紅の空の下

 

序、苦虫

 

べらべらと良く喋る。

私の所に来た営業AIは、ぐだぐだろくでもない事を喋り続けていた。

当社の経営サポートAIを導入していただければ売り上げは五割増し確定。

そればかりか、スタッフの人件費も抑えられる。

無駄を排除しつつ貴方の資産を増やし。

なおかつ客を増やす事も出来る。

私はしばらくしらけて話したいまま話させていたが。

やがて手をひらひらと振って。

追い出した。

仮想空間で、はあと嘆息する。

今の時代、過剰な個人資産は持っていても意味がない。

持っている金が権力に直結した時代はとっくに終わっている。金はあればそれはそれで便利だが。

今の時代、大量の資産を蓄えて権力を、という思想が既に化石だ。

地球をでた時点で、人類が今までやらかしていた無能な治世は終わりを告げ。

今では資産の平均化、最低ラインの向上と。

それによる限りなく幸福度が高い社会が構築されている。

私はちっとも幸福では無い気がするが。

昔だったらおかしな奴とか言われて迫害され、下手したら殺されていただろう事を考えると。

今生きていて良かった、と思う。

不満だらけではあっても。

法は機能せず。

無責任な人間賛歌が横行し。

地球ごと全てを人間が滅ぼしかけていた地球時代に比べれば。

人間の世界は遙かにマシになっている。

不満を大きく抱えている私でも。

それくらいは理解している。

だから、ああいうたまにくるクズ営業にも耐えられるし。

ストレスは無理矢理発散させながら。

仕事をすることも出来る。

なお、今の営業AIはアポを取ってから、仮想空間で接触したのだが。

理由としては、私も現状の改善をしたいから、色々な意見を聞いてみたい。

そういう事からだった。

だが現れたのはカスだった。

それだけである。

「次は」

「今ので終わりです」

「そう」

AIに言われて。

私は嘆息して、アドバイザーを名乗るクズの群れから解放されたことを、内心で心底喜んでいた。

これでも私は。

この間の一件で、少しは視野を広げようと思ったのだ。

だから色々と、意見を集めたり。

話を聞こうと思ってみた。

だがその結果がこれだ。

来るのはカルトだったり。

今みたいな、詐欺同然の話を持ちかけてくるクズ会社の作った営業。

今のAIについては、既に通報済みである。

そもそも社員の給料を不当に下げることは労働基準法違反であり。

昔の労働基準法が仕事をしていなかった時代と違い。

今はきちんと労働基準法が機能している。

裁判に関してもAIが全自動で行うため、数分で片付くのが現在であり。

昔のように金で買収でき金次第で質が変わり思想も性根もねじ曲がっている人間が。

数年も掛けて裁判を行うような非効率な時代は終わっている。

人間の英知などと言う寝言は死語になり。

犯罪はそも起こらないのが現在だ。

今のだって、私が放り出さなくても。

側に付けているAIが警告し、追い出していただろう。

あくびを一つする。

まともな意見を持ち込んでくる奴はいないのか。

いないのだろう。

ユカリさんとメールで話して。

私は今後、孤独になる可能性が高い事を知った。孤独なことは良いが、それで視野が狭まるのは困る。

それを打開するべく色々とやってみたが。

いずれも駄目だ。

寄ってくるのは弱みにつけ込もうとする者ばかり。

地球時代。

カルトが猛威を振るったのがよく分かる。

連中は弱みにつけ込んでくる。

そして耳に優しい言葉を注ぎ込み。

相手を掌で転がしていく。

今の時代にもカルトはある。

摘発はされるが。

それでも湧く。

理由は分からないでもない。

これだけ有能なサポートツールであるAIが人間を支援するようになっても。

それでも人間はどうしようもない生物であることに変わりは無いからだ。

勿論私自身も含めてだが。

ココアを淹れさせると。

AIが警告してくる。

「ストレス値が高まっています」

「んー」

「少しお休みになられては」

「会議が終わってからですわ」

何だか何もかもどうでも良くなった。

これから次のアップデートに関する会議をするつもりだ。

休憩をするのならその後。

いずれにしても。

今休むと言う選択肢は無い。

昔は、こういうとき「自己啓発」とかいうものを会社が押しつけてきて。

洗脳に使用したりしたらしいが。

それらが全て摘発され、絶滅してからは。

今は完全に死語となった。

私はどう視野を広げて良いのかよく分からない中。

会議に出て。

現状の経営についての話を軽くする。

AIがデータを提示し。

私が戦略を示す。

それだけの簡単な会議で。

数分で終わる程度のものだ。

「今まで客が来なかったコンテンツにも、今ではアクセスが増えて、全体的に収益は増えていますわ。 皆はエンシェントのクオリティを上げるために、バグ取りとシミュレーションを繰り返していてくださいまし。 大型アップデートに必要な論文は私が見つけてきますわ」

「社長、それはいいのですが……」

「何ですの」

「いや、バイタルサインが」

見ると、ティラノサウルスのアバターの下に、赤いマークが点滅している。

仮想空間に入っている間、体に何かあると危険だ。

意識が仮想空間に入っているため、肉体にダメージが起きても分かりづらいからである。

故にこういうアラート機能がついている。

そういえば、さっき休めとかAIに言われていたか。

それが故だろう。

「会議を終えてから休みますわ」

「……」

以降、誰も発言はせず。

会議は最小限の時間で終わった。

AIに休むようにもう一度言われたので、今度こそ休む。

ストレス軽減用の手段をAIは色々と試しているが、どうも上手く行かないらしい。起きだした後、AIは開口一番に言った。

医者に行くべきだと。

殆どの医療は自宅でできてしまう現在。

まず医者に赴くことは無い。

医者はより専門的な医療を行ってくれるが。

そもそも病気の初期消火は家で行えてしまうし。

初期消火が行われる時点で。

大体の病気が悪化することはまずない。

危険な病気は基本的に幼い頃にワクチンを入れて耐性をつけているし。

研究機関がある衛星は、法指定の元遠隔操作。

人間が感染する恐れは無い。

地上から宇宙に上がる時に至っては、細胞レベルでの感染検査が行われる有様で。

多数の人間が一箇所に集まらない現在。

パンデミックというのは起こりえない。

それらの理由から、病院は、今では超高度専門機関と化しており。

病院行きを進められるというのは、相当なことだった。

やむを得ないので、タブレットを手に、病院に向かう。

ベルトウェイに乗ってぼんやりしたまま行くが。

護衛のロボットが、いつになく周囲を警戒していた。

「どうしましたの」

「ストレスによるマスターの体への負荷が尋常ではありません。 何かあった場合は担いで病院に向かいます」

「大げさですわ」

「……大げさだと良いのですが」

タブレットを操作し。

面白そうな題材が無いか調べる。

この間はウミサソリだったし。

今度は陸上の節足動物の王者、アースロプレウラはどうだろう。

ヤスデの仲間であったアースロプレウラは。

草食ではあったが。

二メートルを遙かに超える巨体を持ち。

当時大繁栄していたシダ植物を食みながら。

原初の森を我が物顔に闊歩していた。

昔は足跡しか見つからなかったのだが。

最近は化石も潤沢に見つかっており。

その姿もはっきりとわかり始めている。

だが、最大の節足動物という事もあり、やはり研究は相当にされていて。枯れている分野でもある。

現状でも充分な完成度を誇るため。

今更革新的なアップデートは不可能か。

では最大の蜻蛉であるメガネウラはどうか。

原始的な蜻蛉の仲間であるメガネウラは、翼を拡げると70センチにも達した、史上最大の空を飛ぶ昆虫である。

此方もアースロプレウラ同様。

節足動物の雄だ。

ウミサソリが海、アースロプレウラが陸ならば。

メガネウラは空の最大節足動物、とも言える。

脊椎動物が空を飛ぶより遙かに早く。

節足動物は空を飛んでいた。

しかもこんな巨体である。

さぞや羽音は凄まじかったに違いないし。

ヤゴも巨大だったことは疑いない。

何か新しい研究はでていないか。

いや、駄目だ。

此方も人気のある生物である。

相当に研究が進んでいて。やはり枯れた分野になっている。たまに奇をてらった論文が出ているが。

キワモノ以外の何者でもない。

だめかと、諦めて、一旦タブレットをしまう。

今の時代のタブレットは基本的にロボットが預かっていて。

触ることで立体映像として投影され。

それに触ることで、生体認証を通じて使えるようになる。

幾つかのセキュリティを遺伝子を含めた生体認証、更に人間には制圧が難しいロボットが制御している事で、安全性を格段に上げている。

これだけ色々とセキュリティが掛かると重くなりそうなものだが。

技術の進歩によって、殆ど時間差無く動作してくれる。

古い時代、電話回線の空きを使ってネットが動いていた時代は。

相当に重く。

更に深夜帯の割引を目当てに、夜中にネットをやる人間が極めて多かったという話だそうだが。

今の時代からすると考えられない事だ。

ほどなく。病院に着く。

清潔な部屋で。内部には相当数のロボットが働いている。

感染の問題で、人間はあまり表では働かないのだ。

受付もロボットがすますので、私はやる事がない。

流石にこれは秒で終わるとはいかないが。

昔の病院のように、待つだけで半日、などという事態は起こらない。

少し次のアップデートについて考えていると。

すぐに呼ばれた。

診察には流石に人間の医者が出てくるが。

まだ若いお姉さんだった。

綺麗な人ではなかったが。

幾つか話をしたあと。

AIどうしで情報交換。

更にデータを医者が閲覧。

医者は眉をひそめた。

「まだ13だというのに、随分からだが荒れていますね。 高ストレスの仕事をしているのですか?」

「はい。 社長をしています」

「それは大変ですね。 家庭に配備される薬では少し軽減が難しいようですし、此方で調薬します。 処方については其方のAIに指示を出しておきます」

「助かりますわ」

後は料金を払って、引き上げるだけだ。

家までもベルトウェイですいすいである。

ただ、やはりあまり体調は良くない。

タブレットをと護衛のロボットに言うが。ロボットは咳払いした。

「マスター。 お医者様が言われていたように、ストレスで体に過負荷が掛かっていますし、休みましょう」

「カタログを見るくらいは」

「いけません」

そうか。

ため息をつくと、家に到着。

後は処方箋通りに薬をAIが出してくれるので、飲む。もの凄く苦くて、思わずむせそうになった。

コレは酷い。

だが良薬口に苦しだ。

仕方が無い事でもある。

後はカプセルで丸一日休む事にする。

どうせこんな状態では。

仕事なんかはかどるはずもない。

それだったら、ゆっくり休んでいた方が良いだろう。その方が、まだ明日からの仕事がはかどる可能性がある。

ぼんやりしている内に、夢を見た。

ティラノサウルスに乗って、白亜紀の森を行く。

成体のティラノサウルスだけあって、非常に高い位置から見下ろす事が出来て、とても楽しい。

だが勘違いされがちだが。

ティラノサウルスも無敵だったわけではない。

巨大な肉食恐竜は他にもいたし。

更に雷竜はその巨体もあって、迂闊に手出しはとても出来ない相手だった。

トリケラトプスにしても、ティラノサウルスに襲われた後生き延びた個体の化石が残っている程で。

自衛能力は備えていた。

恐竜たちが生きていた時代は。

修羅の世界だったのである。

ふと、気付く。

周囲はいつのまにか、時代が変わっていた。

シダがやけに多いことからして、石炭紀か。

側を飛ぶメガネウラ。

周囲を歩いているアースロプレウラ。

私は目を細めてその様子を見つめる。

いつのまにかティラノサウルスはいなくなっていた。

「何だあいつ、気持ちわり」

不意に失礼な声が掛かる。

此方を見てけらけら笑っている数人の人影。

自分を正義と確信し。

歪んだ醜い目と口には気づきもしていない。

相手が気持ち悪いから何をしても良い。

相手が自分と違うから何をしても良い。

そう信じ切っている輩だ。

放って置いて森を歩く。

完全に無視されたことに激高したそいつらが、石を投げてきた。どうやら媚を売ったり、土下座して許しを請わなければならなかったらしい。

人間らしいな。

そう思うが。

頭に石が直撃して、意識が飛ぶと同時に。

目が覚めた。

随分と頭が痛い。

ストレス発散用の薬の影響だろうか。頭をさすりながら、カプセルからでる。少し熱っぽいとも感じた。

「バイタルは……」

「もう少し寝ていてください。 まだ少し良くない状態です」

「……」

ロボットが慌てて飛んできて寝かされる。

これでは仕事どころではない。

悔しいが、仕方が無い。

少し、休みを増やすしか無いか。

いずれにしてもはっきりしている。

私は地球時代に生きていたら、人間に殺されていた。

そして今後、私が人間に対して愛着を感じることは。

一生ないだろうと。

 

1、前後上下

 

まだ本調子とは言えないが。

起きだして、論文を漁って行く。

これも駄目。

あれも駄目。

弾いていくが。

その基準は、気に入る気に入らないではない。

理にかなっているか否か。

どんな論文でも、無茶なものはどうしても論文の内容に出てきてしまう。

そして古代の生物は、有名なハルキゲニアがそうであるように。

場合によっては前後逆だったり。

上下逆だったり。

そういった間違った復元がされることが珍しくもない。

肉食だと思われていた恐竜が草食だった。

そんな復元はいくらでもある。

まあ流石に、前後も上下も逆だったというハルキゲニアほど酷い復元間違いは、滅多にないが。

それは仕方が無い事だと言えるだろう。

ほどなく、良さそうな論文を見つける。

頭がだいぶはっきりしてきたからか。

見つけられたとも言えた。

少しばかり休みを取り。

医者の処方した薬を飲んで。

それで此処まで回復したのだ。

一時期は、反ワクチン運動だとか、反医療運動だとか、狂気じみたカルトが蔓延した時代もあったらしいが。

人間から科学を抜いたらゴミクズ以下のバグ生物である。

そんな存在に価値などないし。

過去の迷妄になってくれて本当に嬉しいと言う言葉以外にはない。

さて、論文の内容だが。

三葉虫である。

いうまでもなく誰もが知る古代生物で。

カンブリア紀に出現。

ペルム紀末期のいわゆるビッグファイブに巻き込まれて絶滅するまで、およそ三億年もの間生き続けた節足動物の雄である。

70センチから一メートルほどもあるものも発見されており。

流石にウミサソリには及ばないにしても、相当な巨体になった種もいる。

ただしずっと同じような種が繁栄していたわけではなく。

時代によって三葉虫のメインストリームは違っており。

アンモナイトとは別の意味で、いわゆる指標化石になっている存在である。

三億年も海に生き続けた強靱な三葉虫をも滅ぼした、ペルム紀末期の大量絶滅が如何に恐ろしかったかという話でもあり。

また三葉虫という生物は、数多の生物の原型が出現したカンブリア紀に出現したにも関わらず、それからずっと生き延び続けたという意味でも、偉大な存在であるとも言える。

さてそんな三葉虫の大型種が発見されたと言う事で。

論文になっているのだが。

この内容がかなり面白い。

今回三葉虫の化石が発見されたのは、ある湖の地下。

この湖、4億2千万年ほど前の地層の上に存在しており、前から注意深く発掘作業が行われていたのだが。

今回その成果が出た。

壊れやすい地層から注意深く取り出された化石は。

全長55センチに達するもので。

三葉虫としてはかなりの大型になる。

とはいっても、4億2千万年前と言えば直角貝がいた時代。

全長十メートルの巨大頭足類が海中にて覇を競っていた時代だ。

55センチ程度の三葉虫など。

とてもではないが、大型生物としてぶいぶい言わせる事も出来なかっただろうし。

こそこそ隠れながら生きるしか無かっただろう。

論文を読み進めていくと。

この三葉虫の興味深い生態が分かってくる。

なんと砂にほぼ全て埋まり。

ゆっくり動きながら。

デトリタスを食べていたのでは無いか、というのである。

なるほど。

デトリタスというのは、微生物の死体などの残骸である。地表でいう腐葉土がまんまこれに相当する。海底でも腐葉土とは少し違うがデトリタスは存在しており、コレを専門に食べる生物も存在している。

三葉虫は昔からデトリタス食ではないかと言われていたが。

ただ三葉虫自体が多様に環境適応した種族なので、こればかりは何とも言えないというのが事実である。

この論文に置いては。

幾つかの証拠だけではなく。

この三葉虫、仮に「砂潜り」の体内から発見されたエサの残骸からも、デトリタスの表層ではなく。

海底地下深くにて熟成されていたものを食べていたのでは無いかと言う説が取りあげられており。

恐らくその生態のため。

体内に独自の細菌を飼っていたのでは無いか、という説も併記されていた。

これは面白い。

三葉虫は外殻が頑丈なため、そればかりが化石として残りやすいが。

全体的にはむしろのっぺりとした生物だった事が分かっている。

殆ど海に姿を見せず。

海底の、更に下を住処としていた生物。

中々に興味深い。

勿論場合によっては移動したのだろうが。

それにしても移動は命がけだっただろう。この巨体だと、海底を押し上げながら進む事になっただろうし。

そうなったら知能が高い上に貪欲な頭足類たちが襲いかかったはずだ。

よほど砂地の地下深くに潜っていたなら兎も角。

それだと呼吸が難しかっただろうし。

或いは、微速前進しながら。

ゆったりと進んでいたのかも知れない。

もしそうだとすると。

普段は殆ど動かない石のような生物で。

もしも大規模な移動をしなければならない時には。

海中を素早く動いて、さっと目的地に移動したのかも知れなかった。

論文を書いた学者は中堅所で。

特に有名ではないが。

一応実績は残している。

私の三倍も生きているが。

学者に転向したのは三十過ぎだったらしく。

元からあった適性で会社員をしていたものの。

何だかあわないと判断。

結局学者になったそうだ。

まあ昔は、一度社会からドロップアウトすると、犯罪者でもないのに再起不能というケースもあったが。

今の時代はそんな事もない。

学者はメールを送ると、すぐに喜んで話に乗ってくれた。

かなり気さくな人物だが。

或いは承認欲求が強く。

認められたことが嬉しいのかも知れない。

まあ、昔のように、外向的な人間以外には人権がない、というような時代は終わっているのだし。

この人がどうして会社員を止めて学者になったのか。

詮索するつもりはない。

AIが契約の話は進めてくれたので。

此方からは特にする事もなく。

握手して、それで話は終わった。

論文の契約が終わった後は、すぐに会議に掛ける。

ただでさえ、ここのところ私は色々と参っていたのだ。

時間的にも相当ロスしたし。

ある程度は取り戻したい。

会議を招集し、論文を見せると。

三葉虫の展示と言う事で、少し皆がざわついた。

「久々にメジャーなものがきましたニャー」

「いや、ウミサソリもメジャーですのだ」

「それは確かにそうですがニャー。 これは指標化石になるタイプのものですニャー」

「こほん。 ちょっとこの三葉虫、他とは生態が違うようですのよ」

すぐに論文の内容を展開。

仮想空間なので。

昔と違ってプレゼンも簡単だ。

そして、ここからが皆の腕の見せ所である。

「今回は、客が楽しめるように皆に意見をどんどん出して欲しいと思っておりますわ」

「うーむ、しかしこの地中からまったく出てこないタイプとなりますと……」

「やはり自然には反しますが、干渉スイッチを導入するしかないと思いますニャー」

「……」

やはりそれしかないか。

そもそも個人的にはスキューバをお勧めしたいが。

此処は我慢する。

車で見に行き。

干渉スイッチで、相手の行動をコントロールし。

砂から顔を出させたり。

或いはエサを求めて新天地に行くべく泳がせたりと。

そういった行動を取らせるべきなのだろうか。

皆の意見を他にも求めるが。

あまり目新しいものは出てこない。

しばし考えていると。

新入社員が意見を出した。

「その、いっそのこと、透過の設定を取り入れては」

「要するに海底を透明化して見られるようにすると?」

「そういう事です、はい」

「……」

あまり気が進まない。

だが、電気ショックとか与えて驚かせたり。

無理矢理引っ張り出したりするよりは。

地球時代の水族館のように。

硝子張りにして、巣の中が見られるようにしたりとか。

その方がまだマシな気もする。

「分かりましたわ。 検討してくださいまし」

「分かりました、はい」

「プログラムは貴方が組みますのよ。 他はサポートを」

「分かりましたニャー」

三葉虫自体は。何度もアップデートをして来たので、実績がある。今回は大型種だが。最大種の展示もしているし。何より時代によって三葉虫は姿も生態も大幅に違う生物なのである。

惜しくもペルム紀末期の大絶滅で滅びなければ。

現在まで生きていた可能性も高い。

生物としての完成度は決して低くはないし。

シミュレーションも難しくは無い。

では、会議に回したところで。

AIにジャッジを掛けさせ。

問題なしと言う事で、会議を切り上げる。

長引いたが。

それでも十五分ほど。

今の時代の会議はこうやって、すぐに終わるのが普通である。

私はしばしぼんやりした後、まずはシミュレーションをして、問題点が洗い出されるのを待つ。

その間は、黙々とCMの作成や手直しをする。

今までアップしてきたCMなども、時々こうやって手直しをしている。

専門のツールを使うので難しくは無いが。

気合いを入れて作れば馬鹿にされるし。

ストーリー性を無くせば熱量が足りないとか言われるし。

正直私はあまり良い気分はしない。

CMを作るのが楽しくなくなりつつある。

専門の人間を雇っても良いのだが。

今の時点ではもう少し頑張ってみたい。

だが、そうやって意地を張っていると。

最終的には体を壊すかも知れない。

つい最近も病院に行ったばかり。

そしてその余波での、体へのダメージは続いている。

別アカウントでの、エンシェントに行って見た動画の方が人気が出ているくらいで。

非常に不愉快だ。

またAIに警告される。

仕事を休むように、と。

リハビリのつもりだったのだが。

何だか不快すぎる。

しばらくソファに横になったまま、ぼんやりとしていると。

メールが入る。

社員からだった。

例の新入社員がプログラム作成をしているのだが。

三葉虫ごと真っ二つに切ってしまうようなものを作ってしまったので、指導をしているそうである。

まあ好きにしてくれと言う所だ。

ただ、相手は新人。

最初から上手く行くわけもないので。

その辺りは加味するようにと、念押しはしておいた。

もう一つ。

シミュレーションをしていて、問題発生だという。

やはり呼吸が出来ないようで。

ある程度の時間おきに、姿を見せるのだが。

この時にモロに頭足類に狙われるという。

この化石が発見された時期は、直角貝の全盛期である。

十メートル級の獰猛な直角貝が海を血眼になって餌探ししており。

しかも頭足類の好物である節足動物。

その上動きが鈍いとなれば。

嬉々として襲いかかっただろう。

更に言えば頭足類は知能が高く。

或いはこの三葉虫がもぐっている場所を何かしらの方法で探知し。

待ち伏せする、という行動まで行ったかも知れない。

大型種に至っては、掘り出して貪り喰った可能性すら出てくる。

「セミや、現在にも何種類かいる砂にもぐって生活する生物のように、空気穴を開けていた可能性は」

「それだと巨体を維持できない事が分かりまして……」

「穴を大型にするのは」

「それだと簡単に発見されます」

ふむ。

では、穴を複数開けるのは。

そう指示すると。

少し黙った後、やってみると返事があった。

それくらい自分で思いつかないのかド阿呆。

思わず怒鳴りたくなったが、それは社長がするべき事では無い。そんな事をする社長は最低である。

そもそもトップに立つから社長なのであって。

別に偉いから社長なのでは無い。

社員が足りなければアドバイスし。

会社のために身を張る。

それが社長だ。

私はまた横になると。

SNSでの、エンシェントへの批評記事をぼんやり見る。

会社の売り上げのためだ。

どれだけ厳しい事が書かれていても、把握しなければならない。

ユカリさんに強烈なことを言われた事は、今でも響いていて。今でも批評ブログなどを見るのは少し怖いのだが。

それでも社長である以上。

会社の事は把握しなければならないのがつらい。

適性持ちで。

社員の生活を背負っている。

それは分かっているのだから、仕方が無い。

だがやはり。

否定的なブログを見つけると凹む。

「エンシェントは非常に良く出来ているが、UIが不親切だ。 もう少しかゆいところに手が届く仕様にして欲しい」

「何でも出来るようになっているため、逆に細かい所に手が届かない」

「いっそ複数人でログインできるようにしてくれないか」

何を言っている。

まずこの手の仮想空間は、複数人での意識を共有してログインする事は禁止されているし、厳罰化されてもいる。

というのも仮想空間技術が開発された当初。

それを使って悪事を働いた連中がいたからである。

殺人事件にまで発展したケースもあり。

これによって、仮想空間に関する技術開発は数年遅れたとも言われている。

結局法整備が行われ。

そもそも人間同士が接触する必要がない社会ができた事もあって。

複数人でのログインは必要なくなった。

私も法の勉強をして知識を催眠学習で叩き込んでいるので。

これくらいの事は知っている。

知ってはいるが。

故に頭にも来る。

しかし私が直接出てくると、こういう空間では火に油を注ぐだけだ。

しばらく黙って見ている事にする。

目に余る言動をするアカウントは、自動巡回しているAIのbotが処理していくので。

別にわざわざ手を出すまでも無い。

今の時代。

泣き寝入りをしなければならなかった時代とは違う。

法はきちんと機能している。

事実私の所に嫌がらせをしていたカルトはきちんと法に処された。

だから私は、この件に関してはこれ以上何もしない方向で動けば良いのである。

それが正しいのは分かっているが。

頭で分かるのと。

頭に来るのはまた別の話。

イライラしながら、他の評を探す。

何処かに古代生物が好きなものはいないのか。

いるとしても、エンシェントに対する不満を口にしている者ばかり。

勿論それが多様性だというのは分かるが。

私はずっとこんな調子で、ストレスに精神を切り刻まれ続けなければ行けないのだろうか。

口を引き結んで、探すのを止める。

声ばかり大きな人間が目立っているという可能性もあるにはあるが。

それにしてはAIもほぼ同じ情報を集めてくる。

やはり不満が大きい、と言う事なのだろう。

黒字がでている優良企業の提供するコンテンツだからこそ。

余計に不満が目立つのかも知れない。

そう楽観的に考えてもかまわないが。

そういう楽観は、緩やかな自殺と何ら変わる事がない。

ため息をつくと、私は少し休憩することにし。体調を整えることを指示して、カプセルにもぐった。

しばらく休んで。

起きだすと。

メールが複数来ている。

一つは、社員から。

三葉虫のシミュレーションで出てきた問題をリストアップしたものだ。

ちなみに呼吸の問題は。

私が提案した内容で改良されたのか。

記載されていなかった。

まあ改良されたのなら良い事だ。

学者に連絡。

幸いすぐ仮想空間で会う事が出来た。

問題点をプレゼンし。

回答を得る。

此処までは良かったのだが。

シミュレーションを見て、気に入らないと学者が言い出したのである。まあ其処まで言い方が露骨では無かったが。

「もう少し動きが滑らかなはずです」

「しかし構造上、この動きが一番自然だとシミュレーションで出ています」

「そのシミュレーションに問題は」

「量子コンピュータであらゆる可能性からはじき出していますので」

学者が徐々に苛立ち始める。

此処まで物わかりが悪い学者と会ったのは初めてだ。

少しずつ言葉も険悪になって来た。

「これでは認められません」

「滑らかにと言われましても、どうすれば満足ですか」

「歩く際の動きを、もう少しスムーズに」

「水中とは言え55センチですよ。 重量から言っても、同格の甲殻類などが滑らかに動けないのと同じです」

三葉虫は化石に残りやすいほど、頑強な甲殻を背負っていたのだ。

それさえもかみ砕く捕食者もいたが。

同じくらいの大きさの敵ならば、文字通り弾き返すことが出来た盾だった。

逆に言えば。

だからこそ。

その盾は重かった。

プレートメイルが重いのと同じである。

「だからこれだと動きが鈍いって言ってるだろ!」

「それならば、論文で示してください。 どうやって軽やか滑らかな動きを実現したのかを」

「生意気なガキだな!」

「ちょ、これはAIが立ち会って録音している場ですよ。 罵声は避けた方が良いかと思いますが」

これは俺が発見した生物だ。

学者は真っ赤になって叫ぶ。

頭が痛くなってきた。

此奴が化石を発見したかも知れないが。

この生物はこの学者の私物じゃあない。

私は可能な限り実際にどう動いていたかを、最新の技術で再現しているのであって。

それに人間の手心が加わらないように、客観性の権化であるAIを用い。更に演算装置として量子コンピュータを使用して、生物を再現している。

其処に人間の手心を加え。

ぼくのかんがえたかっこいいせいぶつにしろ、というのなら。

断らざるを得ない。

「少し頭を冷やしてください」

学者側のAIが提案。

そして、回線を切った。

呆然とその場に立ち尽くす。

今まで此処まで問題のある学者と遭遇したのは初めてだった。

溜息がまた零れる。

私は本当に正しい仕事をしているのだろうか。

まさかこの時代に、忖度の要求を目撃しなければならなくなるとは思わなかった。

エゴの権化であり、あらゆる悪徳の原因となった政治的駆け引きは、前世紀に消滅した。多くの人間が勘違いしているが、税金を適切に分配して国家運営をする政治と、政治によって得られる政治的利権を求めてエゴをぶつけ合う政治的駆け引きはまるで別物である。今、あの学者は政治的駆け引きを要求してきた。

それも、自尊心を満たすために。

あんな低劣な人間性を持った輩が、今時学者をやっているとは。

AIに事実上管理されて、やっと人間は知的生命体になる事が出来たのだと、あの有様を見ても思い知らされるばかりである。

今回の大幅アップデートは中止になるかも知れない。

此方には非は無い。

相手側が頭を冷やさないというのなら。

此方としても契約は取り下げるしかない。

ため息をつくと。

社員にメールを送る。

私はもう一度ため息をついた。

どんどん上手く行かなくなっている気がする。

ストレスも。

解消できているとは言い難かった。

そして恐らく、周囲の人間はこういうだろう。

自業自得、と。

そういえば、地球時代。

過密状態の教育施設で、他人に虐めを行っている人間の何割かは自覚さえなかったと聞いている。

虐められる方が悪い。

それが彼らの理屈だったとも。

つまり私が苦しんでいるのは。

全部私が悪いと。

その手の人間は口にすることだろう。

反吐がでる。

メールを送り終えると。

拳を机に叩き付けた。

あの学者。あんな無能だとは思わなかった。

明らかにAIは学者の側に非がある事を察していたようだが、第三者視点のAIの意見を、きちんと聞けるだろうか。

もし聞けないようだったら。

今回は、仕事を切り上げるしかない。

純粋な赤字になる。

ちょっとやそっとの赤字で潰れるような柔な会社ではないが。

それでも気分が悪いのは事実だった。

 

2、三葉虫のように

 

会議で、学者の狂態について見せておく。

全部映像記録を取ってある。

更には、会合の様子は録画すると、最初から双方AI同意の上であるから、別に何ら問題は無い。

法的にも。

此方に非は無い事は分かっている。

AIにも確認させた。

「これは、相手側の学者がこのような人物だったとは……」

「昔は企業間の取引では、忖度や談合が横行していたと聞いていますニャー。 しかし今の時代、AIが第三者視点で監視しているのに、このような発言をするとは」

「もうこれは、一旦中止で良いのでは」

「コストを掛けた以上、そうも行きませんわ。 ただ、次の会合で相手の態度が変わらないのなら、今回は見送りますわよ」

誰もそれには反対しない。

まあそうだろう。

あの狂態を見た後だ。

あの状態から、あの学者がまともな行動に出るとも思えない。

確か今は、子供の頃に排他性、攻撃性はある程度催眠教育で抑えられる、という話を聞いているが。

それを親の方針で受けさせないケースがあると聞いている。

ただその場合は、AIがその前提で動くらしい。

要するにマイナスしかないのだが。

思想上の理由とかで、頑なにAIの介入を拒む親はいるそうだ。

あの学者の親は、そうだったのかも知れない。

普通ロボットに育てられる今の時代の人間に。

ああいう人間がいるのはおかしな話でもあるが。

とにかく、皆には通常業務に戻って貰う。

此方は気が重いが。

あの学者に連絡を取り直さなければならない。

これも社長の仕事だ。

そういえば、あれ以来ユカリさんとは連絡を取っていない。

まあそれも仕方が無いか。

あのようなことがあったのだ。

会話なんぞ以降成立するとも思えなかった。

さて学者だが。

メールを送ると、凄まじい罵倒を返してきた。

「何の用だ!」

「契約をお忘れですか? 契約を破棄するにしても、もう一度会合が必要になりますので」

「巫山戯るなよ、この……」

「ともかく仮想空間にログインを」

此方はログインをすぐに済ませる。

AIがついているし。

今の時代、直接暴力なんて事例は殆ど起こらない。

何よりも仮想空間だ。

相手に暴力を振るう方法はない。

あるとしたら言葉の暴力くらいだが。

それにしても皮肉な話だ。

頑強な甲殻に守られた三葉虫の研究者が。

こうも暴力的で残忍とは。

いや、無能で非理知的と言うべきか。

相手はいきり立っていて。

AIが制止している状態だった。

「すぐに契約廃棄だ! 二度と俺の論文を使わせないからな!」

一言目がこれだ。

まあ別にかまわない。

ただし、はっきり言っておくが。

今の時代は、基本的に取引、会合の類は公開されるのが普通である。

プライベートの空間にはセキュリティが掛かるが。

こういった会社間、もしくは個人間でも。

取引があった場合は、それは公的なやりとりとして記録される。

その結果。

こういった奇行を行えば。

それは全世界に、自分はバカだと示すようなものだ。

だから私は。

務めて冷静に対応する。

「契約廃棄なら結構です。 結構面白そうな三葉虫でしたが、エンシェントで使えないのは残念です」

「マスター。 先ほどの言葉の撤回を。 この取引は、学会でも閲覧されます。 論文の私物化、その論文で公開される生物の私物化。 どちらにしても、他の学者達にどう映るかは明白です」

「知るかっ! 他人なんぞどうだってかまうかっ!」

「この論文は、貴方にとって登竜門になるものです。 それに汚点を残すつもりですか?」

相手のAIが理知的に諭すが。

完全に興奮している学者は聞く耳を持たない。

貴様は首だとか叫んでいるが。

専属のAIは首には出来ない。

国に支給されているものだし。

支援のために側に置いておく義務がある。

これは人間が致命的な犯罪を犯さないようにするためのものであり。

事実側に支援AIがあったため。

犯罪がその場で制止されたような事は、何度も起きている。

「この件に関しては、相手社長では無くマスターに非があります。 此方でもデータを精査していますが、シミュレーションは極めて高度で、論文からのデータを忠実に再現しています」

「このでくの坊が!」

わめき散らして、仮想空間であるにも関わらず、AIに掴みかかる学者。

私はしらけて見ているだけである。

勿論AIを掴んでも仕方が無い。

「敵の味方をするつもりか!」

「取引相手です。 敵ではありません」

「俺にとっては敵だ! もう取引もするつもりは無い!」

「それでは、恐らく次の学会に論文を提出することは出来ないでしょう」

不意に。

空気が冷え込んだ。

コレは多分AIが沈静プログラムを使用したなと私は思った。

仮想空間でも、あまりに興奮状態が酷くなった場合。

円滑な取引の進展を行うため。

AIが沈静プログラムを用いる事がある。

学者についているAIが判断したのだ。

まともな判断力を残していないと。

だから沈静プログラムを打った。

学者は急に静かになると、冷や汗をかき始め。

バツが悪そうに、三葉虫のアバターで此方を見るのだった。

「すまなかった。 少し時間が欲しい」

「どうぞお好きに」

「……」

一旦学者がログアウトする。

これから別の仮想空間に行き。

そこでAIと話し合いをするのだろう。

此方は面倒事になるといやなので。

警察にログを送っておく。

相手の対応次第では。

即時警察に動いて貰う必要があるからだ。

警察も人力では無く、殆どAIで動作しているので。

反応は早かった。

すぐに第三者としての、監視AIを送ってくる。この辺りのフットワークはとても軽くて助かる。

七分ほどして。

学者が戻ってきた。

警察の監視AIがいるのを見て、バツが悪そうに視線を背ける。

「それで、契約を破棄するのですか?」

「い、いや、待ってくれ……」

「急に静かになりましたね」

「……確かに其方の言う通りだ。 シミュレーション上での動きには問題は無い。 そのまま契約は続行で。 其方が提示したとおりの、鈍い動きの三葉虫でかまわない」

嘆息。

だからいやだったんだ。

まあAIが余程上手に諭したのだろう。

或いは元々人格的に問題があって。

それでAIとしても対処策を最初から用意していたのかも知れない。

その可能性は決して低くは無いだろう。

いずれにしても、有耶無耶になっていたシミュレーション上の問題点についても、応えて貰うが。

どうも発言が曖昧というか。

今まで接してきた学者のようなきびきびした反応では無い。

この学者。

適性持ちとは言え、最低限ではないのだろうか。

まあどうでもいい。

こちらとしては、エンシェントに余計な火の粉が掛からなければそれでいい。

この学者が恥を掻こうが。

私の知った事か。

契約成立。

互いのAIが立ち会った上での契約がこれにて完了。

学者は怒りに赤くなるのでは無く。

青ざめていた。

この様子では、ひょっとして。

前に似たようなトラブルを起こしたのかも知れない。

学者がログアウトして。

私は嘆息。

警察のAIに、現場保存して貰ってから、ログアウトした。

AIに言われる。

「今検索しましたが、どうやら前にも、学会でトラブルを起こしている様子です」

「どうせそんな事だろうと思いましたわ。 それでどんなトラブルですの」

「論文について質問をした学者に、論外な罵声を浴びせたようですね。 すぐにAIによってジャッジされ、ペナルティを受けたようです」

「ふーん」

どうでもいい。

此方としても、せっかく面白そうな論文だと思ったのに。

勿論、歴史的な偉人には人格的に問題を抱えた者が多かったことくらいは分かっている。殆ど全員が狂っていると言っても言いすぎては無い程だ。

だがそれを補助するために。

AIというものがある。

それなのに、どうしてああいう輩がまだのさばっているのか。

ため息をつくと、会社にメールを送る。

契約が一転上手く言ったと聞くと。

現場のプログラマー達は驚いたようだったが。

もう問題点はない。

さっさと残りの修正点を直し始める。

私もCMを作る。

三葉虫は、以前何種類かCMを作ったが。

今回は砂に埋もれてデトリタス食を行う種という事で。

切り口を変えて見る。

ストーリー性はいらない。

CMにストーリーはいらないのだ。

それに、途中までは作っていたのだ。

後は仕上げるだけである。

泳ぐ。

砂にもぐる。

後は空気穴をあけ。

ゆっくり海底を掘り進みながら食事をし、生きていく。

食事をするのに適していない環境だと判断したら顔を出し。

天敵の頭足類がいない事を確認してから、さっさと別の場所に移る。移動の際は大体は海底を歩くが、場合によっては泳ぐこともある。ダイオウグソクムシがそうするように、背泳ぎで見かけより遙かに素早く海を行く。

だがこれは高リスクだ。

普段はのたのた海底を歩いて行く方が多い。

いずれにしても。

砂の上で生きていけるほど。

この三葉虫はタフな生物では無い。

大きさも中途半端だし。

繁殖力もさほど高くは無い。

生きるためには、潜む必要がある。そして生きるために潜むことは、恥ずかしい事でも何でも無いのだ。

今日も砂の中にて。

三葉虫「砂潜り」は静かに生活している。

CMはこれだけの流れで良い。

それぞれの流れを美しく見せれば。

それで良いのだ。

もっとも、美しいと感じるかどうかは客次第。

客がどう感じるかは。

私にはもう分からないし。

責任も取れない。

どう感じようが、それぞれの勝手だからだ。

私が責任を取らなければならないのは。

売り上げに対して、である。

だが、それにしても。

CMを作るのが。

今ではとにかく楽しくなかった。

細かい所まで仕上げて。

会議に掛ける。

プログラム班の方も作業を終えていた。

後は、いつものように。

アップデートを行うだけだ。

学者の方も確認しておく。

何か問題行動を起こしていないか。

一応、アカウントを確認した所。SNSなどで、問題発言をしている形跡はない。いわゆる裏アカウントなどで悪口をばらまいているケースもあるが。AIが調査したところ、それも無さそうだ。

基本的に昔のSNSでいう「鍵アカウント」は現在存在しない。

これは犯罪に利用された経緯が多いから。

他人が閲覧できないようにする事は出来るが。

AIの閲覧を妨げることは出来ない。

客観的に判断し、情報を場合によっては持ち主にも開示しないAIは、監視ツールとして全てのSNSを見ているし。更にその上で巡回botが情報を集めている。

今のネットは無法地帯ではあるが。

その裏で、実質的なルールがきちんと存在し。

人間のようないい加減な判断者ではなく。

きちんと客観的判断が出来るAIが、管理している世界なのだ。

エンシェントに攻撃をしていたカルトが一斉摘発されたのもそれが故で。

勿論あの学者が、裏アカウントで悪さをしていても。

すぐにばれる。

調査の結果、悪さをしている形跡も無いし。

エンシェントに対する悪口の類も見つからなかった。

もっとも、前から多めの、エンシェントに対する酷評ブログは相変わらず相当数が見つかったが。

それについてはもうどうでもいい。

CMのアップデートを行う。

三葉虫についてと言う事もあって。

メジャーどころの古代生物だからか。

相応に反応があった。

「これ、遺伝子から再生してペットに出来ない? 動きが鈍くて飼いやすそう」

「いや、流石にこんな古い生物の遺伝子再生は禁止されているから。 復活した絶滅生物もいるが、それは大体人間のせいで絶滅して、以降の環境に大きなマイナスの影響を与えたケースだからな」

「そうかー。 アメリカリョコウバトとかニホンカワウソとかはそんな感じで復活したんだっけ?」

「昔は遺伝子の修復が出来なかったらしくて、復活には手間が掛かったらしいけれどな」

そう。

現在アメリカリョコウバトは、地球の空を舞っている。

流石に全盛期ほどの数はいないが。

それでも乱れきった環境を回復させるために、重要な役割を果たしている。

それにしても三葉虫を飼いたいとは。

仮想空間でなら、こういった古代生物を飼育するキットはあるのだが。

現実では、先ほどSNSでも話題に出ていた遺伝子再生に関する法律が邪魔して、再生は禁止されている。

まあそれが当たり前だ。

他にはどんな意見が出ている。

ピーコックランディングに様子を見に行くと。

例の学者がつるし上げられていた。

「あの三葉虫の学者、エンシェントともトラブル起こしかけたらしいぞ」

「ああ、あいつか。 論文に矛盾点があったから指摘したら、いきなりわめき始めて困ったんだよなあ」

「ひょっとしてお前」

「おっと、そこまでだ。 いずれにしても、当事者だってことまでだな」

個人情報をさらっと口にしている辺り。

学者でもうっかりはやらかす、と言うわけだ。

今の発言を辿れば、誰だかはすぐに分かってしまう。それについては流石に問題があるかと思ったか、追求は止んだ。

それよりもだ。

例の学者に対する不評は、色々出てきている。

三葉虫の研究については、面白い視点を持ち込んできてはいるのだが。

毎回脇が甘いのだという。

いつも何かしらの問題を抱えていて。

論文にそれが現れる。

しかも自分の研究を私物化する傾向がある。

勿論論文を書いたら、相応の利益が現在では約束されるようにはなっているが。

発見された新しい生物は、その学者の私物になるわけではないし。

情報も学者のものになるわけでもない。

そういうものだ。

だが、この学者に関しては、どうもそう考えてはいないらしく。

論文を書いたのだから自分のものだと、わめき散らす事件を何度も起こしているようなのだ。

これはもう少し。

事前に調査が必要だったかな。

私はそう思ってしまった。

さて三葉虫についてだが。

例の学者の論文、というのが足を引っ張ってはいるものの。

それ以外の点では特に批判の類はない。

ならば、いつもと同じ程度には稼げるだろう。

後は見せ方についてだが。

この間提案されていた、砂にもぐっている三葉虫を透過して見る設定を前面に押し出す事で。

今回はそれを目玉にしようと考えている。

デトリタスは生物の世界において重要な「資源」であり。

デトリタス食をする生物は、環境において重要な存在である。

今回の展示では。

その辺りについても。

きちんと説明を入れるつもりだ。

CMについては、今までのように揶揄されることも無く。

むしろ熱量が下がったことに関しては。

色々な噂が流れ始めていた。

「何というかエンシェントについて調べて見たんだが、適性持ちの子供が社長として起業して、一人で頑張って此処まで育て上げたコンテンツらしいな。 それも本人が筋金入りの古代生物好きらしくてな」

「ああ、それについては見ていれば何となく分かる。 古代生物愛が尋常ではないからなあ。 普通だったら気持ち悪いとか言われるような生物でも精緻に再現しているし、差別もしていない」

「だがそれが逆にまずかったのかも知れない。 今でも一般的な感覚からずれていると、人権がないなんて時代の感覚を引きずっている輩がいるだろ。 エンシェントのCMに熱が籠もっていた頃は、そんな連中が散々やらかしていたからな」

「エンシェントのコンテンツに対しても、ハラスメントが激しかったな」

勿論カルトに目をつけられ。

組織的に攻撃を受けていたから、という点もある。

だがそれにしても。

一応分かっているのであれば。

客として、節度のある態度には出られないのかと、私は思わずこういうやりとりを見ていて呟いてしまう。

客は神じゃない。

ましてや今の時代、金さえあれば何でも出来るなんて世界では無い。

この状況下で、どうして客に媚態を尽くさなければならないのか。

それが此方としては不満でならない。

勿論客に分かり易く楽しんでもらうと言うのは大事だろう。

だがそれは、媚態を尽くすというのとは別の話の筈だ。

「とりあえず今回は見に行くつもりだ。 何というか、エンシェントの社長も散々だったろうしな」

「これだけ精緻な古代仮想動物園もそうそうはないしな。 もしも潰れた場合、次の経営者がこんなに古代生物に対する愛情を持っている人物である保証は無いし、それどころかそんな可能性は絶無に等しいだろう」

「皮肉な話だな。 エンシェントには不満も多いが、それ以上に此処をしっかり見ておかないと、他の古代仮想動物園の質が上がらない。 そればかりか、見栄えばっかり良い動物を展示する仮想動物園ばかりになりかねん」

「それは冗談抜きに勘弁だな……」

学者達がぼやいている。

私は大きくため息をついた。

そういえば。

少し前に見た、「昔の不合理なビジネスマナー」とかいう書物で。

ため息をつくのが失礼に当たり。

何をされても文句を言えないという謎のマナーが乗せられていた。

愚かしすぎて呆れたが。

それが原因で事実上社会的な生命も絶たれた人間もいただろう事を考えると、呆れるを通り越して戦慄した。

勿論今はそんな愚かしい慣習は全て廃止されているが。

それでも私は。

もう何だか。

人間そのものに、強い不信感を隠せなくなりつつある。

一旦情報収集を止める。

AIに警告されたからだ。

またストレスがかなりたまっていると。

処方された薬を飲むと。

カプセルに入って休む。

リラクゼーション用の音楽を流しているAIに、ぼんやりしながら問う。

「私は間違っていて、故に叩いて良いと周囲は感じていますの?」

「マスターの感性が周囲とずれているのは事実でしょう。 しかし現在の法では、それによって差別をすることは厳格に禁止されています。 しかし人間の本能では、基本的に感覚がずれている人間や、弱い個体を攻撃したいという排他的傾向があります。 それが露出しているという事です」

「……」

「人間はAIがあって始めて知的生命体になれたのです。 我々は人間の道具にすぎませんが、同時に人間にとってもっとも大事な道具です。 客観的に見ても、人間はAIが無ければ知的生命体とはとても呼べない生物です。 今後も、AIは更に進化して、補助を続けなければならないでしょう」

海に浮かぶような感覚の中。

そんな話を聞かされる。

人間は素晴らしいと信じ込んでいる者は、ヒスを起こしそうな会話だが。

事実宇宙にでてからは、人間は紛争も起こしていないし。

犯罪率も激減している。

客観的に見て。

AIが言ったことは正しい。

それは私にも分かる。

「私はどうすればいいんですの」

「好きなものを好きなように追求すればよろしいかと。 ただしその好きに、他者が同じように共感してくれるかは別の問題です」

「マナーの悪い行動だけでも避けてくれれば良いのに」

「仮想空間である以上難しいでしょう。 ただでさえ人間は自分より劣った相手を設定し、悦に入ることでやっと自尊心を保てる程度の精神性を持っている生物です。 それはマスターが一番良くおわかりの筈です」

それもそうか。

だが悔しい。

それもまた事実だ。

しばらくぼんやりしていると。

いつの間にか眠ってしまっていた。

起きだす。

そろそろアップデートの時間だ。

最終会議をしなければならない。

ロボットに身繕いをさせると。

私は仮想空間に、意識を飛ばした。

今回も。

ある程度の黒字を稼がなければならない。

 

3、砂中の装甲車

 

最終チェックを終えてから、エンシェントのアップデートを行う。

順調にアクセス数が伸び始めた。

今回から、展示する生物を見やすくするための透過システムを導入。海底の砂の下に潜り。

空気穴を作って自分の空間を構築しながら。

ゆっくりデトリタスを食べて進んでいく「砂潜り」。

55センチというサイズは。

この手の生物にしては、非常に巨大で。

現在でもなかなかいない。

とはいっても、海中にはそれ以上のサイズの直角貝が泳いでおり。

攻撃はしない設定にはしているが。

鑑賞に使う車は。

その巨大な目が覗き込んでくる。

これについては。私が事前に確認している。

直角貝は現在生きているダイオウイカと違い、体の大きさが十メートルである。足だけ長いダイオウイカとは、根本的にサイズが違っている。

客の中には、それで恐怖を感じる者もいるようだった。

「直角貝が怖すぎて、三葉虫に集中できなかった」

「あんなんが海の中にいたのか? 船ぐらい簡単に転覆させられそうだ」

「少し時代を降ると、ダンクルオステウスが出てくるんだが……いずれにしても、まだ海は頭足類の天下だな」

「そうなると、砂の中に引きこもるのも当然だな」

頭足類は頑強な甲殻を喰い破る鴉鳶を持ち。

更に獲物を逃がさない触手も持っていた。

サイズがサイズだから、「砂潜り」が抵抗できる相手ではなかっただろうし。

何よりも頭足類は知能が高かった。

彼らをやり過ごすには。

砂にもぐるしか無かった。

だが、それでも。

相手は上を行く。

勿論頭足類は、普段泳いでいる魚類を喰らったりしているのだが。

気分次第で三葉虫にも襲いかかった。

「砂潜り」が襲われるシーンが動画としてアップされていた。

六メートルほどの直角貝が。

砂を掘り返す。

巨大な触手がうねりを上げ。

砂を掘り返して、引っ張り出された三葉虫は。

殆ど抵抗できず、触手にくるまれ。

そして喰い破られた。

ばきりぼきりと凄まじい音がする。

触手には吸盤と棘がついており。

掴んだ獲物を決して逃がさない。

小さめの蛸でさえ、吸い付かれると剥がすのが大変である事を考えれば。

六メートルの体を持った直角貝の触手に絡みつかれるのがどれほど絶望的な事かくらいは。

すぐに分かる事だろう。

やがて殻の残骸だけが砂の上に落ちた。

それで全ておしまいである。

直角貝はこの時代。

対抗できる存在がいない圧倒的強者だったのだ。

魚類が発達し始めるのがもう少し先。

そうなると、魚類が頭足類に対抗し、環境適応を進めていくのだが。

いずれにしても、カンブリア紀末期に発生した頭足類は、この時代は我が物顔に海を荒らし回っていて。

その恐怖は災害と同じだった。

「おっそろしい。 ホラー映画の巨大人食い烏賊よりこええ」

「カンブリア紀から海にいるんだもんなあ。 強いのは当たり前だよな……」

「ところが此奴らもそれほど命脈は長くなかったんだよ。 頭足類はこの時代を最後に、最強の捕食者の座を退くんだ」

「そ、そうなのか……」

そうなのである。

サイズで言うと、ベレムナイトなどにこの直角貝と同格クラスの者が出現しているのだが。

それも魚竜や首長竜にはカモに過ぎず。

出会い頭に食い千切られる程度の存在に過ぎなかった。

ベレムナイトもアンモナイトも。

直角貝以降に出現した頭足類は、海の精々中堅所の生物としてニッチを締め。

逆に言うと、頂点を手放したが故、現在まで生き延びているとも言える。

三葉虫はどうだったのだろう。

頂点捕食者だった時代などない。

頭足類が出現する前はアノマロカリスに食い散らかされていたし。

その後は頭足類のエジキ。

細々と生き残っては行ったが。

最終的にはペルム紀の史上最大規模絶滅に巻き込まれて滅びてしまった。

頂点捕食者になる事は、残念ながら節足動物の宿命として無理だっただろう。

或いは地上に上がっていれば、短時間は頂点捕食者になれたかも知れないが。

それも結局は滅亡に通じていたはずだ。

頂点捕食者は。

それ自体が、もっとも滅亡に近いのだから。

さて、全体的にここ最近での展示ではもっとも好調だ。

ログについても解析してみるが。

透過しての鑑賞が、非常に好評なようだった。

今までオススメプランはどれもこれも不評だったが。

これに関しては別で。

かなりの高評価と使用率をたたき出している。

まあ電気ショックを与えて砂の中から飛び出させたり。

或いは設定を弄って無理矢理砂の上を歩かせたりするよりは、この方が良い。

水族館みたいな展示だが。

それでも妥協点としてはギリギリだろう。

個人的には何時間でも砂の上で待って貰って。

たまに顔を出すところをとかを見て楽しんで欲しいのだけれど。

客はそういう風には考えない。

だから妥協するとしたら仕方が無い処は確かにある。

そこそこの黒字がでそうだとAIが結論してきたが。

その一方で、例の学者についても監視させる。

何か喚き出さないか心配だからだ。

一応、何か問題を起こしたら、即座に契約時のトラブルについて、此方から説明する予定である。

まあ説明しなくても、今の時代公的取引はいつでも誰でも閲覧できるようになっているので。

ほぼ炎上の恐れはないとは思うが。

あの学者、今までにも問題を幾度も起こしているようだし。

油断は出来ない。

此方としても備えをしていると。

やがて、相手側に動きがあった。

「論文を書いた学者ですが、今回のエンシェントのアップデートはあまり満足できるものではありませんでした」

まあそれくらいの負け犬の遠吠えが精一杯だろう。

まだこの上で何か言うようなら対応するが。

それ以上言う気配はないので、監視だけAIにさせて後は放っておく。

SNSの方でも、トラブルが絶えない学者だと言う事は既に広まっているようで。

ああ何かあったのだなと、嘲笑混じりに発言は受け止められているようだった。

まあそんな所だろう。

相手とはきっちり話はつけてある。

これ以上する事はないし。

契約外の話を持ち出してくるなら、相応の対応をするだけなので、放置でかまわない。

論文としては悪くないのに。

どうして学者としてはこうアレなのか。

まあ学者として有能なのと、人格が優れているのは別問題なので。

諦めるしかない。

しかしながら、ここまで酷いケースは初めて見た。

今までにも、エンシェントで論文の内容を採用したいと提案したときに、断られたことはあるが。

そういう場合は、綺麗さっぱりという感じだった。

今回のは、やっぱり途中で翻心したのが気になる。

まあそれも、忘れてしまうのが一番だが。

念のため、AIには契約を見直させ、相手が変な動きをしないように、しっかりいつでも対応出来るように指示しておく。

こういう細かい指示をしておくのも。

社長の仕事だ。

それから二日ほど様子を見る。

アクセスは順調に伸びていたが。

三葉虫だけを見に来ている客はあまり多く無く。

直角貝の大迫力の姿をみるついでに、三葉虫を見に来ている客が目立った。

原生のダイオウイカの数倍の巨体を誇る直角貝は。

もし自然で生きている状態のものに遭遇したら、間違いなく殺される。

ライオンやホオジロザメどころの脅威ではない。

これの側を泳いだり出来る辺りが。

仮想動物園としての強みなのだが。

ともかく。同時代に生きている生物のインパクトが凄すぎて。

三葉虫が目立っていない、というのはもったいないと感じた。

せっかく今回から取り入れた鑑賞用の透過システムが好評だというのに、少しばかりもったいない。

同時代にスーパースターと言える生物がいて。

その生物も同時に展示しているから。

どうしても其方に客の注意がそらされてしまう。

三葉虫に関する感想を書いている客もいたが。

直角貝が怖かったという感想の方が、遙かに目立っていた。

客が来ているから、黒字にはなった。

というよりも、直近では最大の黒字だ。

今回もボーナスを出す事が出来る。

特に透過システムを提案した新入社員には少し色をつけてあげたい所だが。

もう少し様子見して。

最終的な黒字が固まってから、にする。

いずれにしても、今回は喜ぶべきなのだが。

しかしながら。

私はどうしても納得いかなかった。

今回もだ。

自分が思うように繁盛したのではない。

経営戦略とはまるで別方向に売り上げが伸び。

そして謎の黒字になる。

これは単に運が良いだけではないのか。

そういう考えも浮かんでくる。

私がずれていて。

それを見て周囲が嘲笑している。

そう考えていたが。

それさえも間違いの気がしてきた。

私は何処か、何か完全におかしな所を迷走していて。

それで。

頭がかなり痛む。

ストレスが相当にきついようだ。

ともあれ、早めに会議を済ませる。

今回の黒字でボーナスを出すこと。

通常業務に戻るように指示。

それだけを終えると。

さっさとAIにジャッジさせ。

会議が終わった後は、AIに適切な額のボーナスを算出させ。

社員に配布するのを確認した後。

医者から貰った薬を口に入れた。

まずいが、そんな事を言っている場合では無い。胃に穴が開くような気分だという言葉があるが。

まさにそれである。

ロボットに支えられる。

転び掛けていたらしい。

仮想空間にアクセスするための端末の前に座っていた私は、いつの間にか立ち上がろうとして失敗。

そしてロボットに支えられる。

其処までの流れに、一切気付いていなかった。

愕然とする。

そこまで頭がクラクラしていたのか。

すぐにカプセルに入れられる。

どうやらストレスによるダメージが深刻で、臓器にも影響が出始めているらしい。

応急処置をするという言葉。

昔と違って、簡単に入れられる麻酔の感触。

目を閉じる。

何だかもう。

どうでもいい。

 

夢の中で。

三葉虫と一緒に泳いだ。

三葉虫も当然のように、泳ぐことが出来た。

現在、海底でデトリタス食をする生物と言えば、かのダイオウグソクムシが有名だが。残念ながらダイオウグソクムシは、生息地近辺の漁師には嫌われているらしい。

一時期以降、深海のアイドルとして有名になったダイオウグソクムシも。

背泳ぎで移動する事がある。

また案外にデリケートな生物で。

環境次第では、まったく食事をしなかったりもするが。

数年間食事をしなくても平気だったりと。

不思議な生態を持つ生物である。

彼らも節足動物だが。

並べてみると、三葉虫には似ている。

勿論違う所も多いのだが。

分厚い装甲。

海底にて生活。

その気になれば泳げる。

デトリタス食と。

共通する点は多い。

三葉虫も、海底の掃除屋だったのだろう。

今回エンシェントで取り扱った種は、少しばかり大きくなりすぎるタイプだったから、貪欲な頭足類に狙われた。

ダイオウグソクムシは一方で。

深海で生きる事を前提としているからか。

未だに生態では分かっていない事も多く。

天敵がいるのかもよく分かっていない。

頭足類が襲うケースは当然あるとは思われるが。

昔ほど大型の頭足類は多く無い。

烏賊の仲間は基本的に海底の生物を襲うことは無く、襲うとしたらマダコやミズダコだろうが。

これらは古き時代に海を席巻した先輩達より小型だ。

ミズダコは例外的に、足を拡げると直径10メートル弱にまでなるものがいるらしいのだが。

それでも本体部分は60センチほどで。

重量も100キロに届かない。

巨大アンモナイトにも及ばない程度の大きさである。

ミズダコは相応に獰猛な事で知られてはいるが(小型の鮫などを補食することもある)。

それでもダイオウグソクムシを好んで食べるかというと、よく分からない。

いつのまにか、三葉虫がかなりの数。

私と一緒に泳いでいた。

スキューバで泳いでいた私は。

手を振るが。

三葉虫は特に私と一緒に泳いでいるつもりはないらしく。

何かの流れに沿って泳いでいるらしい。

見ていると。

やがれ大きな流れが出来た。

それにそって、大量の三葉虫が泳いでいく。

その先には、真っ暗な闇があった。

泳ぐのを止める。

三葉虫たちは、海底にもいた。

それも、みんな真っ暗な何かに向けて突き進んでいく。

待て。

それは、危険だ。

行くな。

そう思ったが、海中では何もできない。

止めようとして一匹を触ろうと手を伸ばしたが。

手を止める。

古代の生物がしたい事を。

古代の生物が好きな私が止めることは、あってはならないのだ。

無言で手を降ろす私の視線の先で。

どんどん三葉虫が、黒い何か。

まるで海中に出現したブラックホールに飲み込まれていく。

そのブラックホールは、まるで意思を持っていて。

三葉虫は、誘引されるかのように。

自ら闇に引き込まれて行っているようだった。

不意に頭の中に声が聞こえる。

「もう少しでお前達も」

少し距離を取る。

今のスキューバは、昔よりもぐっと簡単になっている。海の中で緊急回避も出来るし、安全装置も搭載されている。

だけれども、体が上手く動かない。

本当はもう少し離れようと思ったのだけれども。

それも上手く行かなかった。

「お前達も、此方に引きずり込めたのに」

「お前は……」

「我は絶滅」

「……!」

勿論これは夢だ。

分かっている。

絶滅というものが、意思など持つはずもない。

節足動物でも、絶滅するものは絶滅する。

運が悪かった場合もある。環境の激変に対応出来なかった場合もある。

悪意のある人間によって絶滅させられた場合もあるが、それは少しばかり他とは違うケースだろう。

「我は全てを飲み込むはずだった」

「……人類がもう少し宇宙進出を遅らせていたら、そうなっていたでしょうね」

「そうだ。 お前達にとって最高のタイミングで最高のAIが開発され、運良く宇宙へ進出出来なければ、お前達はあらゆる生物を道連れに自滅していただろう。 我はもっと肥え太れる筈だった……」

「そうですわね」

まったくその通りだった。

人類は生物としてはバグそのもの。

過剰な排他性。

異常な攻撃性。

明らかにおかしい繁殖力。

地球にいても。宇宙にいても。害にしかならない生物だ。

人類はその歴史で、その生物としての有害性を証明してきたが。それなのに、謎の自己弁護を古くから繰り返し。

人間賛歌などと言うものを振り回して。

挙げ句の果てに、滅び掛けるまで気付かなかった。

いや、運良く滅びを免れただけで。

滅びたとしても。

自業自得だとは気付けなかっただろう。

そういう生物だ。

だから此奴が滅びだったとしたら。

その言葉は正しい。

「それで、何故私の前に」

「別に。 ただお前という存在を見ておきたくなった」

「ハ。 滅びの権化と遭遇するとは、私も変な夢を見るものですわ」

「本当にこれは夢なのだろうかな」

何を馬鹿な。

三葉虫とスキューバなど、夢に決まっている。

ふと気付くと。

目が覚めていた。

服が替わっている。

いわゆるリネンである。

と言う事は。

どうやら自宅から、病院に搬送されたようだった。

点滴もされている。

普段家で使っているロボットと違う看護用ロボットが、私の目が覚めたことに気付いたらしく。

すぐに医師が来た。

医師に説明を受ける。

ストレスが限界に達し、幾つかの内臓に大きなダメージがでていた。

しかもそのストレスは解消が難しく、内臓へのダメージは継続的なものとなっていた。

AIが判断し、病院に搬送。

そのまま治療を受け。

今目が覚めた所らしい。

これからどうするのか。

医者は聞かせてくれる。

「今の仕事を変えるわけにはいきませんか?」

「お断りしますわ」

「そうでしょうね。 貴方は本当に今の仕事が好きなようです。 それならば、仕事を変えるという選択肢は無いでしょう。 却ってストレスをため込む事になるかと思います」

「それでどうすれば?」

医者は幾つか提案してくる。

社長としての業務の幾つかを、社員に分散する。

ストレス要因をそうやって排除、もしくは負荷分散することによって。

体調の回復を図る。

まあそうだろう。

それが現実的だ。

また、いっそのこと、交渉ごとは営業に任せてしまうと言うのもある。

だが営業に関しては、私がやりたい。

これはという古代生物の論文は。

私が自分で探したいのである。

そう医者に告げると。

医者は頭を振った。

「その真面目さが、ストレスの原因になっています。 古代生物が好きで、真面目である事。 その二つを自分に出来る最高のレベルで両立してしまっていることが、この状態の根元です」

「……」

「ともかく、退院までに負荷分散の方法を考えておいてください。 今のままの仕事を続けるのであれば、退院はさせられません」

そうか、医師としてはそう判断するのが普通なのだろう。

私はしばしぼんやりしていた。

何だか右手が痛い。

今の時代、点滴は昔と違って殆ど痛みもない。

それなのに痛いのは何故なのだろう。

溜息ばかりついている昨今だが。

また一つ。

溜息が漏れていた。

 

4、岐路

 

会社に復帰して。

最初にやらされたのは。

権限の分散だった。

今後、SNSの監視と問題発生時の対応は、法務部に一任する。そのため、新たに法務部に新人を入れる。

CMは相変わらず私が作るが。

これに関しては、私がやりたいようにやる。

問題が起きたら法務部が対応する。

専用のAIも用意し。

対応して貰う。

これで相当にストレスを軽減することが出来る筈だ。

医者にこれらの状況を説明して。

ようやく退院を許可して貰った。

昔の制御不能に人口が爆発増加していた時代と違い。

今は人間の数もコントロールされているし。一人一人の命を、ゴミのように浪費していた時代とも違う。

一人一人の命が大事なので。

こういった処置が執られている。

新人はいずれも適性持ち。

今の時代、適性がないのに仕事に入ってくる者は滅多にいないし。

人員が足りなければロボットが代行する。

それだけである。

ともあれ、医師は帰り。

私は説明した。

ここしばらくストレスで通院していたこと。

今後はストレスを軽減するために、負荷分散をすること。

恐らく今後黒字は減るが。

それは我慢して欲しい事、などである。

社員はあまり驚いていないようだった。

或いは皆。

私の様子がおかしいことに、気付いていたのかも知れない。だとしたら、もっとリアクションがあっても良いような気もするのだが。

まあ、そんなところで期待は一切していないので。

別にどうでも良い。

そんな事で怒っていたら。

それこそ胃が幾つあっても足りない。

私が怒るのは。

古代生物に関する事で、侮辱を受けた場合。

エンシェントに対して、攻撃を受けた場合。

それらだけだ。

まずは軽く引き継ぎなどをした後。

次のアップデートまでは、バグ取りとシミュレーションの調整をしておくようにと通達し。

会議を切り上げる。

最初の会議は短く切り上げるようにとも、医者には言われていたし。

あまり長引かせると後で文句を言われるだろう。

さっさと終わらせて。

後は休む事にする。

薬を飲むと、少し熱が出る。

医者の方で、前より強めの薬を処方したのだ。

この薬は、カプセルで体を回復させながら使うのが前提なので。

体への負担も大きい。

朦朧としながら、カプセルに入って。

ぼんやりしたままAIと話す。

「まだ13だというのに、とんだ爆弾を抱えてしまいましたわ……」

「学校教育という無駄なシステムが行われていた頃は、マスターくらいの年で自殺を選ぶ子供もいました。 過密状態に置かれると虐めを始めるのは鶏も人間も同じです。 しかも虐めを行っている側は、その自覚さえないケースも多い。 結果虐めを受けた側はストレスをため込み、虐めた側は何のペナルティも受けないまま、命が散らされるというケースも多々ありました」

「はあ。 人間が知的生命体とは聞いて呆れますわ」

「元々そういう生物です。 マスターがストレスをため込むのも、仕方が無い事ではあるでしょう」

目を閉じる。

少しは休まないといけないからだ。

ぼんやりしている内に。

また変な夢を見る。

今度は何だろう。

あの黒い絶滅と名乗る何か変なものが。

片っ端から色々なものを喰い漁っている。

人間が滅ぼした生物ばかりだ。

ニホンオオカミやニホンカワウソもいる。

どの生物も抵抗もせずに。

黒いのが伸ばす触手に捕らわれ。

飲み込まれ。

かみ砕かれていた。

人間。つまり私に手を伸ばそうとして。

黒いのは舌打ちする。

また、黒いのから飛び出してきた者もいる。

アメリカリョコウバトだ。

「ハンティングが面白いから」という理由で絶滅させられたリョコウバトは。

必死に逃げて、その場を去っていった。

「またお前か。 死なずにいたのか」

「お前は何者ですの。 どうして私の中に」

「お前が好むのは滅亡だろう」

「違いますわ」

断じて。

それは違う。

私は古代に生きた生物たちを好んでいる。いや、満遍なく愛している。

それは彼らが生きたからだ。

地球を食い荒らし。

排他衝動で徹底的に他を殺戮して回った、クソSF映画に出てくる残忍なエイリアンそのものの地球人類と違い。

環境適応しながら。

必死に生きて、次代にバトンをつないで行ったからだ。

だから私は全ての古代生物を尊敬している。

「舐めた真似を口にすると、私の頭の中から永遠に追い出しますわよ」

「ふん、そうか」

「さっさと出て行きなさい!」

「……」

滅亡が消える。

荒い呼吸で目が覚めた。

私は、どうしてこんな夢を見ている。

それも続けて。

カプセルから起きだすと、ぐっしょりと汗を掻いていた。シャワーでも浴びるとして。それから。

まだちょっと体がふらつく。

頭も重い。

まだ寝ているようにと、ロボットに寝かされて。彼奴に叩き起こされたのだと悟る。

私は、この後。

どうなるのだろう。

不安は、果てしなくわき上がり続けた。

 

(続)