戦艦は我とともに

 

序、見送り

 

仕事がどれだけ高度であっても。

変わりの人間がいないとしても。

それが必ずしも、誇れるものとは限らない。

今日も私は、朝早くから、ベッドを這い出す。そうするように、意図的に窓が調整されているのだ。

朝日ががんがん差し込んでくる。

しかも此処は。

宇宙ステーションで、もっとも恒星の直火を浴びる場所だ。さっさとカーテンを下ろさないと、蒸し焼きになってしまう。

自動回転を行って疑似重力を作り上げているある用途に特化した宇宙ステーションが、私の職場。

そして私の仕事は。

起き出すと、まずはシャワーを浴びて。動きやすいパジャマに着替える。出勤なんて、しない。

私の職場こそは、この部屋。

そもそも此処には、私一人しか住んでいない。

ベットと水回りしか無い、引きこもりルームだ。

元々極端な人間嫌いの私である。直接人間に会うこと無く、そして出来る仕事を特性から調べ上げていくと、こうなった。

とされている。

実体は分からない。何しろ私は、あまりにも特殊すぎる環境にいるからだ。

私は正確には人間では無い。

遺伝子を弄られて誕生したデザイナーズチルドレン。

今の時代、デザイナーズチルドレンなんか何処にでもいる。

両親がどういう思いで私の遺伝子を強化したかは知らないけれど。結局私の頭脳は、人殺しのために集約されている。

端末を起動すると、作業状態を確認。

作業は全てマニュピレーターで行う。

自動化は流石にしない。

何しろ作り上げているのは、戦艦なのだから。

操作は頭に被った脳波操作装置でやるので、作業中は集中しなければならない。広いとは言えないこの部屋だからこそ、出来る事でもある。

そして雇い主は私の性格をよく知っているから。

さぼらせないように、様々な工夫をしている。

私は高給取りだけれど。

それでも、お金は幾らあっても、足りないのだ。

四時間ほど作業を続けて、マニュピレーターを動かして。六万八千を超える行程をクリア。

私が設計した戦艦は、かなり形になってきていた。

この宇宙ステーションが所属する国家に納品するのでは無い。

輸出するのだ。

そして、他の星間国家で、戦争に使われる。

主砲は他の戦艦を打ち抜き。

撃ち放たれたミサイルは、艦載機を容赦なく爆砕する。

現在、宇宙空間で行われる戦争は、省力化無人化が進んでいるけれど。それでも戦争になれば、人が死ぬ。

私の道具で、人が死ぬのだ。

そして私はその道具を、注文に応じて設計して。そして工廠が一体化しているこの宇宙ステーションで組み立てる。

政府はそれを売り払う。

そうやって、膨大な外貨を稼ぐのだ。

規定時間労働したので、休憩する。

口に入れたのは、濃縮チョコレートだ。宇宙時代になっても、この黒くて甘いお菓子は、その高いカロリーと美味から、普及し続けている。ただし地球時代に比べると、かなり味が変わっていると聞くけれど。

椅子にもたれて、ぼんやりする。

休憩時間は、脳を使う余力が無い。

それだけ、仕事時に強烈に脳を酷使しているからだ。あまりに忙しいときは、気がつくと脳の負担が酷すぎて、鼻血を出していることもある。

体を動かすわけでは無いけれど。

それだけ、今私が関与している仕事は。ハードワークなのだ。

休憩時間終了の連絡。

メールでも、電話でも無い。

ただ、サイレンが無骨に短く鳴るだけ。

のそのそと動き出した私は、ヘルメット型の脳波操作装置を被る。

端末を見ながら、作業工程を順番にクリアしていくけれど。一旦作業を始めると、雑念が入り込む余地は無くなる。

組み立ての工程はオールクリア。

此処からはテスト運用だ。

工廠から戦艦を出して。

いくらでもスペースがある宇宙空間で、機器の動作を確認していく。訓練用のデコイも、旧式戦艦も、いくらでも浮かんでいる。

この国は、戦争につけ込んで、とてつもなく儲かっているのだ。

私のような仕事をしている者も、相当な数がいる。彼らの殆どは、一人で一つの宇宙ステーションを任されているけれど。しかし宇宙ステーションは航行能力が無い上に、移動用のシャトルも備えていない。

事実上の軟禁状態と言って良い。

だから、心が弱い人間の中には、発狂して処分されるものもいるそうだ。

極めて非人道的な仕事。

だが、やっていることを考えれば。

これくらいの非人道的な目に遭うのは、当然かも知れない。

休憩時に、私はそう思うのだ。

オートで実験用プログラムは全て稼働させていく。

此処からは、見ているだけでいい。

大型の鯨を思わせる宇宙戦艦が、主砲を放ち、逆に主砲を浴び。

宇宙空間を小刻みに空間転移して。

規定のプログラムを、一つずつクリアしていく。

此処からは、オートだから、さほど脳は使わない。ぼんやりと状況を見つめながら、チョコを口に入れた。

 

何の意味も無い人生。

そればかりか、やっていることを考えると、他の人達にとって有害でさえある。そう思うと、うんざりすることさえある。

だが逃げる事は出来ないし。

仕事に手を抜くことも出来ない。

予定通り戦艦が納品される。

星間国家間で紛争が行われている地域なんて、それこそいくらでもある。あれはこれから、そんな国に売られるのだ。

国家機密だから、私はどの国にあの船が売られるかさえ知らない。

分かっているのは。

仕事は終わっても終わっても、切りがないと言う事だ。

すぐに次の仕事が来る。

今回は小型の駆逐艦だ。

宇宙戦艦の規格は、国によって異なっている。戦艦、航宙空母、巡洋艦、駆逐艦、雷撃艇、砲艦辺りが一般的だけれど。

中には戦列艦やミサイル艦といった、他ではあまり見られない兵種が用いられる国家も存在している。

敢えて他とは差別化をしている国もある。

私の国が、取引をしている国は十を超えるようだけれど。

最近はデザインに関する要求から、どこの国の戦艦かは、大体分かるようになってきた。分かっても、どうしようもないが。

設計要件をざっと見たあと、図面を起こす。

脳波操作装置を使ってCADを動かして、図面をすぐに完成させる。旧時代の人間なら何日もかかる作業だけれど。

今はプログラムやOSの進化、何より私がデザイナーズチルドレンである事も手伝って、数時間の一単位労働で完了する。

図面を一旦納品。

すぐにOKの返事がきた。

宇宙ステーションに、膨大な資源が送り込まれてくる。

素材を吟味しながら、順番に資源をカット。今までの備蓄も利用して、順番に部品を作り上げていく。

小型の駆逐艦とはいえど。

全長は二百メートルを超えている。

内部のスペースを考えると、五十人以上の人間が乗り込んで。そして、此処で戦うのだ。爆発四散すれば、ほぼ助かることは無い。勿論規定によって救命ボートやシャトルは積み込むけれど。

中には、コストを削減するために、ボートやシャトルを減らせと要求してくる、残忍な国もある。

一時期どかどか注文してきたけれど。

最近はなしのつぶてという国もあって。

だいたいそう言う国は、潰れたのだろうなと、内心で思っていた。

図面は自分で起こしたのだし、組み立てはさほど難しくない。

順番に組み立て作業をして行くけれど。

脳波操作装置を外して、チョコを口に入れていると、不意にサイレンが鳴った。

仕事をしろと促す合図では無い。

何かトラブルが起きたと見て良いだろう。

マニピュレーターの類は、修復用小型ロボットが、常時メンテナンスをしているから、故障は気にしなくて良い。

監視ツールを起動。

何が起きたのか確認する。

もっとも、致命的なトラブルが発生したとしても。私には、逃げる方法などないのだけれど。

この国の政府は、戦艦を売りさばいている国々より、ある意味非人道的だ。

労働者が逃げられないようにするために、あらゆる手を尽くしている。

この宇宙ステーションにも、逃げるのを防止するために。

救急ボートなど存在していないのだ。

口をへの字に結んでいた私は、情報を分析して把握する。

どうやら此処に、異国の船が近づいてきている。

防衛網はどうしたのか。

それとも、意図的に此方に通したのか。

メールが来る。

どうやら、異国の見学者らしい。

少しだけほっとした。

最悪の可能性を考えてしまったからだ。たとえば、私の作った戦艦に家族を殺された国の人間が大挙して乗り込んできて、防衛網が突破されたとか。

そうなったら、私が助かる可能性なんてゼロだ。

何しろこのステーションから出られないようにされているのである。

そもそも肉体の維持のために、特殊な薬剤を飲まなければならない。そうしないと細胞レベルで短めに設定されている寿命が、容赦なく体を滅茶苦茶にし始める。

それだけではない。

特殊なナノマシンの更新も必要だ。

私の体は、放っておくと即座に癌だらけになるように、意図的に非人道的な遺伝子操作が行われている。

特殊な医療マシンが無いと、それらの癌は除去できないのだ。

二重三重の鎖が。

私がそもそも絶対に逃げる気を起こさないように、体を縛り上げている。それ以上に、心も。

見学者がドックに船を着けた。

流石に戦艦を作り上げる工廠だ。小さな船が接続したって、小舟が側に寄せたくらいにしか見えない。

過去には万を超える人間が乗り込む、超弩級艦を作り上げたこともある。この工廠では、それが可能なのである。

政府から通知が来る。

一緒に乗り込んでいる通商使節が、工廠内を案内する。

お前はそもそも、外に出ないように。

「へいへい、分かっていますよ」

ずっと引きこもっている私だ。

化粧の仕方とか、身繕いのやり方とか、何もかも忘れてしまった。

体の方は、周辺機器類が清潔に保ってくれているけれど。

ぼさぼさの頭とかは、どうしようもない。

センスが無く着崩しているパジャマだってそうだ。

あくびをすると、作業に戻ろうかと思ったけれど。

見学者がいるのなら、その間は工廠を止めた方が良いだろう。どんな危険があるか分からないからだ。

それに使節の連中の方が、工廠に対するより高レベルのアクセス権を持っている。

余計な事をされたときすぐ把握できるように、今は監視ツールを動かしておくのが最適。私はそう判断した。

監視ツールをありったけ動かすと、ベッドに転がる。

パジャマ以外の服を着たのなんて、いつの昔だろう。ここしばらくは、ずっとパジャマを着替えるだけで生活している。

いっそ素っ裸でも良い位なのだけれど。

それは流石に、自尊心が許さなかった。

とにかく、交流ツールの類は、全て封鎖されている。同じような環境に置かれると、精神を調整されている人間でも発狂してしまうことがあるらしいけれど、さもありなん。私も時々、意味の無い独り言を呟きながら仕事をしている。

やがて、見学者は、ステーションを出て行った。

何が楽しくて、こんな所を見に来たのだか。

ぼやきながら、監視ツールを確認。

ゴミなどを捨てていってはいないようだ。捨てていたとしても知らない振りをするけれど。

随分と時間を無駄にした。

作りかけの駆逐艦を進めよう。そう思って、私は脳波操作装置を被った。

 

1、超巨大戦艦

 

私は、自分の事は、ほぼ知らない。名前さえもだ。一人でいるから、名前はいらないのである。

両親も名前だけしかしらない。

両親がいわゆるデザイナーズチルドレンとして私を作って。そして、金を稼がせるために、こんな仕事に押し込んだことは知っている。

青春なんて知らない。

この部屋に閉じ込められて。

出られないように様々な措置をされて。

仕事を絶え間なく与えられて。

老いもせず若返りもせず。

ずっと、戦艦を作り続けている。

実のところ、私は自分の年齢を知らない。

少なくとも、公転周期で二十回以上、恒星を廻ったことは分かっているのだけれど。年齢の定義である、太陽系の第三惑星と同じ条件下で、太陽の周囲を一週するのに掛かる時間、と比べて。今の公転周期がどれくらい掛かっているのか、分からないのだ。

私は、ロボットと何が違うのだろう。

いや、ロボットと定義するべきなのかも知れない。

人間の文明に寄与するべく作られた、肉のロボット。私はどう考えても、それ以上でも以下でも無い。

逃げだそうにも、すぐに老衰死で。仮にそれを逃れても、癌で苦しみ抜きながら死ぬ事になる。

そもそも、逃げ出す方法そのものがない。

時々、ベットでごろごろしながら思う。

文化も与えられない。

外に誰がいるかも分からない。

私は、一体。

何のために生を受けたのだろう。

決まっている。戦艦を作るためだ。あまりに長時間さぼると、警告のメールが飛んでくる。それでもさぼっていると、最初は直接的な痛みが体に加えられる。そして最後は、ナノマシンの投与を止めるという知らせが来る。

これはマニュアルに書いてあったことだ。

試したことは、未だ無いが。

駆逐艦を作り、出荷してから。小さくあくびをした。

此処を監視している奴は、どういう気分でメールを送ってくるのだろう。ちなみに此方からメールを送ることは出来ない。

そもそも、コミュニケーションは、全て押しつけられるものだと、決まっているのだ。

眠気を防止するための薬が、部屋の中に差し入れされた。

この部屋からは基本的に出ないけれど。

外は警備用のロボットが多数巡回していて、そいつらが薬やら何やらを差し入れてくるのだ。

場合によっては、怪我をしたりしたとき、此奴らが私を治す事になる。

言われるまま薬を口に入れると、水で飲み下す。

この部屋は、私の人生の99%以上を占めている。

そして、今後もその比率が上がることはあっても、下がることは無いだろう。

すぐに、次の仕事が来た。

今度は戦艦かと思ったら、少し違った。

その部品だ。

どうやら八ブロックに別れた戦艦のパーツを組み立てるらしい。この工廠では、基本的に完成品をくみ上げることが多い。此処では完成品を作れないほどに、巨大な戦艦と言う事だ。

一体何処の星間国家だ。

全長は二十キロメートル近い。

火力はそれこそ、地球サイズの惑星なら単独で木っ端みじんに出来るほどだろう。文字通り、古典SFに登場する超兵器だ。

駆逐艦が数百メートルである事を考えると、これは文字通り、物資の無駄遣いだ。

図面も今回は、送られてきた。

図面から組まされる場合の方が多いのだけれど。

これはこれで、何というか。

とんでもない。

似たような工廠で、同時に八つの部品をくみ上げて、最終的に宇宙空間でドッキング処置を行う。

形状は流線型だが。

乗り込める人間の数は百万を超えている。

文字通り、大都市一つが、そのまま宇宙空間を移動するのだ。

或いは何かしらの都市としても、計画しているのかも知れない。その凄まじい破壊力は、おそらく想像を絶する。

外の世界の事はよく分からないけれど。

今まで作ってきた戦艦なんて、これに比べればオモチャも同然だ。

量産するつもりなのだろうか。

もしこんなのがたくさん作られたら。相手の国は、多分ひとたまりも無くやられてしまうだろう。

ただ、冷静になって考えて見ると、少しおかしい。

これは復古的な、大艦巨砲主義では無いだろうか。

確かにこの超巨大戦艦は、文字通り超強いだろう。

しかしそれも、コストに見合う活躍が出来るかは、正直図面を見ただけでは分からないのが事実だ。

このサイズだと、当然被弾も増えるだろう。

勿論宇宙時代では、シールドの類も技術が極めて進歩している。このサイズの戦艦の場合、生半可な攻撃ではシールドを突破することも難しいはずだ。レーザー水爆でも、一発や二発では埒があかないことは容易に想像できる。

まあ、とにかくだ。

私に自由や選択権は無い。

工程数も、今までの船とは桁外れ。

正直見るだけで嫌になったけれど。それでも、やるしかないのだ。

黙々と送られてくる物資を見ながら、組み立て順を考えて、マニュピレーターを動かしていく。

区画ごとに作っていって。

それを最終的にくみ上げていくのが良いだろう。

問題は外装だけれど。

それについては、組み立ての際に、マニュアル通りにやれば良いように作っていくだけだ。

図面を見る限り、作った人間は多分、私と同じ穴の狢。

つまり、デザイナーズチルドレンだろう。

図面の癖などで分かるのだ。

此奴が人間か、そうではないかは。勿論私達は、厳密な意味では違う。だから、こんな風に、使い捨てにされているのだけれど。

黙々と、戦艦を作り上げていく。

これはかなり時間が掛かるなと、マニピュレーターを動かしながら判断。

休憩を入れながら、ブロックごとに完成させていく。

構築用の資材は、次々運ばれてくる。

膨大な量だ。

何しろ小惑星に匹敵するサイズの戦艦なのだ。近年宇宙戦艦に用いられる素材を抽出するだけでも、かなりの数の資源衛星が必要になってくる。それこそ、この戦艦を作るには、数千の資源衛星から、発掘した資材をつぎ込まなければならないだろう。

考えれば考えるほど、無駄が酷いように思えるけれど。

しかし、私に拒否権は無い。

構築作業を進めていると、不意にメールが飛んできた。

また命令かと思って開いてみると、違う。

今までの威圧的な感じでは無い。

「この間は、見学を許していただき、有り難うございました。 貴方の工廠で作り上げられている戦艦は、我が国の防衛にとても役立っています。 一度お会いしてお礼が言いたかったのですが。 直接会う事は叶わなかったので、こうしてメールを送らせていただいた次第です」

何だこれは。

いずれにしても、此方からメールを送ることは出来ない。

だから、私には、どうすることも出来なかった。

 

超巨大戦艦の構築は、ちょっとやそっとでは終わらない。

シャトルで運ばれてきた資源の塊を工廠に入れると、特殊なレーザーで切り分けて、順番に加工していく。

中には、加工だけで相当な時間が掛かるものもあるし。

そもそも、この工廠で、合金に仕上げなければならない場合も少なくない。

行程を順番にこなしていくけれど。

行程を組む行程も、必要になってくる。

いたちごっこだ。

きりが無い。

進捗は、全てリアルタイムで、此処を管理している人間へと送られている。いや、人間、なのだろうか。

まさか管理しているのも、同じようなデザイナーズチルドレンや。或いは、もしくはもっと酷くて、コンピューターではないだろうか。

此処に送られてくる人間味の無いメールを考えると、可能性は否定出来ないけれど。

ただ、メールを送ってきている奴は、多分デザイナーズチルドレンではないだろうと思ってはいる。

ただの勘だが。

セキュリティの問題もあって。

自分がやった仕事は、口外できないようにする。

その究極の仕組みが、今私が置かれている状況だ。

もう少し娯楽でも何でも欲しいと、時々思うのだけれど。私を此処に閉じ込めた連中は、そんなものを許してはくれない。

私が人間扱いされていないのは明白だ。

それに、私の給金で両親は暮らしているし。

送られてくるメールには、金の使用明細も入っている。その中には、孤児院への寄付というものもあった。

おかしなものだ。

私が作った機械で孤児が量産されているだろうに。

そんな私の稼いだお金で、孤児が救われているのだから。

偽善だと声を荒げる人間もいるかも知れない。

私も正直、自己弁護をする気にはなれない。ただ、お金が適正に使われることを、望むばかりである。

行程が一段落した。

戦艦の主砲に当たるものが完成したのだ。

もの凄い巨大な砲だ。一種の荷電粒子砲だけれど、これを喰らって無事で済む戦艦など存在しないだろう。

文字通り、暴力的な破壊力を発揮するはずである。

膨大な数による攻撃を、士気のレベルで打ち砕く。そんな目的で、この主砲は咆哮するに違いない。

主砲の周囲のユニットも、少しずつ構築していく。

この戦艦の炉は、別の工廠で作っているから、此処では動力系は扱わない。扱うのは、制御系だ。

他にも、数十の砲を作る。

ミサイル発射口も。

意外にも、使用するミサイルそのものは、他の戦艦と同じ規格のものだ。小型の砲も、大体は同じ。

強力な主砲がある反面で。

全てがオンリーワンのものではないと言うのが、この戦艦の不思議な個性だった。

メールが来る。

ようやく一段落して、脳波制御装置を外した所である。ベッドに転がりながら、私はあくびをした。

勘弁してくれよ。

そうぼやく。

メールを見て、嬉しいと思った事は、一度も無い。

基本的に一方的に与えられるコミュニケーションの、その決定的な形がこれだ。一方的に命令が下されて。

何もする権利は認められず。

従うしか無い。

私にとって、与えられる命令は絶対。

逆らえば死ぬのだから、当然だろうか。

「お元気ですか。 メールのお返事を書けないと聞いて、また筆を取らせていただきました。 少しでも気が紛れれば幸いです」

メールの文面は。

また、前に送ってきた奴と同じだ。

舌打ちする。

此奴は一体、何がしたいのだろう。私は籠の鳥どころか、小さなガラス玉に閉じ込められた魚も同じだ。

これらの情報は、ほんの少しだけ与えられた、古い時代の資料で得た知識。

酷い事をするなあと、人間に呆れかえったけれど。

考えて見れば、地球にいたころから、人間がしていることに、あまり変わりは無いのだと思う。

「今、貴方に頼んでいる超弩級戦艦は、我が国の象徴となるものです。 首都星に駐留し、民の仰ぎ見る力そのものとして、国の安定に寄与する存在です」

ああそうかい。

で、私にどうしろというのか。

飾り付けどころか、私には余計な作業をすることは、一切認められていない。

私が作っているとでも、このメールの主は考えているのだろうか。

違う。

私は作らされているのだ。

私は巨大な工廠の一部。

自由意思なんて存在しないし、あったとしても認められていない。その証拠に、私はメールを受け取ることが出来ても、発信することは出来ない。設計を行う事はあるけれど、図面は全て精査される。

何か意図が図面にある場合は、即座に破棄される。

意思なんて、私には必要とされない。

言われるままに仕事をすることだけが求められている。

此奴は、それを分かった上で、メールを送ってきているのだろうか。

実の両親でさえ。

メールなんて、送ってきたことは無いのに。

 

意外にあっさりと。

超巨大戦艦は完成した。

正確には、私の担当した1/8が、だが。いずれにしても、完成した戦艦は、合流地点に、フリゲートによって輸送されていく。

組み立てはマニュアルがあるから大丈夫だろう。

主砲を含む前半部分を私は作った。他にも似たような工廠で、エネルギー炉や、装甲などが、分割して作られたのだろう。他の図面がどう進展しているかは、知ったことじゃないし。

何より知る方法が無い。

ベッドに転がると、ぼんやりする。規定時間の休憩は認められているけれど。はっきりいって、脳を休ませるだけで精一杯。

雑念を頭の中に入れる余裕なんて、無い。

それだけ頭を酷使する仕事なのだ。

ぼんやりしていると、メール。

また、あの空気を読まない誰かからだ。

メールの文面を見る限り、あの戦艦のオーナーか、或いはもっと地位のある人間かも知れない。

ただの悪戯という可能性もある。

スパムメールの類は、地球時代からある。宇宙時代になってからは、より巧妙化もしたし、幽霊のように誰も操作していないメールが漂っているとか言う資料も見た事がある。

娯楽資料はないけれど。

どうでもいい情報資料は、それなりにあるのだ。

「戦艦がもうすぐ完成すると連絡を受けました。 貴方が担当していたパーツは、既に完成したのでしょうか。 我が国の支柱となる戦艦ができあがるのは、とても嬉しい事です」

無邪気な文面を見ていると、苛立ちさえ覚える。

私は間接的に、大量の人を今まで殺してきた。

見た事は無いが、それくらいの自覚はある。

そしてこの戦艦だって、同じだ。

あの主砲がフルパワーでぶっ放されれば、小さめの惑星くらい木っ端みじん。木っ端みじんにならなくても、最低でも惑星上の生命は全滅だ。そのくらいの破壊力を秘めた戦艦なのである。

「貴方を賓客として、我が国に招待したいくらいです。 しかし貴方は、kdjasfnhliugfdg国の主要財産という扱いを受けていると聞いています。 人を財産扱いする事には色々と問題があるように思いますね」

国の前の部分は文字化けしていて見えなかった。

それとも、これが正式な名前なのだろうか。

いずれにしても、どうでもいい。

私にとっては、行ける世界はこの部屋と、付帯施設だけ。最悪でも、この工廠からは、もう一生出られない。

だからアー国だろうがイー国だろうが、どうでもいい。

「貴方の言葉が聞きたいです。 また、メールします」

何だ此奴は。

何がしたいのか、さっぱり分からない。パジャマのまま、ベッドの上でゴロゴロする。何もする事が無いし。何も出来ない。

それなのに、明らかに自由な奴が、こんなメールばかり送ってくるのは、不愉快極まりない。

籠の鳥の前で、空を自由に飛べることを見せびらかすことが、面白いのか。

戦艦が運ばれて行ってから、不意に仕事が来なくなる。

全く仕事が無いときは、脳を使わなくていいけれど。その代わり、する事が一切無い。

娯楽資料は一切無いけれど。

地球の古い時代の歴史とか、どうでもいいような情報は閲覧を許されている。そういうのは、ほとんど大体見てしまったから、今更見てもおもしろみが無い。ほとんど読んでいて、新しさを感じないからだ。

一応この工廠は、内部自己完結型の機能を有している。

私一人でも、当分は生きていられる。

少なくとも、栄養の類が足りなくなる事は無いし。

酸素とかが無くなって、窒息死することも無い。

不安になることは無い。

死ねるなら、死にたいくらいだ。

私のお給金で両親が暮らしていて。多くの孤児院が救われていることは分かっているのだけれど。

それが本当か確認する術はないし。

何より、私の作った戦艦で、多くの孤児院に子供が送り込まれているのも、事実なのだから。

仕事なんて、来なくてよい。

しかし、だらだら転がっていると、メールだ。

仕事の依頼である。

今回は図面から起こせという内容だから、余計面倒くさい。図面を作るのにも、意思なんて必要とされないのだから。

今回作るのは、護衛空母。

大型の戦艦などの側に張り付いて、多数の艦載機を飛ばして護衛に当たる艦種だ。空母の中では防御寄りだけれど。勿論、攻勢に出ているときは、艦載機を攻撃に回しもするのだろう。

この辺りの知識は、正確には持ち合わせていない。

ただ、搭載する艦載機の設計図はある。これは、設計図が無いと、空母の造りがちぐはぐになるからだ。

今回の空母は露天式では無くて、内部格納式を用いる。

露天式の場合、敵の接近を許した場合、一撃で甲板にいる艦載機が全滅する危険を秘めている。その代わり、一度に出撃して、展開を迅速に行う事が出来る。

格納式は出撃にまで時間が掛かるが、装甲を強固に保てば、生半可な攻撃ではやられない。

場合によってはそのものが盾になって、戦艦を守る事が出来る。

黙々と、仕様にあわせて設計。

設計が終わると、送られてきた資源を使って、空母を作り始める。

ある程度、作業が進んだころ、だろうか。

不意にメールが飛んできた。

彼奴からだ。

苛立ちが募る。

しばらく静かにしていたのに。どうしてまた、面倒くさい事をはじめたのか。私の苦悩を見て笑いたいのか。

閉じ込められて何も出来ない奴を、更に痛めつけて楽しいのか。

雑念を追い払うために、私は薬を使う。

錠剤を幾つか飲むことで、精神を安定させるのだ。

メールは後で読むことにする。

今は黙々と、作業に没頭した。

 

作業が一段落したところで、さあ来てみろとメールを開いた。

間違いなく、彼奴だ。

「完成した戦艦が、首都星上空に係留されました。 既に首都機能の移転が始まっています。 我が国の首都は、この戦艦そのものになる予定です」

とんでも無い事が書いてある。

確かに100万人規模の人員を収納可能。

内部には都市も造れる。

しかし、戦艦そのものを首都にするというのは、どういうことなのか。それほど、小さな星間国家なのか。

いや、そんな事は無いはずだ。

戦艦というのは、資材の塊である。

動かすだけで、膨大なお金が掛かる。

星一つの産み出す富が、かなり戦艦に吸い上げられると言っても過言では無いほどだ。これは大昔の戦争と、あまり変わっていない。

あの巨大戦艦を運用するには。

おそらくは、二十や三十、星系を抑えている国家で無いと無理なはず。

「乗り心地も上々で、私の船としては最高です。 今まで三十を超える船を定座にしてきましたが、この船はおそらく最後まで玉座になる事でしょう」

何かとんでも無い事が書かれている気がする。

玉座。

何のことだ。

このメールを送ってきている奴は、あの戦艦を納品した国の元首だとでもいうのだろうか。

背筋に悪寒が這い上がる。

私は、世界の事を殆ど知らない。

大規模星間国家が、王政なんてものを敷いているパターンがあるのか。あまり考え得る事では無いと思うのだけれど。

そもそも王政は、統治のシステムとして色々と問題が多すぎる。

だから、世界中で廃れた。

或いは大統領か何かか。

だとしたら、どうしてこんな慇懃な言葉で、よりによって私などにメールを送ってきているのか。

しかも内容的に、私がやっていることを知っているとしか思えない。

あの時視察に来た連中の一人は、まさか国家元首だったというのだろうか。

頭が混乱して、ろくに何も考えられない。

休憩時間が、いつの間にか吹っ飛んでしまった。

この時、私にとって、鬱陶しいだけだったメールが、恐怖の対象に代わったのかも知れない。

いずれにしても、頭を抱えて、震えている事しか。

私には出来なかった。

情けない話だけれど。

それくらいしか、身を守るすべが無い。この工廠に武装なんてないし、あったところで、私には動かせないのだ。

今まで作ってきた戦艦だって、私の自由にはならない。

中枢部分のコンピューターに関しては全て組み込み式だし、細工をすることは許されていない。

細工なんてすれば、すぐに監視ツールが、顔も知らない上司に連絡を飛ばす。

つまりだ。

私が作った戦艦が私を殺しに来ても。私は抵抗すること何て、出来ないのだ。

休憩時間が終わる。無慈悲に終わる。

私は、仕事に戻る。

雑念が多いと、警告が来た。薬を無理矢理飲まされた。

空母の組み立てが始まっている。

護衛空母は、戦艦と同じか、それ以上のサイズだ。

ただし内部は空隙が多い。多くの艦載機を搭載しなければならないからである。頑丈なのは外側。

何重かに装甲を張り巡らせた内側は、意外にスカスカなのだ。

膨らんだ鯨の死体。

そう評する事もあるらしいけれど。それこそ、私にはどうでも良いこと。

そもそも、今の時代。どんな風に宇宙戦争が行われているかも、私にはよく分かっていないのだ。

今まで作ってきた宇宙戦艦が、たくさんたくさん人殺しをしているのは、間違いないことなのだろう。

しかし、実際に動いているところは、見たことが無い。

私は、どう人を殺しているのだろう。

そして、どんな風に、あの化け物に見初められたのだろう。

 

2、近づく悪夢

 

空母が完成した。

艦載機は、別の工廠で生産する。もしくは、元からあるものを用いる。だから、後は送り出すだけだ。

古い時代は、空母はもっとも強力な戦力だったという。

艦隊は空母を中心に編成され、一つの都市が丸ごと入るほどの規模で、人員が内部にいたとも。

今の時代、艦載機が昔ほどの破壊力を発揮できなくなって。

当然のように、空母の地位も下落した。

あくまでそれらは想像だ。

渡されている、娯楽用の価値も無い、しょぼくれた資料から断片的に推察しただけである。

工廠から輸送されていく空母を、部屋の窓からぼんやり眺める。

次の仕事は、どうなるのだろう。

空母の仕事が来るまで、少し間が空いた。あのおぞましいメールが来る恐怖に耐えながら、仕事をしなければならないのか。或いは、ぼんやりと暇をもてあそびながら、メールの着信音に怯えなければならないのか。

ベッドに転がっていると、メールが早速来る。

幸い、彼奴のメールじゃ無い。

仕事の依頼だ。

「駆逐艦を、十隻!?」

思わず私も、声を上げてしまった。

設計段階から任せると言う事だから、より大変だ。勿論十隻の駆逐艦は、全て同じ造りで構わないと言う。

つまり、一隻ずつ部品をまず造り出して。

それからマニュピレーターを用いて、組み立てろという訳か。

それにしても、十隻同時に造れなんて言う指示ははじめて来た。文句を言わずに作るけれど、どうして急に。

何か、大きな事件でもあったのだろうか。

資材が運ばれてくる。

私のいる星系からか、或いは外からか。

とにかく分からないけれど、資源の塊である小惑星が運ばれてきて。外で特殊な衛星解体用のカッターで切られる。

此処から資源を抽出し。

そして、駆逐艦を作っていくのだ。

十隻となると、相当な戦力だ。

以前作った超大型戦艦ほどでは無いけれど。武装が弱い惑星だったら、十隻で充分に焦土に出来るのではないだろうか。

宇宙空間で、どれくらいの規模の艦隊戦が行われているのか、正直な話、私にはよく分からない。

千隻単位なのか。

万隻が戦っているのか。

もしも万隻単位なら、十隻の駆逐艦なんて、取るに足りない戦力だけれど。

作っている私から言わせれば、どれだけの労力がこれに込められているか。乗っている連中、作らせている奴らは、知っているのだろうか。

それに搭載している武器の破壊力も。

宇宙空間で用いる武器の破壊力だ。

小惑星を粉砕することだって出来るし。

大型の戦艦の一斉射撃なら、恒星にダメージを与えることだって出来るだろう。勿論数に寄るだろうが。

文句を言う相手もいないので。

黙々と、戦艦を作り続ける。今回は駆逐艦だが。

順番に部品を仕上げていって。

工廠の内部で並べて、一つずつ仕上げていく。

単純な流れ作業だ。

今までの図面を使う事は許されない。

図面に用いる情報だけはバージョンアップされていくので、それを利用して、最新型に仕上げていくのだ。

最新型か。

外で技術開発をしている連中は。戦艦を作っている存在が、籠の鳥どころかガラス玉の中の魚だと知ったら、どう思うのだろう。

きっとどうも思わない。

私の境遇を考えれば、すぐに分かる事だ。

外の人間共は。

私の事なんて、人間だと思っていない。

考えて見れば、両親の行動だって妙では無いか。

金を稼がせるために。実の娘を、こんな閉鎖空間に閉じ込めておくなんて、どうかしている。

少なくとも奴らに。

肉親としての情なんて感じない。

しかしこういう思考が出来ると言うことは。

私は昔は、此処では無い場所で育って。

そして、ある程度の人間的思考を身につけた、という事なのだろうか。だとすると、何故。こんな地獄に送り込まれたのか。

分からない。

ある一定より前の記憶は、綺麗に消されている。

私が何者かも。正確には分からないのだ。

順番に、駆逐艦を送り出していく。

それぞれの艦の差異は、外側にペイントされている番号だけ。この番号だけは指定があったので、記載は手動で行った。手動と言っても、マニュピレーターごしだが。

十隻の駆逐艦を送り出して。

工廠が空っぽになると、メールが来る。

見計らったようなタイミングだ。

そして、開いてみて、息を呑む。

彼奴からだった。

「お仕事が順調なようで何よりです。 我が国は四つの星系を制圧。 国を一つ滅ぼして、順調に勢力を広げています。 人口は既に二百億を超えました。 貴方が作り上げてくれた戦艦ldsahfopdfopfdhも、大活躍をしています。 我が定座として、申し分の無い造りです」

ああそうですか。

毒づく。

あの巨大戦艦にどんな名前を付けたのか知らないが、文字化けで分からないのは却って嬉しいかも知れない。

だって、あの戦艦が名前を付けられていたら。

どれだけの人を殺したのか、想像するのもつらい。具体的な名前を伴えば、それだけ想像もしやすくなるからだ。

メールはいつになく長い。

これから更に戦線を広げて、近隣にある中小の国を併合していく予定だとか、メールの主は言っている。

此奴が男なのか女なのかは分からないけれど。

慇懃な態度ではあっても、残虐な奴なのだろうなと言う事は、何となく分かった。此奴の王国は、一体どれだけ領土を広げれば、気が済むのだろう。

はっきりいって怖気が走る。

「貴方に注文した駆逐艦も、活躍して貰う予定です。 最新鋭の艦は何隻あっても足りませんから」

「そうかよ」

口に出して毒づいた。

監視ツールが、幾つも警告を飛ばしてくる。

私には、文句を言う自由も無い。

だから、いつも頭の中で文句を言うのだけれど。

今日はつい、口に出してしまった。

腹立たしい。

「次もまた、大口の注文をさせていただきます。 良き戦艦の納品を期待していますよ」

知るか。

メールを破棄して、私は毒づきたくなるけれど。

あまりやると、監視ツールから、上司へ連絡が行く。

そうすると面倒な事になる。

ただでさえ、私は此処から出てはいきられない体なのだ。下手に不興を買うと、どんな苦しみを与えられるか、知れたものでは無い。だらだらと生きているからこそ、分かるのである。

この状態で、苦痛を与えられたら。

地獄は、さらなる悪夢へと変わる。

何だろう。

あのメールを貰うようになってから、急激に恐怖心が強くなってきている。昔はさっさと死にたいと思ってさえいたのに。

これはどういう事なのだろう。

あのメールには、洗脳用の何か特別なサブリミナル効果でも仕込まれているのだろうか。そうとは思えないが。

メールが来る。

私は、恐怖で跳び上がった。

内容は、彼奴からじゃ無い。

しかし、ある意味彼奴からだった。

大口の注文だ。

最新鋭の巡洋艦を、十隻。

巡洋艦は、駆逐艦より大型で、打撃力と速力に優れた艦種である。重厚な戦艦が攻撃の主力を担うのに対し、巡洋艦は様々な状況でマルチに活躍することが出来る。

攻撃力が異常発達した一時期を除いて、こういった柔軟に活躍できる速力のある兵種は、いつの時代も重宝したとかある。

今の時代も、攻撃力が異常発達しているわけではないから。

機動力と火力のバランスが良い艦種は、大きな活躍が出来るのだろう。

いずれにしても、私に拒否権なんか無い。

作り始めるほか無い。

これで、たくさんの人が殺されることは分かっているけれど。

だからといって、仕事を辞めるわけにはいかないのだ。私は、働くことだけを求められる存在なのだから。

私の存在意義は、働き続けることだけなのだから。

駆逐艦より大分大型だから、設計も構築も時間が掛かる。

工廠には、ぎりぎり十隻が同時に入る。

それにしても、この大型の仕事。

本当に、メールを送っている奴が、周辺国を侵略して廻っている、という事なのだろうか。

だとすると、私が知らないだけで。

外の世界は、修羅の世界とかしているのではないだろうか。

宇宙に出ても、人間が戦争を止めるはずが無い。

利害関係を調整できなければ、争いは起こる。その規模が、どんどん大きくなっていくだけ。

宇宙では、何百万人が一度の戦いで殺し合い。

戦争の規模は、拡大する一方。

何だか、そんな構図しか、思い浮かべることが出来ない。

この巡洋艦は、どんな仕事をするのだろう。

敵の旧式艦を、火力に物を言わせて木っ端みじんにするのだろうか。

それとも。

無抵抗の惑星に向けて、その火力を発揮して。住民を虐殺するのだろうか。その中には、小さな子供も交じっていて。

ぞっとして、私は頭を振る。

今まで作ってきた兵器だってそうだ。

兵器は使い方が決まっている。

小型の武器のように、美術品にもできる存在なら兎も角。

使う人次第なんて言い訳は出来ない大型の大量破壊殺戮兵器を、私は作っているのだ。呼吸が乱れる。

すぐに、薬が出された。

飲めというのだ。

精神安定剤を、無理矢理服用させられる。

私は、もはや。

精神を乱す自由さえ、与えられていない。

巡洋艦を、言われるまま作る。

作る作る作る。

意図的に手を抜くことも許されない。監視ツールに慈悲は無い。徹底的に、効率的な作業が求められる。

手を抜くと、すぐに警告が来る。

心を乱すと、すぐに精神安定剤が調合される。

休憩さえ、効率的に取らなければならない。睡眠さえ、同じ。眠らない場合、睡眠導入剤で、無理矢理に眠らされる。栄養も、全てが完璧に調整されていて。病気にさえなることは無い。

私は。

考えて見れば。

死ぬ自由さえ、無いのかも知れない。

 

巡洋艦を送り出した。

何だか、今までに無いほど、げっそりする。

十隻の巡洋艦が、艦隊を組んで出撃していく様子を見ると、何というか。出来るだけ人を殺さないでくれと、願うばかりである。

しかし、無抵抗でいても殺されてしまうのも分かっている。

どうして、人は。

宇宙に出ても、人殺しを止められなかったのだろう。

そういえば、不思議な事もある。

どうして私は、こんなに人殺しがいやなのだろう。他の人間なんて、見た事も、直接話した事も無いのに。

頭を抱える。

私は、一体何だ。

なんでそもそも、私はこんな風に考えているんだ。

メールが来る。

私の恐怖を、見越したように。

彼奴からだった。

「巡洋艦が完成したという報告を受けています。 私の方でも、少し前に二度の戦いで敵を蹴散らして、星系を制圧しました。 定座にしている我が戦艦の主砲が、敵の防衛網を薙ぎ払う様子は快感で、是非貴方にも映像ファイルを送ってあげたいくらいです。 というよりも、そろそろ貴方の事が、直接欲しくなってきました」

今までで、最大限の恐怖が、背中を這い上がってくる。

私が直接欲しい。

それは、どういう意味だ。

「もう分かっているとおり、我が国は着実に領土を広げています。 貴方の国もとっくに境を接していて、それで最近は、我が国の関係事業に関与して貰っています。 しかし国と国の境というのは、面倒でしてね。 知っていますか? 混乱時代を回復させようとする動きの原動力は、大体経済的な事情なんですよ。 勢力が細分化していると経済活動も細分化するんです。 それを避けるために、大きな勢力が誕生することが、歴史的には求められるものなのです」

知るか。

つまるところ、自分の侵略行動を、正当化しているだけでは無いか。

そして私には。

この先此奴が何を言い出すか、分かるような気がした。

「近々、貴方の国を、接収します。 その時貴方は、工廠ごと私のものになる。 安心しなさい。 今よりも、ずっとましな待遇を約束します」

恐怖で、全身が凍り付きそうだ。

此奴は。

もはや恥知らずな野心を、隠そうともしていない。以前ここに来たときは、勢力拡大の足がかりをつくるため。

そして今では。

勢力拡大と、その仕組みを、徹底的なものにするため。

宇宙には、どんな国があって。

そして、彼奴はそれらの国の中で、どれくらいの勢力を持っているのだろう。分からないけれど。

分かっている事が一つ。

私はどうあっても。

彼奴からは、逃げられない。

 

3、併呑の時

 

不意に、また仕事が来なくなった。

以前もそれはあったけれど。

今回のは、違うと、感覚的に理解できた。

それで、何となく、時が来たと悟った。

窓から外を見ていても、特に何も見えないけれど。それは、この窓から、この国の星々が見えないように位置を工夫しているからだと、私は思っている。

つまりこの国が侵略されても、どうにもならないということだ。

侵略されている様子を、見ることさえ出来ない。

私は、籠の中のトリではない。ガラス玉の中の魚だ。

例え捕食者が、ガラス玉に触っても。

いや、ガラス玉を割っても。

何も出来ない。無力な魚なのだ。ただここで、私は震えて、状況を見ていることしか出来ない。

恐怖が全身をむしばんでいる。

何も見えないのに。

ただ仕事が来ないと言うだけで。

不意に、メールが来る。彼奴からだ。

「いよいよ貴方の国に侵攻を開始しました。 もともと経済力だけで立身している産業国ですし、抵抗は極めて微弱です。 前線は既に我が国の艦隊が蹂躙。 首都星を守る艦隊も、もうそろそろけりがつきそうです」

そうか。

この工廠の外で、艦隊戦が行われているのか。

全く見えないけど。

何処でやっているのだろう。多分、窓から見えない辺りで、だろうか。

不意に、電源が一度落ちて、真っ暗になる。

こんな状況は初めてだ。

復帰して、また電源が入り始めた。スタンドアロンモードで起動とか、声が上がる。スタンドアロンモード。どういうことだ。

そんなモードで工廠が動いているのは、初めてだ。

マニュアルを引っ張り出して、調べて見る。

確かにある。

緊急時などに、首都星とつながっている星間ネットワークを切り離し、単独で生命維持に務めるモードとある。

乾いた笑いが漏れる。

状況証拠からだけで、何が起きたか明らかだ。

国が落ちたと見て良い。

メールが来る。

「今、首都星を制圧。 旧指導者達は全て捕縛しました。 降伏勧告に応じてくれたので、何よりです」

みなごろし、ではないというわけか。

どちらにしても、今の異常。記憶にある限り、起きたことがない。実際、監視ツールも立ち上がってこない。

「あほらしい……」

ぼやく。

私を捕まえて、どうするつもりだろう。

この部屋から引っ張り出して。

国の連中が体に施した、非人道的な措置を全て取り除いたら。

私が感動して、指導者様抱いて、とでも言うと思っているのだろうか。

まさかそんな。子供が考えた三文以下のゴミ小説じゃああるまいし。

はて。

何だ小説って。

私は、そんなもの、読んだことが無いが。まさかこれも、閉じ込められる前の記憶の一部だろうか。

頭をかきむしる。

いずれにしても、メールの送り主には、恐怖しか感じない。奴が此処に近々来ると思うと、舌でも噛んで死にたくなる。

またメールだ。

「貴方の工廠のシステムを掌握しました。 これから、迎えに行きます。 外に出してあげますから、喜んでくださいね。 いや、そろそろ止めるか。 喜べ。 外に出してやる」

口調がいきなり変わったことで、私も悲鳴を上げる。

とうとう、本性を剥き出しにしやがった。

一体此奴がどんな存在で。

そして、何を考えているのか。未だに私には、理解できない。というよりも、理解の範疇を、遙かに飛び越えている。

膝を抱えて、ベッドの上で蹲る。

私には、何も出来ない。

部屋から出ることだって。

工廠から逃げ出すことだって。

此処から逃げ出しても。

生きることが、そもそも出来ないのだから。金魚鉢から飛び出した魚がどうなるかなんて、いうまでもない。

金魚鉢。

何だそれは。

混乱が酷くなる。私は一体、何をしているのだろう。

 

気付くと、もの凄い衝撃が、工廠にあった。

窓から覗くと、見える。

あれは、いつぞや。

私が構築した、超大型戦艦。それだけじゃない。数え切れないほどの戦艦が、工廠の周囲にいる。

本当に。

本当に来たと言うことか。

悲鳴を上げて、逃げだそうとするけれど。

どうして良いかさえ分からない。

結局私がしたのは。

壁に懐くことだけだった。

警報が鳴り響いたけれど、すぐに止まる。

工廠に、大勢の人間が入り込んできたのだ。本当にこの国が陥落したのだと見て良いだろう。

外で、戦いの音がする。

多分戦闘用のロボットが投入されて。

工廠にいる、警備用のロボットが、草でも刈るように蹴散らされているのだろう。草を刈るというのが、どうもぴんと来ないけれど。

やがて、ドアが開けられた。

よく分からない奴らが数人。何隊か、戦闘用ロボットらしいのが、護衛についている。

私を見た奴らは、最初、どきりとしたようだった。

「対象発見。 確保」

「皇帝陛下が賓客として遇せよとの話だ。 手荒にはするな」

少しえらそうな奴が、部下らしいのにそう言う。

それにしても、違和感がせり上がる。

人間というのは、こういう生き物だった、だろうか。

腕を掴まれる。

「不気味な奴だ。 体の色もおかしい」

「良いからさっさと運んでいけ」

部屋の外には、カプセルみたいなのがあった。其処に放り込まれる。

こじ開けて外に出ようにも、硬くてどうしようもない。私を掴んだ奴は、念入りに手を綺麗にしているようだった。

外の声が聞こえてくる。

「皇帝陛下は、なんでこんな不気味な奴をご所望なんでしょうな」

「この工廠を一人で切り盛りして、我が軍の勝利に貢献した最新鋭艦を幾つも作り上げたからだ。 他の工廠にも似たようなデザイナーズチルドレンが頭脳代わりに配置されていたが、此奴の出来はずば抜けていたそうだ」

「はあ、しかし此奴は」

「見かけより能力で判断すべし。 それが陛下の信条だろう。 それよりも、データは抑えているな。 此奴はそのまま外に出すと、三日と生きられない体だと聞いている」

私の事を、随分詳しく知っているじゃ無いか。

それにしても、不気味とはどういうことだ。

私から言わせれば。

私と違うお前達の方が、ずっと不気味だ。

形は同じなのに。

どうしてこうも、見かけが変わってくるのだろう。

工廠の中は、非常に広かった。

彼方此方に、潰されたロボットの残骸が散らばっている。兵隊の周囲を巡回している護衛ロボットは、常にシールドを張っていて、一切油断していない。まあ、機械だから、当然だろう。

何カ所か、隔壁を内側から破られていた。

私を逃げられないようにするための工夫だったのだろう。

あの部屋を出て、ロボットの目をごまかせたとしても。

円筒形のエレベーターの前に出る。

こんなのが、あったのか。

硝子張りで、宇宙空間が見られる造りだ。

そして、宇宙空間は。

数も知れないほどの艦に埋め尽くされていた。何千、何万もいるだろう。とんでもない規模の艦隊だ。

エレベーターも、強引にドアを破られた跡があった。

認証をしなければ、使えない仕組みだったのだろう。そんな認証キーなんて、私は与えられていない。

そもそも、物理的に、私は出られなかった、と言うわけだ。

「このエレベーターで、エントランスか。 やれやれ、面倒くさい作りになっている」

「そうまでして、この者を逃がさないようにしていたのは、何故でしょう」

「そりゃあ決まってる。 非人道的な上に、国家機密だから、だろうよ」

吐き捨てるように、軍人が言う。

エレベーターに乗せられる。

何度もエレベーターは設計したけれど。

自分で乗るのは、いつぶりなのだろう。

いつか乗った気はするけれど。そのいつかがいつなのか、さっぱり思い出す事が出来ないのが、悲しい。

エントランスとやらに出る。

軍用らしい車両が山ほど来ていて。宇宙船。多分小型の揚陸艦らしいものが、ドッグに割り込んでいた。

マニュピレーターを傷つけないようにしてくれよと、私は内心ぼやく。

おかしな話だ。

ずっと閉じ込められていたから、愛着が湧いたのだろうか。

揚陸艦から、さっとスライド式の階段が下りてくる。私は其処からじゃなくて、船底のコンテナ用エレベータから、中に積み込まれた。

船が動き出す。

そして、私が一部を作った、超巨大戦艦の元へ運ばれた。

 

カプセルからは、どうせ出られない。

それに私は、もう何も出来ない。

だからぼんやりと、皇帝とやらの前に出されるまで、膝を抱えて待った。薄暗い貨物室で、どれだけ待たされただろう。

軍人共が来て、カプセルが運ばれて行く。

誰もいない部屋に。

皇帝とやらは。いなかった。

いや、それが違う事には、すぐに気付くことになった。

「ふむ、データ通りの姿だな」

にゅるりと、嫌な音がして。

私の目の前に、目玉が姿を見せる。なにやら触手が天井から降りてきて。その先端に、目がついているのだ。

ひっと、小さな悲鳴が漏れる。

そして気付いた。

部屋全体が、触手だらけだと言う事に。

無数の触手は、既にカプセルを捕らえている。

「お前の事は既に調査済みだ。 これよりお前は、この私。 アズツール銀河帝国の皇帝、アズツール三世の直参配下として、テクノクラートとなってもらう」

「こ、皇帝……!?」

「おかしな事ではあるまい。 私は人間としての能力を超越するために、人間の姿を捨てた。 その結果人間より遙かに優れた知性と、無限と言っても良い寿命を手に入れることに成功した」

天井を見て、気付く。

其処から、無数に見下ろしている目。

そうか、この部屋は。

この皇帝という怪物の、腹の中。

奥の方に玉座があって、其処で触手が蠢いている。

やがて、肉が絡み合って、一つの形を取る。

絹服を着た、子供だろうか。

女の子供のように見えるけれど。

正直、普通の人間というのが、どういうものか。形は分かっているのだけれど。私には、よく分からない。

「対外用に形作る姿だ。 外に姿を見せるときなどは、この形状を取る。 もっとも、私が二百年前、人間だったころの姿を再現しているだけだがな」

こめかみを、とんとんと無表情のまま叩く子供の姿をした肉塊。

二百年前。

まだ幼い子供だった皇帝は、暗殺されて。その時こめかみを打ち抜かれたという。更に直後、ロケット砲が直撃して、体は木っ端みじんにされたそうだ。

当時最先端の技術を使って、脳だけはどうにか再生が出来たが。

それ以外の体は、クローン技術を使って、補うしか無かった。

その時、いっそのことと考えたのだ。

どうせ姿形が変わるなら。

考えられる限り最強の肉体が欲しいと。

「だから脳を何十にも増やして、並列思考を可能にした。 脳の一部は機械化して、機械による思考補助も出来るようにした。 ちょっとやそっとの暗殺では死なないように、遺伝子を操作して、最強の肉体も作った。 この戦艦は、私にとって、最高の入れ物というわけだ。 サイボーグとしての体なのだよ」

くつくつと、皇帝は笑う。

かくして人類史上最強の頭脳と肉体を手に入れた皇帝は。

圧倒的な能力を生かして、国をまとめ上げると。二百年掛けて、周辺国家を次々併呑していったそうだ。

そして、私の国も。

此奴の。

触手が絡み合って出来ている、化け物みたいな皇帝の手に落ちたというわけだ。

「どうして私に、そんな話を」

「お前が同類だからに決まっている」

「どう、るい?」

「何だ、自覚が無いのか。 そういえば、データにあったな。 お前の経歴と記憶は、綺麗に消されているのだったか」

鏡を突きつけられる。

其処には。

全身が緑色で。

赤黒い斑点が体中に浮かんでいて。

そして、目からは、常時真っ赤な血液が流れ出ている。私の姿が、映し出されていた。

何が起きたのか、分からない。

鏡は、私の部屋にもあったはずだ。

これは、何の冗談だ。

「お前の部屋にあった鏡は、デザイナーズチルドレンとして最適化したお前の姿を、一般的な人間と同じように補正する仕組みが仕込まれていたのだ。 お前が脱走しても生きていけないように、お前の両親とお前の国は、お前をそもそも普通の人間とは違う容姿に、作り上げたのさ」

声も出ない。

全身が恐怖ですくみ上がって。

そして、現実を思い知らされて。

私は頭を抱えて、絶叫していた。

カプセルの中で、音がわんわんと響く。

私は。

外では、もはや何をどうしても、生きることは許されなかったのか。

「記憶についても、封印が掛けられているな。 解除してやろう」

「や、やめ」

「これを見ろ」

触手が目の前に突きつけてきたのは、何だろう。

カードキーだろうか。

それを見た瞬間。

奔流のように、私の中に、記憶が流れ込んできた。

「政府としては、あなた方のお子様を引き取らせていただきたいと考えております」

ふとった、冷酷そうな男が、そういう。

私は、乳母車の中に、うっちゃられていて。ぼんやりと、その男を、下から見上げているばかりだった。

乳幼児のころの記憶か。

そういえば、人間は基本的に、覚えた事は忘れないとか聞いたことがある。

「それは有り難い。 どうせ高く売るつもりだったのです。 政府で引き取ってくれるなら、言う事も無い」

父親らしい奴の台詞。

そうか。私はそういえば。

最初から売り払われるために、作られたのだ。

母親らしいのもいう。

「この時代に、わざわざ腹に入れて産んだんですもの。 高く引き取って貰えるなら、願ったりですよ」

「それでは、此方の書類にサインを」

何のためらいも無く。

両親は、私を売った。

やめてくれ。

こんな光景は。

いや、違う。この後は。

私は、同じような境遇の子供達といっしょに、狭い家に連れて行かれる。其処で色々なテストをされた。

成績が悪い子は。

みんなの見ている前で、処分された。

「お前達を飼うのには、莫大な金が掛かる。 だから、金にならないと判断した者は、こうして処分する」

すくみ上がる子供達。

今日、誰が殺された。

新しい子が入ってきた。

ビリになって、その日のうちに殺された。

潰れた肉塊が、食べ物に混ぜられていて。食べなかったら、その場で殴られた。

殺されないようにするには。

必死に、周囲を蹴落とすしか無い。

私は。

今まで一緒にいた子を蹴落として。その肉を喰らって。必死に、必死に生き延びていった。

怖かったのだ。

殺されたくなかった。

肉にされて。食べられたくなんてなかった。

そんなのは嫌だ。

絶対に、死にたくない。

だから、他の人を殺してでも、生きたかった。

ああ、そうか。

それで、戦艦を作ったときに、とても強い罪悪感を感じたのか。何しろ私は、おおぜいおおぜいおおぜいおおぜいおおぜいおおぜいみんなを殺して、今まで生きてきたのだから。生き残っても、たくさんたくさん人を殺して。

絶叫が、喉から迸っていた。

私の居場所なんて、この世には何処にも無くて。

人間として生きる場所も、この世の何処にもありはしなくて。人間が知ったら、処分されるだけで。

そもそも、親に売られるために作られて。

そして、人を殺すためだけに生かされてきたのだ。

「効果はてきめんだな」

皇帝が、触手を動かして、カプセルを開ける。

そしてオモチャを取り出すかのように、私を引っ張り出した。

触手の中には、注射器をもったもの。メスを持ったもの。そして、よく分からない機械を掴んだもの。

「これより、お前の手術をはじめる。 まずは寿命を設定している因子を取り除き、がん細胞に対抗するためのナノマシンを永続化する。 そうするだけで、お前は外で死ななくなる」

「や、やめて」

「ほう?」

「もう、やめて! こんなの、死んだ方がマシ! 死んだ方がマシだ!」

必死に、身じろぎする。これから皇帝がすることは、わかりきっていた。私を使って、戦艦をたくさん作らせて。

宇宙中を侵略する。

「死んだら、お前の脳を私に取り込んで、一部とするだけだ。 勿論意識はすぐによみがえる」

「……っ!」

「まあ古い映画に出てくるゾンビのようなものだな。 そうなるより、まだ生きている方がマシだろう?」

くつくつと、皇帝は嗤う。

暴れる手足を、触手が取り押さえて。あっという間にパジャマを剥ぎ取られてしまった。パジャマの下の素肌も。

緑色で。

斑模様が全身に浮かんでいて。

下の毛まで、色がおかしい。

思うに私はあの部屋で、認識がおかしくなる催眠か何かをかけられていたに、違いなかった。

注射されて、意識が吹き飛ぶ。

後は、ただひたすら悪夢だ。

無数の手が、迫ってくる。

上から右から左から下から。前から後ろから。

血だらけの手が、怨嗟の声とともに伸びてくる。

お前のせいで、俺は殺された。

家族は皆殺しにされた。

貴様が作った戦艦に、俺の星は吹き飛ばされた。

殺してやる。

絶対に殺してやる。

今すぐ、八つ裂きにしてやる。

伸びてくる手が、私を掴む。全身を掴んで、引きちぎろうとする。声も無い私は、全身を掴んだ手が、肉を引きちぎる様子を、ただ見ていることしか出来なかった。

 

4、永遠の牢獄

 

気がつくと、ベッドに寝かされていた。

今までいたのと、同じような小さな部屋。

其処でぼんやりと天井を見つめる。

気がつくと、ベッドの脇には。今まで使っていたのと、同じ端末が置かれていた。多分工廠から、持ち出したのだろう。

全身は緑のまま。

そういえば、部屋に来た軍人共が、妙に気持ち悪く見えたのは。認識阻害で、私の方が、正常に物事を見られないようになっていたから、なのだろう。

「新しい部屋の心地はどうだ」

「最悪」

天井近くから声がしたので、毒づく。

モニタが降りてきて。

あの女の子供の姿が映り込んだ。此奴の帝国の人間共は、皇帝陛下が触手の化け物で、普段はよそ行きに子供の姿を作っているとか知ったら、どう思うのだろう。

「お前の懸念はもっともだが、私はずっと昔から国民に姿をさらしている。 我が国の民は、私の姿を知っているのだ」

「へえ……」

「お前には、前と同じく、戦艦を作ってもらう。 工廠は全て此処に集約するから、今まで以上の効率での作業が可能だ。 なお、他の工廠にいたデザイナーズチルドレンも、私が抑えてある。 部下として使え」

いきなりそんな事をいわれても。

だが、どうしようもない。

仕事が無いときは、外に出ても良いと言われた。ただし、勿論当然のことで、護衛がつくそうだが。

緑色の肌は、明らかに人間と違うように、デザインされたもの。

血が目から流れ出るのは、新陳代謝の結果。だけれども、今はもう、目から血は流れていないようだ。

遺伝子的に、あの皇帝がいじくったのだろう。

私は勝手に、そう想像した。

そうすると、皇帝がその通りだと応えた。

どうやらあの化け物は、心を読む力があるようだ。滅多な事を考える事が、そもそもできない。

おぞましすぎる。

「あんたはそんな姿になってまで、宇宙が欲しいの?」

「以前も言ったが、経済的な理由から、統一政権が求められている。 だから私は、国の王として、他の国々を潰すか膝下に組み伏せて、統一政権を作る。 ただ、それだけのことだ」

「あんたのなんだっけ、野心とかじゃないの?」

咳き込む。

理由はすぐに分かった。今まで、喉なんてろくに使ってこなかったからだ。少し喋っただけで、喉がいがいがする。

それに、少し前に。

真実を知らされて、絶叫したとき、酷使した。

その悪影響も、あるということなのだろう。

「確かに野心もある。 だが私の場合は、野心よりも合理性の問題だ。 思考回路も、欲よりも理屈を優先するようにして動かすように設計してある」

「まるで機械ね」

「元々、指導者というものは、国を動かすマザーコンピューターだ」

通信が切れる。

私はベッドの上で身を起こすと。小さくあくびをした。

これから、どうすればいいのかよく分からないけれど。とりあえず、外に出ると言う事をして見ようかと思った。

コートをかぶせられて。

そして、側に屈強な男が四人もついた。

私がいたのは、どうやら元々私が生まれた星に、皇帝が用意した家らしい。此処から遠隔操作で、宇宙空間にある工廠を操作する、と言うわけだ。

空に光がある。

あれはこの星を照らす恒星だろうか。

周囲が妙に明るい。

ライトが無くても、明るいものなのだなと、私は他人事のように思った。

「あんたたち、何処にでもついてくるの?」

「皇帝陛下から命じられていますので」

「あの悪趣味な触手に?」

「言葉を慎まれませ。 皇帝陛下は言動で人を罰することはありませんが、貴方が周囲から不興を買います」

驚いた。

本当に、皇帝は人間共に慕われているらしい。

私なんて、人間を養うためだけに作られて。同胞の血肉をくらいながら、必死に生きてきたのに。

「それで、どちらへ行かれるのですか」

「わかんない。 適当に歩く」

「それならば、此方へ」

言われたまま、ついていく。

そうすると、周囲が家ばかりだったのが。見る間に、大きな建物が増え始めた。

或いはこれが、都会という奴なのだろうか。

工廠内を行き来するのに使っていた(私は使ったことが無いが)、ロボットカーみたいなのが走っている。

乗っているのは人間。

なるほど、あれは人間輸送用のマシンか。

少し暑くなってきたけれど。

パーカーは脱ぐなと言われているので、その通りにする。どうせ私を見た人間は、良いようにはしないだろう。

皇帝も私と同じ化け物だと思うのだけれど。

此奴らにとって、皇帝は神に近い存在で。私は化け物なのだろう。

なんだか納得いかないけれど。

正直どうでもよい。

しばらく、日の下をぶらぶらと歩く。地面は固くて、良く整備されている。見たことが無いものばかりだけど、何となく知っている事柄も多かった。

多分、あの孤児院で、刷り込み式に知識だけは叩き込まれたのだろう。

ふと思いついたので、聞いてみる。

「私の両親はどうなったの?」

「データによると、既に亡くなられています。 お二人とも、貴方が稼いだお金で楽な生活をした結果、体重が五百キロ近くまで増えてしまい、心臓を悪くしてなくなられたようです」

それは凄まじい。死んだときは、肉の塊だったというわけだ。乾いた笑いも漏れない。私が人殺しの道具を作って、必死に稼いだお金で。無意味極まりないほど飲み食いして、寿命を縮めたというのだから。

私は、何のために働いたのだろう。

自分の子供を、金儲けのための道具として作って。それで好きなだけ飲み食いして。

子供は非人道的な施設の中に閉じ込められて。人を殺すための道具を、延々と作り続けて。

外も歩けない体にされて。

ああ。

何だか私は、なんのために、生まれてきたのだろう。

「もういいや。 此処は、私にはまぶしすぎる」

「何か食べて行かれませんか」

「いいよ。 食べ物だったら、いくらでも差し入れしてくれるんでしょ? 人間がたくさんいる場所には、あまり行きたくない」

そこら辺を歩いている奴らも。

私の両親みたいに、デザイナーズチルドレンを作って。そいつらに稼がせて、楽な生活をしていたのかも知れない。

そう思うと、反吐が出そうだった。

「この国は、簡単に落ちたの?」

「ええ。 既に行政関係は、皇帝陛下が把握しています。 膨大な情報を単独で処理できるのは、皇帝陛下だからこそ、でありましょう」

「……そう」

考えて見れば、そうか。

私達みたいなのに働かせて、自分たちは豚よりも酷く太って。

そんな連中が、戦争なんて出来る訳がないか。

「前の部屋よりは広い場所で暮らせるんでしょうね」

「それは保証します」

「ありがと」

もう、どうでもよかった。

鳥の鳴き声も虫の声も、ただ五月蠅い。

風の音も、日の光も、私には明るすぎる。

草木の緑は、目に痛い。

私は。

結局、闇の中にしかいきられない、穴蔵の中の生き物に過ぎないのだろう。

 

与えられた自室に戻る。

前よりもずっと広い。

何だか言う超光速通信技術で、衛星軌道上にある工廠にはほぼリアルタイムでアクセスできる。

脳波操作装置も、前と同じように配置されていた。

皇帝が、話しかけてくる。

天井近くにモニターがあって。そこには、皇帝の人間としての姿の。上半身だけが映し出されていた。

「気分はどうか」

「最悪よ。 現実を知るって、こうも気色が悪いことだったとはね」

「そうかそうか。 とりあえず、お前に名前を与えなければならないな」

「お好きにどうぞ」

名前か。

一人だけの空間では、そんなものは必要なかった。

私にとっては、自分と言う事が認識できれば、それでよかった。

孤児院にいたころは、ナンバーがふられていた気がする。

勿論両親は。

私に名前なんて、くれなかった。

仮にくれていたとしても、ろくな名前では無かっただろう。

「ではお前はツルギだ。 古代、武器の一種を示した言葉だ」

「皇帝陛下の武器というわけ」

「そうだ。 お前は優秀な技術者として、帝国の軍備を下支えする。 そして私は、それを使ってこの銀河系を統一し、人類世界に初めての統一国家を作り上げるのだ」

もう、どうでもいい。

剣だろうが何だろうが、私にはもう。

生きている事そのものが、どうでもよくなった。

ただ、そのまま眠り続けるよりは、まだ働く方が良い。

さっそく、最新鋭の戦艦を十隻。巡洋艦を五十。駆逐艦を三百作れと言われた。

工廠を並行稼働できるから、この規模の製造も難なくこなせるというわけだ。衛星軌道上にある工廠は、ざっとアクセスしただけでも五十を超えている。私のように、彼方此方に散らばっていたデザイナーズチルドレンが、これから手足となって働くから。この規模の宇宙艦隊も、恐ろしい速さで建造できるというわけだ。

「一万隻とかは作らせないの?」

「最新鋭艦を順次作っていくのだ。 技術は日進月歩で進化していくからな。 一度にたくさん作りすぎても、陳腐化する」

「ふうん……」

「作成の指示は私が出す。 お前は余計な事を考えず、戦艦を作り続けろ。 勿論くだらないことは考えるなよ。 精査は私がしているから、認識はしておけ」

この辺りは、前と同じか。

仕事は恐ろしいほどにスムーズに進んだ。

皇帝の指示はよどみが無くて。

間違いようが無かった。

私は、また。

戦艦を作るためだけの、道具になった。

前と同じ。

ガラスに入れられた魚が。ただ、水槽に入れられただけ。見張っているのは、人間では無くて化け物になり。

そしてより多くの人間が、私が作った戦艦の主砲で吹き飛ばされ、死んでいくのだ。

私は結局、檻に入れられ続けている。

逃げ出すことは考えない。家畜だから、だろう。人間より優れた性能を与えられた私は、結局家畜として定義されて。人間の形でありながら、人間とは違う見た目を与えられたが故に、逃げ出しても生きる場所は無い。

檻の中に生きている、ただの哀れな生き物。

化け物である皇帝は。私に憐憫など覚えたのでは無い。ただ道具として使えると判断したから、手元に置いたのだ。

黙々と、仕事を続ける。

死ぬ畏れは無くなった。

その代わり。

もはや逃げ出すことは、永遠に不可能になった。

 

5、奈落の底

 

なにやらきな臭いな。

そう思った時には、全てが終わっていた。

皇帝が親征したその隙のことである。

私がいた星で、クーデターが起きたのだ。やはりどれだけ人間を超越していたとしても、皇帝も全能じゃ無い。

不満分子が燻っていることにも、気付いていなかったのだから。

クーデターは、皇帝によって滅ぼされた国の人間達によって起こされて。少なくとも、私がいる星は一時期制圧された。

私は、逃げ出す暇も無かった。

皇帝の艦隊は遠い宇宙にいる。

星にいた駐留部隊は、クーデター軍と激しい戦いをしているけれど。星の奪回には到っていない。

宇宙艦隊の一部が戻ってきたけれど。

私をはじめとする重要人物が人質に取られていて、どうしようもなかった。

私は捕まった。

抵抗する方法なんてなかったし。

あったとしても、どうにもならなかっただろう。

クーデターを起こした禿頭の老人は。縛り上げられて、連れてこられた私を見て、鼻を鳴らした。

「何だこの気味が悪い生き物は」

「この星系を収めていた国家が作り上げたデザイナーズチルドレンのようです。 一種の生体ロボットとして、高度な仕事をさせていたようですね。 逃げ出すのを防止するために、このような醜い姿にしたとか」

「ふん、牢に入れておけ」

見るのも汚らわしいという風情で、クーデター軍の指揮官が命令すると。

私は乱暴に引っ張られて、牢に放り込まれた。

今は薬が無くても生きていける体にはなっているけれど。それでも、痛いと思うし、つらいとも感じる。

牢の中はじめじめと湿っていて。

人質を手厚く遇する気なんて、司令官には無いのが分かった。

「必ず皇帝陛下が助けてくれる」

隣の牢の奴は、そんな事をいっているけれど。

それは多分無い。

皇帝にとって、多分人間は数字でカウントする存在だ。私自身が彼奴と接したことがあるから、よく分かる。

彼奴は多分、自分を一度無惨に殺した人間を憎んでいる。

私も、内心では同じかも知れないけれど。

彼奴の場合は、もっと明確に、人間という存在に、強い敵意をぶつけている。

私は殺される。

それは、もう確信できていた。

隣の牢の奴も、助からないだろう。

司令官が来た。

ゴミでも見るような目で、私を見下ろしていた。

「皇帝が一部の部隊を戻してきた。 其処で、我々は撤収する」

「そう、それで」

「生意気な化け物が!」

いきなり切れた司令官が、牢を蹴る。ぐわんと、凄い音がした。

私は別にどうでも良いので、動じない。それにしても、気が短いお爺さんだ。若者よりも、時に老人の方が、気が短い。

「お前は此処で人質としていてもらう」

「ふうん……」

なるほど、読めた。

此処に人質を留め置いて、自分たちはさっさと逃げ出す、と言うわけだ。

多分此処に爆弾か何かを仕掛けて、自分たちが攻撃された場合は、自爆するように仕込む。

そして無事に逃げおおせた場合も、私達を生かしておく理由なんて無い。

通信が途切れたら、その時点でドカンというのだろう。

笑ってしまう。

「何か勘違いしているようだから言っておくけれど」

「何だ化け物」

「あの皇帝陛下は、あんた達が考えている以上の化け物だよ。 私達なんて、皇帝にとってはどうでもいい。 多分貴方たちを殺す事を最優先するだろうね。 宇宙で逃げられるとでも思ってる?」

「お前はこの国で、最新鋭艦を造り出す重要な立場にいるのだろう? 変わりが無い存在を、そうむざむざと失う判断を」

するね。私はそう断言する。

流石に鼻白んだ司令官。

此奴は分かっていない。あの皇帝は、自分の覇道だけを優先する。だから、そのための犠牲は、まるで怖れていないのだ。

青ざめた司令官は、そそくさと牢の前を離れていった。

隣の牢の奴には気の毒だけど。

これは助からないだろうなと、私は思った。

 

気がつくと。

私は、白い手術着みたいのをきて、ベッドに転がっていた。

何が起きた。

記憶がいきなり飛んでいる。

手を見て驚いたのは。白い手になっていることだ。緑でもないし。斑点だって浮かんでいない。

鏡に顔を写してみる。

何というか、普通の人間らしい顔になっていた。

此処は、何だろう。

見回すが、少なくとも私の部屋じゃ無い。

私が仕事をするための装備は揃っているが、それだけだ。

「気分はどうだ」

天井から降りてきたモニタには、皇帝の顔が映り込んでいた。

何が起きたか分からない私に。皇帝は、悪夢としか思えない事実を告げる。

「お前は死んだ。 テロリスト共が、爆破してな。 お前をはじめとする私の部下達五十名ほどと一緒に、木っ端みじんだ」

あの牢の記憶はあるけれど。

どういうことだろう。

あの後、すぐにどかんとされたのだろうか。

「お前の知識と記憶は、バックアップを私が取っていた。 あそこにいた部下達も、大半はな」

「……え」

「肉体の方は細胞から再現した。 何、クローン技術を用いれば難しいものじゃあない」

確かに、クローンと言われる技術があるとは、私も聞いているけれど。此処まで、好き勝手に出来るものなのか。

ぞくりとする。

私は。

もはや。

死ぬ事でさえ、皇帝の下からは逃げられないのか。

「記憶はクローンの方に移し替えた。 まあ爆発の前後二日くらいの記憶はないが、それは許せ」

「この体は……」

「特別サービスだ。 あのままだと、お前としても生活しづらかろう。 これからは大手を振って外を歩けるぞ。 その気になれば子供だって産める。 前の体では産めなかったことに、気付いていたか?」

けらけらと、皇帝が笑う。

分かっている。皇帝が笑っているのは、これで恩を与えて。より私を、完璧に使えると思っているからだ。

体も多少は軽く感じる。

おそらく、私が逃げられないように加えられていた枷が、外されているのだろう。

頭の方は、前と変わりないようだ。

この辺り、さすがは皇帝と言うべきか。人類を軽く超えている化け物だけはある。それならば、クーデターを防いでくれれば良かったのに。

それに、これで皇帝には恩が出来たわけで。私は、ますます此奴の下から逃げる訳にはいかなくなった。

何一つ、状況は変わっていない。

「さっそくだが、戦艦を50、空母10、巡洋艦200、駆逐艦を500ほど作ってもらおうか」

「一つ聞いて良い?」

「何か」

「私に利用価値があったから、こういうことをしたの?」

私にとっては、多分。

死ぬ事が、一番の幸せだったはずだ。

皇帝はこの様子では、私が事故死したところで、復活させるだろう。記憶も勿論もったままで。

記憶も、生死も。

もはや私には、自由にはならない。

「何を言っている。 お前に利用価値が無かったら、そもそも助けてなどいるわけがないだろう」

「私は道具という訳ね」

「何を今更。 宇宙にいる全人類が私の道具だ。 そして私も、全人類にとっての道具である。 それで良いでは無いか」

さすがは化け物と言うほか無い。極端というか、徹底しているというか。少なくとも、自分を特別扱いしていない所は凄いと思う。

「もし私を解放してくれるときがあるとすれば、それはいつ?」

「宇宙を統一しても、兵器は必要になる。 だがお前に廻す仕事そのものは、減るだろうな」

「つまり減らしはするけど、解放はしないと」

「諦めろ」

そうか、私は諦めなければならないのか。

ベッドから起き出すと、外に。

どうやら私は、宇宙ステーションにいるらしい。窓からは、惑星が見えた。彼処で私は死んで。

そして死ぬ事さえ許されない体になった。

じっと、惑星を見る。

私は、どうしてこのような事になってしまったのだろう。

私を作った両親は、生きたロボットとして、私を設計した。それは私の前で、あのクーデター軍人共が言っていたし。私自身もそう思う。

此処から外に飛び出しても。

皇帝はすぐに、新しく私を作り直して、働かせるだろう。

もはや私の体には、無数の鎖ががんじがらめに絡みついて。

逃げる事を許さなかった。

私にとって、この世は。

その全てが、牢獄だ。

「ツルギ様」

軍人の一人が、私を見つけたらしく、声を掛けてくる。

此奴はひょっとして。隣の牢にいた奴か。

「陛下のために頑張りましょう。 今回の件でも、陛下がどれほど慈悲深いお方かは、ツルギ様にもよく分かったかと思われます」

「ええ、とっても慈悲深いね」

「でありましょう。 故に私は陛下のことを尊敬しております」

無邪気な言葉に、私は返す言葉を持たなかった。

自室に戻ると、言われたとおりの破壊兵器を作る。

私にとって、唯一の存在意義を果たすときだけ。

私は、ロボットでありながら。自主的に動く事が、出来るのだった。

それが、たとえ命じられて、やっていることだとしても。

結局、永久に私は、牢から出られないとしても。

 

(終)