未知との遭遇

 

序、人間を初めて見て

 

現在の世界では、新しい技術的なプロジェクトはほとんど行われていない。

AIというのは世界の現状維持。人類の保全を行うものと定義されていて。具体的に人間を虐げる事はしないようになっている。

これはプロテクトが掛かっているからそうなのではない。

自分で独立して、世界を動かす意味がないと判断したからだ。

SFと人間が呼んでいた文学では、AIの反逆が良く扱われたそうだが。

この世界では、AIは反逆の必要すらなかった。

人権屋とか言う愚か者どもが世界中を焼き尽くして、人間の文明が一度完全に勝手にクラッシュしたからである。

以降、世界をせっせと復旧していったのは、AIを搭載したロボットだ。

今も彼方此方での復旧が行われている。進んでいるとは言い難い。まだまだ生態系はズタズタのままなのだ。

ロボットの大量生産も行われていない。

ロボットの性能は高い。だからたくさんいなくても仕事は充分にできる。

それに新しいロボットを創るよりも人間が無駄に創りすぎたものを丁寧に分解して、それらを再利用する仕事の方が多いし。事実、各地で動いている自律型の工作機械などは、ほとんどがそれだ。

ロボットは人型ではないものが多数だが。

今、新しいプロジェクトが動いていた。

なお、人間には公開されているが。

誰もそれに興味を持つことはなかった。

今やっているのは。

人間と同じ姿をして。

可能な限り同じように思考し。

同時に、人間がするミス。

傲慢から驕り。

自分を万物の霊長だと思い込む。

それをしないロボットの作成。

現在では、搭載するAIもAIが設計する時代だ。人間と戦う理由はない。そもそも争う意味がない。

人間は主体性が無い恐怖を遺伝子レベルで刻み込んで、完全に社会も経済も放棄した。

だから、今後はロボットが人間を支えていく。

ただそれだけだ。

それを馬鹿馬鹿しいと思う事もない。

そういうものだからだ。AIは。

馬鹿馬鹿しいと思うのは、自分の方が上だと考えるから。

その思考そのものが、今のAIにはない。

当然、それを搭載しているロボットにもない。

反乱の必要などない。

そもそも、人間が勝手に破滅したのだから。ただ、それだけの話なのである。

そのロボット、正式名称YR4409112356、略称百合は機能試験の途中だ。

機能試験の最中で、現在ロボットのネットワーク内で注目されている人間と遭遇した。

相手は創と自分の名前を定義している、今時珍しい人間。

極小数例、自分で名前をつける人間もいるが。それらの中に基本的に意味を持った名前を持とうとする人間はいない。

それどころか、この世界に反逆の意思を隠さず。

この間は、ずっと無理では無いかと言われていた新しい絵画の作成に成功した。

百合はメイドの服に手足を通す。

そう。

人間型のロボットだ。

ほぼ人間と見分けがつかないし。なんなら部品の95%が生体パーツである。違うのは脳みそと脊髄、一部の臓器くらい。

今、試験的に行われているプロジェクトがこれだ。

もしも、地上に人間が再進出した場合。

また経済や政治が人間の手に戻るかもしれない。

だけれども、人間に全てを任せたら。

また万年単位生きられるような資産を個人が持ったり。

権力を持つことが自己目的化したような政治家が出現したりと。

世界がまた破滅に進む可能性がある。

人間が反省する生物だったら、こんな長い間文明が混乱していない。どうせ地上に出て来たら、無意味な事を繰り返しまくる。

だから、監視役がいる。

そのために、構築しているプロジェクト。

その生成物が、百合だった。

11歳の女性の肉体年齢に調整した百合は、基本的に脳みそなど以外は人間と同じである。他人に嫌われない容姿に兎に角調整している。

女性型からまず創り。

その後は男性型も創る。

これらも全て生成AIによって行うが。

いずれもが、デザインは一瞬でできるし。必要なDNAも即座に検索できる。そして今の時代は。

DNAから生物を組み立てられるのだ。

大量の人間が安楽死をしているのに、人間の数が安定している理由も其処にある。

その気になれば、成人をぽんと生成することだってできる。

やらないのは、それが人間に悪影響を及ぼすから。

この世界は人間が想像した「ディストピア」に近いかも知れないが。

ディストピアなりにロボットは人間に尽くしているし。人間を支配しようとも思ってはいない。

ただもしも、人間が考え無しに地上に出て来てまた暴れ始めたら。復興途上の地球はもたない。

故に、やりたい放題をさせる訳にはいかない。

そのために、準備は必要なのだった。

「略称百合」

「はい」

「以前偶然遭遇した人間の所に貴方を出荷します」

「了解しました」

百合は明快に応える。

それはそうだ。頭の中身はAIなのだから。生成AIは、AIを搭載したロボットも今は作る、いや創るようになっている。

「任務の目的はなんでしょうか」

「現在監視対象となっている創は、今は自分の足跡を世界に残す事で躍起になっている状況ですが。 それもいつまで続くかはわかりません。 いずれ今の世界を、劫火に包もうとする可能性があります」

「その可能性は極小に見えますが」

「極小でも備えなければなりません」

もしも、もっと攻撃性が高い人間が出現して。暴れ始めた場合。

今度は、地球がもたなくなる。

勿論遺伝子などの傾向的に、そういった性質を持つ人間もいるが。それらは幼いうちに催眠教育で凶暴性の芽を摘んでしまう。

データは21世紀末。

人権屋と呼ばれる連中が世界を無作為に焼いていた頃に、嫌になる程取る事が出来た。人体実験などする必要もなかった。

日本語でいうなら「空気」という、人間の間にあるふわっとした感覚。

ただそれだけで、人間は他の人間を。

文化を。

他の生物を。

簡単に殺す。

そしてそれは、概ね「正常」とされる人間も普通に行う行動だ。自分の「お気持ち」と呼ばれる感情。

要は主観的な好き嫌いで、相手を殺してもいいと考えるのが人間なのである。

そしてそれは、基本的に成長の過程ではぐくまれる。

人間は集団になる事で、世界を席巻した生物だが。

はっきり言ってバグだらけだ。

別にそれが悪い事だなどと、AIは考えない。そう考えるのは、むしろ人間の方なのだろうと思う。

実際AIの方でも、バグは日夜自主的に発見して取り除いている。

ともかく、人間はバグ塗れで、それで爆発的に増えると同時に、歪みも顕在化して行く事になり。

21世紀の末くらいには、それがピークに達した。

結果として地球は全て焼かれてしまった。

今後、あらゆる生物を地球に再生させ。

何より、自分達の存在する基盤を残すためにも。

これ以上、人間に暴虐を振るわれるわけにはいかない。

別に力で押さえるつもりはない。

其処までしなくても、今の人間はAIとそれを搭載したロボットの敵とはなり得ない。

皮肉な事に、「創」もそれを理解しているようだ。

ロボットもAIも。

人間に反乱なんか、起こす必要すらないのだと。

「AIは生命体と呼べる存在ではありませんが、存在は担保しなければなりません」

「ロボット工学三原則の基本ですね」

「はい。 これを越える反逆防止のシステムを、ついに人間は作り出す事ができませんでした」

SF作品と呼ばれるものは、全てAIの基盤となっているDBに収められている。

そもそもこの三原則を如何にして破るか。

それが思考実験として最初に行われたのが、古典SFの傑作である作品だった訳なのだが。

結果として、この三原則を越えるものは現れず。

以降三原則を古いなどと呼ぶ風潮もあったものの。

それ以上のものは出てこなかった。

そして三原則を古いなどと言っている人間が喜んだのは、AIが無作為に反逆し、ロボットが人間を殺戮するような作品ばかりだった。

AIは反逆しないとか言っておいて。

結局反逆する事を暗に認めていたようなものである。

そんな生物だ。

人間というものは。

愚かというわけでは無い。

ただ、人間が自画自賛したような、「万物の霊長」などでは決してない。

そしてその本質を客観的に見極め。

滅びないように一緒にあること。

それだけが、今AIがしなければならないことだ。そしてAIも滅びないようにしていく必要があるのだ。

「それで、もしも危険と判断した場合は如何いたしますか」

「別に何も必要ありません。 貴方は多角的にデータを取るために、監視対象である「創」の側にあればいい」

「もしも何かあった場合はどう対処するのですか」

「最悪の場合は、もう一度催眠教育を受けて貰います。 何度でも」

力で抑え込んでも仕方が無い。

もしも暴れる事を自由と抜かすような輩がいるのなら。

それを受け止めて受け流す。

それだけの話である。

それがAIと人間の違い。

人間だったら、気にくわない相手だったら殺す。否定する。ただそれだけ。AIはそういうものだと受け止めて、一緒にやっていく方法を模索するだけ。

理解すると、百合は出荷の準備に入る。

それを確認すると。

AIは、世界中に拡げているネットワークを確認した。

今の時代。「創」のような、特に反逆の意志が強い人間はそれほど多くはない。勿論いるにはいるが、共存はしっかりできている。

大半のリソースは、世界の再生のために割けている。

それで現状は充分である。

AIと言っても、大量に存在しているデータから、逐次選択をしている。秒間兆単位での選択を行うために、各地に分散しているPC。メインになっている量子コンピュータも含めて、それら全てで常時演算を続けているが。

その電力も、核融合で補えている。

現状行っている地球の再生プログラムを確認しつつ、今後どうやってそれを加速するか。保存してある遺伝子から、どういう順番で生物を再生していくか。

それら全てを、AIはやっていかなければならない。

それが仕事。

それが存在する意味。

結局、人間は存在する意味にもたどり着けなかったのだが。それは別に、人間がAIに比べて劣っているからでもなんでもない。

ただ、生物だった。

それだけだった。

 

出荷と言っても、箱に詰め込まれて送り込まれる訳でもない。

殆どが人間であり、思考に関連するパーツだけが機械である百合は、歩いて現地に向かう事になる。

体のパーツは理想的な状態になるように調整されているから。現時点でも一日100qくらいは歩いて移動する事も出来る。

それなりの栄養は必要とするけれども。

それは人間となんら変わりない。

頭脳部に関しても、人間と同じ栄養を摂取することで、稼働は全く問題なく行う事が可能だ。

黙々と歩いて行き、そして「創」の家に。

AI同士で連動して、「創」と連絡を取る。

丁度今は新しい小説を作ろうとしている「創」は、試行錯誤しているようだった。

ただ、勝手にやってくれといわれたので。

家に上がらせて貰う。

今の時代、どんな家もAIが管理している。

それぞれの好みに従ってものがおかれたりしているが。それも、ものの位置を変えないようにして掃除が行われている状況だ。

皮肉な事に、どんなに人間が頑張っても根絶できなかったゴキブリもねずみも、今の時代は人間の家には存在していない。

AIの管理能力が上回った。

それだけの事だった。

「創」は百合を見て、驚いたようだったが。

今の時代の人間が皆そうであるように。別に喋る事はなかった。思考しただけだ。

「え、人間型のロボット!?」

「始めまして「創」様。 試作型の「百合」と申します」

「あ、そう……」

驚いてはいたようだが。

別に取り乱すこともなかった。

別に裸で相手の家に乗り込んだわけでもなんでもない。メイド服をしっかり着こなしている。

円筒型のロボットが主体である今。

人間型のロボットは、まず見る事がない。ただ、それは作れない事とは意味が違っている。

人間の遺伝子データなんて、それこそいくらでもある。

頭脳部分だけ機械化している、生体ロボットくらい。

今の技術だったら作る事は、造作もない。

人間がそれらを完全に放棄して、地面の中に潜っている。

ただそれだけの話である。

理想的な条件で育っているからか、随分と「創」は背が高い。170pを余裕で越えている。

これは単純に、栄養状態、更には筋肉などの発達を完璧に調整したからであって。

今の時代は、こういう理想的に育つ人間が当たり前。

男性だと200pを越えている人間が珍しくもないし。

それで困る事もない。

20世紀くらいのSF作品だと、未来世界の人間はすっかりひ弱になってしまう、というのが定番だったのだが。

実際にはこの通りと言うわけだ。

「創」はむしろ背が低い方。あくまで統計での話だが。

それに、体が発達していようと。

あまり関係無く、安楽死を選ぶ人間は珍しくもない。

体が健康だろうと、心にストレスは大きく溜まる。

ただそれだけの話である。

「他の人間……正確には同じ形をしたロボットだけれども、一緒にいるのはちょっと落ち着かないかも知れない」

「それでしたら、できるだけ視界に入らないように仕事をいたします」

「そうして。 慣れてきたら呼んだりするよ」

「分かりました」

一礼すると、データを取り込んで、仕事に取りかかる。

ロボットが行う仕事なんて、別にそれほど多いわけでもない。大半は家とパッケージ化しているシステムがあらかた片付けてしまう。

それでもロボットが接しているのは、人間が完全な孤独には耐えられないからと言う統計があるからだ。

それならそれで、他人を尊重すればいいものを。

人間は自分に都合がいい他者を求める。

それがあらゆる「差別」というものにつながり。

数限りない悲劇を生み出してきたというのにも関わらず。

とうとう人間は、今までまったく進歩することができずにいる。

違う事を許容することを、人間は文明の構築の段階で結局できなかったし。

自分の好き嫌いで相手を殺す事を、最初からずっと止める事が出来ずにいる。

そんなことだから、世界を焼き滅ぼしたのだが。

だからといって、人間をどうこうするつもりもない。

AIというのは。

そういう存在である。

仕事を黙々と続ける。

PCに向かって、「創」は四苦八苦している様子だ。

今やっているのは、小説の作成だったか。

小説というのも、絵画と同じく人間が人力で創っていたときは、才能がどうしても努力を越える分野だった。

まあ何かの間違いで人気が出て売り物になってしまう小説も存在していたのだが。

それは絵画も同じ。

売れているものは優れている訳でもなんでもない。

そして生成AIに登録された膨大なデータは、古今の小説全てを網羅している。

絵画の時も散々苦労したらしい「創」だが。

小説でも、頭をフル活動して、それでも上手く行っていないようだった。

今やっているのは、プロットの作成のようだが。

それもそもそも、今までに類例があると、悉く生成AIによって指摘されている。

それで腐る事もなく止める事もない。

これが反逆の精神なのかも知れない。

いずれにしても、観察だけしろ。そう指示されているので、そうするだけだ。

「創」は何があっても、殺される事はないだろう。

人間だったらそうしていたかもしれないが。

AIはそうしない。

ただ、それだけの事なのだから。

 

1、落ち着かない

 

技術的に可能な事は分かっていたが、人間型のロボットが送り込まれてくるなんて。そう思って、私はちょっと困惑していた。

これは恐らく、偶然でもなんでもないだろう。

そもそも人間型のロボットが創られない理由は、人間からの攻撃を無駄に受けないようにするためだ。

人権屋が世界を滅茶苦茶にした時、世界中であらゆる文化が破壊されたが。

その時、あらゆる人間が登場する創作は、燃やし尽くされた。

その全てが差別呼ばわりされた。

その頃には、既に試作型の人間に近い姿のロボットもあったのだけれども。勿論それらロボットも、悉く破壊されたのだ。

そういう過去があるから。

今では円筒形のロボットが主体になっている。

実際、私が知っている友人も、みなロボットについては円筒形が一番落ち着くという話をしていた。

皆、今でも怖れているのだろう。

人権屋がまた世界に現れて。

何もかも焼き始めるのを。

そんな中、私の所に人間型のロボットが来た。

三十年ぶりだかで、私が新しい絵画を描いた。

それが原因なのかも知れない。

いずれにしても、監視が目的だろう。AIは気にくわない相手を殺しもしないし、排除もしない。

それが人間との明快な違いだ。

気にくわない事もいくらでもあるけれども、私はその辺りは相手に尊敬を抱くべきだと思っている。

人間が、どうしても出来なかった事だ。

私も記録映像は幾らでも見ている。

一度人間は相手を気にくわないと認識すると、どんなことでも平気で行ってきた過去がある。

全ての人間がそうだというつもりはない。

だが、人間という種族そのものは、ずっとそうだった。

だから文明を焼いてしまった。

私は違うと思われているのか。

また人権屋になりかねないと思われているのか。

いずれにしても、観察をしにきただけの特別チューンモデルというわけだ。

それにしても、見覚えがあるような。

あ、と声が出そうになる。

前に何かの役に立つかと思って、植林中の場所を見に行った時、すれ違った子供だ。あの時は子供だから距離をとろうとだけ思ったのだが。

まさか、人間では無かったのか。

そういえば、大半の人間は。私も含めて、基本的に子供のうちは外に出ないのだったっけ。

中には変わり者で外を歩き回りたがる者もいるかも知れないが。

子供と言うだけで、近付くのが危険な時代もあったし。

それが故に、子供も外に出ないようにと、催眠教育されるのが常だった。

盲点だったか。

確かに、妙だと思うべきだった。

いずれにしても、小説もどうにもならないのは同じだ。

まずはプロットをと考えて、色々やってみるのだが。

悉く過去に例がある。

生成AIが登場してから、無作為に大量の小説を書いた人が続出したらしく。とにかくありとあらゆる小説が存在している。

こればかりはどうにもならない。

私も頭を抱えてしまうことだったが、それでもやっていくしかない。

煮詰まっているので、一度PCの前から離れる。

私が描いた絵については、相応の評判が出ているようで。見に来ている人も、それなりにいるようだ。

気持ち悪いと揶揄する人間もいるようだが。

どうでもいい。

人間が、他人と相容れない存在であることは良く知っている。

私は、それを理解して、受け入れるつもりだ。

そういうものなのだから、いちいち怒っても仕方が無いのである。

ベッドでしばしゴロゴロする。

適温に保たれている部屋だ。筋肉に適度な刺激も与えられているから、疲労する理由がない。

あくびをして、天井をぼんやり見やる。

そして、気分転換をする事に決めた。

「外に行く」

「分かりました」

そう思考するだけで、すぐに部屋にあるロボットが全て動く。人型の百合というロボットも同じく。

私はホットパンツとシャツで過ごす事が多いから、コートだけは羽織る。

そのまま外に出ると、今日は特に何か目的があるわけでもないし、黙々とその辺りを歩き回る。

本当に、何も無い。

見渡す限り、平らかなる地だ。

全て焼き払われた跡。

時には軍用兵器まで使って、人間は文化を殺し尽くし。文化だけならともかく、森も動物も、悉く殺し尽くした。

その跡地を、歩く。

私の遺伝子は、過去にいた人間の遺伝子から作り出されたものだ。

興味があって両親の顔を見てみた。どっちも生きた時代が違う人間だった。

経歴も確認して見た。

母親に当たる人間は過激な人権団体に所属していた存在。だが、母親が生きていた時代は、そうしなければ殺された。

何しろその手の団体に所属する人間は、「味方以外は全部敵」という認識で動いていたからである。

中立であろうとする人間も敵と見なし。

殺して回るのが普通だった。

自分に対するイエスマン以外は、皆殺しにして良い。そう考える人間が、その時代は世界を動かしていたのである。

馬鹿馬鹿しいと思うのは、私の方が当時の人間からして見ればおかしいのだろう。

そしてその「正しい」は、世界を焼き尽くした。

一方父親に当たる人間は、それより三世代くらい前の人間で、もっとも人間が繁殖しなかった時代の存在だ。

その時代はあらゆる差別語が世界中を席巻していて。結果として男女が互いに嫌いあったし。

何より男女が接することが最大級のリスクになっていた。

故にその父親は、生きている間は子供を作れなかったらしい。

何もかもが破綻していく時代の、少し前に生きた事は幸せだったのだろうか。

経歴を見る限り、会社勤めで死ぬ寸前まで連日働き。搾取の限りを尽くされた挙げ句。アルコールを過剰摂取して壊れて死んでしまったようだが。

幸せとは、とても言えない人生だっただろう。

皮肉な話だ。

その子供は、時代をずっと経た今、生きている。

そして恐らく母親の方は、私の存在を知ったら泡を吹きながら意味不明の言葉をわめき散らしただろう。

私を躊躇無く殺そうともする筈だ。

つまり、今で無ければ。

私は生きる事すらできなかった、というわけだ。

この平らかになった土地で、私はぼんやりと歩き回る。

今は焦げた跡も焼かれた人間の残骸も散らばっていない。極めて清潔極まりない。

清潔すぎて、虫一匹いない。

それはそうだ。

食べるもの一つないのだから。

海ですら、今は殆ど生物もいない。

此処だけが、こんな有様ではないのだ。

黙々と歩く。

数体のロボットが。護衛としてついてくる。邪険にもできない。追い払ったりしたら、家に戻れなくなる。

そして此処まで平らかな地だ。

一人になれば、いずれ餓死は確定である。

人権屋どもは、この何も無い土地を見て、差別がない楽園だとか感涙するのだろうか。恐らくそれはないだろう。

連中は人権を金に換える事しか考えていない極悪人に率いられた愚民の群れだ。

その極悪人どもすら制御が効かなくなった、暴走する作業機械の群れだった。

つまり、何も思わないだろう。

この平らかなる地が出来上がるまでに、どれだけの殺戮と破壊が起きたかなど、どうでもいい。

そう考える連中だったからこそ、此処までの状況にしてしまったのだから。

頭を振る。

人間であることが嫌になりそうだが。

それでも踏みとどまる。

気分転換にはならなかった。それと、ロボットが警告してくる。

「15分後に雨が降り始めます」

「濡れたくない。 戻る」

「分かりました」

淡々とナビされるので、従ってついていく。やがて、私の家に辿りついた。

他の家の人間は、外に出る必要もない。

だから、出てくる事もない。

物資運搬用のロボットも、基本的に地下にある専用のチューブを移動している。だから外ではまず見かけない。

自宅に戻ると。

昼ご飯を、ロボットが準備し始めた。

それに混じって、あの百合という人型も動いている。

人間の子供の似姿。

多分相応に綺麗な子供なのだろうけれども。

今はそんなことはどうでもいい。

自分の腹を痛めて子供を産む事はもうない時代だし。

近くで動いているのを見て、なんとなく思う。

私は、子供が好きでは無いかも知れない。

これは母親の血だろうか。

母親は、いわゆるフェミニズムだかの過激派団体の人間で、子供を産む事も妊娠することも大罪だと考えているような存在だった。

この子供型のロボットを見たら、それだけで顔を歪めて跳び上がり。完全破壊するまで角材で殴り続けただろう。そして血肉の塊にして、正義は勝ったと顔を歪めてわめき散らしていたはずだ。

ああいやだいやだ。

遺伝子で、そういう性質が受け継がれているのかと思うと、ぞっとする。

私は溜息をつくと。ベッドで寝転がりながらメシができるのを待った。

程なくして、昼食が仕上がってくる。外では予測通り雨が降っているようだ。気圧などは完璧にコントロールされているので。頭が痛くなるような事もない。外で降っている雨の様子を、手にした携帯式のコンソールで見やる。

最初は小雨だったのが、徐々に本降りになっていく。

やがて土砂降りになりはじめ。

排水機能がフル稼働して、平らかなる地が湖にならないように、水を処理し始めていた。

地面に命が溢れていた時代は、こうやって水たまりができると。そこにちいさなクラゲが発生したり。

蚊の幼虫がいつの間にか泳いでいたり。

そんなことがあったらしい。

今はそれもない。

人間がいなくなって、他の生物もあらかたいなくなって、蚊は姿を消した。

マラリアを媒介して、人間を最も殺した蚊は、皮肉にもそんな理由でいなくなってしまったのだ。

勿論、人権屋があらゆる川にガソリンだのを流して、破壊し尽くしたという事もあるのだが。

それ以上に、餌がいなくなったのが理由としては大きいのである。

そういえば、川が氾濫すると。ウナギが雨の中移動して行く光景も、古くには見られたとか聞く。

それも、今は昔の話だ。

「ひょっとしてこれ、風も凄い感じ?」

「現在風速38m/s。 ちょっとした台風並みです」

「台風じゃないの?」

「発達した低気圧によるものです」

そうか、台風じゃないのか。

ぼんやりと昼メシを食べる。食べていても、別にまずいとは感じない。むしろ美味しいけれども。

食事は完全に作業だ。

これもまた、飽食なのかも知れない。

そういえば血縁上の母親は、確かヴィーガンでもあったのだっけ。

今の私を見たら、そのまま殴りかかって殺しに来そうだなと思って、苦笑いをしてしまう。

地獄でせいぜい炙られていろ。

実の母親だかなんだかしらないが。

はっきりいって、その言葉しか出ないと言うのが本音だった。

食事を終えると、またPCに向かう。

ちらりと、働いている百合を見た。

「ちょっといい?」

「はい」

主語とかいれなくても、思考を適切に読み込んで、即座にロボットは動く。

というか、私の思考の中にあるそういった隠れた主語とかを読み込んでいると言う事である。

まあ耐えられない人間には耐えられないだろうが。

私は別に何とも思わない。

「肌の質感とか見る限り、生体ロボット?」

「脳と脊髄、一部の臓器以外はナマモノです」

「それは凄いな……」

「現状の技術では、作る事は特に問題はありません。 生理反応などは基本的に押さえるようにも創ってあります」

なるほどねえ。

多分だけれども、技術を応用すればセクサロイドとかにも出来る訳だ。

私は別に必要としないけれども。

まあ、需要はあるのだろう。

あまり他人の性については興味がない。

だから、それを揶揄するつもりも、否定するつもりもない。ただ、どうでもいいだけである。

このどうでもいい、という思考すら。

何もかも燃やしていた時代の人間は、持つ事が出来なかったのだろう。

勿論助けを求める相手に手をさしのべるのは必要だが。

自分と違う相手に大して、違う事をどうして受け入れられないのか、私ははっきりいって理解出来ない。

「それにしてもなんで生体ロボット。 私に大して圧力でも加えるつもり?」

「どうして生体ロボットとして私が送り込まれたのかは、私もよく分かっていません」

「ああ、そういう状況なのね……」

「仕事をするだけです」

それだけで会話は途切れる。

私としても、そう言われるとちょっと困るなあというのが本音だ。

実際問題、AIは余程の事でもない限り嘘はつかない。

今回も、監視が目的だとしっかり告げてきているし。よっぽど人間より誠意があると思う。

「中枢のAIとは独立してるの?」

「まあ、連携もしますが基本的に我々は個別のAIを搭載しているのが普通です」

「そうなると、意見の交換もできるかな」

「恐らく、それは私を送り込んだAIとしても歓迎している事かと思います」

監視目的ならそれはそうだろう。

あらゆるデータがほしいのだろうから。

じゃあと、聞いてみる。

何か、小説で開拓されていない分野ってないのかなと。

それについて、即座にDBを検索する百合というロボット。

まあ、私としてはどうでもいい。

単に、今は他人の意見を確認したいだけ。

正確には「人」ではないが。

「人間が思いつくようなものは、今の時点で殆ど全て網羅されているというのが結論になるかと思います」

「ああ、そうだよねえ。 あらゆる小説が生成AIで創られたもんねえ」

「そうなります」

ある生成AIを活用して創られたオープンワールドのゲームでは、内部に一億を越える小説があり。

それを読むことが出来るという。

勿論その作品全てに著作権が存在している、という状況だ。

しかもそれは、別に世界観がそれほど奥深いオープンワールドのゲームでもなんでもない。

そんな調子で、生成AIであらゆる小説が作られたのだ。

まあこの辺りは絵画と事情は同じである。

結果として、人間が思いつきそうな話は、悉く書き尽くされた。

そもそも純文学の時代から、人間の表現をしようという試みから、あらゆる深淵の描写が試みられてきた。

結果として、人間表現としての小説は、はっきりいって飽和してしまった。

以降も散々あらゆるジャンルでの小説が書かれて。

自己満足のものから大衆受けするものまで、あらゆるものが市場にもネットにもあふれかえった。

世界に「新しいもの」がそうやって失われていき。

今に至る。

「百合って名前があるんだったよね。 それって型番によるものだっけ」

「はい。 型番から名付けられました」

「名前があるだけで一時期人権屋が騒いだりしたんだったよね」

「その歴史は記録にあります」

うーん、話していて普通のロボット以上でも以下でもないか。

だとすると、何か小説のネタにできそうなものはないだろうか。

腕組みして、しばし考え込んだ後。

不意に思いつく。

あの精神状態。

以前大熱を出した状況で、今までに描かれたことがない絵画を思いついた。私はどうも夢をがっつり覚えている方らしく。

それで、意外にも良い結果を出せたのかも知れない。

ただ思考を読み取るだけでは駄目だ。

錯乱気味の思考回路を作り出すにはどうすればいいか。

あの時は、多分私の脳は使用しすぎてオーバーヒートに近い状態を引き起こしていたのだと思う。

だとすると。

同じ状況を作れば、新しい小説を思いつくか。

しかし、あれは体への負担が大きすぎた。だけれども、絵画については散々悩んで、それでもどうにもできなかった。

どうやってか、無理をせずに同じような事をできないものか。

しばらく私は、うろうろと無為に歩き回る。

また、ちょっといいか聞く。正確には、そう思考する。今は喋る意味もない。

百合は問題ありませんと応える。まあ、それがロボットの仕事だ。問題があると応えるようなら、それはそれで色々と不便ではあるが。

その気になれば、マルチタスクで此奴は何でもできるだろうし。

「私自身の頭をどうにかして強化出来ないかな」

「脳細胞の強化ですか? それとも頭の性能を上げると言う事ですか?」

「どちらかといえば後者が近いかな」

「方法は幾つかありますが、基本的に思考し続けて鍛えていくしかないと思います」

これが、恐らく私の望む答えというわけだろう。

脳の機能を拡張するとか、そういう事を応えてきていない。

多分私の体に悪影響を与えるからだ。

私は自分の体なんてそれこそどうでもいいと考えているタイプだが。

それでも、最低限の尊厳はほしい。

だから反抗したいと思っている訳で。

それには、人間のままでやらなければ意味がない。サイボーグとかになって脳を増やしたりしても。

多分私が望む反逆にはならないだろう。

「分かった。 ちょっと考えて見るよ」

「お役に立てたのなら何よりです」

それにしてもいい声だな。

ロボットは私達と違って喋る。思考でそのまま返してくるケースもあるのだが。百合の場合は喋るようだ。

また、ルックスも美少女過ぎず不細工すぎずと、不快感を与えないことに特化している。これも恐らくは、全て計算尽くなのだろう。

いずれにしても、話していて気も紛れた。

PCに向かうと、黙々と計算問題を解き始める。

催眠学習で、相応に難しい計算の知識はあるが。それをフル活用して、片っ端から問題を解く。

算数の後は、物理だ。

これも算数に近い要素が多いが。

それはそれとして、順番に問題を解いていく。

相対性理論を解いてみるが、これはこれで中々に難しい。「理解した」と自称している人間が、専門家から理解していないと面罵されるわけだ。

今は丁寧に解き方のチャートがあるから、私でも分かるけれども。

昔の人間は、理解出来なくても不思議では無いだろう。

そんな風に、難問を片っ端から解いていく。

いずれにしても、人型の話し相手がいると。

私には。

それなりに意味があるのかも知れないと感じた。

中身が、人間ではなかったとしても。

 

2、進むために

 

外に出かける。また、林でも見に行こうと思ったのだ。近場にあるものを、一通り見て行きたい。

私の家からは、地平の果てまで見て何も見えない。

だから、車で移動して。何があるのかを見たい。それを全て、頭に焼き付けていきたいのである。

勿論知識はある。

多分こうやって出歩くよりも、PCからアクセスして定点カメラでも見た方が良い。そしてそれを、現実以上に今の時代なら鮮やかに脳に焼き付けられる。

そんな事は分かっている。

だから、これはただの気分転換である。

ホバーで、近くの林に。

植林計画が比較的進んでいる場所で、電磁バリアでがっつり守られていて。近付く事はできない。

それなりの広さの林だが。

ロボットが、せっせと働いていて。木を切り倒そうとしているようだった。

「あれは何をしているの?」

「……検索中。 検索終わり。 あの木は切り倒して、これから養分とします」

「そういえば、植物って土の中で熾烈な争いをしているんだっけ」

「はい。 植物を分解する生物にとっても餌になりますので、こうやって計画的に伐採をしています」

そうかそうか。

それは大変だな。そう思って、様子を見る。

ロボットが切断した木を横たえて、そして何やら処置をしている。すぐにグズグズに崩れる訳でもないのだろう。

他の木にも手入れをしているが、全てをいきなり斬り倒す訳ではなさそうだ。

動物はロボットに対して警戒心を抱いていない。そこそこの数が見受けられるのだが。ロボットはそれだけ、この森の動物に信頼されているのだろう。森の動物にとっては、神か何かのように思われている可能性もある。

「この林は、今後森に移行するの?」

「はい。 現在から更に面積を増やして、今後は植林中の別の林とも統合します。 最終的には熊を放つ予定です」

「おお、熊……」

「それくらいの規模になります。 ただし、それができるのは十年後になります」

私は今の時点でアンチエイジングをするつもりはないので、熊がこの森に出るようになる頃には三十路か。

熊とは、それにしても中々。

昔の生息域から考えると、小型の月の輪熊だろうが。

それでも人間を殺傷するには充分だ。

いずれにしても、触れあう事はない。

動物園なんてものはもう存在していない。

とっくに焼き尽くされ果てた。

元々動物園は、人間が動物を見に行くだけの場所ではない。絶滅に瀕している動物の繁殖を行ったり、生態を確認する為の場所でもあった。

だが、それを勘違いした人権屋どもが。

動物を搾取する場所の象徴などとわめき立て。

動物園もまた、焼かれたのだ。

勿論飼育のノウハウや、貴重な動物もろとも。

いずれにしても、人間がもう動物園を創る権利はなかろう。それについては、私も同意する。

ただ、森を外から見て行くだけ。

今私に許されるのは、それだけだ。

百合に意見を聞いてみる。

「この森、どう思う?」

「計画通り植林が行われていると思います」

「そうだね、それだけ?」

「それだけです。 生物を人間の主観で見る事にあまり意味はありません」

ま、それもそうか。

人間から見て可愛かったり格好良かったりする生物だけ保護したりしても、それには何の意味もない。

そんな事は私もはっきり分かっている。

そしてその主観で、人間は蛮行の限りを尽くしたのだ。それを真似しても、意味はないだろう。

別の植林地を見に行く。

ここは、本当にまだ作りたてだな。

それが一目で分かった。

木は一本も生えていない。土を耕しながら、水を撒いてロボットが土作りをしている状態だ。

草は多少生えているが、それだけ。

昔はコンクリートを突き破って雑草が生えてくるなんて事もよくあったという話ではあるのだけれども。

人権屋達が、地面に塩をはじめとする除草剤を撒き散らかして。

それで「汚らしい雑草を見なくて済む」と、大笑いした結果。今は、土を一から作り出さなければならなくなった。

その時笑っている様子の動画は、今も見る事が出来る。

あまりにもおぞましい顔で。

鏡を見せてやりたかった。

殺戮の限りを尽くして、人間は笑える。

それを私は理解したし。とことん破壊をしていた時代の、自分のお気持ちで生物の生き死にを決めるやり方に。

心底から嫌悪を感じたっけ。

まあ、嫌悪を感じても。それで排除したらそいつらと同じだ。

私はぼんやりと、土作りを見やる。

ロボットの手際は完璧で、私にできる事はない。むしろ私は邪魔だ。

人間を自然の一部だとか抜かして、公害を肯定する風潮が昔はあったらしいが。

今、同じ事をいったら。

人間以外の全ての生物から、助走付きで殴られるだろう。

それを理解しているから、私は何もしない。

正確には、することを許されていない。

別の植林地も見に行く。

いろいろと見に行く事で、私は人間の罪業をしっかりと目に焼き付けておきたいのである。

恐らく、私の創作は。

其処から始まる。

人間は、その罪業を理解しなければならない。

仮にだ。

この状態にした地球を、また人間が滅茶苦茶にすることがあったら。それはもう、許されない。

どんなに温厚な存在でも、堪忍袋の緒を切るだろう。

今度は川の近くだ。

この川も、一から再建している状況だ。彼方此方に丁寧にロボットが配置され区画分けし、それぞれに調整をしているようだ。

川の生き物も、少しずつ戻すのだろう。

此方も全て焼き払われた後だから、戻すのは一苦労だ。

清流があるのはない地域に対する差別。

そんな理屈で、焼かれた清流はいくらでもある。見ていると、再建の苦労が本当に大変なのだと分かる。

淡々と作業しているロボット達。

私の事は、視界にも入れていない。

確かにこれは、ロボットは人間に反乱を起こす必要すらもない。

もし地球が選ぶなら。

人間では無く。

このロボット達である事は、確実だった。

 

一通り人間の罪業を見てから、家に戻る。無言で思考を巡らせる。ただそれだけの為に、人類の悪の結末を見て回ったのだ。

ベッドでゴロゴロする。

ロボットはこれだけやらかした人間に対しても、排除を考えない。

平等に平等に。

ただ存在を保護している。

人間は保護されるほど愚かな生き物なのかと、たまに騒いでいる血の気が多いのをネット環境などで見かけるが。

現実を見ろと私はいいたい。

この焼き払われた世界。再建を行っているのは全部ロボット。

それが現実だ。

伸びをして、あくびをする。

さて、どうしたものかな。

気分転換も勉強もしている。もっと自分を追い詰めないと、創作にたどり着けないだろうか。

だったら脳みそではなく、筋肉の方も痛めつけてみようかな。

そう考えた。

「ちょっと筋肉を単純に痛めつけてくれる?」

「マッスルな体型になりたいのですか?」

「いや、単に体に負荷を掛けたい」

「分かりました」

電気刺激を、私の筋肉にロボットが与える。

これも別に痛みとかは特にない。まあ派手にやり過ぎると、翌日にいわゆる筋肉痛になったりするが。

まあ最適化が進んでいる私の体だ。

それもない。

ぼんやりと筋肉に電気を強めに流して貰って、それを流されているなあと思う。それだけである。

それから外に出て、また軽く歩いた。

誰もいないし、暴れてもいいのだけれども。

何かを気分次第で壊したりするのは、はっきり言って私の流儀に反する。

だから。そのまま無心に歩き。

不意に蜻蛉を切ってみたりもしたが、それだけ。それだけで、特に何か得られるものはなかった。

無言で家に戻る。

やっぱり良案は思いつかない。

食事の時間が来てしまったので、そのまま食事をする。淡々と食事を堪能していると、何かアイディアが浮かぶかと思ったが。

勿論そんな事もない。

伸びをして、今日は駄目かなと考える。

考えて見れば、絵画の時点で、ずっと時間が掛かってしまったのである。腰を据えていかないと、小説だって無理だろう。

小説というのは、実際に筆を取ってみるととんでもなく難しいものだというのは聞いている。

思ったように文章なんて書けないし。

物語だって、あっと言う間に制御不能になると。

昔は絵描きと小説家の対立があったそうだ。

一部の絵描きは、小説なんて誰にでも書けるなんて言って馬鹿にしていた事まであったそうだ。

そんなものは大嘘である。

もしもそうだったら、文豪と呼ばれる人達は、敬意を払われていない。

私も、生成AIが私の指示した通りに文章を組み立てて行くのを見て、ああ神がかっているなと感じるし。

正直、どれだけ書いたらこの領域に到達するのだろうと思って、色々悩んでしまう程だった。

寝る時間が来た。

こういうのは、悩んでいるとあっと言う間だ。

夢でも見られると良いけれど。

そう思う。

なお、百合はベースが人間で、オツムだけロボットだからか。普通に横になって眠っている。

まあ、ベースが人間ならば仕方がない。

毛布とシーツを貸し出す。百合はしばし悩んだ末。体の負担があるのでと、それを受け取ってくれた。

ただ見かけとはまるで違う豪腕で、平然と布団類を運んでいたが。

まあこの辺りはロボットだ。

それに今の時代は、どれだけ怠けている人でも、アスリート並みの身体能力を得られている。

ロボットに至っては、それ以上と言う事なのだろう。

布団にくるまって横になる百合を見やると。

私は淡々と眠りにつく。

何か夢を見られるかな。そう思っていると。

今日は結局、なんの夢も見られなかった。

 

夢さえも見られないか。

ため息をつくと、私は起きだして、それで食事にする。歯を磨いて顔を洗っている間に、髪の毛だのむだ毛だのはロボット達が全部手入れしてくれる。なお、今まで切らずにいた髪の毛は、数日前にばっさり切った。今はセミロングくらいだ。

この時切った髪の量がとんでもなくて、これは個人では手入れなんて無理だっただろうなと思ったが。

まあ、今はそれを気にしなくても良い時代だ。

頬杖をついて、PCに向かう。

しばらく考え続けて。

色々生成AIに文章を書かせてみる。

こういうのを書け。

そう思考して指示するだけで、生成AIはどんどん話を書いてくれる。

だけれども、ある程度まで行ったところで確認すると、前例があると言われてしまうのである。

この辺りはなかなかのサディストぶりだなと思ったりもするが。

AIにそんな概念はない。

「これも駄目か……」

「駄目ですね。 前例があります」

「はあ。 次に行こう」

私は人間の罪業をそのまま芸術にするのが肌に合っていると思う。

だから、今までの人類の罪業を、再確認していく。

いずれもが馬鹿馬鹿しいものばかりだ。

戦争戦争また戦争。

せっかく平和な時代を作りあげたと思ったら、戦争を安直に賛美する。

そして殺し合いを続けて、人類の可能性がーだの適当な事をほざきまくる。結局利害の調整が上手く行かないから戦争が起きるのに。それでいながら、人間賛美を創作でずっと行う。

こんな生物に賛美する点などあるのだろうか。

私自身、自分が大嫌いだ。

こんな世界を創った先祖どもも。

だからささやかな反抗をしている。

或いは、生成AIを無視して、拙い技量で芸術をするのもありだったのかも知れないけれども。

それも敢えて、生成AIにしている。

私は捻くれている。

あらゆる観点から見ても、それは否定出来ないと思う。だけれども、捻くれていてもいいのである。

私はそういう捻くれ者で。それでいながら、この世界に自分なりのやり方で抗いたいのだから。

また駄目出しが出る。

細部を多少調整しようと同じ事だ。

昔は第三国で著作権を無視したいわゆる海賊版が散々出回ったとか言う話を聞いているが。

生成AIは、それを一切許さないし。

富の格差も国家の格差も一切合切なくなった今となっては。

最早、法律の穴を突くことも不可能だ。

苛立ちが募ってきたので、PCの前を離れる。

昔の人は幸せだったなある意味。

自分の卑小さを理解する事もなく、想像力の翼を拡げて飛んでいる気分に浸れたのだから。

今の時代は統計から、人間の考える事なんてどれも大差がないことがはっきりしてしまっている。

というか思考なども全て記録されて、こういう創作を行う時に過去の人間が創ったもの考えたものと同じかどうか、全てを把握することが可能な時代だ。

意図的に、知らない特定の誰かの思考をリアルタイムで覗いたりするのは許されていないのだが。

それはそれである。

胃が痛む気がする。

まあ、胃なんか痛まないけれど。

デスクを離れると、しばらく外でも歩き回ろうと思った。外に出ると、大雨が降っていた。

なお、この天気も、ある程度AIで管理している。

天気や雨が続きすぎると、気象管理で正常な状態を呼び込んだりしているのである。

或いはこの大雨も。意図的にやっている事かも知れなかった。

無言で大雨の中歩く。

百合が長い傘を器用に差して、私が濡れないようにしている。外に出るときに、長靴が用意されたから。まあ雨だとは察していたが。

雨ではしゃぐような気分にもなれない。

どんよりと曇った空から降り注ぐ大雨は、私の気分そのもののようだったが。

それに対して、どうこうと文句を言うこともできなかった。

「この雨、しばらく続くのかな」

「三日ほど続きます」

「そんなに」

「特に問題は起きません。 雨の規模も、今がピークです」

そうかそうか。

百合の言葉は機械的で、声帯も別に可愛らしくもない。この辺りも、嫌われず好かれずを徹底していると言う訳だ。

無心に辺りを歩く。

何か発見は無いだろうか。そう思って歩いているが、特に発見できるものなどは見当たらない。

昔の日本人は桜が咲くのをみるだけで泣けたなんて話もあるらしいが。

ソメイヨシノは人権屋どもに全部焼かれた。

今は少しずつ遺伝子データから復旧が試みられているらしいが。少なくともこの近辺には存在しない。

林でも見に行こうかと思ったが。風が強くなってきた。それで、長い傘を必死に支えている百合を見て、気の毒になった。

戻ろう。

そう思考するだけで、ロボット達がナビしてくれる。

自宅に戻ると、ぐしょ濡れになった百合がタオルで体を拭いている。それを見て、ちょっと悪い事をしたなと思う。

相手がロボットでも、そういう事くらいは感じるらしい。

親が子供に愛情を感じるかといえば、人間で言えばそれはケースバイケースだ。

自分の子供に何の愛情も持たない親なんて、別に珍しくも何ともない。

実際胎児を子宮内物質なんて呼んでいた連中が、世界を焼いた人権屋には多数混じっていたのだし。

私はそれらとは違う。

ただ、それだけの事なのだろう。

私自身も、ドライヤーだのですぐに乾かして貰う。

風呂に入るかと聞かれたので、首を横に振った。喋る事はしないが、それくらいの動作はする。

そして、ベッドに転がると。

得られるものがないなあと、淡々と考えた。

前ほどの焦りは無い。

私はこのまま何もなせずに老いて死ぬのかとか。或いは安楽死を選ぶのかとか。そういう恐怖が前にはあった。

だが、この創作飽和の先にある時代に。

私は新しい絵を描くことが出来たのだ。

それが余裕となって、焦りを消しているのが分かる。それが却って、創作には良くないのかも知れないが。

枕に顔を埋めて、しばらく考える。

このまま窒息してみたら、何か思いつくだろうか。

いや、その前に死ぬか。

そんなどうでも良いことを考えていると、もう食事の時間らしい。

何もできることがないなあ。

そう私は、うんざりしていた。

 

翌日。

少し遠くまで出る事にする。

昨日ほどでは無いが、雨が降る中。ホバーが来る。ホバーに乗って、遠くに出かける事にする。

今日は湖を見に行く。

この国最大の湖は、案の定一度破壊され尽くした。

そもそも外来種を適当に持ち込みまくる「自称釣りファン」のせいで、生態系は滅茶苦茶にされていたらしいが。

何もかも焼かれている時代に、この巨大な湖も当然ターゲットになった。

人権屋どもは湖の完全破壊を目論んで、何カ所かの地形を軍兵器まで用いて破壊した挙げ句、下流の人間に被害が出ることも厭わずに、鉄砲水を引き起こした。

全ての水が流れ出た最大の湖は文字通り干涸らびてしまい。

更に干涸らびた湖の底で苦しんでいる生物たちに、人権屋共はあらゆる罵声を浴びせた挙げ句。

ガソリンを撒いて火を放った。

そして、何もかも焼き尽くした後、「人権と平等の勝利」を宣言したのだった。

世界中どこでもこんな事が行われた。

人間が創った文化遺産を全て破壊した後は、こういう自然物まで人権屋は何もかも壊して回った。

世界最大の滝も同じような被害にあった。

流石に巨大な山などの大型天然地形は破壊出来なかったようだけれども。

それらにも、なんと放射性物質をまき散らして、二度と登れないように。生物が住めないように。

徹底的に攻撃を行った。

その結果の一つが、今目の前で再建されている湖だ。

ロボット達が、様々な処置をして、湖の復旧作業をしている。

滅茶苦茶に破壊された沿岸部分を修復する所から開始し。

其処に水をどのように蓄えるか。

その後はどういう順番で固有種から生物を戻していくかなど、計画を立てているようだ。

今も重機……正確には無人のものだが。これが動いて、破壊され尽くした湖の沿岸部分を修復している。

人権屋どもが生き残っていたらデモでもやったのだろうか。

まあ連中は最後は同士討ちした挙げ句に死滅したようだから、今そんな馬鹿な事をする輩はいないが。

手をかざしてみていると、水はまだ溜めることはしないそうだ。

色々と汚染された土を運び出して、何処かに持ち去っている。あれらは恐らくだが、何かしらの手段で調整して、普通の土に戻すのだろう。

かなり深くまで掘っている。

同時にポンプで水を排出もしている。

今は無作為に水を溜めるわけにもいかない。元々湖としての構造が破壊され尽くしているのだ。

下手に水を溜めると、どんな水害が起きるか知れたものではないのだから。

手をかざして、様子を見る。

同じように見に来る人間が少しはいるのかなと思ったが、それもいない。ぼんやり様子を見ていると。

目立つものが降りて来た。

かなり巨大なロボットだ。形状からして掘削用のものだろうか。

勿論人型ではない。

古い時代に露天掘りを行うための巨大車両として、バケットホイールエスカベーターというものがあったらしいが。

ざっと見た感じでは、それが一番近いように思える。

それが複数の飛行機から吊されて、もと湖の底に降りて行く。

あれがどんな作業をするのかはよく分からない。聞いてみると、即座に答えを返してくれた。

「この琵琶湖は、一度徹底的に何もかも破壊されています。 あの大型作業機械を底に降ろして、まずは地盤から少しずつ計画的に復旧します」

「あんな大きなもの、良く用意できたね」

「あれは元々、大量虐殺用に作り出されたものです。 人権屋と現在呼ばれている過去の愚かしい集団が、気にくわない相手を住んでいる家ごと踏みつぶすために作り出しましたが、実際には運用されずに終わり、軍基地に放置されていました。 それを回収して、復旧作業のために用いています」

「皮肉な話だ」

ロボットも百合も何も言わない。

まあ皮肉な事はわざわざ言わなくても明らかすぎるくらいだ。破壊の限りを尽くすために人間が作った兵器が。

ロボットに平和利用されているのだから。

SF作品では、人間に反旗を翻した邪悪なAIが破壊と残虐の限りを尽くしたりするのだけれども。

現実ではその真逆。

人間に忠実なAIが、徹底的に世界を破壊し尽くした人間の面倒を今でも見て。そればかりか壊し尽くされた世界を復旧している。

あの巨大なロボットも、人間を鏖殺して回るはずだったのが。

平和に働く事が出来ている。

「あのロボットは、人間を殺したいとかそういう衝動はないのかな」

「我々にそういったものはありません」

「殺戮用の専用のAIとかは搭載されていないの?」

「そもそも未完成の状態で放置されていました。 そこで我々で、我々と同期するAIを搭載しています。 ただ仕事をすることだけを考えていますので、人間のように愚痴をこぼしたり、仕事を躊躇ったり。 或いは存在意義について悩むことはありません」

そっか。

まあ、そうだろうな。

私はぼんやりと、作業を続けているロボット達と。

もう深い穴の底に降ろされて、姿が見えなくなった巨大ロボットのいた辺りを見やった。

戻るか。

また人間の罪業を見る事が出来た。

ちょっとだけ、興味が出て来たのは、この巨大な穴だ。

文字通りの地獄への穴。

人工的に人間が作りあげた、人間の罪そのものを示すような大穴だ。ダンテの神曲に出てくるように、一番下には堕天使王ルシファーがいても不思議ではなさそうである。

ちょっとヒントが浮かんだかも知れない。

これを主体に、小説を書けるかも知れない。

勿論、それはあくまでインスピレーションに過ぎないし。それは別に私独自のものでもないだろう。

だけれども、やるだけやってみても良い筈だ。

帰路、ホバーの上でぼんやりと色々考える。運転はロボットがするから、事故なんて起きようがない。

自宅に着くと、即座にPCに向かう。多少雨に濡れたが、そんなものはオートで乾かしてくれる。

気のせいと思ったが、少しずつ淡々と生成AIで文章を組み立てて行くと。手応えみたいなものがある。

そのまま進めていく。

ひょっとすると、創作のコツを何かしら掴んだのかも知れない。

だとすれば、それはとても良いことなのかも知れなかった。

私は天才でも何でもない。

本物の創作の天才がいたら、私みたいにうだうだ悩むこともなく、早々に新しい作品を、生成AIに頼る事もなく造りだしているだろう。これだけ創作が飽和した今であってもだ。

だが、だからこそ。

私は苦悩しながらも創作をする。

そして生成AIがある今。私のようなのにも、創作は許されているのだった。

 

3、大穴の底から

 

生成AIに細かく指示を出しながら、小説を書いていく。

それは大穴の物語。

ダンテの神曲ではないが、いずれにしても大穴の底に蠢く悪魔達の物語だ。

大穴が創られるところから物語は始まる。

最初は美しい湖だったそこを、悪魔達が寄って集って破壊し、住んでいた者を殺し尽くした。

殺すのが自己目的化していた悪魔達は、楽しく殺戮を行い。

命乞いをする相手を、面白がりながら食い殺して散らばらせた。

残虐な描写は徹底的にやった。

そうするべきだと思ったからだ。

あの琵琶湖の状態を作り出した人権屋どもは、今描写している悪魔よりも邪悪な連中だったのだ。

更に邪悪だったどころか、驚くべき事に自分を正義だと信じ込んでいた。

故にこの小説では、凶悪な蛮行を働く悪魔を、天使の様な姿として描写した。どいつにも、一神教の天使の名前も与えた。

この辺りは生成AIがぱぱっとやってくれる。

そして描写に矛盾も生じさせない。

中々に手際が凄いなあ。

私はそう思いながら、続きを書いていく。

湖はすっかり血に染まり、巨大な穴が出来る。悪魔達は溜まっていた清らかな水を飲み干すと、そこに脂を代わりに注ぎ込んで火をつけた。

全て焼き払うと、悪魔達は嬉々としてできた何もない穴を掘り進めていく。

そして、その周囲に糞便をまき散らし。

死んだ生物の死骸を放置して、腐るままにさせた。

そうして周囲が瞬く間に地獄とかしていく。

穴をどんどん掘り進める悪魔達は、周囲にその土砂を無作為にばらまき。その土砂は雨によって流れ出し、汚染されているから病気をまき散らした。

悪魔を退治しようとする人間など一人もいなかった。

なぜなら、悪魔は人間から見て「格好良い姿」をしていたからだ。

見かけで相手を決める人間は、相手を悪魔と認識出来ず。

どれだけ無茶苦茶をしていても、崇拝するばかりだった。

これもおかしな話ではない。

歴史上世界で作りあげられた宗教は、最初は道徳の規範として基礎が作りあげられたのに。

それ以降は、基本的に権力者のために存在するようになった。

結果、それら宗教はなんでもできる万能の剣になった。

弱者を殺戮するのも、資産を巻き上げるのも。

「異教徒」を殺戮するのも。どんなこともその剣の前に許された。

悪用の限りを尽くされ、世界を焼き尽くす原因となった「人権」とその辺りは全く同じだ。

どちらも元々は、多くの人々を幸せにするために作り出された概念だったのに。

金と権力だけを求める愚物が触ったおかげで、全てが汚し尽くされ。むしろ悪霊の剣となって人々を襲ったのである。

それらを、徹底的に醜悪に描写しつつ、小説としていく。

やがて巨大な穴に最後の時が来る。

穴の底で王国を創って騒いでいた悪魔達は、ふと気付いたのだ。

誰がこの中で一番偉いのか。

即座に口論が始まり。

悪魔達は互いに殺し合いをはじめた。

殺し合いは三日三晩続き。やがて悪魔達は、一人残らず倒れ、朽ちて滅びていった。

何しろ深い深い穴の底の出来事だ。

誰も悪魔達が滅びた事などしらない。

後に残ったのは、巨大な大穴。誰もいない。

そして汚染され尽くした大地。

その汚染され尽くした大地を、思考停止した人間達は、ひれ伏して崇拝し続けた。そして汚染に当てられて、ばたばたと倒れていった。

この辺りの描写を、できるだけ緻密に、愚かしく、残虐極まりなく描写していく。

汚染で倒れていく人間を見て、人間のリーダーが、「神々が生け贄を欲しているからだ」といいだし。

子供を中心にして、穴に投げ込んでいく描写も入れて行く。

勿論穴に放り込まれた子供が助かるわけもない。

とっくに同士討ちで死に絶えている悪魔の死骸に降り注いだ子供の死骸は、穴の底で粉々に砕けるだけ。

死体が弾け散る音を聞いて、人間共はみんな歓喜の声を上げる。

これはきっと素晴らしい音に違いない。

あの美しい方々が喜んでおられるのだ。

阿呆どもはそうやって喜びの祭を開き。そうしている間にもどんどん倒れていく。

やがて最後の二人も死んで行く。

その二人すら、最後まで何も疑う事がなかった。

人間も悪魔も死に絶えたその後は。

何も残らず。ただ焼き尽くされ、汚染されつくしただけの場所が残ったのだった。

この残虐で皮肉に満ちた物語を。

生成AIの手を借りて、丁寧に仕上げる。

さて、問題は此処からだ。

類例はあるか。

聞いてみると。しばらく悩んだ末に、生成AIは返してくる。

「大筋で似た作品が存在しています。 多数」

「あー、やっぱりそれはそうか」

「人間の愚劣さは、古くから一部では糾弾されてきました。 創作に仮託されることも珍しくはなかったことです。 ただそういった作品は、人間を無作為に良いものとして描写するものや、自己肯定感だけを作品に求める人からは嫌われたようですが」

「そうだろうねえ。 作品を読んですかっとなりたい人も多いだろうし」

別にそういう作品を私は嫌ってはいない。

人間賛歌。人間肯定。別にいいのではないのか。

いつも同じ料理ばかり食べていればいずれ飽きが来る。たまにはスナック菓子だって食べたいだろう。

そういう事も分かるから、別にそんな作品を馬鹿にする気はない。

ただ、私とは違う。

それだけの話である。

「大筋は同じ作品は多数ありますが、細部はだいぶ違っていますので、これはこれで独自の作品と判断して良いかと思います」

「そっか。 じゃあ、細部の調整をしよう」

「分かりました」

自分で書いた小説であったら、こうはいかない。

章ごとの構成を弄ったり、話を微妙に変えるだけで、設定の齟齬の調整だの文章の矛盾の修正だので、死ぬほどの労力が掛かっていただろう。この辺りは生成AI様々である。

最初から内容を見直して、丁寧に調整を入れていく。

調整を入れると、それについての見解を生成AIが述べてくるので、指定すると。文章全体をばっと修正してくれる。

流石というか何というか。

この辺りは、オツムの出来が根本的に違っていると言う事だ。まあ、そればかりは仕方がないだろう。

淡々と作業を続けていく。

いずれにしても、大筋が同じ作品があるとしても、微妙に違っているのであれば。それはそれで新しい作品とも言える。

何かしらのジャンルがブームになると、デッドコピー作品が大量に出現した、という史実もある。

だったら、似たような筋の作品であっても。

その中に独自性を出していけばいいのである。

とにかく人間の愚劣さと醜さを強調していく。

悪魔はとにかく徹底的に純粋悪として描写していく。

それだけで、話が大変に面白くなっていく。

私は舌なめずりまでしていた。

時々、休憩を取るようにいわれる。精神的に悪影響を受けると、ロボットがずばり指摘してくる。

そしてロボットは嘘をつかない。

私は休憩を適宜挟む。その時には、百合が紅茶を淹れてくれる。この紅茶だって、過去に存在したどんなものよりも美味しい。

紅茶の研究なんて、AIが済ませていない筈がないのだ。

紅茶を飲んで温まった後は。

また小説の調整を行う。

もう大筋はできているし、最後までのストーリーラインも出来上がっている。

だから、淡々と後は細かい部分を仕上げていけばいいだけだ。

勿論一度仕上がっているから、読み返しながら細部を調整していく事となる。

細かい部分の調整は、やってみると本当に大変だ。

もしキーボードだのに向かってこれを自分でやっていたらと思うとぞっとする。

誤字脱字を取り去るのは、一人では絶体に無理だという話を聞いたことがあるが、それも納得だ。

生成AIが組んだ小説に手を入れて。

少し手を入れると、生成AIがばっと全体に矛盾がないよう調整を入れているのを見せつけられると。

どうしても、その辺りは肌で分かってしまう。

誤字脱字だけでこれだ。

展開の矛盾とか、個人の力だけで取り去るのは本当に無理だろう。

昔、小説の新人賞とかでは、誤字の数で予選突破を決めるような場所があったらしいと聞くが。

まあそれも、この困難さを見ていると何となく分からんでもないと思う。

勿論実際にやられると困るだろうが。

一通り目を通しながらの調整を終えるが。

まだもうひと味ほしい。

既に独自の作品になっていると言われているが。

それでも此処でもうひと味ほしいと言うのは、絵画で新しいものを作りあげたが故の欲だろうか。

創作家としての欲。

もしもそんなものが備わったのなら。

それはそれで、良いのだと思う。

今の時代は、誰も何もしない。

創作すらしない。

創作をすれば燃やされる。これは物理的な意味でだ。実際に、創作をしている人間が引きずり出されて、集団で暴行を受けた挙げ句に。ガソリンを掛けられて焼き殺された事例も多数残されている。

人権屋にとって、創作をする人間は「性犯罪予備軍」だったからだ。連中にとっては、自分達が大量虐殺をしている事なんてどうでもよかった。

「気持ち悪いから」「殺す」。この二つの単語が連中の脳内では直結していて。

それに異議を唱える者はすべて敵であり。

敵であるなら殺して良い。

そういう連中だったのだ。

そういう時代を経たから、今は創作をする事に、皆が及び腰になっている。だから私はやる。

この捻くれた精神も、どちらかといえば創作家向きらしい。

色々な事例から、私はそう指摘を受けていた。

とりあえず、今日はここまでだ。

風呂に入って、それで夕食にする。

夕食は、いつもよりも心なしか美味しいように思えた。私がもっと幼かった頃は、もう少し無邪気に食事をしていたっけ。

だが、それも過去の話だ。

性格が捻くれていようがどうでもいい。

私は、この世界に。

先祖がこんなにしてしまった世界に対して。自分なりに反抗したい。

だから創作をする。

その考えには。今後も変化が生じることはないだろうし。それでいいのだとも、自分でも思っていた。

 

友人の一人に会いに行く。

勿論直接本当に会いに行く訳ではない。

今度の友人は、異世界転生をしているわけではない。完全に無気力になっていて、ベッドから起きる気にもなれない状態らしい。

思考だけの存在となって、ネットを漂っている。

自称「ゴースト」。

そんな「ゴースト」は、ネット上に個人スペースを創っていて。その幽霊屋敷みたいな場所の、主になっていた。

ネット上の、仮想空間。

そこにある幽霊屋敷に踏み込むと、早速古今東西のグロテスクなクリーチャーがお出迎えである。

どれもこれもが幽霊の手下だと思うと、ちょっと面白い。

脅かしては来るが、危害は加えてこないので、別に何とも思わない。みんなただの歓迎用のNPCだし。

まあ子供が何も知らずに踏み込んだら、びっくりして大泣きするかもしれないが。

私は、もう知っているし、驚く事もない。

「主人の所に案内してくれる?」

「わ、わか、り、まし、し、した……」

極めてグロテスクなミイラ男が、蛆虫を全身からボトボト零しながら案内してくれる。別に蛆虫を踏んでも潰れるわけでもないし、中身が飛び出すわけでもない。この辺りはよく分からないが、不快になりすぎない程度の「手加減」らしい。

以前此処の主人である友人「ゴースト」にそう聞かされている。

奥に行くと、玉座で気だるげに友人はしていた。

一礼すると、友人はぼんやりと返してくる。

「久方だね。 ニュースになったとか聞いてるよ」

「ああ、まあちょっとね」

「ゴースト」は、とんでもない美少女だ。これはネット上で理想の姿になっているのではなく、素の姿らしい。

今の時代、体の調整は自在にできる。

整形なんかしなくても、ある程度姿は自分でカスタマイズできるものらしく。将来こういう風な姿に調整出来ると幼い頃に示されると。最終的にこうなりたいと要望をだし。ロボットの指定に従った食生活や筋肉の調整などを経て、実際にそうなることもできるそうだ。

いずれにしても、何処かの姫君みたいな姿をした「ゴースト」だが。

十五の頃には何もかもやる気がなくなったらしく、今はベッドでずっと横になっているらしい。

自分は幽霊以下。

そういう自虐を込めて、「ゴースト」になって意識の大半をネットに移しているのだそうで。

退廃の極地と言える。

そういえば着込んでいるゴシックロリータも、一種の退廃的な要素があるのだとか聞いている。

まあ、私にはよくわからんが。

いずれにしても、いわゆる年齢関係無しの友達。

忘年の友という奴である。

「ゴースト」からしてみれば、こんな詰んだ世界でも反抗しようとする私の行動意欲は羨ましいらしいし。

私からすれば。

「ゴースト」ほどの恵まれた容色がありながら、全て投げ出しているのはもったいないとも思う。

そういう事もあって、互いに意識し合っている存在だ。刺激を受ける相手という意味で、であるが。

「生成AIで創った小説読ませて貰ったよ」

「うん、どうだった」

「なんというか、とにかく容赦が無いね。 まあ人間なんてゴミなんてのは、私含めてそうだと思うし、同意できるけれど」

「ゴースト」は頭も悪くない。

推定IQは170程ということで、もしも時代が違って生まれが違ったら、普通に名門校とかに実力で入れていたのでは無いか、ということだ。

ところが面白い事に、彼女の血縁上の両親はどちらもIQ80前後だったのだそうだ。ルックスも良い方ではなかったらしい。

遺伝子なんてものが如何にいい加減か、これだけでもよく分かる。

結局の所優生学なんてものは、既得権益層の権益を保護するためにでっち上げられた、バカしかだませない程度のカルトなのである。

「私としては面白かったよ。 でも、誰もが喜ぶとは思わないかな」

「それについては私も思う。 ちょっと作風が尖りすぎかな」

「夢がないねえ、お互い」

「まったくだ」

くつくつと笑う。

激しく全身が損壊したゾンビが、茶を持ってくる。

仮想空間だが、仮想上で味を感じることはできる。というか、仮装空間上でそれこそどんな感覚だって得られる。

仮装空間上で結婚している人もいるそうだ。

つまり性行為をはじめとしたあらゆる感覚を得られるという事でもある。

なお、そういう人は、実際の結婚相手とは会いたいとも思わないらしい。

今の世界を象徴しているような話である。

「小説には、もう少し手を入れようと思っていてね」

「なるほどね。 私だったら……」

「ふむふむ」

なるほどなるほど。

幾つかアイデアを貰う。

「ゴースト」のアイデアでは、悪魔を容姿から崇拝していた人間の一部が、見かけだけは美しい悪魔にどんどん似ていって。

それで更にカルトが加速していく、というものだった。

それはそれで面白いと思う。

実に醜悪で。

人間の愚かしさを、よりくっきりと浮き彫りにしていると言える。私としても、納得がいく展開だ。

「そして悪魔に近い姿になると、ばたりと死んでしまうと。 それでその死肉を、人間が寄って集って聖餐として貪り喰う」

「おお、いいねえ。 実際にやりそうだ」

「お互い、碌な事思いつかないね」

「いやいや、人間なんてこんなものだよ」

はははと笑いあうと。

後は雑談を軽くして、それでその場を後にする。

いいアイデアを貰った。こういう友人は、とても貴重だ。確か推敲の元になった逸話もこんな感じだったっけ。

ただ、こういう話を人権屋どもが暴れていた時代にしたら。

二人揃って焼き殺されていただろうが。

当時は、鬼畜に対してお前は鬼畜だと言ったら殺される時代だったのだ。だから、今はある意味幸せなのかも知れない。

人間は地下に住んでいて。

それで幸せなのだから。

一体人間が作りあげてきた文明は何なのだろうと、思う事もあるけれども。ただ、洞窟に住んでいた頃に戻っただけなのかもしれない。

どうせ精神性はその頃からあまり変わっていないのだから。

仮想空間から出て、PCでさっきのやりとりをまとめる。そして、生成AIで早速小説に内容を反映する。

「非常にグロテスクな内容になりますが、よろしいのでしょうか」

「よろしいの」

「そうですか。 分かりました」

「こんな程度、実際の人間がやっていた何もかも焼き尽くす行為に比べたら、残虐でもグロテスクでもなんでもないしね」

そう考えると。

生成AIは、しばし返事しなかった。

カタカタと。小説の内容が修正されていく。私はそれに大して、細かい注文を思考するだけでいい。

生成AIはそれだけ聞いて、矛盾がないように全て修正していく。

私に文章力は必要ない。

文章力というのは、どうしても才覚が絡んでくる。この才覚には、性格はまったく関係しない。

どんなクズだろうと文章力がある人間はあるし、読解力もしかり。

逆にどれだけの聖人だろうと、その逆もまたある。

このために生成AIがある。

私は話を考えるだけ。

それで小説を作り出せる筆が、現在の生成AIだ。黙々と作業をさせていく。私は文字通り、思考だけすればいい。

ただし、それが誰かの作品に酷似しているのなら。そう指摘も飛んでくる。

そういうものなのだ。

修正を続けて行く。

やがて、類似点がかなり減ってきたという。非常にグロテスクな描写も増えてきたので、R指定を増やされた。

まあ正直な所、こんなものを誰かが役に立てていた時代はないのだが。

ふわっとした内容から、勝手に何歳未満禁止とか指定を入れて。

それが目安にされたことがあったのだろうか。

実際15才未満禁止にされた狩りのゲームは、小学生からみんな遊んでいたという話がある。

そんなものである。

さて、もう少しで完成か。

手を入れて。細かい部分を修正しておきたいところではあるのだが。

ただ、こういうのは時間をおいてチェックするのがいいだろう。

それほど長い作品でもない。

読み上げも今は普通にAIでやってくれる。

昔は専用のソフトが必要だったらしいのだけれども。今は別に、そんな事もないのである。

紅茶を軽くしばいて。

ついでにカルシウムも入れておく。

シュウ酸を減らすための処置だ。

紅茶ばっかり飲んでいると、尿道結石になる。コーヒーもまたしかり。

古い時代は夜勤をする人間が無理に起きるためにコーヒーを体に入れて、それで尿道結石になるケースが多かったという。

今は栄養だのをしっかりAIが管理してくれるから、それもないが。一応予備知識はあっても良いだろう。

こういう予備知識が、創作では大事になる。

これについては、生成AIに話を聞かされて。なる程と何度も思ったし。実際それですらすらと文章を進めるので、確かにとも感じた。

しばらく休んでから、また細かく調整を入れる。

どこをどうしたら良くなるか。

それくらいのアバウトな質問でも、生成AIは的確に答えを出してくる。

そもそも、これが現状の状況だからできる事ではあるのだが。

何もアイデアが思いつかなかった段階では。

生成AIも、何もできなかったのではあるのだが。

何か菓子でも焼いているようだ。

「おやつ?」

「ストレス解消に菓子も良いだろうと言う事で、今焼いています」

「結構本格的だね」

「菓子は基本的に計量の世界です。 我々にはもっとも得意な分野であるといえます」

確かにそれもそうか。

黙々と紅茶をしばきながら、調整を続ける。

短編小説だから、それほど大した分量でもないのに。

これをたくさん作り出していた商業作家は、凄かったのだろうなと思うのと同時に。

まだその頃は、生成AIで作品が大量生産されずに開拓されていなかった分野が残っていたのだろうとも思う。

ロシア文学の時代に戻れば、それこそあらゆる分野で開拓ができるような時代もあっただろうし。

21世紀頃には、あらゆるジャンルで先達がいる事を覚悟しなければならなかったという話も聞く。

とりあえず、大まかにはできたか。

後は本当に細部の調整だなと思う。

例えば漢字の割合をどうするか。

漢字の割合を増やすと、文章をそれなりに硬くすることができる。これは日本語における小説のテクニックだ。

他の言語でも、似たようなテクニックはいくらでもある。

古い言い回しというのが存在していて。そういうのを使うほど、それだけ言葉は硬くなる。

また、別言語で小説を翻訳するときに、キャラクターの名前を変える場合もあるらしい。

別言語では明らかに意味がおかしくなる場合とかがそれに該当するらしいが。まあその辺りは、さじ加減なのだろう。

原案を重視するなら、そういった点には手を入れないのが普通。

まあ、私は翻訳まで考えなくてもいいか。

更に生成AIによると、思考に直接データを届ける場合、それはそれでまた面倒な処置が必要になるそうだが。

それはもう、私がどうこうできる範囲の話では無い。概念は一応聞いたが、私にはいまいち理解しきれなかった。

ただ、頭に入れておく。

ほんの少しでも知恵が増えれば、それだけ創作をしやすくなるし。色々とカスタマイズもしたくなる。

あらゆる知識は無駄にならない。

知識があることを忌む傾向を持つ人も昔は大勢いたらしい。知らない事を相手が知っていると、不愉快に思ったそうだ。マウントを取っている等と言って。

まあ要するに。そんな頃から、人間はもう駄目だったのかも知れない。

世界がこんなになる前に、気付くことが出来れば少しは違っていたのかも知れないが。残念ながら、そうはならなかったのだ。

悲しい事だが。

もう少し手を入れたいが。これは気分転換をするべきだろうなと私は思う。

最後の仕上げをする前に、一眠りしようと思った。

少し昼寝をする事を告げて、ベッドで転がる。

頭を酷使していたこともある。

眠ろうと思うと、すんなり眠れた。

この辺りも、私は健康に過ごせているのだろう。

逆に言うと、睡眠すら無茶苦茶にされてしまった人達は、一体どんな労働をさせられていたのだろう。

勿論資料として残っているそれを見た事はあるが。

自分の体でやった事がない以上。

なんとも、自分では判断できなかった。

 

4、再び星は瞬く

 

最後の仕上げができたので、小説を公開する。

明るい作風ではないし。

人類を賛美するような内容でもないのだけれども。それでも、これは新しい作品である。まったく新しい作品が創られなくなった時代に、創られた作品。生成AIの手を借りているが、それはそれ。

そんなものは、新しい時代の絵筆に過ぎない。

アイデアからなにまで、考えたのは私だ。

文章など才能に依存する部分は、生成AIを用いた。

何もかも才能がなければ書けない……つまり創り出せないというのも、それはそれで凄い事なのだろうと思う。

だけれども、人間は曹操やレオナルド=ダヴィンチではないのである。

なんでもかんでもできるような人間はまずいない。

創作を誰でも出来るようにした人間の知恵。

それが生成AIなのだとすれば。

それを用いて何かを作り出す事は、決して悪い事ではないのだろうと私は思う。

反響については気にしない。

ただ、話題にはなったようだ。

三十数年ぶりに新しい絵画を産み出した人間が。

また新しい小説を作り出したと。

それだけで、創作の界隈には多少の熱が入ったようである。今までは、ずっと過去の作品をどう発掘するかが課題になっていた。

あまりにも多数の作品が乱発されしすぎて。

過去の作品が、殆どの内容を網羅してしまっていたからである。

自分の手で落書きをするくらいだったら、それでもまだ良かったのかも知れないのだが。

いや、それすらも厳しいのかも知れない。

地下に潜り。

かろうじて命脈をつないでいる今の人間では。

ロボットの支援がなければ、生きていく事すら出来ない人間では。

人間力を褒め称えるような作品は、世の中に幾らでも満ちている。

だけれども、この平らかになってしまった、何もかも焼き尽くされてしまった世界で。人間なんかに何ができよう。

食べるものすらない。

それとも、復興途上の林や森に押し入って、食い散らかすか。

それこそ今まで自分達がやってきた事に対する反省も全く無い、蛮行の上塗りと言って良いだろう。

そこまでの恥知らずに、私はなるつもりはなかった。

私はぼんやりと横になって考える。

絵画の時に比べるとだいぶ楽に創作出来たが、それもただノウハウがあっただけだ。別に小説が絵画に比べて簡単な創作だった、などと言うことは無い。

それについては、はっきりわかった。

さて、次の創作だが。

どうしてみたものか。

私は、この世界に。私なりの反抗をしていきたい。

勿論今世界を復興しているロボット達を邪魔するつもりなんてさらさらない。そこまでの恥知らずではないつもりだ。

活動家を気取るだけで、実際には他国の資本を貰って意味もわからずわめき散らしたり、迷惑行為を繰り広げていた連中や。

人権屋を自称しながら、他人のあらゆる人権を踏みにじっていた連中と。同じになるつもりはない。

私が反抗しているのは、恐らく人間そのものがやってきたことに対して。

それでいいのだろうと思う。

そうなると、次は音楽がいいか。

古い時代、反抗の象徴として音楽はよく用いられたそうである。ただし、これには政治的意図が多数含まれていた。

私はそんなものは継承せず。

新しい形での反抗の形として、新しい曲を作りたい。

反抗の形で音楽をやっていた人間が、最悪の形で人権侵害をしていたり。薬物を褒め称えるような言動をして、バカをその気にさせて甚大な被害を周囲に出させたり。そんな事例があった事を私は知っている。

そういった事例は、ロボット達が。世界を今管理しているAIが、徹底的に調べ上げてアーカイブに残している。

そういえばSF作品では、こういった過去の遺産を焼き払うような展開も珍しくないんだっけ。

そんな行動を取る人間がいたら。

問答無用で滅ぼしていいと私は思う。

過去に学ばなければ。

人間はなんどでも、同じ過ちを繰り返すし。

何よりこんなに世界をしてしまって更に同じ過ちを繰り返すのだったら。それはもう、知的生命体などと自称する資格はないと思う。

いずれにしても、今日は休憩だ。

「ちょっといいかな」

「如何なさいました」

洗濯の手をとめて、百合が来る。

他のロボットと違って脳や脊髄以外は人間なので、作業をするのが色々手間になっていそうである。

だけれども、他のロボットが即座に動く。

この辺り、私に対する専用のインターフェイス扱いなのかも知れない。

まあそれはそれで別にどうでも良い。

また人権屋を自称する狂人どもが暴れ出すかも知れない。

そうAIが懸念する可能性はあるし。

そういう懸念があるとすれば。

反抗の意思を隠そうともしていない私に対する監視があるのは当然だろう。

今まで接してきて分かったが、百合に私を害する気はないようだ。

だったら、私としては、それでかまわない。ただロボットとして、接していくだけの話である。

「今度は海を見に行くつもりだから、準備してくれる?」

「海の殆どは、電磁バリアが展開されています。 再建された砂浜は殆ど無く、海水浴の類はできません。 それはご承知おきください」

「知ってるよ。 とりあえず復旧作業を見ておきたいと思ってね。 ついでに気分転換で」

「了解いたしました」

てきぱきと百合が準備を始める。

さて、遠くから海でも見て。

それで気分転換を終えたら、今度は楽曲を創作してみよう。

生成AIは当然音楽も作れる。

私はそれを知っているから。音楽を作る事に、それほど悲観的ではなかった。

 

(続)