迫る帰還の日

 

序、疑念

 

黒沢兵司は、強化クローンとして培養槽で生を受けた。珍しい事では無い。人口増加に弾みをつけようと考えた国連が、EDFから提供されたフォーリナーの鹵獲技術を用いて、優秀で才能のある子供達を是非という文句で、広めていたからだ。

生まれたときには、既に十二歳まで成長していて。

基礎的な生活知識も、身につけていた。

両親はEDFの隊員として、三人の息子達が立派に戦って死んでいったと。いつも兵司に言っていた。

お前も、あの息子達のように。

勇敢に戦い、皆を守って欲しいと。

同じように、クローンが二人、後から追加で黒沢家には来た。一人は女の子。一人は男の子。

女の子は戦闘能力特化型では無くて、技術者として。現在国連で働いている。

そして最後の男は、クローンとは言え、元気な普通の男の子だった。特に能力強化を指定しなかったらしいと、後から聞かされた。

何となく、それで両親の真意が見えた。

兵司は、前に死んだ息子達の代わりなのだ。

他の子供達は、いずれも前の息子達には似ていない。だから、単純にかわいがるつもり、というわけだ。

世間体のための、息子の代替品。

名前からしてそうだ。兵士とせず兵司としたのは、最後の良心から、だったのだろう。

そう気付いても、兵司は荒れることはなかった。親に対して憎悪は抱けないように、作られたときからブロックを掛けられていたからだ。目だけは悪かったが、それ以外は頭でも身体能力でも。

クローン以外の相手に、遅れを取ることは無かった。

だから、致命的に荒れることがなかったのも、原因かも知れない。

高校に入ったころから、前大戦について調べはじめたのは、全くの興味本位から。悪辣な侵略行動を行った宇宙人フォーリナーが、どのような存在か、知りたかったのである。しかし、結果は驚くべきものだった。

誰もが。フォーリナーを目撃していないというのだ。

勿論、フォーリナーの機械兵器は、山のように地球へと押し寄せた。それらが行った破壊行為も、凄惨たる傷跡を残している。

だが、操縦者は。

一体何処にいるのだろう。

特に顕著だったのは、空を覆い尽くした、フォーリナーの飛行兵器だ。当初それはガンシップと呼ばれていた。昔、攻撃ヘリの中でも、飛行戦艦と呼ばれた一部のものが、そう呼ばれた記録があった。同じような存在と見なされていたのだ。

しかし今では、飛行ドローンと呼び習わされている。

理由は簡単である。

当時は有人兵器だと思われていたそれが。

実際には、無人の自動兵器だと反応したからだ。

それこそ万を超える飛行ドローンの残骸を調査した結果、そう結論がでたというのだから、間違いの無い事なのだろう。

フォーリナーのロボット兵器であるヘクトルについても、同じ結論が出ている様子だった。あれだけの柔軟性を持ち、破壊の限りを尽くした恐怖の対象も。実際には、無人兵器だったというのである。

様々な研究があった。フォーリナーの正体という論文を、五十以上は見た。既に大学院生並みの知性を得ていた兵司にとって、読み解くのは難しいことでは無かった。いずれの論文も、満足できる内容を掲載してはいなかったが。

誰もが、フォーリナーが何者か、知らないのだ。

憶測で好き勝手なことを言っているのに過ぎないのである。

EDFに入るしかない。

どうせ、親にはそうしろと言われている。順調に階級を上げていけば、EDFの機密にアクセスする権限も、いずれ得られるはずだ。

そう考えていたから。

ストームチームに入ることが出来たのは。まさに天がくれた好機だった。両親は涙を流して喜んでいたが。それはもうどうでも良かった。

一体何が、地球に襲来し。

どんな目的で、蹂躙の限りを尽くしたのか。

クローンとして、代替品の生を受け。そして今でも、人間としてはいびつな兵司にとって。

目的は、今のところ。フォーリナーの正体を知る事だけだった。

だから、ストームチームに配属されたのは、願ってもないことだった。両親は泣いて喜んでいたが。それ以上に嬉しかったのは自分だと、密かに心の中で思ってもいた。

代替品として生を受けて。

名前からして、兵士として生きることを望まれた兵司にとって。

数少ない目的をしっかり果たせる場所にいるのは望ましい。

此処でなら、階級は他の部署より、遙かに早く上げる事が出来る。

どれだけ危険でも、それに変わりはなかった。

怪我の応急処置を済ませて。早朝から、作戦に出る事になった。東京支部のすぐ近くの地区に、かなり大規模な敵が現れたというのである。幸い住民の避難は既に済んでいるので、後は敵を蹴散らすだけだ。

グレイプに乗って移動。

向かいに座っているのは、フェンサースーツに身を包んだストームのサブリーダー。はじめ特務大尉。間もなく特務少佐になるという話も聞いている。

一等兵の自分から見れば。

それこそ、中佐待遇の相手なんて、雲の上の存在だ。

それが此処に向かい合って座って。会話できるなんて、何て幸運だろう。

勿論それは、兵司の目的にとって、の話である。

「はじめ特務大尉」

「どうした」

「貴方は、フォーリナーという存在を、見た事がありますか? 無人兵器ではなくて、フォーリナーという宇宙人を、です」

「ない」

多分嘘はついていないなと、兵司は判断した。

このスーツの中身が、十代にしか思えない小柄な体だと、兵司は知っている。女性としてはせいぜい中肉中背という所だろう。この間の戦いで、スーツの左腕をパージして戻ってきたはじめ特務大尉を、ちらっと見ただけだ。腕だけ小さいという様なことは、流石にないだろう。

本人は否定していたが。

多分同じようにクローンでは無いかと、兵司はにらんでいた。

「どうしてフォーリナーは、侵略してくるのでしょう」

「さてな」

「そもそも、侵略をするには、採る手段が妙だとは思いませんか」

はじめ特務大尉は。

面倒くさそうに、此方を見た。

スーツ越しでも、そろそろ黙れと無言の圧力を掛けてきているのが分かる。中身が小柄な女性でも。

戦士としては超一流。

此処にいる新兵が、束になっても勝てる相手ではない。

ストームリーダーは更にその上を行く怪物だが、それでも。兵司が勝てる相手ではないのだ。

「余計な事を考えるのは、もっと腕を上げてからにしろ。 今の段階でそんな事を考えていると、死ぬぞ」

「分かりました。 肝に銘じます」

現地に到着。

グレイプを出て、整列。

既に、この話をする前に、ブリーフィングは済ませていたから、即座に作戦に取りかかる事が出来る。

ビル街の中を我が物顔に飛び回る凶蟲の群れ。

何カ所かに、アスファルトが喰い破られている場所がある。地下の巣穴から、彼処に出てきたという事だ。

勿論。道路を作るとき、地下については調べている。

長い年月を掛けて彼処へ忍び寄る様に穴を掘り。

そして機会を見て、一気に出てきた、という事だ。

セメント弾入りの擲弾筒を構える。

今回、兵司は他のメンバーが周辺の敵を掃討した後、上空にいるネレイドがバンカーバスターを投下するのを確認。その後、地下からの出口を、特殊セメント弾で塞ぐ役割を貰っている。

昔は航空機からでないと、バンカーバスターは打ち込めなかったのだけれど。

今では、攻撃ヘリからも投下が可能だ。

「よし、行くぞ。 攻撃開始!」

ストームリーダーが叫ぶ。

戦いが、すぐに始まった。

 

真っ正面から突入したベテラン達が、敵を薙ぎ払っていく。

どうにか指示通りに動けている新人は筅くらいだ。兵司も、冷静でいるのが精一杯である。

勿論、敵もやられっぱなしではない。

レーダーを見ると、側面や背後に、かなりの数が回り込んできている。しかしそれらにも、即応して、ベテラン達は対処していた。

一個目の穴に、ネレイドがバンカーバスターを投下。

耳を塞いだのは。

強烈な直下型地震を思わせる揺れと、轟音が来たからだ。

走り寄ると、セメント弾を、煙を上げている穴に叩き込む。かなり重い擲弾筒だが、どうにか使える。

噴き出した膨大なセメントが、穴を塞いでいく。

これで応急処置にはなったはずだ。

このセメント弾は、EDFに支給されている幾つかの武器と同じく、転送技術を用いている。

セメントを本部の倉庫から転送して、放出しているのだ。

速乾性で、一旦固まってしまえば、巨大生物でも簡単には溶かせない。強アルカリ性なので、触ることは推奨されない。

穴を塞ぎ終えて、次と思い、顔を上げた途端。

いきなりグレイプが急発進して、兵司の前に飛び出してくる。

至近にまで迫っていた凶蟲が、糸を叩き込んできたのだと、ようやく気付いた。グレイプの側面に直撃するが、幸いレタリウスのものほどの破壊力はない。速射砲が応じ、吹き飛ばす。

黒蟻より脆い凶蟲は、速射砲でも一撃で打ち抜ける様だった。

「大丈夫ですか、黒沢一等兵」

「問題ありません」

とろい奴だと思っていた筅だけれど。一緒に戦ってみて、臆病だが案外肝が据わっていることには気付いた。

だから、感謝もすることが出てきた。

同じ場所で訓練を受けていたときには、考えもしないことだった。

目の前に迫っていた凶蟲の群れが、上空からの機銃に薙ぎ払われる。旧時代の戦車の装甲など紙の様に貫く弾丸が、容赦なく巨大な蜘蛛の化け物を、打ち抜いていく。黒蟻だったら耐え抜いたかも知れない弾丸も、凶蟲では耐え抜けない。

上空のネレイドの活躍が凄まじい。

乗っている谷山は、ヘリの達人と言われるほどの人物らしいが、それも頷ける。

「前線を押し戻す」

「爆発物、使わせろよ」

「駄目だ」

ストームリーダーが、物騒なことを言う涼川に釘を刺す。

舌打ちした涼川は、荒っぽく目の前にいる凶蟲を、アサルトで蜂の巣にした。

今回の戦いは、負ける要素がない。

ビルの間を飛び回りながら戦っているエミリーは、ランスと呼ばれる武器を使って、凶蟲を一撃必殺で叩いている。近距離に高熱量を叩き付ける一種のレーザー兵器だ。近距離にしか効果がないが、巨大生物を一撃必殺する火力を有している。

そもそも近づいてくる凶蟲は、涼川とジョンソンが蜂の巣にするし。

遠くにいる凶蟲は、香坂夫妻が近づけさせない。

だが、それでも。

時々、音もなく、近くまで凶蟲が飛来する。レーダーを見ても、いつ近づいてきたか、分からないほど。音も立てず、一気に近寄ってくるのだ。

しかしそれさえも。

最後の壁となっているはじめ大尉が、確実に打ち抜く。

新兵は牽制射撃しか、する事がない。

二時間ほどの戦いの後。

地区の奪回には成功した。

とはいっても、今回も同じだ。

ストームチームが手強いとみるや、大きな被害を出す前に敵は引いた。敵が出てきた穴をコンクリで塞いで、それでおしまい。

スカウト率いる測量チームが、調査をしている。

幾つかの、次に敵が使おうとしていた穴を発見。勿論外側から分からないので、特殊な探知機を使っているのだ。

事前に処置をして、それで終了。

ただし、優秀なスカウトといえど、全ての場所を探索するのは不可能だ。

今までも奪い返した地区の徹底再調査を行っているようだが。

それでも、再び敵がわき出すことは多く。戦いは泥沼を通り越して、いたちごっこの様相を見せ始めていた。

しかも、地下にいる敵は七万を超えているのだ。

ストームリーダーが来る。

先ほどまで、以前カメラを取り上げた記者がきていて、話を聞かれていたのだ。EDFの公認戦場カメラマンに志願したとかで、戦闘終了後の今、追い払う事は出来なかったらしい。

なかなかの行動力だ。

余程に、ストームに密着して、情報を調べたいのだろう。

「皆、聞いて欲しい」

「イエッサ」

「すぐに東京支部に戻り、負傷の回復と休養に務めてくれ。 わずかに時間が出来たから、それを無駄にしたくない」

何かあったな。

そう気付いたのは。殆ど勘からだ。

だが、わずかな時間も無駄にしないというストームリーダーの言葉は正論だったし、逆らう理由もなかった。

それに、巨大生物との戦線が開かれてから、ろくに休憩をしていないのも事実。

特大の凶報を受ける前に。

休みを取りたいのも、また本音だった。

支部に戻ると、筅が戦闘車両類を、整備班に引き渡す。

弾薬の備蓄は充分。

ただし、それは今の時点では、だ。

七年を掛けて弾丸を備蓄してきたEDFだが、敵が本格的な侵攻を開始したら、いつまで保つかもわからない。

病院に出向いて、診察を受ける。酷い怪我をしている兵士は、日に日に増えている。サイボーグ技術が発展し、生体パーツの作成も出来る今。手足を失っても、戦線離脱とは必ずしもならない。

親からの連絡が来ていた。

高名なストームチームで活躍していると聞いて、お父さんもお母さんも涙を流して喜んでいます。お前の事を誇りに思います。

前の大戦で立派に戦った兄さん達も、きっとお前の話を聞けば、喜ぶことでしょう。

そんな事が書かれていた。

あまり、感慨は湧かない。

自分にとっては。

関係がないことだと、兵司は思っていた。

 

1、動き出す星船

 

EDF司令部に、天文台から報告が届く。

その報告は、バイザーを通じて、私。嵐はじめ特務少佐の所にも届いていた。

露骨すぎるほどの動きを、月面に集結していたマザーシップが見せていた。だから、近々来るとは思っていたが。

間違いなく、地球へと、降下するつもりだ。

地球に降下するといっても、月からまっすぐ最短距離で来るわけではない。

地球の大気に逆らわないように、地球の回転にあわせて、軌道上を移動しつつゆっくり降下してくるのだ。

そうすることで、大気圏突入の衝撃を、多少なりと和らげることが出来る。

地球のロケットでさえ使っている技術だ。

星の海を渡ってくる船が、使えないはずがない。

「マザーシップおよび、護衛と思われる輸送船団、動き始めました! 降下予測地点、太平洋上、ハワイ南東150キロ! マザーシップ十隻、護衛輸送船団、およそ2550!」

「前回の十倍以上の規模だな……」

EDF総司令官、カーキソンが呻く。

マザーシップが十隻月に集まってからも、輸送船団の集結は続いていた。どこから来るのかわらわらと集まり続け、そして結果この大群である。

幸いにも、輸送船団は、以前と同じ型式。

せんべいににた円形で平べったく、移動速度はけして速くない。

またこの輸送船は、頑強極まりない外殻を有しているが、地上に物資を投下する際に極めて脆弱な内部を露出する。其処を狙って撃てば、歩兵でも撃墜が可能だ。事実前大戦では、対抗戦術が開発されてから、輸送船は地上部隊でも十分対処できるカモとなった。

ストームチームは現在、敵の手に落ちた港湾地区に展開している。

今回はレタリウスが倉庫街に巣を張り巡らせており、敵の抵抗がかなり激しい。レタリウスはまだ致命的な弱点が発見できていない事もあり、可能な限り歩兵での肉弾攻撃は推奨されていない。

今回も長距離から、確実に敵の陣地を削ぎつつ。

ある程度巣を剥ぎ取ったところで、空爆で敵を蹴散らす戦術を採る予定だった。

高級士官用の通信だけではなく。

一般兵用のリンクにも、ついに迎撃作戦について、情報が流されはじめた。

グレイプの速射砲を連射して、レタリウスの巣を削りながら、筅が話しかけてくる。筅はどうも、弟より私に話しかける事が多い。

同じ性別だから、だろうか。

別に優しくしてやったり親身になった事は一度もないが。

「はじめ特務少佐、上手く行く、でしょうか」

「さあな。 多分数隻は落とせるだろうが、全部は無理だろう」

「赤道上に配置されているリニアキャノン、稼働開始。 各地の海軍も、臨戦態勢に入りました」

戦術士官の通信が割り込んでくる。

敵が、大気圏突入を開始したという事だ。

以前の戦いでも、マザーシップは周辺に広域シールドを張っており、航空戦力では近づくことが出来なかった。長距離ミサイルも無効化されることが多かった。

其処で今回の迎撃作戦では、大気圏内に突入している最中の敵を狙う。

当然シールドは弱体化しているはず。

其処へ、対マザーシップを想定して建造された大威力リニアキャノンと、巡航ミサイルテンペストを雨と降らせて、叩き落とすのだ。

「第一、第三、第七、第九、第十一、第十四艦隊、太平洋に展開! サブマリン、巡航ミサイル発射シークエンス開始!」

聞き流しながら、敵との距離を保ちつつ、私はミサイルを放つ。

高高度に打ち上げてから、上空より敵を襲うタイプのミサイルだ。レンジャーにも似た様な連発式ロケットランチャーやミサイル発射装置が開発されているが。フェンサースーツ用に開発されたこれは、より大型で破壊力も大きい。

FGX高高度強襲ミサイルと呼ばれるこれは。フェンサーを移動型ミサイル基地として利用する目的もあって、現在積極的に試用を求められていた。

先ほどからミサイルを高高度に立て続けに打ち上げて、敵陣に降らせているが。

威力は充分だが、着弾まで少し時間が掛かる。その間に、レタリウスに巣の裏側に逃げ込まれたり、黒蟻が大挙して反撃に出てくる事も多い。

少なくとも一人で使える武器では無い。

そう、私は判断した。

「倉庫一つ分前進」

敵陣を剥ぎ取ったので、弟が指示。

既に数体のレタリウスを、秀爺のイプシロンが葬ったが。まだまだ倉庫街の奧は銀糸の陣地が展開されていて、とてもではないが近づける状況では無い。

悔しいが、上空を旋回しているネレイドもそうだ。

近づけば、無数のレタリウスの砲撃によって、例え谷山の操縦でも、瞬く間に撃墜されてしまうだろう。

黒沢をはじめとする新兵は、とにかく敵陣にロケットランチャーの弾幕を浴び続けろとだけ言われていて。黙々とそれに従っている。

港湾地帯と言うこともあって、敵は地下を利用した三次元的な反撃には出てこない。

だが、このまま無事に済むとは、とても思えなかった。

敵がいないのではないか。

そう思ったが、谷山が近づこうとすると、レタリウスが盛んに砲撃を仕掛けてくる。一キロ先まで的確に届く糸は、繊細なヘリには大敵だ。

勿論、その瞬間に秀爺がイプシロンで一匹、また一匹と屠っていくが。

それでも、危険ラインを超えたり戻ったりしながらの攻防は、決して油断できるものではなかった。

幸いにも、というべきか。

何度かの戦いで得られたデータによって、敵の間合いだけは分かっている。故に、間合いの外側から、まず巣を剥ぎ取り。露出したレタリウスを長距離狙撃で仕留め。時々出てくる黒蟻や凶蟲を、叩いていくという戦術が取れる。

しかし時間が掛かる。

昨日から、こうやって四つほどのレタリウス防御陣を撃滅してきたが。

いずれも数時間の戦いになる事は避けられなかった。他の部隊も戦術を真似して戦っているようだが、時間が掛かって仕方が無いと苦情が来ている。

しかししびれを切らして下手に突入すれば、あっという間にレタリウスの糸に絡め取られてしまう。

「あー、イライラさせられるぜ」

苛立ちながらも、涼川が特大のミサイルを抱え上げる。

プロミネンスと呼ばれる、レンジャーが扱えるものとしては最大級の破壊力を持つ兵器だ。

本来は大型戦闘車両に搭載する威力のもので、敵をロックするのに極めて長い時間が掛かるが、破壊力は折り紙付きだ。

長距離狙撃戦なんて嫌だという涼川に、にこにこしながら三島が渡したのである。

その結果がこれだ。

ますます苛立ちながら、涼川が殺気だった視線を周囲に向けている。ぶっ放したミサイルは、確かに一撃でレタリウスを木っ端みじんに消し飛ばしているが。ミサイルが飛んでいくのが見えるほど、とにかく遅いのである。

爆発は凄まじいし、巣も一気に焼き払えるのだが。

また倉庫一つ分前進しようとするが。弟に促されて、倉庫の裏側に回り込む。

途端に、レタリウスが糸を放って来た。巣を離れ、後方から狙撃を仕掛けるつもりだったのだろう。

ブースターを噴かし、加速。

敵陣からは、死角だ。

敵がまた糸を放ってくる。スラスターで突撃の機動をずらし、回避。右、左、左、右。至近を糸が掠める。

正確な狙撃だが。

速度も狙いの精度も、何度も戦ったから、もうある程度は把握できている。

眼前に、レタリウス。

スピアを連続して叩き込む。

スピアを叩き込むと、ゴムの様な感触。本当に生物の体なのかと思ってしまうほど、手応えが重厚。恐らくは、アーマーに相当する物質を柔軟に身に纏っているのだろう。

六発目で、ついにレタリウスの体を串刺しにする。

赤い血が大量に噴き出す中、私はスピアを引き抜いた。これはサンプルとして、結構貴重なものかもしれない。

「クリア。 そちらは」

「攻撃を重ねているが、遅々として進まず、だな」

この様子だと、後二時間は敵陣の攻略まで掛かる。

ただでさえ、凶蟲が前線に出てきてから、味方は押されているのだ。最精鋭であるストームが、数時間も敵陣攻略に貼り付けられ、一瞬のミスも許されない詰め将棋を強いられるのは、決して喜ばしい事では無い。

こうしている間にも、味方の攻略部隊が、敵に落ちた地区を奪回するために、犠牲を出し続けている。

味方の所に戻る。

分厚く張られた敵陣は堅固で、倉庫一個ずつに念入りに巣が張られている。巣の中にはレタリウスがいない場所もあり、ただ防御陣を堅固にしているだけの場所も見受けられた。また、倉庫の中に敵が潜んで待ち伏せている箇所も、決して少なくは無かった。放置されているトラックやコンテナの隙間も、調べていかなければならない。レーダーには反応するが、三次元的に相手を確認できる訳では無いのだ。

「ひょっとすると、単に時間を稼ぐためだけに、こうして守りに徹している可能性さえあるな」

弟がぼやいた。

温厚な弟も、流石に機嫌が悪くなりつつある。

涼川はとっくに目が据わっていて。新兵達は怖がって、視線を合わせようともしていなかった。

戦術士官が、情報を伝えてくる。

「フォーリナーのマザーシップ艦隊、大気圏内に突入を開始」

「来たな」

弟が、ライサンダーの大火力で、レタリウス一匹を葬る。

分厚く張られた敵陣を、じっくり削いでいくしかない。新兵達のスティングレイが火を噴き、また一つ巣を焼き払った。

分厚く重ねられている敵陣も。

一枚ずつ剥いでいけば。

いずれはなくなるのだ。

オンリー回線を、筅が開いてきた。ミサイルを高空に撃ち出しながら、私は話を聞いてやる。

今の時点で、グレイプの速射砲は問題なく稼働している。多少の話につきあうくらいは、別に構わない。

「あの、はじめ特務少佐」

「どうした」

「巨大生物は、個々の意識とか、ないのでしょうか。 見ていると、どうにも時間を稼ぐためだけに、味方を犠牲にしているようにしか思えません」

「そうだな。 実はこういう行動を敵が取るのは、今回が初めてではないんだ。 以前の大戦でも、似たような状況は見た事がある」

これについては、いろいろな説がある。

私自身も、これといった決定打になる説は持ち合わせがない。

最も有力なのは、蟻と同じように。集団全てを一つの生物と換算して、全体のために行動している、というものだが。

その割りには、巨大生物はあまりにも巧みに組織戦をこなすのだ。

もしも全体のためだけに動いている生物だったら。

こうも見事な連携を取りながら、組織戦をこなせるだろうか。

何かしら、頭脳となっている部分があって。

それが群れの全体を統率している、と言う可能性は無いだろうか。

女王がそれだという説もあるが。

しかし私は、以前女王と戦ったとき。女王を倒しても敵の群れが統率を失わず、最後の一匹まで立ち向かってきた事例と遭遇している。

巨大生物には、あまりにも謎が多すぎるのだ。

戦術士官が、珍しく朗報を伝えてくる。

ただし、あくまで淡々と、だ。

彼女は前大戦でも、殆ど感情を示さず、淡々と状況報告をしてくる事が多かった。故に他の兵士達は、実は機械では無いかとか、色々噂をしていたものだ。

本人を知っていて、話した事もある私としては。その噂が無責任な嘘だと言う事は知っているが。

「リニアキャノン斉射。 輸送船十五隻、更に先頭にいたマザーシップ一隻を撃沈に成功」

「うむ……!」

日高の声が、わずかな興奮を含む。

そうか、人類は。あの強靱極まりないマザーシップを、ついに肉弾戦に頼らず撃沈することに成功したのか。

続けて、展開している艦隊から、一斉にテンペストが発射される。

テンペスト巡航ミサイルは古き時代に異大陸にある敵国を攻撃されるために山ほど生産されたICBMを改良したものである。確かデスピナにも、相当数が搭載されているはずだ。

テンペストの一群が、敵艦隊に襲いかかる。

弟が、一旦手を止めて、ハンドサインを出してきた。

倉庫が幾つか連なっている場所に、敵陣が相当に厚く張られている。彼処さえ抜ければ、多分海が見えるはずだ。

敵最後の防御網である。

「姉貴、彼処にかなりの敵の反応がある。 攻撃と同時に仕掛けてくる可能性が高いな」

「気が散らない様に、報道とリンクを切るか」

「その方が良さそうだ」

弟の提案に、私は乗る。

新兵達に、バイザーを通じて指示。他の皆にも、通信を遮断させた。

如何に重厚に敵陣が張られていると言っても、対処は変わらない。しかも此処は港。敵もあまり深く、トンネルは作る事が出来ないし。倉庫の中も、逐一確認して、敵に後ろに回られる可能性は無い。

後は、敵陣を引きはがすのみ。

淡々と、黙々と、火力を集中し続ける。

 

ようやく最後のレタリウスを駆除して、スカウトを呼ぶ。

既に周囲に敵の反応はない。

敵が防御陣地から殆ど出てこなかったこともあり、ひたすらに時間だけが掛かる任務だった。

既に夕方近くなっている。

「ストームリーダー。 大変です」

「どうした」

黒沢が、報道を聞くよう、弟に促している。

それによると、迎撃作戦が結局失敗したとあった。

テンペストによる攻撃で、マザーシップを更に一隻撃沈。二隻を中破させた。中破した二隻は大気圏外に逃れ、残りは六隻。

勝てる。

誰もが確信した時、それが起きた。

六隻が一カ所にまとまると、尋常では無く分厚いシールドを展開したというのである。

後はリニアキャノンもテンペストも一切効果を示すことはなくなったというのだ。大気圏突入中で、シールドが弱体化している状況でも、シールドは貫けなかったのだという。

輸送船は百隻以上落としたそうだが、マザーシップが六隻も健在である事を考えると、迎撃作戦が成功したとはとても言えない。

フォーリナーは。

再び、地球の大気圏内に、舞い戻ってきたのである。

太平洋上に展開していた艦隊は、無闇な迎撃作戦を避けて、一旦担当地域に帰還。

また、フォーリナーも降下地点で集結を果たすと、其処で体勢を立て直しているようだということだった。

日高から連絡が来る。

「戦勝の報は聞いた。 すぐに東京支部に戻って貰えるか」

「イエッサ」

おそらく、今回の件だ。

戻らないという選択肢はない。顔を青くしているEDF司令部との折衝もしなければならない。

敵の戦力は、単純計算で前大戦の六倍。

しかも戦力を整えて戻ってきたことを考えると、十倍は来るとみて良いだろう。二隻を撃墜し、二隻を行動不能にしたのは大きいけれど。それでも、前回の十倍。

フォーリナーの技術を取り込んで、力を増したと言っても。

人員が三十万しかいないことに変わりはないのだ。

スカウトが来る。

調査を開始したスカウトに現場を引き継ぐと、私は弟と一緒に、先に東京支部に戻ることにした。

後は谷山とジョンソンに任せる。

戦いは、ここからが本番なのだ。

 

東京支部に戻ると、休む暇も無くブリーフィングに参加することになった。

最初に流されたのが、迎撃時の映像である。

以前のマザーシップは、広域にシールドを展開していたことと、制空権を味方が早々に手放したこともあって、結局歩兵で決死の肉弾戦を挑む事でしか、撃墜がかなわなかった。それを遠距離戦略兵器で落とせただけでも、EDFの力がどれだけ増したか、ということである。

だが、それでも。

六隻と、二千を超える輸送船が、無事に地球に降下して。

我が物顔に太平洋の一部に居座っているという事実には、何の変わりもないのだ。

「現時点で、フォーリナーのマザーシップは動きを見せません。 しかし艦載機が続々と発進している様で、周辺には既に近づくことが出来ない状況です。 偵察と思われる艦載機の姿が、既に日本近海でも確認されています」

「ファイターは何をしている」

「既に何度か交戦。 敵を撃墜はしています」

「しかし、敵は多少の犠牲など、問題にもしていない、か」

日本近海に展開しているデスピナをはじめとする空母には、多数のファイターも積載されている。

1対100の戦力差でも互角に戦う。それを目的として作られた最新鋭戦闘機ファイターは、少数の飛行ドローンくらいなら歯牙にも掛けない戦闘力を持つ。タフ極まりない機体に、レーザー兵器に高い耐性を持つ装甲。そして多数を同時にロックオン、撃破可能な小型ミサイル兵器。

いずれも、過去の苦い経験を踏まえて、設計された。

今回は制空権を簡単に喪失はしない。

故に、多少は、司令部の会議にも、余裕があるように、私には見えた。前は制空権を手放した以降は、司令部が会議をするのにも難儀していたのだ。フォーリナー側は通信妨害も容赦なく行って来たのである。

「まず迎撃策をどうするか、だが」

「今、各国のEDFは、巨大生物の対策に手一杯だ。 主力部隊を裂いて、洋上にいるマザーシップの艦隊に攻撃を行う余力は無い」

「やはり、上陸したところを叩くしかないか」

わいわいと各国の司令官級が話す中。

日高が咳払いする。

マザーシップを撃墜した極東支部の司令官である日高は、中将であっても発言権が大きい。

皆が黙り込んでから、日高はボイスオンリーの映像も含めて、見回しながら言う。

「フォーリナーの機械兵器は、間もなくどうあっても上陸はしてくるだろう。 その前に、可能な限り巨大生物を片付けたい」

「何か有効策はあるのか」

「今、欧州ドイツで、巨大生物の巣穴の攻略作戦に、オメガチームが従事しているはずだが。 極東日本でも、同じような作戦を行いたい」

危険だなと、私は思う。

あの巣穴は、段違いの規模だ。

最深部まで潜って女王を斃す事が出来るとしても。一体どれだけの損害を出す事になるか。

下手をすると、マザーシップを迎撃するための兵力が残らない可能性さえある。

それでは本末転倒だ。

「小原博士」

「はい」

小原が立ち上がり、プレゼンをはじめる。

彼が提示してきたのは、通信中継装置についてだ。以前も蟻の巣穴にばらまいてきたあれは、今の時点ではまだ動いているという。

ただ、巣穴の全容を把握するには到っていない。

しかしながら、其処はスパコンの処理能力を用いて、ある程度補うことが出来る。徹夜で様々な情報処理をした結果。

小原博士は、幾つかの結論を出すに到ったという。

「女王の居場所をほぼ特定できたかと思います。 もう一度侵攻作戦を行い、ストームチームには、この地点に、通信中継装置を撒いてきて欲しいのです」

「かなり深い場所ですね」

「危険は承知ですが。 やって貰いたいのです」

小原が申し訳なさそうに言う。

会議の席だから敬語だ。

なんだかんだ言っても、小原は専門家だ。それに、この間パニックに陥った後は、それなりに反省もしたらしい。

レタリウスの研究をまとめて、各地のEDFに提出。

特に間合いと強度についての研究が大きな評価を得ており、レタリウスに受ける被害は、かなり軽減されたとも聞いている。

実際先の作戦でも、この研究が生きて。一度も糸は喰らわなかった。

敵陣の攻略に、著しい時間は掛かったが。

「ただ、当面、この作戦は見送らざるを得ません。 敵の地上戦力がフォーリナー到来の影響で、活発に活動しており、これを叩かない限り迎撃作戦どころでは無いからです」

「厄介な話だ」

「南米支部はどうなっている」

「今、予備役の再訓練と、短期プログラムでの新兵訓練を大々的に実施中です。 彼らを前線に送るまで、各支部は持ちこたえていただきたく」

再び議論が活発化しはじめる。

いずれにしても、私が口を挟む余地はない。

ブリーフィングが終了。

立体映像や音声だけで参加していた面々が消えて。一気に人数が減った。

小原博士は自分の肩を揉みながら出て行く。

相当な疲労が蓄積している様子だ。

恐らくは、寝ずに研究をしているのだろう。睡眠も、全てカプセルでやっているのは間違いない。

私ならそれくらいは平気だけれど。

何しろ小原博士は相応の年だ。

体への負担は、予想以上に応えるのだろう。

日高に呼ばれる。

「ストームチーム。 まだマザーシップが上陸するのには時間がある。 その間に、可能な限り東京地区にいる巨大生物を駆逐したい。 しかし、駆除作業で君達に被害が出たり、地上部隊が大きな損害を出しては本末転倒だ」

「それは承知しています」

「そこで、海軍と連携して、爆撃を主体にして、巨大生物を駆除する」

とうとうその覚悟を決めたか。

今までは都市やインフラへの損害を考慮して、できる限り大規模な空爆や砲撃は避けてきたが。

もはやそれも此処まで、という事だ。

「君達には、特に手強い何地区かを攻略して欲しいのだが。 しかし、敵の到来は早くても一週間後だろう。 今日に関しては、ゆっくり体を休めて欲しい」

「イエッサ」

色々疑念はあったが。

弟にも促される。会議を行ったビルを出て、待っていたストームチームのメンバーに、今日は以降休憩と連絡。

「じゃあ飯だな。 その後寝る」

流石の涼川も疲れ切っていたのだろう。それだけいうと、宿舎に戻っていった。もう少し若いころだったら、弟と何処かに遊びに行こうとか言い出したのだろうが。今は戦場ではどれだけ獰猛でも、自分の限界も理解できているし、分別もついている、ということだ。

めいめい皆が散っていく中。

黒沢が通信を入れてくる。

「前から疑念に思っていた事があります」

「話してみろ」

「フォーリナーは、どうしてこのような効率の悪い手段で、わざわざ侵攻してくるのでしょう。 星の海を渡ってくる技術があるのなら、大気圏外からの無差別攻撃にしろ、此方が反撃しようがない距離からの超長距離砲撃にしろ、人類に反撃の余地さえ与えずに屠ることなど、簡単なはずです」

「そうだな」

同じ疑念を抱いた人間は、他にも見た事がある。

黒沢は昔から、フォーリナーについては疑念を抱いてきたのだろう。きっと、本部がフォーリナーと結託しているという噂も、黒沢の様な男が撒いたに違いなかった。

いずれにしても、私には分からない事だ。

確かに、他の人間が知る事が出来ない情報も、手持ちにはある。

フォーリナーの真実についても、私と弟は、EDF司令部と同等の知識を有している。

それでも、分からない事はある。

地下にいる彼奴は、はぐらかして話そうとはしないし。

元々私は戦闘特化の強化クローンだ。

一応論文くらいは読解できる様に知能を調整されているけれど。それでも、何でも論理的思考で解決できるわけではないのだ。

「それに彼らがばらまく巨大生物も妙だと思いませんか。 収斂進化とはいえ、地球上の昆虫にあまりにも似すぎています。 それなのに、互いに共食いをする様子は無いし、人類以上の組織戦を行ってくる」

「お前の疑問は、確かにもっともだ。 しかしな」

「何でしょう」

「私も、分からないのだ」

分かっていたら、どれだけ楽か。

いや、却って色々と心に枷が出来てしまうのかも知れない。

いずれにしても、彼奴は私に細かい話をしようとはしない。ひょっとすると、カーキソンをはじめとする、EDF最上層部も、真相は知らされていないのかもしれない。奴は技術をもたらし、私や弟が造り出された。

そして人類は。

前大戦に勝ち。

今回も、敵と渡り合うことだけは出来ている。

私には、それだけで充分だ。

黒沢が通信を切った。

失望からか、或いは別の理由からかは分からない。いずれにしても、黒沢は、放置しておくと、とんでもない所に首を突っ込みかねない。そう、私は思った。

 

2、迫る上陸

 

マザーシップが降下し、太平洋上の一角を占拠してから、やはりというかなんというか。巨大生物の動きは、今まで以上に活発化した。

ドイツでの巣穴攻略作戦はどうにか成功。南米に続いて脅威を取り除くことは出来た。しかしまだ全世界で十カ所の巣穴が残っており、なおかつ東京地区にある最大規模のものは健在。

また、マザーシップは続々と周辺に麾下の戦力を展開しているという報告がある。

水中でも平然と動き回るフォーリナーの戦力は、既にいつでも進撃が可能な状況だという報告さえあるようだ。

全世界が固唾を飲む中。

毎日ストームチームは、堅固な敵陣を攻略させられ。

疲弊が溜まらないようにと、その後は強制的にカプセルで休まされた。

三川の様子を見に行く。

PTSDの研究は、昔に比べてぐっと進んでいる。実際今回の戦いでも、初期からPTSDに掛かってしまう兵士は多く出ていた。

三川だけが特別に心が弱いわけではないのだ。

病棟に出向く。ストームチームだと告げると、すぐに医師が出てきた。恰幅がよいよく太った初老の男性である。

軽く三川の病状について、説明を受ける。

「今、投薬によって、トラウマの除去を行っている状態です。 無理にトラウマを除去すると、永久に復帰が不可能になる場合も多いので、慎重に、ですが」

「上手く行きそうですか」

「まあどうにかなるでしょう。 もっと重い症状の人でも、今は回復する事が可能になっています。 ただ、今月中の復帰は諦めてください」

「そうですか。 分かりました」

他人事では無い。

私も最初に戦いに参加したときは。目の前でゴミの様に食い殺されていく同輩を多数見せつけられて、何度も吐いた。

弟だって、今は鉄のような心を保っている様には見えるが。

それでも、最初の頃は、私に愚痴を吐くことだって多かったのだ。私だって、弟に散々泣き言を聞かせた。

誰だって、最初から何でも出来るわけではない。

最初から出来るように作られた自分たちでさえこれなのだ。だから、私には、三川を責める気は無かった。

病院を出てから、スーツのバイザーを起動。

弟に状況を話すと、そうかとだけ帰ってきた。

「部隊拡張についてはどうする」

「兵器類の提供をして貰うつもりだ」

確かに、人員を下手に増やすより、その方が良いかもしれない。しかし、実のところ、一人だけ増やすことが決まっている。これはまだ弟に話していない。多分同じ性別だからという事で、私の所に最初に来た。

日高に頼まれているのだ。

職権乱用かと思うかも知れないがと、日高は言っていたが。

やはり、心配でならないのだろう。前線で戦っている娘をストームで面倒見て欲しいと言うのである。

ただ、これに関しては、日高と関係強化をするという意味でも、やっておいて損は無いかも知れない。

それを話すと、弟は多分、通信の向こうで腕組みした。

文字通り血を分けた弟だ。多分、普通の弟よりも関係性は濃い。だから、それくらいは分かる。

「日高中将の娘御か」

「そこそこに優秀な兵士だとは聞いている。 三川があのようなことになっている現状でもあるし、戦士は一人でも多い方が良い。 マザーシップが上陸した後は、恐らくは脱落者のケアどころでは無くなる」

酷い話だが、戦争である以上、現実を第一に考えなければならない。

三川のケアは、専門家に任せる。

脱落する場合は、別の人員を入れる。

勿論復帰してくるのなら、最大限の尊重はするし。兵員としてカウントもする。本音を言えば、三川には戻ってきて欲しい。新兵訓練の時に、この子は伸びると思ったからである。

弟だって、反対はしなかった。

通信を一旦切る。

既に、出撃するべく、皆が集結していた。

これから今日中に二つ、レタリウスが制圧している地域を奪還しなければならない。レタリウスを放置しておくと、極めて堅固に巣を張り、長距離砲撃での駆除さえ難しくなる事が分かってきているのだ。

私が列に加わると、弟が軽くブリーフィングを開始。

後は車両に分乗して、戦地へ向かう事になった。

マザーシップ到来は早くても一週間後と日高は言っていたが。

私にはそうは思えない。

数日以内に、奴らが来てもおかしくは無い。可能な限り、巨大生物の駆除を、進めておくべきだった。

 

マザーシップの上陸に先駆けて、各地のEDFから緊急通信が来る。

先遣隊と思われる飛行ドローンと輸送船が、各地の大陸に大挙して現れているというのである。

輸送船からは、ヘクトルも投下されている。

昔は、機能をダウンさせたヘクトルしか、輸送船は運べない様だったのだけれど。恐らくは、輸送船そのものが機能強化されたのだろう。

マザーシップ降下から、わずか二日のことだ。

まだ、極東近辺には、フォーリナーの軍勢は来ていない。

ストームチームが奪還した港湾地区を中心に迎撃のための部隊が出ており、相当数の兵器が展開している。

来たとしても、簡単に近寄らせはしない。

ただし、それは敵が、まっすぐ東京支部を目指して来た場合、だが。

敵の空白地帯になった欧州、南米にも、フォーリナーの機械化軍は襲来。次はアフリカの巨大生物の巣穴を攻略に向かう予定だったオメガチームも、既に釘付けにされている状態になっていた。とてもではないが、よその攻略を行っている状況では無くなったのである。

南米支部も、状況は近い。

予備役兵の再訓練は間に合い、どうにか敵と互角以上の勝負はしている様だが。

短縮プログラムで訓練中の新兵は、とてもではないが、まだ前線には投入できる状況では無い。

或いは、巨大生物に対する大々的な攻撃が、マザーシップの降下を早めたのでは無いかと言う説もある。

この説は、小原博士が提唱した。

移動中の車の中で、小原の発表を聞く。

「フォーリナーにとって、巨大生物はおそらく単なるペットでは無い。 前大戦でも、尖兵としてけしかけるのでは無く、明らかにヘクトルや飛行ドローン、当時はガンシップと呼んでいたが、いずれにしても護衛の戦力を派遣して、巨大生物を守る様子が見られたほどだ」

黒沢も、この発表については、同意できると言っていた。

私にも、それは考えられる事だと思う。

巨大生物は、あまりにも単体に関して、ドライな反応を見せる。死んだ同胞には見向きもしないし、多数を生かすために少数を簡単に犠牲にする。ただ、それが、群れ全体を一つの命としてカウントしているのならどうか。フォーリナーの一見雑に見える護衛も、巨大生物を全体で一つとして考えているのなら。むしろ手厚い保護にさえ、見えてくる節がある。

前線に到着。

一週間ほど前に陥落した地区なのだが、放置していたらレタリウスが出現。あっという間に陣地が構築された。

レタリウスは、巨大生物に対する戦略を、変えてしまった。

此奴が現れると、空軍戦力による攻撃さえ危うくなる。一キロ先からの長距離精密狙撃と、分厚い陣地の構築能力。どうしても、時間を掛けて、敵陣を攻略していくしか、今は有効な戦術が無い。

そして精鋭が此奴に張り付いている間に、巨大生物は確実に陣地を広げていくのだ。

三島が、今回もサンプルが欲しいと言ってきている。

ジョンソンが新兵達を展開させた。

涼川が出てくる。

彼女が抱えているライフルは、EDFによって開発された最新鋭のものだ。そして今回は、特殊なアーマーを身につけている。

対レタリウス用の装備として、EDF科学陣は何種類かのアーマーを実験的に開発している。

この有能さだけは、前大戦から変わっていない。

対応力の速さだけは、救いだ。

今回の作戦は、実験的に涼川が、新しい戦術を試す。

私と弟は、サイドで涼川を支援。

かなり激しい戦術になるが、やってやれないことはないはずだ。

遠距離に展開しているネレイドは、無数に重なりあう巣を、既に視認している。また、敵への狙撃が可能な地点に、香坂夫妻は既に陣取っていた。

「流石に、ぞっとしねえなあ。 なあ、旦那」

「無茶は承知の上だ。 この戦術が上手く行けば、レタリウスの攻略に弾みがつく」

「確かにそうだけどよ。 この新型アサルトは確かにあたしとしても使って見たいし、戦術については分かったけどな」

「気持ちは良く分かる」

涼川は怖じ気づいているのでは無い。

戦士として凶暴なことと、無謀なことは、必ずしも一致しない。

「よし、行くぞ。 作戦開始!」

GO。弟が声を掛けると、舌打ちしながらも、走り出した。

私は渡されている最新型のシールドを構えると、弟と一緒に走る。レタリウスが、早速。陣地に真正面から向かってくる三人を捕捉。膨大な糸を吐きかけてきた。

新兵達が、一斉に攻撃開始。

グレイプの速射砲が火を噴く。スティングレイの砲火が、敵陣に襲いかかる。

それだけではない。

今回は、ビルの屋上に陣取ったエミリーが、試験的に渡されている長距離狙撃兵器を試している。

MONSTERシリーズ。

今回渡されているのは試作品一号。一撃でウィングダイバーのプラズマジェネレーターが産み出すエネルギーの大半を消耗してしまう化け物の様な火力で、敵を一気に薙ぎ払うことが可能だ。射程に関しても、レタリウスを凌ぐ。

ただし、あまりにもエネルギー消耗が凄まじいため、ウィングダイバーが得意とする空中機動を行えない。バイザーで情報をリンクしながら、冷静かつ的確に、敵を撃っていくことが求められる兵器である。

レールガンが咆哮。

近くにいるレタリウスを薙ぎ払う。

更に一瞬遅れて。エミリーからの狙撃が着弾。

瞬時にレタリウスが火だるまになり、その巣にまで着火。鋭い悲鳴を上げながら、レタリウスが燃え尽きていった。

「ワーオ、凄いわ」

「消耗は」

「お察しよ。 連射したら、ジェネレーターが焼き付くわ」

糸が、ひっきりなしに飛んでくる。

私が盾を構えて、正面で敵の攻撃を受け止めながら、走る。その間に、涼川は、渡されている新型アサルトの起動準備を済ませていた。

だが、撃つにはまだ早い。

弟が手にしているアサルトの射程に、敵陣が入る。

走りながら、弟が射撃を開始。目につく位置にいるレタリウスを薙ぎ払う。

糸が着弾した。

盾で防いでいても、どうにもならない。文字通り、四方八方から飛んでくるのだから。

しかし、鳥もち状の部分が、弾かれる。

新型アーマーの特性だ。ただし、装甲そのものは、今までのアーマーより劣る。あまり、長くは持ちこたえられない。

三人の突撃にあわせ、ネレイドが攻撃開始。

中空からの大火力を集中し、一気に敵陣へ穴を開け始めた。

迎撃に出てくる蟻と凶蟲。

弟がレタリウスから、蟻と凶蟲へターゲットを切り替える。同時に私も、ハンマーへと武装を切り替えて、跳躍した。

真正面から、敵とぶつかり合う。

敵に激しい攻撃を加え。

敵からも膨大な糸と酸を浴びながら、敵陣に踊り込む。

一気に負荷が増していく状況が分かる中。

涼川が、雄叫びを上げた。

「そらあっ! 消毒してやるぜ、蟲どもがっ!」

ぶっ放された大火力は、とてもアサルトのものとは思えない。

虹色に輝く凄まじい熱線が、瞬時に視界にいる全ての敵を薙ぎ払っていった。

フュージョンブラスター。

以前からオメガチームに配備されているレーザーライフルの発展型。あまりにも高エネルギーを用いるため、充電には専門の施設が必要になってくるが、その瞬間的火力はまさに絶大。

レタリウスが、ものの二秒と保たずに燃え尽きる。

レタリウスの巣も、冗談の様に燃え上がる。

蟻や凶蟲に到っては、鎧柚一触。視界にいる敵が、見る間に焼き尽くされていくのを見て、新兵達が歓声を上げているのが、バイザーを通じて分かった。

だが、欠点もある。

エネルギーの消耗が激しすぎるのである。

あっという間に、エネルギーを使い果たしたフュージョンブラスターは。もう再装填も出来ない。

「一本目終わり! 二本目っ!」

涼川が、最初のフュージョンブラスターを放り捨て、二本目を取り出す。

これの発射準備も、既に終わっているのだ。故に、突入するまで、涼川は何も出来なかった。

走りながら、涼川の邪魔をしようと苛烈な攻撃を繰り出してくる敵を、根こそぎ排除していく。

敵が後退を開始するのが分かった。

まるで、空が丸ごと燃え上がっていくような光景。

既に、重なりあっていた銀糸はない。ただし、フュージョンブラスターも、エネルギーを消耗し尽くしていた。

燃え尽き、落ちてくる巣の残骸。

死んでいるレタリウスも、殆どが消し炭だ。

開戦当初に死んだものだけが、比較的マシな死体を残してはいたが。それもバラバラになっていたり腹に大穴があったりで、サンプルとしてはおそらく使い物にならない。

涼川が舌打ちしながら、焼け付いた銃身を放り捨てる。

敵は既に敗走を開始。ただし、此方にも追撃する余裕は無い。

突入した三人全員が、満身創痍になっていたからだ。無理もない話である。このような強行突入を、特化仕様のために性能に劣るアーマーで敢行したのだから。

特に涼川は、忌々しげにフュージョンブラスターを見下ろしていた。

「確かにすげえ武器だが、あたしの好みじゃあねえなあ」

「継戦能力に劣るか」

「そうだ。 際限なく爆発物で敵をぶっ殺すのがあたしの好みだ。 次からは旦那、あんたが持ってくれや」

「承知した」

凄まじい熱を銃身が放っている。

これはおそらく、持ち続けていたらアーマーにもダメージが行き、それを貫通されたら体が瞬時に燃え上がってしまうだろう。

とんでもない武器を、EDF科学陣は作り上げたものだ。

或いは、決戦兵器かも知れない。確かにこれなら、練度に劣る兵士でも、ヘクトルと互角以上に渡り合える。

しかし涼川が指摘したように、継戦能力のあまりの貧弱さが気になる所だ。

通信が日高から入る。

声がわずかに上擦っているのは。今まで散々手こずらせたレタリウスによる堅陣を、一瞬にして撃破する事に成功したからだろう。

「新戦術は有効なようだな。 既に此方からも、地域の奪還は確認した。 流石だ、ストームチーム」

「だがこれは、おそらく再現するには最精鋭による肉弾攻撃が必要になります。 人員の消耗を抑えるためにも、ストーム以外のチームに任せるのは止めた方がよろしいかと」

「もう少しデータが欲しいが、君達の消耗も著しいようだな」

一旦の帰還を指示される。

昔だったら、そのまま戦わされていた可能性が高い。ただ、此処の敵陣は、東京における巨大生物拡大の要になっていた。分厚くて中々手出しも出来ない危険な場所だったこともある。

奪還できたことは、EDFにとって大きい。

すぐにスカウトが来た。調査を開始して、敵のサンプルを回収していく。念のため残るのは、地下から巨大生物が奪還のための再攻撃に出る可能性を考慮してだが。幸いにも、フュージョンブラスターを警戒したのか、もう巨大生物は姿を見せなかった。

グレイプに戻る。

フェンサースーツは、ダメージがレッドにまで達していた。酸がアーマーを破って、スーツを痛めつけたのだ。

戻ったらメンテをしなければならないだろう。

弟も涼川も、至近距離からかなりの酸を浴びていた。アーマーは限界近い。もう少し戦術を練らないと、次は危ない。

一人でも崩されていたら、作戦は失敗していたのだ。

「いっそのこと、三人が全員、フュージョンブラスターで突入するのもありかも知れないな」

「確かにそうだが、あたしは気がすすまねーな。 ジョンソンにやって貰ってくれるか」

「ジョンソン、どう思う」

「優れた戦術ではあったが、最精鋭のスペシャリスト以外では実行が不可能だという点で、現実味がないな。 新しい装備の開発と、人数などのシミュレーションを重ねた上で実行しなければ、失敗して大きな被害を出すだろう」

皆で、わいわいと話している中。

通信が入った。

筅が無言でグレイプRZを出す。すぐに本部に戻るべきだと判断したのだろう。イプシロンや旧型グレイプ、それに上空にいるネレイドも、即座に動き始めた。

「極東に、とうとうフォーリナーの先遣隊が姿を見せました。 海上の防御網の隙を突き、潜り込んできた模様です。 規模は飛行ドローン500、輸送船20」

「とうとう来やがったな。 これからが本番だぜ」

涼川が舌なめずりする。

好戦的な涼川には、これからがお楽しみ、と言う所だろう。

私は其処まで悟れない。

グレイプが急ぐ。はしゃいでいた新人達は、真っ青になって黙り込んでいる。クローン以外は知っているのだ。八年前から七年前にかけて行われた前大戦が、如何に悲惨で無慈悲なものだったか。

フォーリナーの機械兵器をみるだけで、恐怖を見せる者だって少なくない。

続報が入ってくる。

「敵は日本海側に迂回した後、防衛網の薄い場所を狙って突破して来た模様です。 現在、中部地方北部、京都地区西に展開中。 住民の避難を行うと同時に、EDF関西支部から、応援の要請が来ています」

「さて、東京支部はどう出るか」

如何に力を増していると言っても、人員は全世界で三十万程度しかいないのである。

どうしても防衛網などには隙が出てくる。相手を察知できていても、スクランブルできなければ意味がない。

デスピナは太平洋上に展開しているし、ファイターの航続距離にも限界がある。

或いはおとりを使って戦力の過疎状態を意図的に造り出したのかも知れない。フォーリナーならそれくらいはやる。

東京支部に到着。

指示が出るまで、カプセルで休むように、弟が皆に指示。

アーマーを黙々と取り替える弟。私は、フェンサースーツの新しいものを貰うために、研究等に出向く。

いやだが、三島に会わなければならない。

早速出てきた三島に、新しいフェンサースーツを貰ったのは良いのだけれど。ほとんど素っ裸にされて、色々検査させられたのには閉口する。しばらく検査をした後、不意に三島が真面目な顔になった。

「まだ情報がそちらには行っていないだろうけれど、緊急通信が来ているの」

「何か危険な状態か」

「マザーシップが接近しているわ。 おそらく上陸は九州。 長距離砲撃を艦隊が加えているけれど、遠距離シールドで巡航ミサイルを防がれて、手も足も出ないようね」

そうなると、関西支部のは囮か。

囮を上陸させるために、主力部隊を使い。そして囮に味方が気を取られた隙を使って、主力が上陸する。勿論囮と言っても、充分な脅威。輸送船を放置しておけば際限なく巨大生物をばらまかれて、味方は内側から喰い破られる。かといって、主力部隊を放置すれば、極東はまた前大戦の様に、敵に踏みつぶされるだろう。

二段構えの戦略。

相変わらず巧みで、容赦がない。

検査が終わって、シャワーを浴びてから服を着る。

此処からは大型輸送ヘリヒドラで移動だ。フェンサースーツを着込むと、すぐに日高から指示があった。

「ヒドラで九州に移動して貰いたい。 まだ避難が終わらない住民を逃がしつつ、マザーシップを迎撃する。 場合によっては撃墜もして欲しいのだが」

「無理でしょうね。 体制が整わない現状、以前よりも強いだろうマザーシップに対して、何処まで効果的な攻撃が出来るかは分かりませんよ」

「そう、だな。 いずれにしても、君達が出る事で、多くの味方を救い、効率的に作戦を進めることが出来るだろう。 頼む」

「分かっています」

猶予時間はない。

九州にマザーシップが上陸するまで、推定で八時間半。ヒドラなら、現在ストームチームに渡されている備品ごと移動して、充分に間に合う。しかし、問題はそこでは無い。

結局一週間どころか、奴らは四日で極東に再上陸することになった。小原博士が言っていたように。

極東で、EDFが激しく巨大生物と戦闘し。多くを駆逐しているのが原因かも知れない。

いずれにしても、此処からは総力戦になる。

九州に向けて発進するヒドラの元へ集合するよう、弟がバイザーを通じて指示を出している。

その横で、プロテウスが出撃していく。

先ほど、ストームで奪還した地域を足がかりに、一気に敵を殲滅する予定らしい。東京地区の敵を少しでも削り。そして来るべきマザーシップとの決戦、それに巣穴攻略作戦に備えるためだ。

勿論其処まで上手く行かないだろうが、プロテウスの戦闘力は圧倒的だ。一地区や二地区くらいは、充分奪還できるだろう。

もう少しデータが集まれば、レタリウスに対する戦術も確立できる可能性が高い。そうなれば、超人では無い普通の人間でも、充分に対抗が可能になる。

東京支部でも、予備役兵の再訓練と、新兵の募集が大々的に始まっている。

避難民からも、戦いたいと言うものを募っているようだ。今は十六歳以上の縛りが生きている。

しかし大戦末期になれば、その縛りも、多分外される。

またろくに訓練も受けない子供が、脆弱な武器を持たされて、前線に立たされる。そして敵は、容赦などしない。

胸が痛む。

原田が、発進するヒドラから、プロテウスに敬礼していた。

 

3、帰還と砲火

 

マザーシップと正面からやり合って、無駄に戦力を消耗するな。

そう東京にある極東司令部が指示を出したので、幸い無駄な戦力消耗だけは避けられた。事実ファイターから空対地ミサイルを叩き込んでも、マザーシップの遠距離シールドの前には無力。そして前大戦でも、マザーシップは真正面からEDFの切り札だった移動要塞X3を撃沈し、最大の戦力が集結していた北米支部をねじ伏せているのだ。

当時とは比較にならない力を手に入れているとはいえ。

九州支部の一部戦力で、マザーシップを迎撃できるはずがなかった。

無感動のまま、マザーシップは九州鹿児島に上陸。

桜島の噴煙を気にもせずに北上。途中にある都市を眼中にも入れず、淡々と侵攻を続けていた。

護衛についている飛行ドローンはその過程でかなりの数が九州全域に散った。

数は数千に達している。

しかしこれに関しては、九州支部も黙っていない。迎撃を開始して、各地で戦闘が続行されていた。

ヒドラが九州支部の指揮をしている、長崎基地に到着。

東京基地に比べると規模は小さいが、一通りの装備は揃っている。特に嬉しいのは、此処で新兵器と合流することだ。

ベガルタファイアナイト。

M3タイプの中でも、巨大生物の群れを正面から蹴散らすことを目的に作られた、EDFの最新鋭人型兵器。赤く塗られた機体は、正に炎の騎士と呼ぶに相応しい。強力なコンバットバーナーに肩に据え付けられたキャノン。近接戦闘に特化した機動力と強固な装甲。ハイレベルでまとまった、傑作機である。製造コストは高いが、それに見合う成果は十二分に上げている機体だ。

既に欧州では前線に投入され、大きな戦果を上げている。

本当は東京支部に配備される予定だったらしいのだけれど。マザーシップの到来が早かったため、輸送計画が中止。九州支部で、倉庫に眠っていたのだ。

現時点では、更にこの強化型タイプの開発が進められているらしいのだが、未だに試験運用の段階。

いずれにしても、現時点で前線に投入されているベガルタM3シリーズの中では、これが間違いなく最強の機種だ。実績がそれを証明している。ただまだ実戦投入されているベガルタはM2シリーズが主流で、状況を見ながら量産していく段階だが。

現在、北米で生産しているファイアナイトは、欧州に主に配備されているが。極東にも少数が廻されてきていて、その一つがこの機体。最後に届いて、輸送計画が中止されたのである。他はもう東京に届いているそうだ。

幸いにも、武装の補給は可能である。補助装備一式も揃っている。

一瞥だけすると、弟は言う。

「原田一等兵、これから貴官にグレイプRZを任せる」

「イエッサ」

「代わりに筅一等兵。 貴官がこれを扱え」

「え、えっ!? イエッサ!」

これは大抜擢だ。

確かに空爆課はビークルに関するスペシャリストとして教育も受けている。すぐにマニュアルが渡され、バイザーに電子データがインストールもされる。

近年の電子データは進んでいて、操作を円滑に進めることも出来る。最終的には意思と直結したマニュアルも作成する予定だと、私は聞いていた。

「池口一等兵」

「はい!」

相変わらず戦場ではどんくさい池口だが、ここのところ全くというほどフレンドリファイヤをしなくなった。

実戦で多少はコツを掴んだ、という事だろう。

筅とも一番仲良くしているのを見かける。すらっと背が高い池口と、小柄な筅では、好対照で、それが故に気も合うのだろう。

「貴官にも、近いうちに配備される新ビークルを任せる予定だ。 それまでは、今まで通りに任務に当たって欲しい」

「イエッサ!」

池口は多分、悲観はしていないのだろう。

弟の言葉に、元気よく敬礼していた。

これでいい。部下の統率に関しては、今の時点では問題ない。ジョンソンもエミリーも、今のところは弟を立てる行動をしてくれているし、私に突っかかることもない。涼川も谷山も香坂夫妻も、前大戦の戦友だ。彼らについては、心配はいらないだろう。

弟とジョンソンと一緒に、九州支部の司令官に会いに行く。

極東の支部は、東京を除いてそれぞれが少将が地区の指揮を担当する事になっている。この下に准将が何名かつき、各チームをまとめている師団の長に大佐がつく。

弟の准将待遇というのは、それだけVIPという事だ。

勿論私の待遇も、である。

前回の大戦では、生き残れた熟練兵が本当に少なかった。だから、能力をあまり考慮されず、司令部に入ってしまっている人間も少なからずいる。

九州支部の長沼少将は、幸いそういった生き延びただけの人間では無いが。

かなり気むずかしい男で、前々から東京支部の事を良く想っておらず、ストームチームについても良い印象を持っていない様子だった。

だが、それでも。

今回は協調体制を取らなければならない。

マザーシップが上陸したのは事実なのだ。

手をこまねいていれば、蹂躙されてしまうのである。

司令部は東京支部と違って、三十階建ての高層ビルに作られている。あまり軍基地内にこういう目立つ上に背が高いビルを作ることは推奨されていないのだが。九州支部では、おそらく東京への対抗意識からだろう。敢えて本部の通達を無視して、こういった行動に出ることが多いようだ。

エレベーターを使って、三十階に。

司令室に入ると、デスクには既に戦況図が表示されていた。

「お久しぶりです、長沼司令」

「ふん、ストームチームか」

相変わらず機嫌が悪そうだ。

私の事も、ジョンソンのことも。あまり良い目では見ていない。ちなみに長沼は、以前一緒に戦ったことがあるので、私の素の姿は知っている。

しばらく、弟がやりとりをする。

流石に作戦から締め出しをするような事を、長沼はしなかった。事前の約束通り、ファイアナイトを持っていくことも承知してくれた。

戦況図の上には、マザーシップがある。

今の時点では、恐らくは後続部隊との合流を行うためだろう。

宮崎県の北部に居座って、其処で停止している。周辺には十五隻を超える輸送船がいるが、今の時点で巨大生物やヘクトルを投下はしていなかった。

「ジェノサイド砲による攻撃も受けてはいませんか」

「今の時点ではな。 しかし、このまま九州中に飛行ドローンをばらまかれるのも不快極まる」

「まだ東京本部では、マザーシップ撃墜の準備が整っていません」

「ふん、以前の大戦では、そんな事をいっているうちに味方は壊滅してしまったがな」

弟とのやりとりも、かなり陰湿である。

長沼も、弟の実力は認めているはずだ。生半可なレンジャーチームが束になってもなしえないミッションを、続けてこなしているストームチームは。極東のレンジャーチーム全ての尊敬の的だ。

長沼も、以前包囲されていたところを、救出したことがある。

少なくとも、つっかかられる理由はない。

だが、長沼は。不快そうに私を一瞥すると、机上のマザーシップを指先で何度か叩いた。

「ジェノサイド砲を起動されると問題が大きい。 それに直衛の部隊を好きかってさせておくと、被害が増える一方だろう。 君達には、マザーシップに肉薄し、少なくともジェノサイド砲は叩いていただきたい」

「分かりました。 現地に向かいます」

「ふん……」

弟は、嫌だとは言わなかった。

司令部を出る弟に、ジョンソンが不満げに言う。

「どういうつもりだ、ストームリーダー。 九州地区の支援に来たのではなかったのか」

「支援に来た。 確かにマザーシップのジェノサイド砲を叩くのが、一番支援としては大きくなる。 長沼少将は言葉こそ悪いが、言っている事は間違っていない」

「しかし、新兵も含めた戦力で、マザーシップとやり合うつもりか」

「ジェノサイド砲を落とすだけだ」

すぐに新兵達を集める。

九州全域に戦渦が広がっているが、今の時点で、飛行ドローンに対する迎撃は問題ない。散らばったレンジャーチームが、かなり有利に戦いを進めている。

それに、各地の飛行基地から出たファイターが、制空権を保っており、一部では圧倒さえしているようだ。

故に心配なのだろう。

マザーシップがわざわざ上陸までして。

どうしてこうも受け身なまま、状況の推移を待っているのか。

弟が通信を入れてくる。

この辺りは、以心伝心という奴である。

「姉貴、どう思う」

「……そうだな。 今は単に情報収集の段階なのだろう。 マザーシップは全く動いていないも同然だ。 自身の戦略的価値を利用はしているが、それ以外には何もしていない」

「ならば、叩くのは、むしろ今だと思わないか」

「本気か」

本気だと、弟は言う。

なるほど、相手もまだ此方の実力を見極めていない段階。今回は敵の分厚い防衛網がなく、味方は涼川も谷山も香坂夫妻もいる。米国から派遣されている精鋭のエミリーとジョンソンも、頼りになる。

その上、前回の最終決戦では、弟の道を開くことで精一杯だった私だって側にいるのだ。

やれるか。

「分かっているだろうが、無茶をすれば立場が悪くなる。 くれぐれも、引き際はわきまえろよ」

「分かっている」

オンリー通信を切る。

新兵達が来た。彼らがグレイプに乗り込むのを横目に、私は涼川、谷山、香坂夫妻に弟の考えを、バイザーで伝えた。

涼川は賛成。

強襲からの蹂躙は、彼女の得意とする所だ。

「ただな、あたしは長距離武器が苦手だ。 対空戦闘に専念してもいいか」

「それもそうだが、敵の直衛に十五隻ほど輸送船がいる。 それに対処しなければならない」

「オッケ。 任せときな」

凶暴な笑みを浮かべる涼川。

これは情けも容赦も掛ける気は無いだろう。それでいい。此奴を全力で暴れさせれば、敵も本気で対処しなければならなくなる。

破壊力だけなら、弟と同等以上。

それが涼川という怪物だ。

私は谷山と一緒に、ネレイドに乗り込む。ネレイドもヒドラに格納されて、九州まで運ばれて来たのだ。

筅は今回、ファイアナイトに乗って現地まで移動。

ファイアナイトは殆ど一般車両並の速度が出る上、ブースターを使って跳躍さえ出来る。移動は何ら問題ない。

香坂夫妻には、イプシロンをそのまま任せる。

長距離から、自由な判断をしてもらう。涼川の支援をするか、それとも輸送船の撃破に努めるか。

どちらにしても、弟は任せるつもりだろう。

新兵達はジョンソンに任せる。ファイアナイトが加わったことで、単純な戦力も増している。

行けると思うほど、私は楽天的では無いが。

少なくとも、わずかながらのチャンスはある筈だ。

 

だからこそ、急激な状況の変化には、愕然とさせられる。

宮崎県の北部には、マザーシップの動向を監視するための一部隊だけが張り付いていた。その部隊から、急報が入ったのだ。

「こちらレンジャー4! 此方に何処かの部隊は向かっていないか!」

「此方ストーム。 どうしたレンジャー4」

「マザーシップが、急に活動を開始した! 輸送船から大量の巨大生物を周囲にばらまいている! その上、自身は艦隊を率い、北上を開始! 移動速度が今までの倍以上だ!」

レンジャー4の情報を確認。

全員がバイクを渡されている軽機動部隊だ。それなりの経験を積んだ兵士で構成されている、有能な者達である。

まさか。

南下している此方に気付いて、迎撃のために動いているのか。

もしも、そうだとすると。

「逃げ切れない! 救援を頼む!」

悲鳴混じりレンジャー4からの通信。勿論九州支部の長沼も聞いているはずだが、何も言ってこない。

谷山が、口を挟んでくる。

「黙っていたら全滅します。 ストームリーダー、指示を」

「長沼司令、此方で指示を出して構わないか」

「好きにしたまえ」

苛立ち混じりの声。

弟は頷くと、すぐに指示を出した。

「総員、フォーマンセルでそれぞれ散れ。 巨大生物は相手にしなくて良い」

「わ、分かった!」

「おそらくマザーシップ本体が、一チームを追いかけてくるはずだ。 それについては、此方がネレイドで回収する」

「イエッサ!」

恐怖に上擦りながらも、レンジャー4の兵士達がすぐ指示に従う。

フォーマンセルのチームに分かれ、それぞれ別方向へ移動開始したのだ。マザーシップはそれらを無視するように、まっすぐ北上してくる。

いや、違う。

一部隊を、正確に追ってきている。

それで私は確信した。

釣りをしているのだ。

奴の元へ、ストームチームが向かっていると知っていて。わざと一チームに狙いを絞って、北上している。

悪辣な奴だ。

本部のオペレータに周辺地図を転送させる。

今レンジャー4の一部隊が向かっている方向。マザーシップの速度。そして、此方の南下速度。

計算し、激突地点を出す。

マザーシップが、住民の避難が終わった街の上空にさしかかる。

その時。

人類は、再び思い知らされた。

奴らが、破壊の権化である事を。絶望の具現化である事を。

マザーシップの下から、塔のような巨砲がせり出してくる。あれこそが、マザーシップの主砲。

数多のEDF兵士を塵芥に変えていった、恐怖の破壊兵器。

ジェノサイドキャノン。

閃光が、迸る。

新兵達から、悲鳴が聞こえた。

直下型地震に等しい衝撃が、移動中の車列と、ベガルタを襲ったのだろう。

閃光が収まると、キノコ雲が上がっている。

核では無い。

解析の結果、レーザーに近いビーム兵器と言うことが判明している。そして、その火力は。

一都市が、灰燼と帰す。

破壊力は、実に85メガトン。

人類が作り上げた最強の水爆さえも凌駕している。おそらくマザーシップは告げているのだ。いつでも貴様らなど、塵に出来ると。

レンジャー4の一人が、恐怖の声を挙げてスリップした。

慌てて止まった一人が助け起こし、バイクの後部座席に乗せる。必死に走るが、容赦なくマザーシップは迫ってくる。

悲鳴を上げるレンジャー4の戦士。

それを責める事が出来るだろうか。有史以来はじめて人類が目撃した、絶対に叶わない相手に、直接追われているのだ。

「だ、駄目だ、間に合わない! た、助けて、助けてくれ!」

「急降下します」

谷山が地形を読んだ上で、そう宣言。

一気に機首を傾けた。

落ちる勢いも加えて、加速するのだ。そうすることで、本来のネレイドの速度を超える。坂道を、必死に此方に来るレンジャー4一支隊の姿が見える。そして遙か遠く。

完全に消失した、街の姿も。

其処にあるのはクレーター。

7年で復興した街は。

たったの一瞬で、文字通りの灰燼と帰していた。

「早く乗れ!」

「恩に着る!」

バイクを乗り捨て、レンジャー4の戦士達が、ヘリの後部に乗る。装備も捨てるしかない。

必死に四人目が乗り込むと、かなり重くなったネレイドが、離陸。

容赦なく迫り来るマザーシップが、その努力を嘲笑う様に、艦載機を無数に発進させはじめた。

改めて、間近で見ると。

人間の力で落とす事が出来たのは、本当に奇蹟に近かったのだと分かる。

全長は実に300メートルオーバー。綺麗な銀色の球体。表面に鱗状のパネルが張り付いている。

あれの用途を、私は知っている。

決してあの鱗は、防御兵器などでは無いのだ。

下部には巨大な主砲。全長は数十メートルから百メートル以上はある。先ほどぶっ放したジェノサイドキャノンだ。

その周辺に、艦載機の発着ハッチ。

飛び立ってくるのは、飛行ドローンだ。

対地戦闘に特化しているネレイドでは分が悪い。

流石にジェノサイドキャノンは連射できないが、それでも何時間も発射にかかる兵器では無い。

私はネレイドを飛び降りると。

迫り来る飛行ドローンに向けて、啖呵を切った。

「来い。 世界で一番貴様らを落とした姉弟の、片割れが相手だ!」

マザーシップは、まだその実力を一割も見せていない。

だが、それは此方も同じ。接近している弟の事をマザーシップが察知しているなら。そしてその目的が。

早い段階に、ストームを始末することだとしたら。

まだまだ、充分に此方にも、勝機はある。

ガトリングで射撃開始。

相変わらず重力を無視した動きをしながら、此方に迫り来る飛行ドローン。スラスターをふかしてバックしながら、私は奴らの群れを数える。

既に、数十機を、超えていた。

 

無数の飛行ドローンに、はじめ特務少佐が纏わり付かれているのを見て、筅は焦るけれど。

しかし、平然としているストームリーダーを見ると、何だか大丈夫に思えてくる。

「そろそろ射程距離に入る。 攻撃……」

「急報です!」

不意に、ストームリーダーの通信に、悲鳴混じりの声が割り込んできた。

レンジャー4の一支隊が、敵に纏わり付かれているという。飛行ドローン数百という数だそうだ。

それだけではない。

輸送船から投下された巨大生物。黒蟻だけだそうだが、それもレンジャー4の一支隊に向かっているという。

「涼川、エミリー。 任せて構わないか。 ジョンソンも、筅以外の新人を連れて、行ってくれ」

「イエッサ! 勿論全滅させてもいいんだよなあ」

「ああ。 全滅させろ」

「ヒャッハ! 行ってくるぜえ!」

凶暴な笑顔で、グレイプの後部座席に搭載していたバイクに跨がると、涼川少佐が飛び出す。

グレイプも、それに伴って進路を変えた。

筅は行くように言われなかった。

ベガルタM3ファイアナイトの操作については、此処までの道のりでほぼ覚えた。ひ弱で頭が悪くたって。散々戦闘で今まで怪我してきたって。

これでも、強化クローンだ。

ストームリーダーみたいな特級の例外には及ばなくたって。出来る事は、一杯あるのだ。こんな凄い機体を貰ったのは、期待を受けている証拠。

絶対に、活躍しなくてはならない。

「筅一等兵」

「はい!」

「時間だけ稼げ。 私と秀爺で、敵の主砲を落とす。 その後状況を見て撤退」

「分かりました!」

場合によっては、一気に敵を落とすつもりなのかも知れない。

確かにこの早い段階でマザーシップを落とせれば、戦況は一気に楽になる。

ベガルタのコックピットは狭い。

ただし稼働時の揺れは殆ど無い。昔のベガルタM1はコックピットさえなく、操縦席が剥き出しになっていた上、耐久力にも著しい問題があったそうだ。旋回性能も低く、敵に囲まれてしまうと、どうしようもなかったという。

でも、今乗っているファイアナイトは違う。

旋回性能も機動力も高い。

巨大生物の群れと渡り合える機体なのだ。

不意にストームリーダーが、オート操縦にしているらしい旧式グレイプの車上に上がる。構えているのは、ライサンダーか。

ぶっ放す。

閃光が、空に一筋走るのが見えた。

今、正に下部ハッチを開けて、巨大生物を投下しようとしていた輸送船が、火を噴く。装甲が分厚く、巡航ミサイルでも簡単に落とせないらしい輸送船も。あのハッチの内側は、脆いと聞かされていたけれど。

二発目。

数匹の巨大生物を落としただけが限界だった。

爆裂して、消し飛ぶ輸送船。

更に、二隻目を狙うストームリーダー。

だが、二隻目は、既に巨大生物を投下しきっていた。

無数の巨大生物が、左右から迫ってくる。筅の仕事は、この恐ろしい怪物達を、ストームリーダーに近づけないことだ。

戦闘用火炎放射器を、迫り来る巨大な蟻たちにぶっ放す。

悲鳴を上げながら、焼け焦げていく蟻たち。囲もうとするが、そうはさせない。跳躍。ベガルタファイアナイトは、跳躍することで、著しく機動力を上げられるのだ。

跳躍しながら、地面に向けて榴弾砲を撃ち込む。

吹っ飛ぶ蟻の群れ。

確かに凄い。

だが、その分装甲は薄い。囲まれて袋だたきにされたら、あっという間に装甲が溶けてしまう。

唇を噛む。

慢心するな。

この人型兵器は、本来エース級のベガルタ乗りに支給されるものなのだ。ストームにいるから触ることが出来ているだけ。

コンバットバーナーで、グレイプに纏わり付こうとする巨大生物を焼き払う。ビルの上に乗っても、崩れない。

巨大生物と同じアーマーを利用しているのだろう。だから、見かけよりも、ぐっと軽いのだ。

また、輸送船が落ちる。

ライサンダーの凄まじい破壊力には、瞠目させられる。

グレイプが巨大生物の群れを突っ切る。更に、イプシロンが続いた。

遠くでは、爆発が連鎖して巻き起こっている。

多分、涼川が大暴れしているのだ。他の新人は、爆発に巻き込まれていないだろうか。少し心配になる。

徐々に、周りにいる巨大生物が、増えてくる。

逃がしては駄目だ。

絶対に駆逐しないと。今、九州のEDFは、飛行ドローンの大群と交戦中なのだ。まき散らされた巨大生物が、対空交戦中の部隊と接触したら、地獄絵図になる。

そればかりか、避難中の人達に襲いかかりでもしたら。

考えたくない事になる。

兵力を敵が分散させようとしている事は、筅にさえ分かる。

しかし、ストームリーダーは、何を考えているのだろう。

気付く。

残弾数が、かなり危ない。

ファイアナイトにも欠点が幾つかある。その一つが、この搭載弾数だとは聞いていたけれど。

困った。どうしよう。

下がりながら、敵を薙ぎ払う。逃げ腰になったのは、敵も気付いたようだった。

しかし、その巨大生物の群れを、中空からの掃射が薙ぎ払う。

ネレイド。

戻ってきたのか。

「中空と地上から、連携して敵をたたく。 筅一等兵、ヒドラから弾薬パックを投下して貰うよう要請した。 少し下がって、受け取り次第戻ってくる様に」

「イエッサ!」

ネレイドの対地制圧力は圧倒的だ。

だけれども、それでも弾数には限りがある。

此処で敵を殲滅するためにも。

筅も、谷山も。

ドジを踏むわけには行かなかった。

 

4、異邦人帰還

 

転々としている民家や小型ビルを盾に使いながら、私はフェンサースーツのスラスターを使ってバック。バックしながら、ガトリングを中空に撃ち放つ。

対空戦闘が苦手なのが、フェンサーの弱点。

しかしながら、それを克服する武器もある。ただ、今回は持ち込んでいないし、持っていても使う気は無かったが。

また、輸送船が、弟に落とされる。

投下しているのは巨大生物ばかりだが、既にかなりの数が、周囲に展開している。殲滅は涼川達に任せるしかない。

また、横殴りのレーザーを浴びる。

どうしても動きが独特で、一定の打撃は浴びてしまう。

それが飛行ドローンの怖さだ。

確実にアーマーが削られていく恐怖。

前大戦初期ではアーマーすらろくになかったEDFの戦士達は。いつ狙撃されたかさえ分からないまま、飛行ドローンに打ち抜かれていったのだ。

4隻目の輸送船が落ちると、マザーシップが速度をあげはじめる。

ジェノサイドキャノンが起動するのが見えた。

あんなに早く、再装填できるのか。

前とは違う。

そう嘲笑っている様子が、見えるかのようだ。マザーシップも、相当なパワーアップを果たして、戻ってきたのである。

だが。

その時、巨砲にライサンダーの弾丸が突き刺さる。

続けて、イプシロンのレールガンからも、巨弾が撃ち込まれた。

神業。

同じ箇所に、着弾。

向こう側に弾丸が抜けるのが分かった。

巨砲が機能停止する。

「どうやら、弱点部分に関しては、修正できていなかった様子だな」

グレイプが、隣に止まった。

私は無言でスラスターをふかして跳躍すると、グレイプの車上に。弟はライサンダーの弾を再装填しながら、狙いを定め。更にとどめの一撃を叩き込んだ。巨大な罅が入る砲に、秀爺もレールガンから、追加の弾丸をおまけする。

ジェノサイドキャノンが、半ばから折れる。

爆裂。

巨大な破片が、宮崎の地に降り注いでいった。

だが、それが何だとばかりに、マザーシップは悠然と此方に迫ってくる。当然だろう。あれはマザーシップにとっては、九本ある主砲の一つに過ぎないのだから。

しかも、数日もあれば、修復可能なはずだ。

「戦略的な目的は達したが、どうする」

「涼川、そちらはどうだ」

「掃除中だ。 エミリーが輸送船をまた落とした」

「こちらは……」

見上げると、輸送船はまだまだいる。

攻撃に備えてか、ハッチを開ける様子は無い。グレイプにバックを指示。オートで下がるグレイプの車上で、弟と私は、通信回線で会話をする。

「どうだ、落とせそうか」

「無理だな。 本気になったらマザーシップは、更に輸送船を周囲にかき集めてくるだろうし、第二形態以降になられると手の打ちようが無い」

「そうだな。 撤退するか」

「それがいい。 ただし、もう何隻か輸送船を落としてからだ。 周辺にばらまかれた巨大生物も、駆逐する必要がある」

不意に、空に影が落ちる。

それが、マザーシップがいきなり戦闘形態をとったのだと。

私も、即座には理解できなかった。

鱗状の物体が、マザーシップを離れて、中空を漂いはじめる。

鱗の一枚一枚が、浮遊砲台なのだ。その数は、およそ二百。前大戦では末期にならないと見せなかった、戦闘形態である。

そう。今までのは、戦闘形態でさえないのだ。

「いかん、全員、巨大生物を駆逐しながら撤退!」

弟の声から、余裕が消し飛んでいた。

無数のプラズマ弾が周囲に降り注ぐ。爆裂するプラズマ弾が、見る間に緑を商店街を、粉みじんに吹き飛ばして行く。

ジェノサイドキャノンがなくても。

マザーシップは、通った後を余裕で更地にする戦闘力を持っているのだ。

全速力で下がるグレイプ。

イプシロンも後退を開始していた。

だが、容赦ない一撃が、グレイプの。旧型で脆い装甲を貫通する。私は盾を展開して、マザーシップから降り注ぐレーザーをどうにか防ぐが、それでも全ては無理だ。今まで輸送機として頑張ってくれたグレイプが、ついに二発目のプラズマ弾を至近に浴びて、吹っ飛ばされる。

弟と私も、地面に投げ出された。

無言のまま、弟が起き上がると、ライサンダーをぶっ放す。

浮遊砲台は、幸い装甲が分厚くない。

ライサンダーの弾が直撃すれば、落ちる。だが何しろ、数が数だ。

私も用意してきたガリア砲を構える。

大威力、超射程を誇る兵器だが。何しろ試運転中の品である。ぶっ放すが、一発ではなかなか命中しない。

マザーシップの外壁に命中しても、弾かれるだけだ。

また、至近に着弾。

吹っ飛ばされる。

破壊力が、前より上がっている。当然だろう。向こうだって、七年間でバージョンアップくらいはしているのだ。

バックしていたイプシロンが、来た。

搭載している機銃を乱射して、纏わり付いてくる飛行ドローンを薙ぎ払いながら。弟はライサンダーで数機の浮遊砲台を撃墜すると、もはや恥も外聞もなく飛び乗る。私も、それに続いた。

イプシロンが、再びバックをはじめる。

そしてバックしながら、マザーシップが、下部のハッチを開けた瞬間。弟と一緒に、巨弾を叩き込んでいた。

あれこそが、マザーシップの弱点。

空気を取り込むことで、爆発的な攻撃力を産み出すための場所。

勿論分厚い装甲に守られているけれど。イプシロンの弾丸に加えて、ライサンダーの弾丸が、同じ箇所に直撃したらどうなるか。

マザーシップ全体が、一瞬だけ停止する。

「貫通は、出来なかったか」

飛行ドローンも、動きを一瞬だけ止めた。

その隙に、一気に下がる。もはやバックでは無い。全速力での撤収だ。それでも途中、巨大生物を投下しようとハッチを開けた輸送船を一隻落としたのは、流石に弟である。

マザーシップの攻撃範囲内から逃れたのは、夕方。

マザーシップも数十キロを追撃はしてきたが、それ以降は海上に逃れた。輸送船七隻を落とされて、直衛を心許なく感じたのか、それとも。

ストームチームの戦力を測ることが出来て、充分と判断したのか。

ジェノサイドキャノンを失ったから、修復に掛かったのかも知れない。

いずれにしても、これは負けだ。

集結を掛ける。

集まってきた全員は、満身創痍だった。

グレイプRZも、何発か直撃弾を貰ったらしい。側面の装甲を、完全に喰い破られていた。

ネレイドも、途中で何機かの飛行ドローンに襲撃されたらしい。

どうにか撃墜はしたようだけれど。苦手な相手に纏わり付かれて、流石の名手谷山も、無事では済まなかった。

楽しそうなのは、涼川だ。

アーマーを喰い破られて、何カ所からか出血しているのに、である。

「飛行ドローンも蟻共も、たくさんブッ殺してやったぜえ」

けたけたと笑う彼女を見て、新兵達はどん引きしているが、気にもしていないのだろう。涼川はそう言う奴だ。

ベガルタM3ファイアナイトは。

かなりアーマーに損傷は受けているが、無事だ。

戦死者を出さなかっただけ、マシとみるべきなのだろう。だが、グレイプRZを運転していた原田は、左半身を血まみれにして、担架の上で呻いていた。

マザーシップの浮遊砲台から放たれたプラズマキャノンの情け容赦ない破壊力が、グレイプの側面装甲を貫通したとき。原田の纏っていたアーマーも、一気に打ち抜いたのである。

或いは、内部で爆発が反響し、ダメージが増幅された結果かも知れない。

キャリバンが来る。傷だらけの機体は、今日の九州が、全域で戦闘をしていたこと、キャリバンが少なからず攻撃を浴びていたことも物語っていた。しかしキャリバンは生半可な攻撃ではびくともしない。MBTをも上回る装甲を有している事もあって、中には傷一つなかった。

キャリバンの広い車内には、数人が既に格納されていた。手足を失っている者もいるようだった。

応急措置を済ませた原田を運んでいくキャリバンを見て、弟が小さく嘆息した。

グレイプRZも、キャリバンが牽引していった。旧式グレイプは完全に壊れてしまったので、後でスカウトが回収するということだった。回収専用車両を用いて基地に牽引し、その後工場でスクラップに変えるのである。

どうせ前線に投入することを想定していなかった旧型だ。ストームでは頑張ってくれたが、残念ながら此処までで寿命である。

原田がいなくなると、弟の嘆きがよく理解できた。

原田に、グレイプRZに乗るように指示したのは弟だ。

勿論戦場でのこと。原田だって恨んではいないだろう。弟が判断ミスをしたわけではないのだから。

それでも、簡単には割り切れない。

弟を戦闘兵器と罵る者もいるけれど。こういう弱さがある事を、私は知っている。だから、弟の悩みも聞く事は多かった。今日も、愚痴くらいなら、つきあうつもりだ。

負けはしたが、戦略的な目的は達した。

前大戦より遙かにマシだ。

前大戦では、負けて逃げて、必死に生き延びたような戦いが、それこそいくらでもあった。弟も私も、それを散々経験した。

今回は負けはしたけれど。マザーシップにダメージも与え、ジェノサイドキャノンも一時使用不能にし。輸送船も相応の数落とした。

充分な戦果なのだ。

長沼から通信が入る。

「死者を出さずにマザーシップを海上へ追い払ったそうだな」

「負傷者が数名います」

「それがどうした。 飛行ドローンもほぼ掃討が終わった。 これから、そちらに残っている巨大生物共の残党を、数に物を言わせて潰すところだ」

何を脳天気な。

私はぼやきたくなったが、長沼の声は据わっていた。或いは、マザーシップを撃退するという活躍をしたストームチームへの憎しみを、更に強めたのかも知れない。

何も言わず、弟は通信を切る。

「一旦九州支部に帰還する。 軽傷者は其処で手当。 その後、極東支部の指示を待つ」

「ストームリーダー」

「以上だ」

掃討作戦には参加しない。

しろといわれていないのだから、当然だろう。

実際、あの程度の残党なら、九州支部の戦力で充分に対処できる。既に飛行ドローンの群れも海上に去った様子だし、東京とは根本的に状況が違うのだ。

九州支部には、深夜に着いた。

私も軽くメディカルチェックを受ける。負傷はほぼしていないけれど。肋骨の状態が気になったのだ。

回復はしている。

ほぼ大丈夫だと、医師に太鼓判も押された。

服を着て、与えられている宿舎に。

先に戻った弟は、珍しく酒を口にしていた。

部屋の隅にあるシャワー室は使った形跡があった。私もシャワーを適当に浴びることにする。

傷の痛みは、殆ど残っていない。

厳密な意味では人間では無いのだから、当然か。人間だと自負していても、こういうときに、自分の異常さを、思い知らされる。

「傷の具合は」

「何ら問題は無い。 老化速度が早いという事は、それだけ新陳代謝も回復も早いという事だ」

「そうか」

私は弟の向かいに座ると、酒をついでやる。

無言で、酒を飲み干す弟。

私は飲まない。

酒はどうにも苦手なのだ。

多分肉体年齢の問題だろう。実際年齢と肉体年齢が釣り合わない不具合は、こういった所でも、影を落としている。

「今日は手酷い負けだったな」

「長沼め、何故我等を憎む」

「お前がスペシャルだから、だろう」

「……」

酒を飲んだからか。

珍しく、弟の口から他人を罵る言葉が出た。七年に達する軟禁同然の生活でも、文句を滅多に言わなかった弟なのに。

EDFの内部では、弟を暗殺する計画さえあったと聞いている。

それだけ、マザーシップを落とした「超人」は、恐怖の対象だったのだ。

「長沼の用兵次第では、今日マザーシップを落とせたかも知れないな」

「その代わり、民は全員見殺しか?」

「……そうだな。 今の言葉は忘れてくれ」

「良いんだ。 私はお前の唯一血を分けた肉親だ。 それくらいの愚痴なら、何時でも聞くさ」

もう一杯酒をついでやる。弟は、相当に腹が立っているのか、ぐいっと飲み干した。

もう休め。そう言っても、もう一杯をコップを此方に差し出してくる。

弟も、酒には強い方では無い。

もう顔は真っ赤だ。

「マザーシップの目的は、人類側の対応力を見る事だろう。 多分近いうちに、ヘクトルと四つ足が大挙して極東に上陸するぞ。 あまり今のうちから思い詰めるな」

「分かっているさ、姉貴」

「はき出すだけはき出したら早く寝ろ。 そんなでは、今後の戦況に、対応できんぞ」

頷くと、弟は、今日の長沼に対する文句をあらん限りはき出しはじめた。

そして徹底的に愚痴を言い終えると。

カプセルに入って眠った。

私も少しだけ酒を口にすると。こんなものの何が良いのだろうと思いながら、自分用のカプセルに入る。

原田の容体については、既にさっき聞いた。

三川とは違う意味で重症だ。ただ、今の医療技術は進歩している。一週間ほどで、前線に復帰出来るはず。

負傷者が、案の定増えてきている。

今後は死者だって出るだろう。

増員も考えているが。できる限り、新人をベテランに育てて、主力の補助になるようにしないと。

今後の戦いは、勝てない。

カプセルの睡眠効果で、すぐに落ちる。

今度の戦いも地獄になる。明日もきっと、地獄になる事に変わりはない。だから、今だけは、休もう。

しかし、夢心地をさまよっている中。

警告音で叩き起こされる。

カプセルから這い出ると、まだ四時半だ。何か大きな事件があったとみて良いだろう。

弟も起き出していた。

すぐにバイザーを付ける。

「緊急事態です」

「ああ、何が起きた」

「太平洋上の第十六艦隊が、敵の大軍団を確認! このままだと、房総沖に翌日には出現します! 敵は四つ足歩行要塞を中心に、ヘクトルおよそ500! 飛行ドローンも、3000以上はいる模様です! 輸送船二十五隻も、護衛として確認!」

乾いた笑いが漏れる。

さっそくだが、仕掛けてきたか。

更に、中部地方にも、敵の一群が向かっているという。

此方の兵力を分散させるもくろみだ。全てにEDFは対応しなければならない。

その上、全世界中のEDFが、今は巨大生物と、マザーシップが繰り出した殺戮機械軍団に対応しているはず。

援軍は、期待出来ない。

「総力戦がしばらく続くな」

「新兵達を叩き起こしてこないとならないのはつらいが、私がやる。 お前はすぐに出立する準備を頼むぞ」

「ああ、分かった。 頼むぞ、姉貴」

二人、すぐに軍服に着替え。私はフェンサースーツを纏って、宿舎を出る。

まだ陽も昇っていないが。

すぐにヒドラの手配をして、東京へ戻らなければならない。或いは、中部地方に来た敵の撃退が先だろうか。

いずれにしても、敵はついに本腰を入れはじめた。

此処から本当の地獄が来るのは、もはや避けられない未来だった。

 

(続)