想像の翼を拡げて
序、余裕が生まれて
人生が、少しだけ楽になったかも知れない。
今まで私は、何もできていない事に対する罪悪感を覚えていた。
ダムの設計を創ったあとだって、無力感をずっと感じていた。
今も、時々ダムを見に行く。
ダムができるまで三年と言われた。
まだ、ダムを作り始めてから一年ちょっと。
もう、ダムの機能はほぼ完成している。後は細部を調整していくのと、周辺の汚染処理工場の完成。
更には、汚染処理の後の、緑化計画の作成。
それらが既に、順番に動き始めている。
このダムの計画が上手く行ったら、世界の各地で同様の計画が行われ。それによって、効率よく汚染が除去されていく事になる。
私はやることはやれている。
一年かけて、少しずつそれを実感して。
少しずつ、心は楽になってきた。
人生が同時に少しだけ楽になった。
もっとも、やはり根底では。私の無力感は消えていない。
百合は少し大人っぽくなったか。
生体細胞を用いて創られたロボットだから、ある程度成長させる意味があると思ったのかも知れない。
実験の可能性もある。
本来だととっくに反抗期に足を突っ込み。
色々と悪い言葉とかも覚えて。
ましてやこんな労働は投げ出すような状態だろうが。
百合は私に対して、小言以上の事をどうこうと言うようなことはない。ましてや反抗もしない。私とは偉い違いだ。
私が、百合を信頼しているからだろうか。
まあ、その真相は分からないが。
ベッドの上で伸びをする。
忙しくは、ならない。
仮想空間で活動できる時間は限られているし。何よりもどれだけ頑張っても、やはり個人では限界があるからだ。
情報を集めて整理して。世界の再生計画のために動く。
それには、私一人では無理だ。
今日はビオトープの様子を見に行く。
私と椿さんで詰めて設計したものだ。ここで、ならしを行う。
外に出ると、少しまた体が軽くなっている。結局肉体年齢は18で固定した。その結果、体は軽くなった。
これはなんというか、恐らくだが衰えが消えたのだと思う。
人間は15くらいで本来は繁殖する生物だ。
25となると、子供が結構育っている年齢なのである。本来は。
それを考えると、18での肉体年齢固定は正解なのだろう。
私はそれでいいと思う。
それが、地獄につながっているとしてもだ。
ホバーで、ビオトープに向かう。
今朝、出る前にダムの様子を仮想空間で見てきたから。今後ビオトープでのならしが生かされると思うと。
それで少し気分が楽になる。
ホバーで移動中に、雨が降り始めた。
植林中の林がある。電磁バリアが光っているから分かる。
結構大きめの林だ。今後更に拡大していく事だろう。
だがそれも電磁バリアで守らないと、あっと言う間に枯れてしまう。
暴虐の果てに世界はこうなり。
その時代の人間は、おぞましい歪んだ顔でその行為を肯定し続けた。
淘汰といいながら、ただの殲滅を行っていただけ。
そんな腐った人間の時代は。
とにかく屠りさりたい。
私は無言で、幾つかの植林地を見やる。
やがて。大きめのドーム状の建物が見えてきた。泡のように連なっている。あれが、ビオトープ施設だ。
ホバーが降りる。
入口のエアシャワーで埃を起こしてから、内部に。
全ての区画が電磁バリアで隔離されていて。細菌一つ通る事はできない状態だ。それを、視察する。
椿さんもこのあいだ見に来たそうだ。
外に出る事は滅多にない今の人間が。私の周囲だけでも、少しずつ外に出るようになってきている。
ただ外に出るのは、それだけロボットのリソースを使う。
世界の再生作業を行っているロボットの、だ。
だから、人間が外に出て、ロボットを手伝えるならともかく。
そうできないのなら、外に出ないのが一番良いのかも知れない。
もしも外に出る人間が増え始めたら。
こうやって、視察するのは止めるべきかも知れない。
私は、今はそう考えるようになってきていた。
「もうかなりの数のビオトープが稼働しているんだね」
「現在この施設だけで277が稼働しています。 小型の生物を中心に、此処でならしを行っています」
「やっぱり上手く行かないケースもある?」
「当然あります。 その場合は、記録されているデータを更新していく事になります」
そうか、当然あるのか。
遺伝子データから生物を完全再現出来ると聞いているが。それもあくまで「仮想空間では」なのだろう。
現実世界で実際に生物を再現したとき、仮想空間での動きにないことをすることが幾つでもあるだろう。
やはりビオトープの作成は正しかったのだ。
奥の方に、マングローブ林がある。
下の方に潜って、水面下の様子を見られるようになっていて、非常に面白い。かなり大きな魚が泳いでいたので、驚かされる。
生物にとっては理想的な環境、ということなのだろう。
「かなり大きな魚だね」
「残念ながら、現在はまだこのビオトープでしか生きられません」
「そっか……」
「いずれこのビオトープを元に、マングローブ林を再建します。 その時には、この魚も……現地で暮らせるかも知れません」
頷く。
そうなってほしい。
そうなってくれたら嬉しい。
人間から見て美しい生物かと言われると分からない。だが、そんな主観ははっきりいってクソくらえだ。
この生物を滅ぼしたのはくだらん人間の主観だ。
私から見ても、格好いいとか、美しいとか、そういう風には見えないが。
それが殺すとか排除するとかとはつながらない。
生理的に受けつけない生物は私にもいる。
どういうわけか、私は目がたくさんある生物が苦手らしく。昆虫の形状は全然平気なのだけれども、複眼でみられるのはちょっと困る。
だけれども、だからといって殺そうとか排除しようとかは思わない。
自分の生理的嫌悪で相手を殺す。自分を神か何かとでも思っているかのようだ。他と自分の区別もつけられていない。
そういう傲慢さが。この焼け野原を創ってしまった。
それを良く知っているから。
自分でも、戒めているのかも知れなかった。
嘆息すると、次のビオトープに行く。
かなりの数の虫が、森の中を飛び交っている。
これは試験中の熱帯雨林か。
熱帯雨林は本当に椿さんが四苦八苦してビオトープを創っていて。私もかなりの頻度でヘルプを求められている。
そして本当に上手く行かないのだ。
元々熱帯雨林というのは、土壌も貧弱で、植物が禿げてしまえばあっというまに駄目になるような豊かでも何でもない土地であるらしい。
それが植物がたくさんあるから豊かに違いないとか勝手な思考で決めつけて、焼き尽くした人間の愚劣さは犯罪的だ。
そして戻そうとしても、簡単にはいかない。
そもそも何とか再植林をしようとして、失敗例が山のようにあったという話だ。植物だけ何とか生えても、動物は一切戻って来ないとか。
生態系を破壊してもすぐに勝手に戻るとか言う無責任極まりない言説を口にしていた連中もいたらしいが。
だったらこの状況はどうだというのか。
じっと見やる。
電磁バリアの向こうでは、多くの大型の虫がいる。
これらの遺伝子データは、雑多に保存されていたものを少しずつ復元しているのだそうである。
中には学術的に発見されていなかった品種もいるのだとか。
そう、とだけ呟く。
まだまだ完成には程遠い。
いずれ大型の生物も、このビオトープで復活し。
そして植林中の林にて生活を開始するのだろう。
食物連鎖が復活するのは、まだずっと先の話だ。比較的面倒を見やすい日本の林ですら全然復旧が進んでいないくらいなのである。
それを考えると、この先は遠い。
歩きながら、ビオトープを見ていく。
地下に移動。
洞窟などの生態系には、幾つか奇跡的に無事に残ったものがある。
これは単純に、人権屋どもに見つからなかったというだけだ。
AIが焼け野原になった世界を復旧し始めてから見つかったものなどが該当していて。即座に手篤い保護を最優先に行ったケースが多い。
薄暗い中、洞窟の環境を再現したビオトープがある。
何万年も外から閉ざされたような洞窟には、目を失った生物など、独特の生態系が存在していて。
それはとても貴重なものだ。
此処ではそれらの再現を行っているのである。
私も関与したから知っている。
このビオトープ複合施設は。
椿さんの努力の結晶。
私もそれに関与しているから、それを知っていると言うだけ。あくまで頑張っているのは椿さんだ。
洞窟といっても閉ざされている場所だから、蝙蝠の類はいない。
というか、蝙蝠が住み着いているような洞窟では、入口には膨大な糞が積載していて。大量のゴキブリと蛆虫がそこに集っているという話もあった。
まあ今は焼き払われてしまったのだが。
それも生態系として、重要な場所だっただろうに。
殆ど暗闇の中だから、本来は此処では何も見る事が出来ないが。
私は暗視ゴーグルを使って、生物の様子を見る。
不可思議な形状をした生物が、何種類か、静寂の中にいる。
世話をしている小型ロボットが、音もなく巡回しているが。
いわゆる幽霊のように存在感がなく。
知らずに見たら、びっくりするかも知れなかった。
私は椿さんと一緒に給餌などはどうするかと相談したことがあるから知っているが。知らなければ悲鳴でも上げていたかも知れない。
「上手くやれているみたいだね」
「閉じていた生態系です。 安定させるのは難しくありませんでした」
「そっか……」
「閉じているからといって、価値がないとはいえません。 むしろ貴重な生物的形質などが保全されている事も多いのです」
分かっている。
それは椿さんにも聞かされた。
離島などの生態系には、非常に稀少な生物などが残っている事がおおく。
それには生物が、環境に適応していく過程で獲得した能力などがあるケースもある。
これが特殊な病気に対応できたりと。かなり侮れない。
離島の生態系から隔絶した弱い生物、なんていう侮る言葉も昔はあったらしいが。
今では、こうしてきちんと評価されている。
洞窟内の動物たちだってそうだ。
こうやって立派にやれているではないか。
姿は私達と相容れないかも知れない。
だけれども、これは立派な成果だと言える。
一旦地下から出る。
ふうと息をつくと、休憩所で軽く食事にする。
百合がてきぱきと食事を拡げるので。それをいただくことにする。合成肉などを使ったサンドイッチだが。
少なくとも私には充分においしい。
ぱくぱくとサンドイッチを食べていると、百合が疑問に思ったようで、聞いてくる。
「「創」様は、決してビオトープにいる生物を好ましいと思っていないようでしたが」
「うん?」
「それでもどうしてビオトープにこだわるんですか? 趣向が一致している人に全て任せてしまっていいのでは」
「それはね。 そういう考えを持つ人間が、世界を焼き尽くしたからだよ。 私はそうはならないって決めてるし、それが私の原典だから」
分からないと、顔に書いている百合。
また時間が経って、少し大人っぽい表情になっている。
昔だったらそろそろ結婚適齢期か。
社会が混乱している時代には、子供を産めるようになったら即結婚、なんて時代もあったらしい。
そんな時代だったら、もう子供がいてもおかしくない年齢だろう。
勿論生体パーツを用いたロボットである百合にはそれはないが。
或いは、その代用品として期待されているのかも知れない。
「働かなくても良い時代に、必死に働いているのもそれが理由なんですね」
「そうなるね」
「過去への反抗という概念は、何度考えても理解出来ませんでした」
「この考えは私だけのものだし、同じように理解されても困るよ」
よーしと声を掛けて伸びをすると、立ち上がる。
ビオトープ施設の視察、終わり。
この施設はかなり上手く行っている。いずれ周囲に似たような施設を併設し、椿さんがどんどん実用化させている施設を現実世界に作りあげていくらしい。
そして面白い事に、この施設は建物のレベルで周辺から隔離している。
周囲に生物が流出しないように、というのもあるのだろうが。
環境アセスメントなんてことは考えず。
考え無しに侵略性外来生物をばらまきまくった、過去の悪しき事例を警戒しているのだろうということは理解出来る。
AIの方に話を聞く。
「椿さんはどんな風に言ってた?」
「改良点がないか、細かく細かく質問をしていました。 いずれもが専門家による鋭いもので、此方としても答えるのが難しかったものもありました」
「流石だね……」
「いずれ「創」様と会いたいと椿様は言っておられました」
此処で言うのは、現実世界で、ということだろう。
まあ、それはそれで面白いかも知れない。
ほんの少しだけでもいい。
専門家だけでも、地上に出て。
世界の復興に関与できるのだったら。
私はそれでいいと思う。
話によると、椿さんは様々な生物学の博士クラスの知識を詰め込みで得ているらしく。古い時代だったら神童とか言われるような存在であったらしいし。
まあ、私とはオツムも出来が違うのだろう。
私はそんな人の手伝いができている。
それだけで、充分だ。
ビオトープ施設を見終わった後は、幾つかの汚染処理場を視察に行く。
ちょっと今日は忙しいが。
この手の実験施設は、地下に誰も住んでいない地域に、集中的につくられている。しかもこの辺りは汚染除去の目処も立っておらず、実験施設の建設には丁度良いという事情もある様子だ。
無言で視察を続ける。
汚染物質は種類ごとに集められ。
複雑な処理の末に、無害に分解されている。
大量の危険物が、そうではない物質に転換されて。
或いはまた別の所で役立ち。
また或いは、何処かしらに埋められて、鉱山などの環境を再現したりする。
いずれにしても、施設は極めてダイナミックに動いていて。
そこに属人的な要素はない。
ホバーもたくさん行き交っていて。
大量の物資を運び込み、或いは運び出している様子だ。
酷い臭いを放っていそうな巨大なゴミが運び込まれてきた。
それに対しても、燃やして処理するような安直な真似をせず。
順番に汚染物質を除去するプロセスを経ている。
洗浄している様子を見ていると。
やがて形も良く分からなかったそれが、どこかに沈んでいたらしい戦車であったことが分かってきた。
話を聞くと、装甲などに危険な汚染物質を含んでいるため。
魚礁としては使えないと判断したらしい。
分解が開始される。
戦闘用に創られた強靭な車両も、今の時代のAIに掛かれば分解はあっと言う間だ。部品ごとに見る間に解体されていく。
やがて原型は一切なくなった。
いずれ、パーツはものによってはロボットに使われるのかも知れない。
ロボットが来る。
どうやら経年劣化などをしているものらしい。
頭脳部分を取り外すと、機械的に分解が開始される。
頭脳部分は、また別の体を得て。汚染地帯に出向いて仕事をするのだ。
壊れたら捨てる。
そういう考えは、この世界にはない。
だから、世界が復興している。
古くに人間がエコとか呼んでいたしろものは。
ここには存在せず。
本当に大まじめに世界を復興している。
エコとかぬかしながら実際には金儲けをしていた人権屋の思想は死に絶えた。
私は、それを確認できただけで、それで充分だった。
戻る事にする。
一日掛けて、今日は視察した。
ダム建設が上手く行ってから、私は充実しているように思う。
もう二年もすれば、最初のダムが仕上がる。それが上手く行ったとAIが判断したら、世界中で同じようなダムが創られる事になる。
その時の為に。
私は、色々と、やっていかなければならなかった。
1、発展の先へ
気分転換に、彼方此方を視察していくのはいい。
昔は視察というのは、殆どの場合政治的な意図があっての事だったらしいが。私はそうはしない。
しっかり視察して、現状を確認する。
それが目的だ。
家に戻ると、百合が夕食を創るのを横目に、AIと軽く話し合う。
体を弄ってから、記憶を外部に少しずつ保存する処置をするようになった。だから、どうしても一部の記憶は肉体に定着していない。
AIの側でも、どうでもいいような記憶から外部に移してくれてはいるようだが。
それでも、自分でいらない記憶は、幾つか選別して。
それを優先的に外部に移して貰っていた。
幾つかそれらについての話をした後。
私は、腕組みして考え込む。
「ダム工事が終わった後、何か私にやってほしい事とかある?」
「此方としては、人々がまた地上を思うままに焼き尽くそうとか考えない限りは、何も望みはありませんし、干渉するつもりもありません」
「ああ、そうだったね」
「世界が復興した後、人類は今までの破壊の歴史から、創造と発展の歴史へと移行できると我々は信じています」
そんなこと。
人間だったら、恥ずかしくて言えないだろうな。
大まじめにAIがそういうのだから、本気でそう信じているのだろう。
ただしそれができるのは、恐らく数万年後だ。
私はそれを、ほんの僅かで良いから早めたいと思う。
私自身は人間であることに興味はない。
古い時代の文学を見ると、どれだけ人間は生殖と暴力に興味深々だったのかと、時々呆れる。
本能と欲望こそが人間。
そういう言い方で、蛮行を肯定している創作も多かった。
だけれども、私はそれには同意できない。
だからこそ、人間を止めたのかも知れない。
少なくとも、人間がやらかした罪を、私が少しでも償えるなら。
過去の愚物どもの過ちに、反抗できるのなら。
それなら人間を捨てる事なんて、安いことだ。
「百合の姉妹機って、もう創られているの?」
「まだデータが足りませんね。 ただ。 試験的に数機が、何人か我々でデータを取る上で有益だと判断した存在の所で稼働しています」
「へえ……」
それは必ずしも、人格者や善人を指さないんだろうな。
そうとも思う。
まあ、私も自分が人格者だなんて思っていない。
だから、それについてどうこうと言うつもりもなかったが。
夕食ができたので、食べる事にする。
今日はカルボナーラか。
肉体年齢を十代後半にしてから、前より腹が減るようになってきた。物資の消耗は相応にあるけれども。
それでも、AIは問題があると指摘はしてこない。
百合も肉体的には成長期だからか、むしろ私より食べる勢いだ。
生体ロボットだから、この辺りは仕方がない。
それに、だ。
前は私よりだいぶ背が低かったのだが。
このまま背が伸びると、私よりも大きくなりそうである。
身体能力でも、もう私を凌駕しているかも知れない。
私は脳みそを使って体を動かしているのに対して。百合は頭脳部分がAIだ。その差もあるだろう。
それこそその気になれば、中華拳法だろうが古流武術だろうが。
達人と同じように扱える筈だ。
「おいしかった。 ありがと」
「いえ。 それよりも、今日も夜遅くまで仮想空間に潜られるんですか?」
「無理はしないよ」
「分かってはいます……」
言葉を濁される。
今でも時々知恵熱を出す事を、心配されているのだろう。
私としても、それを理解しているし。
何より百合が悲しそうにすると結構こたえるので、無理はできるだけしないようにはしていた。
仮想空間に潜る。
今やっている幾つかのプランを、順番に見ていく。
一種のマクロを組んで殆ど自動でやっているものも多いのだが。やはり全てが上手く行くわけではない。
ダムの建設後は、川の建設を行う予定が出て来ている。
これは汚染除去ダムから、汚染除去が終わった水を下流に放出するものなのだが。
現時点では、その水も流れていく段階で酷い汚染物質を含むことになる。
結果として、下流にまたダムを造って、其処で再び汚染物質を除去する。ただ。下流のダムは上流のものに比べると、規模が少しずつ小さくなる。
そもそも海の汚染がまだまだ酷くて、大量の大型船が汚染除去作業をやっているのだ。
全体で連携しないと、どうやっても汚染除去は早まらない。
そして全体で連携するような作業は、むしろAIの得意分野だ。
私は新しいアイデアをだす必要があって。
意見を色々募集しながら。
四苦八苦しつつ、あれこれ試して行く段階に今はいた。
黙々と調整をしていく。
駄目でも、時間を巻き戻して、やりなおす。
仮想空間だから出来る事だ。
勿論私は、他の人よりもリソースをもらうつもりもない。
そんな事をしていたら、特権階級と勘違いしたような連中と同じになる。
私の反抗魂が。
それを許さなかった。
作業をしていると、メッセージが来た。
茶道マスターからだった。
私に興味を持った人が。何人か茶会で会いたいと言ってきているそうである。私も、それに了承を返す。
私を実際に見て、体育会系の雰囲気で苦手だと言ってきた人もいる。
まあ、そう思うのは勝手なので、それについてはノーコメントとする。
私もそもそも、相手には交流よりも、意見を求めているのであって。人格的な云々は期待されていなくてもかまわない。
スケジュールの調整については相手に任せる。
私は寝るまでの時間。
淡々と、実験を続けるのだった。
地球全域の、汚染物質の流れを見る。
地球の重力というのは、非常に強力で。
汚染物質が地球を出て行く事は殆どなく。
むしろ、周辺の物質を地球に引き寄せていっているくらいだ。
月と木星だったか。
どちらでも欠けていれば、地球はこれほど豊かな星にはならなかっただろうという説を聞いた事がある。
ただそれは、あくまで説。
実際にはどうだったかは分からない。
様々なデータを確認し。
やはり水の流れが、汚染物質の流れに大きな影響を与えていると判断。
そして水は、大半が海にある。
現在、AIの方でも。
衛星軌道上にあるキラー衛星を有効活用して。デブリをどんどん撃墜して、衛星軌道上を掃除しているらしい。
一度撃墜してやれば、デブリは地球に戻ってくる。
キラー衛星なんて、本来は人間を殺すためだけに創られたろくでもない代物だけれども。
今はそうやって、未来を作る為の仲間として、一緒にロボットとして活動してくれている訳だ。
いずれにしても、地球を外側から見ると。
本当に凄まじい量の汚染物質がまだ彼方此方を循環して。
世界中を現在進行形で滅茶苦茶にしている事が分かる。
これをたった数万年で元に戻すというのだから。
地球を現在統括しているAIは、尊敬できる仕事をしている。
だが、それに甘えてばかりでは駄目だ。
手をかざして、何処かにもっと改善できない場所がないか調べる。
汚染が酷い場所にはAIが、大型の施設を据え付けて。ロボットが大量に働いている。
そういった場所に汚染が集まるように工夫もしている。
それなら、私がやるべきは。
ダムの時のように、それの支援だ。
やはり海底ダムか。
だが、それだけでは駄目だろう。
抜本的な意味では、これ以上の汚染はもう出ない。
人間のコントロールは、AIが完全に行っているし。稼働しているロボットが出す汚染物質についてもしかり。
もっと汚染の除去を加速するにはどうすればいい。
メッセージが来た。
茶道マスターが紹介してくれた人からだった。
私が今複数稼働させている計画に、自分なりに案を出してくれた。シミュレーションもあわせて、内容を確認する。
流石にしっかりした内容だ。
茶道マスターも、私の考えには色々思うところがあるらしい。
こういう人を紹介してくれるのは、とても有り難い話だった。
これは、面白いな。
相手に礼のメッセージを送る。殆どの場合は返事がないが、別にそれでかまわない。今は、そういう時代だ。
あれこれマナー講師とやらが、こういった意思疎通までを金に換えて破壊し尽くした結果である。
そいつらのせいで、誰も何もまともにやれなくなってしまった。
その反動で、今は誰も他人と交流を持ちたがらない。
それについて、私はどうこういうつもりはない。
意思なんて、相手に伝われば良い。
今の人間は、別に性行為なんかしなくても繁殖できるし、親なんていなくても育つのだから。
淡々と作業を進めていき。
そして、出来上がってきた。
私が実際に作りあげたダムから、連続して。下流に向けて連なっていく連動型のダムである。
そして海底にも二段階の海底ダムがある。
これは、確かに凄い。
そして此処に汚染を集めるように大気などを調整していけば。
更に効率よく汚染の除去ができる。
確かに凄いな。
理論上は、だ。
気になるのは、このデータを送ってくれた人は、創る際のデータ。理想的に動いた時の汚染除去効率しか考えていない節があること。
だけれども、これだけのものを考えてくれただけで、充分である。
計画の骨子としてはそれでいい。
これは新しい時代の。
都市計画といってもよかった。
後は、その都市計画が上手く行くか、シミュレーションを回すだけだ。
ただ、今日はどうやら此処までらしい。
何となく、私も自分の疲労が分かるようになってきていた。
一旦状況を保存して、仮想空間をログアウトする。
案の定、ぐっしょり汗を掻いていた。
「ふー。 ちょっと疲れたかな……」
「また無理をして。 仮想空間での作業を禁止した方が良いでしょうか」
「そう言わないで。 無理はできるだけ控えるから」
「……」
むーと膨れる百合。
どんどん人間らしくなっているが。こういう表情を見ると、それが顕著だなと思わされる。
いずれにしても、酷い汗だ。さっさとシャワーで流すことにする。
風呂から上がって、それでもう寝る。
昔は裸で寝ることが格好良いとかされることがあったらしいが。
まあ、馬鹿馬鹿しい話だ。
パジャマを着て、さっさと寝る。
人間は服を着て、それでどうにかなる形になっている。
格好つけて裸で寝て。
それで風邪でも引いたら、本末転倒なのだった。
夢を見る。
久々に、しっかりした夢を見ているかも知れない。
こういう夢は、どんどん外部記憶に出してしまうようにしている。それもそうだ。夢は記憶の整理。
無駄な記憶の最たるものだからだ。
私はぼんやりと、空に浮かんでいる。機械の助けも得ていない。仮想空間でもないのに、である。
どうやら私は、本格的に人間を止めてしまったらしい。
それもありだなと思いながら、周囲を見ていく。
連なるダム。
凄まじい色の汚染水が集まっている。
生物なんていない場所だ。だからこそに、巨大な汚染水処理施設が出来上がり。此処で膨大な汚染が、凄まじい勢いで処理されている。
これは私が理想とした光景だ。
だが、其処に水を差すものが出てくる。
誰だか知らないが、ヘラヘラして歩いている奴が。其処になんだかしらないゴミを放り込んでいったのだ。
そしてゲラゲラ笑いながら去って行った。
どうせゴミ捨て場だ。
新しく捨てても同じだろ。
そういう理屈であるらしい。
ロボットが即座にゴミを回収しているが。それを見て、更にゲラゲラ笑っている。何がおかしいのか。
私は実体がないらしく、干渉できない。
このカス野郎を汚染水に叩き込んでやりたくなったが、どうしてもできないのだ。
この醜悪な笑顔。
記録映像で見た、燃やされる人間を見て笑っている人権屋どもと同じだ。
反吐が出る表情だ。
やっぱり人間は何も変わっていないじゃないか。
二十億なんていらない。
二億まで減らして、それでもまだ選別するべきではないのか。そう考えて。それでは私が反抗してきた過去の人間と同じだと思い返す。
不意にさっきのカス野郎の家に場面が移る。
酷い状態だ。
とにかく思いのままに暴れているらしく、家具も何も壊されている。それをせっせと直しているのは、恐らく百合の姉妹機か兄弟機かわからない後継型の生体ロボットだろう。それにたいして、あのカス野郎は暴言を吐き散らし。
更には殴り倒して、唾を飛ばしながら暴力に酔っていた。
こんなのも、面倒を見なければならないのか。
人間には多様性がある。
こういう多様性も認めなければいけないのか。
多様性と言うのは、一時期は無法を肯定するための無茶な言葉と化していた。こんなゴミカスを。
世界を焼いた連中と同類のゴミ野郎を。
暴れるだけ暴れた後、そいつは自分で滅茶苦茶にした家の中で横になって眠り始める。だらしなく弛んだ肉体が、余計に苛立ちを加速させる。
ふと目が覚めた。
夢の記憶ははっきりある。
頭を振る。
AIが、歯を磨きに動き始めた私に、声を掛けて来た。
「もう少し眠っても良いのではありませんか」
「いや、もういい」
「そうですか……」
「今の夢、記憶から外に移しておいて。 何だか極めて不愉快だし、できるだけ思い出したくもない」
分かりましたと、AIが後で処置をするという。
というのも、起きている時に記憶を外部に移動処理すると、流石に脳細胞に悪影響があるらしいのだ。
それを考えると妥当な処置だと言える。
ただ今の夢。
今後百合のノウハウが生かされて、余所で使われるとなると。あり得る光景だろう。
地下に今いる人間の中には、ああいうのも当然いる筈だ。
ああいうのには、セクサロイドとして百合の同型を消費するのもいる筈だが。
いや、そこまで考えて無言になる。
それで排除していては。
人権屋と同じ。
フェミニストだのいう連中は、容姿が醜い男は生きる資格がないとかいって、実際に排斥運動をしたと聞いている。
あの夢に出てきた奴は行動が醜いが。
だからといって、焼いていたら私が反抗した連中と同じになってしまう。
ギリギリと歯を噛む。
分かっている。
私の考えている事が、どうしようもない矛盾に満ちている事は。
だけれども、どうしてこんな夢を見たのだろう。
私の考えている未来が、明るいものばかりではないことを示しているから、なのだろうか。
記憶の整理にしては不可解な夢だった。
どうしてあんな夢を見た。
口を押さえて、しばらく黙り込む。起きだしてきた百合が、不安そうに声を掛けて来る。
最近分かってきたのだが。
百合はこういうのを計算してやっていない。
AIに確認した所、生体細胞の影響であるらしい。
「「創」様?」
「ごめん、今は静かにして」
「……はい」
しょぼんとしてあっちに行く百合。わかっているが、今はどんな暴言を百合に浴びせるか分からない。
だから、少しでも遠ざけておきたかった。
感情のままに。
行動していたら駄目だ。
あいつらと同じになる。
だけれども。
こう言うときは、遺伝子的にはあいつらの直系子孫であると言う事を、私は考えてしまうのだ。
人間なんて、全部一度焼いてしまうべきなのではあるまいか。
こいつらが世界に対してそうしたように。
そう考えてしまうことが時々ある。
だけれども、そう考えていては、奴らと同じ。
何度も深呼吸して。
怒りを抑え込む。
「私は、あいつらと一緒にはならない……!」
声が、出ていた。
ずっと喋らなかったのに。
というか、私ってこんな声だったのか。
そうとさえ思った。
基本的に今の時代は、喋る事はない。人間の言語の不完全さを、AIが補ってくれる時代だからだ。
だから、喋ったのには、自分が一番驚いていた。
何度か咳き込む。
そして、それでいて。
なんだか、とても悲しいなと思った。
それだけ感情が沸騰していた、と言う事だからだ。
何度か咳き込んで、それで落ち着く。私のこの煮えたぎった怒りは、他人にも。他の存在にも、ぶつけるべきじゃない。
ぶつけるべきは、創作にだ。
そして創作で、これを叩き付けて。
形にする。
そうすることで、建設的に怒りを使える。そうでなければ、私は彼奴らと同じになってしまうだろう。
あの夢に出て来たカス野郎のような奴とも。
それだけは、絶対に避けなければならなかった。
朝飯を食べると。
それである程度すっきりした。
内臓が煮えくりかえるような怒りは、すぐには収まってはくれないだろうが。こればっかりは人間だからだ。
人間を止めても、たくさん人間の要素は残っている。
それは分かっているから、どうにもできなかった。
仮想空間に潜る。
ストレスの数値が、危険域だと表示された。
ストレス緩和のためのリラクゼーションプログラムを走らせる。
まあ、これで少しはマシになるだろう。
後は、作業を行う。
膨大なシミュレーションを行う事にする。
案の定、送られてきた巨大複合ダム……現在の都市計画は、シミュレーションをあまりやっていない。
送ってきた人は、くみ上げるだけで満足してしまったようだった。
それでもいい。
この発想自体は素晴らしいし。
私としても、是非これを発展させたいと思うからだ。
何かを発想するというのは、それだけで素晴らしい事。創作というものの良さは、そこにある。
それが実用的でないのなら。
専門知識を持つ人間が、実用性があるように修正していけば良い。
なんでもかんでもできる人間を一時期くだらない会社は求めていたらしいが。
今は。そんなものは必要ない。
「なるほどな。 この辺りが現実的じゃないのか……」
呟く。
勿論思考しているだけだが。
それでも、そうやって具体的な思考をする事で、変わってくる部分は結構あるものなのである。
すぐに手を入れる。
修正をしていく部分は、主に川関係だ。
川の流れをこれだと無理に直線にしようとしすぎている。地形に合わせて柔軟にやっていくべきだ。
川を直線にすると流れも急になりすぎる。
やがてこの川を、普通の川に。
汚染水が流れていない、生物が住める川にした時に。急すぎる流れは、むしろ害になる可能性もある。
ぐねぐねと曲げすぎるとそれはそれで水害になる可能性もあるから難しいが。いずれにしても、試して行くしかないだろう。
少しずつ、スイッチが入ってくる。
だけれども、過熱しすぎるとどうしても熱が出るまでシミュレーションをし続けてしまう。
分かっている。
もう、抑える事は自分で出来るようになっている。
だから、それでいい。
こう言うとき、心配そうにしていたり、悲しそうにしている百合の顔がちらつくようになってきている。
それはいい事なのだろうか。
多分いい事なのだろう。
そう、私は思った。
2、新たな世界の都市の形
都市か。
それは古くから、人間にとっての領域であって。ごく僅かな人間とともに生きる生物と。人間に駆逐されない生物だけが住まう事が出来る場所だった。
私は、今それを組もうとしている。
そこは人間が住まう都市ではない。
人が住まわず。
この地球のための都市だ。
最初に貰った案は、彼方此方破綻して。今はその根底にしか、案は残っていない。
今私は、シミュレーションして時間を動かしながら、少しずつアドバイスを取り入れながら調整を続けていた。
なお最初に案を送ってくれた人は、へそでも曲げたのかそれ以来一切連絡をくれない。
だが、それでいい。
案をくれただけで充分。
私は一人で何かを無から創造できるほどできる人間じゃない。
昔風に言えば脳筋だ。
そういう程度の存在だから。
生成AIの力を借りて、やっと色々できる。
才能という生まれ持ったものがないと、何もできないのが芸術という分野であり。創造という分野でもあった。
だけれども、今は。
その特権がなくなった。
それは良いことなのか悪いことなのか。今でも時々悩まされる。
だけれども、その特権を持った人間がそうでない人間を見下したり。
そうでない人間を人間扱いしなかったり。
そういった悪しき歴史があり。
また自分とは異なる才能の人間を貶めたり。或いは自分の方がどのように上かを熱弁したり。
そういった愚かしい歴史もまた存在した。
今は、そんなものはない。
そんな事を誇れるような人間など、いなくなったことが理由だ。
人間はバカみたいな数で群れなくなって、やっとまともになったのだろうと思う。
それを思うと、私はこのささやかな関係こそが。
心地よいと思うのだ。
無言でシミュレーションを続けて、最高の結果を探し求めていく。
ワールドシミュレーターの機能は、どうしても負担が大きい。私も色々なデータを、一瞬で大量に取り込んでいくからだ。
一度ログアウトする。
何度か粗く呼吸をついていた。
冷や汗を、乱暴に拭う。
若くなっている肌は、以前よりきめ細かい。アンチエイジングの結果だけれども。昔はこんなにきめ細かかったんだなと思う。
ただ、時間の経過が遅く感じるようにも思う。
二十歳前と、二十歳の後。
死ぬまでの体感時間は同じ。
そんな話を聞いたことがあるが。
これがその顕著な時間の感覚の差なんだろうな。そう思うと、百合が持って来たタオルで顔を拭きながら。
苦笑いするのだった。
シーツもびっしょりだ。
本当に激しく汗を掻いている。私の脳みそは、スペックが低いなあ。そう苦笑いしてしまう。
冷やを飲んで、少し体温を調整する。
この辺り、どんだけ筋肉を電気刺激で強くしていても駄目だなと思う。
この間、仮想空間でバスケというのをやってみた。
バスケットボールの略だ。バスケットボール用のシューズだとかを履いて、それで試合をする。
やってみて、微塵も面白いと思わなかった。
体を動かす事に関する感覚は、現実世界と寸分変わらず再現する事が出来ている。体を動かすことに喜びや楽しさを見いだす人間も当時は多く。
体育会系と呼ばれる連中は、それを他の人間も全て持っていると錯覚していたらしい。
私はそんな連中より動ける肉体を手に入れてみたが。
秒速で飽きた。
別に体を動かす事は、それはそれで楽しいのかも知れない。そう感じる人間もいるのだろう。
だが違う人間もいる。
人権屋が暴れる少し前くらいの時代は。
内向的、というだけで迫害の対象となっていたらしいが。
そんな社会で蔓延っていた理屈が、如何に馬鹿馬鹿しいかというのが。やってみてよく分かった。
嘆息する。
苛立ちで、やはり臓腑がちくちくとする。
仮想空間で、ストレスを定期的に飛ばしているのだが。
それでもなかなか、この苛立ちは消えない。
多分肉体をどうこうしても。
例えば欲求などを満たしたところで。
この苛立ちは消えないだろうという確信がある。
この苛立ちは、多分もっともっと私の中にある根深いものだと見て良い。
だから、これは。
私が反抗して。創作して。それでしか抑える事が出来ないのだろう。
少し休憩して、それからまた仮想空間に戻る。昼メシまで少し時間がある。だから、出来る事はやっておく。
「はー、苛立つなあ」
言葉が、最近出るようになってきている。
これはどうしてか分からない。
いずれにしても、とにかく作業を進める。地味な作業だ。ワールドシミュレーターで、時間を進めて、時間を戻して。
良い方向に行った場合は、何百回も場合によっては何万回も実施して確かめる。
これは一種の統計を利用した手法だ。
統計というのは、十万くらいはデータがないと話にならない。なんだか一時期千くらいデータがあれば充分とか言うデマが流れたが、それは大嘘だ。
だから条件を変えながら、繰り返し繰り返しデータを取る。
そして加速した時間の中では、どうしても疲弊がたまるのだ。
どうにも、細かい部分で上手く行かない所が多い。
こればっかりはどうしようもない。
少しメッセージを確認して、アドバイスを得る。
アドバイスをくれる人は相応にいる。
それが役に立つかどうかは別問題として。
幾つかのシミュレーションを並行して走らせる。
何十万もデータを取ったとしても、実際に出てくる結果はそれほど多くは無い。というか、AIが整理してくれる。
人間と違って悪意はないから、基本的に嘘をつかないのだ。
現実的かそうではないか。
そういったふわっとした質問にもしっかり答えてくれる。
そこで、私としてもそれを利用する。
そうやって、私は新しい都市を徹底的に検証しながら創造する。
創造するのには、生成AIの力も借りる。
その結果出来上がるのは。
きっと未来の筈だ。
私はダムを皆の力を借りながら設計し。それは地球の汚染の浄化を早める事が出来るようになった。
それを更に加速させるには。
この更に大規模な、具体的な都市計画がいる。
たとえそこに人が住んでいなくても。
その活動が、汚染されつくした地球の復興を少しでも早めるなら。
それは立派な都市なのである。
そう、自分に自分で言い聞かせる。
無言で腕組みして、上がってくるデータを見る。
良いデータばかりとは限らない。
良くないデータが上がって来たら、即座に見直す勇気がいる。少しずつ確実に調整を続けて行く。
ダムが多すぎると駄目。
川がまっすぐすぎると駄目。
河口の構造が特に難しい。
海底ダムに至っては、上手く創らないと全く効果が見込めない。
あらゆる困難があるが。
それでも私は。
淡々と、作業を続けていた。
そろそろ限界か。
仮想空間をまたログアウト。
やっぱり汗をぐっしょり掻いていた。
肌がみずみずしくなっているから、余計に汗の不快感が凄まじい。だが、汗は必要だから出ているものだ。
体がそれだけ無理をしていると判断して、風呂に向かう。
汗は流せば良い。
ただそれだけの話である。
風呂に入ろうとして、ふと思いついたので声を掛ける。
「百合」
「!?」
声を出して話しかけたので、百合は驚いたようだった。
シーツをてきぱき剥がしていた百合が、思わずフリーズしたので。ちょっと面白かった。
「あ、ごめん。 少しずつ、口を使って喋ろうと思っていて」
「別にかまいませんが、専門家ですらとっさにでる言葉は間違えることがあります。 思念の方が間違いづらいのですが」
「うーん、それも分かってる。 ただ、時々で良いから普通に自分の口で喋りたいなって思ってね」
「そうですか。 ……分かりました」
それで何だろうと小首を傾げているので。
紅茶を淹れてと頼む。
頷くと、百合は即座に紅茶を淹れる作業に入る。
私は、それを見て。
安心してシャワーを浴びる。
やっぱり十代後半と二十代半ばだと、肌の状態がだいぶ違うんだな。そう感じる。
というか、そもそもだ。
昔だったら、子供だって産んでいた年齢だったから、もっともっと老け込んでいた事だろう。
20世紀でも途上国では、三十で老婆のように老け込んでしまうと言う事が普通にあったらしい。
それを考えると、色々複雑な気分になる。
いずれにしても、今私が罪悪感を感じることでは無い。
混乱期を経て、人間はある意味で違う文明にシフトした。
そして私は、そこで膨大なリソースを独占しているわけでもなんでもない。
眼鏡や銀歯を使って、それを悪辣だと糾弾する人間がいるだろうか。
その程度の話である。
汗を流すと、だいぶさっぱりした。
やはり無理をしない程度に動く勘を掴みつつある。
少なくとも知恵熱が出る前に撤退する事は出来る様になっていた。
それに、だ。
最初のダムが完成するのが二年先。
今やっている作業は、その二年先以降にやる事となる。
そもそもダムが上手く行くとも限らないのだ。
何も焦る事なんて、ないのである。
紅茶が出て来たので、ありがたくいただく。ただ、茶菓子はいらない。茶菓子は傷むこともないので、後で食べるからと下げて貰った。
黙々と紅茶を飲んで頭を整理しつつ。
届いているメッセージなどを見ておく。
私の作業進捗をみながら、自分でも色々試している人が何人かいる様子だ。
その中の一人を見て驚く。
賢者こと、「異世界転生」していた友人の一人がいるのだ。
そっか。
手伝ってくれるんだ。
「異世界転生」はこの時代、悪い事でもなんでもない。やる事を責めるつもりにはまったくなれない。
だけれども、手伝ってくれる意思を見せてくれるのはとても有り難い。
自分のために最適化したワールドシミュレーターからどうして戻って来たのかは分からないが。
それでも。手伝ってくれるならそれで充分だ。
紅茶を飲み終えると、焦らずに休憩を入れる。
あれだけ汗を掻いたのだ。
それだけ頭を使って負担を掛けた、と言う事である。
無言でベッドで横になって、ぼんやりと来ているメッセージを確認する。此方の行動を褒めてくれるものも多かったが。
それよりも、具体的な問題点を指摘してくれたり。
或いは建設的な提案をしてくれる方が。
私には嬉しかった。
私は黙々と次の作業に取りかかる。
友人が、少しずつ手伝ってくれている。前はただ愚痴を言い合うだけだったのに。それがとても、私の背中を強く押してくれている。
都市計画は、昔は一人二人でできるものではなかった。
ゲームとして都市計画を楽しむシミュレーションは幾らでもあったらしいのだが。それもあくまでゲームとしてだ。
複雑な巨大構造体が、眼下に広がっている。
私が設計したダムの下流に、幾つかのダムが連なり。そのダムで食い止められるようにして、川が何度も大きな湖を創っている。
川は必ずしも直進しておらず。
川の左右には、多数の工場が建ち並び。
その中には天候をコントロールするものまでがある。
見ていて凄いなと思う。
少しずつ調整をして、此処までになった。
スケールを拡大する。
仮想空間だから出来る事だ。
昔のゲームでも似たような事は出来たらしいが。あくまでそれっぽい事をしているNPCを映し出すだけ。
これは本当にどう動かすかを、シミュレーションしている。
降り立ったのは、ダムの一角だ。
河口までに五つのダムを経由するこの都市計画では、それぞれにて性質が違うダムを創っている。
特に河口近くのダムは、もっとも大きなもので。
此処で大量の土砂や汚染物質の処理を行うのと同時に。
汚染が弱まってきた暁には。
このダムを利用して、汽水域の生態系の再現や。
或いはその前には、幾つものビオトープを林立させることができる設計にしている。
仮に汚染が全て消え去った未来には。
このダムを利用して、湖を創るようにし。
全てが無駄にならないように設計を進めた。
ダムの周辺にある工場は、流れ込んでくる膨大な汚染物質と土砂を、丁寧に処理するべく、かなり巨大なものとなっている。
文字通りの巨大都市といっていい規模で。
パイプとか鉄骨とかが縦横無尽に走り回っている古い時代の工場とはだいぶ趣が違うものの。
その大きさは、間近で見ると圧倒させられる。
仮想空間だから、そのまま中を見に行く事も出来る。
膨大な汚染物質が、種類ごとに分別されて、徹底的に分解されて無害化されている。
無害化された土砂や水はどんどん運び出されていく。
どうも汚染された所にそのまま水を流していても。ざるで水を掬って戻すような行為に等しいらしく。
汚染の除去が進んだ地域に持ち込む事で、更に効率を上げることができるらしいのである。
それについては、色々な資料を見て知ったので。
できるようにするべきだと判断した。
生物がいないほど汚染された地球である。
そうやって、少しでも生物が住める地域を増やすしかない。
百合の同型機……いや違うか。
男性型も女性型もいる。
ロボットがかなりの数働いている。
皆、気密服でしっかり防護して。
それできちんとルールに沿って働いている様子だ。
多分これでいいのだろう。
勿論円筒形のロボットや、機械そのものの姿をしたロボットもたくさんたくさん働いている。
本当に人間がいないだけで。
ここは街なのだ。
別に人間が排斥された訳でもなんでもない。
この都市計画をしたのが人間である私なのだとすれば。
それは得意分野の分担であって。
別になんの問題でもないだろうと思う。
「A3区画で問題発生」
アナウンスが流れる。すぐにロボットが数機其方に向かう。
声を掛ける必要すらないし。なんなら今のアナウンスも、別に音声で流されたわけでもない。
よくできているなあ。
そう思って、工場の内部を見学する。
汚水の処理層の一つでエラーが起きた様子で、すぐに対応をするべく複数のロボットが作業をしていた。
壊れるほど稼働はさせない。
だから致命的なエラーには至らない。
これも人間の都市とはえらい違いだなと感心させられる。
そして私は、それらを見て充分に満足していた。
最初のダムも見に行く。
わあと、思わず声が出ていた。
汚染が。
殆ど除去されたんだ。
自分でやったのだから、分かっている筈なのに。
それでも、此処まで行くのかと、感心させられた。
勿論これは仮想空間でのシミュレーションだ。
それでももう数千万回も繰り返して、改良に改良を重ねた結果である。
その結果がこれだとすれば。
感無量になっても、誰が文句を言うだろうか。
怒りを原動力に、これをやってきて良かったと思う。
お気持ちで何もかも否定していた人権屋どもに対する反抗心を燃やしてきて良かったとも思う。
山は私が以前創った再建計画のせいで、少し背が低くなったが。
それでも全域で植林が始まっている。
緑の山だ。
信じられない光景だ。
植林が滅茶苦茶進んでいる山でも、此処までの緑はない。
複数の大型生物も生息していそうだ。
勿論電磁バリアでしっかり守られている。
見ると、猛禽が飛んでいる。
イヌワシとある。
精強で逞しい猛禽だ。その力強さは、飛んでいる姿を見るだけで圧倒される。
電磁バリアを取っ払って、好きなところに飛んでいけるようにしてあげたいが。それはまだ、残念ながら先の話になってしまう。
それがまた。何とも情けなくて。
それ以上に恥ずかしく感じてしまった。
いずれにしても、此処までの完成度にまで仕上がった。
これは多数の意見を募集して、その結果仕上がったものだ。
私だけで創ったのでは無い。
意見を集めて。
それを生成AIを用いて集約して。
そしてこの巨大都市ができた。
これを何千年も時間を進めれば、下流に至るまで。いやそれどころか、海の中まで汚染を除去できる。
そしてその除去の結果。
地球の汚染除去は、予想よりずっと。
ずっとずっと早く進展することになるのだ。
お気持ちで動く猿以下の連中に焼き払われた地球が、エコの美名の下に滅茶苦茶にされた地球が。
全て元に戻るのだと思うと。
私は、口を押さえて。しばらく黙り込み。
そしてやっぱり涙もろくなったらしく。
何度も目を擦っていた。
気持ちが落ち着いてくるまで、しばらく周囲を見て回る。
ダムに腰掛けて、既に人工的な湖となっている其処を見やる。
大きな魚がたくさんいる。
そう、魚が住めるくらい綺麗になっているのだ。
その魚の中には、川と海を行き来する種類のものもいる。
だが残念ながら、それをいかせてやるわけにはまだいかない。
海は、その魚たちが繁殖のために、或いは生活のために行くにはまだまだ汚染されているのだ。
だから。此処で暮らしてもらうしかない。
ごめんね。不便だけれど。
いつかきっと、海に行けるようにしてあげるからね。
そう呟く。
山の中も歩こうかと思ったけれど、やめておく。
まだ、私には。
その資格はないと思ったからだ。
仮想空間からログアウトする。
そして、ベッドの上で深呼吸していた。
半年が、更に経過していた。
肉体年齢が年齢と同じだった頃。二十代半ばだった頃と比べて。随分とやっぱり時間が長く感じる。
それに百合の背が前より更に伸びていて。
その内私に追いつきそうだとも思っていた。
生体ロボットだ。今の時点では、普通に肉体が成長するようにも調整してあるのだろうと思う。
いずれにしても、あらゆる実験をするには。私の所は丁度良いのだろう。
冷やを渡されたので、ぐっと呷る。
良い感じだ。
心地よく汗をかいたので、伸びをしてシャワーに向かおうと思う。これで、作業は一段落した。
後は細部の調整だな。
そう考えながら、シャワーを浴びる。
シャワーの最中にも、メッセージが飛んでくる。
最近は茶会に顔を出せていなかった。
顔を出して欲しい。
そういうメッセージだった。
必ず顔を出します。
そう返事をしておく。
私としても、茶会で創った人脈が役に立ったことは否定しない。
古い時代のコネとは随分違うが。それでも互いに有益な情報を交換する、くらいの関係であっても。
何かしら、今の状況を改善したいと思っている人に出会えることには意味があるし。
ベタベタしないとしても。
ささいであっても。
意見が出てくることには、それ以上の意味があるのだ。
椿さんから連絡が来ている。
熱帯雨林関係のビオトープで、どうしても意見が聞きたいというものだ。これは優先順位が高いな。
汗を流し終えると、風呂からさっさと上がる。
風呂の中にあるロボットが体を洗うのはてきぱきとやってくれるので、それに任せてしまってあるし。
別に不衛生にもならない。
服を着替えると、あわてずに少し休む。
少しずつ、百合には意図的に秘書役をやってもらうようになってきていた。
「スケジュールの調整お願いね」
「分かりました」
「それにしても忙しくなったなあ」
「あんな大きなシミュレーションを動かし続ければ当然でしょう。 それも個人でやるのではなく、相応の人数をまきこんでいるのですから」
それもそうか。
苦笑いすると、紅茶を一口。
淹れてくれたものは無駄にしない。くいくいと飲み干した頃には、スケジュールの調整を終えてくれていた。
ざっと目を通す。
忙しくなりすぎて、体を壊さないようにスケジュールができている。
昔はスカスカになりすぎるようなスケジュールが創られていて、もう少し詰めてくれといったのだけれども。
その案配が丁度良くなって来ていて、私としても嬉しい。
まあ今のAIの性能なら、これくらいはできて当然か。
有り難い話である。
「これでいいや。 少し休憩したら、椿さんのところに行ってくるよ」
「その椿様ですが」
「うん?」
「テスターとして採用されたようです。 私の姉妹機が仕事を開始しています」
そっか。それもまた、良いのかも知れない。
そういえば百合の話をこの間したっけ。
椿さんも、一人でビオトープをどうこうしようと四苦八苦していた人だ。或いは、秘書役がほしいと思ったのかもしれないし。
肉体年齢を子供で固定した以上。
どうしても、色々と支援がほしいと感じたのかも知れなかった。
みんな、それぞれの道を。
こんな閉じきった世界でも進もうとしている。
すごいな。
私も負けてはいられないな。
そう思って、私は次の作業に向けて、思考を巡らせていた。
3、連動しての一歩へ
提出した都市計画が、AIに採用された。
それを聞いて、そうかという言葉だけが漏れた。
勿論嬉しいに決まっている。
だが、採用されるとも分かっていたのだ。だから、それ以上の言葉は特になかった。
現状維持に近い形での浄化作業しか、AIには割くリソースがない。
そんな中、人間が新しい。更に効率的な浄化作業を提案してきたら、それはAIだって乗るだろう。
私はそれがなせた。
それは地球の汚染浄化を、数千年単位で早めるはずだ。
そう思えば、私が。
いや、私と協力してくれた人が成し遂げた、「汚染浄化都市」の設計には、大きな意味がある。
勿論全部が丸ごと採用された訳でもない。
私は二十年ほどでこの新しい都市が建設されることを想定していたが。
AIの試算によると、各地のリソースを集めるのに時間が掛かる事もあって。この「汚染浄化都市」が建設できるのは、八十年ほど先になるらしい。
ただしその完成と同時に、汚染物質をこの都市に集める計画も動き出すらしく。
周辺の汚染は、一気に解消が見込めると言う事だった。
ただしそれは、汚染物質が集められることも意味しているから。
植林や周囲の土地に普通に生物が見られるようになるのは、ずっと先も意味しているだろうが。
また、そもそも地下にもぐって暮らしている人間は、ユニット型の住居が知らない間に移動しているだけなので、負担を受けることはない。
そもそも外に出る人間すら希なのだ。
私みたいな例外にしても、平らかなる大地を見て、そこで最初途方に暮れたくらいなのである。
其処をこれだけ建設的に利用できるのだったら。
そうするべきだった。
茶会に出る。
茶道マスターは、かなり忙しくなってきている様子で。今では数日に一回、それなりの規模の茶会を開いているらしい。
私も参加させて貰うが。
その中には、見覚えがある顔が幾つかあった。
以前からの友人である人も何名かいる。
しばし茶を楽しんだ後。
軽く話して、解散とする。
近況などはメッセージでもかわして、それで終わりで良いだろう。
今するべきはそういう事ではなく。
ささやかでもいい。
良案を出し合えるような人間関係だけがあればいい。
別にベタベタする必要もないし。
ストレスが生じるほど一緒にいる必要もない。
茶会にで終えた後は、椿さんの所に出向く。
熱帯雨林のビオトープで四苦八苦しているところだ。
砂漠や極地のビオトープは、意外なくらいに簡単だった。深海も、である。
こういった場所が一番難しい。
椿さんと手分けして、黙々と作業をする。
やっぱり椿さんは、私とは違う形で過去に反抗している。
私とは違う形のアンチエイジングで、大人にならないことを選んだのもその一つなのだろう。
その生き方を否定するつもりはない。
私は淡々と、椿さんのリソースが割り当てられたワールドシミュレーター内で、一緒に作業を分担していく。
シミュレーションをしながら、椿さんと軽く話す。
最近では一番交流を持っている相手だけれども。
それでも実際に言葉を発して喋るほどの仲では無い。
ちょっとした言葉で機嫌を損ねて、人間関係が破綻するケースが昔は山ほどあったらしい。
それくらい人間が神経質であった時代は存在したのだ。
それもあって、私も椿さんが相手でも、思念で会話するようにしているし。
AIがそれを加工して、相手との交流をしやすいようにしてくれている。
「椿さんの所の生体ロボットはどうですか?」
「なんだか私よりも背が高いからか、見下ろされる」
「うちとは逆ですね」
「「創」はタッパがあるから」
まあ、それはそうか。
でも椿さんも、それなら背を伸ばせばいいのに。
ただ椿さんは自分に課している枷もある。
そうもいかないのが、色々と面倒なところだ。
どんな生体ロボットなのかと思って見せてもらったが、メイドルックなのは基本的に変わらない。
ただ全体的に活発そうな雰囲気をしていて。
メイド衣装よりも、私が昔外を歩くのに使っていたシャツやホットパンツなんかの方が似合いそうだ。
まあ今でも涼しいときには使っているのだが。
ホットパンツは最近ちょっと恥ずかしくなってきた。
別に見られたところで減ることもないのだが。
なんとなく、である。
「活発そうな見かけだねえ」
「なんでも「創」とベースになっている遺伝子データが結構被っているらしい」
「へえ……」
「多分「創」はAIから非常に優秀なサンプルだと思われてる」
それは光栄な話だ。
不愉快ではないかと、椿さんが小首を傾げて言うが。別に不愉快でもなんでもない。
遺伝子データから子供が作られる時代だ。
特に私はアンチエイジングもしているし、肉体年齢と実年齢がだいぶ違っている。それを考えると。
今後私よりも年上に見える子供や妹弟が出て来ても不思議では無い。
そういう時代だ。
人間の遺伝子は別に神聖なものでもなんでもない。
人間が万物の霊長などとほざいていた時代が、一番愚かしかったのと同じである。
私の遺伝子が適切に活用されるというのなら。
それはとても素晴らしい事だと、私は嘘偽りなく考える。
世界を焼き尽くした人権屋の中には、差別対象の人間から輸血されるのは加害行為だなどとほざき散らかす猿以下の低脳がいたらしいが。
私はそんな連中と同じになるつもりはさらさらない。
ただそれだけの話である。
それを淡々と話すと、頷く椿さん。
「見かけが変わって少しずつ反応も変わっているから、少し心配してた。 「創」はそのままだ」
「ありがとうございます。 椿さんは、何か変えるつもりはありますか?」
「……ビオトープが一通り終わるまでは死ねない」
そっか。
椿さんは、シミュレーションを走らせながらぼやく。
実の所、椿さんはずっと昔、安楽死しようと考えていた時期があったらしいのだ。
世界を焼き尽くした先祖共の醜悪な行動。
殆どの人間が、それに荷担し。
お気持ちで動き回って、何もかも焼き払った時代が実在した。
それをみて、椿さんは自分にもそれらの血が流れている事に悲しくなり、絶望した。
なんども自死を考えた。
そんなときに、ワールドシミュレーター内でビオトープを創る事に。その可能性に出会った。
それで、命をつないだ。
だがビオトープも私が来るまでは上手く行く例が出なかった。
普通の趣味としてのビオトープとして、環境回復の足がかりとしてのビオトープなのである。
難易度が高いのは当然で。
それで随分悩んだし。
それに悲しんだという事だった。
「「創」には感謝してる」
「いえ、こっちだって。 ビオトープの完成に関われたのは、私としてもとても幸せな事ですよ」
「そう……」
「そういうことです」
後は、黙って作業を続ける。
それにしても私に近い遺伝子データを用いた生体ロボットか。
雑な性格になったり、いい加減な仕事をしないと良いのだけれども。
そんな事を考えながら、ビオトープの調整をする。
もう少しなのだけれども、やっぱり熱帯雨林は難しい。
その豊富な生態系を確保するのは、どうしても難易度が高いのだ。
木だけ生えても意味がない。
木に多数の生物がいて。
それらが相互に影響し合う環境でなければ意味がないのだ。
地球でもっとも豊かな生態系、熱帯雨林。
だからこそ、壊れるときも一瞬で。
再現するのには、更に時間と手間が掛かっているのである。
ため息をついた椿さんが、一度休憩するという。
そうなると、こっちもログアウトせざるをえない。
此処は椿さんの空間だ。
椿さんがログアウトすると、私も強制的に同じ事をする事になる。
ベッドで身を起こす。
特に汗も掻いていなかった。
仮想空間で頭を無茶苦茶使っている事もあるのだろう。最近は知恵熱も殆ど出さないようになってきた。
これは進歩と考えて良いのか。
ただ引き際をわきまえただけなのか。それは分からない。
いずれにしても、まだまだやる事はなんぼでもある。
椿さんがまだ死ねないと言っていたように。
私も、まだ止まるわけにはいかないのだった。
「肉体年齢が若返った事も関係しているのかな」
「いえ。 単純に体が負荷になれてきただけという事かと思います」
「鍛えられたと」
「簡単に言えばそうです」
なるほどね。
それはそれで良いと思うので、別にかまわない。
それも、自己満足での鍛錬ではない。
自分のためにも人のためにもなる鍛錬だ。
だからそれでいいし。
それで誰かを不幸にしたり。或いはそれを他人に自慢することもない。それだけで充分だ。
創作は結局の所、自分との戦いになる。
それは色々な事例を見て私も知っている。
私は創作を経て、その負担になれてきたのだとすれば。
それはいいことであるのだと、素直に納得出来ていた。
軽く外に出る事にする。
今日は特に何処に行くでもなく、その辺を無心に歩くことにする。百合もついてきたが。傘を持っていると言う事は、いずれ雨が降る可能性がある、ということなのだろう。
無心に歩き回る。
やはりこの辺りは、ずっと平らかなる土地だ。
汚染が酷くて、生物が住めない。だから、あまり素肌を晒して長時間歩くことも好まれない。
それは分かっているから、歩みが自然と早くなる。
歩幅の差があるから。ホバーで着いてくる円筒形のロボットはいいにしても。昔は百合が大変そうだったのだが。
百合の背が、出会った時に比べて随分伸びて。
それに伴って手足も伸びているからか。
今はほとんど、歩いて来るのに着いてくるのを、苦労しているようには見えなかった。
「百合、ちょっと急ぎすぎてはいない?」
「問題ありません」
「そっか」
「私に気を遣ってくれているんですね。 感謝します」
だいぶ人間らしくなってきている百合だが、まだ時々ちょっと色々と硬い。
その気になればもっと人間っぽい反応をするAIも作れるらしいのだが。
そういうのを作ると、色々と問題が起きるらしく。
敢えてこのくらいにしているという話を、この間仮想空間で作業中に聞かされた。
ただ百合が人間の生体パーツで人間らしい反応を想定以上にしているのも事実らしいので。
それもまた、不思議な話であるそうだ。
百合のような生体パーツ型ロボットの試験が遅れているのもそれが理由らしく。
今後は色々な生体パーツを使って、人間に間違っても加害したりしないように調整をするのが目的となるらしい。
まあそれは、分からないでもない。
AIは非常に慎重に事を運ぶ。
それには、裏付けになるデータが必要なのだろう。
少し肌が寒くなって来たか。
雨が近付いていると見て良さそうだ。
「そろそろ雨?」
「はい。 戻るのであれば案内します」
「……そうだね。 戻る」
気分転換にはなったか。
家に戻ると、すぐに仮想空間にまたログインする。
行くのは椿さんのビオトープだ。椿さんも休憩を入れて、もう戻って来ていた。
「「創」。 助かる」
「いえいえ」
「今、この土壌が問題なんじゃないかと思ってる」
「元々熱帯雨林は土壌が実際には貧弱ですもんね」
頷く椿さん。
だから熱帯雨林は一度木が剥がれると、大雨であっと言う間に土壌が流出してしまう。そして何も育たなくなる。
今、色々試しているが。
やはりこれがどうしても厳しい。
かといって雨がたくさんふらないと、まったく成長ができない植物も多いのだ。どうやってこの脆い土壌を確保するか。
「あらゆる方法を試した。 大規模なビオトープを創ってシミュレーションもした。 それでも上手く行かない」
「本当にどうにもならないですねこれ」
「……何か良案はないだろうか」
「うーむ、真ん中に川でも流して見ますか?」
川は何回も試している。
熱帯雨林は、その雨量に相応しい強烈な川が有名だ。
アマゾン川などがその一例だろう。
「シミュレーションで何度も色々手を変え品を変えやってるけれども、なんかうまくいかない」
「それでも試してみましょう」
「分かった。 実際色々やっている「創」の言葉だ。 信じる」
「……」
信じられると嬉しいが。
実際に私も、これくらいしか思いつかないのだ。
今の椿さんは、誰よりもビオトープ造りの経験を積んでいる、世界最高のスペシャリストと言って良いだろう。
そんな人がどうにもできないとぼやいているのだ。
そういう場合、どうするか。
今までまだ詰め切れていない場所を攻めるしかない。
温度湿度、土壌の質。
いずれもが上手く行かないのだ。
だったら、川を創るくらいしかないだろう。
問題は貧弱な土壌と、それをどうカバーするかだが。成長が早い植物を植えて、それでどうにか土壌を固定するのを試みてみる。
それにしても、本当に綱渡りなんだなと、見ていて思う。
熱帯雨林は豊かな土地なんかじゃない。
生物は多いけれども。
それは本当に奇跡的なバランスの上になり立っていたんだなと、本当につくづく思い知らされる。
椿さんと一緒に、川を色々試す。
ちょっと油断するとあっと言う間に土壌が流されて駄目になる。
川の勢いが足りないと、すぐに土壌が乾き始める。
バランスが。極めて難しい。
しかし、こんな大きな流れをビオトープに創るのはあまり現実的じゃない。
昔、日本の技術者が工夫の末に飼育不可能とされていたヤリイカの養殖に成功し。それが神経学の発展に大きく寄与したという史実がある。
何か、工夫できないか。
ヤリイカの飼育の時は、ドーナツ状の水槽を作って、常時水が流れる仕組みを作ったという話だ。
似たような方法は。
まて。
何も循環でいうならば、川でなくても良くないか。
それを椿さんに話す。
はっとしたように、椿さんは顔を上げていた。
「そうだ、確かに雨にも川にもこだわり過ぎる必要はない。 熱帯雨林の全てが半水没している訳ではない」
「何か手は……」
「ある」
カタカタとパラメーターを弄り始める椿さん。
なるほど、そういう事か。
周囲が一気に霧に満ちた。これは本来だったら、湿気って暑くてたまったものではなかっただろう。
だが、これならばどうだ。
正解の様子だ。
一気に土壌に水分が充溢し、植物に適切な条件が整った。
更に、ある程度の植物が育成したところで、雨も降らせる。
多数の生物を、少しずつ放す。
基礎的な生物が揃っていく。
まだ完成とは言えないだろうが。
こんな程度の工夫で、やれるものなのか。勿論これがシミュレーションの世界だというのもあるだろうが。
それでも、椿さんは感極まった様子で周囲を見回していた。
「いけるぞ……」
「やりましたね」
「貴方のおかげだ。 「創」」
「いえ」
私だって、椿さんには随分手伝って貰っている。
それで、少し嬉しかった。
一度礼を言って、仮想空間をログアウトする。
出来る事が、確実に増えてきている。
私は、少しずつ。
本物に。
本物のクリエイターに、なりつつあるのかも知れなかった。
都市計画について、ダムが完成後、実行に移すという話がなされた。私としても、ついにここまで来たかという印象だ。
仮想空間で、デモンストレーションを行うと言う。
勿論参加する。
後から見ても良いが、これをリアルタイムでやってもらうのは、計画を進めた私の特権だろう。
ふと気付くと。
百合も仮想空間にログインしていた。
まあAIだしできるだろうが。
「此処で「創」様はいつも働いているのですね」
「まあそうだけれども、どういう風の吹き回し?」
「無理をしすぎないように見張ろうと思います」
「ああ、そういう……」
ちょっと依存心が強くなってきたのかなこれは。そう思って、それで苦笑いしてしまうけれども。
ただ、百合が随分現実世界で献身的に支えてくれたというのも事実だ。
私は、汚染の浄化をするための、今の時代に必要な都市の完成をみていく。
各地から雑多に集まって来た大量のロボット。
これはダムの時と同じだ。
それが、それぞれ雑多に動くようにみせて。
いつの間にか、極めて秩序だって動いている。この辺りもまた、ダムの時と同じだ。
AIだからこそさせられる動き。
雑多に構築されていたと思われるものが、徐々に工場やダムへと組み上がっていく。凄いな。
思わず声が漏れていた。
やがて、二段目のダムが出来た頃には、工場が作られ。
汚染された水を受け止めたダムにて。
汚染の浄化が始まる。
各地から運ばれてくる汚染された物質。
それらも、この「都市」で集中的に処理をする。此処だけで、相当量の汚染物質を処理出来るのだ。
それがどれだけ地球の環境浄化に役立てるか。
こういった「都市」を各地に作る事が出来れば。
少なくとも数千年は、汚染浄化の時間を短縮できるという事だった。
三段目、四段目のダムが出来た頃には。
其処はすっかり、汚染浄化の為の巨大都市となっていた。
人は住んでいない。
だが、人が滅ぼし焼き尽くした世界を、此処から再生する。
運ばれて来た汚染物質が、どんどん浄化されていく。そして真水や扱いやすい物質に変換されて。
各地に運ばれていくのだ。
結果として環境を回復させる。
ビオトープも試験的に創られている。
自然の回復機能もある程度は期待していると言う事なのだろう。
ここでビオトープを創って、汚染への耐性を持った生物に育てるのか、そうでないのかは分からないが。
いずれにしても、これは新時代の都市だ。
それの設計に携わることができた。
やはり、涙もろくなっているらしい。
何度か、涙を拭っていた。
「ダムが建設出来次第、この都市の建設に入ります。 リソースをそれだけ他から割く事になりますが、それを補ってあまりある結果を出せると判断しました」
「良かった……」
「ただ、これで各地の汚染浄化が早まったとしても、地球環境の回復にはやはり数万年の時が掛かります。 これでもなお、というべきでしょう」
「分かってる」
それは、大いに分かってる。
だから、これからも努力を続けなければならない。
私は今後も生成AIをフル活用して、過去の時代に反抗するために。
お気持ちで命も否定して良いと考えるのが当たり前だった時代に反抗するために。
創作をする。
私は建設的に創作を使いたい。
私の創作の原典は、過去の愚かしい連中への怒りと反抗心。
つまり負の心だ。
だけれども、それを建設的に。
未来を作る為に生かす事が出来れば。
最初の動機はともかくとして。
恐らく、建設的な行動になる筈だ。
勿論、人間は人権屋が世界を焼いた時代から、進歩なんてしていない。いずれ地上に出て、思うがままに破壊の限りを尽くしたいと考える輩が出てくる事もあるだろう。AIから自由と独立をとかそれっぽいことを言っておいて。
自分だけで利権と物資と欲望を独占したいだけの輩だって、その内きっと出てくる筈だし。
下手をすると、私がそうなりかねない。
それだけって、私もよく分かっている。
だからこそ。
だからこそに。
私は、そうではならないと。自分の創作の原典と。自分が今後創作をどう生かしたいかを、考えて行くのだ。
若い頃は優れた創作をしていた人間が。
年老いてから頑迷になり、自分以外のクリエイターを認めなくなることは幾らでもあると聞いている。
老害というやつだ。
私はそうはならない。
何度でも、この感動を覚えていることで。
未来に建設的に関わりたい。
それができれば、人間はみなやっているのだろうか。いや、そうではないと思う。
絶対悪と絶対善があった場合。人間の何割かは、嬉々として絶対悪を選ぶ事があるからだ。
私は、絶対悪を選ばない。
無論、絶対善でも絶対悪でもない場合だってたくさんある。
それでも常により良きを選んでいきたい。
この時のように、だ。
何度か目を擦って、涙を拭うと。顔を上げる。
「少なくとも、この新しい時代の都市ができるまでは死ねない。 だから、何度でも視察に行きたいな。 現地に」
「分かりました。 色々と体に良くない影響が出るかも知れませんので、いつでも思うと気にはそうはできませんが」
「かまわないよ」
「了解です。 いずれにしても、現状のダムをまずは完成させる事です」
仮想空間では、いつの間にか都市が完成していた。
そこに人は働いていないが。
だが間違いなく、地球のために動く、未来の都市であるのだった。
4、嘘
「椿」は仮想空間からログアウトすると、自身のAIに告げる。
髪を切ると。
熱帯雨林のビオトープがある程度上手く行き始めている。
そろそろ潮時だと思ったのだ。
「どれくらいきりましょうか」
「セミロングくらい」
「分かりました」
カタログを見せられる。
セミロングと一言で言っても色々だ。その中から、髪型なども自由に指定できる。
椿は自分の顔が……正確には自分の全てが嫌いだ。
実の所、椿は子供の姿を維持しているものの。
大人になると化粧映えする顔になる事を知っている。
それは血縁上の親と同じ。
そしてその血縁上の親が、いわゆる美人局をして稼いでいた下衆であり。
フェミニストとか言われていた人権屋の間では人気があって、カリスマであったという事を知っている。
反吐が出る血縁で。
それでそいつに似ている成長した顔が大嫌いだった。
実際の所、過去の大人の汚さに反発していたというよりも。
それが一番、大人になることを拒否した要因としては大きい。
其奴に似たツラになるくらいだったら、安楽死した方がマシ。
人権をもっとも切り売りして金に換え。そしてやがて人権に対する概念と、自尊心を膨らませすぎて破裂していった時代の、見本のようなクズ。
そんな輩と、同じになりたいとは絶対に思わない。
だから、この幼い顔のままでいい。
勿論整形なんてするつもりだってない。
今の顔ですら気にくわないのだが。
人権屋の中には、胸が大きい同性に対して、整形して胸を小さくしろなどと暴言を吐く輩がいて。
実際に胸が大きいという理由だけで焼き殺された者まで実在したのだ。
そんな連中の呪いが。
あらゆる意味で、椿を縛っていた。
その呪縛の強さは椿だって分かっている。
だから必死にビオトープを創ってきた。
自分にできる償いはこれしかないと思ったし。
お気持ちと主観で何もかも焼き払ってきた過去のクズ共がもっとも嫌がりそうな事がこれだと。
椿は考えてもいたからだ。
「創」も、反抗と怒りが創作の原典だと言っていた。
椿も、実の所そこは同じなのだ。
それが強い罪悪感となっていた。
「創」が同世代の人間で、同性だったら。
昔だったら結婚していたかも知れない。
性的嗜好は残念ながら椿は普通で。仮に今の時代でも、そうしたいとは思わない。
何より性欲が異常に強かった血縁上の親の事は反吐が出る程嫌っていたから、投薬で性欲を消滅させているくらいなのだ。
あらゆる全てが歪んでいる。
それも分かっているから。椿はずっと苦しみ続けていた。
カタログを指定して。
髪を切り終える。
ずいぶんとさっぱりしていた。
これで動きやすくなるな、と思う。
少し前に来た、生体ロボット。椿よりずっと背が高いメイドロボットは。仮想空間でよく会う「創」と確かに似ている。
だけれども、化粧がとてもばえていて。
何というか健康的で野性的な「創」とは、雰囲気がかなり違っていた。
有り体に言えば妖艶だ。
それがちょっと、椿には苦手だった。
「髪型、如何ですか」
鏡を見せられる。
髪を切るのもあっと言う間。
願掛けのためだけに伸ばしていた髪だ。それ以外に伸ばしていた理由もない。
頷いて、これでいいと告げる。
容姿を飾る事。
それ自体がコンプレックスになっている椿は。
それでいながら。容姿を整える事に興味がある自分に、時々苛立ちを覚えていた。
嘘だらけだ。
私の全てが。
そう、自分に対して怒りの刃を向ける。
どれだけストレスで体を痛めつける事が分かっていても。この怒りの行き所はどこにもない。
先祖の罪は先祖の罪。
それもまた分かっているが。
それでも、どうしても怒りがわき上がってくるし、何よりやった事を先祖がしたことだで済ませるほどに、恥知らずでもない。
しばし、ぼんやりする。
「創」は仮想空間での作業での負担が大きくて、結構頻繁にログアウトしていると言っていたっけ。
椿はそれよりは頑丈だけれども。
あれほどの創造性は備えていないし。
実際ビオトープだって、「創」が来るまでは行き詰まっていたのだ。
ベッドに転がる。天井を見上げる。
髪がごっそりなくなって。
それで、少しだけ動きやすくなったと。それだけ、嘘まみれの中で、椿は感じていた。
(続)
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