ゆっくり揺れる

 

序、転がること無く

 

砂浜に石が落ちていた。

行っては戻る波に洗われていたその石だけれども。

突然来た大波に吹き飛ばされて、一気に此方に転がってくる。そして、凄まじい勢いで引いていく波は、石を連れて行く事はなかった。

砂浜の護岸壁近くまで転がってきた石を掴むと。

わたしは波打ち際に放り戻そうかと思ったが。

こういった砂浜は、そもそも我々の多大な努力によって守られている。

石を確認するが、別に珍しい生物が住み着いているわけでもない。

多分車か何かにはじき飛ばされて、波打ち際まで飛ばされたただの何の変哲も無い石。そういう事だろう。

ゴミに捨てるのも問題だ。

仕方が無いので、他のボランティアに声を掛けてから、石を捨てに車道に出る。そして、山の方へ放り捨てた。

そもそもこの石がどういう経緯で波打ち際にまで行ったのかは知った事では無いし。

海に川から流れ込んだ石でもないのなら、海に戻す必要はない。

もう少しで海開きだ。

せいぜい、海岸を綺麗にしていかなければならない。

こういう観光地では、ちょっとしたことですぐ人が来なくなる。

日本人は妖精と同じだと、何処かの国で誰かが言ったとか聞いた事がある。

丁寧に接すれば悪さはしないし優しいけれど。

誰かが悪さをすれば、すぐにいなくなってしまうと。

実際には悪い日本人もたくさんいる。

他の国の人間と同じだ。

だが、そんな印象を受けるのも、海岸掃除のボランティアをやっていると、分かる気もする。

実際問題観光地はデリケートだ。

更に言えば、この不況のご時世。

不祥事が起きれば、あっという間に広まり。あっという間に人は来なくなる。

海外の客に至っては、日本人以上にマナーが悪いし、最初から犯罪目的で来る人間までいる始末。

いずれにしても。

海を綺麗に守るのは、自主的に始めた以上。

気を抜かずにやろうと思っていた。

勿論、無賃労働をしているつもりはない。

学校などに強制されている訳でも無いし。

全て善意でやっている。

この場にいるボランティアはみんなそうだ。

何処かの国際運動祭みたいに、ボランティアを強引にかき集めた訳でも無いし。無茶な条件で働かせるつもりもない。

単に、食っていくために。

手が足りない分を、自主的にやっている。

それだけだ。

振り仰ぐと、あまり景気が良いとは言えない海岸街が見える。

上手く行っている海岸街は、色々な設備なんかを整えたり、誘致を上手く出来たりしているが。

此処は所詮底辺。

海はそこそこ綺麗だが。

それも心ない観光客が好き放題に汚すから、気を付けないとあっという間に汚くなってしまう。

今の前くらいの世代は。

海がおぞましいまでに汚れていて、とても海水浴なんてする気にはなれなかったらしいけれど。

今の世代はすっかりそれを忘れて。

公害の恐怖についても忘れ去ってしまっている。

たったの一世代で人間はアホに成り下がる。

黙々と掃除をしていると。

また石を見つけた。

またか。

うんざりしながら、石を調べて、問題が無いことを確認。どう見ても海のものではない。川から流れ込んできたものでもない。

ボートで海に出ていた人達が、海水浴に備えて、離岸流の目印を作っている。

海岸に水が押し寄せると言う事は。

海に水が戻っていく場所もある。

それが離岸流だ。

その勢いは強烈で、水泳のプロでもあっという間に流されるほど。勿論素人が入れば即死だ。

ヴイを配置して、離岸流につき危険の浮きもつけると。

ボートは港に戻っていく。

今年は冷夏だが。

それでも一応客は来るだろう。

一番厄介なのはバーベキュー客で。

兎に角マナーが悪い連中も多い。酒が入ると、マナーの悪さは更に酷くなる。

観光をするには我慢が寛容だ。

それができないと、金を落として貰えない。

接客は最悪のブラック労働と言われて久しいが。実際問題、この街で生きているとそれもよく分かる。勿論最悪の中の最悪、外食ほどでは無いだろうけれども。それでも、季節限定とは言え、我が儘放題汚し放題の観光客も少なくない。後片付けをするのは住んでいる我々なのだ。

かといって、そういった害悪客にもある程度我慢しないと、食べていくことが出来ないのも現実。

海外に逃げようにも、今は何処も社会のシステムが無茶苦茶になっていたり、景気が良いと自称していても実際には超格差社会が拡大していてあげく粉飾決算していたり。

わたし達のように住んでいる場所が場所だと、幼い頃から経営にも関わる。

自営業の納税なんかの大変さも分かるし。

それ以上に害悪客の蛮行は、幼い頃から嫌でも目にするのだ。

石を草むらに放り込んで、また海岸に。

そしてしばらくしてから。

また石を見つけた。

不可解だが、仕方が無い。

同じように処理する。

ボランティアに参加するようになったのは十五の頃。

その頃から、ボランティアには四年間参加している。

大学に行かず、地元で生活する事に決めた私は、結局こうして地元で代わり映えの無い灰色の青春を送っているが。

都会も今は悲惨だと聞くし、それが悪いのかはよく分からない。

むしろ今は、ずっとボランティアをやってきて、遭遇した事のない事態。つまりどうして石ばっかり発見するのか。それが気になっていた。

ボランティアが終わったのは夕方。

今日は妙だった。

集まって、ゴミについて話をする。たまに割れた硝子瓶など危険なものもあるが、そもそも海に人が来なくなった後は定期的に掃除をするので、そういう危険物は滅多に無い。他の街だと、不法投棄でとんでもないもの、例えば車などが捨てられているケースがあるそうだが。

現時点では見つかっていない。

熊手を担いでいるボランティアのリーダーが、ゴミについて軽く話すのを聞く。

典型的な体育会系で青年団のリーダーだが。

名前と裏腹に既に年齢は40代。

青年団などと言う言葉は、完全に有名無実化している。

わたしは数少ない若い世代だが。

それが優遇されると言う事もない。

せめて少しは若い世代を優遇したり、移り住みやすいようにすればいいだろうに。

そういう知恵も回らず。

既得権益にしがみついている構図が、こんな所にも出ている。

まあ、仕事だけはきちんとしているので。

それはよしとしよう。

なお砂浜の清掃に熊手なんて持ち出している理由は簡単。

砂浜に危険なゴミを埋めていく阿呆がいるからだ。

割れた硝子瓶などが埋まっていた場合、素足で踏んだらどうなるかは言う間でも無いだろうが。

やる奴がいるのである。

この砂浜は幸いウミガメが産卵に来るようなことは無いが。

車が轍を作ると、それも色々と問題になる。

ウミガメが産卵に来る場合、小亀が轍を越えられず、死んでしまうのだ。

他にも、色々な影響があるので。

轍がある場合、熊手でならす必要がある。

これが結構な重労働で。

わたしも何度かやった事があるが。いずれにしても、あまり率先してやりたい仕事ではない。

一番最後。

わたしが今日の出来事について話すように言われたので、そうする。

石が不自然に落ちていたという事実を告げるが。

だから何だとか怒鳴られた。

「石が何か問題なのかよ、ええ?」

威圧的に凄んでくる団長。

他のボランティアも、によによしながらそれを見ている。

最年少者に対してしか高圧的に出られない。

年少者に高圧的に出る事で、自分が「偉い」と錯覚することが出来る。そしてそれを自覚しているにもかかわらず、止められない。

こういった田舎の観光地が過疎化するのも道理だ。

こんな所に誰が残ろうと思うだろう。

しかも都会で成功した人間が戻ってきても、田舎では昔からの人間関係通りに接せられる。

どれだけ田舎のためにお金を還元しようが。

学校での虐めのターゲットだった場合。

ホームレス同然の奴が、威張り倒したりするのである。

勿論、住んでいる人間達は。

最悪の意味での年齢別の力関係を適応される。

わたしはげんなりしながらも、猿でも分かるように丁寧に説明をしておく。

「川から流れ込んだ石ではありませんでした。 かといって、海岸にあんな石が落ちているのは見た事がありません」

「だったら何だってんだよ! ちったあ頭を使え! 脳みそ入ってんのか、ああん?」

昔だったら殴られていたかも知れない。

でも、流石に今それをやると犯罪になる。

まあまあ抑えてと、青年団の副団長が言うが。

目には嘲弄が宿っていた。

どうしようもない。

「庇ってやっている」つもりなのだ。

そして此奴も、わたしに対してマウントを取っている。どうしようもない田舎の縮図だなと、呆れて思う。

いずれにしても、ボランティアはこの腐れ会議さえなければ苦ではない。

会議が終わると、わたしはさっさと引き上げる。

実は少し前、酒を飲まされそうになったのだが。

未成年だと断って、さっさと切り上げた。

実際問題、わたしに手を出そうとしているのは目に見えていて。

しかも、その時から青年団の団長はわたしを目の敵にしている節がある。

反吐が出る。

本当に都会にさっさと逃げようかとも思うが。

老いた両親を思うと、そうも行かないのが面倒くさい。

また、反社ともつるんでいた、筋金入りのろくでなしだった叔父が残した姪が家にいて。

両親は姪に対して非常に冷たい。

姪は学校でも居場所がなく。

わたしくらいしか味方がいない。

ブスに生まれれば良かったとも想うのだが。

生憎わたしは地元テレビ局に声を掛けられ、ローカルアイドルをやらないかと言われた事があるくらい、顔立ちは整ってしまっている。

普通で良かったのに。

そうぼやきたくもなるが。

もう今更何も言うことも無かった。

家に戻る。

まだ涼しいとは言え、ずっと今日は外でボランティアをしていた事もあり、肌も多少荒れている。

自室に戻ると。

部屋で背中を丸めて、姪がゲームをしていた。

わたし自身は二世代前のOSが入っているPCを立ち上げると。

SNSで適当に地元の宣伝をする。

涙ぐましい努力だが。

市役所にはうちのより酷い、文字通り化石のようなPCしかなく。

ネット環境も超遅い上。

SNSの知識を持っている人間さえ存在しないという状態だ。

勿論役所以外も状態は同じ。

しかも、以前アニメの誘致計画があった。

いわゆる地元をネタにして、アニメを作ると言うもので。

上手く行けば、アニメのファンが来てお金を落としてくれる。

これで大成功している市も、失敗している市もある。

だが、うちの市は、「アニメなんか」という言葉でそれを断った。

結局別の市がそのアニメを誘致した結果。

今では丁寧な対応でファンが大勢押しかけて、相当な収益になっているという話である。

それを聞いても、「馬鹿が集まっているだけ」と鼻で笑っているような大人達の集まっている街である。

どうしようもない。

だから自発的に黙々と宣伝をしているのだけれども。

支援が無い状態では、あまり効果があるとは思えなかった。

一応観光地で、漁業の収益もあるので、限界集落と言う程酷くはないが。

この土地の未来は見えてしまっている。

それでも何とか少しは改善出来ないかとは思うのだが。

実家の民宿でさえ、今日は何も仕事が無いという有様。

こんな状態では、来る人だって来やしない。

嘆息すると、ゲームをやっている姪を見る。

すっかりひねくれてしまっている姪だが。

それでも、わたしには心を許してくれている。

「ゲームやる?」

「うん」

姪は対戦できるゲームが好きで。わたしはあまり好きでは無いのだけれど。

姪につきあわされる内に、嫌でも腕は上がった。

オンライン環境は文字通りの魔境で。

いわゆるブロック崩しの元祖となるこのゲーム、今ではオンラインでは魔王か悪魔かというような連中しか残っていない。

だが二人で対戦する分には気楽だ。

ごく当たり前の腕前で。

ごく当たり前に戦える。

手加減しなくても良いし。

むしろ姪もどんどん腕を上げているので。

しばらく黙々と、色がついたブロックを落とし続けて。

たまに大連鎖が出ると、勝っても負けても嬉しい。

「おばちゃん」

「おばちゃん言うな。 まだ未成年だよ」

「分かってるけど、おばちゃんでしょ」

「まあそうだけれどさ」

4勝2敗になったところで、姪が口を開く。

あまり良い事がなかったのは、お互い様だ。

「学校で、また一人転校していった。 最後の日まで、私を殴った」

「ああ、あのろくでなしの」

「都会で新しい事業を始めるんだって」

「ふうん……」

冷めた声しか出ない。

この狭い界隈、子供がいる家は少ないし、事情は知っている。

そしてこの不況のご時世。

新しい事業なんて上手く行く方が珍しい。

どうせ上手く行かないだろう。

膨大な借金を背負って東京湾なりに沈められるか。

或いはホームレス同然になって落ちぶれて戻ってくるか。

どっちにしても哀れな末路だ。

だが、この田舎では。

そんな状態になっても、地位はかわらない。

戻ってくれば社会のヒエラルキーの上に返り咲くのだ。

まったくもってうんざりする。

死んでしまえ、などと言うことは流石に言えないが。

成功してもしなくてもどうでもいいから、二度と戻ってこなくていい。

「これで学校は残り五人だっけ?」

「花咲く日よりみたいな学校だったら良かったのに」

「……そうだね」

花咲く日よりとは、田舎の良い所だけをアニメにしたような、いわゆるスローライフアニメである。

此処は田舎だからテレビの局数も少なく。

放送も遅れる傾向があるのだけれども。

それでも最近放送した。

陰湿な虐めも無ければ、腐った大人達の人間関係も無い。だから、姪は夢中になって見ていて。

何度も羨ましいと口にしていた。

だけれども、田舎に住んでいると、あれが如何に嘘だらけのアニメかはよく分かっている。

勿論嘘だらけである事は作者自身が分かっているのだろうが。

それでも、あまり良い印象は無かった。

嘆息すると、姪を促して、ゲームを終わりにする。

後は風呂、食事。

そして寝るだけ。

民宿を手伝ってはいるが。まともな男なんて周囲にいない。

年齢層が被っている連中は、そろいもそろってろくでなし揃い。

反社と連んでシンナーを吸っていることを自慢しているような奴や。

早々に結婚したは良いが、毎日妻と子供を殴っていることを自慢しているような奴。

先祖から受け継いだ土地を売り払って、後は悠々自適に家で過ごした結果、豚のように太って身動きも出来なくなった奴。

そんなのばかりだ。

灰色の人生は揺れる。

観光シーズンはもうすぐだが。

どうせ今年も、ろくに儲からないのは、目に見えていた。

 

1、不可解

 

砂浜に出る。

ぼちぼちと、観光客が来始めていた。

一応潮干狩りは出来る場所なのだが。

やっていい時期と場所がある。

それ以外は密猟になる。

海の生物は、殆どの場合野菜と同じで、地元の漁師が丁寧に手を入れて育てているものなのである。

それを知らずに食うのも問題だが。

知っていて、知らなかったフリを装い、勝手にアワビやらを持ち帰っていく輩が多いのも問題だった。

ロープが張られていて。

潮干狩り禁止の看板も立てられている。

観光客は入るには早い海を見て、わいわいと騒いでいるが。

それだけなら別に問題は無いだろう。

ただいる場所は覚えておく。

マナーが悪い客の場合、ゴミをまき散らして帰るからだ。

そして夕方。

案の定、かなりの量のゴミを残したまま、帰って行った。

しかも嘲笑うように、ゴミは持ち帰るようにと書かれた看板の前に、である。

完全に舐められている。

かといって、現行犯でないと抑えられないのが苦しいところだ。

仕方が無いので、ゴミは自主的に片付ける。

何に使ったのかよく分からないようなゴミまでたくさん散らばっていたが。

いずれも分別して処理。

ナマモノもあるし、片付けるのが遅れるとすぐに蛆が湧く。

そうなると、片付けるのが更に大変になるのだ。

蛆は非常に耐性が強く、ちょっとやそっとでは死なない。

ましてや蛆が湧いたような生ゴミの場合、その異臭は冗談抜きに命に危険を覚えるレベルだ。

とっとと片付けるが。

これもうちのためだ。

この限界集落ほど酷くはないにしても、それに近い街のためじゃない。

文句を押し殺して、ゴミを片付けているが。

手伝う人間などいる筈も無い。

若いのだから働いて当然。

たまに通り過ぎる地元の人間も、そんな目でわたしを見ていた。

ゴミの処理が終わると、自宅に戻る。

今日も客はいない。

ゴミはうちのゴミとして出すしか無い。

時季外れだったし、何の客だったのだろう。

良く分からないが、とにかく家に戻ると、姪が顔に青あざを作っていた。両親は姪が受けている虐待に興味がないので、わたしが対応するしか無い。

「誰にやられた」

「先生」

「あいつか」

舌打ち。

教師業がどんどん過酷になっている昨今。

真面目でやる気のある教師はどんどん抜け。

学業より部活が大事、などと考えるような阿呆や。

完全に頭がおかしいのだけが残っているとは聞いているが。それに関しては。姪が通っている学校も例外ではない。

生徒に対して暴力を振るう癖がある最低野郎で。

クラスで虐めが起きていても、「虐められる方が悪い」と口にする下衆だった。

わたしがいた頃からそうで。

今でもそれは変わっていないらしい。

詳しく話を聞くと、どうやら授業ですぐに応えられなかったのが問題らしく。

しかも姪が応えられなかったのは、四学年上の問題だったそうである。

他の生徒は大笑いし。

そして教師は容赦なく殴った。

こんな問題教わっていないし分からない。そう姪は涙を拭っていたが。分からなくて当然だし、殴られる理由も無い。

両親は、教師はあの人しかいないと言って見てみぬふり。

確かに、今姪が行っている学校には、授業を担当できる教師が一人しかいないのも事実で。

今のご時世、代わりもいないだろう。

地獄だなとわたしは思うが。

それでもどうしようもない。

とにかく、写真は撮って残しておく。そして、姪には何をされたか、きちんと書き残させた。

これはいよいよ危なくなったときのための自衛策だ。

毎日基本的に、虐めを受けた場合は何をされたか、メモを取らせている。

ネットで覚えた知識だが。

いよいよ危なくなった場合には、これらを弁護士に直接見せる。

学校に見せるのは論外。

まったく役に立たない。

直接警察沙汰にすることで、ようやく対応出来る。

とはいっても、ここの市の警察では、対応してくれるかは分からない。

かなり大変だが、県警まで直接話をしに行くしか無いだろう。それで駄目なら、隣の県の県警に行くしか無い。

酷い場合は、警察もグルになって虐め殺人を隠したりする。

ある市で実際に起きた出来事だ。地元の名士の子供が虐めによる殺人を行い、市ぐるみでそれを隠蔽しようとした。

以降もその市は不祥事ばかりを起こしているが。

根からして腐りきっているのだろう。

陰鬱な作業を終わらせると。

姪のゲームにつきあう。

姪が疲れて眠った頃に、両親と話したが。

年老いた両親は、勿論姪の味方などではない。

「あれは性根が生まれついて腐っているから、虐められるんだろう。 彼奴が間違っているんだから、何をされるのも仕方が無い」

父はそういった。

狂っていると思うが、どうしようもない。

そう本気で思っているのだ。

叔父がどうしようもないクズだったのは事実だ。

だが、その子供に何の罪があるだろう。

行きずりの女を孕ませて、その後は責任も取らずに頓死。

女も女で子供を残して失踪。

親権も宙ぶらりんの中、両親は「ゴミを引き取ってやった」と公言している。

文字通り反吐が出る人間性だが。これが普通だとわたしは諦めているので、丁寧に反論するしか無い。

「叔父とあの子に接点がそもそもないのは二人とも知ってるはずでしょ」

「エサ作ってやってるだけでもよしとしてもらわないと」

これは母の言葉だ。

姪の服代とかはわたしが出しているし、ゲームもわたしが買ってきたのを一緒に遊んでいる。

それにしても、エサ。

わたしはため息をつく。

わたしだって、この民宿を回すのに頑張っている。だが給金は最低限だ。家族経営だから仕方が無い。

その最低限の収入から、姪のためのお金を捻出している。

わたしが都会に出て自立できればどれだけ楽か。

実際面接は何度か受けているが。

どこも「好景気」とやらは嘘のように、面接なんて通る事などない。

大体面接を受けに行くと、両親は決まって言う。

見捨てるつもりか、と。

この潰れかけた民宿を見捨てるもなにもあるものかと思うのだが。

仕事を探すくらいなら、適当な男とでも結婚して楽をしてくれと、露骨に言われた事もある。

何もかも馬鹿馬鹿しいが。

わたしは丁寧に、丁寧に説明する。

姪は人間であること。

わたし以外に現状味方がいないこと。

扱いが極めて非人道的で、このままだと本当に虐め殺されかねない事。

精神に関連する病気を患いかねないこと。

それらを夜遅くまで、根気強く説明して。ようやく納得させたが。どうせ納得などしていない。

五月蠅いから納得したフリをしただけ、だ。

分かっているが。此方も疲れたし。話し合いがヒートアップすれば姪を起こしてしまうかも知れない。

心身ともに疲れ果てている姪に、これ以上負担を掛けたくない。

だから、切り上げるのは、仕方が無かった。

さいわいわたしはそこそこ健康。

今まで病気はしたことが無い。

適当にシャワーを浴びると、眠る事にする。

一階は民宿スペースだが、二階は生活スペースだ。繁忙期でも、そんなに儲かることが無い内は。

収入の大半を貸し家の家賃に頼っている。

先祖が残してくれた土地と家だが。

それも老朽化が激しく、家を借りている人間が出ていけば、後は修理代でごっそりお金が消し飛ぶ。

そういう世界だ。

両親も年老いているし、わたしには未来がない。

都会に出たところで、どうせ自立なんて不可能だ。最悪、生活保護にでも頼るしか無いが。

貧困ビジネスが猛威を振るった結果、今では生活保護の申請もとても難しくなっていると聞く。

嘆息すると、眠る事にする。

姪はぎゅっと身を縮めているが。

ほんのわずかな間だけ、両親と一緒にいた頃。

散々暴力を振るわれた名残らしい。

わたしには、側にいてあげる事。味方でいてあげる事しか出来ない。

無力な自分が、とにかく口惜しかった。

 

翌日。

家の作業が終わった後、砂浜に出る。観光客はいない。だが、また石を見つけた。それも、前に見つけた場所と同じのような気がする。

それも、増えている。

悪戯か。

何だか妙な悪戯だが。

砂浜にどうして石なんて投げる必要がある。

仕方が無いので、全て処理。

砂浜の石を放置しておけば、踏んづけて怪我をする人間が出るかも知れない。この市には満足に医者もいないのだ。観光シーズンにはヘルプが多少は来てくれるけれども、それも焼け石に水でしか無い。

居丈高に青年団の団長はわめき散らしていたが。

実際には、あまり石がたくさん落ちているというのは、面白い事ではないだろう。

砂浜を回って歩くと。

やはり何カ所かに石がある。

どれもこれも、やはり川から流れ着いたものではない。断言してもいい。

というのも、川を流れてきた石というのは、長年を掛けて降ってくるため、丸くなっているのだが。

これらの石は、どれもこれも、川とは無縁。

その辺に転がっている、尖ったものだ。

海の生物が住み着いている様子も無い。

ふむと鼻を鳴らすと、海岸を一回りして、石を全て回収。かなりずっしりと来る。

メモを取っておく。

次のボランティアの時にでも青年団の団長に見せるか。

いや、止めておこう。

若い人間にイキリ倒す事でしか、自分の価値を自分でも認められないような輩だ。

何をしてもわめき散らすだけなのは目に見えている。

自分の娘くらいの年の人間に威張り倒す事でしか、自分の偉さを証明できない。何とも虚しい話だが。

青年団の団長は、うちの貸し家の人間で。

それでもわたしよりも偉そうな立場を取れるのが、こういう田舎の不思議な所でもある。なんでだかはよく分からない。

ともかく、ずっしりとした石を全て処理し終えると。

家に戻る。

肩が疲れた。

姪は部屋に閉じこもっていたが。

両親にはゴミ同然の目で見られるし。おやつなんか貰えるわけも無い。

ゲームに関してはわたしが買ったものだから、両親も手を出さない。だが、遊んでばかりいるとか、両親が言った事があるので。

では遊び以外に出来る事でもあるのかと聞き返して。

以降は黙らせた。

少なくとも、両親はそれを口にしなくなった。

「おばちゃん」

「そろそろ夏休みだけれども、大丈夫?」

「うん。 今日は殴られなかった」

「そう」

殴られないのが当たり前なのだが。何だか何もかもが狂っている気がする。

お菓子を買ってきたが。

姪はかなり観察力が鋭い。

疲れているようだと言ったので、その通りだと応えるしか無かった。

「砂浜に石がたくさん落ちててね。 全部拾って捨ててきた」

「砂浜に石?」

「そう。 川から流れ込んだものとも思えないし、何なんだろうね」

「妖怪か何かだったりして」

まさか、と笑い飛ばす。

迷信深い田舎とは言え、流石に今時妖怪を真面目に信じている人間はいない。とはいっても幽霊話は大まじめに信じられたりするのだから、おかしな話だが。

もっとも、多くの人が理不尽に死んだりした、オモチャにしてはいけない場所は確かにある。

幽霊云々関係無く。

敬意を払って接しなければならない場所、と言う意味でだが。

「おばちゃん、石がどうして捨てられるのか、調べて見ようか。 もうすぐ夏休みで時間があるから」

「……手間暇掛かるよ」

「良いよ別に。 それに砂浜だったら、どうせ観光客しか来ないし」

「……」

それもそうだが、流石にまだ小学生の姪を一人で遊ばせるのは危ないか。

ただこの子の勘が鋭いのも事実だ。

わたしはため息をつくと。

外に出すのも必要かと思って、提案を了承した。

たくさんゲームを買うほど余裕が無いのも事実なのである。

それならば、一緒に外に連れ出すのも良いだろう。

虐めをする奴がいたら、さっさと遠ざけることも出来るのだから。

翌朝。

朝早くから、砂浜に出る。

昨日あらかた片付けたから、石は多分殆ど無くなっているだろう。そう思ったのだが。結構ある。

どうせ今日は仕事もないのだから、調べる事にする。

漁師をしている地元のおじさんに遭遇。

漁師と言っても、いつも船に乗って遠洋に出ているわけではない。海岸線近くで、養殖なんかをしているひともいる。

その一人に出会ったので、挨拶して話を聞く。

漁師のおじさんも、姪に対しては冷たい目を向けていたが。

それでも話はしてくれた。

石が海岸で見かけられるようになったのは、確かにある、という。

だが石を海岸に並べているような奴は見たことが無いし。

何よりも不審者そのものを見ていないともいう。

そうなると、一体この石は何だ。

しばし小首を捻っていると。姪は言う。

「とにかく石を捨てよう、おばちゃん」

「あー、そうだね、うん」

「……」

ゴミでも見るような目で姪を見ると、漁師のおじさんは行く。

姪はもう感覚も麻痺しているようで。

それに対しては、何も言わなかった。

わたしもそれに対して、いちいち反発するつもりもない。反発すれば、それだけ姪が酷い目にあうだけだと知っているからだ。

まとまったお金があれば。

どっか知らない土地にでも行って、ゆっくり暮らせるだろうか。

いや、今世界的にあらゆる意味でおかしくなっているご時世だ。どこに行っても、安楽などないだろう。

結局この世は。

地獄の同義語となりつつある。

金持ちだって、今はいつ転落してもおかしくない。

一瞬で金持ちがホームレスに落ちる。

そんな時代なのだ。

粉飾決算が発覚した結果、全米でもトップテンに食い込む会社が、一夜で倒産したという実例さえある。

一夜で国がひっくり返ったケースさえある。

そんな時代に、安泰な場所なんてないし。

安泰な人だっていない。

溜息が零れる。

メモだけ取って、石はさっさと捨てていくが。

夕方近くになって。

鬼のような形相で、青年団の団長が来た。

そして、いきなりまくし立てる。

「そのガキをなんで砂浜に入れてるんだよ! 巫山戯てんのか! 脳みそ湧いてるんじゃねえのか、てめえ!」

「……」

ちょっと度が過ぎるな。

すぐにスマホの録音機能をオンにする。

無言でわたしがその行動を取ったからか、更に青年団の団長は激高した。

「応えろやゴラぁ!」

「この砂浜に誰を入れようとかってでしょう。 ずっとわたしの側にいましたけれど」

「返事になってねえんだよ!」

殴りかかってくるかと思ったが、流石に大声を聞いて複数の見物人が現れたので、青年団の団長も真っ赤なまま怒鳴り散らす。

「そのガキが何をするか分からないくらいわからねえのかテメーは! なあ、このガキがアレの子供だって知ってるだろお前ら! 砂浜はこの街の大事な観光資源なんだぞ! なんで入れると思うんだよ! なあ!」

昔のおっさんか。

周囲の人間を味方につけようとして、自分の正当性を喚き散らす。

だけれどわたしがさめた目でスマホの録音機能をオンにしたのを見ていたからか、目を背ける者も多かった。

流石に警察沙汰になったら、庇いきれない。

しかも今の時代、ネットですぐに情報も拡散する。

今の狂態がネットにでも流されたら。

下手するとこの市の観光業そのものが大炎上する。

それくらいは、猿でも分かる。つまり此奴は猿以下だ。

「団長、あまり五月蠅いと今の発言、映像つきで全てネットに流しますからね。 この子の親がクズだったのはわたしも認めますが、この子には責任はありませんよ」

「逆らうつもりか、ああん! 仕事出来ないようにしてやろうか!」

「仕事って民宿の話ですか? そんな脅迫するようなら仕方が無い、家から出ていって貰いましょうか。 家賃滞納してましたよね。 それも三ヶ月分」

「……っ!」

胸ぐらを掴もうと手を伸ばしてくる団長だが。

その時、悲鳴を上げたのは姪の方だった。

多分大きな声を上げる準備をしていたのだろう。

わたしが吃驚するくらいの大声だった。

流石に警察が来る。

団長は慌てた様子で、その場を離れようとするが、一部始終をわたしは録画もしておいた。

ほどなく、警官が来る。

面倒くさそうな顔をしていたが。

証拠画像を出すと、流石にこれは看過できないと気付いたのだろう。

元々青年団の団長は評判が著しく悪かったこともある。

動いてくれる、という話はした。

だが、どこまで信用できるか。

まあ此方も、動画を編集して、いざという時はいつでもネットに流せるようにしておくとしよう。

それくらいの自衛策は採っておかないと危ない。

それにしても、姪は泣いてもいなかった。

警察が行った後、わたしの方が不安だった位なのだけれど、けろっとしている。

「それにしても大丈夫だった?」

「あのくらい平気。 クラスの全員に囲まれて、殴られたことだってある」

「……そう」

「おばちゃん、それよりも彼奴絶対仕返ししてくるよ。 どうするの?」

して来た場合は、当然SNSで情報を流すしか無い。

それについては此方も本気だ。

にしても、石を調査していただけなのに、こんな理不尽に会うなんて。

なんでこんな面倒な事に。

ため息をつく。

来週くらいから海開きか。

今年の冷夏はかなり酷いが。

それでもこの辺りの気候なら、海に入ることは出来るだろう。

それにしても、犯罪者の娘だから、砂浜に入ることも許さない、か。

人間とは一体どれだけくだらない生物なんだろうと。わたしは、自分が人間であることが恥ずかしくなった。

そしてこれは、都会でも田舎でも、どこの国でもどうせ代わりはしない。

いずれにしても、こんな騒ぎになったら、もう調査どころでは無いだろう。

さっさと切り上げて、帰る事にする。

部屋でじっと姪は膝を抱えていたけれど。わたしが動画を編集している間に、ぼそりと呟いた。

「わたし、なんで生まれてきたんだろう」

「そんなこというもんじゃないよ」

「だってそうでしょう」

「……」

そもそも。

人間という欠陥しかない生物が、どうしてこの地球上に繁殖しているのか。

わたしには、その方が謎でならないとしか思えなかった。

 

2、増える石

 

青年団団長が首になった。

これに関しては良かった。また、奴はどうやら隣の市に引っ越したらしく。滞納していた家賃は、借金して払っていったようだった。

どうも余罪が多数あったらしく。

それを警察に追求されたら、もうさっさとこの市を離れるということにしたらしい。

よく分からない。

なんでそれで手打ちになるのか。

逮捕しろよと思うのだけれど。

警察としては、そもそも犯罪者の娘が好き勝手に歩いているのを注意しただけなのに、それ以上の罰を与えるのは不適当と考えたとかほざいていて。

わたしはこの世には神はいないし。

いたところで昼寝しているのは確実だなと思った。

どちらにしても、もうこの世には何一つ期待出来なさそうだ。

呆れたわたしは、まったく頼りにならない新しい青年団団長(まあ腰巾着だったのだし当然だが)の下でボランティアをしていたが。

気付く。

やはり、石がかなり増えている。海岸に石がたくさん落ちている事を指摘。前の青年団団長はわめき散らすだけでその意味を理解しなかったが。今度もそれは同じだった。

だから丁寧に説明する。

猿でも分かるように。

「よく見てください。 この尖った石、明らかに川から流れ込んだものでもありませんし、観光客が踏んだら怪我しますよ。 自主的に回収していましたが、こんな数が散らばっているのは不自然です」

「だからどうしろっていうんだよ」

「まずきちんと排除して、犯人を捕まえることです」

「そんなのお前がやれば良いだろ」

馬鹿か。

此処は観光で成り立つ街だ。特に海水浴は生命線に等しい。それをそんな風に考えているなんて、脳みそが腐っているとしか思えない。

はっきりそれを指摘してやっても良いけれど。

とにかく抑える。我慢する。

まず順番に説明していく。それでも、青年団の団長は、苛立った様子を見せるばかり。

自分が胡麻をすっていた相手がいなくなり。

好きかって出来るようになった筈なのに。前同様噛みついてくる。しかもわたしは、前の団長を追い出した張本人だ。

面白くない。

それだけの理由で反発しているのが見え見えだ。

平均的な人間は、相手を自分より上か下かで見る。そして相手が下だと思った瞬間、相手が言う言葉が正しかろうが聞かなくなる。人間なんてその程度の生物だ。それは分かっているのだが。

それでも、この街に生きていて。

余所で生活する宛ても無い以上。

最大限の努力はしなければならないのだ。

ゆっくりゆっくり丁寧に説明。そうすると、相手はどうやら「会話が出来ない」と判断したらしい。

会話が出来ていないのは自分なのだが。

この手の人間は、「コミュニケーション」とかいう言葉を、「胡麻を上手にする」方法と勘違いしている。

だから引いた。

「分かった分かったよ。 どうすればいいんだよ」

「まず石の除去。 それと、これは明らかに自然現象ではありません。 見張りを立てないといけないでしょうね」

「見張りってなあ」

「観光客は観光地でのトラブルにとても敏感だと言う事を忘れていませんか? ただでさえ今は観光客がお金を持っていなくて来てくれない時代なんですよ」

うんざりした様子の団長。

頭が悪すぎる。

ゴマをすっていたから団長になれた。ただそれだけ。それ以外には何もできないし、タチが悪いことに自分が今この瞬間も正しいと考えているタイプだとしか思えない。

その手の連中は、何を言っても無駄だし。

正論だと分かっていても、「正論しか言えない」というような言葉しか吐かない。

要するに何を言っても無駄なのだが。

それでもどうにかしなければならないのが面倒なところだった。

食っていくためには、どんな阿呆でも説得しなければならない。

年間異常な比率の自殺者が出ているのも。

こんなアホみたいな「コミュニケーション」が蔓延して。

嫌気が差している人だらけになっているから、と言うのも要因の一つでは無いのだろうか。

「分かった、とにかく悪さをしている奴がいるのは分かった。 だがボランティアで夜中まで見張るのかよ」

「仕事の関係で夜に動いている人もいるのでは」

「面倒だなあ」

そもそも、管理をしっかりするのが管理職の仕事だ。自分が「偉い」とでも思っているのか。

しっかり管理できない管理職なんて害悪以外の何者でも無い。

此処でトラブルが起きている時点で問題だし。

その問題はわたしがずっと前に指摘したものだ。

トラブルに対応出来ないなら無能だし。

トラブルを解決できないなら無能。

ハンコをもったり、上に立つ人間というのは、そういう重荷を背負う者で。

真面目に働く人間を食い潰して、金を独占する者を指すのではない。そんな事くらい、誰だってちょっとでも考えれば分かるだろうに。

此奴にはどうして分からないのか。

いい加減イライラしてきたが、とにかく提案は受け入れさせた。

警察が見回りをしてくれる、と言う事になったが。

ブツブツずっと青年団の連中は文句を言っていた。

此奴ら、口ばっかり達者で。

何の役にも立たない。

存在自体が不要なような気もする。

地方の自治体とか、PTAとか、既に存在そのものが役に立たなくなっているものはあるけれど。

この青年団は正にその見本だなとわたしは思った。

ともあれ、警察には掛け合ってくれるという。

さて、これで解決するかどうか。

するとはとても思えないが。

 

翌朝。

あまり良い予感はしなかったので、朝早くから海岸に出る。案の定、石が山のように散らばっていた。

これはそろそろ、手に負えなくなるかも知れない。

いずれにしても海開きも近いのにこれだ。

警察に連絡。

もう、青年団は話しても無駄だ。

しばらくしてから、面倒くさそうに警察が来る。年老いた巡査長一人だけで、話を聞いてもうんざりするばかりだった。

「一応巡回は回したがね、不審者はいなかったよ」

「ではこれは何ですか。 こんな砂浜に観光客を出せるとでも」

「知らないよそんなの」

「この街は観光でかろうじて食いつないでいるって分かってますか? とにかく、真面目に仕事をやってくださいよ」

ともかく。これではもうどうしようもない。

家に戻ると、今日の民宿の仕事は手伝わない事を告げる。今日は珍しく客が来ていたのだが、親に対応して貰う。

砂浜の一件は話してあるのだが。

どうしても誰もがぴんと来ないらしい。

もう誰もどうせ手伝わないだろうし。

わたしがやるしかない。

海岸に出ると、石を拾って集める。もうトングを使って片っ端から拾うが、それにしても数が多すぎる。

たっぷり昼まで掛かって、やっと回収しきれたが。

その後熊手を使って、砂をしっかり慣らしてみると、まだ出てきた。

これは、まずいかも知れない。

警察が来て、事情聴取をして来たので、説明する。

石を見せるが、相手は不審そうに顔を歪めて。ましてやわたしがやったのではないかとか言い出した。

ブチ切れるかと思ったが。

やって何の意味があるのか問いただす。

兎に角、石を処分しなければならない。しかも、石が毎日どんどん増えていることも告げる。

このままだと、海開き出来なくなる事も。

警察は面倒くさそうにこちらを見ると。

署に同行を求めて来た。

いわゆる任意同行という奴か。

もういい。

とりあえず警察に行って、今までの石の記録も全部見せる。石が落ちていることに気づき始めてから、回収していること。最初は近くに捨てていたが、また誰かが海岸に投げている可能性も考慮して、途中からは家の車で山まで捨てに行っていること。

それらも全て告げたが。

警察はどうにも理解出来ないようで。頭の鈍さにイライラした。

わたしはツラは平均以上らしいが、頭は別に良い方じゃあない。

それでもこのくらいは分かるのに、どうしてこの程度の事も頭が回らないのか。

トンチキ鮫映画に出てくるボンクラ市長ですらもう少し頭が回るだろうに。此奴らは阿呆か。

わたしの苛立ちと裏腹に。

兎に角警察は聴取を終えた後、石を此方で預かると受け取ってはくれたが。

嫌な予感しかしない。

そして、その予感は的中した。

翌日。

警察から、早朝に電話が掛かってきたのだ。

寝ぼけ眼で、低血圧のわたしが電話に出ると、まずアリバイを聞かれた。家で寝ていたと応えると、しばらくした後言われる。

海岸が石だらけだと。

 

賽の河原というのは、こんな感じなのだろうか。

現地を見て、わたしはそう思った。

しかも散らばっている石はどれもこれもが尖っていて、踏んだら危ないものばかりである。

石をせっかく片付けたのに。

あっという間に元の木阿弥か。

溜息が零れる。

警察が、わたしを疑っているようだったが、視界の隅に見慣れた顔が。

青年団の現団長。

そうかそうか。

要するに、わたしが変なことを言っていて怪しいとでも警察に吹き込んだか。それともコネでも使ったか。

彼奴確か前団長の腰巾着をずっとやってきていた経歴持ちで。

そのコネで警察にも知り合いがいるらしい。ましてや前団長の件で、わたしは警察ともめ事を起こしている。

なるほど、読めた。

この機に、わたしを排除するつもりか。

まあいい。何だか何もかもが馬鹿馬鹿しくなってきた。

「じゃあもういいです。 毎日わたしが自主的に石を全て撤去していましたが、もうやりませんし、其方で好きにすると良い。 それとこの状況で海開き出来るとでも思うなら、自由にしては」

「そういう話じゃ無い。 貴方がこれをやったのでは無いのか、という嫌疑が掛かっている」

「だったらわたしを拘置所にでも放り込んで見張ると良いでしょう。 その間に砂浜の石を取り除いて、結果を見れば良いのでは」

「……」

警察官達が鬱陶しそうに視線を交わした後。

わたしの家で見張りをつける、という話になったが。

もう面倒だから、拘置状でも留置場でも何でも良いから、24時間監視が出来る場所でいいとわたしの方から言い出す。

姪の事は少し心配だ。

学校では、この間の一件以降、わたしが怖いらしいと言う話が拡がったとかで。姪は完全に無視されるようになったらしい。教師からもいないものとして扱われているとかで、出欠の時も呼ばれないそうだ。

だが、わたしが犯罪者扱いされると、非常に面倒な事になる。

「ほら、とにかく24時間監視でも何でもどうぞ」

「……上役に相談する」

警官が上司に話をしている様子をしらけた目で見つめる。

今までずっと石の処理をしていたのは一体何だったのか。馬鹿馬鹿しくて、反吐が出るが。

ともかく、しばらくして。やっと警官は言った。

「それでは、今日は保護という名目で警察署で過ごして貰って良いですか」

「ご自由に。 何なら手錠でも掛けますか」

「いや、其処まではしません。 ただ、生活はちょっと不自由になるかも知れませんが」

「地下牢でも何でもかまいません」

そんなものがあるかは知らないが。

ともかく、署に入って、一日過ごすことにする。

海岸の石は、その間に残りの青年団や老人達がかり出されて、総出で取り除いたらしいが。

結果は見えている。

これだけ同じ事が起きているのだ。

次も確実に起きると見て良いだろう。

翌朝。

案の定、警官が青い顔をして、わたしの所に来た。釈放だという。

海岸に案内される。

ある意味、壮観だった。

昨日以上の石が、びっしりと砂浜……もはやそう呼んで良いのかさえ分からない場所に散らばっている。

青年団の団長が、ヒステリックに騒いでいた。

「あの女が!」

「ずっと警察で保護していましたよ」

「絶対に抜け出してやったに決まっている! どうせ賄賂でも……」

「いい加減にしろ!」

警官に怒鳴られる青年団団長。

これは前団長と同じ運命を辿るかな。まあどうでも良い話だが。

ともかく、警察も流石にこれは問題だと思ったらしい。というか、問題だと思うのが遅すぎる。

人員を動員して石を取り除き始めるが、なんとトラックの荷台に一杯になるほどの量が散らばっていた。

いずれにしても、これは一人や二人で出来る事では無い。

本来なら重機とかを使ってやるような仕事だ。

警察も流石に慌てだしたらしい。

相当な数の警官が出てきて、海岸を調査していた。

いずれにしても、これは海開きどころではない。

鮫映画よろしく、市長などが出てきて余計な横やりを入れて、大惨事になるのかなと思ったら。

案の定、市長が出てきた。

この街一の金持ち。

反社とも関係が深いと言われる市長は、でっぷり太っていて。対立候補は基本的にいつも出てこない。

この街では選挙は形だけ。

とはいっても、市長は蓄財には熱心だが所詮はこの程度の街の市長。

大企業には到底及ばないし。

更に息子が無能だと言う事もあって、恐らくは此奴の代で独裁は終わりだろうという話もされている。

市長が警官達に何か喚いている。

どうしてもっと早く気付かなかったとか。

早く何とかしろとか。

とっくの昔に気付いていて。

それを無視していたのはそっちなんだけれどなあ。とわたしは心中で呟いたけれど、もう知らない。

ただ生きていくためには、何かしらの事はしなければならないだろう。

警察にも解放して貰ったし、一度家に戻る。

家に戻ると、姪が部屋に閉じこもって、黙々とゲームをしていた。

そういえば、そろそろ夏休み。

姪はしっかりしていて、私物は殆ど学校に置かないし。あったとしても夏休み前には持ち帰っている。

そういうものだ。

「おばちゃん、お帰り」

「ただいま」

「聞いた? また青年団、団長変わるって」

「ふーん」

はっきり言ってどうでも良い。

無能がいなくなるのは有り難いが。正直な話、その次が有能である保証は無い。

今は先進国でさえ、大統領選が罰ゲームになるような時代だ。要するに社会のトップの人材が枯渇している。

これだけ人間が有り余っているのに人材が枯渇している理由は簡単。

使い捨ててきたからだ。

結局の所、ブラック労働が騒がれた日本だけでは無く。

どこでもそれは同じだった、と言う事で。

最終的にこの文明はもう保たないのかも知れない。

それさえ、わたしにはどうでも良くなってきていたが。

「ちょっと遊ぼうか。 それで良い?」

「うん」

姪としばらくゲームをする。

数日会わない内に、妙に腕が上がった気がする。相手の連鎖数を見て、どうも妙だと思ったが。

ひょっとして、今まで此奴、手を抜いていた。

いや違う。

何だか異質なものを感じる。

「そんなの何処で覚えた」

「挟み込みの事? ネットで」

「……」

そんな名前のテクニックなのか。

まあいい。それに実用的なテクニックには見えない。それよりもむしろ、連鎖を組むのが早すぎるのだ。

凄まじい速度で最善の選択肢を選んでいるようで。

どうも妙な気がした。

本当にわたしの側でゲームをしているのは、わたしの姪なのか。

「砂浜はどんな感じ?」

「わたしが警察にアリバイ証明している間に、もの凄い石がばらまかれていたみたいでね、あれだと海開き出来ないかもね」

「……ひょっとしてだけれど、石が増えてるのには理由があるんじゃ無いの」

「何にしても誰がやっているんだか。 あれは明らかに自然現象じゃないからね」

渾身の大連鎖をぶつけるが。

即座にそれ以上の大連鎖で返される。

これはちょっと勝ち目が無い。

早めに切り上げるが、姪は涼しい顔をしていた。

「どうしたの、そんなに強くなって」

「コツを掴んだだけだよ。 それと、前提が何か間違っているんじゃいの」

「前提?」

「人為的に誰かが悪意をもってやってるって話」

何を言い出すのか。

姪はそれ以上何も言わなかったが。

だが、確かに一人か二人が出来る事じゃあ無い。そもそも最初からして、観光客の誰かかが、悪意をもってやったのかと思った。或いは何も分かっていない子供が、面白がってやったのかとも。

しかし、どちらも後々を考えるとおかしい事だらけだ。

そもそもこの街の人間は、一部の阿呆を除くと、観光でかろうじて食って行けていることを理解している。

海開きをすれば相応に人は来るし。

海は綺麗だからそれなりに付帯効果で儲かる。

昔は兎も角、今はゴミも殆ど無く、水は澄んでいてそれなりに楽しめるのだ。クラゲが出始めるのも遅い。

それなのに、どうして石なんて投げる必要がある。

地元に恨みがある人間だとしても。

他にやりようがある。

砂浜に石を毎晩投げるなんて行動、物理的にも色々と無理がありすぎるし。

そもそもとして、どうして毎晩石が増えているのかが説明できない。

石を護岸壁の上から投げ込んでいるとしたら、数十人規模でないとどうにもならない状況だ。

出来るとはとても思えないし。

ましてや嫌々ながらも警察が見回りを始めているのである。

ますます出来る筈が無い。

とにかく、なにももうするつもりはない。

一度警察に泊まりまでしてアリバイを証明したのだ。

それでああなっているのだし。

今までの苦労を疑ったあげく、罪をかぶせようとまでしたのだから、それはもうこれ以上は手を貸す義理もない。意味もない。

勿論海開き前にこんな出来事が起きたら、それこそ街にとっての一大事かも知れないが。

苦労をわたし一人に押しつけ続けて。

そしてあげく責任まで押しつけようとした連中だ。

もう知らない。

わたしは比較的気が長い方だが。

それでもこればかりは許すことが出来ない、と言うのが素直な感想である。

故に放置して、一晩休み。

そして早朝。

また警察の訪問を受けた。

困惑している警官は、恐るべき事実を告げる。

「石が……」

「知りませんよ。 昨日はもうずっと家にいましたし、まだ疑っているんならまた警察でも拘置所にでも行きますけど」

「い、いや、疑ってはいません。 しかし何か知っているのでは無いかと」

「何も分かりません」

突き放す。

当たり前だ。

そもそもわたしが今まで訴えてきたのを散々無視し、大事な海開きの直前になって慌てているのは市の方だ。

青年団もそうだし。

警察もそう。

責任は等しくそっちにある。わたしはもうこの件には関与しないと決めた。勝手に何でも台無しになれば良い。

「昨日以上の量なんです! 最初からこの事件に関わっている貴方にも、話を聞くようにと署長が……!」

「だから知らないって言ってるだろっ!」

ブチ切れたわたしの袖を、姪が引く。

黙り込むわたしに、姪は悪魔的な笑みを浮かべた。

そういえば、警察は。

姪が学校で凄まじい虐めを受けているという話を聞いても、何の対応もしなかったっけ。家でもネグレクト同然の扱いを受けていて。わたし以外は人間として接していなかったのだが。

それにも興味を示していなかったな。

狭い市だ。

姪の事は知っているはず。

明らかに怯む警官に、姪は視線を向け直す。

「砂浜におばちゃん行ってくれるって」

「……」

何の意図がある。

まあいい。流石に姪の頼みとなると、門前払いも此方が不愉快だ。多少は譲歩してやるか。

「最後の一回ですよ」

とはいっても、わたしが何か出来るとは思えない。

今更砂浜に行った所で。

どうにかなるとも、思えなかったが。

 

3、揺り戻し

 

砂浜は、もう素足で入れる状態ではなくなっていた。

波打ち際だけではない。

石石石。

尖った石が、びっしりと砂浜を覆い尽くすように散らばっている。

額に青筋を浮かべた市長が、陣頭指揮を執って石の処理をしているが、追いついていない。既にトラック二台が石を捨てに余所へ行ったが、それでもまだまだ石が積み上がっているのだ。

警察は夜通し見張りをしていたはずなのに。

不審者はまったく見つかっていないという。

ちなみに、わたしの家にも見張りがついていたらしく。

それでわたしをもう一度疑う事はしなかったそうだ。

まあどうでも良いことだが。

わたしが姿を見せると、警察は平謝り。

そして、市長は、あくまで尊大に言うのだった。

「君が第一発見者かね」

「はあ、まあそうですが」

「そうかそうか。 それで石が最初は数個しか無かった、というのは本当なんだね」

「はい。 その時から青年団に話は上げていたんですが、相手にもされなかったですね」

勿論石が増えてくるにつれて警察にも連絡した。

だが勿論警察も動かなかった。

あげくわたしを疑い。

仕方が無いのでアリバイ証明のために警察に泊まり込みまでした。

それらの説明をすると。

みるみる顔を真っ赤にして激怒していく市長。

てか、此奴自身も無能なのだが。

自分を棚に上げて、大した態度である。

この器のなさ加減。

市の未来は暗い。

そもそも地元に根を張っているカルトを票田にしているような奴だし、市に誘致する事業も一つとして上手く行っていない。

ただ本人が地元のコネを強くもっている、というだけの男だ。

そのコネも自分で作ったものでもなんでもなく、ただ親から受け継いだだけ。

こんな感じの輩が、今世界中に蔓延って。人類の文明を片っ端から食い荒らしているのだろう。

何がコネも実力の内だか。

その実力を存分に発揮しているのを眼前に見ていると。

はっきり言って反吐が出る。

警察に対してギャンギャン喚いている市長を横目に、石の状態を確認。

軍手で拾っている人が多いので、トングを使うとやりやすいとアドバイス。自身で実践してみせる。

更に、石を取り除いたように見えても、熊手でさらってみると、更に石が出てくる場合もあると説明。

何しろ働いているのが老人も多いのだ。

負担は少しでも減った方が良い。

熊手を使うと。

出るわ出るわ。

やっぱり砂の下から、大量に石が出てくる。

これはトラック数台分どころではないな。

そう思いながら、どんどん所定の位置に捨てに行く。

昼前まで作業をしても、まだ石は取り切れず。

そればかりか。

まだ三割以上は残っていた。

それにしても、何か法則性はあるのだろうか。

これらはどう考えても川から流れ込んだ石じゃあ無い。むしろあるとしたら、川の上流の方だろう。

石がそもそもとして尖っているし。

何よりも、こんな大量の石。見つけてくる方が難しいくらいだ。

あのトラックが何処に石を捨てに行っているかは知らない。其処までは責任を持てない。

だがいずれにしても。

この砂浜は、今年の夏は閉鎖すべきでは無いのか。

ぎゃあぎゃあ吠えているだけで何の役にも立たない市長を尻目に、結局わたしはまたしっかり働いてしまった。

それも無償で。

ボランティアの作業の域を超えている。

仕事には相応の敬意と賃金を払うべきであって。

これはもう金を払うべきだと思うのだが。

ため息をつくと、夕方近くには何とか片付いたのを見届ける。

だが、この様子だと、翌日にはまた石だらけなのではあるまいか。

「24時間態勢で、警官を総動員して見張れ!」

市長が喚いている。

まあそういう判断をするのも仕方が無いか。

いずれにしても、これでは観光資源が台無し。そうだとわたしは言っていたのに。もっと早くから対応すれば、それこそ何か手は打てたかも知れないのに。

目に見えてヤバイ状態になるまで無視しているからこうなる。

アホさ加減に、わたしは言葉も無いので。

もう無言で、作業が終わったら引き上げる事にした。

足もパンパン。

手も肉刺が出来そうだ。

誰も結婚しなくなったこのご時世。

わたしも結婚なんてする気は無いし、相手もいないが。

それでも何だか凄く損をした気分になる。姪はやはり部屋に閉じこもって、ゲームをしていたが。

なんと昼メシを両親は出していないという。

両親の所に怒鳴り込むが。

エサを与えているのにとか、哀れっぽく言うので。心底キレそうになった。此奴らの脳内では、自分達は理不尽に怒鳴られている哀れな被害者なのだ。そして姪は厄介事を運んでくる悪魔か何かというわけだ。

もういい。

疲れているが、自分で料理をして、かなり遅めの昼ご飯を姪に食べさせる。

姪は文句も言わずに昼と言うには遅すぎる食事を平らげるが。

笑顔の一つも浮かべなかった。

今日は学校は無かったけれど。

それでも、というか知っているだろうに。本当に、どういう考え方をしたら。いや、これが平均的な人間か。

そもそも児童虐待を最も行うのは実母というデータもある。

そんな程度の生物が。

厄介者の子供を押しつけられたらどう行動するか。

それはまあ、言うまでも無いのか。

しっかり食事を食べさせた後、次の展開が見えているらしい姪が言う。

やはり、笑みはどんどん悪魔のようになっていた。

「明日はもう、手がつけられないんじゃない」

「何か知っているなら教えてくれる?」

「知らないよ何も。 ただ、多分だけれど、石をどかせばどかすほど増えるだろうね」

「……」

だが、どかさないわけにもいくまい。

待てよ。

それがそもそも、固定観念なのかも知れない。

とはいっても、わたしが今更何を言っても、誰も話なんて聞きはしないだろう。

今年の夏は、観光どころじゃ無いな。

わたしは他人事のように、そう思っていた。

 

海開きの日が来てしまった。

そしてその日の夕方には、マスコミが、ネットでニュースを流していた。いつものように、悪意に塗れたニュースを。

うちの市で、謎の事件発生。

砂浜に大量の石。

石は多すぎて、トラックを十数台動員して、やっと捨てきれるほどの量。

しかも尖った石ばかりで、海岸に入るどころじゃあ無い。

遊びに来た観光客からは大ブーイング。

市は何も手を打てず。

翌日には噂を聞いた見物人が石だらけの砂浜を見に来るようになったくらいで、観光客は誰もいなくなった。

市長は青ざめた顔で会見に応じていたが。

マスコミが呷りまくるのに対し、怒鳴り返そうとするのを、「側近」達があわてて抑える一幕もあった。

いずれにしても、スマホのSNSで一部始終を見ていたが。

わたしはもう知らない。

姪はその様子を横から覗き込んで。

ぼそりと言った。

「多分だけれど、もう放置した方が良いと思う」

「どうして」

「まだ気付かない? 石を捨てれば捨てるほど増えてる。 だったら石を放置したら減るんじゃ無いの?」

「そんな」

馬鹿なと言おうとして、口をつぐむ。

考えて見れば、警官が24時間態勢で見張っているのに、気がつくと石だらけになっているのだ。

誰かがやっているとは考えにくい。

自然現象でもないとすると。

これは完全にオカルトだ。

そんなものがあるとはあまり考えたくは無いのだけれども。

オカルトだと判断するしか無い。

そして、ムキになって石を排除すればするほど増えるのであれば。

逆の発想をするしかない。

確かに姪の発言は正論ではある。

試してみる価値はあるか。

というか、どうせもう砂浜は地獄絵図だろう。

これ以上石を撤去しても、どうしようもない。

それと、姪の言葉を頷ける例が一つある。

最初に石を捨ててから、しばらく時間が空いているのだが。

その間、石が劇的に増えた様子が無い。

むしろ、その間は。

石が帰ってきただけで。

それ以上増える事は無かったのではあるまいか。

砂浜にもう一度出向く。

既に立ち入り禁止の看板が出ていて。面白がった柄の悪い連中が屯するのを、警官がにらみつけていた。

隙を見て砂浜に入ってゴミを捨てようとして、既に数人が逮捕されているらしい。

まあ正直どうでもいい。

いずれにしても、一生懸命重機まで持ち出して石を捨てに掛かっている人達を横目に、市長に挨拶に行く。

市長はわたしの顔を覚えていたが。

資料を見せると、無言になった。

「というわけで、石はもう放置した方が良いかと思います。 というよりも、捨てた石を戻してみては」

「何を意味が分からないことを」

「そもそもこの事件が、意味が分からない事なんですよ。 24時間見張りをしていたにもかかわらず、気がつくと石だらけ。 どうせこれだけ労力をつぎ込んで石を捨てても多分無駄です。 翌日にはもっと石が増えているだけですよ」

「……」

青筋を浮かべる市長だが。

確かに金が掛かって仕方が無い、と思ったのだろう。

建設業者を引き上げさせる。

姪の言葉ももっともだ。

だから、付け加えておいた。

「もし、これで石が減り始めたら、姪の事を表彰してください。 気付いたのはわたしではなくて姪なので」

「……分かった」

「それと、姪は学校で手酷い虐めを受けています。 介入をお願いします」

「分かった、それも約束しよう」

さて、どうなるか。

トラックが来て、石を戻し始める。

それを見物していると。

おかしな事に気付いた。

今の石の量だ。どうかんがえても、それこそ砂浜が採石場のような有様になる筈なのだ。

それなのに、石が増えているように見えない。

わたしは近くの茂みを確認。

あった。

わたしが捨てた石だ。

片っ端から砂浜に投げ入れる。

それなのに、石が増えている様子は、やはりない。

ヤケクソになった様子で、建設業者のトラックが、砂浜に石を戻し始める。

だが、それなのに。

石が目に見えて増えている様子は無い。

むしろ、どうも総量が減り始めているような気がする。

やはりか。

これは最初から、オカルト案件だった、と言う事なのだろう。認めたくは無いのだが。

そして姪の予測は当たっていた。

どちらにしても、おかしい事は作業をしている人達も気づき始めたらしい。

トラックから戻しているわりには、石の量があまりにも少なすぎる。

石を慣らすかどうか市長が聞かれていたが。

ほっとけと、怒鳴っていた。

その声には、相手を無理矢理従わせてきた猛々しさは無く。

単なる恐怖に起因する、哀れな弱々しさだけがあった。市長も見ただけで分かったのだろう。

石が減っていることを。

わたしも、自分で処理した石を可能な限り探し、砂浜に戻していく。

丸一日がそれで終わってしまったが。

そもそも海開き出来ない状態で、マスコミが押し寄せている状況だ。

今特に近辺では大きな事件が無いので。

血に寄せられた鮫のように、寄ってきているというわけである。

そんな表現をしたら鮫に失礼だが。

兎も角こんなのでは、観光どころでは無い。

マスコミが馬鹿にしてカメラを回しているが。

此奴らは本当に人の不幸が好きなんだなと思う。インタビューを求められたが、拒否。写真を撮ろうとしたので、スマホで逆に撮影し、ネットに流すと言うと、黙って散って行った。

現在マスコミは、もはや多数の人々から敵と見なされている。

言う事も信用されなくなりつつある。

昔と違ってテレビを皆が素直に信用してくれた時代などとっくに終わっている。

ならばこれ以上敵を作らないように動くしか無い。

いずれにしても。

わたしはどいつもこいつもクズばかりだなと、そう思うしか無かった。

結局姪の言葉が一番正しかった。

ただしこれを声高に主張しても。

「皮肉を言っている」だとか、「結果としてそうなっただけ」だとかほざいて、周囲の人間は姪の言葉を認めることは無いだろう。

何しろ周囲の人間にとって姪は「下の立場」の存在だからだ。

そういう生物に囲まれているのだなと。

わたしは呆れながら、家に戻る。

もうどうでもいいので。

今日は寝ることにする。姪はゲームをしていたが、流石に一日中肉体労働をしていたわたしに配慮してか。

何も言わなかった。

既に夏休みが開始している。

虐めしか起きない学校に行かなくても良いのだし。

姪は宿題を速攻で片付けてしまうタイプだ。

とはいっても、きちんと宿題をやっても、どうせあの教師だ。イチャモンを散々つけるのは目に見えているが。

目が覚めると。

わたしより早く起きた姪が、もうゲームをやっていた。

「ごめん、おばちゃん。 起こした?」

「ううん。 大丈夫」

「様子見に行ったら? 何かマスコミが宿泊予定取ったらしいし」

「そっか。 じゃあ上には絶対に上げないように気を付けてね。 この部屋には入れないようにしてね」

姪は頷く。

マスコミなんか入れたら、どんな記事を書かれるか知れたものでは無い。ましてや人のプライバシーを勝手に漁るような連中だ。

着替えると、外に出る。

両親には、砂浜の方で仕事をする、とだけ告げる。

どうせ大した人数が泊まることも出来ない民宿だ。

わたしがいてもいなくても同じである。

砂浜に出てみると、露骨すぎるほどだった。

あれほど大量にあった石が消えている。

どれだけ執拗に捨てても戻ってきていたのに。

勿論0になったわけではない。

まだトラックが戻してきた辺りには、大量の石が残っているが。

砂浜はもう。目に見えて石が減っていた。

このまま放置しておけば、それほど遠くない未来に、石は綺麗に無くなっていることだろう。

あくびをすると、余計な事をする奴が出ないように見張る。

マスコミは誰も仕事をしなくなったことで、興味も失せたのか、散って行った。

ガセか何かだと判断したのだろう。

大いに結構。

何とでも好きに判断すれば良い。

結果としていなくなってくれればそれで大満足だ。

彼奴らは存在するだけで邪魔。

観光をしてくれる訳でも無いし。

むしろ観光にマイナスな行動しかしない。

昔は頼んででもテレビにCMを流した時代もあったが。テレビのイメージが著しく悪化し。

反社との関係もクローズアップされ始めている現状。

テレビに関わる事で、+になる事なんぞ一つも無い。

だから、連中がいなくなったのは、清々した。

一度家に戻ると。

ぎゃあぎゃあ案の定マスコミがクレームを入れていた。

適当に手伝う。

石が減っていたことを両親に告げる。そして、此処を強調した。姪が言ったとおりになったと。

案の定両親は反発した。

どうせ姪がやったのでは無いかと。

子供がどうやって、トラック数台分の石を海岸に撒いたり消したりするのか。衆人環視の中で。

そう聞くと。

流石に両親も黙ったが。

きっと何か悪さをしたに違いないとほざいて。

それを譲ろうとは絶対にしなかった。

料理を出すと、完全に本性を剥き出しにしたマスコミ関係者はぎゃいぎゃいひとしきり騒いだ後。

さっさと出ていった。

よっぽど金になる映像が取れなかったことが気にくわなかったのだろう。

金は払ったのだからどうでも良いが。

それ以外は最悪の客だ。

昔はエリートがなる仕事だったのだが。

それ故に彼らは殿様商売を始め。

結果としてこうなった。

まあいなくなるだけで清々するし、これ以上は何も求めまい。

夕方になると手も開いたので。

姪と遊んでやることにする。

姪は昼の内は黙々と夏休みの宿題を片付けていたので、イチャモンが出ないように内容を確認するが。

殆どケアレスミスが無い。

算数にしても、最近はあからさまにおかしな教育方針が横行したりしているのだが。

それに関しても、隙無くあわせていた。

馬鹿にあわせたやり方を知っていると言うことだ。

これだけきっちりやっている子に、どうして好き勝手に虐めの矛先を向けられるのか、理解出来ないが。

まあ教師を筆頭に、全員クズと言う事で、結論するほか無いのだろう。

それに学校で最年少は姪だ。

この少子化のご時世、新しい生徒も入る予定が無い。

そうなると。

力関係上、ずっと姪が一番下になるのも仕方が無いのかも知れない。

これはむしろ、姪はいっそのこと独学でやらせた方が良いのかも知れない。こんな学校に行かせていたら、いずれ潰れてしまうだろう。

人材が払底するわけである。

人材を育てることなどどうでも良く。

自分の地位を守ることだけ出来ればどうでも良い。

学校からして、そういう腐りきった思考が蔓延しているのでは。

それは人材など育つわけも無かった。

しっかり宿題もこなしていることを確認したので、両親にそれも報告しておく。そうしたら、老いた夫婦は言う。

「ご機嫌取りだろう」

「実際に宿題をやってるんだけれど。 しかも、それで褒めてってあの子は一度でも言った?」

「……なんであんなのの肩を持つ」

「親は関係無いし、あの子自身はしっかりやってるからだよ。 あの子の親がクズなのはわたしも認めるけどさ、そろそろいい加減にしたら」

苦虫を噛み潰している両親。

絶対に嫌だ、と言う顔だ。

この両親にしても、世間的に見ればそれほど「邪悪」な方では無い。

むしろ「平均的」な人間だろう。

だからこそ、この世はこんななのだが。

もうどうでもいいか。

呆れているのに気付いたか、両親は理不尽な目にあっていると顔に書く。自分が当たり前の事をしているだけだと思っている顔だ。

もう良い。これ以上、姪がどれだけ頑張っているか、説明しても無駄だろう。

ならば、そろそろ見切りをつけるべきかも知れなかった。

海岸の石は、連日減っていき。

海開きは、一週間遅れて実施された。

一週間分の機会損失は大きかったが。

それでも石が綺麗に消えたのは事実。

やはり姪の予想通り、毎日少しずつ、石は揺り戻すように減っていき。そして最終日には、数個を残すのみになっていた。

護岸壁近くに石を動かすのみにしておく。

朝早くから作業をしていると。

見た事がない老人が歩いて来た。

この辺りは老人ばかりだが。

人間が少ないので、大体は知っている相手ばかりだ。

一礼はするが。

向こうは此方を知っているように話しかけてくる。

「石は減ったかね」

「はあ、おかげさまで」

「あんたの姪御さん、賢いねえ」

「……はい」

老人は頷くと、何処とも無く消えていく。ムキになって石を撤去していたら、今頃この辺りはお手上げ状態になっていただろう。

熊手も掛けるが、大丈夫。

もう石はない。

海開きには問題は一切無いと判断して良いだろう。

陽が昇り始める頃から、観光客が来始め。

砂浜で騒ぎ始める。

後は、持ち回りで海岸での警備やら何やらをやっていくだけ。柄が悪いのも来るが、それはもう仕方が無い。

今日はわたしの当番じゃあ無いし、放置して帰る。

姪のおかげで海開き出来た。

それを褒める奴はわたししかいないけれど。

そも、周囲がわたしの言う事をもうちょっとちゃんと聞いていれば。そもそも最初から、こんな事にはならなかったのだろうに。

まあいい。

もう、この世には。

あまり興味も無かった。

 

4、静止する時

 

観光シーズンが終わる。

姪は学校でしばらく無視されていたらしいが、教師が替わってからは、それも無くなった。

どうやら今時珍しいまともな教師が来てくれたらしく。

しっかり姪をきちんと扱ってくれるようになったらしい。

そうしたら、数学年上の筈の生徒よりも同じテストで高得点をたたき出したりするようになり。

結果として、面子を潰された他の生徒達が姪に対してまた虐めを始めようとしたが。

断固たる態度を教師が取ってくれたことで。

虐めはぴたりと止んだ。

クズしかいないと思っていたが。

たまには珍しい教師もいるものだ。

まあもっとも、前の教師は、美人局に引っ掛かったらしく。

全財産をむしられたあげくに刑務所送りになったそうで。

それもとことんどうでも良かった。

一応市長も教師を追い出すのと、新しい教師を探すのを手伝ったそうだが。まあ約束を守ったことだけは評価できるか。

ただ、クズがクズに相応しい報いを受けたことだけは、掛け値無しに評価するべき事だとは思ったが。

しかしながら世間様の評価は違うようで。

両親は「立派な先生だったのに」などとほざいたので。

本気で殴ろうかと思ったが。

実施したら老人虐待になってしまう。

だから止めた。

姪は姪で、もう周囲はどうでもいいらしく。

そもそも姪が笑っている姿を見たことは無い。

今でも完無視の状態は続いているが。それで姪は良いようだし。そもそも周囲に興味もないようなので、大丈夫だろう。

この場合、悪いのは周囲だ。

姪が周囲に頭を下げる理由などないし。

ましてや本来は謝らなければならない人間が、姪にごめんなさいの一言も言えていない。

それは早い話が、周囲が腐っていると言う事だ。

近年特に目立つようになって来た、虐めは虐められる方が悪いとか言う理屈。

更には、多数派が絶対に正しいという理屈。

どちらも完全に間違っている良い例が此処に実在している。

本当に人間はくだらないなとしか言いようが無いが。

青年団が久々に招集された。

立て続けに団長が替わり。更に揉めに揉めた後、新しい団長がようやく就任したのだが。

ボスザルでもその腰巾着でもなく。

余所から来た不慣れな感じの人だった。

当然青年団(と言う割りには構成員で若者はわたしくらいだが)の連中は言う事を聞かなかったが。

わたしは黙々とボランティアで作業をする。

観光シーズンが終わった後は、打ち上げられたクラゲの処理やら、観光客が捨てていったゴミの処理やらで大忙しだが。

ふと気付く。

クラゲが、妙に多く無いか。

トングでクラゲを掴んで捨てていく。これは猛毒で知られる鰹の烏帽子だ。

電気くらげという言葉があるが。

あれは電気を発するわけでは無く、電気に触れたような激しい痛みを生じるのでそう呼ぶ。

大量の鰹の烏帽子を一とする毒クラゲが漂着していて。

思わず無言で口をつぐむ。

とにかく、片っ端から処理していく。

海釣りに来る奴もこの時期にはいるので。

クラゲに陸で刺される、何てことになると洒落にならないからだ。

だが、翌日から。

また大量のクラゲが漂着するようになった。

これは放置した方が良いかなと思った。

石のこともある。

この海岸、どうも妙だ。

そういえば、話を聞いてみると。クラゲの処理に関しては、やはり積極的にやっていたという。

時期的には、そろそろクラゲは減るはずなのだ。

それがこの増え方。

やはり同じ事が起きているとしか思えない。

青年団団長に、話をする。

石の時の事を話すと。

他の青年団は露骨に嫌そうな顔をした。

わたしが「理不尽な事」をして、「余計な結果」が生じたと、此奴らは未だに思っているらしい。

死ねとしか言葉が出てこないが。

しかし、青年団団長は、この間の騒ぎを知っていたようだった。

「確かに符号点が多いね。 どうせ海釣りに来る人くらいしかいないのだし、海岸に近づけなければ問題は無いだろう」

「では、クラゲの処理に関しては」

「うん、放置でいこう。 後、海には入らないようにと立て札とロープ」

団長は言うが、どうせ他の青年団員が動くわけも無い。

わたしが率先して動き出すと。

露骨な舌打ちが聞こえた。

そして数日の内に、あれほどいたクラゲは、見る間に減っていった。

やはりか。

石と同じだ。

この海岸に何か良く分からないオカルトがあるのは、ほぼ確定と見て良いだろう。姪がその理屈を理解出来た理由はよく分からないが。

ともあれ、これで問題はある程度は解決したはずだ。

あくまで、ある程度は。

 

姪と一緒に図書館に行く。

もう完全に観光シーズンでは無く、うちはたまにくる物好きに民宿する以外は、土地の収入しかない。

図書館で本を読んでいると気付くが。

姪はいつの間にか、数センチ背が伸びていた。

まあ成長期だ。

背がぐんぐん伸びるのも道理だろう。

運動神経のほうも悪くは無い様子で。

成績表を見ると、同年代の女子全国平均よりもずっと数値がいいようだ。

もっとも、同年代の人間は学校にいないし。

他と比べるのは酷だが。

姪が読んでいるのは、難しい本だ。

見てみると。

この地方の民俗学について、だった。

「何か面白い事書いてあった?」

「うん。 これ」

「……へえ」

確かに興味深い。

妖怪と言うか神様だが。

戻し神、というものがいるそうだ。

この辺りに古くから伝わっている神様で。この辺りの土地そのものの守護神。

とはいっても古い時代の神様らしく。

祀れば福を為し。

疎かにすれば祟る。

そういう怖い神様でもある。

名前の通り、「ものを戻す」性質があるらしく。

それにちなんだお祭りもやっていたらしいが。

それも今は絶えている。

そもこの辺りは近代化を無理矢理に進めて失敗した経緯があり。更に戦災で古くからの神社が燃えてしまった。

神社は再建されていないし。

当時の信仰を知る老人も殆ど残っていない。

戻し神が今回の件を起こしたのだとすれば。

一応それっぽくはある。

神威を示して祟ってみたら、人間がそれを馬鹿にした行動を取った。そうなれば、神が怒るのも当たり前。

神に対して敬意を示すように、その力を認めれば。

神も怒りを静める。

そういうことか。

いずれにしても、あれはオカルト案件だった。

石にしてもクラゲにしても。

明らかに人間がやった事では無かった。

多分今後も似たような事が起きるだろう。

ならばいっそのこと。

この戻し神の神社を再建するとか。

祭を作るとか。

何か良い案は無いか、少し考えて見る。

以前、アニメの誘致とかを馬鹿にして断った頭の固い老人ばかりの街だ。新しいものを呼び込むのは無理だろう。

それだったら、いっそ古いものを復元するのなら良いかも知れない。

姪は夏休みの課題として、これを処理し始めたが。

わたしは軽くレポートにまとめて、青年団に提出する。

祭と聞いても、誰も知らなかった。

そんなものが本当にあったのかと、不審そうにはしていたが。

いわゆる「心霊スポット」になっている神社の話と。

不可解な石やクラゲの話をすると。

押し黙る奴が多かった。

妖怪は信じないのに霊は信じる。

今もオカルトはそういうものだが。

不思議と神社や寺関係のオカルトは、今でも現役で信じられたりしている。地元でも、彼処はアンタッチャブルの場所だ。

「いずれにしても、焼けたままの神社を再建するなら、多少は地域振興のためになるでしょう。 市長に、この話はしてみます」

「よろしくお願いします」

あの無能が、きちんと動くかは分からないが。

それでも、まあ祭があれば、多少また観光客を呼べるかも知れない。

ましてや無くなっていた祭が復古すれば。

それはそれできっと文化の復興という意味で、価値がある行為になる筈だ。

いずれにしても、ゴルフ場を無意味に建てたり。

無闇に山を滅茶苦茶にして太陽発電をずらっと並べたりするよりは遙かにいい。

会談が終わった後、わたしは砂浜に出る。

ふと、背後に何かがいるような気がして振り向くが。

誰もいない。

逆恨みした青年団の誰かが、何かしに来たのかと思ったが、それも無かった。

嘆息すると、海を見る。

波が来て、戻る。

それの繰り返し。

やはり、背後から見られている気がする。

もしもそれが戻し神だとすると。

或いは真相に気付いたわたし、いや姪に興味を持っているのかも知れない。わたしはその走狗くらいに考えられているのだろう。

まあどうでもいい。

「戻し神様さ。 もしも祭を復活させたら、姪がもうちょっとマシに生きられるようにしてくれないかな」

ぼやくが、勿論返事は無い。

わたしはあくびをして伸びをすると、家に戻る事にする。

多少は仕事をするとしよう。

生活費に困らないとは言え。

少しは動いていた方が、このどうしようもない世の中を直視せずに良くなるし。気も多少は晴れるからだ。

 

(終)