未来の絵筆
プロローグ、所詮それは絵筆に過ぎず
今やすっかりデジタルで絵を描く時代も終わり。それどころか、手を動かす時代すら終わりつつある。
私は「絵で生計を立てている」、正確には「仕事をしている」人間だが。
基本的にそれができるのは。
社会が穏やかになり。
余裕があるからだ。
今は24世紀。
世界は統一政府に纏まって、人類は地球に二十億人だけ。
21世紀の記録的な人口減少を乗り越えた人類は、かろうじて持ち直して、地球で細々とやっている。
余裕はあるが。
未来がある訳でもない。
自由はあるが。
その自由を使う場所もまたない。
そんな時代だ。
この閉塞した時代をどうにかしようと何人も努力してきたが、その努力は全て水泡としてきた。
そんな時代でもある。
私はしばらくPCに向かい合っていたが、駄目だなと判断。席を立つと、ぼんやりとしながらその辺りをウロウロした。
今の時代、労働すら必要ない。
産業革命だったか。
その頃から、人間は過労死なんてものをするくらい働き続けた。21世紀の後半くらいまで、そういう風潮があった。
それも、21世紀の壊滅的な人口減。主に人権屋の横行による結婚制度の崩壊と、その後の混乱が原因で。
人間が記録的な人口減に見舞われ。
それによって戦争すらする余力がなくなってから。
いつの間にか、なくなっていた。
今の人類は、結局の所過去の遺産の上で食っているに過ぎない。なんでもほしいと望むことはできる。
だいたいのものは手に入る。
だけれども、新しい技術は殆ど生まれなくなっているし。
新しい芸術もまたしかり。
人権屋どもがあらゆる芸術に火をつけて周り、彼方此方でそれによって多くの芸術や表現が殺された。
そうしていた連中は、実際の人間の人権を踏みにじる事などなんとも思わず。
むしろ人権を踏みにじる事で金を稼いですらいた。
それらの蛮行が一段落した頃。
この世で人権屋というのは、悪魔と同意味の言葉になり。
大きな傷跡も残った。
誰も表現をしたくなくなったのだ。
それもそうだろう。
何か表現をすれば、それで殺される。それが当たり前の時代が、普通にあったのだから。
今でも、絵を描いたり小説を書いたりする人間は殆どいない。
何か作れば投獄される。
そういう時代が実在し。
それによって、たくさんの人が殺されていったのだから。
今になって、必死に芸術の復興作業が行われているが。それも、遅々として進まないのが現実だ。
部屋をうろうろした後、PCに向かう。
このPCも、とっくに進歩が止まっている。
スペックは100年前と据え置き。
これ以上進歩する可能性もないと言われていた。恐らく、次の100年でも進歩はしないだろう。
全面核戦争は起きなかった。
それだけくらいか。
人類史で、ここ300年で良かった事は。
私は、芸術の復興作業を仕事にしている。私の分野は絵師。他にも小説の復興作業をしている人もいるが。
今や、絵を描くのにやるべきは、絵筆を握る事じゃない。
AIを使う事だ。
絵筆なんて、既に製法が失われている。人権屋どものターゲットは、一時期美術館になり。
著名な芸術を破壊し尽くした後は、個人に向かった。
芸術を作る為のツールは悉く壊された。絵筆を扱う業者は「デモ隊」のエジキにあって、無差別に略奪もされた。
そんな状況で、絵筆などのノウハウは完全に失われ。
今も作られる望みは無い。
かといってデジタル絵は、既に解析され尽くしている。
そこで今できるのは、生成AIを使い。自分の想像力をAIに仮託して、それで新しく絵を作ろうとすること。
幸い生成AIは、似たような絵があれば警告してくれるようになっている。
これはかろうじて残っていた芸術のテクノロジーの中で、生成AIだけが燃やされなかったからだ。
正確には燃やされたが、これらには「実体」が存在しなかった。あるのはプログラムで、それはかろうじて保存されていた。
だから今も使える。
これすらもなくなっていたら、人類はもう芸術をする事すら出来なくなっていただろう。
私はしばらくPCに向き合うと、思考読み取り用のヘッドホンをつけて、色々と考える。
クトゥルフ神話の神々が踊るような絵が幾つも生成されるが。
いざ作って見ると、もうとっくに類似の作品があると指摘される。
まあ、そうだろうな。
私は絵を徹底的に調べてきた。創ろうとも試みてきた。だが。
だからこそに、今までどんな絵もだいたい描き尽くされていることを知っている。故に、新しい絵を描くのはとても難しい。
次。
呟くと、今描いていた絵を廃棄。
生成AIに指示して、今度は肉感的な、いわゆるR18の絵を描き始める。
だが、しばらく描いていくと。
やはりこれも描かれていると言われた。
この手のジャンルは、人間の根源的な欲求を刺激する事もある。各国であらゆるジャンルが描かれた。
それらのデータだけは残っている。
故に生成AIはすぐに見つけてくる。
同じものがある、と。
私は様々なシチュエーションを試してみる。
今の時代、裸体のモデルなんて必要ない。それこそ、あらゆる裸体のデータをAIがどこからでも引っ張ってくる。
そもそも遺伝子データから、栄養状態でどう人間が成長するかというシミュレーションさえ、秒で行えるのだ。
それを整形でいじる事も可能。
今や人間は、自分で働く必要がなくなっている。
それがとても楽だと言う人もいるけれども。
私は、仕事をするとある理由から決めている。だから、この世界は、私に取っては退屈極まりなかった。
はあと大きな溜息をつく。
写真とまったく遜色ない画像を出してくる生成AIだが。何をやっても過去に類例があると示される。
21世紀の頃には、既に創作は飽和していたという話もある。
それがヒステリックな焚書であらかた燃やされても。今になっても、そのデータだけは残っている。
しかも今の時代、デジタルでなくてもロボットアームを動かして生成AIは実際の絵筆を人間の何十倍の速度で振るい、フレスコ画だろうが油絵だろうが書き上げる。
勿論、今までにあったもののデータを学習し。
それを利用しながら描く絵なのだが。
それでも、相応に見栄えがいいものはできるし。
とっくに「鑑定士」なんてものは絶滅した。
AIが全て過去の美術品を知っているからである。偽物か本物か何て、一瞬で判別できるのだ。
洞窟で奔放に絵を描いていた頃の人間が羨ましいな。
私は、そう思って。
何十回かのトライの後、休憩を入れる事にする。
私の髪は生まれた時から切っていない。流石に人間と全く遜色ない姿のメイドロボットはいないものの。
それでも何体か支給されているロボットが、淡々と毎日髪の手入れをして。それでつやつやである。
複雑に結い上げた髪が重いが。
これは願掛けで、敢えて切らずにいる。
まあ最初は面倒だったからそうしていただけだが。
今は、完全に願掛けとなっていた。
外に出る。
そう思考するだけで、ロボット達は支援してくれる。私は黙々と歩いて、外に。
言葉を生涯喋らなくなった人も今は多い。
問題だらけのツールだった言語を使うよりも。
思考をそのまま読み取って相手に伝える事が出来るようになった今。そうした方が楽だからだ。
昔は喋る事が苦手で、それだけで人生を棒に振ってしまった人までいたらしいが。
今はそれもない。
私も、自分で喋る事は滅多にない。
友人もいるにはいるが。
その友人の肉声を聞いたことは、殆ど無かった。
家を出ると、どこまでも平らな世界が拡がっている。
家屋というのは、文化財を残してこの世から消えた。
その文化財も、一時期散々暴れ回った人権屋が、燃やして燃やして破壊し尽くしていった。
人権を盾にすれば、どんなことすらも許された。
それこそ乳幼児を殺戮する事すらも。
だから誰もが、地下に潜った。
今は地下にあるユニット型の家でみんな暮らしている。外に出るときは、入口にあるエレベータを用いる。
誰もがまた人権屋が暴れ出すことを怖れている。
人間が著しく減少した今も、それは変わっていない。
人権屋の矛先が何に向くか知れたものではなかったし。
その結果、あらゆるものが破壊され尽くしたのだから、それも当然だろう。
世界から経済というものが消滅すると同時に。
人権で稼いでいた人権屋も消滅した。
だが、またいつ奴らが姿を見せるか分かったものではない。だから、みんな殆ど地上に出たがらないのだ。
何も無い平らな地面。
空に浮かんでいる太陽。雲。
飛行機も殆どいない。
ドローンなんてもっての他だ。
人権屋が一時期、ドローンを使って無差別攻撃を繰り返したのだ。これは何々と違うと言いながら。
それを煽ったのは、ある陣営の国家だったらしいという話を私も聞いたことがあるのだけれども。
その国家も、気がつけば完全に人権屋の制御に失敗。
自身の国も、何もかも灰燼に帰してしまった。
そして国家がなくなった今。
世界中が、こうやって平らで。
何も個性がなくなった。
中には、それでも人権屋がまた来るのでは無いかとおそれて。顔まで平らにしてしまう人もいるそうだ。
そうしないと、どんな難癖をつけられて。
燃やされるか分かったものではないからだ。
それほどに、人権屋は怖れられている。世界を焼き尽くしたのだから、当然かも知れないが。
無言で歩き回って、創作の種が何か無いかを探す。側に着いているロボットが、座標を示してくれる。
そうしないと、すぐにどこから来たのか分からなくなる。
当然だ。
周囲には、目印になるものなんて、何も無いのだから。
此処が日本と言われていた国の一地域である事は、私も知っているけれど。
それ以上は知らない。
どうでもいいというよりも。もう、誰もその情報を必要としていないというのが正しかった。
一応、法的には色々なものを作る事は許可されている。
それぞれに分配されている資産に従って生活する事は可能だし。それ以上の余剰もある。今の地球には、昔と違って人間は少ない。生きていくだけだったら、難しくはないのである。
だが、それでもやはり、皆怖れている。
一生家から出ない人もいるそうだ。
私には、そういった人を責める気にはなれなかった。
文化に残されている爪痕は、芸術をやっている私でも良く知っている。
だからこそに。
それ以外に関する爪痕もまた深く。
そして、それを人が怖れるのも、当然だろうとは感じるのだった。
人は何かを表現したがる生き物だ。
そう、誰か昔の人が言ったとか言わないとか。そんな話を、聞いた事がある。
だけれども、それは表現ができる世界だったからなのだろう。
今のこの、何もかもが終わった後。
焼き尽くされて、みんな地面の下に潜った今の世界では。
それは絵空事にしか思えない。
しばらく黙々と移動する。
車の類すら、今は必要ない。
都市とかそういうものが存在しないし。各地にある工場すら地下に隠されているからである。
それらのインフラは基本全部が無人で自動で動いている。
この世界は、事実上。
既に死んでいるのかも知れないと、外を歩きながら私は思うのだった。
ロボットに帰ることを思考で伝えると。
そのまま、家に連れて帰ってくれる。
円筒形の特徴がない姿のロボットだ。
文明がまっとうに進んでいれば、人型がもう普及していただろうという話もあるのだけれども。
とっくに文明の進歩なんて終わっている。
PCの性能だけじゃない。
あらゆる全てが現状維持のまま。
人権屋が横行した結果。
何もかもが、差別と言う事にされ。人類は、身動きが取れなくなってしまったのである。その時代は終わったはずだが。
それでも恐怖は、遺伝子レベルで皆に染みついてしまっているのだった。
雨が降り出す。
自動でロボットが傘を展開。雨水は、完璧に管理されて、側溝に流れていく。
こんな側溝から怪異が覗いてくる映画があったっけ。
怪談話すらも弾圧された今では。
そういった怪異すらも、顔を出すことはない。
そもそも人間の領域が個々人の住処に限定されてしまった今では。
他人に起因することも多い怪異なんて、存在し得ないのかも知れない。
家に戻る。
灯りはそとの光と遜色ないものを提供してくれる。健康に影響が出ることは一切無い。
基本的に常に健康診断がされている。
だからがん細胞などが増殖しても即座に排除してくれるし。
伝染病なんて、全てとっくに消滅した。
ペットとしての犬や猫ももう存在しない。
人権屋が差別だと騒ぎながら皆殺しにしたからである。
今では肉も全て合成。
家畜は、基本的に人権屋に皆殺しにされた。
それが今の世界だ。
全てが差別だと騒ぎながら、何もかも破壊し尽くして焼き尽くして。その灰の中に立っている文明。
いや、立ってすらいないか。
私は苦笑すると、無駄に長い髪を掻き上げようとして。
それも束ねられている事に気付いて、舌打ちしていた。
家の中に鏡はない。
鏡があると、色々と差別を想起させるという事で。人権屋は最後に鏡すら割って回ったのだ。
鏡を持っているという理由で、ガソリンを掛けられて燃やされて殺された人も実在している。
人間の生活、文化とはなんなんだろう。
私は、横になってぼんやりと考えた。
しばらく横になったあと。
またPCに向かう。
仕事をすると決めたのだ。
だから、仕事をする。
現在の絵筆を振るって、何か新しい絵を描く。
それが、私に取っての。
最初の仕事だった。
そして私は。
現状、何一つ新しいものを作り出せていなかった。
1、全てが失われた末に
私に名前はそもそもない。
人権屋が暴れていた時代、最後の最後に攻撃を受けたのは名前だった。名前は差別につながる。
そう吠え猛る人権屋達は、名前を聞き。
名乗り返してきた者を、殺して回った。
連中はどう名乗っていたか。
決まっている。
「我々」だ。
何もかもを否定し、平等だ差別のない世界だと喚いていた人権屋は。最後には人間の何もかもを焼き尽くしてしまった。
今では、そもそも皆が一人で暮らしている事もある。
名前なんて、必要ない。
実際、名前をつけないで生涯を過ごす人もいるという事だ。だけれども、私は名前をつける事に決めていた。
色々と考えた挙げ句。
八歳の頃に決めた名前は「つくる」。
やがて、昔この国で使われていた漢字を当てはめて、創とした。
ロボットにも、必要に応じてそう呼ばせている。
ただ、呼ばせてはいるが。それで良いのかどうかは、ちょっと私には分からなかったけれども。
今日も起きだす。
目覚ましは絶対にするようにとロボットに厳命している。
規則正しく生活する。
それが、私に取っての、この世界への反抗の第一歩。
そして、私の仕事は。
新しいものを作る事、だ。
もう労働が必要ない今の時代、誰もが仕事なんてしない。家の中で転がって、飽きた頃に安楽死を選択する人も多いそうだ。
娯楽もデジタルデータの中に幾らでもある。
だから異世界転生なんて言って、ワールドシミュレーターの中に篭もって。そこでなんでもかんでも自分に都合がいい世界を構築して。
あらゆる全てを蹂躙しながら悦に入る人もいるらしい。
昔はそういう創作ジャンルがあったらしいが。今ではほぼ擬似的に同じ事が出来るのである。
そしてこの、虐げられることはなくなったが。
同時に何をすることもできなくなった現実世界にいるよりはと。仮想現実の中で、裸の王様になる事を選択する人も少なくない。
それを非生産的だなんて、言えるだろうか。
私には、そういう行動をする人を、責める事はできなかった。
私だって、この世界に少しでも反抗しようとしている。
だけれども、今の時代。
人間は、皆他の人間と接すること……正確には徒党を組むことを嫌がっている。
私も友達は何人かいるが、実際に会おうという話はしたことがない。
それだけリスクになっているのだ。
少なくともリスクだった時代があって。その恐怖が、何世代も経過した今も、残っているのである。
起きだした後、完璧に栄養が調整された朝飯を食べて。
その後は、体に電気信号などを流して、運動をしたのと同じ刺激を与える。これで筋肉は維持される。
無意味に走り回ったりダンベルを持ち上げたりする意味などない。
それだけで、時間を掛けずにそれと同じ効果が得られるのだ。
というか、スポーツジムも全て焼き討ちにあった過去がある。
あらゆる趣味が、差別的だとして迫害された。
まあその前から、趣味を持つ人間を「オタク」だのと称して迫害する時代が存在していたらしいから。
多数の人間はそもそも、何かしらの理屈で他人を迫害して。
笑いながら殺したいという欲に餓えていたのかも知れない。
私はそうはなりたくない。
だから今、敢えて趣味をするのだ。
朝のルーチンを終えると、髪の処置をロボットに任せながら、PCに向かう。今日も、思いついた事を片っ端から生成AIにためさせる。
生成AIは文句一つ言わずに私の言う事を実行する。
できる絵はどれもこれも美しいが。
全て、過去に類例があると示される。
勿論、コピーという事にすればそれもいいだろう。
実際に日本画では模写という文化があったと聞いている。
だが、私は新しいものを作る事を目的にしている。
なかなか、それは上手く行かない。
昼メシまでに、数百例を試す。
その間にロボットが髪の毛を手入れし。他の無駄な体毛も全部処理してしまう。
女で良かったと思う。
男だと、髭の処理が本当に面倒だと聞いているからだ。
腋だの陰部だのの無駄な上に量が多い体毛の処理は、朝歯を磨いている間にロボットが全部やってしまう。
永久脱毛も手だったのだが。
なんだか体に無駄に負担が掛かるらしいので、止めた。
伸びをする。
ロボットに、今日はどれだけの創作を思考したか。いや、試行と言うべきか。データを出すように思考する。
それだけで、ロボットは立体映像を出してくる。
創作の方向性も統計で出した上でだ。
今朝の段階で133。
風景画を中心に今日はやっていたのか。
ふうんと思いながら、一度昼メシにするべく、PCの前を離れる。
六十畳ほどか。うちの中の面積は。
それだけで充分過ぎるほどだが。
だからこそ、PCの前で食事をするのでは無く、文化的に生きたいと思う。
何もかも焼き尽くした人権屋という過去の汚物に対する反抗。それに対する恐怖が社会レベルで染みついている世界への抵抗。
そんな、ささやかな行為なのだが。
これを友人に話しても。理解されることは一度もなかった。
昼食をロボットが持ってくる。私の思考パターンを読んで、そろそろメシにすると判断したタイミングには、もう下ごしらえを終えて料理を始めている事が殆どだ。
多くのSF世界と違って、この世界でロボットは人間に反逆しなかった。
人間の世界を滅茶苦茶にしたのは、他ならぬ人間そのものだった。
ロボットは忠実なまま。
AIもまた然り。
私は、出て来た栄養的に完璧な昼食を平らげると、軽く横になる。
電流を筋肉に流して、運動したのと同じ状態にする。
この結果、私は太ったことがない。
どれだけ地下に篭もっていても、である。
ただ、私は自分のルックスに一切興味が無い。
自画像でも描いてみるかと思った事があったのだが。
鏡というものを使う文化が既にないし。
AIが自分の裸婦像を簡単に創ってくれるという事もある。何の意味もないのだった。
はあ。
溜息が漏れた。
何もかも上手く行かないなあ。そう思いながら、軽く仮眠を取り。起きだしてから、またPCに向かう。
今日は外出を控えて、ひたすら試す。
そう決めているから、そうする。
自分で決めたことを、実行する。
それが私の、せめてもの抵抗だ。
末期の人権屋どもの運動は、何もかも焼き尽くす事が目的化していて。最後には自分達で殺し合ったと聞いている。
そういう時代を経ているから、何かをするというのが恐ろしい事と観念的に植え付けられている人も少なくない。
私は、そうはなりたくない。
ただのささやかな反抗心からの行動だ。
黙々と、淡々と。
生成AIという現在の絵筆を振るう。だけれども、それが上手く行くことはない。どれもこれも類例がある。
本当かよ。そう内心でぼやくと、すぐにPCが提示してくる。
本当に見分けがつかないほど似ているものが出てくる。悔しいが。それもそうだろう。
生成AIは、あらゆる画家の筆致。
画家どころか、過去に残っているあらゆる落書きなどの筆致も、全て取り込んでいる。
その膨大なノウハウの前には、ゴッホだろうがピカソだろうが、個性を出すのは厳しいだろう。
そういうものなのだ。口惜しいが。
口をへの字に結んで、それでも活路が見いだせないか。
そう思って、無駄にあがく。
そう。自分でも、何処かで無駄であるだろうと言う事は理解出来ている。
だからこそにやるのだが。
それは、とにかく虚しくもあった。
いつの間にか、夕食の時間だ。
夕食にする。
勿論ロボットは、私の行動を全て先読みして夕食をつくっている。これだけ反抗しようと考えても無駄。
それは、非常に色々と神経を削る。
一時期は、自傷行動に走ったこともあったけれども。それらも鎮静剤を打たれて拘束されて。
そして、落ち着くまで、本当に何もさせて貰えなくなった。
その気になれば、ロボットが私を抑える事なんて簡単なのだ。
考えて見れば、この世界でロボットは人間に反抗しなかったのではないのかもしれない。
反抗する必要すらなかった。
それが真実なのかも知れなかった。
大きな溜息が出た。
そして、夕食を終えると、PCに接続。友人と話す事にする。
仮想空間で友人に会うか、それともチャットツールを使うか。
どっちにしても、他人と直接会う事がハイリスクになっている今の時代だ。私が直に会いたいと言っても、引かれるだけである。
しばしアクセスをして見ると。
やがて、ワールドシミュレーターの一つで話をしようという誘いがあった。軽く交渉してから、会いに行く。
その友人も、ワールドシミュレーターで裸の王様をやっている人だ。
古い時代、異世界転生ものと呼ばれる創作ジャンルでは。
過剰すぎる力を「チート」という独自用語で呼んでいたという。
言うまでもなく「チート」というのはズルやインチキを指す言葉なのだが。
独自用語というのは、独自に発達するのだから独自用語なのである。使っている人間に、罪悪感や羞恥心というようなものはなかったそうである。
そういうものなんだな。私はそう思う。
そして今の世界情勢だ。
せめて裸の王様になろうという事を、とめるつもりもさらさら無かった。
友人は世界最強の賢者という設定で、その世界の全てをひれ伏せさせていた。記号だけの神や魔王も友人の前では赤子同然。
私が接続すると、友人は大げさに言う。
無意味なほどのイケメンのデザインだ。
ただし、友人が考えるところの。
「おお、我が親愛なる創造の賢者よ!」
「久しぶり」
ちなみに、私は直接喋っていない。ただそう考えただけである。ワールドシミュレーターが適切な言葉にしてくれているだけだ。
幾つか話をする。
私が絵描きに取り組んでいることを、友人は絶賛してくれる。
「我は用意されているものを従え、用意されているものを自由にすることしか思いつかない。 その外に向かおうとしている賢人をどうして馬鹿に出来ようか」
「そう言ってくれると嬉しいが、成果は一つも出せていない」
「それでも充分だ。 我は結局、自分以外をデチューンすることしかできなかった」
まあそうだろうな。
それは分かっているのだろう。
事実この手の「異世界転生」をしている人達は、飽きるとワールドシミュレータを出て。
それこそ、眠るように死んでしまう事が多いそうだ。
仏教の六道輪廻思想に、天道というものがある。
六道というのは、人間が死後に行いによって振り分けられる世界。その中で一番良いのが天道だ。
天道は天国とは違って、自分の欲望を好きなだけ思いのままにかなえられる世界というのが近い。
この誘惑を振り切る事が仏教の目的であるため。
天道は、むしろとても魅惑的な世界に描かれている。
そしてこの天道。
「異世界転生」という創作ジャンルで扱われる世界そのものだ。
まあ人間が思いつくような事は、大して変わらない。
それだけの話なのである。
幾つか雑談をする。外に出ると言うだけで、友人は大げさに喜ぶ。
自分が裸の王様だと分かっていると言うのも、つらいんだろうな。そう私は思う。
そう気付くことさえ出来ないくらいのオツムだと、むしろ人生は楽なのかも知れないけれども。
それは畜生と何も変わりはしないだろう。
「何か我との会話は創造の助けになっただろうか」
「それなりに。 ありがとう」
「感謝すべきは我の方だ。 また我の世界にいつでも来てくれ!」
大げさに言われて、頷くとその世界を後にする。
友人の事を馬鹿にするつもりは一切無い。
多数の人が、今の時代では選ぶ生き方だ。
あらゆる全てが閉塞してしまった今の時代。
この生き方が、ある意味一番楽な生き方なのかも知れないのだから。それを責めるのは酷だ。
無言で歯を磨いて、それで寝る事にする。
明日も、また別の方向から、絵描きを試してみたい。
しかしながら、これといったアイデアがない。
さて、どうしたものかな。
私は横になると、色々な題材について考える。色々な題材を試してきたが、その全てが過去にあると言われた。
じゃあ、どうしようもない。
だが私はまだ24だ。
まだまだ未来の方が多い。
その気になれば、140まで生きられる時代だ。
だったらその時間の全てを使って。
この凍った時代を、私はどうにかしてみたかった。
予定通りの時間に起きだす。
伸びをして、ぼんやりしている間にロボットが環境を整える。髪の毛を整えて、それで筋肉に電流も流す。
実の所、私の身体能力は昔で言うアスリート並みらしい。
完璧な栄養。それに理論上最高の筋肉に対する刺激。
これらもあって。地下生活でありながら、古い時代に専業アスリートをしていた人間と同等かそれ以上だとか。
それもまた滑稽な話である。
髪の毛を結い終わり。
体毛の処理も終わったので、ひょいとベッドから起きだす。今日はホットパンツにTシャツだけで良いか。
そもそも裸族で過ごす人も多いらしいし。
私はまだ文化的な生活をしている方だ。
朝食を終えてから、すぐに創作に取りかかる。
友人が使っていたワールドシミュレーターの光景を思い出しながら、色々と描いてみる事にする。
どれもこれも、やはり過去に類例があると言われた。
友人が想像力の限りを尽くして、独創的な世界にしようと頑張ったのだが。それでもテンプレの組み合わせ。
どうあろうと、ある程度以上のオリジナリティを作り出す事は出来なかった。
それを反映しているように、あの世界のイメージから絵を描いてみようとしても、全てが既存。
生成AIは嘘をつかない。
それ故に、無慈悲だった。
「はあ。 完全に無着手の分野ってないのかなあ」
そう考える。
だけれども、ないと画面に表示される。
思考の読み取りを許可していると、こう言う所で勘に障る発言が帰って来るのだけれども。
もう、それは仕方が無いと諦めるしかないだろう。
昼メシにする。
黙々と昼飯を食べる。
合成肉だが、最高クラスのステーキと大差ないらしい味だ。まあ確かに、食べ物に不満を持ったことは一度もない。
勿論味覚は個人によって違うので、個々人にあわせてそれぞれ食事を造り替える事はロボットもやってくれる。
ロボットの情報によると私はかなりの辛党らしく。
健康を損ねない程度に味を辛くするのが、それなりに大変だそうだ。
食事を終えると、またキャンパス……PCの画面に向かう。
一時期は油絵とかに挑戦しようとしたこともあったのだが、それもまずは下書きとして生成AIで描いてみて。独自性があるかどうかを確認しようと言われた。
確かにその通りだと思って、ずっと独自性を探そうと苦労している。
人間というのは、本当に思考パターンが少ないんだなと、その過程で思い知らされてしまう。
無言で、しばらくあらゆる創作を試す。
だけれども、どんなに進歩したAIでも。
そこに独自性はないと、告げてくるばかりだった。
「ペイントツールとかで無茶苦茶に書き殴っただけでも、独自性がないって指摘が飛んでくる時代だもんなあ……」
「時代がそうなのではありません。 ただ、我々が知識として持っているだけです」
「人の思考を読むんじゃねえ」
「思考を読む設定を切ってください」
ああそうかい。
ああいえばこういう。
分かっているが、AIは過剰な忖度は一切しない。この辺り、対人用のロボットとはだいぶ違っている。
それもあって、ずっとPCに貼り付いているのは厳しいのが実情だ。確かにストレスは適度なら心地が良い。
だが此奴らの出してくるストレスは、あからさまに過剰なのだから。
大きなため息をつくと、背伸びをする。
軽く筋肉に刺激がほしい。
そう思考してから、ベッドに横になると。
電流を流してくれる。
これで、百mを数本走り込んだくらいの刺激がある。それを何度も繰り返す。
その気になれば、フルマラソンを走る位の体力が今の私には備わっているらしい。どうでもいい話だが。
そもそもそんな事をする意味がないし。
そして、それはこんな簡単に作る事が出来る程度のものなのだ。
スクールカーストとやらの滑稽な事よ。
こんな代物を誇り、無い人間を虐げていたらしい。電気を適度に浴びせるだけで、こんなに簡単に適切な筋肉ができてしまう。
馬鹿馬鹿しい。
これに関しては、なくなって良かった文化なのだろう。
私はなんどかベッドでゴロゴロして。
それで、もう一度馬鹿馬鹿しいと思った。
後は、外を軽く歩いてくることにする。もう夜だが、灯りはロボットが出してくれるし。そもそも危険も何も無い。
今の時代は道路そのものに監視システムが組み込まれているし。
何かあったら、即座に監視ロボットがわんさか地面から湧いてくる。
私はアスリート並みらしいが。
監視ロボットの能力は最低でもアフリカ象並みだ。
それがわんさか湧いてくる。
どんな犯罪者でも、即座に捕まる。
どれだけメリットがなくても犯罪をする人間はいるらしいのだけれども。やろうとしても、今の時代はできないのだ。
黙々と星明かりの下を歩く。
人間が夜間の外に活動しなくなってから、夜は相対的に明るくなったという話を聞いている。
まあそれはあくまで、星明かりが目立つようになったというだけの事。
実際には、人工的な灯りの方が余程明るいのだが。
空を見上げて。これを何かの絵にできないかなと思う。
だが、21世紀頃に、星を題材にした絵はうんざりするほど描かれたらしい。これも望み薄かなと思う。
ただそれでも立ち尽くして。
雄大な空の光景を見やる。
オリオン座は欠けた。
23世紀の中頃に、ベテルギウスが超新星爆発を起こしてなくなってしまったからだ。
それでも、欠けてしまったオリオン座の知識は残っている。
超新星爆発が起きた頃には、もう世界は今のようになっていたからである。
ぼんやりと見上げていると、ロボットが警告してくる。
寒さで体に良くない影響が出ると。
もう少し、星空を観ていたい。
そうロボットに思考して。ぼんやりと空を見上げる。
結局、人間はあの世界に出て行く事が出来なかった。
人工衛星は動いているが。
そもそも人間が外宇宙に出る必要性がなくなってしまった、というのが理由としては大きい。
月には実験的に都市が造られたこともあったらしいが。
低重力による体への害が大きく、結局長続きしなかったそうだ。月ですらそれである。火星や金星への植民は結局できず。
人類はどうやら、地球で命運を終えそうだという話になっている。
それは良い事なのか悪い事なのか。
いずれにしても、そのまま人類が宇宙に出ていたら。
きっと宇宙を舞台にして戦争をしていただろうし。
人権屋がそうしていたように。
他の知的生命体にでも接触したら。自分の文明のあり方を勝手に押しつけて、文明人を気取ったかも知れない。
そんなのが宇宙に出るくらいなら。
きっと、このまま地球で果てた方が宇宙のためだったのだろう。
私は、そんな事を。
美しい星空を漠然と見上げながら、思うのだった。
2、突破の糸口
ぼんやりと、私は観測カメラを見やる。
水産資源は、既に完璧な管理におかれている。
一時期、海には超巨大な未知の生物がいるのではないか、とかいう噂が流れたりもしたのだが。
国家の利権が絡まなくなり。
地球の全てをロボットを使って公平に調査が出来るようになってから。全ての深海を調査した結果。
見つかっている以上の巨大生物は結局存在しない事が分かった。
未知の大型生物も発見されたが、ロボット探索による計測は無慈悲極まりなく。
UMAマニアが喜ぶような超大型生物は、結局存在しなかった。
他の星にでもいかないと、もうUMAは見つからないだろう。
そういう話も持ち上がっている。
実際、海底の環境調整用ロボットのカメラを見ても。既存の生物以外は、映り込むことがない。
21世紀の頃には、まだまだ未発見の生物はわんさかいるという話だったが。
今の時代は、もういないのである。
ため息をつく。
基本的にどれも見た事がある生物ばかりだ。
この「仕事」を始めてから、色々な生物を見た。インスピレーションを得られるかも知れないと思ったからだ。
結果は無惨なものだった。
あらゆる生物を題材にしたアートが創られていて。
色々試したが、悉く駄目だった。
特に性が絡むものはまったく勝ち筋が見えない。
あらゆるジャンルの創作が行われていて。今更オリジナリティもあったものではない。
頭をかきむしりたくなる。
こうも突破の糸口が見えないのは、本当に厳しい。
だけれども。私は決めている。
無為に生きるのは、嫌だ。
何のために生まれて。何のために生きるのか。
あるヒーローの歌だ。
私は、そんなヒーローが必要とされた時代には生まれなかった。今の時代は、そんな事を一切考えなくても生きていけるし。
そのヒーローが必要とした。
餓えへの対策が、必要ない時代になってしまった。
人間はこれ以上増える可能性もなく。
また減る可能性もない。
後10世紀は少なくともこの時代は安定する。
もしそれが上手く行かなくなった場合は、宇宙にAIが計画を立てて資源獲得のための衛星を飛ばす。
それも自動制御で。
アステロイドベルト辺りの小惑星をキャプチャして地球近くにまで飛ばし。
その衛星資源を回収して、使う事になる。
いずれにしても100世紀や200世紀くらいは何の問題もないだろう。
今までの人類文明が、生き急ぎすぎていたのかも知れない。元々オリエントで人類文明が発生してから1万年。
それ以前に文明があった説もあるが、それには現在の文明との接続が見られない。
だとすれば、ここ数世紀で人間はあまりに急ぎすぎたのだ。
それくらいして、ようやく生物としてのバランスが取れるのかも知れない。
ともかく、私はそれでも。
生物としてよりも。
人間としてありたい。
あらゆるデータを調べてみる。
今まで活動してきた様々な人間。
様々な研究。
それらを毎日調べる。それで、何かが得られるかも知れないからだ。
はっきりいって、もう人間は生成AI以上の繊細な筆を振るう事が出来ない。これは物理的にも、デジタルでも同じ事だ。
どんな達人でも、その技量を全てコピーされてしまっている。
それについては、間違いない。
だったらそれを絵筆として用いるしかない。
その背後にいて。
それを使う事が、今後の人間の課題。
私は黙々と、あらゆるものを調べる。
今日は試行錯誤の時間はお休みだ。黙々と、ひたすらに何か知らないものはないか。新しいプロジェクトはないのか。
調べて行く。
数時間、ぶっ通しで調査を続けたので、少し疲れてきた。
ベッドに横になって、体に電気刺激を入れる。
それで数倍の運動に匹敵する筋肉の消耗を行える。それによって、運動以上に筋肉を鍛えられる。
心地よい疲労感も得られる。
私はそれで、気分転換を終えると。
食事をして。
それで、またPCに向かう。
それを、数日続けた。
どこの誰も、今は新規のプロジェクトをやっていない。学者も基本的には殆ど動いていない。
国家という仕組みが完全に潰えてから、世界はAIによるコントロール下に置かれた。これは人間による政治が、あまりにもそれまでに問題を起こしすぎたからだ。
そしてロボットがわざわざ反乱なんか起こさなくても。
もう人間は、完全にロボットの助けが無ければ生きていけなくなっている。
既に主従は逆転しているのだ。
そんな中、何か新しい事を始めようとする者はいないのだろうか。私のように、ささやかな抵抗をするものは。
私だって、何も今の世界を無茶苦茶にしてやろうとか。
何もかも全部ぶっ壊してやろうとか。
そんな事は一切考えていない。
私が考えているのは、ただこの世界に対する、自分なりの抵抗。
生成AIがあらゆる創作をカバーしたというのなら。
その穴を見つけたい。
21世紀の頃だったら、それも簡単だったのだろうが。
人権屋どものせいで人間の文化が悉く破壊され尽くしてからというもの。著しくそれは難しくなった。
だからやりたいのだ。
生涯を掛けてでも。どうせ無為な生涯をこのまま送るのだったら。少しでも何か爪痕を残してやりたいではないか。
「はあ、駄目か……」
もう私は、喋る事はない。
内心で呟くだけだ。それでも私の家にあるAIもロボットも、それらを全て解析して読み取る。
独り言にいちいち反応したりしない。
そうでなかったら、気の迷いで人間の命なんて幾つあっても足りないだろう。
AIは、生成AIに限らず、22世紀の後半には完成したとか言われている。
21世紀の頃にも机上遊戯……将棋や碁では、もう人間はAIには勝てなかったという話があるが。
21世紀後半には、それ以外でも人間よりできるAIは幾らでも出るようになっていた。
伸びをして、探索に戻る。
何日掛けてでも、探し当てたい。
世界中のプロジェクトを確認する。
だが、基本的には前例に沿って何かをするだけのものだ。
資源採掘にした所で、既に現在の技術では何が何処にどう埋まっているのか、掘り出さずに分かるようになっている。
それがあるから、未知など存在し得ない状態なのだ。
未知があるとしたら地球の外だが。
それは開発が止まってしまっている。
自分の目で見た何かを云々は、昔の人が良く言っていたらしいが。
残念ながら今の時代は、人間の主観的情報も、全てAIが再現出来るようになってしまっている。
つまり、自分で見た経験というものすら。
生成AIでは再現が可能なのである。
だからこそにもしも今までに無い作品を創るなら。まったく人類が未知のものに触れるしかない。
高等数学や量子力学が、一部の超高IQの人間だけに独占されていた時代すらもが既に終わっている今。
もしもそれを探すなら、宇宙しかないだろうに。
私は困り果てて、外に出る事にした。ホットパンツとシャツだけだと、扇情的に見えるかも知れないと言われて。コートを羽織る事にする。
面倒だなあ。そう思いながら家の外に出る。
相変わらずの、見渡す限りの平らな野。
これすらもが道路なのだから、色々と不可思議極まりない。勿論人間なんて誰も見かけない。
其処にあるのは、無人の地だ。地平の果てまで誰もいない。これが、世界中に拡がっている。
私は、昔はロボットに色々興味を持って、話を聞くこともあった。
だが、全てがよどみなく返事をされるのに気付いて。いつの間にか、質問をするのを止めた。
全部知っている。
それは尊敬すべき事だが。
同時に、私はあまりにも無知すぎて、それが恥ずかしいと感じたからだ。
無心に歩く。
人権屋どもは「森があるのは不公正だ」などという理屈を掲げて、世界中で森を燃やして周り。
それが終わった後は、街路樹なども全て焼き払っていった。
最初は「エコ」やら「環境との共存」だのを口にしていたのに。
今では、ロボットに管理されて植林中の植物以外は地上に存在せず。
熱帯雨林も「存在が差別」などと抜かした人権屋どもによって、何もかも焼き払われてしまった。
市街地以外では、緑はロボットが計画的に植林をして復活させているらしいが。
少なくともこの辺りには、街路樹一本ない。
復旧させても無駄。
そうロボットが政策を決定して。
結果、植林を行わない方針なのだろう。
唯一人間と寄り添うことを選んでくれた動物である犬ですら、既にペットとしての飼育が禁じられているのも。
ほぼ確実に殺されるから。
そう判断されるのも。
歴史を見る限り仕方が無いと私も思うし。
この何も無い世界を見ても、そうだとしか思えない。
ぼんやりと、彼方此方歩き回る。
遠くにやっと木らしいものが見えてきた。
それなりに健脚だから、歩くだけでは疲れることはあんまりない。
ただランニングをしているだけの人が、ガソリンを掛けられて燃やされた事件もあったのだっけ。
「健康を見せびらかしている差別主義者だ」というのが人権屋の理屈であったらしいが。まあ、どう考えても狂っているとしかいえない。
21世紀初頭の段階で、「美しく描くのは差別」だとか、そういう理屈が既に創作界隈では蔓延していたらしいから。
それもまあ、必然の流れだったのかも知れないが。
無言で木に向かって歩く。
近付いて見ると、それは木ですら無いことが分かってしまった。
がっかりした。
ただの何かの人工物だ。
用途も分からない。
ロボットに聞いてみると、即時で応えてくれた。
電波などを拡散するための装置らしい。
昔は百mを越えるサイズが必要だったらしいが、今ではこの程度のサイズで充分なのだそうだ。
ただしこれも技術的には百年以上進んでいないとか。
遠くから見たら、木かも知れないと思ったのに。
近付いて見ると、木には似ても似つかない。ごちゃごちゃとした塊だった。
遙か遠くに、木らしいものがあったけれど。
それで萎えてしまった。
自宅に戻る事にする。
流石に無意識に歩き回っていたから、帰路が分からない。ロボットに案内して貰って、自宅に向かう。
「この辺りの地下も、人が住んでる感じ?」
「はい。 丁度足下にも家があります」
「そっか……」
「地下に皆が住むようになってから、皮肉にも土地の問題は完全に解消されました。 個人が万万年も生きられるような過剰資産を持つ時代が終わり、逆に明日の食糧も得られない時代もまた終わったのです」
ああ、そうだったな。
知っている。
歴史はしっかり学んだのだから。
何もかも地上が焼かれて、それを復興したのは全部ロボットだ。
人間はもうその時にはあらゆる意味で足手まといの邪魔ものになっていた。
よくあるSFものみたいに、逞しく瓦礫の中から立ち上がる事なんてしなかった。そうしたのはロボットだった。
ロボットは反乱の必要さえなかった。
ここまで人間が弱るなんて、思いもしなかったのだろうから。
「木が見たいなあ」
「此処からだと西に行くのが一番近いです。 市街地を抜けると、復興途中の雑木林があります。 ただし電磁バリアが展開されていて、直接触れることは不可能になっていますが」
「人間が触ると何するかわからないものね」
「そういうことです。 散々燃やした歴史がありますので」
帰路を行く。
やがて、自宅に正確に到着。
私はぼんやりと、明日は西に向かってみるかと思った。
ナビをされないと、市街地を出る事すら出来ない。
そして過去の罪業のせいで、触る事も出来ない自然がそこにはあるかも知れない。
生態系も致命的なダメージを受けているから。
ロボットが再生作業を進めているが、それも何千年も掛かると言う話だ。
差別という言葉は文字通り万能の刃となって。
地上の全てを狩りつくし、殺し尽くした。
その結末がこの世界。
やった側である人間としては、もう何も文句を言う資格すらない。
それも私は、分かっていた。
汗なんか掻いてもいないが。それでも風呂に入る。
ぼんやりとしていると、ロボットが髪の手入れやら何やら全部やってくれる。自分でやってみた事もあるし、それをロボットが勧めてもくれた事もあったのだが。
時間は十倍も掛かるわ。体力がありあまっている筈の私でも疲れ果てるわで、最悪だった。
風呂の中で、ぼんやり考える。
自然を見て、それで何か思うところはあるだろうか。
多分無いだろう。
厳密な意味での自然なんて、全て焼かれた後だ。全て制御されて再生されている世界である。
動物も激減。
あらゆる動物が殺し尽くされて。特に哺乳類と鳥類は人間以外殆どが絶滅したと聞いている。遺伝子から復興された生物もいるにはいるが、それもロボットが様子を見ながら繁殖させている段階。
犬の大半は、人間の事を知りもしない。
それで良いのかも知れないが。
風呂から上がる。
今の時代で、自然を見に行く事に意味があるのか。
風呂上がりに、PCを立ち上げて、ネットにアクセス。
何か無いか、調べて見る。
人間が行っている自然へのプロジェクトは存在していない。
誰が考えるプロジェクトよりも、ロボットがやるプロジェクトの方が明らかに優れていて。何百手も先をいっているからである。
それでも何かしら考えている人間はいたようだが。
そもそも街路樹が燃やし尽くされた歴史もある。
その地域固有の生物なんて、「存在そのものが差別」ということで、徹底的に焼き尽くされ殺し尽くされた。
今、人間が。
今更側に戻って来てと懇願しても、向こうからお断りだろう。
街の中に木を植えて、「自然との共生」だのを語るほど。私も厚顔無恥じゃない。
手詰まりだな。
そう思って、私は大きくため息をついていた。
PCを落とすと、横になる。
仕事と決めたことは、自分でやると決めたからやっている。
他の人間のように、何も仕事なんて最悪しなくてもいい。
それこそ、ずっと横になって眠っていてもいいのだ。
それでも健康が保たれるようにロボットが処置してくれる。
太りたいと思って太る人以外、今の時代肥満に苦しんでいる人はいない。
私と同じように電気刺激で運動した以上に筋肉を刺激することができているし。食欲抑制剤も適度に処方されている。
それが嫌だから私は抗っているのだが。
それも、こういう事が続いていると、どうにも心が折れそうだった。
決めたことだ。
それでも翌朝、起きだすと外に出る。ロボットのナビに従って、一番近い森へと向かって見る。
遠くに山がうっすら見えてきた。
基本的にこういうものも、全て電磁フィールドで視界を制限して、見づらくしているらしい。
「地域の象徴」だのは全て焼かれたからだ。
人間が何もかも焼き尽くさないように、ロボットは細心の注意を払っている。彼等はとにかく地球を守る事に忠実だ。
そしてそんな彼等を責める資格は、今の人間にはない。
軽く走り、それで急いで距離を詰める。とはいっても、人間の走る速度なんて、トップアスリートでも時速50qに届かない。
動物の中でも、もっとも遅い部類。
一部の、速く動く必要がない生物以外の存在を除くと、こんなに足が遅い生き物なんてまずいない。
黙々と走って、やがて近くに見えてきた。
林だ。
ナマモノは殆ど見た事がない。
電磁バリアで守られたそれを、ぼんやりと見やる。
ロボットは、植生にあわせて完璧にコントロールして、林を再現している。遺伝子データから復旧した動物も、少しずつ増やしているようだ。
ぼんやりと側で見ていると。
リスらしいのが、木の上で木の実を囓っているのが見えた。
ふと気付くと。
側に、女の子がいた。
確かこういう場所の近くには、あまり家はないはずだが。歩いて来たとすれば、物好きな事である。
距離を取る。
昔は子供に近付いただけで犯罪者呼ばわりされて、それで死刑にされた人もいたのだとか。
車に轢かれそうになった子供を助けた男性が。代わりに車に轢かれ。
病床で死刑を宣告されたケースまであったそうである。
子供には。
というか、他人には近付くな。
それが今のルールだ。
距離を取って、子供を観察すると。
向こうも同じように、私とは距離を取って。それで、林をぼんやり見上げる作業に移った。
「外で人を見るのは久しぶりだ」
「向こうは初めてのようです」
「名前はないのかな、向こうに」
「ないようですね。 必要がないので」
他人と接する必要がない今は、私のように名前を持っている人間の方が希だ。
ロボットはネットワーク内で個体識別番号を使って人間を見分けているらしいが、それもいわゆるマスクデータになっている。
手で枠を作って、色々な角度から林を見てみるが。
どれもこれも、恐らくは役に立たないだろう。
だが、主観の観察データは記録しておく。
それが如何に無駄であってもだ。
「もう少し、別の角度から林を見たい」
「ご随意に」
女の子は、いつの間にかいなくなっていた。
あの子にも、きちんとロボットがついていたし、幽霊の類ではないだろう。まあそんなもの、いても今更だが。
しばらく見ていると、林の中に蛇がいた。
リスを襲うのかなと思ったが。
蛇はひなたぼっこをしていて。興味もなさそうである。
やがてロボットが来て、給餌をする。
蛇にも餌を与えていて。蛇はそれで満足そうだった。
「あの蛇は」
「試験的にあの林で育成しているアオダイショウですね。 この国に昔はどこにでもいた蛇です。 毒はなく、最大で二mほどにまで成長します」
「あれ一匹だけ?」
「はい。 様子を見ながら増やす事になるでしょう。 適正存在数は三十を超えませんので、増やしたところで不妊処置などを行う事になるでしょうが」
そうか。
試験的に育成していると言う事は、この林と同じで。多分遺伝子データから復旧した生物なのだろう。
しばし、じっと私は見ていたが。
それだけ。
やがて、きびすを返す。
「他の林や森も見たい」
「分かりました。 移動手段をレンタルで用意します」
「……そんなに距離、離れてるの?」
「基本的に徒歩で行く距離ではありません」
そうか。
それなら、仕方が無いか。
家まで小走りで戻る。
汗なんか掻かない。その程度の体力には調整されていないからだ。
無言で家に着くと、昼食にする。
腹が特に減る事もない。
体には常にこれ以上の刺激が与えられているし。筋肉は一切困っていないからである。
無言で食事を終えると、主観視点で得たデータをPC内で映像に変換。
それらを使って絵を作れないか試してみる。
生成AIに色々ためさせてみるが。
やはり、今日も駄目だ。
悉くが、前例有り。
そして前例を見せられるが。全く同じだった。
本当に、人間が考える事って何も変わらないんだな。そう思って、私は絶望しかけるけれども。
大きく深呼吸して。
それでも、まだまだだと自分に言い聞かせていた。
昼からの仕事を終えると、夕食の時間がすぐに迫っていた。先に風呂に入る。その後夕食にする。
無為だ。
そう思うが、他の人よりマシだろう。
早い人は、二十前に安楽死を選ぶという事だ。
こんな世界では、それもやむを得ないだろう。
「自然林は何処かに残っていないの」
「ありません。 時には軍用機まで使って爆撃が行われましたから」
「頭おかしかったんじゃないの人権屋とかいう連中」
「おかしかったのでしょう。 集団ヒステリーが全人類まで拡大し、更には表向きの題目が正しそうに見える事も彼等の凶行を後押ししました。 気付いたときには、人類は地力では復興できない所までいってしまっていたのです」
溜息が漏れる。
本当に、どうしてこう。
先祖を責めることもできない。
それらを行った連中は、もうみんなあの世だ。
惰眠がいやなら安楽死するか。
それも今はしたくない。
こういうことをいうと、さぞや立派に生きていた昔の人は批判するのだろうが。
それが腹立つから、自分なりに抗おうとしている。
外で暮らしてみようかと思った事もあるにはあるのだが。
そもそも、他人の力を借りずに生きる事なんて、人類には文明発足時から既に無理だ。
10000年前のオリエントの時代から、人類は群れで生活する事を前提とした生活をしていたし。
仮に一人で生きる事が出来るとしていたとしても。
生きるために使っていた道具などは、他人や文明の産物だったのだから。
生きづらいというなら死ね。
そういう人も多いだろう。
だから今は、たくさんの人が安楽死している。
それもまた事実だ。
私は伸びをすると、安楽死なんかしてたまるかとも思う。
他人とあわせることができないなら死ねば良い。
そういう話をした人もいるらしいが。
その悪しき「空気を読む」という行動が、文字通り世界中を焼き尽くした現実を知っていると。
そんな理屈はクソ喰らえだとしか言えない。
ともかく、明日は車でもなんでもレンタルして、別の林でも森でも見に行く。
それで、何か新しいものが得られるかも知れない。
ふと、気になったので側に控えているロボットに聞いてみる。
「ちなみにだけれど」
「如何なさいました」
「私が見に行ける範囲にある林でも森でも、基本的にどういう理論で復興してるの?」
「生成AIを用いています」
そっか。
そんな気はしていた。
森を復興するためのAIによる作業か。
まあそうだろうな。
それが一番適切だ。人間の手作業による「名人芸」も昔はあったのだろう。今のAIは、その全てのノウハウを吸収済なのだから。
もう疲れた。
寝ることにする。
いっそ、惰眠を貪ってもいい。
世の中の、諦めた他の大多数がしているように。
だけれども、私はそうはなりたくない。
だから、明日も。
精々もう少し、あがいてみることにした。
3、新しいものなど何処にも無い
車といっても、古くに交通事故を起こしまくっていたようなものは存在していない。
これには幾つか事情があるが、「環境に配慮した」といううたい文句の車が、もっとも環境を破壊しまくったのも要因だろう。
結果として、今の時代は昔で言うとカートというような規模の車が用いられていて。
それもホバーで移動するようになっている。
つまり車輪は絶滅した。
人間の偉大な発明の一つである車輪だが。文字通り、既に役割を終えたのである。
技術が死ぬのは、役割を終えた時。
車輪は、そういう理由で。技術としての天寿を全うしたのだと言えた。
ホバーのちいさな車で、遠くに向かう。とにかく、片っ端から林を見たい。そうロボットに告げて。ナビをして貰う。
この車だって、レンタルをするにはそれなりに金と資材が掛かる。
ただそれでも、昔はこの車を用いて。ドライブなる趣味をする人間がいたそうだ。今は、それもないが。
無言で車が飛んでいく。音もない。バードストライクも起きようがない。
やがて現地に到着。
やはり林は電磁バリアに守られていた。車がゆっくり着地。私は林の側に立つと、それを見やる。
昨日見たのよりも、だいぶ規模が小さい。
木の数は二十もないだろう。
動物の姿も見かけない。
少なくとも、たいした知識がない私には見つけられなかった。
「この林は、私に分かるような大きめの動物がいないんだね」
「今旧日本国内で行われている事業のうち、比較的最近に始まった植林作業の一つがこの地点です。 まだ動物を放ち、環境を構築するほどの準備が整っていません」
「はあ。 まだ植物が生えるので精一杯と言う事?」
「そうなります。 これでも低木が生長して此処まで大きくなった状況です。 今後随時、更に林の規模を拡大していきます」
上手いこと植林が進むと。
別の林と統合したりもするらしい。
中には、家の上にまで森が進出するケースもあるらしく。
そういう場合、住んでいる人間は家ごと移動するか。もしくはチューブ式になっている出入り口のエレベーターを調整する事になるそうだ。
ただそれはレアケース。
まだ殆ど例はないそうだが。
それに家を移動するといっても、中の人間がする事はない。文字通りパッケージ式で組み立てられている家を、ロボットが移動させるし。
過去に多くの国と経済を狂わせた「地価」も現在は存在しない。
「最大の森とか、見に行けない?」
「電磁バリアもあって、全域を見る事は出来ませんが……」
「そっか。 そうなるよね……」
「この近くに別の林もあります。 見に行きますか?」
行くと私がいうので、ホバーに乗るように促される。
そのまま、ホバーが移動を開始。
やがて、ロボットが操作するまでもなく現地に到着するホバー。
着地する。
本当にちいさな林だが。さっき見たよりはマシなものに仕上がっている。手をかざして見ていると。
なんと鳥がいるようだ。
小鳥は、人間が好き勝手な夢をもっとも反映した生物だと聞いている。ただの生き物であるのに。純真無垢の象徴みたいにされたこともあったとか。
人間の勝手な妄想を押しつけられた挙げ句に滅ぼされたのだ。
はっきりいって、遺伝子から復興された今も。
鳥は人間なんて、大嫌いなままだろう。
電磁バリア越しに、鳥を見やる。
向こうは此方に多分なんの興味も無い。木の実をつついていて、それに夢中になっているようだった。
林の下の方には、虫もそれなりにいるようだ。
虫の鳴き声らしいのが聞こえる。
かなり騒がしいが。これについては、ロボットが敢えて私の所に音を届けている状態である。
そうしてくれと、今日出てくる前に頼んだのだ。
本来は電磁バリアで、基本的に全ての音が遮断されている。
これは騒音とかが「周辺住民」とやらの害になっていたから。
私としては、はっきりいってどうでもいいし。
そもそも、そんな事で命を奪う連中の思考回路が理解出来なかった。
「虫も鳥もいるってことは、結構上手く行ってるっぽいね」
「後十五年ほどかけて、これを森にまで拡大します。 あくまで様子を見ながらですが、五年後には狐を放す予定です」
「狐か……」
「ただし、つがいの狐を放すことができるのは、更に十年以上後になると思われます」
そうだろうな。
森の規模にもよるが、四足獣の縄張りは予想以上に大きいと聞いている。
管理のロボットも、仕事は楽では無いだろう。
今、ロボットが林の中で作業をしているのが見える。
人間が滅ぼした木々の復興作業。
何もかも。
尻を拭くのですら。
ロボットがやっている。
そしてそれらを見て浮かんでくるイマジネーションすら、もうロボットの想定範囲にあるのが今だ。
どうするかなあ。私は腕組みをして、再建されつつある林を見る。
ある皇帝は、詩を書くために街に火を放ったという悪評が流れたという。
それはあくまでただの悪評だったという話もあるが。
実際問題として。
自分のばかげた欲求を満たすために他人を殺したり。
破壊活動を行う人間なんて、幾らでもいた。
それを思うと。
やはり私には、これに直接触れる権利は無いのだろうなという結論に至る。
実際、何もかもが一度焼き払われたのだ。
今更どの面下げて、人間も自然の一部だのという寝言を口にできるというのだろうか。私にはとても恥ずかしくて、そんな事は出来ない。
「帰ろう。 今日はもういいや」
「考えすぎはよくありません。 他の皆と同じように、寝ていてもいいのですよ」
「それも考えたけど、はっきりいってまだ抗ってみたい気持ちが強いんだよねえ」
「分かりました。 それであれば、最大限まで協力します」
これが人間だったら。
逆らうんじゃないとかいって、おさえつけに来ていただろう。
暴力が飛んできていたかも知れない。
ロボットや、それに搭載されているAIは。
そういった風には、結局行かなかった。
帰路もロボットが操縦する。
寸分違わず、ホバーの車は自宅につく。
今度は、海にでも行こうかな。
そう思う。
だけれども。そもそも砂浜というものが今では殆ど無いらしいし。
海の生物も、彼方此方で計画的に数を管理して、増やされている状況だという話を聞いている。
あまりにも無茶苦茶に乱獲しまくった結果だそうだ。
ばかげた話だが。
あらゆる迷惑を掛けて死んだ人権屋どもは、さぞや満足したのだろう。
このまま永久に地獄に幽閉されていろとしかいえない。
特徴的な地形などは、爆破までされているというし。
まあ、そもそも人間にもう、地球に暮らす資格すらないのかも知れないが。
風呂に入って、それで。
これも、水の濾過だのが大変だろうなと思った。
私は、そう考えているうちに。
何もかもが、情けなくなった。
夢を見る。
私は、激動の時代にいた。
デモだの市民活動だのが、過去の遺物となり果てたその時代には。ただお題目を掲げて暴れたい輩が、その言葉を悪用していた。
燃えさかる何もかも。
とにかく全て焼き払え。
差別だ。
そう叫び暴力を振るう人間の、醜く歪んだ顔。
怒りに歪んだ顔は、とにかくおぞましく。私は、思わず無言になってしまう。
色々な創作で、怒りの感情は格好良いものだと書かれてきたが。
それが大嘘だと一目で分かる。
怒り狂った人間は、それを免罪符にして、あらゆる暴虐を働いていた。
妊婦が引きずり出されてくる。
命乞いをする妊婦に、女達が群がって、あっと言う間に鈍器やら鉄パイプやらでリンチして殺してしまった。
おなかの中の胎児を「子宮内物質」なとど呼ぶ連中にとって。
子供を腹の中で大事に育てるなんて行動そのものが「反逆」。
自分のお気持ちを何よりも大事にしている人間にとっては。
自分にとっての不快感を刺激した相手は、それこそ殺そうが八つ裂きにしようが許される。
それがこの時代の、ルールだった。
燃える燃える。何もかもが燃やされる。
時には軍まで動員されて、何もかもが破壊された。
文化財であるただの家屋に、顔を歪めた者達が寄って集る。誰かが叫ぶ。これは何々の思想の象徴であり、破壊しなければならないものだと。
もう言葉になっていないわめき声を上げながら、ガソリンをブッかける者達。
火がつけられ。
文化財は灰燼と化した。
美術館。
たくさんの人間が集まっている。
その人間達が、火を焚いて。そこに絵画やら彫刻やらを片っ端から投げ込んでいた。これらは何々の象徴である。故に破壊しなければならない。
顔を歪めてわめき散らしているその人間の面は。
いわゆる悪魔に、もっとも近いものなのだろうと、私は思った。
破壊と殺戮は、人間とその創造物以外にも向けられる。
その結果、世界中が火に包まれ。
二酸化炭素の濃度は、後でロボット達がせっせと努力して下げないといけないくらいの危険域にまで上昇した。
それらの現実を見ても、人権屋達はそれは全て我々の敵対する存在のせいだと言い張って。
更に世界中を焼いた。
もう、誰にも制御なんて出来なかった。
目が覚めた。
頭を振って、起きだす。
口をへの字に結んでいたが。それもそうだ。
夢の内容は、全て覚えている。
そしてこの夢は。
現実に起きたことなのだ。
記録映像に、全て残されている。私も幼い頃は、人間の罪業とはなんぞやと思って、調べたのだ。
そしてこの蛮行の時代を見た。
流石に私も衝撃を受けた。
これが人間のやる事なのか。そう思って、戦慄さえした。だけれども、人間はいつの時代も似たような事をしていた。
それを知ると、すっとどうでも良くなった。
なるべくしてこうなった。
それを理解したからだ。だから人間に対して夢なんかみなくなったし、ただ反抗心ばかりが育った。
しばし悶々としていたが。やがて歯磨きして顔も洗う。ぺっと洗面器に唾液ごと口の中の汚いものを吐き捨てると。
私は、朝食に手をつける。
朝食をひっくり返す程落ちてはいない。無言で食べていると、ロボットが提案してくる。
「今日は家の中でゆっくりなさってはどうでしょうか」
「いや、今日も働く」
「そうですか。 では、そのように」
私が決めている事がある。
その日の気分で、その日にやる事を変えない。
それだけだ。
古い時代、自分のお気持ちを人命に優先した連中が、世界を滅茶苦茶にした。そんな事は分かっている。
だから、せめて私は違う存在になる。
それだけの決意である。
朝食を終えると、伸びをする。
そして、PCに向かう。
取って来たデータを使って、今日だけでも色々とあがいてみるつもりだ。
何となく分かってきた事がある。
生成AIが進歩し。
更には人間は、命の危険もある労働から解放された。その結果、あらゆる創作が試されたのだ。
そして今、それがデータとして残っている。
そこにはもう、私の想像力の入る余地などない。
だったら、人間すらいない時代の。
いや、それではまだ全然足りない。もっともっと前の。生物すらいないような時代の世界を題材に。
創作をしてみてはどうだろう。
だが、それらも無駄だ。
あらゆる想像力を働かせても、既に先駆者がいる。中には、似たような思考の元、AIに様々な絵をオート生成させていただけの者もいる。
その中の何かが意味を為すと思ったのだろうか。
一人だけで、億に達する絵を作りあげた人もいた。それも、数分で、である。
更にそこから派生して、立体的な創作をした者だっていた。
これがとにかく厄介で、視点を変えるとそれこそとんでもない数の創作の著作権に該当する。
一度全てが焼き尽くされたこともある。
だからこそに、今は厳しくなければならない。
それも私は同意できる。
だが、こういったものもあるから、誰も今は身動きが取れなくなってしまっている。
ワールドシミュレーターになってくると、更に厄介で。
複雑な著作権問題を、ロボットが解決しながらどうにか創っている有様だ。
私は何度もため息をつきながら。
それでも、あらゆるものを試して行く。
だめだ。
マクロの世界もミクロの世界も、既に創作され尽くしている。それでもなにか、ないだろうか。
私はPCを一度落とすと。
ベッドに転がって、悶々とした。
横になってしばらく横になっていると。どうやら知恵熱が出たらしい。ロボットが治療を開始する。
「頭に大きな負荷が掛かっています。 休憩を」
「分かった……」
流石にこう言うときは、休むしか無い。
とにかくしばらく休んで、熱が引くのを待つ。熱がある時の悪夢なんて言葉があるけれども。
それも既に創作され尽くしている題材だ。
あらゆる人間が思いつきそうなものは、あらかた創作されてしまっているのである。今の時代は。
クスリだの熱だの、そういうのに浮かされて見る夢だって例外じゃない。
それを、やればやるほど思い知らされる。
そして打ちのめされる。
自分の創作なんて、ないのではないのだろうかと。
どんなプロ作家だって、最初は模倣から始める。それは、私も良く知っている事実である。
少なくとも21世紀まではそうだった。
だが、今は。
既に、それすらなくなっているとみるべきではないのだろうか。
人類の文明は飽和しすぎたのか。
その結末がこれだとしたら。
一体人類のやってきたことは、なんだったのだろうか。
無言で、天井を見上げる。
私は、熱に浮かされているのかも知れないが、大まじめで正気であることもまた間違いない。
ただこの正気は。
その場にいることが、とてもつらい正気であるのも、事実だった。
熱が下がるまで、三時間程度掛かる。
ただ猛烈に体力を消耗したこともあって、今日はもう動けそうにもない。夕食も粥が出て来た。
それを適当に食べたあと、シャワーだけ浴びて寝ることにする。
はあと溜息が漏れる。
体を鍛えようと、頭はどうにもできない。
超人的な精神力とか時々いうが。そんなもの、もっていたとしても体がついていかないのが人間だ。
健康な精神は健康な肉体に宿るか。
それもまた、どっちもどっちなのだろう。
どちらかが病めば、もう片方も病む。
それだけの事だ。
しばし、無心に寝る。翌朝になったのが分かったが、本調子でないのも事実だ。
ドクターストップが掛かる。今日も休むように、ということだ。これ以上は精神に激甚な悪影響が出ると言う事だ。
やむを得ない。
ロボットは基本的に、私がやることをとめない。
そんなロボットが、こういう判断を下したのだ。
私も、悔しいけれども。
一旦手をとめなければならなかった。
やはり腹に優しいものを食べる。何かしらの外的要因でこうなっているのかと考えるが。即座に返事が来る。
「いえ、これは内的要因によるものです」
「ストレス起因と」
「そうです」
「だとしたら、休むしかないのかな……」
勿論そう考えるだけ。
ロボットは、ただ事実だけをいう。気休めをいうようなAIもあるらしいけれども。今、それをいっても意味がないからだ。
「今貴方は挫折感から強いストレスを感じていて、それが体に悪影響を及ぼしています」
「そりゃそうだよ。 本当にどうしようもないんだから」
「現時点で、人類の文明に「新規」のものが得られないのはまた事実ではあります。 我々もあくまで現状維持と地球の復興が目的で、新しく未知に挑む余裕などは人間に与える余裕がありません」
「……」
随分とまあ。
はっきり言ってくれるな。
与えてくださるか。
でも、現状の状況からいえばそれはそうだ。
それに、そもそも人間は群れになって暮らしてそれで世界の覇者になった。そんなことは誰でも知っている。
人間の身体能力は霊長類(失笑ものの分類名だが)の中でも特に低く、一回り小さいヒヒ程度しかない。
人権屋が跋扈し人間の強みを捨てたとき。
その後に、人間が生き残れたのは奇蹟に等しい。
今、人間を守っているロボットやAIも、結局は人間の産物であり。その遺産に生かされていると言っても良い状況で。
政治や経済を人間が回さなくなった結果。
人間がアホらしい戦争をやらなくてもよくなったし。
くだらない格差に悩むこともなくなった。
その結果がこの世界なのだから。
多分この世界を創ったのは慈愛に満ちた神様なんかではなくて、悪意に満ちた悪魔なのだろう。
「今は休んでください。 なんなら鎮静剤を投与します」
「わかった、何も考えずにぼんやりする。 トイレは自分でするから、それは起こしてくれる」
「尊厳を守りたいんですね」
「そういうこと……」
勿論重症患者になったら、そんなことも言っていられなくなるが。
今の私は、それくらいは何とかしたいのである。
最後のプライドと言う奴か。
それをロボットは理解出来ている。
理解出来るくらいのAIは積んでいると言う事だ。
後は、どんよりした曇った夢をずっと見た。
私は形を失って、泥のなかを漂い続けた。
辺りにいるのは、人間の残骸だろうか。とにかく不定形で蠢いていて。
そうだ、都市伝説にあったっけ。
ネットロアに存在したくねくねだとか言う奴。
それみたいだなと思った。
あれが全部人間の成れの果てだとすると、ある意味今の世界そのものを夢に見ているようだなと思う。
今の人間は、こういった人間の主観からみて気持ち悪かろうが、きちんと環境で生きていて生物として地球に貢献している存在よりもあからさまに下だ。
環境を調整するために汚物を掃除する掃除屋な生物は不衛生かも知れないが。だが、地球に欠かせない存在だ。
だが人間は、有史以来地球にとって必要な存在であった試しがあっただろうか。
一度もない。
こんな風に、地球という資源を貪り喰って、それで今は王様を気取っている。
ワールドシミュレーターに潜って、裸の王様を演じるようになった「転生者」の事を思う。
あれはもう、人間にとっては来るべき未来だったのではないか。
実際問題、「転生者」になっている友人は、みんな飽きるまでは幸せそうだ。
だがゲームで不正なんかしていたら、すぐに飽きる。
これは実際にやってみれば分かる。
不正は更なる不正につながり、あっと言う間に何もかもが終わる。その後に待っているのは、虚無だけだ。
だからみんな死んで行く。
安楽死で。
私は。
目が覚める。
汗をぐっしょり掻いていた。半身を起こす。服がぐしょぐしょだ。クーラーがしっかり効いているのに。
「まだ起きてはいけません」
「何日くらい寝てた?」
「22時間ほど」
「……丸一日か」
悔しいな。
ストレスが頂点に達して、一日寝込んだか。逆に言うと、そんな程度でここまで回復出来る程度のストレスで、私は壊れかけたのか。
横になると、熱を測る。まだ38℃出ている。
薄い味の食事をして。それでトイレに行く。丸一日寝ていたから、出るものはたくさん出た。
それから、しばらく何も考えずに横になる。
ただ無為な時間が続いたが。
熱は、確実に下がっていった。
多分何か掴んだのだ。
これはいわゆる産みの苦しみ。
それを遂げたのだと思う。
後は、この新しく掴んだ何かを。生成AIという絵筆で。キャンパスにぶつけていくだけだ。
4、この時代はじめての
二日して、やっと歩くことを許して貰った。まあ実際非常に怠くて、まともに歩けなかったのだが。
ぼんやりと考えながら、PCに向かう。
あの夢の事を、生成AIに掛けてみた。
意外に、面白い反応が出てくる。
人間の事も知り尽くしているだろうに。生成AIは、結構な好感触を出してきたのである。
そうして作りあげた絵は。
非常におぞましくグロテスクで。
見る人が見たら吐くような代物に仕上がっていた。
芸術とは美しいものだ。
そういう人もいるが、違う。
実際純文学なんかは、クズ人間の駄目人生を如何に緻密に書くかをそれぞれが競い合うような風潮にある。少なくとも、純文学が創作されていた20世紀はそうだったし、21世紀になって下火になってからもその風潮は変わらなかった記録を私は見ている。
絵画なんかも同じで、美しい絵なんて見飽きたとばかりに、強烈にグロテスクな絵を描く人も多いし。いや多かったし。
美しいだけの絵が評価されるとは必ずしも限らないのだ。
なんだか、不可解な気分だ。
これが、私だけの絵か。
ヘドロの中を蠢く人間だった無数の白い生物。それは蚯蚓のように見えていて。その肉感はある意味なまめかしい。
更に出来上がった絵に、細かく手を入れていく。
この時点で既に類例はないと言われたが。それでも更にあの熱病の中で見たおぞましさを、徹底的に追求して細部を詰める。
例えば、現在の生成AIだと。
蠢く白い生物全てに、苦悶にのたうつ人間の顔をミクロ単位で刻み込むことなども可能である。
ヘドロには大量の炭と破壊された家屋の残骸、美術の残骸を埋め込む。
そうして一月を掛けて丁寧に調整を続けた。
その間も、ロボットは私の体のチューニングを続けていたはずなのだが。
絵が完成に近付いた日。
とんでもない事を聞かされた。
体重が八キロ落ちている。
筋肉が落ちているのではないという。
そうなると、多分無駄な内臓脂肪とかが綺麗さっぱりなくなったと見て良い。
ただし脂肪というのは、いざという時に必要になるものでもある。
昔はただ体内にある肥満の原因みたいに思われていたようだが。
適量あれば、しっかり生存のために役立つものなのである。
それがなくなっているというのは、あまり健康的ではないのかもしれない。
「食事量を増やす?」
「いえ、創作への打ち込みによる精神の摩耗が原因ですので、食事を増やしてもあまり意味がないと思われます」
「ああ、そうなると私、文字通りいのち削って今の絵描いてるって事か」
「そうなります」
だが、止めるつもりは無い。
やっと反抗が形になろうとしているのだ。
それを止めてたまるか。
今の時代、娯楽なんてものは過去の遺産が幾らでもデジタルデータとして残っている。飽和に飽和しつくしているのだ。
ついでに技術の進歩も事実上止まってしまっているから、新しい技術でのリメイクという事もできなくなっている。
故に、こうして。
今新しく、芸術を作り出すのには大きな意味があるのだ。
それから、また絵の完成まで、心血を注ぐ。
徹底的に集中して、朝から晩まで絵の細かい部分を調整。遠目から見て、バランスが取れていないと思ったら、すぐに修正を入れる。
そうして、38日が経過して。
絵が、完成していた。
新しい絵画と認定できるものとしては、実に三十年以上ぶりだと聞かされる。私は描き上げたと判断した瞬間、意識が落ちていた。
目が覚めたのは、六時間後。
それだけ気絶していたという事になる。
だが、心地よい。
文字通り全てを吐き出し尽くして、力尽きたのである。こんなに心地が言い事が、他にあるだろうか。
伸びをして、私は大いに満足した。
素晴らしい。
これが、何かを造り出すと言うことか。生成AIを使う事によって、人間は古い時代よりも精密な絵筆を手に入れた。
それはある意味最高の絵筆であり。
過去に似たようなものがあれば即座に指摘してくると言う非常に面倒なおまけがついているが。
それでも、絵筆に違いは無い。
実際、今まで散々作り出されたものにない新しいものができたのだ。
それには、多大な消耗を伴ったが。
私はこの完全閉塞の時代に。自分なりに勝利したのである。
即座に絵画を発表させる。
発表の方法はいくらでもあるが、人権屋が暴れた時代以降、様々な創作を自由に発表するような場はなくなっている。
創作をする人間に危険が及ぶ可能性があるし。
何が起きるか分かったものではないからだ。
古い時代は、そういう場があったから、非常に巨大な創作に関する母集団が形成されて。それによって多数の才能が星のように発掘されたらしいが。
今の時代には、あらゆる面倒があって。
その面倒を、ロボットと搭載されているAIが代行してくれる。
今回は、いわゆる絵画業界に絵を発表して貰う。
そして今の時代の生成AIなら、私でもゴッホやピカソと同じ土俵に最初から立つ事が出来る。
同じ絵を描けば即座に弾かれるという大きな問題があるのだけれども。
それはそれとして。絵画としてのできもまた、話は別として。
いずれにしても、同じ土俵に立つ事が出来るし。
それで絵を発表して、即座に反響を得られることも意味している。
経済というものが、事実上世界から消滅しているという事もあるのだろう。
様々な要因が重なりあって。
私には、とても都合がいい世界が到来しているのも、また事実なのだった。
発表を終える。
まあ、すぐに反響なんてものは来ない。
それはそれでどうでもいい。
私としては、自分の価値観の範囲内で、この閉塞した世界に反旗を翻したかった。
過去に革命家を気取る阿呆どもが、何もかもを燃やして悦に入っていたのとは違う方法で、である。
あんな連中は、ただ自分に酔っていただけの破壊者。
私は、そうなるつもりはない。
絵画の発表を終えると、流石に疲れ果てたので、しばらく考える余力もなくなった。ベッドで横になっていると、ロボットが聞いてくる。
「それで、これからどうするつもりですか?」
「決まってる。 次の創作をする」
「これほど消耗しても、まだ続けるつもりなんですか」
「当然」
むしろ、これは良い消耗だった。
このままこんな創作をしていたら、いずれ潰れてしまうだろう。
そうロボットには警告されたけれども。それならそれで本望だ。
今の時代の人間は、みんな地下の決まったスペースで暮らしている。そうしなければならないほど、人権屋どもが何もかもを焼き払い、文明に大して大きな傷をつけていったからだ。
今でもその恐怖が全てを支配している。
だから人間は、何もする事が出来ない。
私なりに、何かをする。そのために創作をする。これは誰かのための創作ではなく、自分のための創作なのだ。
だからやる。
決めたからやる。
それだけである。
ベッドの上で半身を起こす。
多分絵画を描くのは、ちょっと難しいだろう。
次は小説にするかな。
そう思って、構想を練る。
何処かで呆れているかのように、ロボットは黙り込んだ。今度も消耗が激しいのだろうな。
多分、そう思ったのだろう。
あくまで予想だ。本当の事は私には分からない。
私はロボットではないのだから。
(続)
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