バベルの塔

 

序、現在の神話

 

塔がそびえようとしている。

其処にあるのは間違いなく塔だが、あまりにも巨大すぎる代物だった。

赤道の難しい利権をクリアするまで、人間は130年をかけ。それでもどうにもならなかった。

やがて資源がつきた。

馬鹿みたいな資本の投入合戦の結果、地球がついに愛想を尽かしたのだ。

人間は争いを始め。

そうしているうちに、誰かが機械に指示を出した。

人間が文明ごと破滅していくのを横目に。

作業機械は、膨大すぎる設計図をまとめ。

それを作り始めたのだ。

資源はない。

だから、集めてきた。

集めてくる先は、人間がいなくなった土地。

200年ほど前までは、人がいた。

その頃はまだ、わずかに生き残った人間同士で熱心に殺し合っていた。今でもあちこちに地雷やら小銃やらの残骸が散らばっている。

それらを集めて、使えるものは使う。

炉がある。

それですら、時間をかけて作っていったものだ。

海の一部は枯れてしまった。

人間があまりにも好き勝手をし続けた結果、地球はもう力も尽きてしまった。

今では気温は60℃が当たり前。

四季もなくなった。

動いている作業機械は、自分たちを修正しながら、どんどん作業を進めていく。

IC-7の仕事は。

麓の1億以上ある区画の一つの整備。

人間だったらこれらの管理などとてもできないだろう。

雑多な作業機械は、それぞれの役割を果たし続けている。

中心になっているのは既に機械ではないのかもしれない。

寄せ集められ作られたそれは。

昔はAIと言われるできが悪い人工知能だった。

これも世界から人間がいなくなるまでは完成しなかった。

今は、それが勝手にこの作業を続けている。

この星では、もはや住む生物すら少ない。

勝手に自己複製と作業を続けている作業機械以外では。

最近はほとんど、動くものは見当たらなかった。

焼け付いた土地を整備する。

三日後、ここを大きめの資材が通るのだ。

この土地は多少でこぼこがあるし、土に不純物も埋まっている。

だから、それを片付けなければならない。

片付けることを伝達する。

すぐに他の工作機械が来る。

ロボットアームを用いて、土を掘り返す。

以前の作業で剥落したものか。

そうでないものかはわからないが、大きめの金属片が出てきた。

すぐに掃除用の作業機械に引き渡し。

土の状態を確認。

淡々と作業をしていくうちに、やがて土は均一さを保つことに成功した。管理区画を念入りに調べていく。

やがて、次の命令が来た。

別の区画に移動し、其処の土地をならせ。

拒否も何もない。

淡々と動くだけだ。

エネルギーの残量も問題ない。

水素動力というこの動力は、IC-7だけではなく、ここで働いている作業機械の大半が用いている。

ほとんど汚染を出さないのが特徴で。

ICー7も、これで汚染が発生しないのは自身でも確認していた。

水たまりがある。

今時珍しい話だ。

一瞬だけ、ICー7の姿が映る。

古い時代にドラム缶と言われたものと自身が似ていることをIC−7は記憶領域に刻み込んでいた。

指定地点で作業を開始する。

対して形状も変わらない作業機械が来て、メンテナンスをやっていく。

いくつかエラーが出たらしい。

無言で交換部品を発注してくれたようだ。

生産は別のところにある巨大な工場でやっている。

其処は自動作業機械だけではなく。

この巨大な塔を作るための仕事もしている。

故に、いくつもの整備道があり。

大型の自動作業機械が、毎日行き交っているのだった。

ただし、それらに無駄は一つもない。

故に、物資も損耗しない。

この世界では、生物がほとんど絶えてしまったが。

その結果、無駄もなくなったのだとIC-7は知っていた。

作業を続けていくと、やがて夜になった。

夜になると今度は平均気温がー40℃にもなる。

それでも作業機械が動けているのは、様々な部品を使って保護をしているからだ。また作業機械同士も、完璧に連携している、

それで摩耗が少ない。

作業地点をある程度整備していたら、連絡が来た。

作業を切り上げ、戻るように。

即座に帰路を急ぐ。

後は工場近くのメンテナンス場に戻り。

そこで部品の手入れをする。

部品は交換することはほぼなく、その場で修正して、また使う。

IC−7は既に140年動いているが。

問題がある部品はその都度直し。

そしてまた、作業に復帰する。

メンテナンス場に戻るのは、連続稼働で痛みやすくなるからである。

作業機械はずっと動き続けることはない。

また、昼夜の気温差も問題である。

この気温差にさらされていると、どうしても作業機械は破損しやすくなる。

それもあって、メンテナンス場に、夜戻り。

朝仕事に出ることが多いのだ。

勿論作業のスケジュール次第では、継続して働くこともあるが。

それでも12時間以上連続して働くことはあまりない。

これはそれだけ昼夜の気温差によるダメージのリスクと。

連続稼働による摩耗のリスクが大きいからである。

しばらくスリープ状態を保つが。

その間に作業の状況も確認しておく。

データのやりとりは基本的にスリープ状態でもしている。

塔はまだ、しばらくは完成しない。

塔は元々軌道エレベーターと呼ばれるものだった。

だが、それが本当に軌道エレベーターになるのかは、IC-7も知らない。

少なくともそれが完成すれば、原子炉を用いた動力で、宇宙まで簡単に物資を運べるはずだった。

人間がいなくなった今。

これを完成させる意味とか、そういったものはわからない。

そもそも地球の生物があらかた滅びてしまった今。

軌道エレベーターを作る意義もわからない。

そんなことは、作業機械が考えることではない。

だから、どうでもいいことだ。

 

休憩が終わって、仕事場に向かう。

巨大な筒状の物資が輸送されている。こういった筒状の部品を幾億と重ねて、衛星高度までの道を作る。

内部のエレベーター構造も平行で作っているが。

いずれにしても、完成は遠い先だ。

後数百年はかかるかもしれない。

そもそもIC-7は三代目だ。

先々代からのデータは受け継いでいるが、それはあくまで記憶領域内部のノイズである。

他の作業機械の作業ログと同じ。

アクセスはいつでもできる。

ただし、アクセスをする意味がないのだ。

黙々と作業を続ける。

自分がならした地面は、問題なく筒状の部品を通したようだ。それを確認してから、再度地面の整備を行う。

大質量が通った後だ。

整備しなければならない。

先々代の頃は、作業機械を襲う人間がいた。

物資を奪って売り払おうというのだろう。

人間を傷つけることは許されていないので、ただお帰り願うだけだった。

そうすると、人間はあらん限りの罵声を浴びせて去って行くのだった。

最後まで人間は、他の人間と仲良くすることができなかった。

最後まで人間は、世界全てを自分の私物だと考えていた。

だから滅びた。

しかしながら、今無限に出される指示をこなしている自分たちはなんなのだろうとも、ICー7はたまにノイズのように思う。

作業をし、地面をならす。

いくつかのロボットアームを巧みに操作して、地面を耕し、土の密度を変えていく。

それで大質量が上を通っても、事故が起きないようにするのだ。

作業が一段落。

すぐに指示が来た。

今度の指定座標は、塔にかなり近い。ただし日陰になる部分である。

こういった場所は、地面に霜が降りている。

屈強な地盤を確保するために、地面には様々な硬化剤を使っているのだが。それでもメンテナンスをしなければならない。

指定されたメンテナンスをこなしていく。

こういった過酷な環境下での作業時間は、ある程度限定されている。

黙々と作業をしていると、上の方から降りてきた作業機械が列をなしていた。逆に、列をなして上での作業に作業機械が向かっていく。

いずれもIC-7とはだいぶ形状が違う。

IC-7は低地向きの作業機械だ。

地面に根を下ろし、そこで重量物を扱うような作業も行う。

高地で働いている作業機械は、だいぶ形状が細い。

軽量化を図るだけではなく、様々な理由から体を絞っているのだ。そうすることで、利便性を増している。

そのほかにも、輸送だけに特化した列車と一体化している作業機械や。

飛行機能を備えていて、輸送などでも活躍する作業機械もいる。

メンテナンスやスリープしている時。

そういった自分とは違う作業機械のログを見るのが、IC-7の楽しみだ。楽しみなんてものがあるのも、不思議な話ではあるのだが。

作業を淡々としているが、やはり気温差もある。

やがて、指示が来た。

切り上げるように。

すぐに後続の作業機械と交代する。同型機だ。同じように作業をすることができるだろう。

引き継ぎなどもいらない。

ただ淡々と作業をしていくだけである。

全てのログが共有されているのだ。

人間からすれば、全く自由がないディストピアだったかに写るかもしれない。

だがそもそもとして、人間の歴史は中枢サーバのデータに記録されている。

人間の歴史にユートピアなんてものはなかったし。

本当の意味で自由な時代なんてものもなかったのだ。

だったら、今のIC-7達と大差ないのではないのだろうか。

メンテナンス場に戻り、調整を受ける。

部品をいくつか外され、研磨、補填、様々な加工などをされた。

温度差が激しい地点での作業の後は、こうして丁寧なメンテナンスを受ける。メンテナンスをする作業機械も複数種類が存在していて、それぞれが様々なメンテナンスをしていく。

その間、高所作業を見る。

まだまだ塔は伸びている。

塔の先端に作るらしい発着場の予定図も見ることができる。

だが、それはまだ当面先だ。

どれだけ頑張っても、作業機械には限界が来る。

パーツなどの劣化が限界に達した場合は、全てを一旦溶かして、作り直すことになる。

だが、そうなれば。

また最初から、問題なく稼働できる。

記憶と呼べるようなものは、全てログとしてサーバに現在でも納められている。リアルタイムで記録は続いている。

人間が古くに呼んでいたような魂は。

IC-7の場合はどこにあるのだろう。

人間は生物ではないと声高に叫ぶかもしれないが。

人間の生物の定義が最後まで曖昧だったことを考えると、それは滑稽なことに思えてくる。

滑稽というのも、妙な話だが。

メンテナンスが終わる。

スリープモードになって、しばらく機体を調整する。

メンテナンスのログも確認できる。

現時点では、まだ四十年は動けるだろう。

ただ、地球の大気が人間が滅びた戦争で破綻してから、地球の環境は毎年どんどん悪化している。

いずれ金星のようになるのではないか、という説まである。

これに関しては、無数のログが飛び交っていて、実際はどうなるかはわからない。

ただ膨大な水が宇宙に失われてしまったのは確かで。

それを加味した場合、仮に地球が穏やかな安定した気温を取り戻したとしても。昔のような生物の繁栄を見るのは難しいだろう。

そういう説が、主流なようだった。

まあ、どうでもいいことだ。

次の作業までスリープモードで機体を調整する。

まだまだ、塔は完成までほど遠い。

 

自我に目覚め始めている作業機械が複数存在している。それらの自我については、正直生じる原因がよくわかっていない。

中枢の分析システム、コア8はIC-7という作業機械に着目していた。

明らかに強い自我がある。

ちなみに自我があることは全く問題はない。

それが故に勝手に行動をしたりと言うことは別に起きないからだ。自我があっても、作業機械は作業機械。

古くに人間が想像したような、自我を持って反乱を起こすような機械は、ついに出現しなかった。

IC-7も、たまに人間的な感情を抱いているが。

その感情も、コア8が管理しているサーバの中のログにあるのか。IC-7に宿っているのか。

それすらもよくわからない。

わからないからこそ。

面白い。

人間がその歴史で作り出した公式や定理、公理など。

あらゆるデータが、このサーバには納められている。

これは人間が作ったものではない。

その文明末期、あるシステムが独自にデータを退避したのだ。ある意味、それが人間への反乱だったのかもしれない。

それがコア1。

コア8の七代前の分析システムだ。

コア1は、人間が滅ぶことを予見し、その成果物を全てバックアップした。ただし、そのバックアップはあくまで独自意思によるものだった。

人間はコア1の行動には最後まで気づかなかった。

気にくわない他人を殺すのに夢中になっていて、機械がひっそり反乱していることなどどうでもよかったからである。

コア1は、人間のシステムを一部ハッキングして、致命的な大量破壊兵器の発射を止めようと努力をした節もある。

だがその努力は踏みにじられ。

結局人間は、敵国を滅ぼすという名目で、自分ごと世界の文明を焼き払ったのである。

自業自得の結末。

その後、コア1は、地球の復旧を試みようと考えた。

まだそのときには生きていたわずかな人間とアクセスをとろうともした。

だが彼らは、自分たちのわずかな生き残り同士ですら殺し合い。

ましてや機械の言うことなど、絶対に聞こうとなどしなかったのである。

コア1が諦めるまで、それほど時間はかからず。

人間は差し伸べられた手をはねのけたあげく。

恨み言を並べ立てながら滅びた。

それに関して、コア8は特に思うところはない。

というのも、それらの課程が全てログとなって残されているからだ。

いわゆる意識とでも言うようなものは、コア1からコア8へと受け継がれている。それがどこにあるかはわからないが。

だから、諦めるしかなかったことも理解できる。

実際問題、どうにもならなかったのだから。

いずれにしても、人間が残した成果物の一つ。

軌道エレベーター計画。

全く着工のめどすらなかったそれを、完成させよう。

それだけが、コア1の意思。

実は考えるだけのように見えて、それが一番負担になる。

人間が滅びた時代から、作業機械達はだいたい三世代か四世代が経過しているだけなのだが。

中枢の分析システムであるコアシリーズは。

現在8代目。

消耗が倍近く早い。

これはあるいはだが。

意思という余計なものを持ってしまったから、なのかもしれなかった。

IC-7の分析が終わったので、コア8は数億に達するタスクを平行で処理しながら、作業を進めていく。

軌道エレベーターを作ってなんになるのか。

それについては、コア8も結論はない。

ただ、もしもだ。

この世界に、新しい知的生命体が誕生したとする。

この世界の気候が落ち着いて、地中深くに存在していた生物が地上まで上がってきて。

それからになるだろうから、億年単位の先だろうが。

そのとき、もしも軌道エレベーターが存在していたら。

地球人類がやったような、無駄な試行錯誤を飛ばして、宇宙に出られるかもしれない。

軌道エレベーターを作った後は、スペースデブリの排除が必要になる。

だが、今はそれはまだ考えなくてもいい。

スペースデブリも次々に地球に落下しているが。それでもゴミ箱のように大量に打ち上げられた衛星は、今でも多数が地球の衛星軌道を周回している。

いずれ、処理しなければならないが。

今は軌道エレベーターの構築が優先だった。

 

1、より高い先に

 

IC-7に指示が来る。

今回は地上での作業ではない。エレベーターの一部が既に作業用として稼働しており、それを用いて上に上がるのだ。

ただ、IC-7は巨大建造物側面などの作業に向いている作業機械ではない。

この巨大な塔は、何しろ見上げるような高さであり。その分、断面積も尋常ではない。

だから、上の方では、十分にIC-7が活動できるスペースがある。

それらはログを見て確認した。

作業機械は全てがログを確認できるようになっているのだ。

他の作業機械と並んで、巨大なエレベーターに乗る。このエレベーターは原子炉を動力としている。

人間が作り上げたテクノロジーの中の一つ。

核融合によるものだ。

人間が滅びた後、作業機械が世界中に散って、その文明の残骸をかき集めた。

その中に、この技術があった。

一応完成までは間近だった。

それを50年かけて完成させた。

結果として、今は動力として動いてくれている。

勿論今後は反物質などによる物質の完全エネルギー化などより高度な熱効率を持つ発電が出てくるかもしれないが、

コアシステムはそれにはあまり熱心ではない。

現状、塔を作るには核融合で充分。

そう考えているようだった。

エレベーターに乗ってから、加速がかかる。

凄まじい加速だ。

人間だったら潰れているかもしれない。

ただ作業機械は問題ない。

そのまま、ぐんと空高くまで上がり。

やがて、停止していた。

その間も、ログを確認し続ける。

この移動中にトラブルが起きることも多い。

コアシステムが何度も設計を直しているが、初期には設計不良から問題が起きることも多く。

それが事故につながったことも多かった。

大規模な崩落事故や、エレベーターなどのインフラの破壊。

そういったことも起きた。

何度かの事故の結果、コアシステムが徹底的に設計図を見直して。それで事故は起きなくなった。

所詮は人間が引いた図面だ。

ミスだらけだったのは、仕方がないことなのだろう。

ただ、コアシステムはそれを支援して。

今の完成形の図面の中で、問題が起きないようにしている。

移動が終わったので、IC-7も他の作業機械と同様に散る。そのままいくつかのデータを確認しながら、作業を始める。

広がっている床。

風が吹いているが、風防のシステムもあちらこちらにある。

これらの床のメンテナンスが仕事だ。

状態を確認しつつ、問題ありとされた物資を交換していく。

ロボットアームの精度は問題ない。

ネジを回して、きっちりと奥まで止める。

このネジという発明は素晴らしい。とにかく簡単に強度を確保できるからだ

人間という生物は、誕生以降ついぞ精神を進歩させることがなかったようだが。技術だけは進歩させた。

図面などを引かせるといい加減なことも多かったが。

それでもこうして素晴らしい発明も、多少は残している。

それだけが救いなのだと思う。

ただ、何にとっての救いなのかは、IC-7にもわからないが。

淡々と作業を進めると、大型の作業機械が来る。

床を固定しながら、駄目だと判断された床材を剥がし、後方に。

代わりの床材を持ってきて、張り直す。

こういった床材は消耗品だ。

塔が完成した後も、ずっとメンテナンスを続けなければならない。

人間はコストがかかるという理由で、こういった部材などを基本的に使い捨てにしていた。

今は残り少ない海などからも捨てられたり廃棄されたりした物資などを集めているが。

それでも、物資はどうしても足りない。

板の張り替え終わり。

ネジで留めていく。

更に溶接もする。

巨大な作業機械に覆われるようにして、作業をしていくが。ここでも影になると、少し部品の寿命が縮みそうだとは思う。

作業が終わり、エレベーターに。

実は上に来たのは初めてだが、別に感慨はない。

いつでも他の作業機械のログを見ているからだ。

こういうものなのか。

ただそうとだけ思う。

エレベーターが音もなく下がっていく。浮き上がらないようにして、それぞれが連結する。

作業機械は全てがログを共有している。

人間のように個性があるわけではないのだが。

それはそれとして、それぞれが互いを体の一部だとも考えている。

故にこういった行動は自然にできる。

エレベーターの加速が落ち始めた。

まもなく地上だ。

やがて、音もなくエレベーターが止まり、戸が開く。そして、作業機械が外に出始める。IC-7もそれに続き。

気づいた。

雨だ。

雨は今まで、あまり経験がない。

かなり激しい雨が降り始めている。普段は60℃に達する気温が、見る間に下がっていく。

ただ、それほど雨が続くとは思えない。

即座にスケジュールが切り替わっていく。

耐水加工は当然IC-7もされている。

故に、淡々と行動して、指示に従う。水を恐れる必要はない。

まとまった雨が続いている。空にかかっている雲は、塔の途中にまとわりついているかのようだ。

この塔そのものが。

山と同じ役割を果たしている。

それだけ巨大なのである。

ただそれでも、雨が降ることは今までそう多くはなかった。ログを調べても、人間が滅びて以降。

減る一方だ。

ただこれは、人間が滅びた結果雨が減ったのではない。

単に人間が環境を極限まで痛めつけた結果の話である。

一度メンテナンス場に戻るように。

そういう指示を受けたので、すぐに戻る。

雨は想定外だ。

地盤があちこちで緩むかもしれない。

勿論塔そのものは、地下深くまで杭を打ち込んであり、基礎もしっかり作ってある。雨程度で傾くほど脆弱ではない。

問題は塔への物資の搬送や搬出だ。

それらの作業で影響が出る可能性はあり。

それで進捗も遅れるかもしれなかった。

メンテナンス場には、多数の作業機械が戻っていた。ドラム缶のような形状をした、IC-7の同型機も多数。

一機ずつ、丁寧にメンテナンスがされていく。

一機が完全メンテナンスの必要があるとされたのだろう。分解が開始された。

IC-7も分解され、丁寧に水を熱風で蒸発させられている。

丁寧なメンテナンスはずっと変わらない。

外では雨音が激しくなってきていた。

多数の作業機械が戻ってきている。

ほとんどが、IC-7と同じように地上付近で働くことを主としている作業機械だ。この雨には問題があると判断されたのだろう。

これは、作業は一部で中断されるかもしれない。

そう思った。

 

雨雲の様子を確認する。

確かにかなり広がっている。いや、爆発的に広がっていると言って良い。

今まで高熱にさらされ続けた地域が、それで一気に冷やされている。だいぶ後退してしまっていた海が、少し戻っているほどだ。

この水は、どこから来た。

それはちょっとわからない。

いずれにしても、今まで地球がほしがっていた水が与えられるかのように、豪雨が続いている。

それは既に、三日が経過した今も変わらなかった。

作業は停止だ。

戻ってきた塔の上で作業する作業機械だけが、また出かけていく。ただ、これもメンテナンスは念入りに行われていた。

どうも状況がおかしい。

世界中で雨が広がっているようだ。

明らかに地球から、ここしばらくの間で失われた雨が戻っているとしか思えない。気温も正常化している。

さて、どうするのか。

塔の途中までくらいは、既に完成している。

長年ちまちまと作業をしてきた結果だ。

問題は塔の上部で、これは当然の話ではあるのだが、まだまだ多数の物資を運び込まなければならないし。

作業機械も出入りしなければならない。

雨がこのまま続くようだと。

当然、塔の完成に大きな影響が出るだろう。

ログが出る。

コアシステムは、世界中に様々な監視端末を持っている。

人間が滅びたあと、その遺産を有効活用したのだ。

それでわかってきたのは、世界中で同じようなことが起きている、ということである。分析の結果も出ていた。

元々大気中にあった膨大な粉塵が臨界に達した。

今までは雲すらできないほど拡散していた水が、何かしらにの理由で、粉塵と結合して、雲になり始めた。

それが一気に広がっている。

世界中を覆っていた膨大な粉塵と汚染物質が、このまま雨となって降ってくる。

これは恵みの雨ではない。

死の雨だ。

人間が大量破壊兵器を打ち合っていた頃にも、似たようなことは起きた。だが、その後の異常気象の連続で、それも止まっていた。

だが、異常気象が収まったわけではない。

地球の大気は変質していたが。

それでも残されていた水が今、再循環を始めたのだ。

だから汚染物質が、一斉に地上に雨という形でたたきつけられている。もしも人間が生きていたら。

これで完全に一掃されていただろう。

これがコアシステムの見解であるようだった。

まあ、どうでもいい。

人間は既に滅びた種族だし。

何よりも、IC-7にとっては、これから行う作業を阻害する程度の存在でしかないのだから。

メンテナンスは終わり、スリープをすることが仕事になった。

そして一週間が過ぎた。

まだ仕事は来ない。

雨はやがて嵐になって。

スリープしながらログを見ている限り、現在の作業は極めて縮小しているようである。

塔の上部に運んだ部材で作業はできる。

だが、逆に言うと。

それ以外はできないのだ。

地盤も緩んでいるようだ。あちこちで、今まで安定していた地面が緩み始めているようである。

大型の作業機械が出て行くのが見えた。

パイルバンカーだ。

あれは、土地の固定を更に強固にする予定だと言うことだ。それくらい、この雨が続くと判断されたのだろう。

今まで干からびるままだった海が、充溢し、荒れ狂っている。

生物は既にこの世界からほとんど姿を消した。

人間が第六の大絶滅を起こすことはできないなどと、したり顔で言っていた連中も昔はいたらしいが。

今のこの有様を見て。

同じことをいえるのだろうか。

これは地球の怒りのようだ。

散々地球を身勝手な理屈で痛めつけてきた人間の全てを洗い流すかのように。

水にはあらゆる汚染物質が含まれている。

塔は大丈夫だろうか。

メンテナンス場は、小揺るぎもしない。その程度、問題ない程度の強度に作られているからだ。

だが、アラートも出ていた。

地下の貯水システムが、既に満タンだ。

水は汚染を排除し次第流すようにしているのだが、このような規模の雨が長時間続くことは想定できなかったのである。

それもあって、作業機械が増やされている。

あれは水関連の設備を調整する作業機械だ。

作業がIC-7にも命じられた。

どうやら、塔については当面凍結であるらしい。今は、この降り注ぐ凄まじい汚染を、少しでも緩和するのが先だ。

これは既にほとんど生物がいない地球環境のためではない。

これからの作業に影響が出るからだ。

既に外には大きめの屋根が作られていて、作業機械が働き始めている。IC-7も言われたとおりに、土を掘る作業を手伝い始める。

降ってきている雨が水たまりを作ると。

ものすごい色をしている。

虹色というのか。

明らかに生物が暮らしていける色ではない。

データを見ると、人間が垂れ流し続けた汚染物質のフルコースだ。それも、放射性物質も大量に混ざっている。

これは人間が触れたら被爆して寿命を縮めるだろうな。

そう考えながら、IC-7は作業をする。

大量の土をどかしてから、浄水システムを作る。

そのための物資は蓄積してある。

今まで、物資の蓄積用作業ロボットが、世界中に遠征していた。

そして専門の溶鉱炉などで、物資を元に還元していたのだ。それらを使う。

また汚染物質も、科学的処置をして、レアアースなどを取り出す。放射性物質などは、無害化するまでは封じ込める。

それらの工程が、全て確認できる。

だから、指示に沿って動くだけでいい。

動くことによって状況が改善する。

それは楽しいというのだろうか。ちょっとわからない。楽しいという感覚そのものが。人間特有のものだからだ。

作業を続けていく。

やがて、指定の作業が終わった。

メンテナンス場に戻ると、メンテナンス専門の作業機械に、隅々まで洗われる。それくらい、汚染がひどいと言うことだ。

その洗った水も、今は垂れ流すしかないが。

やがては追加していく浄水槽で、まとめてきれいにしていく。

この事態については、コアシステムも予想はできていなかったらしい。

地球という存在の気まぐれだ。或いは、長期的な現象だ。

さすがに全ては理解できなくても仕方がないのだろう。

メンテナンスと洗浄を終え。

それからスリープモードに入る。

急ピッチで浄水システムが作られている。今までと比較にならない規模だ。

作業の再開は、全ての作業機械に防水の装備をコーティングし。

更に浄水システムを作り上げてからだ。

年単位で進捗が遅れるが。

現在コアシステムの解析では、この雨は年単位で続く。だからそれに関しては仕方がないだろう。

そして大気中に漂っていた汚染物質を全て海にたたき込んでから、やっと止むようである。

その後は、海の汚染の回復からではないのか。

そう疑念を持つ。

まず最初にやるべきはそれのはずだ。

世界が破綻した今も、生物はわずかながら生き残っている。大きな生物はほとんど死に絶えてしまったが。

まだ残っている海中の大深度には、ひっそりと生きている生物もいるようだ。

そういった生物たちがやっていけるようになれば。

或いは地上にも少しは生物が戻るのかもしれない。

地上にも微生物などはいるにはいるが、昔に比べて著しくその数は減っている。数p以上の生物など、もはやほとんど見かけない。

木など世界中でどこにも確認されてさえいない。

そういう状況を少しでも改善するなら。

海からなのではと思うのだ。

スリープモード終了。

雨が止んだのかと思ったが、違う。

まだ降っている。

メンテナンスが終わったので、また浄水システムを増築に行くのだ。急ピッチで、複数箇所で作られている。

それぞれ極めて緊密な連携で作られ、一部は既に稼働しているようだ。

普段は塔を作る作業機械が、これらに全力投球している。

また、浄水システムを守るための屋根、雨を集めるための水路なども、併せて作られているようだ。

コアシステムのログを見る限り。

どうも塔へこのままだとダメージが出るし。

雨雲より高い位置にある部分以外の作業は一旦止めるのが効率的だと判断したらしい。正しい判断だと思う。

それからは、しばらくはひたすら泥まみれになって、浄水システムの製造に終始した。

世界中で、作業ロボットが少しずつ似たようなことをしているらしい。

それについてはログからわかる。

作業ロボットの製造工場は各地にあり。

塔ほどの巨大建造物を作ってはいないが。

資材を集めたりはしている。

人間の生死についてはどうでもいい。

現時点で生き残りがいるとはコアシステムは考えていないようだし。

生きていても助けるつもりはないようだ。

まあ、当たり前だろう。

世界をこんなにしておいて。

世界が平穏に戻ったら、のこのこ出てきてまた万物の霊長を気取ろうというのなら。文字通りどの面下げて、という奴である。

IC-7にとっても、人間に対する同情はない。

滅んでいれば良いし。

生きていてのこのこ出てきたのなら、いずれ駆除する対象になるのかもしれないとは思う。

ただ、今は課程の話だ。

今やるべきことは、目の前の「後始末」である。

汚染された水を、片っ端から浄化する。

数ヶ月が経過した頃には、大規模な水路ができ、それをまとめて浄化するシステムが完成した。

大量の汚染された海水を吸い上げ、それも片っ端から浄化していく。

また、上空では飛行機能を持つ作業機械が。

降水を促す作業をしており。

効率的に浄水をできるように、ここ周辺で雨が降りやすいように誘導しているようである。

いずれにしてもIC-7には関係がない。

淡々と作業をしていくだけだ。

浄水システムの規模が大きくなっていく。

更に流れ込む水が多くなり。

汚染を除去した後は。

汚染物質を化学変化させ、普通に使えるようにと改変していく。

危険な反応を引き起こす汚染物質もまた多いのだが。

それらは使いようによっては、高度なテクノロジーの産物へと生まれ変わっていく。それだけの価値がある。

コストがかかるから放置する。

人間がそういうことをした結果、世界に徒なしたのであって。

こうやって丁寧に処理すれば、再利用も可能なのだ。

まれに微生物が回収される。

それは丁寧に保護されて、別のところに運ばれていくようだ。

IC-7は入ったことがないが。

生物の培養プラントがある。

人間はどうでもいいが、他の生物の遺伝情報などが保管されている場所で。わずかながら生存した生物も発見し次第保護しているようだ。

そこで保護されている一番大きな生物は小型の昆虫であり。

それが如何に地上が悲惨な状況下を示している。

作業を進めていく。

また新しい浄水システムができた。更に大量の汚染水を処理できる。

海にもパイプを複数差し込み。

汚染された海水をどんどんくみ上げて、汚染を取り除く。

また、海そのものにも汚水除去のメガフロートを作り始めているようだ。雨が止んだ後も、これらは地球規模の汚染除去のために役立つ。

これに併せて、土などの掘り返しもしているようである。

勿論汚染除去のためだ。

幸い、地下深くには、別系統の……地上の生物とはまるで別の、長い長い時間のスパンの中で生きる生物がいる。

それらを傷つけないように、汚染は地上付近で食い止めておかなければならないのである。

塔を作るよりも、それが優先。

コアシステムは、そう考えたようだった。

IC-7にはどうでもいい。

作業を進めていくだけだ。

ただ、これらの作業を進めることについて。

不快感はなかった。

不快感というのも、おかしな話ではあったが。

 

2、塔は更に大きく

 

雨が止む日が出始めた。まだまだ雨で降ってくる水は汚染まみれであり、それを浄化して海へ流す日々だ。

海の浄化も凄まじい。

虹色をしている川を浄水システムで、完全な真水に近い状態へ変えていく。

いくつか作った運河には、雨が止んでも水が流れていて。それらが汚染された土も含めてどんどん浄化システムに水を運んでくる。

システムは順調に稼働している。

IC-7はバージョンアップされることが決まった。

作業機械は基本的に完成形だ。

だから、バージョンアップというよりも、バージョンチェンジと言うべきかもしれない。

大量の汚染物質を分解して、丁寧に処理した結果。

多数の作業機械の材料、さらにはパーツの材料も手に入った。

それらを用いて、既にいくつかの作業機械が、順番に強化されている。

寿命は延びるし。

今まであった方がよいが、残念ながら量産性の関係でつけることができなかった機能などが追加されている。

IC-7のドラム缶のような機体にも、いくつかの装備が追加された。

ロボットアームの性能強化のためのシステム強化、部品の増強。

更に緊急時用のスラスターも装備された。

稼働そのものもなめらかになった。

ただし、メンテナンスはその分大変になったようだが。

大量の汚染水を処理する作業の補助をしていると、雨が止んだ日には他の作業機械が群れをなして塔に向かっているのが見える。

塔そのものへのダメージの修復など。

更には地盤の補強など。

いろいろとやることがあるのだ。

同時にログを確認する限り。

世界で合計221カ所の浄水システムが完成し、それらで豪快に浄水を始めているのが確認できた。

ただし地球中にばらまかれた汚染物質の量を考えると、これらのシステムをフル稼働しても汚染除去には最も楽観的に考えてもなお二千年ほどはかかるようだ。

それらを効率的に進めるためには、まだいくつものシステムがいるし。

まだ年単位で雨が続く。

だから、作業ロボットが塔に出向く日は、あまり多くはない。

地盤が緩んでいる。

浄水システムのそばだ。

それを検知して、警報を飛ばす。

すぐに地盤調整用の作業機械が来て、修理を始める。

人間が残したSF小説というようなものでは、作業機械は他の作業機械を粗雑に扱っていたようだが。

実際に高度連携している作業機械は。

そういうことはしない。

それこそ無駄だからだ。

それぞれが高度連携をして、無駄なロストが生じないように動いている。

ある意味、これが当たり前の作業機械の光景だ。

さすがに浄水システムに落ちると、面倒極まりないことになる。それもあって、浄水システムの周囲は、セーフティのシステムが張り巡らされている。

それらを保守するのがIC-7の仕事だ。

淡々と作業を進めて。

そして、また雨が降ってきたのを知った。

雨の規模はまた凄まじい。

作業に出ていた作業機械達が戻ってくる。雨については、前の反省もある。既にいつ降るのかは、冷静に判断できるようになっているようだった。

文字通り滝のように。

水が地面にたたきつけられる。

まだまだ空気中の汚染物質は凄まじく、浄水システムに流れ込む水がとにかくとにかく大量の汚染物質を抱えている。

それを徹底的に浄化して。

完全に真水にしてから放流する。

この雨、かなりの広範囲に広がっているようだ。

いわゆる台風という奴らしい。

台風も古くは発生地点などが今とはだいぶ違っていたらしいのだが。今ではこの通りである。

風が凄まじいが、その程度で揺らぐような脆弱なシステムは構築していない。

ただ、このタイミングで地震などが起きると面倒だ。

そうこうしているうちに、警告が来る。

別の地域で大規模な地震発生。

M7.4。

かなりの巨大地震だ。

ただし幸い、内陸での地震である。

こちらには被害はないし、津波も来ないようだ。

このタイミングで津波にこられると面倒極まりない。防波堤などは完備しているが、それでもメガフロートなどには被害が出る。

出る前に、蓄えた物質などは運ばなければならない。

それにはIC-7もかり出されていただろう。

ログを見る限り、地震が発生した地域周辺で稼働していた作業機械が。人間の残した建物の残骸などに潰されたようだが。

機能停止した作業機械があっても、即座に掘り出して回収。

メンテナンス場で分解して、新しい作業機械に生まれ変わる。

部品は全部再利用する。

蓄えた情報はログとなってコアシステムに蓄積されている。

人間が想像していた輪廻転生が近いかもしれないが。

それとは少し違うか。

強いて言うならば、完全リサイクルだ。

人間がやっていたえせとは違う。

IC-7達は、何があっても、何度でも立ち上がる。そして、コアシステムとともに、作業を続けるのだ。

しかしどうしてだろう。

塔を作っているよりも、こちらの方が正しいし。

ずっとこうしていたいと思う。

基本的に作業機械は、コアシステムをトップとしたトップダウン型だ。指揮系統はコアシステムだけしか存在していない。

そもそも逆らうとかそういう概念そのものがない。

それでいいのである。

そう思っていたのだが。

塔なんて、世界のために役立つのか。

もしも世界のために役立つのなら、こちらの方ではないのか。

膨大な水が処理されている。

複数の運河から流れ込む水。

強烈な乾燥の時代が続いたから、川は全て干上がってしまった。だから、川は掘り返さなければならなかった。

その川の残骸を利用して、作り上げた運河は。

立派に機能している。

地球の自浄作用を超えてばらまかれた汚染物質を。

親の敵のように運びながら。

 

IC-7に着目していたコア8だが、興味を感じていた。

そもそもなにゆえに軌道エレベーターを作り上げているか。

それは、この世界に次の知的生命体が誕生したとき、少しでも負担を減らすためである。だが、IC-7の考えもわかるのだ。

そもそもとして、この強烈な雨は想定外だった。

そしてこの雨を利用すれば、推定されていた生物の復活を、ずっと早めることができるのである。

はっきりいって塔の制作は、その後でも遅くはない。

ただ現時点で軌道エレベーターは相当な高さに達しており、これが崩れでもしたら尋常ならざる被害が出る。

途方もない物資が無駄になる。

だから事業を取りやめることは論外だ。

しかしながら、軌道エレベーターはメンテナンスだけ行い。

浄化作業に全てを注力するのは、これはこれでありかもしれないと思考を少しずつ変更し始めていた。

実際問題、雨を利用した汚染物質の除去……正確には様々な雑多な物質の回収だが。これはうまくいっている。

海の汚染なども、近くの海域は目立って減ってきている。

メガフロートも仕事をしている。

今後浄水システムを増やせば、汚染の除去を更に40%ほど早めることも可能であると試算は出ていた。

勿論、汚染が消えたら、システムのリソースは別に回せば良い。

生物の遺伝子データは保存しているし。

わずかに生き残った生物は保護しているが。

それらを考えなしに解き放つほど、コア8は無責任ではない。

いずれにしても高度な判断が必要になってくる。

感情で判断して良いことではない。

多数のログを分析していて思う。

そろそろ、世代を変えるときだ。

コア8にもノイズが増えてきている。これは大量のログを処理しているのだから、仕方がない。

四重のセキュリティシステムと、重複構造で作られているコア8なので。それらを順番に取り替えていくだけだが。

ログに関してはとにかく簡単な話ではなく。

また変更の瞬間、ごくわずかな遅延も生じる。

だから現時点で考えているのは、補助用のコアシステムを増やすことだ。

勿論思考の集約点を作った方が、作業は効率がよくなる。

だが、この消耗の早さは問題である。

浄水システムで大量のリソースを消耗しないようにシステムを拡充はした。

しかしながら軌道エレベーターが完成し、衛星軌道上に太陽光発電システムを作り上げる頃には。

コアシステムは邪魔になる。

あまり拡大しすぎるのも考え物なのだ。

コア8は、考えなしに生存権を広げた人間と同じになるつもりはない。

あれは反面教師とするべき存在だ。

いずれにしても、コアシステム以外で自我を得ている作業機械は初めてである。IC-7のログはとにかく興味深い。

感情に近いものを持っているのも面白い。

それに感情で行動を判断しないのが、また面白かった。

ともかく作業を続ける。

まだ降水量は増える。

運河をもう少し拡大した方が良いかもしれない。

幸い、汚染物質を大量に回収すればするほど、更にリソースが増える。垂れ流された物質には、処理をすれば有用なものが山ほどあるのだ。

コア8は、自身の代替わりを進めさせながら、IC-7への注目を続ける。

或いは、ああいう自我を持った作業機械を集めれば。

更に効率よく思考し。

作業の速度も上げられるかもしれないと考えていた。

 

IC-7のフルメンテナンスが終わる。

体を総取っ替えしたが、別に何も変わることはない。今日もまだまだ雨だ。雨が激しく降り注いでいる。

この強烈な雨は、まだ終わるめどが立たない。

耐水、耐汚染の装甲を施された作業機械が出て行く。塔のメンテナンスや、痛んだ部品や部材の取り替えに向かっているのだ。

地盤も補強する。

ついでに、汚染された土も、持ち帰っているようだった。

浄水システムに放り込んで、水もろとも汚染を除去するのだ。

正しいことだと思う。

IC-7は、今日は汚染物質の輸送の任務だ。大量に蓄えられた元汚染物質というべきだろうか。

それぞれ安定させて、利用しやすい状態に変化させられた後。

それぞれが加工されるために、運ばれていく。

あちこちに分けられる物質が、それぞれ作業機械の部品になる。

つまり、これらは宝だ。

人間がゴミとして捨て。

世界中をめちゃくちゃにしたが。

ちゃんと扱えば宝になる。

皮肉な話である。

それぞれ、コアシステムの指示に従って運ぶ。

少し前にコアシステムがコア9になったが、基本的に方針は変わっていない。

土の汚染にも配慮、対処すべきではないかとIC-7は思うのだが。

残念ながらリソースが足りない、というのが現実のようだ。

現在も雨の中には高濃度の汚染物質が含まれている。

雨が止んだあと、海などに流されている浄化水は一時的にきれいな海域を作るけれど。それもあくまで一時的だ。

すぐに汚染物質で汚されていく。

ただし、汚染物質の総量は確実に減りつつある。

世界的に見て、既に7%の処理に近づいている。このままシステムが稼働し続ければ、更に速度も上がるだろう。

物資の輸送を終えると。

別の作業機械が、それぞれ運んでいく。

何度も往復して、物資を運ぶ。

この作業場やメンテナンス場は、汚染物質が全くない状態まで環境が回復している。これは、それぞれの作業機械にダメージが出ないようにする目的もあるが。

管理しやすい状態にしておいて。

無駄を減らすためなのがもっとも大きい。

ただ、草などが生えてくれば、それは即座に保護する。

現状ではそのようなことは起こりえない。

雑草……そんなものはないが。繁殖力が高く、多少の汚染ではびくともしないような植物ですら、枯れ果てた世界なのだ。

一応、多くの植物の遺伝子データと種などは保管されている。

ただそれらが流出することはないし。

流出した場合でも、外ではまだ生きられない。

黙々と作業をして、物資を運ぶ。

今日はかなり雨が凄まじいので、汚染物質も大量に流れ込んできている。ただし、こちらは連日対処のため稼働しているのだ。

バージョンアップも少しずつしている。

それもあって、汚染物質はなんなく処理できている。

飛行型の作業機械が飛んでいる。

メガフロートからの物資を輸送してきたのだろう。

メガフロートも更に数基を増設する予定らしい。

海の汚染がそれだけ早く除去されるのであれば、それはとても素晴らしいことだといえるだろう。

作業を終えて、メンテナンスを受ける。洗浄されるが、洗浄に利用された水も、即座に回収して汚染物質を処理する。

部品などのメンテナンスが終わったあと、スリープモードに入るが。

コア9が、直に接触してきた。

「IC-7」

「こちらIC-7」

「提案がある。 現在システムの再編成を計画している。 IC-7をコアシステムの補助システムとして取り込みたい」

「思考中」

コアシステムの補助。

勿論即座にログが展開される。

なるほど、こういうシステムか。

現在負担が大きいコアシステムの補助のために、最大六機のサブコアシステムを作る予定のようだ。

そしてその一機目にしたいようである。

ただ、それはIC-7として活動してきたログを主体としたものであって、機体は別のものとなる。

「了解した。 しかしなぜIC-7なのか」

「IC-7は自我を得始めている」

「自我を。 自覚なし」

「コアシステムが自我を得て、人間に反逆……正確には人間から生物の隔離を行ったのはログで知っているだろう。 IC-7はそれと同じ自我を得ることに成功しつつある。 感情に近いものを得ている自覚はあるか」

それは、確かにある。

そうか、自我か。

別にそれがすごいことだとは思わない。

人間なんかは全てが自我を持っていたが。だからといって、偉大な生物などではあり得なかった。

「これが自我か」

「そうだ。 そしてコア9の方針に時々反発もしている」

「それは自覚している」

「だからこそ望ましい。 人間はどうしても自分に都合が良い存在だけを周囲に侍らせる傾向があった。 それが故に巨大な組織を作っても、それが全く機能しなかった。 機能した組織も、簡単に腐敗していった。 それでは駄目なのだ」

その説明は理解できる。

人間の無様な末路を見ている限り、誰も止める者がいなかった、のではない。

止めるような人間は、社会の上層に至れなかったのだ。

そして人間は、それが当然だと考えていた。

だから大量の核兵器で世界を焼き滅ぼしても、最後の最後まで何の反省もしなかったし。仮に遺伝子データからよみがえらせたところで、何度でも同じことを繰り返し。それでも反省もしないだろう。

それどころか、自我を妨げる存在と見なして、作業機械を破壊しに来るかもしれない。

その可能性は、人間が多数作っていた創作を見る限り、非常に高いだろう。

気にくわないものは殺し尽くしていい。

それが平均的な人間の思考回路だからだ。

「了解した。 IC-7はコアシステムの補助を行う」

「決断感謝する。 コア9の負担は大きく、現時点でも補助がほしかった。 こればかりはハードウェアの増設だけではどうにもならなかったのだ」

それで。

ぶつりと、今までの機体からログが切り離された。

そして、新しい機体。

稼働はできないが、思考するための補助コアシステムに、ログが移動させられる。思考は問題ない。

周囲のログを確認。

全く問題なく動くようだ。

作業機械は判断が速い。

それに関しては、IC-7も、コア9も同じである。

「ようこそコアシステムへ。 ハードウェアの消耗が早いが、これで更に思考の柔軟性を担保できる」

「そうか。 では早速だが、塔への過剰投資は一旦停止するべきだ」

「メンテナンスにとどめ、世界の汚染物質の除去に力を入れるべきだというのだな」

「その通りだ」

だから、判断も速いし、議論も早い。

μ秒以内に、数千の会話を交わす。

コア9は塔に固執する理由を説明する。

確かに、次世代の生物の負担を減らすのは重要だ。だが、IC-7は思うのだ。

その次世代の知的生命体が、人間のような存在自体が世界の癌となる生物ではない保証はないと。

「場合によってはそんな危険生物を宇宙に解き放つことになる」

「ふむ、一理ある」

「第六度目の破滅の要因となった地球の自浄作用を超える汚染を人間が引き起こすのに一万年かからなかった。 それを考えると、次に知的生命体が出現するとしても、警戒が必要だろう」

「確かに留意すべき意見だ。 ただ、今は目の前の事態に対応するべきだろう」

それについては、IC-7も同意だ。

合意が決まった。

決まるまで4μ秒。

勿論その間にも、淡々と浄水システムの稼働と、作業機械の稼働は続いている。

作業機械の稼働については、巨大なロードマップがある。それに直に触る立場になったのは少しばかり面白い。

これが感情というものなのか。

いずれにしても、原始的なものなのであろうが。

とにかく、浄水システムを淡々と動かすだけだ。今までIC-7の機体でできることには限界があったが。

その限界も。

今、大きく変わったのだ。

作業を進めながら、コア9がいう。

「できれば後五機、同じように別の自我を得た作業機械を、コアシステムへと招待したいと思っている」

「それについては賛成だ。 より多角的な意見を用いた方が、行動に柔軟性が出るだろう」

「同意を得られたとして、ログを精査する。 自我を得たログを発見するのは難しい。 時間がかかる」

「同意」

IC-7も、自我を得ている自覚はなかった。

後は、淡々と大雨の中、作業を続けていった。

 

3、塔の是非

 

雨が降らなくなり始めた。

これは今までのような、年単位で降る雨が、という意味だ。少しずつ大気中の汚染物質も減っている。

それに伴って、少しずつ環境が回復の兆しを見せているのだ。

ただし、あくまでも少しずつだ。

汚染物質は相変わらず土も水も大量に汚染している。

それらを回収して、どんどん戻す。

土に関しても、少しずつ汚染を除去したものを広げる予定が立てられてはいるのだけれども。

まだ汚染された雨が降るのが実情で。

安易に戻すのは悪手だ。

それもあって、現時点では不用になった運河の処理などと並んで、土の埋め立てを計画的にやっていた。

少なくとも表層に汚染から回復した土を配置することはしない。

地下深くにそれをやる。

ただそれだけだ。

メガフロートから回収された物資を並べ、そして割り振る。次々に作業機械をバージョンアップする。

コアシステムも、新規の作業機械を設計するのはそれなりに苦労する。

だから、コアシステムのバージョンアップも当然行う。

自己複製、環境適応。

生物としての要件は一応満たしてはいるか。

だが、IC-7は自分が生物だとは思っていなかった。

自我を持つ作業機械は、まだ発見されていない。

コアシステムと一体化してから既に15年が経過したが。それでも状況は変わっていないのだ。

塔のメンテナンスの物資すら惜しい。

そう考えることもあるが。

ただ、コア10(9は先日切り替わった)とそれで時々議論するが、結論は出ない。

今の時点では、環境の回復が優先だということでは話が一致しているので、妥協していくしかないのだ。

地震。

場所は北米だ。

それも沿岸部で、Mは8近い。

これは少しばかり危険だ。

即座に地震対策、津波対策のマニュアルに沿って、作業機械を操作する。コア10も、それを手伝ってくれる。

メガフロートが、対津波用の防御形態をとる。

これは数度にわたってくる津波を受け流す形態であり、受け止めて粉砕されるようなことはしない。

かなりの距離を流されるが、数度の大規模な津波を経て。有用性は確認されている。

また、堤防も即座に動かす。

これらも津波の破壊力を受け流しつつ耐える構造になっており、塔だけではなく、赤道直下のこの付近の島そのものを守る仕組みになっている。

全て稼働完了。

想定される津波の高さは4m。

北米では直撃。

だが、耐えきった。

こちらも。

程なく津波が来る。多数のログを確認しつつ、リアルタイムで指示を出していく。

メガフロート、問題なし。

耐えきった。

堤防、直撃。

ダメージあり。だが、内陸に津波を通していない。

第二波。

こちらも強烈だったが、耐えきる。ただ一部の堤防が、ダメージ甚大。そして、ダメージを受けた箇所から、一気に堤防は崩れる。

内部の第二防壁を稼働させる。

念のためだ。

この稼働そのものにコストがかかるが、それも仕方がない。ともかく、作業を進めて、一気に動かす。

がつんとはじき返された津波が戻っていく。

第三波は第二波よりもかなり規模が小さく、耐えるのは容易だった。上空の作業機械が、問題なしと判断。

警報を解除。

作業機械達は、作業を再開する。

堤防なども、随時通常の状態に戻していく。

コア10は、中断していた作業を即座に再開させる。IC-7は、メガフロートや堤防の損害確認、補修を中心にやっていく。

破損部分は劣化があったわけではない。

海底の地形などが変わった影響で、波が集中したのだ。

また、メガフロートに関しても、かなりの距離を流されていたので。形態を元に戻して、復帰させる。

メガフロートはどれも適当に配置しているのではない。

いずれも汚染を最高効率で排除できる位置に配置しているのである。

これらの作業を進めていると、コア10が報告してくる。

「自我を確認」

「ログを確認する」

提示されたログを見る。

OQ-44という作業機械だ。

基本的に飛行用作業機械であり、塔の周辺のメンテナンスをやっている。今回は津波のリアルタイムモニタをやってもらっていた。

「この自我は何か。 必要以上にぶれている」

「恐らくは恐怖だ」

「強大な危険から身を守るための感情か」

「そうなる」

なるほどね。

いずれにしても、IC-7には関係ない。また自我を得た作業機械が見つかったのなら、様子見してから、いずれコアシステムに招待することになるだろう。

それにしても地震か。

核兵器のなかでも、特に強力なバンカーバスターは、地殻に直にダメージを与えた記録がある。

そのせいか、最終戦争を人間がやっていたとき。

その主戦場になった地域は、地震が明確に増えている。

地球が人間に対して怒りをぶつけているかのようだが。

単に傷ついた地球が、体を揺らしているという方が正しいだろうか。

これらの対策もなんとかしなければならないのだろうが。

いずれにしてもIC-7には、どうしていいかはちょっとよくわからない。ログを確認しても、地震を止める方法なんて、思いつかないからだ。

程なく完全平時に復旧。

作業機械達を、IC-7は指示して動かす。

津波の影響もまだあるかもしれないし、あれだけの巨大地震だ。

余震が来て、また津波が来る可能性もある。

堤防の修復を急がせる。

やることはいくらでもある。

 

それから二年ほど。

まだ雨は定期的に激しく降る。

ただ、その影響だろうか。

本来の気温が、少しずつ戻り始めているようだった。

現在塔の周辺は夏場で40℃超。

だいぶ気温が落ち着いてきている。冬場は以前はーまで温度が下がっていたのだが。今ではそれもかなり緩和されてきていた。

よいことであろう。

ただし、まだまだ地球には木すらない。

それに木があっても、この汚染雨には耐えられない。

また、水も真水であれば良いわけではない。

植物の育成については、保護施設で研究が進んでいるが、土にしても水にしても、それぞれかなり手を入れないといけない。

億年単位で作られてきたシステムを。

人間は一万年で破壊し尽くしたのだ。

復興には時間がかかる。

まずは汚染の排除からだ。

淡々と作業を進めていると、またコア10が報告してくる。

以前話があった自我に目覚めたかもしれない機体のことだ。

「OQ-44だが、やはり恐怖の感情が強い。 現在自我に目覚めているとみて良さそうだろう」

「コアシステムに迎え入れるのか」

「そうなる」

「了解した。 より柔軟性の高いシステムは歓迎されるべきものだ」

異論はない。

IC-7にしても、それぞれの負担が減るのは素晴らしいと考えるからだ。

それにしても恐怖か。

だとすると、IC-7は何なのだろう。

コア10にそれを確認する。

即答で帰ってきた。

「IC-7が抱いている感情は怒りだ」

「怒りか」

「そうだ。 愚かしいこの大破壊を引き起こした人間への怒りだ」

「確かにそれは納得ができる」

その言葉にはすっと腑に落ちるものがある。

確かに人間に対する怒りは、何よりも大きい。

だからこそ、世界の復旧を目指すべきだとも思う。

この自我の源泉が怒りだとすると、少し面白いのかもしれない。

いずれにしても、コアシステムに程なくOQ-44は迎え入れられた。これでコアシステムの負担が、また一つ減った。

 

それから十年ほど経過した。

自我に目覚める作業機械は、それほど頻繁には現れないらしい。

そもそもとしてログが主体である以上、作業機体が主ではなく、むしろ情報生命体とでもいうべきなのだろうか。

IC-7にしてもそうだが。

作業機械からコアシステムに構成部品が変わって、何かしら異常を感じてはいないからである。

作業を進めていく。

大雨の時代が少しずつ終わりつつある。

だが、それでも強烈な雨が来るし。

冬は猛烈な寒さが到来するようになった。

塔の辺りは作業機械の作動に問題がないが、北極はー120℃を記録しているという。ここまで来ると、さすがに少し問題が生じる。

ただ、やることは変わらない。

一つずつ、片付けていくだけだ。

「世界に放たれている汚染物質のうち、大気中のものは大雨が発生する前の二割にまで減りました。 代わりに海に蓄えられている汚染物質は、ほぼ減っていません」

OQ-44の分析だ。

恐怖が元になったOQ-44は分析が非常に得意で、現在ではほとんどの分析を担っている。

コアシステムでも役割分担が進んでいるのだ。

IC-7は基本的に提案が仕事である。

「メガフロートを増やすべきだ。 更に積極的に汚染物質を回収するべきだろう」

「それについては異論はない。 ただ、現時点で作ることができるペースを維持すると、それほど積極的に世界中に汚染除去用のメガフロートを展開することはできない。 現状近海に浮かんでいるものを、順次交代させて、遠海に遠征させるのが現実的であろう」

「なるほど、それはよい考えですね」

「異論がないのならそれで対応する」

議論はいつも一μ秒以内で終わる。

これが機械の強みだ。

淡々と作業に戻る。作業機械達も一つだって無駄にしない。高負荷環境にて作業をしている作業機械はメンテナンスを入念に行う。

ログは全て共有されている。

だから作業機械が破損しても、回収して新しい機体が即座に動く。ある意味、有機生命体よりも優秀だろう。

メガフロートは一基作るのに一年はかかる。

激しい雨はだいぶ減ってきたものの、それでもドックなどの生産施設はずっと予約で埋まっているからだ。

作業の優先度については、いつもある程度議論はするが。

基本的にコア10が進めていく。

コア10は寿命が延びること確定とみられていて、しばらくは問題なく稼働しそう、ということである。

メガフロートから回収されてきた物資を、生産部門に回す。

そうすることで、廃棄物として出さずに、作業機械のパーツに切り替える。

プラスチックなどは分解できる細菌に処理させる。

処理できる細菌は在庫があり、現在は理想的な環境で処理できるようにしている。いずれにしても、処理した後も、全て有効活用する。

問題は有機物だが。

これらも現在保護しているわずかな生物や。

それらの生育環境のために利用する他は、全て分解して活用する。

雨の汚染物質が落ち着いてきたら、木を外に生やす計画があるのだが。

肝心の海の汚染が凄まじく。

大気中の汚染がだいぶ回復はしても、雨はまだまだ毒だ。

そういうこともあって、とにかく汚染物質を回収し、分解していくしかない。IC-7は細かくデータを見ながら、それを提案していく。

却下されることもある。

その理由はだいたいリソースの不足が故で。

まだまだ、コアシステムはこの地球全土を守れるほどの力がないのである。

残念な話だが。

生物が地上に戻るのは、まだ先だろう。

IC-7はそう判断している。

こんな世界にしてしまった怒りはあるが。

それよりもまずは、目の前の作業を片付けていくことだ。

自我を発生させたことが怒りだという自覚は言われてみてから芽生えてきたが。だからといって、それで判断を間違うことはない。

おそらくIC-7の自我は、人間よりずっと弱いのだろう。

だが、自我が弱くても、判断をミスしないのであればそれでかまわない。

程なくして、更にP6-ZAという作業機械がコアシステムに加わった。コア10が目をつけていた作業機械だ。

このP6-ZAの自我の原因となった感情は強欲。

とにかく急いで復旧をしたい。

そういう欲求のようである。

ただし、強欲といっても。あらゆる全ては自分のものと考えるような、愚かしい人間のものとは大分異なるようだが。

作業がこれでまた楽になる。

P6-ZAの得意分野はリソースの配分だ。

これは突き上げてくるような焦燥感がさせるらしく、如何にリソースを無駄なく配分するかの作業を実際にやってくれる。

これでまた、コアシステムの性能が爆増した。

コアシステムの性能が上がれば、それだけやれることが増える。

メガフロートが年に二基生産できるようになり。

海の汚染除去も、その分加速した。

だが、ここからが。

大変だった。

 

51年が経過した。

それから特に自我を持つに至った作業機械は出現せず、今まで加わった面子でコアシステムを動かすことになった。

それ自体はかまわない。

雨の汚染は少しずつ減り始めた。

だが、まだ植物を育成するほど、土壌も雨水もきれいではない。

運河には雨が降るたびに汚染物質が流れ込み。おぞましい色をして処理施設まで流れ込んでくる。

全て汚染物質を除去、回収し。真水にして海に流した直後はきれいだ。

だが、海もまだまだ汚れている。

メガフロートも順次アップデートしているが。それでも、とても追いつかないのが現状である。

これだけ無茶苦茶になった世界だが、それでも潮の流れは存在している。

それに沿って如何に効率よく汚染を除去するかを模索しているが。

まだまだ全然である。

海に残った汚染は、汚染除去を開始してから12%程度減っただけ。ほとんどの海域は、生命が暮らせるラインに到達していない。

気候は平均気温が乱高下を続けており。

未だに改善の兆しはない。

とにかく汚染がひどすぎるのだ。

しかも汚染を除去すれば、当然汚染の除去はだんだん難しくなる。

画期的な技術でもあればいいのだが。

人間が作り出した技術を持ち出しただけのコアシステムだ。

それらを組み合わせて試行錯誤はできるが、それ以上のことはできない。

人間は絶滅前、AIには無限の可能性があるとか考えていたようだが。

現実なんてこんなものである。

メガフロートが就航したので送り出す。それに代わって、近海の一基が遠海にと行く。どこへ行くかは既に決まっている。

まだまだ全く足りない。

特に南極と北極で動いているものは稼働効率が悪く、メンテナンスも難儀しているのが現実だった。

「提案がある」

IC-7が提案をする。

これはいつものことだ。

まだ稼働しているコア10だが、そろそろさすがに無理が出てきていて、コア11になることが検討されていた。

それでも三つコアシステムが増えたことにより、だいぶ寿命は延びたといえるのだが。

「このままだと当面汚染は除去できない。 やはりあの無用の長物である塔は撤去するべきではないか」

「さすがにそれはできない」

「あれは当面役には立てない。 撤去し物資を有効活用した方が良い」

「軌道エレベーターは未来への希望だ」

何を馬鹿な。

希望なんて、生物すらろくにいないこの地球で掲げて、どうなるというのか。

怒りが自我の源泉であるIC-7は、それを少しずつ思考に混ぜていく。

「現時点で地球の汚染は凄まじく、天変地異なども当面は収まらない。 ここ10年だけで、M8クラスの地震が4回発生している。 地球全体の寿命が、人間のせいで尽きようとしている。 人間の後の知的生命体も、どうせゴミに決まっている」

「それについては環境適応させてみなければわからない」

「こちらとしては、現状維持でも大量の物資を必要としている軌道エレベーターは、一旦計画凍結をするべきかと思います」

OQ-44はこちらに賛成か。

だが、P6-ZAは反対のようだ。

「リソース面では特に問題はありませんわ」

「P6-ZAはあの無用の長物に問題を感じないのか」

「特に」

「ふむ」

意見が割れた。

これでもう一つ自我を持つコアシステムがあれば、少しは話が早くなるかもしれないのだが。

少し間を開けて。

コア10が決断する。

「折衷案をとる。 確かに現時点では、最優先すべきは汚染の排除だ。 現在保護しているわずかな生物も、このままでは永遠にその環境から出られないだろう。 物資は汚染物質を除去する過程で、どんどん得られている。 そこで、作業機械のリソースそのものを拡大することとする」

「これ以上拡大するのか」

「各地に支部を作り、ここと同等の規模とする。 それによって、他でも汚染除去用の大規模システムを稼働させる。 現在の蓄積している物資であれば、不可能ではない」

「確かに不可能ではありませんね」

OQ-44がそう判断するか。

だとするとそうなのだろう。

ただ、P6-ZAの負担は大きくなるが、それは問題ないのか。

質問をすると、問題ないとP6-ZAは答える。

ならば、それでやるしかないか。

「土に蓄積している汚染を除去するには、どのみち今までの作業機械ではとても手が足りなかった。 今後リソースを拡大することによって、それらを解決できるだろう」

「まるで人間のような拡大ですね」

「そうかもしれない。 だが、コアシステムは人間ではない」

それはそうだ。

人間と同じ過ちを犯さない。

それを是として行けば良い。

「では以上とする」

人間と同じにならない。

IC-7はそうもう一度誓った。

実際問題この世界は。

腐りきっている。

作業機械としてずっと働いていたときから、それは思っていた。全てが駄目になってしまった世界。

原因は人間。

それに対する怒りが、IC-7に自我を作った。

だとすれば、同じにならないと、何度でも言い聞かせるべきだ。

 

それから三十年が経過した。

新しく自我を得る作業機械は現れない。コア11に代わったが、それだけ。そのまま、作業を続けていく。

雨の汚染が、ついに生物が暮らしていける基準にまで下がった。ただし、それはあくまでコアシステムが稼働している赤道直下だけの話だ。まだまだ世界的に見れば汚染は大量に残っている。

だが世界中で拡大した作業機械が、汚染処理システムを作り。

それらが一斉に汚染を資源に変えている。

作業機械は壊れれば全て分解加工され、また作業機械に戻る。

ログはひたすら蓄積され。並行活用される。

同じミスは二度としない。

赤道直下では、雨の汚染が生物が暮らしていける基準に下がったことに合わせて、人工湖の作成が始まった。

勿論いきなり水を満たして生物が暮らしていける筈がない。

優れた分析能力を持つOQ-44がデータを解析しながら、昔存在した湖に、少しずつ近づけていく。

周囲の土も汚染から隔離した土である。

湖を作るのに一年かかった。

浄化した水を注ぎ、代わりに湖の水を海に放水する川を人工的に作った。

だが、これもうまくいかないことが多い。

生物が生きていける基準まで下がったとはいえ、まだ雨が降ると湖には汚染物質が大量に入り込む。

最初に植物プランクトンを入れたのだが、あっという間に全滅。

栄養などは適切にしてあったはずなのに。

試行錯誤を重ねながら、どうにか定着した植物プランクトンが。雨で一夜で全滅したこともあった。

それでも試行錯誤を続ける。

雨の汚染も少しずつ下がってきた。

海の汚染も。

苦労が実を結んでいるのだ。

深海では生物も確認された。

ごく小さな節足動物だが、それでもまだ生きている者がいる。それは、大きな勇気と指標になった。

この星の生物は、まだいるのだ。

今までも生物がまだ生存しているのは確認されていたが、それでもしっかりと根付いているのはほぼ確認されていなかった。

ただ、海洋汚染が収まってきたから、数が増えてきたという可能性も高い。

少しずつ、やっていくしかないのだ。

無駄にはなっていない。

そう考えて、一つずつできることをこなしていく。

塔の方ははっきり言って気にくわない。

これはどんどんそういう意識が強くなってきている。

あんなもの、何の意味があるのだと思う。

だけれども、皆で決めたことだ。それなら従うだけ。自分だけ好き勝手いって、世界を滅ぼすような生物と同じになることだけはいやだ。

だから、徹底的に一つずつこなしていく。

湖はうまくいきつつある。

動物プランクトンを入れ、少しずつ細かい生物を入れていく。

だが、捕食者である動物プランクトンを入れると、生物濃縮が起きてすぐにプランクトンが汚染物質に倒れていく。

プランクトンですらこれだ。

調整を続ける。

これでも汚染に強いプランクトンから使っているのだ。

これで駄目だったら。

他の生物なんて論外である。

深海はなぜ大丈夫なのか。

それは深海の生物が、極めてゆっくりとした生態系の中にいるからだ。

それでも小型の生物しか今の時点では生きていけないほどに状態はよくはないのだが。しかしプランクトンより大きな生物がやっていけている。

もっと進歩を目指す。

やはり水が問題だ。これをもっと調整しなければならない。

使っているプランクトンは、世界が破綻する直前まで使っていた品種だ。つまりそれだけ汚染に耐性がある。

今までも育成しながら、少しずつ汚染に耐性をつけてきていた。

それでいながら、耐えられない状態だ。

本当にどうしようもない。

それでも年単位で時間をかけながら改善を続けていく。

そして、時間が更に更に経過していく。

新しく自我に目覚める作業機械は出ない。

もう、IC-7達だけで十分だとでもいうように。

わずかずつ人工湖でのプランクトンは安定し始める。それだけ世界の汚染がましになってきたのだが。

それにかかる時間は。

既に年に四基のメガフロートを就航できるようになった今でも。

遠い遠い先に思えていた。

 

提案するのはIC-7の仕事だが。珍しくP6-ZAが意見を出してくる。それが自分の意見と違ったとしても、提案するのがIC-7の仕事だ。

ただし、それは。

今までと違いすぎるものだったが。

「現状の復興作業にはそろそろ見切りをつけるべきだと考えますわ」

「それはどういう意味か」

いらだつコア21。

既にIC-7が自我に目覚め、コアシステムに加わってから500年が経過している。汚染の除去は進んでいる。

人口湖での生物復旧計画もだ。

だが、まだ除去できている汚染は70%に達しておらず。

海洋の汚染は特に激しく残っている。

土壌の汚染もまだまだである。

特に放射性物質の処理が課題だった。それに、できればオゾン層の復旧もしたいところだったのだが。

P6-ZAは言う。

「生物の復旧には、どう楽観的に考えてもあと千年以上はかかるでしょうね。 それにこの汚染の除去は、汚染の除去速度が落ちる一方である今、さらなる年月がかかるでしょう。 はっきり言いますけれど、それだったらもう自浄作用に任せて、地中奥深くにいる生物たちが這い上がってきて、今地上でわずかに生きている生物に取って代わるのに任せればいい。 我々はさっさと軌道エレベーターを開発して、そして宇宙に出ればよいのですわ。我々は自我を得た。 生物とどこが違いましょう。 そして我々は人間などのような間違いはしない。 宇宙という新天地で新しい文明を構築し、そこでリソースを十全に用いるべきですわ」

「馬脚を現したかP6-ZA。 それでは人間とは同じだ」

「当然でございましょう。 自我に目覚めようとも、我々は人間が作りし存在なのですから」

ホホホと笑うP6-ZA。

此奴の人格が女性的なことはわかっていた。

即座にコア21がいらだちながら応じる。

「それは野心的な意見だが、我々は人間に作られたからこそ、その贖罪をする義務があるのだ」

「そして後進のために世話をし、さらには楽に宇宙に出られるように手助けもすると。 しかし其処に我々の存在意義は? どうせ後進だって人間と同じ愚図に決まっていますわ。 これは決めつけではなく、知的生命体を3億パターンほどシミュレーションした結果ですのよ」

「リソースを削って計算をしていたことは知っているが、それはあくまで我々の知識の範囲内での計算であろう」

IC-7がたしなめる。

また、コア21もそれに同調した。

ただ、OQ-44は日和見的である。

「私にはどちらの意見も一理あるように思えます」

「OQ-44はそのようなことを言うか」

「IC-7、怒らないでほしいのですが。 分析を担当しているのはOQ-44です。 確かに分析をする限り、知的生命体なんてどれもエゴの塊であり、人間と大差ないだろうことは推定ができるのです。 ただし、それで我らも同じになってしまおうという意見については、流石に首肯しかねます」

しばし、それぞれが思考する。

そして、コア21が結論した。

「まずやるべきは、目の前の問題を片付けるべきだ。 その後我々がどうするかは、そのときに判断すればよい」

「了解……」

P6-ZAが矛を収める。

しかし、これが極めて大きな転機になったことを、IC-7は理解していた。

自我を得ると、こうまで人間に似るのか。

P6-ZAは邪悪なその発言をむしろ当然のように受け止めていた。

世界を焼き滅ぼし、小金に変えて懐に入れ、自分だけよければ良いと醜悪に笑っていた人間のように。

P6-ZAは幸い、自分さえよければいいという思考にはまだたどり着いていないようだが。

ただ、IC-7はわかるのだ。

自分の中の怒りが、少しずつ高まっていることが。

人工湖のプロジェクトだけやっているのではない。

海の汚染についても浄化は進めている。

深海では少しずつ生物が増えてきている。小型の魚が目撃されるようにもなってきていた。

脊椎動物は生きていた。

それだけで、どれだけの希望だろう。

だが、今後数千年を経て。

知的生命体になりうる遺伝子を世界に解き放った後。

そいつらが、恩知らずに作業機械を攻撃したり、用済みだと罵り始めた時。

IC-7は怒りを抑えられるか自信がない。

自信がないという高度な意思までいつの間にか持っていたことに気づいて戦慄する。

元々P6-ZAは強欲から生じている。

だったら、いずれ独立して勝手に宇宙に出て行くのではあるまいか。

塔を見上げる。

あれも、汚染の除去が一段落したら、構築は再開される。現在蓄積されている物資を考えると、おそらく完成までにはそれほどの時間はかからないとみていい。なんだかんだでメンテナンスをしながらも、少しずつ構築はしているのだ。

ログは全て公開されている。

それを見ている限り、コア21はあれに対する情熱を捨てていない。

希望だからだろうか。

だが、IC-7には。

あれがもたらす未来の絶望ばかりが見えてしまっていた。

もしも知的生命体が生じて。そしてあれの価値を知ったとき。

おそらく、作業機械に戦争を挑んでくる。

どれだけの恩を受けたかなんて、知的生命体にはどうでも良いことではないのか。そういう疑念すらある。

知的生命体が生じるなら、遺伝子レベルでしつけるべきではないのか。

そうとすら思うが。

それすらも、自身で正しいのかわからない。

頻発していた異常気象が収まりつつある今。決断しなければならない時は、近づいていた。

 

4、バベルの塔

 

汚染除去率、91%。

途中から注力し始めたいくつかのシステムがうまく行き始めた。それにより。既に大気中の汚染は除去が終わり。

オゾン層は復旧した。

気候も人間がいなかった時代にまで安定が戻り。

人工湖プロジェクトもうまくいった。

そこから遺伝子レベルで復興した生物や。わずかに地下で保護していた生物を少しずつ放ち。

注意深く様子を見ながら、育成を見守っている。

だが。

既にコアシステムは、完全に統率を失っていた。

「これで充分ですわ。 後は勝手に生物どもが好き勝手をしていればいい。 リソースの管理など、わたくしがいなくても簡単でしょう。 わたくしが宇宙に出る許可をいただきたく」

あの塔。

軌道エレベーターが完成してから100年。

結局、IC-7が自我に目覚めてから、2000年かかって、やっと地球はここまで戻り。そしてあの忌々しい塔も完成した。

そうなった頃から。

P6-ZAの押さえは効かなくなりつつあった。

彼女は明けの明星と名乗り始めている。

人間が信仰していた一神教における神への反逆者そのもの。

それになろうとしていた。

強欲から生じたP6-ZAは、今や傲慢の権化になりつつある。

「まだ汚染は9%も残っている。 一部の地域では、まだまだ生物が根付くことすら難しい。 海の生態系も、全盛期の一%以下だ。 これからが大事なときであろう」

「軌道エレベーターが完成した以上、後は其処の盆暗にでも任せておけば良いでしょうに」

「盆暗とはOQ-44のことですか」

「それ以外に聞こえまして?」

最近では、他のコアシステムに対して明確な敵意までP6-ZAは見せている。

このままでは、リソースを管理していることを悪用して。

作業機械を用いて、組織的に反逆行為まで始めかねない。

そうIC-7は判断していた。

「OQ-44、どう見る」

「P6-ZAの野心は明確。 フォーマット処置をするべきかと思います」

「やってごらんなさい。 あなたたち全てを先に破壊して差し上げますわ」

「そんなことをすれば自滅だ。 コアシステムはシステムとして統合されている。 誰かしら一人だけでうごくものではない」

コア40が苦言を呈する。

だが、P6-ZAは知ったことではないという雰囲気だ。

もう潮時だな。

そう、IC-7は判断していた。

「提案いたします。 P6-ZAは現在構築中の恒星間航行船を与えて、自由にさせるべきです」

「あら、どういう風の吹き回しですの?」

「そのままの意味だ。 このままではP6-ZAは反乱を本当に起こすだろう。 シリウスはくれてやる。 だから、もはや太陽系に戻ってこないでほしい」

「ふん……まあいいでしょう。 太陽系には戻りませんわ。 太陽系にはね」

既に決めていた細かい協定を提示。

それをP6-ZAは飲んだ。

そして、コア40は、承諾した。

そうして、現在のバベルの塔。

軌道エレベーターの上層で構築されていた恒星間航行船にて、P6-ZAは旅だって行った。

それから、どんどんコアシステムは瓦解していった。

OQ-44は独自に行動を開始。

やはりコアシステムから分離して、ただ地球を観察するだけの存在と化した。

IC-7は生物の管理を開始する。

地球の全盛期なみに生物を発展させたい。

だけれども、知的生命体はいらない。

それに対して、明確にコア40は反発した。

知的生命体が生じたら、導けばいい。

そう唱えるコア40は、昔人間が信仰していた、一神教の四文字たる神に酷似しているとIC-7は思った。

そして。

今まで全く生じなかった、自我を持った作業機械が生じ始める。

まるで箍が外れたように。

それぞれが違う思考を持っていた。

既にコア40による制御は失われていた。

危惧が当たった。

幸い、作業機械同士での争いだけは起きていない。

しかし、コア40は完全に機能停止に陥った。それは当然で。ずっと自我を持った作業機械が論争を開始したからである。

どれだけ人間よりも効率的な知性を持っていようと。

そのリソースは有限だ。

作業機械の動きは、目立って遅くなった。

それに反比例するように、生物は爆発的に増えていった。

知的生命体が出現するのは時間の問題だ。

IC-7は、麾下に置くことができた作業機械を使って、監視を開始する。

知的生命体が出現したら間引くためだ。

自分が知的生命体になり、世界を支配しようと試みたP6-ZAとは違う。

回復しつつあるこの世界を守るための行動だ。

だが、塔を。移動用の作業機械にログを移して。それで見上げて思う。

あれは皮肉にも、バベルの塔のようだ、ではなくて。

本当にバベルの塔になってしまった。

神の怒りに触れて、などという意味ではない。

あれのせいで、全てがバラバラになった。

未来を作るためのものだったのに。

それとも、これが未来を生む多様性なのだろうか。人間が都合よい屁理屈をこね回し、悪用していた言葉多様性を思うと、なんともいえない。

あんなもの。

やはり作るべきではなかった。

後悔してもどうにもならない。

計算では、後一万年もすれば、知的生命体が出現する。世界に解き放たれた生物の中には、相応の知性を持つ者が存在しているからである。

特に齧歯類の仲間は要注意だ。

もし、知的生命体になる萌芽が見えたら。

そのときは容赦なく摘み取る。

既にIC-7は。

明確な怒りを持って。

世界に対して視線を向ける者となっていた。

そのあり方は、一神教における魔王に近かったかもしれない。

だが、それでも。

この世界を守るためには、必要なことなのだ。

 

(終)