魔神の咆吼

 

序、アインズ軍集結す

 

迷宮を見下ろす小高い丘で、アインズは一旦迷宮から帰還したクルガンと共に、集結した兵を見やった。

ドゥーハン王国から彼女の指揮下に入れられている兵力は、陸戦師団二個、海戦師団一個

騎兵師団一個、計四個師団、合計戦力は三万七千に達する。

今回迷宮内にいるユージン卿を討伐するために、その中から二個連隊が動員され

兵力は補給人員も含めて、約三千五百。 保有戦力の一割弱である。

それらは過去二回の迷宮攻略戦失敗に教訓を見いだし、迷宮戦闘用の訓練を受けた兵士達で

十名単位でそれぞれ行動し、それが十個集まって一つの独立指揮系統を為し

それらの長にアインズが指示を下して、迷宮内での行動を迅速に行う。

兵員の中にはトラップ解除部隊、遠距離攻撃部隊、魔法攻撃部隊などの他

重装備にて敵の攻撃を防ぐ重戦士部隊や、強大な魔法を複数の魔導師で協力して行使する重魔導攻撃部隊

その他様々に機能別に分けられた兵団が整然と位置し、最終演習にも問題のない動きを見せた。

このほかに、クルガンの直接指揮下にドゥーハン忍者部隊が入る。

その数は百名ほどで、忍者部隊全体の約七割である。 残りの部隊は各自迷宮外で任務をこなしており

それらはいずれも重要な任務ばかりであったから、他の部隊に任せる事も出来ない。

彼らは戦闘の際、最精鋭として行動するはずであった。

クルガンは全員を動員できなかった事を残念に思っていたが、だが元々集団の指揮が苦手な事もあり

これ以上の人数がいては、却って混乱するだけだろう。

「良し、問題ないの」

「問題がないなら、さっさと迷宮に行くべきだ。 こうしている間にも、女王陛下が!」

満足そうに頷くアインズをせかすクルガンは、いつになく焦っていた。

だがドゥーハン軍でも一二を争う戦上手は、幕僚達を集めると、作戦会議を始める事を告げた。

「落ち着くの。 焦って戦いに行っても負けるだけなの。

そうしたら、女王陛下だけでなく、此処にいる兵士達も生きて帰ってこれなくなるの。

軍人の勤めは、民間人を守る事。 上官の役目は、部下の命を守る事。」

「クッ! 分かってはいる、だがな、女王陛下がこの国にどれだけ大事なお方か・・・」

「自分の事と国の事を入れ替えないの」

クルガンが硬直し、握り拳を振るわせた。 図星を付かれたからである。

現在ドゥーハンでは、政治を省みなくなった上、迷宮攻略にうつつを抜かす女王オティーリエに代わり

王族で最年長のフーホス(この男は、手腕は平凡だが政治的野心がない事で有名であり

皆の信頼を得ていた)が政務の指揮を執り、軍事はオッドクラードが指揮を執って敵国に睨みを利かせ

混乱を最小限に押さえ、国民の不安は若干残ってはいるものの、全体的には平穏を保っている。

これはオティーリエが残していた言葉による結果で、もし自分が政務を執らなくなったら

そう言う行動を取るように指示していた物であり、それが正確に実行され、国難を脱した事になる。

もしオティーリエが正常な判断力を取り戻したら、すぐに復帰できる用意も出来ており

後継者も問題がない。 さほど有能ではないが、良心的な事で知られるオティーリエの従兄弟イナが

現在様々な手続きをしており、もしもオティーリエが鬼籍に入っても彼女が後をすぐに継ぐ事が出来る。

また、家臣団も忠誠心に溢れ、有能な者達が多く

〈閃光〉でその何人かは鬼籍に入りはしたが、国家全体の構成には全く問題がない。

中興の祖と歌われた先王と、有能だったオティーリエが築きあげた強固な政治体制、それに国内の安定は

王都と彼女が消滅しても、それだけで揺らぐような柔な物ではなく

現実に、世界国家ドゥーハンは小揺るぎもしなかった。

また、クイーンガードはオティーリエ女王個人ではなく、〈女王〉を守る存在であり

私兵などでは断じてない。 クルガンも、イナを守れと言われればすぐにそうせねばならない。

イナはクルガンにとって不快な人物ではないが、彼は古風な戦士であったから

一度命を捧げると決めた、オティーリエ以外に忠誠を尽くすのは苦痛である。

だがオティーリエがまともな状態なら、イナに忠誠を尽くすように言う事は間違いない。

それを知っているから、クルガンは拳を振るわせざるを得なかった。

皮肉な事に、彼が無二の忠誠を捧げる女王を救うために

女王のやってきた事が、その善政が、辣腕が、障害として立ちふさがったのである。

国家の上層部に住む人間としては、数億の民を守るために

VIPの一人や二人犠牲にするのはやむを得ぬと考えるのが、ごくごく自然な考え方なのであり

一人のVIPを救うために、数多の命を危険にさらすと言う事自体が危険な考えなのである。

この当然の思考が行えない政治家は、自己正当化のために低次元なマキャベリズムに取り憑かれ

少しの、しかも自分だけの利益のために、平気で民衆を犠牲にする事が出来る。

むしろ政務を執らなくなり、迷宮に潜って好き勝手な事ばかりしている女王救出のため

最強の将軍の一人であるアインズが、最精鋭と共に出向いている事さえ

国家としてこれ以上もない厚遇で、オティーリエの人望がいかほどの物か分かろうというものだ。

アインズの軍人としての階級は中将である。 指揮下には副司令に少将が一人、参謀長に少将が一人

各師団の指揮官に准将が四人、後は各連隊の指揮官に大佐が当てられている。

現在幕僚としてここに来ているのは、その内の五名であった。

副司令官ショーズ少将、参謀長アークン少将、連隊長のマックスウェル大佐とエド大佐

そしてアインズの副官として、今まで幾多の任務をこなしてきたメイリー中佐である。

作戦の最終決定権を持っているのは、勿論アインズの上司に当たるクルガンだが

彼は戦術や戦略には詳しくない生粋の戦士だったので、気難しそうに会議の間座っているだけだった。

更にクルガンの上司に当たるレドゥアは、最近仮本営の魔導実験室に籠もり、何やら儀式を行っており

迷宮に入るどころか、アインズと会おうともせず、作戦には全く関与しようとしなかった。

〈閃光〉発生直後、幾つかの手際の良い行動で、混乱を減らしたのは間違いなくレドゥアだが

現在の行動は到底ほめられたものではない。 女王がおかしくなってから、増長しすぎだという声もある。

机の上には第六層の地図が置かれ、忍者部隊が確認した、現時点での敵の配置が示され

それを指でなぞり、敵を示す駒を動かしながら、アインズは作戦を説明した。

彼女が示した戦略構想を聞き、部下達は特に難色を示しはしなかったが

やがてメイリーが手を挙げ、ずれた眼鏡を直すと、発言した。

「つまり今度の作戦目標は、今までとは異なっている、ということなのですか?」

「そうなの。 今回の目的は二つ。 女王陛下の救出と、謀反人ユージン及びその戦力の無力化」

抹殺、とはアインズは言わなかった。 実際問題、どれほどの戦力を有しているかは分からぬが

女王オティーリエを奪回し、修復不能な損害を彼の軍に与えれば、再起など出来るわけがないのだ。

ユージンは相当数の魔神を召還している事が確認されているが、そんな事を何度も行える訳がない。

おそらくかなり無理な契約を何度も重ね、召還したのは間違いなく、事実そうであった。

彼はそれなりの力量を持つ騎士だが、そんな事をして体に負担がかからないわけはなく

もう長くはないだろう。 逃げ延びたとしても、迷宮の中で長時間生き残る事は難しいだろう。

それは甘い希望的観測などではなく、全くの事実であったから、誰も文句は言わなかった。

「しかし、将軍にしては控えめな作戦目標ですな

ユージンを撃破した余勢を駆って、一気に迷宮を攻略してしまえば良いのでは」

副司令が言ったその台詞は、あくまで茶化しているに過ぎない。

今回は集結させた補給物資から考えて、長期戦を行えはしないのだ。

「副司令は知らないかもしれないけど、この迷宮は簡単に攻略できる代物じゃないの。

奥に行けば行くほど、強力な魔神や竜族がウヨウヨしてる。

どうしても攻略したいのなら、伝説級の戦士でも連れてくるか

もしくは長い年月を掛けて、想像を絶する被害を覚悟しなきゃいけないの。

というわけで、戦略と最終目標に変更は無し。 もし迷宮攻略をする事があっても、それは別の時。」

副司令の台詞を一蹴すると、アインズは立ち上がって、クルガンを見た。

冗談が分からない人だと副司令は思ったが、それは許容しうる欠点の一つであったから別に何も言わず

司令と一緒に、形式上の総司令官の方を見た。

クルガンも一応どうしたらいいかは分かっていたので、頷き、立ち上がった。

「良し。 全軍出撃! 敵を一撃し、再起不能な打撃を与え、女王陛下を救出する!」

 

緻密な作戦と、それに基づく周到な準備を行っていたドゥーハン軍に対し

ユージン卿は殆ど何もしていなかった。 戦力をそろえはしたが、ただそれだけだった。

周囲の部下達は小声で何やら話し合っていたが、それに関心を示す様子もなく

前衛で陣を張っているオーク軍やコボルト軍を視察する事もなく、ただぼんやりとしていた。

実質的な戦闘指揮を執るのは、すでにグレースという人物に決まっている。

ドゥーハン士官学校を首席で卒業した俊英で、学生時代はアインズの師事を受け

故郷に帰ってからは、親の決めたとおりユージンの婚約者となった。

どちらかというと職業技術家で、良い意味で言えば流れに逆らわず、悪い意味で言えば独創性がない。

別に好きでもないユージンとの婚約を是としたのも、それが彼女にとって用意された道だったからで

親に別の男と結婚しろと言われれば、そうしただろう。 有能だが、主体性のない娘だった。

だが、それなりの手腕を持つ彼女は、今何をすればいいか当然把握しており

度々会議を行う事をユージンに求めたが、全く入れられなかった。

拒絶されると言うより、無気力に嫌がられたような感じであった。

「本当に勝てるのだろうか」

部下の声が、ユージンに届いた。 だが、彼はそれにさえ関心を示そうとはしなかった。

やがてドゥーハン軍が、地下五層に出現し、六層に進入し、陣を構築しはじめた。

その時になってようやく立ち上がり、幾つかの指示を飛ばし始めはしたが、その顔には覇気がなかった。

両軍の相対距離は徐々に近づき、緊張感が高まっていく。 開戦まで、もう一刻の時間もなかったが

それでもユージンの、無気力な様子は変わらなかった。

もはや、魔神達にさえ、彼の真意は分からなかった。

 

1,深まる謎

 

六層から帰還した後、アティはヘルガの宿で疲労を回復するように睡眠を貪り

前線で闘っていたリカルドとグレッグ、魔力をほぼ使い果たしていたミシェルもそれに倣っていた。

若干の余裕があったサラは、皆より少し早く目覚めると、ヘルガの作る美味しい朝食を取って満腹し

ソファでグレッグの集めた情報を手に取り、丁寧に目を通していたが、咳払いする声に顔を上げた。

「ヘルガさん、どうしたの?」

「丁度少し手が空いたから話したい事があるんだけどいい?」

「ええ、良いわよ」

快諾したサラに向けて頷くと、ヘルガは部屋を移し、ドアを閉めて他人の視線を遮断した。

「今までの状況を整理しときましょ。多分無駄にはならないから」

「ええ。 私で助けになれば良いんだけど」

ヘルガは不敵に笑うと、机に現在の状況をまとめた図を並べた。

現在、ユージン卿が反旗を翻し、迷宮内で布陣している状況、クルガンが総司令官として

更にアインズがサポートとして、それを討伐しようとしているドゥーハン軍の状況にくわえ

現在判明している各階層の様相、一角にはアティについて判明している事も書き込まれていた。

字自体はかなり丸っこいくせ字で、読みにくかったが、図自体はわかりやすく

全体に目を通すと、サラは頷き、顔を上げた。

「私の知っている情報と、矛盾する場所はないわ」

「この図自体に矛盾が含まれているからその褒め言葉は無意味よね」

悪戯っぽくヘルガが笑い、真剣な表情になると、アティの文字を指で指した。

「仲間になってから暫く経つけどこの子は謎が多すぎる。そもそも何者なのかさえ分からないし」

「〈竜剣士〉ハイムじゃないの?」

「それにしては謎が多すぎる。〈閃光〉の直前クイーンガードは四人だった

その少し前には名クイーンガード長としてフレーテって人がいたんだけど〈閃光〉の前に死亡

国葬が結構大々的に行われたから貴方も知ってるわよね」

サラが頷くのを確認すると、ヘルガは素早く図上で指を動かし、幾人かの名をたどった。

「〈大魔導師〉レドゥア〈疾風〉クルガン〈光僧侶〉ソフィア〈竜剣士〉ハイム

このうちクルガンとレドゥアは現在ドゥーハン軍で指揮を執っているから生存」

「そして、ソフィアさんは、ほぼ間違いなく鬼籍に入っているわ。

クルガンの台詞や、ミシェルの言葉からも、ほぼ間違いないと思う。」

「そうね。それで問題はハイムなんだけど」

そう言って、ヘルガは〈剣士〉と書かれた上に、指を動かした。

「幾つか情報を集めてみたけれどむしろハイムの性格はこの剣士に近い

圧倒的な戦闘力それに性格。そして性質。

もしアティがハイムだったとすると剣士はどこから現れてアレイドアクションを修得したの

あれは剣士が広める前はクイーンガードの専売特許。門外不出の秘技だったんだから

そしてフレーテが剣士である事はあり得ない。そもそもフレーテは男性だったんだから」

「そうよね。 ハイムさんとアティさん、二人が無関係だと言う事はあり得ないわね」

そう言いながら、サラはある可能性を頭の中に思い浮かべていた。

だが、それはあまりにも突拍子無く馬鹿馬鹿しい説なので、しかも状況証拠もないので口に出せず

何より本人がそれを正しいとは思っていなかったので、記憶の奥底にしまっていたのである。

だが、それがどうも引っかかる。

サラは決して何かに必要以上に拘泥する性格ではないが、それでも気になる物は気になるのだ。

それを再び頭の奥底にしまうと、サラは頭を振った。 何か雑念を追い払うとき、彼女が見せる癖だった。

「クルガンがアティに会ったとき見せた行動もアティがハイムである事を裏付けているけど

でも女王陛下とレドゥアが見せた行動は不可解ね。サラはどう思う?」

「情報が少なすぎるわ。 まだ判断するのは危険だと思う」

サラの言葉にヘルガは頷き、更に幾つかの細かい疑問点を提唱すると、ため息をついた。

「何にしても戻りかけてるアティの記憶が迷宮を攻略する鍵ね

ひょっとすると〈閃光〉の真実どころか噂の魔神の宝の本質さえ分かるかも知れない」

「それで気になっていたんだけど、もし魔神の宝があったら、貴方はどうするの?」

不意にサラが言った言葉に、ヘルガは顔を上げ、そしてにいと笑った。

それは〈良い人〉や〈優しい人〉とは一枚異なる、弾力に満ちた悪辣さを湛えた笑みだった。

「あの子はそーゆーのに興味ないでしょうし私がもらう。

この宿を全国チェーンの最大手冒険者ギルド公認宿にしようじゃないの」

「貴方らしいわね、本当に。 でも、自分らしく生きられるってのは羨ましいわ」

返答を聞かずに、サラは部屋を出ていった。 どうもアティが起き出してきたらしいからである。

ヘルガは図を丸めると、手に付いた埃を払い、厨房に向かった。

何にしろ、生活無能力者であるアティを支えてやらねば、ドゥーハンの謎に触れる事も出来ないし

あったとしても、魔神の宝などには近づけもしないのだ。

ウォルフやアンマリー、ギースやアオバ、オルフェと言った一流どころを押さえ

やがてアティは、最も早く核心に触れるはずだ。

ヘルガはそう確信しており、事実それに近づきつつあった。

 

流石に総力戦だった第五層攻略戦後の疲労は、皆の顔に色濃く残っており

それでもグレッグは自分の責務を果たすべく、情報収集に向かい、リカルドがコーヒーを啜りつつ言った。

「相変わらずまめな奴だな。 だが、御陰で俺達は情報に困らない」

「うん。 助かるよね。 グレッグさん、本当に良い人だよ」

リカルドは顔を上げ、両手でトーストを掴んでもぐもぐ食べるアティを見ると、内心ため息をついた。

この娘は戦闘時に見せるように、他人の心はよく分かる。 だが、自分の事は分からないようだし

一つだけ、全く分からない他人の心理的要素がある。 それは恋愛感情である。

グレッグがアティに気がある事は、アティ以外全員が気付いているが

肝心のアティはそれにさっぱり気付いておらず、だが、だからこそグレッグは気楽に行動できる。

或いは、それは無意識下に計算した結果なのかも知れない。

この娘にはどうも悪意無く、無意識下で計算している節があるからだ。

小首を傾げてアティが自分を見ている事にリカルドは気付き、コーヒーカップを降ろすと咳払いした。

「そういえば、ミシェルはどうしている?」

「あー、えーとね。 まだ寝てると思うよ。

ミシェルさんと言えば、なんか昨日サラさんと話してたんだけど

私の恋愛感情は子供並みだから、今嫌われてても時間をかけて自分色に染めていけばいい、とか何とか。

で、サラさんに叩かれてたけど、なんでだろうね

えへへへへへ、でも私の恋愛ナンとかは本当だよね。 私、そーゆーの全然分からないから。

それに私、ミシェルさんの事嫌いじゃないんだけど・・・」

「あいつ・・・本当にその道に生きているんだな」

ミシェルの言葉を聞いていながら、身の危険を感じるどころか

そもそも危機感を覚えていないらしいアティに、リカルドは頭をふり

ミシェルの言葉が的を獲ている事、元々臆病なグレッグはこのままでは永久に報われない事を察した。

リカルドもアティは好きだが、愛という感情とは別途である。

だがそれは自分でそう思っているだけで、心理の奥ではどうか分からない。 サラもそれは同じだろう。

「アティ殿、起きておられたか。 丁度良い、リカルド殿も来ていただけないか?」

慌ただしく戻ってきたグレッグは、広間に入ると開口一番に言った。

顔色を見てただごとでないと察し、リカルドに至っては祝福の剣に手を掛けていたが、グレッグは笑った。

「酒場で我ら冒険者に重要な発表がありまして、マスターがアティ殿にも是非来ていただきたいと」

「私? あー、えーと、何で?」

「短期間で実力を伸ばし、地下五層まで辿り着いた貴方は、今やちょっとした有名人なんですよ。

それに依頼も丁寧にこなしてきたし、大分人望も上がっていると考えてよろしいでしょう」

実感がないらしく、アティはまだ小首を傾げていたが、リカルドに促されて立ち上がり

首砕きを手に取ると、雪降る中酒場に向かった。 雪はまだ、収まる様子もない。

途中で自警団の者達とすれ違ったが、彼らも気力がないようで、視線すら向けられなかった。

街の住民達にも、今ひとつ活気が見られない。

不死者による襲撃の恐怖を感じるどころか、どうも万事に無気力に見えた。

それをみたアティの目に、不意に悲しさがよぎったが

彼女にはその理由が分からず、頭に手を当てて嘆息すると、酒場に急いだのだった。

 

街の様子とは対照的に、酒場は活気があり、有名どころの冒険者が大体顔をそろえていた。

中央やや東よりの丸テーブルはアンマリーが占拠し、平然とオレンジジュースを傾けていたが

他の者達は一様に緊張した様子で、マスターの言葉を待っている。

いや、端の方でちんまりとした椅子に、一人落ち着いている者がいた。

それは現在、ドゥーハンで最強を噂される冒険者、ウォルフであった。

この冒険者は、地味な服装に刀を一本だけ下げた、とにかく目立たない娘であったが

圧倒的な戦闘力と、誠意のある行動は尊敬を集めており、自然と周囲に敬意を払われていた。

そのウォルフが、不意にドアへ視線を向け、静かに笑って視線を戻した。

それとほぼ同時に、アティが酒場に入ってきたのであった。

彼女はドアを開けると、周囲を見回し、マスターを見つけて無邪気に笑った。

周囲のプレッシャーなど、なんら彼女に制約を与えられはしなかったようである。

「マスター、お久しぶりー。 お話って何?」

「おお、来たな。 まず座れ。 それと飲み物は何がいい?」

「あー、えーとね。 オレンジジュースー。」

柄の悪そうな冒険者が、それを聞いて失笑した。 その男の手には酒があったが

一流どころの冒険者は、緊張している者はいても、アルコールには手を着けていない。

理由は、アルコールが判断力を鈍らせるからであり

格好を必要以上に付けて、無駄に失敗をするような愚か者は、そもそも一流の冒険者にはなれない。

無論自己顕示欲が強い者はいるが、それでも自制を欲望に優先できないようでは、生き残る事は出来ない。

性格の悪いアンマリーも、その辺は当然わきまえているようで、柄の悪い冒険者の行動を失笑すると

隣に座っていたオスカーを肘でつついてお代わりを自分のグラスにつがせ、また一口飲んだ。

更に数人の冒険者が席に着くと、マスターは咳払いし、皆を見回した。

「集まってもらったのは他でもない。 ドゥーハン王国軍から直々の依頼だ」

それを聞いた瞬間、全員の視線に等しく緊張が走った。 優れた冒険者は一様に高揚し

同時に、ぎりぎりでここに来ているような者は、おびえと困惑を視線に宿らせていた。

理由は、それが明らかにハイリスクな依頼だからである。

ドゥーハン軍が三度目の集結を行っている事は、此処にいる誰もが知る事実である。

しかも今回はドゥーハン周辺の兵力だけでなく、忍者部隊とアインズの直属精鋭が来ているのだ。

それである以上、依頼は相当に厳しい物になる事が予測され、それは正しかった。

マスターは咳払いをすると、未だ衰えぬ鋭い眼光を、冒険者達に向ける。

「地下六層で、とある謀反人とその配下、魔物、魔神らとの戦争が近々行われる。

その際、敵の魔神を一体でも多く倒し、ドゥーハン軍の援護をして欲しい。 だそうだ。

依頼主はアインズ将軍、報酬は魔神一体につき・・・」

誰もが思わず生唾を飲み込む額が提示された。 最初に立ち上がったのは、ギースという戦士だった。

まず一流とされる使い手で、首砕き以上もあろうかという無銘の剛剣を使うパワーファイターであり

レッサーデーモン四体を一人で倒したという実績の持ち主で、隻眼の野性的な顔立ちの男だった。

「俺はやるぜ。 俺一人でレッサーデーモン十体は片づけてみせらあ」

「頼もしいな。 だが、敵にはグレーターやそれ以上の魔神がいるという情報もある」

冒険者の一人が立ち上がり、あいさつもそこそこに出ていった。 誰もそれを笑おうとはしなかった。

グレーターデーモンの強さは、彼らも知る所である。 それ以上の魔神などと言ったら、退くのも当然だ。

ギースは目の奥に微妙な光を湛えると、静かに笑った。

「上等だ。 何が出ようと、俺の剣のさびにしてやるぜ」

「よし、ギース、採用だ。 他に受ける奴はいないか?」

「私が受けます。」

手を挙げたのはウォルフだった。 アンマリーが目を細め、鼻を鳴らす。

最悪な性格のアンマリーも、ウォルフには一目置いており、絶対に戦いたくないと心底から思っていて

故にいつもなら何か皮肉を言う所を、自制心を発揮して押さえ込んだようだった。

他にリアクションを示したのは、一緒にいるホビットの盗賊ダニエルだったが

ウォルフの表情をみて、舌打ちして口をつぐんだ。

「アンタが受けてくれるとは心強いな。 当然ダニエルも受けるな」

「ちぇっ。 分かったよ。 姉御は人使いが荒いよな」

「まあまあ、戦場では戦い以外にも旨味があります。 分かってるはずです」

マスターはその言葉に頷くと、更に視線を周囲に回した。

「私も受けよう。 アオバ、異存はないな」

「断る理由はありませんよ、お嬢様」

「私も受けるわ。こう美味しい話は無いもの」

オルフェとアンマリーが挙手し、それぞれに言った。 オルフェはアオバに意見を求めはしたが

そもそもアンマリーは、オスカーにもリューンにも意見を求めず、力関係がよく分かる事象だった。

オルフェは元僧侶だった人物で、高度の回復魔法を使いこなす優れた魔法戦士であり

元々両家の子女だそうだが、危険を冒してまで何のために迷宮に潜るかは誰にも話そうとしない。

数秒の沈黙が流れ、アティが挙手した。 グレッグは緊張していたが、彼女はいたってマイペースだった。

「えーと、マスター。 私も受けて良いかな」

「もちろんだ。 今のお前さんの実力なら、受けるのに不足はない。

他にいないか? 報償が支払われる事は、このワシが保証するぞ」

マスターが周囲を見回すと、更に何人かが手を挙げた。 十数人が決まった所で、マスターは手を下げた。

「良し。 では、皆に言って於くぞ。 厳しい戦いになるが、絶対に死ぬな。」

「誰に物を言っているの? 当たり前でしょう。」

アンマリーが目を細めると、強烈な威圧感が周囲を圧し、オスカーは思わず息をのんでいた。

此処に、戦いは始まった。 迷宮の中にて、三度目の戦争が始まったのである。

 

2,勇気の形

 

酒場での発表が終わると、冒険者達は準備に、或いは拠点に戻るため、めいめい店を出ていったが

その中で、席に座ったまま、動かない者がいた。

マスターが視線を移し、声を掛けるまで、石像になったように微動だにしなかった。

「ヒナ、お前さんは腕が良いのに、どうしてそう引っ込み思案なんだ?」

「・・・・。」

声を掛けられた娘、黒フードをかぶって俯いていた娘は、顔を上げると、頭を振った。

娘はヒナだった。 実際彼女は、この重大発表に呼ばれるほど確かな腕前なのである。

「視線が怖いのは、わからんでもない。 ワシも小さな頃は、背が全然のびなくてな

それが視線と嘲笑を集めて、ちびだ何だとののしられ、視線が怖かった時期がある。

まあ、体がしっかりできはじめてからは、喧嘩でもワシに勝てる奴はいなくなったし

冒険者として成功してからは、自信もついて却って良い思い出にもなったよ。

お前さんの場合はその逆だが、勇気を出して一歩を踏みださんと、永久に前に進めないぞ」

ヒナはそれを聞くと、膝の腕で握り拳を作り、ますます俯いてしまった。

言われなくても、そんな事くらい彼女にも分かっているのだ。

だが、理解できていると、実行できるはまた別の事。

どうしてもヒナはその勇気を出せなかった。 マスターはその辺の事情を分かっていたから、嘆息し

グラスを磨きながら、背中越しに声を掛けた。

「アティに用事があるんだろう? 彼奴の宿を教えておく。

会いに行くか行かないかは、お前さん次第だ。」

ヒナは記憶力に傑出した物があり、一度聞いた事はほぼ忘れない。

それはプラスにもマイナスにもなる要素だが、今回はプラスに作用した。

礼もそこそこに店を出ていくと、ヒナはまっすぐにヘルガの宿に向かい

そしてその帰路で、アティに正面から出くわしたのである。

 

先に相手に気付いたのはヒナだった、しかしそれは殆ど一瞬の差でしかなかった。

アティはぼんやりと歩いていたのだが、すぐに出くわした相手の正体に気付き、声を発した。

「あ・・・この間の!」

「・・・っ・・・・。」

思わずヒナは一歩下がっていた。 その声を聞いて、リカルドが不審そうな声を上げたからだ。

黒いフードをかぶっている長身の人物。 明らかに不審者であり、反射的に彼は剣に手を掛けていた。

「なんだ? 知り合いか、アティ。」

「あー、えーとね。 あんまりその人の事、じろじろ見ないであげて。」

リカルドと、それに一歩遅れて付いてきていたグレッグを視線で制すると、アティは前に進み出た。

ヒナの心臓が上下に鋭く跳躍した。 アティに言われた事、それが頭の中でフラッシュバックする。

それに気付いてか、気付かないでか、あるいはそれも無意識下での計算の内なのか

アティはゆっくり前に進み、そして神妙な表情で軽く頭を下げた。

「この間はごめんね。 酷い事言っちゃって」

「あ・・・あの・・・」

ヒナは巧く言葉を発せず、口ばかりを無駄に動かした。

そして胸に手を当てると、深呼吸し、ゆっくりと顔を上げた。

最悪の状態と言っても良い邂逅から、ヒナは自身でアティの事を調べていた。

そして、現在急成長中の冒険者で、多少変わってはいるが、性格には問題がない事を突き止めると

ドゥーハンに来た目的を達成すべく、仲間になってもらおうと考えていたのである。

妙に可愛らしい動作で小首を傾げ、アティはこちらを見ていて

視線を自分の目から外してくれている配慮が、若干ではあるがヒナを安心させた。

「あなた・・・アティ様・・・・です・・か」

「あー、えーと。 うん。 そだよ」

ゆっくりとした口調だが、明るい答え。 ヒナはこわごわと黒ローブをとると、軽く頭を下げた。

「わたくし、ヒナと申す者でございます。 折り入ってご相談がございます」

「ん? 何ー?」

「・・・敵討ちを、手伝っていただきたいのです」

発せられた深刻な台詞に、アティは顔を上げ、数秒考え込むと苦笑した。

周囲は、今日はいつもよりは若干少ないとはいえ、視界には薄く雪のベールがかかり

風が少し出ている事もあり、お世辞にも良好な気候とは言えなかったからだ。

「分かった。 取りあえず、此処じゃ寒いから、宿屋でお話聞くね。」

そういうと、アティはきびすを返し、率先して宿に向かって歩き出した。

確かに周囲は寒かった。 話し込むには、空気も風も冷えすぎていた。

 

グレーターデーモンを倒したい意向を、ヒナはヘルガの宿で語った。

彼女は殆ど身一つで実家を飛び出してきたので、金銭での報酬は用意できないが

代わりに依頼達成の暁には、全力を持ってアティの手伝いをする事を明言し

ヒナの戦闘力を調査済みのグレッグや、実際に目にしたアティが興味深そうに目を光らせた。

皆の視線を集めないように、時々アティがフォローをし、サラはそれに気付いてその手伝いをしたが

話が終わると、リカルドは無遠慮に机の上で手を組み、言い放った。

「大体言いたい事は分かったがな。 敵討ち、等という行為に、良い事は一つもないぞ

敵だって命をかけて戦っているんだし、味方だってそうだ。 何故なら、それが戦場だからだ」

「・・・・。」

俯いてしまったヒナに、アティが手を振りながらフォローする。

「あー、リカルドさん。 ヒナさんが、此処まで出てきて、私達に依頼するまで、苦労したと思うよ?

他人にとっては無価値でも、本人には大事な事なんて幾らでもあるんだし

それを自分の考えで否定しちゃうのは、幾ら何でも可哀想だよ」

「確かにそれも一理あるな。 だが、正直仕事とはいえ、グレーターデーモンと戦うのは気が引けるな」

「良いんじゃないの? これから迷宮の奥に潜るなら、いずれ戦わなくてはいけない相手よ。

確かに手強いでしょうけど、良い機会じゃない。」

今度はサラが言った。 それはむしろ、アティが口にしそうな言葉であったが

全くの正論でもあったので、リカルドは頭をかくと、二人の正しさを認め

それを見届けると、アティはグレッグとミシェルの方に向き直った。

ヘルガは腕を組み、黙って成り行きを見守っていて、だが何かあるならすぐに意見を呈するだろう。

「グレッグさん、ミシェルさん、どう思う?」

「私としては、魅力的な提案ですな。 ヒナ殿が加われば、前衛が一気に強化されます故」

「お姉さまが良いというなら、不肖私、誰が仲間になっても異論はありません」

淡々と言うグレッグ、相変わらず頬に手を当てながらもじもじいうミシェルを順番に見ると

アティはヘルガに視線を移した。 ヘルガは咳払いすると、ヒナを見据えた。

「私も依頼を受けるのは賛成。でも今回の戦いが終わってからにしなさい

今回の戦いは相当に厳しい物になる。

一緒にグレーターデーモン退治なんてやったら命がいくつあってもたんないわよ」

「あー。 うん、そだね。 確かにその通りだと、私も思う。

ヒナさん。 すぐにはその依頼、受けられないけど、それでもいい?」

「構いません。 くだんのグレーターデーモンは、地下七層をうろついているという話でございますから」

「ごめんね。 今回の戦い、凄く厳しいと思うんだ。

だから・・・必ず生きて帰ってくるから、その時に依頼は受けるよ」

ヒナはゆっくり頷くと、所在なさげに周囲を見回した。

それと同時にヘルガが視線を移し、ヒナを見、ゆっくり頷く。

「と言うわけでアンタはアティの新しい仲間よ。今の内にこっちの宿に引っ越しときなさい」

「はい・・・お願い・・・・いたします」

嬉しいであろうに、それ以上にやはり恐怖が上乗せされるようで。

おどおどと礼をするヒナを、皆は複雑な面もちで見守っていた。

 

「何というか、図体はでかいのに、随分と気の弱い娘だな」

迷宮に向かう準備に、ヴィガー商店に向かいながら、リカルドはグレッグに言った。

リカルドは平均よりも身長が高いが、ヒナには及ばない。 グレッグも似たような背格好だから

正式に仲間になれば、ヒナはアティの仲間全員の中で、一番背が高い事になる。

「だが、これで私はようやく後衛になれる。

前衛で敵の直接攻撃を受けるのは辛かったから、少しは楽になって良い。」

「そ、そうか。 俺はてっきり今のままで問題がないかと思っていたが」

帰ってきた意外な答えに、リカルドは自分の心理観察がいかに浅薄だったか悟り

無意識のまま祝福の剣に触れると、気まずそうに視線を逸らし、アティに話しかけた。

「そういえばアティ。 やっぱり騎士にクラスチェンジするのか?」

「あー、えーとね。 ちょっと不安だけど、これ使わなきゃピピンさんに失礼だと思うから。」

「騎士になると僧侶系魔法が使えるようになるが、それは成長が遅くなる事も意味するのだぞ」

小首を傾げたアティに、リカルドは咳払いをして、説明を続けた。

「騎士は優れた戦闘力を持ち、僧侶系の魔法を使いこなせる職業だ。

だが、それは同時に、戦闘技術と、僧侶系魔法の修行を同時にしなくてはいけない事を意味する」

「そっか、大変だね」

「大変だね、ではない! これからは修行の量が増えるから、結果的に成長速度も落ちるのだ

お前は天才だ、俺は文句なしの天才だと思っている。 だが、それでも双方の修行をこなすのは大変だぞ」

興奮して言い放つと、リカルドは咳払いした。 アティはずっと彼の瞳を見つめており、やがて笑った。

「えへへへへへへへ、ありがと、リカルドさん。 私の事、何時も心配してくれて」

「・・・・いや、何だ。 これが俺の役割だからな」

「そう言う事は、実際にやってみないと分からないよ。 私、魔法の才能は無いかも知れないし

でも、頑張ってみる。 取りあえず、今回の戦いじゃ危ないから実戦投入しないよ、魔法。」

アティの言葉は、物腰柔らかく、皆を何時も安心させるのだった。

「お姉さま、で、どんな魔法を修得なさるのですか」

「あー。 えっとね、まず攻撃魔法。 その後、回復魔法覚えるつもりだよ

でも、優先順位はサラさんが先。 今日覚える魔法、何てのだったっけ」

「ウィルよ。 修得できるかどうかは微妙だわ」

話を振られたサラの顔は憂鬱そうだった。 ウィルは個体回復魔法としては最大級の回復力を持つ物で

体力までは回復できないが、肉体の傷を全て修復し、毒や麻痺と言った異物も取り除き

一気に対象を完全回復する事が出来るが、当然呪文詠唱の時間はかかり、魔力の消耗は非常に大きく

熟練の僧侶でも、そう何回とは使えない。 使いどころは難しく、失敗すればパーティの存亡に関わる。

ましてや、それを司教が使おうというのだ。

アンマリー級の司教なら、当然ウィルも使いこなせるだろうが、正直サラには使える自信が無く

故にウィル修得の話が出たときには困惑し、今は不安で落ち着きを無くしている。

アティは暫くその様子を見ていたが、ギルドの前に来ると、不意にサラの手を取り、皆に手を振った。

「行って来るねー! サラさん、いこ!」

「ちょ、ちょっと! アティさん!?」

「ああ、サラお姉さま、羨ましい・・・」

頬をふくらませたミシェルが、その様子を見ながら言うと、リカルドは肩をすくめ

困惑しながらアティに引っ張られていくサラを見送って、ため息をついた。

アティの行動は、いちいち皆を和ませる。 サラも、不安をぬぐい去られてしまう事だろう。

「結局、俺達はあいつに頼りすぎているのかも知れないな」

「だから、アティ殿が本当に困ったとき・・・私達で力になろうぞ」

「ああ、そうだな。」

リカルドの苦笑は、器の違いを感じたからかも知れない。

さほど待たされる事もなく、アティは戻ってきた。

その満面の笑顔が、ピースサインが、サラのウィル修得がうまくいった事を告げていたのだった。

 

3,死闘、アインズ将軍VS軍師グレース

 

地下六層に布陣したドゥーハン軍は、兵員約二千。 地下五層に残って退路を確保している兵が約五百。

もともと広大な庭園と、宮殿の一部だった地下六層は、平面的な構造であり

前衛が兵力に物を言わせて魔物を蹴散らし、安全圏を確保すると、標準的な横列陣を敷いた。

残りの千名は、後方支援及び補給人員である。 彼らの行動を円滑にするのが、五層の残留兵力の仕事だ。

一方でユージン卿の集めた戦力は、オーク軍、コボルト軍を中心に、数多の魔物を加えた混成部隊で

理にかなった凸字陣を敷いて、中央突破の構えを見せ、相手の攻撃を待ち受けている。

兵力は千五百ほどだが、敵の個体個体の能力を考えると、ドゥーハン軍は有利とは言えない。

意外に相手の陣形が理にかなっている事、敵が存外良く統率されている事

戦略的な拠点を巧く押さえ、隙が今のところは見あたらない事を確認すると、アインズは唸った。

「ユージンの部下の内、奴と一緒に迷宮に潜っている人間の名簿を渡すの」

「了解しました。 これが名簿になります」

メイリーが差し出した紙片を見て、アインズは神経質そうに鼻を鳴らし、ある名前を凝視した。

当然既に目は通して置いたのだが、やはり疑惑が確信となった事になる。

やがて顔を上げたアインズは、この会戦が楽に勝てる戦ではなくなった事を確信し、憂鬱そうに吐息した。

「この布陣は、グレースの指揮に間違いないの」

「グレースというと、士官学校での、閣下の教え子ですね」

「独創性は皆無だけど、優秀な奴だったの。 短期決戦以外に策がないと、奴はおそらく踏んでいるの」

アインズは再び地図に指を走らせ、幾つかの地点に視線を落とした。

「メイリー。 第2工兵大隊をこの地点に派遣するの。 命令は・・・」

「了解いたしました。 早速手配いたします」

 

ユージンの周囲には、何体かの魔神がおり、無気力そうにしている契約主を遠巻きから眺めていた。

その内の一体、ヘルマスターが咳払いすると、目を微妙な感情に光らせて口を開く。

「召還主よ。 前線で指揮を執っている汝の部下が戦略眼は確かなものだ

勝利を望むので在れば、戦力の逐次投入ではなく、最初から我らも参戦するべきだと思うのだが」

「・・・・いや、いい。 戦闘が佳境に入ってから貴様らは出ろ」

「それは愚策だ。 最精鋭である我らが、最初から戦わねば短期決戦は望めぬぞ」

ユージンはその言葉に、始めて感情を見せた。 それは嘲笑だった。

「ヘルマスターよ、貴様は召還された者らしく、召還主の命令に従っていろ。」

「確かに我らは貴様に召還された。 だが、人類に勝ちたいのも事実なのだ!」

「どうせ、迷宮の外に出れば、貴様らに勝ち目はないわ

幾ら魔神が優れた力を持っていても、名将と強力な魔導戦力に守られた五十万以上の兵と戦えるのか?」

絶句したヘルマスターは、始めて人間に脅威を感じた。

外に待ち受けている膨大な戦力ではなく、眼前にいるこの貴族の精神に脅威を感じたのである。

命をかけて魔神を召還したというのに、勝つ気があるかどうか全く分からないのだ。

思考回路が支離滅裂と言うよりも、意図的に狂っているような気がする。

そして、ヘルマスターは、その狂気のダンスに、自分達が体よくつきあわされているような気がしたのだ。

部下達に待機の命令を出すと、ヘルマスターは座り込み、戦線の方を眺めやった。

どうやら戦闘が始まったらしい。 濛々たる砂塵がわき上がり、断末魔の悲鳴と絶叫が響き始めている。

「まあいい。 しばらくは特等席で、この戦を見物するとしようか」

愛用の鞭の手入れをしながら、ヘルマスターは部下達と同僚の方へ視線をやった。

涎を垂れ流しながら、悲鳴に聞き入るガーゴイル。 愉快そうに、戦線を見やるレッサーデーモン。

魔神は下位になれば成る程、非理性的になる。 一方で同僚達は、面白くもなさそうに戦線を見ている。

「クダランナ。 カテルタタカイヲ、カテナイタタカイニシテナニガタノシイノダ」

そう呟いたのはグレーターデーモンだった。 最近はナチという侍と、地下七層で死闘を演じている彼は

優れた戦士であると同時に、戦場そのものを把握する事が出来る存在だったので

ユージンの意図が分からず、不満そうに激化する戦場を眺めていた。

「そう言えば、インキュバスはどうしている?」

「あいつは用済みになった例の人質で遊んでる。 悪趣味。」

そう言って肩をすくめたのはフラック。 大きな鎌を持ち、だぶだぶの服装の眼鏡を掛けた娘であるが

おそらくこの中にいる魔神の中で、最強の実力を持つ強者である。

対抗できるのは、最下層にいるヴァンパイアロードか、マイルフィックくらいだろう。

「主力部隊である我らは構わぬが、部下達は暇そうだな。 召還主に掛け合ってくるか」

フラックの視線に見送られながらヘルマスターは立ち上がり、ユージンに何やら掛け合い始め

やがて帰ってきた彼の顔には、おぞましい愉悦が湛えられていた。

 

戦闘が開始されたきっかけは、両軍の偵察部隊同士の接触であった。

遭遇からの戦闘が始まると、それぞれに部隊の指揮官同士が増援部隊を求め

それに応じて両軍の主力部隊が、機をおかずに動き始め

急速に前線は接近、攻撃開始の命令と同時に死闘が始まった。

「速攻! 余力を惜しまず攻撃を仕掛けなさい!」

最前線で、主力部隊の指揮を執りながら、グレースは叫ぶ。

彼女はアインズとの力量差を正確に把握しており、その洞察通り長期戦は不利だと理解していた。

故に最精鋭を指揮して、前線を駆け回り、余力を惜しまず敵の弱点に集中攻撃を掛け

味方の薄くなった部分は的確に補強して、ドゥーハン軍を苦しめ続けた。

一方でアインズは、重戦士部隊と、強力なボウガンを装備した遠距離攻撃部隊を的確に使い分け

巨人族や魔獣も含んだ敵の攻撃を払いのけ、攻撃の機会を待つ。

それは即ち、静の用兵と動の用兵の激突だった。

クルガンも前線で戦ってはいたが、相手にしているのは二線級の部隊で、戦闘も激しい物ではなく

負傷者は出たものの、いまだに死者は出ておらず、だらだらした雰囲気を感じていた。

「アインズに伝令をとばせ! 戦況はどうなっている! 敵の主力部隊と戦わせろ!」

「はっ! そのようにお伝えいたします!」

忍者兵の一人がクルガンの命を受け、本陣の方へ駆け去っていき

すぐに戻ってきて、困惑しながら、オークの群れを草でも刈るようにうち倒す主君に告げた。

「敵精鋭は、未だ動かず。 常識外の力を持つ魔神との戦いに備え、余力を温存すべし

残りの部隊は、こちらで引き受ける故、安心されたし。 だそうです」

「クッ! おのれアインズ、我らを荷物扱いする気か!」

「いや、おそらく意図は言葉通りでしょう。 敵の魔神部隊が動いていない以上、深入りは危険です」

部下がクルガンをたしなめ、猛き忍者は怒りを静め、戦線から後退した。

すぐにアインズの指示を受けた僧侶部隊が駆け寄り、負傷者の回復及び、重傷者の後送にあたる。

クルガン自身も何カ所かのかすり傷に回復魔法を掛けさせながら、衛生兵の一人に声を掛けた。

「良くわからん。 戦況はどうなっている」

「私も下っ端ですから、よく分かりませんが・・・

敵は攻め、我が軍は守る。 それが当面の姿勢のようです

それに守ると言っても、見た所敵兵の犠牲は相当な物です。 無理な攻勢は、そう長く続かないでしょう」

「俺には戦闘は分かっても戦争はわからん。 アインズめ、勝つ見込みはあるのだろうな」

ぼやいたクルガンに、不思議そうに衛生兵は返した。

「アインズ将軍が無理な戦いをする事は絶対にあり得ません

私はもう将軍について六度も戦いの場に行きましたが、その度に将軍はお勝ちになられました

最近は負け戦もあったそうですが、それでも兵士達は殆ど生還したと聞いています」

兵士に絶対の勝利を確信させる将を、知将、猛将の枠を越え、名将と呼ぶ。

それを眼前で確認したクルガンは、傷も癒えたため、衛生兵を下がらせ、不満そうに戦線を見やった。

「こう大規模な戦闘では、俺達個人的武勇に優れた者の出番など、無いというのか?

名将がただ一人いれば、全てを粉砕する事が出来るというのか?」

「そんな事はありません。 魔神に対抗できるのは、主将あるのみと考えての事でしょう」

そう言って頭を下げたのは、前々からアティが世話になっている小隊長だった。

「レン、お前の言葉には毎回勇気づけられる。 苦労を掛けるな」

その台詞は、彼が小部隊の長としては申し分なく、大軍を統率する将としては無理な事を示していたが

レンは満足そうに笑みを浮かべ、頭を下げると後方に下がり、次の指示を待った。

 

戦況は一気に加速した。 ポイズンジャイアントを含むユージン軍主力部隊が

正面に展開する部隊に対し、猛烈な攻勢を開始したのである。

それを助けるように、他の全部隊も全面攻撃を開始、迎撃を司令したアインズは

どういう意図でか、後退、転進も含めた、複雑な指示を飛ばし始めた。

圧倒的な強さを持つポイズンジャイアントの前には、重装備など紙も同じであり

振り下ろされる拳に、兜ごと頭蓋を粉砕され、鎧ごと内蔵を押しつぶされ

ドゥーハン軍の兵士達は甚大な被害を出し、じりじりと後退し

それを見たグレースはきな臭さを感じながらも、さらなる攻勢を指示した。

「グレース軍師! 左翼部隊の一部が、敵の魔法による十字砲火を浴び、大損害を出しております!」

「伝令! 右翼部隊の一部が、敵縦深陣に引きずり込まれ、大打撃を受けている模様!

後退を、或いは援軍の派兵をお願いいたします!」

左右のオーク兵伝令が、次々に味方の窮状を告げた。 だが、グレースは頭を振った。

前線の指揮官の力量が違う。 アインズが呼び寄せた子飼いの部下達は、いずれも優れた指揮官で

オーク軍やコボルト軍の指揮官では、到底対抗できないだろう。

しかし、それでも、劣悪すぎる状況でも、グレースは戦わなくてはいけなかった。

何故なら彼女は軍の責任を負う者であり、勝利のため全知全能を尽くさなければならない身だったからだ。

「こちらに余剰戦力はありません。 それに味方が苦しいときは、敵も苦しいもの!」

改めて全軍に攻勢を指示すると、グレースは眼前の敵を見据え、鋭い命令を幾度も飛ばした。

互いに大損害を出しながら、だがユージン軍有利に、中央での戦闘は展開し

やがて、重戦士部隊の一角が崩れた。 ドゥーハン軍は左右に、逃げ散るように別れ

歓声を上げながら、突進する部下を見て、グレースは罠に気付いた。

其処には何もないように見えた。 だが、その地点には凶悪なトラップが多数配置され

猛然とドゥーハン軍本陣めがけて殺到するユージン軍は、盲目的に足を踏み入れてしまった。

工兵隊は、この地点のトラップを敵に気付かせないようにするため、偽装工作をしていたのだ。

しかし、後退を指令しても間に合わない。 閃光が視界を覆い尽くすのを、グレースは見た。

無数の巨大な槍が、ポイズンジャイアントを貫いた。 魔獣が地雷の爆風に吹き飛ばされ

重装備のオーク兵が、飛来した毒矢に貫かれ、絶叫して地面に倒れる。

更に左右から、遠距離攻撃部隊の精密射撃と、重魔導攻撃部隊の儀式攻撃魔法が炸裂した。

文字通り壊滅した前衛部隊が逃げようとして後退し、前に殺到しようとする他の部隊と混じり合い

混乱する所に、更にドゥーハン軍の十字砲火が襲いかかり、一気になぎ払っていく。

この時、援軍に派遣されたオーク軍の将軍が戦死した。 少し遅れてコボルト軍の将も倒れている。

ここにて、勝敗は決した。 歓声を上げ、一気に攻勢に出たドゥーハン軍だが

グレースの指揮はそれでも的確で、敵の攻撃を阻み、守と攻が転じた後も勇敢だが絶望的な抵抗を続けた。

そして、その時、ようやく魔神部隊が出現したのである。

 

4,血に染まる地下六層

 

「もう始まっているようだな。 流れ矢に当たらないように気を付けろ」

地下六層に入った途端に、リカルドが言った。 周囲には、噎せ返るような血の臭いが充満していて

サラは露骨に嫌そうな顔をして口を手で押さえ、ミシェルは辛そうに視線を床に落とした。

「ドゥーハン軍、どうかな? 勝ってるかな?」

「どうやら有利・・・かなり有利なようです。 しかし、相手が相手だけに、被害も大きいようですな」

何故か不安そうに言うアティに、状況を見たグレッグが応える。

それを聞くと、どういう訳かアティは安心したように息を吐き、奥を見据えた。

これはやはり竜剣士ハイムの記憶の影響なのだろうか、それとも何か別の原因があるのか。

その不安を吹き飛ばすように、アインズに心酔しているリカルドが、自信深げに言った。

「何、アインズ将軍が指揮しているのだ、同数の兵力であれば絶対に負けはない!」

「お、お前ら、今到着か」

不意に声が響き、身構えたアティの前に現れたのはギースだった。

ギースは頭をかきながら、野性的な笑みを浮かべ、後ろ手で戦場を指さし、大剣を抜き放つ。

「いよいよ出てきたぜ、魔神の軍団がよ

クルガンの旦那が張り切って主力部隊に突進していったが、結構苦戦しているらしい

周囲にもレッサーデーモンがたくさん出てて、ドゥーハン軍もかなり被害が出てるみたいだぜ

アンマリー達はもうノリノリで戦いに行ってる。 俺もこれから行く所だ」

「あー、えっと、ギースさん。 せっかくだから、一緒に行こうよ」

純粋な笑みを浮かべて言うアティに、ギースは不思議そうな表情を返した。

「あん? 俺はかまわねえが、いいのか? てめえらを助けはしねえぞ

それにこの俺、〈デーモンバスター〉ギース様と一緒に行ったら、確実に取り分が減るぜ?」

「それは違うよ。 私達の目的は、魔神さん達をやっつける事だよ?

宝探しに来たわけでも、足を引っ張り合うために来たわけでもないでしょ?」

「正気か? てめえ。」

アティの言葉を綺麗事と取ったギースは、探るような視線を相手に送ったが

視線を突き刺された当の本人はにこにこと微笑み続けており、その表情から嘘は読みとれなかった。

「変わった女だな。 まあいい、好きにしな」

「えへへへへへ、そうしまーす」

吐き捨て、視線を逸らして歩き始めたギースに、アティは手を振り

皆を促して、前に歩き始めた。 戦いの余波が、徐々に近づき始めていた。

 

いざ戦いになったら、先頭に立って良い。

そういう許可を得たヘルマスターは、その鋭い魔界の鞭を振るい、右へ左へドゥーハン兵をなぎ倒し

部下のレッサーデーモン達も、踊るように華麗なステップを踏みながら、死体の山を築いていた。

だが、すぐに強固な壁にぶつかった。 ドゥーハン忍者部隊の登場である。

「おお、始めて手応えのありそうな連中が現れたか!」

疾風の如き勢いで、見る間に周囲の魔物達を蹴散らしていく忍者部隊を見て、ヘルマスターが歓喜に吼え

レッサーデーモン達も、周りの雑魚を放って置いて、嬌声を上げながら忍者達に躍りかかった。

鋭い爪が一閃し、顔面を裂かれた忍者が転倒する。 血を浴び、舌なめずりするレッサーデーモンに

前後左右から手裏剣が突き刺さり、狂気の笑みを湛えながら、深紅の魔神は息絶える。

その隣では、腕を引きちぎられた忍者兵がもんどりうって倒れ

首をはねられたレッサーデーモンが、首をはねた相手を攻撃魔法で道連れにしながら、血の海に沈む。

「ヒャッハアアア! 死ね死ね死ね死ねええええ!」

レッサーデーモンが吼える。 忍者兵が一秒ごとに数を減らし、だがレッサーデーモンも次々倒れ

負傷者は鰻登りに増えてゆき、攻撃魔法の光が炸裂すると、次の瞬間別の光がそれをかき消す。

呆れるほど良く組織された世界最強の精鋭部隊でも、どうにか五分。 恐るべき相手だった。

「一対一で戦おうとするな! 最低三人以上で掛かれ!

ガーゴイルはドゥーハン兵に任せろ! 強力なレッサーデーモンを先に倒せ!」

既に数体のデーモンをうち倒したレンが叫び、死闘は一秒ごとに激しさを増していく。

四十体ほどのレッサーデーモンと、その倍ほどのガーゴイル、それにヘルマスターから構成された

魔神主力部隊は、ほぼ同数の忍者部隊と、死力を尽くして激突した。

周囲の兵士達も協力し、集中攻撃で確実に魔神を倒していくが、味方の損害も鰻登りであり

また主力部隊以外にも、彼方此方で魔神は出現し、各部隊隊員の神経を圧迫した。

「貴様が魔神どもの頭領か・・・」

「ほう? これはこれは・・・」

既に周囲に死体の山を築いたヘルマスターと、クルガンが至近からにらみ合った。

両者の間には、スパークをおこすかと思われる殺気が充満し、一秒ごとに密度を増し

そして、些細なきっかけを機に、両者は激突した。

先手を取ったのはヘルマスターだった。 愛用の鞭をしならせ、風を切って叩き付けたのだ。

鞭は使い手の力量を示すように、生き物のように不可思議な軌跡を取ってクルガンに迫り

だがクルガンの姿をとらえたとヘルマスターが確信した瞬間、エルフの忍者の姿は消え

空しく地面を叩いた鞭は、鋭く其処を抉り、近くにあったレッサーデーモンの亡骸を粉々にした。

「上か!」

ヘルマスターが叫んだ瞬間、クルガンが斜め上方から投擲した手裏剣が、魔神の翼を切り裂き

だが、舌打ちした地獄の鞭使いの右手での一撃が、着地しようとしたクルガンを撃ち

両者はそれぞれに軽度の打撃を受け、間合いを計って飛びずさった。

「やるな・・・さすがは魔神の頭領だ」

「魔界には我以上の魔神など幾らでもいるぞ?

くく・・・そんな我の相手でも、普通の人間に荷は重いのだがな

いずれにしても、貴様は久しぶりにまみえた好敵手だ。 ・・・全力を尽くさせてもらうぞ!

名を聞いておこう。 我が名は、ヘルマスター」

「俺はクルガン・・・ゆくぞ!」

クルガンが地を蹴り、両者の間が一気に縮まった。 三度、四度、光が交錯し

鋭く振られた鞭が、うねりながら空を切り、周囲の物を切り裂き、叩き潰していく。

周りの者が全く入り込めない次元で、両者の死闘は続いた。

そして地下六層の各地で、同様の死闘が繰り広げられていたのである。

 

閃光が闇をかき消した。 ドゥーハン軍右翼部隊側に出現した魔神十数匹が

ジャクレタの魔法で生きながら焼き尽くされ、絶叫しながら炭屑となって転がった。

「他愛のない・・・手応えのある相手は出てこないのかしら。」

アンマリーが、一瞬で蹴散らされた魔神達を見て肩をすくめると、例のごとくオスカーが出しゃばる。

「すげえ、すげえぜマリー! 魔神どもが、マリーの手にかかったら案山子同然だ!」

「確かに、相変わらず、強い。 魔神の対魔法結界が、一撃で紙のように破られるとは」

「オスカー、リューン。」

面白くもなさそうにアンマリーが言い、二人の腰巾着は思わず表情をこわばらせた。

「私は、状況も分からず、しかも無意味にはしゃぐお馬鹿さんは嫌いよ」

一瞬の虚脱の後、泣き出しそうになるオスカーを肘でこづき、リューンが抜刀し

闇から浮かび上がるように、だぶだぶの服装に、鎌を持った姿が現れた。

それは暇つぶしに、むしろおもしろ半分にドゥーハン軍を叩きに来たフラックだった。

「始めまして・・・初めて会う魔神ね。 名前は?」

「フラックよ。 始めまして、冒険者諸氏」

「フ、フフ・・・フラックぅ!」

絶叫したオスカーの歯の根は既にあっていない。 フラックの名は冒険者の間に広く知られており

下手をすればグレーターデーモン以上と言われる実力と、圧倒的な残酷さは畏怖の対象となっている。

「オスカー。」

「な、なんだよ、マリー! はやく逃げよう、逃げようぜ! 敵いっこねえよ、こんなバケモン!」

アンマリーは、既にその可愛らしい顔に、恐ろしいまでの殺気と威圧感を浮かべている。

周囲には妙なオーラが漂い、フラックが不審そうに眉をひそめた。

「何度も言わせないで。 楽しい戦いに水を差すお馬鹿さんは、私嫌いよ」

「・・・・っ! ご、ごめんよマリー! 俺が悪かったー!

あやまる、あやまるから、だから嫌いだなんて言わないでくれぇえええええ!」

「オスカー、多分マリーは、一生懸命戦えば、許してくれる、はずだ

考えてみれば、マリーが、こんな奴に、負けるはずがない。」

アンマリーは無表情でリューンに向け振り向いた。 唖然とするフラックの前で、無邪気に言い放つ。

「リューン。 知った風な事を言うお馬鹿さんも、私嫌いよ」

「・・・・っ! 悪かった、謝る、だから、許してくれ!」

「知らないわ、そんなの。 ・・・それよりも・・・」

フラックが身構え、アンマリーが余裕の体で振り向く。

その右手には淡く輝く魔力が集中しており、其処から放たれる異様な威圧感に、フラックは動揺した。

「貴方何者? ・・・まさか!」

それ以上は言葉が続かなかった。 異様なフィールドが展開し、彼女の動きが封じられたからである。

まるで何かに飲み込まれるような感触を味わい、フラックは慌て、オスカーとリューンは勢いづいた。

タイミングを合わせて斬りかかる二人、フラックはそれでも凄まじい技量で動きをかわし続けたが

やがてそれにも限界が来た。 石化と麻痺の力を持つシックルも、当たらなければ意味がないのだ。

「ご機嫌よう。」

無造作にアンマリーが放ったフォースの魔法が、フラックを吹き飛ばした。

小さな魔神は、無念の声を上げてかき消えた。 死んだのではなく、形勢不利と考え逃げたのである。

「・・・今回は勝てたけど、もっと下層なら話は分からないわね」

口中でそう呟くと、アンマリーはゆっくり歩き始めた。

戦闘はまだまだ続いている。 前方からは、魔神の咆吼が轟いていた。

 

ほぼアンマリーと逆の方向で、ウォルフが獅子奮迅の活躍を見せていた。

レッサーデーモンが爪を振り下ろす下をかいくぐり、愛用の刀を急所に叩き込み

なぎ払う尻尾を飛び越え、一瞬後には首を叩き落としている。

一匹を的確に屠り去り、一度に二匹以上を絶対に相手にせず、確実に葬っていくその戦い方は

派手さはないが堅実で圧倒的な強さであり、付け入る隙が全く見あたらない。

流れるような動作は舞を思わせ、飛び散る血しぶきは紙吹雪のごとし

その技と的確な戦いの前に、既に十数体の魔神が屠られ、それは必然的に彼女を敵の憎悪の的にした。

数匹のレッサーデーモンが同時に呪文詠唱を行い、互いに魔力を増幅して、呪文を完成させる。

ウォルフが振り向くと、その呪文は完成されていた。

回避する暇はない。 レッサーデーモン達は勝利を確信し、ため込んだ魔力を解放した。

「ヒャッハアア! 砕けちれぇ!」

爆風が周囲を薙ぐ。 閃光が爆音を伴って周囲を舐め、壁を叩き、床を焼き、空気を熱する。

そしてそれが収まると、巻き込まれた魔物やドゥーハン兵の亡骸が炭屑となり

周囲に転がっており、レッサーデーモン達が思わず会心の笑みを浮かべた。

「へへ・・・やったぜ!」

「バーカ。 姉御が何で魔法を使わないか、知らなかったのか?」

要領よく今の爆風から逃れたダニエルが、口笛を吹きながら言うと、煙の中からウォルフが現れる。

その姿、完全に無傷。 そしていつも羽織っているマントを翻し、再び刀を抜きはなった。

「そうか・・・対魔法効果を持った防御系魔導器か!」

そう叫んだレッサーデーモンの首が、瞬く間にはねとばされ、地面に転がった。

この地点で魔神の軍団が屠られるのに、さほど時間を要しなかった・・・

 

ギースは優れた剣士だった。 剛剣を振り回し、極めて効率よくレッサーデーモンを屠っていくのだが

その剣技はアティの物と比べ、洗練されていて且つ隙が無く、技量に関しては完全に上だった。

パワーに関しては若干劣るようだが、遠心力を利用した独特の剣技で剛剣を水車のごとく振り回し

レッサーデーモンを、或いは輪切りにし、或いは唐竹割にし

周囲に血煙をばらまいて、死体の山を築き、豪語したとおり既に十体以上の魔神を倒していた。

「ほえー、凄いね。」

素直に感心した声を上げたアティに、ギースは振り向く。

アティ達も既に四体のレッサーデーモンを屠っており、その手腕をギースも内心認めていた。

ましてやそのうち一体は、ギースを後ろから狙った一体を、的確にうち倒したものだったからだ。

「俺なんざまだまだ。 ウォルフの姉ちゃんや、アンマリーの性悪なんか、もっと強いぜ?」

「えへへへへへ、上には上がいるんだね。

それよりも、さっきから何か凄くレッサーデーモンさんに悪意を感じるんだけど、どうしたの?」

その言葉を聞くと、ギースは心の底を見透かされたような気がして、急に表情を改めたが

アティには悪意も何もなかったので、まだ魔神が暴れているらしい奥へ視線を向け、歩きながら言った。

「俺がレッサーデーモン四体を、一人で倒した事があるってのは知ってるよな」

「うん。 この間聞いたよ。」

「その戦い以来、どうも奴らが気にいらねえ。

酷い目にあったのもそうなんだが、どうも奴らを見ると胃がムカムカしやがるんだ。」

理不尽な事を言いながらも、真剣な表情で、ギースは奥へ歩いていく。

やがて六人は、若干狭い場所に出た。 幾つかに通路がわかれ、奥からは戦いの音が響いている。

「よし、ここらで分かれようぜ。 皆で固まっていても仕方がないからな。」

「あー、えーとね。 ギースさん、くれぐれも無理はしないようにね」

「ああ、分かってるぜ。 お前さんは面白いな、また共闘できると楽しいかもな」

片手を振って、ギースは奥へ去っていった。

この時は誰も知らなかった、その言葉が、永久に実現する事は無いと言う事など。

アティは首砕きを構え直すと、近くの壁に向けて、視線を鋳込み

短い叫び声と共に、鋭い一撃を放った。 驚くべき事に、その打撃は無駄が改善され、鋭さが増していた。

「・・・アティ。 まさかとは思うが」

「うん。 ギースさんが使ってた技を、応用させてもらっちゃった

一度で成功するとは思わなかったけど、凄く良いね。 体の負担も少し減ったかな」

リカルドの言葉にさらりと応え、アティは満足げに首砕きを鞘に収めた。

言うまでもなく、ギースが使っていた技は、文句なしに一級の技だ。

それを見ただけで、自分の技にアレンジしてしまった。 やはり、天才と言うには異常すぎる。

竜剣士ハイムの記憶が、技の習得に作用したのであろうか。

しかしアティがハイムだという確信はないし、安易にそう決めつけるのは危険であろう。

リカルドは知らなかったが、ギースはハイムに一時期師事していた事があり

先ほど披露していた剣技は、彼女から教わった物だった。 それを知っていたら、どう反応しただろうか。

「アティ殿、提案があるのですが」

「あー、えーと。 グレッグさん、何?」

「地下六層の地図を見ると、ドゥーハン軍主力とユージン軍主力が戦闘している辺りがここ

現地点が此処、そしてここに、少し広い空間があります

・・・噂では、古ぼけた魔法陣が配置されているとか。 何か収穫があるやも知れません」

地図を皆が一斉にのぞき込んだ。 確かにその地点は、探索するには丁度いい場所で

しかも位置的にも近く、攻略は容易である。

既に魔神は何体か屠っているから、最低限の収入は保証されているし

余力は充分に残しているので、次は今回の依頼達成に多少色を付けたい所である。

「みんなはどう思う?」

「私は構わないと思うわ。

主力が戦っている場所からは大分遠いから、レッサーデーモン退治には効率が悪いしね」

サラはその続きの言葉を飲み込んだ。

ましてギース以上の使い手であるアンマリーがそちらで暴れているようであるから、行くだけ無駄だろう。

確かアオバとオルフェも同じ方向にいるはずで、最悪の場合行った所でもう魔神はいないかも知れない。

その事はグレッグも感じており、リカルドは先ほどのギースの剣技で痛感していて

二人はサラと同様の言葉をアティに言った。

だが、何時もと反応が違う者がいた。 ずっと、探索しようと言う方向を見ていたミシェルだった。

「お姉さま、私は・・・あまり良くないと思います」

「ミシェルさん、何か嫌な予感がするの?」

「はい。 凄く禍々しい気配がいたします。 行かない方が無難だと思いますけど」

その言葉に、アティはまじめに考え込んだ。 いつものように「あー」だとか「うー」だとか何か呟き

やがて手を一打ちすると、頭を上げた。

「いこ。 禍々しい気配がするって事は、何かたちが悪いのがいるからだと思う

そういうのだったら、絶対に今後ぶつかるはず。 良い機会だから、戦っておこう

・・・みんな、気を付けて。 総力戦になると思うから」

言うまでもなく、全員が気を引き締めていた。

アティが考え込んだ後は、相当に辛い戦いが何時も待っていたからである。

 

文字通りの死闘となった中央戦線の様子を見ると、アインズは指揮杖を振り、最終的な命令を下した。

同時に全面攻撃していたドゥーハン軍が急速に陣形を収斂させ、精鋭部隊が一気に中央を突破する。

グレースは、敗色が濃厚になった後も、果敢で無意味な抵抗を続けていたが

ドゥーハン軍の動きを見て、アインズの策を悟り、背筋が凍る気持ちを味わった。

アインズが勇将と呼ばれる所以は、戦闘の最終局面で、自らの陣頭指揮による一撃強襲を行い

敵の中核を完膚無きまでに粉砕、勝敗を決定的にする策を良く用いる事にある。

しかも、そうだと分かっていても、止められた者など誰一人いない。

流石に猛烈な突進を見て、魔物達もひるみ、魔神達でさえ怯えてあとずさる。

全般的に兵力を散らしたため、ほとんど無人の荒野と化した第六層を

レドゥアを加えたドゥーハン軍最精鋭は驀進し、微弱な抵抗を文字通り叩き潰しながら進み

やがて本陣でぼんやりしていたユージンの耳にも、戦闘の音が間近に聞こえてきた。

「ショウカンヌシヨ。 アノヘイリョクデハ、サスガニオレモフセギキルノハフカノウダ

チケイヲリヨウシテタタカウカ、アルイハテッタイスルカ、カンガエタホウガヨイノデハナイノカ?」

最後まで本陣に残っていたグレーターデーモンが言い、面倒くさげにユージンは立ち上がった。

「そうだな・・・そろそろ充分だな」

「ジュウブン? ナニガジュウブンダ」

「お前達魔神と、ドゥーハン軍の双方に大打撃を与えた。 だから充分だ」

部下達すら唖然とする中、ユージンは迷宮の奥へ歩いていく。

召還主には何があっても手を出さない事を信念にしているグレーターデーモンは、思わず舌打ちしていた。

「ヘルマスターノキグハタダシカッタノダナ。 キサマ、イッタイナニヲタクランデイル」

「ふふ、くだらない事だ。 どうせどのみち地上の支配など不可能。

今回の事でそれがよく分かった。 だから、いかなる犠牲を払っても、この身を犠牲にしようとも

煉獄の炎に焼かれようとも、幾億の恨みを集めようとも!

せめてこの迷宮は私が支配してやろう。 そのためにはお前達魔神は邪魔だったのだよ」

正に妄執、ユージンの瞳に炎が宿るのを、グレーターデーモンは見た。

「クダラナイ、ホントウニクダラナイコトダナ

・・・オレハキサマニハテヲダセナイ。 レッサーデーモンタチモキサマニシタガウシカナイ

ダガ、オボエテオケ。 コノメイキュウノオクソコニハ、キサマガソウゾウモデキナイ

フカイフカイヤミガウゴメイテイル。 キサマニセイハナドフカノウダ」

「さあてどうかな。 くく・・・くくく・・・・はーっはっはっはっはっはっはっはっはっは!」

ユージンの姿は闇に消えた。 笑い声も、程なく消えた。

グレーターデーモンは頭を巡らせると、虚脱状態になっているユージンの部下達に声を掛けた。

「ムダナタタカイデムダニシヌコトハナイ。 サッサトコウフクシタホウガミノタメダゾ」

「貴様は・・・貴様はどうするのだ」

「オレカ? オレハマタシュラノヒビニモドルサ。

チカナナソウニチョウドイイアソビアイテモイルコトダシナ、タイクツダケハシナイダロウヨ」

翼を広げると、グレーターデーモンは咆吼し、地下七層へ飛び去っていった。

戦いの音は、刻一刻と、確実に近づいてきている。

ユージンの部下達は困惑した顔を見合わせると、揃って武器を捨てたのだった。

ほぼ同時刻、アインズの精鋭部隊に完全包囲されたグレースが、うなだれて床にへたり込んでいた。

彼女には無数の槍が向けられ、逃亡は不可能だった。 やがて兵士の一人が進み出、縄を掛けたのだった。

 

5,夢魔との死闘

 

禍々しくおぞましい気配は一歩ごとに、アティに近づいてきた。

遠くでは、ついにドゥーハン軍が苦闘の末勝利を収めたらしく

勝ち鬨の声が聞こえていている。 しかし小規模な戦闘は続いており、これから掃討戦に移るようだった。

「あー、えーと、アインズ将軍、勝ったみたいだね」

「当然だ。 あの鬼神アインズ将軍が、同数の兵力で負ける事があるとすれば

そうだな・・・相手がオッドクラード将軍の時くらいだろう」

自分の事のように誇らしげにリカルドが良い、アティは微笑むと表情を引き締めた。

「今度の相手は凄く強いよ。 みんな、気を付けて!」

言うまでもなかったが、アティの言葉は不思議と皆の心を引き締めた。

そして、一歩を踏みだした彼女の前に、不意に人影が飛び出し、床に崩れ落ちた。

ドゥーハン兵だった。 乱戦のさなか、特務を追って突出していたらしい。

そしてその顔に、アティは見覚えがあった。 兵士を揺り動かし、アティは叫んだ。

「タイガさん! タイガさん、しっかりして!」

「貴公は・・・アティ殿か・・・」

「他のみんなは? 偵察部隊のみんなはどうしたの?」

侍タイガは口から血の糸を引きながら、力無く笑った。

その表情は疲れ切っており、そして精気も尽き果てようとしていた。

「オックスは・・・アラベラは・・・マドルトは・・・みんなは・・・・やられてしまった

魔神だ・・・高位のかは分からないが・・・少なくとも我らでは・・・歯が立たなかった・・・

頼む・・・助けてくれ・・・あいつから・・・わ・・・れ・・・ら・・・・・の・・・・

けが・・・させないでくれ・・・・・・・これい・・・じょう・・・」

アティがサラの方を見たが、彼女は首を横に振った。

もうこの状態では、回復魔法は間に合わない。 後は寺院に運んで復活できるかだが

本人の意思力が残っていなければそれも難しい。 何の前触れもなく、タイガの力が抜けた。

「タイガさん・・・」

「・・・此奴の実力はそれなりの物だった。 全く歯が立たないとなると、相当な相手だぞ」

床に侍の亡骸を横たえてやりながら、アティは目をつぶり、小さく息を吐き出した。

心配そうに見守るリカルドの横で、グレッグが咳払いをし、奥の戸をにらみつける。

「間違いありませんな。 高位の魔神には、対魔無効化の防御結界を張る者も少なくありません」

「うん。 分かってる。 ・・・タイガさん、誰を助けて欲しかったのかな」

「おそらくは、女王陛下でしょう」

何気なく放たれたグレッグの言葉は、皆の驚きを引き出すに充分だった。

「あー、えーとね。 どうしてそう思うの?」

「ドゥーハン軍の動きが不自然すぎます。 もし女王陛下がユージン卿に拉致されていたのなら

忍者部隊が動くのも当然といえるでしょう。 つまりこの奥には・・・」

「女王様が、魔神に捕まっている・・・お姉さま、気を付けてくださいませ」

言われるまでもなく、アティの心には炎が宿っていた。

竜剣士ハイムの記憶か、そうでないかは分からなかったが、兎も角心が燃えるのをアティは感じていた。

 

不潔な大部屋だった。 部屋の中央には、情報通り巨大な魔法陣が掛かれており

右側の壁には、アラベラとオックスが叩き付けられて既に息が無く、中程の床にはマドルトが倒れている。

部屋全体には、異様な臭いが立ちこめていた。

それはフェロモンに近い物質で、特に女性に強烈に作用し、アティは頭を振ると部屋の中央を見据える。

女性が浮いていた。 部屋の中央に、高貴な服装の女性が一人浮いていた。 間違いなく女王だった。

そしてそのすぐ側には、三メートルほども身長がある魔神がいて

馬の顔から長大な舌を伸ばし、浮いている女王の腹に突き刺していた。

舌の先端部は霧状に変化し、女王の精神に直接刺さっているらしい。

女王は全身に汗をかき、時々体を震わせて、喘ぎ声と嬌声を上げていて

淫夢を見せられているらしく、歓喜の表情であった。

それを見たアティが、首砕きを構えて叫んだ。 何か強烈な冒涜を、魔神の行動に感じたからである。

「その人を、離してあげて!」

「ンん? ・・・ああ、まだ人がいたのか。 ほほう、しかも娘が三匹もイル。

さっきの娘は脆くて、手加減を間違えたらすぐに死んでしまったが、お前達は大丈夫なのだろうナ」

「そ、の、人、を、離してあげて! ・・・・お願いだから、離してあげて!」

魔神はアティの言葉に感銘する事もなく、舌を引っ込めた。 そして、馬の顔を歪め、残忍に笑った。

「お楽しみを邪魔するとは、野暮な娘だナ。 先に自分が楽しみたいのか? ンん?」

無言のまま、アティは後ろの四人にサインを出した。

魔神は女王を放り捨て、苦しそうな声と共に女王は床に転がった。 魔神は既に一顧だににしない。

「私、貴方を許さない。 でも、今だったら見逃してあげる。 だからさっさとここから去って!」

「あン? ふざけるな娘。 まあいい。 男共を八つ裂きにした後、永遠の悦楽に落としてやろウ

ヒヒヒヒヒ・・・味わった事もないだろう、絶望的なまでの快楽を味あわせてやろうゾ・・

ヒッヒ・・・ヒヒ・・・ヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!」

魔神のおぞましい笑い声が周囲を汚すのと、アティが地を蹴るのは同時だった。

そのまま首砕きを振りかぶり、遠心力も味方に付けて、一気に魔神に振り下ろす。

だがさすがは魔神、その一撃を右手の堅い鱗で受け止めると、左手で反撃を繰り出そうとした。

次の瞬間、リカルドとグレッグが、タイミングを合わせて一気に魔神を左右から切り裂き

そして苦痛に吼えた魔神からアティが飛び退くと、満を持してサラが魔法を放った。

「我が心は光の剣。 闇を裂き、光を祝福し、敵を砕く矢とならん!

我が守護者の名、それはアルテミス! その矢、全てを射抜く高貴なる一撃なり!

うち砕け、そして貫け! フォース!」

鈍い音がして、魔神が数歩蹈鞴を踏む。 そして口の涎を拭うと、静かに構えを取った。

胸の中央にフォースが炸裂したというのに、魔神は倒れる気配など微塵も見せない。

当然と言うべきか、レッサーデーモンなどとは格が違う。 魔神の周囲に、妖艶なオーラが漂い始めた。

「さっきの連中よりはやるようだナ。 俺の名はインキュバス・・・冥土のみやげに覚えてオケ」

再びアティが後にサインを出し、地を蹴った。 血みどろの死闘が始まった。

 

インキュバスの一撃が地面を抉る。 それは魔法陣を傷つけたが、魔神は意に介さないようで

連続して守勢に回ったアティに蹴りを繰り出し、地面を叩き付けた。

三回地面を転がり、跳ね起きたアティは、戦況を確認して指示を出し、再び地面を蹴った。

リカルドはインキュバスの一撃で吹き飛ばされ、今サラに治療を受けている。

グレッグは素早い動きでナイフを連続して投げつけ、アティの指示に従って攻撃を繰り返しているが

圧倒的なインキュバスの実力の前には、そのスピードもテクニックも役に立たない、そう見えた。

数度の攻防を行うと、実力の差は歴然であった。 とにかくインキュバスは強すぎる。

アティでさえパワーで引けを取るし、攻撃も恐ろしく鋭い。

前線に復帰したリカルドが、グレッグと共にダブルスラッシュを行うが

同時の攻撃を、インキュバスは凌いで見せた。 だが、アティが次の瞬間、後ろから首砕きを叩き付けた。

ダブルスラッシュとバックアタックの合成であった。 タイミングと言い、狙いと言い

普通の魔神で在ればこれで勝負がついていただろう、だがインキュバスは頭から出血しながらも倒れず

剛椀を振るってアティを吹き飛ばし、尻尾でリカルドとグレッグを相次いでなぎ払い

口に付いた、血の混じった唾を拭うアティを見ながら、静かに笑った。

「どうしタ? 確かに人にしては強いガ、まだまだ俺にはおよばなイナ」

「あー。 呆れるほど頑丈だね。 でも、まだまだ!」

ゆっくり右手を首砕きに添えると、アティは皆にサインを出し、自らは下段から首砕きを振るう。

インキュバスは右手で余裕を持ってそれを防いだ、そう見えた、だが一瞬後顔を歪めた。

何度もアティの一撃を受け続けた右手の鱗が、常識外のパワーについに屈し、砕け散ったのである。

首砕きの一撃でダメージを受けていた右手に、それは致命傷になった。

更にサラのフォース、リカルドとグレッグのダブルスラッシュを連続して受けたインキュバスは

翼を使って舞い上がると、殆ど一瞬で呪文を完成させ、複数のクレタを地面にはなった。

「わ、わたたたたたっ! みんな、下がって!」

慌てて下がるアティの言葉に、前衛の二人が下がる。

だが、距離が開いたと見るや、インキュバスが大きく息を吸い込んだ。

アティは魔神の様子を見て、味方に幾つかの指示を出した。 サラはその指示を見て、呆然としたが

先を読んでの行動と理解し、呪文詠唱を始めた。 額に汗が浮かび、膨大な魔力が放出され始める。

次の瞬間、体をのけぞらせたインキュバスが、部屋に強烈な冷気のブレスを放った。

圧倒的な冷気が吹き付け、地面に飛び散った血を凍らせ、クレタで灼熱した地面を冷やし

哀れなアラベラやマドルトの死体を、一気に冷凍する。

インキュバスが笑みを浮かべ、視線を周囲に送った。 その右目に、ナイフが突き立った。

「ゴガアアアアアアアアアアッ!」

絶叫が轟く。 力任せに左手でナイフを抜いたインキュバスは、驚くべき光景を見た。

冷気のブレスを、リカルドとアティが盾になる形で、受け止めており

後ろの三人は庇われる形で、致命傷を避けていたのである。

当然、アティとリカルドが受けた打撃は深刻で、先にリカルドが倒れ、ついでアティが前のめりに倒れた。

サラが指示通りに駆け寄り、アティに何やら呪文を唱え始める。

インキュバスは、更に次の行動に移った。 一気に畳みかけ、勝負を付けるつもりらしい。

「震える大地に宿るは霜、それは美しき氷の子

息を止めよ、そして見よ。 その誕生を、美しさを、そして愛しさを!」

インキュバスの右手は、先ほどのアティの一撃で粉砕され、使い物にならない。

しかし無事な左手に魔力が集中していき、そしてその完成は、アティの対応より早かった。

「汝が名・・・それは霜! 加護するは氷の守護者、名は白虎!

砕き散らせ、我が敵を! クルド!」

冷撃魔法クルドであった。 破壊力は魔神が唱えただけあり凄まじく

轟音と共に、氷の柱がアティに下から叩き付けられた。

無事だったグレッグや、サラ、ミシェルも巻き込まれ、悲鳴すら上がらず、すぐにその場は静かになった。

「フウウウウウ・・・手こずらせてくれタナ・・・」

冷気に曇る眼前の光景を喜びながら、インキュバスは笑った。

だが、その笑いもが凍った。 冷気の霧を切り破って、アティが飛び出したからである。

 

彼女がサラに指示していたのはウィルの魔法だった。

それは間一髪間に合い、よってクルドにも耐えられたのである。

無論アティのダメージは大きいが、大きな魔法を唱えたばかりで、それ以上にインキュバスは動けない。

しかも、右は完全に死角になっている。 首砕きを水平に構え、アティは突進した。

「せえええええええええええええええええええい、やああああああああああっ!」

鈍い音が響き、首砕きがインキュバスの胸を貫いた。 そのまま、アティはインキュバスを押し

一気に壁にまで進み、叩き付け、鋭く激しい音と共に、壁には亀裂が走った。

「グギャアアアアアアア! お、お、おのれええええええエエ!」

インキュバスは壁に叩き付けられてもまだ死なず、震える右手で、アティを掴もうとしたが

最後の力を結集したアティは、容易に屈せず、首砕きは一秒ごとにインキュバスにめり込んでいく。

血を吐き、インキュバスはまずいと思った。 このままでは、確実に死ぬ。

幾ら絶大な生命力と耐久力を持つ魔神でも、これ以上のダメージを受けたら、命はない。

だが、まだ彼には秘策があった。

インキュバスが馬の口を開けると、異様に紅い舌が延び、アティに巻き付いたのである。

そしてその先端は、霧状になり、アティの体に、いや精神に直接潜り込んだ。

「・・・・・っ!」

異様なまでの性的快楽が、全身に満ちるのをアティは感じた。 強姦されるも同じである。

全身が自分の意志とは関係なく熱くなり、視界がぶれる。 快楽の海が、アティを飲み込もうとした。

「どうダ? 男を知っているかお前ハ? それとも知らないノカ?

何にせよ、こんな快感味わった事無いダロ・・・さあ、俺の胸から剣をヌケ・・・

そうすれば、永久にこの快楽を味あわせてやるゾ・・・」

全身が汗でぬれるのをアティは感じた。 嫌なのに、嫌だというのに、体は興奮し歓喜に揺れている。

性的妄想が、精神を蹂躙し尽くす。 体中を舐め尽くされるような快感が、理性をねじ伏せようとする。

思わず片膝をついたアティは、息を飲み込み、顔を上げる事も出来なかった。

必死に歯を食いしばり、理性を保とうとするが、いつ体は、本能はそれを拒否するか分からなかった。

それを見たインキュバスは、勝利を確信し、胸に刺さった剣を抜こうと手を掛けた。

その瞬間、勝負はついた。 残りの精神力全てを結集したアティは、一気に立ち上がり

首砕きに全力を注ぐと、踏み込み、万歳するような格好で剣を振り上げぬいた。

頭を、そして胸を、真下から唐竹割にされたインキュバスは、耳を覆いたくなるような絶叫を上げ

そして横に倒れ込んだアティが、必死に転がって逃げるのを、ぼんやりした意識で見た。

インキュバスの目には、呪文を完成させたミシェルの姿は見えなかった。

元々魔導師であり、優れた対魔法能力を持つエルフの娘は、倒れたふりをし隙をうかがっていたのである。

その目は怒りに揺れていた。 アティを強姦したも同然の魔神に、容赦ない一撃が放たれた。

「お姉さまを、お姉さまをよくもっ! ジャクレタ!」

「ギ・・・・ギギャアアアアアアアアアアアアあああアアアアぁあああぁぁあああああアア!」

真っ二つにされた魔神は、業火に包まれた。 それでも悲鳴を上げ続けていた、馬の顔をした魔神も

やがて炭屑になり、地面に崩れ落ち、異臭を放ち始めた。

地面に倒れているリカルド、グレッグ、サラもなんとか息がある。 アティ達の勝利だった。

 

6,女王オティーリエ

 

アティは自らの肩を抱いて座り込み、一言も発しようとしなかった。

最低限の指示を出すと、一言も発せず、沈黙している。

彼女の側には、切り裂かれたインキュバスの舌が転がっていた。

何とか歩けたミシェルが、バックパックから回復薬を取り出し、まずサラに飲ませ

サラは残る魔力を使って回復魔法を唱え、何とか皆は息を吹き返す事が出来た。

リカルドがアティに声を掛けようとしたが、サラがその肩を掴み、首を横に振り

不可解な顔をしている生粋の戦士に、諭すように言った。

「あの子の味わった屈辱は、悪いけど男の貴方には分からないわ」

「そんなものなのか?」

「ええ。 しばらくはそっとしてあげて。 それに二人とも、今のあの子に、手出そうとしたら殺すわよ」

サラの表情と言葉に気押しされ、リカルドとグレッグは頷くしかなかった。

やがてアティは立ち上がると、女王の命に別状がない事、それに死んでいる兵士を運ぶ算段をし

迷宮に入る前、ドゥーハン軍に支給された転移の薬の確認をすると、皆に振り返った。

「あー、えーとね。 一旦帰ろう。 もう限界だよ」

「・・・それに大金星も上げたしな。 それにしても、忌々しい馬だった!」

残っていたインキュバスの舌を、リカルドは容赦なく踏みつぶした。

紅い舌は燃え上がり、灰になり消えた。 インキュバスに憎悪を抱いたのは、彼も同じ事だった。

唐突に部屋の戸が開き、数人が乱入してきた。

一人は〈大魔導師〉レドゥア、今一人は〈疾風〉クルガン、残りは忍者兵達で

中にはレンが混じっていて、彼はタイガの死体を担いでおり、部屋の中の亡骸を見てため息をついた。

クルガンがヘルマスターをうち倒したのは、ついさっきの事である。

実力は五分、故に果てしなく続いた激闘だったが、幕切れはあっけなかった。

隙を見て、周囲の忍者兵達が、一斉にヘルマスターに手裏剣を放ったのである。

クルガンに集中していたヘルマスターは、脆くも一斉射撃の餌食になり

更にクルガンの一撃で首をはねられ、呪詛の声を上げながら死んだ。

神聖な真剣勝負を汚されたクルガンは激高したが、胸ぐらを捕まれたレンは冷静に言い放った。

「これは戦争です。 私闘ではありません。

我々は勝利のため、いかなる汚い手も使わなければなりません。 それを実行したまでです」

「クッ! そうだ・・・俺はその戦争を指揮しなければならない立場だったな」

それ以上はクルガンも言わず、だがしばらくレンと口を利かず、今に至っている。

アティの顔を見て、クルガンは激高した。 だが、レドゥアがそれを制した。

老魔導師は、ゆっくりアティに視線を向け、表情を全く変えずに問いを発した。

「貴様が魔神を倒し、女王陛下を救出したのか?」

「あー、えーと。 うん。 そうなるよ」

「・・・ご苦労だった。 後で充分な褒美を取らせよう」

鋭い眼光をレドゥアが忍者兵に向けると、兵は頷き、地上へとかけていった。

その時、女王が意識を取り戻した。 そして目に涙を浮かべ、レドゥアに飛びついたのである。

「レドゥア・・・・レドゥア・・・怖かった!」

「じょ、女王陛下!」

困惑してレドゥアが叫んだ。 困惑しているのは、周囲の者達も同じである。

「レドゥア、怖かった、怖かった! もう何処にも行かないで、こんな怖い思いをさせないで!」

「へ、陛下! 威厳を保ちなさいと、何時も言っているでしょう

臣下の前で、このようなお姿を見せてはなりません。 落ち着きなさい!」

珍しく動揺しきってレドゥアが叫び、女王は我に返ったように元に戻った。 そして、威厳が戻ってくる。

だが、愕然としている者が二人いた。 クルガンと、アティである。

特にアティは、絶望的なまでの違和感に捕まれていた。 思わず視界が暗くなるのを、彼女は感じていた。

「違う・・・絶対に違う!」

 

心の中で、声が反響する。 どこかの宮殿の光景が、彼女の脳裏にフラッシュバックした。

「私は女王です。 それは、全ての民の命を預かり、責任を持っていると言う事を意味します」

「女王陛下、そう、これが女王陛下・・・」

二つの声色がアティの心に響いた。 更に、複雑に声が響き始める。

それは全てオティーリエ女王の声だった。 だが、さっきの女王の声とは、根本的に違っている気がした。

「私は、貴方を信頼します」

「そう・・・私を信頼してくれた・・・」

無意識で声が漏れる。 同時に、涙も流れ出した。

「何故なら、貴方は命をかけて、私を守ってきたのだから」

「下がりなさい! この娘は、貴方の道具ではありません!」

「誰・・・誰に対して・・・怒っているの・・・」

無垢な子供のような声。 それが、自分の物だとさえ、アティは気付かない。

「貴方はもう、道具ではありません。 自分の意志で行動しなさい」

「自分の意志とは、自分で決定する事です。」

「そんな・・・私に・・・罪深い私を・・・」

不意に声が今の声に戻った。 そして、強烈な高揚感と、使命感がわき上がる。

「自分の意志を持ち、誇り高くありなさい。 貴方は・・・貴方です。 誰の物でもない貴方です」

「・・・・認めてくれた・・・・・・・・!」

アティの意識が闇に落ちた。 精神にかかった過負荷が、彼女を気絶させたのである。

 

「女王陛下。」

威厳を取り戻したオティーリエに、クルガンが跪いた。 レドゥアが視線を投げかける中、言い放つ。

「どうか俺に、あの裏切り者の処刑をご命令下さい」

「ならん。 放っておけ」

レドゥアが視線を送った先にいるアティは、既に倒れ、サラとミシェルに支えられている。

傷ついた彼らを屠る事など、クルガンには造作もない事だろう。 だが、レドゥアは首を横に振った。

クルガンの目に烈火が宿り、レドゥアを見据える。 しかもレドゥアは、平然とそれを受け止めた。

「長! 何故そやつをかばう! それに今、俺は陛下に聞いたのだ!」

「クルガン、レドゥアの言葉は私の言葉です。 命令に従いなさい」

「クッ・・・・・・! ・・・・分かりました。 命に従います」

女王の言葉には逆らえない、クルガンはそう言う男だった。

勝利の凱歌が、この部屋にまで響いてくる。 ユージンは逃がしたが、どうせ長生きなど出来ない

迷宮の中でのたれ死にし、後で冒険者に死体でも遺品でも発見されることだろう。

一歩ごとに地面を蹴りつけながら、部屋を出ていくクルガン。 鼻を鳴らし、それを追うレドゥア

彼らが地上に一旦戻るのは疑いない。 部下達を戻すと、レンは静かに頭を下げた。

「この事はご内密に。 私としても、貴公らを追いたくない」

「・・・分かっているさ。 口外はしない」

リカルドの応えに、レンは頷き、自らも部屋を後にした。

誰もいなくなった事を確認すると、サラは頭を振り、静かに立ち上がった。

「一旦戻りましょう。 アティさんの体が心配だわ」

 

この戦闘は、後の世にて第三次迷宮戦と呼称される事になる。

動員された戦力は、ユージン軍は具体的には不明だが、合計して千六百強

一方ドゥーハン軍は、非戦闘員を含めて三千六百七十七名。

戦闘に実際に参加した戦力は、ドゥーハン軍は約二千百、ユージン軍は全兵力であった。

損害率は、ドゥーハン軍が死者百七十七名、一割に達しなかったが

逆にユージン軍は七割近くを喪失し、戦闘の結果はドゥーハン軍の圧勝に終わった。

しかしながら、被害は無視できる物ではなかった。 特に忍者部隊は三十七名を戦死させ

戦力の殆どが行動不能になり、回復と再編成を待つ事になる。

この戦闘の直後、驚愕すべき事態がドゥーハン軍に発生するのだが

ともあれ、戦い自体は終わり、迷宮の外にはつかの間の平和が訪れた。

しかし、迷宮の中の状況は、この後一気に加速していくことになる。

(続)