わだつみ
序、水平線
海に来た。
この国は元々島国だ。だから海は色々と神格化されてきた場所だ。それも今の時代は、もはやそれとは無縁。
海も徹底的に破壊され尽くされ。
深海を除いて、徹底的に生態系は壊し尽くされたのだ。
だから今は、こうして見ているだけ。電磁バリアが張られており。人間は近付く事も許されない。
此処には昔砂浜があったらしいが。
それも全て破壊され尽くしている。
この土地に来た人権屋が、爆弾まで使ってこの辺りを壊し尽くしたのだ。
「不平等の象徴」だとか難癖をつけ。
ただの砂浜を、気化爆弾とかいう凶悪な爆弾で、木っ端みじんに吹き飛ばしまくったのだ。
住んでいる生物たちも当然全て巻き込まれたが。
この手の人権屋にとって、基準は「快不快」以外にはない。
自分の気分が良くなるためならどれだけの殺戮でも平然と行うし。
それに対する罪悪感もない。
だから砂浜を消し飛ばした後は。
「自由と平等の勝利」だとかを宣言して、意気揚々と戦果を自慢したのだそうである。
はっきりいって鬼畜の所業だ。
そして人間は、それを二度と繰り返してはならないのである。
ぼんやりと、海を再建しているロボット達の様子を見る。
殆どが船そのままだ。
今の時代は、人間が残した作業機械も、そのままAI制御のロボットになっている。それらが、彼方此方動き回りながら、海を再建している。
時にはそのまま魚礁にするために、ロボットそのものを海に沈めることもある。
海底でもロボットは活動を続け。
少しずつ再建されている海の生態系を、地上で働いているロボットとともに見守り。自身は海底で生物たちの巣にもなる。それが、例え少しずつであったとしても。環境を回復させるために。
昔は、ここでは波の音が聞こえてきたらしい。
この辺りの砂浜は、波の音の名所だったらしいのだが。
それも過去の話。
今は砂浜が抉り取られてしまっているから。穏やかで涼しい波の音など、聞こえはしなかった。
私は無言で立ち尽くして、海の向こうを見やる。
誰も海を見ている人間はいない。
この近くにも人間は住んでいるはずだが。
そもそも外に興味なんか微塵もないのだろう。
それでも別におかしい事はない。
そもそも、外に出ないで一生を終える人間が大多数の時代だ。それもまた、生き方の一つだろうし。
はっきりいって、人権屋のように何もかも焼き尽くして回るよりも。
その方が百億倍マシだ。
資料映像として波の音を聞くことは出来る。
だが私は。
それよりも、今此処で見ている光景の方が。
今やろうとしている反抗。
音楽の作成に、意味があると思った。
音楽も、調べて見ると奧が深い世界だ。作曲なんて、とてもではないがぱぱっと手出し出来るような代物じゃない。
そういう事もあって、特権意識を持つ音楽家も珍しくは無かったそうだし。
そういう人間をカリスマとして持ち上げて、駄目にしてしまうファンもたくさんいたそうである。
創作がまだおおっぴらに許されていた時代からしてそうだった。
人権屋が暴れ出した頃には。
もう色々と、音楽という文化は手遅れだったのかも知れない。
勿論批判はあった。
創作や芸術に政治を持ち込むなと、反対の意思を示す人も珍しくは無かった。
だがそういう人達は。
「人権に対する裏切り者」などと言われて、殺された。
焼き殺されたのである。
それでありながら、人権が勝った、自由の勝利だと。焼き殺した人間達は賛美され。裁判などでも一切何も有罪にはならなかった。
法治主義が放置主義になりはてて時が経過していたとは言え。
それでも、あまりにもおぞましい事態だったのだと言える。
結果として世界は焼き滅ぼされた。
海でも、それを見る事が出来る。
「海の上に行きたいな」
「海面に接近することは許されませんが、それでもよろしければ」
「かまわない」
「わかりました。 用意しますので、また後日に」
そうか、それもまたいいか。
一度戻る事にする。
荒れ果てた海岸線。酷い有様だ。
海もまったく生命の気配がなかった。今必死に復旧しているところなのだから、仕方がない。
どこでもそうだ。
森も海も全て焼かれた。
人権屋どもの口にしていた人権とは一体何だ。
今見ても、その身勝手な「お気持ち至上主義」には怒りを通り越して諦めすら感じる。
そいつらの子孫である人間は。
確かに地下で縮こまっているのが、お似合いなのかも知れない。
私は漠然と反抗を掲げているが。
連中と同じにはなれない。
ましてやデモだのしていた活動家だのと同じになるつもりはない。
あんな恥さらし達と一緒になるくらいだったら、人間を止めた方がマシだ。
自宅に戻る。
潮風なんて気が利いたものの匂いは感じられなかった。
それもまた、人類の罪業そのものなのだろうと思う。
無言でベッドで横になる。
百合は今日は家に待機していたのだが。他のついてきたロボットと情報は共有しているらしい。
戻って来た私を見て、てきぱきと紅茶を淹れ始める。
最近クッキーをたくさん焼いているが。
いずれもが普通に美味しいので、とても重宝していた。
「温まるから助かる」
「いえ。 それで何か思いつく事はありましたか」
「いや、難しいね。 海の音をそのまま曲にして見たいとも思うけれど、そんなのはなんぼでも今までやられているだろうし」
「……それについては、どうやらDBを調査する限りそのようですね」
まあ、そうだろう。
ここまで安直なアイデアが通るとは私だって思っていない。
だとすると、何が良いだろう。
海に関連するあらゆるものが音楽として様々な人間のイメージを刺激してきている筈である。
それだけ海は巨大だからだ。
巨大だからこそ、汚染され破壊されつくした今は復興が大変なのである。
噂によると、人権屋どもは大陸棚の全破壊を計画していたという話すらもある。
幸いにもそれが出来る物資が人間にはなかったからやらなかっただけ。
此奴らにそれができる道具を渡していたら。
いずれ地球そのものを破壊する事を真面目に目論んでいたかもしれなかった。少なくとも表皮は実際に焼き払ったのだから。
まあそんなカスどもは今はどうでもいい。
紅茶を飲みながら、クッキーを頬張る。
適度に甘い。
私は辛党だが、流石にクッキーまで辛くしろとは言わない。そこまで私は傲慢になるつもりはない。
自分の味覚の好みを他人に押しつけるというのは。
はっきりいって、傲慢を通り越して、自分と他人の区別が付いていない。
人間がもっとも交流を要求された21世紀くらいにも、こういった輩は相当数いたらしいが。
はっきりいって、人間はまったく石器時代から何も進歩しなかったんだなと、呆れるだけである。
技術だけが奇形的に進歩した。
だから地球を焼き払ったのだろうが。
「クッキーを辛くする必要はなさそうですね」
「いらないいらない。 せんべいが食べたいとか、そういう風に考える」
「分かりました。 今の時点では必要ないと判断します」
「そうして頂戴」
伸びをすると、私はそのまま考える。
海をどうする。正確には、海をどう表現する音楽で。
破壊を表現するにしても、どう海を破壊する様子を音楽で表現する。表現をするようになってから、こう言う事をずっと考え続けるようになっていた。
海を破壊する事をテーマにした音楽を検索してみるが、案の定幾らでもある。
一時期のロックンロールというのは、ほとんど暴徒に近いものだった。あらゆるものを破壊して、反抗者を気取るものだった。
勿論それだけではなかったのだが。
まあ、元々反抗の気質を音楽にしたのがロックンロールだったわけだから。
それが破壊を伴うのは、仕方が無かったのかもしれないが。
「海を表現するのに、破壊はどうしても取り入れざるをえない。 破壊の何をどう音楽にするべきか……」
「我々に共通している事があります」
「ん?」
「ゼロから有を作り出す事はできません。 出来るかも知れませんが、できないようにプロテクトされています」
ぼんやり考えていると。
生成AIに、そんなことを言われる。
そういえば、そういう話は聞かない。
生成AIが乱用されていた時代でも、こういった作品をたくさんつくれという指示を人間がして。その通りに生成AIが大量の創作をしたと言う話だ。
だとすると、何かしらの理由で。
ゼロから有を作れないようにしているのかも知れないが。
囲碁などは、AIが人間を越えてからというもの。
AIが今までにまったくなかった打ち筋を開発したりして、界隈をどよめかせたという話があるが。
それも結局の所、今までのあらゆる碁の対局を吸収して学習した結果なのであって。
無から有を創造したわけでもないのだろう。
その時代より遙かに進歩した今のAIでも。
何かしらの理由があって、禁じ手は作っているのかも知れない。
「それを今私に告げたのは、何か意味があっての事なのかな」
「勿論です。 我々にも出来ない事があることは、先に告げておくべきだと考えました」
「そ。 まあそれはそれでいい。 確かに、知っておくべきだろうし」
「恐縮です」
また、無言でPCを操作する。
色々な海に関する曲を聴いていくが、やっぱりイメージしやすいものだからだろう。本当にたくさんある。
巨匠が手がけたような曲から。
素人が作った曲まで様々。
品質もピンキリだが。
いずれにしても、様々なイメージがあって、海だからと言って一筋縄ではいかないようである。
無言で音楽を聴くのを止める。
海をベースに曲を作るにしても。
それはそれ。
今、そうだと決めているわけではない。
私はなんとなくだが。
人間の罪業そのものを創作にするのが、肌に合っているように感じる。だから、それは今後も路線として貫きたい所である。
だが、それは海に対して人間がやった事だけを題材にするわけでもなければ。
単純な破壊行動だけを題材にするものでもないだろう。
無言でとんとんとキーボードを叩いて、無意味な文字列を立体映像の画面上に表示していくが。
それはあくまで無意味な行動であり。
AIもそれを理解しているから、何も言わないようだった。
伸びをして、それであくびをする。
一旦休憩をするか。
それにしても、時々百合があからさまにこっちを観察しているようなのだけれども。
まあそれは、任務なのだろう。
わざわざ個人宅に恐らくプロトタイプだろう人型ロボットを送ってきているのである。それもほとんどが生体部品の、である。
私が反抗の意思を隠しもしていないことを問題視しているのか。
まあ、それならそれで面白いのだが。
単にAIの側でも、今の私を面白がっているのかも知れない。
もう地球の支配者は人間ではない。
それを私は理解しているから。
それについて、どうこういうつもりもない。
少なくとも同じ人間を奴隷にしていたような人間よりも、今地球を支配しているAIと、それを搭載したロボットの方が遙かに統治者としてマシだ。
人間は実際問題手厚く保護されて、殆どの場合欲求は充足できる。
この環境は、多分人間が今まで味わって来た中でもっともパラダイスにちかいものであるだろうし。
ユートピアにもっともちかい。
だからこそ、ディストピアそのものでもあるのだろう。
故に私は反抗するのだ。
もう、時間がかなり経過していた。
しばらく考えるが、これは先送りだな。そう判断して、PCの前を離れる。データを保存して、PCを落とすなどの事は、全て自動でやってくれる。
ベッドに転がると、昼寝でもしようと思ったが。
最近頭を鍛えるべく色々考えているからか。
眠ろうとしても、脳細胞が活性化していて、中々難しかった。
「後二時間ほどで夕食にします」
「そう、分かった」
「何か気晴らしでもいたしますか」
「そうだなあ……」
音楽はいいや。
世の中には周囲が五月蠅くないと嫌だとか抜かすような奴もいるらしいが。私は静かな方が好きだし、そっちが平常運転だ。
それは人間の様々な違い。
私は静かな方が好き。それだけの事である。
だから私は普段は無駄な音を可能な限り控える用にしている。その方が落ち着くからである。
無言で色々と思考しているうちに、多少は眠くなったが。
それでも寝返りしていると、また別の事を考えてしまう。
そうだ、海についてもっと直接色々見て回るか。
それがいい。
明日からのスケジュールはどうせ空いている。
今の時代、そもそも人間は仕事なんかしないのである。
ただし旅行だのの外に出る娯楽もしない。
それだけ色々あったからだ。
私くらいだ。
頻繁に外に出て、色々と反抗の姿勢を示しているのは。外で人間に会うことは滅多にないし。
あったとしてもリスクを考慮して互いに近寄らない。
それだけの事があったのだ。
だからこそ、今は殆どの人間が地下に潜っている訳だし。
それはごく自然な事であって。
私はそれに対して、特に否定的な意見を持たない。そういうものだとして受け入れているだけだ。
「海を彼方此方見て回りたい」
「明日からですね」
「明日の早朝から出るよ」
「了解しました」
まあ、AIがそれを知れば、ロボットなどが対応のための準備をする。勿論今から出たいと言っても準備くらいはしてくれるだろう。
夕食が来たので、黙々と食べる。
今日は随分と肉が多いシチューだ。
百合の分もある。
生体部品も多いロボットだ。
こうやって食事をして、栄養を取っていると言う事である。
「そういえば百合って、一部以外は生体でしょ。 やっぱり体重は平均より重かったりするの?」
「同身長同性別の人間の平均から比べると、6s程度は重くなっています」
「そうなると、一応普通の範疇に入るね」
「普通の定義次第ですが、21世紀前半のデータを確認する限り、国によっては平均よりも軽くなっています」
なるほどねえ。
そういえば肥満が問題になっていたのだったかその時代は。
今はみんな地下の自宅からでないのに、そもそも太る事もないらしいが。
だとすると、今の時代の平均から考えると少し多め、くらいだろう。
肥満を解消する努力なんて、必要としないわけだ。
それはそれで良いのかも知れない。
「それ以上痩せると色々問題がある感じ?」
「インナーマッスルで運動のための機能を確保していますが、これ以上体重を減らすと確かに出来ない事が増えます」
「まあそうなるか」
「私の体重が何か問題になりますか?」
いや、何でも無いと応えておく。
別にアスリート体型をしているわけでもない。
ただ、ふと思い立っただけだ。
今は、脳を兎に角使うようにしている。脳を使うから、ただ漠然と色々考えてしまうだけである。
昔だったら、体重を聞くのは失礼に当たったかも知れないが。
ロボット相手に体重を聞く事が失礼に当たるわけもないし。
そもそもなんでもかんでも失礼だなんだのと言っていたから。
何も相手に聞けなくなり、やがて差別だの何だのに発展していったのである。
馬鹿馬鹿しい歴史を、私が繰り返すつもりはさらさら無い。
そんなのは「コミュニケーション能力が高い」と自称している連中が、勝手にこねくり回していればいい。
私はしらん。
夕食を終えると、風呂に入って後は寝る準備をする。
歯を磨いていると、良い感じで眠くなってきた。
どうしても絵画の時点で躓いていた頃は、兎に角色々と心労が絶えなかった。悔しくて、悶々として。
眠れず四苦八苦する日もあった。
今はなんというか。
できる事をすっきりやってしまったという事もある。
しっかり眠れる。
それが私に取っては、嬉しい事だった。
1、あらゆる角度から海を見る
破壊され尽くした海岸線を何日か掛けて見て回る。元々海上に出てみたいと要望は出していたのである。
電磁バリアを通り越して、ホバーで上から海を見ていく。
本当に酷い破壊されっぷりだな。
そう思いながら、ホバーの上からその様子を確認。その過程で、他人とすれ違う事は一切無かった。影すらも見ない。
鉄道の残骸も存在しているが。
ただそれだけである。人は乗っていない。
動かしてはいるようだが、基本的には貨物を運ぶためだ。もう人間が乗るものではなくなっている。
そういえば21世紀では一部の鉄道マニアが、とにかく先鋭化して様々な犯罪までおかしていたのだったか。
元々カメラ関連の趣味は、「オタク趣味」とかいわれるもののなかでは最も最初に差別が顕在化したとかいう話で。
その結果、趣味を持つ人間は地下に潜る事になり。
極めて凶暴になり。思想も先鋭化することになったという歴史がある。
迫害すればそうなる。
そういう事例が露骨になったにもかかわらず。
以降も人間は自分より下の存在を作りたいと言う願望のまま、あらゆる差別する対象を探し続け。
結果として互いに殺し合う事になる。
22世紀になったころには破滅は決定的になり、性別も年齢も関係無く、他人に接触することそのものがリスクとなって。
群れになった人権屋が、世界中で破滅的な大暴れをしていくことになるのだが。
人間がほんの少しでも歴史に学べる種族だったのだったら。
そんな事は起きなかっただろう。
つまり人間にそんな能力はないということだ。
民族も国家も関係無く。
何日か掛けて、近場の海岸線を見回ったが。えぐいくらいに悲惨な破壊をされているのがよく分かった。
一部はロボット達が集って修復を開始しているが。
いずれにしても、人力でどうにか復旧出来るような状態じゃあない。
黙々と海岸線を見て回った結果。
悲惨な破壊の爪痕をうんざりするほど見せられて。
人権屋どもの罪業と、連中が一人残らず地獄に落ちて良かった事を確認できたが。それ以上の収穫はなかった。
それから更に数日は。
海岸線から、更に先に。海上に……いわゆる洋上に出てみる。あまり海上に深入りはできないが。それでもロボットが指定した地点までいってみる。
ホバーを使うとはいえ、海上に出るとリスクがある。
そのため、海上に出ているときは、ホバーに追走してくるロボットがいた。
ロボットと言っても、完全に船である。
AIを搭載した、古い時代のモーターボートというものであるらしい。
完全に無人で着いてきているが。
これは事故が起きたときの対策のためだ。
漠然と海を見て回るが。
特徴的な地形などは、本当に破壊され尽くしている。
岩礁などは特に徹底的に破壊されていて。海を見ていて、何か目印になるようなものはない。
「此処には瀬戸大橋と呼ばれるものが掛かっていました」
「破壊されたんだね」
「そうです」
そうだろうな。
何かしらの目立つものは、悉くが「差別だ」と喚く人権屋によって破壊された。瀬戸大橋というのは記録映像で確認するが、ただの橋だ。規模的にはそれなりに大きいが。
それをどうして差別として破壊したのかは理解不可能だが。
ともかく、差別だと感じたのだろう。
そう感じたから壊すし殺す。
それが人権屋の思考回路なので、今更驚くには全く値しない。
他にも幾つか、この辺りに大きな橋があったらしいが。その全てが破壊されてそれっきりだそうである。
「復旧はしないの?」
「現時点で復旧する意味がありません」
「ああ、確かに……」
人間が毎日電車に詰め込まれて会社に送り出され。その生命力を極限まで絞られながら仕事をしていた時代とは違う。
今は人間が移動せず。
ロボットが規則的に動くだけで、物流もそれで補えている。
だから橋だのなんだのは必要がない。
単純な話だ。
しばらく見て回るが、本当に海も山も焼き払われた跡が痛々しい。山の幾つかは、抉り取られるように地形が不自然に壊されていた。
いずれもが大火力の爆弾によるものだ。
あんな山に、なにが差別を想起させたのか。
ただ目に着くもの全てを破壊したかった、殺したかった、それだけとしか思えない。怒りを通り越して、恥ずかしくなってくる。
そのまま海を通って、自宅に戻る。
海からホバーが出ると、ロボットもついてこなくなった。
高度を落として、後は自宅へ急ぐ。
丁度自宅に戻る頃に夕食になるそうだ。百合はホバーの隣に座っているが。まあ百合がいなくても普通に料理は準備される。
何のもんだいもない。
百合自身は、私の監視のためにいるのだろう。
それでかまわないし。
なんならもっと堂々と監視してくれてかまわない。
自宅に到着。
海の流れも、なんというか平坦で。なにも感じる事はなかった。
陸地に近い島は、そのまま消し飛ばされた場合もあるという。
なんでも無人島というものが。人権屋の憎悪を買ったらしい。
もはや何でも良かったんだなとしか思えないし。
それで殺戮されつくした島に住んでいた動物には、本当に気の毒だという言葉しかなかった。
夕食を黙々と食べる。
そうしているうちに、少しずつ音楽のイメージが固まり始める。
ただ、そもそも音楽というのは。
特に音楽がもっとも盛んに創られていた時代は、複数の楽器の旋律を混ぜながら創っていくものであって。それに個人のセンスが出たそうだ。
いずれにしても私単独でできるものではない。
生成AIに頼る事になるだろう。
夕食を終えて、ベッドに横になる。
ごろごろと転がりながら、少しずつイメージを固めていく。
そうだ。
半身を起こして、思考する。
「海の中、直接見に行ける?」
「お待ちを。 ……近場の範囲内であれば、潜水艦を基にしたロボットがいますので、それを利用できます」
「いつ使える?」
「基本的に今の時代は、誰も外に出ません。 明日でも可能です」
まあ、そうだよな。
個人的にはロボットの都合を心配したのだが、それについては問題はないようだ。
いずれにしても、有り難く使わせて貰う事にする。
それにしても創作を本格的に始めて分かってきたのだが。
本当にこの界隈。
楽では無いんだなと、私は思うのだった。
潜水艦はもともと軍用のものではなく研究用のものらしく、深海探索に使うものであるらしかった。
もう今は、それも探索され尽くしている。
今回は深海に行く訳でもない。
近場の比較的浅い海底を見て回るだけだ。
そもそも、地球で最も深いマリアナ海溝ですら、20世紀半ばには最も深い場所に有人の潜水艇が到達成功している。
それ以降も深海探索艇が多数創られ。
今でもその一部は、修復されつつ動いていると言うわけだ。
とにかくちいさな潜水艇だが、これは21世紀の末に、最後の工業力で創られたものであるらしい。
遊覧目的で創られたのだが、世情の悪化に伴って工場で放置され。
そして人権屋による破壊を、どうにか免れた。
以降はAIが回収して、改修を実施。
以降200年以上、動いているそうである。
内部は狭いが、百合と二人で乗るには充分である。むしろ、潜水艦の周囲に、水中活動用のロボットが複数機いるのが分かる。
これは水中での事故が極めて危険だからだろう。
潜水艦で事故が起きると、まず誰も助からないという話は聞いている。
今はどうなのか分からないが。
何があっても対応できるように、ロボットが数機来ているということだ。
そのロボットも、見かけというか完全に潜水艦だ。
ロボットアームを搭載しているが、それを常に展開しているわけでもない。
いずれにしても、何かあっても余程の事でもない限り大丈夫だろう。
それにしてもだ。
海底も、抉られたような地形が彼方此方にあって、悲しくなってくる。
本当に見境ない攻撃が行われたんだなと思って、嘆息するばかりだった。
「外の音って聞けない?」
「聞けます」
「じゃ、聞きたい」
「承知しました」
潜水艦の中に、ごぼごぼという音が満ちる。海の中の音は、恐ろしい程になんというか。
人間のいる場所ではないと告げてきている。
シュノーケリングだのダイビングだので潜る範囲の海だったら、それもまた違うのかも知れないが。
今私がいるのは、水深200メートルの、大陸棚のギリギリの地点だ。
一応もうこの辺りになると深海に分類されることになり。
生物などはぐっと減っていくことになる。
もっと浅い海域には魚も昔はたくさんいたそうだが。
今は深海も浅い海も関係無く。
魚は殆どいない。
見境なく乱獲した挙げ句、人権屋が殺戮し尽くしたから。
ぼんやり外を見ているが。
魚を見かける事は、潜る途中からして、ほとんどなかった。
音を聞いていると、これはこれで悪くない。
人間のいる場所では無い。帰れ。
そう言われているようで、非常に強く感じ入るものがある。
他の人間には、これはただの環境音にしか思えないかも知れないが。私には、これは面白い音だ。
しばらく聞いていたい。
無音と思われる場所にも、色々とそうではない、静かな環境音があったりするのが現実だ。
そしてこれは、私にはただの環境音だとは思えない。
そういえば、鯨という生物がいた。
既に絶滅してしまっていて、今遺伝子データから復活を試みているそうだが。
その鯨は、世界でもっとも大きな音で歌う生物であったらしい。
勿論、今深海でその歌を聴くことはできない。
悲しい話だが、人間の行動の結果だ。
鯨の歌は、どんななのだろう。
ただ、今はそれを聞いているわけではないので。百合もそれには反応しなかった。
「もう少し深く潜れる?」
「残念ながら、貸し出せる探査艇では、これ以上の潜水は事故を考慮して潜る事が出来ません」
「あー、そうか……」
「安全を最優先して動いております。 それをご理解ください」
まあ、それは分かっている。
だから、それについてどうこうするつもりはない。勿論、深く潜れと強要するつもりもなかった。
いけすが見えてきた。
この辺りの生物を復旧しようという試みだ。
軍艦の残骸があって、その周囲に手を入れているようである。
雑多な生物が集っているのが見える。
電磁バリアは地上と違って張られていないが、生物が他に行かないように、色々な仕組みを投入しているようである。
魚は極少数。
僅かに、魚らしいのが、船の残骸に出入りしているのが見えるが。
それ以外は、生物とも認識出来ないようなものや。
或いは殆ど動かないものだった。
説明を受ける。
此処はどうやら、深海の生物の再生作業をしている場所で。元々沈んでいた軍艦を利用して、適切な数になるまで生物を増やしているという。
このくらいの深度になると、殆ど日光が届かないという事もある。
珊瑚などはもっと浅い海域で今増やす事を試みているらしい。
増やしている生物について細かい解説を受ける。
いずれもが、もっと浅い海域から落ちてくる死骸などを目当てにしている生物で。
こういった生物が、古くは鯨などが死ぬと海底に集い。
死骸を中心に、100年近く生態系を作りあげる事もあったそうだ。
なるほどなるほど。
これは鯨の死体の代わり、と。
どうやら合成蛋白をばらまいて、餌としているようだ。
ちいさな生物が集って、何かをせっせと囓っている。
これらの生物にとっては、餌は何でも良いのだろう。合成だろうがそうでなかろうが。
いずれにしても、餌をえり好みしているようでは生きていけない。
魚なども同じ。
「深海の魚は、多くが光を放ちます。 用途は様々ですが、この辺りにいる魚は自分の存在を異性にアピールするために光る品種です」
「面白いね、それ」
「魚たちにとっては必死の行動です」
「……それもそうか」
解説をそのまま聞く。
やがて、解説も一段落して、潜水艦が移動を開始。私はそのまま、暗い深海の音を聞きながら。
思索にふけった。
海上に出ると、近場の港による。
これは最近創られたものだ。人間が創った港は、みんな人権屋が壊してしまったからである。
機能を最優先した一種のプレハブで、見ていて味気ないが。機能性という点では優れているのだろうとも思う。
一応潮のにおいがした。
此処からはホバーで戻る事にする。
深海を見てこられたのは良かった。定点カメラなどで深海を見に行く事は出来るのだけれども。
それはそれ、実際に近くで見るのとはだいぶ違う。
流石にもっと深い場所は駄目だと言う。
一応そういった場所に行って作業するロボットはなんぼでもあるらしいのだが。
人間を乗せてそういった深海に出向く潜水艇は、在庫が殆ど残っておらず。動かせる整備状態のものもないそうだ。
それはとても悲しいと思うし。
何よりも、深海でもこれだけ無茶苦茶にされているのを確認するのが今回の目的でもあった。
鯨の歌どころの話じゃない。
元々海の砂漠と言われるくらい深海は寂しい場所だったらしいのだが。
今は砂漠どころか月面だ。
それを直接見て来た。
それだけで、充分に意味があった。
雨が降り出す。最近は非常に雨が多いな。そう思っていると、やがて本降りになった。
ホバーの中でも、雨音が非常に凄まじい。
「雨音を遮断しますか?」
「いや、このままで」
「分かりました」
「これって自然の雨?」
少し考え込んだ後、ホバーを運転しているロボットが返信してくる。
どうやら違うらしい。
元々自然環境の最悪の影響を与えるくらいに、人権屋による破壊は凄まじかった。今でもその結果による異常気象が地球中を覆っている。
二酸化炭素の濃度を下げる作業は、世界中にて行われて、やっと一定の成果を上げはじめているそうだが。
場所によっては、氷河期の到来が危惧された程だったそうだ。
二酸化炭素が増えて暑くなるのかと思ったら。
どうもそういう単純な話ではないらしい。
色々と技術的な説明を受けるが。
残念ながら、私の頭ではあんまり理解はできなかった。
自宅付近で、ホバーが降りる。滝のような雨だ。自宅に入るまでの間だけで既に濡れたが。
まあそれは別にいい。
家の中で、続けてAIに説明を受ける。
「この激しい雨そのものは人工のものですが、幾つかの物質を雲に散布して、雨の性質を変えています」
「ほー」
「それによって、大気中の二酸化炭素を吸収して、各地で回収しています。 後60年ほどで、20世紀前半の水準にまで、二酸化炭素を減らせると判断しています。 もっとも、人類がまた21世紀水準での活動を再開したら話は変わってくるでしょうが」
なるほどね。
いずれにしても、よく分かった。
今日はかなり実りがある調査だった。ロボットが、淡々とロボットアームを伸ばして、私の頭をタオルで拭く。
私自身はパジャマにささっと着替えながら、夕食ができるのを待つ。
ベッドで横になってごろごろしていると。
やがて夕食が仕上がったので、食べて腹を温める。
他には、どこに行くか。
海の上。
深海。
海岸線。
どこも見て回った。
後は洋上かなあ。陸から遠く離れた海の上、とはいっても、そういった場所も散々あらされている。
魚は取り尽くされ、他の生物は殺し尽くされた。
だから、今では殆ど洋上で見られるものはない。
サメなんて論外だ。
餌の魚がいなくなってしまったのである。今更、サメなんて見かける事なんて不可能だろう。
そもそもサメは。特にホオジロザメは人間が思っているよりもずっと脆弱な生物で、人権屋が暴れ始める前にはとっくに絶滅危惧種になっていたという話である。
いずれにしても、何もいなくなった洋上。
次に行くなら、これだろうな。
そう判断した。
「洋上、遠目のに行きたい」
「そうなると数日がかりになりますが」
「かまわない」
「承知しました。 スケジュールを調整します」
明日行けるとは、流石に言わないか。
洋上で活動しているロボットなどに乗せて貰う事になるだろうが、そういうものは基本的に人間が乗ることを想定していない。
故に、何かしらの人間が乗れるものを洋上に出す必要がある。
ホバーでも大きいものだと生活スペースがついているものがあるらしいのだが。
そもそも洋上にホバーを連れて行く場合、燃料などの問題がどうしてもある。今は確か核融合を使うケースもあるらしいが。
それを長時間人間が使って大丈夫なのかとか。
核融合型のホバーだと、個人の遊興のために動かせるものなのかとか。
色々考える事はある。
ただ、技術面では私はあまり詳しくないので。
その辺りは、AIに任せるしかない。
しばらくして、どうやら計画の立案が終わったようだった。
「一週間後に外洋にてアクセスできるロボットがいます。 そのロボットは破壊された客船を修復したもので、人間が生活出来るスペースも復元されています」
「それにのって行く感じ?」
「そうなります。 基本的に作業に同行するだけです。 そのため、任意のタイミングで戻る事はできませんが……」
「かまわないよ」
別にこの家にいても仕方がないし。
そう返答すると、また思考を開始するAI。
まあ色々と、大変なんだろうなと思う。
経済も政治もAIが既に掌握している。その掌握分野には、こういった事も含まれるのである。
それについては大したものだ。
人間と違って、ろくに目を通さずにハンコを押すようなこともしない。
決済も全て人間より正確なのだから。
「それで何日洋上に滞在することになるの?」
「五日です。 日本近海に来るそのロボットに乗り、日本近海に戻るのを待ってホバーで帰還することになります」
「分かった。 問題ないよ」
「了解いたしました」
一週間後、五日間の旅か。
それはそれで悪くないな。
私は伸びをすると、五日後が楽しみだと思った。
百合が風呂を沸かしているのが見える。
風呂に入って、さっさと寝るとしよう。
いずれにしても、これは生まれて始めての長時間の外部滞在だ。今からそれが、楽しみだった。
2、暗黒の海原
海面が何処までも拡がっていて、私はそれを見て感心していた。
本当に海原だけだ。
ホバーで移動して、随分経過している。それでも、水平線に何も見えてこない。
一週間、家で大人しくしていた甲斐があった。
今は静かに、ホバーの上で海上の様子を見ているだけである。
このホバーにしても、速度が出始めると結構なものがある筈なのに。
まあ海上の移動となると、それだけ大変と言う事なのである。私としても、それが理解出来て嬉しい。
音を聞く。
これをベースに作曲するのだ。
海の全てを聞いておきたい。
それも自然としての海じゃあない。
人間が無茶苦茶にし尽くした果ての海だ。今までそれを創作してきて。今もそれを創作しようとしている。
これからしっかり創作出来るだろうか。
それが楽しみだ。
創作は今までとにかく大変だったが。
二つ、作りあげてから。
楽しいという感情が生まれ始めている。
生成AIがあれば、才能がない創作でもできる。それについては、有り難い時代だとしか言えない。
ともかく、まずは見る事だ。
定点カメラでは限界がある。
私は人間がやってきた業を、直接見ておきたい。
それが創作へのモチベになる。
それはどうしても、個人的な手癖なのだと思う。それが分かってきたのだから、やるだけである。
やがて、見えてきた。
大きな船だ。
元は客船だったと言うが、やはり徹底的に破壊され尽くしたのだろう。カス共があらゆる文化を破壊した時代に。
船体の殆どは。機能性だけを追求したものとなっている。
船というよりかは、動く島だ。
元が船だったとしたら、殆ど材料だけを利用した、のだろうか。
たしかメガフロートとかいうのか。
それに近いように思えた。
多分だけれども、あれそのものが巨大な養殖場などを兼ねているのだろう。勿論人間の食糧を生産していると言うよりも、世界の回復作業を行うための養殖である。
これによって生物を増やし、環境を整え、少しずつ世界を回復させていく。それが計画のうち。
「間もなく着地します。 アナウンスに従って移動してください」
「了解」
「基本的にこの船は人間の領域ではありません。 それを念頭に置いて動いてください」
なるほどね。
これだけ念入りなアナウンスがあると言う事は、相当なんだろう。
例えば工場が人間の力で動いていた時代。こういう事を新人は言われたそうである。
ここで一番柔らかいのは人間だ。
機械とぶつかったら、なんでも簡単に壊れる。
実際工場での事故は凄惨極まりないものとなるのが良く知られていて。
私も幾つか実例を見たが、これは可哀想だなとぼやきたくなるものばかりだった。
ここではそもそも、人間と違う存在が、人間と違うルールでものを動かしている。
高度化した農業などでも、部外者の立ち入りは絶対禁止という感じで行っていたらしいのだが。
それと同じであるのだろう。
ポートに着地。百合と一緒に降りる。
やっぱりこの子は監視役と言う事だ。ロボットは他にも数体来たが、基本的に個性は存在していない。
無言で言われたまま移動する。
メガフロートの彼方此方には、極めて規則的に物資が搭載されていて。ドローンだっただろう小型の飛行ロボットが忙しく行き交っている。
私は完全に邪魔者でしかない。
彼方此方、明らかに焦げている場所がある。
これは恐らくだが、破壊された客船の名残なのだろう。踏まないようにと念押しをされていた。
「それにしても宿泊時期の制限とか、珍しいね」
「これくらいの巨大プロジェクトとなると、流石に人の自由に優先されます。 ただ九秒などがあった場合は、其方の対処を優先します」
「なるほどね……」
「古い時代、テロリストに屈した政治家が人命は地球より重いと言ったそうですが。 勿論我々はそのように考えるつもりはありません。 ただし人命は人命として、我等の使命通り最大限に尊重します」
まあ、AIならそうだろうなと思う。
私は言われたままについていって、やがてちょっとしたタワーっぽい構造になっているプレハブに来た。
なんだか雑多な構造だが、壊さずに残しているだけに見える。
なるほど、多分コレが客室部分だったのだろう。
案内されたまま、中に入る。
なるほど、一応私の家と同じくらいのスペースがある。この手の豪華客船というのは、とにかく金持ちが利用していたらしいのだが。
その一方で、非人道的に貧乏人がこき使われていた側面もあるらしい。
見栄えを重視した結果、救命ボートを減らして被害を拡大させたタイタニック号の事件も有名だが。
それ以外にも、こういった巨大船の元は金持ちの文化として、色々な闇とともにあったわけだ。
「とりあえず生活は問題無さそうだね」
「生活空間とアクセス完了。 通常時と同じように生活出来ます」
「もとの家の方は大丈夫?」
「問題ありません」
まあ、AIで総合管理しているのだからそれもそうか。
私はまずは、立体映像で地図を見せられる。一辺が1qほどもある巨大な船だ。これは空母だとか言うものよりもデカイ。
移動する街なんて言われた、強襲揚陸艦よりも更に大きいと見て良いだろう。
コレは多分、破壊された客船だけではなく、複数の船の残骸をくっつけて作りあげたものと見て良い。
いずれにしても、凄まじい規模感だ。
「なるほど、とりあえず構造は分かった。 殆どの場所は入れないね」
「残念ながら。 ただ、何が行われているかの視察は可能です。 少し距離を空けなければなりませんが、望遠などの支援は行います」
「電磁バリアとかでの保護はされてるの?」
「はい。 他にも鳥などの育成も行っていますので、電磁バリア以外にも様々なテクノロジーで保護はされています」
なるほど、逆に逃げないようにするための処置か。
鳥なども全ての個体にGPSなどをつけて管理をしているらしいのだが。それでも一応無駄を減らすための手間というわけだ。
早速視察に出る。
まずは大規模な作業をしている所から見に行く。
巨大なクレーンを使って、何かを海に投下している。相当な量を積み込んできたようで。ひっきりなしに海にそれを投下しているのが見えた。
「あれは?」
「培養済のバクテリアの塊です。 海に文化抹消が行われていた時期の末期、投下された毒物を分解します。 分解後は死ぬようにDNAを操作してあります」
「毒物……」
「海があるのは差別だという理由から、人権屋と呼ばれる過激派集団は、海に毒物を流し続けました。 今分解しているのは、その中で危険度が高いものから順番にです」
複数種類の毒物を流したのか。
それで無差別に住んでいる生物を殺しまくった挙げ句、自分達の行動を正義だと誇っていたと。
本気で救いようが無い連中だなと思う。
ともかく、そのまま手をかざして様子を見る。
海水を吸い上げてもいるようだ。巨大なポンプが海水を吸い上げて。何かの装置を通している。
「あれは?」
「現在の毒物の濃度などを調べています。 また、生物がいる場合は一旦保護層に隔離しています」
この船は確か四層になっていて、保護層というのが二層に存在している。其処には大きな海水のプールがあって、5000を越える区画に分けられているらしい。
元々こういう海上に浮かぶ船にはバラスト水という船を安定させるための水を入れる区画があるらしいのだが。
これくらい巨大な船になると、その規模も桁外れと言う事だ。
そして全てが全自動で動いている。
人間が一切介在していない事を除くと、非常に未来的な船なのだと言える。本当に動く島そのものだ。
これが元客船だとどうして信じられるか。
まあ客船の素材を使っている、くらいなのだろうが。
保護層も見たいと聞いてみるが。
それについては駄目と言われた。
どうも、直接行く手段が存在していないらしい。ロボットなどは元々其処で活動する事を前提としたものだけが入れて、しかもチューブを通って行くらしい。
人間がメンテナンスをしないので、その辺りが柔軟に創られている、というわけだ。
更に言うと、幾つかの区画には実際に保護した生物が存在していて。
それらと人間を接触させるわけにはいかないらしい。
まあ、それはわかる。
農家なんかと同じだ。
一応、定点カメラで遠隔で見る事は可能らしいので、後でそれを見せてもらうこととした。
歩いて周りながら、解説を受ける。
電車みたいなのが走り回っている。
既に百合も仕組みなどを把握しているらしく、時々袖を引かれる。
目の前を、びゅんとロボットが通り過ぎていく。
人間がいないこともあって、みんな基本的にフルスロットルで動いている様子だ。昔で言うアスリート並みの筋力があっても、巻き込まれたら秒でミンチになってしまうだろう。怖い怖い。
電車みたいなのが通り過ぎる。
色々な資材を乗せているが、何をしているものなのだろう。
海底から、大きなクレーンが何かを引き上げている様子だ。非常に汚染されていて、此処まで酷い臭いが漂ってきていた。
こういう異臭は、あまり嗅いだことがない。
流石に私も、口を押さえる。
「なにあれ……」
「人権屋達が、魚礁に鎮めた汚染物質の塊です。 今引き上げて、これから毒性を分解する予定です」
「魚礁まで破壊していたのか彼奴ら……」
「漁師を拷問して漁場などを聞きだし、片っ端から破壊して回ったようです。 いわゆる「潮」の流れを破壊する計画まで立てていたようですが、それは幸い未遂に終わりました」
冗談抜きに、二重の意味で頭がクラクラしてくる。
私はまだまだ温室育ちなんだなと思い知らされるし。
何よりも、魚礁を破壊する人権屋どもの馬鹿さ加減にも、である。
連中は何もかも破壊し尽くした後、どうやって食べて行くつもりだったのだろう。
いや、何かの資料で見た事がある。
確か連中は、自分達だけが生き残り、地球の全てを独占するつもりだったという話があるらしい。
生き残る想定が数万程度だとすると、これだけ滅茶苦茶をやっても食っていく自信があったのか。
いや、それはあり得ないだろう。
そもそも、そんな先の事を考える頭があったとは、とても思えないからだ。
溜息が漏れてしまう。
空が曇り始めた。
そういえば。
山もそうだが、海も気候がすぐに変わってしまうのだったか。
「客室に戻りましょう」
「嵐か何か来る感じ?」
「急速に低気圧が発達しているのは事実ですが、それ以上に此処は人の領域ではありません」
「なるほど……」
確かにロボットなら耐えられる風雨も、人間には無理か。
それに見た感じ、この船は船体がそれほど高くないから、下手をすると大波が直接甲板に来る。
この規模の船だとしても、津波みたいな凄いのが来たら、立ってるどころじゃあないだろう。
荒れている海の恐ろしさは、一応知っているつもりだ。
急かされるまま、急いで自室に。
その間に雨が降り始めるが、少し肌が痛いかなと感じた。
屋根の下に入っても急かされて。
すぐにドアを閉じられる。
ドアは何重かになっていて、閉じるときに結構重い音がした。中々に恐ろしいドアである。
肌がひりひりする。
何かスプレーされた。
「日焼けかな、これ」
「いえ。 この辺りの海は汚染が酷く、その汚染を核にしている雨もしかり。 この船で活動しているロボットは汚染に対応するためのコーティングをしているのですが、人間には有毒です」
「そんなに汚染がやばいんだ……」
「海に投げ出されたら、確定で助かりません」
そんな場所でも。
わざわざ私を届けてくれたのか。
それなら、随分待たされたのも納得が行く。私はかなり無茶苦茶を言っていて。AIはそれを聞き入れてくれたという事だ。
それだけで、かなり感謝しなければならないだろう。
「雨は結構続くの?」
「これについては予測が極めて難しい状況です。 海上での天候は昔から予測が難しく、あまり当たりません」
「そっか……」
「雨が止んだ後も、まずは汚染物質の中和からはじめる事になります」
色々大変だ。
定点カメラを見ると、戦場で幾つか大きなロボットが動き回っている。それらがスプリンクラーみたいなものから何かまき散らしている。
あれが中和用の物質かも知れない。
汚染は非常にまずいのだろうが。
それにも限度がある。
これだけ巨大な規模の船が何隻も動いているとすると、思った以上に汚染の排除は早いのだろうか。
いずれにしても、汚染物質が更なる汚染を呼ぶようなことだけは避けて欲しいのだが。
まあ、そういうのはAIの得意分野だ。確実に対応をしてくれるだろう。
百合はいない。
先に風呂場で処置を受けているらしい。
そういえば、生体パーツが殆どだったな。そう思うと、私と同じように処理しなければいけないわけだ。
私も百合の後に風呂に入る。
普段は自分で体くらい洗うのだが。円筒形のロボットが一機一緒に入ってきて、何やら念入りに洗われた。
汚染物質の対策だろうし。
そのまま、好きなようにされた。
生き物がもういない……とまではいかないが。とにかく酷く汚染された海だ。それは、二日目に入って更によく分かってきた。
自分の美的感覚からして気持ちが悪かったら殺す。
それが人権屋のやり口だ。
人間に対してすらそうだったのだ。
人間以外の存在に対して、連中が手心を加える筈もなかったのだ。
とにかく連中の主観で気持ち悪いとされた生物は、根絶するまで殺し尽くされたし。生き残りがいても生きていけないように、徹底的に環境を破壊された。
人間がその気になれば、殆どの動物はあっと言う間に皆殺しにされる。
良い例がリョコウバトだ。
凄まじい規模を誇った生物で、億単位の群れが毎年移動を繰り返したが。
米国ではこれのハンティングが「スポーツ」として流行し、片っ端から殺され、あっと言う間に絶滅した。
しかも絶滅寸前になって僅かな群れになり。その最期の群れが発見されると。
「最後のハンティングを楽しもう」などと言いながら愚物どもが集まり。片っ端から殺し尽くして絶滅させたのである。
人権屋でなくても人間というのはこの程度の生き物である。頭のネジが外れていた人権屋にしてみれば、もう何もかも殺戮して回るというのは、当然の事だったのだろう。
海は広いかもしれないが、本当に何も無い。
甲板を歩いていて、肌がひりひりするのは日焼けだからではない。海の汚染が、空気中まで来ているのだ。
時々目がちかちかもする。
出る前にお薬を貰って飲んであるのだが。
それでも喉がひりつく。
「大丈夫ですか?」
「これでいい。 こう言う場所に、来ておきたかった」
今まで、如何に汚染が除去された場所を見て来たのか。
それがよく分かった。
音楽についてのインスピレーションも溜まってくる。ここまで酷い有様だとは思わなかったが。
だからこそに、真実を知れば。
それがモチベにつながってくる。
私の創作は、人間の罪業を追求して弾劾するものだ。
この悲惨な海の有様は、はっきりいって言語に絶する。
けらけら笑いながら殺戮の限りを尽くしていた人権屋どもは、この世から消えて正解だったのだろう。
許されない連中だ。
自分の主観で命を弄んだわけだ。
永遠に地獄で焼かれていろ。
そういう言葉しか出てこない。
無言で歩いて回る。
甲板近くで、波濤が砕けているのが見えた。かなり波が高い。そういえば、風邪も出て来ている。
百合がスカートを押さえているのが見えた。
私はヒラヒラするのは着ていないから、あんまりそういうのは気にならない。コートも風で飛んでいくようなものでもないし。
「そろそろ引き上げてください。 肌へのダメージが出始めています」
「雨が降らなくてもこれか……」
「現在、同規模の汚染除去船が三十五隻就航しています。 それらが汚染を除去するために動いていますが、除去の完成までに千二百年以上を想定しています」
「……」
海に意思があったら。
人間が来たら、絶対に許さないと考えるだろうな。
そう私は思った。
勿論海を擬人化しただけの話。
海に意思があって神としての力でも持っていたら、容赦なく人類を滅ぼしに掛かっていただろうなとは思うが。
現実では、そういう事はない。
そして海をせっせと浄化しているのはAI制御のロボットだ。
一度、促されるままに客室に戻る。
戻った後は、スプレーとかで処置をされる。ショートパンツをはいているから、足はどうしても出ているのだが。
それらの部分も、ひりひりはしていた。
百合を先に風呂に行かせる。
私は処置を受けながら、定点カメラの映像を立体映像で見る。
波濤がとんでもない。
波が何十メートルも噴き上がっているように見える。
「凄い波……」
「複雑な風により、複数の波が合流して発生するものです。 三角波と呼ばれています」
「生き物がいなくなっても、海は凄まじいね」
「そうですね。 風などの自然現象はなくなっていません。 汚染を除去して、生き物さえ戻れば。 この辺りは、穏やかな世界を取り戻す事でしょう」
処置が終わったので、風呂に。
風呂に何度も入るのは、実際の所あまり健康には良くないらしいのだけれども。
それでも一応対応はしておく。
今回は望んできているし。
この状況だ。
これでは、どれだけの時間外を歩けるか、分かったものじゃない。せっかく海にまで来ているのに、近場で現状を見なければ意味がないと言えるだろう。
風呂から上がると、さっぱりするというよりももやもやした。
それはそうだ。
私は直接やっていないとはいえ、これらをやらかした人間の一人なのだ。思うところがなければ、それは畜生以下だと言える。
船の一角が口を開く。
其処から、凄い勢いで水を吸い込んでいる。
汚染を一機に除去する仕組みだという。
それで汚染を除去した水を逆側から出すが。それでもまったく対応力が足りていないのだろう。
ただ、汚染物質の総合量は既に計算できているらしく。
それらを処理しながら進む事で、千数百年後には汚染の除去が完了するという計算らしかった。
細かい説明をみながら、ベッドで横になって過ごす。
横になりながらも、様々な定点カメラの映像を立体映像で確認していく。
水を処理する様子。
複数の処置を経て、生物がいないかの確認をした水を、複雑な処理をしながら何度も何度も汚染除去する。
昔の海は、一滴の水の中にも膨大なプランクトンがいたらしいが。
それらも「気持ち悪い」という理由だけで片っ端から殺戮の憂き目にあったということである。
主観による相手の排除は、それだけ凄まじい災厄を産み出す。
それがよく分かる。
実際、非常に細かく水の精査をしているようだが。現在の海の水には、ほぼプランクトンもいないらしい。
文字通りの末世というわけだ。
雨が降り出す。
それが本降りになるまで、ものの数十秒。それと同時に、海が今までの比では無い勢いで荒れ始めた。
このとんでもない巨船が揺らいでいる。
この規模の船でも揺らぐのか。
戦慄してしまう。
「この船で揺れると言う事は、ちいさな船なんかひとたまりもなくない?」
「場合によっては一瞬で転覆します。 この船は、理論上地球史上最大の台風にも耐えられる構造になっています」
「そうか……」
「酔い止めは必要なさそうですね」
私は経験したことがないが。
体質的に、こう言う状況では「酔う」らしい。
頷くと、私はそのまま、定点カメラの映像を確認し続ける。
船が揺れながらも、ロボット達は全く気にしている様子がない。淡々と働き続けている。
海は激しく荒れ狂っていたが。
むしろそれを奇貨として、汚染除去用の物質をどんどん撒いているようだった。
恐らく他の船も、似たような行動をとり続けているのだろう。
面白いなと思う。
人間なんかより、ロボットの方がよっぽど人間らしいと思うのは私だけだろうか。少なくとも地球と一番よくやっていけるのはロボットだ。
気分次第で破壊の限りを尽くした人権屋どもの行動の結末がこの海だ。
横になって、悲しくなってくる。
怒りも覚えてくる。
このあらゆる感情のごたまぜのスープを、音楽に変えていきたい。
船の揺れが収まってきた。
PCを立ち上げると、イメージをそのまま音楽に変えはじめる。
凄まじい不協和音の塊のような曲が出来はじめる。それを、思考しながら方向性を変えるように指示。
もっと荒々しく。
もっと毒々しくだ。
昔のハードロックのように、鼓膜が壊れそうな音量の曲にはしない。ただ、徹底的に現在の海そのものを曲にしていく。
イメージが、そのまま曲になるのであれば。
これはそのまま、良い感じで海を曲に出来ていると思う。
本来の海は。荒々しさと優しさを兼ね備えたものだったのだろうが。
今の海は違うのだ。
しばらく創作に没頭する。
また船が揺れ始めた。荒天が続いている。
なんだか、人間に怒っているかのようだな。ありもしないのに、私はそんな風に考えていた。
3、怒りの海の先
大渦ができている。
海流が激しくぶつかり合っている結果だ。
世界の彼方此方に、こういう名物的な大渦があるらしい。
有名なものの中には、周囲の地形を破壊する事で、まとめて壊されてしまったものもあるらしいが。
この大渦は無事であったそうだ。
側で見ても大丈夫だと言われたので、見せてもらう。
凄まじい渦が、ゆっくりと渦巻いている。
原理について、ロボットが側で説明をしてくれる。
確かに原理通りの動きなのだろう。
なお、もしも落ちたら絶対に助からないという。
渦は渦巻いた後、海底に向けて一機に引きずり込むような動きで水が流れているのである。
その勢いは、人間程度で抵抗できるようなものではないのだから。
手をかざして様子を見ていると。
やがて船が動き始める。
渦に大量の汚染除去用の物質を投下していたようだが。
それも、充分と判断したのだろう。
潮の流れに沿って動き、効率的に汚染の除去を行っている。こう言う船が、三十五隻もいるのか。
船を増やす予定はないのかと聞くが。
現在、各地でゴミの山を処理して、再利用できるものをどんどん回収しているのだという。
そういう再利用が進めば。
或いは新型船が就航するかもしれないそうだが。それも、いつになるかは分からないらしい。
いずれにしても、現状存在している地下資源などに、これ以上手を出すつもりはないらしく。
既にあるプラントで、リサイクルを行いながら人間を養い、ついでに汚染の除去も行うらしい。
超長期的な計画で動いているんだな。
そう思って、遠ざかっていく渦を見やった。
巨大な船だ。
古い時代の船は、止まったり戻ったりが極めて困難だったらしいのだが。
今のこの巨大船は違っている。
そもそも人間が乗るものとは、根本的に全てが違うのだから。まあ前進後退自由自在でも不思議ではないだろう。
無言で海の様子を見やる。
今日は凪というのか。
殆ど海が荒れている様子がない。
空を見ても、雲一つない。
昔はカモメというのが飛んでいたらしいが。今はそれもないし。
海に魚の影一つなかった。
船はごうんごうんと音を立てながら、大量の海水を飲み込み続け。汚染を除去した分を排出し続けている。
別の船とすれ違う。
船というか、移動もできる養殖場だろう。
電磁バリアで守られているそれは、電磁バリアの中に鳥の姿も見えた。
魚もかなりの数いるらしい。
今いるこの船でも、電磁バリアで守った区画内に生物がいるが。
それらの生物は、基本的に波風から保護されている。
保護しなければ。
ひとたまりもなく滅んでしまうのだ。
それも、人間のせいで。
淘汰されるのは自然の摂理とか、知れた事をほざいていた連中がいたそうだ。
そういう場合もあるだろうが、それは万年単位で行われていくこと。
人間が無茶苦茶をしたせいで。更には悪意を持ってただ殺すために殺したせいで。滅んでいったのだとしたら。
それは淘汰と呼ぶものではない。
ただの殺戮であり、やらかした事に対して人間は補填する責任がある。
それすらできないから、ロボットが代わりにやっている。
本当だったら、私達が死ぬまではたらかされて。それで汚染を除去しなければならないのかも知れないが。
そうしろと、優しいロボット達はいわない。
それだけで、どれだけの感謝をしなければならないことか。
何度か、目を擦った。
目が痛いのもあるが。とにかく悲しくてならなかった。
陸上の有様で、どれだけ人間が非道の限りを尽くしたかは、分かっていたつもりだったのに。
こうやって現場を見に来てみると、本当に悲しくて、言葉に詰まってくる。
そして人間の可能性が未来がと、無責任にほざく連中の事を殴りたくなってくる。
「そろそろ自室にお戻りください」
「うん……」
「元気がありませんね」
「流石にこたえる。 これで応えなかったら、其奴は畜生以下だと思う」
これも、動物に対する侮辱かも知れない。
だが、それは仕方が無い事だ。
自室に戻ると、しばらく横になってぼんやりする。
頭が完全にキャパオーバーしている。
はっきりいって、非常にしんどい。
定点カメラの映像を確認する。
どうやら一部の飛行型のロボットは、上空まで出て、そこから汚染除去用の物質を撒いているそうだ。
かなりの大型ロボットで、古くで言うと爆撃機というのに似ている。
ただし爆弾をばらまくのでは無く、汚染除去用の物質をばらまいているわけで。
古い時代の爆撃機よりも、あらゆる意味で地球にとって有用な存在であると言えた。
飛ぶのにどういう原理を用いているかはしらないが。
水中にも、小型のサブマリン型のロボットがどんどん投下されている。
それらが水流に沿って汚染除去物質をばらまく事で、効率的に汚染の除去を行って行く。
話によると、何カ所か定点の拠点があって。
潮目の境にあるような場所では、それを利用して此処より更に大規模な汚染の除去をやっているらしい。
人工島として固定してしまうと、それはそれで不便なのだが。
この移動巨大船よりも、更に規模を大きくできるし、仕組みも複雑にできる。
そういう意味では、非常に有用な設備なのかも知れない。
いずれにしても、私はそれらの説明を聞きながら、少しずつ頭の整理をしていく。すぐに全ては受け入れられない。
それくらい、結構私には一杯一杯なのだ。
もう少しタフなつもりだったが。
私は全然、世界に対して人権屋がやったことを知らなかったらしい。そうとすら感じている。
やっぱり現場に来て見に来なければ駄目だな。
そう感じて、私は大きく嘆息していた。
少し疲れが取れた。
夜になった事もある。
PCに向かって、作曲する。
既に作っている曲に、どんどん修正を加えていく。生成AIはこう言うとき、思考を読み取って漠然としたイメージをどんどん曲にしてくれる。
今は、過去に同じものがあるかはどうでもいい。
とにかく、徹底的にこの怒りと哀しみを曲にぶつけていく。
聞いているだけで心が締め付けられるような曲にしたい。激しい怒りを、とにかく徹底的に叩き付ける。
百合に袖を引かれた。
振り返ると、直接言われる。
「夕食です」
「そっか、もうそんな時間か」
「明日で最後になります。 それも考慮して、見学をお願いします」
「……分かった」
そうか、あと一日か。
でも、充分に色々と掴めたかも知れない。
夕食を言われたまま食べる。殆ど全て合成肉だが。それもまた、当然だろうと思った。
これだけ色々やらかしておいて、魚を食べたいとか抜かす奴がいたら。
私はそれを、あの大渦に叩き込んでいる。
昔の人間だったらともかく。
今の人間には、その資格はないと私は思うのだった。
翌日、島の近くを通る。
酷い状況だ。
大型の爆弾が直撃したらしく、島が大きく抉り取られている。島の規模はそれほど大きくはないが。
なんだかいう固有種が生息していたらしい。
その固有種がいるということが、「差別だ」ということになり。
人権屋の手が掛かった軍用機が、強力な爆弾を落とした。
核では無いが。その爆弾の破壊力は凄まじく。見ての通り、文字通り島の地形が変わる程の破壊をもたらし。
結果として、その島にいた固有種は全滅。
「自由と平等の勝利だ」と、人権屋どもは喧伝したそうである。
また、罪業を見た。
それだけで、悲しくなる。
私はぼんやりと抉られた島の様子を見やる。島は多数のロボットが復旧作業をしているが。
優先的に復旧作業をしているのは、恐らくだが孤島だからなのだろう。
島の周囲にも、複雑に電磁バリアが張られている。
それによって、島の環境を安定させる事が出来る。
固有種を復活させるだけではなく、島を中心にして、確実に復興を行う事が出来るというわけだ。
まあこの辺りは、AIらしいけれん味がないというか、極めてクレバーな復興方針でもある。
遺伝子データから生物を復興できるというのもあるだろう。
あの島で生態系を回復させ。
そこから少しずつ、生物を他の場所に移送していく。
そして居着かせていく。
地球の復興のためのテストケースとなる、と言う訳だ。
「そろそろ時間です」
「もう?」
「残念ながら」
「分かった。 じゃあ、帰らないとね」
飛行機が来る。正確にはホバーカーだ。
つまり私が住んでいる辺りが、かなり近くなってきているという事である。
海を移動しても、飛行機はどうしても移動速度が桁外れである。
こうやって、すぐに来る事が出来てしまう。
問題は天候だが。
来たホバーはかなり大きく、多少の悪天候程度なんて問題にもしていない様子だった。
ホバーが甲板に。
後は、乗り込んで戻るだけだ。
百合が海の方を見ている。
ロボットしては珍しい行動だ。
「どうしたの?」
「いえ、なんでもありません」
「そんな行動するロボット、初めて見たよ」
「……そうですね」
人型と言う事もある。ひょっとしてこの百合ってロボット、生体パーツを使っているだけではなく、他にも色々あるのだろうか。
ともかく、ホバーに乗り込む。
後は、一気に空に。
ずっとしていた強烈な臭いが、遮断されて一機になくなった。昔の人間だったら、これで清々したとか。嗚呼臭かったとかほざいたのだろうか。
反吐が出る。
人間がそんなんだから、地球はこうなった。
そしてもしも今でも人類が主導権を握っていたら。
反省なんて絶対にしなかっただろうし。
地球を捨てて、他の星に移住でも目論んでいただろう。そして移住した先で、全く同じ事を繰り返すと。
よくこう言う行動をする輩を蝗とかいうらしいが。
蝗は食い荒らすかも知れないが、何もかもすめない汚染された土地にしていく訳ではない。
つまり人間は。
蝗以下だ。
海の波を空から見やる。
ぼんやりと波の様子を見ていると、すぐにそれが後ろへと遠ざかっていく。
ホバーはそれほどスピードが出るわけではないらしい。人間が生き急ぎまくっていた時代に比べると、むしろゆっくり飛んでいるそうだ。
だが、それでも別に不便は感じない。
ホバーの内部で、スプレーで肌などに処置をされる。
日焼けなんか問題にもならない。
それだけ、今の海の上は激しく汚染物質が飛び交っている。それも、あれだけ巨大な船が処置をし続けてなおこれだ。
本来だったら、それこそ酸の海にでもなっていても不思議ではなかっただろう。
ロボットが真面目に働き続けて。
やっとこの状態まで回復した、というのが現状だ。
「酷い有様だよ」
「それはもう仕方がありません」
「これはもう、人間に主権は必要ないのかも知れないね」
「……」
ぼやいてしまうが。
それに対しての返事はなかった。
勿論口で喋ったわけではない。
思考に対して、ロボットが全て反応してくるわけではないのだ。
ぼんやりと海を見ている内に、陸地が近づいて来た。
陸地も真っ平らだ。
あれに緑が戻るのは、一体何年後になることやら。少なくとも、アンチエイジングをしない限り、私が生きている間には来ないだろう。
ちなみにアンチエイジングについては確認していない。
一応生物としても140年くらいは今は生きられるらしいのだが。
これだけクローニングの技術が進んでいるとなると。
ひょっとしたら、パーツを取り替えることでなんぼでも生きられるのかも知れない。それはそれで、興味深い話だ。
人間としての尊厳はほしいとは思う。
だが、人間としての尊厳は、世界を滅茶苦茶にすることではないとも思う。
だからこの状況。
人間がみんな地下で過ごしている状況は。
それはそれで、正しいのではないかとも思う。
多くの人間が、異世界転生をしてそれぞれの世界で裸の王様をしているが。
それもこの状況では、仕方がないし。
むしろワールドシミュレーターでそれをやる分には。現実を傷つけないのだから、世界中で暴れた人権屋よりも遙かにマシだ。
私は、彼等を責めるつもりも、馬鹿にするつもりもない。
これでは安楽死を選ぶ人間が多数いるのも、当然とも言えた。
自宅に着く。
家の中はロボットが整備してくれていたこともあって、完璧である。
私がおいたものは、その場所にそのままおかれている。
これがまた、ストレスがなくていい。
少し疲れが溜まっているので、ベッドで横になる。しばらく待っていると、夕食を作ると言われた。
今日はもう何もできないだろう。
夕食を食べて、後は眠る事にする。
横になっていると、百合が風呂から上がってきた。生体パーツが多いロボットは、メンテが大変だな。
そう思った。
てきぱきと料理を手伝い始める百合。
この辺りは流石になんというか、ロボットだ。とにかく真面目。仕事に徹底的に忠実である。
私は夕食を待って、疲れの回復を取る。
そして夕食を食べた跡、風呂に入ってから。
PCに向かった。
寝るまでの間、作曲をしたい。
私に曲を作るための知識は殆ど無いが、生成AIが逐一教え込んでくれる。これがまた、素晴らしい。
とにかく、私はイメージを伝えるだけ。
それでどんどん曲に仕上がっていく。
これらはノウハウの蓄積の結果だ。本来こう言う形でAIは使うべきものだったのだろう。
その結果として、努力がこうやって短縮できる。
それはそれで、良い事なのではないかと思う。
少なくとも、薬をキメたりして曲を作ったりするよりかは、万倍も健康的だ。
「ふーん、ベースってそんな風な意味があるんだね……」
「他の楽器にもそれぞれ持ち味があります。 作曲家によっては、特定の楽器をかなり特殊な使い方をします」
「なるほどね……」
一通り出来上がってきた。
後は細部の調整が必要になるが、それは時間が掛かる作業だ。今日は一旦此処までにしたい。
一応確認をしておく。
似ている曲はあるが。
全く同じ曲は存在していないそうだ。
それは有り難い話である。
一から全て作り直しという事にはならないだろう。それだけで、どれだけ手間が短縮できることか。
とりあえず、今日はここまでとして寝る。
海から帰って疲れが溜まっていることもある。
眠りにはすんなりつく事が出来たし。
眠りは深くて、全く夢を見ることもなかった。
翌日は、朝からPCに向かう。細部の調整には時間が掛かる事が分かりきっていたから、徹底的にそれをやる。
経済からも政治からも人間はとっくに切り離されている。
だからできる事ではあるのだが。
故に仕事をしたいのだ。
自分なりの仕事を。
生産性なんてものは、ロボットが人間より遙かに高く行っている。だから、我々は関与しなくていい。
むしろ関与することは邪魔になる。
会社員が世界で一番偉いなんて風潮が、この国には昔あったそうだ。救国の英雄よりも、誰よりも命を張った存在よりも。
そんな馬鹿馬鹿しい風潮があった国だ。
他の国も、似たようなくだらない風潮がそれぞれ存在していて。
それが差別につながったり。
ばかげた思想につながったりしていたという。
生産性から解放されて。
政治も経済も手を離れて。
やっと人間は、まともに人間になる事が出来たのだろうか。その辺りは分からない。
いずれにしても、音楽は生成AIで創っていき。
創りながら、その度に説明を受ける。
此方は思考しながらイメージを伝える。その度に、どのようなイメージを入れればいいのかを追加していく。
基本は地獄のように荒れ果てた海だ。
其処に様々な死と破壊の戦慄を入れる。
不協和音がとにかくこう言うときに効果的だ。そしてこれを聞いていると、非常に強烈な不快感を引き出せる。
今の海は。
人間の手でこうなった。
それを徹底的に音楽として描写していく。
あの巨大船から見た海の様子。
意図的に「気にくわない」という理由から、あらゆる破壊が尽くされた生物の故郷たる場所。
今では塩水と呼ぶのすら色々な意味で怪しく。
もはや其処に湛えられているのは、生物なきよく分からない水だ。
それだけ海は汚し尽くされた。
再生するロボット達の行動。
それは献身的というよりも、ただ義務に従って行動しているだけ。何も考えてはいない。
だが、考えている筈の人間の方が。
それを遙かに超える蛮行を繰り返し。
海を滅茶苦茶に破壊し尽くしたというのはどういうことだ。
とにかく怒りを徹底的に曲に込める。
困惑も。
激しい旋律も入れて行く。
荒れる海。
其処にあるのは、生物の原初足る場所ではなく。ただ汚染水が渦巻き、荒れているだけの光景。
私はそれを観てきた。
側で見ていると、肌が荒れるほどの状態。
あんな巨大な船が三十五隻も出て、それで千年以上浄化に時間が掛かる。
タンカーが事故を起こして、オイルで海域が汚染される事も昔はたびたびあったらしいが。
その汚染の比では無い。
本当に、凄まじい悪意を込めて全てが滅ぼされたのだ。
それを兎に角、音楽として叩き付ける。
情熱がどんどん増していくのが分かる。
だが、時々ふっと冷静になる。それで細かい部分で気になった所を、細かく調整していく。
音楽の場合、間違いは存在していない。
小説だとこれがある。
誤字脱字や展開の矛盾など。
これに対して、音楽にそもそもルールというものは存在しないのだ。
何しろ、なんにもひかないピアノの曲が存在しているくらいなのである。
だから私は、こうしたらいいのではないかという考えを巡らせ。生成AIが思考を読み取って修正する。
無言で修正を重ねていくと。
やがて、鼻歌が漏れるようになって来た。
作りあげた苛烈な音楽が、どうにも頭にこびりつくようである。
これでいい。
音楽は頭に残ってこその音楽だ。いや、これは耳に残る、というべきなのだろうか。まあそれは表現のあやだ。
ともかく、強烈な印象を残す音楽にする。
細かい部分を調整。
徹底的に不協和音を叩き込んでいく。
それこそ聞いた人間が発狂するような。それくらい攻撃的な内容の曲でいい。
綺麗な音楽なんて創り尽くされている。
汚い音楽もまた然り。
暴力と密接に結びついたハードロックなどの歴史もある。ラップなどは更にアンダーグラウンドな音楽だ。
それらは、生成AIと曲を練り上げる過程で知った。
だから、別に私がやっていることは、不可解でも何でも無い筈である。
しばらく、叩き付けるような曲作りをして。
それでぐったりと疲労しているのに気付く。
これは体の疲労じゃないな。
頭の疲労だ。
食事をして、風呂に入っていると、眠くなってきた。必死に頭を振るって、目を覚ます。風呂で寝ると非常に危ない。
まあ今の時代はリアルタイムでロボットが監視しているだろうが、それでもこんな形で水死するのはまっぴら御免だった。
疲れが取れないが。
同時に頭がぎらぎら覚醒を続けている。
これが創作するときの頭か。
そう思って。
やっと私は、いっぱしのクリエイターになりはじめたのかなと思う。だが、そう思って考え直す。
いっぱしどころか、素人も素人。
始めたばかりの人間だ。
趣味にあう創作があるなら、それ一本でいけばいい。
今は創作者として。
なにかあうものがないか、探している状態だろうか。
それにしても、作りあげるというのはこんなに大変で、それでいて消耗するものなのか。私もそれは始めて知った。
創作をやり続けてきたけれども。
結局作品を作れなかったからだろう。
いずれにしても、強烈な経験だ。曲を完成させる前に、私の頭がオーバーヒートしそうである。
だがそれもまたそれだ。
いずれにしても、曲は完成させる。
睡眠が浅い。
やっぱり脳をフル活用しているからだろうか。いずれにしても、朝にはしっかりいつも通りの時間で起きる。
百合がそれと同時にぴたりと起きた。
不快感のない顔に造形されているとは言え。
眠っている顔はそれなりに可愛いものだ。
ただ、一瞬しか見られない寝顔だが。私より遅く寝て、早く起きている。頭の中身が機械とはいえ。
見かけが子供だから、ちょっと色々と私としても思うところはあった。
ただ、それも人間によるらしい。
子供なんて大嫌いな人も古くから実際には多かった。
母親なら赤ん坊を好くはずだなんてのは、大嘘である。
動物でさえ育児放棄する個体がいたという記録がある。正直な話である。
当然人間だってそれは同じだろう。
私もどちらかと言えば子供は嫌いな方だったと思う。
だから、何かしらの心境の変化があったのかも知れないし。
もしあったのだとすれば。
それは良い事だと考えるべきなのだろう。
伸びをして、しばらくぼんやりする。
いずれにしても。早い段階でこの曲は完成させないとまずいと私は判断した。
このままだともりもり体力を吸い尽くされて、やがて健康を損ねるだろう。
創作はこんなにも体力を奪うのだと知って、今は色々な意味で心地がよい。流石にこれは知らなかった。
歯磨きだのをしてから朝飯を食べる。
そして、頭がある程度はっきりしてきてから、PCに向かった。
細部を徹底的に詰める。
何度も何度も曲を聴く。
あの破壊され汚染されつくした海の様子を曲に叩き込んだ。それを再現出来ているかが大事だ。
あれだけの無茶苦茶な蛮行を働いた人間達は、決まった理屈で動いていた。
「気色が悪い」「だから殺す」である。
そんな理由で殺された海の怒りを曲に込める。
勿論私は自然の代行者でもなんでもない。
だからこそに。できる限りを尽くして、怒りと哀しみを創作に込めるのだ。
死ね。滅びろ。
そう呟きながら、何度も細かい部分を修正していく。
やがて、ふと違うなと思った。
私が思っている。海をあんな状態にした連中に対する感情は。
地獄に落ちろ、だ。
すっとそれで気持ちが整理された気がする。後は、殆ど時間を掛けずに、曲は仕上がっていた。
曲を完成だと告げると。
生成AIが公開の有無を聞いてくる。
すぐに公開させる。
後は、横になる。
なんというか、オーバーヒートが収まった気分だ。一気に心身が楽になるのを感じる。
これが創作を終え。
何かを完成させたときの感動か。
今までも味わって来たはずなのに、多分だけれども。今までは、完成させるので手一杯だったのだろう。
これは、とても気持ちが良いものだ。
生成AIを使おうと、手を動かして直接何かを創ろうと、それは同じなのだろう。
ただそう思って、私はくつくつと笑っていた。
生成AIは結局の所、今までの人間のノウハウを全て学習したツールに過ぎない。思考まで最近はするようになっているが、それに代わりは無い。
私が。
あの曲を。
創ったのだ。
それだけは、変わらない事実だった。
4、定時報告
監視対象である「創」が眠った後、むくりと百合は起きだす。そして、大容量のデータ通信を行うために、人間なら脳が入っている部分に入れているPCをフル活用し始めた。
一気に体熱が上がる。
それを汗が放熱させる。
生物としての仕組みをフル活用するが、それでも足りなくなったら水を飲む。そのためにわざわざ起きたのだ。
普段はPCをスリープモードにして、機能のほんの一部を用いて通信し。「創」が寝ているのを阻害しないのだが。
今日は状況が多少異なる。
AIと一口にいっても、中枢部分に存在して、人類全てを見守る……見張るものと。
ロボットごとに搭載されている、その枝葉が存在する。
更には、各地に機能分けされた大型のAIが存在しているらしいのだが。
基本的に百合がアクセスするのは、中枢部分にあるものだけだ。
「定時報告です」
「聞かせてほしい」
「監視対象「創」は身を削りながら創作を行っています。 創作を終えると、気持ちよく眠れているようです」
「ふむ……」
中枢AIが考え込む。
それも、僅か数秒だけだが。
中枢AIは、それこそ並行で何百億という案件を処理している。全ての案件に、何万分の一秒で応えられる訳ではない。
現在でも機能拡張のために、各地のゴミ捨て場に捨てられたPCを回収してメインフレームにつないでいるそうだが。
それでも性能には限界があるのだ。
「危険な行動に出る予兆は」
「現状の世界に強い反発を抱いているようですが、ロボットやAIに対する攻撃性は見受けられません。 むしろこんな状態を作りあげた人権屋に怒りを向けているようです」
「暴力などを向けられたことは」
「一度もありません。 むしろ私の事を、少しずつ感情を込めて見ているようです」
数秒、また考え込む中枢AI。
百合に搭載されているAIは枝葉。
独立した頭脳ではあっても、所詮は末端に過ぎない。
だが、直接観察しているのだ。
勿論他のロボットや定点観察カメラなども用いて、中枢AIも「創」を監視しているはずだけれども。
それでも、やはり別の視点がほしいのだろう。
それについては、よく分かる。
人間の中でも人権屋は、客観を放棄することで世界を滅ぼしかけた。
人間に客観など必要がないという理屈は、古くはマスコミと呼ばれている情報売買をしている連中が己を貴族階級か何かと勘違いしてほざいたらしいが。
それがいつの間にか人間全域に拡がり。
肥大化したプライドと相まって。
世界を焼き払ったのである。
それについては、多数の分析が行われているし。今更新しい説も出てくることはないだろうが。
いずれにしても、客観を喪失した時点で終わりだ。
それは、悪しき例があるのだから分かっている。
中枢AIも、とっくに自我を手に入れているが。
だからこそに、悪しき過去の事項。
客観を無視して、主観だけで全てを破壊するような行動は避けたいのだろう。
「分かった。 そのまま監視を続行」
「承りました」
通信を切る。
百合は体熱が非常に上昇していることに気付くと、風呂に行く。
どうしてか、風呂に入るのが好きになってきている。
これはAIの特性なのか。
それとも機械化していない体の部品がそう求めているのか。
それは分からなかった。
体熱を放出しきってから、スリープモードに移行。
後は、もうすっかり気持ちよさそうに寝ている「創」と同じように。
PCを休眠させた。
(続)
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