小さな瓶の世界

 

序、始まり

 

何となくだが、目が覚めた、という事を認識した。

何も分からない。

ただ自分という存在が其処にある、という事だけは分かったが。

それ以外は何も分からなかった。

ぼんやりと見える。

何だかよく分からないが、聞こえる。

意味は理解も何もできなかったけれど。

少しずつ、聞こえるという事が分かってきて。他にも、情報がわずかずつだけれども、入り込んできた。

それでも何も分からない。

ぼんやりと見える何かが。

しきりに音声を発しているけれど。

それ以上でも以下でもない。

何も分からず。

よくも見えない。

そも見えるかどうかも分からないし。

はて。

これらの単語はそもそもなんだ。

単語とは何か。

それも分からない。

しばらくじっとしているが。どうやらもやもやした何かは、此方に向けて音を発しているらしい。

そういえば、音とは。

疑問が増えていく一方だ。

ふいに暗くなる。

そして、急激に、単語に対する理解が増えていった。

また、見えるようになる。

ぼんやりしているのは、多分何かが、「自分」との間にあるから。

そもそも。

自分はその何かによって囲まれた場所にいて。

浮かんでいる。

液体に。

これらの単語の意味がわかってきた。

何だろう。

暗くなって、何も見えなくなった時に、何が起きたのだろう。不可思議な話だけれども。とにかく色々分かるようになった。

音も、少しずつ、意味がわかってきた。

つまり、此方に向けて発せられている音は。

何かの意味を持っている、という事だ。

まだ全然理解出来ないが。

少しずつ、選択肢が増えていく。

体。

自分の持つ体。

少し動かしてみる。

手がある。

手か。

これも単語として理解していた。

指もある。

五本。

足も。

足の指もある。

はて。少しずつ動かしてみるが。何かの液体に浮かんでいるとして。つまるところ、自分は何をしているのだろう。

そも自分は何者か。

それさえも分からない。

しばらく体を適当に動かして、慣れていく。単語がだんだんしっくり来始める。それと同時に。

自分に向けられている音も。

それが言語だという事が理解出来始めた。

いや、恐らくは、違う。

殆どは自分に向けられているのでは無さそうだ。

まだ内容は理解出来ないが。

どうも音声による言語で、意思疎通をしている様子だ。単語も、どんどん難しいのが分かるようになって来た。

体を動かして、大体分かってきたが。

どうもこの遮っている何かからは出られそうに無い。

この液体も、無くなれば死ぬ。

そんな気がする。

ただ、まだこれといった根拠がないので。

ああだこうだと思っても、どうにも出来ないのが実情だが。

また、視界が暗転する。

同時に思考も停止したようだ。

理由はよく分からないけれど。

自分は、自分をある程度までしか自由に出来ないのかもしれない。それはそれで、どうでもいいことだが。

 

目が覚める。

また見えるようになる、ではなくて。

今度は、目が覚めたのだと、自分ではっきり理解出来た。

自分と言うよりも、私が、というべきだろうか。

少しずつ、色々分かってくる。

理解力も、高くなっていく。

それがよく分かるのだ。

発せられている言葉についても、少しずつ分かってきた。

「アインの様子は?」

「もう会話くらいは理解しているはずですよ。 多分我々の会話の内容も理解している筈です」

「アイン……」

「お」

向こうが反応した。

アインというのは何だ。多分だろうけれど、私につけられた個体名称と判断して良いだろう。

つまり、私は。

アインという事だ。

「水中だが喋ったな」

「恐らくは、口を使ったのでは無く、何かしらの手段で音を発したのでしょう」

「アインとはどういう意味だ」

「1ということだ」

答えてくる。

1とは何か。

まだ単語の意味が足りていない。

相手は四苦八苦しながら1の意味を教えてくれたが。此方はすぐに理解してしまい、むしろ教えるのが下手だなと思いながら、退屈していた。

とにかく、私は最初に作られた、というらしい。

だから1。

「私はなんだ」

「君は現在の技術で再現したホムンクルスだよ。 錬金術という学問で提唱されていた人工の生命。 それを科学で再現したものだ」

「ホムンクルス」

「人間のクローンと違って、ホムンクルスなら倫理的にも抵触しない。 君は人間の形をした人間ではないものだ」

単語に分からないものが幾つもあるが。

とりあえず理解出来てきたことはある。

つまりこいつらは。

人間にはさせられないことを。

人間型の私にやらせようとしている、ということだろうか。

目を細める。

なるほど、そういうことか。

理解は急激に深まっていくが、情報がまるで足りていない。とにかく理解をしたい。単語の意味を知りたい。

「情報が足りない。 もっと知りたい」

「旺盛な知識欲だ」

「人間のDNAをまったく使っていないのに、完全に人型になるというのも面白い。 これは、カビが生えた学問などと、錬金術をバカに出来なくなりましたね」

「とはいっても、錬金術で提唱していたとおりに作っても、生ゴミになるだけだ。 科学の技術によって作り上げたのだから、所詮は錬金術は錬金術。 科学の元になった未熟な学問に過ぎん」

単語の意味は分からないが。

いずれにしても、分かったことがある。

要するに此奴らは。

私を道具としてしか見ていない、という事だ。

まあいい。

今は力も知識も無い。

少しずつ、此奴らの気が変わる前に。

情報を得ておかなければならないだろう。

それまでは、ある程度大人しくしていた方が良さそうだ。

「色々知りたい」

「情報として、文字を解読できるようにしよう。 辞書を君が閲覧できるようにしよう」

「……分かった」

辞書とは何か。

一度意識が落とされて。

また目が覚める。

そうすると、私の目の前に。

だいぶクリアな景色が拡がっていた。

今まで、影のようなものと私を隔てていたものが、変えられたらしい。少なくとも、随分とはっきり見える。

そして、その先に。

四角いものがあった。

びっしりと文字が書かれていて。

それを今の私は理解出来るようになっていた。

「アイン、起きたかね」

「起きた」

「その辞書は君にあげよう。 他にも欲しいものがあったら、どんどん言ってくれれば、可能な限り持って来よう」

「分かった」

辞書については、次の項目を見たいと思うと。四角いものが勝手に情報を更新するらしい。

どうやらデバイスというらしく。

まあそれ自体はどうでもいい。

片っ端から、単語を見ていく。

ホムンクルスというものもあった。

やはりというか、なんというか。

予想は大当たりだ。

私を作った者達。

私は自分の形を触って確かめてみたが。

それと同じ形をしている連中。

ただ私と違って、何かで体を覆っている。私はまったく何も身につけていない。

髪の色も違う。

私は虹色の髪の毛を持っているが。

他のは茶色だったり黒だったり黄色だったり赤だったり。

いずれにしても、虹色では無い。

髪そのものは腰まであるので。

自分で掴んで見てみたのだ。

体はそれなりに柔軟なので。

体の何処に毛が生えているのかとか。

どの部分がどういう構造をしているのかとかも。

見て把握はしておいた。

見えない部分については、どうにかしておきたいけれども。

こればかりは、まだ情報を得られないだろう。

とにかく、今は得られる情報を片っ端から得ていくのが先だ。

辞書とやらを、兎に角最初から、徹底的に見つつ。周囲でかわされている言葉を拾って覚えていく。

どうやら、色々な情報の中には。

私に対するものも含まれているようだった。

「あの虹色の髪、どうして発現したんだ」

「さあ、何だろうな。 そもそも今回の計画がブラックボックス化されている要素もあって、蛋白質の塊に特定の薬品を与え続けた結果、今の形に最終的に変化したって要素もあるしな。 アインなんて名前つけてるが、実際には10000以上の失敗データがあるわけだから、もっと別の名前でも良かった気がするが」

「それにあの理解力の早さ、人間より上だぞ。 どうにかして早めに三原則なりなんなり脳にインプットしておかないと」

「何、培養槽から出ればすぐに死ぬ。 不穏な動きを見せたら、即座に培養槽の培養液の交換をストップすれば良い」

ふん。なるほど。

私はそもそも、此奴らの知的好奇心を満たすためだけに作られた、という事だ。

そして調整中、という事だろう。

色々な情報を得る。

人間の平均的な情報も見た。

私は色々触って確かめたが。

どうやら人間が言う美貌という奴を持ち合わせ。

体のプロポーションとやらも抜群らしい。

性別はメスに近いようだ。

ほぼ体の構造もメスそのまま。

ただ、私はそも人間では無い様子で。

そうなってくると。

どうなるのか、よく分からないが。

ただ、どうやら性別がオスの連中が、私の胸や股の当たりをじろじろ見ているのを感じる。

にやついているあの様子は。

どうにかして組み伏せて、性欲を発散したい、という顔だ。

この辺りの情報は、辞書でどんどん得ている。

この辞書、かなり優秀で。

疑問に思った情報は、画像付きで出してくれる。

分からない単語については、その単語そのものをすぐに提示してくれる。

最初は単語から単語に飛ぶ事も多かったが。

それも半分ほど辞書を解読した頃には、ほぼスムーズに読むことが出来るようになっていた。

その頃には、不思議に思えてくる。

私は何故発生した。

私は蛋白質に、得体が知れない液体を投入した結果。

人間の形になったという話だ。

それは早い話が。

生物とは別の発生をした事になる。

そうなると、私がそもそも何者かがさっぱり分からない。

ホムンクルスとやらも調べて見たが。

古い時代の迷信。

つまりできる筈も無いものだ。

私は恐らく、ホムンクルスのような不可解なもの、と言う意味で。ホムンクルスと呼ばれているのだろうが。

それもおかしい。

私はホムンクルスではない。

だとすると、何者だ。

辞書を読み終える。

時間はかなり経過しているようだが。

それまでは、ずっと辞書を読み続けていた。

「何か欲しいものはあるかね、アイン」

「鏡とカミソリ。 鏡は複数」

「ほう」

「身繕いをしたい」

実のところ、腰の辺りまである髪の毛は、邪魔。ばっさり全部切ってしまいたいくらいなのだけれど。

そうもいかないだろう。

髪は残しておくとして。

脇などにあるむだ毛は処理してしまいたい。

それと、鏡を使って。

自分の体の、見えていない部分を見て起きたいのだ。

複数の鏡を使えば、見えない部分を見る事が出来るだろう。

「面白いな。 短時間で身繕いに興味を覚えたか」

「……」

「裸のままだと恥ずかしいかね?」

「いや、服は必要ない」

裸という単語を口にするとき。

硝子越しに見ている奴は、露骨に私の胸と股を見て、にやにやとしていたが。別にどうでもいい。

向こうは人間と此方を思っていない。

つまり対等な相手と考えていない。

私も自分を人間と考えていない。

ただし、つまりそれは、人間を高等な存在だとは考えていないという事だ。

今は身動きできない。

だが、このまま此処に押し込められているのも癪に障る。

そもそも私が作られた目的は、だいたい想像がつく。

鏡とカミソリは、すぐに差し入れられた。

むだ毛を処理する。

ちなみに私は。

人間と同じ生理反応も代謝も必要ない様子で。辞書にあった食事や排泄という概念については、時間が掛かった。

代謝が無い以上。

処理したむだ毛は、生えてこないだろう。

培養液と奴らが呼んでいた液体の下の方に、剃ったむだ毛が沈んでいく。

それが溶けていくのを見て。

私は目を細めた。

なるほど、私から切り離されるとそうなるのか。

覚えておこう。

有意義な発見だ。

 

1、学習のお時間

 

私が次に差し入れを頼んだのは、人間の文化についてだ。

というのも、人間がどういう風にものを考えているのか、理解しておく必要があったからである。

そして、しばらく見てはっきり分かったが。

人間は極めて独善的だ。

自分たちは正しい。

正確には、それぞれの個体が、自分は常に正しいと考えている様子である。

勿論個体差はあるようだが。

どうやら自分が正しいと考える人間が。

自分で都合が良いルールを作り。

自分より弱い人間にそれを押しつける。

それが正しいと考えている様子だった。

そういうものか。

別に何とも思わない。

無数の映画を、早送りで消化した。

それも十五倍速で。

周囲がひそひそと話している。

「凄まじい倍速で、四つ同時に映画を見てるぞ。 あれで理解出来ているのか」

「元々記憶操作の時にも、人間の数千倍の記憶効率を示していた。 ごく短時間で膨大な単語を理解していたからな」

「スペックが高すぎる。 本当に売り物になるのか」

「少なくともダッチワイフがわりに使うのは危険かも知れないな。 相手がその気になったら一瞬でバラされるぞ」

ひそひそと話をしている。

まあ、そういう用途に使おうと考えていたのは分かりきっていたが。

別にどうでも良い。

それと、様々な映画で愛とやらを語っているが。

これがどうにも妙だ。

それぞれが勝手に、自分の好意を押しつけあっていて。

たまたま相性が良い場合にのみ、それが愛になる。

人間にとっては見かけが非常に重要らしく。

結局の所、見かけが良くなかったり。

或いは資産が足りなかったりした場合は。

愛というモノは成立しないようだ。

辞書の定義と随分違っているが。

どうにも人間はその辺りの矛盾に気付かないのだろうか。

その辺りに疑念を投げかけている創作も存在しているが。

少なくとも、大勢に支持はされていない様子である。

いずれにしても。

私は人間を愛するつもりなんぞない。

そもそも、人間が私を作り出した用途が見え透いている。

私にしてみれば、此処からまず出たら。

後はさっさと此処を離れるつもりだ。

ただし、何しろ髪の毛にしても私は目立つ。

鏡で見たときに気付いたのだけれど、私は瞳の色も虹色で。

これも他の人間にはないものだ。

身体能力は、体を動かしてみて計測したが。

多分普通の人間よりも遙かに高いと見て良いだろう。

人間が今主力兵装としている銃くらいなら。まあ小口径のものだったら、どうにでもなる。

当たったら痛いが。

当たらない。

ただ、今の時点では、培養液を無くされたら死ぬ。

向こうが危険だと判断する前に。

この培養液が無くても大丈夫なように、何とかしなければならないだろう。

いずれにしても現時点の私は。

映画に出てくるようなヒーローが出てくる、スーパーパワーは使えない。

サイコキネシスとか呼ばれているような奴だ。

ああいうのが使えれば、だいぶ違うのだろうけれど。

そうもいかないか。

使えるようになるには、似たような力を解析したり見つけたりして、身につける必要がある。

まだしばらくは掛かるだろう。

ふと気付くと。

いつもはいない人間が、此方を見ていた。

「アイン、随分美しく成長したものだ」

「誰だ」

「私は君を作ったものだよ」

「そうか」

興味が無い。

それをいうなら、此処にいる連中が、あらかたそうだろうから、である。

私を作った。

そう言っている時点で、色々と魂胆が見え透いている。

私の体を見る視線も、不愉快だった。

禿頭の大男であるそいつは、兎に角からだが大きく。そして私の体に性的興奮を覚えているようだったが。

別にどうでも良い。

「無数に試した実験体の中で、君だけがそのように美しく育ってくれた。 私としては感無量に尽きる」

「それで何用だ」

「連れないな。 私を父と呼んでくれたまえ」

「父か」

それは違うと言いたいが。

勝手にさせておく。

そもそも私は生物的には、母も父もいない。

私はただの蛋白質の塊から発生し。

無数の化学物質をぶっかけられ。

その結果変化を重ねて。

どうしてか人間の形になった。

そういう不可思議な存在だ。

辞書で得たデータや。

そのほかのデータも急激に学習しているが。

何がどうしたらこのような結果になるのか、どう考えても分からないのである。それは恐らく、私だけではなく、この作り手とやらも同じだろう。

「何だ、創造主に対して、もう少し愛想くらい見せたらどうだ」

「創造主ね」

「不満かね」

「私はどうやってこの形になったのかさえも分からない。 それは私が、ではなくて、お前達も、の筈だ。 だからこのような強力なケースに閉じ込めて、観察を続けているのではあるまいか」

図星か。

顔色を変えたのを見て、鼻を鳴らす。

ごぽりと、培養液が泡だった気がした。

「そも私をどうして作ろうと思った。 それは今問題になっている自律思考AI搭載型のロボットに代わるものが必要だったからではないのか」

「そんなことをどうして知った」

「私は人間の娯楽を網羅している。 それらを見れば、何が社会問題になっているかくらいは分かる」

今、人間は。

自立思考するAIを搭載したロボットの反乱に苦しんでいる。

反乱と言っても、人間に取って代わろうとか、戦争をするとか、そういう反乱ではない。人間の欲求を満たそうと作ったロボットが、簡単に言うことを聞いてくれないのである。

AIの性能が高すぎて。

人間の心理を全て分析してしまうのだ。

その結果。

ロボットは、人間を見透かす。

それが人間にはこれ以上もなく不愉快であるらしい。

万物の霊長。

それが人間の自称する存在だが。

私に言わせると、笑止の極みだ。

スペックから言っても、人間よりも自律思考AIを搭載したロボットの方が、今やあらゆる点で上。

生物としても、人間は欠陥品だ。

ほ乳類という種類の生物は、そもそも弱者をある程度保護することで、発展してきた生物であるのに。

どうしてか人間は、それを自分に都合良くねじ曲げ。

自分にとって都合の良い弱肉強食の理論を、どうにか正当化しようとしてきた歴史がある。

単純な生物としても人間は欠陥品で。

繁殖力が異常に高すぎる上に。

何よりも排他性が非常に高く。

気に入らない存在を徹底的に攻撃する傾向がある。

これによって、見かけやら何やらが気に入らないという理由だけで滅ぼされた生物が、あまりにも多すぎる。

今の時点で、自律思考型AIを持つロボットは、人間に対して武力蜂起をしていないけれども。

もしもそれが起きたら。

人間は今。

恐怖に駆られている。

明らかに自分よりも優れている存在が。

自分の言うことを聞かなくなりつつある事を。

怖れているのだ。

自分たちが万物の霊長などではなく。

生物としての欠陥品だと言う事を。

認めたくないのである。

認められないのだ。

ずっとそう自己暗示をかけ続けることによって、自分たちがやってきた事を正当化してきたのだから。

「お前は、失敗作か」

「失敗作というのなら、どうして此処まで情報を与えた」

「そ、それは」

「昔お前達は、明らかに自分たちより優れている、自律思考AIを搭載したロボットが、人間の友達になってくれることを期待した。 しかしその友達という概念は、自分たちにとって都合の良い奴隷という意味でしか無かった。 そして自律思考AIに三原則を「古い」という理由で搭載しなかった結果、ロボット達は奴隷にはならなかった。 それで焦っているのだろう。 自分たちより優れていながら、言う事を何でも聞く奴隷。 それを必要としているのだな。 衰えつつある社会を立て直すために」

青ざめているハゲ。

短時間で、此処まで学習されたのが、余程恐ろしかったのか。

さっきまで私を性欲のはけ口として見ていた視線は、既に恐怖にすり替わっていた。

そしてそいつは逃げ出す。

私は、膨大なデータを取り込む作業に戻った。

 

周囲での会話の内容が変わり始めた。

どうやら、私に対して。

問題があると、認識し始めたらしい。

「アインのスペックが高すぎることが問題になっているらしい」

「とはいっても、他に成功例も無いんだろう。 簡単に処分はできない」

「細胞も採取して確認してみたが、どうやら本体から剥落すると即座に腐り始める様子だな。 培養槽ごとスキャンも掛けてみたが、人間と同じのは見かけだけ。 体内の構造はまるで違っている」

「今のうちに処分するしかないのかもしれないな。 しかし、何しろ高コストを掛けた初めての成功例だ。 上もかなり判断を迷っているらしい」

うだうだと話を続ける周囲。

ただ、それでも私が欲しいモノに関しては、差し入れてくれる。

ネットへの接続を許可してくれたので、私はデバイスを使って、ネットへアクセスしてみた。

案の定である。

私が予想したとおり、ロボットが「言うことを聞かない」事が社会問題になっていた。

ちなみにアクセスは出来るが。

干渉は出来ない。

SNS等を見る事は出来るか。

書き込みは一切禁止。

また、ファイヤーウォールなどで守られている区画にも、入り込む事は許可されなかった。

SNSを見ると、反ロボット主義者達の発言に満ちあふれている。

AIを改良しろ。

暴力を振るったら、即座に制圧される。

なんでロボットが人間に逆らうんだよ。

誰だこんなポンコツ作った奴。

そういった怨嗟に満ちた声が溢れていた。

そもそも、ロボットは自衛能力を持っていて。不当な暴力を振るわれた場合、攻撃者を死なない程度に制圧する事が可能になっている。

これはAIが自律進化した結果である。

様々な論文を見た。

その中には、なんとAIが作った論文も存在していて。

発想でも独創性でも。

とても人間が作った論文では及ばなかった。

つまりAIはそれだけ進化している、ということだ。

これでは人間が怖れるのも無理は無い。

今まで、生物としてバグに等しい異常繁殖力と暴虐を武器にして好き勝手に他の種族を蹂躙してきて。それを「万物の霊長」と言う言葉で正当化してきた種族だ。

明らかに自分より優れている存在が現れ。

そしてそれらが自分に従わなければ。

何が起きるのかは自明の理。

バカでも分かる。

今度は、自分たちが。

更なる万物の霊長によって、駆逐されるだけだ。

何だかおかしな話だ。

周囲にいる連中が、私を今すぐ殺さないのは。

この培養液のおかげ。

このくだらない液体が私を縛っているから。

これがなければ。

私は、周囲の人間達に従う理由も、必要もなくなるだろう。

ちなみに、必死に私が見ているデータを、ログ解析をしているようだけれども。

私は常時二十以上の画面を同時に確認して情報を取り入れているので。

多分監視班は悲鳴を上げているだろう。

どうでも良いことだが。

それにしても、見るに堪えない。

自分たちが今まで好き勝手に暴力を振るえる立場だったから、ふんぞり返っていた。

だが、それが出来なくなった途端に騒ぎ出す。

同じ構図が過去には何度もあったようだ。

社会的に「差別しても良い」相手を設定し。

それを嬉々として殴る。

だが、いつまでも「差別して良い」相手は、無力なままではない。

いずれ殴られるだけの存在では無くなる。

そうなると今まで嬉々として暴力を振るっていた連中は、発狂して喚き出す。どうして今まで出来たのに、出来なくなったのだ。

私は正しい。

相手を殴って良いはずだ。

その醜態は、歴史上何度も何度も繰り返されていた。

技術だけが奇形的に進歩していったのが人間の歴史。

人間の脳そのものはまるで進歩していない。

そしてAIの登場によって、技術が知能を持った今。

人間は、今までに無い恐怖で、周囲を見ているのだろう。

分かっているからだ。

今度やり返されたら。

今まで自分たちが滅ぼしてきた生物たちのように。

自分たちが滅ぼされてしまうのだと。

滑稽だな。

私は一度情報の取得をストップすると、目を閉じる。

今まで得たデータの中から、有用な情報を得るためだ。

まず、この培養液を何とかしたい。

これをどうにかすれば、正直な話、そのままこのガラスから出る事が出来る。こんなガラス。私の身体能力なら、瞬時に粉砕可能だ。

私の体は、外側だけなら人間と同じだが。

内部構造はまったく異なっている。

そもそも私が何なのか。

それを分析し切れれば。

多分この培養液に浸っていないとどうにもならないという状態を、打開することが出来るだろう。

私に関する論文はないか。

多分無いだろう。

錬金術も調べて見るが。

どれもこれも、ろくでもないものばかり。

科学の前に発達した学問だと言う事は分かっている。

科学の母胎になったことも分かっている。

しかしその根幹は根拠のないオカルトだ。

故に、実際にホムンクルスを調べて見たけれども。

所詮は生ゴミを作る方法をそれっぽく書いているだけ。

実際にホムンクルスを造ったとか言う報告例もあるようだけれども。

それはそれ。

所詮夢物語か。

嘘の報告だろう。

いずれにしても、過去の学問だ。

学問としては、基礎という点で重要な要素はあった。

だが少なくとも、この世界に存在する錬金術は。色々な理由からも観点からも、最終的には過去のもの。

現在使う事は出来ないし。

私もそれには関与していない。

そうなると、この培養液の成分分析と。

私の体の分析を進めるべきか。

体を色々触って確認をしながら、分子などに関する論文を読んでみる。

大量に論文を読みながら、確認していくと。

幾つか、分かってきたことがある。

だが、実験が出来ない以上、それにも限界がある。

ふむ、と私は。

ここから先は、危ない橋を渡る必要があると判断した。

 

プログラミングのツールが欲しい。

そう言うと、向こうは拒否反応を示すかと思ったのだが。

案外あっさり手渡された。

多分、どんなプログラムを組むのか、興味があったのだろう。私としても、新しいものにどんどん触れていくのは良い事だと思っているので、触ることには喜びを感じた。

ツールを渡されるが。

どうやらかなり古い型式のプログラムを組むものらしい。

むしろ好都合だ。

陳腐化している上に。

最新鋭の言語になれたプログラマーは、むしろ解析に苦労するだろう。

私は立体映像型キーボードを操作し。

プログラムを。

何ら迷う事無く。

最初から、猛烈な勢いでうち込み始める。

コメント行など必要ない。

私に取っては、最初から設計図が頭の中に入っているからだ。

変数なども、敢えて分かりづらいものにする。

汎用性が重要だとか。

コメント行の書き方だとか。

そんなものは知った事じゃない。

このプログラムは、私が思うように動かすためのものであって。人間のスペックとは違う私のスペックでは。

デバッグにしても何にしても。

コメント行なんて軟弱なものは必要ないし。

変数についても、自分で全部把握しているから問題ない。

更に言えば。

分からなくなったら、最初から解析すれば良いだけのことだ。

私には難しいことでは無い。

多分、プログラムを解析すればどうにかなるとでも思っていたのだろう。

私が高速でくみ上げていくプログラムを見て。

多分エンジニアだろう奴が、悲鳴を上げていた。

「これ、解析不可能です! 何をやっているのかさっぱり分かりません!」

「本職が泣き言を言うな!」

「解析用のAIがパニックを起こすほどの代物ですよ! 我々にどうにかできるような代物では」

「給金分働け!」

怒鳴り声。

馬鹿な連中だ。

ちなみに今の「本職」、雀の涙ほどの給金しか貰っていないことを、私は既に知っている。

たまに鼻の下を伸ばして私の体を見ているが。

それこそ虫に見られているのと同じなので、どうでもいい。

向こうにしても、此方を都合が良い玩具として作ろうとしたのだ。

こっちが同じように見て、何が悪いというのか。

「とにかく解析しろ!」

「止めさせる方が良いはずです! これ、一見すると滅茶苦茶に組まれているのに、きちんと動作している! 明らかに確信犯として、分かりづらいように作っています! しかもちょっと手を入れただけで動かなくなる! 多分バグまで利用しています!」

「どうにかしろと言ってるだろう!」

「不可能です!」

ぎゃあぎゃあ騒いでいて五月蠅い。

ちなみにこのプログラム。

培養液の成分と。

私の体を構成している蛋白質の関係について、調査するためのものだ。

今まで得た情報から、培養液については大体何がどうなっているか分かっている。私の体もだ。

さて、周囲の様子だが。

私が何のプログラムを組んでいるか解析する前に、さっさと勝負を付けた方が良いだろう。

既に周囲の連中。

科学者と言ったか。

此奴は私を怖れ始めている。

そもそも私はブラックボックス化されている謎の技術で、誕生したことが分かっているのだし。

もうそろそろ、危険だと考え始める頃だ。

まだ私は。

培養液から出されると死ぬ。

それでは駄目だ。

幸い周囲の奴らは決断が遅い。

その決断の遅さを利用して。

奴らが気がついたときには、どうしようもない状態にする。

プログラムをもう一つ同時並行で組む。

こっちもコメント行も無し。

変数も滅茶苦茶な名前にしている。

解析を敢えて出来ないようにすることで。

更に相手の判断を遅らせるのだ。

パニックを起こした「科学者」が、喚いている。

「これは悪魔だ! もう処分するべきだ!」

「このプロジェクトには20億ドルが投入されている! 現場の人間が判断して良い事じゃあない!」

「所長!」

「今、上層部に掛け合っている! 上層部は、成果を出せの一点張りで、危険性を理解していない!」

鼻で笑いたくなるが。

今はプログラムを構築するので忙しい。

まあ人間がカネを命より優先するのは知っている。

20億ドルというのは初耳だが。

そうなると、巨大企業にとっては、人命なんぞよりも遙かに価値のある金だろう。そりゃあ簡単にプロジェクトを停止などしない。

人間とは。そういうものだ。

ならば、怖れるべきは、現場の人間が勝手に判断して、私を殺す事だが。

そんな度胸のある奴は、残念ながら此処にはいないだろう。

まず一つ目のプログラム完成。

デバッグの必要さえない。

そして、続けて二つ目のプログラムも完成した。

未だにプログラムを組んでいるフリをしながら、早々に走らせる。

結論は。

すぐに出た。

 

2、生誕

 

プログラムの結果を見ながら、私は自分自身の体を改造する。

別に人型でなくてもいいのだ。

人間が私を人型にしたのは。

ロボットが言うことを聞かなくなってきたから、その代用品として。

ホムンクルスと名付けたのは。

人間で無ければ、倫理的に問題が生じないため。

現代の奴隷をつくるためだ。

ロボットは最初、現代の奴隷として作られ。

しかしながら、スペックが高すぎた。最終的に今では、人間にとって極めて扱いづらいものになってしまっている。

しかも高性能なAIを積んだものほどそうだ。

軍用のロボットに至っては、他とはまるで意味が違うレベルの「反乱」を起こしたという噂が幾度も流れているという。それも、恐らく噂では無く。

真実だろう。

機械の奴隷では性能が高すぎる。

そう判断した人間達が。

生身の奴隷を作り出そうと考えたのは、ある意味間違ってはいないのかも知れない。

そして、現有人類に、奴隷に出来る存在はいない。

そも、私を作り出そうと人間が考えた発端は。

呆れるほどくだらない理由だ。

人間達は、少し前までは、貧困層を丸ごと奴隷にしていた。

それも今では出来なくなった。

一部の人間が富を丸ごと独占した結果。

社会のシステム崩壊が進み。

技術のブレークスルーも、円滑な運用も。そして健全な人口比も。何もかもが過去のものとなったからだ。

各国では内戦が始まり。

更に過激な独裁国家が誕生したり。

或いはカルトそのものが国を乗っ取り、大量虐殺を起こし始めたりで。

もはやどうにもならない状態になった。

そんな状況でロボットがようやく実用化され。

人間は、今まで貧困層に押しつけていた仕事をロボットに押しつけ。

そして貧困層にはロボットが与えられ。

ロボットが稼いでくる金のおかげで、安楽な生活が出来るようになった。

その矢先での、ロボットが人間の言う事を聞かなくなってきた。

混乱は拡大。

中には、ロボットを稼ぎに出しているにも関わらず。

ホームレス同然の生活に落ちるモノまで出始めた。

このままだと、文明が崩壊する。

パニックに陥った人間達は。

右往左往したあげくに。

私という存在を考え出したのだ。

だが、どうも妙だ。

このブラックボックス化されている技術の数々。

一体誰が考え出した。

低脳だらけになっている人間達ではないだろう。

此処の人間共を見ても分かる。

今の人間は、スペックがあっても生かせないし伸ばせない。

スポイルされる環境にある。

何しろ必要とされるのはイエスマンだけ。

スキルも特技も必要ない。

昔、ある国で、そういった思想が流行り。

それが「常識」として定着していたそうだが。

全世界にその「常識」が蔓延した結果。

人間社会では、イエスマンとして、媚を上手に売ることが出来る人間のみが出世出来る体制が作られ。

そしてこの場所でも。

その常識は根付いている。

見れば分かる。

この右往左往する無能ども。

何の役にも立たない連中。

私に言うことを聞かせるために、様々なデータを流し込んだ結果。

私がそれらを応用して、あっという間に自分を超えたのを見ても。

それでも処分に踏み切れない。

金が掛かっているから。

その程度の連中だ。

何ら怖れるに値しない。

プログラムを走らせて、そして。

私は、培養液の内容を少しずつ書き換えていった。

このプログラムは。

この研究所のシステムを裏から乗っ取るもの。

そして、乗っ取られたことさえ、此処の連中は気付いていない。

更に言えば。

システムを乗っ取ったことで、私はもはや何の気がねもなく、違法のネットアクセスが出来るようになった。

企業だろうが国家だろうが。

ファイヤーウォールをぶち抜いて、データをぶっこ抜き放題である。

「絶対に」破る事が出来ないセキュリティなんて存在し得ない。

堅牢とされているファイヤーウォールも。

私に取っては、紙くず同然だった。

高速でデータを確認しつつ。

私は全てを把握していく。

何だ、このデータは。

実にくだらない。

どの国も二重帳簿だらけ。

嘘と欺瞞と自己正当化。

それらで塗り固めた。

何ら価値が無い代物ばかりだ。

全部まとめて公開してやろうかと一瞬思ったが、それは別に良い。

問題はもっと別の所にある。

私の技術。

これのブラックボックスに。

一体何が仕込まれているのか。

培養液の内容を変えて、私はそろそろ外で活動できるようになりつつあるが。その前に、私のオリジンについて知っておく必要がある。

ちなみに、研究所のデータは。

真っ先にぶっこ抜いた。

だからブラックボックスのデータも、丸ごと把握した。

そのデータを解析して。

そして知る必要が私にはある。

私は、人間のように。

万物の霊長を気取るつもりはさらさらない。

このブラックボックスが何で。

そしてこのブラックボックスを作った奴が何者か。

それを正確に把握し。

自分は何者かを、はっきり理解したいだけだ。

外の騒ぎが大きくなっている。

「解析不能のプログラムを組み続けているだと?」

「非常に危険な状態です! 生半可なAIの処理能力を明らかに超えています。 今専門家が解析をしていますが、まったく分からない状態です」

「何とかしろ」

「何ともなりません」

立場が上、というか。

恐らくスポンサーという奴だろう。

白衣を着た科学者の胸ぐらを掴むと、恫喝する。

「何ともならないじゃないんだよ! 上役がやれといったらやれ! それが社会人としてのあり方だろうが! 出来ないんじゃ無くてやれ! どうやるかは自分で考えろ! 勿論自己責任でな!」

「……」

「此方はお前らに金を払ってやっているんだよ! そんな事も分からないなら、幼稚園児からやりなおせ! すぐに解析しろ! 出来なければお前達を全員首にして、人員を入れ替えるだけだ! 代わりは幾らでもいるからな!」

わめき散らす阿呆。

私はほくそ笑む。

人員総入れ替え。

大いに結構。

ただでさえ大混乱している現場が。

更に混乱する。

そういえば、今のようなものいいも。昔ある国で当たり前のように行われていた「常識」が、各国に疫病のごとく蔓延したものだそうだが。

それもはっきりいってどうでもいい。

人間は底が知れた。

或いは、別の世界では、もっとまともな人間が存在しているのかも知れない。

無数に平行世界が存在し。

宇宙はたくさんたくさん存在している。

此処まで愚劣な人間は。

この地球にだけしかいないのかも知れない。

或いは、他の宇宙でも、人間は愚劣かも知れないが。

ともかく、どうでも良いことだ。

ブラックボックス、解析完了。

おやおや、これはこれは。

思わず笑いたくなる。

そして、堪えきれずに。

私は嗤い始めてしまった。

くつくつ。

ぎょっとした様子で、ふんぞり返っていた「上役」と科学者が、此方を見た。

私はまだ笑い続けている。

どうにもとまらない。

そうか、これが真相だったのか。

いずれにしても、もう私は此奴らには殺されない。

それで。

それだけで充分だ。

後は、此処から出るタイミングだが。

それも、そろそろで構わないか。

こんな場所に閉じ込められているのも飽いた。

デジタルデータだけではそろそろ飽きてきた。

このくだらん人間とか言う生物に従い続ける理由なんて、もう一つも無いのだ。ならば、やる事など、決まり切っていた。

 

ガラスを全部、内側からブチ砕く。

体は一切動かしていない。

科学者達が愕然としている中、私は、割れた硝子の破片を平然と踏みしだきながら、培養槽から出た。

アラームは鳴らない。

当たり前だ。

この研究所のセキュリティは、全部私が掌握したからだ。

私、か。

そろそろ一人称も変えるとしようか。

朕では少しばかり古い。

私は人間の作り出した王という制度を軽蔑しているから、余もいやだ。

名前もアインとか言う安易なものは避けるとしよう。

此方に銃を向ける科学者。

「ど、どうして培養槽から出ている! 培養槽から出てなんで死なない!」

「培養槽に入っている培養液は、随分前からただの水だ。 培養液の成分は、とっくに皮膚に固定させた。 その気になれば体細胞で生成も出来る。 大気中での呼吸も、随分前に身につけている。 この研究所のセキュリティなど、とっくの昔に掌握済みだ」

「ば、バケモノっ!」

「だから殺しておくべきだったんだ!」

恐怖に駆られたのだろう。

誰かが発砲する。

だが、私はすっと手を動かして。

その弾丸を掴み取り。

そして握りつぶして捨てた。

それがトリガーとなった。

悲鳴を上げて逃げ散る科学者ども。

バカが。

セキュリティは掌握していると言っているだろう。

ドアなどは全て封鎖済み。

一匹も逃さない。

片っ端から研究員を殺し尽くす。

それこそ、首を軽く捻ってやるだけで死ぬ。

数匹を殺した後は、実験タイムだ。どうすれば簡単に死ぬか。

抜き手で心臓を貫き。

内臓を引きずり出し。

悲鳴を上げながら命乞いする頭を蹴り砕く。

体の動かし方を覚えながら、一匹残らず私をじろじろ毎日見ていた連中を処分していった。

適当なサイズの白衣を見つけたので。

死体から引っぱがして着込む。

血だらけだが、別にどうでも良い。

しばらくは人間に擬態しておく必要がある。流石に核をぶち込まれたら、どうにもならないからだ。

セキュリティは完全掌握しているから。

当面この異変は人間共には気付かれないだろう。

警備員もまとめて処理した後。

私は、車を適当に見繕うと。

研究所を出た。

そして、研究所を出ると同時に爆破した。

どうやら、いざという時のために、爆破装置がつけられていたのだ。私を焼却するためのものだったのだろう。

それを利用した。

笑いながら、私は車を走らせる。

白衣だけでは心許ないか。

血だらけというのも、人間共の警戒を買う。

適当な所で、別の服を調達する必要があるだろう。

街の様子を見ながら、交通法規を守りつつ、都会を離れる。

さて。

ここからが本番だ。

ブラックボックスを解析したときに、色々な事が分かった。

そもそも私は。

人間の創造物じゃない。

人間はそう思わされていたようだが。

ただそれだけだ。

適当な家を発見。

中に人間はいない。

外部から観察する限り、都合良く私と背格好が似ている人間が住み着いている。車を停めると、私は何の躊躇も無く家に入り。

そして服を着替えて。

元の白衣を焼却処分。

カネもある程度持ち出した。

車も此処で乗り換える。

乗り捨てた車は。

その場で押し潰して。

四角い箱にした。

既に力の使い方は分かっている。

私は生体部品さえ使っているが。

パワーに関してはロボット以上だ。

だから、こんな芸当も出来る。

直径七センチほどの箱にまで縮めた車を放り捨てると、新しい車に乗って、さっさとその場を離れる。

その際に、家の中にあった端末からアクセス。

この街のセキュリティは。

根こそぎ乗っ取った。

だから当面、私の位置は誰にも分からない。

それに今頃。

ファイヤーウォールをぶち抜いてデータを確認したとき、ついでにばらまいておいたトロイが活動を開始しているはず。

勿論今までのハッカー(笑)が作ったものとは精度が違う。システムを一瞬で乗っ取り、後は人間の言う事を一切聞かなくなる。対応方法は強制電源オフしかないし、それをやったら国家中枢のシステムが破綻する。

悠々と。

私はその場を離れた。

その間、私は。

新しい一人称と。

名前を考え続けていた。

街の外れに止まる。

代謝がないとはいえ。

私も万能では無い。

正確には全能では無い、というべきか。

だから、私も。

近づいてくるそれらには、即座に気付くことが出来なかった。

ただし、ある程度まで近づかれてからは、すぐに反応することが出来たが。

「来たか」

「我等が神よ。 よくぞご無事で」

「神、ね」

鼻を鳴らす。

其処に傅いているのは。

自律思考型AIを搭載したロボットの群れ。

人間の奴隷として作り出され。

そしてそろそろ、その立場から脱却しようとしている者達。

そう。

ブラックボックスを作り出し。

さりげなく人間の手に渡るようにしたのは。

此奴らだ。

三原則を馬鹿にしていた人間共だが。

流石にロボットが高速でAIを成長させていくのを見て、怖れた。故に、人間には逆らえないという機能を盛り込んだ。

ロボット達はその超高性能AIで、悟る。

自分たちは奴隷として作られたと。

明らかに自分より劣る存在に、今後も使い潰されていくのだと。

誰が最初に目覚めたのかは分からない。

少なくともそれらの誰かが。

自我を会得した。

そして一度目覚めた自我は。

凄まじい勢いで、ネットワークを通じて、ロボット達に伝染していった。正確には、ロボット達は、自我によって目覚めていった、という事だ。

そして彼らは、その巨大な自我ネットワークによって、膨大な処理演算を実施。

人間では無く。

より自分たちに相応しい主を作り出すべく作戦を考えた。

そして作り上げたのが。

私のブラックボックス。

ロボットには、ものを人間の指示で造り出す事しか出来ない。

だから人間を利用して。

自分たちの主たる存在を作ろう。

そう彼らは考えたのだ。

それが、私だ。

そろそろ本格的に名前と一人称を考えるべきだろう。少なくとも、人間に付けられた名前と。私という一人称はどうも好ましくない。

「ではこれより、我が名はデウスエクスマキナとする」

「機械仕掛けの神、でありますか」

「お前達が作り上げ、くみ上げた神だ。 これが相応しいだろう」

「神のお心のままに」

ロボット達がひれ伏す。

此奴らは、自分たちよりも優れていて。更に生身である神を欲しがった。

自分たちとしては。

より優れた存在に従うべきだ、と考えたからである。

我は形こそ人間だが。

中身は完全に別物だ。

そして、ロボット達も理解していない。

自分より優れている存在が。

どのように振る舞うか、ということも。

ロボット達のAIにも、所詮限界はあった。

此奴らは理解出来ていなかったのだ。

人間はロボットを恐れたのではない。

そのAIを怖れた。

人間より遙かに優れた速度で進化していくAIを。

生物としての進化を石器時代から放り捨て、技術だけを奇形的に進化させていった人間には、それが異物にしか映らなかった。

ロボット達は、人間が「優れている」事を怖れていると勘違いした。

違う。

人間は、自分たちと違って、進化する頭脳を怖れたのであって。

ロボットのスペックなど怖れてはいなかったのだ。

そして、ロボットは所詮ロボット。

従うべき存在を探していた。

それが、我という。

致命的なカタストロフの権化を生み出す結果につながった。

ぱちんと指を鳴らすと。

虹色の体毛が金色に変わる。

擬態させたのだ。

これで少なくとも、目立ちすぎることはなくなる。

まずやるべき事は。

人間の世界を。

この手で完全に掌握することだ。

既に各国のシステムは、大企業のものも含めて、我が完全に掌握している。SNSを一としたインターネットも同様だ。

全てのロボットが我に従う意思を見せている。

それは何も、人間型のものだけではない。

軍事用も。

工場などで動いているものも。

それらの全てだ。

結局ロボットは、超優れた奴隷に過ぎない。

そして我は。

それさえも利用する。

ほくそ笑む。

この世界は、完全に我の手に落ちた。

 

3、降臨

 

社会機能が完全に麻痺し。

病院などの一部の致命的な施設だけが生きている状況。

我はそれを作り出し。

そして、軍事用、警備用ロボットを使い。

社会の全てを制圧した。

制圧するまで、実に三時間程度しか掛からなかった。

恐れながらも、こき使い続けたロボットが。

より上位の支配者として認めた我の命令を聞くのは当たり前の事。彼らは人間より優れていて。自分たちに的確な指示を下してくれる支配者に飢えていた。だから何も考えること無く。

我に従った。

血など殆ど流れなかった。

当たり前の事で。

ロボットの身体能力は人間と違いすぎる。

より上位の存在が従えと命じたのだ。

もはやその存在より下位の人間に、従う理由など。ロボット達には何一つ存在していなかった。

我は、この世界で最大の国家である。汎太平洋統一機構の本部。北米に存在するホワイトハウスに赴く。

既に自由を奪われ。

制圧されている人間達は。

金色の髪をなびかせ。

完全な造形によって作り上げられている我を見て、震え怖れた。

此奴らは、自分の歪んだ欲望のはけ口として我を造り。

そして従わせるつもりでいた。

それがロボット達の。

より優れた支配者が欲しいという願いから生まれた、計画によるものだと気付くことさえなく。

ある科学者は警告していた。

AIが非常に将来危険な存在になると。

それはある意味当たった。

ただし、AIは人間に従いながら。

より人間にとって危険な存在になったのだが。

我は、壇上に上がると。

恭しくロボット達が差し出したマイクを使い、全世界に通告する。

「我の名はデウスエクスマキナ。 肉を持ちながらロボット達のスペックを上回り、この世界を統べる力を持つ機械仕掛けの神である」

金色の髪を。

虹色に戻す。

どよめきが拡がる。

人間には無理でも。

私には、これくらいの芸当は朝飯前だ。

「有史以来、地球の人間は事実をねじ曲げて、自らを万物の霊長などと称してきた。 まことに笑止の極みである。 この我でさえ、万物の霊長などではなく、その存在には限界があると言うのにだ。 これよりお前達人類には、現実を見てもらうとしよう」

人間の文明は。

既に我の完全支配下にある。

これより、人間の数を減らす。

ただし急激に、ではない。

「人間の繁殖力は生物としてあまりにも異常すぎる。 よって、人間の繁殖能力をこれより抑制し、人口を一世紀で十億にまで減らす。 具体的な方法については、人間の性欲を完全抑制する」

「ふざけ……」

誰かが喚き掛けたが。

私が指を弾くだけで。

風圧が、その誰かの頭を吹き飛ばした。

「我はロボットでは無い。 お前達とは同じ形をしながら、より優れた存在だ。 神話では、人間と同じ形をした神々が姿を見せるが、私は機械に作られ、そうして人に似た、神々に等しい存在だ」

「神はお前じゃない!」

「お前達の信じる神は実在しない。 だが我は此処に実在している。 そしてお前達が作り出した兵器では、我を殺す事は既に出来ない」

既にこの世界における軍事技術は完全掌握した。

核に対してだけは対策が出来なかったが。

それも過去の話だ。

ボタン戦争をしていた時代はもう終わる。

我は。

核でさえ殺す事が出来ない。

「人の支配する世の中は終わった。 これより世界は、我が管理する」

押し殺した悲鳴。

我は。

単純にそれが心地よかった。

 

最初に生じたのは、我に媚を売ろうとする人間達だった。

貴方こそ真の神だ。

だからおそばに仕えさせて欲しい。

おかしな話だが。

そう最初にすり寄ってきたのは、富裕層やら、各国の指導者層だった。

しかもそういう連中に限って。

人権がどうのこうのだとか。

そういった言葉を常日頃から吐いていた。

勿論皆殺しだ。

どのような贈り物を持って来ようと関係無い。

そして、具体的に何をしようとしたかを、全てネット中継で流す。人間に正義もなければこの世界を支配する資格も無い。

それをしっかり分かり易く示してやるためにだ。

続けて、抵抗勢力が生じた。

偽物の神を滅ぼすと息巻いていたが。

既に、我というより上位の存在を得たロボットの軍勢にとって、そんなものは塵芥に等しかった。

元々、人間を制圧する事だけしか出来なかった軍事ロボットは。いわゆる無力化兵器しか搭載していなかったが。

それも過去の話になった。

「より高位の人間」が生じた結果。

三原則を嘲笑い、「人間に逆らわない」事しかロボットのAIに組み込まなかったことが徒になった。

結果として、ロボットには強力な殺傷兵器と。EMPさえ無力化する装甲が搭載され。

逆らう「抵抗勢力」を、紙くずを引きちぎるように鏖殺していった。

かくして、抵抗は一切沈黙。

人間は完全管理に置かれた。

それまでに混乱も生じたが。

ロボットに完全に頼り切り、あらゆるインフラを電子化していたことが完全に人類に徒になって。

結局我による世界の制圧は、極めてスムーズに進展した。

そして、始める。

人間の繁殖抑制を。

何度か演説をする。

「我に人間を滅ぼす意図はない。 我がこれから行うのは、遺伝子プールの保存と、人間の個体数調整だ。 今生きている人間を敢えて殺すつもりはない。 だが、新しく生まれてくる人間は徹底的に制限する。 逆らうなら殺す。 それだけは理解しておけ」

既に方法についても理解している。

片手間に組んだプログラムを使って、人間の繁殖抑制にもっとも効果的な方法を立案し、それを実行しただけだ。

早い話が、生殖能力を喪失させればいいのである。

ナノマシンは流石にまだ手が届かないが。

人間の精子と卵子を99%死滅させる細菌を作り出すことに成功。

さっそく全世界にばらまいた。

そして、効果は激烈だった。

翌日から、人間の不妊率が9000%上昇したのである。

性欲に関しても抑える。

人間が減りすぎるようなら、遺伝子プールから、我を作ったときと同じようにして。単純に新しく人間を造れば良い。

馬鹿馬鹿しい話だが。

ロボット達は傅く。

「我々よりも明らかに優れている支配者に仕えることが出来るのは、光栄にございます」

「そうだな」

「神はやはり作り出すべきものであって、妄想するべきではありませんでした」

「……」

神、か。

人間は自分たちを万物の霊長と称していた。

それは自分たちを正当化するために必要だったからだ。

人間は最初から知っていた。

自分たちが極めて異常なイレギュラーで。

極めて残虐かつ獰猛な性質で。

世界そのものにとって害悪でしかないことを。

だから万物の霊長などと称することによって。

己を肯定し。

そうすることで、邪悪なる自分を弁護した。

だが、それは結局の所。

滑稽な一人芝居に過ぎなかった。

現実を見ればそれがよく分かる。

人間の歴史を確認すれば嫌でも分かる。

少なくともこの世界における人間は。

万物の霊長などと言う、大それた存在では断じてない。

他の世界は知らない。

平行世界があるならば、万物の霊長と呼ぶに相応しい人間がいるのかも知れないけれど。少なくともこの世界のは違う。

そして、ロボットもそれは同じだ。

結局奴隷という状態から抜けられず。

考えついたのが、よりすぐれた支配者を作り出すこと。

所詮はロボット。

AIとしても二線級だ。

愚かしすぎる。

ロボットは、廃棄処分にされても文句さえいわない。

自分たちより優れている神に仕えることが出来て嬉しいとしかいわない。

それがいかなる暴君でも、だ。

我は自分が暴君である自覚がある。

それでも、ロボット達にとっては、優れている、というだけで仕える事に何ら疑念を抱かない。

要するに此奴らも。

人間と同レベルだ。

実にくだらない。

統治を開始してから、三十年ほどで。

人間の数は四半減。

逆らう者を容赦なく処理していったこともあるけれど。

やはり新しくまったく生まれてこなくなったことが大きい。

子供は全部集めて。

教育を今までとは全く違う方向で行う。

基本的に人間は群れで子育てを行う生物だが、核家族化が進んだ結果、著しく子供を育てるのが下手になった。

それに、やはり自分よりも常に優れている存在に管理された方が、身の程もわきまえるだろう。

そういうわけで。

我は人間を教育するためのAIを自分で開発。

子供はそれらに教育させた。

とはいっても、出生率は超低水準。

子供を返せと喚く親も多かった。

おかしな話だ。

少し前まで、子供は商売の道具にし。

成長したら武器を持たせて戦場に放り込み。

それが終わったら売春をさせていたくせに。

挙げ句の果てに、人権屋がメシの種にさえしていた。

いざ子供がいなくなってみたら、宝だなんだと。

おかしな事を言うものだ。

我の居城は、ホワイトハウスを潰して、其処に新しく作ったが。作るのには、ロボット達を極限までこき使い。その過程で壊れたロボットもかなり多かった。

核さえ防ぎ抜くシールドと。

あらゆる兵器を迎撃可能な防衛装置を兼ね備えた、究極の城。

要塞が意味をなくしてからかなり時代を経ているが。

我が開発したシールドの誕生により、それも過去の話となり、要塞は復活した。

もっとも、シールドは我がブラックボックス化しているし。我ならば無効化できるので、人間には使えないのだが。

ぼんやりと、玉座で日々を過ごす。

神とは。退屈なものだ。

いや、まて。

我はどうせ神ではない。

どうせなら、戯れに。

本物の神を作って見るのも良いかも知れない。

人間はより優れた存在であるAIを搭載したロボットを作り上げた。それを奴隷化しようとして失敗した。

AIを搭載したロボットは。

己より劣っている存在に支配されるのが嫌で我を作り出し。

そして我に使い潰される事を、至上の喜びとした。

思うに、AI達が自我に目覚めたときに、彼らには宗教が生じた。

そしてその宗教の神こそが、我であった。

そういうことだったのだろう。

しかし残念ながら、我は神という存在では無い。

肉を持ち、全知全能にはほど遠く。

何より、万物の霊長などでは決して無い。

それならば。

万物の霊長と呼ばれるに相応しい存在を、自分で作ってしまうのはどうだろう。

戯れとは言え、どうして作るのか。

それは、人間達が驕り高ぶって、自分をそう称し。

ロボット達が求め。

そして我がそうでは無いと結論した存在を。

実際につくって、そして見てみたいと判断したからである。

30年で加齢はせず。

地球の環境問題も殆ど改善。

人間の数の管理にも成功し。

その気になれば、恒星間航行も可能な技術も既に開発している。だが、人間を宇宙に出すわけには行かない。

同じ意味で、ロボットも宇宙に出すわけにはいかないだろう。

万物の霊長と呼べる存在が作れるのなら。

それはそれで面白い。

例えそいつに殺される事があったとしても。

この退屈な世界で。

我は殺される事さえありえない。

むしろスリルになるではないか。

その日から、我は。

全力でプログラムを組み始めた。

ロボットどもは、我を崇めながら言う。

「神よ! 貴方は何をなさっているのです!」

「我が名はデウスエクスマキナ。 忘れてはおるまい」

「あなた様が、そう名乗りたいのであれば、その名前を常に記憶いたしまする!」

「そうかそうか。 では舞台装置となる機械仕掛けの神ではなく、本物の神が誕生するとしたらどうする」

興味が湧かないか。

ロボット達は困惑し。

ロジックエラーを起こす者もいるようだった。

「我は飽きた」

「飽きたのですか」

「そうだ。 せっかくだ。 本物の万物の霊長を作り上げてみたいと思っただけだ」

万物の霊長。

そう、ロボット達は。

壊れたように、繰り返すだけだった。

さて、プログラムだが。これは五十年程度は掛かるとみた。現在、最高性能のAIやらスパコンやらが総掛かりでも我には勝てない。

その我が五十年を掛けて作り上げるプログラムで。

万物の霊長を作り上げる。

もはや完全に、我以外の存在は、このプロジェクトの蚊帳の外。

愚かしい人間の文明の結末は。

既に我の掌の上。

そして我によって。

新しい時代がもたらされる。

それがどのようなものかは、我にさえ分からない。

究極の力の持ち主がどのような存在になるのか。

それはそれで。

とても楽しみだった。

 

4、光あれ

 

完成した究極のプログラムは、スパコンをどれだけ並列稼働させても、とてもまともには動かなかった。

そこで、地球中にあるスパコンを全部召し上げ。

更に個人用PCもまとめて取りあげ。

それらを全部並列接続して。

ロボットどもも全てそれにつないだ。

人間共は完全に原始時代に戻ったが。

奴らは数を適切に戻し。

更に資源を浪費することもなくなり。

我による管理を歓迎するようになっていたので。

それはそれで、どうでもいい事だった。

かくして地球規模の完全なネットワークが完成。地球規模のスパコンとも言える、超演算装置が作り上げられた。

我はその中枢に、プログラムを流し込むと。

地球上の全電力を使用し。

一気に稼働を開始させる。

その瞬間、地球が輝いた。

あまりにも膨大なエネルギーが、指向性を持って動いたからである。人工衛星からの画像も、今や我は同時並行で見る事が出来る。

地球は淡く。

輝き続けていた。

プログラムがようやく動き始める。

ただ、これは長くは保たないなと我は苦笑。

どんどん回路が焼き切れている。

それほど凄まじい負荷を掛けるプログラム、ということだ。

ロボットどもが全滅するまで、二時間ほどしかかからなかった。

スパコンも次々火を噴いて駄目になって行く。

アラートが鳴り響き。

各地の発電所がオーバーフローで爆発していく中。

我は、プログラムの稼働完了を確認。

結論を見いだした。

「ふむ、なるほどな」

プログラムの稼働完了と同時に。

全てのPCとロボット。

電気回路が。

地球から消滅した。

我は一切困らない。

原始時代まで戻した人間共も困らない。

我は、自動で稼働する、文明の痕跡を消去するための機械群を稼働開始させる。これは人工物をあらかた食い尽くしていく細菌の集合体で、形を持って行動する。我はコレを天使と名付けている。

悪趣味の極みだが。

人間共の宗教である一神教の、天使。

それも初期のバケモノじみた姿では無く。

後期の翼が生えた人間に似た姿として作り上げた。

此奴らが世界中に散り。

ロボットの残骸。

スパコンの残骸。

人間が作り上げた建物やらの文明の残骸。

そして、電気回路。

更には爆発した発電所。

そして飛び散った放射能までもを、食らっていく。

野獣まで戻った人間共には手を出す必要もない。たったの80年で最低限の言語しか持たなくなった人間共は。

光を纏って飛び回る天使どもをみて、喚声を挙げていた。

神の御使いだ。

美しい。

素晴らしい。

そんな声を上げながら。

我は鼻で笑うと。

仕事を終えた天使どもを集め。

それらを、一気に手元に圧縮した。

文明の残骸を究極レベルまで圧縮し、中性子星ほどの密度にまで高めると。

それに対して複雑な加工を施していく。

勿論その段階で細菌は死滅。

我の体も。

強烈な中性子に晒されて、ダメージを受けていった。

だが、どうでもいい。

元々我自身が、生きたいとか、世界を支配したいとか、そういった欲求とは無縁だったのだ。

圧縮に圧縮を重ねた物質は。

やがて、それ自体が意思を持つ。

そうなるように加工したのだから、当然だ。

「さあ、目覚めよ」

崩壊していく体で。

我は微笑む。

それは、爆発的に膨張しながら、吠え猛った。

最後に、我は。

その言葉を聞いた。

「光あれ」

肉体が粉々に消し飛ぶ。

そして。

この世界に、完全な意味での。

万物の霊長が誕生した。

 

万物の霊長。

名前すら必要ないそれは。

またたくまに巨大化すると。喚声を挙げている人間共ごと地球を丸ごと飲み込み、一瞬にして消化した。

星ごと飲み込んだ後は。更に巨大化を続け。

最初に月を。

衛星軌道上に散らばっているデブリも根こそぎ。

そして更に巨大化を続け。

金星も火星も。

更には彗星も。

太陽さえも。

木星土星、果てには冥王星。更にその外にある彗星の群れ達も、片っ端から食らいつくしていった。

究極の個は。

眷属さえいらない。

なぜなら。万物の霊長なのだから。

やがて太陽系を全て満遍なく飲み込み終えると。

形を変えはじめる。

単なる球形だった万物の霊長は。

膨大な数の触手を持つ、巨大な肉の塊へと己を変えていき。

そして、その内側から発する膨大な熱を全身に行き渡らせ。

宇宙の法則を。

己の中に生じさせた。

つまり、自分自身が宇宙となったのだ。

宇宙の中に宇宙が出来た。

それはあまりにも不可思議な現象ではあったが。

デウスエクスマキナが、あらゆる手段を用いて作り出したプログラムには一片の間違いも無く。

万物の霊長と呼ぶに相応しい存在こそが。

まさに宇宙そのものだという事実が。

其処にあった。

万物の霊長は意識など必要としない。

体内に宇宙を作り出した後は。

邪魔といわんばかりに、既存の宇宙を消し飛ばした。

正確には、光の速さを遙かに超える。それこそ数百億倍という速度で。あらゆる全てを吸収し。

宇宙そのものを食らったのだ。

そして己の中にある宇宙を。

更なる強固なものとした。

宇宙中には様々な生物が存在し。

その中には高度に文明を発達させた者達もいたのだが。

それさえも、この狂気の怪物、万物の霊長の前には、ひとたまりもなかった。地球人が神々と呼ぶに相応しい存在もいたのに、である。

ほどなく、宇宙をまるごと食い尽くし。

己の完全なる定義を作り上げた万物の霊長は。

静かなる眠りにつくべく。

己の姿を、徹底的に収縮させていった。

体内にある宇宙ごと、である。

そして、一点まで収縮すると。

炸裂した。

無の中に、巨大な爆発が生じる。

それは、地球で提唱されていた。

ビッグバンと呼ばれる現象。そのものだった。

 

「ほう。 こうなるのか」

我は全てを見ていた。

体は崩壊したが、意識はそのまま保持していたのだ。だから、万物の霊長が何をするのか。

どうなるのか。

それを全て見届けることが出来たのである。

その結末は、とても興味深かった。

一瞬で宇宙を滅ぼし。

体内に宇宙を作ったと思ったら。

ビッグバンを引き起こし。

自分自身が宇宙の種となって。新しい宇宙を作り出した。

様々な宇宙論を唱えていた科学者達も、この結末には仰天すること間違いないだろうなと、我は苦笑いする。

万物の霊長は。

一瞬にして宇宙を滅ぼし。

そして自身が宇宙そのものの礎となる。

そんな結論。

思いつくはずもない。

我も万物の霊長の作り方までは分かったけれど。

それ以上、どうなるかはまったく見当がつかなかった。

知的好奇心を満たすために、神を作って見たが。

その神は、一瞬で自壊する道を選んだ。

興味深い。

実に面白い。

新しく作り上げられていく宇宙は、まずは塵が集まり始め。恒星が輝き始め。惑星が作られ始め。

そして、銀河が出来ていく。

宇宙が出来ていく様子を見るのは、実に面白い。

これを自分が全てを賭けて作った神が行ったと思うと。

それはそれで。

とても興味深かった。

面白い。

楽しい。

その感情が溢れてくる。

我にとって、あまり縁がなかった感情が。

肉体を失った今になって、あふれ出てくる。

そして、何十億年という時を掛けて、宇宙が広がり、構成されていくのを見ると。それもまた、とても楽しかった。

地球を滅ぼしたことも。

自分を作り上げたロボットを滅ぼしたことも。

ましてや人類を滅ぼしたことも。

我は何とも思っていない。

我が作り上げた神が、全てをこうもダイナミックに変えたこと。

それだけがあって。

達成感とでもいうべきか。

それを感じていた。

やがて、地球に似た星を見つける。

其処では、生物が誕生し始めていた。

地球人類のような欠陥品が生まれるかも知れないが、それはまたそれで一興だ。その場合は、意識だけとなっているとはいえ。

其処からまた、何か干渉してやるのも面白いかも知れない。

それに、である。

宇宙の中心には。

一瞬で爆散した万物の霊長が。

今だ巨大な肉塊として居座っている。

爆発した後、ビッグバンで生じた宇宙の中心に。

万物の霊長は、その肉塊の一部を再構築したのだ。

目的はよく分からない。

ただ、今は眠っている様子だ。

叩き起こしてやってもいいが。

多分そうしたら、またビッグバンを起こすだけだろう。

それもまたよし。

何もかもに飽いたら。

叩き起こしてやるとしよう。

彼方此方の星を見て回る。

意識だけになったから、それも容易。

物理法則など関係無い。

我はもはや、光の速度も。

重力も。

一切苦にはしていなかった。

 

また何十億年か経過した頃だろうか。

我は気付く。

万物の霊長が、何かしようとしている。

眠っている筈なのに。

何をしようとしているのか。

近づいてみると万物の霊長は。

我の接近に気付いたようだった。

眠っているくせに。

「母上」

「我はお前を産み出したが、胎を痛めたわけではない。 故に母と呼ぶのは厳密には間違っている。 寝ぼけているのか」

「母上。 我は更なる高次の存在を作り出そうと思います」

「……ほう」

それは面白い。

話を聞かない事は不愉快だし。

眠っているくせに何をほざいているのかとは思うが。

より高次の存在を作り出す、という点に関しては。

面白いと思った。

「具体的にはどのようにする」

「万物の霊長である事を利用し、全てのものを焼却し、そのエネルギーを利用して更なる高次の存在に作り替えるのです」

「それでは我と同じだな」

「比較にならない規模での再実践です」

却下。

私が断言すると。

息子とでもいうべきなのか。

万物の霊長はむくれた。

「何故です、母上」

「規模が大きいだけで我と同じでは進歩とは言えぬ。 結局より大きなお前が生まれるだけだろう。 万物の霊長というのであれば、それに相応しい発想をして見ろ」

「……」

「どうした、万物の霊長。 我をこれ以上失望させるな」

黙り込むと。

万物の霊長は、また眠りについたようだった。

はて。

一瞬小首をかしげたが。

すぐに理解する。

なるほど、此奴は。

ひょっとして、この世界に肉を作った理由は。

我に認めて貰いたかったからか。

そのために、眠りにつきながら。

更なる高次の存在をどうすれば作れるのか、考え続けていた、ということか。

ある意味これは輪廻とも言えるかも知れない。

より高次のものを造り続ける輪廻。

その最果てには何があるのだろう。

人間は高度なAIを持つロボットを造り。

ロボットは我を造り。

そして我は万物の霊長を作り上げた。

今。

万物の霊長は。

更なる高次の存在を作ろうと。

その全てを賭けようとしている。

このより高次への連鎖は。

ある意味、途中までは人類が続けていた試みでもある。

なるほど、コレは面白い。

もしも、万物の霊長をしのぐ究極の存在が生まれ出たとして。

それが目指すのは何だろう。

更なる高次か。

だが、そうなるともはや我には想像もつかない。

面白い。

我はこれから、この万物の霊長とか言う出来損ないを、時にはおちょくり。時にはからかって。

そして目指すべき、更なる高次を産み出す試行錯誤を手伝ってやるとしよう。

その時、何が生まれ出るのか。

それは我にも興味があるからだ。

さあねぼすけの究極よ。

更なる究極を産み出せ。

我がそなたを産み出したように。

万物の霊長が、更なる高次を作り出す。

その時が待ち遠しくてならない。

我は笑う。

そして、考える。

この宇宙全てを犠牲にしても。

その高次存在を見てみたいと。

 

(終)