朱雀の再生

 

序、美しき悪夢

 

それは、銀月零香が神子相争に参加する、少し前の出来事であった。

月が出た、明るい夜であった。空気は蒸し暑いほどで、虫たちの鳴き声にも元気が無い。涼しい環境にあるはずの銀月本家でもそれに例外はなく、特に当主が修練を重ねている道場ではサウナのような熱気が場を充たしていた。

銀月林蔵は円熟した腕前の武術家であり、師にも認められた一流の使い手であった。かといって、自分が築いた力に胡座をかく事はなく、日々修練を欠かさずにもいた。暑かろうが寒かろうが修練をすることに替わりはない。若い頃にはシベリアに行き、ホワイトタイガーと素手で戦った事もある。あくなき強さへの探求。最強への問いかけ。それでいいと、その日も思っていた。

竹を割ったような性格、剛毅を極める武人としての人生。だが、悩みは無いわけでもない。例えば娘の零香だ。零香は小学校低学年で武術の基礎を一通り覚えた。かなりの才能があるのは分かったのだが、残念な事に武術に対して特に興味を示してくれなかった。其処が少し不満とは言わずとも、残念ではあった。

また、妻の英恵の事もある。今は落ち着いて来ているが、それでもフラッシュバックによる発作が時々まだ起こる。無理もない話である。親の愛情に触れた事もなく、座敷牢で十年以上も監禁され続ければ、精神に歪みが生じるのは当然の事。林蔵としても、妻をいたわる事は考えても、強くなって貰おうとは考えなかった。

銀月家の家庭環境は、何処か不思議なものであった。林蔵が知っている家族とは、少し違うとも言える。それぞれはそれぞれを必要としているのだが、妙な所で齟齬があるのである。

何処の家族もそうだという話は聞く。夫婦仲が悪い所など枚挙に暇がないし、子が親に心を開かぬ家庭だって幾らでもある。それらと同等、或いは異質な歪みを、林蔵は敏感に感じていた。その具体的な正体は、まだ分からなかった。

「あなた、あなたー」

妻が自分を呼ぶ声がする。夕食も済んだし、普段なら呼ばれる事もないはずだ。汗をタオルで拭うと、林蔵は居住している家の方へと向かい、足を止めた。異様な気配を感じたからだ。血の臭いもそうだが、野性の獣の臭い。それが理性の匂いと妙な形で融合している。足を自然に速める。何か、途轍もなく嫌な予感がする。

玄関に赴くと、不安げに来客を前にしていた妻と娘が振り返った。一言安心させるべく声を掛けて、既に戦闘モードに入っている体を、二人を庇うようにして前に出す。玄関にいたのは、涼しい目をした美しい女であった。全身無駄なく鍛え上げ、それを一般人には全く感じさせないほど気配を上手くごまかしている。長い艶やかな髪は、それが戦闘の邪魔にならないという自信の現れであろう。黒っぽい上着に動きやすいジーパンを穿き、化粧っ気はほとんど無いが、美しさに陰りはほとんど無い。途轍もない使い手だ。化け物だと言っても良い。林蔵は一目で相手の正体を見破った。

「銀月林蔵さん、ですね」

「如何にも」

「それは良かった。 私は立浪鳳華(たつなみほうか)。 道場破りに来ました。 時間がまずいというのなら、日を改めますが、是非勝負自体は受けて頂きたいのです。 よろしいでしょうか」

「いや、構わない。 むさ苦しい所だが、上がってくれ」

状況が分かっていないらしい零香の、困惑した視線が林蔵には痛かった。恐らく零香は、この女が最低でもティランノサウルス並の戦闘能力を持つ事に、全く気付いていないだろう。英恵は違和感を感じ取っているようだが、不安にさせるわけには行かない。平静を装う。

改めて敵手を伺うが、戦慄が増すばかりだ。この女、興味本位以上の感情は感じられない。道場へ歩く過程で、女は落ち着いた旧家の雰囲気を見回しながら、しきりに好奇心に目を輝かせている。

若い頃の自分と同じ匂いが感じられる意味に、林蔵は初めて気が付いた。鍛え上げた拳を、強い相手にぶつける事で、向上を図りたいのだ。そのためには自分が負ける事はおろか、死ぬ事すらどうでも良いに違いない。純粋すぎるまでの戦闘マシーン。若い頃の自分、いやそれよりも更に純粋だ。戦闘に対する、いやというよりも強さに対する欲求が快楽に直結し、力を付ける事そのものを楽しんだ結果、誕生した化け物だ。

道場に着いた。女はそのままの格好で良いという。林蔵はもとより修行の後だから、道着のままだ。零香と英恵は隅に座布団を敷いて、様子を見守る。戦闘のルールについてどうするか訪ねるが、女は単純に言い放った。

「勝つか負けるかでお願いします」

「……承知した」

相手が純粋な戦闘を望んでいる事を知り、林蔵は嘆息しつつも了承した。足を開いて腰を落とし、構えを取る林蔵。女は自然体のまま、ゆっくりと孤を書くように林蔵の右から左へと移動し始める。身長差は五十センチ近いというのに、林蔵は感じていた。炸裂するような威圧感を。

最初に仕掛けたのは、林蔵だった。

「ふんっ!」

気合いと共に、女の顔面へ向けて拳を繰り出す。避けたらどうするかと考えていた刹那、女が動いた。軽く手を回して、拳を払いのけたのである。腰が入り、体重が十二分に乗り、全く油断していない林蔵の拳を、である。体勢を崩し、唖然とした林蔵の前で、女の足が浮き上がる。ハイキックが来る。

頭に、雷を叩き込まれたかと思った。

何処かで自惚れていた事を、林蔵はこの時知った。脳震盪を起こしかける頭を必死に支えつつ、反撃に移る。流された拳を跳ね上げ、軸足一本で立っている女の脇腹を狙う。だが、超重量級の林蔵の裏拳を、優しく女はいなした。軽く飛ぶ事で受け流し、着地と同時に跳躍、構えを取り直そうとする林蔵に一瞬早く踵落としを叩き込んできた。更に腹に灼熱が走り、両足にも遅れて電気が走った。何が一体起こっている。飛んだ意識が戻ってくると、床に前のめりに倒れている自分に気付く。

ダメージは、今までに受けた事もないほどに、深刻であった。

「は、はあっ、はあっ、はあっ!」

「終わりですか?」

「まだまだあっ!」

「そう来なくては」

ぐらつきながらも立ち上がる。頭から流れる血を振り払って躍りかかるが、戦いは一方的だった。拳にはいちいち体重を乗せ、狼次郎から教わった数々の秘儀を上乗せして速度も破壊力も上げている。それなのに、掠りもしないし、当たった所でびくともしない。一度などは鳩尾に思いっきり拳が入ったというのに、けろりとしている。防御だって同じ事で、分厚い筋肉に加えてありとあらゆる秘儀を上乗せしている。それだというのに、女の拳は蹴りは鎧に等しい林蔵の防御をたやすく打ち抜き続けた。このものは本当に人間なのか。化け物だと知ってはいたが、まさかこれほどであったとは。

女は涼しい顔で立っている。対して、林蔵はもう立っているのもやっとだ。軽く髪を掻き上げると、女は言った。

「……私が戦った相手の中で、最も長く立っていられた方ですのに。 それなのにこんな一方的な戦いになるなんて。 とても寂しいです」

「お、おおおおおおっ、おおおおおおおおおおおおおおおああああああああっ!」

残る全ての力を込めて、林蔵は絶叫した。若き日のたけき本能を呼び覚ますように。獣としての命を、全身に充たすように。

最盛期だとか、若い頃の力はとか、そんな言葉が言い訳に過ぎない事を林蔵は知っている。狼次郎を見続けているからだ。だから、自分を信じる。今の肉体が最強だと。今の精神が最高だと。咆吼が道場を震わせる。女が目を細める。

道場の天井から床へ抜けるようにして、轟音が走り抜けた。

 

林蔵は負けた。師以外の相手に、初めて敗北した。

この時から、銀月家の歪みは顕在化していった。林蔵は敗北の理由を知っていた。そしてそれが致命的な破滅に繋がる事にも。だから狂気に囚われたかのように荒行に入り、家族を無視して血を吐くような苦行を続けた。まだ、彼の修行は終わらない。壁を越えられないからだ。

あの娘に勝てなければ、誓いを果たす事が出来ない。誓いを果たす事が出来なければ、守る事も出来ない。

林蔵は矛盾の中苦しみ続けていた。苦しみから自らを解き放ち、家族を守るためには、あの女に勝てるだけの力を手に入れるしかなかったのである。

 

1、闇にある影

 

無数の手紙が積み上げられた部屋で、その黒い影は筆を走らせ続けていた。筆先は見えないほど小刻みに揺れ、字体を乱し続ける。心の乱れが、直接字に現れていた。一般人には分からないほどの乱れであったが、書道の達人であれば、影の精神状態を見抜いていたかも知れない。

影は、怒っていた。

銀月本家があれほど早く的確に対応してくるとは、思っても見なかった。副家を中心に張り巡らせてきた罠の強度には問題がないが、副家に傾きつつあった分家の者達の心はぐらついている。最終的な計画に変更はないのだが、苛立ちが募るのを抑えるのは難しかった。

座敷牢から出されてもう十三年だというのに、復讐心は全く収まる様子もない。それを邪魔するのが誰なのか、分からない所も苛立ちを増幅する要因であった。

動いているのは、銀月本家の跡継ぎである零香だが、これはまだ小学生で、小便たれのガキに過ぎない。ならばこれを使って分家の間で揺れている打算をコントロールして、副家のクーデターを阻止しようとしている人間が居るはず。影はそういう常識的な読みをした。だが、それだけでは終わらないのが、影がただ者ではない事も示していた。

影は零香が自分の意志と判断で動いている場合というのも、きちんと計算に入れていたのである。

本人は動かないと言うのに、影が掴む情報の精度は高く、伝達速度は著しい。銀月家の分家に流れる噂を、翌日にはもうキャッチしているのだ。その上で、更に次の日には、影が意図的にコントロールした噂が、暇な家政婦や老人達の間を駆けめぐっている。無論零香がどんな風に動いて、どんなコネクションを確立したのかも、影の元には届いていた。影にとっては面白くない話も、遠慮もなく届く。そう言うシステムだからとは言え、腹立たしい事この上ない。

影の目的は銀月家の崩壊。そのためには、まず副家に主権を移させる必要がある。そうしないと、五年かかって準備した罠が意味を為さないのである。この罠について気付かれた恐れはほぼ無いと影は考えている。罠の精度は完璧。だからこそに、逆に銀月家が罠に足を踏み込んでくれなければ意味はないのだ。

影は零香を屠り去る事を決意していた。銀月家全体に向いていた影の悪意が、一時的とは言え一点に集中した、それが最初の瞬間であった。

 

「くしゅん! へくしゅっ!」

学校から帰り、一人で着替えていた零香がくしゃみをした。猛々しい零香らしくもなく、年相応の可愛いくしゃみであった。既に季節は春であるのだが、花粉症ではない。単に気の緩みが出ただろうと判断して、よそ行きに着替える。ワンピースタイプのスカートで、かなり高級な生地を使った、デザインもいい逸品だ。スカートなんぞ非実用的で歩きにくいから好きではないのだが、コレが一番いいよそ行きなのだから仕方がない。それに、ファッションとしては案外嫌いでもない。

今日は桐と修練日がかぶっているから、暁寺には行かない。メモ帳を開くと、びっしりとアポイントメントが書き込まれている。今日は中立派の分家を中心に、手早く三家を廻る予定であった。この辺り、全く年齢と乖離した行動であり、さっきのくしゃみが嘘のようである。

繰り返される激しい戦闘によって同年代の平均値とはかけ離れた力を手に入れているとは言え、零香も万能ではない。暇を見ては分家の間を走り回り、副家派の人間を抱き込み、主家派の人間をなだめすかし、中立派の人間に主家につく利益と意味を説きながらも、自分及び銀月家そのものに悪意が向いているとは気付かなかった。今まで零香の耳に入る情報を総合すれば、副家が権力奪取に動いている理由は、父の不予による権力の空中浮遊である、と誰の目にも見える。事実、零香の後見になっている坂介にもそれは分からなかったし、中月家だってどす黒い悪意には気付いていない。

零香が違和感を感じ始めたのは、桜が咲き始めた頃。分家を走り回る過程で、妙な噂を耳にするようになってからである。勿論それは正規に仕入れたものではなく、零香に聞こえないと思って使用人達がしている噂を耳に入れたものであった。

「ねえ、草虎」

「うん? どうした」

そでに手を通しながら零香が言う。

「昨日の蓬子(よもぎこ)さんちの、覚えてる?」

「覚えている。 妙な話だったな」

分家内での零香の評判は良い。猫のかぶり方、皮の下に隠れた虎の見せ方、礼儀作法、一通り要領よくこなしているのだから当然だ。だから分家の人間に悪い噂が流れる理由はなかったのだが、どういうわけか目立ってここの所それが多くなってきたのだ。他愛のないものから、深刻なものまで、色々な誹謗中傷を零香は聞いた。昨日のそれは、特に深刻であった。

「何でわたしが中月さんちの傀儡なんだよ。 向こうとは中立以上でもないし、むしろ優位に立ってるのはこっちだっての」

「かといって、根も葉もない話でもない。 中月はレイカを気に入っているし、林蔵殿を崇拝している。 関係が誇大に報じられる可能性はゼロではない」

分家の間で、暴力団と関係がある中月家は塵かダニのような存在として見られている。銀月家の存在を維持するために必要とされてきた一族なのに、随分な扱いだと言えばそうである。だが日陰者が大手を振って歩くというのもおかしいから、中月を表立って庇うわけにいかないのも難しい所だ。中月もそれを分かった上で酷評を受け入れているが、彼の子息達が揃ってどうしようもないのは、その辺が原因である可能性も少なくない。

「少し前は坂介さんがわたしを操って権力を獲得しようとしてる、だっけ? いい加減噂を否定して走り回るのにもうんざりだよ」

「放っておく訳にもいかないのがつらいな。 レイカの立場上、後手後手に廻っている今の状況はあまりよろしくない」

「うん。 噂の出所は毎回分散してるし、否定も難しいし。 でも、イライラしたら副家の思うつぼだし、もう。 それ、ターン。 ……まあまあかな。 靴下変えよ」

零香は口を尖らせて、鏡に自身を映しながらターン。靴下をフリル付きから落ち着いた黒に変える。一度居間に行って座ると、岩塩のスティックを口にしながら、早めに明日の学校の準備を済ませてしまう。分家を廻ると予想以上に時間が取られる事も多く、修練をするとすぐに夜中になってしまう。学校の準備などは、いつも先にしておく。最近教科書が変わったから、早めの準備はなおさら必要なのである。

そういえば教科書が違う事でふと思い出したが、新学年がもう始まっている。だが、零香にとってはそれこそどうでも良い事である。分家で接触する同年代の子供達はみんな目を輝かせて、クラス編成がどうの誰と一緒がどうのと囀っているが、零香には虎の巣穴の前の小鳥の会話に等しい。小さすぎてご飯にもおかずにもならないと言う意味だ。ちなみに、奈々帆とは今回も同じクラスである。当然の話で、零香の通う小さな学校では、一学級一クラスが当たり前だからだ。

ため息が漏れてしまう。学校などどうでも良い。いっそ全ての時間を修練と神子相争と、コネクションの確立につぎ込みたいほどだ。だが今零香に必要なのは社会的な信用で、それを考えるとあまり軽率な行動は取れない。そこが苦しい所であった。

「レイカは確実に強くなっている。 一年前だったら、財産目当てですり寄ってくる分家の連中相手に、逆らう事も立ち回る事も出来なかっただろう。 それが今では権力関係を把握して、どうやって自己の膝下に組み伏せるか考え、計算して動いている。 今は多少状況が下降しているが、それも一時的な話だ」

「ありがとう、草虎」

「後一息だ。 ここの所勝率も六割に近づいている。 幸片を使えば、きっと道も拓ける」

幸片は父母のためだけに用いると決めている。そしてそれで幸せを取り戻すには、零香が事前に道を整備しておく必要がある。すなわち、今零香が動いているのは、露払いのためなのだ。露払い如きで、これ以上手間取るのはいらだたしいが、これも基礎をきちんと作るため。

草虎の言葉には、どれほど励まされたか分からない。零香は頷いてもう一度気合いを入れ直すと、立ち上がってもう一度メモ帳を見た。今日の相手もあまり手は抜けない。戦いは、相手を見る前から始まっているのだ。

「行こう、草虎」

虎の子は身を翻すと、戦いに赴くため、自室を出たのであった。

 

零香は小走りで閑静なベットタウンを行く。既に二つの分家への挨拶は済ませ、色々情報交換と駆け引きをした後だ。最後には一番手強い相手が残っている。

今向かっている分家は副家よりの急先鋒で、零香が来ると笑顔できちんと迎えてはくれるが、裏で呈示してくる条件がえげつなさ過ぎるので辟易している相手であった。人数や財力も副家に次いでいるため、強気に出られるのだという事情もあるだろう。

現在、銀月本家と副家、正確には零香と宗吾は綱引きをしている状態だ。丁度七つある分家の間を廻って、それぞれ自身につく事を説得し、さまざまな条件を提示しては手なづけにかかっている。本家よりの分家が二、副家よりが三、中立が三という今の状況は不変ではない。常に変化し続けている。昔話の蝙蝠のように行ったり来たりする分家も少なくないので、いつどのように状況が転んでもおかしくないのが今だ。

一族会議で五つ以上の分家が賛成すれば、本家を失脚させる事が出来る。そのため、副家は四つ以上の分家を味方にしようと躍起になり、零香はそれを水際で防いでいる。この状況が既に四ヶ月以上続いていて、裏で行われる条件提示と取引も、零香には頭が痛い課題だらけであった。何しろ当主は父林蔵であり、あまり豪勢な条件を提示出来ないからである。

それらに加えてこれは消耗戦であり、零香には不利な点が幾つもある。まず第一に、零香側は状況維持を目的としているため、例え分家全てを味方に付けても、現状維持にしかなっていないと言う事。戦いと言っても死者は出ないため、例え七家全部を味方に付けても、副家はいつでも反撃に出られる事。零香には完全な自由も権限もないため、実力をフルには発揮できないこと、などである。零香は両手を後ろ手に縛られているのに対し、宗吾は完全装備で部下を引き連れているような有様だ。だがそれでも零香は頑強に粘り、水際で敵をくい止める事に成功している。

それにしても、単に武器がないだけであり、ある意味民主的であっても、零香が参加しているこれは戦争だ。古代の戦争でも、如何にして信頼性が高い味方を増やすかが、大きく戦況に影響した。根回しを日本人は嫌う傾向があるが、それによって致命的な大衝突が避けられる場合もある。実戦経験のある零香は、それが如何に大きな意味を持つか良く知っている。だから、必死にかけずり回る。銀月家が分裂する事態だけは避けねばならないのだ。

道の途中で、中月家の前を通る。相変わらず馬鹿でかい悪趣味な武家屋敷である。門番のやくざが頭を下げてきたので、片手を上げて挨拶して通り過ぎる。教育が行き届いていて結構な話だ。

中月家はあれから副家よりの姿勢を崩し、零香にすり寄る(あくまで本家ではなく零香に)態度を見せてくれてはいる。だが中月家当主の狙いは、あくまで復帰した林蔵の補佐か、もしくは零香本人の補佐だから、頼りすぎるのは危険だ。零香の行動次第では、勝手に同調してクーデターを起こしかねない。三日月家は当主である坂介が本家べったりだから問題ないが、それ以外の家になってくると分家同様去就が定まらない。

小走りで既に三キロほど。汗も掻かずに、道中ずっと周囲の地形を頭に入れつつ、戦闘になったときの戦術を考えながら来ていた零香は、ようやく目当ての分家の前に来ていた。

旧家というと中月家みたいな武家屋敷を想像する人間もいるが、今零香の前にある家は、何処かの企業本社のような最新式ビルディングだ。七階建てと小規模だが、一階ごとの面積は広く、副家の保有する会社本社につぐ規模である。銀月家が保有する建物では、副家保有の会社本社、零香の実家に次いで三番目の大きさだ。機能性から言うと無駄に広いだけの零香の家とは比較にならないから、実質上ナンバーツーとも言える。

当然入り口は自動ドア。入り口は二階ぶち抜きのホールで、天井には何とも無駄に豪華なシャンデリアがぶら下がり、幾つかの高給ソファーが完備されている。当然床は絨毯だ。豪華なのは見かけだけではなく、昼間から営業のサラリーマンや、取引先の相手がひっきりなしに行き交っていて、景気がいい事が一目で分かる。入り口で笑顔を作っている受付のお姉さんに伝えると、すぐに上へ通してくれた。何度か来ているから、零香の事は顔見知りなのだ。

社長室は六階で、階一つをそのまま居住スペースにしている。エレベーターの中で受付のお姉さんの背中を見ながら、零香は今日用意してきた外交カードを確認し直す。そろそろ秘書が本気で欲しい所だが、坂介おじさんは連れてくるわけにも行かないし、秘書検定を受けたようなプロを雇うには金が足りない。どちらにしても、考えている時間はあまりない。所詮七階建てだから、エレベーターはすぐに目的地に着いた。

社長室に案内される。無駄に広い其処へ入ると、電話中の中年男の姿が目に入った。銀月嬰児(ぎつきえいじ)。分家の中では珍しく、自分の財産を元手に起業して成功した数少ない例である。話によると、母方の祖母の従姉妹が先祖だとかで、分家の中では本家にかなり近い血筋だ。

入り口ホール並みの豪華内装のなか、ぽつんと置かれている高給オーダーメイドデスク。ざっと見回すが、カーテンにしろソファにしろ、調度品は高級な品ばかりだ。電話はまだ続いている。受付のお姉さんが退出し、零香は一人其処に残された。中月と言いこいつといい、こういう下らない策を労すのが好きだから困る。零香を堂々と待たせる事で精神的優位を確立しようと言うのだろうが、そうはいかない。零香はメモ帳を取り出すと、近くにある高給ソファに腰掛け、開いて堂々たる態度で読み始めた。やがて、電話が終わる。ペースを崩してしてやったりといった表情の嬰児は、零香が全く動じていないので軽く鼻白んだ。むしろ、それでペースを崩してやった零香は、淑女然とした様子でメモ帳から顔を上げ、にこりと営業スマイルを浮かべる。

「お電話すみましたか? 嬰児おじさま」

「いやいや、申し訳ありません。 何分急な電話でしてね」

「ビジネスマンである以上、仕方がない事です。 むしろおじさまの社長としての責務を何よりも優先する姿勢には、頭が下がる限りです」

「あ、はははははは、いやいや、とんでもない。 汗顔の至りです」

笑顔での社交辞令が続くが、内心はどちらも笑っていない。社交辞令はあくまでこういう場での挨拶に過ぎず、挨拶で相手とうち解けるなどと言うのは幻想だ。ある程度経験を積んだ営業職の人間がこの場にいたら、間違いなくこう思うだろう。怖い。かたやその気になれば資産に胡座をかいて暮らせた立場を放擲して、実力で財を成した剛の者。かたや無数の実戦をくぐり抜け、恐るべきレベルでの駆け引きをこなし続けてきた虎の子。二人が発する圧迫的空気は、並の人間が放つものを遙かに超えるレベルであった。

社長机の前に、高級な椅子が置かれる。置いたのは勿論嬰児本人だ。鷹揚に頷いて席に着くと、零香は単刀直入に切り出した。

「嬰児おじさま、何でも最近また副家よりの姿勢を見せておられるそうですね」

「まあ、ね。 流石に耳が早い」

「わたしは別に構いませんが、少し変節が過ぎるのではありませんか? 新しく呈示された条件が、それほど魅力的だったのですか?」

「有り体に言えばそうなるね」

さらりという嬰児にも、零香にも、笑顔以外の表情は浮かんでいない。零香は大体どんな条件が提示されたのかを掴んでいるし、それを承知で嬰児も話している。双方共に、まだカードを殆ど出していない状態であり、余裕綽々なのだ。

場に異分子が入り込んだのを先に察したのは、零香であった。だが零香は何も変わらぬ様子で、笑顔を作り続けたまま言う。

「こちらとしても、あまり譲歩はしかねます。 と言いたい所ですが、台所事情が苦しいのは副家もうちも同じ事。 そこで……」

零香の言葉が切れたのには無論二つの理由がある。一つは社長席の呼び出しブザーが短く鳴った事。もう一つは零香が鳴るタイミングを見計らって口を止めた事である。駆け引きという点では、総合力で見て同じレベルで修得している二人だが、実戦で気配探知能力を研磨しているという違いが此処で出た。

「何だ、今大事な……。 !」

「どうかしましたか?」

「いや、すみません。 少しお待ちを。 いいから引き留めろ! 無理でもやるんだ……くそっ!」

エレベーターが開く気配がして、殆ど間をおかずに、野卑な足音が社長室に入ってきた。唇を噛む嬰児。足音を立てる人数は四つ。いずれも十代後半から二十代前半ほどの連中であり、一言で全ての個性を表せる人間共ばかりであった。愚連隊。ごろつき。クズ。鉄パイプを持っているものさえいる。警備員は何をしていたのか。パンチパーマの、歯が揃っていないリーダー格が、進み出ながら言った。シャツを着崩してじゃらじゃらとアクセサリーを首と言い腕と言いぶら下げまくり、下品な事この上ない容姿だ。目には感情の制御が出来ていない、胡乱な光が宿っていた。

「よぉ、親父。 昼まっからガキ呼ぶだなんて洒落てるじゃネエか。 幾らで買ったんだよ? 今度俺にも店教えてくれな」

下劣な笑い声が上がる。この時自分の運命が決定した事に、パンチパーマは気付いていない。野性の猛虎に喧嘩を売ったのにも気付かないのだから、人間は呑気な生物だ。蒼白になりながら、嬰児が声を絞り上げた。

「此方は銀月家の当主御息女だ。 言葉を慎め栄作!」

「うるせえッ! ゴソクジョだろうがゴリヤクだろうが何だろうが俺には関係ねえんだよっ! さっさと出すものだせやゴルア! 今日中に耳揃えて用意しとけって言っただろうがボケナスがあっ!」

低音のなかなか腰が据わった恫喝である。中月家にいる本職にはかなわないだろうが、この分だと街でも相当な悪さをしている事は疑いない。にやにやしながら零香を見ている取り巻き共。頭の中でろくでもない事をしているのは間違いない。とりあえず、嬰児の反応を待つ。立場というものがあるから、ブチ殺すにも大義名分が必要な所が面倒くさい。

「お前には小遣いをきちんと渡していると昨日も言ったはずだ! それ以上は自分で稼げ!」

「分かってネエのはてめえの方なんだよ。 昨日もいったけどよ、てめえの見解なんざどうでもいいんだよ! 出せっていってんだろうがこのくそガアッ!」

貧弱なボキャブラリーを振り回して、嬰児に迫ろうと栄作とか言うちんぴらと、その子分共が前に出る。涼しい顔をしていた零香は動かず、その前に立ちはだかる格好になった。零香が自分を見て怖れない事が勘に障ったらしく、歯茎をむき出して栄作が吠える。猿と同じレベルの反応だ。

「どけやガキがあっ!」

「え、栄作!」

「うるさいガキだな……」

「あん!? あへ……?」

零香に顔を近づけていた栄作の体がぐらりと揺れ、真横にどすんと倒れた。場がしんとなる。鬱陶しいので、意識が飛んで軽く頸椎を痛める程の力を入れて、右から左に顔を叩いただけだ。力を入れて手を振るのではなく、当たった瞬間に爆発的な力を込めるのがコツ。スパイラルクラッシャーを術無しで出来るように修練を重ねる過程で、出来るようになった技である。白目を剥いて痙攣する栄作の鼻から血が流れ出るのを見て、子分の一人が絶叫した。しかししきれなかった。

「このメスガ……ぴぎ!?」

無言のまま間合いを詰めた零香は、吠えた男の股間を無造作に蹴り潰した。腰骨にひびを入れつつ睾丸が数ヶ月間使い物にならないように、である。ボギャッとか派手な音がしたが、それによる威圧効果も計算の内。軽くバックステップすると、唖然と立ちつくす右手の男にゆらりと間合いを詰め、腹に軽く触れ、同時に爆発的に力を込める。内臓を破裂させないように、しかし大ダメージを与えるように調整して、腹に強烈な負荷を与えたのだ。血を噴いた右手の男が白目を剥いて後ろ向きに倒れるのと、股間を蹴り潰した正面が泡を吹きながら前のめりに倒れるのは同時。

一拍置いて、意味を為さないわめき声を上げながら最後の一人が、鉄パイプを零香の頭に斜め後ろから思いっきり振り下ろしてきた。威力を流しながらも、それを軽く喰らってやる。勿論わざとだ。頭の皮膚が幾らか破れて、血がしぶいた。当たる位置を上手く調節し、威力も綺麗に流したから、脳に影響はない。頭の皮を計算して少し削らせただけだ。この程度、淳子の超高精度なスナイプや由紀の超高速機動攻撃を喰らい続けた零香にはたやすい事である。そのまま零香は鉄パイプを掴み、力尽くで奪い取った。急激に力を込めたので、男の指の骨が数本まとめてへしおれる。

悲鳴を上げる暇さえ与えず、容赦なく内臓を破裂させないぎりぎりの威力で、零香は真横に鉄パイプを振るった。腕の骨ごと肋骨がへし折れ、真横に吹っ飛ぶごろつきの最後の一人。零香が鉄パイプを捨てるのと、蒼白になった嬰児がへたり込むのと、警備員が部屋に飛び込んでくるのは同時だった。警察の姿も見える。好都合だ。

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫です。 おじさまが助けてくれましたから」

頬に返り血の華を咲かせたまま、零香は警官達に静かに笑った。

 

要求通り病院に形だけ顔を出して、その帰り道の事。ワンピースのクリーニング代を幾らふんだくれるか考えて歩いていた零香の前に、暗い顔の嬰児が現れた。嬰児は話があると言うと、喫茶に零香を連れて行った。何でも頼んで良いというので、零香は遠慮無く一番高いパフェを頼み、苦笑しながら嬰児はコーヒーを頼んだ。

どす重い空気が辺りに流れる。それを破ったのは嬰児だった。

「拳法をやっているって事は聞いていました。 ……強いですね、御息女は」

「いえいえ。 師父はこんなものじゃありません」

これは本音だ。事実、神衣を付けなければ、フルパワーでもまだまだ狼次郎には勝てないと零香は睨んでいる。パフェが来て、徐にそれにかじりつく零香。嬰児はまっすぐ零香に頭を下げた。

「今日の事は、本当に申し訳ありませんでした、御息女。 クリーニング代と、怪我の治療費は、当方で負担させて頂きます。 息子は……逮捕されました。 さまざまに悪事を重ねていましたし、しばらく娑婆には出てこられないでしょう」

「クリーニング代等は有り難く頂きます。 貸し借りについては、いずれ誠意ある形で見せて頂ければ幸いです」

「……承知しました。 代わりに、この事は出来るだけ内密に」

「いい判断だ。 恩を着せるのではなく、相手に言い出させる方が此処はいい」

草虎が褒めてくれたので、零香は少し嬉しかった。草虎は気付いているはずだ。わざとあんな格下相手に怪我をして、嬰児を屈服させる材料にした事を。今後は無理に圧力を掛ける必要はない。奇貨と言うべきか。数日前に父に使った幸片の効果という可能性もある。卑屈に頭を下げる嬰児が可哀想になってきた零香は、此処でつい、冷徹な当主子息の顔ではなく、地を出してしまった。

「息子さんについては、大変ですね。 良ければ、話をしていただけませんか?」

「……妻が死ぬ前は、ああではなかったのですが。 妻が死んで、それから殆ど構ってやる事が出来なくて。 それをプレゼントで補おうとして、小遣いを沢山与えて。 それが間違いだと分かったときには、あれはもう道を踏み外していました。 最近は自分の悪行をネタに私から金をゆすり、風俗や薬に使っていたようです。 強がっては居ましたが、あれは怖がっていたはずです。 御息女に喧嘩を売った、あの時だって」

自分の目の前にいる相手が小学生だと言う事も忘れて、嬰児は語る。きっと、苦労を喋る相手もいなかったのだろう。冷徹なビジネスマンの仮面は剥がれ、苦悩する孤独で哀れな父の素顔が其処にはあった。

情はかけるな。自分にそう言い聞かせようとするが、父の苦悩を知る零香に、それは難しかった。許してやるほど甘くはないが、だが副家と本家の間で揺れる策士に対する目が変わるのは避けられそうになかった。

無論、これが演技だという可能性は少なくない。だが、嘘をついている雰囲気は無い。数限りない駆け引きをしてきた零香だからこそに分かる。

「顔を上げてください。 スキャンダルにして報復するような事はしません」

「……すみません。 本当に」

「いいえ。 ……わたしは、父さんのものを取らないで欲しいだけ。 父さんはいずれきちんと元に戻って帰ってきます。 だから、父さんを裏切らないで欲しい。 わたしの願いは、それだけです」

零香の口から漏れたのは本音であった。虎は決して暴悪な生き物ではない。本来必要なだけ獲物を仕留めて森の生態系の管理を担う誇り高き獣の王だ。

「何かあるならわたしで聞きます。 だから、顔を上げてください。 いい大人がみっともない」

「有り難うございます、当主御息女。 う、ううっ……」

涙を流す嬰児を見て、零香は心動かされる。

人の情は、人を強くする。だが、歴戦の古強者を、こんなにも弱くしてしまう。嬰児は生き馬の目を抜くビジネス界を身一つで渡り抜いた強者で、そのビジネスマンとしての戦歴は、決して零香が味わってきた戦闘経験に劣るものではないはずなのだ。それなのに、この有様。零香もいつかは子供を得て、その子のためにはこんなにも弱くなってしまうのだろうか。零香は心を痛める。父が負けたのは、自分のせいかも知れないのだから。

「レイカ、あまり落ち込むな。 むしろ、策が上手くいった事を喜ぼう。 あれだけ老獪に動けるようになったのだから、もう勝利は近い。 そう思おう」

「うん……そうだね」

虎の子は、迷いを振り払う。前へ進むために。今はただ強く、絶対的に強く。

大事な、守るべき人達を、救うために。

 

「ふむ……方針を変えるか」

届いた情報に目を通していた影は、そう呟くと、新しい手紙に筆を走らせ始めた。影が口を利くのは、実に二年ぶりの事であった。それが、影の興奮を現していた。彼は楽しんでいた。

栄作を零香と会談中の嬰児の元へとやったのは、影の策であった。影は栄作をコントロールしていたのである。正面からではなく、保有する複数の人脈を、本人達にも分からないように。

栄作のような人間は、影にはもっとも扱いやすい相手であった。深い深い闇の底に生きている影から見れば、どんな闇を抱えているのか一目で分かる。栄作のような愚かで甘ったれたガキなどは、操り人形同然だ。親に相手にされず寂しい心を抱えている事を、複数の情報から見抜いた影は、すぐにそれを壊す方向へと操った。取り巻きを用意し、さまざまな犯罪を行わせ、善悪の観念を麻痺させた。後はさりげなくさまざまな情報を耳に入れさせては、どんどん嬰児の抱える爆弾が大きくなるように、栄作の行動をエスカレートさせていった。

零香が居る場所へ向かわせるのも簡単だった。嬰児が最近少女売春にはまっていて、其処を突けば簡単に大金をむしり取る事が出来ると噂を流し、栄作の耳に入れさせたのである。零香がビルにはいるのを栄作の取り巻きの一人が監視していたため、あれほど迅速な行動が実現したのだ。後は嬰児が破滅して、零香に対するとんでもない醜聞が流れれば完璧だったのだが。

零香が格闘技をやっているというのは知っていたが、大の男四人を一ひねりにするほどだとは予想の範囲外であった。林蔵の子だから強いだろうと言うのも計算には入っていたのだが、計算の上を行っていたのである。嬰児は零香になびき、栄作は社会的な地位を完全に喪失した。栄作は出所しても恐らく今後は中月家からも目を付けられ、O市では表を歩けなくなるだろう。別にそれはどうでもいい。栄作のようなクズがどうなろうと影にはどうでも良いし、小さな手駒の一つが消えようが死のうが痛くも痒くもないからだ。刑務所内で自殺でもしてくれれば万々歳である。

暴力を含んだ方法で、零香を潰す事は出来ない。それを確認出来ただけでも、今回は収穫だった。影は新しく手を打つべく、無数の手紙に筆を走らせ続けたのであった。

 

2、春の恵みと新たな悩み

 

乱れた布団。お腹を出して眠っている少女。微笑ましい光景だが、その顔に安らぎの表情はない。

ベットの上で大あくびをすると、健康そのものの少女は、体を起こして時計を掴んだ。時間が来ている事に気付き、ベットから降りて、多少ふらつきつつも、少し上に浮いている平べったい半透明のパートナーに挨拶する。

「おはようございまふ、祭雀」

「おはよう、りっちゃん」

今日も一日が始まった。眠たい目を擦りながら起床し、歯を磨いて顔を洗って着替え、祭雀に促されて外に出る。ラジオ体操を軽く行って筋肉を暖め、修練開始。朝靄掛かった山を飛ぶ利津は、思いがけないものを見つけた。

どきどきを抑えながら他の山菜も丁寧に探していき、収穫ルートを特定した所で舞い降りる。積もった雪をかき分け、泥をのける。そして確認した。

「……」

「どうしたの、りっちゃん」

「当たり前の事なのに。 あるべき事なのに。 嬉しい事って、あるのですわね」

涙がこぼれてきた。手の甲でぬぐうと、慎重に堀りにかかる。春の訪れを告げる宝物を。少し苦くて、でもとても美味しい山の幸を。

大事に掘り出したそれは、蕗の薹であった。

「今日も頑張ろう、りっちゃん」

「はい。 これでまた、頑張れますわ」

軍手についた泥で顔が汚れてしまうけれど、関係ない。大事に大事に摘んだ蕗の薹は、利津に新しいぬくもりを与えてくれるかのようだった。

修練を済ませると小走りで家に帰り、エプロンを付けて料理に掛かる。今日はきっと良い事がある。そう念じながら包丁を動かす利津の顔には、いつしか笑顔が浮かんでいた。

 

南アルプスの荘厳な山々にも、平地より若干遅い春が訪れ始めている。山々に積もっていた分厚い雪は溶け始め、身を切るような寒さは和らぎつつあるが、良い事ばかりではない。特殊な戦闘である神子相争に参加している利津にとってはなおさらだ。

既に大雑把な戦略でのごり押し戦術が通用しなくなってから、二月ほどが経つ。神子達との戦いの結果、こうなる事は分かり切っていたから、利津はさまざまな術を身につけ、戦術を使う事で乗り切ってきた。大雑把な性格を火力で補うという基本方針に変更はないが、火力のバリエーションと、防御力の薄さを補う工夫で、八割近い勝率を今まで維持し続けている。ただし、参加率の低さから、得ている幸片は決して他の神子に比べて多くはない。

更に、もう一つ。ずば抜けて魔力の強い利津は、最近嫌なものが見えるようになってきた。余程無茶苦茶に力を使わなければ、神輪に蓄える力に何の問題もないほど生体魔力が増えてきた結果かも知れないが、ひょっとすると神子相争で何度も死を味わった結果かも知れない。ともかく、世間一般に幽霊と言われるものが、見えるようになってきたのである。他の神子もいずれ見えるようになるものなのだと祭雀は言ったが、何の慰めにもならなかった。

これが結構な負担であった。元々スプラッタな物に耐性があったわけでもなく、目の前を生首だの足首だの血だらけの上半身だのが彷徨き回っていい気分がするわけもない。しかも幽霊はどんなに嫌がっても利津の側にどんどん寄ってきた。祭雀の話によると、いわゆる浮遊霊や自縛霊などは成仏を望んでいたり或いは単に会話がしたいものが多く、自分を知覚出来る相手には、相手の迷惑を考慮せずに寄っていく傾向があるという。検証しなくとも祭雀の言葉が正しい事を味わい尽くした利津は、一ヶ月ほど試行錯誤した結果、対抗策を採る事にした。

下等な霊は視線だけで追い払う事が出来た。利津が操る炎の術は、霊の現世に存在するための力も焼き払うためである。霊に本能的な恐怖を感じさせるのだ。しかし数百年に渡って恨みを蓄積させた悪霊になってくると、多少の火術では倒せないため、視線だけでは逃げていかない。神衣を付けての火術であれば問題なく焼き払う事が出来るのだが、それでは手間も負担も大きい。そこで祭雀の指導に従って、普段は結界を張って悪霊の侵入を遮断するようにした。そして訓練の際に、ついでに邪魔な悪霊を纏めて焼き払って、処理を簡単に済ませるようにしたのである。

まず札を作った。力自体は有り余っているし、祭雀にノウハウを教わったから簡単だ。そしてそれを陰陽五行の法則に従って、家族にばれないように家の周辺に張った。これで悪霊が家族にイタズラする事態はある程度避けられたのだが、祭雀の話だと、結界とは壁と言うよりもむしろ迷路のようなものだとかで、油断すると侵入される可能性はどうしてもあるのだという。事実利津の影響を受けて最近勘が鋭くなってきている佐智も夜中に幽霊を見る事が多くなってきたようで、怖がって利津の部屋に泣きながら来る事が少なくない。利津だって怖いのだから、佐智を責める事など出来るわけもなく、結界に欠陥が見付かるたびにぶつぶついいながらお札を作って張る日々であった。後は、自分が我慢するだけである。外出するときには辺り中お化け屋敷状態なのだが、情けない事にこれにはもう半ば麻痺する形で慣れつつあった。

部屋に閉じこもって酒を飲んでばかりの蘭子の状況は、あまり改善していない。酒量は少しずつ減ってきてはいるのだが、結局の所背骨の骨折による下半身麻痺という絶望的な状況に変動は無いのである。酒に曇り、凄みを帯びた瞳は佐智を怯えさせるには充分で、利津だってそれを見ていると悲しくなる。自分が心を取り戻せたのは、蘭子のお陰だと知っているから。蘭子が如何に優しい人なのかよく分かっているから。それに蘭子が人生を長距離走に捧げていたのに、無惨にも二重の挫折を味わった事を目の前で見てきているのだから。

人生に対する挫折を一回味わっただけで、心に残る傷の深さは計り知れない。利津だって蘭子が居なければ、一生廃人だった可能性が低くないのである。それを二度も味わい、支えてくれる大人も周囲にはいないのだ。蘭子の絶望の深さは、利津には測れない。深い悲しみの底にいるということは理解出来る。しかし、理解した所でどうにも出来ないのだ。

だから、利津は今幸片を溜めている。膨大な量の幸片を一片に蘭子に使う事で、何かしらの状況改善を生じさせる事を狙っているのである。幸いにも前回の戦いでかなり大きな幸片を得て、あと一回くらい勝てば相当量がたまる。次の戦いに、負けるわけには行かない。例え敵が相性の悪い桐であってもだ。

朝食は静かに進んだ。南アルプスで暮らした結果、舌が随分肥えてきた。自然の恵みの中で育った山菜を沢山食べた結果である。今日の蕗の薹などは実に美味い。ただ、悲しいのは、ねえちゃんが起きてくる事を気にして、怯えるように体をちぢ込ませて箸を動かす佐智の姿。いつかきっと、三人で仲良く暮らす事が出来るはずだ。そう思って、悲しみを抑え込む。

「佐智、学校へ行きますわよ」

「うん……」

応える佐智の顔は暗い。学校で虐められている事は無いのだが(今の学校は奇跡的に虐めを行うような奴とは無縁なので)帰ってからがつらいのだろう。利津が一緒にいてあげるようにはしているのだが、神子としての修練もあるし、四六時中とはいかない。佐智は年のわりには聡い子だ。先の事をどうしても考えてしまい、それで泣き出すような事も珍しくない。

朝食を済ませて、家を出る。佐智はひよこのように利津の後をついてきた。今年から小学校にはいる事になった佐智は、食べ終わった食器を一人で片づける事が出来るようになってきているし、お行儀も良い。生来活動派の利津が心配するほど大人しいのだ。対外的に見れば良い事のように思えるが、残念ながらそれは否だ。

礼儀作法やらを叩き込まれるようにして覚えさせられた利津には分かっている。実の親による虐待と、それによる強引で高圧的な暴力教育が、佐智にそういった「お行儀の良さ」を仕込んだのだ。佐智は行儀良くしていなければ即座に暴力を振るわれるような環境にいたのである。行儀良くしているときの佐智を見ればすぐに分かる。かっての自分と同じだから。そして彼女を助けるには、かって蘭子がしてくれたように、本物の愛情を注ぐしかないということも。幸いなのは、多分それには幸片が必要ないと言う事。ピンポイントに幸片を絞れるという意味で、利津は幸せなのだと、祭雀から聞かされていた。

喘息の薬をきちんと持ってきている事を道すがら確認。南アルプスの、雪が残った山道を二人歩く。アスリートのサラブレットとして、色濃くスポーツマンの血を引く利津には何でもない事なのだが、喘息持ちで基礎体力のない佐智にはこの道は少々辛い。だから時々ペースを落として、木々に芽吹いた若葉や、空を飛び交う色とりどりの小鳥を見ながら進む。息づいた春はあっという間に広がり、冬の勢力を視界から押しだそうとしている。命の広がりは、美しい。

坂が終わって、若干平らな道に出る。佐智の手を引いて稜線を目で追うと、遠くに学校の小さなシルエットが見えた。この辺りに来ると同級生とすれ違う事も多い。何人か居る友達(利津はそうは思っていないが、向こうはそうだという)とも挨拶しながら、利津は行く。スポーツシューズなどまどろっこしい。最近は裸足で辺りを走り回る楽しさも覚えた。神子相争の合間に覚えたのだが、足の裏に走る冷たい土の感触が兎に角気持ちいいのだ。佐智にも教えてあげたいが、残念ながらまだ無理。佐智の白くてもちもちした肌ではあっという間に血だらけになる事間違いないからだ。

学校へ着いた。佐智に負担を掛けないように言ってはいないのだが、辺りは既に幽霊だらけだ。浮遊霊だけではなく、かなり質が悪い奴もちらほらいる。連中は先を争うようにして利津の体中にまとわりついてきているし、無言で威圧しなければ佐智の体にも入り込む。昼休みにでも纏めて焼き払って成仏させる必要があるだろう。ぐろい外見の奴も多くて、鬱陶しくてかなわない。色々悲しい話を持っているのは分かるのだが、今の利津にはそれに構っている余裕がないのだ。纏めて成仏くらいならしてあげられるから、そうするほか無い。

木目の入ったふるーい靴箱にスポーツシューズを放り込んで、上履きを取り出す。ゴムの匂いがきつい新品だ。白いベースカラーに、縁取りに青が使ってあって、可愛くて利津のお気に入りである。扱いが若干乱暴な利津に対して、影絵のように物静かな佐智は実に丁寧に上履きに足を通す。そうしないと暴力を振るわれると、体の方がまだ覚えているためだ。結局の所、体に刷り込まれた教育が一番強い。それを取り去るには、年月と巧妙な愛情しかない。

小学校高学年にして、そんな事を思い知らされている利津は、きっと幸せな子ではない。自身、そう自嘲する事が良くあった。

 

その日は算数、国語、社会と続いて、図画工作の授業を行った。何しろ過疎地の学校だから複数学年混在式で、一片に授業を行う必要があり、利津には普段それが心地よいのだが、図画工作の時はそれが却って苦痛になる。

図画工作と言えば、もっとも利津が苦手とする科目である。体育で言えば水泳、食事で言えば肉料理をそれぞれ利津は大の苦手としているのだが、勉学で言えば図画工作がそれに相当する。大雑把な性格がもろに現れ、兎に角ろくなものが作れないのだ。絵も物凄く下手だし、粘土細工などは一体何を形作っているのか、後で見ると本人にさえさっぱり分からない。

運動神経がぶち抜けて優れているからそれでいいと言う友人もいるが、苦手なものは苦手で、嫌いなものは嫌いなのだ。ちなみに肉料理は苦手だがきちんと食べる。ただし、その日一日は機嫌が悪くもなる。

今日は紙粘土での工作であったが、悩んだ末に利津が作ったものは象であった。今日は結構良い出来だと脳内で自画自賛した利津は、ヘラで細部の調整を行っていたが、隣の男子が悪意なく場に爆弾を放り込む。

「あれ? 赤尾、それうさぎ?」

「? りっちゃん、それって、タヌキだよね?」

祭雀までもが理解してくれない。ショックで固まり、ますます図画工作が嫌いになった利津は、机に突っ伏して心の中で泣きあかした。五分ほどで立ち直った利津は、調整を開始したが、一度客観的な意見を聞くと自信が如何に根拠のないものであったかよく分かる。授業終了間際には、彼女の机の上に、異界の生命体像と化した物体が乗っていた。乾かした後彩色するのだが、その時には一体どのような存在だと思われる事やら。利津は彩色も度を超して下手くそなのだ。

どちらにしても、ろくな結果になりそうにない。がっかりした利津は、ヘラを投げ出してしばしふてくされたが、どよめきを聞いて顔を上げた。佐智の周囲に、子供達があつまり、わいわいと騒いでいた。

「佐智、すげえじゃん」

「え? そ、そう……?」

級友に囲まれ、困惑した佐智の机の上に乗っているのは、利津が見ても凄く良い出来の栗鼠であった。造作は完璧に近く、小学生が作った物だとはとても思えない。デフォルメしたドングリを持つ様子、それにくるりと丸まった尻尾が実に愛らしい。模様までもが匠に再現されている。多分生物学的には間違っているはずだが、そんな事など全く気にならない出来前だ。

「これはすごいね。 さっちゃんがこんなに器用だとは思わなかったよ」

「わたくしも、ですわ」

佐智の周りを滞空して邪魔な悪霊を追い払っていた祭雀に、小声で応える利津。悔しいが、利津では逆立ちしても百年かかっても勝てそうにない。佐智が自分を不安げに見上げているのに気付いた利津は、笑顔を作った。

「素晴らしい出来ですわ」

「本当? 嬉しいな……」

佐智が華が咲くような笑顔を浮かべた。それで利津はふと気付く。佐智が数ヶ月ぶりに心から笑った事に。子供らしい笑顔を浮かべた事に。利津の笑顔がかき消える。そういえば、自分もひょっとするとソウダッタノデハナイノカ?サイゴニココロノソコカラワラッタノハイツダ?イツダッケ?オモイダセナイオモイダセナイオモイダセナイオモイダセナイ。

ぐるぐると思考が頭の中を廻る。脳から血が引いていく。ちょっとした事なのに、ちょっとした事のはずなのに。せき止めていた心の膿が、こんな僅かな事であふれ出してきたのだ。涙がこぼれるよりも先に、思考の制御がきかなくなった。精神のブレーカーが音を立てて落ちた。

視界が強制的に下へ移動した。遠くから、同級生の悲鳴が聞こえた。

 

意識が飛んだ事に気付いたのは、ベットの上での事であった。祭雀は上にいてくれる。辺りに幽霊の姿はない。祭雀が丁寧に追い払ってくれたのだと、残留魔力で分かる。

唇は乾いていて、それなのに冷や汗を大量にかいていた。心から笑う事を忘れていた。佐智だけではなく自分も。恐らく、何ヶ月も。それにふっと気付いたとき、頭の中を濁流の如く感情が駆け抜けた。こんな事では駄目だと自分でも思うが、体は心に比べて正直だった。

体を起こす。タオルが欲しいが、そんなものは都合良く視界の中にない。健康的に浅黒い肌で目を擦ると、大量の涙が付着した。

「何、わたくしったら、泣いてるんでしょうね」

「りっちゃん、泣きたいときは泣くべきだよ。 僕は側に何時でもいるから」

「……駄目、ですわ。 まだ、成し遂げていないのに、こんな所で、泣くわけには、いきません……わ」

強制的に涙を止める。実戦でコントロールしてきた精神力だ。激しくぐらついたさっきならともかく、気持ちの整理がついた今ならどうにかできる。涙の残滓を手の甲でこすり取って、作り笑いを祭雀に向ける。

「まだ、いけますわ。 平気です」

「……分かった。 ならば、僕は何も言わないよ」

「言われては困りますわ」

利津が口を止めるのと同時に、人の気配がした。保健室のドアが勢いよく開き、心配しきった表情の佐智が飛び込んでくる。

「おねえちゃん!」

「ひゃあ!」

飛び込むように抱きつかれて、利津は流石に小さく悲鳴を上げた。そのままおいおい泣き出す佐智。遅れて入ってきた保険の先生が、自分の髪の毛をかき回しながら言う。

「ほら、駄目だよ利津。 新学期早々、妹を心配させて泣かせたら」

「すみません、高天原(たかまがはら)先生」

「ただでさえあんたは心配なんだから。 色々難しいのは知ってるけど、たまにはぱーっと遊んで憂さを晴らしな。 ……もう学校も終わってるし、なんなら家まで送ろうか?」

普通にしていれば綺麗なのに、山猿のようにだらしなくしている高天原。着崩した白衣から見える白い肌は、正直同性でも恥ずかしいものがある。この学校の少ない教師の中でも、飛び抜けた変人だ。その言葉に、利津はしばし考えた後、有り難く好意を受ける事にした。それを見た高天原は、もう一度大きくため息をつく。そして利津の頭を軽く小突いた。

「子供らしくもない。 あんたは少し計算高すぎるよ。 こういうときは、バカみたいに大口開けて笑って、はーいとか言えばいいの。 ほら、言ってご覧。 はーい」

「は、はーい」

「声が小さい」

「はーい!」

「よろしい。 少しわざとらしいけど、まあいいだろ。 今度からはそんなふうに応えるんだよ。 そうしないと拳骨だからね」

脅かしついでに外に出るように促されたので、利津はベットから降りた。まだ泣いていた佐智は心配するように利津を見ていた。ふと気になった利津は聞く。

「佐智、あの栗鼠はどうしました?」

「……ごめんなさい、おねえちゃん。 私が、あんなの作るから」

「それは違いますわ。 わたくしこそ、本当にごめんなさい。 貴方がずっと笑っていない事にも気付かなくて。 駄目な姉ですわ」

利津は不安になったのである。あの紙粘土の栗鼠を壊すのがとても良くない事のように思えたのだ。強い魔力は強い直感も生じさせる。高天原に断って、教室に戻ると、栗鼠の粘土像はまだ無事であったので、安心して嘆息する。これを何日か乾かした後、彩色して完成となる。佐智は色塗りもとても巧いから、どうなるか楽しみであった。自分の腕をぎゅっと掴む佐智の頭を、利津は務めて優しく撫でた。

「佐智、栗鼠の完成、楽しみですわ。 だからあれを大事にしてください」

「うん……」

「さあ、帰りましょう」

佐智は俯いて、うんと一言だけ応えた。窓から差し込む夕日が、彼女の顔に陰影を付けていた。深い悲しみを彫り込むように。

ライトバンで家に着いた頃には、もう夜になっていた。先生に礼を言って、まだぐずっている佐智を先に家に入れる。ドアに背中を預けてライトバンを見送ると、それはすぐに小さな点になっていった。

「貴方の言う事聞けたら、どんなに楽か分かりませんわ」

「……りっちゃん」

利津はそれ以上何も言わなかった。

 

夕食も利津が作る事が多い。佐智は器用だが、まだまだメインで包丁を振るうには危なっかしい。一応教えてはいるのだが、工作は得意なのにどういう訳か、こっちにはまるで才能が無く覚えも良くなかった。

祭雀は結界の調査である。今日は悪霊共を処分する暇がなかったので、これから夜の訓練で丸焼きにする事になる。さっき帰る時点で周囲に漂っていた数が十や二十ではないので、今は一体幾つになっているのか、あまり考えたくない。

静かな夕食が終わる。ねえちゃんは部屋で大人しくしていて、佐智は食事が静かに終わって心底ほっとしていた。眠気に目を擦り始めた佐智を部屋に送ると、今日の夕練が待っている。部屋のカギを掛け、音を立てずに窓から出て外に出てみると、そこの光景は想像を超えていた。辺りを浮遊して幽霊共を纏めていた祭雀が、結界の外に出てきた利津を見つけて、体を波打たせながら近づいてくる。

「りっちゃん、おつかれ」

「これは、凄い光景ですわ」

家の明かりだけが頼りの闇の中、星明かりの下で利津は見た。天蓋を覆い尽くすほどの幽霊を。辺りを飛び回ったり、歩き回ったり。彼方此方で蹲っていたり、うめき声を上げながら利津にすがりついてきたり。ゾンビ映画か何かのような光景である。強力な悪霊も少なくなく、噛みつかれたり引っかかれたりすると痛いのが一目で分かる強烈なのも何体か目視出来た。全部併せて、ざっと百は下らないだろう。

「家には今のところ入れていないよ。 少し場所を移して、みんな焼いちゃおうか」

「そうですわね。 わたくしに寄ってきたって事は、焼かれても悔いはないって事なのでしょうし」

師はいないが、代わりに攻撃術の実験台がいるという事は非常に幸せな事だ。最近は人家から見えにくい、霧が良くたまる近くの谷を修練場にしている。此処も山登りに来た人間が遭難したりした曰く付きの場所だったのだが、自縛霊も全部綺麗に退治したので、今は静かなものである。むしろ、人間に目撃される方が怖いので、術の練習の前に辺りの気配を入念に探り、それから修練に入る。

「じゃあ、今日も基礎から行ってみようか」

「はい。 行きますわ」

斜面の途中に余計なものがない事を確認した後、一気に駆け下りながら術を発動。神衣と翼を発動させ、滑空を始める。高々度へ一気に行く術もあるのだが、使用する術は最小限に抑えるのが最近の自己的な課題だから、今回は使わない。幽霊がまとわりついてくるが、気にせずゆっくり旋回していく。術を使うと、力の放出も激しい。利津にまとわりついている弱い霊は、既に何体か現世に残る力を焼き払われ、溶けるように成仏していた。

谷は岩場になっていて、殆ど植物も生えていない。時々水が流れ込むと言う事だが、水はけもいいので、三日と溜まってはいない。ゆっくり旋回して徐々に高度を上げていく。辺りには霧が立ちこめていて修練には丁度いい。利津の両手には、既に力が収束し、青白い炎がちろちろと舌を出して辺りの空間をまさぐっている。そろそろ頃合いだと思ったので、ベクトルチェンジャーを発動。実戦形式での訓練に移行した。敵はその辺の悪霊ではなく、神子だと頭の中で想定する。同時に、心の方が戦闘モードへと切り替わる。

利津がベースに使う火球の術は、朱雀神衣の力でコストが抑えられている便利なものだ。便利だからこそに使いこなせるようにして置かねばならない。谷には丁度いい突起状の岩や石がごろごろしていて、的には事欠かない。そして利津の場合、的に直撃させる必要はない。的を吹き飛ばせばそれで良い。胸の前で向かい合わせた利津の両掌の間に、火球が産まれる。詠唱を重ねるうち、こぶし大だった火球が、顔面大になり、やがて直径一メートルを超える。頃合いを見計らった利津は、掌を目標に向け、術を発動させた。

「焼き払え、紅蓮の刃よ! はっ!」

気合いと共に撃ち放たれた火球は、若干定まらない軌道ながらも飛び、的の至近に炸裂、集まっていた悪霊共々石を木っ端微塵に粉砕した。火柱が上がり、術の余波を受けて、焼き尽くされていく幽霊達。或いは嬉しそうで、或いは怨念の声を上げながら燃え尽きていく。調節はしているが、爆音の一部が利津の耳まで届く。怨念の声と一緒に。

旋回しながら、第二射、そして第三射。目標はいずれも木っ端微塵に粉砕され、まずは合格点と言う所だ。側を飛んでいた祭雀が、体をぴかぴか光らせながら言う。

「良し、次は高等な攻撃術に移行しよう」

「はい」

短く応え、次の術の準備にはいる。

利津にとって課題なのは、兎に角一撃目の攻撃を防ぎきる事だ。最近は対空攻撃を他の神子達も研究してきたため、これが少しずつ厳しくなってきている。ベクトルチェンジャーだけではどうにもならなくなりつつあるので、敵の攻撃を中途で迎撃する工夫が必要になってきているのである。

今の時点でも、速度が遅い攻撃ならどうにでもなるのだが、問題は超音速で飛んでくるような攻撃だ。淳子の矢や、由紀のチャージなどは音速まで行かないにしても、コレに近い性質を持っている。如何に神子の中でもずば抜けて目がよい利津であっても、それらを見つけてすぐに対応しきるのは難しい。そこで、自分の意志とは別にオートで敵を迎撃する中威力の術が必要になってくる。

そこで、半月ほど前から開発しているのが、ベクトルチェンジャーと同時に展開出来る自動防御機構であった。

複雑な印をくみ上げ、長い長い詠唱を組み立てる。体の周囲を渦巻く力を取り込んで、体内から溢れる力と混ぜ合わせ、術を練り上げていく。十五秒で術が完成。両手を左右に広げ、最後の一節を紡ぐ。

「鳳凰よ、我が守護者朱雀よ。 風切り羽の一枚を、天空切り裂く朱の刃を、我に貸し与えよ。 美しき汝の一枚は、百万一億の味方たらん。 灼熱の援軍よ、具現化せよ!」

ぼっと鈍い音がして、利津の周囲に二十を越す小さな火の鳥が具現化した。一つ一つは雀ほどのサイズだが、保有する火力は大きく、眩く青く光っている。

「翔けよ、翼っ!」

利津の叫びと共に、鳥は一斉に声を上げ、辺りに散った。

如何に生体魔力が並はずれて強いと言っても限界はある。新しい術を開発するときは、力を使いすぎて意識が飛ばないように、地上で行うか、低空で実験するのがセオリーであった。さまざまな試行錯誤の末、通常の火球の三倍前後の消耗にまで抑えた完成品が、これであった。

火の鳥はそれぞれがオートで起動し、利津に害を為すものを自動的に叩き落とす。体当たりで叩き落とすため、一撃で一羽が消えてしまうし、自分で操作ができないのは難点だ。だが一羽一羽は時速三百キロに達し、適当な攻撃なら確実に叩き落とす。利津を中心とした半径百メートルほどの球の中で円運動を続ける鳥たちは、利津の守護天使であった。そのため利津は、この術をガーディアンバードと呼んでいる。

淳子の矢でも、一羽が体当たりを成功させれば軌道をずらし、ベクトルチェンジャーでどうにか出来る。矢のコストから考えると、随分とわりが良い防御技だ。その一方で、致命的な難点もある。永続型の術ではないのである。永続型にしたら完成系の十四倍程度のコストを消耗したため、とてもではないが実用化出来なかったのだ。そのため、戦況をよく見ないと危険すぎて使えない。術の効果時間が切れた瞬間に狙撃されたら一巻の終わりだからだ。事実、地獄のスナイパー(利津命名)青山淳子はそれくらい軽くやってのけるだろうし、他の神子達だってかなりの精度で弱点をついてくるだろう。だが考えてみれば、弱点が割れているというのは、自分でも対策が立てやすいと言う事も意味している。これを上手く使えば、逆に相手を填める事が出来るかも知れない。まあ、駆け引きはどちらかと言えば苦手だから、上手くいったらめっけものと言う所であろう。

しばらく辺りを旋回して、残った悪霊をわざと周囲に集める。近寄ってきた悪霊共は次々にガーディアンバードに体当たりされ、燃え尽き、溶け消えていった。光の乱舞はしばし続いたが、やがて最後の一羽が悪霊に体当たりし、光の花火となって消え果てた。額の汗を拭うと、利津は最後の術の準備にはいる。殆ど動く的は残っていないが、別にこの術に的は関係ない。

術を開発するのははっきり言って苦手だが、それでも分かった事が一つある。利津は物騒な術ばかりが得意で、性格的にもそれを使いこなすのが合っていると言う事だ。

利津の戦いにとって一番邪魔な相手は、何よりも遮蔽物だ。基本的に利津の敵は皆遮蔽物に身を隠し、ピンポイントで対空攻撃を仕掛けてくる。ちょっとした遮蔽物でも人間は隠れる事が出来るのだ。

この間の戦いなどでは、淳子は曲がったダクトの中に隠れ、通り過ぎた利津を斜め後ろから狙撃してきた。見つけてすぐ見失ってしまったのでおかしいとは思ったのだが、気付いたときには遅かった。悔しかった反面、あんな狭いダクトに隠れる事が出来るのだと感心もした戦いであった。最近は桐に当たらず、結果数ヶ月ぶりの負け戦だったからよけいに良く覚えているという事情もある。どっちにしても、遮蔽物は下手な攻撃術よりも質が悪い存在だ。だから、この術を考えた。

印を組む。激しく手を動かし、指を組み替えながら、それに併せて術を紡ぐ。周囲には強力な悪霊は殆ど残っておらず、成仏を望む、なりたくもないのに浮遊霊や自縛霊になってしまった連中ばかりだ。だから、容赦も遠慮も必要ない。祭雀の話によると、人間が考えているようなものではないのだが霊界や輪廻転生は存在しているのだという。自分のちょっとした行為で時の迷子を其処へ戻してあげる事が出来るのなら、利津としてはまんざらでもない。スプラッタなのが少しは減るわけだし。

詠唱は大詰めに入る。最近は神子相争で集中力が増した結果、難しい漢字も覚えて、すらすら読めるようになった。祭雀に教わる際、読める方が便利だからだ。

「破壊の鳥朱雀よ、熱き汝の爪よ! その描く孤を戦輪と為し、眼下の塵芥をただ一息になぎ払え! そして後には、緑の沃野を!」

利津がまっすぐ両手を地面に向ける。遙か下の大地に。同時に両手首の辺りに炎の輪が生じ、高速で回転を始めた。利津の額に玉の汗が浮かぶ。回転数はどんどん速くなっていく。

手の周囲を回転しながら渦巻いていた巨大な火炎の輪が降りていく。二つの火炎輪は途中で一つになり、利津から四メートルほど下降した所で不意に速度を上げた。高速回転のまま、獲物を見つけた猛禽のように眼下へ突進していく。そして、地面すれすれで、地面と水平方向に、無数の火炎弾として拡散したのである。しかも炸裂は一度ではなく、二度、三度、四度と続いた。

爆発が連鎖して、一気に広がっていった。

フェニックスチャクラムと名付けたこの術は、今まで単に爆発を起こしていた攻撃術に見直しを加え、爆発の威力を主に水平方向へ広がるように調節した術だ。結果、地面や低い位置にある遮蔽物を隠れている者ごと纏めて吹き飛ばし、高い建物も根本部分に甚大なダメージを与える事が出来る。効果範囲は通常の火球よりも遙かに広い。谷一帯が炎に包まれたが、すぐに鎮火していく。もともと力によって作られた火である。温度は高いが拡散が速く、あまり長時間は燃えないのだ。

もう辺りに霊体はいない。空にいた連中は今のチャクラム発射の際の放出した力で消し飛んだし、地面近くにいた連中は綺麗に一掃された。

火力の分コストもでかいが、この術は利津の切り札だった。破壊力だけ大きな術はその気になれば幾らでも作れるのだが、こうやって戦略面から活用が期待出来る術の方が、利津としても作りがいがあるというものだ。額の汗を拭いながら、ゆっくりと地面に降りていく。実はこれが一番苦手だ。山菜取りの時は高度が低いからいい。しかし戦闘高度から生きて降りるのはあまり経験がないのである。

歴戦の空挺部隊員が、飛行機が降りるときに困惑したという話があるが、それに近い現象であった。朱雀神子、空の申し子利津は、勝って空中で幸片を受け取るか、負けて地面に叩き付けられるか、どちらかの経験しか持っていないのだ。だから飛ぶのは平気なのだが、高々度から地上に降りるのは少し苦手。訓練と実戦は違うから、此処である程度の苦手意識が形成されてしまう。

着地した利津は、肩を叩いて、近くにあった石に腰掛けた。足をぶらぶらさせているうちに、辺りの様子を確認し終えた祭雀が降りてくる。

「大丈夫。 人には見られていないし、残った悪霊もいないよ」

「お疲れさまですわ」

「りっちゃんこそ、お疲れ。 さあ、帰って今日はもう休もう」

「……そろそろ、次の神子相争ですものね」

じっと手を見る。血塗られた手を。戦いにまみれた手を。相手を殺す以外に使い道のない術を、次々に産み出す手を。

 

翌日。日曜日のけだるい朝日の中、定期検診の先生が訪れた。何しろ山間の村なので、大きな病院がない。そこで、たまに医者がやってきては、患者を見て回るのである。

以前の若い医師はカルテでしか判断が出来ないどうしようもないヤブだったのだが、今度来た年老いた先生はかなりの名医で、子供達の間でも評判だった。噂によると、何処かの大学病院に居た人らしい。利権が絡み合い、腕前よりも人脈が重視され、患者をモノ以下と見る風潮に耐えられなくなり、出奔したのだそうだ。あくまで噂に過ぎないが、良心的な診察を見る限り、あながち嘘とも言い切れない。

老医、道草先生は、当然蘭子の所にも来る。蘭子は最初のうち閉じこもって出てこなかったため、利津が症状を説明する他無かった。此処何回かの診察では顔を出すようにはなったが、窶れきった痛々しい顔に希望は見えない。今日もパジャマ姿のまま出てきて、困惑する佐智の前で、自力で車いすから降り先生に診察を任せた。道草は背骨の辺りを触ったりカルテと見比べたりしていたが、やがて言う。

「そろそろ、言っておくぞ」

「……もったい付けないで」

「直す事は可能だが、しかし走れないな。 歩く事はどうにか可能だろう」

息をのむ利津の前で、蘭子は凄絶な笑みを浮かべた。彼女から、運命という悪意は、何もかもを奪い去っていくようであった。マラソンランナーとしての命。新しい夢を続ける健康。そして、走る事の出来る足。

「いっそ、睡眠薬でも出してくれない? 瓶ごと」

「馬鹿な事を言うな。 五体満足と言うだけで、出来る事は幾らでもある。 可愛い妹たちに迷惑ばかり掛けるのも、本意ではないのだろう?」

「知ったような事を言わないでよ」

「俺はこれでも二百や三百の神経性麻痺患者を診てきた。 だから断言出来る。 完全にとは行かないが、直る事は直る。 後はお前さんの心の持ち方次第で、未来は開けるのではないのかな?」

「仮にそうだとしても、手術代なんて何処からだってでやしないわよ!」

吐き捨てた蘭子。利津も一度、少し遠慮しながら道草先生に手術の代金を聞いてみた。聞かない方が良かったと、すぐに思った。とてもではないが、利津が払いきれる代金ではない。オリンピックの金メダリストにでもなれば稼げるかも知れないが、そんなものに出るのはまっぴらごめんだ。自分たちの未来をむしり取って地面に叩き付けたスポーツ界は、利津にとって憎悪の対象でしかない。赤尾家が憎いのではない。利津にとって、スポーツ自体は嫌いではない。だが大会やら協会やらは、この世から消えてしまえとすら思っている。

そして、仮にプライドをかなぐり捨ててオリンピックで稼いだとしても。そんな金で手術を受けるくらいなら、首をくくると蘭子は言うだろう。八方塞がりなのだ。そして返せるあてがないこんな貧乏三人姉妹に、金を貸す人間などいない。臓器などを売り払うと言う事も一瞬考えたが、それでも数千万など払えるはずがない。

殺気立つ夜叉のような蘭子を見て、佐智がまたしくしく泣き出した。俯いたまま無言で佐智の前に立ち、蘭子との間に壁を作る。心ない人間はこういうだろう。お前は弱い。だから強くなれと。だが、利津はその言葉が如何に心ないかよく分かる。蘭子に心を作られる前は利津だってこうだったのだから。

自分自身で強くなれる人間など、極少数なのだ。利津は蘭子に支えられて戦えるようになった。だから今度は利津が、佐智と蘭子を支える番なのだ。

「手術代を作る方法は、何とかせねばならんな……」

「それに、難しい手術だって聞いたわよ。 アメリカにでも行けって言うの!? 手術代と併せて、幾ら掛かるって言うのよ!」

「医師なら問題ない。 俺がやってやる。 これでもこの国では随一の腕前を持っておるつもりだ。 設備くらいはコネでどうにかしてみせるわ。 そして手術になったのなら、絶対に成功させてやる」

医師はそう断言すると、息をのむ蘭子から目をそらし、ぼそりと言った。それはきっと利津以外には聞こえなかった。

「可愛い孫の頼みだ。 断るわけにはいかんでな」

何処か似ていると思っていたのだ。多分孫というのは、高天原先生の事であろう。追い風は来ている。蘭子が直れば、きっと全てが良くなる。だから、利津は戦う。

真夜中。神子相争の誘いが来た。

勿論、利津は出場した。頼れるモノは幸片しかない。どうにかして、蘭子を助ける力を。姉妹を元の形に戻す力を。そう願いながら、戦いに赴いたのであった。

 

3,絶対火力の網

 

枯湖に着いた瞬間、零香は舌打ちしていた。相手が利津だと言う事が分かったからだ。今日の戦場は、物音一つしない静かな森であった。森と言っても、構成物はいずれも生物ではない。無数に生い茂る木々や草草はどれも鈍く黒ずんでいて、生命がないのが一目で分かる。ヘドロのように黒ずんだ川が彼方此方によどんだ流れを作っていて、川のせせらぎはどんよりと濁って気味が悪い。異臭の中盛り上がっている土は湿っているが、それは水ではなく油によってだ。取り合えず、一旦利津から距離を取る。これは相手が利津の場合の常套手段だ。幸い遮蔽物は多いから、当面の策を練る時間は稼げる。

別に零香だけではなく、多分桐を除く全員が、利津を極めて危険な相手だと認識しているはずだ。戦いづらい事この上ない相手だし、大味な分攻撃が極めて厄介だからだ。兎に角、戦略的優位を確保している利津との戦いの場合、一撃死になる事態が良く訪れる。ミスが死に直結するのは他の神子との戦いでも同じなのだが、利津の場合はその度が外れているのだ。だから、手強い。

単に火力が強烈だと言うだけではなく、それが利津の強みだと零香は分析している。簡単に勝てるときは、ほんとうに吃驚するほどあっさり勝つ事が出来る。だが負けるときは、何が起こったのかも分からない。術も威力の桁が外れているものが多いため、直撃を喰らうと即死する事態が少なくなく、そのため対策も練りにくい。

爆音がして、利津が空に舞い上がる。この時点で勝率が下がるが、仕方がない。舞い上がった利津は、旋回しつつ高度を上げながら、もう攻撃術を準備し始めた。今までと戦闘パターンが違う。不審に思った零香は利津の動きを良く見ながら、死角を通って更に距離を取る。利津が真下に術を放った。視界が朱に染まる。術の正体を悟った零香は、ヘドロの川を飛び越えて、慌てて更に距離を取った。壁状の爆発が、遠くに見えた。

距離を取り、木の陰に隠れながら、零香は生唾を飲み込んでいた。これは今まで以上に迂闊に近づけない。

今のは爆発の威力を横へ広げた術だと、見てすぐに零香は看破した。それは即ち、遮蔽物対策に作り出した術だと言う事だ。事実利津の下の地面、半径五百メートルほどは綺麗に更地になっている。身を隠す事自体は出来るかも知れないが、その過程で確実に見付かる。更に悪い事に、身を隠していた場合は黒こげにされる。質が悪すぎる。

利津は自身の最大の敵が遮蔽物だと理解していたはずだ。それを補うために、調整を重ねて作り出した術なのだろう。確かにこれは完成度が高い。今の術を見ただけで、考えていた戦術の幾つかが机上の空論と化した。素晴らしい示威行動である。また、自身の下の空間を広範囲で安全地帯にする事により、自らの防御面も手厚く固めたわけである。

淳子の時間差攻撃矢、桐の運動エネルギー無効化シールドなど、正体が分かっても存在そのものが示威的であり、目立って有効な対抗手段が無い術は危険である。今利津が撃ちはなった術も間違いなくそれだ。身体能力を武器に戦う零香は、それらを真正面から攻略せねばならない。出来ないではなくしなくてはならない。しかも利津を相手に後手に回るのは死を意味するわけだから、かなり辛い条件が揃っているとも言える。何でこんな奇矯な地形が出来たのか、此処は一体何処なのか、そんな事を考えている暇など無いのが悲しい。

利津の旋回行動を見て、素早く移動しながら、戦場把握に入る。妙な森が広がっているのは周囲十キロほどであり、西の方に小さな湖が、東の方に小高い丘がある。丘は丸坊主になっていて、丈の低い草が多少生えている程度なので、身を隠すには向かない。攻撃時に跳躍台にして利用する事は確かに出来るが、一か八かの賭けになる。一か八かの賭けというのは、本当に他に手段がない場合に用いるモノで、安易に選択肢に含めてはならない。それは思考の放棄を意味する。既に利津が旋回している辺り半径五百メートルほどは焦土と化しており、視力を売りにしている利津の領土になっている。

もし自分が利津だったら、次は領土を広げに掛かるだろうな。そう零香が思った矢先であった。零香の思考を読んだように、利津が動き出したのである。

上空の利津が両手を広げ、無数の鳥が出現する。それはちかちかと瞬きながら、利津の周囲で円運動を始めた。見た事のない術だが、恐らくはベクトルチェンジャーに次ぐ防御技か、防御よりの攻撃術だろう。単純な攻撃術なら、円運動等というしち面倒くさい上にコストも喰う命令を与える必要もなく、単に敵にけしかければよいはずなのだから。となると、次の行動は。利津が動く。旋回を止め、森の方へ突出しつつ、新しい術を準備し始める。そしてさっきの強烈な円形に地面をなぎ払う術を発動したのである。

再び森が吹っ飛び、燃えさかり、すぐに炎は消えていく。それが済むと、利津の下には綺麗な円形の更地が出来ていた。先ほどから見ていると、あの術は威力が大きい分チャージ時間も隙も大きい。トリの術は、その隙を補うために発動したものであろう。

大味ながら、一生懸命考えてきたのだろう。敵ながら見事。なかなか隙を見せてはくれず、つけ込む機会も訪れない。

再び炎の壁が森を焼き尽くす。零香が気付いたときには、何度かの爆発の結果、利津の周囲には広大な安全地帯が作られていた。森の中央部分は完全に利津に抑えられた感がある。状況的には、かなり面白くない。中央部分を抑えているため、何処に零香を発見しても最短時間で迫る事が出来るし、焦って攻撃してきた零香を悠々迎撃する事も出来る。

まだまだ余力がある様子の利津は、ゆっくりと旋回しながら、籠城を決め込むつもりのようであった。彼女の周囲に、トリの姿はない。この様子からして、永続型の術ではないのだろう。それにしても、利津の悠々とした飛びっぷりは、多少の苛立ちを覚えさせる。持久戦が今回有利だと言う事を知っているのだ。正しい判断だが、それが故に腹も立つ。零香は意を決すると、多めにとっていた距離と言う名の防壁を捨て、遮蔽物に身を隠しながら、利津との間を詰めていった。

間を詰めながら、零香は思う。利津の術は戦略的優位を確保する事を第一にしたものばかりで、それだからこそ厄介なのだと。逆にそれを突く術はないのかと。考えろ、考えろ、考えろ。詰まったときは最初から考え直せ。そうすれば、絶対に活路は見えてくる。自らに言い聞かせながら、零香は走り、死地へ躍り込んだのであった。

 

当面の戦略的優位を確保した利津は、時々フライトサポートで死角をチェックしながら、現在居る(陣地)の中にある、敵が潜みうる地点を丁寧に確認していった。目がいいのだから造作もない事だし、戦術的な判断が苦手なのだからこういう所を丁寧に詰めておかねばならない。長期戦を行う力はたっぷりあるが、それだけでは他の神子達に太刀打ち出来ない。

確かに利津の火力は素晴らしいし、他の神子との戦いで客観的に立証済みだ。だがしかし、この命無き不思議な森を全て燃やし尽くすほどではない事も事実である。相手が淳子ではない事も確認済みなので、死角無き領地は確かに確保した。しかし、今のところその程度の優位でしかないのもまた事実なのである。以前枯湖に地震が起こったときがあって、その時は相手の隠れ家を一つ一つ潰していくという選択肢を取る事が出来た。しかし今回は、そんなラッキーは期待出来ないだろう。だから、現実的に敵を追いつめる策を練らねばならない。

敵が近くに来ている可能性は、現時点で極めて高い。戦略的に優位を確保した利津を見て、状況を打破しようと動くはずだからだ。そこで、それをベースに今後の策を練る。

現時点で、自身の下に作った安全地帯は半径一キロ。自身は上空五百メートルほどに浮遊している。目視した所、安全地帯外縁から利津までの距離は大体1.1〜1.2キロほどであろう。つまり敵がその辺に隠れて利津を狙撃する場合、克服しなければならない距離はそのくらいだと言う事になる。

桐が使うあの術を敵にしている場合はこの距離でも心許ないのだが(というよりも威力が小さい反面距離自体があまり関係ない)、他の神子を相手にしている現在、それを怖れる必要はない。淳子の超高速矢でも、由紀のキネティックランサーでも、充分に対応出来る距離である。

今回の敵は力の変動具合からいって零香だから、使ってくるのはあのカタパルトシューターだろう。それに加えて、零香の場合、腕力だけでも重量数十キログラムの物体を一キロくらいは飛ばしてくる可能性がある。つまり、攻撃が届く範囲にいるわけである。ただし、対応可能距離にもいる。ビル丸ごとでも投げてこられたら流石に危ないが、幾ら近接戦闘強化型の零香でもそれはまず無理だから、其処は安心して良い。

警戒すべきは、零香の腕力よりも、むしろその強靱な精神力だ。兎に角零香は苦境にあっても諦めないし、極めて冷静な判断を下して攻めてくる。利津だって諦めた事は一度もないが、苦境での判断力で零香に一枚劣るのは認めている。何かどえらい策を実行してくる可能性は否めない。念のため、利津はもう少し高度を下げて、辺りを念入りに観察した。

 

零香の神衣の耳がぴくりと動いた。しばし相手の挙動を確認した零香は、舌なめずりし、次の行動に移った。

利津は高度を少し下げ、観察をより念入りにしている。確かに一見付け入る隙がないが、しかしこれはチャンスである。というのも、わざわざ高度を下げてきているからだ。これは相手への間合いが縮まっている事を意味する。確かに一見ピンチだが、最大の好機が訪れたとも言える。これを利用しない手はない。さて、どうするべきか。下手に動けば瞬時に黒こげにされるのは明白。一歩先は相手の土俵なのだ。もし策も無しにあの土俵に入れば、横綱に挑んだ幕下のように、一瞬で捻り潰されるのが目に見えている。相性の問題である。神子で例えると、淳子が零香に接近戦を挑むようなモノだ。

利津は目こそいいが、聴力や嗅覚はどうと言う事もない。それは何度かの戦いで既に確認済みだ。ならば突くべきは其処だ。

少し下がると、零香は策を巡らす。地面の下から攻撃するという手が真っ先に浮かんだが、すぐに却下。地面を掘るのは案外難しく、その中を高速で移動するのは更に難しい。モグラは地面の下で生活するように肉体を変化させているにもかかわらず、柔らかい土でしか生きていけず、なおかつ時速一キロにも達しない程度にしか掘れないのだ。地面を掘り慣れていない零香が、利津に気付かれないよう、なおかつ土竜よりも遙かに速く地面の下を進む事は無理だと結論出来る。この森の下に大空洞があるのなら話は別だが、走り回った結果、そんなものは無いと断言出来る。反響音がしないのだ。

次に考えたのが、敵陣地の境界線上ぎりぎりから狙撃するという事だが、これも少し考えた後却下。あれだけの準備をしている利津の事だ、恐らくそれに対する対策は完璧に近いまでに練り上げているだろう。工夫のない攻撃をしたら、すぐに黒こげにされるのが目に見えている。

他にも幾つか手は思いつくが、どれもこれも効果のわりにリスクが高すぎるものばかりである。利津の火球は由紀の攻撃ほど速くはないのだが、兎に角攻撃範囲が桁違いに広い上に火力も高い。そのため、力を消耗させるために陽動攻撃を仕掛けるというのもあまり推奨出来ないのだ。

今回は戦場が悪すぎる。何の遮蔽物もない荒野で戦うよりは幾分かマシだが、それでも今の条件下で爆撃機と相対するのは分が悪い。しかも爆撃機は高射攻撃に対する対抗策を身につけ、安全圏を確保して悠々と相手が焦るのを待っているのだ。折角高度を下げてくれたのに、付け入る隙がない。しかし、焦っても良い事など一つもない。

五分ほどが経過した。時間が粘つくような感触であり、恐ろしいほどに苛立ちが募る。何度も一から条件を練り直し、攻撃プランを考え直すうちに、零香はある策を思いついた。奇策と言うほど意表を突くものではないし、むしろ陳腐だが、状況の打開は出来そうであった。

近づいたのが時間の無駄になったかというと、そうでもない。利津を間近で観察する事で、驚くほど進歩している事がよく分かったからだ。それだけでも収穫はある。単純な正面攻撃では付け入る隙がないと、分かっただけでも充分だ。一旦此処は引き、仕掛けを作る。

膠着状態から先に脱したのは零香であった。彼女は身を翻すと、戦場の東端にある、小さな山へと向かった。

 

戦場の東端にある小さな山で岩塊が吹き上がったのを、利津の優れた目は当然見逃さなかった。

以前陽動攻撃で落とされた経験がある利津は、ダボハゼのように相手の誘いに食いつくほど愚かではない。だが、あの山で岩塊が吹き上がったと言う事は、あれが火山であり今噴火を始めたという極小の可能性を除いて、零香が何かしたと言う事だ。となると、零香はあの辺りで何かをもくろんでいると言う事になる。

ガーディアンバードの術を唱えて防御を固め、山へと移動を開始する。周辺を火球で掃除した後、山へと爆撃をかけるつもりだ。高確率で零香が何かを仕掛けてくるが、それを粉砕して零香自身も撃砕するまでの事。まだまだ余力はたっぷりあるし、仮に仕留め損なっても陣地が広がるだけだ。

攻撃を最大限に警戒しつつ、人間が歩く程度の速さで利津は山へと向かう。もう一度山で岩塊が吹き上がる。何か仕掛けをしているのならともかく、これを見る限り零香はまだあの辺りにいる可能性が高い。この環境では投石機だって作れないだろうし、岩塊を跳ね上げるような仕掛けは作れないだろう。高度を少し上げて、火球の術をいつでも解き放てるように準備しながら、フライトサポートを使って念入りに辺りを確認。辺りには敵影無し。

一番考えられるのが、山にさしかかった瞬間に攻撃を受ける事だ。至近距離からのカタパルトシューターであれば、ガーディアンバードもベクトルチェンジャーも容易に貫通するだろう。利津の防御術はあくまで遠距離からの攻撃を緩和するものであって、敵の攻撃を防ぎきるものではないし、大威力の攻撃を防げるようなものでもないのだ。そのため、山にさしかかった所では、念入りに警戒しなければならない。

だから利津は、近づくと同時に、山に火球を六発、容赦なく叩き込んだ。更にどんどん火球を準備し、形を変えていく山の周囲の森にも、連続して火球の雨を降らせる。命無き森が紅蓮の炎という生命力に一瞬とはいえ彩られ、真っ黒い奇怪な川が炎を照らして一時だけ色を変える。唇を舐めながら、辺りに念入りに目を配り、更に三発の火球を山へとたたき込む。どんな方法で隠れていたとしても、これで終わりだ。あの山にいたら如何に防御力が高い零香でもひとたまりもあるまい。……と思ったのは束の間の事。額の汗を拭いながら、利津は辺りを見回す。幸片が落ちてこないと言う事は、まだ零香は生きていると言う事だからだ。

火球は素晴らしい破壊力を見せ、山の形を完全に変え、森を吹き飛ばして塵芥の山とし、その間を塵に覆われた川がいそいそと流れていた。零香は見あたらない。さっきの岩塊の動きからして、今の攻撃から逃れられたとは考えにくいが、何の意味もなくあんな事をするわけもない。何か攻撃が来る可能性は極めて高い。高度を少し上げる利津。この辺り、すぐに頭を切り換えられるようになっており、著しい成長が見える。しかし、それが今回は仇になった。

ガーディアンバードたちが動く。振り返る利津の直前で、十羽を越す鳥の体当たりを受けた何かが火だるまになり、木っ端微塵に吹っ飛んだ。思わず顔を覆う利津の眼前に、更に第二射が迫る。一撃目を凌ぐ勢いで、ガーディアンバードも対応しきれず、火だるまになったそれをベクトルチェンジャーが弾くのを冷や汗を流しながら見送るしかなかった。悲鳴をこらえたのが精一杯。

零香が攻撃してきたのは間違いない。この角度からして、山の辺りからだ。しかし、一体どうやって。更にもう一撃、ますます勢い増した何かが飛んでくる。火球の術を唱え終えた利津は、七つの火球を出現させ、唸りを上げて襲いくるそれに叩き付けつつ、残りを発射地点である山へと叩き込んだ。濛々たる煙で狙いはそれるが仕方がない。第三射にガーディアンバードが集い、何とか火球が間に合う。眼前で炸裂した巨大な火の玉、しかし、破片まではどうにも出来ない。無数の細かな破片が利津へ襲いかかり、腕を、足を、首筋を、次々に切り裂いた。鮮血がしぶく。元はそんなに硬くないのだろうが、速度が速度だ。途轍もなくいたい。

同時に、山のある辺りで、巨大な爆音が轟いた。ただでさえ形を変えていた山は、もう原型もないだろう。そう、山にいたはずはない。しかし、それならば何処に隠れていたというのだ。森には火球を何発も叩き込んでやった。森の木の何処かに隠れていたとか、薄く地面の下に潜っていたとか、そんな事で防げるはずがない。

其処まで思考を進めて、利津は気付く。盲点に。

「川……!」

冷や汗が血だらけの頬を伝って、顎から垂れ落ちた。

 

火球が飛んでくる。それを最期まで見届けず、移動に使った川へと全速力でダイブ。後方で物凄い爆音が響き、衝撃波が背中から襲いかかってきた。

激しく水底へと体を押し込まれる。それに逆らわず、水底まで自然に流され、乱れる汚れた川に身を任せる。案の定、利津は川を直接攻撃してこない。零香がまだ山にいると誤認したのだ。そのまま一気に下流へ。顔を出したのは、森が健在な位置である。

零香はまず距離を取ると、辺りの地形を把握した。その時に入念に調べたのが川だ。得体の知れない黒い水が流れてはいたが、無害だし水深も理想的だった。それを確認した後、山の構造を確認、麓の一角にスパイラルクラッシャーを二発、叩き込んだのである。何度か検証したが、この技は叩き込んだ物体を貫通、反対側へと貫き通す程の破壊力を誇る。その性質の、もっともどうでもいい部分を利用して、一見意味不明な餌を作り上げたのだ。

利津が来てからは簡単。そのまま川に飛び込んで、上流まで一気に泳ぎ抜く。後は利津による無差別爆撃をやり過ごし、その後息継ぎして戦場まで戻り、手近な丸太を調達する。そして山を利津の死角から駆け上がりつつ、二本投擲。そして三本目をカタパルトシューターで打ち込み、再び川へダイブ。そして今である。

利津がかなりの深手を負ったのは確認した。これで利津には流れ落ちる血、痛み、それによって落ちる集中力というハンデが加わり、戦略的に圧倒的に不利だった状況は崩れた。だが流石に川を使って出入りした事には気付いただろうから、同じ手はもう使えない。次の一発が勝負になる。

川から上がり、森へ。今までの利津の攻撃で、激しく破損した森には、無惨な材木が山ほど転がっていた。中の一つを見繕い、茂みに獲物を引きずり込む虎のように、森の中へと引っ張り込む。すぐに枝を叩き落とし、クローで邪魔な部分をそぎ落とし、杭を作る。硬度は充分。後は利津が弱るのを待って、一撃を叩き込むだけだ。後は一発に警戒する必要があるが、それはどうにか出来るだろう。

現時点での勝率は、五分と五分と言った所か。一月に一度か二度くらいしか神子相争に出てこないとは言え、手強い相手である。今まで三回戦って一度しか勝てなかったのも無理がない話だ。汚い水が神衣の彼方此方から垂れ落ちる。速く水気が無くなるように、乾いた木に体をよせたまま、零香は利津の次の動きを待つ。下手に仕掛けると、破れかぶれの攻撃が飛んでくる可能性が高いからだ。

「……太陽。 まずいな」

口中で呟いた零香は、手を振って水を切った。

空に太陽が瞬いている。分厚い雲の向こう側だが、確かに太陽が見える。状況はあまりよろしくない。水滴が光でも反射したら面白くないからだ。先に接近を察知されたら勝負にならない。利津は傷ついているが、その視力は生半可な代物ではないのだ。

早く落ちろ。水が垂れ続ける、真っ黒になった自身の神衣を見ながら、零香は心の中で呟いた。ふらふらしながらも何とか高度を取り戻した利津は、零香を迎撃する準備に入っている。今の状況、火球以外に選択肢はないのだが、それでも充分に必殺の威力を持つのが小憎らしい。

杭を構える。隙をつき、カタパルトシューターで打ち込めば、高確率で落とせる。口に入ったまずい水を吐き捨てると、零香は太陽を敵の背にしないよう慎重に位置を取り直し、そこで気付く。利津が術を発動する態勢に入っている事を。位置を知られたと気付くのと、足が動くのはほぼ同時。全速力で走って逃げながら、利津へと杭を叩き込む。同時に寸分違わず零香に火球が飛んでくる。一つは中途で撃砕するが、残りは次々に周囲で炸裂、至近で爆裂した一つが零香を吹き飛ばした。

十メートルか、二十メートルか。容赦なく吹き飛ばされた零香は、背中から木に叩き付けられ、それをへし折って転がり、川に落ちた。川から上がった後の水滴が陽の光に反射して、点々と続いて零香の位置を特定させたのだと、それで気付く。激しい痛みに遠のきかける意識をなんとかつなぎ止め、自身を叱咤すると、水面へと泳ぎ、顔を出す。やっぱり美味しくない空気を思い切り吸うと、利津の姿を探した。

すぐに利津は見付かった。動きは遅いし目立つのだから当然だが、しかしさっきの位置から移動している。まっすぐ、零香の方へと向かっている。なるほど、火球を相殺されるのは予想のうちであり、残った火球で零香の逃げ道を封じつつダメージを与えるのが主目的だったわけだ。

今の杭によるスナイプは効果を期待出来ない。破片がある程度のダメージを与えた可能性はあるが、可能性に過ぎない。川から上がり、重い体を引きずって、もつれる足をどうにか制御して、必死に距離を取る。背中から火球が飛んでくる気配がする。直撃を受けたらお終いだ。

再び爆圧が、零香を吹き飛ばす。攻守は完全に逆転、再び極めて不利な状況に、零香は追い込まれていた。

 

ぎりぎりと歯を噛む利津。どうにか零香のミスで位置を特定出来たのは良かったが、二回の攻撃で仕留められなかったのは痛い。一回目の攻撃の時、飛んできた杭の破片はベクトルチェンジャーでも弾ききれず、幾つかは利津の体を抉り、一つなどは脇腹に突き刺さった。その破片はまだ刺さったままだ。二回目の狙撃で受けたダメージも決して小さくない。額から流れる血が、何度も目に入り、視界を朱で塞ぐ。集中力が切れ、何度もバランスを崩しそうになる。無言のまま、脇腹に手を伸ばし、刺さった杭の破片を力任せに引き抜いた。ぶしりと、嫌な音を立てて、血が飛び散るのが感じられる。

「はあ、はあはあ……はあ、はあ……っ!」

苦しいのは誰も同じだ。必死に歯を食いしばって痛みに耐える。多分二回の攻撃を凌いだとは言え、零香のダメージも相当なはずだ。同じように痛いはず。同じように苦しいはず。それは慰めにしかならないと分かっているのだが、戦う相手と痛みを共有するという事実は、わずかに苦しみを和らげてくれる。

だが、勝つのは一人だ。

力だけはまだまだ残っている。半分以上はある。問題なのは体の方がもう保たないと言う事で、この辺りふがいなさを感じる。体だってそこそこに鍛えているのに、なんたるざまか。もし零香に会う事があったら、どうやって痛みに耐えているか聞きたい。額の血を拭って、視界が塞がれるのを事前に防ぐ。

煙が晴れてくる。恐らく、零香は近くで最後の攻撃の準備をしているはずだ。利津もそれを受けて立つ。

零香がどんな苦しみを背負っているのか、利津は知らない。どんなものが好きで、どんなときに笑って、どんなときに怒るのかも知らない。友達は多いのか、優しいのか厳しいのか。父さんはどんな人で、母さんはどんな人なのか。利津の両親のようなろくでなしでなければいいのだがと、他人の事なのに心配もしてしまう。知らない事なのに、空想は広がるから不思議だ。

知らない事ばかりの零香。戦っている白虎の神子。何も知らない彼女だけれど、知っている事も一つだけある。

二人の立場は対等であるという事だ。何から何まで、絶対的なまでに。

利津は感謝する。神子相争に参加出来た運命に。

総合的に見れば絶対的に対等な、五人の戦士の一人になれたのだから。

「はああああああああっ!」

血の混じった汗を弾くかのように、利津の全身から膨大な力が吹き上がる。零香は遠くまで逃げる余裕など無かったはず。それならば、どちらが耐え抜くかの根比べになる。用意する術はフェニックスチャクラム。利津が零香を吹き飛ばすのが早いか、零香が利津の息の根を止めるのが早いか、どちらかだ。

陣地を確保するためだけではなく、居場所が分からない近くの敵を確実に仕留めるためにも、この術は大いに役立つ。難点は隙だらけになる事だが、それももう良い。零香より先に死ななければ、それでいい。

利津の手中に、巨大な炎の渦が出来上がる。

 

零香は残る力を振り絞り、煙上がる森の中立ち上がった。見上げる先にいるは利津。そして用意している術は、火球ではない。あの周囲を纏めてなぎ払う術だ。なるほど。狙いが分かった。

多分、こういうのを、世間一般には漢らしいとか言うのだろう。面白い。受けて立つ。どのみち、もう他に手は無い。それならば、武人としての本能に任せ、ベストを尽くす!

倒れかかってくる木を片手で受け止め、掴んでひねる。瞬間のスナップで、丁度いい長さへへし折る。そのまま振り回し、根の辺りをクローでそぎ落とした。ばらばらと落ちる土が付いた根の中で、零香はじっと立ちつくす。

黒い水にまみれ、炭だらけになって、立ちつくす零香は決して格好良くない。空には一秒ごとに密度と大きさを増す炎の輪。零香は近くの地形を素早く把握、乱れたままの呼吸を、最大速度で整えていく。目を閉じる。暗闇の中に差す光明。

「はああああああああああああああああっ!」

息を吐きながら、目を見開く。光に覆われる視界が、すぐに定まる。残った力を全部つぎ込んで、杭を抱え込んだまま走る。石を一つ蹴り加速、二つ蹴り跳躍、更に倒れかけの巨木の幹を蹴り、身を宙へと踊らせる。そして、頭上に迫る太い枝を蹴り抜きながら、ミサイルと化した杭を、利津へと投擲した。

杭はライフル弾よりも早く、大陸間弾道弾よりも力強く飛んだ。

同時に、利津が最高にまで高めたであろう火術を解き放つ。

失速した零香は、力無く地面に着地、利津に杭が突き刺さるのを見た。どう見ても致命傷だ。そのまま、ゆらりと背中から倒れ込む。ひょっとしたら、態勢を低くしていた方が、長く生き残れるかもしれないから。

落ちてくる利津の像をかき消すように、炎の術が炸裂。途轍もない火力が、零香に殺到してきた。ガードなど何の役にも立たない。吹き飛ばされながら、零香は幸運を祈った。灼熱が、全身を焼き溶かしていった。

 

ベットの上で身を起こす。体は熱くもなく冷たくもなく、汚れてもおらず綺麗でもない。ただ、とても疲れていた。

自分が負けた事を、零香は悟った。不思議と悔しくはない。以前淳子との戦いで、同じようなパターンで勝った事があったし、それが何度も続くなどと思うのは傲慢だ。だから、別に負けても悔いはない。溜め込んだ幸片もあるのだし、全てに絶望するのは早い。

「惜しかったな。 負けるときも、常に食らいついていく姿勢は流石だ」

「ううん、今日はこっちもミスが多かったし、誇れないよ」

「ミスを尽くリカバリーしていたし、充分だ。 後0.三秒で零香が勝っていたのだし、それに相手の新しい術を二つも見る事が出来たのだ。 充分な結果だとも」

草虎はいつも前向きに考えるように、零香を誘導してくれる。零香にとって師匠と呼べる人は少ないが、草虎はその一人だった。

岩塩のスティックを取りだして囓る。囓りながら、零香は胸の内を漏らしていた。

「人はいつから大人になるのかな」

「……零香はどう思う?」

「分からない。 多分子供が出来ても、力を付けても、技術をつけても、大人にはならないんだと思う。 現にわたしは、それなりに力を付けてきたのにガキのままだし。 分家の人達だって、体ばっかり大人になって、心は一番悪い子供の部分が強すぎるよ」

「そうだな。 私はこんな風に考えている。 大人という言葉の定義は、決して決まってはいない。 だから、尊敬出来る大人を見つけて、その人の良い所だけ取り入れていけばいい」

確かにその通りなのだろうと、零香は思った。その良い所だって、判断するのは結局自分だ。結局の所、自分が強くなるしかない。少しでもましな未来を掴むためには。

今日戦った利津は、どんな風な事を考えているのだろう。窓を開けて、星降る夜空を見る。

春の夜空は寒くはなりきれず、また温かくもなく。今の零香のようであった。零香は窓を閉じると、決意を固めた。

「父さんと、そろそろ真っ正面からぶつかってみる」

「……そうか」

「父さんが、何故あそこまで強さを求めているのか分からない。 どうすれば強くなれるのだって。 でも、一つ分かっているのは、多分実戦形式の組み手なら、相手が居た方が早く強くなれるって事。 わたし、充分力も付いた。 もう父さんの相手になれる」

性質の違う強さが、どれだけ新しい考えを引きだしてくれるか、神子相争で思い知らされているからこそに出た考えであった。

胸の前で広げた右掌に、左拳をぶつける。パンと軽い音がした。軽い音だが、重い決意が籠もったそれは、零香の前進を暗示しているようであった。

 

4,希望の一片

 

幸片を全て使った翌朝の事であった。珍しく早く起きてきた蘭子が、佐智が作った栗鼠を眺めていたのは。

頬がこけたねえちゃんは、気配を殺してみている利津の前で、栗鼠をしげしげと眺めていた。彩色が済んだ栗鼠は、まるで生きているかのようであったが、何処か気に入らない様子でもあった。

やがて彼女は何を想ったか、机に紙を広げて、さらさらと何かを書き出す。こっそりそれを見に行った祭雀は、蕗の薹が入った袋を持ったまま息を殺している利津の所に戻り、告げ口するかのように言う。

「絵書いてる。 結構上手いよ、らんちゃん」

「……たった、これだけの事、ですの?」

「いや、使った幸片の量が量だ。 きっと凄く大きな事が起きるよ。 心の準備、しておくようにね」

「分かりましたわ」

利津に出来る事と言えば、音を立てずにその場を離れる事だけであった。やがて蘭子は車いすを転がして自室に戻り、居間は静かになった。残った絵は、栗鼠の絵であった。正直かなり上手い。絵よりも、その芸術的なポーズが実に素晴らしい。利津は目を細めて、ねえちゃんの絵画に、僅かな時間だけ見入っていた。

「ねえちゃん、少し楽しそうでしたわ」

「そうだね。 でも、画家として喰っていくだけのセンスは残念ながらないねえ」

「……そう、ですわね」

蕗の薹を洗いながら、利津は祭雀の言葉に受け応える。或いはコレが幸片の結果ではないのかも知れないと思いつつ、素早く春の山菜を切り分けていく。目を擦りながら起きてきた佐智は、寝ぼけて利津をママと呼んで吹き出させた。

慎ましい朝食が終わり、佐智の手を引いて学校へ向かう。その途中、利津は黒いスーツの頭が禿げ上がったおじさんが、家の方を見ている事に気付いた。そのおじさんが、かなりの力を持つ能力者だと言う事にも。弛んだ体をした中年だが、一目で分かる。相当な使い手だ。

いつの間にか強く手を握っていたので、佐智が弱々しく抗議の声を上げる。

「お姉ちゃん、痛い」

「あ、ごめんなさい、佐智」

「ううん。 誰、あのおじさん」

利津の方が聞きたい。祭雀は知らないと言うサインを、体をぴかぴか青く光らせる事で示してきた。

此処暫く悪霊を退治し続けたのが、何処かから伝わったのかも知れない。そう思っていられるのは、昼休みまでであった。

 

丁度昼休みが始まると同時に、利津はそのおじさんから呼び出しを受けた。不快にならなかったのは、方法が洒落ていたからだ。昼休みになり、体操着に着替えた利津は、外で走り回ろうとして足を止めた。目の前を虹色の鳥が旋回していたからだ。半ば透けているそれは、術で作ったものに間違いなかった。

自分以外の能力者と生で出会うのは初めてであった、という事もあるし、利津は迷わず誘いに乗った。鳥を追って走り始める。すぐに祭雀がついてきた。

「行くの? りっちゃん」

「ええ。 悪意は感じられませんし、いざというときは丸焼きにしてやりますわ」

「それは怖いな」

聞こえるように言ったのだから、返事が聞こえて利津は心中でにやりとしていた。あくまで平常心のまま視線をずらし、車から降りて手に鳥をとまらせた、さっきのおじさんに意識を集中する。

「失礼な事をしたね。 私は田沼。 美術品の収集家をしている」

「……美術品の収集家? わたくしは赤尾利津。 見ての通り、多少術の心得がある小学生ですわ」

「謙遜を。 多少、どころではないだろう」

田沼の掌の上にいた鳥が消える。見たところ、攻撃系の術ではないようだ。ゆっくり視線を利津の顔に合わせながら、田沼は良く訓練したらしい頬の筋肉を使って、感じの良い笑みを作る。

「後で話がしたい。 近くの喫茶店で待っているから、学校が終わってから来て貰えないか?」

「いや、それは無理ですわ」

「どうして? 悪い話では無いと思うのだが」

「それは聞いてみないと何とも言えないのですけれども。 わたくし、これでも忙しいんですの。 家に帰れば家事もあるし、妹の世話だってありますわ。 だから、話があるのなら、今、ここで、承りますわ」

少し考え込んだ後、田沼は言う。

「分かった。 それでは単刀直入に言おう」

「はい」

「君が作った道具を売って欲しい。 手始めに、あの結界を作った札を売って貰えないだろうか。 一枚あたり五千円だそう」

「ごっ……!」

絶句する利津。田沼は眉をひそめて、心配した様子で聞き返す。

「安いかい?」

「と、と、とんでもありませんわ! 売ります売ります、今売ります! 余った奴、全部上げます!」

「りっちゃん……」

五千円あれば、アイスが一体幾つ買えるのか。一万円なんか此処暫く触った事もない。とても寂しい計算をしながら呆れる祭雀を押しのけた利津は、少し舌を縺れさせながら言った。

「黙って祭雀! あ、あの、どうしてそんな高値で、あの札を?」

「私はね、単なる美術商じゃない。 実際に術が掛かっていて、きちんと使える美術品を専門に扱っている人間さ。 政府を相手に商売する事もあるし、単なる好事家がお客さんになる事もある。 それで、実際に優れた力を持つ君の結界を見て、札を頂きたいと思ったのさ」

「……それにしても、どうして」

「私はこれでも力が多少あるから、質が悪い悪霊に取り付かれたり、酷い目に遭う事も少なくないんだ。 無論大体どうにか出来るんだが、何日か前、此処を通りかかったとき、しつこく取り付いていた悪霊が不意にいなくなってね」

心当たりがある。数日前の修練で、ふらふら寄ってきた大物を焼いたのだ。十体以上の怨霊が寄り集まったレギオン体(集合霊)で、凄まじい絶叫を上げながら燃えていったから良く覚えている。他者に修練を見られたとは思っていなかったが、こういう形で自分に辿り着かれるとは意外であった。

「そして、彼方此方探しているうちに、とんでもなく強力で複雑な君の家の結界を見つけたのさ。 すぐに取引を終わらせて、さっき飛んできたんだ。 この結界を作った札なら、絶対に高値になる。 専属契約を、結ばせて貰えないだろうか。 この通りだ」

「……」

「チャンスだよ、りっちゃん。 ねえちゃんの手術代、用意出来るかも知れないよ」

田沼はずっと頭を下げている。幸片の効果だと言う事も実感出来る。だが、一枚五千円だとすると、数千万稼ぐには一万枚以上を作らないと行けない。家の結界維持にも裂かなければ行けないし、何より札一枚を描くのにそれなりに力を消耗する。使いすぎると神輪に溜める力もなくなるし、実戦訓練も出来なくなる。あまり、馬鹿な条件を出すわけには行かない。利津は考え、必死に思考を練り、幾つかの案を論理的に纏めていった。

「分かりましたわ。 ただ、幾つか条件を出させてください」

「勿論。 なんなりと」

「札は其方の言い値通り一枚五千円で結構です。 ただし、生産出来るのは一日二枚までです。 それ以上は色々な事情から、お渡し出来ません」

「おお。 それで此方は問題ありません」

「それと、もう一つ」

敢えて言葉を切って、利津は田沼の目を見る。ここからが本番だ。

「札以外にも、実際に術の力がこもっていたり、動いたりするモノを作る事が出来たら、買い取って頂けますか?」

「ふむ……」

「品次第では、数百万の値も付けたいのですが」

利津は自分が知っている最大級の金額を口にしたのであったが、隣で祭雀が緑色に発光して、人間で言う所の「頭を抱えて」いた。実のところ、これは田沼の思うつぼだったのである。田沼の表情で利津はそれに気付いたが、後の祭りであった。

「分かりました。 少し割高になるかも知れませんが、それで此方は構いません」

「契約書はわたくしが書きますわ。 サインは、これで」

「お……これは面白い」

利津の指先に炎が灯る。以前祭雀に暇つぶしと訓練がてらに教えて貰った、サイン代わりの焦げ後を作る炎だ。同じ術者が作った焦げ跡は絶対に他者に再現出来ず、そのためかなり広く使われているそうである。……極少数の、術者の間で。

学校のチャイムが鳴る。アドレスや他さまざまな事項を確認し、手持ちの札七枚を買い取って貰って、利津は学校へ駆け戻る。

一日一万円とすれば、二十年で七千三百万。遠いようだが、これに色々な何かを作れば、きっと未来が見えてくる。ねえちゃんの精神荒廃は絶望から来ている。手術が上手くいけば、絶対にねえちゃんは優しいあの頃に戻ってくれる。

笑顔が零れる。スキップを無意識で踏んでしまう。暗闇しかなかった前途に、僅かな光が見え始めたのだ。当然の事であった。田沼に足元は見られたが、利津の目的は手術費だけだ。だから、別に良い。これでいい。

「行きましょう、祭雀!」

「そうだね。 先へ行こう」

ぱたぱたと走り抜く利津。学校はもう、すぐ其処であった。初めて具体的に見えてきた希望の光が、利津の全てを明るくさせていた。

 

(続)