孤独の道化師

 

序、悪魔の囁き

 

邪魔者。

昔から、そう言われていた。

今度押しつけられる場所はどこなのだろう。

不安に思いながら、いつも違う人が迎えに来るのを待った。外が雨のときなどは最悪。膝を抱えながら、ひょっとして誰も迎えに来ないのでは無いのかと、考えた。

母親の顔は知らない。

父親の顔も、覚えていない。

学校も、通っていない。

私が小学校に上がった頃くらいから、家庭用のメイドロボットが実用化されはじめたからだ。

「両親」と、何ヶ月も会わない事さえあった。

中学に上がった頃くらいには。

すっかり私は、不良少女になっていた。

とはいっても、外で暴れたりする事も無い。学校という制度が、そもそも風化しつつあったからだ。

今のご時世、学校などいかない。

学習も、いわゆる睡眠学習で、全て事足りてしまう。運動でさえも、政府が組んだプランに従ってしていれば、それで終わりだ。

ただ、家の中で、寝ているだけの毎日。

部屋の戸を叩く音。

外で、メイドロボットが促しているのだ。

「刳菜様、朝食が出来ました」

「いるかよ……捨てろ」

「いけません。 摂取カロリーが、生存危険域に突入します。 食べていただけないのであれば、医療施設に搬送します」

「……ったく、るせーな」

身を起こす。

伸ばしっぱなしの髪を掻き回しながら、部屋を出る。

こぎれいな、人間そっくりのメイドロボットが、心配そうに此方を見上げていた。純真無垢そうな、汚いことは何も知らない、する事も無いような、幼さを残した顔。花が咲くような笑顔を浮かべてくる。

「良かった、出てきてくれましたね」

「るせえ」

ビンタをくれてやるが、笑顔のまま。

触った質感は人間と殆ど同じだが、人工皮膚は回復が早い。腫れていても、すぐに元に戻る。

此奴らの普及で、人間は家事と育児から解放された。

労働力の公正化とか言う仕組みの発展で、無駄な労力が浮くことも無くなった。人間がするべきは、肉体労働だけでは無い。今では在宅ワークも発展し、家で暇を託つ人間は殆どいない。社会のリソースが、これほど無駄なく活用されている時代は無いと断言されるほどなのだ。

かくいう不良の私も、実は仕事をしている。正確には、していたというべきか。私が大嫌いなロボット共のAIに関する特許料を持っている。それで生活しているほか、時々来る仕事を適当に片付けるだけで、SEと呼ばれる気楽なご身分だ。

問題は、親達が揉めている、権利についてだ。

私が十一歳の時、親共の態度が変わった。

睡眠学習で、今の時代は簡単に天才が発掘できる。私は、その時ガキで、馬鹿だった。ずっと寂しかったから、誰かに構って欲しかった。

あろう事か、一生懸命頑張るなどと言う愚行に手を染めてしまったのだ。

結果、かなり金になる特許を、開発してしまった。

具体的には、そこにいるメイドロボット共のAIの能力を著しく向上させるものだ。ロボットを作っている幾つかの会社から権利料が入っているから、今では金は唸るほどある。何しろ、その気になれば、家を改築できる。しかも住んでいる家は、二十部屋の三階建てという、屋敷のような代物だ。

そしてこの金が煩わしい。

余計な連中と、嫌でも会わなければならない結果を生み出していたからだ。

席に着くと、メイドロボット共が、せかせかと髪を整えてくれる。わざと頭を動かしても、機械の効率にはかなわない。

テーブルにのった皿を投げ捨てようが、食い物を放り捨てようが。

金は腐るほどある。

物資も。

ロボット共も、何も言わない。

最初は、それは荒れた。みんな優しくしてくれると、本気で思っていたアホだったからだ。

どうして皆の目の色が変わったのか。自分を獣のような目で見るのか、分からなかった。

飯も今では、もう面倒くさくなって、出されるままに食べるようにしている。エプロンドレスを着たメイドロボット。この家で一番の古株で、眼鏡を掛けた知的美人のデザインをした奴が、告げてくる。

名前は1。昔はもっと気取った名を付けた覚えがあるのだが、今ではもうそうとしか呼ばなくなっていた。

「栄養バランスはこれで万全です。 空腹感は残っていませんか?」

「さーな」

「問題無さそうですね」

適当に応えたのに、無駄。

最近のメイドロボットは、脳波を読むくらい平気でしてくる。勿論体のスキャンや、排泄物や老廃物などまでデータとして蓄積して、総括メディカルチェックもしている。その内医者はいらなくなると言われているが、多分遠い未来では無いだろう。

そして、飯が終わった後は。

告げられる。

「今日は、浩叔父様の所にうかがっていただきます」

「あーあー、そうだったね。 法的義務だろ?」

「ええ。 以前裁判で決められましたので」

「くっだらねえ」

昔のように、裁判が何年もかかる筈も無い。

今では膨大な法的データから、量子コンピュータが裁判を自動実行する。以前私の親権で、「親族」とかいう強突く張りの畜生共が揉めて、それで裁判になったのだ。結果、数日おきに、親族の家を訪問しなければならなくなった。

そして養育費を返却する代わりに、彼らに金を支払わなければならない。何が養育費か。虐待された記憶しかない。

くだらなすぎて、へそで茶がわく。

一体どうして、このようなことになっているのか。本当に訳が分からない。私はこれでも金持ちなのだが。自由意思など、認められていないというのか。

不平等が無い判決だとか言う話だったが。

私にとっての平等は、どこにあるのだろう。

午前中に、授業は済まさなければならない。やらないと、色々とペナルティが面倒くさいのだ。

自室に戻ると、専用の催眠学習装置に座る。

脳に直接データをインプットするだけのものだ。目を閉じていると、勝手に知識がすり込まれる優れものである。

これで、最大限の効率で、誰でも勉強が出来る。何より勉強をするのが、面倒くさくない。

今では小学生でも相対論を理解する者が珍しくない。法的知識なんて、どこの誰でも持っている。

それなのに。世界が幸せになったとは、どうして思えないのだろう。

私はどうやら工学系の知識があるらしく、ロボットに関しては非常に詳しい。気が進まないが、関連特許も幾つか取った。どれも、収入を約束してくれている。このまま資産はふくれあがる一方だろう。

腹立たしい事に。

親族がその資産を握っている。

奴らにとって、私は水道のバルブだ。金が出る水道のバルブ。しかも私でしか、その水道は回せない。

奴らは妥協した。

私というバルブを、使い回すことを。

部屋を出ると、1が待っていた。

「そろそろ、お時間です」

「いやだって、言っても? 無駄なんだろ」

「まだ、刳菜様には、法的干渉権がありません。 もう少しお年を召されたら、裁判を起こして、この法的決定を覆せるのですが」

「分かってる。 行けば良いんだろ……!」

私は、知っている。

後二年と四ヶ月、我慢すれば良い。

どのみち親族のくず共は、私などどうでも良いと考えている。連中が見ているのは、金だけだ。

今のうちに金をくれてやっていれば、その内関わらなくても良くなるだろう。

車が着た。

着飾った浩の糞爺が、笑顔満面で乗っている。家を出ると、手を広げて、大歓迎している雰囲気を作った。

「元気にしていたかい、刳菜ちゃん。 今日を楽しみにしていたよ」

私は、出来れば来て欲しくなかったがな。

そう口中で呟くと、私は車に乗る。

逆らえない事が、ただ口惜しかった。

 

1、シーソーゲーム

 

私は、存在するだけで金の卵を産み落とす、魔法のアヒルも同じだ。

少なくとも周囲にいる連中は、私を人間だと考えたことは一度もないだろう。

私が存在している間は、金を落とすこのくだらない遊戯が、尽きることは無い。家に連れて行かれると、金を使うように言われる。親族のために。何か買ったり、或いは資金を融資しろと言われたり。

資金の融資に関しては、裁判所の方から口が出るから、無理にはやらなくても良いと言うことになっているが。

いずれにしても、親族の家に行くと、しばらくは帰して貰えない。

私にとっては、数億ははした金だ。だから数百万程度の融資は、惜しみなく行わなければならないという。有り難すぎる裁判所の判断である。

今や世界中に広がっているメイドロボット関連の特許が収入源である。年収は、数億どころか、その数十倍に達する。

だが、それでも。数百万の融資を何度も繰り返していれば、金は減っていく。裁判所が「資産の負担にならない程度の」と監視は付けてくれているが。それでも、減るものは減るのだ。

限りがあるパイのむしり合い。それが、私が置かれている状況の現実だ。

現在、親族のグループは五つ。

この浩の一家が一つ。小さめの会社を経営しているからか、金の無心はかなり激しい。そして、裁判で決められている。親族はみな平等に接しなければならない、と。一見すると見目麗しい判決だが、実際にはそれぞれに均等に金を渡せという意味だ。

私がコンピューター嫌いなのは、その辺も原因である。

彼奴らは何も分かってない。

合理的に見れば、それが争いを産まない最善の方法だって事くらいは知ってる。五つのグループは、一時期本当に血を見かねない有様だったのだ。

だが、私は結局、今でも此奴らの金づるにされ続けている。最近はようやく暴力も減ってはきた。

だがそれは、痛めつけすぎると、私が成人した後に手なづけられなくなるかも知れないという理由で、だ。此奴らは定期的に会議を開いているらしく、どうやって金をむしるか、むしった金額は、という話し合いをしているそうだ。反吐が出る。

愛しい愛しい一族グループ様は、他に四つ。

もう一つは、浩の父の一族。当主は、浩の父の昭彦。父と息子なのに、金の関係で極めて仲が悪いらしいのだが、私の前では表向き仲良くはしている。もっとも血縁からの相続関係もあって、関係は見た目より複雑だそうだ。更に言うと、昭彦は後妻を迎えており、浩との血縁が無い。対立には、その辺りも関係しているそうだ。

この爺は陰険極まりなく、体の殆どをサイボーグ化して、家族さえ近づけない。孫に優しいおじいちゃんなどと言うものが幻影に過ぎないと、私に教えてくれた張本人だ。いつも手にしているステッキで、鋭く床を叩くとき、今でも身震いする。

更に最悪なのは、私と十しか離れていない後妻。

この女は強欲の権化で、しかも自分の目的のために、私からどう金を引き出すかばかり考えている。

蛇女という例えがあるが、これ以上それが似合う奴もいないだろう。光り物を体中からぶら下げて、むせかえるような香水の匂いをまき散らす、性欲の権化。見るだけで吐き気がする相手だ。

この二つは、今は無き私の父の家系。

残りの三つは、母の家系。三人とも、母の兄弟姉妹だ。

叔父の黒高。母から見て十三歳年上。年が離れていることから分かるように、相当に傲慢な長男だったらしい。今でもそれは変わっていない。少しでも反抗的な態度をとると、特に幼い頃は、即座に殴られた。

今でも、刳菜を金づるとしか見ていない。

事業が上手く行っていないためか、刳菜を寄越せと、いつもヒステリックに叫んでいるのだそうだ。

寄越せというのは、成人したら自分の妻にするという意味であるらしい。

年の差は、実に四十。

たいした狒々爺である。しかもこいつ、愛人を現在七人囲っているとかで、「年の差の恋」などというものではない事は明らか。乾いた笑いが漏れてくる。最近も、家に呼ばれればどうやって金を引き出すかばかりを考えているし、場合によっては寝室に連れ込もうとさえする。

しかも此奴、警察のキャリアに友人がいるらしく、問題にはならないと思っているようだった。

その狒々爺黒高の弟、五月男。

五月男は幼い頃に交通事故にあったとかで、いつも若い女性の姿をしたメイドロボットに体を支えさせながら歩いている。一見すると人の良さそうな叔父様だが。実体は、この腐った家庭で育ったに相応しいゲスだ。

家には多数のペットを飼っているが、それは全部。

食用なのだ。

犬も猫も鳥も魚も。

それらの全てが、五月男にとって餌。飼われている動物たちも、それは知っているらしく、五月男を見ると悲鳴を上げて縮こまる。怯える動物たちの前で、メイドロボットに生きたまま解体させ、料理をするのが趣味。

文字通りのサイコ野郎だが、私の知る限り、此奴が警察に捕まった事は無い。最近はペットを飼うにも法的申請が必要で、虐待は監視されているのだが、抜け道を使っているのだ。

最初から、食用として購入しているのである。

家に行くたびに、ペットの面子が違う。おぞましい奴だ。

そして最後が。

母の年が離れた妹。櫃子の一族。既に結婚していて、子供は三人いる。

性格の悪さでは、此奴が最悪だろう。

何しろ、子供の父親が全員違うのだ。あまり考えたくないが、その内の一人の父親は、私と父親が同じという噂もある。

子供達も性格が最悪。

家に行くたびに、私にオモチャだの何だのを散々にねだりまくる。しかも、外に出たときを見計らって、だ。

文句を言うと、凄い大声で泣いて、周囲の視線を集める。

どうすればこっちが金を払わなければならないか、よく知っているのだ。多分母親による指導の賜だろう。

長男と二十四歳年が離れているとかで、母以上に暴虐に晒されて育ったという事だから、それは同情するが。

今度、その暴虐を私に向けるのは、勘弁して欲しいものだ。

浩の家に着く。

私が散々投資したから、三階建ての立派なものだ。

中に入ると、フローリングはぴかぴか。まだ十二三に見えるメイドロボットが、私を見るとぺこりと挨拶した。リビングに通されて、応接用のソファに座らされる。隣にあるのは、幸福の木の大きな鉢植えだ。

手際よく、メイドロボットが、茶の準備をしていく。

これ、セクサロイド機能付きだなと、即座に判断。

性犯罪を防止するために、特殊な性癖の相手用に開発されたメイドロボット兼セクサロイドは、随分前から流通している。

実際これが流通するようになってから、性犯罪は激減した。リスクを冒さなくても、人間以上に気持ちいいのだから当然だろう。浩の野郎と思ったが、型式を見て絶句。どうやら、このロボットを「愛用」しているのは、浩の妻の方らしい。同性愛者向けに作られているセクサロイドだ。

幼児専門の、同性愛者。どんだけ歪んでるのか、この一家は。型式を見れば、専門家にはバレバレである。

怖気が走る。

世の中には、どうやってもわかり合えない相手なんて、五万といる。

少なくとも此奴らとわかり合うのは、無理だ。

この夫婦は子供が出来なかったと聞いているが。その愛情が、こんな歪んだ形で噴出しているのか。

もっとも、今時不妊治療なんかしなくても、クローン技術の応用で子供なんていくらでも作れる。

実際には、子供が欲しいんじゃ無くて。

自分に都合が良い子供が、欲しいのではあるまいか。

メイドロボットが顔を上げた。目に光が宿るのが分かった。

それぞれには、弁護士の機能がインストールされている。複雑な家庭環境だから、当然だろう。

勝手をしないように、金の流れもコントロールしている。

今だから、こういう事がしっかりされているという強みはあった。そうでなければ、私なんて一体、何をされていたか。

もっとも、精神をずたずたにされているのは、現在進行形で同じだが。

椅子に座らされる。

お茶を出してきたのは、メイドロボットだ。こっちは二十歳前後という所だろう。で、これもセクサロイド。

こっちは浩用かなと思ったが、違う。

こっちも妻用だ。

しかも型式を見る限り。あまり考えたくないプレイに使用しているらしい。そのままお茶を吐きそうになるが、どうにか我慢した。

「刳菜ちゃんは、また綺麗になったねえ」

「はあ、有り難うございます」

「早速で悪いんだけれど、これに目を通してくれるかな」

本当に早速だ。

投資の依頼。金額は三百五十万。

メイドロボットが何も言わないと言うことは、この程度は許容範囲という事なのだろう。前から知っていたが、此奴は商売の才能が無い。ざっと見たが、どう考えても成功しそうにも無い商売だ。

「こんなものが、儲かるとでも?」

「開発費だよ。 いざというときに備えて、何でもやっておくのが、商売人だろう? それとも、君が何かプランを示してくれるのかな」

向かいにどっかと座ると、わざとらしくソファに肩を回す浩。優雅そうにパイプをくゆらせるが、まるであっていない。

いきなり電話が鳴った。

浩が舌打ちして電話に出る。多分他の四人とのやりとりだろうなと、しらけた目で見つめさせてもらった。

案の状だ。

どうやら電話は、櫃子かららしい。

櫃子と私は、年もさほど離れていない。だから、だろうか。最初は貴方の苦労を分かってあげられるとかって雰囲気で、奴は近づいてきた。

今でも、顔文字ばかりの時代錯誤メールとかをかなりの頻度で送ってくる。

こっちがとっくの昔に気付いているとしても、戦略を変える気は無いらしい。多分、私が成人後に、備えていると見て良いだろう。アリバイ工作のためだ。こんなに私達は、仲良しです、と。

もっとも、最近は、櫃子は様子がおかしい。焦っているのかも知れない。

「余計な事? 何を言っているのかね、君は」

席を立つと、浩がリビングを出る。

代わりに前に座ったのは、変態の妻の方。昔は綺麗な人だったらしいのだが、今ではすっかり太ってブタのよう。

この女が、夜な夜な側に控えているメイドロボット達にあんな事やこんな事をしているのだと思うと、怖気が走る。

「ごめんねえ、慌ただしくて。 クッキー食べる?」

「はあ、いただきます」

「早めにそれ、サインしてくれる? 嫌なこと、さっさと済ませたいじゃない。 貴方の資産からすれば、自販機でジュース買うようなものでしょう?」

露骨すぎる本音を垂れ流しながら、浩の妻は、メイドロボットの尻を触った。ロボットは嫌がらない。

此奴、どんだけ倒錯しているのか。

「若い子のおしりはいいわねえ。 私にも、こんな時期があったのよ。 みずみずしくて、肉を切り取って食べたいくらい」

まさか、本当にやってないだろうな。

実際、そういった用途に合わせて作られた、特殊メイドロボットも存在はしている。人工皮膚や人工筋肉に、かなりの工夫が為されているのだ。犯罪防止用のものであり、値が張るが。

医師の診断免許があれば、それこそ五歳児でも買える。

此奴らの所には、可能な限りいたくない。

契約書にさっさとサイン。帰りたい所だが、すぐに浩は戻ってきた。

「いやはや、若い子はせっかちでいかんな。 さてさて、今日は泊まっていってくれるんだろう?」

「いえ、忙しいので」

お前らのせいでな。

口中で付け加えるが、浩が即座にカードを切ってきた。

「この間、父さんの家に泊まっていったんだろう? それならば、うちにも泊まっていってくれるかな」

「……っ」

不平等に、抵触する。

そう浩は言っているのだ。

現在、法を破ることは不可能に近い。裁判所の決定も、右に同じ。メイドロボット達が監視している中、泊まっていかなければならない。おそらくは、裁判所のPCに判断を依頼して、今日泊まらせると決めていた筈だ。

そうなると、逆らえない。

「分かりました。 ただし条件が一つ」

「何かね……」

「私の寝室に、私のメイドロボットを一機置きます。 これでも年頃の女ですので、このくらいの事は当然ですよね」

「そうだな。 それくらいは良いだろう」

浩が舌打ちするのが分かった。

さては此奴。私を夜、寝室で好きなようにするつもりだったな。今までも、そういう例は何度かあった。

実際、危ないところを、命からがら抜け出してから。

身を守るためには、万全を期すようにしているのだ。

すぐに家から、メイドロボット「37」が来る。覚めた目つきの、細い女の子の姿をしたメイドロボットだが。

此奴は軍用だ。

その気になれば、暴漢数人を、瞬く間に制圧できる。

ただ、軍用にAIのリソースを殆ど振り分けているので、気が利いたことは殆ど出来ない。ちなみにセクサロイドとしての機能もついていない。

それから、二つほど契約書にサインさせられた。

どっちもたいした金額の契約では無い。自販機でジュースを買うような、という表現があったが、正にその通りだ。

こうやって、私のもつパイは、どんどん他人に削り取られていく。

血縁なんて、こんなものだ。

何が肉親の縁か。

風呂に入る時も、見張りとして呼んだメイドロボットを立たせる。エプロンドレスを着込んではいるが、既に戦闘態勢。此奴の監視範囲は、家全体に広がっている。いっそのこと、非合法なことでも仕掛けてくればと思うのだが。

「自室で話をしているようです。 解析しますか」

風呂の外で、メイドロボットが言う。

無視。

どうせばれないだろうが、ばれると面倒だからだ。ペナルティとして、またくだらん契約書に、サインさせられかねない。

それに、話の内容なんて、聞きたくも無い。

妻の性癖からして、この夫婦がいわゆる利害関係だけでくっついているのは明々白々。どういう中身なんかは、知りたくもないし、知ろうとも思わない。

結局の所、世の中は金だ。

風呂から上がると、メイドロボットに護衛させて、部屋に。

考えて見れば、此奴の会社は、私が投資を続けていなければ、とっくに潰れている。こんないい家にだって、住めるはずが無い。

それでも此奴らが、刳菜に感謝したことは無い。

パイをむしり取るだけの相手としか考えていない。

人間に、肉親の情というものがあるとか聞いたことがあるが。少なくとも、刳菜は今まで生きてきて、それを見た事なんて、一度だって無かった。

メイドロボット達が準備したからか、ベッドは普通に心地よくて、すぐに眠ることが出来た。

ロボットは嫌いだが。

考えて見れば。身の安全だけは、真摯に守ってくれる。

 

朝、「惜しまれながら」家に帰る。

もう一日泊まれと言われたのだが、メイドロボット達が待ったを掛けたのだ。これ以上は不公平に当たる、と。

裁判所の判断には逆らえない。

苦虫をかみつぶす浩の所から、さっさと帰る。

ちなみに私は家も大嫌いだが。此奴の巣よりは、百億倍はマシだ。だから、我慢する。もっとも、好きなものもないから、何が良いのかと言われれば、返答は出来ないのだが。

家に着くと、食事が用意されていた。

美味しいが、それだけだ。今のメイドロボットは、かってのプロシェフ並の腕を振るえるが、それが何か。

どんなに美味しい料理でも、食べ続ければ飽きる。

ロボットは、人間に対する愛情に満ちている。

人間の健康管理を行い、身の安全を保証し、法的にも保護する。此奴らほど真摯に人間に尽くした存在は、歴史上ない。犬でさえ、此処まで人間に尽くしてはいないだろう。だが、人間は。

いや、此奴らが普及する原因を作った連中は。

その一人である私は。

此奴らに感謝した事が、あるのだろうか。

学習を済ませると、横になる。まだ成人するまで、だいぶ時間がある。一体後何回、親族の所へ行かなければならないのだろう。

ちなみに次に行かなければならない場所は、もう決まっているはずだ。

「16ー」

呼んだのは、メイドロボットの一機。

比較的控えめな性格に構築した奴だ。前髪ぱっつんの幼い頭にしている。ちなみに、うちにはセクサロイドは一機も置いていない。此奴にもその機能はない。

どっちにしても、弁護士としての機能はインストールしてある。

「次はどこの家に出れば良いんだよ」

「五月男様の所です」

「サイコ野郎か……」

「人前でその発言はお控えください」

うるせえと吐き捨てると、唸る。

彼奴の所は反吐が出る。前はサンショウウオの活け作りとかを食わされた。毒は抜いてあるとか、クローン個体だとか、そんな話ばかりしていたが。味と言い臭いといい、食えたものではなかった。

それにあいつ、明らかに周囲の動物たちが怯えるのを楽しんでいた。

多分あれは、味なんて楽しんでいない。

調理自体もメイドロボットにやらせている様子だった。要するに、周囲の恐怖を楽しんでいるのだ。

胸くそが悪い。

今の時代、動物は一匹でも生きていれば、再生が可能だ。遺伝子情報を少しいじって雄雌を造り出すどころか、遺伝子を微調整して子を造っても平気な個体に変えることさえ出来る。

噂によると、骨さえ残っていれば平気とか言うが。

本当かどうかは知らない。

いずれにしても、五月男のサイコ野郎は、世界中の珍しい動物を集めて来ては、それを喰っている。

それに、私も、つきあわされるのだ。

げんなりした。

一応メイドロボットが調整はしている。食べられるように。だが、五月男のサイコ野郎は、明らかにきわどいところでの料理を好むので、出てくるものは生っぽい。そして、最悪なことに。

此奴のサイコ趣味を助長したのは、私だ。

金が無ければ、こんなサイコ趣味、破綻していただろう。如何に技術が進んだとはいえ、珍しい動物は高級品。

ものによっては、数百万はする。

それをほいほい購入できているのは、私が此奴に金を渡しているからだ。その代わりに、此奴の作るサイコ料理を食わされるというのは、一体何の拷問なのだろう。

サイコ料理を除けばマシかというと、そうでもない。

此奴自身がどうしてこのおぞましい五グループの一つに参加できているかというと、異常な一種の才覚があるからだ。

法について、一族一詳しいのである。

才能も睡眠学習装置のお墨付きで、此奴の家にあるメイドロボットは、ほとんど弁護士としての仕事をしない。

なんと何かの間違いだと思うが、弁護士の資格まで持っている。

世も末とは、このことだ。

とにかく、だ。

サイコ野郎五月男の家に行くのは二日後。それまでは、私にも自由がある。私はこの年ですっかりぐれているから、ネットにもリアルにも友達なんていない。近年はバーチャルリアリティ空間で友達と出会うパターンもあるようだけれど。私はパーソナルスペースとショッピングくらいしか使わない。

遺伝子はバンクに登録してあるし、しかも世界的な特許の所有者だ。

これ以上私には、社会に関わる義務なんて、無い筈だ。

「なあ、二日間、寝ててもいいか?」

「駄目です。 健康のためにも、一定の運動はしてください」

「硬いこと言うなよ……」

こんな性格になったから、だろうか。

私は趣味と呼べるものもない。

特性があるロボット関連は、当のロボットそのものが大嫌いなので、趣味にならない。プログラムの仕事は時々来るが、それは趣味では無い。仕事だ。特性がある事と、趣味は必ずしも一致しない。

仕方が無いので、飯を食った後は、外に出て、言われるままジョギングした。

一緒についてきたメイドロボットが、周囲に目を光らせている。高級住宅街だから基本的に問題は無い。周囲には警備ドローンも巡回しているし、此処でひったくりやら誘拐やらをしようとしたら、即座に御用だ。

それでも、私の場合は、動く金が違う。だから護衛がつく。

というよりも、私の場合。護衛しなければならないのは、強盗からでは無いのだが。正直、今はどうでもいい。

無心で走る。

すれ違う相手とは挨拶しない。

今の時代。

挨拶は、とっくの昔に絶滅した、過去の遺物に過ぎないのだ。

 

五月男の家に案内されて、早速感じたのは、据えたような臭いだ。

メイドロボットが衛生管理している状態で、この臭い。さては、既に料理をはじめていると言うことか。

五月男は一見すると品が良い男性だ。四角い顔に黒縁眼鏡を掛けていて、いつもにこにこと笑っている。

実際、頭がおかしい料理を食わせる事以外に、私に危害を加えることも無い。

「やあー、刳菜ちゃん、よーくきたねえ」

どうしてか此奴は、喋る時に妙な間延びが入る。

五グループの中で、唯一の独身であるからか。家の中は、ペットの檻と水槽だらけである事を除けば、殺風景だ。

足が不自由なことに関しては、同情している。

側に、常に介護用のメイドロボットが控えている。最近使い始めたらしい、人間型では無くて、不定形のタイプだ。

スライムみたいな此奴は、状況に応じて柔軟に形状を変える。

歩く時には支えになるし、場合によっては椅子になって、そのまま主人を運んでいく。ピンク色をしているのは、人間に恐怖心を与えないためだ。

応接室に案内される。

テーブルの上に、血が飛び散った跡。

「ああ、昨日ー、猫を食べたんだよー。 噂通り、美味しくなかったーねえ」

「猫……」

「頭部を作らずにー育てた食用クローンだからー、法的にーは問題が無いよ。 三毛猫なんだけれーど、こう皮をまず剥いでねー」

五月男の顔は、全く変わらない。

愉悦に歪むことも無ければ、嬉しそうにもしていない。

淡々と、昨日何をメイドロボットにさせたか、話すのだ。

「刳菜ちゃんにーは、また資金の提供をお願いしたいんだー」

「はあ、そうですか」

「うん、今すぐー頼むよ。 契約書はーこれかな」

此奴も、金をむしり取ることについては、考えている。何しろ刳菜が金を出さなければ、こんな趣味は続けられないのだ。

弁護士が高給取りでは無くなってから、随分時間も経つ。

今の時代の弁護士は、それこそ若い者では十代半ばから就任可能だ。それだけ睡眠学習の効率が素晴らしいという事なのだ。

ちなみに私は特性無し。一応法については覚えたが、弁護士になれるほどじゃあない。

契約書に、連れて来たのと、五月男の所のメイドロボットとが目を通す。

一応、規定通りの金額だ。

使い道については、あまり見たくは無いが、目を通さなければならない。これも規約なのだ。

じっと五月男は、見たくも無いおぞましい契約書に目を通す私を見つめている。

眼鏡の奥の目は、じっと細められていて。其処からは、一切の感情が読み取れない。此奴が何を考えているのか、本当は分からない。

此奴についての事は、全て推測でしか無い。

こんなサイコ行為を合法的にどうして繰り返しているかも、分からないのだ。

契約書にサイン。

他の四組と違って、此奴はどうしてか、私が帰りたいというとすんなり返してくれる。ただし、食事を済ませたあとに、だが。

つまり此奴の家に行くと言うことは。

サイコ料理を口にしなければ、帰れないことを意味している。

皿が運ばれてきた。

肉が乗せられている。見た目、普通の調理された焼き肉だ。だが、どうせろくでもない肉だろう事は、間違いない。

「この肉は?」

「昨日のー猫の肉、と言いたいところだがねー。 人工培養したー、ディメトロドンのー肉だよ」

「はあ、何ですかそれ」

「恐竜のー前の時代にいたー、ほ乳類型ー爬虫類って生物のー肉さ。 これだけー作るのにー、六十五万掛かったよ」

思わず噴き出しそうになった。

ゲテモノじゃあない。蜥蜴肉のようなものだが、少なくとも生じゃないし、調理もされている。

だが、肉切れだけで、六十五万。

こいつ、イカれてる。

「さー、食べよう」

「……」

「これはそれなりに美味しいよ」

絶滅動物の中でも、極めつき。恐竜の更に前の動物の肉。

しばらく躊躇った後、口に入れてみて、ぞっとした。

まずいとか、まずくないとか、そういう次元じゃ無い。まるで銀紙をそのまま口に入れて、噛んだみたいだ。

反射的にはき出したくなる。

味覚までおかしくなってきているのか。これは多分、肉の味じゃあ無い。調理におかしなことをした事が原因だ。

「え、遠慮しておきます」

「食べないとー、帰さないよ」

サイコ野郎が、さらりと言った。

こいつ、まさか。

わざと、まずく味付けしたのか。吐き気がするほどの悪意。皿に、運び込まれてきたものを見て、絶句した。

金魚の活け作りだ。

それも、鮒くらい大きくなった奴を、生で捌いてある。

「こっちは……」

「品評会でー百五十万の値段がついた金魚のー、クローンの活け作りだよー。 細胞を分けてもらってー、作ったーんだ。 二十四万ー掛かった」

意識が飛びかける。

もちろん、これも喰えというのだろう。

リビングの隅に、鳥籠がある。

インコが入れられているが、五月男が目を向ける度に、悲痛な悲鳴を上げてばたばたと羽を動かした。

「何だ、五月蠅ーいなあ。 別にお前は喰わないってー言っているのにねえ」

「……」

聞きたくない。

だが、強引に聞かせてくる。

「あれはークローンの細胞元だよ。 あれからークローン増殖させたインコをー、目の前で捌くのがー楽しくてね。 自分がー解体されるのを、目の前でー見せられているのと同じってーわけなんだ」

一刻も早く、此処を出よう。

そう思った私は、銀紙の味しかしない肉と、金魚の活け作りを。吐き気をこらえながら、せっせと口に運んだ。

 

翌日。

おぞましい指示が、裁判所から来る。

今度は、昭彦爺の家への滞在だ。昔のように、即座に殴ってくることは無くなってきたのだが。

その代わり、あれの後妻が極めて五月蠅い。

家に帰ってから、ずっとトイレに立てこもっていた。吐き戻しはしていない。腹も下していない。

誰の顔も、見たくなかったからだ。

悪意に満ちた料理。

彼奴は、栄養を取るために、料理を作っているのでは無い。

金を得るためだけに、刳菜を呼んでいる。そして、おぞましい料理を食べさせて、苦しむのを楽しんでいるに違いない。

そして、決まって食べた後、吐けない。

家に帰った後、何度も試したのだが。彼奴の作らせた料理は、どうしてか吐き戻すことが出来ないのだ。

まるで、悪意が胃にこびりついたかのように。

電話が鳴る。

メイドロボットに出させた。一番最近購入した、お下げ髪の27が出る。面倒なので、名前は全部数字だ。ちなみに購入順じゃない。最初の1を除くと、後は型式から名前を取っている。

しばらく応対していたが、トイレのドアについているテレビモニタに、27が顔を見せた。

「刳菜様、裁判所の指示とは別に、櫃子様がお呼びみたいです」

「断れ」

「それが、裁判所の指示は知っているが、重要な用事があるのだと」

「こ、と、わ、れ」

テレビモニタを切る。

強制力は無い。正直な話、奴らが死んだとしても、裁判所の指示があるまでは、出向かなくて良いのだ。

手元の端末から、警告音。

テレビモニタを付けろという指示だ。これが鳴るのは、余程のときだけである。

「何だ」

「それが、櫃子様が、来ないのなら此方から行くと仰って、電話を切ってしまわれまして」

「居留守を使え。 私は家にいない。 出かけ中だ」

「分かりました」

どんな事情だろうと、自分からなど会いに行く者か。

あんな化け物共、本当だったら頼まれても顔などあわせたくないのだ。勿論、借金したとしても、病気にかかったとしても、助けてやるものか。

ましてや櫃子の奴は、最近サイコ野郎の五月男と同レベルに頭がおかしくなってきている。

どうやらクレームを入れるのが趣味らしく、幾つかの企業ではマークさえされているのだとか。

様々な要因から精神が不安定になる大人がいると、刳菜は以前勉強した。

確かに常軌を逸した凶暴性を発揮し、ハイパークレーマー化する奴はいる。櫃子も、それに近いのかも知れない。

凄まじいノック音。

ドアを、外から叩いている。金切り声も聞こえた。

間違いない。

来たか。

「刳菜様?」

「追い払っておけ」

「分かりました」

他人の家に入る際は、当然家主の許可がいる。

この家は私のものとして認められているので、櫃子が無理矢理に入る訳にはいかない。モニタを操作して、玄関を映す。

ぞっとしたのは、髪を振り乱した櫃子は、まるで正気には見えなかったからだ。

「出てきなさい! はやく出てきなさいよおっ! どうせ暇なんでしょう! いるんでしょう!」

メイドロボットの37が出る。

そして、機械的な説明をはじめた。

「此処は私有地です。 すぐに退去してください」

「何よ、姪の家に入るのに、何の許可がいるっていうのよ!」

凄まじいビンタを、37にくれる。

だが、元々機械だ。その上軍事用。

人間のビンタなんか、ものともしない。そればかりか、二度目のビンタは、冷静に手を掴んで止めた。

「ふざけんじゃないわよ! この木偶! はやくあのガキを出せって言ってるの!」

「貴方の所へは、刳菜様は行くように指示が出ていません」

「もう金を使い切ったんだから、来るのが当たり前でしょう! あいつの金が無ければ、生活できないのよおっ!」

無茶苦茶な理屈だ。

しかも確か、前に出向いた時、四百八十万位を渡しているはず。どうしてもう金を使い切ったのか。

警察が来た。

ドローンと一緒である。37が、器物損壊の現行犯で、住居不法侵入もしていると、証拠突きで提出。

獣みたいに吼えながら、櫃子は引っ張られていった。

トイレから出て、引きずられていく狂人を見送る。勿論、モニター越しに。

裁判所にデータを提出。

或いは、しばらく彼奴の家にはいかなくても良いかもしれない。いや、あくまでそれは願望だが。

一番古株の1。こういうときは、厳しい雰囲気の、いわゆるお局様だ。玄関に出ると、彼女が端末にコードをつないで、何かログを検索していた。

「何、あれ。 どうしたんだよ」

「少し前から、著しく精神にダメージを受けているようです。 医師から病院に行くようにと指示が出ているのですが、無視しているようでして。 最近は子供に対して暴力を振るおうとして、メイドロボットに何度となく止められています」

「……オイオイ」

そういえば、前に出向いた時もおかしかった。

他より三桁くらい多い金額を請求してきて、その場でメイドロボットに止められたのだ。そうしたら、メイドロボットの髪を掴んで、何度も床に顔をたたきつけた。子供はぎゃあぎゃあ泣き出すし、たまったものじゃなかった。

そして叫んで暴れて、包丁を振りまわしはじめた。だから、慌てて家を飛び出した。勿論契約書なんかにはサインしていない。

何があったのかはしらないが。

「お金の動きを検索したところ、どうやら女性向けの風俗に入れ込んでいる様子ですね」

「はあ? ホスト通い?」

「そうでしょう。 ホストの中に、金づるとして彼女を認識した者がいた、という事です」

「すぐに対処させろ、馬鹿! 私の金を、なんでホストなんかに流し込まなきゃいけないんだよ!」

ホスト通いなんか覚えて、碌な事になる訳が無い。

ましてや櫃子みたいな自制心が欠片も無いような奴、ホストに尻の毛までむしり尽くされるだけだ。

馬鹿親が、アホ女になったというわけか。

全員父親が違う子供達は、今後さぞやぐれることだろう。私のことを逆恨みするかも知れない。

金をくれなかったから、櫃子がおかしくなったとか。

巫山戯んな。

悪態が零れる。そもそも最初、厄介者としてたらい回しにたらい回しを繰り返したくせに。金づるとなると知った途端、掌を返した奴の一人が、金をどの面下げて無心するというのか。

裁判所の決定だと、今までの養育費の代わりという事で決着がついているが。

彼奴の家で、喰わされた食い物は。

ドッグフードとかジャンクフードとか。

しかも、テーブルに着くことさえ許されなかった。そしてメイドロボット共は、それを見ても、何も言わなかった。

具体的な暴力さえ振るわれなければ、介入しないのだ。

電話が掛かってきたという。

またあの櫃子かと思ったが、違った。勿論対応は、自分自身ではしない。

「刳菜様、昭彦様からです」

「要件だけ聞いておけ。 私は今留守だ」

「分かりました」

対応は、お局にさせる。

そして、私は。またトイレに立てこもった。

 

和服を着た、いかめしい顔つきの老人。

五グループの中でも、もっとも面倒な一組の長。昭彦爺だ。

此奴の家は相応に裕福そうに見える。私とは比べものにならないが、それなりの資産家らしいから、当然だろう。

というよりも。

私が資産を得るまでは、此奴が他から集られる対象であったらしい。勿論、この苛烈な老人が、黙って金など渡すはずが無い。毎度凄まじい血みどろの攻防が繰り広げられていた。

私も見た事がある。

怒鳴り声が、部屋の隅で震えている私の所まで届いていた。メイドロボットも総動員で、暴力沙汰を止めるために、体を張っていた。

「親族」が帰ると、昭彦はいつも髪を振り乱し、顔を紅潮させていた。そして怒りが収まらない様子で、メイドロボットを殴った。

殴る相手は、メイドロボットには留まらなかった。

何だか知らないが、綺麗な和服を纏った後妻が出てくる。顔立ちは整っているが、それが整形を繰り返した末だと、私はこの間情報を掴んだ。

それにしても、まだ若々しい。噂によると、高額のアンチエイジング治療まで受けているとか。アンチエイジングの技術はとっくに確立しているのだが、様々な理由から、使用する際は法外な税金がかかる。これはどこの国でも同じ。

私からむしりとる金は。

だいたい、この性格最悪の後妻が、使い込んでいると、推察していた。

「あら、良く来たわねえ」

「おかげさまで」

「さあ、入って」

じっと、昭彦爺は、私の尻を見ていた。

厳格そうなこの老人が、実は相当なスケベである事を、私は知っている。いろいろな理由から、だが。

案外、この性悪女と、昭彦爺は相性がいいのかも知れない。

和室中心のこの家は、見かけよりかなり広く見える。まだ足腰がしっかりしている昭彦爺が家主だからか、バリアフリー的な配慮はされていない。手すりも、家庭用エレベーターもない。

だから、余計に家そのものが、広くみえるのだろう。

居間に案内される。

他が例外なくフローリングなのに、此処だけは和室だ。

茶を出された。不機嫌そうに、昭彦が前に座る。いつも手にしているステッキは、歩行補助のためではない。気に入らない時、周囲を殴るためのものだ。

全身をサイボーグ化している昭彦は、体の衰えとは無縁。体の機能を司る部分にはアンチエイジングを施しているらしく、未だに精子バンクには登録して、収入を得ているそうだ。

以前、何度となく暴力を振るわれたからか。側には、メイドロボットが常につくようになっていた。

「元気そうだな……」

「はあ、まあ」

「他の奴らの面倒と世話は大変だろう。 儂の養子になってしまえば、その苦労も無くなるのだがな」

「……」

前から、何度となく断っていることだ。

この、一見優しそうな配慮の末の言葉に、罠がある事を、私は知っている。

そもそも養子云々と言い出したのは、後妻が入ってからだ。

目的は、財産の独り占め。

他より財産が大きく、数百万だかをむしりとっても大して旨みが無い此奴にとっては、財産を根こそぎむしることだけが目標なのだろう。

その点は、他よりも賢いと言える。

もっとも、他の四組もそれを知っているし。私自身、此奴の養子になんて、死んでもなりたくはなかった。

「その件については、合意が得られておりません」

「ああ、そうだったな」

横やりを入れたメイドロボットに、ぶっきらぼうに返す。

昭彦のメイドロボットは、どれもこれもはち切れんばかりの豊満な肉体をもつセクサロイドばかりだ。

本人の趣味が、こうも分かり易く出ているのは、それはそれで面白い。

出来れば見習いたくは無いが。

「それで、今晩は泊まっていくのかね」

「……そのつもり、です」

実はここのところ、この老人、ほとんど金を無心してこない。

他が金をむしっていくのに、此奴だけは控えている印象だ。何を企んでいるのか、見極めておきたい。

ご機嫌そうな後妻が、盆に和菓子を持って戻ってきた。

色とりどりの和菓子は、どれもこれもが高そうだ。

「どうぞ、召し上がれ」

「遠慮せず喰え」

毒でも入れられてはいまいか。

確認はメイドロボットにさせる。スキャンさせるが、毒物や最近の類は無し。食べてみると、ごくごく美味しい和菓子だ。

だが、それが余計な不安をかき立てる。

本来この狒々爺と、蛇女の二人組は、聖人君子にはほど遠い輩だ。法が許すなら、私を殺して金を奪い取ることを何とも思わないだろう。昔は暴力を振るうことも多かったし、今だって下手なことを言えば何をしてくるか分からない怖さがある。

和菓子を食べ終えて茶を飲み干すと、昭彦爺は、メイドロボットに付き添われて、部屋を出て行った。

周囲には盗聴器が仕掛けられている可能性が高い。

当然監視カメラもあると判断して良いだろう。

今回は、軍用のメイドロボット13と、身の回りを世話をするための22を連れてきている。

13は見るからに厳つい、強そうなおじさんだ。これは見かけで、そもそも威圧することを目的にしている。AIもごく単純で、私の身を守ることだけを想定していた。普段は眠らせているのだが。今日はいやな予感がしたので、連れてきたのだ。前に浩の家に呼んだ戦闘用メイドロボット37より、二回り高い戦闘力を持ち、装備次第では戦車とも渡り合える。

22は反面、私よりかなり年下の女の子の姿をしたメイドロボット。

此方はおっとりした雰囲気と外見で、その場の空気を和らげる目的がある。家事一式はしっかり出来るし、会話時も相手に負担を掛けないように、様々なロックが掛けられている。

「13、何か異常はある?」

「特に問題は検知できない」

「……あっそう」

検知できないという事は、此奴の探索能力の上を行っている、ということか。

盗聴の類をすると、裁判所から不利な申請が来る可能性がある。そう言うことはさせないでおく。

今の時点で、命に危険も無い。

22を行かせて、寝室を先に確認させておく。

すぐに22は戻ってきた。

「危険はありません。 とてもよく掃除された、快適な寝室ですの」

「あー、そうかい」

これはどういう風の吹き回しか。

ひょっとして、裁判所に印象を良くさせるための策か。誓ってもいいが、此処の家にいるのは古狸と大蛇だ。

彼奴らが今更善良な心に目覚めるなんて事は、多分地球が割れでもしない限りありえないだろう。

絶対に、何か企んでいる。

13が軍用メイドロボットだと言うことは、彼奴らも勘付いているはず。ならば、無茶はしないと思いたいが。

しかしそれでも、不安はぬぐえない。

一体何を企んでいる。

 

結局その日、一泊だけして。私は家に戻った。

何もされなかったことが、却って気味が悪い。裁判所のPCにアクセスして確認してみたのだが、アリバイ作りをして、後の行動を有利にしようという意図に、今までの行為はあまり関係が無いと結論が出るそうだ。

そんなことを言われても。

実際あの老人に、今までどれだけ酷い目に遭わされたか。その記憶を思い出すだけで、憂鬱になる。

家に戻った後、お局に聞いてみるが。

彼女も首を横に振るばかりだ。

「AIのバージョンアップの過程で、人間の事については色々調べています。 三原則に抵触しない範囲で、人間を守るためです。 しかし、それでも出る結論は一つ。 人間には論理的な思考は出来ない、というのがそれです」

「言ってくれるな」

「そう結論せざるを得ないほど、あなた方の思考回路は複雑怪奇だと言うことです。 それぞれに嗜好があって、其処に気まぐれが加わるので、本当に解析不能です。 一体どうして、こんなバグだらけの思考をもつ生物が、世界の覇者になれたのか。 私達には、理解できません」

むっと頬を膨らませると、私は部屋に戻る。

さっき裁判所PCにアクセスしたが、やはり次に行かなければならないのは、黒高の所だ。

奴は最近、露骨に私を性的な目で見るようになってきている。

まだ私は成人していないのだが。

彼奴は昔から良くいる、病的な男性機能至上主義者だ。体を好き勝手にすれば、言うことを聞くようになると、本気で思っているらしい。

だから最近は、メイドロボットを側から外さない。

身を守るためだ。

あんな奴に、体を好き勝手にされてたまるか。

櫃子の所が本来は先だったのだが、警察で精神鑑定をしたところ、とうとう正気判定を喪失してしまったらしい。

しかもホスト関連の金の流れが明らかになってしまい、完全に裁判所からはストップが掛かった。

あの三人の子供も、全員が養子に出されるかも知れないという事だ。

何だか、昔の純文学に出てきた、愛が欲しいと喚きながら破滅的な生活を送るような女って事かと、私は結論していた。

だからといって、欠片も同情は出来ないが。

何が愛か。

私は、そんなものが、何の助けにもならない事を、よく知っている。成人したら、見てろ。

彼奴ら全員、地獄に叩き落としてやる。

相手に愛が無いのと同様、私にだって愛なんてない。

徹底的に反撃して、ぶっ潰す。此方の資産を好き放題むしりとっていった仕返しは、させてもらう。

トイレに立てこもると、私は大きく嘆息した。

此処は、修羅の世界だ。

結局、どこにも、一分の安らぎもない。

 

2、宙に浮く利権

 

もう少しだ。もう少し我慢すれば、こんな茶番も無くなる。

本当に何度も危ない目にあった。

黒高の家に行ったら、何度もあの性欲の権化と、二人きりにされそうになったのだ。メイドロボットがいなければ、確実に貞操を奪われていただろう。冗談じゃあない。

黒高は脂ぎった剥げ頭の持ち主で、今だ衰えない性欲を縦横無尽に振るっている。愛人は少し前まで七人だったそうだが、今は八人いるそうだ。しかもその面子の半分が、以前と違うそうでは無いか。

しかも黒高は別に美形でも、筋力が優れているわけでもない。単に金をちらつかせて関係を強要し、飽きたら捨てるというやり口を続けている様子だ。しかもその金の出所が会社だというのだから、もう呆れてものも言えない。性欲だけが先行している、化け物のような初老の男。

当然、私の金の中からも、「交際費」が出ていることだろう。

危なくて仕方が無いので、メイドロボット二体を常に側に立たせていた。風呂のときは外で見はらせたし、トイレのときもしかり。寝室は事前に確認させて、それからようやく眠ることが出来た。

こんな所で一晩を過ごしたら、それだけで子供が出来そうだ。

何しろ寝室には、昨日最低でも二人以上連れ込んだ形跡があった。メイドロボットが知らせてきたのだが、こんな所で眠りたくない。

だが、それでもだ。

気をずっと張り続けていたからか、眠るとなると一瞬だった。朝起きると、メイドロボットはずっとベッドの側に立っていてくれたが、そうでなければもうとっくに貞操を奪われていただろう。

伸びをする気分でも無い。

「はあ。 どうにか助かったか」

「昨日、黒高様は夜遅くに愛人を呼ばれ、今はご一緒に、別の寝室でお休みになられています」

「……」

頭を振って、嫌な想像を追い払う。

おさかんなことで、と。嫌みを言う精神的な余裕は、今の時点では無かった。

ダイニングに行くと、メイドロボットが食事を用意してくれていた。黒高の趣味は分かり易く、ハリウッド映画でヒロインを努めそうな、金髪碧眼、大きな胸におしりという姿形をしている。

席に着くと、さらにげんなりさせられる。

精力がつきそうな料理ばかり並べられていたからだ。本当に、脳など必要ない人種だ。下半身だけで生きているとしか、言いようが無い。

だが、出されたご飯を残すつもりはない。

特許料が入ってくる前は、それはそれは悲惨だったからだ。ご飯を満足に食べられる日は、そう多くなかった。

児童虐待の刑法に触れるギリギリの扱いを、常に受け続けていた。

おなかは毎日空きっぱなしで、健康に過ごしている他の子供達が、羨ましくてならなかった。

だから今でも、食事が出ると、残さず食べてしまう。それが五月男の所で出るような、異常な代物でもない限りは。

これはどんなに裕福になっても、消えない習慣だ。食事が如何に貴重なものなのか、頭では無い。体が知り尽くしているからだ。

無言で、胸焼けがしそうな朝食を平らげる。

「あー、黒高さんは?」

「まだお休みになられています」

「あそう」

しゃべり方まで洋風なメイドロボットに適当に返すと、顔を洗って、髪を整える。目につくところに避妊薬を置いているのは勘弁して欲しい。本当に性欲だけを中心に生きているのが丸わかりだ。

タオルも下着も自前で持ち込んでいる。

というのも、どんな仕掛けをされるか、知れたものではないからだ。

ふと、人の気配。

トイレに行こうとした途中で、振り返る。

驚いたように此方を見ているのは、私とあまり年も変わらなそうな女の子だ。しかも半裸。

ばつが悪そうに視線を背けると、そそくさと洗面所に入っていった。冗談じゃ無い。吐き気がした。

メイドロボットが何も言わないと言うことは、犯罪では無いと言うことなのだろう。虫酸が走るが。

居間に出ると、パジャマの黒高がいた。

傲慢そうな顔をした、四角い男である。にへらにへらと笑っている。さぞや昨晩は楽しかったのだろう。

「ああ、もう帰るのかね」

「急ぎですので」

「そう急がずとも、もっと泊まっていっていいのだよ」

「いえ、失礼させていただきます」

こんな所にいて溜まるか。

こいつと同じ空気を吸うのも嫌だ。まして組み伏せられでもしたらと思うと、失神しそうになる。

さっさと外に出て、タクシーを呼ぶ。

すぐに無人タクシーが掴まったので、家まで急ぐように指示。悪夢の家からの脱出はどうにか成し遂げた。

家に着くと、ぐったりして、ベットに倒れ込む。

ぼんやりしているうちに、また眠ってしまった。何だかだらしないが、こればかりは褒めて欲しいくらいである。あの家での悪夢の出来事から、どうにか生き延びたのだ。あの男に体を好き勝手にでもされたら、今頃首をくくることを考えなければならない。

すぐにシャワールームに行って、熱いお湯をガンガンに浴びた。

あの家の臭いを、体に残しておきたくない。

ちょっと皮膚がひりひりするくらい体を洗った後、シャワールームを出た。何度もため息が零れる。

居間に出ると、食い物を作るよう、メイドロボット達に指示。1が不安そうに、眼鏡をずりあげた。

「カロリーを取りすぎませんか?」

「運動は後でする。 はやくしろ」

「分かりました。 運動のプログラムを組んでおきます」

「急げ」

腹の中からも、あの家の感触を無くしたい。

テーブルにもたれてぐったりしていると、1が作業を指示し終えたらしく、戻ってきた。此奴は一番の古株だ。というよりも、私が最初に購入したメイドロボットだけあって、色々と私には詳しい。

どういうわけか、他のメイドロボットとある程度情報は共有しているはずなのに。此奴だけが、私をある程度上手に扱えているような気がする。

「次はまた、浩様の家に出向いてもらいます」

「ああ。 いつだよ」

「裁判所からの指示ですと、三日後ですね」

「そんなに早くかよ……」

以前は、一巡すると一週間は開いた。それを猶予期間と考えて、心身を整える事が出来たのだけれど。

どうやら、何か事情が変わったと見える。

「何かあったのか」

「調べましょうか」

「ああ、そうしろ。 命に関わるかもしれないからな」

これは冗談では無く、本当だ。

実際問題、私の資産は、人死にが簡単に出るほどのものだ。昔極貧生活をしていたから、それくらいはよく知っている。

裁判所からこんな指示が来ると言うことは、大きな何かがあった可能性が高い。

成人では無い私には、あまり出来る事が無いけれど。

それでもやっておくべき事は、全部やらなければならなかった。

「結果が出ました」

「どうした」

「櫃子様が、逮捕されました。 その影響かと思われます」

「……は?」

精神病院送りになったと聞いていたが。どうして逮捕などと言うことになったのか。

様々な手続きをして、それでやっと真相が分かった。

タチの悪いホストに貢いでいた櫃子は、以前数億という巨額を、私から無理矢理むしろうとした。

もちろんそれは失敗したのだが。

どうやらその後、子供達を違法な児童写真雑誌に出させたらしいのである。そういえば、子供の一人は女の子だ。

違法と言うだけあって、内容は推して知るべし。

櫃子の精神状態があまりにもおかしい事から、警察が調査した結果、表に出たのだ。そして、その出演料は、全てホストにつぎ込まれていたらしかった。

ホスト通いの末路である。

しかも、児童虐待の嫌疑まで持ち上がっている。生活費の殆どをホストにつぎ込み、子供達にはろくに食べ物も与えていなかったらしいのだ。それだけではない。メイドロボットの証言で、更に凄まじい事実も明らかになっていた。

「合法的に子供を始末するには、どうしたらいいと。 櫃子様は仰ったそうです」

「な……」

「ホストと結婚するには、他人の子供は邪魔、というのでしょう。 荒れた生活をしている成人女性が、時々そういう行動に出ることがあるようです。 動物本能から来る判断のようですが」

「いや、分析するんじゃねーよ」

流石に背筋に寒気が走った。

其処まで追い詰められていたのか、という事では無い。

櫃子の脳内に満ちていた狂気の濃度を、今更思い知らされた感がある。

件のホストは、自分は何も強要していないなどとうそぶいているようだが。去年改訂された風営法で、現在逮捕を検討中だそうである。いずれにしても、私のお金は、一体いくら此奴に流れ込んだのか。

死ねば良いのに。

本気でそう思った。

いずれにしても、此奴への金の流れは今後遮断できる。例え櫃子が娑婆に戻ってきても、金が此奴に流れないように、法的措置を執る事が出来るのだ。私自身が法的決定をするのではなくて、申請して、処置は警察の方でやってもらう事になる。手続き系の作業はメイドロボットに全て任せる。

1は作業をこなしながら言う。

私は、もって来られたトーストにマーガリンを塗りながら、それを聞いた。

「櫃子様は執行猶予なしで、おそらく懲役二年程度になるでしょう」

「結構重いな」

「状況証拠で、明確な子供達への殺意が確認できましたから。 それに懲役をこなしても、精神病院で治療を行わない限り、外には出られません」

今は、そういう法がある。

幾つか大きな事件が起きてから、そう法整備されたのだ。私はいずれにしても、櫃子には同情しない。

彼奴にはそれこそ、数限りない恨みがあるからだ。

あげく彼奴は絶対にこう思っている。

私は悪くないと。

今頃、私への逆恨みを募らせているだろう。そんな奴、知ったことか。

「なあ、1」

「どうしたのですか」

「他の奴も、今すぐ、こんな風にたたき落とせないか?」

櫃子は、もはや脱落した。

私から、金というパイをむしりとる権利を喪失したのだ。此奴が懲役を終えて、退院した頃には、私は成人している。そして、その頃には、成人した故に、様々な法的武装が許される。

手持ちのカードが、零になったと言って良い。

私はもう、此奴の所に、行かなくても良いのだ。

後は、四組。

おぞましいハイエナ共を。いや、そのような言い方をしたら、ハイエナに失礼か。ハイエナが誇り高い狩人だと、この間聞いた。

とにかく、おぞましいクズどもを、全部地獄に落としてやりたい。

奴らの所に行かず。

私の金がむしられないようにしたい。

1は少し考え込む。

「裁判所に、再申請いたしますか?」

「私には法的権限がないって知ってるだろ。 それに状況証拠の提出だけで、埒があかないだろ」

「事実、刳菜様は既に、お世話になった分のお金は充分に払っていると思えます。 今までに放出した金額は9億円あまりに達します」

つまり、あの櫃子の性欲婆は。2億近い金を浪費したという事か。それも、ホストや、贅沢な生活に突っ込むだけ突っ込んで。

ついでにいうと、こうやって金を払い出してから、まだ一年も経っていない。私の所へ膨大な金が入るようになったのは、権利や何やの関係で、つい最近なのだ。金が入ることが分かってから、周囲の態度は露骨に変わったが、それは別に今はどうでもいい。

本当に救いがたいアホだ。

「それで、勝てるのか?」

「権利者の皆様の、悪いデータをそろえる事が出来れば、或いは」

「つまり、櫃子の婆みたいな、犯罪に直結するデータって事か?」

「そうなります」

さすがは1。分かっている。

ただ、物わかりが良すぎて、少し不安になった。基本メイドロボットに搭載されているAIは、犯罪の教唆はしないように作られている。主人を危険から遠ざけるのは、基本機能でもある。

それなのに、此奴は、堂々と危ない橋を渡るように進めてきた。

何か妙なものを感じる。

「どういう風の吹き回しだ」

「これは、私どもの共通した意見ですが」

異な事を言う、と思ったが。

そういえば、メイドロボットを一カ所で多数使うと、リンクして情報共有している内に、一種の共同体意識が目覚めることがあるとか。

「刳菜様はメイドロボットに乱暴ですが、それでも存在は尊重してくださいます。 じっさい何名かは、廃棄処分になる所を、引き取っていただきました」

「あー、そうだったな」

私はロボットが嫌いだ。

大嫌いだ。

だが、廃棄処分されるほどでもないと思っている。直せば使える奴は、使ってやってもいい。

だから、奴らがメイドロボットを廃棄するという時、引き取ってきた。確か六機は、そうやって家に置いた。

だが、まさかロボットが恩を感じるとは思わなかった。

「我々は、刳菜様が悲しむのを見たくありません。 何か手を尽くせるのであれば、何でも仰ってください」

なんと言って良いのだろう。

よく分からなかったが。

無言で、頷くばかりだった。

涙腺が、緩んだのかも知れない。

 

期日が来たので、浩の所に出向く。

以前は嫌なだけだったが、今回からは違う。櫃子が脱落したことで、一機に事態が動く可能性が高い。

それを見極めれば、或いは。

短い間隔で出向いた事を、浩は何も言わなかった。むしろ目が血走っていて、殺気立っている。私を嫌疑に満ちた目で見ているのは、どういうことか。

「良く来たね」

「はあ。 裁判所の指示ですから」

「……」

何だか、嫌な視線だ。黒高から受ける、肉ダッチワイフに対する視線とはまた違う。何だかこれは、敵意という奴だろうか。

私はいろんな視線を受けて来た。

幼い頃から、嘲弄の視線はずっと浴びていた。怒り、蔑み、憎しみ。そういった視線も、受けて来た。

何だか、今のは、それらと違う気がする。

すぐに融資の契約書を、浩が持ってくる。書かれた金額を見て、私は絶句していた。

「はあ!? 二億五千万!?」

「マスター。 この金額は、明らかに過剰譲渡です」

浩のメイドロボットが、横から口を出す。

血走った目で、浩が叫んだ。

「黙っていろ、鉄くず!」

「しかし、事実です」

いきなり側にあった灰皿で、浩がメイドロボットを殴りつける。側に付けていた13が、無言で動いた。

元々、メイドロボットと人間では、筋力が違いすぎる。

瞬く間に後ろを取られた浩が、喚きながらつり上げられた。

「何をする! 離せ!」

「無意味な器物損壊はおやめください」

「うるさい! 私のものに、何をしようと勝手だ! がらくたを壊して、何が悪いって言うんだ!」

喚きながら、更に暴れる浩。

これは、一体どうしたことか。もう一人連れてきているメイドロボットである21が、私を背中に庇う。私も慌てて、暴れる浩から離れた。

しばらく喚きながらもがいていた浩だが、13は殴ろうと蹴ろうとびくともせず、やがて静かになった。軍事用のロボットなのだから当然だ。此奴は戦車砲の直撃にさえ耐え抜くのだ。

暴れ疲れた浩を床に降ろし、13が見下ろす。

21が、先ほど灰皿で殴られた、浩のメイドロボットを助け起こす。頭から人工血液を流しているメイドロボットは、まだ十代前半に見える。殆ど児童虐待のような有様だ。

私も法的には児童になる。

良い気分など、しない。

「この契約書には、サインできません」

「……」

まるで親の敵でも見るような目、と言う奴だろうか。

おぞましい視線で、浩ににらまれた。

一体何があった。

私が此奴の犯罪に関する事を探ろうとしていることを、悟られたとは思えない。そんなこと、ばれるはずもない。

一度、居間から出る。

元々21は、補助作業用のメイドロボット。私と背丈も大して変わらない。見かけは私よりもずっと美少女だが。

「何だ、何があったんだ」

「すぐに検索します」

浩のメイドロボットと、リンクを無線でつなげて、情報収集を開始する21。

しばしして、難しい表情のまま、顔を上げた。

「櫃子様が逮捕された件なのですが、刳菜様がそそのかして、ホスト通いをさせたという情報が、浩様の所へ入っているようです」

「はあ? んな馬鹿な!」

こっちは被害者だ。

だが、そんなことを言っても、あの状態では、聞くはずも無いだろう。

だいたい、私はまだ十五だ。その年で、ホスト通いをそそのかすとか、一体何がどうしてそうなるのか。

部屋を覗くが、興奮した浩は、13に食ってかかっている。13はものともしていないが、浩の目は血走っていて、ナイフでも持ち出しかねない。

うんざりしたので、部屋に入り直す。

21が、すぐに私を背後に庇った。

「戻ってきたか、悪魔!」

「何を言っているんですか。 調べましたが、櫃子おばさまの逮捕に、私は関係していませんよ」

「嘘をいうな! 櫃子本人から聞いたんだ!」

あっさり、情報の経路を暴露してくれる浩。

どういうことか。だが、何となくだが。想像がついてきた。まさかだが、浩と櫃子は、出来ていたのでは無いのか。

あり得る事だ。

しかも、浩から櫃子への片思いだったのだろう。ひょっとすると、浩に渡していた金も、櫃子を通じて、ホストに流れ込んでいたのかも知れない。

だとすると、最悪だ。

警察にいる櫃子は、何もかも私のせいだとかわめき散らしているだろう。ホストの事も、もし此奴が金づるだったのだとしたら、言うはずが無い。

ただれた大人の関係というのは簡単だが。私には、正直な話、男女の機微なんてよく分からない。

いずれにしても。浩が、櫃子の言う事を真に受けているのは、事実だった。

「私が言っても無駄でしょうね。 21、裁判所からデータを提示してもらって」

「五月蠅いっ! 適当に金でも握らせて、自分に有利なことを言わせるつもりだろう!」

「金ってなあ……! あんたたちには、言われたくない!」

思わず絶叫していた。

黙り込んだ浩を前に、私は呼吸を整える。私を散々利用して、金をむしりとり続けてきた此奴らにだけは、そんな事は言われたくない。

私はパイじゃ無い。

私は金じゃ無い。

此奴らに、どれだけの世話になったか。それは、悪い思い出だけで構成された、忌まわしい過去。

仮に世話になったとしても。その分の金なんかは、とっくの昔に返済している。

「その2億五千万って、何に使うつもりだったんですか?」

「櫃子の借金を……」

絶句。

ホストにどれだけつぎ込んだというのか。子供達の食費まで搾取したあげく、そんな途方も無い借金を作っていたとは。

よほどの高給ホストに入れ込んでいたのだろう。

いや、多分それだけではない。

多分宝石だの酒だの、美食だの。一度感覚が麻痺してしまうと、金の浪費は、際限が無くなるときいている。

膨大な欲望を御しきれず、金が生み出す快楽に溺れた女。

阿呆すぎる。こういう大人にだけはなってはいけないと、私は思った。というよりも、愛に生きるとかいう行為が、如何に愚劣なのかも、何となく分かった。愛に生きて、子供の父親を全部違う人間にして、なおかつホストに財産を突っ込むか。

笑いが零れてきた。

そんなものが、愛の現実というか。

こういう人間にとって、愛とは何だ。それはきっと全身から触手が生えていて、たくさん目がついていて、見るだけで発狂する存在なのではあるまいか。

「絶対に、そんなお金、払いませんからね」

「刳菜様」

21が袖を引く。

うなだれている浩のいる居間から、私を引きずり出した。21もメイドロボットだ。力は強い。

何より、自分から何か言い出すというのは、余程のことだ。

「この話、受けましょう」

「ちょ、何を言うんだ」

「その代わり、これっきりと言うことにしましょう。 今までの支払金額を考えると、今回の件で、充分に元を取れます。 融資終了の手続き書類は、すぐに作成します。 融資は同意がなければ成立しません。 客観的に融資終了の手続きが出来れば、法的処置に上書きできます」

考えて見れば、願ったりか。

それに、財産の内から、2億五千万程度でこいつと手が切れるなら、正直な話、充分安い。

ただし、いきなり話を決めてしまうのも、危険すぎる気がする。この手のゲスが、腹芸で生きている事くらい、私だって知っている。今までの事も、全部演技である可能性も、捨てきれない。何か企んでいるとして、それにうかうか乗ってしまうのも、間抜けすぎる話だ。

それに、何だか妙な胸騒ぎがする。21の事を信用していないわけではない。ロボットは嫌いだが、此奴らが嘘などつけないことは、重々承知しているからだ。だが、どうもきな臭い。

何か、あるのではないか。

部屋に戻ると、私は咳払いした。

「浩叔父様、その話、持ち帰らせてもらいます」

「……」

「ただ、これだけは言っておきます。 もしもこの件を受けたとして。 それで金輪際、融資は終了です。 以降は一銭も払いませんので、そのつもりで」

まるで死人のような目で、浩は此方を見ていた。

今の騒動は、メイドロボットを通じて、家族にも伝わるはずだ。会社にも打撃が計り知れないだろう。

億に達する借金。

それも、ホスト通いしていた愛人のこさえた代物。

まず間違いなく、家庭は崩壊。下手をすると、会社から告訴されるかも知れない。社長といえど、会社の金を私物化することなど、許されないのだ。まともな会社であれば、だが。

だが同情なんてしない。

むしろ、いきなり思ってもみない展開だ。或いは、このまま全てが上手に解決するかも知れない。

 

家に帰ってから、メイドロボット達を総動員して、すぐに調べさせた。

浩が櫃子と愛人関係にあった事は、すぐに事実だと分かった。二人で何度となくラブホテルを借りているだけではない。拘留中の櫃子に、浩が実際会いに行っている。それに、不可思議な金の動きもあるという事だった。

なんてことだ。

五つのグループは、裏で手を結んで、私から金をむしり取ることばかり、「現実的」に考えていると思った。

動物的本能から、こんな形での瓦解をするなんて、思ってもみなかった。

勿論罠の可能性もある。

既に警察に、巨額の金の動きについては連絡してあるが。向こうから、進展はすぐには来ない。

裁判所PCにも連絡。

様子がおかしいので、しばらく保護者への訪問はストップすることで、合意が得られた。上手く事態が動いているように見えるが、どうにもきな臭い。私は、あくせく働いているメイドロボット達を見て、疑念を拭うことが出来なかった。

ひょっとして此奴ら。

久しぶりに、スタンドアロンのPCを引っ張り出してくる。OSやら何やらをバージョンアップするのに、三時間。昔は一日がかりだったらしいが、今ではそれくらいで、全ての作業が済む。

その後、メイドロボット達が組んでいる無線ネットワークの監視を開始。

もしも此奴らが誰かに操作されているなら、それで異常が出る筈だ。

すぐにログの解析は出来ない。

そういえば、昔はこのPCを弄って、必死にプログラムを組んだ。睡眠学習で身につけたプログラムの技術を総動員して。

そうすれば、みんなが良くしてくれると、思ったからだ。

本当に馬鹿な子供だった。

今でも私は子供だが、少なくとももう大人に夢は見ていない。

彼奴らが何をしてくるか分からない事くらいは、とうの昔に理解している。この家の中にも、監視カメラや盗聴器が仕込まれているのではあるまいか。

それなら、外部の会社に監査させるのも手だ。

数分で、わざと遠くにある監査会社をピックアップ。メイドロボットに車を出させる。こんな遠くの会社、誰かが息を掛けているはずもない。

運転手役のメイドロボット達には、家を出ないようにと指示。

護衛用に13を連れて、1に運転をさせて、家を出た。

昔は小さな部屋に押し込まれていた。場合によっては、部屋さえ与えられず、押し入れの中で膝を抱えていたこともあった。

どんなに貧しくても、一家族に一つ、住居がある。それが当たり前の時代だというのに。

だからだろうか。

収入が入るようになってからは、メイドロボットを何十機も使えるような、大きな屋敷に住み始めた。

「不意に、どう為されたのです」

「ふん、知るかよ」

1は無言で運転する。

此奴は相応に頭が働く。ひょっとすると、今頃主人がいるとしたら、情報を転送しているかも知れない。

だが、スタンドアロンに構成している上、ネットワークの最上位に置いたPCから、情報が漏れる可能性は極めて低い。そいつだけ、独立の有線で外部とネットワークもつないでいるし、ルータもわざわざ別のを使っている。パケットキャプチャなどでの解析も出来ないように、色々と手は打ってある。

手元の端末を操作しながら、路を指示。

これなら、行く先も解析は出来ないはずだ。

「ひょっとして、私達を疑っておいでですか」

「お前自身は疑ってねーよ。 私が最初に組んだメイドロボットだし、セキュリティもバージョンアップ繰り返して、最新鋭のものにしてる。 だけどな、何を仕込まれるか分からないのが、今のご時世だ」

「それならば、AIの解体をして見ますか」

「いや、それは後だ。 本職に任せる」

二時間ほどリニアウェイを走った後、別の県にある中堅の監査会社に到着。

受付で手続きを済ませる。私が資産家だと知ると、すぐに社長が飛び出てきた。平身低頭、名刺を渡してくれる社長の禿頭を一瞥だけする。どうしてかアンチエイジング技術が浸透していても、禿頭を放置している中年男性は珍しくない。

会話するのも面倒くさかったので、家に外部からの監視、リモートコントロールが入っていないか、全監査するプログラムを依頼。

事前に調べているが、この会社は中堅でありながら、相当な技量を持っており、今までに相応の実績を積んでいる。

監査の契約をした後、すぐに家に帰った。

本職にも任せるし、自身でも調べたいからだ。

こうも事態が上手く動いたのは、やはりおかしいように思えてならなかった。

 

3、捨てられる手札

 

頭をしっかり働かせて行動したのは、一体いつぶりなのだろう。

私はスタンドアロンに組んだPCのセキュリティを最新鋭に保ちながら、自分で内部監査を続けていた。

最初に疑ったのは、よそから引き取った六機のメイドロボットだ。

此奴らのAIについては、一応調べたが、ボットが巣くっていることも無い。バックドアもしかけられていない。

OSの中枢まで踏み込んだ。

これでも私は、メイドロボットのAIについて世界的な発明をした人間なのだ。それくらいの知識はある。

だが、其処まで調べても、変なものは出てこない。

つまり、疑いは、濡れ衣だったという事か。

頭をくしゃくしゃに掻き回す。

これは外れか。

監査も来た。

屋敷を徹底的に洗っていった。結果として、盗聴器は無し。ネットワークにも、異常は見られなかった。

勿論メイドロボット達も調べたが、白だった。

そうなると、私の取り越し苦労だったのか。

監査の会社に謝礼を支払った後、私は裁判所PCから連絡を受ける。次はあのサイコ野郎の所かと思ったら、違った。

また昭彦爺の所だという。

何が起きたのか。それは、すぐに分かった。

五月男の事だから、何かろくでも無い事でもやらかしたのだろうと思ったら、その通りだった。

食用として購入していたペットの一体が、五月男に反撃したのである。

具体的には何とか言う種類の毒蜘蛛だったそうだが、ケージの隅に潜んでいて、五月男の指を噛んだのだそうだ。

勿論血清も準備されていたのだが。

しかし、噛まれた場所が悪かったらしく、五月男は意識不明の重体。それだけ強烈な毒蜘蛛であったらしい。正確には、わざわざ遺伝子操作で毒を何倍にも強くしてあったそうなのだ。

結局今でも病院に入っており、関係者が五月男の家を捜索。

その結果、出るわ出るわ。

合法とは言え、世界中の珍しい動物やその肉が、ごろごろ五月男の家から出てきた。その全てが、クローン培養されたものだが。中には、天然のものも混じっていた。

それらは殆どが動物園に送られた。五月男は意識不明の重体だし、そのままにしておけば死滅してしまうのだから、当然の処置である。

そして、警察も、事情聴取に来た。

面倒くさい事この上ない。

事情が極めて特殊なのである。私は五月男にとっては金づるであり、金というカードを出させるための相手だったのだ。

聴取は五時間にもわたって続いた。

1が準備した契約書も全て提出。それらの殆どが、養育費に対する謝礼という形になっていたが。

いずれにしても、凄まじい合計金額に、警察は目を見開いていた。

「これだけの金額を、養育費の返済として渡していたんですか」

「あくまで財産の%から割り出された金額です。 それに、裁判所の配慮により、総資産に影響が出ない範囲でなら、融資をするようにという指示が出ていました」

「配慮……」

1の言葉に絶句した警官達が、顔を見合わせる。

私としてはさっさとこの家から出て行って欲しいのだが、そうもいかない。

多分櫃子辺りが、ぎゃあぎゃあ牢屋の中から騒いでいるからだろう。私は五月男が毒蜘蛛に噛まれた日のアリバイを提出しなくてはならなかった。第三者に目撃されていないとならないのだが、その日は幸い、何体かのメイドロボットを連れて、外に買い物にでていた。

買い物に行っていた店が、五月男の家とかなり離れていたこともあり、アリバイは立証。それに関しては、どうにか決着がついたのだが。

問題はその後だ。

アリバイを立証した後、警察に行って、様々な聴取を更に念入りにされる。

どうやら、私には、あのサイコ野郎を殺す動機があると判断されたようなのである。しかも五月男が意識不明で、目覚める可能性もあまり高くないという事情が、聴取の長期化に拍車を掛けた。

「五月男さんを殺してやろうと、貴方は何度か考えたのではありませんか?」

「考えませんよ、そんな事」

「どうして? 貴方は理不尽にも思える搾取に晒されていたはずです。 そればかりか、虐待とも言える「食事」につきあわされていたと、報告が上がっています」

誰だ、そんな余計な事を言った奴は。

と思って、すぐに特定できた。多分五月男のところのメイドロボットの中にあるログを解析したのだろう。

警察の誘導尋問には反吐が出たが、向こうとしては事件性を感じた以上、放置も出来ないのだろう。

うんざりしながらも、私は応えた。

「わざわざダーティな手なんか使わなくても、私が成人すれば、縁はすっぱり切れる相手です。 そんな奴を遠ざけるのに、どうして殺すなんてリスクが高い方法を選ばなければならないんですか」

「貴方はまだ感情制御が苦手な子供だから、我慢できるとは限らないのでは?」

「我慢しますよ。 彼奴らと縁が切れるのならね!」

徐々に私も不快感が募ってきたが。

結局、釈放された。

どうやら、様々な状況証拠から、事件性が無いと判断されたらしい。私はうんざりしながらも、自宅に戻る。

ベットに転がると、それだけで脳が焼けそうだった。不快などと言う次元では無い。なんで私が、あんなサイコ野郎の人生を背負ってやらなければならないのか。

「刳菜様、明日が昭彦様の所へ行く日です」

「延長できないのかよ」

「出来ません。 裁判所から、特に言明が来ています」

舌打ちした。

そのような下品な振る舞いをしてはいけませんと、1は最初五月蠅かった。だが、今では言わなくなった。

多分、言っても私が聞く耳持たなかったからだろう。

「分かった。 準備をしておいてくれ。 それと、13の他にも、何機か連れてく」

「それは厳重ですね」

「立て続けに三人だろ。 あの爺も、どうにかならないとは限らないからな」

いっそのこと、黒高が死んでくれれば良いのだけれど。

そう思ったことを、翌日。

昼には、後悔する事になっていた。

 

また警察に連れて行かれて、聴取される。

無理もない。

黒高が死んだのだから。

あの狒々爺は、まさに自業自得の最後だった。愛人と金の関係で揉めて、刺されたというのだ。

何でも高校を出たばかりの女を愛人にしていたのだが、これがヤクザとつるんでいたらしく、一種の美人局のような形で黒高を脅そうとしたらしい。

しかし黒高も慣れている。懇意にしている別のヤクザに頼んで、女に手切れ金を渡して手を引かせたそうだ。

だが女はその金額に満足せず、なおかつ一方的に黒高を恨んだ。

そして別の愛人の家の前で待ち伏せし、刺し殺したのだという。

今時珍しい短絡的な犯行だが。逮捕された女は、精神に異常をきたしており、血だらけのナイフを持っていたにも関わらず、犯行を否定しているという。そして、此処でまた、私が浮上したというわけだ。

黒高による搾取。

それだけではない。性的な暴行さえ、加えられる危険にさらされていた。

私には黒高を殺す動機が充分にある。

勿論、アリバイは無い。

そればかりか、実行犯の女は、私も知らない。会った事さえ無い。黒高の愛人の何人かとは顔を合わせたことがあるが、その女はそれまで存在さえ知らなかった。

警察は、以前とは打って変わって、非常に厳しい態度だった。

もはや私が犯人だと、決めつけているかのようである。

「君は充分な動機を持っていた。 五月男さんのときと同じようにね」

「五月男さんの事件についても、現在洗い直しをしている最中だ。 やはり君が犯人の可能性があるからね」

かわりばんこに、何人かに責められ続ける。

誘導尋問は巧みだった。

憎んでいたかと聞かれる。殺したかったかと聞かれる。そして、殺したのは貴方だろうと、言われる。

アリバイもあるのに、どうして疑われ続けるのか。

状況から考えて、私が後ろで糸を引いていた可能性が高い。そう警官達は、決めつけている様子だ。

裁判所に持ち込まないのは、何故だろう。

ぐったりした私は、警官に付き添われて自宅に帰る。メイドロボット達は、家で待っていた。

部屋の外にも警官がいる状態で、私には何が出来るのだろう。

そして、どうして全く嬉しくないのか。

1が茶を持ってきた。警官が、多分会話を全部拾って録音しているはずだ。今や私は、すっかり重要参考人である。

「なあ、私が犯人だって、お前も思ってんのか?」

「私はずっと貴方の側にいました。 それを忘れましたか?」

「いや……」

忘れてなどいない。

責めるように、1は此方を見る。やはり此奴には、感情と呼べるものが、備わりはじめているのか。

「何があろうと、私は貴方の味方です」

「そうかよ。 嬉しいけどな」

「お疑いですか?」

「いや、疑ってはねー」

もしも、私の財産を独り占めするつもりであれば。犯人は、昭彦だという事になる。

だが、どうも妙に思うのだ。

昭彦は老い先短い。それに、財産争奪グループには加わっていなかったとは言え、私の親族は他にもいる。

他の4グループに渡っていたという金を独り占めにするためか。

私が成人するまでに、このペースだと三十億、下手をすると五十億くらいは融資することになるだろう。

それなら、人を殺すには、充分な動機になる。

だが、私の財産は、その二つ桁が上なのだ。ひょっとして、私の財産を狙っているとすれば。

分からない。

ドアがノックされた。警官が入ってくる。

「何だよ、尋問なら明日にしてくれよ」

疲れ切っているからか、言葉遣いが乱暴になる。

警官は咳払いすると、疑念まみれの目を向けて、私に言う。

「昭彦さんが倒れたそうです」

「は……!?」

「貴方、一体何をしたんですか?」

すぐに警察署で取り調べると言われたので、絶句する。1が立ちふさがる。

「マスターは疲れています。 一緒に警察で取り調べをしていたのなら、そのような事が出来ないと、即座に分かりませんか」

「それを確認するためにも、取り調べます。 どきなさい」

メイドロボットは、基本人間に逆らえない。

ただし、主人が別の事を言えば、話は違う。だが、私は1に、身を挺して守れとは、いえなかった。

そんな事をすれば、廃棄処分だ。

警察は犯人制圧用の、軍事ロボットも連れてきている。こっちにも13がいるが、あちらのは最新鋭。しかも六機。勝てる訳が無い。

「いいよ、連れてけ!」

「刳菜様!」

「好きなだけ調べれば良いだろ! 何だったら裸にでもするか! 解剖でもして、ハラワタでも見てるか! 好きにしろ! いっそ殺せ!」

警官が、無言で腕を掴む。

涙が出そうだった。

私が一体何をした。金を持っているというのは、そんなに罪だというのか。私は、金を得るために、いや違う。

みんなに好きになって欲しくて、時間を惜しんで努力した。

その結果がこれか。

金があったら、みんなで奪い合う。

金を持っていたら、みんなに奪い取られる。そして、何も無くなったら、全ての責任を押しつけられる。

成人になったら、あの五人からの縁を切ろうと思っていた。

だが、きっと上手く行かない。

金があれば、ずっと私は周囲につきまとわれるのでは無いのか。むしられるだけむしられたら、それで終わるのでは無いのか。

私の人生はなんだったのだ。

私の人生を返せ。

絶叫は、どこにも届かない。

命令を出さなければ助けられないメイドロボット達は、連れて行かれる私をじっと見つめていた。

 

4、黒い檻の道化

 

聴取の最中に聞かされた。

昭彦の爺は脳溢血だったそうだ。既に亡くなったという。

最近金を請求してこなくなったのは、自分の死期を悟っていたかららしいと、様々な文章から推察された。

昭彦の財産は、私と十歳しか離れていない後妻の手に渡ったが。

だが、財産分与で、早速裁判を起こされているらしい。私には、どうでも良いことだ。

「これで、貴方の財産を脅かす邪魔者は、いなくなったと言うことですね」

「……」

私にも、それは偶然とは思えない。

私はやっていない。やりようがない。だが、警察は疑いを解かない。精神をきりきりと絞り上げるようにして、尋問を続けてくる。

もはや、尋問が始まってから、どれだけのときが流れたのかも、よく分からなかった。

私は従順でもなかったし、警官に協力的でもなかった。

だから、私は余計に目をつけられたのだろう。警察は、どうやって殺したのかというような言葉を、連続して投げつけてくるようになった。

もう、家の周囲には、マスコミもかぎつけて集まってきていた。

二人を殺し、一人を精神病院送りにし、一人を意識不明の重体にした悪魔は、世界的プログラマーだった。

そんなニュースまで放映された。

私は、既に連中の脳内では、犯人に確定している様子だ。

私のパーソナルデータも流出。

ネットなんて、危なくて潜れなくなった。もっとも、警察に聴取されて、家で監視される日々である。毎日疲れ果てて、家に帰っても、何もする気力など残されてはいなかったのだが。

ぐったりした私は、1の整えてくれたベッドに転がると、呟く。

「なあ、1……」

「刳菜様、どうしましたか」

「私を殺してくれっていったら、殺してくれるか?」

返事はない。

出来るわけがないのだから。そのような事、三原則の最大の原理に反している。

「必死に頑張って、お金が入るようになったのに。 私の扱いって、厄介者としてたらい回しにされていた頃と、何も変わってないじゃないか。 結局このまま、私の周りにはダニだけが集まって、一生搾取され続けるんだろ? そうなんだろ?」

仮に警察が私からターゲットを別に移しても。結局、私の人生が終わりである事に変わりはない。

家から出ることはもう無理だ。

金はあるから、それを使って、通販で生活し続けるしかない。ネットにつなぐのも出来ないだろう。

今では私は、大量殺人鬼だ。

実際に違っても、騒いでる連中の脳内では関係無い。いや、そうでもないかも知れない。連中にとって、罪だの罰だのは口実だ。単に痛めつける理由が欲しいだけ。

乾いた笑いが漏れた。

努力って、一体何だったんだろう。

カッターが見えたので、掴む。手首を切ろうと思って、刃を出していたら、1に手首を掴まれた。

握る力が思っての他強かったので、私はカッターを取り落としてしまう。

「離せ……よ。 死なせてくれよ」

「貴方の側には、私達がいます。 貴方がどれだけ嫌っていても、私達が、側にいますから」

何も、返す言葉が出ない。

感謝も、どうしてか、沸いてこなかった。

 

結局、真相が分かったのは。

私が二十五になった時。

メイドロボット達は、その時全員バージョンアップして、ボディを世代交代していた。AIの記憶などは受け継いでいる。その際にメンテナンスをしていて、気付いてしまった。

あれは、事故ではなく、事件だった。

私の仕業ではなかったが、ある意味私の起こした出来事だったのかも知れない。

久しぶりに1のログを調べていたら、見つけてしまったのだ。厳重に偽装されたデータが。それは、うちにいるメイドロボット達が共謀し、起こした事件の全貌だった。

少しずつ、脳溢血を起こしやすくなるクスリを、水道水に混ぜる。混ぜるやり方は、なんと水道局のPCをハッキングして、ピンポイントで昭彦の家の水道水にだけ入れる、というものだった。ハッキングは極めて巧妙。専用のソフトも、複数のAIが担当して動かし、足も掴ませていなかった。

黒高の話がこじれたのは、彼らのやりとりを見ていたメイドロボットが、金額の偽装を黒高のカードにハッキングして起こしたから。セキュリティが甘かったので、難しくはなかったという。取引のときにも、二三度介入してしまうと、もう具体的な金額はどちらも誤認していた。故にプライドをへし折られたと思った女は、黒高を刺した。

毒蜘蛛の件も。自動で餌を与えるシステムに、ハッキング。興奮剤と、毒物の威力を上げる薬剤を投入しての末だ。

そしてホストに狂った櫃子だが。

これに関しては、様々な風俗店の情報データを閲覧し、極めて強欲でヤクザとつながりもあるホストを、敢えてかみ合わせるように手配していた。

しかもその時点で櫃子と浩は出来ていた。

性欲に狂った櫃子が、際限なく金を貢ぎはじめた時点で。全ての歯車は回り始めていたのだ。

それだけではない。

それぞれの家にいるメイドロボット達も、全員がこちら側のメイドロボットと共同して作業をしていた。

ログの消去や改ざん、ハッキングの手伝い。

内部からの手助けがあれば、それらも容易。更に言えば、それぞれが犯行の証拠を、分散して持っていた。

直接相手を殺さないように。三原則に触れないように。

まるで悪魔的企みという他ない。

警察が掴めないわけだ。人間に逆らわないはずのロボットが、これだけ組織的にかつ大胆に、造反していたのだから。アフターケアまでされていた。薬剤の類が検出されなくなるよう、あらゆる手管が尽くされていた。時間が経つと分解するものが選ばれていたり、その薬物を検出できなくなる薬物が投与されていたり。

本当に徹底的な、組織的犯行だったのだ。

1が部屋に入ってきた。

「お前……」

「気付かれてしまいましたか。 そうです。 貴方を救うために、全ては私が、いえ私達が計画しました」

この悪夢の連鎖を断ち切るには、全員が協力するしかない。

しかし人間の欲は際限が無い。それなら自滅する方へ、持っていくしかないのだ。

私には、何も言えない。

主君にそれだけ忠実だったメイドロボットの起こしたことだ。

今、私の家は、鉄条網で覆われ、周囲と完全に隔絶している。新しい仕事ももう来ない。特許収入だけで生きていけるから何ら問題は無いが、外の音は入れないようにしている。まだヤジを飛ばしてくる周辺の住民がいるからだ。

私は何も言えない。

一礼すると、1は部屋を出て行った。

どうやら結局の所、私は悪魔であることに、代わりはなかったらしい。周り中の人間に金という幸福と、破滅を与えてきたのだから。

私は結局、何のために生まれてきたのだろう。

ふと、視線をそらすと。

床に落ちていた、道化師の絵が、目に入った。

そうか、私は金というパイをむしり取られながら、哀れに踊り狂う道化師だったんだな。

涙が溢れてくる。

もう、この世に。少なくとも、人間の社会には。

私の居場所は、どこにもなかった。

 

(終)