真なる審判

 

序、研究開始

 

必要と判断したデータを、全て01はピックアップ。それを、同世代のクローン達と一緒に精査した。

PCは人数分揃っている。

皆で手分けしたから作業は早かったけれど。

しかしながら、膨大なデータだ。

世界が滅びる前。

人間は八十億に迫る数がいたという。

今はクローンが300人に届かない。そしてコールドスリープしている人々も二十五万人弱。

あっと言う間に世界を滅ぼした、究極の業病。

病気だと言う事。

健康であればあるほどかかるという事。

どのような対策を取っても無駄だと言う事。

そして先天性の致命的な欠陥があっても掛からないと言う事。

それらが、人類が半年で出した結論。それ以降は、これから01達が、全力で解明しなければならなかった。

ざっと資料に目を通した後。

05が音声チャットで話しかけてくる。

目が悪い05は、主に耳で話を聞くのだけれども。

喋るのもあまり得意ではないらしく。

良く動く片腕だけを使って、キーボードを打鍵し、それで音声チャットして周囲と会話する事が多い。

その気になれば喋る事も出来るようだが。

これが一番楽だ、と言う事なので合わせている。

「事前に予習していたけれど、この病気は本当に厄介だよ。 あらゆるプロフェッショナルが集まって、それでもどうにもならなかった。 細菌、ウィルス、寄生虫、あらゆる可能性が試された。 それでも分からなかった。 研究の一部を見ると、何かしらの存在が、二次的にゾンビ化を体内で引き起こしていることや、ゾンビ化すると特定周波の電波に引き寄せられる事が分かっているけれど……それだけだね」

「それならば、それ以外の可能性を模索するだけですわ」

07の優しい言葉に、01は頷いていた。

時間がなかったのだ。

昔だったら、相応にいたプロフェッショナル達と連携して、何とか出来たのかも知れない。

今は自分達しかいない。

そして幸い、最後まで命を削ってくれたカルネさんのおかげで、プロフェッショナルにはなれている。

後はそれぞれが、連携して動くだけだ。

教育は、此処までで充分。

後の世代の教育を、毎日02が主にやってくれる。

01は07と連携しながら、研究を此処からは主体で行う。

カルネさんは、本当に命がけで最後までプロフェッショナルの育成につきあってくれた。

文明は。

英知はおかげで保存された。

だからそれを活用して、これから反転攻勢に出る。ゾンビ化の要因を突き止めて、そして世界から駆逐する。

頷くと、まずは手分けして、研究を開始。

05が、それをまとめてくれ。今までの研究データと照らし合わせる作業を行う。

02以外の、01と同じ奈木タイプのクローン達は、連携して後続の学習と、研究の補助を行う。

何しろクローン。

皆同じなのだから、動くのは非常にスムーズに出来る。色々な映像を見て、ゾンビパンデミックが起きる前の世界の事は知っているが。どんな組織よりも連携して動けると断言できる。これは別に驕りでも何でも無く、単なる客観的事実である。

さて、此処からである。

データを確認していく。

モリソンさんがとても分かりやすく整理していたので、非常に把握が簡単だ。そして夕方に知識共有をそれぞれ行って、互いの知識を補完する。もっと幼い頃からやっていたのである。

これくらいは軽い。

既に見張りは、下の世代の子供達に任せている。

現在はジャガーが今まで侵入してきた場所を確認。要所にセントリーガンと犬を設置して、危険を察知しているが。

どうやらジャガーだけではなく猛獣はどいつも、この基地にうまそうなのがいると認識したらしく。

定期的にしかけてくる。

いたちごっこが続いているが。

現状、入り込んだ猛獣は生かして帰していない。

そうすることで、ここにはいりこんだら死ぬと教え込まなければならないのだ。これ以上の不幸を避ける為に。

次の日も、研究の成果を洗い直す。

07が提案。

試験をやってみたい、というのである。

実際に普通の人間のクローンを作って、ゾンビ化の過程を確認したいというのだ。

頷くと、03に補助に当たるように指示。更に下の世代の子を二人、連れていくようにとも。

安全対策だ。

ゾンビ化すると、突然パワーアップしたり巨大化したり変化したり、そういうことが起きるわけではない。

ただ、ゾンビ化した細胞が、どんな影響を及ぼすか分からない。

気密室で、しかも硝子内でクローンを行うようにと指示。

頷くと、07は研究を開始した。

そして一週間後。

受精卵が、いきなりゾンビ化した。受精卵の段階でゾンビ化するというのは、色々とおぞましい。

細胞分裂も止まり。

腐敗が始まる。

その過程を、07は丁寧にメモ。気密室でさえ役に立たないというのは分かっていたが、それを目の前で確認できた事になる。

やがて取るべきデータを完全に取ったので、その研究をフィードバック。

勿論、研究に関わった者達に、ゾンビ化の兆候は出ていない。

「これで幾つか確認できましたが、ゾンビ化の要因は細菌、ウィルス、プリオン、いずれのどれでもないとも思います。 可能性としてはプリオンですが、それでも未知のものでしょう」

「くわしく」

頷くと07は、理知的に説明を始める。

そもそも最大の問題として、プリオンというものが生物と非生物の中間点。生物とは言い難いながらも、物質としてその存在を維持する過渡期の存在であると言うことがあるという。

このため極めてその存在は微細であり。

文字通り、ウィルスでさえなしえないような事をやってくる可能性がある、ということだ。

それについては、01でも分かる。

狂牛病などで有名なプリオンは、「半生命体」とでも言うべき蛋白質の一種であり。まだ謎が多い存在だ。

「今回も、気密した状態で、冷凍保存されていた細胞からクローンを作ったにもかかわらず、受精卵の段階でゾンビ化が発生しています。 使用した器具類は全て徹底的に消毒、洗浄したものです。 空気に関しても、二次的に作成しました。 この状態でゾンビ化が発生するとなると……」

「現時点で殺菌が出来ないレベルの微細なプリオンによる感染……?」

「いえ、そうではなく。 今までのデータを考える限り、体内で二次的にゾンビ化を引き起こす物質が作られています。 プリオンが原因なのではなく、そもそも何か根本的な見落としがあるとしか思えません。 今回のデータで、顔ダニは恐らく可能性がなくなりました。 ミトコンドリアも調査してみたのですが、どうもこれも可能性が低そうです」

そうなると、何だ。

実は人間は生物として発展する過程で。多くの他の生物を取り込んで来ている。

その一つが、細胞内に必ず存在するミトコンドリアである。

これなどは一種の寄生存在と言っても良い。

「いずれにしても、今まで研究をして来た科学者達に解明できなかったと言う事は、恐らく既存のものとは全く違う病気と考えなければならないと思う。 既存の観点とは違う観点を中心に攻めるべきではないのだろうか」

「はい、01の言う通りだと思います。 これからも色々条件を変えてデータを蓄積します」

「お願い。 実験を手伝えるのなら、どんどん手伝いを指名して」

07が頷き、一旦話し合いは解散となる。05はそのままその場に残り、議事録の整理とデータの確認。04がその補佐に当たる。

足が悪い07が、松葉杖で歩くのにあわせて、01が廊下を行く。

「今後、次の世代もどんどん一人前になっていくけれど。 人数を増やして、研究を同時に色々な方向から攻めるとして……可能性が一番ありそうなのは何だと思う?」

「プリオンというのも可能性の一つに過ぎないと判断するしかないですね。 神の呪いだのは病気であるという事が分かっているので論外だとして……更に微細な何かが、何かしらの切っ掛けで一斉に人体に反乱を開始したという可能性もありますわ」

「そう……」

カルネさんが、最後の最後まで血を吐き心身を滅茶苦茶に削りながら、戦ってくれた。

それを無駄には出来ない。

一度07と別れて、外に。

研究については、07にだけ任せてはいられない。01もスペシャリストに育ったのだ。此方からも、色々とやっていかなければならないだろう。

デスクワークを07にやらせるなら。

01はフィールドワークか。

計画を策定し。

翌日の朝、また集まった第一世代の皆に告げる。

「07には引き続き作業を継続して貰うとして、私は第二世代、第三世代の子達を連れて、外でサンプルを回収する作業に入る」

「サンプルというと」

「ゾンビのサンプルは幾らでもある。 だけれども、街などを調査しなおせば、また発見があるかも知れない。 ゾンビ化が発生して壊滅した都市や、その発生の爆心地などを私達なら調べられる。 もう廃墟になっているけれど、ゾンビ化の原因が今だ健在なのは事実だし。 ドローンだとどうしても検査には限界があった」

カルネさんも、ドローンでは調査できない場所があって。

それをお母さんが手伝って調査していた、という話をしていた。

それならば、01達にも同じ事が出来るはずだ。

カルネさんが構築したネットワークに沿って、今もドローンは稼働し、データを集めてくれているが。

それを更に微細に、徹底的にやる事が出来るはずだ。

02が挙手。

副官として動く事に全力を投じてくれている02は。

こう言うときにも、補助を欠かさずしてくれる。

「それならば、基地の防備は私が固めます。 05、調査すべきデータのリストアップ、調査班の装備、人員の策定を」

「分かりました、姉さん」

今でも数字が若い順番に姉、兄なのは健在だ。

これが一番回しやすいからである。

とはいっても、上位者が絶対という訳では無い。

誰もが重要な人的リソースだ。

カルネさんは何度も言っていた。

ゾンビパンデミックの前には、無責任な自己責任論が横行し。

本来は適者生存である社会に、弱肉強食を無理矢理持ち込んだ結果、貧富の格差が過剰に拡大。

ゾンビパンデミックが起きなくても、社会はいずれ確実に崩壊していただろうと。

このヘイメルで。

同じ事を繰り返すわけには行かない。

咳払いすると、02は更に言う。

「カルネさんが進めていた基地の拡充、物資の集積についても、更に計画を進めていきましょう。 コールドスリープ装置で眠っている人達を、更に安全に回収する計画を立てる必要があるかも知れません」

「05、計画を立てられる?」

「何とかやってみます」

「お願いね」

後は幾つか細かい所を決めた後、会議は解散。

07は引き続き研究に戻り、02は全体のまとめに戻る。01は基地の中を見回る。さぼる奴はいないけれど。それでもどうしても若い世代になってくると、不注意は出てくる事がある。

第二世代に専門的な質問をされて返答したり。

第三世代より下の子に、行動で見本を見せたり。

更に犬たちの管理。

自動兵器の管理。

世界各地の基地などのデータを見て、保守が上手く行っているかの確認。

幾つかの寮から基地周辺を確認。

猛獣が基地に近寄ってきていないかチェック。

この基地は北米の西海岸、かなり南寄りの位置にあると聞いている。世界地図も見たことがあるし。それにて場所も示されていた。

この辺りでもっとも危険な猛獣はいうまでもなくジャガー。

パワーだけならワニなのだけれども、ワニは水辺に近付かない限りは其所まで危険度は高くない。

勿論引きずり込まれたら助からないが、そもそも生身で水辺に近付くことは厳禁としているし。

軍用犬も連れて見回っているので、余程油断しない限りは大丈夫だ。

ジャガーは未だに基地への侵入を狙っている個体がいて。

前に怪我人を出したこともあり、まったく油断がならない。

機敏な上に殺傷力が高いジャガーは。

もう少し北に行くといるグリズリーと同等に危険な生物だ。

パワーで言うとグリズリーの方が危険なのだけれども。

機動力や殺傷力で言うと、ジャガーは決して侮れない。そしてジャガーは、世界から人間が消えたことを知っている。

この基地にいる人間を食ってやろうと狙っているのは。

手出ししても、絶滅まで追い込まれる可能性がないと、ジャガーたちは知っているから、である。

望遠鏡で覗いている内に、ジャガーを確認。木陰から、基地をじっと覗いている。

丁度セントリーガンの整備をしている第四世代の子達を見ているが。明らかに隙をうかがっている。

それも風下に回り込んで。

用意周到なことである。

用意してきていたスナイパーライフルを構えると、そのまま狙撃。

昔からそうだが、どうしても直撃、確殺とはいかないが。それでも、首の近くの皮と肉を抉ることには成功。

思わぬ一撃に、跳び上がったジャガー。

更にもう一撃を叩き込み、それが左足を文字通り吹き飛ばした。

第三射。

スナイパーライフルの大口径弾が、腹の辺りに叩き込まれる。

これだけ撃っても致命打にならないのは色々な意味で腹立たしいけれど。ともかく動きは完全に封じた。

無線を取りだして、02に位置を伝える。

すぐに軍用犬と第二世代の子数人を連れて、02がジャガーのいる所へ移動。とどめを刺すと、棒で串刺しにして、基地の近くに吊した。

こうやって、カカシにして殺した猛獣は基地の周囲に並べている。

近付けばこうなる。

そう示すためだ。

勿論そうすれば、ジャガーも危険だと認識はする。それでも、どうしても近付いてくる奴がいる。

それは狙い撃ち。

倒さなければならない。

今は一人でも、同胞を失う訳にはいかないのである。

夕方。

05が計画をまとめてくれた。M1エイブラムスとストライカー装甲車、それに輸送用のトラックと、コンテナで移動する。

動かすのは主に第三世代、第四世代の子達。

実地訓練も兼ねる。

調査をするのは、ルイジアナ州ニューオリンズ。

ヘイメルからかなり距離があるから、数日間の遠征になる。

02が少し心配になったのか、提案をしてくる。

「輸送機か輸送ヘリを使う手は」

「移動経路にある此処、此処で物資を回収。 悪路で今まで自動制御の車では、物資を回収出来なかった状況だからね。 この辺りにあるガソリンスタンドは、上手く行けば無事で残っている可能性がある。 この辺りにも、精密器具の倉庫があるのが嬉しい。 M1エイブラムスは護衛としては過剰だけれど、今後のための研修として今回は敢えて動かして行く予定」

「なるほど、それならば良いでしょう」

05がしっかり考えてくれているので、01としても提案を呑む他ない。

すぐに具体的な人員と準備を進める。

軍用犬も何頭か連れていく。

これは、現地が基地より遙かに危険だから、である。

また、今回使うストライカーは、輸送能力を重視したタイプであり、120ミリ砲は搭載していない。

既に文明崩壊から20年。

各地の道路は潰れている場所も多く。

装甲車や戦車では、悪路に足を取られる可能性もある。戦車は擱座した場合の牽引用も兼ねる。

また、実際に戦車がどれくらい動けるのかの実証も兼ねる。

基地の近場では、エイブラムスを動かしたこともあったのだが。

今後はこういう遠出が増えていくだろう。

そして遠出の先では、猛獣などの脅威が更に増えるはずだ。

現在基地には400名ほどがいるが。今回の調査では、その内25名が出る。勿論全員生還するつもりだ。

いずれもが、この基地にとって必要な人員なのだから。

01と同じくお母さんのクローンが中心だが。井田さんとサリーさんのクローンも一人ずつ同行する。

得意分野がそれぞれ違うからである。

勿論二人は力仕事はしない。

そもそも軍用車両の動かし方を知らないので、完全に支援に特化することになる。

また、状況に応じて支援する班も05は準備してくれた。

その班はアパッチに乗って、現地に即座に急行できる準備を整える。また、救助用の物資を輸送する輸送ヘリチヌークも準備する。

これらを含めると、参加人員は三十五人。基地の一割近くに達する。

最初の遠征だ。

最悪の場合は、陸上部隊の装備は放棄することを考える必要さえある。物資については、出来ればチヌークで回収したいが。それも、柔軟に考えを進める必要がある。最悪の場合、最優先は皆の救出だ。

「問題の無い作戦だと思います」

「うん。 それでは、作戦に向けて動く。 02、作戦の参加要員に連絡を」

動きはスムーズだ。

だが、それでも最低でも100年。

カルネさんは、最も楽観的な予想で100年と言っていた。それならば、その間に物資の集約を更に進め。或いは各地の基地を、サテライト基地化する計画を立てる必要があるかも知れない。

自室に戻ると、地図を拡げて確認。

ヘイメルの周辺を、徹底的に調査する。現状では、もはや街がどうとか、誰の土地だとかは心配しなくていい。

此処を人類最後の砦とする場合。どれだけの人が住めるのか。どう防備を固めるのか。この辺りは、ゾンビパンデミックを解き明かせないとしても。01の世代でどうにかしなければならないだろう。

遠征に向けて、適当な時間で眠る。

体力の維持もしなければならない。

何もかもをしなければならないのは、相応に大変だなと、01は思った。

 

1、人が消えた世界

 

古い時代はコンボイと言ったらしい。いわゆるAFVで戦闘力がない車両を守りながら進む車列。

古い時代のコンボイとは比較にならない程規模が小さいが。

それでもこの車列には、M1エイブラムス、ストライカー装甲車、軍用のトラック。更には輸送物資を詰め込めるコンテナと、車列が続いている。

01はエイブラムスの車長として、先頭を行く。

道については地図もあるし、事前にドローンで状態は確認してある。衛星写真も駆使している。

たった20年。

それで、こうも世界は荒廃するのか。

そう思わざるを得ない惨状だ。

戦車のハッチから顔を出して、周囲を確認する。

この辺りにも相応に獣はいる。ジャガーのように人間を常に襲うものばかりではない。だけれども、危険なものもいる。

そして彼らは知っている。

人間という生物を。

更には、人間という生物がまた来た事を悟り。さっと姿を隠したり。或いは姿を隠しても、興味津々に此方を覗いていたり。食うことは出来ないか、殺気を込めて此方を見ていたり。

反応は様々だ。

ストライカーに乗っている011。車長をしてくれている。

前にジャガーに襲われて大けがした彼女は、今はすっかり復帰して、第二世代でも中核として活躍してくれている。

トラックの運転も、第二世代の子がしてくれている。

そして、エイブラムスやストライカーの補助は、第三世代の子達が行ってくれていた。これらについては、既に教育も実習も完了済み。

何ら問題は無い。

無限軌道の音を響かせて、人がいなくなった米国南部を移動し続ける。

この辺りの土地は、米国が隣国メキシコから戦争で奪い取ったものであるらしいが。その後も決して豊かであったとは言えず。多くの軋轢を抱えていた因縁の土地だという。

今も、廃墟には何処か荒々しさがある。

もう少し何かすると国境が見えてくるらしく。

その辺りには、当時の大統領が作った壁があるらしい。

何でもメキシコからは大量の危険な薬物が流れ込んできていたそうで。治安が壊滅していたメキシコから逃れようと、多数の難民も入り込んで来ていたらしい。

それらを防ぐために壁まで作ったらしいのだが。

しかしながら、実際には壁など役には立たず。

あらゆる手段で難民も薬物もどんどん入り込んで来ていたのだとか。

だが、それも昔。

人間そのものがいなくなった今は、もはや薬物も何も無い。麻薬と言って思い浮かぶのは、治療用に体を麻痺させるためのもの。

昔は体を蝕むのを承知で快楽のために使っていたらしいが。

今は娯楽は他にいくらでもあるし。

麻薬だとか覚醒剤だとか、使用方によっては人を蝕む危険な薬物の類は。それを使う人間の消滅とともに。単なる医薬品へと逆戻りした。

手を上げて、止まれと指示。

最初の目的地だ。

街がかなり綺麗な形で残っている。

M16を抱えて飛び降りると、01は手を上げて、何人かを呼ぶ。残りは周囲に警戒を続行。

警察犬も展開して、獣による奇襲を防ぐための行動に出た。

4人組の2セットで、廃墟になった街を探りに行く。

もはや人骨さえ転がっていない廃墟の街は、崩れかかっていて。大きな建物には近付かない方が良さそうだ。

事前にチェックしたガソリンスタンドも確認。

幾つかは、確かにガソリンを回収出来そうである。

更に、物資が確認できそうな倉庫類もチェック。

流石に食べ物の類は駄目だが。

機械類は、整備次第で使えそうなものが幾つかあった。

打ち合わせは事前にしてある。

トラックを移動させ、回収を開始。トラックから出てきたフォークリフトを、第三世代の031が動かして、淡々と運んでいく。

元々基地内の物資も、フォークリフトで移動しているのである。

皆、フォークリフトの扱いは手慣れたものだ。

物資の回収にほぼ一日を掛け。

回収し終わってから、次の街へ。移動中に、牽引しているコンテナの中で、井田さんのクローンである036が、031と共同して物資の確認を実施。また、サリーさんのクローンである029が、地図を見て今後の計画について説明をしてくれていた。

01は聞いているだけで良い。

必要な時だけ指示を出せば良いのである。

次の街は、完全に朽ち果てていて。

森の中に埋没していた。

国道だったらしいアスファルトの道さえ、まともな状態ではなくなっている。無限軌道で劣化したアスファルトを踏み砕きながら進む。移動時に問題が無いかは、時々声を掛けるが。する事はそれだけだ。

何日か掛けて予定通り移動し。

そしてニューオリンズに到着。

想定の二割増しほどの物資を回収出来ていて、此処まではかなりさい先が良い。特に、殆ど無傷未使用のサーバを、三十台ほど回収出来たのはとても大きい。性能に関してはあまり良いものではないが。

それでも、回収出来れば大きい。

まだまだ、各地で無理をして動かしている自動工場はあるが。

其所から来る物資は限られている。

軍基地内のサーバなどの保守で部品を使うと、殆どそれだけで終わってしまうのである。

工場も、いずれヘイメルに隣接した場所に組み直し。

そして、工場の保守そのものを出来るようにしたいところだ。

流石に徹底的に破壊されている。

そして、放棄されたM1エイブラムスをはじめとする軍需物資。029が、降りてきてわあと声を上げた。

無邪気に喜んでいる様子が何というか。

「回収しましょう。 これが最大の戦利品かも知れません」

「内部をまず調べる」

ハッチを開ける。

内部には、白骨化した死体があった。これも貴重なサンプルだ。用意してきた袋に、直接触らないようにして全て回収。

また、内部はかなり汚染されていたが。

それも二十年の月日で乾ききっていて。

腐肉や内臓などで汚れている、と言う事は無かった。

どうやら爆撃の後、戦車部隊を突入させた様子だ。歩兵は気密服を着込んでいたようだけれども。

勿論何の役にも立たなかった。

そもそもニューオリンズでゾンビパンデミックが始まったのは、多分切っ掛けに過ぎないと、カルネさんは言っていた。

その時点で世界中にゾンビ化の原因は拡散していて。

順番にゾンビ化が起きていっただけだろうと。

映画に出てくる、噛まれると感染するゾンビのなんと良心的なことか。

ニューオリンズで最初のゾンビが出たときには。

既に事実上人類は詰んでいた。

突入した部隊は、丁度ニューオリンズに到着した辺りでゾンビ化が始まり、為す術も無く壊滅したらしい。

そう、029が説明してくれる。

頷くと、01は淡々と周囲を調べて、無事な物資。回収出来そうなサンプル。全てを調べていった。

内部の洗浄用などに、物資が必要。

ヘイメル基地に打診して、すぐに02が待機していたチヌークを動かしてくれるという。

チヌークはその気になれば100人を超える兵員を輸送できるヘリである。物資もかなりの量を輸送し、持って帰ることが出来るだろう。

その間に、周囲の壊滅した部隊の装備品を集めていく。

また、亡骸についても。残っているものは殆ど無かったが……残っているものは全て回収する。

カルネさんがゾンビパンデミックに対応していた頃は、獣が人間の味を覚えることを懸念していたらしいけれど。

今はゾンビパンデミックから二十年。

周囲の獣からして見れば、人間の方がむしろ珍獣で。

人間の味も何もない。

確認できたところ、エイブラムス20両、ストライカー100両近くが存在している。また、気密服の残骸らしいものも散らばっていた。内部の死体は、後からドローンに燃やされたようで、殆ど残ってはいなかった。気密服もその時燃やされたようで、役には立ちそうになかった。

戦車も装甲車も殆ど無傷のまま使えそうだ。

ただ銃火器についてはそうもいかない。

アサルトライフルM16はこの当時標準装備として使われていた様子だけれども。とにかくタフなことで知られたカラシニコフと比べると、高級な分どうしても頑強さには劣る所があり。

殆どが、壊れてしまっていた。

手を振ってきた第三世代の子に応えて、足早に其方に。

戦車の幾つかは、どうやら内部に問題を起こしてしまっているらしい。

何回かに分けてヘイメルに輸送し。擱座しているものは、そのまま牽引して行く必要があるだろう。

なお戦車の中に燃料は充分にある。

これだけは幸いと言えるか。ヘイメルに辿りつくのにも、問題は無いだろう。

輸送班を編制して、ピストン輸送でヘイメルに機甲師団の亡骸を運ぶ事にする。今後、どれだけあっても足りないだろうからだ。ストライカー輸送車も、今後はAIを搭載して、基地の周囲を守って貰う。

今後基地を拡大すると、多分現在あるストライカーでは足りなくなる。セントリーガンは基地内の工場で作れるのだが。装甲車ともなると、流石に専門の大型工場が必要になるし。

新品をぽんぽんと用意は出来ない。

最悪の場合、共食い装備用の備品としても、回収する価値はある。

それはエイブラムスについても同じだ。

チヌークが来た。

輸送されてきた物資を使って、戦車内部などを洗浄。更に、此処までで回収した物資を、そのままチヌークにて運んで貰う。

チヌークが行ったのを見送ると、チームを分ける。そのまま、此処にある機甲師団の亡骸の内、動かせるものを使って、どんどんヘイメルへの輸送を開始する。

その間に、焼き払われたニューオリンズを徹底的に調べていくが。

やはり、始まりの土地だから、というのもあるのだろう。

破壊は徹底的で。

得られそうなものは殆ど無かった。

空気などはサンプルとして回収しておくが。役に立つとはあまり思えない。

土なども回収出来る所の分は回収しておく。

しかし、都市が丸ごと消し飛ばされるような爆撃を受けたのだ。殆ど、ロクな物資を回収出来なかった。

ドローンが入り込めないような、狭い空間も調べる。崩落の危険もあるから、念入りに、慎重に。

物資は何でも良い。

文字通り、何が役に立つか分からないのだ。悉く、徹底的に回収を進めていく。

水も回収。

しばらく01は此処に留まることになるだろう。とにかく、07と連携して、必要な物資は悉く回収する必要がある。

チヌークがまた来る。

ばらばらと降りてきた四十人ほど。全員が、ストライカーとエイブラムスに分乗して、ヘイメルに戻っていく。

この様子だと、後二三回で回収は終わるか。

ただ、もっとクローンは増やさないと駄目だなと01は確信。今の時点で、ヘイメルには充分過ぎる程の敷地がある。元々十数万人がいたらしい基地だ。400人なんて、それこそスッカスカである。

07が連絡を入れてきた。

「注射針を見つけられませんか」

「注射針?」

「はい。 ジャンキーの類が使っていたと思われるものですわ」

「分かった、調べて見る」

その言葉自体が既に死語ではあるが、意味は分かる。今は完全に医療用品である注射針も。

昔は邪悪な快楽を得るための道具として使われ。

そして注射針を媒介して。多くの病気が蔓延していったのだ。

焼き払われた土地を丁寧に調べていく。散って調べている他の班にも、注射針の事は周知しておく。

休憩はトラックかコンテナで。

軍用犬も、知らない土地でずっとそわそわしているようだったけれど。

それでも、途中からはかなり慣れてきて。

何かを見つけると、その度に色々と吠えて教えてくれた。

数日が過ぎた頃には。

既に周囲に、戦車も装甲車もいなくなっていた。

崩れたビルは危ないので、いっそ先に崩落させてしまう。

戦車砲を使うのももったいないので、持ち込んだC4をしかける。029に計算してもらい、さっさと爆破。崩壊させる。

崩壊後の後から。

比較的形が残っている死体と。

そして、どうやら注射器だったらしいものを見つける。それも、かなりの数が残っていた。

プラスチックはちょっとやそっとでは分解されない。

それは分かっていた。

だが、こうも残るものなのか。

死体は袋に入れて回収。多分ゾンビ化し、爆撃で焼けてそのまま動かなくなったのだろう。直接触るのは、あまり褒められた行動ではない。

更に、注射器も気を付けて回収。

十数本を回収したと報告すると、07はとにかく喜んでいた。

作戦は完了。

後は、行きと同じ車両に乗って戻る。この時点で、ニューオリンズに残されていた軍需物資およびその残骸。そして得られそうなサンプルは、あらかた回収が完了していた。

 

基地に戻ると、徹底的に消毒を行って。それからしばらく無心に泳ぐ。

お母さんは具体的なタイムを知りたがらなかったらしいけれど。それはもったいないなあと01は思う。

今でも、01ではお母さんのタイムには及ばない。体力や筋力、フィジカル面の全てで劣るだろう。

ゾンビパンデミックの前には、スポーツの祭典が行われていたらしい。一応名目上は最も優れたアスリートを決めるためのものだったらしいけれど。完全に利権と癒着してしまい。不正判定やドーピングが堂々と行われ、もはや誰も開催を望まないものへとなり果ててしまっていたそうだ。

それでも、一応世界記録。

そんな世界記録に近いタイムをお母さんはたたき出していて。

すごいなあと01は素直に思うのだけれど。

お母さんは、それをとことん毛嫌いしていたようなので。もし会う事があったとしても。それを言う事は出来そうに無かった。

無心に泳いで気分転換の後。

基地に増えたエイブラムスやストライカーを確認。基地で更に徹底的に洗浄処置がされ、燃料も補給されている。

問題ない。今回消耗した戦車用の燃料くらい、備蓄は溢れるくらいある。

回収したガソリンも使えそうだし、悪い事だけだったわけでもない。また、ストライカーには、時々此処に届けられていた追加パック。AIによる自動操縦用のシステムが、組み込まれ始めていた。

ただ、AIに関しては、此処の基地で積み上げた経験値を共有化する必要がある。

それらの作業は02がやってくれていたので、とても助かった。

泳ぐ事によりすっきりして。

また、皆が無事である事を確認してから、また会議を行う。07はさっそく注射針を調べてくれていた。

「内部の物質や針に付着した痕跡を調べました。 ろくでもないお薬や血、病気の痕跡が山ほど出てきていますね。 本当にこれを使っていた人は、破滅的な生活を送っていたのだと思いますわ」

「そうだろうね。 それで、何か発見はありそう?」

「……」

07が悲しそうに首を横に振る。

ゾンビ化につながるような発見は無い、と言う事だ。

仕方が無い。

今回は多くの物資を回収出来た。そしてはっきり分かったことがある。

「同胞が足りない。 今回の遠征ではっきり分かった」

「確かに、基地内の一割以上がてんやわんやに動いていましたわね」

「これから様子を見ながら、まず1000人まで同胞を増やす。 そして1000人を超え次第、基地の拡充、それから近場にいるコールドスリープしている人達の回収を行う」

皆が頷く。

このヘイメルでも、コールドスリープしている人はいる。お母さん達がそうだし、何とか此処に逃げ込めた軍人達もだ。

違う事があるとすれば。

01達がいて。

軍用犬がいて。

そして自動制御の兵器達で、「現在進行系で」守られていると言う事だ。

他の場所は、自動制御で守られているだけ。

監視は行えているが、いつまでもコールドスリープ装置が無事か分からない。

25万に達する人達が、危険にさらされているのは事実。

勿論、今の時点では問題は無い。

だが、コールドスリープに移行するとき、人類は相当に無理をして、急いで作業をしたのだ。

悲劇が起きる前に、対処はしなければならないだろう。

「05、基地拡充に備えて、AIのアップデートの準備をお願い出来る?」

「OK。 ただし、何もかもを一度に出来るわけじゃないよ。 それと、僕の弟達にも手伝ってほしいのだけれど」

「授業の一環として、やってもらってくれる?」

「それなら大歓迎」

頷く。

02が咳払いすると、今回の件で回収出来た装備などについて説明してくれる。

回収したM16は劣化が酷く殆ど使い物にならず。また、破損が酷いストライカーが一割近く。この破損したストライカーは、今後共食い装備用に分解するべきだと02は主張。01としても、反対する理由は無い。

「エイブラムスは?」

「全車両がそのまま使えます。 ただ、内部には亡骸が染みついてしまっているので、目覚めた人達は嫌がるかも知れません」

「うん、それは……仕方が無いね」

いずれにしてもずっと後だ。

ともかく、今回得たサンプルを用いて、研究を更に進めていくべきだろう。

そう提案すると、早速07が、笑顔で挙手する。

「続いてですが、此方の都市……」

指さしたのは、爆撃を受けずに残った、比較的近場の都市だ。

更に此処は、原発が存在していて、無傷で残っているという。

カルネさんがメンテナンスシステムを構築してくれたが。実際に直接確認をしたいと、07はいう。

常駐要員もほしいと言う。

01は首を横に振る。

「常駐は無理だよ。 後二世代くらい後の子達が一人前になった後、交代での見張りを出す事なら出来るかもしれない。 でも、それまでは人が足りない」

「分かっていますわ。 まずは現地の調査から、ですね」

07は生き生きしている。

数学について、サリーさんはとにかく凄かった。多分だけれども、数学だけではなく、研究者としての素質がある人だったのだと思う。

お母さんも、サリーさんも、井田さんも。IQは大体同じくらいだったようだけれども。それぞれ血を受け継いだクローン達は向き不向きがこうも露骨に違う。

それはちょっとだけ面白い。

大まじめに、05が計算をしてくれた。

「交代で監視要員を出すなら、現実的なのは二世代後、ただ監視要員は常駐がまだその時点では難しいと思う。 交代での常駐が出来るのは四世代後、更に完全な常駐が出来るのは更に二世代後かな……」

「いずれにしても、次の世代からは、一気にクローンを増やす。 少し負担も大きくなると思うけれど……皆頑張ってほしい」

会議を終える。

さて、また物資の回収か。それも今度は焼き潰されていない都市。

07はうきうきした様子で研究を進めているけれど。その雰囲気は、或いは前に小説で読んだ「マッドサイエンティスト」が近いのかも知れない。

カルネさんも、そういえばあらゆる知識に振れるのがとても楽しそうだった。

そういう意味では、カルネさんの友達だったお母さんと違って。サリーさんはカルネさんの同類。

そしてサリーさんのクローンである07達は、カルネさんの弟子、というべきなのかも知れなかった。

すぐに次の遠征の準備を始める。

今度連れていくメンバーは、また全員が違う。これは、授業を兼ねての事だ。

そして遠征を行えば、恐らく遠からぬうちに、事故も起きる。

誰かを失う事が起きるかも知れない。

勿論絶対に、そんなことは01の目が届く範囲ではさせない。

基地内でも油断はしない。

02が補佐をしてくれるとは言え、所詮まだまだみんな経験は浅い。01だって、もしもゾンビパンデミック発生前にいた本職の軍人と戦車戦をやって勝てるかといわれたら答えはノーだ。この基地の中で一番、というのは、何の自慢にもならない。

あくまで自分は消去法で1番なのだと。

何度も言い聞かせながら、周囲を見回る。

実際泳ぎでも他のフィジカルでも。それに恐らく、サバイバルの技術でも、お母さんの足下にも及ばないのだ。

だから、より注意をして、チェックを厳しくすることで。

差を補っていくしかないのである。

基地を見回り、そして幾つかチェック漏れを発見。すぐにメモを取って、改善事項に回していく。

勿論見逃したものを叱ることはしない。

相手は自分だ。自分だって、同じミスをしていた可能性が高い。

だから、次からは同じミスをしないようにする。

それだけで良いのである。

軍用犬が吠えている。

何かあったのかも知れない。

すぐに様子を見に行く。01がやらなければならない事は、山積している。

 

2、拡げる手

 

基地の敷地を拡げ、幾つかのプレハブを増やす。確保した原発からの電力を直結させ、メンテナンスのシステムも整えた。

他の原発も、一応遠隔で監視はしている。

今はテロリストは心配しなくても良いけれど、経年劣化や獣が入り込んで悪戯をすることが心配される。

勿論簡単に入り込めるような設備では無い。

何処の原発でもそうだ。

それにカルネさんが監視システムを組んでくれているから、異常があったらすぐに分かる。

それだけがとても有り難いし。

実際に、ヘイメルの近くにある原発を確保する際にも、カルネさんの整えてくれていた準備が、本当に役立った。

01は額を拭いながら、周囲に指示を出し、物資を運び込んでいく。M16を何時でも発射できるようにし。

周囲に声を掛け、獣の襲撃に備えながら。

互いの死角も補う。

拡張作業を始めたのは、簡単な理由からである。

基地のクローン達が千人を超えた。

故に、予定通り、基地の拡大を開始したのだ。

現在01の年齢は28歳。現状、二年に一度クローンを作るようにしているので。4世代にて400人が1000人に増えたことになる。

勿論教育の負担も大きいが。

育児用のロボットと。

更には、一人前に育った第四世代までの子達が、頑張ってくれる。01は研究と、物資の回収、更には遠征に注力すれば良かった。フィールドワークが、完全に身についている。

その過程で、監視対象にあった生産工場を分解して回収。

現在、敷地を拡大している過程で。

基地の中に、幾つかの物資を生産できる工場を再構築する計画を立てている。

プレハブなどに関しては、そもそも軍が展開する際に、陣地として迅速に構築するために必要である。

当然ヘイメルにも防弾仕様のプレハブが多数物資として残されており。

野営陣地として使うのでは無く。

皆が生活するために使う。

また、危険を分散する意味もある。

教育が終わった世代の一部は、新しいプレハブに順次移動する。

こうすることで、リスクを軽減するのである。

今までは、子供達を育成するための寮と、医療棟が併設されていたが。

何か事故があった場合、一網打尽になる可能性がある。

そこで今回基地を拡大するのと同時に、このリスクを軽減するべく、生活スペースの分散を行うのである。

同時に、物資の調達に関しても安定化を図るため。

カルネさんが残してくれたデータを元に、工場を改修。

基地内、もしくは基地近郊に工場を移動させ。

確保した原発の安定した電力を用いて稼働させ。同時に、工場のメンテナンスも何時でも見られるようにし。

この人類最後の砦を。

より安定させるのだ。

この状態になるまで、事故も何度も起きた。幸い死者はまだ出していない。だがそれは、徹底した管理をしているからで。02にも、少し細かい所まで目を配りすぎではないか、と時々苦言を呈される。

だが、それぞれのプライバシーは確保しているし。

娯楽についても用意はしている。

今回、プレハブを一気に増やすのも。プライバシーの確立を、今後も安定して供給するため、という理由もある。

研究は主に07に任せ。

前線での指揮は01が。

その補佐を02をはじめとするお母さんのクローン達が。

更には05がデータをまとめ、管理する。

この体制は、カルネさんが眠りについて以降、ずっと変わっていない。そして、今はまだ肉体年齢が28だから良いけれども。

いつか次の世代に、交代しなければならない。

100年程度では研究は終わらない。

カルネさんの言う通りだと思う。

07は黙々とあらゆる実験を続けてくれている。人数が増えた今は、実験の幅も質も上がってきている。

それでも、まだ解決の糸口は掴めない。

「どうすればこうなる」という事は分かるのだが。

その根本がどうにもならないのである。

だから、長期計画に備えて。

01が動かなければならないのだ。

「東! ジャガー!」

叫ぶと、そのままM16を射撃。見張りについていた他の者達も習い、此方を伺っていたジャガーが慌てて逃げ出すが、逃がさない。

人間を伺ったら死ぬ。

そう他のジャガーにも悟らせなければならないのだ。

流石にこの数に射撃されれば、命中率も何も無い。即座に蜂の巣になり、ご臨終である。

第三世代の子が一人近寄って、至近から更に数発浴びせてとどめを刺す。此処が一番危ない。事実、このタイミングで反撃を受けて、大けがをしたケースが今までに何度か起きている。

死んだジャガーを、数人が吊るしに行く。

基地の外に吊しておくことで、近付くとこうなると、獣たちに見せつけておかなければならない。

野蛮と昔だったら声が上がったかも知れないが。

今は最後の人間の砦を守るため。

そして残り少ない人間を確実に守るために。

こうするしかないのである。

再び工事を続行。

軍用のシャベルカーやブルドーザーの出力は大きく。クレーンもまた、整備が行き届いている。

何より短時間で迅速にくみ上げることを前提にしているプレハブは、余程雑な工事をしない限りバカでも作れるようになっている。マニュアルはとても分かりやすく、余計な事を考えなくてもいい。

水道や電気などの配管を終え。

基地の拡大を一ヶ月がかりで終わらせる。

回収してきたストライカー装甲車と、増産したセントリーガンを展開。更に鉄条網を張り直して、基地を五割増しほどで大きくした。

いずれ、更に基地は大きくしていく予定だが。

現時点ではこれでいい。

そして拡大してからが本番だ。プレハブはすぐに出来るが、工場はそうはいかない。此処から更に二ヶ月掛けて、工場を再構築するのである。

工場の再構築は、02に任せ。01は07と話に行く。

今回敷地内には、精密機器類の製造工場を幾つかまとめて建て直すのだが。これは、敷地内でサーバなどのインフラの生命線をそのまま維持できるようにするためである。彼方此方に生命線が散っていて。

メンテナンスをそもそも自動で行っている現状は。どうしてもこの状況では好ましくはない。

自動でのメンテナンスが出来なくなった場合。

どうしても見に行かなければならないのだ。

中には、海外までいかないと、確保出来ない物資も現状ある。

海外遠征も今後は考えて行かなければならない所だろう。

無事に確保出来た工場が。それだけ少なかったのだ。

01が司令所にしている棟に出向くと、02以外の第一世代が既に揃っていた。基地の地図も机上にある。

すぐに話を始める。

現状の作業行程進捗について話をしたあと。05にも技術的な話を聞かなければならない。

「自動監視システムの再構築に関しては、大丈夫。 カルネさんがマニュアルを残してくれている。 第二世代以降の皆にも、問題なく出来ると思う」

「そう。 それでは、02と話を後でしておいて」

「OK」

「それで07、研究はどう」

07は笑顔のまま首を横に振る。

まあそうだろう。

プロジェクタを起動して、壁に大量の情報を展開する07。さっと目を通すけれど、やはり駄目か。

そもそもヘイメルは、一度ゾンビ化の波に飲み込まれ。

駐屯していた人員が、為す術無く全滅した基地である。棟の中には、人型の染みが未だに残っている場所もある。

01達。お母さん達三人のクローンだからこそ、生きていられる場所であって。

他の人のクローンが、受精卵の段階でゾンビ化したように。

既に此処はゾンビの世界。

普通の人間が、生きていられる場所では無いのである。だからこそに、実験に適しているとも言える。

「何かヒントになりそうな事は」

「今までの実験結果の精査、新しく並行で行っている幾つかの実験を見る限り、やはり妙ですわね……」

「妙」

「はい。 01姉さんは、此方を見てどう思いますか」

何度か行った、クローンのゾンビ化実験。

クローンといってもやり方は色々。07はやり方を改良までしていて。様々な手段で腕だけ作ったり足だけ作ったりという事もしてくれている。

技術は継承しただけでは無い。

英知を継承した結果。発展している分野もあるのだ。

そんな中、見せられるデータ。

やはり、先天性の疾患がない場合。

容赦なくゾンビ化が引き起こされる。

それも、どれだけ清潔に保とうが。外部から隔離しようが。同じ事である。

「気密と行っても技術には色々水準があります。 この実験では真空状態で周囲をカバーして、その中で細胞を培養していたのですが……」

「ゾンビ化は避けられていないね」

「その通りですわ」

「これは、厄介だ……」

腕組みして考え込む。

03が挙手。02がいないときは、03が副官として動いてくれる。この辺りは、02が見本を見せてくれているので、とても有り難い。

「実験の精密性の問題では」

「それは当然考えています。 どうしてもクローンを作る過程で、人の細胞を利用する訳で。 仮にプリオンなりウィルスなりが介在しているとしても、完全な排除は難しいでしょう。 ですが、それにしても限度というものがあります」

「……何か仮説は」

「あくまで現段階の仮説ですが、もはやこれは体内に最初からあるものが、何かしらのきっかけで暴発を始めたのでは無いかと」

なるほど、確かにそれは考え得る。

生物は、その発生から今に至るまでに、色々な別の存在を体内に取り込んで来ている。ミトコンドリアなどは有名だろう。

これ以外にも、一種の共生関係だったものが、いつの間にか一体化して体内に取り込まれている、というものは少なからずある。

ただ、受精卵の段階でのゾンビ化が見られる以上。

それが何なのかは、絞り込めそうなものなのだが。

07がこれだけ検証して分からない、となると。

やはり、まだまだ調査が必要なのだろう。

「分かった。 ともかく、解明は急務だから、出来るだけ急いで。 変異が起きて、我々もゾンビ化する可能性もある」

「分かっています。 今後も研究には、人員をどんどん廻してください。 資材も」

「OK」

会議を終える。

そして、01自身は工事現場を視察。02と軽く話した後、遠征の要員を見繕い、基地の外に出た。

基地の近場だけでは無い。

今度はカナダまで出向き、サンプルの回収と物資の回収を行うのである。

チヌーク数機を用いての作業である。また、現地の軍基地にも出向き、使えそうな物資は回収していく。

今回は、途中にある軍工場も視察する。

スケジュールは殺人的に忙しいが。

それでも、一時期に比べればマシだ。

今後は人員が増える分、手数がどんどん増えていく。勿論無意味な事故などで死なせたりしなければ、だが。

軍用ヘリで米国を北上。途中で、焼き払われた都市を幾つも見た。

ゾンビパンデミック初期、軍が空爆した跡である。

無駄な事を、と思うかも知れないが。

ゾンビパンデミックに対して、犠牲を払って空爆が無駄だった、という結果を残してくれただけでも。

それは無駄では無かったと言える。

今後は、各地を焼くことを考えなくても良い。

そんな無駄をするくらいなら、活用する事を想定できるのだから。

カナダの軍基地に到着。

この辺りは、かなり自然の侵食が激しく。軍基地の一部にも、もはや大量の植物が入り込み。コンクリを割って、多くの木が生えてきたりしている。

チヌークを着陸させると、即座に遠征要員を展開し、周囲の安全を確保。

重機関銃を搭載したジープも持ち込んでいる。

これは、この辺りに棲息しているグリズリーに備えてのものだ。

ジャガーに比べると鈍重だが、そのパワーは凄まじく。ライフルの弾が通じないことさえある。

そんな相手を倒すためには。

此方も相応の武器が必要なのである。

倉庫に入る。

かなり乱雑な状態だ。

倉庫の中まで、植物が入り込み。たくさんの蜘蛛の巣が張られている。だが、軍需物資はしっかり密封されている。

弾丸などの火薬類は駄目かも知れないが。

密封された物資を、手順に沿って開封し、確認していくと。

まだまだ使える物資が出てくる。

チヌークから降りてきたフォークリフトで、順次回収。

別の班が手を振って来た。

出向くと、CF-18ホーネットである。米国のF18の派生機で、かなり良い状態で残っている。

ヘイメルにも戦闘機は保全されているが、あればあるだけ良い。

燃料などを確認。充分に飛べる量が入っている。

駄目なものは輸送機で回収して、共食い整備用の部品回収に使えば良い。15機が存在していて、その内の12機は飛べる状態だった。

無線を入れて、回収の手配をする。

連絡を先に入れておくのは、防空システムが撃墜するのを防ぐため。現時点でも防空システムはきちんと稼働していて。未確認の飛行機が防空圏内に入ったら反応する。米軍の一線級の戦闘機に比べれば性能は落ちるかも知れないが、それでも充分に使えるのだから、使っていく。

基地の状態を更に確認。

ここに確認に来たのは、自動での保全システムがアラートを出していて、修復不能に達していたから。

確かにもう此処は放棄するしかない。

最初の物資を搭載したチヌークが戻っていく。その間に、残りのメンバーは、此処で過ごすためのプレハブを建てて、生活用の空間を作る。

何度かピストン輸送を行い、回収出来る物資はあらかた回収。二回目に来たチヌークに乗って来た人員が、ホーネットの残りに乗っていったので。後はホーネットを分解。チヌークの後に来た大型輸送機C-17に、残りの部品を搭載して、回収した。

また、回収するのは軍事物資だけでは無い。

基地の彼方此方には、ゾンビ化した人間のわずかな残骸が残されている。それらについても、徹底的に回収。

そして、プレハブなどに関しても。

まだつかえそうな部分は、残さず回収した。

基地が丸坊主になるまで二週間。

全ての作業が終わった後は、カナダの軍基地は、完全にすっからかんになっていた。

コンクリで舗装された、ひび割れた地面だけが残っている。

監視システムも回収したから、もはや此処は完全に終わった場所だ。敬礼して、此処で死んで行った人達に哀悼の意を表する。宗教的な意味では無く、敬意を払うための行動だ。01は、最後の最後まで立派に戦い抜いたカルネさんを見て育った。

みんな、大人があんなに立派だったわけでは無い事だって、今は分かっている。

だけれども。

それでも、立派に戦い抜いた大人も多かった。

この世界を駄目にした人はもっともっと多かった。お母さんを彼処まで人間不信にしたのも、そんな大人達だろう。

だけれども、敬意を払える人はいる。

此処にいた人達は、それに値する。

そう信じて、01は敬意を払った。それだけである。

遠征はまだ続く。

チヌークの編隊で、米国に再侵入。軍事工場へ降り立つ。

周囲は凄まじい有様で、日本から入り込んだ外来種、葛が凄まじい勢いで大繁殖していた。

コガネムシの一種や葛、わかめ、鯉や金魚、それにタヌキなどは、日本国外で大繁殖していわゆる侵略的外来種として猛威を振るっていると聞いていたが。この有様を見ると、それが嘘では無かったことがよく分かる。葛は竹ほどではないが凄まじい耐性を有する植物で、一度繁殖を始めてしまうとどうしようもない。

ゾンビパンデミックが始まってしまうと、もはや駆除どころではなくなったのだろう。

この様子だと、米国が葛に覆われる日も遠くないかも知れない。

しっかり装備を確認した後、内部に入る。

入り口辺りに、野犬の群れを確認。

完全に野生化しており、しかも狂犬病に感染している可能性が極めて高い。

近寄らせない。

即座に撃ち殺して、そして焼却処分。

アラームが鳴っていたのは、これらが侵入していたからだろう。

工場内部に入る。

内部は埃も排除され、自動で軍需物資の生産が続いている。此処から来た部品が、ヘイメルに輸送されてきていたのだが。それが途中の道路などの崩落もあって、かなりスパンが長くなってきていたのだ。

他の基地も、この様子だと駄目だろう。

工場のコントロールセンターに出向くと、手動で生産を停止。そして、生産された物資の目録を確認。

工場の倉庫には、15両のM1エイブラムスと、200両を超える他の戦闘車両が並んでいた。

壮観である。全てヘイメルに運び込む。

先に周囲の地面を火炎放射器で焼き払って、着陸可能な場所を作ると。

C-17を呼んで、工場そのものの回収を開始する。

工場の分解も、チヌークに積んで来た機材で行い。物資をどんどん回収していく。しばらくは此処にかかりっきりになるだろう。此処は米国で最大の軍事工場なのだ。勿論、「カルネさんが確保出来た中では」だが。

無線が入る。02からだ。

途中にある牧場の状態が良くないので、其方も見て来て欲しい、と言う事だ。

オートメーションで動かしている牧場で、牛、豚、鶏をそれぞれ飼育している。勿論加工済みの肉などがヘイメルに届いている。

今は稼働しているが、アラートが増えてきているのは確かに事実。

遠征が長引くことは最初から覚悟していたのだ。幾らでもやってやる。頷くと、01は。分解されていく工場と。

空の向こうから、また飛来したC-17を見やっていた。

集約が進む。

これからは、コールドスリープしている人達も回収していく事になる。

そして研究を進め。

最終的にはゾンビ化をこの世界から排除するか。ゾンビ化に人類が対抗できる手段を整える。

反射的に振り向くと、M16を乱射。

近づいて来ていたグリズリーが、射撃を浴びて、驚いて悲鳴を上げる。数人でM16からの乱射を浴びせ、怯むところに駆けつけたジープから、重機関銃を第三世代の子がぶっ放す。

流石に重機関銃の弾丸を浴びては、グリズリーでもひとたまりもない。

血だるまになって倒れるグリズリーを見て、一安心。

第三世代の子が、ため息をついた。

「流石は01お姉ちゃん。 流石ですね」

「もう少し周囲に気を配って 今のも接近に気付くのが後一秒遅れたら、一人二人は死んでいたよ」

「はい」

さて、ズタズタになった熊は。回収は、別にしなくてもいいか。

降りてきたC-17に、フォークリフトでどんどん物資を運び込んでいく。これから一月は、此処で過ごすことになるだろう。それだけ膨大な物資があるのだ。また、生産用の物資の輸送路については、既に05が書き換えてくれている。

今後は、ヘイメルに、この工場に届けられていた物資が、直接届くことになる。

それらの物資の輸送路についても。

今後、安全の確認をしなければならないが。

輸送に使っている輸送機や船が、今後は直接ヘイメルに来るので。整備はある意味楽になるし。

そのまま輸送機や船に乗って、物資を生産している工場に確認にいけるので、多少状況はマシになるだろう。

まだまだ、到底安定しているとは言えない。

そして、ゾンビ化の変異が起きる可能性がある以上。

時間だって、無限とは言い切れない。

牧場の回収が終わった後も、遠征が続くだろう。

或いは01の人生は。

遠征で、終わるかも知れなかった。

 

3、人類の寄る辺たる要塞

 

01がチヌークから降り立つ。最も重要な物資はチヌークに積んで回収してきた。他の物資、例えば自衛隊の基地から回収してきた10式戦車は。別働隊の強襲揚陸艦が回収している。この船が帰ってきたときには。ヘイメルには、M1エイブラムス、T14、レオパルド2、ルクレール、メルカバWなどなどに加えて、更に10式戦車と、ゾンビパンデミック発生前の最新鋭の戦車がずらりと並ぶことになる。

とはいっても、船が戻るのは二月後。

しばらく先である。

世界中を遠征して回って、随分年も取った。

02が来たので、手を振る。並んで歩きながら、随分広くなったヘイメルを見やる。28の時だったか。最初の拡張工事をはじめたのは。

あの直後くらいから、01はずっと遠征を続けて。

そして此処のことは02に任せ。

状態は通信で話を聞くだけになっていた。

カルネさんもはじめとして、コールドスリープしている人達も全員回収は完了している。

勿論リモートで第一世代の皆とも会話は続けていたが。皆が年老いていく中、精力的に01は劣化が進む工場から順番に回収を行い。そして、現在ヘイメルには、人類の最先端技術の工場が直結し。それを米国内にある三つの原発が支える人類最後の要塞が完成していた。

既に弟達妹達も合計して一万人を超えたが。

そろそろ、01は引退の頃合いだ。

如何に体を頑健に保ってきたとは言え、既に年齢は80を超えた。

それはすなわち。この年になっても、カルネさんが予想したとおり。ゾンビ化を食い止める方法は見つからなかった、と言う事だ。

司令塔に出向く。

すっかり年老いた皆が待っていた。

遠征ばかりで、殆ど基地には戻らず。出先のプレハブで、ずっと生活を続けてきた。他の遠征要員は、チヌークで行ったり来たり、交代を繰り返していたのに。01だけは陣頭指揮を続けていた。

その結果、この基地とは疎遠となり。

人類の支配下から離れた土地で、随分とたくさん危ない目にあってきた。

色々な猛獣にも襲われた。

だが、その全てを撃退してきたから、今生きている訳で。

しかしながら、そろそろ引退の頃合いでもあった。

会議の最初の議題はそれである。

02に頷くと、話を進める。

「今後、二年ごと……最年長のクローンが80になるごとに、それぞれ一番番号が若い妹弟に、指揮権を譲る方向でいきたいのだけれど、かまわないだろうか」

「私はかまいませんが、皆は」

02が、率先してかまわないといってくれる。

先天性に欠陥を抱えているといっても、皆に大事にして貰ったから、だろう。05も07も。

勿論他の第一世代の皆も。

この年まで生きる事が出来た。

流石に体にガタが来ているから、これ以上は厳しい。実際、第二世代以降の子達も、殆どは皆基地内部での研究作業に移っている。今遠征先に出てくるのは、肉体年齢が20から30くらいまでの妹弟達で。

指揮系統を次に引き継ぐ体制を作り上げていくのは、至極当然の事だった。

最低でも100年。

カルネさんの言葉は当たっていた。

今研究開始から60年だが、まだゾンビ化解決の目処は立っていない。

「それでは、次の指揮官は09だ。 私達は、今後サポートに回る」

「姉さんは今後どうするつもりで?」

「体が動く間は、農作業でもする。 ずっと遠征ばかりしていて、どうも土と一緒にいるのになれてしまった」

そういうと、皆がからからと笑う。

すっかり年老いた皆だが。

元気なままだ。

09を呼ぶ。

流石に、二年しか年も変わらないのだから、あまり見かけは代わらない。

だが、01と能力は変わらない筈だ。

少なくともカルネさんから引き継いだことは、全て引き継がれているはず。

この基地にいる、肉体年齢20を超えたクローン達は、皆世界の終わりまで残った大人達の全てを引き継いだスペシャリスト集団。

それに、01に野心というのはよく分からない。

指揮系統を掌握し続けたいとも思わない。

そもそも、実際にはヘイメルはずっと02に任せていたし。

その02だって、たまに遠征先に出向いてくるときには、03に指揮を任せる事を躊躇しなかった。

お母さんの影響だろう。

09に指揮権の譲渡を打診すると、頷かれる。そして、今後二年ごとに引退。若い世代の一番番号が若い妹弟に指揮を譲渡するようにと告げると。それも頷いてくれた。

同じ肉体だからか。

やはり考え方も近くなるのだろう。

その後は、研究について確認する。07の話によると、膨大な実験を進めた結果、何かが見えかけてきているという話だが。

それもまあ、仕方が無い。

その成果も、次の世代に引き継ぐ。

最後の会議が終わったので。後は、皆自由に過ごすようにと指示。01自身は、外の畑に出向く。

ヘイメルの一部には、広大な畑が作られていて。ドローンで監視が行われ、耕耘機が丁度動いている所だった。

ビニールハウスも林立しており。

何時でも好きな時期の野菜を食べる事が出来る。

今此処にいるのは15000人ほど、その内一人前になっているのは13000人ほどだが。

その全員が、余裕を持って生活出来る規模にまで、ヘイメルは拡大した。

勿論、このままクローンだけの世界を作ると言う選択肢もあるのかも知れない。

だけれども、カルネさんが最後の最後まで、責任を果たした姿を、01は今でも忘れていない。

ビニールハウスに入ると、マスクをして、手袋をして。

それぞれ、野菜の状態を確認していく。

いずれも素晴らしい。

実は、全自動生産されている工場から一度出したとき。色々と苦労があったらしいのだけれども。

それでも、蓄積された膨大な英知で、此処まで農業を復活させる事が出来た。

働いている妹弟達と軽く話をしながら、野菜の状態を隅からチェック。

幾つか、話を聞く。

話してくれたのは、0400。

かなり後の世代の子だから、流石にもう老人と言っていい年だ。

「05さんは、後は死ぬまで好きなだけゲームをして過ごすと言っていました」

「いいんじゃないのかな。 それだけの事をしていいだけの働きはした。 それに八十となると、もういつ亡くなっても充分に大往生だ」

「はい、そうですね。 その、始祖様は」

「そんな言い方はやめておくれ」

自分は神格化されるつもりはない。

お母さんならともかく。01は結局の所、大人達が敷いてくれたレールにそって、人類復活のために活動を続けているだけだ。

もし神格化されるなら。

それはお母さんやカルネさん達最後まで責任を果たした立派な大人。

軽蔑されるべきは。

ゾンビパンデミックの前には、世界を詰ませていた他の大人達。

それだけである。

多少の傷がついているトマトを見つけたので、マーカーをつける。多少傷がついているくらい、別に何でも無い。

昔はこれでも廃棄してしまったらしいが。

今はそんなもったいないことはしない。

その後、牧場を見に行く。

畑と同じくらいの広さを確保している牧場では、ある程度の放し飼いもしている。密集して飼育すると、どうしてもストレスが甚大になり、肉がおいしくなくなるから。それもあるし、何よりも寿命を縮めるから。

人間と家畜という存在ではあるが。

しかしながら、多数の命をつなぐために必要な関係でもある。

軍用犬に向かないと判断された犬は、今は此方に回されている。そして牧羊犬をしたり。それさえ出来ない場合は見張りをしたりしている。

もう少し人員が増えたら、各地の物資を生産している拠点。

鉱山などに、監視要員を出さなければならないだろう。

原発の監視要員については、既に派遣している段階だ。

あくまで今後の話ではあるが。

それも、もう09が考える事であり。01が口を出すことでは無い。自分がやるべき事は、既に終わったのである。

一通り新しくなったヘイメルを見て回った後。

01は自室に戻る。

ずっとずっと留守にしていた自室だ。

若い頃の自分達の写真が残っている。

写真を手にとると、01はわずかに笑みを浮かべる。

この写真は、決意とともに撮った。

お母さんのようになるのだ。

カルネさんのようになるのだと。

さて、後猶予は何年か。

ベッドに横になると、ため息をつく。

為すべき事はなした。

後は、任せるだけだ。

人間としての生き方が出来たか。それについては、イエスと、今は全力で応える事が出来る。

先天的な障害の結果、子供は作れない。

生物としては、致命的な欠陥を抱えた体だ。

だが、それでも。

やるべき事、成すべき事、伝えるべき事は全て伝えきった。これを生きたと言わずして、なんというのだろうか。

いつの間にか、闇の中にいた。

どうやら、終わりの時が来たらしい。多分、故郷に戻って気が抜けて。そして今までの無理が一気に押し寄せてきたのだろう。

だが、怖いとは思わない。

実の所、01は。一人前になった直後くらいは、色々怖かった。

クローンであり、人間とは微妙に違い。そして使命にすり潰されて生きるという。その生き方が、怖くもあった。

だけれども、遠征を続けて。

人間の英知と成果を回収していく内に。

それらは怖くなくなっていった。代わりに、誇りになっていった。

カルネさんのコールドスリープカプセルを回収したのは、今から二十年も前の話だが。その時も、涙が出た。

みんな、極限まで体を削りながら、頑張り続けてくれたのである。

努力や真面目に生きる事を馬鹿にする風潮があったという。

そんな中、カルネさん達が最後まで責任感を持ち、やり遂げてくれなければ。人類は再起の芽さえ摘まれていた。

カルネさん達は、ゾンビパンデミック前は馬鹿にされる生き方をしたのだろう。

だが、馬鹿にした者達は全員地獄に落ちた。

それが、事実だ。

何より、やるべき事は全てやったのだ。もう、01に思い残すことなんて、ただの一つだって無かった。

闇の中、ふと光が見えた。

最後の一瞬だろう。

やりとげたぞ。

そう、01は呟いていた。

 

4、真なる審判の時

 

0192220は、呼ばれて顔を上げる。

呼ばれたと言っても、誰かに声を掛けられた訳では無い。アラームが鳴ったのである。研究について、自動で調査していた機械が、警告を鳴らしてきたのだ。

まだ肉体年齢は27だが。

始祖の一人、サリーのクローンである129220は、第133世代のクローンである。既にこのクローンにて命脈を紡ぐ生活が始まってから、270年近くが経過している。クローンだけで研究を開始してからは、250年ほどだろうか。

既に「一人前」になっている」0192220は、自分の研究室で、黙々とサーバから出力された結果を見る。

そして、どうやら出来たらしいと判断した。

論文を書く。

既にテンプレートは出来ているので、其所に落とし込んでいくだけだ。

論文を書き上げた後、間違いが無いか精査する作業が待っている。

また、今までに同じ事を行い、違う結果が出ている論文がないか、調査しなければならない。

いずれにしても、まだ喜ぶのは早い。

松葉杖で移動する。

始祖であるサリーも、同じように足が悪かったらしい。他にも幾つも体に欠陥がある。

始祖サリー、始祖井田のクローン達は、引退年齢と決められている80を待たずして、この世を去ることが時々あった。

勿論始祖奈木のクローンも、事故で命を落とすことがあったが。

それはあくまで事故。病気等で命を落とすことは殆ど無かった。

0192220は、其所に目をつけたのである。

論文が仕上がった。

技術の集積を終えた後。幾つかのチームは、新規技術の開発と、技術のマッシュアップを行うようになり。

現在では、ゾンビパンデミック発生時よりも、文明は様々な面で進歩している。

戦車なども、各国最新鋭戦車を研究した結果、それらをミックスした最新鋭の「アレキサンドロス」を開発。このアレキサンドロスは、ゾンビパンデミック発生時のあらゆる戦車を遙かに凌ぐ性能を誇る。

また、宇宙開発についても研究を引き継ぎ。

今では、ロケットを飛ばす事も難しく無い状態だ。

世界の資源枯渇についても、調査の結果良く分かっている。クローンの中には、第一世代の遠征に人生を捧げた01に憧れる者もいて。世界中を彼女ら彼らは調査。客観的に見て、前と同規模の文明を再現する事は不可能だし。再現しても、ろくでもない状態になる事は目に見えていると結論は出ていた。

そして、今。

最後のピースが揃った可能性がある。

レポートを出すと。

現在指揮を執っている052828から連絡が来る。

始祖奈木のクローンである彼女は、今年引退だが。

この研究の重要性は、即座に悟ったようだった。

「0192220、すぐに司令部に来るように」

「分かりました」

研究室を出ると、すぐにすっ飛んでくるのは、補助移動用のドローンである。円盤に棒がついており。コレに乗ると、ホバーで指定した場所まで連れて行ってくれる。これについても、ドローンの技術から研究班が開発したものだ。勿論初期には事故もあったが、今では完全に陳腐化しており、0192220は棒を掴んで立っているだけでいい。移動用ドローンが、0192220もセンサーで探知し。全ての障害物を的確に回避して行ってくれる。乗る人間の姿勢制御までロボットアームでしてくれる優れものだ。

移動も歩くより遙かに早く、また階段も段差も苦にしない。

流石に始祖奈木のクローン達はこれを使わない事が多いが。0192220と同じ始祖サリーのクローン達は、これを使って移動するのが普通だった。

司令部に到着。

周囲にはセントリーガンと軍用犬。ほんのわずかな監視のクローン。

敬礼して、中に入る。

見張りに昔は人を立てていたらしいけれど。今はそんな無駄なことをせず。軍用犬と自動監視システムで殆ど全てを賄っている。AIの性能が向上したので出来る事だ。

内部に入って、エレベーターで地下10階まで降りる。

そして、地下のホールで、三十人ほどが待っていた。

いずれもが、現在の重鎮ばかりである。

当然、論文を読んで即座に理解出来る程度の頭は全員が持っている。

一人前になるというのはそういう事。

専門分野をそれぞれ変えているといっても。

それぞれが、スペシャリストである事に変わりはないのだ。

既に論文は皆が目を通してくれていたようで。

とても話が早い。

「論文に目を通させて貰った。 0192220、間違いがあるかも知れないから、要旨をもう一度説明してくれないだろうか」

「はい。 ゾンビパンデミック、ゾンビ化症候群とでもいいましょうか。 これは厳密には外来生の病気ではなかった、と言う事です」

「続けてくれ」

「はい。 殆どの生物には、アポトーシスという機能が備わっています」

用意しておいたスライドを動かし、映像を出す。

アポトーシス。

簡単に説明すると、不要な細胞を自殺させる機能のことだ。

そしてゾンビパンデミックとは。

人類が、その種のレベルの単位で。

あまりにも増えすぎた結果。

人類という種が、種そのものに対してアポトーシスを引き起こした。とでもいうべき事件だったのである。

地球の生物は、40億年に達する歴史を持っているとされる。この数字に関しては、実はまだ諸説あるのだが。ともかく最低でも三十数億年以上の歴史を持っていることに関しては確実である。

長い間生物は生存のための経験値を蓄えてきた。

そして、その中には。

あまりにも不的確に凶悪すぎて繁殖しすぎると、自滅につながるという事に対する策が仕込まれていたのだ。

良い例が恐竜である。

恐竜は6500万年前の時点で、地球上の生態系における頂点、ではなかった。頂点だけではなく、あらゆるニッチを制圧していたのだ。

事実北米では、草食動物の大半が恐竜であったという研究結果も出ている。

そして進化の究極が自滅というのも大嘘である。

例えばワニは、二億年ほど前に世界に出現しているが。その姿を保ったまま、現在にいたるまで生きている。

完成形なのだ。

しかしながら恐竜とワニの最大の差は。

独占したか、そうではないか。

ワニは所詮、いつの時代も「二番手」程度の地位をその生態系にて維持してきた生物である。

頂点捕食者ではあるケースも珍しくは無いが。

実際にはワニの生息地域には、ワニより強い生物が存在する。それが、当たり前の状況であった。

生態系の頂点に君臨するというのは。

ババ抜きで言う、ババを引かされると同義。

人類だけでは無い。

多くの生物が、その事を長い長い歴史の中で、遺伝子に刻み込んでいたのである。

そして、人類があまりにも無体に増えすぎ。

見境無しに全てを食い荒らした結果。

遺伝子に刻まれていたアポトーシスが発現した。

「ウィルスやプリオンを探しても無駄だった訳です。 そもそも、どれだけ消毒した環境においても絶対にゾンビ化が発生する。 その時点で、人類の内側から問題が発生していることを推測すべきでした。 そして確認した所、此処です」

DNAの構造を出す。

いわゆる封鎖領域である。

DNAには、封鎖領域という、使われている意味がよく分からない領域が存在している。その中には、幾つも、他の生物のDNAに酷似した部分がある。

「封鎖領域の中に、これを発見しました。 これこそが、ゾンビ化を発生させる部分で確定かと思います」

「……何回か繰り返されているように思うのだが」

「はい。 この構造は極めて巧妙です。 まずこの部分ですが、自分に接触している顔ダニを媒介して、皮膚内にアミノ酸から蛋白質を合成します。 この蛋白質を利用して、全身にゾンビ化を引き起こす物質……ゾンビ化因子を作り上げます」

皆が頷く。

ゾンビ化因子については、既に80年前に具体的なものが発見されていた。実の所カルネさん達がある事は突き止めてくれていたのだが、具体的なものについては80年前にやっと発見したのだ。

問題はこれがどこから来るかさっぱり分からない事で。

多くの0192220の先人達が、研究をしてくれていた。

その集大成が。

この論文なのである。

図を幾つかだし、顔ダニを経由する場合のゾンビ化因子。蛋白質、プリオンの一種だが、それ自体は普通生成される事もなく。大気中に漂うこともない凶悪なる悪魔の生成過程を説明する。

更に、だ。

ゾンビ化因子は、顔ダニだけで生成されるのでは無い。

もし顔ダニだけが媒介要員なら、受精卵がゾンビ化する事はない。

「初期にゾンビパンデミックが引き起こされたとき、殆どの人々はこの顔ダニ由来のゾンビ因子にやられました。 そして、顔ダニがいない場合も、この封鎖領域のDNAは巧妙に個体単位のアポトーシスを引き起こします」

図を出す。

顔ダニがいない場合、体内中の白血球に働きかけ。白血球の細胞内で、このプリオンが生成される。

それだけではない。

白血球さえいない場合に至っては、体中の細胞全てにて、凶悪なるプリオンが生成されるのだ。

人間を確実に殺すための究極の自滅DNA。

これこそが、ゾンビ化DNAとでも言うべき。

人類に刻まれた、処刑用のDNAだったのである。

頷くと、この場にいるヘイメルのトップであり、0192220を呼び出した052828は咳払いする。

「問題は此処からだな。 このプリオンをどう対処する」

「生成されることさえ分かれば簡単です。 対処薬も論文に記載したとおりです。 プリオンは……このプリオンは極めて小型で特殊なタイプで、ゾンビパンデミック発生時の技術力では、そもそも発見する事が出来ませんでしたが、今は違います。 発生と同時に無力化する事が可能です。 ただし、この自滅DNAは、プリオンが生成されていないと判断すると、顔ダニから白血球、更には体内の全細胞へと命令を移行させます。 今後人類は、ずっと対処薬を飲み続けなければならないでしょう」

「二つ疑問がある」

挙手したのは、052829。052828の副官をしている始祖奈木のクローンだ。

ずっと恒例になっているのだが。

皆のまとめ役は引退する前の、始祖奈木のクローンで一番若い番号の者。そしてその副官は、次の番号のもの。

一番若い番号とその次のクローンは、必ず始祖奈木のものと決まっている。

これは単純に適性から、指揮に向いている、というのが理由だ。

「まず一つ、人類にどうしてこのゾンビ化症候群が発生したか、だ」

「それについては、先人の研究をまとめた結果分かりました。 誘引電波はご存じだと思います」

皆が頷く。

ゾンビパンデミックの直後、日本の研究チームが命がけで発見した、ゾンビを誘引する特定波長の電波。

これを解析した結果。

幾つか分かってきたことがあるのだ。

それは、この電波が、脳内にて駆け巡っている一種の電気信号と、波長が共通している、という事である。

人間の脳内の仕組みは、ゾンビパンデミックの前には、完全解明はされていなかった。

しかし今は違う。

現在は、脳内の物資がどのように媒介して記憶を保ち。

電磁信号がどう流れて思考を作り上げているか。

その全てが解明されている。

命がけで知識を全て伝えてくれた先人達のおかげだ。あれから200年以上も、IQ180のプロフェッショナル集団が研究を続けたのである。医療技術も、ゾンビパンデミック前とは段違いの、文字通り長足の進歩を遂げているのだ。

当時はまだ完全な解決方法がなかったアトピー性皮膚炎などの病気についても、今は完治薬が完成している。

あくまでそれは研究の副産物だが。

あらゆる面で、技術は当時の比ではないのだ。

「ゾンビを誘引する電波、これ自体がゾンビパンデミックを引き起こしたというのが実情です」

「……なるほど、稼働している人間の脳が増えすぎたのか」

頷く。

人間のDNAの中で。封鎖領域の中で眠っていた一部の処刑用DNAは、その時に備えていた。

そう、あまりにも人間が増えすぎてしまったとき。

無差別に増えすぎると、その生物は環境をむしろ弱体化させる。生物史がそれを語っている。

恐竜にしても、彼処まで環境への適応を完全に果たしていなければ。6550万年前前後から発生していた南半球での大噴火における異変と、更に隕石の直撃によるダメージにも、或いは耐え抜いていた可能性が高い。

逆に殆ど環境から閉め出され、食物連鎖の隅っこでブルブル震えていただけの哺乳類は、その機に一気に勢力を拡大。

鳥類、昆虫類、頭足類ら強豪と呼べる生物たちと並び立つほどに発展するに至った。

別に哺乳類は進化の頂点などでは無い。

ただ運が良くて、環境の最前線に躍り出ることが出来た。

それだけの生物なのである。

だからこそに、処刑DNAが存在していた。そして、処刑DNAは、人間が無意味に増えすぎ、地球を食い荒らし始めたのを確認し。

目覚めたのである。

「一度覚醒した処刑DNAは、全人類の中で連鎖的に活動を開始。 そして、一気にタイミングを合わせて行動を開始しました。 これについても、封鎖領域にそう活動するように、DNAが仕込まれているのを確認しました」

「凄まじいまでの巧妙さだな」

「生物とはそういうものです」

質問をした052829が頷く。

此処にいる誰もが。

人類が万物の霊長などと言う事は信じてはいない。

此処にいるクローン達の始祖。奈木、サリー、井田。皆が、人類に迫害されていた。その一人でも迫害の結果死んでいたら、人類は滅びていた。

それはすなわち、人類など万物の霊長では無いと言う良い証拠である。

「もう一つの質問だ。 発生原因、発生の伝播についてはよく分かった。 だが、どうして我々は無事でいる」

「それは、我々のDNAの……封鎖領域の処刑DNAが破損しているからです」

これについても、問題になっているDNAの研究の過程で判明した。

そもそも先天性の大きな遺伝子疾患を持っていた始祖達だが。

皆が共通して、生殖能力を持っていなかった。

そして、その生殖能力を司る部分と、密接にヒモ付いていたのが。この処刑用DNAだったのである。

それはある意味、当然だったのかも知れない。

何しろ、種を残す事は、種にとっての至上命題。

もしも種に対する自滅因子が発動するのであれば。

それは生殖に関する部分から、というのが自然であろう。

三種類のクローンのDNAを提示する。

破損している箇所が幾つかあるが。

生殖に関するDNAだけではない。

やはり、三種類全てで。処刑用のDNAが、皆見事なまでに破壊されていた。

要するに、処刑用のプログラムが働かない体だった、という事である。

もう一つ、この処刑用DNAを動かさないための方法がある。

ゾンビパンデミック発生時、「体が弱ければゾンビ化が起きない」という現象も確認されていた。

これは何故か。

人間の体というものは、死に近付くと、「生存に必要ない部分」から斬り捨てて、栄養にしていくという性質がある。

癌患者などがそうだが、真っ先に衰退を開始するのが生殖細胞だ。

ゾンビ化因子は、その生殖能力の壊滅に呼応。

活動を停止した、というわけである。

全てが判明した。

これこそが、ゾンビパンデミックの全容。

要するに人類は、DNAに刻み込まれていた処刑プログラムによって。ゾンビ化という処刑を行われたのである。

現在、その処刑は果たされた。

なぜなら、そもそも「健全な」人間は地上より一掃され。

遺伝子に大きな欠陥を持ち、クローン技術を使わなければ子孫も作れない者達が、わずかに生き延びているだけだからである。

熱帯雨林は200年で完全に回復。

また、海などを汚染していたプラスティックも、開発し海に散布したプラスティック分解用の細菌が、悉く除去を終えてくれている。

各地の原子炉も、必要がないものは解体済み。

各地の物資も、遠征要員が全て回収するか廃棄するかを完遂済みで。現在、人類が生きているのは北米大陸の一部のみ。

地球の危機は終了し。

もはや処刑用DNAの仕事は終わったのである。

ならば、速やかに対応し。その仕事を、これ以上続けさせないようにする。それだけである。

咳払いする052828。

三十名ほどの重鎮が皆立ち上がると。

拍手した。

「おめでとう。 ついに、悲願が達成されたな」

「皆の功績だ。 君にて、ついに皆の悲願が形になった」

「ありがとう。 心から礼を言う」

涙が溢れてきた。

何度も涙を拭い、笑顔で頷く。

戦いは無駄では無かった。

カルネさんから引き継がれてきた知識。皆がつないできた命のバトン。集めて来た情報。進歩させてきた技術。

それらの全てが。

今の瞬間を作ったのだ。

052829が、すぐに指示を出した。

「早速、ゾンビ化因子のカウンター薬を量産開始。 我々以外のクローン受精卵で効果を実証し、その後コールドスリープしている人々に投与。 更に、一部の賢人達のために、エイズウィルスの除去作業の準備も始めよ」

動き出す。

破滅の時、人類の時間は止まった。

これから、始祖達三人だけでは無い。あの時生き延びた、二十五万弱の人々も、またこの世界に舞い戻る。

一神教の審判の時を皮肉って、ゾンビ映画は作られたと聞いている。

だが実際に起きたゾンビパンデミックは。

むしろ一神教における、地獄王アバドンによる蝗の災いであり。

過去の予言者は、今の光景を死者復活の時。つまり審判の時として幻視したのでは無いのだろうか。

そう、0192220は思った。

勿論それはオカルトだ。だがもしも世界中の神話に登場する終焉の日があるとするならば。

それは既に終わったのだと、0192220は結論していた。

そしてこれから。

再生の時が始まるのである。

 

作業が開始される。

今後、目覚めた人類と、いま生きている始祖達のクローンである人類。それがどうやっていくかは、それぞれのトップで話し合いをしなければならないだろう。記録を見る限り、確か人類の総指揮を執っていたのが。カルネさん達が残る前は、米国の副大統領だった筈である。

もう米国は存在しない。

世界に国家は存在しない。

そこから始めなければならない。0192220は技術屋として今後やっていくつもりだけれども。

幾つかクリアしなければならない事がある。

まず始祖達が今コールドスリープしているから、0192220達がいる、ということである。

クローンの技術についても研究は進めている。

遺伝子データから、始祖のクローンを作る事は、現時点では可能だ。だが、それもまだ少し技術的に問題がある。

その技術問題をクリアするのに、後二十年ほど掛かると計算が出ている。

カルネさんのようなスペシャリストが起きだしてくれれば、その時間も多少は短縮できるだろうか。

いずれにしても、今はまだ。始祖達を起こしてあげる事は出来ない。

もう一つの問題は。

新しく目覚める人々だ。

現在15万人ほどの始祖達の一人前クローンがいるのだが。眠っていた人達が起きだすと、この数を上回る。

人類の蛮行については、記録で全て知っている。

勿論、二十五万程度なら、追加で楽な生活を行える設備は整っている。住む場所などを巡って争うことはないし。

貧富の格差も生じない。

仕事などの割り振りについても、問題なく出来る。

更には、現在その気になれば140歳くらいまで寿命を延ばすことも出来る。技術の進歩の結果だ。

ただし、それでもだ。

「元々の人類」は、同じ顔をした事が当たり前の。始祖達のクローンを見て、感謝するだろうか。

するかもしれないが、それはひとときの事に過ぎない筈だ。

宇宙に移住して、資源が尽きた地球を離れるべき。

そういう話をして。

きちんと受け入れてくれるだろうか。

0192220は所詮は技術屋だ。政治をする事はないし。考えたいとも思わない。

通信が入る。

052828からだった。

「まず、最初の一人を選抜して実験を行う。 それが終わり次第人類の中核メンバーを目覚めさせる。 最後まで指揮を執ったカルネをはじめとするメンバー。 そして、米国の副大統領をはじめとする対策チームだ。 その人数分の薬と、生活のためのスペースを用意する。 此方では話し合いの内容などを詰めておくから、君は薬の準備と、それが確実に効くように徹底的な試験を行ってほしい」

「分かりました」

「分かっていると思うが、我等三種の人間だけで廻せていた時代は終わる。 此処からは、恐らくは血が流れる時代も来るだろう。 我々は平均的な人間よりもIQが高く、そして考え方も根本的に違う。 古い時代、人々は自分と考えが違う相手を同じ人間だと見なさず、殺しても何とも思わなかった。 それを最初から考慮し、問題が起きることは最初から想定してほしい」

「はい……」

現実的な言葉だ。

始祖達が迫害されていたことは、一人前になったクローンなら皆知っている。その迫害者を目覚めさせなくても良いのではないか、という話も聞いたことがある。

だけれど、その度に反論があるのだ。

それでは、古き時代の悪しき思考を持つ人間と同じだ。

この機会に、人間は変わらなければならない。

人間を万物の霊長と称する、古き時代の自種に対する悪しきナルシズムに満ちた時代は終わる。この機会に終わらせなければならない。

ありのままの人間が美しいとか言う無責任な人間賛歌を黙らせ。

新しく未来のために、完全に別種の人類と、旧来の人類が。ともに歩かなければならないのだ。

そう言っていたのは、今の先々代のトップだったっけ。

事故で亡くなってから二年くらいだが。

トップは二年ごとに代わる。

いずれのトップも、皆有能で。そして、権力への執着もなく。故にこのヘイメルは良く廻って来た。

薬の製造が始まる。

昔は薬を作るのに一年以上掛かるケースもあったらしいが。

今はあらゆるデータがDBサーバに仕込まれていて。薬の作用を、昔のスパコンなど鼻で笑うような性能で一気に調べ上げてくれる。

そしてこの技術でさえ陳腐化している。

つまり使い尽くされて、実証されしきっている、と言う事だ。

ましてや論文を作る時に、実験で散々上手く行くことを立証しているのである。

ミスは、起きない。

二月ほどで、薬の第一陣が完成する。

この第一陣というのは、最初に目覚めさせる数百人ほどが、恒常的に生きていける分の薬である。

まず最初に、最も若い世代の人間から治療を施し。

そして目覚めて貰う。

最悪の場合に備えて、気密室で。

しかも、ゾンビ化因子の量を測定。

もしもの時には、即座にコールドスリープに戻すように対応をしてある。

緊張の一瞬。

薬を投与された、古い世代の人が目覚める。

コールドスリープに成功した、離島に非難した人の一人だ。

幾つものドローンが、開いたコールドスリープ装置の周囲を旋回。

告げてくる。

「ゾンビ化因子、増加を確認できません」

「ゾンビ化進行せず」

「経過を観察」

「経過を観察します」

コールドスリープをすると、目覚めるまでかなり時間が掛かる。しばしして、目覚めた過去の人は。

コールドスリープ装置の中でぼんやりしていたが。

やがて、完全に問題が無いと確認できると。

手を引いて起こされ。

そして、食事を与えられた。

事情を知らない過去の人は、同じ顔のクローン達を見て、少し怯えていた様子だったけれど。

一つずつ、順番に話をし。

ゾンビ化しないという事を聞くと。

感極まったのか、顔を覆っていた。

連れていき、しばらく経過観察する。勿論ゾンビ化が発生した場合には、すぐに対応する。そのためだ。

最初の被検体に、二ヶ月ほど生活してもらい。

そして無事なようなら、数百人を順次起こす。

更に一年ほど様子を見て、これを数千人に拡大。

始祖に目覚めて貰うのは。

クローン達の生存が確立出来る、二十年後くらいになるだろう。その時くらいを見計らって、全ての人が目覚める計画になる。

勿論、ゾンビ化の原因である処刑DNAの挙動もしっかり確認しなければならない。

解析しきった自信はある。

だが生物は、想像を超える動きをすることがあるかも知れないのだ。

いざという時に備えて、またいつでも皆コールドスリープできるようにする必要もあるだろう。

いずれにしても、戦いは始まったばかりだ。

多くのクローン達が、始祖から受け継いだ約束を引き継いできた。

果たしてきた。

0192220も、それに習う。

悪しき時代を終わらせ。

新しい時代を作るために。

 

(続)