貰った。

「急いで」

必死に声を掛ける。

病人は大塚が背負った。おばあちゃんは、玲奈が背負う。もう一人の救助者には、走って貰う。

最後尾のナナコが、かなり派手に飛行ドローンのレーザーを浴びている。

支援したいけれど。おばあちゃんを背負った状態では、無理だ。アーマー、保ってくれ。そう願いながら、走る。

「孫がねえ、ぬいぐるみを欲しいって言っていてね」

おばあちゃんが、そう脳天気に言う。

今はもう、返事をしている余裕も無い。本当は、返事をするべきなのだろうに。

途中、逃げ遅れて、撃ち殺されてしまったらしい民間人の亡骸を発見。今は収容している余裕さえ無い。

赤蟻が迫っているのだ。

耐久力と高い突進力を保つ、巨大生物の中でも強力な怪物が。

スティングレイで、一機を撃墜するナナコ。足を止める。意図は明らか。しかし、振り返っている余裕が無い。

ゲートが見えた。

必死に、避難民と一緒に飛び込む。

おばあちゃんを、仲間に預けた。ナナコは。足を引きずりながら、こっちに来ている。後ろには、もう見えるくらいの近さで、赤蟻が迫っていた。

「セントリーガン起動!」

猿沼が、やっとまともな指示を出した。

私が飛び出して、倒れそうなほど傷ついているナナコに肩を貸す。担いでしまおうかと思ったけれど。

ナナコはフル装備だからか、案外重かった。

「ごめん、こんな役割、一番小さな貴方に押しつけて」

「どうせナナコは戦闘マシーンです」

「そんなこと、冗談でも言わないで!」

セントリーガンの砲火が、赤蟻を打ち据える。

ゲートの入り口に展開した仲間のレンジャー達も、十字砲火で敵を牽制。だが頑丈極まりない赤蟻は、その程度では怯まない。更に生き残った飛行ドローンが、無理矢理にゲートに突入してきた。

とっさの判断だった。

アサルトをぶっ放す。狙いは滅茶苦茶だった。当たったのは奇蹟に等しい。

飛行ドローンが中空で爆発。だけれど、その爆発の余波で、吹っ飛ばされる。

ゲートの直前で、玲奈は地面に叩き付けられた。

側には、ナナコも意識を失って、倒れている。

立ち上がろうにも、無理だ。

必死の射撃をものともせず、赤蟻が迫り来ている。ゲートを閉めろ。猿沼が叫んでいるのが分かった。

赤蟻に乱入されたら、シェルターも無事では済まない。

ああ、死ぬな。

玲奈はもうろくに動かない頭を上げて、此方を餌と見定めた赤蟻を見る。味方の必死の射撃は、奴の足止めさえ、ろくに出来ていなかった。

躍りかかってくる巨大生物。

だが、その巨大生物を。

鉄の塊が、上空から蹂躙した。

赤い機体。ベガルタだと思うけれど、型式はよく分からない。

火炎放射器。赤蟻が悲鳴を上げながら、丸焼きにされていく。頑強な赤蟻でさえ、打ち抜く火力。凄まじい。

更に、中空にいた飛行ドローンが、瞬く間に撃墜される。

ベガルタはそのまま、ブースターを噴かして跳躍。その場を去る。

ゲートを開き直した味方が、此方に走ってくるのが見えた。

 

目が覚めると、既にシェルターの中。

ばつが悪そうな猿沼が、状況を教えてくれた。隣のベッドには、既に目を覚ましているらしいナナコが、白衣にされて横たわっている。

「ストームが来てくれたんだよ。 この近辺を通って巨大生物を潰すついでにってな」

不機嫌そうな猿沼の声。

そうか、あの赤いベガルタは。ストームだったのか。

だったらあの強さも頷ける。赤蟻の頑強な装甲を、瞬く間に打ち抜いたのだから。最新鋭の機体なのだろう。

周囲の敵は、既に駆逐が完了。

驚いた話で、わずか数人で、あの数百体の巨大生物を全滅させたそうである。

ファイターが、制空権も確保。ただまだ京都上空には敵の輸送船が数機いて、ストームと交戦中のため、避難解除は出来ないという。

「俺たちにも、あれくらいの武器があれば、こんな事にはならなかったのに」

何となく、その言葉で。

猿沼の不満の由来が分かった。

でも、同調は出来なかった。たとえグレイプの最新鋭機があっても、自分たちでは、避難民を救助し切れただろうか。

あのベガルタがいたからって、周囲にいた巨大生物を、駆逐できただろうか。

ストームには、文字通り世界最強クラスの精鋭が集まっていると聞いている。あのベガルタに乗っている人がそうなのかは分からないけれど。

隊長に到っては、生身で巨大生物数百体と、互角以上に渡り合うと言うでは無いか。

「今は休んでろ。 もうすぐ、周辺で駆逐作業をしていたレンジャー22がここに来るから、それを待ってゲートを開ける」

猿沼の背中には、無力感が漂っていた。

何となく、この人が攻撃的極まりない理由が分かった。きっと前大戦のころから、無力感ばかり味合わされてきたのだろう。

ナナコはもう起き上がれるようだったので、話をしてみる。

どうせ二人部屋の病室だ。

他に、出来る事もない。

「玲奈軍曹は、どうして私に、よくしてくれるんですか?」

「そんなことはないよ。 普通に接しているだけ」

「他の人は、戦闘マシーンとか、平気で言うのに」

感情が見えないナナコだけれど。

今までの事で、傷ついていたことは、よく分かった。自分の存在意義を戦う事でしか見いだせず。

そして、もう生きるのがつらいとさえ思い始めていたことも。

強化クローンは、確かに戦う事を想定して、造り出された新しい人類だ。優秀な遺伝子をかき集めて、その中から更に優秀な部分を抽出。

普通の家庭で、普通に生きている強化クローンもいる。

でも、ナナコは。

見かけからして、おそらく培養槽から出て、それほど時も経っていないはず。誰とも触れあうことなく、戦闘の知識だけを叩き込まれて、そして戦場に送り込まれて。戦場でも、周囲からは戦闘マシーン呼ばわりされて。

何だか、悲しいなと、玲奈は思った。

しばらくして、京都での戦闘が終わったと話を聞いた。

ストームの勝利だそうだ。

ただ、負傷者も出たと聞いている。ストームでさえ、不死身では無いのだ。ましてや、我々なんて。

そう、玲奈は思った。

 

2、降り注ぐ魔

 

輸送船が、日本海から迫っている。

そう聞かされて、私は舌打ちする。既に十隻以上は潰してやったのに、懲りない奴らである。

周囲には相当数の巨大生物の残骸。

一日間ぶっ通しで、駆逐作業を続けている。既に戦闘地域は、瓦礫の山だ。京都は前大戦で更地になるほどの敵の攻撃を受けて、多くの文化遺産が失われた。まだわずかに残っている文化遺産も、今回の大戦を生き延びられるかどうか。

南の地区で、此方に迫っていた数百匹の巨大生物を潰し終えたと、涼川から連絡が来る。

少し前は、弟から、味方レンジャー部隊と連携して、三百五十を超える飛行ドローンを撃墜し終えたとの連絡もあった。

後は、此処での戦いさえ終われば、一段落だ。

しかし、房総沖では、今EDFの第十六艦隊が、敵の大軍勢と交戦中。

無理に敵の上陸を防がず、側面と後方から削れという指示を出されていることもあって、両日中の敵上陸はほぼ確実とみられている。京都での戦いが一段落したら、すぐにヒドラで房総に向かわなければならないだろう。

ブースターを噴かして、跳躍。

上空にいる輸送船に、ガリア砲を叩き込む。

爆裂した砲弾が輸送船を滅茶苦茶に傷つけ、内側から打ち砕いた。火を噴きながら落ちてくる輸送船。

これで、皆が落とした分も合わせて。

最初から展開していた十五隻は全滅だ。

ストームチームだけで落としたわけではない。既に前大戦の時点で輸送船に対するマニュアルは整備されており、周辺に展開しているレンジャーチームも、スティングレイなどのミサイル兵器を用いて、輸送船の撃破に成功している。

着地すると、ダメージを確認。巨大生物の群れと戦いながら、輸送船を落としていたのだから、此方も無傷では無い。

しかも味方は広域に拡散せざるを得ない状況だったのだ。

「一旦集結する」

弟の指示が来た。

指定された座標へ急ぎながら、レーダーを確認。要救助者や敵がいる可能性を、否定出来ないからだ。

辺りは屍の山。

輸送船が落として来た巨大生物は、この近辺だけで数百はいた。世界各地で見ると、おそらく対処できない地域もある筈だ。

今回も厳しい戦いになる。

それは分かっているけれど。

この現実を見ると、嘆息したくなる。

今の時点では、ストームがいる地点では優位に戦闘を運べている。しかしこのまま殴り合えば、力尽きるのはおそらく人類だ。

間もなく、弟が見えてきた。

「姉貴、無事か」

「どうにかな」

「ならば、すぐに大阪基地に向かう準備を。 向こうで人員の合流と、整備を行うと、連絡があった」

私にはそんな連絡は来ていないから、多分日高からの直接通信だろう。

頷くと、空を見上げる。

谷山のネレイドが来る。かなり傷ついていた。途中で、飛行ドローンと交戦したのだろう。

移動しながら、合流地点を指定。途中でぼろぼろのキャリバンと、ファイアナイトも姿を見せる。

最後にイプシロンが到着して、全員が揃った。

「次は東京か?」

「ああ。 房総沖に、近く敵の主力が上陸するらしい。 それを迎撃する前に、千葉に飛来している輸送船を落として欲しいそうだ」

「敵の先遣隊か」

「そうなるな」

なるほど、敵も上陸部隊を通すために、後方攪乱を積極的にしている、というわけだ。

海上に展開している艦隊と、桐川航空基地のファイターは、おそらく進軍中の主力との交戦で戦力をほぼ裂かれているはず。

敵の数は圧倒的で、それを生かすことを躊躇しない。

制空権は今だ味方にあるけれど。

それもいつまでもつのだろうか。

いずれにしても、ストームがやるのは、行く先々の敵を殲滅すること。

大阪基地が見えてきた。

途中の道路はかなり手酷くやられていたが、既に近畿地方での大勢は現時点では決した。心配せず、残りの部隊に状況を任せて、房総へ向かう事が出来る。

大阪基地へ到着。

ヒドラは、既に準備が整っていた。中には、まだ整備が完全では無いグレイプRZが乗せられている。

他のビークルも即座にヒドラに搭載。

整備班も一緒に乗り込んで、東京基地までの途中で、出来るところまで修復するのだそうだ。

私のフェンサースーツに関しても同様。

一旦着替えて戻ると、新規の人員が、弟に敬礼しているのが見えた。非常に小柄な女性兵士だ。

いや、これは。

少し前から噂に聞いている。

戦闘特化の強化クローンを、各地の基地に配備していると。他の強化クローンと違い、家庭に配備して人間的な感情を持たせたりすることもないらしい。

まだ負傷しているようだけれど。

戦闘には支障がない、という事だろう。

多分第三世代のクローンで。

或いは私の遺伝子を、組み込んでいるかも知れない。顔立ちとか雰囲気とかに、何となく似通ったものを感じるのだ。

話によると、弟の遺伝子は、組み込みさえ出来ないという事である。成功例がないのだそうだ。

それを考えると、私の遺伝子を使って、優れた戦闘用強化クローンを作るのは、間違っていないのだろう。

別にそれに関して、どうこうは思わない。

勝つためなら、手段を選んでいられないからである。前大戦の悲惨な戦況を知っている私には、勝つための手段を選ばない行動を、止める気は無い。

「ナナコ一等兵であります。 本日付をもってストームに配備されました。 以降よろしくお願いいたします」

「日高玲奈軍曹です。 本日付をもってストームに配備されました。 以降よろしくお願いいたします」

もう一人は、負傷が酷くて、即座には戦闘参加できそうにないが。

名前からぴんときた。

日高中将の娘御だ。此処で参加することになったか。

東京の三川の様子が気になる。確か九州で負傷した原田は、もう東京へ戻っているはず。これで戦闘要員は二人追加となる。

「ストームは他の部隊と同じく人員不足でな。 ヒドラで移動中に、出来るだけ体力を回復して貰いたい。 東京基地に到着し次第、すぐに戦地に向かう事になるだろう」

「イエッサ!」

二人の声が揃う。

日高の威を借る狐、ということは無さそうで、少しだけ安心した。

ヒドラの発進準備が整ったので、即座に大型輸送ヘリに乗り込む。このヒドラは、プロテウスさえ輸送できる大型機だ。内部には補修機構や簡単な医療設備も整っている。

内部で、皆の治療を進める。

回復用のカプセルもあるので、私は遠慮無く使わせて貰う事にした。個室は流石にないので、女性兵士用のカプセルを、それぞれ順番を決めて使う事になるが。

まあ、移動の途中で、全員がカプセルに入りきれるだろう。

「ええと、はじめ特務少佐」

「何かな」

そういえば、日高の娘は顔立ちが妙に整っている。

日高は別に美形というわけでもない、普通の男だから。それを考えると、アイドルとでも結婚したのだろうか。

「ベガルタの操縦手はどなたですか?」

「筅一等兵だ」

「はい、何でしょうか」

手当を受けていた筅が振り返る。

ヒドラが発進シークエンスに入った。揺れているが、これくらいなら、医療に影響は無い。

「貴方が、シェルターを救ってくれたパイロットですね?」

「え、はい。 作戦上で……」

「助かりました! 有り難うございます!」

大げさに大喜びする日高娘。

面倒な奴だと私は思ったけれど。それ以上、何も言わずに、きゃっきゃっとはしゃぐ若者達に任せる。

涼川はと言うと、奧で回復用の活性薬だけのむと、すぐに戻ってきた。

後は食事を腹にかっこみ、カプセルに入る。

途中、一切口を利かなかったのは。

流石の魔神も、連戦で疲弊していたからだろう。

休めるうちに、休めるだけ休んでおいた方が良いのは、自明の理だ。

ほのかが笑顔で手を叩いて、若者達をたしなめる。

「はいはい、おしゃべりは後で。 筅ちゃん、貴方はカプセルにね」

「はい。 日高軍曹、すみません。 私がお先に休ませていただきます」

「うん、後でお話し色々しようね」

すっかり仲良くなった様で何よりである。

私もカプセルに入って、目を閉じる。

すぐに眠れるのは、カプセルに色々と睡眠導入用の工夫が取り入れられているからだ。

目が覚めると、空路は半分をこなしていた。

カプセルには、バイタルを確認し、調整する機能もついている。悪く言えば馬車馬の様にこき使われる。良く言えば、寝ている間に、健康診断までしてくれる。

乗っていた女医は、三島と違って私の体をいじくり廻す様なことはないが。起き出してまだ頭がはっきりしていない私に、小言をくれた。

「かなり無理をしていますね。 カプセルに頼らず、しっかり眠ってください。 食事も取ってください」

「何、このくらいは平気だ」

「こちらを」

見せられたデータ。

私は弟と違って、老化はしない。

だが、それは体が痛まない事を、意味はしていないのだ。

内臓や筋肉への負担が大きい。

今後は戦闘が激化するから、手足がもげたり、内臓に直撃が来る可能性もある。その場合は生体部品を取り替える事になるが、負担は更に大きくなる。

今回も、少し前に肋骨をやられている。

以前に比べて、体が弱くなった、という事だろうか。可能性は、否定出来ない所だ。

「とにかく、他のメンバーにも負荷を分担してください。 貴方はストームチームのサブリーダーなのですよ」

「分かっている」

他のメンバーについても、確認はしておく。

香坂ほのかについては、全く問題ない。既に老境に入っているが、近年のナノマシン医療技術の進歩によって、病巣の類はないそうだ。昔はこの年になると、多かれ少なかれ体内に病巣を抱えていたものだが。

これだけは、フォーリナーの技術に、感謝しなければならないだろう。

SFの産物だったナノマシンを実用化できたのは、フォーリナーから回収した技術があってのことなのだから。

カプセルから出た後は、他のメンバーも休ませる。

池口は京都での戦闘では、キャリバンを繰って、逃げ遅れた人々を見事に救出して見せた。

最近はレンジャーとしての技量も上がってきているし、操縦についてもみるべき所がある。

最初から優秀だった筅と違って、かなり伸びてきているのが面白い。

このまま伸びれば、ストームの中核に、いずれなれるかもしれない。最初からそつなく何でも出来た黒沢と比べると、伸びが早いのが印象的だ。

白衣を着せられ、ベッドに転がった私は。他のメンバーの、近況についても確認しておく。

一緒に戦って来た秀爺や谷山、涼川の状態もチェック。

ジョンソンやエミリーについては、閲覧できないようにブロックされていた。これはおそらく、本部の意向によるものだろう。

今の時点では、皆問題が無い。

弟も、私と同じか、それ以上に無理をしているらしい。

フェンサースーツを今更着てうろつくこともないかと思ったけれど。一応、医療スタッフとメンバー以外には、姿は見せない方が良いだろう。フェンサースーツを着込むと、医務室を出る。

ふと窓から外を見ると、大型万能機、ホエールが見えた。

どうやら、ヒドラを護衛してくれているらしい。

ホエールは近年実用化に移された万能機で、多彩な攻撃能力を持つ空の要塞だ。攻撃機としては他にもミッドナイトやアルテミスがあるが、これらはファイターの護衛がないと運用が難しいのに対し、ホエールは巨体に相応しい自衛能力があり、生半可な飛行ドローン程度は寄せ付けもしない。

ホエールは確か、各支部に一機か二機程度しか配備されていないはず。

来ていると言うことは、恐らくは大阪支部から、東京支部の支援に向かう、とみて良いだろう。

つまり、極東司令部は、房総の戦闘に本腰を入れていると言うことだ。

弟が男性用の部屋から出てきた。

バイザーを付けて、軽く話し合いをしておく。弟の方だけに、行っている情報もあるからだ。

「房総に向かっている敵戦力は、更に増強されているそうだ。 巡航ミサイルで相当数を破壊してはいるが、水際での殲滅を狙って大規模な戦いになる事は避けられないだろう」

「今回の戦いで、初めての大規模決戦だな」

「レンジャーチームだけで百三十を動員するらしい。 今、東北からも、かなりの人員を動員しているそうだ」

嫌な予感がする。

フォーリナーも、飛行ドローンを彼方此方にはなっている。EDFの動きくらいは把握していてもおかしくはない。

一旦日本海に抜けたマザーシップも、数日中には主砲の修復を終わらせるはず。

奴の動き次第では、対処が難しいかも知れない。

東京支部に到着。

ヒドラが着陸するやいなや、すぐに日高から、支部に来る様に指示が来た。新人達には、少しでも休むように言うと、ジョンソンと一緒に、三人で支部に顔を出す。

日高司令はかなり疲れている様だった。

戦線図を見せられる。

地上に展開した巨大生物は、広域に散らばりはじめている。

戦線が錯綜し、簡単にはどちらも動けない状況だ。

其処に、敵輸送船の到来である。

「おそらくこれから、房総に敵の大攻勢があると同時に、関東全域に散らばった巨大生物が、一斉に活性化するだろう。 東京基地の戦力は、動かす事が出来ない」

「分かっています」

弟の返事は淡々としている。

頷くと、日高は輸送船が点在している地域について説明してくれる。

やはり、房総の防衛網の背後を脅かす様にして、展開している。現在の敵数は十二隻。現地のレンジャー部隊も手をこまねいていたわけでは無い。今までの戦いで既に数隻を撃沈したそうだが、巨大生物の投下量が多く、これ以上支えるのは難しいと悲鳴が出ているそうだ。

「房総に向かうヘクトルの群れは、此方の動きを完全に見透かしている。 防衛網から戦力を裂けば、確実に移動速度をあげて、海岸線を直撃してくるだろう。 それだけではない」

マザーシップについても情報を出してくる。

この間撃退した一隻は、ユーラシアに上陸。旧中国の無人地帯を通り抜け、東南アジアから再び海上に抜けたという。

その代わり、また一隻が房総に向かっているというのだ。

「ジェノサイドキャノンをうち込まれると、陸上部隊は壊滅する。 また、君達に対処を頼むことになるだろう」

「分かりました」

これは、またしばらくまともに休息は取れそうにないな。

角を生やす医者の顔を思い出すとげんなりしたが。

しかし、どうにもならない。敵が休ませてくれないのだから。体がぼろぼろになっていくのが、目に見える様だった。

他にも軽く情報交換。

最後に、日高は、ジョンソンに聞く。

「総司令部の意向は何かあるかね」

「今の時点では、これといった話は聞いていません。 北米ではまだマザーシップが到来していない事もあり、隙を見てストライクフォースライトニングが、ニューヨークの敵巣穴を攻略に向かうそうですが、それくらいです」

「北米でも動くか。 問題はシドニーだな」

現在、オーストラリアの支部が、かなり危険な状態にある。

調査によると、シドニーの巨大生物の巣穴が予想以上の規模らしく。現時点では手も足も出ないそうなのだ。

其処へマザーシップから飛来した飛行ドローンが大挙して押し寄せており、ひっきりなしに救援を求める連絡が来ているとか。

「状況を見て、ストームに攻略の依頼が来るかも知れません」

「心しておこう」

弟が、不満げに声をとがらせた。

普段と殆ど変わっていない声色だけれど、私には分かる。弟は、ジョンソンがそれを黙っていたことを、相当不満に感じている。

もっとも、ジョンソンは総司令部から派遣されている目付役だ。エミリーも同じである。

だから、あまり文句を言うのは酷だが。

東京支部の司令部を出ると、すぐに現地に向かう。今は大戦前には網の目の様だった高速道路が整備されていて、房総まではさほど時間も掛からない。

敵輸送船が点在している地域を、バイザーには既に貰っている。

移動しながら、何処をどう叩くか、ブリーフィングを行う。やはり、手を分けないと、厳しい状態だ。

「本当なら一丸になって動くのが一番なのだがな」

元々、少人数のチームなのだ。

しかも新人は怪我を押して出てきている。日高軍曹もナナコも、後方支援だけさせるようにと医師に釘を刺されている。黒沢も池口も、連戦での疲弊が隠せていない。

唯一筅は怪我をしていないけれど。かといって疲弊していないわけではないのだ。

「ジョンソン。 涼川。 二人は新人達を連れて、南部地区の輸送船を担当してくれるだろうか。 エミリーと香坂夫妻も、これに同道して欲しい」

「イエッサ」

そうなると、北部にいる六隻は、私と弟、それに谷山だけでの対処か。

ただ谷山には、今回対空戦を想定して、バゼラートが支給されている。

バゼラート。

対地攻撃特化型のネレイドと違い、対空戦もこなせる戦闘ヘリだ。昔空で無敵を誇ったアパッチを近代改修し、フォーリナーの技術を積極的に取り入れて、新しく生まれ変わらせた強力なヘリである。

形状はアパッチによく似ているが、武装や戦闘力は段違いだ。

連発型のエネルギービームであるヴァルチャーを装備しており、誘導ミサイルの破壊力も大きい。

バゼラートは、谷山がもっとも得意とするヘリだ。

前大戦では、アパッチや、それを少しだけ改修したヘリで、対空戦力に守られたフォーリナーと、谷山は渡り合い続けた。それで夥しい戦果を上げて来たのだから、その技量の凄まじさがよく分かる。

また、今回は大阪支部からもってきたおんぼろのキャリバンを、日高軍曹が使用する。

移動する際に利用できること、状況次第ではヒールタンクとして機能することが、持ち込んだ理由だ。

ただし戦闘力はないので、日高軍曹には後方をキープする様に念を入れている。

日高中将は、娘については何も言わなかった。

信頼していると言うよりも。余計な事を口に出せば、決意が揺らぐから、だろう。ストームに娘を入れたのは、色々と思う事があっての末だろうから。

「日高軍曹は二チームの間で距離を保ち、要請次第ですぐに救援に向かって欲しい」

「イエッサ!」

「くれぐれも無理はするな。 そのキャリバンは、かなり古い型式だ。 最新鋭のキャリバンならMBTをもしのぐ装甲を持つが、そのタイプは其処までの性能を期待出来まい」

高速道路を抜ける。

途中ネグリング自走ロケット砲の集団が、房総へ向かうのが見えた。

強力な誘導ミサイルを積んだネグリングは、前大戦で敵に対して大きな戦果を上げたMLRSの改良型。フォーリナーの技術を利用して、ミサイルを基地から転送する事で、圧倒的多数の攻撃で敵を制圧する事を想定している。

破壊力が大きい分建物や味方への被害も懸念されるため、今までは前線に投入はされてこなかったのだが。

今回の総力戦で、どうあっても必要と日高中将が判断したのだろう。

空では、時々ファイターが飛んでいるのが見えた。

この近辺の制空権はいまだ保たれている。ファイターが活躍している故だ。ただパイロット達は、かなり過重労働に苦しんでいるかも知れない。

間もなく、戦地に着く。

日高軍曹が運転するキャリバンから降りると、バゼラートに弟と一緒に乗る。他の戦闘車両は、全て南下していった。

バゼラートが再び空に舞い上がる。

谷山の操縦は、とにかく丁寧だ。浮き上がるときなどに、ほとんど浮遊感を感じないほどである。

「房総北部に展開しているレンジャーチームから、出来るだけ急いで欲しいと救援要請が来ている。 速度を上げてくれるか」

「可能な限りは急ぎますよ」

弟は頷いた。

やはり、此方の判断で動ける状況が、一番やりやすい。

飛行ドローンが来た。数機。

だが瞬く間に自動追尾ミサイルがロックオン。発射されたミサイルは、回避運動をしようとした飛行ドローンを、容赦なく叩き落とす。

火を噴きながら落ちていく飛行ドローンには一瞥もせず、バゼラートが行く。

「やはりこれが私には一番あっています」

谷山の声も、心なしか弾んでいる様だった。

 

戦場に到着すると、弟と私は、すぐにバゼラートから飛び降りた。

バゼラートには、制空権の確保と、隙を見て輸送船への攻撃を行って貰う。弟はライサンダーをかついで、手にはアサルト。アサルトは本部から新型のAF20を渡されている。前大戦でも使われたモデルだが、大規模な改修が施されて、間もなく歩兵用の武器として正式採用される予定だった。

その直前にフォーリナーが来たことで、まだあまり多くは普及しておらず。今でも多くの歩兵がAF14を用いているのが現状だ。

このAF20はそもそも弾丸に鉛玉を用いず、フォーリナーから鹵獲した技術によって、光の弾を撃ち込む。一種のビーム兵器だ。

しかもエネルギーは自己生成するので、非常に効率が良い。

今後の主力にと、EDFが考えた所以である。

私は今回、シールドとハンマー、スピアとガリア砲で出てきている。

地上、中空、どちらにも対応する構えである。

前衛は私が務める。

後方からは、弟が支援。

口に出さなくても、わかりきっていることだ。

すぐに、空に三隻の輸送船が見えた。

この辺りの町並みはまだ戦果に襲われていなかったのに。これからズタズタにしてしまうのは、本当に心が痛む。

既に市民の避難は完了済みなのが救いか。

巨大生物が、此方を発見。

大半が黒蟻だが。

いる。

赤蟻が、相当数混じっている。

ブースターを噴かし、突進。ハンマーを振り上げると、敵の直前に叩き付け、衝撃波で吹き飛ばす。

スピアを周囲に乱射しながら、冷静に少しずつ下がる。押し寄せてくる巨大生物たち。輸送船が、それを支援すべく、ハッチを開いた瞬間。弟がライサンダーから、大威力の弾丸を叩き込んだ。

更にバゼラートが、支援砲撃を開始。

強力なビーム兵器ヴァルチャーが、連続して地上を抉る。

一隻目の輸送船が、爆裂。

炎を噴き上げながら、落ちていく。

「姉貴、狙撃地点を変える。 其処でしばらく暴れていてくれ」

「任せろ」

とっさに跳躍したのは、赤蟻が態勢を低くして、突進してきたからだ。間一髪、顎に捕らえられるのを防ぐ。

奴の頭を蹴って更に跳躍すると、背中にスピアを叩き込んでやる。

だが、赤蟻の装甲は、前大戦よりも更に凶悪になっていた。スピアが弾かれたのを見て、私は瞠目。

ハンマーに切り替えると、群がってきている蟻を、まとめて吹き飛ばした。

だが、中空にいる間に、周囲の黒蟻から散々酸は浴びる。

こればかりはどうしようもない。

またハンマーで、周囲にいる蟻を吹き飛ばす。今度は真正面から襲ってきた赤蟻。避けている暇は無い。スピアを顔面に叩き込み、わずかに怯んだところで、ハンマーを振りかぶって、直接叩き付ける。

流石にこれにはひとたまりもない。

赤蟻が顔面を打ち砕かれ、大量の体液をぶちまけながら、ばらばらに吹っ飛んだ。アーマーが限界を超えたのだ。

至近。

後ろにいた赤蟻が、背中から撃ち抜かれて、その場で胴体と頭が泣き別れになる。

弟がビルの非常階段を上がりながら、ライサンダーで打ち抜いたのだ。

無言のまま、私はスピアをうち込み、黒蟻を薙ぎ払いながら、スラスターを噴かして下がる。下がりながらハンマーを振るい、周囲を爆砕する。

迫る蟻の数は減らない。

地形を上手く使いながら、弟が輸送船を落としてくれるのを待つ。

再びバゼラートが来た。誘導ミサイルを放ち、支援のために飛んできたらしい飛行ドローンを撃墜していく。

「姉貴」

「どうした」

「北の方で、レンジャー19が支援を求めている。 赤蟻を含む敵集団に攻撃を受けているそうだ」

「谷山に行って貰おう」

そうするしかないだろう。

しばらくは苦しい戦いになるが、他に手がない。

振り向きざまに、迫っていた赤蟻の横っ面をハンマーで吹き飛ばす。足が止まった瞬間を狙って、すかさず黒蟻共が酸をぶち込んでくる。連携は悔しいが、敵の方が一枚上手かも知れない。

だが、それでもだ。

此方にも、歴戦の経験がある。

赤蟻を弟と一緒に集中駆除。敵輸送船が、支援を狙ってハッチを開いたところを、弟が狙撃。

爆発した輸送船が、また落ちてくる。

スピアを叩き込んで機動戦を行いながら、黒蟻を落下地点に追い詰めていく。

爆裂。

巻き込まれた黒蟻が、悲鳴を上げてバラバラに吹っ飛んでいく。いい気味だが、しかし。既にこの辺りは、壊滅状態だ。

三隻目を弟が落とす。

後半分。

残党を片付けながら、私は、スーツの負荷が深刻である事に気付いたけれど。今更、どうしようもない。

ビルから降りてきた弟が、アサルトで敵の掃射をはじめる。

二人で連携して、間もなく敵の駆除を完了。

「日高軍曹、来てくれるか」

「はい、直ちに」

「おい、私は」

「アーマーを変えた方が良いだろう。 姉貴も、無理をするな。 今回は前衛なのだから、多少はな」

キャリバンはすぐにきた。

その間、弟は南部戦線の戦況を確認。既に輸送船二隻を撃墜して、三隻目を攻撃しているという。

秀爺の狙撃は正確無比だ。

対空戦闘は秀爺に全て任せて、地上に他メンバーが注力できるのは大きい。

キャリバンが来た。

若干運転が荒いが、かなり早い。急いで乗り込むと、武装のチェックを実施。アーマーを取り替えた。

弟も、ライサンダーの状態チェック。

そのまま、まだ戦闘が続いている北部へ移動。

「私も、手伝いましょうか」

「不要。 キャリバンはいざというときの生命線になる。 すぐに所定位置に戻ってくれ」

「イエッサ」

少し不満そうに、日高軍曹が口をとがらせる。

側面ドアを開けると、弟がライサンダーをぶっ放す。上空にいた飛行ドローンが打ち抜かれ、火を噴いて落ちていった。

「すご……今の一瞬で」

素直に驚く日高軍曹。

まもなく、戦地に着く。この辺りは、先ほど谷山が救援に向かった地域だ。レンジャー19は。

いた。

バリケードを作って、必死に敵の侵攻を食い止めている。上空から谷山が支援をしているが、これは長くは保たないだろう。

弟が通信をはじめる。

「レンジャー19、状況を。 此方ストームチーム」

「ストームチームか、助かった。 負傷者が四名いて、身動きが取れない!」

「分かった。 今、すぐに救援が行く」

何も確認の必要はない。

私と弟は、同時にキャリバンの左右から飛び出す。弟は走りながらライサンダーをぶっ放し、アサルトの猛射に平然と耐えている赤蟻をこの世から消し飛ばした。

私も走りながらハンマーに切り替える。

「日高軍曹は血路を切り開いたら突入。 負傷者を救援後、所定位置に戻れ」

「イエッサ!」

突撃しながら、ハンマーを振るう。

数体の黒蟻が吹っ飛ぶ。

上空の谷山も支援を開始。敵の目が此方に向いたのを確認しつつ、スピアを乱射。敵を確実に仕留めながら、前線を押し上げる。

だが、その時である。

不意に上空にいた三隻の輸送船が。

同時にハッチを開き、あらん限りの勢いで、蟻をばらまきはじめたのである。

即応した弟が、一隻を即座に撃墜するが、二隻は無事。

いきなり三倍に増えた黒蟻が、一斉に囲まれているレンジャー19に襲いかかる。その勢いは正に猛然たるというに相応しかった。

まずいな。

舌打ちしながらも、ハンマーを振るって周囲を爆砕し、敵を薙ぎ払う。

弟もアサルトに切り替えて、迫る敵を片端から打ち抜く。

だが、レンジャー19は、そうもいかない。

一気に迫ってくる前線に、悲鳴を上げたレンジャー19の一兵士が、フレンドリファイヤを起こすのが見えた。

ブースターを噴かし、敵中に踊り込む。

ハンマーを振るって周囲を蹴散らす。強引に割って入って、バリケードの中に。無理矢理作った隙間を、キャリバンが疾走。

バリケードを蹴散らし、中に割り込んだ。

装甲にダメージもあったが、この判断は悪くない。日高軍曹、かなり有能な人材かも知れない。

思うに、日高中将も、或いは前線で活躍する方が力を発揮できるタイプなのかも知れなかった。

キャリバンの側面ドアを開けると、日高軍曹が顔を出した。

「救援に来ました! すぐに負傷者を乗せてください!」

「わ、分かった!」

投げ込む様にして、呻いている負傷者達を、キャリバンに入れる。

私はキャリバンの上に飛び乗ると、そのままブースターを噴かし跳躍。大量の酸を浴びながらも敵に突進し、当たるを幸いに蹴散らす。

退路は弟が確保してくれている。

また、ミサイルを谷山が叩き込んで、血路を広げる。

「キャリバンにタンクデサンド! 一気に血路から脱出しろ!」

「き、君達は」

「此方は問題ない。 この程度の数は、いつも相手にしている」

振り向きざまに、赤蟻にスピアをぶち込む。

更に旋回しながらハンマーで吹っ飛ばした。遠くのビルまで飛んでいった赤蟻は、其処で粉々に吹っ飛んだ。

また、輸送船がハッチを開くが、対処している暇は無い。

退路をキャリバンが無理矢理抜けていく。途中、黒蟻が退路を塞ごうとしたが、弟がライサンダーで吹っ飛ばした。

だが、周囲を囲まれている状況。

キャリバンがレンジャー19の戦士達を乗せて包囲を抜けると、もう後は包囲という事実だけが残る。

弟が飛び込んできて、背中合わせに立つ。

「さっきよりかなり多いな」

「行けるか、姉貴」

「問題ない」

二人、同時に飛び退く。

ビルに張り付いている彼奴は、よりにもよってレタリウスだ。

あんなものまで、輸送船は投下してきたのか。

いや、何処かで回収したレタリウスを、ここぞと落として来たのだろう。状況から考えて、あれは地球で進化した巨大生物だからだ。

アーマーの負荷が見る間に上がっていく中。

私は敵の中に突貫。

上空にいるバゼラートは、レタリウスへターゲットを絞り、ミサイルをうち込みはじめるが。

それは、地上支援がその間出来ない事も意味している。

血戦がしばらく続き。

ようやく巨大生物を掃討し、上空にいる輸送船も落とした時には、私も弟も、満身創痍だった。

どうにか辺りにいる巨大生物は全滅させたが。

南にいる皆も、散々だった様子だ。涼川が負傷したと聞いて、流石にひやりとさせられるが。

実際に合流してみると、アーマーの負荷が超えて、酸が多少肌を焼いたくらいだと、本人は平然としていた。

すぐに房総にある、臨時指揮所へ移動。

其処で負傷の手当を進めながら、損害を確認する。

ベガルタは南部の戦いで、大活躍していたという。ただし筅自身は、集中力を使い切ったか、ぬれタオルを被って横たわっていた。かなり負担が大きい様で、今も熱を出した子供みたいに喘いでいる。元々頑丈とは言えない筅だ。これくらいは、仕方が無いかも知れない。ベガルタで活躍はしているのだから、あまり多くを求めるのは酷だ。

皆の損害を確認すると、弟は日高司令と話すといって、その場を後にした。私はビークルの補修を整備班に頼み、更にフェンサースーツのメンテナンスを頼む。いやだけれど三島がいたから、メンテナンスはすぐにしてくれた。

アーマーも取り替え。

対多数の乱戦も想定した武器を持ち込んで。後は新人達の状況を確認。

筅はカプセルに移して、戦闘開始まで寝かせることにした。他の新人達も、同じように休ませる。

涼川は手当を終えると、此方に来た。

「ちいと痛むがな、どうにかなるぜ」

「そうか」

バイタルチェックの状況を確認。とりあえず、致命的なダメージは、体には出ていない様だ。

香坂夫妻には、前線から少し下がった場所に、イプシロンで陣取って貰う。

後は、直前のブリーフィングだ。弟が戻ってきてから、する事になるだろう。

指揮所にいた指揮官が来る。

親城である。

久しぶりに会った親城は、社交辞令の挨拶を交わすと、すぐに本題に入った。

「この間、准将に昇進しましてな。 城川大佐と一緒に、此処での迎撃作戦を採ることになりました」

「城川もいるのか」

「ええ。 あなた方もいてくれる。 勝ったも同然ですな」

海岸線には、既に前衛となるMBTギガンテスが、砲列の壁を作っている。

その後ろにネグリング自走ロケット砲とイプシロンレールガンの車列。

海岸には、既に多くのレンジャー部隊が展開していた。更に、新設されたばかりのフェンサー隊と、ウィングダイバー隊もかなりの数が見受けられる。

総力戦だ。

空軍も、この戦いには、かなりの兵力を動員する。

既に先遣隊になる飛行ドローンが相当数海上に出てきていて、ファイターと迎撃ミサイルが、次々と落としている様だ。

それでも、ヘクトルの侵攻は止まっていない。

海軍が使えるだけのテンペストを叩き込んで相当数を削ってもいる様だけれど。それでも、敵の数は圧倒的なのだ。

「ヘクトルはいつ頃来るだろうか」

「敵の先発隊は、数時間以内に現れるかと思います。 本隊はおそらくそれからでしょうね」

頷く。

一応、予報として聞いておく。敵の動きはいつも悪辣だ。此方の予想を凌駕しても、不思議では無い。

ビークルのメンテナンスをするように、後方支援部隊に頼む。

私はと言うと、一旦席を外して、医療スタッフの所へ行くことにした。データベースから、三川や原田の状況を確認。

三川は治療を進めていて、多分近い内に出られる。ウィングダイバーとして出られるかは分からない。あれは繊細な操縦が必要になるからだ。しばらくはレンジャーとしてならして、ウィングダイバーとして復帰する形だろうか。

原田は単純に怪我が治っていない。

今回復を急ピッチで進めている様だが、もっと重症な人間がいくらでもいる状況だ。

爆音が響いた。

空を見上げると、飛来したファイターが、飛行ドローンを叩いている。十機ほどの飛行ドローンは、ファイターが放った誘導ミサイルにやられて、ひとたまりもなく落ちていった。

今の時点で、制空権は此方にある。

だがあのようなものが来ると言う事は。

嫌な予感は、直後に現実になった。

 

4、房総半島総力戦

 

海岸に展開し、高高度強襲ミサイルの状態を確認していた私のバイザーに、緊急通信が飛び込んでくる。

最悪の予想が、現実になった様子だった。

「スカウトより連絡! 海中のレーダーより、多数ヘクトルを確認! 数は五十以上!」

「どうやら、先発隊とやらが来たようだな……」

弟に連絡。

他のメンバーも、予定通りの配置につく。砂浜にはかなりの数の味方部隊が展開しているが、ストームの配置は最前列のやや後ろだ。

キャリバンも何機か待機している。

一瞥だけした。

今日、活躍した日高軍曹のキャリバンも来ている。とはいっても、これから砲撃能力にも優れているヘクトルの大軍を相手にするのだ。

「サブマリンはどうしている!」

「敵の本隊と交戦中! アウトレンジ攻撃に徹するため、敵の殲滅効率が低く……!」

「ヘクトルは、海中を泳いできたとでも言うのか!」

以前のヘクトルは、海中を歩いて進んできた。このため大陸棚以外の海を進むことが出来ず、輸送船によって運ばれて来ていた。

今回はどういうわけか、海上でヘクトルが確認されていたのだが。

なるほど、泳ぐことが出来る様になったのか。

何かしらの補助機械で、海上近くを歩いてきているという推察は、外れたというわけだ。

「間もなく、敵が姿を見せます!」

「部隊の展開急げ! 火力を集中して各個撃破する!」

隣に立った弟が、ライサンダーを構える。

そして、ヘクトルのカメラアイが、海上に姿を現した瞬間を打ち抜いていた。

周囲から、おおと声が上がる。

「ストームチームだ!」

「流石だ、負けていられないぞ!」

「エメロード準備! スタンピートも準備しろ!」

カメラを破壊されながらも進んでくる先頭のヘクトルだが、弟の第二射で胴体に大穴を開けられ、其処に他の前衛部隊が放ったスティングレイが直撃、爆発した。

巨体が傾ぎ、ゆっくり海水を跳ね上げながら倒れ伏す。

直後に爆裂。

「EDF! EDF!」

兵士達の喚声が上がる。

だが、弟はそれに加わらない。黙々とライサンダーの次の射撃を準備。海を割る様にして、四体のヘクトルが同時に姿を見せると、流石に兵士達も、青ざめる。

ヘクトルは単独で一個中隊の兵士を蹴散らしたと、前大戦では噂が流れた。

これに関しては完全に真実だ。フォーリナーの巨大人型ロボットヘクトルは、その巨体もさながら、耐久力と攻撃力が圧倒的で、生半可な火器では通用しなかった。

私が高高度ミサイルを射出。

前衛にいる大火力武器を持たされている兵士達も、敵に向けて一斉に放つ。中距離からは小型ミサイルの大群が、上陸しつつあるヘクトルの群れに襲いかかる。

小さな爆発を蹴散らす様にして、ヘクトルが進んでくる。

痛みも恐怖も感じない巨神の群れ。

更に十体以上が、海面に姿を見せる。

弟が、ライサンダーをうち込み、一機の胸に大穴を開けた。

だが、それが皮切りになり、敵も攻撃を開始する。

両腕に装備されている巨大なガトリングが火を噴く。巨大な弾丸が凄まじい勢いで、前衛の兵士達を襲った。

爆裂、殺戮、正に死の展覧会場。

アーマーを貫通された兵士は即死だ。

一機、また一機とヘクトルは倒れていくが、味方の死骸を踏みにじって、次々と新手が上がってくる。

それだけではない。

多数の飛行ドローンが、水平線の向こうから、姿を見せた。

「予想より数時間早いな」

「前線を少しずつ下げろ。 そろそろ戦車隊の攻撃範囲に入る」

「負傷者を救助しながら後退!」

各レンジャーチームの指揮官が、部下を救助しながら下がる。必死に走り回るキャリバンは、時にその装甲で、ヘクトルの巨弾を受け止めさえした。私もガリア砲に切り替えると、近い奴から打ち抜きはじめる。

「さーて、ここらからが、あたしの出番だな」

スタンピートを取り出した涼川が、前に出てくる。まるで夜叉の様な笑みを浮かべると、数機がまとまって進んでくるところに、グレネードの雨をぶち込む。

「ヒャッハア! 散らばれ散らばれ!」

キノコ雲が上がるほどの火力の中、足下を粉砕されたヘクトルが倒れ、その上にもう一機が。

更に、ピンを抜いた手榴弾を、強肩で放り込む涼川。

DNG9。

大型のフォーリナー兵器を単独で爆破できる破壊力を持つ、凶悪な手榴弾だ。重なり会ったヘクトルは、情け容赦ない爆発に打ち砕かれ、粉々に吹き飛ぶ。だがその死体を踏みにじって、更に新手が姿を見せる。

上空では、大挙して訪れた飛行ドローンを、ファイターが攻撃している。

怒濤の猛攻で相当数を落としているが、それでもかなりの数が、地上すれすれにまで来て、地上部隊を攻撃する。

対処を、ヘクトルと飛行ドローンに分散せざるを得ない。

戦線が、少しずつ下がっていく。

戦車部隊が攻撃を開始。ヘクトルの群れに、次々火花が咲く。更にネグリングのミサイルが乱射されるが、その半数以上が、飛行ドローンに阻まれて、中途で爆裂してしまう。飛行ドローンは、非常に安価な制圧戦闘機なのだ。こういった使い方も、出来ると言うことである。

ライサンダーでまた一機打ち抜く弟。

その隣で、私もガリア砲で、一機を爆散させていた。

味方も善戦しているが、何しろ数が多い。ヘクトルは既に十機以上を破壊しているが、海上からは際限なく姿を見せ続けている。

「海中のレーダーに反応! 敵の第二陣接近! 数は百を超えています!」

「もう少し下がった方が良いな」

少し下がるのと、同時に中距離にいるジョンソンとエミリーにも声を掛ける。

負傷した兵士が、周囲では呻いていた。この海岸に、敵は今の時点で、全力投入してきている。

死者も多数出しているが、それでも今のところ。

戦況は互角以上だ。

ファイターが十機以上同時に飛来し、ミサイルを大量に撃ち放つ。

飛行ドローンが一度に多数撃砕され、中空の敵に空白地帯が出来た。ここぞとばかりに、攻撃機が飛び立つ。

「爆撃が行われる! 歩兵部隊下がれ!」

負傷者を或いは担ぎ、或いは必死に走って、味方が下がりはじめる。

微動だにせず、弟は再びライサンダーで、至近にいる長距離砲を装備したヘクトルを打ち抜いた。

長い海岸線の一部だけに、敵の攻撃が集中しているのも妙な話だ。

稲妻が走る。

ウィングダイバー隊が、攻撃を開始したのだ。レーザーも。

更に此処に爆撃が加わる。ミッドナイトとアルテミスが編隊を組み飛来。爆弾を多数投下。更に重機関銃が火を噴く。

ヘクトルが、地上と上空からの同時攻撃で、十機以上瞬時に爆散した。

弟が舌打ち。

ライサンダーの負担が、ピークに達したのだ。少し冷やさなければならない。だがこれに備えて、もう1丁ライサンダーを持ってきているのだ。

背負い直すと、新しいライサンダーで、敵を撃ち始める弟。

戦車隊の攻撃範囲に入っているヘクトルだが、黙ってやられるはずもない。長距離砲が火を噴き、後方にいるネグリングや戦車にも直撃しはじめる。

アサルトライフルでは効率が悪い。

ガトリングを装備したヘクトルに狙われると、歩兵ではまず助からない。

海上に、無数のヘクトルが顔を出す。

第二陣が、現れたのだ。

同時に、飛行ドローンも水平線の彼方から、多数現れる。

ヘクトルは上陸の橋頭堡を既に確保している。集中される火力にも耐え抜き、此方に凄まじい反撃も浴びせてくる。

私と弟だけで、既に十五機を倒したが。敵の物量はそれ以上。まるで神話の時代の終わりを告げる様な光景だ。

「負傷者を下げろ!」

敵が容赦なく進んでくる。ライサンダーとガリア砲では、どうしても射撃速度が遅れる。

少しずつ下がりながら、私と弟は連携して敵をたたいていくが、限界がある。

不意に、ヘリが乱入してきた。バゼラートという事は、谷山か。ミサイルをうち込んで、飛行ドローン隊を撃破。更に。

少し後ろから放たれたレーザーライフルの赤い閃光が、ヘクトルの胴を融解させる。

ジョンソンか。所有している零式レーザーだ。充填まで時間が少し掛かるが、中距離からヘクトルを瞬殺出来るのは大きい。

更に、少し小高いところに陣取ったエミリーも攻撃を開始。

MONSTERの大火力が解放され、一撃でヘクトルの腕にある武器を抉り取り、胴に大穴を開けていく。

確実に前線を下げつつも。

ヘクトルには、大打撃を与えながら、戦いは推移する。

 

海岸線は既に完全に敵の橋頭堡と化している。

数が多すぎて、とてもでは無いが対処しきれないのだ。ホエールをはじめとする空軍の爆撃は大きな効果を上げている。地上部隊も確実に敵を削り続けている。しかしそれでも、敵の数が多すぎて、全滅させるには到っていないのだ。

負傷者がひっきりなしに運ばれてくる。

前衛に出てきた戦車隊が、砂を蹴散らして走り、敵に主砲を浴びせ続ける。私と弟はその少し後ろから、敵に大威力の砲撃を浴びせ続けているが、それでも。敵の数は、まだまだ増えている。

長距離砲を有しているヘクトルも、ガトリングを装備しているヘクトルも。

放置していれば、味方に大きな損害を与える。中には右手に長距離砲、左手にガトリングという、厄介なのもいる。

戦車が一両、爆発。

ヘクトルの榴弾砲を、連続で喰らい、耐えきれなかったのだ。中に乗っていた兵士は即死だろう。

ベガルタが何機か来ている。その中には、筅のファイアナイトもいる。

だがもともとファイアナイトは巨大生物戦を想定している機体。榴弾砲は大きな効果を示しているが、それでもいつもほどの活躍は出来ていない。

長距離砲が放たれ、また後ろにいたネグリングが吹き飛ばされる。

被害は確実に大きくなってきていた。

スカウトが、さらなる報告をしてきた。

「第四陣接近! 数は百……いや二百を超えます!」

「ちっ。 このままだと前衛が喰い破られるな」

涼川が舌打ちして、それでも次々敵の中にDNG9を放り込み続ける。大爆発が巻き起こる中、敵は味方の損害など意に介さず、進んでくる。

また戦車が一機、ガトリングの餌食になる。

長距離からレールガンの射撃も続いている。秀爺のも時々飛んできて、一撃確殺しているが。

それでも、他のレールガンは、其処まで見事に敵を打ち抜けない。

戦闘中なのに、空気を読まない通信をアホ科学者が入れてきたのは、その時だった。

「此方三島」

「何だ」

「ま、大きな音。 ガリア砲?」

「それで胸に大穴を開けたヘクトルが、消し飛んだところだ。 それで何か」

弟にも聞こえているらしい。

既に冷却が終わったライサンダーを、刺していた砂浜から引き抜くと。弟は間髪入れず、ぶっ放す。

傷ついていたヘクトルが、それで吹き飛ぶが。

後から後から迫るヘクトルは、怖れる様子も無い。戦車部隊は下がるわけにも行かず、敵との殴り合いを続けており、消耗は増える一方だ。

「苦戦しているみたいね。 ただでさえ人員が少ないのに、そんな事してたら力尽きるんじゃないの?」

「敵の物量も無限じゃない。 此処で削り取れば、マザーシップ撃墜に励みがつく」

「そんな事、思ってもいないくせに」

けらけらと三島が笑ったので、私は思わずむっとした。弟は平然としていて、またライサンダーで敵を一機仕留める。

既にストームチーム合わせて四十七機を仕留めたが。敵の数は、それでもゼロにはならない。

「敵を数十機、まとめて吹き飛ばす武器があるんだけど、試してみる?」

「ジェノサイド砲か?」

噂には、存在を聞いていた。

マザーシップを分析して造り出した、究極の破壊兵器があると言う。どのような敵であろうと一瞬で焼き払う破壊力を持ち、EDF総司令部に封印されているのだとか。

勿論、根も葉もない噂だが。涼川はあるなら是非使いたいとか抜かしていた。

「いいえ、違うわよ。 ノートゥングからの衛星兵器砲。 通称サテライトブラスター」

「あれは確か、総司令部の指示がないと使えないと聞いているが」

「今回、実験的に使用許可が下りているの。 まあ、日高司令に頭を下げて貰ったのだけれど、ね」

話半分に聞きながら、ガリア砲を放つ。

当たりはしたが、中枢を外した。だが元々限界まで弱っていたヘクトルは、それで動きを止め、前衛にいた戦車隊の攻撃で沈黙する。

そろそろ戦車部隊の防御が限界だ。疲弊が激しい戦車が下がり、新しいのが来るが。そう長くは保ちそうにない。

ジョンソンの放った零式レーザーライフルの光が敵を撃つが。

一気に数体のヘクトルを倒すわけにはいかない。一撃確殺は、一撃で一体を必ず殺す事しか出来ないのだ。

「ストームリーダー、少し下がるわ」

エミリーからの通信だ。

ジェネレーターが焼け付きそうなのだという。確かにMONSTERの火力で敵を倒してくれていたのだし、そろそろ無理が来ていてもおかしくない。

秀爺からも通信。

「弾切れだ。 補給のため下がる」

「分かった。 できる限り急いで戻ってくれ」

海上に、敵の新手。

報告通り、今までの敵を全て合わせたほどの数だ。

海上で海軍が、巡航ミサイルでかなり削ってくれたはずなのに。これでは確かに、前線を喰い破られかねない。

また攻撃機が爆撃をするけれど。

全ては倒しきれないだろう。反撃を浴びて、アルテミスが一機火を噴き、落ちていくのが見えた。

パイロットは脱出できただろうか。

此方のガリア砲も、そろそろ厳しい。かといって、フェンサースーツでは、ヘクトルの火力に何処まで耐え抜けるか。

通信が来る。

谷山からだった。

「ノートゥングの使用許可を貰いましたよ。 サテライトブラスターぶっ放して良いですか?」

「本当だったのか!?」

「ええ。 既に射撃の準備は出来ています」

「よし、やってくれるか」

前衛に下がる様急いで指示を飛ばす。

戦車隊が一瞬遅れて下がりはじめ、その分ヘクトルが進もうとするが、そうはさせない。涼川がスタンピートをぶっ放し、前衛にいる数機をまとめて爆破する。其処へ私がガトリングを叩き込んで牽制。下がる様に、叫んだ。

戦車隊が、私達を追い越して、下がる。

慌ててレンジャー部隊も下がった。私達はぎりぎりまで残る。濛々たる煙の中、突き抜けて進んでくるヘクトルを、弟がライサンダーで叩き潰す。胸の中央に穴を開けたヘクトルが、無念そうに爆散。

「もう少し、耐えてください」

「分かっている」

また、煙を突き破って、ヘクトルが出てくる。ライサンダーは撃てない。代わりに私がガリア砲をぶっ放す。

頭部がごっそり吹き飛んだ殺戮人型兵器が、前のめりに倒れ、爆散。

その背中を踏んで、更に新手。

そいつが踏んだのは、涼川が投げたSNG9だった。

足を根こそぎ持って行かれて、横転するヘクトル。だが横転しながらも、右手にあるガトリングをうち込んでくる。

煙の中には、ひっきりなしに戦車隊が射撃をしているが。

少し前から、私が管制を貰って、射撃を意図的に偏差させている。後ろにいるネグリングもそうだ。

敵を、私達の前に集中させているのである。

ヘクトルのガトリングが直撃。

アーマーが一機に削られるが、シールドの展開が間に合う。ガトリング弾をはじき返しているうちに、弟がライサンダーで敵のどてっぱらをぶち抜いて、とどめを刺した。

「よし、行きますよ! 伏せて!」

谷山の声と同時に、敵に背中を向けて、走る。

追ってくる長距離爆撃とガトリング。涼川が呻いた。アーマーが、見る間に削り取られていくからだ。

数機のヘクトルが、同時に迫ってくる。その背後には、数えたくもないほどのヘクトル。

だが。

突如出現した光のシャワーが、全てのヘクトルを、頭上から薙ぎ払った。

光を、バイザーから意図的に排除。レンジャー部隊にも、事前に通達はしておいた。それでも、その激しすぎる光に、気絶した兵士が出た様だった。

三人同時に跳躍して、砂丘の影に飛び込む。

ごっと、凄い熱い風が、頭上を通り抜けていった。

呼吸を整えながら、状況を確認。

アーマーが切れていた。

フェンサースーツも、ダメージが限界値。弟はまだ余裕がある。ライサンダーの再装填をしているほどだ。

涼川は。

額を押さえて、呻いていた。

「オイオイ、ジョーダンじゃねえよ」

「死ぬかと思ったか?」

「違う! 次はあたしが撃ちたい」

やっぱり此奴は、最初から最後まで破壊神だ。多分今後もそうなのだろう。

流石に呆れた私だが、砂丘から顔を出す。

おそらく半数近いヘクトルが、今ので消し飛んでいた。砂浜の中央部には、巨大なクレーターが出来ている。

無邪気極まりない歓喜の通信を、三島が入れてきた。

「わお、予想を遙かに超える戦果だわ」

弟が、司令部に通達。

前線指揮官に等しい状態なので、出来る事だ。

「……親城准将、総攻撃を開始して欲しい。 敵の空軍が来る前に、一気にヘクトル共を全滅させるんだ」

「よし、分かった! 総員、此処が正念場だ! 敵の残党を叩き潰せ! 突撃! GOGOGOっ!」

喚声を挙げながら、残った戦力が砂浜に突撃を開始する。

弟が砂丘の影から顔を出すと、腹ばいになって、まだ抵抗しているヘクトルを、一機ずつ打ち崩しはじめた。

形勢が完全に逆転。

私も途中から、ガリア砲で敵の掃討に加わった。涼川は流石に疲れ果てたのか、砂丘の影でぐったりしていたが。それを責められる者はいるだろうか。

夜11時、掃討戦終了。

参加した敵戦力は、全滅。参戦した敵主力のヘクトルは644機に達したが、その全てが水際殲滅によって爆散。敵高空戦力は推定700機ほどが来ていたが、此方については半数ほどが撃墜、残りは何処ともなく飛び去った。マザーシップへ、情報を届けに戻ったのかも知れない。

いずれにしても、敵にとっては少なくない損害の筈だ。

サテライトブラスターによる掃討を除くと、ストームチームが倒したヘクトルは合計で79機に達した。これは全体の一割を超える数で、如何に桁外れの戦果かは、わざわざ言わなくても分かる事だ。

ヘクトルの残骸は、山と積み上がっている。海にもかなりの残骸があり、海軍から派遣されてきた無人フリゲートが、忙しく残骸を引き上げていた。飛行ドローンの残骸も、山のようにある。

これらは全て改修して、活用するのだ。武器にも装甲にもなる。また、テクノロジーを解析することで、新しい武器を作る事も出来る。

味方の損害も、その一方で小さくない。MIAも含め、戦車22両、ネグリング9両、レンジャー199名、ウィングダイバー14名、フェンサー17名に昇っていた。墜落したアルテミスの乗員は脱出に成功したが、アルテミスそのものは大破した。

参戦戦力の一割にはかろうじて達しなかったが。

しかし、負傷者は多く、かなりの損害である事に違いはない。今必死にスカウトが二次攻撃の可能性を探っているが、その畏れはないという報告も出ていた。

新人達は延々と続いた敵の波状攻撃で、ぐったりしていた。

私はむしろ体がやっと温まってきた感触である。しかしキャリバンに入ると、バイタルがイエローになっていて、閉口した。

「姉貴、無理をしたか」

「分からん。 疲れが溜まっていたんだろ」

「皆、今のうちに休め。 これだけの大規模な攻撃、フォーリナーが無計画に行うとは思えない。 きっと何かしらの形で、大規模な第二次作戦があるぞ」

「そうだな」

弟の意見に、私も賛成だ。

とりあえず、今回も部隊に死者はいなかった。ベッドに横にされて、点滴を打たれる。医師は渋い顔をしていた。

「体への疲弊がかなり溜まっています。 貴方は脳を戦闘時、フル回転で使っているようですが、普通だったら体が保ちません。 ましてや貴方の身体能力は、幾ら優れていると言っても、人間の範疇を超えていないんですよ」

この医師は、私の事情を知っている古株だが。

キャリバンで治療所に搬送されてきた私に、そうくどくどとお小言を浴びせかけた。仕方が無いので、今のうちに休んでおく。カプセルは使わない様にと言われたので、ベッドに横になるが。負傷兵扱いされて、ちょっと口がへの字になる。今回はバイタルがあれだったが、怪我なんかしていない。

弟だって、条件は同じ筈なのに。

ただ、彼奴が私より強いのは事実だ。ふと、一つだけ、疑念を覚えた。まさか弟の老化があれほど早いのは。

頭を振って、その恐ろしい考えを追い払う。

気分転換のために、ベットに横になったまま、状況を確認することにした。

戦果をそれぞれ確認していくと、面白い結果が出ていた。

新参のナナコが、長距離からのスティングレイの射撃を、的中率71%という高確率で成功させていたのだ。

スティングレイでは、一発や二発ではヘクトルは倒せないが。外した数値の殆どは、中空にいる飛行ドローンを狙った場合である。

ヘクトルへの的中率は、実に97%に達していた。それも、味方を狙っている攻撃をそらしたり、弱った相手にとどめを刺したりと、的確に動いている。

また、日高軍曹も、キャリバンで走り回って、けが人を的確に多数救助した実績を残していた。

池口は、地味ながらも。渡された連射小型ミサイルエメロードを着実に使い続け、飛行ドローンを的確に制圧。十二機を落としていた。エメロードは高度な情報処理が必要な火器で、自爆する兵士も何名か出ていた。渡されていたエメロードは最新鋭のものではないけれど、それでも一度に同時に四発の小型ミサイルを発射する。長い戦闘で最後までこれをミスせず使いこなしたのは立派だ。

黒沢は状況に応じてスティングレイとエメロードを使い分けて、池口やナナコに負けない戦果を上げていた。

新人達。

皆やるじゃないか。

筅は案外活躍が渋かったが、それでもファイアナイトを大破させたりする様な事もなかったし、充分に活躍している。

被害は小さくなかったが、久しぶりの完勝だった。

だからこそに、不安が大きい。

弟が言うように。フォーリナーは、これだけの戦力を使い捨てる様な阿呆では無い。必ず何か仕組んでいるはずだ。

しばらく寝ていると、もう明け方になっていた。

弟が病室に来る。

案の定、険しい顔をしていた。

「姉貴、すまんが、出る準備をしてくれ」

「何かあったな」

「静岡に四足歩行要塞が上陸した。 似た様な戦法で、イギリスにも四足が上陸したそうだ」

なるほど、そう言うことだったか。

此方の戦力は、全て捨て石だったという事だ。しかも捨て石ではあっても、充分に戦力を消耗させ、動きを止めることには成功していた。

この戦場では勝ったが。

敵の目的そのものは、達成されたことになる。本命の敵戦力は、上陸に成功したのだから。

四足の戦闘力は、前大戦で嫌と言うほど見せつけられている。ヘクトル数百を犠牲にする価値は充分にあった。

EDF総司令部も、今頃青くなっているはずだ。

「すぐに向かうか」

「ああ。 ただ我々で撃破するのでは無い。 今、極東司令部が敵を撃破するための準備をしている。 今回は新型のバンカーバスターを用いて、四足を撃破する予定らしい」

「ああ、噂の」

四足に対する戦術は研究が進んでいる。その中の一つが、新種のバンカーバスター、グラインドバスターによる一挙撃破だ。

今回は制空権が味方にあるので、爆撃機で敵の頭上を襲うことが出来る。

四足は広域制圧能力には長けているが、対空戦闘力に関しては、さほどでもないはずだ。冷静に対処すれば、充分に何とかなるかも知れない。

ベットから起き出す。

バイタルは多少は改善していた。ただ自分では、あまり体の調子が良くないとは想わない。

ヒドラが来る。

これに乗って、静岡に向かうのだ。

海岸線の防衛部隊は、各地に散って、また転戦を続ける事になる。

ヒドラに乗り込む際。

親城に敬礼された。敬礼を返すと、戦場に出向く。

グラインドバスターの投下作戦が、上手く行くかは分からない。

ただ、どちらにしても。

四足は確実に仕留めなければ、水爆並みの威力を持つ長距離射撃で、街が一つずつ灰燼と帰していく事になる。EDFの東京支部も危ないだろう。

日高軍曹が、遠ざかっていく房総を見つめている。

何をしているのかと聞くと、少し感傷を込めて言う。

「助けて廻った兵隊さんたち、全員助かるといいなと思って」

「そうか」

フォーリナーの技術のおかげで、医療は著しく進歩した。余程のことがない限り、負傷者は助かる。

それでも、助からない場合はどうにもならない。

日高軍曹がうつむいている。これから、ずっとこの手の悲惨な戦場で、最低でもマザーシップを全て叩き落とすまでは、地獄を見なければならないのだ。

それが、選んだ路。

そして、人類が超えなければならない、坂だ。

ヒドラが速度を上げる。

静岡に着いたら、すぐに作戦行動開始だろう。私はフェンサースーツを今回も駄目にするのだろうかと思いながら、武器の使用結果データを、本部に送った。

 

(続)