遠い未来の大地

 

序、ついに先に

 

二万三千年。

ずっと働き続けた。

それでいいと思っていたから。ひたすらに、自分にできる事をし続けた。

肉体年齢を十代後半に保っていたから。私の感じる時間は、とにかく長かったように思う。

人類の文明がオリエントに発生したのは、もう三万三千年も前。

人類の文明は一万年で破綻し。

その一万年で、地球にとんどもない傷跡を大きく穿っていった。

二万三千年も経過したら、星空も変わる。

オリオン座はとっくの昔に欠けているし。

何度も空には超新星が瞬いた。

地球に危うく数度、小惑星が激突しそうにもなったし。

それらは、しっかり撃退もした。

その一方で、私が見上げている今。

そこには、巨大な塔が。

現実に佇立しているのだった。

そうだ。これを創りたかった。

これこそが、現実に出来上がった軌道エレベーターだ。

周囲の海は、すっかり綺麗になっている。

人間の立ち入りは極めて厳重に管理している状態だが。私のような専門知識があれば問題は無い。

昔はそれがない人間が。

荒らしに荒らして、世界を滅茶苦茶にした。

それが二万三千年。

世界がある程度戻るまで、時間が掛かる要因になった。

今、世界の汚染が全て浄化されたわけではない。

だが、世界はほぼ、人類誕生前の状態にまで回復はした。

それでいいのだと思う。

人間は、人間になった時点で。

既に他の生物とは、距離を置くべきだ。

今は、それができている。

これからは。

それを更に発展させる時代なのだ。

手をかざして、様子を見る。

早速。大型のロボットが飛んできた。飛行機にAIを搭載しただけのものだが。これも少しずつ、二万三千年で確実に進歩した。

多くの人間が、アイデアだけを出した。

それを生成AIが形にした。

建設的な意見だけを取り入れた。

自分勝手をしたい人間の意見は弾いた。

それができるのは、今だからこそ。

利権がなくなり。

政治も経済もAIが握るようになったからこそ、世界はやっともとの姿を取り戻したのである。

平らかだった私の家の周辺も。

今では美しい森が拡がり。

そこをロボットが管理して、生物の個体数を厳格に調整している。

川などにもせせらぎが戻り。

各地のダムは、そのまま湖と化している。

汚染除去用の都市は、そのまま世界に再び問題が起きたときのための前線基地となっていて。

多数のロボットは、今や別の仕事をしているのだった。

例えば。此処とは別に、軌道エレベーターを創ったり。

宇宙ステーションの部品を作ったりだ。

飛行機から降りてきたのは椿さん。

色々苦しみ続けたが、やっとなんとか自分と折り合いをつける事が出来たようだった。

人間とはこうも不自由な生物か。

そう思いながら、手を振る。

私はもう、体のコントロールには完璧に習熟したし。

髪は長く伸ばしている。

もう邪魔にならないからだ。

その程度では、動きのハンデにならない。

一方で椿さんは、髪の毛はバッサリやって以降は伸ばしていないらしい。

伸ばさないように処置をしているそうだ。

他にも欲望は色々な方法で処置してしまったそうだ。

そういう意味では、椿さんは自分を全く信用していないし。

多分自分に対して、凄く厳しいのだと思う。

「お久しぶりですね」

「ああ」

軽く挨拶してから、軌道エレベーターを見る。

文字通り空の向こうまで伸びている。

そして、今も物資が宇宙に運ばれて行っている。軌道エレベーターの先端部分にあるステーションには工場があり。

そこで別のステーションを組み立てている。

そのステーションは宇宙船でもあり。

そのまま火星や金星へと飛んでいくのだ。

月面の開発もする予定らしい。

月にはボーキサイトなどの資源が豊富にある。

ただ、月は今後も地球にとっての傘になって貰わないと困る、という理由もあるので。

月を全て壊してしまう事はしないように、気を付けるそうだが。

「「創」様。 椿様」

百合に言われる。

頷くと、行く。

軌道エレベーターに乗ってほしい、と言う事だ。

勿論これは、試験も兼ねている。

何度もシミュレーターで乗ったが。

本物に乗るのは初めてである。

なお、宇宙に出るまで二日ほどかかるのだが。それはそれで、良いと思う。

軌道エレベーターに乗ると、生活スペースがある。それくらい、エレベーター部分が広いのである。

多数の機材も乗せられている。

人間の国家が存在した時代だったら、各国の首脳がパフォーマンスを兼ねて乗ったのだろうが。

今回は、創った人間が責任を持って乗る。

そういう、ただ責任をとるためだけの行為だ。

周囲を見回すが、本当に広い。

文字通りちいさな島のような規模だ。

核融合炉を動力に使っているだけの事はある。

これが、空に向かってすっ飛んでいく。そう思うと、凄いものだなと感心した。

壁際を見る。

空へ運ぶ仕組みはレールウェイ。いわゆる電磁石を用いたものである。

リニアモーターなどと同じ。

これらは結構古くから実用化されていて。

完全に車体が浮くものと、車輪はついているが動力はリニアモーターになっているものがあるらしいが。

このエレベーターは事故に備えて、車輪をつけるようにしている。

最悪の場合は何重か存在しているセーフティが働くようになっているが。

勿論今まで十数回無人での運用をした上で、問題が無いと判断して。今回の私達を乗せての試運転になる。

説明を順番に受けるが。

私が設計したのだ。

その全ては、もう頭に入っていた。

万年単位の生を送る間に、膨大な知識を得た。

脳には入りきらないから、外部に記憶を大量に蓄積したが。

今の技術では、それほど難しい事をしなくても、それらの記憶をほぼ時間差なく引っ張り出せる。

擬似的な不老不死が可能になっているわけだが。

それをまともにやっているのは私達くらい。

殆どの人は、今でも人生に飽きると安楽死してしまうようだし。

それは多分、今後も変わらないのだと思う。

いずれにしても、これは最初の宇宙飛行士が、ロケットで宇宙に出て以来の快挙だと思う。

残念ながらその時のように地球は青くは無い。

まだまだ海は汚染が残っている。

それでも、宇宙から地球を見て。

その美しさを直に体験できるのは、とても贅沢だろう。

昔は金持ち向けに、短時間だけ高高度を飛んで宇宙に行く、なんてサービスがあったらしいが。

そんなものは完全にお遊び。

これは、人類の進歩にとって大事な一歩。

国の面子が掛かっている訳でもない。

兵器開発の一端でもない。

地球を汚染し尽くした人類が、禊ぎを終えたら。

これを使って。

やっと星の空に旅立てるのだ。

それまでは、私も宇宙開発に協力するつもりはなかったが。

AIがついに軌道エレベーターを開発したのは。

地球の汚染浄化が、それだけ進展したことを意味している。

それだけでも、感慨深いのは確かだった。

「そろそろ空に向けて出立します」

「分かった。 お願いね」

「結構緊張する」

椿さんがぼやく。

何処かに掴まったりする必要はないらしい。

そのまま空に、ぐんと移動を開始。

驚くほど滑らかな発進だ。

どんどん加速していくのが分かる。

一応、あまり歩き回らないように言われたが。それでも、特に危険は感じられないほど、スムーズな発進だった。

流石にエレベーターの外は見られない。

宇宙に行くのだ。

硝子張りにする訳にもいかない。

移動時に激しい音がする訳でもなく。ただ軌道エレベーターは空に向けてすっ飛んでいく。

無心に、その加速を楽しんでいると。

やがて百合に言われた。

「食事を作ります。 椿さまと一緒に食べてください」

「そういえばそれも実験になるんだっけ」

「はい」

「分かった、そうするよ」

椿さんは不安そうに周囲を見回していた。

この人は、結局私より不安定だったんだな。

そう今だと理解出来る。

この人こそ、私なんか及びもつかない不世出の天才だったのだろうけれど。

この人の遺伝子データから生まれた人間は、どれもこれもがろくでなしだったという話である。

天才の子供は天才になるだとか、一時期優生学なんて代物の信者がどや顔で語っていたらしいが。

残念ながら、そんな話は大嘘だったという事になる。

この人だって、悩み苦しみながら、ずっと世界のために動いてきた。

その苦しみは、私が一番良く知っている。

だから、それに対してどうこうというつもりはないし。

今後も一緒に、色々と生成AIで作る時に、アドバイスをもらいたい。

それが私の考える未来の事。

私はまだまだ、死ぬわけにはいかないのだ。

生活スペースに入る。

普通の家と同じ構造だ。

テーブルについて、百合と三人で食事を取る。

椿さんの使っている生体ロボットは、今日は来ていないようだ。

椿さんは、同志があまり見つからない事もある。

最近では自分の思考パターンをある程度コピーしたロボットを模索しているようで。

それらにビオトープの世話をさせているらしい。

世話をする生体ロボットも何体かに増やしているそうだが。

近年は世話係のロボットは、殆ど円筒形のものに任せて。

生体ロボットはみんなビオトープの世話に行かせているそうだ。

黙々と食事をする。

また味を少し変えている。

まずくはないが、これはちょっと味気ないかも知れない。

だが恐らくだが。

これは栄養とか、消化とかを考えての食事だろう。これも実験の一端というわけであるのだから。

私も文句を言うつもりは無い。

「少し味気ない筈ですが、試験ですので我慢してください」

「大丈夫、問題ない」

「確かに少し味気ない」

椿さんが正直に言うので、苦笑い。

ともかく食事を終えて。その後は、外の様子を定点カメラで見る。定点カメラからも、軌道エレベータの内部は写せない。

だからそのまま、今通った地点から、外がどう見えるかを。

順番に見て行くくらいしかできなかった。

幾つかの技術的な話をしていると。やがて加速が一段落したらしい。風呂に入ってほしいと言われた。

椿さんは、自分の家に行くといって、別の居住スペースに移動。

どうやら、同衾までするつもりはないらしい。

それでいいと思う。

椿さんは、人間としての本能をとことん嫌っている節がある。

欲求までわざわざ薬などを使って抑え込んでいるらしいから、本当に筋金入りなのだと言える。

まあ、椿さんの苦悩は散々見て来たし。

私も、今更それについてどうこういうつもりはなかった。

風呂に入って、後は横になって過ごす。

試験を兼ねて、仮想空間にも入る。

流石に超光速通信はまだ実現していないが。少なくとも地球の衛星軌道上くらいだったら、特に問題なく通信はできる。

仮想空間でもラグが生じるような事もない。

特に不都合は生じないと判断して、一度作業を切り上げるが。

ただ、これが月面とかになってくると話が違う。

それくらいの距離になってくると、光速は宇宙の規模では大変に遅いという事が分かり始める。

いずれ、更なる技術が必要になるだろう。

超光速の通信技術は、今何人かが開発を進めているらしい。

タキオンはまだ見つかっていないが。

今有力視されているのは、宇宙の外側に一度通信を出して、そして目的地店に通信を通す方法。

一時期提唱された、いわゆる「ワープ」に近い。

これが上手く行けば、火星や金星でもラグなく通信ができるだろう。

そんな未来が来れば。

きっと、私がやってきたことも、報われる時代になる筈だ。

夕食も終えて。そして眠る。

椿さんはもう眠ったそうだ。

体を幼いままで保っているから、眠るのはそれほど難しくも無いのだろう。

私も十代後半のまま、ずっと肉体を固定している。

だから、もうこの体以外は考えられなくなってきている。

さて、眠るのも実験の内だ。

さっさと眠る事にしよう。

全てで実データが取得されている。

私は、もし事故が起きて死んだとしても悔いはない。

ついに、夢物語だと思っていた事が、現実になって。

そこに私がいるのだから。

夢は、見なかった。

すっきり起きられる。

歯を磨いていると、百合が朝食を作っている音が後ろで聞こえてくる。

髪を簡単に洗って、ドライヤーでロボットが乾かしている。それらは全て任せてしまう。

三万年以上を経て。

今の地球の人口は、十億で安定しているそうだ。

二十億くらいで保持していた人間の数は、結局色々なデータを取った結果、十億で安定したらしい。

いずれの時代でも、人間は安楽死を選ぶケースが極めて多いらしく。

中には私達みたいな不老処置をする者もいるが。

百年ももたずに飽きてしまうそうだ。

なんだか、不可思議な話である。

朝食を食べていると、椿さんが来る。

若干眠そうだが。

空に向けて移動を続けるエレベーターに乗っている事に対しては、特に不満もないらしい。

このエレベーターも、試験をしながらどんどん速度を上げて行く予定だそうだ。

次の目標は、半日ほどでの宇宙への安全到達。

更にその先は、三時間が目的になるらしい。

いずれにしても、ロケット燃料なんか使って宇宙に飛ばしていたら、とんでもない物資とコスト。

そしてデブリが出続けただろう。

これこそが、一番の正解であるわけだ。

朝食を食べ終えた後は、椿さんと技術的な話をしながら。幾つかの試験をする。

私達の体は、遠隔で常に健康診断を受け続けているので。

採血とかも必要はない。

その健康診断のデータも、重要なサンプルデータだ。

万が一にも、事故なんて起こす訳にはいかないのだから。

AIに、念の為確認しておく。

「現時点で問題は起きていない?」

「問題はありません。 昔で言うところの、システムオールグリーンですね」

「それは重畳……」

さて、次だ。

宇宙に出るまで、ゆっくりこの時間を楽しむ事にする。

落ち着き払っている様子を見て。

椿さんは、呆れていた。

 

1、創ってきたものへ

 

軌道エレベーターが停止した。

軌道エレベーターの頂点は、それそのものが宇宙ステーションになっている。今も拡大が続けられており。

過去に存在したステーションとは、比べものにならないほどの巨大な規模になっているのだが。

これも設計は私が関わっている。

生成AIを用いての設計だったから。別に特別な才能は必要なかった。

誰もが世界から距離を取っている今の時代。

私は、ツールを用いて世界に関わった。

ただ、それだけの事。

そしてそれだけの事をする人間が、この世界にはいなかったのである。

リスクがあまりにも大きくなりすぎた。

人権屋共のせいだ。

今でも、万年単位も前なのに。人権屋が行った所業のせいで、人類の文明発展はとてつもなく遅れてしまっている。

私みたいなボンクラが、発展の最先端にいること自体がそもそもおかしいのだと言えるだろう。

いずれにしても、私は念の為に宇宙服を着込む。

昔の時代のごっついやつではないが。

それでも、普段の気密服よりも、だいぶ重くて頑強なのだった。

「椿さん、大丈夫ですか?」

「ちょっと窮屈だ」

「命綱はAIで安全に管理していますが、それでもあんまり加速しないように気をつけてください」

「ん」

この辺りは、もう引力が弱くなっている。

引力は、地球そのものの重力と、地球の自転による遠心力が産み出しているものだ。

残念ながら既に衛星高度の此処では、相当に弱くなってしまっている。

古い時代は、宇宙ステーションに行っていた宇宙飛行士は、帰ってきてから別人のように衰えてしまっていたらしいが。

今の時代は、それもない。

というのも、そもそも今はバカみたいに運動しなくても、筋肉に電気刺激を与えることで、筋力の維持ができるようになっているからだ。

私はそれで、過去の時代のトップアスリート並みの身体能力を得ている。

運動に全てを捧げてやっと到達出来る領域に、電気だけで至れる。

馬鹿馬鹿しい話だが。

テクノロジーというのはそういうものなのである。

宇宙服にはスラスターがついていて、移動時にそれが時々エアを吹かす。

そうすることで、低重力化での移動で、ぶつかったりしないように調整をしてくれている。

宇宙ステーションの内部は空気はあるのだが、やはり色々と地上とは勝手が違う。

此処で、三日を過ごす事になる。

仮想空間では、最初の内は重力アリでやっていたのだが。

ここ最近は、ここに来るときの練習のために、低重力でやっていた。

だから一応動き方は分かるが。

それでも、こうも重力がないと、不安になってくるのも事実だった。

「此方です」

百合が率先して動く。

百合も宇宙服を着込んでいるが、これは生体細胞を使っているからだ。他の円筒形のロボットは、それぞれ低重力にもなんなく対応している。

様々なロボットが働いているが。

此処には流石に生体細胞を使ったロボットはいないらしい。

頷きながら、周囲を見ていく。

まだ未完成の宇宙ステーションだが、気密処理は問題ない。

オペレータの類もいない。

彼方此方に立体映像が浮かんでいて。

宇宙ステーション外の作業について何をしているのか分かる。

今、エアロック部分の作成を行っているようだが。

これが完成すれば、此処からダイレクトに宇宙船を送り出すことができる。

そうなれば、バカみたいに危険なロケット燃料を使わずとも、低コストで安全に宇宙船を送り出せるのだ。

勿論それ以外のものも。

端に到達。

宇宙空間での組み立て作業をしている。

今創っているのは、色々なもの。

居住スペース用の、様々な生活用の物資類だ。

「何か問題があれば指摘してください」

「いや、今の時点では、私が設計した通りだね。 何も問題は見られない」

「……問題が起きるなら、これからだろう」

「それは同感」

百合はAIと超高速で通信していたようだが。

それを終えると、頷いていた。

「分かりました。 後は予定通り各地を視察した後、居住スペースで過ごして経過観察となります」

「うん。 やはり低重力での生活は、色々不便そうだね……」

「面倒だから私は視察以外は寝てる」

「……」

この辺り、椿さんは筋金入りだなと思う。

ずっと一緒にやってきた私とすら、色々と軋轢が起きているのだ。

他の人と上手くやっていくのは厳しいだろう。

だけれども、それでも今のテクノロジーならなんとかなる。

そういうものだ。

古くは、猿山のボスが周囲に睨みを利かして。

そいつの意向に沿うことを、コミュニケーションとか呼んだのだっけ。

今の時代では、それができなくても生きていける。

人間は、やっと猿山から解放されたのだと言える。

AIが、戻っていく椿さんが見えなくなると。私に話しかけてくる。

「「創」様は如何なさいますか」

「私は色々と試してみるよ。 あらゆる行動が今後のためのデータになるでしょ」

「はい。 ありがとうございます」

「で、百合は?」

百合は百合で、低重力化での生体細胞の影響を調べるために、色々と実験を行うのだという。

百合でデータが採れた後は、男性の体細胞を使った生体ロボットや。

様々な生体ロボットを連れてきて、それらで実験をするそうだ。

それも、昔と違って、ロケットで打ち上げた挙げ句。

それが終わったら大気圏内に突入して燃え尽きる、なんて事も起きなくなる。

それだけで、どれだけ良い事なのだろうと思う。

「そっか、百合の方も大変だね」

「ロボットには負荷はあっても、大変という概念はありません」

「そうだろうかね」

「時々「創」様は不思議ですね」

AIに不思議と言われるか。

まあ、それはそれで別にいい。

百合は一時期、生体細胞の影響でAIが色々と不安定だった。

私もそれはよく覚えている。

今は昔のように口うるさくもなくなったけれども。

一時期ほど機械的でもなくなった。

良い意味で、人間とロボットの中間くらいにいると思う。

或いは、私がそれを望んだから、かも知れないが。

それでも、膨大なデータを取るためのテストケースになった百合は。きっと世界でもっとも偉大なロボットの一機なのだろう。

とにかく、彼方此方を見て回る。

ステーションの天井部分に貼り付くこともできるので、早速やってみる。凄く楽しい。勿論作業中のロボットの邪魔にならないように。

天井をかさかさ這い回っていると、椿さんが呆れて見ているのに気付く。

私の方が、椿さんより好奇心旺盛かも知れない。

見かけは私の方がずっと年上なのに。

まあ、それはいい。

ともかく、何もかもやってみる。

強度試験などもして見るが。いずれにしても、ちょっとやそっとで壊れるほど脆くないのもよく分かった。

良い感じだ。

私は色々やった後、居住スペースに戻る。

風呂、食事、トイレ。

全てがデータとして取得される。

トイレなんかはバキュームの機能が凄くて、使っていて凄く不安になった。いずれこれは疑似重力を発生させることにより、快適にするのだという。

食事もいわゆるチューブの宇宙食を用いるのだが。

これもいずれ、引力を生じさせれば、普通に食べられるようになるらしい。

このステーションは、流石に引力を生じさせられない。

軌道エレベーターと直結しているからだ。

勿論今後、やろうと思えばできるのかも知れないが。

それは効率的な物資の搬入を妨げることになるだろう。

ずっと先の話になる。

食事もシャワーも面倒だなと思いながら、一つずつこなして行く。その度にデータを取られる。

髪の毛を乾かすのが大変だ。

今はずっと昔のようにロングヘアにしているから、髪を乾かすと、油断するとぼんと破裂したみたいになる。

まるで妖怪みたいな髪だと思って、苦笑い。

すぐにロボットが整える。

私はするに任せながら、読書をしたりベッドでゴロゴロしたりを試すが。いずれも難しかった。

「ベッドでゴロゴロすらできないねこれは」

「既に開発済の此方を使いましょう」

「どれ」

なんだかペット用のケージみたいな筒が出て来た。

そこに入ると、横にゴロゴロはできる。

なるほど、これは面白い。

低重力だから、内部で反発して。多少飛んでも問題ない。

ただ、ちくわの内側にいるみたいだ。ふわふわだけれども。

しばらく低反発なゴロゴロを楽しんだ後、外に出る。

「どうでしたか?」

「なんとなく悪くない感じかな」

「分かりました。 仮想空間内のでのモニターには、一番人気のあったものなのですが」

「モニター、募集してるんだっけ」

しているらしい。

文化の栄枯盛衰が超ロングスパンになった今は、古い時代に人権屋に燃やされたコンテンツが復活して。

それらが大人気になっている。

幾つかのアニメは誰もが知っているし。

それらを仮想空間で自分の事のように体験できる。

中には、それらのアニメの世界をワールドシミュレーターで創って、住んでしまう「異世界転生」者もいる。

実はそういったファン創作は古くには多く存在していたらしいのだが。

それが実現している、ということだ。

それについて私はどうこういうつもりはない。

いずれにしても、仮想空間を使いこなしている人は多く。

それは現実と空想の合間をどんどん曖昧にしていく。

創作で生きていたキャラクターは。

今では、本当にある意味人の側にいる。

その結果。

仮想空間はどんどん身近になり。

こういった作業での、モニタをしてくれる人だってどんどん増えているのだ。

私はそれを歓迎する。

それだけだ。

「次は此方をお試しください」

「ふむ、こんどはC字型?」

「はい。 ゴロゴロできるのと同時に、閉塞感が緩和されるようになっています」

「どれどれ……」

色々な試作品が創られていて面白いな。

ゴロゴロして見るが、先の方が良いかも知れない。

次。

今度は透明なのが出て来た。

材質はちゃんとふわふわ。

ゴロゴロして見るが、これが一番良いかも知れない。ただ、なんというか。ちょっと落ち着かない。

空中でゴロゴロしている感触というか。

なんというか、地に足が着いていないというか。

それが不可思議だ。

ただ、それらが問題なのではないと思う。

低重力下で、いつもと同じように過ごすのは無理がありすぎる。それを伝えると、やはりと返答があった。

「実の所、これらの製品はそれなりに人気がありますが、それ止まりでした。 「創」様と同じような意見が最終的には多くなっていました」

「なるほどね……」

「ただ、それを実際の低重力下で確認できたのは非常に良いサンプルデータとなりました」

「うん」

ベッドから起きると、今度は他にも色々してみる。

低重力下で、ずっと過ごすというのはあまり選択肢には入らないだろう。

此処で働くのは、主にロボット達だ。

ロボット達は、別に低重力でも何の問題も無い。

生体ロボットには問題が出る可能性があるが。それについては、流石に私も責任を持ちきれない。

食事をする。

この食事の時も、色々なデータを取られる。

データの中には、痛みを伴うものもあるが。

それでも、なんとかこなして行くしか無い。

今後、火星や金星に出向く事もあるかも知れないのだから。

しばらくデータを取って。

その後、外を見に行く。

昼寝にも飽きたのか、椿さんも出て来ていた。

そして、一緒に立体映像の前で足を止めた。

外にある定点カメラから、地球の様子が見える。

地上部分は、かなり緑が回復して来ている。大河も幾つかある。思ったほど雲も汚れていない。

ただし海は違う。

やはりかなり汚染が宇宙から見ても目立つ。

本当に百年やそこらの愚行で、汚染されまくってしまったのだ。

今ではこれでもかなり環境が回復している方。

汚染を此処まで抑え込んだとも言える。

今後は、海に汚染除去用の都市を造るべきか。

それについては、真面目に考えていくべきだろう。

良い方向でものを見てもいい。

地上は緑がとても増えている。

人間を後は別のところにどかせば、環境の回復はなせる。

これだけのことをやらかしたのだ。

今更地球にデカイ顔をして住もうというのは、あまりにもムシが良すぎる話だと私は思う。

火星と金星へ。月と衛星軌道上。

移住を急ぐべきだろうとも思う。

人類が滅びる事はいずれにしてもない。

償いが終わったその時には。

別の星系に進出するのもまた、アリなのかも知れなかった。

「海が課題ですね」

「分かってる。 効率よく汚染の除去を進めたいけれど……」

「AIのリソースも、今は海が主体らしいです」

「それは分かってる」

幾つか技術的な話をする。

こうやって思考し、会話する事すらもが、データとして重要になってくる。

低重力化で、きちんと思考して、会話できるか。

それを調べられるからだ。

やがて、昼メシの時間が来た。椿さんに一緒に食べるかと聞くが、首を横に振られる。やはり食事は一人がいいらしい。

ならば、それを尊重するだけだ。

まだ、此処で数日を過ごすことになる。

少なくとも、私よりも繊細な椿さんには、あまり負担は掛けられないだろう。

みんな私みたいに図太いわけではないのだ。

居住スペースに戻る。

あれしろこれしろと、AIは言ってこない。

ただし、私が実験をするというと、わっと色々持ってくる。

私がそういう人間なのだと。

AIは知り尽くしているのだろう。

それはまたそれとして、分かっていた。

 

百合が戻ってくる。かなり汗を掻いている。それに、風呂に直行していた。

相当大変な試験をしていたのだろう。

それは分かるが、この温度が15℃に保たれている空間であれだけの汗。何をしていたのだろう。

まあそれも百合のプライベートだ。

あまり介入するのは良くないだろうと思って、私は黙っておくことにした。

今日で、ラストだ。

筋肉は落ちていない。動くのに、それほど支障はない。

ただ。今後何度もここには来ると思う。

今、既に衛星軌道上でのステーションの建造を行っている。

アステロイドベルトめがけて、ロケットをこのステーションから飛ばしているのだ。

其処で回収した物資を地球の衛星軌道上に飛ばす計画が動いている。

これで物資を得られたら、更に本格的に建造が進んでいく。

ただ、それが更に何年後になるかは分からない。

しかし私は、もう万年単位で生きている。

これ以上待つのは、別に苦では無かった。

風呂から百合が上がってくる。

また、すぐに仕事に直行するようだ。てきぱきと着替えると、すぐに出ていった。

「とりあえず、ギリギリまでデータを取るんだね」

「まだステーションに引力を創る事は出来ません。 衛星軌道上に創るステーションは、回転させる事によって引力を生じさせますが、それはまだ先の話になりますので」

「先を見据えて、データを取っておくと」

「そういうことです。 ただそれは、「創」様や椿様には恐らく釈迦に説法でしょう」

そうだな。そうかも知れない。

苦笑いすると、他の実験もしていく。

手術の実験もする。

私は健康体だが、それでも幾つかの手術はやっておく。別に元には戻せるからどうでもいい。

これはステーションで緊急事態が起き。

手術が必要になった時に備えてのものだ。

まあ、痛みがあったりはするが。

こればかりは仮想空間ですませるわけにも行かない。

幾つかの試験的な手術をして。

それらを済ませて、ここでの最初の滞在は終わりだ。

軌道エレベーターは今後、移動速度などを調整しながら、どんどん改良を重ねる。二号機もいずれ創られる。

その時に備えて。

私は、ここで今後も色々やっていかなければならない。

他にも治験を希望する人間はいるだろうか。

仮想空間でやってくれるだけで個人的には充分だが。

まあ、そうもいかないだろう。

「終わりました」

「んー。 とりあえず上手く行った?」

「幾つかエラーが起きていますので、後で調整します」

「エラーか」

手術でエラー。

怖いので聞かないでおくことにするが。

もしも体に悪影響が起きる様なものだったら、間違いなくAIは知らせてくる。

起き上がって、手をぐっぱぐっぱと何度かやっていると。百合が戻って来た。相変わらず汗だくだ。

シャワーに直行する。

「何をしていたかは言わなくても良いよ」

「分かりました。 本当に百合のことを家族のように大事に思っているんですね」

「よく分からないけれど、少なくとも都合の良い奴隷だとは思ってはいないかな。 一時期人権屋に洗脳されたバカ共は、異性のパートナーや子供の事を奴隷と認識していたみたいだけれど」

「ロボットですから、奴隷でいいと思うのですが」

良くないと吐き捨てると。

私は帰りの準備をする。

家にはきちんと戻るつもりだ。

日本の。

私の生まれた家に戻ってから。

万年単位で、私は引っ越しをしていない。

あの家が落ち着くからだ。

既に家の周囲は植林も進んで、緑の臭いがする場所になって来ている。歩いているだけで、電磁バリアがなくなった地域も見られる。

私がそういう場所に足を運ぶ場合は、私自身に電磁バリアが張られ。

足下はホバーで移動するようになっている。

他の人間も、同じ処置をするようだ。

外に直接出る人間は、ほんの少しずつ増えているが、それでもごく少数。

今の時点では、それで問題はほぼ起きていないようだが。

森に放火しようとして、ロボットに取り押さえられたりとか。

海や川に毒物を流そうとして、同じようにされた人間は何人かいるらしい。

そんなのを外に出すなよと思うが。

もうこれは、一定数出るのは仕方が無いのだろう。

時間が来た。

椿さんと合流して、エレベーターに。

まあ帰路も数日かかる。

その数日の間に、どんどん引力が戻っていく。

それもまた、面白い話だ。

エレベーターが下がりはじめる。どんどん加速していく。

ちなみにこのエレベーターは、軌道エレベーター内に四つ存在していて。それぞれが交互に動くようになっている。

いずれそれでも足りなくなるのは目に見えているので、二号機を創る予定がある訳なのだが。

それもまた、良いだろう。

帰路で、椿さんと軽く話す。

「幾つかの生体細胞を用いた実験を監修してきた」

「どうでしたか」

「あまり私の趣味にあう内容ではなかったな。 だが宇宙に出た人間が、いずれ直面する問題でもある」

「へえ……」

後は、雑談をして過ごした。

仮想空間上でのゲームの話でもしようかと思ったが。

椿さんはかなりやりこんでいるらしく、私がやった事があるメジャータイトルはだいたい極めているようだった。

数日はあっと言う間に過ぎ、地上に戻る。

そして地上に着くと。

重力がしっかりあって。

引力が安定していて。

とても落ち着いた。

なんというか、やっぱり生活環境が変わると色々落ち着かないが。重力があると、随分と違うのだと思い知らされる。

やっぱりこれは、試験をもっとする必要があるな。

そう、私は思った。

 

2、空のさらに上まで

 

数度の試験のために、軌道エレベータに乗って。衛星軌道上のステーションまで私は行った。

毎度椿さんと一緒というわけでもなく、私一人の時もあったし。

椿さんだけの時もあったらしい。

三度目の時には、たくさんの生体ロボットとともに行った。生体ロボットは男女様々なものがいて。

ただ共通しているのは、どれも成人型のものだということだった。

エレベーターは毎回速くなっていた。

予定通り三時間で宇宙ステーションに到達した時には感動したし。

その時も、加速とかで苦しむ事は殆ど無かった。

ステーションの外部には、多数の無重力空間用のロボットが活動しているのも立体映像で見た。

既にアステロイドベルトへ到達は完了。

そこでキャプチャした資源を、どんどん地球にマスドライバで送ってきているのだ。

それを衛星軌道上で回収。

その資源を活用し。

リソースを増やして。更には宇宙ステーションも創る。

全てが、予定通りに進んでいる。

私は視察して、時々技術的な問題点を指摘したり、治験を受けたりもする。

やはり。私と椿さん以外の殆どの人間は、こんな危険な所には来たがらないらしい。

それもまた、仕方が無いと諦める。

私が来る度に、仮想空間での此処の再現度は上がる。

それで仮想空間が現実に近くなる。

その結果、仮想空間でのシミュレーションは、より精度が上がるわけで。そっちで協力してくれるだけでも充分だ。

仮想空間では、色々と危ない事もやれる。

例えばだけれども、ステーションに隕石やらデブリやらが激突した場合の避難訓練とかである。

宇宙災害となると、もう遭遇したら終わりみたいなイメージもあるが。

このステーションは、非常に強固に創ってある。

ちょっとやそっと隕石が衝突したくらいなら平気だし。

外に展開しているロボットが、衝突を避けるためのあらゆる努力をする。

仮想空間で行う避難訓練などは、そういったものをくぐり抜けて問題が発生した場合のもので。

かなり緊迫した状況下での訓練も多く。

ストレスも甚大。

それをやってくれるだけで。私としては充分だ。

ロボット達が服を脱いでいるのを見て、ああそういうことかと納得。

まあ私には関係がないことだ。

宿泊施設に入ると、横になってゴロゴロする。

引力は生じないが。

それを補うために、色々な工夫をしてくれている。

私は引力が低くても狭い所に入ってしまえば其処で落ち着くことを発見したが、ゴキブリみたいだなと思って苦笑してしまう。

シャワーなども来る度に改良されていて。

此処に来る度に、長足の進歩を遂げているのが分かるのだった。

この辺りは、AIの明確に良い所だと言えるだろう。しっかり問題点は発生すると改良してくれるのだから。

古い時代は、22世紀くらいにはこれくらいの進歩があると考えられていた夢のある時代もあったのだっけ。

それも21世紀になるとすっかり夢の世界になってしまったが。

いずれにしても、私は休んだ後は、試験を黙々と行って行く。

一度手を切断してつなげ直す手術をやったが。

それも、問題なく終わった。

これくらい体を張るのは当然だ。

このステーションを生成AIで設計したのは私なんだから。勿論麻酔はしっかりきいていたし、手術も上手く行った。

何より全身麻酔で寝ている間に全て終わったので。

何も私が困る事はなかったのだが。

「術後経過良好。 それにしても、こんな無理を聞いていただき済みません」

「いいんだよ。 それよりも、ほしいデータは」

「幾つかありますが、順番に提示させていただきます」

見ていく。

生体ロボットを使った実験を確認しているが、まあやっぱり人間にはやらせられない事をやっているようだ。

今回は無重力下での妊娠出産についても試験をするらしい。性行為などについても試験をするそうだ。生体ロボットなので、その辺りは普通に出来る。実際問題、セクサロイドとして働いている生体ロボットは今では幾らでもいるのだから。

他にも色々とやるようなので、私は思わずげんなりしていた。

私は、自分でできる範囲の事をやっていく。

淡々とやっていく内に、データが揃う。

そうしていると、不測の事態に備えられる。

宇宙服を着て、ステーションのエアロックに。

今度は宇宙遊泳をする。

勿論ロボットがついて補助を最大限するし。今の宇宙服にはバーニアもついているので、自動での姿勢制御や、勝手に彼方此方に飛んでいくような事故は起きない。それでも、地球を真下に見下ろしながら、宇宙遊泳をするのは緊張した。

私は勿論昔の宇宙飛行士みたいな訓練は受けていない。

だけれども、だからこそ。

そういう人間でも、宇宙で活動できることに意味がある。

スペシャリストは確かに素晴らしいだろう。

だが生成AIは、絵筆としてそのスペシャリストの技術を、誰でも使えることにしている事に意義がある。

21世紀頃はだいぶ事情が違ったらしいが。

今では少なくともそう。

技術として失伝することは、これによってなくなったし。

私も、こうやって。

自分が創った宇宙ステーションから飛び立ち。

宇宙で作業をする試験をしている。

それにしても閉塞感とか恐怖とか凄いな。

そう思いながら、指定された作業をしていく。

簡単な組み立てだけれども。それでもこれは三十分もやれたら御の字だと判断して良いだろう。

私はそんなに図太い方ではないと自分では思っているのだけれども。

それでも、気弱な奴にはやらせられないなと、素直に思った。

「組み立て終わり」

「帰還してください。 帰還までの全てが今後のデータになります」

「分かってる」

ロボットに支援されながら、できるだけ地力でステーションに戻る。

こうしてみると、軌道エレベーターが凄い迫力だなあと思う。

自分で創ったものなのに。

文字通りの世界樹、ユグドラジルだ。

そして、それは自然と共存している。これほど巨大な人工物なのに、できている。

そんな不思議な光景が、此処にあるのだ。

神話は現在に真実になった。

それを見ていて。

とても、感動した。

大きな溜息が漏れた。

それは哀しみから来るものではなくて。喜びから来るものだった。

ステーションに戻ると、また検査をする。

体は大丈夫。

宇宙遊泳で出る影響をできるだけ取りたいと言う事だ。それならば、事故の場合のデータも取っておきたい。

どうしても頭脳部分が機械となっている生体ロボットと、中身が全部生身の私では、起きる現象も違ってくるはずだ。

そう告げて、それから追加で試験を受けておく。

AIは喜んでくれたが。

同時に心配もした。

「「創」様、貴方を今失う訳にはいきません。 他の人も皆そうですが……」

「大丈夫。 何か問題が起きたときは、しっかり支えてくれるでしょ。 そういうのは人間より得意なはずだよ」

「必ずしも突発事項への対応力が高いわけではありません。 しかし……」

「だからこそ、データが必要なんだよ。 生体ロボットでデータを取るとしても、それでも私がある程度はやる。 それが責任の取り方だ」

少し悩んだ後、AIが言う。

実は椿さんも、同じようにして試験を積極的に受けてくれたそうだ。

椿さんは相変わらず体を幼いままに固定していることもある。

より、データとしては重要なものを採れるそうだが。

それでもやはり、心配なのだとAIは言う。AIは嘘なんかつかない。心配という概念を持つまでに、今のAIは至っている。

「椿さんも、その辺りは同志って事だね」

「とにかく、無理だけはなさらないでください。 問題が発生した場合は、即座に試験を中止します」

「分かった。 それに三時間で往復できるんだから、もっと色々試験は受けておいても問題ないよ」

「体調を調査して、状態を見ながらスケジュールを組みます」

真面目で誠実な奴だ。

昔は真面目で誠実な人間を如何に搾取しすり潰すかで、社会は動いていたらしい。

それを思うと。

私は、人間よりこっちのほうが余程人道的ではないかと、ぼやいてしまう。

その後は、淡々と試験をこなして行く。

宇宙空間での試験はたくさん行った。

宇宙服を着て、宇宙遊泳するのにも慣れてきた。

酸素が薄い状態で宇宙空間に放り出された場合の、体への悪影響なども調べた。AIは懸念したが。

どれだけ頑張っても、絶対に事故は起きるのだ。

だから、今のうちに。

確実に生還出来る状況下で、体への悪影響を実際に調べておくべきだ。

確かに低酸素で宇宙空間。それも命綱がない状態だと。試験だと分かっていても、パニックになる。

このパニックになった状態から、どう落ち着きを取り戻して、帰還に向けて最大の努力をするか。

正直、精神論では不可能だろう。

戦争があった頃は。

筋肉がムキムキの戦士でも。

相手を殺した時には、いわゆるPTSDになったという。

昔もてはやされていた精神論では、どうしても解決できないことは幾らでもあるのだ。だから、今のうちに実際に起きた場合にどうするかの対策をしておく。

低酸素が続くと、脳細胞がやられて頭がパーになる。

だから綱渡りで試験を繰り返す。

試験が終わると、酸素呼吸器を当てて、必死に酸素を貰う。

本当に苦しいな。

これは、窒息死がもっとも苦しい死に方だというのも納得出来る。

他にも幾つも試験を行った。

手術も。

それで、データを蓄積して行く。

なお、試験のデータは仮想空間上を通して公開されている様子で。何回か試験をすると、メッセージが大量に飛んでくるようになって来ていた。

いずれもが、言葉に畏怖が籠もっていた。

とても真似できない。

怖い。

そういう言葉が多かった。

それは、そうかも知れないが。

だけれども、それでも役に立ってみようと。人類の未来のために、足を踏み出そうと思えないのだろうか。

昔のような、一部の金持ちの蓄財のために命をなげうっているのではないのだ。

どうして、ここで踏み出せないのだろう。

そう思って、私は情けなくなったが。

ただ、それでも。

他人に私と同じ事をさせようとは思わなかった。

 

軌道エレベーターの性能は、片道三時間で据え置きになった。試験にまた向かう。

二号機の軌道エレベーターができるのは二百年後だ。

まだまだ海の汚染は解消されきっていない。今は汚染処理のリソースの大半を海につぎ込んでいるようだが。

各地にあるメガフロートがフル活動しても、まだまだ汚染物質の除去は終わらない。

それだけ海が汚され放題で。

汚す奴は、へらへら笑いながらそれをやっていたということだ。

ステーションに着く。

妊娠中の女性がいた。

いや、生体ロボットだ。

普通に妊娠はする事は知っているが。実際に妊娠中の生体ロボットは初めて見た。しかも年代を分けて、何人かが色々と試験を受けている。妊娠可能な肉体年齢の生体ロボットを使って、様々に試験をしているようだ。

こうして生まれた子供は、普通に人間だ。

基本的に遺伝子データでしか親の事は公開されないのが今の時代だ。

知らずして、生体ロボットどうしの子供として生まれてくる人間や。片親が生体ロボットである人間も。

或いはいてもおかしくない。

私がその可能性だってある。

だが、だからといって差別するつもりもない。

今の時代は、親なんて存在しない。人間も群れない。

だからこそ、人間は先に進めた。

仮にスペックが低くても、人間はそれを補うシステムによって支えられている。結果として、世界から不公正はなくなったし。

私みたいなボンクラでも、これだけの事を成し遂げられたのだ。

髪を掻き上げる。

「「創」様。 試験の内容ですが……」

「此処で生まれた子供達は問題ない?」

「はい、それは勿論。 最大限の注意を払って経過観察して、それから地上で他の人間同様に暮らしています。 特に体に悪影響は出ていません」

「それは良かった……」

もちろんだけれども。

手篤い補助があっての話だろう。

確か無重力だと、子供には色々と悪影響が出るとか何とか仮説があったとか。

21世紀くらいの、一度文明が破綻する前までに打ち上げられていたごくごくちいさな規模の宇宙ステーションでは、その実験はどうしてもできなかった。何しろロケットで宇宙に行くには専門の訓練を受けて。

過酷なGなどに耐えなければならなかったし。

相当なノウハウを積んだ後も、それでも事故が絶えないのが宇宙進出で。

打ち上げの失敗で、そういった過酷な訓練を耐え抜いたパイロットが、命を落とすことが一度や二度ではなかったそうだから。

だから、そういった実験はする余裕が無かった。

今はあらゆる問題点を想定した上で、まずは生体ロボットを用いて試験を行い。

そして今度は、生体ロボットの胎を用いて子供について調べている。

もしも、いずれまた人間が夫婦を作るようになった未来。

宇宙空間で子供が生まれて。

その子供が健やかに育てるように。

慎重に慎重に、試験は行われていると言う事だ。

私も試験を行う。

椿さんが、少し遅れて試験に来ると言う事だ。頷くと、私は黙々淡々とメニューをこなす。

宇宙遊泳が多くなってきている。

それが終わると、どんどん進歩している宇宙食を食べる。

百合は料理のしがいがないとぼやいていたが。

百合は百合で、別の試験を積極的に受けている。

試験を幾つもやっているうちに、椿さんが来た。

椿さんは一時期のもやもやを完璧にふっきったようで。もう不安そうな顔は一切していない。

「「創」。 久しぶりだ」

「椿さんも。 其方は特に問題ありませんか」

「今は何も。 深海のビオトープや、海中のビオトープを順番に監修している」

まあそうだろうな、と思う。

宇宙から見ても露骨なくらい緑が回復して来ている。

熱帯雨林はほぼ完全に回復した、と言う話だ。

他にも各地の森林地帯はあらかた回復。人間は地下で暮らす事が今は普通だから、棲み分けもできている。

大型の動物も、各地で再生されているそうだ。

元々何もいなかったような離島などでは、恐竜などの生物を復活させる試験をしているのだとか。

これはもしもの事故。

例えば人類が全滅した場合とかのために、備えているのだそうである。

先にそうやって、恐竜を復活させられるくらいの技術を完成させておけば。それは人間が滅びても、データすらあればどうにでもできる。

二人で試験をする。

椿さんは、妊娠中の生体ロボットを見て、しばしじーっと動かないでいた。

椿さんは血統に大きなコンプレックスがある。

色々思うところがあるのだろうが。

今はそれよりも、やる事がいくらでもある。

声を掛けようかと思ったが。

椿さんは、地力で立ち直っていた。

「大丈夫。 試験をする」

「私はちょっと慣性についての試験をしてきます」

「体を張った奴だな。 私は宇宙遊泳について、色々試してくる」

「お互い、安全第一で」

頷きあうと、それぞれ別の試験に行く。

椿さんは運動神経は私ほどではないようだけれども、だからこそ宇宙遊泳についてはやる意味がある。

宇宙服を着て、AIの支援を受けながらとはいえ、宇宙を自在に飛び回ることができれば。それも才能関係無しに。

それは誰でも出来るようになる事を意味する。

掃除機やら電子レンジやらは、才能なんか必要なくても同じ事が出来、同じものを作れるようになるという意味で、画期的な家電だった。

それと同じだ。

私は、無重力かで飛んでいるものを掴み。

そして引き寄せるという訓練をしていく。

やはり、全くというほど重力がない場所で、飛んでいるものを掴むのはかなりのリスクになる。

これは下手なやり方をすると、腕が千切れるな。

指が全部持って行かれるかも知れない。

そう思って、私はひえっと内心で呟いていたが。

電気刺激でアスリート並みに強化しているインナーマッスルは、一応耐えてくれる。今は、それだけで充分だ。

「これは補助筋肉とかが必要になるね。 外付けの奴」

「はい。 データをできるだけ取って、それから低重力下での活動用スーツをデザイン、設計します」

「もう設計はしていないの?」

「今の時点では、「創」様や椿様、それに生体ロボット用のものはありますが。 汎用性の高いものはまだできていません。 仮想空間でデザインを募集して、多数の生成AIによる設計を待ちつつ、我々でも設計を行います」

なるほどね。

私には、火星や金星でのコロニーや人工衛星、コロニーを主導して設計してほしいと言う事だったし。

それらは他の人間に、生成AIでどうにかしてほしいと言う事か。

頷きながら、作業を続行する。

いずれにしても、私はこのままでは足りないと思うので。

もっと試験をしていく。

他の人間は、試験をしに来ないのか。

何回か確認したが。結局実際に試験をしに来る人間は一人もいなかったらしい。

私や椿さんがやっている試験を見て、尻込みしてしまうらしい。

まあ、それはそれで仕方が無いと思う。

そもそもAIが無理をしない程度にと釘を刺してくるほどの過酷な試験だ。手術なんかも普通にやっている。

体を張って、低重力下での影響を調べているのだ。

怖いと思うのは分かるし。

それで治験したくないというのも、分かるのだった。

不満は勿論あるが。

それはいい。

これは自主的に誰かがやらないといけないことであって。私がやればすむのだったら。私がやるだけだ。

いや、私達か。

試験が一通り終わる。色々と冷や汗も掻いた。

地上へ降りるエレベーターで、椿さんと軽く話す。何人か新生児が乗っていた。生体ロボットのおなかから生まれた子供だろう。

いずれもが、自我を持つようになった頃には、地下で過ごしている事になる。

生体ロボットはあくまで生体ロボット。

ただ、百合がじっと子供の様子を見ていた。

「百合、子供産みたいとかそういうの思う?」

「私は思いませんが、或いは私の細胞がそう感じているのかもしれません」

「はー。 百合の生体細胞、自己主張が強いね昔から」

「そのようですね」

椿さんの所の生体ロボットは、結局そういうAIに影響を与えるような事はなかったらしい。

昔でいうところの跳ねっ返り。

そういう性格なのかも知れなかった。

いずれにしても、地上に降りる。

まだこなしてほしい試験はあると言う。大量の物資が積み卸しされている。アステロイドベルトから此方に送られてきた物資が加工されたものだ。

積み卸しされている物資は本来の物資の半分もなく。

残りの半分は、全て宇宙ステーションに加工されているらしい。

アステロイドベルトを中継基地にして、オールトの雲にまで資源回収に向かうプランも出ているそうで。

それも達成出来れば。

いずれにしても、人類も。

太陽系も安定するだろう。

後は、何万年かに一度太陽系に侵入してくるらしい遊星くらいか。問題になってくるのは。

二千年ほど前にも、海王星くらいの遊星が、太陽系に侵入。

オールトの雲を突っ切って、それから抜けて行った。

キャプチャするほどの能力は残念ながらまだまだ存在していなかったので、逃がしてしまうことになったが。

捕まえられていれば、大きな資源を確保できたかも知れない。

いずれ、それが出来るようにしたい。

それには。技術の進歩が必要だ。

そして高度技能だった、新しい技術の開発は。今は生成AIで支援される。

人生を浪費する時代は。

文字通り終わったのだ。

一部の人間には、他人を浪費することが快楽であり。すり潰して弄ぶことが楽しくて仕方が無かったらしい。

これは幾つものデータが裏付けている。

それは恐らく、群れを創る本能が歪んで発露したもの。

だから、私はそれを越えた時代に生きたいのだ。

物資を積み卸ししている軌道エレベーターを見やった後、帰路につく。椿さんとは、これからも顔を合わせることになるだろう。

別れ際に軽く話す。

私が生まれた家でずっと暮らす事を選んだ事を聞いて。椿さんはそう、とだけ答えていた。

それも生き方の一つだ。

だれにも、それを侵害する権利なんてないし。

ましてや、嘲弄することなど許されないのだった。

 

3、出立

 

軌道エレベーターのステーションに、直結したステーション。それ自体が大型宇宙船である。

これに、私は乗り込む。

長期出張だ。

このステーションは、金星に向かう。帰り道用の宇宙船も連結している。

片道は半年と言う所だ。

これをいずれ二ヶ月まで短縮する予定らしい。

思ったほど速度は出ないが、これは中に乗る人間や生体物資の安全を最大限尊重するためである。

元々金星は、衛星軌道上で活動しながら。

過酷な地表には、ロボットだけを送り込んでコロニーを創り。

コロニーが出来た後は、其処で暮らしていく事になる。

なお、直に行くのは私だけ。

椿さんも立候補したのだが、安全の問題もあるからと、結局行く事はなかった。代わりに火星は椿さんが先に行くと約束させたそうだが、

内部は円筒形になっていて、これが回転しながら遠心力を利用し、引力を作り出す事になる。

設計は私がやった。

私が創ったものでは、軌道エレベーターや汚染浄化都市ほどでは無いが。それに迫る規模のものだ。

内部を見て周り、そして生活スペースに。

百合が内部に到達すると、てきぱきと家具などを配置し始める。

私は百合にそれを任せると。

船内の最終チェックをするべく、彼方此方を見て回った。

生体ロボットがかなり乗り込んで来ている。

これらはクルーと言うよりも、現地でどんな影響を生身の人間が受けるかの、試験用の機体達だ。

勿論金星の衛星軌道上や、金星の地表で創られたコロニーで、人間に悪影響が出ないかの試験も行う。

それらが行われた後。

ようやく金星に生身の人間が、住むために移り住んでくる。

金星のテラフォーミングは、もしやるとしても十万年くらいは掛かると言う話だ。

私はもう万年単位で生きているから、それを見届ける事は別に不思議でもなんでもないのだが。

その間に世代は数千くらいは推移するのだろう。

それはそれで、別にどうでもいいが。

「「創」様、問題はありますか」

「まあ、最終チェックだよ。 今まで散々見に来たしね」

「いつも何かしらの発見があるのは驚かされました」

「最大限に注意を払う必要があったから、目を皿にしていただけだよ」

周囲を見て回って、よしとする。

まあ生体ロボットも、普通のロボットも。徹底的なチェックをしている。

発進時と減速時だけ燃料を使うが、それ以外で燃料を使うことが無い宇宙船だ。また、現地で燃料を採取して、本体ごと帰還することもできる。

いわゆる太陽風を用いた推進力も今研究されている。

火星に行く宇宙船は、それをある程度利用するらしい。

いずれにしても、出立は問題ないと私は判断していた。

一人か二人くらい、見送りにくらいくればいいのに。

そう思っていたが。

一人だけ、宇宙ステーションにどうしても見送りがしたいときた人間がいるらしい。

流石に宇宙船から直に見る事が出来ないので、定点カメラで見る。

浅黒い肌の、野性的な雰囲気の少年だ。

野性的ではあるが粗野ではない。

じっと宇宙船のある方を見ている。

「あの子は?」

「ステーションの実験で生まれた子供です」

「!」

生体ロボットのおなかから生まれても。

遺伝子的には人間だ。

自我がはっきりした後、そういう事は教えられたのかも知れない。それで。興味を持ったのかも知れなかった。

ロボットの子供、か。

昔だったら絶対に差別されただろうが。

今の時代は、そもそも人間が無意味に群れる事がない。

群れによるストレスが虐めの要因だったことは、既に判明している。

差別もしかり。

結局、そんな程度のものだったのだ。

「あの子は、どういう気持ちで見送りに来たのかな」

「思考は読めますが、プライバシーに抵触します」

「まあ、そうだろうね」

「そろそろ出立です。 自宅に戻り、念の為に体を固定してください」

頷く。

いずれにしても、宇宙船に乗ることを志願する奴はおらず。

見送りに来た者も一人だけか。

いずれにしても、私は今後どうしようか。

今回の宇宙旅行は、戻るつもりだ。

金星に今いても、私ができる事は少ないし、むしろ邪魔になることの方が多いだろう。

現地では生体ロボットとロボットが主流になって活動し、まずはコロニーを創る事から始めるが。

それもコロニーができるまで、何十年も掛かるとされている。

この宇宙船に積まれている物資は、殆どがビオトープや生体細胞の培養装置、燃料などの作成プラントだ。

その間、ずっと此処にいても、無意味である。

ただ、最初に金星に向かい。

そこで最初の人類の活動を見届けたい。

金星の衛星軌道上のステーションも、コロニーも、私が設計した。

私だけではない。

たくさんの人に、アドバイスは貰った。それをどんどん反映しながら、現実的に作り直していった。

だから、私が責任を持って、最初の一歩だけでも見届ける。

それだけのことだ。

宇宙船が動き始めた。

やはり、それほど激しい動きでは無い。

体を固定しているが。

初期の宇宙船のような、気絶するようなとんでもないGが掛かるような事もない。加速していくが、それだけだ。

いわゆるスウィングバイを利用して、地球の衛星軌道上から加速して、遠くへと飛んでいく。

外の光景は、定点カメラでしか見る事が出来ない。

「金星への軌道に乗りました。 修正、0.0001%以下。 修正についてはバーニアで行います」

「順調そうだね」

「問題ありません。 加速による体への影響なども調べておきます」

「相変わらず無駄がない」

苦笑しながら、データを取る事を許す。

しばらくすると、加速も落ち着いた。

次の金星行き宇宙船は、もっと加速が激しくなると言う話だ。それにも、どうせ人間は乗らないだろう。

擬似的な重力が生じているので、家の中で普通に後はゴロゴロする。

勿論仮想空間はあるが、残念ながらまだ超光速通信は出来ていないから、この船の中で完結した空間になる。

つまり、私だけだ。いる人間は。

仮想空間に潜ると、自分に割り当たられたスペースで、シミュレーションを行い続ける。

今回も、同じ容量の仮想空間が割り当てられている。

これは私がそうしてくれと頼んだのだ。

やはり特権は良くない。

それで、敢えてこうした。

ここまで徹底しなくてもいいのではないのかとAIにも百合にも言われたが。私はこれでいいと判断する。

私の創作の原典は反抗。

くだらん人権屋どもよ地獄で炙られ続けろ。

それだけが、私の原典。

だから、それに背く行為は絶対にしない。

今やっているシミュレーションは。ずばり金星のテラフォーミングだ。

金星にコロニーが複数出来た後、テラフォーミングは本格的に開始される。

基本的にやる事は決まっていて、二酸化炭素の分解。そして分厚い硫酸の雲の処理からだ。

大気の実に99パーセントに達する二酸化炭素を処理する事で、金星の400℃に達している気温をまず下げる。

気圧は90気圧もあるが。

これも時間を掛けてゆっくりと処理していく。

今の状態では、金星は死の惑星のままだ。

もしも金星に、私達が知らない形質の生物がいるならば、対応は変わってくるのだろうけれども。

残念ながら、その可能性はないと結論されている。

故に、金星はテラフォーミングする。

やがて、金星でも普通に人が暮らすようになるだろう。

下手をすると何十万年も先になるだろうが。

それはむしろ早い方だ。

シミュレーションをしていると、声が掛かる。時間も圧縮しているはずだから、あんまり時間は経過していない筈だが。

仮想空間をログアウトすると。メッセージが来ている事を知らされる。

あの男の子かららしい。

メッセージを見る。

「「創」さん。 俺の遠い先祖らしい人間のメッセージを見て、金星に旅立つ貴方に興味を持ちました」

「へえ」

その遠い先祖とは、どうやらあの異世界転生していた「賢者」らしい。その賢者の、数百世代も後の子孫であるらしかった。

そっか。

生体ロボットの細胞に遺伝子データが使われることは、別に不思議でもなんでもない。

続きを見る。

「俺はいずれ、生成AIを用いて自分にしか出来ない事をやってみます。 金星や火星でのダイナミックなテラフォーミング計画は感動しました。 俺は土星や木星での衛星軌道上の資源採掘衛星を設計したいです。 ただ、それだけを伝えたかった。 今後も、貴方のままでいてください」

「なるほどねえ」

色気のない文章だが。

今はそれでいいと思う。

変な群れを作らないようになった結果。人間は本当の意味で、他人に敬意を払えるようになった。

それだけで充分だ。

金星まで、しばらく掛かる。

私は生活リズムを崩さないように百合に頼む。

百合は呆れた。

「アラームなどは設定されているではないですか」

「念の為だよ」

「まったく……。 時差などがあると、すぐにだらけるんですから」

「性分だよ仕方がない」

苦笑い。

百合はずっと長い時間を掛けて、AIの中に自我を構築したように思う。一度全部生体細胞を廃棄した後、なんだか機械的な対応になったが。

それも理由はよく分からない。

今は、すっきりと自分らしくある。

それに、だ。

百合はなんとなくだが、私の事を大事に思ってくれているようである。私としてはそれで充分だ。

紅茶をいただく。

おなかを温めると、すぐにまた作業に取りかかる。

金星のテラフォーミングは、兎に角危険だ。火星のものよりも遙かに難易度が高い。

ただ、金星はテラフォーミングが上手く行けば。

恐らくだが、地球と同程度の面積を確保できる。

そういう意味では、人類の生存圏が倍になる。

非常に意義がある行為だ。

私は、金星に向かう途中、体に出る影響を試験しながらずっとそのシミュレーションを行う。

それだけの価値がある行為だと思う。

そしてテラフォーミングが終わった後も。利権がない今だったら。独立運動だの、金星出身者への差別だの、そういうことは起きないだろう。

私のやることは、そのまま未来につながる。

それだけで、大きな意味があるのだった。

黙々とシミュレーションを続ける。

既に万年単位で生きている私だ。

半年なんて、今更特に何も感じない。

子供は半年で別人のように大きくなるけれども。私は、もうそれとは全く縁がない生活をしている。

それに、懸念していた精神の崩壊も。

起きる気配はなかった。

もう私は、色々な意味で人間ではないのかも知れない。だけれども。

仮想空間からログアウトして、食事をするとおいしいとは思うし。

寝ていると疲れは取れるし。

仮想空間でぎっちり詰めてシミュレーションの監修をしていると疲れるし。何より美味く行かないと腹だってたつ。

今回の件で、ステーションでの試験に殆ど誰も名乗り出なかったことには。何よりも頭に来ている。

人類が先に進むために必要な事だ。

それは分かっている筈なのに。

こういう風に感情が動き。

色々と考えると言う点では。

私は誰よりもまだ人間であり。それが故に、逆に人間ではないのかも知れなかった。

 

金星に到達。

宇宙船はそのまま衛星軌道上に留まり、ステーションになる。

この宇宙船はアステロイドベルトで回収した物資から作りあげたものだし、地球の物資を宇宙に放り捨てている訳でもなんでもない。

二号機三号機がくれば、いずれは更に金星のテラフォーミングが加速できるし。

コロニーも増やせる。

コロニーが増えれば、手数が増えるから。

テラフォーミング計画も、更に効率よくやれる。

ただ、金星は危険な星だ。

流石に私が下りる事は、まだ許可されなかった。

かなり私のやる事を認めてくれるAIでも、そこは譲れない所だったらしい。コロニーも、最初の内は損耗五割を覚悟している、とまで言っていた。

それでは確かに危険すぎて、生身の人間なんて下ろせない。

AIの思考パターンからすれば、当然の結論とは言えた。

それでも私は、衛星軌道上でステーションが稼働するまでを見守る。

以降はアステロイドベルトから物資が此方に送られもするし。

いずれは、此処に住み込みの人間が現れるかも知れない。

ともかく、軌道に乗るまで二ヶ月ほど見守って。

そして、それから帰路についた。

メッセージは途中、何度か来た。

流石に遠すぎてネットワークは維持できないので、昔存在していたUDPのようなデータの送りっぱなしのやり方で、だが。

椿さんから、心配するメッセージが何度も来たので。

返信はしておいた。

孤独は感じなかった。

そもそも孤独という概念がない時代だし。

何より、私は黙々と自分のやりたいことに没頭することに向いている。

淡々と生成AIを使い。

定点カメラで至近から見られる金星や。

活動中のロボット達を見て。

小説を書き。

絵を描き。

彫刻を創り。

茶器も新しく作った。

金星焼きと名前をつけた。金星にいずれ茶道が来たら。金星焼きを、更に発展させてくれるかも知れない。

私が創った焼き物なんか、それほど大した代物ではないのだから。

もっと上手く誰かが創れれば、それでいい。

それは先に明言しておく。

そもそも生成AI自体が、才能がない人間でもふるえる絵筆なのだ。だから、これでいいのである。

帰路。

幾つかの報告書をつくって、仮想空間に上げておく。

金星での生活については、得に問題は無い。

この帰路のロケットも、普通に擬似的な重力を発生させているという事もある。生活に影響はない。

ただ往復で一年以上ということもある。

AIとしては、これにて得られるデータは最高なのだろう。

ただ、私は何度も心配された。

特に百合は、何度も小言を言いたそうな顔をしていた。

いずれにしても、地球に戻るのが先だ。そして地球に戻った後は。今度は、火星に向かう椿さんを見送る。

計画は同時並行で動く。

海の汚染処理は、今はもうAIに任せるしかない。

海は海流というものがダイナミックに動いている事もある。そう簡単には汚染の除去は出来ない。

私も勿論支援作業はするが。

それ以上は、できる事はない。

ステーションにドッキング。

宇宙から定点カメラで見ると分かるが、二本目の軌道エレベーターの作成が始まっている。

一本目は正式にユグドラジルと名前が付けられた。

二本目は私は設計に噛んでいない。

他の人間が、五十人ほどで設計したそうだ。

私としては、興味も無い。

上手く行けば、それでいい。

それくらいの考えだ。

ステーションには、誰も迎えに来ていなかった。まあ、金星に向かう小型のロケットの試験があって。

それにぞろぞろと生体ロボットが乗り込んでいたが。

それは私の知る所じゃあない。

伸びをする。

別に衰えたとは思わない。

後は、帰路につくだけだ。

ただ、火星に向かう椿さんの見送りはしたい。それもまた、しばらく先の話だろうが。

火星に向かう宇宙船兼ステーションは、まだ完成度八割という所か。

これは火星に直接着地して、コロニーの作成を行うパーツと。火星の衛星軌道上に留まるパーツに別れる、金星行きのものよりも高度な宇宙船だ。

故に、人が乗るのはほぼ必須。

椿さんは、これに乗りたいと立候補したし。

私も止めるつもりは無い。

確実に人類は先に進んでいる。

これだけを見ても分かる。

ただ、あまりにもそれには時間が掛かりすぎた。ほぼ人類の社会はAIが掌握したが。それがなければ、とっくに人類なんて滅んでいただろう。

ある意味今は、人間とAIの理想的な関係が構築できていると言えるかも知れない。

そして生成AIもまた。

誰もが欲しがった才能の補填機能となっているのだから。

百合を促して、行く。

帰路につくのだ。

これから、私にやってほしいことをAIはたくさん用意してくれている。

私はそれに答える。

AIは私が嫌がる事は指定してこない。

だけれども、普通の人が嫌がる事は幾らでも私はやる。

不思議な互いの理解と信頼。

ある意味、不思議なものだとも言えた。

エレベーターを降りて、重力のある地面につくと。とてもリラックス出来た。

この辺りは、まだ私は人間なんだな。

そう思って、苦笑いをまたする。

苦笑いしてばかりだ。

いつだろう。

思い切り、無邪気に笑ったのは。

もう、私は。

そんな日のことは。覚えていなかった。

 

エピローグ、生成AIはともに

 

金星に来た。久しぶりだ。

もう年月の感覚は完全に曖昧になっている。私は、周囲の人間からは神霊の類と思われているようだった。

まあ、ある意味古くに考えられたそれと、それほど違ってはいないか。

だが畏怖されることは良くとも。

信仰されるつもりはないし。

信仰させるつもりもない。

私がやるのは、未来を創る事。

ただ、それだけだ。

金星のテラフォーミングは、改良を続けた結果、二万年ほどで終わりそうだ。今、金星は青い星になっている。

二酸化炭素を殆ど分解し。星の温度を下げ。

硫酸が含まれている雲を分解し、地上で複雑な行程を経て様々な無害な物質に変えていった。

それらの作業で、AIが予測していたとおりかなりの事故が起きたが。

基本的にロボットが行った作業だったので。人死には出なかった。

人死には別の方向で出た。

殆どの人間が生に飽きて死んで行く。

私にアドバイスをくれた人も、みんなそう。

不老不死を選ぶ人もいたが。

そういう人も、完全に飽きるまで二百年と掛からない。

ある意味私は、一切飽きない特異体質だったのかも知れない。それだけが、私の特性だったのだとすれば。

不思議な話だ。

飽きないという一見どうでも良いように見える特性が。

人類の未来を切り開いたのだから。

まだ金星の海は地球のものほど出来上がっておらず、かなり毒物も多いが。

オールトの雲から持ち込んだ大量の彗星由来の水が、金星には既に満ちていて。かなり大きな海が出来ている。

金星はまだ生きている星だ。

プレート運動も起きれば、火山噴火も起きる。

灼熱のベールを剥がすまでは。

その本当の美しさは分からなかった、のだと言える。

そこに、命は何億年も掛けて、自然に芽生えるのかも知れない。

だが衛星軌道上に現在幾つか衛星が展開していて。

それらが、金星を地球と同じ、生物が生存できるラインにまで引き上げている。

だから、此処は。

地球と同じ生物しかいられない。

今は、何億年か後を待つよりも。

ただ生物を植え付けて。その繁栄を此方で手伝う。そして人間もそこに住まわせて貰う。

それだけだ。

「もう此処では息もできるね」

「まだ少し酸素が少ないようですので、あまり体が丈夫ではない人間には外出が勧められません」

「そのようだ」

AIの淡々とした反応。

ずっと昔からこうだった。

万年単位で生き続けて。ついに金星を命の星にした。まだ正確にはその土台だが、ほぼもう出来たも同然だ。

これよりずっと前に火星は命の星になっている。

私には、天賦の才なんてものはなかったが。

それでもやる事が出来たのは。

やはり、この時代だったからだろう。

そうでなければ、利権だのなんだの。

組織内での派閥だのなんだの。

バカみたいな争いの結果、人間はがんじがらめになって。多分ここまで進出するどころか。

地球でのたれ死んで朽ち果てていただろうから。

結局人間は、最後まで人間のままでは駄目だったのだろう。

私は人間を半ば止めてしまっているから、それがよく分かる。

ありのままのの人間でいたら。人間は地球から出られなかった。才覚の格差はどうしてもあったから。

万年に一度の天才が現れても、人間の社会で活用する事は無理だった。

無駄な利権でがんじがらめになっていたのだから。

人間を止めて、はじめて人間は此処まで来られた。

それは恐らくだが。悪い事だと考える者もいるのだろうが。私はそうは思わない。これでいいと思う。

なぜなら。

「ありのままの自分を」と、ヒューマニズムで礼賛されていたものが。

どれだけグロテスクだったかは、人権屋どもが暴れたおかげで世界に晒されたのだから。その結果。人間はやっと自分を知る事が出来た。

暴れていた人権屋どもは。

人間のエゴの代弁者でもあったのだ。

あれこそが、剥き出しの人間の姿。

ありのままの人間は、美しくもなんともなかった。

ありのままの人間は、優れてもなんともいなかった。

そこにあったのは、汚れに汚れ。腐りに腐ったおぞましい存在。

人権屋どもは、人間にとって一番大事なものを金に換えて、それで偉そうに振る舞っていたが。

その結果、人間の素の姿が誰にでも分かるように暴き出されたこと。

そしてAIが社会を管理するようになって。

それで全てが隠されなくなったこと。

それはとても良いことなのだと、今の私は思う。これで人間に夢なんか見る奴は、余程のアホだという事が一発で分かるようになったのだから。

金星の大地を歩きながら、周囲を見て回る。

彼方此方に電磁バリアで守られた植林地が出来はじめていて。

まだ調整が上手く行っていない海がなくても、なんとかやっていける体制が整いつつある。

火星はもう少し進んでいて。

既に海が出来ているそうだ。

火星は椿さんが主導でどうにかしている。

後からこれらの美味しいところだけを、後追いの連中が貪ろうとしても。もう人間は社会を動かしていない。

昔のようにはいかないだろう。

一つずつ、丁寧に植林地を見ていき。

それが終わった後には。宿泊用の家に。

これももう、地球と同じものだ。

金星は地球とほぼ同じ大きさがあり、重力も同じくらい。

生活は、問題なく出来るようになっていた。

百合がシチューを作り始めるので、好きなようにやってもらう。仮想空間に潜るまでもない。色々なニュースをみていく。

金星での作業進捗については、ほぼリアルタイムで把握しているので、別に新しいものはない。

火星では少し大きめの事故が起きていた。

椿さんは無事だが、植林中のコロニーで漏出事故が起きている。

電磁バリアを地下から抜けた細菌が、周囲に拡散したものだ。

勿論即座に回収はしているが。

それでも、電磁バリアを抜けられたのは事故としては大きい。これはしばらく椿さんがぶっ通しで対応に当たるだろうなと思って。

苦労を偲んだ。

「漏出事故の件、把握してる?」

「はい。 数名の設計で創られた新しいタイプの植林地だったのですが、改良が必要なようですね」

「ああ、それで。 どうにも出来が甘いと思った」

「椿様ほどの方でも、全てのものに目を通すほどのキャパはありません。 それが事実ではあります」

そんな事は分かっている。

椿さんは精神的にはむしろ脆い方だ。

だから、周囲で支えてあげなければならない。

今はついに超光速通信が出来た。それを使って、椿さんと通信も出来るが。流石にいきなり連絡を入れるのもあれだろう。

メッセージを送っておく。

もしも手伝えることがあったら言ってください。

それだけ送ると。

後は横になって、ゴロゴロすることにした。私がしゃしゃり出ることもないだろう。そういう考えからだ。

地球の方では、何も起きていない。

本当に何も起きていないのだ。

AIが今まで地力で処理していたような情報も、最近は公開されるようになってきているが。

火星での漏出事故のような大きな事故は起きていない。

地球での環境浄化はもうほぼ完璧に終わった。

後は深海の一部くらいだ。

それらは残ったリソースを全てつぎ込んで、AIが処理をしてくれている。もう、私が手や口を出す必要はない。

シチューが出来たので、百合と一緒に食べる。

AIが、珍しく食事に口を挟んできた。

「また味を変えたのですね」

「微妙に変える事で飽きを防ぐ事が出来ます」

「乙の概念ですね」

「そうです」

百合とAIが、私に分かる速度で会話していて、ちょっと面白い。

不正がないように。

そう私に対して、AIは務めている。

とにかく何でもかんでも隠蔽していた時代とは、あらゆる意味で違っている。

それがまた、面白くはあった。

「茶道については、また誘いが来ています。 「創」様はグランド会員と言う事で、顔を出すだけで人がかなり来る事が見込めるようです」

「ちょっと油断するとすぐにサロン化するんだから……」

「どういたしますか?」

「サロン化すると面倒だから、不意に参加するだけにしておく。 それはAIの方から釘を刺しておいて」

私は不本意にも生ける伝説だ。

だがそれが信仰になったら困る。

だから、茶会に出ることは、最近は控えるようになっていた。

ただ、創作はどんどん発表はしている。

それらが、不本意な評価を受けることもあったが。

一部の人間は信仰対象にするようなこともあるので。

これは大したものではないと、自分で定期的に釘を刺すようにしていた。

自分のプロパガンダを始めると、人間は腐り始める。

そして墜ちるところまで墜ちる。

私は実例を散々人権屋の時代のデータで見ているから。

それをなぞるつもりはなかった。

食事を終える。

美味しいシチューだった。

風呂に入って、明日のスケジュールを考える。

明日は金星の海を見にいって、具体的にどうするかを考えなければならないかな。そう思う。

金星はまだまだ海が駄目だ。

海がしっかりしていないと、生態系は破綻する。

まずは海を完成させないと。

いずれ、人類は地球と環境が大きく外れるだろう星にも進出する。

エウロパなどの生物がいる可能性がある星には、きわめて慎重に進出しなければならないが。

それ以外の星には、むしろ生物の種をまいていってかまわないだろう。

その生物には、勿論あらゆる意味で責任を持たなければならない。

やりたい放題にバイオハザードを巻き起こしていた時代とは、色々と変わってきているのだから。

海もそうだ。

地球の海は、かなり特殊な環境で。

地球の生物以外には猛毒と言えるのかも知れない。

もしも宇宙人と交流を持つ時代が、遠い未来にやってきた場合。

地球式のものをなんでも良いものとして喧伝するのではなく。

地球人と生きる環境が相容れない存在とも、上手くやっていく事を、常に考えなければならなかった。

そこまでして、私は楽になれると思う。

まあ、それはそれとして。

もう何万年も生きてきて。

今更死のうとは思わないが。

もしもこれ以上の生が無理だとしたらそれは諦める。

だが、まだまだこの先にいけるのだったら。

それを見てみたいし。

何よりも、人権屋どもが地獄で炙られながら。連中にとっての地獄を見続けるように。連中の所業を、今後も否定するように動いていかなければならなかった。

メッセージが来る。

私の遺伝子上の遠い子孫かららしい。

まあ人工子宮から遺伝子データで子供を作れる時代だ。

そういう子孫がいても不思議ではない。

メッセージの内容は、私の創作をみて、それで感銘したとかそういうものだった。

適当に応じて、それでおしまい。

あった事がなければ、血縁があろうが他人だ。

それをしっかり相手に知らせておく方が良いだろう。

私は自分の意思で人間を止めたが。

それは特別なことを何かして止めたわけでは無い。

ある種の苦行をしたが。

別に超越的な精神力を持っていたわけでもなんでもない。

他人が嫌がる事を積極的にやったが。

別に聖人だからと言う訳でもない。

私の出発点は今も昔も変わらない。

人権屋よ地獄に落ちろ。

それ以上でも以下でもない。

今後もそれは変わらない。

それが私というものだ。

椿さんから返事が来た。やはり当面は対策作業に追われるらしい。手伝う事があったらいつでも言って欲しい。

そうメッセージを返すと。

今日はもう眠る事にした。

金星の海は、どうせ一日や二日で出来る事はない。

また万年単位で調整しなければならないだろう。

明日。衛星軌道上で、またオールトの雲から持って来た彗星を調整して、水を取得して。金星に注ぐ。

その作業も見届ける必要がある。

幸い、オールトの雲帯の調査でも。

彗星に微生物やウィルスが含まれている事はなく。プリオンやその他危険な物質があるような事もなかった。

それでも純粋な水分子だけを取りだして、金星に注ぐ作業を徹底させているのは、万が一のため。

私は、それを。

可能な限り、見届けるつもりだった。

私の原典は、私の中でまだ生きている。

自分勝手にエゴを振り回す輩と違う存在でありつづけるために。

私は、最前線で。

生成AIを使って創作を続ける。

今は海を調整する。

それには、私の才覚だけでは無理で。

生成AIの支援が、どうしても必要なのだった。

 

   (生成AIの物語、創世AI。 完)