始祖にあらず

 

第二の空の者

 

鳥類。

現在の地球にて、空の覇者となっている生物である。

大型の者でも翼を拡げて三メートル程度だが、昔にはそれよりも遙かに巨大な種も存在していた。

陸上生のものもおり。

現在ではダチョウが有名だが。

昔にはそれよりも遙かに巨大な陸生鳥類も存在していた。

一つ誤解が存在している。

鳥類は恐竜が進化した姿、というものだ。

違う。

鳥類は恐竜の中の一派が、環境適応した結果出現した種族。恐竜が鳥類になったわけではない。

さてこの鳥類だが。

現在でもオリジンはよく分かっていないのが現実だ。

有名な始祖鳥に関しては、実は既に鳥類の先祖では無い事が確認されている。

また、似たような、空を飛ぶ方向に環境適応した、鳥類と恐竜の中間に当たるような生物は幾らでも発見されており。

それどころか、羽毛を持った恐竜も多数発見されている。

かといって、肉食恐竜が全部羽毛を持っているかというとそれは否だった様子で。

現在でも苛烈な議論と。

熱心な研究が行われているのが実情だ。

また鳥類は、6500万年前の異変を生き延びた生物でもあり。

恐竜のニッチを激しい勢いで埋めていった存在でもある。

全体的に見ると哺乳類に押されがちではあるが。

それでも充分に健闘している種族だと言えるだろう。

もっとも、現在地球で最も繁栄しているのは。

脊椎動物ではなく。

無脊椎動物の昆虫だが。

ジュラ紀、白亜紀に、恐竜に怯えながらこそこそしていた哺乳類とは根本的に昆虫は違っている。

戦略的に生態系の下位に位置することを選び。

あらゆる環境に適応することを最大限の強みとしている。

単に恐竜がいなくなって。

その隙間を埋めただけの鳥類と哺乳類とは違うのである。

さて、鳥類だが。

今見ている論文が興味深い。

未だに鳥類の決定的な祖先とされる種はまだ見つかっていないのだが。

そうかも知れない、という種が発見されたかも知れないのだ。

とはいっても、初期の鳥類は。

今のように、自由自在に飛ぶ事が出来た訳では無い。

現在でも、実は空を飛ぶ爬虫類は存在している。

まずトビトカゲと呼ばれる蜥蜴だが。

コレは体の左右に膜を持っており。

これを上手に使って、木の間を滑空する。

この性質からも分かるように樹上生の蜥蜴で。

あくまで「羽ばたいて飛ぶ」ではなく。

「滑空する」生物である。

蛇にも飛ぶ種はいる。

同じく樹上生のもので、パラダイススネークと呼ばれる。

空を飛ぶ様子から、天国の蛇と思われるのだろう。

この種は、それこそ体全体を使って滑空することで、上手に木と木の間を飛び渡る。

体が長い事をそのまま利用し。

滑空を行うのである。

これらのように、現在でも、恒温動物でさえない爬虫類にも、「滑空」であればこなす種族が存在している。

そして最初の鳥類も。

いや、環境適応して鳥類の先祖になっていった恐竜も。

最初は滑空だったのだろう。

この樹上生の滑空をしたらしい生物は何種か発見されているが。

いずれもが、翼竜類に出遅れており。

この翼竜類がきちんと飛んでいたことを考えると。

やはり最初は滑空からニッチを埋めていき。

大型化し小回りがきかない翼竜に対して、低空などを飛ぶことによって、昆虫などの小型生物を餌とし。

或いは素早く動く事によって、生存率を上げる。

そんな生存戦略を採った生物が出てきた。

その可能性は大いにある。

そして今私が見ている論文でも。

新しく発表された化石に、それらしい生物が記載されていた。

大きさは雀程度と非常に小さい。

また嘴ではなく口を持っていて、ずらりと歯が並んでいる。

また翼の先にも爪がある。

やはり翼が発達する前の生物で。

形状は蜥蜴に似ており。

木の幹を昇ること。

機敏に動き回る事。

そしていざという時の避難手段として滑空すること、が特徴だ。

滑空することによって、逃げるだけではなく。空中にいる昆虫を補食したのかも知れない。

いずれにしても、意外と機能的な姿をしている。

何が革新的かと言うと。

この化石が、今までの「中間的な」鳥に似た恐竜に比べて。

骨が非常に細い、と言うのである。

鳥の最大の特徴は。

飛ぶために体を極限まで軽くしていることなのだが。

この生物にはそれが見て取れる。

また、鳥に骨格も酷似しており。

もう少し調整すれば、鳥になったのでは無いか。

そういう意見も出てくるほどだ。

今まで見つかった、鳥に似た恐竜たちよりも。

更に鳥に似ている。

勿論直系先祖と考えるのは気が早すぎる。

だが、とても興味深い化石だ。

腕組みした私に。

ロボットがココアを出してくる。

しばらく考え込んでいたから、だろうか。

有り難くココアをいただきながら。

鳥についての情報を、自分でまとめていく。

鳥の最大の特徴は。

攻撃力と機動力に己を最大限特化していることだ。

地上に生きるダチョウのような例外はいるが、飛ぶ種類は基本的に皆コレである。

勿論草食性の大人しい鳥もいるが。

飛ぶというアドバンテージを生かしつつ。

昆虫とは違う大きな体を保ち。

なおかつ安定した生を得るには。

これが一番だ、ということだ。

攻撃は最大の防御、というわけである。

実際大型の鳥類の中にも、すらっとした体つきのものは多い。

猛禽は重厚な体つきだが。

それもよく見てみると、爪や嘴など要所を固めているのであって。

実際には華奢だ。

更に知能の高さも鳥の特徴である。

鴉などは特に有名だが。

限定的に道具を使いこなす種も存在しており。

類人猿の一部並みの知能を持っている種は珍しくない。

ゴミを漁るタイプの鳥を遠ざけるのが難しいのが、この知能の高さが故で。

いずれにしても、一筋縄で行く生物ではないのだ。

もし、そんな完成度が高い鳥の先祖がこれだったとしたら。

確かに興味深い。

SNSを調べて見る。

うちに論文を送ってくれてはいるが。

当然公式で発表もしているはず。

ピーコックランディングから見ると。

早速一部で話題になっていた。

「ほぼ鳥類になっている化石は何種も見つかっているが、コレは興味深い。 確かに鳥の特徴を多数備えている」

「小型種なのも良いな。 生態サイクルを早くする、更には自在に飛ぶための負担を軽減しやすい。 鳥という偉大な種が誕生するための下地が揃っている」

「発表した学者は……」

「あまり実績が無い人物だな。 今後が要注目だ」

実績が無い学者であっても。

きちんと論文は評価する。

気むずかしい連中であっても。

それでも相応にフェアに行動している、と言う訳か。

まあ良い。

他のSNSを見てみるが。

流石に専門家ではないし。

これを見て、即座に凄いと判断はできないようで。

話題にはなっていないようだった。

むしろ、この間の。

カルト主導で行われていた。

うちへの嫌がらせが話題として賑わっていた位である。

「俺の友人が、アカウント消去されて、警察に今聴取されてるよ。 面白がって荷担したらしくってな」

「そりゃまずいな。 地球時代だと、同級生を虐め殺しても児童保護法とかで無罪放免になったり、集団リンチで人間をコンクリ詰めに殺したくせに数年で出てきたあげくにそれを居酒屋で自慢するような輩が平然とのさばっていたらしいが、今はもうそういう時代じゃないからな」

「マジで」

「大マジだよ。 それで法治国家を自称していたんだから聞いて呆れる。 今はきちんと報いが降るって事だ」

それらの事件については私も聞いたことがあるが。

それよりも、心配だ。

今回の事件の経緯は発表されているが。

エンシェントの売り上げがそれで落ちないかが、である。

人間なんぞにはもう欠片も期待していないが。

社員は食わせて行かなければならないのが社長の辛い所。

もう熱意をCMに込める事は諦めた。

エンシェントのクオリティを高めることは今後もやっていくが。

エンシェントに関わると逮捕されるとか、そんな変な噂が流れ出さないかが不安である。人間の生物としての下劣さを見た直後だから、なおさらだ。

いずれにしても。

この新しい鳥の先祖かも知れない化石については、ピーコックランディングのような専門のSNS以外ではほぼ話題になっていない。

AIにも情報収集させるが。

結論は同じだった。

まあそんなものだろう。

私は嘆息すると。

論文を書いた相手に連絡を取る。

是非今度の大型アップデートで採用させて欲しいと。

相手は少し悩んだ後。

乗って来た。

なお、私より二歳年下の、適性を見込まれた学者らしい。

年下の学者の論文だと言う事については驚いたが。

だからといって、特別扱いはしないし。

契約もしっかり結ぶ。

相手はAIでガチガチにサポートを受けながら。

一つずつ、丁寧に受け答えしてきた。

「エンシェントについては聞いています。 この研究について、正確に再現してくれるというのなら」

「きちんと事前に内容を確認して貰い、許可を取ってから展示する仕組みです。 余計なトラブルを避けるためにも必須ですので」

「分かりました。 それでは異存ありません」

「ありがとうございます」

細かい契約についてはAIに任せる。

これが一番不正が起きない。

AIは市場価格などにも非常に詳しい。

相手側の使うAIも勿論そうなので。

落としどころをきちんと見つけてきてくれる。

人間にとっての、唯一まともな発明とさえ、私は思う。

とはいっても地球時代のAIと。

現在のAIは。

完全に別物だが。

解約が完了して。

仮想空間でアバター同士で握手をする。

その後軽く話すが。

所属している研究機関で最年少らしく。

色々と困る事も多いようだ。

「子供の社会進出が進んでいるとは言え、厳しい風当たりがある事も時々感じます。 貴方もそうなのではないですか?」

「子供だからと言って不当な扱いを受けたことはないですわ」

既に仕事上では無いから、私もいつも通りのしゃべり方に戻す。

とはいっても。

社員達はきちんと接してくれているが。

SNSではどうか。

現在、事実上の人間の交流用ネットワークであるSNSでは。

巡回用botが見張ってはいるが。

それでもやはり、色々と人間の業が表に出る。

例のカルトは完全に摘発され、既に宗教法人として瓦解したようだが。

それはそれだ。

まだエンシェントに対して、悪口を言う輩はいるし。

どう合法的に嫌がらせをするか、笑いながら話している連中も見かける。

私が子供だから、そうされているとは思わないが。

私が古代生物が好きで。

好きだという感情を表に出していることが。

相手の嘲弄を買っている、とは感じる。

地球時代はこういった、「何かを好き」という感情を表に出すことが殆どタブーになっていた時代があったと聞く。

何かが好きだと言うと「オタク」というレッテルを貼られ、事実上人権を剥奪された時代があったらしい。

今では考えられない話だが。

コレによって苛烈な虐めが発生したり。

社会的に抹殺されたりする事も多く。

既に滅びたマスコミは、この蛮行に積極的に荷担。

金儲けのために、多くの人生を狂わせた。

何しろ現在でもそうだが。

人間は「自分より下」の存在がいれば安心する程度の生物であり。

マスコミなどの「権威」が、「自分より下」の存在を設定してくれればそれだけで大喜びする程度の生物でもある。

万物の霊長が聞いて呆れる。

つまるところ、合法的に他者を虐待するために、血に飢えた目で生け贄を探していた連中に。

マスコミは金儲けのために、その生け贄を提供したわけだ。

現在では悪行の限りが祟ってこの世界からマスコミは消え去ったが。

当然の結果である。

そして今も。

人間はAIの補助が無ければ。

根本的な所では変わっていない。

早い話がカスなのだ。

「論文については、本当に大事に扱ってください。 お願いします」

「分かっていますわ。 私も古代生物を愛する者の一人。 それに、何かが好きという事を、馬鹿にすることを軽蔑する者の一人ですわ」

「……お願いします」

仮想空間からログアウトする。

さて、と。

この小さな小さな恐竜と鳥の中間。

まだ学名が無い。

そう、たとえるなら。

雀のような者。

それでいいか。

雀のような者を、出来るだけ正確に再現し。

そしてアップデートして、集客しなければならない。

客の良識などには最初から一ミリも期待はしていないが。

それでも客のアクセスは集めなければならない。

良心的な値段とは言え。

それでうちの稼ぎになるのだから。

とはいっても、自分の稼ぎのためには人間をどれだけ殺しても何ら良心の呵責を覚えず、多数の弱者の人生を滅茶苦茶にしていたような。そう、地球時代のマスコミやら銀行やらとは一緒にならない。

あんな連中は生物と呼ぶに値しない。

環境のがん細胞だ。

がん細胞なんぞと一緒になるつもりはない。

まず、会議に掛ける。

以前始祖鳥展をやった事があるので、そのノウハウをある程度生かすことが出来るだろう。

今回も。

展示に、気を抜くつもりはなかった。

 

1、小さき希望

 

軽く会議をしてから。

今回の展示についての大まかな戦略を決める。

まず論文を確認した結果。

主に森の低層から中層に掛けて棲息していた生物であること。

まだ翼は滑空を主体にしていたが、滑空が長引く場合は羽ばたいた可能性もあったこと。

更に羽ばたく場合には、現在の鳥のような専門的な動きではなく、ゆったりとしたものであっただろうこと。

羽根の先にまだ残っているかぎ爪も使い。

木の幹を蜥蜴のように昇ったこと。

以上の事が分かっている。

つまり、現状の足だけで体を支えている鳥と違い。

翼の先にあるかぎ爪も使って。

事実上四つ足で動いていた、と言う事だ。

鳥という生物そのものは、始祖鳥が直接の先祖ではないにしても、大体一億五千万年前辺りから、分類が曖昧な者が出現し始めたとされているが。

この雀のような者は。

一億三千万年前ほどの生物である。

つまるところ、かなり鳥に近付いている訳で。

直系先祖ではないにしても。

その近縁種と見て良いだろう。

食性についてだが。

口のぎざぎざの歯から、一見すると昆虫食にも思えるが。

雑食であった可能性もある。

現在の鳥類も、雑食の種は珍しくない。

雑食というのは適応力が高いことを意味もしている。

とはいっても。

雑食の生物には、ある忌むべき特徴もある。

共食いである。

人間も古くは大いにやっていたし。

豚なども、共食いは当たり前にやる。

豚の子供などが何かしらの理由で死ぬと、翌日にはもう綺麗さっぱり「家族」達に骨まで残さず食われているものだが。

雑食の動物に関しては、基本的にこの傾向が強い。

また猛禽の仲間には。

雛同士で殺し合いをして。

生き残った者だけが巣立つ習性を持つ種がいる。

知能が高いと言う事と。

合理的な行動をするかと言うことは。

また全然別の問題なのである。

論文では其処まで触れられていない。

というか、分からないのだろう。

いずれにしても、この雀のような者が卵生だったのはほぼ確実だろう。

問題は巣をどうしていたか、と言う事だ。

恐竜は、巣を作って産卵していたことが分かっている。

勿論種にもよるだろうが。

現在の鳥類の殆どが巣を作ることを考えると。

この雀のような者も。

巣を作っても何ら不思議では無いだろう。

その場合、どう巣を作るか。

木の枝に巣を作るのか。

うろに巣を作るのか。

地面に巣を作るのか。

地面は、少し考えにくい。

恐らくだが、一番競合相手が少ない木の枝に作ったのでは無いかと思われる。

そうなるとつがいで巣を守ったのか。

可能性はある。

わいわいと会議で話し合いながら。

論文に無い部分についてはまとめ。

そして後で私からメールでやりとりする。

一段落した所で。

プログラマーが言う。

「今回も小型生物の展示メインと言う事で、やはり展示には工夫が必要ですニャー」

「しかも生息域が木の低層から中層となると……」

「いっそジープか何かを使いますか?」

「それよりも、前に使った海底用車両を改装して、サファリパークで使うようなバスにして見ては」

勿論、ジェットパックなどを用いて至近で観察するのが個人的には一番のオススメなのだけれども。

実はこのジェットパックプラン。

殆ど客足が伸びない。

統計は残酷で。

毎回10%もこれを利用する客がいない。

至近で観察したいと思わないのが不思議でならないのだが。

ともあれ、客が使いたがらないのなら仕方が無い。

商売とはそういうものだ。

「ヘリは?」

「ヘリは高度的に向かないですのだ」

「そうなると今回は、双眼鏡を付属した、車両での観察プランをオススメに持っていくしかないですね……」

「分かりましたわ。 それで準備を進めてくださいまし」

会議をジャッジに掛け。

AIが問題なしと判断したので。

そのまま終了する。

私は仮想空間からログアウトすると。

ロボットに額の汗を拭わせた。

疲労がひどい。

何だろうかよく分からないのだが。

少し前から随分と疲れやすくなっているのだ。

AIに指摘されているのだが。

この間、カルトの連中が逮捕されて以降。

私はどうも何かしら精神にダメージを受けたらしく。

疲労が蓄積しやすくなっている。

何かしらのカウンセリングを受けるべきだという指摘をAIにされているのだが。

精神的なダメージについては、回復がかなり難しい。

それは現在でも同じだ。

カウンセリングもAIが行うが。

精神疲労を取り除くのとは訳が違う。

色々と手間も掛かるし。

治るとも限らない。

怪我なんかは今の時代確実に治るのだけれど。

精神の傷はそうも行かないものだ。

いずれにしても、少し横になる。ロボットが冷やしタオルを頭にかぶせた。まずは、メールで学者とやりとりをしなければならない。最初に作った簡易モデルも見てもらって、それで判断も必要になる。

思考でメールを作成するツールを使って。

メールをさっさと書く。

内容をAIに精査させ。

更に自分でも確認した後、相手へ送信。

その後、学者から返事があった。

どうやら学会に呼ばれているらしく、戻るのは二日後だそうである。

この間の発見がかなり評価されている様子で。

まあそれならば仕方が無いか。

そもそも木星のコロニーに住んでいるのに、火星まで出向かなければならないらしく。

それならば、二日のロスもやむを得ない。

たまに、こういう無駄な習慣がまだ残っているのだ。

現在なのだから、仮想空間を使って学会をやればいいものを。

まあ、仕方が無いのだろう。

これでも地球時代に比べれば、何百倍もマシなのだから。

とりあえず、打ち合わせをした後。

休む事にする。

相手も学会に全力投球したいだろうし。

合間に打ち合わせとは行くまい。

しばらく横になって休んでいると。

メールが来る。

警察からだった。

この間捕まったカルトの中心人物が、私を名指しで何か言っているらしく。確認をしたいそうである。

仮想空間に呼び出され。

フラフラの状態で聴取を受けるが。

何でも犯人の支離滅裂な言動を整理すると。

私が最初に挑発したので。

頭に来たのだとか。

知るか。

吐き捨てたい所だが、其処は我慢し。その「挑発」とやらの内容を確認する。一応警察もAI主導で行っているので、そのログについて取っていた。

で、その内容だが。

私がエンシェントで行った展示が。

「霊長類を展示していない」というのが挑発だというのである。

何でも犯人はいわゆる原理主義者で。

一神教の聖書通りに世界の歴史が作られたと信じているらしく。

「他の気色悪い生物はどうでもいいが人類の誕生が無いのは許されない」らしい。

さっき知るかと言いたくなったが。

今度は我慢できずに吐き捨てる。

AIは冷静に、と抑えた後。

事実かどうか確認されたので、咳払いしてから応える。

「あくまでうちは古代生物専門の仮想動物園ですわ。 1000万年前より最近の生物については展示しないようにしておりますの。 其処に人類に対する敬意がどうのとかは関係ありませんわ」

「分かりました。 要するに犯人を挑発する目的では無い、と言う事ですね」

「なんで知りもしない相手を挑発しなければなりませんのよ」

「いえ、それだけ分かれば大丈夫です」

どうやら、それを確認したかったらしい。

幾つか法についての説明をされるが。

私が意図的に犯人を名指しで挑発行為を行っていた場合。

相手が如何に支離滅裂な行動をしていた場合でも。

多少の減刑要因になるという。

減刑と言っても、精神の洗浄が終わった後、刑期に服す時間が多少減るだけだが。

そんな事よりも、だ。

こっちが精神にダメージを受け。

今も疲弊が酷くて横になっていたのはどうしてくれる。

そう指摘すると。

それはきちんと罰になるので心配しなくて良いと、さらりと流された。

口をつぐむ。

色々言いたいことはあるが。

罰になるのなら、それ以上言う事も無いか。

ともあれ、仮想空間からログアウト。

AIに警告された。

発熱があると。

すぐに医療カプセルに入れられて、治療を受ける。しばらくは安静にするようにと言う事だった。

わざわざ言われなくても動けない。

しばらく治療を受けていると。

リラクゼーション用の音楽が流れて来る中。

AIに言われる。

「仕事は急ぎでは無いようですし、数日は仕事量を減らしましょう」

「……」

「此方でスケジュールを調整しておきます」

「好きにするといいですわ」

ぼんやりしたまま。

AIの言葉を聞き流す。

ロボットがてきぱき作業をしているのを、ぼんやりと見ながら。

私は疲れが祟ったのか、そのまま寝込んでいた。

 

丸一日寝ていたらしく。

それだけでぐったりした。

目を擦りながら起きだすと。

適当に立派な栄養の食事を済ませ。

そして起きだす。

髪の毛はロボットに整えさせるが。どうも元気が出ない。どうして好きなようにやれないのか。それが不愉快でならない。

挙げ句の果てに、異常者の逆恨みをまったく知らないところで買い。

それで警察に呼びつけられる。

冗談じゃあない。

こっちとしては色々言いたいことが多すぎる。

これでも太陽系に出てから人類の文明は、ようやく知的生命体と呼ぶのに相応しいものになったようだが。

地球では文字通り、地獄だったのだろう。

まあ人類の歴史は排他と大量虐殺の歴史である。

それは知的生命体と呼ぶに値しない。

あげくそれを、「他の生物もやっている」などと自己弁護する有様。

人類も環境の一部だとかほざきながら、環境汚染のあげくに病気を発生させ。

あげく地球ごと滅び掛けた生物は訳が違う。

ちょっと訳が分からない、というのが私の素直な意見で。

今もそれに変わりは無い。

こんな生物にどうして生まれたのか。

溜息を零すと。

朝飯を食べ。

トイレを済ませ。

ざっとスケジュールを確認した後。

AIに幾つか指示。

自分はCMを作り始める。

学者は乗り気だし。

極端な修正が入らなければ大丈夫だろう。

CMの骨子は、原初の鳥。

翼についたかぎ爪も利用して、木の幹をするすると昇っていく。

其処へ現れる捕食者。

木登りも出来る恐竜。

明らかに相手の方が速い。

だが、雀のような者には切り札があった。

今も、空を飛ぶことが出来る者が皆使う札である。

そう、飛翔だ。

木の枝まで逃げ切ると、相手のあぎとが届く前に。

雀のような者は飛ぶ。

滑空して隣の木まで。

木の枝に貼り付くと。

チチチチチと、鋭い声で鳴きながら、また登り。相手を引き離す。

捕食者はそれを見て諦めると。

さっさと戻っていった。

CMの骨子はこんな所で良いだろう。

兎に角現状の鳥との違いをアピールしていく。

翼の先にある爪。

嘴では無い。

羽ばたくのでは無く滑空する。

なお、現時点では、色合いは木の幹に併せて茶色くしている。

恐らくこれが保護色として丁度良いからだ。

また、滑空という脱出手段があるとしても。

当然被捕食者である事に変わりは無い。

恐らくは、鳥同様恒温動物だっただろうから。

燃費も決して良くなかっただろう。

燃費が悪いと言うことは。

大量のエサを必要とすると言うこと。

仮に雑食性だったとしても。

餌を食べる時間は、動物にとっては無防備になる時間でもある。

このような小型動物が無防備になれば。

それはすなわち死に直結する。

更に言うと、小型だから燃費が良いというような事も無いはず。

ハチドリの燃費の悪さは有名だが。

この雀のような者はどうだったのだろう。

恐らくは、かなり手頃な獲物として、多くの敵に狙われたはず。

恐竜もそうだが。

場合によっては、大型の昆虫や蜘蛛。

更には、待ち伏せ型の爬虫類などにも攻撃を受けたかも知れない。

鳥は体が脆いのが弱点だ。

この生物も、性能を敏捷性と火力に振り分けている分、やはり攻撃を受けてしまったらひとたまりも無かっただろう。

襲われるシーンを入れるべきか。

少し考えたが。

止める。

凝れば凝るほど馬鹿にされる。

それについては、よくよく理解させて貰ったからだ。

そして馬鹿にされれば。

あの狂人に踊らされた連中のようなのが。

また群がってくる。

人間はその程度の生き物。

真面目に向き合う必要はないし。自分が何を好きなのかを見せる必要もない。それで私は良いと判断した。

とりあえず骨子は出来たので。

軽くCMを作っていく。

細かい部分に関しては、後から造れば良い。

何より学者との打ち合わせが必要になる。

色々と駄目出しをされる可能性もあるし。

今の時点で完成品を作るのは好ましくない。

かしこくも無い。

一段落した所で、AIに言われて休憩を入れ。

次の作業に入る。

会議で。

現状の出来について確認。

現時点では、普通に生存が可能だという結論が出ているという。

ただし、生態系では普通に下位に位置する。

やはりかなり捕食される様子だ。

「主な敵は大型の肉食昆虫、節足動物全般、小型の恐竜ですね。 翼竜とは殆ど生活域が重ならないので、捕食されることは無い様子です」

「詳しくお願いいたしますわ」

「以前のアップデートで、翼竜は樹上生だったのでは無いかという説が出ましたが、今回のこの「雀のような者」は樹上生でも基本的に木の低いところにしか行きませんし、何よりも森から出ません」

「ああ、なるほど……」

つまり空で翼竜と遭遇する事がない。いわゆる生活域が重ならないので、天敵にはなり得ないのである。分かり易く考えるなら、人間が深海に生きているダイオウイカにおそわれる事がないようなものだ(ダイオウイカは元々其処まで戦闘力が高い生物では無いが)。

そもそも現在に生きている鳥も。

空に関して、かなり高度で厳密な縄張りを持っており。

自由に空を飛んでいる訳では無い。

更に縄張りに入り込んだ相手には積極的に攻撃を挑む習性もある。

勿論相手が大型の鳥の場合は話が別だが。

ともかく、空は自由でも何でも無い、というのが実情だ。

この時代もそれは同じ。

というか、そもそも。

鳥が登場した時点では、空のニッチを奪うことさえ、生存戦略になかったのだろうと推察できる。

まあ無理もない。

滑空が主体だったのだ。

実際問題、トビトカゲやパラダイススネークも、森の中で生活する種であって。

空にいる鳥と競合する事は無い。

現在の鳥よりも。

むしろトビトカゲやパラダイススネークに近い形で「飛行」を利用していたのであれば。それもまあ当然だろう。

「ただ、もっとも小型の翼竜とはニッチを奪い合ったかも知れません」

「ふむ……」

「いずれにしても、生存には問題が無いことが分かりました。 後は色合い、細かい生態などですが、これについては論文の筆者による監修を待ちたいところです」

「分かりました。 引き続きバグ取りを」

会議を終える。

また少し頭が痛い。

熱が出ているようで、すぐに休むように言われた。

なんでだろう。

私が何をして、こんな目に会っているというのか。

社員達は食わせているし、無理な労働もさせていない。勿論給金はきちんと払っているし、儲かったときにはボーナスも出している。

税金はきちんと納めているし、犯罪なんてまったくの無縁。

自分の好きを商売にして。

それに対して一生懸命生きてきたつもりだ。

それなのに、どうして異常者に粘着され。

挙げ句の果てに組織的な犯罪のターゲットにされ。

攻撃までされた上に。

異常者の言い分を確認するために警察に呼ばれ。

そして今精神のダメージで伏している。

これで前より遙かにマシになっていると言うのだから。

地球時代の人間は、一部の連中を除くと地獄に生きていたのではあるまいか。

で、その一部の連中が世界を丸ごと滅ぼしかけたと。

反吐も出ない。

もう休むようにと言われたので。

少し早く仕事を切り上げて休む。

私は。

どうすればいいのだろう。

もうやめれば。

嘲笑に満ちた声が聞こえる気がした。

そういえば、アドバイスと称して、相手をとことんまで引きずり下ろして、苦悩する様子を楽しむ輩も実在するのだった。

アホらしい。

もういっそのこと肉体捨てて。

仮想空間で引きこもって暮らしたいくらいだが。

社員達の生活を両肩に乗せている身。

そうもいくまい。

しばし休む。

メールについては。

全てAIの方で、療養中と言う事で無視した。

ぐらぐらと世界が揺れる。

そういえば、最初の鳥は。

逃げるために翼を会得した。

其処に自由などというものはなく。

ただ命をつなぐために。

空を滑空した。

今もトビトカゲやパラダイススネークがやっているように。

案外翼というものは。

逃げるために今も昔もあるものであって。

結果論として、制空権を鳥が得ただけなのかも知れなかった。

 

2、混濁の中で

 

学会から戻ってきた学者と打ち合わせをする。

学者とは仮想空間で会うのだが。

相手はアンモナイトのアバターを使っている。

此方はティラノサウルスだから。

ある意味まったく接点が無い存在同士だ。

「メールで内容は確認しました。 一つずつ打ち合わせをしたく願います」

「お願いいたします」

頷くと、学者は指摘。

まず雀のような者の配色だが、背中は茶色でかまわないが、腹側は緑の方が良いだろう、という事である。

飛ぶときには、下側から見られる事も多いので。

葉に擬態するためだという。

現状では腹側を茶色から薄い青くらいに配色しているのだが。

なるほど、一理ある。

言われた通りに直した方が良いだろう。

他にも幾つかの指摘を受け、修正をしていく。

契約もあるのだが。

こういう場合は、商売を優先するのでは無く。

基本的に学者の意見が優先される。

当たり前の話で。

本職の言う事をまず聞く。

それが研究に関する大前提だ。

勿論本職が言っている事が正しいかどうかは、学会などで判断されるし。

その内容も、新しい研究が出てくれば更新される。

そういうものである。

現場の人間の言葉が一番正しいのは。

今も昔も同じ事だ。

「それでは修正点を反映したら、出来上がった品を一度確認していただきます」

「分かりました」

「学会の方は大丈夫ですか?」

「はい。 上手く行きました」

それは何よりだ。

新説を発表したはいいが。

学会で笑いものにされる人は珍しくないとも聞く。

流石に「異端の説」を発表した結果、学会を追放されるような事は実際にはないらしいのだけれども。

それでも此方としても考えざるを得ない。

更に言えば、いわゆる大陸移動説など。

学会で発表して、最初は笑いものにされた説なども実在している事を考えると。

柔軟かつ素早く。

新しい説については検証していく必要があるのも事実だ。

一旦データを持ち帰ると。

すぐにプログラム班に渡す。

後は対応を任せる。

問題はこの後だ。

学者が言ったとおりに動かしてみたら。

シミュレーションでこける場合がある。

その場合は、学者と相談するし。

どうしても無理臭い場合は、その旨を学者に素直に相談し。ある程度で妥協をして貰う事にもなる。

この過程でトラブルが生じる事があり。

今までにも何回か発生している。

そうすると色々と面倒なのだが。

ともかく、まずはやってみるしか無い。

しばし私はCMを修正。

学者が言ったとおりの修正点が幾つかあるので。

CMに手を入れていく。

とは言っても、もう懲りすぎたものを作る気は無い。

相手に隙を見せることは。

それだけ相手に馬鹿にされる可能性を増やすと言う事で。

それが商売にマイナスの結果をもたらす可能性があると考えれば。

好ましくないし。

私の体にも悪影響を与えていることを考えれば。

避けなければならない。

ともあれ黙々と作業をし。

CMが出来たくらいで。

プログラム班からメールが来て。

試作品を見せられる。

以前に比べて多少色合いが地味になったが。

動きそのものは根本的には変わっていない。

良い感じだ。

鳥と蜥蜴を足して二で割ったような動きで。

それぞれのいいとこ取りをしている。

何より小さいので動きが速い。

更に変温動物の蜥蜴に比べて。

兎に角動きが俊敏だ。

蜥蜴の中にも、瞬間的には非常に素早く動く種が存在している。

バシリスクと呼ばれる種がそれで。

生息地域ではキリストトカゲとも呼ばれる。

これは超高速で足を動かすことにより、水上を走って逃げることからで。

鳥などの天敵に襲われたときにしか滅多に使わないのだが。

実際に理論上では可能な「水上を走る」をやってのける数少ない生物である。

ただしあくまで瞬間的に、であり。

普段からそんな高速で動いている訳では無い。

さて、例の雀のような者だが。

動きはかなり速く。

蜥蜴のように休みを挟みながら動くのでは無く。

鳥のように俊敏に。

木の幹を上り下りしつつ。

鋭い牙の生えた口で。

昆虫を補食している。

やはり燃費は良くない様子で。

かなりの量の昆虫を補食している様子だ。

さて、スペックが高いとは言え。

それでも限界はある。

同じように素早く動ける小型の肉食恐竜に、瞬時に捕食され、もぐもぐと咀嚼されているのを見る。

木の枝にいれば逃げられたのかも知れないが。

常にそういうわけにもいかないだろう。

また、木の陰に待ち伏せていた大型の百足に、一瞬で食いつかれる。

百足の大きさは四十センチを超えている。

現在では、このサイズの百足になると世界最大クラスだが。

この時代では、別に驚異的な捕食生物でもない。

悲鳴を上げていた雀のような者はやがて動かなくなり。

凄まじい音を立てて。

百足がばりばりと食べ始めていた。

滑空して逃げるところはどうだろう。見たい。

確認すると、木の枝にいる所を、木登りが出来る小型恐竜が襲撃すると。

すっと飛んだ。

やはり滑空式だが。

かなりの飛距離を稼いでいる、

とはいっても、現在のトビトカゲやパラダイススネークもかなりの長距離を飛ぶことが出来るので。

これに関しては驚異的な性能、というわけではない。

まだまだ、である。

その内翼を羽ばたかせ。

滑空から上昇が出来るようになり。

飛翔が自由自在になると。

鳥は翼竜とは違う、空の捕食者としてのニッチに食い込んでいくようになるのだが。

それはまだ先の話。

ともあれ雀のような者は。

捕食者の魔の手から逃れ。

別の木にとまることに成功した。

ふむふむと、私は腕組みして側で観察を続ける。

恐竜も、他の生物も。

私には一切警戒しないように設定を変えている。

勿論踏みつぶされると五月蠅いので、私を無意識に避けるようにもしている。

仮想空間とは言え。

恐竜に踏みつぶされるのは流石にぞっとしない。

側で見ているプログラマーに確認。

「木の幹にとまっている状態から飛んで逃げる事は出来ないんですの?」

「試してみましたが、上向きにとまっている時は何とかなるんですが、下向きの時は……」

「なるほど」

動きを見せてもらうが。

確かに雀のような者が捕食される時は。

大体餌を探して動き回っているとき。

特に下を向いているときは。

かなり危険度が高い様子だ。

とはいっても、木のあまり高い所に行くと、今度は翼竜がいる。まだこの生物的な性能では、競合するのは難しい。

恒温動物というのはこういう時に不利だなと、私は思い知らされる。

燃費が悪いからエサがたくさんいるし。

エサがいると言う事は、相応に動き回らなければならない、という事を意味してもいる。

夜行性という可能性も想定したが。

それについては学者に否定されていた。

実は翼の色素などから、明るいものが検出されていて。

それが色に関する意見につながったのである。

つまり腹側が明るい色、つまり下から見た場合の保護色になっていた事はほぼ疑いが無い処で。

保護色を取ると言うことは。

日中活発に動き回っていたことを意味もしている。

事実夜行性のフクロウなどは。

極めて地味な色合いをしている。

雀のような者が。

少し大きめの虫を捕まえた。

バッタの一種だろう。

巣に持ち帰ると。

其処で食べ始める。

巣と言っても、木の枝の上にちょっと休めるように、小さな枝を組み合わせたような感触で。

多分同種にテリトリーを示すためのものなのだろう。

事実外敵に襲われた場合。

これが何かの守りになるとは思えないし。

周囲から身を隠してくれるとも思えなかった。

夕方が来る。

時間を少し進めたのだ。

陽が沈むと、雀のような者は動きを止め。

後は巣で丸まって眠り始める。

しかし夜行性の生物も珍しくない。

百足などは夜も積極的に動き回っている。

これはこの時代も同じ様子だ。

今の時代も、蝉が百足に夜中に襲われて、断末魔の悲鳴を上げていることがあるが。

どうやらこの時代も同じらしい。

雀のような者が、百足に襲われて。

金切り声を上げていたが。

すぐに毒で絶命。

後はばりばりと食われる音だけがしていた。

ただし、先に気付いて逃げる場合もある様子だ。

チチチ、と馬鹿にするような声を上げて。

雀のような者が飛び立ち、滑空して逃げていく。

百足は狩り損ねたのだろう。

枝から首を伸ばして。

じっと雀のような者が滑空していった先を見ていた。

なるほど。

生態については興味深い。

また、糞については鳥のもの。

つまり大小の便が混じったものとなっている。

これについては、いわゆる総排泄口が故だろう。

鳥などはそうなのだが。

基本的に人間では肛門にあたる、総排泄口で全ての便をする。

実はこの仕組みは意外に優れていて。

小便によって大量の水分を消耗しないという利点があり。

その結果、乾燥に強いという長所を持っている。

ペルム紀の大絶滅後。

恐竜が台頭したのは。

この仕組みを積極的に活用したからでは無いか、という説があるが。

まあ実際にはまだ諸説がある状態だ。

頷くと、私は学者に声を掛けて。

現物を見てもらう。

アンモナイトのアバターでエンシェントの開発機にログインした学者は。

雀のような者が生き生きと動いているのを見て感心したか。

しばし無言で。

やがて、素直な感想を口にする。

「思ったよりずっと良いです。 私が想像したのと大体同じです」

「問題点があるなら、後でまとめて提出してください。 修正を行います」

「分かりました。 開発機のデータをお借りします」

「お願いします」

よし。

これで大規模変更はほぼない、と判断してかまわないだろう。

プログラム班には、そのまま進めさせ。

私はCM第二弾に取りかかる。

内容は極めて簡素。

鳥の先祖かも知れない生物を見に行こう。

そうして、雀のような者の生態をざっと見せる。

素早く木の幹を上下し。

昆虫を補食。

強力な捕食者に対しては。

滑空の能力を駆使して逃げる。

そういえば、地上に降りてしまった場合は。

蜥蜴の仲間を思わせる動きで、一目散に木へ急ぐ。

それはそうだ。

この生物はまだ跳躍から飛ぶ、という行動に移すことが出来ず。三次元的な逃走を行うには、木に登る必要がある。

つまり木に登れていないと、戦力が四半減すると言う事を意味していて。

早い話が死が近付く。

積極的に小型の生物を狩るハンターであると同時に。

より大きな生物にとってはカモでもあるため。

あらゆる意味で、油断を一切出来ないのだ。

CMからはストーリー性も排除する。

前はその辺りも凝っていたのだが。

凝ったら馬鹿にされるのではたまらないし。

何よりもそれで害客を呼び込んでは意味がない。

拘りはエンシェント内部で。

自分に言い聞かせながら。

CMを黙々と作り上げる。

ほどなく、大体が仕上がった。

学者が連絡をして来たのも、その時。

問題点をピックアップしてきてくれたので、それをプログラム班に回す。

全て私も確認したが。

見た感じでは、それほど大規模な変更点は無い。

それならば、CMもあまり大きく変える必要はないだろう。

凝り性の学者になると、この辺りのやりとりを何度も繰り返すことになるのだけれども。今回はこれだけで終わった。

次の修正時の際に。

これで問題ないと太鼓判を貰ったからである。

此方に遠慮しているのでは無いかと少し不安も感じたのだが。

向こうは充分に満足しているようだったので。

それで良いと此方も納得する。

どうせ、これが絶対の正解では無い。

古代生物の研究界隈では。

新説が出るごとに、定説がひっくり返るのが当たり前だし。

何より世界を仮想空間に作っている私は。

仮想空間を、かなり無理して動かしている事実を知っている。

矛盾は今でもたくさんあるし。

動物たちの中には、これは普通には生存できない、という者もいる。

それでも化石という証拠があるので。

今の説に何かしらの間違いがある、という結論が出てくるのだが。

その間違いが何なのかが分からない。

だから分からない所はある程度妥協して動かしている。

それは学者も承知しているので。

その点で文句を言われたことは無い。

ただ凝り性の学者の中には、可能な限り完璧に近づけたいと考える人もいるし。その気持ちも良く分かるので。

此方としても、あまり無理は言えないし。

何より現場の最前線で研究している学者の言葉に。

けちをつける気も無い。

そういう事だ。

ともあれ、最終調整に入る。

CMが出来たので、会議に掛けるが。

特に反対意見などは出なかった。

というか、私が作るCMは、前に比べて明らかに簡素になっているが。

それについて口を挟む者は皆無になっている。

まあ色々あったし。

私が相当参っていることにも気付いているのだろう。

私は社長としてはきちんと仕事をこなしているし。

それ以上の事もしている。

プログラム班は、自分達が動きやすいようにしている私を良く想っているようだし。

これ以上負担を掛けたくはないのだろう。

気を遣ってくれるのは嬉しい。

ただ、此方としても。

あまりこれ以上人間に失望はしたくない。

そういう気持ちはあった。

ともあれ会議でAIによるジャッジも出たし。

CMをSNSに流す。

さて、問題は。

此処からだ。

 

雀のような者のCMが流れると。

一定の反響がSNSにてある。

「鳥の先祖かも知れない生物、か。 先祖とは断言しないんだな」

「今も諸説あるらしくて、断言なんてとても出来ないらしい。 そもそも鳥自体が、恐竜の子孫なんて言い方をされる事もあるくらいだしな」

「例の始祖鳥ってのは?」

「あれは鳥の先祖からは微妙に外れているらしい。 今回の雀のような者とかいうのも、多分その可能性が高いんだろう」

始祖鳥を知らない人間は余程の無知だろうが。

恐竜が鳥になったと無邪気に信じている人間が多いのもまた事実だ。

そう事実は簡単では無い。

恐竜の一派が鳥に環境適応したのは事実だが。

その過程がまだよく分かっていないのだ。

鳥っぽい恐竜はたくさんいるし。

鳥とも恐竜ともつかない種もいる。

恐らくだが。

まだまだ、研究の結果は明らかにはならないだろう。

「それにしても、嘴が無いし、翼にも爪がついているんだな」

「足二本で動き回る鳥とはまだ根本的に違う」

「羽ばたくことも無いみたいだ。 このCMだと、完全にグライダーみたいに滑空してやがるな」

「現存する爬虫類にも、こうやって飛ぶ奴がいるらしいぜ。 多分、環境適応の結果、誕生しやすい生態なんじゃないのか。 とはいっても、これはかなり本格的な部類だとは思うが」

以前のあのカルトが逮捕されてから。

攻撃的な批判は露骨に減った。

まあそれは助かる。

ただ、まだまだ、攻撃的なコメントをする人も少なくはない。

「これの何処が鳥だよ。 気持ち悪いクリーチャーだな」

「だから鳥の先祖だって言ってるだろ」

「知るかよ。 こんな気持ち悪いの、スプレーか何か掛けて焼き殺したい」

「お前、最低だな」

ただ、その攻撃的なコメントにも。

以前と違って、擁護が入るようになっている。

恐らくだが。

前はかなり組織的に動いていたのだろう。

そしてある程度の人数が組織的に動くと。

後はうねりとなる。

SNSの宿命だ。

とはいっても、今はAIのbotが監視しているから。例のカルトも捕まった訳で。悪意をもってSNSを利用する輩は。

昔より遙かに動きづらくはなっているが。

ピーコックランディングを見に行くが。

此処はちょっと普段と様子が違っていた。

どうやら捜査が進んだ結果、例のカルトと同調して犯罪行為に荷担していたとして、更に複数のアカウントが凍結され。

アカウントの持ち主が聴取だけではなく実際に逮捕されたらしく。

それが騒ぎになっていた。

此処は学者が入り浸っている場所だから。

アカウント停止措置だけなら兎も角。実際に逮捕者が出始めると、それはそれで問題だと言う事だろう。

しかもどうやら、いわゆる「神が生物を作った」という思想の者だったらしく。

カルトの尖兵として、SNSで情報工作をしていたらしい。

動揺がピーコックランディングに走っていた。

実際、学者がカルトに落ちてしまう例はある。

昔も大規模テロ事件で、そういった実例があった。

そして今も。

高度専門職である学者でも。落ちるケースがある、と言う事だ。

「そういえばおかしい言動の奴がいたんだよな。 確かに生物の歴史では、どう考えてもおかしい姿の生物が出てくる事はあるが、本当に造物主が作った事にしよう、で思考停止する奴が今時いるとは思わなかった」

「思考停止は学者にとってもっとも恥ずかしい行為なのにな」

「ああ、その通りだ。 それでエンシェントの方は?」

「通常営業だな。 今度は例のあの天才児が発表したのを、アップデートに取り入れるみたいだ」

天才児か。

私より年下で、研究の最前線にいるのだ。

子供の社会進出が進んでいる現在とは言え。

流石に十代になったばかりで学者となると。

適性が高い。

つまり天才と呼ばれるのも無理はないのだろう。

社長くらいになると、私と同年代や、更に年下の人間は別に珍しくも無いのだけれども。学者となると、流石に適性が限られてくる。

いわゆるギフテッドと言う奴だ。

とはいっても、人間の総合的な能力なんてのは大して変わらない。

適性がある分、他の能力は著しく劣っている場合が珍しくもないので。

何でもかんでもを要求された昔に比べ。

適正があれば食っていけるし。

それを伸ばす教育も簡単に受けられる今は。

とても平和で幸せな時代なのだとも言える。

「それでどうする。 見に行くか」

「今回も学者側と念入りな打ち合わせをしているだろうし、見に行っても良いんじゃないのか? まあエンシェントだし、雑に作ってはいないだろう」

「それにしても、自分が気に入らない相手に嫌がらせをして潰そうとするとか、前時代の人間か本当に……」

「AIががっちり管理しないと、人間はやっぱりダメって事だな。 くだらない人間賛歌が、如何に人間の本質を歪めるかの良い例だろうよ」

ふむ。

まあまあ好評という所か。

私はAIに集めさせたデータも確認。

概ね問題が無いことを確認すると。

公開に向け。

最後の準備に取りかかるのだった。

 

3、飛びはせずとも空は近く

 

鳥は甲高い声で鳴く。

勿論鳴き声が目立つ生物は鳥だけではないが。鳥は特に声を誇る傾向がある。

目立つ事を怖れない。

それは機動力が高く。

敵に捕食される可能性が低いからだ。

勿論鳥を専門に補食する生物もいる。

鳥を狙う鳥もいる。

だが、それでも。

高い機動力と攻撃能力で。

鳥は空を制圧し。

そして現在でも、昆虫より大きな空の覇者として。空に君臨し続けている。

優れた性能を持った鳥は。

哺乳類よりも、もっと優れた恒温動物であり。

昔風に言うならば。

もっと進化した生物だとも言える。

アップデートの最終調整が終わり。

シミュレーションでも問題が無いことを確認すると。

いよいよ雀のようなものの公開を開始する。

CMを見て、鳥の先祖と言う事もあってか。

今回は見に来る客も多かった。

昔の生物は気持ち悪い。

そんな心ない言葉を口にする客もいたし。

エンシェントに入った後、設定を弄って狼藉の限りを尽くす客もいたが。

個人単位でログインする仮想空間だし。

何よりも設定を弄っても他人に迷惑を掛けるわけではない。

だから好きにさせておく。

チートでも使わない限りは、合法だ。

集団で、あからさまな嫌がらせ行為をするようであれば、それは問題になる。営業妨害として法にも問える。

だが、個人単位であれば。

恐竜狩りをしようが。

森に火をつけようが。

仮想空間での出来事だ。

勝手にすれば良い。

実際、そういう無法な行為のログが流れては来るが。

気にしない。

いちいち気にしていても仕方が無いし。

迷惑を掛けているわけでもないのだから。

現時点では。

やはり、サファリパーク形式で。

車両に乗って、其処から観察するプランに人が集まっている様子だ。

やはりジェットパックを使って、至近から観察するプランは人気が無い。

今後はこのプランを廃止しても良いのではないのか。

そういう声も、上がって来ているが。

いずれにしても、もう少し様子見だ。

客の評判はそこそこである。

「鳥と言うよりも蜥蜴だな。 小さくて可愛いし、羽毛があるから気持ちが悪くはないのが良いけど」

「しっかし地味な配色だな。 もっと派手な色にしても良かったんじゃねえの」

「そりゃ、見つかったら食われるからだろ」

「いや、その辺りは浪漫をだな」

浪漫か。

気持ちは分からないでも無いが。

此方は学者と念入りに打ち合わせをした上で。

仮想空間を作っているのである。

客は一部の害悪客を除いて、概ねお行儀よく見ている。

この間、大規模な摘発があり。

それがカルトがらみだったと言う事もあるのだろう。

流石にカルトと一緒にされるのは嫌だと考える人間も多く。

それがモラルの改善を多少はした。

そういう事なのだろう。

ただ、それでもモラルが悪い客はいる。

やはり動物を全て消したあげく、森に火をつけてけらけら笑っている客もいた。

設定を変更できるのだから、そういう事も出来る。

流石に隕石を落としたり。洪水を起こしたりという事は出来ないが。

設定の範囲内では。

結構出来る事は多いのだ。

そういった害悪客はログが残っているので、マークしておく。

勿論逮捕云々は口にしないが。

もし営業妨害を始めるようなら。

今回からは、容赦なく警察にログを提出する。

そうすれば、今後は以前より迅速に動いてくれるだろう。

実際エンシェントが狂信者にハラスメントされたのは事実なのである。

昔はクレーマーなんて人種がいたらしいが。

それも今は絶滅している。

客は神、何て時代は終わったからだ。

後は、AIで評判を集め。

それを次回に生かすべく、集計させて調査させる。

「現時点では高評価が多いです」

「具体的には」

「サイズが小さくて可愛い、というのが多いですね。 後羽毛があるので可愛いとか」

「子供か」

ぼやきたくなるが。

一般の客など、そんな程度の感想しか呟かないことは分かっている。

如何にこれから鳥が現れ。

翼を発達させて羽ばたくことを習得し。

空へと進出していったか。

そういう事をどうして考えない。

まあその辺りを怒っても仕方が無い。

嘆息した後。

更に分析を進めさせる。

今後のためにも。

更に情報は必要だからだ。

「他には?」

「やはり車両を使ってのプランが人気のようです。 今後もこれを主体にして行くと良いかと……」

「何故人気ですの?」

「ログを解析したところ、ゆったり座りながら、解説を聞いているだけで良い、というのが理由のようです」

何だそれ。

それは要するに、環境音楽か何かを楽しんでいるのと同じではないか。

早い話が。

前にアンモナイトを全部消して。

雰囲気を楽しんだとかいう連中と、何ら変わらない。

私の苛立ちを察したか。

AIがリラクゼーション用の音楽を流し始める。

それは別にどうでも良いが。

私の苛立ちは、報告を聞く度に更に高まっていった。

「感想としては良かった、というものが大半を占めています。 それにそもそも、動物園に来る客はそういうものだと、他の仮想動物園でも、地球上にある動物園でも、統計が出ています」

「ほう……」

「お怒りはごもっともですが、誰もが古代生物のすばらしさを理解出来るわけではありません」

「……そうですわね」

んなことは分かっている。

此方だって妥協している。

CMで熱意を込めれば馬鹿にされ。

一生懸命作ったものは流し見される。

それが作り手の宿命だと言う事も理解しているつもりだ。

それにしても。

もう少し何とかならないのか。

少しは状況が改善したかと思っていたが。

基本的に人間が、自分は常に絶対的に正しいと考える生物だと言う事を忘れていた。

そんな生物が。

他人を理解しようと努める訳が無いし。

自分の中の勝手な理解に当てはめて、勝手に納得する事は分かっていた筈だ。

ため息をついた後。

更に専門的な分析を進めさせる。

今後稼ぐためにも。

客の動向。

更に何を求めているかを把握するかは。

とても重要だからだ。

社長である以上。

嫌であっても。

それを理解しておく意味はあるし。

理解しておかなければならない。

そういうものだ。

 

今回のアップデートは評判だった。

普段大型の生物を扱う事が多いエンシェントが、非常に小型の生物を扱ったことや。現在でもペットとして人気が高い鳥に近い生物を扱ったこと。

何よりも、何もしなくても解説をしてくれて、安全地帯から見ているだけで良いと言う状況を作った事。

それらが好評だったらしい。

AIの分析を聞いて。

私の額に青筋が浮かんでいるのを。

社員達は察しているようだった。

社員達も古代生物好きだ。

勿論中には単に仕事だからプログラムをしている者もいるが。

今は昔と違って、資本家という名前の独裁者の下で、奴隷が使い潰されているわけではなく。

会社員には権利が存在し。

仕事を選ぶ事だって出来る。

仕事を選ばなければ死ぬという事も無い。

地球時代とは違うのだ。

だから好きな事を仕事にする者が多いし。

人手が足りない仕事はロボットがやる。

そしてロボットがいるから人件費削減のために人間を雇わない、というのは違法行為とされ、厳罰に処される。

そういう時代だ。

だから社員も私と同じく古代生物がみんな好きなのだと信じたいのだが。

そうでもないのだろうか。

「あ、あの、社長?」

「貴方たちに怒っても仕方が無いのは分かっているので、勿論怒りませんわ。 むしろ良くやってくれています」

「は、はあ。 そうですのだ」

「それで、貴方たちはどう思いますの?」

すっと、私は。

爆弾のスイッチに手を掛ける。

文字通りの意味ではないが。

比喩である。

社員達は震えあがる。

まあそうだろう。

私は本気でキレている。

とはいっても、社長だからと言って、必要以上の横暴が出来る時代はとっくの昔に終わっているが。

「鳥の先祖の魅力を引き出すのに、何かしらの工夫が必要だとは思いませんの? 何も考えていない客が、ただ見ていくだけでは、風景画と同じですわ」

「もしそれをやるには、専門家の助力が必要かと思います。 とはいっても、AIが助言をした上でこの状況下ですので、生半可な専門家では助力に意味はないかと……」

「正直、今の人間は満たされていますのニャー。 生活も安泰、平和ですニャー。 だから逆に、何かしらに興味を持つと言う事がないのかと思いますニャー」

「はあ。 なるほど」

それでも、うちは儲かっている。

だからそれくらいで妥協すべきだ。

そういうわけか。

まあ話は分からないでも無い。

だけれども。

私としては、どうしても気分は良くない。

では、どう改善すれば良い。

この間害悪客は排除できた。

だが、大半の客は結局そいつらと同レベルだと再認識させられた。

ならばどうする。

今話してみて分かったが、此奴らは諦めている。

好きを伝えたいとも思っていないし。

誰かを好きにさせたいとも思っていない。

私も表に出すつもりはないが。

せめて我等の城であるこのエンシェントでだけは。

好きを見せたい。

それが事実なのだ。

その事さえも。

社員達とは共有できないのか。

哀しみより先に怒りがくるが。

相手は自分より年上の人間ばかりである。だから、世の中について、人間について。自分より諦めている。

そう考えると。

仕方が無い部分もあるのかも知れない。

大きく。

長いため息をつく。

いずれにしても、今回も黒字は確定だ。

だから、それに報いなければならない。

社長であるのだから。

少なくとも私は。

地球時代にいた、自分は社長だから偉いと考えている阿呆どもと、同じになるつもりはない。

会議を終えると。

私はまたもう一つため息をついた。

そして、ぼんやりと雀のような者を見つめた。

魔境に等しい恐竜たちが住む森で。

空に行くべく、ニッチの可能性を探り始めた者を。

 

SNSでの評判はそれほど悪くは無い。

ただ、AIが集めてくるログに関しては、ロクなものではなかったが。

恐竜のついでに見に行く。

そういう客が多すぎる。

今回はたまたま同じ時代の生物がピックアップされているから、ついで。

そういうアンケート返答をしている客も相当数が見受けられた。

怒髪天とはこのことだが。

もういい。

とにかくどうすれば魅力を伝えられるか。

それを考えたい。

AIにデータを集めさせる。

今の時代のビッグデータとでもいうべきものは、兎に角凄まじい量だ。量子コンピュータでも使わないと解析は無理。

魅力を伝える展示についても調べるが。

やはり愛情だけでは無駄だという結論が出るばかりである。

情報をどう伝えるか。

それが重要だという。

どう伝えるかが重要、ねえ。

私は頬杖をついてぼやく。

そもそも、である。

現在空の覇者となっている鳥類という生物が。

いかなる試行錯誤をしながら空へ向かったか。

その生き証人みたいな生物である。

其処の何処に魅力が無いのか。

昔の人間なら兎も角。

今の人間は。

それくらい、最低限の教育を受けているだろうし。

理解出来ないのだろうか。

私は別にIQが高い方でもない。

確か114程度だったはず。

現在はIQが催眠教育の普及によって横並びで、どれだけ出来る奴でも確か140程度、逆に一番頭の回転が悪い奴でも85程度と聞いている。

つまり平均よりちょっとIQが高い程度の私なので。

別に天才でも何でも無い。

それでも理解出来る程度の事が。

どうして分からない。

娯楽だからと気を抜いているからか。

それとも、安楽すぎる姿勢が行けないのか。

AIに問いただしてみるが。

これといった答えは返ってこない。

というよりも。

会議で言われた事が事実な気がする。

今の人間はあまりにも満たされている。

故に娯楽に対して真摯ではない。

これが確かに真相な様に思える。

ならば娯楽に真摯になれるような展示にすれば良いのだろうか。だがそれは、一体どうやって。

ふむと考え込みながら。

縦ロールにしている髪を指先で弄る。

ストレスがたまっているからか。

最近はめかし込む余裕も無かった。

自分で、開発機の方にアクセス。

嫌と言うほどチェックはしたが。

もう一度雀のような者を見に行く。

既にアップデートが済んでいるため、作られた白亜紀の仮想地球に、雀のような者は生きている。

食物連鎖に組み込まれ。

比較的下位に属しながらも。

頑張って生きている。

ホバーをつけて高度を調整しながら様子を見るが。

巣を作って、其処に卵を産んでいた。

卵を温めているのはメス。

オスがその間にエサを運んでくる。

不思議な事では無い。

ティラノサウルスは大家族で暮らしていた事が分かっているし。

巣を作って卵を守っていた恐竜は幾らでも見つかっている。

ましてや鳥の先祖である。

つがいで子育てをして。

卵を温めても不思議では無い。

もっとも、鳥にも色々いて。

子育てのやり方は種によって違うのだが。

ともあれ、この雀のような者は。

つがいで子育てをする。

この辺りは設定しているから、その通りに動いているだけだ。

仮想空間とは言え。

生物ごとに違うAIが設定され。

それに基づいて動いている。

だから此処は。

もう一つの地球と言っても良いし。多少ホンモノと違うとしても。此処に暮らしている生物は、ある意味では生きている。

それは間違いではない筈なのに。

どうして魅力が伝わらないのだろう。

卵を温めているメスに、オスが捕まえてきたエサを渡す。

そしてオスはまたエサを捕らえに行く。

だがそれは当然極めて危険な行為でもある。

巣の位置がばれないように。

極めて集中して、周囲を警戒しているようだ。

それが当然である。

現在生きている鳥も。

似たような事をしているのだから。

だが、それ以前に。

見つかったようだ。

巨大な百足が這い上がってくる。間違いなく狙いは巣だ。

オスの方が百足にちょっかいを出す。

普段は狩られる側だが。

巣を守ろうとする獣は焼け鉢になりやすい。

この雀のような者も同じ。

百足に対して果敢に攻撃を挑み。

激しい反撃を受けながらも。

一歩も引かない。

鬱陶しがった百足が、毒を口から垂らしながら、鋭い警戒音を上げるが。

雀のような者も翼を拡げて自分を大きく見せる。

噛みつく百足。

だが、わずかに擦っただけ。

何度か激しい攻防を繰り返している内に。

損害が大きいと判断したか。

百足は木を降りていった。

そして、その瞬間。

小型の肉食恐竜に横からかっさらわれ。

上下真っ二つにされたあげく。

頭を踏みつけられ。

体を貪り喰われていく。

雀のような者は身を潜めるが。

小型恐竜は見向きもしない。

戦いの様子を見ていて。百足が引くと最初から判断。様子を見ていたのだろう。

これも生の営み。

小型の恐竜だって食べなければ死ぬ。

ましてや相手が傷ついているなら。

なおさらエサとしては適している。

なお雀のような者も、多少の手傷は負っているが。

致命傷では無い様子だった。

百足の生命力は凄まじく。

体を引き裂かれてもしばらく動いていたが。

小型恐竜は対処法を知っているらしく。

頭を抑えた上で。

体から食い千切り。

そして残った頭は。

もういらないとばかりに、放り捨てていた。

頭だけでまだきちきちと威嚇音を立てていた百足も、程なく動かなくなり。百足の頭を、別のもっと小さい恐竜が咥えて持っていく。

毒を持とうが。

あの程度の大きさでは。

恐竜たちが環境のニッチを制圧している世界では、とても生きてはいけない。

生きていけるとしても。

頂点捕食者など、とても目指せない。

そういう事だ。

雀のような者は。

おこぼれを狙おうなどとは考えず。

息をひそめて宴を見守っていたが。これに関しては、小型恐竜たちが、そもそも百足を最初から狙っていたから、だろう。

しばらく身を潜めていた彼ら。

側で私は。

ジェットパックを噴かしながら。

全てを見守った。

生物全てからの警戒を解き、攻撃もされない設定にしているから、これら生の営みを全て見る事が出来る。

同じようにジェットパックを使えば。

如何に彼らが苦労しながら生き抜き。

そして次代に命をつないでいったのか。

よく分かろうと言うものを。

それがまったく伝わらないというのは。

悲しくてならない事だった。

一度ログアウトする。

今の私の視覚情報を、全てアウトプットして。加工せずにそのまま動画に編集。

普段エンシェントの社長として使っているアカウントとは別名義でSNSに投稿する。

これくらいの事は別に会議に掛けなくても良いだろう。

さて。

結果はどうなるか。

現在の仮想空間は、ほぼ現実と遜色ない所まで作り込まれている。

アップデートのたびに相応の工数が必要になるのはそれが故で。

画像だけ見れば。

それが現実のものなのか。

それともエンシェントで撮影したのかは分からない。

SNSでは反響も無いだろうと思ったが。

しばらくして。

少しずつ動画が拡散され始めた。

「これ、エンシェントの映像か?」

「何かすげえな。 グロ注意の警告は必要だとは思うけれども、それは差し引いても鬼気迫る生態の描写だ」

「これ多分、視点からして誰も使わないジェットパックの奴だな。 あれだと、色々面倒くさいんだよな……相当熟練しないと、こんな綺麗には撮れないと思う」

「だとしても、この画像には色々見る価値があるな」

ほーん。

今まで準備して、オススメのプランにまでしていたのに。

何を今更。

苛立ちが募るが。

AIに警告される。

「今、余計な事を書き込むと、エンシェントの社長である貴方が投稿した画像だとばれる可能性があります。 今回もあくまで私人として投稿したものだから止めなかったのであって、これ以上の行為は避けた方が良いでしょう」

「分かっていますわよ」

ぼんやりと、動画が拡散されていく様子を見守る。

何だろう。

私が社長として、精魂込めてCMを作っていたときの反応とはまるで真逆じゃないか。

あの時は周囲全員が、私を如何におちょくるかばかりを考えて行動していた。これは客観的にデータが裏付けている。

しかしながら今は。

動画に対して、面白いと皆が判断している様子が分かる。

勿論グロ画像だとか言う意見も散見されたが。

それはあくまで少数派だった。

巨大な百足でさえ。

一瞬で引き裂かれ、食われてしまう修羅の世界で。

雀程度の大きさしかない、鳥の先祖であるかさえ分からない生物が。

必死に生き抜いていく様子は。

確かに仮想世界の出来事ではあっても。

それは完全に嘘だったわけではない。

量子コンピュータでシミュレーションした、高度なワールドシミュレーターによって再現された別の時代の地球の出来事。

勿論どうしても解決できない問題は棚上げされているが。

それ以外は最大限の誠意を用いて作り上げている現実に劣らない架空。

だからこそ、心も打つ。

私は心打たれた。

他は違うのだろうか。

単に見た目が鳥と違って蜥蜴寄りで。

気持ち悪いと判断したら。

心を打つことは無いのだろうか。

私は最後だと思って。

この動画を上げた。

その結果、少しだけ、評価はあるようだった。

動画はまだ少しずつ拡散され。

そして売り上げにもつながっている。

わずかだけだが。

ジェットパックを使ってのプランを利用する客も出てきているようだった。

それが良いことなのかは、私には分からない。

ただ一つ分かっているのは。

ひょっとしてだが。

私のアプローチは間違っていて。

AIには、それをサポートし切れていなかったのではないか、と言う事だ。

客観的にものを見られるが故に。

或いは逆に、私が願う事をかなえるために、必要なものを揃えたり、状況を整える事は出来ない。

そういう状態だったのではあるまいか。

動画の拡散はまだ続いている。

映画か、とか。

趣味の動画か、とかいう声も上がっているが。

エンシェントにて撮影と、ばっちり最初に書いている事。

動画の加工は不可能にしている事を記載しているので。

勘違いしている残念な人は、それでいいのだろうとしか言えない。

其処までお膳立てして勘違いする人は、もうそういうものだとして諦めるほか無いだろう。

だが、これで良さを理解してくれる人がいるのなら。

私は、もう一度だけ。

諦めずにやってみたい。

動画はまだ拡散が続いている。

ただ、それだけだが。

私には、それだけのことが。

何よりも重要だった。

 

4、更なる昔の大絶滅

 

いわゆるビッグファイブにはカウントされていないが。

まともな多細胞生物が出現する更に前。

地球に大気がロクになかったような時代にも。

大量絶滅は起きていた。

理由はこれも様々だが。

そもそもまだ地球が酸素の惑星でさえなく。

煮えたぎった海と。

二酸化炭素だらけの大気だった時代の生物だ。

大絶滅が起きたとしても。

ダメージはそれほど大きくなかった、というのが実情である。

最初に生物が誕生したのが。生物の定義が細胞を持つ、と言う事に限定したとしても。古細菌の出現が38億年ほど前とされていて。

更に原始的な生物を考慮すると、40億年ほど前にはいたのではないか、という説が主流になっている。

この時代には隕石がドカドカ地球に落下しており。

その中には、火星に近いサイズのものも存在した。

ここまで来ると隕石とは言い難いが。

いずれにしても、この火星サイズの隕石の衝突によって、大量の土砂が分離。やがてそれらが固まって、月になったと言う「ジャイアントインパクト説」が、現在では主流となっている。

そんな時代だ。

生物は凄まじい環境下で生まれ。

酸素がむしろ毒物の環境で発展し。

そして酸素を世界にまき散らすラン藻が出現し、地球を文字通りテラフォーミングし始めるまでは。

その環境に馴染んでいた。

この辺りの時代の論文は嫌と言うほど読んできたのだが。

問題があった。

エンシェントで、この時代の生物をどう展示するか、である。

仮想空間である。

人間が小さくなって入る事は簡単だ。

だが古細菌となると。

流石に相手が小さすぎる。

しかも環境が環境だ。

煮えたぎった湯も同然、しかも熱湯どころか灼熱の湯に入って。古細菌を見るとして。その展示に人を呼べるかというと。

今までよりも遙かにハードルが高くなるだろう。

実のところ、いわゆる先カンブリア紀……カンブリア爆発が起きる前の、生物史がゆったり流れていた時代の展示もあるのだが。

カンブリア紀の展示は面白がって人が来る。

古代生物のアイドルとまで呼ばれるアノマロカリスもいるし。

面白い形の生物がたくさんいるからだ。

だが、その前の先カンブリア紀になってくると。

もう殆どアクセスする人はおらず。

サーバの領域を無駄に使っているので、いっそ閉鎖してはどうかという声さえ、AIに時々提案される。

それほどに、苦労して作った割りには利益を回収出来ていないのだ。

そしてAIは言う。

この時代の生物を展示するくらいなら。

1000万年前から現在に至るまでに。

近現代の生物を展示してはどうか、と。

考えてみれば。

AIは極端に客観的だ。

そして判断は間違っていない。

しかしながら、やはりこの間の動画を流して確信も出来たが。

人間の心理を分析することは出来ても。

どうしても受動的になりやすい。

勿論、犯罪捜査などに関しては、非常に進んでいるし。人間が思いつく程度の詐欺だったら、あらかた先手を打って封じ込めることが出来る。

だが人を楽しませることは。

人に楽しさを啓蒙することはどうなのだろう。

だから、私は。

賭に出る。

「古細菌の展示を行いますわ」

「えっ!?」

「本気ですかニャー」

「人が来るとは思えないですのだ」

私はティラノサウルスのアバターで。

会議を行っている仮想空間で、皆を見回す。

「今、先カンブリア紀の展示自体が、殆ど人を呼べていない状態ですわ。 その状況を打開します」

「し、しかし……」

「何ですの」

「先カンブリア紀の感想を見てください。 古細菌も一応見られるようにはしているのですが、これが現実です」

其処にはこう記載されている。

リアル地獄。

人間が行く所じゃ無い。

怖い。

入ったら一瞬で死ぬ事が一目で分かる。

細菌を見に此処に行く奴は変態。

文字通りの言いたい放題だ。

「その認識を変えるのですわ」

「……社長、無理かと思いますニャー」

「私も考えます。 皆にも考えて欲しいのです」

頭を下げる。

下げて、私はなおも言う。

「皆が古代生物好きだと信じていますわ。 それなのに、最大の節足動物であるアースロプレウラが気持ち悪いと言われたり、アンモナイトが気持ち悪いと言われたりして、あげく客が車でダラダラしながら暇つぶしに鑑賞だけをする。 そんな状態は打開したいと誰も思いませんの?」

「……」

皆が口を引き結ぶ。

更に私は、提案した。

「この間のエンシェントの動画は私が流しました。 アプローチを変えれば、客を呼べる可能性はありますわ」

「いや、それは何となく気付いていましたが、客を呼べるかは……ましてや古細菌の展示に……」

「此処が勝負どころですわ。 これを乗り切れれば」

きっと、どんな展示にも人を呼べる。

気持ち悪い動物などという非礼な呼び方をさせず。

客にその良さを伝えられる。

私は、最後の覚悟でこの話をした。

そして、私は。

もしもこれで客を呼べないようなら。

社長を降りると。

この場で宣言していた。

騒然となる。

だが、私に。

引く気は無かった。

 

(続)