空への柱
序、その先にあるものは
ダムができた。
肉体年齢を十代後半に固定してからもう何年か経過したが。私が周囲からアドバイスを得ながら設計したダムが、ついに完成したのだ。
既に汚染除去能力は、完成前からの試運転で確認されている。
そして、ダムの有用性が確認されたことで。
その下流での、都市計画も既に開始されていた。
現場に向かう。
雨が降っている。
この雨も、いつまでも降らさないのかも知れない。
いずれにしても、土木作業で粉塵が巻き上がるのを避ける為に、雨を降らせているのである。
それもいずれは、雨を降らす地域をずらしていくのかも知れなかった。
ホバーに乗って、上空からダムを見やる。
規模はそれほど巨大ではないが。汚水が溜まっていて。それを積極的に浄化し続けている。
完全に浄化された水は、各地に運ばれて行っている。
汚染がそれほど酷くない土地に運ばれて、活用されているのだろう。
人間用の飲み水などは、ユニット化した家屋の中で浄化しつつ循環していると聞いている。
あれは、少なくとも。
人間用の水ではないのだ。
「三年、あっと言う間だったのかな」
「三年は我々の時間感覚からすれば一瞬です。 しかし、この三年であのダムが完成したのは、大いに有意義な結果を招きました」
「そっか……」
それは、嬉しいな。
いずれにしても、ダムのおかげで汚染除去がずっと短縮できる。それで、地球が復興するのだって早まる。
良いことづくめだ。
それに関与できたのは、私としてもとても嬉しい。
現状維持に一杯一杯だったAIだって、ある程度感謝してくれているかも知れない。
だとすると、それもまた嬉しかった。
「山の復興には、まだ掛かるんだよね」
「ダム近辺の山の汚染物質は、ダムへとどんどん投入します。 それによって、復興がかなり早まりますが……それでも数年、それ以上は掛かります」
「分かってる。 そうだろうね」
「ただその後は、「創」様の以前提出していただいた計画通り、山の復興と、植林作業に移れるかと思います」
そっか。
それは、嬉しい事だ。
ぐるんと上空を、雨の中旋回して見終える。
ホバーへの負担もあるだろう。
後は、一度帰宅していた。
帰宅後、しばらく横になって休む。
休んでいる間、来ているメッセージなどを見る。
茶道マスターから、ダムの完成を祝うメッセージが来ていた。茶会の誘いも、である。
スケジュールの調整を百合に任せる。
過去のようにサロン化しないように気を付けながら。
茶会を使って、知らない人と話だけでもしておきたい。
その結果、新しい意見を聞けるだけで私としては充分過ぎる程だと感じる。
新しい意見が来なくてもそれはそれでかまわない。
いずれ、新しい意見が来るかも知れないのだから。
今すぐの結果を求めなくても良い。
人間が生き急いでいた時代と、今は違うのだから。
私の実年齢は、もう30に届こうとしているけれども。それで焦ることは一切ない。
そういう時代。
ただ、それだけだ。
この間、AIに聞いた。
私の血縁的な子孫はいるのかと。
いるらしい。
そう、とだけ答えた。
何の興味もない。
遺伝子データを掛け合わせて、人工子宮で子供を作る時代だ。だからいても不思議ではない。
会おうとも思わない。
それだけの話だった。
幾つかの作業を終えて、それで休むように百合に言われて苦笑い。
少し仮眠を取る。
仮眠を終えてから、紅茶を飲んで。それでPCに向かう。
最近は、片手間に色々な創作が出来るようになってきた。
建築の知識も増えてきたから、茶室の設計も出来るようになってきた。
茶室を設計しても使い路が限られるから、茶道マスターなどに渡してしまう。使ってくれれば良いと。
金が個人と関係無い時代だ。
経済も人間の手から離れている。
だから創作は自由にできる。
故に、こういう処置はどんどんできる。それがまた、私としても、気楽でいい。
茶室の設計は完了。
秋に使う事を想定した茶室だ。
良い感じに仕上がったので、そのまま公開しておく。
本来だったら何日でも設計にかかっただろうが。生成AIの扱いも手慣れてきている。
アセットばかりで飽きていただろう茶道マスターも、私が創る茶道具や茶室は好んで使ってくれているので。
それもまた、有り難かった。
また横になって、しばらく休む。
百合が夕食をつくっているのを横目に、ぼんやりと考える。
ダムは世界中で創られる。
そして都市計画も。
人間が住まない都市が。汚染浄化のための都市が世界中にできて。地球が回復するまでの期間がだいぶ短縮される。
その後は、どうなるのだろう。
また人間が地上に出て来てしまったら、もとの木阿弥だ。
少なくとも、愚行が繰り返されないようにしなければならないだろう。
それは政治家の仕事にも思えるが。
今の時代。
そもそも職業が存在しないのだ。
政治家もしかり。
私はできる範囲でやれる事をやる。
ただ、それだけだった。
夕食ができたので、百合と卓を囲む。百合はやっぱり、明確に食べる量が増えている。
生体細胞を使っている上に、成長期だからだろう。
その抑制も多分できるのだろうが。
恐らくだが、百合は試験的に成長抑制をしないロボットとして動かしているのだろうと思う。
充分においしいカレーを食べ終えると。
私は伸びをして、今日の仕事は此処までだと判断した。
現場で具体的な仕事をしているロボット達だって、無理はしていない。
正直者や真面目な人間を使いつぶしながら、クズがケラケラ笑って金を蓄えていた時代はもうあらゆる意味で終わっているのだ。
ロボットですら使い潰されていない。
私が自分を自分で使い潰してしまっては意味がない。
ベッドで横になる。
ふと思ったので、AIに声を掛けていた。
「ね。 百合にベッドは用意してあげられないかな」
「別にかまいませんが、流石にそこまでの精神構造は持たせてはいません」
「そうか……。 百合はどう思う?」
「私は別にこのままでもかまいません」
百合はだいぶ背が伸びてきたが、声はかなり高い。昔はこれをアニメ声とか言って、差別の対象としていたらしい。
それどころか、アニメ声だからといってフェミニストを自称する人権屋に焼き殺された実例もあったとか。
無理をして声を低くし、自衛している人までいたらしい。
百合をじっと見ると、視線を逸らされた。
「いいんならいいけど。 ただ、生体細胞を使っているし、どんどん人間らしくなってると思うから、ねえ」
「床にシートを敷いて寝るのには習熟しています。 そういう目で見るのは卑怯です」
「面白いねその反論」
「むっ……」
むくれる様子は、ますます人間と見分けがつかない。
頭の中に脳みそが詰まっているか機械が入っているかの違いだけ。
そして過去の人間は、脳みそが詰まっていても、殆ど活用なんてしていなかった。
それを思うと、色々と複雑だ。
「分かった。 でも、ベッドがほしくなったらいつでも言ってね」
「……分かりました」
「じゃ、今日はもう休むよ。 ちょっと疲れも溜まっているように思うし」
「「創」様は随分と勤勉に頑張って来たのだと思います」
まあ、そうかも知れない。
創作をやり始めてから、一日全く何もしないという日は、ついに作らなかった。毎日何かしらは必ずした。
それは話を聞く限り、驚異的な事であるらしい。
いずれにしても私はそれで結構消耗したし。
ダムの建設を何度も見にいって、確実に創られていく様子も確認してきた。
それで疲れたというのなら。
無理もしすぎていないというのなら。
それは尊い労働の結果であって。
尊い疲労なのだと思う。
ともかく寝る事にする。
今日はいい睡眠がとれそうだなと思う。
そして、次はどうするか。
都市計画が上手く行けば、いずれは更に先を考えなければならない。私は年老いない道を選んだが。
同じような事をしている人間は、例外中の例外だときく。
誰もが飽きてしまうからだ。
アンチエイジングをする人間そのものはいるらしい。椿さんなんかが良い例だろう。
だが、どうしても人生に飽きてしまう。
それで結局は、死を選んでしまうのだ。
だけれども、私は。
この都市計画を最低でも見届けなければならないし。
都市計画が汚染浄化をダイナミックにやって、地球の環境を改善するのを間近で見届けたいのである。
だから、そのままでいる。
いつの間にか、眠っていた。
宇宙にいた。
地球を見下ろすと、酷い色をしていた。
地球は青かったとかいったのは。最初の宇宙飛行士だったか。
青どころか、とんでもないおぞましい汚染に満たされた色だ。一目で分かるほどに酷い有様である。
しばらく無言でいると、側をキラー衛星が通り過ぎる。
宇宙空間だと、太陽光発電は現実的だ。そうしてエネルギーを充填して、レーザーでデブリを次々と撃墜していた。
そういえば、衛星軌道上のデブリの処理が終わるのは、意外に早いと聞いている。
もしもだけれども。
汚染の除去が順調に進んだ場合。
或いは、思ったよりもずっと早く宇宙進出ができるのかも知れない。
今のままの人間を宇宙に放つのは、それこそ蝗を宇宙に出すようなものだろう。無責任極まりない愚行だ。
だけれども、AIが政治経済を統括している社会を、そのまま持ち出すことができたのだとしたら。
それは或いはだけれども。
宇宙に他の生物がいて、遭遇した場合。
仲良くやっていけるのかも知れない。
SF作品では、宇宙人は侵略してくるものだと相場が決まっていた。
どんな宇宙人がどんな独自理論を展開しているかも分からないし、それらと遭遇したら絶滅戦争しかないと考えている人間もいた。
だがそもそも銀河系だけでも恒星は4000億。アンドロメダにいたっては兆の恒星が存在しているという。
物資なんか奪い合わなくてもなんぼでもある。
宇宙人次第では。
戦争なんてする必要はないはずだ。
目が覚める。
ベッドの上で半身を起こす。
起きだすと、もう百合が起きてフラフラと朝の作業を始めていた。
これも生体ロボットが故か。
生体パーツの影響を強く受けているらしく。百合はどうも最近低血圧気味だと分かり始めてきた。
私は歯磨きをしながら、考える。
次にやるべきは、都市計画の次。
都市計画が順調にいけば、数万年かかる地球の汚染浄化が、何割も早くなると見て良いだろう。
その先に私がするべき事はなんだ。
更なる都市計画はもう必要ないと思う。
彼方此方で、AIが応用を効かせて同じような浄化用の都市を造るだろうし。
それらは用が済んだから解体されるはずだ。
現時点で、人間は完全に保全されているし。
その生活に不自由だって生じていない。
人間による人間の管理の時代が終わるだけで、こうも世界がマシになったのは。あるいは奇蹟だったのかも知れないが。
その奇蹟を引き当てるまでの時代が、あまりにも地獄過ぎたのだから、帳尻は丁度あったのかも知れなかった。
いずれにしても、私がやるべき事は一段落したと判断していい。
顔を洗っていると。
やがて思いつく。
そうなると、その先にやるべき事は。
多分宇宙進出のデザインだ。
ロケットの技術はちゃんとある。
昔のロケットは、超危険なロケット燃料を派手にぶちまけながら宇宙へ飛んでいたらしく。
事故が起きるととんでもなく凄惨な事態になったとも聞く。
今の時代は、事故が天文学的な低確率でしか起きない状態にまでなっているらしいが。
それでも恐らく、ロケットはあまり現実的ではないだろう。
そうなると、やるべきは。
軌道エレベーターの設計か。
朝のルーチンを終えると、PCに向かう。
百合は朝は辛そうだが、私は逆に朝は全然平気。
この辺りは、色々と面白い。
PCで作業をして、色々と調べる。
軌道エレベーターが完成すれば、いちいちロケットを宇宙に打ち上げなくても良くなってくるし。
山ほど浮かんでいるスペースデブリを、直に回収することだってできる筈だ。
動力は核融合でいいだろう。
色々と調べて見ると。
軌道エレベーターの素材になりうる繊維は、どうやら21世紀末くらいには完成していたらしい。
普及しなかったのは人権屋どもによる争乱がもはや制御不能になっていたからで。
各地の国家は既に制御不全に陥り。
技術を研究する施設は、暴徒化した人権屋によって焼き討ちされていた。
技術は保全する事だけはできたが、ただそれだけ。
今では、再現はできるものの。
殆どが、ロボットの素材や、
或いは重要なインフラ用に用いられているらしい。
なるほどねえ。
つまり。素材という観点では再現はできるし。量産もできるということだ。
後は汚染などが生じないかを、慎重に調べる必要がある。
エコを口にしていた連中が使っていたエネルギーは。
実際にはエコなんかではまったくなかったという例が、世界中に実在していた。
太陽光発電なんかが良い例だろう。
宇宙空間で用いるならともかく、地上で使うにはまったく実用性がない上に、汚染を拡げるばかりで。
それどころか、大量に太陽光発電のパネルを並べるために、貴重な原生林や天然記念物が生息する地域を焼き払ったり更地にしたりする始末だった。
エコを歌いながらエコと真逆にあったのが太陽光発電であり。
このようにエコを口にしている技術の大半は、実際には完全にその真逆に位置していたのである。
だから、徹底的に精査しなければならない。
よし、これでいくか。
精査も含めて、設計をやっていこう。
都市計画が終わってから、私はしばらく意見募集の類はしていなかった。
メッセージは知り合いから時々来るが。
どんな事をするのかと、聞いてくるものも多かったのだ。
だからこそ、動く時。
「「創」様、朝食ができました」
「よし、食べるぞ−。 今日はなに?」
「ハムエッグを中心に、栄養素に偏りが出ないように調整をしております」
「いいねえ」
一度PCを落とすと。
朝食を取る事にする。
合成肉や合成食品ばかりだが、中には計画的に栽培された野菜なども混じっている。
だから、感謝しながら口にする。
朝ご飯を終えたら、仕事の時間だ。
AIに軌道エレベーター計画について告げる。
そして、後は。
仮想空間に、いつものように潜り。
ワールドシミュレーターを起動させるのだった。
1、空への道
軌道エレベーターは提唱されてから、基本的に赤道上に創られるのが基本とされてきた。
これは地球の自転の影響をもっとも受けない地点だから。
軌道エレベーターほどの巨大建造物となると、どうしても自転の影響を受けてしまうのである。
ただ、全く気にしなくていい問題もある。
国境だの利権だのだ。
軌道エレベーター計画を地球で創る場合、これが最大の問題になるだろうと、予想されていたのだが。
今の時代はそんなモンは存在しないので。
それだけは気楽だった。
軌道エレベーターの予定地に、貴重な動植物がある場合も想定しなければ本来はならないのだろうが。
今の時点では、それも気にしなくて良い。
世界中汚染され尽くしていて。
何もいないのだから。
遺伝子データから復活させる際に、生存に適している土地が軌道エレベータの予定地しかない……。
それくらいだろう。
危惧すべき問題点は。
一つずつ、問題をクリアしながら設計をしていく。
生成AIも、これほどの巨大建造物を作るシミュレーションとなると、相応に苦労しているようだ。
かなり処理に時間が掛かっている。
それでも、人間が一から設計するよりはなんぼもマシだろう。
実際問題、試験的に軌道エレベーターの設計が行われたらしいのだけれども。現在のテクノロジーとは、細部があっておらず。
結局、一から設計しなければならなかった。
「土台部分がかなり広くなってくるね、これ」
「軌道エレベーターといっても、高く塔のように伸ばせばいいというだけのものではありません。 高層ビルと同じように、基礎部分から作りあげる必要があり。 ましてやこれほどの高さに導電するとなると、原子炉も当然必要になります。 以前「創」様が設計された都市計画と同じか、それ以上の規模の設計が必要になるでしょう」
「うん、それは覚悟はしてる」
「それでも計画を立てるのですね。 そして終わるまでやめない」
その通りだ。
私は終わるまで諦めない。
そして、最後は泣いて完成を見送って。
泣くだけ泣いた後は、笑って完成したものを見やるのだ。
涙もろくなった今でも、それは変わっていない。
それが気持ちいいからというよりは。
単にルーチンになっているだけだ。
とりあえず、一応の形はできた。
建設の過程で、とんでもないリソースを必要とすることも示される。まあそれも当然だろうなと思う。
今の時点で。
地球人が無駄に物資を浪費しなくなったこともある。
地球人は、地球を出る必要はなくなった。
少なくとも当面は、である。
だから、軌道エレベーターは、今すぐ創る必要もないし。
リソースを削って創る必要性だってない。
現時点では、ロケットを軌道エレベーターで衛星軌道上に運ぶくらいしか仕事がないだろう。
宇宙ステーションは、軌道エレベーターの先端にそのまま創ってしまえばいいので、今後は打ち上げて組み立てる必要もなくなる。
問題はそれ以上に保持性で。
そのための専用メンテナンスロボットが、多数必要になるだろう。
シミュレーションを走らせて。大まかな部分が出来上がったあと。
細かい部分の調整をしていく。
結果として、ダムが終わった後動き始めた都市計画につぎ込まれているリソースの、およそ三倍のリソースが必要になることが分かった。
とんでもないリソースの消耗だ。
思わず無言になってしまう。
これを画期的な発明だ、エコだと喜んでいたら。
脳みそを一切使わず。思考停止して暴れていた人権屋と同じになる。
可能な限り現実的に。
そしてリソースの消耗を最小限に。
創る戦略的な意味と。
未来のためにというのなら。これで何ができるのかを、徹底検証する。
それらが全部必要になる。
ちょっと疲れてきたか。
一度、知り合いにばっとメッセージを飛ばす。
都市計画が終わってすぐだけれども。
それでも、こうやってメッセージを飛ばせば、それに反応してくれる人がいるかも知れない。
また、メッセージをやりとりするだけでも別にかまわない。
知人をもっと増やす必要があるだろう。
私は自分で創ったものを、完璧に改良出来るほどのオツムがない。
だから、こうやって他人の知恵をあてにすることになる。
ある程度、ではあるが。
それでも、やっぱり自分で全てが出来る訳ではないことは自覚している。かといって、得意分野を分担するのは恥では無い。
それが本来の人間の強み。
それを忘れたから。
人間はこうなったのだ。
一度仮想空間からログアウトする。
凄く疲れているのが分かった。
汗ぐっしょりで、半身を起こすとげんなりした。家の中でホットパンツを履いているのだが。
露出している足まで、汗を掻いているのが分かる。
大きな溜息が漏れる。
水冷機能である汗だけれども、この仕組みは欠陥まみれだ。人間が比較的持久力という観点で優れているのは事実で、それに汗が関与しているのもまた事実ではあるのだけれども。
それでもこの汗。
掻くとベタベタになるし。
アトピー性皮膚炎が猛威を振るっていた頃は。この汗のせいで、まともに運動ができない人もいたのだそうだ。
シャワーで汗を流す。
溜息を零すと、着替えてベッドで横になる。
茶道マスターから、真っ先にメッセージが来ていた。
あの人は、多分私の思考を読み尽くしているんだな。
そう思って、少し苦笑いする。
茶会を開くので、出てほしいと言う内容だった。
勿論了承する。
スケジュールの調整は百合に任せる。
茶会で知り合いを増やすのは、私としても大いに望むところだ。また大きな事をやろうとしているのだ。
意見を交換できるだけの人間でも、必要になってくる。
そんなことは、ダムを作り始めた頃から、嫌と言うほど理解していた。
何回か茶会に出る。
私が作った茶器が、色々と活用されている。それに、茶道についてちゃんと勉強してから来る人も増えていた。
軽く話してみると、私の小説を読んだり、絵を見たりした人もかなりいるようだ。
そういう人と交流を持てるというのは嬉しい話である。
いざという時の助け合いだけを約束しておく。
茶会で得るのは。
自分と違う観点の持ち主だ。
それが有用か有害かは別の問題。
今は、必要なだけ視点がほしい。
本来の人間がやるべきだったこと。
それを、人間は自分で潰した。
潰した連中、人権屋への怒りは、私は絶対に今後も収めない。連中はいつまでも地獄で炙られていろと思う。
だが、だからこそに。
連中への反抗も。
起きてしまった歴史への反抗も込めて。
様々な意見を聞いていくのだ。
やはり、自分では思いつけない意見もたくさんでてくる。本当にどこでこんな人を見つけてくるのか。
茶道マスターには驚かされる。
本人は功を誇ったりは一切しないのだけれども。
それでも、この人にどれだけ助けられているか分からない程だ。
幾つもの有用な意見を見て。
建設的に計画を進めていく。
設計の段階で、軌道エレベーターはどんどん改良されていく。
これに関しては、元々計画が造られていなかったと言う事もあるし。軌道エレベーターが試験的に設計されていた頃とは、技術が違うと言う事もあるだろう。
そんな時代は短く。
それ以降は、地獄が続いたから。
夢は羽ばたかず。
設計が練られることもなかったのである。
私なんかが改良出来ているのは、それが理由だ。だから私は、シミュレーションをは知らせる。
そして、軌道エレベーターについて、考えて行く。
とにかく建設に必要とするリソースが問題だ。
ロボットはこれ以上爆発的に増産する予定がないと、AIは断言している。それはまあ、そうだろう。
物資を無駄にしたくないし。
何よりも、多数のロボットを同時に動かせば、出る汚染物質だって無視出来ないものになるからだ。
黙々と調整を続けていると、時間がすっ飛ぶ。
アラームをこまめにならすようにしているので、最近は事故もなくなった。たまに知恵熱が出るまで頑張りすぎることもあったのだが。
今はそれもない。
ただ、アラームが鳴って作業を中断すると。
だいたい仮想空間からログアウトした後に、シャワーを浴びなければならなかったが。
人間として、一番優れている年代は十代後半だという。
これはAIの分析によるものだ。
まあ実際問題、本来子供を産んで育てるための年代だから、なのだろう。一番力があるのは、その大変な作業をこなすためだ。
その年代で体を固定している。
だから私は、この程度の負担で済んでいるのかも知れない。
シャワーを浴びて汗を流す。
ベッドで横になって、過負荷を掛けた脳みそを休ませる。
百合が冷やを入れてきてくれたので、有り難くいただく。
冷たすぎるくらいだが。
これは百合なりの抗議なのかも知れなかった。
「また無理をしていらっしゃいますね」
「今まで誰もやるべき事をやらなかった。 だから私がやるだけ。 それだけの話だよ」
「「創」様でなくてもいいじゃないですか」
「そうなんだけれどねえ。 都市計画の段階で、もう私と同じ事をしている人間がいなかったみたいだからね……」
何とも情けない話だが。
これは事実だ。
現状に満足しきった人類は、それで可としてしまった。
まあ気持ちはわかるから、責めるつもりは無い。
私は情けないと思うが。
ただ。その感情は私にだけ向ける事にする。
気持ちは大いにわかるからだ。
私だって小説を書き始めるまでは、悶々とした怒りの向けどころをどうすればいいのか、ずっと悩んでいた。
少しずつクリエイターとしての自覚が芽生え始めて。
こういった考えを持つようになるまでは、随分時間も掛かったし。
それでもなお。
何一つなせない無力感や。
愚かしい先祖を持った事の怒りや哀しみは大いに理解出来るから。何もできずに立ちすくんでいる人を嗤ったり罵ったりする気はない。
他人は他人、自分は自分。
それだけの事だ。
それすら、過去の人間には分からなかった。
しばらく休んでから、半身を起こす。
やっぱり汗をぐっしょり掻くほどに毎度疲れている事もある。時々外で運動するのだけれども。
少しずつ、確実に能力が上がっているのが分かる。
頭の方も、前より良くなって来ているかも知れない。
これは知恵熱かなと思ったタイミングで仮想空間をログアウトしても、平気であったりする。
私は私なりに。
マイペースに、少しずつ性能が上がっているのだ。
それでも休憩は必要だ。
気晴らしも。
仮想空間にログインする。少しシミュレーションを走らせて。その結果が出る間に、気晴らしに行く事にする。
今では、私に触発されたのか。
自分なりに創作をする人が増えてきている。
小説なんかもかなり増えてきたので。
時間を加速させて、その中で読んでいく。
勿論これは受けつけない、というものもあるが。そういったものと出会った時は、違うと思うだけ。
間違っているとか、劣っているとかは考えない。
あわなかった。縁がなかった。
それだけの話だ。
絵についても同様。
やはりエロチシズムは相当なパワーを持つようで、今では強烈なエログロ絵がまた生産されるようになりはじめていた。
それらは性癖を詰め込んだと言ってもいいもので。
やはり私とは違うな、と思う。
どうにも私はこの手の絵にはまるで興味を持てないので。
そういった絵にぶつかった場合は、そのまま次に行くだけ。
否定はしない。
否定して焼いていたら、人権屋と同じになる。
それもまた、心の中にあるからだろう。
色々な他人の創作を見て回っているうちに、連絡が来る。メッセージだが、思わずおっと声が上がっていた。
椿さんからだが。
どうやら熱帯雨林のビオトープが上手く行ったらしい。
霧を用いた水分の補給システムが非常に良く稼働しているらしく。
さっそく、大量の生物の「ならし」が行われているそうだった。
良かった。
最大の難易度を誇るビオトープの完成だ。
おめでとうございますと、メッセージを送っておく。
でも、ちょっと心配になった。
燃え尽きて、椿さんは安楽死を選んだりしないだろうか。
少し考えてから、椿さんに今度はこっちを手伝って貰えないだろうかとメッセージを送る。
一瞬で返事が戻って来た。
かまわない、ということだった。
いつも椿さんのビオトープを手伝ってきた。
それで今回は、逆に手伝って貰うこととする。
スケジュールは百合に調整して貰う事として。気晴らしもすんだので、一度仮想空間からログアウト。
汗も掻いていなかった。
これならば、別に問題は無いだろう。
シャワーを毎度浴びる事もない。
水の無駄だ。
少しだけベッドで横になってから、百合に聞く。
スケジュールの調整で、明日には此方に手伝いに来てくれるように、調整を終えたという事だ。
だったら、それでかまわない。
それに仮想空間で、椿さんと会うのは結構楽しい。
年は向こうが下だが、創造的な創作については向こうの方が先達。
そういう不可思議な関係も。
それはまた、それで面白いのだった。
ばっさり髪を切った椿さんは、だいぶ雰囲気が大人っぽくなっている。だけれども、やっぱり年齢は子供のまま固定しているので。
その辺りは何というか、本人の妥協点と言う奴なのだろう。
軽く状況を説明して、軌道エレベーターを見てもらう。
一通り軌道エレベーターを見た後、椿さんは言う。
「軌道エレベーターとしての機能だけではなくて、もっと色々利用できないか」
「うーん、どうでしょうね。 余計な機能をつけすぎると、逆に拡張性がなくなると聞きますが」
「うん、それは分かってる。 そういう事じゃなくて……」
椿さんが、核融合炉から導線を引く。
そして、余剰熱を利用して、周囲に色々な施設を設計した。
なるほど、こういう手もあるのか。
勉強になる。
一通り内容を見て、それらにビオトープがある事も確認。
こういった赤道直下は、特に人権屋が彼方此方を焼き払い。稀少な動植物を嬉々として殺戮して回った場所だ。
多数のビオトープを設置して、ならしを行い。
早々に環境を復旧すべきだろうと、椿さんは言う。
なるほど、一利ある。
そうなると、今後軌道エレベーターを創る事を前提に、原子炉と、ビオトープ関連設備を作るのもありか。
そういう話をしながら、シミュレーションをしていく。
やがて、メッセージが来ていた。
私にではなく、椿さんにだ。
椿さんはいつもむくれているが、そのメッセージを見て更に険しい表情になっていた。
「どうしたんですか?」
「面倒なのが知り合いになった」
「ブロックしては」
「いや、私に対してではない」
なんでも、椿さんの所にいるロボットの同型をほしいと言ってきている奴がいるらしいのである。
別にいいのではないかと思うのだが。
ほしいというのは生体ロボット。
そして生体ロボットは、基本的にごく少数しか配備されていないのである。
そういえば。
椿さんの所にいる生体ロボットは、私と遺伝子データが近いとか言っていたか。生体パーツを創る細胞なんかが、ほとんど私と同じなのかも知れない。
「それを決めるのはAIですし、別に放っておけばいいのでは」
「私にAIを説得しろと言ってくる。 AIの側は好きにしろって丸投げしてくる」
「……どうして嫌なんですか?」
「知り合いが陵辱されてるみたいで気分が悪い」
まあ、そういう考えにもなるか。
なんでも生体ロボットがほしいと言っている奴は、セクサロイド目的で使うのが目に見えているらしく。
しかも本人も、その意思を隠してもいないらしい。
だけれども、だ。
それで気持ち悪いとか言っていたら、人権屋と同じだろう。
私は私である。
ロボットはロボットだ。
「私は別にどうでもいいですよ」
「……「創」がそういうのなら。 ただ、私は積極的に相手に協力はしない」
「それでいいのではないかと思います」
「分かった」
どう椿さんが返事するのかは分からない。
いずれにしても、私はそんなことははっきりいってどうでもいいので、放っておく事にする。
生体ロボットの用途は、そもそもセクサロイドが何割かだと聞いている。
だとすれば、そういう話があっても不思議では無いだろう。
「「創」は強いな」
「何処がですか」
「「創」が世界を焼き尽くしてどん詰まりにした人権屋を強く憎んでいる事は良く知っている。 連中と同じにならないように心がけていることも分かっている。 だが生理的嫌悪感を完璧にコントロール出来ている事は尊敬する。 私は其処までの域に行くまで何年かかるのだろう」
「そんなに大したものじゃありませんよ」
苦笑い。
椿さんは、罪悪感を覚えているようだが。
悲しむ事なんて、何にもないのだ。
自分と他人を違う存在として認識できなかった連中が。自分の思考は全て正しいと思い込んだときに。世界をすべて焼いた。
その間違いを繰り返さないように、常に自問自答する。
それだけだ。
私の中にある事は。
別にえらくもなんともない。
本来だったら、誰もができていて当然の事の筈。
その程度できなくして。
何が万物の霊長か。
まあ、万物の霊長とか言う寝言は、既に世界から消えたが。それだけは人類の成果だったのかも知れない。進歩だったのかも知れない。
幾つかのアドバイスを受けながら、軌道エレベーターの修正をしていく。
私がビオトープで色々提案したように。
椿さんも、色々と現実的な提案をしてくれる。
この辺りは、もとの頭の出来が私と違うと言うのもあるだろう。
専門外でも、ずばりと現実的な指摘をして来る。
それが心強い。
一通り作業をした後、ちょっと躊躇った後。
椿さんが、提案してきた。
「今度、ビオトープを視察に行く。 現実のものをだ」
「ふむ」
「「創」にも立ち会ってほしい」
「ああ、そういうことでしたら。 良いですよ」
椿さんと現実で会うのは楽しみではある。
確か何回かすれ違いはあったらしいが。現実で直接会話したのは多分なかったと思う。仮想空間で会いすぎていて、あまり覚えていないだけかも知れないが。
一度、仮想空間からログアウトする。
てきぱきと百合が、お冷やの準備をしてくれていた。
結構汗を掻いているな。
それに、ちょっと別の理由でわくわくしていた。
椿さんと現実で会うか。
人間と直接接するのが、リスクにしかならなくなって時代が結構経っている。
こうやって約束を取り付けて直接現場で会うのは。
何処か、不思議な好奇心を刺激されるし。
楽しいなとも感じていた。
2、空の果て
ビオトープ施設に出向く。熱帯雨林関係のものが複数創られていて、生物も既にかなりの数が放されていた。
以前よりも完成度が格段に上がっている。
これは、復興に弾みがつくかも知れない。
いずれにしても、各地での植林作業が期待できる。
このまま、是非研究を続けてほしいものである。
向こうから歩いて来る小柄な影。
誰かは、一発で分かった。
まあ、外で人と会うことは殆どない。
それに話をしていたし。
かなりガチガチに探検用か何かのしっかりした服を着込んでいる。
それで側にいるロボットが、多分私の遺伝子データを使っているとか言う生体ロボットだろう。
「椿さんですね」
「うん。 「創」だな」
「そうです。 外では初めましてでしたか?」
「ちょっと覚えていない」
互いに苦笑い。
容姿はお互い弄っていないらしい。仮想空間ではアバターを使う人も多いのだけれども。私達はそうしていなかった、というだけだ。
幼い容姿だが、言動はしっかりしているから、中身が幼くないことがよく分かる。
私も見た目より実年齢は十以上上だ。
それを考えると、お互い様なのだろう。
軽く話ながら、ビオトープの状態を見ていく。
流石に専門家。
色々と、まだ改善案がありそうな事を口にしていた。私は案は出すのは得意だが、此処までの専門家には、意見を求められたときくらいしか喋る事はしない。却って邪魔になるからだ。
「此方が熱帯雨林関係となります」
「うん。 指定通りの湿度管理をしてくれている?」
「はい。 湿度は霧を用いて潤沢にしています」
「それで問題は?」
AIときびきび会話する椿さん。
幼いかも知れないが、オツムの出来は昔で言うトップクラスの大学を、飛び級でクリアするレベルだ。
今は教育システムの変更もあって誰もがフルポテンシャルを出せる時代だから、それで活躍出来る。
昔はこういった飛び級の天才っていうのは。
周囲から好奇の目に晒され。
あらゆる方向から足を引っ張られ。
逆に天才天才と持ち上げられ。
結果としてスポイルされるのが常だったと聞いている。
今はそういう醜い人間関係が、社会もろとも消し飛んでいる。
だから、こういう天才が活躍出来る。
「「創」、意見聞かせて」
「なんですか?」
「このビオトープだけれど……」
現在、積極的に植物を生やした後、昆虫をどうにかして定着させようとしているらしいのだが。
なかなか上手く行かないそうだ。
昆虫類を増やした後、更に昆虫類を餌にする生物を増やして。生態系を安定させていくのだが。
それもどうも上手く行っている様子がない。
シミュレーション上では上手く行っていたのだが。
なお、植物の育成は充分だ。
やはり霧は大きな効果があったと見て良い。
「この昆虫は遺伝子データ的にも湿度に強いはずなのですが……」
「成虫にしてから此処でならしをしているの?」
「はい。 そうなります」
「ふむ……」
遺伝子データから幾らでも復元できる。
そんな言い方をするのは、命への冒涜だ。ビオトープはそういった失敗を防ぐためのセーフネットの一つ。
しばらく椿さんと考え込んだ後、案を出す。
「霧だけでは無く、雨を時々降らせるのは」
「やってはいます」
「いや、雨の頻度を増やすのはどうだろう。 植物は既に安定している。 それならば、むしろ自然な形になるように、雨を主体にするべきだ」
土壌は既に安定化した。
腐葉土の類もできている。
だったら、そこに来るべきは、熱帯雨林特有のスコールだ。
勿論即座にそれで成果が出るわけではないのだが、やってみる価値は大いにあると見て良いだろう。
提案すると、早速シミュレーションを走らせるAI。
問題は無さそうだから、試してみると言う事だった。
頷くと、次は半水没しているビオトープを見に行く。
魚は問題ないそうだが。
こういった場所に住み着く昆虫が、どうにも上手く繁殖できていないという。
良く進化の修羅場だの、苛烈な食物連鎖だのというが。
そういったものは、環境適応を如何に上手くするか、という話であって。
それも万年単位でやっていくものだ。
生物はそうやって、環境に適応して姿を変えてきた。一度の変化に何万年もかけて、である。
食物連鎖だの淘汰だのと人間が口にする場合は、殆どの場合は自分の蛮行を正当化するために用いていた。
つまり、その言葉は間違っていたのだ。
壊した環境を戻すには、それだけの激しい手間暇が掛かる。
過剰な力を持ち。
それでもこの世界でやっていこうというのなら。
その力を適切に振るわなければいけない。
それができないから、人間は世界を焼いた。それを思い出しながら。一つずつ丁寧にアドバイスしていく。
過去のバカどもと同じにならないために。
人間を捨てて、猿以下に墜ちた連中と同じにならないために。
「なるほど、分かりました。 今後もアドバイスをお願いいたします」
「私は基礎理論を組むのは得意だけれど、改善案を出すのは「創」のが上だと思う」
「そうですか?」
「そう。 私はそこがどうにも「創」に及ばない」
なるほど。そう言われると少し嬉しいか。ただ椿さんだって、アドバイスしてくれた時には色々的確だったと思う。
いずれにしても、感謝の言葉は口にして。
そして、一度ビオトープ施設を後にする。
昼食にして、それからまた施設に戻り。細かい調整をしていく。
既に何カ所かのビオトープは、実際に植林に生かされているらしい。上手く行くと判断した場合は、そのままユニット化して現地に持ち込んで、生物を定着させる事までやるそうだ。
徹底して無駄を出さない。
それは命も含む。
AIのやり方は、ある意味人間よりも遙かに人道的だと言えた。
夕方近くまで、二人で色々と意見を出しながら、施設の中を見て回る。
もう完全に安定しているビオトープについてはスルー。
洞窟などのビオトープがそれに該当する。
各地の洞窟などは、それで環境を復興しているらしい。
既に殆ど環境を完全に復興できている場所もあるそうだ。
そうなってくると、汚染物質の除去が急務。
結論はそうなるのだろう。
「やはりビオトープの改良は、現地に来なくても大丈夫そうですね」
「そうなると思う。 だけれども、やっぱり時々は責任を持って見に来たい」
「……必要な時は声を掛けてください」
「そうする」
一礼すると、その場を後にする。
椿さんの方の生体ロボットも、頭を下げると。一緒にホバーに乗って去って行った。
あっちは私より見かけが大人っぽいかも知れないから、下手すると親子のように見える。
或いはだけれども。
生体ロボットが擬似的な親となる関係も、今後は出てくるのかも知れない。
それはそれで、新しい時代の親子なのかも知れない。
少なくとも自他の区別が付いていないような親に人生を滅茶苦茶にされる子供は出てこないだろう。
新しい時代は。
案外に悪くないのかも知れなかった。
私も百合と一緒にホバーで戻る事にする。
百合は淡々と私の支援をしていたが。
その間、多分椿さん側のロボットと、色々やりとりはしていたのだろう。
帰路で聞いてみる。
そうすると、案の定だった。
「互いに色々と苦労が絶えないようです」
「椿さんは私よりずっとしっかりしていそうだけれども」
「意外とそうでもないという話でした。 特に身繕いには殆ど興味を示さないので……」
「ああ、そういう」
つれていたロボットのがむしろしゃれた格好をしているように見えたが。あれは教育の一環か。
ただ今後は、ドレスコードなどと言う代物はどこの場所でも必要なくなってくるだろう。
仮想空間での茶道ですら、そういうものはなくなってきている。
昔はドレスコードなどと言うものを用いて。サロンの共通言語や、最悪の場合は富をそれで誇示したりとかしていたのだが。
まあ今は、昔の話だ。
ただ流石に他人と直に会うときは、相応の格好をしてほしいとAIは考えているのだろうか。
まあ今後椿さんは、ビオトープの大家としてAIにも頼られるだろうし。
場合によっては後進の育成にも関わるだろう。
そう考えてみると。
AIの考えは。一理あるとも言えた。
雨が降り出していたが。
それがどっと降りだして、一気に豪雨になる。
ホバーが高度を落とした。
多分あまり良くない汚染物質を含んでいる雨なのだと思う。
速度をホバーが上げる。
ある一線を抜けると。
不意に雨が止んでいた。
不安定極まりないな。
そう思って、私は苦笑いする。それもまた、仕方が無い事なのだろうなとも思った。
今度は百合では無く、AIに話しかける。
幾つか家に着くまでにすませておきたい。
「それで、今回の現地視察は役に立った?」
「大いに。 いっそのこと、ビオトープ施設に常駐していてほしいほどです。 特に椿様には」
「そっか。 椿さんはビオトープ研究に文字通り骨を埋めるつもりだろうね」
「そうしていただけると助かります。 まだ当面はありませんが、もしも今後宇宙進出をする場合には、宇宙ステーションや……火星や金星などのコロニーに、植物などをどんどん移植する必要が生じてきます」
なるほどね。
それもまた、大事という訳だ。
私が今計画している軌道エレベーターにも、大いに関与していると言う事なのだろう。
今後は自然な環境で生きていける生物から。
低重力などの、地球には無い環境で生きていける生物が重要になってくる、という訳か。
それはまた、面白い話である。
自宅に着く。
ホバーが急ぎ気味で飛んでいった。
いずれにしても、あんなやばそうな雨がまだまだ降る環境なのだ。
もっと急いで、汚染を浄化していかないといけないだろう。
あの雨なんか、直に浴びていたら体がどんな風になってしまったか分からない。下手をすると、とけてしまったかも知れなかった。
「「創」様」
「うん?」
「いきなり仕事に戻るのはおやめください」
「んー……分かった。 分かったよ」
百合が、今日は一日頭をフルパワーで使っていたからだろうか。そんな風に釘を刺してくる。
まあ確かに、専門家である椿さんと一緒にビオトープを視察して、改善案を出していたのである。
さっさと休憩してもいいだろう。
シャワーを浴びてすっきりすると。
後は横になって過ごす事にする。
メッセージは幾らか来ている。軌道エレベーターの建設計画があるのかと、興味を持っている人もいるようだったが。
今後、汚染の除去が終わったらの話になると返信すると。
そうかと、残念そうにいうのだった。
分かっている。
勝手な期待と失望は受けるものだ。
だから、事前にしっかり話をしておくべきなのだと。
それに、着手が開始された汚染除去の都市計画だって、軌道に乗るまでは当面時間が掛かるだろう。
予定よりずっと時間が掛かる可能性だってある。
何より、世界中で汚染除去のためのダムが今後は建設されることになる。
汚染除去が終われば、それらは湖などへと変換されて。
各地で復興のために用いられるのだが。
それまでに、どれだけの時が掛かるのか、分かったものではない。
今も世界中が、汚染物質によって様々な害を受けているし。
植林などでの環境の復興も、足踏みが続いている地帯が多いのだ。
それらを考慮すると、軌道エレベーターが作れるのはいつになることか、見当もつかないほどである。
だけれども、決めている。
私はアンチエイジングして。
記憶も外部に保存し始めている。
何万年掛かろうが、それを見届ける。
だけれども、どこまで見届ければいいのだろう。
そんな事も、時々考えてしまう。
勿論、リタイアしたいといえば。すぐにでもリタイアはできるだろう。
しかし私の最初は、過去に地球を焼いた連中への反抗心だ。
それが許してはくれないだろう。
ふっと笑う。
何だか、おかしな話だ。
古い時代には、遺志を継ぐ人間に引き継ぐしかなかっただろう。その人間が、本当に意思を引き継いでくれるかは別問題として。
そして意思はどんどん歪んでいくのだ。
最終的には、もとの理念と真逆になる事も多かった。
意思は継がれる、か。
無責任な言葉だと思う。
だから、自分で最後まで面倒を見きれるようになった今は。最後までやり遂げる。
それだけの事だ。
ベッドでゴロゴロしているうちに、夕食ができる。
今日はグラタンか。
適当にいただくことにする。
黙々と食べていると。百合が聞いてくる。
「軌道エレベーターの研究をなさっているようですが。 その後はどうするのですか?」
「今の時点では決めていないよ。 ダムと都市計画、この二つだって世界中で完了していないからね」
「これ以上は手を拡げないのですね」
「どうしたの、安心したみたいに」
安心しているんですと、百合が厳しめに言う。
ああなるほど。
無理をしている様にみえている、というわけだ。苦笑いすると、できるだけ無理はしないよと返す。
考えて見れば、プロトタイプの百合は、あくまでプロトタイプ。
いずれパーツなどの寿命を迎える可能性が高い。
そうなってくると、生体パーツの影響を受けている百合はいなくなる。
私より先に命を落とす可能性が高い、と言う訳だ。
何とも言えない話だ。
夕食を食べた後は、もう寝る事にする。
明日からは、何度か茶会に出て。意見をくれそうな人を見繕うことにする。
その合間に、色々な創作もしていく予定だ。
新しい楽曲も、どんどん創りたい。
いずれもが、私の人生を彩ってくれている。
それは間違いの無い事なのだから。
軌道エレベーターの候補地を決めて。更に本格的に細かい調整をしていく。
それにしても、酷い状態だと思った。
赤道上のある島なのだが。
彼方此方が抉られるかのようにして削られてしまっている。
人権屋が住民ごと焼き払ったのだ。
逃げ惑う人々に爆撃を浴びせて、吹き飛ぶ様子をゲラゲラ笑いながら見て。そして不公正は死んだとか抜かしている映像が残っている。
それどころか、島にいる固有種も。
島にあった森も。
全て吹き飛ばして。
そして吹っ飛ぶ様子を見て、ゲラゲラ笑っていた。
気色が悪いから、全部焼き払った。
そういう理屈であるらしい。
なんだか変なレッテルを貼っているが。
レッテルを貼ることで、相手を殺しても良い存在だとしていい文化がこの手の人権屋の中には存在していたらしく。
どれだけ醜悪な心の持ち主だったのかと、呆れてしまう。
この島の場合は。
まずは環境どころか、地形の復興からだなと思う。
島は滅茶苦茶になっていて、生物も存在しないから。まずはもとの地形をある程度復興して。
それから原子炉を据え付けて。
それで各種施設を原子炉周辺に建設し。
最終的に軌道エレベーターの建設に移る。
今までに行ったシミュレーションを生かして、様々なパターンでの建設を試して行くのだが。
やはり一筋縄ではいかない。
また、軌道エレベーターは四基程度は作りたいと言う話をAIにされた。
まあ、遠い未来の話になるが。
宇宙に行くのに、わざわざロケットなんか打ち上げるより。
その方が遙かに効率的だし。
何よりも、猛毒のロケット燃料をぶちまけなくてもいい。
リソースについても、拡大を考えるのなら。それは宇宙に進出してから、になってくるだろうし。
いずれ人類は。これに着手しなければならないのだ。
大まかな設計を終えた所で、一度仮想空間をログアウトする。
ちょっと汗が酷い。
かなり負担を体に掛けていたか。
速攻でシャワーを浴びに行く。
汗を流して、パジャマだけ着てしばらくベッドで横になってゴロゴロする。
無言でぼんやりと考える。
百合が心配していたのは。
この更に先の事だろうか。
軌道エレベーターの建造着手は、早くても何千年も後だ。下手しなくても、何万年も後になる可能性だって高い。
その時私は、更に先の事を考えている可能性があるし。
そうなると、更に先。
更に先と思考を進めていても不思議ではない。
私はずっと無理をし続ける。
それが、百合には我慢できないのかも知れない。
お冷やを百合が持って来たので、有り難くいただく。
シャワーで体を冷やしたけれども、それでもまだ頭がガンガン痛む。
冷やを呷ったあと、ふうと嘆息。
まずは目先の問題から片付けて行きたい。
だけれども、どうもそうもいかなくなったようだ。
半身を起こして、続き行くかと思ったときに。AIに言われる。
「「創」様」
「ん、なんか問題?」
「はい。 現在七つのダムを同時に建設しているのですが、そのうちの一つでアドバイスをいただきたく」
頷くと、仮想空間で状況を見せてもらう。
汚染除去用ダムが極めて有用だと判断したAIは、リソースを振り分けて建設を開始しているのだが。
その中の一つが。
地盤に問題があって、将来的に水の漏出を招きかねないと言う。
なるほど、これは問題だ。
すぐに対策を考えないと、却って汚染を拡げてしまう可能性もある。
そもそも水はけが悪く、地形的に色々と問題があった場所のようだ。
ダムをもっと下流に創る手もあるのだが。
その場合は、一度計画を停止して、色々な処置が必要になる。既に動き始めた計画というのは、簡単に方向修正はできない。
勿論AIは人間より柔軟にそれをやってみせるが。
それでも、やるには相応の根拠が必要になってくる。たくさんのリソースが動いているのだ。
それ相応の理由が、軌道修正には必要となってくるのである。
しばし考え込んでいた私は。
やがて、意見を周囲に求める。
今の時点では、まだ問題は起きていない。
だがダムの建設が進むと、いずれ問題が出てくる。
他のダムだって、今の時点では問題は発覚していないが。いずれ問題が生じる可能性はあるし。
何よりこういった問題を解決すれば、マニュアルとして対策を残せる可能性も低くはないのだ。
椿さんは今全力でサバンナのビオトープ構築をやっているようで、此方を手伝う余力はないようだ。
幾つかの案が寄せられる。
その中に、興味深いものがあった。
さっそく、シミュレーションで試してみる。
かなり乱暴な方法だが。
元々生物がいない程に汚染されている地域である。大胆な計画の変更は、今のうちならありだ。
試してみた結果、意外と上手く行く。
これは、ありだろう。
地盤が砕けている地帯を、先に掘り進めて、更に下の地盤を利用する。
結果ダムの貯水量は上がる。
ダムはもっと大規模になるが、一から全て作り直すよりはずっとマシ。
そう数日かけて、判断する。
何度かシミュレーションをした結果、AIにその答えを伝えると。
AIは、なるほどと応じていた。
「確かに案としては素晴らしい。 早速対応します」
「すぐに受けてくれて嬉しいよ」
「このまま行くと計画が破綻して、多くのリソースと資材が無駄になる所でした。 この計画変更は、建設的なものです」
「そうだったね……」
ちょっとだけ、こういうものいいは苦手かもしれない。
ただそれでも。
汚染除去に向けて、建設的にものごとが進むのだ。
それで可としなければならなかった。
3、確実に進む時
軌道エレベーターの細部を詰めて。それで仮想空間からログアウトする。
AIは私を特別扱いはしない。
だから、仮想空間に割り当てられている私用のスペースは、他の人のものと同じである。
シミュレーションをできる数や速度にも限界があるし。
それは甘受しなければならない。
特権を求めたら、過去の愚物共と同じになる。
だから私はこれでいいと思っていた。
半身をベッドの上で起こす。
十代後半の肉体年齢で固定したから、疲れはするけれども、すぐに疲れもとれる。ただ汗は、前よりも掻くようになっているように思えていた。
ベッドから起きだすと。
もう私と肉体年齢が変わらないように見える百合が、淡々とシーツを剥がす。
百合は小言が前よりも更に多くなってきているが。
それについての文句は無い。
それに、仮想空間をたびたびAIがアップデートしているらしく。
負担も少しずつ小さくなっているのが分かる。
技術の進歩が日進月歩だった時代ほどではないが。
AIは自己進歩を繰り返して。
技術も少しずつ向上している。
シャワーを浴びながら、思う。
最初の私が設計したダムが竣工してから三年。
同様の汚染除去用ダムが世界中に創られ、その数は合計八。既に稼働しているものは、有用極まりないと評価を受けており。
更に二十のダムが、各地で建設されている。
そして私が青図を引いた汚染除去都市の計画も進んでいて。昨日、それの視察に出向いた所だった。
順調に計画は進んでいて。
私としては、口を出す所がない。
都市計画の細部も、この三年で徹底的に調整をして。
来ている意見などを積極的に取り入れて。
改良点はどんどん改良し、提案してきた。
AIとは喧々諤々とやりあった事が何度かあるが。殆どの場合は、すっと受け入れてくれる。
それで、上手く行く。
なんだかんだで私は、AIと上手くやれている。
シャワーを浴びて戻ってくると、シーツが変わっていたので、ベッドでまた横になって考え込む。
実年齢と肉体年齢が、倍も離れてきた今。
そろそろ、色々と不都合が出てくるかも知れない。
いずれにしても、まだまだやるべき事は多い。
もう私が直に茶会に足を運ばなくても良いくらい、意見をくれる人は増えてきているのだけれども。
茶道マスターは、顔を出すようにくどくど言うし。
私も時々、茶会に顔を出すようにしていた。
今では、毎日のように色々な意見が来るようになっている。
それで多少は、負担も減っているかも知れない。
充分に休んだと判断したので。
気分転換に、外に出ることにする。
百合が傘を用意している。
これはもう、仕方がない。
四季がほぼ意味を為さなくなっている。これは、汚染除去の加速が進んでいる今でも同じだ。
真夏に雪が降る事もあるし。
真冬に夏日が来ることだってある。
雪が降っていたと思ったらぴたりと止まることもあるし。
汚染物質をマシマシに含んだ雨が降り注いで、数日はそれが続く事だってある。
前よりも丁寧に天気予報を調べるようになって。
その惨状が、分かるようになってきていた。
前はいきなり雨が降るなあとか、そんな程度にしか思っていなかったが。
この世界の状況に面と向かってつきあうようになってから。
その凄惨さが、より良く肌で分かるようになってきている。
外に出ると、軽く走る。
二十代の肉体年齢だった時よりも、ぐっと体を動かせるようになっている。十代だった頃はあった筈なのだが。
その頃の感覚は、アンチエイジングをした時にはすっかり忘れ去っていた。
周囲を走り回る。
百合も着いてくるが、多分遺伝子の才覚の問題なのだろう。
多分細胞は肉体の全盛期の筈だけれども。
私よりもだいぶ足が遅いと思った。
まあ、それは別に良い。
平らかなる土地を、無心に走り回る。
運動なんて、別に好きでもなんでもない。
特に人権屋の中には、「体育会系」とかいう運動を神聖視する連中がかなりの数いたらしくて。
そういう意味でも、運動を神聖視するのはバカがやる事だと思っている。
ただ、気分転換に走る。
それだけだ。
しばらく走り回ったら、百合が着いてくるのを待つ。
百合がかなり呼吸を乱している。
持久力でも私が上か。
もう、肉体年齢は並んでいるのに。
「大丈夫、百合」
「どうにか。 ただ少し休憩が必要です」
「じゃ、離れない限りそこにいて。 百合が見えるように、その辺りを走り回るよ」
「理解出来ない行動です」
呆れている百合を横目に、また走る。
飛び出す速度が、二十代の時よりも確実に上がっている。
どんと、風を切って飛び出す。
だけれども、この風も汚染物質だらけ。
日によっては、帰ったらすぐにシャワーを浴びるように急かされる。
十代の体になってから、私はまたシャツとホットパンツを愛用することになってきていて。それもまた顕著な理由なのだろう。
しばらく無心に走り回って。
やがて百合の所に戻る。
百合が警告してくる。
「そろそろ雨です」
「そっか。 すごい空の色だね……」
「汚染物質の濃度がそれだけ高いという事です。 今上空に数機の戦略級ロボットが展開して、雨を降らせる準備に入っています」
「分かった。 邪魔はできないね」
雨をコントロールして、私が設計したダムや。
或いは汚染物質を除去するために、先に準備しておいて。色々処理をする。
この間調べたのだけれども。
私が創ったダムと、建設途上の汚染除去都市はかなり頑張っていて。汚染物質を相当量除去するのに成功しているらしい。
だが、世界中に充ち満ちている汚染物質の量から見れば、まだまだ微々たる量で。1パーセントも除去できていない。
勿論汚染除去都市が完成すれば、更に除去効率は加速するが。
それでも全然足りない。
ダムと連動した汚染除去都市が、五十くらいあって。
それで目に見えて世界の状態が良くなる。
そういう話を既にされているから、焦る気はない。
それに少し前に聞かされたのだが、現在長期戦略として、汚染物質の濃淡を明らかに作り出すようにしているという。
これは汚染除去用のダムなどに汚染を誘導するための戦略らしく。
特に生物が存在しないほど汚染が酷い地域をピンポイントに活用して、汚染物質の偏差を設けているらしい。
その結果が、ああいう空なのだろう。
上手く汚染物質の誘導ができるようになるまで結構時間が掛かると言う。
それまでは、ああいう事例が何度も起きると言う事で。
それは覚悟の上、ということもある。
植林地の電磁バリアが耐えられるかちょっと不安になったが。
汚染物質の濃度が酷い場合は電磁バリアの出力を上げるそうだ。
電力は基本核融合で創られて、各地に届けられている。
それを考えると、まあ気にしなくても大丈夫なのだろう。
家に戻ると、雨が降り出したようだ。
外の状態を確認するが、文字通り滝のような雨である。百合が警告してくる訳だ。傘程度では、大けがをしていたかも知れない。
ただの雨では無くて。
汚染物質特盛りの雨なのだから。
無言でシャワーを浴びに入る。百合も一緒に入るかと冗談で聞いてみたが、断られた。
百合はどんどん人間らしい振る舞いが増えてきていて。最近は身繕いをするようになってきている。
そんなに素は可愛い子ではないのだけれども。
化粧をすると、びっくりするほど綺麗になる。
いわゆる化粧映えする顔、ということだ。
基本的に化粧というのは、自分のためにするものだ。これについては、過去にも誤解があったらしいが。
別に異性にアピールするのが化粧の目的ではない。
百合は多分だけれども、私をとめるのを自己目的としていて。
そのために、自分を引き締めるために化粧をしているのだと思う。
私としては、ちょっとその覚悟の強さを感心すると同時に。たまにちょっと口うるさすぎるなとも思うが。
風呂から上がると、仮想空間にまた潜る。
ちゃんとアラームをつけているから大丈夫だ。
丁寧にシミュレーションを回していると、メッセージが飛んでくる。茶道マスターからだった。
内容は、顔を出すようにといういつものものだが。
どうやら、顔を出す面子に、是非私と会いたいという人物がいるらしい。
なんでも軌道エレベーターに興味を持っているそうで。
昔からシミュレーションで色々と創っていたらしいのだが。
ダムや都市計画を実現に移した実績を見て、是非とも会いたくなった、という事らしかった。
それで茶道マスターを見つけて、連絡を取ってきたらしい。
まあ、茶会を一緒にやって。
それで意見を聞くくらいならいいだろう。
今の時代は、仮想空間で変な事をしたら、即座にブロックしておしまいである。
危険はあまりない。
作業を進めながら、頭の片隅には入れておく。
どうせ百合がスケジュールは決めてくれるので。
口うるさいが、あの子はもうメイドと言うより執事か秘書だ。
私も、その観点では、完全に信頼をしていた。
「とりあえず今日はここまでかな」
「意見がほしい案件が二つあります。 明日以降、調整して貰えますか」
「うん、分かった」
AIに言われたので、答えておく。
私に聞いてくると言う事は、多分ダムか都市計画か。
仮想空間からログアウトして、メッセージを確認。
椿さんからだった。
椿さんの遺伝子データから、子供が作られたらしい。まあ、今は珍しい事でもなんでもない。
親子の年齢が数才しか離れていないようなケースもあるのだ。
ただ、なんでこんな事をメッセージで送ってきたのか。
内容を確認しておく。
なんでも、仮想空間であった人間が、妙に自分に似ていることに気付いたのだという。
そいつ自身は、考え方も椿さんとは真逆で、地球なんか好き放題汚染すれば良いというようないい加減で破滅的な思考の持ち主であったようだが。
ただどこか似ていて。それでAIに確認したら、そうだと分かったらしい。
それが口惜しいと椿さんはいうのだ。
私は、メッセージを返しておく。
親と子供は似ないと。
優生学とか言う馬鹿みたいな学問を信奉していた時代もあるらしいが。
そんなものは大嘘だ。
血統による統治を行う王朝で、三代以上名君が続くケースは例外中の例外。つまり遺伝子なんてのは、そんな程度のいい加減なものだという事である。
ましてや、家庭レベルでも親と子は性格が真逆になる事が極めて多い。
ついでに統計でのデータもつけて渡しておく。
多分だけれども。
椿さんは、頭ではそんな事は分かっている。
椿さんは、信頼している私に、そう言ってほしいだけだと思う。
なんというか、まだ椿さんは感情でものを判断する悪癖が抜けていない。それに苦しんでいる。
だから私が、背中を押す。
それだけの話である。
「すまない。 こんなくだらない事で、迷惑を掛ける」
「いいんですよ」
「私の遺伝子データが入っていても、それが良いことにつながるとは限らないし、その逆もまた然り。 分かっている筈なのにな」
私だってそれは同じだ。
私は色々な実績を上げているが、それはただ今の時代だからできているだけ。
人権屋共の時代に生まれていたら、幼い頃に多分実の親に焚き火に放り込まれて殺されていただろうし。
その前に生まれていたら、跳ねっ返りとして孤立していただろう。
時代が違えば評価だってがらりと変わる。
椿さんだって、周りが猿にしか見えなくて、きっと孤立したと思う。
それについては、悪い事でも何でもないと思うのだ。
嘆息すると、私はやりとりを切り上げた。
さて、宇宙開発について今は頭のリソースを一番たくさんつかっておきたい。
それが、今やるべきだと決めている事だから。
明日は、AIが意見を求めているものからまず片付けて。
その後は茶会に出て。
それで。
夕食ができたと呼ばれる。
頭を無駄に使いすぎるなと、百合が怒っているのだろう。分かっている。百合は私の事が嫌いではない。
それもまた分かっている。
だから、その言葉には素直に従う事にする。
ただ、百合には分かってほしいのだ。
私は、人類に未来を創りたい。
過去の愚行に反抗したい。
その思考は何よりも大事で。
今後も変わらないのだと。
時はどんどん過ぎる。
肉体年齢を十代後半に固定して、それでもやっぱり時は過ぎる。過ぎる時間は早く感じる。
毎日を、熱が出る限界まで頭を使って過ごしているから、だろうか。
もっと他の人間はダラダラ過ごしていると聞いて、それで何とも思わないのかと不思議に思う。
或いは何かしらの病気なのかも知れないが。
ただ、それでも。
自分の持つリソースは使い切って、それで生きたい。
勿論労働で体を使い潰すようなことがあったらそれはそれで良くないから、百合の言う事もきちんと聞かなければならないが。
今日はダムの視察に、数日がかりで出向く。
大型のホバーが来ていた。
私は見かけがまったく変わらないが、一緒に乗り込む百合はすっかり雰囲気が大人になっている。
年齢の固定をしてはどうか。
そう提案した事もあるのだが。
百合はプロトタイプで、今後細胞の劣化がどう進むのかなどの調査をしなければならない。
いずれにしても、一度肉体が人間として滅びるまでは、このまま年を取らせるそうである。
データを取るためだ。
もしも望むのであれば、その後生体細胞を再建して、また私の側にて働くようにしてくれるそうだが。
いずれにしても、何十年も先の話になる。
大型のホバーで、移動開始。
これは元々軍用機だったものを改造したらしく、内部に小型の生活設備まで整っている。
これでちょっと遠くの島に出る。
元は日本の領域では無かった島だ。
其処で創っているダムが、あまり上手く行っていない。勿論AI基準での話。現地での立ち会いをしてほしい。
そういう依頼が来ているので、現地に向かう。
なお椿さんは、今植林を進めている熱帯雨林に貼りつきで顧問として動いている。
一緒に来てくれれば頼もしかったのだが。
そうもいかないだろう。
しばらく、無心に過ごす。
すっかり見かけの年齢が逆転した椿が、てきぱきと食事を作っている。私は、邪魔にならないようにするだけ。
風呂もシャワーもあるから困る事もない。
いつものように、移動中は仮想空間に潜って仕事をしようかとも思ったが。
考えが変わったのは、外を見たからだ。
もの凄い色の雲だ。
少しずつ確実に、汚染の偏差を続けているのだが。
だからこそ、こういう雲ができる。
ロボットが。
まあ飛行機だが。
何か物質を散布している。
恐らくだが、汚染中和のためのものだろう。雨が降る前に、できるだけの処置をしておくというわけだ。
それも計算して、複数種類の物質を撒いているのだろう。
それでもこんな雲ができて、それが汚染物質を雨として降らせる。私は、見ておきたかった。
「百合、見て」
「見ています」
「そういえばカメラとかの映像も使えるんだったね」
「はい。 危険な雲です。 世界中で、たくさん発生しては、その度に汚染をまたまき散らして行きます」
これらを少しでも減らすためのダムだ。
現地に向かう途中で見たこの雲は、大型のホバーが時速950qも出しているにもかかわらず、二時間も見え続けていた。
それから数時間すると、今度は台風が見えた。
台風の上を飛んでいくので影響は無いが、凄まじい光景だ。台風の目もしっかり見えて、ある意味驚愕させられた。
これでも、そんなに大きな台風ではないそうだ。
自然の凄まじさには圧倒される。
そして。
こんな圧倒的な営みを無茶苦茶にした阿呆どもに、改めて怒りを感じる。
万年単位で地球の環境は滅茶苦茶なままだ。
こんな中、必死に生きている生物は、全て保護されているが。
保護されないと生存できないという状況でもある。
無心で、台風を見つめる。
やがて、それも離れていった。
島に到達する。
大型のホバーが降り立つと、今度は小型のホバーが来る。大型はメンテナンスなどをしているようだ。
あの規模の大型ロボットだと、色々飛ばすのも大変なのだろう。
小型に乗り換えて、しばらく行く。
ここも、同じか。
実家がある場所と全く同じ。
たまに植林されている場所があって、日本とは違う植物が生えているが、それも素人目には殆ど違いも分からない。
無心に、平らかなる地を行く。
ホバーが自動で運転してくれるから、何もする事がない。たまに百合と話すけれども。すぐに話題も尽きた。
やがて川が見えてくるが。
それも酷い色だ。
というよりも、島そのものが地盤からやられてしまっている。この島を直すのが先なのだろう。
現地に到着。
現場に足を踏み入れる前に、気密服を着る。
まあそれも当然だろう。
現地は事前に仮想空間で状況を見ているが、とても人間が生身で入れるような場所ではない。
百合も気密服を着るが。
私のといつの間にかもうサイズが同じだ。
気密服は昔のに比べてだいぶ動きやすくはなっているが。それでも体に比べてだいぶ大きい。
百合は生体細胞を使っているから着込む必要がある。
そうでないと、細胞を総入れ替えしなければならなくなるのかも知れなかった。
「……」
まるで原色のオンパレードだ。
此処は人権屋どもが爆撃で破壊した跡に、念入りに毒物をまき散らして行った。
その結果、今でもこの汚染が拡がっていて、排除もできていない。
海にも拡がって汚染を拡大して、周辺の海域を滅茶苦茶にしていた。それをどうにかして、此処で食い止めるのだ。
今の時点では何カ所かに汚染処理場を創って、それでどうにか対応していたのだが。
ダムを創る事で、それを何とかするべく調整を続けている。
現場に足を踏み入れる。
小型のホバーロボットが足場になってくれるので、それを使って移動。原色のおぞましい色の池を、囲うようにダムが創られていて。
これは多分だけれども、そのまま素肌なんか晒していたら、三十分で焼けただれるだろうと思わされるほどだ。
「なるほど。 地面深く掘る方法も難しいと」
「何しろ島全体が地盤をやられてしまっています。 今、島そのものを一度覆うか、判断中です」
「島全域を覆ってしまうと、リソースが超がつくほど拡大すると思う。 その考えはまずいね」
「それも分かっています。 故に「創」様に来ていただきました」
うん。
そうやって頼りにしてくれるのは嬉しい。
地面スレスレを見て回るが、これは深く深く汚染物質がしみこんでしまっていると見て良いだろう。
周囲で対処方法をやっているようだが、この辺りは降水量だって多い。
海に流出する劇物は、どうしようもないのだ。
本当ににやつきながら世界を無茶苦茶にしやがった連中は、許せない。
反抗の心を燃やしながら、無言で考える。
百合は眉をひそめていた。
此処は単純に危ないと思っているのかも知れなかった。
「もう一度、周辺の地形を表示してくれる?」
「分かりました」
ロボットが立体映像を出す。
地下深くまで表示されているが。
一体どんなバカがと言いたくなるくらい、念入りに汚染されている。
人権屋が狂っていたのは周知の事実だが。それにしてもあまりにも酷すぎると言えるだろう。
何度かここはシミュレーションで調整してきたのだが。
前に提案した、より深く掘ることでダムの調整を行うやり方が此処では通用しない。
島の状況が悪すぎる事もあって、調査すればするほど悪い状況が更新されていくのである。
元々この島は、丘に近いレベルのちいさな山があって。
それ以外は平らな島で。それほど高低差はなかった。
だから変わった生物が島全域に広く分布していて、面白い生態系を構築していたのだけれども。
これでは。
燃やしたりしても、何の解決にもならない。
「他で開いたリソースは」
「現在世界中でダム工事を行い、それによってリソースが変動しています。 優先度を調整すれば、多少のリソースは確保できますが」
「まず第一に、汚染をこれ以上地下に行かせないようにしないとまずいだろうね」
「幾つか方法はありますが……」
その通り。方法はある。
例えば毛細管現象だ。
乾いた土が水を吸い上げるあれである。
汚染物質も同じようにして、更に地下にしみこむことを防ぐ事は可能だ。だがそれには、別の土が必要になる。
それにダムが作れなくなる。
だが、私は考える。
「毛細管現象を利用しよう。 此処は地下ダムにする」
「地下ダムですか」
「そう。 具体的にはこう」
いつだったか。
椿さんと、かなり難しいビオトープを作った時に、四苦八苦しながら開発したものである。
簡単に言うと、地下水を、どんどん乾燥した土を被せる事によって水位を上げていくのである。
コレによって、地下水の位置をコントロールして。
なおかつ地下水に含まれている有害物質を地面近くに吸い上げることが可能となるのである。
問題は膨大な土を使用する事だが。
それ自体は、乾燥させてしまえばいい。
土が用意できないなら、何かしらの代替の物質を使う手もある。
スポンジなども考えられるが。
流石に其処までの量を簡単に用意は出来ないだろう。
汚染されている土を乾燥させて。そのまま利用する手もある。
それらを説明していくと。
なるほどと、AIは考えていた。
即座にシミュレーションを試してほしいと言われるので。拠点となる家を見繕う。その代わり、だ。
私も、一つ案を出す。
「軌道エレベーターに関する、具体的な案をいずれ飲んでほしい」
「分かりました。 ただやはりどれほど頑張っても、そこにリソースをつぎ込めるのは万年単位で先になりますが」
「アンチエイジングと記憶の外部移植ができる今、私が気合いで耐えるだけだよ」
「……分かりました。 どうあってもというのなら、止めはしません。 ただそれは、恐らく古い言葉で言ういばらの道になるかと思われますが」
別にかまわない。
自分の感性に沿って相手を痛めつけて悦に入るような連中と同じにならないために必要な事だ。
私だって無理をすることになる事くらいは理解出来ているが。
それがなんだというのか。
どうということもない。
近くに、ユニット化した家屋がある。中に人は住んでいない。
其処を拠点にして、仮想空間に潜る。
早速さっきの提案を試してみる。
やはり毛細管現象の利用が一番いいと判断できる。一度汚染を浄化した土を使っていてはもったいない。
まだ汚染が残っている土を、そのまま乾かして使ってしまうのが丁度良い。
幸いと言うべきか。
この島から流出した土砂を、周囲に展開しているロボット……海軍から接収した軍艦にAIを搭載したものや、それを連結したもののようだが。
これらが回収し続けて、近くの浜辺に積載している。
この汚染土砂は使い路がなくて困り果てていた。
これを使ってしまえばいいだろう。
乾燥させて、そしてすぐに用いる。
案の定効果はてきめん。
汚染物質ごと水を吸い上げる。
そして汚染物質まみれになった土を、汚染浄化すれば。一石二鳥と言う訳だ。ただこの作業は、二三十年は掛かる。
しかし、目処がつけば、それで良いのである。
二十万回ほどシミュレーションをやってみて、大丈夫とその日のうちに結論。こう言う作業も、かなり慣れてきている。
もう数限りないほどこなしてきたからだ。
シミュレーションの結果を提出すると、私は仮想空間をログアウト。AIの側は数日かけて審議した後、実行するかを決めるようだ。
元々いつ人が入っても使えるようにしてある家屋だ。
もう百合が夕食を作り終えていた。
私も慣れたもので、もうこの程度の作業だったら、汗まみれになることもなくなっていた。
「「創」様。 夕食、できています」
「うぃ」
では、しばらく此処に滞在して、今の提案が実施されるか見ていくとするか。
軌道エレベーターの建設は、恐らくきちんと行われる。
それさえ見届ける事が出来れば、何の悔いもない。
それに、AIは嘘をつかない。
私の意見が有用だと判断すれば飲む。
だから、安心して、それを待てば良いのだった。
4、未来を開くものを見て
天才か。
虚しい言葉だ。
椿はそういうスペックを持っている事を知っている。今も、天才と呼ばれる頭脳は保持したままだ。
だが、どうしてか。
劣等感が、いつからか芽生えるようになっていた。
「創」の存在が故だ。
スペックで負けているつもりはない。
自分だって、同じように未来を切り開くべく最大限の努力をしている。
むしろ仮想空間での作業量は、椿の方が上だ。
それなのに、どうしてだろう。
「創」のやっている、まるで空を駆けるような未来への展望は、どうしてもいつも圧倒させられるし。
見ていて立ちすくんでしまう。
勿論、「創」に対する信頼もあるし。
最大の友だとも思っている。
だけれども、この幼いまま固定した体で。もうどれだけ経ったか。
十年か、もっとか。
実年齢はとっくに二十半ばを越えた。
大人になるのを拒否して、子供のままでいるのを選んだ。
それは自分で決めたから、どうとも思わない。
何より椿のスペックは、この体で一番「天才」であり続けられる事も、既に分かっている。
「二十歳過ぎればただの人」という奴だ。
結局の所、ただの人になる事から、椿は逃げたのかも知れないし。
それでありながら、「創」に嫉妬している有様だ。
醜い。
自分の事を、ずっと椿は低く評価していた。自分の事が分かるだけに、その怒りはやがて自分に向き始めていた。
何度も、幼い手首に刃物を突き立てた事がある。
最近は、その頻度が増えていた。
その度に治療を受けて、傷は残らずに消えた。
だけれども、哀しみと怒りとともに手首に叩き込んだ刃物の痛みは。
熱いと同時に。痛いと同時に。
自分の愚かさを再確認させてくれて。
それで、どれだけ苦しみをもたらしても。
己がどれだけ卑小で無能かを、思い知らせてくれるのだった。
また、刃物を突き立てて。
気がついたら、治療を受けて。
リネンを着せられて、ベッドで目を覚ました。
側では、「創」の所の百合と違って、年齢が固定化されている生体ロボットが、起きるのを待っていた。
此奴は名前を与えていない。
強いていうなら百合の同型機だから百合Uとかそういうナンバーが振られるのだろうが。
そんな風に呼ぶ気にはなれなかった。
「どれだけ寝ていた?」
「再生治療に時間が掛かりました。 今回は手首が切り離される寸前まで行っていましたので……」
「そのまま死んでいれば良かった」
「何も自殺を選ぼうとしなくても。 安楽死をするつもりもないという話ですのに」
心配そうにする、「創」に何処か似ているロボット。
それがまた苛つく。
だが、苛つくから迫害していたら、過去の。そう、大人になるのを拒否する切っ掛けになるほどの、愚行をした連中と同じ。
怒りは自分に向けるべきで。
他人にもものにも向けるべきではない。
仕事に逃げている間は、何も考えなくていい。
だが、殆どのビオトープは、「創」と一緒に頑張って創りすぎた。
今では、たまに起きるトラブルに対応するくらい。
汚染さえ除去されれば、いつでも環境を戻せる準備が整いつつあるのだ。
その汚染も、局所的にはどんどん消えている。
「創」の考案したダムと、汚染除去都市のおかげ。
ビオトープは、いずれ時間を掛ければAIが完成させていただろう。
だがこれらのものは、「創」にしかやれなかったのだ。
手を見る。
幼いままの手。
此処までして、無理に天才を維持して。
なおも及ばない。
凡才だと言っている「創」だし、実際スペックはその通りなのだが。どうしても及ばないのは何故だ。
もう、仮想空間で必死にやる仕事もない。
「創」にたまにヘルプで呼ばれる以外は、各地のビオトープ施設を視察にいき、アドバイスをするくらい。
それだって、本当はもう椿でなくてもいいだろう。
AIは椿のストレスを見越して、それでそうさせているに違いなかった。
涙もろくなったと、「創」は言っていたっけ。
椿もだ。
何度も目を擦る。
ロボットが、リラクゼーションプログラムを組むと言って、即座にその場を離れた。
最近は刃物を遠ざけられてもいる。
壁に頭でも叩きつけて死んでやろうか。
そう思うことも何度もあった。
だが、溜息が出る。
やっても、多分無駄だ。
その無力感が、更に椿の精神を疲弊させていく。
「創」は、自分がやった事に責任を持つと言っていた。
アンチエイジングと記憶の外部保持を駆使して、何万年でも生きるつもりだと。
椿は、二十代でもうこれだ。
どれだけ情けないのだと、本当に胸が苦しくなる。
不意に、AIに声を掛けられる。
「椿様」
「何か」
「提案があります」
言って見ろと応じると。
AIは遠慮なく言うのだった。
「肉体年齢を加算してはどうでしょう」
「……」
「ものは試しです。 もしもの場合は、時間は掛かりますが、アンチエイジングの手法で肉体を若返らせる事も可能です。 ただし数年は掛かりますが」
「……考えておく」
ぼんやりと、手を見る。
あれほど忌み嫌っていた大人。
自分の先祖の醜態を思い出すし。そっくりになるから絶対に嫌だと思っていた大人の体。
天才も捨てる事になる。
だが、もしもそれでこの閉塞を打破できるのだとしたら。
ありなのかも、知れなかった。
(続)
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