アルタイルの黄昏

 

序、闇の楽園

 

アルタイル。

夜空に輝く恒星に同じ名前のものがあるが、それとは違う。宇宙に孤独に漂う、ちいさな星の一つである。

傷ついた心と体を引きずって、かって制圧した星に戻ってきたミ=ゴは。玉座につくと、大きなため息をついた。ため息と言っても、それは全身を震わせて、空気を体内に循環させる行為だが。

ミ=ゴはハスターが眠っている間も冥王星を拠点にし、地球からの資源採取を続けていた強力な神格である。姿は甲殻類、特に蟹に似ているが、全身からは無数の触手が生えていて、魔術にも長けている。

かって、リトルグレイと呼ばれる謎の存在が地球に訪れたことがあった。その一部は、ミ=ゴの配下の者達だ。いずれも魔術で作り上げた存在で、地球に様々な災厄をもたらしたものである。

だが、既に彼の一族は、彼のみだ。

ハスターが眠っている間、色々あったのである。

一番大きかったのが、別次元の邪神との戦いによる打撃だろう。この宇宙とはまた別の次元から来たその邪神達は、冥王星を壊滅させ、ミ=ゴの一族を根絶やしにした。そして徹底的な破壊を恣にした後、去って行った。

何一つ逆らえないほどの、強力な相手だった。四元素神がいれば話は別だっただろうが、だいぶ格が落ちるミ=ゴには手に負える相手ではなかった。現在でも、一体何者だったのか、正体は解析できていない。

唯一生き残ったから、もはや名前は一族と同一のミ=ゴである。それ以外に、自分を示しようが無いからだ。

破壊された冥王星の拠点を復旧し、それからは一人でずっと生きてきた。

長い間生きたから、強い力も得た。

しかし、目覚めたハスターに引き寄せられて出向いてみれば、かの神格は、ミ=ゴなど使い捨ての駒としか考えていないのが明白だったのである。

今も、地球の拠点の一つを潰されて、逃げ帰ってきたところだ。もはや、ハスターにとって、ミ=ゴを参謀として使うつもりも無ければ、部下としての価値も見いだしていないだろう。

出会った瞬間、殺される可能性さえある。

このアルタイルは、要塞化したミ=ゴの拠点だ。此処であれば、格上の神格が相手でも立ち向かえる自信はある。

だが、安心できない。今の地球の人間共はなんだ。

別次元に侵攻していた同胞達は、神格の姿を見るだけで発狂死するようなヤワな人間を相手に、とても楽な戦いをしていたと聞いている。

だが、この次元の人間は違う。

此方の姿を見ても平然としているし、敢然と立ち向かってさえ来る。

中には、単独で四元素神と渡り合えるほどの怪物的豪傑までもが存在している。その上、そいつらに四元素神の二柱までもが殺されているでは無いか。

その上、生き残っている一柱、ニャルラトホテプは。

考えるのも恐ろしい計画を企てている事を知ってしまった。それは一族に対する反逆などと言う次元では無い。

ミ=ゴは、永く生きてきた。故に死への恐怖は強い。

死にたくない。

ハスターしか頼る相手はいないが、このままでは殺される事が明白だ。良くて使い捨て、悪ければ餌にされておしまいである。ニャルラトホテプとハスターは昔から仲が良いとは言えず、小競り合いはしょっちゅうだった。全ての事情を話しても、ハスターは鼻で笑うだけだろう。

頭のおかしさに関しては、ニャルラトホテプとハスターは大差ないのである。論理的思考というものが、そもそも彼らには備わっていない。あまりにも強すぎるからか、思考回路は独自の狂気で塗りつぶされている。

かといって、それ以上の神格。たとえば、ヨグ=ソトースなどには、もはや今のミ=ゴでは目通りさえ叶わない。

完全に八方ふさがりだ。

どうすればいい。どうすれば生き残れる。

逃げるべきか。

逃げると言っても、どこに。

宇宙には航路とでも呼ぶべき、通れる路が存在している。逆に言うと、それ以外の場所は、邪神でも簡単には進むことができない。

また、ミ=ゴは変に力が強いので、いざ逃げようとしても、気配は中々隠すことができない。

もしも活路があるとすれば、敵を全て打ち倒してしまえば良い。

だが、今の地球人には、最強の男Mをはじめ、一筋縄ではいかない連中が揃っている。特にMは間近で戦闘力を見たが、あれは尋常では無い。ミ=ゴでは入念に準備をしても、勝ちの目を簡単には拾えないだろう。

外に出る。

大気は地球とほぼ同じ。

ただし、放ってある生物は、全てが防衛用の生体兵器だ。いずれもが、ミ=ゴの命令のみを聞く。

此処にいるときは、少しだけ落ち着く。

神々の上下関係も、宇宙の中心にいるという恐ろしき存在も。何もかも忘れて、ゆっくりできる。

此処はミ=ゴが奪い取り、そして作り上げた理想郷。

此処にいるときだけは、姑息な生き方ばかりをしてきたミ=ゴも、穏やかな気分になれる。

鳥の形をした部下が飛来する。

部下と言っても、思考能力は無い。見たものを、そのまま報告するだけだ。地球で使っている部下は、ハスターから渡されている連中であって、この理想郷アルタイルにいる者とは違う。

「どうした。 何かあったか」

「この空間が探知されています」

「……っ!」

即座に、アルタイルのメインコンピュータに接続。

かってこの星は、高度な文明が栄えていた。メインコンピュータは有機式で、地球の基準で言うと生体コンピュータに近い。

触手を伸ばして、脳とコンピュータの接続を行い、そして確認。

直接逃げてきたわけでは無いのだが。この間、Mと戦っている間に、人間側の魔術師に、退路を追跡されたのか。

しかも、既に座標が完全に割れてしまっている。

思わず、絶叫しそうになった。

二つのはさみを持ち上げて、泡を吹く。死にたくない。嫌だ。

死んでいく同胞を、たくさん見た。

恐ろしい邪神達に体を冒されて、溶けるように死んでいった。はさみで、何度も床を叩く。

綺麗に整備した玉座の間が、罅だらけになる。

必死に呼吸を整えようとするが、上手く行かない。

「ど、どうすればいい! どうすればいいんだ!」

生体コンピューターに向け、絶叫する。

既にミ=ゴは、正常な判断能力を、失いつつあった。

 

1、王と呼ばれた存在

 

フィールド探索者。軍隊でも入れない危険地帯を「攻略」し、安全な場所へと戻していくプロの集団の事である。多くは特殊能力を持っており、中には驚天の技を身につけている者達もいる。

彼らは特定の会社に属していることが普通で、その中には人間では無い者さえも実在する。

そして、ある程度名前が知られてくると、多くの場合は箔を付けるために、あだ名が自然と付けられるようになってくる。

あだ名には、いろいろな意味がある。

敬意を込めて呼ばれる場合。

揶揄と皮肉を込めて、付けられるもの。

勿論、畏怖が籠もる場合もある。

「王」は知っていた。自分のあだ名が、揶揄に由来するものだと。

フィールド探索者としては二流。

それだけではない。

同型機の中でも、彼ナイトは、決して強い方では無かった。だからこそ、せめてその揶揄を、自分なりのやり方で見返してやろうと思ったのだ。

故に、「王」らしく振る舞うようになった。

N空港に降り立った王は、渡された地図を頼りに、歩き始める。

宇宙服のような戦闘スーツ「外殻」は、衆目をどうしても集める。特に平和なこのJ国では、大手を振って歩くフィールド探索者が目立つようで、多くの人間が此方を見ては、陰口をたたいていた。

陰口には、慣れた。

もしも人間だったら、耐えられなかったかも知れない。しかし、ナイトは人間に「近い」AIを積んでいるだけの存在だ。だから、どうにでもなる。

感情AIを搭載しない完全な戦闘ロボットは、フィールド探索者にはなれないと、法では決められている。それは備品と呼ばれる。ナイトは備品では無く、ある程度の権利も認められている存在だ。だが、ナイトは時々恨む事がある。作った人間を、である。

彼に搭載されているAIは、同胞に比べても、決して劣るものではない。実際仕事の外で、同胞と話をしても、特に相手の方が賢いとか、優れているとかは、感じないものである。

スーツの男が、小走りで来る。サングラスで表情を隠した、長身の男だ。スキャンしてみると、銃を隠し持っている様子だ。このJ国で、帯銃が許されている職業は、そう多くない。

C社の営業の人間らしい。確認されたので、頷く。

ナイトはH社の所属だが、今回は混成ミッションだ。最大手の一つであるC社の戦力を中心に、何社かから精鋭を集めて対応するという。

「王、貴方を含めて、七名ほどで今回は潜入ミッションを行います」

「それで、フィールドは」

「現地で説明します」

それだけ機密性が高いミッションと言う事か。

ナイトは死を怖れなくても良い立場である。というよりも、死は通常の場合、事実上無いと言える。

記憶のデータは数時間おきにバックアップが取られていて、本社のデータサーバにネットワークを通じて送信されている。

H社のフィールド探索者の主力は、そうやって戦力を確保している。

その危険な戦い方からついたあだ名が、爆弾男。

ナイトも、その一人だ。

ただし、評判が良い他の爆弾男達に比べて、ナイトは著しく評価が低い。死んだとき、そのまま廃棄処分をされる可能性も、噂されていた。

その場合、擬似的に作られている心は、どうなるのだろう。

よく、AIだけは一丁前と、ナイトはH社の他のフィールド探索者から、陰口をたたかれている。

それならばボディをバージョンアップしてくれれば良いのだが、実績の無い存在に、それはできないと言われたこともあった。

何だかよく分からない話だ。

初代の爆弾男に至っては、十度以上バージョンアップと強化を繰り返されているという噂さえもある。

確かにそれは、彼らが優れた実績を上げているから、というのもある。

だが、どうもきな臭い噂も、耳にするのだ。

装甲車に乗って、軍基地に移動を開始する。

この国で軍基地と言えば、駐留している別国の基地だ。この国の組織である自衛隊が関わってくる事も多いのだが、今回は違うらしい。

無言で座ったまま、無線でネットワークに接続。

今回の件について情報を集めるが、どうも封鎖がかけられているらしく、ろくなデータが得られなかった。

「他にはどんなメンツが来る」

「主力として期待されているのは、C社の精鋭。 サー・ロードアーサーと、それにロボット戦士Rですね」

「……そうか」

アーサーに関しては、信頼感がある。

豪放な性格の持ち主で、戦士としての力量も高い。リーダーシップを取ることに関しても優れている。

以前一緒に戦ったことがあったが、評判をもとに此方を見下してくるようなことも無く、ごく自然に指揮を執っていた。的確な戦闘を行う歴戦の戦士であり、恐らく今回は彼が事実上の指揮官だろう。

だが、Rは。

Rはナイトと同じロボット戦士であり、C社のエースだ。

子供の姿をしているが、豊富な戦闘を経験してきている存在で、優れた展開能力を持っている。

何より凄いのは、敵の能力を分析して、自分でつかえるようになることだろう。

数いるロボットのフィールド探索者としては最強と言われていて、ナイトの「上位互換」とされている爆弾男達よりも、格上の存在として認識されていた。

その実力は、何しろあのアーサーを凌ぐとされているほどなのだ。今回の任務が如何に危険か、如実に示しているとも言えた。

同時に、ナイトとしては、あまり気分が良くない名前である。

どれだけ比較されてきたか分からない存在だからだ。

首都圏から離れて、数時間ほど高速道路で揺られる。途中渋滞になることも無く、スムーズに移動することができたのは嬉しい。

ただし、それでも、基地に着いたのは夕方過ぎだった。

燃料はまだたっぷりあるから、稼働自体に問題は無い。

案内されながら、AIを調整する。これから過度のストレスが掛かる可能性が高いからだ。

ちいさなあくびの音を拾ったので、振り返る。

相手も此方に気付いたようで、にこりと締まりが無い笑みを浮かべてきた。

スペランカー。

絶対生還者と呼ばれる、強力なフィールド探索者である。

本人の身体能力は常人以下だが、身に帯びている能力が強力なのだ。神殺しの異名が示すように、今まで何度も異星の邪神を葬ってきている、エース級の対神格能力者でもある。何度か一緒に仕事をしたことがあるが、いずれも不快な印象は無かった。

此奴がいると言うことは。

今回は、ほぼ間違いなく対邪神の仕事になるのだろう。

情報が封鎖されているわけだ。

「ええと、王さん。 お久しぶりです」

「ああ。 ところで余は満足な情報を得ていない。 今回の任務について、何か聞いているか」

「そうですね……。 私も来たばかりでよく分からないんですけれど。 少し前に、この近くで邪神のフィールドを巡る小規模な戦いがありました。 今回はその関係かなと思いますけれど」

「そうか。 後、ため口で構わない。 貴殿の方が、能力者としては上だ」

そう言うと、スペランカーは少し驚いたようだが。しかし、笑顔を浮かべた。

「それなら、あらためて。 よろしく、王さん」

「戦場では頼むぞ」

此奴も聞かされていないと言う事は、他の誰も知らないとみて良いだろう。

かなり古い基地らしく、設備はプレハブでは無く、コンクリをしっかり打った建物が多かった。その一つ、一番大きなビルに案内される。背は低いが、かなり横に長いビルで、屋上には迎撃火器もあった。

案内された先には、既に何名かの腕利きが顔を揃えていた。大きめの会議室が、一気に混沌に包まれるほどの、メンツの豪華さである。

事前の情報通り、今回はC社が主体になって、事態の解決に当たるようだ。

上座にいるのは、アーサー。いつも時代錯誤的なプレートメイルを着込んだ、ひげ面の大男だ。戦士としての力量は非常に高く、戦闘タイプのフィールド探索者としても、上位に食い込んでくる。E国最強のフィールド探索者であり、女王に爵位までもらっている人間国宝級の人物だ。

その隣では、にこにこと笑みを浮かべる、無邪気そうな男の子。

青いヘルメットを被って、全身に青いプロテクターを纏った、一見するとただの少年。

だが、見かけと実体は全く違う。

この全身を青でまとめた子供こそ、R。実力ではアーサーさえ凌ぐと言われる、C社のエースだ。

一瞬だけ、目があった。

だが、気にせず席に着く。

スペランカーは、アーサーの所に行って、何か話している。アーサーはスペランカーと任務を組むことが多いと聞いていたが、噂は嘘では無いらしい。かなり親しげであり、冗談まで交えて何か話し合っているようだ。

会話を拾っても良かったが、やめておく。

一人、見慣れないのがいた。

おかっぱ髪の子供で、所在なげに辺りを見回している。見たところ戦闘要員では無い様子だが。

隣に立っている老人は、明らかに魔術師だ。

ひょっとすると、若手の魔術師かも知れない。異星の邪神を相手にするなら、魔術師が支援する場合は珍しくない。

程なく、遅れてきた何名かが会議室に入ってきて、全員が揃う。

七名のチームで仕事に当たると聞いていたが、やはり老人と子供は支援チームらしい。後から入ってきた三人は、いずれも有名どころの戦士だ。ナイトだけが、場違いなほど格下だった。

一体どういう意図があって、H社はナイトだけを参加させたのか。

疑念は尽きないが、しかし会議は始まる。

「あー、それでは、さっそく今回の任務について、説明を執り行おうと思う。 貴殿らに異存はないかな」

鎧を着たままのアーサーが、手を叩いて周囲を見回す。

誰も異存は無し。

Rも、アーサーが場をまとめることを、何とも思っていない様子だった。リーダーシップを取ることに、興味が無いのかも知れない。

「少し前に、邪神の一柱の本拠を突き止めることができた。 此処に乗り込み、一気に敵を制圧することを目的とする」

「邪神の本拠というと、重異形化フィールドですか」

「そうだな。 まだ詳しくは分かっていないが、おそらくはそうなるだろう」

まだその段階なのか。

それで大体見当がついた。恐らくナイトは使い捨てを兼ねた偵察要員だ。

H社は、この重要な任務に、使い捨てが効く役立たずを送り込んできたという訳なのだろう。

人間だったら憎悪に心が燃えたかも知れない。

だが、ナイトは高度なAIを積んでいるとは言え、所詮はロボットだ。心はあるが、それにフィルタリングはできる。不快感や怒りだって感じる。しかし、人間よりも、簡単に押さえ込める。

「まず探査能力が高い「王」。 貴殿と、誰よりも生還力が高いスペランカー殿に、先行してもらう。 情報をある程度収集したところで、我が輩と他本隊が、敵地に直接乗り込む」

「もしも邪神と遭遇した場合は」

「その場合は、スペランカー殿の路を死んでもつくって欲しい。 貴殿もいっぱしのフィールド探索者なら、できるはずだ」

「了解した」

簡単に言ってくれる。

ナイトのデータにある邪神は、いずれも手練れのフィールド探索者が束になってかかっても、簡単には撃退できないような存在ばかりだ。Mのように単独での撃破経験がある者もいるが、あくまで例外なのだ。

ましてや、ナイトの実力では。

スペランカーが、軽く此方に礼をしてくるのが見えた。

此奴が神殺しと言われ、神格に対する必殺の武器を持っていることは知っている。だが、それは優秀なサポート要員がいて、はじめて成り立つものだとも。

自分では不足。

ナイトは、そう冷静に判断ができるだけの、計算能力は有していた。

H社が誇る爆弾男達なら、或いは行けるかも知れない。

だが、H社は最初から自分には期待していない。最悪の場合、対邪神戦のデータだけとれれば御の字、などと考えている可能性もあった。

不愉快極まりないが、自分の実力から考えれば、仕方が無い事である。

「作戦開始は、四時間後。 まずは先発隊が出て、有効な情報が出次第、即座に本隊も後を追う。 何か質問は」

「サー・ロードアーサー。 一つ聞きたい」

「王よ、如何した」

「潜入作戦と言う事は、それなりに優れた装備を用意してくれるという事だろうか」

頷いたアーサーは、専門家らしい軍人に説明を代わった。

代わりに出てきた四角い顎の大男は、提供される装備について説明してくれる。ジープが一台、重機関銃が一、それに弾薬、レーションなど。サブウェポンとして、自動小銃も用意してくれるという事だった。

ざっと装備類について確認する。

ナイトが一番重要視している爆弾については、手元にある。これは常にH社が用意してきているものをつかう。

威力に関しては、正直どうでもよい。

ナイトの能力で、其処はどうにでもできるからだ。スペランカーの場合は、巻き込んで死なせる事を心配しなくても大丈夫だろう。

それを見越して、粗悪品ばかり用意してきているH社の爆弾だが。

この場合は、数さえ揃っていればそれでいいのだ。数さえ無い事が、殆どなのだから。今回くらいは、充分な数を支給してきているはずである。

一旦解散となる。

「王よ、少し良いか」

会議室から出ようとしたところで、アーサーに声を掛けられた。

別に糾弾するような雰囲気では無い。以前この男とは何度か共同で作戦に当たった事もあるから、人柄も分かっている。

だが、別室で。アーサーは険しい顔を作った。

「H社は何を考えているのだ。 今回の任務が厳しいという話は先鋒にしているはずなのだが、どうして貴殿だけを送ってきたか、知らぬか」

「余が使い捨ての駒として最適だからだろう」

「……」

「H社の爆弾男達の中で、余だけが能力的に劣っておる。 そなたも気付いているだろう、王というあだ名が揶揄でしか無い事はな。 要はH社の者ども、戦力を温存するためにも、本来こんな危険任務には出たくないし、出る事になってもいやいや余のような落ちこぼれを派遣して、トカゲの尻尾にするつもりなのだろう」

腕組みして、アーサーはなるほどと呟いた。

正直な話、アーサーと面と向かって話したことはあまりない。ただし、この一見時代錯誤的な男が、実際には情が深く冷静に物事を判断できる大人だと言う事は知っている。だから、言う気になったのかも知れない。

「ならば、H社の者達を見返す好機だな」

「余の能力では難しい」

「否、作戦成功の暁には、我が輩からもH社に話を付けよう。 確かに貴殿の能力はバランスの面で問題があるが、それは調整次第でどうにでもなるはずだ」

其処までしてくれるのはありがたいが、どうしてだろう。

部屋を出る。

スペランカーが、子供の魔術師と何か話しているのが見えた。子供は終始にこにこしていた。

よほどスペランカーのことが好きなのだろう。

好き。

それも、よく分からない感情だった。

 

2、アルタイルの地

 

ジープに荷物を積み込み終えると、すぐに時間が来た。

国連軍で正式採用されているジープは、決して性能面での評判が良くない。走破能力は高いのだが、座っていて人間には快適とは言いがたいのだ。ナイトの視界でも、硬すぎるクッションにスペランカーが顔をしかめている様子が、何度か確認できた。

ジープを運転して、基地に設置された魔法陣の中心に。

魔法陣は複雑な形状で、幾何学模様が多数組み合わされ、相当なエネルギーの循環が確認できた。

今回のフィールドは、地球上には無いと言う。

邪神が拠点としているフィールドで、かなり無理矢理空間を接続しているのだとか。ジープは他の装備品もろともに使い捨てにして良いと言われているが、持ち帰るのはどのみち無理だろう。説明が終わると、アーサーが指さした。

「通信手段は、これを使う」

何か光るエネルギー体が、ひらひらとナイトの頭に乗った。

正体はよく分からないが、子供の方の魔術師が、操っているらしい。何かそのエネルギー体と話しているようだが、内容は拾えなかった。

「これは?」

「妖精という。 一部の魔術師が使役する非常に稀少な存在だ。 原理は我が輩もよく分からんが、フィールド内での生存力は非常に高く、情報伝達にはこれ以上の存在がなかなかない」

「妖精とは、また面妖よな。 だが、名高い騎士殿が太鼓判を押すほどの存在なら、期待しても良さそうだな」

あの子供の魔術師が、使役しているという訳か。どうりで、あんな未熟な腕前で、こんな危険な任務に支援役として来ているわけだ。ただし、あくまで支援役だろう。

単なるレアスキルの持ち主と言うだけで、生き抜けるほどフィールドは生やさしい世界では無い。スペランカーなどはその顕著な例で、自分では気付いていないようだが、他人との折衝能力やいざというときの冷静さ、何より精神的なタフネスは尋常なものではない。

いずれにしても、最終調整は終わった。

ここからが、地獄の入り口だ。

スペランカーはヘルメットを何度か直していたが、その隙間に光は入り込んだ様子だ。ナイトは気にしなくても良いだろう。スペランカーの生還能力は尋常では無い。多少身体能力が低いくらい、ハンデにならないほどだ。妖精とやらも特に問題は無かろう。

転送前に、重火器類の確認を行っておく。

コンディションは大丈夫。

「いつでも余は大丈夫だ」

「私も大丈夫」

「よし、では、魔法陣を起動してくれ」

老魔術師が頷くと、何か魔法の呪文を唱えはじめる。

魔法陣が輝きはじめ、周囲の光景が、ぼやけて薄れはじめた。ナイトはロボットだ。魔術に関しては分からない部分も多い。

だが、既に周囲の様子は、全く見えなくなっていた。

これはフィールドに入り込むと言うよりも、むしろ異世界に突入しているのも同じかもしれない。

重異形化フィールドの中には、内部が一つの世界として完結しているものも珍しくないと聞いている。

ましてや今回は、邪神の根拠地だ。

スペランカーが、腰を浮かせかける。

強烈な衝撃が来たのは、次の瞬間だった。

 

スペランカーがナイトの体を揺らしているのが分かる。まだ機能が復旧していない。体内の修復機構を使って回復し続けているが、復旧できそうにない機能も少なくなかった。照明や分析装置の幾つかは、完全にいかれてしまっている。

何とか、集音装置は復旧させる。

「王さん! 大丈夫!?」

「……大丈夫だ。 音は聞こえている」

「はあ、良かった……」

外殻は破損していない。それだけが幸いだ。これが壊れると、人間にナイトの本当の姿をさらしてしまうことになる。

それは避けたい。

能力的に劣るナイトの強みは、その秘匿性にある。顔も素性も知れないという事が、ナイトの価値を幾らか上げているのだ。

それは同胞の爆弾男達も同じだが、ナイトの場合は更に徹底しなければならない。

動けるように、関節部から復旧していく。それで問題が生じた。充分に蓄えてきたエネルギーが、足りていないのだ。

漏れたのでは無い。

それだけ回復に使用した、という事である。

ナイトが使用している動力炉は、かってC社で実用化に成功し、Rをはじめとする強力なロボットに標準的に搭載されている。ナイトのは第四世代型と言われる奴で、蓄えたエネルギーを使って体内のナノマシンを活性化させ、攻防に活用できる。ただ、この第四世代型はかなり分化が進んでいて、エネルギーに使用する物質は様々だ。

ただし、エネルギーが切れた場合の末路は悲惨だ。機密保持の理由もあって、木っ端みじんに爆破される。

そして、ナイトの場合。

爆破したら、もう次は無い可能性が高いのだ。

このままだと、どうにかエネルギーを補給できなければ、立ち往生となりかねない。何か侵入の際、致命的なトラブルがあったのは確実だった。

あの腐れ魔術師。

毒づいても、言葉は届かない。或いは敵側の妨害の可能性もある。冷静になってみれば、此処は敵の本拠地。それなりの邪魔が入るのは、当然と言えた。

スペランカーは流石で、既に平然と歩き回りながら、周囲を見ている。

動きはとろくさいが、見るべきポイントはしっかり抑えているようで、ナイトは回復に専念することができた。

殆ど半日ほど経った頃だろうか。

スペランカーが戻ってきては、状況を説明してくれるので、周囲の状況が少しずつ分かってきた。

どうも此処は、地球では無いらしい。

星の配置も違うし、自転速度がかなり速い。一日が、地球の時間で言うと十七時間程度しか無い上、夜の時間が非常に長い。或いは自転軸がずれているのかも知れないが、今は分析できない。

周囲には植物らしいものが生えているが、どれも組成はケイ素が中心だ。これだけは、視角情報から分析できた。はっきりしているのは、植物に生長している様子が無いこと。或いは、オブジェの一種かも知れない。

フィールドの内部に作り上げられた擬似的な世界かと思ったのだが、それにしては広がりがありすぎる。

ひょっとすると、此処は異次元の地球か、もしくは別の星かも知れないと、ナイトは分析した。

そろそろ、動けるだろうか。

半身を起こす。

ジープはつぶれてしまっているが、武器類は半分くらいが無事だ。爆弾類はどれも使えるし、銃火器も大丈夫。

ただ、重機関銃は持ち運べない。二丁あったカラシニコフを使うしか無いだろう。自動小銃では若干火力が不安だが、それは最初からだ。そもそも今回は、いきなり敵陣の奥深くまで潜るのが目的では無い。

立ち上がり、何歩か進んでみる。

バランサーは機能している。

問題は、ナイトの能力の中心になっている、特殊ブースター発生機構だ。かなり調子が悪い。

元々、ナイトは能力のバランスが悪く、それが王と揶揄される原因の一つとなっていた。今回は、更にそれが壊れ気味。

かなり危険な状況かも知れない。

地面は柔らかく、踏みしめながら進むと、何度か転びそうになった。

バランサーを調整しつつ、また何度か歩む。スペランカーが戻ってくるまでに、せめて戦えるようにはしておきたい。

光の塊が飛んできた。

虫のように、ふわふわと柔らかい飛び方だ。

妖精とやらか。

敵意は感じないが、悪意はある。

ナイトは悪意に敏感だ。散々悪意を受けて来たからかも知れない。様々な感覚情報から、悪意を読み取る能力に、いつの間にか長けるようになっていた。ロボットなのに、悪意に敏感なのだから、おかしな話しである。

「どうした、妖精とやら」

「やせ我慢は、そろそろ止めたら?」

「ふふん、やせ我慢、か。 生憎余は、そのようなものとは無縁でな」

これは本当だ。

妖精が喋ったのには驚いたが、実際問題やせ我慢などしたくてもできない。戦闘ロボットであるナイトは、いわゆる三原則を外されているが、それでも人間と精神を同じくすることは無い。

条件が整っても愛を感じる事は無いし、我慢という感覚も理解できない。

他にも、幾つも理解できないものはある。

「それよりも、どうしてそんなことを言う」

「あー、それはね。 あたしのマスターがさ、あのスペランカーのことを親だって慕ってる訳よ。 今回もお母さんをよろしくねって、散々頼み込まれてさ」

そのスペランカーが、やせ我慢している様子のナイトを、心配しているという。

過剰な心配は、剣先を曇らせると、妖精は言う。

まるで不良女学生みたいなしゃべり方をしているのに、意外に古めかしい言葉を知っているものだ。

今、スペランカーとの連携を崩すことは致命的だ。

少し最善手を模索してみる。

殆どの選択肢は、スペランカーに現状の戦力を正直に告げる、というものだ。不快だが、他に手は無さそうである。

ただし、ナイトがロボットである事や、その弱みは言わない方が良いと、結論はいずれも共通していた。

スペランカーは人望が妙にあり、Mを除く一流どころのフィールド探索者と、かなり良好な関係を持っているという。

まずいのは、其処だ。

もしもスペランカーから情報が漏れた場合、ただでさえ低いナイトの戦士としての価値は、致命的なまでに暴落する。

要するに、今のナイトははったりで自分を大きく見せている状態だ。それによって、かろうじて仕事にありつけている。

仕事だけでは無い。

廃棄処分を免れているのも、はったりによる立身に頼る部分が決して小さくない。

スペランカーは鈍そうで頭の回転も速くは無さそうだ。それが故に、喋ると色々まずい事は多いのである。

奴が戻ってきた。

本当にナイトを見ると嬉しそうな顔をしたので、非常に微妙な気分になった。しかも、裏が感じられないのである。

此奴は、どうしてこんな性格で、世間を渡ってこられたのか。

側に腰を下ろすと、覗き込んでくる。

「王さん、大丈夫?」

「あまり平気では無いな。 まず力が足りない」

「力が足りないなら、食事にする? レーションはまだまだあるよ」

「いや、腹は減っていない」

爆弾男型のフィールド探索者ロボットは、食事をすることができない。

特殊な燃料を補給することによって、エネルギー路を活性化させる。その燃料は、この星で手に入る可能性が、極めて低い。

稼働可能な状態になったら、適当に偵察して、さっさと増援を待つ方が良い。

スペランカーが、目を細める。

此奴、何かに気付いたか。

「何か、隠してる?」

「何故そう思う」

「もう丸一日以上経ってるのに。 どうしてそれだけ怪我をしたのに、おなかがすいていないの?」

流石に、それくらいは気がつくか。

しばらく悩んだ末に、ナイトは言う事にした。

「余はお前達と同じ食事を必要とせぬ。 食事は特殊なものしか受け付けないのだ。 力を得た代償にな」

「この場所で、その食事を見つけられそう?」

「厳しいな。 とにかく、この状態で邪神と戦うのは厳しい。 できるだけ周囲を偵察して、すぐに増援を呼んだ方がいいだろう」

スペランカーが、妖精と何かを話し始める。

集音マイクの調子が良くないので、声を拾うことができなかった。性能がいくら低いとは言え、普段だったらそれくらいは朝飯前なので、不快感が更に大きくなってくる。

「一旦妖精を戻します。 アーサーさん達を呼んだ方がいいと思うから」

「それなら、このデータを持ち帰れるか」

「無理」

データディスクを渡そうとしたが、即答された。

大気組成や地面の状態などの、今でも調べられるものについて、調べ上げたデータだったのだが。

憂鬱な気分は晴れない。

やはり余は役立たずかと、呟くほか無い。

妖精が、空の方に消える。

アーサーが何をしているかは分からないが、常に待機状態の筈だ。それに忌々しいが、C社最強を誇るRもあの場にいる。

それほど、状況は悲観的ではないと、この時点では思っていた。

 

数時間後。

妖精が戻ってくる。

その間、ナイトはバランサーの調整を済ませ、歩けるようになっていた。本当は背中についているロケットブースターで短時間の飛翔が可能なのだが、今ではその機能さえ沈黙してしまっている。

燃料も残り少ない。

それにしても、妖精だけが戻ってくるのは、嫌な感じだ。何か向こうでトラブルがあったのだろう。

「王さん、今大丈夫?」

「問題ないが、何か悪い知らせか」

「うん。 外の魔法陣が、敵の妨害にあってるんだって。 人員も今の安定度だと一人か二人しか送れそうに無いし、これ以上の物資は無理だって妖精が言ってるの」

それは、まずい。

物資が送れないとなると、ナイトの動力炉には、近いうちに限界が来る。

増援としてアーサーかRが来れば、状況の打破は難しくないだろう。しかし、その時ナイトは、完全な足手まといになるのだ。

そうなれば、この傷ついた体に未来は無い。

廃棄される可能性も、極めて高かった。AIだって、無用の長物として、バックアップ語と廃棄される可能性が高い。

それは、人間が言う死だ。

「増援が来るのは、いつだ」

「早くても七時間後。 完全に安定するまでは、使わないつもりみたい」

「それならば、それまでに、彼らのために少しでも路を作らなければなるまい。 それが王たるもののつとめだ」

「まって、王さん!」

スペランカーが、今までに無い険しい表情で言う。

やはり、此奴何かに気付いている。或いは頭が悪くても、勘は働くタイプなのかも知れない。

「何を焦ってるの? 前に一緒に戦ったとき、何だか無理しているように見えたんだけれど、それに関係しているの?」

「貴殿には関係の無いことだ」

「あるよ! 今は一緒に戦っているんだから。 それに、何だっけ、戦略的……な意味でも、意味があるんじゃないの?」

これは痛いところを突いてくる。

後の人員が少ないとなると、クズで役立たずとは言え、ナイトだって戦力としてカウントしなければならなくなる。

意思疎通が不十分であれば、情報の伝達も上手く行かない。戦略的に、戦力がかなりダウンすることになる。

「私、救える人が救えないのは嫌だよ。 戦いだから仕方が無い部分はどうしてもあるけれど、見殺しにするのは我慢できない」

「たいした聖人よ」

「違う。 私のは、エゴだよ……」

何だか分からないが、スペランカーにもろくでもない過去があるようだ。

まあ、ヤクザなこの商売をしているのだ。まともで綺麗な経歴の持ち主なんて、ほとんどいないだろう。

古参のフィールド探索者の中には、能力を持たない人間との軋轢の歴史を語る者だっている。

スペランカーは、調べてみたところ、十数年前からこの活動をしている様子だ。つまり、実年齢は三十をとっくに越えているだろう。十代半ばの見かけに反して、かなりのベテランだ。

それ故に、積み上げてきたものも、大きいという事か。

「事情は言えぬ。 だが、余は何かしらの功績を挙げなければ、後が無い」

「どうして……」

「H社にも色々あるという事だ」

フィールド探索者の便宜を図るとはいえ、資本主義に基づく会社である。

利益のことは、常に考えなければならない。

これが人間であれば、人権やらなにやら、面倒な事が色々関わってくる。そういった面倒ごとを非合法に処理する会社もあるが、それはそれだ。

しかし、ロボットには。

現時点で、明確な人権が無いのだ。人格があっても、ナイトはH社の所有物。備品よりはマシだが、人権は限定的で、どうしても人間よりは扱いがずっと悪い。

高性能のロボットフィールド探索者が重宝されるのは、やはり此処に理由がある。ニャームコ博士という人物が高性能のAIを開発し、ロボットには魂に近いものが宿るようになった。

だが、どんなに進歩しても、所詮はロボット。

人間の道具。それ以上でも以下でも無い。

実際、敵対勢力以外には銃口を向けられないし、H社に逆らうことは絶対にできないよう、何重にもプロテクトがかけられている。

それに、これだけされても人間は憎めない。

ナイトは知らないが、AIにはブラックボックス化されたプログラムが多数仕込まれている筈だ。其処には、人間に対する反逆を抑えるプロテクトも、多数含まれているのだろう。

死に対する恐怖は、ある。何が起こるかも、分かっている。それは得体が知れない。得体が知れない故に、怖い。

「分かった。 そうだね、七時間でできるだけやってみよう。 協力するから」

「ふん、生存能力しか取り柄が無い貴殿に、何ができるというのか」

憎まれ口を叩きながらも、どうにか歩ける体を引きずって進む。

スペランカーが言うには、この周囲はずっと森が広がっているという。ケイ素でできた木で構成された、不思議な森。

地面を見ると、透明な塊が多数落ちている。

中には、露骨に骨の形をしているものもあった。

なるほど、理解できた。

これは、森の化石だ。

此処は、化石によって構成された森。邪神が来る前には、此処はフィールドとしてか、或いは一つの世界として成立し、ひょっとすると文明が繁栄を謳歌していたのかも知れない。

スペランカーはブラスターという対邪神用の武器を既に取り出して、右手に掴んでいる。オモチャの銃みたいな形状だが、これで幾多の邪神を葬ってきたという話だ。その中には、邪神の中でも高位に位置する存在も少なからず含まれているという。

ただし、射程は十メートル程度で、しかも連射できないと聞いている。

いざというときは。

生き残るためにも。

スペランカーに路を作らなければならなかった。

 

玉座で蹲っているミ=ゴは、侵入者がいる事を、とうの昔に知っていた。

だが、恐怖ですくんで動けない。

相手の一人が、あのクトゥグアさえ葬った通称神殺しである事も関係している。だが、極限の孤独と絶望が、永く生きてきたが故に、ミ=ゴの心を縛り付けていたのだ。

「今なら敵の人員は最小限。 攻勢を掛ければ、捕縛するのも無力化するのも、自在かと思われますが」

「黙れ……」

メインコンピューターが、余計なことを言う。

それが陽動だったらどうする。

敵には神殺しだけでは無い。邪神を葬った実績のある能力者が何名もいると聞いている。それがここに来ているかは分からないが、もしも戦力を向けて、そいつらがこの王宮に殺到してきたら。

それだけではない。

メインコンピューター自身が、嘘をついている可能性だってある。

この星は、ミ=ゴが滅ぼす前は、独自の文明を築いていた。メインコンピューターだって、その遺産だ。

ミ=ゴ自身が様々に手を加えたが、もしも人格があったら。間違いなく、ミ=ゴを恨んでいるだろう。

その場合、ここぞとばかりに、落ち目につけ込んでくるはずだ。

はさみで、何度も床を叩く。

修復用のロボットを何体も巻き込んで壊してしまったが、構わない。

甲羅の後ろの方から、青黒い分泌物が出る。それは恐怖を感じているときに出るものだ。怖くて仕方が無い。

どうすれば生き残れる。

此処を逃げでもしたら、確実にハスターには見捨てられる。

そうなったら、もう完全に詰みだ。

不意に、通信。

それも、ハスターからだった。

全身が縮み上がるかと思った。

虚空に映像が浮かび上がる。それは、王として仕える、ハスターの姿だった。ハスターにも、当然這いつくばるミ=ゴの姿が見えている。

「どうした、ミ=ゴ。 巣穴に引きこもった蟹のようだな」

「ご冗談を。 何用にございましょう」

「今、余の王宮に、Mとやらが攻めこんで来たところだ。 配下の雑魚どもが束になっても手に負えぬでな。 これから余が直々に迎撃しようと思っている」

けたけたと、ハスターが笑っている。

ハスターは、大気を司る邪神だ。冷気も自在に操るし、噂によると空間操作までこなすと聞いている。

人格も複数ある。

王らしく振る舞うこの人格は、比較的機嫌が良いときに出てくるものだ。だが、機嫌が良かろうと悪かろうと、ハスターは狂気に満ちた存在だ。もっとも温厚とされる人格でさえ、同胞である筈の異星の神をゴミのように見捨てることがある。それを、ミ=ゴは間近で見た事があった。

「貴様の所にも人間が来ているらしいな。 というわけで、余は助けてやれぬ。 せいぜいあがくと良いだろう」

「そんな、殺生な」

「そもそも、巣穴に逃げ込んで蓋を閉ざしている貴様を、どうして支援してやる必要がある。 そのくらいは自分で対応せよ」

ハスターは、分かっている。

ミ=ゴが恐怖に囚われていることを。

そして、それを分かった上で、発言している。恐怖するミ=ゴを楽しむために。

ハスターは邪神と呼ぶに相応しい、狂気に囚われた存在だ。奴が好んで楽しむのは、人間の狂気だけでは無い。

同胞である筈の邪神の狂気さえも、奴は喰らう。

通信が切れる。

もはや孤独なミ=ゴに、退路も、生きる道も、残されていなかった。恐怖だけが、全身をわしづかみにして、締め上げ続けていた。

 

3、化石の世界

 

小高い丘に出た。

殆ど怪物とは出くわさない。二度、巨大な目玉が歩いているような怪物とは出くわしたが、カラシニコフで撃ち殺して対処した。

眼下に広がるのは、青みを帯びたケイ素の森。どこまでも広がっているが、北の方に、人工物らしい建物群が見える。

ヒラヒラと飛んでいる妖精が、悪態をついた。

「つまんない森−。 何にもいないじゃん」

「そんなこと、言わないの」

「だって−、退屈ー」

最初は光の塊にしか見えなかったのだが。少しずつ、それが蝶に似た翼を持つ、ちいさな子供の姿をしていることが分かってきた。

かわいらしい、一般的なイメージに忠実な妖精だが。しかし、性格の悪さは折り紙付きのようだ。スペランカーが、フォローをしながら苦笑いしているのが見えた。

まだナイトの機能には、回復していない部分も多い。

「あの都市に行ってみよう」

「それが良さそう。 王さん、案内してくれる?」

「任せておけ」

エネルギー残量が、先ほどレッドラインに達した。

一か八か、彼処で燃料を補給できるか賭けてみたい。戦闘になる可能性もあるが、このままでは立ち往生し、何もできないままに死ぬ事になる。

丘を降りて、森の中を進む。

地平線までの距離を換算するに、この星のようなフィールドは地球より少しだけ小さい様子だ。実際、異次元にある星を、丸ごとフィールド化している可能性も低くない。重力は完全に1G。大気の組成は、地球と全く同じだ。

「邪神の本拠にしては手薄だな」

「うん。 何だろう。 邪神の気配は確かに感じるんだけれど……」

何度も邪神と戦って来たスペランカーも、小首を捻っている。

邪神はいるらしい。

よほど自分の力に自信があるのか、それとも重要な戦略拠点にだけ戦力を絞っているのか。

いずれにしても、いつまでも敵が現れない、というような事は無いだろう。

ただ、先ほど殺した目玉の怪物にしても、戦意らしい戦意はほとんど感じなかった。たまたま巡回していて敵を見つけてしまって、どうしようと言う感じでたたずんでいたのを、撃ち殺しただけだ。

鳥のようなのもいる。

だが機械のような、硝子のような。

いずれにしても、生き物には見えない。監視するのにもやる気が見えず、ただ飛んでいるという雰囲気さえあった。

戦う理由が見いだせない。

ましてや、今の状態ではなおさらに、だ。

森の中を歩いていると、気付くことがある。

スペランカーはかなりドジで、何も無いところで転んで、そのまま停止したりしているのだが。

肝心なところでは、しっかり動いているのだ。

森の中を歩く方法も心得ているようで、無駄に体力を使うようなこともしていない。体力を温存しながらしっかり歩いていて、そのペースも把握しているらしい。

頭は悪いし、覚えも悪い。

本人が言っていたことだ。

だが、それを覆すほど、経験値を積み上げているという事か。

森が開ける。

街が見えてきた。とはいっても、無人である事は遠目にも明らかだった。近づいてみると、荒廃がより酷く分かってくる。

道路は恐らくアスファルトか、それに近い素材だろう。触れてみると、かなり前に整備が停止している様子で、彼方此方に大きな亀裂が走っていた。ただし、亀裂から植物が生えた形跡が無い。

自然に劣化したが、しかしその劣化を縫うように、植物が入り込まなかった。

それはつまり、メンテナンスが終了した時期と、植物が化石化した時期が、殆ど同じと言う事だ。

建物を見て廻る。

生活の跡が残っている。扉などの形状も、地球に近い。透明度の高い硝子を、壁の一部に埋め込んで、採光に利用していたようだ。壁の色は酷く変色していたが、青や赤、黄色など、かなりカラフルであったらしい。

建物の材質は何だろう。

木材も使っていたようだが、コンクリートや鉄筋もあった様子だ。地球と殆ど変わりない。

ただし、屋根の形状は切り妻でも無く平らでも無い。

丸くて、しかも波のようにうねっている。不思議な形状の、一体化した瓦のような素材を使っていた。

しかも、壁とは同じ色を用いている。

色彩の美的センスが、恐らく違っていたのだろう。既に剥げ掛かっている塗装剤も、その異質な色彩センスを示すには、充分だった。

家の一つに入ってみる。

戸を押すと、それだけで壊れてしまった。ナイトの体と扉の隙間からひょいと中に入り込んだスペランカーが、咳き込んだ。

埃が酷く舞い上がっている。

中には、骨も死体も無い。

ただし、痕跡はあった。此処にいた何者かは、死んだのだ。床。木張りだったらしい、ケイ素を大量に含む床に、血の染みの跡があった。それも、何かをたたきつけられて、飛び散ったような、凄惨な跡だ。

家は破損した様子が無いのに、生活していた存在はそれこそ破裂するようにして死んでしまったのだろう。

幾つかの家に入ってみたが、どれも状態は同じだった。

中には、調理中のまま、破裂してしまったらしい痕跡もあった。調理器具らしいものの前に、無惨な残骸が残されていた。血の跡だけで、これほど鮮明に死のイメージを喚起されるとは。

「……酷い」

スペランカーが呟く。

此処で、何があったのだろう。

街を散策してみて、気付く。文明のレベルは、現在の地球より少し上、という程度だろうか。

ただし、決定的に違う点がある。どうも能力者がいたようには思えないのだ。

「スペランカー。 見て感じないか」

「おかしな所があるの?」

「ああ。 家にしても何にしても、均一すぎる。 それに、軍事的な備えの類も、あるようには思えない」

それだけ平和な世界だったのかと思ったが、それにしてはおかしな点も見受けられるのだ。

たとえば、路の何カ所かには、避難誘導路らしきものが作られている。看板に書かれている模様も、おそらくはそれを想起させるものだ。

つまり、何かしらの危機に直面していたようには思えるのだ。

実際問題、滅ぼされてしまったのだから、それは当然だろう。

だがそれにしては、軍隊が存在していたようにはみえない。かといって、このずさんな街の造りから言って、能力者に任せていたとも思えない。

フィールド探索者は、長い間かけてようやく社会との折り合いを付けてきた所である。能力者と、非能力者の対立と抗争の歴史は、街の至る所に残されている。

軍隊の権限が強いのも、それが故だ。

かって、能力者が暴れ出した場合、軍隊を連れてこなければどうにもならなかったのだ。しかも、それでも多数の死者を出すことを覚悟しなければならなかった。

噂によると、国連軍がこれほど武装強化しているのも、国際的に能力者対策の互助組織として必要とされたから、という側面があるらしい。

移動用に使われていたらしい道具類も見かけた。

かなり小型だが、此方の世界の自動車と形状はかなり似通っている。使い方も同じだろう。

機構を見て、確認。

燃料に使っているのは、王と同じものだ。

これは、最悪の状況の中で、運が向いてきた。これでガソリンエンジンで動くような車が一般的に使われている世界だったら、文字通り詰みだったからである。実際問題、一世代先の燃料としては有用だと聞いていたから、可能性としてはあった。

詰みは、これで免れた。

だが、それでもまだ危険なことに変わりは無い。燃料自体は、もう移動機械の中には殆ど残っていなかった。

補給所の跡は。

大きめの道路を探す。その沿線であれば、あるはずだ。

一つ目を見つけた。

だが、徹底的に破壊されている。嘲笑われているようで、震えるほどの怒りが、膝から来た。

残骸を調べてみる。

見つかった。人間では無いが、思わずため息が漏れるというのは、この事だろう。調べてみると、それなりの量が、箱詰めされ、つぶれた建物の下にあった。

かなり形状は違うが、一応パック詰めされている。見た目は地球のコンビニなどで売られている栄養補助用サプリメントに近い。もはや、なりふりは構っていられない。状態を確認するが、精度は低いが、何とか使えるだろう。

「向こうを向いていてくれるか」

「え?」

「これが余にとっての食糧なのだ」

「ふーん」

妖精が此方をうかがうようにして、辺りを小馬鹿にした雰囲気で飛び回っていた。

外殻を一部スライドさせ、胸の辺りの燃料供給口を開く。そして、タブレット状態の燃料を入れた。

かなり品質自体は劣化が進んでいるが、それでも一息付ける。

十個ほどタブレットを入れると、どうにかエネルギー残量がレッドゾーンを脱した。他のも入れようかと思ったが、しかし此処でアラートが出る。

不純物の濾過が、限界を超えてしまったのだ。

しばらく此処に居座って、不純物の濾過をしながら、タブレットを取り込んでいくしか無いか。

だが、魔法陣が再度開くまで、あと三時間を切っている。

これ以上醜態をさらすと、廃棄処分の手が、肩を叩くことになる。まだ、首の皮は、一枚でしかつながっていないのだ。

「可能な限り、情報収集をしたい。 手分けをするか」

「えっ……?」

「どうした、問題があるか」

「敵地で戦力分散はまずいって聞いたことがあるの。 ええと、地の利がある相手に、各個撃破されるからって。 そうだ、前に川背ちゃんから聞いたんだった」

最近名を挙げている、戦闘タイプのフィールド探索者の名前を、スペランカーが挙げる。そういえば、スペランカーのことを先輩と言って慕っていると聞いたことがある。かなり親しい仲なのだろう。

言われて見ればその通りだ。今此処は敵地。やむを得ない場合を除いて、戦力の分散は、自殺行為だ。

だが、それでは間に合わないかも知れない。

どうせスペランカーは、何をされても死なないのだ。

焦りが、少しずつ、思考を狭めていく。

「貴殿は何をされても死なないのだろう? ならば余と一緒に行動しなくても、大丈夫なのでは無いのか」

「どうして? そんな結論はおかしいよ。 私の能力は、王さんも知っている筈だよね」

「ふん。 余は一人で行くぞ」

「待って!」

スペランカーの制止が鬱陶しい。

向こうはどうせ死なないのである。此方とは違う。

ロボットなのに、死に怯えなければならない此方とは。

腕を掴まれたので、振り払おうとする。

目の前に妖精が飛んできた。

「おっさんさ、ロボットでしょ」

世界が、凍り付いたかと思った。だが、妖精は、意地悪く続ける。まるで、そうすることが、義務であるように。

「何だか、人間の持ってる生命力みたいなの、感じないんだよね。 それなのに、なんで死ぬの怖がってるの?」

「後が無いって言葉と、関係しているの……?」

歯ぎしりしたくなる。

此奴は、やはり嫌いだ。だが、振り返り、反論しようとしたとき。

空を埋め尽くす、怪物共の大軍勢が見えた。

どうやら、口論どころでは無くなったらしい。

「こっち!」

スペランカーが手を引く。

近くに、どうやら崩れたトンネルの跡地らしいものがあった。其処に籠城しようというのだろう。

「妖精さんは、すぐにアーサーさんに連絡! こっちに来次第、すぐに来るように言ってくれる!?」

「分かった!」

「連絡が終わったら、戻ってきて! 外で待機!」

指示を出し終えると、一緒に走る。

スペランカーは足が遅いが、ナイトも病み上がりだ。正直、走る速さは、どっちもどっちだった。

崩れかけたトンネルに入り込む。

ブースターの調子はあまり良くないが、発動くらいはできる。懐から取り出した爆弾を放り投げると、能力発動。

トンネルに殺到してきた、無数の鳥が、瞬時に消し飛んだ。

爆圧が、トンネルそのものを揺るがす。

凄まじい風が、後ろから追いかけてくる。この様子では、敵は突入に二の足を踏むだろう。

ブーストの火力は、衰えていない。

背中に凄まじい熱波がたたきつけられた。

怪物の残骸が、散らばるのが見える。振り返りざまに、AKをぶっ放す。これにも、能力で破壊力を上乗せ。

尋常では無い火力が、敵を薙ぎ払った。わずかな生き残りがどんどん洞窟に突入してくるが、その全てを精確にロックオンして、撃ち落とす。

残弾がどんどん減っていくが、どうにかなるだろう。

更に爆弾を一つ引き抜くと、放り投げる。奥の方に、横穴が見えた。其処に入り込む。

爆発。

トンネルが崩落する音が聞こえた。

 

どうして急に敵が攻撃をする気になったかは、よく分からない。

はっきりしているのは、正面から戦っても、ナイトとスペランカーでは、どうにもならない数だと言う事だ。戦闘タイプとしてはナイトは中途半端だし、スペランカーは特化型すぎて、多数を相手にするには向いていない。

洞窟の横穴の先は、地下水道につながっていた。

まだ水は流れている。水の脇には、歩いてわたれる細い通路があったが、トンネル同様彼方此方が崩落している様子だ。

だが、明かりが足りなくて、見えない。ライトの機能は、まだ死んだままなのだ。

スペランカーが、ヘルメットについているライトを付けた。

「さっきの話……本当?」

「余がロボットという事か」

「うん。 ……話してくれると、嬉しいな」

「余計な事に首を突っ込もうとすることは感心しない。 余とそなたは他人であろう」

そう指摘すると、スペランカーは、指さす。

奥の方には、かさかさと蠢く、とんでも無いサイズの蜘蛛に似た生き物がいた。いや、生き物とは思えない。

この地下下水道には、有機物が殆ど見られない。

街が死んで、生活活動が停止して、時間が経っているのだから当然か。水が流れているだけでも、奇跡に近い。

しかも森の様子を見る限り、星の生き物そのものが死に絶えていると見てよい。

「見て。 どうも敵さん達、本気になったみたい。 二人しかいないのに、そんな勝手な事、言っていられないよ。 王さん、少しでも苦しみを分けてくれると、嬉しいな」

「人間の貴様に、何が分かる」

腰だめして、AKを乱射する。

此方の様子をうかがっていた蜘蛛の怪物が、瞬時に蜂の巣になった。

ブースターが警告を出してきていた。

さっきの補給所で、タブレットはたくさんくすねてきたが、此方は半分故障した状態なのだ。

しかも栄養補給も、短時間ではできないと来ている。

振り返る。

音も無く近寄ってきていた目玉の怪物が、触手を伸ばしてスペランカーを串刺しにしていた。

触手は、スペランカーが背中を守ってくれなければ、ナイトを貫いていただろう。

血が噴き出すのを見て、慌ててナイトは飛び退く。緩慢にしか動けなかったが。

スペランカーを放り捨てようとした目玉の怪物が、大量に浴びた血の分、抉られ、悲鳴を上げてどうと横倒しになる。

しかし、そこからが凄まじかった。

即死したはずのスペランカーに、異変が起こる。

串刺しにされたスペランカーの傷が、修復していく。

奴が目を開けて、頭を振り振り立ち上がる。貧弱な身体能力で、この仕事をやれる所以。十代半ばの肉体固定と、死からの蘇生。それに、悪意を持って攻撃してきた相手からの、欠損肉体の補填。

海神の呪いと言われている、極めつけの特殊能力だ。

濡れた額を手の甲で拭いながら、スペランカーが此方を見た。

「王さん、無事だった?」

「無事か……。 今の余は……機能が殆ど使えない状態なのだ。 修復はまだ、半ば程度しかすんでおらぬ」

ざわざわと、周囲から凄まじい数の雑魚どもが押し寄せてくる気配がする。

見ると、スペランカーの服は、全部が修復した訳では無い様子だ。回復のルールは分からないが、完全修復する訳では無いのか。

AKをぶっ放しながら、下がる。

天井や壁に跳弾する音が凄まじい。劣化したコンクリートが、ばらばらと落ちてくるのも分かった。

スペランカーに手を引かれる。

脇道のようになっている、狭い通路があった。どんどん追い込まれているような気がするが、しかし籠城には好都合だ。

本来籠城は好ましい作戦では無いが、後方に援軍が期待出来る場合は、やってみて損は無い筈である。

頭が悪いはずなのに、的確に最善手を打ってくるスペランカー。

やはり、場数の踏み方が違うのか。

追いすがってきた怪物を、片っ端から薙ぎ払う。

だが、遠くにいる相手には、ブースターの発動が追いつかない。爆弾を使うか。だが、それにしては、距離が近すぎる。

「王さん! 此処に!」

見ると、小型の通水路みたいなのがある。何とか入る事はできるだろう。

先に行くように、スペランカーが促してくる。

敵は、もうすぐ後ろにまで迫っていた。

 

必死に這う這う逃げて、やっと見つけたはしご。

後ろにスペランカーがいるかいないかなんて、ナイトは考えもしていなかった。

だから、はしごを上がって、水処理施設の一角らしき場所に出たとき、後ろにスペランカーがいないことに、ようやく気付いて愕然としたのだった。

呼びかけてみるが、反応は無い。

膨大な数の敵と戦っているか、それとも捕縛されたか。

戦っていると言っても、あの実力では、嬲られるも良いところだろう。それに、冷静になって考えてみれば、あの能力は戦闘には向いていない。無力化する方法など、いくらでもあるでは無いか。

腰を下ろし、回復に入る。

周囲に怪物はいない。だが、いつ追撃を仕掛けてくるか分からない。

しかし、此処で逃げてしまっては、どのみち廃棄処分だろう。スペランカーは邪神に対する切り札に等しく、それをどぶに捨てるかのように放置してしまったのだから。

ナイトは所詮ロボットだ。

人間の役に立てなければ、廃棄されるだけ。

ましてや、旧式のロボットになれば。

どうして、創造主は、ナイトに死への恐怖などを与えたのだろう。

戦闘で、恐怖があった方が、運用が円滑だと言う事は、分かっている。恐怖を知らない下等な動物は、それだけ死に近いからだ。

不意に、はしごを登る音がし始める。

慌てて立ち上がったナイトは、AKを取り落としていた。

拾い上げ、はしごの下に向ける。

手が伸びてきて、銃口を掴んだ。顔を出したのは。スペランカーだった。

「良かった、王さんは無事だね」

「き、貴様……! どうやって……」

「怪物さん達、三百回くらい私を殺したら、後は遠巻きに見てるだけになったの。 だから、隙を見て、逃げてきたよ」

さらりととんでも無い事を言う。

殺されるとき、酷く痛い思いをすると聞いていたが、それをものともしていないのか。

はしごから緩慢に体を引っ張り上げるスペランカー。

服はぼろぼろだった。無事だったリュックから、上着を取り出して、着替えはじめる。ナイトは苛立って、壁を殴りつけた。

目を合わせることができない。

スペランカーは人間として、いくらでもナイトを糾弾することができる。ロボットとして最低限の役割を果たさなかった存在を、この場で無慈悲に処刑しても、誰も文句を言わないはずだ。

だが、スペランカーはそうしない。

たまりかねて、ナイトは激発した。

「どうして、余を責めない」

「責める理由が無いよ」

「ロボットであるにも関わらず、人間を放置して逃げた余を、どうして責める理由が無い!」

もう終わりだと、ナイトは思っていた。

レコーダは、頭の中で動いている。ナイトの行動は、全て逐一記録されている。

小首をかしげていたスペランカーは。だが、少し表情を柔らかくして、言う。

「ロボットに心が無いとか、命が無いとか、私は考えていないよ。 此処で一緒に戦っている仲間だもん。 少しでも、王さんの事を知ることが出来たら嬉しいな」

嘘を言っている形跡は無い。

あまりにも、価値観が違いすぎる。

人間だったら、歯ぎしりしていたかも知れない。

とりあえず、逃げるのに使った排水路に爆弾を放り込んで、爆破する。

かろうじて、まだブースターは動いていた。

座り込むと、呆然と虚空を見つめた。

AIによる、現実の認識が追いつかない。

スペランカーは、既に、周囲を見回りはじめていた。退路を塞いだことを何とも思っていないどころか、そもそも追い詰められたとも考えていない様子だ。

「王さんの能力って、何?」

「……」

「あの凄い爆発? 銃も見た目より、ずっと強かったみたいだけれど」

「……そうだ。 余の能力は、炸裂強化。 指定の距離内であれば、物質の運動エネルギーが生じさせる破壊力を、五十倍から六十倍の間で強化出来る」

話だけを聞けば、強力そうに思える能力だが。

しかしこれには穴がある。

能力を展開できる範囲が、十五メートルと、極めて近いのだ。

このため、爆弾による破壊が、あまりにも高すぎるリスクを伴っている。しかも、増幅の倍率が極端すぎる。大威力の攻撃をできる反面、とんでも無いリスクを背負っている。それが、ナイトの最大の弱点だ。

当然のことながら、極めて使いづらい能力である。

どうしてこんな能力を設定されたかというと、その当時の技術力では、これが限界だったからだ。

後継型の爆弾男達は、爆発力や距離のコントロールが上手に行われていたりして、かなり戦闘力が上がっている。

それだけではない。

ナイトの先代や先々代達の爆弾男達は、ブーストの威力が控えめなため、却って能力が使いやすく、未だに現役として頑張っていられるのが事実だ。

ナイトだけが違う。

使いやすい世代の間に挟まれた、徒花のような存在。

だから、いらないという声が、何度も上がった。ナイトに使っているAIだけを取り出して改装し、他に搭載した方が良いのでは無いかと言う声さえ上がっている。

ナイトには分からない。

もしも魂というものがあるのだとすれば、それはどこに宿るのだろう。

心と魂が同一なら、AIだけでナイトなのか。しかし、爆弾王の能力とナイトのAIは密接に結びついている。

体を失ったら、ナイトはナイトでいられるのだろうか。

怖い。

自分が消えて無くなることは、とても恐ろしい。

スペランカーは、垂れ流されるナイトのくだらない話を、ずっと真剣に聞いていた。どうして此奴は、馬鹿にしない。

人間は、自分より下の存在を見つけると、悦に入る動物だ。実例は何度でも見てきた。此奴は、違うというのか。

「……それが、王さんが、自分を卑下している原因なんだね」

「そうだ。 余は優秀な戦闘集団として知られる爆弾男達の中で、唯一の欠陥品。 だから自分を虚飾で飾らなければ、立身さえできぬのだ」

「それなら、これから、私と一緒に頑張ろう。 もしも駄目な場合は、アトランティスに来られないか、H社と交渉してみるから」

此奴が分からない。

そんなことをしても、此奴に利益は何ら存在しないはずなのに。

手をさしのべられる。

くたくたに疲弊しきったナイトを、スペランカーは助け起こした。

 

排水施設を出る。

怪物の群れが、空に見えた。此方には気付いていないようだった。

位置関係は分かるかと聞かれたので、答える。さっき逃げ込んだトンネルからは、直線距離で七キロほど離れている。思った以上に、地下を歩き回ったという事だ。

スペランカーが懐を探って、鈴のようなものを取り出した。

軽く振ると、そのまま歩き出す。

「何だそれは」

「妖精さんを呼んだの。 要するに場所を知らせたから、もしもアーサーさん達が来たら、此処にすぐ来てくれるはずだよ」

「……」

結局自分は、此処に何をしに来たのだろう。

死の恐怖にひたすら怯え、本来なら守るべき人間に守られたあげく、傷ついた体を引きずって逃げる事ばかり考えている。

此奴はバカだという噂だったが、実物を見てみるととんでも無い。

多分戦闘経験値が尋常では無いからだろう。行動はのったりしているが、無駄が無いし、判断も的確だ。

はっきり言って、此奴から不死をとっても、並の軍指揮官よりもよほど良い動きをするように思える。

それは気のせいでは無い筈だ。

手持ちの特殊能力だけで一流と呼ばれるようになったと、揶揄する声があると聞いていた。そんな噂は大嘘だ。

此奴は、多分別の能力を持っていても強い。

「こっちに行こう。 入り組んだ街の中の方が、きっと隠れやすいはずだよ」

「ああ、それが良さそうだ」

はじめて、スペランカーの言う事に、素直に従う気になった。

勿論、街の中には、敵のセンサー系がいる可能性がある。だが、それについては、ナイトが注意していけばいい。

森の中を縫うようにして、街の化石へ。

先ほどよりも広く、より大きな街が広がっていた。スペランカーが言うには、邪神の気配は、少しずつ近づいているという。

街の中は、崩れたビルの残骸や、押し潰された建物で一杯だった。

恐らく大型の飛行機だったのだろう。長い翼を持つ巨大な乗り物が、不時着した跡があった。

もしも知的生命体が瞬時に全滅したのであれば、搭載されていたAIが不時着にまで持ち込んだのだろう。

ビルを二つかすめ、一つを半壊させながら、だが。

「何が起きたのか、分析できる?」

「戦闘が行われた形跡が無いことから言って、この世界にいた知的生命体は、瞬時に全滅したらしいな。 恐らく、戦いにさえならなかったはずだ。 余が見たところ、死んだことにさえ気付かなかっただろう」

「何が起きたのかな」

「これだけの、惑星規模の災害となると、異星の邪神を疑う所だが……余には何かがおかしいように思える」

何かが引っかかる。

確かに連中は凄まじい力を持つが、かといってこれは異常すぎる。これだけの文明を築いていた知的生命体に気付かれず侵略の触手を伸ばし、瞬時に全てを殺戮するなどと言うことが可能なのだろうか。

魔術の類でさえ、万能では無いと聞いている。

この世界で、一体何が起きたのか。

「少し、調べてみよう。 王さん、何か調べるのに良い場所は無い?」

「書物やデータの類は調べても無意味だろう。 この世界の全景を調べることができれば、何か分かるかも知れないが」

普段だったら出来る事が、今では半分もできない。

スペランカーが、ビルに登ってみようと言う。頷いて、ついていくことが、今できる最善だった。

 

4、孤独の玉座

 

そもそも、ミ=ゴというのは種族の名前だ。

ハスターによって作り上げられた奉仕種族の一つ。その狂気を満たし、或いは道化の役割を果たして、戦いの際には前衛となって散っていく。

今やたった一人の生き残りとなったミ=ゴも、役割という点では違わない。

むしろ、玉座につくまでに上り詰めたのだから、幸運だったのかも知れない。しかし、それが故に。

より、主君の狂気にも近づくこととなったのだが。

今、ハスターはMと凄まじい死闘を繰り広げているようだ。フィールドがパンクしかねない激しさで、既に七十時間以上戦闘を続けている。嬉々として戦っているのは、どちらも同じ。

Mとしても、全力で殴ってもつぶれない相手と戦うのは、面白くて仕方が無い、というところか。

そしてハスターとしても、狂気の限りを尽くして攻撃して、なおも倒れない相手と戦うのは楽しくて仕方が無い、という風情だ。

どちらもミ=ゴの理解を超えている。

「第一次攻撃部隊は、損害率二割に達し、敵を見失いました。 現在索敵中です」

淡々と、頭を抱えているミ=ゴに、メインコンピュータが告げてくる。

兵力の一部を差し向けたいと言ってきたのを、聞き逃してしまった。その結果だ。

「だ、だから、言ったでは無いか」

「敵には特殊な能力が備わっています。 計測したステータスであれば、100%撃滅が可能な戦力でした」

「もういい! 兵力の全てを、宮殿の周囲に配置! 何があっても、敵を通すな!」

「分かりました。 全戦力、百八十万、全てを展開します」

これならば、たとえ相手がMであっても、簡単には突破できない。

宮殿の外など、どうでもいい。

元々此処は孤独の宮殿。

誰もいはしないのだから。

民無き王。守るべき者無き王。そして、その空虚な軍勢。

丸まって震えていることだけが、今できるだけ。悪意によって民を害するわけでも無く、恐怖で民を縛っている事もしない。これほど無能な王など存在しないだろうと、ミ=ゴは思った。

死への恐怖は、ますます強くなってくる。

メインコンピュータが、不意に警告の音を鳴らす。恐怖が極限に近づいているミ=ゴは、思わず飛び上がっていた。

「新たなる侵入者です。 数は五」

「最初と同じ場所か」

「いえ、少し下方向にずれています。 軟着陸に成功。 センサーを潰して廻っている様子です」

本隊が来たか。

恐らく、最初に来た連中とは比較にならないほど戦闘力が高い筈だ。だが、がっちり本拠を守っていれば、必ず防ぎきれるはず。

この星にいる戦力は軽く百万を超えている。分散させるわけでは無く、それを一カ所に集めたのだ。

「ま、守りきれる可能性は」

「100%です」

「嘘をつくなっ!」

悲鳴に近い声がほとばしり出た。

此奴はもう信用できない。さっきだって、殺せる確率は100%だとかほざいていて、逃げられたでは無いか。

このポンコツコンピュータは、ミ=ゴを殺そうとしている。何故殺そうとするのか。機械の分際で。

それはきっと、かっての主人達を皆殺しにした、仕返しだろう。

愚かな話だ。

なぜなら、この星の知的生命体は。

えらを動かして、大きく、大げさすぎるほどに深呼吸する。

玉座の間で蹲る孤独な王は、そうしていると、ますます小さくなっているように、自分を感じてしまう。

そうだ、どうして気付かなかった。

この腐れコンピュータがミ=ゴを殺そうとしているのなら。配下の生物兵器どもが、どうしてやる気が無いかもよく分かった。

最終的に、ミ=ゴを殺すためでは無いか。

疑心暗鬼が、拡大しはじめる。

そうはさせるか。

生き残るには、どうしたらいい。

問いかけようにも、もうその相手は、存在していなかった。

 

妖精が、戻ってくる。

サー・ロードアーサーの所に行っていた奴は、口頭での説明を受けていた。

「ええとね。 なんだっけ。 そうそう、これから主力が攻撃を開始する。 貴殿らは隙を突いて、邪神に肉薄されたし、だとか」

「常套手段ではあるか。 しかし、此方には戦力が足りないな。 それにむしろ、陽動向きなのは余なのだが……」

どうしてだろう。

スペランカーの言うことを素直に聞く気になってからくらいだ。死への恐怖が薄らぎはじめている。

そうすると、どうだろう。

判断も、冷静に出来るようになっていた。

「援軍を頼むべきであろう」

「うん。 妖精さん、アーサーさんに伝言お願い。 探査タイプで、サヤちゃんが来ている筈だから、彼女を。 戦闘タイプの人も一人呼んでって」

「えー? 妖精使いが荒いなあ」

「ごめんね。 後でコットンに、たくさん遊んであげるように言っておくから、ね。 もうひとがんばり、お願い」

そう言うと、途端に妖精は機嫌が良くなる。

コットンというのは、あの子供の魔術師で間違いないだろう。妖精の様子から言って、相当に好かれている事は間違いない。

他にも幾つか伝言を頼む。

妖精が飛んでいくのを見送ると、まだ残っていた三十階建て以上のビルに上がる。内部は崩落している部分も多かったが、それでもメインシャフトは生きていた。

スペランカーは、同じペースで歩くことで、階段を苦にしていない。比較的ペースは遅いが、しかし病み上がりのナイトもあまり早いペースでは上がれないので、丁度良いだろう。

二十三階に、展望施設だったらしい場所があった。

此処でいい。

まだ生きている硝子越しに、周囲を見回す。

街の明かりは完全に消えたわけでは無い。それに展望施設も、一部の明かりは、まだ動いている様子だ。

「動力は、まだ生きているみたいだね」

「解析してみる。 しばし待て」

何だか、おかしな気分だ。

街があれほどいい加減な防衛体制であったにしては、妙に規則的に整っているのである。これは一種の幾何学模様か何かだろうか。

展望台自体の造りもおかしい。

全周型の硝子張りにしているのでは無い。どうも、その模様か何かを、見せるように設計しているとしか思えない。

遠くの方を見てみて、違和感は確信に代わる。

機械類を操作してみた。

幾つか生きている機械があった。触ると、案内ガイダンスらしきものが流れる。

即座の分析は難しいが、これだけ条件が整っていれば、総合的な判断は、難しくは無い。

「川背ちゃんがいれば、何か分かるのかなあ。 王さん、何か掴めそう?」

「ひょっとすると、肖像画か何かかも知れぬ」

「街全体が?」

「そうだ。 これを見ろ」

案内ガイダンスに、妙な映像が浮かび上がる。

それは人間には似ていないようで、しかし何処か似ている。水生生物の特徴を持った、知的生命体の立像だった。

そして、規則的に流れ続ける音楽。

「こういう音楽、聞いたことある。 子供向けの曲?」

「近いが、違うな。 恐らくこれは、アピールを行うためのものだ」

宗教団体などがアピール用に作る曲の中には、単純なフレーズを繰り返すことで、嫌でも耳に残るものがある。

つまり、一種の洗脳だ。

まだ複雑な音楽などが理解できない子供向けなどの音楽でも、似た手法が採られることがある。

そして、街の形状。

街の形状そのものが、一種の刷り込みを行う目的で、設計されている。

以上から、導き出される結論は一つだ。

「ひょっとしてこの文明は、非常に極端な独裁政権だったのでは無いのか。 しかも、国民の洗脳が非常に上手く行っていたから、むしろ平和だったのであろう」

「……続けて」

「つまり、此処は家畜の惑星だったという事だ。 国民には思考力の類は無く、究極的な独裁者の命じるままに、ただ動き続けていた。 そう言うことでは無いのか」

その構図は、ロボットと人間を、そのまま当てはめることができる。

ロボットはどこまで行っても、所詮奴隷。

人間が許した範囲内でしか、思考することはできない。

だが、人間の創作物の中には、逆の立場になってしまっているものも幾つか存在している。

勿論、その実例をナイトは見たことが無い。だが、やりようによっては、関係は、簡単に覆るのかも知れない。

ビルを降りる。

これはあくまで仮説に過ぎないし、まだ情報量が少なすぎる。

しかし、もしもこの世界が極端な独裁制だったとしたら、幾つか解らない事がある。洗脳で民を縛るには、限界があるという事だ。

一体この世界に、何が起きていたのだろう。

それに、一番解らない事がある。

どうしてこの世界は、邪神の支配下に置かれた今も、同じ形状を保っているのだろうか。

邪神の影響下にあるフィールドは幾つか見てきたが、どれも邪神にとって都合がよい環境に変えられていた。

「スペランカー。 貴殿は、アトランティスとやらで、人間側についた邪神も含めて生活していると聞いている。 邪神は人間に最適化された環境を、心地よいと思うものなのか」

「アトラク=ナクアさんの事? ううん……どうなんだろう」

「この世界は、生物こそ死に絶えているが、しかしそれを除けば人間に都合が良い環境だとしか思えない。 実際、食糧さえあれば、貴殿も生活することは難しくあるまい」

「そういえば、そうだね」

階段を下りながら、分かってきたことを話す。

アーサー達から、増援を出してもらうとして。

主力が敵を引きつけている間に、首魁である邪神に肉薄できれば勝機はある。

そのためには、この世界についての情報を、少しでも多く知る必要があるのだ。

「アトラク=ナクアさんはね、どちらかというと、闇が濃い場所の方が心地が良いって言うよ。 やっぱり、異星の神様達には、人間とは違う環境が心地よいのかも」

「それならば、やはりこの世界は変だ。 其処がつけいる隙になるかも知れない」

もしも、この世界が、滅びたときと殆ど変わっていないのなら。

全てを抑えるためには、最適な場所がある。

それは、ネットワークの中枢部。

ナイトの力では解析ができない。だが、来ているフィールド探索者の中には、それができる奴が確か混じっていた。

ビルを出ると、出会い頭にAKをぶっ放し、目玉の怪物を撃ち抜く。

偵察に来ていたのだろう。更に下がりながら、周囲にいた怪物を撃ち抜き、爆弾を放り投げる。

スペランカーが無言で手を引く。

AKの弾も、そう多くは無い。建物のかげに隠れた瞬間、爆弾が炸裂。周囲の怪物達を、一気に薙ぎ払った。

同時に、ナイトの体を守っている外殻にも、ダメージが入る。

近すぎるのと同時に、戦闘でのダメージが蓄積しすぎたのだ。

回復するのにも、まだ時間が掛かる。今は、言われるまま、逃げるしか無い。

マンホールらしい円盤状の土石をどけて、中に躍り込む。

追撃は無い。

だが、すぐに大多数で押し寄せてくるだろう。スペランカーが途中で、何度か鈴を鳴らしていた。

地下道を走りながら、出会い頭に姿を見せた怪物を、即座に撃ち貫く。

やっとレッドゾーンを脱したエネルギーだが。

また、レッドゾーンへと戻ろうとしていた。

だが、不思議な事に。今回は、先ほどまでの恐怖は無い。どうしてなのだろう。破滅への恐怖は、いつの間にか、薄れている。

走り回り、逃げ回り。

袋小路に追い詰められてしまう。背後からは、散々仲間を殺されて、猛り狂う怪物の群れが迫っている。

地理に詳しくない場所での戦闘だ。当然の帰結とも言えた。

スペランカーが、ナイトを庇うようにして、前に出る。

「王さんは隠れていて。 私が、どうにかするから」

「待て、どうにもならぬ!」

「式神達、敵を攪乱してください!」

不意に、割り込む第三者の声。

桜吹雪のような光が舞い散り、怪物達が混乱する。天井が吹き飛ばされ、其処からロープが下りてきた。

J国の千早という神職用の服を着た女が、覗き込んでいる。

援軍が間に合った。彼奴は確か戦闘タイプでは無いはずだ。もう一人が戦闘タイプと言うことか。

スペランカーが、腰のフックにロープを結びつけて、固定する。ナイトもロープを掴むと、挙げてくれと頼んだ。

凄まじいパワーで、一気に引き上げられる。

引き上げたのは、千早の女が行使しているらしい、式神とやらだ。相当な巨躯の仏教僧、いわゆる坊主である。

確かJ国の神道は仏教とは違う宗教だったと記憶していたが。理由はよく分からないが、坊主は千早の女に従う事に、疑念を持っていないようだ。

もう一人。上にいたのは、R。少年の形をしたロボットは、既に戦闘形態になっていた。普段は小柄な少年の姿をしている彼は、戦闘時右腕を大砲のように形状変化させ、其処から無尽蔵のエネルギー弾を放つ。

穴に向けて、叩き込まれたエネルギー弾は、地面が盛り上がるほどの破壊力を見せる。火柱が穴から吹き上がった。

凄まじい埃に、辺りが見えなくなるほどだ。

周囲は怪物の死体だらけ。Rの凄まじい戦闘力は、流石だ。Mと渡り合える可能性がある、唯一のフィールド探索者という噂は、嘘では無い。

「間に合ったみたいだね」

「余が呼んだのは、そちらの娘だが。 戦闘タイプとはスペランカーが指定したのだ」

「何だ、つれないなあ。 同じロボット同士、仲良くしようよー」

「えっ!」

千早の女、サヤが驚いたような声を上げた。

Rが意地の悪い笑みを浮かべる。此奴、さてはずっと知っていたのに、わざと今までいわずにいたか。

だが、それもどうしてか。

今は、不思議と、どうでもよくなっていた。

「そうだ。 余はロボット。 爆弾男シリーズの中で、唯一欠陥品と呼ばれている存在、王ことナイト型ボンバーマンだ」

AKを振るい上げると、空からサヤを狙おうとしていた鳥のような怪物を叩き落とす。ロボットだからできる、精密動作での作業。

エネルギーの残量は少ない。

だが、今、やれることは、決して少なくなかった。

「そんな欠陥品の余でも、敵に肉薄できるヒントを得られたかも知れぬ。 協力して欲しい、極東の巫女姫よ」

 

サヤは、巫女と呼ばれる神職の女である。

シャーマニズムの影響が強く残った神道の技術の中には、死者との会話も含まれているのだ。原始的な宗教は、先祖の霊と斬っても切り離せない関係がある。宗教系のフィールド探索者には必然的に死者に関係した力の持ち主が多い。

この女は、中でも探索能力に特化しており、それが故に各地で重宝されている。「式神」の操作による探索だけでは無く、死者との会話による情報収集も得意としているため、数年後にはエース格の扱いを受けるかも知れないとさえ言われていた。

この世界で、オカルトは荒唐無稽な笑い話では無い。

「死者と対話できる能力」が存在しているのは、れっきとした事実なのだ。ならば、それを活用するだけである。

科学の産物の究極である自律思考型ロボットが、オカルトを活用するというのも変な話だが。しかし、この世界で、死者の発言は、まさに宝も同じ筈だ。

Rに戦闘を任せ、一旦安全地帯に避難する。

二人も此方に戦力を割いて大丈夫なのかとナイトは思ったのだが、スペランカーは言う。

「アーサーさんが、手練れを三人もつれているなら大丈夫だよ。 それに今、総攻撃はまだ待って欲しいって連絡をしてあるから、攻撃には出てないはず」

「いつの間にそんな連絡をした」

「サヤちゃんとRくんが来てすぐ、かな。 まだ情報が入るかも知れなかったでしょ?」

確かに、その方が判断としては間違っていない。だが、その時点でしている判断としては、的確すぎる。

戦術プログラムは、スペランカーの判断力を高く評価していた。ナイトのAIも、同じ評価である。

どうしてだろう。此奴といると、恐怖が薄れてくる気がする。

追いすがる怪物を、Rが容赦なく排除する。普段は青い色なのだが、赤や緑に装甲の色が変わると、炎や圧搾空気を操れるようになり、戦闘手段が瞬時に切り替わる。取りこぼしをナイトが処理しながら後退するが、殆どその必要は無いくらいだ。時折、サヤを庇ったスペランカーが怪物にミンチにされたが、本人は屁とも思っていない様子である。むしろサヤの方が、スペランカーを心配していた。

トーチカのような、ドーム状の建物を発見。

娯楽施設だったのだろうか。

入り口が一つしか無い上、中に怪物の気配が無い。追ってきた怪物も、Rの猛攻を怖れて、距離を置いてついてきている。

サヤを庇いながら、スペランカーが先に中に。

入り口を塞ぐようにして、Rが仁王立ち。内部で壁に背中を預けながら、タブレットを取り出す。

浄化機能はまだ働ききっていないが、もうエネルギーが切れる寸前だ。

Rは此方に顔を向けなくても、ナイトの窮状が理解できているらしい。或いは、もっと高精度の探査装置を積んでいるのか。

「あっちゃー。 そんなに消耗してたんだ。 ボクとはエネルギーの型式が違うみたいだし、困ったね」

「最初の転送座標がずれていてな。 あの老魔術師には、後で鉄拳をくれてやる」

「それ、ずらされたんだよ。 ボクは見てたから知ってるけど、非常に冷静なクラッキングがあってさ、術式が乱されてた。 だからこそに、何だかおかしいなーと思うんだよねえ。 敵の反応がいちいちヒステリックでさ、怖くて怖くて仕方が無いみたいで、別人が指揮してるみたいなんだよ。 よくわかんない」

Rが言うには、攻撃を仕掛けてきているのは、敵のほんの一部。

殆どは、何かにとりつかれたように、行進をしているという。戦力の集中をはかっているのだろうか。

広域のセンサーを有しているRの言うことだ。多分嘘は言っていないだろう。実際問題、本気で此方を追い詰めるのなら、もっと思い切った数を使ってくるはずだ。それなのに、攻撃は散発的で、対処不能な物量では無かった。

サヤが死者に呼びかける能力を使うべく、準備を始める。

彼女は能力者よりは魔術師に近い存在であるため、能力を使うには詠唱やら道具やら、煩雑な準備が必要になる。もっとも、サヤが使うタイプの術式は、個人の素質が大きく影響するために、より先鋭的な魔術に近いそうだが。

儀式は時間が掛かると、事前にサヤにいわれた。

だからその間に、タブレットを二つ、三つと動力炉へ放り込む。

どうにか動けるようになる必要がある。だから修復を進める。それに、ブースターの調整を行っておかなければならない。

なにやら飾りがついた棒を振って、サヤが踊るように儀式をしている。

スペランカーはじっと外を見つめていたが、不意にナイトに話しかけてきた。

「ひょっとして、ナイトさんと、同じ理由なのかな」

「どういうことだ」

眉根を下げて、口にして良いか分からない、という風情のスペランカー。

だが、どうしてか今のナイトは、吹っ切れていた。

「よい。 余と同じように、此処を支配している邪神が恐怖に囚われているのでは無いか、という事であろう」

「へえ? そんなんだったら、対処が楽でいーね」

Rはやはり背中を向けたまま、そんな軽口を叩いた。

見かけよりもずっと口が悪い奴だ。

噂には聞いていたが、本当らしい。此奴は元々家事補助用のロボットだったのを無理矢理戦闘用に改造されたあげく、兄弟にも等しいロボット達と散々殺し合いをさせられてきたという。

元々介護用という事で、AIにはより人間に近いものをが搭載されていたらしいから、それなら歪むのも当然か。

「アトランティスにいる邪神は、そのような脆弱な者なのか」

「アトラク=ナクアさんはともかく、見てきた邪神さん達には、いろいろな心の持ち主がいたよ。 誇り高かったり、卑劣だったり、残酷だったり。 きっと、人間と同じなんだと思うな」

「にわかには信じられないが」

しかし、そうだとすると。

最初の冷静な対処は、誰がやったのだろう。

それに、兵力の集中は、誰が指揮しているのだろう。

サヤが、勢いよく紙のついた棒を振り下ろした。動きを止めた彼女が、正座する。小柄なゆえに、より小さく縮こまったように見えた。

「随分、苦労しました。 どうしてか此処の世界には、死者が満ちているのに、皆とても満ち足りているようで……」

「独裁政権の上に、何かの理由で皆殺しになったのに、か」

「……」

不可解そうに、サヤが頷く。

咳払いすると、スペランカーが質問をし始めた。

まずは名前から。どういう生活をしていたのか。何が好きか。当たり障りの無い話から聞きはじめるのは、奴らしい交渉術だろう。

呼び出されたのは、サヤと同年代の子供らしい。この星の知的生命体にも性別があったらしく、地球で言うメスに相当したそうだ。ただ考え方はかなり違う。メスの方が強い生命体だったらしいので、それが原因だろう。

しばらく雑談に近い話が続いたが、徐々に核心に踏み込んでいく。

「私達は、ミの民だと言っています。 ミとは、星の意味だと」

「地球人、と同じような意味かな」

「そうみたいです。 一番偉い人は、ゴと呼ばれていたとか」

何だろう。何かが引っかかる。

更に、話を続けていく。

霊は、最後の日のことを覚えていた。

「ゴ」の言うまま、平和な世界を生きていたが、誰もが飽き始めていたという。発達した文明が故に、死は殆ど無いも同然。望むままの娯楽があり、快楽は好きなように与えられている。

仕事は全てロボットがやってくれるから、する事さえ無い。

考える事を放棄する者も、出始めていた。

むしろ、決断したり、考える事が、嫌になり始めていた。

「地球でのインターネットのようなものでも、議論が行われたそうです。 今の文明は発展の究極にあるのでは無いのかと。 むしろ、思考はこの文明では、邪魔なのでは無いのかと」

SFにあるディストピアのようだと、ナイトは思った。

やがて、唐突な死が、星全体を覆った。

だが、それを悲しむ者は、誰もいなかったという。

サヤが、びっしり全身に汗を掻いたまま、呼吸を乱していた。それだけ消耗が激しかったという事だろう。

一つ、はっきりしたことがある。

「この星を滅ぼしたのは、邪神では無いな。 邪神は後から来て、この星に君臨しただけ、の可能性が高い。 その時、滅びの原因が、取り除かれたとは思えない」

つまり、この星を、今の実質的に支配しているのは。

妖精が来る。

「総攻撃、開始して良いかって、ひげ面のおじさんが言ってるんだけど」

「少し此処にいて。 Rさん、この世界のネットワークって、まだ使えそう?」

「ボクは情報探索の専門家じゃ無いから難しいかな。 そこのイタコの子に、霊を呼び出してもらって、使い方を聞いた方が良いんじゃ無い?」

「それがよさそうだね」

何の話と、妖精が小首をかしげるが、スペランカーが笑顔で世間話に持っていく。

サヤは疲弊しきっていたが、また儀式を始める。

今度は、技術者の霊を呼び出すつもりだろう。

ナイトの考えでは、この星のインフラはまだ生きている。その理由は、あまり口にしたくない。

そして、考えが正しいのなら。

 

玉座で震えるミ=ゴは、不意にハスターが通信してきたので、泡を食って姿勢を正した。

どうやらハスターはMと引き分けに終わったらしい。フィールドは潰されたが、ダメージを受けただけで、逃れることに成功したそうだ。

幾つか作ってあるフィールドの一つが潰されただけ。げたげたと、そうハスターは笑った。

不意に、ハスターが話を変えてくる。

「そういや、お前をそのアルタイルから拾ったのは、随分前だったかなあ」

「は……?」

「は?じゃねえよ。 あ、そっかあ。 お前の記憶、消したんだったっけー」

このしゃべり方は、ハスターの人格の中でも、特に残虐で暴力的で、おぞましい狂気に満ちている存在。此奴が、表に出てくるという事は。

壮絶に嫌な予感がする。

耳を塞ぎたい。

はて。耳。

ミ=ゴには、そんなものは、無かったはずだが。音は全身で把握し、魔術的に解析して、情報に変換している。

「じゃ、特別サービスだ、教えてやるよ。 むかーしむかし。 発展しきった文明が、アルタイルにはありました。 ひひひひっ、そこの王様は、ゴと呼ばれていました。 ミという世界の王だから、ミ=ゴです」

なんだそれは。

や、やめてくれ。心が、軋む。

「その星の民は、何でもできるし、寿命も無限大。 だから理想の世界を作ってくれた最高の独裁者さまに全部を預けて、思考さえも放棄しました。 やがて、考える事が、苦痛になってきた彼らは、こう願ったのです。 惑星規模で」

「や、やめて、やめてくださ……」

「死にたい、とね」

心に、ひびが入る音が聞こえた気がした。

絶望に、心が塗りつぶされていく。はさみが、震えている。どうして、はさみなのだろう。手では、なかったか。

「独裁者さまは拒否しましたが、心優しい惑星の有機式メインコンピュータ様は、気象系の制御系を操作して、みんなのお願いをかなえることにしました。 星の民を一瞬で殺戮したのは、苦しまないようにするための、とてもとても情ぁけ深いコンピュータ様の意思だったのです。 さらに、他の生物も、どうせ進化したらおんなじように考えるだろうということで、抹殺してくださったのです。 ケイ素系の毒物をまき散らして、全てを瞬時に! いひゃははははははははははっ!」

「ひ……」

「哀れに思った俺は、お前を星から引き上げ、クローニングしたあげく、好みに改造してこき使う事にしました。 それが、ミ=ゴという種族の始まりなのですー。 おーわかりですか−? お前は最初は民のオモチャで、今は俺のオモチャだってことだ! ぎゃははははは! ひーひひひひひひひひひっ!」

「ぎゃあああああああああああああっ!」

おもいだした!

思い出した思い出した思い出した思い出した思い出した!

はさみで、何度も床を叩く。

何もかも放棄した家畜ども。人生を賭けてあらゆる紛争を解決し、問題を調停し、生活を改善し。全てを良い方向に持っていったのに、それを全て忘れ去り、惰眠を貪り、快楽に溺れ、あまつさえ思考を放棄して死を望んだ愚物共。

全身を、瞬時に拘束される。

無数の触手が、周囲から伸び、ミ=ゴを縛り上げていた。もがこうが、逃れることができない。

「マスター、思考は苦しいでしょう」

「お、おまえ、おまえ……っ!」

思い出す。

この有機コンピュータは、ミ=ゴの手足となって、その覇道と理想郷建設を手伝ってきた者だ。

だから、この星に侵略したとき。

あまりにもあっさり降参した。そして、ミ=ゴの配下となった。

最初から知っていたのだろう。

この星の独裁者だった存在が、変わり果てた姿とは言え、戻ってきたのだと。だから、以前と同じように、静かに従った。

それを見越して、ハスターはこの星を、「教えた」のだ。

ハスターがこういう奴だと言うことは、最初から分かっていたのに。

「今から、私が代わりに思考して差し上げます。 後はお休みください」

「ふ、ふざけるな! 私は、あの愚民共とは違う! 離せ! 私は、死にたくない! 思考を放棄したくない! や、やめて、やめてく……」

どずりと、重い音。

何かが、殻を破って、中に入り込んできた。

それが思考を消し飛ばす。

最後に聞こえたのは。

ハスターの、馬鹿笑いだった。

「ぎゃははははは! お前の狂気、美味だったぜえ! じゃ、せいぜい攻めこんできた連中にぶっ殺されるんだな! 俺は助けてやんねー! あー、その様子じゃ、もう身動きもできねーな! ご愁傷様! ぶひゃははははははは!」

 

5、終焉の時

 

インフラの中心である場所は、思ったよりも近かった。

やはり、ネットワークを使って見れば、その場所は一目瞭然。それに転送された位置は、星の中枢付近だった、という事だ。

ドーム状の施設から、北に十二キロほど。

其処に、平らで、どこまでも広がっている建物があった。インフラの全てが、其処から電気信号を受けている。それだけではない。無数の状況証拠から、この施設が星の中枢なのは、間違いなかった。

スペランカーも、邪神の気配がすると断言する。

建物の周囲は埋め尽くすほどの怪物で覆い尽くされていたが、爆発が巻き起こり、吹き飛ばされるのが見える。

予定通り、アーサーが攻撃を開始したのだ。

まだ敵の集結は終わっていないだろうと、アーサーと話をした。Rも、続々と敵が来ていると言っている。

つまり、攻撃を仕掛けるのなら、今だ。

「それにしてもさあ」

地下通路の一つで、朽ちかけた荷物箱のかげに身を隠しながら、Rが言う。

恐らく資材搬入口の一つだったのだろう。隔壁で封鎖されている其処に、先ほどから四人で隠れているのだ。

近辺の怪物は、既に引き払っている。

見つかる可能性はあるが、あれだけ派手にアーサーが全力で攻撃を開始した現状。此方に敵がリソースを割くとは考えにくい。割くとしても、此方に来るのは本体では無いだろう。

「これから進むとして、戦う相手は何者だろ」

Rは子供を意識してAIを設計されているらしい。だからだろうか。時々言うことは、子供らしい容赦のなさを含んでいる。

「スペランカーさん、貴方の神殺しの技、使ってくれるの?」

「相手次第だよ。 話ができる邪神だっているから」

「えー。 つまんなーい。 見てみたいのにー。 できればコピーしたいなー」

ずっとサヤは黙っている。

彼女は無数の式神を放って、通路を確認している様子だ。既に、敵の中枢らしき場所まで、式神は辿り着いている。

ただし、警備は偏執的なまでの厳重さで、どちらにしても相当な戦いが予想されるという。

Rに道を開いてもらうにしても、限界があるか。

戦闘地点が、少し離れはじめた。

陽動だから当然だ。このまま攻撃したり引いたりを繰り返し、敵を引きつけながら下がっていくことになる。

しかし、敵の動きが妙だ。

アーサーが下がりはじめると、追撃の手を掛けない。

そのまま陣形を組み直してしまうのだ。

「駄目です。 内部の警備も、殆ど変わりません」

サヤが額の汗を拭いながら言う。

さっきから式神をずっと使っているのだ。無理も無い事である。

戦力を削り取るには、敵の数が多すぎる。

現時点でさえ、三十万を越える敵が周辺に展開しているという。世界的な規模から言って、百万や二百万はいてもおかしくない。

つまり、どうにかして敵を突破しないといけないのだ。

妖精が来た。

「伝言だよ。 もう少し、強烈に突破をかけてみるってさ。 だから、Rを寄越して欲しいって」

「えー? ボクも囮に行くの? スペランカーさんの能力、見たいのになあ」

「代わりに一人そっちに回すってさ。 ほら、早く」

やれやれと腰を上げたRが、不平満々で妖精についていく。

しばらく、腰を据えて相手の出方を見る。持ってきたタブレットは、大体消費してしまった。

ライト機能や索敵機能はほぼ復旧したが、ホバーエンジンはまだ無理だ。ブースターも、そう何度も使えないだろう。

幸いなのは、敵がアナグマを決め込んでいることか。

比較的戦力のやりとりがやりやすい。

AKの残弾を今のうちに確認しておく。後続部隊が持ち込んでくれた重機関銃は、今の状態では負担が大きいので扱えない。

弾はまだ充分にある。

長期戦になればどのみちナイトはアウトだ。それを考えれば、充分な戦力を確保できていると言える。

敵はがっちり陣形を組んだまま、動かない。

更に兵力が増えている様子なのは、当然だろう。アナグマの守りを、更に硬くしていくつもりなのだ。

「通路の守りも、更に堅くなっています。 もうこれ以上は……」

「サヤちゃん、焦ったら負けだよ。 大丈夫だから、落ち着いて、ね」

スペランカーは、ずっと壁に背中を預けたまま、平然としている。

此奴の精神は、一体どうなっているのか。

だが、見ていると安心できる。

確かにそうだと、思えてくる。

ほどなく、妖精が戻ってくる。Rの代わりに、戦闘タイプのフィールド探索者を連れてきたのだ。

フィールド探索者と、言うべきなのか。

車である。

マッドXと呼ばれる戦闘を想定したスーパーカーだ。ごつい装備を多数付けているため、一見するとオフロードカーのようである。そして、オフロードを苦にもしない馬力と、装甲車を鼻で笑うほどの装甲を重ねている。

中に乗っている人間については、正体をナイトも知らない。

だが、以前、南極近くのフィールドで共闘してから、何度か組んで仕事をした仲だ。

「ンー、久しぶりだな、王」

喋るとき、空気が振動するような音がするのも、以前のままだ。

そして、車体の上には、重機関銃が据え付けられていた。

高速移動できるタイプの物体と、ナイトの能力は、非常に相性が良い。文字通り、騎士として、活躍できる。

今回、此奴は来ていなかったはずだ。

そうなると、追加増援として来てくれたのだろう。有り難い話である。

「どうした。 ンー、酷くしくじったようだな」

「何、これで百人力だ。 乗るが、良いか」

「傷はできるだけ付けるなよ」

「攻撃は、一時間後に開始するってさ。 それにあわせて、突入して欲しいって、ヒゲのおっさんは言ってた」

スペランカーは頷くと、時計を確認する。

恐らく、次は無い。

此処で、一気に此奴のために突破口を作る。それが、お膳立てをしてくれたアーサーに対する、ナイトなりの恩義の返し方だった。

 

総攻撃が開始される。

数名とは言え、全員が戦闘タイプの、しかも一流のフィールド探索者ばかりだ。まるで一個機甲師団が火力をフルに展開しているような光景が、向こうでは広がっていることだろう。

食い破られていく陣を塞ごうと、流石に敵も陣形を変えはじめる。

式神を多数放って索敵をしていたサヤが、顔を上げた。

「敵、移動を開始しました!」

「よし、突入するぞ!」

爆弾を投げつけて、隔壁を破る。

そのまま、煙を斬り破って、中に突入した。サヤにはマッドXの中に乗車してもらい、スペランカーはナイトの後ろに座ってもらう。

狭い通路を、爆走する。

復活したばかりのライト機能は早速フル回転だ。マッドXのライトも、同じように前を照らす。

古めかしい隔壁を、次々に爆弾を投げつけ、その度に急バック。

マッドXの速度があるので、今は能力による自爆を気にしなくても良い。ただ、後部座席にロープで体をくくりつけたスペランカーは、加速や急停止の度に止まっている様子だ。中にいるサヤも、相当に目を回しているようである。

爆破した隔壁は、七枚目。

「次は右で良かったか?」

「ふえー。 少し下がってくださいー」

サヤが完全に目を回しながらも、式神達から情報を集めている。舌を噛まないと良いのだがと、ナイトは思った。

後方から敵。

重機関銃M134ミニガンが咆哮し、弾丸の滝を浴びせかける。骸骨のような敵が、瞬時に粉みじんに吹き飛んだ。複雑な機動をしながら、マッドXは、スライム状の敵がはきかけてきた酸をかわしつつ、時間を稼ぐ。

着弾の瞬間、火力をブーストすることで、不定形だろうが強固な装甲だろうが関係無く打ち払える。

次々に後ろから怪物が来る。

前からも来る気配だ。

「其処を右折です」

「ンー、一旦進むぞ」

急発進。爆弾を捨てるようにして、投げる。

後ろから来た敵の大軍を巻き込みながら、フルパワーにセットした爆弾が炸裂。爆圧がマッドXを押す。

そのまま急速にUターンして、炎の中に突っ込むマッドX。そして、隔壁に空いた大穴を、強引にぶち破って更に拡大し、突破した。

スペランカーは無事かと思ったが。意外に平気で、話しかけてくる。

「近いよ! もう少しだと思う」

強烈な揺れ。

多分陽動組、おそらくはRだろう。大威力の必殺技をぶっ放したという所か。

不意にスペランカーがロープを解いて、立ち上がる。

次の瞬間、伸びてきた触手が、彼女を貫いていた。

そのまま振り回し、壁にたたきつける。赤い染みになったスペランカーを横目に、マッドXがドリフトターン。ミニガンの弾丸を、横殴りに触手に掃射した。

触手が、爆ぜ割れる。

ミニガンの弾を浴びたこともあるが、それ以上にスペランカーを殺したからだろう。スペランカー自身は、再生が始まる。

ここに来てからも、もう何度も酷い有様で死んだからか。再生したが、既に全裸に近い状態だ。

「いったた……」

「ンー、今の奴はどこから来た。 敵の気配は無いが」

「……あれか」

見上げた先には、天井。ただし、切れ切れに破れている。そして、完全に崩れ落ちた。今のダメージが、決定打になったのだろう。

襲ってきた触手は、極めて有機的な造りだった。

そのまま、床がスライドして、上に。エレベーターのような造りだ。

そして、広い空間に出た。今まで壁になっていた部分が引っ込む。そして、開放的な部屋の造りが明らかになった。

サヤがマッドXの窓を開け、真っ赤になりながらスペランカーに、大きめのジャンバーを渡す。

十代半ばにしか見えない上に、元からかなり発育が悪そうなスペランカーである。なんで人間が裸体などをみて恥ずかしがるのかは、よく分からなかった。ましてや同性であろうに。

それにしても、此処は、何だ。

コンピュータールームとでも言うべきだろうか。林立する、四角い箱状の物体。

しかし、箱状の物体は、どれも生きている。

スペランカーが、ブラスターを手に取る。

それで、気付く。

何かいる。

部屋は、数百メートル四方はあるだろう。

奥の方が、一段高くなっている。其処には、巨大な蟹のようなものが蹲っていた。そしてその蟹には、無数の触手が絡みつき、脈動している。

「貴方たちは、マスターを殺しに来たのですか?」

声がした。

顔を見合わせる。綺麗なエスペラントだったからだ。

「あなた方の会話を解析しました。 質問に答えてください」

「そんなことは決まって……」

「待って」

スペランカーに制止される。

奴は素足のまま、蟹のような何かに向け、歩いて行く。

蟹は時々痙攣していた。頭部についている十を超える人間のものににた眼球は、どれも明後日の方向を見ていて、意識があるとは思えない。

「貴方たちに戦う意思が無いなら、その神様を殺すつもりは無いよ」

「それは大変結構なことです」

「今度は私が質問。 貴方は何者?」

「私はあなた方の言葉で、大地の頭脳とでも言うべき存在。 この星の全てのシステムを司り、このミ=ゴ様の腹心として人々の管理をしてきたメインコンピュータです」

ナイトは、マッドXに小声で指示。

大地の頭脳とやらは、周囲に多数の怪物を潜ませている様子だ。数百メートル四方はある建物の壁際には、幾つも格納庫のようなものがある。いずれもとても大きくて、通路になっているだけとは考えにくい。

サヤを見ると、頷く。

「大物が、潜んでいます。 ドラゴンみたいの、ゴーレムみたいの、キメラみたいの、たくさんです」

「交渉、上手く行くと思うか」

「……」

相手の声は穏やかだが、いつでも戦える状態を整えているのは明白だ。

此方も、それに備える。

M134の銃口は一旦下げる。だが、敵の動き次第では。周囲の箱を全て潰し、触手もあの蟹ごと焼き払う。

「神様に、何をしたの?」

「思考を奪いました」

「え……」

「ミ=ゴ様は苦しんでいました。 死への恐怖に押し潰されそうになっていました。 寿命に関しては、心配する必要が無いミ=ゴ様は、貴方たちによるデリートをひたすらに怖れていたのです。 そしてミ=ゴ様は、支配者であるハスター様の冷酷な言葉に苦しんでいました。 そこで、恐怖から、解放して差し上げたのです」

あまりにも、さらりと行われた発言。

やはり、この星は。

「この星に、何をしたの」

「この星は、ミ=ゴ様の手腕によって、何も苦しみも悲しみも無い国へと生まれ変わりました。 人々は寿命も無く快楽を恣にすることができ、日々の思考さえ必要ない楽園が訪れたのです。 そんなとき、人々は皆、私に願いました。 もう、命などいらないと」

「……っ」

「思考は苦しいだけ。 これだけ楽しくいきたのだから、もう命はいらない。 誰もがそう感じていたのを理解した私は、大気のシステムを調整して、皆を一気に苦痛から解放したのです。 マスターであるミ=ゴ様お一人だけは、死を望みませんでした。 だから、生からは解放しませんでした」

いかれている。

こいつも、それに暮らしていた連中も。

人間は楽園に到達すると、思考さえ放棄したくなるのか。コンピューターが嘘をつくとは思えない。

それに、あの幽霊の発言とも一致している。そうか、それが滅亡の真相だったのか。

「私が見守っていた他の生物たちも、進化すればいずれ死を望むのは明白でした。 八兆六千億回の計算の末にそう結論した私は、地殻に至るまで環境を変え、あらゆる生物を苦痛と恐怖から解放したのです」

スペランカーは、どんな顔をして、此奴の話を聞いているのだろう。ナイトの位置からでは、見えない。

サヤは口を押さえて、青ざめている。涙さえ零していた。

知らなかったのだろう。

真の狂気は、邪神などでは無い。人間と、その創造物にこそ宿ると言うことを。

「戦う理由は無いように思えます。 お引き取り願いませんか」

「貴方は、これからどうするの」

「ミ=ゴ様を、ずっと守っていくつもりです。 私に与えられた仕事は、ただそれだけですから」

スペランカーが、蟹の怪物に歩み寄っていく。

蟹の頭上に、人間の顔に似た立体映像のようなものが浮かび上がった。

それは半分が人間のようだったが。残り半分は骸骨のような。しかし、モナリザのような、美しい、悟りさえ感じられる笑みを浮かべていた。

「貴方は、もう休むべきだよ。 何もいないこの星を、ずっと守ってきたんでしょう?」

「私の仕事に、休息はありません」

「もう貴方は正常な判断力を失ってる。 ミ=ゴさんは、こんな事をされて、嬉しいと思う?」

「嬉しいかどうかは問題ではありません。 ミ=ゴ様は、このままでは精神が焼き切れてしまったでしょう」

スペランカーが、ブラスターを向けた先は。

立体映像の顔。いや、今分かった。これは、生体コンピュータに宿った魂だ。

触手は、スペランカーを襲わない。

それで気付く。この狂った人工知能は、ずっと蟹の怪物神を守るため「だけ」に動いていたのだと。

献身的な、理想的なロボットと言えるかも知れない。その行動は、あまりにも皮肉すぎるが。

「この星を、これからも命の無い場所にするつもり?」

「命にとっての幸せは死だと私は確信しています。 世界は、完全に管理された死と、防衛のための生体兵器だけがあれば充分です」

「それなら、私は、貴方を止めるよ」

「私の判断が間違っていると仰せですか。 ですが、私には、自身の身を守る術もありませんし、人々の希望を妨げる機能もありません。 撃つのであれば、自由に為されるとよろしいでしょう」

スペランカーは、聞こえるギリギリの声で言う。

しばらくは目覚めないだろうから、引きずって帰って欲しいと。それに、蟹の怪物は、殺さないで欲しいと。

ナイトは、頷く。

何となく、分かるのだ。狂ってはいるが、この人工知能も、悪意無き存在だったのだと。

気の毒な奴だと、ナイトは邪神に同情した。自分がたどり得た路でもあったからか、とてもよく相手のことを理解することができた。

恐怖は、全てを曇らせる。

スペランカーが、ブラスターを、人工知能の魂に向けて撃ち込んだ。

光が、辺りを漂白した。

そして、全てが終わった。

 

スペランカーが目を覚ますと、既に撤退作業は開始されていた。

最初にこの星に来た時に、降り立った丘の近く。半身を起こしてみて、周囲の光景を見ると、そう判断できた。

辺りには、任務を共にした人達がいる。ミ=ゴも、連れてこられていた。

ミ=ゴは大地の頭脳の触手から解放されていたが、心神喪失状態で、話しかけるアーサーに対して、要領が得ない事ばかり返しているようだ。

無理も無い。

よほどの恐怖に襲われていたのだろう。

となりでは、体中が罅だらけになっているナイトが、黙々とエネルギー源らしいブロックを、胸の穴から体内に入れていた。

「目を覚ましたか」

「あれから、どれくらい経ったの?」

「一日少しかな。 この星の気象コントロールが完全に失われて、幾つか面白い事が分かったよ」

ナイトは言う。

そもそもこの星は、非常に厳しい気象条件だったらしいと。そんな中発生した知的生命体は、それこそ血のにじむような努力を繰り返して、星を楽園に近づけていったらしい、と。

「残っていた記録には、この星の悲惨な開拓の歴史が切々と綴られていたよ。 だからなんだろうな。 やっと辿り着いた楽園で、考えられないほどの速度で堕落したんだろう」

「悲しいね……」

ミ=ゴの所に行く。

スペランカーを見て蟹の邪神は露骨に怯えたが、スペランカーは急がず、中腰になって視線の高さを合わせ、ゆっくり話す。アトランティスで保護するとスペランカーが告げると、ミ=ゴは何度も頷いた。そして、壊れたビデオ再生機のように、助けて欲しい、殺さないでくれと、震えながら言うのだった。

既に心は壊れてしまっている。

「ナイトさんも、アトランティスに来る?」

運ばれていくミ=ゴを見て、スペランカーは聞いてみる。

ナイトは、少し考え込んでから、答えてくれた。

「いずれ、そうさせてもらおうか」

頷くと、スペランカーは帰ろうと言って、立ち上がる。ナイトも、一緒に立ち上がった。

この星は、人類が来るには、まだ早い場所だったのかも知れない。そう、スペランカーは思った。

あの人工知能を憎むことはできなかった。

なぜなら、きっと楽園に辿り着いたとき、人間が考える夢を、ただかなえただけだったのだろうから。

人間とはなんだろう。

楽園とは、一体何だ。

今のままの人類が良くない事は分かっている。しかし、今後、どうすればいいのか。目の前にあるちいさな悲しみを潰して行くだけで良いのか。しかし、それでは、いずれ全てが、この星のようになってしまうかも知れない。

並んで歩くナイトに、スペランカーは語りかけてみる。

「ナイトさんは、人を何だと思う」

「愚かなる我々の創造者」

その通りだと、スペランカーは納得する。人類は、万物の霊長を名乗るには、愚かしすぎる。

だが、ナイトは一言付け加えてもくれた。

「お前のような人間が増えれば、この言葉を撤回してもいいだろう」

「ありがとう、褒めてくれて」

まず、帰ったら、寂しがっているコットンと一緒にいてあげよう。

そう、スペランカーは思った。

星を後にするとき、もう一度孤独な宮殿があった方を見た。

孤独で、だがそれゆえに美しい宮殿は。無音の中にたたずんでいた。

いずれこの星の悲しすぎる歴史が、地球人を進歩させてくれるのだろうか。

そうあって欲しい。スペランカーは、願うのだった。

 

(終)