道具の矜恃
序、位置取り
黙々と歩く。
周囲は雑踏。
多くの人々が、互いに興味も持たず。己の目的のために歩き続けている。例え人が死んでいようと、誰も気にしない。
今はそういう時代だ。
ビルは変色し。
朽ちかけた看板が乱立し。
平然とドラッグが売りさばかれる街の中。
例え誰が殴られようが。
誰が殺されようが。
知った事じゃない。
誰も気にしない。
むしろ、警察に通報なんてしたら、報復で殺されかねない。だから、もはや誰もが、他人に興味を持たないし。
興味を持つことそのものが悪いとされる。
ならば何故此処まで集まる。
私はそれがよく分からない。
いずれにしても、今日も仕事のために黙々と歩く。この辺りについて、徹底的に把握しなければならないからだ。
しばしして、歩みを止めて。
見上げた先にあるビル。
裏手に回る。
誰かが嘔吐したものに、ハエが集っていた。
まあこの辺りが良いだろう。
幾つか、見当をつけておく。
そして、階段を見つけて、その途中を通れるかを確認。いずれも、通り過ぎるようにして。不自然無く実施していく。
目を細めた。
どうやら狙うべき相手がいるようだからだ。
今、やってしまうのも手だが。
流石に現状では調査不足か。
確殺するには、下準備がいる。
何事も戦略が重要だ。
準備をして。
徹底的に勝つための条件を整えて。
その上で戦術を駆使する。
戦略無くして勝ちは無い。
戦術だけで勝つこともあるかも知れないが、それは単なるラッキーであって。いつも期待するべき事では無い。
そのまま歩いて通り過ぎ。
そして、街の構造は一通り把握した。
後はスケジュールを組む。
今回のターゲットは。
ある犯罪組織の幹部。
ちなみに依頼主というか雇い主は。
この国だ。
犯罪組織の幹部は、この国では表向き普通の仕事についていたり、或いはホームレスを装っているケースが多く。
犯罪組織内でも、組織の人員全員を把握できていないようなケースさえある。
いわゆるマフィアスタイルで。
トップの幹部でなければ、隣人が幹部だった、という事実に直面して驚くことさえあるほどだ。
使い捨てになると分かり易いが。
そんなものは、警官が処理する。
私に仕事が来たのは。
表向き、犯罪の証拠が掴めていないか。
もしくは法曹に相手がコネを持っているか。
この国の刑務所は、脱出も容易だし。
この手の輩は、消すしかない。
勿論犯罪組織側も対策をしてくるわけで。血で血を洗う抗争が続いているのが事実なのだ。
私はそんな中投入された存在で。
スナイプが専門。
人間を消す方法は幾つかあるが。
爆弾が専門だったり。
毒殺が専門だったり。
ハニトラが専門だったりするが。
私の場合は狙撃だ。
ハニトラは非常に難易度も高く生還率が低いので、兎に角難しいと言われているし。爆弾も爆弾で任意に爆破するのがかなり難しい。周囲を巻き込むケースもあるので、余程確実に相手を殺したい場合くらいにしか使われない。テロリストだったらそれでいいのだろうけれど、私がいるのは一応政府の組織だ。爆弾を使う場合は、慎重にならざるをえないのである。
毒殺に至っては、相手が用心深いと、それだけで成功率ががくりと落ちる。
結局スナイプに落ち着くわけだが。
それも簡単では無い。
指示がある可能性があるし、何より組織の規定なので、一度戻る。
私が所属しているのは、政府の秘密組織の一つだが。
言うほど格好いいものではないし。
所属している人間も。
碌な連中じゃあない。
私にしても似たようなものだ。
まだ十代で、殺しに関してはあらゆるものをやってきたし。学校にもいっていない。
四則演算や読み書きは出来るが。
それは殺しに必要だから仕込まれただけ。
学校で覚えたわけではないから。
我流で。
かなり怪しい部分もあるし。
理解出来る単語もかなり偏っている。
こ汚い店に入ると、奥のトイレに。特定の手順を踏むと、ドアが現れて。その奥へ行く事が出来る。
ウイッグを放り捨てて。カードを通して認証。
更に地下へと降りていく。
その間に生体認証が自動で行われる。
ちなみにエラーが出ると。
一瞬で丸焼きにされる。
それだけセキュリティが厳重なのだ。
最下層まで降りて。
そして、ドアの前に。
最後は古典的な合い言葉を言うと、ドアを開けてくれる。
中には誰もいない。
徹底しているのだ。
ただ、手紙だけが置かれていて。それをさっと見て暗記する。
事前に知らされていたターゲットを殺す計画を、実行に移せ。
実行のタイミングは任せる。
失敗した場合は自死を選べ。
成功した場合の報酬は、例の口座に振り込む。
死を確認し次第振り込みは行う。
それだけである。
手紙をゴミ箱に放り込むと、一瞬で丸焼きにする。そのまま、来た道を戻って、トイレから出ると。
私は別のウイッグをつけ。
トイレの中で着替えて。
別の人間に変わっていた。
こういう変装を容易にするために、色々と面倒な事をしてきた。一時期は完全に髪の毛を剃っていたことさえある。
今はある程度髪の毛を延ばしているが。
ウイッグの種類が限られるので。
毛は短めにしろと言われている。
こういう細かい指示は、何カ所かあるアジトに出向くと指定される。特に私達みたいな使い捨ては、体の中に埋め込まれている生体チップで、全て監視されているのだ。
トイレや睡眠、ほかも何もかも。
プライバシーなど存在しないが。
もっとも、今の時代。
人権なんて持っている奴は、殆どいない。
誰も似たようなものだ。
ある巨大独裁国家が、何かの間違いで経済的に大成功して。それから世界は滅茶苦茶になった。
最終的には第三次世界大戦が発生。
核が飛び交い、人類の8割が死滅。しかもその日だけで、である。
翌日以降も凄まじい勢いで人間は減っていき。
現在では、合計で100万人も生きていないと言われているらしい。
生き延びた人間は。
反省などするわけもなく。
今私がいるようなシェルターに引きこもり。
配給のメシを喰いながら。
細々と生きている。
シェルターは各地にあるが、何処も悲惨さ加減では似たようなもの、らしい。野生の動物など既に絶滅して、海は高濃度の汚染物質に満たされていて。
食糧と言えば人工蛋白。
科学技術を喪失し、シェルターの中で全員がホームレス同然の生活をしている場所もあるらしいが。
汚染が酷すぎて、シェルター同士を行き来できない。通信はできるらしいが、それも私のような公僕には縁がない。
いずれも噂だ。
だから「らしい」だらけになる。
ただ、はっきりしている事もある。
そもそも、核戦争の影響で、ある火山が大爆発し。
その結果、地球は氷河期になった。
今外に出ても、マイナス40℃の吹雪である。
凍え死ぬだけだ。
極限の汚染と、極限の冷気。
それでも人間は生きている。
生きていると言えるのだろうか。こんな世界で。
核戦争の前も世界は狂っていたらしいが。核戦争が起きてからは、もはやどうにもならない所まで人類は行き着いてしまった。
そして、そんな状態でも。
私のような人間が必要とされる。
この狂った街に空はない。
見上げても、黒いドームがあるだけ。
死刑は存在しない。
犯罪者はコロニーから放り出される。
それだけだ。
そして、コロニーから放り出されることは。
すなわち死を意味している。
私も、何かドジを踏んだら、そうなるだろう。
隠れ家にしているボロアパートに。
入ると、私はウィッグをとって、ベッドに転がる。
なお、私は厳密には人間では無い。
右手を外して、状態を確認。
見かけは十代半ばの人間で。
実年齢も同じだが。
改造を受けているのだ。
右手は取り外すことが出来て。其処に銃を仕込んでいる。銃と言っても、人間を殺すためのもので。
脳に直接接続している。
スナイプと言っても、ライフルなんて使わない。
この手に仕込んだ銃を使って。
脳内にインプラントしている高精度PCによって調整。
発射する弾丸は、血液などから生成し。
弾速はマッハ3に達し。通常のライフル弾と遜色ない破壊力を発揮する。いや、三連バーストで放つため、相手が硝子窓の向こうにいても、確実に殺す事が出来る。
私と同じように体を弄っている奴は、今や珍しくない。
私もストリートチルドレンからストリートギャングになるくらいならと思って、スカウトに応じた。
もっとも、スカウトに応じなければ。
今頃犯罪組織幹部の女にでもなるか。
鉄砲玉になるか。
どちらかだっただろう。
そして今まで、生きる事も出来なかったに違いない。
私は、私をレイプしようとした男を殺した。
そいつは犯罪組織の関係者、それも幹部クラスで。
裁判で牢に入れられても。
逃げようとしても。
どっちにしても惨殺されるのが目に見えていた。
頼るのは、より高位の犯罪組織か。
或いはこのコロニーを支配している国家しか存在しなかった。
それだけ。
たったそれだけの事だ。
銃の管理を終える。
とはいっても、右手に仕込んでいる銃は、脳内のPCで常に完璧な状態にメンテナンスされている。
外せる右手も、義手として機能する。
なお、私のような改造人間は珍しくないので、相手を殺すときにはヘッドショットが基本だ。
流石にどんなに強化しても。
ライフル弾を防げる頭は存在しない。
少なくとも、犯罪組織はそれを用意できる状態には無い。
このコロニーでは、だ。
他のコロニーはどうなのかはよく分からないが。
ぼんやりと天井を眺めやる。
他にも体は彼方此方改造している。
何より今は、子供を産む事そのものが違法だ。
人間は生まれたときに不妊手術を受け。
そして何かしらの功績を挙げると、遺伝子データから子供を作り出し、それぞれの家庭に渡される。
そうしないと、コロニーの人口を維持できないのだ。
金持ちだけが、手術でそれを覆せる。ただしそれも違法で、故に犯罪組織の人間などがやっているケースが多かった。私をレイプしようとした輩もそれだった。
私は、まだ。
子供を渡されるほどの功績は挙げていない。
そして、国からも。
弱みになる可能性があるから、恋人の類は作るなと言われていた。
いつの間にか眠っていたが。
目を覚ますと時間だ。
もう一度チェックしてから、外に出る。
安アパートの外に出ると、相変わらず人間達が行き交っている。それの何が、何をして生きているのか。
誰も何も興味を持たない。
いや。持ってはいけない。
国による徹底的な管理があるから。
だから死体も誰も気にしない。
私は昨日確認した位置に行く。
素早く移動すると、ビルの中に入り込み。窓越しに、ターゲットを確認。右手を外して、そして撃った。
ガラスを貫通した弾丸が、ヘッドショットを決める。
強化硝子だったが、関係無い。
一発目はガラスを砕きながら逸れたが、ピンホールショットになった二発目が相手の頭を吹き飛ばし。そして三発目が心臓を打ち抜いていた。
ターゲット、処理完了。
さっさとその場から離れる。
犯罪組織の人間達が、私が狙撃した辺りを探っていたが、それもすぐにいなくなった。手際から見て、国の狙撃手だと悟ったのだろう。ぼやぼやしていると、自分たちも殺されると判断したわけだ。
遅れて到着した処理班が。
ビルを制圧。
中にいる人間達を、全員連れていった。
カネがある奴は刑務所から出られるだろう。
無い奴は刑務所に一旦入れられ。
裁判を受ける。
そして、有罪になったら。
コロニーから放り出されるのだ。
コロニーの外には、氷像が林立していると聞いている。
いうまでもなく、外に出た者達の末路である。
そして裁判なんて、今の時代まともに機能するはずもない。裁判官にどれだけカネを握らせるか。
それだけで判決は決まるのだ。
もっとも、核戦争の前も、大差はない状態だったと聞くが。
アジトの一つ。
昨日寄ったのとは別の場所へ移動。
複雑な手続きを経て。
手紙を確認した。
「ターゲットの抹殺を確認。 待機せよ」
ゴミ箱に手紙を放り込む。
私は舌打ちすると。ついでにウィッグも、ゴミ箱に放り込んでいた。
1、ゴミため
仕事はいつも来る訳じゃあない。
娯楽なんてものに電力をつぎ込むことが出来なくなったこの現状。古くなる一方の建物の中に暮らせればまだマシな方。
外でホームレスをしている者もいるし。
そうでなければ、誰かに養ってもらうしかない。
個人邸宅なんてものは、ほんの一部の者しか持っていないし。
その一部の者達でさえ。
個人邸宅が古く朽ちていくのを、どうしようもない状態だ。
話によると、氷河期はあと数百年は続くらしい。
人間の文明が氷河期が終わるまでもつかかなり怪しいという噂も聞くが、知った事じゃあない。
私には未来なんてものはない。
現在さえないも同然なのだ。
数百年先の事なんて。
知った事か。
アジトに顔を出す。また面倒な手続きを経た末に奥まで行くと、手紙があった。ターゲットは、また犯罪組織の幹部だ。
この間殺したのは太った男だったが。
今度は痩身で。
かなりの長身である。
年齢は六十代だろうか。
見かけ、優しそうな老紳士だが。
国が殺せと言ってきているのだ。殺す以外に選択肢は無い。見かけなんてどうでもいい。それに私は、十代前半の人間から、八十過ぎの人間まで、老若男女関係無しに既に五十人以上殺してきた。
こんな人数を殺せたのも。
今の時代が故だろう。
他人の生死に誰も興味を持たず。
未来どころか現在さえもない。
だから命は安い。
人間の半分ほどは、国の施設で作り出されて、そして彼方此方に「出荷」されていくのである。
子供を作れば死刑。
そもそも、殆どの人間が不妊処置と同時に、性欲の抑制処置をされている。
大手企業の重役や、国の偉いさん、犯罪組織の幹部などになると、この処置を最初から免れているケースもあるらしい。
いずれにしても、カネによるものだが。
私も、そういった金持ちの私物にされる可能性があった、というわけだ。
現場を下見に行く。
ごみごみしたアーケードの残骸だ。
バラックが多数あって。
コロニーの天井が剥き出しに見えている。
薄暗いが。
あれは分厚く積もった雪が故だ。
照明は最低限。
照明などに使う電力がもったいない、という理由が故である。
アーケードは、核戦争の前もごみごみしていたらしいが。
その後には、殆ど残骸しか残らず。
わずかに残った建物の残滓を利用して、多くの人々が暮らしている。それも、いつ崩落するか分からない。
老人の姿を確認。
左目も弄っているので、こういう事が出来る。
勿論目は右手の銃と連動している。
今日は下見だ。
ウィッグをつけて、服装も変えて。変装を念入りにして周囲を確認していくが。犯罪組織の構成員らしいのはあまり多く無い。
腕利きがいれば感覚で分かるけれど。
多分それもいないだろう。
私に、相手の事情を考慮する権利は与えられていない。
命じられたままに殺せ。
それだけが、私に与えられている命令。
命令を破るか失敗すれば即座に死ぬ。
国にとって、私は。
いや、私を含めた者はみんな消耗品。
減れば文字通り「作れば」いい。
人数が減りすぎれば「増やせば」いい。
何もかもが。
このコロニーでは管理されていて。
それが故に。
犯罪組織は徹底的に駆除されるのだ。
下見が終わったので。
そのままバラックを去る。
そしてアジトに出向くと、妙な命令が出されていた。
追加オーダーである。
滅多にないことだ。
普通、暗殺は一回に一人が基本。
これは複数の暗殺を同時にこなすと、仕事が雑になるから、である。
私のような改造人間は消耗品だけれども。それでも仕事が雑になって失敗すれば、色々と面倒な後処理が生じる。
そのために、作戦の成功率を上げるために。
複数ターゲットの処理を命じることは、普段はまずない。
ただし、此方には逆らう権利もない。
「現時点でのターゲットを処理し次第、次のターゲットに取りかかれ。 出来るだけ迅速に実行せよ」
ターゲットの写真が同封されている。
即座に覚える。
正確には、脳に埋め込まれているPCに画像を記録する。
私は元々頭が良い方では無かった。
戦闘適性は高かったらしいが。
それだけだ。
だから、こういうときは。
埋め込まれている機械を色々と利用する。
ちなみにこの追加ターゲット。最初のターゲットの近くで生活しているらしい。
そうなると面倒だ。
最初のターゲットを消すと。
その時点で逃げ出そうとする可能性が高い。
つまり、立て続けに殺し。
そしてついでに手下どもから逃れなければならない、ということだ。
更に言うと。
追加人員などの援軍もない。
補給物資もない。
ウィッグを捨てると、舌打ち。
これは面倒だ。
下見はして来た。
だが、追加のターゲット。
三十代後半の女だが。
これも消さなければならない。それも最初の老人と、一緒のタイミングで、だ。
弾は幸い、体内で生成したものが十二発ある。つまり四回の狙撃で二人殺せば良いわけだが。
初撃は確殺出来るとして。
問題は二撃目だ。
サイレンサを使って銃声を消せると言っても、どうしても其処まで簡単な話では無い。
殺すときには副次的に様々な音がするし。
何よりも、狙撃によって人が死ぬ。
殆どの人間は、他人の死に興味を示さないが。
多分だが、政府が殺しを指定してくる程の相手だ。
身に覚えはあるだろう。
次はお前だ。
そう言っているようなもので。
一緒にいてくれればいいものの。
少し離れてでもいれば、即座に失敗の可能性が跳ね上がる。
相手が逃げ出しでもすれば、その可能性は更に上がる事になるだろう。そして、失敗は。
私に取っては。
死を意味するのだ。
現場にもう一度出向く。
写真の女を確認。
最悪だ。
バラック群の隅に暮らしている。
そこそこマシな格好をしているが。
それはすなわち。
誰かしらのカネの援助を受けている、という事だ。
良いご身分だなと呟く。
私なんて散々殺しにかり出されて。
それでも安アパートで、クソみたいな生活をしている。食糧も配給制のいいのが回ってくるわけでもなく。
一度でも失敗すれば捨てられる運命にある。
実際問題、体内に追跡装置が埋め込まれている以上。
失敗して隠れおおせる可能性はゼロだ。
100%殺される。
人間の殺し屋がくれば良い方で。
最悪の場合、巡回している爆撃ドローンがピンポイントで小型のミサイルをぶち込んでくるだろう。
そんなもの、人間に避けられる筈も無い。
体を改造していても同じ事だ。
現場の見直し。
同時には無理だが。もう片方が、反応する前に仕留める事が出来る位置を探す。
私が顔を上げたのは。
近くに大きめの廃ビルがあるからだ。
非常に目立つが、仕方が無い。
あれを使う。
問題点は二つ。
中に住み着いている住民にも、犯罪組織の人間がほぼ確実にいると言うこと。
私が入り込んでいけば、確実に縄張りを荒らされたと判断して、誰何してくること。勿論場合によっては血を見るだろう。
改造しているといっても、人間の十倍も二十倍も力が出せるわけじゃない。
更に言うと、ターゲット以外の人間は可能な限り殺さないようにと言う命令も受けている。
どれだけ縛りを掛けた上で。
仕事をさせるつもりなのか。
だが、逆らえない。
そういうものだ。
ターゲットの存在は確認している。
ならば、即座に仕留めてしまうのが良いだろう。
戦略的に極めて劣悪な状況だが。
やむを得ない。
廃ビルに入る。
早速、歓迎しない視線が複数突き刺さる。
今の時代、古い時代のようなジェンダー論だの性差がどうだのというのはない。
そもそも子供を産む事が死刑になる時代だ。
性欲も一部を除いてオミットされている。
更に言うと、何かしらの外部手段で体を強化しているケースは珍しくも無く。
凄まじい怪力を発揮する女性も多い。
ビルの上に出る。
テントを張って生活している奴が何人かいるが。
改造している左目を使って、確認。
かなりターゲットが遠いが。
それぞれは確認できた。
やるか。
給水塔が朽ち果てている。
その影に入ると。
右腕を外した。
射撃。
一人目。
老人の頭を打ち抜く。
初撃は外したが、三点バーストの三発目が、頭を完全に粉砕していた。これで生存する確率はない。
続けて、二撃目。
女が、銃撃音に気付いたのだろう。
慌てて逃げようとする。
こうやって動かれると、狙撃は極めて難しくなるのだが。
私は即座に計算をし直す。
そして、風の流れから、女の動きまで予測に入れて。
第二射。
狙うは足。
打ち抜く。
派手にすっころんだ女に、追撃の射撃。
三発とも命中。
頭に一発。心臓と肺を貫くように一発ずつ。
確認。
老人はひくひくと痙攣しているが。
それは胴体だけ。
頭は綺麗に吹き飛んでいた。
女の方も、頭も胴体もミンチ同然。
それに対して。
周囲の誰も、気にもしていない。
嘆息。
右手をつけ直すと、ビルを出る。
屋上に入れ違いに出てきた犯罪組織の構成員らしいのをやり過ごすと、さっさとビルの階段を降りる。
駆け下りるようなことはしない。
怪しまれるだけだからだ。
「誰だゴルァ!」
上で喚き散らしている声がしたが。
その頃には私は。
昔はアーケードだった残骸に身を伏せ。
雑踏に潜り込んでいた。
アジトの一つで、確認。
ターゲットの殺しを確認したので、報酬を支払うという。
急な追加オーダーにも関わらず。
結局報酬は二人分。
色がつくようなこともなかった。
生かしてやっているだけマシ。
そう思え。
そう、言われている様だった。
反吐が出るが。
実際問題、逆らったら殺されるのだ。私には、どうすることも出来ないのが現実なのである。
あの老人と女が。
どうして殺されたのかは分からない。
良い生活をしていたようだが。
裏では何をしていたのやら。
ドラッグの密売か。
それとも。
何でも、犯罪組織が、反政府組織に手を貸そうとしている節があるらしいと、最近噂に聞いた。
反政府組織の人間も、何度もターゲットにしてきたが。
此奴らは差が大きく。
チンピラが調子に乗っているだけの連中から。
軍から盗み出したような、かなり本格的な武器を持っている連中までいる。
犯罪組織以上に密閉的で。
此奴らも、組織の全容を、トップ以外は把握していない様子だ。
その要人だったのかも知れない。
いずれにしても、私には関係無い。
殺せと言われた相手を殺す。
それだけだ。
アパートに戻る。
昔は性交がかなりの娯楽になっていて。
商売にさえなっていたそうだが。
今ではそれもなくなっている。
相性が良い人間がカップルになる事もあるようだが。
性欲がなくなった今の時代。
昔とは随分と違う形での交流が行われる、という話もある。
私もそういった恋人を作るなとは言われているが。
そもそもその気が無い。
というよりも、だ。
つくったら即座に殺されるだろうし。
何もかものぞき見されている現状、そんなつもりにもなれなかった。
立て続けに仕事が入ったのだ。
しばらく休みたいと思ったが。
そうもいかないだろう。
私のような狙撃専門の国に雇われた殺し屋が、後何人いるかは知らないが。このコロニーの治安は最悪だ。
犯罪組織も、大きくなる前に、どんどん潰して行かなければならないだろうし。
反政府組織などは、見つけ次第皆殺し。
減った分は補充する。
そんな事を繰り返した結果。
街には中年以上の人間が、著しく減っている。
ターゲットとして狙う相手が、子供になるケースも増えてきている。
このコロニーでは、長生きは出来ないのだ。
長生きしたとしても。
何かしらの理由で政府に目をつけられれば殺されるし。
政府内でも、暗闘で殺し合いをするケースが珍しくもない。
噂によると、だが。
おかしな動きをした私のような人間が。
同業者に暗殺されるケースもあるらしい。
私も当然。
例外では無いだろう。
どれだけ優秀な成績を上げようが関係無い。
データは常に政府が回収しているので。
次の殺し屋にはそれがフィードバックされ。
より優秀な殺し屋が作られる。
要するに、私は。
消耗品なのだ。
ぼんやりしていると。上から声が聞こえた。
「このコロニーの政府は腐っている! 人間をもののように管理し、自分たちが繁栄を謳歌している! 今こそ人権を取り戻すときだ!」
命知らずな奴。
あくびをしながら見ると、どうやらドローンに拡声器をつけて、それで主張を垂れ流しているらしい。
行き交う人々も。
皆、誰もが無言。
関わったら殺される。
そう思っているのだ。
「今こそ銃を持って立ち上がれ! このコロニーを圧制者から解放するのは今をおいてない!」
まだ騒いでいるが。
次の瞬間。
ドローンが撃墜された。
空中で爆発したドローン。
通り過ぎていったのは、政府の爆撃ドローン。爆撃と言っても、空対空ミサイルも空対地ミサイルも装備している強力なものだ。今のような。個人で組んだドローンなんて、即座に粉砕可能である。
誰だか知らないが。
命がけで今のドローンを飛ばしたのだろう。
多分私か、私では無いにしても誰か殺し屋に。
仕事が行くだろう。
私が次にアジトに行くのは、二日後だ。
別の殺し屋がその間にアジトを訪れるから。そいつに仕事が回るかも知れない。どっちにしても、これだけ目立つ動きをしたのだ。
逃げ場がないコロニーである。
もはやどうにもならないだろう。
命を賭けてでも、圧政に対して逆らう姿勢を見せたかったのだろうか。
それはそれで立派なのかも知れないが。
このコロニーでは。
人間の数を調整しなければ、瞬く間に滅亡が待っている。
食糧だって足りないのだ。
政府が正しいとは私も思わないが。
それでも、誰かが泥を被らなければならないし。
人権という概念を表に出していたら。
それこそコロニーは瞬く間に人間でパンクするだろう。
負の遺産を、過去から押しつけられ。
そして誰も身動きすら出来ない。
それが今のこのコロニー。
愚かしい理由でエゴを振りかざし。
人権で金を稼ぎ。
挙げ句の果てに世界を滅ぼした。
過去の人間共を恨むしかないし。
恨んだところで、何にもならない。
過去の人間は、未来どころか、現在さえも奪っていった。だが、泣き言を言っていても。もはやどうにもならないのだ。
あくびを一つする。
私は、後。
どれだけ生きられるのだろう。
2、発火
最悪の任務が来た。
どうやら、反政府組織の頭領らしき人間が分かったと言うのである。それを消せ、というのだった。
相手は二十代後半の屈強な男。
恐らく体を改造していると見て良い。
自身が戦闘力を持つのではない。
防御力をかなり高め。
そして周囲に、強力な戦闘力を持つ改造人間を配置して。身を守っている様子だ。
既に三人のスナイパーが返り討ちにあっているということだ。
手紙をゴミ箱に捨てる。
三人、か。
私が仕事をしている間に、他の奴が仕事をして。
そして失敗した。
私に廻って来たという事は。
私より腕が立つ奴が返り討ちに遭ったという事で。
当然向こうも警戒している、という事だ。
余程に危険な相手なのだろう。
本来スナイプで消すのは、成長しきる前の政府の敵だが。
多分私が失敗したら。
政府は手段を選ばずそいつを殺しにかかる筈だ。
軍を動員し。
そいつの潜んでいる地域ごと、木っ端みじんにするかも知れない。
そんな程度ですめば良い方で。
下手をすると、一旦コロニーの酸素を全部抜いて。
政府関係者だけ生き残り。
新しく人間を作る、何てことをやりかねない。
私は噂にしか聞いていないが。
実際に今まで二度。
コロニー内の特定ブロックで、反乱分子が大きくなったという理由で、酸素を抜いて住民を丸ごと消す、という事が行われたそうである。
鬼畜外道の仕業だとかいう話だが。
コロニーから出れば即死。
コロニーの物資も限られている。
その状況では、この狂気は発生して当然なのではあるまいか。
更に言えば。
私もその反乱分子が勢力を持てば、殺される立場にある。
今まで政府のイヌとして五十人以上を殺してきた身だ。
もしも反乱分子の行動が迅速で。
政府を打倒でもしたら。
当然私のデータも流出し。
散々政府に都合が悪い人間を消してきた私も。
生き延びられるはずがない。
私に権利がなかった、等というのは理由にさえならない。
どちらにしても。
私は生きるためにも。
相手を殺さなければならない。
大局だのなんだのは。
私には選んでいる余裕も暇も無いのだ。
準備を終えると、下見に行く。
今回は少しばかり厄介だ。
まず、ターゲットが潜んでいる地域が、かなり治安が悪い。政府の監視網をかいくぐるネットワークが相当に作られている。
このコロニーの中でも。
政府は生殺与奪の権利を握ってはいるが。
何もかも完璧に掌握しているわけでは無い。
だから最悪の場合、地区ごと消すなどという事をするわけで。
それを避ける為にも。
早めに下見を済ませなければならない。
横の連携が取れていれば良いのだけれど。
それもないから、情報が私に入ってこない。
私は相手の顔しか分からない状態で。
仕事をしなければならないわけだ。
反政府組織とやらが跋扈するのも分かる気がする。
これでは真面目にやる気が起きなくなる人間も、少なからず出るのは、仕方が無い事だろう。
地区に入ると、空気からして違う。
恐らくコレは。
戸籍の売り買いなどもされているのではないのだろうか。
明らかに様子がおかしい人間が多数。
露骨な改造人間も目立った。
生体組織を売る事で。
金に換えることが出来るのだ。
そういった事情もあって、安い上に強くなる改造をする人間は決して少なくないとも聞いている。
私の場合は、かなり高価な改造だから、普通の人間と見分けがつかないが。
この辺りにいる人間は、かなり目立つ改造をしていた。
左腕だけ巨大化していたり。
目にあからさまなバイザーをつけていたり。
体を弄っていますと言っているようなものだ。
それも合法の奴では無いだろう。
なるほど。
これでは苦戦するはずだ。
下見をしていくが。
その間も、此方に視線を送ってくる奴はかなりいる。
よそ者。
そう判断したら。
即座に監視対象になるのだろう。
これは単独での暗殺はかなり難しいと判断するべきだ。
相手を殺す事が出来ても。
多分逃げ切るのは無理だ。
一度、地区を出る。
地区を出ると流石に追跡は止んだが。
それでも、生きた心地がしなかった。
既に死んだも同然の身だが。
それでもこれほど状況が悪い仕事は初めてで。
一瞬の油断が。
死につながるのがよく分かった。
これでは仕事どころでは無い。
アジトに入ると、状況を伝えるべく手紙を書く。
「敵は非常に強固な警戒網を作成。 よそ者と言うだけで警戒するため、暗殺は極めて困難。 ターゲットの姿すら視認できず。 増援か、陽動作戦の実施請う」
一応書いてはみるが。
さてはて、聞いてくれるかどうか。
アジトを出て、一度自宅に戻る。
無数の監視カメラがある路地を歩いて、ふと気付く。
つけられている。
こんな所でつけて来るとは、かなり命知らずな奴か。
もしくは監視カメラに写っても問題ない奴。
つまるところ、政府関係者か。
あの手紙がまさか問題視されたのか。
基本的に、政府関係者が直接話をする事は滅多に無い。
スナイパーは使い捨て。
秘密組織などと言っても、最悪の場合組織事切り捨てられる程度の存在でしか無いのだ。
まさかあの手紙を見て。
私が造反を考えたとか、判断したのではあるまいか。
だとすると、どうするか。
自宅には向かわず、道を変える。
かなりの距離、追跡してきたが。
やがて諦めたか、気配は消えた。
自宅に迂回してから戻る。
監視モードをオンにして、周囲を警戒するようにしてから。右手を外す。嘆息。右手をつけているときは仕事モード。
左手だけで生活をするのは大変なのだけれど。
家で本当に落ち着くときは。
右手を外すようにしている。
黙々とメンテナンスをする。
そしてそれが終わってから。
アジトに出向いた。
手紙が来ていた。
さっと中に目を通す。
「余剰人員無し。 やる気がないなら死ね」
舌打ち。
やはりそうか。
どうやら政府側は、私が失敗したら、あの地区ごと消すつもりと見て良いだろう。それも恐らくは、何かしらの不穏な動きを見せている奴も全員まとめて閉じ込めて、根こそぎ消すつもりだ。
人間は幾らでも個体数調整できる。
そう思っているから、だろう。
それにしても、やる気か。
そんなもので何でもかんでも出来たら。
この世に苦労などない。
手紙をゴミ箱に捨てると、ウイッグを変えてアジトを出る。
そして、諦めると。
仕事をする地区に向かった。
自決用の毒について確認しておく。
この毒は、一瞬で脳を汚染し、シナプスを全て破壊することで、情報が漏れるのを防ぐ。
そればかりか、一度発動させると、体内の改造している部分を強烈な酵素で溶かす。
つまり、あらゆる意味で。
機密の漏洩を防ぐのだ。
非人道的な毒だが。
私もレイプされ掛けた時の怖気が走る恐怖はよく覚えているし。
あんな目に遭うくらいなら、死んだ方がマシだ。
この毒は、最後に使うべきものだが。
一応確認しておくべきだろう。
反政府組織とやらも、今自分たちがかなり厳しい状態にある事くらいは理解している筈で。
もし私を捕まえたら。
それこそ手段を選ばず、あらゆる方法で情報を引き出そうとするだろう。
その時、どんな拷問が行われても不思議では無いし。
そんな目に遭うくらいなら、とっとと死ぬ。
どうせ安い命だ。
現在さえない私に取っては。
これ以上悲惨な目に遭うくらいなら。
とっとと死ぬ事に、なんらためらいは無い。
地区に足を踏み入れる。
ちくちくと視線が突き刺さるのを感じた。
なるほど、これでは前の三人も失敗するはずだ。恐らく前の三人も、無理だから増援を寄越せとか、陽動をとか、私と同じ要求をしたはずだ。
それでこの有様だと言う事は。
敵側も、かなり危険な状態だと言う事は理解していて。
そしてその中、無理に暗殺を決行しようとして。
前任者達は失敗したのだろう。
どうせ私が死ねば。
此奴らも全員死ぬ。
そのくらいはわからないのかなあと、溜息が零れるが。兎に角、チャンスを窺うしかない。
もたついていると、「やる気がない」と判断され。
その場で殺される。
毒は、遠隔操作でも発動させることが出来るのだ。
そうやって処理されるスナイパーもいるらしい。
私に取っては、どうでもいいことだが。
歩いていると。
さっそく数人に囲まれる。
全員、目つきが悪く。
そして携帯が許されていないはずの銃火器で武装していた。
軍からの横流し品だろうか。
「待ちな」
「何か」
「よそ者だな。 何をしに来た」
「暇なので散歩を」
包囲を崩さないまま、敵意の籠もった視線が突き刺さってきている。
これは詰んだか。
いずれにしても、まだだ。
「こんな危ない場所に散歩に来るとは、酔狂な話だな」
「此方の勝手でしょう」
「ああ、そうかもな。 お前、国のイヌだろう」
「何のこと」
まあ、それくらいの判断力はあるか。
私は生憎、狙撃以外は大した事は出来ない。体は弄っているし、身体能力も上げてはいるが。改造人間を多数捻り殺し逃げおおせるほどの運動能力を持ってはいない。
此奴ら全員を殺す事は出来るかも知れないが。
この地区の人間全部が敵だと思うと。
生還は無理だろう。
ならば、どうにか切り抜けるしかない。
「それ、何処で買ったの? 銃器の携帯は違法の筈だけれど」
「此処には法なんてないんだよ」
「そう、それなら私が歩いていても問題ないはずだけれど」
「この餓鬼……!」
手を伸ばしてくる、一番背が高くて、喧嘩慣れしていそうな男。
ああ、終わりかな。
そう思って、右手を外そうとした瞬間。
男の頭が、横殴りの銃撃で消し飛んだ。
横っ飛びに飛ぶと。
残りも撃ち殺す。
今のは何だか知らないが、好機だ。
援護射撃がある。
他の奴らが伏せている間に、走る。
ターゲットはいないか。
いたとしたら、その場で撃つしか無い。
外した右手はもうその場にうち捨てておく。
新しく作ればいいのだから、別に良い。
誰かが出てきて叫ぶ。
殺せ。
その顔をぶち抜くと。
敵の密度が多い方へ走る。
連続で射撃。
恐らく、敵が分厚く守っている方に、ターゲットがいるはず。別箇所からの狙撃で敵が混乱している間に、ターゲットを討ち取るしかない。
弾数はあまり残っていないが。
それでもまだある。
見えた。
ターゲットだ。
せわしなく、逃げだそうとしている。
その頭を。
私は即座に打ち抜いていた。
だが、同時に十発以上の鉛玉を浴びて、吹っ飛ぶ。
地面に転がり。
呻きながら、立ち上がる。
幸い、急所には入っていないが。
それでも、これは逃げ切れそうに無いか。
トラックが横付け。
引っ張られる。
そして、そのまま。
トラックは無理矢理、何人か轢き殺しながら、その地区を離れた。
「助けたの、無駄だったかも知れないねえ」
「あれ、増援はでないんじゃなかったっけ」
「私、殺されたと思われていた内の一人。 くそ真面目に報告に行っても消されるだけだから、隠れてた」
けらけらと笑うのは。
私よりだいぶ年上に見える、間違いなく同業者の女。
放り投げられたのは、さっき捨てた右手。
全身が酷く痛い。
血も大量に流れている。
「で、どうする。 組織に戻ったら、その怪我ではもういらないって判断されて、側処分されるかもしれないけれど」
「戻るしかない……」
「そう、好きにしな。 近くの地区で降ろしてやるよ」
まだトラックには銃撃が飛んできているが。
それも貫通はしない。当たらなければ安い。そういう事なのだろう。
地区を抜ける。
おかしな話だが。
これで、この地区の人間達は、皆殺しを免れただろう。
女は放り出すようにして、トラックから私を放り出すと、スピードを上げて何処かに走っていった。
あの女も分かっているはずだ。
ある程度時間が経てば、毒が勝手に作用する。
そうなれば、二目と見られないほど悲惨な死体になる。
機密保持のためだ。
だから、助かる可能性は無い。
更に言えば、作戦を放棄して逃げた、という時点で。
今の失点が回復される可能性もない。
詰んでいる。
なら、なんで今みたいな酔狂な行為に出たのだろう。
私も、同じ立場なら。
同じように動いたのだろうか。
血だらけのまま、歩いて、アジトの一つに入る。
一番奥の部屋で、力尽きた。
大量の出血で目がかすむ。
呼吸が乱れる。
痛みが酷い。
「作戦完了。 ターゲット処理」
返事は無い。
意識が、そのまま。
消えた。
気がつくと、裸にされて、転がされていた。
銃弾を乱暴に引き抜かれ。
彼方此方改造された様子がある。
半身を起こして、体を触る。
側に人影は無い。
ロボットアームが、機械的に、手術を実行したようだった。
生かされた。
つまり、組織側が。
私の功績を考慮したのか。
いや、違う。
多分、新しい技術の実験台にしただけだろう。
体に開いた穴は、ケロイド状の傷になっていたけれど。
一応もう痛みは無い。
これは恐らく、根本的に体を弄られたな、と思った。
話には聞いている。
人間を生体改造するにしても、段階があり。
私のように、一部を弄るのはまだ段階が低い方。
最高ランクの、機密レベルの改造になってくると。
全身を弄るケースがあると言う。
その場合は、もう人間とは呼べない状態になるらしいのだが。成功例は非常に少なく、しかも被検体が脱走するケースも相次いだため。
組織内にも、過去に実験台にされたものはいたが。
現在は存在していない、という話だった。
こういった話は、同業者から聞くのでは無い。
たまに、指示をする手紙の中に、書いてあったりするのだ。
完全に機械的に接するだけではなく。
モチベーションを上げるために、雑談のような内容を混ぜるのが慣例になっているらしく。
過酷な世界の中で。
その雑談を見るのが楽しみだったりもするのだが。
まさか自分が全身改造されるとは、思っていなかった。
乱暴にうち捨てられていた、穴だらけの服を着直す。
右手を外してみるが。
此処はそのまま。
違うのは、全身の回復力。
それに、異常なまでにわき上がってくる食欲か。
身体能力も上がっているようだ。
その代わり、代謝が滅茶苦茶に上がっているようである。
側に、生肉の塊が置かれているが。
それを躊躇無く手にすると、食べ始める。
生だろうが関係無い。
兎に角肉だ。
明らかに異常な量の肉を食べ終えると。
それでも、渇望を感じた。
そうか、完全に人間では無くなったんだな。
私は自嘲する。
組織に入ったときから。
もう人間扱いはされていないことが分かっていた。
だが。
これでは、そもそも。
食糧を供給されなければ。その時点で干涸らびて死ぬと見て良いだろう。
上層部は私の実績など考慮していない。
たまたま死にかけの実戦経験者が手に入ったから。
それを使っただけだ。
モノなのだ。
どこまで行っても。
だが、この力は。
或いは。
少しずつ、使い方を覚えていくとしても。
まずは、部屋を出る。
驚いたことに、アジトの一つにつながっていた。そのまま、用意されていたウイッグをつけて、外に。
自宅へと戻る。
ふと気付いて、見ると。
私がスナイプした地区が、燃えていた。
あの様子では、恐らくだが。
空気の供給を絶たれた上。
ガソリンか何かの強烈な燃焼剤をブチ撒かれ。
火をつけられたのだろう。
見せしめというわけだ。
恐らく、反乱勢力が跋扈しているというのは、既に周知の事実になっていた筈で。
その頭が潰れた今。
残党をこうやって徹底的に処理し。
反乱勢力が抑えていた地区を潰すことで。
政府に逆らえばどうなるか、見せつけている、という事なのだろう。
結局私がスマートに仕事を終えても。
結果は同じだっただろう。
何となく悟るが。
このコロニーは、近いうちに滅ぶ。
政府がこれだけ無茶な事をやっているにも関わらず、あれだけの反乱勢力が出てくるくらいなのだ。
もうどうしようもない状態にまで。
状況が悪化している、と見て良い。
政府の連中が、皆殺しを決断するのも近いかも知れない。
その時、私は。
右手を見る。
そして、体に仕込まれたままの。
毒についても、考えていた。
3、造反
アジトに出向く。
仕事を受けに行ったのではない。
仕事を報告に行ったのだ。
ターゲットの処理完了。
下見もいらない。
情報を得た足で、そのまま殺してきた。
身体能力が上がったという事は、判断力も上がったという事だ。
周囲の把握も。
地形の利用も。
今までとは比較にならないほど簡単になった。
報酬を振り込むという手紙があったので、ゴミ箱に放る。
しばらくは、出来る奴だと見せておく必要がある。
まだ、毒をどうやって対策すれば良いか、分からないからだ。
それに、造反するにしても。
頭に埋め込まれているPCが、余計な事を考えれば、即座に政府に知らせる仕組みになっている。
それもどうにかしなければならない。
大体、体全部を改造された時点で。
私は要注意観察対象になっているはずで。
今まで以上に厳重に、監視されているはずだ。
下手な事は、当分できないと見て良いだろう。
家に戻ると。
右手を外す。
今までよりも、遙かに多くの弾丸をストックできるようになっていた。弾丸の生成速度も速い。
同時に、動くのに凄まじい高カロリーが必要になる。
冷蔵庫には、圧縮チョコレートが詰め込まれていて。
これを喰えと言われていた。
コレがおぞましいまでにまずいのだが。
体を維持するには、他に方法が無い。
理性が飛んだら。
私は人間を襲って、そのまま喰いかねない状態になっているのだ。
その辺も政府は見ていて。
どうなるか。
どう動くか。
考えているのだろう。
実際問題、私は。
今、街を歩いている人間が、肉の塊に見え始めている。
子供なんて格好のごちそうだ。
もしも喰って良いと言われたら。
躊躇無く襲いかかって、骨も残さず食い尽くしてしまうだろう。
チョコレートを無心にかじっていると。
手紙が投函された。
組織がこういうアクセスをしてくるのは珍しい事だ。
手紙には、かなり複雑な文章が書かれている。
数式か。
チョコをかじりながら計算する。
頭の方も、糖分さえ入れれば働く。
それも、今までとは比較にならないレベルで。
黙々と計算をとくと。
アジトに届ける。
人体実験の一部だろう。
こういった圧縮チョコレートだけで私を御せると思っているのは好都合だし、こんな風に遊んでいる内に何とか対策を練らなければならない。相手は私でデータをとっている最中で。
失敗したと判断したら。
即座に処理に掛かってくるはず。
多分、スナイパーや他の暗殺手段なら迎撃できるが。
体内に仕込まれている毒だけはどうにもならない。
今、位置を特定しようと必死になっているのだけれども。
どちらにしても。
スピード勝負だ。
自宅に戻る。
ちょっと頭を使っただけなのに。
圧縮チョコレートが欲しい。
喰う。
食らう。
ひたすらに。
それでいて、体型がまったく代わらないのだ。
昔の人間は、体重に一喜一憂していたらしいけれど。
私の場合は喰わないと死ぬので。
それどころではないが。
とにかく、暇さえあれば何かを口にしなければいけないのは、かなり面倒だ。歯もその分磨いていたのだが。
しかし、ある時期から。
それも必要なくなった。
体の構造がどんどん変化しているのだ。
どうやら、口の構造も。
人間とは違ってきている様子だ。
これはますます人間ではないな。
苦笑してしまうけれど。
それはそれだ。
どうしようもない。
それよりも、良い事が起こる。
アジトに行って、戻って。
そして、風呂に入っていたあるタイミングで。
脇腹から。
ぷっと吐き出すように、何かが出たのである。
あまりにも自然だったので。
何が起きたのか。わからなかった位だ。
だが、それが何なのか。
摘んでみて、すぐに分かった。
毒のカプセル。
カプセルが一つとは限らない。
だが、それでも、これは。
恐らく体の方が、有害物質だと判断して、吐き出したと見て良いだろう。
良い傾向だ。
ほくそ笑む。
すぐに排水溝に毒カプセルを放り込む。
このまま行くと。
近いうちに。
私は制御不能の怪物と化すかも知れない。
だが、それこそ本望。
現在どころか未来もない今だ。
好き勝手に出来るなら。
私はその方が良い。
最初の毒カプセルが出てから数日の間に。
続けて四つの毒カプセルが体から吐き捨てられた。
体そのものが完全におかしくなっているのは分かっていたけれど。これはいい傾向である。
アジトには顔を出すが。
毒カプセルのことは一切口にしない。
もっとも、私を人体実験して、何とも思わない連中だ。
もっと色々仕込んでいてもおかしくないが。
案の定。
予想は当たる。
暗殺を終えて、腹の辺りに違和感。
帰って、腹を見ると。何か飛び出していた。
無理矢理引っ張ると、コードがついている。そのコードごと、体から引きちぎって引きずり出す。
痛みは、不思議と。
ほぼ感じなかった。
どうやら爆弾だ。
それもかなり火力が高い。
多分プラスチック爆弾か何かだろう。それも核戦争前の奴を遙かに強力に改良した奴。
即座に雷管を引っこ抜いて無力化すると。
下水に放り捨てる。
コレで終わりだろうか。
だが、そうではなかった。
数日後。
また仕事を終えて戻ると。
今度は、頭がかゆくて仕方が無い。
そして、無理矢理飛び出してきたそれを引っ張り出すと。
どうやら、脳に埋め込まれていたPCらしい。
くつくつと、笑い声が漏れてくる。
これ、外したら死ぬはずなのだが。
つまり、脳にかなり無茶な負荷を与えても、今の私は死なない、という事になる。文字通り、完全なバケモノだ。
だが、恐らくは。
流石に組織の方でも気付いたはずだ。
私の体の異変は速度を増す。
まず左目。
一種の義眼であるそれが、ぼろりと落ちた。
代わりに、目が凄まじい速度で生えてくる。
人間の形はしているが。
これはプラナリア何てレベルじゃない。
文字通りバケモノとしての再生能力だ。
更に、である。
右腕が隆起して、やがて銃を吐き捨てるようにして排出した。
銃の機構もろとも、である。
肉が盛り上がり。
右腕が再構築されていく。
大量の鮮血があふれ出るが。
それもすぐに止まった。
そうか。
此奴には世話になったけれど。
もう必要ないか。
チョコを喰う。
コレじゃあ駄目だな。
人間を喰うか。
いや、まだ少しばかり早い。
組織は恐らく、まだおもしろがって観察している状態の筈だ。多分だが、もし私が暴走しても、どうにでも出来る自信があるのだろう。
だが、甘い。
私は既に。
そのくびきを全て外した。
体内は、もはや異物無し。
これはどうしてか分かるのだ。
毒物の類は全て廃棄したが。
そもそも、あの毒も、既にこの体には効かないだろう。
爆弾さえ。
効果があるか分からない。
空気が無くても大丈夫か。
それは分からないけれど。
いずれにしても、生半可な事では死なないことは確かだ。
アジトに行くのを止める事にしたのは。
翌日のこと。
自信がついた。
私は、この状況に。
反逆する。
アジトに行かなかったのを、即座に組織も反逆と判断したのだろう。早速尾行がつくようになった。
だが、今は。
もう、エサが。
どんな風に歩いているか。
それも全て分かるようになっていた。
即座にエサの死角に回り込む。
つけてきていたのは、スーツを着たサラリーマン風の男だったが、関係無い。腹も減っていたし、丁度良い。
抜き手で背中から心臓を貫き。
即座に殺すと。
路地裏に引きずり込んで、服を剥がし。肉を食った。
骨ごと、である。
流石に消化器だけは残したが。
それも食べてしまっても良かったかも知れない。
内臓も骨も。
柔らかすぎて、どれもこれもむしゃぶりつくようにして食らった。圧縮チョコばかりで、いい加減イライラしていたのだ。
こんなにも肉は軟らかかったのか。
肉汁は香ばしかったのか。
血は甘かったのか。
あまりにも美味すぎる。
配給の合成肉はどれもこれもおぞましいまでにまずかったし。
更に最近喰わされていた圧縮チョコレートは、それを超えるまずさだった。
だからこそに。
人間の肉という本物の食い物は。
私の舌も。
腹も。
大いに満足させたが。
残念ながら、量が足りない。
人間一人を丸ごと食らっても。
まだ食い足りないのである。
舌なめずりすると、血だらけになった服のことを考えて、くつくつと笑う。
今更どうでもいい。
すぐにその場を後にする。
組織の方も、これで。
抹殺の方向で動き出すはずだ。
最初にスナイパーを送り込んでくるだろう。さて、どうやって狙って来る。
歩いていると、思った以上に展開が早い。
後方。
5時方向。
ビルから狙っている。
得物は対物ライフルか。
いずれにしても、即座に殺す。
一瞬で雑踏に紛れると。
相手の視界から外れる。
空気の流れやアドレナリンの臭いなどで、相手の困惑が手に取るように分かってしまう。慌てている相手は、私と同じ年くらいの女だったが。
それこそどうでもいい。
相手が伏せている地点の背後から、ビルをそのまま這い上がって後ろを取ると。
相手が何が起きているか気づきさえする前に。
頭を掴んで、そのまま首を引きちぎった。
もったいないので、大量の鮮血が噴き出す首を掴んで、そのまま血を飲み干す。
見る間に相手の体がしなびていくので。
何だか面白かった。
そのまま食らってしまう。
頭をがりがりと囓って、頭蓋骨ごと。
体も消化器をひっぱりだすと、その辺にうち捨て。
残りは全部、毛一本に至るまで食べていく。
骨まで美味い。
人間の女は、こんなに柔らかくて。
とろけるように美味かったのか。
抑えていた食欲が爆発する。
さて、次は。
多分組織は、二人立て続けに返り討ちに遭ったことを、即座に察知したはずだ。監視カメラは見つけ次第潰しているが。
それでも分かるものはわかる。
連中が、政府に具申して。
政府がコロニーの人間を一旦皆殺しにすることを考え始めるまでが勝負だ。それまでに、可能な限り食らって。
強くなっておかなければならない。
「ひっ……!」
悲鳴。
流石に死体に無関心でも。
その死体を食らうのを見るのは初めてだったのだろう。
哀れな犠牲者が、小さな悲鳴を上げた。
今、丁度食事を終えたばかりの私を。
部屋に入ってきた、背の低い男が見たのだ。
貧困層は配給も少なく。
あまり背が高く育たない。
私も、背が伸び始めたのは、配給でエサを与えられるようになってからだ。カロリーだけは立派だったのだ。あのゲロまずいエサも。
犠牲者が逃げ出そうとする前に。
その首は、290度回転して。
そして、地面に倒れていた。
痙攣している男を。
もはや面倒だと。
私は服ごと食べ始めた。
全身が膨らんでいくのが分かる。
体積的な意味では無い。
取り込んだ栄養が、肉体をどんどん強化しているのだ。元々改造されていた要素が、肉体によって押しのけられるほどの状態である。更にそれが強化され、アップデートされている。
政府はおそらくだけれども。
この状態を予期していた筈だ。
ある程度までは。
だから、実験体として私を生かしていた。
しかし私の肉体変化、或いは肉体強化というべきか。
それは想像以上に早かった。
多分その原動力になったのは、これまでも何だかんだで生き延びてきた戦闘経験値と。
何よりそれ以上に。
鬱屈だ。
これ以上道具として使い潰されてたまるか。
道具として使い潰された同じ組織の人間だけじゃあない。
私自身、下層階級の人間として、結局使い潰される運命にあった。
勿論、このコロニーの資源が限られていて。
人間の数も管理しなければならなかったという理屈も分かる。
それは大いに理解している。
だが、結局の所。
その理屈は、コロニーの支配者層には適応されない。
きわめて身勝手なものではないか。
それへの怒りが。
私の中で燃えている。
立て続けに三人を食らった私は。
その三人分の命と力を手に入れ。
更に加速度的に強くなっている。
そろそろなりふり構わず殺しに来るはずだ。下手をすると、空爆くらいはしてくるかも知れない。
だから行動。
まずは、このビルの入り口を封鎖。
中にいる人間を一人残らず捕らえ。
そして全員を。
即座に食らった。
美味い。
美味すぎる。
肉の旨み。
油の味。
骨の感触。
内臓の苦み。
何もかも、今まで得ようとして、絶対に得られないものだった。もう面倒くさいので、途中からは生きたまま、全部何もかも食べるようになって行った。頭から人間を囓っていく私を見て。
死にも他の何もかもにも鈍感になっていた筈の人間達は。
絶叫した。
ごくりと私が喉を鳴らす度に。
美味なる肉が通り抜けていき。
一瞬で消化され。
全身の力へと代わっていく。
そして、ビルの人間を食べ尽くすまで。
十五分と掛からなかった。
血だらけのビルの壁を、蹴り砕いて外に出る。
どうやら政府も決断したようだ。
外には、空爆用のドローンが、滞空しているのが見えた。搭載しているのは対MBT用のミサイルだろう。
面白い。
やってみろ。
右手を外そうと思って、ああもう生えてきていたのだと思い出し、苦笑。
ミサイルが直後。
多数着弾。
周囲にいた人間を木っ端みじんに吹き飛ばしていた。
だが、ミサイルが引き起こした粉塵が収まった頃には。
無傷で。
服だけがなくなった私が其処に立っている。
笑みをつり上げて。
そして、左手には。今ので吹っ飛んだビルの壁の欠片を掴んでいた。
投擲。
ドローン三機を、欠片が跳ね返るのを利用して、一度に撃墜する。
立て続けに第二射。
まだミサイルを撃っていないドローンが、消し飛ぶ。
アラートがけたたましく鳴り始める。
今頃、政府の関係者が、シェルターに逃げ込み始めているだろう。そしてシェルターを封鎖した後。
このコロニーに、致死性のガスを流し込み。
更に超高温で消毒するつもりだ。
だが、そうはさせない。
逃げ惑うエサはどうでもいい。
走り始める。
多分コロニーの位置は政府官邸か、もしくは政府機能中枢だ。
コロニーの中央には、悪趣味なタワーがあって。
それの地下が間違いなくそれだろう。
案の定、大慌てした政府の関係者らしい車が、多数詰めかけている。
私は、その中に踊り込むと。
SPをしているらしいロボットを、一撃で、素手で唐竹割りにしたのを手始めに。片っ端から、周囲の人間を皆殺しにした。
エサ。
喰いたい。
食欲がせり上がってくるが。
我慢だ。
今は、まずはこの政府そのものを抑えなければならない。
流石にコロニーを焼却する超高温や。コロニーの外にある超低温の世界には、私だって耐えることが出来ない。
幾ら強くなっても。
所詮は細胞なのだ。
ミサイルなどの瞬間的な爆破には耐え切れても。
継続的に高低温に晒されれば。
どうしても死ぬ。
走りながら、次々政府上層の人間を殺す。
何、構うことは無い。
今まで人間を全部道具として扱い。
私も道具として扱い。
必要がなくなれば殺してきた連中だ。
そんなもん。
殺しても、なんら思うところは無い。
やらなければやられていたのだ。
完全武装の兵士達が出てくる。多分政府中枢で育成していた最精鋭だろう。シールドを構えて、アサルトライフルで射撃してくるが。
私の体は。
既にライフルの弾なんて通さなかった。
駆け抜ける。
即座に、全員の首が、胴から離れていた。
見つける。
即座に首根っこを掴んで、押さえ込んだ。
その老い果てた老人が。
コロニーの長だ。
「お、お前は! 何をしているか、分かっているのか!」
「分かっていますよぉ、首相。 これは貴方たちと私の闘争だ。 貴方たちが私を殺そうとしたように。 実験台にされたあげく殺されそうになった私は、貴方たちを返り討ちにする。 それだけですよぉ」
「狂ってる!」
「あんただけには言われたくない」
そのまま、私は。
首相の首を、脊髄ごと。
体から引き抜いていた。
4、終焉
誰かが、大慌てで滅却システムを稼働させたのだろう。
既に生きたモノのいない政府官邸で。
私は、アラームの音を聞いていた。
足早に歩く。
シェルターを封鎖しようとしていたが、そうはさせない。封鎖の寸前に手を突っ込んで。凄まじい馬力で閉じようとしていたシェルターを、それ以上のパワーで無理矢理こじ開ける。
既に私は、人間の形をしていなかった。
私の手は、四本に増え。
その二本を使って。
こじ開けるようにして、シェルターを無理矢理開放。
そして中に入ると。
悲鳴を上げる政府関係者を、その場で皆殺し。
科学者も皆殺し。
滅却システムを停止した。
人間の形に、一度落ち着かせようと思ったが。
取り込んだ肉の量が少しばかり多すぎるらしい。
前よりも私は。
二回りも大きくなっていた。
適当に服を着込む。
食欲も一旦は落ち着いた。
それに、これからは。
人間も食い放題だ。
コロニー全体へ。放送を開始する。
「諸君。 私は政府のイヌとして、スナイパーをしていたものだ。 政府に都合が悪い人間を片っ端から殺していた、改造人間だった。 だがある事件で大けがをして、政府が進めていた計画に沿って、全身を改造された。 その結果、あらゆる能力が人間を越え、そして人間はエサとしか見なさないようになったあ。 そして政府を今、完全に掌握して、首相以下政府関係者を皆殺しにしてやったぞ」
最後は笑い声が混じった。
政府機能が全滅したこと。
コロニーのロボットは全て掌握した事。
逆らったら、その瞬間全員を殺す事。
それらを全て告げる。
「私のエサについては、これから諸君を順番に、と思っていたが。 別に政府機能を掌握した今、人間、つまりエサなど幾らでも遺伝子プールから作り出せる。 これからも諸君は、今まで同様、道具としての生活を続けて欲しい。 何、どうせ政府の中枢が人間から喰人鬼になろうと、何も変わることなどない。 むしろ私としては、コロニーの維持のために、今後はキミ達に対して、前の政府よりも待遇を良くするつもりだ。 このコロニーが滅んでしまったら、私も死んでしまうからな。 流石に外を吹き荒れる超低温のブリザードの中では、私も生きていく事が出来ない」
さて、どんな絶望とともに、外のエサどもは話を聞いているのだろう。
周囲には監視カメラの大本。
監視画像も映し出されている。
それらを見る限り。
唖然として、スピーカーを見上げているようだった。
根源的な恐怖が誰の目にも宿っている。
当然だろう。
「恐怖したのなら、このコロニーからの脱出をはかっても良い。 外はー40℃のブリザードだがな! 怒りを覚えたのなら、抵抗しても良い! 抵抗するなら私としても大いに歓迎だ。 活きのいいエサの方が貪りがいがあるからな。 死にたいのなら申し出ろ、即座にその場で食らってやる」
パニックになるエサどもの背中から。
笑い声と共に、暴君と化した私は、宣告する。
「これより、貧富の格差も、人間の貴賤も等しく消滅する! 諸君は全員が等しく私のエサだ! 政府は全て私一人で運営が可能になった! だからこれより、私が政府であり、私に逆らいさえしなければ、今までより遙かに良い待遇と、今までよりも遙かに楽な生活を保障しよう! コロニーを維持するため、そして私に喰われるのを避ける為に働くがいいエサどもよ! 人間はこれより、このコロニーの支配者ではなくなった! 上位捕食者であるこの私が誕生した今より! このコロニーは、私の私物だ!」
後は、笑いが爆発した。
逃げ惑うエサどもの、なんと滑稽な事よ。
即座にロボット達を動かし。
秩序の再構築を始める。
私は嘘をつくつもりは無い。
これからエサは、遺伝子プールで作り出した人間に限定するつもりだ。まあ私に逆らう酔狂な人間が出たら。
それもエサにするが。
首相権限を奪取した私の命令に、ロボット達は全面服従。
まだ生き残っていた政府関係者を。
一匹残らず捕獲してきた。
こういうとき、徹底的な監視体制がものをいう。
勿論捕獲してきたエサは。
その場で全部食らった。
犯罪組織も。
反政府組織も。
暗殺なんてちまちました方法では潰さない。
私が出向いて。
その場で皆殺しにして。
全部食らう。
やがて、私は。
コロニーに暮らす者達から。
サトゥルヌスと呼ばれるようになっていた。
古い神話に登場する、子供を食らった狂気の神らしい。
どうでもいい。
私は、これより。
エサを管理しながら、コロニーを維持することだけを考えて行くのだから。
コロニーを支配完了してから、数十年ほど。
コロニーは見違えるほど良くなった。
私一人がコロニーを管理する事で、汚職は一切なくなり。
犯罪も一切が消え去った。
エサどもは与えておいたルーチンに従って仕事をこなし。
それも能力に合わせて与えた仕事をこなすだけの日々。
過度の負荷が掛からないように計算をしつくし。
そしてコロニー全体での生産性も、コロニー内での技術も、日進月歩で進歩した。
それぞれが豊かに生活できるようになり。
少なくとも、氷河期を終えるまで、生き延びるための算段はついた。
地熱を利用した発電システムは。
実は既にかなり限界が近い状態だったのだが。
それも直させ。
今では、氷河期が終わるまでは、確実に持ちこたえられるだけの耐性がしっかりついていた。
鼻を鳴らす。
結局の所。
ああだこうだいいながら。
政府がやっていたのは、富と権力の独占だったのだ。
過酷な環境だったから、何をしても良い。
そんな理屈で政府はあらゆる行為を正当化していた。
だが現実はどうだ。
既にシステムは摩耗しきり。
命綱である発電機さえ、死にかけていた。
私のようなバケモノが支配した方が、より効率よく人間を管理し。
挙げ句の果てに、発電機もきちんと直り。
このコロニーの人間達は。
氷河期を超える事が出来そうだ。
氷河期が終わっても。
方針を変える気は無い。
通信を実際に試してみたが。
現在世界には三十程度のコロニーが存在していて。
それらの中で、氷河期を越えられそうなものは此処しかない。
他は内紛だの何だのでグダグダ。
既に自滅したコロニーも多数ある。
結局の所。
人間は、核戦争で世界を滅ぼしたときに。
この世界を支配する座から自ら降りるべきだったのだろう。
それが出来なかったから。
今こういうことになっている。
現在私がやっているのは。
他のコロニーから、遺伝子プールの情報を得ること。
氷河期が終わったとき。
外に出ても、殆ど生物はいないだろう。
生態系が再構築されるまで、数千年、或いは数万年という単位が必要になる筈で。
それまで不毛の荒野を見るのも問題だ。
動物の遺伝子データをある程度確保しておかなければ。
世界の再建どころではない。
更に言えば。
不毛の荒野では、私のエサも確保できない。
今は人口蛋白を使って、人間を製造して、エサにしているが。
もっと食いでのあるエサも欲しいではないか。
ロボットが来る。
「首相閣下」
「どうした」
「外壁の換装が完了いたしました。 これで氷河期が終わるまで、確実にこのコロニーは持ちこたえることが出来ます」
「それは結構。 休め」
頭を下げると。
人間の姿を模した忠実なロボットが退出する。
ちなみに私は食事の最中だ。
色々試してみたが。
人間の子供が一番美味い。
しかもクローン生成したばかりだから、何もかもを気兼ねなく食べる事が出来る。柔らかくて栄養価も高い最高の食事だ。ばりばりと頭から囓っていくが。オスでもメスでもエサは子供に限る。
こうして人間の時代は終わった。
これからはより上位の存在である私の時代だ。
だが。人間は労働力として使えるから生かしておいてやる。
自業自得の結末だから。
文句を言わせるつもりはないし。
奴らに文句を言う資格も無い。
さて、外に軽く運動しに行くとしよう。
もしもこのコロニーが滅びたとき。
冬眠をするか。
或いはブリザードの中で生きていくことを考えなければならない。
私はその時に備えて。
動けるように準備を整えているのだ。
私は、生き延びる。
そして、この世界を。
支配し続ける。
(終)
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