裏市場とその裏

 

序、裏市場開催

 

幻想郷。

既に行き場がなくなった失われた神々や妖怪が行き着く最後の理想郷。

日本の内陸部に存在している其処は、博麗大結界と呼ばれる仕組みで外と隔離され。

外部の神々に監視されながら、ほそぼそと密やかな理想郷として。静かに日々を過ごしている。

此処には外で否定された存在が集まるようになっているが。

その最たるものは、神話としての八ヶ岳。

富士山に頂上部分を蹴り崩されたと伝わる、日本最大の山だろう。

噴火が神話化したとも言われるが、はてさて。

ともかくここでは、八ヶ岳が存在し。

それはこう呼ばれていた。

「妖怪の山」と。

幻想郷にも、妖怪退治屋の子孫達が暮らす「人里」は存在している。

中央市街と、周囲に幾つかの集落が存在している「人里」だけれども。

幻想郷にはルールがある。

人間は妖怪を恐れ。

妖怪は人間を怖れさせ。

人間は勇気をふるって妖怪を退治する。

それが、基本則だ。

つまりいにしえの時代のルールが未だに此処には息づいている。

人里の文化レベルが外で言う明治時代程度。電球がかろうじて普及している、程度なのも。

その状況をよく示しているとも言えた。

妖怪の山も、また名前の通りの場所だ。

人には不可侵の領域。

下手に入れば取って食われる。

そういう恐れの象徴。

危険地帯としてのシンボル。

それが妖怪の山だ。

そして、そんな山の中で。

死んだ顔をした小柄な人型が歩いていた。迷彩服を着て帽子を被り。リュックを背負っているそれは。

妖怪山童。山に住み、様々な伝承をもつ妖怪だ。

彼女は山城たかねという名前を持っていた。

山童という妖怪の中では、顔役といっていい。

幻想郷では、妖怪は人間の女の子に姿を似せるのがスタンダードになっているが。たかねも例外では無い。

彼女は真っ青なまま、現在妖怪の山を統括している場所。

ロープウェーで人間も参拝できる神の居所にして。

現在幻想郷で最大の影響力を持つ勢力の一つ。

守矢神社へと向かっていた。

守矢に呼ばれた。

それだけで、たかねはすくみ上がった。

これから何をされるか分からない。

殺されるかも知れない。

そう思ったけれども。山童は今まで、河童と同様に、ろくでもないことばかり幻想郷でして来た。

弱い妖怪からは騙して金を掠め取り。

強い妖怪にはこびへつらい。

あらゆる金が関わる悪事に手を染めてきたと言っても良い。

だから、守矢という強力な統治者が君臨したときには、ぞくりとしたし。

やがて力尽くでねじ伏せられ。

圧倒的な戦力差を見せつけられた後は、カエルのように這いつくばって従うしか道はなかった。

今も、呼ばれて歩いているけれども。

膝が笑っている。

このままだと、きっと殺される。

逃げるべきだ。

そう思っても。

今回は賢者。幻想郷を管理する最高位妖怪も来ると言う話だから。行かざるを得なかった。

もうこの時点で九割は死ぬように思えるのだけれども。

それでも、逃げたら多分活け作りとかにされてその場で食われて死ぬと思う。

だから、まだマシな方を選ぶしかなく。

何度も涙を拭いながら。

もっとマシな生き方をしてきていれば、こんな目には会わなかったのかなあと。たかねは思うのだった。

やがて、森の中を突っ切り。守矢の側に出る。

そこで、いきなり至近に出てきた奴を見て、たかねは驚いた。

河童の河城にとり。

若手の河童の中では最も優れた力を持つ顔役。

こいつも、守矢に支配されて。今は顔色を窺いながら必死に生きている弱小勢力、河童の顔役であり。

何度もしめられたと聞いている。

苦笑いを浮かべ合うにとりとたかね。若干長髪にウェーブが掛かっているたかねと違って。にとりは短めのツインテールにしている。

「呼ばれたのか……」

「そうだ……」

俯く。

河童と山童は近い妖怪だ。

夏は河童。冬は山童。

渡りをする妖怪である河童は、外の世界で言う「サンカの民」の存在が色濃く影響していると言われる。

日本に存在していた不定住民であるサンカの民は、謎の多さから様々な妖怪に影響を与えており。

修験道や忍術にも関わっていると言う。

天狗や山童、それに河童など。様々な妖怪に強い影響を与えている存在だが。

外では既に、不定住民をやめて帰化しているそうだ。

それは最近たかねも聞かされ。

先祖の一つが失われたような、少し寂しい気分になったのだった。

河童と山童はとにかく軽率に立場が入れ替わる。中身は同じ妖怪である。少なくとも、幻想郷では。

ただ。河童という集団にいるか。山童という集団にいるか。それくらいの違いしかない。

「殺されるのかな。 色々、私達やってきたもんな……」

「お前、どれくらい騙してきた?」

「もう覚えてもいない……」

にとりに、そう素直に答える。

表向き河童と山童は対立をすることはあるが、中身は同じなのである。

山童から河童になる奴も、河童から山童になるやつも、毎年何人も出る。

そういういい加減な集団なのだ。

そもそも河童も山童も組織を作るのには決定的に向いていない妖怪で。

にとりは単純にエンジニアとしての腕がいいから。

たかねは多少会話が他の山童より上手だから。

顔役をしているだけ。

とくにたかねの場合。山童最強でもなんでもなく。

他に山童に強い奴は幾らでもいる。そして山童はたいして強い妖怪でもなんでもない。要するに、そんな理由で顔役をやっているだけの存在にすぎないのだ。

守矢神社が見えてきた。

生唾を飲み込むと。にとりと一緒に神社に入る。

同時に、神域に入ったことが分かった。

神のテリトリであり。

この中では、神の力は何倍にも増す。

その上結界も張られているようだ。何枚も。

最近どんどん人間離れして来ている守矢の巫女。半人半神である風祝である東風谷早苗は。近年は人よりも神に比重を置いているようだ。

そのため、この結界も展開に協力しているかも知れない。

昔は早苗ちゃんなんて呼んで馬鹿にしていたが。

この間軽く交戦した時は、殆ど一方的な戦いになり。

山童まとめて全員が一瞬で蹴散らされた。

その時戦う早苗の目を、たかねは忘れられない。

あれは、完全に戦闘だけにリソースを割いている目。

守矢の主神は二柱いるが。

片方は天津の武神である。

英才教育を受けているのなら。

やがてそうなっていくのは必然だった。

以前、舐めて掛かっていたことを本当にたかねは後悔している。

相手は全て覚えているだろう。

そして覚えていると言う事は。

いずれぶん殴られてもおかしくないし。

文字通り消されても、誰も助けてくれないだろうから。

それくらい。

河童と山童は、色々と悪さをしすぎた。

河童が公然と守矢に制圧されたとき。賢者すらも助けてくれなかったのは、もう知られているが。

山童だって立場はほとんど似たようなものだ。

ぞくりとして、すくみ上がる。

にとりは、青ざめてはいたが。

それでもきゅっと口を引き結んでいた。

多少たかねよりも落ち着いているかもしれない。

「なあ、最後のメシは何だった?」

「イワナの塩焼き」

「そうか。 私は山菜を適当に炒めただけのものだ」

「……そうか」

境内に入る。

守矢の麾下に入っている妖怪が、かなりの数来ている。

兵隊として訓練されていて、一定の規律が既に生じている。

これは、軍隊という奴か。

守矢の主神の片方は軍神だ。

最近は法による秩序を妖怪の山にもたらして。天狗がやりたい放題をしていた妖怪の山に、秩序を敷いた。

そのやり方は強権的だったが。

その結果、たかねもやりづらくなった。

今までみたいに、立場が弱い妖怪からぼったくる事もできなくなったし。

金に困っている妖怪にあこぎな事をして、苦悩している様子を見て笑う事もできなくなった。

今になってみれば、それらが如何に邪悪な事かは良く分かる。

死んだら地獄に落ちるのだろう。

幻想郷にはたまに閻魔が来る。

地獄があるのは確定なのだ。

地獄で何をされるのだろう。

そして、どうせろくな死に方は出来ないだろう事も分かっている。

涙が零れてきたが。

それを乱暴に拭う。

たかねに同情してくれる奴なんて、誰もいないだろう。

山童達だって、いざとなったら自分が助かるために、たかねを差し出すだろう事は確定である。

そんなものだ。

「来たようだな。 案内に従って中へ。 幻想郷のえらいさんが勢揃いしているから、失礼がないようにな」

なんと鬼が案内をしてくれる。

地底に去った鬼だが。

一部は守矢の麾下に入っているらしい。

色々あって人間とはほぼ関係を断ち。幻想郷のスラムと言える「地底」に去った鬼達だが。

恐らく実験的に、一部はこうやって戻って来ているのだろう。

だとしたら、地底にコネがあるらしい守矢の手腕によるものか。

或いは賢者がやっているのか。

よく分からない。

いずれにしても、守矢の麾下に鬼がいるというのが重要だ。

裏では複雑な政治的取引が行われている可能性が高い。

ともかく、へこへこしながら。神社に入る。

本能的に、河童も山童も鬼には逆らえない。なぜなら、昔は鬼が妖怪の山の支配者だったからだ。

支配の性質が守矢とは違ったが。それでも、やはりその力は圧倒的なのである。

どうしても、支配されていた頃の恐怖が蘇るから。

逆らうどころではなかった。

神社に入ると、内部は非常に入り組んでいる。

空間を操作しているのだろう。

幻想郷には、空間操作をできる奴なんて幾らでもいる。

外の世界にはもっと幾らでもいるらしい。

怖い世界だ。

ぶるっと震えた後、案内のまま奧へ。

奥に行くと。

大部屋があって。そこに、世にも恐ろしい面子が座っていた。

一番奥の席には、摩多羅隠岐奈。

幻想郷の賢者の一角。

既に信仰が失われて久しい古代神格だが。その力は文字通り圧倒的だ。

地獄の強者と同等にやりあうほどの力があるという話で。

此奴の存在そのものが、幻想郷というものを維持するためのある程度の抑止力となっているらしい。

見た感じは道服を着た威厳のある大柄な女性だが。

その気になればいつでも新しい妖怪を生み出せるとか言う話であり。

桁外れの実力の持ち主である。

その隣の席には八雲紫。

同じく幻想郷の賢者。

妖怪と言うカテゴリでは最強と名高く。

それが真実かはともかくとして。

幻想郷を苦労しながらまとめている大妖怪だ。

紫を基調にした服を着込んだ美しい女に見えるが。とにかく胡散臭い。

その胡散臭さで格を保つ事に苦労しているらしい。

それ以外は、よく分からない。

最上座は賢者に譲ったようだが。

場所を提供していると言う事で、その下には守矢の二柱。

軍神、八坂神奈子と。

土着神の頂点。最強の祟り神の長である、洩矢諏訪子が座っている。

大人っぽい見かけで蛇をあしらった意匠の衣服に身を包んでいる神奈子と。

田舎の健康的な女児にしか見えない諏訪子だが。

その戦闘力は妖怪の山最強。妖怪の山にいる妖怪が、束になってもかなわないだろう。

紫ですら、どっちにも勝てないという噂があるが。

側で見ると、感じるプレッシャーからして間違いは無いだろう。

多分この結界内には、無理矢理入れる奴はいないかもしれない。

あの博麗の巫女ですら、幻想郷で発展した殺さない決闘方。スペルカードルールではない純粋な戦闘では多分勝てない。

それほどの強力な神格だ。

その下座には。

この間、妖怪の山でその存在感を示し。

そして、定価の概念を決定的にした市場の神。

天弓千亦(てんきゅうちまた)がいる。

この間起きた異変の主犯だが。

それはあくまで、このちまたの神が幻想郷に受け入れられるための儀式のようなものだったといえる。

そもそもこの間起きた異変は、スペルカードルールで使える、殺傷力のないカードが出回ったというものであって。

ようはみんなでカードで遊んでいた、というだけのものである。

侵略者が来た訳でもなければ、世界が闇に包まれそうになったわけでもない。

ここのところ厳しめの問題が起きていたから、息抜きにこういうぬるめの異変を用意したのだろうとたかねは推察しているが。

それくらいだ。

ちまたはカラフルなつぎはぎの服を着ているが。

それは市場の混沌そのものを示しているのかも知れない。

その更に下座には。

なんと恐ろしい事に。

最強の鬼。

伊吹萃香がいた。

ひゅいと、悲鳴が思わず漏れる。

河童も山童も、鬼には絶対に逆らえない。

ぐいぐいと瓢箪から酒を呷っている萃香の戦闘力は鬼の中でも最強。

山の四天王などと言われていた時期があったが。

その四天王の中でも、最強と名高い怪物だったのだ。何しろその正体はあの酒呑童子なのだから。

がたがた震えるたかね。

隣を見ると。

完全に青ざめているが、にとりはそこまで怯えていない様子だ。

こいつ。何かあったのか。

だが、勘ぐっている余裕はない。

長い席には。他にも妖怪の強者達が座っている。

博麗の巫女や、守矢の巫女もいる。

この面子に呼び出されたのだ。

今からバラバラにされて、活け作りにされて食われたっておかしくない。

呼吸が乱れる中。流れるような動作でたかねとにとりは土下座していた。

「お招きいただき、ありがとうございますっ!」

「我々のような木っ端相手に、何用でございましょう」

「二人とも、顔を上げろ。 今回は紫に全てを任せてある。 紫から話を聞くように」

「は、ははーっ」

摩多羅隠岐奈の声に顔を上げる。

だが、何しろ萃香がいるのだ。

一ミリ顔を上げるだけで、全身の水分が冷や汗になって流れてしまいそうだった。

紫はしらけた目で此方を見ている。

それはそうだろう。

にとりら河童の件もある。

たかねだって、にとり達とたいしてやってきた悪さでは差が無い。

良く想っている筈が無い。

「これから、新しい異変を起こします。 二人には、その主犯になってもらいます」

紫の言葉は冷厳で。

いかにも余所向き、という感じだった。

ぽかんとしているたかねに、紫は指名した。

「貴方が今回の主役よ。 山城たかね」

「と、ということは……」

泣き笑いしながら、必死に首を動かして。

当然のように招かれて席に着いている幻想郷の人間代表。

単純な戦闘力でも紫を凌ぐと言われる、歴代最強の博麗の巫女。博麗霊夢を見る。

ここのところ戦鬼としての格に磨きが掛かってきて、恐ろしさが何倍にも増している巫女は、じろりとたかねを見て。

それだけで、鬼のように怖かった。

引きつった笑いがもれるたかねに、咳払いする紫。

「今回の異変は、霊夢は出ないわよ。 では、どういう異変を具体的に起こすかは、そこにいるちまたの神から説明願うわ」

「ふう。 馬鹿馬鹿しい話だが……こうやって適度に刺激を与えなければ経済は停滞してしまうからな。 まあやむを得ないか」

ちまたが話し始める。後はもう。

拒否権などなく。

逃げる事など、出来る訳もなく。

その場で山城たかねは。

異変の首魁に抜擢されてしまった事を悟りながら。

そのまま話を聞く他無かった。

 

1、闇市場開幕

 

少し前に幻想郷に広まりはじめた「カード」。刺激的な玩具だ。

幻想郷で一般的な決闘方である殺傷力が低いスペルカードルールを刺激的にするためのカードであり。色々な派手な効果を引き起こす事が出来る。特に幻想郷の実力者の能力を一部再現出来るカードが人気があり。当然使い方によっては、スペルカードルールの技量を補う事にもつながる。

原材料は良く分からないが、恐らくは神代の物質。

たかねも聞いた事があった。

妖怪の山は存在そのものが幻想の塊。

その深部には、いまだ人間の手が触れていない神代の物質が存在しているのだと。

恐らくカードはそれを材料としているのだろう。

そして、このカードは。ちまたの神である天弓千亦が市場管理を徹底した。

定価でしか買えず。

一回に取引出来るのは一枚だけ。

お金をきちんと払わないと発動せず、所有権も移動しない。

厳しいルールが幾つもあり。

それゆえに、市場が成立した。

何でもこの市場を回すのにこの間天狗が関わり。

落ちる一方だった威信を、ほんの少し取り戻したという。

まあ天狗はここのところ守矢に徹底的に攻められて、更には不祥事が続いたこともある。

賢者の側でも多少はてこ入れが必要だと考えたのかも知れない。

一応このカードの異変に関わったたかねは、それくらいは思っていたが。

それ以上は、文字通りどうでもよかった。

問題は今。

世にも恐ろしい面子と一緒に、妖怪の山の一角を歩いている事である。

側には萃香。

その隣には紫。

たかねを挟むようにして歩いているのは、大天狗の一人。飯綱丸龍(いいづなまるめぐむ)。

他の二人からすればだいぶ格は落ちるが。この間の異変の首魁である。

もちろんたかねなんかがかなう相手では無い。

首魁と言っても、カードをちまたの協力でつくって売っていただけだが。

それでも、相応に知名度はあがり。

多少は天狗の威信を取り戻すのには成功した。

これで人材の流出も止まったらしい。

まあ、それだけで今の天狗は満足すべきなのだろう。

大穴に出る。

聞いている。

山にある禁足地の一つ。

虹龍洞である。

そもそも中に空気が無いとかで、空気が無い処でしか活動できない妖怪しか入る事は許されない場所である。

此処から天狗が大量の物資を運び出していたという噂があるから。

多分、カードの材料はここから取りだしていたのだろう。

「此処を使うのか、紫」

「使うといってもまだ例のモノが埋まっている奥の方では無く、入り口辺りをね」

「まあ空っぽだし、誰も困らないからいいか」

「そういうこと。 じゃあやってちょうだい」

萃香は恐ろしい鬼だが、見かけは長大な角が生えている子供にしか見えない。

だが、その能力は恐ろしいもので。

ものの密度をある程度自由にするというものだ。

これによって萃香は巨大化したり分裂したり、わりと好き勝手が出来る。パワーについてもそれは同じで。一箇所に集めたり分散したりとやりたい放題である。

勿論あくまで能力は自己申告なのが幻想郷。

できる事には限界があるし。

格上に能力は通じない。

それが悲しい現実である。

ともかく、萃香はその能力を使って、虹龍洞にどんどん空気を送り込み始めたようである。

紫は、その間にめぐむに話をしていた。

「それで、カードの方は?」

「指定の劣化カードは複数を作成しました。 問題は余所の勢力のカードになりますが……」

「純狐とは今隠岐奈が交渉に行っているわ。 それは多分どうにかなるでしょう」

「恐ろしい相手と交渉が出来るものですね」

名前を聞いただけで背筋が伸びる。

純狐。

以前幻想郷を月の都が滅ぼそうとした異変の時に、月の都を動かす原因となった大仙霊。

その実力は幻想郷にいる存在が束になってもかなわない程で、呼吸する宇宙規模災害といってもいい。

その上精神がメタメタに狂っているので。何が地雷になるかさえ分からない。

文字通り歩く爆弾と同じだ。

あの博麗の巫女ですらも、二度と戦いたくないとぼやいていたほどの実力者であり。

スペルカード戦ですら命がけだったそうだ。

そんな桁外れの怪物のカードを持ち込むのか。

ぞっとしてしまう。

「指定地域への空気注入終わったぞ。 奥の方にいる彼奴はどうするんだ?」

「私から声を掛けておくわ。 人間怖がるのも多少は克服させないといけないしね」

「まあ、正直人間と洞窟の中で会うのは致命的だからな。 色々と同情してしまうが……」

「とりあえず、此方から色々手を回しておくわよその辺りも」

何の話をしているのかよく分からないが。

すっかり縮み上がっているたかねである。

そのまま、話を聞かされるだけだ。

やがて、不意に隣に姿を現す存在。

空間操作のエキスパート。

紅魔館のメイド長。

十六夜咲夜だ。

硬質の美貌をもつ美しい女だが。そのサディストぶりも有名で。たかねも何度か酷い目にあわされたことがある。

紅魔館がイベントを行うとき、たかねが何度か交渉を担当したのだが。

ちょっとお金をちょろまかそうとしただけで、半殺しにされて、本当に活け作りにされかけたので。

それ以降は、絶対に逆らうのはやめようと考えている相手だ。

思わず揉み手をして卑屈な笑みを浮かべてしまうが。

咲夜はなんの興味もたかねにないようで。

ガン無視された。

「お嬢様の言いつけで来ました。 それで、ここの空間を弄るようにと」

「此処はそもそも上位神格のテリトリで、今回の異変での使用が許可されている区画はこの地図の通りとなるわ。 貴方の能力を使ってちょうだい。 今空気を満たしているから、この辺りの区画の空間を広めに……スペルカード戦で例のカード込みで暴れても壊れない程度に拡げてくれるかしら」

「お嬢様のいいつけですのでやりましょう」

「ありがとう。 報酬は例のもので」

頷くと、咲夜は最初からそこにはいなかったように消えた。

更に、その場に姿を見せるのは。

妖怪の山の陰の実力者。

鬼に対してカウンター能力を持つ強力な神格。

百日咳快癒の神で有り、外で現役で信仰されている強力な神。

庭渡久侘歌である。

普段は地獄で仕事をしているらしいと聞いているが。

そもそも本来は幻想郷にいる理由がない神。

更に、姿を見ただけで萃香がうっという感じで苦手意識を出している事からも分かるように。

その声そのものが、鬼に対するカウンター能力を持っている。

要するに鬼の抑え役であり。昔妖怪の山の支配者だった鬼の掣肘のために、外から呼ばれたらしいと聞いている。鬼は力が強い反面とにかく性格が単純な妖怪なので、こういう抑え役の存在は重要だったのだ。

ひょうひょうとした性格と裏腹に。実際には妖怪の山の重要な顔役の一人である。

今では守矢を影から監視して。暴走する気配があったら時間を稼ぐべく動いているらしいのだが。

たかねにはよく分からない。

みためは荘厳な翼をもつ美しい女だが。頭に鳥の巣を載せていて。そこにひよこが鎮座している。

ちょっと其処がアンバランスで面白い。なお、久侘歌の登場と同時に萃香は耳を塞いだ。声を聞くだけでつらいらしい。

なお、たまにスペルカードルールで戦う事もあるようだが。まず本気を出すことはないそうだ。

「久しぶりですね八雲紫。 仕事帰りで疲れているので、さっさとすませたいのですがいいですか?」

「ええ、そうしてくれるかしら」

頷くと、既に話はしてあったのだろう。

久侘歌は虹龍洞に消える。

はてさて、何が起きるのやら。

殆ど何も知らされないまま連れてこられ。

そして恐怖の時間を過ごしているたかねは。

哀れにも震え上がりながら。

化け物共の宴を見ているしか、他に何もできなかった。

 

それから何名かの妖怪が来たが。

いずれも強者ばかりだった。

毎回萎縮するたかねを一瞥だけすると、そいつらは虹龍洞に入っていく。

そして、それらが一段落するまで。

ずっとたかねは棒立ちのまま。

緊張で胃に穴が開きそうな状態で放置され。

その場に居続けることを強要されていた。

はっきりいって泣きそうだけれども。

泣き言を言うのは、ここに連れてきた賢者に文句を言うのと同じである。

黙っているしかない。活け作りにされたくなければ。

そのまま直立不動で黙り込んでいるたかねは。

やがて。準備が終わったと言われて。言われるままに、紫について続く。

虹龍洞の中は、別の場所のように変わっていた。

まず入り口の辺り。

これは三途の川の川岸だろうか。

少なくとも雰囲気はそんな感じだ。大量の小石が転がっていて、大きな川も流れている。三途の川の中は非常に危険な場所らしいが、流石に其処までは再現はしていないだろう。そんな事をしたら危険すぎる。

更に少し行くと、どんどん光景が変わっていく。

これは霧の湖か。

吸血鬼の館がある近くにある湖で、いつも霧が出ていることからこう言われている。

殆ど魚がいない上、霧が出て危ないのであまり人は近付かないが。

実の所凶悪な妖怪が多いわけでもなく。

吸血鬼の館である紅魔館でイベントを行う時には、人が通れるように護衛がついたりすれば。

それだけで特に問題なく人が行き来できたりする。

此処は妖怪の山にある秘天崖か。

この辺りの再現度もかなり高い。

なるほど、立体的に戦えたりするわけか。

この辺りは、妖怪の山の麓にある森か。

鬱蒼としている森であり。

森そのものを利用して、戦闘が可能かも知れない。

他にも幾つもの、幻想郷の各地を再現した地形がある。

これはなかなかのテーマパークと言えるだろう。

これなら人を呼んでも稼げるかも知れないと、商魂がうずくけれども。

咳払いで、即座に背が伸びた。

紫がじっと見ている。

たかねは、口を引きつらせながら。空中で揉み手した。

「そ、それで私は何をすれば」

「此処はルールを変えてカードで遊べる場所に切り替えてあるのよ」

「へ……」

「此処では独自の通貨を使って三枚まで一度にカードの取引が出来る。 その通貨は、戦闘で自動的に生じる」

それはそれは。

何というか。

戦闘を楽しむための仕組みというか。

「ただし此処を出ると、手に入れたカードは全て消滅する。 此処で手に入るカードは、あくまでこの偽りの場所にある幻影も同じ。 それと気づいたかしら?」

「はい。 はい……」

「分からないならいいわ。 此処ではそれぞれの力が均等に制限される。 まあその気になればその均等を破る事も可能だけれども、此処を使うならそれはタブーとする」

なんとなく、ルールが分かってきた。

そもそもちまたの神がカードしているあのカードを。此処では通常とは違う使い方を試せる。

しかしながら、そのカードはあくまで此処だけで使えるもの。

しかも、それぞれの力が均一に制限されると来たか。

そうなると。

此処だけで使える通貨を使って、遊ぶのが此処での目的か。

なるほど。

分かってきた。

やっと、頭が回ってきたと言うべきか。

「要するに、この遊び場の胴元を私がしろと?」

「そういうことよ」

「それで、誰が私を殴りにくるのでしょう。 そ、その、博麗の巫女でなくても、あまり乱暴では無い人が……」

「霧雨魔理沙よ」

その名前を聞いて、多少は安心した。

幻想郷の大規模問題「異変」を解決するために出る人員は、ある程度決まっている。

その中で一番危険なのは、いうまでもなく博麗の巫女だ。

その戦闘力は当然の事。

とにかく戦い方が荒っぽいのである。

特に異変発生時。仕事モードになった博麗の巫女は目が紅く輝き、立ちふさがる相手は知り合いだろうが何だろうが頭をかち割っていくと言われているため。

仕事モードの博麗の巫女には絶対に近付くなと、人里ですらも周知されているそうだ。

他にもあのメイド長も危険だが。

彼奴はそのそも仕事に対してやる気がある場合とない場合があり。

仕事をやる気がある場合は、とにかく恐ろしい残虐ファイトを平然と仕掛けてくる怖い奴だが。

やる気が無い場合は、全身にナイフを突き刺されるくらいで済む。

肉体が破損しても死なない妖怪にとっては、それくらいはまあ許容範囲。痛いくらいで済むので優しい方である。

後は白玉楼の庭師。

冥界の姫君の庭師であある魂魄妖夢か。

のんき者でいい加減な性格をしているこの半人半霊という変わった種族の剣士は、幸いそれほど好戦的では無いが。

とにかく人斬りマシーンみたいな言動をとる事があり。

「相手を斬って知る」とか一時期は抜かしていたので。

妖怪の山でも、やべーから異変の時には近付くなとお達しがあったほどである。

実際問題以前の異変解決に参加したときは、スペルカードルールで対戦した相手を一刀両断上下真っ二つにしたとかいう話で。

その話は語りぐさになっている。

相手が妖怪だったからいいものの。

そうでなかったら死んでいるところだ。

普段はエンゲル係数がおかしい白玉楼を回す愉快でのんきな庭師で料理人なのだが。異変の時は関わらない方が良い相手である。

いずれにしても、魔理沙はそれらとは違って。

比較的会話が出来る、まともな方だ。

異変の時も、そこまで凶悪な言動にはならない。

とはいっても、である。

魔法を使う魔理沙は、どうも人間よりも妖怪に興味があるようで。

人間と一緒にいる事よりも、妖怪と一緒にいる事の方が目立つらしいと聞いたことがある。

まさかな。

紫を見るけれど。

ぞくりとして、即座に視線を逸らす。

紫はなんというか、普段は温厚だけれども。

幻想郷を本当に壊そうとしたり。

或いは悪意で他者を傷つけたりするような妖怪には容赦が無いと聞く。

真意はあまりよく分からないけれども。

下手に分かったフリをするのが一番神経を逆なでするらしいので。

たかねは、ただ推察するしかなく。

それを口に出す事も出来なかった。

「ええと、それで胴元として私が活動するとして、ある程度の裁量は……」

「うちの方で監督役は既に呼んであるわ」

「監督役?」

「バカをする奴が出無いようにね」

ああ。

そういうことか、

たかねを信用していない、というわけだ。

それはそうだろう。

今までやってきたことは、多分全部紫の耳に届いている。特に最近は、ブンヤとしてやりたい放題していた天狗の射命丸文が、紫に半殺しにされて。今では飼い殺しにされているという話を聞いている。

今までたかねがやってきた事なんて、それこそ詳細全て伝わっていると判断した方が良さそうだ。

「貴方がやるのは、貴方が思い当たるスペルカードルールの技量が低めで、今後伸びしろがある相手を集める事よ」

「……」

「それらの妖怪を集めたら、此処のルールを説明。 それから、此処で遊ぶように仕向けなさい。 此処への直通路は、何カ所かに私が用意したわ。 実際の此処の座標が何処にあるかは異変の管理者以外の誰にも教えていないから平気よ」

「は、はあ。 分かりました……」

要するにだ。

まだ力が足りない妖怪を、此処でスペルカード戦で対等の条件で戦わせ。力をつけさせるのか。

少しだけ聞いたのだが。

紫は今、幻想郷の全体的な底上げを図っているとか。

例えば今人里は以前とは比べものにならないほど金が流れ込んでいるが。

これもその一旦らしい。

みんな貧しいよりは、みんな豊かな方が良い。

それは確かにその通りだ。

豊かになりすぎてもそれは困るのだが。

それはそれとして、貧しすぎれば鈍する。

例えば怖い噂話とかも、貧しい地域では殆ど拡がることがないと聞く。

妖怪にとっては、それは致命的だ。

また、妖怪に対しても。この間のカード騒ぎは、恐らくスペルカード戦を更に活発にするように仕向けたものではないかと今回の一件を見ていると思う。

更に弱い妖怪を指名するとなると。

指導役(実際には監視役だが)まで呼んでいるとなると。

その可能性は高い。

確かに弱い妖怪でも、スペルカードルールで勝てば、無理難題をはねのけられるのは。それはそれでいい仕組みだと思う。

このため、妖力が弱い妖怪はスペルカードルールを必死に研鑽して、無理を言われないように頑張っているらしい。

ただ成り立ての妖獣とか、そういうルールも何も無いのに襲われる可能性があるが。

それは流石に、仕方が無いと諦めるしか無い。

人間が妖怪に食われるのが実際には事故であるように。

そういうのは、事故として判断するしかないのだ。

「ではシステムは理解したわね。 後は具体的に使う道具類を見せるから、自分なりに活用するように」

「は、はい」

紫に連れられて。道具を見に行く。

弾貨と言われるものを見せられる。

戦闘時に大量に自動発生するらしく。

要するに戦えば戦うほど、大量に出るものらしい。

触ってみるが、どうやら妖力で作られている様子だ。

この様子だと。

多分、この場所を提供した大妖怪か神格が作ったのだろう。

頷きながら、どれくらいあるのかとかを分析していくが。理論上なんぼでも持てるようだ。

ただし此処を出ると消えてしまうようだが。

それはそれとして、外でもカードの取引はまだ続いている。

現在は、供給は止まったものの。

その代わり、充分な量のカードがあるため。

基本的に誰かが困るような事にはなっていない様子だ。

この辺りは流石は市場の神が管理しているだけの事はある。

需要と供給のバランスは取れている、と言う事なのだろう。

道具を確認。

この辺りは、流石にテキヤだ。

山童であるたかねは、すぐに仕組みは理解する事が出来た。

「そ、それで今回の異変は、どういう落としどころで……」

「貴方が勝手に市場の神が知らない所で闇市場を開き、山童が市場原理の外で儲けているという噂が流れる」

「……」

まあ、実際今までそれを散々やってきたのだ。

そして河童も妖怪兎も。詐欺で稼いでいた連中は、みんな頭をかち割られた。

今度は山童の番。

そう告げられているに等しい。

「それについてちまたの神が、潜入工作員としてにとりを派遣。 霧雨魔理沙がそれと接触して。 貴方を黒幕と特定してぶんなぐりにきたら終わりよ」

「そ、その私の勝利の条件は……」

異変の時は。基本的に異変を起こす側にも勝利条件が用意されている。

それについては基本則とも言える。

勿論外から持ち込まれた異変の場合は違ってくるのだが。

こういう小規模異変の場合は話が違う。

もしも博麗の巫女を撃退出来れば。

それなりに見返りがある。

そういう見返りがあるからこそ、異変を発生させる側にも得があるし。

戦う意味が生じてくる。

スペルカードルールが普及してからは更にその傾向が強くなった。

基本的に誰も死なないのだから、余計軽率にやれるのである。

「そうね。 魔理沙が貴方の所までたどり着けずに諦めたら、貴方たちがやらかした詐欺のうち、命蓮寺に対してやったものについて此方で補填してあげましょう」

「ひゅい……」

知られていたのか。

命蓮寺は現在、守矢と並んで最も強大な幻想郷の勢力だ。命蓮寺そのものも強大だが、それ以上にコネが強力で。命蓮寺のボスである住職聖白蓮が一声掛ければ、複数の勢力から援軍がはせ参じる程になっている。

守矢の伸張が止まらない今、対抗馬となるのは命蓮寺だろうと目されているのもそれが理由。

その大本命の一つに対して詐欺を小さなものだが、前にやったことがある。

知られていたのか。

「ただし、魔理沙が勝ったら今までやってきた小汚い詐欺を、全て補填するように」

「は、はい……」

「いいのか紫それで」

不意に顔を出す萃香。

いつの間に側にいたのか、全く分からなかった。

唾を飲み込むどころか、恐怖で硬直するたかね。

定価の概念が持ち込まれてから、山童は流石に詐欺はしていない。

というのも、定価を決めているメンバーの中に萃香がいることは知っていたから、である。

もしもこれで定価を破った商売をしたら。それこそ萃香に喧嘩を売るのと同じ。

だから、怖くて詐欺なんて出来なかった。

すぐ近いタイミングで、河童が守矢に蹂躙され。賢者すらも助けなかったことも理由としてはある。

それだけ賢者を苛つかせていたのだと、ようやく思い知ったのだから。

「こいつ、そんな程度で反省するタマか? 何なら私がぶん殴って締め、でも良いんだけどな」

「ひゅい! ご勘弁を! ご勘弁を!」

「萃香」

「……まあお前がそう考えるならいいけどな。 けど知らないぞ。 反省なんて概念、こいつにはないだろうしな」

じろりと。

鬼の頭領に相応しい苛烈な視線を向けると。萃香はまた消える。

この神出鬼没ぶりが本当に怖い。

漏らさなかったのが奇蹟に等しい。

いずれにしても、真面目にやるように。

そう告げると、賢者八雲紫もその場を後にする。

大きく溜息をつくと。

山城たかねは、今更どっと溢れてきた涙を拭いながら。それでも、仕事に取りかかるべく。

まずは誰に声を掛けるべきかと、ぼんやり考え始めていた。

 

2、侮られないために

 

弱い妖怪なんて、幻想郷に幾らでもいる。

だけれども、独自の方法で人間から畏怖を集めていたり。

或いはスペルカードルールには自信があるような面子は。たかねはすぐにリストから除外していった。

特に最初に、弱い妖怪の中で除外したのは闇を司る妖怪であるルーミアである。

たいそうな能力を申告しているわりには、非常に実力が低い事で有名な妖怪である彼女は。

「容赦なく人を喰らう凶悪妖怪」として人里では知られている。無論実態は違う。

どうやら賢者と何かしらの契約をしているらしく。

適当にたまに人をおどかすだけで、充分に畏怖を集める事に成功しているらしい。

その辺りは突っ込んで聞くと絶対に藪蛇になるのでやらない。

ただでさえ、たかねは首に縄が掛かって。足下がぐらついている状態なのだ。

本当に此処で下手な事をしたら、賢者に足下の台座を蹴飛ばされ。ぶら下がることになるだろう。

ぶるっとふるえると、リストを見直す。

そして、一人ずつ声を掛けに行った。

まず最初に声を掛けに行ったのは。

淡水の人魚である、わかさぎ姫である。

主に霧の湖を中心に活躍している彼女は、とにかく気弱で虫も殺せない性格であることで知られていて。

河童や山童の間では、カモとして巻き上げてやろうというリストに昔は筆頭としていれていた。

ただし内気なために近付くだけで逃げてしまう事もあって。

それらの詐欺が上手く行ったことはなかった。

また人魚と言う事はある。

流石に水中での機動力はたかく、以前河童数名で捕まえようとした事があったようだが。それでも逃げられたそうだ。

また水中でのスペルカード戦になると、雑魚河童が相手くらいなら充分撃退出来るようだし。

水中ではそこそこの妖力も発揮できるようで。

まあ要するに、力押しでは厳しいという事である。

ともかく、まずは此奴からだなと思って、足を運ぶ。

最近少しずつ勇気が出るようになってきているらしく。

霧の湖近くで人間に対して威を示す事がたまにあるそうだ。

以前は人間が近付くだけで逃げていた様子だし。

それはかなりの進歩だと言える。

霧の湖近くに出向くと。

いきなりばったり出くわしたのは。

氷の妖精チルノ。

幻想郷の最下級存在である妖精の中では、かなり強い方で。

そろそろ妖怪に転化するのでは無いか、と言われている。

妖精は掌サイズから人間の幼児サイズまで様々だが。

チルノは幼児サイズくらいはあり。

それだけで、妖精の中ではかなり強い方だと分かる。

冷気を使う実力も中々だ。

普段は青のワンピースに素足で、背中に三対の氷の翼を浮かべているチルノは。悪戯好きの妖精の中でも、とくに好戦的な事で知られていたけれども。

最近何かあったのか。

非常に大人しく、悪戯をしなくなったし。

強豪妖怪に喧嘩を売るような無茶もしなくなったようだ。

何があったかはしらないが。

ともかくチルノに出会ったので、丁度良い。

こいつも話には乗るかも知れない。

山童があまり良くない商売をしていることは、チルノも知っているらしい。

何人かの妖精も、じっと警戒の目でたかねを見るが。

それでも、腰を低くして、話を順番にしていく。

「よく分からないけれど、みんなでカードを使って弾幕ごっこで遊ぶお祭りみたいなもんなのか?」

「そうだよ。 ただしお金はその場でしか使えない特別製。 だからお金を取られたりもしない。 カードは確かもってるよね」

「うん。 あたいも面白いから幾つかもってる」

「その場でしか使えないカードを、内部ではたくさん買える。 外に持ち出すことは出来ないけどね。 だからもっと刺激的に、カードをたくさん使って苛烈に遊べるよ」

ふうんと言いながら。

ちらりと、チルノは側にいる同じくらいの力がある妖精。

通称大妖精を見る。

やんちゃなチルノに比べて、非常に穏やかで優しい性格をしているという噂を聞くこともあるが。

たかねの見た所。

どうにもこいつは、裏に一枚あるような気がしてならない。

ただ、チルノが好きなのは事実な様子で。

良く一緒に遊んでいるのを見かける。

「大ちゃん、どう思う?」

「条件を同じにして戦えるんだったら、技術を上げるには一番じゃないのかな。 チルノちゃん力押しが多いって時々他の妖怪にも言われるでしょ?」

「そうだよなあ。 分かった、ちょっと行ってくるよ」

「もしもお金とか取られたらいってね」

うんと、チルノは無邪気に頷くが。

ぞくりとたかねは背筋に悪寒が走った。

大妖精はずっと優しい笑顔を浮かべているが。

此奴、相当な食わせ物だ。

多分今のは、チルノをだまくらかしたら許さないとたかねを牽制していたとみて良い。

勿論大妖精と戦っても、勝てる自信はある。

それはあくまで戦闘での話だ。

もしもたかねがもめ事を起こしていることを誰かに告げ口されたら。

その時には詰む。

此奴、多分今の山童の窮状を知っている。

そう思うだけで、冷や汗が止まらなかった。

更に、複数の妖精が参加を表明。

妖精は異変にはすぐに首を突っ込んで。撃墜されたりしても平気でたのしんで行く。

何しろ特殊な方法を使わないと殺せないのだ。

自然の力の権化である妖精は、滅多な事では殺せない。

単純な力が弱いとはいえ、この異常な不死性は色々と妖精にとっての強みになっている。

人里を離れた人間が、警戒すべきは。

成り立てでまだ幻想郷のルールを良く理解出来ていない妖怪(獣が転化した妖獣が特に危険)か、悪戯の加減が分かっていない妖精だというのは良く言われる話だが。

まあ。異変の時の妖精達の暴れぶりを見れば。

それが事実だというのはよく分かる。

いずれにしても、口コミで拡げてくれるそうで。

たかねとしては有り難い。

アクセスするためのやり方も教えておく。

これで、後はアクセスの窓口になっている山童が対応してくれるだろう。

なお、魔理沙にはすぐには情報がいかないように、賢者が手を回してくれている。

その間に、ブラックマーケットにある程度人を集めておかなければなるまい。

ついでなので、チルノに人魚わかさぎ姫を見かけたかも聞いておく。

チルノは頷くと、指さす。

「最近は良く顔を見せてくれるよ。 あたい達とも遊んでくれるんだ。 水を使うのが上手で、あたいの力とあわせると色々出来るから、結構楽しいぞ。 でも、なんのようなんだよ。 凄く良い奴だし優しいし、虐めたりしたら許さないぞ」

「ああ、そうじゃないよ。 同じように祭に参加して貰えるかなって」

「どうだろ。 喧嘩は嫌いだって聞いてるけど」

「力の弱い者が、強い者と対等にやりあえるのがスペルカードルール、貴方方がいう弾幕ごっこ。 あまり喧嘩は強くないからこそ、練習はしておくべきなのではないのかな」

一応そういって、警戒しているチルノを言い含めると。

とりあえず口コミを頼むと言って、その場を離れた。

最後まで、大妖精の視線が背中に突き刺さっていた。

チルノに何かしたら殺す。

そういう殺気が籠もっている上に。

チルノを独占するのは自分だという独占欲まで混じっていたように思う。

おっかない妖精だな。

もうすぐ妖怪に転化するくらいの力はあるようだし。

妖怪になったら、多分侮れない存在になる筈だ。

その時は、たかねの手に負えない相手になるかも知れない。

今喧嘩するのは、得策では無かった。

 

人魚、わかさぎ姫は案の場だが。

たかねの影が見えただけで、すっと距離を取る。

小石を集めるのを趣味にしているらしいが。小石を抱えて水際から逃げる様子はとにかく手慣れていた。

肉を食べると不老不死になるという伝承のある人魚だが。

それはそれとして、禍々しい伝承も幾つも残っている。

そんな禍々しい伝説のある海の人魚と違い。

わかさぎ姫は淡水の人魚で。

和服を着て、歌を歌うことと綺麗な小石を集める事にしか興味が無く。

それで商売をしようにも、そもそも何も持ち込めないし。

こう警戒されているのを見ると、かなり厳しい。

「あのー、わかさぎ姫さん。 何もしないので、話をしないか?」

「……」

滅茶苦茶警戒されている。

まあそれはそうだろう。

実は賢者から、彼女は名指しで今回の異変に呼ぶように言われている。

だから、これはやらないとまずい。

手を抜いていると思われたら。

本当に開きにされてしまう。

困惑した後。

たかねは土下座していた。

「頼む! 話だけでも聞いてくれ! 金とか全然関わりない話だし、あんたに危害も加えないから!」

「……」

「じ、実は、あんまり力が強くない妖怪でも、対等の条件でスペルカード戦が出来る場を設ける事になってるんだ! スペルカードルールでの戦いがあまり得意でない妖怪に声を掛けてる!」

「私が弱いから、声を掛けに来たって事なの?」

苛立ちとかはない。

単純に警戒だけがある。

顔を上げると。

相変わらず距離を取られたままだ。

人見知りというのとはまた違う。

単純に性格が憶病なのだとみていい。

やはり噂通りの性格のようだ。

今まで何度か接近を図った山童や河童が、ことごとく逃げられたと聞いているが。最底辺であり、賢者が手を回して人間に知られるようにして消滅を免れているとは言え。それでも幻想郷に生きる妖怪だと言う事だ。

「私に怖い事とかしない?」

「絶対しない! もししたら、賢者にそのまま言って良い! その、賢者に通報する窓口もある! だから……」

「……友達誘ってもいい?」

「いい! 大歓迎!」

此奴の友人というと、通称草の根ネットワークか。

実力に自信が無い底辺妖怪が集まっているグループであり。以前輝針城異変というのが発生したときに。まとめて暴れさせられたという経緯がある。

確か他にはいわゆるろくろ首で知られる飛頭蛮や、狼人間がいた筈だが。

どっちも戦闘力はあまり高くはなく、寄り集まって何とか身を守っているような有様らしい。

それを思い出して。

今の山童の立場を思い出してしまう。

こんな思いをずっとしていたのだろうか。

そうだとしたら。

今だったら、少しは気持ちが分かるかも知れない。

「スペルカード戦に使えるカードが出回っているのを知っているだろ! あれをたくさん使って色々遊べるようにしているんだ! 頭も使って遊べるから、きっと楽しいはずだ!」

「……」

「も、勿論金もいらない! だから……」

「分かった。 気が向いたら行ってみるね」

だから、もう此処から離れてほしい。

そういう無言の圧力を受けて、たかねは顔を上げると。

そそくさとその場を後にする。

冷や汗が流れた。

もしもこのまま逃げられて。

そして山童が何か悪さをしているとか話を博麗の巫女にでもされていたら。

どうなっていたことか。

今回の件は、博麗の巫女も公認のようだが。

それでもたかねはそもそも要監視対象だ。

問題が起きたら、別の山童に役割が引き継がれて。

たかねは活け作りにされかねない。

何度も溜息が漏れた。

後は、暇をしていそうな奴とか。

あまり幻想郷の面子と顔を合わせていないような奴。

適当に見繕って声を掛けていくのが一番だろう。

いずれにしても、今回はびた一文儲からない。

何しろ独自通貨を使うのである。

それは外に持ち出すことだって出来ないし。

特殊な結界の中で自動生成される。

市場の神が直接関わって来るものなのである。

山童ごときでは、とても届かない神の力だ。

通貨を作り出すなんて、それこそ賢者にブチ殺される案件であるが。結界内で遊ぶというだけのためだけに行うから許される事である。

いずれにしても。

次を探しにいかなければならなかった。

胃が痛い。

妖怪の山に戻ったところで、招き猫の妖怪を見つけたので、声を掛けておく。

確かこの間の異変でも巻き込まれて、博麗の巫女にぼこぼこにぶん殴られたという話である。

最下級とはいえ福の神。

呼んでおけば。それなりに妖怪も来るかも知れない。

何か思うところがあったのか。

招き猫の妖怪、豪徳寺ミケは快く話を受けてくれた。

それどころか、最初のガイド役をしてくれるという。

有り難い話だ。

頭を下げると、いいんだよと言われた。

「最近は招き猫らしい仕事もしていないしね。 こんな中途半端な状態は良くないって想っていたんだ」

「あんた、元は人里にいたのか?」

「いや、外にいた頃の事は兎も角、幻想郷に来た頃の事はよく覚えていないんだ。 でもこんな中途半端な人型にしかなれないし、人里になんか入れないしね。 それに招き猫として私は色々な意味で半端者なんだ。 だから精々顔を売って、どこかで福の神として雇ってくれないかなって思ってさ。 守矢でも何でもいいから……」

「あんたも、大変なんだな」

「大変だよ。 猫の妖怪仲間で楽しくやってたら、いきなり博麗の巫女に殺され掛けるしね……」

遠い目をするミケ。

本当に大変だなと、心の底から同情する。

いずれにしても、着実に人は集まる。

良い事だとは思った。

 

幸運だったのだろうか。

死神の一人。

幻想郷に出入りして、寿命が来た人間の魂をえんま帳に沿って迎えに来る死神。小野塚小町が見つかって。

面白そうだと話に乗ってくれた事が切っ掛けで。

彼岸に連れて行って貰った。

そして、そこで何名か、幻想郷ではあまり見かけない妖怪を見つけたので。

声を掛けて、祭に出て貰う事にした。

更に、妖怪の山を彷徨いていたら。

萃香がいきなり姿をみせたので。

ぞくりとしたが。

どうやらぶん殴りに来たのでは無く、紹介しにきただけのようで。安心した。

相手は天人、比那名居天子。それなりに上物の服を着込んだ、桃がついた帽子を被っているそこそこ綺麗な女だ。腰にはなんかやばそうな剣を帯びている。

噂には良く聞いている。

幻想郷を文字通り地震で滅ぼしかけた不良天人。

滅多な事では怒らない賢者八雲紫を、本気で怒らせた数少ない外道。

不良天人の名前通り、天の国には居場所がないらしく。

いつも鬱屈した目をしている。

とにかく圧倒的に強い上に、性格がねじ曲がっているので。近付きたがる奴は殆どいない。

普段はケラケラ笑って明るそうに振る舞っているが。

実際にはそれが空元気であり。

誰にも文字通り相手にもされていないことは、たかねですら知っていた。

不良とは言え天人は天人。腰にぶら下げている凶悪な天の国の秘宝といい。

凶悪極まりない実力を持っているので。

非常に危険な存在ではあり。

賢者がなんで此奴を放置しているのか、よく分からない。

冷や汗が流れるたかねに。

萃香は紹介してくれる。

「比那名居天子だ。 たまに一緒に飲んだりする」

「よ、よろしくお願いします天人様、へへ……」

「……」

「例の奴を紹介してやれ」

そういうことか。

萃香がスカウトして来てくれたのだ。

もしもスカウト失敗したら、萃香の顔に泥を塗ることになる。

それを悟って、たかねは真っ青になるが。

どうみても退屈そうにしらけた目をしている天子。

此奴は実力が賢者に迫る程で、幻想郷の各勢力の頭領でも勝てるか分からない程の実力者だ。

今、萃香が二人に増えたようなもので。

青ざめたまま、手を揉む。

「実は、楽しい祭を開催することになっておりまして、その……」

「このなんかよく分からないカードを好きかって使って遊べるって?」

「は、はあ。 そうなります……」

「こんなの無くても私は強いのだけれどね」

知っている。

戦闘力に関してだけは超一流だ。

だが、此奴が「強い」のか。甚だ疑問だ。

そもそも天界でも鼻つまみもの。

友人はおらず。

理解者もいない。

孤独に暴れる力だけある子供。それが此奴の本性だ。

それくらいはたかねですら知っている。

それはとても悲しい事なのだろうとおもうけれども。はっきりいって。此処までねじくれていると。今更どうにもならないだろう。

「良いわ。 最近こっちで出来た友人もあんまり顔を合わせなくてつまんないから、参加してやるわ」

「ありがとうございます。 ルールについては受付が説明しますので……」

「ふん……」

天子がそのままその場を離れる。

ため息をつくたかねに、萃香が言う。ぐびぐびと酒を呷ってから、だが。

「ひひひ。 面白いの見つけてきただろ」

「いや、冗談きついですよ。 暴れられたら、結界壊れるんじゃないですか?」

「彼奴の力は張りぼてだ。 結界を展開しているのは本物の古代神格で、実力はあいつの比じゃない。 暴れたところで、昔なら兎も角今の博麗の巫女なら取り押さえるのは難しく無い」

確か前の異変では、あの不良天人が博麗の巫女を破ったという噂があるのだが。

まあそうだろうな。

昔は博麗の巫女より天狗最強の射命丸の方が強いと言う噂もあったが。

博麗の巫女は天才肌で。

戦闘経験だけで際限なく強くなるタイプだ。

あんな不良天人なんて瞬殺するような仙霊などとの激しい戦闘を経てきた博麗の巫女の実力は。

既に昔とは別物だろう。

「それはそうとして、真面目に仕事はやってるんだろうな」

「はいっ! それは勿論です!」

「そうか。 じゃあ適当に人数が集まった所で祭始めろや。 もしもあんまり賑わなくて、私が面白くなかったら、活け作りにしてやるからな」

「ひゅい……」

萃香が消える。

漏らしそうになったが。それでもなんとか耐えた。

何度も溜息がもれる。

本当に、弱い立場なのが悲しい。

それだけが、何度も思う事だった。

 

3、祭開幕

 

幾つかのフィールドが構成された中で、招かれた妖怪達がそれぞれ散り始める。

妖精もたくさんきた。博麗神社の近くに住んでいる通称光の三妖精もいる。いずれもそれなりの実力がある妖精達だ。他にも能力持ちくらいにまで成長している妖精はだいたい来ているようだ。

妖精の口コミは相応に凄いな。

そう、受付を捌ききったあと、ポータルの入り口の一つでたかねは思う。

最初に招き猫が皆にチュートリアルをして。

それから、それぞれが得意そうなフィールドに散って行く。スペルカードルールと言っても展開する弾幕は様々で、場所によって得意不得意がモロに出るのだ。

今回監督役として来ている者達は、既に内部で待機。

それぞれが自由に戦ったり監督役に挑んだりして、楽しみながら安全に腕を磨くのだ。

幻想郷の底上げを行う。それがこの祭の目的。

だから、内部では皆の力を均一化する。それに意味がある。

「おい」

不意に、聞いた事がない声を聞いて。すくみ上がる。

こわごわ振り返ると、なんだかアメリカンスタイルとでもいうのか。妙な帽子を被った、黒い翼をもった野性的な風貌の女がいた。

凄まじい妖力を感じる。

それになんだかこれは、幻想郷の存在ではない。

なんだか臭いが違う。

此奴は確か。

畜生界から攻めてきたことがある。畜生界の四大組織……今は五大組織だそうだが。その一角の長、驪駒早鬼。

幻想郷の大勢力の一つ、聖徳王の勢力とも関わりがあるそうで。

なんと昔は聖徳王の愛馬だったそうだ。

畜生界と言えば、弱肉強食の理が全ての。外の世界以上の苛烈な競争社会だと聞いている。

そこで組織のボスをしているのだ。

まあいうならばヤクザの超大物ボスであり。

テキヤなんかやってるたかねとは次元違いの、ガチのスジ者である。

外の世界でいうと、大陸の犯罪組織を束ねているレベルの存在だろう。

「太子様から此処で祭をしていると聞いた。 お前に案内して貰えばいいのか」

「い、いや、案内はすぐに呼びますので……」

「ふん。 太子様が参加してくださるなら面白かったんだがな」

「ははは、その今回は組織の長は参加しない方針でして……」

じろりと見られて。

無言で背筋が伸びる。

本当に怖い。

だが、意外に単純な性格のようにも思えた。

ただし、単純な性格な分、凄まじい強さを直線的に発揮できるのだろうが。

招き猫が戻って来たので、案内は任せる。

とんでもないのが来たなあと、冷や汗を拭っていると。

側にいきなり紫が出現する。

「意外なゲストが来たものね」

「ひいっ!」

「何よ人をお化けみたいに」

「い、いや、その、あの!」

突っ込みどころがたくさんあるが。ともかく紫も流石に警戒していると言う事か。

畜生界は、六道といわれる世界の一つ。

人間世界と比べるとかなり狭いし。実際の所動物霊が争っているだけなので、それほどレベルが高い世界ではないらしいのだが。

それでもたかねに比べれば、あの妖馬は圧倒的な化け物だ。

「あの妖馬は聖徳王にベタぼれだから、放置しておいても大丈夫よ。 聖徳王にたまに甘えられれば満足みたいだし、最初の一回を除いて幻想郷で暴れたことはないから」

「さ、さいですか……」

「それにしても畜生界からこうも軽率にこられると困るわね。 畜生界のルールとか持ち込まれると最悪よ。 それに聖徳王があの妖馬を利用しようとしたら、それこそ最悪の事態になりかねないわね」

ぶつぶついう紫。

いずれにしても、哀れにもたかねは恐縮しているしかなかった。

こうして祭は始まった。

闇市場は動き出したのである。

 

たかねはそのまま、山童が使っているデータセンタに移動。弾貨と呼ばれる此処でしか使えない金と。此処で擬似的に複製されたカードの流れを見る。

これは山童がもっているサーバに情報が入ってきていて。

何人かのオペレータが、交代で確認していた。

見ていると、スペルカードルールがあまりうまくない面子も、カードを利用してかなり健闘している様子だ。

「わかさぎ姫が好調に勝ち進んでいます。 カードの使い方がかなり上手な様子ですね。 格上の小町に先ほど勝ちました」

「他はどんな様子だ?」

「上位勢はそれぞれ好きに遊んでいる様子ですが、萃香様だけは彼方此方に出没しては不意にスペルカード戦を挑んでいるようですね。 思ったように力が使えない、というのが却って新鮮なようで。 負けても楽しそうにしています」

「良かった。 機嫌を損ねてはいないんだな」

安心する。

もしもこの、基本的な能力が激減し。カードをうまく使う事で勝ち進むシステムが面白くなかったら。

このサーバルームに萃香が乗り込んで来て。

たかねはそのままさらわれて。

活け作りにされて酒の肴、という運命だってあったのだ。

今でも冷や汗がだらだら流れている。

「あっ。 不良天人が負けました!」

「相手は誰だ」

「守矢の巫女ですね。 監督役をしているところに喧嘩を売りに行って、返り討ちにあったようです」

「不良天人は暴れていないか!? 彼奴は相当危険な道具を持っている筈だが」

モニタに映像を出す。

不良天人は不愉快そうにしていたが。

服についた埃を払うと、そのまま別のフィールドに移動して行った。

これは遊びだから。

そう呟いているようだ。

もともと、天の国は歌って踊って酒を飲むくらいしか、することがない場所だと聞いている。

それなら遊びには相当習熟していてもおかしくないはずだが。

それすらも、さぼっていると言う事なのだろうか。

だとしたら、何だか虚しい人生を送っているのかも知れない。

良い印象が皆無の相手なのだが。

それでも、初めてちょっと同情してしまった。

「わかさぎ姫が好調ですね。 このルールだと、相当に強いようです。 監督役に挑み始めました」

「意外だな。 戦いでは無い遊びだから、というのが大きいのか」

「分かりませんが……或いは本人も知らない才能なのかも知れません」

「分析を進めておけ。 後でレポートを書かないといけない」

オペレーターは三交代で働かせているが。

それでも、情報は常にリアルタイムで把握しておく必要がある。

最終的には魔理沙が来る。

魔理沙がたかねのところまで辿りついた時。

スペルカードルールを挑まれるのはほぼ確定だ。

はっきりいって、たかねの素の実力は山童相当。

魔理沙に勝つのは無理だ。

だが、この場なら。

大量のカードでパンプアップすれば、魔理沙も諦めてくれるかも知れない。

いずれにしても、今回は多分勝てないだろう。

それは何となく分かっている。

それくらい魔理沙はこの手のテクニカルな戦いには強いのだ。

詐欺の補填については、山童の蓄えが素寒貧になるレベルで取り立てられるだろうが。

それも自業自得である。

やむを得ない。

不意に、サーバルームににとりが来る。

山童と河童は。着ている服が違うくらいで、同じ妖怪も良い所だ。

にとりが来ても、山童達が敵意を示すようなことはなかった。

「ちょっといいかい」

「どうしたんだ」

「思ったより早く魔理沙が来るかも知れない」

「足止めをしてくれていると、賢者は言っていたが……」

何でも魔理沙は、ここのところ畜生界に足を運んで。其方で色々と勉強をしていたらしい。

畜生界で荒神と化していた造形神、埴安神袿姫に気に入られたらしく。

彼女が作り出す宝物を貰ったり。

様々な術を教わったりしていたそうだ。

魔理沙はとにかく貪欲に何もかもを学んでいく傾向があり。

努力型なのに天才型の博麗の巫女にある程度ついていけるのも、それが理由となっている。

だが、どうやら畜生界の方でトラブルがあったらしく。

魔理沙が予定より早く人間界に戻ってきているそうだ。

そして魔理沙は性格上、何かあったら直線的に飛んでくる。最近は頭もきれるようになってきているから、なおさら足止めは難しいだろう。それでもやらなければならない。まだ準備が整っていないのだ。

「少し足止めが必要かも知れない」

「賢者に頼んだら?」

「それはお前がやることだ」

「ああ、それで……」

ため息をつく。

確かにその通りだ。まだ魔理沙が来るには早い。

もう少し、今回の目的である。幻想郷の弱い妖怪達が、力をつける。

そのための研修であるこのブラックマーケットは。続けなければならないのだ。

仕方が無いので。必要な時以外は押すなと言われているブザーを押す。紫の所に直通しているらしいブザーだ。

今回の「異変」が終わったら返すように言われている品だが。

結構手軽なのだなと感じてしまった。

ブザーを押して、十分ほどして。不機嫌そうな紫が姿を見せる。

空間を操作して、自由自在に移動出来る紫だ。

或いは、何か面倒な案件を処理していたのかも知れない。

「何かしら」

「その、今回の主賓が……」

「ああ、魔理沙の事ね。 今もう足止めを開始しているわ。 紅魔館に要請して、少し本を譲って貰った所よ」

それはそれは。

良くあの動かない図書館と言われる魔法使いが承諾したなと、たかねは感心したのだが。

どうやら紫が秘蔵している魔道書を幾らか譲ったらしい。

そうか、そこまでしているのか。

何だか、紫がいつも一日の半分は寝ているという話を聞いたが。

それくらい心労や疲労がひどいのでは無いかとたかねは思い当たり。

バツが悪いと感じた。

賢者はいつも怠けていると文句を言う奴もいる。幻想郷の混乱が酷いからだ。だが紫の様子を見ていると、実は言われているよりずっと働いているのかも知れない。

「しばらくは魔道書に夢中になるから、その間に事業を進めなさい」

「わ、分かりました……」

「全く、食事中に呼び出さないでちょうだい」

ぎろりと睨まれて。ひゅいと悲鳴が出るが。

そのまま紫は戻ってくれた。

サーバルームに満ちた緊張も弛緩する。

にとりはいつの間にかいなくなっていた。多分さっきの、紫を呼ぶかどうかのタイミングで、危険を察知して消えたのだろう。

相変わらずだ。

「そ、その……」

「監視を続けてくれ。 どうせ私は、これから魔理沙に散々ぼこぼこに殴られる運命なんだ」

「たかねどの……」

「良いんだ。 確かに私は色々やりすぎたし、報いを受ける時が来たんだ。 それに、素寒貧になる程度で済むんだから、いいんじゃないか。 そ、その、活け作りにされるよりは、ずっといいじゃないか」

何でか涙が溢れていた。

どうしてだろう。怖いのだろうか。

そりゃあ怖いに決まっている。

だけれども、なんでか分からないけれども。ただ悲しかった。

今まで弱者を嬲り続けて来た山城たかねだ。

こうやって、立場が完全に逆転したとき。

自分でようやく弱者の気持ちが分かった。

山の中で普段はサバイバルゲームをして遊び。

金を弄んで弱者をいたぶり。

ケラケラ笑っていた事が、今になって全て負の遺産となってたかねに降りかかってきている。

それが理解出来ているからこそ、悲しいのかも知れない。

山童達だって、あまり他人事ではない。

皆、たかねと似たような事をしてきたのだ。

そして今回、そもそも山童には介入件がない。

魔理沙がどう行動するか。

それだけなのだ。

事実上、たかねの所まで魔理沙が来たらそれで終わり。

以上である。

溜息が出る。

両手両足を縛られて。

包丁を側で研がれているような状態だが。

もう、たかねには何もできないし。もう覚悟は決まっている

それから数日。

みるみるスペルカードルールの技量を上げていく皆を、ぼんやりレポートで見ていた。

特に弱い事で有名だった草の根ネットワークの面々の上達ぶりは凄まじい。

カードそのものは今後も外でそのまま流通させると聞いているし。

今回のこの、カードを無制限に使って遊べる場所を提供する事で。

強い妖怪がやりたい放題という事態は、今後更に減っていくのではないかと思う。

ついに監督役の一角であり、もっとも相性が悪そうな魂魄妖夢にわかさぎ姫が勝つ。

妖夢は異変解決を行った事もある凄腕である。

それに勝つとは、なかなかだなと素直に感心させられる。

ただ、それでわかさぎ姫は満足してしまったらしい。

まだ萃香等が控えているのだが。

それ以降は、淡々と色々なカードの組み合わせを試しては、どう戦うかを試行錯誤しているようだ。

戦っていて楽しそうにも見えない。

戦いにモチベがないのであれば。

単純に遊びとしてのスペルカードルールを楽しんでいただけであって。

それ以上でも以下でもないのかも知れない。

いやな相手に戦いで負けない。

それだけを目指しているとすれば。

多分立場的に弱者に無理難題をふっかけないだろう幻想郷の最上位層にはあまり興味が無く。

無茶を言ってきそうな中堅から中堅上位にいる、今監督役をしているような者達にスペルカードルールで勝てれば良い。

それだけなのかも知れなかった。

石集めと歌を歌うことにしか興味が無いと思っていたのだが、もしそうだとすれば。案外合理的な頭の持ち主だ。

或いはそれが後天的に開花したのかも知れない。

妖怪は成長がとても遅い。

とにかく長生きだからである。

それでも成長した。

それを見る事が出来たのは、貴重な瞬間かも知れなかった。

ぼんやりと、他の様子を見ていく。

萃香は淡々と色々な妖怪や妖精に喧嘩を売って。

ルール内で争って、面白がっている。

ただ、カードそのものは外できちんと購入し。

それなりに研究して使っている様子だ。

要するに、萃香自身も。

このカードには興味があり。

今後は、使っていくつもりなのかも知れなかった。

一方戦績が振るわないのは不良天人だ。

弱い訳ではない。

見ていると、かなりスペルカードルールの腕前は高い。

だが。監督役に全敗。

更に同格の妖怪にも、まるで勝てる見込みが無い様子である。

わかさぎ姫にも、少し前に負けた。

見ていると、とにかく負けても前回の反省を生かす様子が無い。

要するに元々基礎スペックの高さでごり押ししているタイプだったから。そのスペックが均一化されると、途端に調子が狂うのだろう。

どのバトルフィールドでもまともに力が発揮できない様子で。

それでかなり負けが立て込んでいる様子だった。

勿論負けても何のペナルティもない。

だから、それで良いのかも知れないが。

ただ、たかねとしては怒鳴り込んでこないか不安だったが。

負けても不愉快そうにその場を離れるだけで。

特に他の者に喧嘩をふっかけたりする様子も無い。

なんでなのだろうと思ったが。

目を見て理解した。

とにかく、非常に寂しそうなのだ。

色々な妖怪とやりあっているのだが。

誰にも拒絶されているのが分かる。

確か幻想郷でも、唯一まともに接しているのが貧乏神くらいだと聞いている。まあそれも当然で。傲慢な態度でやりたい放題の限りを尽くしていたのだ。不良天人と呼ばれているのは、天界でも同じらしいし。言動から考えて、家族などからも既に絶縁状態である可能性が高い。

今回、或いは自分と戦って楽しそうにしてくれる相手がいないかと期待していたのかも知れないが。

この様子だと、みんな露骨に嫌がったのだろう。

それを嫌と言うほど見せつけられて。

どんどんモチベが下がっているのではあるまいか。

そういえば、浴びるように飲んでいると聞いている。

或いは、それが理由かも知れない。

天界よりはまだ幻想郷の方が好きらしいが。

一体どれだけ、鬱屈をため込んでいるのか。

見ていて不安になってくる。

もしもの時は、賢者に何とかして貰うしかないだろう。

監督役は、しっかり場をまとめてくれている。

特に守矢の巫女。東風谷早苗。

彼奴は妖怪の山での顔役としてどんどん存在感を強くしているが。今回の件でも、普通に監督役としてしっかり働いてくれている。

それにスペルカードルールの実力もどんどん上がっている様子だ。

今回は手加減すらしている様子であり。

元々のカードの組み合わせもかなりえげつない。

これにわかさぎ姫が辛勝するのを見た時、思わずガッツポーズを取ってしまったが。

どっちも勝った後楽しそうにしていたので。

見ていて何だかそれも虚しくなった。

人間は成長が早いな。

そうつくづく思う。

幻想郷に来たばかりの頃は、守矢の早苗ちゃんなんて呼んでみんなで馬鹿にしていたものだが。

今ではすっかり逆らったら殺される恐ろしい顔役に成長している。

氷のように冷たい笑顔が板につくようになって来ていて(親しい相手には態度が別なのかも知れないが)。今では名前を聞くと、鬼同然に河童も山童もすくみ上がるようになってきている。

この間の異変では、多数の天狗を短時間で制圧したという話も聞くし。

実力で博麗の巫女の背中に手を掛ける日も、近いかも知れない。

いずれにしても、淡々と監督役として振る舞っている様子には威厳すら漂っていて。

現人神としての存在を確かに見せつけているといえる。

悔しいが、これは勝てない。

それを、たかねも認めざるを得ない状態だった。

他で、何か問題を起こしている奴はいないか。

見ると、幻想郷の閻魔が来ている。

そして、皆を見て回っているようだ。

話を小町あたりから聞いたのかも知れない。

説教魔として知られている彼女だ。

流石に閻魔が来ているのを見て、顔色を変える者も珍しくは無かったが。

そこまで説教に力を入れている様子も無い。

あまり非道が行われていないか、見に来たのだろう。

時々ジャイアントキリングが行われているのを見て、目を細めている様子もある。

むしろこれは闇市場とは裏腹に、皆が高め合う良い場所であると認識してくれたのかも知れなかった。

だとすれば助かる。

どうせ地獄行きの身だ。

此処を管理していたと言う事で、少しは罪が軽くなってくれれば。

たかねとしても、ありがたいのだから。

更に数日が経過する。

声を掛けなかった妖怪も、口コミで訪れるようになったようだ。

カードはスペルカードルールを行う妖怪だったら、だいたいに普及するくらいには幻想郷で広まっている。

流石に各勢力のボスは出無いようにとお達しはあるようだが。

それ以外の大物は、かなり姿を見せている。

最初に声を掛けるリストから除外したルーミアなどの妖怪も、足を運んで遊んでいっているようだ。

ルールが分かりやすい事。

地力に関係無く強敵にも気軽に挑めること。

何よりも負けてもリスクがないこと。

これらもあって、皆力の底上げをどんどん行っている。

どうやら、賢者のもくろみ通り、うまく事は運んでいるらしい。

いわゆるバブル景気になっている人里は、まだ混乱が続いているらしいと聞いているのだけれども。

そちらは失敗でも。

こっちは大成功という所だろう。

また、既に増産をやめたカードについても、取引がまた活発化しているようだ。

金というのは、誰かがため込んでいても意味がなく。

流動してこそ意味がある、だったか。

妖怪が小銭を交換しあう頻度が上がっている様子で。

その関係で、今まで面識が無かった妖怪同士で、知り合いになるケースも増えているようである。

カードをたくさんため込んでも、まとめて上手に使えるわけでもないので。

自分に合った組み合わせを試すためにも、この闇市場は都合が良いらしい。

それで、多数の妖怪が。

場合によっては、退治屋をしている人間さえもが。

闇市場に足を運ぶようになってきていた。

オペレーターが疲弊しはじめて来た頃。

賢者が来る。

何の前触れもなく。

たかねが疲れて、オペレータールームから帰ろうとしたタイミングだった。

「それなりに良くやれているようね。 レポートは一通り目にしているわ」

「ひゅい。 あ、ありがとうございます」

「そろそろあの子が来るわ。 あの子が来たら合図するから、指定の場所にて待機するように」

「はい……」

そうか、用済みか。

この闇市場は、賢者の力や他の強豪の力も借りて再現している一種の祭だ。

だから、ずっと維持している訳にもいかない。

ただし、これだけ盛況なのを見ると。

今後も続けては行くのだろう。

やるとしたら年に二回くらい、だろうか。

年に二回、それぞれ数日ずつ。

出来てそれくらいだろう。

だけれども、此処の面白さを知った妖怪は、多分たくさん足を運ぶ。

賢者が許せば、ポータルの側には屋台が並ぶかも知れない。

そうなれば、今は素寒貧にまで追い込まれている河童も。

これから素寒貧になる山童も。

或いはある程度助かるかも知れなかった。

ただし、屋台で売るものの値段については、厳しく取り締まられるだろうし。

下手な事をすれば、その場で活け作りにされかねないが。

いずれにしても、やる事はやっておく。

山童をオペレータールームに集めると、賢者からの話が合ったことを引き継ぐ。

魔理沙が此処に来るのは推定で数日後。早くても最速で三日後だそうだ。

魔理沙のことだ。

それから数日は、此処で楽しみながら、カードの組み合わせも試していく事だろう。だから、一日で攻略されるとは思わない。

だが、それでも分かる。

魔理沙が諦めるとは思えないのだ。

最初から、山童の負けは決まっている。

これは、そういうものなのである。

だから、言っておく。

「既に明細が来ていると思うが、補填金額は準備しておいてくれ。 これは我々がやってきた事に対する罰なんだ。 受け入れるしかない……」

「しかし、たかねどの。 魔理沙が諦める可能性も……」

「月の軍勢や月を単独で潰しかねない怪物にも挑むような胆力の持ち主だぞ。 それが、こんな遊び程度に諦めると思うか?」

「……思わない」

山童達ががっかりするが。

それはもう、仕方が無い事なのだと思う。

何度もため息をつく。

そして、自分用に用意したカードを見つめた。

防御力を極限まで上げ。

自己回復力を極限まで上げる組み合わせだ。

火力増強のカードも入れてはいるが。

それはそれ。

あくまで長期戦に持ち込んで。相手のミスを誘う編成になっている。

意地だ。

最後まで、抵抗はしてやるつもりだ。

それでも、勝てない事は分かっている。こんな風に考えている時点で、既にスペルカードルールで負けているのかも知れない。

だけれども。最後の抵抗くらいはしたい。

それだけは、譲れなかった。

何度か涙を拭う。

心の整理はついた。

素直に殴られて。素直に今までの罪を精算しよう。

そう、自分の中にまだ残っていた、よい部分が囁いてくる。

こんな部分、まだ残っているとは思わなかった。

そして悔しい事に。

今回は、それに従うしか。道は無いのだった。

 

4、闇市場の終わり

 

霧雨魔理沙は異変解決の専門家を自称する魔法使いだ。

魔法使いには主に二種類あり。ただ魔法を使うだけの人間と。人間を超越して寿命を克服し、魔法使いと呼ばれる種族の妖怪になった者がいる。魔理沙はまだ前者。後者を目指してはいるが。

魔理沙はまだ十代半ば。十代の丁度真ん中にはまだ手が届いていない。

良い所の出だが、まだ十歳にもならないうちに家を飛び出したという事もある。

家で虐待を受けていたという事もあるだろう。

発育はお世辞にもよくはなく。

背はあまり高い方ではなかった。

今は、幻想郷屈指の危険地帯である魔法の森に住み。

実家から、連れ戻そうと来る用心棒と戦う事もなくなった。

完全に実家から縁を切ったことは、魔理沙としてはとても嬉しい事である。

今は寿命を超越する事を目指す以前に。

何もかもが色々と楽しい事ばかりで。

毎日が充実していた。

思うに収集癖が最初からあったのかも知れない。

あれも知りたいこれも知りたい。

強い衝動が魔理沙を動かしており。

連日実験をしては。

色々な魔法を作り出したり。色々な知識を蓄えて、それを混ぜ合わせる事に余念がなかった。

そんなだから。話を聞く。

どうやら対等な条件で戦える闇市場なる場所があり。

少し前の異変から出回っているスペルカードルール戦で使えるカードを通常の方法とは違う豪快な用い方で扱って。

派手に戦えるというのだ。

面白そうだと思ったが。

気になった。

霊夢が動いている様子が無い。

唯一戦友として認めてくれている霊夢。

博麗の巫女。

異変解決の専門家であり。超えるべき壁。

どうして動かないのか。

以前も、あからさまに異変だというのに、動かない事があって。後で真相を知ったときには、相応の理由があったことにおどろいたものだ。

ともかく、まずは霊夢の所に行く。

霊夢は博麗神社で退屈そうにしていて。

魔理沙が来ると、茶を勧めてくれた。魔理沙も食べられる茸をもってきていたので、それで軽く話をするが。

霊夢は闇市場について、知っている様子だった。

「この間の異変の延長じゃないのか?」

「別に一銭も動いていないし、誰も困っていない。 つまりこれは異変ではないわ」

「そ、そうか……」

何だか妙だなと思ったが。

霊夢はやる気がないと判断。

調べに行くというと、どうぞと言われて。カードを取引してくれた。

何でも、中に入ると普段スペルカードルールで使っているような術も使えなくなるそうで。

最低限の火力装備をもっておかないと、話にならないそうである。

そういえば、魔理沙の得意とする光の魔法なども、カードになっていたっけ。

前はそれを使うと火力を倍増しとかに出来たのだが。

恐らく今回は、それを使わないと多分光の魔法の基礎も使えないのではあるまいか。

そう判断して、以前収拾したカードの中から。必要と思われるカードを身につけ。

場所が隠されてもいない、闇市場の入り口に出向く。

そして、最初に感じたのは、違和感だった。

最初に招き猫にガイドしてもらって。

それから本格的に挑んだのだが。

内部では、特に元々弱かった筈の妖怪が。生き生きと遊んでいる。

人見知りで知られるわかさぎ姫が、結構楽しそうに他の妖怪とスペルカード戦をしていて。しかも圧勝していた。

手をかざして見ていると、手を振って来る始末である。

「貴方は森の魔法使いさんね」

「お、おう。 何だか調子よさそうだな」

「外だとあんまり力を発揮できないけれど。 この中だとかなり調子が良いみたい」

「そ、そうか。 一戦やるか?」

頷くわかさぎ姫。

何だか調子が狂うが、そのまま対戦する。そして理解する。

確かに、とんでもなく手強く感じる。

何戦かして、ようやく一勝だけする。

随分と息が切れてしまった。

「お、お前、こんな強かったっけ?」

「外でもカードを使えば、少しはマシになると思う。 今後はもし練習したいときにはつきあってね」

「何だかお前からそんな言葉を聞くとはなあ」

「少しだけ、自信がついたみたい」

なんだかそれは気持ちの良い言葉で。

此処が闇市場なんて禍々しい場所では無いのでは無いかと。魔理沙は思わされた。

それから、数日調査を続けた後。

思い切って、山の頂上に向かう。

途中は守矢の許可を得ないと入れないので、手続きが面倒だったが。それもこなして、山の頂上に。

其処に常駐している、以前カードの異変を起こした元凶。ちまたの神に会いに行く。

今回の件について、コメントが聞きたかったからだ。

というか、明らかに様子がおかしい。

こんなものが開かれているのに。

カードの力を供給しているちまたの神が、動いていないのはおかしすぎる。

闇市場の中である程度戦ったが。

それでも。ちまたの神の影も形もなかったのだ。

つまり市場では無いと判断しているのか。

それとも何か別の理由があるのか。

いずれにしても、ちまたの神と話をしてみて分かった事は。

黒幕が山童の山城たかねであり。

それを探らせるために、河童の河城にとりを送り込んでいること。

にとりから居場所を聞いて。

たかねを倒せば、全てが明らかになると言う事だった。

その時点で、違和感は最大にまで膨れあがった。

言われた通り、にとりにあい。

手引きを受けてたかねに会ったが。

たかねは、待ち受けていた場所で。顔色を土気色にしていた。

「お前がこの闇市場とか言うのを開いた本人なんだな」

「そうだ……」

嘘だな。

即座に魔理沙は見抜く。

こんな規模の術式、河童や山童に用意できるわけがない。

対戦した相手には、萃香や不良天人もいた。連中の力を押さえ込めるのは、それこそ賢者以上の力を持つ存在くらいだろう。

つまりは神。

秘神摩多羅隠岐奈や、或いは他の神々も力を貸している可能性が高い。

そんな大それた事。山童如きが出来るわけがない。

だがもしも賢者絡みの異変だとしたら。

多分、山童では逆らえないのだろう。

そして、そもそも誰も困っていないのだ。それについては、数日で闇市場を隅々までみて判断した。

此処は、恐らくだが。

弱い妖怪の実力を底上げするための場。

そして、人里に大量の金が流れ込んでいるように。紫をはじめとする賢者は、幻想郷の底上げをしようとしている。

此処も、その計画の一端なのだろう。

「お前も大変だな」

「……」

「だが、異変の首魁だと名乗った以上は容赦なく叩き潰させて貰う!」

「来い……」

死人の顔色をしているたかね。どうやら防御系のカードをガン積みして、ひたすら耐久戦に持ち込むつもりの様子だ。

だが、火力で押し切る。

魔理沙は雄叫びを上げると、スペルカードルール戦を開始した。

 

戦いが終わって。

たかねの降参を受け入れて、魔理沙は闇市場を出る。

その後姿を見せた紫の話によると、闇市場はしばらくしたら閉鎖するらしい。そして、好評なので。賢者の監督下で年に一度か二度くらい、今後も行うそうだ。

そうか、とだけ魔理沙は思った。

博麗神社に戻ろうとして。空中で思いとどまる。

箒に跨がったまま、考え込む。

恐らくだが、今回のは魔理沙に解決させることも含めての茶番だったはず。

霊夢は実態を知っていたとみていい。

あるいは、ひょっとしたら前回も、だったのではないのか。

だとすると、魔理沙は今何かを試されているのか。

口を抑える。

とんでもなく、怖いところに足を突っ込んでいるような気がしたのだ。

そういえば、市場の中で指摘されたっけ。

お前、目が赤色に輝いていないか、と。

魔力がかなり強くなってきたからではないかとも思ったのだが。

考えて見れば、霊夢も異変解決の時は瞳が赤く輝く。

霊夢が幻想郷における異変解決の代表者だ。

それは周知の事実である。そうなると、魔理沙は何かになり始めているのか。

もしかして。

今後は異変を起こす側に廻るのでは無いのか。

魔法使いとして、寿命を超越する事を目論んでいる魔理沙だ。それは充分にあり得る事である。

妖怪としての魔法使いになったら。

その時は。

異変を起こして、霊夢が来て。戦いになるのだろうか。

霊夢は数少ない親友で、心を許せる相手だと思っているのだが。

それも、なくなるのだろうか。

「冗談きついぜ……」

思わず呟いてしまう。

そして、頭を振って迷いを払った。

ともかく。今は家に戻ろう。

何が裏でうごめいていたのかは分からない。

だが、魔理沙も試されていたのだとすれば。

いずれ、無関係でいられなくなるのは。確実とみて良かった。

 

(終)