噴出する巨獣

 

序、7年ぶりの攻撃

 

ビル街に警報が轟く。

火災警報でも無い。

地震警報でも無い。

サラリーマン達の誰もが、青ざめた顔を上げた。仕事なんて、もはやどうでもいい。この警報の意味を知らない者はいない。

「警報! 巨大生物が出現しました! 各自防護アーマーを身につけてください!」

今の時代、どの企業にも、必ず人員分配られている防護アーマー。身につけ方は、それこそ義務教育の時代から習う。

これは、EDFが駆けつけるまで、命をつなぐための生命線だ。

ものとしては、昔存在していた防弾チョッキに形状が似ている。しかしコートのように被ってボタンを押すと、体に一体化する。

これこそ、フォーリナーから得られた防御兵器の神髄。

EDF隊員にも配備されている、最強の盾だ。

「これは訓練ではありません! すぐに防護アーマーを身につけ、訓練を思い出して退避してください! 巨大生物に襲われても足を止めないで! すぐにEDF隊員が駆けつけてきます!」

私。柊一歌は。

愛用のカメラを取り出すと、唇を引き結んだ。

昔は、何も出来なかった。難民の群れの中、襲われる周囲の人間を、震えながら見ているしか出来なかった。

今は違う。

大人になって、報道の意味を知った。

EDFに入ろうと思った時期もあったけれど。歴史を学んだ後、考えが変わった。

「退避! 退避!」

「駅の方から奴らが沸いているという情報がある! 急いで大通りから逃げろ!」

殺気だった周囲の社員達が騒ぐ中。

私はカメラの稼働を確認して。ベランダから外へ出た。

まだ、周囲に巨大生物の姿は無い。

防護アーマーがあるから大丈夫だ。三階から飛び降りる。着地。

別に私が超人な訳では無い。防護アーマーが凄いのである。

この防護アーマーは、巨大生物の外殻を研究して作られた。地面に着地するときの衝撃をはじめとして、加えられたダメージを全て吸収する、凄まじい代物である。黒蟻や赤蟻があれほどタフなのは、これで表面がコーティングされているからだ。ただしダメージが限界を超えると、アーマーは壊れる。

壊れると、後は普通の人間と同じになる。

映像記録で、攻撃を浴びても平然としていた黒蟻が、いきなり木っ端みじんになる事があるけれど。

それはこのアーマー破損現象が故だ。

逃げ惑う人々。だが、駅とは逆方向に、ある程度の秩序を持って向かっている。私はハンディカメラでそれを写しながら、動画サイトに接続した。

「ご覧ください。 7年ぶりの悪夢です。 巨大生物が、都市部に襲来しました。 彼らは滅びてはいなかったのです」

見える。

奴らだ。

忘れるはずも無い。私の両親を喰らい、まだ幼かった弟の首を食いちぎった、異星から到来した化け物共。

目の前で、起きたことだ。

黒蟻が多数。逃げ惑う人々に噛みつき、放り投げ。

そして地面に叩き付けた後は、まだ逃げる気力がある人間を襲っている。

EDFから支給されているアーマーは、頑強だ。

まだ喰われた人間は、今の時点ではいない。だがそれも時間の問題だろう。必死に逃げる人々よりも、巨大な蟻共の方が、明らかに足が速いのだ。

此処だけで、蟲どもが沸いたとは、とても思えない。

今、世界中で。

同じような地獄が顕現しているはずだ。

私は、驚くほど冷静だった。

この仕事を始めてから、噂には聞いていたのだ。

巨大生物は駆逐などされていない。地中に潜って、力を蓄えているだけだと。四年前には、実際に地中の巣が発見されて、極秘の駆除作戦が行われたと。勿論ネットなどで流れた情報だ。しかし、それが嘘だとは思えなかった。

至近距離。

放り投げられた人が、地面に叩き付けられた。アスファルトの上で、もの凄い殴打音が響く。投げられた人は、ショックで気絶してしまったようだった。放っておけば、蟻の餌になるだけである。

蟻が、もうすぐ側まで迫っている。

私は映像をとり続ける。

このままだと逃げられない可能性が高い。だが、それでも。映像を取りたいという欲求の方が強かったし。

何より、恐怖はなく。

心は静かだった。

迫り来る蟲共。

黒蟻だけだけれど。その大きさは、以前見たとおり。全長は十メートル。姿は蟻にそっくりなのに。

その巨体、パワー、いずれもがありえない。

昆虫は、小さいから怪力に見えているだけなのだ。大きくなったら、あのような怪力は発揮できない。

ビルを垂直に登ったり、乗用車並みの速度で走る事なんて、出来るはずがない。

どうやら一匹が。

私を、獲物と見定めたようだ。

態勢を低くすると、一気に走ってくる。

映像はリアルタイムで、全世界に中継されている。だから、喰われてしまっても、映像は世界中に届けられる。

世界中に蟲どもが沸いたのなら。

どうせ逃げる場所なんて、ない。

そう言い聞かせて、逃げそうになる自分の足を、奮い立たせる。

不意に。

体の横を、風が抜けた。

スラスターを噴かしながら、黒い影が通り抜けたのだと、一瞬遅れて気付く。その影は、迫ってきていた黒蟻に、巨大な杭を叩き込んで。

真っ正面から吹っ飛ばした。

吹っ飛んだ黒蟻は回転しながら、モノレールの駅に衝突。

其処で粉々に爆散した。

「民間人の救助を開始する! 蟻どもを攻撃! 各個撃破しろ!」

野太い男性の声だ。

どうやら、EDFは。

マニュアル通り。

民間人に支給されるアーマーが破壊される前に、到着したようだった。

ばらばらと此方に走ってくるのは、レンジャーの部隊だ。さっき先行した黒いのは、なんだろう。

噂に聞いている、装甲部隊か。

人間戦車と呼ばれる部隊が、近々実用されるという噂はあった。

カメラが、ふいに取り上げられる。

「いけませんね。 報道の自由にも限度があります」

「ちょっと、何するのよ」

「筅二等兵! この女性を保護!」

「分かっています、黒沢二等兵」

黒沢と呼ばれた眼鏡を掛けた大柄な青年に、命の次に大事なカメラを取り上げられてしまった。憤慨するが、相手の対応の方が遙かに早い。

そして、すぐ側に横づけた。歩兵戦闘車両グレイプに、押し込まれた。グレイプの上部には速射砲がついており、蟻を撃ち始めている。

一撃では打ち抜けないが、流石に直撃した蟻は、怯む。

其処へ展開したレンジャー達がアサルトライフルから集中射撃を浴びせ、次々に葬りはじめていた。

以前の戦いでは。

特に初期では、人間相手の主力兵器となっていたアサルトライフルは殆ど効果を示さなかったと聞いているが。今は違うのだなと、見ていて分かった。

運転席には、小柄な女性。

筅と呼ばれた女性が、無線に呼びかけている。

「黒蟻は70ないし80! 一群としては少なめです! 恐らくは他にも展開している部隊がいる模様!」

「冷静な判断だ。 すぐにキャリバンを廻す。 ストームチームは展開地域で黒蟻を駆逐し、民間人の救助を続行!」

「イエッサ!」

幼ささえ残る声だが、命令に応じる敬礼は様になっている。

運転も悪くない。

グレイプに、次々民間人が逃げ込んでくる。アーマーは、まだかろうじて無事だ。グレイプは歩兵三名を乗せることが出来るが、確か緊急措置として、民間人はかなりの人数を収容できるはず。

外での戦闘は継続中。

誰かがロケットランチャーをぶっ放したらしく、蟻が吹っ飛ぶのが見えた。蟻も黙ってはいない。中距離から酸を浴びせかけてきている。EDFの隊員も防護アーマーを装備しているから簡単にはやられないが、それでも無傷では済まないはず。

至近。

ビルに逆さにぶら下がっていた蟻が、上からグレイプに膨大な酸を浴びせてきた。

悲鳴が車内で上がるけれど。

筅は冷静に対応。バックして射線を確保すると、即座に蟻を撃ち抜いた。

既にダメージが蓄積していたらしく。蟻がバラバラに爆散して、吹っ飛んだ。

鬼神がごとき暴れぶりを見せている黒い鎧が見えた。

旋回しながら、巨大なガトリングを振り回して、発砲している。蟻が見る間に減っていく。

凄まじい破壊力だ。

それだけではない。レンジャーの中に一人、もの凄く動きが良いのがいる。アサルトライフルの集弾率が凄まじく、彼の眼前からは見る間に蟻たちが撃破されていく。

これは、ひょっとすると。

相当な精鋭部隊が、救助に来たのでは無いのか。

懐に隠していた小型カメラを取り出すと、私は撮影しようとしたけれど。不意に、歩兵戦闘車の窓ガラスが曇る。スモークモードに切り替わったのだ。

このカメラは、本命が破損したときのための、とっておきだったのに。

「ごめんなさい、撮影は止めてください。 今、機密に属する部隊が動いているんです」

「あなた、クローンね」

あまり知られていないが、強化クローンには独自の見分け方がある。

ヘルメットやら軍服やらで隠そうとして出来るものではない。ばつが悪そうに口をつぐんだ小柄な女性兵は、それでもはっきりと言った。

「そうです。 でも、普通の両親に育てられて、人間として生きてきたつもりです」

「だから、見過ごせないと」

返事は無言。

確かに、軍としては、最高機密の部隊が動くのを、晒すわけにはいかないだろう。相手の言う事は理にかなっている。

諦めたくは無いけれど。

この状況は手詰まりだ。

装甲救急車が来た。

キャリバンと呼ばれる車両だ。戦闘力は無いが、極めて頑強に作られていて、生半可な砲撃程度ではびくともしないと聞いている。歩兵戦闘車両よりも、二回りは大きいように見えた。それだけ多くの人員を収容できるはずだ。

筅と呼ばれた兵士はオート防御モードにすると、飛び出す。運転席との間には強固な防護ガラスがあって、そちらには行けない。

後はもう、何も出来ない。

外では、ひっきりなしに、射撃音が続いていた。

口惜しいけれど、戦場報道は此処までだ。

後は避難所の実情を報道する。

編集長から連絡が来た。無事だと、それだけ応えておいた。

 

1、出撃

 

ブリーフィングをしている暇は、昔だったら無かったかも知れない。

しかし今は、軍に支給されている高性能リンクバイザーのおかげで、各自簡単に情報のやりとりができる。これによって敵の位置も、現在の地形も。そして味方の位置も戦力も、ある程度は把握できるのだ。

アパートを出ると、避難をはじめている人間と、多数すれ違った。

基地まで急ぐ必要がある。こういう時用に、二人分の軍用カスタムバイクが支給されているのだけれど。

どうやら今日は、使う必要は無さそうだった。

「乗ってください、ストームリーダー! 嵐大尉!」

アパートの前に横付けされたのは、歩兵戦闘車であるグレイプだ。

そしてこのナンバーは見覚えがあった。

正式にストームチームに配備された、RZ型。最新鋭のタイプである。搭載している軽速射砲は、かなりの威力を発揮する、はずだ。

グレイプは強化タイヤの車輪を持つ歩兵戦闘車で、MBTであるギガンテスほどの戦闘力はないものの、軽快で機動力に長けている。攻撃機能もなかなかに侮れないものがあり、特にこの新型は多数の敵を相手にすることを想定する設計だ。ただし歩兵戦闘車なので、面制圧を想定はしていない。想定している機種もあるが、RZはそうではない。

サイドとバックが開くようになっているRZは、車上に速射砲を展開しており、既に戦闘態勢に入っていた。平時は、外しているか、或いは畳んでいるのだ。フェンサースーツと同じ、フォーリナーの技術を利用したものである。

これなら戦場に直に行ける。

二人とも入ると、中で窮屈そうにしていた黒沢に敬礼される。

筅も武装して、運転席にいた。

空爆課の兵士は、他の兵士と違って、非常に巨大なヘルメットを被る。これは様々なデータを、確実に処理しなければならないためだ。このため動きが阻害され、単独での戦闘力は落ちるため、他の支援が必要になる。

レンジャーは旧時代の歩兵とあまりかわらない。

迷彩服に、アサルトライフルが基本装備となる。EDFではこれに、スティングレイロケットランチャーを持たせるのが普通だ。アサルトライフルとスティングレイの組み合わせが、一番汎用性が高いとされているからである。アサルトライフルと言っても、旧時代の象撃ち用の弾丸並みの破壊力がある弾を、連射するものである。熊でさえ瞬殺する破壊力があるが、それでも巨大生物が相手だと、少し火力不足とさえ言われる。

ウィングダイバーは、機械で出来た翼と、背中の動力炉プラズマジェネレーター、露出度が高い未来的な装備が特徴になる。これは低空での機動を主体とするため、空気抵抗を可能な限り減らすためだ。ただ防護アーマーは付けているので、多少の酸くらいは喰らっても平気だし、ちょっとやそっとの建物から飛び降りても怪我はしない。

フェンサーは私のように、黒い鎧そのものの姿。

古き時代のロボットアニメを思わせるこの姿は。前線で戦うことだけを想定しているも同然。

ただフェンサーは最新鋭の兵種だ。

人数はまだあまりいない。レンジャーだけで編成されているチームが、今でも圧倒的に多い。

「他のメンバーは」

「基地にいた新兵は、ブルートで輸送されています」

「谷山か」

黒沢が頷く。

ヘリの名手である谷山は、弟の部下の一人。ブルートは基本的に輸送や制空権がある場合の対地制圧を想定した機種であり、装備はさほど強力では無いが、一応自衛用の兵器がついている。

新兵が一人残って銃手を務めれば、充分な掃討が可能なはず。

後は、前線の主力となる涼川だが。

向こうから連絡があった。

「ストームリーダー、此方涼川」

「リンク確認。 涼川、状況は把握しているか」

「イエッサ。 今からバイクで戦地に向かう。 ごちそうが、待ってやがるぜ!」

涼川の声が、興奮を含んでいるのを私は感じ取っていた。

新兵達の点呼を取る。

大型ヘリに、新兵達は皆乗っていた。

一方、北米の総司令部から来た二人は、別行動のようだ。彼らは新兵では無いし、当然かも知れない。戦歴、実力的には名だたる精鋭、オメガチームやストライクフォースライトニングに配属されても不思議では無い二人だ。

本来は新人が来るはずだったのだけれど。途中から予定が変更されたのである。

今回ストームが完全に再編成され、旧メンバーの何名かの代わりに配属されたことで、かなり喜んでいると聞いている。

ただし彼らは総司令部の目付役でもある。

過大な期待は禁物だろう。

一人はウィングダイバーで、もう一人はレンジャー。

間もなく、香坂夫妻から連絡があった。

「既に射撃ポイントを確保しました。 あらあら、随分と今回も、たくさんいますわねえ」

のんびりした口調の老婦人が、通信に入ってくる。

香坂ほのか。

御年七十歳の、ストームチームの観測手。

最強のスナイパーの一人である香坂秀夫の妻だ。

「狙撃ポイントを転送してくれ」

「はいはい。 そうそう、護衛にジョンソン君が来ています。 彼は此処で待機して貰いますからね」

「ああ。 エミリーは?」

「そちらに向かっていると聞いていますけれど」

ジョンソンは前大戦でも悲惨な北米戦線で苦闘を続けた歴戦のレンジャーで、特に冷静な判断力が買われている。

非常に背が高い黒人男性であり、寡黙そうな見た目と裏腹に、ジャズについてしゃべり出すと止まらない。

間もなく、涼川が通信を入れてくる。

「あたしのバイクは二人乗りじゃないっての」

「Hi、ストームリーダー」

快活な声。

健康的な色気を振りまく、典型的な金髪美女であるエミリーの声だ。涼川同様何を食べたらそうなるのか分からない、ばかでかい胸の持ち主である。

今まで一緒に戦ったことは無いが、ウィングダイバーの創設メンバーの一人。最精鋭であるペイルの創設時メンバーの一人でもあるほどの使い手だ。

私が試験運用をした降下翼兵ウィングダイバーだが。

現状では、もう私の手を離れている。様々な技術で、私以上に力を発揮できる精鋭は何名かいるとも聞いていた。

「涼川のバイクに無理矢理乗ったのか」

「ええ、とても心地よさそうでしたので」

「まあいいけどよ。 その分活躍して貰うかんな」

不満そうな涼川の声。

ウィングダイバーの飛行は制御が難しい。移動中のバイクにピンポイントで乗るなんて、生半可な技量では無い。

気が短い涼川がキレなかったのは、その技量を見越したから、だろう。

いずれにしても、私は会話に加わらない。

弟がリーダーなのだ。階級的にも特務少佐にこの間就任したばかりの弟こそ、リーダーシップを取るに相応しい。

ちなみに階級で言うとジョンソンが中佐になるのだけれど。特務がつくと二階級上と見なされる。ジョンソンと私は階級的に、このチームのナンバーツーとなる訳だ。

全員が移動中のまま、リンクバイザーの機能を利用して、ブリーフィングを開始する。

まず、チームを三つに分ける。ただし四つ目のチームとして、秀爺ら三名の狙撃チームを配置。彼らには、全体をカバーして貰う。

秀爺の手元にあるライサンダーは、1000メートルの射程を確保する最強の銃器の一つ。しかも破壊力は艦砲並みだ。

一つはストームリーダー、つまり私の弟である一郎。そして私。黒沢と、筅。

もう一つのチームは谷山。谷山はヘリの快足を生かして、最も遠い地点を担当して貰う。そして涼川のチームのために、途中で増援を二人下ろして貰う。

強力な制圧戦闘が可能なヘリを有している谷山のチームは、銃手と支援のレンジャー一人で充分だろう。

勿論このチームは暫定的なものだ。状況に応じて、柔軟に活用していく。

地形が各自のバイザーに転送されているか確認。

問題なしという返答あり。

「敵数は現時点で、東京全域で1000を超えていて、なおかつ増え続けているようだ」

「ひえ……」

筅が正直な悲鳴を上げた。

黒沢が、眼鏡を直す。

「奴らは絶滅危惧種だと言われていましたが」

「危惧は必要ない。 絶滅させろ」

淡々と。弟が、黒沢に言う。その声はあまり大きくなかったけれど。圧倒的な感情がこもっていた。

「イエッサ!」

黒沢が、敬礼する。おそらく、戦意を駆り立てられたのだろう。伝説の精鋭であるストームの、現隊長に活を入れられたのだ。当然である。

戦場に、突入する。

すぐに複雑な通信が、バイザーを行きかい始める。

民間人を救助しながら、戦いを開始。

七年ぶりだけれど。

あまり、感慨は無かった。

 

マスコミ関係者らしい人間を助けた後、一旦グレイプから離れ。

新しく呼び出したキャリバンによじ登った筅が、設置したのは自動砲台。

ただ小柄な上、巨大なヘルメットが邪魔して、黒沢に肩を借りてやっと登っていたが。

普段は鞄サイズに圧縮されているが、展開されると古い時代の重機関銃を思わせる姿になる。フォーリナーの技術を応用している兵器だ。弾丸類は、空間転送技術により、銃身に直接補充される。

敵をオートで認識し、射撃するEDFが開発した強力な火器だ。セントリーガンという。前大戦でも、兵力の少なさを補うために活躍したこの兵器は、その有用性から改良が加えられ、今回も前線にかなりの数が配備されている。

キャリバンに据え付けられたセントリーガンが、稼働。

咆哮を開始した。

敵味方の識別に関して、セントリーガンは類を見ない。弾丸の嵐が、四方の蟻たちを打ち据える。

即座に薙ぎ払うほどの破壊力は無いが、足止めできれば充分。

キャリバンが走る。敵の足さえ止められれば問題ない装甲を有しているのだ。

「嵐特務大尉!」

「弟も嵐だ。 はじめと呼んで構わない」

「イエッサ! そ、それでははじめ特務大尉、前線に突入します! 支援をお願いいたします!」

頷くと、私はガトリングを振り回し、今まさに民間人を捕食しようとしていた蟻に、乱打を浴びせた。

当てられるが。

しかし重い。

それが正直な感想だ。

フェンサースーツ用に開発された武器はどれもそうなのだが。とにかく独自の慣性がついていて、重い。

これは一種のパワードスーツである事を想定しているからだろうけれど。

それにしても、破壊力を重視しすぎていて、少し重いかも知れない。

今回私は出撃に際して、ブラストホール・スピアと呼ばれるパイルバンカーに近い兵器と。ガトリングを装備して出てきた。

勿論実戦にいきなり持ちだしたわけではない。

試験運用は、私自身がこなしている。

しかしそれにしても、実戦では妙に重く感じる。これは私が衰えたという事なのだろうか。

体は鍛えてきているのだが。

ひょっとすると、弟と同じ、老化現象だろうか。見かけだけは老けない体であっても、内部はそうではないと言う事かも知れない。

いや、考えにくい。

何か理由がある筈だ。

キャリバンが前線に出る。

今回、最前線に出るのが間に合ったのは、弟と私。黒沢と筅。他のメンバーは散らばって、彼方此方で蟻の駆除作業に当たっている。

此処が一番敵の数が多い。

他の地域をカバーするように秀爺が支援に当たっていて、今の時点では狙撃支援がないと言う事は。

つまり、此処ではかなり優勢と言う事だ。

他の戦場。涼川や谷山が指揮している部隊が、手こずっているのかも知れない。

だが、それ以上に。

私は違和感を感じていた。

蟻共の動きが鈍いのである。

単独の能力は上がっている。それは散々此奴らと戦って来た私だから、身に染みて分かる。前より明らかに硬い。それだけではなく、動きが速いし酸の射程も上がっている。しかし、である。

「これは威力偵察だ」

弟が手近な蟻にアサルトライフルの弾丸を叩き込みながら吐き捨てる。

私も同感だ。

敵の動きが鈍い。

攻撃が手ぬるすぎる。

蟻どもが、こんな中途半端な攻撃で茶を濁すはずが無い。奴らは人間以上の、組織戦の名手だ。

すぐに、通信が入った。東京支部のオペレーターだ。

「ストームチーム! 担当地域の制圧は順調ですか」

「今、大半は片付けた。 何が起きている」

「レンジャー6の担当地域に、数百を超える蟻が突如出現しました! そちらにはレンジャー4を廻します。 すぐに支援に向かって欲しいのですが」

「姉貴、行ってくれるか。 俺は残りを片付けたら、すぐに後を追う」

任せろ。

そう言うと、私はスラスターを噴かし、キャリバンに飛び乗った。レンジャー6の担当地域を確認。此処からだと、民間人を避難させている地域を丁度通る。グレイプを残していくし、問題ないだろう。

「黒沢、グレイプを使って救出した民間人を輸送しろ。 輸送次第戻ってこい。 ピストン輸送する」

「イエッサ! ただちに」

「筅、途中の避難所に民間人を降ろし、そのままキャリバンでレンジャー6の担当地域に向かえ」

「イエッサ! すぐに対処します!」

弟は残りの敵を一人で相手にする事になるが、これくらいは問題ない。

残る蟻は十数。

この程度は、弟にとっては、少なすぎるくらいだ。例え二十倍三十倍に増えても、である。

民間人を守りきるのも、難しくは無いだろう。

咆哮するアサルトライフルAF14の射撃音を背後に、キャリバンを出させる。セントリーガンが黙ったのは、敵の姿を見失ったからだ。砲身を冷やす待機モードに入ったのである。

「あー。 此方涼川」

「どうした」

「旦那から言われて、そっちの支援に行く。 こっちもあらかた片付いたんでな」

「全員無事か」

涼川によると、ほぼ同数の蟻が、担当地域に出現したという。

新人達は多少の怪我はしたが、命に別状は無いと言う。弟以上の高い殲滅力を誇る涼川は、既に敵を潰し終えたとか。新人達は、民間人の救助に全力を尽くしているという。

ただし、幾つかのビルも、勢い余って一緒に潰したという。

まあ、彼奴らしい。

戦闘の余波で周囲に被害が出るのは、仕方が無い事だ。

「谷山の担当地域は」

「しらねーよ。 ただこっちには爺さん達の支援砲撃は来てないからな。 多分谷山のあんちゃんの所か、他のレンジャーチームを支援してるんだろ。 この手ぬるさ、明らかに陽動だしな」

「お前もそう思うか。 私もそう思う」

「てか、蟻共が手ぬるすぎるからな。 多分此方の戦力を測った後、弱いところに集中攻撃、って所だろ」

レンジャー6から、通信が入る。

レンジャーチームは四人一組で行動し、基本は数チームが一つにまとまって、番号を割り振られる。

既に新兵で無いから、ベテランの筈だが。

その通信は、悲鳴に満ちていた。

「此方レンジャー6! 敵の数が多すぎる! 現状では身を守ることさえかなわない状況だ! 一刻も早い支援を頼む!」

「ちっ。 案の定だな……」

機嫌悪そうに、涼川が舌打ちした。

これは手加減をしそうにない。

キャリバンが乱暴に避難所に横付け。サイドドアを開けると、医療スタッフが、けが人を助け出す。

グレイプがピストン輸送でけが人を此処に運んでくることを告げると、すぐに出る。

筅が、不安そうに言う。

「はじめ特務大尉、ストームリーダーは大丈夫でしょうか」

「彼奴なら心配ない」

「でも、今の話を聞く限り、リーダーの所に敵がたくさん沸いてくる可能性もあるのでは……」

「それでも心配ない」

だから彼奴は、行けと行ったのだ。

悔しい話だが。

彼奴の戦闘力は、フェンサースーツを着込んだ私より上だ。

 

敵の群れが凄まじい猛威を振るっている。

包囲されたレンジャー6は、悲鳴を上げながら、必死の抵抗を続けていた。航空部隊も、市街地では支援攻撃がしづらい。

まだ、市街地の被害を無視して、攻撃しろという指示が上層部から出ていないこともあるのだろう。

「突入しろ!」

「イエッサ! 行きます!」

筅がアクセルを踏み込む。

キャリバンの上部に据え付けられたセントリーガンが、再び射程に捕らえた敵に、砲撃を開始。

私も、ガトリングをぶっ放し、敵の群れに穴を開け始めた。

しかし、先までとは根本的に状況が違う。

私が砲撃で穴を開けて、キャリバンが無理矢理突っ込むが。

蟻の攻撃密度が尋常では無い。

文字通り、雨のように酸が降ってくる。

キャリバンが円陣を組んで敵の猛攻を防いでいたレンジャー6と、敵の包囲網の一角の間に割り込む。

だが、キャリバンの機体には、既にすくなからずのダメージがあった。

セントリーガンも、短時間で砲身が熱くなり、冷却モードに入っている。

火力を補うため、私は奥の手を使う。

スラスターをふかして跳躍すると、回転しながらガトリングの弾を叩き込んだのだ。蟻の群れが明らかに怯む。

十メートルを超える巨体でも、このガトリングの弾は、そう簡単にはねのけられるものではない。

着地。

弾丸を最装填。これはスーツに組み込まれたシステムが、自動的にやってくれる。その間、前線に飛び込むと、手近な蟻からスピアを叩き込む。

勿論蟻共も黙ってはいない。

酸の雨の中、私は走る。スラスターを駆使して。

眼前の一匹に、真正面からスピアをうち込む。

頭が粉砕されても、まだ蟻は動く。

十メートルを超える巨体だ。傷口から見える内部構造のグロテスクさも、度を超していた。

「負傷者を早く!」

迫ってくる蟻を優先して撃ち抜いていくが、それでも相手の数が知れない。

しかも、一撃離脱を繰り返しつつ、中距離から酸での射撃を絶え間なく浴びせかけてくる。少し遅れていたら、レンジャー6はひとたまりもなく全滅してしまっていただろう。

キャリバンのサイドドアを、筅が乱暴に開く。

負傷者を押し込むレンジャー6。とはいっても、全員が負傷者だ。重傷者をどうにか救助した、と言うのが正しい。

「戦況は」

「既に三名が戦死、西側に展開していた一チームとの連絡が取れません。 包囲に耐えていると信じたいのですが」

「……そうだな」

この状況だと、絶望的だろう。

どうにか合流を果たせた九名が、必死に民間人の退路を作るのが精一杯。逃げ遅れた民間人を救助する暇も無かった様子だ。

「キャリバンを後退させろ。 追いすがる敵は私が潰す。 レンジャー6、退路の敵を蹴散らせ」

「イエッサ!」

レンジャー6の指揮官は、少尉だった。

だからこの場合、私の指揮下に入る事になる。

かなり厳しい戦況だが、先ほど通信が入った。秀爺の支援が期待出来る。多分極東最強のスナイパーの支援だ。

更に、である。

西側から突入した涼川が、敵との交戦を開始した。エミリーもいるし、かなりの数を引き受けてくれるはずだ。

キャリバンが発車する。

内部からは、悲鳴が響き続けている。痛い痛い。叫んでいるのは女性兵だろうか。阿鼻叫喚の様子がうかがえた。

さっき避難所に入ったとき、一人救護兵が乗り込んでくれたのだ。これから地獄になる事を、予想してくれていたのだろう。

しかし、悲惨すぎる有様に、救護が間に合うかどうか。

防護アーマーも万能では無い。

蟻の攻撃に晒され、膨大な酸を浴びせかけられた場合。まず酸を除去した後、防護アーマーを解除し、その後傷に処置をしなければならない。この過程で、酷い処置が幾つも必要になる。

場合によっては。

手足を切りおとすことも必要になる。

今はサイボーグ化技術が進歩していて、元と殆ど変わりないパーツを付けられる時代ではあるけれど。

それでも、手足を失ったことで心に傷を負う兵士も少なくないのだ。

セントリーガンが二機とも沈黙。キャリバンも、それほど早くは下がれない。

爆発音。

涼川の戦闘音だ。相変わらず派手なことだと私は思った。

至近。

左側に、私の火力の網を抜けた蟻が一匹。

飛び出してきた蟻が尻を持ち上げ、酸を発射する態勢に入る。

だが、その頭部が。

横殴りの射撃を浴びて、吹っ飛んだ。

どうやら、秀爺が間に合ったらしい。秀爺とその妻。香坂夫妻は、ストームチームに欠かせない狙撃手だ。

 

「4,8,11,7,9」

EDF中佐であるジョンソンは香坂ほのかの声を聞きながら、狙撃ポイントとしている三十階建ての高層ビル屋上の周辺確認を続けていた。中佐というと普通指揮官になるのだが、ジョンソンは特殊部隊の精鋭。特殊部隊の中には、階級が上がっても、一兵士と同じ戦場に立つ戦士がいるのだ。

その代表が特務に属している連中。そして、特務に属していなくても、階級が少佐以上の人間達。

有名な特殊部隊に所属しているのは、大体この手の精鋭士官だ。

蟻共が此処に一斉に押し寄せたとき。

対処するのが、ジョンソンの仕事だ。そのために、わざわざ本部から持ってきた、強力な武装を担いでいるのだ。

零式レーザーライフル。

凶悪極まりない熱量を誇るレーザーで、敵を焼き払う兵器だ。

しかも使い切りタイプが出回っている中、これはオメガチームにも配備されている、再充填可能なもの。

生半可な蟻の群れくらいなら、一息に蹴散らせる武器である。

屋上のフェンスは一部に穴が開けられ、其処からライサンダーの長大な銃身が覗いている。

腹ばいのまま、射撃を続ける香坂秀夫。側に立ち、スコープを覗いている香坂ほのか。二人とも、標準的なEDFの迷彩レンジャー用戦闘服を着込んでいる。しかし、その実力は、歴戦の猛者であるジョンソンさえ唸らされる。

噂以上の手管だ。

香坂秀夫が射撃。

スコープの向こうで、蟻が一匹、吹っ飛ぶ。

文字通り、一撃確殺。今まで動き回る黒蟻相手に、一度も外していない。

「2,5,9,22,1,4」

香坂ほのかの声は、淡々と続く。

信じがたい話だが。これが観測手としての指示だ。いちいち会話するのも面倒くさいらしく、狙撃の際に数字を使った独自のサインを組んでいるらしい。つまりこの数字で、意味が通じている。

正確無比な射撃。

AI制御でもこうは行かないだろう。

無駄口は一切叩かず、香坂夫妻が敵を片付けていく。

「! 55,7,1,2,6」

何かあったらしい。一瞬だけ、香坂ほのかの声が止まった。

バイザーをリンクして、理由が分かる。どうやら黒蟻の一匹が、気絶した民間人の子供を咥えて運んでいる。アーマーは生きているが、巣に持ち帰られてしまえば、助かる可能性は無い。

言うまでも無く蟻の目的はそれ。巣に持ち帰って、餌にするつもりだ。

狙撃。

蟻が吹っ飛び、転がる。

流石に十メートルの体躯を誇る黒蟻も、艦砲並みの破壊力を持つライサンダーで胸部を吹き飛ばされれば、即死だ。

特に香坂秀夫が使っているのは、世界に七丁しかないZ式のライサンダーである。さすがはマザーシップを落とした部隊に所属している、最精鋭のことはある。この男があのストーム1リーダーという噂もあるそうだが、無理もない話だ。

香坂ほのかが、バイザーを抑えて通信をはじめる。

「黒沢君、今お手すきかしら」

「負傷者を避難ポイントへ輸送中です」

「ええ、分かっているわ。 貴方が今一番近いの。 今指定したポイントにて、子供が一人意識をなくしているのよ。 助けてあげてちょうだい」

「ストームリーダー、許可を」

黒沢は極めて生真面目な青年で、眼鏡を掛けていて口数も少ない。

此処でも、指揮系統の通りに動いている。

すぐにストーム1リーダーからの許可が出る。別の部隊に任せればいいものをと、ジョンソンは少しだけ思った。

「7,9,2,4,0,11」

また、数字と。

無言の射撃だけの時が始まる。

ジョンソンは狙撃銃MMF100を取り出すと、無言のまま、一発放った。更に二発。

視界の先で。

黒蟻が一匹、死んだ。

此方をうかがっていた奴がいたのだ。多分香坂夫妻の狙撃に、勘付いたのだろう。だが、仲間に伝えさせはしない。

また、哨戒に戻る。

香坂秀夫が、また一匹、黒蟻を撃ち抜いた。

見事だ。皆を支えるに相応しい活躍。そして今、ジョンソンはその下支えになって、勝利に貢献できる。

不意に、狙撃が止まった。

「あら? 撤退をはじめたようね」

「ストームリーダー。 此方香坂秀夫」

今日、はじめて香坂秀夫の声を聞いた。ごくごく渋い、何処にでもいそうな老人の声である。

昔はマタギと呼ばれる猛獣専門のハンターだったらしいこの老人は。

今は怪物専門の、狙撃手になっているというわけだ。

「おそらく別の地点に蟻が湧く。 今のうちに、担当地域の生存者救出を」

「了解」

「移動許可が欲しい。 七分後に移動開始し、狙撃地点を変える」

ジョンソンは顔を上げた。

今は絶好の狙撃ポイントだと思うのだが。

しかし、香坂ほのかは微動だにしない。通信を切ると、すぐにまた数字を呟きはじめ、狙撃を再開した。

疑念はあるが、この老夫婦の判断力に、高い信頼を置くことにしたジョンソンは。

黙って、周囲の哨戒を続けた。

ひょっとするとストームチームの本当の意味での頭脳は、この二人なのかも知れない。

 

レンジャー6の担当地域を大挙して襲撃していた蟻が、潮が引くようにして逃げていく。

フェンサースーツのスラスターをふかして滞空しながら、私は唸った。民間人を捕獲した蟻がいればその場で打ち抜こうと思ったのだが。少なくとも、視界の範囲内では、レーダーに映っていない。

秀爺から連絡があったが、私も同意見だ。

「た、助かった、のか」

レンジャー6の隊長がぼやく。

だが、それは此処だけの話に過ぎない。

蟻がどこから湧いてきたかを確認するのは、偵察専門のスカウトに任せる。スカウトは優秀だ。以前はスカウトの探索不足で不意打ちを食らうこともよくあったけれど。近年では偵察技術や機器類の進歩によって、以前のような奇襲を受けてオペレーターが罠を警告してくる頻度は著しく減った。

「すぐにタンクデサンドして、避難所へ。 後は任せろ」

「しかし」

「全員が手酷く負傷しているではないか。 それに、おそらく蟻は此処への襲撃をもう仕掛けては来ない」

少しだけ躊躇った後、レンジャー6隊長は、部下達を促してキャリバンに乗り込む。

乗り切れない人数は、キャリバンの上に這い上がった。

いわゆるタンクデサンドだ。

古い時代、戦車に兵士達が跨がって、大挙して敵陣に乗り込むこのやり方は、愚策の代表とされた。

今の時代は、逆に戦術の一つとして認められている。歩兵の防御力が著しく向上しているため、メリットが大きいのだ。

筅に指示。すぐに避難所に向かうように。

そして、新しいキャリバンを持ってくるか、グレイプに切り替えるか、どちらか。

頷くと、筅はキャリバンを発進させた。

さっきまでの突破戦では無いから、全速力で行ける。残った私は、すぐに涼川と連絡を取る。

「そちらは」

「あー、ビルの一角に逃げ込んでたレンジャー6の支隊を発見。 四人の内二人は生きているが、残り二人はジュースだ」

「そうか。 二人生きていただけでも僥倖だな」

「すぐに本部に連絡して、救援を呼んで貰ってくれ」

自分たちで救助しないのは、秀爺の通信を聞いているからだ。すぐに他の地域に、蟻が強襲を仕掛けてくるはず。

日高の所のオペレーターが、通信を寄越した。

「そちらに、レンジャー9を廻します。 救助活動は彼らに任せて、すぐに移動をお願いいたします」

「やはり来たか。 今度は何処だ」

「レンジャー12の担当地域です。 敵数は数百!」

「休んでいる暇も無いな」

幸い、今の時代、残弾については気にする必要もない。

フォーリナーの技術を利用して作られた武器の中には、弾丸を自己生成するものも多いし、本部の弾薬庫から空間転送するものもある。

ただ、銃身の摩耗に関しては、そうもいかない。

私は幸い今のところ銃身に被弾はしていないが。ただしフェンサースーツのダメージは、少しずつ、確実に増していた。

弟だって、全ての攻撃を回避できるわけじゃあない。アーマーにも限界がある。いつまでも、敵の波状攻撃には対処できない。

不意に、上空からローター音。

見上げた先には。

制圧輸送ヘリ、ブルートの巨体があった。谷山だ。

「拾いに来ました、ストームリーダー姉。 私の担当地域は制圧完了しましたので」

「その言い方は止めろ」

げんなりして、私はぼやいた。

昔から此奴は、非常に紳士的な言動を取るのだけれど。その一方で、私を独特の妙な渾名で呼ぶ。

スラスターをふかして上昇。

銃手になっていたのは、池口だ。そのままブルートのサイドから乗り込むと、敬礼される。

きゅっと口を引き結んだ池口は、初陣にしてはかなりよくやっていると、谷山に言われて、真っ赤に赤面した。

どうやら対人関係が、色々と苦手らしい。

特に他人と喋るのが、あまり得意ではないようだ。

覚えが早いとは言いがたいが、一人で黙々とする作業に関しては、かなり適正が高いとみた。

今後も、大型兵器の銃手を任せると、良い動きをしそうである。

更に、涼川の所へ移動。

涼川とエミリー、三川と原田を拾う。

ちょっとぎゅうぎゅう詰めだが、このまま移動する分には問題ない。

「で、今度はレンジャー12が襲われてるって? まるでモグラ叩きじゃねーか」

「ミス涼川、モグラタタキとは何ですか?」

「そう言う遊びがあるんだよ。 今度ゲーセンに行く機会があったら教えてやるぜ」

「ワオ、興味深いです」

脳天気な会話をしている涼川とエミリー。

何だか知らないが、もう仲良くなっているらしい。涼川は戦場では獰猛だが、平時では意外に面倒見が良くて、周囲との軋轢も思ったほどは起こさない。

そして今でこそ、ヤクザの情婦みたいな見た目だが。

昔、フォーリナーとの最初の戦役のころは。少し眉毛が太いが、吃驚するほどの美少女だった。

涼川が羨ましいと思うときがある。

ちゃんと成長できるのだから。

弟のように急激に老けるわけでもなく。

私のように、老ける事が出来ないわけでもない。

年相応に老いて、生きることが出来る。それだけのことが、どれだけ幸せだろう。

黒沢と筅、更に弟は合流が難しそうだ。まだ負傷者の対処に当たっているからである。ただ弟は、此方にもう向かっているかも知れない。

いずれにしろしばらくは、此処にいる人員だけで、敵に対処しなければならないだろう。

「あーあー。 此方小原」

通信に、声が割り込んでくる。

この声は聞き覚えがある。日高の所に顧問としてきている、フォーリナーの研究者、小原のものだ。

研究者が何用だと思ったが、好きに言わせておく。

ブルートは作戦ポイントに向けて、黙々と飛行を続けていた。

「私はフォーリナーの専門家だ。 兵士諸君のアドバイスに当たりたい」

まあ、話半分に聞いておくか。

上空から見ると、せっかく復興しはじめた街が、台無しにされているのがよく分かる。

彼方此方で煙が上がり、戦闘音はひっきりなしに続いている。

涼川は興味が無い様で、持ち込んでいる大威力火器、スタンピートの手入れを続けていた。

「前線に出て、巨大生物の死体を確認した。 七年前の戦役に比べて、かなり強力になっていることが分かった。 装甲は厚くなり、酸の量は増え、牙も鋭くなっている。 しかし、七年でEDFの装備も以前とは比較にならないほど強くなっている。 巨大生物への対応マニュアルも整備されている。 君達なら勝てる。 最善を尽くして欲しい」

「ハッ」

呆れた様子で、涼川が吐き捨てる。

私も同意見だ。

確かに理論的にはそうだろう。しかしながら、今EDFの主力になっているのは、七年前を生き延びた精鋭では無い。

その後、新兵として採用された、実戦経験がない戦士達ばかりなのだ。

指揮官級は流石に違うが、それでも理論通りに事は進まない。指揮官は戦場で重要だけれども。

指揮官だけでは、戦争は出来ないのだ。

「間もなく、桐川航空基地から、ウィングダイバー隊が救援に来る。 そうなれば、一気に戦況は好転する。 それまで、持ちこたえて欲しい」

今、各部隊に少数だけ派遣されているウィングダイバーではなく、専門の部隊が来る、というわけだ。

確かに汎用性の高いレンジャー部隊に比べて、対巨大生物に特化したウィングダイバーは、敵の制圧能力が高い。

しかしながら、である。

敵の数が数だ。

そう上手く行くだろうか。

「本部、此方ストーム嵐特務大尉。 民間人の救助と避難を急いで欲しい」

「何か懸念が?」

「敵は威力偵察を行って、此方の弱点に兵力を集中運用している。 民間人を救助しながらだと、後手後手に廻る可能性が高い」

「分かりました。 可能な限りのキャリバンを出して今対処中ですが、グレイプも救助支援に廻します」

頼むと言って、オペレーターとの通信を切った。

そろそろ、戦地に着く。

レンジャー12に通信。まだ指揮系統は生きているようだ。

「此方レンジャー12! 敵のデータが訓練と違う! 攻撃力も防御力も、データよりずっと大きい!」

「対抗戦術については変わらない。 冷静に対処しろ。 間もなく援軍が行くから、踏みとどまれ」

「し、しかし! 奴ら人間を軽々持ち上げて! ぎゃああああっ!」

既にレンジャー12は、包囲されているようだった。

蟻は中距離から容赦なく酸を浴びせて、戦闘力を削ぎに掛かっている。エミリーが無言で飛び降り、慌てて三川がそれに続いた。

「ヒャッハア! 千客万来だぜ!」

涼川が飛び降りる。本当に戦闘が好きなのが、目の色が変わっていることからもよく分かる。

私も、原田に言う。

「アーマーの性能を信じろ。 この程度の高度なら、ダメージは受けない」

「イエッサ!」

飛び降りる原田。

此奴は、尻を叩けば動けるタイプだ。

池口には、そのまま銃手になって貰う。ヘリの操作に関しては、谷山の右に出るものはいない。任せておいて大丈夫だろう。

「行ってくる」

「支援は任せてください、ストームリーダー姉」

「だからその呼び名は止めろ」

うんざりしながらも、私は飛び降りると。

空中でガトリングをぶっ放し、包囲網を形成している蟻の頭上から、猛射を浴びせかけた。

 

キャリバンが戦場に飛び込んでくる。

運転しているのは、筅だ。キャリバンも新しいものに変えた様である。

サイドのドアを開けると、救護要員が飛び出してくる。

呻いている重傷者を収容。退路は確保してあるが、蟻の動きが速い。見る間に左右に展開して、キャリバンを狙い撃ちにしてきた。

守らざるを得ないと、知っているのだ。

この短時間で、キャリバンが救護に当たる車両だと、見抜いたことになる。この学習能力、生半可な人間以上だ。

既に三度戦場を転進。

レンジャー12を救援した後は、レンジャー5。更に今は、レンジャー19の救援に当たっている。

蟻の数は、全域で見れば増える一方。

既に1000どころか、3000を超えているようだった。把握していない分を含めると、多分五千を超えるだろう。

このため、合流しては散開を繰り返さざるを得ず。休憩など、する暇も無かった。

勿論極東支部も、周囲のレンジャー部隊をかき集めている。

既に機甲部隊も出始めているようだけれど。何しろ人手が足りていない。蟻の数に比べて、味方の兵力が少なすぎるのだ。

幸い、民間人の救助に関しては。もうある程度完了している。

後は制圧作業だけなのだが。

それが難しくなりつつある。

ストームチームがどれだけ働いても、全ての部隊を救援できるわけでは無いのだ。

ただし、味方が全て不甲斐ないわけでもない。

ベテランに率いられた部隊は、かなり敵と良い勝負もしている。機甲部隊も、敵の駆逐作戦を開始していた。昔と違い、MBTギガンテスは蟻の群れと互角に戦える性能を有しているし、人型戦闘ロボットであるベガルタも、乗り手はエース揃いだ。一機で多数の蟻を同時に相手取れる。

ただ全域で見れば、互角には届かない。

かなり敵に押されているとみて良いだろう。

まだ、巨大生物が現れただけ。

それも、尖兵である黒蟻だけなのに。この戦況は、良いとは言えない。そう冷静に、私は判断していた。

グレイプが来る。黒沢か。

速射砲を乱射して、キャリバンを狙っている黒蟻を掃討。蟻たちは不利とみるや、さっと逃げ散っていく。

追撃の余力は無い。

それを知っているのだ。

「忌々しい奴らだな」

私は吐き捨てるけれど。どうにもならない。

味方の戦力は集中を開始していて、今までのように敵に好き勝手はさせなくなり始めてはいるが。

それでもやはり、敵の巨大さにパニックを起こした兵士や。

データと違う事に対応できない者は。

次々と、敵の牙に掛かっているようだった。

それに、対応できない地域に関しては、撤退せざるを得ない。敵の手に落ちた地域は、確実に拡大を続けている。

オペレーターが、通信に割り込んでくる。

「敵に制圧された地域を転送します」

「……」

東京の西側が、かなり赤くなっていた。

いずれもEDFの東京基地から離れた地域だ。今、錯綜した情報を、必死に本部が解析しているところなのだろう。

全世界で同時に蟻が現れたという話も聞いている。

おそらく、蟻が現れた地域に関しては、何処も同じような有様の筈だ。

「次の支援は何処に向かえば良い」

「今、指示します。 民間人が孤立している地域があり、其処へ救援を送る予定なのですが、また蟻の群れが現れてそちらに対処をせざるを得ず」

涼川言う所の、モグラ叩きだ。

もっとも私自身は、そのモグラ叩きなるゲームがどういうものかは知らない。忙しくて、涼川に何度か誘われはしていたのだけれど。結局ゲームセンターに行く機会はなかったのだ。

データが転送されてきた。

今、七カ所ほど、退路を確保するために再制圧が必要な地域がある。

半数ほどは、レンジャーチームを幾つかまとめて対処するようだけれど。残りはストームチームでやらなければならない。

しかもこの地域、可変化する可能性が高い。

蟻はおそらく、意図的に孤立させた地域を「襲っていない」。

此方の戦力を削ぐために威力偵察の後の強襲。そして今度は、此方の選択肢を限定した上で、誘い込もうとしてきている。

その証拠に、今まで激しい戦いを意図的に避けている。

強敵に関しては消耗を誘い。

弱敵に関しては、即座に消す。

そうすることで、此方の戦力を削ぎに掛かっているのだ。

とにかく、言われるまま移動するほかない。

グレイプに乗り込む。筅はまた避難所にUターンだ。キャリバンが遠ざかっていくのを横目に、弟に通信を入れる。

ただし今回は、割り込み無しの独自回線だ。他の誰にも会話は聞かせない。

「そちらの状況は」

「姉貴と似たようなものだな。 既に四ヶ所の敵を制圧した」

「お前一人でか。 衰えていないな」

「姉貴も試験運用段階のフェンサースーツで、よくやっているじゃないか」

弟の戦闘力は、群を抜いている。

それにしても、相変わらず圧倒的だ。話を聞く限り、弟とは次の戦場で、合流を果たせそうである。

「それにしても、この状況をどう思う」

「相変わらずえげつない戦術を使う忌々しい奴らだ。 戦力を削れるだけ削ったら、巣に戻ってゲリラ戦に徹するつもりだろうな」

「そして本隊の到着を待つ、か」

「少なくとも、俺ならそうする」

私もそうするだろう。

蟻共の巣は、バンカーバスターでどうにか出来る様な代物では無い。とにかく深い上に、頑強極まりないのだ。

蟻の巣を潰すには、手は一つ。

奥まで潜って、女王を倒すしかない。

全長十メートルの蟻の女王である。

私も何度か交戦経験はあるが、全長六十メートル以上という、怪獣の様なサイズの化け物だ。

しかも黒大蟻などの、現実に存在する蟻の女王とは違う。本体がとんでもない攻撃能力の持ち主で、文字通り巨大生物の主と呼ぶに等しい存在なのだ。

「姉貴、気をつけろ」

「嫌な予感がするのか」

「ああ。 どうにも敵の動きが恣意的な気がする。 勿論奴らには高い集団的な知性があり、人間以上の組織戦をこなすことが分かっている。 だが、どうにもそれ以上の、強い悪意のようなものを感じるのだ」

「心しておく」

通信を切る。

無言のままグレイプを運転している黒沢が、眼鏡を直した。

「先ほど谷山特務少尉との通信を聞いたのですが、はじめ特務大尉は女性だったのですね」

「それがどうかしたか」

「いえ、以前からそうだとは思っていましたが」

まあ、見抜いている奴がいてもおかしくはないだろう。

機械音声で喋っていても、どうしても動作などで、見抜かれる部分は出てくるのだ。

「ただ、今時女性兵士は珍しくありません。 何故、素性を隠すような真似を?」

「色々と理由がある」

「そうですか。 それならば詮索はしません」

「現場に急げ」

しばらく、会話が切れる。

しかし、不意にまた黒沢は喋り出す。

「貴方が、伝説のストーム1リーダーですか?」

「いいや、それは違う」

「そうなのですか。 どうも情報が錯綜していましてね。 僕もストーム1リーダーには憧れていた口です。 もし当人に会ったのなら、戦術などのレクチャーを受けたいとかねがね思っていました」

理由がいちいち此奴らしい。

弟が今の話を聞いたら、苦笑するだろう。

勿論、此奴が本当のことを言っていたら、であるが。

弟の正体はトップシークレットだ。だから前回の大戦で、マザーシップを撃墜後、爆発に巻き込まれてMIA(失踪扱い)となったのだ。

実際の弟は生還して、特務少佐という地位に就いているが。

それはあくまで、英雄とは別人として、である。

人間は愚かな生き物だ。

歴史上最強最悪の敵に襲撃されて。団結しなければ、滅んでしまう時期にあっても。まだ個人の利権を求めて、好き勝手をしようとする。

恐怖に駆られて、弟を軟禁したEDF本部の判断は、ある意味で正しかったのだとも言える。

英雄ストーム1リーダーと、到来した平和は。

共存が不可能だっただろうから。

「そろそろ、戦地に到着します」

今日、何度目の戦闘だろう。

私はぼやきながら、グレイプのサイドドアを開け。外に乗り出した。

無数の蟻が、制圧した地域を我が物顔に闊歩している。ガトリングを咆哮させ、薙ぎ払いはじめる。

すぐに反応した蟻共が。

一斉に、此方へと攻撃を開始していた。

 

2、一進一退の攻防

 

予想はしていたが。

かなり敵の抵抗が激しい。猛烈な射撃を浴びせても、すぐに体勢を立て直し、反撃に出てくる。

グレイプをバックさせて、引き撃ちに掛かる。サイドから身を乗り出した私が射撃して敵を打ち抜いていくが。

蟻は基本に忠実に動いてくる。

正面からは派手な動きをする数体のみ。

残りは側面などの死角に潜り込み、併走しながら好機を狙ってくる。

しかも動きが速い。

時速六十キロでバックしているグレイプと、ほぼ同等の速度だ。

「次、バックしながら左折します」

「一気に間合いを詰めてくるぞ、気をつけろ」

「お任せを」

此奴は、本当に新兵か。

まあ、黒沢は第三世代のクローン兵だ。優秀な遺伝子を掛け合わせて作られた存在である。

此奴は家庭のことは殆ど言わないけれど。

ひょっとすると、将来はEDFに入るようにと言われて、教育を受け続けていたのかも知れない。

案の定、蟻が一気に加速。

路を見て、曲がらざるを得ない場所を読んだのだ。この辺り、奴らが前回の大戦で、人間をよく学習していたことがよく分かる。

曲がる瞬間を狙って、建ち並ぶビルの間から姿を見せ、酸を放ってくる蟻。

ジグザグに走行しながら、かろうじて直撃は回避。

だが、私もグレイプも、かなりの酸を浴びた。

今までの戦闘での蓄積ダメージを考えると、メンテナンスが必要になる。しかし、まだまだ、戦場の手が足りている状況では無い。

「あー、此方涼川」

涼川組から通信が来る。

彼奴の所には、新兵の大半を預けてある。弟以上の破壊力を持つ涼川だ。新兵を死なせるようなことは無いだろうと思ってのことだが。

この戦況は、私が思っていたより、遙かに悪い。

「敵の数が多くてなあ。 あたしとしては楽しくて仕方が無いんだが、すぐに殲滅はできそうにないわ。 悪いな」

「かまわない。 味方の被害を出さないように、確実に殲滅しろ」

「イエッサ。 ヒャッハア! もっとこい! 皆殺しだ!」

楽しそうな涼川の声に、弟が割り込んでくる。

弟はと言うと、一人で敵が制圧している地域に乗り込んで、今戦っている筈だ。それで通信までしてくるのだから、恐れ入る。

本部が怖れるのも、仕方が無い部分はある。

ある意味、弟は涼川以上の危険人物だ。もし弟が心変わりしてフォーリナーについたら、その瞬間人類は終わるとさえ言われているくらいなのだから。

蟻は中々振り切れないが、顔を見せたものからガトリングで叩いていく。ガトリングが弾切れすると、今度は速射砲に交代。

最新鋭のグレイプは流石だ。

簡単には敵の浸透を許さない。昔の歩兵戦闘車だったら、先の曲がり角でおだぶつだっただろう。

蟻がぴたりと止まり、姿を見せなくなる。

追撃不能とみたからか。

速度は落とさず、レーダーを確認。

敵が引き上げていくのが分かった。今度はグレイプを前進させるが、家やビルを盾にして、陣地にしていた場所へ戻っていく。

それだけではない。

此方の動きを見ながら陣形を変えていく。まるで、三日月の様な形状に。

これはもう一度来たら、袋包みにするつもりだ。

戦力が少ないのを見切って、時間を稼ぐ手に出ている。しかし、此方も戦力の増強は見込めるのだ。

本部から連絡が来ている。

蟻の巣穴が発見された地域は、全世界で十二カ所。

逆に言えば、それ以外の地域から、蟻による攻撃を受けている場所へ、今増援が急行している。

それくらいは分かっている筈。

蟻は何を狙っている。

「危険ですが、強行突破を狙いますか」

「……待て」

本部に通信を入れる。

現在、ウィングダイバー隊が此方に向かっているとある。千日手になれば、此方が有利になる。

だが、何かが引っかかる。

一体蟻共は。本当に何を狙っているのか。

これ以上後手には回れない。通信は阿鼻叫喚。味方の被害は想像以上に大きい。民間人にも被害がかなり出ている。

巨大生物に後手に回り続けたら。フォーリナーのマザーシップが攻めこんできたときには、既にEDFはぼろぼろになってしまう。

「秀爺、状況は」

「今、狙撃地点を変えた。 これより狙撃に入る」

「支援が必要だ」

「優先度は他が高い。 谷山隊もそうだし、此処から見える範囲でも、二つのレンジャーチームが苦戦している」

秀爺の判断は正しい。

勿論支援の後で良い。

そういうと、少しだけ悩んだ末、ほのかが通話に入ってきた。

「敵の動きがおかしいので、発破を掛けたい、という事ね」

「そう言うことだ。 今も敵は縦深陣を敷いて、此方の突撃に備えてきている。 次の引き撃ちは確実に失敗する」

「しばらく、敵の動きを見ながら、攻撃を仕掛けてくれるかしら。 貴方が失敗するとは思わないけれど」

「分かった。 とにかく、後回しで良いから支援を頼むぞ」

嫌な予感が、先ほどからびりびりするのだ。

何か大きな罠が仕掛けられているようにしか思えない。

今の時点で、敵の侵攻は止まっている。

現状では、市民の救助を空路で行い、後は合流してきた援軍とともに敵をたたくべきだと、私も思うのだが。

それでは、何かを。決定的な何かを逃す様な気がしてならない。

軽く黒沢と打ち合わせをする。そして、私は動いた。

 

タイミングを合わせる。

そして、グレイプを突入させた。

黒蟻は、グレイプの動きを冷静に見ていた。速射砲が稼働を開始すると、即座に反撃。さっと、罠を閉じるように、縦深陣を動かすが。

その先端部分に。

飛び出した私が、ガトリングの砲撃を。

そして、涼川の部隊から此方に来るように指示しておいた三川の、中距離射撃用武器、イクシオンが稼働を開始したのだ。

私は家の影から飛び出すと、蟻の群れの戦闘にそれを。

三川はビルの屋上に跳び上がると、イクシオンで目立つ蟻を撃ち始めた。

イクシオンは牽制だ。

殆ど初陣に等しい三川に、其処までの期待はしていない。陣を乱した蟻に、下がりながら黒沢は速射砲を撃ち込み続ける。

「三川、少し下がれ」

「い、イエッサ!」

三川は大人しそうな雰囲気の女で、体力もあまりなかった。

適正が認められたからウイングダイバーに配属されたけれど。本当は後方支援を希望していたようだ。

だが、ウイングダイバーは対巨大生物の要ともなる兵種である。

ウイングを用いての飛翔。

背中にあるプラズマジェネレーターの大火力による、主にフォーリナーの技術を応用して作られた兵器の運用。

ヘリと地上戦力の中間となる、人間としての大火力対地制圧能力。

それがウイングダイバーに要求されている仕様だ。

更に、武器の換装によって、こういった運用も出来る。

私もスラスターをふかして、少し下がる。

蟻が怒濤のように押し寄せてくる。

速射砲とガトリングで処理しきれない。そう、見せている。

蟻に勝てると思わせて。

一気に間合いを詰めさせる。

そして私は、スピアに切り替え。むしろ前に突進した。

先頭の蟻の顔面にスピアを叩き込むと、スラスターをふかして、地面に急降下。一気に右に加速。

大量の酸が降ってくるが、そこにもう私はいない。

建ち並ぶ家々。

ビルの群れ。

蟻にとっても、自在に動き回れるコンクリートジャングルも。バイザーに映る情報を把握している私にとっては、庭に等しい。

新兵には、此処まで出来ない。

横を向いている蟻の土手っ腹にスピアを叩き込み、一撃離脱。

スラスターをふかして跳躍。またたくさん飛んできた酸は、空を斬った。少し足に掛かったが、このくらいはどうと言うことも無い。

ビルの屋上に着地。

少し距離を取った三川がイクシオンを連射している。プラズマジェネレーターの消耗が、少し激しくなってきているはずだ。

「三川、少し攻撃を鈍化させろ。 後、もう少し下がれ」

今私が叩いているのは、蟻の縦深陣右翼だが。左翼はまるで鎌が降り下ろされるように、グレイプに迫っている。速射砲だけでは処理し切れていない。

更に言えば、グレイプを空振りすれば。

蟻の群れ左翼は、私のいるところを強襲してくるだろう。

中空から数匹を蜂の巣にしながら、私は冷静に、倒した蟻。まだ残っている蟻を、カウントしていく。

蟻の一匹の背中に着地。

蟻が吃驚した様子で、ロデオのように跳ね回ろうとしたが。その前にスピアを叩き込んで、串刺しにした。

甲高い悲鳴が上がる。

蟻は悲鳴を上げるのだ。

昆虫としての蟻と違って。

「黒沢、拾え。 後は全力で後退」

「イエッサ」

「三川は砲撃を中止。 全力で下がれ」

「も、もう少しで弱った蟻を仕留められそうですけれど」

下がれ。

ぴしゃりと言うと、口を引き結んだ三川はラビットジャンプで後方に下がる。三川は見えていない。

三十匹ほどの蟻が、音もなく至近に迫っていたことに。

グレイプの上に飛び乗ると、私は追いすがってくる蟻にガトリングを浴びせる。

さて、どうでる。

今ので右翼に甚大な被害を与えてやった。まだ此処の地域の制圧を続けるか。それとも一旦不利とみて下がるか。

蟻が下がりはじめる。

それが奴らの考え方だ。確保している地域の他の蟻と合流するか、それとも一旦巣に戻って、次の攻撃に備えるか。どちらかは分からないが、一旦まずは距離を取ることを考える。

群れで一つの頭脳ならば。

そうするのが自然なのだ。

ほどなく、通信が入る。

先行していた谷山隊が、別地域の制圧に成功。

これで、狭いながら退路が確保できた。

急いで本部に通信を入れ、撤退のための車両を突入させる。後は退路に陣取って、蟻による襲撃を牽制する。

「谷山、孤立している住民の上空へ移動してくれ。 蟻が動いたら制圧射撃に移って欲しい」

「イエッサ、ストームリーダー姉」

「だからそれは止めろというに」

さて、次の手はどうでる。

いずれにしても、未だ予断は許さない。

本部は、迅速に動いてくれた。

この辺り、無能を揶揄された日高も、かなり対応能力を上げている。すぐに、車列が見えた。

キャリバンが逃げ遅れた民間人を、ピストン輸送していく。

更に、様々な型式のグレイプが、それを護衛しつつ。やはり同じように、民間人を救助し、輸送していった。

昔の時代。

コンボイという車列を組んで、物資を輸送することがあったらしいけれど。

これはそのコンボイに近いかも知れない。

私は他地域の戦況を見ながら、ビルの上に立ち、ガトリングを構えたまま。他地域に展開していたり、地下に潜った蟻が、いつ動くか分からないからだ。

嫌な予感が、消えてくれない。

弟が、他の地域で転戦しながら、通信を入れてきた。

「姉貴、どうした」

「嫌な予感がする。 全体を俯瞰して、何か大きな罠が無いか、調べている所だ」

「姉貴も感じ始めたか」

具体的な解析はしていないのだけれど。

この予感、当たるのだ。

超能力の類では無いと、私は思っている。強化人間だからこそ、そういう力は無いと、判断できるのだ。

多分。戦況を全体的に見た上で感じる、違和感がその正体だろう。弟は私より更に一枚上手だから、感じるのも早かった、という事だ。

弟がまた一地域を制圧。

ただ、弟を手強いと判断した蟻が率先して引いている、というのが大きい。あまり抵抗も激しくなかったそうだ。

それでも、流石にアーマーの負担が大きいという事で、その場で後続部隊を待つという。また、赤く塗りつぶされている地域が消えた。

蟻の侵攻は止まっている。

今の時点では、少なくとも。増援の部隊が、東北や中部からも間もなく駆けつけてくるはず。

ウイングダイバー隊も、間もなく到着するはずだ。

負ける要素はない筈なのに。

何がこうも引っかかっている。

三川が近くに降りてきた。

性格の割に背が高い三川は、露出度が高いウイングダイバーの戦闘服が、恥ずかしくて仕方が無いようだった。

「はじめ特務大尉。 その、いつまで戦闘状態が続くんですか」

「わからん。 今は待機していて構わない」

「分かりました。 少し、あのビルの屋上影で横になります」

新兵には、これだけの戦いはきつかっただろう。

ましてやあの涼川と一緒に戦っていたのだ。連戦の疲弊もあるし、何よりフレンドリファイヤの恐怖もある。

爆発で敵を吹き飛ばすタイプの武器を好んで用いる涼川の側で戦えば、それだけ恐怖も募るというものだ。

間もなく、涼川もまた一区画を制圧。

流石の彼女も、少し疲れた様子だ。一旦休憩すると通信を入れてきて、それきり黙った。

寝たのかも知れない。

タフな奴である。

バイザーにはオート機能を付けることも出来る。敵がある程度接近したらブザーを鳴らすものである。

それを稼働して、その上で奇襲を受けにくい場所で横になったのだろう。

暴れるだけ暴れて、落ちるようにして寝る。

この辺りは、見かけが変わっても、中身は全く変わっていない。涼川らしいと思って、私は安心した。

念のためだ。

やれることは、全てやっておかなければならない。

本部に通信を時々入れて、避難状況を確認。順調だという答えが返ってくる。やはり変だ。蟻の動きが、鈍すぎる。

モグラ叩きも、ストップしているようだ。

敵の戦力を、ストームが削いだから、というのは考えにくい。確かに今日、戦闘開始からストームチームのみで二百程度の蟻は葬った。だが敵の数を考えると、その程度で怯むとは思えない。

私は休まず、分析を続ける。

フェンサースーツが受けているダメージは、イエローゾーンに達している。さっきの激しい戦いが原因だ。

だが、東京基地にまで戻って、修復を受けている暇も、時間も無かった。

急造の前線基地に出向いて、応急処置をするしかない。

民間人の退避作戦が終了。膠着状態になった前線から下がると、私は一度前線基地に出向いた。

悲惨な状況の中、メンテナンスは後回しになるのは分かっている。負傷者が多数出ていて、キャリバンは何台あっても足りないほどなのだ。救護スタッフの殆どが民間人であり、こういうときのためにマニュアルで集められた医療関係者も、忙しく働いていた。人間が先。機械は後回し。

そう、視線で何度も釘を刺された。

それでも、専門の技師は来ていた。

何台か、滅茶苦茶にやられた戦闘車両が来ている。中には、半ば溶けかけたギガンテスもいた。この状況で、よく戻ってこられたものだ。

忙しそうに走り回っている技師に声を掛ける。応急処置だけで良いと言うと、頷かれた。

グレイプも、応急処置をして貰う。

阿鼻叫喚の前線基地でしばらく、私は歯がゆい思いをする事になった。

通信が入る。

嫌な予感が、適中したのだと、その時私は知った。

「姉貴、ウィングダイバー隊が来た。 景気よく蟻共を叩いているが、しかし一部の部隊が、おかしな通信をしてきている」

「何だと」

「すぐに救援に向かおう。 全員をまとめて欲しい。 恐らくは、未知の相手との戦いになる筈だ」

 

3、膠着と罠

 

ようやく、EDF東京支部が重い腰を上げた。

司令部を動かすのだ。

EDFの支部は、幾つか移動式のものがある。艦隊旗艦でもある要塞空母デスピナもその一つ。

そして東京支部もそうだ。

プレハブの建物が左右に開き、隠蔽されていたそれが姿を見せる。

全高実に二十メートルオーバー。

多数の火器を備えた、まさに名前の通りの歩く要塞。その名前は、プロテウス。

これこそが、機動戦を用いて、マザーシップを落とした東京支部に与えられている切り札にて。

移動式の司令部でもある。

本来プロテウスは、機甲師団をまとめるために作り上げられたものなのだ。

故にその対地攻撃能力は圧倒的。試運転に参加したとき、私はその火力を目の前で見せつけられることになった。

しかもこのプロテウスは、移動支部としての機能を持つカスタムタイプ。文字通りの、切り札である。

そして支部が本当の意味で動くのだ。

基地にある戦力の大半が稼働を開始する。

投入できる全レンジャー部隊。機甲部隊。更に稼働したばかりのフェンサー部隊も、全て。

「これより、全力で巨大生物の尖兵を叩き潰す!」

「EDF! EDF!」

圧倒的な巨体の威容を見た兵士達が、歓喜の声を上げる。

これなら勝てる。

相手が蟻でも関係無い。プロテウスの威圧感は、まさにいにしえの神々のものだ。装備している兵器も、尋常ならざる破壊力を、それぞれが秘めている。

EDF東京支部が動き出したのは、他でもない。

東京の西全域が、蟻の手に落ちつつある事。

到着したウィングダイバー隊が活躍していること。

そして、その一部が、正体不明の敵に遭遇し、かなりの被害を受けていること、だ。此処で蟻に手こずったままでは、EDFの勝利を疑う者も出てくる。

全戦力を前線に投入。

東京西に現れた蟻を、今日中に殲滅する。

そう、日高は宣言した。

その一方で、私は。グレイプに乗り、戦地へと向かっている。

メンテナンスはほんのわずかにしか出来なかった。ガトリング砲に関しては、まだ使えるけれど。

アーマーはかなり厳しい。

上空を飛んでいるヘリは、谷山が操縦している。途中で香坂夫妻とジョンソンも拾った。

グレイプもヘリも満員状態だ。

戦地で展開することになる。これまで、ストームから戦死者を出していないことだけは、僥倖かも知れない。

「それで、通信から敵の正体は、分かったのか」

「分からん。 ただ、敵は此方の主力を、敢えて引き込もうとしていたようにしか思えない」

私の問いに、弟が応える。

現在、幾つかのウィングダイバーチームが通信途絶。すぐに戦地に向かって、救助しろと日高から指示が来ている。

蟻の動きは、どうなのだろう。

此方の戦力を探るだけ探ったから、後は良いと引っ込むか、それとも。

通信が入ってきた。

勝っている方のウィングダイバー隊だ。

蟻の支配地域に乱入した彼女たちは、巨大生物が飛べないという特性を突き、中空から大火力での強襲を仕掛けている。

「狩りの始まりだ! 巨大生物共を根絶やしにしろ!」

「アタック!」

実戦経験が無くても。

力の差は一方的だ。

うちに来た三川の様な、新兵ではない。今来ている部隊は、それぞれが精鋭と言って良い者達。

蟻の殲滅はレンジャー部隊との緊密な連携の末、かなり高速で進んでいる様子だ。

しかし、である。

東京の西の果て。

其処に陣取っている蟻を撃破に向かったウィングダイバー7の12名が、消息を不意に絶っている。4名は後方に下がって、此方の支援を待っている状況だ。

グレイプが急ぐ。

全域での攻勢が強まっている状況だ。路自体は、すんなり通ることが出来た。

しかし。

「ストームリーダー! ブルートの遠距離カメラが映像を捕らえた! これは、厄介だぞ……!」

谷山からの通信。

声には、戦慄が含まれていた。

その辺りは、高層ビルが建ち並ぶ、西東京の中心地だ。中心だけに元々駐在していたEDFの部隊もおり、市民の避難そのものは完了していた。だから、精鋭ウィングダイバー隊による強襲で、一気に奪回をする、予定だったのだが。

其処は今。

世にもおぞましい光景が広がる、魔境と化していた。

広がっているのは、糸。

しかも、ビルの間を渡るようにして、分厚く禍々しい銀の光が、縦横に走っているのである。

それだけではない。

巨大な巣。

誰もが見た事がある。蜘蛛の巣。ただし、桁外れに巨大すぎて、とても信じる事が出来ない様なサイズのものが、ビル街を我が物に蹂躙しているのだ。

そして、蜘蛛の巣には。

足を広げて、巣の王を気取る、巨大な蜘蛛がいた。

「凶蟲ではないな……」

呟く。

蜘蛛の巨大生物は、いわゆるハエトリグモに近い習性を持っている。武器として糸は用いるけれど、巣は張らない。

このタイプの蜘蛛はハシリグモと一般的に言われる。形態的には、いわゆる徘徊性捕食者。プレデターと呼ばれるタイプだ。

しかしながら、巣を張る蜘蛛は違う。

待ち伏せを主体として行う。見ると、ハエトリグモよりは、日本でも多く見られるジョロウグモによく似ていた。

「見てください!」

筅が声に悲痛を含ませる。

巣には既に変わり果てたウィングダイバー隊のメンバーがつり下げられていた。糸玉にされてしまっている。

蜘蛛はあの状態にしてから、消化液を注入する。

そして食べやすい状況になってから、獲物として食すのだ。

あの蜘蛛、どう見ても凶蟲と同じか、それ以上のサイズがある。あんなものに毒液を注射されて、生きているとは思えない。

上空のブルートが、不意に回避行動を取る。

銀糸が空を、一閃していた。

巣に陣取る蜘蛛が、糸を吐いたのだ。

「冗談じゃない。 一キロは離れている相手を、ああも正確に」

ビル街には、続々とあの巨大グモが這い上がりはじめている。

あれが一斉に巣を張ったら。

この近辺は、完全に巨大生物の手に落ちる。制空権さえ危ういかも知れない。今の攻撃精度、尋常では無い。

がつんと、もの凄い音がした。

グレイプが糸に捕らえられたのだと分かった。

「全員降車! 筅、残って綱引きをしろ」

「む、無理です! もの凄いパワーで!」

グレイプの射程外から、蜘蛛の一匹が糸を放ってきたのだ。

しかも、MBTより軽いとは言え、金属の塊である歩兵戦闘車を引っ張るほどのパワー。あの蜘蛛、生半可な相手では無い。

まさか、初日から。

これほどのアンノウンと遭遇する事になるとは。

すぐに秀爺がライサンダーを構える。観測手であるほのかが、警告の言葉を飛ばした。

「三川さん!」

「えっ!? ひいっ!」

悲鳴を上げる三川が、別方向から飛んできた糸に捕らえられる。途方もない粘着性、それにピンポイントでのコントロール。そして凄まじい勢いで、引っ張られた。

宙に浮く三川。

即応した弟と秀爺が、同時にスナイパーライフルを発射。弟が手にしているのは汎用式としては傑作の名も高いMMF100。秀爺はライサンダー。

同時にぶっ放された狙撃弾が、遠くにいる蜘蛛の頭と腹を直撃。

だが、死なない。

大量の鮮血がぶちまけられているけれど、蜘蛛はまだ糸を引っ張っている。

私が跳躍し、ガトリングの弾を糸にぶち込む。

分厚い糸束が、それでも打ち抜けない。

秀爺が装填作業を続行。

新兵達もおのおの撃っているが、何しろ一キロ以上の距離だ。当たるはずがない。

「12,4,5,7,9」

ほのかのカウントが始まる。

冷静に次弾を装填した秀爺が、また弟と一緒にぶっ放す。

今度こそ、体に大穴を開けた蜘蛛の化け物が、巣から落ちていった。

それと同時に、地面に叩き付けられる三川。アーマーの負荷を超えて、完全に意識を失ってしまっている。

右。

私が三川を抱え、飛び退く。

他の巣の蜘蛛共も、此方を狙っている。今も一瞬遅れていれば、三川ごと私も、蜘蛛の放った糸に捕らえられるところだった。

スラスターを噴かし、全速力で退避。また糸が飛んでくる。右。左。左。ジグザグに地面を蹴り、スラスターを全開に噴かし飛ぶ。

ビルの影に飛び込んだ瞬間。

一瞬前まで自分がいた地点を、糸が抉っていた。

この狙撃、秀爺ほどでは無いにしても、尋常では無い。

「ストームチーム、どうした!」

「日高司令、味方を寄越さないように。 二次遭難になります」

「何だと」

「敵は巣を張るタイプの蜘蛛とよく似たアンノウン! 一キロ以上の精密射撃能力を持ち、タフさも黒蟻の比ではありません。 敵の手に落ちた地域には、この強力なアンノウンが出現し、陣を張っている可能性が高い!」

グレイプを引っ張っていた一匹の顔面を、秀爺が吹き飛ばす。

グレイプが凄まじいバックをして、ようやく止まった。味方を轢き殺しそうにさえなる。運転席が、エアバッグに包まれているのが見えた。筅はこの様子では、失神してしまっているだろう。エアバッグに衝突したショックからでは無く、恐怖からだ。

グレイプには幸い、皆のために武器を積んできてある。

グレイプから飛び出してきた黒沢も。ヘリから降りてきたジョンソンも、すぐにスナイパーライフルをめいめい手に取った。エミリーは長距離火器に切り替え、狙撃の体勢に入る。

まごついている他の新人には、私が檄を飛ばした。

「長距離武器を取り出せ! 敵に射撃を加え続けろ! 牽制になる!」

谷山のブルートが、また狙い撃ちにされる。

あれではいつかは、糸に捕らえられる。グレイプを引っ張るほどのパワーだ。ヘリでは危ない。

「谷山、一旦死角に隠れろ、其処では狙い撃ちにされる!」

弟は冷静にスティングレイを構えると、巣に向けてぶち込みはじめた。巣が揺れる。つまり、ロケットランチャーの直撃を受けても、壊れないのだ。

蜘蛛の巣は巨大化させると、ジェット機を受け止められるほどの強度を持つ。昔から蜘蛛の糸が生体素材としては異色の強度として注目されてきた理由だ。だが、これはそれにしても、度が過ぎている。

巣が、ようやく壊れ、だらりと垂れる。

ぶら下がっていた糸玉も、地面に落ちた。

しかし、である。

蜘蛛の巣の防衛網に守られていた黒蟻が、どっと姿を見せる。それも、五十や六十では無い。

ブルートから降りて着地したのは、涼川。

目には、獰猛な光が宿っていた。吐き捨てた噛み煙草を踏みにじると、涼川は既に充填が終わっているスタンピートを構えた。

「蜘蛛共は、頼むぞ。 あたしが彼奴らを叩く」

「秀爺、ジョンソン」

「ああ」

「イエッサ」

私は三川をグレイプに押し込むと、前線に打って出た。

支援のため、涼川が中空に向けて、スタンピートをぶっ放した。

スタンピート。これほど涼川にあった火器は無いだろう。単独歩兵で面制圧を、というコンセプトで造り出されたこの火器は。同時に多数のグレネード弾を放出することで、眼前を火の海に変える。

グレネードの火力はいずれも高く、周囲十メートルを木っ端みじんにする。当然のことながら扱いは極めて難しく、一部の精鋭にしか携帯が許されない兵器だ。

蟻共が、突如出現した原初の殺戮に吹き飛ばされ、悲鳴を上げて粉みじんになる中。

炎を全身に映えさせながら、涼川がスタンピートを。装填が終わっているもう一つを、中空にぶっ放した。

「ヒャッハア! ブッ飛べやぁ!」

二次爆発。

蟻たちが、炎に撒かれて逃げ惑う。

その中を、私は強行突破した。

無論目的は一つ。

弟が剥がした巣から、落ちた味方の救出だ。

生きている可能性は高くない。

だが、それでも、試す価値はあった。

至近、糸が来る。地面にスピアを叩き込んで、上に。ガトリングをぶちこんで、蟻の群れを牽制しながら、走る。

味方の支援砲撃が、後ろから来るが。

蜘蛛が飛ばしてくる糸の数も凄まじい。対抗戦術が出来るまで、無闇に相手にするべきではない。

一つ目。

糸玉を見つけた。

感触からして、中に生きた人間がいるとは思えない。だが、抱えて一旦戻る。

また突撃。

蟻が、壁を作って迎え撃ちに来るが。涼川が乱射するロケットランチャーの爆風に吹き飛ばされて、壁の間に隙間が出来る。

熱と、酸。

真正面から、糸。

スピアを真正面にぶち込んで、無理矢理糸を吹っ飛ばし、回避。

まだ、11人、残っているのだ。

 

撤退を開始。

目を覚ました筅に操縦させ、グレイプを下げ。支援を待っていたウィングダイバー4名と合流。

後は、蜘蛛の攻撃範囲外まで下がり、谷山のブルートとグレイプに分乗して帰還した。

捕らえられていた12人のウィングダイバー隊だが。

糸玉にされていた者達は、既に見るも無惨な状態になっていた。糸を剥がせば、原型を伴わない死骸が出てくるのが、明らかだった。いや、死骸とさえ、認識できないかも知れない。

しかし、朗報もある。

糸玉にされていた者の中には、生存者もいたのだ。四名だけに過ぎなかったが。

四名はまだ糸玉にされて噛まれていなかったのだろう。一人は新兵で、まだ年若かったから、余計に助かって良かった。皆気を失っていたが、命に別状は無かった。

グレイプの窓から、夕日を見る。

既にフェンサースーツの耐久値は限界。限界まで戦うというデータ取得は出来たが。このスーツは高価なものなのだ。今回のように、あまり無茶ばかりは出来ないだろう。

既に陽は落ち始めている。

東京支部の司令部であるプロテウスと、麾下の全戦力が出てきたことで、奪われた地域の半分は奪回に成功。

夜になったからか敵も動きを止め、膠着状態になった。

しかし、初日だけで、精鋭のウィングダイバー17名を含む、210名が戦死。その中には、私が眼前で救えなかった者達も、多く含まれていたのである。

全世界では、十二カ所の巨大生物同時活性化により、合計二千五百以上の死者を出した。これはEDF関係者だけの数字。民間人の死者は、その二倍を超える模様だ。

初日だけで、これだ。

まったく、嫌になってくる。

これに対し、EDFは予備役の招集と、短縮プログラムでの新兵訓練を発表。総力戦に備える体勢を見せていた。

ほのかが、泣き続けている三川に、優しく声を掛けている。蜘蛛の糸に捕らえられたとき、ぞっとするほど冷たかったのだという。アレに包まれて溶かされてしまった仲間のことを思うと、何も考えられないと、三川は泣いていた。

無理もない。

せめられもしない。

PTSDは、歴戦の猛者でさえ掛かるのだ。ましてや新人が、いきなり緒戦でこれだけの戦いを経験すれば。どうなってもおかしくは無い。

通信が入ってくる。

恐らくは、EDFと提携しているメディアのものだ。

「EDFの公式発表です。 世界中十二カ所で、突如巨大生物が出現。 彼らは滅びていなかったのです。 フォーリナーの関与を疑われますが、EDFは機密に抵触するとしてコメントを拒否。 また、巨大生物の中には、7年前までには姿を確認できなかった、アンノウンの姿もあると言う事です」

日高から先ほど通信があった。ウィングダイバー隊の生き残りを救出したことに対する礼と。それと分かっている情報の提示。あのアンノウンは、レタリウスと呼称するそうだ。

古代の闘技場で、網を用いて戦う者をそう称したとか。

日本だけでは無い。

他の国でも、レタリウスは出現。大きな被害を出しているという。

あれは危険だ。

谷山は回避できていたが、ヘリにとっては天敵に等しい相手である。ヘリより動きが遅いウィングダイバーにとっては、どうしようもない相手だと言えるだろう。

確かに、飛翔できないタイプの巨大生物にとって、ウィングダイバーは天敵と言っても良い。

しかし、まさか初日で、その優位が破られることになるとは。

「現時点で、以下の地域に関しては、立ち入りが禁止されています」

放送で挙げられた地域の中には、東京だけでは無い。

北部旧中国、北米の旧ニューヨーク。欧州の旧ベルリン。いずれも、大都市ばかりである。

このうちニューヨークは放棄された後、再建の目処が立っていなかった場所だ。当然の話で、マザーシップのジェノサイドキャノンによって、文字通りのクレーターと化していたのだから。

弟宛に通信が来る。

日高からだ。

「嵐特務少佐」

「はい」

「疲れている所すまんな。 帰投後基地に出頭して欲しい。 レタリウスについての情報をまとめるのと、明日以降の作戦行動に関してのブリーフィングを行いたいのだ」

「イエッサ」

現在、東京支部の司令部は、基地から西側にかなり離れている。

プロテウスがそうだからだ。

ただし、プロテウスも一定の戦果を上げたという事で、一旦帰投するという。おそらく基地に戻る時間は、巨体故に鈍足なプロテウスの事もあるから、ほぼ同時刻になるだろう。

一定の戦果、か。

今日中に東京の敵を駆逐すると出撃時には息巻いていたのに。

一定の戦果を上げたから帰投し、動きを止めるというのも。悲しい話だ。

勿論、今回の成果は、八年前に、最初に巨大生物と交戦したときに比べれば、全くというほどマシだ。

あの時は酸を浴びせかけられて瞬時に溶けてしまう戦車や兵士。

それに効きもしないアサルトライフルを持たされて、前線で逃げないことを強要され、なすすべ無く蟻の餌にされてしまった兵士など。

それこそ、地獄絵図が私の前に顕現していた。

今回は少なくとも、強化されていたとはいえ、巨大生物相手にまともな勝負が出来たし。制圧された地域も、半分は奪い返したのだ。

ふと気付くと。

黒沢以外の新兵は、皆眠っていた。

筅に到っては、分厚いヘルメットを外して、丸くなって眠っている。

クローンは、培養槽の中で寝ていたときの名残か、丸くなって眠ることが多い。かくいう私も、昔はそうだったから知っている。

グレイプを運転しているジョンソンが、不意に声を掛けてきた。

「今回も、勝利が見えない戦いが続きそうだな、特務大尉」

「ああ。 前と同じだ」

「あの蜘蛛どもの陣地に、明日以降も特攻かまさないといけないって訳か。 ぞっとしないぜ」

グレイプが止まる。

基地に着いたのだ。

既にブルートは到着していた。

一旦此処で解散となる。とはいっても、敵が動きを見せれば、即座にまた再招集である。兵士達は、こういうときのために用意されている宿舎に。

普通に眠るのでは無い。

EDFでは、睡眠によるより効率の良い体力回復を図るために、カプセル式の睡眠装置を導入している。これに入る事で、普通の睡眠より大幅な体力回復を行う事が出来るのだ。ただし、昔ながらのベッドで休みたいという兵士もいるし。彼らのために、普通のベッドも用意されている。

もっとも、戦況が悪くなったら、皆地べたで雑魚寝だ。

今は、好条件で休めるだけ休んでおけばいい。

宿舎に向かう、皆を見送る。

誰にも言われず、私は残った。ジョンソンもである。

私と弟は。それに通常階級で一番上のジョンソンは。

日高に呼び出されたとおり、これから司令部とのブリーフィングだ。倒したレタリウスについての情報も、提示しなければならない。

可能ならば、有効な戦術も開発したいけれど。

まだ情報が少なすぎる。

ジョンソンが言うとおり。今回も、恐らくは地獄絵図になる事だろう。そして、ストームチームの中からも、生きて帰ることが出来ない兵士が出る筈だ。

それは弟かも知れないし、私かも知れない。

今日は、たまたま生き残れただけだ。

 

4、深淵の影

 

EDF東京基地の奧。

非常に強固なセキュリティが施された部屋で、ブリーフィングが行われる。ただし、北米の総司令部との通信は、常につながっているようだった。

薄暗い部屋の中で、円卓を囲んでEDFの幹部達が集まっている。

ここに来られない人員は、立体映像だ。

私とジョンソンは末席に座った。弟もその近く。

世界を救った英雄は、いわば腫れ物も同然。

EDFの幹部達は、あまり弟をよく見ていない。その同類である私も、似た様な状況だ。

更に言えば、発言権も大きくない。

戦うように言われて、戦いに行く。

それだけが、出来る事だ。

今の時点で、各拠点で欠けている幹部はいない。全員が出そろったところで、ブリーフィングが始まる。

現在EDFの総指揮を執っているのは、前回の大戦で北米の残存勢力を束ね、指揮を執っていたカーキソン元帥である。

カーキソンは七年で非常に太った。

七年前は、地獄のゲリラ戦を終えた後で凄惨なほど痩せていたのだが。反動で一気に太ったらしい。

無理もない話だったろう。

彼は北米にあった総司令部の、唯一の生き残りだ。マザーシップによる総攻撃の際、たまたま本部を離れていて助かった。その後は、圧倒的優勢の敵と、文字通り絶望的な戦いを続けたのだ。平和になってしまえば、その反動が来るのは、抑えられまい。

「現時点の戦況は良いとは言えない。 北米でも、大きな被害を出した。 マザーシップが来る前に、敵の巣穴を可能な限り潰したい」

「しかし、今回の敵の巣穴は、規模が四年前に発見できたものとは段違いです。 東京にある巣穴に到っては、推定される敵の戦力が、五万を超えます」

現時点では、出てきているのは黒蟻とレタリウスのみ。

しかも巨大生物は、複数種が同じ巣穴に潜むという習性がある。それでいて共食いは絶対にしない。

まだ巣穴の奧には、多数の蜘蛛が潜んでいる事は間違いないし。

赤蟻もいるだろう。

そして最深部には、最低でも二から三の女王蟻がいる。以前の戦いで猛威を振るった大蜘蛛もいるかも知れない。

凶蟲の王と言われる大蜘蛛は目撃例があまり多くないが、その戦闘力は絶大。女王蟻さえ凌ぐと言われるほどだ。

「うむ。 そこで、敵の巣穴のうち、弱いところから叩きたい」

カーキソンが指し示したのは、南米。

今の時点で確認されている巣穴の中では、最小規模のものがある。かってリオデジャネイロと言われた辺りである。

「欧州からオメガチームを現地に移動させる。 オメガチームを主力に、現地のEDF部隊によって此処の巣穴を攻略する。 ストームチーム、ストライクフォースライトニングは現地での敵殲滅に注力してもらいたい」

「攻略の際、幾つか懸念されることがあります」

挙手したのは、オメガチームのリーダーだ。

彼にも発言権はあるが、あまり大きくない。

ただ意見を述べるだけである。

最も彼の場合、極めて複雑な事情がある。大戦で何度も一緒に戦った私も、その素性は知っているから、あまり多くの事は言えない。EDFが危険視するのも、致し方ないとは考えていた。

「戦力を消耗しすぎると、本命のフォーリナー本隊が来た時、対応できなくなるかも知れません。 また、攻略に兵を裂きすぎると、各地の守りが疎かにも」

「うむ。 故にオメガチームと、南米支部の総力を挙げて攻略には望んで貰う」

つまりは、少数精鋭と言う事か。

四年前に発見した巣穴とは、小さいと言っても段違い。

攻略には、どれだけの犠牲が出るか分からない。

憂鬱な話だ。

会議には、ボイスオンリーだが、地下にいる彼奴も参加している。彼奴が咳払いすると、皆が注目した。

培養液の中にいるので。

咳払いが、ごぼごぼと、水音を伴う。

「アンノウンの登場で分かったと思うけれど、近々彼らはまたやってくる。 とにかく、まだ緒戦の今のうちから無為な犠牲は出さないように、細心の注意を払って欲しい」

「わかっている。 だから、少数精鋭での任務を果たして貰うのだ」

これは、近々。

ストームチームも、巣穴を攻略してこいと言われるかも知れない。

ブリーフィングが終わる。此処からは、東京支部だけのブリーフィングだ。

咳払いすると、日高が東京の地図を出させる。

まだ、赤い地域が、かなり多い。

「データが欲しい。 レタリウスが遠距離の偵察から確認されている地域は、以下の通りだ。 このうち、此処を君達に攻略して貰う。 それ以外の地域については、明日も継続して、巨大生物の駆逐作戦を行う」

「イエッサ」

拒否権は無い。

それにレタリウスに対抗する戦術の開発は急務だ。我々がやらないで、誰がやるのか。

明日以降も厳しい戦いが続く。

ブリーフィングルームを出た私の肩を、弟が叩いた。

「姉貴、無理はするなよ」

「ああ。 お前も、な」

ジョンソンはずっと黙っていた。

彼なりに不満もあるだろうが、今は抑えて貰うしかない。

アパートに戻っている余裕は無い。

その日は、割り振られた士官用の休息所に出向いて。シャワーだけ浴びて、カプセル休眠具に潜って、眠った。

泥のように。

明日の戦いから、その時だけは、逃避できた。

 

(続)