腐肉の宴

 

序、其処にある腐肉

 

ただ静かな絶望の中、私は立ち尽くす。目の前に立っているのは、全身に血を浴びた太った男。上半身は裸で、顔は見えない。

知っている。

此奴は、間違いなく、いわゆるサイコキラーだ。

恐怖に全身が硬直してしまっていて、逃げるどころか身動き一つ出来ない。小便を漏らしそうだ。

太った男の手には、血まみれの肉切り包丁。

そして、その後ろには。

今、手に掛かったらしい、人間の残骸が転がっていた。

あれは、誰だった肉だろう。

思い出せない。

「こ、ころ、す」

嗚呼。

私も、此処で死ぬのか。

どうにか、逃げたい。でも身が竦んで、動きようが無かった。蛇ににらまれた蛙とは、このこと。

身をもってその状態を味わっていても。嬉しくも何ともない。

男が。肉切り包丁を振り上げる。

ああ、死んだなと、私は思った。

不意に、男が、真横に吹っ飛ぶ。

いきなりの、動からの静。

凄まじい破壊音。

其処に立っていたのは。手を払う。オールドスタイルのメイドさんだった。

「全く、手間を掛けさせて」

すたすたと歩いて行くメイドさん。

笑顔を浮かべている、彼女は。

瓦礫に突っ込んでもがいている血まみれ男を、無造作に蹴り挙げる。それだけで、男の左腕が吹っ飛んだ。

悲鳴を上げながら、顔を庇おうとする男。

血が大量にまき散らされる中、メイドさんは、そばに合った瓦礫を拾い上げる。多分角材だろうか。

降り下ろす。

廃工場の窓から差し込んでいる月光が。メイドさんの瞳に反射して、人ならぬもののように見せていた。

いや、これは。

人ならぬもの以外の何物でもあるまい。

殴打音が凄まじすぎる。

今まで一方的に殺戮していた異常者は。今度は自分が、一方的に殺戮されるはめに陥っていた。

ぐちゃぐちゃ。

頭も腕も。一閃ごとに叩き潰されていく。

脳みそが血肉が内臓がまき散らされる。

そして、悲鳴もすぐに止んだ。

「アガレスさまー」

「あー」

闇から現れるようにして姿を見せたのは、今度は黒髪の女の子だ。足下につくほどに、髪は長い。

何だか黒いタートルネックセーターを着込んでいるから、闇に溶けるようである。

「始末しましたよ、例の輩」

「これはまた、手酷くやったな。 此奴の事情は知っているだろうに」

「殺人事件だけで二十件以上。 この程度の処分は妥当かと思いますが」

「お前が言うな。 まあ……そうだな。 とにかく、だ。 天界には、後で私が話を付けておく。 いずれにしても、死体は残らないし、人間社会の関係者には警察以外は話さなくても良いだろう。 遺族には気の毒な話だが、な。 錯乱が解けるまでは、魔界に受け入れるわけにもいかんし、しばらくは霊体として窮屈な所に押し込めるしか手も無いだろう。 何にしても、誰にとっても気の毒なことだ」

二人が、此方に気付く。

びくりと震える私を見て、メイドさんが、角材を振るった。血を落としたのだと、分かった。

「どうします?」

「当事者なら兎も角、巻き込まれた人間が生きていたと言うだけで、僥倖だろう。 ただ、我らのことは、忘れて貰わないと困るな」

「そうですね」

いつのまにか。

メイドさんが、側に立っていた。

そして私の顔に触る。

どうしてだろう。

それ以降の記憶は、綺麗に欠落していた。

 

この時の事は、今でも夢に見る。

断片的な出来事。

何故、あのような殺人鬼の住処に入り込んでしまったのかは、思い出せない。あのメイドさんと、子供の顔も。記憶から抜け落ちてしまっていた。

多分あれは、何処かの廃工場。

そして月明かりが強かったから、満月か、それに近い状態だったのだ。

その辺りは、推理することが出来るけれど。

あれから十年以上経った今でも。

思い出すだけで、震えが来る。

殺人鬼の目は、どうしても思い出してしまうのだ。時々、闇の中から、あの太った血まみれの男が這いだしてきて。

巨大なナタを振り回して、襲いかかってくるのでは無いかと。

幸い、両親は存命。

ごく普通の家庭に育った私は、今は高校生。高校二年で、新聞部に所属している。所詮高校の新聞部であり、大した規模も実績も無いけれど。

それでも、私は。

真面目に、部活でいつも記事の編集や、特ダネのスクープをしていた。それが将来、内申につながると知っていたからだ。

「白土」

「はい!」

二年になって、すぐ。

もうすぐ引退する三年の部長に、声を掛けられた。

部員は七人。

今の時代で考えると、比較的大きな部活と言える。ただし、所詮は七人。部活で定期的に新聞は発行しているけれど。

とてもではないが、他の学校の人間に見せられるような代物では無い。

年々マスコミに対する風当たりが強くなっていることもあって、新聞部も肩身が狭くなってきている。

まあ、この国のマスコミがやってきた事を考えると、当然かも知れない。

「次の部長はお前だ。 頼むぞ」

「有り難うございます」

「皆も聞いてくれ。 次の部長は、実績から考えて、白土代々野(しろじよよの)に決めた。 誰か異存はあるか」

ありません、と声が上がる。

とはいっても。部長になりたいと考えている人間などいない。やる気が無いなら帰れと言われれば、そのまま従ってしまうような生徒も少なくない。人数あわせの部員も何名かいるのだ。

他の学校も、状況に大差は無いと聞いている。

この学校は、部活への所属が義務づけられているから、まだマシ。

それに、マスコミを良く想わない生徒は大勢いる。新聞をせっかく作っても、読んで貰えない事なんて、日常茶飯事だ。

四コマ漫画を載せては、とか。

連載小説を載せてはとか、意見も出るけれど。

ただでさえ低レベルな記事しか提供していない状態だ。これ以上レベルを下げるようなことは、出来ない。

元部長が拍手をすると。

三年も、二年一年の部活メンバーも。

白々しく、拍手に追従した。

一応、一年から所属している部活だ。何をすれば良いかは分かっている。何より、意欲に欠けていた先代部長に代わって、編集をこなしたことだってある。ライバルになるような生徒がいれば、少しは張り合いも出たかも知れないけれど。

酷いときは、私だけで新聞を作った事もあった。

「新部長から、何か抱負を」

「正しい情報を、皆に届けることを、今年の目標とします」

私は。今の大新聞を、良く想っていない。

新聞を作る人間が、思想によって現実にフィルターをかけ過ぎなのだ。更にこの国では、無責任に体制を批判することが新聞のつとめであると言う、不可解な不文律が長年をかけて作られてしまっている。

正しい情報を提供する事なんて。

本職の新聞記者は、誰も考えていない。

それが現実だ。

スポンサー様のために、尻尾を振る犬。それが大人の姿。それを見て、誰が憧れるだろうか。

実際新聞社を希望してくる学生は、目に見えて減っているとも聞いている。

当たり前だ。大人の姿を子供は見ている。ましてや、新聞社が安泰でも無いこの時代に、誰が就職するだろうか。

かといって、私は今後どうしたいのだろう。

部長のデスクにつく。

少しだけ、気分はいい。

「まず、今年最初の新聞を作りましょう。 最初はそれからです」

「分かりましたー」

やる気の無い返事が来る。

誰もが、私を内心で嘲笑っているのが分かった。

さて、これからの一年で、何が出来るだろう。やる気の無い部員達の面倒を見て、新聞を作って。

学校のニュースをかき集めて、それで。

正しい情報を伝えることが、出来るのだろうか。

マスコミは、出来なかった。

あの大量殺人鬼の死を伝えるどころか、隠蔽した。二十人以上も死者が出たと、私は聞かされていたけれど。

実際に数人の死体も見たのだけれど。

新聞に載せられたのは、それぞれの死者が、別の事件で死んだという嘘の記事。そればかりか、工場の死体に到っては、爆発事故に巻き込まれたとされた。

確かに私は見た。

両親には訴えた。

だが、きっと夢を見ていたんだよと言われた。

そんなはずは無い。だけれども、確かに不可解な点はあった。何故私が彼奴の住処に迷い込んだのか。

どうしてメイドさんや子供の顔は覚えていないのか。

細部は嫌になるほど覚えているのに。何故、肝心な場所を、思い出せないのか。

悔しかった。

だから、調べているうちに、新聞部にスカウトされた。

中学でも新聞部で。真面目な働きぶりが噂になって、高校でも結局新聞部に入ってしまった。

将来、記者になるのか。

そう聞かれたこともあるけれど。

私には向いていない。

私が求めているのは、真実。

そして、それを発表すること。

今のマスコミにそれは出来ない。大新聞だろうがタブロイド紙だろうが同じだ。あまりにも、個人の主観が入り込みすぎるからだ。

主観が入った記事なんて、ゴミも同然。

だから、私はそうはならない。

私は、彼奴らとは違う大人になる。そう決めたのに。結局、新聞記者の真似事を、高校のうちからしてしまっている。

一体私は、何がしたいのだろう。

自分でも分からなくなるときがある。

それから一週間で、今年の初新聞を仕上げた。新聞を掲載できるスペースに張り出し、自由に持って帰って良いボックスにもいれていく。

数部は捌けたけれど。

誰も、興味を持っている様子など無い。

部員達もやる気が無く、あくびをしている様子が目立つ。しかし、気を引き締めようにも、手段など無かった。

自分が頑張るしか無い。

結局、その結論に到るしか、無かった。

 

1、夢と現実

 

朝起きると。

枕元にナタが突き刺さっていないか、いつも不安になる。私の側にあの怪人がいて、獲物をミンチにしようと刃を研いでいないだろうかと、考えてしまう。

そんなはずは無い。

彼奴は死んだんだから。

メイドさんに、ぐちゃぐちゃにされた。手からビームを放ったり、魔法とかでそうしたのではない。

メイドさんは角材を振り回して、内臓や脳みそをぐちゃぐちゃに潰したのだ。

あの音。

そして飛び散る血と臓物は、今でもよく覚えている。

ああ、人体というのは、こういう風に壊れるのだと、幼くして私は悟ったのだ。

あの生々しさ、夢などであるものか。

「代々野ー!」

一階で、母が呼んでいる。朝飯の時間だ。

あの時の事は、両親にも聞いた。

だが二人とも、私が目を離した隙にいなくなって、警察が工場で見つけたとしか言わない。

だから私は、二人からの情報取得は、諦めていた。

母は器量よしでは無いけれど、料理が上手だ。父は母と喧嘩をすることもあるけれど、料理の腕前は認めている。

三人で静かに朝食を取る。

妹もいるのだけれど。彼奴は今、中学の合宿で、此処にはいない。春期のスポーツ強化合宿だとかで、お泊まりなのだ。

「新聞部は順調?」

「どうにかね」

「誰も新聞を読まないと不満そうだったが」

「もう諦めた」

父も、最近は新聞を読まなくなった。時々スマホから、記事を拾ってくるようだけれど。少なくとももう紙媒体の新聞はとっていない。

うちだけじゃない。

もうこの国で、紙媒体の新聞は、かっての力を持っていないのだ。まだ老齢層にはある程度の購買者がいるようだけれど。今まで散々繰り返した不祥事の事もある。当然の結果だろう。

私だって、欲しいのは真実だ。

書きたいのだって、真実である。

だが、肝心の新聞は、主観を発表するのに夢中になっていて、真実などどうでも良いと考えてしまっている。

だから誰も読まなくなる。悪循環のデフレスパイラルに陥っているのに。エリート揃いの筈の記者様編集者様達は、誰もそれに気付かないという、滑稽極まりない事態が起きているのだ。

「誰も新聞なんて読まないけれど、書くことは続けてる」

「今は無意味に見えても、いずれ意味が出る事はある。 頑張って、最後までやってみなさい」

「はい」

分かっている。

両親はごく優しい、私にはもったいない二人だ。

だから反発は覚えない。実際、最後までやる事は、決めてもいる。背中を押してくれていることは分かるから、素直に嬉しい。

朝食を終えると、学校に。

授業が始まる前に、少し部室に顔を出す。

昨日のうちに、部員達にめぼしいニュースを集めるように言っておいたのだけれど。案の定、一つも来ていなかった。

学校の生徒達が入り込んでいる裏サイトもチェックするが、特にこれといった情報は無い。

裏サイトでは、生徒達はむき出しの顔を見せる。

どう弱者を虐めるか、話をするような場所だ。人間がどれだけ下劣な存在か、よく分かるという意味で、勉強になる場所だ。

私も当然、裏サイトのことは知っているし、入り浸ってもいる。

今目をつけている生徒の何人かもそうだ。

表では理想的な品行方正なふりをしている女が、実際はどうしようもないビッチ、なんてことだって珍しくも無い。

学校は魔窟である。

いや、この世そのものが、ゲームだのにでてくる魔界なんて比較にもならない魔窟か。悪魔が現実にいたら、人間のあまりのおぞましさに、目を剥くのでは無いのだろうか。いや、それは多分、事実そのものだろう。

そろそろ時間なので、教室に向かう。

一年生は今年三人入ってきたが、いずれも既に部室には来ていない。朝一で顔を出すように指示はしてあるのだけれど。

まあ、今のうちは別にそれでいい。

正直な話、どうでも良いというのが本音だ。

最初から他人には期待していない。

何かを為すとすれば、自分の力で、だ。

勿論記事を書くために、営業スマイルで近づいて、話を聞くような真似はする。だがそれはテクニックである。

だましあいに探り合い。

本音で語り合うなどという事は、しない。

相手もそれは分かっているし、此方だって同じ事。正しい情報を得るには、感情は不要。主観で書かれた記事がどれだけ醜悪なものか、身に染みて知っている私としては。連中のような腐った記事は絶対に書かないと決めている。

授業を受けながら、次の記事について決めていく。

いちおう、一年生は今のところ、最低限の意欲がある。

軽めの記事を書かせてみて、よいようなら使う。

駄目なら見捨てる。

どのみち、他の生徒も人数あわせで部活をやっているような連中だ。最初から期待していないし、使う意味も無い。

勿論、向こうも私が意欲的に部活の活性化を図ったり、仕事を廻したりしたら、嫌がるだろう。

ならばどうでもいい。

授業については、さほど難しくも無い。

終わると、すぐに部室へ。

一応、記事については幾つか用意している。部活に出てきた生徒達が退屈そうにする中、企画会議を実施。

ホワイトボードに、記事について書いていく。

「一面はこの件にするけれど、異論は?」

「ありませーん」

笑顔は保っているけれど。

私は此奴らを馬鹿にしきっている。

此奴らは、たとえば糞転がしの生態についてとかを一面に持ってきても、同じように応えるだろう。

結局の所、新聞が腐っているのは事実だが。

それを見ている人間も、みんな腐っているのかも知れない。

私は真実を得たい。

新聞では真実は得られない。

だから自分で得るために、真実を得られるかも知れない場所にいる。そう思うと、時々しっくり来る。

手が上がる。

一年生の一人。百合識埜々花だ。

大人しそうなおかっぱ頭の女子である。私がショートヘアにして活動的な見かけにしているのと、容姿からして対照的だ。

「あ、あの。 第二案を一面に持ってくる方が、良いと思うのですが……」

「どうしてかしら」

「それはその。 多分、みんなの興味も集めやすいかな、って」

鼻で笑いたくなった。

今回一面に持ってきたのは、校庭の整備についてだ。

学校側がこれから行う大規模整備で、幾つかの使っていない施設が潰されて、それだけ校庭が広くなる。

運動部にとっては嬉しいニュースである。

実際、これは近年珍しいほど、話題を集めている内容だ。

これに対して、第二案は。

校長が飼っていて、学校内をうろついている猫が、子猫を産んだというもの。

もっとも、子猫は校長がとっくにつれていって、既に学校内で見ることは出来ない。女子は喜ぶかも知れないが、学校全体から考えると、それこそどうでもいい話題だ。

「猫好きの人間は限られています。 学校生活に多大な影響を与える校庭の改装よりも、猫の記事を優先する理由がよく分かりません」

「……はい、すみません」

「他に意見は?」

しらけた様子の部員ども。

はっきり言うが、意見を言っただけまだマシだ。

釈迦は沈黙を貴んだと聞いているけれど。此奴らの沈黙なんて、銀蠅がすりすりして落とした汚れにも劣る。

此奴らの価値もそれと同等。

いっそのこと、私があの殺人鬼になって、殺戮してやりたいほどだ。

「それでは、次の議題」

話を進めて行く。

主に記事の割り振りについてだ。

一面と言っても、学校の新聞だから、大した分量は無い。六ページしか全体にはなく、その中の一面、である。

他の記事についても割り振りを決めていくが、意見は出ない。

百合識は時々何か言いたそうにしていたが。

それだけでも、他よりマシ。まあ、いずれ鍛えていって、図太くなってくれば、或いは見込みがあるかも知れない。

会議が終了したのは、五時少し過ぎ。

終了を告げると、やれやれという風情で、生徒共は部室を出て行った。

後はPCに向かって、記事の打ち込みである。文字数制限については私も把握しているから、ただそれに会わせて文章を調整していくだけ。

記事はおもしろみなんて必要としない。

正確に情報を伝えられれば、それでいい。

確かに、この国の大新聞は、発行部数が圧倒的だった。だが、その結果、あまりにも真実をないがしろにしすぎた。

その揺り戻しで、今破滅に瀕している。

そして私も。

 

一通り作業を済ませて、ふと気付く。

携帯にメールが来ているのだ。

メル友は何名か確保している。これでも交友関係はそれなりに広い方だ。ただし、心を開いて話し合う友人など一人もいないが。

いずれも、情報収集用である。

「何かあんた、鬼部長って言われてるらしいわよ」

「あそう」

「相変わらずだなあ」

「用事はそれだけ?」

話を切り上げようとしたけれど。

相手は食いついてくる。

「何だかさ、変な噂を聞いたんだけど」

「噂って?」

「あんたが昔、大量殺人事件に巻き込まれかけたって話」

目を細める。

意外にやるじゃ無いか。

ちなみにその噂は、私が意図的に流した。というか、そもそも真実なのである。嘘を適当にばらまいたのでは無い。

新聞が黙殺した事実を、ただ掘り返しただけだ。

勿論、出所はばれないよう、工作もしてある。本職の手に掛かったらどうなるかは分からないけれど。

学生程度に突き止められるようなあまりやり方はしていない。

此方は、幼い頃から、真実を握りつぶされて泣いてきた人間だ。

相手のやり口くらい、熟知している。

「それで?」

「うん、本当なの?」

「さあ、どうだろうね。 いずれにしてもうちは家族全員五体満足だし、私も普通に学校に通っているけれど」

「そうだよね。 確かに、考えにくいね」

話を切り上げるメル友A。

あくびをしながら、噂が広まるのを横目で見ていればいい。私自身は元々この後どうなろうと知ったことじゃないし。

何より、未来など、内心では諦めてもいるのだから。

仕事を切り上げると、部室を出る。当然のように、他の生徒は一人もいない。作業を任せてはいるけれど。

誰一人まともには出来ていないから。

終わった後、私が全部直すのだ。

そして直したことにさえ、誰も気付いていない。低脳を通り越して、ゴミも同然の連中である。

部室を出ると、ばったりと正面から出くわしたのは、百合識だ。

そういえば、今日は姿を見なかったが。どうしたのだろう。

「す、すみません。 お帰り、でしたか」

「そうだけれど。 どうしたの?」

「遅れてしまったけれど、少しは部活に出ようと思って……」

何でも授業が長引いて、その後掃除が重なったため、部活どころではなくなってしまったのだという。

それが事実かどうかはどうでもいい。

他よりマシ、程度にしか考えていない。此奴もゴミ虫と同レベルの存在だから、遅刻しようがどうしようが、それこそどうでもいい。

「今日はもう終わったから、帰りなさい」

「はい、すみません。 次からは、出来るだけ来ます」

「その心がけだけで充分よ」

適当にあしらって、今日は帰らせる。まだおどおどしていた百合識だが、やがて一礼して帰って行った。

さて。

此処からだ。

帰りに、図書館による。「友達づきあい」とかで、自由に出来る時間が限られているから、図書館での情報収集が出来る機会は貴重なのだ。

図書館に行く理由は、当時の資料集め。

新聞類は全て確認したが、嘘しか書かれていなかった。

必要なのは、具体的な調査データだ。

記者が主観塗れにして汚した文字列では無い。そんなものは、犬の餌にでもすればいいのである。

図書館に行くと、閉館までの時間が近いと札が出ていた。

今日も、長時間の調査は難しそうだ。

急いで資料室に出向く。

目当ての資料は新聞などでは無い。地元で第一次発表されたときの情報だ。此処から、目撃者の生の情報を割り出す。

目撃者がまだこの地にいる場合も多い。

事件で二十人以上が死んだ。

実際問題、立て続けに、不審死がこの近辺で起きているのは間違いないのである。あの太った、血だらけの男が、巨大な刃物を振り回して。そして、多くの人々を殺戮していった。

私の前でも。

二人、殺された。

あれは誰だったのだろう。工場で発見された死体は、損壊が酷く、身元不明とかされていたから、素性は未だに分からない。

そもそもあの時、私は何をしていたのだろう。

幼いときの過ちだ。

どうしても、思い出せない。

だから、情報を集めている。知らないままでいるのはいやなのだ。嘘まみれのニュースの中から、ひとかけらの真実を探し出す作業。勿論ネットでも情報は集めているけれど。こっちも確度が低い。

都市伝説やオカルトまで入り込んでいる。

それを証明できない時点で、ネットも新聞も同レベルだ。

あの殺人鬼はいた。

空想の産物じゃ無い。

元に多くの人が殺されている。

それなのに、どうして隠蔽しようとする。

或いは国家間の問題に発展しかねないような事とかなのだろうか。たとえば隣国のVIPだったとか。

だが、それなら護衛が多くついているはずだ。メイドさんに角材で殴り殺されるというのは、あまりにもおかしい。

情報を精査しているうちに、閉館の時間が来てしまう。

黙々と外に出る。同じ制服を着ている生徒が何人かいたけれど、口を利く必要も無いので、目も合わせなかった。

既に陽が落ちている。

こんな時は、物陰から、あの死んだ筈の殺人鬼が見ているんじゃ無いかと思って、震えが来る。

まだ、トラウマは克服できていない。

飛び散る血。

内臓。

脳みそ。

あの惨劇は、確かに私の前で起きたのだ。だから今も私は、その時の事で苦しんでいる。この苦しみは、何処へ行けば良いのだろう。

七時には、自宅に着く。

夜遊びを続ける生徒もいるけれど。私は少なくとも、表向きは品行方正な人間だ。クズしかいない部活でも、一人で真面目に動いている。実際に新聞は職員室にも提出しているし、それが活動実績にもなっている。

予算もそれなりに出ている。

私が部長を辞めたら、あの部活はどうなるのだろう。

言うまでも無い。

活動実績など何一つ無い、クズみたいな、空気みたいな部活に成り下がる。言うまでもない事だ。

そして私も含めて。それを何とも思わない。

家に着くと、温かい両親が迎えてくれる。今日何があったか聞かれたので、必要な情報を話して、自室に。

ベッドに転がると、思う。

情報ってのは、何だろうと。

昔は、情報を扱う職業は、神聖なものとされた時代もあったという。ペンは剣よりも強しというような言葉もあるが、それはそんな時代の名残だ。

だが今、その言葉はむなしい。

現実を見ると良い。

スキャンダルまみれの大マスコミ。主観に塗れた記事を書き散らし、結果そっぽを向かれはじめている。

世界に誇った発行部数は減る一方。

誰も新聞に書かれている事なんて、信じない時代が来ている。

私だって、新聞部をしているけれど。それはあくまで自分のため。記者を聖職と考えて、正しい情報を皆に伝えるために働く、なんてことをしている人は、一体どれだけいるのだろう。

いるのだろうか、そもそも。

一人もいないのではあるまいか。

くつくつと、笑いが零れてきた。汚い大人の世界を間近にしてくれたのは、新聞の記事では無い。

新聞の実情だ。

今時子供でも、新聞がスポンサーのために記事を書くことくらいは知っている。私はそう言う意味で、奴らと同じ穴の狢だ。

結局の所、新聞に真実を踏みにじられた私は。

今、真実に辿り着くため、新聞と同じ事を。いや、全くおなじ新聞を作るという作業に従事している。

子供のころでさえこれだ。

大人になったら、私はどうなるのだろう。

この歪みきった心の受け皿は、何処にあるのだろう。

 

2、徘徊の果てに

 

休日に、私はふらりと家を出た。勿論夕方までには帰る。そうしないと、親を心配させるからだ。

私は歪んでいることを自覚はしているけれど。

両親は大事に思っている。

私のような腐りきった心の持ち主にでも、優しく接してくれるのだから当然だ。

世間では愛情に甘えて、親をないがしろにするような馬鹿な子供もいるけれど。私は幼い頃にあのような悲惨な出来事に接したからか、そういった思考には到らなかった。

出向いた先は。

あの工場の跡地である。

広さは、一キロ四方ほど。かなり広い土地の中に、何棟かの工場が建てられていた場所だ。

あの事件の後取り壊されて、今では買い手もつかないまま、広い野原になっている。整地するつもりも無いようで、草がぼうぼう。敷地の中には浅い池もあって、ザリガニが住んでいる。

ただし、近いうちに取り壊すという噂もあるし。

周囲にはフェンスもあるから、近づくことは難しい。

案の定、悲惨な「事故」があったせいか、心霊スポットとして有名になっていて。幽霊を見たという人もいるようだ。

だがその正体の一部は私だ。

此処で調査をしている所を、見間違えたのだろう。髪は短く切っているし、幽霊っぽい格好はしていないのだけれど。

怖がっていると、人間は草木でも幽霊に見えてしまう。

ましてや、無人だと思い込んでいる場所に私がいれば。幽霊だと勘違いするのも、無理のない事かも知れない。

ここに来たって、どうなるわけでもないのだけれど。

周りを歩きながら、考えるのだ。

どうして此処に入り込んでしまったのか。

そして、殺人鬼に殺されかけたのか。

どうしても思い出せない。馬鹿ながきんちょだったからと言うのでは、理由にならない。なにしろ不自然なのだ。

私は幼い頃、むしろ大人しい性格だったと聞いている。親が側にいないと怖がって泣くような子供だったらしい。

愛情が深い両親だから、それも頷ける話だ。

しかし分からない。それがどうして勝手にこんな所に潜り込んだ。しかも私があの殺人鬼に遭遇したのは、多分夜中。

つまり昼間のうちに潜り込んで、寝てしまった可能性が高いのである。

一通り周囲を見て廻るが、どうにもこうにも。

昔とは変わってしまっているところも多いし、思い出せることは無い。どうしてもやが掛かったように、思い出せない場所があるのか。

近くのアイス屋に入って、適当にアイスを頬張る。

無言で冷たいアイスを口に入れているが。これは楽しむためでは無くて、頭を働かせる目的だ。

こんな事をしているから、鉄の部長とか言われるのだけれど。周囲のカス共が何を言おうが知ったことか。

店を出ると、再び周囲を探して廻る。

気付くことは、何も無い。

私は記者の適正が無いかも知れないと言うことは、前から思っていたけれど。別に記者になりたい訳では無い。

真実が知りたいだけなのだ。

再び、辺りを調べて廻る。駄菓子屋に入ると、店番のおばあさんに、此処であった事件について聞いてみる。

おばあさんは、何を今更という顔をしていたが。

被害者だと言うと、目を丸くした。

「確か、一人だけ助かった女の子がいたと聞いているが。 あんたかい」

「ええ。 その時の事を、教えていただけますか?」

「教えるもなにもねえ」

警察がたくさんきて。

ぼーんと音がした。

遠くから見ると、廃工場の方が燃えていた。それだけだという。

個人的には、少し物足りないけれど。それだけ覚えていれば充分。礼を言って、別の店に入る。

新しいコンビニとかには用は無い。

用があるのは、老舗。駄菓子屋でもたばこ屋でも何でもいい。とにかく、昔の事を覚えているような人がいれば。

しばらく歩き回って。

見込みがありそうな人に話を聞いて。

そして夕方になってしまう。

家からはそう遠くも無い。だからため息をつくと、帰るべく歩き始める。後の調査は、家からネットを用いて行う。

これもまた迂遠だが、他に方法が無いのだから、仕方が無い。とにかく、今は少しでも情報を集めていかないと、真実に辿り着く事なんて、出来ない。

自宅に着くと、既に日が暮れていた。

自室に入ってから、PCを起動。

集めた情報を整理していく。

工場周辺で起きた連続不審死事件は、それぞれ独立の事件として、周囲の住民は捕らえている。

これは実地調査もしたから、間違いない。

どうしてか分からないが、不自然なくらい。あれを連続した事件だと考えるものがいないのである。

政府か何かが、情報操作でもしているのか。

しかし、そうならどうして。それに、もしそうなら、嗅ぎ廻っている私に、どうして気付かない。公安とか、警察の中でもやばそうな連中が動いても良いはずだ。

つまり、警察は隠蔽工作に協力していない、と言うことになる。

しかしそうなると、何が起きている。

警察では無い政府機関か。

それとも、外国のスパイ組織か何かか。

いろいろな案を考えたけれど。どれも現実味が無い。頭を掻き回すと、分かっている事を、整理していく。

精度が低い情報も含めて、手元にあるデータを吟味していくのだ。

この作業は、小学校のころから、ずっと続けている。

誰も言うことを聞いてくれなかったのが、ただ悔しかったから。何が起きたのか、自分が分からない事が、憎らしかったから。

調べている最中、ふと気になるものを見つける。

都市伝説の情報サイト。

別にそんなものには興味は無いけれど。其処で飛び交っている、ある単語に、目が吸い付けられた。

アガレス。

そんな名前を、聞いた気がする。

あのメイドさんが、子供をそう呼んでいたような。

しかし、アガレスというのは、他でも聞いたことがある名前だ。少し調べて見ると、すぐに出てきた。

ソロモン王の72柱という、非常に古い悪魔。

いにしえの王様が使役したという悪魔達の第一。鰐に跨がった老人の姿で現れると言う。

しかしあの子供に、鰐なんてくっついていなかったし。何より、老人と女の子では、全て真逆だ。

アガレスが、どうして都市伝説に出てくるのか。

調べて見ると、不可思議なことが分かった。会話のログを拾って、テキストエディタに保存してみる。

それから情報を追っていくと、どうやらアガレスは、ハッカーとして有名な人物であるらしいのだ。

都市伝説のサイトで、ある情報を潰して廻っている者がいる。

サイトごと潰されることは当たり前。同業者の間でも、神業の持ち主として、名をはせているそうだ。

魔神を名乗る者が。ハッカーという、電子の最先端にいる者達の中で崇められる。

おかしな話だと、私は思ったけれど。

どうも、この件は妙だ。

もう少し調べて見ると、実際にサイトが潰されたという人間の会話も、掲示板から拾い上げることが出来た。

その人物は、同業のハッカーを雇って対抗したらしいのだけれど。文字通り赤子の手を捻るがごとく、叩き潰されてしまったのだという。

「アガレスはマジもんのハッカーだぜ。 ありゃあ、グル級だな」

「電脳世界の神様ってか」

「ああ。 とにかく彼奴に目をつけられたら最後だ。 政府機関のファイヤウォールでも、あっさり破るって噂もある」

「場所によっては紙同然らしいけどな」

話が脱線しはじめたので、読み飛ばす。

とにかく、アガレスという奴が、桁外れのスキルの持ち主だと言う事がわかった。それだけで充分だ。

アガレスという奴に接触できないだろうか。

チャットがあったので、入って見る。幾つかあるSNSを通じて告知しても良かったのだけれど、アカウントを潰されると面倒だったから。チャットで話せるのなら、それで済ませたかったのだ。

アガレスと連絡を取りたいというと、おもしろがられた。

「ハッカーの中には話した奴もいるって聞くけれど。 どうも女の子らしいぜ」

「はあ?」

「信じられねーけど、あの手の奴って、コードとかの流れから相手の性別とか性格とか読むって話があるだろ。 ハッカーの中では根強い噂で、アガレスが女の子だって言うんだよ」

データの出所について聞いてみるが。

友達に聞いた、としか言わない。

典型的な都市伝説だ。

一旦今日は切り上げる。調査が脱線してしまったと思ったからだ。だが、思い出したのも事実。

あのメイドさんは、確かにアガレスと言っていた。

しかも、確かあの時、アガレスと言われていたのは。

闇に溶け込むような、黒い女の子だったはずだ。

このハッカーのアガレスも、女の子と噂されている。しかしあの事件は、10年も前。流石に女の子というには、無理がある。あの時子供でも、今は妙齢の女性に成長している筈だ。

今は大人の女性を女の子なんて言う気持ち悪い風潮があるけれど。ハッカーがそんなものに乗るとは考えにくい。

とにかく、短絡的に情報を結びつけるのは危険だ。

頭の片隅には入れておこうと思ったけれど。どうにも無視できない何かが、この件にはあるように思えてならなかった。

 

翌日。

ネットカフェに出向いた私は、其処からブラウザを立ち上げて、アガレスの情報を探しにネットサーフィンを始めた。

結局、昨日情報を精査して、良いものが見つからなかった事がその理由の一つ。

何より、あの場で確かにアガレスという名前を聞いたのが、第二だ。

それにしても、どうして今まで忘れていたのだろう。あんな衝撃的な出来事だったのだ。メイドさんの言ったことは、一字一句覚えているのに。呼ばれた名前だけが、どうして出てこなかった。

昨日の情報サイトに出向く。

日曜の昼間だからか、かなり盛況だ。

わざわざネットカフェに出向いたのは。自宅のPCでは危険が大きいと判断したからである。

此処からなら、場所を逆探知されても平気。

登録している名前も偽名だから、私が直接引っかかることは無いだろう。

アガレスに会いたいと、チャットで言って見る。

しばらく反応を見ていると。以前戦ったというハッカーが名乗りを上げてきた。

「あんた命知らずだね。 彼奴に関わると、PCを潰されるくらいじゃすまないよ」

「どういうことでしょうか」

「個人情報も全部引っこ抜かれて、晒されかねないって事。 下手すると、あんたの人生終わるよ」

それほど苛烈な奴なのか。

チャットに、別の人が入ってくる。

何だかアルファベットの、良く読めない名前だ。荒らしかと思ったけれど、どうも違うらしい。

「アガレスに会いたいって?」

「はあ、まあ」

「どうしてあんな偏屈に」

「まだ私が幼い頃ですが、ある事件でどうもその名が呼ばれていたようなのです。 それで」

事情を話して欲しいと、言い出す。

私も、ネットで人を信用するほど馬鹿じゃ無い。だから、適当に誤魔化しながら、ある程度の事情を話していく。

聞いていた何だか分からない名前の人は、途中で不意に此方の話を遮った。

「なるほど、事情は分かった。 それで、アガレスに会ってどうしたい」

「あの事件の真相を知りたいです」

「そうか。 あまり良い事は分からないと思うけれど」

不意に、そいつの名前が変わる。

ダンタリアンとか、表示されていた。

はて、これも確か、72柱を調べているときに出てきた名前だ。知識を司る魔神の筈である。

「あまりこの件に深入りしない方が良いと思うよ。 見たところあんた普通みたいだし、下手なことに首突っ込むと、不幸になるよ」

「もうなってる……」

「そうか?」

誰が分かるものか。

本当のことを言っているのに、誰にも信じられない悲しさを。新聞を筆頭に、マスコミはことごとく嘘しか言わなかった。

誰に訴えても、結果は同じだった。

幼くして、社会そのものを恨んだ。

私は、あの時の真相を知らなくてはならない。そうでなければ、この悲しみはいずれ発酵して、体をむしばんでいく。

それがわかりきっているから、私は真相を知りたいと言っているのだ。

ダンタリアンは、いつの間にかチャットから消えていた。他の奴が、教えてくれる。

「アガレスに会えるかは分からないけれど。 奴は確か、店って都市伝説を目の敵にしているはずだよ」

「店?」

「あり得ない場所にあるその店に入ると、願いが叶うって都市伝説だよ。 いろいろな検証サイトが作られてるんだけど、その殆どがアガレスに潰されたって噂がある。 実際、このサーバでも、店の都市伝説は時々データが消されるんだ。 アガレスがやっているのかは分からないけれど、気味が悪いくらい手際が良くてね」

礼を言ってチャットから出る。

店、か。

そんな馬鹿馬鹿しいものには興味が無いけれど。アガレスの事は、どうにも脳裏から追い払えない。

月曜になってから、学校に出る。

どうでもいい学校新聞を造りながらも、私はアガレスの事を考えていた。発行前の会議を終えると、また百合識が挙手する。

「あの、部長」

「何だ」

「い、いいんですか。 何人か来ていませんけれど」

「ほっとけ」

私は基本、会議の時しか丁寧語で喋らない。だから、印象が変わると言って、怖がる奴もいた。

それがなんだ。

勿論、来なかったことは、後で担任教師に報告する。そうなると欠席扱いとして、成績に響く。

ただ、それくらい今時の生徒は、気にしない。

此処は一応進学校だけれど。大学なんていかなくても良いし、就職だってどうでも良いと考えている生徒はかなりの数がいる。

さぼった連中もその類だ。

私はそもそも、部員達に無理はさせていない。鉄の部長なんて言われているけれど、徹夜で記事を書かせたりとか、特ダネ拾ってくるまで帰ってくるなって吼えて部室からたたき出す、なんて事はしていない。

クズはクズとして扱っている。

ただそれだけだ。

「部長は、この部のことを、愛していない、んですか?」

「妙なことをいうな」

「だって、その。 あまりにも、周囲を見る目が冷たくて。 私、時々怖くなります」

おかっぱ頭の後輩は、そんな事をいう。

ああそうか。

ただ私の目つきが怖いとか、そんな理由で此奴は。

今まで、他のクズ共よりはましかと思っていたのだけれど。今、私は此奴を、他と同列と、区別し直した。

結局の所、この部にはクズしかいないと言うことだ。

私も含めて。

私は、クズでは無くなろうと努力したけれど。

それもどうやら、無理なようだった。

黙々と新聞を作る作業に戻る。

百合識も、それからは、何も言わなかった。

 

事件が起きたのは、木曜日。

六月もそろそろ終わろうかという日だった。

生徒の一人が、実験中にフラスコを割ってしまい、派手に手を切ったのである。すぐに病院に運ばれたが、フラスコの中には毒性が強い液体が入っていて、病院で措置をしたという事だった。

すぐに情報を集めさせるけれど。

私は、内心で舌打ちしていた。

今、店について自分でも調べている。これは学校側の問題では多分無いだろうけれど、教師の指導に問題があったという結論になると、大事になりかねない。

勿論新聞部としても、特ダネになる。

活動実績は、こういうときに作られる。この学校では、昔から何故か新聞が大事件に必ず動かなければならないという不文律があり、この特ダネをまとめなければ、生徒全員が活動実績無しと言う事で、大きな迷惑を受ける。

おかしな話だけれど。

この学校では、反骨精神を養わせるために、敢えて新聞部は学校と対立しないといけないという不文律を取り入れているのだ。教師側もそれを黙認していて、生徒もそれに従って書かなければならない。

どうしても、違和感がぬぐえないのだけれど。今後の内申書にも響くし、そう動かざるを得ない。

どうでもいいけれど、これを国と大新聞の関係に置き換えたら、どうなるのだろう。

いびつすぎて、腸捻転でも起こしているかのようだ。

早速私自身が現場に出向いて、情報を集めるが。

どう考えてもこれは、ただの不注意による事故だ。

生徒に話を聞いても、そうとしか結論できない話しか出てこない。ここで情報を煽るのは得策では無いと、私は判断した。

取材を終えた後、教室に戻る。

他の生徒も戻っていた。碌な取材もしていないのは確実だったけれど、別にどうでもよい。最初からクズには期待していない。

ホワイトボードを出して、情報を整理。

一人ずつ挙手させて話をさせるけれど。

案の定、碌な情報が出てこなかった。

中には、前の人と同じですとか言って、へらへらしている奴までいる。この場で刺し殺したくなってくるが、我慢だ。

私は同級生をクズ呼ばわりしているけれど。

それが間違っているというなら、では此奴らはなんと呼べば良いのだろう。意欲に欠ける若者とでも言うのか。

そんなもの、臭い物に蓋をしているだけの考えでは無いか。

「他には?」

「はあ。 そのくらいです」

「……では、私が集めた情報ですが」

ホワイトボードに、具体的な事故の日時、問題を起こした生徒の名前、立ち会っていた教師。更にどんな薬品がフラスコに入っていたか、実験時の状態は。更に生徒が遊んでいなかったかなど、全てを詳細に書いていく。

今まででくの坊共が集めていた情報よりも。

私一人が集めた情報のがましというのは、どういうことか。

不意に、誰か教室に入ってくる。

百合識だった。

「すみません、遅れました」

「遅刻したからには、何か有用な情報が?」

「はい、搬送先の病院が分かりました」

ふむ、クズの中にも少しは真面目に動いている奴がいたか。まあ、正直他よりはマシという程度だけれど。

百合識の情報も、ホワイトボードに書いていく。

他の有象無象共の情報はどうでも良いので、そもそも書かない。

「おそらく職員会議がもう終わるころだから、百合識は職員室の方へ確認に行って」

「あのー、俺たちは」

「邪魔だから帰りなさい」

そういって、プライドを傷つけられるのならまだ良いのだけれど。

此奴らは喜んで帰りに掛かるのだから、もう失笑も漏れない。それこそ、顔さえだせばそれで良いと言う所だ。

ゴミが。

此奴らには、サイコパスの殺人鬼を目の前にして、逃げる事も動く事も出来ない恐怖なんか、一生分からないだろう。

惰眠を一生貪って、腐肉として地べたを這いずっていろ。

教室を出て行く無気力連中の背中を。

私はゴミ以下の存在として、見ていた。

きっとああいう連中が、ゴミのような大新聞をのさばらせてきたのだろうと思うと、殺意さえこみ上げてくる。

新聞の一面記事などを、さっと編集。

最近は編集用のフリーソフトなども充実してきていて、作業は極めてスムーズだ。

文字数なども調整する。

記事を書くことは、もう全く苦にならない。文才があるのかは分からないけれど、数をこなせば、これくらいは誰にでも出来る。

百合識が戻ってくる。

職員会議が終わったという。

とりあえず、三針縫って、生徒の怪我は様子見。数日病院にいて、それから登校するそうだ。

生徒の両親も問題視はしていないらしく、これで解決。

遊んでいてフラスコを割ったあげく、怪我をした生徒が一方的に悪いと言う事で、片がついたようだ。

生徒の保護者がいわゆるモンペだったら大変なことになっていただろうけれど。教師達の対応が早く、大事にはいたらなかった。

記事は明日の朝には仕上がる。

ただ、今回は教師の目を通して、問題がある所は削除が掛かるかも知れない。生徒の両親が怒鳴り込んでくると、色々面倒だからだ。

新聞を適当に仕上げて帰る。

百合識は先に上がらせた。

此奴もどうと言うことは無いけれど。他の人間の皮を被った腐肉どもよりはマシだ。そう考えると、少しは見所があるようにも思えてきた。

肩を揉みながら、漠然と思う。

あの殺人鬼は本当に、人間だったのだろうか。

分からないとしか、言いようが無い。

メイドさんが角材で殴り殺しているところは見ていたけれど。あの人は、アームレスリングの女子世界チャンプか何かだったのか。いや、蹴りで腕をちぎっていたし、そう言う問題では無いはずだ。

何か、あり得ない世界に。

私は、あの時、足を踏み入れたのでは無いのか。

夢うつつだったから、或いは極端に物事を認識していたのかも知れないけれど。しかし、もしも、全部本当だったとしたら。

それは考えていなかった。

現実的に見て、あれはあり得ない。

だから真相を知りたいと、躍起になっていたのだ。

しかし、思い出したアガレスというキーワードから浮かび上がってくるのは、電脳世界の怪人とでもいうべき姿だ。

その上女の子と呼ばれるような年齢にもかかわらず、海千山千のハッカー達を手玉に取り、グルとまで呼ばれていると言うでは無いか。

「一体、何者……」

勿論、その全てが嘘という可能性も高い。

しかし、笑い飛ばすことは出来ない。

頬を叩くと、作業に戻る。

一人しかいないから、むしろ集中して作業は出来る。私はどうやら、一人の方が適しているらしく、集中も出来るし作業もはかどる。

流石に七時を回った時点で、今日は切り上げ。

ただし、明日の朝少し作業をすれば、それで仕上がるだろう。

暗くなった学校を出ると、家路に急ぐ。

途中でスマホに、両親から連絡が来た。今日学校でトラブルがあって、新聞を作っていたことを告げると、納得してくれた。

早く帰ってきなさい。

そう言ってくれたので、無言で急ぐ。

色々と、頭の中で、整理しなければならないことが、一杯一杯だった。

 

3、夢の先

 

アガレスという名前。

思い出してから、あの夢を、また鮮明に見るようになってきた。

私はまだ幼かったから、世界が大きく見えていたと、昔は考えていたのだけれど。どうも違うのでは無いかと、鮮明な夢を見ながら、茫洋と考える。

あれは正真正銘。

三メートルを超える巨大な化け物だったのではあるまいか。

いや、しかしあれは、人間の衣服を着ていた。少なくとも、下半身については、である。だから、多分それは無い。

それでも、二メートル近い大男だったのだろうか。

あの体型で二メートルというと、腕力も凄まじかったことだろう。確かに人間を簡単に解体することが可能かも知れない。

そして、そうなると。

さらなる異常さが際立ってくるのが、アガレスと。もう一人。実際にあの大男を叩き潰した、メイドさんだ。

あの凄まじい強さ、尋常では無い。

見たところ、少し長身だったけれど、それほど筋肉質でも無かったし。何より、戦士の体型をしていると言うわけでもなかった。

実際、スポーツ選手の女子の中には。女子を捨てているような体型をしている者が散見される。

学校にも、そういうあまりにも悲しい容姿をしてしまっている女子は、何名かいる。

あのメイドさんは、少なくとも違った。

それよりも何よりも、あまりにも圧倒的すぎた。角材を振り回して巨体をミンチにして行く様子は、殆ど作業だった。あの巨体が抵抗できずに、ぐちゃぐちゃにされていく有様は。

夢に見るくらいだ。

本当だったと考えて良い。

或いは、これは都合が良い妄想で。

実際には逆の事態になったのでは無いか。

いや、それは違う。

だったら私は、そもそも生きて、此処にはいない。あの異常な殺人鬼、警官だって簡単には殺せなかっただろう。

人ならぬもの。

やはり、その結論が、出てきてしまう。

しかしそんなあり得ない話が出てきても、認めるわけにはいかない。私が知りたいのは真実なのだ。

この世には悪魔もいないし魔法だってない。

あったら、少しは世界に影響を及ぼしているはず。

そんなものは、現実とは言わないのだ。

頭を振って、雑念を追い払う。

ベッドから起き出すと、まだ暗いうちから、学校に出る準備を始めた。あくびをしながら洗面所に降りて、歯を磨いて顔を洗う。

これから、学校に行って。

昨日の続きをするのだ。

朝練をしている野球部とすれ違う。具体的にはジョギングだ。きちんとトレーニングをしているだけあって、此処の野球部は強い。才能がある奴が、更に練習をしたチームが、全国に勝ち上がってくる。

才能を鼻に掛けて練習なんてしないような選手なんて、全国に間違って出てきても、コテンパンにされるだけ。

それを知っているから、野球部の生徒達は必死になる。

私は適当に彼らを横目で見ながら、通り過ぎる。

私も思考をもう少ししっかり動かせるようになれば、或いはこの無限の思考地獄から、抜け出せるのだろうか。

分からない。

私にとっては、結局の所。

真実は知るべきものだけれど。

知った後、どうなるのだろう。何も残らないように、思えてならない。

部室に到着。

先客がいた。百合識だ。昨日のこともあったので、早くから編集作業を進めていたらしい。

昨日のうちに印刷して張っておいた原稿の誤字チェックをしてくれていた。

この手の誤字確認は、どうしても当人では分からない事が多い。作業をしてくれたのは、有り難い事だ。

「それにしても、部長、仕事早いですね」

「そうかしら」

「私も、中学では新聞部の部長をしていたんです。 でも、此処より酷いお遊び部で、しっかり活動しているのは殆どいなくて。 それで、真面目に働いている部長を見て、感動しました」

そう素直に言われると、少しこそばゆくはある。

ただ、此奴が元新聞部というのは初耳だ。

「そんな重要なこと、どうして黙っていたの」

「すみません、他の人達から白い目で見られたくなくて」

「いいのよそんな事、気にしなくても」

どうせ、いてもいなくても同じ連中だ。

流石に信用したわけでは無いから、クズと思っている連中に対する所見は述べない。何かしらの理由で、私に接近してきているだけかも知れないからだ。

とりあえず、今はさっさと記事を仕上げる。

そして、始業の三十分ほど前に、完成品を職員室に持っていった。

流石に職員会議で疲れたらしい顧問も、結構立派な新聞が出来てきていて、驚いていた。

「一日で仕上げたのか」

「特ダネでしたから」

「そうかそうか。 お前は前の部長より、数段有能だな。 同じ人数がいても、前の部長だったら、三日はかかっていただろう」

それは違う。

前の部長でも、部員は私以外一人として役に立たなかった。だから、部長がだらだら一人でやるしかなかった。私はそれを手伝った。

それで、三日。

今は私が主体で、ほぼ一人で作業をしている。百合識にも少しは動いて貰ったが、ほんの少しだけだ。

つまり二対二で、稼働人員は変わっていない。

それで三日から一日に成ったと言うだけのことだ。他のクズ共は、昔も今も、一ミリたりとも役に立っていない。

そんな連中の事を、戦力視するのは不可能だ。

だが、敢えて口にはしない。この教師は、多分あの部活で、仲良く皆がしんぶんを作ったと思っているのだろうから。

夢を見たいなら、見ていれば良い。

私は知らない。

授業に出る。途中百合識が様子を見に来たので、これで問題無さそうだと告げておいた。

「部長、凄いですね」

「……そうかな」

あまり、自覚は無い。

まあ、先代よりはマシだけれど。それでも、自分が有能だとは、微塵も思わなかった。

 

新聞はその日の昼には、各教室の廊下に張り出されていた。

今回は号外と言うこともあって、このような扱いである。

「大した事故じゃ無くてよかったなあ」

「病院で何日か休めるとかいうんだろ」

「今の時期に休むと、後が大変だぞ」

好き勝手に話している生徒達。

私は興味も無いので、側を通り過ぎるだけ。実際、私にとって、愚民は愚民でしか無い。新聞部にいるようなクズ共よりマシだとしても、それ以上ではないというのが、素直な所だ。

授業が終わると、軽く部室に顔を出す。

他の連中に、今回の号外が好評だと言う事を話したが。勿論、興味を持っている奴なんて、いなかった。

「部長、よくやりますよね、金にもならないのに」

そういった奴が、口をつぐんだ。

瞬時に青ざめて、私に謝りはじめる。他の連中も、凍り付いているのが分かった。

何か私が怖い顔でもしたか。

「今日はもう帰って良いですよ」

そうわざと丁寧に告げると、クズ共はさっさと逃げるように引き上げていった。正直こんな連中、まとめて殺人鬼にミンチにされようが。トラックに全員はねられて肉塊になろうが。どーでもいい。

それこそ、同じ空間で息をするのも腹立たしい。

死んでくれないかなと思うばかり。

百合識は困惑した様子で、私に言う。

「そんな夜叉みたいな顔をしなくても。 部長、鉄の女から、鬼に格上げされちゃいますよ」

「そんな顔をしていたか」

「もう……自覚無いんですか」

困り果てた様子で、百合識も帰る。

今日はすることもないし、それでいい。私はと言うと、スマホを軽く弄って、店の情報について調べていく。後、アガレスについても。

アガレスについては、やはりハッカーの間で有名な存在だそうだ。そして、確かに実在もしているらしい。

問題は、店という都市伝説についてだ。

概要は分かった。

都市伝説らしい他愛の無い内容だ。

ただ、落ちがついていないのが気になる。だいたいの場合、都市伝説はいい目にあった人間が、相応の落ちに見舞われる。殺されたり死んだり不幸になったり。

それなのに、この都市伝説では、落ちが一定していないのだ。

色々な議論があるけれど。

かなりの数に目を通したが、どうにもこうにも。誰かが広めた適当な都市伝説が一人歩きしてしまった観がぬぐえない。

一部の若い男性らしい軽薄なネットユーザーに到っては、此処で何でも言うことを聞く美少女の奴隷を手に入れたいなどとほざき合っている有様で、見ていて吐き気がするほどだった。

本性が露骨に出るからこそ、都市伝説は下劣にもなる。

だが、此処までアガレスが目の敵にする理由がよく分からない。アガレスの両親が、店の都市伝説をばらまいた関係者にでも殺されたのだろうか。

それに、どうしても、アガレスと、あの時にいた子供が同一という考えが、頭から離れてくれないのだ。

しばらくスマホを弄って。

そして、六時まで、作業を続けた。

学校を離れて、家路につく。まだ野球部は練習を続けているけれど、今回は強豪が幾つも圏内予選に出てくるそうで、勝ち目は薄いかも知れない。いずれ、取材しても良いだろう。

少なくともしっかり努力している分、うちの糞尿製造器どもよりましだ。

 

嘘だと思っていた。

だから、店に入るというパスを見つけてしまって。

しかもそれが一瞬で消えたときに。

私は、唖然とした。

家に帰ってからの事である。

勿論内容は覚えている。これでも記憶力については、それなりに自信もあるからだ。だが、念のためにメモを取っておく。

どうしてだろう。

他愛の無い都市伝説なのに、どうしてこうも頭から離れない。

それ以上に、願いが叶うというのなら。

此処でアガレスを探してもらうと言うのも、手では無いのだろうか。それが電撃的に、頭に閃く。

何よりも、アガレスが店と無関係とは思えない。

ネット上での活動を見る限り、アガレスという存在が実在しているのは事実らしいのだ。ハッカーとして高名なアガレスと。あの時殺人鬼にミンチにされかけた私の前に現れた女の子が、同一か違うか。それだけでも分かれば、大きく記憶に対する進展になる。

私の願いはただ一つ。

あの時、何が起きたか、知る事だけ。

それ以外は、何もいらない。

いらないのだ。

都市伝説における店の位置は、大体分かっている。東京都の、西の端にある。神奈川と間違われやすいある市だ。

其処にある新古書店。

しかも駅のすぐ側。

他にも説が幾つかあるが、どうにも此処が怪しいと、私はにらんでいる。行って見る価値が、あるかも知れない。

行くとしたら、次の日曜。

土曜は部活に出るつもりだから、時間は無い。

新聞記事にしようなどと言うことは、最初から最後まで考えていない。主観によって書かれた記事なんて、有害物以外の何物でもないからだ。

ただ、其処に行って。

真実を、確かめてみる。

その日は興奮して、どうにも眠れなかった。あの悪夢の真実が、ついに分かるときが来たのだ。

周囲がよってたかって隠した真実。

二十人以上の命が、それによって踏みにじられた。あの連続殺人鬼がミンチにした人間達の無念だって、晴らさなければならない。

結局、睡眠時間をかなり削られたけれど。

まだ若いからか、眠ること自体はできた。

朝起きて、思ったのは。

日曜が遠いという事だ。

その日抜き打ちのテストが行われたけれど、集中力が切れていたからか、いつもよりだいぶ悪かった。

だがそんな結果よりも。

今は、日曜日に、あの店に行くことの方が。私には、大事になっていた。

勿論小テストは、内申に響く重要なものだ。

糞尿製造器どもの面倒を見ながら、部長をやっているのも、最終的には内申のためである。

そうでなければ。

真実をよってたかって隠蔽した新聞の連中と同じ事なんて、誰がするものか。

ただ、其処にある真実を、私は知りたい。

今は、それしか考えていなかった。

 

4、血塗られた真相

 

日曜。

手持ちの小遣いを確認してから、家を出る。

早くから家を出るから、両親は私が出たことに、気付かなかった。メールも来なかったから、多分部活に出たと思ったのだろう。

危険は伴うから、ブザーやスタンガンは用意してある。

それくらいの備えは、しないと流石に危ない。私も、その程度の知恵は働く。

というよりも、だ。

私の危機意識は、周囲の人間より、むしろ高いかも知れない。

抗しえない恐怖と絶望に、幼いうちに遭遇してしまった。その時私に出来るのは、隅っこで震える事だけだった。

今だって、あんな奴に勝てるとは思えない。

だが少なくとも、身を守るための手段は、用意しなければならなかった。

電車に乗って、揺られる。

学生にとって、電車代は決して安いとは言えない。休日の朝だから席はすいているのが救いか。援助交際でもしていない限り、それは誰でも同じだ。下劣な週刊誌がかき立てたけれど、実際に援助交際なんてしている女子は殆どいない。私だってしていない。

二つほど乗り継いで、目的の駅へ到着。

一時間少し掛かったが、まあこんな所だろう。

網の目のように張り巡らされた地下鉄を経由しているが、一応これでも東京育ち。地下鉄を使うのは、慣れている。

それほど苦労はしなかったし、辿り着くまでも予定通りだ。

この辺りは、まだまだ充分に都心。

神奈川の西端や東京でも奥多摩あたりまで行くと、電車からのどかな田園風景が見られるけれど。

この辺りは完全に都市だ。

駅から降りて、目的の店に歩く。

途中、ナンパをしているチャラ男を見かけたが、私には声を掛けてこなかった。まあ、声を掛けられても面倒だから、それでいい。

ほどなく、目的の店に着いた。

入ると、カウンターにいる機嫌が悪そうな無精髭の男が、やたらちっさい店員と、何か作業をしていた。

どうやら本の端っこを切りそろえているらしい。

客もまばらだから、こういう作業をするには丁度良いのだろう。他の似たような店でも、同じような作業をしているが。ただ此処では、多分お手製のものらしい機械を使ってやっていた。

多分この新古書店はチェーン店では無い、独自のものだ。

だからチェーン店の使っているようなマニュアルも道具も、使えないのだろう。その辺りは、創意工夫で試すしかない。それくらいは、私にも分かる。

二階に上がる。

ずらっと並ぶゲームの棚。

私も少しだけゲームは触るけれど、此処にある量は凄まじい。生半可な量販店を軽く凌いでいる。

ざっと見て廻るが、ファミコン時代の稀少なソフトまであるようだ。勿論中身はなく、プラスチックの写真を貼られた箱だけが置かれている。

中には五万を超える値が付けられたソフトも存在していた。

ゲームハードも古いものから取りそろえられている。

中には海外のものもあった。

ファミコンがヒットする前に、ゲームの一時代を築いたというハードもある。流石に古すぎて稼働するかはかなり怪しそうだったけれど。しかしこれは、存在するだけで貴重だ。この店は、品揃えに関しては、中々凄まじい。

その一方で、店番をしているのは、優しそうな長身のお姉さんだ。おっとりした雰囲気で、とてもゲームなんか分かるとは思えない。

このお姉さんに合い言葉を言うことが、三階。

店に入る鍵である。

そして、私が。あの真相についに向き合えるときが来たことも、それは示している。一体彼処で何が起きたのか。

アガレスとは何者なのか。

今でも、実は信じていない。

まあ、試してみてもいいか、くらいの考えである。

実際都市伝説などが、本当であったためしがないのだ。口裂け女なんかはその典型例であろう。

だが私には、情けないことに。

今はもはや、都市伝説にしか、すがる路が残されていない。

警察もマスコミも、徹底的に情報を隠蔽した。その結果、真実を見た筈の私は、誰にも真実を打ち明けられず。

見たもの以外の事実を、一切知る術がない。

殺されかけたのに。こんな理不尽が、世の中にあるだろうか。あるから、私はあらゆる手を使って、それと戦って来たのだ。

学生だから出来る事は限られていたけれど。

それでも、出来るだけのことはしてきた。

カウンターに歩く。

お姉さんが此方に気付いたらしく、小首をかしげる。大人っぽい、美しい女性だ。目が糸目気味なのも、柔らかい雰囲気を助長している。

「あの、よろしいですか」

「はいはい、何をお探しですか」

「二世代後のハードに移植されたのに、ゲームの出来が著しく落ちてしまったリメイク版は、何処にありますか?」

「……」

女の人は、じっと私を見てくる。

何か、しただろうか。

「良いでしょう。 トイレに行って三分ほどお待ちください」

「? はあ……」

よく分からないが、トイレというのは、調べた情報の中にあった。トイレの中が店の中心部だとか。異世界につながっているとか。

他愛ない話だ。

この店員もそれを知っていて、私をからかっている可能性もある。だが、とりあえずは、待ってみよう。

トイレに入る。

きちんと掃除されている、良いトイレだ。

場末の店になってくると、トイレが著しく汚い例は枚挙に暇が無い。そう言う店は、大体在庫管理や、値段設定もいい加減である。

だがこの店は、在庫に良い商品がある。トイレも入って見れば大変綺麗だし、単独の店としては最高ランクだろう。

分析を冷静に進めながら、便座に腰を下ろす。

別に排泄欲求はないし、待つだけだ。

念のため五分ほど待ってから、外に出る。

ドアを開けると。

思わず、その場で転びそうになった。

さっきまでと、風景がまるで違ってしまっている。此処は一体何だ。

床は木張り。

全体的に暗く、六メートルはある棚が延々と並んでいる。広さも、明らかに先ほどまでいた店よりもある。

更に、天井には高そうなシャンデリア。

明らかに異常な光景だ。

無言のまま、見て廻る。今日は最悪の場合に備えて、スポーツシューズを履いて出てきているけれど。

それでも、木床を踏むと、妙に高い音が出る。

この木、ひょっとすると、もの凄い高級品なのでは無いか。

息を呑んで、ゆっくり周りを見る。

棚に入れられているのは、一つとして同じものがない。アンティークドールからオモチャの戦車まで。

ある棚には、日本刀らしきものが、十把一絡げに入れられていた。

別の棚には、剥製だろうか。大迫力の虎が、数層をブチ抜きで入れられている。硝子ケースに入っているが。そのケースにも、凝った意匠が施されていた。

ふと、気付く。

頬杖をついて、此方を見ているのは。

そんなばかな。

ある筈が無い。

あの日のままだ。メイドさんにアガレスと呼ばれていた女の子が、そこにいる。何故か畳になっている一角に、マホガニーらしい重厚なデスクがあって。其処に座っていた。

「また面倒なのが来たな」

むっつりと、黒い女の子は言う。

髪の毛は長くて、座っているとは言え、完全に床にまで届いていた。着ている服も黒くて、闇の中に、更に黒い影が浮かんでいるようだ。

顔立ちはとても整っているので、その違和感も凄まじい。

立ち尽くしていると、女の子が言う。

「こっちに来い。 用があるのだろう?」

黙り込んでいても仕方が無い。

言われるまま、女の子の前に。

そして、だ。

不意に現れたのは。

間違いない。あの時、殺人鬼を殴り殺したメイドさんだ。角材は手にしていないけれど、見間違うはずが無い。

まさか、こんな形で、願いが叶うなんて。

此奴らを追って、どれだけの時間と労力を費やしたか。

「見覚えがあるぞ。 お前確か、彼奴を退治したときに見かけたな。 記憶は消したはずだが……」

「貴方の名前はアガレス、ね」

「……なるほど、名前が記憶の引き金になったか。 最近は私の名前を知る人間も少しずつ増えてきているようだからな。 失敗だったわ」

アガレスが、小さな手で頭を掻く。

こうしてみると、ヨーロッパのアンティークドールのように可愛い女の子だ。しかし目つきと表情が、全てを台無しにしてしまっている。

隣のメイドさんはにこにこと様子を見守っているけれど。

しかしこの人が、あの殺人鬼を角材で粉砕したのだ。とても安心なんて出来なかった。

「それで、お前の願いは」

「私はね。 真相を知りたいの。 貴方たちが潰した殺人鬼に、なんで殺されそうになったのか、どうして警察もマスコミも、あの事件を隠蔽するのか」

「つまり情報が願いか」

「ええ。 私はずっと嘘つき呼ばわりされて、見たものも信用されなくて。 ずっとずっと、苦しい思いをしてきたの。 ここに来たのも、貴方の名前を聞いて、もしかしてと思ったから。 何もいらない。 だから、情報だけちょうだい」

困り果てたように、アガレスがメイドさんをみる。

メイドさんは小首をかしげた。

「対価がいらないというのも、珍しいお客さんですね」

「しかし困ったな。 私としても、対価を受け取らない客とは、契約が成立しないのだが」

本当に困り果てた様子で、アガレスが腕組みをした。

私はじっと、頬を膨らませて、様子を見る。

この時のために、私は生きてきたのだ。困っていようが何だろうが、絶対に話は聞かせて貰う。

「お金なら、用意してきた。 足りないかも知れないけど、十万」

「ほう。 学生にしては大した物だ」

「いざというときに備えていたの。 これでいいからあげるから、お願い。 貴方たちなら、真相を知っているんでしょう?」

「……アモン、どうする」

メイドさんの名前は、アモンというのか。

長身のメイドさんアモンは、小さく嘆息するばかりだった。

「とりあえず、話してあげたらどうですか。 どうせ彼女は社会的地位にも恵まれていないようですし、誰も信用はしないでしょう」

「相変わらず、はっきりとまあ。 言いにくいことをずけずけと」

「私は配慮が苦手なので」

「知っとる」

あきれ果てた様子で、アガレスが立ち上がる。

立ち上がるとはっきり分かる。あの時と、この子は全く変わっていない。こんな店の主なのだ。

人間では無いのか。

だとしたら、何だろう。

政府か何かが開発した、恐ろしい生物兵器か何かだろうか。それとも、もっとおぞましい存在か。

分からない。

私は促されるまま、後についていく。

「普通、この店では、心の闇と対価に、そのものに必要な品を引き渡す方式を取っているのだがな」

「私にとっては、必要なのは情報よ」

「それが困る」

アガレスの説明によると、この店に置いてある品のうち、必要なものを渡すことが、契約になっていると言う。

つまり、それは契約違反の行為なのだ。

かといってアガレスにとって、せっかくの客から心の闇を得られないのは、とても心苦しい事なのだとか。

そんな事をいわれても、此方だって困る。

私はダイヤもドレスもいらない。

ただ、正しい情報が欲しい。それだけだ。

この国のマスコミにはうんざりだ。多分どこの国のマスコミも、似たようなゴミクズぶりだろうと言う事は想像がつくけれど。つまるところ、ペンの力などと口にしていながら、実際には主観で現実を歪めに歪める存在になり果てたマスコミなんて、何ら敬意も抱けないし、興味も無い。

敵意さえ感じる。

だから、都市伝説に頼ってまで、真実を得たいと思ったのに。

ルール外だから困るなんて言われても。

此方だって、困るのだ。

「それで、妥協策を採る」

「妥協?」

「我々から直に情報を流すのでは、契約違反になる。 我々はいわゆる悪魔でな。 契約は何よりも大事なのだ」

「ふーん……」

「その様子だと、我々が奴を始末したところは見ていたのだろう。 それで、人間だと思えるのか?」

「それもまた、変な話だけれど」

ため息をつくと、アガレスは背中から黒い翼を生やした。

本当に、それこそジャンプするかのような気安さである。思わず目を擦ったけれど、どう見ても幻覚では無い。

翼もそのまま動かして、中空に浮き上がってみせるアガレス。

思わず息を呑んでいた。

「これで信じてくれるか?」

「な、何かのトリックよ」

「そんなもの、仕込む時間が合ったか? すぐ側で私を見ていただろうに」

確かに、こんな事をするには、かなりの大がかりな作業が必要になる。それは間違いの無い事だけれど。

着地したアガレスは、出したときと同じように。いとも簡単に、背中の翼を引っ込めて見せた。

心臓が激しく動悸している。

私は、ひょっとして。

あの殺人鬼以上の怪物の住処に、紛れ込んでしまったのでは無いのだろうか。

来るように促して、アガレスはどんどん歩いて行く。

いきなり、壁に穴が出来た。

ついていく。

穴の中は薄暗くて、不気味な声が聞こえ来ていた。

息を呑む私に、アガレスは普通のことのように言う。

「はぐれるなよ。 周りはいわゆる地獄だ。 落ちたら引っ張り上げるのに、苦労するからな」

「……っ!」

「もうすぐつく」

闇の中に、不意に光。

さっきとは少し違う場所に出た。

何というか、埃っぽい。棚がたくさん並んでいるけれど。何というか、非常に重厚なイメージがあったさっきまでの場所と違って、何だか少し古くさい雰囲気だ。

「確かこの辺りにあったな」

そう言いながら、アガレスは私に座布団を出す。

座らされた私は、アガレスが埃っぽい棚をごそごそと探すのを、ただ見ていることしか出来なかった。

「何よ此処」

「私は戦いが苦手でな。 荒事は殆どやらないのだが。 それでも、時々必要に応じて戦う事はある。 もっとも後方支援が殆どで、実際に敵とやりあうのはアモンだが」

「あのメイドさん? 角材で敵を殴り殺したりするの?」

「相手が弱ければな」

あったあったと言いながら、アガレスは取り出す。

何かのファイルだ。

苔むしているというレベルの代物である。

そして、私は。

アガレスの指を、額に突きつけられた。

 

気がつくと、私は。

アガレスが持っていたファイルを抱きしめて、家の前に立っていた。

呆然としながら、家に入る。

既に夕方近い。

休日は全て潰れてしまった事になる。

家では、両親が心配そうに待っていた。とりあえず出かけていただけだと応えて、安心させてから自室へ。

このファイルは、何だろう。

開いてみると、いきなりである。

あの太った殺人鬼の写真が出ていた。

「要討伐対象「シマイチ・オウキ」。 錯乱度A」

要討伐対象。

よく分からないけれど、ファイルを最初から見始める。この写っているのは、間違いなくあの殺人鬼だ。

名前からして、日本人だろうか。

目を通していく。

見る間に、体が強ばっていくのが分かった。

シマイチオウキは、闇金業者に騙されて全財産を失った、非常に善良だった男性である。彼の妻は殺されて内臓を売りさばかれ、娘は風俗に無理矢理入れられたあげくにAIDSに感染し、碌な治療も受けられないまま命を落とした。

絶望した彼は人間では無くなり、その上位段階である存在になったが。精神は既に錯乱しており、彼が行ったのは、復讐対象の殲滅であった。

具体的には、闇金業者だ。

事務所に殴り込みを掛けては、片っ端からミンチにして行ったそうである。

まさか。

殺された人間のリストが出てくる。

その中には。

私と同じ名字の者がいた。

全員に、細かいプロフィールが書かれている。

どちらも、闇金業者。

手が震えるのが分かった。

男の方は、白土啓介。

生きていたとすると、私と年齢が十六しか離れていない。名うてのワルどころか、若いころからヤクザに目を掛けられており、十二歳の時に傷害事件を起こしている。その際に、相手の左目をえぐり出し、頭を石で三十回以上殴って半身不随にさせており、被害者は今でも病院にいる。

高校を中退後は本職になったが。

ヤクザでもその獰猛さには手を焼いていた男だそうである。

女の方は。

此方も名字は、白土。白土あけみ。

年齢は。十三歳しか離れていない。

こっちも名うてのワルで、小学校時代から珍走団に所属。周囲に暴力行為を繰り返し、実の親の家に放火。

更に関与が疑われている暴行傷害事件が七件。

いずれも未成年という事で刑務所には入れられず、代わりに少年院と娑婆を行き来していたそうである。

文字通り、ケダモノ同然の夫婦。

そして此奴らは。間違いなく、私の両親だ。

魂が、抜けていくかと思った。

そうか。おそらくこのケダモノ共が、あの殺人鬼の全てを奪った一味の一人。いや、そもそも、あの殺人鬼を造り出した張本人だと言っても良い。

警察は動かなかったのでは無いだろう。

多分、人間以外が犯人だったこと、関係者が根こそぎ殺され尽くしたので、どうにもならなかったこと。

更に、あの時のアガレスの言動から、何となく分かる。

警察には、アガレスの方から、報告を入れたのだろう。犯人を抹殺したと。

いずれもが、警察に捜査の手を打ちきらせる理由になった、という事だ。

化け物が実在していると分かってしまった今。警察が、化け物の存在を知らないとは、私には思えない。

マスコミはどうか知らないけれど。

この様子では、碌な調査はしなかったのだろう。殺人鬼に殺された連中は、闇金の中でも更に違法性の強い連中で、しかも地下に潜るように営業していたという。それでは、生半可なマスコミ程度では、正体に肉薄なんて出来なかったはず。

そして私程度の調査能力でも、それは同じだった、という事だ。

アガレスが何故あの化け物を殺したのかは、まだよく分からない。話を聞く限りでは、どうにもぴんと来ないのだ。

化け物同士の、縄張り争いか。

それとも、別の理由からか。

いずれにしても、アガレスはあの化け物を処理した。いや、化け物に変わってしまった、可哀想な被害者を、殺さざるを得なかった。

彼奴は悪魔だと言っていたけれど。

飄々としていたメイドさんと違って、何だか胸くそが悪そうにしていたのを、何となく思い出せる。

何だろう。

人間が、ある哀れな同類の人生を踏みにじり、全てを奪って化け物にした事で、何の罪悪感も覚えないのに。

悪魔が、悲惨な運命をたどった人間を見て、哀れみを覚える。

そんな馬鹿な事があるか。

人間というのは、一体何処まで腐った生き物なのか。

同級生を私は糞尿製造器だと思っていたけれど、そんな次元じゃ無い。彼奴らは。

長い長いため息が漏れた。

優しい両親が、どうしてあんなに優しいか、何となく分かった気がする。

あの二人は、きっと本物の両親じゃ無い。

少しずつ、記憶が戻ってくる。

私は。最初。

手酷い虐待を受け続けていた。見かねた両親が、里子として引き取ることを申し出。このままだと殺人事件になって面倒な事になると判断したあのケダモノどもは、それを了承した。

だけれど。

思い出してきた。あの日、彼奴らは。私をさらって、朽ち果てた廃工場に軟禁した。

そして話していたのだ。

「此奴、適当に育って来たし、エロビデオの業者にでも売り飛ばそうよ。 確かあんたの知り合いの、スナッフ入る裏エロビデオ作ってる連中がいたでしょ」

「ああ、そうすれば逃走資金くらいは稼げそうだな。 同時に口封じも出来る」

「一石二鳥ってね。 それにしても忌々しいっての。 なんであの時、中に出したのさ」

「うるせーな、テメーだってノリノリだったじゃねーか。 まあいい。 売り飛ばせば多少の金にはなるだろ。 どーせ俺らが作ったんだしな。 どーしようと俺らの勝手だし」

げらげら。げらげら。

二匹の怪物が笑っていた。

彼奴らは。実の娘を、些細な金のために、最悪極まりない運命に突き落とそうとしていながら。

誰もいない工場の中で、笑っていたのだ。

彼奴らは、人間じゃ無かった。人間なんて。いや、彼奴らこそが、人間だったと言うべきなのかも知れない。

醜悪で残虐で冷酷で卑劣で非道でゴミのような生物。歴史が証明しているでは無いか、人間がどういう存在かなんて。

私の両親は、実に人間らしい存在だったのだ。

自分に正直に生き、他人の事など何とも考えていない。嗚呼。これが、人間の本質では無いか。

そこへ。

あの殺人鬼が現れた。

殺戮は、それこそあっという間。

暴力で鳴らしていただろう二人が、ミンチにされるまで、殆ど時間は掛からなかった。私は、いつの間にか、立ち尽くしていた。

あれ、たしか。

縄で縛られていたはずでは無かったか。

口にもガムテープが貼られていた。

相当に手慣れた犯行だった。優しい両親の下で育った私では、悲鳴さえ上げる暇も無かったほどに。彼奴らが、誘拐も初犯では無かったと、如実に示しているかのように。

何故、私は解放されて、立っていたのか。

思い出す。

巨大な殺人鬼が、血まみれの手で。縄を切り。ガムテープを剥がしてくれた。

完全に狂気に染まった目は。少なくとも、私には、殺気を向けていなかった。しかし、それもわずかな時間。殺気が再び滾り、私を殺そうとした巨漢は。

アモンによって、今度は自分がミンチにされた。

殺人鬼の経歴を思い出す。

ひょっとして、風俗に放り込まれてAIDSにされて。若くして命を落とした、娘さんのことを、思いだしていたのかも知れない。

私は、声を殺して泣いた。

これが真実か。

真実は。

とても苦かった。

 

学校に出る。

何もかも、どうでも良くなった。

真相が醜悪なことは予想していたし、覚悟だってしていた。だが、魂が抜けたようだと思った。

本当は、マスコミは。

こういった出来事に、正面から向き合わなければならない存在の筈だ。

それが、主観で物事を汚し。愚劣な大衆の要求に従って都合が良い事実だけを垂れ流し。そして結果、事実とはかけ離れた醜悪な情報だけが、世の中に氾濫している。現実は醜悪だ。

だが、このような有様は、更に醜悪では無いのか。

部室でぼんやりしている。

既に今日の部活は終了。糞尿製造器どもは既に帰った。

ふと顔を上げる。

百合識がいた。

「どうした。 帰れ」

「部長、何だか魂が抜けたみたいです。 何があったんですか」

「特に問題は無い。 早く帰りなさい」

面倒くさくなって追い払おうと思ったが、百合識は帰らない。

じっと此方を見つめている。

「少し、調べました。 何年か前の大量殺人事件に、先輩関わっているんですね」

「……!」

そういえば。

噂では、ネットではあれを大量殺人事件と論じる者がたまにいると聞いていた。まさか、私がそれに関わっていると知っている者が、こんな間近にいたとは。

一瞬、私がばらまいた噂を拾ったのかと思ったが。

あれは事実と、微妙に話をずらしてある。此奴がそれを言うのを聞いて、自力での取材だと確信できた。

「あの事件、とても闇が深いという噂を聞いています。 まさか、何かあったんですか?」

「……さあな」

「力になれるかも知れません。 私はひよっこですけど、ネットから確度が高い情報を拾ってくるのは得意です」

苛立ちが募るが。

確かに、私があの事件の関係者だと調べた技量は評価できる。

だが、それは少しばかり遅かった。

私は真相に辿り着いてしまったからだ。

「もう、力にはなれん」

「やはり、何かに気付いたんですね」

「お前には関係が無い事だ」

「私が、あの事件の被害者の一人だったとしても、ですか?」

今度こそ、驚かされる。

まさか、此奴も。

「私の父は、ろくでなしの闇金業者で、仕事をしては弱い立場の人達をなぶり殺しにしてお金をむしり取り、家に帰っては私と母に暴力を振るっていました。 それでも、まとめて殺されて、経歴も闇に葬られて。 それから何年もすると、どうしてあんな事件が起きたんだろうって、不思議になって」

「……」

「私も、知りたいです、あの事件の真相」

「まさか、私に近づいてきたのは、それが理由か」

否定も肯定もしない。

そうか。世の中はこんなにも狭く。そして、地獄に満ちていたのか。私は、乾いた笑いが漏れてきた。

結局の所。

私は、あの悪魔共に真実を知らされなくても。勝手に地獄に落ちていたのかも知れない。なぜなら。本当の地獄は。

この現世のことだからだ。

「本当の事ってのは、醜悪だな」

「否定は、出来ないです」

私の悪魔的な問いに。

年齢とはかけ離れた憂いの表情を、百合識は浮かべた。

 

(続)