瞬く星空

 

序、異変

 

何かあったんだ。

それが一目で分かった。

椿さんの背が伸びている。

しばらく会わずにいて、それで。

仮想空間で久々にあったら。

今まで小学校低学年くらいだった椿さんが、十歳児くらいになっている。

頑なに大人になることを拒んでいた椿さんが。

アンチエイジングを活用して、子供のままでいたはずなのに。

それを見て、私は明らかにおかしいと考えていた。

「久しぶり。 背が伸びたから、驚かせたか」

「何があったんですか?」

「気分転換」

嘘だなと思った。

だが、今はそれに触れずにおく。

ともかく、軌道エレベーターに関する細部を詰めるべく、椿さんに来て貰ったのである。

椿さんの方は、現在稼働中のビオトープを見て回って、アドバイスをしている様子だけれども。

明らかに調子がおかしいのが分かった。

だから、知的活動に誘ってみようと思ったのだが。

椿さんの大人嫌いは筋金入りだった。

十歳というと、既に子供を産む事が理論上は可能になるケースもある。一番面倒くさい年頃だ。

更に言えば、肉体がどうしても精神に強く影響を与える。

それもあって、椿さんは色々と苦悩していたはずなのだが。

どうして今更成長する事を選んだのだろう。

厳しい表情をしている椿さん。

これは、或いは自分に対する怒りか。

分析は失礼に当たると思うし、止めておく。

ただ、椿さんに何かあったのは、事実だろう。

そういえば、だが。

ここしばらく、会うことが露骨に減っていた。

それもあって、しばらく椿さんと直接話していなかった。

私としても、出来る事は一つずつ着実にやっていたし。それでいいと思っていたのだけれども。

特に親しい相手なのだ。

少しは気を配るべきだったのか。

椿さんはそういうのは必要ないだろうと思っていたのだが。

何か間違えていたのかも知れない。

「このワイヤーについては、材質を見直すべきではないかと思う。 この強度だと、此処が外れた場合甚大な被害が起きる可能性があるし、メンテナンスも難しい」

「なるほど、検討してみます」

「後……」

専門外だろうに。

椿さんは相変わらず有能だ。

てきぱきと問題を捌いていく。

全く問題なんかないように見えるが。

やがて、一段落したので。休憩にする。

ぼんやりと仮想空間で、とりとめもない話をする。椿さんは、ビオトープが完成したときに泣いたりはしていたけれど。

それ以外で感情を見せる事が殆どなかった。

それなのに、明らかに苛ついているのが分かる。

大丈夫だろうか。

「あまり聞く事はしませんが、何かあったのなら相談に乗りますよ」

「いや、「創」に面倒は掛けさせられない。 これほどの事業を本格的にやっている「創」は、今や世界の宝だ」

「ビオトープの世界第一人者である椿さんだって同じでしょう」

「私のは、いずれ必要なくなる」

そんな事はない。

例えばだが。

今後月や金星、火星に進出するとき。

それぞれの環境にあったビオトープが、絶対に必要になってくる。

それだけじゃあない。

やがてはテラフォーミングだって考えて行く必要が生じてくるだろう。最低でも何万年も後だろうが。

今はリソースが足りなくて、そんな事に費やす現実での資源は無い。

だが、未来のために。

準備はしていても良い筈だ。

それを説明していくと。

やがて、椿さんは大きな溜息をついていた。

「その、空駆けるような発想についていけない」

「え……」

「私は天才かもしれないが、それはあくまで幼い内は、だけだ。 私はいずれ天才ではなくなることから逃げた。 その時発展性も一緒に投げ捨てたんだ」

「そんな事は……」

あるんだよと、椿は言い捨てる。

なるほど、それが原因だったのか。

だが、これは恐らくだが。

もっと闇が深いとみた。

「しばらく、無心に休んでみてはどうですか」

「……それが良いのかも知れない」

「そういう意味では、今日は呼び出してしまってすみませんでした」

「「創」に問題は無い。 悪いのは、弱々しい私だ」

そうか。

この人は、過去の人間と同じになりたくないと思っているのだろう。

だが行き詰まって、それで。

肉体年齢を加算してみたら。過去の愚かしい人間とどうしても似てきていることに気付いてしまった。

賢いから、それが分かってしまう。

だからこそに、心身を痛めつけてしまっているというわけだ。

なんだか悲しい話だな。

バカのほうがこう言うときは気楽にいけるのかも知れないが。

バカが世界を滅ぼした事を考えると。

バカでいいなんて、口が裂けても言えない。

ただ悲しい話だ。

私はそれ以上。

椿さんに、声を掛けることが出来なかった。

 

身近な人の異変はまだ続いた。

私は各地の都市計画をみてまわり。場合によってはアドバイスも受けていたが。その時メッセージを受けたのだ。

茶道マスターが、なくなったと言う事だ。

天寿を全うした形になるらしい。

百四十歳だから、人間としては限界年齢になる。

いつのまにか、そんなに。

時間の経過感覚がバカになってきている。それは分かっていたのだが。最初にあった時から、そんなに経過していたのか。

椿さんは、あの様子だと、ずっと悩んでいたのだろう。

忙しくてしばらく会えていないと思ったら、あんな風になっていた。

そして茶道マスターも。

茶道マスターは、私に遺言を残していたという。

メッセージを急いで見る。

内容は、かなりしっかりしていて。

末期の言葉とは思えなかった。

「孤独な星の人へ。 貴方に幾つか、伝えておく事があります」

孤独。

星の人。

そんな風に言われたのは、始めてかも知れない。

だけれども、肉体年齢で三十を過ぎた百合が、一度細胞を焼却処分する時に私の側を離れた時。

何とも言い難い寂しさを覚えたのを覚えている。

その頃から、私はどこかおかしくなっていたのかも知れない。

アンチエイジングが当たり前になり。

万年単位で、地球の行く末を見届ける覚悟ができた時点で。

私は人ではなくなり。

星の人になっていたのかも知れない。

それはロボットから見ても。いや、正確には生体ロボットが搭載している、体細胞に影響を受けたAIから見ても。

異様なことなのかも知れない。

空を駆けるようだと、誰かに言われたっけ。

確か椿さんだったか。いや違ったような気がする。

いずれにしても、私はもう。

完全に「人」から乖離してしまっているのかも知れなかった。

茶道マスターのメッセージを見ていく。

なんだか業務連絡みたいに、淡々とした内容だった。

何人か育成した弟子。

それに、自分の知識と技術を叩き込んだAIを残してある。

今後、誰かに意見を聞きたいときは、その人達を頼るように、と。

本当は茶道の復興の旗頭になってほしかったが、私はそれを上回っている器だったから、頼めなかった。

とても悔しい思いをしていると同時に。

そんな星の人と知り合えて、光栄だったとも言っていた。

涙もろくなっている自覚が一時期あったのだけれども。

今もそれは変わっていない。

涙が零れてくる。

一度体細胞を全部交換してから戻って来た百合は、それ以降、十代半ばの肉体に戻って、加齢していない。

多分データを全て取ったからだろう。

知識や経験は蓄積したままのはずなのに。

百合はそれ以降、どう見ても私に一線を引いて接していた。

何か百合の頭を弄ったりしたか。

そうAIに詰め寄ったが。

そんな事をする理由がないと返された。

生体細胞の影響を、強く百合の機械部分は受けていたのかも知れないとは返されたけれども。

それも含めての、プロトタイプなのだと言われて。

そうかとしか思えなかった。

明らかに対応が機械的になった百合を見て。

私はなんだか悲しかったが。

今回もとても悲しかった。

椿さんの異変もある。

今後は、私はどんどん孤独に。空に瞬いているような星のように、実際には周囲には何もないに等しい状態になるのだろうか。

今までも、考えて見ればそうだったような気がするが。

しかし、それとは別方向で。

なんだかとても悲しかった。

訳も分からず涙を流す。

泣くようになってから久しい。

随分涙が零れるようになった。

怒りで涙が溢れることもある。

だけれども、今日は純粋な哀しみで、ずっと涙が止まらなかった。情けないなあと思いながら、ハンカチで何度も目を拭う。

昔の女性は、この涙を効果的な武器として用いていたらしいのだが。

私はそんな風に使う気には、とてもなれなかった。

大きな溜息が漏れる。

しばらくぼんやりとしていたが。

やがて、気を取り直す。

百合が、てきぱきと休憩の準備をする。

私は、休んだ方が良いとAIに言われたので。近くの無人家屋に行く。

そこで横になって、しばらく無心に休んだ。

何も考えずに休むのは、昔はとても難しかったのだけれども。最近は意識してできるようになってきていた。

無人家屋は、基本的に全部同じ造りだ。

涙がようやく止まった。

「ねえ、聞いても良い?」

「どうぞ。 答えられる範囲でお答えいたします」

「茶道マスターさんを、どうやったら弔える?」

「今の時代は知っての通り、基本的に家族というものが存在していません。 遺体は処理が既に終わっていて、墓は仮想空間上にあります。 墓参りであれば、かの方のお弟子さんや知り合いの方々が、既に行い始めています」

頷くと、私も出向く事にする。

仮想空間内で喪服にする。

私の肉体年齢くらいだと、学生服を昔はこう言うときに着ていたらしい。

正装だったから、というのが理由だったそうだ。

私もそうすると言いたいが。

今はそもそも学校そのものがない。

だから喪服でいい。

墓のある仮想空間は、とにかく広い。

広大な中、無数の墓と葬儀場があって。

葬儀場では、古今東西の様々な方法での弔いが行えるようになっていた。

茶道マスターの葬儀は、和式で行えるようだ。

喪主も何もないから、各自それぞれのタイミングで参加して。そしてお経が唱えられる中、葬儀に参加。

そして、灰を摘んで。

手を合わせた。

見飽きた茶道マスターの顔だけれども。ふと写真を見ると、ずっとずっと若い。年老いていくのを見て慣れていたから、違和感が増している。

最初にあった頃の顔は、こんなだったか。

それすら不可解に感じて、私は呻いていた。

どんどん何もかも壊れてきているのでは無いのか。

星の人というのは。

ひょっとして、褒め言葉と同時に。星のように遠くに行ってしまった人、と言う意味もあったのではないのか。

葬儀を終える。

また涙が止まらなくなって、ハンカチで目を何度も拭っていると。

私の腰くらいまでしかない男の子が来た。

喪服を着ているし、言動はしっかりしている。

「「創」さんですね」

「確か貴方は」

「はい。 茶道マスターさんの弟子の一人です」

しっかりした言動。

この人は、確かなんだかの理由で、仮想空間では現実と姿を変えているらしい。そういうアバターを使っている人は別に珍しくもない。

軽く話をした後、幾つかの確認をする。

私が提供した茶器や茶室などは、そのまま使用してほしい。

そう私が告げると、お弟子さんである「究明」さんは、こくりと頷いていた。名前からして、偽名らしいが。

それは別にいい。

茶道マスターさんは、最後まで自分の名前すら持たなかった。

今の時代は、名前なんて必要としない人も多いのだから。

「茶道については、僕達が今後も続けていきます。 「創」さんと会うことを楽しみにしている人もまだまだたくさんいますので、できるだけ顔を出していただけますか」

「分かりました。 時間を作ります」

「良かった。 最近は参加頻度が露骨に減っていて、もう茶道など必要としていないと心配していたんです」

「ごめんなさい。 色々手を拡げた結果、とても忙しくて」

現在、意見を求められている都市計画だけで四つもある。

これらの都市が、汚染を浄化するための現在の都市であることは周知で。

創る事によって、却って各地で消耗していたリソースを激甚に縮小できているAIは。私に積極的に意見を求めてきている。

既に各地での山では、以前私が提案した、意図的に地盤を崩す方法が導入されていて。復旧作業に弾みがついてきていて。

山の背が低くなった分は。

その代わりに、汚染除去が終わった土砂が持ち込まれ。

地質などを山にあわせて散布されて。

その上で植林が開始されている。

そう言った場所も、何度も視察している。

結果としてもの凄く忙しくなった。

私自身が休みたいとか、茶会に行きたいとか言えば、そうさせて貰えたはずなのに。

私は、時間感覚が壊れるほど、忙しく動いていたのだろうか。

「ごめんなさい。 私、どうかしていたのかも知れない」

「いえ。 貴方の活躍は本当にすごい。 僕も何度も見ましたが、一人でこれだけこの閉塞した社会を未来に動かすために頑張ったと、信じられない程です。 歴史上の偉人達ですら、貴方がやったことを絶賛します。 それだけの事をしています」

「……」

「でも、たまには足を止めても良いかも知れないですね。 茶会に出てくれるなら、僕達の方でセッティングはします。 お待ちしています」

少しだけ安心したようにして。

究明さんは去って行った。

私は大きなため息をつく。

AIから、アドバイスがあった。

「究明様は、「創」様に対して恨みの心があったようです」

「そうだろうね。 茶道マスターさんを尊敬していたのなら、それも当然だと思う」

「いえ……それもあるのですが。 片手間の行動で、大きな大きな影響を残していく事に、強い嫉妬の心があったようです」

「私なんて、大した存在でもないのにね」

AIは少し心が落ち着くのを待ってくれた。

そして、続けた。

「究明様は貴方が悲しんでそして泣いているのを見て、それで同じ人だと認識して。 それで満足したようです」

「そう……」

「茶会に出るなら、私に指示を。 時間は作ります」

頷く。

ちょっと今までに、意見をくれた人。或いは仮想空間上で知り合った人と。少し疎遠になっていたかも知れない。

これではワーカーホリックなんて言われていた時代の人間と同じだ。

私の視察でアドバイスができて。

それをAIが参考にして、どんどん状況を改善してくれているのは事実。

それで地球の浄化がどんどん早まっているのもまた事実。

私は、立ち止まるにしても。

どうしたらいいのか。

ちょっと、困り果てていた。

何もかもいつの間にかおき捨てていたのかも知れない。

椿さんの異変で、最初に気付くべきだった。

私はどうしようもないな。

そう、自嘲していた。

 

1、休暇

 

ごろんと横になって、無心に休む。

視察を終えて自宅に戻った後、茶会に複数回出て。今まで殆ど顔を合わせてこなかった仮想空間上の知り合い達の所を巡って。

それで、疲れた。

実の所、私が創造的に動かなくても。

AIが最高効率で世界の浄化を進めている。

トラブルが起きたとしても。

私が介入したりアドバイスをしなくても。

今のAIの性能なら、いずれ正解を導き出す。

これはビオトープも同じ。

それに、一刻を争う問題なんて、今は世界の何処でも起きていない。何万年もかけて対処する問題は、幾らでも起きているけれど。

今は、そういう時代だ。

経済がサーキックバーストを起こしていた時代とは違う。

そういうものなのだ。

無言で横になる。

仮想空間で色々な快楽を試してみたが、どれもこれもさっぱりだった。

現実世界でのと遜色が全く無い快楽を得られるのだが。

どうも私は、快楽に対する興味が極端に薄いらしい。

仮想空間で交流を持っている友達の一人が、真逆のタイプで。

私の百倍くらい性欲があるような感じだが。

その人が幸せそうにしているかというと、そんな事は全く無くて。

むしろ性格も何もかも真逆の私と、普通に紅茶でもしばいている時の方が余程楽しいと、もの凄く悲しそうに言われた事がある。

どうしてこう、極端なんだろう。

そう思って、私はベッドで寝返りをうつ。

椿さんの所にも、さっき謝りに行ってきた。

椿さんは、首を横に振る。

私は何も悪くないと、椿さんはいっていた。

でも、私がもう少し椿さんの異変に気付いていれば。

そう思って、胃が痛くなるばかりだった。

考えて見れば、百合だってそうだ。

肉体年齢が三十路になった百合は、見かけの年齢でいうと私の母親みたいになっていた。それくらい、見た目の老け込みが早かったのだ。

それに対して、私は特に興味がなかったけれども。

肉体のオーバーホールをすると百合が言って、数日家を離れて。戻ってきた時も。

若返ったねとしか言わなかったし。

百合が明らかにおかしくなったと感じた後も。

忙しすぎて、そんなものかとしか思えなかった。

ぼんやりと、天井を見る。

今日は何もしないと決めている。

何も考えないとも決めていたのに。

どうしても後悔と苛立ちが、とめどめもなく襲いかかってくる。

さながら波濤のように。

砂浜の復興作業をやったっけ。

それでこんな風な砂浜が昔はあったんだと思って、感動したものだった。

あの時見た波濤。

それが、今。

私の心の中で起きている。

どんどん体を削るようにむしばんでいる。

そう思うと、なんだか仕事に殺されていった、昔の人のようだと感じてしまった。

「「創」様」

「うん」

「昼食ができました」

「分かった……」

百合の対応が、以前より明らかに事務的だ。

私に対して感情をぶつけて来る様子もない。

本当に、AIが何かした様子もなく。これに対しては、調査をしてくれているらしいのだが。

体細胞を全てとっかえた事が、原因なのだとしたら。

もう取り返しはつかないのかも知れない。

もしも体細胞がこんなに頭脳に影響を与えるのだとしたら。

私がどんどん精神に異変をきたしていても、おかしくはないのかも知れない。

手が震えてきた。

それでも、昼食を食べる。

まったく進歩しないが、それでもおいしいのには変わりはない。淡々と昼食を食べ終えると、ベッドで横になる。

そして、もう目を閉じて、昼寝をすることにした。

 

ふと気付くと。

私は、荼毘の前にいた。

燃やされているのは、百合だ。

オーバーホールに出る前の。死体が、炎の中で燃やされている。頭脳部分以外の細胞は、一度全て除去したのだ。

除去されればそれは、燃やされることになる。

助けて。

そう手を伸ばされて。

それで、手をとろうとして。

目の前で、炭になって崩れてしまう。

吐き気が喉までせり上がってきたが、どうにか耐え抜く。

何度も激しく咳き込んで。

どうして。

なんでこうなったと、私は叫んでいた。

飛び起きる。

時間を見ると、一時間も経過していない。何度も荒く呼吸をつく。夢の内容は。全部完璧に覚えていた。

無言で冷やを呷る。

百合は冷やを以前と同じように持って来てくれるが。

それはそれで、別にどうでもいい。

以前はくどくどと小言を言われたなあ。

そう思うが。

もう、百合はそういう事をしなくなった。

そして百合の姉妹機や兄弟機は、現在世界で五万機ほど稼働しているという。

様々な人間の細胞のデータを取るためにも必要な処置だとかいう話で。

百合のように家庭で働いているもの。

予想通り、セクサロイドとして動いているものもいるし。

私は何度か見てきたが。

彼方此方の汚染除去作業の現場で、働いているものもいた。

最初にここに来たとき、百合はプロトタイプだったが。それも今では、「旧式」とでもいうべき存在になっている。

取り替えようかという提案があった。

百合が変わってしまったことに、私が明らかに不安を感じ始めているからだろうが。

できればそのままにしてほしいと答えて。

それからそのままだ。

結局、後続の生体ロボットは。どれも持ち主の指定がない限り、細胞の老化システムは採用していないらしい。

百合の異変の理由がわからないからだろうか。

まあ、そうだろう。

AIとしても、不安要素は取り除きたいというのはあるのだろう。

ベッドで再び横になる。

百合に声を掛ける。

「ちょっといい、百合」

「如何なさいましたか」

「やっぱり小言とかいわないんだね」

「以前のことはデータに全て残されています。 当時の思考パターンも。 しかしどうしてそう思考したのかが、解析できないのです」

申し訳ありませんと頭を下げられる。

謝るのはこっちの方なのに。

むしろごめんと言うと。

後は、気まずい沈黙が流れた。

やっぱり昔の百合がいいなと思う。

オーバーホールの時に、出すのをやめればよかった。

でも、百合の方でも乗り気だった。

体の老化が進んでいて、身体能力が落ち始めている。データは存分にとって、役に立つ事が出来た。

だから、もっと役に立つために、オーバーホールをしたい。

そう言っていたのは百合だった。

嘘なんかAIはつかないから、多分それで正しかったのだと思う。

少なくとも、その時はだ。

だけれども、生体細胞は本当にそう考えていたのだろうか。だがそんな風に考えても、どうしても色々と疑念ばかりが浮かんでしまう。

いずれにしても、休むしかない。

とにかく、少しでも。

この傷ついた心を、休んで癒やすしか、道は無かった。

夕食までの時間が恐ろしく長く感じて。

やっと夕食を取ったときには、何だか逆に疲れ果てていた。

労働中毒が体を蝕みすぎて、労働していないと逆に疲れる体になっているのかも知れない。

下手をするとだが。

21世紀くらいの、労働者をすり潰しながら使い潰していた時代でも、私は平然と生き延びられたのかもしれない。

いやあ。無理だろう。

そう思い直す。

あの時代の資料は何度かみたが、労働だけでは無く、ありとあらゆるものを会社が労働者に要求し。

気にくわなければどんどん排除していた時代だ。

私の場合は、「コミュニケーション」がどうのこうのとケチをつけられて、それで会社を首にされていただろう。

その「コミュニケーション」とやらが。如何に上手に媚を売るかであるかの問題であったことは理解している。

「コミュニケーション」が得意と自称する輩が。

実際には狭い世界で猿山のボスに過ぎなかった例も、山ほど存在しているようだ。

はっきりいってどうでもいい。

私は、労働をもう少し控えなければまずいだろう。

頭脳労働もしかり。

それについては分かっているから。

私も、今無理矢理休んでいるのだ。

夕食を終えて、シャワーを浴びて、風呂に入るが。

風呂でロボットが背中を洗浄している間、そういえば汗も掻かずにシャワーを浴びるのはいつぶりだろうと思った。

思い出せない。

なんだか、時間がすっ飛んでいくのも納得である。

こんな生活をしていたら。

何もかもも取りこぼしていくのも。

私の今の実年齢は114。

本来だったら、この十代半ばの肉体どころか、とっくに墓の下に入っていてもおかしくない年だ。

手を見る。

若々しくみずみずしい手。

脳細胞だって、老化しないように処置をしている。

だけれども、確実に。

歪みは進行している可能性が高い。

そして歪みが進行しているのなら。

それはテクノロジーの問題ではなくて。むしろ私の精神が弱いのが。原因なのだろうと思った。

最初にあった時くらいの年齢になっている百合は。

最初にあった時よりも、ずっと言動が機械的になっていて。

それも全て私のせい。

そう思って、ぼんやりと風呂の中で自分の罪を思う。

風呂から上がっても。

やはり頭の中のもやもやは、ずっと消えなかった。

 

翌日から、ペースを落としながら仕事をする。AIにも、それは周知するように頼んでいた。

余程の緊急事態で無い限り、アドバイスはできない。

そういうと、分かりましたと答えるAI。

まあ、時間さえ掛ければ対処できる問題が殆どなのだ。

私は黙々と小説を書いて。

それを仕上げると。

外に出歩きに行く。

万年単位で、気象の異常の回復には掛かる。百合が傘を持ってきているのは、そういうことだ。

無心に辺りを走り回る。

一時期手足が伸びきった百合は、それについてこられたものだが。

今はかなり厳しいようで、いつのまにか遠くにいた。

代わりに円筒形のずっと昔から私の世話をしているロボット達が併走している。

まあ、人間と身体能力があんまり変わらない生体ロボットと。

全部機械のロボットでは。

それは性能が違うのは、当然と言えた。

足を止める。

最近は、肌で分かるようになってきていた。

雨雲が近い。

というか、肌がちりちりする。

これは多分だけれども、毒物の気配だ。

上空を大型の飛行機、つまりロボットが飛んでいる。近付いている毒まみれの雨雲に対応するためだろう。

「「創」様」

「分かってる。 家の方は」

「此方になります」

「雨に追いつかれる?」

大丈夫と言われた。まあ私の判断もそれなりに早かったという事だろう。それだけの年月を生きているのだから。

それくらいやっと出来るようになったのかと、面罵されてもおかしくは無い。

無言で百合が合流してくる。

前みたいにがみがみ言ってほしいものなのだけれども。ずっと鉄面皮のままだ。生体細胞は使っている筈なのに。

それも、同じ生体細胞の筈なのに。

家に入ると、どっと毒物まみれの雨が降り始めたようだった。

溜息が漏れる。百合が濡れなくて良かったと思った。

「この雨、どうするの?」

「現時点では、上空から中和用の物質を撒いてある程度浄化する以外に出来る事が存在していません」

「そっか……」

「ただ、今後開いたリソースを用いて、対応するための計画を策定中です」

なんでも、私の活躍を見て。

同じような事を生成AIで計画するような人が増え始めているらしい。

殆どは箸にも棒にもかからないような計画を提出してくるらしいが。

まれにまともな計画が出て来て、採用しているそうだ。

この近辺に川を作る計画がそれで持ち上がっているらしく。

川を創って汚染物質を効率よく集め。

下流で一気に処理をする計画が進展中だそうである。

別に、私が全ての計画を見る必要はないし。そういう計画を人間の中で提案する人が出てくるのは良い事だ。

私の行動が真似されているというわけでもないし。

真似されているとしても、建設的な行動につながるなら、それはとても良いことだと思うので。

私は別に、何もいうつもりはない。

昼食にする。

百合がてきぱきと創っているが、以前と違ってなんというか。

手慣れすぎていて、ちょっと逆に不安だ。

味は変わらない。

百合の時からそうだったが。過去のプロシェフの技術を全て取り込んでいるのだから、これ以上上昇しようがない。

百合自身も上達は考えないだろう。

私も、存分に満足しているし。

飽きが来ないように、色々と味を変えてくれるからだ。

昼食を終えると、軌道エレベーターの計画を見に行く。

核融合炉の建設が既に始まっている。

軌道エレベーターができるのは、早くても二万年後という話が出ているが。少なくとも、核融合炉で電力を提供できる施設については、先に創ってしまうつもりのようだ。また、作成予定の島の地盤についても、現在補強作業を進めているらしい。

計画と、その進捗を確認していると。

幾つか気になった事があったので、質問していく。

問題はないと言われる事も多いが。

確認すると言われる事もあって。

そうなるたびに、AIとの折衝はやりやすいと感じる。

とにかく嘘をつかないし、意味不明のビジネスマナーとやらも存在しないので、非常に話しやすい。

勿論頭に来るようなことを言われる事もあるが。

それも悪気がないことは分かっているから、怒りが持続するようなこともないのだった。

一通り作業をしてから、今度はダムを見に行く。

建設中のダムの状態が仮想空間にて再現されている。

チェックし、指摘し。

そうしている内に、限界時間を悟る。

こればかりはどうしても伸ばせない。

一度仮想空間をログアウトすると、汗をぐっしょり掻いていた。今日は適当に働くのを切り上げるつもりだったのに。

シャワーに行くと、汗を流す。

そして、やっぱり労働に餓えているんだなと思って。

それが、悲しくなった。

無言で汗を流し終えると、ベッドで横になる。

ぼんやりしながら、てきぱき働いている百合の後ろ姿を見る。

前のように、百合が小言を言わなくなって。

それでせいせいするようなこともなく。

今はなんというか。

ただ物足りない。

しばらく休んでから、どうするか考える。

まだ今日は仕事をするのか。

それとも一度切り上げるのか。

どっちにしても、やるべきことはやっておくべきだろうし。それなら負担が小さい方がいい。

決める。

今日は、ダムを見て回るだけにしよう。

必要ならアドバイスをするが。

いずれにしても、現在工事中の汚染除去用ダムは世界に122箇所。稼働中が49箇所になる。

それらを一通り見て行けば、気晴らしにもなるし。

仕事にもなるだろう。

ただ。無理をしない。

できるだけ早めに切り上げる。

あまり体の調子が良くないことは分かっている。

恐らく体と言うよりも、精神の方が問題なのだろうが。それはそれとして、同じような事だ。

AIにも、不調は告げておく。

ただ、AIは不可思議だというのだった。

「「創」様の体は至って健康で、不健康な部分は出ていません」

「何かしら見落としていない?」

「現時点で確認されている症例は全て該当例がありません。 更には、未知の問題が発生している可能性も調査しましたが、それもまた……」

「……」

そうか。

いずれにしても、永遠を生きる、それも無理矢理に、を決めたのだ。

何か異常が出ても不思議では無いだろう。

黙々とダムを調査していく。

色々な地域にダムが創られているが。いずれもとんでもない色の水を湛えていて。それだけ地球が汚染されている事を示している。

多数のロボットが働いているが。

百合と同年代くらいに見えるロボットもちらほらいる。

いずれもならし中の生体ロボットだろう。

「生体ロボットの欲求はどうやって管理しているの?」

「生体部分のですか? 基本的に脳に当たる機械部分で全て処理していますが」

「ふーん……」

男性型のロボットもいる。

男性の性欲は女性の何倍も強いのが普通だと聞いているが、それで処理しきれるのだろうか。

いずれにしても、技術的な話になると、私は専門外だ。

作業をしているのを、ぼんやりと見守るしかない。

此処は問題がないか。

次。

此処は、海の中にぽつんとダムが造られている。

というか、一種のメガフロートなのか。ダムの形状をしているが。

周囲の海から、片っ端から汚染物質を取り込んで、処理しているようだ。

中央部分には大きな工場があって、それで処理を進めているらしい。

メガフロートの完成形の一つなのだろう。

見ていて凄いなと感心させられる。

「色々とまた、凄いねこれは」

「此方は後から設計されたものです。 周辺の海の汚染を、効率よく処理することができています」

「うん。 これだと、あの巨大メガフロートのリソースを他に廻せるんじゃない?」

「多少は削減はできますが、それだけですね」

今はたまたま海流をコントロール出来ていて、此処で効率よく汚染を除去できている、くらいの状況であるらしい。

つまり海流が変わったときの事を考えると。

必ずしも、この動かすのが極めて大変なタイプのメガフロートは、正解ともいえないそうだ。

今の時点では上手く行っている。

他にも、海流が合流するような場所には、積極的にこのタイプの海上ダムを創るつもりらしい。

それで汚染除去が早まるのなら、それはいいことだ。

私はそう思う。

無言で他にもダムを見て回る。

下流にある巨大なダム。

というか、これは。

水を蓄えるというよりも、土砂が海に流れ込むのを防いでいるように見える。

場所を見ると、なるほど当たりだ。

ここはどうやら、昔熱帯雨林があった場所。

今では無作為に土砂が海に流れ込んでいて。それを一時食い止めているらしかった。

水は水で、別の場所でコントロールしているらしい。

今まではどうにもできなかったものを処理出来ていると言う事で、かなり役に立っているらしいが。

それでも、全てでこういう処置をできるわけでもないだろう。

まだまだ、汚染除去ができるのは先だと言う事だ。

他にも個性的なダムが幾つもあった。

私が手がけたものもある。

それもまた、完成すれば良い感じに仕上がっている。

ミスがあっても、AIが補填する。

AIが計算通りに行かなかった場合は、私が案を出す。

今は、それで上手く行っていて。

それで私は、文句はなかった。

その筈なのに。やはり、どうしても私は、心にできた引っかかりを、どうにも出来ずにいた。

 

2、何度足を止めても

 

ビオトープの様子を見に行く。

色々と失った。

新しく意見を聞ける人は出来たけれども。私はいつの間にか友達を作る気がなくなりつつあった。

昔は仮想空間でも友達を作ることに熱心だったし。

それで不思議なくらい社交的な奴だとか言われていたらしかった。

だけれども、今はどうだ。

昔以上に交友にドライになって来ている。

それが高じて、私の事が都市伝説化して一人歩きを始めたらしい。

私自身がAIではないのか、とか。

それに対して、私に直にあった事がない人が多いから。否定する材料が存在しない。AIは否定しているらしいが。

それでも、自分に都合がいい事を信じるのが人間だ。

だから、私の事を今の時代の化け物みたいに思う奴が、出て来始めているようだった。

どうでもいいと流せるほど、ちょっと今は余裕がない。

だから仕事をする。

淡々と仕事をしていき。ビオトープの改善点などを提案する。

こういうのは、切れ味がおちていないな。

そう思いながら、作業を続ける。

「あ……」

仕事をしていたら、椿さんと出会う。

椿さんは、十歳くらいの姿になったまま。それから何も体を弄っていないようだった。

まさか現地でばったりとは。

少し、向こうは気まずそうにする。

私は、思い切って聞く。

「体は大丈夫ですか?」

「……へいき」

「そうでしたか。 仕事、早めにすませましょう」

「わかってる」

椿さんが連れている生体ロボット。私にかなり似ている。まあ生体細胞が同じなのだからそれはそうだろう。

だけれども、そういえば。

ちょっと気になる事があった。

熱帯雨林の川。

かなり難しいビオトープだが、淡々とチェックしながら改善する。

今や熱帯雨林の復興作業すら始まっている。

残念ながらまだかなり未完成だが、一部では植物と昆虫、小型の生物を定着させる事に成功しているという。

次は熱帯雨林にまで成長させ。

そして川などにも、豊富な生態系を回復させる。

それには、ビオトープでのならしが必須だ。

そうしなければ、侵略性外来生物を見境なしにばらまいた、過去の愚行を繰り返す事になる。

しばし、幾つかの議論を交わす。

気まずいと思ったが。

実際には、仕事モードになれば普通に話せる。ただ、椿さんは恐らく本来はかなり背が伸びる体質だったのだろう。

背丈に、殆ど差を感じなかった。

「それにしても椿さん、背が伸びるんですね」

「私の先祖は長身だったらしい。 両方とも」

「……」

「だから肉体年齢を操作したくなかった。 それにこれ以上伸ばしたら、多分私はバカになる」

椿さんはドス黒い愚痴を吐き始める。

頭が悪くなっているのを感じるという。

神童が天才に格下げされるのが十歳だったか。二十歳過ぎれば完全に凡人。

それを体感しているという。

頭のキレが明らかに悪くなっている。

ただでさえ、私に勝てなかったのにとぼやく。

得意分野が違うだけだと思うけれど。

でもそれは、多分椿さんに見えている世界ではないのだろう。

「でも、肉体年齢を戻す気はない」

「そうなんですか?」

「そう。 私にはもうひ孫がいるそうだ」

「ひ孫……」

勿論遺伝子的な血縁上の話だ。

何歳か離れただけの子供が当たり前の時代だ。ただでさえ私達は、見た目と年齢が随分と離れてしまっている。

そうなれば、ひ孫くらいいても不思議じゃあない。

「私の先祖もゴミカスだったが、私の子孫もそうらしい。 どいつもこいつも、ろくでもない奴ばかりだ」

「あったんですか」

「所業を確認してきた。 各地のダムを破壊したり、地下にいる人間を大量殺戮する計画とか、そんな事ばかりやっていた。 実際にできるならやると公言していて、地下から出さない処置を執っているそうだ」

それは、確かにしょうもないな。

単に気を引こうとしてやっている可能性もあるが。それにしても、言って良い事と悪いことの区別も付いていない。

そういうのは徹底的に教育される仕組みだし。

それができなかったというのは、つまり元からそうだったということなのだろう。

それでいながら安楽死も選ばないと。

世界を滅ぼした連中の、完全に同類だ。

「私の血は呪われている。 私も普通に年を取る道を選んだら、堕落し果ててクズになっていたはずだ」

「それは、実際にはなんとも言えません。 いずれにしても少し理論に欠けていると思いますが」

「感情的になっているのは分かってる。 それに理論的でないことも」

勿論、椿さんはそんな事は信じていないだろう。

言葉で相手の心に傷を穿つ術を呪いというらしいが。今椿さんが口にしたのはオカルト的な意味での呪いだ。

そんなものは存在していない。

ただ、オカルト的な呪いを口にしながら。

言葉としての呪いを自分に刻んでしまっている。

こんな聡明な人が、そんな事を口にするほど追い詰められているなんて。ちょっとだけではなく、悲しくなる。

この人は、もたないかもしれない。

だけれども、友人だ。

手を、できるだけさしのべたい。

男女が接するだけでリスクになる時代があった。

子供がスクールカーストでグループを作って。そのグループの意向に逆らうだけで殺される時代があった。

全てがお気持ちで回っていて。

そのお気持ちに逆らうと、何をやっても袋だたきにされる時代も存在していた。

私は、そんな時代の全てを地獄の底に叩き落とす。

それが私の反抗だ。

だから。こんな状態になった椿さんには手をさしのべる。

腐った時代の人間と同じになりたくないからだ。

「私は、今後宇宙開発をしようと思っています」

「軌道エレベーターだけではないのか」

「はい。 数万年後に禊ぎを終えて宇宙に出た人類が、火星や金星でやっていけるように、宇宙コロニーや……できればテラフォーミング用のシステムを設計しようと思っています」

「……」

無理だ。

そう椿さんが言いたがっているのが分かる。

そんな事は私だって分かっている。

テラフォーミングなんか、結局SFでの絵空事に過ぎず。

今まで人類は成功なんてさせていない。

それなのに、SF作家を自称する輩が、正しいテラフォーミングはどうのこうのなんてほざいていたのが過去の時代だ。

そして人間が宇宙進出どころではなくなり。

それをする前に禊ぎをする必要が出て来た今。

やっと、その先を本当に見る事が出来る様になって来ている。

宇宙開発にくだらない政治闘争が絡んでいた時代が終わったからこそ。

こういう話が出来るようになったのだ。

ただ、それだけ。

私は、だからそれを実際にやる。

これもまた、ただそれだけの話だ。

人間が宇宙に政治闘争を持ち込んで。

利害関係を奪い合って。

それで戦争をやるようでは意味がないのだ。

AIが政治も経済も回すようになった今。もう人間の間で戦争は起きない。宇宙人との相手で戦争は起きるかも知れない。

だがそれは、今後巨大隕石が前触れもなく地球を直撃するよりも、更に可能性が低いだろう。

ましてや、これから百年後とか二百年後にそれが起きる可能性は。

ぐっと低いといっていい。

だったら、私は少しでも建設的にものを動かしたい。

ものを考えたい。

それだけなのだ。

「椿さんも、それを手伝ってくれないですか」

「私は……」

「椿さんは、私よりも才覚があります。 確かに私は改善が得意かも知れないですが、スペックは明らかに椿さんの方が上です。 年を取ったら才覚がなくなるというなら、その年齢のままで固定すれば良い。 「摂理」なんてクソ喰らえですよ」

人間の生物的な寿命は本来は四十年程度。

これはあらゆる人間の体に起きる事象が証明している。

文明が勃興してから、人間はそれを無視して、場合によっては百年生きてきた。

それは要するに、人間が最初っから摂理なんて無視していたことを意味している。

それが人間の実態だ。

そして摂理だの自然だのと口にしながら、結局それを金儲けと政治闘争にしか使用してこなかった。

そんな生物が、今更摂理を口にするのも滑稽な事だ。

私はそんなものは無視するつもりだ。

今、遺伝子データから世界の生物を復興しているが。

多分摂理がどうのこうのと言い出したら、それも摂理に反することになるだろう。

そんな馬鹿な摂理はいらない。

「ちょっと体に無理をさせる事になるかも知れませんが、また幼子の姿に戻りましょう、椿さん。 それで多分、一番スペックを発揮できると思います」

「……考えて見る」

「頼みます。 私も……これから何万年も人類の禊ぎにつきあうのは、流石に気が滅入るんです。 少なくとも椿さんみたいに、私を凌ぐ人が側にいてくれれば、少しは違うと思いますから」

無言で俯いている椿さん。

それは、肯定的な感情なのか。

それとも否定的な感情なのか。

AIは口に出さなかった。

感情まで覗くのは、あまり趣味が良いことではない。だから、想像する事もあまりするつもりはない。

ただ、待つ。

やがて、椿さんは、目を擦りながら顔を上げていた。

「分かった。 私が必要なんだな」

「私よりも、多分この先の未来に椿さんがいります」

「そうか……だったら、少しばかり私も、「創」みたいに人間を止めてみるかな」

「ふ、それでこそですよ」

人間を止める、か。

寿命なんか、昔からその時代のテクノロジーにあわせて、人間はそもそも生物の摂理からはみ出していたのだ。

そしてそもそも、オスとメスが交尾して子供を作る必要すらなくなった今である。

21世紀にはそれを基本とする結婚制度が既に破綻していたのだ。

だったらもう。

人間なんて。

とっくの昔に、生物を止めていたのだろう。

私はそれを、素直に受け入れただけにすぎない。

ただ、それだけなのだ。

椿さんが、きびすを返す。

すぐに無理をしてでも、数年分若返るつもりだろう。

永遠に幼いまま生きるのだろうか。

それはそれで、とても悲しい事に思える。

だけれども、椿さんにとって、自分の成長した姿は悪夢でしかないのだ。

私には分からない話だが。

だけれども、椿さんにとってはそう。

そして椿さんにとってそれがトラウマであるのなら。

私に口を出す権利はないのである。

ビオトープでの作業に戻る。

私の感情も、何度も何度も揺らされた。

此処での作業は、いずれ人類にとっての禊ぎの一つになる。地球を復興するための足がかりになる。

近年は私達二人以外も、この事業にアドバイスをしてくれるようになってきている。それはとても凄い事だと思う。

だから、私はこの事業を誇りに思う。

世代をまたいでいくと、どんな事業でも、崇高な思想でも絶対に歪む。

人間がそのままでいられるようになったのだ。

だったら、そのままでいればいい。

利害から切り離されたのだ。

だから、私は老害になるつもりはない。

しばらく、何もかもを忘れようと、無心で仕事を続ける。

結構私だって限界が近かったのだ。

椿さんは更に酷い状態だった。

でも、私は。

それでも、先に行きたいと、顔を上げた。ただ、それだけの事だったのかも知れなかった。

 

ビオトープの視察が終わったので戻る。

無言で横になって休む。

知恵熱が出る程じゃないけれども、やっぱり疲れた。だけれども、色々と吹っ切れた気がする。

友達が大事だというよりも。

椿さんは、同じ事業をしていく同志だから請う言う事が出来たという事はあるのだと思う。

ごろごろしていると、百合が夕食をつくってくれる。

今日はマカロニグラタンか。

黙々とグラタンを食べていると、百合が咳払いした。

「どうでしょうか。 おいしいですか?」

「そういえば、いつもと少し味付けが違うね」

「「創」様の好みから、敢えて少し外してみました」

「!」

まさか。そんな風に気を利かせられたのか。

いや、それはできる筈だが。

それにしても、そんなことをされたのは始めてかも知れない。

いや、敢えていつもはしていなかったのだろう。

今日は、どうしてまた。

百合は、少しだけ。

一時期の、一番感情の起伏が激しかったときのように、視線を背けて。人間らしい動作をしていた。

「「創」様が苦悩されているのを見て、私の過去のデータを見て色々と調べていました。 どうも私が完成形になった頃から、加速度的に「創」様の負担が増えてきていたように思います」

「そういうデータをAIの方で出しているなら、そうなんだろうね」

「はい。 ですので、敢えて未完成な事をしてみました」

「未完成か。 ちょっと未完成とは違うと思うけれど、一種の乙だね」

茶道の概念だ。

そう告げると、百合はきょとんとして。

そして、なんだか人間みたいに苦笑いしていた。

「不思議な概念ですね、それは」

「そうだよ。 だから説明できる人もあまり多く無くなった。 茶道がよく分からないものとして認識されるようになったのもそれが理由だよ」

「今後も未完成なものを出した方が良いですか?」

「それは乙の概念とはちょっと違うかな。 今回みたいに、完璧に私の好みにあわせたものじゃなくて、少しだけ私の好みから外れる、くらいでいいよ」

まあ健康的に害があるようなものを出してくるとは思えないが。

未完成な食品とかを出されると困るので、釘だけは刺しておく。

百合は少しだけ躊躇した後、はいと言った。

一時期は見た目の年齢が私よりも十も上になっていたのにな。

そう思って、幼子の姿に戻った百合を、色々複雑な目で見てしまう。

体細胞には勿論命なんてないけれども。

それでも、私の目の前で百合は成長して、データを取ると元に戻った。

それは不思議な存在だなと思うし。

今見ていても不思議だ。

休憩が終わったので。

有言実行を開始する。

宇宙開発については、今後少しずつやらないといけないだろうが。出来る事は、少しずつ考えておく必要がある。

まず軌道エレベーターを創って、それを軸に宇宙開発をする。これは絶対だ。

軌道エレベーターの動作が不安定になった時に困るから、最低でも三つか四つは軌道エレベーターがほしい所だけれども。

まずは一つあることを想定して、開発の計画を立てる。

軌道エレベーターの先端部分には宇宙ステーションを創り。

エレベーターで運び込んだ物資などを用いて。プラットフォームとして活用する。

宇宙船をそこから出立させる。

カタパルトで加速させるだけでも、簡単に極超音速が宇宙空間では出せる。電磁カタパルトなどを用いれば、反動もほぼ考えなくていいだろう。

まずは月にコロニーをつくる。

そしてその次は、金星の衛星軌道上。

これは金星の方が、より近いからだ。

そしてその次が、火星の表面にコロニーを作ることになる。

この際に、火星に原生生物がいないかは、もう一度入念に調べる必要が出てくるだろう。

それは、二度と繰り返してはいけないことだ。

もしも原生生物がいるようなら、その領域を侵さないようにして、火星を開拓する必要がある。

同時に金星のテラフォーミングについて考えなければならない。

まあ、金星は気楽だ。

生物なんて、いる筈もないのだから。

火星は、永住する場所ではなく。

あくまでアステロイドベルトへの資源開発の中継点として考えて行くのがいいだろう。

アステロイドベルトまで到達出来れば、とりあえず人類も地球も、破滅と資源の枯渇は考えなくてよくなる。

昔のままだったら、どうせ利権を巡って宇宙で戦争を始めたのだろうけれども。

今は、そうではない。

AIから主権を取り戻せなんていって、暴れている連中もいるらしいが。

そういう連中も仮想空間上でイキリ散らかす事しか現実にはできないのが今の時代なのである。

みんな別個に地下にいるのだから、それも当然だろう。

人間は一人では、本当に何もできないのだ。

私や椿さんですら、そうであるように。

アステロイドベルトへの到達までの具体的な青図を書いたところで、今日は作業を切り上げる事にする。

戦略としては、これでいいと思う。

問題は、これに着手できるのは、最低でも数万年は後と言う事だ。

AIは地球の復興を優先する。

それだけ、地球は滅茶苦茶になっているからだ。

地球が人類出現前の状態になるまで、それくらいの時間は掛かってしまうと思う。

だからこそ。

私はその先を見据える。

過去の歴史を劫火に放り込むためにだ。

21世紀末には、人間の文明は完全に破綻した。そしてそれに地球を巻き込んだのである。

それを繰り返さないためにも。

私は、未来に向けて飛び続けるのである。

それは何も私のためだけではない。

やるべきことを、やるべくしてやる。

ただ、それだけのためにである。

摂理だとかいうものからとっくに外れている以上。それはなにも、つがいを見つけて子孫をつくり、自分の腹を痛めて産む事ではないはずだ。

私は私なりのやり方でやらせてもらう。

ただ、それだけである。

なんだか、すっきりした。

久々に、考えをしっかりまとめたから、なのだろうか。

いずれにしても私は、これで先に進めると思った。

椿さんも、これから苦労するだろうけれども。少なくとも私に対する劣等感なんてもので苦しんでほしくはない。

あの人は、私と並び立てる人なんだから。

そう思って、私は今日はもう眠る事にしたのだった。

 

3、遠く遠くへ

 

建築予定の汚染浄化用ダムが、全て完成した。

それで、ロボットのリソースが、全てダムから別に移動。

そして、汚染浄化がぐっとスピードアップした。

役割を終える、ということはない。

世界中にまだまだ汚染物質がたくさん存在していて。今まではザルで池を掻き回すような効率で、処理しかできなかったのだ。

今後は水源を抑える事で、もっとも重要になってくる水の浄化が効率よく進む。

また、汚染浄化用の都市も、既に複数が完成。

各地で、今までにない効率で、汚染の浄化が行われるようになってきていた。

もう、どれだけ年月が流れたのか。覚えていない。

私は確か24世紀だかに生まれたはずだったが。

もう世紀なんてのは、意味がない単位になったし。

私が絵一つ描けず小説一つまともに書けずにいた頃は。

もう遠い夢の昔のようだ。

ダムの視察は、少し前から止めた。

トラブルがない限りは視察しないようにしているのだが。基本的にトラブルも起きなくなったからである。

私は十代後半で固定した肉体のまま、今日も各地の都市を見に行く。

人間は一人も住んでいない都市だが。

人間の生体細胞を使った生体ロボットは、ある程度の数働いている。

勿論試験目的だ。

今、地下の人間の世話をする目的で、二十五万を越える生体ロボットが稼働しているが。これらもまだまだ試験段階。

いずれ人間一人に一機の生体ロボットが配備される予定らしいが。

それも適正を見て、になるそうだ。

都市計画は順調。

見て回って、よい感じだと私は納得する。

特に口を出す必要もない。

汚染物質が彼方此方から圧縮濃縮されて集められ。

そして、都市でどんどん処理されている。

海ではまだまだ汚染が酷くて。汚染の除去に四苦八苦しているが。

ついに陸上の一部では、熱帯雨林が完全復活。まだ面積はとても小さいが。大型の生物も、少しずつ数をコントロールしながら増やしている状態だ。

「特に口を出すことはないね」

「それでは、心臓部を見てください」

「ん」

案内のロボットは、初老の男性に見える生体ロボットだ。

元々は若者の姿をしていたらしいが。

それが此処まで老化するほどに、ずっと稼働していると言う事だ。

それくらい年月が経過している。

私が始めた物語だ。

私がしっかり終わらせないといけない。

それは当然の事であって。

私もそれに対して、疲れるとかいうつもりはないし。

勿論投げ出す気はない。

色々悩んで苦しんだこともあったが。

今はもう、吹っ切れていた。

気密服を着て、最も危険な区画に移動する。

カメラを通して見せられるのは、一滴垂らすだけで25メートルプールの水が全て致死毒になるような超危険汚染物質。

それが、プール何杯分も貯蔵され。

少しずつ、汚染除去されている。

作業の効率が完璧に行われているが。流石にロボットアームの破損なども、相応に早いらしい。

順番に説明を受ける。

時々通り過ぎる男性型の生体ロボットの視線が、私の胸やら尻やらに向いているのを感じるが。

別にどうでもいい。

こればかりは、生体パーツを使っている以上、仕方が無い事らしく。

生体ロボットの頭脳部分でも、コントロールは難しいらしい。

理論上は、生体ロボットでも男女で子供を作ることが可能らしいので。

どこかで、そういう実験をしているのかも知れなかった。

「なるほど。 それで汚染の除去効率は……」

「この場所ではこういう数値が出ています」

「やはり時間が掛かるね」

「過去の文明では、地下に埋め立てて放置されていた物質も、こうして処理を続けている状態です」

そうだろうな。

それだったら、まあ時間も掛かるのが当然だ。

無言で一つずつ、都市の最重要区画を視察していく。どこでも、非常に厳しい作業をしていた。

下手をすると、数千年掛かる作業もある。

こればかりは、どうしようもないのだ。

「問題は遠慮泣く言ってね」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、次に行くよ。 今日は案内有難う」

「いえ、此方こそ」

困惑している案内してくれたロボット。あの生体ロボットも、いずれ生体パーツを全て取り替えて。また働くのだろう。

百合に起きた、生体パーツを取り替えた後の異常。

あれについても、研究が進んでいる。

やっぱり似たような事は他にも何度も起きたらしい。

そう考えると、生体パーツの扱いというのは、相応に難しいのだろうなと私は思うし。今後も課題は出てくるだろう。

無言で都市を後にすると、ホバーで自宅に戻る。

自宅の位置は何度か変えた。

一時期は、熱帯雨林の植林地近くに引っ越して。

其処で、何度もビオトープの面倒を見た。

現在は、四十年ほど、同じ場所に住んでいる。

勿論状況が変われば。

より利便性が優れている場所に、引っ越しをするつもりだ。

自宅に戻ると、百合が食事を作っていた。

乙の概念はもう完全に理解したようだ。

同時に食卓が、ものすごく豊かになった。これがまた不思議な話ではあるのだが。完璧よりも何かしら欠点がある方がいいというのは、それこそ真理なのかも知れない。

「ただいま。 戻ったよ」

「お帰りなさいませ、「創」様。 もう少しで食事ができます」

「うん」

以前より、料理の内容が凝っている。

肉体年齢が十代後半と言う事もあって、相応に私は食べるのだが。筋肉への適度な電気刺激が常に与えられている事もあって、太る気配も心配もない。

食事を楽しむ。

以前はもっと淡々と食べていた気がするが。

それは完璧な料理すぎて、面白くなかったからかも知れない。

食べ終えて、すっきりする。

そして、横になって、明日のスケジュールを考える。

仮想空間に潜ろうかなと思ったが。

メッセージを見る限り、今の時点では必要ないだろう。シミュレーションを多数動かしていて。

それだけで私に割り当てられている仮想空間は一杯一杯だ。

今も私は特権を要求するつもりは無い。

技術は確実にAIが進歩させていて、人間一人ずつに割り当てられる仮想空間の性能と領域は上がって来ている。

そのたびにワールドシミュレーターの性能も上がってきているが。

それは皆がそれだけの性能のワールドシミュレーターを使える事に意味がある。私が特権を持ってしまっては意味がないのだ。

「シミュレーション、時間掛かってるね」

「流石に金星のテラフォーミングとなると……」

「もっと正確なデータもほしいものね」

「それは、まあそうですね」

現在、衛星軌道上の掃除は完了した。何機か稼働していたキラー衛星が、デブリを全て除去し終えたのだ。

その結果、デブリだらけだった衛星軌道上は綺麗になり。

新しい宇宙開発の可能性が生じている。

見境なく利権関係から、衛星軌道上に打ち上げられ。そして投棄され続けたデブリは、やっとこれで片付いたのだ。

人類の負の遺産がやっと一つ処理出来たとも言える。

だけれども、まだまだ汚染物質は幾らでもある。

除去用の都市が世界中で稼働を開始していて。

それでもなお、どうにもならないように。

汚染除去なんてどうでもいい。地上に住まわせろ。経済を復活させて金を寄越せ。奴隷制を作り、人間を支配する仕組みを復活させろ。

そうほざいている連中が、今日もネット上でデモを起こしていたらしいが。興味をまったく感じない。

そういう事をほざいている奴は。

自分が虐げられる側になるという発想がない。

そんな程度の想像力も持たない輩には、文字通り何の感心もない。

その手の連中の一部が、私を目の敵にしているらしいが。

どうでもいいので放っておく。

今の時代は、何もできないからだ。

21世紀だったら、ギャアギャア騒いでいれば周囲が「お気持ち」を汲んでいたかも知れないが。

そんなものは、とっくに劫火の下に消えた。

夕食を終えて、風呂にも入った。

後は寝ることにする。

最近は、夢見も良くなっている。

椿さんも、また幼い姿に戻って。

それで調子を取り戻したから。かも知れなかった。

 

夢を見る。

軌道エレベーターの視察だ。

文字通り、空に伸びる巨大なる塔。それが軌道エレベーターだ。

一号機が完成した。

これで、宇宙に最高効率で物資や人員を送る事が出来る。ロケット燃料をぶちまけながら飛ばす必要はもうない。

新しい宇宙開発の時代が始まったのだ。

動力は核融合だが。

この核融合にしても、開発当初のものとは全くテクノロジーのレベルが違っている。

AIの自己学習は、SFに出てくるようなものよりずっと遅かった。

際限なく進歩して、手がつけられなくなるようなものではなかった。

だが、それでも数百年が経過すると。

いやもっとか。

こういう風に、進歩はきっちりしてくれる。

「これで、やっと宇宙開発ができるね」

「それもそうですが、まだ地球の汚染除去が全く終わっていません」

「分かってる。 これからも全力で手伝うよ」

「「創」様がそう言ってくださると助かります。 早速ですが……」

なんだよ。

せっかく夢にまで見た日が来たのに。

とにかく、仕事というなら行くしかないか。

頭を掻き回す。

もうショートまで切ったが。

それが完全に、板につくようになっていた。

また場面が変わる。

私はまた髪を伸ばしていた。

処理が面倒だった時代もあったのだけれども。これも気分だ。髪の毛が伸びないようにする処置も可能らしいのだけれども。

私は気分次第で変えられるものを創りたかったし。

これでいいとも思っていた。

無言で、肩より先まで伸びている髪を掻き上げる。

私は宇宙ステーションに来ていた。

それも、宇宙で建造されたステーションだ。

軌道エレベーターでロケットを飛ばし。

火星の中継基地を使って更に先へ。

資源回収用の人工衛星は、アステロイドベルトに到達。

其処で回収した物資を、どんどん地球に送り込んでくる。

一部はこうして衛星軌道上でキャプチャして。其処でステーションに加工しているのである。

殆どの資源は、枯渇してバランスを崩した地球へと投下されている。

特に、予想以上に大量に見つかっている氷の水。それが、分子レベルまで分別されたあと、地球に投下されているのが大きい。

いずれ地球の水は枯渇するのでは無いかと言う話が上がっていたが。

これで地球の寿命を延ばすことができる筈だ。

私は視察を続ける。

このステーションは、地球と同じ方針で一万人くらいを住まわせることができるそうである。

ステーションの建築には、私が設計として関わった。

だから、細部まで確認しておきたい。

連絡が来る。

椿さんからだった。

今、椿さんは火星用のビオトープの監修をしているのだが。

こういう無重力のステーションの方が、今後はやりやすい。

超未来の事まで考えて、ステーションは創られている。だから、幾つも技術的な話をしていく。

「なるほど、今の時点で安全性に問題はないと」

「椿さんも視察にきてください。 ビオトープについても、既に作り始めているようです」

「分かった、いずれ出向く」

「楽しみにしています」

連絡を終えると、視察を続ける。

動力は核融合。

もしも事故が起きても、自壊するように仕組んである。

地上に出ることを望む人間も多いけれど。

まだ、地球は汚染物質まみれだ。

特に海の汚染は、ほとんど解決していない。

まだまだ当面、人間が昔のように地上に出ることはないだろう。

それに、だ。

やはりこれだけ時間が経過しても、人間と接触すること自体がリスクになる時代の負の遺産は残っている。

口にするだけならなんでも勝手だが。

やはりだが、21世紀の後半に暴れ回った人権屋のような思想の持ち主が、ちらほら現れ始めている。

連中は人権というもっとも大事な人間の財産を金に換える事で、世界の全てを滅茶苦茶にしたが。

それを意図的に再現しようとしている連中だ。

群れになったら文字通り手に負えなくなる可能性がある。

どうしても、こういうのが出て来てしまうのは仕方がない。

戦争をやれば、どれだけ悲惨な事が起きるか。それは歴史が示しているのに、なんども人間は利害の調整に失敗して戦争を行った。

むしろ戦争を起こして、それを金に換える奴も多かった。

そして、人権屋による全ての破壊の記憶も。

今は遠い過去になりつつある。

バカがまた出てくるのも、仕方がないのかも知れない。

「ねえ、百合」

視察を続けながら。

側にいる、ずっと姿が固定されている百合に話しかける。

「人間って、進歩する可能性はあるのかな」

「今の状況では、それは厳しいと思います」

「だろうね……」

バカ丸出しの歴史を繰り返しながら、ずっと根拠もない無責任な人間賛歌を垂れ流し続けた生物だ。

人権屋による世界の壊滅的な破壊から、まだ数百年程度である。

それで、何かが変わる訳でもない。

千年経とうが、いや万年程度では変わらないだろう。

いっそのこと、全部洗脳でもするか。

いや、私がそれを考えては駄目だろう。

何か、もっと良い案を。

利権も富の格差もなくなった今だからこそ。

人類全てで案を出して、考えて行くべきではないのだろうか。

目が覚める。

全部、夢か。

まだ軌道エレベーターはできていない。

だけれども、夢のままいっても。私は多分、何百年後になっても苦悩し続けるのだと思う。

椿さんもそれは同じ。

椿さんが、途中でリタイアするとしても、私に止める権利は無い。

それは分かっているからこそ。

なんだか、もの悲しい夢だった。

未来がある。

それだけで、少しはマシなはずなのに。

あんまり夢見が悪くなくなっていたはずなのに。

まだこういう夢を見るんだな。

そう思って、少し悲しくなる。

ため息をつくと、私がベッドから起きだす。

そして顔を洗いながら、AIに告げる。

「久々に髪伸ばすわ」

「分かりました。 気分転換ですか?」

「そんなところ。 もともと動きやすい格好を優先していたけれど、今なら髪の毛のハンデくらいどうにもなると思ってね」

「前髪なども伸ばし放題にすると、色々と大変です。 後で髪型については決めておきましょう」

それにそって、調整をしてくれると言うわけだ。

別にそれでかまわない。

どうせ、私に取っては。

タダの気分転換なのだから。

 

翌日から、引っ越しを開始する。

何十年……いや百年以上か。

日本に戻る。

もとの家に戻ろうと思ったのだ。そしてもとの家は、普通に地下に空き屋として存在していると言う。

ただ気分的にそう思っただけ。

どの家も同じ構造だし、どこに住んでいても同じ。

だから、ただの気まぐれだ。

ちなみに、私の家に他の人間が住んでいたことはないそうだ。まあ今の時代は、そんなものかも知れない。

世界の人口は現在16億。

少しずつ確実に減っているが。

これは、安楽死を選択した人の穴埋めをしなかったから。

別に世界に何か起きているわけでもないし。

遺伝子プールは全て保全されているから、いつでも50億くらいには戻す事が可能だそうである。

それ以上は地球のキャパを越えているから、増やす予定はないそうだが。

20億から二割も減らしたのは、特にこれといって理由はないそうだが。

これについては。正直10億でも多いと思うので。

別にこのくらいでいいと思う。

ただ、人間が減ったことでリソースが確保できたかというと、そんなこともないらしい。

AIの方では何かしら長期戦略があるのかも知れないが。

正直、どうでもよかった。

大型の飛行機のロボットに、荷物なんかを積み込む。まあ私が作業しても邪魔になるので、百合や他のロボットがやる。

一度、セクサロイドをおいてはどうかと提案されたのだが。

私は断った。

というか、興味がない。

ストレスの発散は仮想空間で好きにできるし。

ただ、私の所に二機も生体ロボットをおくのには何か意味があるのだろうか。

AIは私に着目しているらしいが。

それが理由かも知れない。

荷物の積み込みが終わったので、日本に移動開始。もう日本という国は無いから、旧日本とでも言うべきかも知れないが。

移動中。宇宙開発についての設計を行い続ける。

軌道エレベーターについても、意見が来ていた。修正意見としていいなら、随時私がシミュレーションして、そして提案する。

提案を呑むかはAI次第だが。

問題がない、ちゃんとした改善案だったらきちんと呑んでくれる。

そういう信頼は、確かにある。

逆にそうでなければ、私は此処まで創作に打ち込めなかっただろう。

ある意味、もっとも優れたパトロンだったというわけだ。

何度か休憩を挟んでいる内に、日本に到達。

後数時間と聞かされる。

平らかなる土地になっているのは、相変わらずだ。本来だったら、地球が元に戻るまでは、何千万年と掛かっていたのかも知れない。

その場合当然人間は滅び去り。

恐らくは、地下深くにいる単細胞生物などがまた地上に上がって来て。生態系を再構築したのだろう。

私は、時々見える植林地を見て。

やっとこれだけ増えたんだなと、感慨にふける。

やがてロボットが着陸。

もう滑走路もなにもない。平らかなる土地になってしまっているのだから。

「到着と。 いつぶりの我が家だろうね」

「構造はどれも同じじゃないですか」

「そうだけど、やっぱり生まれた家には思い入れがあるんだよ」

「はあ……」

多少、百合も前みたいに喋るようになってきた。或いは、ずっとAIを調整しているのかも知れない。

自宅に入る。

他とまったく変わらない。

だけれども、帰ってきたのだと思うと。

ちょっと面白かった。

ずっと誰も住んでいなかった家だが、別に埃っぽいわけでもない。てきぱきと、家具の配置をロボット達がしていく。

それでおしまいだ。

私は何もしなくてもいい。

むしろ邪魔なので、見ているだけだ。

「家具などのセッティング、完了です」

「了解。 じゃ、せっかくだからその辺り歩いて来るかな」

「え、良いんですか」

「一番風呂を汗を流しながら入りたい」

呆れる百合。

でも、その表情が見たかった。

そのまま、辺りを歩き回る。

「少し、気象の変動が緩やかになって来てる?」

「いえ……残念ながら。 ただ毒物の雲などは、できるだけコントロールして、ダムなどの方向へ誘導しているようです」

「なるほどねえ」

「雨については、二時間後に丁度降り始めます」

そっか。

百合と一緒に歩いて。しばらくとりとめもなく周囲を見て回る。

どうもずっとこうしている内に、私は健脚になってしまったらしい。汗をあまりかかない。

そのままランニングに移行する。

これだって、別にオリンピック選手とやらほど走れるほどではない。いや、記録を狙えるとかなんとか言われた事があったっけ。

まあそれはいいや。

ともかく走り回って、汗を適度に掻く。

汗はあまり好きじゃあないけれども。

汗を流すことは嫌いじゃない。

適当に汗を掻く。百合がかなりへばっているのを見て、そろそろ良いかと判断して家に戻り。

そして、シャワーを浴びて。

一番風呂に入った。

もう、空は暗くなってきていたし、丁度良いタイミングだったのだろう。

風呂から上がると、入れ替わりに百合がシャワーに。

料理は円筒形のロボットが作っていた。

まあ、別にそれでもいい。

百合の学習した乙は、こういった他のロボットにも共有されている。味が落ちたことは一度もない。

百合が風呂から出てくるころには、夕食ができていた。

黙々と晩ご飯のハンバーグを食べる。

誰が創っても同じ。おいしいが、そこまで。

こればかりは、乙を覚えても、どうしようもない事だった。

 

4、予測の先に

 

ため息をつきながら、椿は培養ポッドから出た。

椿は結局、無理をして数歳肉体年齢を戻した。

それには相当な無理が掛かる事が分かっていて。時間を無駄にしてもいいからと無理矢理若返ったのだ。

結果、六年掛けて「天才」から「神童」の肉体に戻ったが。

あくまで其処止まりだ。

培養ポッドでベタベタになった体を、シャワーで洗い流す。

背がかなり縮んだから、それだけでも苦労したが。別に今時シャワーなんて、全自動で全身洗ってくれる。

だから、思念を向けて。

ただ体を洗わせた。

手を全く使わなくても、電気刺激で筋肉を適切に消耗させ。それで運動能力を保てる。「創」だけではなく、みんなそうしているように。

だからなんの問題もない。

風呂から上がると、椿はベッドに座って。ぼんやりとした。ぼんやり無駄に時間を過ごす。

そんな時間が、無理に体を若返らせてから、増え始めていた。

無常観が全身を包んでいる。

椿は知っている。

結局試しはしたが、十歳であれだ。もっと年を取れば、ボンクラになるのは目に見えている。

そして今だって、多分これ以上伸びることは無いだろう。

どんどん先に飛んで行く「創」にはどうしても劣等感が消えない。

スペックが上かも知れないが。

それ以上のものを、明らかに「創」は持っているのだ。

見て回る。

設計された宇宙ステーションだ。五万人を収容可能な代物で、これ自体が宇宙船としても機能する。

楕円形をしているこれは、回転を続けながら飛行。遠心力を利用して、内部に擬似的な重力を創り出す。

中に住んでいる人間はどうせ外になんかでない。

大半のシステムは、ビオトープを維持するためのもの。

これらは火星や金星に移動し。

現地のコロニーに、生物のデータや、生の生物を引き渡すのだ。

結果として、これらは未来につながる。

ただし今は、設計の段階。

それを仮想空間でチェックして回る。

こういうのは得意だ。だがそれは、何かを創造していることになるのだろうか。

わかっている。「創」はとても椿を頼りにしてくれている。それが心強い。その言葉が、年齢を戻す切っ掛けになった。

この年齢の体はとても身体能力が低くて苦労するが。

それでも、やっぱりこの体になれている。だから、これでいいと思う。

ただ、しかしそれでも悔しい事に変わりはない。

体は縮んだ。

だけれども、このまま足を止めてしまうつもりもない。

神童のスペックを生かして。

少しでも、「創」に負けない創造的な作業をしていきたいのだ。

コロニー内のビオトープの問題点を全て指摘しておく。AIもこういう作業は得意なはずだが。

前例がないことはどうしても判断が及ばない事があるようで。

そこは椿みたいな人間に有利だ。

仮想空間からログアウトすると。

やはりベッドで転がる。

頭はまだ使える筈なのに。

無理して若返ったツケだろうか。

それとも、精神をすり減らしながら、百年以上も生きているからだろうか。どうしても、体に無理が来ているのが分かるのだった。

ぼんやりしていると、メッセージが届く。

椿は「創」ほど社交的ではなくて、殆ど他人と交流を持とうと思わない。「創」も実際の所、そこまで社交の鬼と言う訳でもないらしいが。

それでも椿よりましだ。

今の椿みたいなのを、古くはぼっちとか言ったのか。

まあ、どうでもいいが。

メッセージを確認する。

送り手は「創」ではなかった。

以前、気まぐれででた茶会にて顔を合わせた人間らしいが。あまり面識らしいものを持った覚えは無い。

なんとか名前は覚えているが。

会話らしい事をした記憶もない。

小首を傾げながら、内容を確認していく。

どうやら、「創」が時々世話になっているようなアドバイスの内容だった。目を通していくと、着眼点が面白い。

これは、或いはだけれども。

半身を起こすと、即座に返信を思考する。

内容はさっと立体映像に表示され、即座に誤字脱字の添削が行われる。

たまにこの添削で、重要な内容を削って悦に入るような阿呆がいるらしいが。

今の時代のAIは、そういうのよりは賢い。

添削が終わったので、メッセージを送る。幾つかについては、すぐ試してみたいと思った。

ただ、残念ながら椿が使っている仮想空間のリソースは、現在かつかつだ。

椿も「創」と同じで、過去の特権ばかり欲しがる阿呆とは一緒になりたくはないと考えている。

だからリソースは普通の人間と同じ。

特に椿の場合は、それをフル活用している事もあって。

だいたいいつもカツカツで。

無駄をしている時間は、殆どなかった。

だから、空中にメッセージを立体映像でピン留めしておく。

これらのメッセージは全て優先順位をつけて表示していて。

仮想空間での検証が終わり次第、次々と剥がしていくのだった。

夕食が出てくるので、無言で食べる。

「創」は夕食を作って来るロボットにまで礼を言っているらしいが。椿はそこまでの境地に至れない。

無言で夕食を食べ終えると。

「創」の近縁らしい生体細胞を使っているロボットを一瞥だけして。

後は眠る事にした。

 

目が覚める。

体中が痛い。

それはそうだ。

ここ六年で、無理をして体を若返らせた。その結果、成長痛の真逆……まあともかく体中が痛む。

成長させることは簡単だ。

老いた細胞を若返らせるのも難しく無いらしい。

だが、体を無理に幼児に戻すのは。こうも難しいのか。

そう思うと、非常に複雑な気分になる。

起きだして、それで。

無言で歯を磨く。

髪の毛の手入れはロボットに全部任せる。さくさくと鋏が動き回っているが、気にすることもない。

人間と違ってミスをする事はないからだ。

規則正しく生きるという点では、椿は「創」以上らしく。普通の人間だったらダラダラ過ごすところを、徹底的に時間通りに活動しているらしい。

昔はこういう行動をする人間にレッテルを貼って馬鹿にする傾向があったらしいが。

それに対する返事は、「創」と同じ。

地獄で炙られていろ、以外にない。

同じ出立点にあると思うのに。随分違ってしまっているな。

そう思う。

朝飯を食べ終えると、さっさと作業に入る。

仮想空間にログインして、終わっている処理を回収。目を通して、すぐに次に。幾つかの処理を走らせると。すぐにログアウト。

ベッドから起きだすと、身繕いをすぐに終える。

「今日は予定通り出かける」

「分かりました。 準備します」

勿論行き先はビオトープの視察だが。

今回は。日本にある汚染浄化都市の一部になっているビオトープの視察だ。

このビオトープでは、汚染物質をどれだけ処理出来るかの試験をしている。

遺伝子操作をした植物を使う案も昔はあったのだが。

結局の所汚染物質を吸い上げるだけで、場所が移動するだけだったりして。あんまり解決策にはならなかった。

それらの過去があるから。

ビオトープで試験を行い。

それから実戦投入をするようになっている。

今日は外に出て。

その試験の様子を確認しにいくのだ。

汚染の処理は、文字通り猫の手も借りたいほどの有様になっているという事もあるので。

こういった実験は大事だ。

とはいっても、もし上手く行っても人間の罪業を他の生物に押しつける事になる。

あまり大規模にやる事は、椿としては賛成はできなかった。

現地に到着。

驚いたことに、誰かが見に来ていた形跡があった。

「創」ではない。

此処で騒いで、ロボットにたしなめられて、つれて行かれた形跡がある。

どうやら、ろくでもない輩が来ていたらしい。

「何がここに来ていた」

「人権屋の時代の、富の格差に憧れている人間の一人です」

「殺処分しろ」

「そうもいきません」

なんでも、此処に様子を見に来たあと。

汚いだの臭そうだの暴言を吐きまくり。

挙げ句にこの辺り全部更地にして、自分の家を建てろとか要求。

そのまま、引きずって連れて帰られたらしい。

どうしてそんなのを外に出したのか。

これがよく分からない。

「異常に欲求が強い人物で、仮想空間でのストレス発散プログラムにももう飽きてしまっているほどで。 古くに流通していたコカインなどの違法ドラッグを欲しがっているような人物です」

「やっぱり殺処分しろ」

「そうもいかないのです。 得意分野では相応の実績を上げられる可能性を秘めています」

だから、今必死に調整をしているそうだ。

偉いなAIは。

そんなのと、折衝ができるんだから。

椿だったら、少し相手の思考を見ただけで投げ出しているところだ。

嘆息すると、視察を開始する。

まだまだ改善ができる場所は、幾らでもある。

古くは現場百回とか言ったのか。

今でも、それは恐らく健在なのだろうと思う。

一通り全てを見て回ってから、戻る。

まだ全てが吹っ切れた訳ではない。

だけれども、何万年掛かろうと人間のやらかした事を償おうとしている「創」という存在の事を考えると。

負けてはいられないという考えが浮かんでくるのは。

どうしようもない事実で。

それに対する劣等感は消しきれていないけれども。

それでも前に進もうと考えるのもまた事実だ。

宇宙開発については、椿の方が多分一日の長があると思う。

そこでは負けない。

そう、この汚染浄化都市を見て周りながら。椿は思うのだ。

そして。

少しずつでいいから、もっと進歩していこうとも。

 

(続)