うたた寝の平和

 

序、死闘

 

巨大な銃を手に持ち、軍服に身を包んだ、傷と煤だらけの戦士と。

宇宙から侵攻してきた球形の戦艦が。

焼け野原となったその場所で、対峙していた。

戦艦の名前は分からない。

ただEDFからは、マザーシップとだけ呼ばれている。

男の名前は、多くの者には知られていない。

EDFからは、ストーム1リーダーとだけ呼ばれている。特殊部隊、ストーム1の司令だからだ。

既に満身創痍の両者は、決着を付けるべく、動いた。

あり得る事だろうか。

全長三百メートルを超える宇宙戦艦が。

ただ一人の人間を倒すためだけに、その総力を挙げているのだ。しかも、その火力は、激烈を極める死闘の末、既に四半減している。

展開していた巨砲は粉砕され。

二百を超えた浮遊砲台は全てたたき壊され。

そして、八方に展開した、殺戮砲も、もはや半数が落ちている。

艦載機でさえ、もはやほぼ残存が無い。

しかしストーム1リーダーも。ただ一人で、この宇宙から来た巨大侵略船に立ち向かった最強の戦士も。

既に、手にしている武器は1丁のみ。

周囲にあるのは、使い捨てた武器が多数。もはや守る者さえなくなったこのがらんどうの荒野で。

一人の人間が、装填を終えた巨大な銃。

マザーシップを落とすためだけに全ての技術を投入し、作り上げられた最強の携行兵器。

ライサンダーZ狙撃銃を構える。

生き残った砲台が、炎を噴いて。させじとストーム1リーダーを迎え撃つ。まるで雨霰の猛攻。直撃を受ければ、ひとたまりも無い。だが爆裂の連鎖の中、人間とは思えない動きで的確に回避し。走りながら狙いを付けたストーム1が、自身の身長以上もある、最強の狙撃銃をぶっ放す。

反動さえ、回避に利用する神業。

空に、光が、爆音とともに放たれる。

うち込まれた弾速は、なんとマッハ90に達する。それが、人間で扱える弾丸が、これほどの破壊力を実現する理由。衝撃波と反動は、この巨大な銃身に含まれている機構がほとんど全て吸収する。それでも、普通の人間なら、肩が外れるほど。

技術はブラックボックスの中だが。使えれば、ストーム1リーダーには、それで構わない。

艦砲に匹敵するとさえ言われるその射撃が、また一つ。

マザーシップから伸びていた巨砲を、叩き落とし、粉砕。

旋回しながら、必死にマザーシップが、残された殺戮砲を用いてストーム1リーダーを攻撃しようとする。しかし、建物の残骸や地形を上手に使いながら、最強の戦士は、怒濤の猛攻をかわし続ける。

わずかに残った艦載機が、マザーシップを出撃。生物が動かしているのか無人かも分からないそれがレーザーを放ちながら、ストーム1にとどめを刺そうと迫る。もはや地球には、対抗できる戦闘機は、一機も残っていない。

あったとしても、此処に来られる機体は無い。

そもそも、フォーリナーが投入してきたあまりにも圧倒的な数の巨大生物たちの重大な包囲の中。

此処までストーム1リーダーが、オメガチームの精鋭とともにたどり着けただけでも、奇蹟なのだ。

ストームチームは10番まであるが、その殆どが、巨大生物の包囲網を攪乱するために戦い続けている。

ストーム1チームの他メンバーも、同じだ。

爆炎の中、走るストーム1リーダー。

爆風が、容赦なく満身創痍の身を痛めつけていく。

身に纏っているシールドスーツも、もはや亀裂だらけ。長くは保たないことが確実だ。如何に超人的な機動で回避し続けても、限界がある。

装填完了。

また一射。

数十メートルはあるマザーシップの巨大砲台が、冗談のように半ばから火を噴き、へし折れる。

爆散。

走りながら弾を最装填するストーム1リーダー。

この男は不死身なのか。

同僚達さえ怖れたその戦闘力は。満身創痍であっても、いまだ衰えを見せていない。

だが、その時。

ついに、マザーシップの艦載機群が、重力を無視した曲線的な飛行を繰り返しながら、ストーム1リーダーを追い詰める。

強力な狙撃銃では、威力はあっても、数の暴力には対応できない。

さっきまではまだ、周囲に仲間がいた。だが人間の戦士は、既に一人も残っていない。誰もが倒れ、傷つき逃げ。

もはや戦場には、一人の人間と。

傷だらけの宇宙艦と。その艦載機しか、いないのだ。

爆発。

艦載機が放ったレーザーが、ストーム1リーダーを吹き飛ばす。

瓦礫だらけの地面に、ストーム1リーダーが叩き付けられ、転がる。

勝利を確信しただろうマザーシップが。

その時、横殴りの射撃を浴びて、粉みじんに吹き飛ばされる艦載機の、爆発の光を浴びた。

来る筈が無い援軍。

しかもこの距離を、ノーアクションで狙撃して見せたのだ。

回避運動に入った艦載機が、また叩き落とされる。

次々に横殴りの射撃が飛来し、ストーム1リーダーを包囲していた艦載機が、見る間に算を乱す。そして隊列を崩した者から、爆裂していった。

「ようやく来たか、秀爺。 この距離で、良くも当てて見せるものだ」

寡黙な戦士が、それだけ言うと。身を起こしながら、装填作業を続ける。

もはや全身のボディーアーマーは致命傷を受けている。フォーリナーの技術を得て作り上げた耐衝撃ボディアーマーにも、寿命が来たのだ。

もう一撃受ければ、終わり。

装填終了まで、あと四秒。

マザーシップの下部に、巨大な穴がある。

先ほど落とした二つの巨大砲台。それは、射線を開けるために、敢えて残り少ない弾を使って、撃ったのだ。

彼処に、三発。

残った弾の全てを叩き込んでやれば、この忌々しい戦いにも、決着がつく。

今度は、追い詰められたのはマザーシップの方だ。

殺戮砲からの光の乱射も、死角に入ったストーム1リーダーには届かない。艦載機はどこからも分からない狙撃に次々と落とされ、回避が間に合わない。

空に逃げる選択肢もあるだろうに。

マザーシップは、そうしない。

必死に旋回を続けるマザーシップに。装填を終えたライサンダーZが、その凶暴な銃口を向けた。

マザーシップの下部には、もはや隠しようのない亀裂がある。最初は余裕を持ってライサンダーの弾を受け止めていたマザーシップの絶対的な装甲も、二十四発に達する攻撃を一カ所に集中されては、どうにもならなかったのだ。

そしてその亀裂は。

動力炉への攻撃を通すための道筋になり。

その攻撃を、ストーム1リーダーが外すことは、あり得なかった。

艦載機が一機、必死の機動で、射線に割り込んでくる。

最後の悪あがき。

だが、マザーシップの対空砲火に傷だらけになりながらも。突撃してきたEDFの攻撃ヘリが一機。殆ど捨て身で射撃を浴びせ、爆散させる。

またしても、あり得ない援軍。

だが、それが限界。

ヘリはすれ違うように地面に落ちていった。

「谷山、恩に着る」

わずかに眉を動かしただけで。ストーム1リーダーは。空いた射線に、攻撃を叩き込む動作に入る。

死ね。

終わりだ。

そんな言葉は。ストーム1リーダーの口からは出ない。

ただ、寡黙に、引き金に掛けられた指が、動いた。

一撃目。

マザーシップの内部から、盛大に火が噴き出す。

殺戮砲が、内側から噴き出した爆裂によって、下向きのたいまつと化す。炎をまき散らしながら、吹き飛ぶ。

それでも、マザーシップは、ストーム1リーダーに向けて、わずかに残った砲台を向ける。最後のあがきか、それとも。

再装填完了。

二撃目。

反対側に、貫通。装甲が内側から吹っ飛び、射撃線の前後から、凄まじい火が噴き出した。

あくまで寡黙に。

ストーム1リーダーは。

全身のダメージを意に介さないように。

まだ宙に浮き。

憎悪か断末魔か分からない悲鳴を上げ続けているマザーシップに向けて。最後の一撃を叩き込む。

それが、とどめになった。

 

その日。

一年にわたって続いた、侵略者との戦争が終わる切っ掛けが起きた。

フォーリナーと呼ばれる、地球外知性体の頭脳であり。

あまたの護衛に守られていた巨大戦艦、マザーシップが、地球最後の戦力を投入した肉弾攻撃によって、陥落したのである。

文字通り、木っ端みじんに爆発四散したのだ。

その凄まじい爆発は、数十キロ先からも、確認できたほどだという。

奇蹟の勝利。

そう呼ぶほか無い出来事だった。

西暦2017年の初旬、フォーリナーが地球に攻撃を開始してから、人類は負けっ放しだった。

EDFの本部も、この肉弾攻撃の少し前に、文字通り全滅。

首脳部は全滅し、指揮系統は寸断され、各地のEDF部隊は孤立無援の中、絶望的な抵抗を続けている状況だった。

地球には、極東支部のごく一部の戦力しか生き残っていない状態だったのである。

フォーリナーの輸送船はまだかなりの数が残っていたが。マザーシップの撃沈を知ったからか、配下の機械兵器群を収納し、地球を去り。

そしてフォーリナーの尖兵となっていたわずかな巨大生物群が残された。

2018年にその最後の一匹がアリゾナで討ち果たされ。

地球は、平穏を取り戻したのである。

地球の人口は、その時。

実に、15億にまで減少していたのだった。

この悲惨極まりない。人類がはじめて本物の外敵と遭遇し、かろうじて生き残ることが出来た戦いのことを。

西暦2017年の出来事であるから。

2017年絶滅回避戦争と、後の時代には呼んだ。

 

1、わずかな平和の時

 

西暦2025年。

フォーリナーの残した技術により、地球では急速に復興が進んでいた。異星からもたらされた技術力は、当然のことながら地球のそれを遙かに凌いでおり、世界の主要都市は急ピッチで復旧を成し遂げつつある。

皮肉なことに、地球の彼方此方に残されている、フォーリナーの機械群の残骸も、その復旧には一役買っている。

資材にしても技術にしても、地球のあらゆるものを凌いでいたからだ。

復旧が進む街を見下ろす丘を横切るようにして、一団の兵士訓練生達が、ジョギングしていた。体力を付けるためだ。

地球を守り抜いた統一軍。

EDF所属の新兵達である。

走りながら、彼らは歌う。

軍の士気を高めるために、幾つもの歌が作られている。こういった歌は簡単で、歌いやすく、覚えやすいものが好まれる。

「あーおい地球をまもるためー」

「EDFの出動だー」

野太い声と、甲高い声が混じり合う。

先頭を走っているのは、二十代後半の引率。昔は、二十代後半というと、前線に立つには厳しい年齢になっていたけれど。

今は技術の革新的な進歩によって、充分現役でやっていける。

三十代以上の兵士になると、極端に数が減る。

理由は言うまでも無い。

2017年の絶滅回避戦争を生き残ることが出来た者は、特にEDFの古参兵では、ほとんどいなかったのだ。

「きらめく正義の稲光ー」

「うちゅーじんども撃滅だ」

楽しそうに、ひときわ若々しい声が応える。

女も男も。長身の者も短躯のものも。ジョギングをする兵士達には混じっていた。

皆、若々しいけれど。

ハードなトレーニングをするには、体力が必要だと言う事に、変わりは無いのだ。

現在、EDFは全世界で30万。かっての馬鹿馬鹿しいほどの、各国が抱えていた軍事力から考えると、非常にささやかな数だ。

アリゾナでの最終戦が終わってから、ようやく此処まで数を回復できたとも言える。

今、このEDFの兵力を、100万にまで増やすべく、計画が進んでいる。

世界の人口は、様々な手段で、現在ようやく20億まで回復した。これ以降の戦力増強は、状態を見ながらになるだろう。

訓練を続ける新兵を見守っていた私は。

支給されたばかりのスーツの耳元に手をやった。

「何か」

「ようやく捕まえましたよ、嵐さん」

「ああ、そうだったな、回線をオフにしていた」

このスーツは、全身を包むもの。

フェンサーと呼ばれる試験編成された部隊に、いずれ正式配備されることになる。私はこのフェンサースーツをずっと試験運用していた。

外から見ると、まるで等身大の戦闘ロボット。

黒金の装甲に全身を覆い、背中にはブースター。複数の巨大な武器を同時に扱うことが出来る、戦闘用パワードスーツ。

それがEDFに新規配備されることが決まった、このフェンサースーツである。

勿論今は任務中では無いから、攻撃用の装備は外している。

ただし、動き回るには、問題ない。

「今日から新兵達の教官をして貰うんです。 そんなところで遊んでいないで、すぐにEDFの支部に来てください」

「ああ、分かってる」

「すぐに迎えのジープを行かせますから。 其処から動かないでくださいね」

きゃんきゃん言いながら、三島が通信を切る。

相変わらず五月蠅い奴だ。

彼奴も、2017年の戦争のころには、まだ小さな子供だったのだ。それなのに、助けてやったらにょきにょき大きくなって、今では。

まあ、それはどうでもいい。

ジョギングしていた新兵達は、支部へ戻っていった。

まだ、彼奴らが戦場に出なくて良いといいのだけれど。だが、分かっているのだ。フォーリナーは、いつか戻ってくる。

だから、戦場に投入することを承知の上で、兵士達を鍛えなければならないのだ。

ジープが、乱暴に河川敷を走ってくる。

サングラスをしている彼奴は。

面倒な奴が来たものだ。最近日本に戻ってきたと聞いていたけれど。まさか此奴が来るとは。

ジープが凄まじい音を出しながらドリフトして、眼前に止まる。

乗っているのは、長身、巨乳の。目つきがヤクザの情婦みたいな、凄まじい威圧感を全身から放っている女だ。

そのくせ、涼川朝之なんて、大和撫子っぽい名だから。名前を聞く度に、違和感が凄まじい。

「よーお、久しぶりだな。 そのけったいな戦闘用スーツ越しでも、あんただってすぐに分かったぜ」

「日本に戻ってきていたか」

「ああ。 まあ乗れや。 何だか知らないが、ガキ共の面倒を見ることになったんだって?」

「私は前からそうだ。 お前も知っているだろう」

違いないと笑いながら、涼川は煙草に火を付ける。

かなりニコチンが強い煙草だけれど。最近はニコチンの除去技術が完成して、肺がんになる可能性は著しく減っている。

そもそも人間の数が著しく少ないので。

喫煙所なんて施設も、ほとんど見られなくなった。

屋内で無ければ、何処でも煙草を吸える時代だ。

灰皿に煙草を押しつけると、ジープを乱暴に発車させる涼川。

「巨大生物どもがいないからなあ。 スタンピートぶっ放せなくて、ストレスがたまるぜ、なあ」

「お前は戦争が大好きだな。 昔から」

「おうよ」

涼川朝之。

古参兵の一人で、完全破壊者とか殺戮マシーンとか言われて周囲から怖れられた女だ。敵兵の群れを単独で殲滅したという武勇伝を幾つも持っており、弟でさえ一目置く最強の兵士の一人である。

ジープを乱暴に走らせながら、右手の街を見る。

昔から、実のところ街での生活には、縁が無い。

今は復旧が進んでいるし。

この街を守ったといわれればそうなのだけれど。何というか、実感が無いというのが、事実だ。

「旦那は」

「知っているだろう」

「ちっ。 まあしょうがねえよなあ」

何しろ、古いつきあいだ。

最初に出会ったのは、8年前の戦争初期。凄まじい戦闘適正を見いだされ、当時最新鋭の火器を優先的に廻されていた涼川は。私に当然のように出会うことになった。

当時から涼川は弟にぞっこんだったけれど。

それは今も変わっていないだろう。

乱暴な運転だが、ジープには人間を轢かないようにAIが組み込まれている。時々信号を無視しそうにさえなるけれど。

それが涼川の味だ。

迷惑さえ掛けなければ、どうでもいい。

「それにしても私を直に出迎えとは、どういうことだ」

「司令部も怖いんだろうよ、あんたを野放しにしておくのはな。 危険人物同士、近くにまとめて置いた方が良いって事だろうよ」

「……」

EDF極東支部東京基地が見えてきた。

街の郊外に作られているそれは。今のところ、土地の問題はクリアしている。

世界の人口が七分の一になった大戦である。この辺りもフォーリナーに蹂躙されて、元の住民は殆ど生き残れなかった。

だから、EDFの基地を作ると言う話が出たとき。

反対意見は無かったと聞いている。

無人地帯がたくさんある現状。むしろEDFの基地の近くに、街が発展していくという逆転現象さえ起きている。

皆、あの悲惨な戦いを覚えているのだ。

だから、以前の地球のように、無造作に都市を拡大はしない。EDFが側にいないと、安心できないという側面もあるだろう。

入り口の検問を抜けると、中は広大な基地の敷地が広がっている。

此処は航空基地では無いけれど、攻撃ヘリが三十機ほどいるので、ポートは存在している。

その中でも異彩を放っているのが、特大の輸送ヘリであるヒドラだ。

現状であらゆる戦闘用兵器を輸送できると豪語しているだけのことはあり、力強いローターと実に頑丈そうな構造で、遠くからも存在感を見せつけている。

幾つかの建物の間に、若干ぞんざいなプレハブがある。

彼処が、有事は本部になる。

理由は私を含めて、少数の人間しか知らない。

幾つかの格納庫には、人型歩行兵器ベガルタM2をはじめとする陸上戦闘兵器が格納されており、幾つかは訓練のため、実際に外に出され動かされていた。

戦車であるギガンテスが、ジープとすれ違う。

今の時代、戦車は一人で動かす事が可能な兵器になっている。様々なサポートが戦闘装備の兵士に行われるからだ。

20世紀後半には、既に兵士は正式な訓練を受けなければこなせない専門職になっていたが。

EDFで新兵を徹底的に鍛えるのは、これら戦闘装備を扱うのが、どれだけサポートされていても難しいからだ。

駐車場に乱暴に停めると、涼川は別の用事があると、自分一人で行ってしまった。

私は通信を入れると、新兵達の教室の場所を聞いて。其処へ、黙々と向かう事にする。流石に、背中にあるスラスターを使って移動するわけにはいかない。今は平時なのだ。

基地の中では、既に正式に兵士となっている者達が、訓練をしている。ジョギングだけではない。

簡単な射撃訓練や、格闘訓練もしていた。

人間相手の戦いのためでは無い。単純に格闘技をして、体を鍛えるためだ。

歩いていると、彼らとすれ違う。

敬礼をされたので、応じた。

「あれ、噂の新型戦闘用スーツだろ」

「使ってるという事は、最精鋭だって事だろうな。 何者だろ」

「オメガチームか、ストームチームか、それとも出向のストライクフォースライトニングチームか?」

「いずれにしても、歴戦の精鋭だな。 どんな奴が中に入ってるんだろうな」

兵士達の声が聞こえてくる。

歴戦の精鋭か。

私は弟と違って、殆ど歴史の表舞台には出ていない。私の任務は、主に兵器の試験運用だった。

現在実用に移されている航空兵ウイングダイバーも、私が戦場で試験装備をためした。当時はペイルウイングと言われていたが、最初の頃は本当に苦労の連続だった。

そして私が実戦から生きて戻る度に、データが蓄積されていった。駄目な武器も使える武器もあった。使えると判断した武器は、優先的に弟に廻された。フォーリナーの首魁を潰した決戦兵器、ライサンダーZはその最たるものだ。

私自身は、劣悪な武器で、常に凶悪な敵と戦い続けてきたけれど。しかしそれは、私の出自を考えれば当然かも知れない。

最悪だったのは香港だ。

フォーリナーの最強地上兵器、四つ足歩行要塞を三機同時に相手にしなければならなくなったのである。

撃破は求められていなかったけれど。

気を引き、逃げ回るだけで精一杯だった。民間人を可能な限り逃がすために、必要な作戦だったのだ。

それでも一機は潰した。

もっとも、弟が前に倒して弱点を聞かされていたから、出来た事だったが。あの戦いのことは、正直思い出したくない。

新兵達の教育棟につく。

何だか学校みたいでほほえましい。校庭に校舎。ここに来る者達は、EDFの参加資格を満たした16歳以上の人間。およそ半年の訓練を経て新兵となる。殆どはレンジャーだが、適正に応じて、今は様々な兵種に別れる。戦時を考えて、短縮プログラムも用意されている。

迎えに来たのは、見覚えがある老兵だ。周囲からは親父と呼ばれていると聞いている。

本名は親城浩介という。そこから、親父と呼ばれているようだった。

「これはお久しぶりです、嵐殿。 それはまた、ごついアーマーですな」

「久しぶり。 壮健なようで何よりだ」

彼は古参兵の一人で、8年前の戦いを生き残った者である。それほど優れた戦士では無いが、状況判断が確かで、今はレンジャー部隊の隊長をしている。

老兵というと、今は東北の方で隠棲している秀爺を思い出す。

夫婦で静かに暮らしているという事だが。

上手くやれているだろうか。

親城に案内されて、新兵達の教室に。大学の講堂を思わせる広さだ。中には二十代の大人から、年齢規定を満たしたばかりの子供も見受けられた。

だんだんに並んでいる机には、それぞれ端末が置かれている。指紋認証で、自分の専用画面を呼び出して、それを元に勉強が出来る仕組みだ。

教室に入った私を見て、驚く新兵の卵達。

中には、とても卵とは言えないような、ごつい体つきの人間もいたが。

「これより君達の教官を務めさせていただく嵐はじめだ。 よろしく」

反応は、それほど芳しくない。

だが別にそれで良い。

多少は反抗的なくらいが、若者は丁度良いのだと思う。私のような若造が、そんな事をいうのもおかしな話だが。

「この嵐殿は、特務部隊ストームに所属している、先の大戦の生き残りだ。 多くの実戦を経て生き延びている強者中の強者である」

親城がそう説明してくれると、若者達がおおと小さく声を上げた。

ものを教えるのはあまり得意では無いけれど。

これも、EDF上層部を安心させるためだ。

私も、上手く上とやっていかなければ、生きていけないのである。多少は相手を安心させるくらいのことは、しなければならない。

それに、だ。

教室を見回すと、数人いる。

EDFと言わず、減った人間を補うため、社会全土で始まっているのだ。フォーリナーの技術を用いた、優秀な遺伝子を使った強化人間の普及が。8年前の大戦では、子供も多く死んだ。

子供を失った家庭の多くで、強化人間の育成が行われている。

まだ問題は多くあるけれど。

EDFの戦士としては、今後これ以上も無いくらい、活躍してくれるはずだ。

「それでは、授業をはじめる。 各自、教科書の4ページを開くように」

新兵の卵達が、めいめい動き始める。

ものを教えるのはあまり上手じゃ無いけれど。

実戦で簡単に死なないよう、鍛えていくのは。私としても、やっておきたい事だ。

弟と私と。

選ばれた一部の超人だけで、世界を救うことは出来ない。

少しでも、仕事を分担できる若者達が育ってくれなければ、未来は無いのだ。

 

立体映像に浮かび上がってくるのは、アリによく似た生き物である。

ただし、全長はおよそ10m。

通称巨大生物。フォーリナーが尖兵として用いたとされる。正確には、正体がよく分かっていない、地球を襲った生物たちのなかで、もっともメジャーな存在だ。

「これが通称黒蟻。 全長はおよそ十メートル。 走る速度はおよそ時速五十から六十キロで、膨大な量の酸を腹部から発射する。 酸は王水に近い強烈なもので、しかも射程距離は二百五十メートルに達する。 当時の戦車の装甲では酸を防げず、クリームのように溶けてしまった」

とんでも無い怪物だが、それだけではない。

この蟻は、装甲も機動力も凄まじいのだ。

まず装甲だが、地球の生物の装甲ならどれでも貫けるような大型砲でも、死ぬとは限らない。

フォーリナーによる地球攻撃が開始されてから、EDFも各国の軍隊も水際で食い止めることが出来ず、大きな被害を出した。それは人間を殺すために作られた武器が、この黒蟻を一とする巨大生物たちには、まるで通用しなかったからである。

かろうじてRPGなどのロケット兵器や、戦車砲は効果を示したけれど。

つまりそれは、この巨大な生き物たちが、戦車と同等の戦力を持っている、という事を意味している。

それだけ頑丈ならば、さぞや重いだろうと考えるのが普通だが。

それも間違っている。

とにかく此奴らは体が軽く、軽快に機動するのだ。

幾つかの写真を見せると、新兵達がどよめきの声を上げる。一番前の席にいた、小柄すぎて心配になってくる女の兵士が、挙手する。

「あ、あの、これは合成映像ですか?」

見たところ、年齢規定はどうにか満たしているようだが。本当に兵士になるつもりで此奴は来たのか。

戦場では、弱い奴から死んでいく。

敵は此方を、餌としかみていないのだ。

「残念ながら、実際の写真だ。 古参の兵士に聞けば、これが本当だとすぐに分かる」

写真には、ビルをまるで地上と変わらず這い回る巨大な蟻たちの姿が映し出されている。中には、逆さにぶら下がっている個体までいた。

勿論足が頑強だと言う事もある。

だが十メートルの巨体が、このような軽快な機動を見せるなんて、あり得る事では無い。

更に、紅い蟻の映像が出る。

此方は、装甲強化型の蟻だ。通称赤蟻。

大戦初期には姿が見られなかったのだが。黒蟻に対する抵抗力をEDFが身につけはじめた辺りから、姿を見せた。

此方はとにかくタフで、動きが鈍重だが、その分凄まじいまでに強固な装甲を誇っている。

戦車砲がはじき返されたという報告さえあるこの赤蟻は。

黒蟻に中から遠距離の攻撃を任せ。自分たちはそれこそ紅い壁となって前線を押し広げて来た。顎の力も凄まじく、どれだけ撃っても倒れない此奴に、どれだけ味方が目の前で捕食されたことか。

紅い大波。

そうこの蟻どもを評する者もいた。

「次はこれだ」

映像に映し出されるのは、ハエトリグモによく似た、巨大な生物。

かっては凶蟲と呼ばれていた。

これも蟻とほぼ同じ体格を誇り、素早い動きでビルの間を飛び回りながら、人間に膨大な糸を浴びせ、捕食するという戦術を採った。

跳躍力が凄まじく、攻撃機やヘリが此奴に捕まえられ、落ちたことが一度や二度では無い。

更に、である。

この蜘蛛たちが放つ糸は、強い酸を帯びていて、当時の衝撃吸収アーマーでは、とても防ぎきれなかった。

糸に巻かれて死んでいく味方を見て、発狂。笑いながら喰われてしまった兵士も、目の前で見た事がある。

これら三種が、もっとも一般的な、巨大生物だ。

このほかにも、目撃例がある巨大生物はかなりの種類がいる。ただその中の殆どは実験的な生物らしく、戦場で主力となったのは、これら蟻と蜘蛛だ。

兵士達には、まずこれらの対処法を頭に叩き込んで貰う。

何しろこれら三種が、圧倒的な数を有していた、フォーリナーの尖兵だからである。

7年の平和とは言え。

巨大生物は、文字通り世界中のあらゆる場所を席巻した。此処にいる新兵達も、クローンとして生を受けた者達を除けば、殆ど全員が、その恐るべき姿を目にしたことがある筈だ。

だが、何しろ逃げ惑う中での事である。

戦いの中で、的確に対処した訳では無い。

どうしても、知識は断片的になったり、噂の中で聞いただけ、という事もあるだろう。以前の戦いで蓄積された知識を正確に叩き込み。実戦が起きたときには。確実に対処をして貰わなければならないのだ。

チャイムが鳴る。今日の授業は、此処までだ。

教官によって担当授業が別れている。

シミュレーターを使って、巨大生物たちとの戦闘を新兵に行わせる教官。

実戦訓練を担当するもの。

支給される装備の使い方を教える者。

体力作りを担当する人間。

分業が行われていて。私がやれといわれた、巨大生物の知識を教える教官についても、他にいるはずだ。

教官達の殆どは、前大戦の生き残りだけれど。

その面子も様々である。

大戦の中期以降、完全崩壊した各国の軍の残存兵力は、EDFに吸収された。もはや焼け石に水だったけれど、それでも兵力にはなった。

この軍崩れの兵士も、生き残りの中には多くいる。弟が信頼している兵器の専門家、谷山もその一人だ。

彼はかって、自衛隊と呼ばれていた組織に所属していた。

いずれにしても、私のような元からEDFにいた人間を、快く思っていない軍崩れも多くいる。

あまり周囲と軋轢を増やすわけには行かなかった。

司令部からも、釘を刺されている。

私はあまりコミュニケーションは得意では無いけれど。それでも、やっておかなければならない。

与えられた職員室に出向くと、教官達が敬礼で出迎えてくれる。ある程度の事務作業も任された。

私の仕事は、このスーツで、細かい作業が出来る事も実験すること。

フェンサースーツの精度を確認するためにも、重要な仕事だ。

事務専門の者もいる。

彼ら彼女らは、殆どが訓練の結果戦闘適正が低いと見なされたり、或いは後方支援の方に適正があると判断された者達だ。

だから、壁がある。

普段は能なしの軍人より、自分たちの方が役に立っている。

そう堂々と口にする者もいるようだった。

自席に着く。

フェンサースーツの重量に耐えられる、特注の椅子だ。事務仕事も、初めてでは無い。さくさくと進めながら、生徒達の顔と名前を頭に入れていく。

現在この基地では、百五十名ほどの新兵を訓練しているけれど。

その全てに、同じ授業をするようにと、上層部には言われている。多少面倒くさいけれど。

これも戦いを生き残り、知識を蓄えた人間の責務だ。

フォーリナーはいずれ戻ってくる。

誰もが、その意識は共有していたのだから。

 

2、その宇宙人は

 

フォーリナーと呼ばれる存在は、2017年に大規模侵攻を開始する以前から、地球で観測されていた。

火星や木星で、不可思議な光が、確認されていたのである。

やがて望遠鏡の精度が上がったことで、それらが宇宙船である事が確認され。やがてもし彼らが侵略者であったときに備えて、EDFが超国際的組織として設立された。2015年の事である。

EDFの中核になったのは、米軍からの出向部隊だが、各国から多くの人員が集められて、形だけは立派な装備が調えられた。

真相を知っている私としては、茶番と言うほか無いが。

それでも、この「公式の歴史」を、新兵達に教えていかなければならない。

いずれにしても、である。

2017年、マザーシップと呼ばれる全長数百メートルに達する、銀色の球形宇宙船と。平べったい円形の護衛輸送船多数が地球に飛来。

時を同じくして、世界各地で人間を襲い喰らう巨大生物が出現。

最初、巨大生物がフォーリナーの投下したものかは意見が分かれたのだけれど。

やがて、フォーリナーの輸送船から巨大生物が投下されていることが確認され、フォーリナーは侵略者であると断定された。

およそ半年。掃討戦も含めると、一年。

地球の人口が二十億を割るほどの、悲惨な戦闘の開始であった。

資料を交えながら、淡々と説明。

新兵達の殆どは、元々が民間人だ。大戦の初期にはマスコミも生きていて、フォーリナーの情報を届けていたけれど。

大戦の後期になってくると、電気さえ行き渡らないようになり、情報どころでは無くなった。

だから、正確な情報を、皆が知っているかは分からない。

もっとも、戦争が終わった後、急速に復旧が進んでいる現在、当時のことを振り返る番組はいくらでもある。

それを通じて、知っているのが普通だ。

後は、公式の情報を教え込んでおけば良い。それが、本当では無い情報を含んでいるとしても、だ。

教室に来る新兵の面子は、五グループに分かれている。一グループは三十名ずつ。

かっては一個小隊がこの規模であったことの、名残である。

今では、一個小隊は四名となっているけれど。それは、高度な情報リンクシステムが確立され、なおかつ各人の戦闘能力が著しく上昇したからだ。

この三十名が一個教育単位として色々な訓練を共有し。

やがて適正によって、それぞれの教育が分化していくことになる。

「当初フォーリナーは、巨大生物がEDFおよび各国の軍と死闘を繰り広げる様子を傍観していたが。 やがて、巨大生物と我等の戦闘が膠着しはじめると、援軍を投入しはじめた」

それが、各国で怖れられた、フォーリナーの機械兵器群だ。

まず映し出されるのは、球形にそれに沿うような形の翼を持つ艦載機。

主にマザーシップから出撃し、各地の制空権を奪っていった、通称ガンシップ。現在では名前が飛行ドローンに変わっているが、それには理由がある。

当時は有人戦闘機かと思われていたのだ。

しかし、大戦後その残骸を詳しく解析したところ、中には誰も乗っておらず、完全な自動制御で動いていたことが分かった。

「まずはこのガンシップが、各国の制空権を奪った。 主力兵装はレーザー兵器で、重力や慣性を無視した動きをする難敵だ。 ただし、速度はさほどでもなく、歩兵の火器で十分に対応できた」

「質問です」

挙手したのは、比較的体格に恵まれた青年。

いつも眼鏡を掛けている。

戦闘訓練ではさほどの成績を残してはいないが。色々な武器を使いこなしていくことに関しては、かなりの飲み込みの良さを見せていた。

「当時の戦闘機は最新鋭のEJ24をはじめとして音速以上で稼働できるものもあったようですし、如何に動きが重力を無視したものだったとはいえ、どうして鈍足のこの戦闘機に遅れを取ったのでしょうか」

「それは簡単だ。 数があまりにも違いすぎた」

「数、ですか」

「この飛行ドローンは、一つの戦場に百二百、多いときにはそれ以上の数が、平然と投入されていた。 キルレシオで言うと、EJ24は大戦末期でさえ1対10以上を保っていたのだが、何しろ相手の数が百倍以上となってくると、どうしようもない」

そう。

数の暴力こそ、このドローン最大の武器だったのだ。

ミサイルの直撃を受ければひとたまりも無く落ち。

歩兵の火器でも打ち落とせる程度であっても。

空を覆い尽くす圧倒的な兵力が、無尽蔵に投入されてくる。射程距離も長く、火力密度も高い。

如何にEJ24戦闘機が超音速で飛行しても、ドローンの群れがうち込んでくる光の壁のような火力には、なすすべが無かったのだ。

ましてや当時の地球の戦闘機は、あくまで速度を重視する造りだった。強度的に問題があり、ドローンの放ってくる火力で機体を傷つけられると、見る間に消耗。どんなに腕が良いパイロットでも、圧倒的な火力を前にしては、どうしようもなかった。

さらに、地球側の戦闘機は、非常に高価だったという事も、戦いの流れを悪くした。

高級品である戦闘機に対し、ドローンは文字通り使い捨ての飛行兵器。パイロットが長い時間を掛けてようやく使いこなせる戦闘機と違って、それこそ十把一絡げに投入できるドローンは、あまりにも相性が悪かった。

故に、制空権は、ほとんど時間をおかずに、フォーリナーの手に落ちていったのである。

地上でも、フォーリナーは凶悪極まりない兵器を投入していた。

最も有名なのが、ヘクトルだ。

何種類かが確認されているが、有名なのはこれである。

映像を見せる。

細長い手足を持った、人型の兵器だ。

全身は銀色で、人型と言ってもどちらかと言えば人形めいた姿をしている。胴体が非常に頑強な作りになっており、両手には殆どの場合、大型の武器が装着されている。レーザー兵器が主体だが、スナイパーライフルににたものや、ガトリング砲に近いものなど、様々な種類があった。

古くから、人型のロボット兵器は、実戦向きでは無いと言われてきた。

車高が上がるから、ミサイルをはじめとする兵器の好餌になるというのである。

その地球で考えられていた常識を。

容易に破壊したのが、このヘクトルだ。

「ヘクトルは極めて柔軟な関節を持つ戦闘ロボットで、主に巨大生物と連携して攻撃を加えてきた」

その特徴は。恐るべき柔軟性と、タフネスにある。

関節部の稼働はあまりにも柔軟で、ミサイルだろうが何だろうが、胴体や頭に直撃した衝撃を、ほとんど吸収するほど柔らかく動くのだ。

この関節部によって。直立歩行するロボットは、ミサイルの好餌となるという定説は。ヘクトルが出現した瞬間、崩壊したのである。

しかもヘクトルはパワーも凄まじい。

映像を見せると、家屋やビルを踏み崩す様子がありありと残されている。

邪魔者は踏み崩して通れるだけのパワーを、ヘクトルは有していたのである。

それだけではない。

傷ついた戦車がゼロ距離射撃を試みた記録がある。

足に一発浴びせたが、ヘクトルは倒れず。

逆に振るわれたアームによって、五十トンはあったEDFのギガンテス戦車が、オモチャのように吹き飛ばされた。

このヘクトルは、銀色の巨人と呼ばれてEDFに怖れられた。

事実、一体のヘクトルを打ち倒すだけで、対価として多くのEDF隊員が命を落としていったのである。頭上から降り注ぐビームの雨と、頑強すぎるその機体は、当時の地球の技術では、どうしようもない相手だった。

車高が高いという事は、それだけ頭上から攻撃が降り注ぐという事だ。

ヘクトルはいわば。

地上の戦闘車両の安定性と、攻撃ヘリの機動力、そして高さからの破壊力をあわせもった、EDFにとっての天敵に等しかった。

更に、強大な敵もいた。

映像に映し出されるのは、四本足の巨獣めいた機械の怪物。

全長、およそ三百メートルの、絶望の魔。

通称四足歩行要塞である。

マザーシップから直接投下されたこの凶悪な怪物は、背中に装備した二連ビームキャノンを主力としていた。サイズから言ってマザーシップに格納されていたとは考えにくく、何かしら未知の技術を使って近くから転送されたのでは無いかと言われているが、真相はよく分からない。

数十キロ先まで届くその砲撃は。

実に15メガトンという常識外の破壊力を誇ったのである。

つまり当時地球にあった最強の破壊兵器、水爆に匹敵していた。

極東にこの四足が上陸。

まだ当時、苛烈な抵抗を続けていたEDF極東支部の戦力を、情け容赦なく削り取り。必死の抵抗を嘲笑うようにして粉砕しながら、各地の都市を砲撃で文字通りの灰燼へと変えていった。

この要塞の武器は、大威力キャノンだけではない。

機体の下部には、複数の掃射砲を装備。

近づく部隊は、情け容赦なく灰にされた。

更に機体の前部には、強力なエネルギーシールドを装備。前面からの攻撃は、どれだけ浴びせても無意味だったのである。

そしてこの要塞は。

機体の前下部に、直衛戦力を投下するためのハッチを持っており。

複数のヘクトルをはじめとする凶悪な直衛を此処から投下。

迎撃に出たEDFの戦士達を、恐慌に陥れた。

生徒達が戦慄しているのが分かる。

当時EDFが保有していた兵器の全て。大半では無く全てが、この鋼鉄の巨獣には、通用しなかったのだ。

とうに制空権が失われていた状況でもある。

ただでさえヘクトルが複数常に周囲に張り付き。

その周辺には、山のような巨大生物の群れ。

そしてこの要塞から放たれる大威力キャノンのビーム。

「こ、このような怪物を、どう倒したのですか」

薙ぎ払われていくEDF隊員の映像を見て、新兵が恐怖の声を上げる。

私は咳払いすると、映像を切り替えた。

EDFは物量作戦に出た。

まずは、多数の戦力で、ヘクトルの部隊を引きつけ。そして精鋭部隊ストーム1が肉薄。

至近から、踏みつぶそうと迫る巨獣の掃射砲を丁寧に破壊。

追加で導入されるヘクトルに苦しめられながらも、ついに弱点を発見。

それは直衛を投下する、ハッチだった。

当時開発されたばかりの携行式艦砲とも呼ばれる決戦兵器、ライサンダーの弾丸を叩き込む事により、流石の頑強を誇る要塞も、ついに打ち倒された。

しかし、それによって。

極東のEDF支部は、壊滅的な打撃を被ったのである。

既に劣勢だった各地の戦況は、これによって絶望へと向かっていった。

これらが、フォーリナーの主要な兵器だ。

他にも派生型は幾らかある。

たとえば飛行ドローンの強化型。通称精鋭。赤色をしたこの精鋭は、三倍以上の速度と耐久力を誇り、多くの兵士達から恐怖を持って赤の死神と呼ばれた。

小型のヘクトル。

通常型に比べるとかなり火力も装甲も劣ったが、その代わり輸送機によって迅速に運ばれ、展開も早かった。

そして、何より。

フォーリナーの首脳にして、最強の兵器。

マザーシップ。

此処では言えないが。

弟が、最後の戦力を結集した戦いにて肉弾戦を挑み。

傷つきながら打ち倒した、最強最悪のフォーリナー兵器だ。

一通りの説明を終えたところで、授業が終わる。

これで知識に関しては終了。

後は、具体的な倒し方を、シミュレーターでやっていくことになるけれど。それは、担当教官がやるべき事だ。

職員室に戻る。

書類を調べていると、咳払い。

此処の管理を任されているEDF大佐。城川である。

がっしりした大男で、左腕はサイボーグ化している。大戦の末期、ろくにアーマーも支給されない状態で、飛行ドローンの砲撃を浴びたのである。手術できたのは、戦後しばらく経ってから。

それまでは、片腕で戦い続けていた。

私としては、よく知っている相手だ。

「お疲れ様です。 生徒達からの評判も上々のようです」

「有り難う。 それより、今は貴殿の方が表向きは上役では。 そのようにへりくだらなくても」

「いえ、あの伝説の英雄もそうですが、貴方も私にとってはヒーローだ。 多少の事は許していただきたい」

「そうか。 気を遣わせてすまないな」

城川は、大佐に出世はしているが。

戦場では、私と弟と、かなりの戦場を転戦した。たたき上げだ。

出世できたのは、同僚が死んでいく中、生き残ったから。

単純な理屈である。

同じようなたたき上げで出世した人間が、EDFには多い。ただしこれは、北米にあった総本部がマザーシップとの主力決戦に敗れて文字通り消滅、各国に存在した軍属の人間が、そもそも殆ど生き残れなかったことに主要な原因がある。

最終的にマザーシップを葬ったのは極東支部だが。

それでも、生き残った人員そのものは、他の支部に比べて決して多いわけではなかったのだ。

それだけ苛烈な戦いが起きて。

故に生き残ることが出来たと言うだけで、出世した人間は多い。

城川はたまたま小隊長だったから、大佐にまでなった。

同じような理由で、現在は将官になっている当時の一兵卒も何人か知っている。かくいう私については、特殊な理由で階級が極めて独特だ。

特務大尉と言う。

弟も似たようなもので、普通の大尉とは根本的に違う存在だ。

かといって、軍組織では城川の方が上役になる。

何より、彼の方が、遙かに年上なのだ。

「時に、有望そうな若者はいるか」

「見たところ、何名か」

「ふむ……」

軽く何名かについて、話をする。

私の見識と一致している人間と、そうでないものがいた。ただ、私は正直、人を見る目に優れているとは言いがたいところがある。それは弟にも指摘されたことがあるので、事実なのだろう。

城川はもう二年以上、此処の管轄をしているから。

彼の方が、見目はあると判断した方が良さそうだ。

「今後創設される空爆管理課に、新人を一人派遣する予定です」

「ああ、あの谷山が行った」

「ええ。 後は貴方と同じフェンサー部隊に何名か」

「……そうか」

フェンサーは、今後新設される、人間戦車とも言われる部隊だ。

私が今着ているのと同じスーツを着て、敵との最前線で、もっとも激しく戦う事が期待されている。

正真正銘、巨大生物やフォーリナーの機械兵士と、真正面からやりあえる兵科だ。当然消耗も激しくなるだろうし、精鋭が配置されるのは規定事項だ。

かといって、昔ながらの兵科が疎かにされているわけでは無い。

八年の錬磨を経て、かなり強力に仕上がってきたウイングダイバーも、今では立派な主力として、期待されていた。

ウイングダイバーは、その特性から、巨大生物の天敵としても期待されている。戦場における巨大生物の制圧は、フォーリナーとの戦いで、いつもEDFが苦労してきたことだが。それを専門的に担うという意味で、重要性の高い兵科だ。

空爆管理は、フェンサーやウイングダイバーに比べると非常に地味だけれど。戦略級の面制圧を行うという点では、極めて重要でもある。

今後、重要視される部隊でもある。

此処から配属者が出るのは良いことだ。

また、空爆管理に関しては、戦場における兵器類の管理も任されることが決定している。いずれにしても、生半可な特性の持ち主ではこなせない。

もっとも、戦場で一番重要なのは。バランスが取れた歩兵。つまりレンジャー部隊である。

「レンジャーに向いた優秀そうな若手は」

「何名かいますが」

「最悪の事態での、弟の負担を減らしたい。 出来ればしっかり鍛えこんで欲しい」

レンジャーは基本的に、戦場の主力となる。

多くの武器を使いこなせるだけでは無く、汎用性が高いからだ。

同時に、支援が無いと、単独では厳しい事もある。

使い捨てと揶揄する者もいるけれど。

伝説の英雄であるストーム1リーダーはレンジャーだと言う事も、忘れてはならないだろう。

更に、海軍と空軍も増強が進んでいる。

現在第十八艦隊まである海軍は、かってとは比べものにならないほど、艦隊ごとの人員が少ない。

これはフォーリナーの技術を導入した結果、大形兵器操作のための人的パワーを大幅に削減できたからだ。

駆逐艦なら五人程度。

大型の空母でも、三十人程度で運用できる。

故に、三十万程度しかいないEDFでも、十八にも達する艦隊を保有することが出来ている。多くはかっての海軍の艦船を改修したものだが、新型の大型艦も少なからず存在していた。

空軍に関しても、以前あっという間に制空権を奪われたことを反省し、様々な兵器の改良が為されている。

特にファイターと呼ばれる新型戦闘機は。

フォーリナーの飛行ドローンの大軍を相手に、互角以上に戦える工夫が、様々に為されていた。

数こそ以前とは比較にならないほど減っているが。

このほかにも戦略級の大威力兵器が彼方此方に配備され、フォーリナーに簡単に遅れは取らない体勢が出来ている。

少なくとも前回と同じ兵力で敵が攻めてきた場合、それこそ一蹴することが可能なほどに、EDFは単純な戦力を増しているのだ。

何名か、新人の適正について確認をしあう。

ここに来ている新人達が、実戦になったら、何名生き残ることが出来るのか。

前回の戦いのことを思い出すと憂鬱になる。

生き残れた人間の方が。死んだ人間よりも、遙かに少なかったのだ。

地球が受けた打撃は壊滅などと言う次元では無かった。EDFも、文字通り支離滅裂になるまでの打撃を受けた。

其処から立ち直れたのは。

皮肉にも、人類の力では無い。

フォーリナーからの鹵獲技術がゆえ。

そして私は、もう一つ重要な事実を知っているけれど。城川にそれを言うわけにはいかなかった。

「また、フォーリナーは攻めてくるのでしょうか」

「来てもおかしくは無いだろうな」

「私はどうでもいい。 あの若者達は、少しでも多く、生き残らせてやらないと」

責任感が強いからの言葉ではない。

ただ、惨禍を前にして。自分と同じ目に会う人間を、少しでも減らしたい。そんな切実な願いからの。

城川の言葉だった。

 

宿舎に戻る。

此処に戻るのは久しぶりだ。鍵は貰っているから、入る事に苦労は無かった。

弟は戻っていない。

さっとメールを確認すると、次の指示が来ていた。

新兵達に、具体的なフォーリナーに対する戦術を仕込んで欲しいと言うのである。フォーリナーに対する生の知識を教え込んだだけでは足りない、というのだろうか。

何か、焦りのようなものを感じる。

フェンサースーツを脱いで、少しくつろごうかと思ったのだが。止める。

本部に出向いた方が良いだろう。

本部と言っても、北米の総司令部のことではない。EDF極東支部の事だ。一応この近辺を管轄しているから、支部であっても本部と称していることが多い。

基地に出向いて、幾つかのカードセキュリティの掛かったゲートをくぐる。

大型の人型戦闘マシン、ベガルタの試運転をしているのを横目に行く。あれはM2ではない。試験的に幾つか作られた、M3の発展型だろう。つまり正式配備前の機体だ。技術の解析により、近年ベガルタは著しく戦闘力を増しているが。あの様子だと、巨大生物を単独で面制圧することを前提に設計されていると見て良さそうだ。

昔は、弟や、一部の超人的な精鋭が。

乏しすぎる戦略の中、練りにねった戦術と、歴戦のさえと勘で、それを補ってきたのだけれど。

それが少しずつ、敷居が下がってきているのは良いことだ。

基地の中枢部分。

比較的寂れた建物に入る。此処でもカードセキュリティが厳重に仕込まれていて、将官クラスの人間しか、深部に入る事は出来ない。

私は特別だ。

理由も相応のものがある。

エレベーターで、地下三十階に。

これほど深く作られているのは、フォーリナーの攻撃に耐えるため。

三十階でエレベーターが停止。

外に出ると、非常に無骨な廊下に、切れかけの蛍光灯が点滅していた。

ここに来るのは、久しぶりだ。

奥には、まだ彼がいた。

正確には彼では無いかも知れないけれど。それはどうでもいい。培養槽に浮かんだその存在は。

私を認識すると、声を掛けてきた。機械で作られた音声で、だが。

「久しぶりだね、ハジメ」

「その名で呼ばれるのは久しぶりだな。 普段は大体嵐と名字の方で呼ばれる」

「そうか。 ここに来たと言うことは、何かあったのかい」

「白々しいことを言う。 EDFの動きがおかしい。 さては近いな」

しばしの沈黙。

それを肯定と、私は受け取った。

「理由を聞かせて貰おうか」

「此方としても、全てを把握している訳では無い。 君の弟も、同じ事を聞きに、少し前にここに来たよ」

「彼奴もか」

「いずれにしても、君達には、今回も活躍して貰う事になる」

まるで測ったようなタイミングだ。

弟の状態を知っているだろうに。此奴は相も変わらず、我等姉弟に無茶ばかりをさせる。

極めて特殊な関係であるのは事実だが。私にだって、肉親の情くらいあるつもりだ。弟の状況を考えると、あまり無意味な戦いで、これ以上の疲弊はさせたくない。

かといって、これが限界でもあるだろう。

今度こそ、死ぬかも知れない。

その時は、以前と違って。出来るだけ弟と一緒の戦場に出て。其処で同じ時に死にたかった。

かといって、此奴の事情についても知っている。

もう、止められることでは無いのだろう。

「時期は」

「既にEDFの方でも把握しているはずだよ」

「なるほど、新兵を大々的に募集したのはそれが故か。 この時期になって、わざわざ私を、呼びつけたのも」

「否定はしない。 時期がずれる可能性もある。 出来るだけ早く、訓練は終わらせて一人前に育て上げた方が良いだろうね」

頷くと、私は地下を出た。

これは、此処の司令にも、会っておく必要があるだろう。

舌打ちしたくなった。

最悪の予想が。

適中してしまったことになる。

奴らはおそらく、最悪の場合年内には、また来る事になるだろう。

 

EDF極東支部は、幾つかのサテライトオフィスを有している。

特に大きなものは極東方面の空軍総本山である桐川航空基地にあり、もう一つは海軍が保有している超大型要塞空母、デスピナの艦橋に作られている。デスピナは全長千メートルを超える特大の空母であり、EDF第5艦隊の旗艦。戦艦としての機能も有していて、何度か足を運んだが、非常に堅牢な構造だ。総本部で建造中の機動要塞X4とならんで、決戦兵器の一つとして見なされている強力な艦でもある。

そして中枢と言える極東支部本部(妙な言葉ではあるが)は、此処東京基地にあるのだ。

サテライトオフィスを幾つも作っているのは、前大戦の反省から。前大戦では、北米の総本部が潰されてから、本当に抵抗が絶望的になったのだ。極東支部が機能していなかったら、人類はひとたまりも無く絶滅させられていたに違いない。

極東支部でも、有事に備えた地下サテライトオフィスも七カ所存在している。これらの殆どは平時無人であり、ガードロボットが少数あるだけだ。その全ての所在は私も把握していない。北米の総本部が潰された場合、機能がそちらに移る可能性がある。

極東支部を指揮しているのは、前大戦でも極東支部を指揮していた日高中将である。前は少将だったが、戦争後中将に昇進した。

それから七年間中将のままなのは、本部再建を行った際、人材のバランスを取るため、といわれている。少なくとも表向きはそうだ。

実際、極東にいた精鋭部隊の多くが、世界の各地に散った。

特にオメガチームやストームチームの生き残りは、その存在が危険視されたこともあるだろう。

各地の再建されたEDFの主力として、引き抜かれていった。

かくいう私もそうだ。

各地の部隊の訓練や兵器の試験のために引っ張り回され。

故郷とも言える此処には、殆ど帰ってくる事が出来なかったし。

弟と会う事も出来なかった。

最強の英雄とまで言われた弟のように、半ば軟禁されるよりはましだったかも知れないけれど。

戦時の司令部は別の場所になるが。

少なくとも平時は、基地の奥にある建物の一つが司令部だ。

カードセキュリティを通って奥へ。

中に入ると、不慣れそうなオペレーターが、あたふたとPCに向かって仕事をしていた。間違いなく新人だろう。PCに向かっていた冷静そうな戦術士官が、私を見て敬礼する。

オペレーターもそれで、ようやく私に気付いた。

戦術士官は、前の大戦の時はまだ小娘だったが。

八年を経て、随分と貫禄と冷静さを身につけた。

眼鏡も様になっている。

「お久しぶりです、嵐特務大尉」

「久しぶりだ。 日高中将に会えるか」

「すぐに確認します」

アポを取らずに来たのだ。

本当だったら追い払われるところだが。今回は急用である。私が急用で来たことの、意味は理解できているのだろう。

日高は正直な話、あまり大戦当時は有能とは言えなかった。

未知の要素が多いフォーリナーとの戦いで、間違った指示も出し。その結果、多くの被害をだした。

弟や私も、随分と巧緻を極める敵の戦術と、日高の無能な指揮に苦しめられた。

ただし、日高は最後まで責任は放棄しなかったし。

同じミスはしなかった。

結局の所、粘り強い指揮を続けて、最終的に弟とマザーシップの決戦にまで持ち込めたのは、日高の存在が大きかった。

だから大戦中は本部の罠とまで言って日高の指揮を軽蔑もしていたけれど。

今では、ある程度日高の力量は認めている。

大戦後は、フォーリナーの専門家である小原博士を招聘して、戦術を研究。おそらく、次の戦いでは、前のような無様を晒すことは無いだろう。

日高のオフィスに、間もなく案内される。

日高は恰幅の良い中年男性で、最近娘が支部にEDF隊員として入ったと聞いている。既に兵として配属されているはずで、その内基地で顔を合わせるかも知れない。私の顔を見ると、黙々と書類仕事をしていた日高は。口をへの字に結んだが。やがて声を絞り出した。

「君が来たと言うことは、気付いたな」

「EDFではやはり、既に状況を把握しているのですか?」

「ああ。 月面にマザーシップが続々と到来しつつある。 現時点で4隻で、集結の様子からして更に増えるだろう。 最悪、八隻以上になる可能性もあると小原博士からは聞いている」

そうか。

EDFの見積もりの甘さは前も今も変わっていない。そうなると、十隻は来ると見た方が良さそうだ。

色々な事情もあって、私はフォーリナーがあっさり引き下がらないと知っている。地下にいる彼奴の話もあるけれど。それ以上の問題は、連中の目的が、おそらくまだ達成されていないからだ。

「迎撃の準備は万全でしょうか」

「勿論可能な限りの準備はしている。 しかし、前回のおそらく十倍近い戦力となると、相当な苦戦が予想されるだろう」

「新兵達には、いきなり酷い状況を体験させることになりますね」

「それは八年前も同じだ」

八年前は、更に悲惨だったかも知れない。

EDFもそうだが、配備されていた武器は、いずれもが対人間を想定したものだったのだ。

故に、各地でEDFを一とする防衛戦力は、フォーリナーの圧倒的な力の前に、草でも刈るようになぎ倒されていった。

今回は違う。

しかしそれは、フォーリナーも同じ筈。

数だけ増やして攻めてくるとは考えにくい。

奴らにも、どうしようもない、目的があるのだから。

EDFでも、将官クラス以上は知っている。

そして直接関わった私達も。

奴らが何者で。どうしてわざわざ遠い地球に来ているかは知っているのだ。

勿論、他の兵士達に言う事は出来ない。

ただ、此方でも、出来るだけのことは、やっておきたかった。

「君には、可能な限り、新兵達を生き残れるよう鍛えて欲しい」

「それで、わざわざ実戦についての講義も」

「もうあまり時間が無い。 最悪の場合、新兵達は前倒しで戦場に出て貰う事になるだろう。 「君達」には、今回も苦労を掛ける」

敬礼すると、私は日高の部屋を出た。

七年の平和。

それだけの期間。平和を満喫できたのだから。むしろよしとするべきなのかも知れない。

奴らは近いうちに攻めてくる。

私は、空を仰ぐ。

間もなく、空が地獄になるのも、避けられない事だった。

 

3、迫る日に向けて

 

一定の訓練を受けた新兵達が、私の所に廻されてくる。

武器の使い方を覚え。

渡された高性能リンクバイザーについても使い方をマスターする。

それでやっと、兵士としてはどうにか戦場に立てる。

EDF隊員に共通して渡されるバイザーは、ヘルメットと一体化していて、高機能のリンクシステムが搭載されている。

これにより、周辺にいる味方、敵勢力、それに通信などが、兵士達全員に共有できるのだ。

かって戦車などにも似たような機能があったけれど。

今では全ての兵士に、それが行き渡っている。このため、通信兵という兵種は、事実上戦場から消滅した。兵士と司令部が、そのままやりとり出来るからだ。

整列した新兵達。

入隊した当初より、大分訓練で鍛え上げられて、顔つきも精悍になっている。

戦闘に関しては適正も大きいけれど。

その適正を生かすには、まずは地金となる体力や筋力だ。

大きく戦場が様変わりした今でも、これについては変わっていない。

「それでは、皆に巨大生物と戦って貰う。 シミュレーターだが、これは実戦だと思って欲しい」

「イエッサ!」

応答の声も、かなり様になってきている。

頷くと、私は、シミュレーターに新兵達を入れた。

シミュレーターは大型の卵のような形状をしていて、内部には多くの席が用意されている。

其処に据え付けられたヘルメットを被ることにより、バーチャルリアリティで感覚を代替する。

一種の仮想空間で、巨大生物との戦闘が行えるのだ。

昔は酷い代物だったが、最近はかなりリアルに近づいている。かくいう私も、最高難易度で、時々利用しているほどだ。

まず最初は全員を自由に戦わせる。

一人、小柄な女性兵士。空爆課に行くと言われていた筅木香(ささらこのか)が、敬礼した。彼女はクローン第一世代だが。話していると、普通の人間と変わらない。

普通の家庭で暮らしてきているからだ。

クローンは肉体年齢十二歳ほどまで急速成長させ、基礎知識をインプットした後は、色々な環境に送り出される。

筅の場合は、五年ほど一般家庭で暮らした後、色々考えた末にEDFに来たという。ただデータで見ただけだ。本人とはっきり話をした事は無い。

「教官殿! 何かアドバイスはありませんか」

「まずは実戦を経験することだ。 お前は空爆課だから、兵器も与えられる。 上手く活用して戦ってみろ」

兵器と言っても、歩兵戦闘車両グレイプだ。

いきなり新米の空爆課に、ギガンテス戦車やベガルタ、ヘリは扱わせない。とはいっても、グレイプも、使いこなせば充分な速力と装甲、火力を有している。

頷くと、筅は他の兵士達と一緒に、シミュレーターヘルメットを被る。

私もフェンサースーツのバイザーに、兵士達の状況を映し出した。

新兵達三十名は、まず無人の街に放り出される。

周囲は百を超える巨大生物の群れ。

今回は黒蟻だけだが。

この数の新兵が、勝てる相手では無い。

戦いはすぐに始まった。

新兵達のバイザーには、敵の位置が表示されているはずだが、それでも結果は同じだ。使い方を知っていると、戦場で使えるは、別の話。

黒蟻の思考ルーチンは、実戦を担当した人間がインプットしている。

巨大なムシだから、頭が悪いと思っているなら、それは間違いだと、すぐに戦場に出れば思い知らされる。

奴らは群れで一つの頭。

連携は当然のようにこなしてくるし。

陽動も強襲も自在に使う。更に、人間の弱点が頭上や背後である事も、把握しているのだ。

見る間に状況は、阿鼻叫喚へと陥っていった。

新兵達を捕捉した黒蟻たちは、一気に包囲の輪を縮め、四方八方から酸を浴びせはじめる。何しろ体長十メートルの巨大な蟻が、ビルを自在に這い回りながら、立体的な攻撃を浴びせかけてくるのだ。

必死に反撃する新兵達だが。

連携など取れているはずも無い。

見る間に酸を浴びせられ、ロスト。ロスト。ロスト。如何にアーマーが進化しているとは言え、これだけの数の蟻から酸を浴びせられれば、ひとたまりも無い。戦車も溶かす酸なのである。

グレイプに慌てて飛び乗った筅が、搭載されている速射砲で周囲を撃ち始めるけれど。蟻の動きは速い。速射砲が直撃すれば効果があるが、それでも一発では倒せない。

これは、五匹も倒せるかな。

私は冷静に、そう判断していた。

一匹、蟻が吹っ飛んだ。

新兵の中にいるクローン兵がやったのだ。第三世代のクローンで、黒沢兵司という。寡黙で大柄な青年で、授業でも無駄口を叩いたことは無い。戦闘能力は高いが、何を考えているかよく分からない。初期に質問をしてきた眼鏡の青年が彼だ。この状況で、中々に冷静な判断である。

彼は支給されているロケットランチャー、スティングレイを駆使して、的確に黒蟻を撃破した。見事な手際だ。覚えておこう。

だが、敵の包囲は分厚い。

パニックに陥った新兵は、フレンドリファイヤするものも珍しくない。

見る間に半減した兵士達を完全に狩りの獲物と判断したらしい黒蟻は。果敢な抵抗を続ける者を集中的に狙い撃ちして、追い詰めていく。逃げ惑う新兵にはお構いなし。この辺りの狡猾さも、巨大生物の恐ろしさだ。

黒沢も数の暴力の前にロスト。グレイプも膨大な酸を浴びせられ、ロスト判定。筅もグレイプから逃げ出したところを、黒蟻に噛みつかれ、振り回されて放り投げられた。地面に叩き付けられたところを、よってたかって袋だたきにされ、ロスト。

抵抗を続けていた者達がやられてしまうと、後は虐殺と化した。

最後の一人がロストするまで、五分と掛からなかった。

最終的な黒蟻の損害は四匹。

それに対して、新人は全滅だ。

愕然としている新人達を、シミュレーターから出して、整列させる。

「思い知っただろう。 これが今のお前達と、敵の戦力差だ。 しかも敵は、次に戦う時は、前より強くなっていると判断した方が良いだろう」

「あ、相手が連携を行っているように感じました。 注意が向いている虫が派手な動きで気を引いて、他は側面や背後に回り込んでくるような」

「そんな馬鹿な! 相手はでかいとはいえ虫だぞ! 虫がそんな、理不尽だ!」

「で、でも」

右往左往する筅に、頭に血が上ったままの他の兵士が怒鳴るけれど。

私が咳払いすると、新兵達は体勢を整え直す。

「筅の指摘通りだ。 黒蟻もそうだが、基本的に巨大生物は連携戦をこなす。 お前達が優秀な装備を渡されていながら、どうしてフォーマンセルの戦術を叩き込まれるか、少しは考えろ。 奴らは人間の弱点を知り尽くしている。 頭上と背後だ。 そして機械以上に正確な連携をこなしてくる。 これは実戦経験者である私が保証することだ。 それに、シミュレーターでは削除しているが、奴らは人間を喰らう」

新兵達が青ざめる。

知っている者も多いはずだ。

あの巨大な蟻たちは。

逃げ惑う市民に襲いかかって。必死に抵抗するEDF隊員に躍りかかって。そして体を食いちぎり。引きちぎり。

その場でばりばり、むしゃむしゃと。

喰らうのだ。

さらわれる者もいた。助かることは無かった。

蟻が餌を巣に運び込んで、次に何をするかなど、わざわざ言うまでも無い事なのだ。

「お前達で相談し、現有戦力で先ほどの数の黒蟻と戦う術について、おのおの考えておくように。 次のシミュレーションは、同条件で明日だ」

このまま、他の四チームも同じ訓練を行う。

本当はもっとペースを上げたいのだけれど。

とにかく、早めに現実を把握させて。

そして、彼らに認識させなければならない。

相手は、人類が有史以降に遭遇した、最強最悪の敵なのだと。

 

翌日。

筅の所属する班が、少しマシな成果を出した。

状況になれた、というのもあるだろう。

グレイプの装甲と火力を中心にして、円陣を組み、集中的に一体ずつ狙うようになったのである。

しかし蟻も即座に対応。

グレイプに集中攻撃を浴びせて破壊し。後は包囲から、ゆっくり追い詰めて、戦力を削り取っていった。

十六体の蟻を倒したが、チームは全滅。

他の班よりも、多少はマシな成果をだした。二日目でこれなら充分だろう。三日目は、撃退が出来るかも知れない。

ウイングダイバーに所属が決まっている三川仙(みかわせん)の所属するチームは、苦戦が続いていた。

三川はクローンでは無い、前の大戦では子供だった世代の人間だ。

ウイングダイバーの特性を見いだされて、配属が決まっているけれど。中空からの強襲を得意とするウイングダイバーも、支援が無ければその力を発揮しきれない。

二日目からは、それぞれにアドバイスを出していく。

徐々に、訓練が実際のものに近くなっていく。

あくまで武器などを使った実機訓練は、他の教官に一任する。私は実際に近い巨大生物に、新兵達をなれさせる訓練に集中した。

七日目。

ついに筅の班がやった。

半数を失いながらも、ついに黒蟻を全滅させることに成功したのである。

最初に敵の包囲を突破して、後はグレイプを最後尾に配置。敵の火力を可能な限り削ぎながら、後退を続け。追いすがってくる敵や、後方に回り込んでくる敵を優先的にたたくという方法を採った。

いわゆる引き撃ちである。

EDFでは伝統的に用いられている戦術だが、後ろ向きに走りながら正確な射撃をする技術と、その最中も敵の位置を把握する集中力が求められる。その上、基本的に敵の足の方が遙かに早いので、味方と連携が上手く行かなければ死ぬだけだ。敵を的確に処理できなくても、同じ結果が出る。

引き撃ちは四日目からやっていたのだけれど、上手く行ったのは今回が初めて。

へとへとになってシミュレーターから出てきた新兵達に、私は激励を飛ばした。

「よくやった。 大きな一歩だ」

「イエッサ!」

「配置換えをする。 優秀な働きをした何名かを、苦戦している別の班に移す。 戦場では、常にベストメンバーで戦えるとは限らない。 全ての班で黒蟻を処理できるようになったら、次の段階に移る」

フォーリナー共が来るまで、どれだけ時間の猶予があるか分からない。

出来れば対ヘクトル戦までこなせるようにしておきたいのだけれど。敵は、当然待ってはくれないだろう。

訓練を急ぐ。

翌日。筅が抜けた班は、意外な連携を見せて、勝利。ただし前回とほぼ同数の被害を出した。

コツを掴みはじめたのだ。

三川のいる班には、筅が所属。此方は連携が上手く行かず、全滅。しかしその翌日、十名を失いながらも敵を全滅させることに成功した。

ラビットジャンプと呼ばれる、ウイングダイバー式の引き撃ちを、筅が提案したのである。

それに伴い、ウィングダイバーに通常支給されている近距離武器から、中距離武器に切り替えたことも大きかった。

いきなり今までで最大の戦果に、他の班からもどよめきが上がる。

フェンサー適正者である矢島久助の班も、当初はかなり苦戦していたが。此方もシャッフルで黒沢が入ってから、かなり綺麗に連携が出来るようになった。

訓練開始から、十二日目。

五つの班全てで、百二十の黒蟻に勝利することが出来た。

新兵達は、今までは互いの班をあまり良く想っていなかったようだけれど。団結しなければ死ぬと言うことを、身に叩き込んでやったからか。多少は考えも変わったようだ。女子達は会話が多くなっているし、男子も集まって話している事が多くなった。同年代の人間だけでは無く、多少年かさの人間も、集まりに混じるようになっているようだ。

良い傾向だ。

十三日目の訓練では、全てのチームが、損害五名以下で勝利した。覚えが遅い新兵もいるが、それでも現時点で敵を撃破していない者はいない。

次の段階に、移るときだ。

私はそう判断した。

「今日からは、赤蟻を相手にする」

緊張が走る。

赤蟻は、黒蟻よりも強固な装甲と、突進力を誇る強力な巨大生物だ。赤蟻の次は蜘蛛。蜘蛛の次は飛行ドローン。

その後は混成部隊を相手にさせ。

最後に、ヘクトルとの戦いを経験させる。

本当は四人で百数十の黒蟻を倒すところまで進めたかったのだけれど。

それには高度な連携と、敵の動きを読む力。何より、各個撃破を可能にする、冷静な判断力が必要になる。

既に兵士として配属されている者達なら兎も角、新兵にそれを期待するのは、流石に厳しいだろう。

赤蟻との訓練を開始。

黒蟻とは一線を画する強固な装甲に、新兵達は恐慌に陥るとかと思ったが。意外に善戦している。

しかし、奴らの真骨頂は、面制圧を可能にする防御力だ。

戦車砲にも耐える装甲は、生半可な攻撃で倒せる相手では無いし。動きは黒蟻よりも遅くとも、奴が進んだ分、味方は下がらなければならないのだ。

歩兵達の主力はアサルトライフルだが。

火力が少し足りないかも知れない。

事実、初回は全ての班が全滅した。最初のように、パニックに陥ってフレンドリファイヤまで起こすようなことは無かったけれど。

シミュレーターから出てきた新兵達は、みな愕然としていた。

まさか、これほど頑強だとは思っていなかったのだろう。

「何て奴だ。 スティングレイの直撃を浴びたのに、平然と動き回ってやがった……」

生物の常識なんて。

奴らには通用しない。

アドバイスを求められたので、幾つか教えておく。

「基本的な対処は引き撃ちになる。 動きが遅いと言っても、相手の足は此方以上だから、まずそれを止めろ。 そして気をつけるのは突進だ。 普段は動きが鈍いが、体勢を下げてからの突進攻撃は急に素早くなる。 力をため込んで、攻撃時に爆発させているのだろう」

如何に装甲が強固でも、攻撃を激しく浴びれば、少しは鈍る。

つまり面制圧を行う火力を浴びせつつ、集中的に叩いていけば、少しずつ数を減らすことが出来るのだ。

黒蟻の時で連携戦を覚えていた新兵達の向上は早かった。

四日目で撃破する班が出る。

そして、十日目には。黒蟻と同様に、敵を葬るようになれていた。

 

蜘蛛との戦いを教えている最中に、呼び出しが来る。

日高から直接だ。

何か嫌な予感がする。

地上戦で猛威を振るったヘクトルとの戦いを、新兵達に教えたかったのだが。まさか、もう敵が来るというのか。

すぐに司令部に向かう。

オフィスに入ると、日高は深刻な顔をしていた。

「フォーリナーが、集結を早めている。 おそらく一ヶ月以内に、何かしらの動きを見せるはずだ」

「そんなに早いのですか」

「月面に集結したマザーシップは十隻。 奴らがいつ動き出しても、おかしくはないだろう」

最悪だ。

当たって欲しくない予想が当たってしまった。

単純な数だけでも十倍来るとみて良い。しかも、単体の力はどう考えても上がっている筈だ。

「迎撃の態勢は」

「既に対マザーシップ用の戦略兵器は、いつでも稼働可能になっている。 問題は、それよりも。 潜伏していると思われる巨大生物の活性化だ」

「……やはり来ますか」

「今の時点では、発見できていないのだ。 来るとみて良いだろう」

七年前。

大戦が終わってから、人類がこれほど喜んだ日は無い。地上で巨大生物は駆逐されたと、EDFに発表された。

アリゾナの戦いで、地上で活動していた最後の巨大生物が、討ち取られた日である。

しかし、である。

私は知っている。

それはあくまで、存在が認識されていた巨大生物が、である。

元々巨大生物は地底を主要な活動範囲にしていて、その巣は極めて強力な電波妨害をおこなう物質にコーティングされている。

今までもボーリングなどで奴らの巣を探る試みが行われ。

実際に四年前。

非公式ながら、奴らの巣が一つ、見つかっているのだ。

場所はモンゴル。

大戦の中、殆どこの地域は無人になるまで痛めつけられており、巨大生物が潜伏するのはあまりにも容易な場所だった。

その時は私と弟が、オメガチームとともに極秘で対応。巣に潜って、奴らを殲滅した。

しかし、同じような巣が、世界の各地にあっても、不思議では無い。

「いい加減、弟の軟禁を解いて欲しいのですが」

「勿論、総司令部に掛け合っている。 勿論、彼の戦力はフォーリナー撃退のために必要だという以上に。 私としても、彼にはどれだけ助けられたか分からない。 忸怩たるものはある」

「お願いします」

一礼だけすると、新兵達の訓練に戻る。

これは、訓練のペースを上げた方が良いかもしれない。いつフォーリナーが来るか分からない状況で、巨大生物にさえ対処できないようでは、話にならないからだ。

それに、である。

今まで一人前として各所に配置された兵士達だって、どれだけやれるか分からない。

四年前の戦いでは、精鋭のはずのオメガチームに配属されている隊員にさえ、実戦で怖じ気づいてフレンドリファイヤした者が出た。

三十万まで兵力が回復したEDFだが。

額面通りの活躍が、本当に出来るのだろうか。

こういうとき、フェンサースーツで表情を周囲に見せずに済むことは救いだ。

新兵達の所に戻る。

蜘蛛との戦いは、案の定かなり手こずっている様だった。

シミュレーターから出てきた兵士達が、げっそりしている。信じられないと、顔に書いてある。

蜘蛛。通称凶蟲。

黒蟻や赤蟻とほぼ同じ体格ながら、かなり柔らかい。その点は与しやすいのだけれど、その真の恐ろしさは機動力にある。一度の跳躍で数百メートルを飛び、飛ばしてくる強い酸を帯びた糸も、射程が恐ろしく長い。

特に中空から敵を撃つヘリや攻撃機にとっては、天敵に等しい相手だった。

勿論地上の兵士達にとっても、である。

音もなく周囲を飛び交う巨体が、おぞましいほど正確に狙撃してくるのである。

これにやられて発狂してしまった兵士も、実戦では多く出た。そして発狂してしまっては、まず助からなかった。

だが、アドバイスはあまり多く必要ない様だった。

蜘蛛の群れに対しては、初日から殆ど全員を失いながらも、勝利する組が出たからである。

蜘蛛は着地の瞬間、短いが、隙が出来る。

此方に対して射線が確保できているか確認してから、撃ってくるのだ。

巨大生物は、蜘蛛と蟻で絶対に同士討ちをしない。これは私が戦場で見ているので断言できる。

奴らは姿こそ違えど、別種の生物では無いのだ。意思を持っていて、互いに強烈な仲間意識で結ばれているのである。これは、新兵達には教えられないことだ。しかし、それ故に、対策も出来る。

対策としては、レーダーを冷静に確認すること。

EDFに配備されているレーダーは優秀で、少なくとも平面的な敵の位置は捉えることが出来る。

周囲の地形を把握して。

蜘蛛が、狙撃可能な位置に来た瞬間、狙い撃つ。

先に手さえ出せれば、即座に撃破可能だ。

四日目に、全チームが三十体の蜘蛛に関しては撃破成功。

百体に増やしても、一週間目には全チームが攻略完了した。

残り時間は、あまり多くない。

飛行ドローンについても、シミュレーションをやらせる。

これについては、とばすつもりだった。三日だけ、あまり多くない相手と戦わせて、自信だけ付けさせる。実際問題、飛行ドローンは空軍にとってはその数が問題だが、巨大生物に比べればむしろ与しやすい相手なのだ。

問題はヘクトル。最悪の相手を戦場で目の前にして、どれだけ冷静にやれるか。せめて、戦い方を仕込まなければならない。

もう、実戦まで間が無い今。

私に出来るのは、それだけだった。

 

4、集う猛者

 

自宅に戻った私は。フェンサースーツの戦闘形態を解除する。

EDFの装備の多くには、フォーリナーの技術が応用されている。表向きには解析に成功した科学陣の功績だけれど。

それだけで、此処まで短期間で、宇宙人の技術をものに出来るはずがない。

真相は誰にも言えないが。

私は、それを知っていた。

スーツの解除は簡単だ。幾つかの手順を経た後、解除と考えれば良い。

そうすれば、自動的にスーツはパーツ事に分解され、手元にボックス状になって置かれる。

重さそのものも、それほどはない。

精々三十キロほど。

いにしえの時代のプレートメイルと、さほど変わらない。これを着られるのは精鋭ということだけれど。

この程度だったら、古代人を連れてくれば、みな着こなせるかも知れない。

「一郎、帰ったぞー」

弟に呼びかけながら、洗面所に。

鏡に自分を映しながら、ハンドタオルを取る。顔を洗っていると、キッチンから弟が顔を出した。

あまり大きくないアパートだ。

ほぼ軟禁されていることに、弟は恨み言をいわない。たまに基地に出て、新兵達の訓練をしているだけで充分だと、寡黙な弟は私に漏らしたことがある。

弟とは言え、別の人格だ。

本当にそう考えているかは分からないけれど。

もしそうだとしても、いたましい話だ。

「姉貴、状況は」

「近々奴らが来る。 前の十倍以上の戦力でな。 お前の方は」

「リハビリは順調だ。 すぐにでも実戦に出られる」

私は女子としては、せいぜい中肉中背。

問題は非常に幼い顔立ちと、平たい体だ。こればかりは、八年前もそうだったし。何より、十二年前。

培養槽から出されたときに、既にそうだった。

フェンサースーツを着込み、わざわざ重苦しい声にして周囲に接していたのは、この童顔と子供っぽい声を隠すため。そうでもしないと、荒くれ揃いの兵士共が、私の言う事など聞くはずも無いからである。

実際試験運用される兵器を押しつけられ、戦場に放り込まれていたころは、随分他の兵士に馬鹿にされたものだ。

馬鹿にする兵士から、先に死んでいったが。

一方、平均より少し背が高い、屈強な肉体の弟は。英雄に相応しい強い力を秘めた双眸を持ち、見るからに戦士として認識できる姿形をしている。

しかしながら、既に四十を少し過ぎた見た目になっている。

肉体的にはまだ致命的な衰えが始まっていないけれど。おそらく弟が同じように戦えるのは、今回が最後だ。

EDFが正式に設立されたのは2015年。

私と弟は、その前に既に設立されていた、国連の組織。EDFの中核となった組織によって造り出された、非公式の強化クローンだ。第一世代と呼ばれるクローンは、私達のデータを元に造り出されている。

私達には、致命的な欠点があった。

私は見ての通り、成長がある程度で止まってしまった。

弟はというと、逆だ。

成長が早すぎる。同時に、老化の速度も、普通の人間の倍。

培養槽を出てからの十年で弟は、二十歳分老けてしまった。

しかし私も弟も、生半可な人間よりも遙かに優れた性能を有していたから、フォーリナーとの戦場にて、常に第一線で活躍を続けられたのだ。

そして弟に到っては。

伝説のストーム1リーダーとして、マザーシップの撃墜にまで成功したのである。

私達の正体を知っているのは、EDFでも上層部の一握りのみ。

そして、どうしてこのような計画が上手く行ったかは。更にその中でも、一部しかしらない。

日高も知っている一人だ。

故に、無能も我慢しなければならなかった。

そしてそれが故に。

弟にEDFの上層部が恐怖することも。今に到るまで半ば軟禁されたことも。我慢し、理解しなければならなかった。

「既に日高司令に、かってのストーム1のメンバーを招集する様に、俺から頼んでいる」

「涼川は既に来ているな。 秀爺夫妻と谷山は」

「秀爺夫妻は、東北から間もなく到着するそうだ」

あの二人。秀爺夫妻に関しては、信頼感がある。ストーム1を支えた、最強のスナイパー老夫妻である。

夫は狙撃手。妻は観測手。

その狙撃の実力は、WW2で伝説を作った、フィンランドの狙撃手に匹敵するとさえ言われている。

彼は強化人間では無い。

元々はマタギであったらしいのだけれど。戦争の泥沼化に際して、ストーム1にスカウトされた。

経緯はよく分からない。

しかしその実力は本物で、弟は何度助けられたか分からないと言われている。

「今回はハーキュリーだけではなく、ライサンダーも秀爺に支給されるそうだ」

「本部も本気だな。 世界に七丁しかないと聞いているが」

ハーキュリーは量産型のライサンダーとも言える性能を持つ強力な銃器で、前大戦の後、一級のスナイパー部隊全てに配備された。秀爺夫妻の活躍があったから、量産が可能になったのである。

一方ライサンダーは機密の塊だ。更に性能が向上しているが、それぞれがオリジナルに等しいほど違う部分がある。弟にはその内の一丁、「神を殺した」ナンバー6が、無条件で貸与されるようになっている。

この権利だけは、日高が死守してくれたのだ。

顔を洗った後、ダイニングに。

弟が作った料理が並んでいた。

する事が無いからか、弟は料理ばかりやっている。そしてその腕前は、好みが面倒くさい私でも充分に唸るほどのものだ。

「谷山は」

「空爆課で新人の教育に当たっていたが、戻ってくるそうだ」

「朗報だな。 他に新人が何名か配属、か」

「新兵と言っても、総司令部お墨付きの精鋭ばかりだろう」

つまり、監視役だ。

勿論、総司令部の好きな様にはさせないが。

弟がリーダーとなり、涼川、秀爺夫妻、それに谷山。後は私がこれに加わる事で、かってのストームチーム中核が揃う。

もっとも私は、ストーム1には所属していなかったけれど。

同じ遺伝子から作られたと言う意味で、紛れもなく私と弟は姉弟だ。

食事を終えると、ベッドで横になる。食器を洗いながら、弟が話しかけてきた。当たり障りが無い話ばかりだが。

「優秀そうな若手はいるか」

「何人かいるな。 いっそ今私が鍛えている150人全員を、ストームに入れたいくらいだ」

「全員死ぬぞ」

「だろうな。 だから人数は絞らざるをえん。」

このアパートには、嫌になるほど盗聴器が仕込まれている。

私のフェンサースーツにも、である。

本部はこう考えているのだ。

ストーム1リーダーがもし牙を剥いたら、止める事は出来ない。

マザーシップを単独で撃墜したほどの男である。人類ではどうにもできないと考えても、不思議では無い。

私も弟も、不死身では無いし、無敵でもない。

戦えば傷つくし。

死ぬ。

だが、一度総司令部が壊滅したほどの戦いの、勝利の立役者だ。未だに、怪物じみた伝説のみが一人歩きしている。

EDFの現役隊員の中でも、弟が生きているという事実を、知っている者はあまり多くない。

私の存在は、知っている兵士がそれなりにいるのだが。

「ストームは、一つに統合される予定らしい。 後方支援部隊も含めて、人員はおそらく二十名を超えないそうだ」

「二十名もいれば、マザーシップの撃墜は楽勝だな」

「そう、だな」

私の軽口に、食器を洗い終えた弟は、言葉を濁す。

あれは奇蹟の勝利だった。

弟は何度も、私に零した。

単独で撃墜したなんてとんでもない。元々自信家では無い実直な弟は、そう正直に言った。

オメガチームが直衛になって、多くの敵を引きつけてくれた。

鬼神となって暴れ狂った涼川が、広域制圧兵器スタンピートを乱射し敵を攪乱して、特に巨大生物は全く弟に近寄れなかった。

秀爺が乱戦の中突破に成功、狙撃で多くの飛行ドローンを叩き落としてくれた。

最後の最後で、谷山が間に合った。

それら全ての奇蹟が重なって、弟はマザーシップに勝つことができたのだ。そう何度も力説した。

きっと、単独でマザーシップを撃墜した英雄と言われたのが、それほどに口惜しかったのだろう。

私は間に合わなかった。

戦場の最辺縁で。戦場に乱入しようとする数千、いや万に達する巨大生物と、絶望的なゲリラ戦を繰り広げていたからだ。

マザーシップの撃墜が五分遅れれば、私は死んでいただろう。

事実一緒に戦っていた兵士達は。

ただの一人も、生き残ることが出来なかったのだから。

勿論、戦場に乱入しようとする敵主力を、私が引きつけたことも、勝因にあると弟は言ってくれたけれど。

本当にそう考えてくれているなら、私は嬉しい。

それだけの、事だった。

弟が、寝室に顔だけ見せる。

「北米の総司令部から連絡だ。 顔を出せという。 少し行ってくる」

「気をつけろ。 何をするか分からん」

「大丈夫だ。 心配はするな。 三日以内に戻る」

わずかに表情を和らげると、弟は軟禁状態にあった小さなアパートから、出て行った。

英雄の真実がこれだ。

真面目な弟は、このような扱いを受けたにもかかわらず、文句一つも言わず。また、地球のために戦おうとしている。

多くの人に恩を受けたから。

そう弟は言っているけれど。私が同じ立場だったら、そうは振る舞えない。

そもそも我々は、人間じゃないと言われて育った。狭苦しい施設で、親と言える者はおらず。常に与えられたのが武器。そして、相手の殺し方だけを教わりながら、生きた。同じように生まれた子供は、一人も生き残ることが出来なかった。

文字通りの実験動物としての扱い。

温厚な弟は、それでも我慢していたけれど。

私はどれだけ悔し涙を流したか分からない。

寿命だって、後どれだけあるのだろうか。

地下にいる彼奴の話によると、二人とも体は安定しているから平気だとか言うけれど。少なくとも弟は、後二十年生きられるかどうか。

私の持ち歩いている携帯端末にも連絡が来る。

日高からだ。

「新生ストームの編成に、君にも協力して欲しい」

「分かりました。 当然ストームリーダーは弟で構いませんね」

「それはもちろんだ。 君達がそう決めたのなら、私に異存は無い」

「有り難うございます。 旧メンバーの内、涼川、香坂夫妻、谷山の四名については確約できますか」

出来ると日高は言う。

そうなると、残りは今鍛えている新兵から見繕うつもりだ。オメガチームを筆頭に、前大戦での英雄については、チームを分けた方が良い。

フォーリナーは極東だけに攻めこんでくるわけでは無い。

十隻に達するマザーシップが攻めこんでくるとなると。おそらく全世界が、同時に戦場になるだろう。

そうなれば、各地で中核になる精鋭が必要だ。

北米には、残存戦力の全滅を食い止めたストライクフォースライトニングがいるから問題ない。

今オメガは欧州を中心に活躍しているという話で、後はストームやオメガの旧構成メンバーから、南米、アフリカ、中近東、アジアなどに割り振る必要が出てくるだろう。

「総司令部が不穏な動きを見せている。 君も、新兵の訓練を、早めに完遂して欲しい」

「分かっています」

通信を切ると、私は短い休みは終わりだと呟いて。

自分の頬を叩いた。

フェンサースーツを着込むと、すぐに基地に向かう。

もう、猶予は無い。

 

「今日のシミュレーター訓練で、私の訓練プログラムは終了となる」

集まった新兵達にそう宣言すると。

新兵達の間に、どよめきが走った。

挙手したのは筅である。此奴に関しては、陸上戦力を任せる空爆兵として、ストームに入れようと考えていた。

谷山はヘリの名手として知られている。中空戦力については、奴に全面的に任せれば問題ないだろう。

後はウイングダイバーを見繕いたい。出来れば二名。最低でも、一名は欲しい所だ。

筅は、やはり、おかしいと気付いたらしい。

「まだ混成部隊との戦いを経ていませんが……」

「事情が変わった。 今日、お前達には、シミュレーション上でヘクトルと戦って貰う」

新兵達が、更に困惑した様子で、顔を見合わせる。

ヘクトルの恐ろしさは、私が授業で直接レクチャーした。その戦闘力は、EDFの正式歩兵一個中隊に余裕を持って匹敵する。

生半可な火器では倒れない頑強な肉体。

頭上から降ってくる、圧倒的な火力。

柔軟に前後左右をカバーする攻撃範囲。

その全てが、フォーリナーの中核と呼ぶに相応しい恐ろしさだ。

すぐに、新兵達をヘクトルとの戦いに向かわせる。

本当なら、敵の恐ろしさを思い知らせるための訓練だが。今回は、勝てることを、悟らせなければならない。

敵は倒せる。

圧倒的な化け物だが。斃す事は出来るのだ。

今まで無茶な訓練を続けさせたが。しかしそれで、圧倒的な数の敵とやりあうノウハウは身につけた。

後は、圧倒的な力を持つ単独の敵に、どう立ち向かうかだ。

五チームを、ヘクトルと戦わせる。

案の定、戦況は良くない。

今回はちょっと特殊で、五チームを五カ所の戦場で、同時に戦わせる。一カ所の戦場には、一体ずつヘクトルを。

敵を葬ることが出来れば、味方の支援に向かう様に。

百五十の新兵達のヘルメットには、リンク機能も付けている。味方の戦況は、理解できているはずだ。

次々に、ロストした兵士達が戻ってくる。

包囲しても、ヘクトルは簡単には倒せないのだ。

柔軟な関節。強力な火器。

四方八方にばらまかれる光の弾は、戦車を軽々貫通する。兵士の強化ボディアーマーでも、長くは耐えられない。

筅のいるチームが、損害五割を超えた。

黒沢のいるチームも、間もなく五割に達する。

そんな中。果敢な接近戦を挑んだ三川と矢島が、ついに成果を出す。二人を同じチームに入れておいて、正解だったかも知れない。

中空からの接近戦で、頭に当たるカメラ部分を三川が破壊。

矢島が同時に足下を強襲。

ついにバランスを崩したヘクトルに、生き残った兵士達が集中的に火力を浴びせて、打ち倒すことに成功した。

既に全体の半数がロストしているが。

それでも、敵が一体落ちた。これが大きい。

間もなく、筅のグレイプが、絶好の位置に陣取った。既に機体は満身創痍だが、速射砲が咆哮を開始。

此方も悪くない判断だ。

連射を浴びたヘクトルの胴体に、少なからず傷がついていく。其処に一人がスティングレイのミサイルをうち込んで、ついに撃破成功。

泥沼の死闘が続く。

一チームが全滅。

だが、ほぼ同時に、三機目のヘクトルが落ちた。合流した筅のチームが、側面から強襲を掛けたのである。

これは、いけるか。

四機目のヘクトルと、五機目のヘクトルが、合流しようとしている。

残存戦力が結集して、二機のヘクトルへ決死の肉弾攻撃を仕掛ける。既にロストして戻ってきている兵士達にも、戦況は見せていた。

声援が高まる。

グレイプが爆砕され、ついに機能停止。

果敢な強襲を続けていた矢島が踏みつぶされる。

損害が八割を超える。

ヘクトルの猛射が、生き残っていた新兵達の数を、見る間に削り取っていく中。

四機目が落ちた。

爆発。

最後の一機も満身創痍だ。

それに対して、新兵達は、十名ほどしか生き残っていない。

やれるか。

三川が突入する。

真正面からヘクトルの注意を引きつけ、ビル街を飛び回る。ヘクトルが即応し、容赦の無い砲火をガトリングから浴びせかけた。

残ったレンジャー達が、至近に迫り、ヘクトルに集中攻撃をする。

傷が増えていき。やがて、ついにヘクトルが膝をつく。

だが最後の一撃で、三川も撃ちおとされた。

爆発。

新兵達の勝利だ。

ただし最後の爆発で、生き延びた兵士達の大半もロスト。二名しか、残らなかった。

いや、三名か。

グレイプの残骸から、筅が這いだしてくる。

シミュレーションは終了。最後の授業は、凄惨な戦況ながら、見事な勝利に終わったのだ。

まずは全員を祝福。

新兵達は、誰もフレンドリファイヤしなかった。それだけでも、私にとっては充分な成果だ。

「まずは最後まで生き残った三人。 前に」

三人に、それぞれ激励の言葉を掛ける。

生き残った。それだけで、充分に三人は、称賛に値する。

筅と、レンジャーの二人。一人は第三世代のクローン。地味なのであまり意識していなかったけれど、データに目を通す限り、今までの戦いでも良い動きをしていた。

原田啓介という。

ひょろっと背が高い青年で、アサルトライフルを上手に使いこなす。弟の補助として、上手に動けそうだ。

もう一人は女性レンジャーである。此方は最初の方からかなりフレンドリファイヤが多く、どんくさいと言われていた。

しかしながら今回までの動きを見る限り、かなり戦況をよく読んでいる。これはひょっとすると、伸びるかも知れない。

レンジャーは空爆課が要請した兵器も使いこなせるよう訓練を受ける。

そういうマルチな活躍を期待出来る人材だ。

名は池口吉野。クローン兵士では無いが、此奴も悪くは無いだろう。

後は、戦場で活躍をしていた三川、矢島、黒沢、筅。

この六名をストームチームに加えよう。そう私は思った。

ただ矢島はフェンサー隊に加えることになるから、多分しばらくは試験運用だ。前線には出せないだろう。

他の百四十四名も、本当なら全員の面倒を見たいくらいなのだけれど。それは流石に許されまい。

空軍や海軍に行く者もいるのだ。

昔ほど、陸海空の各軍の差は無くなっている。差を埋められるよう、補助が発達したというのが、大きな理由だ。

「これで、私の訓練は終わりだ。 皆良く最後まで頑張ったな。 戦場で、ともに戦えることを期待している。 もっとも、君達が戦場に立たなくて良いことが、私の一番の願いだが」

「イエッサ!」

「よし、解散」

新兵達が解散していく。

この中の何人が、迫り来る戦いで、生き残れるだろう。

十人もいない筈だ。

戦いに勝てるかさえ分からない。敵戦力は、単純計算で、前の十倍以上。EDFが力を増していると言っても、あまりにも絶望的すぎる差だ。

それから一週間。

きりきりと胃が痛む様な時間が過ぎて。新兵達は、かなりスケジュールを前倒しして、配属が決まった。

私が指定した六名はストームチームに配属。彼ら自身が、一番驚いていた様子だ。これに加えて、北米の総司令部から、二人新人が来ることが決まった。

私と弟を加えて、戦闘要員が十四名。後方支援要員が四名配属されることが決まっているので、合計十八名。

これが新生ストームとなる。

今までのストームチームは、それぞれが独立遊撃部隊となって、名称を変更。ただ、彼らは弟の指揮下にあった者達が多く、不満は口にしなかった。

戦いが始まる。

私は、その逃れられない運命を、既に規定の未来としていた。

 

数日が過ぎた。

新兵達の配属式が終わってから、今の時点では何も無い。だが、弟も私も知っていた。時間の問題だと。

食事をしていると、私と弟の携帯端末が、同時になった。

来たな。

私は悟る。

頷き会うと、連絡に出る。

「此方、嵐はじめ特務大尉」

「特務大尉。 すぐに東京支部に来てください」

「フォーリナーか」

「はい。 東京地域で、いえ世界中で、同時に巨大生物が地底から姿を見せました。 貴方には、ストームリーダーとともに、さっそく編成されたばかりのストームチームで、戦場に出ていただきたく」

戦術士官の要請に、私は腰を上げる。

弟も、同じ命令を受け取っていた。

「姉貴、行くか」

「ああ。 私の目の届く範囲では、誰も死なせん」

「その意気だ」

例え叶わぬ事でも。

最初から犠牲を出すことを想定はしない。

フェンサースーツを着込むと、すぐに外に出る。弟は実戦装備を、手慣れた様子で身につけていった。

七年の平和は。

この日、終わりを告げた。

 

(続)