その化石を組み立てよ

 

序、謎の歯

 

ヘリコプリオン。

長い間、学者を悩ませた存在である。

そもそもこの生物は、種としては鮫に属する。そして鮫は軟骨魚類であり、頑丈な歯以外は化石に残りにくい。

そしてこの鮫は。

丸鋸のような、異常な形状の歯だけが化石として残った。

これが鮫の歯だと言う事は分かっていた。

だが、この歯をどう活用したのか。

そもそも顎の何処についていたのか。

鮫はどういう大きさだったのか。

何一つとして分からず。

復元は困難を極めた。

奇怪な化石だが。

固有種という訳でも無く、それなりに世界に拡がっていた種であることが分かっており。

日本でも見つかっている。

また、この種は6000万年ほど生存しており。

そういう意味でもかなり長寿の鮫である。

詰まるところ。

この丸鋸のような歯が。

きちんと口の中で機能していて。

種として堅牢だった、という事を意味している。

現時点ではサイズは三から四メートルというのが主流の説となっているが。

何しろ化石が残りにくい軟骨魚類である。

復元は苦労に苦労を重ね。

一時期は三十メートルなどと言う復元例もあったようだ。

勿論こんなサイズの鮫は、鮫の登場以来出現していない。

流石に無理があったと判断したのか。

今ではこのサイズの復元は取り下げられている。

まあ、こんな説が出るくらい、訳が分からない。

現有種には似たものがいない、不思議な体の構造をした鮫だった、という事である。

なおこの特徴的な歯は。

現在は下あごの奥にあったと結論されていて。

これで切り裂くようにして、獲物を食らっていたらしい、と言う事が分かっている。

螺旋状に巻かれる歯は。

古いものほど内側に入り込むらしい。

兎に角珍種と言える鮫だが。

しかしながら、6000万年を生き延びているという時点で。

人間なんぞよりよっぽど歴史のある生物である。

また世界中に拡散していた事からいっても。

相応に遊泳力があり。

生物としても優れていた。

珍種というのは、そういう意味では。

的外れな評価なのかも知れない。

少なくともこの鮫は繁栄し。

海の中で一定のニッチを占めた。

それに間違いは無いのだから。

私は論文を確認している。

どうやら新しい種のヘリコプリオンが見つかったらしく。

その化石についての論文である。

かなりの大型種で。

どうやら全長五メートル程度にまで成長したようだ。

五メートルというと、流石に魚竜や首長竜の大型種から比べると小柄だが。

現在一番有名なホオジロザメと大体互角の大きさである。

鮫にはもっと大きなものもいるが。

肉食の獰猛な鮫となると、これくらいが適切なサイズだろう。

実際問題、かのメガロドンは。

実のところシャチに食い尽くされて滅びたのでは無いか、という説まで上がって来ているほどで。

見た目ほど鮫は強い生物ではないのである。

鮫が重要だったのは。

強すぎもせず。

弱すぎもせず。

生態系の上層に食い込み続けた事であって。

決して頂点を狙わず。

ずっと丁度良い所にいた、と言うことにある。

この新種のヘリコプリオンは、恐らく同種では最大だろうが。

それでも生態系のトップには入れなかっただろう。

そういうものだ。

そして生態系のトップというのは、環境が変わると一番最初に影響を受けて滅ぼされる。地球そのものに、である。

鮫は長い長い時間地球に生きてきた生物だ。

生態系のトップに行かなかった事が。

その秘訣であったのだろう。

「この論文、面白いですわね」

「久々の大型種ですね」

「私も中途半端なサイズの生物ばかり扱うわけではありませんわ」

「分かっています」

AIに応じると。

学者と連絡を取るように指示。

ヘリコプリオンの研究はそれなりに進んでいるが。

別に学者が多数いる、というほど人気のある分野でもない。

鮫についての研究をしている人間の中で。

たまにヘリコプリオンの研究をする者もいる。

そのくらいだ。

今回の論文を書いた学者については名前を聞いたことがある。

絶滅種の鮫を研究している学者で。

そこそこの中堅所。

以前、論文を読んでいて名前が目立ったので、覚えていたのだ。

今の時代、学者になれる人間は珍しくないので。

覚えていた相手はあまり多くは無い。

今回はレアケースである。

なお、残念だが。

まだ一緒に仕事をしたことは無かった。

ほどなく連絡を取れる。

相手については知識もあるし、調べてあるので、さほど不安感は無かった。以前色々失敗したので、事前に調査をしてから連絡するようにもしているし。予防策も講じている。

また最近は、医師の言う通り負荷分散をしたのが生きてきて。

ストレスも目立って減ってきていた。

流石にゼロとはいかないが。

それでも以前ほど酷くはない。

このまま体の負担を少しずつ小さくしていって。

やがて、健康体と完全に胸を張れるようになりたいものだ。

相手の学者と仮想空間でミーティング。

相手はヘリコプリオンのアバターを使うかと思っていたのだが。

どういうわけか、世界的に人気があるテディベアのアバターだった。

この手のアバターはキャラクターグッズの一種として発売されていることが多く。

公式の品として使っている人はいる。

多くの人は手作りのアバターを使う事が多く。

それが簡単にできるのが今の時代なのだが。

しかしながら、公式グッズを愛好する人間には。

敢えて有料のアバターを利用している人もいるのが実情だ。

軽く挨拶をしてから、論文の話をする。

ヘリコプリオンについては、近年はもっぱら歯では無く、体の構造についての研究が進んでいるらしく。

如何にして切り裂いた獲物を消化するかとか。

卵胎生だったのかとか。

そういった事に、研究の重点が置かれているようだ。

なお勘違いされがちだが。

鮫は全てが卵胎生ではない。

卵生の鮫も存在している。

ネコザメなどはそうで。

海底に極めて頑強な卵を産むのだ。

一方で、古くから存在する魚であるシーラカンスが卵胎生であるように。

別に卵胎生は「進化した」生態でもなんでもない。

哺乳類が「進化の頂点」にいるわけでもなんでもないように。

結局の所、人間が錯覚していることは多いのだ。

論文についての契約は、AI同士が行う。

私達は口を挟む暇も無く。

見せられた契約に同意するだけ。

此処で人間が文句を言うこともあるが。

この手の契約は法整備されていて。

今時人間が口を挟む余地は殆ど無いし。

契約によってどちらかが損をすることはほぼ無くなっている。

人間は基本的に法を如何に破るかに頭を使う生物なので。

AIが徹底的に法整備し。

人間が考えそうな抜け穴を徹底的に既に潰し終えた後なのである。

「はい、これで問題ありません」

「もしもシミュレーションで問題が発生したら、すぐに連絡いたします。 その時は対応をお願いいたします」

「分かりました」

握手。

それで解散。

これで論文を使用する準備は整った。

すぐに会議に掛ける。

鮫については、今まで何度もアップデートはしてきている。

何しろ古い生物だ。

そして完成しているが故に。

古い生物でありながら。

今でも海で繁栄している。

作成には敬意を払わなければならないだろう。

勿論ヘリコプリオンも以前導入したことがあるが。

これよりも小型の種類だった。

「今回のヘリコプリオンはかなりの大型種ですのだ」

「作りがいがありますニャー」

「頼みますわよ、みなさん」

まあ、この時点では何ら問題は存在しない。

この間の水族館とのコラボ以降、特に負担の大きい仕事も来ていないし。

大きな黒字が出ていない一方で。

大きな赤字も出していない。

ただ、そろそろ新しいコンテンツを出すべきで。

ヘリコプリオンはその印象的な姿からして、最適ではあった。

すぐに社員達が作業に取りかかる。

私はCMを作り始めるが。

AIに警告された。

「まだ本調子ではありませんし、休憩をもう少し入れるようにしてください」

「分かっていますわ」

「甘いものを適度に摂取なさると良いでしょう」

「ああ、丁度良いし仕入れてきてくださいまし」

ロボットが頷くと。

買い物に出かけて来る。

私は小さくあくびをすると。

適当な所で作業を切りあげ。

まずい薬を飲んで、カプセルで休む。一時間休むだけでも随分と負担の減少が目に見えて分かる。

一方で、まだまだ薬を手放せないのも分かる。

私は適性があるから社長をやっているが。

そもそも本来企業のトップは相応に負担が掛かるものだ。金だけ奪って、左うちわで好き勝手やっていられるものではない。

一時期の地球人類は、そんな事さえ分かっておらず。

あげくにトップの身勝手のために末端の社員に理不尽な負担を強いた。

その結果、文明レベルで崩壊しかけたが。

それは過去の話である。

まあ万物の霊長などと言う噴飯モノの自称をしていた時点でお察しだが。

少し休み。

ココアを飲んで。

作業に戻る。

黙々とCMを作成していると。

メールが飛んできた。

優先度はそれほど高くないが。

確認すると、無視し得ない事が書かれていた。

ニュースになっている。

エンシェントが、である。

すぐに法務部に連絡。

詳細を確認する。

それによると、ニュースの内容は以下のようなものだった。

エンシェントはワンマン体制であり、今までに多くの問題を起こしている。

コンテンツも偏っていて、経営は査察とは裏腹に問題だらけだ。

また客の言葉を聞くつもりもないらしく。

今までのアンケートの内容が、コンテンツに反映されていない。

これは動物園と呼ぶに値しない、個人的な趣味を反映しただけの施設であって、客商売をしているとは言えない。

このような仮想動物園は潰れるべきである。

また随分と攻撃的な内容だ。

調べて見ると、ネットメディアの大手の記事だった。

マスコミが滅びてから、ニュースはネットメディアが担うようになったが。

これは簡単な理由で。

質が大して変わらなかったからである。

有料のマスコミと。

無料のネットメディアでは。

品質が同じなら、無料の方が勝つに決まっている。

まあ今更ネットメディアの言う事を丸呑みにする輩はそれほど多くは無いだろうが。此処までの挑戦的な記事を書いたと言う事は。

余程エンシェントに恨みか何かがあるのだろう。

いずれにしても対応をしなければならない。

場合によっては当然法的措置を執る必要がある。

だが、私が動くわけには行かない。

「すぐに対応を。 場合によっては法的措置を」

「分かりました。 ただちに」

法務部の人間だけならともかく。

AIもついている。

まあ任せて大丈夫だろう。

それにしても、今までエンシェントを馬鹿にする声はあったが。

此処まで敵意を剥き出しにした記事は初めてである。

なにか恨みでも買ったか。

思い浮かべたのは、ウミサソリの時に揉めた学者だが。

彼奴は確か、法的な監視を受けていて。

此方にネガキャンしたら、即座に通報が来るようになっている筈である。

だとすると違うと判断するべきか。

しかしながら、そうなると誰が原因なのか、思い浮かばない。

小首を捻っていると。

程なく、メールが続けて来た。

どうやら、例の記事を書いたネットメディアの記者らしい。

随分と大胆なことをしてくる輩だ。

ただ、私のメールアドレスを嗅ぎつけてきたわけでは無く。

法務部にメールを送ってきて。

それが転送されてきたようだが。

「如何でしたか、客観的な視点によるエンシェントの記事は。 これについて色々と話をしたいので、一度話し合いの場を設けたいのですが」

「無視した方がよろしいかと思います」

AIは即答。

私もその時点では無視するべきと判断。

法務部に、そうするように伝えた。

まあわざわざこんなのを相手にする事も無いだろう。

この手の輩は古くからいるし。

いちいち相手にしていても時間の無駄。

そればかりか、労力の無駄だ。

さっさと忘れて。

次の作業に取りかかろうとすると。

今度は重要度高でメールが飛んできた。

またか。

法務部からだが。

流石にいい加減にして欲しい。

「何ですの?」

「まずいです。 すぐにメールを確認してください」

「……分かりましたわ」

何があったというのか。

調べて見ると、例の記者からのメールである。

内容は脅迫だった。

何でも、エンシェントのコンテンツの一部に、法的に問題があるとかで。

取材に応じなければ、告発するというのである。

なるほど、これは。

明確な恐喝だ。しかも、合法的な、である。

勿論鵜呑みにせず、詳細を調べる必要がある。大手メディアからのメールである事は、内容を確認して間違いない。裏付けも取った。つまりネットメディア大手が、脅迫行為に出ているという事だ。

マスコミもカスだったらしいが、ネットメディアも大差ない。

目を細めた私に。

法務部は言う。

「法改正が行われたのがつい先日です。 例の水族館の件で……」

「ああ、ありましたわね」

「それによって一部の法に変更が行われ、まだエンシェントのコンテンツの一部に未対応の部分があるとか」

「すぐに対応を。 確か猶予期間があった筈ですわ」

法務部によると。

問題はそれだけではないという。

このプログラム改正、かなり面倒な代物らしく。

相当な工数が掛かる上に。

告発された場合、裁判には必ず応じなければならないとか。

舌打ちする。

要するに、法を悪用しての金儲けだ。殆ど小遣い稼ぎの気分でやっているというわけである。

まあ昔の大手マスコミも、金儲けのためなら人権を平気で蹂躙していたらしいし。

マスコミもネットメディアも、本質的にはならず者という訳だ。

ならば、ヘリコプリオンよりも先に、此方にマンパワーを割かなければならないだろう。

「会議を行いますわ。 資料を揃えておくように」

「分かりました」

勿論脅迫に屈するつもりはない。

緊急事態として、即時対応しなければならない。

すぐに会議を開き。

状況を説明。

驚くプログラマー達に、

最優先事項を告げて、其方に全力投球するように指示。

確かに実際に犠牲を出した事例なのだ。

仮想動物園とは言え。

法改正に対応しなければならないのは事実だろう。

すぐに対応を開始させる。

私はと言うと、学者に連絡。正直に状況を告げて、アップデートの日時が遅れることを説明。

向こうは驚いたが。

そんな事情があるのならと、納得してくれた。

さて、此処からだ。相手の恐喝に乗らなければ、当然相手は告発をしてくるだろう。

裁判に負けた場合、慰謝料を取られることも覚悟しなければならない。

速攻で動かないと、損害が出る。

それも、相当な、だ。

所詮は情報屋か。

今も昔も腐りきっている。

マスコミが死んだのは当然だが。

その鬼子も大して本質は変わらない。

嘆息すると、私は。

総力戦に備えるべく。

頬を叩いて、気合いを引き締めていた。

 

1、法を悪用する生物

 

本当に申し訳ないことだが、プログラマーには作業をして貰う。全てのマンパワーを、対策に振り替える。

同時に私は法務部に指示し。

恐喝してきたネットメディアに対して、全力で対応するように指示。

私自身は、プログラミングに参加。

勿論現場の事を知らない社長など何の役にも立たない。

私も総合支援くらいは出来る。

現在問題になっている箇所の洗い出しは済んでいる。

タスクの割り振りもしかり。

その一部を私が引き受け。

プログラミングを行う。

文字通り猫の手でも借りたい状態だ。

本当だったら、猶予期間はまだあったのに。

こんな隙を突いてくるとは、色々と厄介な輩である。

しかも今回のプログラム更改は。

官給のパッチを当てれば一発解決、などという簡単なものではない。

何しろ貴重な動物を多く死なせたプログラムと、それに関連するものの一斉更改である。うちで使用しているプログラムにも該当箇所は、少なからず存在している。

それらを洗い出すのまでは難しくない。

問題は修正と。

その後のシミュレーションだ。

プログラムを変えれば、当然のことながらバグが出る。

支援AIが見つけてはくれるが。

それでもどうしようもない。

こればっかりは、今も昔も仕方が無い事だ。

むしろバグが一切無い方が怪しいくらいで。

そういうときこそ、より致命的なバグが潜んでいたりするのである。

修正プログラムを組んで、流すまでに二日。

法務部が対応を続けるのにも、当然時間的に限界がある。

ただし、法律上の作業規定時間も存在している。

AIの支援を受けても。

かなりギリギリだ。

当然この手の嫌がらせをしかけてくる相手だ。

此方の労働状況を告発、何て事をやってくる可能性も大いに考慮しなければならない。

本来は何ら問題ない事だったのに。

それを裁判沙汰にしてくる。

誰も困っていないし困らないのに。

それを針小棒大にしてくる。

これは昔。

古い時代、弁護士が余っていた頃。

救急車の後ろを、弁護士が列を成してつけ回した、何て話があるが。

それを思い出させる。

弁護士は裁判を勝たせるのが仕事、などという寝言である。

弁護士は裁判で法が正しく執行されるようにするのが仕事であって。

法をねじ曲げてまで犯罪者を作るのが仕事では無い。

勿論法をねじ曲げて犯罪者を無罪放免にするのも論外だ。

まあそんな事やっていたから。

今はAIに仕事を取られて、弁護士は存在しなくなったのだが。

それでもなお。

法をこうやって悪用しようとする輩は出て来る、と言うわけだ。

ため息をつきながら。

それでも手を動かす。

進捗を見ながら、タスクを割り振る。

作業速度にはどうしても差が出る。

それぞれのタスクの進捗はリアルタイムで上がってくるので。

私が指示を出して。

手が開いている人間に、タスクを任せる。

タスクはAIが組んだので、極めて合理的だ。

間違えようがない。

また、現在はプログラマーは基本的に催眠教育を受けてから仕事に就く。それは私も例外ではない。

だから個人性能差は出るが。

知識差は出ない。

作業を徹底的にこなしていき。

タスクを順番に処理。

結合試験も実施し。

シミュレーションも行う。

何とか作業時間内にあらかた片付くが。

敵側も動きが速い。

どうやら、此方の対応速度を見越して。

裁判所に告発をしたらしかった。

此方が恐喝に乗ってこないと判断したのだろう。

狡猾極まりないやり口だ。

法務部が対応をしている。

まず恐喝が先にあった事。

事前に調べた上で時限内に終わるよう修正プログラムを組んでいたのに、法的な陥穽を利用してきた事。

ネットメディアでの告発記事も全てその布石だったこと。

これらを証拠つきで提出する。

勿論裁判用の資金は出す。

プログラムの修正完了。

後は全員にシミュレーションを徹底的にやらせて。

おかしな事が起きないかを確認。

バグ取りも実施させ。

更に念のため、同じ事が起きたときの対応マニュアルも作成させておく。

労働時間が法律違反に達するとAIに警告を受けたので、休む。

しばらく休んでいると、メールが来る。

法務部からだった。

メールを見るだけならいいだろう。

どうやら、ネットメディアは徹底的に争う姿勢らしい。

何が此奴らを此処まで駆り立てる。

何処かで恨みでも買ったか。

少し調べさせると。

理由が分かった。非常にくだらない事だった。

少し前に、別の仮想動物園に似たような事をしかけて。

其処ではスタッフの数が足りずに対応失敗。

罰金を取られたらしい。

しかもそれによって、ネットメディアはアクセス数を稼ぎ。

センセーショナルな記事で耳目を集めたとしてスポンサーよりたんまり報奨金を貰ったとか。

なるほど。

成功体験が、強気の行動を誘発したのか。

ならば此処で。

徹底的にその成功体験を打ち砕いてくれる。

そして、連中がやらかしたことを。

後悔させてやる。

メールを閉じると、眠って英気を養う。

プログラマー達も今頃は自宅で疲れ切って眠っていることだろう。流石に頭をフル活用したのだ。

後は法務部に対応を任せる。

何、此方は出来ることはしている。

向こう側の対応はずさんだった。

今も昔も。

所詮はブンヤだ。

スポンサーがつくようになると。

人間の命なんてどうでも良いと思うようになるし。

金さえ稼げるなら嘘でも平気でばらまくようになる。それがブンヤというものなのだから仕方が無い。

だが、屈してやるつもりはない。

死ね、というだけである。

休憩を取り。

そして法務部に確認。

今時、裁判の結果はすぐに出る。

此方は対応が早かった事もある。

結果は、勝訴、だった。

 

ネットメディアに対しての反発がSNSで始まっているという。

エンシェント側から、今回の件について全ての情報を公開。勿論裁判所に許可を取った上で、である。

今回の叩き記事を書いたネットメディアはスポンサーに見放され。

四日後にサイトを閉鎖した。

今の時代、情報を扱う人間は、何をやっても許される、などと言うことは無い。

知る自由があると同時に。

嘘を言ってはいけない法もあるからだ。

少なくとも今回、潰れたネットメディアは、金儲けのために嘘を吐き散らかした訳であって。

その行動によって潰れたのは、自業自得とも言えた。

ただ、此方の傷も小さくは無かった。

まずせっかく新しいコンテンツとして用意していたヘリコプリオンのアップデートが遅れることが確実になった。

今回の件でプログラムの更改だけでは無く。

バグ取り。

シミュレーション。

それらにしばらく時間を取られるからだ。

流石に目立つ部分はAIが既に修正済みだが。

極めて細かい部分まで目を通すと。

まだまだバグは残っている。

これだけ大規模な修正を掛けたのだから当然で。

細部に神が宿る以上。

これは仕方が無い工数発生だとも言える。

私は黙々とタスクを確認するが。

普段の半分以下の人員でヘリコプリオンのアップデートを行わなければならなくなってしまった。

これは、少しばかり負担が大きい。

あまり欲は掻きたくない。

金儲けのためにこの仕事をしていると言えばしているのだが。

それ以上に古代生物が好きだからこの仕事をしているのだ。

ヘリコプリオンを可能な限り完璧に再現する事は。

金儲けに優先する。

私は頬を叩くと。

可能な限りの省力化について考えるが。

AIがそれを止める。

「マスター、現場の人間に任せましょう」

「……しかし、今回ばかりは」

「また倒れてしまいますよ。 ストレス値がかなり危険な数値になっています」

「分かりましたわ」

前線の仕事は。

前線の指揮官がやるべきだ。

社長は社長の視点で仕事をするべきである。

事実会議でも、プログラム班は現実的なスケジュールを出してきて。この工数ならいつまで掛かると、きちんとした事実を、実績に基づいて言ってきた。

それに対して無理を言うのが社長の仕事ではない。

出来るようにやらせるのが社長の仕事だ。

社員から絞り取るのが社長の仕事ではないし。

むしろ社員に公平に利益が分配されるようにするのが社長の仕事だ。

個人資産を蓄えても意味がない時代が来たからこそ。

これをきれい事では無く、きちんとしたまっとうな理屈として口に出来る。

個人資産があらゆる全てに優先し。

金さえあればどんな犯罪でも無効化できるような時代に生きていた連中は。

一笑に付しただろう。

しかし貧富の格差が縮まり。

その結果人類社会がまともになった今では。

そんな理屈は過去の醜悪な悪しき歴史の闇だ。

私もそれは分かっているから。

AIの言う事は聞く。

AIは客観的だ。

私を感情的に心配しているわけでもない。

だがだからこそに。

私に取ってもっとも利益になる事を口にしているのである。

AIとはそういうものだ。

古い時代に書かれたロボットのように、人間の友達では無い。

人間にとって、人間を知的生命体にするための道具だ。

だからこそ最も大事な道具でもある。

正論しかいえない。

昔はそれが罵声や嘲弄だったらしいが。

正論は正しいから正論だ。

それを客観的視点から言えるからこそ。

AIは人間にとっての最大の道具になり得た。

それを理解しているからこそ。

私は言うことを聞く。

腹が立つとしてもだ。

しばらく休み、起きては進捗を確認。余裕があったらCMの作成を進める。

ヘリコプリオンは面白い鮫だ。

シミュレーションも、面白い結果が幾つも出てくる。

最初に小型種を導入したときもとても楽しかった。

今回は大型種と言う事で、かなり生態が違う事が予測される。動かしてみたらどうなるか分からない。

それもまた、個人的にはとても楽しみだ。

だから私がまた倒れてしまっては意味がない。

まずい薬を飲んだ後。

ロボット同伴で病院に行く。

病院では、AIが状況を説明。

医者は渋い顔をした。

「適正があるとは言え、まだ無理をしてはいけませんよ。 AIの言う事をきちんと聞いている事だけは立派ですが」

「……すみません」

「まだ薬は減らせませんね。 服用に関しては、AIの指示に従ってください」

「分かりましたわ」

すぐに診察は終わる。

薬も出して貰って、家路につく。

途中クレープ屋が出ていたが。

無理矢理甘いもので疲労を紛らわせるのは避けた方が良いだろう。今日は買うのを止めておくことにする。

自宅に着くと同時に。

見計らったかのようにメールが来た。

内容だけ確認し。

急ぎの用件では無いと判断。

返信は休憩後にする事とする。

私はすぐにカプセルに入ると。体を休めることにした。

最近はこんな事ばかりだが。

しかし、それでも。

私は社長だ。

古い時代の無能な経営者とは違う。

それを証明するためにも。

屈する訳にはいかなかった。

 

夢を見る。

鮫は強い生物のように思われているが。

実際には中堅層である。

現在も。

そして過去もだ。

例えばメガロドンは有名だが。

メガロドンよりも強力な捕食者としてシャチが同時代から存在したし。

首長竜やモササウルス、海棲の大型ワニ類のニッチを埋めた大型肉食鯨類は、メガロドンなど比較にもならない戦闘力を持っていた。

不思議な話だが。

パニックホラー映画では。

メガロドンなど歯牙にも掛けない怪物だったバシロサウルスがほぼ出てこないが。

この辺りはかの有名な鮫映画が原因であろう。

私は鮫の側を泳いでいた。

勿論相手の種によっては自殺行為だが。

これは夢だからどうでもいい。

泳いでいる鮫は。

ヘリコプリオン。

長い間復元が定まらず。

大きさもよく分からず。

酷い場合には三十メートル超などと言う復元さえされた鮫。

口の奥に円鋸のような歯を持ち。

これでエサを切り裂いて食べていた鮫も。

所詮は中堅所。

おそわれる事も多く。

色々な獲物を食べてはいたが。

逆に食べられることも珍しくなかった。

頂点捕食者というのは。

儚い存在だ。

だからこそ、中間に敢えて自分を置くことによって。

命脈を保つ。

その戦略は当たった。

鮫は長く海に居続け。

そして今でも頂点捕食者ではないにしても。

海にて一定の椅子を確保している。

鮫は映画のような凶暴で残虐なだけの生物では無く。

ただの猛獣であり。

最強の生物などでもなく。

普通に食われる事もある程度の存在に過ぎない。

だからこそ。

私にはいとおしい。

頂点捕食者も勿論素晴らしいが。

明確な戦略を持って中間層に位置し続け。

その結果ずっと環境に適応することが出来続けた。

中間層は厳しい試練に常に晒される。

捕食者の脅威。

突き上げてくる下層。

故に常に環境適応を考えなければならない。環境適応できる個体を産み出していかなければならない。

普段劣っているとされる個体であっても。

環境が変化すれば。

状況が逆転する可能性は大いにある。

弱肉強食という言葉は虚しい。

むしろ人間が弱肉強食という言葉を使うときは。

いつも無法を正当化するときだった。

本来弱肉強食などと言うのはそういう意味では無い。

ぼんやり一緒に泳いでいると。

ヘリコプリオンは、上から来た捕食者に一瞬で食われ。

そして沈んでいった。

引きちぎられた体が、更に食い千切られる。

海が血に染まる。

だが、私はぼんやりとそれを見ていた。

夢だ。

だが、何となく、現実との境目が。

曖昧になって来ていた。

 

目が覚めて、起きだす。

状況を確認。

メールをチェックして、必要なものには返信。

ネットメディアのファンらしい人物から脅迫が届いたらしいが。

法務部で対処したらしい。

何でも報道の自由を阻害したとかで。

うちにたいして攻撃する予告をしたそうだ。

勿論即刻対応。

逮捕まで秒である。

この時代になって。

犯罪はほぼ起きなくなった。

人間だけで構成された警察とは、有能さが段違いだからだ。客観性の権化であるAIは、人間を知り尽くしているし、情けも容赦もない。

幸いこの世界でAIは反乱しなかった。

それはとても幸運なことであるのだとも思う。

ともかく、頭を切り換える。

私はその犯罪者の事は速攻で忘れ。

すぐに仕事に掛かる。

進捗を確認すると。

人数が少ないからだろう。

ヘリコプリオンのモデル作成は上手く行ったが。

シミュレーションで随分と手間取っているようだった。

此方から口出しはしない。

現場に任せて。

どうしても無理という状況になったら介入する。

今までもそうしてきたし。

今後も方針を変える気は無い。

ただ、開発機から内容を確認する。

どうも新しいプログラムが導入されてから。

妙な動きをする生物が増えている。

今必死にバグ取りをしている所だから、プログラマー達にああだこうだというつもりはないが。

細部に神が宿る以上。

やはり気にはなる。

しばらく考え込んだが。

やはりこれにプログラマーが気付くことに期待し。自身ではメモだけ取っておくことにする。

指摘は後ですれば良い。

私は黙々とCM第一弾を作る。

だが、CMの大まかな骨子が出来上がる方が。

遙かにヘリコプリオンの問題点が洗い出されるよりも速かった。

それだけプログラマー達が少人数で手間取っている、と言う事だ。

数日は待つ。

進捗は常に此方で確認。

やはり予定より遅れている。

遅れたところで損害はないが。

それが悪しき慣例になっても困る。

ましてや今は、会社が色々と面倒な状況になっている時だ。

労働規定を守りつつ。

なおかつ業績を回復させるには。私が積極的に介入する事も、時には必要になってくるのである。

仕方が無い。

会議を開いて、タスクを分散する。私も少し作業を手伝う。

それを告げると。

プログラマー達は顔を見合わせた。

不満、と言う事だろうか。

タスクについての話をすると。それは分かっているといった上で、私に対して質問をしてくる。

「社長、どうも積極的ですのだ。 普段は殆ど放任主義なのに」

「これ以上負荷が増えるのも好ましくありませんわ。 私の手を貸して多少負荷が減らせるならそうする。 それだけですのよ」

「そう言っていただけると有り難いのですだ」

「……」

どうも引っ掛かる。

ともあれタスクを引き受けて、作業を開始。

AIにジャッジさせ。

特に問題も無かったので。

そのまま作業に移る。

AIが言う。

「恐らくですが、皆マスターの事を心配されていたのだと思います」

「心配される要素がありませんわ」

「そうなのですか」

「代わりなんぞ幾らでもいますもの。 別に私は唯一無二の存在などではありませんわ」

社長の適性持ちなんて。

それこそ幾らでもいる。

なんなら造れば良い。

今の時代、人間は殆どの場合自然分娩で生まれてこない。遺伝子を適当に組み合わせて作られ。

ロボットに育てられて成人になる。

人間全員がデザイナーズチルドレンと言っても良く。

故に生まれに関する差別もクソも無い。

そもそも独立して全員が生きているも同然の状態だ。

別に私はそれほど出来る方でも無いし。

代わりの人材は幾らでもいる。私自身も、別の仕事はいくらでもある。

もしいない場合は、文字通り作ればいいだけ。

事実、そうやって適性持ちの社長が作り出されて。

会社を経営している例もあると聞く。

私は別にどうでも良いが。

或いは、後継者について、考えておくべきなのかも知れない。

「そんな事より、作業支援を」

「分かりました。 シミュレーションを見る限り、改善点がかなりありますね」

「まずはまとめますわよ」

「分かりました」

こういったものは、見つけ次第修正するよりも。

まとめて何がまずいのかの根本を探し。

其処から手を入れた方が早い場合が多い。

今の時代バグ取りプログラムはほぼそういった動きをする。

私もバグ取りプログラムを動かしつつ。

目立つ不具合を修正していく。

順番に不具合を取り除いていくと。

ある一点で、綺麗に動くようになった。

比較的大きめのバグに行き当たった、と言う事だろう。

すぐにメールを送って共有。

情報を共有することは重要で。

これによって作業効率が幾らでも上がっていく。

勿論面と向かって口で言うような事はしない。

そんな非効率な事はしないで。

伝達はAIに任せる。

その方が遙かに相手によく伝わるからである。

作業を黙々とこなしつつ。

ヘリコプリオンの動きにおかしな事がないかを丁寧にチェック。

向こうも面倒くさいと感じるかも知れないが。

それは我慢してもらうしかない。

所詮は電子データ。

そういう人もいるかも知れないが。

此方は電子データとはいえ、世界シミュレーターを作っているのと同じなのである。文字通り一つの世界を作っているのと同じ事であって。

手を抜くつもりは微塵もない。

さっきのバグを取り除いたことで、不可思議な挙動がかなり減った。

それでもまだ変な挙動を少しするので。

其処を丁寧に確認し、まとめていく。

まとめていくと、それによって。

問題の根本が見えてくる。

今度はメールが届く。

別のプログラマーが、大きめのバグを見つけたらしい。

検証してから、バグの修正を行うと。

幾つかあった異常動作が、綺麗に消えた。

頷く。

人間が手探りでバグを探していた時代もあったらしいが。

今は少なくとも、そうではない。

こうやってAIやバグ取りプログラムの支援を受けながら。

人間は総合管理だけをやっていけば良い。

就業規定時間のアラームが鳴るまで。

黙々と私はプログラムの修正を続け。

成果を納品。

後はAIに作業を任せて。

しばらく休む。

頭を使ったところで。

この不機嫌はどうにもならないが。

それでもウチの会社を好き勝手にしようとした下衆を撃退するのには必要な工数だったのだし。

仕方が無いと諦めるしかない。

まずい薬を飲んで。

カプセルで休んでいると。

メールが来た。

ユカリさんからだった。

 

2、鮫と亀

 

ユカリさんとは以前のやりとり以来、連絡を取っていなかったし。

例の仮想空間カフェにも足を運んでいなかった。

今更なんだろうとメールを開いてみると。

記事を書いたから見て欲しい、と言う事だった。

何だ、また悪口でも書いたのか。

そう思ったのは、私がやさぐれているからだろうか。

だが、そもそもユカリさんに裏切られた、と思った事も。

私には大きな心の痛手となっていた。

正直気が進まない。

それでも、半身を起こして、タブレットを取り。

普段は見ないように言われているSNSを起動。

記事を見てみる。

記事を見たのは。

ユカリさんとは喧嘩別れに近い形で関係が切れていたが。

それでもまだ何か、自分に未練のようなものがあったから、かも知れない。

記事は、エンシェント危機を脱するというものだった。

悪質なネットメディアによる攻撃が行われ。

法の隙を突こうとした彼らによって、エンシェントに被害が出るところだった。

だがエンシェントは社長も陣頭指揮に立ち。

この危機を回避。

まだエンシェントは、仮想動物園として、ユーザーフレンドリーなUIを構築できているとは言い難いし。

ユーザーのニーズに合ったものであるとは言い難い。

だが貴重な古代の生物を展示し。

そして常に挑戦を続けている野心的な企業でもある。

今回の事件で、法に微調整が加えられる事が確定し。

悪用をはかった者達は悉く逮捕される事になるだろう。

その過程で生じた被害の補填がどれほど行われるか分からないが。

例え補填が行われなくても。

エンシェントはまた立ち上がり。

高いクオリティのコンテンツを用意してくれることを期待する。

そんな内容の記事だった。

相応の閲覧数があるようだが。

コメントを見てみると。

賛否両論である。

「此処、前にエンシェントに対してクソミソに貶す記事書いてなかったっけ」

「ああ、そうそう。 その記事の後、社長の様子がおかしくなったって噂が流れたよな、確か」

「平等に記事を書くってのを信念にしてるんじゃねーの? よく分からないけどさ」

「まあ何というか、エンシェントが潰れなかったのは良かったよ。 なんだかんだで暇つぶしに見に行くにはいいからな」

そうか。

まあ私も暇つぶしでも何でも良いから。

金を落としてくれればそれで良い。

昔と違って、害悪客への対処はしやすい時代だし。

此方としてもそれほど困らない。

SNSとの接続を切ると、また横になる。

しばらく目を閉じていると。

AIが話しかけてきた。

「そろそろまた働いても大丈夫かと思います」

「ああ、分かりましたわ」

起きだすと。

顔を洗い、歯を磨き。

ロボットに身繕いをさせて。

そしてデスクに向かう。

しばし無心に作業を続けるが。私が休んでいる間に、かなり作業が進んでいた。タスクもかなりの数が埋まっている。

良い傾向だ。

淡々と作業を実施し、私の分のタスクを消化する。

それにしてもユカリさんは。

一体どうしてあんなメールを寄越したのか。

あの人なりに。

うちの会社の事を気にかけている、とでもいうのだろうか。

馬鹿馬鹿しい話だ。

だが、もしそうだとしたら。

いや、今はそんな雑念を抱く状況では無い。

とにかく、作業を進めるのが先だ。

まずはヘリコプリオンがきちんと動き。

なおかつバグをあらかた取り除く。

これが当面の目標である。

メールが来る。

会議を行いたい、と言う事だった。

タスク処理が中途半端な現状。

少し時間は先の方が良いだろう。

その旨を告げて、作業を続行。黙々とタスクを処理し、チャートを確認。かなり綺麗にタスクが片付いていた。

バグもまだあるが。

それも目立って減ってきている。

これは、もう少し頑張れば、バグも無視出来る所まで減るだろう。

元々致命的なバグについては真っ先に片付けてあるし。

今は専門家でも分からない、程度のミスを生じさせるバグを取り除く作業に集中している所だ。

これが片付けば。

事実上一段落である。

その一段落まで行ってから。

戦略の再調整を実施したいのである。

しばし作業を続け。

AIのサポートを受けて、もう一つのタスクを片付ける。

飛んできたメールを見て、バグの処理を此方でも開発機で試し、問題ない事を確認。地道な作業だが。

地道な分だけ応えてくれる。

今の時代は、だが。

それでも、応えてくれるなら、やりがいも出る。

自分の肩を叩くと。

適当なタイミングで会議を招集。

戦略の話をした。

現状のタスク処理だが、私が加わった事でかなり解消され。チャートの進展も予定通りにほぼ戻りつつある。

このまま少し前倒しくらいまで進めて。

それからまた通常通りの状況に戻す。

そう説明すると。

プログラマーのリーダーが、渋い顔をした。

「社長、その」

「何ですの」

「その、話し合いをしたのですが、社長の負担が大きすぎるような気がするのですニャー」

「はあ」

別に負担は。

まあ確かに負担はあるが。

それは医者の言う範囲内で片付けているし。

何よりもきちんとAIの指示通り、処方された薬を飲んで、休憩もしている。

実際まだストレスがたまっていて色々苦しいが。

それでも何とかやれてはいる。

そこまで気にするほどのことではない。

そう説明したが。

やはり相手は苦い顔をしている。

「何ですのまったく」

「現時点で、通常の体制に戻しても大丈夫だと思うのですニャー」

「気持ちはわかりますけれども、通常運航をするにはまだ早いですわ。 ただでさえまだバグが残っていますし、それらを綺麗に片付けてからでないと」

「社長に倒れられると困るのですニャー」

私の代わりなど幾らでもいる。

私がそういうと。

目に見えて社員達は動揺した。

何だかおかしな話だな。

どうして動揺することがあるのか。

周知の事実だろうに。

「別に私は出来が良い社長でも何でもありませんわ。 適性持ちではありますけれど、もしも立派な社長だったら、今まで幾多の危機も招いていませんし、CM作る度に馬鹿にされることも無かったでしょう。 別に私よりエンシェントをきっちり運営してくれる社長は他にも幾らでもいるでしょうし、心配は不要ですのよ」

「いや、社長が替わるようなら、私はこの会社抜けますニャ」

「は」

「エンシェントは古代生物好きを集めて作った古代生物の仮想とは言え楽園なのですニャー。 次の社長が、それを理解出来るとは思えないですニャー」

無言。

そんな風に考えていたのか。

ため息をつく。

まあ、そういうならば仕方が無いか。

「分かりましたわ。 其処まで言うのであれば、これより通常通りの業務に戻します」

「……」

「此方としても、社員に不安を感じさせるようではいけませんもの。 ただし、チャートの進行が遅れるようなら、また介入しますわよ」

「分かりましたですニャー」

会議を終えると。

横になる。

AIはカプセルで休むように言うが。

私はぼんやりそれを聞き流していた。

何だか妙な気分だ。

社員が私を心配しているとは、まったく思っていなかった。

というよりも。

古代生物好きだという自覚は彼らにもあったのか。

古代生物好きをエンシェント設立時に確かに集めた。

だが、社員達がエンシェントに愛着を持っているかは、また別の問題だと私は考えていた。

勿論客に至っては論外。

見て笑っている連中が大半だろう。

社員も、私の行動を見て鼻で笑っている奴が相当数いると思っていたのだが。

或いは違う奴もいた、と言う事か。

いや、まて。

其処であっさり考えを変えるようでは。

またクズ学者に引っ掛かったり。

場合によっては詐欺に引っ掛かる可能性もある。

大きくため息をつくと。

私はAIに再三言われたので。

カプセルに入って休む。

もう私は。

誰も信用できなくなっている。

だが、それで良いのかも知れない。

客観的な指示を出してくるAIは。

少なくとも私を騙す事はない。

人間は私を騙す。

それだけの事だ。

先ほどの言葉は、話半分に聞いておく。

ともかく私は。

私なりのやり方で。

古代生物を愛していけば、それでいい。

今後もその方針に変わりは無いし。

会社の運営方針もそれで変えるつもりはない。

勿論稼ぐし。

利益は社員に還元する。

だがそれは社長として当然の義務だからであって。

それ以上の事は何も考えない。

それでいいのだと。

私は自分に言い聞かせながら、目を閉じて、無理矢理眠りに入っていた。

 

バグ取りが大体終わり。

ヘリコプリオンのシミュレーションも一段落してきた。

鮫としては比較的変わった姿だが。

鮫である事に変わりは無い。

その丸鋸のような歯を利用して。

相手を切り裂き食べる。

どうしてこんな不思議な歯を持つに至ったかはよく分からないけれども。

それでもこの生物は。

古代に確実に生きていた。

化石という証拠が。

その実在を証明しているからだ。

シミュレーションを続け。

その生態について調べていく。

やはり、積極的に泳いで獲物を食らっていく、鮫らしい鮫だが。

捕食時の動きが少し違う。

その丸鋸の歯をどう使うか。

シミュレーションで見ていると。

どうも上手に使えていない。

他の鮫は、獲物を食い千切るか。

或いは丸呑みにするために、咥えて逃がさないため、歯を発達させている。

それに対してヘリコプリオンは歯を明らかに切り裂くために用いている。

いや、まて。

シミュレーションを続けていて思ったが。

これは口の中に、もう一列歯を作って。

更に獲物を逃がしにくいように、フックのように使っていたのではあるまいか。

もしそうだとすると。

ヘリコプリオンは、余程弱った相手で無い場合は。

自分よりかなり小型の獲物を狙っていたことになる。

可能性は、否定出来ないだろう。

会議を開いて。

仮説を述べると。

プログラマー達は、しばらくひそひそと話あった後。

応えてくる。

「面白い意見だと思いますのだ」

「早速試してみます」

「他に何か意見は」

「いえ、何か見つけ次第報告しますニャー」

すぐに会議も終わる。

勿論私も、この思いつきが真実だなどと、思考を直線的に動かすつもりは無い。

あくまで可能性の一つだ。

シミュレーションで少し思った通りに動かしてみると。

噛みついた後、確かにヘリコプリオンは丸鋸歯を利用して、相手を更に効率よく口の奥に押し込んでいる。

鮫は獲物を食い千切るイメージが強いし。

事実非常に強い顎の力を持っている生物ではあるのだが。

一方で獲物を丸呑みする事も多い。

理由としては、丸呑みする事で。

獲物を丸ごと取り込むことが出来るから、である。

無駄がないのだ。

その無駄を省くことに、ヘリコプリオンが特化したのだとすれば。

それはそれで面白い発見になる。

ヘリコプリオンはかなりの海域に拡がって棲息していたことが分かっているので。

何かしら有利な特徴があったのは確実だろう。

近縁種にパラヘリコプリオンという者もいるのだが。

これらも恐らくは、何かしらの形でこの丸鋸歯を利用していたことは確実で。

それは相当に効率が良かったのだろう。

そうでなければ、こうも環境にて広まらない。

自分の考えが正しいと思うと。

視野が狭まる。

故に、私は結論を一度出すと。

AIに訪ねることにした。

どう思うか、と。

AIはすぐに応えてくれた。

「専門家の意見を聞くのが一番かと思います。 ただ、それにはやはりシミュレーションの材料を集めてからが望ましいでしょう」

「やはりそうですわね」

「はい。 それと、少し疲れが溜まってきています」

「分かりましたわ」

一旦シミュレーションを止め、チャートを確認。

タスクの処理は順調になって来ている。

私がもう介入しなくても大丈夫だろう。

後は、ここから先。

全てが綺麗に片付くように、きちんと適切に介入していくのが。私の仕事だ。

休憩を取る。

ヘリコプリオンは動かしてみると一際楽しい。

勿論獰猛な捕食者だったのは事実だ。

だが、古き海に存在し。

その不思議な歯を巧みに使って、長い期間を生きていた生物でもある。

それをこの手で再現出来るのだ。

やはり古代生物が好きな私には。

楽しいという言葉が最初に出る。

本当に。

古代生物だけ楽しめれば。

どれだけ良かっただろう。

ぼんやりとしながら、手を伸ばす。

今の時代に生きているから許される事。

今の時代で無ければ、多分私は殺されていた。

気持ち悪い趣味を持たないで。

周囲と趣味を合わせろ。

そう言われて、親に虐待くらいは当たり前のようにされていただろう。虐待どころか、殺されていた可能性も低くない。

私に取って、今しか生きられる時代は無いのに。

それでも私は。

今の時代で、ストレスがたまり続けている。

休憩を取っても、ストレスは消えない。

この様子だと、近いうちにまた病院に行かなければならないかも知れない。

それはまたしんどい話だが。

きっと近々。

現実となる事だろう。

 

予想は当たる。

ストレスの負荷が大きいと判断したAIが、病院に行くことを提案してきたのである。丁度仕事が一段落した状況だ。

病院に行かざるを得まい。

病院に向かう途中、メールが来る。

社員からだった。

どうやら、一通りシミュレーションがまとまったらしい。

これで一段落か。

やはり私が考えたとおり、ヘリコプリオンが獲物を飲み込むのに丸鋸歯を使っていたと想定すると。

よりシミュレーションは完成度が上がるという。

ただ、それも専門家の言う事を聞いてから、だ。

幾らシミュレーションの完成度が上がると言っても。

専門家に意見を聞いたら、それはあり得ないと言われる可能性も大きい。

今までも何度もあった。

そして専門家の言う事は。

素人が安易に反論してはいけないものでもある。

それをきちんと守れなかった人間は。

昔反医療主義とか。

反ワクチンとか。

カルトに走る事になった。

病院に着く。

医者に、またストレスが下がらないという旨の話をAIがすると。

医者は入院を宣告した。

精密検査をするという。

今時、各家庭にあるカプセルにも。

古い時代の精密検査くらいは出来る機能はついているし。

病気の特定も出来るようにはなっている。

つまり、それ以上のタチが悪い病気の可能性があるということで。

最新技術での精密検査をするという事である。

やむを得ないか。

此処まで回復しないとなると。

そうせざるを得まい。

私は連絡を入れて。

入院する旨を告げる。

勿論精密検査の途上では、会議などに出ることは出来ないし。メールも見ることは出来ない。

だから先に、学者とのやりとりはしておく。

仮想空間へは、病院からもアクセス出来る。

アクセスして、すぐにシミュレーションの結果を引き渡し。答えを三日後に貰う約束を取り付ける。

そして、その後は。

精密検査に入る。

精密検査と言っても、昔のように散々痛い思いをする事は無い。

徹底的に調べる事は調べるが。

それでも脊髄注射とか。

胃カメラとか。

古い時代は、それこそ地獄の苦しみを伴ったらしいが。

それも今は非常に楽になっている。

ただ、時間は掛かる。

ありとあらゆる可能性を想定して。

相当数の検査をしなければならないから、である。

検査の途中にタブレットから開発機にアクセスして、シミュレーションの状態を確認することも出来るが。

今回は止めておく。

検査が終わった後は。

病院に泊まる。

今の時代は家にいても大して変わらないのだが。

今回に限っては、AIの判断だ。

何かあった時のための。

病院にいた方が良い。

そういう事なのだろう。

病院のベットは清潔だが。

今の時代、それぞれの家庭もロボットが隅々まで綺麗にしているし、驚くような事でも無い。

天井は知らない天井だが。

これもコロニー内だし。

基本的な材質などは同じである。

より清潔かも知れないが。

大した違いは無い。

入院している間、何も考えないようにする。

どうせ学者から返事が来るまで、出来る事はないのだから。

私はそもそも何のために生まれてきたのだろう。

そう思うくらいしか。

私に出来る事はなかった。

 

3、孤独

 

精密検査の結果は、二日後に告げられた。

これといったやばい病気では無かったが。

やはりストレスが過剰にたまっていて。

それが体に悪影響を与えているという。

それ以外の何者でもなく。

逆にそれが故に大変なのだと。

私はどうすればいいのか。

それについても、教えてくれた。

出来れば社長を辞めた方が良い。

それが医者の第一声だった。

勿論それはあくまで案の一つ。

もしも社長を辞めないのであれば。

仕事の量を減らすように。

更に負荷分担を進めるように。そうすることで、仕事の量を減らす事が出来るからだ。

そして、これが一番大事なのだが。

人間との接触を更に減らすように。

結論は以上だった。

まあ確かに、私のストレスの大半は、ろくでもない人間との接触によってもたらされている。

昔はこういう人間をこう言ったらしい。

コミュ障と。

そして差別と嘲弄の対象だったそうだ。

自分と感性が違う相手には何をしても良い。

違うのだから違う方が悪い。

それが古い時代の当たり前の考え。

だから、私のような人間は。

やはり苛烈な差別を受け。

迫害され。

場合によっては死に追いやられていたのだろう。

何が好きという事を言うことも出来ずに。

それが現実だ。

一応人権という概念が出来てからは、それを表だって口にする人間は減っていった様子だが。

それでも人間は所詮人間である。

大した差は無かっただろう。

知的生命体が。

聞いて呆れる。

ともかく、私は帰ることにする。

その途中、学者からメールを受け取った。

AIに言われる。

「マスター。 もう学者とのやりとりも、法務部に任せた方が良いのではないのでしょうか」

「医者の言葉通りに?」

「そういう事です」

「……」

そうかも知れない。

私に取ってストレスになるのは、人間との接触だ。

会社の人間と接触するだけでもストレスになっているのだ。

SNSも事実上断った。

それでもまだストレスが過剰だというのなら。

もういっそのこと。

学者と接触するのも、法務部に任せるのは合理的な判断だ。

しかしながら、論文を選ぶのは私がやりたい。

それだけは、譲ることが出来ない。

私がそれをベルトウェイで移動中に説明すると。

少しだけAIは長考した。

「分かりました。 それでは、そのようにして様子を見ましょう」

「それにしても……」

「如何なさいましたか」

「いや、何でもありませんわ」

はぐらかすと、私は思う。

私は人間嫌い、なのだろうか。

或いはそうなのかも知れない。

だが、そうだったとしても。

此処まで色々と不幸に見舞われるのは何故なのだろうか。

昔は私のような人間は、魔女狩りにあって殺されていただろう。そんな事はもう分かりきっている。

私は身を守っているだけ。

出来る範囲でも人間と接している。

この時代において。

どうして私は、こういう目に合っている。

別に私が世界で一番不幸なわけでもあるまい。

だが、私を取り巻く環境については。

どうしても作為的なものを感じてしまう。

帰宅。

開発機につないで、シミュレーションを確認しつつ。学者からの返事を見る。

大体予想通りだが。

一部、修正を加えて欲しいと言う要望があった。

すぐにプログラム班にメールを転送し。

作業が終わるのを待つ。

私はCMの最終調整を実施。

私が入院している途中は。

特に大きなトラブルも発生していなかった。

なお、入院中に資料を見たのだが。

私のように倒れるケースは今は殆ど無いらしい。

余程状況が悪かったのか。

それとも。

雑念が少し多いが。

ともあれ頭を振ると。

私は作業を続けた。

 

アップデートが行われる。

ヘリコプリオンのCMをまず流し。

様子を見てからアップデートを実行。

ヘリコプリオンはそれなりにインパクトのある姿と言う事もあり。それなりにSNSで話題になったようだった。

同時に、事前に作っておいた、エンシェント内で作って置いた既存のヘリコプリオンを撮影した動画も話題になる。

別アカウントは今も活用しているが。

既に私自身は触っていない。

法務部にやらせているが。

今の時点でしくじったことは無い様子だった。

それでいい。

順番に一つずつ。

作業を片付けていく。

アップデートがなされると。

鮫の珍種という事もあってか。

最近としては久方ぶりに。

かなりの客足があった様子だった。

まずは様子を見る。

ある鮫映画が、鮫のイメージを人間の中に植え付けた。

それは良い事だったか悪いことだったかで言うと。

無意味な鮫狩りが行われたこともあって。

決して良い事だったとは言えないだろう。

作者が意図したかはどうかとして。

少なくとも鮫が残忍獰猛で海の覇者であるかのような、誤った認識が植え付けられてしまったのだから。

実際には人間を襲う鮫など数種類。

更に言うと、余程の事がないと人間がおそわれる事などない。

一番人間を殺していた生物は。

蚊だった。

マラリアの媒介を行っていた蚊は。

鮫などより余程危険な存在だった。

年に数人程度しか殺さない鮫に比べると。

陸上の動物ではカバ。

昆虫では蜂や蚊の方が。

余程たくさんの人間を殺しているのである。

勿論ヘリコプリオンも。

条件が揃えば人を襲うだろう。

だが既にヘリコプリオンは地球上に存在していない。

仮想動物園の中にしかいない。

だから、側を泳ぐことも出来る。

殆どの利用者は。

また専用車両で見るのを選んでいるようであったが。

鮫は流線型の美しい姿をしている。

ヘリコプリオンは典型的な鮫の姿をしていて。

魚の最古参である種として。

その貫禄を見せつけている。

今、エンシェントで泳いでいるヘリコプリオンも。

伝説的な生物たちに比べてしまうと、それほど長い年月を生きられたわけではないとはいえ。

鮫の一種で。

広い範囲に拡がって生きていた種である事には違いない。

悠々と泳ぐその威容は。

客を驚かせているようだった。

ただし、頂点捕食者では無い事は。

客を残念がらせてもいたようだが。

幾らでももっと大きな生物はいる。

それだけのこと。

鮫はそうはならない。

その方が生物として小回りがきくからである。

私自身も。

開発機からアクセスし。

全てのプランを試してみる。

やはりスキューバが一番楽しい。

勿論襲われない設定にしているとは言え。

すぐ側でヘリコプリオンと泳げるのは楽しい。

食いついた獲物を絶対に逃がさない構造をしているその口は。

ある意味絶対の死につながってはいるけれど。

基本的に肉食獣は。

獲物を仕留めなければ生きていけないのだ。

ヘリコプリオンもそれは同じ。

相手に配慮する余裕などないし。

現在の生物だって。

毒を使ったり。

獲物を逃がさない工夫を色々していたりと。

それぞれいずれ劣らぬ凶悪なギミックを隠し持っているのが普通だ。

その中で一番凶悪なのは、武器というものを使う人間なのだが。

それを自覚している人間は殆どいないだろう。

しばらくヘリコプリオンとのランデブーを楽しんだ後。

開発機からログアウトする。

そして、法務部から。

報告を受け取った。

「初動はかなり良い感触です。 更にアクセスは増加しています」

「問題行動を起こしている客はいますの?」

「今の時点では殆ど見当たりません」

「それならば結構」

いずれにしても、私が対応する事ではない。

対応は法務部に任せる事にしたのだ。

負担を減らすために。

法務部もそれを理解しているから。

わざわざ報告するまでもない事に関しては。

対応後。

私に連絡してくることも増えていた。

それで別にかまわない。

法務部の仕事は。

それなのだから。

社長がいちいち全部取り扱っていたら。

それこそ身がもたない。

やっとそれが今更にして分かった。

かといって、法務部も人間とAIの混成。

人間の負担が増えすぎるようでは本末転倒。

私も社長として。

彼らの負担が増えすぎないように、気を付けなければならないだろう。

数日間様子を見る。

その間に法務部が。

SNSの反応をまとめ。

そして持ってきた。

それによると、今回はとにかくヘリコプリオンの姿がインパクト抜群だったらしく。

評判が集まっているという。

本当にこんなのがいたのか、という声もあるが。

それと同時に、とにかく見ていて楽しいという声もあった。

「今度これを鮫映画に出してくれないかな」

「メジャーじゃないやつだとあるぞ」

「本当か、みたい」

「鮫映画だぞ。 覚悟しろよ」

鮫映画と言えば。

映画界の謎の派閥として有名で。

一時期は底辺映画の代名詞にまでされていたという。

名作が一度出ると。

二匹目のドジョウを狙って群がるケースは多々あるが。

その極北と言える例だったのだろう。

「すごい面白い鮫だな。 なんでこれが絶滅したんだ」

「運が悪かったんだろ」

「ああ、そういう……」

「世界のかなり広い海域にいたらしいし、能力は高かったみたいだしな。 絶滅は運が悪かったから、としかいえないだろうな」

運、か。

本当にそうだ。

特にヘリコプリオンの場合は、世界中に拡がるほどの強靱さを有していたのだ。

絶滅は、運が悪かったとしかいいようがない。

「この電鋸みたいな歯、本当に此処にあったのか!?」

「それがなあ。 一世紀以上議論が続いたらしいぞ。 最終的に其処に落ち着いたらしいんだが、それまではいろんな説が出たらしい」

「なるほどな……そもそも鮫の歯の化石だって事さえ、分からないかもしれないもんなこれだと」

「まあ、なあ」

それも本当だ。

実際問題多数の復元図が存在し。

大きさに関しても、結論が中々出なかったのだ。

安定した学説に落ち着いたのは21世紀になってから。

それまでは。

この不思議な姿をした鮫が。

どんなふうにして生きていたかさえも。

分かっていなかった。

いずれにしても、うちの不備を責めたりとか。

揶揄する声はほぼ聞かれなかった。

満足するべきなのだろう。

私はとりあえず。

胸をなで下ろしていた。

また、収益に関しても。

バグ取りや。

最初に裁判をしかけられたことに関する損害の事を考慮しても。

充分過ぎるほど黒字になっている。

今回はとにかくインパクトのある生物と言う事もあり。

客足が伸びるのにつながったのだろう。

しかし、勘違いはしてはいけない。

私はあくまで自分が好きな生物を取りあげてピックアップしているのだ。

黒字になる生物をピックアップしているのではない。

古代生物が好きなのであって。

古代生物が稼ぐ金が好きなのでは無い。

それを社員達には勘違いさせたくないし。

私も勘違いはしたくない。

ボーナスを出すように指示。

今回はそれなりの額を久しぶりに出せるだろう。

今の時代は。個人が資産を蓄えても意味がない。

故に気前よく払ってしまって問題ないのだ。

いずれにしても、問題が起きなかったのは良いことだ。

ここのところ問題ばかり起きていて。

私は消耗するばかりだった。

だからこそ、こうやって。

素直に成功を喜べるのは。

本当に嬉しい事だった。

どうしてだろう。

涙まで流れてくる。

病院に行くくらい追い詰められていたことは。

多分エンシェントの社員以外誰も知らないだろう。

別にそれに対して同情しろとは言わないが。

それでも、私が苦悩の果てにようやく今回の結果を出したことは、自分の胸の内にだけでもしまっておきたい。

この涙は。

きっとそれが故、なのだろう。

AIに言われる。

ストレスがかなり軽減していると。

良い傾向だ。

ただ、私は多分体質的にストレスをため込みやすいのだろうと、医者に言われている。今後も予断を許さないとも。

それも分かっている。

だから喜びすぎるのも禁物だ。

次に失敗した場合。

また、大きくダメージを受けて。

入院沙汰になるかも知れないからである。

それでも今ぐらいは。

揶揄されず。

ただきちんとした評価を受けたことを。

喜ぶべきなのかも知れなかった。

 

4、滅びの結末

 

ヘリコプリオンは大いに収益を上げてくれた。

それで随分と助かったが。

それはそれとして。

ある副産物ももたらされた。

論文で契約した学者が。

連絡してきたのである。

エンシェントに入って、色々調べた結果。

ヘリコプリオンに関して、ある結論が出せたというのである。

メールでのやりとりでもいいのだが。

実際に見せたいというので。

仮想空間であう事にする。

何のことだろう。

少し気になったので、アポを取って会いに行く。

学者は待っていて。

まずは握手をしてから。

映像を出す。

それは、ヘリコプリオンが死んで、浮かんでいく姿だった。

そういえば。

これは報告を受けていた。

ヘリコプリオンが、ある程度成長すると不審死を遂げる、というものである。

色々分析はしたのだが。

結果は分からなかった。

しかし、この死んだ個体は。

その成長した個体ではないように思えた。

学者は、これがたくさん観測されたこと。

そして、結論として、一つの仮説が浮かび上がる事を教えてくれた。

「エンシェントで高度なシミュレーションをしてくれて助かった。 これは新しい論文に結びつくかも知れない」

「どういうことでしょうか」

「ヘリコプリオンは、その体の大きさと、歯の大きさの成長が釣り合わないと、餓死してしまうんだ」

「……え」

何だそれ。

咳払いすると。

学者は説明してくれる。

鮫の歯は一生生え替わり続ける。

歯を消耗品にしているからだ。

頑強ではあるが壊れやすい。

それが鮫の歯なのである。

まあそれくらいは、私もエンシェントの社長をやって長い。多数の鮫を扱ってきているし、知っている。

問題は、その後だった。

ヘリコプリオンは、古い歯を内側にして、渦巻き状に歯を生やしていく。

これが何を意味するか。

そうか。

歯が生え替わる速度に比例して体が大きくならないと。

口の中を歯が塞いでしまうのか。

なるほど、確かにそれはそうだ。

ヘリコプリオンにして見れば、エサを逃さないためのフックが。

自分の喉を詰めてしまう悪夢の蓋になってしまう。

これでは本末転倒。

生物的な欠陥だ。

恐らくは、バランス良く獲物を捕れるうちは良かったのだろう。

だがそのバランスが崩れれば。

獲物が捕りづらくなったり。

数が減ったりしたら。

鮫にとっては歯は生命線。

そんな状況でも、歯をどんどん増やそうと試みるだろう。

その結果、何が起きるか。

それは私が、わざわざ学者に聞き直さなくても、分かる事だった。

勿論ヘリコプリオンにとっては、獲物を捕るのが上手な個体が生き残る事が出来るという、自己淘汰につながっていた、と強弁も出来るかもしれない。

だがどんな変異体が、環境適応できるか分からないのがこの世の常だ。

恐らくヘリコプリオンは。

淘汰圧を強めすぎて。

自滅したのだ。

「これは、なんといって良いのか……」

「淘汰圧について考える良いサンプルになるだろう。 劣悪な遺伝子は排除するべきだ等と口にする人間には、これが良い薬になるかも知れない」

「そうだと良いのですが」

「いずれにしても、これを参考データにさせてもらっていいかい」

頷く。

勿論、それは此方としても大歓迎だ。

環境を可能な限り再現しているエンシェントが、それだけの評価を、しかも本職にされたのだ。

これほど名誉な事は中々にないと言っても良いだろう。

だが、やはり複雑な気分だ。

何も食べられなくなってしまったヘリコプリオンは。

どんな気持ちで死んで行ったのだろう。

笑い飛ばす事なんて、とても出来ない。

馬鹿にすることも同じく。

ヘリコプリオンは優秀な鮫だった。

だが、こんな形で自滅するなんて。

それも淘汰圧が原因で。

私は、無言のまま。

仮想空間からログアウトすると。

目を閉じて。

しばらく無言のままでいた。

AIは何も言わない。

私がショックを受けていることに気付いていたから、だろうか。

しばらく沈黙が流れた後。

ロボットがココアを淹れてくれた。

有り難くいただくことにする。

しばらくしてから。

AIが言う。

「今回の結果はとても良かったのですし、次に更に結びつけていきましょう」

「……分かっていますわ」

寝ることにする。

最近はバグ取りで仕事をしすぎていたこともある。

社員達の勤務管理AIから、少し作業量を控えさせるようにと苦情も来ていた。言う通りにスケジュールを管理させる。

この手のAIは国から支給されていて。

もしも言うことを聞かないと速攻通報が行く。

労基が仕事をしていなかった時代。

人材がゴミのように潰されていて。

その結果、社会に深刻なダメージを与えた。

その反省もあって。

こういったAIが、今はどんな会社も監視している。

少し考慮した後。

社員達には交代で休暇も与える。

この間の利益があるから。

ぱっと労働時間を減らしても平気だ。

勿論社員旅行、などという無駄な事はしない。

あんなものは時間と金の無駄だ。

休日はそれぞれが好き勝手に過ごしたいものなのであって。

会社が干渉すべきでは無い。

ましてや体育会系の思考で、皆で団結だとか、バカ丸出しである。会社なんてのは、働いて金を貰う場所だ。

魂まで捧げる場所ではない。

私は。休暇は病院だなんだで散々時間を潰しているので。

必要ないだろう。

「私は、やはり社長の適性を生かせていないのでしょうかね」

「いえ、そのような事はないかと思います」

「……」

AIは嘘をつかない。

と言う事は、本当にそう判断していると言う事だ。

私は首を振ると。

社員達は喜んでくれているだろうなとだけ思った。

それでいい。

社長としては、そうなればいいのだから。

社長のつとめは。

社員達を食わせて行くこと。

私は。

それを本当に出来ているのだろうか。

AIは出来ていると言っている。

だが、私には。

どうしても出来ているようには思えないのだ。

また、何か大きなトラブルがあった時。

上手く対応出来るだろうか。

またろくでもない事が判明したとき。

すぐに精神的な体制を立て直せるだろうか。

私は自信がなくなりつつあるのを感じていたが。

だからといってどうすることも出来ない。

大きくため息をつくと。

クレープでも食べようかと思い。

ロボットに指示を出すと。

デスクに突っ伏し。

自分がひょっとしてヘリコプリオンと同じように自滅しようとしているのでは無いかと。

思い始めていた。

 

(続)