神の角

 

序、ヒマラヤに埋もれしもの

 

地球最大の高山地帯、ヒマラヤ。

あのエベレストやK2が存在する巨大山岳地帯だが。

これが地球の歴史でみると近年に出来たものだという事は、あまり知られていない。

インドは昔。

今のオーストラリアのような、亜大陸だった。

これがプレート移動によりユーラシア大陸に激突。

間にあった海底の土砂が押し上げられ。

山になった。

それがヒマラヤである。

勿論数千万年の歴史はあるのだが。

少なくとも、現在地上最大の山が。

歴史的に見ればごく最近に出来た、というのも事実である。

そしてこれだけの巨大山岳地帯である。

出来るまでには、相応の変動も伴った。

それが、6550万年前に発生した大噴火で。

白亜紀の終了の引き金となり。

南半球の生物を壊滅にまで追い込んだ出来事である。

恐竜は隕石で滅んだという説が大きいが。

実は白亜紀終焉の直前には、こういった地球規模の大規模異変が連発しており。既に頂点捕食者の滅亡は目の前に迫っていた。

勿論恐竜だけではない。

この巨大な異変に加え。

隕石による壊滅的な打撃。

いわゆるビッグファイブ。

地球の歴史上における五度の大絶滅の原因となるには。充分であっただろう。

ヒマラヤは地上最大の墓標なのだ。

良く言われているような、いわゆる恐竜は命数を使い果たした説があるが。

断じてそれはない。

環境に適応した生物が。

いきなり環境がひっくり返れば。

どれだけ強くても死ぬ。

それだけの話である。

ヒマラヤはかくしてある意味時代の墓標とも言える山岳地帯ともなったのだが。

其処に埋まっているのは。

何も恐竜だけではない。

むしろ、海底より引き上げられた者達が、多数埋まっている。

それこそが。

歴史上最も繁栄した頭足類。

大絶滅に何度も耐え抜き。

ベレムナイトよりも長きにわたって繁栄し。

そしてついに6500万年前のビッグファイブ……大量絶滅によって力尽きた存在。

アンモナイトである。

そう。

歴史好きで無くても。

古代生物好きでさえ無くても。

誰もが知っているあのアンモナイトは。

世界一高いはずのヒマラヤから化石がボロボロ出てくるが。

それはこういう理由からだ。

文字通り海底の土砂がそのまんま地上に引っ張り上げられたのだから、それは大量に化石となって出土する。

当たり前の話である。

かくして時代の墓標となったヒマラヤは。

同時に誰でも知っている古代生物。

アンモナイトの墓場とも化している。

くしくもヒマラヤに国家を構えた者達の間では。

大量に出土するアンモナイトの化石を、神聖視するケースもあったという。

その正体が分からなかったのだから。

まあ当然とも言えただろう。

現在ではどうしてヒマラヤのような世界で一番高い山岳地帯から出てくるのか、合理的な説明が出来てはいる。

だが、未だにヒマラヤがつい最近出来たと言う事については。

理解出来ない人間もいるようではある。

私はあくびしながら。

アンモナイトの、年に山ほど出る論文に目を通していた。

アンモナイトは優れた生物だ。

何しろ発生したのは4億年以上前。

何度もの大絶滅を乗り切った極めて優れた適応力を持つ生物で。

人間なんかよりよっぽど生物としての完成度が高い。

頭足類の傑作モデルとでも言うべき存在で。

最後のビッグファイブ、つまり6500万年前の環境異変をもし乗り切っていたら、今の海にも普通に棲息していただろう。

なお、オウムガイとは姿が似ているが、先祖が同じだけで違う生物なので要注意だ。あれはむしろ直角貝に近い生物である。

また、化石が極めて豊富な生物でもあるため。

古代生物の研究材料としては非常に有用。

アンモナイトの化石の形状を見て。

その地層の時代を特定したりといった事までできるため。

非常に便利な生物として認識されている。

いま生きていたら。

さぞや珍重されたことだろう。

とはいっても。

こんな強力な環境適応力を持ち、あらゆる時代で繁栄した生物でさえ絶滅したのも事実なのである。

その原因を確かめれば。

いずれ必ず、人類の役にも立つだろう。

そういうわけで、大量の論文が出ており。

それらに私は片っ端から目を通している。

勿論そのまま読んでいたら時間が幾らあっても足りないので。

仮想空間にアクセスして。

其処で時間圧縮を利用して読んでいる。

開発の現場などで使う手法だが。

今回はちょっと論文の数が多すぎる事もあって。

こうしないととてもではないけれど、処理しきれないのである。

何故今更アンモナイトなのか。

これには理由がある。

世界中から幾らでも出るアンモナイトの化石だが。

最近、大深度地下から、直径三メートル半に達する巨大種の化石が発見されたのである。

いわゆるプレートが沈み込んでいる地下からの発見で。

こういう場所を最近は探索できるようになったため発見されたもので。

しかも複数、同レベルのものが発見されている。

今まで発見されたアンモナイトの最大種は直径二メートルほどで。

これは相当な巨大種であるが。

直径三メートル半はそれの倍近い。

しかも円形なので。

その巨大さは想像を絶する。

長い生物よりも。

丸い生物の方が遙かに巨大になるものなのだ。

アンモナイトの研究は今まで嫌になるほどされてきたが。

大深度地下から発見されたこの超巨大種により。

一気に研究が再加熱。

膨大な論文が出ることになった。

これにより。

エンシェントでも、アンモナイト特集をやってはどうかという声が上がり。

そして私が今。

論文を精査しているのである。

なお、エンシェントに売り込みを掛けてくる学者もいて。

その論文にも目を通さなければならないため。

そこそこに大変だった。

AIに疲労を警告されたので。

一度休憩を入れる。

面白そうな研究は無い。

そもそも、今回の巨大アンモナイトにしても、地下深くから発見された特別製、という事もあり。

今まで見つからなかったアンモナイトの特徴を幾つか持っていた。

状態が良いアンモナイトの化石は幾らか出土例があるにはあるのだが。

それでも生態は謎に包まれている。

ベレムナイトなどは非常に状態が良い化石が出土しているため、その大体の外見も分かっているのだけれども。

アンモナイトは兎に角触手部分などが柔らかく。

今までどうしても殻の部分しか出てこない、という状況だった。

現在にも深海などで生き延びている、殻を持った頭足類は少数いるのだけれども。

それらを参考にして、想像図が書かれているほどである。

これほど地球の歴史と共にあった生物だというのに。

その姿に関しては。

まだまだ研究が進んでいない、というのが実情なのだ。

なお、体内に巻き貝状の殻を持つという頭足類は深海にまだ実在しているため。

このような姿をしていたのでは無いか、という説もあるが。

流石にそれは考えが短絡的すぎると言わざるを得ない。

最新のアンモナイトの論文を二百ほど読んだが。

どれもこれも好き勝手に推察しているばかりで。

今回の超大型種、一億五千年前の地層から発見された品種に関しても。

これといった論文は見られなかった。

まあアンモナイト研究そのものが。

そもそも「枯れている」分野であり。

新しい発見が出たとは言え。

その論文に、画期的なものがすぐに出るかと言えば、難しいとしか言いようが無いのである。

恐竜のように、年がら年中新しい研究が出てくる生物とは。

ある意味違ってしまっている。

そもそも海中の生物という事もあり。

骨も無ければ、化石も残りにくい。

それは仕方が無い部分として、どうしてもある。

ただ、3メートル半の巨大アンモナイトとなると。

その圧倒的な体格は今までのアンモナイトに例がないものだった。

更に頭足類は、成長速度が群を抜いて早いため。

このアンモナイトも。

あっというまに最大サイズになった可能性が高い。

もしもこのアンモナイトが海に多数いたら。

生態系の一部では。

頂点捕食者だったかも知れない。そういう夢のある話も出てくるが。いや、それはないなと私は即座に自分で否定した。

一億五千年前の海中となると、魚竜の全盛期だ。この程度の生物では、捕食されておしまいだっただろう。

ともあれ、しばらく休んだ後。

軽くココアを飲んで。

論文を読む。

そして、その一つが。

面白い結論を出していた。

しばし論文に熱中した後。

これは面白いと感じたが。

かといって、面白いと真実はまた話が別。

画期的な説が。

必ずしも正しいとは限らないのである。

事実は小説より奇なりと良く言うが。

かといって、事実が小説より面白いかどうかと言われれば、それは分からないとしか言えない。

そういうものだ。

しばし読み込んだ後。

AIにジャッジに掛けさせる。

案の定客観の権化は。

冷酷な判断を下していた。

「傍証に欠けます」

「じゃあシミュレーションして見ますわ」

「それがよろしいかと思います」

早速シミュレーション。

自宅の開発機から、この巨大アンモナイトを、一億五千万年前の海に再現してみる。

そうすると、面白いように魚竜のエジキになった。

一億五千万年前は、丁度魚竜が大量絶滅に巻き込まれる直前。

最大級に進化していた時代である。

十五メートルクラスの魚竜がウヨウヨ存在しており。

文字通り海を我が物顔に支配していた。

ジュラ紀末期であるこの時代は、魚竜の大量絶滅の時代に被るが。

それは早い話が。

それだけの魔境だった、という事も意味している。

勿論三メートル半程度のアンモナイトなど。

勝てる訳も無い。

一瞬でかみ砕かれておだぶつである。

むしろ中途半端なサイズが逆に悪目立ちして。

獰猛な捕食者達に真っ先に狙われる羽目に陥った。

現在の海であれば、例えば同じくらいのサイズのマンタ(縦横の違いはあるが)や、もう少し小柄なマンボウが悠々と泳いでいるが・

この時代であれば。

彼らは絶対に生き残れなかっただろう。

それくらいの絶望的魔境だったのである。

当然アンモナイトも。

通常通り漂うのは無理。

これについては、多数の論文で言及されていたので、私も分かってはいた。

では深海についてはどうか。

これが一番安直で、なおかつ分かり易い。

だがその一方で、当時の大型魚竜の中には、目が巨大に発達していた種類も複数存在していた。

コレは要するにどういうことかというと。

深海までもぐって餌を探していた、という事である。

まあ巨大な捕食者が現れれば、食われる側は逃げる。

当たり前の話で。

捕食者側も、知恵を絞った。

海底から海上に向けて奇襲したり。

逆に海上から海底に向けて奇襲したり。

相手が小型である事を生かせない、上、下という死角をついて攻撃を行うのが普通だった。

勿論深海には大型のエサがいる事も把握していたはずで。

深海に逃げ込んだからと言って。

簡単にエサにされる運命からは逃れられない。

たかが三メートル半程度では。

この時代では、大型生物を気取ることさえ出来なかったのだ。

ではどうすれば良かったか。

今のシミュレーションは傍証になったと思う。

海中を適当に漂うだけではただのカモ。

深海に逃げても生きられるかは怪しい。

それだったら。

可能性があるのは、そもそも「呼吸」が必要な魚類が入ってこられない海中。

深海ではない。

深海では、ソナーなどの能力を備えた生物にとっては、まんま開けた空間と同じだからだ。

現在のマッコウクジラなども強力な音波探知能力を持ち、深海にもぐって狩りをするが。

それと同じ事が起きるだけである。

今回は、それなりの数とは言え、アンモナイト全体から考えればごく少数の個体だけが見つかり。

そして現在に至るまで、同規模のアンモナイトが見つかっていない、と言う事が重要になる。

要するに。

隔離空間にいた個体では無いか、という事が考えられる。

淡水で生活するアンモナイトという可能性もあるが。

この時代は、淡水にも強力な巨大ワニの仲間がいたし。

勿論淡水で狩りをする大型の肉食恐竜もいた。

湖などでも安全とはとても言えなかっただろう。

だとすれば、考えられるのは。

海底洞窟。

それも、何らかの理由で。

外海と行き来が出来なくなった場所。

そういった場所に生息していた固有種では無いのか、という事だ。

例えば現在、カリブにブルーホールと呼ばれる巨大な穴がある。これは浅瀬にある巨大な海の穴とでも言うべきもので。

ルスカという巨大な蛸が棲息しているという噂がある。いわゆるUMAである。

この穴は浅瀬にいきなり巨大な穴が開いているため、外界から半ば隔離されており。現在でもかなり特殊な生態系が構築されているという。

例えば、こういう場所があったのなら。

いびつに進化した、巨大アンモナイトがいても不思議ではなかったのではあるまいか。

アンモナイトは、頭足類として一定のニッチをずっと独占してきた生物ではあるけれども。

それは何も、海中の覇者になる事を意味はしない。

昆虫と同じように、一定のニッチにおいて圧倒的な制圧力を見せる事で。

長い間生き延びてきた生物である。

むしろアンモナイトの強みは。

ほどほどの大きさ。

適当な機動力。

そして環境対応力にあった、とも言える。

それを捨てたようなこの巨大個体。

やはり何処かしらの閉鎖された空間で、独自進化した可能性が高い。

実は日本でも、場所は知らされていないが、巨大化したシマヘビ(とはいっても二メートル程度だが)が棲息する島が存在している。

このような、隔離空間に存在した特殊な種類であれば。

或いは。

シミュレーションを行ってみる。

その結果、かなり巨大な海底洞窟であれば、或いは。

そういう結論が出てきた。

この海底洞窟、もはや地底深くに埋没しているため、どのような存在だったかはよく分からないが。

このアンモナイトの巨大さから言って、恐らくはブルーホールのように出入りが難しい場所で。

大型の魚竜などの凶悪な捕食者が入ってこられなかった場所、というのが正しいかと思われる。

シミュレーションでも裏付けられたので。

他の傍証も出せないか、データを弄ってみる。

久しぶりに。

メジャーな生物に関する、変わった大型アップデートが出来るかも知れない。

そう思うと、私はちょっと楽しかった。

 

1、何事もほどほどに

 

誰でも知っている生物で。

地球で三億年以上も生き延びたにもかかわらず。

現在は生きていない。

そういう意味で、アンモナイトという頭足類は特殊な存在だとも言える。

頭足類は現在でも勿論現役の生物だが。

アンモナイトは既に滅びて久しい。

或いは深海に生き延びている可能性はあるかも知れない。

あのシーラカンスでさえ。

発見されたときは、世紀の大事件となったのだから。

まあそのような小さな可能性は抜きとして。

どうしてアンモナイトは、三億年以上も地球で繁栄できたのか。

そう、繁栄したのだ。

何処でも化石が出て。

どの時代なのか地質調査の指標となって。

そして幾らでも出てくるから、化石に価値が無くなるほどの。

どうして其処まで繁栄できたのか。

それはやはり、最強を求めなかったからではないか、と私は考えている。

例えば昆虫などが分かり易いが。

環境適応能力を最重視し。

個々の個体の生存に関しては、それほど重要視していない。

その結果、どれほどの災害に地球が襲われても。

まるで関係無く。

ずっと繁栄を続けている。

この星にいる生物の七割以上が昆虫だと言われる程に。

アンモナイトはどうか。

流石に昆虫ほどの多様性はなかったとしても。

それでも、相当に環境への適応を果たし。

そして生物として成功した。

それはやはり理由として。

「ほどほど」を貫き。

頂点捕食者になろうとはしなかったからではないか、と考えられるのだ。

アンモナイトは海で膨大なニッチを獲得したが。

それはあくまで生態系における中間として。

エサとして豊富に食べられ。

逆に何でもエサとして食べる。

数を増やすのも用意で。

どんな環境にも適応できる。

そんな万能で。

かといって最強を目指そうとせず。

故に何度も起きた大絶滅にも耐え抜き。

そしてビッグファイブ最後の一撃で力尽きるまでは、海にて圧倒的なニッチを確保し続けた。

そんな生物だからこそ。

アンモナイトは海に溢れた。

不思議な話だ。

常に最強にはなれず。

中間搾取される存在であっただろうに。

それでも海の中では。

アンモナイトが栄えた。

勿論もっと栄えた生物もいたが。

いずれもが滅び去っていった。

アンモナイトは本当にほどほどを心得ていた。

だからこそ。

今回発見されたアンモナイトは。

あまりにも異質なのだ。

実際問題、二メートル級のアンモナイトは今まで発見されていたが。棲息していた時代が時代なので、ただのカモに過ぎなかった筈だ。

それとは明らかに違う巨体。

狭い空間で。

他に何も敵がいなくなれば。

巨大化は起こる。

アンモナイトが、如何にほどほどを極めることで、あらゆる修羅場を生き抜いてきた生物だとしても。

それは同じなのだろう。

私は論文を書いた学者と連絡を取り。

買い取る話をする。

相手はエンシェントを知らなかったが。

プレゼン用の資料は豊富にある。

案内して体験して貰うと。

すぐに喜んで、此方の手を握った。

まあ、実際に会ったわけではないのだが。今の時代、人間同士が直接会う事は滅多にない。

ともかく、承認は得られたので。

すぐに会議に掛ける。

閉鎖空間で巨大化したアンモナイト。

アップデートとしてはかなり面白い試みになる。

何しろ海の閉鎖空間である。

かなり特殊な展示だ。

ブルーホールをモデルにし。

石灰岩が溶けて出来た大型の縦穴に。

海水が流れ込んだ。

そういう特殊な構造の、大型洞窟を想定する。現在の地球にも、幾つかある閉鎖空間地下洞窟である。

ブルーホールは文字通り「浅瀬に開いた穴」だが。

一億五千万年前のアグレッシブな海棲大型生物の事を考えると。

「島の中にあるブルーホール」くらいの状況を考えた方が現実的である。

海水はごく限られた穴から流れ込み。

洞窟内には、光こそ差し込むものの、極めて限定的な閉鎖空間が作られる。

勿論空から此処を狙う生物もいるだろうが。

その脅威度は、海中にいる巨大捕食者の比では無い。

かくして閉鎖空間は安全になり。

其処は複雑に入り組んだ空間という事もあって。

不可思議な生物が多数住み着くようになった。

勿論、あまりに不可思議な生物というわけではない。

狭い範囲内に、浅海から深海までの条件が揃うという特殊な場所なので。

普通の小魚から。

深海生物までもが。

狭い範囲内に棲息するという、面白い状態になり。

そして入り込める生物の中で。

アンモナイトのみが巨大化した。

そんな不思議な空間が出来たのだ。

現在地球に存在していたら。

立ち入り禁止レベルの、学者垂涎の環境だろう。

特異な閉鎖空間に、不思議な生態系が出来たり。

特殊な生物が住まうことはよくある。

現在でも存在しているギアナ高地などはこれが顕著で。

陸の孤島としか言いようが無い空間に。

様々な独自生物が住み着いている。

翼竜が生き残っているという噂さえあったが。

最近では否定されているようだ。

まあギアナ高地は流石に科学者垂涎の環境であったし。

地球の状況が落ち着いてからは、統一政府が支援して科学者達の研究を後押しさえした。

その結果徹底的に調べ尽くされたわけで。

もうこれ以上、此処から発見されるものもないだろう。

ともあれだ。

そんなギアナ高地並みの不思議な空間に君臨した巨大アンモナイト。

生態系の再現についてはプログラム班に任せる。

シミュレーションも。

いずれにしても、少し時間が掛かるだろう。

私は、相変わらずCM作りだ。

黙々と、アンモナイトの資料を引っ張り出してきて。

更に化石から、復元図を起こし。

これは実際に動かしてみる。

三メートル半のアンモナイトというと。

その迫力は、海中で人間が出会ったら、死を覚悟するレベルである。

同時代にいた海棲生物たちがおかしすぎるだけで。

充分すぎる巨体である。

この時代は海の栄養。

つまりプランクトンも大変に豊富で。

それが故に生態系が底上げされ。

巨大な生物が誕生しやすい環境が整っていた。

もしも、このアンモナイトも。

更に洞窟が広かったら。

もっと巨大化していたかも知れない。

また、完全な閉鎖空間という訳でも無かったので。

この洞窟をエサ場に入り込む小魚などもいただろう。

それらも巨大アンモナイトには良いエサになっていたかも知れなかった。

CMで動かしてみるが。

どうも比較対象が見当たらない。

まだ健在な魚竜は、比較する対象としては強大すぎる。

アンモナイトの大きさがまったく目立たないどころか。

おやつにしかならない。

かといって、通常のアンモナイトと比べても、それがどうしたという話になるのがオチである。

であれば、どうするか。

少し悩んだ後。

私は小魚の視点で描写する事に決めた。

小魚が泳いでいると。

アンモナイトが群れを成して泳いでいる。

群れを成すのは、巨大な捕食者に襲われても、生き延びる事が出来るため。

海底近くを泳いでいるのは。

ベレムナイトと競合しないため。

影がよぎる。

魚竜だ。

獲物を狙って、一気に海底近くまで来て。

小魚より遙かに大きなアンモナイトをばくり。

一撃でかみ砕くと、海上に戻っていった。

アンモナイト達はさっと散ったが。

すぐに戻って、群れを形成する。

そうすることで、より生存率が上がることを、本能的に知っているのである。

小魚は隠れるが。

魚竜は小魚なんか相手にしていない。

彼らが狙うのは、小魚を襲うベレムナイトやアンモナイト。

小魚なんか、魚竜には小さすぎて、わざわざ襲うまでも無いのである。。

あな恐ろしや。

小魚は、恐ろしい捕食者が群れる場所から離れ。

群れと一緒になると、エサ場に移動する。

小さな洞窟があるのだ。

其処でなら、魚竜から身を隠し。

安全に小さなプランクトンを食べる事が出来る。

しかし、その奥へは行きたくないと本能が告げている。

どうしてなのだろう。

そして、ある日。

奥へ向かった群れが、戻ってこなかった。

何が起きたのか。

せめて確認しなければならない。

小魚は奥へ行く。

そして見た。

おぞましいまでに巨大なアンモナイトが。

陽光を遮るようにして浮かんでいる所を。

何だアレは。

いつも海底近くにいるアンモナイトの倍はある。

それが触手を伸ばして、無数のエサを捕食しているでは無いか。

群れは。

あいつにやられたんだ。

すぐに逃げる。

この洞窟は、決して安全な場所なんかではなかった。

少なくとも彼奴が入ってこれる場所は違う。

それならば、せめて入り口近くに漂うしか無い。

群れの仲間に危険を告げる。

だが、次の瞬間。

襲いかかってきた小型のベレムナイトによって。

小魚たちは、食い千切られていた。

うむ、こんな所でどうか。

細い海底洞窟を経由して。

隔離された海底洞窟へと行く事が出来る。

だが、その隔離された空間は。

文字通りの魔境。

小魚たちが身を隠すには丁度良い場所などではなく。

独自に進化した巨大アンモナイトが住まう。

文字通りの魔窟だったのだ。

巨大アンモナイトは、外に出てしまえば多分あっという間に魚竜のエジキになってしまう程度の力しか無いが。

この狭い洞窟を通れる程度の魚や、小型のベレムナイトにとっては。

文字通り最強最悪の天敵。

出会ってしまったら。

それこそ、即座の死を覚悟しなければならなかっただろう。

何回かCMを調整。

小魚から見たアンモナイトの巨大さ。

影を落とす圧倒的存在感を。

CMにこれでもかと詰め込む。

大まかなプロットさえ出来てしまえば。

後は素材は豊富にあるので。

組み合わせていけばいい。

エンシェントをアップデートしていく過程で。

私は散々CMを作ってきた。

その経験値もしっかりある。

ならば、それほど苦労するほどの事でも無い。ただそれだけの話である。

細部の調整を行う。

例えば、洞窟内に棲息している生物も。

当時のものをきちんと採用する。

こういった細部に魂が宿る。

CMとはいえ。

創作物だ。

創作物を作っている以上。

細部が如何に重要かは、私も分かっている。

勿論、不必要な部分までこだわるのはむしろ悪手につながってしまうのだけれども。

必要な部分に関しては。

こだわれるだけこだわる。

そして昔だったら、そんな事をしたらどれだけ工数が掛かっていたか分からなかっただろうけれども。

今の時代は違う。

AIによるサポートを始め。

様々な負担を軽減するツールによって。

本人にイマジネーションさえあれば。

簡単に色々な工夫を凝らすことが出来るのだ。

さて、充分に細かい所を充実させたところで。

通して最初から見る。

アンモナイトの群れの中に。

大きい奴を混ぜる方が良いか。

そう思い当たって。

いわゆる二メートル級の、最大サイズのアンモナイトを混ぜる。

そして魚竜に襲われるのはそいつにする。

その方が、CMの緊張感が出て良い感じに仕上がるだろう。

一通り仕上がった所で。

シミュレーションを確認しに行く。

プログラム班は。

色々試していたようだったが。

私が仮想空間に姿を見せると。

早速報告してきた。

「社長。 これを見て欲しいですニャー」

「どれどれ」

シミュレーション結果を見ると。

なんと、必要な洞窟のサイズは直径二キロ半ほど。

これを内包する都合の良い島。

更に外界とつながるための狭い穴。

いずれもを用意するのは、相当に大変だ。

余程の条件が揃わないと。

こんな環境はできっこない。

思わず腕組みしてしまう。

小型の隕石でも落ちたのか。

いや、それはあり得ない。

そも隕石が落ちた場合は、こういった縦に深い洞窟は出来ないのである。

このような洞窟が出来たと言う事は。

やはり石灰か何かが、長い間を掛けて溶けたという可能性が高い。

いずれにしても、条件さえ再現すれば。

その条件が長時間維持されれば。

このような巨大アンモナイトも出現するという。

早速学者にシミュレーション結果を送り。

すぐに判断を仰ぐ。

CMに関しても。

この洞窟のサイズを参考に。

微調整を行う。

学者からも。

すぐに連絡が来た。

これだけの精度のシミュレーションなら。

言う事がないという内容だった。

というか、経歴を調べて見たのだが。

この学者、実績は昔から上げているのだが。

個人研究が主体で。

更に使っている機械類も古く。

相当な苦労をしていたらしい。

所属している大学が極めて小さいこともあり。

研究に予算を出せず。

結果、自分で四苦八苦しながら。

論文の売り上げなどで稼いでいたのだとか。

涙ぐましい話だが。

今回の論文は面白かったのだし。

せっかくなのだから、こういう人材をもっと抜擢できるようにして欲しい。

まあ、今の時代は昔に比べれば何百万倍も状態がマシなのだが。

それでも、こういう不遇に遭う人はいる。

そういう事だ。

ともあれ、学者にもシミュレーションに問題が無いか、精査を徹底的にやって欲しいと頼んだ後。

会議を開いて。

CMを見せる。

今の時点で、学者から問題ありと物言いは出ていないので。

これで大丈夫ではあるだろう。

社員の中からも。

反対意見は出なかった。

「アンモナイトとしては巨大でも、この時代では巨大でも何でもありません。 それを考えると、こういうCMの造りはありだと思います」

「個人的には、何も主観視点の魚が、ベレムナイトに食われなくても良いかなとは思いますのだ」

「ふむ、参考にしますわ」

一旦会議を切る。

さて、此処からだ。

学者の反応によっては、CMを大幅に変えなければならない可能性も出てくる。

いっつもろくでもない事が起こるので。

私は既に色々な意味で身構えていた。

さて、どうするか。

まあ、やるべき事は決まっている。

先に手直しするべきものは、やっておく。

それだけだ。

 

2、閉鎖空間の巨隗

 

学者から連絡が来る。

どうやら、大深度地底の状況を確認したところ。

化石の状況から考えても。

どうやら「押し潰された」のが正しいらしいという結果が出たそうだ。

つまり。

いわゆるブルーホールのような、上が開けた洞窟ではなかった、という事になる。

何かしらの形で海水は流れ込んでいた。

光も差し込んでいた可能性も高い。

だが、恐らくはほぼ純然たる地下洞窟で。

光が差し込んでいる場所も限定的だったのではあるまいか。

それが何かしらの形で大崩落。結果として、状態の良い化石が多数残った。

そういう話に落ち着いた。

そうなると。

シミュレーションもやり直さなければならない。

社員達にシミュレーションをやり直させつつ。

私はCMの修正をする。

まあ大した修正量じゃ無い。

また洞窟に関しても。

恐らくは、現在にも存在している地下鍾乳洞で問題ないだろう。実際、海底洞窟というのは実在している。

しかも末路は。

何かしらの地殻変動で。

その洞窟ごと押し潰されてしまったのだろう。

巨大に進化したアンモナイトが。

押し潰された、というのは。

そういう事だ。

多分、洞窟から出るという選択肢も無かったはずで。

大きいと言う事が。

この時は徒になった。

小型の魚などは逃げられたかも知れないのに。

ある意味、気の毒な話である。

やはりこの世界は。

弱肉強食では無い。

一時期、人間社会での格差を正当化するために多用された言葉だが。

こういう例を見ると、よく分かる。

この世は適者生存。

少なくとも、強者だけがいても。この世は回らないし。

何より強者が本当に強者かというと、そんな事は決してないのである。

さて、シミュレーションはそろそろ修正が出来る頃か。

海底洞窟に切り替え。

差し込む光も最小限にすると。

アンモナイトも多少復元図が変わってくる。

いずれにしても、殻しかほぼ見つからないのだ。この辺りは誤差である。

目が無い、というパターンにしてもいいが。

それに関しては、流石に光がある程度差し込んでいる場所、という想定にすると。止めた方が良いだろう。

ただ、それほどの個体数が生存できたとも思えない。

更に狭い範囲内にいたとなると。

やはり近親交配によって、種の劣化が進むのも早かっただろう。

そういえば。

欧州の王室で有名なハプスブルグも。

従姉妹婚、叔父姪での近親交配を繰り返した結果。

同じ顔だらけ、遺伝病の巣窟、という事態に陥っている。

更に言えばエジプト王家などは更に近親交配による劣化が凄まじく。

かの有名なツタンカーメンは、体が非常に弱かった、という話も残っている。

暗殺説が有名だが。

実際には階段で足を滑らせて死んだという話もあり。

それくらい体が弱かった、という事である。

まあこれについては諸説はあるが。

いずれにしても、無茶苦茶に狭い環境での交配を繰り返せば。

その生物に未来が無くなるのは道理だっただろう。

狭い閉鎖空間で。

如何に最強だったとしても。

そんなものは、何の関係もないのだ。

シミュレーションをする限り。

巨大アンモナイトは。

洞窟の王として君臨していたことは間違いない。

巨体を生かして外敵を寄せ付けず。

頭足類特有の成長の早さを利用して。

洞窟内での頂点捕食者の座を恣にしていた。

ただし、その気になれば洞窟を出入りできる小型の生物と違って、外に出ることは出来なかったため。

エサは限られた。

そして、古い生物になればなるほど。

共食いは起きる。

アンモナイトもどうやら共食いをしていた形跡があるのだが。

当然この巨大アンモナイトも行っていただろう。

特に成熟した個体が。

子供を喰らう事は。

しょっちゅう起きていただろう事は疑う余地もない。

化石については学者が調べているが。

やはり同じ箇所から出てくる化石には、欠損しているものがあり。

脅かす敵が存在しなかった以上。

誰がやったかなど。

わざわざ言うまでも無い事だった。

一度に、洞窟内に同時に存在できる成熟個体は、十数匹程度。

寿命は短いし。

成長は早い。

だからどんどん交代しながら、その「最強」十数体は。

メンバーを変えていったのだろう。

或いは、ひょっとするとだが。

いわゆる単為生殖をしていたかも知れない。

アブラムシや一種のザリガニなどでもやっているのだが。

いわゆるメスだけで、同じ遺伝子を持つ個体だけで回す方法である。

オスを必要としない反面。

同じ遺伝子だけで完結してしまうため。

病気などが発生すると、致命的な打撃を受ける。

また遺伝子の劣化が発生した場合。

それが容易に全体に波及もする。

もしもこの巨大アンモナイトが、単為生殖で増えていた場合。

洞窟内のアンモナイトは全てがメスで。

しかも何かしらの切っ掛けで、一瞬で全滅していてもおかしくは無かっただろう。

考えれば考えるほど。

限定条件下で巨大化したこの種は詰んでいる。

それでも化石を見る限り、数万年は生存できたようだから。

頑張った方だとは言えるのだろうか。

未来も無い海底洞窟の中。

外に出ることも出来ない中。

巨大アンモナイトは。

何を思いながら生活していたのだろう。

幼生体の頃なら、外に出られたかも知れないが。

出たところで、其処は地獄か魔界としか言いようが無い、超巨大捕食者が跋扈する文字通りの魔境である。

下手に大型化するアンモナイト達には、むしろ洞窟内よりも最悪の環境だっただろう。

シミュレーションを進めれば進めるほど。

未来が無い生物だ。

ため息をつくと。

私は状況をプログラム班に確認する。

学者からの意見を聞きながら、話を進めているようだ。

私はCMの最終調整を終えると。

会議に掛け。

そしてSNSに放流した。

 

SNSでは、それなりの反響があった。

古代生物愛好家の間では、史上最大のアンモナイト化石が発見されたと言う事で、かなりの話題になっていたらしい。

フットワークが軽いエンシェントが何かをするかも知れないと言う話題は出ていて。

それが実際に起きたので。

まあ話題になっても不思議では無い。

だが、流石に閉鎖空間で巨大化した種という説を採用するとは思っていなかったのか。

その点が重点的に話題になっていた。

「何というか、夢のない話だな。 確かにアンモナイトは頂点捕食者にはなり得なかった種族だし、そうなろうともしなかった種族ではあるけれど……このサイズでも、それは同じってのはなあ」

「外に出たら一環の終わり、ってのは確かに分かるけどな。 一億五千万年前の海っていったら、なあ」

「魚竜の衰退を経た後に、彼奴が出るんだっけ」

「ああ、プレデターXな」

プレデターX。

魚竜衰退後に一気にメインストリームに躍り出た、凶暴な海棲爬虫類。

名前は通称なのだが。

その方が良く知られている。

獰猛かつ残虐。

なおかつ凄まじい巨体を誇ったことで知られており。

この当時の海が如何に壮絶な魔境であったか、それを知らしめるかのような生物である。

戦闘力で言うと、シャチなんぞ到底問題外。

小舟くらいなら、簡単に転覆させるどころか。

船ごと喰らう位の破壊力を有している、文字通りの暴君である。

巨大な頭部を持ったその生物は、もう少し小型の海棲爬虫類を餌としていて。

その顎の噛む力を利用し。

獲物を文字通りかみ砕いて、何も残らないほどに食い荒らしていた。

その凄まじい破壊的な捕食の様子が、化石に残っている。

恐ろしい話だが。

この時代の海には、このクラスの捕食者がゴロゴロいて。

直径三メートル半程度のアンモナイトなんぞは。

文字通りカモに過ぎなかった、という事である。

それについては、SNSでCMを見た人間達も。

納得しているし。

知った上で、話しているようだった。

「アンモナイトはあくまで中間的なニッチで繁栄した種族だとしても、巨大化した種はこういう閉鎖環境でしか生きられなかったというのも、何というか悲しい話だな」

「地球にいた人類も同じじゃねーの? 偶然に偶然が重なって宇宙に出られなければ、狭い地球で万物の霊長がとかほざきながら、一部の人間だけが金と資源を独占して、そのあげくに全員で共倒れだっただろ。 このアンモナイトと同じ運命を辿っていた可能性が非常に高いわ」

「まあ確かにその通りだな……」

「ある意味此奴らは、人間の映し鏡って訳か」

そういう風に話が進むか。

見ていて興味深い。

さて、例のピーコックランディングにもCMを流したが。

其方はどうか。

見に行くと。

あまり好評では無かった。

「生物としてのニッチとしては、当時三メートル半程度は大型生物にも入らない。 確かにむしろ見つけやすいカモだっただろうという説には同意できるが、別に存在していてもおかしくは無い」

「だが、それならどうして今まで化石として見つからなかったのかという不思議は確かにある。 二メートルクラスは幾らでも見つかっているのに」

「それについては研究が足りていなかったか、運が無かったか」

「まあ化石については、運が絡むからな」

無言で口を引き結ぶ。

その通りで、化石は本当に運が絡む。

そもそも化石が出来る事自体が奇跡的な運が絡む話なのである。

まだまだ見つかっていない生物はたくさんたくさんいるだろうし。

近年の生物にしても。

例えば、類人猿にしても。

本当に人類の直径先祖がクロマニヨン人かというと、かなり疑わしいといわれている。

クロマニヨン人と現在の人類の間にミッシングリンクがあるのではないか。

その噂は、ずっと消えたことが無い。

そもそもアウストラロピテクスが本当に人類共通の先祖かについても。

かなり疑わしいという話もある。

ネアンデルタール人をクロマニヨン人が虐殺していたという話もあるが。

これについては一部で否定されている。

何しろクロマニヨン人とネアンデルタール人がある程度共存していたという説もあるほどだ。

クロマニヨン人と違ってネアンデルタール人が理性的で文化的だったという説についても。

ネアンデルタール人が同族を喰らっていた証拠が出てきてしまったため、否定されている。

人類の先祖でさえこれだ。

未だに分からない事だらけのこの世界。

確かに、専門家達の言う事も、一理ある。

だが此方も、学者の監修を受けてシミュレーションし。

量子コンピュータで環境再現して丁寧に検証しているのである。

何の根拠も無く。

話を組み立てているのではない。

嘆息する。

SNSで評判になるのと、専門家に評判になるのとはまるで話が別。

これについては昔も今も同じだ。

某原爆を題材にした怪獣映画などは、最初専門家に大酷評されたが。

その後特撮の歴史を塗り替えるほどにヒットを飛ばし。

特撮の歴史に一ページを塗り混んだ。

流石にこれと同じに扱う事は出来ないが。

分かっている事は。

商売になるか。

専門家が納得するかは別の話だと言う事。

そして私は。

そんな状況でも。

可能な限り、納得できるもの。

学者から見ても、嘘とは言えないものを作りたい。

そう考えているからこそ、此処までエンシェントに注力できているのであって。

フットワーク軽くアップデート出来るのも。

単純に古代生物が好きだからだ。

頬を叩くと。

気合いを入れ直す。

とりあえず、シミュレーションを進めて。

CM第二弾の構想に掛かる。

いずれにしても、今回は。

海底洞窟を見て回るのが、アップデートの目玉になる。

強大な海棲爬虫類が入ってこられない閉鎖的な洞窟で。

無敵を誇った巨大アンモナイト。

巨大アンモナイトが天下を取るにはそこしか無かった。

アンモナイトの展示は他にもたくさんある。

時代ごとにある。

いずれにしても、被捕食者としての立場で。

海の中では脇役でしか無い。

勿論アンモナイトを主役にしたプランも幾つか今まで作ってきたが。

やはりアンモナイトの群れを大型生物が普通に襲うので。

どうしてもアンモナイトの存在感は消されてしまう。

設定で生物間の捕食は無しにすれば、じっくりアンモナイトを観察する事も出来るけれども。

そうすると、平然と泳いでいる大型海棲爬虫類と、それを見て逃げもしないアンモナイトという、更なる違和感が平然と出現する。

結局アンモナイトを目立たせるプランの場合。

潜水艦辺りから、アンモナイトだけがいる海を眺めるというものになりがちで。

アンモナイト好きはそれを選ぶし。

アンモナイトが別に好きでも無く、古代の海を楽しみたいという人にとっては、物足りないものになる。

だから、今回は。

アンモナイトが主役で。

しかも他の生物に不自然な動きをさせなくてもすむ。

そんな展示になる。

それをアピールしていきたい。

だが、その良さを。

誰か理解してくれるのだろうか。

シミュレーションで色々浮かべてみるが。

何というか、やはり私は古代生物が好きだ。

あらゆる古代生物が満遍なく好きだ。

陸上も海中も。

関係無く好きである。

だからこそに、こんな形でしか、目立たせることが出来ないアンモナイトには、何というか哀しみも覚える。

勝手に悲しんでいろとアンモナイトにして思えば感じるかも知れないが。

私はエンシェントの社長である。

どうせなら、アンモナイトの良さを客にも分かって欲しいのである。

色々な要求が渦巻く中。

私は会議を重ね。

学者と連絡を重ねる。

修正が入った論文を見て。

それをベースにCMを作る。

今回もトラブルはあるだろうと思ったけれど。

今回の場合は、私の心持ちの問題であって。

トラブルはむしろ外部よりも。

内部に関するものかも知れない。

最初にCMを流してから四日目。

私は会社の会議に掛けた上で。

SNSに以下の文章を流した。

「アンモナイトは海における脇役に徹することで、その命脈を保ってきた生物です。 多様に変化することで環境に適応し、ほどほどの大きさを保つ事で環境の変化にも耐え抜いてきました。 その代わり頂点捕食者には絶対になれず、常に捕食者に脅かされる生物としての展開しか出来てこなかったのも事実ですし。 何よりそれが生物の歴史としての真実でもあります。 しかしながら今回の大型アップデートでは、閉鎖空間にて巨大に進化したアンモナイトを扱う事により、初めて主役として存在したアンモナイトを、海底洞窟というロマンチックな環境で鑑賞することが出来ます」

ロマンチックか。

そんなものは個人的にどうでもいいのだが。

それでも客引きのためには。

重要だと考える他ない。

事前に練った文章を、SNSに更に投稿する。

「今回も素潜り、潜水艦での鑑賞プランを用意しておりますが、仮想空間ですので、空気の心配をせずに幾らでも海底の閉鎖空間で王者となったアンモナイトを眺めることが出来ます。 常に外敵に怯え、数によって自分が食われる可能性を減らしてきたアンモナイトは、当然憶病な生物でした。 しかし今回アップデートで追加される大型アンモナイトには、閉鎖空間だからとは言え天敵はいません。 天敵がいない環境で悠々と泳ぐアンモナイトの姿をお楽しみください」

以上。

呟いたのは自分で、だ。

さて、これで少しは客足が伸びるか。

今の時代、仮想空間には個人でアクセスするのが基本だから、デートスポットとしての需要はエンシェントにはない。てかもうデートスポットという単語が死語だ。

とはいっても、それでも良い雰囲気の場所を楽しみたいと考える層は一定数いる。

それに、アンモナイトが好きな人間は。

人間より遙かに巨大なアンモナイトが。

敵に怯えず、堂々と泳いでいるのを。

見たいと思わないのだろうか。

もし思う人がいるのなら。

この宣伝は刺さるはずだ。

そう信じて、しばらく様子を見る。

エンシェントの広報を私一人がやっている事を知っている客はあまり多くは無い筈だけれども。

さてどうか。

「何だかエンシェントの広報必死だな。 確かにアンモナイトはエンシェントに見に行くといつも群れで泳いでいて、食われて逃げ散る姿しか印象に無いけどなあ」

「蛸もそうだけれど、間近で見ると気持ち悪いんだよ。 悪魔の魚呼ばわりされるのも分かるんだよな……烏賊だとまだ格好いいんだけどさ」

「化石だといいんだけどね。 限りなくホンモノに近いナマモノだと、敢えて見たいとは思わないというか……」

「エンシェント側の熱意は分かる」

がっくりくる。

今回のトラブルはこうか。

温度差。

私がどれだけ古代生物が好きで。

エンシェントが一定の需要がある仮想空間動物園だとしても。

古代生物を。

客のみんなが好きなわけでは無い。

アンモナイトなんて誰だって知っているけれど。

それをみんなが見て喜ぶわけでもない。

私は空回りしているのだろうか。

そうなのだろう。

だけれども、それでも。

客を呼ぶためには、工夫を凝らさなければならない。

だったら、CMで工夫してみるか。

こうなったら意地だ。

意地でもアンモナイトの良さを分からせてやる。

周囲から見ると、私はちょっとばかり理解出来ない行動に出ているように見えるかも知れないけれど。

それでも別にかまわない。

少なくとも社の利益に反することはしていない。

私自身の好きに嘘もついていない。

古代生物が好きで、それで稼げるからこの仕事をしている。

そして社員を食わせるためにも。

客の気は惹かなければならない。

頭を捻って。

アンモナイトに興味を持たせる方法を、考える。

やがて、一つの案が。

浮かび上がってくれた。

 

3、見上げてみよう

 

洞窟と言っても。

小さな入り口があって。

其処から、潜って行くものばかりというわけではない。

海につながっていて。

地上部分は、ぽっかり穴が開いているものもある。

そんな不思議な洞窟の中には。

膨大なクラゲが棲息していて。

クラゲの楽園となっている場所もある。

今回題材になるアンモナイトの楽園も。

恐らくは、そんな場所だったのだろう。

光が差し込む場所もきちんとあり。或いは恐竜が、たまにのぞき込みに来ていたかも知れない。

海水だから、其処で喉を潤すことは無かっただろうが。

或いは魚食性の恐竜が、たまに魚を食べに来た可能性はあっただろうか。

もっとも、海と陸を行き来できる大型捕食者はいなかっただろうし。

陸上には充分すぎる程のエサがあった時代だ。

例えばスピノサウルスという恐竜は魚食性だったが。別に海まで出向いてエサをとったわけでもない。

非常に巨大な恐竜で、体の長さだけならあのティラノサウルス以上ではあったが。

何しろ華奢だったので。

その巨体は、外敵を威嚇するためのものだったと考えられている。

いずれにしても、恐竜が入り込む事は難しく。

ましてやエサ場にするのはもっと難しい。

そんな閉鎖された洞窟で。

独自の進化を遂げたアンモナイト達は。

場合によっては共食いを繰り返しながらも。

静かな時を過ごしていた。

共食いをしていながら静かな時を過ごす、というのもおかしな話ではあるが。

洞窟から一歩でも出れば。

其処は十五メートル級の捕食者が我が物顔にひしめく魔界。

バケモノのような強大な捕食者達は、アンモナイトなんて手頃なエサを見逃すことはない。

ましてや体が大きくなりすぎて洞窟から出られず。

そしてそも洞窟に適応した体だ。

出る必要もない。

かくして、アンモナイト達は。

己の楽園で静かに過ごすこととなった。

今回、この洞窟のデザインを行った後。

ちょっと普段とは異なるアプローチをすることにした。

素潜りコースだけではなく。

潜水艦コースだけでもなく。

海底列車コースを作ったのだ。

そう、海底列車である。

列車と言っても、小型の車両だが。

外装は硝子になっていて。

外を好きなように眺めることが可能である。

そして何より今回の売りは。

洞窟の入り口となっている光差す場所を。

下から見上げるようにして、洞窟の複雑な地形を、車両が移動してくれる、と言う事。

敢えて海底に沿って動くことで。

光が差す海面近くを見上げ。

巨大なアンモナイトが悠々と泳ぐ姿を、下から見上げることが出来る。

この車両のプログラムは。

既存のものを普通に買い取った。

ツールとして売っているので。

今回のアップデートのためにわざわざ探してきたのだ。

実際に、社員達に試して貰うが。

概ね好評である。

海底の洞窟は、お世辞にもそれほど広いとはいえない。

代謝が低めの巨大アンモナイトも。

動きはそれほど早くない。

代謝が低かっただろうというのは、学者のアドバイスから設定を組んだのだが。

確かに暗くて狭い洞窟の中である。

活発に動いていたら。

それこそエネルギーを消耗し尽くして、闇の中に沈んで動けなくなってしまう。

勿論アンモナイトは。

変温動物なのだ。

無理に動き回れば、いずれ動けなくなる。

当たり前の話である。

逆に言えば。

海底を這い回る車両から見上げれば。

その大迫力の巨体を、直に楽しめるのだ。

素潜りで巨大アンモナイトの側を泳ぐのも、それはそれで面白いだろう。

だがこういう楽しみ方もある。

社員達からは好評だったので。

私も続いて楽しんでみるが。

なるほど。

これは良いかも知れない。

なお、車両で観察するというアイデアは。

社員の一人。

最近入ってきた若手のプランナーが提案してきた。

面白いアイデアである。

今後もこういうアイデアを、どんどん出して欲しいものだ。

「大体これで良さそうですわね。 他に何か問題点などはありますの?」

「ざっとSNSに目を通しましたが、あまり客足は見込めなさそうですのだ」

「そうですニャー。 こればっかりは……」

「何とかカバーするのが私達の腕ですわ」

まあ最悪でも、黒字には出来るし。

なによりちょっとやそっと赤字になった処で、すぐに潰れるような柔な会社ではない。エンシェントは今まで相当に稼いできたし。

何よりも、膨大なコンテンツを積み上げている。

恐竜関係の展示だけでも。

毎月売り上げは黒字を出しているのだ。

今回のアンモナイトのアップデートで赤字を出したくらいで。

揺らぐ会社ではない。

株式会社という制度は、昔は色々と猛威を振るったが。

今では会社という制度そのものが色々と変化した結果。

監査機能は別に存在するようになり。

資本家によって会社が好きかってされる事もなくなった。

故に、毎月黒字を出す事を求められることも無いので。

会社は比較的緩やかに運営できる。

ましてやエンシェントは基本的に黒字経営なのだ。

監査にも文句を言われたことは無い。

では、問題点も無くなったところで。

プログラム班はデバッグ作業に。

私はCM作成に移る。

客の反応が薄いからといって、いちいち泣かない。

そんなのは日常茶飯事なのだ。

だから慣れろ。

自分に言い聞かせながら、黙々と作る。

CMは今回に関しては。

車両を強調する。

海底洞窟を爆走する車両。

それに驚くことも無く、周囲を泳ぐアンモナイト達。

勿論車両が海底に住んでいる生物を蹂躙することはなく。

海底から微妙に浮いて進んでいるし。生物も避けるようにプログラミングされている。

そして、光が差し込む。

洞窟の入り口からの光だ。

見上げてみよう。

おお、其処には。

巨大な。

月のように巨大な。

アンモナイトが、悠々と泳いでいるではないか。

逃げる事もなく。

隠れる事もない。

海では基本的に食われる側のアンモナイトが。

今其処では。

堂々と生きる事が出来ているのだ。

CMの流れはこんな感じになる。

その後はオススメプラン。

素潜り。

潜水艦。

そして海底列車コース。

いずれもお好みのをどうぞ。

そういう形でCMを締める。

さて、反応はどうか。

客の反応は、前とは少し違っていた。

「新しいツールを入れてきたな。 これ確か企業向けの、仮想空間用電車の改良版だよな」

「今回のアップデート、そのままでは客を呼べないと思って一工夫入れてきたか?」

「涙ぐましい努力乙」

「でもこれは確かに見に行く価値はありそう」

酷評の中。

褒めている内容もある。

ピーコックランディングはどうか。

此方は相変わらずだ。

「根本的に、閉鎖空間にしかこのサイズのアンモナイトがいなかったという発想が気にくわない。 他にも同サイズの生物は幾らでもいたし、もっと発想を工夫して欲しい」

「とはいっても、一部でしかこの超巨大種の化石は見つかっていないのも確かだ。 現時点では、これくらいで丁度良いのではないのか」

「アンモナイトは世界中で発見されている。 それとて一部に過ぎない筈。 或いは大型種は狙われて食われる可能性が高かった、という解釈でも良いのではないか」

「こだわるねえ」

ピーコックランディングの専門家達も荒れている。

気持ちは分からないでも無い。

古代生物に並みならぬこだわりがあるからこそ。

今回のエンシェントでの解釈。

採用した論文が。

気に入らないのだろう。

まあ分からないでも無い。

ただ、今回は。

此方も、このまま行かせて貰う。

それだけである。

前に比べると、どのSNSでも若干好意的な意見が増えている。

CMでも、他でも運用実績がある車両を利用すると言う事で。更に何も考えず、ただぼんやり見ているだけでもいいというのが好評のようだ。

実際問題、エンシェントへのアクセス料金は極めて良心的なのだ。

普通の動物園などより遙かに安い。

安いからと言って、クオリティは低くない。

だからこそに、客足は普段からある。

今回も色々言われているが。

まあ個人的に我慢すればいい。

うちは優良経営を続けているし。

それについてああだこうだ言われる筋合いも無い。

CMを流し終えると。

私は最終確認としての会議を行い。

そして、アップデートの決行を。

予定通り行う事に決めた。

 

海底洞窟に。

アクセスがそれなりにある。

巨大アンモナイトに対する興味そのものは、それなりに引くことが出来たようだ。

今までアンモナイト専門のツアーはあったにはあったのだが。

殆ど客足は伸びず。

たまにアクセスがあっても。

ついで程度が関の山だった。

個人的には腹も立つが。

その辺りは、昔からだ。

古代生物を、好きで見に来る客ばかりでは無い。

大半は面白半分に来るだけ。

気持ち悪いとゲラゲラ笑っていたり。

設定を弄くって、手当たり次第に古代生物を殺す客もいる。

ただし此処は仮想空間。

アクセスも個人単位。

何をしようと自由だし。

損害も無い。

チートコードの類を持ち込めば即座に分かるし。

此方で用意している設定変更の範囲内であれば、何をやっても自由である。データの持ち出しに関しても、認められている範囲内であれば、別に自由だ。

だから私は。

当日はログだけを見ていれば良い。

「思ったよりでけーなあのアンモナイト」

「現実のマンタがあれくらいだぜ。 てか、この時代の海の生物じゃせいぜい中堅所ってところだ」

「うわー、すげーな。 この時代で生きていく自信ないわ」

「そりゃあな。 陸上でもライオンなんかじゃ歯が立たないような生物だらけだった時代だしな」

最初はぽつぽつだったが。

徐々に客が増え始める。

ログも好意的なものが増え始めた。

SNSでも。

見てきたら、案外面白かったという意見が多い。

「海底洞窟ツアーと考えるだけで結構良いかも知れない。 でかいアンモナイトはどうでもいいけど、光が差し込む海底洞窟は普通に雰囲気が良い」

「またそうやって、作り手の苦労を無にするような発言を……」

「どう楽しもうと自由だろ。 まあそうだな、あの洞窟、良く出来てるとは思ったぜ」

「そ、そうか」

此方の想定外の楽しみ方をされるのはいつものことだ。

私は頬杖をつきながら様子を見る。

「素潜りツアーやってみた。 海底洞窟からも出られるんだが、出るとデカイ恐竜がのしのししてて怖かった。 海の方にも出られたが、そっちはそっちででっかいのがウヨウヨしてたぜ」

「そりゃあそうだ。 時代ごとに地球全部作ってるらしいしな。 今回のアップデートも、土地の一部を改良しただけ、らいし。 HPに書いてあった」

「そっか。 それにしても、凄い時代があったもんだな」

「アンモナイトが引きこもるのもむりねーわ」

引きこもる、か。

確かにそうかも知れない。

だが、それでやっと。

アンモナイトは安息の地を手に入れられたのだとすると。

それを嘲笑ったり。

責めたり出来るのだろうか。

「潜水艦コース試してみた。 アンモナイトがこっちに興味津々で、触手で絡みついてきた」

「何それ怖っ!」

「まあ危険はないんだが、ちょっとびっくりしたな。 設定を変更したら離れてくれたけど」

「元々それほど凶暴じゃあないんだろうな。 ベレムナイトなんかは凶暴だったって話だけれど」

アンモナイトは。

生態系でもそこそこの位置にいて。

性質もどちらかと言えば守りを重視する生態だった。

当然エサを見つければ積極的に狩っただろうが。

大きめの生物を相手にした場合。

まず避ける傾向があっただろう。

今回の場合は。

閉鎖空間で変化していった固有種だったから、興味を見せてきただけで。

外洋で同じ状態になったら、多分さっさと身を隠していたかも知れない。

憶病すぎるくらいが。

むしろ生き残るのには重要なのだ。

今の時点でチートコードの利用は報告されていない。

前に悪さをしたカルトも、今は静かにしている様子だ。大規模な摘発が入ったらしい。

何でも進化論を撒く悪魔の手先を粛正するとか宣言したらしく。

今まで所属者が散々犯罪を犯していた事もあって。

ついに大規模摘発に踏み切られたとか。

まあ当然だし。

同情は微塵も湧かない。

精々自分の狂信に殉じてくれ、としか言いようが無い。

一旦SNSでの評判をカット。

後は、AIに反応の整理を任せて。

なおかつ収益の最終的な推移をまとめさせる。

今の時点では安定しているので。

此処から余程の事が無い限り。

私が叩き起こされることも無いだろう。

少し疲れも溜まっていたし。

休む事にする。

今更炎上することも無いだろうし。

軽めの炎上が起きても。

今の時代は巡回botや、AIで対応はしてくれる。

昔と違って、変なクレーマーに企業が右往左往する事も無いし。

社長の失態の責任を、社員がとらされることもない。

ならば、一段落したのだし。

寝ていれば良い。

今回も、思うようにはいかなかった。

アンモナイトを楽しんでくれる客はあまりいなかったし。

それよりも。

何より、どれだけ頑張っても。

それが報われたとは思わなかった。

アンモナイトと言えば、最後の大量絶滅を乗り切れなかっただけで。ずっと地球の歴史と一緒に歩んできた生物だ。

色々な仮想展示があったが。

その中でも今回は、特に変わった内容に出来たと言う自負はある。

だというのにこれは。

あまり嬉しい結果では無い。

カプセルで無理矢理眠る事にするが。

溜息が何回か零れた。

客がどう楽しむかは勝手。

古い時代の動物園とは違って、個人レベルで仮想空間にアクセスしているのだから、違法ツールを使わない限り他人に迷惑を掛けることもない。

何よりホンモノの動物にだって迷惑を掛けない。

それは分かっていても。

私はどうしても、納得がいかなかった。

 

八時間ほど眠ってから、起きだす。

あくびをして、状況を確認。

少なくとも大きな問題にはなっていなかった。

客足は想定通り。

アンモナイトは見に来ているが。

ただそれだけ。

単にヒーリング映像代わりに使っていたり。

見慣れない生物を見てゲラゲラ笑ったり。

そういう客も多かった。

一時期クラゲの展示が流行ったらしいが。

一種のヒーリンググッズ扱いしていたらしいので。

それと同じ感覚かも知れない。

雰囲気は良いと言っている客も多かったが。

それは逆に言えば。

アンモナイトそのものには、ほぼ興味が無いという事だ。

他の動物園の園長も。

地球時代の動物園でも。

こんな苦悩を経営者は味わっていたのだろうか。

そもそも動物が好きでは無い経営者がやっていたのなら、むしろ楽だったのかも知れないが。

いずれにしても、私はあまり良い気分はしない。

口をへの字に結んだまま。

やる気が出ない私は、ぼんやりとココアを口にしていたが。

ほどなく、連絡が来る。

プログラマーからだった。

仮想空間にアクセス。

一人では無く、数人のアバターがいた。

と言う事は。

それなりに面倒な事態、と言う事だ。

「問題発生です」

「内容をお願いいたしますわ」

「此方を」

ログが提示される。

見ると、なんと。

海底を行く透明車両だけを残して。

動物全てを消し。

単に景色だけを楽しんでいる客が激増していた。

何だこれは。

流石にこれは看過しづらい。

何のための海底洞窟。

其処で進化した超大型アンモナイトの展示だと思っているのか。

流石に怒りが限界突破な私を察したか。

社員がアバターで咳払いした。

「SNSで、雰囲気だけは良いという意見が目立つようになり、誰かが入れ知恵した様子です」

「こんなのは、動物園の楽しみ方ではありませんわ。 仮想空間だし、何より動物を設定でカスタマイズ出来るとは言え、いくら何でもこれは……」

「法には問えません。 設定で出来るようにされていますので」

「分かっていますわ」

頭を抱える。

まさか、こんな形で動物園に来る客が現れるなんて。

昔の動物園で言えば、動物がいない中、一人だけで景色を見て楽しんでいるようなものである。

動物がいないサファリパークを車で爆走しているというか。

そんな感じだろう。

他のプログラマー達も困惑はしているようだが。

私のようにマジギレはしていなかった。

「客が増えれば、こういう事態が起きるのも、覚悟はしなければならないですのだ。 どんな商売でも、悪質客が出るのは仕方が無いですのだ。 ましてやこの悪質客達は、実質誰にも迷惑を掛けていませんですのだ。 勿論私達にも……」

「……」

「それに、思いますニャー。 多分ですが、エンシェントで古代生物を楽しみに来ている人よりも。 単になんか気持ち悪い生き物がたくさん展示されている変な場所、くらいに思っている客も、少なくは無いんですニャー」

それは正論だが。

しかし、受け入れがたい正論だ。

私が完全に黙り込んだのを見て。

社員達も黙る。

古代生物が好きで。

それを再現し。

お客にも楽しんで欲しい。

だからこの仮想動物園をやっているのに。

アンモナイト達を全部消して。

景色だけを楽しむ。

そんなやり方をする客を。

容認しなければならないのか。

確かにどうしても苦手な動物がいる客はいる。そのため、その動物を表示しないように、アクセス時に設定できるようにはした。

だが、いくら何でもこれは酷い。

確かに良い雰囲気になるように、海底洞窟に関しては工夫を凝らしに凝らした。

かといって、その雰囲気だけ楽しんでいくというのはどうなのだろう。

私は今。

面倒くさい事を言っているのか。

それとも、客のこのモラルの方が普通なのか。

「その……次はもっと頑張って、展示している動物を見てくれる客を増やすようにしていきましょう」

誰かが余計な事を言う。

今までだって、誰も努力なんて欠かしていない。

今はただ。

私は悲しかった。

仮想空間からログアウトすると。

SNSでの集計をまとめた結果を、AIが提出してくる。

客観性の権化なのだ。

当然内容は容赦なかった。

「客はアンモナイトに興味が薄い様子です。 客足そのものは伸びて黒字にはなっていますが、アンモナイトそのものによる集客は失敗としか言いようがありません」

「分かりましたわ。 それで」

「いっそのこと、各時代の景色だけを楽しむツアーを組んではどうでしょうか」

「動物いなくて何が動物園ですの」

AIは淡々と。

冷静に応じてくる。

「客のニーズは不可解なものです。 それは地球時代から基本的に同じです。 プロでさえ何が流行るか分からない、というのが事実ですし。 流行りに媚を売ることで、迷走したあげく潰れてしまうケースがあるのも事実です。 しかしながら、それ以前に、今回ただ景色を楽しみたいというニーズが生じた事を直視しなければなりません」

「そんな事は……」

「精神衛生上良くないのは理解出来ましたが、会社として経営して行くには、どうしても客と上手く折り合いをつけていく必要があります。 社長の拘りは客と共有できませんし、これは諦めるしかないと思います」

言葉も無い。

確かに正論だし。

正論を受け入れられないようでは、無能な地球時代の社長と同じだ。

天を仰ぐ。

とはいっても、擬似的な重力が作られているコロニー内の。

擬似的な重力から見て上方向に当たる天井だ。

今外が、どんな方向を向いているかさえ分からない。

私が今まで積み重ねてきた事は。

無駄だったのか。

古代生物の魅力を発信してきたつもりだった。

だが、学者には小馬鹿にされ。

客にはとうとう動物を消されて景色だけを楽しまれるという事態に陥った。

私は無能と言う事か。

社長としての適正があるから。

この仕事をしている。

それは事実だ。

だがそれはそれとして。

無能である事に代わりは無いという事なのか。

いつのまにか、涙を拭っていた。

心血注いで作ったものが全て否定されれば。

それは悲しいに決まっている。

AIは冷血な発言をしていたが。

あれはそもそも。

そういう発言をすることを、求められている存在だ。人間には出来ない完全客観視を出来る者。

だからこそに、AIには存在意義もあるし。

人類を監視し。

問題行動を阻止することも出来る。

私はしばらく涙を拭っていたが。

やがて立ち直る。

いつまでも泣いてはいられないか。

「髪セット。 服装チェック」

ロボットがすぐに命令を実行。

縦ロールに髪を直し。

服装の乱れも直す。

オホホホホと笑った後。

何処かに出かけることにした。

今日は仮想空間のカフェではなく。

ちょっと実際に外出しようかと思った。

そのまま、手続きを経て。

自宅を出る。

自宅を出る際には、ロボットの護衛がつくのが、今時の普通である。他の人間に会うことも殆ど無い。

家の外にはベルトウェイが続いていて。

ロボットが接客している店もある。

今の時代、一生他の人間と直に接しない者も珍しくないし。

私も今まで、数えるほどしか他の人間とは直接話していない。

それで回るのが今の時代だ。

そして私も。

いちいち生身の人間と、直接接するつもりは無い。

生身の人間と接することが尊いみたいな偏見は。

この時代になり。

犯罪も貧富の格差も押さえ込まれ。

社会の問題があらかた解消し。

幸福度が著しく上がっている事からも、既に払拭された。

適当に歩いて、クレープ屋に。

ロボットがカロリーについて説明してくれるが、それは聞き流しながら、適当に山盛りにクリームを持った奴を頼む。

こういうときは。

やけ食いが一番だ。

ベンチに腰掛けて黙々とクレープを食べていると。

護衛のロボットを連れた他の人間が通りがかった。

幾つかの立体映像を周囲に浮かべ。

何か他人と話しながら歩いている。

昔はこういった行動は事故につながりやすかったが。

サポートロボットが働くようになってからは。

そんな事故もなくなった。

ベルトウェイを通って行くそいつが、話している内容が聞こえた。多分話した内容を、そのままSNSに投稿しているのだろう。炎上しないように、AIのサポートを受けながら、だが。

「エンシェント見に行ってきた。 アンモナイトに興味が出たから、一通りアンモナイト見てきた。 時代によって色々違いはあるんだな」

「……気持ち悪い? いや、そんな事はなかったよ。 古い時代の乱暴な生物の中では大人しい方だし、洞窟の中の奴は人なつっこかったし。 前に地上の水族館で、ドローン越しに見たマンタと同じくらい大きくて、迫力あった」

「……変わってる? そうかなあ。 細かい所まで作られていて、作り手の愛を感じたけれどね」

通り過ぎていく間。

そうか、そんな風に考える客もまだいるのかと知って。

私は少しだけ安心した。

アンモナイトの展示なのに。

アンモナイトを全部消して見に来るような客が相対的多数なのは事実だ。

それは恐らく、アンモナイトを気持ち悪いと感じる客が相対的多数だからなのだろう。

しかし、客足が稼げて。

黒字になったのも事実。

何より、今通り過ぎた人間が。

本当にエンシェントを楽しんでくれていたのなら。

それで良い。

私はもう一つクレープを頼むと。

太るぞと警告はされたが。

無視して黙々と食べ始めた。

今日はやけ食いすると決めた。

そして、やけ食いすることに。

何らためらいも無かった。

 

4、失敗を糧に

 

一日頭を冷やして。

会議に出る。

空気は悪かったが、先に私が咳払いして、昨日の話をした。

「どうやら今回は失敗だった。 それを素直に受け入れる方が良いようですわ」

「はあ。 しかし、今後はどうしましょう」

「人の美醜はそれぞれ。 アンモナイトを気持ち悪いと言う客がいるのも事実。 残念ながら彼らには、何度も大量絶滅を乗り越え、地球の環境で多くのニッチを占めてきた優れた生物を理解出来なかったという事。 それだけですのよ」

アンモナイトだけではない。

爬虫類や両生類だって同じ事。

脊椎動物にとって極めて重要な存在であり。

両生類は海から陸へ脊椎動物が上がる過程を。

爬虫類は陸上脊椎動物のベースとなった者。

どちらも極めて重要な生物であるのに。

気持ち悪いと言い出す人間が大半だ。

アンモナイトはそういった、人間という生物にそもそも見る目がないという事を再確認させてくれる存在。

ただそう思えば、それでいい。

そしてそんな見る目がない生物なのだとしたら。

此方も相応の対応を取る。

それだけで充分だ。

「今後は古代生物の価値が分かる客には価値を届け。 そうでない客には雰囲気でも何でも勝手に楽しんで貰えばそれで良い。 それだけの事ですわ」

「……」

社員のアバター達が顔を見合わせる。

勿論今の発言、昔だったら炎上ものかも知れないが。

私は気にしない。

エンシェントの会議なんぞわざわざ覗きに来る客なんていないだろうし。

いた所で、問題発言にはAIのフィルターが掛かる。

どんな存在にも過剰なまでに平等なAIの、である。

「それで、今後はどうしましょう」

「もういっそ、開き直りましょう」

「ええ!?」

「景色だけ楽しむプランを作ります。 そんなに景色だけ楽しみたいなら、動物が一切いない世界だけを楽しめるようなプランをオススメすれば良いだけですわ」

皆が絶句しているが。

私は本気だ。

今回、そういった行動に出た客が多数いた。

だったら、此方は開き直るだけ。

頭に来ているのを見せれば、相手は喜ぶだけである。

むしろそれだったら、逆手に取った行動を取ってやれば良い。

今まで、SNSで起きた炎上案件については、頭を冷やしてから私も調べた。

その結果。

これが一番良いという結論になった。

それだけである。

「相手が此方をおちょくっているなら、単に怒るのではなくて、相手を上回る方法でやり返せばいい。 それだけですわ」

「なるほど。 社長、流石に逞しいですニャー」

「ふふん、伊達に社長していませんわ」

後は、AIにジャッジさせ。

それで問題ない事を決めてから。

次のアップデートまでは、通常の保守とバグ取りをするように皆に指示。

会議を終える。

後は仮想空間からログアウトして。

SNSをチェックした。

それによると。

エンシェントでの騒動について。

まとめが上がっていた。

どうやら少数の人間が、動物を全部消して景色だけ楽しもうとか言い出したらしく。

それに乗った連中が。

面白がって同じ事をしだしたらしい。

別に犯罪ではない。

だからSNSを巡回しているbotも問題視はしなかった。

ただ、これに対して苦言を呈している声もあった。

動物を見にもいかないのに。

動物園に行く意味があるのか、と。

それだけで私は充分だ。

SNSで議論するつもりは無いし。

その意見が見られただけで良い。

大体、どんな形であっても、客が来ているのは事実である。

紳士的な客は多くは無いかも知れないが。

それでも客が来ているだけで充分だと判断するべきだろう。

嘆息すると。

客足の分析をAIに任せ。

自身は面白そうな論文が無いかを探す。

注目していなかった古代生物の論文が。

不意に出ることはあるのだ。

それが結構面白かったりするのだから侮れない。

古代生物は魅力的だ。

これは動かしがたい事実である。

我々の存在は彼らなくして無かった。

これもまったくの事実である。

それならば彼らに敬意を払うのは当たり前の事。

可能な限り彼らに忠実な姿を再現し。

生きている様子を見られるようにして。

そして慈しむ。

私はそうする。

それだけの事だ。

また、ちょっと面白そうな論文を見つける。

私は頷くと。

論文を取り寄せ。

読み始めたのだった。

 

(続)